【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。 (hige2902)
しおりを挟む

第一話 宣戦布告

 ―――

 アバンタイトル

 ―――

 

 港に近い廃倉庫の一室に、錆びついたフォークリフトや傷んだ木箱が乱雑に放置されている。その中に混じって、一際異質を感じさせる物がいくつも並べられていた。

 粘質な黒い液体で満たされたバスタブである。それらには全て何本もの管が入れられており、こぽこぽと泡が立っている。

 倉庫の窓は割れており全て木板で塞いであったが、夜の波の音に乗って潮の香は運ばれている。

 

 月明かりも届かない室内に、パッと丸い明かりが射す。こつりこつりと二人分の足音が響いた。

 

「相変わらず、気味がわりぃな。なんなんだろーな、ここ」

「さあね。てかよ、雄英のやつらに襲撃かけんの明日なんだしよー。見回りなんてほどほどでいいだろ」

「ゆーて手を抜いたのがバレたらシガラキにシメられるだろ」

「あんなヒョロイ手だらけマンに? ぜってーおれのがツエーよ」

 

 そう言った男が軽く腕をかざすと、みるみるうちに皮膚が魚の鱗を彷彿とさせる鋭利かつ硬質的なものに変化した。ブロック塀程度なら軽々と破壊できる、と男は自称する。誰もそれを見た事は無い。

 

 はいはい、と流して倉庫内を一周して異常が無い事を確認して立ち去った。ガラガラと扉が閉められ、隠れていた虫が姿を現す。

 ごぽり、とバスタブの液体に大きな水泡が浮き上がり、音も無く弾けた。一拍の後に、ざばりとナニカが飛び起きる。周囲にドス黒い液体が飛び散った。

 ナニカはバスタブの縁を乗り越えようとし、ずるりと床に滑り落ちた。

 僅かに感じる風が吹きさす方向へ、ぬたりぬたりとイモムシが這うように移動している。長い時間を掛けて、割れた窓に身体の一部を引っ掛け、体重を乗せて木板を破壊する。

 

 重い肉塊が地に落ちる。鈍い雲間から月光が射し、ナニカの姿を明かす。

 それは人間の腕ほどある大きさの触手の塊だった。原付ほどの体積がある。付着していた粘質な黒い液体は乾燥して剥がれ落ちており、夜色の体表が見えている。

 蛭の塊はのたうち回りながら、触手を大に小、長に短にしながら不定が一定になってゆく。

 子どもが粘土で作ったような、頭の無い犬の出来そこない。それがよたよたと歩き、壁に当たって転んだ。すると、前だか後ろだかにギョロリと眼球が芽生えた。

 前足を視認すると、再び身体を膨張させ、収縮させる。今度は、形だけは人間に見えなくもない。

 

 その異形の改人は確かに呟いた。姉さん、と。

 

 

 

 ―――

 Aパート

 ―――

 

 

 一人の男が押し入れの中のプランターに手をかざした。すると、みるみるうちに細い茎が育ち、小指程の緑の実が成った。鼻歌まじりにそれを収穫する。閉めきったカーテンからは、日光が薄らと透過している。テレビからは昼時のニュースが流れていた。

 

『――ヴィジランテって言うんですか? 怖いですよねー。責任の所在が不確かだから、ほら、市民の被害とかが、アレじゃないですか』

『ほんっと、アレですよね。不透明というか、ねえ。善意、なんでしょうけどそういうのはちゃんとねえ、ヒーロー資格があるんですから、ねえ? だからアレなんですよ』

 

 どこにでもある昼下がり。だが、たった一つの違いが男に降りかかる。

 瞬きの間にカーテンに影が落ちたかと思えば、窓ガラスが粉砕されて黒い塊が室内に転がり込む。

 それはずるりと人に形を変えた。その体躯は無数の蛭、蔦、触手のような物が絡み合い、人間の骨格と筋を模倣したようだった。頭部にむき出しの口を取って付けたように生やすと、茫然としている男に、血だらけのチンピラを放って言った。

 

「こいつのツレだな」

 底冷えのする、ガラリとした声色だった。

「おまえ、ヴィラン連合を知っているか」

 

 床に転がるチンピラを眺めていた男が、ようやく思考を取り戻し、狼狽しながら答える。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんたらのシマでヤクを捌いてたのは謝る。かか金は、金は払うから勘弁してくれ!」

 

 男は両手のひらを向け、自分が抵抗する意思の無い事を示した。そうして、異形の改人の背後にある鉢に植えていた食虫植物を異様に成長させた。

 貝類の殻に犬歯が生えそろったような、軽自動車ほどのハエトリソウが改人を一口にする。個性によって消化液の詰まった袋を持つウツボカズラと合成されており、捕食されればそのまま消化される。

 

「ふざけんなよ、マジで、あークソ、どーすんだよこれマジで」

 

 あーもう、と男は箪笥や戸棚から現金や身分証をかき集め、苦しそうに呻いているツレの売人に一瞥をくれて、ドアに駆ける。その途中で足を取られて床に身体を打ち付けた。

 

「いってぇ、なん、だよ」

 

 振り向くと、ずたずたに破られた食虫植物の残骸の上に立つ改人の腕が伸び、足に絡みついていた。付着していた植物の溶解液で、男のジーンズと皮膚を溶かしている。改人が腕を縮めると、あっという間に引き寄せられて逆さづりにされた。

 

「頭と両手が黒いモヤの奴を知っているか」

 

 男の足首を掴む力が徐々に強まり、骨が軋み始める。

 

「ちょあ痛い痛い知らない! 知らないって! うぉっ!」

 

 改人は床に男を叩きつけて失神させ、現金の類を掴んで窓から飛び出した。適当なマンホールから下水に入る。路上からはパトカーの音が響いている。

 

 

 

 ―――

 

 

 

 もう何年になるのだろうか。

 内心で独り言ちて、一人のエンジニアがデスクの上の精緻な機械の塊に指を向けている。人差し指をほんの少し動かすと、不可視の力でリンクされている四本の精密ドライバーが連動して一ミリ以下のネジを緩めた。左小指を動かすと外されたネジが、薬指で蓋が浮かび上がり、小分けされてケースに置かれる。露わになったプリント基板を、右親指を動かしてハンダを操作して外す。髪の毛程の細さの超硬度糸、それを整然と巻き取る精密な部品の類。まったくもって、個性の発現は技術の進歩を推し進めた。

 そうやって分解された精密電子部品は三ケタにもおよんだ。

 これで一段落とエンジニアは背もたれに体重を預けた。視線だけをデスクの上の、ヒーローが使っていたサポートアイテムに向ける。

 

「近頃のアイテムは、よく出来てんなー。もう俺のようなおじさんには、難しいわ」

 

 なんとなしに薄い外装を手に取ってみる。艶やかな表層に、無精髭の生えた冴えない中年男性が反射した。よれたシャツにくたびれたスラックス。これではうだつも上がらない。

 ふわあ、と大あくびして辺りを見回す。窓の無い地下研究室、というにはやや生活感が強い。そもそもここがどこなのか、エンジニアは知らない。

 数年前、オールマイト以前と言われる時代。個性を用いた闇研究や生産業は混沌としていた。特に、どんな言葉でも理解する事が出来る、という個性の翻訳家が遊びで書いたプログラムコードは、今後半世紀経っても再現できないと評されたくらいだ。プログラミング言語も言葉ではあるが、まさかそこまで個性の応用が利くとは。

 

 とかくそんな折、一種のオーパーツ的なアイテムがヒーローに提供されだした。当然、ヴィラン側もそれを欲する。今でこそ規制されているが、当時は闇取引が盛んだった。

 エンジニアは、そんなスーパーテクノロジーに直接触れたくて違法組織で働いた。ヒーロー活動の際に破損したり、落とす等で回収されたアイテムをリバースエンジニアリングして、似たようなものを作る仕事。やりがいはあった。個性を反映させたワンオフ設計思想や既存のボトルネックを破壊した技術は純粋に面白かった。金も貰えたが、しばらくすれば規格化された物が出回り。飽きたので辞めたいと言ったら監禁されてこのザマだ。

 

「あー、つまんねー。なんか面白い事無いかなー」

 

 ぼさぼさの頭を搔き上げ、小さな冷蔵庫から缶ビールを取り出した。おそらく地下の六畳一間。分厚い書籍や素人には用途不明の機器が所せましと並べられている。

 不意に重厚な扉が開かれた。犯罪組織の下っ端が、食事や嗜好品の補充に来たのだ。

 もう昼休憩か、とエンジニアはテレビを点ける。助けを呼ばれるのを恐れてか、ここに通信環境は無い。それに、この部屋自体が金属で覆われているのか、個性なのか、とにかく電波は遮断されている。

 

「あれ、俺が頼んでた本は? 完全剛性論ってのと、個性と憲法ってやつ」

「ここんとこずっと、違法アイテムの締め付けがキツくてよ。なかなかシノギになんねーんだわ」

 と下っ端が冷蔵庫に飲食物を補充しながら、軽く笑って続けた。

「だからこれ、第四のビール。大切に飲めよ」

「おま、ふざけんなよ、おまえさー、こんな陰気な場所に閉じ込められたら楽しみは食いもんだけだぞ? 南極料理人って映画見た事あるか?」

「ここは南極じゃねえ。わがまま言うなって、おれら下っ端なんて同じ第四のビールでも、スーパーのプライベートブランドだぞ。とほほって感じ」

「シノギにならないんだったらさ、ここから出せよなーいいかげん。ぶっちゃけ、他の技術者との交流が無いってエンジニアとして相当ヤバいぞ。学術書も注文できないなら、ますます置いて行かれる」

「そーは言ってもよ、ボスはあんたがポリにチクるんじゃないかって考えてるしさ。俺もだけど。殺されるよりマシじゃん?」

 

 えー。と不満そうにエンジニアは限られたビールを一口やってテレビを見やる。

 

『先日はほら、白昼堂々の行為だったそうじゃないですか。いきなりマンションの一室に飛び込んで来たんでしょ、アレですねぇーほんと。隣に住んでた人は気が気じゃなかったでしょうね』

『ですねえ。しかもアレでしょ。鼻から吸引したり注射する違法性のあるアレの原材料となる植物を、個性を使って育てていた、と警察関係者からの情報があった訳ですから』

『ヴィジランテにしたって乱暴すぎると言うか、ねえ? もうちょっと周囲の人間の迷惑的なアレを考えられないんですかねえ』

 

「ヤベーんじゃないの? このヴィジランテ。そのうちここに来るかもよ」

「まさかー」

 

 ははは、と下っ端が滅多な事を言うなよ、といった感じで笑う。鈍い太鼓が叩かれたように、天井が揺れた。ぱらぱらと欠片が落ちてくる。エンジニアと下っ端は顔を見合った。

 

「あー、話変わるんだけどさ。あんたなんでこんなケチな組織に協力しちゃったの?」

「いやまあ、なんとなく? 面白そうだったからかな」

「後悔してる?」

「二度と軽はずみな行動はとらん。そういう君は?」

 

 おれはさー、と下っ端が言いかけると、天井から衝撃が二度、三度響き、ひびが入った。静かになった後、二人はじっと扉に視線をやった。厚さ三十センチの鋼鉄の扉。電動アシストが入っていなければ、常人には動かせないシロモノ。それが激しく鈍い音を立てた。びくりと下っ端が身体を縮こまらせる。エンジニアはビールを味わった。最後になるかもしれないから。

 

 ごわん、ぐわんと不気味な音が続いた後、それがやんだ。諦めて階段を登っていったのだろうか。

 

「そのー、で、話し戻すけど、おれがこんなアコギな商売に手を出しちまった切っ掛けってのも実は昔、海でクラゲに」

 

 破壊音と共に天井が崩れ落ち、下っ端が下敷きになった。空いた穴から黒い改人がしたりと落ちてくる。ノびている下っ端に言った。

 

「頭と両手が黒いモヤの奴を知っているか」

 

 下っ端は気を失っているせいか、答えない。改人の頭部らしき部分がエンジニアを向き、同じ質問を繰り返した。

 

「いや、知らん」

 

 それだけ聞くと、化物は両足を曲げて跳躍の姿勢をとった。太ももが肥大化し、膝の下に一つ関節が増えた。兎のような逆間接の形状に変化している。

 

「ちょっと待て。俺も連れていけ」

 

 改人は逡巡して、慌てて荷物をまとめるエンジニアに言った。

 

「なぜ?」

「なんとなく、面白そうだから」

 

 瓦礫の下敷きになった下っ端が、意識を取り戻して苦しそうに言った。

 

「二度と軽はずみな行動は取らないって、さっき……」

「そうだっけ? まあ、このままだとたぶんこっちまでお縄だし。それにおれを連れるメリットもあるぞ、こう見えて雄、有名校のサポート科だったから、アイテムには詳しい」

「……中退だろ、うぐぐ、苦しい、重い」

「あんたの役に立ってやるよ……飽きるまでだが」

 

 荷物をリュックに詰めるだけ詰め込み、下っ端の手の届くところにプルタブを開けてビールを置いた。

 

「世話になったな。おまえは嫌いじゃなかった。よーしそんじゃあゴー!」

 と、改人の背に飛びつく。すぐに、ああ、と不快感をこぼした。ゆっくりと触手群が蠢いていて、弾力性があり、ぬめってこそいないがいい気持ちではない。

 

「離れろ、ついて来るな」

「そう言うなって、パトカーのサイレンが聞こえ出したぞ」

「正気じゃない」

 

 そう言った改人が、跳ねた。

 

 あんただって、正気には見えないな。エンジニアはそう言いたかったが、改人のスピードが予想以上に速く、しがみつくのがやっとだったので。

 

 

 

 

 暗い円柱状の下水道を進みながら、改人に背負われたままエンジニアが言った。

 

「なあーあんたほんとにこんなとこに住んでんの?」

「他に住むところがないから。いいかげん降りろ」

「……ふーん」

 

 しばらくすると、ちょっとした空間に出た。簡易的な寝床めいた布の塊。どこからか拾ってきたのであろう汚い箱。

 やっぱ帰ろっかな、とエンジニアは思った。が、おそらく生き残った犯罪組織の一員が、自分の事を警察にゲロっているだろう。しばらくは身を隠さないといけない。

 しかも自分は裏の界隈ではそれなりに有名らしい。となると、他の犯罪組織に攫われ、またいいようにコキ使われるかも。防衛能力が要る。

 それに改人がどうも気になる。ヴィジランテは、ヒーローの資格を取れなかったけどヒーローらしい事がしたいとか、そういう善的な建前や本音があったりするものだ。しかしこいつは違う。モヤがどうたらって奴を探している。その理由だけ聞いてからこの場を去るかどうか決めようと考えた。

 

「そのモヤの奴ってあんたにとって何なの。一応俺、裏稼業に関与してたから、もしかするとヒントになるかも」

 

 改人は腰を下ろし、ゆっくりと口を開いた。

 脳無、と呼ばれる改人がいる、と。

 

 

 

 ―――

 Bパート

 ―――

 

 

 脳無、と呼ばれる改人がいる。

 住所不定、身元不明、戸籍は無く、社会的に消えてもそれほど関心の持たれない人間を素材として使い、オールフォーワンとドクターと呼ばれる人間たちによって造り上げられた改人。使用者に忠実で、強力な生物兵器、一個の装置。

 適当なペーパーカンパニーから人気の無い郊外の住み込みのアルバイトを募集し、処置を行う。人格を虚ろにし、強制的に個性を混ぜ合わせる。そうして目的に合わせてカスタムし、ヴィラン的行動の駒として使役する。

 

 だから、わたしが標的にされるのは自然な成り行きだった。

 地下室に監禁され、狂犬を放たれた。それでどのような個性かを確認する為だ。

 為すすべなく腕に鋭い牙を突き立てられ、ぼたぼたと血を流した。無個性だから。それが露見すると顔の無い男が現れ、わたしの頭に触れて人格を薄める個性を発動した。

 姉さん、やめてくれ。とわたしは涙をこぼして呟いた。

 後は港に確保してある廃倉庫、第三工場と呼ばれている改人造設施設に運んで終わりだ。

 何体も造った他の脳無と同じ末路を辿る。

 そのはずだった。

 

 一つ、正確な事がある。それは、オールフォーワンは確実にわたしの中の人格を希釈したという事。

 一つ、誤りがある。それは、オールフォーワンが干渉した人格は、わたしではなく、わたしの姉だという事。

 

 

 

 かいつまんだ改人の説明に、エンジニアは質問を投げかけた。

 

「姉? よくわからんな。あんた、二重人格とか?」

 

 わたしを生んだのは姉だった。と、改人は答える。

 

「いや、ますます意味が分からん」

 

 

 

 わたしを生んだのは姉だった。

 

 わたしと姉は双子だった。一卵性双生児というやつだ。いまでもその時の事を憶えている。温かく柔らかく、かすかな胎動が伝達する羊水の中で黒白の太極図のように浮かんでいた。

 胎児の時に自意識があるかどうか、というのは関係ない。とにかく目は開いていずとも、目の前の生命は姉だと理解していたし、姉もまたわたしを妹だと理解していた。

 そして、このままでは二人とも死ぬだろうという事まで。たびたび激しい衝撃が伝わり、とにかく息苦しく、活力ともいうべきものが湧いてこないのだ。

 姉は悲しんでいた。わたしにはそれがわかった。脳が未発達の胎児でも感じ取れた。胎児だからかもしれない。姉は泣いている。

 

 せめてあなただけでも生きろ、と姉はわたしに生命を明け渡した。後になってみれば、たぶんそれは姉の個性によるものなのだろう。

 母は、原因は聞かされていないが間接産科的死亡。病院にて帝王切開でわたしだけが取り上げられた。姉がいなければ、わたしも死んでいた。だから。

 

 わたしを生んだのは姉だった。

 現実の事象はどうあれ、わたしはそう、思っている。

 

 こんな事を話しても誰も信じない。児童養護施設で暮らす他の子に、腹の中の時の世間話を振ってみても全員が記憶にないと言う。

 世の中には胎児記憶を持つ人間もいるにはいるらしいが、それは珍しい部類らしい。だからこの記憶はトラウマなのかも。人間は、ひどく恐怖した時や凄惨な状況に追い込まれた時の記憶が精神に刻まれるという。

 

 普通科の高校を卒業したわたしは施設を出なければならなかった。しかし里親も無く、住所も無い。賃貸住宅の契約が出来ず、バイトをしながらネカフェでの生活が続く。

 わたしは姉と違ってどうやら無個性らしく。いたって普通の、いや、珍しい人間のようだ。何かを切断したり、焼却できれば林業や廃棄物処理の仕事に就けたのだろうが、こればかりは仕方がない。

 

(ごめんね、姉さん。碌なものが食べられなくて)

(いいわ、気にしなくて。施設の薄い味の食事よりはマシ、ばかりか美味しいくらい。わたしは好きよ、このファミチキという揚げ物)

 

 わたしが内心で呟く、と言うより、印象する、とでも表現するべきか。そうすると姉の印象がわたしの意識に滴る。

 それは無意識的な会話に近い。ついついぽろりと零してしまう本音のようなもの。

 こういった事例は現実にあるそうだ。記憶転移と言って、心臓移植でドナーの嗜好や性格が反映される。わたしの場合は、姉の個性の影響か、それが会話できるほど色濃く出ている。

 

(もっと稼げるところがあればな)

(危ないのはダメよ。健康保険証なんて持ってないのだから)

(そうだけどさ。住所不定だと、まともな働き口が見つからない。見つからないから保険に入れない。敷金なんて制度、なければな。それかわたしに便利な個性があったらよかった。物質を複製するとかあったら、元手が掛かるけど貴金属をネットオークションに流して)

(そういう考え、好きじゃないわ。個性に限らず能力というのは誰かの為に使うべきよ)

 

 姉にそう言われると何も言い返せない。姉は個性をわたしに使って生んでくれた。

 ごろりとネカフェの個室に丸くなって寝ころぶ。

 この身体は、半分は姉の物だ。もっといい場所で寝かせてあげたい、もっと栄養のある物を食べさせてあげたい。

 

 しばらくして、割のいい仕事を見つけた。人気の無い郊外の林業を、住み込みで手伝うという類だ。

 わたしは長距離バスに揺られ、ぽつりと建っている平屋の民家で、他の応募者と同じく黒い霧に飲まれた。気づけば窓の無い部屋だ。そこで顔の無い男に頭を触れられて、姉を消された。

 

 

 

「で、その民家から窓の無い部屋へ強制的に移動させられた時に見たのが、頭と両手が黒いモヤの奴って訳か……レアな個性だな。瞬間的に距離を縮めているのか、ワープしているのか。そしてあんたの姉は、卵頭の人格を消す個性の身代りになったと」

 

 改人が力なく頷く。

 ていうか、あんた女性だったのかよ。とエンジニアはあらためて改人を見やった。言われてみれば体格こそ筋骨隆々としているが、細やかな仕草はどこか女性的だ。現に今も、しょんぼりとした体育座りは内股気味だ。

 

「じゃあその身体はあんたの個性じゃなくて、人造的な物なのか……だとしたら、いやまさか。とは思うが、そのドクターの外見って、ひょっとして」

 

 とエンジニアは特徴を連ねるが、改人はドクターの姿を見ていないらしい。

 

「そうか、でもなあ、人造の改人なんてやってのけるのは、あの人くらいしか……まいいや。あんた、なかなか複雑な事情なんだな」

「わかったら、消えろ。わたしは一休みする」

「いや、俺はあんたが気に入った」

「は? どこが、こんな醜い改人を?」

 

「このご時世にヒーローでもヴィジランテでもなく、自分の目的の為だけに動き、個性を使う。それはヴィランってやつだ。つまりヴィランがヴィランを叩いて回ってんだろ? モヤのやつを探して、卵ヘッドに復讐するわけだ。イカしてるよ」

 

 エンジニアは目をキラキラさせ、寝転がった改人の腕を引っ掴んで起こし上げた。

 

「立てよ、こんな所よりももっといい場所に本拠地を作ろうぜ。さすがにここで精密機器を使いたくないしな」

 

 改人は、いままではゴキブリのように細い触角で周囲を探っていたが、今度ばかりはギョロリと目を頭部に生やした。

 

「おまえ、本当に狂ってるんじゃ……」

「バカ言え、これでも打算的だ。クソみたいな犯罪組織が俺の頭脳と技術を狙ってるかもしれない。ほとぼりが冷めるまで、あんたみたいなのが居てくれなきゃヤベーんだから」

 

 エンジニアはごそごそと木箱を担ぎだした。移住するというのは本気らしい。改人と組むというのも。

 

「さっきあんたが潰した組織のリーダー格の裏金とか資金がプールしてあるダミー会社が、この近くにある。パクられちまった以上は出所後に使う金だろうから、さすがに吐かないだろ。しばらくはそこを本拠地ってか、秘密基地にしようぜ。悪の秘密基地」

 

 改人は、はしゃぐエンジニアを見て思った。

 男の子って、そういうの好きだよなー。と。

 養護施設に居た頃、そういう男子は多かった。あの頃は、まだ姉の人格があった。姉さん……

 

 改人は、なんだか懐かしい気持ちになった。だからまあエンジニアの無理くりの誘いに乗ってやる事にした。

 エンジニアは、久々のシャバにテンションがおかしくなっていた。しかも、悪の組織の技術屋になれるのだ。誰だってワクワクする。

 

 下水道を進み、時折マンホールから顔を出して位置を確認し、雑居ビルの一階のフロアの床を下からぶち破って侵入した。カーテンの閉め切った部屋に事務机が一つ、その上に埃の積もった電話が一個。

 

「少し埃っぽいが、地下よりマシだろ」

「まあ、な」

 

 それっぽい金庫を壊すと現金がほどほどにあった。当面はこれで家具や器具を揃えることになる。その後の収入源は、ヴィランから頂けばいい。幸か不幸か、ステインとかいうのが有名になったおかげでヴィランの動きが活発だ。

 

「器具ってなんの」

 と改人が雑巾で床を綺麗にしながら言った。

 

「言ったろ? サポート科だったって。現役ヒーローが使ってるようなやつみたく、メチャ便利なアイテムを作ってやるよ。今後は、俺の事は博士と呼んでくれたまえ」

「いらない」

「……え、じゃあなんで俺と組んだの?」

 

 改人は、なんとなく寂しかったからとか、久しぶりに人とまともな会話をしたから、とは言えなかった。

 

「……やっぱいる」

「だろ。今から悪の組織の結成祝いに美味しい物を買いに行くけど、なんかリクエストある?」

「違法組織に狙われてるんじゃなかったのか?」

「まだ俺だけ逃げ出したって情報は出回ってないだろうから大丈夫。向かいのコンビニでマスクとか買って変装するし」

 

 改人はちらと締め切ったカーテンの隙間から向かいを覗いた。あなたとコンビに、のコンビニがある。

 

「じゃあ……チキ」

「うん?」

「ファミチキ」

「生のニワトリとかじゃなくて?」

 

 改人は無言でエンジニアあらため博士に腹パンした。

 博士は食道をせり上がる酸っぱいのをなんとか飲み込んで、すまんと片手でジェスチャーしながら事務所、ではなく悪の秘密結社を後にした。

 

「やっぱ組んだの間違いだったかなー」

 改人は誰も居ない一室で誰に言うでもなく、そう口にした。

 

 

 

 ―――

 エンディング

 ―――

 

 

 その夜は、二人にとって晩餐だった。

 博士は今まで、欲しいと思っていても面倒がられて買ってもらえなかったクラフトビールの飲み比べ。

 改人は、小さな紙袋に包まれたファミチキを両手に握ったまま動けずにいた。

 

 改人になってから空腹を感じず、また稼ぎは不安定だったし、こんななりで店に入るのも躊躇われていた。それに、ファミチキは姉と一緒に食べた最後の食事だった。

 

 なかなかファミチキを口にしない改人に、無責任とわかっていてもエンジニアは勇気づけずにはいられなかった。

 

「まあその、なんだ。人格を消す事が出来るんなら、ひょっとしたら元に戻せるかもしれ……ないしさ。今日くらいはちょっと贅沢してもいいんじゃない?」

 

 シャボン玉のような気づかいだった。それでも改人は、そんな言葉をかけられたのは久方ぶりだ。意を決してかぶりつく。わざとらしい脂が口いっぱいに広がった。肉の味というより、人工的オイシイの味がする。懐かしかった。

 

 目を出したり消したり出来てよかったと、改人は思った。姉を思い出して泣いてしまいそうだ。わたしの人格が代わりに消されればよかった。姉のような、身代り、の個性があればよかった。でも、こんなおぞましい化け物に姉を宿させるのも酷に思えて、どうしようもなくて、だから、どうしようもない気持ちでいっぱいになった。

 

「なあ、あんたの事をなんて呼ぼうか考えてたんだけど」

「本名は、捨てた。こんな身体で、姉さんの妹は名乗れない」

 

 そっか、と博士はチーズを一口やって、ビールで流し込む。ナッツのように濃厚で、鼻から柑橘類を思わす香りが抜けた。好きなビールだ。

 

「でもこれからあんたをモヤの奴らに知らしめなきゃならん。そうすりゃ向こうから仕掛けてくるかもだし、手間が省けるだろ? プロデュースするにあたって、名は要る」

「なんでもいい、名前なんて」

「ふうん、じゃ、あんたの複雑怪奇な生い立ちにちなんでインブローリオってのは」

「なにそれ」

「複雑とか、紛糾とか、もつれって意味」

 

 見た目も、そうだし。とはさすがに続けずに、博士は傷心してるように見える改人にビールを勧める。

 

「いやわたし、未成年だから」

「マジかよ!? 人生で一番ビックリしたわ!」

 と博士は鼻からビールを垂らし、えずきながら心底驚いた。

 

 改人が、インブローリオが椅子代わりにしていた木箱からゆらりと立ち上がる。

「まーた腹パンされたいわけ」

「ごめんごめん悪かったって……ちょ、今ビール入ってるから! 胃にいっぱい入ってるから! 待っ!」

 

 

 

 ―――

 Cパート

 ―――

 

 

 一人のヴィランが車で遊園地の改札口に突っ込んだ。そのまま慌てて降車し、園内に逃げ込む。

 

 追っていたヒーロー達が内心で舌打ちする。よりにもよって、休日の昼間にこんな場所に逃亡するとは。

 

「急いで遊園地の管理部へ連絡しろ! 市民を退避させるんだ!」

「クソッ! 人質を取られたら事だぞ!」

「サシでの対人能力が高いヒーローを応援に呼んでくれ! 僕の個性では辺り一帯が、向こう百年は生命が芽吹かなくなってしまう!」

 

 なにこいつ怖っ。というヒーロー達の耳に、重厚なエンジン音が響いた。

 

「もう応援のヒーローが!?」

「い、いや違う! あれは、あいつはまさか!」

 

 視線の先には、黒い大型二輪が道路のセンターラインの上を走っている。ドライバーは水色のフルフェイスヘルメットに白いスカジャンを着ていた。すれ違う対向車は思わず肝が冷える。

 ハンドルとサドルがほぼ水平に位置し、ウィンドスクリーンやサイドミラーといった、およそドライバーの負担を軽減するコンポーネントはことごとくオミットされている。

 小気味よいギアチェンジで増速した。速度メーターは無く、【強行巡行】のパネルが【強襲加速】に変わる。

 暴力的で、環境省や排ガス規制に真っ向から食って掛かる非合法エンジンが、ドライバーの情感を代弁するが如く唸りをあげる。景色が後方に引き伸ばされているような感覚さえ抱かせた。

 

 止まれ! といった風のヒーロー達が立ちはだかる。ドライバーがハンドルについているスイッチを押すとクラクションが鳴る代わりに車体が跳ねた。そのままヒーロー達と入園ゲートを飛び越え、ターゲットを視認する。

 

 ずるり、とヘルメットや服が、内よりいずる夜色の触手群に飲み込まれた。そうして姿を現した一体の改人は、空中で二輪を人気の無い噴水に投げ込む。盛大に水しぶきが飛び上がり、雨のように降り注ぐ。それに気づいた園内の人間は蜘蛛の子を散らすようにその場を離れた。

 

 逃げるヴィランはそのおぞましい追跡者を振り向きざまに見やり、なんとかこの窮地を脱しようと知恵を絞る。

 ちょうど呆然とする二人の子供を見つけた。親とはぐれたのか、とにかく人質としては申し分ない。あとはメディアが来るまで耐えれば、迂闊には攻撃されまい。

 

 迫るヴィランに、二人の子供は恐怖で動けなかった。ただ、()と思わしき子供がぎゅっと目をつむり、()を庇った。ヴィランが手を伸ばし、その行動を読んでいたかのように、鋭利な刃物がヴィランと姉妹の間を貫徹した。

 

 異形の追跡者が、この世の生物とは思えぬ雄叫びをあげる。深く凍てついた、つんざく憎悪。姉妹も、ヴィランも、それを耳にした誰もが恐怖し、へたり込む。追跡者が着地と同時に残像が見えるほどの速度で太い腕を振ると、あらかじめ触手群の中に仕込んでいた刃物が弾丸のように投擲された。

 

 ヴィランが対応できたのは技術でも才能でも訓練の成果でもなく、純粋な生存本能からだった。個性を発動させると、全身が大理石のように白く滑らかになり、飛翔する刃物を弾いた。

 追跡者は口元に潜ませた通信機に悪態まじりに呟く。

 

『おまえのアイテムってバイク以外は使えないんだけど。ほんとに有名校のサポート科?』

『いつになったら博士って呼んでくれるんだよ。投擲後に空気抵抗や重力から逆算して最適な形状に変化する自信作だぞ』

 

 追跡者は脚部をウサギのように変質させ、ヴィランに向けて跳躍した。アスファルトがその力に耐えきれず破壊される。その加速力を込めて、右腕の触手を細く強靭に編み上げ、疑似的な増強筋肉にして腹を殴り抜く。

 大理石のようになったままのヴィランは、砲弾のようにアトラクションのナントカマウンテンに突っ込んだ。

 かの雄英高校の建設にも携わった建設会社が個性を用いて設計したこの遊園地は、その顎が外れそうになる運動エネルギーになんとか耐えた。山肌にめり込んだヴィランは相変わらずだ。

 

 すぐさま追撃に移り、体内に忍ばせていた刃物や鈍器、その他諸諸の純粋な暴力を振るうが効果が無い。追跡者が愚痴る。

 

『ヘリの音がする、メディアだ。そろそろ園内の避難が完了してヒーローが来るかも』

 

 自称博士が自称悪の秘密結社の一室でタイプしながら答えた。

 

『いま警察のデータベースを盗み見した。そいつ、石になってる間はあらゆる物理攻撃を防ぐぞ。水没させて酸欠も無理だ、どうも石の内側は精神だけの存在になってるらしい』

『いつの間にクラッカーに?』

『いや、たぶんこれ警察はヒーロー向けにワザとセキュリティを甘くしてるな』

『とにかく相性最悪って訳か』

『今回は見逃せない。そいつ、ヴィラン連合と繋がりのある義爛ってブローカーの手下だ。公開でシメて、盛大に喧嘩を売ろうぜ。やり方はある』

『本当だろーな』

 

 

 

「アレです! 見てください! 観覧車の中心部!」

 とヘリからアナウンサーが指した方向には夜色の追跡者とビビった顔のままの石像がいた。

「信じられません、この子供たちの夢のような休日が、白昼堂々ヴィランによってアレされています! ヒーローは一体なにをしているのでしょうか!? まったくもってアレです!」

 

 追跡者は石のヴィランを『触手』で吸着したまま、空中に放って『蔦』で腕を伸ばし、地面ギリギリのところで落下を止めた。

 

 そのまま観覧車の中心部に残った四肢を這わせて身体を完全に固定し、腕を振り回す。

 

「ああー! 視聴者のみなさん! アレ! 見てください! ヴィランっぽいのが石像を振り回しています! これはアレです!」

 

 徐々にその回転速度は上がっていった。数分して解放し、地面に叩きつけると遠心力に参ったヴィランが個性を解いた。勢いよくゲロっている。

 

『いくら精神だけでも、酔いはするって事か』

『そういう事だ。報道ヘリも来たことだし、やろうぜ、宣戦布告。園内のスピーカーもジャックしてる、一旦、通信は俺じゃなくてそっちに回すからな』

 

 追跡者はふらふらのヴィランを引き上げ、ぼこぼこにしてヘリに向かってツーショットで言った。

 

「頭と両手が黒いモヤの奴を知っているか」

 底冷えのする、ガラリとした声色だった。それが園内に響き渡る。

「わたしは脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。オールフォーワン、お前を始末……え? 悪の秘密結社のくだりはいいってダサいし……いやそういう意味じゃ……ぇえー」

 

 

 そこは都内にある雑居ビルのワンフロア。

 こうしてたった二人ぼっちの自称、悪の秘密結社による無謀な姉の奪還作戦は、ヴィラン連合に対する明確な宣戦布告は、高らかに上がった。

 高らかに上がったのだ。

 




脳無:インブローリオ
個性:無し
AFOに与えられた個性:触手、蔦、蛭。
体内に博士が作ったいろんなアイテムを隠し持っており、以外と多彩な攻撃手段を持っているぞ!
高身長で逆三角形の筋骨隆々の体躯。でも人格は花も恥じらう女の子!

人間:博士
個性:精密操作
流れで生きているぞ!

インブローリオだったモノの姉
個性:身代り
誰かの身代りになるぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 悲報! ジェントルのコメ欄が荒れる

 ―――

 アバンタイトル

 ―――

 

 

 

「金が無い」

 

 脈絡もなく博士が言った。

 

「まあ、働いてないし」

 とインブローリオ。雑居ビルのワンフロアに構える自称悪の秘密結社でゴロゴロしている。

「私は特に欲しい物ないけど」

 

「俺はあるんだよ! 主に食べ物とか、あと飲み物とか、サポートアイテムを作る部品とか機器、参考書とか!」

「そう言われても、基本的にヴィランを襲ってモヤの奴を聞くついでに金品を奪ってきたから貯金は無いし。ここ、おまえを監禁してたやつがプールしてた金があったんでしょ。それは?」

「そんなのバイクとか刃物作ったらもう消えた」

「えー、あのバイクそんなすんの。いらなかったんじゃない?」

「要るって会議で決めたじゃん!」

「ご飯食べてるときに駄弁ってるあれが会議だったんか……」

 

 博士と出会う前のインブローリオは闇夜に紛れてヴィランの情報収集をし、油断している日中に襲うスタイルだった。

 しかし博士はより効率的な方法を提案した。

 警察の無線を傍受し、個性犯罪があればそれを情報源に現場へ急行して犯人をボコり、ヴィラン連合について尋問する基本方針だ。

 つまり、他のヒーローよりも早く到着しなければならない。そうなると必然的に足が要る。そこで博士はまず、例のバイクを作った。スイッチ一つでマンホールの直径よりも短い程度の全高に変形する。その分全長は伸びるが仕方がない。

 とにかく目的を達成すればマンホールから逃走できる。

 もちろん、出発地点を掴まれる訳にはいかないのでいくらか離れた所にあるマンホールまで行き、そこからバイクで向かわなければいけないが、走っていくよりはマシだ。

 

「とにかくなんとか金策を練らないと。なんてこった、悪の秘密結社が赤貧に喘ぐなんてダサすぎる」

「いや、その悪の秘密結社ってのがそもそも……」

「このままだとファミチキも買えんぞ」

「むう」

「あーファミチキをスプライトで流し込んだら最高なのになー!」

「言われてもさ、もう遊園地の件がメディアやネットに出回ってるから。どこも雇ってくれないよ」

 

 どうすれば……と博士は悩む。その時、つけっぱなしにしていたテレビから、耳寄りすぎる情報が流れた。快活そうな女性アナウンサーが進行している。

 

『次のアレですが、皆さんご存知のユーチューバー。最近流行ってますよねー、子どもを中心に。ま、そんなユーチューバーの収入を番組独自の調査でランキングしてみちゃいました~。まず第10位!』

 

 ぺろんとパネルが捲られる前にCMが入った。

 へー、監禁されてる間にそんな職業が。博士は軽いカルチャーショックを受けていた。一昔前ならネット上で顔出しなど考えられなかった。それが今ではこうしてテレビで取り上げられるまでになっているとは。

 

『第10位は独特な喋り口で人気を集めるポコンチポさん。推定年収は約1000万。音階を付与する個性で日用品を楽器にして既存の曲をタレ流すだけなのに、凄いアレですね~』

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。

『ま、僕の方がツイッターのフォロワー数は多いんですけどね』

『ですね。はいでは気になる第9位は~』

 

 ぺろんとパネルが捲られる前にCMが入った。

 マジかよ、そんな稼げるのかと博士はノートPCのキーを叩く。回線はもちろん、上階のルーターをクラックしてタダ乗りしている。

 

『第9位は~、みなさんわかりますかねえ。独特なセリフ回しで人気を集めるスッポンコさん。推定年収は約1100万。食材化の個性で様々な物質の食レポをするというね、もう食ってるだけ。うーん、凄い』

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。

『ま、僕の方がツイッターのフォロワー数は多いんですけどね』

『わお! 続いては驚きの第8位!』

 

 ぺろんとパネルが捲られる前にCMが入った。

 博士のPCでは十数分程度の動画が流れている。無香料の消臭剤の利き香りや、犬化できる個性のユーチューバーが野良犬のボスになれるかどうかなどをやっている。

 

「こ、これで年収1000万……個性ユーチューバー」

 博士は息を呑む。即刻、アマゾンでなけなしの金を使い撮影機材を注文した。

 

 

 

 ―――

 Aパート

 ―――

 

 

 

『はいこんにちは~。という訳でね、今日はね、個性ユーチューバーとしての第一回という訳ですけども』

 

 サングラスとマスクをした博士が、生活感丸出しの背景でもごもごと喋っている。

 

『じゃーん。これ、この個性で生み出された太くて硬くて黒い触手を、食べてみたいと思いまーす。とりあえず茹でてみようと思いまーす』

 

 シーンが変わり、ガスコンロの上の鍋でのたうつ触手が塩ゆでされる。

 そこまで眺めたインブローリオが、部屋の隅でふてくされる博士に言った。

 

「おまえの投稿した動画、死ぬほどハネてないよ」

「音量マックスで再生するのをやめろ」

「あとこのキターとか(暗黒微笑)のテロップって何? コメントでバカにされてるけど」

「ネットスラング入れてみたんだけど、ちょっと調べた感じ(唐突)みたいなのあったからまだその流れがあるとかと……」

 

「やっぱいきなり素人がこんなのやるのは無理だって」

「いやでもさー」

 

 あなたへのおすすめが自動再生され、PCから出力される博士の声が変わった。

 

『ごきげんよう。ジェントル・クリミナルだ』

 

 

 

 ジェントル・クリミナルは、姿鏡の前で身だしなみを整えた。英国紳士然としたノリの利いたシャツとセンタープレスが入ったスラックスに、柔らかなツイードのウェストコート。

 

 彼の楽しみといえば、動画の配信前と後の紅茶を嗜む事。特に後者は格別な味だ。投稿してしばらく経った後に、再生数やコメントを肴にしたティーブレイクは何物にも代えがたい。

 自分の生み出した物の価値が数量化される。その数が多いほど、評価されればされるほど誰かに認められている気がした。

 

 来訪者を告げるチャイムが鳴ると、とてとてと小柄な女性が駆け寄る。一見すると小学生にしか見えないが、成人している。プリーツの入ったシャツに肩釣りスカート、チューリップのピンク色の長いツインテールとくりくりとした大きな目が、幼さに拍車をかけていた。

 どこかムスッとした口調で伝える。

 

「来たわよジェントル」

「ふむ、通してくれ」

 

 再びとてとてと玄関口に向かう相棒の背を見送り、ソファにたっぷりと腰掛けた。胸に手をやると、鼓動が速まっているのがわかった。

 それもそのはず。彼は若干犯罪よりの個性ユーチューバーとして、初期はまあまあ炎上していたもののよく考えればやってる事は地味だった。落ち着けばいまいち再生数が伸び悩む。

 

 そんな底辺配信者の自分たちに、いきなりコラボ依頼が舞い込んできたのだから、ラブラバの報告に耳を疑ったものだ。

 

 コラボ動画。それは一流のユーチューバーでよく見られ、お互いの視聴者に知ってもらいチャンネル登録を増やす戦術。

 そうか私は、数字としてはまだまだだが、ついにコラボを申し込まれるレベルに到達したかと感慨にふける。

 

 丁重にもてなそうと、とっておきの紅茶も用意した。ふふふ、さてどんなユーチューバーなのか。

「あ、こんにちは」

 と入室して来た一人は、ぎこちない作り笑いの男性。もう一人を見た時に違和感を覚えた。大柄な体格に白いスカジャン、ジーンズとツバの広いキャップ帽。気になるのは触手で構成された頭部だ。

 

 あれ、こいつ、こないだ遊園地でヴィラン連合に喧嘩を売ったヤバい奴じゃね?

 と、考えがよぎったが、そんなクレイジーな奴がコラボを申し込むはずがないと内心でかぶりを振る。外見はとても似ているが、地球上に個性持ちは何十億人といる。当然、個性が被っている事はままある。実際は強弱があったり微妙に違っていたりするものの、世界に同じ個性使いは十人は居ると言われていた。

 そしてジェントル・クリミナルは若干天然が入っていた。だからそれ以上は深く考えない。

 

 チラとラブラバを盗み見るが、気付いていない様子。それもそのはず、彼女はジェントルの熱烈なファンであって、それ以外の動画には基本的に興味を示さない。

 

「……という訳で、どうですかね。コラボというか、まあ実際には駆け出しの個性ユーチューバーに実況のイロハを学ばせてもらえばなと。広告収入はそちらが7でどうですか」

 

 あれ、しかもなんか聞いた話とズレてきてない?

 

 自称博士と名乗った男の話を聞いてみれば、どうも勉強の意味合いらしかった。しかしどのみち悪い気はしない。教えを請われるというのは初めてだ。師として仰がれるようになるのだろうか。

 そんなジェントルの優越と博士の下心は接点が無い。たまたま動画を目にしてみれば、編集がやたら上手かったから技術を盗んで踏み台にしようという魂胆。あまり再生数が多すぎないのも依頼しやすくて助かった。

 どうやらジェントルも満更でもない様子。しめしめ、といったところ。

 

「私は反対よジェントル!」

 沈黙を守っていたラブラバが異を唱えた。

「ジェントル以外の人物が動画に出演したら、ジェントルの尺が短くなって動画の良さが薄まってしまうわ!」

 

「そうは言うがラブラバ。この方たちは私の動画に感銘を受けてわざわざ訪ねて来てくれたのだ。手ぶらで返す訳にもいくまい」

 それに、と耳打ちする。

「いずれ私の名が歴史に刻まれた時、フォロワーを無下に扱った事があるとケチがつくかもしれない。最近はやたらと過去の言動がほじくり返されて炎上しがちだからね」

「さすがジェントル。すでに偉業を成し遂げた後の事まで考えているのね! 素敵!」

 

 これで準備は整った。博士はインブローリオを横目で見やると、じっとラブラバに視線をやっていた。小声で注意する。

 

「おい。一回邪険に扱われたくらいであんまりガン飛ばすな」

「いや、別にそういう訳じゃないけど。ていうか、マジで私がやるの」

「俺の個性ってスゲー地味だしさ。演技とかは無理にしなくていいよ、撮影とか編集スキルを見て盗むだけだし。変装すりゃ大丈夫だって」

「ぇえー。まあいいけど」

 

 インブローリオは嘆息気味に、男物の帽子を深くかぶった。

 

 

 

 ―――

 Bパート

 ―――

 

 

 

 とにかくやってみよう。という事で、すぐに外で撮影が始まった。ジェントルが滑らかに名乗り口上を述べる。

 

「なるほど、決め台詞的なのがあるといいのか」

 と博士はカメラを回すラブラバの後ろで、サングラスにマスクの変装で感心する。

 

「そして今回はスペシャルゲストが来ている。紹介しよう、私に憧れてこの世界に足を踏み入れた彼こそは――」

「あ、インブローリオです」

「ふふふ、緊張しているのかな」 え、インブローリオって遊園地で大暴れした奴じゃ……。 「ま、まあ気楽に構えてくれたまえ」

 

 一瞬真顔になったジェントルだったが、既にカメラは回っている。コピーキャット的なものかもしれない。実際、ステインと名乗る犯人は結構いるそうだ。

 白昼堂々、コンビニでたむろしている不良にちょっかいをかける様子を手短に収録する。覚えてろよー、兄貴に言いつけてやる。などという典型的捨て台詞を撮れたのは、歴史的にも価値がありそうだ。

 

 さっそくジェントル宅に戻り、博士は編集作業に移るラブラバの後ろでメモを片手に見学している。

 

「あ、じゃあもうAAとか顔文字は古いんですね。ワロタより草、希ボンヌよりあくしろよ……と」

「テロップにそういったネットスラングは多用しない方がいいかしら。出演者よりも目立つのはよくないし」

「なるほど。ところでラブラバさん。インブローリオが映っているシーンが常に見切れてるんですけど」

「それは……仕方がないわ! だってジェントルが素敵過ぎるもの! フォーカスがジェントルを求めるから!」

 

 はあ、まあいいですけど。と博士はふと気配を感じて振り返ってぎょっとした。インブローリオが背後でじっとラブラバを見下ろしていた。おいおいおい。こんな事で怒るなよと言いさして、再考する。

 出演に乗り気じゃなかったこいつが、映っていないからといって腹を立てるだろうか? 一歩引いて二人を見比べて気が付いた。

 

 編集しながらジェントルに恍惚するラブラバに、大事な話があると別室に連れ出した。

 

「ぇえ!? 女の子だったの?」

「ラブラバさん声がでかいよ」

 博士は声を潜めて言った。

「あいつ、複雑な事情があって17、8くらいであの姿にされたんだ、悪意ある個性と技術で。それまでは普通の女子高生だったんだがな」

 

 彼女は。

 脳無にされて以降は人目を避けてきただろうから、きっとラブラバのような女性ものの服を間近で見るのは久しぶりだったのだ。だからねめつけるような視線をやっていた。かわいいな、という羨望と、もう着る事はないだろうな、絶望。スカジャンも、太いジーンズも、野暮ったいキャップ帽も、彼女の強靭で屈強な肉体に合うサイズだから、男物しかサイズが無いから仕方なく着ているだけなのだ。

 

 彼女が。

 ヴィラン連合に奪われたのは実の姉と、肉体と、そこから連続したであろう未来と、名乗る事の出来ない姉の妹としての過去だけでは無かった。

 普通の女性がするようなオシャレも、アクセサリーも、化粧も、髪型すら葬られ、眉の手入れ一つとして残っていなかった。

 

 彼女の。

 本当の悲哀は誰一人として理解される事はなく、また、癒される事はなかった。

 今の今まで。彼女を、ほんの少しでも慰める事が出来るのは、だから。

 

「恥ずかしながら俺は違法組織に長らく監禁されていたので、どうも最近の女性が好むような事は知らん、知り合いもいない。だからラブラバさん、会ったばかりで図々しいのを承知で言うが、今のところはあなただけが頼りだ。なんとかあいつが、ほんの少しでもインブローリオである事を忘れさせられないだろうか」

 

 ラブラバは、いつだって好きな時に好きなだけ、愛する人に愛していると言える。言えば言っただけ、同じように愛を返される。インブローリオは……どうなのだろうか。うつむいたまま、震える声で拳を握りしめながら、答えを口にする。

 

 それは現代の義賊を自称する偉大で高潔なユーチューバー。紳士、ジェントル・クリミナルの相棒に相応しい淑女足る返答だった。

 

 

 

 それから30分。ラブラバと博士が作業部屋から出てくると、なぜかは知らないがインブローリオとジェントルはすっかり打ち解けていた。

 

「遅かったね、ラブラバ。いや~私、インブローリオさんの事を勘違いしてたよ。レディーだったのに彼なんて言ってしまって、本当に恥ずかしい限りだ」

「いや、別に、どっちでも」

 とインブローリオ。悪い気はしてなさそう。

 どうやらジェントルの天然が都合よく良い方へ傾いたようだ。

 

「それについてなのだけどジェントル!」

 とラブラバ。どこか決意に満ちている。

「もう一度……もう一度収録し直すわ!」

 

 

 

 外に繰り出してみたものの、特に企画は無いので散歩の風景になっている。

 

「あのベスピン・マートがこの辺りのスーパーの中では袋ラーメンが安くてね」

「へえー」

「で、月一でラブラバと行くファミレスがあそこ。私は目玉焼きハンバーグをよく注文する」

「いいなー。あ、ファミマ」

「寄ってく?」

 

 昼時をちょっと過ぎたあたりに放送されている、ぼんやりとした旅行のテレビ番組のようだ。

 いや、静かな昼下がりに似つかわしくない騒々しいエンジン音が聞こえて来た。

 今どき懐かしいレベルの騒音、その数13台は、あっという間に四人を包囲した。

 

 船首のような外装の単車に乗った、リーダー格と思しきリーゼントが声を荒げる。

 

「おいテメェらか! うちの弟分を可愛がってくれたのはよォ」

「おれらに喧嘩売って往来を歩けると思うなよコラァ!」

 

 と次々にヤジを飛ばす。暴走族、それはヒーロー社会において絶滅危惧種と言ってよかった。なんせ有名ヒーローは学生時代に逸話を残すという噂が蔓延しているのだ。つまりヒーローに憧れている学生は、その逸話の生贄となる小悪党に飢えている。手っ取り早く分かりやすいヤンキーは狩られに狩られた。

 今やヤンキーの希少価値は高く、ニホンオオカミの毛皮のごとく剥ぎ取られた特攻服は、保須市のヒーロー歴史博物館に展示されているほどだ。

 

 取れ高的には美味いシチュエーションだが、さすがに数が多い。尻尾を巻くことも考慮すべきだった。ジェントルはチラとラブラバを見やる。そこにはカメラを止めない、義賊としての立ち振る舞いの期待に満ちた彼女が居た。

 そうとあってはやる事は一つしかない。例によって、個性の戦術はヒーロー側に漏れる訳にはいかないのでいつも通り、ここはカット。

 

「インブローリオさん、ここは私が引き受けよう! きみは……」

 

 飛んできた金属バットを、空気に弾性を付与したバリアで跳ね返しながら言うが、隣にいたはずの彼女の姿は無い。

 あれ? とあたりを見回すと、いつのまにか族の包囲の後ろのマンホールから、ぬたりと這い出ていた。

 

「おい、でけえ男がいつの間にか居ねえぞ!」

「どこいきやがった!」

「おれら蛇場the捕苦をナめてんのか!」

 

 ジェントルは小粋に笑って言った。

 

「一応、私の動画は全年齢対象だからな。コラボ元であるこちらのレーティングに従ってもらうぞ!」

 

 

 

「な、なんだ、こいつら。このコンビ、つええ」

 

 最後まで抵抗していたリーダー格が、インブローリオが腕から飛ばした蛭のショットガンを避けるも、射線上に居たジェントルが空気バリアで反射して全弾を命中させた。リーダー格の背に吸着した蛭はあっという間に活力を吸い取り、失神させる。

 

「やるじゃないか、インブローリオさん。私一人では手に余る案件だった。ほんの、少しだけ」

 

 別に、とそっぽを向きながら、差し出された手を握った。

 そんな二人の様子が、無惨に破壊された単車とノびている族達と夕日をバックに映っている。

 

『ジェントルの新たな盟友、イカすわ!』

 テロップが入る。

 

 

 

 再びジェントル宅でラブラバがコンソールを操作して編集する。一見すると、ジェントルと巨漢が散歩しているが、エンターキーを小気味よく押すと状況は一変した。

 なんと巨漢が美少女3Dモデルにリアルタイムで変換されたのだ。

 そう、これは今はやりのVTuber。どんな人でもなりたい見た目になれる夢のようなシステム。美少女になりたいおじさんの願いだって、おばあちゃんになることだって、猫でも、犬でも、美少年にだって、いとも簡単に叶うのだ。

 

 この提案をラブラバから聞かされたとき、博士はためらった。そんなまやかしは、かえってインブローリオを傷つける事になるのではないか。

 だが、現実では物理的に無理な問題である以上は、仮想で電子的に解決する事を試みるべきでもある。

 

 たとえば今のインブローリオに、いくら化粧やカツラを被せ、アクセサリーを身に着けさせ、オシャレをしても、カワイイと言ったところでそれはガキにでもわかる偽りだ。残酷だが、今の彼女は怪物なのだ。その現実を直視せずして着飾らせるよりは、幻想であっても文句なくカワイイと言えるVTuberの方が、正面からインブローリオに向き合っている。

 

 ソフトウェアの天才、ラブラバ。ハードウェアの天才、博士。この二人がその設計思想の下に動けば30分で事足りた。精緻で、まるで生きているかのような、それでいて不気味の谷を感じさせない絶妙な3Dモデル。表情の一つ一つ逃さず、一挙手一投足を完全にモーションキャプチャして体格すら変更し映す、ヒーローのサポートアイテムの領域に入ったカメラ。

 ハイエンドかつワンオフの撮影環境を用意するなど、造作もなかった。

 

 出来上がった映像が、ラブラバのノートPCで再生される。

 

「え、これが私? へー、こんな可愛いいんだ」

「市場に出回ってる3Dモデルより段違いのクオリティだから。しかも全身のモーションキャプチャで動き回るなんて、インブロちゃんは完全にVTuberのネクストステージに立っているわ! ほら、服とかのバリエーションも! ほら! ほら!」

「あ、すごーい。わーへー。イ、イヤリングとか、ある?」

 

 インブロちゃん……そういうセンスは俺には無かったな、と一瞬で打ち解ける様子に感心する博士。しかし。

 うはー、と盛り上がる女の子二人に対して、その後ろでモニタを覗きこんでいたジェントルと博士は口元に手を当て、ある真実に勘付きかけていた。

 

 これひょっとして、いい歳したおっさんが往来で3Dキャラと散歩デートしてるだけなのでは?

 

 戦闘シーンがカットされている都合上、そうとしか見えない。

 

 だいじょぶかな、これ。アニメキャラと和気藹々としてる自分ってちょっとキャラと違うような。

 と、ジェントル。でもインブローリオさんが喜んでる手前、水を差すのも……

 

 なんだろう、ブレードランナー2049みがある。いやアニメっぽい分、より業が深いな。

 と、博士。ちらとジェントルを盗み見ると、何とも言えない表情。二度見して、マズいと試算する。

 

 暴力的解決は今後の関係を考慮して除外するとして。

 動画のデータを握っているのはラブラバだ、最終的に配信するのも。そして彼女の優先順位はおそらく、ジェントル>ラブラバ>インブローリオ>博士>その他。

 つまりジェントルがケチを付ければ、この動画はお流れになる可能性がある。撮れ高的にも、今日の収録はもうめんどくさい的にもそれは避けなければならない。

 

 博士は若干うわずった声で言った。

「い、いや~いいなあこれ、クリミナルさん、いいよこれ」

 

 え!? いい? これいいの!? ジェントルは博士を見やり、言葉にはしないが、何か言いたそうに口をモニョモニョさせる。

 

「クリミナルさん見て、このカット。私と握手してるとこ、最高にキマってる」

 

 え!? いい? これいいの!? ジェントルはインブローリオを見やり、言葉にはしないが、何か言いたそうに口をモゴモゴさせる。

 

「ジェントルは毎秒かっこいいけど、インブロちゃんとコラボする事で更に磨きが掛かってるわ!」

 

 えっと……あー、そう? ジェントルはラブラバを見やり、言葉にはしないが、自分に問うように顎髭を撫でる。

 

「やっぱりラブラバさんはクリミナルさんの事をよくわかってるわー。もうね、相乗効果。クリミナルさんとインブローリオは紅茶とスコーンのように噛み合ってるっつーか」

 

 理解者と呼ばれて満更でもないラブラバが照れて頭を掻いた、それをインブローリオがこのこの~と肘で小突く。大柄で異形の改人が、小動物のようにかわゆいラブラバとアハハハ、ウフフのガールズトークをしている。

 

「いや~今日は本当にいい経験をさせてもらったよ。じゃクリミナルさん、この動画はアップロードしても、いいんだよね?」

 

 ジェントルは博士、インブローリオ、ラブラバの空気が、もうこれ最高っしょ! アップロード決定! といった雰囲気である事を感じ取った。異を唱える事がひどく場違いで、それどころか自分が間違っているという気にさえなっている。

 そう、これは同調圧力と呼ばれる不可視の力場。現代日本において、これに屈しない精神力を後天的に持つ事は極めて困難、かつ厳しい修行を積まねばならないとされている。

 

「う~ん、確かに、いいかな。新しい? 感じだし」

「新しいどころじゃないって。ユーチューバーとVTuberのコラボとかたぶん世界初なんじゃないかな。あったとしてもこんなクオリティのは無い。業界騒然でしょ。作っちゃったんじゃないかなー、道。拓いたなー」

 

 ジェントルは一瞬、さっきから博士が自分の目を見て話さない事が気になったが、それよりも先駆者となる事の期待感が上回った。

 

「そ、そう? じゃあ、ラブラバ! 君の編集でさらなるブラッシュアップを頼む!」

「まかせてジェントル! 実況界の新たなパイオニアとしての狼煙を上げるクオリティに仕上げてみせるわ!」

 

 こうして、世界初の個性ユーチューバーと個性VTuberの圧倒的完成度を誇るコラボ動画は、全世界に配信されるのだった。

 

 

 

 ―――

 エンディング

 ―――

 

 

 

「あのさー。私、携帯端末が欲しいんだけど」

 

 前祝いを兼ねた夕食のファミチキを齧るインブローリオが、唐突に言った。

 

「珍しいな、あんたがファミチキ以外の物を欲しがるなんて。ラブラバさん?」

 

 ビールを一口やった博士がそう言うと、取り繕うように早口で返す。

「いや、ほら。一応は動画的に協力関係な感じだから、いつでも連絡し合えるようになってたほうが結社としてもプラスになるし」

 

「ふうん……すぐには無理だけど、いいよ。適当なキャリアやOSにタダ乗りしなきゃだから、手に入れたジャンク端末を弄らなきゃならん。三日くらいかな」

「ホント? やった、アイホンフォーティーンがいい」

「ちょっと地下に監禁されてる間に、アイホンがFFみたいな事になってる……」

 

 ま、それはそれとして。と博士は珍しくまじめな口調で言った。

 

「一応確認するけど、それってクリミナルが助力を求めてきたら応じるって事でいいんだな? 例え相手が誰だろうと、クリミナルの敵の敵になるって事だな。あいつらが俺たちを助けてくれなくても」

「……それ、おまえに関係ある?」

「あんたが無いと言うのなら、無いのだろうさ。悪の秘密結社は、俺の独り相撲ってだけ」

 

 博士はそれ以上言わず、茹でたソーセージをパクついた。

 

 その鋭利な口調に、インブローリオは慎重になった。博士は、ヴィランを叩いて回るヴィランだから自分を気に入ったと言っていた。ヒーローでもヴィジランテでもない行動原理が琴線に触れたのだろう。だから、飽きるまで協力すると。

 クリミナルたちと慣れ合う事は、博士の興味を失ってしまいはしないだろうか。例え相手が誰であろうと、の相手とは即ち博士を意味しているのだろうか。

 

 インブローリオは二度、親しい人を失っている。返答いかんによっては三度目になるかもしれない。馬鹿な、博士は姉さんほど親しくない。そう強がってみるが、どうにも答えるのが怖い。

 だが答えない事には前に進めない気がした。

 

「たぶん」

「なんで」

「それは……ラブラバが、その、友達、かもしれないから。わかんないけど。きょう会ったばかりだし」

 

 インブローリオは椅子から立ち上がった。

 

「文句、あるか? あるなら腹パンも辞さないが」

「いや、それで十分だ。ますますあんたが気に入った」

 博士は内心でしみじみする。娘が出来たらこんな感じなのかな。

「そういえば、これ」

 

 博士は小さなイヤリングを手渡した。ジャンク品のレアメタルから作った資源リサイクルの、簡素なデザインの物だった。

 

「なんか、気になってたみたいだから」

 なんだか気恥ずかしくて、執拗にビールをくぴくぴやる。

 

「あ、ありがと。でもなんで左右で色が違うの、それに私、耳ない」

 

「あんたと、あんたの姉のだから」

 博士は新たにビール缶を開け、茫然とするインブローリオに言った。

「オールフォーワンに対して俺の直接的な恨みはないが、然るべきツケを払わせるつもりだ。で、あんたの姉を取り戻す。最初はけっこう慰めで言ってたけど、今は違う。俺は本気だ。あんたは姉と、元の身体を取り戻す権利がある。俺はそう思う、そう考えている」

 

 言うだけ言って、ビール缶をインブローリオに向ける。インブローリオが逡巡して合点をいかせ、飲みさしのスプライトのコップをかち合わせた。

 

「何に乾杯?」

 とインブローリオ。一息でスプライトを干す。

 

「新たな盟友と、あんたの姉と、悪の秘密結社に」

 と博士。一息でビールを干す。

 

 それは都内にある雑居ビルのワンフロア。自称、悪の秘密結社の真の発足の瞬間だった。

 

 

 

 ―――

 Cパート

 ―――

 

 

 

 なお、ジェントルの新作動画は伸びに伸びたが、コメント欄はキモイだの、二次嫁だの、空想と現実の区別がついてないだの、アレだの、日本版ブレラン2049だの、CGアイドルG子の実現だので溢れかえっており、荒れに荒れた。そして誰一人としてジェントルの活躍には触れていなかった。

 

 お、おかしい。こんなはずでは。

 きっと二人の紳士淑女っぷりを称賛するコメントで溢れかえっているものだと、勝利の杯代わりの紅茶を用意していたのに。

 ラップトップの前で固まるジェントルは、なんとかラブラバに声を掛けようとし、やめた。

 珍しく携帯端末で誰かと楽しそうにお喋りしていたので。

 

 その光景を肴に、紅茶を一口やってみた。

 こいつはなかなかと、心の舌鼓を打つ。

 




人間:インブローリオだったモノの実母
個性:不明
双子の姉妹を妊娠中に死亡したぞ!

人間:インブローリオだったモノの実父
個性:不明
インブローリオだったモノのの実母に暴行を加え、殺害。現在は行方不明だぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 美女と野獣(少女)

 ―――

 アバンタイトル

 ―――

 

 

 

 ありていに書くならば一人暮らしのOLの部屋で、にまぁ~と、携帯端末の短い動画を見る一人の女性がいた。名を岳山、職業ヒーロー、ヒーロー名はMt.レディ。

 かれこれ10分ほどリピート再生をしているその内容は自身が出演したCMだ。ヒーローのCM出演は一種のステータスであり、新米の彼女が抜擢されたのはなかなか例を見ない。

 

 ではなぜオファーされたかと言うと、特筆すべき点があった。東洋問わず力の源とされる言い伝えが多く残る、髪という秀でた点が。

 自慢の髪質だった。子供の頃、よくデカ尻女と『巨大化』の個性をからかわれていた。嫌な身体だと泣く事もあった。それでも髪だけは巨大化しても変わらず綺麗だった。それが支えだった。

 

 ちらと時計に目をやり、天界に流れるせせらぎのようなブロンドの長髪を翻して玄関を出た。

 予約していた美容院へと向かう。もちろんある程度髪型を変え、目深に帽子を被る。ヒーロー活動時は目出しアイマスクをしているとはいえ、一応は有名人なのだから。

 

 自宅のマンションを出ると、背後から声を投げ掛けられた。

 

「あれ、岳ちゃん?」

 

 振り向くとどこかで見た顔だ。なんとか記憶の糸を手繰ろうとする。

 

「あれ? あの、ぼっかけ理髪店の……あー」

「あ、覚えててくれた? そうそう、緒辰 貝(おだつ がい)。いやーおっきくなったね。北海道ぶりかな?」

 

 言われて「ああ」と合点をいかせる。

 実家が田舎で、他に選択肢が無くしぶしぶ通っていた理髪店の店長だ。

 

「懐かしいなぁ、思い出すよ。岳ちゃん、よくうちで髪を切ってくれたよね」

「あー、まあ。はい。お久しぶりです。旅行か何かですか」

 

 おっちゃんね、と緒辰は少し涙ぐんで言った。

 

「岳ちゃんが小っちゃい頃さ、どこか都会で店を出すのが夢って言ったら応援してくれたじゃない。それで勇気を貰えたからこうしてここで……本当にありがとう」

 

 言ったか? 悪い人では無さそうなのと、狭い社会なのでほどほどに愛想よくしていた思い出しかない。

 

「あ、じゃあ……夢がかなったんですか」

「うんあそこ」

 

 そう言って顔を向けた先に岳山も視線をやるがお店らしきものは無い。自宅の向かいには二階建てのアパートがあるだけだ。しかしどこか違和感がある。ん? と目を凝らすと、一室の玄関横の壁に、小さなサインポール(赤白青のくるくる回るアレ)が取りつけられていた。

 

「お店……ですか?」

「流石にテナントで店をやる資金が無くてさ。まあ、東京ってああいう隠れ家的なレストランがあるみたいじゃない」

「はあ」

「いや~それにしてもびっくりしたよ。何年振りかなあ。急に北海道離れるんだもの。まさかヒーローになっ」

「あすみませーん。ちょっと行かなきゃいけないところがあるので」

 

 長くなりそうだったので岳山は往来の歯に衣着せぬ物言いで会話をぶった切ると、そそくさとその場を後にした。

 後姿に揺れる髪を、緒辰はじっと見つめていた。

 

 

 

 ―――

 Aパート

 ―――

 

 

 

「いいかげん諦めろデカ女!」

「待てこのッ! ちょこまかするな!」

 

 田等院駅から少し離れた通り、夏至を近くに感じられる日の下で、今日もまたヴィランを追うヒーローがいた。

 追われるヴィランは手足が短く、胴は鳥の卵のようにポテッとしていた。ギョロリとした丸い目が道行く給与人やサボり大学生を把握し、その間をするすると縫うように走り抜ける。

 

 追うヒーローは、流れるような黄金の稲穂色の長髪を翻した女性だった。肉置きのよさを際立たせるタイトなヒーローコスチュームに身を包んだ、背丈20メートルほどの巨大な女性。器用に駅前のバスターミナルやタクシー乗り場の車両や人を避けて走り抜ける。

 

 おー、Mt.レディだ。と、道行く人々はスマホで撮影した。バズーカ砲のようにながーいカメラを構える集団も、どこからともなく発生する。

 

「彼女の家に怪しいやつが近づかないか見張ってただけだ!」

「接近禁止令が出てるだろ!」

 

 ヴィランは『ヤモリ』の個性を発現させ、ぺたぺたとオフィスビルの壁を這いあがり三階の窓を破って侵入した。そのフロアで事務仕事をしていた給与人が突然の闖入者にどよめく。

 

「大切な愛する人の家を守って何が悪い!」

 

 振り返って勝ち誇った。Mt.レディの個性は『巨大化』という変形型。こういった室内に逃げ込んでしまえば……と、内心でほくそ笑む。決して俺と彼女の蜜月の邪魔はさせない。彼女の勤務先の昼休憩まで体内時計で24分。なんとかこのヒーローを撒いて、二人のランチに間に合わせなければ(彼女が好物のアボカドとローストチキンのサンドイッチを食べる姿を目に焼き付けながら食事をする意)。

 そして退勤後の夜道は危ないから送ってあげて(同じ電車車両に乗り)、帰ったら一緒にユーチューブを見て(コメント欄で絡む)、お喋りしながら(ブロックされないようにツイッターでいいねを押す)夜を共にする(日本時間の夜を同時刻に経験する)んだ!

 

 熱い思いを馳せるヴィランとは裏腹に、給与人はざわめいた。Mt.レディはまったく減速せずに突っ込んで来る。

 

「彼女はあんたを愛してないっつーの!」

 

「いやいやいやちょちょちょっと」

 

 ヴィランはすぐに背を向けてフロアから飛び降りた。ワンテンポ遅れて、Mt.レディはビルめがけて軽く跳ねる。フロア中の市民が目を閉じ、身体を強張らせた。

 あわや大惨事寸前、空中で『巨大化』を解除。どこにでもいる女性のサイズに戻り、そのままヴィランが破った窓に続いてするりと侵入した。

 流れる動作で前転して着地の衝撃を四肢で拡散させると、「お仕事中すみませーん」と言ってそのまま追って行った。

 

 すげえ、と誰かが口をあんぐりさせる。

 

 個性制御、という概念がある。

 発動、変形、異形の3つの型に大別される個性に共通した要素で、それは生まれ持った才能でもあり、努力して伸ばせる技術だ。

 

 例えば手から『爆発』を起こす個性使いが自らの掌に火傷を負わないのは、発動型の個性制御がうまく働いていると言える。個性制御が上達すればするほど発動するまでの時間は減るし、その威力も増大する。

 逆に『サメ』になれる個性使いが水中で呼吸困難になる場合は、変形型の個性制御がうまく働いてないと言える。口呼吸とエラ呼吸の違い、呼吸器官の差異に対しての意識、あるいは無意識的に個性制御を働かせない限りは、例え魚の個性でも水中で溺れる。

 

「俺なんかよりヴィラン連合とかの悪党を掴まえろよ! ……クソッ、二車線以下のとこは追ってこれねーんじゃなかったのかよ」

「悪事に大も小もあるかぁ!」

 

 筆を走らせたように10階建てのビルの屋上へ逃げると、Mt.レディはつま先立ちで巨大化を起動し、頭部を終点に個性を解除。すると身体はあっという間に空中20数メートルに位置する。落下する前に屋上のフェンスを掴み、追撃を再開した。二車線以下云々で難しいのは対個性戦であって、戦闘能力の無いヴィランを追う事は可能だ。

 

「ウソだろ……人の恋路の赤信号め!」

「一方通行の恋路があるかっての、通行止め! あんたの人生も一時停止! ……このフレーズいいな。いやでもわたし、それほど交通系って個性でもないし」

 

 巨大化後、どこを終点に個性を解除するかを決定し、疑似的な高速移動を可能にしているのも個性制御の作用だ。

 水を放出する個性も、その水を極小の粒として放出すれば霧になる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()基礎にして奥義なのだ。

 

 ガラスを伝う水滴のように壁を降りた先はアーケード街に繋がる噴水広場で、さすがに人が多い。空中に飛んで巨大化、着地前に足を終点に解除するにはややスペースが怪しい。

 非常階段を駆け下りるMt.レディを見上げて、ヤモリヴィランは鼻で笑う。

 

「俺の愛はアマゾンプライムでお急ぎ便……あんまり上手くないな、自分で言うのもなんだが」

 

 まあいいか、と人ごみに紛れて商店街へ姿をくらました。くらまそうとして夜色の触手に襟首を引っ掴まれて路地裏に姿を消した。

 そして底冷えのする、ガラリとした声の怪物に詰問される。

 

「頭と両手が黒いモヤの奴を知っているか」

 

 

 

 xxxxxx

 

 

 

 わたしとしたことが、見失うなんて。と、Mt.レディは商店街に足を踏み入れる。踏み入れようとした時、ゴミが路地裏からぺいっと飛んできた。よく見るとゴミではなく、ボコボコにされた先ほどのヤモリヴィランだ。

 

 ひょいと路地裏を覗くと、マンホールを開けている夜色の巨体と顔を合わせる。顔と言っても目耳鼻口が無い。干してある美容室のタオルや室外機がひしめく狭い通路で窮屈そうにする身丈は2メートルをゆうに超えており、その体躯は暴力の為の鋭利な筋肉で構成されている。よく見ればそれは無数の触手のようなモノが形作っていた。

 

「……インブローリオ」

 

 固唾を呑んでそう呼ばれた怪物は、一言も発する事無くぬるりとマンホールに潜って姿を消した。

 

「待て! ……あーもう!」

 

 混濁する意識の中であっても何とか逃げようとするヤモリヴィランに気付き、その暗色の怪物を諦めた。

 

 

 

 ま! もとよりインブローリオとは一対一で相対してはならないっていう基本方針があるんだけどね。とヤモリヴィランを警察に引き渡してMt.レディはヒーロー協会の会議を思い出した。

 

 保須市での事件以来、脳無の脅威度が協会を通して定義づけられた。原則的に一対一の場合は即時応援を呼ぶ事、深追いは禁止事項。

 それに巨大化の個性使いが地下水道では戦えない。あの場で協会に連絡をして撤退が最上の判断。

 

 それに、と事務所ビルに戻って一息ついて付け加える。

 

 遊園地で確かに自らを脳無と名乗ったが、保須市で見た脳無との決定的な共通点が無い。むき出しの脳味噌という外見上の相違。この点が、まだ異形系のコピーキャットである可能性を残していた。(USJの事件が漏えいしていたと仮定して)

 

 ひと汗かいたので事務所のシャワーでサッと流してジャージに着替える。冷蔵庫の扉を尻で閉め、キンキンに冷えたスポドリ片手にソファへどっかりと腰を下ろす。ヒーロー活動中の花のある雰囲気とは打って変わって、完全にだらけている。

 

 ファンが見れば落胆するかも、と事務員は考えた。まあ、表に出さなければそれでいいか、とも。オフがズボラで女っ気が無いのはプロモーション的には構わなかった。男の気配の欠片も感じられない。職業ヒーローはアイドルに片足を突っ込んでいる。声優に求められているそれと同じだ。あまり色恋沙汰は匂わせたくない。

 事務所として()()()()()()()()()()()()だが、この様子だと問題無さそう。

 

「あー疲れた」

 

 プルタブを開け、クピクピやりながら録画していた「美女と野獣」を再生する。

 基本的に、個性を使ったヒーロー活動後は休憩を入れる。市民に被害が及ばないように個性を使うというのは、想像以上に神経を使う。無理に勤務を続けて、万一にでも人的被害を出さないためだ。

 

「やだやだ。あーいう女の気持ちとか考えないストーカー。大切に思ってるなんて口だけで、絶対、なにかあった時に助けてくれないタイプ。ってか被害者も気づかないもんかしらねー。数年間発覚しなかったって信じられない」

 

 そんなラフな姿に、事務員がおずおずと切り出す。何しろ岳山は、感情が高ぶるとはずみで個性を起動しかねない。巨大化の個性を室内で使えばどうなるか。この程度でそれほど不機嫌になるわけでもないが。

 

「あの岳山さん。今日捕えたヴィランの被害報告書なんですけど……」

「んあー大丈夫。何も壊してないから。特に書く事無いし、後でちゃちゃっとやっとくー」

「や、その。オフィスビルの窓ガラスが割れてるみたいなので、うちは壊してないと警察に届け出て主張しておかないといけなくて」

 

 ゾンビのように呻いて、クリップボードに挟まれた紙面の記入事項を埋めていく。発生日時、場所、状況、正当性の有無、個性使用の有無……

 

「というかさー、今日も居たわ。例のインブローリオ」

「えまたですか」

 とサードパーティから提案されたグッズの企画(Mt.レディの型を取って作る、3メートルほどの等身大足裏ベッド。買う奴いるのか?)を揉みながら事務員は怪訝な顔。

「遭遇率高いですね。この辺を拠点にしてるのかな」

 

「ムカつくわー。あいつがヴィランをボッコボコにするから、わたしの活躍の機会が減るのよ。楽なんだけどさ」

「まあ無事なだけいいじゃないですか。協会の基本方針を無視して病院送りにされたヒーローも多いですし」

「あいつ、()()()わたしには手を出さないのよねー」

「……捕まえようとしたんですか? 一人で?」

 

「ちょっと前に。退路を確保してからね」

「やめてくださいよ、危ないなー」

 

 でもほんと、なんでだろ。とテレビを見やる。ちょうどLady HairのCMをやっていた。思わずむふふと含み笑い。画面の中では、白いワンピースを着た自分が物憂げに自慢の長髪を搔き上げているのだから。

 

 ゆるやかなウェーブをえがくシルクのような髪には、エンジェルリングが浮かび上がっている。穏やかな草原の風に、湖面に反射する朝日の色を付けたかのような。繊細で柔らかい楽器の旋律を蓄えているとも見えた。

 

 プロの女性ナレーターが透明感のある声色で締める。

 

『シャンプーで、奏でる髪質。Lady Hair』

 

 

 

 ―――

 Bパート

 ―――

 

 

 

『シャンプーで、奏でる髪質。Lady Hair』

 

 地下水道を通った臭いをシャワーで落としたインブローリオは、ボロボロのソファに腰掛け、くりっとしたかわゆい小動物のような瞳を出し、テレビを指す。整った小さな口を作り出して言った。

 

「そういえばこいつ、また居た」

 こいつ? とくたびれたシャツにスラックスの自称博士は、ヤモリヴィランからいただいた財布や携帯端末を検める手を止めて顔をあげる。一瞬だけ、切なそうに振り向く岳山を視界に入れる。

 

「ああ、Mt.レディか。結構活動範囲が被ってんのかな……うおっ、財布に盗撮っぽい女性の写真が……大丈夫かよ、いろいろ」

「なんか今日また追いかけて来る気配みたいなのがあったけど、マジで手を出したらダメ? 最悪マンホール降りてきたらさー」

「だーめだって。随分前だけど、一日署長やるって発表があったからな。怪我でもさせてみろ、警察のメンツを潰すことになる」

「悪の秘密結社がなにビビってんだか」

 

 そうじゃないよ。と博士はクレジットカードを謎のスキャナーに読み取らせた。ラップトップにUSB接続されているヤモリヴィランの携帯端末で、アマゾンのカートに商品を入れていく。

 

「そうじゃないよ。結局、立法と行政の上層はまだ現場を理解してない。脳無が大暴れしたけど、ヒーローが何とか鎮圧したからな。街の被害は警察の責任でもない。けど一日署長を潰したら、警察に直接喧嘩を売る事になる。別にいいけどさ。おれが嫌なのは塚内って男を敵に回すには尚早って話」

「誰それ」

「凄腕の対個性犯罪の刑事だ、今は警部だったか? 個性知能犯罪組織からは、ある意味オールマイトより恐れられてるよ。一日署長もそいつの起案って噂だ。たぶん、Mt.レディに怪我させたら、警察の威信とかを理由に予算をもぎ取る算段なんじゃないか。で謎の改人、インブローリオが本当に脳無なのか、その背後関係も洗う。Mt.レディは情報地雷だよ」

 

「脳無って宣言したじゃん。てかわたし以外のヴィランにやられたら?」

「やられないくらいの実力はあるんだろ。きみ、他の脳無と違って脳味噌剥き出しじゃないじゃん、話せるし。一万以下でなんか欲しいものある?」

「え、芳香剤……じゃないアロマディフューザー! 丸見えはキモイからヤダ」

 

 そう、インブローリオは見た目はともかく精神は花も恥じらう年頃の女の子。脳味噌丸見えは女の子的にNGなのだ。

 

「その塚内ってそんなヤバいの? どんな個性?」

「個性よりも判断力と観察力がな。高校の頃から昼行燈って感じなんだが……まあとにかく今はめんどくさい相手だ。警察上層には、何人かのヒーローで対応できる脳無っぽいやつ、の認識のままでいてもらう。やつに人と金を回させないために」

 

 いいか、と博士は念を押す。

 

「いいか、だからM()t().()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。追われても振り切るだけにしろ」

 

「ふーん。おまえがそこまで言うんなら、わかった……あSwitch欲しい!」

「高いからダメ!」

「イカのやつやりたい!」

「まだ秘密基地として機能してないだろ、ここ。ようやく浴室を取り付けたばっかりだし」

 

 そう言われるとインブローリオは何も言い返せなかった。次は自分の部屋を用意してもらえる約束を取り付けてあるし、トラブルを避けるため、正式に賃貸契約を結んでいるので家賃が掛かる。(偽の戸籍はラブラバに手配してもらった)

 大人しくテレビに視線をやる。CMはとっくに明け、醜い獣と美女が好ましくない出会いから一転して悪くない関係を築いていた。

 

 誰もが恐れる人外に心ときめかせる乙女がいるだろうか。いない気がする。それこそが高潔で尊い愛だとでも言いたいのか。暗転時に反射する自分の姿が視界に入る。だとしたら自分には程遠い。何となく目を引っ込めてチャンネルを変えた。

 

『続いてのアレです』

 

 テレビの中のアナウンサーが真面目な口調で読み上げた。

 

『先日、歌羽地区で起きた出火事件について続報が入りました。警察発表によりますとアレは一連の連続放火と同一犯である可能性が高く、周辺での不審者情報について目撃情報を呼び掛けています』

 

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、得意げな顔で返しが来る。

 

『ま、僕の方がツイッターで炎上した回数は多いんですけどね』

『その発言でまたアレしちゃいそうですね。理髪店を狙った犯行との見解ですが、一体犯人の動機は何なのでしょうか。われわれにはちょっと見当もつきませんが』

『早く捕まえてほしいもんですよ。行きつけの床屋が狙われたら困りますし。まったく、ヒーローや警察は何をしてるんだか。まあアイドル気取りと税金泥棒に何が出来るって話だけどな!』

『今のもアレですね。はい。続いてはタレント司会の、今しがた言った不適切なコメントに対する謝罪会見の生中継です。このまま現場からお送りします』

 

「これ身体の一部の体毛が少ない人が犯人だよ」

 

 そう言ったインブローリオの背後で、ガラス瓶が割れる音がした。博士の研究デスクの足元に炎が広がる。

 

「うあわー、燃えっ熱っつあつい」

「ええ!? なにやってんの! 燃えてる燃えてる! 水、水!」

 

 慌てて流し台でボウルに水を汲むインブローリオ。

 

「いやそれじゃ間に合わん!」

 

 博士は椅子に掛けてあった白衣を水に濡らし、火元の床を覆った。しゅうしゅうと音を立てて焦げ臭いが漂う。そこへさらに水を掛けてなんとか消火した。デスクに燃え移らなかったのが不幸中の幸いか。

 

「消えるもんだね、濡らした白衣で。てか身体をホースみたいにして蛇口と繋げばよかった。焦ると簡単な事に気が付かなくなるもんだね」

「まあ結局は酸素との化学反応だからな。酸素を遮断すれば、炎は燃焼する要素を満たさなくなる」

「そもそも気を付けてよ」

「きみがビックリするような事を言うからだろ」

 

「え?」 とインブローリオは逡巡し、博士の頭頂部を見やる。 「いや大丈夫。身体の一部の体毛は少なくなってないよ」

「あ、そう。いや気にしてないけどな」

「ギリギリ大丈夫」

「ギリギリってなんだよ! 気にする年齢なんだから気を使え!」

 

「もうおっさんだもんね」

「おっさんじゃねえよ!」

 

 

 xxxxxx

 

 

 

「うわ、おっさんじゃん。呪いの解けた姿、けっこう歳いってるわー。王子さまより王じさん?」

 

 何日か日を跨いで美女と野獣を見終わった岳山が、身も蓋も無い感想を言った。ま、ちょっと変わった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って所にはグッと来なくも無かったけど。と、内心で付け加える。

 

 伸びをして、ソファから立ち上がる。手早くコスチュームに着替えて時計を確認する。そろそろ夕暮れ時。

 

「岳山さん。あんまり遅くにパトロールに出ると、足元暗いから活動しにくいですよ」

「あーわかってる。けど最近の連続放火魔がどーも気になってね。この辺の理髪店もなんかそわそわしてるし、安心するでしょ、ヒーローが見回ってたら」

 

 雑に見えて真面目なんだよなあ、人の気持ちを考えてるってか、と事務員は岳山を見直した。無茶苦茶やったり、しょっちゅう事務所を巨大化で破壊されたり、保険屋に嫌な顔されたけど。この人の事務所を選んで正解だった。

 

「あ、そだ。もしガチャガチャでシンリンカムイの盆栽フィギュアシリーズ見かけたら一回だけ回しといて」

「珍しいですね。他ヒーローのグッズに興味持つなんて」

「写真撮って煽る用。あれ死ぬほど売れてないんだって、だから探しても全然なくて」

 

 正解なのだろうか、この人の事務所を選んで。

 

 

『盆栽鉢の上で面白ポーズを取るシンリンカムイの四肢を、幹枝に見立てて葉を付けたスモール盆栽!

 全6種類+シークレット1種類。葉を剪定できるプレミアム仕様! きみだけのシンリン盆栽を完成させよう!

 発売日 :2019年1月未定

 ※発売日(予定)は地域・店舗などによって異なる場合がございますのでご了承ください。

 売り場 :

 価格  :500円(税込み)

 対象年齢:15歳以上』

 

 

 ターゲット層がわからん。等身大足裏ベッドがまともに思えてくる。

 

「あ、はい」

「それじゃーちょっと行ってくる」

「お気をつけて。あそれと、まだオフレコですけど二本目のシャンプーのCMが決まりました」

「マジ!? やったね~」

 

 たららーんとCM曲の鼻歌まじりで事務所を後にした。

 その後姿を電柱の影から窺う緒辰は鼓動の速まりを押さえられなかった。

 

 やはり、あの太陽のシルクのような髪質は岳ちゃん。本当にMt.レディとして活動していたのか。

 しかもあのロールと毛先からして、やはり俺と出会った日以降にどこかの理髪店に行っているな。おれがきみの自宅の向かいで床屋を構えているのに、なぜ……! 

 嫌だ……その天使の夢で紡がれた糸に触れ、ハサミを入れていいのはおれだけだ。許されない、他の誰にも。絶対に……おれ以外の理髪店に行くなんて。

 

 

 

 xxxxxx

 

 

 

 てくてくと駅周辺をパトロールすると、部活帰りの女子学生がスマホを向けた。

 

「テレビより、より綺麗だわ、実物は」

Lady Hair(レディヘアー)、買うしかないね、買えるだけ」

「街灯に、煌めく髪は、天の川」

 

 その視線にありがとー、と答えて周囲を見渡すと、いつの間にか陽が落ちていた。最後に商店街を通って帰るかと歩みを向ける。

 噴水広場を通り、すっかりシャッターが降りて人がまばらな通りに、街灯の明かりが物悲しく照らしている。そう言えばこないだインブローリオと出会った所。

 

 なんとなしに、ひょいと例の裏路地を覗いてみる。屈み込んでごそごそと壁を弄る男が一人。

 

「どうしてそんな事をする!」

 

 Mt.レディが叫ぶよりも早く、そのセリフは彼女の背後から聞こえた。

 は? と、振り向くと今にも泣きだしそうな緒辰が居た。

 

 路地裏に居た男はその声にビビり、ライターを点けた。『均一化』の個性が発動し、二階建ての美容室の外壁がライターと同じ火力で均一に着火される。夜の街に炎の箱が灯されたようだ。

 犯人はそのまま逃げようとしたところ、マンホールから這い出た巨漢に捕まり、件の質問の後にボコボコにされてポイ。

 

「いやいや速い速い理解が追い付かないんだけど」

 とMt.レディ。

 

「どうしておっちゃん以外の店で髪を切るんだ」

 と緒辰。泣きながら続けた。

「あんなに足しげくおっちゃんの店に来てくれてたのに、どうして黙って北海道を出て行ったんだ」

 

「はあ? いやちょっと何言ってるか」

「探したよ、本当に探した。ご両親に居場所を聞いても断固として教えてくれないし道警呼ばれるし。だからヒーロー名鑑vol.5で岳ちゃんの髪を見るまでわからなかった」

 

「歌羽区の商店街で火災発生です。恐らく個性により外面全体にのみ火は回っていて、内部にはまだ燃え広がっていません」

 と、Mt.レディは手首に備え付けてある通信機で消防に連絡しながら思考を切り替えた。緒辰の事は考えたくなかったというのもある。

 どうする。ヒーローとしての災害マニュアルに沿うのなら、消火栓や消火器を探す。いや火の手は一瞬で建物を覆っている。初期消火の段階はとっくに過ぎた。

 

「うわどうなってんだよ」

 と、二階に住んでいた住人が慌てて飛び出してきた。もう中に人はいないらしい。

 

 個性の使用を前提とした新建築基準法をクリアした建築らしく、燃焼具合は抑えられているがここは商店街。今にでも隣の店に延焼するかもしれない。

 

「緒辰! ちょっと消火栓を」

「どうして、運動会には必ず応援に行ったのに。あの時の写真だってまだ財布の中に」

 

 ダメだ役に立たない。どうすれば。いまのところ燃えているのは外側だけ。建物全体を、水を含んだ何かで覆えば酸素量は減り、火の勢いも収まる。だがそんな都合のいいものがこの場に……

 ハッとして巨大化し、すぐ近くの広場の噴水に駆け寄り、髪の毛を浸した。たっぷりと水分を吸って重いそれを抱えて戻る。

 

 やるしかない。火の点いた建築物を濡れた長い髪で覆う。ぼたぼたと水が滴る髪を前身に持って来て掲げる。ちりちりと顔が乾燥していくのがわかる。ここで絞っても焼け石に水だ。酸素を断ち切る事が大事なのだ。

 

 察した緒辰が叫ぶ。

 

「やめろ岳ちゃん! それがどれだけ素晴らしいかわかっているのか!? 神の生み出した奇跡だぞ! それだけはやめてくれ、何でもする。割引券もあげるから!」

 

 何でもする? だったら今すぐ消火活動しろ! 言葉だけのストーカー野郎。Mt.レディは内心で毒づく。

 ツいてない。

 やりたくない。やりたくないが、やらなければならない。

 

「あーもう、2本目のCM決まってたのに!」

 

 Mt.レディが意を決した時、黒い大きな影が視界を横切って燃え盛る屋根の上に降り立った。反射的に嫌悪感が湧く。

 インブローリオ!? こいつ、こんな時に邪魔を!

 

 邪魔をしているのかと思った。

 違う。

 赤い画用紙に黒いインクを垂らしたかのように、インブローリオの四肢から黒い蔦のようなものが燃える建物を覆っている。焼け焦げた臭いと、煙を出しながら。

 

「えちょっと何、を」

 

 何って、消火活動に決まってる。Mt.レディはすぐにそう理解し、インブローリオの真上で髪を絞り、少しでも助けになればと段階的に水を降らせた。

 建物の側面をみっちりと這う『蔦』は『蛭』のぬめりも併せ持っているものの、その人工的な雨はインブローリオに延焼するのを防ぐのに役立った。

 炎が消費する酸素を遮断し、消防車が到着するよりも早く鎮火を成功させる。建物内部に燃え広がっている様子も無く、倒壊の心配もなさそうだ。

 

「なんとか、なったか」

 

 Mt.レディは個性を解除し、胸をなでおろした。その背後から鋭利なヘアカットハサミを両手に持ち、鼻息の荒い緒辰が迫る。

 振り返りざまの足払いで宙に浮かせ、鳩尾を打った。白目向いて泡吹いてぶっ倒れる。

 

 美容院の店長がしきりに感謝を述べている。

 念の為消防が内部を確認、警察がMt.レディに状況説明を求めた。

 

「あのボコボコにされてノビてるのがおそらく連続放火魔の犯人」

 

 なるほど、と警察官は相槌を打ってパトカーに乗せられた容疑者を見やった。

 

「このボコボコにされてノビてるのは……あー」

 

 ふむふむ、と警察官は相槌を打ってMt.レディの足元に転がる緒辰を見やった。

「ノビているのは?」

 

 どうしたものかな、と答えに迷う。

 幼少の頃、良くしてもらったのは間違いない。世話になったのだろう。正直引くが、一応はファン、なのだろうか。

 何年振りかの地元の人間に、同郷のよしみを感じなくも無い。

 

 部下の一人が身元を確認しようと財布を検めると、岳山の運動会の写真が出てきた。小学校の頃のものだ。

 

「こいつは極めて悪質なストーカーです。現行犯逮捕です」

 

 こうして、一連の理髪店を狙った連続放火魔事件の幕は降りた。

 悪は去った。

 

 

 

 ―――

 エンディング

 ―――

 

 

 

「それでは、ご協力ありがとうございました。送りましょうか? パトカーでよければ」

「じゃ、お言葉に甘えて。それにしても大変なんですねえ」

 

 Mt.レディは『猫』の個性使いが運転する車の後部座席に乗り込み、続けて言った。

 

「警部でもこんな時間の現場に出動なんて」

「んまあ、ちょっと色々と」

 

 助手席に座る塚内直正が答えた。

 

「懐かしい顔を見れるかと思いましてね」

 

 

 

 xxxxxx

 

 

 

「おかえり。珍しいな。きみがヒーローを助けるなんて」

 

 別に、とインブローリオはさっさとシャワールームに向かい、過去を反芻する。

 

 姉は自分なんかよりもずっと素敵だった。まだ姉が自分の中に居た時、あの肉体は二人の物だった。だから姉に相応しい肉体を努めていた。

 児童養護施設で出来る美容やオシャレは少なかったが、出来るだけ身ぎれいにしていた。女の命と言われる髪には特に気を使っていた。

 

 だからあの髪が悪意による個性で奪われるのが気に入らなかった。あれは相当に手を入れ、大事にしていると初めて見た時からわかっていた。自信と誇りが感じられるほど。

 

 シャワーを止めて、鏡の水滴を拭って見やる。悪意による個性で奪われた頭部がそこにあった。ひどく醜く、醜悪な。瞳と歯茎だけはあの時のままなのがアンバランスで、不気味を膨張させる。

 

 助けるつもりなんてさらさらなかった。なんとなく、感傷的な気分になっただけだ。それだけだ。似た苦しみを味あわせたくなかった。

 

 

 

 シャワーからあがると、博士が台所でインブローリオの夕食を作りながらニュースに耳を傾けている。

 

「別にいいのに、お腹減らないし」

「まあ俺の為だと思って食べとけよ。年端もいかない子供を差し置いて自分だけ食べるってのもな」

 

『速報です。例の理髪店を狙った連続放火事件のアレが逮捕されたことが、今日の警察発表で明らかになりました。すでに犯行を認めており、動機については、理髪店は身体の一部の体毛が少ない人に対する環境ハラスメントであり、どうしても許せなかった。などと意味不明な供述をしているようです』

 

「うわ当たってるし。きみには探偵の才能があるな」

 

 犯人の顔が映し出されたテレビを見て。確かめるように旋毛の辺りを触ってみる。

 

 

 

 ―――

 Cパート

 ―――

 

 

 

「今日のパトロールしゅーりょー」

 

 例によってジャージ姿の岳山が事務所のソファに寝っ転がる。

 

「お疲れ様です。それと、頼まれてたシンリンカムイの盆栽フィギュア、ありましたよ」

「そ、ありがとう」

 

 手渡されたカプセルを開ける。風情のある盆栽鉢の上で片足立ちになり、反らしたもう片方の足の裏と掌を合わせ、空いた片手を掲げている。

 折りたたまれた説明書を見るに、ナタラージャーサナというヨガのポーズらしい。

 どこにあったのこれ? と尋ねながら、髪の毛のように頭部にこんもりと生えている葉をむしる。

 

「近所のスーパーの一角に小さなゲームセンターがあって、そこに」

「ふーん」

 

 シンリンカムイのフィギュアを身体の一部の体毛を引き抜きながら、浅く思考する。

 

 あの時、なんでインブローリオはわたしに手を貸したんだろ。

 遊園地で悪の秘密結社(笑)とやらに属していると公言していたし、やってることはヴィランを襲うヴィランだ。そこに正義の心はなく、財産を奪っていく。そこがヴィジランテとは違う所だ。邪魔をしたり、追跡するヒーローも攻撃する。もちろん助けるなんて行動は確認されてない。

 

 それにわたしにだけ、攻撃してこないし。

 摘み取る手を止め、なんとなしに毛先を指で弄ぶ。コシのある繊細な髪が指の間をするりと流れる。

 

 わたしが大事にしてるモノ、守ってくれたし。()()()()()()()()()()()()。あの恐ろしい化け物の外見をしたやつが、わたしを。

 いつからなのだろう。脳無と言うのが事実なら、ヴィラン連合に改人にされた。きっと醜い外見にされたから、わたしに話しかけられないんだ。そう考えるとなんだかとても切ない。

 

 そんな岳山を見て焦燥感を覚えたのは事務員だ。

 

 なんかシンリンカムイさんのフィギュアを渡したらもじもじしだした!

 

 ま、マズい。プロモーション的に。スキャンダル、とまではいかないまでも。事務所としての計画を立てないと。

 とにかく事実確認をしなければ。

 

 この時、事務員は焦りと想定外の出来事に失念していた――

 

「岳山さんひょっとして今、意中の方がいたりいなかったり」

 

 ――岳山は感情が高ぶると、はずみで個性を起動しかねないという事を。

 

 

 

 xxxxxx

 

 

 

 もう適当な空き地に青空事務所でも構えた方がいいのではないだろうか。

 

 ダンボールひしめく雑居ビルの二階フロアの中で、事務員は窓の外を眺めながら思った。

 

「あの、岳山さん。もう一戸建ての事務所を借りられないから、しかたなくワンフロアで済ましたので。お願いしますね、個性制御。一階には民間人が借りているので」

 

 うん、ごめんね。とデスクで物憂げに生返事。なんだかあいつが近くに居る気がして、胸を押さえた。そんな訳ないのに。

 

「それじゃー階下の方に引っ越しの挨拶に行ってくるので」

 

 想定よりも重症かもな、と事務員はのし袋に包まれた乾麺タイプの引っ越し蕎麦を持って階段を降り、一階フロアのドアを叩く。

 出てきたのはどこにでもいる中年男性だ。くたびれたシャツにスラックス。

 

「あ、おはようございます。上の階に事務所を構えましたMt.事務所の者です。引っ越しのご挨拶に参りました」

「ああこれはどうもご丁寧にままままうんと事務所ってMt.レディの!?!? えっ! えっ!?」

「ご心配には及びません。その……たびたび事務所を破壊してしまうのは事実ですが。あー、どこか一軒家を借りられるまでの仮という事で速やかに退去しますので。短いお付き合いになるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 それだけ言うと、そそくさと二階へ戻る。

 ヤバいな、あの人めっちゃビビってた。まあいつ二階で『巨大化』が起動されるかわかったもんじゃないからな。

 

 事務員曰く一階の民間人こと、悪の秘密結社の博士はぱたんとドアを閉じ、目を白黒させる。

「どしたの?」

 とインブローリオが怪訝そうに尋ねた。

 

「わけがわからん。M()t().()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えてたら真上に来た」

「なにそれ怖い」

 

 それは偶然か、塚内の策謀の副産物か、それとも運命の赤い糸のなせる業か。

 

 それは都内にある雑居ビルのワンフロア。自称、悪の秘密結社の真の発足後の躓きの瞬間だった。

 




人間:緒辰 貝
個性:なんか髪に関するなんか
北海道弁で、おだつ=調子に乗る。がい=とてつもない。らしいぞ!

人間:放火魔のやつ
個性:均一化
触れたAとBの2点の状況を等しくするぞ!
取って付けたように生物を対象に取る事は出来ないぞ! あと出来るかもしれないけど個性制御がスゲー大変。って事にしておく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 To Do トラベルキャンペーン

申し訳ありませんが、思うところと諸事情により第四話は書き直しました。
ご理解ください。


 ───

 

 アバンタイトル

 

 ───

 

『続いてのアレです。23日に発生した個性犯罪の容疑者として、警察は端田屋(はしたや) 区屋良レ(くやられ)(29)無職の自宅に捜索に入ったところ、テレビゲーム機や大量のゲームソフトがあったことが新たにわかりました。テレビは無く、モニタにゲーム機をつないでいたようです』

 

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。

 

『恐ろしい事件でしたねー。それにしてもいったいどういうソフトで遊んでるんですか? 僕はそういう頭が悪くなりそうなのは触れた事もないからわからないんですが』

『関係者によればゲームにはいくつか区分があり、CERO-Zとされる18歳未満販売禁止のアレもあったそうです』

『えー、それって現実の都市を模した中で銃を撃ちまくって人を殺しまくったり車を盗んだりするゲームって事ですか? え、そういうゲームをやる人が、個性犯罪に走るのはこれ、どう、なん、です、かね~』

『詳しいですね。番組調査によると個性犯罪者の約9割以上がゲームやツイッター、ユーチューブなどのアレを利用していたそうです』

『これは親御さんも不安でしょうね~。ゲームをやるとこういうふうに育っちゃう可能性が高いわけでしょ? 僕はテレビだけで育ったから大きな犯罪もせず、今の年収と知名度があるんですが』

 

 そんなどこにでもある朝のワイドショーに、真剣な眼差を向ける一人の男がいた。しばらく目を瞑ったのち、リモコンでテレビを消す。

 ソファから立ち上がり、仕事に向かうべく玄関で靴を履く。広いタタキ*1には一人分の靴しかない。

 出かける前に振り返って廊下の向こうのリビングを見やる。誰もいない、もう。

 そうして男は大きな一軒家を後にした。

 

 

 

 ───

 

 Aパート

 

 ───

 

 

 

 ひとけの無いうららかな街並みの一角、あか抜けたドラッグストアの前で、口髭を蓄えた一人の男が巨大な亀の怪物めがけて掌から火球を放つ。

 亀の怪物がジャンプで避けて突進する、男はひらりと身をひるがえして飛び越えて背後に着地し、亀の怪物が振り返ると同時に腹部へドロップキックを放ち、吹き飛ばす。

 そのまま亀の怪物が着地する間も与えずに駆け寄り、サマーソルトや鋭い拳で追撃を続け、崖まで追いやり、一切の躊躇なく叩き落した。

 

 GAME SET

 

 画面に文字とアナウンスが流れ、リザルト画面ではマリオが勝利ポーズを決め、クッパはふてぶてしく拍手している。口髭の男ことマリオを操作していた少女は力を抜いた。切りそろえられた黒い長髪で、ぱっちりとした瞳、手にしているコントローラーが不釣り合いに大きく見えるほど華奢な体躯だった。

 その後ろで台所に立つ母親が言う。

 

「麦ー、もうご飯だから辞めなさい」

「はーい」

「それと高校受験も近いんだからほどほどにねー」

「大丈夫だって、模試の結果見たでしょー」

 

 麦と呼ばれた少女はswitchの電源を切る。そのたびに思うが、どうしてTVモードでは電源を切れないのか。いちいちドックから外して電源を切った。

 ほどほどに年季の入った小さなアパートの一室で、母子揃って夕食を食べる。他愛のない会話の後、麦は二人分の食器を洗い、二人分の明日のお弁当の準備をする。ふとリビングを見やると、母はテーブルに突っ伏してゆっくりと居眠りをしている。

 仕事、大変なんだろうな、と麦はソファからタオルケットを持ってきてかけてやる。通学カバンにちらと目をやり、断ち切るように風呂に向かう。修学旅行の申し込み用紙を母に見せる気持ちの整理はついていない。

 

 ただ、解決策はあった。友人に借り受けたswitchである。

 きっかけはたまたま友人の家で遊ばせてもらったスマブラだ。少し遊んだだけですぐに友人たちのレベルを超え、天性の才があるとわかった。

 ネットで調べるとeスポーツ界隈では子供でも何千万もの大金を手にする事が出来るのだそうだ。ただの中学生である麦がまとまった金を手に入れるには、eスポーツしかない。

 

 狭い浴槽に浸かり、一日の疲れを落としながら考えるのは先ほどのクッパ使いの事だった。なぜかセオリーのコンボは使ってこず、差し合い重視の立ち回り。久々に手ごわいと感じた。ユーザーネームはインブロだったか。

 

 麦にとって初めてだった。

 対戦相手を強いと感じたのは。

 

 次の世界大会に出るのなら、確実にぶつかるだろうという予測は容易かった。

 口まで浸かって息を吐き、ぶくぶくと泡を立てる。インブロというクッパ使いの対策を考えながら。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 モニタのリザルト画面ではマリオが勝利ポーズを決め、クッパはふてぶてしく拍手している。

 

「わーやられた。今のマリオつっよ」

 

 夜色の巨体を持つ脳無、インブローリオは感嘆した。その様子をラブラバと博士が作り上げた特製Vtuber配信機材が捉え、画面の向こうに到達する前には可愛い女の子の容姿と年相応の声に変換される。

 ちらとコメント欄に目を移す。

 

 

 

リドレイ gg

ウィリンキー 惜しかった

ヨシ!  リクエストキャラじゃなきゃいけてたかも

ねざらん 次ベヨネッタ使って~

 

 

 

「オッケー、ベヨ、ベヨ……ベヨネッタ。どこ?」

 

 多すぎるキャラクター一覧を右往左往する姿は間違いなく初心者。だが画面の中でいざ対戦が始まれば、上級者と見紛う立ち回りを見せた。

 児童養護施設に長く居た事もありゲーム慣れしていない彼女だったが、脳無という肉体の反射神経と動体視力は人間のスペックを悠々と上回っており、まさに小足見てから昇竜余裕でしたを地で行っている。

 恐ろしいまでのキャラコン精度により基礎だけで対戦相手を負かし続ける様は圧巻で、容姿と相まって第四次VTuber戦国時代でありながらも人気に火が付きかけていた。名前はリオちゃん。スパチャでの稼ぎも再生数も軽く博士を超えている。今は背の高いパーティションで区切っただけの自室からの配信なので音漏れはするが、いずれはちゃんとした部屋に改築予定である。

 

 そんなインブローリオの「メインキャラを探す配信」をサブモニタで見ながら、それにしても珍しいなと博士はキーボードを叩きながら先のマリオ使いの試合を振り返る。

 3ストック先制のゲームで、1ストック目を見るにインブローリオがストレート勝ちすると思った。脳無の肉体スペックを上回るとなると、上位プロプレイヤーかゲーム向きの個性を使ったか……

 

 それはそれとして、博士はアイテムの予算や生活費をどう工面したものかと頬杖をつく。いくらインブローリオの配信が人気とはいえ、それだけで食っていけるほどVtuver業界も甘くは無い。悪の秘密結社は相変わらず財政難なのだ。

 と、テレビからいつものワイドショーが流れた。

 真面目そうな男性アナウンサーが口を開く。

 

『続いては衝撃的事実をマルっとコンパクトにまとめる、今日の撃マル。eスポーツ界に激震が走りました。みなさんにもようやく耳なじみのあるアレになったeスポーツですが。この度の賞金総額がなんと30憶の大台に乗ったそうです』

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。

『エアコン利いた部屋でコントローラーカチカチやってスポーツなの? 僕なんかは炎天下の中でやる球拾いこそがスポーツだったけどな』

 

『ただ、ゲーマーは子供の将来就きたいアレでもかなり上位にきており、賞金額から言ってもeスポーツ文化は今後も発展していくかもしれませんね』

『まあ、お金っていうのは僕みたいにコツコツ働いて得るものだと思いますけどねえ』

『気になる地区予選の申し込みは明日まで。賞金総額がアレのビッグゲームに、目が離せません』

 

 とんでもない賞金に博士は息をのむ。これだ! と、さっそく大会の概要について調べだした。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「え、四国へ?」

 いつもの会議兼夕食で意外な提案に、インブローリオは面食らった。

「どゆこと」

 

「徳島でeスポーツの大会がある。そこで優勝してきて賞金を持って帰ってくれ」

「……え~めんどくさ。てかバレない? インブローリオって」

「まあその辺は心配しなくて大丈夫。ほらいつも配信でやってるスマブラだしさ、地方予選で優勝するだけでかなり貰えるんだって」

「でも遠くない?」

 

「受け付けてるのそこしかなかった」

「いっつも思い付きだよね。わたしに付いて来たのも、ユーチューバーになろうとしたのもそうだし」

「ほら、旅行だと思って。同伴はラブラバさんに頼む予定だし」

「え、ああそう? あれ、おまえは来ないの?」

 

「おれも行きたいが旅費的に二人がギリギリだし、ラブラバさんだと……たぶん子供料金で行けるから」

「んーじゃあいいよ。ラブラバちゃんとなら」

 

 楽しみだなー、とウキウキするインブローリオ。そういえばと話を変えた。

 

 

 

 

 後日、ラブラバはひとり四国の地に降り立っていた。徳島空港のターミナルでパワーアシスト付きの巨大な楽器ケースを回収し、タクシーでホテルまで向かう。海を見渡せる部屋に着くと、すぐさまケースを開いた。不定形になっていた暗色の巨体がぬるりと姿を現す。

 

「大丈夫だった? エコノミー症候群になってない?」

 と、心配そうにラブラバ。戸籍などの情報は作り出せても、国内線ではあまりないが本人確認されるとマズいのでこのような非常手段に頼らざるを得なかったのだ。

 それに博士は稼ぎが無く(!?)、ジェントルも貯金を崩しながらの生活で金銭面に余裕はない。今回の旅行も結構な痛手で、このようなケチ臭い手段に頼らざるを得ない。

 

「いや寝てたからすぐだったよ。わー旅館の部屋ってこんなんなんだ」

 ぐっと伸びをして天井に手が当たりそうになり、あわてて引っ込めて、窓を開けた。かすかな潮の香りが部屋に波打つ。

「いいね。海が見える」

 

「あ、インブロちゃんも旅館初めてなんだ」

「うん。養護施設で育ったからお金なくて修学旅行は行けなかったしね。自治体とかの措置費じゃちょっとキビしくて」

 

 そうなんだ……とラブラバは胸に暗く湿った過去に濡れていくのを感じた。その訳を言って引かれていないだろうかという不安と、まだジェントルにしか話せてない暗い情感。ただ、それをもう一人に吐き出せば、今よりほんの少し楽になれる気がした。

 ちらとインブローリオを盗み見る。夜色の触手や蔦、蛭で形作られた頭部に、まだあどけない小さな瞳を眩しそうに細めて、夕日を反射する海を眺めている。博士から聞いた彼女の事情は凄惨だった。酷い目にあっても、姉と離れ離れにされてもへこたれず、必ず姉を奪還すべく動いている。

 もしもジェントルと離れ離れにされたとき、わたしはどうするだろうか? ラブラバは自問して迷う余地は無いと結論付けた。

 インブロちゃんのようにへこたれず、必ず愛する人を奪還しなくてはならない。

 だからラブラバは暗い気持ちに見切りをつけた。

 

「わ、たしもなの。不登校。だったから中1の時から」

 反応が怖くて、固唾をのんだ。

 

「へー、じゃあ今回がお互いの初めての修学旅行って事にしようよ。この机の上のお菓子って無料なのかな」

 

 肺の奥で重くなった空気をゆっくりと出すと、ラブラバは小さく笑って言った。

 

「お茶もね」

「どしたの」

 

 かすかな声の抑揚に、インブローリオはラブラバを見やった。

 

「いや、ただ、潮風が眼にしみて」

 

 

 

 

 そのあと二人は新鮮な刺身やらデザートの鳴門金時を使ったスイートポテトやらに舌鼓を打ち、こっそりと誰もいない深夜を狙って露天風呂を楽しんだ。

 カポーン、と謎の音が響く浴槽に浸かりながら、月明かりにぬらめく黒い海を眺めてラブラバが言った。

 

「わたしねー中学の時に好きな人がいてねーそれでラブレター書いたんだけどねー」

 長風呂のせいか、顔が赤い。自嘲気味に言った。

「もー便箋40枚くらい書いちゃってさー相手ドン引き。それでまーいろいろ言われるようになってさー行けなくなっちゃったんだよねー学校」

 

「40枚はちょっとやりすぎだね」

「あーやっぱりー」

 わかってはいたけど、と古傷の痛みを隠しきれず落ち込んだ。

 

「でもジェントルさんは丁寧に読んでくれそうだよね、全部」

「やっぱりそう思う!? そーなの! そーいう感じなところも素敵なの!」

 

 ざばりと湯船で立ち上がり、急に早口になって喋りだす。

 

「わかったわかったってばもー……えいっ」

 とインブローリオは湯を浴びせる。

 頭から湯をかぶったラブラバがいたずらに笑い、浴びせかえす。そのまましばらくキャッキャウフフした後、部屋に戻って火照った体を夜風で冷ましながらコーヒー牛乳を飲んだ。

 テラスで夜空を見上げながら、ラブラバが言った。

 

「インブロちゃんはいないの? そーいう好きな人とか、気になる人とか」

「うーん、そう言われてもなー。養護施設に居たころの身体は姉さんとわたしで二人のものだったし、わたしが誰かとその、そういう関係になっても姉さんと合わない人だったらうーんって感じだし。無意識的に気にしなかったのかなあ、あらためて思い返してみると」

「じゃあさ、どういう感じがタイプっていうか、こんな感じならいいなーってのは?」

「え? いやー、わたしこんな」

 

「元の身体に戻るんでしょ、お姉さんを奪還して」

 

 インブローリオはきょとんとした瞳を向けた。

 

「博士から聞いたよ、それが悪の秘密結社の目的だって」

「いやそれは……」

 

 と口どもって言い訳を考えた。姉を奪還するのは心に決めた事だ。だが自分自身の身体については二の次三の次もいいところで、はっきり言って何が何でもという決意は無い。もし姉がこの脳無の肉体に宿り、再び二人で一つの肉体で生きていくとしても二兎追うものはなんとやらだ。そんなところに割くリソースがあるならば、まず姉を優先したい。

 だからどうでもいい、と口にするのはしかし、なにやら居心地の悪さを覚える。わたしと姉へ小さなイヤリングをくれた、スプライトとビールで乾杯したあの夜に対して。

 

「そっか、そうだよね。そうだなぁ……んー、なんというかこう」

「こう?」

「気にな、好きになった人が敵同士とか、ロマンチックでいいなーとか、思ったりするー……かなぁー」

 

 いやそれ好きなタイプってかシチュエーション……と、喉まで出かかったツッコミを、ラブラバは飲み下した。

 巨体をもじもじして恥ずかしそうに語るインブローリオにそれは野暮というものだ。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「ぶへっくちゅん」

 ベッドの中でスマホをスワスワしていた岳山が、おっさんっぽいんだかかわいいんだかわからんクシャミをした。

「あー、あした起きたくねー」

 と言いつつもエゴサをやめて眠りについた。

 

 

 

 ───

 

 Bパート

 

 ───

 

 

 

 麦は遊びに行ってくると母親に伝え、友達とバスに乗って大会の会場へ向かった。現地に近づくにつれ、車や道を歩く人がちらほらと増えだす。しだいに緊張から友達との会話も減った。

 

 昔と違い、昨今のeスポーツは完全に市民権を得ており盛り上がりはかなりのものだ。賞金の上限等も実質的に取り払われている。順位に応じて貰える小さな板を、敷地外にある小さな店へ持っていくと偶然にも賞金額で買い取ってくれるのである。法的に清廉潔白なのは誰の目にも白日の下に明白だ、これだけ白なのだからクロでは無いだろう。

 

 地方予選ではあったが、eスポーツの盛んな徳島県では文化会館の広いホールが用意された。県内外の人間が多く訪れる事となり、ヴィラン連合の件もあるので、ヒーローに加えて民間の警備ロボが多数配備されている。

 あらかじめネット予選を通過した24名と大勢の観客、ネット中継を見ている視聴者が開催を今か今かと待ちわびている。

 

 実際にその地に降り立つと、麦の身体は武者震いした。その手を友達が握りしめて言った。

 

「落ち着いて楽しんできてね」

「うん」

「それで一緒に修学旅行、行こうね」

「うん……ありがと。長い間Switch貸してくれて」

「いいよ。どうせ受験勉強だからって禁止されてたからさ」

 

 麦は大きく深呼吸する。震えは止まっていた。

 

「じゃあ行ってくるね」

 と笑顔で友達と別れ、受付へ向かった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 ステージに映し出された巨大なスクリーンには勝ち抜き表が映し出されており、それをバックに司会進行の男性が歯切れよくマイクに開始を告げる。

 

『さあ! やってまいりましたスマブラ世界大会四国予選ッ、さっそく第1試合を始めていきまぁっしょう!』

 

 女子学生が思わず呟いた。

「いよいよね、待ちわびたわよ、この時を」

「夏草や、見せてもらおう、その実力」

「三国志、一つ苛烈な、四国の地」

 

 照明がステージを照らし、いよいよ始まった。初戦のプレイヤーである麦は図らずも注目を集めた。ステージに出ると、観客席からはどよめきと密やかな嘲笑が聞こえだす。

 コントローラーの持ち込みが原則の今大会で使用できるのは三種類のニンテンドー純正品だけだ。

 一つはProコンと呼ばれる操作性を求めた設計のもの、二つはGCコンと呼ばれるスマブラを遊ぶに優れるボタン配置のもの。ほぼすべてのプレイヤーこの別売りの二種類を使う。

 だが麦が握っているのは最後の一種類、本体の付属品であるJoyコンだった。それは小さく、おすそ分けプレイが出来る設計のため格闘ゲームのような精密操作が求められるゲームには向かない。

 

 そんなプレイヤーネーム、ムギの対戦相手は、初戦敗退を免れたと本気で思った。相手は中学生、しかもJoyコンなのだから無理もない心情。事実、1セット目は多少グダりはしたものの取れた。

 

 その負けるはずのない相手に、為すすべもなく3ストック取られて負けた。その圧倒的なプレイスキルに観客は沈黙する。

 正体不明のダークホースに、会場は何者なのだと混乱した。

 ただ一人、インブローリオだけは理解した。あの時のマリオ使いだと。

 

「うわー会場が静まり返っちゃってる。あのムギって子そうとうなんだ。大丈夫そう?」

 とラブラバが心配そうに言った。

「ま、あれから私も練習したし今度は勝てる……かな」

 

 やがてインブローリオの番がやってきた。

 それじゃ準備しよっか、と二人はひとまずトイレの個室に入る。ラブラバは靴を脱いで、便座に座るインブローリオの膝の上に立った。そのまま化粧ポーチからファンデーションを取り出して夜色の肌に下地を作っていく。

 さすがに注目の集まる中継では正体がバレてしまいかねないので、苦肉の策だがやらないよりましだ。

 

 やけに化粧のノリがいいな、というラブラバの小さな疑問は、まあいいかと流してカメラに映りそうな手元にも同じように施す。

 あとはフードを目深にかぶり、マスクとサングラスで問題ない。顔を隠してゲームの大会に出ている人は多いし、空港のよりはラフな本人確認もパスできた。

 巨体すぎるが異形系の個性使いには珍しくない部類だ。この辺りを突っ込むとポリコレ的にマズいので誰も文句は言わない。

 

 そんなプレイヤーネーム、インブロの対戦相手は、初戦敗退を免れたと本気で思った。相手は恥ずかしさから顔を隠した小心者。今の時代、そんな半端な覚悟じゃゲームで食っていけない。ユーチューブ配信で生きている人には無理もない心情。

 悪の秘密基地で博士とジェントルがポテチ片手に不安そうに配信を見守る中、インブローリオがストレート勝ちした。

 

 負けるはずのない相手に、為すすべもなく3ストック取られて負けた。その圧倒的なキャラコン精度に観客は沈黙する。

 正体不明のダークホースに、会場は何者なのだと混乱する。

 ただ一人、麦だけは理解した。あの時のクッパ使いだと。

 

 キャラはしずえに変わっているが、常人ならざる反射神経による脅威のジャストガード精度からして間違いない。

 

 その場でスクリーンを見ていた者、自宅の端末でライブを見ていた者、ツイッターのタイムラインで動画を目にした者。その中でも、ある程度の腕を持つプレイヤーはすぐに理解した。この二人のどちらもが世界クラスの使い手であり、四国予選を通るのはこの二人のどちらかでしかないという事を。

 実況と解説は、予選に過ぎないここが今シーズンの中心なのだと確信した。自然と熱が入る。

 少女は1セット目を必ず落とすも、その後は堅実な立ち回りと的確な読みで相手を封殺して3セットを取る。

 大男は立ち回りに粗が見えるものの後の先を取り、どんな不利なダイアグラムもキャラコンで轢殺して無理やり3セットを取る。

 この対極的なプレイスタイルを持つ両者が決勝でぶつかるまで、そう長くはかからなかった。

 

 気が付けば海外からのライブ視聴者数も増え、ただの地方予選どころではなくなっている。

 

 そんな熱狂の舞台に立つ麦は胸のあたりに奇妙な感覚を覚えた。それは決して重圧でも緊張でも不安でもない。

 鼓動がわずかばかり速まっている。こんな事は初めてだった。今までどんな相手でも味わった事のないソレ。

 麦はその正体を、ステージの歓声と実況の仰々しい名乗り口上の中で薄っすらと理解し始めていた。

 

 負けるかもしれない。

 

 それは危機感のようなネガティブものとは違った。

 勝敗がどう転ぶかわからないという未知への好奇心に近い。

 

 席に着き、キャラを選び、画面がステージへ変遷し、カウントダウンがゼロになる。

 試合が始まると麦はいつものように防戦寄りの立ち回りを見せた。会場のスピーカーから流れるゲーム音や実況解説により誰も気づかなかったが、麦のコントローラーはボタンやスティックの音をほとんど発さない。仕様ではなく、必要最小限の力加減と指の運びがそうさせるのだ。

 ボタンを押下する際に指を振り上げて降ろす距離が短ければ短いほど入力は早く完了する。ほんの僅かな時間ではあるが、その砂時計のほんの数粒の時間で勝敗は決まる。

 湖面を波一つ立てないような静穏にすぎる指捌き。

 

 キャラ対やセットプレイを計画し、実戦で試し、なぜ勝ったか危うかったかを評価し、よりベターなプレイへと改善する。

 そうして一つ一つ勝ちを積み上げると、成長を感じられた。

 

『1ストック目はインブロ選手が先制! 圧巻の攻めでしたね』

『ですがこれは麦選手のパターンですから。ここからです』

 

 解説と実況が静かな熱を込めて言った。観客も、この程度では歓声をあげない。今大会のたった数戦で、麦は1ストックは遊ぶという共通認識が確立されていた。

 ラブラバが、会場が、博士とジェントルが、世界中のライブ視聴者全員が固唾をのむ中、麦のマリオがステージに復帰した。

 やりにくくなった、というのが麦に対するインブローリオの印象だ。肉体スペックによるキャラコンが通りにくく、自分でも気づかないほどの無意識的なクセを読まれている気分。

 気付けば場外へと叩き落されていた。なんとなく可愛いからという理由でキャラを選択すべきではなかったと、今さら後悔しだす。まさか予選でこれほどまで強い人と当たるとは思いもしなかった。このままでは博士はともかくジェントルさんとラブラバちゃんに顔向けができないと、気持ちを切り替える。

 

 次で流れは決まると、誰もが思った。

 

「麦ーッ! こんなところで何をしている!」

 

 そのあまりの大声に、誰もが会場入り口を振り返った。スーツを着た男が、顔を真っ赤にして肩で息をしている。

 

「うげっ、お父……」

 と、麦が嫌悪感たっぷりにこぼしたのをインブローリオは聞いた。

 

「今すぐこっちに来なさい! ゲームなんかやってると犯罪者になるんだぞ!?」

 

 会場がざわめき、人型の警備ロボとヒーローが止めに入る。

 

「すみませんがちょっと大会運営の妨げになるので」

「なんだお前ら、離せ……麦! お母さんはこの事を知ってるのか!? いまどこに住んでる!」

 

「言うわけないだろ!」

 沈黙を続けてきた麦が椅子から立ち上がり、叫んだ。

「あんたのそういう独善的なとこにウンザリなの! わたしも、お母さんも! つーかもう他人だろ!」

 

 その言葉に男はうなだれて呟いた。

「そうか。他人になったからお前はこんな低俗なゲーム大会なんかに顔を出してしまったんだな」

 懐からスマホを取り出して、アプリを起動した。

「つまりお前にはわたしが必要なんだ。お父さんがいれば、こんな犯罪者予備軍の掃き溜めに来ることなんてなかった訳だからな」

「はあー?」

 

 人型警備ロボの頭部のLEDが赤く光り、そのうちの一体がステージに跳躍する。着地と同時にゲーム機とディスプレイを粉砕した。

 

「は?」

 とインブローリオ。

 

 それを皮切りに、外にいた警備ロボたちが壁を破壊してホール内に侵入し、機材やスクリーンを破壊しだす。男は混乱する観客に注意のいったヒーローの隙をついて、警備ロボの肩を借り二階席へ跳んで逃げる。

 

 こうなってしまうと、ヒーローのすべきことは市民たちの避難の優先だった。

 

「みなさん落ち着いて! 誘導灯の明かりを目印にゆっくり!」

 

 幸いにも警備ロボは人に危害を加える様子はない。ただゲームに関する物を、ネット中継の機材に始まりポスターや垂れ幕、物販までも破壊し続けている。

 例外は麦だけだった。ステージに上がった警備ロボが彼女の首をつかみ上げる。口元のスピーカーからはスマホを介した男の声が流れた。

 

『貧乏暮らしなんだろう? 学費だってどうせ満足に払えていない。そろそろ修学旅行の季節だが行けるのか?』

「修学旅行のお金くらい、学費くらい、お母さんを楽にしてあげることくらい、おまえに頼らなくたってわたしにはできる」

『それでゲームをやっているようじゃあ世話ないな。もう一度言う、ゲームをやってると犯罪者になるんだぞ。ニュースを見なさい、ニュースを!』

 

 麦が答えるより速く、警備ロボの腕が握りつぶされた。

 咳き込んだ麦が、その怪力の持ち主の名を口にする。

「インブロさん……?」

 再び麦に掴みかかろうとする警備ロボを、インブローリオは軽々と殴り飛ばして言った。底冷えのする、ガラリとした恐ろしい声で。

「どういう事情か知らないけど、邪魔しないでくれる? このままじゃわたし、負け越しなんだけど。つーかおまえのやってる事が犯罪だろ」

『教育の邪魔をするんじゃない! これは親子の問題だ!』

 

 わらわらと警備ロボがステージを取り囲むように集まりだす。その数は十を超えていた。

 

「ダメです、逃げてください。あいつの狙いはわたしですから」

「大丈夫だって、ただのCPU戦だから」

 

 警備ロボが一斉に襲い掛かる。だが奇妙なことに民間のものにしては動きのキレが桁違いだった。麦を庇いながらとはいえ、予想外にインブローリオは苦戦した。

 

「なんだこいつら、さっき殴った一体とはまるで」

 困惑するインブローリオの体内に収納されたスマホに、ラブラバから通信が入る。

『気を付けてインブロちゃん。そいつらの戦術戦場構築理論はミリタリークラスのものに入れ替わってる!』

「どういう事!?」

 

 ホールの物陰に隠れてUMPCを叩きながらラブラバは答えた。

 

『最強のCPU戦って事! 警備ロボの通信ログを盗み見したら軍の機動衛星からのダウンロード履歴があったから間違いない』

「どーりで手ごわい。なんとかなんない?」

『残念だけど、もうこの環境ではクラックできない。全機体がスタンドアローンに入った。その一体を除いて』

 

 麦とインブローリオから最も遠い一体の動きが止まり、頭部のLEDが青く光る。同時に会場のスピーカーからラブラバの声が響く。

 

『ムギちゃん聞いて。青く光ってる警備ロボとあなたのコントローラーを繋いだ! それで二階席にいる男を止めて! 警備ロボを操っている端末を持っているはず』

 

 ハッとして麦はコントローラーを握り、警備ロボを操作する。二階席へ跳躍させると男は壁際に引き、そばにいた一体が立ちふさがる。麦たちのいるステージから見ると、奇しくもちょうど格闘ゲームのような立ち位置だった。

 

『子どもは黙って父の言う事を聞くのが一番だというのに、バカな事を』

「そーやって具体的な理由もなく従わせようとするのが嫌なのッ!」

『言い直すよ、ムダな事だ。軍用なんだぞ』

 

 男を守る赤い警備ロボが、麦の操る青い警備ロボに襲い掛かる。インストールされた軍用システムは、機体スペックから逆算して最適な近接戦術戦闘を行う。理論上は同型機の中で殴り合いさせれば、この機が勝ち残る事になる。

 対して青い警備ロボはラブラバが男から権限を奪うために、スタンドアローン状態に移行する直前に初期化させてクラックした機体だ。とうぜん軍用システムも未インストールどころか民間システムもデフォルト状態で、オート戦闘などできるはずがない。

 麦の劣勢は必然だった。

 辛うじて関節部や駆動系を守ってはいるが、的確な攻撃にフレームは剛性を失いつつあった。脚部を損傷すれば寝技に持ち込まれ、腕部の関節も破壊される。それだけは避けなければならない。

 

 焦る麦に、インブローリオの守りを抜けた一体が迫り、コントローラーを取り上げる。

 

「あっ」

「しまっ──」

 

 そして真っ二つに叩き割り、へたり込む麦に現実を見せつけるように残骸を落とす。

 

『だから言っただろう。ゲーム感覚でお父さんに歯向かうな』

 

 麦に心に鮮烈に浮かんだのは怒りではなく、友達の事だった。

 ごめんね、せっかく貸してくれたのに、と麦は呟いた。

 

 赤い警備ロボは動かなくなった青い警備ロボに駆け出す。再起不能にするべく。

 麦が床に転がる破壊されたコントローラーを素早く手に取る。

 青い警備ロボはひらりと身をひるがえして飛び越えて背後に着地し、赤い警備ロボが振り返ると同時に腹部へドロップキックを放ち、吹き飛ばす。

 

『バカな!?』

 と男は狼狽した。

 

 そのまま着地する間も与えずに駆け寄り、サマーソルトや鋭い拳で追撃を続け、壁まで追いやり、一切の躊躇なく叩き落した。二階席の床が抜け、凄まじい勢いで一階に打ちつけられた赤い警備ロボは、駆動系に異常が発生して機能を停止した。

 

『な、なぜ。コントローラーは破壊したはず。それに軍用が負けるなど……』

 

 たしかに麦のコントローラーは真っ二つに割られた。だがそもそもJoyコンは二つの小さなコントローラーをアタッチメント器具に取り付け、一つのコントローラーとして遊ぶものなのだ。男が破壊したと思い込んでいたのはただのアタッチメント器具だったのだあ!! 

 

「軍用と言っても最適解というクセがある。それはもう覚えた」

 

 ゆっくりと麦が立ち上がって告げる。

 

「そのクセのメタを計画し、試したら評価してよりベターなメタへ改善する。簡単だったよ。ゲームで学んだ。あんたはそれすら出来ず、いくらわたしやお母さんが言っても改善しなかった。その横柄で独善的な」

『もう黙れ! 黙ってお父さんのいう事を聞いていればそれが正しいんだよ! このスマホ一つでおまえは』

 

「おまえが──」

 と、男の後ろから一人の女性が近づいてスマホを取り上げる。

「黙れ! っていうかもう他人だろーが!」

 

 そのまま鳩尾を蹴り飛ばし、二階席から突き落とした。

 

「あ、お母さん」

「マジ? タフだね」

 

 あれこれどうすれば止まるんだろ、とスマホいじっていると 「貸して!」 とラブラバが現れた。UMPCと有線すること14秒ですべての警備ロボが停止した。

 

 こうして徳島県の地方予選は、前代未聞の波乱に終わったのだった。

 

 

 

 ───

 

 エンディング

 

 ───

 

 

 

 母親がおっかなびっくり固まった警備ロボの間を抜け、麦に抱きついて安堵する。

 

「無事でよかった」

「まあ、うん、なんとかね。っていうかお母さんはなんでここが?」

「あんたの友達から連絡受けてね。というかびっくりよ、ゲーム大会に出てたの? 受験あるのに」

「いやこれは……ただ遊んでたんじゃなくてその」

 

 と口をまごつかせながら麦は続けた。親に金銭面の事を伝えるのは心苦しい。

 

「修学旅行に行くお金とか、大丈夫かなって思って。賞金が出るからそれで……」

 

 内心を吐露すると、しだいに体験した現実が見えてきだす。辺りは滅茶苦茶に破壊されていた。うっすらと涙を浮かべる。

 

「……それで、でも、大会、大変なことになっちゃったから。無理だね、今年は。お母さんの仕事も楽になるかなって思ったけど」

「ありがとね。でも大丈夫だから、心配しなくても。修学旅行だって、ちゃんと積み立ててあるんだから」

 

 その言葉で、麦はついに落涙した。しばらく母親の胸で泣いていると、応援を呼んできたヒーローたちが現れた。

 そういえばまだ礼を言ってなかったとインブロを探すが、その姿はもう、どこにもなかった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「ちょっとくらい挨拶してってもよかったんじゃない?」

 と宿で海を眺めながらラブラバが言った。

 

「あの雰囲気じゃちょっとね。すぐヒーローが駆け付けそうだったしさ。ていうか、あの男は何者なんだろ。軍用の機動衛星ってのをハッキング? 出来たんでしょ」

「それはあの男の力じゃない、たぶんね。『αβ(アルファベット)』の電算オーパーツをどこからか手にしただけ。それでも十分凄いけど」

「なにそれ」

「どんな言語でも理解する事が出来る個性『αβ(アルファベット)』。その使い手は翻訳家だったんだけど、遊びで手を出したプログラミング言語にも作用しちゃったらしくて。そいつの組んだソフトウェアがいくつかあって電算オーパーツと呼ばれてる。今回のはそのうちの一つ、『アリストクラック(貴種内謁)』。ただ噂だと思ってたけど、まさかほんとにあるとは」

 

 へー、とよくわからないときの返事をしてインブローリオは話を変えた。

 

「今度はさ、みんなで旅行できたらいいね」

「その時は全員分でチェックインしないとね。食事はおいしいかったけど、二人で分けたらちょっと少ないし」

 

 二人は顔を見合わせて小さく笑い、翌朝に博士とジェントルのお土産に名物の竹ちくわを買って旅行は円満に終わった。

 

 

 

 ───

 

 Cパート

 

 ───

 

 

 

 数か月後、インブローリオのスマホに一件のメールが着信した。

 添付された画像を開くと、旅館で北海道の海の幸を頬張っているジャージ姿の麦とその友達の自撮りだった。

 

 例の大会の後、switchのフレンド機能を使ってアプリで連絡先を交換していたのだ。

 インブローリオは微笑んで返信する。

 

『わたしの分まで楽しんでね、修学旅行!』

 

 そのあと、ラブラバちゃんにも見せたげよー、と画像を転送した。

 

 

 

*1
靴を脱ぎ履きするスペース。へえー




人間:端田屋 区屋良レ
個性:機械に乗り移り、それの性能を大幅に向上させる
盗撮して捕まったぞ!

人間:麦の父親だった男
個性:人よりでかい声を出せるぞ!

人間:『αβ(アルファベット)』の使い手
個性:『αβ(アルファベット)
あらゆる言語を理解し、使えるぞ!
晩年、月から頭に謎の指令が下り、麦の父親だった男にアリストクラックがインストールされた携帯端末を渡した!
最後は月に向かって妙なポーズで交信したまま発狂したぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 因果の胎 前編

 ───

 

 アバンタイトル

 

 ───

 

 

 

 (はら)だ。

 ほどほどのサイズのディスプレイに、胎が映っている。

 まるく、こぼれんばかりの生命で張っていて、言いようのない別物感がある胎だ。

 白衣を着た医者がその腹に小さな機械を当てると、小さなディスプレイに肌色のゼラチンで出来た小さな人間が映る。30FPSくらいのコマのなかで、顔をゆがませながら口を開けたり閉じたりしている。

 

『元気ー? はやく会いたいねー』

 と、腹の持ち主の妊婦があやすような口調で言った。

 隣で夫が静かに肩に手をやる。

 

『順調ですね。元気な女の子ですよ』

 と医者。

『今のところ予定日どおりだと思います』

 

 幸せそうな家庭が、この後つまらない浮気で崩壊していき法廷で争ったところでインブローリオはテレビを切った。黒い画面に、二人掛けのソファで窮屈そうに寝っ転がる夜色の巨体が反射した。小動物のようなくりっとしたかわゆい瞳が、ぼんやりとインブローリオ自身を見つめ返している。

 

 胎か、と過去を反芻する無意識を抑えようとした。母体からの栄養供給の途絶、姉、衰弱していく身体……

 

 感想としては鬱屈としていて単純に面白くなかった。淡々としたノワールものって合わないんだよなーと背伸びをする。ふた昔も前の作品で古臭かったし。

 そういえばさあ、と背後でパソコンとにらめっこして、どうやったら秘密結社の知名度を上げられるか悩む博士に投げかけた。

 

「そういえばさあ、おまえって親いんの?」

「いたけど勘当された」

「ふーん、なんでか聞いていい?」

「初対面の時におれが某有名高校のサポート科だったって言ったよな。そこでやらかして退学処分になったから」

 

「え、それだけ?」

「教育熱心な親でさ、勝手におれに期待して、それを裏切ったからなんだと」

 

 そこまで期待を寄せる学生だったのだろうかと、インブローリオは失礼な半目で博士を見やる。くたびれたシャツにスラックスと安物スリッパでパソコンに打鍵する姿からは、あまり信憑性は無い。

 

「むかし神童いまなんとかってやつか」

「おれは現役で神童だ」

「たしかに子供っぽい」

「どっちか一つなんだよ、大人になるか優れたエンジニアになるかの。この業界は子供心がものをいう」

 

「うまい言い訳だ」

「大人みたいな事を言うな。それより奇妙な情報が手に入った」

「奇妙?」

 

 ああ、と博士はラップトップを持ってインブローリオの隣に座る。

 

「裏じゃ有名な話なんだが、二十年以上も前に、あるヴィランがいた。主な犯罪は窃盗や強盗。おれは実際に見た事ないが、どんなヒーローでも傷一つ付けられないほどの強さなんだと。表でも『無敵』の個性使いなんじゃないかって噂されてた」

「それのどこが奇妙なんだ? 強いやつなんていくらでもいるだろ」

「奇妙なのは、そいつを捕えようとすると、ヒーローがどれほど注意しても必ず一般市民に被害が及んだらしい。警察もそれに委縮してなかなか捕まらなかった。攻撃を『反射』していると、おれは睨んでる」

「なんとなく違う気もするけど。なんでそんな昔話を?」

 

「ある日を境にそいつは姿を消した。理由はわからん。ところが最近この辺りで詐欺をやってるやつがいて、新顔のくせにけっこう派手に稼いでるらしい。だけどヤーさんや半グレは見てみぬふりで、警察もヒーローもまだ捕まえられてない」

「その新顔が二十年前のヴィランってわけ?」

「たぶんな。年はくってるが顔に面影があるんだと、当時のおれはガキだったから確かの事は言えん」

「そんな情報どこで仕入れてるわけ?」

 

「おれ、裏家業に属してたじゃん? ……実際は強制労働に近かったが、それなりのルートは知ってる」

「ふむん」

「ただの偶然かもだが、ヴィラン連合が活発になったこの時期に戻ってきたのなら何かしらの関係がありそうじゃないか?」

「んー、どうだろう。潜ってる間に強盗で稼いだ金が尽きたから出てきただけなんじゃないの」

「ま、最終的な判断はまかせるよ」

 

 どうしよっかなー、とインブローリオは悩む。

 たしかに奇妙だった。くだんのヴィランに対する興味は薄いにも関わらず、気にはなるという心の矛盾があった。

 

「食料とか大丈夫?」

 

 席を立ち、冷蔵庫を確認した博士が言った。

 

「ほとんどないな。というか腹減って死にそうだ。夕食にしよう。餓死するわ」

「わかった、じゃあ食べながら作戦会議にしよっか」

「オッケー、やるってことね。ただ気を付けろよ。『反射』ならまだしも、そいつが本当に『無敵』だったら──」

「大丈夫だって。当時のヒーローが弱かっただけなんじゃないの? こっちは脳無だよ」

「それもそっか」

 

 言ってインブローリオは握りこぶしを作って見せた。みしみしと音を立てる細かい触手や蔦、蛭から成る筋肉繊維。博士と出会う前は骨格も硬質なそれらだったが、今ではより強固な硬化材で作られた人工骨が基礎となっている。

 確かに並みの個性使いではインブローリオに太刀打ちできないだろう。

 彼女を知る者なら誰もがそう考える、何の心配も無い。だがそう言った本人が今回の一件に関して奇妙な、としか言い表せない感情を抱いてた。

 

 

 

 ───

 

 Aパート

 

 ───

 

 

 

 翌朝、秘密結社の上階に事務所を構えるMt.レディは、窓際のデスクでスマホ片手に切ない溜息をついていた。

 手元のスマホには【悪の秘密結社、インブローリオがeスポーツ少女を救う!?】との見出しがある。

 

 最近見ないと思ったら、徳島でしつこい元夫からシングルマザーの家族を助けたらしい。

 もともと、ヒーローの在り方に疑問を投げかけたステインというヴィランは人気があった。それに関する著作権的にグレーなグッズは、その辺の新人ヒーローよりも売れたそうだ。

 ではヴィランを襲うヴィランであるインブローリオもウケそうなものだが、三体の脳無が保須市を襲撃した事件の被害もあり、脳無を名乗るインブローリオの人気はカルトの域を出なかった。

 そこへ今回のニュースが出回ると、ヴィラン連合の脳無とはやはり別なのではという見方をする者が増えだす。

 

 気付いて博士! はやくグッズをBOOTHで捌いて生活費を稼ぐんだ! 

 

 ただ、緒辰の一件からインブローリオに友好的な印象を持っているMt.レディはまた別の見方をする。

 

 あー、そういう家庭的な面を気にする優しさもあるんだ。

 

 実際は賞金目当てだが、貰わずに終わったのでそう見える。見えなくもない。

 そんなしっとりとしたときめきを感じさせるMt.レディに、事務員はおずおずと切り出した。

 

「あのー今いいですか? 警察から計画応援要請が来てるんですけど」

「んー、あー、例の詐欺だっけ?」

 と徐々に仕事モードに切り替える。

「でもわたしの個性、いるかな? ていうか詐欺師相手に結構大がかりね」

「なんでも二十年以上前に捕まえられなかった犯人かもって事なんで、警察も雪辱を果たしたいのでしょう。たしかに『巨大化』の個性が必要かは怪しいですが、相手の個性が相当に奇妙なそうなので、多様性を確保したいとのことです」

 

「奇妙な個性ねー」

「もし要請を受けるなら、必ず誰かが、一般市民も含む誰かが被害を受けるそうなので注意してください」

 

 怪訝な顔でMt.レディが尋ねた。

「どゆこと?」

「それが、当時もそのヴィランの個性の事はよくわかってないんですよ。なんせヒーローの個性や警察官のテーザーガンの誤射が相次いで起きたので、まあ……」

「責任は回避したいもんね。そんなに強いなら当時、オールマイトとぶつかってんじゃないの?」

「窃盗や強盗のみで傷害事件ではなかったらしくて。オールマイトはもっとヤバいのと当たってたそうです」

 

「そいつが今さら詐欺か、ちょうどヴィラン連合が活発化しだしたのと呼応するように」

「やっぱ岳山さんもそれ絡みだと思います?」

「警察も同じ考え?」

「ですね。メンツってのもあるんでしょうけど」

 試すように事務員はボソッと続けた。

「結構な数のヒーローが集まるそうですよ。その……シンリンカムイさんとかも」

 

 んー、とMt.レディは顎に手をやって思案する。

 目標がヴィラン連合に関わりあるのなら、ヴィラン連合の敵も現れるかもしれない。

 インブローリオがわたしにだけ攻撃せず、緒辰の火事の時に大事な髪を守ってくれた事からして、わたしの事をす、す、す好きなのはほぼ間違いない。

 まー正直見た目がなーとは思う。いや見た目だけが全てじゃないのはわかってるわかってる、わかってるけどもーちょっとなんとかとは思う。

 面食いって訳じゃないよ? でもまあせめてもうちょっと人間味があるといいなとね、心の中で思うだけだけど。口に出すと異形型の個性使いに対する差別的発言で燃えるから言わないし、これは個人的な恋愛の好みの問題だから。異形型しか好きになれない人間もいるって知ってるし。

 

 しかもわたしはヒーローであいつはヴィランってもう禁断のアレじゃん? 例えるならわたしがお姫様であいつは敵国の王子様ってことはもう許されざるアレ。美女と野獣、ジュリエットとロミオでもある、ロレンス不在の……ん、てことは逆にうまくいくのか? 

 いやでも世間がそんなの許すわけないしー。まー、わたしも自分で言っちゃなんだけど結構自信はあるからねー、髪とか、体型はちょっと太っ……男ウケする感じだし、惚れるのもしょうがないけど、そもそもあいつのビジュアルがねー。ま、どれくらい私に本気なのかって事なのかなー。んー。

 

 ニタニタしながらそんな堂々巡りに陥るMt.レディを見て、やはりシンリンカムイさんの事を、と事務員は固唾を飲んだ。

 これはいよいよを持ってかもしれない。グッズに関しては家庭層をターゲットにして、CMも今のうちからファミリーカー向けにコネを作っておかなければ。

 あれこれ考えていると、お届け物でーす、と来客があった。

 

 そういえば版権許諾したサードパーティからグッズの完成サンプルが送られて来るのだったとダンボールを受け取る。

 グッズは特盛サイズの食品や、名前にちなんで登山用品が多い。モチーフカラーのクライミングロープ、アウトドアブランドとのコラボリュック。一番人気は、Mt.レディがアームロックしている形のカラビナだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今回のは北海道出身という事でラベンダーの香りのするドライコンディショナーや制汗剤、十勝小豆を使ったコスメ、熊と鮭を担ぐMt.レディの木彫りの置物。

 事務員が受け取りサインをしていると、配達員が言いづらそうに口を開く。

 

「それと、アレはどうしましょうか?」

「アレ?」

 

 Mt.レディと共に外に出ると、薄暗いトラックの中には巨大なダンボールが鎮座ましましていた。縦3メートル、横と高さ1.5メートルはあった。

 

「なにが入ってんの、これ」

 とMt.レディ。

 

 事務員が送り主を確認すると、版権許諾した会社だった。内容物はベッドとある。すっ、とマズいときの過去を回想する感覚が、脳裏から背筋に抜ける。そういえば巨大化後のMt.レディの型を取って作る、3メートルほどの等身大足裏ベッドの企画があった*1。通したんだっけ? 通したのか、これがここにあるという事は。

 

 スマホで商品を検索し、おそらくこれですとMt.レディに見せた。

 

「マジ?」

 とドン引いた。

「買うやついるの? ってかこれ値段!? えッ! は? いい車買えるじゃん!」

 

「信じられないことに予約開始日に完売したみたいです」

「いや信じられないってそれわたしに失礼だろと思ったけど信じられないわ」

「ニッチな人気があるとは考えてましたけど、カルト的というか。これ買う人は相当な狂信的ファンですよ」

 

 もちろんMt.レディのファンでなくても、この世には脚に包まれて眠りたいというヤバい人間がいるのだろうが、それにしたって常軌を逸脱している。

 部屋に置くと足首から先が床から生えているような形状で、素人にはオススメしない。

 医療にも使われる人工皮革でもっちりとしていて肉厚で、同時になめらかで柔らかい。また、内部には温度調節機能もあり、土ふまずの凹みを無視すれば寝心地は悪くなさそうだ。ぽってりと丸い足の指一本一本と足首は関節に沿って稼働するこだわり仕様。玄人にもオススメしない。

 

 きっちり付いてきた別売りオプションのタイツは五段階のデニールに分かれ、そこから黒、ベージュ、選べるカラー ──今回は紫── の計十五枚。シーツにしろという事なのだろうか。狂人にしかオススメしない。

 

 とにかく常人にとっては邪魔なサイコオブジェでしかないのだ。

 

「これさ、返品ってのは」

「送料かなりかかりますよ」

「着払いはダメかな」

「先方にマズいような」

 

 新人とはいえヒーローなのだ。送料は払えなくはないが、ついこのあいだ事務所をぶっ壊してしまっている。いまは出費を抑えたいところ。

 配達員は早く決めてくれといった雰囲気なので、Mt.レディは決断した。

 

「よし! これあんたにあげる」

「いらいらないです」

「自分の脚が自分の家にあるのどう思う?」

「うっ、えーいや」

 

「それにこの企画にゴーサイン出したのあんたでしょ。わたしが事務所の駐車場の車乗ってとりあえずコインパーキングに停めとく、しばらくは空いたそこに置いといていいから」

「わー……かりました」

 

 素直で良しとMt.レディは車で去る。

 残された事務員は観念して受け取りにサインする。すると奥からもう一箱運び出されたので腰を抜かした。そのダンボールには【ベッド 左】とある。

 

「はー? ん」

 

 最初の箱をよく見ると【ベッド 右】と書いてあった。

 

「嘘だろ両足あんのかよ……信じられ、信じ……うわー、どーすれば」

 

 絶望する事務員に同情しながら配達員も去った。

 いっそオークションに流してしまおうかと考えたが、版元がそれをやっては終わりだ。

 

 そうだ。とすがるような閃きで二階の事務所に戻って適当にサンプルをひっつかみ、一階の事務所のドアを叩く。すると一人のさえない男が出てきた。正直何をしている人なのかわからないが、この際どうでもいい。

 

「あ、いつもお世話になっております。実はこの度ですねMt.レディのグッズのサンプルが届きまして、よろしければおすそ分けにと思いましてですね。どうぞ」

 

 と、ストックしていたお菓子の類まで押し付けるように渡す。

 

「え、あーそーなんですか。ありがとうございます」

 

 と、博士は悪の秘密結社のアジトである事がバレるのではないかとギクシャクする。

 

「それでですね、駐車場にちょっっっとだけ気持ち大き目のユニークで前衛的なベッドがあるんですけど。非常に高級な素材を使っておりまして、よければそちらもどうでしょうか?」

「あーはいぜひぜひいただきます。大好きなんですMt.レディの大ファンでわたくし、ええ」

「マジでありがと」

「え」

「あいえ。それではお忙しいところすみませんどうも」

 

 それだけ言って事務員はそそくさと二階へ上がった。

 とりあえずバレなかった事に胸をなでおろした博士は、駐車場で現物を確かめてニッチな需要を呪う。だがよくよく考えてみれば案外悪くないかもしれない。

 インブローリオに欲しいか聞いてみると、とりあえず試してみるとのこと。

 それもそのはず、成人男性を遥かに上回る巨体のインブローリオが収まるベッドはなかなか無い。あっても値段が高い。なので布団を二つ並べていたところだったのだ。

 

「おーこれ案外悪くないかも、見た目以外は」

 両足裏の上でくつろぐインブローリオはまんざらでもなさそうだった。

「わたし、今まで満足にベッドで寝た事ないんだよね」

 

 それはしかしベッドと言っていいのか、と博士は喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 幸いにも雑居ビルのワンフロアなので置けなくもない。

 

 とりあえずアジトだとバレなかった事に胸をなでおろし、どうすれば悪の秘密結社の知名度を上げられるかと、例のヴィラン襲撃の手はずを考えるのだった。

 博士の腹が鳴った。

 それを聞いたインブローリオは冷蔵庫の中身を見やる。ろくなものは無い。

 

「きょうはわたしが作るんだっけ?」

「そー」

「オッケー」

 

 そう言ってマヨネーズを取り出す。心に張られた蜘蛛の巣のような、ずっと残っている奇妙な感覚を考えないようにして。

 

 

 

 ───

 

 次回へ続く!

 

 ───

 

*1
第三話参照



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 因果の胎 後編

 感じの良い身ぎれいな中年男性が、事務所兼アパートの一室で母と子の親子と面談していた。

 男はサイズの合った白いシャツとアイロンの効いた黒いスラックス。親子はどちらとも身なりがよかった。

 母親はおろおろと視線を泳がせ、中学生くらいの子は力なく俯いている。重く暗い空気が漂っていた。

 そんななか、優しさをにじませる口調で男が言った。

 

「まあ先方もあまり大ごとにはしたくないそうなので、内々にという事でしたので」

「はあ、それでそのどれくらい……で収まるんでしょうか」

 と母親。

 

「まあ相手がお医者さまでして、年収が高いぶん休業損害も高くなるという事で。これくらいかと」

 と、男はメモ帳に金額を描いて示した。

 

「これは、ちょっとうちでは……やはり個性保険で」

「もちろんこれは一般的な示談の金額でして、エタルくんには」

 と俯いたままの子を見やって続ける。

「将来有望なヒーローになってほしいとの事です。ヴィラン連合がはびこる世の中にあって、ただの事故で未来あるその芽をここで潰すのは社会的な損失と考えていらっしゃるそうでして」

 

 適当におだてながら金額を書き直す。

 額面をじっと見つめた母親が、それで済むのでしたらと支払いの手続き方法を尋ねる。

 

 これを数回繰り返せば家が建つくらいの仕事なのだから、楽なものだと男は愛想笑いを浮かべる。

 

 めざましい超人社会の現代では、ヒーローという職業は医者や官僚に並んで親からの人気が高い。

 とうぜん雄英や士傑といった難関高倍率高校への入学は、親のステータスでもある。なんとしても入学させたいが、ヒーロー科とサポート科の受験科目には個性の使用が前提とされている。しかし個性の使用は法律で原則的に禁止されているので、派手な練習を行えるのは主に学校の共有スペースやジムだけ。

 故に元プロや元有名校教師を招いた予備校の需要は当然に存在し、受験の際の個性制御を学ばせる親は多い。

 

 もちろん授業料は普通科と比べて値が張る。だが法的に許可され、耐個性使用を考慮された建物内での訓練場所は貴重なのだ。

 通わせられるのは裕福な家庭だけで、貧富の差が最終学歴の差につながると問題視されてたりする。つまり見るだけなのだが。

 

 とにかくそういった過保護なのか教育熱心な親というものは、悪人にとって付け入る隙だらけなのだ。大事に大事に育てられた子が自意識過剰だとなおのこと良い。

 子というブランド価値を下げる事は、親である自分の価値を下げる事だと思ってしまう。

 

 相性にもよるが、悪意ある個性によって、訓練中の生徒の個性をグルの教師や同級生、一般人に当てさせるのはそう難しくない。なんなら教師や同級生と実戦形式で戦わせてもいい。授業の一環の事故なのだから予備校側の責任なのだが、とにかく経歴を大事にする親には効く。怪我させた相手が雄英のOBだったり、ヒーロー協会のお偉いさんの子だったりと、いくらでも弱みに付け込める。

 そこで子の経歴に傷をつけたくない親との示談交渉に入る。事前に親の収入や財産は下調べしておけば金額設定も容易だ。

 

 場所は半グレが経営している格闘ジムを使えば、人手も借りられて一石二鳥の実りの多い仕事だった。教師役の半グレをマジメ風にすれば、元ヒーロー科教師だと偽ってもバレはしない。

 この詐欺の良いところは、二つある。表向きの営業の顔があるのと、親が事故を内々に処理したがっているので警察等に露見しにくいのだ。

 

「ヒーローさまさまだな」

 と男はアパート三階のベランダで一服する。夕暮れに沈む町を見下ろしながら、いい時代になったものだと感慨にふける。これだけ好調なのだから半グレの格闘ジムをもう数か所借りて、一財産出来たらまた消えるのがいい。

「二十年前みたいに、どたばたと走り回らなくて済むし」

 

 そのまま携帯灰皿に吸殻をねじこむと、チャイムが鳴った。借りてきた半グレの部下が、PCを叩く手を止めてドアの覗き穴を見て言った。

 

「どちらさまですかぁ!」

 

 室内に緊張が走る。警察が来た時の合図だった。

 部下のうちの一人が、ベランダにいる男を見やる。ちょうど、飛び降りていた。

 

 何事も無く男は着地する。同時に背後の一室から悲鳴が聞こえた。駐車場に視線をやる。車はあるが、出入り口はパトカーで塞がれていそうだった。

 靴下でぺたぺたと小走りで裏手の塀へ向かう、すると植木の『樹木』がずるりと太く伸び、幾重にも枝分かれして男にゆっくりと絡みつこうとする。地面からは、コンクリの上を這う大量の土が『土流』によって背後から迫っていた。

 

 緩やかな中距離戦闘を見るに、どうやら二十年越しの警察の恨みつらみらしいので、男は鼻で笑った。

 枝が男の腕を掴み、土で出来た蛇が足に巻き付く。その瞬間、目視できるほど近い距離で身を隠していた『樹木』の個性使いであるシンリンカムイの脚に蛇が巻き付き、枝が『土流』のピクシーボブの腕を掴んだ。

 瞠目する二人の個性使いなど眼中にない男は枝をすり抜けてアパート裏の道路に出る。

 

 すると一台のパトカーと二人の警察官、Mt.レディが後詰めで待機していた。彼ら側からすれば、二人のヒーローの攻撃を躱したということになる。嫌な緊張が走った。

 

 ちょうどいい、と男は無遠慮にパトカーに歩み寄りながら言った。

 

「自首するよ」

「止まれ!」

 と一人の警察官が反射的にテーザーガンを抜いた。もう一人が「おい!」とそれを嗜める。作戦開始前に、奇妙な誤射の可能性があると説明されたはずだ。

 塀を乗り越えたシンリンカムイたちが、男を背後から囲む。

 

「ちょっとわたしこれ個性使った方がいいの!?」

 Mt.レディが焦ったように言う。

 

「自首すると言っている。ヒーローが個性を使う必要はない」

 男はそう言って両手を上げ、何も持っていない事を示すが歩みは止めない。

 

「近づくな! その場で腹ばいになれ」

 テーザーガンを持つ手は震えており、興奮からか息も不規則に荒くなっている。

 

「腹ばいにならなきゃどうする? ほら手錠をかけろよ」

 

 早くしろと言わんばかりに両手を差し出した。密かに大きく息を吸う。

 警察官は互いを見やり、手の空いてる一人が手錠を片手にかける。もう片方の手にかけた瞬間、その警官の両手に手錠がかけられていた。

 

 奇妙な個性、と言われた所以をMt.レディは目の当たりにした。突発的にテーザーガンを構えていた警察官が発砲する。男に向けられたはずの射出体は、Mt.レディの胸部に命中する。

 錯乱した警察官は警棒術で取り押さえようとするが、男を打った箇所と同じ場所に激痛が走る。シンリンカムイたちが個性を起動するも、先の奇妙な同士討ちの件がある以上どうしようもない。

 テーザーガンを撃ち込まれたMt.レディだったが、まだ意識はあった。ヒーロースーツはそもそも対刃対弾対火絶縁その他諸々の性能を有している。

 だが個性を起動する前に、鈍い頭痛が広がった。めまいと吐き気を自覚し、気を失う。

 

 男は倒れかけるMt.レディをパトカーの後ろに乗せ、意識を失った警官から車のカギを頂戴してゆっくりと逃走した。当然シンリンカムイたちも追跡しようとしたが、一人また一人と同じようにばたばたと意識を失う。

 

 ぷはあ、と運転しながら男が大きく呼吸を再開し、息を整える。

 

「二十年前の方が面倒だったな」

 人質もいらなかったかもしれない、とバックミラーで助手席に横たわるMt.レディを見やる。が、同時に家々の屋根を跳びながら追ってくる巨体に考えを改めた。

「面倒かも……擦り付けるか」

 

 男は目的地をセーフハウスから半グレがたむろするバーに変更した。奇妙な感覚をいぶかしみながら。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「何が起こったかわかる?」

 件のパトカーを追いながら、インブローリオがインカムで尋ねた。

 

『わからん、襲撃がヒーローたちとバッティングしたせいで距離が遠くてなんとも。『反射』だとは思うが』

「どーして最後、みんな倒れたんだ? 何を反射した」

『なにかしらのガスをまいたように思える。現場はけっこう大ごとみたいだ。一階に住んでた民間人の両足がなぜか骨折してるみたい。マジでわからん、奇妙すぎる。無理そうなら逃げろよ。ジェントルさんに応援要請しても、『弾性』じゃたぶんどうにもならん』

「わかってる」

 

 そう言ったものの、インブローリオが奇妙に感じるのは謎の個性に関してだけではなかった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 男はパトカーを降り、Mt.レディを担いで何事も無かったかのように半地下のバーの階段を降りた。タフそうなドアマンが遮りかけたが、顔を見て道を譲る。

 

 バーと言っても借金のカタで奪った物件に半グレのゴロツキどもがたむろしているような場所だ。一軒家のリビング程度の室内に、十人程度がだらだらと酒を飲んだりソシャゲに勤しんでいる。その内の一人が、戻ってきた男たちに気付く。

 

「え、どした? てかその女は」

「いやまあこいつは、手土産というか」

 

 男はMt.レディを適当な床に寝かせ、誰かのウィスキーグラスを干す。トイレには大人一人が通れるくらいの窓があったはずだ。

 

「ガサか?」

「大丈夫だって、ちょっと手洗い借りるよ」

 

 男がいそいそとその場を去ろうとした瞬間、血だらけのドアマンが扉を突き破って転がり込んできた。全員が個性を起動し、臨戦態勢に移る。少なくともこんなやり方はサツでもヒーローでもない。

 苦しそうにうめき声をあげるドアマン、固唾を飲むゴロツキ、有線から一昔前のブルース、したりしたりとナニカが階段を降りる音。通りを走る車の走行音にすがりたくなるほどの非日常的緊迫感。脂汗が滴り落ちた。

 

 ぬう、と姿を現したのは夜色の触手の集合体。顔の無い頭部に、似つかわしくない整った小さな歯茎が生えて口を利く。

 

「ここに逃げ込んだ男を出せ」

 

 半グレのボスは内心で毒づく。

 あのボケ。なにがなんともなかった、だ。ヤベーのを引き連れてきやがって。擦り付ける腹か? しかもこいつ、ヴィラン連合に喧嘩を売ったマジもんのイカレ野郎じゃねえか。

 

「あんた、インブローリオ、だったな。ネットで見たぜ、そっちが俺らに危害を加えないなら、やり合う気はねえ。あいつを出したら、俺らには干渉しないんだな?」

 

 インブローリオは静かに頷く。

 ボスは道を譲る。ちょうど男がトイレのドアノブに手をかけたところだ。男が見返り、肩越しに視線がインブローリオに向けられる。

 

 いざ前にすると、二人が覚えていた奇妙な違和感は膨張した。

 インブローリオの腕から伸びた触手が男の足元に這い寄る。

 

「頭と両手が黒いモヤの奴を知っているか」

 

 これまで何人ものヴィランに何度も同じ質問をした。返ってくる答えは、いつも彼女を満足させるものではなかった。今日までは。

 

「ああ、知っている」

 

 逃げられないように力を込めると一瞬で骨が砕ける音がした、男のすぐ近くにいたゴロツキの脚から。

 その場にいた誰もが目を疑う。つい先ほどまで男の脚を掴んでいたはずの触手は、今ではゴロツキの脚を掴んでいる。男だけが、密やかに笑った。

 

 インブローリオは反射的に博士に連絡を取る。

「何が起きた」

『わからん、男を掴んでいたはずの触手が、瞬きの瞬間には別人を対象に取っていた。映像をコマ送りで確認してみたが、それらしい個性の瞬間は無い。『反射』の過程すら……どーなっている』

 

「てめえこの野郎!」

 

 ゴロツキの一人が仲間をやられた腹いせに鋭い針を飛ばす。先端がかろうじてインブローリオの肩に刺さり、弾力性により押し出されて床に落ちる。

 

「クソッ、やっちまえ! やれ!」

 それに続いて次々と個性が放たれた。

 

「……警察のデータベースには似たようなの無いの?」

 

 博士はコンソールを叩いて検索を掛けてはみる。テレポート? 集団催眠? 主観を操る? 

『絞り込むには特徴が少なすぎる。もっと情報を引き出せ……めっちゃ殴られてるけど、大丈夫か?』

 

 無抵抗のインブローリオに、ひょっとしたらという希望を抱いてゴロツキどもは各々の個性をその巨体に叩きこむ。火球、刃物、放水車並の水弾、針金による拘束、強制的な眩暈、念動力、電撃、床の木板や照明のガラスが棘になって突き刺す。

 それら全てが一つの目標に向けられ、しまいにはもうもうと砂ぼこりが室内に立ち込めた。

 例えプロヒーローでも、これだけの攻撃を無防備に受ければ再起不能だろう。

 

 ただ、ゴロツキどもは知る事も予測する事も出来なかった。

 保須市で脳無が暴れた際、ヒーローがあまりにも有効に鎮圧したために、それの真の危険性は周知されていなかった。

 即ち脳無とは、ヴィラン連合という少数派が、ヒーローとそれを容認する社会構造そのものという多数派と戦う為に造られている存在であり。故にその組織的不利を覆しうる戦闘能力を与えられている事に。

 

 ゴロツキの一人が煙の中へ目を凝らす。すると人影らしきものが確認できる。まさか……と悪寒を覚えると同時に電柱のような触手群に吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられた仲間を目にした近接系の個性持ちが全身を岩にして突貫するも、風切り音と同時に四肢を砕かれた。ワンテンポ遅れて、その風圧で砂ぼこりが霧散する。そこにはほんの少しばかり体表が傷ついた脳無が、微動だにせずに立っていた。

 

 フッとその巨体が視界から消える、天井の隅に張り付いたのだと視線で追った時、すでにそこにはおらず剛腕によって数人がやられた。誰かが死角から大きな刃物を振るうも、背後から伸ばされた触手に腕まで絡み取られる。何人かが逃げようとドアに向かうが、飛ばされた蔦が覆い茂り出口を塞ぐ。

 

 あっという間に蹂躙される仲間を眺め、ボスは乾いた笑いで独り言ちる。

 

「これが……脳無?」

 

 辺りは血でまみれていた。かろうじて息のある者もいるようだが、息があるだけだ。ヒュー、ヒュー、と、しぼんだ浮き輪を踏んだ時のようなシケた呼吸音。

 インブローリオはボスを無視して、こっそりとトイレに向かう男のシャツの襟を掴む。少なくとも服を掴まれたくらいでは奇妙な個性は起動しないらしい。距離を取ったまま腹を殴る。腕はボスの腹を殴っていた。

 

 男がめんどくさそうに言う。

「よせよ、服が伸びる。おれの個性は『無敵』なんだ、おまえじゃ何やったって勝てない」

 

 インブローリオはそれを無視して、えずくボスに命ずる

 

「答えろ。こいつの名前は」

 

 帰ってきた名で博士が検索を掛けてみるが、ヒットしない。偽名だろう。今度は男の顔で画像検索を試みる。エンターを打鍵した後にキーを操る指が止まった。ある容疑が掛けられていた。それを伝えるべきか、戸惑う。

 

 インブローリオはその間に個性を探ろうと男の指を折る、やはりボスの指を折っていた。ボスは痛みで気を失い、今度はボスの近くにいた呻き声をあげているゴロツキの指を折っていた。

 意識を失った人間は、奇妙な個性の対象にはならないようだ。

 

 おーかわいそ、と男が他人事のように語る。

「むちゃくちゃするなあ。このまま続けても埒が明かないぞ。そのうちサツやヒーローどもが来る。そうなったらお互い捕まるしさ。聞きたいことがあるなら答えるよ」

「頭と両手が黒いモヤの奴とおまえの関係は?」

 

 深いため息で男は頭を掻いて言った。

 

「そいつは黒霧って呼ばれてるワープ系の個性使いらしい。ヴィラン連合に属してる。おれはそいつを追っている」

「どういう事だ?」

「二十年くらい前なんだが、AFO(オールフォーワン)って裏の元締めに勧誘された。強個性だからだろうな。待遇は良かったが断った。おれは富裕層から盗みはするが、殺しをやるつもりはないから。そしたら嫁を殺された。復讐も考えたが、当時はそれなりに仲間がいてね。そいつらも同じ目に遭うのはツラいんで潜ってた」

『インブローリオ、落ち着け。証拠は無い。警察のデータベースでは、妊婦を殺した容疑を賭けられているのはそいつだ』

 

 インブローリオは焦った博士の声を無視して、男の続きを促した。

 

「で、仲間との縁もほぼほぼ切れたし、世間をにぎわすヴィラン連合のケツ持ちがAFOらしいってのを掴んだんで、裏と接触するついでに資金集めしてた。もういいか?」

 

 いや、とインブローリオは触手を動かしてキッチンの蛇口を開き、ウォーターサーバーや冷蔵庫の飲料水をひっくり返して流し台に水を張った。男の襟を掴み、流し台に頭を押し付ける。

 奇妙なことに、男の頭の周囲にあるはずの流し台の水が消え、同量の水がインブローリオの頭を覆っている。あらゆる物理法則を無視して、男の生命の危機を誰かが肩代わりしている。

 同じ系統の個性使いを、インブローリオはよく知っていた。そしてずっと続いていた奇妙な違和感の正体もおおよそ理解した。

 

「わかった気がする、こいつの個性」

 インブローリオは男を離して言った。やはり『無敵』でも『反射』でもない。奇妙なことに最初からそんな気がしていた。頭の周りの水が、ばしゃりと床に落ちる。

「『身代わり』の個性使いだ。こいつは誰か()身代わりにしている」

 

『……よく似た個性使いは世の中に十人はいると言われている』

「けど……」

 

 男はじっとインブローリオを見つめていた。なぜ個性が割れたのか疑問に思っているのだろう。やがて慣れた手つきでタバコに火を点け、一服する。そういえば、と口を開いた。

 

「そういえば、おれと同じ苗字の子供がヴィラン連合に拉致られて脳無にされたって噂を裏で聞いたことがある。おまえの名は?」

「……脳無は母体の個性に加え、外部から複数の個性が与えられる。おまえの息子に『触手』『蔦』『蛭』が遺伝する可能性があるのか」

「違う、娘だ。殺された嫁さんの胎にいた子供が、もし生きていれば高校生くらいのな……だが嫁の個性はその三種のどれでもないから、たぶんおまえはおれの娘じゃない」

 

「おまえは嫁を、その、あい……好きだったのか」

「愛していた。しょっちゅう生まれてくる子の事について話し合ってたよ。名前とかな。経過も順調だったのに……だからAFOは殺す」

 

 インブローリオはいよいよ慎重になって、泡に触れるように尋ねた。

 

「……名前は、その生まれてくる予定の子の」

「アキラだ。悪くないだろ? おれは少し男っぽすぎると言ったんだがな」

 

 男は自嘲気味に笑って、吸殻を床に落として踏み消す。

 

「で、おまえは何者だ?」

「わたしは……」

「答えろよ、フェアじゃない……ま、言いたくないならいいけどな。おれと組まないか」

「なんだ、おまえ急に」

 

「利害は一致してるだろ」

「わたしより弱いやつと組む気は無い」

 

 そう言ったインブローリオの左手首が裂ける。男はキッチンからくすねてきたのであろう包丁で、自身の手首を切っていた。インブローリオはその傷の『身代わり』となったのだ。

 男は冷蔵庫から二つ入りのコンビニサンドイッチを拝借してパクつく。

 インブローリオは左手を新たな触手で補いながら、空の冷蔵庫をじっと見やった。

 

「攻撃手段が無いと思ったか? それにまあ妙におまえが気になる、不思議なことに……この蔦どけてくれるか?」

 

 出口へ向かう男を、インブローリオは止めなかった。出入口を塞ぐ蔦がボロボロと崩れ落ちる。外からパトカーのサイレンが反響している。もう、日は落ちていた。

 

『おいまさかそいつと手を組む気か?』

「……」

 

「おれと来い。しばらくは資金調達に付き合ってもらうが、そのうちヴィラン連合を潰す。別におれ一人でも出来るが、おまえがいればより早くAFOにたどり着ける」

「……仲間がいる」

「そいつはAFOに恨みがあるのか?」

 

『待て! なにか変だ!』

 会話を聞いていた博士は不安を覚えた。それはインブローリオから見捨てられるからではない。なにか、男の会話にはなにか()()()()()()があるような気がしたからだ。

 

「いや、興味でわたしに付きあってる」

「なら信用できない。手を切れ、それが条件だ。半端な仲間はいつか裏切る。嫁さんが殺されたのもそれが原因だ。それにおれと組んだ方が勝算が高いだろ」

「……そう、だな。おまえの方が、効率がよさそうだ」

「決まりだな」

 

『おいおい正気か!? 出会ったばっかのやつの言う事信じてついてくか? フツー』

「いやおまえもそうだったろ」

『ぐぅ』

 

「元相方との別れはいいか?」

「ああ、どうせ流れで組んでただけだ。背中に乗れ、跳んで警察を撒く。行く当てはあるのか」

 

 言って通信機器を体外に排出し、踏みつぶす。それを見て、男は納得したようだった。

 

「セーフハウスがある」

 と言って、男は()()()()()()()()()()()()()()()インブローリオの背に飛びつく。すぐに、ああ、と不快感をこぼした。ゆっくりと触手群が蠢いていて、弾力性があり、ぬめってこそいないがいい気持ちではない。

「まあひんやりしてて悪くは無いな」

 

 インブローリオは男を背負ったまま外に出て、脚を肥大化させてウサギのような逆関節状にして跳躍する。遅れてパトカーや救急車が到着した。

 そのまま夜の闇に消えてゆく。博士を残して。

 二人ぽっちの悪の秘密結社から、一人が消えた。

 

 「一瞬で半壊した」

 

 PCの前で、博士が力なく呟く。

 

 

 

 ───

 

 

 

 エンディング

 

 

 

 ───

 

 

 月の無いたっぷりとした夜である。

 もうかれこれ十五分ほど、とある雑居ビルの一階の事務所前であれこれ思い悩む人影があった。

 人影と言っても身の丈は二メートルをゆうに超えている。そんな剛健な肉体の持ち主が、もじもじしながらあれこれと物思いにふけっている。

 

 いまいち踏ん切りがつかないままでいると、通行人の気配がしたので反射的に事務所に入り込んだ。

 不安だったが、一つ安心したことがある。

 それは事務所が一週間前と何も変わっていなかった事だ。

 いつもと同じソファで、いつもと同じように博士がすやすやと眠っている。

 

 起こすべきか悩み、起こすにしろ何と言うべきか悩んでいると、むにゃむにゃと博士が目を覚ました。

 

「あ? あーおかえり。けっこうかかったな。一週間くらいか」

「えあ。あ~……ただ、いま」

 

 気恥ずかしそうにインブローリオは頬を掻く。

 

「つーか驚かないのかよ。おまえと手を切るって言ってそれきりだったのに」

「けっこう焦ったが、あのあと会話をよく思い返したら男のミスに気付いたからな。あんたが気付かない訳がないと思ったよ。一段落付いた記念にお祝いするか」

 

 言って博士は背伸びして台所へ向かう。

 

「マジ? いまから食べんの?」

「腹減って眠れんのよ」

 

 あーそー、とインブローリオはソファにたっぷりと腰掛ける。なんて説明すればいいか思い悩んでいた自分がバカらしい。

 

 やがてテーブルの上には、半分こされたうまかっちゃんと、そろそろ帰ってくる頃合いだろうと買ってきたファミチキがレンチンされて置かれた。よく冷えた本麒麟とスプライトもある。

 

 いたますー、とオリジナルのいただきますで博士はうまかっちゃんを少しずつ啜る。結局袋めんはこれが一番美味い。でもなんか最後はスープがどろどろになる。

 

「てかさ、どうやってケリ付けたんだ? 『身代わり』って強個性どころじゃないだろ。マジであいつ一人でヴィラン連合どころか、ヒーロービルボードの上からの十人と渡り合えそう」

「ん、まあ倒せる個性使いは限られるけど、結構居るんじゃないかな。仕組みを理解すればだけど」

 

 

 

 あの日、インブローリオは男のセーフハウスで一夜を明かした。

 家具はこれと言って無く、ただガラを躱す為だけの家だ。

 男は適当なとこで寝ろと言って、シャワーを浴び、シングルベッドに横になった。寝首を掻かれることは無い。

 無防備な寝姿だった。男の『身代わり』は異形型だ。たとえ容姿が変わっていなくとも、本人の意識に関係なく永続的に発動している個性はそう分類される。

 

 男が目が覚めた時、まだ暗かった。スマホで時間を確認しようとして、枕元に無い事に気づく。次第にこの暗さが自然のものでない事を察した。

 ベッド全体を半球状に覆われていた、触手や蔦、蛭の集合体によって。

 

「どういうつもりだ」

「わたしはおまえの娘らしい」

 

 言われて男はやっと、奇妙な感覚の答えを知った。

「……それほど驚きはしない。なんとなくそんな気がしてた。だがどうしてこんな真似を。父と娘の再開を祝すべきだろ」

「いいや、別れを祝すべきだ。わたしとおまえの」

 

「そりゃあ、おまえを探しもしなかったのは悪かったよ。けどな、相手は裏家業の総元締めだぞ。愛する嫁を殺されたって、潜って機を窺うしかないだろ」

「経過は順調だと言ったな。出産の」

「……ああ」

 

「姉は?」

 

 恐怖の針が雨のように身体を通り抜ける声色だった。

 

「産前に性別までわかっていたのならエコーもしただろ。姉は?」

 

 じっくりと、男は重い汗をかいた。カマかけか、それともまさか……

 

「知らない。嫁がおまえを孕む前に子持ちだったって事か?」

 

 インブローリオからの返答は無い。諦めて敗北を認める。

 

「双子、だったのか」

 

 

 

 そのまままる二日経ち、男は懇願した。

「悪かったよ、許してくれ。おまえのいう事を何でも聞く。いまからヴィラン連合を皆殺しにしてもいい」

「おまえは何もわかってない、AFOもヴィラン連合も二の次だ」

「じゃあなにが望みだ」

「姉を取り戻す」

 

「それは……無理だ、AFOに消されたんだろ?」

「やはりおまえはダメだ」

 

 男はそれでも弱り切った声で続けた。

「唯一の肉親だろ、アキラ。おれの娘」

「わたしは脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵」

 

 その凍てついた鋼鉄の言葉を最後に、彼女は何も語らなかった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 胎だ。

 

 マンションの一室に夜色の胎がある。

 まるく、こぼれんばかりの生命で張っていて、言いようのない別物感がある胎だ。

 

 その暗い胎の中で、男は何も口にできず、栄養供給が途絶され、衰弱していった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「結局さ」

 とインブローリオはファミチキを齧って言った。

「行きずりの女を孕ませちゃって、面倒だったし酔った勢いで蹴り殺したんだって。殺しだとヒーローからのマークがきつくなるから潜って、金が無くなったから表に出てきたってだけ。やーっぱりわたしの思ったとおりじゃん。なーにがヴィラン連合が活発になったから出てきただ」

 

「いやフツーはそう思うって。でも栄養供給の途絶なんてよく思いついたな」

 

 男を拘束している間、栄養失調や脱水症状によるダメージは確実にインブローリオが『身代わり』となっていた。だがそもそも彼女は食べなくても活動できるし、息止めを含む自傷行為攻撃も、人間を遥かに上回る肉体スペックの脳無には効果が薄い。

 また、『身代わり』は無から有を可能にする個性ではない。インブローリオは誰よりもそれをよくわかっているし、男が飲み食いしていたのがその証拠だ。

 一週間、男の胃袋に何かが入ってくることは無かった。

 やがて内臓を含む肉体の損傷や腐敗も見られないまま、指一本動かす栄養も無くなった。

 

 カロリーが完全に無くなり、脳が活動を停止すると同時に『身代わり』の効果は消えた。

 

「サンドイッチをさ」

「うん?」

 

「いやまあ、おまえは金もないし、わたしは食べなくても活動できるのにいつも二人分の食事を用意するだろ。だからだいたい冷蔵庫の中は空だった」

 インブローリオは気恥ずかしさを紛らわしながら、半分こされたうまかっちゃんを啜って言った。

「あいつが二個入りのサンドイッチを一人で食べてたの見て思い出したんだよ。おまえが腹減って餓死しそうって言ってたのを」

 

 照れくさくって、博士は茶化すように苦笑する。

「貧乏もたまには役に立つな」

 

「だから姉の仇の一人を始末できたのは、おまえのおかげ、かも……ありがと。その、は、ハカ。博」

「気にするなよ。悪の秘密結社の仲間だろ」

 なんだかむずがゆくなってきたので博士は無理やり話題を変えた。

「そういやあんたがいない間、どーやったら秘密結社の知名度を上げられるか考えてたんだが、インスタって知ってる?」

 

 それまだ引きずってたんだ、とインブローリオはあきれる。

 

「アカウントだけ先に作っといたから、とりあえず一枚撮って上げよう」

「いいけどさー、知名度上げてどうしたいわけ?」

「ヴィラン連合を挑発する目的以外は特に何も考えてない。ついでに偽物のアカウントにだけはフォロワー数で負けたくない」

「偽アカに対抗したいのが本音だろ」

 

 博士の調査によれば、インスタには美味しそうなご飯やフォトジェニックな場所、豪華なアクセサリーなどを載せるとバズるらしい。

 残念ながらテーブルの上にはファミチキの小皿と二つのラーメンどんぶりしかない。しかも食べ終えている。周囲にはサポートアイテム開発器具や学術書が雑多に積まれている。

 残すところは豪華なアクセサリーだが、それもない。

 

 しかたがないので、Mt.事務所から貰った奇妙な両足裏ベッドの上でくつろぐインブローリオを撮った。たしか非常に高級な素材を使っているとか言ってたので、豪華には違いない。

 

 これで偽アカに負けないぞー! と意気込んでいたらしばらくして組織的犯罪の共感を理由にBANされた。

 

 

 

 ───

 

 

 

 Cパート

 

 

 

 ───

 

 

 

「結局いいとこ無しで終わりかー。なんだったんだろね、あの奇妙な個性の正体」

 

 一応病院で精密検査を受けた病み上がりという事で、Mt.レディこと岳山は自宅で事務員とリモート会議中だった。高校の時のジャージ姿で警察の報告書をめくる。

 

『おそらく個性に関してはこのまま迷宮入りでしょうね。とにかくまあ無事でよかったですよ』

 

 半地下バーにかけつけた警察によれば、岳山はぐっすりと寝、いやぐったりと床で気を失っていたらしい。

 病院に運び込まれて回復した半グレたちの証言では、インブローリオが乗り込んできたとのこと。

 

 っつァーッ! それってもうインブローリオがわたしを助けに来てくれたって事じゃん! まいるわー。わたしヒーローなのにヴィランに惚れられてまいるわーッ。

 

 と岳山はニヤニヤニタニタニヨニヨしながら報告書を読み進める。

 

『どうやらインブローリオの目的は例の詐欺師だったみたいですね。なにかしらの因縁があったのでは、と塚内警部は睨んでいるそうです』

「みたいねー」

 

 かーぁッ! わかってねー! こいつマジでわかってねーわ。そりゃわたしを攫ったんだからそいつを恨んで当然じゃん? マリオだってクッパを倒すっしょ? はーあ、理解者がいなくてツライワーマジで! 

 

 さりげに自分をピーチ姫にして、棒読みで事務員に相槌を打つ。

 

『で、先日その男はマンションの一室で変死体で見つかりました。鑑識も死因が特定できてなくて、寿命という見方が強いそうです』

「まーその辺はわたしみたいな個性のヒーローが出る幕じゃないからね」

 

 後は復帰の日程もろもろをスケジュールして会議は終わった。強い夕焼けが窓から射している。

 報告書の束をローテーブルに放り、どっかりとソファに横になる。スマホでエゴサをし、そういえばインスタにも何か上げとかないとなーとめんどくさそうにダラダラする。

 反応は自己肯定感や承認欲求を満たしてくれ、モチベーションにも繋がるが、今は気分じゃない。うだうだと他の事を考える。今日のおやつ、見たい映画、積んでる漫画。インブローリオの事。

 

 とはいえ知名度がグッズ売り上げやCMスポンサーに関わるプロヒーローにとって、SNS全般、ツイッターは遊びじゃねえんだよ! 大手事務所ではきちんとした広報部が存在する。

 諦めて撮り溜めておいた写真から適当にピックアップした。

 

「まー結局、どれだけわたしの事を本気かってことなのよねー」

 

 クセで発見タブをタップする。タップして言葉を失った。

 

 正方形のサムネイルに、巨大化後のMt.レディの型を取って作る3メートルほどの等身大足裏ベッドでくつろぐインブローリオが映っている。しかも両足コンプ! 

 何気ない事務員の会話が脳内で乱反射した。

 

「ニッチな人気があるとは考えてましたけど、カルト的というか。これ買う人は相当な狂信的ファンですよ」

 

 カルト的というか。これ買う人は相当な狂信的ファンですよ

 これ買う人は相当な狂信的ファンですよ

 狂信的なファンですよ

 狂信的な

 狂信的な

 

 岳山がスマホを投げ捨てて窓から飛び出し、駐車場で『巨大化』を間に合わせたのは奇跡だった。

 部活帰りの女子学生が思わず呟く。

 

「いきなりね、Mt.レディが、飛び出した」

「驚きて、アイスクリームを、落としかけ」

「夕暮れの、朱に明かされ、染まる内」

 




人間:インブローリオだったモノの実父
個性:身代わり
誰かを身代わりにするぞ!
インブローリオだったモノのの実母に暴行を加え、殺害。現在は変死体で見つかったぞ!

あらゆる生命の危機を、自分を中心点として最も近くにいる者を身代わりにして防ぐ事が出来る。
ただし意識の無い状態の者は個性の対象にはならない。身代わりは物理法則を無視して過程も省略され行われる。
男が息を止めると、脳に酸素が届かないといったダメージも身代わりに行く。その攻撃に気付かずに喋ったり普通に息をすると、男より先に酸欠で倒れる。シンリンカムイたちの追撃はこれで躱せた。
息を止めながら相手の攻撃を身代わりさせてこっそり自分の手首を切る自傷行為攻撃ムーブが鉄板コンボでわからん殺しが強いぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 タコ焼き

 ───

 

 アバンタイトル

 

 ───

 

 

 

 ジェントル・クリミナルはガラス張りのビルを見ると思い出すことがある。

 

 あの日、ガラス掃除のゴンドラのロープが切れ、落下した人を助けようと個性を使った時の事を。

 時間がゆっくりと引き延ばされているような気がした。そんな中で、考えるより先に身体が動いていた事に対する喜びを確かに覚えた。

 

 受け止めるべく、空気を対象に個性を起動し、足場にして跳んだ。偶然通りかかったヒーローも助けようとして運悪く二人はぶつかり、清掃員は落下した。

 その時、一瞬だけ清掃員と目が合った。あの唖然とした顔が忘れられない。

 

 あの日からジェントルは、誰かを助ける為に個性を使った事は無い。

 

「大変だラブラバ! 何もしてないのにパソコンが壊れた」

「それは一大事ね! どういった症状なの!?」

「急に小文字の英語が入力できなくなってしまったんだ」

「それはたぶんキャプスロックキーを有効にしてしまったようね! すぐ直るわ!」

 

「さすが……さすがだよラブラバ。わたし一人ではどうしようもなかった。きみは本当にパソコンの先生だな」

 

 はーっはっはっは。と軽快な笑い声がアパートに響く。

 

 

 ───

 

 Aパート

 

 ───

 

 

 

「ちょっと旧友に会いに行く」

 

『猫』の個性使いである玉川 三茶が車を走らせているのは、助手席に座る上司、塚内 直正がそう言ったからだ。

 

 十字路の中ほどで対向車が途切れるのを待つ。右折ウィンカーがカチカチと鳴っている。

 塚内は車窓で頬杖をつき、ぼんやりと景色を眺めている。

 アクセルを踏み、ゆるやかに右折した。今年に入ってから何度目の道だろうか。すっかり慣れてしまった。

 

 三茶には、旧友に会うと言い出した理由がわからない。もとより上司である塚内の事を計ろうとするのは無駄だ。

 いつも穏やかな口元を崩すことのない表情は性格が温厚だからではなく、感情のブレ幅が異様に少ないからだと気づいたのは、部下になって二年が経ってからだ。

 悪く言えば昼行燈よろしくとぼけた顔立ちはしかし、彼の役職が否定している。警察全体で数%しかいない警部という地位を、わずか三十六歳という若さで上り詰めたのは歴史を覗いてみてもほんの一握りだ。

 

 要するに切れ者なのだ。その思考が理解できればヴィラン捜査に苦労はしない。

 三茶は別にホームズになりたいとは思わない。ただ、ワトソンを誰かに譲る気はないだけだ。

 やがて目的地である雄英高校に到着した。

 

「割と出入り口に近いところの駐車スペース、すっかり警察用に空けられちゃってますね」

 

「そういう形でしか母校に来れないのは、なんだかなーって感じだよ」

 短い嘆息の後、塚内は続けて言った。

「じゃあわたしは校長に話を通してくるから、三茶くんは……聞き込みしててよ。ヒーロー科以外のとこはまだ余地があるでしょ」

 

「そうですね。久しぶりと言えば久しぶりなんで、元気にやってるといいんですけど」

 

 三茶は塚内と別れて、貸し出し電動自転車に乗る。雄英の広大過ぎる敷地を移動する為に、学生証や来客証を持っている者は自由にシェアレンタルできるのだ。そのへんで乗り捨てても、しばらくすると元の場所に自動運転で戻る優れもの。

 サポート科の方に行ってみるかと漕ぎ進める。やがて自然公園のような景観に不釣り合いな工業臭が、三茶の黒い小さな逆三角形の鼻をくすぐる。金属と薬品が入り混じった何とも言えない空気だ。

 

 サポート科の棟に着くと、一匹の猫がにゃあと出迎えた。そのまま歩きだしたので、三茶は自転車を降りて後をついていく。

 草木をかき分け、何が入っているのか立ち並ぶ巨大なタンクを抜け、試射場を横目に過ぎ、様々な資材を搬入している様子を見ながら、やがて第三食堂に到着した。

 すでに昼時は過ぎていたが、あの何とも言えない腹をくすぐる油の匂いはまだ漂っている。

 裏手に回ると、数匹の猫がまったりとくつろいでいた。にゃあと鳴く。

 

 三茶は用心深く周囲に人の気配が無いかを探り、にゃあおと鳴いた。

 

 そのまま腰を下ろして、うにゃうにゃと『猫』の個性でコミュニケーションを取り、何か異常は無かったか、不審者の影を見なかったか聞き込みをする。

 この個性の強力なところは、猫は人間社会に食い込んでいる点だ。誰もそこに猫がいることに疑問を持たないし、見られても気に留めない。特に都心での聞き込みは重宝する。欠点と言えば、誰かに見られると非常に恥ずかしい。

 

「なにやってるんですか」

 

 はっとして三茶は振り返る。そこにはジャンプスーツの前を大きく開けたタンクトップの少女がいた。ピンク色の髪を揺らし、ゴーグルをずらして興味深そうに見下ろしている。

 み、見られた。咳払いでごまかしながら三茶は言った。

 

「いやまあちょっとね」

 

 猫と会話できる事はあまり言うべきではない。猫を介してプライベートを知ることが出来ると危険な連中に伝われば、猫狩りが起こってもおかしくはないからだ。

 

「すごいコミュニケーションが取れてたみたいですけど」

「単に猫が好きなだけだよ。きみ、授業は?」

「フィールドワークというか、どっ可愛いベイビーの実働テスト中です」

 

 ほら、と少女が足元を指さす。猫の脚のブーツを履いていた。

 

「猫に触りたいのにどーしても逃げちゃうので、足音や気配が猫のようになればこっそり近づけるんじゃないかと」

「それは、言いにくいがきみ、油や薬品の香りが……少しするからだと思うよ」

「そーなんですかねえ」

 

 くんくん、と少女は前腕あたりを嗅ぐ。

 

「落ち着くいい匂いしかしませんが」

「猫にはちょっとね、あーそうだ。この辺で何か変わった事は無い? 申し遅れたけど、わたしは玉川 三茶。警察の者です」

 

 せっかくなので人間の方にも聞いてみる。そうしなければ猫といちゃつく変なヤツで終わってしまう。

 

「それなら案内しますよ」

 

 と、少女はサポート科の棟へ、したりしたりと歩き出した。

 着いた先は、精密機器を扱うクリーンルームの入り口だった。二重扉には、ポップな絵柄のポスターが張られている。

 

『パンケーキを作ることを禁ずる』

 

「これは?」

 と三茶。

 

「この妙なポスターはですね。なぜかすべての実験研究室、資材倉庫、サーバールーム、サポート科一人一人に与えられた工房のドアの全てに張られているんですよ。生徒手帳の校則にまで同じことが書いてあります」

 

「最近になって?」

「いえ、もう二十年? くらい前からだそうです。どーしてなのか気になったんですが、誰に聞いてもよくわからないとか覚えてないとかで誤魔化されてる気がするんですよね」

「うーん、それは変わった事じゃなくて雄英の変わった所だね」

「あれ、ダメでした? でも気になりません?」

 

「確かに気にはなる」

 

 むむむ、と顎に手をやっていると、塚内から連絡が入った。どうやら話は済んだらしい。少女に礼を言って合流した。

 三茶の運転で帰路につく。

 

「それで、旧友とは会えたんですか?」

「うん? いや、ここにはいないけど」

「え、てっきり雄英で働いている方かと」

「ちょっと人を借りる為に校長と話しただけだよ。旧友に会うのに、いたら楽だから」

 

 あいかわらずだな、と三茶は小さく笑った。なぜ人に会うのに雄英の教師の手を借りなければならないのか。

 

「あ、この辺で停めてくれる?」

 と言って塚内は足早にタコ焼きを買ってきた。

 

 コンビニで飲み物を用意し、車内で小腹を満たす。

 はふはふと口に放り込むと、濃厚なソースの味にとろりとした生地が混ざり、ごろごろのタコの味が美味かった。『熱量感知』の個性で焼いていると店主は言う。味から推察するにたぶん本当だ。

 

「あー、これはおいしいですね」

「だろ。この近くに公園があるんだけどさ。旧友とよく下校時にそこでこのタコ焼きをよく食べてたよ」

「その方、塚内さんと同じ普通科だったんですか?」

「いやサポート科だったよ」

 

「いまはどちらに?」

「わからん。けどまあそのうち向こうから会いに来るさ」

「はあ」

 

 あれ、よくわからん。こっちから会いに行くんじゃなかったか? 

 けどまあいいかと三茶はタコ焼きを平らげた。

 塚内が会うと言っているのだから、その旧友がたとえどれほど会いたくないと思っていても結果は同じだ。あれこれと気を揉んでもしょうがない。

 

 

 

 ───

 

 Bパート

 

 ───

 

 

 

「もう飽きた」

 

 いつもと変わらない雑居ビルのワンルームで、博士が悲哀まじりにそうこぼした。

 節電の為に薄明かりの室内は陰鬱で、そこらかしこに大小様々な部品や精密機器、分厚い本が散らばっている。巨大な足裏ベッドが鎮座ましましており、一層の不気味を膨張させている。外から入る自動車の走行音だけが唯一の日常。

 

 夜色の巨体、インブローリオが突き放すように言い放った。

「飽きたなら、もうやめれば」

「いつまで続けりゃいいんだよ。うんざりだ」

「だからやめろって」

「そういう事じゃないんだよ! さすがに飽きたって言ってんの!」

 

 そう叫んだ博士の持つ割り箸には、一口大の黒い物質が掴まれている。

 

「でもお金ないじゃん」

 とインブローリオ。消化器官諸々の内臓が無いので、食事は娯楽としてしか必要ない。なので博士が実験として食べているのを頬杖ついて眺めて言った。

「マズいんなら食べるの、やめろ」

「マズいとは言ってない」

 

 博士の目の前には、どんぶりにこんもりと盛られたインブローリオの個性のぶつ切り。見えないが、その下には白米が申し訳ない程度に敷かれている。

 悪の秘密結社の食糧事情を解決する一手として考案されたこのどんぶりは、博士が初めて個性ユーチューバーとして撮った動画に着想を得ている。

 そう。インブローリオの身体の一部は、また食べたいとは思わないが、不味くは無かったのだ。

 

 xxxxx

 

 インブロ丼。

 

 材料。

 インブローリオの身体の一部、適量。

 白米、所持金に比例した量。

 塩その他調味料、なくてもOK。あった方がもちろん良い。

 

 調理方法。

 1 『白い刃』 ──博士の開発したサポートアイテム、設定された速度以上を検知すると、重力、空気抵抗を考慮し、最適な形状を得るシロモノ── で一口大に切り分ける。まな板まで切れるので、生やしたまま的確な入射角と速度で切る事。半端な包丁では刃が通らない。

 2 柔らかくなるまで煮る。その時のインブローリオの気分によって茹で時間が異なるので、適宜確認。なんとか齧れるようになればOK。

 3 炊き立てのご飯の上に盛って完成! 温かいうちにどうぞ。冷めるにつれ非常に硬くなります。

 

 xxxxx

 

 食事とは別で作って、茹でる温度や焼き方を試行錯誤してみてはいるがダメそうだ。だいたいいつも同じような歯ごたえと味になってしまう。博士もさすがに飽きた。

 

「つーかさー、仮に美味しい調理法を見つけたとしてもおまえ一人で食べろよ。自分自身を食べたくないんだけど」

「やっぱダメかあ」

 

 うう、と博士は触手を一口やった。スジ肉とホルモンを掛け合わせたような弾力性は、顎と歯を著しく摩耗させる。舌の上で転がり続ける食感はマシュマロのよう。味も、なんなんだろう、寝ながら食べればササミかもしれない。

 

「だからー、嫌なら食べるなって」

「作ったらなんかもったいなくて。でも時々すごい美味しい部分がある。なんだこれ、どっかで食べた味のような気が……なんだっけ」

「美味しいって言われると、それはそれで微妙な気持ちだな」

「せめて焼き肉のタレとかあれば……」

 

 その様子を、インブローリオはなんだか懐かしい気持ちで眺めていた。児童養護施設で嫌いな食べ物が出された時、自分も似たような反応したっけ、と。全般的にとにかく薄味で、やたら調味料をかけて誤魔化していた。

 そんな感慨にふけっていると、テレビからいつものワイドショーが流れた。

 真面目そうな男性アナウンサーが口を開く。

 

『続いてのニュースです。近年の個性犯罪の増加によるインフラの劣化がアレなので、都は、上下水道、地盤の再調査および整備を行う事を発表しました』

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。

『これ税金が投入されるわけでしょ? いくらヴィランを捕まえる為ったって、インフラの劣化はヒーローの個性によるものがあるんだから、ヒーロー協会が支出するべきなんじゃないですかね』

『歌羽区から順に、公共インフラが集中している区を対象とした計画断水がアレされるとの事です。みなさんも水の確保を行い、必ず水栓を閉めてください。医療機関、社会福祉施設への影響は無いそうです』

『歌羽といえばマウントレディがドタバタやってた所ですね。土建屋との癒着もあるんじゃないんですかああ!』

 

「うわマジか、隣だな。すぐこっちも断水になるぞ」

「当分、ヴィラン狩りは休みにする?」

「作業員とバッティングしたら通報されるしな。幸いにもこないだのヴィランが小金持ちだったし」

「オッケー」

 

 と言ってインブローリオは冷蔵庫からプリンを取り出し、スマホをスワスワしながら足裏ベッドでぐでーっとだらける。黒霧という名を手に入れた事もあって、多少は精神的に余裕が出ていた。

 カラメルのかかったプリンが、スプーンで小さな口に運ばれた。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 カラメルのかかったプリンが、スプーンで小さな口に運ばれた。

 

 咀嚼もほどほどに飲み込んで、ぼさっとソファに座りながら、ネットフリックスを眺める一人の女性がいる。

 その気の抜けた雰囲気からは想像できないほど手入れされた、ゆるやかなウェーブの稲穂色のロングヘア―。普段はぱっちりとした瞳だが、今は半眼でぼんやりとしている。肉付きの良い身体は、着古した高校の頃のジャージで映えない。

 これがいま最も人気のある新人ヒーロー、マウントレディのオフの姿だった。現在は個性の使用を伴うヒーロー活動後の為、法の定める時間まで休憩中である。

 

「そういえば知ってます?」

 と事務員がデスクワークをしながらマウントレディに探りを入れる。

 

「なにがー?」

「最近、シンリンカムイさんの人気が上がってるそうですよ」

「あの盆栽フィギュアの第二弾でも出たのー?」

「なんかこないだのドキュメンタリーで、けっこうキツイ幼少期だったみたいなのが明かされてから、こう、ギャップ萌えっていうんですかね。ほら、彼ってマジメな感じなんで、いいとこの育ちって印象がガラッと変わったというか」

 

「へー、それは結構意外ね。でもわたしわかんないのよねー、そういうギャップ萌えっての」

 

「ヴィラン側に行ってもおかしくない境遇を踏みとどまった感じが、グッと来ません?」

 あれ、あんま食いつかないな、と事務員は内心で小首をかしげる。というかてっきりあの番組は視聴済みだと思っていたが。えひょっとしてもうシンリンカムイさんからこっそり打ち明けられてたりする? もうそんな仲なの? 

 わからん……もうちょっと踏み込んでみるかと続けて言った。

「あの番組以降、女性ファンが急増したって向こうの事務の方が言ってましたよ。闇を抱えてる事にクラっときたらしいです」

 

 どうだ、どうなんだ! 事務員はマウントレディを盗み見る。なにかしら、もじもじするなり赤面するなりの『巨大化』の予兆くらいは──

 

「ふーん。でもわたしのこの、普段は眉目秀麗だけどオフは家庭的ってギャップはちょっと世間には見せらんないねー」

 

 んえーなにこの余裕の態度。なに? 既にニワカ女性ファンとかじゃ揺るがない関係だったりするの? えーもうそんな、えーマジかー。いや良い事なんだけどね。ただ週刊誌にすっぱ抜かれるのは困るってだけで。っていうか物ぐさなのを家庭的って言っちゃうのはどうなの。

 

 事務員は何とも言えない気持ちで、将来的に夫婦でのヒーロー活動で売り出す企画を練った。

 

 そんな事務員の心境など知るはずもないマウントレディは給湯室へ向かう。

 蛇口をひねると断水後という事もあって白く濁っていたが、すぐに元の水になった。

 

「つーかこないだのニュースでわたしがインフラに負担を掛けてるみたいなこと言われたんだけどさー、あれ事務所的にどーなの? てかこの辺はもう新建築基準を満たしてんじゃないの」

「一報しときましたが、うちはいろいろと悪目立ちしがちですからね」

「ふーん。ま、それくらいのバッシングは気にしないけどね~」

 

 たらららーん、と自分が出たCMのフレーズを口ずさみながらインスタントコーヒーを淹れるマウントレディ。

 それを見て事務員は、二人の仲はかなり順調なのだと確信した。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 闇を痛めつけるような、鋭い月光の射す夜だった。

 

 いつものようにヴィラン狩りに勤しむインブローリオだったが、今までとは一つ違う事がある。

 

「黒霧という個性使いを知っているか」

 

 ステイン以降のぽっと出のチンピラが、ボコボコにされた顔面をゆっくりと横に振る。

 金目の物を奪い、その場を後にする。

 

「外れだった」

 

 と言いながら財布を物色した。保須市で脳無が大暴れした後、火災保険詐欺で儲かったと自慢気に話していたので組織犯の中心人物かと思ったら、ただの末端バイトのようだ。

 軽い落胆を覚えていると、インカムに博士から通信が入る。

 

『インブローリオ、耳よりだ。歌羽区でヴィラン連合と深い関わりのあるヴィランがいるらしい』

「ホントに? あそこヒーローが多くてめんどくさいんだよね」

『大通りや便利な駅があるしな。まだヒーローは到着してない、間に合うだろ』

 

 インブローリオはビルの上を跳ねながら尋ねる。

 

『ガセじゃないだろうな』

「いつもの警察無線の傍受だから確かだ」

『ならいいけど』

 

 ぬたりとマンションの屋上に降り立った。そのまま『触手』で壁に吸着しながら、目的の部屋のベランダに移動する。情報によれば、ヴィラン連合に資金提供している特殊詐欺の拠点らしい。

 が、空き家のようだった。カーテンも無い。

 

「部屋間違った?」

『そんなはずは』

 

 博士はインブローリオの体内に格納されていたドローンを飛ばして周囲を確認した。ヴィラン連合に繋がる人物にしては警察車両が少ない。

 同時に鋭い明かりが夜色の巨体を射す。拡声器で増幅された声が響く。

 

「自称脳無、インブローリオ! 個性の無許可使用およびヒーロー活動の公務執行妨害のアレで」

 

『釣られた? めんどくさいな』

「すまん、もう無線傍受は使えんな」

『……まーいいよ。しょうがない、逃げれば済む話だし』

 

 インブローリオは不満そうに地上に飛び降り、路地裏へ逃げ込む。

 

 しかし罠にしてはヒーローの姿が見えない。すると近くの駐車場で車に寄りかかっている男がドローン映像の端に映った。スマホで通話している。その面影には見覚えがあった。拡大して血の気が引く。

 

 目が、合った。

 反射的に叫ぶ。

 

『マンホールに入るなッ!』

「え? なんで。てか言うの遅い」

『戻れるか?』

 

 インブローリオがマンホールの蓋を押し上げようとすると、穴からどろりとしたモノが滴った。表皮に付着すると硬化しだす。

 

「コンクリ?」

『その場から離れろ!』

 

 くそっ、と下水に落ち、飛びのくと大量の『セメント』が流し込まれる。

 

「このままいつもどおり逃げていいんだよね? 何が起きてんの!?」

『そうするしかない。が、ヤバすぎる。なんでこんなに早く……警察やヒーローとは積極的敵対関係にないはずだぞ』

「おい! 一人で納得するな!」

 

 博士は固唾を飲んで言った。

 

『裏に塚内がいる』

 

 その声色に、インブローリオは慎重になった。

 

「……それって例の敵に回したくないヤツだっけ。そんなになのか? ん、あ? なんだ」

 

 目を凝らすと、通路の奥から何かが押し寄せてくる。大量にうねり生い茂る『樹木』だ。

 

『引き返せ、閉所だと質量で圧迫されるぞ!』

「あんな細枝なら引きちぎれば」

『腕を振る空間が占有されればそれも出来ない』

 

 毒づき、ルートを変更する。悪の秘密結社にとって、何度も往来してきた下水道は庭のようなものだった。取る道はいくらでもある。適当なマンホールから地上に出て多少強引にでも引き離そうとしたが、先読みされているかのように大量の『セメント』が行く手を阻む。

 

「はあー!? なんでこっちの動きがわかるんだよ!」

『……おそらくだが歌羽区の下水道にはセンサーが仕掛けられている』

「毎日のように下水道を通ってるけど、そんな事してるヤツらは一度も見たことないぞ!」

『けどおれたちが確実に活動を中止する時があった。仮に目にしたとしても気にも留めない』

 

「おまえが塚内を恐れる意味が分かった。都を巻き込んだのか」

『そんな大々的に動ける予算は無いはずだ。もともと行われる予定のインフラ調査に乗っかったんだと思う』

「じゃあアジトもバレてる?」

『下水道すべてにセンサーを付けるのは人、金、時間的に無理だ。ここにヒーローが踏み込んでないって事は、歌羽区のオトリの周辺だけだろ。そう願いたい』

 

『土流』による土砂の壁が迫る。

 どうもただ追い掛け回されているのではなく、特定のルートを通るように誘導されているようだ。

 

「ヒーローどもはこのままわたしを押しつぶすつもりか?」

『それは無い。必ず投降を求めるはずだ』

 

 やがて上へ続く一本の縦穴の下へと追い詰められる。頭上には大きな空間があるのか、低く唸るような空気の音がした。

 前からは『樹木』、後ろから『土流』がゆっくりと距離を詰める。

 

「誘いに乗るしかないか」

 

 一息で縦穴を駆け上ると、追撃は無かった。

 そこは広く、暗く、天井の低い場所だった。空気は悪く、打ちっぱなしのコンクリがどこか不気味だ。

 

「なんだここ。建物の中? 地上に出たのか?」

『いや、違う。まだ地下だ』

 

 とりあえず出口を探そうと歩を進めると、インブローリオの目線の先の闇から、深く、厳めしい男の声色が地下に響く。

「……本当にここに追い込むとはな。このまま湿気た場所で待ちぼうけかと思ったぞ」

 

「誰だおまえ」

 インブローリオは歩みを止めて構えた。

 

 男が傲慢さをたっぷりと込める。

「自称脳無、インブローリオ。長らくヒーローから逃げ続けたようだが、このおれには敵わん。諦めて投降しろ」

 ぽうっ、と暗がりに灯火が浮かぶ。

 

「は? なんだえらそーに。おまえをブチのめせばいいだけだろ」

『何か案を考える。持ちこたえてくれ、無理に戦うなそいつは!』

 

 人魂と言うにはあまりにも生命に燃えているそれは徐々に大きくなり、待ち構えていた人物の輪郭が明らかになる。

 

「ならばムダな足掻きを見せてみろッ! このエンデヴァーに対して!」

 

 轟轟と、『ヘルフレイム』による炎が男の背から羽ばたくように広がり、ここがどこなのかも明かした。

 地面には年季の入った白線、整列された車止めブロックが並んでいる。

 

 地下駐車場の電灯が点った。

 空気が希薄になる。いつからか迷い込んでいた枯れ葉がちりちりと燃え尽き、灰になる。陽炎が朧に揺れた。

 ヒーロービルボードのナンバー2が、不遜に仁王立ちをしている。

 

 

 

 ─── 

 

 エンディング

 

 ───

 

 

 

 どっ、とインブローリオは柱に身を預ける。その体躯は二回りほどやせ細っており、右腕は失われていた。骨格にしていた硬化材の人口骨が、何本もコンクリートの上に転がっている。

 再生が追い付かず、『蔦』『蛭』『触手』の水分は失われて、体表は枯れ木のようにひび割れていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 タコ焼き 後編

 ───

 

 Aパート

 

 ───

 

 

 

 地下駐車場に逃げ道は無かった。

 インブローリオの身体は流体の性質を持つものの、通り抜けるには通風孔が小さすぎる。ドローンで確認すると、唯一の出入り口は一軒家ほどのセメントの立方体で塞がれていた。破壊することは現実的ではない。その間にエンデヴァーに焼かれる。上階は野球スタジアムで、天井は補強されており抜くには時間が掛かるのでやはり焼かれる。

 

「なんとか、なんないのかっ。死ぬぞマジで」

『セメントの塊はこっちで何とかする、出入口に向かえそうか? 勝とうとするな。例の理髪店で火を消した時の事からメタられてる』

 

 熱せられたコンクリートを踏みしめ、出入り口に駆けるが分厚い炎に行く手を阻まれる。

 エンデヴァーは警察と連携しているはずなのでコンクリの塊で塞いでいることは知っているだろうが、それでも万一の可能性を考慮している。近づけさせない腹積もりだ。

 

「完全にマークされてる。ここ閉所だろ? 酸素不足で鎮火しない? 酸欠は?」

『プロだぞ、その辺の出力調整はやる。スプリンクラーも止められてる』

 

『蛭』もヒーロースーツを食い破って吸血する前に焼かれる、『蔦』や『触手』で拘束しようとしても同じだ。

 

 異形型は個性制御で拡張した個性を除いて体力を消費せず、奇襲に強く、継戦能力に優れ、他の型に対して長期戦に持ち込んだりゴリ押しなんかが可能だが、からめ手を用意していないと不利な個性使い相手に無力化まである。任意で個性を解除できないので弱点を突かれ続け、また異形型は物理的な攻撃手段しか持ち合わせていない場合が多いからだ。

 

 エンデヴァーが拳を構えて小さく打つと、凄まじい速度で火球が放たれた。インブローリオはその弾の下を掻い潜り肉薄する。ちりちりと体表に小さな火が付く。低姿勢から股間を殴り上げるが寸でのところで半歩引かれる。

 速い、が。とエンデヴァーは伸びきった腕を両手で掴むが、炎を出し切る前に分離された。ぼたりと落ちた夜色の腕部が煙を出しながらのたうち、異臭を放っている。

 

「所詮は悪の秘密結社などとふざけた小悪党だが、なまじ動けるのがタチが悪い。もう加減は出来んぞ、投降しろ」

「……こんな閉所じゃなけりゃ、ブチのめして」

「逃げられたかもな、閉所でなければ」

 

 エンデヴァーはそう言ってインブローリオに掌をかざした。不意に首筋や頭部にべたりとした重量を感じる。小癪な、と落ちてきた巨大な『蛭』を焼き殺す。先の振り上げの時に天井に張り付かせておいたものだった。

 その隙を付き、インブローリオは足裏に『白い刃』を生やした前蹴りをエンデヴァーの胸部に放ち、吹き飛ばす。巨体が壁に激突し、もうもうと砂煙を上げた。

 

『やったか!』

 と博士。

 

「……いや。受けられた」

 

「敵ながら恐ろしい肉体スペックだ」

 炎が砂煙を霧散させ、前腕に刺し傷を負ったエンデヴァーが姿を現す。深く構えて言った。腕の出血は込められた筋肉と炎で閉じられる。

「類似個性のコピーキャットではなく、本当に喋る脳無ということなのか。しかも戦術戦闘を行う思考能力を持つとは……警告はした」

 

 直感的に危機を覚えた。

 エンデヴァーが拳を振り抜く。同時にインブローリオの腹部を凝縮された炎の濁流が貫き、身体が上下に二分されて崩れ落ちる。避けたかったが、乾燥や熱気の環境ダメージの蓄積で脚が動かなかった。

 

『インブローリオ!』

「だいじょぶ、だけどもう……」

 

 無事を知らせるが、その声はあまりにも弱弱しかった。

 始まる前から不利な状況だったが、そもそもの経験が違う。ここ最近になって個性を使いだしたインブローリオと、歴戦のエンデヴァーでは。

 

『投降しろ』

「それはイヤ」

 

 どうすればいい、と博士はモニタの前で貧乏ゆすりしながら片肘を付いた。

 インブローリオは意地でも投降しないだろう。すれば姉を奪還することが一段と難しくなる。仮に事情を話してヒーロー側についても、法に沿っていては埒が明かない。多少の罪を犯してでも姉へ辿り着くためにヴィラン連合の敵をやっているのだ。相容れない。

 

 巨大なセメントの立方体をなんとかする算段はついている。だがエンデヴァーがインブローリオを出入り口に近づけさせない。決して目を離すことは無いだろう。逆にエンデヴァーの目を逸らすことさえ出来ればなんとかなる。

 

 塚内の裏をかけないか、と必死に昔を掘り起こす。掘り起こして、一つ思い出す。

 インブロ丼の時々すごい美味しい部分。どっかで食べた味の正体だった。

 待機してもらっているジェントルたちに連絡を取る。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 インブローリオが囚われている野球スタジアムの周りは交通規制が敷かれ、何台ものパトカーが待機していた。それを離れたビルの屋上から見下ろす二人がいる。

 一人の黒い外套と、もう一人の長いツインテールが夜風にたなびいている。

 

「準備はいいかね、ラブラバ」

 と黒い外套の英国紳士然とした長身の男、ジェントルが言った。

 

「あとは博士の合図待ちよ」

 ラブラバと呼ばれた低身の女が、そっとジェントルの震える脚に手をやって答える。

「大丈夫、落ち着いて。わたしたちの役割は一瞬で終わるし戦闘にはならない。個性の起動は一度だけ」

 

「わたしは落ち着いているさ。この身体の震えは、恐ろしいからだとか不安だからじゃない」

 言ってラブラバにぎこちない笑みを浮かべる。

「たぶんだけど嬉しいんだよ。もうあの日以来、誰かを助ける為に個性を使ってこなかった。けれどまた目の前にその機会があるという事に震えている。しかもそれがきみの大切な友達であり、わたしの盟友なんだからね」

 

 ぽっと、ラブラバが顔を赤くして見惚れていると博士からのカウントダウンがあった。ハッとして『愛』を口にする。

 

「ジェントル、あなたはいつだってわたしの光よ。愛している」

「ありがとう、使ってくるよ。わたしの個性を」

 

 ジェントルがビルの縁に足を掛け、力を込めるとその姿が搔き消えた。出入口を塞ぐ巨大なセメントの立方体へ、放たれた矢のように向かう。

 やはり怖いのかもしれない、と走馬灯のようにジェントルは過去を振り返った。学生時代、落下する人を受け止めようと個性を使ったが、未熟な個性制御によりかえって事態を悪化させてしまった。

 誰かの為に個性を使い、結果として誰かを傷つけ、自分も傷ついた。そんなトラウマが──え、思ったより速ッ! 気のせいか()()()()()()()()()()()()、え!? 

 

 セメントに掠めるように手を触れる。『弾性』が起動し、次いで接触したジェントルの身体はトランポリンに弾かれたように跳ね、再び夜の闇に消えた。そして意味も無く高所に登ってラブラバに通信する。

 

『インブローリオさんは脱出できたかい?』

 

 ラブラバが焦るように答える。

「大丈夫、らしいけど。わたしは逃げ出したところを見てない」

 

『弾性』を与えられた事で、プリンのように揺れるセメントの塊の隙間を這い出る手筈であった。しかしラブラバが双眼鏡で監視する限り、インブローリオらしき姿は確認できない。

 失敗したのか。

 嫌な汗が流れる。が博士の通信によれば脱出に成功したとの事。直ちにその場を離れるように言われた。現実との矛盾に戸惑う。

 

 ラブラバがインブローリオの姿を見ていずとも、博士の言った事は事実だった。

 エンデヴァーが塚内に通信を送る、インブローリオの姿が突然消えたと。

 

 

 

 ───

 

 Bパート

 

 ───

 

 

 案外できるもんだ、と上半身だけのインブローリオは路地裏のゴミ箱の陰で、水にインクを落としたかのように姿を現した。

 博士がインブロ丼で美味しいと言った部位は、思い返せばタコ焼きの具だったのだ。

 すなわちインブローリオの『触手』には、タコのそれも含まれていた。そしてタコには擬態という、一瞬であらゆる背景に溶け込める能力が備わっている。

 

 ぶっつけ本番の個性制御だったが、エンデヴァーの視界から消える事は出来た。最後の力を振り絞って腕を作り出口に這い、揺れるセメントの立方体の間を通り今に至る。しばらくはじっとして、回収を待つしかない。

 

「あ……こいつインブローリオじゃねーか」

 

 しばらくすると、タバコを吸う為に通りから外れた高校生たちがやって来て、横たわる彼女に気付いた。

 

「痩せてね」

「弱ってんだろ」

 

 一人が一メートルほど『ジャンプ』し、右腕を踏み潰した。くしゃりと『蔦』が飛び散る。

 

「おれの兄貴、こいつに病院送りにされたんだよ」

 

 ほーん、ともう一人がタバコを押し付けると、『蛭』がキュウと焼き縮んだ。

 

「ダチの知り合いもこいつに無茶苦茶やられた上に、コカの木の栽培がバレて刑務所送りにされたって聞いたわ」

「ひでーな。そういや蛇場the捕苦に知り合いにいたわ」

 と、最後の一人がスマホで仲間に連絡を取る。

「あ、なんかさー。あのクソキモイ触手ヤローがいてさ……大丈夫大丈夫、なんかすげー弱ってるからラクショーよラクショー」

 

 言って、頭部を蹴り飛ばす。小さな触手が飛び散り、血痕のようにびしゃりと壁に打ちつけられた。

 

 あの炎のおっさんにやられてなければこんなクソガキなんかに、とインブローリオ歯がゆく耐えるしかなかった。

 ライターが割られ、少量ではあるが液化ガスを振りかけられる。

 

「ちょっとおまえの『火』で燃やしてみねえ?」

「マジ? 仲間が来るまでに死なねーか」

「こいつ強いんだろ? こんなになってもゆっくり動いてるし、いけるっしょ」

 

 いやこれ以上はマジでヤバい。インブローリオは焦るが、もう一歩たりとも動けない。思考すらおぼろげになる。野球ボール程の火のついた人差し指を向けられる。最後に耳にしたのは、いつかどこかで聞いた声だった。力強くも澄んだ声だった。

 

「おーい、きみたち歌羽高校の学生みたいだけど、夜遅くになにやってるのかなー」

 

 つーかタバコ臭っ。と、一人のヒーローが路地裏に足を踏み入れる。学生の一人が舌打ちした。薄暗く辛気臭いこの場所であっても、ささやかな光できらめく長い髪をかき上げてヒーローは言った。

 

「未成年はタバコ吸っちゃ……イン……」

 

 もはや子犬ほどの体積しか持たず、体表はボロボロに乾燥していたが見間違うはずがなかった。

 学生の一人が『ジャンプ』して背後に回り込む。

 

「まさか止めねーよな。Mt.レディ。こいつ、ヴィランなんだろ」

「……これおま、きみたちがやったの?」

「そーだけど?」

 

 Mt.レディは手早く背後に回った一人と眼前の二人を見定める。

 ありえない。こんな半端なクソガキどもにあのインブローリオがやられるはずがない。一線級のヒーローが捕り逃したか、指名手配級のヴィランの仕業に決まってる。

 

「そいつは警察に引き渡すから。きみたちも事情聴取を」

「は? 何言ってんの? こいつに大怪我負わされたやつの前でも同じこと言える?」

「あのね、重症みたいだから病院に」

「てかなんでヴィランの怪我治して刑務所で飯食わせるのに税金使わなきゃなんないんだよ。ここで死んだ方がいいじゃん」

「おまえそれでもホントにヒーローかよ」

 

 出たよ。とMt.レディは内心で舌打ちする。

 ヴィランはさっさと死刑にしろといった主張は以前からあった。よくヴィラン逮捕者のニュースツイートのリプにぶら下がっている。それがステイン以降は目に見える形で増えだした。どういうわけか自分の主張は常に正義であると信じており、だからヴィランは死刑にすべしという自分の主張もまた正義なので、それに反するヒーローは正義ではなくヴィラン的。ステインが主張するところの本物のヒーローではないので、その偽ヒーローはいない方が社会の為という論調なのだ。

 

「つーかおれらの方がヒーローだろ。ヴィランを消すんだから。世の中の為になってるし」

「偽ヒーローもいなくなった方がいいんじゃね。ステインだってそう言ってたし」

 目の前の学生が『テレキネシス』でポケットからナイフを取り出してMt.レディに突きつけた。

 

「ちょちょっと正気?」

 どうにも剣呑な雰囲気に、Mt.レディは焦った口調で言った。

「いちおうヒーローに個性向けるなんて」

 

「どーせ顔がいいだけの三流だろ。『巨大化』のクセにこんな狭いとこにノコノコやってくるなんてよ。もうおまえ個性使えねーじゃん」

 

 三人のせせら笑いが小さく響く。彼女を殺す気はないが、視線は肉付きの良い肢体を流れていた。

 

「ステインの代わりだって、おれら」

 そう言って火球の付いた指をインブローリオからMt.レディに差す。

 

 やっと『火』がこっちに向けられたか。

 Mt.レディは不感無覚に眼前のナイフの柄を掴み、空いている拳で『テレキネシス』の下顎をパコンと抜いた。白目をむいて崩れ落ちる。振り向きざまのラリアットで、跳びかかってきた『ジャンプ』も落とす。

 間に合えッ! と、その場で数メートルの距離を縮める跳び蹴りを『火』の鳩尾に入れた。えづきながら地面に丸くなる。苦し紛れに指先から放たれた『火』がインブローリオめがけて飛んでいく。

 そして滑り込むように庇ったMt.レディの胸に当たり、燃え尽きた。

 

「熱っ! あっついなーもー」

 

 ぱたぱたと僅かに焦げ付いたヒーロースーツを叩きながら立ち上がった。個性無しでも三流以下に負けるようでは、ヒーローなど出来はしない。

 

「まー加減はしといたから」

 未成年相手だとメディアがうるさいし、とは省略してしゃがみこみ、インブローリオの様子を窺う。意識は無く、だいぶ手ひどくやられたようだった。手首の通信機ですぐさま救急と警察に連絡を取る。本当は学生を無力化する時間すら惜しかったが、さすがに怪我人に個性が向けられている状態での通報は挑発的すぎる。

 

「Mt.事務所のMt.レディです。意識不明の重症者を発見。場所は歌羽区、星通り。おそらく自称──」

 

「おいおいこりゃどういうことだ?」

 ぞろぞろとチンピラが狭い路地に入ってくる。威嚇するようにそれぞれの個性が起動された。

「あの触手ヤローをぶっ殺せるって聞いて来たのに、なんでダチが転がってんだよ。ぇえ? Mt.レディさんよぉ!」

 

 Mt.レディは闖入者から視線を逸らさず、そっとインブローリオを胸に抱きかかえる。あちゃー、仲間呼んでたか。しかもこっちはヴィランっぽい。

 

「──ヴィランと接敵。応援求む」

 

 それだけ言って、路地の奥へと駆け出す。背後からは口汚い罵りと共にヴィランが追ってくる。

 

 その剣呑な雰囲気を大通りから遠巻きに見つけた塾帰りの女子学生が、警察に連絡しながら言った。

「もしかして、Mt.レディ? 、ピンチかも」

「わたしたち、も気を付けた方が、いいよねえ」

「夜の者、晩夏さまよい、明けを見る」

 

 再開発中の区画らしく、入り組んでいるので撒きやすいが『巨大化』は使えない。どうしたものかと走りながら悩んでいると、インブローリオが前方に何匹かの蛭を飛ばした。

 ハッとして振り返ると、途切れ途切れの足跡のようにぽたぽたと落としていたようだ。ここで撒けという事なのだろ。緊急避難って事で、と防音シートをめくり、建築中のビルに侵入する。案の定、地面の蛭を目印に追っていたヴィランたちは飛ばされた蛭に誘導されて過ぎ去る。

 

 Mt.レディは一息ついて、その辺の資材に腰を下ろす。いつでも逃げ抱えられるように、インブローリオは太ももの上だ。

 

「あんた敵を作りすぎなのよ。ヴィラン連合にどんな恨みがあるかは知らないけど……ってまあ脳無にされたからか」

 

 言ってヒーロースーツの角を回して取り外す。その中にはファーストエイドキットが入っていた。消毒飲料用の水や包帯、異形型用に高たんぱくゼリーやペレットもある。

 

「異形型の応急処置って難しいのよねー、人体構造が違うから。多少痛くても我慢してよ」

 

 軟膏を塗り、植物系個性用の二価鉄を水で希釈し、しみこませた三角巾で包んで保湿した。

 一通りの処置施し、一息つく。

 それにしても、あれだけ強かったのにこんな弱々しくなるなんて。と、感慨にふける。どんなヴィランやヒーローに対しても不遜な態度で、圧倒的な力でねじ伏せ、執拗にモヤの個性使いを追う自称脳無。それが今では雨に濡れた猫のように大人しい。

 

 案外かわいいかも。そっとインブローリオに手をやる。するとかすかに握り返されるような感触があった。

 

「……姉さん」

 

 かすれた声で、インブローリオは朦朧と言った。

 

 ッツぅー! ……えッ! マジ!? 

 Mt.レディは口元に手をやり顔を赤くして、思わず意味も無く辺りを確認する。

 姉っこ!? お姉さんいるの? あんた普段のあのイカつさでいま姉に甘えたの? 怪我から回復してもわんぱく弟くんにしか見えないから、もうスゴまないでほしいんだけど。

 恥っず。聞いてるこっちが赤面するくらい恥ずかしいわーマジで。めっちゃ心臓バクバクするし……まじ……あ? 火照ってるのは恥ずかしいからだよね? まさかわたし……いやいやいや。

 

 かぶりを振って自分を落ち着かせると、ぽろりと首筋から一匹の蛭が転がり落ちてインブローリオと合流する。まあ多少の血ならいいけど、抜け目のないヤツめと嘆息して、ヴィランに遮られて言えなかった、自称脳無を発見した旨を警察へ報告した。

 

「聞いてるかわかんないけど一応言っとく。いま、あんたの事を警察に連絡したから、しばらくしたら救急とヒーローが詳細な位置情報を頼りに来る。おとなしく逮捕されときなよ。まあ、事情はあるんだろうけど」

 長手袋を外し、獣系個性使いの毛を剃って傷口を診る為の剃刀を指に当てて短く切った。ぷっくりと生命に満ちた赤い雫が夜色の塊に落ち、蛭が啜る。

「ヴィラン連合は警察やわたしらヒーローが頑張って、頑張って頑張って頑張ってなんとかするからさ。元の姿に戻るすべも探すから。だから……無理に反抗してこれ以上ダメージを受けたら、あんたマジでヤバいよ」

 

 血を与えるとゆっくりと胎動する塊に、なんとなく面白くなって興味本位で指を突っ込む。した事ないが、例えるなら赤子に乳房を吸われるような感覚。インブローリオをさすりながら授乳している背徳感に襲われたので、すぐにやめる。

 いや何プレイだよこれ、と別種の恥ずかしさを覚える。

 

 しだいに辺りが騒がしくなった。どうやらヴィランたちが道を引き返して探しに来たようだった。しょうがないと角を付けなおして、インブローリオを物陰に隠す。

 

「わたしが守ってあげるから、ここでじっとしといてよ」

 

 そうして奇襲しやすい位置に着く。たしか五人いた。一人は不意打ちで倒せる、あとは懐に入り込んで同士討ちを警戒させて個性を封じながら戦うしかない。

 機会を窺っていると、警察から連絡が入った。曰く、インブローリオは姿を消せるので注意されたしとの事。

 

 ハッとして隠した物陰を見やると、抜け殻となった三角巾だけ。あのダメージではそう速く移動できないはずと目を凝らして辺りを探るが、本当に消えたようだった。

 

「嘘でしょ~」

 Mt.レディはやるせなく頭を掻くしかなかった。

 ついでヴィランはエンデヴァーにボコボコにされて警察に引き渡された。

 

 

 ───

 

 エンディング

 

 ───

 

 

 

 雑居のビルのワンフロアに似つかわしくない物がある。それは雑多に置かれた精密機器や学術書、足裏ベッドもそうなので全般的に似つかわしくない物ばかりだが、特に粘質な黒い液体で満たされたバスタブである。それらには浄水器や灯油タンクから引かれた管が何本も入れられており、こぽこぽと泡が立っている。

 

 ごぽり、とバスタブの液体に大きな水泡が浮き上がり、音も無く弾けた。一拍の後に、ナニカが姿を現す。苦しそうにもがき、沈み、再び浮上した形は人の上半身に見えなくもない。

 

「意識はあるか? インブローリオ」

 

 バスタブのすぐ横で博士が言った。

 インブローリオと呼ばれたナニカは、片方だけだがいつもの可愛らしい目を出し、周囲を確認する。ここが悪の秘密結社である事を飲み込むと、触手で博士の胸元を乱暴に引き寄せ、歯並びの良い小さな口を生やして怒りを込めた。

 

「どういう、事だ。この設備は! おまえ!」

「落ち着け、おれはずっとあんたの味方だ」

「これはわたしが……あいつらが脳無を作り出す為の、港にあった倉庫の……」

「はっきり言うが、おれは脳無製造に関わってない。だが高校で──」

 

 博士が言い淀んだところで、インブローリオは気を失って再び黒い液体に沈む。ラブラバが縁に手をかけ、心配そうに波紋を眺めた。

 

「インブロちゃんは無事なの?」

「いまのところは。ただ完全回復させるには足りない物が多すぎる」

 シャツを掴む触手を丁寧に外し、マスクと帽子を目深にかぶってドアノブに手をかける。

「もし彼女が起きても、安静にさせといてください。その設備についてはちゃんと話すからって」

 

「必要な物があるなら、わたしも付いて行こうか?」

 とジェントルが申し出るが、博士は首を振る。

 

「別に今から買い出しに行くって訳じゃないんだ」

「ではどこへ?」

「ちょっと旧友に会いに行く」

 

 それだけ言うと、博士は基地を出て自転車を漕いだ。

 昨夜から時間は経っており、すでに学生の下校時刻だ。懐かしい道を通り、あーあそこ潰れて駐車場になったのかーとセンチメンタルになったりしながら公園に着く。

 先客のいるベンチに無遠慮に座ると、懐かしいタコ焼きを勧められた。

 

「どういうつもりだ、塚内」

「ああでもしないと出てこないだろ、きみ」

 

 二人は視線を合わせず、ブランコで遊ぶ子どもたちを眺めながらタコ焼きを口に運ぶ。

 

「まさかおれに会う為にインブローリオを追い詰めたのか?」

「捕まえられなかったのは残念だけどね」

「正気か? で何の用」

 

 塚内は黙って内ポケットから『白い刃』を取り出した。

 

「遊園地で拾った。誰が作ったかなんとなく見当はついたよ、うちの鑑識がお手上げだったから」

「いらん。追跡装置とか付いてそうだし。いくつ回収した?」

 

 気を付けろよ、というニュアンスで塚内は言った。

「これ一個だけ。たぶん()()()()()()()()()ぞ」

「落とし物を届けただけか? 一応言っとくとおれのじゃないが」

「いや本題は別だ」

「さっさと言え」

 

「雄英で爆破事件を起こしたのはなぜだ」

 

 博士はイヤそうに塚内を見やる。高校の時から大して変わってない。

 

「事件じゃない、事故だ。今さらなんだ。おかげでおれは退学処分だ」

「脳無ほどの製造技術が数年程度でポッと出てくるわけがない。かなり前から、少なくとも十年以上前から密かに人体実験を繰り返してきたはず。となると理論や検証はそれよりもずっと前。まだヴィランが跋扈してた時代に安定した資材供給や施設を用意できるとなると、まあ勘というか、こじつけだけどな」

 

 相変わらず得体の知れない気持ち悪さだ。だからこいつは敵に回したくない。博士はタコ焼きの残りを平らげてベンチを後にした。

 

「教えてやらねえ、今は」

「言いたくなったら連絡くれよ、司法取引の材料にしてもいい。番号は変わってない」

 

 ふん、と博士はへそを曲げてその場を後にする。付けられている事を考慮して、しばらくは安ホテル暮らししなければならない。余計な出費だ。

 残された塚内は黄昏て、タコ焼きに爪楊枝を刺した。あれほど怒らせるとは予想以上に悪の秘密結社に入れ込んでるらしかった。いやインブローリオにか。

 

「積もる話があったんだけどな」

 

 塚内はそう呟いて、最後の一個を口にする。

 セミが鳴き止み。また一つ夏が終わった。

 

 

 

 ───

 

 Cパート

 

 ───

 

 

 

 脳無が培養されているラボで、ドクターと呼ばれる男が、興味を隠しきれぬと言った表情で作業台の上のアイテムを見下ろす。

 そこには、遊園地でインブローリオが投擲した『白い刃』が置かれていた。

 ニュースの生中継を見てすぐに、脳無だと理解した。自由意志と言語能力があるのが謎だったが、とにかく手掛かりとなる『白い刃』は裏を巡り巡ってようやく手に入った。この手の一定基準を超えるワンオフアイテムは、必ず製作者に繋がるナニカがある。使われた部品の製造場所や入手ルート、経年劣化から製造時期、基盤のクセから学び舎までわかる。

 

「さて、いったいどこに繋がっているのやら」

 

 一見すると手のひら大のクナイの刃の部分と言った感じで、切れ味は抜群に良い。投げてみると形状が変化した。非破壊検査すると内部には電子構造がみられた。

 どうやら微弱な電気信号で形状を維持し、内部機構が一定値以上の加速や遠心力を感知すると電気を流し、空気抵抗や重力などに対し最適化な形状を得るようだ。

 

 メンテ用にアンロックできるはず、と通信信号をクラックして五分ほどでパスを流す。つい先ほどまで硬度を保っていた『白い刃』がどろりと溶けて、その中に基板の無い電子回路が見え隠れした。

 

 それをピンで丁寧につつきながらドクターは忌々しい記憶を呼び覚ました。

 この配線の流れ、アイテム自体を基板にして三次元的に結ぶやり口。そして──とクラックしていたラップトップを見やる。アイテムのプログラムが自壊していた。恐らく技術漏えいを防ぐため、一定時間の放置か、一定個数が周囲に存在しない状態でメンテするとプログラムは揮発するのだろう。

 

 解体前とは打って変わって、ドクターは不機嫌さを隠そうとせず、吐き捨てるように言った。

 

「そしてこの性根のねじ曲がった嫌らしさ。二度と関わりを持ちたくないと思っていたがこうなっては仕方があるまい」

 

 先生(オール・フォー・ワン)に連絡を取るべく、携帯端末を手に取る。

 

「悪の秘密結社などとお遊び組織だと思っていたが、本腰を入れるか」

 

 




個性:変形型

個性制御によって他者や無機物まで対象を広げると応用が効きやすく、数量操作にまで及ぶと物量戦略も可能だが、変形後の物体を操作するに体力を消耗するぞ!
原則的に異形型を変形させる事は出来ない。永続的な個性である事が異形型の定義だからである。
 また、全身を変形させてから事に及び、人目のないところで解除する事で一定の匿名性が担保される。

個性:発動型

無から有を生み出せ、物理法則を跨ぐ場合もあるぞ!
瞬間的な戦闘能力や科学的な反応を利用しての応用力に優れ、最もポピュラーな種類だ。起動部位が四肢に依存する場合が多く、欠損すると個性使いとしての寿命が短くなる。
 戦闘が派手になりやすく、個性制御で影響範囲を絞らねば周囲に損害が出やすいので保険料が一番高い。プロ後には保険会社とうまく付き合おう。
 生み出したモノが任意か短時間で消失しない場合は物的証拠となり、またヒーロー活動後の始末に結構困る。新人は専門の清掃業者を雇わねばならず、経営を圧迫されがち。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 パンケーキ 前編

 ―――

 

 アバン

 

 ―――

 

 

 透過材でしつらえた一枚窓は明かりを反射せず、空気のように澄んで都心の夜景を眼下に一望させた。

 開放感があると言えばあるが、地上百メートルのワンフロアが一面それでは居心地が悪い。いまに風が吹きすさんで来そうな気配すらする。

 そんな高層ビルのレストランのテーブルは一つだけ。椅子は二つ。がらんとした空間に、ピアニストの奏でる愛のフーガが響く。

 

 どうもこいつの感性はわからん。と、銅色の三つ揃いを身に着けたドクターは目の前の男性を見やる。

 端正な顔立ちで、薄い唇を開いて牛肉を口にする。サイズの合った藍色のオーダースーツを着こなし、一目でわかる育ちの良さがあった。涼しげな眼がドクターを向く。

 

「口に合いませんでした?」

「いや」

 

 小さな牛肉を切り分けると血の滴るような赤だ。パクリとやると旨味とソースが混ざり合い、共に柔らかく消えた。美味い、美味いがこいつとの会話は苦手だ。

 

「ところで、脳無を動かす作戦があるとの事ですが」

 ぎょっとして周囲を見渡し、口元を拭いて小さく咳払いする。

「人払いをいいかね」

「なぜですか?」

「秘密だからだ」

 

「聞こえませんよ」

 朗らかに男は言う。確かに給仕も奏者も離れた場所にいるが、そういう問題ではなかった。

 

「いいから、人払いを」

 

 ねばり強く言うと、男は観念して給仕に目配せする。シェフまでもがぞろぞろとフロアから退出した。これでいいかと言わんばかりに、男はワインを一口やって続きを促す。

 ドクターはフォークとナイフを握りしめた後に皿に置き、嘆息を堪えた。

 

「近々だ。いずれインブローリオのアジトが明らかになる」

 

 男はグラスを揺らして液体を弄びながら不満そうにこぼした。

「イロモノって感じだ。残念、オールマイトと戦ってみたかったな」

「あれは先生の獲物だ」

「でもせめてヒーローがいい。脳無は飽きるほど殺した」

「相手は自由意志を持った脳無だ。おまえが今まで訓練で戦ったゴミとは違う」

 

「どうでしょうね」

 思わせぶりに席を離れ、窓際に立つ。

「そもそも、なんでしたっけ。悪の秘密基地? みたいなのを作って喜んでる小悪党なんかに、どうしてぼくが」

 

 その憂鬱気な柔らかい声色さえ嫌になって、ドクターはグラスを一息で干す。

「確実に始末したいからだ。そして、認めるほかないがただの脳無ではインブローリオに敵わん。だからおまえを使う」

「数を出せばいいでしょう」

「これはわしの個人的な因縁だ、ヴィラン連合に割く脳無をいたずらに消耗するわけにはいかん」

「あれだけ訓練で遊んだのに?」

 

「あれはおまえがヒーローで試したいというから仕方無くだ。わしの駒で終わらせる。段取りはこっちでする、勝手な真似はするな」

「ヴィラン連合が羨ましい。ぼくもヒーローと遊んでみたいな。今度そっちの作戦に参加させてくださいよ、雄英生相手じゃなくてちゃんとしたプロ相手なら喜んで参加します」

 

「わしの私兵だという事を覚えとらんのか?」

 語気が強くなるのを忘れて、ことさら重要そうに続けて言った。

「おまえに与えられた個性のうち一つは、本来であれば……条件が整えば先生が使ってもおかしくない代物だ。それをわしの切り札という事でおまえに譲って頂いたのを肝に銘じておけ」

 

「その条件ってのはだいぶ無理があるんじゃないですか? ま、いいですけどね」

 

 胡坐をかいていてはいずれ痛い目を見るぞ、とドクターは皮肉の一つでも言ってやりたかったが、自身の最高傑作にそれは虚しいだけだ。

 

「油断はするな、相手には……言いたくないが、なかなか……わしほどではないが、そこそこに優秀なエンジニアがおる。もちろんそいつも殺せ」

「インブローリオの素体ってどんな人なんですか」

「親はおらん。児童養護施設にいた身寄りのないガキだ」

 

「いつもの哀れな脳無か。なら、問題ない」

 青年は席に戻り、またワインを一口やった。

「愛は力だ。愛されていない者は弱い」

 

「またそれか、わけのわからん言説を……」

 まあいいとフォークとナイフを手に取り、牛肉の残りを口に運ぶ。金だけでは買えない上等な肉だという事は確かだ。こいつと話していても美味しく思えるのだから。

「まあなんでもいい。悪の秘密結社を殲滅してこい。一人も、逃がすな」

 

「いいですけど、何人くらいいるんです?」

「それは……わからん。だがインブローリオとエンジニアの二人だけって事はなかろう。十人か、そこらか。どうした、不安か?」

 

 脚を組んだままぼうっと夜空を眺める青年に、ドクターは珍しい感情もあったものだとからかい半分に言った。

 

「いえ、料理がすっかり冷めたので食べる気がしないだけです。給仕を呼び戻しても?」

 

 まさにその冷えた料理を食べさしたドクターの手が止まり、もういいと口に放り込む。

 

「敗北などあってはならんぞ」

「これほど社会に愛されているぼくが? 愛は力ですよ」

 

 小粋に鼻で笑ってグラスを呷る。それだけで絵になるほどだ。この青年を表すなら、才色兼備を類語で検索して出てくる言葉の全てと言っていい。冗談のようだが親は海外に拠点を置く財閥を持っており、日本の金融市場にも顔が効く。行政にもパイプがあり、各方面への、当然ドクターへの資金提供も行っている。そんな家庭に生まれ才気あふれるのだから、神に愛されているとも言えた。

 そして青年は脳無を超えた脳無であり、ドクターの最高傑作でもある。

 

「それと平日は大学があるので、できれば作戦は休日にお願いしますね」

 

 

 

 ―――

 

 Aパート

 

 ―――

 

 

 マウント事務所の一日は簡単な清掃から始まる。

 と言ってもそれほど広くないので、岳山と事務員の二人でやればすぐだ。

 

「そういえば事務所の前に変なのいましたね、岳山さんのファンですか」

 事務員は、マウントレディがヒーロースーツを身に着けていない時はなんとなく本名で呼んでいる。

 

「あー、あれ……昨日インブローリオを取り逃がしちゃったから、裏で繋がってんじゃないかって疑ってるパパラッチみたいなもん。失礼よねー、ちゃんと保護、応急手当して通報したってのに」

「それはあんまりですね。警察に相談してみましょうか」

「んー、いいよ別に。インブローリオが消えるってのはエンデヴァーも証言してるし」

 

 そうですか、と奥まったところにあるパーディションで区切られた空間を見やる。なぜかセミシングルのベッドが置いてあるのだ。

 

「あのー、最近ちょくちょく事務所で寝泊まりしてるみたいですけど」

「そだねー」

「家、帰らないんですか?」

「あー、最近ちょっと悩んでてさー。ここで生活した方が家賃節約できるし、翌日が休みの日とか、しばらくは試しでね。職業ヒーローって自営業だから税金とかアレできるじゃん? 雀の涙かもだけどさ」

 

 ここで言うアレとは、それ領収切るのかよとかそういう類の小技的なアレではなく、税に対する一経営者としての清く正しい心構えを指す。もちろん。

 

「そー……」

 言いさして事務員は事務所を見渡した。なんだか日に日にマウントレディの生活スペースが広くなってきている。

「……ですか。お疲れ様です」

 

 まあいいか、と自分のデスクを拭きながら、事務員は感慨にふける。事務所設立からだいぶ経ち、なんとか軌道に乗ってきた。

 

 通常、ヒーローの多くは免許取得後にサイドキックとして就職し経験を積む。そうやってインターンだけでは得られない長期的な実戦経験や手続き上のノウハウを覚えて、独り立ちする者もいればサイドキックとしての頭角を現す者もいる、現場のプレッシャーや理想との剥離に嫌気がさして辞めていく者も。

 もちろん免許だけ取って他の仕事に就く者も多い。警備会社や個性事件を扱う法律事務所、保険会社、研究機関、アイテム工房、個性予備校の教師、ジムの個性トレーナーなどなど。あんがい個性を扱う会社は世の中に浸透している。

 

 そんな中でマウントレディは異端だった。高校でヒーロー免許取得後、大学在学中に経営法律その他必要事項を学び、卒業後に即事務所立ち上げという珍しい道のりだ。

 高卒にしろ大卒にしろ、よほどの実力が無ければすぐに事務所を持つのは、いや、維持が難しいのだ。それこそジーニストなどのビルボード級の見込みがあればヒーロー協会からの支援や借入が可能だが、岳山にその見込みは無かった。

 

 よく銀行は金を貸したものだ。在学中によほど準備し、うまいプレゼンをぶったのだろう。事務員はなんとなしに岳山に尊敬の眼差しをやった。

 

 岳山は姿鏡の前で首筋の療養テープを剥がしていた。昨日インブローリオの蛭に吸われたところがまだ少し赤く残っている。まーこの感じだとスーツに着替えてパトロールするころには消えてるでしょ、と貼りなおしていた。

 

 きききキスマーク!? 

 そのとき事務員に走馬灯が走る。

 

 親が言った。

『就職おめでとう、頑張ってね。応援してるから』

 

 元上司が言った。

『優秀なサイドキックを失うのは惜しいが、きみが精神的に耐えられないというのなら……だが再び現場に立つ気があるのならいつでも戻ってきてくれ』

 

 同級生が言った。

『卒業後にすぐ事務所設立ってヤバいだろ。すぐ潰れるって。やめとけ』

 

 同僚が言った。

『すまん、もうついていけんわ。いくら派手に活躍しても損害出て自転車操業だし』

 

 上司が言った。

『見てよこのファンレター、ヴィランに立ち向かう姿に勇気を貰いました、これからの時代を担うヒーローへ、だって。へへへー』

 

 塚内警部が言った。

『ところで岳山さんには折り入ってお願いがありまして……一日署長をやって頂けないかと』

 

 CMディレクターが言った。

『美しさを自慢したいけど清純派な感じをアピールする感じで~表立って綺麗でしょ~とは言いづらい世の中にマッチさせる感じで~え、髪キレイ? 全然フツウだけどって感じで~』

 

 取引先が言った。

『ぜひ巨大化後の等身大足裏ベッドを作らせてください。必ず売れますよ! 版権許諾を……いや売れますって! 単価は確かにアレですが』

 

「ちょっと、聞いてる?」

「え、あ、はい。いいえ」

 

 ハッとして現実に戻ってきた事務員に、岳山は半目をやる。

 

「なに? 体調悪いの?」

「いえ別にその、ちょっと寝不足ですかね」

「仮眠取ったら? まだ時間あるし」

「大丈夫です」

 

 あ、そう。と岳山はソファに座って警察からの犯罪発生資料に目を通す。

「んでさっきの話の続きなんだけど」

 

 いやそれどころじゃないだろ!? 事務員は混乱の中に取り残されていた。

 え? 岳山さんの首筋のそれキスマークですよね。んー? えーとシンリンカムイさんに好意を抱いてたっぽい日から考えると……盆栽フィギュア渡した時期だから……早くない? そんなもん!? 半年後には結婚しそうな勢いだな。女子高生から新社会人くらいの女性がターゲットのコスメのCMとか大丈夫か!? まだ当分はアイドル路線でやっていけると考えてたけど……

 いや、よくない。仕事に支障が出るからって恋愛事情にあれこれ言うのは絶対にダメだ。

 

「こないだあんたが言ってた、ほら、あれよ、あれ……ギャップ萌えってやつ。あれ、うちでもそういった線を取り入れてみない?」

「あー、でもそんなに乗り気じゃなかったじゃないですか。本人が理解してない要素は付け焼き刃ですし、作ってもバレますよ」

「ん。あれやっぱ結構クるもんがあったからさ。いい案ない?」

 岳山は資料で顔を隠しているが、耳の端まで赤くなっているので赤面はモロバレだった。

 

「へーそうなんですかーちょっと考えてみますねー」

 平静を努めた事務員は、内心でパニックにおちいる。

 

 えー!? どゆことー? シンリンカムイさんの生い立ちにギャップ感じなかったのに、一晩経ってキスマーク付いたらギャップ萌え理解したって……ことは……

 シンリンカムイさん真面目な顔してベッドじゃド変態って事!? SMとかあー? 『樹木』で作った三角木馬にみずから跨るのもまた一興、みたいな? でも悪落ちしてもおかしくない過去以上のギャップではないし。赤ちゃんプレイ? おっきく育つように『樹木』にお水を撒いてあげるからねーって、あーあー別のプレイも混ざっちゃったよ。

 平和を守るヒーローが、ピースの太い棒を抜いてすっきりするプレイしちゃダメだろってやかましいわ。

 上司の性事情とか親兄弟のそれの次に知りたくないわ。あーあーあー。

 こんなんじゃファミリー向けの企画なんてできないよ。そりゃ顔も真っ赤になるってか聞いてるこっちが恥ずかしいっつーの! 

 

「あ、でもミッドナイトさんと被っちゃいますね。18禁的な意味で」

 

 ジロリと資料から顔を出して睨みつける。

「あんたわたしの事どう思ってんの?」

 

 どうもこうも無い。とは言え、人の性的嗜好に口を出すのは間違っている。どのようなプレイであれ、本人たちの意思は出来る限り尊重してしかるべきだ。

 

「あー、マウントレディって露出の少ない健全な肉体美が売りの一つでもあるので、セクシー系もギャップの一つかなあと」

「……ならいいけど。それとさー」

 んーと伸びをして真面目な顔で続けた。

「実は気になる相手がいて。あ、恋愛的な意味でね。こゆこと、言っといた方がいいでしょ?」

 

「伝えてくれてありがとうございます。アイドル路線ではありますが、恋愛禁止を銘打っているわけではありませんし」

 いきなり付き合っているとは言いにくいか、と事務員は岳山の心情を察して受け止めた。

「現状はどの程度の段階ですか? あっ、もちろんこれは今後の営業戦略を決める一環として聞くのであってセクハラでは決して」

 

「わかってる。だからわたしから切り出したんだし。まー向こうはこっちに完全にベタ惚れで」

 顔を赤らめて、そっぽを向く。

「わたしはどうかな、付き合ってみてもいいかなー? くらい……」

 

 そりゃ特殊な性的嗜好を申し出るんだからシンリンカムイさんはベタ惚れでしょうよ。受け入れた岳山さんもね、恥ずかしがっちゃって。

 

 そんな岳山はくるくると自慢の毛先を弄ぶ。

「けどまあ……今はまだ相手が誰かちょっと言いにくいんだけど、お互いの立場が、難しくて、事務所的にマズい事になるかもしれなくて」

 

 確かに難しいだろう。事務員は内心で頷く。実はヒーロー同士の婚約はそう珍しくない。同事務所内や管轄が被っててよく顔を合わせてたり、他事務所がチームアップしたりと出会いは多い。

 しかしヒーローは芸能業的側面もあるため、婚約発表はファンの喜びの声と同時に落胆や裏切りの憎しみも発生する。それもお互いのヒーローにファンがいるのだからより炎上する。そこが難しいのだ。

 

「確かにヒーローの恋愛事情はファンにとっても事務所にとってもただ事ではありません。大なり小なりのバッシングはあるでしょうし、スポンサーも降りるかもしれません。商品化依頼もイベント誘致も減るでしょう」

 

 そっか、と岳山は気を落とす。

「ごめんね、せっかく軌道に乗ってきたのにまた自転車操業に」

 

 それでも、と事務員は遮った。

「それでもわたしは、岳山さんの相手が誰であれあなたの意思を尊重します。いいじゃないですか、女子高生向けのスポンサーが降りたって。わたしがファミリー向けの商品出してる企業の案件取ってきますよ。だいたい、らしくないですよ。新人で事務所立ち上げて、世間知らずだって言われたりもしましたけど、ホントは違うでしょう? 岳山さんはやれる自信に満ちていた。最初っから見てたんだからそれくらいわかります」

 

 岳山は不覚にも目じりを拭った。

 

「ありがとね。ほんとはフレッシュなイメージが欲しくて新卒がよかったけど、OJTする余裕もないから中途でいいかー、ってかすぐ潰れると思われてほとんど募集来なくて仕方なしだったけど、あんたを採用して本当によかった。他はみんな辞めちゃったし」

「気にしないでください。わたしも転職活動中で、大手のヒーロー事務所か保険屋の事務仕事を見つけるまでの繋ぎでしたから」

 

 一拍の後、二人はお互いの軽口に小さく笑った。

 

「よし! じゃあこの話はこれでおしまい。進展があったらまた報告するから」

「わかりました。事務所側としてはこれまでどおりに動いて、岳山さんたちのタイミングに合わせます」

 

 とりあえず話はそれで終わった。

 しかしあらかじめ色々と察しておいてよかったと事務員は安堵する。いきなり全ての事実を告げられたら白目向いて泡吹いてぶっ倒れるところだ。

 ま、なんにせよめでたいとスマホでニュースページを開く。

 

『お手柄シンリンカムイ! ウルシ鎖牢でヴィランを縛り上げる。まるで赤子の手をひねるよう!』

 

 縛られながら赤ちゃんプレイに興じるシンリンカムイが脳裏によぎるようになってしまったが、岳山が幸せそうなので些細な問題に過ぎない。

「頑張れ!!」って感じのシンリンカムイだ!! 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 パンケーキ 後編

アンケートの協力ありがとうございます。一応一週間は付けときます。
ハメユーザーは通勤通学に読んでる感じみたいなので一万字ってどーなの? と思ってたから意外な結果でした。
完結後にパンケーキは一つにまとめるかもです。



 ―――

 

 Bパート 

 

 ―――

 

 

 

 海がぎらぎらと朝の太陽を反射していた。

 カモメだか何かよくわからない鳥と船の駆動音が波と共に運ばれてくる港は、漁仕事が終わった時間もあって人がまばらだ。桟橋では勝手に釣りをやっている人がちらほらいる。

 磯の香のする、のどかな場所だった。

 

 そんな中に一人、不審人物がこそこそと人目を忍んでいる。くたびれたシャツにスラックスはまあいいが、顔出しNGの動画配信者のようにサングラスとマスクをつけていた。職質されればリュックの中を確認される事間違いなし。

 

 朝練に向かう途中の女子学生がその姿に疑念の視線をやる。

 

「見るからに、怪しい姿、目に留まる」

「もしかして、ユーチューバー、かもしれな」

「燃ゆる栗、知りとて拾う、友が為」

 

 逆に目立つその風貌で、近くの倉庫群に向かった。

 安っぽい建築素材で作られた外壁は潮風で傷んでおり、老築化も激しい。そんな一角に、異色の黄色いテープが張り巡らされた場所がある。

 

 立ち入り禁止のテープを跨ぎ、焼け落ちて半壊した倉庫へ足を踏み入れ、サングラスとマスクを取って不審人物こと博士はぐるりと視線を巡らせた。

 火災に巻き込まれたせいで倉庫内の物品はほとんど姿を残していない。警察の調べでは大型ごみが放置されていたとかなんとか。

 元からここらの倉庫は使われていないせいもあって、特に建てなおすでも廃材が撤去されるでもない。

 

 かろうじて原型をとどめている程度のバスタブが数個あった。一般的な物よりも排水栓と入水口が多い。ジェットバスに見えるが、浴槽の種類は一つとして同じものは無いにも関わらず、穴はどれもが同じ位置にある。つまり意図的に開けられたものだ。そして、とりあえず動けばいいという思想の半端なエンジニアの仕事ではない。

 博士はあらためて、ここが工房だと仮定して廃倉庫全体を眺めた。

 

 エンジニアに限らず、人間には拭い難い癖というものがある。

 漫画家であれば画風だったり、小説家で言えばセリフ回しや無意識に多用する語句。車のクラッチを繋げるタイミング、バッティングフォーム、格闘打撃、プログラミング言語。その分野に明るい者が見れば、たちどころに癖から逆算して行為者を特定してしまうほど。

 

 残ったバスタブから全てが規則正しく並んでいると想定する。そこから伸びるパイプを、床の焼き付きから推測した機材やタンクを脳内でシミュレートした。すると一人の人間の癖に行きつく。

 特に排水のルート設計は匂い立つ。

 

 下水道でインブローリオと出会い、初めて脳無の存在を知った時からその面影が脳裏によぎったが、どうやらその勘は正しそうだ。

 

 その後、近くの港に戻り、海側から大きな排水溝へ侵入した。行く手を阻む鉄柵を、リュックから取り出したお手製の切断工具で破壊して進む。下水道台帳を確認しながら先ほどの廃倉庫があった付近に近づくと、明らかに下水に流れるべきではない粘質なナニカがへばりついている。その表面は溶岩のようにコポリと水泡作っては割れていた。

 

 博士はその辺りのめぼしい物質を、手当たり次第に試験管やらペットボトルや魚型の醤油差しに回収する。

 

「これだけあれば増やせるか」

 

 その帰り道に思考を巡らす。

 たしか廃倉庫が不審火で燃えたのは、インブローリオが逃げ出した日からたしか一週間ほどだ。十中八九、ヴィラン連合の仕業だろう。手違いで脳無が逃げ出したか持ち出されたとなれば騒ぎになりかねない。そうなる前に放火で証拠隠滅を図った。

 一週間。管理者がインブローリオが逃げ出した事を知るまでの間に、報告が無かった期間だ。脳無を造りだすほどの技術を持つわりに、組織形態としてはかなりずさんと考えられる。中間管理が存在していない可能性もある。

 

 それにしても、と独り言ちる。

 

「あのクソ野郎、ドクターとか名乗ってヴィラン連合に手を貸してんのか。どこまでもおれの敵って事だな、気に入らねー」

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「治ってよかった!」

 

 べにゅん、とラブラバが涙交じりで夜色の巨体、インブローリオに抱きつく。

 

「ごめんね心配かけて。それと助けてくれたんだって? ありがとう、ジェントルさんも」

「ははは、わが盟友であり相棒の友人なのだから当然だよ。あ、これお見舞いのフルーツ盛り合わせと、おすすめの紅茶。もう完治したのかね」

「わー、嬉しい。こういうの貰った事ないんだよねー。まだ本調子じゃないけど、とりあえず動けるから……で、この設備の説明は? ラブラバちゃんとジェントルさんが揃ったらするって言ってたけど」

 

 急にとげとげしい口調で博士を見やった。

 

「そうピリピリするな。とりあえず頂いた紅茶を用意するから」

「ではわたしが淹れよう」

「じゃあおれは果物切るか」

 

 いらだつインブローリオのプレッシャーを感じながら、一通りのお茶の準備が終わる。

 琥珀色の液体から、湯気と共に香ばしくも果実を思わせる匂いがたゆたった。素人でもわかるほど良い茶葉だ。フルーツも三時だったので丁度いい。

 いいかげんインブローリオが怖いので、前置きもそこそこに博士は口を開く。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 こう見えておれは雄英のサポート科だった。よくある『将来的にヒーローのアイテム製作を通して社会貢献』とかがしたかったわけじゃない、単に興味があったから入学しただけだ。

 まあなかなか楽しかったよ。信じられないかもしれないが、そこらの国立大よりも設備が整っていた。勢いは衰えたとはいえまだヴィランが活発な時代だったから、国は雄英を起点にヒーロー基盤の底上げを目論んでいたんだろうな。

 クリーンルームには生涯賃金ほどの精密機械がずらりと並んでるし、スパコンも簡単に使えて、便利で広い実験施設では好きなだけヤバいアイテムを試射できた。

 

 事実だから言うが、おれにはエンジニアとしての、広義に言うところの、個性による自然干渉を処理する者の才能があった。そりゃーサポート科のオールマイトともてはやされたもんだ。

 

「盛ったろ」

 

 多少な。

 とにかく警察学校を襲撃する犯罪者がいないように、ヒーロー養成学校を襲うヴィランはいなかった。アイテムや貴重な資材を強奪されずに研究をするにはもってこいの場所だった。

 様々な分野の技術、開発者が外部講師として招かれ、雄英の設備で自身の研究を行いながら教鞭をとっていた。

 個性の発現により人類の進歩が30年は遅れたと言われているが、おれはそうは思わない。多少は停滞したとはいえ社会が安定すれば、後は個性を用いた研究開発手段により爆発的に技術は進む。そんな兆しがあそこにはあった。

 

 おれはいつものように、気に入らないヤツだがある分野のスペシャリストの授業を受けた。

 とある『カビ』の個性使いによって生み出された真菌を用いた再生医療に関する物だ。

 詳しい事は省くが、菌は宿主である人間の記憶や幻肢痛を設計図にして欠けた肉体を象って増殖する。ありえんと思うだろうが、神経と菌糸は複雑に結合して脳からの電気信号はそこで変換され、菌糸を移動する菌が神経に代わり身体を動かす。

 言いたいことはあるかもしれんが、そういう事で納得してくれ。

 

 そんな内容だったが、ヤツは決定的なナニカを隠していた。他の生徒を誤魔化せてもおれはそうはいかない。

 全ての生命は、その力に強弱はあるものの種の支配領域を広げるよう遺伝子設計されている。風に乗って飛ぶタンポポの綿毛、鳥に食べられてフンとして運ばれる木の実の種、脚や尾びれといった移動手段による子孫の運搬、ウィルスの咳やクシャミ、血液による感染拡大。

 

 もちろん菌もそうだ。キノコやカビだって胞子を飛ばす。

 じゃあその再生医療に用いる菌はどうやって種の支配領域を増やそうとするんだ? 宿主の近くに、都合よく再生医療を必要とする新たな寄生先の人間がいるのか? 

 病院ならいるかもしれん。だがすぐに頭打ちになるだろう。いくら個性で生み出された菌とはいえ、どこか不自然だ。

 

 アヤシイ! と考えたおれは知的好奇心の赴くままにその外部講師の研究室に忍び込み、キーボードを取り換えた。これはおれの自信作で、スマホのバイブのような設定された振動を与えると押下されたキーが再現される物理キーロガーだ。なかなか使いどころがなかったが、ようやく日の目を浴びて嬉しかった。

 

 PINコードを抜いたのでさっそく盗み見する。どうも修復された部位は異常発達し、筋力や耐久力が増大するようだった。そしてヤバい事に菌は宿主の脳まで移動し、思考判断を司る前頭葉野の働きを鈍らせる。

 つまりメチャクチャ強くてキレやすい人間の出来上がりだ。

 

 菌は再生医療が必要な宿主を補完するが、性格は極めて短気になり修復した部位は強化されているので、新たに再生医療を必要とする宿主を物理的に生み出す。そうやって種の支配領域を広げていくわけだ。

 

 これこそ生命の神秘だと感動した。あんな微細な生き物が、人間の裏をかき暴力性を利用して増えていこうとしているなんて。

 

 で、もちろん菌はこのままでは使い物にならない。少なくとも脳を侵す性質を取り除かないといけない。

 だがヤツが行っていた研究はその逆で、より性質を尖らせ、強靭な肉体を持った命令に忠実な生物兵器を生み出す事だった。

 つまり脳無だな。

 死亡直後だと寄生するけど脳への侵入が無いからこの方向で続けるって実験結果見て、わーヤバいんじゃないのこれ、と思ったおれはPCの記憶領域をまるまるコピーしてじっくり調べた結果、ヒーローや警察に訴えてもおれが消されるのは間違いないという結論に至った。ヤツは表と裏の多方面に渡ってパイプがあって、暴露は無駄に終わるしその計画を破綻させる事は出来ない。

 

 なら、元々ヤツが気に入らなかったし、最大限の嫌がらせをして計画を延長させてやろうと思いついた。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「それでインブロちゃんを回復させる手段を知っていたのね。というか、その菌がヒーローに使われたらマズいんじゃ……脳を侵すんでしょ?」

「どうだろ、菌自体は弱いし水虫みたいなもんだから毎日風呂に入ってれば大丈夫だと思う。あの黒い泥で培養環境を整えないと爆発的に増えないし。でまあ、おれが知る泥は二十年近く前のもので不完全だったから効果も薄くて、現行のを取りに港まで行った。出歩きたくなかったが……わかってくれたか?」

 

「……聞きたいことがある。菌が宿主の記憶や幻肢痛を元に象るなら、どうしてわたしの肉体はこんな」

「当時おれが盗み見たロードマップじゃあ、菌の自然飛散の制御、宿主の傀儡化、象りの制御、前頭葉野の侵食制御があった。死んだあんたの身体に、電気信号で作られた幻肢痛を与えて戦闘用の肉体を象られたんじゃないか。その工程の後で、あんたは目覚めた。現行株がどの程度か詳しくはわからんが、そんな感じだと思う」

 

 そっか、としゅんとしてインブローリオは呟いた。

「悪かったな、その、疑って……ごめん。ていうかわたし一回死んでるってこと? こわ~」

「製造工程が変わってなきゃたぶんそう。生き返る理屈は、死の前の投薬か菌の働きかもとしか言えない。おれを疑うのも当然だ、気にするなよ。後の祭りだからってちゃんと伝えてなかったこっちが悪い。退学処分になったとか、あんま言いたくなかったし」

「そっか、じゃあお互いさまって事で。それで、その外部講師がドクターって事で間違いないのか? 手掛かりは? 家族とかいなかったのか」

 

「養子が一人いた」

「そいつはいまどこに」

「目の前」

「おまえそれ早く言えよ!」

 

「最初に会った時にドクターの人となりを聞いたろ? けどあんたは見た事なかったから確証はなかった。誰かが個性研究を引き継ぐなんて、相性の問題もあって界隈じゃよくある話だし。そりゃ素性は知ってるから色々と探ってみたが、成果無しだ。たぶんだけど名前も変わってる」

「そんな人の名前がコロッと変わる事なんてあるかー?」

「事情によってはあるみたいだ。ヤツに限ってはあり得る。外的要因かもしれん。どのみち勘当されてから会ってないから、顔を見てもわからんかも」

 

 妙な親近感を覚えたジェントルがおずおずと尋ねる。

 

「なぜ勘当されたか聞いていい?」

「ああ、菌の計画を延期させてやろうと思って」

 と博士は神妙な顔で三人を見渡す。

「粉塵爆発って知ってるか?」

 

 インブローリオとラブラバは首を振る。

 

「そうか、男はなぜかだいたい知ってるんだが……ちなみにおれはルパン三世の映画で知った」

「あ、わたしはARMS」

 

 そっちかー、と二人は謎の意気投合を見せる。

 

「まーとにかくおれは何も知らない無垢な学生を演じて、ヤツの工房を手伝った。研究って結構大変で長時間に及ぶから工房で寝泊まりする事も珍しくないんだが、そこでおれはヤツが寝てる間に実験用のコンロを用意し、ホットケーキミックスの封を開けた。あとはわかるだろ? 大事に培養していた菌や泥もろとも精密機器やラップトップを爆破に巻き込んだ」

「え、それ大丈夫だったの?」

 

 若干引き気味なジェントルの問いに、博士は笑い話を思い出すようにニヤニヤする。

「死にかけたがリカバリーガールって養護教論がいたからなんとかなった。長時間の研究補佐により疲労で手が滑ってホットケーキミックスをぶちまけてしまった事故だったから故意じゃないし、退学処分で済んでよかったよ。学校内の出来事だから内々に処理されて、あいつプライド高いから、養子の不祥事を有耶無耶にするしかなくて、損害も全部、わははは」

 

 ついに博士は笑い涙を拭いだす。技術者に通じるものがあるのだろう、なぜかラブラバも含み笑い。

 

「で、当時の校長に再発防止策を求められたんだけど詳しく公表したくないから、それ以降、サポート科の棟じゃあパンケーキを作ることを禁ずるって謎の張り紙が全部の扉に」

 

 ついに二人は噴き出して大笑いしだす。

 インブローリオとジェントルはいまいちついていけない。

 

「あー、悪い。ついな、いつ思い出しても笑えるもんで。まあそんなとこかな、おれの過去といえば。他に聞きたいことは?」

「わたしの身体を元に戻せるか」

 

 ふむん、と博士は顎に手をやってインブローリオを見やる。

 

「仮説だという事を念頭に置いてほしい。元の身体は人工的な幻肢痛で書き換えられているから非可逆的に消失している。その意味では元の身体には物理的に戻れない。だが、いったん脳幹と肉体を切り離し、こんどはあんたの記憶で再び脳無の肉体を構築できれば元の身体に戻る。それを元の、と表現すればだが」

「……今からでも出来る?」

「理論上では。ただ、先に言ったように神経系と菌糸は複雑に結合している、少しでもミスると脳死の可能性がある。死ねば菌は脳へ侵入せず記憶を読まない。だからあらかじめ設計した肉体の人工的な幻肢痛を電気信号にして流す必要がある。だがあんたの元の身体の記録は無い。思い出を頼りに電気信号を作るか、脳への侵入を許す形になる」

 

 そして、と博士は慎重に続けた。

 

「そして姉を奪還する力を失うだろう」

 

 そっか、と彼女は天井を仰いだ。

 

「あのさあ……今まで答えが怖くて聞けなかった事があるんだけど」

「ああ。おれも答えるのが怖くてじぶんからは言えなかった」

 

 鉛のような空気の中で、インブローリオが重い口を開く。

 

「そもそも姉は取り戻せるのか?」

「現代生命学、倫理学上の()()()()()は」

 

 妙な浮遊感が四人を襲った。エレベーターの上昇と下降の感覚が同時に起こるような、落下しながら上昇していくような。

 数秒に満たないその現象は、明らかな異変をもたらした。まず外からの日常生活音が消えた。窓のブラインドからそっと覗いてみる。樹上で子鳥が鳴いていた。

 

「何が起こったんだろ」

「個性でぶっ飛ばされたのか、建物ごと……つまり早急に外に出る必要がある」

「なるほど、そうみたいね」

 

 さっさとドアに向かう博士とラブラバに、残された二人はついて行く。

 

「ちょっと様子見たら?」

「敵意ある個性で呼び出し食らったんだから、ヤル気って事だ。アジトごと攻撃されたら貴重な学術書や精密機器がダメになるじゃん」

「まあ確かに、しかしほんとにどこだ? すごい森の中だけど」

 

 雑居ビルから少しだけ離れて周囲を見渡すが、人工物らしきものは見当たらない。うっそうとした木々がさざめいている。

 

「大変よジェントル、GPSが機能しないわ!」

「外部との連絡も途絶か」

「それは困る、国内だといいが。何かしらのジャミングなら、まずはおれとラブラバさんでなんとか打ち消」

 

 言いさした博士が固まる。豊かな自然の中で、不自然に黒い像が鎮座している。

 胡坐をかいている人型だが頭部は多面体で、内部の脳がうっすらと見える。頂点の数がゆっくりと増減し、不気味に形を変えていた。

 身体は歪に発達しており、体表は親指ほどの正六角形に覆われている。

 

 気付いたインブローリオが博士たちを庇うように前に出る。

 すると多面体に、石を水面に落としたような波紋が走り、同時に高い金属音のような声が響く。

 

「ヤット来たか。待ちクたびれた」

 そのままぬるりと立ち上がる。

「オまえがインブローリオだな。裏切り者の脳無、インブローリオ」

 

「は? 学生を襲ってキャッキャッしてるようなヤツらの仲間にするのやめてくんない?」

 イキってみたものの、まだ体調は万全ではない。油断せずに構えた。

 脳無が笑うと、多面体も小刻みに波紋で揺らぐ。

「おれは選ばれた。保須でヒーローに負けた脳無どもとは違う。あんなものは出来損ないだ。楽しみだ、おまえの許しを請う姿が」

 

 博士が後ずさりながらインカムを起動する。

『わかってると思うが、自由意志らしきものがある』

「今までとは違うって事ね、用心する」

『おれはラブラバさんとジャミングを何とかするから、それまでは専守防衛で。ジェントルさんが補助に回ってくれる』

「オッケー、でもわたし一人でいい。さすがに脳無相手だと」

 

 インブローリオの横を脳無が抜ける。速い! と瞠目しつつ振り返る。

 脳無は突風と共にジェントルを過ぎ去り、多面体の鏡面は雑居ビルに戻ろうとする博士とラブラバを反射していた。純粋な速力と質量はそれだけで脅威となりえる。

 グロい事になる! と博士は身をこわばらせた。が、多面体は不可視の膜に阻まれ跳ね返された。その反動は距離を大きく取らせる。脳無は不可解な現象に慎重になった。

 

 

 

 ―――

 

 エンディング 

 

 ―――

 

 

 

 ジェントルはぼうっと自然を眺めていた。いや速すぎだろ、と。

 その脳無の規格外な凶悪さは、命のやり取りをしたことが無くても肌で感じ取れた。

 危うくラブラバが、盟友が死ぬところだった。わたしに動画作成の弟子入りを申し出てくれた、相棒の良き友人の仲間が。

 そうか、殺されるのか。

 手足が震えて心臓が危機に高鳴るのを他人の身体のように認識する。

 

 切り替えなければ、と彼はぼやけていた焦点を脳無に合わせる。

 ぽつりとこぼすように言った。

 

「ゴールド ティップス インペリアルという幻の紅茶がある……」

 

 そしていつものように、緊張に震える心身をリセットするすべを行う。五年以上も続けてきたルーチンワークは血肉となって馴染んでいる。

 

「諸君!!」

 と誰に言うでもなく声を張った。

「これより始まる怪傑浪漫、目眩めからず見届けよ」

 

 脳無がその突飛な行動に、怪訝さを込めて言い放つ。

「なにがしたい、おまえも裏切り者の脳無の一味なのか? 何者だ」

 

 ジャケットの胸ポケットから手袋を取り出して指を通しながら答える。

 

「わたしは救世たる義賊の紳士、ジェントル・クリミナル。飲もう、インブローリオさん、その伝説の紅茶を。この仕事の終わりに」

 




ヒロアカもの宣伝!

【完結】偶像の象り
もしも爆豪が無個性で緑谷が『グリセリン』と『酸化汗』個性で、二人の境遇が逆だったら、のお話。

【完結】吉良吉影のヒーローアカデミア
吉良吉影が普通科で平穏に暮らそうとする話です。かわいい葉隠ちゃん。

個性永久借奪措置
エター。塚内とMt.レディを通して警察とヒーローの話を書きたかったけど全然ハネなかった。残念。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

 ―――

 

 アバンタイトル

 

 ―――

 

 

 

 端田屋 区屋良レは戸惑っていた。

 インブローリオとMt.レディの癒着を探ろうと雑居ビルで張っていたら、いきなり少し開けた森の中にいたのだから。

 明らかな個性攻撃に身を潜め、警察へ連絡しようとしたが繋がらない。機械に乗り移り、それの性能を大幅に向上させる個性『機潜強化』を使ってみるがうまくいかない。

 圏外だとかそういったものが原因ではないらしかった。これはまいったと頭を悩ませていると、外から声がする。ちらと物陰から覗くと恐ろしい夜色の巨体、インブローリオがいた。

 

 鼓動が早まる。なぜアイツが、Mt.レディが事務所を置くビルから? やはり二人は繋がっていたのだと、端田屋はリュックからドローンを取り出して乗り移る。彼は盗撮で捕まりはしたものの、それがきっかけでパパラッチを始めていた。個性との相性は良かったが、いまだに特ダネは掴んでいない。しかしこれは大スクープになるに違いなかった。

 脳無は世間を賑わすヴィラン連合の作り出した生物兵器だ。それと美貌も相まって新人の中ではトップの人気を誇るMt.レディが裏で関わりあっていたとなると……間違いなくヒーロー協会の痛手となりうる。

 それは民衆にとって不安の種であり、そういったネタはメディアに高く売れる。証拠をつかんだ後はテレビ局とライブ中継で盛り上げたいところだが、やはりドローンにも電波障害の影響があるらしく無理だった。

 まあいい、録画は出来る、必ずモノにしてやると息巻いて、音も無くドローンを飛翔させる。

 

 そもそも怪しかったのだ。なぜかMt.レディはインブローリオに攻撃されなかったようだし、一度は確保したものの手当して見逃したと噂されているのだ。必ず、尻尾を出すはず。

 そんな端田屋の野望の眼差しは、静かにインブローリオたちを見下ろしていた。

 

 

 

 ―――

 

 Aパート

 

 ―――

 

 

 

「くっそ! またこういうタイプかよ」

 

 インブローリオは毒づきながら、砕けた拳を『蔦』『蛭』『触手』で作り直す。相手の脳無は全身が六角形の『鋼』の装甲で覆われており、『蛭』が寄生できない。

 

「おれは裏切り者を始末する為に来たという事だ」

 脳無が腕を振りかぶる。上半身を逸らして一撃を躱し、足先から蔦と蛭を勢いよく生やして絡めとろうとするが、簡単に引きちぎられた。ジェントルが背後から何層もの空気の膜を叩きつけて押しつぶそうとするも、力任せに破られる。

 通常の脳無を上回る肉体スペックに加えて『パワー』の個性も与えられているらしかった。返す刀に振るわれた裏拳を、空気の膜で辛うじて防ぐも衝撃で吹き飛ばされる。

 

 恐ろしいな、とジェントルは口元の血を拭う。ラバーモードでもかろうじて反応できるくらいだ。あらかじめ空気の膜を作っておかなければ防ぎようがない。しかも多層で運用して直撃を軽減する程度。相性が悪い。

 基本的に対個性戦は相性がモノを言う。それを覆すには搦め手か物量、瞬間火力で押し切るしかない。裏切り者の脳無、インブローリオを始末しに来ただけあって対物理性能に特化しているようだった。『白い刃』を生やした拳で何度も殴ったが、装甲は抜けていない。

 

 脳無がインブローリオに肉薄する。『鋼』で覆われた拳の一振りが掠めただけで肉片が飛び散るほどの威力だ。躱し続けても削り殺される。

 

「インブローリオさん!」

「まだ大丈夫だから」

 駆け付けようとしたジェントルをインカムで制する。

「わたしはいい、痛く無いし身体はなんとでもなる。けどあなたは違う。博士の言う通り……サポートよろしくッ!」

 

 インブローリオはダメージ覚悟で脳無に組み付こうとするが、一瞬で後ろに引かれて躱される。

 

「そんな見え透いた組み付き」

 

 脳無は言いさして背中に例の感触を覚えた。柔らかく、弾力のある膜。それに跳ね返され、インブローリオが組み付く。流体の性質を活かし、ぐるりと背面に回りこむ。

 

「しまっ」

 

 動揺する脳無の首の骨をありったけの力で折る。岩を砕いたような音がして、力なく崩れ落ちた。

 

「ヴィラン連合ってこんなやつらを何体も持ってるのかよ、今回はなんとかなったけどさー」

 

 脳無から離れ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「やったのか」

「まあなんとか」

 

 一息つき、緊張がほぐれる。

 その瞬間に脳無は立ち上がりざまに回し蹴りでインブローリオを吹き飛ばす。ジェントルが反射的に空気の膜を張るが、背筋の凍る声がしたのは背後からだ。

 

「その見えない防御はもう覚えた」

 

 一瞬早く、インブローリオは蹴られたときに掴んでいた触手を引き寄せてジェントルを死から救う。

 

 脳無は蔑むように口を開く。

「所詮おまえは旧型だ。見てわかる通り、上位種のハイエンド脳無は『再生』がデフォだ。おれには勝てない。許しを請え、あのお方に対する裏切りに」

 

 大木をへし折るほどの勢いで叩きつけられたインブローリオに、ジェントルは肩をかす。

 

「助かったよ」

「さっきはね。でも次はどーかな。首を折っても『再生』できる個性なんて、さすがにマズい。ただでさえ『鋼』の体表が厄介なのに」

「『鋼』を破壊すればなんとかなるか?」

「そりゃ案が無いわけじゃないけど、わたしが殴っても壊れないんだよ」

 

「大丈夫。隙を作ってくれれば」

「わかった」

 

 インブローリオは向かってくる脳無と打ち合った。こっちが三発当てる間に、七発貰う。触手を細く強靭に編み上げ、疑似的な増強筋肉にしてもなお旧型と新型+『パワー』の差は明らかだった。

 

 脳無はインブローリオの不用意な一撃にカウンターを合わせる、が、それは『蔦』で作られた空洞の上半身だった。

 

「旧型ごときが!」

 

 その隙を突き、再びぬるりと背後から羽交い締めにする。ジェントルが素早く脳無の腹に手を当てた。あまりにも紳士的でない破壊なので使いたくなかった個性制御だが、もうそんな事は言っていられない。

 

 一つの肉体に複数の個性。

 それは誰もが思い描く理想の一つだ。ヒーローに憧れる思春期の少年少女にとっては、若き日のジェントルもその例に漏れなかった。『光』と『影』だとか、『火』と『氷』の剣だとか。今でもたまに夢想する。

 だが所詮は夢なのだ。少なくともジェントルにはそれが現実だ。結局のところ『弾性』と向き合うしかなかった。作業員を助けられなかった恨めしい個性と。

 

 だから彼はある日気付いた。よく攻防移動に使う透明な膜は、実は空気だけに『弾性』を付与しているのではないのだと。

 厳密には手の周辺に存在している人為的自然的微粒子も含めた大気を対象としている。なので、なんらかの物質に触れている状態で手の周辺の大気に『弾性』を与えれば、その物質の表面の形状をぴったりと覆う膜が出来る。押し込むように個性を起動すると、膜は吸盤のように作用する事も彼は知っていた。

 物質に付着している微粒子や気体分子なども膜に固定されているので超高真空に限りなく近く、強力に吸着していた。

 

 そして、ガラス窓に地球上で限りなく強力に吸着する吸盤をくっつけ無理やり引っ張ればガラス窓が破壊されるように、膜をラバーモードで引っ張ると、吸着していた脳無の体表の『鋼』が引き剥がされる。筋繊維が糸を引いていた。

 対インブローリオ用の防御は打撃という外からの内への力を防ぐためのものであり、内から外へ向かう力を防ぐ事は出来なかった。

 

「破壊した!」

「うわスゴ」

 

『白い刃』で膜を切り開き、筋肉繊維が見える傷口に蛭が殺到し肉体に侵入する。

 

「くっ!」

「力んでも無駄。蛭は筋肉で圧殺できないぞ。こいつら、踏んでも普通にしぶとく生きてるからな」

 

 脳無の肉体は『再生』を行うが、『蛭』の数を減らすことは出来ず、内側から活力を吸い取られ続け卵を産み付けられる。

 背後のインブローリオを無理やり力任せに振り払う。ジェントルに引き剥がされた『鋼』の傷跡は修復されていない。素体に付与された『再生』は脳無を治すが、同じく後付けされた『鋼』は個性によって素体を覆う別の物質なので『再生』の対象にはならないからだ。

 身体は治せても、鎧は直せない。

 肉体の中で蛭が蠢き、増殖していく。このままなら『再生』の効率が落ちる。

 

 インブローリオたちの優勢に追い風をかけるように、雑居ビルの窓から博士が顔を出す。

 

「ジャミングは打ち消した! ここは私君秩父(しきちちぶ)山中だ、都の田舎の方だがヤバけりゃなんとか逃げられるぞ!」

「どうするジェントルさん。次は鉱物みたいな頭部を破壊すれば倒せるかも。『再生』のリソースが蛭に割かれてるし」

「憂いは断っておくべきかもしれない」

 

 それを聞いて、脳無は小さく笑う。

 確かに体内の蛭はやっかいだが、相対的に被害を小さくして無力化してしまえばいいだけの事だ。『怪物化』の個性を起動する。体躯がそれまでの何倍にも膨れ上がり、インブローリオたちを見下ろす。目立つので最終手段だったが、ジャミングが突破されたのならば構いはしなかった。ヒーローが到着する前に始末すればいい。

 

 博士は落とされた影の中、呆然と見上げる。

「こんなのありか」

 

 脳無が腕を振り下ろす。今までの筋力に『怪物化』も加わった一撃はあまりにも速い。

 思わず目を瞑る。同時に二階の窓が勢いよくスターンと開け放たれ、人影が飛び出した。

 

「キャニオンカノン!!」

 

 脳無の側頭部に鋭い跳び蹴りが入り、体勢が崩れる。腕は雑居ビルのすぐ横に叩きつけられた。

 あいつはまさかと、四人は夕陽を背にする巨大な女性を見上げる。降り注ぐ光の糸のような長髪は夕焼けを反射し、燃えているように赤い。

 

 脳無が忌々しそうに呪う。

 

「バカな、なぜヒーローがここに……どうなっている」

 

 なぜ? なぜってそんなの決まっている。Mt.レディは髪を優雅にかき上げた。どうせ言っても通じないだろうと内心で勝ち誇る。

 運命の赤い糸で結ばれているからに決まっている。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 ホントは偶然でしかない。

 翌日が休みだったので岳山は事務所で寝泊まりしていたところ、昼に一度起きてカップ麺を食べ、再びベッドで横になっていたのだ。休日の過ごし方がほとんど寝てばかりなのってどーなの? と思わなくもないが、思うだけにしておこう。何もできずに休日の夕焼けを見ることだってある。

 大きな音に気付いて寝ぼけまなこで外を見やれば、まだ夢の中なのかと疑う景色が広がっていた。んー? と腹を掻きながら下の方を見ると脳無とインブローリオたちが戦っていた。

 

 えっ! これ現実!? ハッとしてジャージからヒーロースーツに急いで着替え、窓から飛び出し今に至る。

 

 悪の秘密結社とマウント事務所が同じビルに構えているのもたまたまだ。

 ただ、Mt.レディはそれを運命と呼んでいる。

 

 息巻いて飛び出したものの相対する脳無の容貌は禍々しかった。多面体の頭部はそのまま大きくなっただけだが骨格は前のめりになり、身体は筋肉でより膨れ上がっていた。もうインブローリオがやったように首を折るといった芸当も出来ないだろう。

 

 その巨体がほんの少しばかり沈み込み、大ぶりなフックがMt.レディの横腹に突き刺さる。ヒーロースーツの上からでも確実に肋骨がへし折れ、内臓をずたずたにする一撃。

 それがどういう訳か、Mt.レディは一瞬前よりズレた位置にいる。

 

「こわ。久々に冷や汗出たわ、死んでたかも。並みの脳無じゃないでしょ、あんた」

 言って重心をやや前に移して腕をコンパクトに構える。

 

 どういうことだ、と脳無は空ぶった拳を握りしめ、再び打つが肘でいなされ予想外のカウンターを食らう。

 

「隠しときたかったけどヤバそうだから使うわ。わたしの個性制御」

 

 

 

 ―――

 

 Bパート

 

 ―――

 

 

 

 博士とラブラバがジャミングを抜いた事により、起こっている電子的な状況が()()あった。

 一つ目はMt.レディが位置情報付きで通報していた事。山奥という事もあって到着に時間はかかるが、逆に言えばそれまで持ちこたえればいいという事でもある。

 二つ目は、同じタイミングで端田屋がドローンでテレビ局と中継を始めた事。当初は胡散臭がっていた局の人間も、映像を見て一も二も無くいつものニュース番組にライブ放送を割り込ませた。場所が場所なだけに対脳無戦を独占しているし、なによりヒーローと悪の秘密結社の繋がりが明らかになったとも言える大スキャンダルなのだ。

 

 事務員が観葉植物に夕方の水やりをしていると、昔お世話になったヒーロー事務所から連絡が入った。前の職場からってなんか気まずいが、良くしてもらった手前でない訳にはいかない。

 

「お久しぶりです、シャークさん。ご無沙汰してますー。え? いやまさか」

 軽く笑ってテレビのリモコンを探す。

「休日ですよ、うちの岳山は……うそでしょ」

 

 手からリモコンが力なく抜け落ちる。

 映し出されたテレビの中ではMt.レディが巨大な脳無に立ち向かっていた。

 

「ちょちょっとそっち行っていいですか? いややっぱヒーロー協会に」

 

 そのまま鍵も掛けずに飛び出した。誰もいない部屋に、虚しくテレビの音が響く。

 

『恐ろしいアレです』

 

 テレビの中のアナウンサーが真面目な口調で読み上げた。ワイプで神妙な顔をする司会とMt.レディを映す領域が反転する。

 

『現在、私君秩父山中でヴィラン連合の脳無と思われるヴィランとMt.レディがアレです。幸いにも人的被害が及ばないような場所ですが、いったいどうしてこのような事態になったのでしょうか』

 

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、得意げな顔で返しが来る。

 

『なんか怪しいですよねー、あんなド田舎で脳無が暴れたって誰も困らないし、ヴィラン連合としても無駄な気もしますが~? 他に情報は無いんですか』

『現場のアレによりますと、どうやら自称悪の秘密結社に所属する自称脳無のインブローリオと、新人でトップの人気を誇るMt.レディの事務所は同じビルにあり、現地でもインブローリオの姿は確認できたそうです』

 

 タレント司会はあからさまにショックを受ける。

『ええ~!? 脳無とMt.レディは蜜月の関係にあるって事ですか!? 脳無はヴィラン連合の生物兵器という見方が通説ですが、それってつまりヴィラン連合とMt.レディが繋がっているって事になりません? ヒーロー側の情報とか筒抜けになってるかもしれないって事ですよね? これ善良な一市民であるぼくは、裏切られた気分だなー』

『当初は脳無とインブローリオが戦っていたそうですが、いったいなぜなのでしょうか。アレは深まるばかりです』

『これはやはりマッチポンプだと思いますよ! Mt.レディはインブローリオと共謀して自身の活躍の場を広げていたが、報酬のトラブルで揉めていると考えるのが自然ではないでしょうか。じゃなきゃ見た目だけの彼女がここまで人気になる訳ないですからね』

 

『たしかにインブローリオはMt.レディを攻撃しないといったアレは流れていましたね』

『裏でヴィランとつながるヒーローの癒着、役に立たないヴィラン受け取り係の警察。われわれはいったい、大手メディアの司会者以外に何を信じればよいのでしょうか。街の人の意見を聞いてみましょう』

 

 画面が移り替わり、休日中に一緒に遊ぶ女学生がマイクを向けられていた。テロップには、【ヴィラン連合と繋がるMt.レディ!?】とあった。

 

『そんなこと、無いとは思う、いまのとこ』

『不確定、推測だけで、物言えぬ』

『雲海を、見上げた口で、嶺語る』

 

 スタジオに返され、タレント司会が神妙な面持ちで口を開く。

 

『やはり民衆は今回のMt.レディの裏切りに強い憤りを感じているようです。ヒーロー協会は彼女の背信行為にどのような決断を下すのでしょうか』

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 Mt.レディの乱入により、博士たちはいそいそと逃げる準備をしていた。全然出番の無かったお手製のバイクがここにきて使えそうだったのだ。インブローリオが触手で三人を掴めば四人乗りも可能だろう。

 

「博士さん、まだなのかね!?」

「あれーなんか調子悪いな。あーマジで使わなかったからバッテリー上がってるわ。すっかり忘れてたから」

「ちょっとー!」

 とラブラバはUMPCを叩きながら雑な整備環境を責める。

 

 まあそんな事だろうとは思ったよ、とインブローリオはMt.レディを見上げた。ただの人間のクセに、生意気にも戦えているようだった。

 打撃が暴風のような風切り音を放ち、大質量が雷鳴のように大地を踏みしめる。

 

 

 

 脳無の肉体スペックは個性も合わさり、物理的にMt.レディのそれを上回っていた。

 打撃を見てから避けることは不可能なはずで、まともに受ければまず致命的なダメージを負う。

 そのはずが彼女は渡り合っていた。

 脳無にはその理由がわからない。一瞬で距離を詰める組み付きは距離感が狂わされ、弾丸のような拳はスカされる。そして苛立たしい事に──

 

 Mt.レディの姿が消え、コマ落ちしたかのような上段回し蹴りが飛んでくる。頭を下げて躱し、懐に入り込もうとするも頭上から首筋に踵を落とされた。裏拳を振るうが、すでにそこに姿は無かった。がら空きの脇腹にブローが入る。

 

「おまえ、まさか複数の個性持ちなのか」

 

 んなわけないでしょ。Mt.レディは不敵に笑って構える。まあ、わかんないか。いきなり複数の個性を与えられただけの脳無には、自らの個性と向き合う事もないだろうから。

 薄々感じてはいたが、やはり()()()()()()()()()()にあると確信する。

 

 この世で最も強力な力とは何か。

 千差万別の答えはあるだろうが、その内の一つは理解であると岳山 優は考えていた。

 子供の頃、デカ女とからかわれ嫌気もさした『巨大化』の個性とも、ヒーローを目指すなら受け入れるしかなかった。受け入れ、プロセスを理解する。

『巨大化』は変形型で、起動すると瞬間的に大きくなる。その起点となるのはいつも右足からだった。なぜだろうと考え、靴を履くときにいつも利き足である右足からだからと仮説を立てた。

 

 ころんとサッカーボールを左足で蹴ってみる。最初は違和感があり威力も無かったが、やがて右足と同じように蹴ることができた。

 すると左足を起点として個性を起動できるようになる。箸を左手で使えるようになると、左手を起点にできた。

 なら個性を解除した時の身体が縮む終点も制御できるのではと考え、それは現実となった。

 

 歌羽区でヤモリヴィランを追うのに使った、疑似的な瞬間移動が可能になる。長い努力による個性制御の鍛錬は個性を拡張した。岳山は胸に広がるじんわりとした暖かいものを覚えた。

 もちろんヒーローは一芸だけでは務まらない。相性が悪ければ個性を封殺される場合は珍しくないし、周囲の被害状況によっては起動を控えなくてはならないからだ。ゆえに体術は必須である。

 

「個性に対する認識が違うのよ。あんたらは、自分の個性と向き合うって事もないでしょ」

 

 ヒーローに憧れた中学時代。屋根に降り積もる北海道の雪を、あえて個性を使わずに落として鍛えた体幹と基礎体力。

 ヒーローに近づいた高校時代。本格的な個性訓練と身体作り、経験した様々な格闘技術。

 ヒーローにあと一歩の大学時代。経営や法律を学びながら、これまでの全てを一つずつ昇華していった。

 

 長かった。岳山 優が十年以上も掛け、研鑽に次ぐ研鑽の末にようやくたどり着いたMt.レディという立場。

 

「どーせその『怪物化』の個性も大して使い込んでない。何が出来て、出来ないかを知ろうとしない」

 

 個性を起動、解除した際の起点と終点を任意に制御する事により可能となった疑似的な瞬間移動。それに学んできた格闘技を組みあせた戦闘技法、雲海(ハイド クラウド)は故に同スケールでは無類の強さを誇る。

 まず近接戦術戦闘では定番の組み付きや寝技を無効化できる。ハイキックなどの打点の高い技は避けられても足先を終点にすれば上を取れ、こっちが組み付いて腰裏に手を回せば簡単に背後が取れる。また、長い髪は伊達ではなくそれも身体の一部なので、瞬間移動の範囲は意外に広い。

 

 ただ、デメリットとして個性の起動回数が爆発的に増加し、体力を著しく消耗する。その影響は確実に彼女を追い詰めていた。相手の打撃のインパクトに何とか間に合っていた個性解除が、僅かに遅れだす。たったそれだけで骨が軋むようなダメージを受けてしまう。

 脳無の攻撃を回避するという動作を、瞬間移動によるズラしで省略する事で保っていた均衡が崩れ、徐々に全身に打撲傷が増えだす。いたるところの骨が熱を持ち、内出血で腫れているのがわかった。

 

 ヒーローが人生をかけて培ってきた輝きを、一夜で踏みにじるほどのポテンシャルがハイエンド脳無にはあった。

 

 それにしても硬すぎる、とMt.レディは毒づく。

 応援要請をした以上は時間稼ぎに徹するべきだが、短期決戦用の雲海(ハイド クラウド)を使わねば太刀打ちできないという戦略的矛盾。しかもどうやら『再生』持ち。また、目に見える速度で表皮を『鋼』が覆っていた。このままでは打撃が完全に効かなくなる。弱点らしき頭部は、殴ればこっちの骨が折れそうなほどだった。

 

 ローキックを完全にズラしきれず、激痛に思わず膝をつく。

 それを見て博士が言った。

「Mt.レディ、ヤバそうだな。どうするインブローリオ? バイク、使えるようになったけど」

「どうするって……」

「置いて逃げるか、まあサイズ的に加勢できないから見守るか」

 

 インブローリオは言葉に詰まる。なぜかはわからない。Mt.レディの背を見たら、そうなった。

 

 多面体に波紋が走る。

 

「おれの目的は裏切り者の脳無の始末だ。邪魔をしないなら見逃してやってもいい……今は」

 

 安い情けを鼻で笑って答える。

 

「冗ーー談じゃない……もう言っちゃったんだよ。約束しちゃったからさ! 頑張るって!」

 痛みで脂汗を垂らしながら、震える脚でなんとか立ち上がる。口内の血を吐き捨て、紫に腫れた瞼で歪む視界の脳無を見据える。

「あんたらヴィラン連合は、警察やわたしらヒーローが……頑張って、頑張って頑張って頑張ってなんとかするってヒーローがそう約束したからさあ! どんだけ痛くても死にそうでももう頑張って、頑張って頑張って頑張るしかねーんだよ!」

 

 インブローリオはその背中を流れる髪から目が離せなかった。あれほど美しかったのに、いまでは埃と泥にまみれ見るも無残になった髪になぜだか……

 

 脳無は無言で回し蹴りを放つ。なんとかズラせたが、Mt.レディの視界は二撃目の尻尾が迫っているのを捉えた。

 ここにきて隠し玉に血の気が引く。雲海(ハイド クラウド)の終わりに合わせた不意打ちに、ズラしが間に合わない。

 この場にいるどの個性使いにも、たとえインブローリオであっても止めることは出来ない。

 

 これ死んだわ。

 

 Mt.レディは乾いた思考の中でそう呟いた。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 ()()()は、まったく別の場所で起こっていた。

 一面には巨大スクリーン、整列された机にマルチモニターが並ぶセキュリティルームは混乱の極みにあった。

 

「どういう事だ? 大問題だぞ。ここのセキュリティが抜けられたのか?」

「いえそういう訳では……」

 現場責任者がコンソールを操作し、瞬きも忘れてモニタに食い入る。

 

「じゃあ何かしらの個性攻撃か?」

「正直考えにくいです。可能性はゼロではありませんが、アレは格納庫にあったので完全に視覚から遮断されてますし、各ゲートまでとなると非現実的です」

「だったら一番高い可能性は」

 

 それは……と現場責任者は口どもる。

 

「恥ずかしながら、原因不明としか。まず状況としてはうちの防壁は抜かれた()()で、コントロールを奪われたがその痕跡が無い。現在、痕跡を抹消した痕跡をn回探っていますが見込み無し。画面上はコントロールも完全にこちらの支配下ですが現実はその逆で、まったく矛盾している。ありえない。攻撃を受けたという痕跡すら発見できないのは異常です。まるで──」

 

 言いさして固まる。固唾を飲んでいた。

 

「まるで?」

「いや、ありえない。あんなものはネットミーム未満の噂だ」

「それが頭に浮かんだという事は可能性があるという事だろう。教えてくれ」

 

 現場責任者は気まずそうな顔する、首筋に手をやり口をまごつかせる。

 

「起こっている結果から逆算すると、というのを念頭に置いてほしいのですが」

 

 無言で続きを促され、雄英セキュリティ部門の現場責任者は言った。

 

貴種内謁(アリストクラック)

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 尻尾がMt.レディを叩き折る寸前で、巨大なナニカが脳無を突き飛ばす。

 

「なんだアレ!?」

 

 博士とジェントルは目を丸くして見上げた。

 そこには落日に灯る赤いカメラアイが並んでいた。オリーブドグリーンの角ばった巨体は、そのまま脳無に殴りかかる。

 ラブラバが打鍵をやめて一息つく。

 

「間に合ったようね。雄英製 巨大仮想敵が」

 へー、とジェントルが髭を撫でながら感心する。

「あー体育祭で見たやつ?」

「そ! 交通機関もクラックしてやっと来たわ」

 

 脳無とロボが戦闘を繰り広げている間にMt.レディは体勢を立て直し、息を整える。なぜ雄英の備品が加勢しに来たのか不明だったがこの際どうでもいい。

 このロボは入試にも使われている型ではあるが、ヒーロー科の訓練にも駆り出される。学年によって出力や反射速度をチェーン出来るので、一年用と三年用では戦闘能力に天と地ほどの差がある。

 

 とはいえハイエンド脳無相手では分が悪い。防戦一方の末に大破した。

 Mt.レディはその間に一旦個性を解除し、角に収納していたファーストエイドキットで焼け石に水だが手早く治療し、エネルギーバーを口に放り込む。

「やっぱ時間稼ぎにもなんないか、それでも助かるけど」

 

 再び『巨大化』を起動し、脳無に向き直る。

「あんなおもちゃでおれの相手をしようなどと」

「一撃食らったくせにさあ」

 

 構えると、新たな巨大仮想敵が飛び込んでくる。

「機械ごときを何度よこしても無駄だ!」

 

「ラブラバちゃん、やっぱりロボじゃ無理だよ。軍用のシステムってわけでもないんでしょ」

 残念そうに言ったインブローリオのインカムに、この場にいない人物の通信が入る。ラブラバがにやりと笑った。

 

『あれ? わたしが1ストック目は落とすってのは知ってるよね?』

 

 脳無の打撃がロボの前腕の装甲を掠め、金属片が森に飛ぶ。

「外した!? だと、動きがまるで」

『悪いけど大会ルールじゃ3ストック制だから。あんたのクセはもう覚えた』

 

 ロボは一体目とは比べ物にならない精度で脳無の攻撃を読み、パイルバンカーパンチをカウンターで入れる。頭部からレーザーを照射し、排煙しながら車大のシリンダーを排莢していた。

 

「ムギちゃん!? どうして!」

『正直インブロさんの立場とかよくわかんないけど、インブロさんがわたしにしてくれた事だけはわかってる! それで十分でしょ、今度はわたしがする番! また徳島に遊びに来てよね』

 

 ロボの動きに目を疑ったのはMt.レディも同じだが、これならやれるかもしれない。

 

「叩き落せる?」

『大丈夫、メテオは得意』

 

 脳無が突進する、ロボはひらりと身をひるがえして飛び越えて背後に着地し、脳無が振り返ると同時に腹部へドロップキックを放ち、吹き飛ばす。そのまま脳無が着地する間も与えずに駆け寄り、サマーソルトやパイルパンチで追撃を続け、ジェット昇竜で打ち上げ、一切の躊躇なく叩き落した。

 その猛攻を受けてもなお、脳無にダメージらしいものは無かった。それどころか一方的に殴ったロボの方が消耗している。それほどに硬い。

 

 だがその質量と重力加速、ロボの叩き落しの運動エネルギーに、『巨大化』する時の瞬間的な速力を合わせれば割れるかもしれない。

 Mt.レディは駆けながら叫ぶ。

 

「インッ! ブローリオオオ!」

 

 呼ばれた少女はびくりと震える。

 

「今度こそじっとしといてよ、わたしが守ってあげるからああ!」

 

 ヒーローは戦闘中の口数が多い。それは自分に発破をかける為であり、ヴィランを威嚇する為であり、守るべき者を安心させる為だからだ。

 

 脳無の落下地点で個性を解除し、低く沈み込む。

 

 「バスター……」

 

 ヒーローは必殺技を言い放つ。その技を耳にした全てのヴィランに畏怖を刻む為。その技を耳にした全ての守るべき者に勇気を与える為。

 個性を起動し、飛び上がりながら高く蹴り上げる

 

 その刹那に、脳無は頭部の多面体を球状の剣山のように変形させた。誰もが徒手空拳での攻撃を戸惑う生理的な危険信号を受け取ってしまう。だがMt.レディの思考は違った。そこだけは攻撃しないでくれと言っているようなものでしかない。

 最高峰の運動エネルギーと質量と速力を掛け合わせた純粋な破壊力。

 

「――ピークXV!」

 

 瞬間移動と錯覚するほどの移動速度で放たれた右脚は無数の針で貫かれズタズタになり、インパクトの瞬間にその原型を失いながらも脳無の頭部を完膚なきまでに粉砕した。内部の脳が剥き出しになり、ぶるりと震える。

 

 

 

 ―――

 

 エンディング

 

 ―――

 

 

 

「嘘……」

 とインブローリオがこぼす。だがそれは、脳無を撃退した事に対してではない。この胸に渦巻く、例えようのない奇妙な感覚に対してだ。

 

 Mt.レディの脳裏に冷たいものが這いずり回る。それは短いながらもプロとして活動していく中で無意識に培った勘だった。個性を解除する。何かが目の前を急速に落ちていくと同時にロボと脳無はバラバラに引き裂かれた。『巨大化』のままなら同じ目にあっていただろう。

 

 落下してきたそれは着地すると一直線に駆けてインブローリオの前に姿を現し、顔に一撃を食らわせる。クロスカウンターだったが、吹き飛ばされたのはインブローリオだけだ。

 インブローリオの拳は確かにそれに届いていたが、背中から太い木の枝のようなものが一瞬だけ生え、すぐに元に戻るだけだった。

 

 夕闇の中でそれは、新たに現れた脳無は、筋肉質だが異形の姿ではない。すらりと高身長で、脳無シリーズの特徴である脳みそも見えずに収まっている。

 横たわるインブローリオをつまらなそうに眺めて言った。インブローリオのようなガラリとした声でもなく、先の脳無のように甲高い金属音のようでもなく、気品のある物憂げな人間の声で。

 

「なんだ、たいしたことない。やはり愛の無い存在は弱いな」

 

「喋ってる、またハイエンドってやつか?」

 

 博士の言葉に脳無が反応した。

 

「きみか、悪のなんとかのエンジニアってのは。さっきのハイエンドなんかと一緒にしたら、ドクターに怒られるよ。ぼくは気に入ってないけど臨界超越(オーバークリティカル)種って呼ばれてる」

 

 インブローリオはなかなか身体を起こせずにいた。

 嗚呼、この()()()()()()()()をどうしようもなく理解しているから。

 

 

xxxxxxxxxxxxxx

 

第十一話 再会

 

xxxxxxxxxxxxxx




脳無:臨界超越(オーバークリティカル)
個性:第七感(ドミナントセブンス)
AFOに与えられた個性:オーバーパワー、オーバータフネス、身代わり、超高速再生、復元、環境適応、接合、炎、飛行、トランプル、被覆、再活、変成。

あらゆる事に才覚を発揮する第七感(ドミナントセブンス)により、脳無である事の才能も得たぞ!
環境適応により、取って付けたように個性を与えられても平気平気してハイエンド種より人間的な思考が出来るぞ!
普段は変成を使って人間の姿でいる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 姉妹

 ―――

 

 アバンタイトル

 

 ―――

 

 

 

 ドクターの計画は順調に遂行されつつあった。

 悪の秘密結社の特定もすんなりと終わった。

 インブローリオはいずれ大きく負傷する。それはヒーローによるものかヴィランによるものかわからないが、とにかくそうなれば回復させるために廃倉庫の下水から泥を回収せざるを得ない。博士ならそうすると、ドクターには確信があった。

 先んじて泥に微小の発信機を撒いておけば、回収されアジトを特定できる。

 

 そして個性でアジトごと飛ばし、ハイエンドで削ってオーバークリティカルで確実に始末する算段だ。

 前座となる脳無は後釜がいる事を知らない。ハイエンドと言えど初期ロットの使い捨てだ。『鋼』は『再生』の対象外だし、『怪物化』に伴って量が増えるわけでもなく、広大な表皮の面積を再び覆わなくてはいけない。

 個性間のシナジーもコンボも無い出来損ないだ。

 

 誤算があるとすればプロヒーローが偶然居合わせたくらいなもの。中継は逆にありがたい、とどめを確認できる。

 オーバークリティカルのフィジカルは全盛期のオールマイトを超えている。破る事も逃げることも不可能だ。

 

 加えて与えた個性の純度も高い。例えば同じ『飛行』でも速度や航続距離、上昇限界などの優劣が存在するのだ。

 ドクターは病院の理事長という立場を利用し、不妊治療クリニックや産婦人科に手を回して不正な体外受精を繰り返していた。そうして優れた純度の高い個性を創っている。

 個性は意識に宿る、という現代生命学、倫理学は正しい。そして胎児の段階で無意識は生じているらしく、従って個性も存在した。『個性を奪い、与える個性』により収奪出来たからだ。

 胎児の段階で個性の所持をしているが発現には至らないというのは医学的な発見であったが、それをわざわざ発表する必要は無い。

 

『飛行』と『飛行』、『パワー』と『パワー』を掛け合わせ、体外受精により胎児を作り、個性を奪い、繰り返し、そうして高純度の個性が創り上げられた。個性ガチャとドクターは呼んでいる。

 純度の高い個性を与えられたオーバークリティカルは故に強い。

 それに『身代わり』の個性もある。単体では役に立たないが、他の個性と組み合わせれば無敵となれる。

 

 ドクターは忌々しいあのクソガキの死を待ちわびながら、ジョンちゃんに餌を用意してやる。

 

「おいでジョンちゃん、おまえの好物じゃよ」

 

 猫なで声に呼ばれて出てきたのは頭に脚が生えているだけの一頭身の脳無だった。脳無は別に食べなくても死にはしないが、残骸の処分に便利なので与えている。

 ジョンが大きな口で、エサ皿に盛られた肉を貪る。まだ動いているほど新鮮で、骨まで柔らかく血の滴るガチャの残骸を。

 

 中継中のテレビからは、いつものニュース番組のタレント司会の声が垂れ流されていた。

 

『それではここで自称ヒーロー専門家のリリーさんに意見を聞いてみましょう』

 胡散臭い男性が、真剣な顔で口を開く。

『これは非常に問題ですね。いやしくもヒーローたるものがヴィランと利害関係にあるのなら許されることではありません。マッチポンプしてるんじゃないかって考えている人はわたしの周りでも多いですね』

 

『ごもっとも。自称法律研究家のユウリさんはどうでしょう』

 胡散臭い女性が、真剣な顔で口を開く。

『これは法的にも問題ですね。絶対とは言いませんが、わたしの豊富な経験上、Mt.レディはクロだと思いますよ。ツイッターのフォロワーもそう言ってます』

 

『さあ、という事で面白くなってきました。ヒーロー協会は事実確認中とのことですが、すぐに否定しない所を見るに怪しいというか組織ぐるみなんじゃないかって皆が言ってるんですが、どうなんでしょうか』

 

 映像が現場に切り替わる。

 薄暗い森で、脳無がインブローリオを嬲っていた。

 

 

 

 ―――

 

 Aパート

 

 ―――

 

 

 

 Mt.レディは角の中のファーストエイドキットで右脚の応急処置をした。膝上で固く縛り止血し、鎮痛剤を打つ。剣山のように変形した脳無を蹴り上げたせいで無数の針に貫かれ、衝撃も加わり解放骨折どころではなかった。完全に挫滅しており、血と肉が滴り落ちた。切除は免れないだろう。

 山岳救助用の高アルコールを一口やって気を紛らわす。将来のキャリアなど、今考える必要は無い。

 

 木の枝を杖に、雑居ビル目指して歩き出す。そろそろヒーローが到着する頃だ。ハイエンドとロボを破壊した存在が気がかりだが、なんとかなるはず。

 やがてビルの外で立ち尽くす博士たちが、その姿を見つけて駆け寄る。

 

「ひどい怪我だな。痛むだろ? 止血だけか?」

「鎮痛剤は打った」

「アジトに医療用の麻酔がある。持って来るからここでじっとしといてくれ。ラブラバさんとジェントルさんは彼女を看といて」

「なんで民間人がそんなの持ってんのよ」

「いや悪の秘密結社だから」

 

 博士が慣れた手つきで局部麻酔を施すと、痛みも多少はマシになった。

 

「ありがと、楽になったわ。それにしても悪の秘密結社がわたしの事務所の真下か、どーりでアイツが近くにいる気がするわけだ。っていうか早く逃げなよ。すぐにヒーローが駆け付けてくれるから」

 

「逃げないんじゃなくて、逃げられないんだ」

 

 森の奥から、物憂げな声と共に、インブローリオの頭部を掴んでズルズルと引きずる脳無が歩み寄る。

 頭部を握ったまま振り回し、遠心力で千切れ飛んだ首から下が雑居ビルに激突した。掌に残った頭を握り潰す。

 

「ドクターも大げさだな、所詮は脳無でしかないってのに」

「うそでしょ……インブローリオッ!」

「次はエンジニアか、恨みは無いが」

 

 ぐるりと脳無の顔が博士を向く。無機質で、特に何の感情も浮かんでいない。

 ジェントルとMt.レディはハイエンドの戦いで消耗しており、ラブラバと博士は非戦闘員だ。もとよりインブローリオですら歯牙にもかけない相手である。万全の状態でもどうにかなる問題ではない。

 

「そこまでだ!」

 

 飛行系の個性で空輸されてきたヒーローたちが、脳無を囲むように次々と降り立つ。空では対地攻撃に備えている者もいた。その数は二十人を超えている。

 

「やっと来たか」

 到着を喜んだのは博士たちではなく、脳無だった。

「ついにヒーローと戦えると思うと、胸が躍る。インブローリオで時間をつぶした甲斐があった」

 

『飛行』で上空に飛び立つと、鋭角な軌道を描いて瞬時にヒーローに肉薄する。軽い殴打ではるか遠い地面に叩き落した。

 

「おかしいな。愛されて然るべきヒーローが、こんなものか?」

 

 脳無の腹に電磁投射された砲弾が突き刺さるが、背から短い枝が生えてすぐに縮むだけだ。脳無はがっかりして適当に何人か片付ける。

 一人が思わず呟いた。

「強すぎるだろ……今までの脳無どころじゃ、おれたちじゃまるで――」

「まるで愛が足りない」

 脳無が空にいた最後の一人の背に触れる。第七感(ドミナントセブンス)は与えられた個性に対する才も発揮した。つまり脳無の欠点であった個性制御を補う。本来は自身に使う『飛行』をヒーローを対象に取って起動すると、ブラックアウトする速度で他県まで飛んでいった。

 

 落胆して地表に降り立つと『麻痺毒』の電波を照射されたが、『被覆』はあらゆる非物理攻撃を防いだ。

 

「おれたちが時間を稼ぐ!」

 そう言って飛び出したヒーローの『物理吸収』や『防護』といった障壁は、『トランプル』の個性により貫通して本体にダメージを与え再起不能にさせられる。

 

 ヒーローたちが蹂躙されている短い間に、博士はインカムに囁く。

 

「生きてるか?」

『……姉さんだ』

「なに?」

『あのクソ脳無の中に姉がいる』

 

 最後のヒーローが無残な姿で転がった。頭部は粘土を殴ったように凹んでおり、かたかたと痙攣している。

 脳無が博士の頭を握る。そのまま力を込めようとして、辞めた。

 

「ヒーローに勝って実にすがすがしい気分だが、やっぱり生身の人間を殺すのは抵抗あるな」

「なに、言ってんだおまえ。あれだけヒーローを攻撃しておいて」

「あれは戦いの中の話だし、一応セーブしてたよ。それで失血死やらショック死しても、ぼくが直接手を下した感じがしないからいいんだ」

 

 意識の無いヒーローの身体と自身の腕を『接合』して傀儡化する。徐々に黒い肉に蝕まれ、ヒーローは出来の悪い糸人形のように『溶解』の個性を博士に向けた。

 

「だから他人を使って間接的に始末させるのか? 頭おかしいだろ」

「訓練された軍人でも躊躇なく人を殺せるのは数パーセントしかいないんだが? てことはぼくは正常だろ」

 

 博士の胸に粘質な液体が放たれるも、飛んできたバスタブが間に入って命中してドロリと溶け落ちる。

 

「そいつは殺させない。二人しかいない悪の秘密結社の、大事な博士だからな!」

 

 雑居ビルから泥を被ったインブローリオが駆け出す。

 脳無が面白そうに笑って迎え撃つ。

 

「なるほど、脳の位置を頭部から移動させたのか。なら粉々にしてやるかな」

 

 命拾いした博士がインブローリオに伝える。

 

『チャンスだ、お姉さんを取り戻す』

「どうやって!?」

 

 姉の個性は、誰かの身代わりになるというものだ。単体では役に立たないそれを、あのジジイならどう活かすかを博士は思考する。

 

 おそらくだが、オーバークリティカルは二体の脳無で構成されている。クソ野郎と姉だ。先ほどヒーローを『接合』して傀儡化した個性を使ったのだろう。

 クソ野郎が攻撃を受けると『接合』されている姉が自動的にダメージを引き受ける。その際に一瞬だけ生える枝のようなものがそれだ。だがそれもすぐに再生されるし、姉自体もオーバークリティカルのタフネスを持つので何度でもダメージを肩代わりさせられる。

 

 例えるなら体力バーが二本あり、そのどちらもが同じ耐久力と再生力を有している。姉を削り切っても、クソ野郎を一瞬で倒さなければ姉が再生する。

『身代わり』を活用するならこの設計が妥当だろう。

 

「だからそんなのどうやって!!」

『どうって、たぶんオールマイト級のパワーがあれば手段はある……』

「ふざけんな!」

 

 インブローリオが地面に向かって『飛行』を起動され、叩きつけられる。

 脳無は侮蔑的にその姿を見下した。

 

「なぜヴィランはヒーローに負けるのか、わかるか?」

「はあ?」

「ヴィランを愛する者は少なく、ヒーローを愛する者は多い。だから昔は跋扈していたヴィランもヒーローに負け続け、今に至る。ヴィラン連合は脳無を切り札のように扱っているが、あんな化物は愛されない。保須でヒーローに負けたのはそのせいだ」

「なにが言いたい」

「愛は力だ。愛されている者は強く、愛されていない者は弱い」

 

「気持ち悪いな、おまえだって脳無の姿だろ。なにが愛だ」

 

「きみたちと同じにするな。ぼくは個性で人間の姿になれるんだよ」

 冷ややかに続けて言った。

「実際、この理屈ですべて説明がつくんだ。人も社会も貧者を愛さない、学の無い者、容姿が醜い者を愛さない。現実としてそういった愛されない者から死んでいくだろう? つまり弱者なのだ。学が無ければは稼ぐ手段が限られ貧しくなり、貧乏人は飢え、醜い者は遺伝子を残せず消えていく……哀れな人たちだ。逆に学があれば稼ぐ機会を得られ、金持ちになれる。容姿が良ければ子孫を残しやすい。そういった者は人や社会から愛されている。だから強者だ。これもまた、愛は力だという証左だとは思わないか」

 

「知るか」

「おいおい、せっかくなんだ。この感動の理解者となってくれよ」

 

 脳無は大仰に手を広げて誇った。暗くなった森のいたるところからは、苦しそうに呻くヒーローたちの声が不気味に響いている。

 

「いまぼくは、ヒーローに勝った。それは国を動かす官僚や各国の上流階級といった強者からぼくに注がれる愛が、学歴経済格差やなんかに苦しむ弱者からヒーローに注がれる愛を上回った事にほかならない。ぼくはヒーローよりも強く愛されていた事が証明されたんだ。それを一人でも多くの人間に理解してほしい」

 

 脳無は心の底からそう考えていた、そしてオールマイトに勝った時、世界でも類を見ないほど愛されていると証明されるとも。それがたまらなく楽しみだった。この肉体はそれを可能にする。

 

「頭おかしいんじゃない。バズった名言っぽいツイートがこの世の真実だとでも思ってそう」

 

 悦に入っていたところに冷や水をかけられ、露骨に不機嫌になる。

 

「……きみの素性の資料は読んだ。産まれる前から、親からすらも愛されず醜い脳無の姿にされ生きてきた悲哀を誘う生き物。素体にはそういった天涯孤独や犯罪者崩れが選ばれる。愛されていないから消えても誰も気にしない、だから潜在的に弱いのだが」

「殺す」

 

 飛び掛かったインブローリオの連撃を軽々と躱し、悠然と語る。

 

「無理だってなんでわからないかな。わからないか、学が無いから。愛は力だとあれほど説明してやったのに」

 

 両手から爆ぜるような青い『炎』を噴出させた。身体に纏わりつくような高温に身もだえしながら反射的に距離を取る。全身の表皮は一瞬で炭化して異臭が漂った。脱皮するように燻ぶった部分を脱ぎ捨てるが、ダメージは大きい。

 

「一応きみ用に渡された個性だが、まいったな。ドクターは山火事とか気にしないのか。少しは環境破壊にも気を使ってほしいものだ」

 

 嘆息して断言する。

 

「愛されるぼくにおまえは勝てない。なぜなら誰もおまえを愛さないから、醜い姿のおまえを」

「そんな事ない!」

 

 そう叫んだのはラブラバだった。

 

「インブロちゃんはとっても素敵なんだから! 酷い目にあったけどへこたれなくて、どれだけ無謀と知っていてもお姉さんを取り返すって覚悟があって、ほんとはもっと女の子らしい服装がしたいおしゃれさんで、わたしの初めての友達なんだから!」

 

 その声が届いた瞬間、インブローリオの前蹴りが脳無の腹に突き刺さる。『身代わり』が起動し、背面から枝が伸びるが『超高速再生』によりすぐさま引っ込む。

 

「なんだ、急にこいつ」

 

 脳無は戸惑いながらインブローリオを観察する。明らかに動きが良くなっている。

 その答えに気付いたのはジェントルだった。それを受けていたからこそわかる。まさか、と目を見張る。インブローリオをスタジアムから救助したとき、()()()()()()()()()()()()()()()が、それはラブラバの彼女に対する気持ちも加わったからなのだと理解した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ラバーモード? 作用したのか、インブローリオさんにも」

 

 本来であればラブラバの持つ『愛』は自身が愛したただ一人、つまりジェントルのみを対象としている。だがここにきて、唯一の友の危機に個性は拡張されたのだ。彼女が友愛を叫んだ時、インブローリオ・ラバーモードは生まれた。

 そうとあっては、もとより相棒だけに応援させておくわけにはいかない。ジェントルもまた叫ぶ。

 

「負けないでくれ、わが盟友インブローリオさん! わたしの愛する相棒、ラブラバの為にもッ! それにゴールド ティップス インペリアルを一緒に飲む約束だろう?」

 

 その言葉で、インブローリオの身体を包む愛のオーラは目に見えるほど色濃くなる。比例するようにパワーもスピードもタフネスも上がった。

 ジェントルの盟友としての友愛が、ラブラバの拡張された個性を介してインブローリオを後押しする。

 脳無は次第に力をセーブして遊ぶ余裕が無くなってきた。

 

 インカムからは遠く徳島のライバルの声が届く。

『中継で見てるよ、インブロさん。そんなやつに負けないで。あの時わたしを庇って戦ってくれたあなたは素敵で、カッコよかった。それに知ってる? オンラインとオフラインじゃダイアグラムが違うんだよ。オフだとどっちが強いのか、まだあの時の勝負はついてない!』

 

 超高温の青い『炎』が肉体に接触する前に回避する。もうその個性は通用しない。

 

 つられて博士が口を開く。

「インブローリオ。あんたには偶然だとしてもおれを助け出してくれた恩があった。その恩を返させてくれ。姉は奪還できるのかと聞いたな? おれが何とかする。悪の秘密結社の博士として! 必ず!」

 

 インブローリオの打撃が徐々に当たりだした。だがそれでもまだ足りない。オーバークリティカルを超えるにはまだ愛が足りない。

 最後にMt.レディが言った。

 

「最初はいけ好かない調子に乗ったヴィランだと思ったけど、今でもヴィランであることには変わりないけど、あんたは誰かが大事にしてる物を身を挺して守る優しさがあって――」

 

 脳無のローキックでインブローリオの脚が消し飛ぶ。すぐさま『触手』で再構成する。ラバーモードは肉体を強化するだけだが、インブローリオの肉体は『触手』の異形型でもあるので行える疑似的な再生だ。

 

「複雑な家庭環境にある女の子を気に掛ける優しさもあって――」

 

 削られ、抉られ、破壊されたインブローリオの肉片が辺りに飛び散る、それでもなお欠けた端から肉体を作り直して脳無と殴り合う。姉を奪還する為に。その凄惨な執念に、岳山は知らず知らずのうちに涙を浮かべていた。

 

「たしかに強面だけど実はお姉さんっ子で、可愛いところもあるあんたの事がわたしは――」

 

 脳無が焦りを覚えだす。バカな、こんなやつがぼくの愛に迫るはずがない。親からも愛されず、児童保護施設で育ち、学も碌に無い貧者の素体に。神にすら愛されているであろうぼくが。

 あってはならない、そのような事は。

 

「死ねッ! インブローリオ! 自覚しろ、おまえの醜悪な身体を、耳障りな声を、浅ましい産まれを! おまえは誰からも愛されずに殺されるという事を!」

 

 すぅ、と肺にありったけの空気を入れて、岳山はあらんかぎりの声を発した。

 

「わたし()、あんたの事が好きぃいい!!!」

 

 インブローリオを包むオーラがはっきりと輝きを放つほど強くなり、完全に脳無と渡り合う。その戦闘はもはやプロであっても目で捉えるのは困難なほどの速度と、即死級の破壊力の応酬が繰り広げられていた。

 純粋な暴力の応酬は、もはや格闘技術の介入の余地すら失くす。

 インブローリオの肉体は破壊と再生が高速で繰り返され、脳無の背から生える枝は太く長く歪に伸び続ける。

 

 ラブラバとジェントルと博士がMt.レディに顔を向ける。

 え、()ってなに? 

 場所を移してヒーロー協会でハラハラしながら中継を見ていた事務員は白目向いて泡吹いてぶっ倒れた。

 全国の視聴者が唖然とする。

 北海道のご両親も目を丸くしている。

 

「姉をッ! 返せええ!!」

 

 腰の入った、掬い上げるような殴打を放つ。拳は空気との摩擦熱で赤く燃え、大気の圧縮現象を引き起こして衝撃を生んだ。それが脳無の腹に突き刺さる。完璧なタイミングで。

 だが脳無は安堵した。

 第七感(ドミナントセブンス)により得た格闘の才能により、その攻撃の運動エネルギーでは一歩届かない事を理解したからだ。

 あと少し、ほんの少しの僅差で脳無が勝った。インブローリオの攻撃は背面に『接合』された『身代わり』が引き受け、同時に『超高速再生』で凌げる。返す刀の一撃で殺す。

 やはり、と脳無は内心で独り言ちる。

 

 ぼくの愛の方が強かった。そもそもこの個性のコンボを攻略する事など不可能なのだ。例え全盛期のオールマイトの瞬間火力でさえ余裕を持って耐えきるように設計されている。それを旧型の脳無が突破するなどあり得るはずがない。

 

 その事実は、インパクトの瞬間にインブローリオもまた勘付いていた。足りなかった、首の皮一枚残してケリを付けられなかったのだと理解した。

 たぶんだけど、もう一秒もしない内に負ける。そして博士も殺されるだろう。ジェントルさんとラブラバちゃんは、わからない。たぶん見逃されるとは思う。

 そして姉を取り戻せない現実に深い悲観に沈み込む。

 

(ごめんね、姉さん)

 そう内心で呟く、と言うより、印象する、とでも表現するべきか。そうするととても懐かしくあたたかい印象が彼女の意識に滴る。

(ありがとね、わたしの為にここまで戦ってくれて)

 

 彼女は小さく息をのむ。なにもかも、先ほどの自ら刻んだ失望すら忘れて姉を感じた。

 

(大丈夫、あなたはわたしの愛する妹だから)

 

 その瞬間、ラバーモードのオーラは煌めき、脳無の肉体は散り散りに消し飛んだ。『身代わり』が起動するよりも速く、『超高速再生』が作用するよりも速く、インブローリオの愛は歪んだ欲求の塊を貫いたのだ。

 

 その衝撃で背面に接合されていた肉塊が空高く放り出された。

 それから目を離さず、ジェントルは大気の膜をトランポリンのように跳ね、輝く星空にぽつりと孤独に落ちる黒い影に近づく。それにつれ、緊張で鼓動が早まるのがわかった。嫌な汗をかく。脳裏にあの時の清掃員の唖然とした表情がよぎる。

 今になって、もし落としたらどうしようという不安と過去の後悔の念が首をもたげる。だが今さらもう遅い。彼は考えるより先に身体が動いてしまっていたのだから。

 

 どうか、とジェントルは願わずにはいられない。

 どうか受け止めさせてくれ、今度こそ。

 

 かくしてそれはジェントルの手に収まった。盟友の為、脳無に立ち向かった救世たる義賊であれば当然の事だ。

 

 

 ―――

 

 Bパート

 

 ―――

 

 

 

「これが、インブロちゃんのお姉さん……」

 力を出し切ったインブローリオがゆっくりとこっち向かってきているが、果たしてこの姿を見てどう思うか。そう考えると、ラブラバが幾分かの落胆を混ぜて言うのも仕方がない。

 博士の掌に収まる小さな黒い肉塊がそうだ、と言われても納得は出来ず、素直に奪還を祝うのは難しい。

 

「厳密にはこの中のお姉さんの意識が、いま見える表層の脳無の肉と菌糸で繋がっている」

「でもそれ、取り除くのすごく難しいんでしょ? 複雑に絡まってるって……」

「並みの医者じゃまず無理……けどまあ、おれの個性ならあやとりみたいなもんだよ」

 

 そういうと、博士の周囲に『白い刃』が浮遊する。個性により不可視の糸で博士の指と結ばれたそれらは、寸分の狂いも無く切除を開始した。

 

「まったく活躍の機会のなかった『精密操作』がここにきて役立つとは。おれはいつだって、あのクソジジイのカウンターって事だな。顔真っ赤な姿が目に浮かぶ」

 

 やがて取り出されたのは、菌が姉の意識を象ったモノだった。

「ハートみたいで可愛い形ね」

 とラブラバ。

「カットされた宝石のように見えるが?」

 とジェントル。

「え、触ったら壊れそうな繭って感じじゃない」

 とMt.レディ。

「マジで? どの方向から見ても穴が開いてる物理的に矛盾した形状だろ?」

 

 博士たちが三者三様の形状を言った。

 

「主観によって形状が変わるのか? わけがわからんな。よく切り離せたもんだ」

 

 そのまま聞こえているのかわからないが、ある提案を姉の意識に語り掛ける。

 あまりの内容に他の三人は押し黙る。果たしてその提案をインブローリオは喜ぶのだろうか? 

 

 ほどなくしてインブローリオが戻ってきた。ラバーモードは解除され、オーラも消えている。

 

「姉さんは!?」

「ああ、いるよ。ここに」

 

 博士はそっと姉を手渡した、手の震えを隠して。最悪、インブローリオに殺されるかもしれない。それを行うかどうかは姉の裁量次第だが、やるとわかっていて提案した事には変わりない。

 

「姉さん……こんな姿になっちゃって。ごめんね、助けるのが遅くなって」

 

 インブローリオは姉を胸に抱いた。

 博士が覚悟を決めて切り出す。

 

「インブローリオ、あんたはおれに尋ねたな? 元の姿に戻れるのかと、姉を奪還できるのかと」

「ああ、その内の一つは達成できた。ありがとう」

「本当にそれでいいのか? 今のお姉さんの姿で……姉妹間で無意識的な会話ができるんだよな? あとはそっちで決めてくれ」

「どういう……待って姉さん!」

 

 どろりとインブローリオの身体が崩れ落ちて水たまりのように地面に広がり、すぐに丸い大きな胎が形成された。

 一分もしない間に胎から通り抜けるように転がり出てきたのはヌメっている塊だった。鈍い雲間から月光が射し、その姿を明かす。

 

 それは人間の腕ほどある大きさの触手の塊だった。原付ほどの体積がある。付着していた粘質な黒い液体は乾燥して剥がれ落ち、夜色の体表が見えている。

 蛭の塊はのたうち回りながら、触手を大に小、長に短にしながら不定が一定になってゆく。

 子どもが粘土で作ったような、頭の無い犬の出来そこない。それがよたよたと歩き、石に躓いて転んだ。すると、前だか後ろだかにギョロリと眼球が芽生えた。

 前足を視認すると、再び身体を膨張させ、収縮させる。今度は、形だけは人間に見えなくもない。

 

 ビクリと身体を振るわせると、するりと輪郭が現れた。『蛭』『触手』『蔦』で構成される体躯であるものの、インブローリオのそれとは違い少女の体つきだ。

 姉は三度、妹の『身代わり』となった。

 一度目は母体の胎の中で、二度目は記憶を奪われ。

 そして三度目は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「すまんな、三度もあの子の『身代わり』にさせてしまった。だが可能であれば、この方法が最良だった。あんたは脳無という身体を得て、あの子は元の身体に戻れる。が、ヴィラン連合がおれたちを狙う場合、あんたが戦わなきゃならん」

 

 少女の脳無は気にしていないというように小さく頷く。

 

「怒られるかな?」

 

 姉はかぶりを振り、博士にハグをした。ゆっくりと触手群が蠢いていて、弾力性があり、ぬめってこそいないがいい気持ではない。だが懐かしかった。

 ジェントルやラブラバにも順にハグして回り、Mt.レディの時は一段とキツく抱きしめた。

「ちょ、ちょっと痛いですって」

 

 困ったように笑うMt.レディに姉は何かを言いたそうだったが、発声に慣れてないのか言葉になっていない。

 最後にしゃがみこんで右脚を労わるようにそっと触れた。妹の為に闘ってくれ、膝から下を失った代償。リカバリーガールでも元通りには出来ないだろう。

 今後のヒーロー活動はアイテムによる義足をつけるか、引退するか。どのみちリハビリにかかる期間から考えると、Mt.レディとしては表舞台から引くことになる。

 

 その現実を知りつつも岳山はニカッと笑って姉に言う。ヒーローが心配をかけてどうすると鼓舞した。

「大丈夫! こんなことでわたしは終わらないし、後悔はしてないから。それよりさ」

 胎に視線を移して続けた。

「その……なんて呼べばいいんだろ。アイツは大丈夫なの? 元インブローリオは、脳無にされた事をお姉さんが個性で引き受けたから、元の姿に戻れるんだよね」

 

「理論上はそうだ。『身代わり』は物理・自然法則を貫徹するタイプの個性だ。だが父親のそれと違うのは無から有を生み出せる点にある。アイツは母体の胎で姉に生命を明け渡されたと言ったが、現象として正しいのは生存に必要な栄養なんかを妹に生じさせた。何かを渡す個性じゃあない」

 

「信じられない個性だな。なぜぼくの第七感(ドミナントセブンス)で使えなかったのか謎だが」

 

 その場にいる全員が目を疑った。

 そこには、飛び散った無数の肉片が磁力のように引き寄せられ『復元』されていくオーバークリティカルの姿があった。

 

「あの程度でぼくの愛に勝てると思うなよ」

 

 博士は心底うんざりする。あのクソジジイ、とんでもないヤツを寄越しやがって。ちょっと昔のカワイイ悪戯をどんだけ根に持ってんだよ。確実に殺す気だ。

 

「マジかよ、こいつ不死身か?」

「ハイエンドごときと一緒にするなと言ったはずだが? さっきの気色の悪いオーラも無くなってるみたいだし、今度こそ始末するからな。始めよう、第三ラウンドだ。もっとも、ぼくが勝つまで続くがな」

 

『再活』により失った体力も元通りになったオーバークリティカルは悠然と歩み寄る。インブローリオを消す為に、博士を亡き者とする為に。

 それを防ぐべく、姉が庇うように進み出た。まだ歩くことも慣れていないのか()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「気持ちは嬉しいが、あんたじゃ無理だ。まだこの世に生まれたばかりだ。個性だって使い慣れてない。瞬殺だぞ」

 

 博士の忠告を無視して姉はオーバークリティカルに駆け出す。

 

「ずいぶん細身になってしまったが、そんなのでぼくの相手が出来るのか?」

 

 脳無の拳が姉の腹に突き刺さる。その威力は体躯を上下に分断させるほどだった。

 その光景を見た岳山は歯がゆかった。せめて脚さえ無事ならハイドクラウドで全員を握って離脱できたかもしれない。その際にオーバークリティカルの攻撃を受けて致命を追うのは目に見えているが、この状況よりもマシだ。

 

 くそう、と強く噛み締める。麻酔の上から寄せては返す波のような痛みが――痛みが――無い。

 なんで? と見下ろせば、そこには穴が開いてボロボロのヒーロースーツに包まれた無傷の右脚があった。恐る恐る指先を動かしてみるが違和感は無い。なんで? 

 

 何が起こったのか。博士の怪しい処置のおかげなのかと顔を上げると、真っ二つにされた姉が『超高速再生』で肉体を復活させていた。

 姉を除いて、誰もがその現象に戸惑っている。

 Mt.レディの完治した右脚を見やった博士が、まさかと顎に手をやる。

 

「それすら『身代わり』できるのか……ズルくね?」

 

 姉は脳無に殴りかかるが、易々と躱され反撃を食らう。二度三度それを繰り返すと、立場は逆転した。あまりにも不可思議で不条理な謎。

 脳無の第七感(ドミナントセブンス)により発揮された対個性戦の才がその解を告げる。

 

『飛行』で逃げようとするも起動しない。すでに遅かった。

 姉が『オーバーパワー』で脳無の両足を蹴り飛ばし、地面に転がす。

 敵を無力化した姉は、静かに風を感じて口を開く。底冷えのする、ガラリとした声色だった。

「物質っていいわね」

 

「バカな、()()が可能な個性制御なら第七感(ドミナントセブンス)によってぼくも使えるはず」

 脳無の声は震えている。

 

「そうかしら? あなたのような人間に、誰かの『身代わり』になるという才能は使えないと思うけど……わたしは違う、この世に生れ落ちる前からこの個性を受け入れ、使えばどうなるかを理解し、それでも使った。後悔は無かった」

「返せ、おれの個性」

「あなたの、じゃあないし、酷い言いようね。『個性を奪い、与える個性』によって無理やり与えられた、個性被害者であるあなたの『身代わり』になってあげたのよ。ああ、お喋りって素敵ね。あなたのような人間が相手でも」

「せめて『変成』だけでも返してくれ。なんでもする。すべて喋る、ドクターの事、ヴィラン連合の事……金の都合ならいくらでも付ける」

 

 姉が一度踏み鳴らすと大地が揺れ、巨大なクレーターが開く。

 

「それは当然の事でしょう? あの子にさんざん醜いだのなんだの言っておいて、それだけで許されるとでも? その姿でもあなたの言うところの愛が注がれるか、見ものだわ」

 

 それだけ言うと、姉は呆然とする博士たちのところへスキップで戻った。

 

「あー動くのって楽しいー」

 

 肉体を得てテンションがだいぶ高い。

 

「とにかく、これで本当に一段落付いたわけだ」

 博士が安堵のため息をつき、そういえば空腹だったことに気付いてアジトから人数分のぬるい発泡酒やら軽食を持ってきた。

 姉を除いた全員が疲れきっている。Mt.レディもアイマスクを取って星空の下で箱に座り、胎を眺めながら誕生を待った。周囲には姉が怪我を『身代わり』して傷の癒えたヒーローが転がっている。命に別状はないが、まだ意識は回復していないようだ。

 

 「かんぱーい」と誰かが言った。

 なんとなくみんな照れくさいやらで苦笑して、ジュースや発泡酒を飲み、シケたプライベートブランドのツマミを口に運ぶ。

 

 それが死ぬほど身に染みて美味かった。

 

 

 ―――

 

 エンディング

 

 ―――

 

 

 

 やがてトクリと胎が動く。

 岳山の隣に座った姉が胎を見据えたまま言った。

 

「あの子を助けてくれてありがとね」

「え、ああ。はい。まあヒーローなんで一応」

 告ったアイツの姉なだけあって、どうしても気まずいというか緊張してしまう。

 

「本気なの?」

「正直言うと~ですね、あの場の勢いというか。でも、もしアイツがあの場で殺されて、それっきり会えなくなるんだったら今伝えなきゃって刹那的なものではなくて」

 ただ、と発泡酒を一口飲んで続けた。

「ただ、インブローリオがめちゃくちゃ言われて、誰もおまえを愛さないなんて言われてカチンと来たってのもある、と思う。わたしの存在を無視すんなー、少なくともここに一人いるぞーって伝えたかったのかな」

 

 すみません、じぶんでもよくわからなくて。そう言って困った顔をする彼女を、姉は抱きしめた。

 

「あの子の為に怒ってくれたのなら、任せられるわ」

 そのまま互いの顔を見ずに、言葉を交わす。

「でもわたし、ヒーローなんで。インブローリオのやった事がどう裁かれるかは司法の判断ですけど、警察に引き渡しますよ」

「わたしを相手にすることになっても?」

「はい」

 

「オーバークリティカルを倒したわたしでも?」

「ヒーローなんで、プロの」

 

 出来る事なら何も見なかった事にしてしまいたかった。アイツを見逃してやりたい。深い事情も同情の余地もある。

 しかしそこだけは岳山に曲げられる事ではなかった。ヒーロー故にインブローリオを守るという約束を果たしたのだ。ここで矜持を失うわけにはいかない。たとえ愛する人であっても、特別扱いにして見逃す事など出来ない。プロとしての誇りがあるからだ。

 自らの手で連行しなくてはならない所を想像して、胸が苦しくなる。

 

「それを聞いて安心したわ。守ってあげてね、あの子の事」

「ありがとう、ございます」

 

 そんな二人の様子をちらちらと盗み見ながら、博士たちはひそひそ話をしていた。

 

「ラブラバさんは何か知ってる? ()ってどういうことなんだ?」

「え~いや初知りだわ。というかMt.レディとそんな仲良くなる時間ってあったのかしら? ジェントルはどう?」

「わたしはそんなに彼女と話す機会は無かったからな」

 

「マジ? ジェントルさん結構くだけた感じで喋ってたから聞いてるかと思ったけど」

「でもそういえば、徳島に旅行した時に好きな人のタイプを聞いたんだけど……言っていいのかなこれ」

「女性の秘密を聞くのはしのびないな」

 

「好みのタイプくらいなら大丈夫だと思うけど、秘密って言われてないんでしょ」

「んまあそうかな。えっと、好きになった人が敵同士とかロマンチックでいいかなーって」

 

 三人はMt.レディを見やり、再び顔を見合わせた。

 なるほど、ヴィランとヒーローってそのまんまじゃん。

 妙な納得感に頷いていると、胎に亀裂が入る。白い手が見える。博士が白衣を投げてやると胎に引きずり込まれた。

 

 ついにこの時が来てしまった。

 岳山は固唾を飲む。ばらばらと胎が崩れ落ち、インブローリオだったモノの姿が現れる。

 ええ~手ぇめっちゃ細くて白かったんだがあ? 少なくともおじさんって線は消えたっていうか、よくないだろこんな事を考えるなんて。凄い罪悪感あるわー。そりゃ多少は見た目に期待するって、しょうがいないって。どんな見た目でも覚悟は決まってるから、未来の事はわかんないけどその辺は許して。

 

 うわー意外に背低っ、脚とか細っ! 顔ちっさ! 

 っていうかめっちゃ美少年っていうか、ほんと女の子みたいにカワイイ系じゃん!? まだギャップ萌えで攻めてくるの反則でしょ~。

 恥ずかしがる仕草とか、わたしより女っぽいんじゃない? 今までクール系のイケメンが好みだったけど新しく開拓された気分だわ。アリよアリ! これはアリ!! 

 あー、お姉さんに抱きついて再会に嬉し泣きしてる~。

 

 ま結局これよ、ヒーローにとって報酬って。お金や名誉も超大事だけど、この瞬間ってヒーローだからこそ味わえる醍醐味よね。

 おぎゃ~こっち来るー。目とか小動物みたいにクリっとしてて愛くるしいー。ちょちょっと! 白衣だけだから胸元が見えるって、わーおっぱい結構あるんだね~。

 

「はれ?」

 

 岳山は目を点にしてコテンと首をかしげた。おっぱい? 

 あのさ、と彼女はもじもじと俯きながら可憐な声で言った。

 

「守ってくれて、ありがとう」

 

 わー、お声もとっても可愛らしくて女の子みたーい。女性って言われても不思議じゃないかもー。

 思考停止する岳山の肩に姉がポンと手を置く。

 

「妹をよろしくね」

 いもっ!? ……ッ!? 芋! 

 ? ……!?!? 

「ちょっと姉さん!? やめてよ、今そういうんじゃないって」

 

 あたふたするが否定もしない彼女の事よりも、岳山は肩に掛かる重圧の重さに気が気ではなかった。手から腕、顔へと順に視線を巡らせる。夜色の体表に、涼しげな口元が生えていた。

 向こうにその気は無いのだろうが、オーバークリティカルを破った相手である。

 岳山はこう答えるしかなかった。

 

「あっはい」

 

 一陣の夜風が吹いた。岳山の髪が誘うように流れる。泥と血にまみれてもなお月光の雫のようなそれを、彼女は思わず目で追う。毛先から辿っていくと岳山と目が合った。

 二人は俯き、ややあって同時に口を開く。

 

 それをかき消すように複数のプロペラ音が聞こえてきた。本庁の高速輸送ヘリに乗ったヒーローたちが第二陣として到着したようだ。先行部隊が全滅した事もあり、ビルボード級のヒーローの姿も確認できた。警察の実働支援部隊も、夜間装備で次々とロープで懸垂降下してくる。

 

 姉が博士に視線を向ける。排撃するのか、しないのか。その判断を委ねていた。

 姉の力ならば容易いだろうが、博士は頭を振った。大ごとにすればジェントルたちに迷惑がかかる。ラブラバから携帯端末を借りて、懐かしい番号にコールした。

 

「塚内、取引だ。なんとかしろ。見返りにインブローリオにした事は許してやる。おまけでパンケーキの秘密も付けてやる」

 

 それだけ言って一方的に切る。結局、あいつの思い通りに事が運ぶのが癪だった。

 ひとまずはおとなしく連行される事にして、両手を上げて膝をつく。

 移動式牢が持ち出されるのを見て、岳山はハッとした。

 

「待って! 拘束しなくても大丈夫だから!」

「……しかし」

 

 部隊員は暗視ゴーグル越しに脳無を見やる。これまでの脳無シリーズがしでかした過去を考えれば無理のない話。

 

「ここにいる人たちは個性で飛ばされて偶然ここにいるだけ。それで居合わせた脳無と戦った」

「インブローリオには罪があります。器物損壊、公務執行妨害、対ヒーロー妨害行為、不法侵入、傷害、暴行、窃盗その他諸々が。脳無から戻ったとしても、容疑の連続性は認められています」

「ならわたしが連行する」

 

 Mt.レディは彼女の手を強く握る。

 

「絶対逃がさないから、それでいいでしょ?」

 

 部隊員に通信が入る。

「了解しました。あちらのヘリにどうぞ。先行して病院へ向かいますので、治療および検査を受けてください。その後の事は対個性科の塚内警部が引き継ぐそうです。われわれは負傷したヒーローの回収を行います。お疲れさまでした」

「オッケーありがと。あと敵の脳無が転がってるから気を付けてね。個性攻撃に気を付ける必要は無いはずだけど肉体スペックは侮れないから」

 

 部隊員は敬礼すると周囲の警戒、負傷者の捜索確認に加わる。

 これで本当にすべてが終わった。人生で一番長い休日だろうと、ため息をつく。

 そして彼女の手を握りしめ直し、小さく笑って言った。

 

「それじゃ行こっか! 心配しなくていいから。ヘリ乗った事ないでしょ、夜景が綺麗だから期待していいよ」

 

 岳山の手が握り返される。初めての情感に弱く震えているが、それでも熱い血肉の掌で。

 二人はゆっくりとヘリに向かう。回転翼が吹き下ろす向かい風に負けることなく、一歩ずつ進む。

 二人は一歩ずつ、進んでゆくのだ。

 

 

 

 ―――

 

 Cパート

 

 ―――

 

 

 

 オーバークリティカルが負けた。

 ドクターにはそれが本当の事だとは信じられなかった。いったいあれにどれほどの時間を費やし、個性ガチャを回したのか。

 呆然自失とする中で、テレビからいつものニュースが流れる。

 タレント司会の意気揚々とした声が工房に響いた、

 

『いやまさかヴィランに告白するなんてヒーローとして失格ですよね。免許返納も視野に入れるべきだと思いますが、ここで自称ヒーロー専門家のリリーさんに意見を聞いてみましょう』

 胡散臭い男性が、真剣な顔で口を開く。なぜか胸元のポケットには一輪の百合の花が挿してある。

『何の問題もありませんね。たとえヒーローとヴィランの間で恋愛感情が芽生えたとしても、現実としてMt.レディはインブローリオを連行し、職務を全うしたわけですから。利害関係は無いと考えている人はわたしの周りでも多いですね』

 

『え? えーと、気を取り直して自称法律研究家のユウリさんはどうでしょう』

 胡散臭い女性が、真剣な顔で口を開く。なぜか耳には一輪の百合の花が挟まっている。

『これは法的にも問題ありません。絶対とは言いませんが、わたしの豊富な経験上、Mt.レディはシロです。また脳無にされてしまった少女も、あれは洗脳されて犯罪行為をしていた可能性が高いです。ツイッターのフォロワーもそう言ってます』

 

 タレント司会が困ったようにアナウンサーに視線を向けると、なぜか一輪の百合の花を手に持っており神妙な顔で返しが来る。

 

『一時はMt.レディとヴィランの癒着などという根も葉もないアレが流れていたようですが、関係者の調べによると事実無根との事でした。当放送局はMt.レディと元インブローリオの少女の行く末を見守りたいと思います。二人の邪魔をする組織や個人に対しては、偏向報道やロビー活動、ネガキャンなどのあらゆる手段を用いてこれを粉砕していく所存です』

『おいちょっと待て! 格式高いニュース番組が真実を伝えなくてどうする!?』

 

 はしごを外されたタレント司会が画面外で異を唱えるが、スタッフに抑え込まれた。

『黙れ、おまえは今から教育番組を見てもらう。まずはNEW GAME! からだ』

『なんだこのカワイイ女の子ばっかり出てくるアニメは! 男女比率おかしいだろ。こんなものよりわたしが司会のニュース番組を流すべきだ!』

 

『こんなアレなニュース番組を真面目に見ている視聴者はいないので問題はありません』

 アナウンサーが最後に朗らか笑みで締めくくる。

『それではこの後は大人気ドラマ、白百合の巨塔です。いがみ合っていた新人女医とお局婦長も、協力して悪徳製薬会社を叩き潰したことで認め合うようになり、見守る看護師たちもニヨニヨ。そこに挟まりて~、と現れたイケメン研修医の大地くん。果たして彼の命運は? 第315話 大ッ…………大地ッッッ(ガッ ………… ガイアッッッ)。お楽しみください』

 

 さよ~なら~、とにこやかにアナウンサーは手を振り、画面のヒキでいつものニュース番組はハッピーエンドで終わった。

 

 

 ―――

 

 スタッフロール

 

 ―――

 

 

 

 オーバークリティカルの事件からしばらく経ち、世間もだいぶ落ち着きを取り戻した。

 そんななか、ドクターは所用で久々に工房から出てハイヤーに乗る。

 

 すっかり夜も更け、人気は無かった。橙色の街灯が道路を照らす。

 そんな景色を眺めるドクターの腹はまだ煮えたぎっていた。負けるはずの無い最高傑作を潰され、その敗因も特定できていない。それにあのクソガキがこの世にのさばっている事が許せない。

 

 運転手がウィンカーを出しながら、その様子を感じ取った。

「なにか、嫌な事でもありましたか?」

「ああまったく。クソの付いた靴でプライドを踏みにじられた気分じゃ」

「蛇腔総合病院の殻木先生が怒るとなると、よっぽどの不届き者の仕業なのでしょうね」

 

 ドクターは名前を言われて多少驚きはしたものの、表では慈善事業で有名なので特に気に留めなかった。逆に口汚く罵ってしまい、反省する。イメージは大事にしたかった。

 

「恩を仇で返すようなヤツじゃからな」

 

 ハイヤーが路肩に止まる。

 

「おれはおまえに恩なんて感じた事ないけどな」

 

 ドクターはミラー越しに運転手の顔を見て顔をひきつらせた。ジャケットからアイテムを引き抜くより速く、夜色をした腕が車窓を割って頭を引っ掴む。

 

 

 

 ドクターが肌寒さに目が覚めると、見慣れない一室だった。窓からは森が見える。人里離れた廃屋といった感じだった。着ていたスーツは薄汚れており、僅かに臭う。

 

「目が覚めた?」

 

 ボロボロのソファで博士が本を読みながら言った。表紙には、個性と憲法とある。

 

「きさま……」

「そのすぐ顔を真っ赤にするのやめろよ」

「わしを、殺す気か。偉大な英知を担うこのわしを」

「……んー」

 博士は本のページをめくる。

 

「おまえのその! 本を読みながら人と会話するのはなんとかならんのか!」

「え! あ、ごめん。いや彼女は殺すって言ったんだけどさ」

 

 視線の先では少女がジッと見据えている。顔はつばの広いカンカン帽に隠れているが、脳無であることは確認できる。深いグリーンの丈が長めにとられたジャケットにかっちりとしたホワイトのシャツ、センタープレスのしっかり入ったアイボリーのスラックスとマロン色のフルブローグを履いていた。

 

「おれはもっとおまえが嫌がることをしようと思って」

「なん……じゃと」

 

 ドクターの脳裏に嫌な記憶が蘇る。仮眠を取っていたら急に工房が爆発した時の忌まわしい過去が。あれさえ無ければもう十年は早く脳無を造り出せたはず。

 どれだけの人間に頭を下げた事か。それも自分より劣るような連中に。支払った莫大な精密機器の弁償金。『パンケーキを作ることを禁ずる』などという張り紙を張らざるを得なかった羞恥。

 昨日の事のように臓腑に溢れかえる。

 

「なにをする気じゃ!?」

「もう終わったから安心しろ。傷つけるどころか、指切ってたみたいだから治しといてやった。後ろ見てわかんない?」

 

 言われて振り返り、青ざめた。滝のように脂汗が出て、血の気が引き、心臓を凍った手で鷲掴みにされた気分だ。

 博士は確かにドクターを殺してない、そのつもりもないと言った。だがこの状況では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この部屋に似つかわしくない物が置いてある。粘質な黒い液体で満たされたバスタブだ。それらには浄水器や灯油タンクから引かれた管が何本も入れられており、こぽこぽと泡が立っている。

 

「まさ……か」

「個性ガチャはやり過ぎだ、道徳的に。これじゃ将来おれの自伝を映像化できないだろ。一応聞いとくが、胎児はどっかで育てて……ないよな、その顔を見るに」

 

 ドクターは両手に視線を落とす。ほんの少し、指先の切り傷があったのだろう、小さく黒い肉で補完されている。

 

「おまえは何をしたかわかっているのか! このわしの頭脳をッ! あのお方に捧げるべき知の総体をなんだと……」

顔をしわくちゃにして泣きはらす。

「……智慧をおぉ! なんだと思っとるッ!?」

 

「パンケーキを詰めた方がマシくらいにしか」

 

「あ、悪魔めぇ……」

「根が真面目なワーカーホリックなんでね。悪の秘密結社として、悪事の一つや二つは働く。そろそろ退勤するから、あんたはまあ、そう悲観するなよ。それもおまえの英知とやらなんだろ? よかったじゃないか、自分で体現できて」

 

 ドクターは博士に付いて去り行く少女の脳無の背に恨めしく言った。

 

「脳無、わしが生んだ技術と智慧の結晶……」

 

 少女は踵を返してドクターの脚を踏み抜き、両手を握り潰す。

 そして痛みで絶叫する老体に、無垢なる矛盾と無償の愛を胎んだ言葉を告げる。到底、ドクターがどれほどの頭脳をもってしても、その背反で構成される論理を理解できるものではない。

 

 

 

「わたしを生んだのは妹だった」

 

 

 

 

xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

タイトル

私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。

 

原作

僕のヒーローアカデミア

 

出演

 

博士

Mt.レディ (岳山 優)

事務員

ジェントル・クリミナル (飛田 弾柔郎)

ラブラバ (相場 愛美)

 

シンリンカムイ (西屋 森児)

緒辰 貝

 

麦ちゃん

端田屋 区屋良レ

 

インブローリオだったモノの実父

エンデヴァー (轟 炎司)

玉川 三茶

塚内 直正

発目 明

 

ドクター (殻木 球大)

脳無 ハイエンド

脳無 オーバークリティカル

 

五・七・五 三人娘

アナウンサー

タレント司会

 

その他 登場人物

その他 モブヴィラン

 

スペシャルゲスト 香山 睡

 

脚本 hige2902

シナリオ hige2902

演出 hige2902

 

 

 

 

 

 ―――

 

 OVA

 

 ―――

 

 

 

「んで、あんたんとこにはどう説明したの?」

 

 個室居酒屋の掘りごたつテーブルで、ジョッキ片手の女性がほろ酔い加減で言った。腰まで届く長い外ハネの黒髪、大きくあいたブラウスからは、色気のある胸元が大胆に覗いている。雄英で教鞭を執るミッドナイトこと香山 睡である。いつもは挑発的な瞳が酔いでとろんとして、サシ飲み相手の岳山を見やっている。

 

「一応ちゃんと説明したわよ、事務所にあの子連れてってさー」

 

 鯛の煮付けをほくりとやって岳山はその時の状況を説明する。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 事務所の応接室は溺れそうなほどの緊張感で満ちていた。

 事務員の対面のソファには雇用主である岳山が堂々と脚を組んでおり、隣には例のあの子が慣れない事務所のせいか、これから話す内容が気恥ずかしいのか居心地悪そうにしていた。

 それで、と沈黙を破ったのは事務員の方だ。

 

「それで、あの、どういう事か説明してほしいのですが。もちろんこれは今後の事務所の経営方針を」

「わかってるわかってる」

 はいはい、と岳山は不遜に続けた。

「インブローリオって脳無いたでしょ? その脳無から人間に戻ったのがこの子。で、わたしたち付き合う事にしたから。っていうかそのくだりは中継されてたらしいんだけど、見てないの? わたしめっちゃ大変だったんだけど、それ事務員としてどーなの」

 

 事務員は危うく意識を手放しそうになったが、なんとか堪える。

 見てたに決まってるしなんなら白目剥いて泡吹いてぶっ倒れた。

 

「え、いやそれは知ってますけど……あらためて説明してくれて、ありがとうございます」

 その子にちらと視線をやる、恥ずかしそうにそっぽを向いていた。

「わたしが聞きたいのは、言いたいのはもっと別な話で。急すぎるというか」

 

「え? 聞いたでしょ、こないだ。気になる相手がいて~って」

 

 そんなん聞いてねぇー! 

 ……*1

 聞いてたわ。

 

「つーかあんた、わたしの意思を尊重するって言ったよね?」

「言って――」

 

 言ったー! けどそれは同じヒーロー事務所って思ってたから、ヒーローとヴィランの恋愛事情とは思わなかったからー! 

 事務員はショックのあまり白目を向く。

 

「確かに言いました……しかしインブローリオはヴィランとして認識されています、世論にも警察にもヒーロー協会にも。事情はあるでしょうが、少なくとも罪を償ってからでないと……本人の前で口にするのは気が重いですが」

「ま、あんたが言わなかったところで誰かが言うだろうからね。そういう現実的な判断はいつも助かってる。この子の罪について公表はまだなんだけど、実は司法取引で特赦が与えられてる。わたしも詳しい事は知らないけどパンケーキがどうとか……今は世論の肯定を得る為に下準備中なんだって」

 

 それならよかったと事務員は胸を撫でおろす。が、また別の問題が浮上した。

 

「失礼ですが年齢を聞いてもいいですか?」

 

 白目剥いたまま尋ねる事務員に引きながらその子が口を開く。

「今年でたしか、じゅう」

「あのさあ女性に年齢を聞くのってどうかと思うんだけどそれセクハラ!」

 

 一息で言って遮る岳山の言葉に、事務員は泡を吹いた。

 みみ未成年クセー! 今度は別の意味でヤバい事になってきたんだが!? 

 ええ~マジ? 岳山さんいま23だし、ぱっと見て女子高生くらいだったから小学校分くらいの年の差? 言うたらOLとJKがあれこれってひょっとして犯罪なんじゃ……

 

「あの、お住まいはどちらに」

「それはその……」

 その子は言い淀んで岳山を見上げる。

 

「あのねぇ、この子は産まれる前に母親を失くして、父親も行方不明でずーっと施設で育ってきたの。いまさら住所が無いからってまたどっかの施設に保護って可哀想でしょ? この子も被害者なのよ? 被害者、わかる?」

 

 前置きが長いぞ、衝撃に備えろ! 

 

 岳山が明後日の方向を見ながら頬をぽりぽりかく。

「まあ頼る人もいないから、一応うちで一時保護してるけど*2

 

 備えきれなかった。事務員はぶっ倒れた。

 未成年とヒーローがひとつ屋根の下ってもうアウトじゃん。

 

 岳山は席を離れ、ソファから崩れ落ちて横たわる事務員にそっと耳打ちする。

 

「あんたの想像してるような事はしてないから、大丈夫」

 

 ことごとくこっちの想像の斜め上を行っておいてそんな事言われても、大丈夫な気はしなかった。しなかったが、そういう事にしておく他ない。

 

「わかりました。プライベートな事まで説明してくれてありがとうございます。その子についても、あまり聞かれたくないことを根掘り葉掘りと尋ねてしまって、申し訳ないです」

 

「そりゃまあ、いいですけど」

 その子は事務員をのぞき込んで思った。

 なんでこの人、白目剥いて泡吹いてぶっ倒れてんのに普通に話してるの。こわー。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「っつー事があって。まあつつがなく終わった……そんな笑うとこあった?」

 

 くぴりとビールを飲み、岳山の半目の先には笑いすぎて苦しそうに呼吸する香山の姿があった。

 

「ひ、ひ。死ぬ、わらい……息が、ひぎッ」

「そんな要素ないでしょ」

 

 いやマジで、と香山は落ち着きを取り戻すと目じりの涙を拭う。

 

「マジであんたんとこの事務員が可哀想っていうか、優秀なんだろうけど、はー笑った」

 

 一息つくとタイミングよくバイト中の女学生たちが注文を持ってきた。

 

「お刺身と、鮎の天ぷら、枝豆です」

「獺祭の、ロックを二杯、ごゆっくり」

「酔い帰り、若酒待ちたり、舌鼓」

 

「どーもー。……でもさ、びっくりしなかった? 男だと思ってたんでしょ、わたしもだけど」

「そりゃねー。んでもまあ、いろいろ考えての答えだから。告った後でやっぱなしってどうよとか、脳無の姿よりマシとか、そういうヨコシマで俗っぽい事とか、もう心にそういうのが浮かんだ事に対する罪悪感とかでぐちゃぐちゃだったわ」

「その辺はしょうがないんじゃない? 俗っぽいのが人間だしね。立場が同じならわたしも同じこと考える。要は美女と野獣の、魔法の解けた姿が予想の範疇を超えてたらって事でしょ。で、どうやって決心付けたの?」

 

「やーそれがねー、これといって明確な理由は無いんだけど。うだうだ悩んでるうちに、そういえば女同士()ってどうなんだろってネットでレンタルして見たら普通にイけたから?」

 

 香山がきょとんとした顔をして、あっけらかんと笑った。

 

「なによー、そんな可笑しい?」

 むすっとして焼酎を呷る。

 

「いや、ごめんごめん。それも大事よね……しかしま、そーいう事なら」

 悪戯に笑ってテーブルの下のタイツに包まれた脚をしなやかに伸ばした。

 

「ちょっと!?」

 岳山は焦って股を手で隠す。

 

「いろいろ教えてあげるわよー、伊達に18禁ヒーローを名乗ってないからね」

 

 どこまで本気かわからない香山に短いため息をつき、刺身をつまんで鯛の旨味と醤油のしょっぱさに舌鼓を打つ。その余韻もほどほどに酒を一口やると、焼酎とは思えない甘い果実感が冷たくとろりと舌に広がった。

 個室の外からは密やかな賑わいの声が聞こえる。

 帰ればあの子がいる。

 頬杖を付き、しみじみと思う。こういう事の為にヒーローは戦っているのかもしれない。

 

「あーほんっと。平和って感じがするわー」

 

*1
七話参照

*2
博士と姉は、ほとんど帰ってこない塚内の家に転がり込んでる




脳無:インブローリオ ヴィラン連合の敵(メタ クラス)
個性:身代わり
妹の身代わりとなって引き受けた個性:触手、蔦、蛭。
オーバークリティカルの身代わりとなって引き受けた個性:オーバーパワー、オーバータフネス、超高速再生、復元、環境適応、接合、炎、飛行、トランプル、被覆、再活、変成。

AFOにより被害者に与えられた個性も、被害者の身代わりになる事で個性を引き受ける。
脳無に対してのメタが凄いぞ!
他者の怪我を身代わりし、自身は引き受けた傷を超高速再生で回復できるぞ! 伸ばした蔦なんかにも当たり判定がある。インチキ!
身代わりで奪った全ての個性を使いこなせるわけではない。今は変成の個性を練習中!
姉の人間の姿はこの世に存在しないけど、いつか思い描いた自分に変成できるといいね。

人間:Mt.レディ (岳山 優)
個性:巨大化
以前にも増してニッチなファンが増えたぞ!
みんな遠くからニヨニヨして見守っている。

人間:インブローリオだったモノ
個性:無し
いろいろあったけど、幸せだぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。