ポケットモンスター待雪草 (プシュケ)
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第1章
p.1 Melt


ーー夢を見た。滅びゆく世界を

 

*リーフィアside

 

「ん、んんぅ……」

 

一体どれだけの間寝ていたのだろう。考えるのも億劫なくらいに全身が気怠い。包帯が巻かれた手を(かざ)しながら少しずつ目を開けると、霞んだ視界には白いベッドに点滴、それとクリーム色の天井が映るーーどうやらポケモンセンターらしい

 

「あ、リーフィアさんおはようございます!ようやく目を覚まされましたか」

 

爽やかでありながらも溌剌とした声が聞こえた方向に視線を移すと水色の体にぱっちりおめめ、2本の触覚、青い背中に不思議な模様が描かれたマンタのようなポケモンーータマンタがちょうど備品を整理しているところだった。

 

「おはよう。その様子だと私は随分と長く眠っていたらしいね」

 

「ええ、1ヶ月も気を失っていられたんですよ。怪我も今でこそ治ってきていますが、当初は全身血塗れで本当にひどい傷でした。治療大変だったんですからね」

 

タマンタはぱっちりおめめを若干ジト目にしながら抗議の視線を送る。少女のジト目に勝てる男などこの世のどこにも存在しないので素直に白旗を上げた。

 

「それは悪かった。治療してくれてありがとう」

 

「いえいえ、まぁ私は手伝っただけですけどね。ネオラント師匠とグレイシアさんにもお礼言った方がいいですよ。特にグレイシアさんはリーフィアさんが倒れていたところを見つけて運んできてくれて…もう少し遅れていたら手遅れだったかもしれません。泣きながら必死に頼んでいましたけど、ーーもしかしてガールフレンドだったりするんですか?」

 

タマンタは頰を少し赤く染めてそわそわしながら答えを待つ。乙女は皆こういう話に目がないのだ。

 

「いや、期待に添えなくて悪いけど知らないよ。それどころか1ヶ月前に何があったかも思い出せないんだ」

 

目を輝かせて期待に胸を膨らませていたタマンタも二言目を聞くと同時に表情が切り替わり、真剣な色を帯びる。

 

「記憶喪失…ですか。とりあえず師匠呼んできますね」

 

 

*リーフィアside

 

数分すると少し疲れた様子のタマンタがネオラントを連れて戻ってきた。ーー吸い込まれるような深い青と淡い水色の縞模様、蝶のように美しいヒレ、半分ほど下がった瞼ーーふわりとしていてどこか掴みどころのない印象を受ける。

 

「初めまして、リーフィア君。私はこのポケモンセンターの医者をやってるネオラントよ。怪我の具合と記憶の調子はどうかしら?」

 

ネオラントはぽわぽわとした甘い声でゆったりと喋る。されど、くどすぎることはなく不思議と聞き入ってしまう、そんな声だった。

 

「怪我の方はお陰様で。記憶は生活に支障が無い程度には。ただ、何で怪我を負ったのかはさっぱり」

 

「んー…そうなると怪我だけの影響とは考えにくいわね。ちょうど時期も重なる1ヶ月前の怪現象が何か関係しているのかしら。タマンタちゃん、説明してあげて」

 

「はい、師匠!ここ、ウォンシ地方では1ヶ月前に住民達の記憶が一斉に無くなってしまうという怪現象が起きたのです。と言ってもリーフィアさんほど重症ではありません。具体的に何を忘れたのかは分からないですけど、記憶にぽっかりと穴が空いた感覚があるのです。けれど思い出せないことをずっと考えていても仕方ないですし、特別それで困ったこともないので今は皆気にせず普段通りに暮らしています」

 

タマンタが右翼を胸に当てながら得意げに説明をしてくれた。なるほど、私はその怪現象とやらに巻き込まれてこうなってしまったのだろうか。しかし怪現象自体は住民達の記憶が少しずつ無くなるという小規模のもの。関係が無いとは言い切れないものの、結びつけるにはあまりにも情報が足りない。

 

「ありがとう、タマンタ。今の話を聞く限り、その怪現象とやらに巻き込まれたことで怪我を負い、記憶を失った可能性もある訳だ」

 

「ええ、そうなるわね。今のところ怪現象による重症患者はあなただけなのだけれど、それだけの大怪我を負う事件が起こりながらも目撃者が誰一人としていないの。不自然だと思わない?グレイシアちゃんも倒れているところを偶然通りかかっただけで何も知らないと言っていたし。ーーもしかしたら私達が忘れた記憶ってその事件に関係することかもしれないわね。

 

ふふっ、冗談よ。だって記憶を失ったのはこの街の全ての住民なのに重傷者はあなた一人だけだもの。そんなに多くのポケモンが1つの事件に関わったとは考えづらいわ」

 

ネオラントが補足をしてくれる。確かに筋は通っているが…何だこの喉に貼り付くような違和感は……

 

「まぁ日常生活は問題無さそうだし、怪我もほとんど治ってるから心配はいらないわよ。記憶が無くて困惑することもあるかもしれないけど、ウォンシ地方のポケモン達は皆温かくて個性豊かだからすぐに馴染めるわ。呉々も更なる事件に巻き込まれないようにね、トラブルメーカーさん?」

 

「それは楽しみだね、早くこの街を回ってみたいよ。しかしトラブルメーカーとはまた不名誉な称号を…自身が巻き込まれてちゃ世話ないけどね」

 

「違いないわね」

 

けれどまぁ、元気で乙女なタマンタと冗談混じりのふんわりネオラントと話していたらそんな違和感なんてどうでもよくなるくらいにこれからの出会いに期待が高まるのであった。



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p.2 Snowdrop

*タマンタside

 

それにしてもリーフィアさんとグレイシアさんはどんな関係なのでしょう。肝心のリーフィアさんは記憶喪失だし、グレイシアさんもグレイシアさんで赤の他人のためにあんなに必死に頼めるとも思えない。あれは絶対に何かあります。2匹とも忘れちゃってるだけで実際本当の恋人同士だったりして…!記憶の溝に引き裂かれたカップルは運命の赤い糸までもが切れてしまったのでしょうか…愛し合う2匹はどうなっちゃうのー!

 

「お、おーいタマンター?あー…これは当分戻ってきそうにないな……何か対処法はあるのか?」

 

トリップ少女は目の前で手を左右に動かしながら呼びかけるリーフィアに全く気付く様子を見せない。文字通り自分だけの世界に(トリップ)してしまっているようだった。

 

「ほっとけばその内戻ってくるわ。それより退院するにあたって何か聞いておきたいことはあるかしら?」

 

「なら1つ目、治療費はどれくらいかな?」

 

「治療費と入院日数から…ざっと10万ポケG(ゴールド)くらいかしらね」

 

ーーリーフィアの額から冷や汗が流れる。

 

「ふふふ、冷静なあなたの焦った顔が見れたから満足よ。そもそも記憶喪失の無一文さんから治療費なんてとったりしないわ」

 

「……ありがとう、その寛大な配慮、感謝するよ。だけどさらっとタチの悪い冗談を言うのは心臓に悪いからやめてくれ。春から冬に逆戻りした心地がした」

 

「あらまぁ、そこまで言ってもらえるなんて。冗談を言った甲斐があるわね」

 

「勘弁してくれ。全く、優しいのか小悪魔なのか分かりゃしない」

 

「そうねぇ…差し詰め優しい小悪魔といったところかしら」

 

ネオラントはヒレを口元に当てながらまさしく小悪魔的に妖しく微笑んだ。

 

「ははっ、違いない」

 

 

*リーフィアside

 

約1名夢の世界に旅立っているのはさておいてネオラントとの会話は楽しかった。ーー尤も、真に受けるとすぐにペースを持っていかれるが。そういう意味では軽口程度に嗜むくらいがちょうどいいかもしれない。表情一つ変えずにごくごく自然に冗談を混ぜるのだから本当にタチが悪い。あれは間違いなく長年培ってきた熟練の技だ。研鑽の相手は変に生真面目そうなタマンタだろうか?哀れタマンタこれからも苦労するだろうが、めげずに頑張ってくれ。しかし、私を治療してくれたり、病状に配慮して治療費を免除してくれたり、根は常識的で優しかったりする。

 

「じゃあ2つ目の質問をしよう。質問というよりお願いだけど、お礼をしたいからグレイシアの家を教えてくれないか?」

 

「あら、その必要はないわよ。ケイコウオに知らせてもらってすぐそこまで来ているようだから」

 

水タイプ同士のシンパシーか、あるいは超音波か何かで連絡をとれるのだろうか。病室のドアが開く。

 

目に映るは透き通るようなスカイブルー

ーータマンタやネオラントのそれとはまた違った、時を忘れて見続けてしまうくらいに透明度が高く美しいーーそんなスカイブルーだった。猫のようにしなやかな手足に、所作1つ1つも垢抜けていることも相まってクールビューティーという言葉がよく似合う。

 

「お久し振りです、ネオラントさん、タマンタちゃ…は今トリップしてるわね。そして初めまして、リーフィアさん」

 

「久し振りね、いらっしゃい」

 

「……ん、ああ初めまして。綺麗だからつい見とれてしまっていたよ。その節は助けてくれてありがとう」

 

「どういたしまして。口説いても何も出ないわよ」

 

「いやいや、本心だよ」

 

「そういう言葉は恋人ができた時にとっておきなさい」

 

「……むむっ、いつのまにかグレイシアさんが増えてました!リーフィアさんのことは知らないと言ってましたが、あの泣き様、あの必死さ、実は恋人同士だったりしないんですか?」

 

「えっ別にそんなんじゃ…って何急に爆弾発言してくれてるのよ!」

 

「あっちょっグレイシアさんやめっ」

 

ピキピキっ

 

哀れタマンタ今のはお前が悪い。少し寂しかった病室のインテリアにタマンタの氷像が1つ増えた。

 

「はぁ、はぁ…全く、失礼しちゃうわ。デリカシーというものを知らないのかしら」

 

「あらあら。そのことなのだけれど、リーフィア君、重度の記憶喪失みたいなの。何でもいいわ。少しでもリーフィア君について分かること、この1ヶ月で思い出したことはないかしら?」

 

ネオラントは微笑ましい光景を見るような表情でタマンタの足りない言葉を補う。寧ろ余計な言葉ばかりだった気がするのはきっと気のせいだ。

 

「前にも言った通り初対面だから知らないわ。そう、重度の記憶喪失……実は私も大切なポケモンのことを思い出せないんです。このスノードロップのお守りをくれたポケモンのことなんですけど…」

 

グレイシアはそう言って胸元のペンダントを指し示す。不思議な力を感じるーー何だかグレイシアを守るような…

 

「へぇ…いいお守りだね。君がどれだけ大切に想われていたかがひしひしと伝わってくるよ」

 

「ええ、本当に。でも不自然だと思いませんか?」

 

「確かに、1ヶ月前の怪現象で失われた記憶は何を忘れたのかさえも分からないもの。対して君が失った記憶は明確だ。もしかしたらそのお守りの力が君を守ってくれたのかもしれないね」

 

「そこで相談なのだけど今回の怪現象、何か裏がある気がするの。失われた記憶と併せて調査してみませんか?」

 

「ああ、その話引き受けよう。私も違和感を感じていたし、特殊な例である私たちが解明の鍵になりそうだしね」

 

「やった!じゃあまずチーム名を決めましょう!……そうね、グレリーズとかどうかしら?」

 

「……もうちょっとマシなのはないのか。調査隊としての依頼が半分…いや、9割減りそうだ」

 

どうやら完全無欠のクールビューティーにも欠点はあるらしく、ネーミングセンスは壊滅的らしい。

 

「そこまで言わなくてもいいじゃない!そんなあなたはちゃんと考えてるの?これで変なチーム名だったら鼻で笑ってやるんだから!」

 

…まずい。グレイシアさんがお怒りのようです。草タイプの私が凍らされたらシャレにならないので、いいチーム名を考えなければ……その時ふとグレイシアのお守りが目に入る。

 

「そうだな、そのお守りに因んでチーム"スノードロップ"はどうだ?」

 

「……悔しいけど思いつかなかったわ、それにしましょう。素敵なチーム名なのに何だかフクザツ…」

 

「まぁまぁ、よかったじゃない。それじゃあチーム"スノードロップ"に初めての依頼をしようかしら。テンガン山にリーフィア君の治療に使った復活草をとってきてほしいの。リーフィア君が倒れていたのもテンガン山の麓だし、何か分かるかもしれないわ。引き受けてくれるかしら?」

 

「私は助けてくれた恩もあるし、もちろんいいよ。グレイシアは?」

 

「断る理由が無いわ。じゃあ早速行きましょうか」

 

気のせいだろうか、ネオラントの雰囲気に少し違和感を感じる。しかし、相変わらず思わせぶりな態度は雲を掴むようだ。いつものように冗談の類であればいいのだけれど…リーフィアは心に一抹の不安を覚えながら病室を後にした。

 

「師匠、何であんな依頼を?あそこにはーー」

 

「ええ、いいのよ。楽しくなりそうね」

 

氷が溶けたタマンタが問えば、ネオラントの口元は一層蠱惑的に線が結ばれた。



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p.3 因果応報【挿絵】

*グレイシアside

 

「ううっ、ずっとポケモンセンターの中にいたから分からなかったけど、外はこんなに寒かったんだな…」

 

寒さのピークは過ぎ去ったものの、今は静寂とした白銀の世界でしんしんと雪が舞い踊る冬真っ盛りなのであった。更にウォンシ地方は北に位置する地方であるため、寒さは過酷を極める。とは言っても氷タイプの私にとっては心地いい季節であって

 

「冬は嫌い?静かで神秘的で、私は好きよ」

 

「氷タイプに草タイプの気持ちは一生分かるまい」

 

リーフィアはカタカタと震えながら恨めしげな視線を送る。

 

「あら、そんな言い方していいの?血塗れの破れた上着が使い物にならなくなっていたから、新しい上着を縫っておいたのだけど」

 

そう、私は裁縫もできて頼れるクールビューティーなお姉さんなの!ネーミングやデリカシーのないタマンタちゃんにあたふたしてたのは事故よ、忘れなさい。思い出したら少し恥ずかしくなってきた…まぁリーフィアとは出会ったばかりだし、印象はいくらでも挽回できるはず。"できるお姉さん・名誉挽回大作戦"すたーと!

 

「そういうのはもっと早く言ってくれ。ネオラントといい君といいもったいぶって楽しんでるのか?趣味が悪」

 

「あら、そんな言い方してていいの?」

 

もふもふの手編みセーターとマフラーを人質に今年一番のステキな笑顔を作る。

 

「悪かった悪かった。グレイシア様、どうかその暖かそうなセーターとマフラーを凍え死にそうな哀れなリーフィアめに恵んでくださいませ」

 

「よろしい」

 

リーフィアは恭しく片膝をついて頭を垂れ、グレイシアは満足げにセーターとマフラーを渡す。

 

「ありがとう、生き返ったよ。それにしても裁縫上手いなんて意外と器用なんだな」

 

「ふふん、もっと褒めてくれてもいいのよ?」

 

第一作戦だいせいこー!

 

 

*リーフィアside

 

グレイシアが得意げに胸を張る。このグレイシアちょろいな。しかし、裁縫自体はとても丁寧に仕上げられていて女子力の高さが見てとれる。クールビューティーに見えて実は影で努力してたりするのだろうか。それはさておき

 

「…どうしてグレイシアまでお揃いのセーターとマフラーを着るんだ…?」

 

「生地が余ったから2着ずつ作っておいたのよ。別に私は寒くないけど、私だけが着てないってのもあれでしょ?こういうのは雰囲気が大事なのよ!」

 

てっきりリーフィアとお揃いのファッションは嫌!とか言うようなタイプだと思っていたが案外無頓着らしい。なら気にすることもないかと今回の依頼に思考をシフトする。

 

「ところで今回目指すテンガン山ってどんなところなんだ?」

 

「西に雲をも穿つ大きな山が見えるでしょう?あれがテンガン山。この世界で一番高い山なのよ。ウォンシ地方自体が寒い地域な上に標高も高いから、そこに住んでるポケモンじゃない限り登ろうなんて物好きなポケモンはまずいないわね」

 

「へぇ…私たちはそんなところに登ろうとしてるのか?」

 

「まさか、麓で復活草とってくるだけだし大丈夫よ」

 

「そうだよな、病み上がりのポケモンを酷使するブラック依頼じゃなくて安心したよ」

 

「そうね、サクっと終わらせちゃいましょう」

 

*ネオラントside

 

「久し振りに面白い子達を見つけたわ。…でもあなたは戦っちゃダメよ?あなたが戦うと辺り一帯更地になっちゃうんだから」

 

「ムクバード達を倒すほどに強かったら戦」

 

「だーめ。だめったらだめよ」

 

「まぁいい、お前が面白いと言うなら間違いはないのだろう。どんな戦い方をするか、楽しみに待つとしよう」

 

 

*リーフィアside

 

リーフィアは先導してくれるグレイシアに続いて"ぼす、ぼす"と雪道に足跡をつけながら歩いていく。防寒具を身につけてもなおも厳しい寒さと、出歩くポケモンなどリーフィアとグレイシアの2匹以外にいない静寂の世界を紛らわすために会話を続ける。

 

「なぁ、タマンタも言ってたけど何で私を助ける時にそんなに必死だったんだ?」

 

「っ…その話はもういいでしょ!」

 

「おっと危ない。普通知らないポケモンのため泣いたりしないだろ?何かあったのかなって」

 

グレイシアは頰を赤く染めれいとうビームを放つが、タマンタの前例(犠牲)を見てるリーフィアは難なく避ける。

 

「そりゃあ血塗れのポケモンがいたら焦りもするでしょう?泣いてたのは…あなたのためじゃなくてこのお守りのポケモンを忘れてしまったからよ。急にぽっかりと消えて涙が止まらなくなったの」

 

「そうか…そんなに辛い状況だったのに私を助けてくれるなんてグレイシアは優しいね。お礼にその大事な記憶、命を賭けて取り戻すと誓うよ」

 

「ふぇっ?簡単に命を賭けるとか言っちゃダメよ。昨日も言ったけどそういうのは大切なポケモンに」

 

「命の恩人は充分に大切なポケモンだよ。君に救われた命を以て、君への恩返しとしよう」

 

【挿絵表示】

 

 

*グレイシアside

 

何であんな告白めいたことをぽんぽん言えるのかしら。しかも自覚は無いときた、更にタチが悪いわ。今私顔赤くなったりしてないかな。違うのっ、これは寒いからで

 

「大丈夫か?顔赤いぞ。グフっ」

 

この無自覚女誑しを殴った私は悪くないはずだ。お腹を抑えて蹲る哀れな肢体が出来上がったが、当然の報いなのである。

 

「話は終わりましたか?お揃いのファッションに夫婦喧嘩とは見せつけてくれますね。年齢=伴侶がいない歴の私への当てつけですか?甘ったるくて虫歯になりそうです。まぁそれは百歩譲って見逃すとしてムクの縄張りに一体何のようだ!」

 

「えっ私たちは依頼で復活草を取りに来ただけで…っていつから聞いてたの?それに夫婦ってそそそそそんな訳ないでしょ!?」

 

リーフィアとの会話に気を取られていたらいつのまにかムックルとムクバードの群れに囲まれていた。っていうか夫婦って何よ!クールビューティーなお姉さんをからかってるの?まぁでもさっきのリーフィアは少しかっこよかったし……ブンブンブンいや私は何を考えてるの。リーフィアとはまだ出会って間もないし、私にはお守りをくれた大切なポケモンが…

 

「復活草は現在ポケモンセンターとしか取引していない貴重な薬草だ。我ら以外に採取することは禁止されている。尚更無事に帰す訳にはいかない!」

 

ふぅ…クールビューティーともあろう私が取り乱してしまったわ。幸いリーフィアは気絶してるから聞かれていないはず…!ムクバード達は相当怒っているわね。ここはネオラントの依頼で来たことを伝えて穏便に解決しなきゃ!

 

「私たちはそのネオラ…」

 

「問答無用!リアじゅ…復活草を盗もうとする無法者は成敗するのみ!」

 

「…聞いちゃいないわね。そっちがその気なら力尽くで奪い取るだけ!行くわよ、リーフィア!」

 

あれ…リーフィア?

 

…そうだった、私が気絶させたんだった…あはは。ってことはこの群れ私一人で相手にしないといけないのかなぁ……お家帰りたい。




しーくさん(Twitter→https://mobile.twitter.com/takumasiku )から挿絵をいただきました。

グレイシア「素敵な挿絵ね」

ええ、本当に筆者にはもったいないくらい。改めてありがとうございます!ただ…

グレイシア「ただ…?まさかこんな素敵な絵に不満が?」

いやね、通話で実際に描いてる所を見せてもらったのにもかかわらず気付けなかったんだ。

リーフィア「確かに致命的なミスが1つあるね」

グレイシア「非の打ち所は無さそうに見えるけど…もったいぶらずに教えなさいよ」

リーフィア「じゃあ作中の季節は?」

グレイシア「あっ…」

タマンタ「きっとこれはグレイシアさんから見たリーフィアさんなんですよ!リーフィアさんがかっこよかったから恋は盲目ってやつで…バタリ」

グレイシア「あー!あー!何か言ったかしら!?リーフィア、聞こえなかったわよね?あー、すごく気になるけどタマンタちゃん倒れちゃったから聞き直せないわね。残念で仕方ないわ」

リーフィア「私はこれをくらったのか…次回生きてるかな」


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p.4 雪の女王

原作と違って覚える技とその数に制限はありません。


*ムックルside

 

「聞いちゃいないわね。そっちがその気なら力尽くで奪い取るだけ!行くわよ、リーフィア!」

 

…………どう見ても気絶してるよな。あれは痛そうなんてレベルじゃない、哀れなリーフィアに合掌。あっ気絶させてたことに気付いて落ち込んでる。このグレイシア一見クールに見えるけど恥ずかしがったり落ち込んだり忙しいな。

我らが副隊長も副隊長で体裁は何とか保っているが、その嫉妬の炎は抑えきれていない。副隊長に惚気はあれだけタブーだと。副隊長の本気モードを相手にしなきゃいけないグレイシアにも合掌。

 

「敵地で自ら相方を気絶させるとは随分と間抜けですね。しかしこちらも1匹バトルする手間が省けて好都合、あなた1匹くらいこの私だけで充分です。散々見せつけてくれたお礼に1撃で片付けてあげましょう!」

 

"ブレイブバード"

 

ムクバードは遥か上空から重力を味方に加速し、やがて風をも置き去りにする弾丸となる。あれに直撃したら例え防御の固いトリデプスであってもただでは済まない。今回は我々黒鷹隊が出るまでもないだろう。

 

"霰・雪隠れ"

 

「あら、そんな直線的な大技、わざわざ当たってあげると思って?飛行タイプ風情が冬の氷タイプに挑んだこと、後悔させてあげるわ」

 

吹雪が強くなり、グレイシアが見えなくなる。

 

我らは冬に備えて体毛が厚くなってるとはいえ、霰はじわじわと体力と削りとっていく。これはたかが1匹と侮らない方がいいかもしれない。そこにさっきまでのあたふた少女はいない、白銀の世界に霰を統べる雪の女王が君臨した。

 

 

*ムクバードside

 

霰に雪隠れ…思った以上に厄介な相手だ。元々飛行タイプは氷タイプを苦手としている上、視界が悪く、長期戦になればこちらが消耗していくばかり。さっきは私だけで充分だと啖呵を切ったが、この際四の五の言ってられない。何より我ら黒鷹隊の真価は連携にある。

 

「黒鷹隊、作戦変更だ。ムク五郎は隊長を呼びに行け!残りのムックル達は隊長が来るまで私と持ちこたえろ!」

 

「「「「「ラジャー!」」」」」

 

「まずはこの視界をどうにかしないとな」

 

"霧払い"

 

刹那、吹雪に対抗するように強風が巻き起こり視界が晴れる。尤も、霰までは防ぎきれないが無いよりはましだろう。

 

「へぇ…やるじゃない。でもあなたはそれに手一杯のようね。ムックル達だけで私を倒せるのかしら?」

 

「あまりムックル達をナメない方がいい。確かに1匹1匹の力はそんなに強くないが黒鷹隊のムックルはその辺のムックルとは一味も二味も違う」

 

「ムックルはどこまでいこうとムックルよ。すぐに撃ち落としてあげるわ!」

 

"氷の礫"

 

拳大の尖った氷がグレイシアの周りを×の字に渦巻き、物量に任せた弾幕を放つ。しかしムックル達にそれらが当たることはない。決して氷の礫が遅い訳ではないのだ。それらを上回るスピードで空の軍隊は隙間を掻い潜り、あるムックルは追い風でサポートし、あるムックルは追い風に乗って翼を打ち付け、あるムックルはよろけた所に追い討ちをかける。先程とは打って変わって攻守が入れ替わりグレイシアの体力がどんどん削れていく。相性の差はあれど当たらなければ意味はないし、素早い鳥ポケモンに対して1対多数だ。四方どこから来るかも分からない攻撃と統率のとれた連携は充分すぎるほどに脅威であった。

 

ーーグレイシア、万事休すか?

 

答えは否だ。

 

「ちょこまかとうざったいわね。ところで、私が何も考えずに礫を撃ち続けてると思う?」

 

「それはどういう意味だ!現に素早い我らに一発も当てれていないじゃないか」

 

「下ばかり気にしすぎて知らないかもしれないけど

 

 

雨って空から降るのよ?」

 

 

直後ムックル達の背中へ氷の雨が降り注ぎ、グルグルと目を回し墜落していった。

 

ムクバードも例外ではない。寧ろ霰による吹雪を抑えるためにずっと霧払いで強風を起こし続けていたのだ。体力の消耗は霰だけのムックル達よりもずっと大きい。

 

「全く、手こずらせてくれたわ。私はそんなにバトル好きじゃないのに…これだから戦闘狂(バトルジャンキー)は嫌なのよ。リーフィア、起きなさい!あなたがサボってるせいで私1匹でこの群れ倒す羽目になったじゃないの!今度バトルになったらあなた1匹で戦わせてやるんだから!」

 

「分かった、分かったから病み上がりで寝起きの私の胸ぐらを掴んでブンブンしないでくれ。元はと言えば君に気絶させられたんだけどな」

 

「知りません!何と言おうとレディに1匹で戦わせる男は悪です!」

 

「あの右ストレートがあれば誰でも瞬殺できると思」

 

「またくらいたいのかしら?」

 

「滅相もございません」

 

「まぁいいわ。久し振りにバトルして疲れたし、早く復活草を摘んで帰りま…きゃっ!?いきなり何するのよ!」

 

「説明は後だ!」

 

リーフィアは焦った様子でグレイシアを突き飛ばす。その視線の先には

 

「よくも部下のムックル達を…こんな時に隊長は一体何をやっているんだ!隊長がいない今、復活草を、部下達を守るのは、私しかいない!!」

 

"敵討ち"

 

ボロボロになりながらもムクバードは副隊長としての誇りを以て立ち上がる。倒された部下への思いをも力に変えて長のオーラを纏った流星がリーフィアへと突っ込んだ。



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p.5 フラッシュバック

*リーフィアside

 

「リーフィア!」

 

グレイシアの悲痛な叫びが響く。

 

なるほど、守るものがあるポケモンは強いな。

 

だが、それは私も同じだ。

 

大切なポケモンの記憶を失い悲しみに明け暮れてなお、瀕死の私を救ってくれる心優しい少女がいる。

 

一見クールビューティーに見えるけど実は感情豊かで、努力家で、恥ずかしがり屋で、ちょっぴり見栄っ張りな放っておけない少女がいる。

 

本来失っていた命だ。幸い、今の私は記憶喪失でこれ以上失うものは何もない。

 

記憶を取り戻す約束は果たせそうにないが、せめて全身全霊命を賭けて守ろう。それだけの価値が、魅力が、この少女にはある!

 

"ソーラーブレード"

 

 

*グレイシアside

 

リーフィアが遠くなっていく。

 

突き飛ばされただけの距離なのに、月のように遠くにある感じがした。手を伸ばせば届きそうなほど近くに見えるのに決してその手が届くことはない。

 

ああ、私はまた失ってしまうのだろうか。

 

短い間だったけど、このペンダントをいいお守りだと言ってくれた。今は忘れてしまった大切なポケモンだけど、そこに込められた想いを見抜いてくれて私は誇らしかった。助けてくれたお礼に命を賭けてその記憶を取り戻すと誓ってくれた。今日初めて出会った私なんかのために本当に命を賭けるなんてとんだお人好しだ。

 

ああ、私はそんなポケモンをまた失ってしまうのだろうか。

 

嫌だ、もうこれ以上失いたくない。

 

命なんて賭けなくてもいいから!

 

お願い逃げて。あんなの病み上がりのリーフィアじゃ止められっこない。

 

「誰かっ!誰でもいいから2匹を止めて!!」

 

分かってる。冬のテンガン山に助けてくれるポケモンなんているはずがない。

 

恐怖で足が竦んで立つことすら叶わない。

 

ああ、私はなんて無力なんだろう。

 

涙で視界が歪んでいく。

 

私は結末を見届けるのが怖くて目を閉じた。

 

 

*グレイシアside

 

突如として私の体を突風が襲う。

 

ーーしかし聞こえてきたのは衝突の音ではなく、ただただ突風の音だけ

 

何が起こっているんだろう。

 

恐る恐る目を薄っすらと開けてみる。

 

するとリーフィアやムクバード、ムックル達がそこにあったはずの木々や雪と共に巻き上げられていた。

 

ーーえ?

 

頭が真っ白になる。

 

正常な思考が戻った時には既に遅く、私は巨大な竜巻に呑み込まれた。

 

 

*グレイシアside

 

「ーーん……タマンタちゃん」

 

「おはようございます。いえ、今の時間帯ならこんばんはでしょうか。それにしても派手にやってくれましたねぇ」

 

タマンタに苦労の色が浮かぶ。私は何でポケモンセンターで寝てるんだろう。

 

………………はっ!

 

「リーフィアは!リーフィアは大丈夫なの!?あの後どうなったの!?」

 

「私も詳しくは知らないんですけどね、全員命に別状はないですよ。詳しいことは皆さん起きられたら師匠と隊長が説明してくれるらしいです」

 

病室を見渡すと健やかに眠っているリーフィア達と奥にネオラントに叱られているムクホークが見えた。

 

「もう!あなたは加減というものを知らないのかしら!」

 

「すまない、つい咄嗟だったもので…」

 

「"つい"でグレイシアちゃんやムックル達も巻き込んでたら世話ないわよ!」

 

「すまない…」

 

普段は威厳がありそうなムクホークがネオラントに対してしおしおと縮こまっている。

 

どういう状況?

 

 

*リーフィアside

 

今日二度目のポケモンセンターの天井を迎えて目を覚ますとグレイシアにネオラント、タマンタ、ムクホーク、ムクバード、ムックル達が集結していた。尤も、ムックル達はあれだけのことがあって疲れたのか幸せそうに寝ているが。

 

「あっリーフィアさんが目を覚まされましたよ!」

 

タマンタが起きた私に気付くとグレイシアが瞳を潤ませながら真っ先に駆け寄ってくる。

 

「おはよう、グレイシア」

 

パチンっ!

 

病室が静まり返り平手打ちの音が響く。

 

何で私は起きてすぐに平手打ちされているのだろうか。

 

「あの、私怪我人なんだけど…」

 

パチンっ!

 

「何であなたは今日初めて会った私なんかのために、あんな簡単に命を賭けるのよ!」

 

「だって救われたお礼に命を賭けると言ったろう?今の私は記憶喪失だから何も失うことを恐れずに守れ」

 

パチンっ!

 

「お人好しにも程があるわ!…またそんなお人好しなポケモンを失っちゃうじゃないかってすごく怖かったんだから!私はこれ以上大切なものを失いたくないのよ!!ねぇ、約束して。これからあんな簡単に命を投げ捨てるような真似、絶対しないで。私をまた1人にしないで」

 

グレイシアは嗚咽を漏らしながら、リーフィアへと(こいねが)う。

 

「参ったなぁ…泣かれちゃ降参だよ」

 

「女の子をこんなに泣かせるなんて何やったんですか!」

 

「タマンタ、話聞いてた?お前昔から雰囲気ぶち壊すの得意だよな。惚気がタブーの私でも黙っていたというのに」

 

「「惚けてないわ(よ)!!」」

 

 

*ムクホークside

 

「どうやら積もる話も一段落したようだし、事の全容を儂から説明しよう」

 

「隊長いなかったのに知ってるんですか?ムク五郎に呼ばせに行ったのに全然戻ってこなくて」

 

「あぁ、それなら初めから見ていたよ。ネオラントと一緒にな」

 

「「「「えぇ〜〜〜〜!!??」」」」

 

「隊長、強盗を黙って見逃して部下を見殺しにするのが隊長のやることなんですか…見損ないました」

 

ムクバードから絶対零度の視線が送られる。

 

「待て待て、そもそも彼らは強盗じゃない。ネオラントから復活草採取の依頼を出された調査隊だ」

 

「復活草は私たち以外採取禁止のはずです。虚偽の発言では?」

 

「いいえ、本当よ」

 

「そうそう、師匠。何であんな依頼出したのかそろそろ教えてくださいよ。その依頼のせいでこんな大惨事が起きてしまった訳ですし」

 

「いいわよ。別に今回の依頼は復活草を取ってきてもらうことが目的じゃないの。真の目的は調査隊を結成するにあたって充分な実力があるか確かめること、要するにネオンギルドへの編入試験よ」

 

「えっ、師匠いつも編入試験なんてやってませんよね?」

 

「ちょっとした気紛れかしらね、ふふ」

 

4匹ががっくりと項垂れる。

 

「…まぁ事情は分かりましたが、隊長は何で黙っていたんですか。ギルドの編入試験と分かっていたなら私たちも他にやりようがあったというのに」

 

「最近平和すぎるだろう?黒鷹隊にとってもいい実践(気付け薬)になると思ってな。あの敵討ちは見事だった、成長したな」

 

「そっ、そうですか?あの時は私も必死で」

 

ムクバードがくすぐったそうに照れる。

 

尤も、あのまま衝突していたらどちらも危なかっただろうがな。病み上がりの体で咄嗟にあれほどのソーラーブレードを出せるとは…ネオラントが面白いと言うだけはある。それにあのお守り、神聖な力と共に…なるほど、ネオラントはあれから見抜いた訳か。儂もいつか万全なリーフィアと戦ってみたいのう。

 

「ダメよ」

 

「戦いたいなんて一言も言ってないだろう?」

 

「顔に出てるわよ。それに竜巻で諸々吹っ飛ばしたのもう忘れたの?あなたが加減を知らないせいでムクの縄張りと復活草がめちゃくちゃに、治療の手間も増えたんだから!」

 

「本当にすまなかった…」

 

後にムクバードはこんなに情けない隊長を見たのは後にも先にも初めてだと語る。

 

 

*リーフィアside

 

ムクホーク隊長苦労してそうだなぁ…ネオラントさんと仲が良さそうに見えるから昔から尻に敷かれているのだろう。それはともかく、ムックル達が倒されて威力の上がった敵討ちと万全の状態ではないとはいえ私の最高クラスの技、ソーラーブレードを軽々と最小限の被害で留めるあの竜巻からして実力は相当のものらしい。最小限の定義に関してはこの際触れないでおこう。

 

それにしてもネオラントさんがまさかギルド長だったとは。確かに考えてみればポケモンセンターは治療の場所であると同時に一番情報が集まりやすい場所。集まった情報を総括するギルドの役割を果たしていても何ら不思議はない。実力は推測するにムクホークと同等ぐらいだろうか、底の知れないお方だ。

 

「ところで1ヶ月前に怪現象が起きた時、私はテンガン山の麓で倒れていたらしいのだけど何か気になることはありましたか?」

 

「うーむ、何かしら記憶が消えたこと以外特には。あぁ、そういえば何故かは知らないがムクの縄張りが少し荒れていたな」

 

「隊長が寝ぼけて竜巻でも起こしたんじゃないですか?」

 

「いや、いくら儂でもそんなことはせん。それに怪我人やこれといった被害も出てなかっただろう」

 

「それもそうですね。手荒な歓迎をした上に力になれず申し訳ないです」

 

やはりこの怪現象何か裏がある。これだけ不自然な点が揃えば誰かが裏で糸を引いてるのは確実だろう。有力な情報こそ得られなかったものの、各地の情報が集まるネオンギルドに加え、恐らくは怪現象の中心地であろう場所の近くに群れを持つ黒鷹隊と繋がりを持てたのは初めての調査にしてはこれ以上ない結果だった。

 

 

*リーフィアside

 

「それでは、チーム"スノードロップ"の試験合格を祝して、かんぱーい!」

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

「あの、病室で宴会していいんですか」

 

「細かいことは気にしなくていいのよ!ウォンシ地方ではこうやって事件を解決した後には宴会で禍根を流して友好を深めるのが習わしなの」

 

「そう、これは儂とネオラントからの依頼の報酬といったところだ。存分に楽しんでほしい」

 

「とか言いながら料理するのは結局私たちなんですよね…ムクちゃん危ない危ない!料理苦手だったら師匠達と待っててもいいんですよ」

 

「ムクちゃん言うな!私にだってこれくらい出来る!」

 

「ムクちゃんよく見てて。切るものを押さえる手はこう、包丁は振りかぶって真下に落とすんじゃなくてこうやって力を抜いてスライドするように切るのよ」

 

「だからムクちゃん言うなぁ!」

 

「へぇ、グレイシアさん意外と料理上手なんですね!グレイシアさんの料理食べるのが楽しみです!」

 

「ふふん、クールビューティーなお姉さんですからこれくらいは出来て当然なのですっ!」

 

「そういえばさっき、いい雰囲気でしたね。助けてくれた時のリーフィアさんかっこよかったですか?」

 

「タタタタマンタちゃん何を」

 

「お前…さてはさっきわざとあんなことを言ったな」

 

「少しは元気出るかなと思いまして。でも、愛するポケモンのために命を賭けるなんてステキじゃないですかぁ。そこが気になったのは本当ですよ」

 

「全く、羨ま…けしからん」

 

「副隊長素直じゃないですよねー!!」

 

「素直に羨ましいって言えばいいのにー!!」

 

「よしお前ら覚悟は出来てるよな?」

 

"必殺のムクシュート"

 

ステキな笑顔を貼り付けた副隊長の蹴りがムックルに炸裂し、もう1匹のムックルへと華麗な必殺シュートが放たれた。

 

「「むきゅ〜」」

 

哀れムックル達、副隊長をからかうのが悪い。

 

グレイシアがボッと湯気を上げ、タマンタが光悦トリップし、ムクバードが愚かな部下達に制裁を与える。いつになったら料理を食べられるのだろうか。

 

「あらあら、賑やかでいいわね」

 

「全くだ。ここまで仲良くしてくれて儂は嬉しいよ」

 

……あれが仲良くねぇ…ウォンシ地方のポケモンは皆逞しすぎる。けれどこういうのも悪くない。



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第2章
p.6 食べる幸せ


*リーフィアside

 

宴会から一夜明けて目を覚ますとキッチンから"トントントン"と何かを切る小気味いい音が聞こえてくる。身支度を整えてキッチンへ顔を出してみるとタマンタが11匹分の朝食を作っていた。

 

「おはよう、随分と早起きだね。朝早くからそんなに作るなんて大変じゃないか?」

 

「おはようございます。慣れてますし、こう見えても料理は好きなんですよ。昨日の宴会ではグレイシアさんが手伝ってくれましたし、私とはまた違った味で美味しかったですね〜!」

 

「ははっ、グレイシアは見栄っ張りで子供っぽいところあるのに女子力は意外と見た目通り高いよな。いや、見栄っ張りだからこそか」

 

「それ、グレイシアさんの前では黙っておいた方がいいですよ。間違いなく凍らされます」

 

「右ストレートで思い知らされたよ」

 

「あぁ…お腹の打撲痕はムクちゃん達との戦闘でついた訳じゃなかったんですね…」

 

「まぁね。でもその割にはタマンタはグレイシアをからかってないか?」

 

「あの初心(うぶ)な反応可愛いじゃないですか。だから反撃されないギリギリを狙ってからかうんです。師匠にはぐらかされる毎日の癒しであり、瀬戸際を攻めるスリルがたまらないです!」

 

「前半は共感するけど後半は…特殊な感性をお持ちのようで」

 

「リーフィアさんも(じき)に分かりますよ。その方面の素質をビンビン感じます!」

 

「うわぁ、分かりたくないなぁ」

 

「初日から右ストレートくらう時点で避けられない運命です。っと、朝ご飯出来たので配膳手伝ってくれると助かります」

 

「前半は聞かなかったことにして手伝うよ」

 

 

*リーフィアside

 

ここ2日間タマンタと接して感じたのは持ち前の女子力も相まって面倒見がいいこと、そして天然爆弾少女に見せかけて意外と洞察力が鋭いということ。恐らく半分くらいはわざと演じてるのではないだろうか。ネオラントさんの弟子というのも分かる気がする。

 

さて、11匹分の朝食も運び終えてグレイシアとムクちゃん達を起こさないといけない訳だが…

 

「起きなさーいカンカンカン朝ですよ〜カンカンカンカン」

 

タマンタがおたまでフライパンを連打する。もう少し優しい起こし方はなかったのか。ほら見ろ皆耳を抑えながら渋い顔してる。

 

「皆さん起きましたね、おはようございます!朝ご飯作ってあるので顔洗ってきてください」

 

鬼か。起こされる前に起きてよかった。

 

「ふぁ〜ぁ…申し訳ないけど昨日美味しくてつい食べすぎちゃったから私はいいわ」

 

「ダメです。食べないと健康にも悪いですし、元気出ないですよ。朝ご飯は素敵な一日を送るための大事なスイッチなんですから!」

 

ムクホークを叱るネオラントの姿が重なる。ネオラントさん、弟子は順調に育ってますよ。

 

 

*リーフィアside

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

何はともあれ11匹で食卓を囲む。朝ご飯のメニューは大根と豆腐の味噌汁と小松菜のお浸しであった。

 

11匹分だからと疎かにすることはなく、丁寧に出汁をとりアクが取り除かれた味噌汁は一切の雑味が無く、ポカポカとエネルギーが体を駆け巡っていくようだ。

 

期待を胸に食卓を彩る小松菜のお浸しに箸を伸ばす。

 

甘い。

 

シャキシャキと瑞々しく野菜本来の甘みが否応なしに頬を緩ませる。小松菜だけでこれほどまでの甘さを出せるものなのか。

 

答えは旬にある。大根も小松菜も今が旬の冬野菜であり、それらは厳しい寒さから自分の身を守るために自身の水分を減らし、糖分を増やすことで凍りにくくする。だからこんなにも自然の甘みを出せるのだ。

 

加えて旬の野菜は栄養価が高い。クオリティが高い上に栄養バランスもしっかりと考えられていて、凍える冬に体の芯から温まる汁物まで。

 

一見質素に見える朝食だが細部に込められた気配りは数知れず。それを朝から11匹分作ってしまうのだから手際もプロレベルである。本当に料理が好きでない者ならこうはできない。

 

「「「「美味しい…!」」」」

 

「うん、心のこもった気遣いに溢れたこれ以上ない朝ご飯だね」

 

「私も食べてよかったわ。体の芯からポカポカしてホッとする」

 

食卓に笑顔の花が咲く。

 

「やぁですよ〜皆さんお世辞が上手ですね。寧ろこんな質素な朝食で申し訳ないくらいです」

 

「お世辞じゃないよ。シンプルな料理だからこそ細やかな仕事で違いが出てくる。タマンタは将来いいお嫁さんになりそうだね」

 

「……リーフィアさんは口が軽すぎると思います」

 

その内の1つは赤い花だったそうだ。

 

 

*リーフィアside

 

「それでは黒鷹隊の皆さんお気をつけて〜」

 

「じゃあまた、と言ってもネオンギルドとはいつも会ってるけどな。チーム"スノードロップ"の2匹もネオンギルドに編入したのでまた会うかもしれないですね。無礼のお詫びに力になれることがあったらいつでもお呼びください」

 

「黒鷹隊が力になってくれるなんて心強いね。その時は頼むよ」

 

「あっ最後にムクちゃんの羽毛モフらせてください」

 

「ダメだ」

 

「減るものじゃないし、いいじゃないですか〜宝の持ち腐れですよ」

 

「むず痒いから私はモフられるのは嫌いだ、じゃあな」

 

「ムクちゃんはケチくさいですね〜」

 

外は寒いのでポケモンセンターの中から黒鷹隊を見送る。

 

「さて、私たちはどうしようか」

 

「調査には危険が付き纏うことは分かったと思うから、全快するまでは挨拶も兼ねて街の皆に聞き込みをしてくるのはどうかしら?」

 

「危険な依頼を出したのはどこの誰でしたっけ?」

 

「さぁ、私が出したのは採取依頼だから知らないわ」

 

このギルド長しらばっくれやがったぞ。

 

「まぁ確かにリーフィアも街の皆と知り合ういい機会かもね!それなら私お菓子作っていこうかしら」

 

グレイシアはあまり気にしていないらしい。こういうことに関しては切り替えが早く、一つの美点と言えるかもしれない。

 

「それもそうだね、じゃあ私たちもこれで」

 

「ええ、依頼や情報が欲しい時、大した用事がなくてもお喋りしたい時はいつでも来てちょうだい。歓迎するわ」

 

 

*リーフィアside

 

ということで朝早くから押し掛けてもあれなので午前中はグレイシアの家でお菓子作りを見学することになった。料理自体は苦手という訳でもないが、タマンタはレベルが高すぎて、お菓子は専門外なので手伝えることがない。

 

どうやらチーゴの実のタルトを作っているようでこちらも手際がいい。タマンタの得意料理は和食だったのに対してグレイシアの得意料理は洋食、その中でも特にお菓子のようだ。グレイシア曰く甘いお菓子は幸せになれるとのこと。

 

ところで、お菓子作りはお菓子の可愛い見た目に反してボールで材料をかき混ぜるなど力仕事が多い。そこで「手伝おうか?」と声をかけたがコツがあるからいいと言われた。なるほど、あの右ストレートはこうして鍛えられてるのか。

 

しかしグレイシアは疲れた表情一つ浮かべずに笑顔で鼻歌を口ずさみながらまるで芸術作品のようなタルトを作り上げていく。料理を目一杯楽しんでいる姿とタルトがデコレーションされていく様は味への期待感を高めると共にこっちまで楽しい気持ちになってくる。

 

「できた〜!さぁ早速味見をしましょ!」

 

「配る用なのに味見していいのか…?」

 

「味の分からないものは渡せないでしょ?少し味見するだけだからいいのよ!」

 

と言いつつも頰は緩みきっている。美味しいのは食べなくとも分かっているが、出来たてを誰よりも先に味わうーーそう、味見は調理した者だけに与えられる至上の特権なのだ。

 

グレイシアはチーゴの実が贅沢に乗せられたタルトを切り分けてお皿に盛り付ける。

 

「はい、リーフィアの分」

 

「いいのか?」

 

「こういうのは1匹よりも2匹で食べた方が美味しさも2倍になるのよ!それに…助けてくれたお礼まだしてないから…」

 

「それにの後何て?」

 

「んーん、気にせず食べて食べて!」

 

それじゃあ

 

「「いただきまーす!」」

 

舌触りのいいアーモンドクリームと甘い生クリームが甘美な世界へと誘う。しかしその甘さはくどすぎることはなく、甘さ控えめのしっとりタルトと酸味の効いたチーゴの実がタルト全体を上手く調和し、いいアクセントとなっている。これなら甘いもの好きの子供にはもちろん、甘いものが苦手な大人でもつい食べ進めてしまうだろう。

 

「はぁ…幸せ……」

 

これには普段見栄っ張りなグレイシアも見栄を張ることを忘れてとろけるのであった。

 

 

*リーフィアside

 

「まずはここから近いポケモンスクールにしましょうか。物知りなトリトドン先生なら何か知ってるかもしれないし」

 

前回同様この街(ネオンシティ)の地理には詳しくないのでグレイシアの案内についていく。近いと言っていた通りすぐに小規模の学校らしき建物が見えてくる。今は休み時間なのか、子供達はそれぞれ思い思いに遊んでいた。

 

「あっ、お姉ちゃんだー!バスケット持ってるってことはお菓子持ってきてくれたんだね!今日のお菓子はなーに?」

 

「やったー!俺、お姉ちゃんのお菓子大好きなんだよな!今日は何だろうなぁ…!」

 

「2匹共はしゃぎすぎだよぉ。まだお菓子だと決まった訳じゃないし…」

 

順にマネネ、ゴンベ、スボミーが反応する。ウソハチは初めて会うリーフィアに警戒してるのかゴンベの後ろでこちらをチラチラ見ている。

 

「今日はチーゴの実のタルトよ。皆の分もあるから安心して。はい、1匹ずつ順番にね」

 

「わぁ〜〜きれーい!」

 

「旨そう…ジュルリ」

 

「ありがとうございます!」

 

おとなしそうなスボミーやシャイなウソハチは感嘆を声には出さないものの、子供達は皆宝石箱を見つけたかのように目を輝かせている。

 

「それじゃあ皆、食べる前に手を合わせて〜!」

 

「「「「いただきます!」」」」

 

「おいひい〜」

 

「うめぇ〜!」

 

「美味しいです…!」

 

「喜んでくれてよかった〜!頑張って作った甲斐があるわ!」

 

「またお菓子作って持ってきてね!」

 

「もちろん、楽しみに待っててね」

 

子供達は満面の笑みを咲かせる。子供達に慕われ一緒に喜ぶ姿は本当のお姉さんのようだ。これがありのままのグレイシアなんだろうなと思う。

 

「そっちのおにーさんは何てポケモンなの?」

 

「ん、私かい?リーフィアだよ」

 

「リーフィアおにーさんね、覚えた!お姉ちゃんと似ててお似合いのカップルだね!」

 

「お姉さんをからかうんじゃありません!」

 

「あはは、お姉ちゃんの顔あかーい!」

 

無邪気な子供達から飛んできた思わぬ言葉にグレイシアは熟したチーゴの実のように頰を赤く染める。子供の言葉でさえこれなのだから耐性がつくのはずっと先のことになるだろう。

 

 

*リーフィアside

 

「子供達が騒がしいと思ったらグレイシアさんいらっしゃってたんですね。いつも美味しいお菓子をありがとうございます。そちらの方は…」

 

「リーフィアです、初めまして」

 

「初めまして、僕はこの子達を先生をやってるトリトドンです」

 

トリトドン先生は東の海の落ち着いた配色で、礼儀正しく優しそうな印象を受ける。

 

「あっ先生もチーゴの実のタルトどうぞ」

 

「毎度僕の分までありがとうございます、後で楽しみに食べさせてもらいますね。お礼は何も用意出来てないですが申し訳ありません」

 

「いえいえ、好きでやってるので!その、お礼なんですけど…リーフィアが1ヶ月前の怪現象で記憶を無くしてしまったようで、その程度は自分の出生すら分からないほどなんです」

 

「それは大変ですね。まさか怪現象でそんな重症の方がいたとは…」

 

「そこで(グレイシア)たちはチーム"スノードロップ"を結成してその怪現象を調査しているんです。今日は挨拶も兼ねて物知りな先生の知恵を借りに来ました」

 

「物知りなんてそんな」

 

「なので知ってること、疑問に思うこと、どんな些細なことでもいいので気になったことがあったら教えてくださると助かります」

 

「うーん、そうですね……本当に些細なことなんですけど最近御霊(みたま)の塔の封印が弱まっている気がします」

 

「御霊の塔って?」

 

「僕もその時代に生きていた訳ではないので本当かは分からないですが、500年前に悪さをしたポケモンが伝説のポケモンによって要石に封印されたという話があります。御霊の塔はその要石が置いてある小さい塔です。封印されるほどのポケモンですから解けた時が心配で…お礼どころか依頼になってしまって申し訳ありませんが、調査してきてもらえませんか?」

 

なるほど、それほどのポケモンなら一斉に記憶を奪うことも可能かもしれない。実際に確かめてみる価値はあるだろう。調査も元々記憶の多くを失ってしまっている私たちがリスクが低く、適していると言える。

 

「ええ、その依頼引き受けましょう。教えてくださってありがとうございます」

 

「調査も進みそうね!」

 

「では呉々もお気をつけて」

 

 

*??side

 

「聞いた?御霊の塔だって!面白そうだね」

 

「でも悪いポケモンが封印されてるって…」

 

「500年前の言い伝えだろ?迷信だよ。肝試ししに行こうぜ」

 

「肝試しって今冬だよ…わざわざ肝を冷やしに行かなくても」

 

「いいからいいから」




原作では青くて苦いチーゴの実ですが、そのモデルはいちごだそう


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p7 カフェ「猿の腰掛け」

*リーフィアside

 

依頼とはいってもチーゴの実のタルトを持ち歩いたまま調査する訳にはいかないので、まずは街のポケモン達への挨拶兼聞き込みだ。

 

"猿の腰掛け"

 

味のある木彫りの看板が掛けられたドアを開くとカランコロンと軽快な音が出迎える。

 

「りーしゃんりーしゃん」

 

のはずだったが可愛らしい鳴き声もついてきた。どうやらただの鈴ではなくリーシャンだったようだ。

 

「ますたー、お客さんです!」

 

ますたーと呼ばれる紫色の猿のようなポケモンが作業中の手元から顔を上げる。

 

「やあ、いらっしゃい。そっちはボーイフレンドかな?」

 

「もう、会うポケモン皆そんなこと言ってからかうんだから」

 

「いつもこんな風にからかわれてるのか?」

 

「そんなことはないよ、それだけお似合いってことさ」

 

「またからかって」

 

グレイシアはムスっとしてそっぽを向く。

 

「さて、自己紹介が遅れたね。僕はカフェ「猿の腰掛け」のマスター、エテボースだよ。と言ってもカフェはほとんどピンプクとリーシャンに任せているけどね」

 

「料理担当のピンプクです!」

 

「ウエイトレスのリーシャンです!」

 

「仕事をしないオーナーか…」

 

「おっと、勘違いしないでおくれよ。猿の腰掛けはカフェであると同時に道具屋でもあるんだ。僕はそっち担当さ」

 

「特性"ものひろい"に"テクニシャン"、まさに天職って訳だ」

 

「ご明察。今日はどんな用でこの店に?」

 

「まずは自己紹介のお返しを、私は1ヶ月前に記憶を失ったリーフィア 。今はそこにいるグレイシアとチーム"スノードロップ"を結成して例の怪現象を調査しているよ。今日は聞き込みがてら挨拶に」

 

「ほぉ、それはまた面白いね」

 

「ますたー、記憶を失われてるのに面白いなんて失礼です」

 

「いや、記憶を失ってるからといって別に不便はないからいいよ」

 

「リーフィアさんすごく図太いですね…」

 

「それで、面白いとは?」

 

「だって街の皆は気にしてないけど、1ヶ月経ってなお未解決だろう?それに本当に真犯人がいたとして目的は何だ?怪現象を起こしたはいいが、その後があまりにも音沙汰が無さすぎる。まぁそれは追々調査すれば分かるとして、それほど多くの記憶を一斉に消せるほどのポケモンだ。調査することは(かえ)って危険のように思えるが」

 

「私はグレイシアに助けられてグレイシアは大切なポケモンの記憶を失った。理由はこれで充分か?」

 

「なるほど、グレイシアはいいパートナーを持ったね。コーヒーを淹れてあげるからいつまでも拗ねてないで午後のティータイムとしよう」

 

「拗ーねーてーまーせーんー!」

 

 

*エテボースside

 

4匹をカウンター席に座らせてコーヒーサイフォンとフラスコを用意する。

 

「それで今日のお菓子はなんだい?」

 

さっきの名誉挽回という訳ではないがグレイシアが持ってきてくれるお菓子はピンプクの料理に負けず劣らず美味しいので、いつもオーナーの僕自らそのお菓子に合うコーヒーを淹れている。

 

「今日はチーゴの実のタルトよ」

 

バスケットから出されて皿に乗せられたそれはしっとり焼き上がったタルト生地に生クリームとチーゴの実がこれでもかとばかりに敷き詰められている。ピンプクとリーシャンも目を輝かせているのを見るにグレイシアが来る日を心待ちにしていたようだ。

 

「今からカフェラテを淹れるから待っててね」

 

「わぁ…コーヒー豆のいい香り…」

 

コーヒーの香りにはリラックス効果があり、さっきまでムスっとしていたグレイシアの頰も緩んでいる。抽出されたコーヒーに温めた牛乳を注いで皆の似顔絵を描いていく。

 

「はい、お待ちどうさま」

 

「相変わらず上手ね」

 

「君のタルトには負けるさ。さぁカフェラテが冷めないうちに食べようか。それじゃあ」

 

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

「美味しい〜!今度作り方教えてくださいよ!」

 

「いいわよ、いつが空いてるかしら?」

 

グレイシアはここ1ヶ月元気が無かったが、随分と元気になったもんだ。元気が無かったのはやはり大切なポケモンの記憶を失ったのが原因だろう。

 

ふと僕が加工したペンダントへ視線を移す。グレイシアからお守りを加工するように依頼された時に話を聞いたはずだが、例によって僕もお守りの彼を思い出せないようだ。

 

全員食べ終わってウエイトレスのリーシャンがお皿を運んでくれる。しかし、まだ小さいリーシャンにとっては5匹分の食器とコップを一斉に念力で制御するのは難しかったようで食器はカタカタ揺れている。

 

「無理しなくても2回に分ければいいんだよ?」

 

「これ…くらい…大丈夫、です……あっ」

 

予想通りというべきか、積み上がっていたお皿が崩れ落ちる。尻尾を上手く使…その必要は無さそうかな。

 

"草結び"

 

リーフィアが草のクッションを作って衝撃を吸収してくれる。

 

「も、申し訳ございませんリーフィアさん!」

 

「怪我は無い?」

 

「ありがとう、助かったよ。リーシャンも無理はしなくてもいいから安全なもので少しずつ練習していこう」

 

「はい!」

 

あたふたしてるリーシャンにリーフィアは優しく微笑みかける。この優しい感じ、さっきの草結び、間違いない。あのお守りから感じる力と一致している。記憶を失ってもなお、不思議な縁に引き合わせられて調査隊を結成している…お互いを想う気持ちがそうさせたのか、はたまた神の悪戯(いたずら)か、ここまで運命的な巡り合わせを目の当たりにできるとは。

 

しかし、それを口に出すようなことはしない。仮にグレイシアの大切なポケモンがリーフィアだと分かったとしてすぐに受け入れられるだろうか。2匹の思い出は真っさらになってしまったのだ。あのお守りに込められた想いは2匹で過ごした日々の上に成り立った信頼の結晶だ、決して他人に真実(答え)を教えてもらってできるものじゃない。前のように戻りたいなら君達自身で真実を掴み取れ。

 

大丈夫、君達ならできるさ。

 

ーーだって元気の無かったグレイシアがリーフィアに出会ってからこんなにも楽しそうなのだから。



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p.8 死の花

*リーフィアside

 

「申し訳ないけど、お代は今度来た時に払うからこれ1つ貰えないかな」

 

「いつもグレイシアのお菓子を美味しくいただいてるからこれくらいはタダでいいさ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「リーフィア〜早くしないと日が暮れちゃうわよ!」

 

店内入口にいるグレイシアが急かすとエテボースは笑みを深め、早く行ってあげなとばかりに自らの顎をクイっとする。

 

「じゃあ行きますね。カフェラテご馳走さまでした」

 

「これからも猿の腰掛けをご贔屓にね。あとグレイシアは君が思ってるよりも弱い子だから大事にしてあげなよ」

 

果たしてグレイシアは弱かっただろうか。否、気絶していて実際に見てはいないものの、1匹で黒鷹隊をほぼ半壊させるくらいには強いはずだ。

 

ではエテボースの言う弱いとは何か。

 

あぁそうか。戦いの後に泣きながら平手打ちされたのを思い出す。大切なポケモンがいなくなってしまった上にその記憶がぽっかりと消えてしまったのだ。やはりどこか無理をしているのだろう。

 

しかし悲しむ姿を見せずに明るく振る舞っているのを見るに寧ろ強い子だと思うのだが…

 

「何ボケっとしてるのよ。ほら、行くわよ。マスター、カフェラテご馳走さま。また来るわね」

 

「ああ、いつでも待ってるよ」

 

「「ご来店ありがとうございました!」」

 

駆け寄ってきたグレイシアに手を引かれ店を出る。エテボースの真意は掴めないが、いずれにせよ私の使命が変わることはない。待ってろ、御霊の塔。

 

 

*リーフィアside

 

「次はロズレイドさんの花屋「両手に花」よ」

 

「まだあるのか。というか皆店名で遊びすぎだろ…」

 

「とりあえず私が普段お世話になってるところはこれで最後だから安心して。ふふん、ネーミングセンスが悪いのは私だけじゃないのよ」

 

同列に扱われたエテボースやロズレイドがかわいそうである。もちろんタマンタみたいにからかったりはしない。私まだ死にたくない。

 

「調査はその後だな」

 

「えっと…その…暗い中調査するのは危ないから明日にしない?」

 

「怖いのか?」

 

「こ、怖くなんてないんだから!ただ500年も封印される恐ろしいポケモンだからしっかり準備してから明るい時に調査した方がいいでしょ?」

 

強がってはいるがグレイシアに怖がるなと言うのも無理な話だ。何せ怪現象の黒幕かもしれないポケモンなのだから。得てして恐怖というものは一旦植え付けられると心の奥深くにトラウマとして絡みついて決して消えることはない。これが厄介なもので忘れようと、自分を守ろうとするほど、反ってその棘は深く深く刺さっていく。そう、恐怖とは即ち呪いのようなものなのだ。それを解くには時に任せて風化させるか或いは…

 

「それもそうだね。日も傾いてきたしロズレイドの元へ急ぐとしよう」

 

 

*グレイシアside

 

…ふぅ、何とか誤魔化せた。暗闇だけはどうしても苦手なのよね。仕方ないじゃない、ポケモン誰しも苦手なものの1つくらいあるのよ。

 

幸いリーフィアは無自覚女誑しではあるが、タマンタちゃんのようにデリカシーがない訳ではないので必要以上に追及してくることはない。前者は著しく問題ではあるけど、それを除けば大人のポケモンって感じよね。ほら、今も急ぐとか言いつつ私にペースを合わしてくれてるし。上手くは言えないけど優しく包み込んでくれるような安心感がある。

 

「いらっしゃい」

 

そうこう考えてる内にロズレイドさんの花屋に着いた。ロズレイドさんは相変わらずクールで美しいなぁ。誰にも言ったことはないが、将来こんな風になれたらいいなと思っている理想像である。

 

「ロズレイドさん、お久し振りです。今日はチーゴの実のタルトを持って挨拶に来ました。こちらは……」

 

お決まりの説明をしてタルトを渡す。

 

「へぇ…そんなことが。大変だと思うけど早く記憶が戻ることを祈ってるよ」

 

「ありがとう。それにしてもどの花も綺麗だね……ん、この花……」

 

「その花はスノードロップだよ。グレイシアのお守りにも使われている花だね」

 

「神聖な力がこもってるのはお守りだからって訳じゃないんだね」

 

「分かるのかい?それは神話にも登場する花だからだろう。いろんな言い伝えがあるけれど希望や慰めを象徴する花であり、死を象徴する花でもある。1本でどうこうなったりはしないから恐れる必要はないけどね」

 

死を象徴する花…!?まさか彼も……まさかね。

 

「今日はやけに少ない気がするんですけど、どうしたんですか?」

 

「それが怪現象でどこから仕入れているか忘れてしまってね。在庫はこれ限りさ」

 

やっぱり彼に(まつ)わる記憶だけが失われている…?でもそれにしては怪現象の範囲が広すぎる。少なくとも彼との関係を持ってないポケモンもいるはずだ。それなのに全員が一律で記憶を失うのはおかしい。もしかして彼が死期を悟って私に辛い思いをさせないように記憶を消してその時の副次効果で…?

 

いや、あり得ない。第一、私が忘れたことを覚えてたら意味ないじゃない。というかもしそうだとしたら私のパートナーどんだけすごいポケモンなのよ。そう、彼は事故に巻き込まれてしまっただけできっとどこかで生きてるはず。私を置いてどこに行ってしまったの?私、寂しいよ…

 

 

*リーフィアside

 

「あれトリトドン先生じゃないか?」

 

「そうだね。あんなに急いでどうしたんだろう?」

 

尤も、急いでると言っても全然スピードは出ていないが。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…ロズレイドさん、大変です!」

 

「先生、落ち着いて話してください」

 

「はぁ、はぁ、はぁ…それがですね、休み時間が終わっても子供達が帰ってこないのでウソハチ君に聞いたらスボミーちゃん含め3匹の生徒が御霊の塔に行ってしまったようなんです」

 

「何!?あそこはミカルゲが封印されてる危険区域だぞ!」

 

「私がついていながら申し訳ありません」

 

「頭を上げてください。授業時間ならともかく、悪いのは休み時間に決まりを破った子供達です」

 

「そこで私は見ての通り移動も遅いですし、バトルも苦手なので代わりに子供達を見に行ってくれないでしょうか?チーム"スノードロップ"のお二方もこちらにいらっしゃったんですね。どうかお願いします」

 

「保護者として当然です」

 

「…………私お留守番してちゃダメ?」

 

「依頼受けるって言っただろ?」

 

今度はグレイシアの手を引いて走り出す。どうか手遅れになる前に間に合ってくれよ。



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p.9 Silver bullet【挿絵】

*ロズレイドside

 

時刻は午後4時。冬の空は早くも夕暮れに染まり始めていた。澄んだ青から静寂の闇へと変わるその一時(ひととき)はいつもであれば幻想的なのだが、この場面においては焦燥を駆り立てるタイムリミットでしかなかった。

 

急がなければならない理由は2つ。

 

怪現象以後、御霊の塔は封印が弱まっている状態にある。とは言っても私はミカルゲが怪現象の黒幕だとは思っていない。何故なら、弱いながらもまだ封印され続けているからだ。あくまで怪現象の余波で封印が弱まってしまっただけなのだろう。故に誰かが故意に封印を解かない限り害はない。

 

しかしこの事実はつまり、裏を返せば御霊の塔に要石をはめ込めば子供でも簡単に復活させられるということだ。では何故そんな危険な代物を封印し直さなかったのか。

 

否、封印し直せなかったのである。

 

恐らくミカルゲは500年前に伝説のポケモンによって封印されたのであろう。その複雑な術式は500年続いたのも納得できると同時に、私たちの力と技術ではあまりにも不釣り合いで上書きすればバランスが保てなくなってしまうほどに繊細だった。

 

そんな危険な御霊の塔から早急に子供達を連れ戻さなければならない、まずこれが1つ目の理由。

 

2つ目は先生のスピードから鑑みて既に手遅れである可能性が高いこと。時間が経てば経つほどに子供達が無事である保証も、ミカルゲが御霊の塔に留まっている保証も無くなっていく。そうなれば捜索は困難になると共に被害は拡大する一方である。

 

しかし不幸中の幸いとでも言おうか。先生によると、もし仮にミカルゲの封印が解けたとしてもすぐには本来の力が戻らないという。封印の要は文字通り要石にあって二重に封印が掛けられているからだ。

 

体が戻ったミカルゲはすぐにその封印を解こうとするだろう。だから本来の力を取り戻される前に叩く。伝説のポケモンに封印されるほどのポケモンであろうと、力の半分以上が封じられているのであればこちらにも充分勝機はある。

 

だから、今は何よりも速く風を切れ。

 

 

*スボミーside

 

やっぱりこんなところ来ちゃいけなかったんだ。

 

御霊の塔に着いたら急にゴンベ君が何かに引き寄せられるかのようにゆっくりと歩き出した。何度呼んでも反応しないし噂は本当だったんだって確信した。ねぇ、帰ろうよって何度言ってもその声が届くことはなかった。

 

すぐに大人に伝えなきゃって思った。だけど出来なかった。操られてるのはゴンベ君だけだけど、辺りには肌をピリピリと刺すような気配が漂っていて足が地面に縫い付けられたようだった。

 

結局私とマネネちゃんは何も出来ないまま、ゴンベ君は小さな塔に不思議な模様が描かれた石をはめ込んだ。すると気配はそれまでの比じゃないほどに増幅して心臓を鷲掴みにされるような恐怖が心に刻まれた。

 

震えは止まらず冬だというのに冷や汗が止まらない。体からは熱が奪われ力も入らない。ゴンベ君とマネネちゃんは倒れ、次は私だというのに泣き叫ぶことしか出来ない。

 

「封印が弱まって操りやすい子供が近付いた。ああ、我は何て幸運なんだろうな。500年振りの景色は実に素晴らしい。だが、まだ足りぬ。お前で3つ目だ、我が礎となれ」

 

「い、いやぁ…来ないで!」

 

もう、ダメかもしれない。

 

 

「……そこのポケモン、止まれ」

 

 

ミカルゲの声に顔を上げるとそこには(ロズレイド)の姿があった。助けに来てくれたんだ…!

 

「お前…よくも子供達を…!スボミーに手を出したら分かってるだろうな」

 

「言ったはずだ、少しでも動いてみろ。この者の命は無いと思え」

 

でも、ごめんね。お母さんは私の喉元に鋭利な影を突き立てるミカルゲをポケモン1匹殺せそうな視線で睨みつける。それが私が人質に取られ、一触即発のこの状況において精一杯の牽制だった。

 

この状況を打開する起死回生の一手は無いか、好機は無いか、ロズレイドの脳はかつてないほどに目まぐるしく稼働していた。

 

故に気付かない。夕暮れで元々長い影が更に伸びて迫ることに。私もこんな状況では伝えることは愚か、音を発することすら叶わない。ごめんね、私がちゃんと止めてれば、私が人質にさえ取られていなければ、お母さんまで危険に晒すことはなかったのに。

 

 

リーフィアside

 

嫌がるグレイシアの手を引いて走ること十数分。さすがに単独で走るロズレイドさんからは徐々に遅れてるが、スボミーのことが心配で仕方ないだろうからペースを合わせてほしいなどとは言わない。しかし、1匹でミカルゲを相手にするのが危険なのも事実。病み上がりとは言え1日経ってだいぶ感覚を取り戻した体にムチを打って全速力でロズレイドを追いかける。

 

やがてロズレイドが足を止めた。まだ少し遠いけどあれが御霊の塔か。スボミーに黒い物体が突き立てられているのを見るに人質を取られていて動きが取れないらしい。

 

あれでは近付いたらミカルゲの警戒心を更に煽ってしまうだけだろう。幸い今、ミカルゲの注意はロズレイドに向いている。遠距離からミカルゲだけを一点集中で吹っ飛ばせる速い攻撃を出せればいいのだが……草や氷では不可能か。

 

「グレイシア、悪い。これしかないんだ。覚悟を決めてくれ」

 

"電光石火"

 

「えっ何の?いぃぃやぁぁああ」

 

私は一気に加速してグレイシアをミカルゲ目掛けてぶん投げた。

 

 

グレイシアside

 

「いぃぃやぁぁああ」

 

リーフィア何てことをするの絶対に許さない、絶対に許さないんだから!私を殺す気ですか?とりあえずこのままぶつかったら私もシャレにならないわね。

 

"オーロラベール"

 

リーフィアも許せないけどミカルゲ、貴方も許せないわ。子供を人質に取るなんて最低よ。そんなあなたには今ならリーフィアへの恨み増し増しで高速弾丸タックルをお見舞いしてあげるわ。

 

電光石火の慣性そのままに投げられた力によって加速する。聞こえるのは風切り音のみ。

 

「スボミーちゃんから!」

 

"Silver bullet"

 

「離れなさい!!」

 

「グオっ!?」

 

オーロラを纏った銀の弾丸がミカルゲに直撃し、ミカルゲは川に投げられた小石のように地面を跳ねていく。やがて岩に打ち付けられることでミカルゲはようやく止まった。

 

「お母さぁん、怖かったよぉ」

 

緊張の糸が切れたのかスボミーちゃんは涙を流しながらロズレイドの胸に飛び込む。ロズレイドはそれを優しく受け止め頭を撫でながら

 

「本当に無事でよかった…!これからはこんな危険なことするんじゃないぞ」

 

「うん…うん…!でもゴンベ君とマネネちゃんが…」

 

「後は母さんに任せてくれ。グレイシア、ありがとう。もう一つ頼み事をして申し訳ないが、スボミーをポケモンセンターまで連れて行ってくれないか?さっきのタックルで君も決して少なくないダメージを負っただろう。ミカルゲは私とリーフィアで何とかしよう」

 

「分かったわ。それでリーフィア、私であんなことをしたんだからあなたも覚悟は出来てるわよね」

 

にこっ

 

「い、いやぁ見事なタックルだった。まるでムクバード副隊長の敵討ちを見ているようだったよ」

 

リーフィアは冷や汗を垂らしながら目線と話を逸らす。普段なら制裁を下しているところだけど、今はミカルゲと戦ってもらわないと困る。

 

「はぁ、次はリーフィアが頑張る番よ。無事に帰ってこなかったら絶対許さないんだから!無事に帰ってきても絶対に許さないけど!」

 

「そいつはミカルゲよりもよっぽど恐ろしいな」

 

そう言ってリーフィアは不敵に笑っていた。たぶん私も同じように笑っていたのだと思う。




しーくさん(Twitter→https://mobile.twitter.com/takumasiku )からリーフィア君の挿絵に引き続いて3話グレイシアの挿絵もいただきました。

【挿絵表示】

はぁ…表情、仕草、セリフ、どれを取っても尊いです。私筆者はリーリエがシロンを捕まえた時くらい感動しております。本当にありがとうございました!


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p.10 失われた魂

*リーフィアside

 

「さて、あれで倒れてくれれば楽だったんだけど。そう甘くはいかないみたいだね」

 

岩の残骸に埋もれたミカルゲが立ち上がる。容姿は要石のひび割れから紫色のガスみたいなものが円状に吹き出していて、グレイシアがタックルできたことから一応実体はあるらしい。

 

「追い打ちをかけるぞ!ソーラービームはできるか?」

 

「もちろん」

 

昨日のソーラーブレードはソーラービームを高密度に形作ったもの。であればソーラービームも当然できる。

 

"ツインソーラービーム"

 

ロズレイドの花に、リーフィアの葉に、淡い光が集約していく。

 

陽が沈むということは即ち草タイプの力の源である太陽の恵みを失うということ。そして同時にゴースト・悪タイプの時間になるということでもある。黒い物体ーー恐らく影だろうーーを扱っていたミカルゲもその例に漏れない。

 

加えて御霊の塔の封印が解け、力を封じているのは要石の封印のみ。ミカルゲも指を咥えて封印を放っておく道理はないだろう。

 

だから溜め時間が長いことを差し引いても一撃で仕留めるためのこの選択は限りなく最適解だった。

 

 

 

ただ一点を除いて。

 

 

 

「フハハハハ!大事な子供達を傷付けてもいいのか?」

 

力なく項垂れたゴンベとマネネがミカルゲを守る様に立ちはだかる。

 

「ゴンベ!マネネ!」

 

ロズレイドが呼びかけるがスボミーの時と違って応答がない。2匹の様子からも操られていることは明らかだった。ロズレイドとリーフィアの光は萎むように消えていき、それとは対照的にミカルゲの2つの玉が黄緑色の蛍光を妖しく発する。

 

「お前…卑劣な手を…!」

 

「卑劣?面白い冗談だな。3対1で更に追い打ちまでかけようとしていた奴がよく言える。弱者の立場なのだからどんな手段でもなりふり構わず使うのは当然だろう?」

 

「お前こそ面白い冗談だな。子供達の意識を掌握したのは私たちが着く前だろうに」

 

「ククク、騙されないか。だが、我は単に人質をとるために操っているのではない。あくまで魂を集める目的のついでだ」

 

「魂を集める…?」

 

封印を解けばそれで終わりじゃないのだろうか。

 

「ああ、我は108の魂からなるポケモン。して、御霊の塔や要石の封印を解けば力は戻るが完全ではない。再び108の魂を揃えて初めて完全体になるのだ」

 

なるほど、今はゴンベとマネネの2つだけ。とりあえず猶予はある訳だ。

 

であれば依頼のもう1つの目的。

 

「1ヶ月前の怪現象で記憶を奪ったのもお前か?」

 

「知らないな、そもそも我は500年間もの間封印され続けていたのだからな。あぁ、だが1ヶ月前に封印が弱まったのは確かだ。おかげでこうして復活できた。その怪現象の主とやらにも礼を言わねばな」

 

今回も解決に繋がる手がかりはなしか…

 

いや待てよ?ミカルゲを封印した伝説のポケモンなら何か知ってるかもしれない。

 

「リーフィアすまない」

 

"???????"

 

「これ以上は時間をかけられないんだ」

 

ロズレイドが紫の玉を放ち、ミカルゲはゴンベを盾にする。

 

「気でも狂ったか」

 

しかしそれがゴンベを傷付けることはなく当たる間際で霧散していく。続けてゴンベの影からロズレイドが飛び出して急接近する。ミカルゲはハッと驚くがもう遅い。

 

「操ることにばかり気を取られているから懐に入られるんだよ!」

 

"毒突き"

 

毒に染まった蹴りが炸裂し、ミカルゲが再度吹っ飛んでいく。

 

何が起きたか。

 

紫の玉の正体は恐らくシャドーボール。威力よりも速さを重視した弾だったからミカルゲも咄嗟に近い方のゴンベを盾にした。

 

それが分水嶺だった。

 

ゴンベはノーマルタイプ。陽動用の軽いシャドーボールが効くはずもなく、更にミカルゲからは盾にしたゴンベが障壁になってロズレイドが見えなくなった。その間にもロズレイドは走り続け、後は先の通りだ。

 

死角からの近接攻撃ーーどれだけ操ることに長けていようと操る暇を与えなければいい。

 

"silver bullet"を耐えたことからも分かるように防御が堅くあまり効いてないようだが、状況は今のでグッと有利に傾いた。

 

理由としては

 

1つ、高耐久のポケモンには毒が有効であること。外は防御が堅くとも内までは守れない。毒のダメージは皆等しく蓄積していくのである。

 

2つ、ミカルゲを子供達から離せたこと。

 

「とりあえず」"草結び"

 

外は頑丈で中は寝心地のいい、子供達を覆う草のゆりかごを作って

 

「今はお休み」

 

"草笛"

 

清らかな音色が流れると共に子供達の表情が安らいでいく。さすがのミカルゲも寝ることによって活動を休止したポケモンを操るのは不可能であろう。

 

余談だが、子供達が寝てミカルゲとロズレイドが寝ない違いは感情が昂ぶっているかどうかの違いである。要は無感情で操られている子供達を寝かす方が容易いということ。

 

「やっとスタートラインに立てましたね。今は少し手伝えそうに無いけど」

 

「子供達を守ってくれるだけで充分さ。ミカルゲは私が倒す」

 

そう言ったロズレイドの目には覚悟の炎が宿っていた。




最高評価とお気に入り登録ありがとうございます!これからも日常はほのぼの、シリアスはドキドキするような文章が書けるように頑張ります


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p.11 フィナーレに花束を添えて

*ロズレイドside

 

リーフィアの話を遮って攻撃したのは陽が沈むからというのもあるが、何よりポケモンの魂を弄ぶミカルゲに我慢できなかったからだ。

 

でも最低限の冷静さは残っていてよかった。冷静でなければ子供達も傷付けてしまう結果になっていただろう。操られているとはいえ、それだけはあってはならない。

 

だがその点についてはもう安心だ。リーフィアが草のゆりかごで守ってくれている。リーフィアという戦力を失うのは正直きついが、いつ盾にされるかも分からない、2匹いるから片方に手を出されるかもしれない、そんな不安要素が解消されるのは大きい。

 

これで漸く行き場のない怒りをぶつけることができる。

 

「ミカルゲ、私はお前を許さない。魂はどんなポケモンにも1つ、神から唯一平等に与えられた宝だ。決して1匹のポケモンが奪っていいものじゃない!」

 

"シャドーボール"

 

今度はありったけの威力を込めた。より大きく、より高密度に。

 

「それなら尚更、魂を統べる我こそが神に相応しい」

 

"シャドーボール"

 

ミカルゲも同様のシャドーボールを放ち、2匹の中間地点で衝突する。

 

ーーそして相殺した。いとも簡単に。

 

「くっ…」

 

「ゴーストタイプにシャドーボールで勝てると思うな。

ーーああ、それとゴーストタイプだからといって我にシャドーボールが有効だと思っているならそれは大きな間違いだ」

 

「何っ!?」

 

ゴーストタイプであるのにゴーストタイプが有効ではない。その事実から導き出される答えは…

 

「我はゴーストと悪の複合タイプ。よって弱点などない、全てにおいて完璧なのだ。大方堅い守りを弱点で崩そうなんて思っていたのだろうが、残念だったな」

 

普通、ポケモンには苦手なタイプーーいわゆる弱点ーーが存在する。例えどんなに強い伝説のポケモンであったとしても。しかしゴースト・悪の複合タイプだけは例外で今現在、唯一の弱点が存在しない組み合わせ。それだけならまだいい。そこにミカルゲの耐久が加わることで難攻不落の要塞となる。毒を入れておいてよかった。

 

「今度はこちらからだ。精々足掻いてみせろ」

 

"シャドーボール"

 

ミカルゲが低速の大きい弾を撒く。

 

ん?

 

これなら隙間は広く避けるのは容易いし、そもそもこちらに届くのに何秒かかるかというレベルだ。正直拍子抜けである。

 

何か爆発するような仕掛けでもあるのかとシャドーボールをぶつけてみるが、乱回転に掻き消されるだけで特に仕掛けは無さそうだ。威力が高くても当たらなければ全く意味を成さない。一体何が狙いだ…?

 

そんなことを考えていたらミカルゲが追加で速く小さい弾を大量に撒いてきた。

 

単体で見れば避けられないことはないが、とにかく量が多く、あっという間に視界が紫で埋め尽くされる。1つ避けたらまた新しい弾、息つく暇もない。大きい弾だけには当たらないように注意して、どうしようもない速い弾だけは毒突きで相殺していく。

 

リーフィアの方はーー流れ弾をはっぱカッターで対処してくれている。あれなら大丈夫そうだ、信頼して任せられる。

 

私も一見対処はできてはいるが、このままではまずい。現状避けるので手一杯だし、避ける体力も無尽蔵ではないからだ。それにミカルゲから出ている"プレッシャー?"からかいつもより体力の消費が激しい。対してミカルゲがこんなに大量の弾幕を撒き続けられるのは元々のスペックに加え魂が複数あるからであろう。よって、避けているだけでは勝てない。

 

しかしどんなに完璧に見える攻撃であっても攻略法は必ずある訳で。当然のことだが、こんなに広範囲にバラ撒いていれば量の密度はあったとしても威力の密度は分散する。だから弾幕の中心目掛けて

 

「華麗に貫け、"花吹雪"」

 

螺旋状に渦巻く花吹雪(一筋の光)が闇を穿(うが)つ。

 

 

*ミカルゲside

 

中々頑張って避けているようじゃないか。弾幕でお互い見えてないはずなのに何で分かるかだって?

 

言ったろう?我は魂を司る。目で見えずとも魂の動きで分かるという訳だ。

 

だから我こそが魂を司る神として相応しいはずだった…!

 

だがそんな憂いも今日で終わり。復活したからには今度こそ完全体になって神の座を奪い取ってやる。

 

おっと、避けるのをやめて攻撃してくるようだな。

 

 

*ロズレイドside

 

ミカルゲには避けられたようだが、充分。

 

弾幕は一瞬止み、開けられた風穴(舞台へと続く花道)を駆ける。さぁ、フィナーレだ。

 

今度は躱させない。

 

ミカルゲの目の前に右手(花束)を添えて

 

"花吹雪"

 

 

*ミカルゲside

 

かかったな、それを待っていた。弾幕を撒けばまた接近戦を仕掛けてくると思ったよ。

 

 

"無限暗夜への誘い"

 

 

無情にも影はロズレイドを包み込む。

 

 

「これで3つ目」



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p.12 消えた光(前編)

*リーフィアside

 

青い薔薇の花びらが舞い散る。

 

ロズレイドとミカルゲのバトルを分析するにミカルゲは守りに徹する遠距離タイプであった。一旦緩急のつけられた弾幕が展開されると近付くのは難しく、仮に近付かれたとしてもしっかりとカウンター攻撃を準備していて隙がない。

 

ただ、同時に疑問点もある。

 

視界が弾幕で埋まっているのにも関わらず、なぜ"花吹雪"を避けられた?

 

どうしてあんな大技をすぐに使えた?

 

ーーまるで最初から近付いてくるのが分かっていたような…まさか感知能力まであるのだろうか。だとしてもだ、機動力のないミカルゲが花吹雪を避けられた説明にはならない。まだ何か隠しているな。

 

ーー嫌な予感がする。

 

「次はお前だ」

 

ロズレイドを呑み込んだミカルゲがこちらを向く。ここは軽口で鎌をかけてみるか。

 

「そろそろ毒が回ってる頃だと思うけど連戦して大丈夫か?」

 

「あぁ、これのことか?こんなのが我に効くはずないだろう」

 

ミカルゲから紫色の液体がボトリと音を立てて落ちる。

 

お、おう…平然とやってるけどとんでもないな。固体とも液体とも気体ともつかない特殊な形態だからこそできる芸当か。

 

「敵の心配よりもまずは自分の心配をしたらどうだ」

 

"シャドーボール"

 

普段なら避ける攻撃だが

 

"リフレクター"

 

「お荷物を抱えてのバトルはさぞかし大変だろう?」

 

今は子供達を庇いながら戦わないといけない。

 

はぁ、これは骨が折れそうだ。

 

 

*リーフィアside

 

とはいえ私も黙って見ていた訳じゃない。草結びに使ったエネルギーは"光合成"で回復していたし、ミカルゲの戦闘(バトル)スタイルも観察していた。それらも手伝って不利な状況でも何とか互角に渡り合えていた。

 

それこそ物量に任せた広範囲弾幕は近付くのには厄介だが、それぞれの弾はミカルゲを中心に直線的に広がるだけなので双方を結んだ直線上だけ対処すればそれほど脅威ではない。

 

向こうもそれを察知したようでこちらだけを狙う"悪の波動"に切り替えてくる。これも問題ない。1つ1つ丁寧に"はっぱカッター"の斬撃で対処していく。

 

ここまで戦って気付いたことがあるが、恐らくミカルゲはポケモンを操ることはできても()()()操ることはできない。ゴンベやマネネは操られても攻撃を仕掛けてくることは無かったし、ミカルゲを直接狙う攻撃はせず受け身に徹している今、ロズレイドを操ろうとする素振りも見えない。

 

少なくとも力が封印されてる今は。

 

そもそも力が封印されててこの強さは反則だろう。もし完全体になったら……いや、考えるのはよそう。

 

活路が見い出せない攻防が続く中、ついにお互いの思考は一致する。

 

ーー大技で一発KO

 

普段は溜める隙もあるし、避けられるリスクもある。しかしこのバトルは別だ。

 

機動力のないミカルゲは避けられないし、後ろに子供達がいる私もまた避けられない。

 

互いに条件は同じ。

 

ミカルゲは闇を、私は光を溜めていく。

 

さぁ、純粋な火力勝負といこうか。

 

 

"ソーラービーム"

 

 

極太のレーザーを放つ。

 

 

その瞬間ミカルゲはニヤっと笑って影に潜った。

 

"影うち"

 

今まではわざと機動力が無いように見せかけていたという訳か。方向を調節するがミカルゲの移動速度には間に合わない。夕暮れで伸びた影を伝いリーフィアの背後に飛び出る。

 

「奥の手はとっておくものだ」

 

"無限暗夜への誘い"

 

 

*リーフィアside

 

「リーフィアさん!」

 

突然横からの衝撃が加わり、吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされた方向を見ると元いた位置にはムクバードがいた。

 

「ムクバード!」

 

ムクバードが私を助け、代わりに影に呑み込まれていく。

 

「クッ、邪魔はされたがこれで4…」

 

はずだった。

 

影は黒い翼によって打ち払われる。

 

「約束を果たすのがこんなに早いとは思いませんでしたが助けにきました」

 

「ありがとう、影のダメージは大丈夫か?」

 

「ええ、ノーマルタイプですから」

 

「それにしてもどうしてここが?」

 

「グレイシアさんに教えてもらいました」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、私を置いて行かないでよー!」

 

「すみません、一刻を争う事態でしたので」

 

「まぁいいわ。ロズレイドさんはやられちゃったのね…」

 

「そうだね、ということでバトンタッチ」

 

「えっ?」

 

「ミカルゲは私とムクバードで戦うから子供達は任せたよ」

 

「紛らわしい言い方しないでよ!」

 

 

*ムクバードside

 

約束を果たしにきたのもあるが、私がミカルゲとのバトルに適任なのも確かだった。ノーマルタイプとゴーストタイプは互いに無効の関係にあり、それはノーマルタイプを持ちながら飛行タイプメインの戦い方をする私には大きな恩恵をもたらす。逆にゴーストタイプメインの戦い方をするミカルゲにとってはデメリットの方が大きいという訳だ。

 

加えて四方を飛び回る鳥ポケモンに弾幕を当てるのは難しい。……グレイシアさん戦は決して油断していた訳じゃない、グレイシアさんが一枚上手だっただけだ。大丈夫、負けから学べばいい。そうしてポケモンは強くなる。その甲斐あってかミカルゲとの遠距離戦は有利に進められていた。

 

"エアカッター"

 

"悪の波動"

 

私が躱しながら撃つのに対してミカルゲは広範囲に、そして防御、相殺までしなければならない。

 

いくら守りが堅いからといって、どちらが有利かは火を見るより明らかだった。

 

ーー私1匹で決着をつける。リーフィアも戦況を見て少し前から光合成で回復し始めていた。

 

そもそもだ、ミカルゲはネオンシティの外れに封印されていたポケモン。であればネオンシティの安寧を守るのを仕事とする私が請け負うのは当然のこと。記憶のないリーフィアさんに任せていては申し訳が立たない。

 

 

「これで終わりだ」

 

 

"悪の波動"を避けつつ空高くから目一杯加速して

 

 

"ブレイブバード"

 

 

そして短くも長い戦いに幕を引くように()()()()()

 

 

次の瞬間に墜落したのはムクバードの方だった。

 

「よりによってこんな時に…」

 

鳥ポケモンは夜になると視力が格段に落ちる。そうで無くともミカルゲの放つ"悪の波動"は闇夜に同化し回避は困難を極めていた。



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p.12 消えた光(後編)

*グレイシアside

 

ーーあの日も世界は闇に包まれていた。

 

正直何があったかは覚えてないが、気が付いたら彼の記憶は手元からするりと抜け落ちていた。

 

忘れる感覚を味わったのは後にも先にもこれが初めてだった。

 

彼がくれたお守りはすぐ側にあるのに、彼の記憶だけは暗闇の中で距離感さえ掴めない。

 

私は暗闇に不安を掻き立てられながらも必死に探した。

 

彼のことだからこうして探していればひょっこり現れて微笑みかけてくれるんじゃないかって。

 

けれど結局見つけることができたのは血塗れで倒れているリーフィアだけだった。

 

その瞬間、涙のダムが決壊した。

 

思い出すことすら叶わない彼をリーフィアに重ねてしまったのだ。

 

闇が支配するこの世界で彼も同じ目に遭ってるかもしれない。

 

もしかしたら彼はもうこの世界にはいないのかもしれない。

 

様々な想像が脳裏を過る。ただただ何かを失うことが怖くて、リーフィアをポケモンセンターに連れて行ったのも実の理由はそれだ。

 

ポケモンセンターに着く頃には闇は晴れていた。

 

誰かが解決してくれたんだろう。でも今はそんなことどうでもいい。

 

私はネオラントさんに彼のことを聞いた。

 

私でさえ忘れているのだから期待はしていなかった。

 

ーー私と一緒にいたポケモンのこと、覚えていますか?

 

帰ってきた答えは想像とは違うものだった。

 

ーーそんなポケモンいたかしら?そうね、何かを忘れた感覚はあるわ。でもそれが何かは分からない。

 

その後も聞いて回ってみたけど、例に漏れず彼の存在は世界から忘れ去られていた。どうやら闇に包まれたことも無かったことになっているらしい。

 

まるで悪夢を見ているようだった。

 

ーー何で私だけ…こんなことなら一層私も忘れたかった…!

 

忘れたことを覚えていることがこんなにも残酷だなんて。

 

私はそれ以来暗闇が怖い。

 

ーー気付かない内に何か大切なものを失ってしまいそうで。

 

 

*リーフィアside

 

「どうだ?仲間の魂を奪われていく感覚は。次は我に手痛い一撃をくれた氷の小娘だ。お前はその後でゆっくり(なぶ)ってやろう」

 

ムクバードもやられて残るは遂に私とグレイシアだけになった。だがグレイシアの様子がおかしい。魂を奪われた訳では無さそうだが、極度の恐怖で心ここに在らずという感じだ。

 

「おい、グレイシア!無抵抗でやられるつもりか!目を覚ませ!」

 

呼びかけてもグレイシアが正気に戻ることはなく、ミカルゲも待ってくれることはない。

 

"影うち"

 

「ったく」

 

"電光石火"

 

リーフブレードを用意しながらグレイシアの元へ駆ける。

 

「クク、仲間思いも考えものだな」

 

"無限暗夜への誘い"

 

私はグレイシアの元へ辿り着く前に()()用意されていた影に呑み込まれた。

 

「どうして戦えそうにない奴から狙うか。罠に決まってるだろう」

 

 

*グレイシアside

 

 

ーーごめん、約束は守れそうにない

 

 

「ーーえ?」

 

 

恐怖から呼び戻されると目の前でリーフィアが影に呑み込まれていた。

 

 

「待って。私を置いて行かないで」

 

 

()()その手は届かなかった。

 

 

子供達も

 

 

ロズレイドさんも

 

 

ムクバードちゃんも

 

 

そしてリーフィアも

 

 

皆魂を奪われてまた私一人ぼっち。

 

 

でも今度は皆の後、着いて行けそう。

 

 

ーーごめんね。全然思い出せなくて。でもやっと、この怖くて堪らない悪夢から解放されるの

 

 

ーー目が覚めたらまた一緒に笑えますように

 

 

私は安らかに目を閉じて迫り来る影を受け入れた。



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p.13 喰らう死合わせ

*ミカルゲside

 

「フン、簡単だったな。仲間と言えば聞こえはいいがそれを利用されていてはただの足枷でしかない。実に愚かでぬるい。これなら完全体になれる日も近いな」

 

グレイシアを影が包んでいく。

 

はずだった。

 

目を疑った。

 

何せムクバードの時と同じ光景が広がっているのだから。いや、今回はそれ以上か。

 

()()()()()()()()光が侵食していく。

 

「何故だ。何故お前が…」

 

ムクバードのようにノーマルタイプだからという訳ではない。

 

5()0()0()()()()()()()を感じるのだ。

 

目の前の小娘はどう見ても500年生きているようには見えない。そもそも500年前に我を封印したのは別のポケモンだ。

 

なら何故…

 

そうか、あのペンダントか。

 

忌々しい力を感じるのは。

 

あれは壊しておかないとまた同じ轍を踏む、本能がそう告げる。幸いなことに小娘に戦意は無い。であればペンダントを壊すくらい訳無い。

 

"影うち"

 

グレイシアの目の前まで移動し、先端を尖らせた影をグレイシアごと貫く勢いでーー。

 

 

*グレイシアside

 

眩しくて目を開けると影が光に塗り潰されていた。

 

誰かが助けに来てくれたのかと見渡してみるも、その姿はどこにも見当たらない。

 

「何で…………」

 

 

やがてその光源が胸のペンダントであることに気が付いた。

 

ーー「神聖な力がこもってるのはお守りだからって訳じゃないんだね」

 

ーー「分かるのかい?それは神話にも登場する花だからだろう。いろんな言い伝えがあるけれど希望や慰めを象徴する花であり、死を象徴する花でもある。1本でどうこうなったりはしないから恐れる必要はないけどね」

 

 

彼が守ってくれたんだ。

 

 

私のパートナー、こんなにすごいポケモンだったんだ。

 

 

誇らしいはずなのに涙が溢れてくる。

 

 

ーーだって彼も皆もいなくなった世界で生きる意味なんて無いもの。

 

 

今は救ってほしくなんてなかった。

 

 

彼を忘れた私に救ってもらう資格なんて無いのに。

 

 

いや、これはそんな私に神様が与えた孤独の終身刑なのだろう。

 

 

「ねぇ神様。早く楽にさせてよ(皆に合わせてよ)

 

 

「お望み通り」

 

 

ーー影がペンダントを貫く刹那

 

 

再びお守りが光り

 

 

"ソーラーブレード"

 

 

ミカルゲを含めた一直線上の地面が抉れた。

 

 

 

*グレイシアside

 

「どうして…」

 

「お守りに呼ばれたんだ。君を守れってね。きっと君がピンチになった時、発動するように術式が組み込まれていたんだろう」

 

「よかった…本当によかった…!」

 

「喜ぶのはまだ早いよ。封印して全てが終わった後だ。それでグレイシアには酷なお願いをするかもしれない」

 

「何?」

 

「封印にはそのお守りの力が必要だ。そのお守りを手放す覚悟はあるか?」

 

「………………」

 

「無理にとは言わない。それが大切なお守りだってことも分かってる」

 

「…………いいよ。それで全てを終わらせてくれるなら」

 

「ああ、終わらせてくるさ」

 

 

*リーフィアside

 

倒れているミカルゲの前に立つ。

 

「いいのか。我を封印すれば4匹の魂は戻らぬぞ」

 

「それくらいは考えてあるさ。何の準備も無しに500年前の怪物に挑んだりはしないよ」

 

「分かった、改心する。4匹の魂も解放するから。だから許してくれ」

 

「随分と下手な演技だな」

 

「…………影に潜れない…?」

 

「対策しないはずが無いだろう」

 

その絡繰りはエテボースから貰った"清めのお札"。草を通して大地に退魔の力を流し込んでいる。

 

どうして最初から使わなかったか。

 

 

これでは足りなかったからだ。確かに魔の力に手を出しているミカルゲに退魔の力は有効だ。だが()()()()()()()ミカルゲの魔の力の方が勝る。体力の消耗も激しいので確実に仕留められるまで取っておきたかったという訳だ。実際魂を奪われる直前に"清めのお札"を使ったがミカルゲの魔の力には無力だった。

 

その足りないピースを埋めたのがグレイシアのお守りだった。魂を奪われた私はお守りに呼び戻され、お守りの神聖な力が宿った"ソーラーブレード"を放った。清めのお札とは格の違うその力は確信していた通り、ミカルゲに致命傷を与えることができた。

 

後は封印するだけ。

 

"草結び"

 

ミカルゲを拘束して清めのお札を貼り付ける。

 

「グァァアアア゛ア゛ア゛」

 

すると、けたたましい呻き声と共に黄緑色の蛍光が消え魂が解放されていく。

 

「チェックメイトだ」

 

お守りに術式を組み込んで

 

"封印"

 

そうして一歩間違えればウォンシ地方が壊滅しかねない短くも長いバトルが終わりを告げた。



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p.14 ムクも食わない幸せ【挿絵】

*リーフィアside

 

「……終わったのね」

 

グレイシアは微かに震えている。

 

ーー安心からか

 

ーー暗闇への恐怖からか

 

ーーお守りを失った悲しみからか

 

少なくとも寒さからくる震えではない。

 

恐らくいろんな感情が混ざり合って気持ちの整理がつかないでいるのだろう。

 

「ごめん。大切なお守りだったのに」

 

「いいの。約束は守ってくれたから」

 

ーー「ねぇ、約束して。これからあんな簡単に命を投げ捨てるような真似、絶対しないで。私をまた1人にしないで」

 

「よかった……本当によかった。救ってくれてありがとう」

 

私はグレイシアを優しく抱きしめて呟く。

 

「そんな大層なことじゃないよ」

 

一瞬ビクッとしたがグレイシアは嫌がる様子もなく身を委ねた。

 

(ロズレイド)からも礼を言うよ。リーフィアがいなかったらどうなってたことか」

 

「うんうん。っていつから起きてたんですか!?」

 

「全く…これはさすがに(ムクバード)も食わないですよ」

 

「…………!」

 

震えはいつの間にか違う種類のものに変わっていて

 

ーーもちろん右ストレートをくらった。ぶん投げられた恨みも込めて。

 

 

*タマンタside

 

「おはようございます」

 

病室にて2日にして3度目の挨拶を交わす。ここまでくるともう慣れたものでわざわざ「こんばんは」に訂正したりはしない。

 

「おはよう」

 

「どうして毎度1番の重症がグレイシアさんの右ストレートなんでしょうね」

 

ムクちゃんもミカルゲも激闘だったと聞く。なのに1番の重症がバトル外で、しかも味方からくらった右ストレートなんてちゃんちゃらおかしい話だ。

 

「私は悪いことしてないんだけどね。もしかしたら最強のポケモンはグレイシアなのかもしれない」

 

「ふふっ、リーフィアさんが悪いことだけは分かりました。さぁ宴会の準備は出来てますので行きましょう」

 

「信用ないなぁ」

 

「信頼しているからこそ、ですよ」

 

そう、リーフィアさんならどんなバトルでも「グレイシアの右ストレートの方が強かった」って笑って帰ってきてくれるだろうという信頼の裏返し。

 

 

*ケイコウオside

 

今回も例に漏れず宴会を開催しています。

 

えっ、私ですか?私はネオンギルドの広報担当です。もちろんギルドですからいろんな情報を集めたり発信したりする訳です。ポケモン図鑑を作る夢のついでと言ったらいけません。

 

今日は編入試験を合格してミカルゲを封印したという今注目の調査隊、チーム"スノードロップ"の全貌を明らかにすべく、宴会に参加させていただきました!今回の参加者はネオンギルド、黒鷹隊、チーム"スノードロップ"、ロズレイドさん、トリトドン先生で、子供達は疲れて寝ています。

 

おっ、ようやく主役の登場ですね!

 

タマンタに連れられてお腹に包帯を巻いたリーフィアが客間に入ってくると

 

「「お疲れ様です!」」

 

(ねぎら)いの言葉がかけられたり

 

「この度は本当にありがとうございました」

 

感謝されたり

 

2日前に目覚めた見知らぬ記憶喪失のポケモンとは思えないほどにウォンシ地方に馴染んでいた。

 

「それじゃあミカルゲ事件解決を祝して、かんぱーい!」

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

リーフィアの音頭を皮切りに楽しくて長い夜が始まる。

 

 

*リーフィアside

 

宴会料理に手を付けようとしたら変なケイコウオに話しかけられた。変なケイコウオと言うのも失礼ではあるけど…そう、嵐のような少女だった。

 

「リーフィアさん初めまして!私はネオンギルドの広報担当、ケイコウオと申します。お噂は予々(かねがね)聞いております。我らがネオンギルドの編入試験に合格されたとか、復活したミカルゲを封印したとか。師匠ああ見えてSっぽい所ありますからさぞかし大変だったでしょう。あっ、今のは師匠には内緒でお願いします。それで今日はそんなリーフィアさんに取材させていただきたいのですがよろしいでしょうか!絶対リーフィアさん達に依頼したいってポケモンも増えますよ!」

 

「え、あ、うん」

 

勢いに押されて許可してしまったけど内心めんどくさい。調査のついでに依頼を受けるくらいならいいけど、別に有名になりたい訳じゃない。本来の目的はあくまで怪現象の解決と記憶の奪還。調査や依頼を受ける度に面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。隣のタマンタに目線で助けを求めるが、こうなることが分かっていたとばかりに見事にスルーを決められた。適当にあしらうか…

 

「さすが物分かりがいいですね!では早速、自己紹介からお願いします!」

 

「記憶喪失だし特には」

 

本当のことである。

 

「そうでした、私としたことが失礼しました。それでは気を取り直して編入試験の時のことをお聞かせください!」

 

「起きたらほとんど終わってたよ」

 

本当のことである。

 

「黒鷹隊の方達がすごいって…」

 

「ムクホークに負かされたよ」

 

本当のことである。

 

「じゃあ、じゃあ!今回はウォンシ地方の危機を救ったそうじゃないですか!」

 

「グレイシアのお守りのおかげで私の実力じゃないよ」

 

本当のことである。

 

「もうっ、そんな意地悪な答え方しなくてもいいじゃないですか!いいですよ、そっちがその気なら他の方に聞いて絶対暴いてみせますから!」

 

「本当のことしか言ってないんだけどなぁ」

 

そうして嵐は過ぎ去った。

 

「大変ですねぇ」

 

果たしてタマンタが放った言葉は誰に対して言ったものだったのだろうか。

 

 

*ケイコウオside

 

あんなもったいぶった言い方じゃ図鑑書けないじゃないですか。師匠といい勝負ですよ!そうだ、このことを新聞に書いてやる。後悔しても知らないんですからね!

 

機嫌を悪くしてふよふよ浮いているとトリトドン先生がムクちゃんとロズレイドさんにミカルゲの話を聞いていた。すぐに営業スマイルに戻して一緒に聞きに行く。何と言っても今回の事件の目玉であり、ムクちゃんとロズレイドさんは実体験者ですからね!リアルな話を聞けるに違いないこのチャンスをみすみす逃す訳にはいきません!

 

「すいませーん、私もご一緒させてもらっていいですか?」

 

「いいですよ」

 

話し手のムクちゃんから許可が降りる。ここに来たのは正解だったかもしれない。この3匹ならリーフィアさんみたいに意地悪な答え方はしないし、今回は聞く側のトリトドン先生もいつもお世話になっている博識さん、これは為になる話が聞けそうです!

 

「ありがとうございます。それでそれで、ミカルゲはどんなポケモンだったんですか!」

 

「ミカルゲは108の魂から成るポケモン。500年前にウォンシ地方征服を目論んで御霊の塔に要石を媒体として封印されたとされています。ただ、1ヶ月前の怪現象でその封印が弱まってしまったようなのです。封印し直そうにも、その術式は私達が補強するには複雑すぎた。ここまではいいですね?」

 

「はい」

 

トリトドン先生が分かりやすく前提知識の講義をしてくれる。私は1音も聴き逃すまいとペンを走らせます。

 

「それで今回の事件は子供達が弱まった封印を解いてしまうところから始まる。被害が拡大しないように(ロズレイド)も全力で挑んだが弱点無し・毒無効の堅い守り、厄介な弾幕、自在に影を操る能力の前には無力だった」

 

(ムクバード)もグレイシアさんに教えてもらってリーフィアさんとの約束を果たしに行ったのですが、情けないことに魂を奪われてしまいました」

 

「待ってください頭の処理が追いつきません。弱点無し?毒無効?魂を奪われる?ということは今のロズレイドさんとムクちゃんは魂が無い状態…?」

 

ロズレイドさんとムクちゃんが放った衝撃の言葉に思わずペンが止まってしまいます。

 

「ハハっ、もしそうだとしたら私達はこうしてここにいないよ」

 

「ですよね…」

 

ホッと胸を撫で下ろす。

 

「でもそんな化物どうやって封印したんですか?」

 

「封印自体は術式にグレイシアのお守りを組み込んでいたね。(ロズレイド)としては無敵にも思えるミカルゲをどうやってあそこまで追い詰めたのかも気になるかな。意識が戻ったら衰弱しきっていたし」

 

(ムクバード)も気になります。お守りのことも含めてリーフィアさんに聞きに行ってみましょうか」

 

「リーフィアさんは意地悪な答え方しかしてくれないので嫌です」

 

 

「「「?」」」

 

 

3匹とも顔にハテナを貼り付けている。あれ、もしかして私にだけ…?

 

ええ、分かってますよ。初対面なのにがっつきすぎた私が悪いってこと!でも今すぐ戻るのは負けを認めた気がして癪なのです。

 

「とっ、とにかく!私はグレイシアさんに取材してきます!」

 

私は逃げるようにその場から離れた。

 

「グレイシアは反対方向…」

 

 

*ケイコウオside

 

穴があったら入りたいです。私が悪いとはいえリーフィアさんが師匠に負けず劣らずの意地悪なのも事実。どうしてああも共感が得られなかったのでしょう。

 

突如現れた記憶喪失のポケモンですし、ウォンシ地方の皆にもよく知ってもらうためにもリーフィアさん自身のことも取材する必要がありそうですね!

 

言っておきますけどあくまで仕事のためですからね!

 

そうこうしてる内にグレイシアさんの元へ辿り着きました。どうやら師匠(ネオラント)隊長(ムクホーク)も一緒のようです。

 

「すいません。今回の件について取材させてもらっていいでしょうか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

がっつきすぎるのが私の悪い癖。率直な気持ちを引き出すためにもここは単刀直入に

 

「ありがとうございます!リーフィアさんについてどう思ってますか?」

 

「けほっこほっ、けほっこほっこほっ」

 

グレイシアさんがむせてしまいます。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがとう。っていうか今回の件とリーフィアについてどう思ってるかがどう関係あるのよ!?」

 

「意地悪な答え方をされたので…じゃなくてですね、チーム"スノードロップ"の紹介記事を作るためです」

 

「なるほど、そういうこと。確かにちょっと意地悪なとこはあるわよね」

 

「分かります?」

 

「ええ、だけど優しいところもあって頼もしくてかっこよくて…って何言わせるのよ!今のは忘れてちょうだい。お願いだからペン止めて!?」

 

先程からも分かるように意外とリーフィアさんは好感を持たれているようですね。不本意ながらメモしておきます。仕事ですから。

 

「隊長はどう思っていますか?」

 

「うむ、技を見ただけで強いと分かったよ。今回も期待通りミカルゲを封印してくれた」

 

「でもリーフィアさん隊長に負かされたって言ってましたよ?」

 

「あぁ、確かにぶっ飛ばした」

 

「起きたら終わっていたというのは…?」

 

(あなが)ち間違いでもない」

 

私は考えるのをやめた。

 

「師匠はどう思っていますか?」

 

「んー、そうね。一見冷静そうに見えるけどそれを崩す瞬間が楽しいわ」

 

「上には上がいた…」

 

「ケイちゃん、後でこっち来てね」

 

私の人生終わった…

 

 

グレイシアside

 

「そういえばお守りはどうした?」

 

「リーフィアがミカルゲを封印する時に使いました」

 

隊長の問いと私の答えにどんよりとしていたケイちゃんがバッと顔を上げる。

 

「もしグレイシアさんがよければその時の話、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

 

あまり進んで話したいものではないけれど…これは私自身乗り越えなければいけない話だ。

 

一呼吸置いて

 

「さっきムクちゃんがやられてしまうとこまで話してたのだけど、ケイちゃんはそこまで大丈夫?」

 

「はい、そこまでは私もロズレイドさん達に聞いたので大丈夫です!」

 

「それでね、私は恐怖で戦意喪失しててそれを庇ったリーフィアも魂を奪われてしまったの。そして残された私は抵抗することなく影に呑み込まれた」

 

「えっ話が違…」

 

「でも魂を奪われることは無くてお守りの光が影を侵食していったの。私には光が影に死を与えているように見えた」

 

「ほう…」

 

「お守りに影を無効化する力があると分かったミカルゲはすぐにお守りを狙ってきたわ。そこからのことはよく分からないけど、またお守りが光って気付いたらリーフィアがミカルゲを倒していたの。リーフィアは私がピンチになったら発動するように術式が組み込まれていたんだろうって言ってたわ」

 

「へぇ…そんな不思議なこともあるんですね」

 

「本当に。自分でも驚いているわ。名前も顔も忘れてしまったけれど大切なポケモンから貰ったお守りがこんなにすごいものだったなんて。どうやら神聖な力がこもっているようでミカルゲも無事封印できたみたい」

 

ーー「あなたはそれでよかったの?」

 

ネオラントさんから鋭い問いが飛んでくる。こちらを見据える瞳は真っ直ぐで、まるで心の奥まで見透かされているような心地がした。

 

悲しくないと言ったら嘘になる。記憶を無くしてしまった今、私と彼を繋ぎ止めるのはお守りただ1つだけだったから。

 

 

でも

 

 

「私はもう1人じゃないから」

 

 

ーーそれに、お守りの中の彼が私を守ってくれた光景は一生忘れられそうにない。

 




今回もまたしーくさん(Twitter→https://mobile.twitter.com/takumasiku )から挿絵をいただきました、ありがとうございます!

【挿絵表示】

これをテスト期間に見せられた筆者は無事天に昇りました。

次回はケイコウオのポケモン図鑑で登場ポケをおさらいする予定ですが、しーくさんに「イラスト期待しています!」と言われたので呉々も期待はせずにしばしお待ちくださいませ


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【番外編】ケイコウオのポケモン図鑑

拙いですが筆者の挿絵もあります


*目次(敬称略)

・リーフィア

・グレイシア

・ネオラント

・タマンタ

・ムクホーク

・ムクバード

・ミカルゲ

・ロズレイド

・エテボース

・トリトドン

 

 

 

 

*リーフィア

【挿絵表示】

 

・最近目を覚ました記憶喪失のポケモン。現時点でリーフィアを知ってるポケモンはおらず、自身も記憶喪失のためその正体は謎に包まれている。

 

・チーム"スノードロップ"の一員。なんでも、ネオンギルドの編入試験に合格したとか。しかし本人曰く「起きたら終わっていた」「ムクホーク隊長に負かされた」とのこと。隊長に裏を取ったところ、嘘は言ってないみたいで訳が分かりません。

 

・ミカルゲ事件の解決者。ロズレイドやムクバード副隊長でさえ敵わなかったミカルゲを見事封印した。本人曰く「自身の実力ではない」グレイシア曰く「リーフィアも1度は魂を奪われた」とのこと。この際訳が分からないのは置いといてここで疑問が1つ、なぜ封印の(すべ)を知っていたのでしょう。謎は深まるばかり。

 

・意地悪

 

・(現時点で判明している)代表的な技

ソーラーブレード、ソーラービーム、リーフブレード、草結び、はっぱカッター、電光石火、光合成、草笛、封印(?)

 

・住民に聞いてみた

Gさん「無自覚女誑し」「優しくて頼もしくてかっこいい」

Mさん「隊長が認める実力者。私も尊敬しています」

Nさん「一見冷静に見えるけど、それを崩す瞬間が楽しいわ」

 

 

 

 

*グレイシア

【挿絵表示】

 

・クールビューティーなお姉さん

 

・に見せかけたからかい甲斐のある天然ちゃん。面白いくらいに表情が変わる。

 

・女子力が高く料理・裁縫はお手の物

 

・チーム「スノードロップ」の一員。1ヶ月前の怪現象で記憶と行方を眩ましたパートナーを探すためにチーム"スノードロップ"を結成した。

 

・黒鷹隊を半壊させたり、リーフィアを右ストレートでノックアウトしたり。つまりグレイシアさんが最強?

 

・パートナーから貰ったというスノードロップのお守りには神聖な力がこもっているらしく、ミカルゲの魔の力を封印することに見事成功した。

 

・代表的な技

氷の礫、冷凍ビーム、吹雪、霰、オーロラベール、Silver bullet(オーロラベールを纏いながらリーフィアにぶん投げられた)

 

・住民に聞いてみた

Rさん「右ストレートをうたせたら右に出るポケモンはいない」

Tさん「いい栄養補給になってます」

Mさん「リア充爆発しろという感情を超えてもう幸せになってください」

 

 

 

 

*ネオラント

【挿絵表示】

 

・ネオンギルドのギルド長。師匠は医療にも精通しているため、ポケモンセンターの役割も担っている。情報や依頼も集まるので調査隊はぜひネオンギルドに!

 

・ギルド長といっても戦っているところは見たことがないので実力は未知数。昔はムクホーク隊長と旅をしていたらしい。

 

・私たちも含めて水タイプが地上にいられるのは師匠が教えてくれたアクアリングのおかげ。

 

・ぽわぽわとした雰囲気

 

・に見せかけたドS

 

・表情1つ変えずに冗談を言うので真に受けると痛い目に合う。

 

・住民に聞いてみた

Rさん「優しい小悪魔」

Tさん「すごく疲れます」

Mさん「ネオラントだけには頭が上がらない」

 

 

 

 

*タマンタ

【挿絵表示】

 

・私の姉弟子であり、ネオンギルドの医療担当(助手)

 

・毎日患者の食事を作っているため、料理の腕はお墨付き。

 

・他人の恋愛話が大好きな乙女。その程度は時々妄想の世界に(トリップ)するほど。

 

・に見せかけて実は洞察力が鋭く、面倒見がよかったりする。

 

・師匠に似始めている。

 

・住民に聞いてみた

Rさん「意外とまともな爆弾少女」

Gさん「会うたびにからかわれてる気がするわ」

Nさん「いつも助かってるわ」

 

 

 

 

*ムクホーク

【挿絵表示】

 

・黒鷹隊の隊長。テンガン山の麓にムクの縄張りをもつ。そこで取れる貴重な復活草をネオンギルドに仕入れてもらっている。

 

黒鷹隊(こくようたい)はいつも挿絵を描いていただいているしーくさん命名。

 

・戦っているところは見たことないが、編入試験ではリーフィアをムクバード副隊長ごと竜巻で吹っ飛ばしたらしい。師匠曰く、ムクホーク隊長が戦うと辺り一帯更地になってしまうとのこと。

 

・そんな強いムクホーク隊長も師匠には頭が上がらないという。師匠どれだけ強いんだろう。

 

・住民に聞いてみた

Rさん「戦いたいって言われたけど勝てる未来が見えない」

Mさん「(ネオラントに対して)あんなに情けない隊長は初めて見ました」

Nさん「加減というものを知りなさい」

 

 

 

 

*ムクバード

【挿絵表示】

 

・黒鷹隊の副隊長。ムクホーク隊長は師匠からバトル禁止令を出されているらしく、バトルにおいて実質的なリーダー。

 

・部下のムックル達を統率して戦うが、1匹でも充分強い。

 

・バトルは強い代わりに料理などの女子力は皆無。

 

・本人は嫌がっているが、あだ名はムクちゃん

 

・リア充アレルギー。リア充を摂取すると途端に話を聞かなくなる(時と場合による)。

 

・代表的な技

かたきうち、ブレイブバード、エアカッター、霧払い

 

・住民に聞いてみた

Rさん「タマンタと並んで、まともなのに残念」

Mさん「強くなったな」

Tさん「せっかくの毛並みなのにモフらせてくれない。宝の持ち腐れです」

 

 

 

 

*ミカルゲ

 

・ミカルゲ事件の主犯。一歩間違えばウォンシ地方が壊滅してしまうほどの危険度。

 

・500年前に悪さをして要石を媒体として御霊の塔に封印された。108の魂から成るが、封印された時に全て解放された。

 

・弱点が無いゴースト・悪の複合タイプ。毒無効。

 

・魂と影を操り、影の中に潜ることも可能。魂が増えるごとに力も増していく。

 

・魔の力に手を出しているため、神聖な力には弱い。

 

・非常に狡猾。

 

・代表的な技

無限暗夜への誘い(※)、シャドーボール、悪の波動、影うち

※技の効果で魂を奪えるが、ノーマルタイプにはまた別の方法で魂を奪う。

 

・住民に聞いてみた

Rさん「色々と規格外」

Gさん「嫌な事件だったけど、今思えばそのおかげで私はトラウマを乗り越えることができた」

Rさん「リーフィアがいなかったらどうなってたことか」

 

 

 

 

*ロズレイド

 

・花屋「両手に花」の店主。意中の相手への贈り物にぜひ。

 

・頭の回転が早く、クールビューティー。つまりリーフィアとグレイシアのいいとこ取りをした感じ。

 

・スノードロップについて聞いてみた

神話にも登場する「希望」と「慰め」を象徴する花であり「死」を象徴する花でもある。グレイシアから聞いた話も合わせるとお守りにも死の力がこもっていたようだ。最近は怪現象の影響で採取場所の記憶が無くなってしまったらしい。

 

・代表的な技

花吹雪、ソーラービーム、毒突き、シャドーボール

 

・住民に聞いてみた

Rさん「華麗なバトルだった」

Gさん「私も将来こんな風になれたらなぁ…」

 

 

 

 

*エテボース

 

・カフェ「猿の腰掛け」のマスター。店に入ると可愛らしいウエイトレスのリーシャンが出迎えてくれて、ピンプクがコーヒーに合う料理を作ってくれる。当の本人は気ままに道具を作っている。

 

・特性"ものひろい"で蒐集した道具を"テクニシャン"で加工する。腕はピカイチなので何か欲しい道具がある時や修理してもらいたい道具がある時はぜひ。コーヒーと世間話で退屈しないので一石二鳥。

 

・グレイシアのお守りを加工したのもエテボース。やはり記憶は無いようだ。

 

・ロズレイドと並んで頭の回転が早い。若干ロズレイドに似てる…?

 

・住民に聞いてみた

Rさん「どうしてウォンシ地方のポケモンはもったいぶった言い方を好むのか」

Gさん「エテボースさん相手だとついつい話しちゃうわ」

 

 

 

 

*トリトドン

 

・ポケモンスクールの先生。現在の生徒はスボミー、ゴンベ、マネネ、ウソハチ。子供達が立入禁止の御霊の塔に入ったことでミカルゲ事件が起きてしまったが無事解決した。

 

・博識。特に歴史的なことに詳しい。

 

・東の海の落ち着いた配色でそれに違わず性格も落ち着いている。悪く言えば何しても許してもらえそう。だからこそ今回のミカルゲ事件が起こってしまったか。生徒には苦労させられている。

 

・住民に聞いてみた

Rさん「教師は大変そうだね」

Gさん「困った時はネオンギルドかトリトドン先生に聞けば何とかなるわ」




・シンオウ地方を逆から読むとウォンシ地方
・ネオンシティ≒ヨスガシティ


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p.15 リーフィアのお悩み相談室【挿絵】

*ムクバードside

 

私は今にも降り出しそうな灰色(グレー)の空を見上げながら悩んでいた。

 

ーー強くなりたい。

 

私はこの平穏な日々の中で舞い上がっていたのかもしれない。もちろん修行は頑張ったし、その甲斐もあって副隊長として認めてもらえた。だが副隊長という地位を得たことで満足して現状に甘えていたのではないか。

 

それは編入試験の時に痛感させられる結果となった。結果的には黒鷹隊の勝利に終わったからいいかもしれないが、あれは完全に私の負けだった。グレイシアさん1匹にほぼ半壊させられている時点でリーダー失格だし、仮にあの敵討ちが当たっていたとしても、もう1匹を倒す余力は残っていない。よって隊長が横槍を入れていなければムクの縄張りと復活草の防衛には失敗していたことになる。何より今までで一番の「敵討ち」がいとも容易く吹っ飛ばされて、隊長との力の差は思っていたよりもずっと大きいものだったのだと実感させられた。

 

そして今回のミカルゲ事件が起きた。結果は言うまでもなく惨敗。

 

「ムークちゃん。ねえ、ムクちゃんってば」

 

沈みかけていた気持ちにタマンタの柔らかい声が響く。いつのまにか隣にタマンタがいたらしい。

 

「そう呼ぶなって何度言えば……で、何のようだ?」

 

「新聞が刷り上がったので届けにきました」

 

「新聞なら私たちが配るからわざわざ寒い中届けに来なくてもよかったのに」

 

「今回の新聞は自信作だそうですからね。ところで何悩んでたんですか?」

 

「お前にはお見通し、か」

 

「友達ですからね」

 

 

*ムクバードside

 

タマンタは適度に相槌を打ちながら私の話を聴いてくれた。普段は爆弾少女なのに、こういう時だけは不思議と悩みを吐き出してしまうほどには聞き上手なのだ。

 

「なーんだ、そんなことでしたか」

 

前言撤回。

 

「何だとは何だ。これでも私は本気で悩んでるんだぞ」

 

「それならいい相談役を知ってるのでその方ならちょちょいのちょいですよ」

 

「本当か?」

 

「ええ」

 

ーー少女移動中ーー

 

「着きました」

 

「冗談なら帰るぞ」

 

いい相談役がいると言うから着いてきたというのに目の前にあるのは病室。病人が私の悩みを解決してくれるとは思えない。

 

「まぁまぁ、相談してみてからでも遅くないですよ」

 

コンコンと乾いたノックの音が2回。

 

「今お時間大丈夫ですかー?」

 

「大丈夫だよ。ちょうど暇していたところだ」

 

「失礼します」

 

ドアが開かれるとそこにいたのはリーフィアさんだった。

 

「こんにちは。実は用があるのは私じゃなくてムクちゃんでして」

 

「ギルドまで来て珍しいね」

 

「そ、そんな大した用じゃ…」

 

「相談したいことがあるんですよねー。じゃあ私は仕事があるので後は2人でごゆっくり」

 

「お前後ではっ倒す」

 

 

*リーフィアside

 

「本当に大したことないんですけど大丈夫でしょうか」

 

「見ての通り病室は何もないからね。寧ろありがたいくらいだよ」

 

「それなら…ってお体大丈夫ですか?」

 

「ああ、家が分からないから泊めてもらってるだけで全く問題ないよ。ほらほら、他人の心配ばっかしてないで話した話した」

 

「じゃあ。どうしたらリーフィアさんのように強くなれますか?」

 

「ん…?今でも充分強いような気はするけど」

 

「今のままじゃダメなんです。5vs2でチーム『スノードロップ』にも負けていますし、ミカルゲ事件の時も役に立てなかった…ウォンシ地方の平和を守る黒鷹隊の副隊長がこれじゃダメなんです」

 

「なるほど、そんなに気負う必要はないんじゃないかな。それに買い被りすぎだよ。私だって編入試験で勝ってはいないし、ミカルゲにも1度は負けた。誰だって負けることくらいあるさ」

 

「でも最終的にはミカルゲに勝った」

 

「お守りの思いが力を貸してくれたおかげでね。そう、ムクちゃんには素敵な仲間がいる。困った時は仲間に力を貸してもらえばいいし、ムクちゃんは仲間のために戦うことも知ってる。仲間のために強くなりたいって思うその気持ちがあれば大丈夫だよ。あっ、でも無茶しすぎると仲間に心配かけて怒られるから程々にね」

 

「ふふっ、ふふふふっ。リーフィアさんが言うと説得力が違いますね」

 

「耳が痛いよ…」

 

「ありがとうございました。リーフィアさんのおかげで少し気が楽になりました」

 

「まぁ、なんだ。修行手伝ってほしい時はいつでも呼んでくれ。付き合うから」

 

「つっ、付き合う……失礼します!」

 

ムクちゃんが急に赤くなって凄い勢いで去っていった。私何か悪いこと言ったかな?

 

 

*タマンタside

 

これは中々面白いものが見れましたねぇ。グレイシアさんといいムクちゃんといい、恋愛に耐性が無さすぎます。そこが初々しくて可愛いんですけどね。いいこと思いつきました。今日は2月14日、後は分かりますね?

 

ーー少女ムクちゃん追いかけ中ーー

 

「はぁ、はぁ、やっと追いついた。病室の廊下を走らないでくださいよぉ」

 

「だって…だって」

 

「だって、何ですか。もしかして付き合うとか言われちゃって照れてるんですか〜?」

 

「おまっ、今度こそ地獄に行きたいようだな?」

 

「まぁまぁ落ち着いてください。心配しなくても修行に協力してくれるだけだと思いますよ」

 

「なっ……!ま、まぁ私は最初から分かっていたけどな!」

 

「はいはい。ところで今日は2月14日、何の日か知っていますか?」

 

「んー…何か特別な日だったっけか?お正月は過ぎたし雛祭りはまだ先…」

 

「あーもうムクちゃんは疎いですね。今日は女の子がチョコを作る日ですよ。たまにはムクちゃんも肩肘張らずに料理で気分転換しましょう。今なら特別に無料でタマンタちゃんのお料理教室が受けられます!」

 

「別に私は料理が上手くなりたい訳じゃ…」

 

「料理が上手い女の子はモテますよ。それに、お世話になったリーフィアさんへのお礼にもちょうどいいです」

 

「くっ、痛いところを…」

 

ーー少女料理教室中ーー

 

「お菓子作りって意外と難しいんだな…」

 

どうやったら簡単なチョコ作りでこんな不恰好にできるのでしょう。ある意味才能だと思います。当分宴会での戦力にはなりそうにないですが、ここはタマンタちゃん、リーフィアさんも言っていたように料理も焦らず。

 

「最初は誰でもそんなもんですよ、焦らず練習していきましょう。形はともかく味はタマンタちゃんが監修してますし、気持ちのこもったチョコが美味しくないはずがありません。早速渡しに行きましょう!」

 

ーー少女移動中ーー

 

「あっ、あの。今日は相談に乗ってくれてありがとうございました。これ、形は悪くて申し訳ないですがお礼のチョコです」

 

「お礼なんていいのに。料理苦手なのにここまでしてくれるとは…ありがとう、美味しいよ」

 

「よ、喜んでくれて嬉しいです」

 

普段は堂々としているムクちゃんも異性に褒められるのがこんなに弱いとは。これだから悪巧みはやめられませんねぇ。

 

「ところで私なんかにチョコ渡してよかったのか?」

 

「タマンタから今日は女の子がチョコを作る日だと。料理のレッスンをしてくれたのでそのついでと言ってはなんですが」

 

「なるほどね、タマンタらしい。間違ってはいないけど…」

 

「けど?」

 

リーフィアさんそれ以上言っちゃダメです私の命が危ない。

 

「今日はバレンタインデーと言ってね、意中の相手にチョコを渡す日なんだ」

 

「……あのマンタ…………」

 

ムクちゃんが幽鬼になってこっちに来る。盗み聞きして楽しんでるのがバレた?バレンタインデーだけに。って冗談を言ってる場合じゃないです。逃げましょう。

 

ドアが開かれる。

 

「今日という今日は許さんぞ!絶対捕まえて刺身にしてやる。待てーー!!」

 

今日もウォンシ地方は賑やかだった。




今回もしーくさん(https://mobile.twitter.com/takumasiku ←twitterアカウント)から挿絵をいただきました!ありがとうございます!

【挿絵表示】

グレイシアverのバレンタインデー小噺も書こうと思いましたが、この挿絵に全て詰まっているので今回はここで筆を置きます。
ではまた第3章で!


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第3章
p.16 希望の光


*エテボースside

 

ふぁさふぁさふぁさ

 

決して大きくはないが誰かが降り立つ音が微かに聞こえる。しかしそれは客ではない。そもそも僕の店はまだ開いていないし、ピンプクもリーシャンもまだ寝ている。

 

では何か。

 

なんて悩む必要もなくそれはムクバードが新聞を届けにきてくれた合図なのであった。毎朝こんなに早く届けに来なくてもいいのにと思いつつ、時計の針を見ると今日は更に早いことに気付く。さてはあの2匹が何かやらかしたなと期待を馳せて取りに行く。

 

カランコロン

 

ドアを開けるとムクバードが驚いた様子でこちらを見る。

 

「……起こしてしまいましたか?」

 

「いつもお疲れ様」

 

「ありが……いつも!?……すみません」

 

「いんや、年寄りの朝は早いからね。心地いい目覚ましになってるよ」

 

「年寄りって充分若いじゃないですか」

 

「気持ちは期待の新人を見守る老人さ」

 

「うわぁ…一見イケメンそうなのに残念な言葉第1位を記録更新しました。それで今日はどうして直接受け取りに?」

 

「今日の記事は面白いことが分かっているからね」

 

「読んでないのに…?」

 

疑問符を量産するムクバードが印象的だった。

 

 

 

 

*エテボースside

 

ムクバードが去っていき、されど開店には時間がある静寂の時間。自分用にモーニングコーヒーを淹れ、新聞に目を通す。

 

 

"チーム「スノードロップ」ミカルゲ事件を解決"

 

 

思った通り、チーム"スノードロップ"の記事が一面に大きく書かれていた。思わず笑みがこぼれてくる。あぁ、あいつら本当にやりやがったな、と。

 

ミカルゲといえば500年から封印され続けているウォンシ地方屈指の危険ポケモン。それをぽっと出の調査隊が封印し直したとなればインパクトは充分。名声はすぐさま風のようにウォンシ地方を巡るだろう。

 

「さて、次は何をやらかしてくれるかな」

 

そう呟いて作りかけの道具を手に取った。

 

 

 

 

エテボースside

 

道具を作っていたらいつのまにか朝日は昇り、ピンプク達も起きて開店の準備をしていた。僕がいなくても十二分に仕事をしてくれるのだから今ではすっかり頼もしいものだ。そんな思いに耽りつつぼんやりと眺めていたらピンプク達がこちらに気づいた。

 

「終わりましたか?今日はやけに気合い入ってましたね」

 

「ましたねー」

 

 

「そうかい?いつも魂込めて作ってるんだけどね」

 

 

「それはそうなんですけど、作ってる最中ずっとにやけてたというか」

 

「にやにやです」

 

 

「これはポーカーフェイス鍛えないとね」

 

 

「にやにやオーラが抑えられてないから無駄だと思いますよ?」

 

「分かりやすいです〜」

 

ピンプクとリーシャンが新聞を見ながらいじめてくる。おかしい、誰だこんないじわるな育て方をしたのは。

 

 

 

 

*エテボースside

 

そしてついに開店時間。

 

だからといって特別忙しいという訳でもなく、ここにはリラックスしたいポケモンが集まる。たまにはコーヒーでも飲みながらゆったりと流れる時間の中で世間話をする、当たり前かもしれないけど大事なことだ。

 

当のマスターがカフェそっちのけで道具作りに夢中という噂は知らない。

 

「りーしゃんりーしゃん!」

 

そんな自虐をしていたらリーシャンの鳴き声が響き渡る。その可愛い鳴き声は閑静な雰囲気には似合ってないが結果的にはどちらも和むので誤差のようなものだろう。

 

「スノードロップのお二方、お待ちしていました!ささ、どうぞどうぞ!」

 

「入るわね。マスター、用って何かしら?」

 

ムクバードに伝言しておいたが、早速来てくれたらしい。

 

「まぁまぁ座って座って、コーヒーでもご馳走するよ」

 

「何か食べたいものはありますかー?」

 

 

「んー、私はオムライスで」

 

「私も同じものを頼むよ」

 

 

「了解です!」

 

 

「………何か視線を感じます。お腹に入ってるのは卵じゃないですからね?」

 

「よく分かったね」

 

「さすがにガン見されれば分かりますよ。ポケモンスクールで読んだ本によると私の進化ポケモンの卵は回復効果を持っているそうで、進化できる日を夢見てその卵に似た"まんまるいし"を入れてるんです」

 

「へぇ…それにしても綺麗な石だね」

 

「大変だったよ。しっかりしてるように見えて意外と意地っ張りで作ってって聞かなくてね」

 

「あーーー!今それ言わなくてもいいじゃないですかぁ…」

 

「さっきの仕返しだよ」

 

ピンプクがぷくーと頰を膨らませるが僕をいじるのが悪い。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「はい、お待たせしました」

 

何か微笑ましい光景をご馳走されて食べる前からお腹いっぱいな気がするが、されど楽しい世間話と共に箸は進む。

 

「それで話は戻るけど今日はどんな用で?」

 

今の今まで忘れていたが、私たちは招待されてここに来たのである。

 

「あぁそうそう、まさか本当にミカルゲを封印してしまうとはね」

 

エテボースが新聞片手に呟く。

 

「御宅の道具のおかげさまでね」

 

「使いこなすのも実力の内さ。特に封印術の類はね。普通のポケモンがそうそう簡単にできるもんじゃない」

 

「そうそう、何で伝説のポケモンでもないのに封印術や神聖な力を使いこなせたのよ」

 

「うーん…何でって言われてもね。使えたから使ったとしか」

 

「リーフィアってすぐ無茶しようとするし、記憶と一緒にリミッターのネジでも抜け落ちたんじゃないかしら」

 

「それなら記憶と一緒にネジも探しにいかないとね」

 

「私が氷で固定してあげるわよ。その憎たらしい頭も冷やせて一石二鳥ね」

 

「溶けちゃうから却下で」

 

「ほんっと憎たらしい」

 

「「ふふっ、あはははっ」」

 

 

 

 

*エテボースside

 

軽口を言い合う2匹を見てたら一層年寄りな気分になってきた、この気分をどうしてくれよう。僕は大人だからこの際それは置いといて今日の本題、

 

「今日はそんな有名チーム「スノードロップ」に見合う調査隊バッジをあげるために呼んだのさ」

 

そう、今朝早くから作っていたのはチーム「スノードロップ」の調査隊バッジだったという訳だ。本当はもっとのんびりまったり優雅に作る予定だったが、新聞で2匹の活躍を見てついつい手が動いてしまっていた(夢中になってしまっていた)。ピンプクとリーシャンにからかわれてしまうほどには。

 

「わぁ…すごい。ありがとう、マスター!スノードロップを模してるなんて分かってるじゃない」

 

グレイシアは傍目から見ても分かるくらい喜んでいる様子だった。新聞によるとあのお守り(唯一の繋がり)を依代に封印したと書いてあったから、少しは落ち込んでるかと思ったが…これなら大丈夫そうだ。

 

「そうだろう?通信機能も付いててネオンギルドからの情報や依頼も見れるから存分に使ってくれ」

 

「あくまで調査隊だから有名になっても困るんだけどなぁ…」

 

「手遅れだから諦めな」

 

リーフィアの葉っぱはより一層垂れ下がっていた。

 

 

 

 

*エテボースside

 

「で、本命の調査は進んだかい?」

 

「いや、全く。ミカルゲを封印した神様のことを聞きたかったんだけどね。これだけ影響力が大きいと神が起こした可能性もあると思うんだ」

 

「そのことなんだけどお守りに込められた神聖な力は、そのミカルゲを封印したという神様と同一の力なんじゃないかな?」

 

「というと?」

 

「お守り作りに神様が関与した可能性がある」

 

「まさか、私のパートナーが神さまな訳」

 

「お守りには3つの力が込められていた。君のパートナーの力、スノードロップ自体の力。そして神聖な力。調べてみる価値はあるんじゃないかな?」

 

「でも、どこから調べれば…?」

 

「あるだろう?1つだけヒントが」

 

「「あっ」」

 

2つのバッジが希望の光を放っていた。



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p.17 漆黒の放浪者

*グレイシアside

 

マスターが言った通り怪現象の謎を解く鍵は『スノードロップ』に間違いないと私も思う。灯台下暗しとでも言おうか、パートナーのことしか頭に無くて見落としていたが、『スノードロップ』は怪現象で()()()()()()()()()()()数少ない共通項(希望の光)なのであった。そんな希望の光を頼りに聞き込み調査をしているのだけど…

 

収穫は0、調査難航中よ。

 

当然よね。花のプロ(ロズレイドさん)ですら分からないのにすぐに見つかる訳が。

 

「ぐあ〜どこから探せばいいのよ…」

 

「こらこら、一端(いっぱし)のレディがそんな声出さない」

 

項垂れる私をリーフィアが(なだ)める。そうは言ってもこれは『砂浜で落とした確証もないビーズを探す』ような作業。終わりは見えずこんな声も出したくなる。

 

探すものが分かっているだけまだマシだけどね。でも近くて遠いこの感覚、分かるだろうか。

 

「おやおや、これはこれは。最近話題のチーム『スノードロップ』さんじゃないですか」

 

突然知らない声が聞こえて振り返ると声の主ーーシックなドンカラスーーとキザなマニューラがいた。見覚えのない2匹だ。

 

「話題なんて照れるわね。初めて見る顔だけど自己紹介してくださる?」

 

「おっと失礼。お初にお目にかかります(わたくし)はドンカラス。マニューラと旅をしている者です」

 

深々とお辞儀するドンカラスとは対照的にマニューラは無言で軽く目を合わせる。なるほど、旅をしてるとなれば初顔合わせなのも納得できる。

 

「それであなた方は何を探しておいでで?」

 

「スノードロップっていう花を探しているわ」

 

「ほぉ…それはまた何故?」

 

「怪現象の謎を解くためよ。貴方達は何か知らない?」

 

「それは興味深いですね。しかし誠に残念ながらそのような花は存じ上げません」

 

半分諦めながらマニューラを見てみるも同様に首を横に振る。

 

「そうよね…各地を旅してるポケモンだったら何か知ってると思ったのだけど現実はそう甘くないわよね…」

 

「では見つけたらギルドに連絡しておきますので私たちはこれで。あなた方とはまた巡り会う、そんな気がします。その時はよろしくお願いしますね」

 

「そう…ね?」

 

現実逃避から顔を上げるとそこにドンカラスとマニューラの姿はもうなかった。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「あれ、いつの間に…?」

 

「さっきマニューラを乗せて飛んでいったよ」

 

その様は夜なのも手伝って闇夜に紛れるようであった。それこそ下を向いていたグレイシアが気付けないほどに。

 

敢えて口を出さずに見ていたが、個人的な印象としては胡散臭いの一言に尽きる。能ある鷹は爪を隠すと言うが、黒鷹隊よりも似合ってるんじゃないかと思う。というか隊長は脳筋の鷹は爪を隠されるが正しい。

 

そんな冗談は置いといて今日初めてネオンシティに来た旅人なのに昨日今日発足したチーム『スノードロップ』を知ってるものなのだろうか。根拠はないが、手放しで信用できる相手ではないと本能が囁いていた。

 

「礼儀正しく答えてくれたから別れの挨拶くらいしたかったのに…」

 

この鈍感お人好しグレイシアは大丈夫だろうか。



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p.18 幻の花

*リーフィアside

 

怪しげな2匹と別れた翌日、私達はネオンギルドのロビーに集合していた。

 

「調査は進んでいるかしら?」

 

ネオラントからそんな問いかけが来るも答えは当然

 

「いえ、全く。そっちはどうですか?」

 

ネオンギルドはいろんな探検隊や調査隊が出入りする。であれば当然情報も集まるし、集まった情報はケイコウオが分かりやすく新聞にまとめてくれている。ウォンシ地方で一番情報が集まる場所と言っても過言ではない。

 

「貴方達の予想通り、スノードロップを見たというポケモンはいなかったわ。どうやらスノードロップに関連する()()も世界から忘れられているみたい。怪現象に関わっていると見て、まず間違いないでしょうね」

 

「でもネオンギルドが生息地を特定できてないとなると私たちは正直お手上げね」

 

逆に言えばネオンギルドは情報において最後の砦という訳だ。グレイシアの言う通りギルド長(ネオラント)が知らない情報はそれだけ珍しく、並大抵の調査では手に入らないということを意味している。

 

「案外そうでもないよ」

 

突然割って入った声だが、昨日とは違って見知ったポケモンであった。声の主は振り返るまでもなく上品なバラの香りが物語っている。

 

「ウォンシ地方では突然後ろから話しかけてびっくりさせるのが流行ってるのか?」

 

「へぇ…リーフィアでもびっくりすることがあるのね。全然そういう風には見えないけど」

 

「グレイシアみたいに怖がりでもなければオーバーリアクションでもないからね」

 

次の瞬間右ストレートが炸裂したのは言うまでもない。

 

 

 

 

*ロズレイドside

 

グレイシアの右ストレートを見たのはこれで2回目だが、改めてすごい威力だなと思う。当のグレイシアは「わざわざ私のイメージを崩しにいかなくてもいいじゃない!私のクールビューティーは何処(いずこ)へ…」と涙目でプルプルしている。残念ながらリーフィアは痛みでもがき苦しんでいるのでそれを聞く余裕はなさそうだが。

 

でも言われてみれば確かに以前のグレイシアは『クールビューティー』がよく似合うポケモンであった。

 

今はどうか。

 

もちろん何もなければ『クールビューティー』なのだが、以前よりも表情や感情が豊かになった気がする。以前のグレイシアであれば涙目でプルプルしたり、ましてや恥ずかしさのあまり右ストレートを放ったりするなど到底考えられない。リーフィアが閉ざしていた心の殻を開いたとでもいうのだろうか。

 

「笑ってないで治療してくださいよ(助け舟を出してくださいよ)…」

 

誰も助けようとしないから忘れていたが、復活したリーフィアが医者に皮肉めいたことを言う。

 

「治療するところが見当たらないわ」

 

そんな皮肉もネオラントにはひらりと受け流されるだけだった。

 

 

 

 

*ロズレイドside

 

「リーフィアも復活したところでさっきの話なんだけど」

 

「ロズレイドさん何か分かったんですか?」

 

調査に疲れたグレイシアが目をキラキラさせて問うが生憎、

 

「いや、具体的なことは全く」

 

一瞬でグレイシアの目から輝きが失われた。「ロズレイドさんですら分からないのにどうやって探したらいいのよ…」などと呟いている。

 

「でもそんなに悲観することはない。分からないことが分かっただけでも収穫だよ」

 

「と言うと?」

 

「これだけ多くのポケモンが目にしてないということはとても珍しい花であること」

 

「確かに『死』の力がこもった花がそこら中に生えてたら…いい心地はしないですね」

 

「神話にも登場している壮大な花だからいい話もあれば悪い話もあるよ。『死』の力がこもっているといってても神様の分霊みたいなもので微小だから問題ないし、使いこなせるのは神事に精通している一部のポケモンくらいだろう。…っと、君達にとっては(あなが)ち冗談では済まない話だったかな」

 

「あはは…」

 

リーフィアは半笑いで虚空を見つめている。

 

「でもそれのどこが収穫なんですか?」

 

「あぁ、今までの話をまとめると普通に探してては見つからない場所ーー例えば未開のダンジョンの奥地ーーにあるってことが分かる。だからギルドの依頼を受ける時にそういう依頼を積極的に受けることで自然と調査に繋がるってことさ」

 

グレイシアも半笑いで虚空を見つめていた。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「じゃあ私は店番があるから帰るよ」とロズレイドは爆弾を置いて帰っていった。でも確かに筋は通っていた。誰も見ていないということは即ち誰も行ってないような珍しい場所にあるということ。『記憶を失う前のロズレイドさんはどうやって仕入れてたんだ』と言いたくもなるが幸い、消えた記憶と違ってスノードロップは確かに存在している。地道ではあるが探せば確実に見つかるという点がせめてもの救いであった。

 

「依頼はこっちよ」

 

依頼を受けてもらえると知って上機嫌のネオラントが掲示板へと案内してくれる。先日貰ったバッジでも見れるらしいが、初めての正式な依頼ということで大きな画面の方が見やすいだろう。正直こっちが依頼出したいという本音を隠しつつ依頼を眺めていく。ーー採取依頼、届け物、お尋ね者など様々な依頼が出されている。

 

いろんな依頼がある中で最新の依頼にふと目が止まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

採取依頼

 

チーム「スノードロップ」様へ

 

ネオンシティの西、エレキ平原の奥地にあるとされる幻の花を採取してきてくれませんか?報酬は弾みます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「名指しの依頼…」

 

「たまにあるのよ、信頼されてる証拠ね。喜びなさいな」

 

「そうよリーフィア。しかも幻の花だって!今の私達にぴったりの依頼じゃない!!」

 

「うーん。幻の花の採取依頼か…匿名だしまた冗談好きな誰かさんに遊ばれてるんじゃないか?」

 

復活草採取の依頼に見せかけた編入試験が記憶に新しい。

 

「すっかりトラウマね。でも残念、今回は私が仕組んだものじゃないのよね。匿名なのは依頼主から希望があった場合にプライバシーを守るためよ」

 

「どう残念なのかは知らないが、それなら安心して受けれそうだ」

 

「じゃあ準備ができたら行きましょ!」

 

かくしてチーム『スノードロップ』はエレキ平原へと向かうのであった。



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p.19 どったんばったんエレキ平原

*リーフィアside

 

ドドドドド

 

「いぃぃやぁぁああ」

 

グレイシアの悲鳴がエレキ平原に響き渡る。いったい何が起きているのかというと、私たちはパチリスの群れに追いかけられていた。

 

 

ーー原因は遡ること数時間前ーー

 

「あれとこれとそれと…」

 

グレイシアが呪文を唱えている。

 

訳ではなく私たちはエレキ平原にむけて準備をしていた。

 

「長い」

 

「女の子のショッピングと準備を待てない男はモテないわよ」

 

「そう言うグレイシアはさぞおモテになるんでしょうね」

 

「なっ…大人のお姉さんな私がモテない訳ないじゃない!」

 

「………そういうことにしておこうか」

 

「何よそのリアルな間は?ほら、こんなに美味しそうなオレンの実のポフィン作れるポケモンなんてそうそういないわよ?」

 

2匹くらい思い当たったが、何なら大人のお姉さんなポケモンも2匹くらい思い当たったが自ら地雷に突っ込むのは愚策だ。せめて自爆してる時くらいは避けるのが賢い。

 

「確かに。でもダンジョンに持ってく食料なら手軽なりんごとかでもよくないか?冒険前にわざわざ手間をかけて作る必要は…」

 

「全く、リーフィアは全然分かってないわね。冬の険しいダンジョンで疲れた時に味わうお菓子がどれだけありがたいことか。過酷な冒険には"花"も必要なのよ。それにオレンの実は体力も回復してくれるから一石二鳥ね!」

 

意外と考えてられていて感心した。ーーこれが後にパチリスの群れに追いかけられる原因になるとも露知らずに。

 

 

ーー場面は戻ってエレキ平原ーー

 

ドドドドド

 

「大人のお姉さんはモテて大変だね」

 

「ものに釣られてるだけじゃない!」

 

オレンの実のポフィンの甘い香りに誘われたパチリスの群れは過激さを増していた。

 

「うん、諦めてポフィンは置いていこう」

 

「嫌よ!せっかく美味しく作れたのに。何で野生のパチリスなんかにあげなきゃいけないのよ!」

 

「パチリス達を鎮めるにはそれしかないんだ!悪く思わないでくれ」

 

ポフィンはグレイシアの荷物ではあるが、幸い持っているのは荷物持ちである私。ポフィンを置いて様子を見ると、予想通りパチリスの群れは鎮静化した。

 

「あぁ…私の唯一の楽しみが…」

 

そしてグレイシアも鎮静化した。

 

「まぁまぁ、こんなに美味しそうに食べてくれたんだ。よかったじゃないか」

 

「「「ありがとう!お姉ちゃん!!」」」

 

「ええ、いいのよ。今度また作ってあげるからね」

 

悲壮感漂うグレイシアだったが可愛いパチリス達のお姉ちゃん攻撃には敵うはずもなく、少し得意げに頰を緩めるのであった。

 

 

 

 

*グレイシアside

 

ポフィンを犠牲にパチリスを振り払った私たちは再びエレキ平原の奥地を目指して歩いていた。

 

「ところで幻の花ってどんな花なのかしら」

 

「幻の花って言うくらいだから見れば分かるんじゃないか?それこそスノードロップみたいに神聖な力が宿っていたり」

 

「リーフィアには神聖な力が分かるの?」

 

「分からなきゃミカルゲの時に使えてないだろう?」

 

私にはただの花にしか見えないのだけれど、リーフィアには神聖な力とやらが分かるらしい。バトルの強さといい封印術といい、記憶を失う前は案外すごいポケモンだったのかもしれない。

 

「それもそっか。なら心配無さそうね」

 

「いや、そうとも言い切れない」

 

「何で?」

 

「ネオラントにエレキ平原のことを聞き忘れた。どんなダンジョンなのか。奥地はどう目指すのか。何に注意したらいいのか。」

 

「あ…………。今からでも遅くないわ。マスターに貰った調査隊バッジで聞きましょう」

 

怪現象の解明に繫がるかも!と意気揚々に飛び出してきたが、確かに私たちはエレキ平原のことを何も知らない。何も知らないまま奥地を目指すのと情報がある上で目指すのとでは労力がまるで違う。主に面倒事に巻き込まれる確率的に。さっそく調査隊バッジの電源を入れてみる。

 

ジーーーー。

 

返ってくるのは音信不通を知らせる雑音のみ。

 

「残念ながらエレキ平原と言うだけあって特殊な磁場が発生してるみたいだね」

 

「じゃあ食糧も少なくなっちゃったし、今日の所は出直しましょ!ネオンシティはエレキ平原の東よね。マスターに貰った方位磁石…………」

 

当然の如く、方位磁石は特殊な磁場の影響で忙しなく回っていた。パチリスに追いかけられて方向感覚は分からなくなり、平原なので辺りは何の目印もなく真っさら。おまけに霧もかかっていて視界が悪い。もしかしなくても私たち、迷子?

 

 

 

 

*ネオラントside

 

あの子たち、私が仕組んだものじゃないって知ってすっ飛んでいったけれど大丈夫かしら。具体的に強いポケモンがいるのかは聞いたことがないけれど、それって情報が無いからなのよねぇ。そう、エレキ平原は電子機器も方位磁石も頼りにならない立派な未開の地。一度その霧の中に入ると無事には帰ってこれないとか。

 

「今回も一波乱ありそうね。

 

 まぁあの子達なら大丈夫でしょう」



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p.20 霧の迷宮

*リーフィアside

 

「くーるくる、くーるくる。方位磁石がくーるくる」

 

ついにグレイシアも壊れ始めた。パチリスに追いかけられてお菓子を食べられた挙句、調査隊バッジも方位磁石も使えない特殊な磁場と霧の迷宮がトドメを刺したか。

 

「せめて何か目印になるものがあればいいんだけどね」

 

「……それよ!」

 

虚ろな目で方位磁石を見つめていたグレイシアがガバっと頭を上げた。何か妙案を思いついたらしい。

 

「方位磁石が使えないなら太陽を見ればいいじゃない!」

 

「霧がかかってるのにどうやって見るんだ?」

 

「そこは……ほら、リーフィアは草タイプなんだし太陽の位置くらい分からないの?」

 

「分かってたらとっくに言ってるよ」

 

「そうよね…」

 

そう、私たちは文字通り五里霧中なのであった。歩いてればいつか出れる、と一体何時間もの間無策で歩いたのであろうか。霧を抜ける算段もまた霧の中である。こんな時にムクちゃんがいてくれたらなぁと思う。今まさにグレイシアの吹雪を振り払ったあの霧払いが欲しい。

 

そんな無い物ねだりをしながら歩いていたら薄っすらとポケモンらしき影が見えてきた。

 

「…あそこにいるの、ポケモンじゃないか?」

 

「ルクシオ…かしらね?ちょうどよかった。道案内してもらいましょ!」

 

グレイシアの声に元気が戻る。エレキ平原に住んでいる電気タイプのポケモンであればエレキ平原を出るまでの道案内は元より、奥地にあるとされる幻の花についても何か知っているかもしれない。海の如く地平線と霧だけが広がるエレキ平原で漂流する私たちにとってはまさに渡りに船であった。

 

「すいませーん!」

 

「…………ぅぐ……」

 

グレイシアが声をかけるが何やら様子がおかしい。こちらに答える余裕は無さそうだ。駆け寄ってみる。

 

「……ひどい傷だ」

 

ルクシオは身体中に傷を負って倒れていた。ところどころ氷の礫が刺さっていて酷く痛々しい。

 

 

氷の礫………?エレキ平原で………?

 

 

「グレイシア、いくらパチリス達にポフィンを食べられたからって…」

 

「私じゃないわよ!?ていうかずっと一緒にいたでしょう?」

 

「冗談は置いといて誰にやられたか覚えてるか?」

 

「……速…すぎて…分か…ケホッ」

 

「分かったから無理して喋らなくていいよ。痛いだろうが、まずは刺さってる氷の礫を抜いて応急処置だ」

 

氷の礫を抜く時に痛そうに呻き声をあげるが、ルクシオは静かに応急処置を受けていく。ムクちゃんのように強く育てられたからか、はたまた抵抗する力が残っていないだけなのか。薬草と一緒に包帯を巻き終えるとグレイシアがルクシオに自分のセーターを掛け、優しく声をかける。

 

「オレンの実のポフィン、食べる?少しは体力回復すると思う」

 

氷で冷えた体を気遣うだけでなく、唯一の楽しみとまで言い張った最後のポフィンを渡す。パチリスに食べられた時も最終的には心から笑って許していたし、思いやる心の暖かさを垣間見た気がした。

 

ポフィンを食べたルクシオは喋られるほどに回復した。

 

「先程は助けてくださってありがとうございました。僕にできることがあれば、ぜひお礼をさせてください」

 

「それなら東の出口までの道案内を頼みたい。見ての通り濃い霧で迷っちゃってね」

 

「お安い御用です。ところでお2人はどうしてこんなところに?」

 

「依頼で幻の花を探しに来たのよ。でもこれだけ霧が深いと探すのは難しそうね。ルクシオは何か知ってることない?」

 

「…………」

 

「ルクシオ…?」

 

「すみません、少し考え事をしていました。申し訳ないですが幻の花のことは知らないです。では出口まで案内しますね」

 

そうしてルクシオ率いる3匹は霧の中に消えていった。



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p.21 五里霧中の感情

*リーフィアside

 

結論から言えば私たちが案内されたのは出口ではなかった。

 

案内された先は更に霧の濃いエレキ平原-奥地。隣のグレイシアを視認できるかも怪しい。

 

「これはどういうことかな?ルクシオ」

 

「それはこっちのセリフですよ。演技までして」

 

助けた時のルクシオとは思えないほどの低い声が返ってきた。そこに感謝の色は無く、明らかに警戒…否、敵視している様子だった。

 

「演技?」

 

「そうですよ。僕を助けていいポケモン気取りしてますけど、僕を襲ったのも貴方達だって分かってる」

 

「どうして私たちが襲ったと言い切れる?」

 

「氷の礫。エレキ平原に氷タイプはいないし、こんな辺境に冒険者はほとんど来ない。火を見るよりも明らかです」

 

「さすがにそれは早計なんじゃないか?仮にそうだったとしたら助けるメリットがない」

 

「白々しいんですよ。霧の中で気付かれないように襲って、偶然を装って助ける。そうして恩を着せて幻の花のことを聞き出そうとしたんでしょう?」

 

「なるほど、それで私たちを疑ってる訳か。私のことを悪く言うのは構わない。でもね、グレイシアの優しさを演技と言うならそれは見当違いだよ。グレイシアは怪現象で大切なパートナーの記憶を失った。失ったことを覚えた上で。普通なら正気を保っていられないだろう。それでもなお、テンガン山で倒れていた私を助けてくれた。他のポケモンに気を遣ってる余裕なんてないだろうに。私はその優しさに救われたんだ。これでもまだグレイシアが犯人だと思うか?」

 

「僕だって信じたくはないですよ。演技とは思えないほどにその優しさは暖かかった。でも、『氷タイプ』『幻の花の存在を知っている』『神様が弱っているこのタイミングでの襲撃』…合致しすぎてるんですよ。

 

ーーだから報告せざるを得なかったんです。危険である可能性が1%でもあるなら、…エレキ平原の守護者として貴方達を排除しなければならない」

 

「報告?」

 

いや、他にもツッコミどころはあるのだが。

 

「それで、今の話は本当なんだな?」

 

霧の向こう側から別のポケモンの声だけが聞こえる。ルクシオはそれに対して弱々しく首肯した。

 

「俺はエレキ平原の守護者、レントラー。ルクシオをここまで傷付けるとは相当実力者のようだな」

 

ええ、見事なまでの勘違いですね。信じてもらえないだろうが一応否定はしてみる。

 

「私たちはやってないけどね」

 

「口でなら何とでも言える。状況が状況だ、疑わしきは排除させてもらう」

 

ですよね。

 

「何で私たちはこう、面倒事に巻き込まれるんだろうね」

 

「知らないわよ!」

 

ーーバトル、開幕



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p.22 好奇心は猫を殺す

*リーフィアside

 

私たちの前にとんでもないことをしてくれたなと思う。神様が弱っているらしいこのタイミングでのルクシオ襲撃。おかげで私たちはこうして無実の罪を着せられて守護者様と戦う羽目になっている。

 

しかし、ただ悪いことばかりじゃない。ルクシオ達は確かに「神様」と「幻の花」の存在を知っていた。神様なら怪現象のことを知ってるかもしれないし、なんなら()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれない。幻の花も「幻の」と言うくらいだから神様の近くにあって、スノードロップみたいに神聖な力が宿っているのだろう。だから一刻も早くその神様とやらに会って話を聞きたかった。

 

それもこれも目の前の守護者様に()()()()、の話だが。

 

"リフレクター"

 

"オーロラベール"

 

霧で視覚を封じられた私たちは背中を合わせて防御に徹することしかできないのであった。

 

 

 

 

*??side

 

ウォンシ地方はシンオウ地方とは似て非なる世界。一番の違いはトレーナーがいるかいないかだろう。俺のトレーナーは怪現象の日を境に姿を消した。怪現象の日に何が起きたかは覚えていない。気が付いたらウォンシ地方にいた。

 

分かっているのはただそれだけ。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

レントラーと戦っていて1つの疑問が生まれた。

 

ーーどうして私たちを的確に狙えているのか?

 

考えられるのは「目が霧に適応している」「電気を感知している」この辺りだろうか。いずれにせよこの地に住まい守護者を務めているレントラーに地の利があるのは言うまでもない。

 

こればかりは仕方のないことなので逆に「どうしたら私たちがレントラーに攻撃を当てられるか」を考える。防戦一方では負けることはなくても勝つことはできない。

 

導き出した答えは単純

 

ーー攻撃が飛んできた方向に攻撃する。攻撃が飛んでくるということは即ちその方向にレントラーがいるということに他ならない。

 

しかし、それを実行するには1つ問題がある。「電撃を認識してから攻撃できるかどうか」である。防御でさえギリギリ凌いでいる状況だ。攻撃となると難しさは格段に増す。まず前提として後ろにグレイシアがいるため、避けずに電撃の威力を上回る攻撃をしないといけない。これに関してはレントラー側に「攻撃されない」という確証(油断)があり、威力がそれほど高くない電撃で様子を窺っているため、寧ろチャンスだと言える。

 

真の問題は先に言った通り、「()()()()()()その攻撃を放てるか」である。防御はその場で展開するだけでいいが、攻撃は更に威力を高め、方向を調整する必要がある。果たして見えてからそんなことをする余裕があるかという話だ。

 

やれるかは分からない。

 

でもやらなければ行き着く先は確実に「敗北」だ。

 

だったらどれだけ可能性が低かろうと私は賭ける方を選ぶ。

 

そしてリーフィアは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

*??side

 

怪現象の日の記憶がないということは、裏を返せば()()()()()()()()()()()()()ということである。

 

ご主人は全てが完璧だった。1つの崇高な理想に向かって貪欲に知識を貪り、だからといって周りのトレーナー達のように俺たちを蔑ろにすることはなかった。この防霧ゴーグルも、ズイタウンとカンナギタウンを結ぶ霧の深い210番道路で俺たちが不自由しないようにと作ってくれた代物だ。

 

また、ご主人は「感情」を嫌っていた。曰く「心」は「曖昧で不完全なもの」であり、感情が存在しなければ醜い争いも起こりえないとのこと。真下でレントラーがロクに犯人の捜索もせずに無実のチーム「スノードロップ」を排除しようとしてるのがいい例だろう。だから争いの絶えないこの世界をリセットして感情が存在しない世界を作り出すことを理想としていた。

 

しかし、崇高な理想とは時に理解されないもので、多くのトレーナーに反対された。皆、変化が怖いのだ。現状に安心し、未知を恐れる。

 

それでもご主人は理想を果たすべく行動に移した。今こうしてご主人が隣にいないということはそういうこと(ウォンシ地方のポケモンに阻止された)なのだろう。

 

ご主人亡き今、理想は俺たちが果たしてみせる

 

ーーそれが残された俺たちの使命

 

幸運なことに俺たちを含むウォンシ地方のポケモンは怪現象の記憶を失っている。更には呑気に「何てことのない記憶だったんだろう」などと呆けている始末だ。

 

2匹を除いて。

 

怪現象の謎を解かれては、また理想の実現が遠のいてしまう。他のポケモンよりも記憶を多く失ったのは気の毒だが、怪現象の謎を解こうとしたのが運の尽きだ。霧が深くて太陽の光も届かない土地で花なんて育つはずがないのに、面白いように罠にハマってくれて実に愉快だったよ。

 

その時、ちょうどリーフィアが目を閉じた。

 

 

 

そのまま諦めて、死んでくれ。



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p.23 罪晴らい

*レントラーside

 

リーフィアが目を閉じる。

 

諦めたか?ルクシオを襲撃する手際の良さ、もう少しやれると思っていたが…案外呆気なかったな。この霧の深さでは仕方ないか。これで終わりにしよう。

 

"電撃波"

 

その時リーフィアの目が見開かれ、視線が合う。リーフィアはそのまま攻撃に転じた。

 

"はっぱカッター"

 

馬鹿な。見えているとでも言うのか?いや、考えるのは後だ。精度はないものの威力で負ける。瞬時に判断して避けるも、はっぱカッターが頬を掠める。

 

「見えて…いるのか?」

 

「いいや?全く見えなくて困ってるよ」

 

リーフィアはあっけらかんと答える。まさか適当に攻撃したということはあるまい。タイミング的にもあれは確信をもった攻撃だった。

 

「それなら感知か…?」

 

「もっと単純だよ。見えないから音を聞いた」

 

…なるほど。普通なら音より光の方が早く届くが、この霧の中では電撃が視認されるよりも早く音が届くということか。目を閉じたのは視覚の余計な情報を断つことで聴覚を鋭敏にするため。そうは言っても電撃のスピードは並外れている。少しでも攻撃が遅れれば直撃だ。普通のポケモンなら思いついても実践しないだろう。

 

頬から血が滴るのはいつ以来だろうか。ルクシオを傷付けた容疑者と戦っているのに、浮かぶのは喧嘩ばかりしていた2つの探検隊と笑みだった。

 

 

久し振りに本気で戦えそうだ。

 

 

「面白い…決めたよ。今までは生け捕りしようと手加減していたが、守護者の名に恥じぬよう全力で戦おう。全力で交われば自ずと人となりも分かるだろう」

 

「手加減やめて本気出すとか言ってるじゃない何余計なことしてくれてるのよ!」

 

「でも攻撃しないと一方的に痛ぶられるだけだぞ?」

 

「あのー、私弱いので見学とかは……」

 

「「そんな3秒で分かる嘘はつかなくていい」」

 

そもそも霧の中で電撃を防げている時点で只者じゃない。

 

「全力を出す前にその実力を認めて1つだけ教えておこう。俺がお前らを的確に狙えているのは音を聞いてる訳でも感知をしている訳でもない。

 

……透視だ。

 

霧などあってないようなもの。俺にとってエレキ平原は見通しのいい平原でしかない。この悪条件で本気の守護者にどれだけ抗えるか…

 

罪を晴らしたくば、全力で足掻いてみせよ!!」

 

 

 

 

*??side

 

チッ、仕留めそこねたか。まぁいい…レントラーも本気を出すと言っているし、チーム「スノードロップ」の負けは確実だろう。俺たちは守護者様が戦いにうつつを抜かしてるうちに弱っている神様とやらを探すとしよう。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

"電撃波"

 

同じ技ではあるが、今までとはまるで違う。今までとは比べ物にならない量の電撃が多方向から次々に飛んでくる。即ち、音が聞こえた方に反撃をしたとしても、そこにはもうレントラーはいないし、更なる電撃が飛んでくるということを意味している。

 

「リーフィア、どうする…?」

 

「どうするも何も…!」

 

そもそも速すぎて常時リフレクターを展開していないと反応しきれない。そのリフレクターも時間が経つに連れてヒビが入り始めていた。本来、リフレクターは物理攻撃の威力を弱めるための技。無理やり遠距離攻撃を防御しているため、当然長くは保たない。

 

透視できるレントラーがそれを見逃すはずがなかった。

 

 

  パリン

 

 

ヒビが入った場所に電撃を集中することでリフレクターは崩れ去り、被弾する。身体が痺れて膝をつくが、レントラーは待ってなどくれない。すかさず電撃を纏いリーフィアへ追撃する。

 

「グレイシア避け…」

 

「何て…?」

 

 

"スパーク"

 

 

「ガッ」

 

グレイシアが振り向くも、状況確認は間に合わない。後ろのグレイシアごと吹っ飛ばされ、地面を転がっていく。

 

「ごめ、ん」

 

「私は大丈夫。リーフィアは?」

 

気を遣って心配してくれるが、今は戦闘中。レントラーは尚も追撃の手を緩めない。

 

"スパーク"

 

まずい…体が痺れて動けない。せめてグレイシアだけでも…

 

「避、け…ろ…」

 

「トドメだ」

 

閃光が2匹に突っ込む。刹那、

 

 

 

"氷塊(アイスエッジ)"

 

 

 

グレイシアが前足をつくと同時に地面から氷塊が現れた。スピードを出していたレントラーは初めて見た下からの攻撃に対応できず、直撃(クリーンヒット)する。

 

私のことを心配してくれてはいたが、言葉自体は簡素。グレイシアは気を抜いてなどいなかった。

 

「ここは私がやる。リーフィアはルクシオと一緒に休んでて」

 

一歩前に出て観衆(オーディエンス)に言い聞かせるように言う。

 

「誰だか知らないけど、私を犯人に仕立て上げようとしてるポケモンがいる。そのせいで霧に迷って、理不尽なバトルを仕掛けられて、リーフィアも傷ついて、ほんっと迷惑してるのよ!!

 

バトルは好きじゃないけど、今度は逃げない。

 

助けられてばかりじゃかっこ悪いから。

 

自分の大事なものくらい自分で守りたいから!

 

例えどんな霧の中でも大事なものを見失わないこと、証明してあげる!!」

 

 

 

 

*ルクシオside

 

血を流したレントラーも

 

本気を出したレントラーも

 

こんなに楽しそうに戦うレントラーも、初めて見た。

 

少なくとも僕が見てきた冒険者は皆、霧に成す術なく敗れるか、バトルをする前から逃げ出す者さえいた。

 

仕方のないことだと思う。

 

目隠しという大きなハンデを背負って、守護者として認められたポケモンと対等に戦えなんて到底無理な話だ。

 

 

僕も()()()()()()2匹を連れてきた。

 

 

ずっと迷っていた。証拠が揃いすぎている2匹を、しかしながら犯人には見えない2匹をレントラーの元へ案内するか。案内したら最後、容疑者である手前、いつもの冒険者のように逃げ出すことは許されないだろう。つまり、残された道は1つ。それでも僕は自分の感情を押し潰して神様をお守りすることを優先した。それが神様にお仕えする者としての務めだから。当然罪悪感はあった。演技かもしれないけど、僕を助けてくれた心優しい2匹を地獄へ案内するようなものだったから。

 

それがどうだ。2匹であーだこーだ言いつつも、互いに背中を預けて必死に喰らい付いている。熾烈な電撃の応酬にも決して諦めることなく、反撃の機会(チャンス)を伺い、見事2匹とも攻撃を当てることに成功した。

 

平和で退屈な時間が流れるエレキ平原でレントラーはきっとこんな冒険者を待ち望んでいたのだろう。そして試している。襲撃の容疑者だとか関係ない。2匹を対等と認め、試練を与えている。

 

そんなバトルを見ていると、どうしても浮かんでしまうのだ。

 

神様にお仕えする者としては間違った感情かもしれない。

 

だけど、

 

ーー願わくは、2匹が犯人ではありませんように(その優しさが偽りではありませんように)



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p.24 氷解

*リーフィアside

 

「クラボの実、食べますか?」

 

意外にもルクシオは私を邪険に扱わなかった。

 

「敵かもしれないのにいいのか?」

 

「相方はまだしも貴方はまともに攻撃を当てれそうにないですからね。それに、仮に貴方達が犯人だったとしてもお兄様に勝つのは不可能です」

 

「辛辣だなぁ」

 

先ほどレントラーとの戦いを見ていたルクシオが痛いところを突いてくる。確かにルクシオの言う通り、移動しながら攻撃されたら対抗する術は無い。

 

しかし、ルクシオの言葉は内容とは裏腹に不思議と嫌味な感じはしない。信頼に値すると認められたか、警戒に値しないと評価されたか、いずれにせよ敵視はされていないようだ。

 

「その、あくまで治療の借りを返すだけですから。勘違いしないでくださいね」

 

……このルクシオ、素直じゃないな。

 

グレイシアへの対応と同じ要領でそんな言葉を抑えつつ、ありがたくクラボの実をいただく。すると身体の痺れはさっぱり消え、上品な甘酸っぱさが口一杯に広がる。気のせいか、普通のクラボの実よりも美味しい気がする。

 

「美味しいね。もしかして()()クラボの実だったりする?」

 

「分かりますか?神様の恵みを受けた土地で、もう1匹の守護者様が育てていらっしゃるんですよ。僕たちがよく冒険者を痺れさせてしまうのでよくお世話になってます」

 

「レントラーだけでも理不尽なのに守護者がもう1匹…冒険者が可愛そうだ。現在進行形で」

 

「それはこのタイミングで来た貴方達の自業自得ですよ。ちょっとだけ同情します」

 

「同情するなら出口まで案内してくれ」

 

「それはできない相談です。でも、お兄様があれだけ楽しそうにバトルをされるのは初めて見ました。少しだけ連れてきてよかったと思います」

 

「こっちはいい迷惑だよ」

 

と言いつつもやはり悪い気はしない。例えるなら気の知れた友人と何でもない話をしている、そんな感覚だ。この本音が知られたらグレイシアからは「戦ってないから気楽でいいわね」と非難されそうだが。

 

当のグレイシアは霧で見えないものの、思っていた以上に善戦しているらしい。

 

 

いつの間にこんなに強くなったんだろう。

 

 

否、強くなったのは心の方か。今までグレイシアは積極的にバトルに参加することはなかった。グレイシア自身も言っているように、バトルが好きではないからだ。特にミカルゲの時はトラウマを呼び起こされたのか、戦意喪失していた。

 

そんな守らなければ今にも崩れ落ちてしまいそうだった雪の女王が、今は覚悟を決めて大事なものを二度と手放さないように戦っている。

 

「私もそれに見合うパートナーにならないとな」

 

ーーーーーーー(もう充分ですよ)

 

「何か言った?」

 

「何も」

 

敵同士の少し噛み合わない氷解は霧の中に溶けていった。

 

 

 

 

*グレイシアside

 

「自身を弱いと言っていた割には中々やるじゃないか」

 

アイスエッジが直撃して倒れていたレントラーから驚きを含んだ言葉が発せられる。それもそうだ。霧の攻略法を見つけたリーフィアからではなく、自身を弱いと卑下していた私から今日初めての直撃をもらったのだから。

 

「ええ、私は弱かった。でも、リーフィアのおかげで強くなれた。今度は私が守る番」

 

けど、守ってもらうだけの弱い私はもう終わり。そのせいでパートナーを危険に巻き込みたくはないし、何もできないまま失うのは絶対後悔する。

 

これは単なる強がりではない。実際、このバトルにおいてはリーフィアよりかは勝算があると思っている。

 

だって、今の季節は『冬』だもの。

 

"霰・雪隠れ"

 

リーフィアとルクシオにはなるべく当たらないように霰と吹雪を展開する。

 

「ほぅ…面白い…!だが、さっき言ったことをもう忘れたか?透視ができる俺にそんなのは通用しない!」

 

"電撃波"

 

そう、透視ができるレントラーには霰を打ち消すまでもなく雪隠れは通用しない。本来の目的は別にある。

 

"オーロラベール"

 

霰でより強固になったオーロラベールはレントラーが放つ電撃波を一分(いちぶ)も通さない。

 

次に、リーフィアが教えてくれたこと。見えないからって()()のを諦めるな。自身を守るオーロラベールの外側に希薄なオーロラベールを何重にも展開する。そして、重なった障害物(レントラー)を特定する。

 

「そこ!」

 

"氷の礫"

 

直線的で単純な攻撃だ。ましてや、この攻撃(パターン)を見るのは2回目。レントラーは油断することなく電撃波で相殺する。

 

重要なのは攻撃を当てることではない。

 

 

私にも戦えると確信した。

 

 

「完全に霧を克服したか。最高だ…最高だよ、グレイシア!!」

 

 

霰が降っている()なら自分の手足のように氷技を扱う(統べる)ことができる。

 

 

それが『雪の女王』たる所以。



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p.25 開花

お待たせしました。お陰様で無事5年生に進級できました。これから先も、病院実習や薬局実習、国家試験の影響で更新が遅れることがあるかもしれませんが、よろしくお願い致します。


*レントラーside

 

「そこ!」

 

"氷の礫"

 

俺はリーフィアに反撃されたのを踏まえて走りながら電撃波を放っていた。感知能力もない、透視もできない、適当に攻撃しても当たるはずのないこの状況、グレイシアは見事正確に狙撃してみせた。

 

「完全に霧を克服したか」

 

どうやって俺の位置を割り出したかは知らないがこの際どうでもいい。鼓動が高鳴るのを感じる。久しく感じていなかったこの胸の高鳴り…言葉にするならば

 

「最高だ…最高だよ、グレイシア!!」

 

「それはよかった。けど、私をここまで強くさせたこと、精々後悔しないことね!」

 

「上等!!」

 

"電撃波"

 

"氷の礫"

 

技と技の応酬。

 

俺は守護者という立場上ここを離れる訳にはいかないし、ここで戦う以上は濃い霧が付き纏う。当然、幾度となく戦意を無くされた。今までしてきたのはバトルとは名ばかりの一方的な蹂躙だった。もう普通の冒険者と対等にバトルすることなんてないだろうと思っていた。だが今は違う。技を撃ったら返ってくる。それがどんなに嬉しいことか。あぁ…飢えていた心が満たされていく。叶うことならこのバトルが一生続いてほしいと思えるほどに素晴らしいバトルだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

しかし、現実は残酷でグレイシアにも体力の限界が近付いていた。

 

「このバトルは終わらせるにはあまりにも惜しい。だが、このまま長引かせても霞んでしまうだけだ」

 

"充電"

 

あのオーロラベールを破るには最大限まで威力を引き上げる必要がある。名残惜しい気持ちを抑えながら電気を集約させてグレイシアへ向けて加速する。

 

"ワイルドボルト"

 

「ありがとう、楽しいバトルだった」

 

 

 

 

*グレイシアside

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

オーロラベールを酷使しすぎたからか、もう限界のようね。レントラーもそれを察してか、最後の一撃に賭けてきているようだ。充電により、威力を高められたワイルドボルトはオーロラベールでも防ぎきれそうにない。でも、最後まで戦わなきゃ……

 

今度は私守る番って言ったから

 

"氷塊(アイスエッジ)"

 

最後の力を振り絞ってレントラーが通るであろう場所に氷塊を出現させる。

 

「甘い!」

 

躱された。

 

分かってる。

 

2度は通用しない。

 

 

花開けーーこれが私の成長の証。

 

 

"氷華(レイジングジオフリーズ)"

 

 

氷塊()が花開いてレントラーが宙に舞う。

 

「ーー完敗だ」

 

尤も、最後の力を使い果たして気を失ったグレイシアにはその言葉は届かない。

 

 

 

 

*ルクシオside

 

「まさか本当にお兄様に勝ってしまうとは………」

 

開いた口が塞がらないとはこのことを言うのか。お兄様が負ける姿なんて見たことないし、想像したことさえなかった。しっかりとこの目で見ていたというのに未だに信じられない。

 

「驚いてるところ悪いけど、かなり激しい戦闘だったようだしまずは応急処置をしよう。グレイシアが倒れている位置まで連れていってくれないか?」

 

「……あ、ええ。……この辺りです」

 

「グレイシア、お疲れ様。私も約束を守れるようにもっと強くなるよ」

 

リーフィアは優しく声をかけながら応急処置をしていく。お互いのことを信頼し、思い合っているいいチームだなと感じた。そんなことを思っている束の間

 

「はい、レントラーの分の復活草。レントラーの方はルクシオが治療してやってくれ」

 

「……!?こんな高級品いいんですか?」

 

「特別に黒鷹隊から貰ってるからね。今使わないでいつ使う」

 

「疑いをかけて勝負を仕掛けたのはこちらの方なのに…ありがとうございます」

 

あぁ…この2匹の優しさが偽りじゃなくてよかった。いや、この2匹が優しいのは手負いの僕を治療してくれた時、リーフィアがグレイシアを庇った時、グレイシアがリーフィアを庇った時から分かりきっていたことか。それでも改めてリーフィアの優しさが身に染みる。

 

あれだけ濃かった霧が晴れ、まだ2月だというのに桜吹雪が舞う。

 

「…………………!?」

 

「今まで霧が晴れたことなんてあったか?」

 

「いえ、そんなことは全く」

 

「嫌な予感がする…!」



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p.26 狂い咲キ(前編)

*ルクシオside

 

「ルクシオ、何か心当たりはないか?」

 

今起きていることを困惑している頭で何とか整理する。物心ついた時から今まで一度も晴れたことのないエレキ平原の霧が晴れた。まだ2月だというのに桜吹雪が舞っている。そして暖かい。まるで今が春だと言わんばかりに。多少の気候の変化ならあるかもしれない。しかし、目の前で起きている現象は常軌を逸していた。これほどの気候変動を引き起こせるポケモン…考えるまでもなく1匹のポケモンが思い当たった。舞っている花びらからも間違いない。それは僕もよく知っているもう1匹の守護者

 

「おそらくチェリム様です」

 

だけど僕の知っているチェリム様は争いを好まず極めて穏やかな性格で、お兄様に負けた冒険者のことを心配してしまう始末。リーフィアとグレイシアを疑いつつも、どこか心の片隅で信じていたのはその優しさをチェリム様に重ねていたからかもしれない。

 

そんなチェリム様が力を使われている。それが意味することは…

 

「急ぎましょうリーフィアさん!神様が危ない…!」

 

 

 

 

*リーフィアside

 

ルクシオと共に桜の舞う方へ向かい、私たちが目にしたのは心奪われてしまうほどに壮大で美しい桜、それを映す鏡のように透き通っている湖、ポジフォルムのチェリム

 

そして倒れているマニューラ、気を失っているドンカラスだった。

 

「……………………!?」

 

思わぬ光景に言葉が出ないでいると、マニューラが口を開いた。そのマニューラも喋るのがやっとな様子で、かなりのダメージが窺える。

 

「へへっ…俺たちの罠にまんまとかかってレントラーにやられたと思ったが…生きてやがったか」

 

「……お前だったのか。リーフィアさんの、グレイシアさんの善意を踏みにじるような真似をしたのは…!許さない…!!」

 

とても挑発なんてしてる余裕もないだろうに、それでも挑発するマニューラにルクシオが激昂する。

 

「それは構わないが…お前たちも早くここから逃げた方がいい」

 

「何故お前などの言葉を聞かないといけない!」

 

「マニューラの言う通りだ。チェリムの様子がおかしい!」

 

ルクシオや神様を狙った犯人であるマニューラとドンカラスに制裁が下された、それまではいい。しかし、マニューラとドンカラスに制裁が下された今、チェリムが力を使う必要はない。つまり、春の陽気と桜吹雪は収まっていって然るべきなのだ。なのに、それらは収まるばかりか強まっていく。

 

チェリム自身が放つ濃密な狂気と共に。

 

「貴方たちも神様を狙う敵?でもそんなことはどうでもいいの。こんなにも気持ちのいい春だから私と踊ってくださらない?」

 

「チェリム…様……?僕です、ルクシオです!」

 

「そんなの私の知ったことではないわ。そこの2匹は期待外れでした。貴方たちはどうかしら?そこの2匹みたいにすぐに踊り疲れないでくださいね」




クラボの実(サクランボ)は西洋実桜という桜になるそう。


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p.26 狂い咲キ(中編)

*リーフィアside

 

「チェリム…様……?僕です、ルクシオです!」

 

「そんなの私の知ったことではないわ。そこの2匹は期待外れでした。貴方たちはどうかしら?そこの2匹みたいにすぐに踊り疲れないでくださいね」

 

"花びらの舞"

 

桜の花びらが、さながら舞を踊るように一面を埋め尽くす。普段なら宴会料理と共にゆっくりお花見したいところだが、今回はそうもいかない。花びら1枚1枚に神聖な力ーーお守りの力に似ているーーが込められていて、私と本来味方であるはずのルクシオまでをも狙う。言動や漏れ出る狂気からも分かるように、やはりチェリムは正気を失っているようだった。

 

"リフレクター"

 

神聖な力が込められているということは即ち、それだけ威力も高いということで、防御も一時凌ぎに過ぎない。とは言え、ルクシオに伝えるには充分な時間だった。

 

「ここは私が凌ぐ!ルクシオは神様を探してくれ!」

 

「リーフィアさんだけに任せる訳には…」

 

「チェリムを鎮めるには神様の力が必要だと思う。私は神様と会ったこともないし、居場所も知らない。

…なるべく早く戻ってくれると助かるよ」

 

「……分かりました。呉々も無理はしないでくださいね」

 

ルクシオも今のチェリムの危険さを理解しているようで、それだけ言い残すと湖の方へ走っていった。

 

「…足手まといを逃したか。いい判断だ」

 

大人しく休んでればいいものを、マニューラがまた嫌味を口にする。ただ、マニューラの言うことも事実。チェリムは今、冬であるにも関わらず気候を春にするほどの力を持ち、"フラワーギフト"で攻撃面も防御面も大幅に強化された状態にある。言うなれば先ほどのグレイシアと同じ、一番力を発揮できる条件下にあると言える。傷がまだ癒えきっていないルクシオには荷が重く、ルクシオを庇いながら戦うのも厳しい。

 

また、チェリムからはミカルゲと似た性質を感じる。力の性質自体は正反対なのだが、エネルギーが膨大というべきか無尽蔵というべきか。出所はあの桜。推測ではあるが、このままではあの桜にチェリムが乗っ取られるのも時間の問題だ。強大すぎる力は使い方を間違えると身を滅ぼす。しかし、敵ではない、ましてや守護者様を封印する訳にはいかないので、神様に鎮めてもらう他方法はないという訳だ。

 

私がするのはそれまでの時間稼ぎ。

 

「あとはお前も逃げれば完璧だったのにな。どうしてあんな狂った化け物と戦おうとする?」

 

「聞いていたんだろう?グレイシアならきっと暴走したチェリムを放っておいたりしない。あのレントラーにもトラウマを克服して立ち向かったんだ。私が逃げる訳にはいかないよ」

 

「………………」

 

リフレクターが壊れると同時に残りの花びらを"リーフブレード"で散らす。幸いにもチェリムがルクシオを阻むことはなかった。

 

「あら、貴方がデュエットしてくださるの?」

 

「私じゃ不満かな?」

 

「いえ、全然。貴方となら素敵なハーモニーを奏でられそう」

 

「それは何より」



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p.26 狂い咲キ(後編)

*マニューラside

 

「あら、貴方がデュエットしてくださるの?」

 

「私じゃ不満かな?」

 

「いえ、全然。貴方となら素敵なハーモニーを奏でられそう」

 

"花びらの舞"

 

「それは何より」

 

"マジカルリーフ"

 

チェリムが華やかな桜の花吹雪とするならば、リーフィアは鮮やかに橋を架ける虹。二つの技が空で衝突し、煌めきを放つ。

 

そう言えば聞こえはいいが、そのバトルは華と呼ぶには程遠い壮絶なバトルだった。チェリムはあの悍ましい桜から湧いて出てくる無尽蔵のエネルギーを傍若無人に振るい、一方のリーフィアも助けが来ると分かっているからこその後先考えないハイペース。最初からお互いの全力がぶつかりあっていた。

 

「まぁ綺麗!もっとステージをライトアップしましょう!」

 

"ウェザーボール"

 

まるで小さい太陽のような火の玉が連続でリーフィアを狙う。しかし春の陽気の影響か、リーフィアの動きは速く、当たれば致命傷にもなりかねないウェザーボールを擦れ擦れで避けながらチェリムとの距離を詰めていく。

 

「派手なのはいいけど隙だらけだよ!」

 

実際チェリムには疾うに理性など残っておらず、気分が高揚するあまり、威力と質量だけの攻撃になっていた。どれだけ威力が高くとも、量が多くとも、精度が疎かになっては意味がない。

 

それは防御においても同じだ。

 

圧倒的な弾幕の前に遠距離戦を挑むのは分が悪い。精細を欠いた防御は近距離戦において顕著に現れる。

 

"リーフブレード"

 

チェリムに初めての一撃が入る。攻撃を躱しつつ、加速して入れた重い一撃。チェリムが数m(メートル)ノックバックする。

 

「いい一撃ね」

 

だがそれだけだ。桜の力とフラワーギフトで能力が跳ね上がったチェリムは防御する必要すらないのだ。ちょっとやそっとじゃダメージを与えるにすら至らない。

 

「私も華麗なステップ(近距離戦)をしたくなっちゃった!」

 

瞳孔が大きく開く。

 

"ソーラーブレード"

 

チェリムは先のリーフブレードよりも巨大な草剣を溜め無しで即座に出現させる。あまりの切り返しの速さにリーフィアも防御が追いつかない。

 

「カハッ」

 

リーフィアが血を吐いてボールのように地を転がっていく。

 

「私がリードしてあげるから遅れないようについてきて!」

 

"ソーラーブレード"

 

相当のエネルギーを剣の形成・維持に使っているはずなのにチェリムは休む暇を与えることなく畳み掛ける。

 

"リフレクター"

 

リーフィアは辛うじてダメージを軽減しようとするも、あの馬鹿げた威力のソーラーブレードを防ぎきれるはずもなく何度も苦しそうにのたうちまわる。

 

「まだ演目は始まったばかり!まさかあれで壊れちゃった訳じゃないよね?さぁ立って、心ゆくまで踊りましょう?」

 

"ソーラーブレード"

 

普通なら諦める。

 

あんな化け物相手なら仕方ないと。

 

なのにリーフィアは何度も傷だらけの体を奮い立たせる。

 

たかが今日初めて出会った敵の暴走を止めるために。

 

放っておけば辺りへの被害は出るかもしれないが、ルクシオが呼びにいった神様が勝手に止めてくれるだろうに。

 

レントラーもチェリムも勝ち目なんて万に一つもない絶望的な相手なのにどうしてあいつらは諦めない?

 

「守るには強さが要る。あんなの見せられて、立ち止まっていられるかよ!」

 

"ソーラーブレード"

 

2つの草剣が異様な轟音を響かせ衝突する。

 

防御するのも馬鹿らしいソーラーブレードをリーフィアが同等のソーラーブレードで受け止めてみせた。

 

何度も剣がぶつかり合う。何度も鍔迫り合いになる。

 

「あはは!あなた素晴らしいわ!」

 

分からなかった。決して少なくないダメージを負って、立っているのも辛いくらいだろうに、どこからそんな力が出てくる?

 

……どうしてそんなに頑張れるんだ。

 

 

ふと、リーフィアの得体の知れなさに恐怖を感じた。

 

 

あの日もこうしてアカギ様の野望を阻止したのだろうか。

 

あの日の真実は知る由もないが、俺がアカギ様の意志を受け継いで理想の世界を作るとしたら、リーフィアはどんなに絶望的な状況だろうと立ち憚るのだろう。

 

そう思うと身の毛がよだつような寒気を感じた。

 

 

やはりここで消さなければ。

 

 

チェリムとのバトルで疲弊しきっている今しかない。

 

二匹は戦いに必死で俺など眼中にない。

 

少しでも俺への警戒を解いたのがお前の敗因だ。

 

今ここでリーフィアを倒してしまえばチェリムの矛先は俺に向くだろうが、そんなことは関係ない。アカギ様の障害になり得る者を消せるなら命だって惜しくない。

 

残っている力を振り絞ぼって、最高潮に盛り上がる熾烈な戦い(デュエットダンス)冷たい水()を差した。

 

"氷の礫"



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p.27 邂逅

*リーフィアside

 

"氷の礫"

 

マニューラは慎重で、尚且つ狡猾なポケモンだ。チェリムと戦っている最中は裏切らないだろうと思っていた。裏切るメリットが何一つ無いからだ。仮に私への裏切りが成功したとしても弱りきっている自分に矛先が向くだけ。暴走したチェリムを止める算段も(すべ)もあるとは思えない。

 

しかし、元はと言えば私たちがエレキ平原にいるのはマニューラ達の罠によるもの。まさか、最初から道連れ覚悟で…?

 

いずれにせよ、チェリムと戦いながら氷の礫を避ける余裕なんてのは残っていない。

 

グレイシアの顔が浮かぶ。

 

これが走馬灯ってやつかな。

 

ーーまたグレイシアとの約束破っちゃうな。

 

起きたら何て言われるだろうか。

 

そもそも聞けないかもしれないな。

 

でも、グレイシアは私がいなくてもきっと大丈夫。

 

強くなったから。

 

パートナー、見つけられるといいな。

 

たくさん心配されて私は幸せ者だったよ。

 

さよなら、ありがとう。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「ねぇ…き…」

 

何か声が聞こえる。うっすら目を開けると今回はいつものタマンタではなく、ピンクと薄い青のポケモンが浮いている。知らないポケモンだ。

 

「ねぇ起きなさいってば!」

 

「天国…?」

 

「何寝ぼけたこと言ってるの?全く、無茶するところは昔から全然変わってないんだから。もう少し周りが心配してることを自覚した方がいいよ」

 

「昔から……?」

 

「ああいや何にもないの。初めまして。私はエムリット、よろしくね」

 

「…そうだ!マニューラの氷の礫は?チェリムの暴走はどうなった?」

 

何気なく会話をしていたが非常事態だったんだ。もしここが天国ではなく現実だとするならば早くチェリムを止めないと…

 

「全部エムリット様が収めてくれましたよ」

 

「ルクシオ…!……ということはこのポケモンが神様…!?」

 

「いかにも、私が神様だよ」

 

ふふんという感じで胸を張る。何か子供っぽいというかグレイシアみたいな神様だな。

 

「今失礼なこと考えてたでしょ。これでも感情を司るすごい神様なんだからね。失礼なことを考えていたら何となく分かります」

 

…いや、神様なのに何となくなのか。まぁマニューラとチェリムを収めるくらいだからすごいのは分かるけど。

 

「それにしてもうちの守護者を止めてくれてありがとね」

 

エムリットがにぱっと笑う。何だか見てるとこっちも元気になってしまうような底抜けに明るい笑顔だった。

 

「いや、結局はエムリットに頼ることになったし」

 

「頼らせてもらったのはこっちだよ。この神木()にはね、私の感情を司る力が宿っていて、過剰な負の感情を吸収することでウォンシ地方の平穏を保つ役割があるの。今回は怪現象で私も弱ってて神木()のコントロールが揺らいでた。チェリムも普段なら上手く使いこなすんだけど、襲撃者が思ったよりも強くて神木()の力に呑み込まれちゃったみたいなの。だからお礼を言うのはこっち」

 

「そ、その…今回は暴走した私を止めてくれてありがとう…ございました」

 

桜の後ろから日傘を持ったネガフォルムのチェリムがちょこんと顔を出しながら、意識して聞かないと、ともすれば聞き逃してしまいそうなくらい小さい声でお礼を言う。さっきまで狂気に染まっていたチェリムとは思えないくらいに恥ずかしがりやさんな印象を受けた。

 

「なんてことはないよ。でも、今後あんなのと戦うのは勘弁してほしいな。命がいくつあっても足りやしない」

 

「ど、どうかあれは忘れてください」

 

「あれは忘れろって言う方が無理だよ、あはは」

 

「きゅ〜」

 

私には元々小さいチェリムが更に縮んでいってるように見えた。

 

「まぁまぁ、チェリムもやりたくてやった訳じゃないからそんなにいじめないであげてよ」

 

「別にいじめてるつもりはないんだけどな。案外可愛いところもあるんだね」

 

「か、可愛いなんてそんな…きゅ〜」

 

「またそうやってすぐに女の子を誑しちゃうのよくないと思うな〜」

 

そうやって印象操作するのもよくないと思う。

 

「というか初めて会うのにエムリットは私のことをよく知ってるんだね?」

 

「か、神様だからね。それくらいお見通しだよ」

 

「……そういうことにしておこうか」

 

この神様隠し事下手だなぁ。

 

「えーん。ルクシオ〜、リーフィアがいじめてくるよ〜」

 

「はいはい。分かりましたから嘘泣きはやめましょうね」

 

ルクシオも神様の扱いを心得ていらっしゃる。

 

 

 

 

リーフィアside

 

重要な話をしたいからルクシオとチェリムには席を外してもらってエムリットと2匹。ルクシオとチェリムにはグレイシアとレントラーの看病に向かってもらっている。

 

「んで、神様。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「何でも聞いてくれていいよ。何ていったって私は神様だからね」

 

一々自己主張の激しい神様である。

 

「単刀直入に聞くけど、怪現象で何があったんだ?」

 

「やっぱり気になるよね。……ごめんね、それは私の口からは言えないんだ。でも怪現象は解決したし、怪現象が原因でこれから何かが起きる訳じゃないからそこは安心していいよ」

 

さっきまでの明るいエムリットとは一転、気まずそうに言い淀んでる感じだった。こんなちゃらんぽらんな神様でも気を遣えるんだなげふんげふん。

 

本当に何となく感情が分かるのかジトっとした視線を感じるが、気のせいだろう。

 

「どうしても知りたかったら私の他にもう1匹神様がいるから探してみるといいよ。私に言えるのはこれくらい」

 

エムリットの様子から察するに怪現象の真相には触れない方がいいのだろう。だからウォンシ地方のポケモンからは怪現象の()()が失われ、それを疑問に思う()()が失われている訳か。

 

「となるともう1匹の神様は記憶を司る神様なのかな?」

 

「いや、意志を司る神様だよ。私のように未開の地で2匹の守護者といるから会うのは大変だろうけどね」

 

「真相を知りたければ今回みたいに守護者の試練を超えてみせろってか」

 

「まぁ今回は試練どころじゃなかったけどね。これで聞きたかったことは満足かな、マニューラさん?」

 

「…いつから気付いていた」

 

桜の後ろに隠れていたマニューラが出てくる。気配が消されていて全く気付かなかった。

 

「罪の無いリーフィアとグレイシア、そしてルクシオを消そうとしたポケモンを、ましてや怪現象の日に事件を起こしたあのトレーナーのポケモンをみすみす見逃す訳ないでしょう?」

 

エムリットから肌を刺すような殺気が放たれ、一気に緊張感が漂う。

 

「トレーナー?」

 

「せっかくだから少しだけ教えてあげる。ウォンシ地方の裏側には人間とポケモンが共存するシンオウ地方ってのがあってね、その2つの地方は決して交わることはなかった。だけど、ある日シンオウ地方から1人の人間が何らかの手段でウォンシ地方に来て感情の無い世界を作ろうとした」

 

「どうして?」

 

「感情があるから人は冷静さを失い醜い争いをする。感情があるから何かを失った時に悲しみに暮れる。それならいっそ感情なんて無い方が世界は綺麗だと思わないか?」

 

今まで多くを語らなかったマニューラが初めて本音を口にする。しかし、それはポケモンとポケモンとの繋がりを全て否定しかねない滅茶苦茶なものだった。

 

「思わないね。それは現実から目を背けてるだけだ。確かに、誰しも出来ることなら悲しい体験をしたくない。でも感情が無かったら皆で騒いで楽しい時を過ごしたり、些細なことで喧嘩したり、相手の思いやりに感謝することもできない。そこには機械みたいな繰り返しの日常があるだけだ。感情があるからポケモンはポケモンらしく生きていけるんだ」

 

「黙れ。記憶を全て失って何のしがらみもないお前に何が分かる。俺は何が起こったかも分からないままトレーナーを失ったんだぞ!何度も何度も思い出そうとした。…だけど、その日の記憶だけどうしても思い出せないんだ。温もりを…感じられないんだ」

 

「……だからって周りを巻き込んで感情を消していい理由にはならないよ。君たちは取り返しのつかないことをした。主犯はトレーナーだし、ポケモンに罪は無いと思って見逃してあげたのに。私は元から反対だったんだけどね。今回の件ではっきりしたよ、救いようのないポケモンだってね」

 

「俺はお前たちに負けた。アカギ様のいない世界に意味なんて無い。一思いに殺してくれ」

 

「そのつもりだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   だからリーフィア、そこをどいてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どくつもりはないよ」

 

「どうして?そいつのトレーナーのせいでウォンシ地方は大変なことになったし、リーフィアやグレイシア、ルクシオだってそいつに殺されるとこだったんだよ?」

 

「確かにそうかもしれない。…けど、それはトレーナーを想う気持ちからであって自分の意思はどうだ?トレーナーを想うあまり盲信的になっていないか?本当にそのトレーナーを思っているならその時、過ちを犯す前に止めることもできたはずだ。それが本当の信頼関係ってやつじゃないのか?…それでもそれだけトレーナーを想えるのは本物の絆なんだと思う。だからこそ考え直してほしい。この思いやりが溢れるウォンシ地方で感情があってよかったって感じてほしい」

 

「……一つだけ聞かせてほしい。なぜお前は例えどんなに絶望的な状況だとしても頑張れるんだ。グレイシアのパートナーだって1ヶ月も経って行方が分からないんだ。死んだに決まってる。なのにどうして命を賭けてまで真相を追い求める?」

 

「グレイシアに救われたからだよ。グレイシアからは数えきれないくらいの宝物を貰った。それにどうして死んだことを確認してないのに死んだと決めつける?可能性が少しでもあるなら私は諦めないよ」

 

「……とんだお人好しだな。いつか痛い目に合うぞ」

 

「よく言われるよ」

 

「言っておくけど、私は許してないからね。今度少しでも害があると判断したら問答無用で裁きを下すから」

 

「…手遅れにならないといいな」

 

そう言うとマニューラはドンカラスを抱えて去っていった。

 

「何なの助けてもらっておいてあの態度、今すぐ裁きを下してやろうかしら」

 

「まぁまぁ落ち着いて。裁きを下すか判断するのはチャンスを与えてからでも遅くないよ」

 

「もう、本当に甘いんだから…もし本当に手遅れになっても私知らないからね!」

 

「そんなこと言いつつも心配してくれるエムリットは優しいね」

 

「あなたが危なっかしすぎるのよ!」




[重要なお知らせ]
薬剤師国家試験まであと2年を切り、今まで以上に勉強や卒業論文に力を入れないといけない状況のため、小説の更新を一旦休止させていただきます。薬剤師国家試験に合格したら更新を再開させるので連載を終了する訳ではありません。今まで応援してくれた方々、ありがとうございました。また更新を再開した時に読んでもらえると幸いです。


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p.28 自慢の古馴染み

大変お待たせ致しました。まだ卒業試験と薬剤師国家試験は残っているのですが、ダイパリメイク発売の記念に更新することにしました。筆者はシャイニングパールを[ネオラント・ムクホーク・ミカルゲ・レントラー・チェリム・(マ)ニューラ]の小説メンバーでちまちま進めています。DS時代のダイパよりも圧倒的に旅パの自由度が高かったり、地下大洞窟が充実していて買ってよかったなと思いました。余談ではありますが、筆者の一押しは3Dモデルのケイコウオとネオラントです。ケイコウオのピンクの蛍光発色やネオラントの透明度の高いヒレがすごく綺麗です。
さて、薬剤師国家試験が終わる2022/2/20までと社会人なりたての時は少し不定期になるとは思いますが(一応アルセウスレジェンズが発売されるタイミングあたりでもう1話更新する予定です)、これからもよろしくお願い致します。


*ムクバードside

 

その日は突然春に染まった。決して大袈裟に言っている訳ではなく、スイッチを切り替えるかのように一瞬で。凍えるような寒さは悪い夢だったと言わんばかりにぽかぽか陽気が照りつけている。いっそ悪い夢だったと言われた方が信じられるくらいだ。なぜなら鳥ポケモンの私が見渡しても発生源が見当たらないーー即ちそれだけ広範囲の気候を変動させているポケモンがいるのだから。

 

エテボースさんが作ってくれた黒鷹隊バッジですぐにネオンギルドとの連絡をとった。

 

「もしもし、こちら黒鷹隊」

 

こんな小さいバッジ1つあればわざわざ長い距離を移動せずとも、まるで近くにいるかのように手軽に会話できるのだからエテボースさんの器用さには本当に舌を巻く。

 

「もしもし〜もしかしてそっちも春になってたりするのかしら」

 

ぽかぽか陽気のようにまったりとした様子でバッジに応えたのはネオンギルドのギルド長、ネオラントさんだった。正直掴みどころのないお方だが、流石はギルド長と言うべきか話が早い。

 

「ええ、そうなのですがムクの縄張り周辺にそれらしき者は見当たらず、かなり広範囲に影響が及んでいると予想されます」

 

「誰が一体何の目的で……どちらにせよ放っておいたら危険ね」

 

「しかしこれだけ大規模だとどこが発生源なのか検討もつかないですね…」

 

「またチーム"スノードロップ"の2匹が渦中にいたりしてね?」

 

「そんなまさか〜」

 

リーフィアさんとグレイシアさんがチーム"スノードロップ"を結成してからというもの、編入試験にミカルゲ事件と平和なウォンシ地方にしては大きめなトラブルに立て続け巻き込まれている。さすがにこの短い間で3回目は…

 

「ちなみにそのお二人は今どこにいるんですか?」

 

「確かエレキ平原だったかしら」

 

前言撤回、2度あることは3度ある。エレキ平原と言えばーー「電子機器も方位磁石も頼りにならない立派な未開の地。一度その霧の中に入ると無事には帰ってこれないとか」ーーそう聞いたことがある。私なら霧を払えるし何とかなるだろう。

 

「様子見に行ってきます」

 

「応急処置くらいならできるし、うちのタマンタちゃん連れてくといいわよ。何かあったら深追いはしないでムクホークか私に伝えてちょうだい」

 

「了解しました」

 

私は前回のミカルゲ事件で痛い目を見た。今回もミカルゲクラスのポケモンが関わっている可能性が高い。今回はどんなに危機的状況だからといって焦って自分1匹で対処しようとするのではなく、冷静に、時には皆を頼ってウォンシ地方にとって最善の選択を取れたらと思う。

 

胸元のバッジからは「え゛え゛ぇぇええ!?!?何しれっと決めちゃってくれてるんですか??よりによって水・飛行タイプの私を電気タイプがうじゃうじゃいるエレキ平原に送り出すなんて師匠の鬼!鬼畜!ドS!」と情けない古馴染み(タマンタ)の声が虚しく響いていた。

 

「念のため儂も行こう」

 

「隊長はその事務仕事早く終わらせてくださいね」

 

 

 

 

*タマンタside

 

ムクちゃんと合流し、エレキ平原へ向かう。

 

「何で私がエレキ平原なんて行かないといけないんでしょうか…どーせ理由なんて面白そうだからですよ絶対!!」

 

編入試験の時といい、師匠は気まぐれで無茶振りをして楽しんでる節がある。いくら平和なウォンシ地方だからといって師匠の気まぐれでガチバトルさせられたら命がいくつあっても足りないですよ。今起きてる気候変動だって師匠が一枚噛んでると言われても全然不思議ではない。

 

「それだけ信頼されてるってことなんじゃないか?」

 

「そ、そうですかね……私は騙されないですよ!!」

 

そんな会話をしつつエレキ平原の入り口。『ここから先エレキ平原。奥深くまで入った者は二度と出ることの叶わない特殊な磁場と霧の迷宮。』という看板が建てられている。ところで不自然な点が1点。

 

霧がかかっていない。

 

「あれ…ムクちゃん"霧払い"しました?」

 

「いや、私は何もしてない。おそらくウォンシ地方を春に染めている犯人はここにいるとみて間違いないだろう」

 

言われてみればネオンギルドの辺りよりも春の陽気が強い気がする。

 

「どうしますか?ムクちゃん」

 

「とりあえずバッジで報告だけしておいて様子を見に行こう。霧が晴れた今なら迷う心配はない」

 

「分かりました。くれぐれも慎重に行きましょう…!」

 

 

 

 

*ムクバードside

 

バッジで報告をしてからエレキ平原を飛び進めること十数分。

 

「しかし何も無いですね〜」

 

「まぁ平原というくらいだしな」

 

エレキ平原は霧が無ければ多少肌を刺すようなビリビリ感漂うただのだだっ広い平原という感じだった。しかし、どこまでも続くかのように思われた地平線にポツンと点が現れる。

 

その正体は傷だらけのドンカラスを抱えたこれまた傷だらけのマニューラだった。ドンカラスの方は気絶している。どちらもエレキ平原に生息しているポケモンとは考えづらく、私たちと同じく気候変動の謎を探りに来たポケモンなのだろう。

 

「どうしたんですかその傷!放っておいたら開いちゃいますよ!待っててくださいねすぐに応急処置しますから」

 

"アクアリング"

 

医者(ネオラント)の弟子というだけあってタマンタは手際良く2匹を治療していく。余談だが、ネオンギルドの水ポケモン達はネオラントが独学で会得したこの"アクアリング"によって地上での生活を可能にしている。それを他者の治療に応用するには微細なコントロールが必要で、実は見た目以上に高度なことをやっているのである。

 

「頼んでもないのに見ず知らずのポケモンを治療するなんてこの地方のポケモンは揃いに揃って馬鹿なのか?」

 

マニューラから発せられた言葉はとても治療してもらっている者の言葉とは思えなかった。古馴染み(タマンタ)の厚意を無碍にするような発言に私はカチンときた。

 

「タマンタがわざわざ治療してくれているというのに何だその態度は」

 

「そう、()()()()だ。お前たちが素性も知らない俺たちを治療するメリットは何一つ無い。この先に危険なポケモンがいると分かりながら、俺たちにリソースを割くのは愚策だ。それでも治療をする理由が俺には分からない」

 

「馬鹿なのはあなたの方ですよ!助けられるポケモンを見捨てて誰が気持ちよく明日を迎えられるというのですか!!」

 

普段はおちゃらけている古馴染み(タマンタ)が珍しく言葉に(想い)を込める。

 

「俺たちがこの事件(気候変動)引き金(トリガー)を引いた悪いポケモンだったとしてもか?」

 

この()()引き金(トリガー)…?この気候変動は故意に引き起こされた事件だとでもいうのだろうか。引き金(トリガー)を引いたということはマニューラは気候変動が起きてから来たのではなく事件の大元の原因…?では何故今傷だらけになってここにいる?事件は解決したのか?今もなお他のポケモンが何らかの目的(悪意)のもとに春を振り撒き続けているのか?この話がもし仮に本当だったとして本当にマニューラを治療していいのか?黒鷹隊としてウォンシ地方の平和のために排除すべき凶悪ポケモンだったらどうする…?

 

そんな葛藤が心を渦巻いてる中、古馴染み(タマンタ)は治療をやめずに優しく言葉を紡ぐ。

 

「……私に真偽は分かりませんが、悪いことをしたのは本当なのかもしれません。でも、少なくとも今のあなたから敵意は感じられません。私にはあなたは悩み、葛藤しているように見えます。例え悪いことをしてしまったのだとしても、それが本当に正しかったのか悩み、葛藤することはいいことだと思います。そういう風に悩んだり、葛藤することって他人を思いやることができるからこそできると思うんですよね。だから、私はあなた達を治療したいと思ったんです」

 

マニューラが驚きの表情と共にハッと顔を上げる。私から見れば古馴染み(タマンタ)もスノードロップのお二人に負けず劣らずのお人好し(自慢の親友)だ。言ったら調子に乗るだろうから言わないが。

 

「…ははっ、本当にお前()()は揃いに揃って馬鹿ばっかりだな」

 

「また馬鹿って…!」

 

「まぁまぁ。悪い馬鹿じゃなさそうですし、いいじゃないですか」

 

どうしてこんなに上から目線なんだ。っていうか悪い馬鹿じゃなさそうって何だ。

 

「治療してくれた礼に1つ教えてやろう。俺たちが歩いてきた方に馬鹿な調査隊と気候変動を引き起こした張本人がいる」

 

「調査隊…絶対リーフィアさんとグレイシアさんですよ!どうせまた無茶してそうですし、早く治療してあげないと…!」

 

「お二人は無事なんだろうな?」

 

「さぁな、そこまで教えてやる義理は無い。世話になった」

 

そう言うとマニューラ達は去っていった。心なしか出会った時よりも晴れやかな表情をしていた気がした。

 

「乗せてってやるから急ごう…すりすりするのはやめろ」

 

「またと無いすりすりチャンスを逃す訳…」

 

「落としてくぞ」

 

「ごごごごめんなさいこのスピードで落とされたらタマンタちゃん魅惑のしっとりお肌が大変なことに」

 

落としていい気がしてきた。

 

 

 

 

*タマンタside

 

結論から言うと一連の騒動は収まっていた。壮絶なバトルがあったであろう現場にはチームスノードロップのお二人、レントラーとルクシオ、それと気が弱そうな印象を受ける日傘をさしたネガフォルムのチェリム、ふよふよ浮いている見知らぬポケモンの計6匹がいた。グレイシアさんとレントラーは気を失ってはいるが、一応応急処置はされていて大丈夫そうだ。リーフィアさんとルクシオは(おびただ)しい血の痕はあるのに、それほどダメージを受けていない…否、残っていない様子だった。

 

「大丈夫ですかそれ、リーフィアさん!?」

 

「うん、エムリットが回復してくれたらしくて平気だよ」

 

あのふよふよ浮いているポケモンはエムリットというらしい。相当なダメージだったはずなのにそれを回復の一言で済ませてしまうなんて一体何者なんでしょう…?

 

「私?私は感情を司る神様だよ?回復は蓄えた(信仰)を引き換えに"癒しの願い"を使ったんだよ」

 

心を読まれた…?

 

「あぁ、感情を司る神様だから何となく心を読み取ることができるんだよ。完全には分からなくても会話の流れや不思議そうに見つめられれば言いたいことくらい分かるよ」

 

「へぇ…やっぱり神様だけあってすごいポケモンなんですね」

 

「ねぇ聞いた?失礼なリーフィア君とは大違い!普通神様は尊敬されるべき偉大な存在なんだよ?」

 

「神様として尊敬はしてるよ」

 

「嘘ばっかり!感情の神様に嘘をつくなんて随分と挑戦的だね」

 

「なぁタマンタ、今のエムリットを尊敬できるか?」

 

「リーフィア君の印象操作に騙されないで!」

 

「え、えっと…親しみやすい神様でいいと思いますよ?」

 

「えーん。ルクシオ〜、どこがいけないのかなぁ?」

 

「その立ち振る舞いだと思いますよ。喋らなければ尊敬されると思いま」

 

「ルクシオ君、言動には気を付けた方がいいと思うよ?」

 

春の陽気が照りつける中、ルクシオは凍えていた。分かりますよ、私も師匠をからかった際にゾクっとしたことありますから。

 

 

 

 

*ムクバードside

 

「ところで気候変動を引き起こしたポケモンは?もしかして神様が?」

 

「引き起こせなくはないけど違うよ」

 

「じゃあ草タイプのリーフィアさん?」

 

「私も引き起こせなくはないけど違うよ。当然草タイプだから"日本晴れ"の恩恵は受けるけどね」

 

「どっちも気候変動させる力はあるのか…」

 

リーフィアさんさらっと言ってるけど、気候を変動させるということは自然の摂理に逆らうということ。並大抵のポケモンにできることではない。

 

と言ってもグレイシアさんだって"霰"を使えるし、スノードロップのお二人に常識を当てはめるだけ無駄か。

 

「えっじゃあ誰が」

 

周りを見回してみるが、氷タイプのグレイシアさん、電気タイプのレントラー、ルクシオ、見るからに気弱そうなチェリム…この規格外な"日本晴れ"とは無縁そうなポケモンばかりだ。

 

「まさか逃げられて今もこのエレキ平原を彷徨ってるとか?」

 

「それだったらこんなにまったりしてないよ〜こんなにすごい"日本晴れ"をしたのはうちの守護者、チェリムちゃんだよ」

 

「「……………え?冗談ですよね?」」

 

タマンタも私と同じ反応をとる。何度でも言うが目の前のチェリムは見るからに気弱そうでバトルすら無縁といった感じだ。とてもじゃないが、ポケモン100匹集めてチェリムがこの広範囲に渡る"日本晴れ"をしたと言って信じる者は1匹もいないだろう。しかも神様の守護者…?見るからに強そうなレントラーが守護者って言うなら分かるが…あれ、守護者って何だっけ。

 

しかしリーフィアさん、ルクシオが驚いてないということが、それが冗談ではないことを雄弁に物語っているという訳で。

 

「…何でそういう時だけ正直に言っちゃうんですか神様のばかー!いつもみたいに『私がやったんだよ〜すごいでしょ?』って誤魔化してくれてもいいのに。うぅ、恥ずかしい…」

 

涙が幻視できそうな弱々しいチェリムが可愛らしいおててで神様(エムリット)をぽかぽか叩く。神様(エムリット)はにやにやしているだけで効果はないようだ。

 

「え、隠す必要ないじゃん?エレキ平原がピンチな時に襲撃者から守ってくれたんだから。しかも圧勝!すごく強いんだよ!」

 

「その…暴走してお仲間さん達にも迷惑かけちゃいましたし…とにかく!私の中では一刻も早く忘れ去りたい黒歴史なんです!」

 

「「あ〜、だからリーフィアさん達血塗れだったんですね…」」

 

「チェリムだけから受けた傷じゃないけど、今回一番恐ろしかったのはチェリムかもね」

 

「リーフィアさんまで!」

 

ポケモンの恐ろしさは見た目によらない、覚えておこう。

 

「それじゃあ事件は解決したってことでいいんですかね?」

 

「リーフィア君と私のおかげでね!」

 

「ほっ…」

 

タマンタがほっと胸を撫で下ろしている。それもそうだ、電気タイプの巣窟であるエレキ平原にバトル覚悟で来ていたのだから。

 

「神様、嘘はよくないよ。私はグレイシアにもエムリットにも助けられっぱなしの情けない男なんだから」

 

「暴走したチェリムちゃんと互角に渡り合えるだけでも充分ヤバいと思うよ?」

 

「その話は掘り返さないでください!!」

 

「まぁまぁ、その辺にしといてあげてくださいよ」

 

チェリムはあまりの恥ずかしさからかぜぇぜぇと肩で息をしている。このままルクシオが止めていなかったらその内日傘を投げ出して本当に暴走していたかもしれない。ナイスルクシオ、エレキ平原の平和は保たれた。よく見たら荘厳な桜と神聖な雰囲気を醸し出す湖以外何もない平原に壮絶なバトルの痕が残っている。まるで1つの街が壊滅した後のような光景だ。ここが元々何もない平原でよかった。

 

「とりあえずは一安心って感じですね。他にも聞きたいことは山ほどありますが、私たちは一先(ひとま)ずネオンギルドに報告に戻ろうと思います」

 

「そのことなんだけど、ラントちゃんとムッ君には報告してもいいからウォンシ地方の皆には広めないでおいてくれると助かるな。仮にも私たちはウォンシ地方の秩序を保つ側のポケモンだしさ」

 

「もちろんその辺は配慮させていただきます」

 

「ありがとう。今は暴走した神木()や霧の制御をし直さないといけないから難しいけど、いつかこのメンバーでお花見しに来てよ!このメンバーならいつでも大歓迎だからさ!もちろんラントちゃんとムッ君も連れてね!」

 

ところでラントちゃんとムッ君って誰だ…もしかしてネオラントさんと隊長のことだったりする……?

 

ないない、あのお二方にちゃん付けと君付けなんて。似合わないにも程がある。

 

「あー、ラントちゃんとムッ君ってのはネオラントとムクホークのことね!」

 

「「「え…」」」

 

非常に微妙な空気になった。

 

 

 

 

*ルクシオside

 

リーフィアさん達が帰り、お兄様も目が覚めた頃。

 

「すごいバトルだったみたいだね、ルクシオから聞いたよ〜」

 

「それはもう最高だった、花蝶風月と呼ばれたあの4匹を思い出すほどには」

 

「花蝶風月…?」

 

「ルクシオさんはまだ生まれてない時のことですから簡単に説明しますと、昔ウォンシ地方に名を轟かせたそれぞれ2匹のポケモンから成る2つの探検隊があったんです。皆さんとても強くて私たち守護者に匹敵するほどの実力を持っており、ちょうど1ヶ月前に起きたようなウォンシ地方の危機を救われました。今のウォンシ地方があるのはその4匹のおかげと言っても過言ではないですね。それ以降その4匹のポケモンのことをそれぞれの特徴に見立てて花蝶風月と呼んでいます」

 

「へぇ…僕が生まれる前にそんなことが…」

 

「本当懐かしいなぁ…!ラントちゃんとムッ君も今やネオンギルドのギルド長と黒鷹隊の隊長かぁ」

 

「喧嘩ばかりしていた小娘と小童が…立派になったもんだ」

 

「いつも桜の木陰に隠れてた私に日傘を作ってくれたエテボースさんと、桜のことをすごく褒めてくださったロズレイドさん、元気かなぁ」

 

「エテ君とローズちゃんもよく喧嘩してたよね〜」

 

「喧嘩するほど仲がいいってやつだな」

 

「ふふふ…また落ち着いたら一緒にお花見するのが楽しみですね…!」

 

花蝶風月の4匹は知らないけど、きっと僕にとってのチーム"スノードロップ"みたいな存在なんだろうなと思う。お二人に襲撃者だと疑いをかけてしまったり、チェリム様が暴走してしまったり色々あったけど、今回の事件は1ヶ月前の大事件と違って悪いことばかりじゃないと確かにそう感じることができた。

 

 

 

 

*ムクバードside

 

エレキ平原からネオンギルドへ戻り今回の事件ーー名付けて春染事件とでも呼ぼうかーーの報告をする。とは言っても私よりも詳しい当事者(リーフィアさん)がいるので、聞いてる時間の方が多かったが。トラブルメーカー気質は相変わらずのようで、私たちの知らないところでとんでもないことが起きていたようだ。

 

報告も済んだところで気になっていたことを聞く。

 

「そういえばネオラントさんって神様と知り合いなんですか?」

 

「そうそう、今回の事件だって知ってて送り出したんじゃないですか?」

 

「何のことかしら?」

 

(とぼ)けないでくださいよ〜師匠!神様がラントちゃんって呼んでましたよ」

 

「本当に知らないけど…?私をラントちゃんって呼ぶポケモンなんていないわよ。随分フランクな神様なのね」

 

「「「え…?」」」

 

いつものように惚ける様子は無く、本当に知らないようだった。



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第4章
p.29 認識の差異


*リーフィアside

 

春染事件から数日、穏やかな春の陽気ーーこの表現が適切かはさておきーーは鳴りを潜めて、厳しい冬の寒さが戻りつつあった。以前ネオラントの冗談に「春から冬に逆戻りした心地がした」と言ったが、まさか本当にその現象を体験することになるとは。

 

とはいえ今はもう3月上旬。北に位置するウォンシ地方といえど、あと1月と少しでこの寒さともおさらばだ。その頃には神木のコントロールも安定してお花見できるようになるだろう。

 

窓の外を眺めながらそんなことを思っていると、よく見知った顔ーーエテボースが目に入った。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「やぁ、最近は立て続けに不思議なことが起こるね。今回の奇妙な春にも関わっているのかな、トラブルメーカーさん?」

 

どうやらエテボースの用はネオンギルドではなく私らしい。いやちょっと待て、聞き覚えのある言い回し…

 

「誰ですかそんな不名誉な称号広めてるのは」

 

「広めずとも君を知るポケモンにとっては常識さ。否定しないということはやっぱりあの異常気象を収めたのは君達なんだね。尤も、今回は記事になってないから怪現象の時よろしく()()として気にしてるポケモンはいないけど。何か記事に出来ない事情があるんだろうね。…例えばお守りに込められていた力を持つ神様が関係してるとか」

 

エテボースが核心をついてくる。エムリットには黙っていてほしいと言われたが、何の情報も無しにここまで正確に当ててくるのはお手上げと言わざるを得ない。どこぞの神様よりも上手く心を読めてるんじゃなかろうか。

 

「全く、エテボースさんには敵わないなぁ。でもその場所に咲いてた花はスノードロップじゃ無かったからお守りの神様とは別の神様だと思う」

 

「何にせよ神様が実在すると分かっただけでも怪現象の謎解明へ大きな一歩じゃないか」

 

「神様は言いづらそうにしてたし、どうだか」

 

「確かに、世の中には知らない方が幸せなこともある。表面上何も起こってないように見えて実は開けてはならないパンドラの箱だったりしてね」

 

怪現象の日に何が起きたかは分かったものの、記憶が失われた経緯については未だ謎のままである。それに怪現象から1月経って尚エムリットが弱っていたことを考えると想像以上に大事件だったのかもしれない。

 

「それで今日の用件は?わざわざ寒い中世間話をしに来ただけとも思えないし」

 

「あぁそうそう。君もずっとネオンギルドに住み着く訳にもいかないだろうし、チームスノードロップの拠点兼、君の家を作ろうと思ってね」

 

ダメージは完全に回復し、グレイシアもつい先日退院してそろそろネオンギルドに居候し続ける理由も無くなってきた頃。ネオラントには「リーフィア君なら別に構わないけど?」って言われたが、迷惑をかけないに越したことはない。「それなら住むアテはあるの?あっ、グレイシアちゃんに同棲させてもらうとか?リーフィア君も中々隅におけないわね」とからかわれたり、タマンタがトリップしてたのは断じて知らない。第一グレイシアにはお守りのパートナーがいるだろう。

 

しかし、家を作るには相当な労力を要する。他のポケモンのために家作りを申し出るなんてマニューラもびっくりのお人好しだ。その上エテボースにはカフェ"猿の腰掛け"の経営もある。

 

「いいんですか?」

 

「僕の特技を忘れたかい?」

 

「いや、お店ほったらかして大丈夫なんですか?」

 

「お店の方はピンプクとリーシャンに任せとけば大丈夫だろう。これも立派なポケモンになるための修行ってもんだ」

 

「仕事をしないオーナー…」

 

「おいおい不名誉な称号を広めるのはやめてくれよ?」

 

「広めなくても"猿の腰掛け"の客にとっては常識ですよ」

 

「手痛いお返しだこと」

 

エテボースは2対の尻尾を天に向け降参の意を示す。

 

「冗談は置いといてありがとう。材料集めとか手伝えることがあったら遠慮なく使ってください」

 

「おっ、頼もしいね〜でも手伝いはいらないよ」

 

「1人で作るのはいくら何でも無理がないか?」

 

「黒鷹隊やロズレイドに手伝ってもらうことにするよ。彼らなら喜んで手伝ってくれるだろう」

 

「それは皆に悪いな…」

 

「君達には楽しま…陰ながらウォンシ地方の平和を守ってもらってる恩があるからね。僕らからの感謝の形だと思って楽しみに待っててくれ。出来たらまた調査隊バッジに連絡するから」

 

あれ、私もしかして見世物だと思われてる?

 

「そこまで言うなら…あとチーム"スノードロップ"はあくまで調査隊です」

 

「分かってる分かってる」

 

エテボースは上機嫌に尻尾を左右に振って去っていった。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「相変わらずエテボース君は鋭いわね」

 

入れ替わりで入ってきたのは自称優しい小悪魔、ネオラントだった。

 

「見てたんですか?」

 

「微弱な超音波でちょっと聞かせてもらっただけよ、トラブルメーカーさん?」

 

「最初からじゃないですか」

 

「ウォンシ地方1の情報屋が面白そうな話を聞き逃す訳ないじゃない」

 

「ネオンギルドで下手なことは言えないな…」

 

「いつも退屈しない話題の提供、助かってるわ」

 

「こっちはいつも死に物狂いなんですけどね…」

 

「だからこそ面白いのよ」

 

あれ、私もしかして見てて面白いからどんどん無茶しろって言われてる?

 

「そういえば神様について何か分かりました?ウォンシ地方1の情報屋さん?」

 

「いろいろ調べてはみたけど数日前にも話した通り、神様が私を一方的に知ってるだけね。でも親しげな呼び名で呼んでることを考えると、会ったことはあるけど私の記憶が失われたと考える方が自然ね」

 

「私の記憶はほとんど消えてるのにピンポイントで消せるものなのかな?」

 

「神様も弱っていたというし、()()()と言う方が正確かもね?」

 

「つまり消された記憶と隠された記憶があると」

 

「もしかしたらリーフィア君の記憶やグレイシアちゃんのパートナーとスノードロップに関する記憶、それから怪現象の日の記憶も消えた訳じゃなくて一時的に隠されてるだけなのかも…?

 

だけど隠すにはそれ相応な理由がある訳で…記憶を失う前のリーフィア君は一体どんな悪いことをしたのでしょうね?ふふ」

 

「悪いことした前提ですか!?一応マニューラ達に裁きを下そうとしたエムリットは私に対して妙に友好的だったし、それは無いと思うけど…でも記憶を隠される理由も見当たらないな」

 

「冗談よ。記憶は失っても魂の本質はそうそう変わるものじゃないわ。経験によって魂の本質が大きく変化したのだとしたら知らないけど」

 

「最後の一言で台無しですよ」

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「あっ、師匠こんなところでサボってたんですね!」

 

せかせかした様子で非難の声を上げるのはネオラントの弟子ーータマンタだった。

 

「人聞きが悪いわね。私をあのサボり魔(ムクホーク)と一緒にしないでちょうだい」

 

確かにあの脳筋隊長(ムクホーク)が仕事をしている姿は想像できない。ムクバードがエレキ平原から帰る時に「少しでも事務仕事が減ってればいいんですけどね…どうせすぐ飽きて特訓してますよ」とボヤいていた。ここまで従者に信用されてないダメ主人も珍しい。

 

「そんなこと言ってまたリーフィアさんをからかってたんじゃないんですか?」

 

「情報交換してただけよ」

 

「本当ですか〜リーフィアさん」

 

従者に信用されてないダメ主人、ここにもいた。主に主人の自業自得である。半分は嘘だが、情報交換していたのも事実なので

 

「本当だよ」

 

「リーフィアさんが言うなら間違いないですね。ちなみにどんなことを話されていたんですか?」

 

師匠、私に信用度が負けてるけど大丈夫か?

 

「神様と記憶についてちょっとね」

 

「不思議ですよね〜師匠は覚えてないのに神様は覚えてるなんて。神様だからウォンシ地方のことなら何でも知ってるのでしょうか?」

 

「マニューラのトレーナーがシンオウ地方から来たこと、そしてその目的を知ってたことから少なくとも怪現象に大きく関わっていたのは確かだね。それ以上のことは意志を司る神様を探せって言われたけど…どこにいるのやら」

 

そもそも意志を司る神様がいる場所を知ってるなら何故教えてくれなかったのだろうか。知られて不都合なことならそもそも意志を司る神様が存在すること自体伏せておくはずだ。あの時はマニューラ達が聞いていたから?それもあるかもしれないが、気まずそうに言い淀んでいたことを鑑みるに他の理由もありそうだ。考えても答えは出ないが、結局のところ調査はまた振り出しからである。

 

「それならトリトドン先生の神話の授業を受けに行ったらどう?意志を司る神様と言われるくらいだし神話の1つや2つ、あるんじゃないかしら。あれこれ考えるにはまず知ることが大切よ」

 

「確かに。ちょうど家作りも戦力外通告を受けて暇だったし、行ってみるよ」

 

 

 

 

*リーフィアside

 

そんなこんなでグレイシアとポケモンスクールに向かうことになった。ネオンギルドを出る前に調査隊バッジで連絡しておいたからそろそろ来る頃だ。

 

「お待たせ〜ネオンギルドの方から来たマスター(エテボースさん)すごく上機嫌だったけど何かあったの?」

 

「チーム"スノードロップ"の拠点兼、私の家を作ってくれるんだってさ」

 

「えっ!?何でリーフィアはぼけっとしてるのよ。早く手伝いにいかないと!」

 

「手伝いは黒鷹隊やロズレイドさんにお願いするらしいよ。私は完成まで楽しみにしててくれって戦力外通告された」

 

「それなら仕方ないわね。黒鷹隊の力仕事、マスターの器用さ、ロズレイドさんの華やかさ、これは期待しない方が難しいわねっ!うふふっ」

 

グレイシアが満面の笑みを咲かせる。まだ完成したところを見ていないのにこの様子だ。周りに嬉しさを伝播させるその笑顔は世界を平和にする力があるのではないかと錯覚するほどだ。

 

「本当楽しみだね。それで暫く暇だからトリトドン先生に神話のことを聞きに行こうと思ってね」

 

「名案ね!私たちこれから探す神様のこと何も知らないもの」

 

「グレイシアに関しては気絶しててエムリットにも会ってないからね」

 

「守護者様であれだけ強いんだからさぞかし立派な神様なんだろうなぁ」

 

「え…あ、うん。そうだね」

 

ごめんエムリット私は擁護できない。

 

「神様の話は置いといてまさかあんなに不利な条件で守護者のレントラーを倒すとは思ってなかったよ。私を守ってくれて本当にありがとう」

 

「何よ改まって、照れ臭いじゃない。今までのお返しをしただけよ。それにムクちゃんとタマンタちゃんから聞いたんだけど、リーフィアももう1匹の守護者と互角に渡りあったんでしょ?」

 

「エムリットが来るまでギリギリ持ち堪えてただけだから話すなって言ってたのにあいつら…」

 

「これでおあいこね」

 

「言うようになったね」

 

「でしょう?」

 

でもそこでえっへんと胸を張るのは子供っぽくて可愛いだけだぞ。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「「こんにちは〜チーム"スノードロップ"です」」

 

「入っていいですよ〜」

 

先生をしているだけあって耳に心地良い返事が返ってくる。その優しい声は授業の内容が難しい時、夢の世界に誘われる子がいても無理はない。

 

「「おじゃまします」」

 

先生の承諾を得て倉庫の中に入ると不思議な模様が描かれた石板や古そうな書物がたくさん並んでいた。

 

「すごい…これ全部先生が集めたものなんですか?」

 

「ほとんどはエテボースさんが冒険中に拾ってきてくれたものですが…この不思議な模様が描かれた石板は僕が子供の頃に初めて拾った石板で、その神秘的な雰囲気に心がすごく惹かれました。それからというもの、すっかりウォンシ地方の歴史や神話の虜になってしまって。その魅力を何とかして少しでも伝えられたらいいなと思って先生を目指したんです」

 

「今こうして子供の頃からの夢も叶えられて…素敵な話ですね」

 

「本当、いい夢を見させてもらいました」

 

先生は安らかな表情で答える。輝かしい思い出に浸るように。

 

「えっと、今日は神話の話でしたね…それでしたら"始まりの話"にミカルゲの神話…あれ、この恐ろしい神話…」

 

「恐ろしい神話がどうされたんですか?」

 

「私に読めない神話は無いはずなのに、どうしてかボヤけて読めないんです」

 

「!?ちょっと見せていただいても大丈夫ですか?」

 

恐ろしい神話

 

ーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーー

 

そのポケモンに触れた者

三日にして感情がなくなる

 

ーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー

 

先生から渡された巻物は確かに文字が読めないというよりは(もや)がかかっているような…何だか故意的に認識の阻害がかけられているような感じだった。

 

しかし、その3つの神話の中でも1つだけ読めるものがあった。感情…文脈からしてエムリットの神話だろうか。グレイシアと顔を見合わせて頷き合う。

 

「先生、ありがとうございます。こんな不思議なことがあるんですね」

 

「私もこんなこと初めてです。私の方でも原因を考えてみます。こんなにワクワクするのはいつ以来でしょうか」

 

その後は一通り他の神話も聞かせてもらってポケモンスクールを後にした。

 

「リーフィアはこんなに恐ろしい神様と会ってたのね…」

 

グレイシアの中の神様(エムリット)像がどんどん立派になっていく。まぁあんなに恐ろしい神話を聞いた後なら無理もないか。会った時の落差が心配だ。

 

「相当悪いことをしない限りは大丈夫だと思うよ?」

 

「そうよね。だけど何で私たちにだけ読める部分があったんだろう?」

 

「たぶんエムリットに会ったことで認識の阻害が一部解かれたんだろう」

 

「認識の阻害?」

 

「これは推測なんだけど、先生が読めなくなった時系列的にもエムリット達は怪現象に関わって弱っていたから故意的に怪現象に纏わる記憶や情報に認識の阻害をかけたんだと思う。マニューラやドンカラスのような不穏分子がまだ残っているかもしれないからね」

 

「なるほど…改心してくれるといいね」

 

「私もそう願うよ。ただ、1つ気になることが…神様の数と神話の数が合わない」

 

「確かもう1匹意志を司る神様がいるんだっけ?それなのに神話はあと2つあったわね。3匹目の神様に何か悪いことが起こったのかな?」

 

「いずれにせよ時間が経つにつれて3匹目の神様の痕跡もグレイシアのパートナーの痕跡も薄くなっていく。早く探すに越したことはない」

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「おかえりなさい。ラブラブ神話デートはどうでした?」

 

あーあ、それをグレイシアに言っちゃダメだって。神話の報告にネオンギルドに戻ってきたら開口一番この爆弾発言だ。この脳内まっぴんくの弟子はどうにかならないんですか、師匠。

 

「そ、そんなんじゃないわよバカぁ!!」

 

"リフレクター"

 

大丈夫、今回は悪い予感がしてたので対策はバッチリ

 

 

パリン

 

 

………え?リフレクターが一撃で割れた?そんなに柔な防御結界じゃないんだけどなぁ…

 

「何でガードするのよ!痛いじゃない!」

 

そんな理不尽な。

 

「私も男としていつまでも女の子の右ストレートで気絶する訳にはいかないからね」

 

「私が怪力ゴリラだって言いたい訳…?」

 

「そこまでは言ってないだろ?」

 

「あらあら、本当仲良いわね」

 

師匠、今の光景見て感想それだけですか?弟子の軽はずみな爆弾発言で危うく死にかけるとこだったんですが。私の死亡記事がケイコウオのネオン新聞に載る未来はそう遠くないかもしれない。

 

「それで、有意義な話は聞けたかしら?」

 

「神話自体に認識の阻害みたいなものがかけられていて、エムリットの神話と思われる『そのポケモンに触れた者 三日にして感情がなくなる』の部分と他に2匹の神様がいることくらいしか分かりませんでしたね」

 

「興味深い内容ね。どうしてエムリットは3匹目の神様の存在を隠しているのか…果たして本当に私たちの味方なのか」

 

「怖いこと言わないでくださいよ」

 

「あ、そういえば貴方達が授業を受けに行ってる間に依頼…というか果たし状が来てたのよ。当然受けるわよね?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

果たし状

 

レントラーやチェリムが強い奴と戦ったと聞いた。あいつらだけ抜け駆けしやがってズルいぞ。俺様にも極上の勝負を味わわせろ。バクバク砂漠で待ってるから早く来い。 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

また変なのに目をつけられちゃったなぁ…

 

「私たちに受けるメリットあります?砂漠にスノードロップなんて咲いてる訳ないし…ほら、強いポケモンなら誰でも良さそうだし、荒事大好きなムクホーク隊長に依頼するのはどうかな?」

 

「残念ながら隊長はムクの縄張りの管理・警備とリーフィアさんのお家作りで手一杯です」

 

「そうだった…何でよりによってこんなタイミングで…」

 

「私たちはそういう星の下に生まれたのよ…諦めましょう」

 

グレイシアが悟りを開いている。

 

「何も悪いことばかりじゃないわよ?バクバク砂漠は砂嵐が吹き荒れ凶暴な鮫が跋扈する危険地た…未開の地」

 

「今危険地帯って言いましたよね?」

 

「それに守護者のレントラーやチェリムと知り合いなんだから、貴方達が探している意志を司る神様の守護者かもしれないわよ?」

 

「こんな守護者嫌だなぁ…でも確かに一理ある」

 

「それじゃあ無理しない程度に頑張ってきてくださいね」

 

「何言ってるの?激しい戦いになるのは分かりきっているのだからタマンタちゃんも医師の卵として付いてくのよ?」

 

「う、うう…師匠にいじめられてます。リーフィアさんなら分かってくれますよね?」

 

『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』とはこのことか。タマンタには悪いが、平穏な日々は諦めてもらおう。回復役がいてくれるとこっちとしても助かる。

 

「グレイシアに右ストレート撃たれたら治療頼むよ」

 

「余計なこと言わないでよ!!」

 

ごふっ

 

重低音。あれ、意識が…

 

 

 

 

*エムリットside

 

「この問題の解決には時間が要るから敢えてリーフィアにバクバク砂漠のこと教えなかったのに!

 

??君のバカぁぁああ!!」

 

エレキ平原に神様の情けない叫び声が響き渡った。



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p.30 甘みが導く先は

*リーフィアside

 

何だかいい香りがする。食欲をそそるとても美味しそうな香りだ。覚醒しきっていない意識を刺激するのは嗅覚だけではない。グレイシアとタマンタの会話も聞こえる。どうやら2匹仲良く料理をしているようだ。

 

「おはよう。相変わらず良い腕してるね」

 

「ふふ…ふふふふ…まだ寝足りないみたいね?それとも料理されたいのかしら?」

 

グレイシアの声は引き攣っている。料理をしているので顔は見えないが、きっと素敵な笑顔が貼り付けられていることだろう。あれ、私何かマズいこと言ったっけ…?

 

「グレイシアさん待ってください!これ以上はリーフィアさんの命が危ないです!!」

 

タマンタが暴走寸前のグレイシアを羽交い締めで抑えてくれる。考えろ…考えろ…これから危険地帯(バクバク砂漠)に行くというのにまた右ストレートを喰らうのは得策ではない。

 

とはいえ私は相変わらず料理が上手だねって褒めただけだし…あまりにストレートすぎる褒め言葉が照れ臭かったのだろうか?

 

答えはグレイシアの口から知らされる。

 

「離してタマンタちゃん!今リーフィアは私の右ストレートに対して『良い腕してるね』って皮肉を言ったのよ!!」

 

「確かに可憐な乙女に失礼すぎる発言ですが…リーフィアさんも早く謝ってください!」

 

そういうことか…グレイシアが可憐な乙女かはさておき、初めから解釈のすれ違いを起こしていた訳だ。

 

「ごめん、グレイシア。そういう意味じゃなくて、あまりにもいい香りだったから相変わらず()()()()が良いなって」

 

「え……………?えへ…えへへ…それならそうと早く言いなさいよ!まぁ?私が料理上手なんてマスターが仕事をしないくらい当たり前のことだけど??」

 

こんな時まで揶揄されるマスター(エテボース)、哀れである。

 

「もう本当気を付けてくださいよ〜ダンジョンに行ったのにチームメイトに殴られてネオンギルド送りなんて笑えないですからね?」

 

おい、右ストレートを撃たれた原因の1回はお前(タマンタ)だぞ。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

ふぅ…危うく2発目を貰うところだった。ちゃんと真意を正しく伝えるのは大事である。命の危機は去ったところで

 

「料理をしながらでいいから調査の打ち合わせをしようか」

 

「誰と戦うかも分からないのに打ち合わせしようがあるの?」

 

「バトルの方は優秀な医者の卵もいるし、そんなに心配してないよ」

 

「褒めても無茶していい理由にはなりませんからね?」

 

「自分から無茶しようと思ったことは無いよ?」

 

「「嘘ばっかり」」

 

そこ、ハモるんじゃない。

 

「心配する身にもなってくださいよ〜」

 

「全くよね。全然約束を守ってくれないんだもの」

 

「でも信じてくれてるだろ?グレイシアとの約束を守るためなら多少の無茶だって頑張れるさ」

 

「ズルい言葉ね。いつか取り返しがつかなくなるわよ?」

 

「その時は皆に助けてもらうから大丈夫。特にレントラー相手に無茶をしたパートナー(雪の女王様)は頼もしいな」

 

「…ズルい言葉ね」

 

「くー、甘いですね!グレイシアさんの作るスイーツくらい甘い!たぶんムクちゃんに食べさせたら甘すぎて吐きますよ」

 

「ムクちゃんは甘いもの嫌いなのね。覚えておくわ」

 

グレイシアが天然で助かった。

 

 

 

 

*リーフィアside

 

「そういえばバトルの打ち合わせじゃないってなると何の打ち合わせなの?」

 

「分からないなりにダンジョンの対策をね」

 

「エレキ平原では霧で迷ったり方位磁石すら使えなくて散々な目に遭ったわね…」

 

グレイシアのテンションが分かりやすく落ちている。何ならタマンタも「私も今からそんなところ行くんでした…」と渋い顔をしている。

 

「ネオラントによると『バクバク砂漠は砂嵐が吹き荒れ凶暴な鮫が跋扈する危険地た…未開の地』。少なくとも砂嵐と凶暴な鮫の対策は必要だね」

 

「「凶暴な鮫の対処は任せたわよ(ました)」」

 

「早速無茶させようとしてない?」

 

「気のせいです」

 

「気のせいね」

 

さっきまでは心配していたと言うのに圧倒的なまでの超高速手のひら返し、理不尽。

 

「砂嵐の方はどうします?」

 

「霧払いが使えれば1番楽なんだけどね」

 

「残念ながら霧払いレベルとなるとムクちゃんや隊長、師匠くらいしか出来ないですね…」

 

飛行タイプの面々にさらっと入ってるネオラントって一体…

 

「そういえばスノードロップのお二人って天候変えられましたよね?」

 

「さすがにバトル以外での継続した天候上書きは消耗が激しいからやりたくないな…」

 

「右に同じね。特に今回はバトルが主目的な訳だし」

 

「ですよねー…」

 

「チェリムを連れて行くしかないか…何なら春染事件の時のように依頼主を圧倒して満足を通り越して諦めさせてくれるかもしれない」

 

「あんなに可愛い娘の禁忌を掘り返すなんてリーフィアさん鬼ですね」

 

「戦ってみれば分かるよ。どっちが鬼か」

 

「リーフィアさんの軽口コレクションが1つ増えました。チクられたくなければ守ってくださいね」

 

「ますますネオラントに似てきたな」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます」

 

 

 

 

*リーフィアside

 

軽口を言い合ってはいるが、結局のところダンジョン(バクバク砂漠)の対策は何一つ進んでいない。エレキ平原ではそのダンジョンの特性とレントラーの透視能力に対策を強いられ2対1でも満足に戦うことができなかった。下手をしたら全滅をしていてもおかしくなかった。それほどまでに神様と守護者のいるダンジョンは過酷な環境なのだ。対策をせずに足を踏み入れれば無事には出られない。情報がほとんど無いのも頷ける。

 

「とはいえチェリムは神木()の後処理で忙しいだろうし、私が"日本晴れ"するしかないか…」

 

「さっきと言ってたことが違うじゃない」

 

「そうですよ。バトル前に消耗したら私たちを凶暴な鮫から守れないじゃないですか」

 

おい。

 

「確証は無いけどエレキ平原と同じなら土地自体に神聖な力が宿っているだろうから、それと"光合成"を使えば消耗は最小限に抑えられると思うよ」

 

「「土地の力を使う?」」

 

「そうそう、大地からすーって吸い上げる感じで。今までほとんど溜め無しでソーラーブレード撃てていたのもそのおかげだよ」

 

「んー…とりあえずリーフィアのバトルスタイルに常識が通用しないことは分かったわ。でもそれなら何でエレキ平原でしなかったの?」

 

「あー、それは寒かったのと霧で太陽が隠されていたからね。タイミングと相性の問題かな。砂漠なら何とかなるだろう」

 

「それなら私も"アクアリング"でサポートしますね。凶暴な鮫と戦う体力をたくさん残しておいてもらわないと困りますから」

 

「動機は不服だけど頼んだよ」

 

「こちらこそ頼りにしてます」

 

「私にも出来ることないかな?」

 

「凶暴な鮫と戦うのを手伝…」

 

「発言を取り消すわ。適材適所が一番よね」

 

おい。

 

 

 

 

*タマンタside

 

やっぱりお二人とのやりとりは楽しいですね。自然と笑みが溢れてしまいます。

 

あっ、師匠との会話が楽しくないって言ってる訳ではないですよ。ただ、少しスリルがありすぎると言いますか…

 

と、話しているうちにお菓子が焼き上がるみたいですね!

 

「完成〜!」

 

グレイシアさんの弾けるような笑顔が眩しいです。焼き上がったお菓子も負けじと照り輝いています。期待に胸が膨らむリーフィアさんからの質問。

 

「今回のお菓子は何なんだ?」

 

「ヒメリパイです」

 

私は和食メインですが、グレイシアさんに教えてもらいつつ一緒に作りました。新しいことに挑戦できるってワクワクしますよね!

 

「……?今回は体力を回復できるオレンの実を使ったお菓子じゃないんだね」

 

「よくぞ言ってくれました。というのも今回に限っては回復役の私がいますから、技を使うためのエネルギーを回復するヒメリの実にしてみた感じです」

 

ヒメリは林檎の一種ですが、その中でも特別栄養価の高い林檎なんですよね。長時間の探索にはもってこいの木の実です。

 

「なるほど。料理をダンジョン探索に役立てられるのは本当面白いね」

 

「でしょう?それじゃあ恒例の試食タイムいきましょ!」

 

グレイシアさんは目を輝かせて待ちきれない様子。無理もないです、こんなに美味しそうなヒメリパイが目の前にあるのですから。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

……………………

 

「「「うまーーい!!」」」

 

「交差するオシャレなサクサクパイ生地に」

 

「甘くてジューシーなヒメリの実」

 

「それらが最高のハーモニーを奏でて天国へと導いてくれますね!」

 

「天国はシャレにならないかもなぁ」

 

リーフィアさんが遠い目をしている。

 

「もちろん私が行かせませんから安心してください?」

 

リーフィアさんが遠い目をしている。あれ、決まったと思ったのにおかしいですね…

 

「とりあえず、前回はほとんどパチリスに盗られちゃったから今回は何としても死守しないとね!」

 

私の知らないところでそんな悲劇が…

 

でも盗られたポケモンがパチリスならその可愛さで何でも許せそうですね!

 

 

 

 

*リーフィアside

 

お菓子の準備も出来て、いざバクバク砂漠へ。エレキ平原がテンガン山を超えてネオンシティの西にあるのに対し、バクバク砂漠はネオンシティの東に位置する。テンガン山を超えなくていい分、こちらの方が辿り着くのは容易だ。

 

ただし、容易なのは辿り着くまでである。目の前に広がるは砂嵐が吹き荒れロクに目を開けることの出来ない地獄。加えて霧よりもタチが悪いのは砂嵐に紛れて飛び交う砂利。じわりじわりと体力が削れていく。これは思ったよりも厳しいな…まるで冒険者を阻む自然の要塞というべきか。

 

「待っててね、今"日本晴れ"するから」

 

思った通りこの土地には神様の力と似た神聖な力が宿っている。目を閉じ、耳を澄ませ、感覚を研ぎ澄ます。体に神聖な力が巡っていくのを感じる。

 

"日本晴れ・光合成"

 

技を発動すると周りの砂嵐は止み、強い日差しが顔を出す。やはり、無理やり天候を上書きしてるだけあってエネルギーの消費は激しい。

 

「タマンタ、"アクアリング"頼むよ」

 

「本当に天候を変えちゃうんですもんね…実際に見てみるとそのすごさが分かります」

 

"アクアリング"

 

消費したエネルギーが回復していく。光合成でも消費エネルギーを抑えられるが、その回復効果は光合成のみの比ではない。こういう時に回復役がいてくれると本当助かるな。ネオラントはここまで見越してタマンタを連れさせてくれたのだろうか。

 

「タマンタちゃん、私にも"アクアリング"を。暑くて溶けちゃいそう…」

 

チームスノードロップ、天候の相性がお互いに頗る悪いけどこの先大丈夫だろうか。

 

「あれ…あの青いヒレこっちに向かってきてないか…?」

 

 

 

 

*タマンタside

 

ザザザザザ

 

「「いぃぃやぁぁああ」」

 

拝啓

 

私たちは今フカマルの群れに追いかけられています。どうやら狙いはヒメリパイのようです。前回はリーフィアさんが潔く諦めてオレンの実のポフィンを手放したことで解決したようですが、それもあって今回はグレイシアさんが何としてでもヒメリパイを手放そうとしません。私たちはいつまで逃げればいいのでしょうか?確かにフカマルは可愛いのですが、大量の鮫の背ビレに追いかけられるのは恐怖体験以外の何物でもありません。

 

ん…中に1つ大きな背ビレが混じっているような…?



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p.31 逃した魚は大きい

*タマンタside

 

「その美味そうなお菓子を寄越せぇぇええ」

 

見た目は丸っこくて愛くるしいのに物騒な言動と背ビレを引っ提げて追いかけてくるはフカマルの群れ。

 

「なぁ、少しくらい分けてあげてもいいんじゃないか?」

 

前回も同じことがあったからか冷静にグレイシアさんを宥めるリーフィアさん。私もそう思います。

 

「はぁ、はぁ…嫌よ!パチリスは可愛かったけどあいつらにはあげたら最後、全部食べられちゃう未来しか見えないわ」

 

冬とはいえリーフィアさんの"日本晴れ"で熱された砂漠の大地、暑さに弱いグレイシアさんは少しバテ気味です。私の"アクアリング"の気化熱で多少はマシになってるとは思いますが…裏を返せば気化した分の"アクアリング"を補い続ける私にも厳しい環境と言えます。

 

しかし、環境がどんなに逆風だろうと諦めないグレイシアさん。フカマル達と同じくらいお菓子への執念がすごいです。

 

「まぁ確かに少しどころでは済まなさそうですね…」

 

と、いつまでも続くかのように思えた過酷な追いかけっこに終わりが訪れる。

 

「ごちゃごちゃ言ってないでそのお菓子を賭けてポケモンバトルだ!」

 

"穴を掘る"

 

突然目の前の地面からガバイトが現れる。てっきりフカマルだけだと思っていましたが、あの大きな背ビレはガバイトだったんですね…っていつの間に回り込まれていたのでしょう。前も後ろも退路無し。ひょっとしてかなりピンチ…?

 

「これから依頼で強い奴と戦う予定があるんだ。少し分けるから戦わないという選択肢は…?」

 

「「無い(わよ)!!!!」」

 

リーフィアさんの提案も虚しく、グレイシアさんとガバイトが食い気味に否定する。敵同士なのに息ぴったりすぎます…こうしてみると意外とグレイシアさんの方が好戦的なのかもしれませんね。

 

「良い話だと思ったんだけどなぁ」

 

「あぁ、確かに捨てがたい。そのお菓子は確実に美味いからな!食わなくても匂いで分かる。だが、熱いバトルをした後の飯はもっと美味い!!」

 

「敗北の味でも味わってなさい!」

 

"氷の礫"

 

先制したのはグレイシアさん。さっきまで暑さで項垂れていたのはどこへやら、キレのある氷の礫を連続で放ちます。

 

「美味そうな氷だな!」

 

"ドラゴンクロー"

 

対するガバイトは弱点って何だっけと言わんばかりに氷の礫を砕きながら突っ込んできます。全ての礫を砕ききるとガバイトは全エネルギーを一点に集中させて大きく振りかぶる。

 

「めちゃくちゃすぎる…」

 

"リフレクター"

 

グレイシアさんもまさか最短ルートで突っ込んでくるとは思ってなかったらしく、リーフィアさんが感嘆を漏らしつつもカバーに入ります。大技ドラゴンクローが命中しますがリフレクターは壊れません。しかしリーフィアさん曰くリフレクターも万能という訳ではなく、技に込められたエネルギーの何割かはダメージとして届くらしいです。それでも充分すぎる防御技だと思います。

 

「悪いけど、慣れない環境で戦うグレイシアのためにも早く決着を着けさせてもらうよ」

 

"ソーラーブレード"

 

「やべぇ、避けきれねぇ」

 

日本晴れも相まって即座に太陽のエネルギーを込めた草剣を出現させます。ガバイトはドラゴンクローの後隙で避けられるはずもなくダウン。赤子の手をひねるかのようなあまりにも早い決着。私もフカマル達もポカンと口を開けることしか出来ません。

 

「手出ししなくても私だけで全滅させられたのに」

 

「さすがに弱点は可愛そうだろう」

 

「自分で倒しておいてよく言うわね。どう?これでもまだお菓子欲しいかしら?」

 

当然フカマル達は高速で首を横に振る。このお二方、正直言って凶暴な鮫(ガバイト達)よりも恐ろしいのでは…?

 

 

 

 

*マニューラside

 

「ほお…あれがチーム『スノードロップ』の実力ですか」

 

敬語で感心するのは俺の相棒ーードンカラスだ。春染事件ではチェリムとの激戦の果てに気絶していたため、チーム「スノードロップ」が実際にバトルしているのを見るのは今回が実質初めてと言っても過言ではない。

 

「あのレントラーを倒し、チェリムと互角に渡り合ったチームだからな。これくらいやってもらわないと困る」

 

「あんな平和ボケしたチームが?ご冗談を」

 

それが普通の感想だろう。俺もリーフィアとチェリムのバトルを見るまではそう思っていた。それが中々どうして、神様を守るほどの守護者と同格とは一体誰が予想できようか。

 

「信じるも信じないも勝手にするといい。少なくとも下で圧勝してるのは変えようもない事実だ」

 

「ええ、俄かに信じ難いですがバトルの腕だけは確かのようですね。ですが、(わたくし)達には関係の無いこと。強いだけでは怪現象の謎は解けないですからね。精々頑張ったところを利用させていただきましょう」

 

「………ああ、そうだな。怪現象の謎を先に解き明かすのは俺たちだ」

 

 

 

 

*タマンタside

 

「さて、無事にお菓子も守れたところで依頼主を探さないとね」

 

「とは言ってもこんな広大な砂漠のどこにいるのよ。見渡す限り砂、砂、砂…お菓子を狙われて追いかけられたり、過酷な悪天候だったりデジャブしか感じないわね」

 

「この調子で依頼主が守護者でエムリット様みたいな神様と一緒にいたりして…ってそんな上手い話がある訳ないですよね〜」

 

冗談のつもりでした。これから始まる目処が立たない捜索の気を紛らわすための。返ってきたのは守護者や神様といったワードから最も無縁そうなフカマル達からの鮮烈な情報。

 

「何で神様のことを知ってるでやんすか…?」

 

「もしかしてお前らが大将の言ってたズルい奴でやんすか…?」

 

「ちょっと待て。『ズルい』は語弊だ」

 

「そこですかリーフィアさん!?今確かに神様がいるって認めましたよ!!」

 

「そうよ。大将って何?もっと詳しく聞かせて?」

 

リーフィアさんのズレた訂正はさておいて思わぬ収穫です。大将…きっとチェリムさんやレントラーさんを知ってる依頼主さんに違いありません。

 

「あっでもこれって喋っていいやつだったでやんすか…?」

 

「そういえば神様と守護者様から黙っているように言われてたでやんす…」

 

マズいです。フカマル達が自分たちの失態に気付いてしまいました。そこまで喋ってしまったらもう手遅れのような気がしますが…何はともあれ、この機会を逃したら次はいつ手に入るか分からない貴重な情報、仮にも情報屋の弟子である私が逃す訳にはいきません!

 

「教えてくれたらヒメリパイを1つずつ分けてあげるんですけどね〜黙ってるように言われたなら仕方ないですね〜この極上のヒメリパイを味あわせてあげられないなんて本っ当に残念で仕方ないです」

 

「「「「じゅる……」」」」

 

「タマンタちゃん!?」

 

「まぁまぁ。これで依頼達成や怪現象の謎解明に近付けるなら安いもんじゃないですか。これほどコストパフォーマンスの良い交渉、他にありませんよ?」

 

「本当にくれるんだな?本当に、本当にくれるんだな?」

 

これはあと一押しすれば落ちそうですね。交渉術の肝はいかに逃した際の魚を大きく見せるか。

 

「ええ、本当ですよ?ですが、この機会を逃したら一生食べられないかもしれません。さぁ、どうしますか?」

 

「「「「その話、乗ったでやんす!!」」」」

 

「全く、恐ろしい交渉術だこと」

 

「これくらい、私にとってはお手の物です!」



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p.32 無謀

*ネオラントside

 

「しかし、本当に行かせてよかったのか?」

 

そう問いかけるのは嘗て一緒に旅をした脳筋(ムクホーク)

 

「スノードロップの2匹?確かにあの2匹をあの危険地帯(バクバク砂漠)に送り出して何も起きないはずがないものね」

 

(とぼ)けてもダメだ。あの2匹の実力は先の事件で疾うに分かっておる。儂は何故お前の弟子を送り出したのかを聞いておるんじゃ。確かに回復には目を見張るものがある。だが適材適所というものがあるだろう。この前のエレキ平原の件もそうだが、どうしてわざわざ凶暴な鮫が跋扈し、水も干上がるような過酷な環境に送り出した?」

 

さすがに脳筋と言っても長い間共に旅をしているだけあって誤魔化せないわね。ムクホークの言う通りタマンタちゃんは正直バトル向きのポケモンではない。代わりに繊細なコントロールを必要とする回復に特化している。

 

しかし、今回送り出したバクバク砂漠は水とは対極に位置するダンジョン。水・飛行タイプだから地面タイプに相性が良いと見せかけて、それはバトルを本職としないタマンタちゃんにとっては関係の無いこと。空気は乾燥し暑い日差しが照り付ける中での水のコントロールは困難を極め、相性は限りなく最悪と言える。そもそも回復役は自身が怪我をしないためにも過激な戦場へ出向くべきではない。

 

「あら、電気タイプ(ひし)めく霧の迷宮にムクちゃんを送り出したのはあなたも一緒じゃない」

 

「それとこれとは話が別だ。ムクバードは霧を払えるし、その辺の電気タイプなら返り討ちに出来るくらい強い」

 

「清々しいまでの親バカね。役割は違えど、私も同じことを思っているわ。必ずチーム"スノードロップ"の役に立てるって。あまりタマンタちゃんを侮らないで頂戴」

 

それに嫌な予感がするのよね。近々ウォンシ地方全域を巻き込んだとんでもない事件が起きる予感。そのためにもタマンタちゃんには今以上に成長してもらわないと困る。未来を担うのはあなた達なのだから。

 

「……悪かった。いつの間にかあいつらも頼もしくなってきてるんだな」

 

「お互いの指導が良いからかしらね」

 

「儂から見たら虐めてるようにしか見えんが」

 

「せっかくいい話で終わらせようとしたのに喧嘩を売るなんてとんだ命知らずね。今から昔みたいにバトルで軽く捻り潰してあげてもいいのよ?」

 

「おいおい冗談はよせ。軽く捻り潰された記憶など全く無い。お前の方こそギルド長の仕事ばかりでバトルの腕が鈍ってるんじゃないか?」

 

「死にたいようね」

 

 

「はいはい喧嘩は終わり。チーム"スノードロップ"の家を作ってる最中にどこ行ったかと思えば。君たちが喧嘩したらせっかく作ってる家が全壊どころか、この一帯更地になっちゃうから勘弁してくれ」

 

「あなたもローズちゃんとよく喧嘩してたくせによく言えるわね」

「お前もロズレイドとよく喧嘩してたくせによく言うわ」

 

「大変仲がよろしいようで」

 

一方その頃

 

*ムクバードside

 

「隊長どこですか〜?部下が一生懸命働いてるっていうのに隊長はまたこっそりサボって。これはまた罰が必要ですね。日が落ちて家作りが出来なくなったら就寝時間まで休憩無しの事務仕事とか…それもこれも日頃からサボって仕事を溜める隊長が悪いんですよ?もっと黒鷹隊隊長としての自覚を持ってもらわないと!」

 

 

 

 

*タマンタside

 

ウォンシ地方には不憫なポケモンが3種類います。

 

 

1、食べ物を強奪される者。

 

「あ〜私の愛しい愛しいヒメリパイがぁ…」

 

仕方の無い犠牲です。

 

 

2、気絶しても放置される者。

 

「……………………」

 

「「うんめ〜でやんす!こんなに美味いもの初めて食ったでやんす!」」

 

仕方の無い犠牲です。幸い命に別状は無さそうなので放置しておきます。

 

 

3、いつも不憫な扱いを受ける者。

 

きっと仕方のない犠牲です。依頼に集中しましょう。

 

 

「約束通りヒメリパイを1ピースずつ差し上げたので、神様と守護者様、大将さんについて教えていただきましょうか」

 

「「え〜これだけでやんすか。もっと食べたいでやんす…」」

 

マズいです。一度は成功した交渉が食欲に負けかけています。さすがは生物の三大欲求の一つ、手強いですね…

 

「そ、そんなに?今度また作ってあげるから今日は我慢して頂戴、ね?」

 

「「分かったでやんす!その代わりたくさん作ってきてほしいでやんす!」」

 

何て物分かりがいいのでしょう(単純なんでしょう)。そして切り替えの早いグレイシアさん。先程までお菓子を食べられ絶望してると思いきや、美味しそうに食べるフカマル達に感化されて甘々お姉さんに早替わり。私も料理人なのでその気持ちは分かりますけどね。美味しく食べてもらえることが料理人にとって何よりのお返しです。

 

おっと、横道に逸れてしまいましたね。フカマル達の気が変わる前に軌道修正しましょう。

 

「その時は神様達の分も作ってお邪魔しますね。ところで神様達ってどんなポケモンなんですか?私、気になります!」

 

「そうでやんした。ヒメリパイがあまりに美味すぎて忘れかけてたでやんす」

 

「おい」

 

グレイシアさんのヒメリパイ、恐ろしいパワー。比較的無口だったリーフィアさんも思わずツッコミを入れます。そんなツッコミを気にも止めず能天気なフカマル達は神様たちのことを教えてくれました。

 

「まずは神様についてでやんすね。神様はオイラ達が住んでるバクバク砂漠の奥地にある湖の祠にいるでやんす」

 

「こんな砂漠に湖があるんですね…本当に実在するならまさにオアシス、大発見ですよ!ケイちゃんの喜ぶ顔が浮かびます」

 

「そういえばエレキ平原にも湖があったね。普通だったら湖なんて存在し得ないバクバク砂漠にもあるってことは神様在るところに湖在りと見て良さそうか」

 

「その神様は意志を司る神様なんだっけ?」

 

「石でやんすか…?」

 

「石じゃなくて意志。まぁまだ小さいフカマル達には分からないか」

 

お世辞にも学があるとは言えないフカマル達に難しい単語は通じないようです。

 

「それもそうですね。守護者様と大将さんはどんなポケモンなんですか?」

 

「オイラ達の大将はすっっごく強いでやんす!どんな敵もバッタバッタと薙ぎ倒して本当にかっこいいでやんす!オイラ達も大将目指して修行中でやんす!」

 

フカマル達の目がヒメリパイを食べる時さながらキラキラしています。大将さんは相当強いのでしょうね。"どんな敵もバッタバッタと薙ぎ倒して"というフレーズが気になりますが…もしかしてバクバク砂漠の情報が無いのって全員大将さんに薙ぎ倒されてるからなんじゃ…?

 

「フカマル達の大将はすごいポケモンなのね。守護者様の方はどんなポケモンなの?」

 

「守護者様はとても落ち着いてるでやんす。パワーは間違いなく大将の方が強いのに、あの大将が不思議と負け越してるでやんす」

 

「うげ…神様の周りは化け物しかいないのか。まぁ守護者様の方は話せば分かってくれそうなだけまだマシか。大将の方は会ったらすぐ逃げよう」

 

「賛成」

「賛成です」

 

 

 

 

*ドンカラスside

 

「レントラーやチェリムクラスのポケモンがまた2匹…今回もそう簡単にはいかなさそうだな」

 

「今回は前回と同じ轍は踏みません。先程も言ったようにチーム"スノードロップ"が頑張った成果を横取りすれば安全に…」

 

「なぁドンカラス。俺、あれからずっと迷ってるんだ」

 

「何ですか、藪から棒に。まさかチーム"スノードロップ"に感化されて、あの化け物じみた守護者とまた戦おうって言うんじゃないですよね?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「馬鹿言わないでください。確かにアカギ様に育てられた私たちは強い。それこそ2対1とはいえ暴走する前の守護者を圧倒するほどには。しかしながら、上には上が存在する。先程も言いましたが、命を懸けてまで危険なバトルをする必要はありません。暴走したチェリムと戦うこと自体が無謀だったんです。どれだけズルくてもいい。利用できるものは利用し、アカギ様の野望を達成できさえすればそれでいい。今も尚この胸に溢れる悲しみといういらない感情を消すために」

 

「敵はアカギ様を負かした相手だ。当然アカギ様の野望を達成しようとしたら阻止しようとしてくるだろう。その時お前はどうする?」

 

「アカギ様の野望を達成できるならその時は死んでもいい。アカギ様のいない世界で生き続けても意味は無いのですから」

 

「俺も少し前まではそう思っていた。けどチーム"スノードロップ"がどれだけ絶望的でも、どれだけボロボロになっても必死に戦う姿を見てこのままじゃアカギ様に合わせる顔が無いって思ったんだ。…俺たちでさえトレーナーのいない世界に飛ばされたんだ。アカギ様が無事に生きている可能性が万に一つも無いのは承知の上で、それでも俺は信じて戦い続けたい。もう一度アカギ様のエースとして戦えるよう強く在りたい」

 

「いつも冷静沈着な貴方がやけに夢想的ですね…感情はポケモンに迷いを生み弱くする。勝負の際はいつも通り冷静で合理的な判断をお願いしますね。せめても、今は亡きアカギ様の野望を達成するために」

 

アカギ様の野望を阻止したポケモンに復讐するために。そのためならどんなに姑息な手を使ったって構わない。



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