邂逅のセフィロト (karmacoma)
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第1話 再会

その日は見事なまでの満月が輝く、透き通った夜空だった。

季節は春も終わり初夏に差し掛かろうといった気温で、夜風は生温く、エ・ランテル近郊の田畑では間もなく穀物の収穫時期に入ろうとしていた。

 

「はぁ~、こんな涼しい夜に仕事とはよ」

 

「そうだな。星を見ながら酒でも食らいたい気分だよな全く」

 

エ・ランテル南側正門の両脇に立つ二人の門番は、満点の星空を見上げながらボヤいている。 とは言っても彼らは城塞都市エ・ランテル正規の兵士ではない。

おざなりのショートスピアに、軽装のライトアーマーを着込んだ二人の首には、黄銅色に光るカッパープレートがぶら下げられており、

彼らが冒険者組合から派遣された冒険者であることが見て伺えた。

 

 

「交代が来たらよぉ、酒場でツマミ買い込んで外で一杯やらねえか?」

 

「いいねえ、付き合うぜ兄弟」

 

 

その時だった。南正門から真っすぐ伸びる、スレイン法国側の街道奥から光が見えた。この時間に?と二人はボヤくのを止めてスピアを身構えた。緩んでいた表情が引き締まり、二人はごくりと喉を鳴らして街道の奥を見つめる。

 

光が近づくにつれて、音も聴こえてきた。ゴトンゴトンという音を立てながら想像以上の速さで近づいてくる。馬車だ、それも一台。二人はそう気づいて目くばせをし、スレイン法国の襲撃ではないと安堵したが、顏から緊張の色が消える事はなかった。

 

何せここはエ・ランテルを挟み、大陸西側一帯を有するリ・エスティーゼ王国の領土なのだ。南側のスレイン法国は元より、未だ小競り合いの絶えない東側バハルス帝国に向けた街道にも細心の注意が払われている。有事の際には、このエ・ランテルがリ・エスティーゼ王国の兵站供給を含む要衝となるため、迎撃時の最重要拠点と言っても過言ではない。

 

そのためエ・ランテルでも南側と東側正門の警備には特に神経を注がれていた。

城塞に駐屯する正規兵だけでなく、冒険者までが警備に駆り出されている理由がそこにあった。

 

馬車が近づくに連れ、馬の息遣いも聴こえてきた。かなりのスピードで近づいてくる。門番の冒険者二人は正門両脇から中央へと移動し、ショートスピアを高く掲げてクロスさせた。検問を行う為だ。もうこちらの声が届く距離にまで差し掛かった。

 

「止まれー!!」

 

二人の門番が馬車に向かい声を揃えて制止すると、手綱を引いていた御者が反応した。影に隠れているが、馬車の天井を優に超える大柄な男が乱暴に手綱を引くと、二頭の馬がいななきを上げて首を震わせ、馬車のスピードがゆるゆると落ちていく。

そして正門前に着くころには馬も歩みを止め、吊るされたランタンの光に照らされて、馬車の全貌が見えた。

 

それは一見貴族が常用しているかの如く大きくて頑丈そうな馬車だったが、違和感があった。木枠は黒く縁どられ、貴族が使用するような装飾等絢爛さの欠片もない。そして全体がひどく朽ちている。馬車の窓には黒いカーテンが敷かれ、内部からの明かりすら漏れていなかった。

 

そしてその異様さを決定付けたのが、御者だった。

漆黒のマントを身にまとい、フードに隠れて表情が見えないが、優に2メートルを超えるであろう体躯の大男だ。門番二人が左右に分かれて馬車の横に回り込むのも一切気にせず、正門に向けて視線を外そうとしない。

 

門番二人は、動じない御者の様子を見て背筋に凍るものを感じた。

(一体中に誰が乗っているんだ?)

(仕事とは言え、こいつはキツいぜ...。厄介ごとにならなきゃいいが)

左右に立つ二人は馬車を挟みアイコンタクトを取りながら、心の中でこう呟いていたが、意を決して御者の左に立つ門番が問いかけた。

 

「エ・ランテルへようこそ! 身分を証明できる物と内部を謁見....」

 

そう言いかけた途端、御者が素早く身を乗り出し門番の目の前に何かを突き出した。

その”何か”と御者の顏があまりにも近すぎて動揺し、何を提示されているのか門番は判断できずに慌てた。そして更に異様に感じた。

 

門に吊るされたランタンの光の下にも関わらず、至近距離の御者の顏が見えないのである。ただ一つだけ、フードの中に赤く光る眼光が門番を鋭く見据えていた。

「ひ、ひいっ!!」

その目に釘付けになった門番は情けない声を上げて後ずさったが、まるで門番へ追い込みをかけるかのように御者が荷台から素早く飛び降りると、後ずさった門番の眼前へ何かを突き出した。 ”見ろ。”とでも言わんばかりのように。

 

門番の目の前には、黒褐色に光るプレートが提示されていた。

御者は門番を鋭く見据え、一切の口を開こうとしない。ただ自分の首にぶら下げられたプレートを手に取って門番の前で揺さぶり、”これが身分証だ”とアピールしている。

 

「こ、これは....アダマンタイト!」

「何だと?!」

 

馬車の右に立っていた門番が驚いた様子で反応し、左側に立っていた門番がへたり込んでいる位置にまで走り寄ってきた。門番の動きに馬が驚いて、いななきを上げている。へたり込んでいる門番の目線に合わせるように腰を屈めた御者の提示するプレートを、走り寄った門番はまじまじと確認した。

 

「た、確かにこれはアダマンタイトのプレート!貴方は一体....」

 

門番の言葉を受けて屈めた腰を立ち上げ、御者は自分の首にかけられたプレートから手を離した。チャリンと鈍い音を立てる。 しかしそこから御者は一言も発しようとしない。黙ったまま、立ち尽くして門番達を見据えている。

 

そこへ唐突に、聴いたことのない別の声が響いてきた。

 

「ハッハッハ! お前が御者じゃ恐ぇとよ!!」

 

緊張の糸を断ち切るかの如きその声は馬車の内部から聴こえた。その後馬車の扉がゆっくりと開けられ、内部から明かりが漏れてきた。

その中から、まるで影のような滑らかさでユラッと、物音も立てずに誰かが降りてきた。その後に続いてもう一人、最初の一人とは比べ物にならない程の、正に”影そのもの”といった蜃気楼の如く、存在感の希薄な存在が降り立った。

 

その様子を見て門番二人は呆気に取られた。最早身動きすらままならない。

御者に比べ、降りてきた二人は小柄で華奢だった。背丈は二人とも170cm程度。強いて言うなら、後から出てきた二人目の方が若干背が高い。共通するのは漆黒のマントを身に纏っており、フードの奥から光る2つの赤い目くらいだが、それだけでも十分異様だ。

 

そして”影二人”が門番に向かって同時に(トン)と一歩を踏み出した後、あり得ない現象が起きた。たかだか3メートル程の距離だが、二人は低く宙に浮いていた。

宙に浮いたまま、門番の目の前まで音一つ立てずにやってきた。

 

最初に馬車から降りた一人が、呆気に取られて立っている門番の顏を一瞥すると、地面にへたり込んでいる門番の前でしゃがみ、その顔を覗き込んだ。

 

「よォ、お前見た事あんな」

 

そう言うとその”影”は、被さったフードを後ろに下げ、門番の前に顔を露わにした。

 

「...あっ!!!貴方はもしや!」

 

「久しぶりだな。元気そうじゃねえか」

 

忘れもしなかった。このニヤけ顔、目に深くかかった漆黒の髪から覗く赤い目、そして顔に彫り込まれた幾何学的な紋様を呈したタトゥー。

へたり込んだ門番はかつて、この不気味な影に助けられた事があった。

 

 

「2年ぶりか?この街に来るのも。...ほぉ、筋肉付いてんじゃん。少しは逞しくなったようだな」

 

「は、はい!! あなたを心の支えに、この2年冒険者として修業に励んできました」

 

「そうか。俺もまた会えてうれしいよ」

 

 

最初の影はそう言うと、ヘッドギアを装備した門番の頭をクシャッと撫でた。

門番は満面の笑みと共に、感激のあまり溢れる涙を隠そうともしなかった。

 

2年前エ・ランテルの酒場で、云わば冒険初心者の証であるカッパーのプレートだと馬鹿にされた時、この不気味な黒づくめの影が身を挺してかばってくれた事があった。否、その馬鹿にしたミスリルプレートの男達5人を、たった一人で全員殴り倒し、のしてしまったのだ。そしてこの影は、気絶したミスリルプレートの男5人を無理やり叩き起こした後、門番の男にこう命じた。

 

「お前が冒険者になった目的を言え。こいつらに聞かせてやれ!」

 

そこで門番は正直にこう言った。

「この世界の武技・魔法・種族を含む、全ての謎を解き明かすため」と。

 

それを聞いた影はニヤリと笑い、「わかったか?」とミスリルプレートの5人に念を押すと、この5人に見知らぬ魔法を使用し、再度気絶させてしまった。

最後に影は門番へこう言い残した。(その意思を貫き通せ)と。

そして3人は酒場を立ち去り、その後消息不明だったのだ。

 

門番の男はそれ以後、肉体の鍛錬と合わせて、魔法と武技の知識・由来を徹底的に調べ上げる事に日々を費やした。冒険者組合での任務よりも、エ・ランテル大図書館で武技・魔法の知識を得る事に没頭していたため、いまだカッパープレートの身分をやつしているに過ぎなかった。そしてあの時謎の強さを持った影が、再度目の前に現れたのだ。

 

憧れの人と再会できた門番は感無量で言葉も出なかったが、影はこう言った。

 

「よし、一つ問題を出そう。このアイテムを鑑定してみろ」

 

そういうと影は、マントの下にあるウエストバッグから指先ほどのクリスタルを取り出した。

 

鑑定は魔法における初歩だった。云わば攻撃系・防御系の魔法を学んでいけば、その過程で自然に覚える事が出来るものであった。門番の男にとってこれは造作もない事であり、それを見せられる絶好の機会だと内心喜んだ。

クリスタルを受け取ると、門番は体を弛緩させ、薄く目を開けながら静かにこう唱えた。

 

道具鑑定(アプレイザルマジックアイテム)付与魔法探知(ディテクトエンチャント)

 

門番の体が青く光ると、そのクリスタルの名称・効能がまるでモニターを見ているかの如く頭の中に直接流れ込んできた。

 

アイテム名:DeathRelease

種別:ネックレス

効能: 毒、氷結、麻痺、石化、スネア、炎DoT(Damage over Time/ 持続性攻撃魔法)、神聖属性DoT、闇属性DoT、重力魔法、死霊魔法、即死判定、その他ありとあらゆる全ての状態異常から装備者を3回まで保護する)

 

信じられない効能が脳裏に列挙していた。門番はそのあまりにも強大なクリスタルの力を目の当たりにして、身震いしながら固く目を閉じた。 

(やはり...このお方は途轍もない人だったんだ。アダマンタイト級の冒険者は皆、このようなアイテムを持ち歩いているのだろうか?)

そう心の中で考え、呪文詠唱前に姿勢を正し、あぐらを掻いた門番がゆっくりと目を開けると、目の前には吸い込まれそうなほど青白い肌の影が、赤い目を光らせながら何故か嬉しそうにニヤけていた。

 

「どうだ、鑑定出来たか?」

 

「は、はい。アイテム名はデス・リリース。その効能はあまりにも強大で...」

 

「よし。それお前にやる」

 

「....はい?」

 

 

伝説級のアイテムを目の当たりにし、鑑定出来ただけでも幸運と思っていた門番はあまりの急展開に脳がついていかなかった。

 

「し、しかしこんな貴重な物を」

 

「いいか、それはゴッズ・アーティファクトと呼ばれる。お前達の世界では云わば神話級のアイテムだ。しかしな....そうだその前に、まだお前の名前を聞いていなかったな」

 

「い、イグニスです! イグニス・ビオキュオールと言います」

 

「そうかイグニス、良い名だ。俺はそうだな...ルカとでも名乗っておこうか」

 

「ルカ...さんですね。ご尊名承りました」

 

「何がご尊名だ! 堅苦しいのはやめてくれ、俺はそういうのは苦手だ。あといいか、俺の名前は絶対に秘密だ、誰にも喋るな。そこのお前もだ、いいな?」

 

 

そう言うと、あまりの急展開についていけずポカーンとして突っ立っているもう一人の門番に顔を向け、ルカは念を押した。

 

 

「話の続きだ。そのデス・リリースはゴッズアーティファクトという部類に選別される。だがな、このゴッズの更に上が存在する。それが世界級...ワールドアイテムだ」

 

「そ、それはつまり、神話級の更に上のアイテムが実在すると?!」

 

「そうだ。図書館の魔導書には書いてない知識だろ?」

 

 

そう言うと、ルカはニンマリとしながらイグニスの目を覗き込んだ。

(何故この人は俺が図書館に通い詰めている事を知っているんだ? まさか...いや、そんなはずは。しかし....)

そう心の中で呟くイグニスの目には畏怖の念と、それ以上に興味の光が強く宿っていた。それを見てルカは話を続けた。

 

世界級(ワールド)アイテムとは、その存在自体がこの世界の秩序を崩しかねない程の力を持った武器や防具、アクセサリーの類だ。覚えておけ、この世界にいるアダマンタイト級の冒険者の中には、この世界級(ワールド)アイテムを所持する者が複数存在する」

 

「そ、それはつまりアダマンタイト級の冒険者は、その世界級(ワールド)アイテムを所持しているが故にアダマンタイト級となれた者もいる、という事でしょうか?」

 

「いや違う。まあ普通はそう考えるよな、だが違う。その個人の能力自体が世界級(ワールド)アイテムに頼らずとも、それに匹敵する強大な力を手にした者もいる」

 

「ルカ様の仰る、世界級(ワールド)アイテムに頼らずそのような強大な力を手にした者はつまり...神なのでは?」

 

「ルカさんでいい、様はやめろ堅苦しい。そうだな、神と思われても仕方がないかもしれんが、その実は神じゃない。何故かわかるか?」

 

「いいえ、私ごときでは正直分かりかねます」

 

「今お前の目の前にいるじゃないか」

 

「.....?! まさか、ルカ...さん?」

危うく(様)と言いそうになったところを、イグニスは堪えた。

 

「俺の事を神と思うか?」

 

イグニスはこう言われて、再度ルカの目を見返した。顏は笑っているが、ルカの目には例えようもない迫力があった。しかしそれを見てイグニスは物怖じせずに返答した。

 

「いいえ、そうは思いません。俺の目指すべき存在であり、目標です」

 

「そうだ、それでいい。神とはあくまで概念だと知れ。どんなアダマンタイト級の、神のごとき力を持った冒険者も、最初はカッパープレートからスタートしているんだ。そこから全てが始まる。力を持つか否か、世界級(ワールド)アイテムを手にするか否かは、その後次第だという事だ」

 

「あなたが...理由は存じ上げませんが、こんな強大なアイテムを俺に託し、過去に俺を諭してくれたあなたが言うのなら、信じます。信じざるを得ません」

 

「よろしい。さて、講義は終わりだ。門を通してもらっていいか? 冒険者組合のプルトン・アインザックに用があるんだ」

 

そう言うとルカは、自分の首にぶら下げられたアダマンタイトプレートを指で弾き、地面に座ったイグニスの手を強引に引っ張って立ち上げた。

 

「ええ、もちろんです! 俺が御者の方に代わってお連れしますよ」

 

「いや、やめておけ。その2頭の馬は気性が荒くてな。俺たちじゃないと言う事を聞かないんだよ。案内だけしてくれりゃいいさ。俺も2年ぶりだ、街の作りはすっかり忘れちまってるからな」

 

「わかりました。では冒険者組合までお供しますので、ついてきてください」

 

こうして二人の冒険者に護衛された馬車は、アダマンタイトプレートを持つ怪しげな3人の影を乗せて城塞都市エ・ランテル内に(侵入)した。

 

 

 



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第2話 会合

冒険者組合に着いた5人は、建物の中へと移動した。

入口の扉を前にして、イグニスはルカ達3人の方を振り返った。

(俺のせいで、彼らは前に騒ぎを起こしたんだ。ここは気付かれないよう出来る限り地味に入って、アインザック組合長の元まで案内しよう)

 

そう覚悟したイグニスはドアノブをゆっくりと回し、冒険者組合のメインホールに続くドアを可能な限り静かに、音をたてないようにそっと開けた。

 

その途端にメインホールの喧騒が押し寄せてきた。

依頼を受けに来た冒険者達の雑談、議論、怒号、笑いと、色とりどりの話題がメインホールを包んでいた。

 

扉をくぐる前に、イグニスがルカ達3人に小声でささやいた。

「私が先に組合長へお伝えしてきますので、皆さんはここで待っていてください」

 

それを聞いたルカは、左右に居る巨躯の影と華奢な影を交互に見て、こう告げた。

「構わねえよ。中で待たせてもらう」

 

そう言うと3人は、イグニスを押しのけて構わず扉の中へと入った。

 

(ざわっ.....)

 

メインホールに響いていた喧騒が一気に止まった。

その瞬間冒険者たちの目は、漆黒のマントを纏った3人に釘付けとなっていた。全員が息すらしていないと思えるほどの静寂に包まれる。

イグニスはその様子を見て、固唾を飲んだ。

 

「イグニス、お前先に行ってプルトンに話つけてこい」

「い、いやしかし、ル...」

「チッチッ!」

 

大きく舌打ちをしてルカはイグニスを制止し、(早く行け)と顎をホールの奥に向けてしゃくり上げた。

 

「分かりました」

 

短くそう答えると、イグニスはギルドホール左手の階段に向けて走っていった。

イグニスの足音だけがホールに響いているという、通常ではあり得ない事態。

その沈黙を破ったのは、右手のテーブルから立ち上がった一人の冒険者だった。

 

「てっ..テメぇ!!今更何しにここへ戻ってきやがった!!」

 

目線を隠し俯いた3人の影は、それを聞いても身じろぎもしない。

 

「おい!!何をしに戻ってきやがったと聞いてんだよ!!答えやがれ!!」

怒号を吐いた冒険者は座っていた椅子を蹴り飛ばし、3人の中央に立つルカへ歩み寄っていった。それでも3人は身動き一つ取らない。

 

冒険者が目前に迫り、ルカの胸倉を掴もうとした寸前、周りには聞き取れないほど小さなかすれ声で、ルカはこう囁いた。

 

「スキル・絶望のオーラ、LV4」

 

その瞬間、冒険者全員はルカの背後に死神を見た。千差万別、人それぞれがイメージし得る最悪の結末を、何の脈絡もなく唐突に冒険者達は突き付けられた。そしてルカの体から放たれたドス黒いオーラは、瞬く間に冒険者組合メインホールを包みこんだ。

 

まず最初に一番近距離に居た、胸倉を掴もうとした冒険者が白目を向き、立ち尽くしたまま口から泡を吹いた。その次にホール最奥部に居たプリーストの女性が気絶し、床に倒れた。それに続いて失神した者が男女問わず次々と倒れていき、賑やかだったギルドホールに立ち尽くしている冒険者は5、6人を数えるほどになってしまった。

 

ルカの体から黒いオーラが消えると、再び静寂がホールを押し包んだ。

 

「え?....え?!」

 

ただ一人平然とし、戸惑いを見せていたのはイグニスと一緒にいた門番一人だった。

彼はルカの左にいた華奢な影の後ろに立っていた。その華奢な影は、手の平だけを後ろに向けている。門番は自分の体がうっすらと緑色に輝いている事にも気づかず、ただ周囲の様子を見てうろたえていた。

 

目の前で泡を吹いている冒険者の顏を見ると、ルカはその首にかけられたプレートを手に取った。青銅色を帯びたミスリルプレートだった。

 

「あー、前にイグニスをバカにしたお前ね...はいはい。分かったからどけ」

 

ミスリルプレートをチャリンと指で弾き、立ったまま気絶した冒険者の喉元を人差し指でトンとつつくと、死後硬直のように固まった冒険者はその態勢のまま床に倒れてしまった。

 

3人の影は気絶した冒険者達を跨ぎながら、イグニスが昇って行ったホール左手奥の階段を上がっていった。2階に上がり、右手が応接間だと覚えていたルカは、その向かいにある左手の扉を開けて中へ入った。

 

部屋の奥には机があり、右手には古書の類が詰まった本棚が置かれている。

その手前で片膝を付くイグニスと、机の椅子に座り頭を左右に振るプルトン・アインザックの姿が目に入った。

 

 

「ル、ルカさん!一体何をしたのですか?」

 

「おお...やはり耐性があったか!!」

 

 

デス・リリースを装備していないにも関わらず、絶望のオーラを受けて正気を保っているイグニスの様子を見て、ルカは嬉しそうに拳を握りしめた。その奥で机に片肘をついて呻いている男にも、ニヤけながら声をかけた。

 

「まあ、お前はこのくらいで気を失うタマじゃねえよなあ、プルトン?」

 

「き、貴様....いちいち事を荒立てよって!」

 

「クク....何が見えたよ、プルトン?」

 

「馬鹿者が....わしの妻と子供の首を持ったアンデッドがまだ頭から消えぬわ!」

 

「クッハッハッハ!!そりゃ結構!」

 

 

ルカはプルトンの憔悴した様子を眺め、腹を抱えて心の底から笑った。

 

 

「お前も冒険者を仕切ってんだろう? 悔しかったら少しは鍛える事だなプルトン。お前なんかより、このイグニスの方が万倍見込みがあるぜ?」

 

 

そう言ってルカはイグニスの方を振り返り、愛おしいような笑みを浮かべた。

 

 

「イグニス、お前には何が見えた?」

 

「え? ええ、その....あまりにも漠然としているのですが」

 

「いいから言ってみろ」

 

「....はい。その、爆炎を吐く巨大な黒竜、でしょうか?影形からするにドラゴンかと思われますが、その炎に焼かれて苦しむ自分の姿が脳裏に焼き付いています」

 

 

それを聞いてルカは武者震いを起こし、心中こうつぶやいた。

(いい、いいぞイグニス。あの時感じた俺の直感は間違っちゃいなかった)

しかしルカはそれを取り繕うかのように誤魔化した。

 

 

「クク、黒竜か。恐らくはメイジドラゴンの類だろう。そいつはまた危ないものを見たな。...立てるか?」

 

「え、ええ、何とか」

 

 

片膝を付いたイグニスにルカが手を差し伸べると、その手を取ってイグニスは立ち上がった。少しふらついているが、この様子なら大丈夫だろう。

 

 

「おいおい、カッパープレートの男がこんだけしっかりしてんのに、てめえは何てザマだプルトンよぉ? いい加減目を覚ましやがれ!」

 

「ぐっ...魔法の力がそうそう消えるものか! 一体何をしに来たんだ貴様は?!」

 

「あーあ、ったくだらしねえなあ。これじゃ話もできねえってか。....仕方ねえ、大サービスだぜ?」

 

 

そう言うとルカは目を閉じ、両手を左右に広げ、天を仰いで静かに呪文を詠唱し始めた。

 

 

魔法効果範囲拡大(ワイデン・マジック)恐怖耐性の強化(プロテクションエナジーフィアー)魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)治癒風の召喚(コールオブヒーリングウィンド)..」

 

 

ルカの体が青白い光に包まれていく。部屋全体が微細な振動を起こし始め、体がゆっくりと宙に浮いていく。その強烈な光は膨れ上がり建物全体を飲み込み、ブーストされた2つの第十位階魔法の効果範囲は冒険者組合ホールを突き抜け、城塞都市エ・ランテルの街半分に至るまで弾けるように広がっていった。

 

隣に立っていたイグニスは、そのあまりにも神々しい光の球体に包まれたルカの姿を見て身震いし、言葉にならない声を上げた。

 

 

「あ...あ、あなたは、そんな...こんな事が....」

 

 

椅子に座っていたプルトン・アインザックも、強烈な光の波動を浴びて思わず反射的に固く目を閉じ、両腕で顔を覆った。

「くっ! ぐおおお...」

 

 

脳裏に焼き付いたアンデッドの姿が、黒竜の姿が、悪魔の姿が、神の姿さえも、かき消されるようにそれぞれの恐怖が溶けていく。そして憔悴した精神力・体力が一秒経つ毎に回復し続け、底知れぬ力が湧いてくるのを彼らは感じていた。メインホールで気を失い倒れていた冒険者達も一人、また一人と目を覚まして起き上がり、正気を取り戻していく。

 

光が徐々に弱まるに連れて、宙に浮いていたルカの体もゆっくりと下降し、地面に降り立った。広げていた両手をゆっくりと下げ、ルカは自分よりも背が高いイグニスを見上げて笑顔を見せた。

 

 

「具合はどうだ?」

 

 

頭上のランタンに照らされて、イグニスを見上げるルカの顏が露わになった。

その荒々しい言葉遣いに反して、女性そのものと言える程の華奢で小柄な美しい顔立ちが、優しく自分に微笑みかけるその様を見て、不覚にもイグニスはドキッとしてしまった。吸い込まれそうなほど透き通った青白い肌、血のように赤く光る大きな目が自分を見つめている。

 

 

(一体このお方の年齢はいくつなのだろう?外見から恐らく20代後半といったところだろうが...)

 

 

うら若き19歳の脳裏には雑念が過ぎったが、イグニスはすぐに自分を諫めて返答した。

 

「え、ええ! 先ほどの混沌とした状態が嘘のようです。それと不思議なのですが、時間が経つ毎に力が湧き出でてくるこの魔法は...ルカさんこれは一体?」

 

 

「持続性のHP回復魔法、つまりHoT(Heal over Time)だ。何の事か分からなければ、その辺にいる信仰系マジックキャスターにでも聞いてみるんだな」

 

 

「分かりました。ご教示感謝します」

 

 

説明を受けたは良いが、未知の魔法を目の当たりにしたイグニスの知識欲はますます深まるばかりだった。もうこの夜更けには閉館しているというのに、今すぐにでもエ・ランテル大図書館に駆け込みたいという衝動をイグニスは必至で堪えていた。

 

 

「おい、いい加減目は覚めたよな。 お前ここまでして正気に戻らないとかほざくようなら、イビルズ・リジェクターの二つ名は返上した方がいいぞ?プルトン・アインザック」

 

 

「馬鹿を言え..そんなつもりは毛頭ない。第一レジストも無しにあんなものどう防げと言うのだ!お前と共に戦っていた時とは訳が違うのだぞ!!」

 

 

「口だけは一丁前のクルセイダーだな。クク、まあ気絶しなかっただけでも褒めてやるとするか。よし!」

 

 

ルカは(パン!)と手を叩くと、再びイグニスの方へ顔を向けた。

 

「俺達はこれからこの組合長様と大人の話し合いがある。悪いがお前は、下にいる連中の様子を見に行ってくれないか? 何か異常があったら俺に知らせろ。いいな?」

 

 

「はい、承知しましたルカさん」

 

 

「頼んだぞ、イグニス」

 

 

ルカ達3人とプルトンにそれぞれ一礼し、イグニスは部屋を後にした。

 

 

階段手前の踊り場に出ると、階下にあるギルドホールが一望出来た。正気に戻った冒険者達のどよめきが聞こえてくる。床に座り込んで呆然としている者、立ち上がったはいいが、自分の身に何が起きたのか理解出来ずに首を傾げる者、立てない冒険者に肩を貸す者と、様々だった。

 

イグニスがその様子を見ながら、階段を一歩一歩降りていく。

 

 

(この中にはミスリルやオリハルコン級の冒険者たちもいるはずなのに...ルカさんはどれだけ強力な魔法を行使したのだろう?)

 

 

神妙な面持ちで階下に着くと、一人の男が物凄い勢いで自分に向かい走り寄ってきた。イグニスと一緒にいた門番だった。

 

 

「お、おいイグニス!一体全体こりゃあどういうことなんだよ?! というかお前、上にいて大丈夫だったのか?」

 

 

「あ、ああ、俺は大丈夫だ。ユーゴ、お前こそよく無事でいられたな。見たところ何ともなさそうだが?」

 

 

「いやそれがよお、俺ずっとあの人達の後ろに立ってたんだけどよ。前に酒場でお前のことバカにしたミスリルプレートの男いただろ?そいつがあの人に突っかかっていってさあ。そしたらあの人が何かボソッ...と言った瞬間、一気に全員ぶっ倒れちまったんだよ! 一体何だったんだありゃあ?」

 

 

この男の名はユーゴ・フューリー。年は23歳だがイグニスと同期の冒険者であり、二人共カルネ村出身の同郷だ。幼馴染で、小さい頃は木の枝をへし折った棒切れでよく剣術ゴッコをしていた。

 

見たまんまのお調子者だが、ユーゴが12歳になったある日、リ・エスティーゼ現国王ランポッサ三世の命により、カルネ村からすぐ北にあるトブの大森林を調査するという名目で、小規模の部隊が王国から派遣されてきた。

 

彼らはカルネ村を拠点として駐留し、約一ヶ月の間、トブの大森林奥深くまで入り込んでは、夜更けに傷だらけで帰還し村で治療を受け、翌日また調査の為森に入るという事を繰り返していた。

 

その時部隊を率いていたのが、王国随一の剣士として名高く、現在はアダマンタイト級の力を持つ戦士として大陸にその勇名を轟かせている王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフであった。

 

ユーゴの家はカルネ村で一番大きな宿屋を営んでおり、ガゼフ・ストロノーフの小隊はそこに滞在していた。その際子供のユーゴは、森から帰還して食事を採り休養している憧れの戦士に向かい、冒険者志望であることを告げた。

 

面倒見が良く優しいガゼフ・ストロノーフは、相手としてわざわざイグニスを連れてきたユーゴと共に、剣術ゴッコをする様を観賞した。それを見たガゼフは実に的確に間違った箇所を指摘し、子供にも分かりやすいように基本となる剣の握り方から構え、足運びを手取り足取り二人に教え込んだ。

 

そうして毎晩小隊が帰ってきては稽古を積み、ある日機が熟したと考えたガゼフは、子供たちが愛用していた木の棒切れを取り上げ、予備としてガゼフと部下の兵士達が装備していた短剣を握らせた。

 

短剣と言えども、子供の体格と比較すればショートソード並の刃渡りがある。初めての真剣を握ったユーゴとイグニスは、あまりの興奮と緊張に胸がはち切れんばかりだった。肉厚の短剣は、当然ただ長いだけの棒切れよりもはるかに重く、しかも子供の手には短剣の柄が太すぎた。

 

しかしガゼフはこう言った。

 

「剣術の基本は何も変わらない。今まで教えた通りに振ってみろ」と。

 

最初は上段の素振りから始まり、次に木を相手にした打ち込み、最後に怪我をさせない程度にゆっくりと、二人で剣の打ち合いをさせた。

 

そうこうしているうちにあっという間に一ヶ月が過ぎ、調査を終えたガゼフの小隊は村を後にし、王国へ帰っていった。最後にこう言い残して。

 

「お前達が王国戦士団に入る日を待っているぞ」

 

その日以来、ユーゴとイグニスは剣の稽古を欠かさなかった。(その時点では)王国の小隊長に稽古を付けられたとあって、二人の両親は半ば呆れつつも、あまりに一生懸命な二人を見て、ついに剣を買い与えた。

 

そしてユーゴが20歳になった日、彼は意を決して、一緒に冒険者ギルドへ登録しようとイグニスを誘った。

それから3年間、カッパープレートという事もあり、二人は何かとペアを組まされる事が多かったのだ。

 

「それよりユーゴ、手伝ってくれ。あの人から頼まれてな。倒れている冒険者達の体に異常がないか、具合を確かめてきてくれ。俺はホールの奥から当たる」

 

「あ、ああ分かった。じゃあ俺は手前から見てみるよ」

 

「頼む」

 

イグニスはまず最初に目に入った、ギルドホール奥で未だ立てないままのプリーストを抱き起こし、大丈夫かと声をかけた。

 

...場所は変わり、組合長室内部。

 

ルカと華奢な影は、右手にある本棚手前にあった予備の椅子2つをひったくり、プルトンが座る机の前に置いて腰掛けた。巨躯の影は、左手にある二人がけのソファーにドスンと腰を下ろした。

 

そして数十秒の間、重苦しい沈黙が部屋を押し包む。

 

ルカは椅子に深く腰掛け、前で足を組むと、右にいる華奢な影に向かって人差し指を立てた。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)力場の無効化(リアクティブフィールド)

 

華奢な影がそう唱えた途端(キン!)という鈍い音と同時に、ドアの外から入ってくる冒険者のどよめきも、アインザックの背後にある窓の外からくる騒音も、一切の音という音が遮断された。

完全な無音...耳鳴りすら感じるのを受けて、ルカが静かに切り出した。

 

 

「....無意味にやると思うか?」

 

「LVは?」

 

「4だ」

 

「ばっ...貴様、この場にいた全員を殺すつもりで...」

 

「実験だよ。わかるだろう?」

 

「あり得ない。私ならともかく...」

 

「トラックは?」

 

「そんな余裕はなかった」

 

「馬鹿が...何のために授けたと思っている」

 

「ま、まあそれはいい。成功したのか?」

 

「...ああ。全員生きているよ」

 

「ならいい。南は?」

 

「漆黒以外派手な動きはない」

 

「捨て置くのか」

 

「奴らに出来ると思うか?」

 

「そうか。カオスゲートの件はどうなっている?」

 

「順調だよ。範囲は狭まりつつある」

 

「地点は?」

 

「予測通り、ガル・ガンチュアだ」

 

「いけるのか?」

 

「ああ。いざとなれば、俺達が直々に乗り込むさ」

 

「その時は私も同行する」

 

「...クク、いい度胸だ」

 

「他には?」

 

「北が動いた」

 

「見てきたのか?」

 

「...ああ、見た。やはりあいつが居たよ」

 

「それは...エグザイルか?」

 

「少し話した」

 

「確定したと?」

 

「いや、そうとは限らん。しかし過去の観測と比較すれば、それ以外考えられん」

 

「では...」

 

「ああ。そうでないにしろ、知っていると見て間違いない」

 

「と言う事は、あの婆もいただろう。奴は?」

 

「いや...だがあいつとは古い付き合いだ。クク、頑固なやつだよ全く」

 

「それは、私に言ったように...という事か」

 

「そうだよ。むしろお前こそ覚悟を決めろ」

 

「私には妻子がある。それを投げ打ってまで...」

 

「俺の前でそれを言っても無意味だろう?」

 

「そうだな、そうだった。お前は...」

 

「条件は揃っている。何を迷う事がある?」

 

「その時が来たら答える。それより二十の行方は?」

 

「ここだ。マップと結界の術式も書いておいた」

 

そう言うとルカは羊皮紙のスクロールを机に放り投げた。プルトンはそれを紐解き、机の上に広げる。

 

「これは...更に地下があると?」

 

「そうだ。事が起きた場合は即座に突入して奴を潰す。お前もマップを頭に叩き込んでおけ」

 

「了解した。それと...何故連れてきた?」

 

「何のことだ?」

 

「とぼけるな」

 

「お前が一番近くで見ていたんじゃないか」

 

「まさか、素体だと?」

 

「どう思う?」

 

「経緯を知らん。何とも言えん」

 

「不便だな」

 

「読んだのか?」

 

「スキルだよ」

 

「では不確定ではないか」

 

「だがお前も聞いたはずだ。竜を見たと」

 

「確かに聞いた。あれには驚いた」

 

「可能性としての事象があるなら、引き込んでおいたほうがいいだろう?」

 

「それは...虚空の為か?」

 

「そうだ。いずれ必ず開かれる」

 

「それこそ希望的観測でしかないのではないか」

 

「仮に条件が整えばどうなる?」

 

「貴様のみが知る事を願う」

 

「...クク、じゃあ何故俺についてくる?」

 

「真実を知るためだ」

 

「なら最後まで付き合えよ」

 

「そこに至った時に覚悟を決める」

 

「クハハハ! 付き合うと言ってるも同じじゃねえか...まあいい、ミキ!」

 

「はっ!」

 

「どうだった?」

 

「ルカ様のご指示通りに致しました」

 

「と言う事は...」

 

「はい。耐性があるかと」

 

「...貴様、何をした?」

 

「言っただろ?実験だって」

 

「つまり?」

 

「同族には同族が集まるんじゃないかと思っただけさ」

 

「耐性、と言ったな」

 

「そうだ」

 

「ミキ殿、ブーストしていないと?」

 

「そうです。通常のレジストです」

 

「と言う事は、耐性40...」

 

「残りの60、どう防ぐ?」

 

「バカな!補助装備無しでは不可能だ」

 

「ミキ、確認するが今も無事なんだな?」

 

「はい、今は彼と一緒に他の者を診て回っております」

 

「見込みがあるな」

 

「何故引き寄せられる? こんな...」

 

「俺が急いでいる理由が少しは理解できたか?」

 

「しかし、どうしろと」

 

「育てるんだよ、今度こそ」

 

「それは理解しているが...いや、必然なのか」

 

「どういう意味だ?」

 

「反応が出た。お前がいない2年のうちに」

 

「ライ・ディテクターにか?」

 

「そうだ」

 

「名前は?」

 

「モモンという。他にもう1名」

 

「詳しく話せ」

 

「パートナーにマジックキャスターがいる。名はナーベ」

 

「その二人のランクは?」

 

「二人共アダマンタイトだ。たった2ヶ月の間に」

 

「カッパーに登録してから、僅か2ヶ月?」

 

「そうだ」

 

「ディテクターに反応したのは両方か?」

 

「いや、モモンだけだ。それは確認した」

 

「エグザイルの可能性は?」

 

「不明だが、この短期間での功績を考えれば、あるいは...」

 

「その二人のクラスは?」

 

「組合の登録上でだが、モモンは戦士、ナーベは魔力系のマジックキャスターだ。噂では第5位階まで使えるらしい」

 

「それ自体が虚偽という可能性もある。幻術を使用すれば偽装は可能だ。ディテクト・オブジェクトは?」

 

「使用できる隙などなかった」

 

「二人が拠点としているのは、このエ・ランテルなんだな。所在は?」

 

「黄金の輝き亭だ。しかし調査のため動向を監視させているが、不定期に消え去ってしまうらしい」

 

「消え去る? インビジブルか?」

 

「戦士がインビジブルを使えるとは考えにくい」

 

「ならば、考えられるのはゲートによる転移だ」

 

「そうだな」

 

「戦士職に転移門(ゲート)は開けない。ならば...」

 

「偽装の線が高いか、あるいはナーベの力か」

 

「その二人が直近に受けたギルドの依頼は?」

 

「ギガント・バジリスクの討伐だ」

 

「あんな雑魚はどうだっていい。他には?」

 

「ヴァンパイア討伐にも成功している」

 

「種別は?」

 

「事の発端となった生き残りの証言では、大口だったとある。幼い少女の姿をしていたとも」

 

真祖(トゥルー)か」

 

「恐らくは」

 

「お前にうってつけじゃないか」

 

「そのつもりではあった」

 

「まあいい、では一番最初に受けた依頼は?」

 

「しばし待て」

 

プルトンは机に置かれた書類をめくっていった。

 

「あった、これだ。この街に住む薬師、ンフィーレア・バレアレ氏の薬草採取に伴う警護任務だ」

 

「その薬師に関する情報は?」

 

「エ・ランテルでは有名なタレント(才能)持ちだ。何でもこの世のありとあらゆるマジックアイテムを使用できる、という珍しい技能らしい」

 

「マジックアイテムを使用なんて、どのクラスでも...いやちょっと待て、そうか」

 

「お前が昔話していた内容と一致するな」

 

「その薬師が依頼の際に辿ったルートはわかるか?」

 

「予定ルートの報告義務があるからな。どれ...カルネ村を宿営地として、その北にあるトブの大森林へ薬草採取に向かうとあるぞ」

 

「カルネ村、トブの大森林...か。まだ未踏査な区域がその北東にある」

 

「地図は埋まったのか?」

 

「現状把握している地域の精査は、ほぼ完了している」

 

「なるほど。しかしカルネ村から北東というと、果てしない草原が広がるばかりだぞ。何か収穫があるとも思えんが」

 

「言ったろ? マップは常に変動する。ましてや気にもしないようなエンプティーフィールドほど、経験上一番怪しいもんさ」

 

「無駄に終わらんことを祈るよ。まあ地図が埋まるのは組合としては喜ぶべきことだが」

 

「まずはカルネ村に行って情報を集めてみる」

 

「了解した。適当な依頼書を翌朝までには作っておく」

 

「頼む。それと...」

 

「何だ?」

 

「イグニスの事もな。あと一緒にいた門番も、気にかけてやってくれ」

 

「ユーゴの事だな、分かった。この騒ぎだ、外に出るのはまずい。ゲートで移動しては...」

 

「いや、門を見られる方が厄介だ」

 

「そうか、分かった。...しかし」

 

「?」

 

プルトンはルカの顔をまじまじと眺めていた。

 

「...お前のそんな優しい顔、久しぶりに見た気がするな。そんなに気に入ったのか? 妬けるのう、ん?」

 

「ばっ、バカ言ってんじゃねえよ!! じゃあ俺達は黄金の輝き亭に泊まるから、何かあったら連絡よこせよ!」

 

「はいよ、おやすみルカちゃん」

 

「こっ...いつか殺す!!」

 

ルカは乱暴に扉を閉めて、プルトンの部屋を後にした。

 

 

 

 




■魔法解説

恐怖耐性の強化(プロテクションエナジーフィアー)

恐怖耐性を60%引き揚げる効果を持つ。魔法最強化・効果範囲拡大によりそのパーセンテージと効果範囲が上昇する


治癒風の召喚(コールオブヒーリングウィンド)

1秒毎にHP総量の15%を回復する持続性回復魔法。効果時間は30秒で、通常効果範囲は500ユニット。術者から遠距離になるほど回復効果は薄まるが、魔法最強化・位階上昇化等により回復量・効果範囲が上昇する


力場の無効化(リアクティブフィールド)

探知系魔法及び範囲内の音声を外部から完全に遮断する魔法。魔法最強化・位階上昇化等により、その位階以下でかけられてきた探知系魔法詠唱者に即死効果をもたらす


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第3話 逃避

ルカたち3人は組合長室前の廊下に出た。二年ぶりに冒険者ギルドを訪れ、イグニスが最初に扉を開けた瞬間のようなざわめきが押し寄せてきた。

それを聞いて、ルカはため息をついた。

 

(また静まり返るんだろうな、俺達が姿を見せたら。まあ当然か。でもまあ収穫はあったし、それで良しとしよう)

 

ルカは階段手前の踊り場まで進んだ。一階のギルドホールが一望できる。まだ冒険者達はこちらに気づいていない。見渡すと、皆何故か興奮気味に議論を交わしている様子だった。

 

(モンスターではなく、ある程度のレベルを超えた人体に絶望のオーラが効くかどうかの実験だったんだけど...。この様子なら死人も出ていないようだし、トラックでも確認済みだ。イグニスに一言言って、すぐにここを出よう)

 

心の中でそうつぶやくと、ルカは階段を降り始めた。

その時だった。予想だにしない事態が起こった。

 

「おおおおー!!!」

 

一階にいた冒険者達がルカに気付き、一斉に大声を上げた。手を振り上げている者、(ピューイ!)と口笛を鳴らす者さえいる。ルカ達は階段を降りる足を止め警戒し、マントの下にある武器に手をかけた。場合によっては皆殺し。それすら厭わずに行った実験だ、当然の反応だろう。

 

そんなルカの様子と殺気を感じてか、慌てて一人の男が階段を駆け上ってきた。

 

「ルカさん!組合長との話は無事終わったんですね。大丈夫です、そんなに警戒しないでください!」

 

階段の中腹に登ってきて目の前に立った男は、イグニスだった。しかし余韻もあり、ルカはイグニスにすら殺気を放っている。

 

「私ともう一人の門番がいたのをお忘れですか? 彼はユーゴといって、私のパートナーなんです。彼と一緒に皆を介抱しておりました」

 

しかしその言葉を聞いても、ルカはイグニスから視線を外し、階下に向けて殺気を収めない。後ろにいる二人の影からも殺気を感じて、彼らが臨戦態勢だと言う事をルカは即座に判断した。準備は整った。プルトンには悪いが、ここは冒険者全員を皆殺しにして事を収めるだけ...。とルカが決心し一歩踏み出した時、それを遮るような絶叫がルカの耳に飛び込んだ。

 

「わーわー!!ちょっとルカさん落ち着いて!!俺が全部説明しておきましたから、ここにいる冒険者全員納得してます!だからその腰にある手を離してください!!」

 

視線を遮るように飛び込んできたイグニスの必死な顔を見て我に帰ったルカは深呼吸し、ようやく両脇に差してある武器から手を離した。そのルカの様子とまるでシンクロするように、背後に立つ影二人も臨戦態勢を解き、殺気を収めた。

 

その様子を見て、イグニスは説明を続けた。

 

「診てまわったんですが、一人異常のある冒険者がいるんです。診てもらえませんか?」

 

「...え? ああそうか...わかった」

 

その言葉を聞いて安心したイグニスは、『こちらです』とルカ達三人を階段左手のホール奥へ案内した。

 

一番奥にあるテーブルの下に、仰向けで横になっている女性がいた。顔は土気色で汗をかいており、息が荒い。頭には司祭風の帽子を被っており、服装からその女性がプリーストだと判別できた。

 

「ル...その、あなたの魔法を受けたにも関わらず、この人が未だ立ち上がれず...」

 

ルカというのを我慢してイグニスが説明している途中で、甲冑を着た冒険者が話に割り込んできた。

 

「こいつ、俺達の仲間なんだが...ここに来る前から様子が変だったんだ! 食事もろくに食べようとしないし、水ばかり飲んで...。依頼のあったモンスターを討伐して報酬を受け取りに来たら、あんたらが来た後に倒れちまったんだ」

 

警戒心が解き切れていないルカは、甲冑を着た戦士を睨みつけた。が、ルカはそれを見て我に帰った。彼の目から涙が滲んでいる。戦士の真剣な様子を見て、ルカは再度プリーストの女性に目をやった。

 

「モンスターを討伐したと言ったな。種別は?」

 

「え、エンシェントガーゴイルだ」

 

「位置は!」

 

「え?! そ、その、リ・ボウロロール

の街南東、山岳地帯手前にある遺跡だ」

 

それを聞いたルカは、瞬時にその地点のマップ内部を脳裏に呼び起こした。

 

(スケルトンメイジ、レイス、ゾンビ、グール...しかしあそこの内部には確か...)

 

「ガーゴイル討伐の前後、紫のフードを被った敵と交戦したか?」

 

「え?! な、何でそれを」

 

「馬鹿が、とっとと答えろ!!」

 

「わ、分かったよ、確かにしたよ!!ガーゴイルを倒した帰りにいきなり道を塞がれて、アンデッドを召喚し始めたからフィオの神聖魔法で足止めした後、撤退戦で逃げ切ったんだ」

 

(やはりネクロか。と言う事は...)

 

ルカはそれを聞いて、すぐさま呪文を唱えた。

 

生命の精髄(ライフ・エッセンス)

 

ルカの目には、倒れている女性のHP残量が体の回りを覆うオーラのように表示された。

風前の灯だ。このまま放置すれば、明朝には死ぬだろう。ルカは急いで女性の胸に手を当て、再度呪文を唱えた。

 

体内の精査(インターナルクローズインスペクション)

 

ルカの脳裏に、女性の体内コンディションがリストのように流れ込んでくる。その中に、(異常)と示す項目が二箇所あった。

 

1つは(感染)、もう一つは(衰弱)だった。

感染は恐らく、ゾンビかグールに食らったバッドステータスだろう。まずは先に、原因が判明している方をルカは除去しにかかった。

 

位階上昇化(ブーステッドマジック)病気の除去(ディスペル・ディジーズ)

 

ルカと女性の体が緑色の光に包まれた。体力とスタミナの減少はこれで回避されたが、問題はネクロマンサーの呪詛だ。どの種別かが問題となる。

 

「紫のフードがどの術式を唱えていたかわかるか?」

 

「いや、すまない。そこまでは覚えていない」

 

衰弱...アンデッド化か致死系か、...とルカが考え込んでいたところへ、ルカの肩に背後からトンと手が置かれた。

 

「よろしければ私にお任せ願えますでしょうか?」

 

ミキだった。戦闘に特化したルカとは違い、彼女はクレリック(神官)のサブクラスを取得している。むしろこの状況下ではうってつけの存在であった。

 

「悪い、頼めるか?」

 

「お任せください。では...」 

 

ミキはルカの隣に膝をついた。今までの流れから全てを察したミキは女性の頬に手を当て、目を閉じた。

 

不浄の検出(ディテクトアンホーリー)

 

唱え終わると、ミキがゆっくり目を開けた。隣に座っていたルカが、心配そうに声をかけた。

 

「どうだ、分かったか?」

 

「はい。この者はどうやら腐肉化(パトリッドフレッシュ)の魔法を受けたようです」

 

「解けるか?」

 

「はい。この呪詛はかかった者のステータスを著しく減少させ、更にはHPのリジェネレート(再生)を阻害し、やがてはアンデッド化に至る術式です」

 

「OK、そろそろHP残量がヤバい」

 

「はい、お任せください」

 

そう言うとミキは女性の下腹部に手を置き、目を閉じて呪文を詠唱した。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)闇の追放(バニッシュザダークネス)

 

(ブゥン)という音を立て、ミキの体が青白く輝き始める。その光がプリーストの全身にも移り、見る見るうちに頬から血色を取り戻し始めた。その後荒かった女性の呼吸がゆっくりと落ち着き、穏やかな寝息を立てていた。

 

「不浄の類は取り除きました。後はお任せしてもよろしいですか?」

 

ルカと同じ黒髪だが、その間から覗く切れ長の目、スラリと伸びた高い鼻が実に気品があり、フード越しだというのに、周囲を見守っていた男性冒険者は彼女の美しさに釘付けとなっていた。

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「いつでもおっしゃってくださいませ」

 

座っていたミキは、まるで宙に浮くようにノーモーションで立ち上がった。

 

「ほんじゃ、あとは力技でいいってことだよな」

 

ルカはここぞとばかりに右腕の袖をまくり上げ、プリーストのみぞ落ちに手を当てて、呪文を詠唱した。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)約櫃に封印されし治癒(アークヒーリング)

 

第十位階の青白い光がルカの体を包んでいく。みぞ落ちに当てられた光は彼女の体に微細振動を引き起こし、プリーストの全身に広がっていった。

それを受けて、急激に息を吸い込むように女性が目を覚ました。

 

「ハッ...!! はあ、は...わ、私は一体?」

 

「俺の目を見ろ」

 

目を覚ましたばかりだというのに、すかさずルカはプリーストの顎を掴み自分のほうへ向け、彼女の目を覗き込んだ。

 

(精神汚染の類は見当たらない。...問題ないな)

 

ルカは彼女の顎から手を放し、ホッとため息をついた。

 

「お、おい、どうなったんだ?」

 

「...ああ、もう大丈夫だ。二、三日寝かせてやれば、元通りになるだろう」

 

「おお...フィオ...! ありがとう漆黒の影よ!!感謝する、感謝...」

 

甲冑を着た戦士はルカの前に崩れ落ち、その手を握りしめて声にならない嗚咽を噛み締めた。

 

その瞬間、いつの間にかルカ達を囲み、固唾を飲んで治療の様子を見守っていた冒険者達全員から、弾けるように喝采が上がった。

 

「ぃやったああああああ!!」

 

「キャー素敵ーー!」

 

「あんた最高にイカしてるぜ!!」

 

あまりの声の大きさにルカは驚いて周りを見渡した。

いかつい戦士達が肩を抱き合って喜び合う者、女性同士手を握り合っている者、ルカに向けて無言で親指を上につき立て、満面の笑みで涙を滲ませている者。

 

唖然としながらふと後ろを振り返ると、いつの間にか二人の影が両脇に立っていた。その横には、憧れの目線を送るユーゴと、確信に満ちた笑顔でルカを見つめるイグニスの姿もあった。

 

(...何故?ほんの数分前まで、俺はこいつらを全員殺すつもりだったのに。何をしている俺は...何故そんな顔をする、イグニス?)

 

『早くここを出たい』という衝動に駆られ立ち上がろうとしたが、先程の甲冑の戦士がルカの右手を握りしめて離そうとしない。彼が頭を下げた地面の下は、涙に濡れて水たまりのようになっている。

 

仕方なく空いた左手で戦士の右肩をトントンと叩くと、ようやく力を緩めて手を離してくれた。

ルカが静かに立ち上がると、冒険者達の歓声はより大きなものへと変わった。

 

上からの視線を感じて階段の方を見ると、呆れた顔をしながらも笑っているプルトン・アインザックが踊り場に立っていた。ルカは無表情のまま俯くと、フードを深くかぶり直し、出口へと歩いていく。

 

ルカの通り道を開けながらも、冒険者たちは声援を上げ続けていた。が、そこへ...

 

(パンパンパン!!)

 

頭上から大きく手を叩く音が聞こえた。

それを聞いた冒険者達の歓声は徐々に小さくなり、全員が音のなった方へ顔を見上げた。プルトンだった。

 

「あー冒険者諸君!以前にも通達したが、彼ら三人が来たことと、今日あったことは全て!君たちは一切見なかったし聞かなかった、いいかね!これを破るならば、冒険者の資格剥奪も覚悟してくれたまえ!!それと...」

 

「それと!!!」

 

プルトンの言葉を遮るように、出口手前で振り返ったルカは大きな声で怒声を上げた。

それを聞いて全員が静まり返り、一斉にルカの方へ体を向ける。ルカは無表情のまま、大きく目を見開いて全員を見渡した。

 

「もし俺の事喋ったら....殺すから。いい?」

 

(...ザン!!!)

 

冒険者全員は無言でルカに向けて起立し、同時に右拳を左胸に叩きつけた。彼らの顔は真剣であり、畏怖と尊敬の念を持って見つめていた。ルカに喧嘩を売ったあのミスリルプレートでさえも。

 

その様子を見て踵を返し、ルカ達3人は冒険者ギルドを後にした。彼らが馬車に乗り込み、その姿が闇に溶け込むまで、冒険者達は右腕を掲げたまま姿勢を崩さなかった。

 

 

 




■魔法解説

体内の精査(インターナルクローズインスペクション)

体内のバッドステータスをリスト化して検出する魔法。但しどの状態異常かを示すのみで、具体的にどの魔法によるバッドステータスなのか詳細は確認できないため、あくまで応急処置として使用される事が多い


病気の除去(ディスペル・ディジーズ)

バッドステータス(感染)を除去する魔法。感染したモンスターのLVが高い場合は、その度合いにより位階上昇化等の補助が必要


不浄の検出(ディテクトアンホーリー)

呪詛系のバッドステータスがどの種別かを、受けた位階に関係なく検出する魔法


闇の追放(バニッシュザダークネス)

継続系の呪詛バッドステータスを全消去できる魔法。また呪詛系DoTの解呪も行える


約櫃に封印されし治癒(アークヒーリング)

HP総量の75%を一気に回復するパーセントヒール。魔法最強化・位階上昇化等により回復量が上昇するが、MP消費が激しい


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第4話 葛藤

「マスター、とりあえずエール酒1パイント!あと鶏肉のソテー3人前と、ブルービーンズのポタージュも頼む! ミキは何にする?」

 

「私はワインと、魚のムニエルにシーザーサラダを。...その、二人前で」

 

「ライル、お前は?」

 

「...地獄酒を3パイント、あと牛肉とピラフの山盛り。以上...」

 

「いらっしゃいませ...っておお黒いの!!随分久しぶりじゃねえか、調子はどうだ?」

 

「まあボチボチってとこかな。マスターも変わりねえようだな。それより酒を早く頼む、もう俺達3人ノドがカラカラなんだよ!」

 

「わーかったよ!エールにワインに地獄酒だな!食事もすぐに用意させっからちょいと待ってな!..おーい、大食いのお客様ご到着だ、厨房急がせろよ!」

 

「あいよー!」

 

黄金の輝き亭1階食堂。その右奥、壁に沿ってL字型に広く並ぶバーカウンターに、周囲から見れば異様な出で立ちの黒マント3人が並んで座っていた。

 

ルカ達の背後に並ぶ円卓のテーブル席には、豪華なドレスとアクセサリーで着飾った貴婦人や、上等なシルクの一張羅を着込んだ紳士等、貴族とも思える格好をした者たちが、エ・ランテル内で最上級のホテルとも呼べる黄金の輝き亭で会食を楽しんでいた。

 

そこへ明らかに不審な黒づくめの3人組が押しかけて、バーカウンターに腰を下ろしたのである。

テーブルに座っている客達の話題は一変し、その黒マント達3人の話題で持ちきりとなった。

 

彼らの話す小声がルカ達3人の耳にも届くが、お構いなしといった様子で和気藹々と話し合っている。

そこへ中年ではあるが薄化粧をし、体格も引き締まった年齢を感じさせない美しい女性がやってきた。

 

右手には2杯の大ジョッキ、左手には薬指と小指で挟んだグラスを持ち、一本のワインボトルを握ってカウンターの前にドカン!と乱暴に置いた。

 

「はいよ、お待ち!...って、おやあんた、ルカちゃんじゃないかい?!よく来たねえ、何年ぶりだい?」

 

ルカ達の前に酒を持ってきた女性が驚愕の眼差しを向けながら、三人の前に注文どおりの酒を並べていく。

 

「女将さん久しぶり、かれこれ2年ぶりかな。それと"ちゃん"は止めてくれって前にも言ったろ? 俺の事は呼び捨てで...」

 

「そんなかわいい顔してバカ言ってんじゃないよ!それにしてもそうかい、あれから変わりないのかい?」

 

「あ、ああ。女将さんも元気そうだな」

 

「当たり前さね、これでもこの街1番の宿屋を仕切ってるんだ! あんた達その様子だと、またどっか旅して来たんだろう?後で話を聞かせておくれよ」

 

「ああそれなんだが、女将さんに土産があるんだ」

 

そう言うとルカはウェストバッグをまさぐり、青く光る2つのイヤリングを取り出して手のひらに乗せ、女将さんの前に差し出した。

 

「...すごい、きれい..。.な、何だいこれは?」

 

「南方の大陸で手に入れたイヤリングだ。強力な魔除けの効果がある」

 

「いいのかい?こんな高そうな物をもらって?」

 

「ただし、1つ条件がある」

 

「な、何だい?その条件って」

 

ルカは目の前で人差し指を立てると、女将さんの顔に不穏な表情が浮かんだ。

 

「いいか、寝るとき以外は必ずそのイヤリングを装着しろ。当然仕事の最中も、外に出る時もだ」

 

「ええと、わかったよ。宿代じゃなくて、それが条件かい?」

 

「ああ、宿代なんて一年分でも今すぐ払えるさ。それだけだ。さあ、そのイヤリングを着けてみせてくれ」

 

「い、今すぐかい?」

 

「そうだよ!ほら、ちゃっちゃと着ける!」

 

ルカに急かされて、恐る恐る手の平からイヤリングを受け取ると、女将さんは自分の両耳にイヤリングを装着した。その瞬間、女将さんの体を青・黒・白のオーラが順に、音もなく覆っていく。

 

「ル、ルカちゃん...これは??」

 

「着けてみてわかっただろ?それは魔法のアイテムだ。今後万が一、女将さんに降りかかるかもしれない危険から身を守ってくれるイヤリングだよ。常に身に着けろといったのは、それが理由だ。いいね?」

 

「..こんなのもうあたしの頭じゃついて行けないけど、分かったよ。でもこれを着けてると何か、不思議だけど体の底から力が湧いてくるようだよ」

 

「そういう効果だからね。女将さんには特別だ」

 

ルカは、ニヤけつつも女将さんに笑顔を向けた。

 

「...よーし、張り切ってくよ!!何だか知らないけど、動き回りたくて仕方がないよ! あんた達の食事もすぐに持ってくるから、ちょっと待ってな!」

 

それを言うが早し、女将さんはカウンター右奥にある厨房へと走り去って行った。

 

「さて、酒も来た事だし、いっちょやるか!」

 

「はい、ルカ様」

 

「いいから早く飲みたい」

 

「OKOK、ほんじゃ、カンパーイ!!」

 

 

2つの大ジョッキと一つのワイングラスが、割れんばかりの勢いで三人の中央にぶつかり合い、それぞれ一気に飲み干した。

 

「ぶっはー、うめえ!!マスター、エール酒おかわり!」

 

「あいよ!相変わらずいい飲みっぷりだな。メシが来るまでこれでもつまんでおけ」

 

そういうとマスターは、オリーブオイルに漬けたスモークサーモンの皿をルカ達の前に並べた。

 

「おー、いいねえ!サンキューマスター」

 

ルカがフォークを手にし、サーモンのひと切れを掬おうとする前に、先程よりも巨大なジョッキに注がれた小樽のようなエール酒がルカの前に叩きつけられた。

 

「その様子だ、どうせ飲むんだろう? 遠慮はいらねえ、ジャンジャン飲んでいけ」

 

「気が利くねえ、いただくよマスター」

 

ルカはフォークで掬ったサーモンを口の中に運び、舌鼓を打った。 

 

「ん〜、新鮮!!ジューシー!」

 

それを聞いた左右にいるミキとライルは躊躇なく皿にフォークを伸ばし、口に運ぶ。その新鮮かつとろけるようなコクの深さに二人共うっとりとし、三人は合わせるように酒を流し込む。

 

「ル、ルカ様! このスモークサーモンとやらは反則でございます!もはやワインと共に食べろと言わんばかりの相乗効果でございます!」

 

「ミキ、馬鹿を申すな。この地獄酒にこそサーモンは至高のツマミ。貴様もこれで試してみろ」

 

「なっ..地獄酒などただ度数の強い酒は必要ない!そういうお前こそ、この香り高いワインを飲んでから意見を述べなさい!!」

 

そういうとミキは自分のワイングラスに並々と注ぎ、ライルの前にグラスを置いた。それをライルは一気に飲み干した。

 

「さあライル、正直に言ってご覧なさい!!」

 

「ん、んん!!この酸味と上品な香り、美味いと言わざるを得ない」

 

「次、そのままスモークサーモンを食べる!」

 

「よしわかった」

 

巨躯のライルがサーモンのひと切れにフォークを伸ばす間に、ミキはライルの飲み干したグラスにワインを注ぎ込む。そしてライルはオリーブオイルの染みたスモークサーモンを再度口に運ぶ。

 

「ん! うむこれは。地獄酒よりも鮮烈に味を感じるな」

 

「ならばそのままワインをもう一口含んで、感想を言いなさい。私の言いたいことがいやでも分かるはずよ」

 

ライルは言われるがまま、ゴクッとワインを一口飲んだ。

 

「おお、確かに合うな! このスモークサーモンとやらの味がより鮮明になり、サッパリと油のくどさも掻き消えるようだ」

 

「そうでしょう? ならばあなたもこれからはワイン党に...」

 

「ワインが美味いのは分かったが、パンチが足りない。やっぱり俺は地獄酒が好き」

 

「あああああああ!!これだから味オンチは!!」

 

 

ルカは二人の様子を若干冷めた表情で、微笑ましく眺めていた。(要するに、ワイン・焼酎論争だよなーこれ。まあ俺はどっちも好きだから分かるけど)

 

そこへ、マスターと女将さんが二人がかりで大量の料理を運んできた。

 

「へいお待ち! おう黒いの三人、料理も一杯あるし後ろのテーブル席いくつか空いてるから、そっちに移ったらどうだ?もう泊まりの予約は入れてもらってるんだし、遠慮はいらねえぜ?」

 

「いや、ありがとマスター。でもカウンターの方が落ち着くんだ、ここでいいよ」

 

「そうかい? 無理にとは言わねえが」

 

目の前にずらりと並べられた食事に、三人は手を付けていく。

 

「んんー、おいひい!!柔らかい! マスター、この鶏肉ソース変えた??」

 

「おうよ、よく気づいたな! そいつはヨーグルトに漬け込んで三日三晩寝かして、スパイスで下ごしらえしたあと丁寧に焼いて、うち特製のクリームソースをかけたもんだ。前よりもうまいだろ?」

 

「最高!!」

 

両隣を見ると、ミキもライルも無我夢中でほおばっている。食事の美味さと相まって、長旅の疲れが癒やされていく。マスターと女将さんも、3人の影が食事を平らげる様子を見て満足気だった。

 

二人は空いた皿を片付けるため、厨房に戻って行った。満腹になって一息ついた時、ミキが問いかけてきた。

 

「それにしてもルカ様、よろしかったのですか? 女将さんに渡した、あの伝説級(レジェンダリー)アイテムは...」

 

「まだ予備はある。お裾分けってやつだよ」

 

「ならよろしいのですが」

 

ルカが女将さんに渡したのは、遥か南方にあるエリュエンティウ周辺で戦ったドラゴンから手にしたレアアイテムだった。その効果は、【装備者のリジェネレート常時有効及び、呪詛・神聖・精神系魔法の耐性強化】という、正に伝説級と呼ぶに相応しいものだった。

 

アイテム名は、青い証言(エビデンス・オブ・ブルー)

 

「世話になった人には、当然の対価を払うべきだ。俺はいつでもそうしてきた。それはミキお前にも、ライルにも同じだ。そうだろう?」

 

「...深く感謝致します、ルカ様」

 

「この御恩、例えこの世が崩壊しようとも忘れませぬ、ルカ様」

 

その返事を聞いたルカは、カウンターに頬杖を付いて遠くを見つめた。

 

「...あのさあ」

 

「何でございましょう、ルカ様」

 

「如何様にもお申し付けください」

 

「いや、そういうんじゃないんだけどさ」

 

「何をお考えか、聞いてもよろしいですか?」

 

「うん...メシ、美味かったな」

 

「はい、最高に美味でございました」

 

「満腹であれど、肉とピラフの絶妙な食感が未だ忘れられませぬ」

 

「久々じゃない? 三人でこんなにゆっくりできたの」

 

ルカの目の前には、片付けを終えて戻ってきたマスターと女将さんが、気を使って控えてくれている。それを見て、ルカは小声で魔法を唱えた。

 

力場の無効化(リアクティブフィールド)

 

その瞬間、背後から来る宿泊客の騒音も含め、周囲からの音が断絶される。ルカ達三人とカウンター前方に向けて限定された空間が形成された。それどころか、この領域は攻性防壁の特性も併せ持つ。外部から探査系統の魔法を使用すれば、その術者は即死判定を受けるという恐るべきフィールドだった。

 

「ヒントはあったよ、でも確信には至らない、当たり前だけど。南も北も、あと東もか。それは同じだ。でもあいつらは間違いなく何かを隠している。それらを解くために、俺達はこの二年で再度確認を試みた。しかし状況はほとんど変わらなかった。となれば、こちらから積極的攻勢に打って出るしかない」

 

「...となれば、ルカ様」

 

「やはり...」

 

左右に座るミキとライルが、ルカを凝視する。

 

「ああ、俺達は何を成すべきか。それを考え、着実に行動に移すべきだと思う。二人の考えを聞きたい」

 

「私は、あなたに着いていきます。そしてあなたをお護りします。この自我は、全てあなたをお護りする為だけに存在しております」

 

「...右に同じ。死んでもあなたを守る。その為だけに、あなたによって創造された存在」

 

「...ありがとう。だがな、忘れるな。この命果てるとも、死して尚お前たちを護ると俺も約束する。...聞いてたよなマスター、それに女将さん」

 

「おう、何だ?」

 

「ええ、聞いてたよルカちゃん」

 

「今この場であんた達が聞いていたという記憶を、俺は消す事ができる。世の中には知らない方が幸せな事もある。美味い酒とメシには感謝するが、もし今聞いた事を誰かに漏らしそうだと少しでも思うなら、今のうちに言ってくれ」

 

そう言われたマスターと女将さんは顔を見合わせて、不敵な笑みを浮かべた。

 

「おいおい黒いの、何年この黄金の輝き亭をやってると思ってんだい?お客様の嫌がる事なんざ、こちとらただの一度だってした事はねえぜ?」

 

「そうだよルカちゃん、そんな心配しなくたって誰にも言ったりしないよ。よくは分からないけど、大変な旅だったんだろ? あんた達はここでゆっくり羽を伸ばせばいいのさ」

 

二人の優しさが、ルカにはとても眩しく見えた。

 

「...分かった、そうさせてもらうよ。疑って悪かったな」

 

「いいってことよ!それよりまだ飲んでくかい? 休むんなら部屋の準備はもう出来てるぜ。二人部屋と一人部屋でいいんだよな?」

 

「ああ、いやもう腹一杯で入んないや。先に部屋で休ませてもらうよ、ミキはどうする?」

 

「私もこれ以上お酒は入りませぬ故、ご一緒致します」

 

「ライルはまだ飲み足りねえんじゃねえか?いいぜ、ゆっくり飲んでても」

 

「はいルカ様、お言葉に甘えましてもう少し飲んでから部屋に入らせていただきます」

 

「OK、でも明日もあるからほどほどにな。部屋に戻ったら伝言(メッセージ)くれ」

 

「了解致しました」

 

ルカとミキはカウンターの席を立ち、ライルを残して2階客室の階段を登っていった。

その様子を他の宿泊客達が横目で追っていたが、姿が見えなくなると正面に向き直り、何事もなかったかのように会食を続けた。

 

 

「あー食った食った!」

 

アンティークな置物や装飾品が置かれた広い部屋に入るなりそう言うと、ルカは首元に止められたカフスボタンをパチンと外し、フード付きの黒いマントを脱いでベッドの上に放り投げた。しかしその下も更にフードを被っている。

 

よく見るとそのフードは長袖の上半身ジャケットと一体型になっており、防具の一部である事が見て取れた。ジャケットからパンツ・グローブ・ブーツに至るまで全身黒づくめの禍々しい風貌を持つ、厚手のレザーアーマーだった。

 

つや消しが施されているのか、その装備は室内の光を一切反射しようとせず、肩や腕・胸部・太腿の両サイドには、黒色のクロームメッキ加工されたような金属が格子上に細かく縫い付けられている。

 

またロングブーツの脛と爪先の部分には、同じくクローム色をした分厚いプレートが打ち付けられている。一見するとミドルアーマーのようでもあったが、ジャケットもズボンもルカの体にフィットしており、機動性と防御力を両立させたであろうそのデザインは、非常に洗練された無駄の無いフォルムだった。

 

次に武器とウェストバッグの吊り下げられた腰のレザーベルトを外し、先程脱いだマントの上へ乱暴に放り投げると、2対の武器が折り重なり、(ガチャン)という鈍い音を立てた。黒い金属製の鞘に収められたその武器は、一尺八寸ほどの長めな刀身と刃幅から察するに、ロングダガーと見受けられた。

 

ルカは小気味よい鼻歌を歌いながらレザーグローブを脱ぎ捨てると、レザージャケットの全面に幾重にも折り重なった、まるで凶悪な拘束具の如きチェストベルトを1つ1つ外していく。

 

隣のベッド横ではミキもマントを脱いでハンガーにかけ、装備と防具を外しにかかっている。その装備はルカと全く同じデザインをした、禍々しい漆黒のレザーアーマーだった。

 

ようやく拘束具を外し終えたルカは、一気にジャケットを脱いでまたもベッドに放り投げた。肌着にはこれもまた黒一色のYシャツを着込んでいる。ベッドに腰を下ろし、重厚そうな2足のロングブーツを脱ぐとベッドの脇に並べて再び立ち上がり、ジッパーを下ろしてレザーパンツを脱ぎおろした。

 

透き通るほど色が白く、引き締まった肢体が露わになり、ルカは長袖のYシャツに裸足、純白のパンツ一丁というあられも無い姿になった。

 

「あー、ようやっと開放された気分だぜ全く!武装したまま何日も過ごすと肩が凝っていけねえや」

 

「ルカ様、はしたないですよ!ほら、脱いだ物は全部ハンガーにかける!」

 

「へーいへい」

 

ルカは言われるままベッドから装備を手に取り、(パンパン)と汚れを叩きながらベッド脇にあるハンガーへかけていった。そしてベッドの上ががら空きになると、ルカはその上目掛けてダイブした。

 

「どーーーーん!!」

 

「ルカ様!もう...」

 

ベッド上でゴロゴロと回転する様子を見て、ジャケットのみを脱いだミキは困った顔でため息をついた。ミキは白色のTシャツを肌着に着ている。

 

「あー、あったけ〜。フカフカ〜気持ちいい」

 

「お気持ちは分かりますが、そのまま寝てはだめですよ。まずは先にお風呂!お湯に浸かって体を洗い流してからお休みください。いいですね? 部屋に備え付けのバスタブがありますから」

 

「ん〜、おーふーろー。...風呂?!」

 

それを聞いてハッとしたようにルカは飛び起きた。

ミキが呆れた顔で微笑を返している。

 

「ミキ、先にひとっ風呂浴びていいか?そういや3日くらい風呂入ってなかったし」

 

「ええ、もちろんですとも。疲れが取れますよ」

 

そう言うが早し、ルカは部屋の右奥にある脱衣所へ飛び込んでいった。

 

 

脱衣所の右手には化粧台があり、大きな姿見が設置されていた。その前で上着とパンツを脱ぎ捨て、籠の中へと放り込む。しかしその姿見の中に映ったのは全裸ではなく、これ以上ないほどキツく締められ、胸を押しつぶすための晒しを巻いたルカの姿だった。

 

複雑な面持ちでルカは鏡を見つめ、自分の胸に手を当てる。やがて首を横に振り、諦めたように背中へ手を回して晒しの結び目を解いた。

 

両手を使いグルグルとほどいていくと、キツく締められていた晒しが緩まり、スルリと一気に解け落ちる。

姿見に映ったのは、正真正銘女性だった。均整の取れた形の良い乳房を、引き締まった上半身と腰のくびれがより一層強調させ、足の細さと相まって美しく、しかし力強いプロポーションを投影していた。

 

ただ一つ、きつく巻きすぎた晒しのせいで右胸に一筋の痣が出来ている。ルカはその痣を指でそっとなぞった。次いで自分の顔を見る。肩にかからない程度まで伸びた、ざっくばらんなストレートの黒髪を目の前からどけて、自分の右頬を撫でる。

 

血のように赤く光る大きな目、小顔ながらスラリとした鋭角な鼻と顎、薄い唇、透き通るように青白い肌、そして両目の下に刻まれた幾何学な模様の赤いタトゥー。その整った顔は悪魔的に美しく、しかしまるで血の涙を流しているようにも見えた。

 

ルカは無意識に右手で胸を隠し、姿見から目を反らした。その目には、戸惑いの色が強く浮かび上がる。

そのまま何かを振り切るように浴室の扉を開けた。

中からの温かい湯気がルカの体を包む。

 

木で組まれた広いバスタブの縁に置いてある桶を手に取り、浴槽からお湯を汲んで勢いよく頭から被った。

もう一度お湯を汲み、今度は立ち上がって全身をゆっくりと流していく。

 

そしてバスタブの縁に桶を戻し、浴槽を跨いで片足を付けた。少し熱いが、じんわりと温かさが骨身に染みるようだった。そのままもう片方の足も入れて、浴槽に体を沈めていく。肩まで浸かると足を伸ばし、天井を仰いでゆっくりと深呼吸した。

 

「ふぅー...何だかなあ。風呂は好きなのに、入る度にいつもこれだよ」

 

誰に言うでもなくルカは独りごちて、目をつぶった。

浴槽の周囲から、僅かだが魔力の流れを感じ取った。

 

(...付与魔法(エンチャント)、か。生産魔法とか生活魔法とか、この世界独自のものが色々あるらしいけど...あたしは興味ないな)

 

そう心の中で呟いたルカは目を閉じたまま、湯気に包まれて頭の中が真っ白になっていくのを感じていた。

同時に睡魔も襲ってきて、意識の底へ落ちかけようとしていた時、ルカはハッと我に帰り目を見開いて、咄嗟に上半身を起こした。

 

「ってうおおおおい!!!ちょっと気を許すとこれだよくっそ!マジかよこれ...何だか日に日に...」

 

そこへ(コンコン)と、浴室と脱衣所を挟むドアからノックが響いた。

 

「ルカ様、よろしければ背中をお流し致します。ご一緒してもよろしいですか?」

 

ミキの声だった。ルカは取り乱した心を平静に保つべく胸に手を当て、ひと呼吸置いて返事を返した。

 

「あ、ああ、いいよー。入っといで」

 

「失礼致します」

 

扉が開くと、バスタオル一枚で前を隠したミキが静かに入ってきた。背中まで伸ばした艷やかな黒髪が顔にかかっている。その間から切れ長な赤い目が怪しく光っており、目の下にはルカと同じような紫色のタトゥーが刻まれている。体は引き締まっているがルカよりも豊満なバストを持ち、スラリと伸びた長い足はより一層魅力的なボディラインを強調していた。

 

バスタブに浸かりグッタリしているルカを見下ろして微笑を向け、桶を手に取ってお湯を2回、3回と流すと、タオルを畳みバスタブの縁に引っ掛けて、浴槽の中へと入ってきた。

 

「よろしいですか?」

 

「もちろん。このバスタブ広いから二人でも余裕だよ」

 

ルカは足を引っ込めて、ミキの足場を作る。

そこへゆっくりと足を付け、ミキも浴槽内へ体を沈めた。お互いに向かい合い、重ならないようにして二人共足を伸ばした。

 

「やはり湯船に浸かるのは良いものですね...体の芯から疲れが抜けていくようです」

 

「そうだな。他の街の宿屋じゃあ、シャワーだけだったり共同浴場だったりで、こうはいかなかったからな」

 

「この湯船にしても、魔法で温度を一定に保つよう工夫がされているようですし、さすがはエ・ランテル最高級の宿屋。細やかな気遣いですわ。ルカ様が気に入られるのも頷けます」

 

「メシも酒も美味いし部屋もきれいだし、文句のつけようがないってもんよ」

 

そう言って位置を取り直すため、ルカが上半身を起こした時だった。

 

「ル、ルカ様!!」

 

「わっ!!ちょ、どうしたミキ?!」

 

ミキは体を跳ね上げるようにして、ルカの胸元に飛び込んできた。背中まで伸びたミキの長い黒髪が覆いかぶさり、体を密着させてくる。

 

「ルカ様、この傷は一体?!」

 

そういうとミキは、ルカの右胸上部にある紫色に変色した箇所を指でなぞった。

 

あまりに急だったのでルカはドギマギしてしまったが、ミキが心配そうに撫でている箇所へ目を下ろすと、少し落ち着きを取り戻した。

 

「あ、ああこれね? ただの痣だから大丈夫だって。ほら、俺胸に晒し巻いてるじゃん?あれがキツ過ぎたみたいでさ、ハハ...」

 

「何とおいたわしやルカ様...今治して差し上げます。魔法最強化・神性の治癒!(マキシマイズマジック・ディバインキュア)

 

ミキがルカの右胸に手を当てて唱えると、ルカの体全体が眩い光に包まれ、スウッと痣が消えていった。

 

「あ、ありがとうミキ。でもこんな痣程度、何もブーストしなくても...」

 

「いいえルカ様、他に何か手傷があったらどうするおつもりですか!私の大事な主人に傷が付くような事は許されません。念には念をでございます」

 

「そうか、わかったよ悪かった...」

 

「それでルカ様、他に痛む箇所はございませんか?見せてくださいまし!」

 

「ちょっちょおー!そんなとこに傷なんてないうはははは!!くすぐったいってミキいいい!いやーー!」

 

浴室にルカの絶叫が木霊した。ミキに上からのしかかられ、背中から脇の下、腰、臀部、太腿から脛、足の裏まで根掘り葉掘り調べつくされたルカは、湯船に浮いてグッタリしていた。

 

「結構です。どこも異常はないようですね、安心しました」

 

「はぁ、はぁ...勘弁してくれよもう」

 

「何を恥ずかしがっているのです? 私達は女同士。隠すものもございませんでしょうに」

 

「そりゃそうだけど、前から言ってるが俺は...」

 

「承知しております」

 

「う...うん」

 

ミキは毅然とした態度でそう言うと、再びルカと向かい合うように位置を直し、バスタブの背に寄りかかった。

 

「ルカ様、この世界へ我々が転移した直後、あなた様はずっと悩んでおられましたね。この世界の事、魔法の事、そして...その体の事も」

 

「...あの時はその、あまりの変化に気が動転していて...」

 

「あれから悠久の時を我らは共に過ごしてまいりました。その間、ルカ様は私に何度もご相談してくださいましたね? 先程私が浴室に入る前、何やら慌てていた様子。それはひょっとすると...」

 

ミキはルカの顔をじっと見つめた。これは嘘をつけそうもないと観念したルカは、正直に答えた。

 

「...ああ。多分ミキの想像通り、だよ」

 

そう言うとルカは頬を赤らめ、(チャプン)と湯船の中に顔を突っ込んだ。

 

 

「ルカ様......いいえ、ルカ・ブレイズ!!」

 

 

ミキは途端に険しい表情になり、主の名を呼び捨てにした。体を寄せて、湯面に顔を付けるルカの頭を両手で掴み、無理矢理に上へと持ち上げた。

 

「いいですかルカ。私の前で恥じることなど何もないのです。あなたは私のみならずライルにも、事情を全て打ち明けて下さいました。何よりこの世界に来る前から、現在も、私達に取ってルカ様はルカ様以外の何者でもないのです。それをどうかお忘れなきよう」

 

それを聞いてルカは呆気に取られていた。目の前には自分を見据えるミキの美しい顔がある。心に一筋の光が射したようだった。ふと気が付くと、ルカの目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 

「ミキ、お...あ....あたし...は、もう...これ以上...抗い...切れない...」

 

今まで必死に抑え込み、耐え抜いてきたルカの堰がついに切れた。小刻みに震え、まるで救いを乞うような目でミキを見つめ、涙を流し続けた。

そのあまりにも悲痛な様子を見かねて、ミキはルカの顔を自分の胸元へ手繰り寄せて優しく抱き締めた。

 

「ルカ様。ああ、ルカ様...。私がこの世でただ一人主人と認める、愛しいお方....。何も心配は入りません。長い間ずっと、一人で戦っておられたのですね。ですが私達は、何が起ころうとあなた様の全てを受け入れます。そしてこれからもずっと一緒です。ですからどうか、胸を張ってくださいませ」

 

ミキの柔らかい胸に顔を埋めながらルカは無言で頷く。もっと温もりが欲しいと思ったルカは、ミキの背中に手を回すと更に強く抱き締め、声にならない嗚咽を上げながら泣き続けた。

 

 

 




■魔法解説

神性の治癒(ディバインキュア)

HP総量の50%を回復させるパーセントヒール。魔法最強化・位階上昇化等により回復量も上昇する


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第5話 出発

二人で背中を流し、体を洗い終えたルカとミキは脱衣所に上がり、濡れた髪をバスタオルで拭いていた。

下着を取ろうと籠に手を伸ばすと、その横にはきれいに畳まれた替えの下着が並べてあった。ミキが用意したのだろう。

 

パンツを手に取って履いた後、ルカはふと姿見で自分の顔を見た。先程湯船の中で泣きはらしたせいで、目の周りが赤く腫れている。それを横目で見ながら、ルカは何となしに洗濯籠の中に入れられた晒しを手に取り、胸に巻きつけ始めたが、その手を強引に止められた。

 

「ルカ様...」

 

ミキは首を横に振りながら、途中まで巻かれていた晒しをほどいてしまった。

 

「え...でもミキ、これ巻くの結構時間かかるし」

 

「せめて今日くらいは、こんなものに縛られずゆっくりとお休みになってください」

 

「あー、うんでもその、長年の習慣というか、晒しがないとどうも落ち着かないんだよな...」

 

「それでしたら私のチェストバンドを貸して差し上げますので、そちらをお召しになってくださいませ」

 

そう言うとミキは何もない上方の空間に手を伸ばした。その手の先には時空の裂け目とも呼べるような暗黒の穴が出現し、ミキはその中に手を突っ込んでまさぐると何かを手に取り、ルカの前に差し出した。

 

「こちらになります」

 

ミキが取り出したのは、飾りっ気のない純白色のチェストバンド...もといブラジャーだった。

 

「えーと...ごめんわたし、ブラとかするの初めてで」

 

「ご心配は無用です。私が着けて差し上げます」

 

そう言うとミキはルカの腕を通し、パッドの位置を整えて背中のホックをパチンと止めた。着けるには着けられたが、見事にブカブカである。ミキのサイズを思い知った瞬間であった。

 

「ミキ...大きいのね」

 

「そんな事はありません、ルカ様も良いものをお持ちなのですから。サイズを調整するには、肩のベルトをこうして...」

 

(シュルッシュルッ)という音を立ててミキがベルトを締めていくと、徐々にパットがルカの胸にフィットし始めた。

 

「このくらいでいかがですかルカ様?」

 

ルカは鏡で自分の姿を確認した。思っていたよりしっくり来るし、特に抵抗もない自分に驚いたが、白一色の下着というのは、どこか子供っぽいという印象があった。

 

「あ、ああ。いいみたい。でも何というか戦闘には不向きかなとは思うけど。でも普段なら晒しよりずっと楽かも」

 

「チェストバンド...いえ、ブラと仰いましたか?」

 

「ああ。ブラジャーって言うんだ」

 

「ルカ様。女性たるもの、胸をあのように手ひどく押しつぶしてはなりません。そのブラジャーは、胸の形を整え、支える為のものにございます」

 

「いやまあ、知ってはいるんだけどね...」

 

ルカは鏡を見ながら、頬をポリポリと掻いた。

その時だった。頭の中を一本の糸が繋がるような感覚がルカの脳裏を過ぎった。ざらついた野太い声が聞こえてくる。

 

『ルカ様』

 

『ライルか。もう飲み終わったの?』

 

『はい。久々の地獄酒、堪能させていただきました』

 

『そいつは良かった。お前も風呂入ってゆっくりしたら、早く寝とけよ』

 

『ご心配には及びません。只今湯に浸かっている最中でございますゆえ』

 

『クッハッハ、そうかそうか。まあ今日はゆっくり休もうぜ。小腹が空いたら、下の食堂行って好きに頼んでいいからな』

 

『感謝致します、ルカ様』

 

『うん。じゃあわたしとミキは先に寝るから、ライルも早く寝るのよ』

 

『#$%@*=?€£℃!!』

 

 

….何やら意味不明な騒音が聞こえてきた。

 

『ちょっと...ライル大丈夫?!』

 

『い、いえルカ様、問題ございません。少々石鹸に足を滑らせまして』

 

『そっち行こうか?』

 

『なっ何を申されますやら!私の事などお気になさらず!! しかしその、ルカ様!』

 

『なあに?』

 

『わ、私はその、嬉しゅうござい...くうっ』

 

 

(くっくっく)という何かを堪えるような声と共に、(ブシュー!)という鼻を噛む音が聞こえる。

 

『何よライル!言いたいことはちゃんと言うって前に約束したでしょ?!』

 

『い、いえそのルカ様!この事は後日お伝えしますゆえ、今は何卒ご勘弁を』

 

『そう?ならいいけど』

 

『ああ、そのようなお淑やかな言葉を...』

 

『なっ...お淑やかってちょっと、ライル?!』

 

『何でもございませぬ!それでは明朝お部屋にお伺い致しますゆえ、これにて御免!!』

 

 

"ブツン!"と伝言(メッセージ)が切れた。

 

隣を見ると、いつの間にか伝言(メッセージ)の共有をかけていたミキが、口元を押さえて笑いを堪えていた。

 

「ちょっとミキ!聞いてたの?!」

 

「は、はい。失礼致しました」

 

「何なのよライルは、急に畏まっちゃって!それにお淑やかって...」

 

「フフ、ルカ様。ライルはああ見えて繊細な気配りが出来る男でございます。他の誰よりも、あなたの事をお護りしようと気にかけているんですよ」

 

「それはまあ..知ってるけど、何かいつもと違って変じゃなかった?」

 

「ですから繊細だと申しているのです。あなたの中に生じた変化を、僅かでも彼が見逃すはずがない。私と同じく、ライルもルカ様の事をお慕い申しているのです。ここはどうか、多目に見てやってくださいませ」

 

 

そう言うとミキは、用意した替えの黒い肌着を手に取ると、ルカの頭にズボッと被せた。ルカはされるがままに首と手を通して、シャツの裾を腰まで下ろした。

 

「さ、お疲れでしょう。私達も休みましょう」

 

 

—--—午前1時52分

 

 

ベッドに深く潜り、頭まで羽毛布団を被りながら、ルカは左手首にはめられた時計のイルミネートボタンを押して時間を確認した。薄目を開け、思考が邪魔して眠れずにいる。

 

この2年で行ってきた事が、脳裏を走り去っていく。

帝国、法国、王国、評議国、辺境、海上都市、最南端、空白地帯、そして更にその先...。

 

数えたら切りがなかった。かつての同志であるプルトン・アインザックの言葉も脳裏をかすめた。

ミキとライル以外で、唯一自分の事を全て知る存在。そして彼は、未だ生きた情報を提供し続けてくれている。(俺)の考えに賛同して...。

 

(きっと笑うだろうな、プルトンは。こんなあたしを見たら...)

 

それを考えると何故か無性に悲しくなり、一筋の涙が頬を伝った。鼻をすすり、暗闇の中涙を拭っていると、突然背後からもぞもぞと何かが布団の中へ潜り込んできた。ルカに衝撃が走った。

 

(?! バカな!物音一つ立てず? 敵視感知(センスエネミー)どころか、危機感知(デンジャーセンス)まで使用して気配を探知しているはずなのに?)

 

完全に後ろを取られたルカは冷や汗を流し、もはや身動き一つ取れずに固まっている。武器はハンガーにかけたままだ。ここからハンガーまで飛び出すにしろ、背後からの致命的な一撃は覚悟しなくてはならない。

 

それも止む無しと判断したルカは覚悟を決めて、体をベッドから跳ね飛ばすために全身を強張らせた。その時だった。背中にとても柔らかい何かが当たった。

 

「ルカ様...」

 

その何かは背後からルカの肩にそっと手を置き、ぎゅうっと体を押し付けて耳元で囁いてきた。

 

「って...おいミキ...もう、びっくりするだろ!声かけてよ」

 

長い髪が顔に覆いかぶさり、ルカは羽毛布団をめくり上げて左へ体を捻った。

部屋は暗く、ワンレンに伸ばした前髪で表情がよく見えない。ルカは彼女の髪をそっとかき分けて、ミキの左耳の裏で束ねるように髪を引っ掛けた。赤い目が怪しく光り、微笑を讃えてルカを見つめるミキの顔が見えた。ひんやりとした手の平がルカの右頬をそっと撫でてくる。

 

「眠れないのですか?ルカ様」

 

「..うん。何か、色々考えちゃって」

 

頭を起こしていたミキがそれを聞いて、ルカの枕に倒れ込むように寝そべった。

 

「ルカ様、ブラはきつくありませんか?」

 

「きつくはないけど、まだちょっと慣れないかな」

 

「では、外して差し上げます」

 

そう言うとミキはルカの顔に頬を重ね、抱きつくように腰の下からルカの肌着へ手を潜り込ませた。背中に両手を回し、手探りでホックを(パチン)と外すと、慣れた手付きでルカの胸からスルリとブラを取り去った。

 

そのまま肌着から手を抜き、ルカの着けていたブラを布団の上に放り投げると、愛おしそうにルカの頭を撫でてくる。

 

 

「このまま、一緒に眠りへ落ちましょう」

 

「...ああ、ありがとう。今日は何か色々あったけど明日もあるし...もう、寝なきゃ...」

 

ミキに添い寝をしてもらったのは、これで何度目だろうか。そんな事を考えながらルカは布団をミキの頭にも被せ、彼女の腰に手を回して、胸元に顔を埋めた。それに合わせるように、ミキはルカの両足の間を縫うように、自分の素足をねじ込んできた

 

「...あったかい」

 

ミキの足と全身の温もりが、ルカの中に渦巻く数多の雑念を一気に払い落とした。彼女は、自然と笑顔になっていた。

 

「私もですよ。...おやすみなさい、ルカ様」

 

二人はまるで絡み合う2匹の蛇のように、そして傍から見れば仲の良い姉妹のように抱き合い、眠りに落ちた。

 

 

——--------------翌朝9:00

 

 

(トントン)と、扉を静かにノックする音が聞こえた。ミキが出迎え鍵を開けると、ライルが二人部屋の中に入ってきた。三人は部屋の中央に立ち、ミーティングを始める。

 

「ルカ様、おはようございます。ミキ、おはよう」

 

「おはよう」

 

「おはよう、ライル」

 

「早速ですが、外に迎えの者が来ております」

 

「迎え?私達だけでいくつもりだったのに」

 

「どうやら組合長の差金らしく...」

 

「あー、まあいいや、下にいるんでしょ?会ってみりゃ分かるさ」

 

「...それではルカ様、本ミッションの方針を」

 

ミキにそう促され、ルカはミキとライルを見渡し、徐々に険しい表情へと変貌していった。

 

 

「よし。前にも話したとおり、マップは常に変動する。どんなハプニングが起こってもいいようにお互いをフォローし合いながら万全を期すこと。それと恐らく、以前俺達がカルネ村に潜入した時とは状況が変わっているはずだ。よって今回はプルトンの報告を検証する為、敢えて村人達と直接の接触を図る。ミキ、ライル、間違っても騒ぎは起こすな、誰も殺すな。情報収集に全力を傾けろ。ただ万が一、トラブルが起きた場合は全村民の記憶消去か、場合によってはカルネ村というマップ自体の消滅もあり得る。そのつもりで事に当たれ。....いいな?」

 

「了解」

 

「了解しましたルカ様」

 

 

ルカの強烈な殺気が部屋の中をビリビリと包み、ミキとライルの表情が引き締まる。彼女が何かの(命令)を下すとき、それはもはや(彼女)ですらなくなっていた。その殺気と威厳は完全に、戦争を指揮する司令官(コマンダー)のそれと化していた。

 

「説明は以上だ。ではカルネ村へ向かおうか」

 

「「ハッ!!」」

 

ミキとライルが同時に返答すると、部屋の扉を開けて、黄金の輝き亭の階段を降りていった。

 

降りる途中で、左下カウンターにいるマスターと目があったルカは、人差し指と中指をきれいに揃え、マスターに指を振った。

 

それに対しマスターは、ルカを睨みつけながら親指を上に立てた。...昨日の話を聞いて、何か思う所があったのかもしれない。ルカにはそれが、(生きて帰って来いよ)というサインに受け取れた。

死ぬのは怖くないが、「大丈夫だよ」という意味を込めて、ルカはマスターに小さな投げキッスを送った。  

 

それを見たマスターはあたふたし、厨房の奥へ走り去っていった。それを見てルカは少し嬉しくなった。(あたしの事、女として見てくれてたんだ)と。

 

微笑ましい場面を見ながら、黄金の輝き亭出口まで降りてきた。

 

 

入り口の目の前には、ルカ達が乗ってきた漆黒の馬車がすでに配置されていた。そこに繋がれているダークブラウンとブラックの馬二頭を見たルカは、走り寄っていった。

 

「テキス!メキシウム!二人共ちゃんと面倒見てもらった?」

 

ルカが笑顔で顔を近づけると、二頭ともルカに撫でてもらおうと頬ずりしてきた。ダークブラウンの馬がテキス、ブラックがメキシウムだ。ルカの遥か5倍はあるであろう巨大な重馬種である。ルカは馬達の顎を撫でながら、そのコンディションをアナライズしていた。

 

(よし、病気もなし、怪我もなし。行けるね)

 

「お腹空いてない?水は?」

 

「ビヒヒィン!!」

 

首を振り、前足をダンダンと踏み鳴らしている。今は大丈夫という意味だろうとルカは捉えた。

 

それを確認すると、ルカはテキスとメキシウム二頭の顔を両手に寄せて、呪文を唱えた。

 

治癒風の召喚(コールオブヒーリングウィンド)

 

馬達の体が青白く光り、喜んだ馬たちは更にルカに頬ずりしてくる。そこへ、一部始終を見ていた者がルカ達に声をかけてきた。

 

「さすがですねルカさん、人だけでなく

動物も癒せるとは」

 

「...イグニス?! どうしてここへ?」

 

馬たちを撫でながらルカが驚いていると、馬車の影からもう一人の男が現れた。

 

「組合長直々の依頼ですよ!あなた達を警護しろってね」

 

「君は...ユーゴか。 どうして二人一緒に?」

 

「いやなに、俺達二人共カルネ村出身なもんでね?多分選ばれたのはその辺が理由でさぁ」

 

「ルカさん、カルネ村までは私達が護衛しますので、よろしくお願いします」

 

「え?ああ、うん...わかった。それで、プルトンからの依頼書は?」

 

「はい、こちらに」

 

ルカはイグニスから羊皮紙のスクロールを受け取った。その場でスクロールを広げて、内容を確認する。

 

"エ・ランテル及びカルネ村周辺で、謎の盗賊集団からの被害報告あり。よってその調査に当たり、冒険者5名を派遣するものとする"

 

「何だこのこじつけがましい依頼は」

 

「全くでございますね」

 

「プルトン...だめだあいつ」

 

「ええええええ?!!」

 

黒い影達からの全否定を食らって、イグニスが雄叫びを上げる。ルカは依頼書のスクロールを巻いて閉じると、イグニスに放り投げた。

 

「まあそんなわけだ。道中の護衛役、しっかり頼むぞ二人共」

 

「お任せください!」

 

「勝手知ったる道のりですからね。安全なルートを取りましょう」

 

「わかった。今日は私が御者の番だな、ミキ、ライル!二人共馬車に乗ってくれ。イグニス、ユーゴ、少々急ぐんでな。二人は私の隣に座って左右を警戒。いい?」

 

「わ、分かりました!」

 

「了解ですルカさん!」

 

カッパープレートの二人は緊張した面持ちで、ルカの左右から御者台に乗り込んだ。手綱を持つルカの左にイグニス、右にユーゴという配置だ。

 

「よし、では出発する。テキス、メキシウム、お願いね」

 

「ヒヒィン!」

 

ルカに答えるように、二頭の馬はいななきを上げてブンブンと首を縦に振った。

 

「ハッ!」

 

(ピシッ)と手綱を軽く叩くと、グン!というパワフルな加速と共に馬車が走り出した。

 

「北門へ出るには、2つ目の大路を右へ曲がって直進してください」

 

「了解した、ユーゴ」

 

言われた大通りに差し掛かると、ルカは全く力を入れずに(スッ)と手綱を右へ動かした。二頭の馬がそれに反応し、勢いを緩めないまま急転進する。

イグニスとユーゴは危うく振り落とされそうになったが、御者台の左右にある支柱を掴んで踏み止まった。

 

大型の馬車が疾走するけたたましい音を聞いた通行人達が、慌てて道を開けていく。すると大通りの先に、城塞都市エ・ランテル北正門が見えてきた。

 

街中ではあり得ない速度で進んでいるせいか、見る見る内に門が迫ってくる。そのまま馬車は一気に門をくぐり抜け、北西カルネ村方面の街道へと飛び出した。

 

「さて、もう少しスピード上げるぞ。二人共しっかり掴まってろよ」

 

そういうとルカは、少し強めに(ピシッ!)と手綱を叩いた。(ガクン)と馬車全体が揺れ、一気に急加速していく。イグニスとユーゴは予想外のGを受けて、御者台の背もたれに押し付けられた。

 

「はっ速い!」

 

「る、ルカさんもう少しスピード落としちゃあ...」

 

「ん?いつもこれくらいで走ってるから大丈夫。それよりほら、二人共左右の警戒!あたし達の護衛なんだから、しっかりやるのよ?」

 

「りょ、了解!」

 

返事を返しながら、イグニスはルカの横顔を見た。相変わらずフードを目深に被っているが、その下で風になびく黒髪と、明るい日差しを受けて白く輝くその顔は、何故か嬉しそうに微笑を讃えている。

 

任務中だというのに、また雑念が脳裏を過る自分を恥じたが、もうこの気持ちは止められない。(何て綺麗な人なんだ)と、イグニスは素直にそう思った。昨日には無かった感情が芽生えている自分に少なからず動揺したが、今この人(ルカ)の隣に座れている事が嬉しく、また誇らしくもあった。

 

イグニスは気を取り直し、体を左に向けて周囲を眺めた。ふと後ろを見ると、エ・ランテルの街がどんどん遠ざかっていく。

 

(思えば街を出るなんて何年ぶりだろう)と考え、しかも任務とは言えこれから故郷に帰るという現実に、イグニスは強い郷愁感を味わっていた。

 

この人と、一緒に。

 

 

 

 




■魔法解説

危機感知(デンジャーセンス)

あらゆる種類のトラップを50ユニットの範囲内で感知できる魔法。トラップ効果範囲は視覚的に黄色く光る事で術者はその範囲を知る事が出来る


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第6話 遭遇

ルカ達を乗せた漆黒の馬車は強い日差しの中、街道を凄まじいスピードで駆け抜けていく。エ・ランテルを離れてから、2時間近くが経過しようとしていた。

 

やがて街道の左側沿いに川が見えてきた。左右で警戒に当たっていたイグニスとユーゴはそれを確認すると、ルカを挟んでアイコンタクトし頷きあったが、二人の目にはそれとは別に驚きの表情が浮かんでいた。

 

(もうこんな所まで...何て力強い馬達なんだ。一向に速度が落ちる気配がない)

 

(いやそれよりも、この先は危険地帯だ。ここは一旦小休止を取るべきだろう)

 

あれこれと考えている内に、左前方へ広い石畳が見えてきた。それを確認した二人は、馬車の騒音に負けないよう大声で、手綱を握るルカに声をかけた。

 

「ルカさん!!あの先に見える石畳で休憩しましょう! 馬達も休ませてあげないと」

 

「それにこの先からちょいとヤバくなってくるんでさぁ!!ここらで一息入れましょうぜ!!」

 

そう言われたルカは、キョトンとしながら二人を交互に見やった。

 

「え、もう? まだ馬たちは平気だと思うけど...まあいいや分かった、あそこでいいのね?」

 

「はい、お願いします!」

 

ルカはそれを受けて、(クン)と手綱を引いた。

反応した二頭が一声いななきを上げて、徐々にスピードを落としていく。ルカが手綱を左にそっと動かすと、街道を逸れて緩い坂道を下り、馬車は川沿いにある石畳の上に降り立った。

 

馬車が止まり、イグニスとユーゴは御者台から飛び降りて川の向かいにある森を凝視した。次に馬車の背後に伸びた街道沿い、最後に街道を挟んだ東側の草原にも目を凝らす。

 

その二人のコンビネーションは、とてもカッパーとは思えないほど迷いが無く、機敏に周囲を警戒していた。ここら一帯の地理を知り尽くしている証拠だろう。

 

その様子を眺めていたルカは満足げに微笑むと、自分も御者台から飛び降りた。それと合わせるように馬車の扉が開き、中から音もなくミキとライルが地面に降り立つ。

 

三人は辺りを見回し危険が無いことを確認すると、それぞれに散っていった。ルカとミキは馬達の元へ、ライルは馬車の下に屈み、車軸の点検にかかった。

 

「二人共、今のうちにお水飲んでおこうね」

 

「ビヒィン!」

 

「ミキ、外してあげて」

 

「畏まりました」

 

(ガチン!)という音が鳴り、ルカとミキは左右の金具を回してロックを解除した。そして馬車と馬の連結器を持ち上げて地面に下ろし、口元の手綱を解いていく。

 

拘束が解かれた馬たちは嬉しそうに、ルカとミキに頬ずりしていた。

 

「よしよしテキス...ってこらあ!どこに鼻擦り付けてんのあんたは!」

 

「疲れた?メキシウム。いい子ね、少し休みましょうね」

 

近づくのも恐ろしいほどの巨大な重馬種が、漆黒のマントに身を包む美女二人の前でおとなしく甘えている光景を見て、イグニスとユーゴは思わず見惚れてしまっていた。何かの絵画を見ているようだった。

 

ルカとミキはそのまま馬二頭を引き連れ、水辺の手前までやってきた。しかしそこで、ルカは右手を上げて(待て)と合図した。ミキがそれを見て歩みを止める。

 

水が届かない位置まで馬を後ろに下げると、ルカは一人水際に移動した。その場にしゃがみ込み、グローブを着用したまま水面に右手を付け、目を閉じる。

 

位階上昇化(ブーステッドマジック)毒素の看破(ディテクトトキシン)

 

(ブゥン)という音を立てて水面が緑色に光る。やがて目を開け、水面に浸けた手でそのまま水をすくい上げ、口に含んだ。ブクブクと口の中をゆすぎ、水の味を確認したルカはそのままゴクリと飲み込むと、後ろを振り返った。

 

「いいよ、おいでテキス!」

 

それを聞いたテキスは(トットットッ)と早足で歩み寄り、頭をルカの胸元に飛び込ませた。頬をルカの顔に擦り付けて、嬉しそうに甘えてくる。

 

ミキもそれを確認すると、メキシウムを水際へと移動させて手綱を下げ、水を飲ませた。

 

「おーい二人共、警戒はもういいからこっち来て休みなよー!」

 

水辺から30メートル程離れた後方で前後の警戒に当たっていたイグニスとユーゴに、ルカは大きく手を降った。それに気づき二人が小走りで駆け寄ってくる。

 

「ルカさん、もう少し警戒してくれないと!そこの向かいにある森で、トロールを目撃したという情報もあるんですよ?」

 

「大丈夫、今は周りに誰もいないから」

 

水を飲んでいるテキスの首を撫でながら、ルカは笑顔で答えた。

 

「ルカさんもしかして...分かるんですか?」

 

「何が?」

 

「敵の気配ですよ」

 

「まあねー。お前もそのうち判別出来るようになるさ。それより給水は済ませた?水筒は?」

 

「え、ええ!ここに」

 

イグニスは腰にぶら下げた予備の水筒を慌てて取り出した。片方はエ・ランテルを出立する前、満タンに補給してある。

 

「ユーゴ!君も給水しておいて。ここの水きれいだから、手持ちの分も入れ替えていいよ」

 

「了解でーす、ルカさん!」

 

ユーゴは何処か気の抜けた返事を返した。ふと心配になってイグニスはユーゴの様子を見た。目が子供のようにキラキラと輝いている。今にも鼻歌を歌い出しそうなほど、明らかに余裕の表情だった。

 

「こいっつ....」

 

任務中だというのに、という苛立ちが沸き立ったが、よく考えると自分も同じ心境だという事に気付き、ため息をついて思い直した。

 

(それもそうか。何せカッパーのしがない二人組が、英雄級のアダマンタイトプレート3人を護衛するなんて、こんな普通なら絶対に考えられない任務。気も抜けて当然か...)

 

守るというより、むしろ護られてると言った方が正しいとイグニスは自覚した。それでも尚アダマンタイトプレートの冒険者達と肩を並べているという現状を思い起こし、イグニスの胸に例えようもない使命感が燃え上がった。

 

(いつか俺も...いや俺たちも、この人達のようになって見せる。必ず辿り着いて見せる)

 

…そう遠くない未来、イグニスのこの熱き思いが成就する事になるという確定された事象を、その時彼らは知る由もなかった。

 

 

「...こら。何そんなに固くなってるの?軽く殺気放ってるよ」

 

(ポン)と頭に手を置かれ、ヘッドギアをしたイグニスの髪を優しく撫でてくる。水辺に屈んでいたイグニスはハッと我に帰り、慌てて右上方を見上げた。ルカだった。

 

「だめだよ、この子達が怯えちゃうでしょ? そういうのに敏感なんだから。もっとリラックスして」

 

(この子達?)と思って目線をそのまま下に動かすと、イグニスのすぐ右隣でガブガブと水を飲む巨大な馬の頭部があった。その馬と目が合う。水を飲みながら、テキスはギロリとイグニスを睨んだ。

 

「うっ....」

 

イグニスは、もはやモンスターとも呼べる程巨大な馬に気圧され、たじろいでしまった。

 

「大丈夫だって、この子達優しいから。こんな近くに知らない人がいて大人しいの、珍しいんだよ?」

 

「そ、そうなんですか...」

 

イグニスはそう言われて、いそいそと水筒に水を汲んだ。隣からジトっとした目線を感じながら。

ふと向こうを見ると、ユーゴは巨大な黒馬が水を飲む隣で悠々と水を汲んでいる。

 

ミキが馬のそばに付き、首を撫でてなだめているからかも知れないが、それにしても悠長な奴だとイグニスは憤った。

 

水筒の水を入れ替え終わり、イグニスが立ち上がって腰のレザーベルトに結んでいると、右にいた馬もいななきを上げて(ブルン)と首を立ち上げた。

 

(で...デカい...でかすぎる...。何なんだこの馬は)

 

身長が185センチ程あるイグニスだったが、彼はその馬を遥か上に見上げるほどだった。ルカが手綱を握っていなければ、とてもこの場に居られないと思う程の大きさだ。

 

ダークブラウンの馬は、ルカのすぐ隣に立つイグニスとルカの目線にまで顔を下ろし、行ったり来たり、交互に首を振り始めた。

 

「あー、(こいつ誰?)って言ってるよイグニス」

 

「え?! えーと...」

 

「ほら、恐がらなくていいから」

 

「ええ?! い、いやしかし、この馬はルカさん達以外には懐かないんじゃあ...」

 

「昨日はそう言ったけど、この子達はすごい人見知りなだけなんだよ。一度顔を覚えれば忘れないから」

 

そう言うとルカは、首を振っていたテキスの顔を受け止めて、顔を撫でながら話しかけた。

 

「テキス? この人はイグニスって言うんだよ〜」

 

ルカの胸に顔を埋めながら、テキスは耳をピンと立てている。

 

「ここが気持ちいいから、優しく撫でてあげて」

 

「わ、分かりました...」

 

ルカに言われた顔の横に恐る恐る手を伸ばしたイグニスだったが、そっと手を触れた瞬間、(ブルン)と頭を上に跳ね上げて、腕を弾き飛ばされてしまった。

 

「うっわ!!」

 

イグニスは勢い余って後ろに仰け反った。

 

「こーらテキス!そんなにしちゃだめでしょ? イグニス、もう一回こっちに来て」

 

ルカは馬の頭を撫でながら、後ずさるイグニスに言った。手を弾き飛ばされた力は凄まじかった。それを踏まえ、恐る恐るイグニスはルカの隣まで戻ってきた。

 

 

「はい」

 

 

ルカはポンと、イグニスに手綱を手渡した。

 

その瞬間、驚くべき事が起きた。手綱を握った途端、巨大な馬が首を振るのを止め、イグニスに顔を向けてじっと動かなくなった。瞬きをしながら、馬はイグニスの様子を静かに伺っている。

 

「...ね?恐くないでしょ?」

 

ルカは手を後ろに回して、イグニスの顔を覗き込んだ。心なしか、馬が自分を見る目も先程と違い、和らいでいるように見える。

 

「ええと、ルカさん?」

 

「もう一度、撫でてあげて」

 

そう言うとルカは、イグニスの右手を握った。

手を重ねて、馬の顔にゆっくりと手を近づけていく。ルカの手に合わせるように、そっと馬の顔を撫でた。今度は暴れる事なく、じっと動かずに撫でられている。

 

イグニスの手を動かしながら、ルカは重ねていた手をゆっくりと離した。左手で手綱を握っているイグニスは、右手でそのまま馬の頬を撫で続けている。

 

馬は目を伏せ、気持ち良さそうにしていた。そして巨大な馬はイグニスに向かって一歩踏み寄ると、イグニスの懐に頭を摺り寄せてきた。

 

それを見て、イグニスの中に芽生えていた危機意識はどこかへ吹き飛んでしまった。顎の下を撫でても、耳の裏を掻いてあげても決して暴れることはない。

 

何かがイグニスの中で弾けた。たまらなく愛おしかった。無意識に、イグニスの目は潤んでいた。隣でそれを見ていたルカが、言葉を継いだ。

 

「イグニス。その子の名前を呼んで、抱きしめてあげて」

 

「...テキス。テキス」

 

胸に押し付けられたテキスの顎に手を回し、言われるがままイグニスはテキスの顔を優しく抱き締めた。

 

「ブルルルル....」

 

テキスはイグニスの匂いを嗅ぎながら、リラックスした様子でじっと動かなかった。イグニスは抱きしめながら、テキスの頬を愛おしそうに撫で続けている。

 

心が通じたあった瞬間であった。その様子を、ミキは微笑を讃えながら見ていた。ユーゴもポカンとしながら、イグニスと巨大な馬がじゃれ合う様子を眺めている。

 

 

「...ではユーゴさん、次はあなたの番ですね」

 

「って、ええ?!俺もっすか?」

 

「そうです。このメキシウムにも挨拶してやってください」

 

ミキは笑顔で、ユーゴに手綱を手渡した。

 

「え、えーとその、俺ユーゴってんだ。よろしくな」

 

「ブルルル」

 

メキシウムはユーゴの懐に一歩踏み込むと、じっと目を見つめながらユーゴの匂いを嗅いでいた。

 

「おっ、何だお前、デカい図体の割にゃ話が通じそうじゃねえか。へへ、よろしくなメキシウム」

 

ユーゴは馬の目を覗き込むと、イグニスの時と違い躊躇なくメキシウムの顔に手を乗せて、頬を撫で下ろした。その途端メキシウムは、ユーゴの胸元に飛び込んで頬ずりし、警戒することも無く甘えてきた。

 

「ほお...」

 

後ろで感嘆の声を上げたのは、いつの間にか馬車の作業を終えて水辺のそばに立っていた、ライルだった。

 

「フフ...」

 

ミキは察したかのように苦笑し、ライルに目を向けた。続いてルカにも笑顔を向けながら、アイコンタクトを取る。ルカは両手を横に上げて首を傾げ、それに答えた。

 

休憩を取ってから、かれこれ一時間が経とうとしていた。ルカは左腕に巻かれた、金属製のバンドに目を向ける。時間は間もなく正午を指そうとしていた。

 

「よし、休憩終わり! イグニス、ユーゴ、テキスとメキシウムを馬車に繋いでくれ。ミキ、手伝ってあげて。ライルは周辺の警戒、よろしく!」

 

「了解しました」

 

「イグニスさん、ユーゴさん、お二人ともテキスとメキシウムを連れてこちらへ。連結具の使い方を教えて差し上げます」

 

「はい!...行こうか、テキス」

 

「了解でーすミキさん!」

 

 

(全く馴れ馴れしい...)とイグニスは呆れたが、横を見るとユーゴの軽く5倍はありそうな馬の手綱を握り、ニコニコしながら平気で引き連れている。それを見てイグニスは後ろを振り返った。

 

「ブルルル?」

 

テキスはイグニスの目を覗き返してきた。

 

「...いや、何でもないよ」

 

そう言ってイグニスはテキスの大きな顔を撫で、そっと手綱を引いた。もはや恐怖心など一切無いどころか、心強くすらあった。心が通い合うというのはこういう事なのかと。

 

 

ミキがイグニスとユーゴに馬車の指導をしている間、ルカとライルは馬車から離れた位置で羊皮紙のスクロールを広げ、ロケーションを確認していた。

 

 

「ルカ様、この位置からですと...」

 

「そうだね、3分の1といったところね」

 

「ここからならば、気付かれずに行けるかと察しますが」

 

「うん。丘の手前に照準を合わせれば...」

 

「死角に出ることになります」

 

「決まりだね」

 

「了解いたしました」

 

 

スクロールを閉じ、ルカとライルは馬車へ歩み寄った。

 

「イグニス、ユーゴ!準備出来た?」

 

「はい、ルカさん!」

 

「ミキさんに仕込んでもらったおかげで、バッチリでさぁ!!」

 

その返事を聞いて、ルカは馬車の先頭にいるミキに目を向けた。ミキは小さく頷いてルカに答える。

 

「OK、ミキ、ライル、馬車に乗れ。イグニスとユーゴは先程と同じく、御者台で左右の警戒だ」

 

「了解です」

 

「了解しましたー!」

 

「ただその前に、一つ約束しろ。イグニス、ユーゴ」

 

「何でしょう?」

 

そう聞いてルカを見た時、二人は察した。いや、察しざるを得なかった。ルカの体から、冒険者ギルドで見た時のようなドぎついオーラが立ち上っていた。二人は目を見開きながら気圧され、ゴクリと固唾を飲んだ。

 

 

「...これからお前たちが見たことのないであろう魔法を使用する。忘れろとは言わない。だが決して、他人に口外するな。これが守れないようなら、今すぐにお前たちの記憶を消去して、私達はこの場を去る。イグニス、ユーゴ....。どうする?」

 

 

ルカの殺気をビリビリと全身に受けていた二人だったが、お互いに顔を見合わせた。

 

(俺は行く...この人たちと一緒に!)

 

(やっべえ...やっぱ本物だぜこの人は! ゾクゾクするぜ、俺も行くに決まってんだろ!)

 

 

意を決したイグニスは、正面のルカに向かって叫んだ。

 

「...約束します! 我ら二人、この場で見た全ての事を秘密にすると!」

 

「ルカさん! 何を言われようが、俺ぁとことん付き合いますぜ!!」

 

その答えを聞いて、ルカは無言で馬車に近寄り、御者台に飛び乗った。

 

 

「よし。...ほら、早く乗って」

 

先程の殺気が、いつの間にか消え失せていた。

イグニスとユーゴは慌てて馬車の左右に回り、先程と同じポジションでルカの隣に座った。

 

 

「テキス、メキシウム。いい?」

 

それを聞いて、二頭の馬は前足を蹴り上げた。

 

「...転移門(ゲート)

 

ルカがそう唱えると、馬車の前方に巨大な空間が口を開けた。真っ暗闇...いや、真空とも呼ぶべきか。

覚悟を決めていたイグニスとユーゴは、目の前に空いている暗闇のトンネルを見て目をつぶり、大きく深呼吸する。

 

ルカは手綱を縦に振った。二頭の馬はゆっくりと、慎重に、その時空の穴へと進んでいく。

 

 

しかし予想に反し、それはあっという間に終わった。周囲が明るくなり、辺りを見渡したイグニスとユーゴが目を瞬かせる。

 

「こ、ここはまさか」

 

「...おいおい、マジかよ。ほんの一瞬だったぞ?」

 

 

闇の空間を抜けると、そこには見慣れた風景が広がっている。丘の中腹に差し掛かる手前、カルネ村まで約500メートル程の場所だった。

 

驚く二人をよそに、ルカはそっと手綱を縦に動かす。テキスとメキシウムがそれに合わせて、ゆっくりと前進し始めた。丘を登りきると、カルネ村らしき村営が見えた。

 

そこでルカは手綱を引き、馬車を止めた。同時に御者台の背後に設置された、馬車内に通ずる窓が開かれる。

 

「ルカ様」

 

「ああ、分かってる。まだ動くなよ」

 

「了解」

 

ミキはそう短く返事を返すと、再び窓を閉めた。

 

ルカはその先の風景に目を凝らす。

イグニスとユーゴもそれに合わせるように先を見つめた。

 

「イグニス、手綱を頼む」

 

「ええ?は、はい、分かりました」

 

左にいるイグニスへ手綱を手渡すと、ルカは前方へ飛び出した。

 

「テキス、ごめん背中借りるね」

 

御者台から飛び出したルカは、(トン)とテキスの背中を足場にして再度高く跳ね上がり、馬たちの前方へ降り立った。

 

「イグニス、ユーゴ!いいか、絶対に馬車から降りるな。俺が合図したら、抜刀して防御のみに徹しろ。いいな?」

 

「り、了解ですルカさん」

 

「...つか、何だありゃあ?」

 

目を凝らしていたユーゴが、異変に気づいた。

村の周りを、以前には無かった防壁が取り囲んでいる。その光景は村ではなく、まるで砦のようだった。

 

「ルカさん!!村の様子が変ですぜ、こいつぁ...」

 

「OK。ミキ、ライル!」

 

ルカは馬車内にいる二人に声をかけた。

(スッ)と馬車の扉が開き、二人の影が音もなく飛び出してきた。

 

「ミキは左翼、ライルは右翼だ!俺は前衛に回る。イグニスとユーゴの安全を最優先しろ、いいな!!」

 

「「了解」」

 

巨体に似合わず恐ろしく素早い動きで、ライルが馬車の右へ回り込んだ。馬の先頭にはルカ、左にはミキ、御者台のほぼ中央にイグニスとユーゴの二人という配置だ。

 

相手の出方を伺うために、ルカはテキスの手綱を取り、ゆっくりと馬車を前進させる。...動いた。こちらに気付いている。

 

(数は17….いや19か)

 

ルカは敵の配置を確認すると、二人に伝言(メッセージ)を飛ばした。

 

『ミキ、ライル』

 

『ルカ様』

 

『ご命令を』

 

『エネミー確認。門の奥に5、門の手前左右に7体ずつだ。尚この遠距離からこちらを感知している事から、偵察者(スカウト)がいると想定。しかし様子がおかしい。こちらが動いた途端、急に現在の配置に変わった』

 

『と言うことは、つまり...』

 

『そうだ、この動きは完全に組織されている』

 

『ルカ様、敵の大将がいると?』

 

『それはわからない。とりあえず、相手が襲ってきたら速攻で潰せ。攻撃してこない場合は俺が合図するまで待機。いいな?』

 

『ミキ了解』

 

『ライル了解』

 

『よし、メッセージの回線はこのまま開いておけ。これより接敵する』

 

 

交信を終えると、ルカは御者台で手綱を握るイグニスに向かい、(付いてこい)と手を招いた。それを見てイグニスはゴクリと固唾を飲み、恐る恐る手綱を縦に振ると、馬車がゆっくり前進し始める。

 

二頭の馬は、先頭に立つルカの歩調に合わせるように着いてきた。そのまま街道を下り、一同は更にカルネ村へ接近していく。

 

丘の下まで着くと、平坦な一本道に変わった。

正面約200メートル先には、もうカルネ村の入り口が見えている。ルカは歩みを止めずに目だけを動かし、村を取り囲む防壁を見渡した。頑丈な木枠で組まれ、村の端から端までを覆っている。

 

村の門に続く道の左右には、背の高い草むらが生い茂っていた。身を潜めるには絶好の状況だ。

 

『各員へ。状況、待ち伏せ(アンブッシュ)。どうやら敵さんは迎撃するつもりらしいが...』

 

『はい。しかしこの陣形ですと背後がガラ空きとなります。恐らくは撤退戦を強いる為の構えかと』

 

『甘いわね。ルカ様、お許しいただければ両翼から私とライルで先制し、殲滅して参りますが』

 

『...敵さんもやる気みたいだが、少し様子を見よう。どうも引っかかる』

 

『了解』

 

 

カルネ村の門まで約100メートル。すでに敵視感知(センスエネミー)の範囲内にいた。ルカ、ミキ、ライル3人の脳裏には、円形状のレーダーにも似たマップが表示されている。こちらが近づく程に、敵意を示す赤い点の明滅が早くなっていった。

 

この状況であれば、門の前で囲いこみ迎撃するなど愚策。本気で潰すつもりならば、その手前にある茂みの左右どちらかに戦力を一極集中させ、門に近づける前に真横から奇襲をかける。陣形がバラけた所をSK(集中攻撃)で各個撃破し、残りは数に任せて一気に押し潰す。

 

(自分ならそうする)と、ルカは敵の視点に立って考えていた。だが敵はそれをしてこない。そこが引っかかっていた。

 

そして門まで50メートル。敵視感知(センスエネミー)に映るレッドライトが、まるで心臓の鼓動のように激しく明滅していた。

 

ルカは左耳に手を被せると、一本の糸を手繰るように脳内で意識した。

 

伝言(メッセージ)。イグニス、聞こえるかイグニス?』

 

「は、はい?!」

 

ルカの背後で御者台に座るイグニスは、突然聞こえてきた声に驚いて飛び跳ねた。

 

『バカ!声に出すんじゃない、これは魔法だ。心の中で話せ』

 

『ルカさん?! な、何ですかこれは一体』

 

『後で説明するから。それよりいいか、今すぐ抜刀しろ。臨戦態勢を取るようユーゴにも伝えてくれ』

 

『やはり敵が?』

 

『そうだ。今俺達の周りを囲んでいる』

 

『わ、分かりました』

 

『いいか、絶対に馬車から降りるなよ。お前たちにはまだ早い。襲ってきたら防御にのみ集中しろ』

 

『ル、ルカさんあの...!』

 

 

ブツンと会話が切れた。

 

頭が混乱していたが、馬車のすぐ前には今話していたルカの姿がある。それを見て我に帰ったイグニスは、右隣に座るユーゴの脇腹を小突くと、腰に差したライトソードを抜刀した。

 

「...ユーゴ、バカ!お前も剣を構えろ!」

 

「え、ええ?何でだよ、だってもう村は目の前...」

 

「ルカさんからの指示だ!」

 

「はぁ?...ちょ、マジで?!」

 

 

それを聞いて、ユーゴも慌てて抜刀する。

 

 

ルカ達は村の前に着き、足を止めた。門は開け放たれている。漆黒の馬車もルカの手前で動きを止めた。

ルカは無表情で門の奥を見据えている。ユラリと門に向けて一歩を踏み出すと、周囲から(ザン!!)という音が響いた。

 

続いて門の内側から、ぞろぞろと小さな人影が姿を表す。

 

 

『こちらルカ、正面にゴブリン5体視認。弓兵(アーチャー)魔導士(メイジ)戦士(ウォリアー)2体、あと一体は恐らくゴブリンリーダーだ』

 

『こちらミキ、左翼にゴブリンウォリアー5体、ゴブリンクレリック1体、ゴブリンアーチャー1体確認』

 

『こちらライル、右翼にゴブリンライダー2体、ゴブリンウォリアー5体確認』

 

 

『ターゲット。第一目標、弓兵(アーチャー)。第二目標、神官(クレリック)。第三目標、ゴブリンライダー。正面のゴブリンリーダーは俺が潰す。ライルは右翼掃討後、左翼のミキをリカバーしつつ、イグニスとユーゴの生存確保。いいな?』

 

『了解』

 

『ミキ、ライルを回すからAoE(Area of Effect 範囲魔法)は控えろ。イグニス達も巻き込みかねない』

 

『了解しました、ルカ様』

 

『よし...合図と同時に全部殺す。各員待機』

 

 

周りを囲むゴブリン達は、抜刀し弓も構えていた。三人の影はそれに対し、だらんと手を下げ、戦闘態勢とは思えないほど力を抜くように相対し、俯いている。

 

ルカは全てを消す準備を整えつつ、相手の出方を待っていた。

 

 

これだけの数に囲まれ、武器も向けられているのに身動き一つ取らない黒い影を見て、周囲のゴブリン達がお互いに顔を見合わせ、コソコソとざわめき始めた。

 

それを見かねた一人のゴブリンが、門の中からルカ達に声をかける。

 

「そこの姉さん方!出来れば戦闘は避けたいんですよ。この村に入るのならば、その腰にぶら下げている武装を解除していただきたいんですがね!」

 

「...へぇ、しゃべれるんだ。面白いね、ゴブリンと話したのなんて、生まれて初めてだよ」

 

「いや、姉さん。あんた達からは途轍もなくヤバい雰囲気ってのをバリバリ感じるんでさぁ。あっしらの言うことを聞いてもらえないのなら、この村には入れやせんぜ」

 

 

「ふーん...。じゃあもし...嫌だと言ったら?」

 

 

(ドズン!!)という音と共に、ルカの体から巨大な黒いオーラが立ち上がる。その目は赤く燃え上がり、羅刹の如き殺意をゴブリン達に叩きつけた。

 

「バカが...人に武器を向けるなら死ぬ覚悟で来い」

 

「あ...あ...ぐ」

 

「...お前ら、ここの村人たちをどうした?」

 

「ま、待て、話を...」

 

「答えろ。答えないなら....」

 

ルカは一瞬の内に敵との間合いを詰め、ゴブリンリーダーの喉元に手を添えた。彼女に取っては、造作もないことだった。紙を引き千切るように、ゴブリンを細切れにする事など。

 

「ぐっ...!お、おいお前ら!!今すぐ(あね)さんを呼んでこい!」

 

「し、しかしリーダー...!」

 

「だめだ...もうこいつらに話は通じねえ!この場を治められるのは(あね)さんしかいねえ、早く行け!!」

 

「了解!」

 

 

それを受けて、ゴブリンメイジが村の奥に走り去って行った。ゴブリンリーダーの首を締めながら、ルカはメッセージを飛ばした。

 

『ミキー、ライル、状況報告』

 

『こちらミキ。左翼ゴブリン7体恐慌(フィアー)状態』

 

『こちらライル。同じく右翼ゴブリン7体恐慌(フィアー)状態。無力化されております』

 

『イグニスとユーゴは?』

 

『大丈夫です。二人共正気を保っております』

 

『よし..各員そのまま待機。向かってきたら殺せ』

 

『了解』

 

『了解しました』

 

 

報告を聞き終わると、ルカはゴブリンリーダーの首を離した。地面にへたり込み、咳き込んでいる。ルカはゴブリンの前にしゃがみ、フード越しに目を覗き込んだ。

 

「おい、(あね)さんとか言ってたな。そいつは誰だ?」

 

「あ、(あね)さんは俺達の主人だ!」

 

「...? 主人? ゴブリンなのに?」

 

「そうだ。お前ら人間には分からないだろう。だが(あね)さんは俺達の主人だ!!」

 

「...このクソゴブリン。相手の目を見て物を言えよ」

 

そう言うと、ルカはフードを下げてゴブリンリーダーを睨みつけた。血に染まったような赤い目、青白い肌に幾何学模様のタトゥーを見て、ゴブリンリーダーは呆気に取られていた。

 

「そ...そんな、あんたは、まさか....嘘だろう?」

 

「ほお、分かるのか?」

 

「い、いや。俺も詳しくは知らねえ。だが、ここに呼び出される前に、何故か記憶があるんだよ。その...あんたの出で立ちを」

 

「?! 呼び出されたって...お前たちは召喚されたのか?」

 

「そうだ。だから(あね)さんが俺達の主人なんだ」

 

「...なるほど。待て、分かった。お前たちにこれ以上危害を加えるつもりは無い。だから詳しい話を...」

 

 

その時だった。ゴブリンメイジと共に走り寄ってくる女性が、門の前に駆けつけた。

 

「ゴブリンさん達、どうしたの?!」

 

「あ、(あね)さん!!」

 

「すいやせん(あね)さん!この人たちがその、無理に押し通って来たもんで」

 

 

その女性が来た途端、カルネ村入り口の外でダウンしていたゴブリン達14体が、一斉に門の中へ集まっていく。ルカはその様子を注意深く観察していた。

 

(絶望のオーラを受けても尚、忠誠度は揺るがないのか。それにしても、この子が主人?)

 

ルカは下げたフードを深く被り直し、スッと立ち上がった。何をしたのかは知らないが、ゴブリン達はこの子を主人と慕っているようだった。

 

『ミキ、ライル、戦闘解除。イグニスとユーゴにも伝えてあげて』

 

『畏まりました、ルカ様』

 

『...つまらん』

 

『まあそう言うなライル。面白い情報が入りそうなんだ。そっちに期待しようぜ』

 

『はい、了解ですルカ様』

 

 

そう話し終わって頭を上げると、先程の(あねさん)と呼ばれる女性が村の正門に立っていた。その手前に構える馬車の上を見て、女性が叫んだ。

 

「え、イグニス? それにユーゴお兄ちゃん?!」

 

「ん? おおー、エンリか!久しぶりー!」

 

「エンリ! 大きくなったね」

 

「何言ってるのよ、お互い様でしょ!」

 

「いやー、いきなりゴブリンが出てくるわ、村は要塞みたいになってるわで、正直焦った焦った」

 

「あー...うんそれは色々と事情があって。とにかく二人共村へ入って! お連れの冒険者の方もどうぞお入りください。何もない村ですが、ごゆっくりしていってくださいね」

 

エンリの目を見たルカは理解した。この年端も行かない少女が無理を押して作っている事を。そしてこのカルネ村に悲痛な何かが起こったと言う事も。恐らく村を覆っている防壁は、それが理由なのだろうとルカは察した。

 

「ああ、ありがとう。冒険者ギルドの依頼で私達はここへ来たんだ。この村の村長に会いたいんだが、構わないかな?」

 

「ええ、もちろんです!ご案内して差し上げます」

 

(いい子...)

ルカは心の中でそうつぶやいた。

 

「君の名前は、エンリでいいのかな?」

 

「はい、エンリ・エモットといいます」

 

「そうかエンリ。私はルカ・ブレイズという。短い間だと思うが、よろしく頼む」

 

「はい、ルカさん!こちらこそよろしくお願いします」

 

エンリの感情が、ルカの中に流れ込んでくる。表裏一体、という言葉がエンリには相応しかった。その感情は悲痛に満ちていながら、それを糧に希望へと変えている。

 

ルカはこの脆くも強く、美しい思いを感じて、癒やされた。もっとエンリと話し、詳しい話が聞きたいと思った。

 

しかし、無事にカルネ村へ入れた今は、1つ1つ慎重に探って行こうとルカは思い直し、エンリの後をついていった。

 

 

 

 




■魔法解説

毒素の看破(ディテクトトキシン)

あらゆる毒素の含有を見破る魔法。物体や容器に入った水等であれば手に触れずとも感知できるが、川等の流動する液体等に関しては直接手に触れて魔法を唱えなければ感知出来ない


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第7話 強襲 1

エンリに案内され、ルカ達はカルネ村村長の家へと入っていった。部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、広いリビングの割には最低限の家具しかなく、質素に暮らしている事が伺い知れた。

 

 

「村長、お久しぶりです! お元気そうで何よりです」

 

 

「よう村長!相変わらずだな。ちょっくら帰ってきたぜ」

 

 

「ん? おお、イグニス!それにユーゴじゃないか。二人共よく帰ってきたな。村を飛び出して以来音沙汰がなかったから、心配しておったぞ」

 

 

「申し訳ありません。村の様子はいかがですか?」

 

 

 

「うむ、お前たちがいない間に色々とあったのだが...まあそんなことはいい、二人共よく帰ってきてくれた。仕事の方は順調なのか?」

 

 

 

「ええ。実は今日来たのは、冒険者ギルドの依頼で村を調査しに来たんです」

 

 

 

 

イグニスは懐から羊皮紙のスクロールを取り出し、村長に手渡した。

 

 

 

 

「そうか、どれどれ...。はて、盗賊? この村でそういった被害報告は受けていないが」

 

 

 

イグニスとユーゴの後ろで話を聞いていたルカは、(チッ)と舌打ちをして言葉を継いだ。

 

 

 

「ここら一帯のどこかに、盗賊のアジトがあると冒険者組合は目星をつけていましてね」

 

 

 

 

村長は見かけからして40代半ばといったところだろうか。部屋の奥で洗い物をする女性も、線は細いが髪の毛もパサパサで、外見の年齢よりも一層老けて見えた。

 

 

 

 

「おお、そうでしたか。ところでイグニス、ユーゴ、こちらの方々は?」

 

 

 

「ええ、ご紹介します。こちらは同じ冒険者──」

 

 

 

 

イグニスがそう言いかけた所で、ルカが手を上げて遮った。

 

 

 

 

「私はルカと申します。こちらがミキ、このデカいのはライルと言います。イグニスとユーゴには今回、私達の調査に同行して護衛を任せています。以後よろしく」

 

 

 

 

「なるほど、そうでしたか。何もない村ですが、どうぞごゆっくりしていってください」

 

 

 

 

 

イグニスが唖然として自分を見ているのを察して、ルカは村長に気づかれないよう口元に人差し指を当てた。その後ルカは、冒険者ギルドの依頼が書かれた羊皮紙を握る村長に向かって、最も気になる事を質問した。

 

 

 

「ところで村長、村の入り口にいたゴブリン達についてですが、あれは一体? てっきり村がゴブリンに占拠され、根城にされていたのかと思ってしまいましたが」

 

 

 

「ああ、彼らなら心配要りません。詳しくはそこのエンリに聞くとよろしいでしょう」

 

 

 

それを受けてエンリが言葉を継いだ。

 

 

 

 

「ええ、実は2ヶ月ほど前、この村が騎士団の襲撃を受けまして。その時助けに来てくれた魔法詠唱者(マジックキャスター)の方が私にくれたものを使用して、呼び出したんです」

 

 

 

(? だからゴブリン共はこの子に付き従っていた...と言う事は、召喚系のアイテムを受け取ったと言うことか)

 

 

 

 

しかし襲撃という言葉を聞いたイグニスとユーゴの顔が一気に青ざめた。エ・ランテルで仕事をこなしていた間に、そのような情報が一切入って来なかった為だ。

 

 

 

「ルカさん!申し訳ありませんがこの場はお任せしてもよろしいでしょうか?!」

 

 

「ちっくしょう、済まねえルカさん!俺も実家がどうなっているか見てくるんで!」

 

 

「待てイグニス、ユーゴ!!お前たちの家は無事...」

 

 

 

 

そう言いかけた村長の言葉もそっちのけで、二人は扉を開け外に飛び出していった。だがルカはそれには気にも止めず、エンリに再度質問した。

 

 

 

 

「良ければ、そのもらった物とやらを見せてはもらえないだろうか?」

 

 

 

 

「ええ、もちろん。1つはさっきのゴブリンさん達を呼び出す為に使いましたが、あともう1ついただきましたので」

 

 

 

 

そう言うとエンリは、首に下げていた紐をルカ達に差し出した。紐の先端を見ると、親指サイズの小さな角笛が括り付けられている。

 

 

 

 

「エンリ、と呼んでいいかい?差し支えなければ、このアイテムを鑑定しても構わないだろうか?」

 

 

 

「ええ、もちろんです。ひょっとしてあなた方も魔法詠唱者(マジックキャスター)なんですか?」

 

 

 

「いや、そういう訳ではないのだが。少々興味が湧いてね」

 

 

 

 

ルカはそう誤魔化すと、左手に乗せられた角笛に右手をかざし、呪文を唱え始めた。

 

 

 

道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

 

手の平に乗った角笛が青く光り始め、ルカの脳裏にアイテムの効能が流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

アイテム名: ゴブリン将軍の角笛

 

 

効果: サモンゴブリントループの魔法が封じ込められた角笛。これにより召喚されたゴブリン軍団は、使用者の命令に絶対服従する。更に、ある特定条件下で使用すると..

 

 

 

アイテムの詳細はここで終わっていた。

ルカはゆっくりと目を開け、手に握ったものを黙ってエンリに返したが、その表情は確信に満ちた、ある種覚悟とも取れる目に変わっていた。

 

 

 

(恐らくは何の変哲もないアクセサリーに、データクリスタルを組み込んだのか。これが出来るとすれば...)

 

 

 

握りしめた拳を口元に当ててあれこれと考え込むルカに、エンリが心配そうに声をかけた。

 

 

 

「あ、あの、何か問題がありましたか?」

 

 

 

「ああ、いや何でもない。その角笛は大事に取っておくといい。きっと君たちの身を守ってくれる」

 

 

 

(ふぅー)と深いため息をついた後、ルカは単刀直入に、確信を突こうと質問した。

 

 

 

「村長、エンリ。良ければ村の危機を救ったという、その魔法詠唱者(マジックキャスター)の事について詳しく聞かせてはもらえないだろうか?」

 

 

 

「え、ええ。私の知っている範囲で良ければ」

 

 

 

「もちろん喜んで!私と妹のネムの命を救っていただいたお方です」

 

 

 

村長、エンリ、ルカがテーブルに席を付き、ルカの背後にミキ、ライルが左右に仁王立ちしている中、話しは進んでいった。

 

 

 

鎧に大きくバハルス帝国の紋章を付けた騎士たちが突如襲い、残虐極まりない行為で村人たちの命を奪って行った事。エンリが妹のネムを連れて森に逃げ込んだが、背中を切りつけられ、もう終わりだと諦めていたところに突如暗闇から魔法詠唱者(マジックキャスター)が現れ、命を救われた事。詳細かつ残忍な話を聞くうちに、ルカの内心は煮えたぎっていた。何故そこまでするのかと。しかしふとそこで過去を思い直し、ルカは自分自身に対し嘲笑していた。

 

 

 

「その後でした。何と申したら良いか..全身を鎧と盾で武装し、ボロ切れのマントで身を包んだ巨大な、しかも体中腐り果てているような死体のごとき者が現れ、襲ってきた騎士達をいとも容易く葬っていったのです。村人には一切手を出さずに」

 

 

 

「私達は村外れにあるトブの大森林近くへ向けて、妹を連れて走りに走ったのですが、やがて追いつかれて背中を切りつけられ...もうだめだと思ったとき、あの方が何処となく姿を現したんです」

 

 

 

ルカはそれを聞いて、二人の話すとりとめのない話を脳内で組み立てた。つまり村が襲われた後、エンリ達が逃げようとして追手がかかった後に、魔法詠唱者(マジックキャスター)転移門(ゲート)を使って現れたのだと解釈した。

 

 

 

「エンリ、その追手がかかっていた状態で、魔法詠唱者(マジックキャスター)が助けに来てくれたと言っていたね? その人影がどうやって追手を排除したのか、覚えているかい?」

 

 

 

「はい。まず何かを言った後、右手を握りつぶすような動作をすると、一人目の騎士が倒れてしまいました。その後に二人目の騎士に向かって指を指すと、バリバリ!!と雷が走って、その騎士は黒焦げになってしまいました」

 

 

 

 

心臓掌握(グラスプハート)だ。)とルカはその状況を脳内でシミュレートした。この第9位階魔法は、基本効果として即死を齎す。それ以上のレベルで即死に抵抗しても一定のダメージを与え、且つ朦朧状態を引き起こす魔法だ。そしてその後に放った電撃魔法は、直前に放った第9位階の魔法を考慮すれば、単純な第三位階のライトニングとは考えにくい。エンリの表現を汲み取れば、恐らく第五位階、ドラゴンライトニングを放ったのであろう。

 

 

 

(試したんだ.....)そう心の中で呟いた。

 

 

 

ルカは背後に立つ二人を見上げた。二人共ルカの目線に頷き、返事を返してきた。

 

 

 

「エンリ、背中を切りつけられたと言っていたね。その後は大丈夫だったのかい?」

 

 

 

「ええ、その魔法詠唱者(マジックキャスター)の方が真っ赤なポーションを下さって、それを飲んだら一瞬で治ってしまいました」

 

 

 

 

「赤いポーションか...その続きを聞かせてくれるかな」

 

 

 

 

「はい。その後魔法詠唱者(マジックキャスター)の方が何事かを唱えると、倒れていた騎士に黒い粘土のような物が覆いかぶさり、巨大な戦士へと変わってしまいました」

 

 

 

 

「その、顔は腐り果てた死体のようでしたが、突如村の外れから突進してきたかと思うと、我々を襲っていた騎士達を次々と薙ぎ払っていったのです」

 

 

 

 

(デスナイト...中位アンデッド作成か。と言うことは....)

 

 

 

 

ルカはもう一点気になる事を村長に聞いた。

 

 

 

 

「騎士たちはバハルス帝国の鎧を着ていたと言っていたが、彼らは本当にバハルス帝国の騎士達だったのでしょうか?」

 

 

 

「いえ、村の襲撃後に駆けつけた王国戦士長と彼のお話によれば、スレイン法国の偽装かもしれないと仰っておりましたが」

 

 

 

「スレイン法国...それに王国戦士長? ガゼフ・ストロノーフもここに来たのか?」

 

 

 

「はい。実は村が襲撃されてしばらくした後、再度謎の軍団が村を包囲してきまして。何でもその軍団の狙いはガゼフ戦士長との事で、その軍団の姿形を見て、お二人がそう話していました。その後ガゼフ戦士長率いる部隊が囮として村を出ていった後に、我々を助けてくれた魔法詠唱者(マジックキャスター)の指示で生き残った村人達全員をこの家に匿ったのです」

 

 

 

「なるほど...」

 

 

 

(二度の襲撃、そして仮にスレイン法国だったとして、その狙いはガゼフ戦士長の命。そして魔法詠唱者の能力...)

 

 

 

しかしここでいくら考えを巡らせても、時間を浪費するだけだ。貴重な情報を得ることが出来たが、先程飛び出していったイグニスとユーゴの行方も気になる。最後にルカは尋ねた。

 

 

 

「村長、エンリ。その魔法詠唱者(マジックキャスター)は一人で来たのか? もし複数なら、その名前を覚えているかい?」

 

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン様です! そしてもう一人の全身黒甲冑に包まれた女性の方は、アルベドと呼ばれておりました」

 

 

 

(.... アインズ? アルベド? 聞いたことが無い名だ)

 

 

 

そう思いながらも、ルカはエンリに案内を乞うた。

 

 

 

「分かった。村長、エンリ、ありがとう。それで済まないが、イグニスとユーゴの向かった先に心当たりがあれば、教えてもらえないだろうか?」

 

 

 

 

左手首ににはめたバンドに目をやる。午後一時過ぎだ。まだ十分活動できるだろうと踏んで、案内してくれるエンリのあとをついていった。村長の家から5分も歩かないうちに、エンリは一つの家屋の前で足を止めた。

 

 

 

「ここがイグニスの実家です」

 

 

 

 

村長の家ほどではないにしろ、敷地の広い木造の平屋だった。ルカ達はその家の扉をノックし、返答を待たずに扉を開けた。中に入ると、イグニスとその母親らしき女性が抱き合っている光景が目に飛び込んだ。

 

 

 

「あんた!!ここ数年も連絡よこさないで...大変だったんだよ!」

 

 

 

「ごめんな母ちゃん、俺も冒険者ギルドの仕事で忙しくて...無事で良かった。親父は?」

 

 

 

「今は畑仕事に出ているよ。夕方には帰るはずさ」

 

 

 

 

どうやらイグニスの家は被害を免れたらしい。親子の会話を聞きながら、先程の村長とエンリの会話を照らし合わせて、ルカはあれこれと思考を巡らせていた。

 

その様子を見た後、一同はユーゴの実家へと足を運んだ。しばらく歩くと、周囲の建物から頭一つ抜け出た、頑丈そうな2階建ての家屋が見えてくる。

 

 

 

「あそこがユーゴお兄ちゃんの家です。この村で一番の宿屋なんですよ」

 

 

 

案内されるがままにその建物へ入ろうとしたが、何やら中が騒がしい。入り口をくぐると、テーブルが4つほど置かれた広いダイニングとバーカウンターが目に入った。

 

そのダイニング中央で、ユーゴとその両親らしき中年の男女が、ユーゴに向けて怒鳴り散らしている。

 

 

 

 

「村がこんな大変だって時に、あんたはどうして帰って来ないんだい! 冒険者のくせに、どうせ毎日酒ばかり飲んでたんだろう?」

 

 

 

「い、いやお袋!村が襲われたなんて情報がまるで入って来なかったんだ、悪かったよ。勘弁してくれよ」

 

 

 

「大体お前、仕事の方はうまく行ってるのか?冒険者稼業なんて危ない仕事はとっとと辞めて、いい加減この宿屋を継いだらどうなんだ!」

 

 

 

「お、親父そりゃねえよ。俺とイグニスの夢は知ってるだろう? そのうち出世して王国戦士団に入ったら、親父とお袋にも楽させてやれると思ってよぉ...」

 

 

 

「とてもそうは思えないけどね。それに何だいその薄汚れた格好は!その革鎧も下着も全部脱いで、とっとと風呂に入ってきな!」

 

 

 

 

何とも威勢のいい両親に説教されているユーゴを見て、ルカは苦笑しながら3人に歩み寄った。それに気づいたユーゴの両親が途端に手の平を返すように声をかけてくる。

 

 

 

「お客様いらっしゃいませ!本日はお泊りで?」

 

 

 

「ウチはカルネ村でも最高の宿屋!部屋も一流、お食事も精一杯のおもてなしをさせていただきますので、是非ウチでお泊りを!」

 

 

 

ユーゴが後ろを振り返ると、黒い影3人とエンリがクスクスと笑いながら立っていた。

 

 

 

 

「ちょ、ルカさん!来ていたなら声かけてくださいよもう...」

 

 

 

「何だいユーゴ、お前の知り合いかい?」

 

 

 

「ああそうだよ。こちらの方は同じ冒険者のルカさんにミキさん、ライルさんだ」

 

 

 

ユーゴに紹介され、ルカが言葉を継いだ。

 

 

 

「初めまして。私達も同じ冒険者です。このユーゴとイグニスには、今回の任務に当たり私達の護衛を任せています。以後よろしく」

 

 

 

「まあまあ、そうでしたか。ほら見てみなユーゴ!本物の冒険者ってのは、こういう威厳のある格好をした人達の事を言うんだよ!」

 

 

 

ユーゴはそれを聞いて、恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

 

 

 

「彼の実家とあれば断る理由もありません。お言葉に甘えて、今晩はこちらに泊まらせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

「ええ、もちろんですとも。ほらユーゴ!あんたも手伝うんだよ。とりあえずは井戸から水をたっぷり汲んできな!あとカウンターの掃除もだよ!」

 

 

 

「わ、分かったよお袋...じゃあルカさん、準備が出来るまで待ってもらってもいいですか?」

 

 

 

 

「ああ。じゃあ私達はその間村を一回りしてくるから、ゆっくり準備しててくれ」

 

 

 

「了解ですルカさん!」

 

 

 

 

ユーゴの実家である宿屋を後にし、エンリに案内されて村を散策した。村内には小さな畑が散在しているが、村の東寄りにはもっと広大な畑があり、更にトブの大森林から薬草を採取して、村全体の収益源としていることを、エンリは説明してくれた。

 

 

 

「ところでエンリ、村全体を囲んでいるこの防壁についてだが...やはり襲撃に備えて構築したのか?」

 

 

 

「はい。先程お見せした角笛を使ってゴブリンさん達を呼び出した後、彼らに村が襲撃されたことを説明しました。すると彼らはまず防壁を建てるべきだと教えてくれたんです。幸いにもこのカルネ村はトブの大森林に隣接していますので、ゴブリンさん達がそこから木を切り出して木材を調達し、村人達に指示を出して全員総出で防壁の建設に当たりました」

 

 

 

「そうか、そういう事だったのか。...エンリ、良ければその襲撃時、君に何が起きたのかを詳しく知りたいのだが」

 

 

 

「...ええ。それでしたら私の家でお話しましょう。少し長くなりますし」

 

 

 

そう促され、エンリは村の脇道に入っていった。

先程見たイグニスの実家と似通った家の前で足を止めた。扉を開けると、中から小さな女の子が出迎えてきた。

 

 

 

「お姉ちゃん、お帰り!」

 

 

 

「ただいまネム、薬草の摩り下ろしは終わった?」

 

 

 

「うん!ゴリゴリに磨り潰しておいたから大丈夫!」

 

 

 

室内に入ると、まるでシソとナナカマドに朝鮮人参をぶち込み、ごちゃまぜにしたような漢方らしき匂いが充満していた。一瞬息が詰まったが、ルカはゆっくりと深呼吸し、鼻孔に馴染ませていく。後ろではミキが、口元を手で覆っていた。

 

 

 

「ごめんなさい、家では薬草を作っているもので、慣れない人にはこの香りはきついですよね」

 

 

 

「いや、大丈夫。私もその昔は薬草やハーブにお世話になっていたからな」

 

 

 

 

エンリはテーブル上に置かれた薬草を作るための石臼を持ち上げて脇にどかすと、ルカ達三人分の椅子を目の前に運んできた。

 

 

 

「どうぞ、おかけください」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「ネム、すりおろした薬草を瓶に詰めておいて」

 

 

 

「うん、わかった!」

 

 

 

そう言われるとネムは、石臼ですりつぶした薬草をヘラですくい上げ、手慣れた手付きでガラスの瓶に詰めていく。

 

 

 

 

「君達は薬草の精製で暮らしているのか?」

 

 

 

「ええ。トブの大森林もそばにありますし、あそこは貴重な薬草が沢山手に入りますので」

 

 

 

「そうか。ではエンリ、これを見てどう思う?」

 

 

 

 

ルカはエンリの死角にある膝下からアイテムストレージに手を突っ込み、その中から赤いポーションを取り出して、テーブルの上に置いた。

 

 

 

「そ、それはもしかして、アインズ様がくださったポーションと同じ...」

 

 

 

「やはりそうか」

 

 

 

エンリの顔は動揺を隠せずにいた。その様子を見ながら、ルカは目を細める。その赤いポーションを見ながら、エンリは何かを思い出すかのように語り始めた。

 

 

 

 

「...あの騎士たちがカルネ村を襲ったとき、私は成す術もありませんでした。私達二人を逃がすためにこの家の出口を飛び出した父が、騎士の一人を抑え込み、このネムを連れて私達二人は北西の森へと必死で走りました。しかし私の父も母も、あの騎士達に殺され...」

 

 

 

 

そう言うとエンリは固く目を閉じ、嗚咽を堪えるように口元を手で抑え、涙を流していた。

 

 

 

 

「その後は、さっき教えてもらった通りなんだね?」

 

 

 

ルカは席を立ち、テーブルを回り込んで向かいにいるエンリのそばまで行き、肩を寄せて抱きしめた。

 

 

 

 

「...つらかっただろう。思い起こさせるような事を聞いてしまい、悪かった」

 

 

 

「い、いいえルカさん。もう過ぎた事です。私達は前を向いて生きねば。それが父と母への恩返しでもあります」

 

 

 

 

(この子は一切、嘘をついていない。真正面から受け止め、ありのままの事実だけを述べている)

 

 

 

 

それと同時にルカは、スレイン法国に対する苛立ちが湧いた。やはり前回の調査で潰すべきだったか、という後悔が再燃していた。

 

 

 

 

「エンリ、話を聞かせてくれたお礼に、この赤いポーションを君にあげよう。効能は、君の言うアインズ様の物と同じだ。いざという時に備えて、大切に持っていてくれ」

 

 

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

 

そういうとエンリはテーブルの上に置かれたポーションを手に取り、大事そうに胸元へ引き寄せて握りしめた。

 

 

 

 

「それともう一つ聞きたいことがある。この村に、魔法詠唱者(マジックキャスター)は存在するかい?」

 

 

 

 

「え、ええ。つい最近移住してきたのですが、私の友人でもあるンフィーレア・バレアレと、彼の祖母であるリィジー・バレアレさんがこの村に住んでいます」

 

 

 

 

「ンフィーレア・バレアレ?! 冒険者ギルドの話では、彼は未だエ・ランテルに住んでいるとの事だったが...今この村にいるのか?」

 

 

 

 

 

「ええ。つい最近ですがカルネ村に移住してきまして。よろしければご案内してさしあげますが」

 

 

 

「分かった。済まないが是非頼みたい」

 

 

 

「もちろんです。あなた達のような立派な冒険者に会えるなら、きっと彼も喜ぶと思いますよ!」

 

 

 

 

 

家に残ったネムを後にし、エンリとルカ達一行は斜向かいにある家へと向かった。扉をノックすると、「はぁーい」という甲高い声が響く。

 

扉が開かれると、中から少年がひょこっと顔を出した。年齢は恐らく15か16才くらいだろうか。きれいな金髪の前髪が目にかかり視線を隠しているが、顔や体の線の細さから、幼さが見て伺えた。

 

 

 

 

「やあエンリ!よく来てくれたね」

 

 

 

「こんにちはンフィーレア」

 

 

 

「今日はどうしたんだい?薬草でも足りなく...」

 

 

 

ンフィーレアはエンリの背後に立つ、見るからに怪しげな黒づくめの3人を目にし、言葉に詰まってしまった。

 

 

 

「え、えーとエンリ、そちらの方は?」

 

 

 

「この村を調査しに来られた冒険者の方々よ。エ・ランテルでンフィーの噂を聞きつけて、話を伺いたいそうなの」

 

 

 

目を見ないでも分かるほど、少年はルカ達3人を警戒している様子だった。仕方なくルカはエンリの隣に立ち、首にぶら下げられたプレートを提示した。少年の顔に驚愕の表情が浮かびあがる。

 

 

 

 

「これはもしかして、アダマンタイトのプレートでは?!」

 

 

 

「自己紹介が遅れて申し訳ない。私はルカという冒険者だ。訳あってこのカルネ村を調査しに来た者だ。村長にも話を通してある。後ろの二人は私の仲間たちだ、安心してくれ」

 

 

 

「そ、そうだったんですか。とりあえず立ち話も何ですから、家の中へどうぞ。散らかっていますが...」

 

 

 

「ああ、構わない。ありがとう」

 

 

 

 

部屋の中へ入ると、先程のエンリの家以上に強烈な薬品臭が鼻をついた。中央に置かれたテーブルの上には液体の入った無数の試験管が並び、その隙間に羊皮紙等が散乱している。部屋の奥には、2、3メートルはあろうかという巨大な蒸留器が湯気を上げていた。

 

 

 

「す、すいません今すぐ片付けますので!」

 

 

 

ンフィーレアは慌てて試験管立てをテーブルの隅へと追いやり、その下に敷かれたスクロールを閉じていく。その後部屋の空気を入れ替えるべく、格子戸を開け放った。

 

 

 

「お待たせしました!どうぞそちらへおかけください」

 

 

 

窓から新鮮な空気が入り、幾分薬品臭が薄らいできた。ルカ達3人とエンリは、横に広く伸びるテーブルの長椅子に腰掛けた。エプロンをしたままのンフィーレアも、その向かいに腰掛ける。すると部屋の奥から、ホワイトブリムを被りメイド風の格好をした女性が紅茶を運んできた。二房の赤い三つ編みと浅黒い肌が特徴的な、美しい女性だ。

 

 

 

「ようこそお客様。どうぞごゆっくりしていってくださいっす」

 

 

 

ルカ達とンフィーレアの前に紅茶を置くと、再び蒸留器の向こうにある部屋へと下がっていった。一介の村人がメイド?とルカは思ったが、敵視感知(センスエネミー)にも反応はなく、特に問題ないと思い話を続けた。

 

 

 

「突然押しかけて済まない。エ・ランテルでも有名な薬師の君がこの村にいると聞いて、是非一度話したいと思ってね」

 

 

 

 

そう言うとルカはフードを下げ、顔を露わにした。それに合わせるようにミキとライルもフードを下げる。ルカは努めて笑顔を作った。相手を警戒させないように。

 

それを見て少し安心したのか、ンフィーレアは口を開いた。

 

 

 

「いいえ、とんでもありません!アダマンタイトの冒険者に会えるなんて、滅多にないことですから」

 

 

 

「そう言ってもらえると助かるよ。早速なんだが、君は希少なタレントを持っているそうだね?」

 

 

 

「......」

 

 

 

何故かンフィーレアは口を閉ざしてしまった。ルカの脳裏で、敵視感知(センスエネミー)が赤く光っている。恐らくだが、過去に彼の持つタレントを利用しようとした者がいたのであろう。ルカは言葉を継いだ。

 

 

 

 

「誤解しないでほしい。私達は君のタレントには一切興味がない。確認の意味を込めて聞いただけだ。それよりも一番聞きたいのは、君が2ヶ月ほど前冒険者ギルドに依頼した内容についてなんだ」

 

 

 

「...どのような事でしょうか?」

 

 

 

「トブの大森林での薬草採取を目的とした護衛の依頼を申請したね?」

 

 

 

「ええ。それが何か?」

 

 

 

「悪いが調べさせてもらった。その時君は、あるカッパープレートの冒険者を名指しで指名している。私達が知りたいのは、その冒険者...モモンの事なんだ」

 

 

 

「.....その事に関しては、別段お教え出来ることは何もありません。無事に薬草採取も終わりましたし」

 

 

 

前髪に隠れたンフィーレアの目が一瞬覗いた。頑なに心を閉ざしている事が伺えたが、それ以上にエンリの方をチラチラと見ながら、気にしている様子だった。

 

 

 

「エンリごめんね、ンフィーレア君と二人きりで話したい事があるんだ。済まないが外で待っていてもらえるかな」

 

 

 

「え、ええ。私は構いませんが」

 

 

 

「ありがとう。ミキ、ライル、その間エンリを護衛しろ」

 

 

 

「「了解」」

 

 

 

 

エンリが席を立つと同時に、黒づくめの二人はフードを目深に被り直し、その後を着いて扉を開け、外に出た。ンフィーレアが心配そうにエンリの後ろ姿を見送る。扉が閉じると、ルカは再度質問を切り出した。

 

 

 

 

「ンフィーレア。私達は決して君たちに危害を加えない。その証として、このアイテムを君に見せよう」

 

 

 

ルカはマントの下に手を入れる振りをしつつ、アイテムボックスから小さな何かを取り出し、テーブルを挟んでンフィーレアの前に置いた。それは、血で真紅に染まった牙のような、エナメル質の塊だった。

 

 

 

「これは一体?」

 

 

 

「口で言うより、鑑定したほうが早い。見てごらん」

 

 

 

「で、では失礼して...道具鑑定(アプレイザルマジックアイテム)付与魔法探知(ディテクトエンチャント)

 

 

 

見たこともないアイテムを目の前にして、ンフィーレアの知識欲は躊躇しなかった。手をかざした牙が鈍く光り、その効能が頭の中に流れ込んでくる。が、ンフィーレアは咄嗟に牙から手を離した。

 

 

 

 

「ル、ルカさん...とおっしゃいましたね。何故このような汚れた...いや、呪われたアイテムを!?」

 

 

 

「君に信じてもらうためだよ。このアイテムは、さっきも居た私の部下達以外に見せたことは一度もない。この世界では、君が恐らく初めて目にしたはずだよ」

 

 

 

「し、しかしこれは...こんな...。可能なのですか?このような事が?」

 

 

 

「ああ、可能だ。何より君自身、この世にあるすべてのマジックアイテムを使いこなせるという希少なタレントがあるなら尚更だ。君にも使用できるはずだよ」

 

 

 

そう言うとルカは手を伸ばし、ンフィーレアの手元に置いてある赤い牙を取り去り、懐に収めた。

 

 

 

 

「少しは価値を理解してもらえたかな?」

 

 

 

「か、価値、ですって? そんなものに価値があるとは、とても思えません!」

 

 

 

「ならもっと禍々しいアイテムを見せようか?君が見たこともなく、更に目を背けたくなるような物を」

 

 

 

「っ....!」

 

 

 

 

そう言われて頭の中では拒絶したが、ンフィーレアは知りたかった。だがそれ以上に、このアダマンタイトプレートを持つ女性が何者なのかを知りたかった。

 

 

 

 

「一体僕にどうしろというのですか!」

 

 

 

「別にどうもしないさ。聞きたいのはこれの事だ」

 

 

 

そういうとルカは、トンとテーブルの上に小瓶を置いた。中には血のように揺らめく液体が詰められた、真紅のポーションだった。

 

 

 

「それは...」

 

 

 

「やはりこれを見たことがあるのか。エンリが言っていた。この村を虐殺から救ったというアインズ・ウール・ゴウンという人物からもらったとな」

 

 

 

「....!」

 

 

 

「勘違いしないでほしいが、何も君を責めているつもりはない。私は真実を知りたいだけなんだ」

 

 

 

「....これ以上あなたにお話することはありません。どうぞお引き取りください」

 

 

 

「........そうか、分かった。そのポーションは置いていく。だがいずれまた会おう、ンフィーレア・バレアレ」

 

 

 

これ以上引き出すのは無理と判断したルカは静かに席を立ち、ンフィーレアの家を出た。外にはエンリを中心として、ミキとライルが周囲を見張っていた。

 

 

 

 

「ルカさん!ンフィーとの話はどうでした?」

 

 

 

「ああ。ありがとうエンリ。おかげで貴重な情報が手に入ったよ」

 

 

 

「それはなによりです!」

 

 

 

「じゃあ私達は一旦宿屋に引き上げるから、エンリも家に帰るといい。村の案内、感謝する」

 

 

 

「いいえ、また何かお手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けください」

 

 

 

「分かった、そうさせてもらうよ」

 

 

 

そう言うと、二者は別々の方向へ歩いていった。

 

 

 

ルカ達が宿屋へ戻ると、ユーゴが走り寄ってきた。

 

 

 

「ルカさん、部屋の準備はバッチリでさぁ!メシの用意も夕方には出来るんで、それまで部屋でゆっくり休んでてくだせぇ」

 

 

 

「OK、ありがとうユーゴ。そうさせてもらうよ」

 

 

 

「承知しました!」

 

 

 

ンフィーレアとの陰鬱な会話が吹き飛ぶようなユーゴの威勢の良い声に、ルカは少なからずホッとしていた。二階に上がり、四人部屋に案内された。入り口の左右には木製のクローゼットがあり、中を開けるとハンガーが吊るしてある。

 

一通り部屋の中を確認してから、ルカ達はそれぞれベッドに腰を下ろした。

 

 

 

 

「ルカ様、いかがでしたか?」

 

 

 

「ああ。読心術(マインドリーディング)で大体状況は掴めた。村長とエンリの言っていることは事実だ」

 

 

 

ライルが野太い声で訪ねてくる。

 

 

 

「では、あのタレント持ちの少年は?」

 

 

 

「頑なに心を閉ざしていたから判別し難かったが、恐らくこのカルネ村を救ったというアインズウールゴウンと、冒険者モモンとは何か繋がりがあるように思えた」

 

 

 

「確証は?」

 

 

 

下級治療薬(マイナーヒーリングポーション)を見せた途端に動揺していた。その際に一瞬漏れ出た感情からだが、彼が発した心情は、(絶対に言わない)。この一念に集中されていた」

 

 

 

「その反応からすれば、不確定ではありますが可能性は高いと言えるでしょうな」

 

 

 

「ルカ様、次は如何様に動きましょうか」

 

 

 

「そうだな...残っているのは、召喚されたゴブリン達からも話を聞きたいところだが、北東のエンプティーフィールドも気になる。どっちから先に攻めるかだが...」

 

 

 

 

ルカは左腕のリストバンドに目をやると、午後3時を回っていた。まだ時間はある。

 

 

 

 

「よし...まず北東の草原を調べよう。転移門(ゲート)で飛んでもいいが、まだ明るいし人目もある。幸い馬車でもそう遠くない距離だしな」

 

 

 

「あの地帯までは推定10kmほどかと存じます」

 

 

 

「日が落ちるまでには戻ってこれそうですね」

 

 

 

「よし、では行こうか」

 

 

 

 

3人は同時にベッドから立ち上がり部屋を出る。宿屋の階段を下り出口を抜けて、建物左側にある厩舎へと向かった。

 

 

 

 

 

「おおーよしよしテキス腹減ってたんだな、たんまり食っとけよ。こらメキシウム、お前水ばかり飲んでると腹壊すぞ! ほーれこの村の飼葉は特製だ、うまいぞ~?」

 

 

今にも踏みつぶされそうな重馬種2頭の前にしゃがみこみ、平然とニコニコしながら馬の世話をしているユーゴが目に入った。2頭の馬はすっかりユーゴに懐いてしまっている様子だ。ルカ達3人はすぐには近寄らず、微笑ましい様子でユーゴと馬2頭をしばらく眺めていた。しかしユーゴの背後に立つ主人達の存在に気付いた2頭の馬は頭を上げ、首を震わせると(ドッドッ)と前足を地面に叩きつけた。

 

 

 

 

「こらこら!急に動くんじゃねえ.....って、ルカさん?!」

 

 

 

「ユーゴ、ご苦労様。二人を世話してくれてありがとう」

 

 

 

「いや何、俺ぁ昔っから動物が大好きでしてね。好かれやすい質なんでさぁ」

 

 

 

「.....その子たちは本来なら、私達が与える餌しか食べないんですよ」

 

 

 

ミキが嬉しそうに微笑み、ユーゴに応える。

 

 

 

「お前、ユーゴと言ったな。その2頭を手懐けるのに、我らがどれほど苦労した事か。しかしほんの数時間の間にお前と、そしてあのイグニスはその二人と心を通わせた。我らからしてみれば、信じられない光景だ」

 

 

 

ミキの言葉を引き継ぐように、ライルもニヤリと笑いながら答えた。

 

 

 

 

「え、ええ?! いやライルの旦那、そんなに大した事じゃないですって! 腹割って話しゃあ、こいつら別に何にも恐いことなんかありゃしませんぜ」

 

 

 

 

「そうか、愚問だったな、ハッハッハ!」

 

 

 

 

ここへ来て、ライルは初めて豪快に笑った。体が揺すられる毎に、マントの下に隠れた武装が重なり合い、音を立てる。

 

 

 

 

「ユーゴ、私達は少し村の周辺を探ってくる。馬車を出したいんだが、構わないか?」

 

 

 

 

「ええ、もちろんでさぁ! 今連結器を繋ぎますんで、少々お待ちを」

 

 

 

そういうとユーゴは、メキシウムの左側から入って連結器を持ち上げた。

 

 

 

 

「それと私たちが外に出ている間、村の警護を任せるぞ。何かあればエンリと、あのゴブリン達に協力してやってくれ。2時間程で帰る。イグニスにもそう伝えておいて」

 

 

 

 

「了解しました!」

 

 

 

 

そう答えながらユーゴは、2頭の馬左右の連結器を(ガチン!ガチン!)とロックすると、厩舎からゆっくりと手綱を引いて馬車を路面に誘導する。

 

 

 

 

 

「....それにしても本当に大人しいわね」

 

 

 

「ああ、もはや警戒心の欠片もない」

 

 

 

 

2頭の重馬種を繋ぐ手綱を引くユーゴを見て、ミキとライルが驚嘆の声を上げていたが、

馬車が道路沿いに出たところで、ミキが影二人に声をかけた。

 

 

 

 

「それでは御者交代ですね。ルカ様、ライル、馬車に乗ってください。ユーゴさん、私達が居ない間、村を頼みますよ」

 

 

 

 

(トン)と地面を蹴り、フワリと御者台に乗り込んだミキがユーゴに微笑を返す。

 

 

 

 

「ミキさん、ドーンとお任せくだせぇ!」

 

 

 

 

何故かユーゴの顏が紅潮している。

 

 

 

 

「ハッ!」

 

 

 

 

ミキが手綱を軽く叩くと、村の南にある唯一の出口に向かって馬車は疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────そして馬車の車内

 

 

 

 

「...ルカ様」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「僭越ながら、伝言(メッセージ)でミキから昨晩の事を聞かせていただきました」

 

 

 

「ああ、うん。その事か...」

 

 

 

「あなた様が抱えていた苦しみ、出来る事ならこの私めが肩代わりして差し上げたかった」

 

 

 

「...ごめんねライル、心配かけちゃって」

 

 

 

ルカはそう言うと、向かいに座るライルの膝に手を乗せた。

 

 

 

 

「いいえ!そのような事は。しかしルカ様は私達の創造主。正直申し上げましてその、気に病む所もあり....」

 

 

 

 

「そうか.....フフ、昨日ね」

 

 

 

 

「は.....」

 

 

 

 

「バカみたいに泣いちゃった」

 

 

 

 

「.....ルカ様」

 

 

 

 

「何年ぶりだろう、あんなに辛くて泣いたのなんて」

 

 

 

 

ルカは目を下に落とし、思い出すかのように微笑した。

 

 

 

 

「....以前あなた様は、ミキにも、そしてこの私にまでも事の所在を詳細にお伝えくださいました。ですがこの私には、心の支えとはなれども、全ての傷を癒すことは叶いませぬ故」

 

 

 

 

「分かってるよライル。言っておくけど、何にも隠してないからね?」

 

 

 

 

そう言うとルカは席を立ち、向かいにいるライルの頭を両手で包み込み、優しく抱きしめた。激しく揺れる馬車の中で、一時の静寂が訪れた。

 

 

 

 

「ル、ルカ様」

 

 

 

「ライル....ライル。泣かないで。もう認めたの。私はもう、抵抗するのに...疲れちゃった」

 

 

 

 

ライルを抱きしめたルカの左肩に、ボタボタと大粒の涙が零れ落ち、嗚咽を出すまいと全身を震わせながら耐えていた。

 

 

 

 

ルカはライルの頭から手を離すと、マントの袖でライルの涙を拭いた。

全身筋骨隆々、そしてまさに(鬼神)と呼ぶに相応しいライルのゴツゴツとした険しい顏が、ルカの顏を正面に見据えて身を打ち震わせている。

 

 

 

 

「わ、わたしは!!」

 

 

 

ライルは泣くまいと天井を見上げ、大声を出した。

 

 

 

 

「何十年、何百年経とうとも、ルカ様はルカ様でございます。わが主、ルカ様。どうかそれをお忘れなきよう....」

 

 

 

 

「....ありがとう。ライル、こっち向いて」

 

 

 

 

ルカはライルの頬を掴み、正面へ向けさせた。

 

 

 

 

「頼りにしてるよ、ライル」

 

 

 

 

「はっ!! お任せくださいませ!」

 

 

 

 

ライルの目頭に溜まった涙を再度親指で拭い去ると、ルカは自分の席に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

数分の沈黙が流れる。

 

 

 

「ルカ様、もう一つお伝えしたいことが」

 

 

 

「...ユーゴの事?」

 

 

 

「はい、あの男は特殊な才能を持つ者かと進言いたします」

 

 

 

「それはつまり....魔獣使い(ビーストテイマー)の才能があるってことでしょ?」

 

 

 

「左様でございます。いまだ自ずと気づいていない様子でしたが」

 

 

 

「それにあの生まれ持った耐性(レジスト)。イグニスと同じだ」

 

 

 

「ユーゴはともかく、ルカ様はあのイグニスに対してどのような可能性をお考えで?」

 

 

 

「それは....まだ分からない。漠然とした思いというだけだよ」

 

 

 

「育む....という事でしょうか?」

 

 

 

「そうだ。言わばテストをしてみるまでという事さ」

 

 

 

「....かしこまりました」

 

 

 

 

 

その時だった。馬車が急停車し、御者台のミキを含め3者全員の脳裏にレッドアラートが点滅した。3人に緊張が走る。ルカは御者台に通じる窓を開け、ミキに呼び掛けた。

 

 

 

 

「ミキ、いい位置だ。馬車を下りて確認するぞ」

 

 

 

「了解しました」

 

 

 

 

ミキは御者台を飛び降り、ルカとライルが馬車内から飛び出すと、目的地とは逆にある南側の草陰へ身を潜めた。ルカが二人へ指示を飛ばす。

 

 

 

 

足跡(トラック)!」

 

 

 

「おおよそ50体」

 

 

 

「距離は?」

 

 

 

「草原まで約2km」

 

 

 

「OK、まだ気づかれてないな。このまま東へ移動する」

 

 

 

 

南側の草陰に沿って、3人はひと固まりとなり東へと移動を開始した。

 

 

そうして3人が500mほど東へ移動して草陰に身を潜め、全員が北に目を凝らし動きを止めた。

 

 

 

 

「ルカ様、これは....!」

 

 

 

 

「おいおい当たりも当たり、大当たりじゃねえか」

 

 

 

「いかが致しましょうか?」

 

 

 

「待て。千里眼(クレアボヤンス)

 

 

 

 

魔法を唱え、強化されたルカの視界がズームインする。約1.5km先、目の前に開けた草原の最奥部に、4つの小高い丘が視認できた。範囲が広すぎる為、周辺にいる敵の総数までは確認できなかった。

 

 

 

 

「あんな丘があるという情報は、カルネ村でも得られなかった。遺跡の類か?」

 

 

 

「いやそれよりこの敵の数...尋常じゃありません」

 

 

 

「突入するのであれば、西側にあるトブの大森林沿いに攻めるのが得策かと思われますが」

 

 

 

「いや...まだ明るすぎる。それにこの区域の大体の状況は掴めた、やはり何かありそうだ。一度村に戻り、明日の夜明けに再度ここへ来よう」

 

 

 

「了解しました、ルカ様」

 

 

 

「ライル。馬車まで撤退後、即座にカルネ村まで帰投。御者はお前に任せる、いいな」

 

 

 

「かしこまりました、ルカ様」

 

 

 

 

そういうと草影に潜んだ三人の影は、脱兎の如く後方500mにある馬車まで疾走した。

 

 

 

 

 

 

--------------------カルネ村 午後18:21

 

 

 

 

ユーゴの宿、(蒼銀のカルネ亭)へ戻ったルカ達は、馬車と馬をユーゴに預け、宿一階にあるバーカウンターで一息着いていた。

 

ユーゴから知らせを受けたのか、3人が酒を飲んでいるところへイグニスが割って入ってきた。

 

 

 

 

「ルカさん!守備はどうでした?」

 

 

 

 

「ん? イグニスか、村に異常はなかったかい?」

 

 

 

 

「はい、至って静かなものでした」

 

 

 

 

「なら良かった、まあ座れよ」

 

 

 

 

ルカがそう言うと、右に座っていたライルが一つ隣の席に座り直し、イグニスの席を空けた。

 

 

 

「い、いえライルさん!そんな...」

 

 

 

「ほら、いいから座る!」

 

 

 

 

右隣に空いたカウンターチェアに(ポンポン)と手を乗せると、ルカは隣に座れとイグニスに促した。

慌ててイグニスが席に腰掛ける。

 

 

 

 

「オッケ、何飲みたい? エール酒かワインか、それとも地獄酒?」

 

 

 

それを聞いたライルが、ニヤリと笑う。

 

 

 

「いっいえ、自分はエール酒で結構です...!」

 

 

 

「そっか。マスター!あたしとこいつに、キンッキンに冷えたエール酒2つお願いね」

 

 

 

「あいよ!」

 

 

 

マスターが冷えた大ジョッキにエール酒を流し込み、ドン!と二人の前にジョッキを威勢よく叩きつけた。

 

 

 

 

「そんじゃ、ユーゴには馬の世話任してるから後になるけど、先にやっちゃおうか。カンパーイ!!」

 

 

 

 

ルカが中央でジョッキを高く掲げると、左にいるミキが身を寄せて、なみなみと入った赤ワインのグラスを掲げ、ライルは左にいるイグニスを跨ぐように巨大な地獄酒のジョッキを掲げ、イグニスはその勢いを見てあたふたしながらルカの掲げたジョッキに合わせるように、割れんばかりの勢いで4人の中央で(ガツン!)とジョッキをぶつかり合わせた。

 

 

 

ルカが今までの緊張と喉の乾きを一気に潤すべく、大ジョッキを飲み干していく。ライルもそれに合わせるかのようにグイグイと地獄酒を一気に煽る。

ミキは大口のグラス半分程を飲み干し、一息ついている様子だ。それに負けじと、イグニスもエール酒ワンパイントを一気に飲み干した。

 

 

 

そこにいた4人全員が、とてつもなくディープなため息を付く。全員目がうっとりしている。

 

 

 

 

「ミキはボトルあるからいいよね。マスター、エール酒二杯と地獄酒一杯おかわりね! てかユーゴ遅いな。呼び出すか。伝言(メッセージ)

 

 

 

酒を飲んで勢いづいたルカが、ユーゴに伝言(メッセージ)を飛ばした。

 

 

 

 

『ユーゴ。ユーゴ! 今どこにいるの?』

 

 

『へ?』

 

 

 

『へ?じゃなくて。魔法だよ!馬の水と餌の用意はもう終わった?』

 

 

 

『ちょ、ルカさんですかい?!』

 

 

 

『そうだよ、終わったんなら早く宿のバーに来て。みんな待ってるよ』

 

 

 

『な、何かよくわからねえですが、今すぐ行きますんで!』

 

 

 

『ダッシュね』

 

 

 

『わかりやした!!』

 

 

 

そこでブツン!と伝言(メッセージ)が切れた。

 

間もなくして、宿の入り口から本当にダッシュしてきたユーゴが飛び込んできた。

 

 

 

「遅いよー、何してたの?」

 

 

 

「いやすんません!テキスとメキシウムがあんまり懐いてくるんでその、俺もつい構っちまって」

 

 

 

ルカにそう言われたユーゴの顔は、とても満足げであり、嬉しそうだった。その様子を見て、ルカは彼に促した。

 

 

 

 

「わかった。いいからほら、ミキの隣に座って。何飲みたい?」

 

 

 

 

「好きなの頼んでいいすか?」

 

 

 

 

「もちろん」

 

 

 

 

「ありがてぇ、親父!爆弾割りジョッキで頼む!!」

 

 

 

 

「爆弾割りってお前...この人たちの護衛任務なんじゃ」

 

 

 

「ああ、いいんですよマスター。もうすぐ夜も更けますし、何かあったら私達がカバーしますから」

 

 

 

「ほんとにいいんですかい? お客さんがそういうなら、出しちまいますが」

 

 

 

爆弾割りとは、エール酒4、地獄酒6の割合で割った一種のハイボールの事である。ヘタにミックスされてる分、酒の回りも恐ろしく早く、早く酔いたいという本物の飲ん兵衛しか頼まないような代物だ。

 

 

 

「はい、じゃあもいっかい、カンパーイ!」

 

 

 

5人でカウンターに並びガツンとグラスをぶつけ、再度煽るように飲み干して、マスターにおかわりをした。ミキの隣に座ったユーゴは、何故かとても幸せそうだった。

 

 

それぞれがアルコールの力もあり、体の力もほぐれ、解き放たれている。そんな中、ルカはイグニスに質問した。

 

 

 

 

「イグニス、北東に行ったことは?」

 

 

 

「北東? 草原ですよね。あそこには特に食料となるモンスターもいませんし、それだったらトブの大森林手前で食料狩りをしたことでしたら、何度もありましたよ」

 

 

 

「だよなー。普通そうなるよな」

 

 

 

酒に強いルカは、アルコールで体が弛緩し、体の疲れが取れていくことを感じながら、そう答えた。

 

 

 

「あ!!ルカ姉!それだったら俺もちょいとした噂を聞きましたぜ!」

 

 

 

馴れ馴れしく呼んだのは、爆弾割りで一気にテンションが上がってしまったユーゴだった。しかしルカに取って彼が呼ぶその言葉は自然であり、一切抵抗を感じなかった。

 

 

 

 

「何?噂って」

 

 

 

「いや何でも村人と、この村を護衛しているゴブリンに聞いた話なんですが、村の入り口や内部で時折、影のような何かを見るというんですよ」

 

 

 

「影?死霊系のモンスターか?」

 

 

 

「いやそれがどうも違うらしくて、地面を這っているという点で証言が一致しておりやす」

 

 

 

「地面を這う...シャドウデーモンか」

 

 

 

ルカはそれを聞いて顎に手を当てた。たかだかLv25〜30の悪魔系モンスターだが、偵察という観点では非常に秀でている。ただ彼らが出ているということであれば、そこに不可視属性のモンスターも混じっていて当然と考えるのがごく自然だ。

 

 

 

「イグニス、ユーゴ。お前達にこれを渡しておく」

 

 

 

そう言うとルカは、口径約9mm、長さ15センチ程の、銀色の金属で包まれたライフル弾のような物を2つ渡した。

 

 

 

 

「いいかイグニス、ユーゴ。私達は夜明け前にこの村を離れて、再度北東に向かう。もし明日、万が一村に何かあったら、この筒を地面へ向かって思い切り叩きつけろ。これは狼煙だ。周囲を劈く強烈な音と共に、上空へ合図を送るための警告となる。わかるな」

 

 

 

「え、ええ。ルカさん達へ知らせる為の狼煙ですね?」

 

 

 

「そうだ。これを使うことに躊躇するな。少しでもヤバいと思ったら使え。即座に私達は戻ってくる」

 

 

 

「わかりました」

 

 

 

「ユーゴ!いいね、君もだよ?」

 

 

 

「りょーかいです...ルカ姉!」

 

 

 

「うん、お願いね」

 

 

 

 

ビシッ!と敬礼のような構えをするユーゴの目をルカは見たが、その目には泥酔ではない、確固たる意志が見て取れた。それを見て、ルカは安心した。

 

 

 

 

「明日が本番だ、イグニス、ユーゴ。もし万が一村が襲撃にあったなら、何があってもさっき渡した狼煙を叩きつけろ。それが明日の君たちの任務だ、いいな?!」

 

 

 

「わかりました、ルカさん!」

 

 

 

「もう愛して...ゴホン!何が何でもやり通しますぜ、ルカ姉!」

 

 

 

「よろしい! では本日はここで解散! 皆明日に備えて寝るように。いいね!」

 

 

 

 

時間は既に午後10:00を回っている。一日中張り詰め、酒を飲んでリラックスしたにしてはいい時間だ。

 

 

イグニスは実家に帰り就寝。ユーゴはそのまま実家にある自室で就寝。ルカ、ミキ、ライルはそれぞれ、2階の4人部屋へと上がって行った。

 

 

 

三人はそれぞれ、同じ部屋で武装を解除していく。

マントを脱ぎ、レザーアーマーを脱ぎ、シャツ一丁の姿になる。そして思い合わせたようにルカとミキはバスルームに向かった。そしてライルは、吊り下げられたルカとミキの武器を手に取ると、中空から鍛治用のレザー装備を取り出し、それを身に着けていく。

 

 

 

そして静かに階下へ降りていくと、宿の外へと出た。入り口左にある厨舎の側へ寄ると中空の暗闇へ両手を伸ばし、その中からとてつもなく大きな窯を取り出した。大きな鞴の付いた窯だった。

 

それをドスン!と地面に起き、ライルは火をおこした。(シュゴー、シュゴー)と大きな火を起こしていき、それはいやでも人の目につくほど目立っていった。

 

 

真っ赤に燃え盛る窯の中に、ライルは一本ずつ刀を差し込んでゆく。そして手にしたハンマーを用いて、丁寧に、しかし力強く刀を錬成していく。

 

 

 

 

「ライルさん、お疲れ様です」

 

 

 

分厚い革エプロンに身を包むライルに話しかけたのはイグニスとユーゴだった。

 

 

 

「何だお前達、寝たんじゃなかったのか?」

 

 

 

「今日は色々ありましたし、俺らどうもなかなか寝付けなくて。ところで、そんなスキルもお持ちなんですか?」

 

 

 

「これはスキルではない、サブクラスだ」

 

 

 

「てぇことは、俺達でも習得は可能なんですかい?」

 

 

 

「ああ、もちろん可能だユーゴ」

 

 

 

「それは...ルカさんの武器ですよね」

 

 

 

「そうだ。ミキの武器でもある」

 

 

 

「もし良ければ...見せてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 

 

「ルカ様からは許しをもらっている。構わない。ただこれは絶対条件だ。もしお前たちがこれを口外すれば、俺は躊躇なくお前たちを殺す」

 

 

 

「ライルさん、ご安心ください。誰にも言いません」

 

 

 

「ええと、俺も。ライルさん!」

 

 

 

「よかろう、ではこれを手に取れ」

 

 

 

そう言うとライルは、窯の中に入った真っ赤に燃え盛る一対のロングダガーを引っ張り出し、イグニスに手渡した。

 

 

 

 

「これが彼女らの武器だ。遠慮は要らない、鑑定してみろ」

 

 

 

 

「では失礼して。道具鑑定(アプレイザルマジックアイテム)付与魔法探知(ディテクトエンチャント)

 

 

 

そう唱えた途端、イグニスの脳内にとんでもない情報量が流れ込んできた。総じて、血の香りがする程の禍々しい効果が列挙していた。悪寒がイグニスの中に芽生える。それを他所に、ライルは自分の背中に吊るしてある剣を抜いて、窯の中にそれを突っ込んだ。恐ろしく巨大な、剣と言うにはあまりにも強大な鉄塊の如く肉厚の剣。ライルが鞴を前後させると一気に窯の炎の勢いが増し、みるみるうちに大剣が赤く熱されていく。

 

 

イグニスはゴクリと固唾を飲み、黙ってライルに赤く熱されたロングダガーを差し出した。

 

 

 

 

「どうだ、興味深いだろう?」

 

 

 

そう言いながらライルはロングダガーを受け取り、金床の上に乗せた。地面に並べられた鍛冶道具からハンマーを取り出し、ロングダガーへ振り下ろすと赤い火花が散った。

 

 

 

「ラ、ライルさん...あなたたちは、このような武器を一体どこで手に入れたのですか?」

 

 

 

「どこでだと思う?」

 

 

 

 

ライルはニヤリと笑いながら、金床に向かってハンマーを振り下ろし続けた。

 

 

 

「いえ、その...全く想像が出来ません。こんな強力な...いや、恐ろしい武器など、見たことも聞いたこともありません。まるで...まるで、殺意の塊のような、この武器は...」

 

 

 

「フフ...イグニス、ユーゴ。お前たちはガル・ガンチュアという言葉を聞いた事があるか?」

 

 

 

そう聞かれた二人は顔を見合わせて、目を瞬かせた。

 

 

 

 

「いや、聞いたこともありやせんぜ、ライルの旦那」

 

 

 

「俺も同じです、ライルさん」

 

 

 

「そうか...」

 

 

 

ライルは短くそう答えると、修理の終わった漆黒のロングダガーを手に取り、天高く掲げて月明かりに照らし、刃渡りの状態を確認した。そして静かにロングダガーを金属製の鞘に収め、そっと金床の上に置き、再び夜空を見上げた。

 

 

 

「私達は...その先にある場所を目指して、長い...本当に長い旅を続けてきた。ガル・ガンチュアというのは、ここより遥か南方にある山岳地帯の更に奥、とある一地点...いや、特異点を指す。そこにあると思われる、カオスゲートを目指してな」

 

 

 

 

ライルは遠い目を空に向けながら、窯の中で真っ赤に熱されている自らの武器、大剣を取り出して金床の上にゴトンと乗せた。

 

 

 

 

「...ライルの旦那。つまりその強力な武器は、旦那の言うカオスゲートってとこで手に入れたということですかい?」

 

 

 

「そうとも言えるし、そうとも言えない。要するに、簡単に手に入るような代物ではないと言うことだ。私の手も大分入っているしな」

 

 

 

「ライルさん、これは、この武器もライルさんのその大剣も...もしかして、以前にルカさんが言っていた、世界級(ワールド)アイテムなのでは?」

 

 

 

 

ライルは無言で再度ニヤリと笑いながら、自らの大剣に向かってハンマーを叩きつけた。

 

 

 

 

「その時が来たら、お前達には全てを話してやろう。だから今日はもう寝ろ。明日は忙しくなるぞ」

 

 

 

「分かりました。では明日にまた」

 

 

 

「ライルの旦那、話の続き楽しみにしてやすぜ!」

 

 

 

そう言うとイグニスは実家へ、ライルは宿屋の中へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

-------------------------蒼銀のカルネ亭 午前3:30

 

 

 

 

左手に巻かれたバンドが振動し、それに気付いてルカは目を覚ました。ベッドから起き上がると同時に、ルカの気配に気付いたミキとライルもベッドから身を起こし、三人は下着姿のまま部屋の中央で円陣を組むように立ち並んだ。

 

 

 

ルカは大きく背伸びをして目を掻き、ミキは立ったまま上半身を折りたたんでストレッチするように体を伸ばし、ライルは左手首を右手で強く握り、ゴキリと腕の骨を鳴らした。

 

 

 

そして3人は円陣の中央で(ゴツン)と拳をぶつけると、それぞれがクローゼットに向かって散っていき、装備品を身に着け始めた。

 

 

 

ルカ、ミキと同様に、ライルも漆黒の禍々しいレザーアーマーを着込んでいく。唯一異なるのは、軽々と片手で持ち上げ、背中に吊り下げて装備した肉厚の大剣だった。その剣は漆黒だが、刃の部分のみが青く、暗く、怪しく光っている。

 

 

 

 

装備を終えた3人は再度部屋の中央へ立ち、お互いを確認した。装備に不備のないことを確認すると、ルカは二人へ静かに告げた。

 

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 

 

そう言うとルカは踵を返し、部屋のドアを開けた。三人は床の軋み一つ立てずに階下へと降り、宿屋脇の厩舎へと向かった。テキスとメキシウムが気配に気づき、座っていた体を立ち上げて首をブルンと震わせた。

 

 

 

 

ミキとライルが左右に回り込み、馬車との連結器を持ち上げて手際よく連結器をロックした。二人が二頭の手綱を引いて舗装された道へと馬車を誘導する。

 

 

 

「今日は私が御者の番ですな。ルカ様、ミキ、馬車に乗ってくれ」

 

 

 

「昨日の地点は覚えているな?あそこで馬車を待機させよう」

 

 

 

「了解しました、ルカ様」

 

 

 

ルカとミキが馬車に素早く乗り込むと、ライルは手綱を強めに叩き、村の出口に向けて馬車を発進させた。

 

 

 

 

北東の街道に出ると、ライルは更に力強く手綱を叩いた。グン!とスピードが急激に上がり、暗闇の中を恐ろしく早いスピードで疾走していく。ライルはここで魔法を唱えた。

 

 

 

暗視(ナイトビジョン)

 

 

 

 

視界が緑色に変わり、星の光で強化された周囲の光景が、まるで昼間のようにライルの目に映し出された。

道の両脇にある湿地帯に馬車がはまらないよう、手綱を左右に静かに振りながら、スピードを一切緩めずに突き進んでいく。

 

 

5キロ程進んだところで、空の色が暗闇からダークブルーの明け方へと徐々に変わってきた。

 

 

 

「...間に合いそうだな」

 

 

 

「ええ、この調子で進めば十分かと」

 

 

 

馬車内から窓の外を見たルカとミキが、お互いの顔を見合わせる。ルカは御者側の窓を開けてライルに声をかけた。

 

 

 

「ライル、手筈通りにいくぞ」

 

 

 

「かしこまりましてございます、ルカ様」

 

 

 

 

しばらくして、ライルは馬車を急停止させた。先日ミキが停止させた位置とほぼ同位置だ。3人の脳裏には既にレッドアラートが点灯している。

 

ライルは御者台を飛び降り、茂みに身を潜めた。ルカとミキも馬車内から飛び出し、ライルのいる南側の茂みに身を寄せた。

 

 

 

足跡(トラック)は...ここからだと相変わらずだな」

 

 

 

「はい。いかが致しましょうかルカ様」

 

 

 

「待て。暗視(ナイトビジョン)千里眼(クレアボヤンス)

 

 

 

ルカは向かう先の道を確認した。ここから見る限り、周辺も足跡(トラック)での敵配置も特に変化はない。

 

 

 

足跡(トラック)は、円形状に周囲2キロ程までプレイヤー・及びNPCの配置を確認し広範囲をカバー出来る、MP消費の無い言わばレーダースキルである。また使用者の現在地がX軸とY軸で数値表示され、これと伝言(メッセージ)を併用する事で、よりパーティー全体の連携も取りやすくなる。

 

 

敵には気付かれず、こちらは敵の位置を把握出来る...PvP(Player vs Player)、及びGvG(Group vs Group)、更には戦争レベルのギルドvsギルド戦においても、必須と言って良いスキルだとルカは確信していた。だからこそルカは、ミキ・ライルを創造する際にこの能力を与えた。

 

 

そして彼女の友、プルトン・アインザックにも。

 

 

 

三人は音を殺しながら茂みの中を500メートル程東へと移動し、しゃがんだままお互いを見合って頷くと、3人同時に、同じ呪文を詠唱した。

 

 

 

 

魔法効果時間延長(エクステンドマジック)部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)

 

 

 

そう唱えると、アイテムストレージを開く時のような黒い空間が三人の体の横に開き、その穴が三人の体に覆い被さり、包み込んでいく。そしてその穴がピタリと閉じると、三人の影も形も、息遣いすらも掻き消えてしまった。

 

 

 

この魔法は、通常の不可視化魔法とは異なる。光の屈折等による不可視ではなく、亜空間に入り込む事で存在そのものを三次元から掻き消す。

 

よって通常の不可視看破(ディテクトヒドゥン)足跡(トラック)、または敵視感知(センスエネミー)すらも回避出来るが、戦闘行為を仕掛ける際や敵との接触等を行うと解除されてしまうという、ルカ達3人のクラス特有魔法だ。

 

 

 

しかし逆に言えば、足跡(トラック)持ちのプレイヤーやNPCであっても、全く存在を感知させずに接近でき、場合によっては背後から先制攻撃を仕掛け、相手を殺し切る事も可能という、偵察という観点においては最上位とも呼べる非常に優秀な魔法でもある。

 

 

但し、その代償として部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)の使用者は当然、例え足跡(トラック)持ちであってもお互いの姿や声は確認できない。パーティーとして意思統一を図る手段はただ一つ、伝言(メッセージ)のみが連携の命綱となる。

 

 

ルカは二人に向けて伝言(メッセージ)の回線を開いた。

 

 

 

 

『各員応答せよ』

 

 

 

 

『こちらミキ、イネーブル』

 

 

 

 

『ライル、イネーブル』

 

 

 

 

『これより周辺の索敵及び強行偵察を開始する。ミキは向かって左側第一目標、ライルは第二目標を当たれ。俺は第三・第四目標を当たる。尚本作戦は遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)の監視下にあると想定。よって各員可能な限り戦闘は避けろ。足跡(トラック)と可視化を怠るな。異常があれば逐一報告しろ』

 

 

 

『ミキ了解』

 

 

 

『ライル了解』

 

 

 

『これよりスクロールのオートマッピング共有化を行う。...3、2、1、共有。各員装備品チェック』

 

 

 

『こちらミキ、対即死及びINTブースト、完了(INT=知性)』

 

 

 

『こちらライル、対物理及びSTRブースト、完了(STR=腕力)』

 

 

 

『こちらルカ、対魔法及びCONブースト、完了(CON=体力)。これより状況を開始する。索敵終了後は各自RVポイントで待機。いいな?』

 

 

 

『ミキ了解、不可視看破(ディテクトヒドゥン)・オン』

 

 

 

『ライル了解、不可視看破(ディテクトヒドゥン)・オン』

 

 

 

 

『.....状況開始!』

 

 

 

 

三人はそれぞれの目標に向けて弾けるように駆け出した。現空間の裏側に居るため、草原を駆け抜けても草木は三人の体を通り抜け、音一つすら立てずに疾走していく。

 

 

 

 

『こちらルカ、目標まで約1キロ。東側第三目標付近でシャドウデーモン30体程を視認』

 

 

 

『こちらミキ、同じくシャドウデーモン20体程と透明化(スニーク)したソウルイーター6体を確認』

 

 

 

『こちらライル、シャドウデーモン約70体と、透明化(スニーク)したソウルイーター20体程を視認』

 

 

 

 

『『70体?!』』

 

 

 

ルカとミキがあまりの数の多さに思わず声を上げた。

 

 

 

 

『あからさまに怪しいな...』

 

 

 

『いかが致しましょう、ライルのいる第二目標を重点的に調べましょうか?』

 

 

 

 

『...いや、地形が変わっている以上、とりあえずはこのエンプティーフィールドのマップを埋めたい。各自目標周辺の偵察を続行』

 

 

 

 

『『了解』』

 

 

 

 

ルカはシャドウデーモンを踏まないよう注意しながら、第三目標である小高い丘の西側を疾走していた。そのまま丘を通り越し、丘の裏の北側に開ける草原を大回りに右へ回ると、第三の丘と第四の丘の間目がけて突進する。2つの丘を8の字状に周り、一気にマップを埋めようという考えからだった。

 

 

 

 

『こちらルカ、第三目標北側を周回完了、シャドウデーモン20体を視認。これより第四目標に向かう』

 

 

 

『こちらミキ、第一北側を周回完了。ソウルイーター10、シャドウデーモン3体を確認』

 

 

 

『こちらライル、第二目標北側の丘沿いにデスナイト5体、シャドウデーモン30体を視認。間もなく第二北側の周回を完了』

 

 

 

 

『...第二だけやけに守りが固いな。それにデスナイトか』

 

 

 

『そうですね、私の第一目標周辺はトブの大森林と隣接していますが、比較的草原西側の守りは薄いかと思われます』

 

 

 

『いかがいたしましょうルカ様、このまま偵察を続行しても?』

 

 

 

『ライル、現在のロケーションは?』

 

 

 

足跡(トラック)、X1124、Y1529』

 

 

 

『OK、次の指示を出す。RVポイントをライルの現在地に変更。各自持ち場の偵察が完了次第、ライルはRVポイントまで戻り待機、ミキはRVポイントでライルと合流し、俺が第四目標の偵察を終えるまで二人共そこで待て、いいな?』

 

 

 

『『了解』』

 

 

 

 

ルカの疾走するスピードが跳ね上がる。恐らく本命は第二だ。しかし念には念を込めて迅速に第四目標周辺を偵察し、自分も二人と合流する。じれったいが、万が一異常が起きた際の脱出経路を確保しておく為にも、マップの全てを埋めてから行動するほうが賢明だと、ルカは脳裏で自らの考えをまとめていた。

 

 

 

 

足跡(トラック)と視認を照合しながら、ルカは一気に第四目標東側まで駆け抜けた。8の字を描くようにして第四目標北側の草原を偵察し終わると、踵を返して真っ直ぐに第二目標北側のRVポイントへ向けて全力疾走する。

 

 

 

『こちらルカ、第四目標の偵察を完了。ソウルイーター20、シャドウデーモン約15体を確認。現在RVポイントへ向けて移動中』

 

 

 

『こちらミキ、了解。RVポイント周辺で待機中』

 

 

 

『こちらライル、了解。X1124、Y1529で待機中』

 

 

 

 

ルカは足跡(トラック)をアクティブにしたまま、脳裏に映るロケーションの数値を確認しながら疾走する。まず南南西に移動しながらY軸を合わせ、ライルの真東から接近するようにした。そして徐々に移動速度を落としていく。

 

 

 

『こちらルカ。X1130、Y1529に到着』

 

 

 

『お疲れ様です、ルカ様』

 

 

 

『これで4つの丘以外は全てマップが埋まりましたな』

 

 

 

『ああ。んでこれが問題の第二の丘か...』

 

 

 

ルカは緩やかな小高い丘の頂上を見上げながら、目を細めた。左手首に巻かれた金属製のバンドを確認する。午前4:45、明け方の空に薄っすらと光が差してきていた。

 

 

 

 

『はい。モンスターの総数が他と比較して多すぎる上に、街道から目立たぬ丘の裏手に中位アンデッドを配置する等、過剰とも思える警備かと』

 

 

 

 

『いかがいたしましょうかルカ様』

 

 

 

 

『そうだな...モンスターを避けつつ、まずは丘を登ってみよう。何かあるかも知れない。ライルを中心に、俺はX1144、ミキはX1104、各自左右20ユニットの距離を保ちながら徒歩で前進』

 

 

 

『『了解』』

 

 

 

 

地面をゆっくりと這うシャドウデーモンを躱しながら、三人は横一列に並び丘へと歩き始めた。前方50メートル先には、少し崩れた方陣形を取るデスナイト5体の姿が確認出来る。

 

 

 

やがてデスナイトの目前まで来た。右手に巨大な剣と左手にはタワーシールドを装備し、首を左右に振り外敵を警戒している様子だったが、ルカ達は気にも止めず、5体のデスナイトの間を擦り抜けるようにして通り過ぎ、緩やかな丘の斜面へと足をかけた。

 

 

 

不思議と、丘の斜面上にはシャドウデーモンやソウルイーターの姿はない。三人はそのまま、頂上へ向けて前進していく。そして丘の中腹に差し掛かった時だった。ルカの靴底に(カツン)と硬い地面の感触が当たった。しかもよく見ると、足首までが丘の斜面の中にめり込んでいる。ルカは咄嗟に屈み、警戒体制に入った。

 

 

 

 

『各員、その場で止まれ!!』

 

 

 

 

鬼気迫るルカの声に、ミキとライルは即座に腰を落とし、無意識に武器へと手を回していた。身を屈めたまま、斜面にめり込んだ左足で再度地面を蹴り確認すると、(カツカツ)とコンクリートのように硬い感触と共に、その地面が斜面ではなく平坦なものだと気が付いた。

 

 

 

 

『...なるほどね。物体の看破(ディテクトオブジェクト)

 

 

 

 

そう唱えた途端、ルカの眼前には丘の中腹より頂上にかけての上半分が消え去り、自分が今、広大な面積を持つ円形の遺跡上壁に立っているのだと理解した。

 

目視で直径約200メートル、壁の高さは約6メートル程と分かった。そして物体の看破(ディテクトオブジェクト)を使用した途端に、その円形の遺跡内にも足跡(トラック)による敵の反応が多数あるという事も察知した。

 

 

 

『各員へ。状況、幻術によるカモフラージュ。全員物体の看破(ディテクトオブジェクト)を使用しろ』

 

 

 

指示通りにしたミキとライルが遺跡上壁まで上り、周囲を見渡した。ルカもそれに合わせて、屈んだまま円形に囲まれた遺跡の内部を事細かに観察する。

 

 

 

『ルカ様、これは...一体?』

 

 

 

『見たところ遺跡...というよりは墓地に見えますな』

 

 

 

『そうだな、確かに。差し詰め古墳...というよりは、陵墓と言ったところか』

 

 

 

『しかしルカ様、この様な場所は....』

 

 

 

 

『ああ。ユグドラシルで見たことも聞いたことも無い。似たような場所は点在していたが、ここまで大きな陵墓というのは初めてだ。というより....大収穫だぞ、これは』

 

 

 

『来た甲斐がありましたね』

 

 

 

ルカの声が弾んでいるのを聞いて、ミキも嬉しそうに言葉を返した。

 

 

 

 

 

『しかしルカ様、仮にユグドラシルという観点で見た場合、ここも城や町と同様に....』

 

 

 

 

『そうだ。何かしらのギルド拠点となっている可能性がある』

 

 

 

 

『つまり、この奥にプレイヤーが居ると?』

 

 

 

『そこまでは分からない。だが、今となってはそれを確認する為にここへ来たといっても過言じゃない』

 

 

 

 

『お調べになりたいのですね』

 

 

 

 

『ルカ様、もしそうだとした場合、敵対するプレイヤーが潜んでいる危険性もございます。ここは一つ慎重に事を進めてはいかがかと具申致しますが』

 

 

 

 

『...俺達さぁ、今まで話の通じない敵と出会ったらどうしてきた?』

 

 

 

『皆殺しにしてきました』

 

 

 

躊躇なく答えたミキの声に殺意が宿る。

 

 

 

 

 

『全ては、ルカ様をお守りする為』

 

 

 

ズンと重い声で、ライルも言葉を継ぎ足す。

 

 

 

 

『うん、今回も基本的にはそれで行こう。ただこれもいつもの事だが、出来る事なら話し合い、友好関係を築きたい。その相手がプレイヤーなら尚更だ』

 

 

 

『では、偵察は続行という事でよろしいのですね?』

 

 

 

『ああ。恐らくあの中央にある霊廟が入口だろう。それに今は午前5:00。もう日も上ってきたが、こんなチャンスは二度と来ないかも知れない。但し、中に入れば戦闘となる可能性が高いと思う。ミキ、周辺の足跡(トラック)。敵との距離を測定してくれ』

 

 

 

 

『最短距離にいる敵は、約80ユニット。後方のデスナイトです』

 

 

 

『OK、それだけ離れてればこちらを感知出来ないな。各自偵察用から戦闘用のアクセサリー及びリングに装備変更。その後にフルバフ開始(バフ=ステータス上昇魔法)』

 

 

 

『『了解!』』

 

 

 

 

ルカ、ミキ、ライルはそれぞれ中空に手を伸ばし、アイテムストレージからそれぞれに適した最強装備を取り出し、指輪及びイヤリング、ネックレスを装備していく。

 

 

 

『こちらミキ、対即死及びINT、CONブースト完了』

 

 

 

『こちらライル、対魔法及びSTR、CONブースト完了』

 

 

 

『こちらルカ、対魔法及びINT、CONブースト完了。部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)が解けるから、バフの間周辺警戒よろしくね』

 

 

 

 

そう言うとルカは両手を左右に広げ、天を仰いで呪文を一気に詠唱し始めた。同時にルカにかかっていた部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)の効果が解け、姿が露わになる。

 

 

 

 

暗闇の復讐(ヴェンジェンスオブザダークネス)神聖耐性の強化(プロテクションエナジーホーリー)力の祈り(プレーヤーオブマイト)活力の祈り(プレーヤーオブバイタリティ)器用さの祈り(プレーヤーオブデクステリティ)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)無限の障壁(インフィニティウォール)武器属性付与・神聖(コンセクレートウェポン)暗い不屈の精神(ダークフォーティチュード)虚無の抱擁(エンブレスザヴォイド)運命の影(シャドウオブドゥーム)生命の精髄(ライフエッセンス)虚偽情報・生命(フォールスデーターライフ)殺害者の焦点(スレイヤーズフォーカス)影の覆い(クロークオブシャドウズ)精度の上昇(ライズインプレシジョン)

 

 

 

次にミキが両掌を上に向け、前方に差し出して呪文を詠唱し始めた。ミキの姿も露わになる。

 

 

 

知性の加護(チャームオブインテリジェンス)暗闇の復讐(ヴェンジェンスオブザダークネス)神聖耐性の強化(プロテクションエナジーホーリー)星幽力場の表示(ビューアストラル)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)無限の障壁(インフィニティウォール)武器属性付与・神聖(コンセクレートウェポン)暗い不屈の精神(ダークフォーティチュード)虚無の抱擁(エンブレスザヴォイド)運命の影(シャドウオブドゥーム)生命の精髄(ライフエッセンス)虚偽情報・生命(フォールスデーターライフ)殺害者の焦点(スレイヤーズフォーカス)影の覆い(クロークオブシャドウズ)精度の上昇(ライズインプレシジョン)祝福された精神(ブレッスドマインド)庇護の祈り(プレーヤーオブプロテクション)

 

 

 

最後に警戒に当たっていたライルも自らにバフをかけはじめる。

 

 

 

戦神の力(ダンギリエルズマイト)星幽加護の強化(プロテクションエナジーアストラル)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)無限の障壁(インフィニティウォール)武器属性付与・神聖(コンセクレートウェポン)暗い不屈の精神(ダークフォーティチュード)運命の影(シャドウオブドゥーム)生命の精髄(ライフエッセンス)虚偽情報・生命(フォールスデーターライフ)殺害者の焦点(スレイヤーズフォーカス)影の覆い(クロークオブシャドウズ)精度の上昇(ライズインプレシジョン)防止出来ない力(アンストッパブルフォース)治癒力の強化(テンドワウンズ)

 

 

 

バフをかけ終わった3人の姿が陵墓の壁上に露わになると、ルカは内部に目を凝らした。

 

 

 

「えーと、スケルトンメイジにデスナイトに....お、エルダーリッチも混ざってるな」

 

 

 

「このまま下に降りて殲滅いたしましょうか?」

 

 

 

「いや、見たところ全部アンデッドだし、バフ余剰分の体力も回復しないといけないからね。まとめて殺っちまうか」

 

 

 

「かしこまりました」

 

 

 

ルカはスゥッと息を吸い込む。

 

 

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)約櫃に封印されし治癒の術式(ベネディクションオブジアークヒーリング)

 

 

 

 

ルカの体を中心に青白い光の球体が広がり、ゆっくりと宙に浮いていく。その光はミキとライルを包みこみ、バフで強化した分の体力を一気にフル回復させた。それと同時に(キィン!)という鋭い音を立てて、青白い光が弾けるように広範囲へと広がっていく。

 

 

 

その光は背後にいるデスナイトはおろか、前方にある円形状の陵墓を包んで余りある範囲まで拡大し、陵墓内にいるアンデッド達全てを瞬時に包み込んだ。ウォー・クレリックの聖なる光を浴びたアンデッド軍団は声を上げる暇もなく灰と化し、光が急激に収束して宙に浮いたルカが地面に降り立つ。ミキとライルは足跡(トラック)を確認した。第二目標であった陵墓周辺の敵反応が、まるで穴が開いたかのようにポッカリと消え去っていた。

 

 

 

「さて、奴らがリポップ(再出現)しないうちにとっとと行くか!」

 

 

 

「はい、ルカ様」

 

 

 

「承知しました」

 

 

 

3人は同時に壁から飛び降り、陵墓内の中心にある霊廟へと侵入した。

 

 

 

 




■魔法解説


読心術(マインドリーディング)

相手の心の声を聞き取る事が出来るが、雑念まで入り混じってくるため、その深層心理までは聞き取れず不確定要素が多い。あくまで参考程度に使用する魔法


足跡(トラック)

周囲2キロ程度のモンスター・プレイヤーの所在位置を把握できるMP消費無しのレーダー型魔法。また現在地がX軸とY軸による数値で表示される為、敵の正確な位置の把握及び味方との連携・合流に有効活用できる。主にPvP、GvGでの使用に最適な魔法でもある


部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)

亜空間に入り込む事で存在そのものを3次元から消す不可視化魔法。不可視看破(ディテクトヒドゥン)足跡(トラック)、または敵視感知(センスエネミー)その他全ての探知系魔法を回避出来る。一回の詠唱に付き30分間有効だが、魔法効果時間延長(エクステンドマジック)により最大1時間まで効果時間を延ばす事が出来る


不可視看破(ディテクトヒドゥン)

高レベルの透明化(スニーク)も看破できる為、実質イビルエッジ以外(マスターアサシン・忍者等)の不可視化魔法は全てこの魔法で見破れる


物体の看破(ディテクトオブジェクト)

幻術や魔法で作られた物質を看破できる魔法。但し看破できるのは術者のみで、幻術や魔法そのものを解呪できるわけではない


暗闇の復讐(ヴェンジェンスオブザダークネス)

物理攻撃と魔法系攻撃を+50%まで上昇させる魔法。Procにも有効な為、総じて火力を大幅にアップさせる事が出来る


力の祈り(プレーヤーオブマイト)

パーティー全体の腕力(STR)を600上昇させる魔法


活力の祈り(プレーヤーオブバイタリティ)

パーティー全体の体力(CON)を600上昇させる魔法


器用さの祈り(プレーヤーオブデクステリティ)

パーティー全体の器用さ(DEX)を600上昇させる魔法


武器属性付与・神聖(コンセクレートウェポン)

装備している武器に最高位の神聖属性Procを付与する魔法


暗い不屈の精神(ダークフォーティチュード)

敵から受ける物理攻撃ダメージを30分間15%まで下げるヴァンパイアの特殊魔法


虚無の抱擁(エンブレスザヴォイド)

HP、MPを含む魔法やスキルのパワーコストを50%まで下げる魔法


運命の影(シャドウオブドゥーム)

闇耐性を60%上昇させる魔法


殺害者の焦点(スレイヤーズフォーカス)

敵の麻痺に関わる魔法や攻撃を完全に無効化する魔法。60分間有効


影の覆い(クロークオブシャドウズ)

防御力と氷結耐性を大幅に上昇させる魔法


精度の上昇(ライズインプレシジョン)

物理攻撃・魔法攻撃の命中率を150%上昇させる魔法。60分間有効


知性の加護(チャームオブインテリジェンス)

術者のINT (知性)を+500までアップさせる魔法


星幽力場の表示(ビューアストラル)

星幽系魔法に対する回避率を上昇させる魔法


祝福された精神(ブレッスドマインド)

術者の精神力(SPI=MP)を+500まで上げる魔法


庇護の祈り(プレーヤーオブプロテクション)

パーティー全体の防御力を+300上げる魔法


戦神の力(ダンギリエルズマイト)

物理攻撃と魔法系攻撃を+50%まで上昇させる魔法。Procにも有効な為、総じて火力を大幅にアップさせる事が出来る


防止出来ない力(アンストッパブルフォース)

敵がかける移動阻害(スネア)系魔法を完全に無効化する魔法。60分間有効


治癒力の強化(テンドワウンズ)

戦闘中のHP自然回復速度を150%まで引き上げる魔法


約櫃に封印されし治癒の術式(ベネディクションオブジアークヒーリング)

周囲600ユニットまでの味方HP総量を85%まで回復させるAoEパーセントヒール。魔法最強化・位階上昇化により回復量・効果範囲が上昇するが、MP消費が非常に激しい。尚アンデッド系統のモンスターやプレイヤーには逆に攻撃手段にもなる


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第8話 強襲 2

三人が霊廟に入ると、石壁に閉ざされた内部はひんやりとした空気に包まれていた。その場で足跡(トラック)を確認するが、せいぜい20体か30体ほどで、大した敵の数は感知出来なかった。

 

 

 

霊廟の奥を見ると、幅20メートル程の大きな下り階段が目に入った。周囲には特に何の飾り付けもなく、薄暗い殺風景な霊廟内部だ。

 

 

 

「状況・ダンジョン。それにしても似てるね」

 

 

 

「ええ。遠い過去、私達が攻め入って来た数多の場所に」

 

 

 

「ルカ様、警戒を怠らずに」

 

 

 

「分かってるよ。俺とライルが前衛、ミキは後衛だ。もしここが何らかの拠点だとしたら、トラップも含め何もかもが向こうの自由になる。全員危機感知(デンジャーセンス)を使用」

 

 

 

「「了解」」

 

 

 

「奥へ進むぞ」

 

 

 

ルカ達は下り階段を降り、地下一階・第一層へと降り立った。目の前には直線の回廊が続いているが、暗視(ナイトビジョン)を使用しても最奥部が見えない。その事から、内部が相当な広さを持つことが見て伺えた。

 

 

 

三人はそのまま通路を直進すると、やがて十字路に差し掛かった。足跡(トラック)と合わせて、敵視感知(センスエネミー)が近距離に敵がいることを知らせていた。

 

 

 

ルカとミキはロングダガーを、ライルは大剣を抜いて、十字路に差し掛かった。すると通路の左右から、ルカ達目がけて何かが飛び込んできた。

 

 

 

(ギィン!)という音を立てて敵の攻撃を弾き返すと、左手のルカの通路には女性型のモンスターが2体、ライルのいる右手通路にも同様のモンスターが2体視認できた。

 

 

 

「これは...ヴァンパイアブライドか。久しぶりに見たな」

 

 

 

「こちらも同じにございます」

 

 

 

ルカ達の脳裏には、前方、背後にいるヴァンパイアブライド4体が放つ敵意が激しく点滅している。十字路の南側では、ミキが何かしらの呪文を唱え殺気を放っているが、それが何なのかまでは把握出来ない。

 

 

 

ルカとライルは背中を合わせたまま呼吸を合わせると、十字路の左右へ同時に飛び出して行った。ヴァンパイアブライドが反応してルカとライルに攻撃を繰り出すが、二人はまるでその場から消え去るように攻撃を躱す。ルカは躊躇なくヴァンパイアブライドの左肩から右腰までロングダガーを振り下ろし、一刀両断にした。

 

 

その後腰を落とし、今度は右にいるヴァンパイアブライドの上半身と下半身を切り離すかのように斬撃を加えると壁面に叩きつけられ、十字路左にいた2体のヴァンパイアブライドは絶叫を上げながら消滅した。

 

 

ライルは2体の攻撃を躱すと同時に、目にも止まらぬ速さで左から右へと大剣を一閃すると、2体のヴァンパイアブライドをまとめて一刀両断し、消滅させた。

 

 

 

足跡(トラック)。どっちかというと、西側に敵が集中してるね。西側に15体、東側に7体か」

 

 

 

「どちらへ向かいましょうか?」

 

 

 

「せっかくだし、敵のいない十字路の北に進んでみようか。マップも知りたいし」

 

 

 

「了解しました」

 

 

 

三人は北側の通路を直進していく。しかし100メートル程進んだ辺りで、前衛に出ていたルカがライルの腰に手を当て、遮った。ルカが天井を見上げると、薄っすらと魔法陣が張られている。

 

 

 

「トラップだね」

 

 

 

「破壊しましょうか?」

 

 

 

「いや...待て、敵がどのようなトラップを張る傾向なのかを確認したい。召喚・暗い産卵(サモン・ダークスポーン)

 

 

 

そう唱えると、ルカとライルの間に悪魔のような角の生えた、真っ黒い漆黒の影が地面から姿を表した。よく見るとその両手は、手自体が鋭い剣のようになっている。

 

 

 

「ダークスポーン、一歩前に踏み出て罠を確認せよ」

 

 

 

ルカが指示すると、何の躊躇もなく天井にある魔法陣の直下へと足を踏み出した。その途端、天井と地面からから無数の刃が突き出し、(ガシュ!!)という音を立ててダークスポーンを串刺しにした。

 

 

 

「ふーん、意外と普通だね」

 

 

 

「しかしこれで、トラップの所在は判別できました」

 

 

 

「ルカ様、これより先は私が先陣に立ちます故」

 

 

 

「いや、いいよ大丈夫。おいで、ダークスポーン」

 

 

 

上下から伸びた刃が元の位置に戻り、ダークスポーンに対してルカが両手を前に広げると、まるで何事もなかったかのように召喚された影はルカの目前へと戻ってきた。

 

 

「ありがと。少し後ろに下がってて」

 

 

 

そう言われたダークスポーンは、ルカとライルの間から後ろに下がった位置まで移動した。

 

 

 

上位封印破壊(グレーターブレイクシール)

 

 

 

ルカがそう唱えると、(パキィン!)という音と共に天井に描かれた魔法陣が砕け散った。

 

 

 

「先へ進もう」

 

 

 

「ライル!これ以上ルカ様のお手を煩わせないよう、我らも警戒!」

 

 

 

「承知した、ミキ」

 

 

 

 

ルカ達が十字路の北を進み続けると、そこは行き止まりのT字路だった。

 

 

 

「よし、じゃあ西へ行こうか」

 

 

 

ルカ達には、現階層の敵の所在が全て把握出来ている。こうした場合、敵の集中しているほうが本命だと、経験則から理解出来ているからだった。

 

 

 

ヴァンパイアブライドに、ワイト。それら全てを難なく撃破し、ルカ達は第二階層への下り階段を発見した。足跡(トラック)をかけると、第二階層には更に多くの敵反応があった。

 

 

 

「降りよう」

 

 

 

短くそう言うと、ルカ達は第二階層へとたどり着いた。

 

 

 

その階段を降り切ると、目の前にはすぐに十字路が目に入った。そしてその先にも、更に十字路...。

 

 

 

その奥に、一際強く輝く敵視感知(センスエネミー)が三人の脳裏に瞬いた。

 

 

 

そこを中心に、大勢の敵が北側へ扇状に展開している事を察知した。

 

 

 

三人は剣を抜いたまま1つ目の十字路を過ぎ、更に前進していく。

 

 

 

2つ目の十字路に差し掛かった時だった。その奥に、小さな人影が見えた。そこから強烈な敵意を感じて、三人は更に近くへ歩み寄る。暗視(ナイトビジョン)を使用している三人には、ハッキリとその姿が視認できた。

 

 

 

全身黒づくめのボールガウンドレスに身を包み、肌は白蝋のように青白く、真顔でこちらを見据える一人の少女の姿を。ルカはそのただならぬ殺気を感じて、少女に声をかけた。

 

 

 

「やあ。しゃべれるかい?」

 

 

 

「異なことを。当たり前でありんしょう?」

 

 

 

「この陵墓を調査しに来たんだけど、そこを通してもらってもいいかな?」

 

 

 

「この領域に気配もなく侵入できるなど、あなた達は只者ではありんせんね。通れるものなら、試してみるといいでありんしょう。伝言(メッセージ)

 

 

 

「?」

 

 

------------ナザリック地下大墳墓 第九階層 執務室

 

 

 

「アルベド、では冒険者の遺体保管は任せる。私はナーベラルと共に再度エ・ランテルに戻り、冒険者組合の依頼をこなしてくるのでな」

 

 

 

「かしこまりました、アインズ様」

 

 

 

その時だった。アインズウールゴウンの脳裏に、糸が一本繋がるような感覚が襲った。

 

 

『シャルティアか、どうした』

 

 

 

『アインズ様、ナザリックに侵入者が来んした』

 

 

 

『侵入者?! 外に配置してあるシャドウデーモンはどうした!!』

 

 

 

『それが、どうやったかは存じませんが、全て躱してきた様子でありんすえ』

 

 

 

『バカな...あれだけの厳戒態勢で、それを擦り抜けるなど』

 

 

 

『アインズ様、侵入者は3人。その全員が私の見立てでは、過去に出会ったほどがない程強者であるかと存じんす』

 

 

 

『シャルティア、まだ戦闘中ではないのだな?』

 

 

 

『はい、彼らは現在私の様子を伺っておりんす』

 

 

 

『しばし待て、すぐに考えをまとめる』

 

 

 

 

何の前触れもなくナザリックに侵入? 何故だ? ピンポイントでここを狙ったのか? 正直訳が分からない。しかし相手の素性を知る必要もある。だがシャルティアはこのナザリック地下大墳墓に置いてほぼ最強の存在...相手がシャルティアに屈するならそれまで。だがもしそれ以上の力を持つ者ならば....。

 

 

アインズはシャルティアに指示を出した。

 

 

 

『いいかシャルティア、その者たちの力を試せ。場合によっては全力を出し、殺しても構わぬ。だがシャルティア、お前の力を持ってしても叶わぬような相手ならば、リングオブアインズウールゴウンを使い、即座に第九階層へ撤退しろ。良いな?』

 

 

 

『承知致しました、アインズ様』

 

 

 

『いいかシャルティア、絶対に無理はするな。お前は一度、世界級(ワールド)アイテムの前に屈しているのだ。それをゆめゆめ忘れるな』

 

 

 

『かしこまりました、アインズ様!』

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

「さて、話は終わったかな?」

 

 

 

ルカは目の前の少女を睨みつけ、呪文を唱えた。

 

 

 

瞬間移動(テレポーテーション)

 

 

 

ルカは瞬時に少女の背後に移動し、首筋にロングダガーを構えた。しかしその少女はロングダガーを薬指と親指で挟み込み、首への斬撃を受け止めていた。

 

 

 

 

「自我があるんだね。君の名前を教えてもらってもいいかな?」

 

 

 

「シャルティア・ブラッドフォールン。私が名乗ったからには、そちらの名前をお伺いしても?」

 

 

 

「...もちろん。私の名はルカ・ブレイズ」

 

 

 

 

シャルティアの握っていたダガーを(ギィン!)と強引に外し、ルカはミキ達のいるほうへ飛び退いた。

 

 

ミキとライルが戦闘体制に入る。しかしルカはそれを制止した。

 

 

 

「ミキ、ライル!!この子とは俺一人でやる。絶対に手を出すな。この子が恐らく、プルトンの言っていた真祖(トゥルー)ヴァンパイアだろう」

 

 

 

「そこまで分かっていながら、随分自信がおありでありんすね」

 

 

 

「ああ。君にはご主人様がいるんだろう? 俺はその人と会いにきたんだから」

 

 

 

「...貴様らごとき輩が至高の御方と会おうなぞ、不埒千万。この場で私が叩き潰してくれる」

 

 

 

「やってごらん。やれるもんならね」

 

 

 

「ハッ!」

 

 

 

シャルティアが気を入れた瞬間、彼女の姿は変貌していた。体には真紅の赤い鎧をまとい、右手には一際長いランスを握っていた。

 

 

 

「へぇ、スポイトランスか!懐かしいな」

 

 

 

「そんな減らず口を叩けるのも、今のうちでありんすよ? 清浄投擲槍!」

 

 

 

ルカのみぞおちに、スキルターゲットの魔法陣が浮かび上がる。シャルティアはそこへ目がけて清浄投擲槍を投げ放った。

 

 

 

ルカの眼前に、水色がかった聖なる槍のエフェクトが差し掛かる。だがルカは無表情のまま、(フォン!)と左へ躱した。シャルティアは当たるはずのスキルが当たらず、目を見開いて唖然としていた。

 

 

 

「どうした、これだけか?」

 

 

 

「ふ、ふざけるな!魔法最強化(マキシマイズマジック)朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)!!」

 

 

 

再びルカの胴体に魔法陣が浮かび上がる。しかし当たる瞬間ルカは右へスッと動き、再び魔法を躱した。

 

 

 

 

「バカな!スキルや魔法を躱すなんて...」

 

 

 

「次はこっちからいこうかな...無限の輪転(インフィニティサークルズ)!」

 

 

 

 

ルカが腰を屈めたまま回転し、目にも止まらぬ高速の光波が何重にも重なりシャルティア目がけて飛んでいく。その光波は黑、白、黑と連なっていき、シャルティアの体に叩きつけられた。

 

 

 

「くっぎゃあああああ!!」

 

 

 

光波の勢いで吹き飛ばされたシャルティアの体は、十字路の奥へと消え去った。しかしルカ達3人の脳裏には、未だレッドアラートが消えない。

 

 

彼女は、吹き飛ばされた奥から再びルカ達の方へと近づいてきた。そして彼女は小さく、儚く、一つの呪文を唱えた。

 

 

死せる勇者の魂(エインヘイリアル)

 

 

そう唱えると、シャルティアの体に重なるように白い光が被さり、それが分裂した。ただ残念ながら、ルカ達の世界でのこの行為は、最後の悪あがきでしかなかった。死せる勇者の魂(エインヘイリアル)は、術者の弱点そのものを受け継ぐ上に、スキルや魔法が一切使用できないからだ。

 

 

 

「ミキ、ライル。死せる勇者の魂(エインヘイリアル)潰してくれる?」

 

 

 

そう言われるが早し、ミキとライルは左右から武器による連続攻撃を叩きつけ、向かってきた死せる勇者の魂(エインヘイリアル)を即座に消し去ってしまった。

 

 

 

それと同時にルカもシャルティアの懐に飛び込む。近接戦となり、シャルティアはスポイトランスの連撃を突き立ててくるが、ルカはそれを尽く躱していき、シャルティアの胴体にロングダガーの素早い刺突を5回叩き込んだ。神聖属性の攻撃を受けたシャルティアの鎧の隙間から、白い煙が立ち上っている。

 

 

「くそ、離れろ! 不浄衝撃盾!」

 

 

それを聞いてルカは反射的にロングダガーを正面でクロスさせたが、シャルティアの体から扇状に放たれた衝撃波により、後方へと吹き飛ばされた。

 

 

 

空中で1回転し地面へ着地すると、ルカは立ち上がりシャルティアに声をかけた。

 

 

 

「いいスキル持ってるねー」

 

 

 

「うるさい!生命力持続回...(リジェネー...)

 

 

影の感触(シャドウタッチ)!」

 

 

 

シャルティアが魔法を詠唱し終わろうとした刹那の瞬間、(ビシャア!)という鋭い音と共に、シャルティアの体が黒い靄に覆われた。

 

 

 

「ばっバカな!!体が...動かな...」

 

 

 

「回復なんかさせないよ」

 

 

 

そう言うと同時にルカはシャルティアに向かって突撃した。恐ろしく素早い動きで再度シャルティアの懐に飛び込むと、腰を低くしてダガーをクロスさせる。

 

 

 

血の斬撃(ブラッディースライス)

 

 

 

シャルティアの腕・胴体・足に向かい、目にも止まらぬ速さでロングダガーの10連撃を放ち、全身を切り刻んだ。その勢いでシャルティアの体が後方に吹き飛ばされる。

 

 

 

本来であれば真祖(トゥルー)ヴァンパイアであるシャルティアは、斬撃の傷を受けても即座に傷口が閉じるはずが、一向に回復せず出血が止まらない。その大量の出血は約1分間に渡って続き、大の字に倒れたシャルティアの周りの地面がみるみるうちに鮮血に染まっていく。

 

 

 

ルカは歩み寄りながら、シャルティアの体力を確認した。出血による追加ダメージで、見るも無残にHPが削り取られていく。この子はもうあと一撃で...首筋にロングダガーを一滑りさせるだけで、死んでしまう。

 

 

だが、ルカはそうしなかった。血溜まりの中に倒れたシャルティアの体を抱き起こし、彼女に声をかけた。

 

 

 

「シャルティア・ブラッドフォールン。私の目を見ろ」

 

 

 

「...え?」

 

 

 

「何も考えなくていい、私の目を見ろ。それだけでいい」

 

 

 

「え、ええ。」

 

 

 

シャルティアがルカの目を見た瞬間、弾けるように体が動いた。

 

 

 

「...わかった? 私は同族殺しなんてしないよシャルティア。下等種族は別だけど」

 

 

 

「あ、あなたは、ルカ...とおっしゃいましたね?そんな、あなたは、私の...ご先祖様なのでありんすか...?」

 

 

 

「違うよシャルティア。いや厳密に言えば..元ご先祖様かな」

 

 

 

「で、では、一体その目は...」

 

 

 

「君のご主人様に会えたときに、全部説明する。だから今は、ここを通してもらっていいかい? 私は、君たちのご主人様と話がしたくて、ここに来ただけなんだ。シャルティア」

 

 

 

ルカは抱きかかえたシャルティアの右頬を優しく撫でながら、そう言った。

 

 

 

「...いいえ、そういう訳には参りませぬ。私は一度失敗している。この先へ進みたければ、私を殺して...」

 

 

 

そう言われたルカは、シャルティアを体へ抱き寄せた。

 

 

 

「こら。早く回復しないとどっちにしろ死んじゃうぞ。それにシャルティア、私はヴァンパイアを愛している。この先、生きている限り、ずっと」

 

 

 

そう言うとルカは左手でシャルティアの背中を支え、そっと地面に下ろすと笑顔でシャルティアの目を覗き込んだ。

 

 

 

 

「もう一度言うよシャルティア、ここを通してくれるね?」

 

 

 

「とどめを刺さないのでしたら....も、もう...お好きになさいまし」

 

 

 

 

そう言われたルカは立ち上がり、目の前にある第三階層へと通じる階段を駆け下りた。

 

 

 

 

ルカ達は第三階層のアンデッド達をいとも容易く屠り、警戒していた守護者との遭遇も無く、第四階層まで達した。

 

 

 

その階段を駆け下り、遥か先に見えたのは広大な地底湖だった。足跡(トラック)にも反応は無い。ルカ達の警戒レベルが跳ね上がる。

 

 

 

「各自、足跡(トラック)及び危機感知(デンジャーセンス)を怠るな。何もいないと言う事は、この先によほどヤバい奴が配置されているかもしれん」

 

 

 

「了解。しかし、本当に何もいませんねこの階は」

 

 

 

「油断するなミキ、この感じ、何度か経験したことがある」

 

 

 

 

そう言いながら、湖畔に差し掛かった時だった。三人の脳内に、レッドアラートが鳴り響いた。今目の前には居ない。しかし湖の中心から、空胞が溢れ出ている。

 

 

 

「全員次の指示を待て」

 

 

 

「「了解」」

 

 

 

ルカは湖の中心を見据えた。(ボコボコ)と溢れる空胞の隙間に、見覚えのある角ばった頭部を見つけた途端、ルカは即座に全員へ指示した。

 

 

 

 

「状況・攻城用ゴーレム!!各自即座に背後へ瞬間移動(テレポーテーション)!!距離を取れ」

 

 

 

 

ルカ達は、一気に入り口近くまで移動し、巨大なゴーレムが湖の底から沸き出る瞬間を眺めていた。

 

 

 

 

「考えられないが、この階層はあの攻城用ゴーレムを守護者にしていると思われる」

 

 

 

「いかがいたいましょうか? 我らなら潰せないレベルではないかと存じますが」

 

 

 

「バカいってんじゃねえ! これとまともにやり合うなんざ、2G(2Group)は必要だ。それにやれたとしても体力の無駄だ、こいつは無視する。部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)で避けて通るぞ!」

 

 

 

「了解しました」

 

 

 

「私は別に、こいつとやっても...」

 

 

 

「うるさいこの筋肉バカ!!お前一人で攻城用ゴーレムを殺せるのか?! やれるもんならやってみろ!!俺にも無理だがな」

 

 

 

「ル、ルカ様申し訳ありません、私にも無理です」

 

 

 

「なら分かったな。不可視魔法準備」

 

 

 

上半身が顕わになり、湖の淵からゴーレムが手を伸ばし始める。

 

 

 

部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)

 

 

 

その途端、攻城用ゴーレムの動きが鈍った。それを確認した三人は同時に、湖東側の淵に向けて疾走する。そして湖最奥部にある洞穴に飛び込み、次の階層へ侵入した。

 

 

 

 

三人は第五層へと到達した。攻城用ゴーレムなどという半ば反則キャラとは一線を敷いて、この先は部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)を解き、堂々と行こうと決めた矢先だった。

 

 

急に周辺が寒くなった。氷山が立ち並ぶ氷の世界。開けたフィールドだが、ルカ達はロケーションを確認し合い、慎重に進んだ。

 

 

 

山や氷河で行き止まりにあっては西へ、西も調べ尽くしたなら東へと移動する内に、やがてフィールドの中心近くへとたどり着いた。

 

 

 

そこには、大きな6本の水晶で囲まれた、まるで蜂の巣をひっくり返したような巨大なドームがあった。

 

 

 

三人が前へ進み出ると、ドームの入り口から巨大な阿修羅が姿を現した。いや阿修羅は言いすぎかもしれないが、一つの頭に四臂を持った昆虫のようなモンスターが姿を現した。

 

 

 

ルカはすかさず聞いた。

 

 

 

「やあ、言葉は聞けるかい?」

 

 

 

「無論! 我ガ名ハコキュートス。何ユエニコノナザリックヘ来タノカ、ソノ理由ヲ聞コウ」

 

 

 

「あー、そうなんだ、ここナザリックって言うんだね。初めて知ったよ」

 

 

 

「左様カ。デハ改メテ問ウ。ココヘ何ヲシニ来タ?」

 

 

 

「君たちのご主人様に会うためだよ」

 

 

 

「我ガ主二会ウタメ? ソレハ本当カ?」

 

 

 

「嘘なんかつかないよ、安心して」

 

 

 

「シバシ待テ。伝言(メッセージ)

 

 

 

 

------------------------------------------------------

 

 

 

『コキュートス』

 

 

 

『アインズ様、先程ゴ報告ノアッタ侵入者と相対シテゴザイマス』

 

 

 

『シャルティアが今第九階層へ戻ってきた。かろうじて生きている』

 

 

 

『ソレハヨウゴザイマシタ』

 

 

 

『コキュートス、全力で侵入者を殺しにかかれ』

 

 

 

『?! シカシアインズ様、ココマデ辿リ着イタモノヲ無下二殺スナド。ソレニコノ者達ハ、アインズ様トノ謁見ヲ所望シテオリマス』

 

 

 

『試したいのだ。万が一とは思うが...お前が死んだら、必ず生き返らせる事を約束する。失うものは何もない、分かるな。全力で当たれ』

 

 

 

『カシコマリマシタ、アインズ様』

 

 

 

 

---------------------------------------------------------

 

 

 

(ブシュー!)と、コキュートスは冷気を吐く。

 

 

 

 

「話し合いは終わったかな?蟲王(ヴァーミンロード)

 

 

 

「ホウ、私ノ種族ヲ知ッテイルノカ」

 

 

 

「まあそんなことはどうでもいい。そこをどいてくれない?」

 

 

 

「否!!」

 

 

 

「じゃあやるしかないね。ライル!」 

  

 

 

「かしこまりましてございます」

 

 

 

 

ライルは背中に吊り下げた大剣を引き抜き、正眼に構えた。戦闘態勢に入り、とんでもない殺気を放っている。

 

 

 

コキュートスもその殺気を感じてか、3つの手を中空に伸ばし、合計4つの武器を手にした。右手上腕にハルバード、右手下腕に刀、左手下腕に刀をもう一対、そして左手上腕に巨大な槍。

 

 

 

だがライルは、身じろぎ一つしない。(コオオオー)というお互いの息遣いと共に、二人共互いに飛び込んだ。

 

 

 

コキュートスが右腕のハルバートを叩き込むが、ライルはそれを躱し、コキュートスの左肩へ一刀突き立て、えぐり上げた。続いてコキュートスは左から刀を振り下ろすが、それもライルは容易く躱し、コキュートスの右肩を突き刺して再度えぐり上げる。

 

 

 

「チッ! フロストオーラ!!」

 

 

 

コキュートスを中心に、半球状の衝撃波が弾けるように広がる。ルカとミキは後ろへ高くジャンプし、衝撃波の範囲外まで逃れた。

 

 

 

衝撃波の渦が晴れると、ライルは大剣を盾代わりにして前面に構え防いでいた。再び正眼の構えに戻り、コキュートスへ不敵な笑みを返した。

 

 

 

「残念だったな。我らに氷は効かぬ」

 

 

 

「ナラバ!マカブルスマイトフロストバーン!!」

 

 

 

ライルに4本の武器を向け、巨体に似合わぬ強烈なスピードでコキュートスが突進する。ライルの前まで来ると体を捻り、高速回転と共に4本の武器が順に叩きつけられていく。

 

 

 

ライルの頭・胴体・足と狙いを定め、とてつもなく重い連撃を高速で繰り出してくるが、ライルは後方に下がりながら時には躱し、時には剣でさばき、コキュートスの連撃を全ていなしきってしまった。

 

 

 

「バ、バカナ...私ノ技ヲ全テ避ケキルナド...コノ力ハ一体?!」

 

 

 

「どうしたコキュートスとやら。もう終わりか?ならこちらから行くぞ。悪魔の二輪戦車(デーモンチャリオット)!」

 

 

 

ライルの体が消えたかと思うほどのスピードで突進すると、次の瞬間コキュートスの腹部に正眼のまま深々と剣を突き立てていた。コキュートスはそのスピードに全く反応出来ない。

 

 

 

「グハァ!!」

 

 

 

一万の斬撃舞踏(ダンスオブテンサウザンドカッツ)!」

 

 

 

 

ライルは腹部から素早く剣を引き抜くと、続けざまに容赦ない爆速の連撃をコキュートスに叩きつけた。肉厚の大剣をまるで木枝のように超高速で振り回し、みるみるうちにコキュートスの全身に斬撃の傷が刻まれていく。コキュートスも武器による受け流し(パリー)で回避しようと試みるが、ライルの剣速に全くなす術がなかった。

 

 

 

ライルの連撃が止むと、コキュートスはその場にガクッと片膝をついた。

 

 

 

「相手が悪かったな」

 

 

 

「グッ...ナンノコレシキ...マダマダァ!!」

 

 

 

コキュートスは立ち上がりライルに突進すると、半ば破れかぶれの全腕を使用した総攻撃に入ったが、ライルはそれを回避(ドッヂ)受け流し(パリー)で躱しきり、最後には通常攻撃のみでコキュートスを致死寸前にまで追い詰めた。地面に倒れたコキュートスの喉元に、ライルは剣の切っ先を向ける。

 

 

 

「キ、貴様モシヤ、一刀使イ(ブレードマスター)カ?!」

 

 

 

「...だとしたら、どうだと言うんだ」

 

 

 

「私ハ、多刀使イダ!ソレニレベルモ貴様ヨリ上ノ筈ダ!」

 

 

 

「この不安定な世界で、何故そう言い切れる?」

 

 

 

「ナン....ダト?」

 

 

 

「もう一度よく考えてみろ、貴様が負けた理由を」

 

 

 

「何ヲ考エロトイウノダ!!」

 

 

 

「私はノーダメージ、貴様は死ぬ寸前だ。この理由をもう一度考えてみろ、といっているのだ」

 

 

 

「グッ...!!!」

 

 

 

「はい、もう勝負あったね。コキュートスさん。悪いけどこの場は通らせてもらうよ」

 

 

 

「バッ、バカヲ言ウンジャナイ!マダ勝負ハ...」

 

 

 

「君には悪いけど、これが私との勝負なら、君速攻で死んでたよ」

 

 

 

「言っておくがコキュートス、この我が主ルカ様は、私よりも数段強いぞ」

 

 

 

「...!!!!」

 

 

 

「わかる?別に私たち殺しに来たんじゃないの。どんな所か偵察して、その後君たちのご主人様に会いたいだけ。本当にそれだけよ」

 

 

 

「偵察....ソレデコノ強サダトイウノカ?」

 

 

 

「君たちがどう思おうが自由だよ。でも、通らせてもらうからね」

 

 

 

ルカ達は倒れたコキュートスを後にし、ドームの背後にある第6層へと歩を進めた。倒されたコキュートスが伝言(メッセージ)を入れる。

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

 

『アインズ様...アインズ様!』

 

 

 

『コキュートスか。どうだ、敵は捻じ伏せられたか?』

 

 

 

『イ、イエアインズ様、申シ訳アリマセヌ。敵ノ力ハアマリニモ強大デ...私一人デハ、防ギ切レマセンデシタ』

 

 

 

『何だと!? お前までもが...。それでは敵は、第6層にまで達したと言うことか』

 

 

 

『恐レ多キナガラ』

 

 

 

『何ということだ...全階層守護者に告ぐ!今すぐ第9階層の執務室まで集まれ!その後に第6階層の闘技場で侵入者との決着をつける。セバスも来い、よいな!!』

 

 

 

『アルベド了解』

 

 

 

『デミウルゴス了解』

 

 

 

『アウラ了解』

 

 

 

『マーレ了解』

 

 

 

『ビクティム了解』

 

 

 

『セバス了解』

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

 

アインズはある覚悟を決めていた。その上で全員を第九階層に集め、フルバフを終えた後に総攻撃するべきだと。

 

 

 

ルカ達は第六階層に降り立った。辺り一面がジャングルに囲まれ、深呼吸をすると緑の香りが鼻孔を埋め尽くした。足跡(トラック)を確認しながら先へと進む。しかし敵対しない無害生物以外、足跡(トラック)に引っかからない。

 

 

 

そうしてしばらく第六階層の森深くを進んでいるうちに、円形の大きな建物へと辿り着いた。

 

 

 

その入り口は全て開け放たれている。内部に複数の足跡(トラック)反応があるが、特に面倒な仕掛けもないと踏んだルカ達は、そのまま建物の門をくぐった。

 

 

 

長い廊下を抜けると、そこはコロシアムだった。今までにはなかったロケーションだ。しかしルカ、ミキ、ライルの脳裏には、敵視感知(センスエネミー)の赤い光が複数点灯している。奇襲に備えて、三人は武器を抜刀し闘技場に入った。

 

 

 

誰もいない闘技場の中心まで歩み寄り、足跡(トラック)で敵配置を確認する。正面観覧席の上方に1、観覧席下の複数ある門の中に潜んでいる敵が9。合計10人。

 

 

 

しかしこちらが闘技場中央にまで出てきたにも関わらず、動きがない。仕方なくルカは声を上げた。

 

 

 

 

「おーい!みんないるのー!出てきなよ、居るのはわかってるんだからさあ」

 

 

 

 

そう言うと、まずシャルティアが闘技場左端の門から姿を現した。次に右隣の門から、子供の姿をした双子らしきダークエルフの二人が現れ、更にはコキュートス、全身黒甲冑に身を包んだ女性、メガネをかけ尻尾を生やしたスーツ姿の男性と、宙に浮いた胎児のようなピンク色の生物、執事風のスーツに白髪と白髭を蓄えた初老の男性、最後に赤いワンピースを着た女性が現れた。

 

 

 

しかし三人とも足跡(トラック)を怠っていなかった。上を見ると、その闘技場の客席側最奥部にいる、もう一人の誰かが姿を表した。

 

 

 

異形種...金色の杖を持ち、しかも全身を神器級(ゴッズ)アイテムで武装している。死の支配者...オーバーロードだ。と言う事は、エクリプスまで達しているかも知れない。

 

 

 

「ナザリック地下大墳墓へ迷い込んだ諸君!よくぞここまで来た、歓迎しよう。早速だが、まず君たちの意思を確認させてもらいたい」

 

 

 

ルカは即座に答えた。

 

 

 

「意思とは?」

 

 

 

「君たちが、何を思ってここまで来たのかを確認させて欲しい」

 

 

 

「あれだけ敵をけしかけておいて、今更その質問?こっちが聞きたいよ、そっちこそどういうつもりなの?」

 

 

 

「何、君達の力を試させてもらったまでだ。それに侵入者を警戒するのは、私達としては至極当然の事だと思うが?」

 

 

 

「だーから!私達別に襲いに来たわけじゃないって。そこにいるシャルティアにもコキュートスにも説明したんだよ? それでもどかずに襲ってきたって事は...君が伝言(メッセージ)で命令したんだよね?」

 

 

 

ルカの体から、ユラッと殺意が立ち昇る。

 

 

 

「彼らはこのナザリックの階層守護者達だ。侵入者を排除する事が彼らの第一の責務。それで...君達は私との謁見を望んでいたのだろう? 見事その願いは果たされた訳だが、私に一体何の用があるというのかな?」

 

 

 

「単刀直入に聞くけど、君プレイヤーでしょ?」

 

 

 

「なっ...! それは、そのつまり...」

 

 

 

アインズに動揺が走った。

 

 

 

 

「だから、君もユグドラシルのプレイヤーなんでしょ? 私もそうなんだよ」

 

 

 

アインズを含め、その場にいた守護者達全員が驚愕の表情でルカを凝視した。静寂が場を支配する。

 

 

 

「って、何もそんなに驚かなくても...はぁ」

 

 

 

 

ルカは首を振り、自分の眉間を指でつまんだ。

 

 

 

 

「そ、それはつまり、このナザリックにプレイヤーがいると知って、ここへ来たという事なのか?」

 

 

 

「別に知っていたわけじゃない。カルネ村で情報を仕入れてね。村を虐殺から救ったという英雄、アインズ・ウール・ゴウン。...あれは君の事なんだろう?」

 

 

 

「カルネ村で...。しかしこのナザリックの場所までどうやって見つけたというのだ?」

 

 

 

「あれだけ草原に敵を配置してたら、誰だって怪しむと思うけど? まあそれ以前に、この草原だけ私達のマップが埋まっていなかったからね。村の情報がなくたって、いずれはここへ来ていたよ」

 

 

 

「だがしかし、あの軍勢をどうやっ...」

 

 

 

ここでルカは右手を上げ、アインズを制止した。

 

 

 

「待った!質問は山ほどあるだろうけど、その話はもっと落ち着いた場所でしない?こんな階層守護者さん達に囲まれてたんじゃ、おちおち話も出来やしない。私も君に聞きたいことが沢山あるんだ、アインズ。よかったら場所を変えない?」

 

 

 

アインズは顎に手を当てて考え込んだ。

 

 

 

(仮に彼らが本当にユグドラシルのプレイヤーだったとして、その根拠は? ユグドラシル時代にしか無かった特殊なアイテムや課金アイテムを彼らが所持していれば、ある程度信憑性が置けるだろう。しかしその前に彼らの能力...これが一番危険だ。シャルティアやコキュートスをいとも容易く倒してしまった彼ら3人の力...。もし敵意があり、ましてや敵国の偵察者であったならば、迂闊に内部へ入れる事はナザリックの崩壊にも繋がりかねない。しかしそれでも...見てみたい、彼らの力を。それを確認するとなれば、ただ一つ。危険な賭けかもしれない。しかしそれでも...)

 

 

 

アインズは顎から手を離し、ゆっくりと首を上げ、ルカ達3人の方へ向き直った。

 

 

 

「話は分かった。だがしかし、君達3人が本当にプレイヤーなのかという確証が持てない。そういえばまだ名前を聞いていなかったな、聞かせてくれないか?」

 

 

 

「私の名はルカ・ブレイズ。こっちがミキ・バーレ二、こっちの大きいのがライル・センチネル。あ、ちなみにプレイヤーは私だけだから。ミキとライルは、ユグドラシル時代に私が創造した元NPCで、私達の拠点守護者だったのよ。今は、私の最も頼れる仲間ってとこ」

 

 

 

「そうか、ルカ・ブレイズ。君達三人に一つ提案がある」

 

 

 

「何?提案って」

 

 

 

「君達に敵意がない証として、私の部下達9人と試合をしてもらえないだろうか?」

 

 

 

「ええ〜?! さっきそこのシャルティアとコキュートスの二人と戦ったから、もう十分でしょ?」

 

 

 

「いやまあそれはそうなのだが、言わば親睦試合だと思ってくれ。それに見てみたいんだ。君達の力を。そうすれば、君がプレイヤーだという確証が私にも得られると思う」

 

 

 

「別にそれで気が済むならいいけど...。当然試合だから、殺すのは無しって方向でいいのよね?」

 

 

 

「もちろんだとも。私の部下にも君達の事を殺さないよう厳命する。安心してくれ」

 

 

 

「分かった、じゃあとっととやろうか。一応聞くけど、彼らの中にプレイヤーはいないよね?」

 

 

 

「ああ。私達のギルドメンバーが創造した、全員君の言うところの元NPCだ」

 

 

 

「そっか。なら万が一何かあっても生き返らせれるし、安心だね」

 

 

 

「守護者達よ!聞いての通りだ。これより御前試合を取り行う。ナザリックの名に恥じぬよう、各員全力で奮闘せよ!!但し、この3人を殺すことは断じて許さぬ、よいな?!」

 

 

 

「「「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

闘技場中央でルカ達三人は横一列に並び、身構える。ルカは正面に並ぶ相手9人の姿形から、特性を見計らっていた。その後、ミキとライルに対し伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

 

 

 

『各員へ。相手は9人だ。まずは奴さんたちの出鼻を挫く。いいな?』

 

 

 

『『了解』』

 

 

 

『ターゲット。第一目標、杖持ちのダークエルフ。あの杖、恐らくメインクラスはドルイドだ。ヒーラーは速攻で潰す。第二目標、シャルティア。第三目標、メガネの悪魔。こいつ多分アーチデヴィルだ。長居されると厄介だからな。第四目標、コキュートス。第五目標、鞭持ちのダークエルフ、恐らくレンジャーだ。第六目標、執事のオッサン。第七目標、赤いワンピースの女。第八目標、黒甲冑の女。あのピンク色のモンスターは最後だ。戦闘力があるとも思えんが、階層守護者というからには何か特殊な能力を持っているかもしれん』

 

 

 

『かしこまりました』

 

 

 

『殺さず...か。ふん、つまらん』

 

 

 

『そう言うなライル、見返りはデカイぞ』

 

 

 

『は、承知致しました、ルカ様』

 

 

 

 

アインズがゆっくりと右手を上げると、それに反応し階層守護者達が武器を構えた。

 

 

 

「始め!!」

 

 

 

「「「魔法効果範囲拡大・呼吸の盗難(ワイデンマジック・スティールブレス)!!」」」

 

 

 

ルカ達3人が同じ魔法を詠唱し、先制して相手に叩き込んだ。一斉に飛びかかろうとした階層守護者全員の動きが途端にスローモーションとなり、尚かつ守護者全員の体の周囲に、濃い緑色の靄が立ち込めた。

 

 

呼吸の盗難(スティールブレス)は、被対象者に対し30秒間の間、移動速度を15%まで低下させ、合わせて強烈な毒DoT(毒継続ダメージ)を付与するという魔法だった。

 

 

 

それと同時に、ルカ達三人は階層守護者の一人に対し恐ろしく素早い動きで突進する。飛び掛かった先には、杖を構えて後方に下がろうとしていたダークエルフの女の子がいる。思うように身動きが取れず、あたふたしている様子だったが、ルカ達3人は躊躇わなかった。

 

 

 

殺人者の接吻(マーダーズキス)!」

 

 

千の斬撃(サウザンドカッツ)

 

 

破壊者の爪(クロウオブディバステイター)!」

 

 

 

三人の容赦ない連撃が、ダークエルフの女の子を切り裂いていく。ルカは攻撃が終わった後、咄嗟に魔法を唱えた。

 

 

 

生命の精髄(ライフエッセンス)

 

 

 

あと2撃か3撃ダメージを受ければ、この子は死ぬ。倒れたその子に対し、ルカは言葉をかけた。

 

 

 

「ワンダウン。君は終了ね」

 

 

 

ここまで約6秒。ルカ達は踵を返し、第二目標であるシャルティアへと転進した。眼前にルカ達が高速で迫り、シャルティアは咄嗟にスキルを唱えた。

 

 

 

「おのれ!不浄衝撃盾!!」

 

 

 

しかしルカ達は以前に、不浄衝撃盾の効果範囲を見ている。咄嗟に左右へと散らばり、扇状に放たれた衝撃波を躱して、シャルティアの真横へと移動した。

 

 

 

「シャルティア、体力は回復した?」

 

 

 

「そんな事、当たり前でありんしょう!」

 

 

 

「なら遠慮は要らないね...無限の輪転(インフィニティサークルズ)!」

 

 

 

心臓の捜索者(ハートシーカー)!」

 

 

 

結合する正義の語り(ライテウスワードオブバインディング)!」

 

 

 

ルカの神聖属性と闇属性の混合した光波連撃、そしてミキのロングダガーによる超高速20連撃、とどめにライルの高火力神聖AoEを受けて、なす術もなくシャルティアは全身から白い煙を立ち上げ、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

「これで2ダウン。次!」

 

 

 

ここまで約15秒。ルカ達は取って返し、メガネの悪魔へと突進した。ルカはこの男が最も厄介だという考えを捨てきれなかった。だからこそ、全力を持ってこのアーチデヴィルを倒す。そう心に決めていた。移動阻害(スネア)の効いている今だからこそ、絶好のチャンスだった。

 

 

 

メガネの悪魔はルカ達が眼前に迫り、身動きの取れない状況でありながら咄嗟に魔法を唱えた。

 

 

 

「くっ!獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール)!!」

 

 

 

それを見てルカ達三人は直前で停止した。その隙を見て、メガネの悪魔は三人に対し絶叫する。

 

 

 

「”ひれ伏せ”!!」

 

 

 

彼のスキルである(支配の呪言)だったが、Lv40以下の者にしか効かないこのスキルは、ルカ達3人にはまるで効果がない。それを察したメガネの悪魔は、続けざまに魔法を詠唱した。

 

 

 

石化の視線(ペトリファイ)!」

 

 

 

その言葉を聞いたルカ達は瞬時に反応する。回避(ドッヂ)のパッシブスキルにより、左右へと避けて石化を回避した。

 

 

 

「やっぱり手間がかかるねえ、こいつは。一気に畳むぞ」

 

 

 

「「了解」」

 

 

 

魔法解体(マジックディストラクション)!」

 

 

 

ルカがそう唱えると、メガネの悪魔の周囲に張られていた強烈な火柱が消え失せた。それと同時にルカ達3人が突撃する。

 

 

 

沈黙の覇気(オーラオブサイレンス)

 

 

 

魔法最強化・星幽界の一撃(マキシマイズマジック・アストラルスマイト)!」

 

 

 

一万の斬撃舞踏(ダンスオブテンサウザンドカッツ)!」

 

 

 

 

ルカに言葉を封じられ、魔法を詠唱出来なくなったメガネの悪魔は、ミキとライルの魔法と斬撃を防ぐ術がなかった。まともに食らったメガネの悪魔はその場に倒れ込み、言葉一つ発せずに悔しそうに天を仰いでいた。

 

 

 

ここまで約25秒。ルカ達は再度踵を返し、コキュートスの元へと突進した。先程とは持っている武器が異なるが、それには一切構わずライルが先制する。

 

 

 

「再戦だな。自信は?」

 

 

 

「ナケレバコノ場ニ立タヌ!」

 

 

 

「そうか、では絶望を知れ。弱点の捜索(ファインドウィークネス)

 

 

 

そう唱えると同時に、コキュートスの刺突・斬撃・打撃耐性が一気に下がった。その虚をついて、ルカとミキが畳み掛けるように連撃を繰り出した。

 

 

 

霊妙の虐殺(スローターオブエーテリアル)!」

 

 

絞首刑の木(ハンギングツリー)!」

 

 

 

ルカとミキ、左右からの高速40連撃を受けて、コキュートスは武器を落とし、その場にドサッと倒れ込んだ。ルカ達は第五目標である鞭持ちのダークエルフへ向かって突進した。

 

 

 

その様子を観覧席から見ていたアインズは、拳を握りしめていた。ルカ達が勇ましく戦い、一人、また一人と階層守護者を撃破していく様子を見て、胸が高鳴っていた。まるで、過去共に戦った戦友達を見ているような錯覚にすら陥った。

 

 

 

(彼らが味方につけば...いや、彼らが側に居てくれたら)

 

 

 

 

万感の思いに浸ったアインズの体の周囲に、幾重にも折り重なった魔法陣が現れた。戦いに夢中だったルカ達だったが、アインズの様子を見て咄嗟に後方へ飛び退いた。

 

 

 

死の支配者が両手を広げると魔法陣が更に巨大になり、それと同時に守護者達へ叫ぶように指示を出した。

 

 

 

「守護者達よ、総攻撃で時間を稼げ!!そして私の合図と共に即座に離脱せよ!!」

 

 

 

呼吸の盗難(スティールブレス)の効果が消えた瞬間、闘技場に残った階層守護者5人がルカ達3人に向かって四方八方から、一斉に襲いかかってきた。

 

 

 

「やれやれ、何をアツくなってるんだか....。来るぞ、防衛陣形!ライルは黒甲冑と執事のオッサン、ミキはダークエルフだ!俺は赤いのをやる、反撃のタイミングを見逃すな、魔法を徹底しろ!」

 

 

 

「「回避上昇(エバージョンライジング)!」」

 

 

 

互いを背にした三人は完全に防御に徹していた。その鉄壁の守りは、階層守護者達5人の攻撃を全く寄せ付けないほど、完膚なきものへと達していた。

 

 

ルカは赤いワンピースを着た女性からの激しい攻撃を必死で躱していた。シャルティアとも、コキュートスとも違うこの圧力とスピード、攻撃の重さ。ルカは恐らくこの女性が守護者の中で最強だろうと予測していた。

 

 

 

しかしアインズのあのエフェクト...超位魔法を放つ気だ。試合とか言っておきながら、一体何を考えているのか。

 

 

 

 

「守護者達よ、今だ!!範囲外へ避難せよ!」

 

 

 

 

咄嗟に、守護者全員が周囲の客席に向かって後方に飛び退く。

 

 

 

しかしルカは、闘技場の中央にいながら、アインズに向けて視線を外さなかった。

 

 

 

 

 

「超位魔法・失墜する天空(フォールンダウン)!!」

 

 

 

 

虚数の海に舞う不屈の魂(ダンスオブディラックザドーントレス)!!」

 

 

 

 

 

ルカ達のいる闘技場に巨大な青白い光が落ちた。

 

 

 

 

 

「やった!!」 劣勢だった鞭持ちのダークエルフが思わず言った。

 

 

 

「アインズ様、さすがです!」黒甲冑の女性も声を上げる。

 

 

 

「やりましたな、アインズ様」初老の執事も確信に満ちた声を上げる。

 

 

 

 

しかしその直後。失墜する天空(フォールンダウン)の光が消えないまま、中から声が響いた。

 

 

上位瞬間移動(グレーターテレポーテーション)

 

 

失墜する天空(フォールンダウン)の光が消えた瞬間、ルカ、ミキ、ライルの3人は、アインズウールゴウンのもとまで瞬間移動し、それぞれの武器をアインズの喉元に当てていた。

 

 

 

超位魔法のリキャストタイムもあり、アインズは硬直して動けない。

 

 

 

「動くな!!そこから一歩でも動いたら、お前たちの主人の首を跳ねる」

 

 

 

ルカは大声で闘技場に向けて言い放った。

 

 

 

戦った彼らが一番良く分かっているはずだ。アインズウールゴウンの首を跳ねるという行為を、ルカ達は本当に実行出来るという事を。

 

 

 

敵の動きが止まった。アインズが驚愕の視線でルカに声をかけた。

 

 

 

 

「ばっ...バカな!!無傷だと言うのか?!」

 

 

 

「そうだよ、10秒間パーティー全員を無敵化出来る魔法をかけたからね。それよりあのさあ....試合じゃなかったの?」

 

 

 

「いやまあ、その...君達なら超位魔法一撃程度でなら体力的にも死なないと思って、つい、な」

 

 

 

「ふーん...まあいいや。それより試合は終了って事でいいよね?」

 

 

 

「あ、ああ、もちろんだとも」

 

 

 

「じゃあ守護者たちに、試合終了の宣誓をしてあげて。君が乱入してきたせいで、こんなことになったんだからね?」

 

 

 

 

ルカはアインズの首元からロングダガーを離し、金属製の鞘に収めた。それを受けてミキ、ライルも武器を収める。アインズは一歩前に出ると両手を左右に広げ、闘技場にいる階層守護者達へ向け大きな声で言った。

 

 

 

「守護者達よ、実に見事な戦いぶりであった!!このナザリックの平和を守れるのは、お前たちしかいないと私はこの戦いを見て強く確信した!そして私はここにいる3人の強者達の願いを聞き入れ、互いに有益な情報交換を行う為に会合を開く!各自戦いの傷を癒やすように。これにて御前試合を終了する、みなご苦労であった!」

 

 

 

立っている階層守護者達5人は無言で武器を下ろしたが、どこかしょんぼりとし、悔しさが滲み出ている。それを見てルカ達は観覧席を飛び降り、今だ立ち上がれずにいる子供に歩み寄ると、その横に両膝をついた。

 

 

 

 

「ごめんね、1番最初に倒しちゃって。いま回復してあげるからね。一応確認するけど、君はダークエルフだよね?」

 

 

 

「え、えと、あの、その、はい、そうですけど...」

 

 

 

前髪を少し長めに切り揃えた、金髪の可愛らしいダークエルフの女の子は、どこかおどおどした様子でルカを見上げながら、辿々しく答えた。

 

 

 

「じゃあ人間種だね、OK。魔法最強化・約櫃に封印されし治癒(マキシマイズマジック・アークヒーリング)

 

 

 

ルカはダークエルフの額と腹部に手を置き、目を閉じて魔法を詠唱する。周囲にシャルティアがいる事を考えて、単体回復魔法を使用した。

 

 

 

 

(ブン!)という低い音が鳴り、地面に横たわるダークエルフとルカは瞬時に青白い光の球体に包まれた。その光の中で、ダークエルフの全身に負った深手がみるみるうちに塞がっていく。

 

 

 

ルカの背後で警戒していた黒甲冑の女性と赤いワンピースの女性、そしていつの間にか闘技場に降り立っていたアインズはその様子を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

 

(これほどの力を持ちながら、回復魔法も使用できるとは....)

 

 

 

そんなアインズの心境も他所に光は収束し、やがて消えるとルカは目を開けた。女の子の頭を優しく撫でながら、声をかける。

 

 

 

「大丈夫?他に痛いところはない?」

 

 

 

「...いえ、あの、その、大丈夫みたいです」

 

 

 

「良かった。立てるかい?」

 

 

 

ルカは立ち上がり女の子に手を差し伸べると、恐る恐る手を伸ばし、ルカの手を握った。ゆっくりと引っ張り上げて女の子を立たせると、ルカはその子の髪と背中についた土埃をポンポンとはたき落とす。

 

 

 

「女の子は清潔にしなくちゃね。名前は何ていうの?」

 

 

 

「ぼぼ、僕はマーレ・ベロ・フィオーレと言います!あのその、ルカ..さん、ありがとうございます..」

 

 

 

「そうかマーレ。いいんだよ、ボロボロにしちまったお詫びさ」

 

 

 

マーレの頭をポンポンと軽く撫でると、ルカは次にシャルティアの元へと歩み寄った。地面に倒れたシャルティアの横にルカが膝をつくと、怒ったような顔でプイッとそっぽを向いてしまった。

 

 

 

「そう怒るなよシャルティア。戦ってみて君が強いという事は分かっていたから、倒す順番を2番目に選んだんじゃないか」

 

 

 

「...フン、これで二度目でありんすね」

 

 

 

「もうこんな事はしないよ、約束する。だからこっち向いて、シャルティア。回復してあげるから」

 

 

 

ルカはシャルティアの右頬に手を添えて、ゆっくりとこちらを向かせた。目の前にルカの笑顔が目に入る。それを見てシャルティアは、半ば諦めたような表情になった。ルカはシャルティアの額と腹部に手を乗せる。

 

 

 

「もう、好きなようにやりなんし...」

 

 

 

「そうさせてもらうよ。魔法最強化・大致死(マキシマイズマジック・グレーターリーサル)

 

 

 

(ボッ!)という音を立て、ルカの両手に大きな黒い炎が宿ると、手を触れている額と腹部から膨大な負のエネルギーがシャルティアの体内へと流れ込んでいく。

 

 

 

シャルティアの全身が緑と黒の明滅を繰り返し、全身に負った斬撃の傷が塞がっていった。シャルティアはそれを感じ、静かに目を閉じて深呼吸する。やがて体力がフル回復すると、(ビクン!)とシャルティアの体が痙攣した。ルカは額と腹部に乗せた手を静かにどけて、シャルティアの上体をゆっくりと起こした。

 

 

 

「終わったよシャルティア。他にどこか痛いところはない?」

 

 

 

「...フン、ありんせん」

 

 

 

何故か顔を赤らめているシャルティアは自力で立ち上がり、真紅の鎧に付いた土埃をパンパンと払った。その後、シャルティアの体が一瞬光を帯びると、鎧姿から漆黒のボールガウンドレスへと変貌していた。

 

 

 

「なっ...シャルティア!!敵前で武装解除するなど、あなたは一体何を考えているのですか!」

 

 

 

それを見て怒号を上げたのは、黒甲冑を着込んだ女性だった。そう言われてもシャルティアは身動き一つ取らず、ルカ達と黒甲冑の女性に背を向けている。

 

 

 

「シャルティア!何とか言ったらどうなの?!」

 

 

 

「安心しなんし。その人達は敵じゃありんせん」

 

 

 

「...何故そのような事が言い切れるのですか!!」

 

 

 

シャルティアは振り返り、黒甲冑の女性へと向き直った。

 

 

 

「私はそこのルカ・ブレイズと二度戦ったでありんす。そしてそのどちらも私の負け。あなたもこの人達と正面からやり合えば、その事が理解できるでありんしょう、アルベド」

 

 

 

「...クッ!」

 

 

 

 

黒甲冑の女性・アルベドは、そう答えるシャルティアの顔を見て黙り込んでしまった。彼女は笑顔だった。しかしその目はどこか切なく、儚げな表情を讃えている。そこにいるシャルティアは、ただただ美しかった。

 

 

 

その様子を見て、ルカも自然と笑顔になっていた。シャルティアに歩み寄り肩をポンと叩くと、そのままシャルティアの背後に倒れているメガネの悪魔の元へ行き、横に両膝をついた。

 

 

 

 

「き、貴様...」

 

 

 

「予想通り、手強かったよ君。レベルキャップもあるけど、石化は私達にも耐性が無い。良いところを突いてきたね」

 

 

 

「...今となっては後の祭りだ。さあ、殺せ!」

 

 

 

「ご主人様の言う事を聞いてなかったの?これは試合。アインズは、君達と戦わせることで私達の能力が知りたかったんだよ。君を殺したらルール違反だ」

 

 

 

「では一体何をするつもり...」

 

 

 

ルカはその言葉を遮るように、彼の目に手を覆いかぶせた。そして腹部にも手を置く。

 

 

 

「目を閉じて、回復してあげる。一応確認するけど、君はアーチデヴィルだよね?」

 

 

 

「だったら何だ!」

 

 

 

魔法最強化・約櫃に封印されし治癒(マキシマイズマジック・アークヒーリング)

 

 

 

ウォー・クレリックの放つ聖なる光が二人を包み込む。悪魔の体が微細振動し、覆い隠された目と腹部から、湧きい出てくるように力強い波動が流れ込んでくる。それを感じ取り、悪魔は意図に反するように、硬直させた体を弛緩させた。

 

 

 

ルカは悪魔の目と腹部から手をどけた。まるでダイヤモンドの如き青白く光る目が開くと、目の前には静かに微笑して佇むルカの姿があった。

 

 

 

悪魔は咄嗟に上体を起こし、自分の体に触れて状態を確認した。あれだけの攻撃を喰らいながら、傷一つ、痛み一つすらもない。右を向くと、ルカの顔が至近距離の位置にあった。

 

 

 

「他に痛む所はない?」

 

 

 

そう言うとルカは悪魔の右頬を撫で、直毛気味の髪を無理矢理オールバックにしたような頭をゆっくりと後ろにかき分け、そのまま首の後ろを揉むように優しく握った。

 

 

 

「...あ、あなたは...何故このような力を...」

 

 

 

「後でゆっくり説明してあげるから、心配しないで」

 

 

 

「い、いや、それよりもあなたは...」

 

 

 

「ん、何?」

 

 

 

悪魔は上体を起こしたまま、目の前にあるルカの赤い瞳から目が離せずにいた。自分達とは、全く違う存在...。そう悪魔は直感した。

 

 

 

 

「あなたは、女神なのでしょうか?」

 

 

 

悪魔はゴクリと固唾を飲み、ルカの目を見据えて聞いた。

 

 

 

 

「そんなわけないでしょ。それとは真逆だよ私は。でも...君がそう感じてくれたなら、うれしいよ」

 

 

 

 

ルカは悪魔の顔を両手で掴むと、自分の胸元へ優しく抱き寄せた。悪魔にはレザーアーマーの匂いと、それ以上に強く香るフローラルな香りが鼻孔を満たしていた。悪魔は、癒やされた。最早抵抗しようがないほどに。悪魔は、自ずとルカの背中に手を回した。もっと強く、この感触に浸っていたかったから。

 

 

 

「私はルカ・ブレイズ。君の名前を教えて?」

 

 

 

「...デミウルゴスにございます」

 

 

 

ルカは胸元に顔を埋めるデミウルゴスの頭を優しく撫でると、両脇を掴んでゆっくりと体から離した。

 

 

 

「後でアインズ達と一緒にゆっくり話をしよう。でもその前に、傷付いた他の守護者達を回復させてあげないと。ね?」

 

 

 

「あなた様の事を...ルカ様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

「もちろんだよデミウルゴス。さあ立って!」

 

 

 

ルカはデミウルゴスの右手を取ると、グン!と引っ張って立ち上げた。完全回復したデミウルゴスは、自分よりも身長の低いルカの顔を見下ろし、自信に満ちた微笑を讃えている。先程の殺気も嘘のように消え失せていた。

 

 

 

それを見てホッとしたルカは、足早にコキュートスの元へと歩み寄った。(ゼー、ゼー)と息が荒く、危険な状態だと判断したルカは、即座にコキュートスの横へと両膝をついた。

 

 

 

「コキュートス!ごめんね待たせて」

 

 

 

「ハー、ハー、イ、イヤルカ殿、ナンノコレシキ...グフッ」

 

 

 

コキュートスは口から青色の血を吐いた。慌ててルカはコキュートスの額と腹部に向けて手を差し出したが、コキュートスはそれを右腕で払い除けてしまった。ルカはコキュートスの顔の上に被さり、叫ぶように言った。

 

 

 

「コキュートス、もうヤバいんだってば!!お願いだから治療させて!」

 

 

 

「グッ...ルカ殿、アノ者...私ト戦ッタ、ライルハオリマスデショウカ...」

 

 

 

「ああ、ここにいるよ」

 

 

 

それを聞いていたライルが、ルカの隣に片膝をついた。

 

 

 

「私はここにいる。見えるか?」

 

 

 

「ア、アア、見エルトモ。オ前、一戦目ノトキハ力ヲ隠シテイタナ...。アンナ強力ナデバフヲ持ッテイルノナラ、最初カラ私ニ使エバ良カッタモノヲ....」

 

 

 

「だから言っただろう、相手が悪かったとな」

 

 

 

「...クク、コウナッテシマッテハ、ソレヲ認メザルヲ得マイ。シカシ、オ前ニ一ツ頼ミタイコトガアル」

 

 

 

「何だ、言ってみろ」

 

 

 

「...モウ一度、私ト戦カッテクレルカ? 今度ハ、本気デ...オ前ノ全力ヲ出シテ...」

 

 

 

「フッ!いつでもかかってこい。また捻り潰してやる」

 

 

 

「ア...アリガトウ...」

 

 

 

 

コキュートスが気を失った。生命の精髄(ライフエッセンス)で確認している猶予などない。ルカは即座にコキュートスの額と腹部に手を乗せ、目を閉じて意識を集中した。

 

 

 

「もう限界だ!魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)約櫃に封印されし治癒(アークヒーリング)

 

 

 

(ブォン!)という激しい音と共に、ルカ達とコキュートスを中心に青白い球体が包み込む。腹部に手を当てたルカの手のひらに、(ドクン!)という力強い鼓動が伝わった。間に合った。ルカは更に意識を集中させ、ウォー・クレリックの聖なる光をコキュートスの体内に全力で注ぎ込んでいく。

 

 

 

無残に刻まれたコキュートスの全身に広がる裂傷が、みるみるうちに塞がっていく。そしてコキュートスは、目を覚ました。だがしかしそこで異変が起きた。ルカが前面にあるコキュートスの体に突っ伏し、倒れてしまったのだ。

 

 

 

その瞬間、場の空気が変わった。即座にライルは立ち上がり、後方を振り向いた。そのすぐ横に、ミキも立ち塞がる。

 

 

 

ミキ・ライルの正面にいたのは、アルベドと赤いワンピースを着た女性だった。武器を構え、今にも飛びかからんとする勢いだ。そこへ間髪入れずに、アインズが制止にかかる。

 

 

 

 

「やめよ、アルベド・ルベド!!この者たちは約束を守った。我らがそれに報いなくて何とする!!」

 

 

 

「しかしアインズ様、このような危険分子、私とルベドでかかれば...」

 

 

 

「こいつら私よりも強い。危険、危険....」

 

 

 

二人は完全に戦闘態勢だった。ミキとライルもそれを察し、武器を抜いて全身から巨大な殺気を立ち上らせる。アインズは焦った。この殺気、先程の戦いでも彼らはまだ全力を出していなかった証拠だ。今ここで戦えば、ナザリックの崩壊に繋がる。

 

 

 

しかしそこで一人の少女が近寄り、ライルの前に立った。両手をダランと下げ、全身から鬼神のようなドギつい殺気を放っている。シャルティアだった。

 

 

 

そしてもう一人、シャルティアとは異なる冷気の如き凝縮された殺気を放ちながら、何者かがミキの前に立ち塞がった。デミウルゴスだった。

 

 

 

その後ミキ・ライル・シャルティア・デミウルゴスの4人が立つ背後から、巨大な影が立ち上がり、手に持つ武器を地面に叩きつけた。

 

 

 

闘技場の地面が、広範囲に渡って凍りついていく。そしてその巨大な影も、シャルティア以上とも言える巨大な殺気を放っていた。コキュートスだった。

 

 

 

しかしコキュートスは、全ての腕に武器を装備していない。4本の腕の内下腕2本にハルバードと刀を装備し、上腕2本には、ルカの体が抱きかかえられていた。コキュートスは再度殺気をアルベドとルベドに叩きつける。

 

 

 

二者は無言で睨み合いを続けたが、口火を切ったのはアルベドだった。

 

 

 

「...シャルティア、私を裏切ると?」

 

 

 

「裏切ってるのはテメェだろうがボケが」

 

 

 

普段の郭言葉が消え去り、素の口調に戻っている。

 

 

 

「デミウルゴス!!あなたも一体どういうつもり?」

 

 

 

「...私は今まであなた達に、本音を話したことがありませんでした。しかし今! 今ばかりは本音を言いましょう。このルカ様達3人を迎え入れることは、ナザリックに多大な恩恵をもたらすという事。私はそう確信しました。そのような貴重な存在を殺すと言うのならば、私は全力であなた達二人を殺しにかかります...せいぜい覚悟してかかっておいでなさい」

 

 

 

「クッ...コキュートス!!その手にしている者を今すぐ殺しなさい!!」

 

 

 

「...コノ者達ハ、我ラノ遥カ上ヲイク強者。ソシテコノ者タチハ、我ラトノ約束ヲ守ッタ。コノヨウナ高尚ナ存在ヲ殺スト言ウノデアレバ、アインズ様ノ命ニ背イタオマエ達二人ヲ、我ラハ殺ス!!」

 

 

 

「...ギッ!!」

 

 

 

 

いかにアルベド・ルベドと言えども、このナザリック3強を締める三人と戦うのは分が悪い。それに加え、背後にはミキ・ライルが控えている。彼ら二人の能力も未知数、しかもコキュートスは、三人の強者と言った。という事は、伝言(メッセージ)で報告にあった通り、彼ら一人一人がシャルティアやコキュートスよりも戦闘力が上と判断すべきだろう。

 

 

 

「ルベド...」

 

 

 

アルベドは諦めてルベドの手を引き、二人共戦闘態勢を解いて後ろに下がった。それを見るとコキュートスは中空に手を伸ばし、オレンジ色のポーションを取り出した。

 

 

 

「ルカ殿...ルカ殿!目ヲ覚マシテクダサイ」

 

 

 

「う...うーん、コキュートス?」

 

 

 

「左様デゴザイマス、サ、コノポーションヲオ飲ミクダサイ」

 

 

 

「ん〜、これ何?」

 

 

 

上位魔力回復薬(グレーターマナポーション)デス」

 

 

 

「んん、わかった。まだ頭がクラクラする...」

 

 

 

「恐ラクハ、連続シテ高位階ノ回復魔法ヲ使用シ続ケタ影響デショウ。サ、オ早ク」

 

 

 

「OK、ちょっと待ってね...」

 

 

 

ルカは瓶の蓋を開けて、ポーションを一気に飲み干した。その途端、視界も一気に明るくなる。ベッドの上に寝ていたかと思ったが、それにしては妙に視界が高い。正面にいるミキはともかく、ライルの頭までが下に見える。ふと左に手をやると、硬い鎧のようなものに手が当たった。

 

 

 

上を見るとコキュートスの顔、下を見るとコキュートスの腕があった。彼に抱きかかえられているという事実を知り、ルカは足をバタバタさせた。

 

 

 

「ちょ、コキュートス?!何で私お姫様抱っこされてるの?!」

 

 

 

「コ、コレニハ深イ事情ガアリマシテ。後程ゴ説明イタシマスユエ、今ハゴ安静ニナサレヨ。アレダケノ戦イヲツヅケタ身、シバシオ休ミクダサレ」

 

 

 

「ええ?うん、まあいいけど...」

 

 

 

確かにコキュートスの腕は広く、寝心地が良かった。しかしミキとライル、シャルティアとデミウルゴスがこちらを見て、クスクスと笑っている。アインズは?!と思い首を振ったが、アルベドとルベドのすぐ後ろに立ち、顔は骸骨なので無表情だが、口元に手をやり体を揺すっている。

 

 

 

そしてアインズはアルベドとルベドに近寄り、二人の肩を握った。二人がアインズへと向き直る。

 

 

 

 

「アルベド、ルベド。お前達に罪はない。この場合意見が2つに分かれるのは当然の事だからな」

 

 

 

「し、しかしアインズ様!私は、私はアインズ様とナザリックの事を思って...」

 

 

 

「わかっているさアルベド、だがもう良いのだ。私はあの3人と話をする事に決めた。それよりも、私の為に試合をしてくれて感謝する、アルベド・ルベド。素晴らしい戦いぶりであったぞ」

 

 

 

「アインズ様...」

 

 

 

「勿体なきお言葉」

 

 

 

二人がそう答えると、アルベドの全身が一瞬光を帯び、黒甲冑からホワイトドレスを着た美しい女性へと変貌した。武装を解除したアルベドは、右手を胸に当て、その場で片膝をついた。

 

 

 

「全ては、アインズ様の御心のままに」

 

 

 

「うむ、ありがとうアルベド。そしてルカよ、守護者達の回復、感謝する」

 

 

 

コキュートスの腕の上で、ルカはアインズに向かい笑顔で親指を立てた。

 

 

 

 

「それでは場所を移動しよう。アルベド、デミウルゴス、9層の応接間で会合を取り行おうと思う。ついてきてほしい」

 

 

 

「「ハッ!」」

 

 

 

「それ以外の階層守護者達は各階層に戻り、警戒レベルを最大限に引き上げろ。コキュートス、すまないがその大事そうに抱いているルカをデミウルゴスに明け渡せ」

 

 

 

「ギョ、御意!」

 

 

 

何故か顔を紅潮させたコキュートスは、いそいそとデミウルゴスへ歩み寄り、ルカを横にしたままそっと受け渡した。

 

 

 

「え...え?ちょっとやだデミウルゴス!私はもう大丈夫だから下ろしていいよ!」

 

 

 

「いけませんルカ様、まだ安静にしていませんと。それにこの後階層を転移致しますので、どうかそのまま御寛ぎくださいませ」

 

 

 

「だからって、何でこの格好なのよ〜...もう」

 

 

 

微笑を讃えるデミウルゴスの眼鏡がキラリと光る。

 

 

 

「よし、それでは他の二人...ミキとライルは私についてきてくれ。転移門(ゲート)

 

 

 

6人はアインズの開けた時空の穴を通過すると、薄暗く天井の高い廊下に出た。その先左手に重厚な木の扉があり、アインズが取っ手を両手で握ると、左右に大きく手を広げて扉を開く。

 

 

 

その部屋の中央には縦に長いテーブルが置かれており、その左右には5個ずつ、背もたれの大きな椅子が並べられていた。天井を見上げると、豪華なシャンデリアが室内を照らしている。

 

 

 

「君達はそちら側に座ってくれ」

 

 

 

アインズが指を差すと、ミキ・ライル・ルカを抱きかかえたデミウルゴスは向かって右側の席へと移動する。5つの座席中央にある椅子をライルが引き出すと、デミウルゴスは抱えたルカを椅子の上へそっと下ろした。そしてテーブルを回り込み、アインズの隣へと移動する。ルカはフードを下げて、部屋の中を見回した。

 

 

 

アインズが着席すると、アルベド・デミウルゴスもそれに続いて椅子に腰を下ろした。向かって左からアルベド・アインズ・デミウルゴスという並びだ。

 

 

 

「さあ、掛けてくれたまえ」

 

 

 

アインズが右掌を上に向けて促すと、ルカを挟んでミキは右に、ライルは左に腰を下ろし、二人共フードを下げた。既に腰掛けているルカは、相変わらず広い部屋のあちこちをキョロキョロと見回していた。

 

 

 

 

「すごいね、あれだけの広大なダンジョンが上にあるのに、その地下にまだこんな施設があるなんて。ここ相当金かかってるんじゃない?」

 

 

 

「フフ、ナザリック地下大墳墓は、私達のギルドが作り上げた最高傑作だからな。この部屋は第9層の一室に過ぎないが、他にも無数の部屋と施設がある。広さは君達が見てきたフィールドとほぼ同等だ」

 

 

 

「上位ギルドって訳か、圧巻だよ。このナザリックに比べたら、私達の拠点なんて本当にちっぽけなものさ」

 

 

 

「君達にも拠点があるのか?」

 

 

 

「ああ、良ければ今度招待するよ。ちょっと特殊な場所にあるから、普通の方法では行けないんだけどね」

 

 

 

「ほう、それは興味深い。是非ご招待に預からせてもらおう」

 

 

 

「うん、うちの料理長は優秀だからね。最高のメシをご馳走するよ」

 

 

 

「私はアンデッドだから食事は不要だ。代わりに私の部下達に振る舞ってやってくれ」

 

 

 

「あ!ごめん、すっかり自分の感覚で言っちゃった。分かった、そうしよう。みんな連れてきていいからね」

 

 

 

「気にするな、構わないさ。それよりそろそろ本題に入らないか?」

 

 

 

「え?ああそうだね、つい浮かれちゃって。その為に来たんだもんね。でも、何から始めたらいいか...」

 

 

 

 

 

ルカはテーブルに目を落とし、考え込んだ。左右に座るミキとライルが、心配そうにルカを見つめる。アインズ達3人も、ルカが口火を切るのを黙って待っていた。

 

 

 

 

「...そうだな、まずお互い最初から始めよう。アインズ、君はユグドラシルからこの世界に来る直前の事を覚えているかい?」

 

 

 

「? ああ、もちろん覚えている」

 

 

 

「どんな状況だった? 出来るだけ、詳細に教えて欲しい」

 

 

 

 

アインズの眼窩に光る赤い目がテーブルに落ちる。そして一言一言を噛みしめるように思い起こしながら、彼は語り始めた。

 

 

 

「分かった...。あれはユグドラシル最後の日、サービス終了日だった。その時点で41人居たギルドメンバーの大半は既に引退しており、同じ第9階層にある円卓の間で、残ったギルドメンバー達と共にサービス終了を迎えようと私は一人待ち続けた。会いに来てくれたのは3人。しかしサービス終了時刻を迎える前に彼らはログアウトし、私はただ一人ナザリックに残された。もう誰も来ないと諦めた私は、最後を迎えるに当たりギルド武器を手に、NPCである戦闘メイドとセバスを引き連れ玉座の間へと移動してそこに座り、一人ギルドの過去を振り返っていた。

 

 

...楽しかった。本当に楽しい思い出しかなかった。そこにはナザリックNPCの最高指揮官である、このアルベドも同席していた。私は玉座に座り、サービス終了時刻である午前0:00を待った。やがて時刻を過ぎると、一瞬だが意識が途絶えた。私は強制ログアウトされたのだと思い、再び目を開けた。しかしそこは現実世界ではなく、ユグドラシルと同じ玉座の間だった。私がこの世界に転移したのは、その時だ」

 

 

 

 

ルカはアインズの語りを聞く途中で、無意識に読心術(マインドリーディング)を発動していた。彼のユグドラシルに対する熱き思い、過去の思い出、悲しみ...そして混乱。虚偽など一切入り込む隙間もないほどの強い感情が一気に流れ込んでくる。それを感じて、アインズを見つめるルカの目にうっすらと涙が滲んでいた。

 

 

 

「何と...そのような事が...」

 

 

「で、ではアインズ様、至高の御方々はやはりお亡くなりになられたと?!」

 

 

 

 

両隣で聞いていたアルベドとデミウルゴスが、驚愕の表情を浮かべる。彼らにとって、初めて聞かされた話であった。アインズは右手を上げて二人を制止する。

 

 

 

「案ずるなアルベド、デミウルゴス!私がこの世界に転移する前、お前達の創造主であるギルドメンバーとはほぼ全員と連絡が取れている。つまり彼らは、こことは別の世界で今も生きているという事だ」

 

 

 

「おお...それは何よりでございます!」

 

 

 

「.......」

 

 

 

 

デミウルゴスはそれを聞いて素直に喜んでいる様子だったが、アルベドは何故か複雑といった表情で、無言のまま下唇を噛み締めていた。

 

 

 

三者三様の様子だったが、話が終わったのを見計らい、ルカは再度質問を続けた。

 

 

 

 

「教えてくれてありがとう、アインズ。もう一つ聞きたいんだけど、ユグドラシルのサービスが終了した年月を覚えているかい?」

 

 

ルカは椅子を引き寄せてテーブルに近づけ、ズイっと前に乗り出してアインズを見つめる。

 

 

 

 

 

「? ああ、覚えているとも。2138年11月9日に、ユグドラシルは終焉を迎えた」

 

 

 

「やはりそうか...。アインズ、よく聞いてくれ。私は.....いや私達は、2350年からこの世界へ転移して来たんだ」

 

 

 

「....2350...年?」

 

 

 

「そう。つまり君達より212年後の世界だ」

 

 

 

 

アインズは空いた口が塞がらなかった。頭の中が真っ白になった。正面にいるルカの顔を見ると、口を真一文字に結び、目には悲壮感を漂わせている。それを見て我に返ったアインズは、右手を額に当てて首を振った。

 

 

 

 

「...それは途方もない話しだ。ルカ、つまり2350年にもユグドラシルは存在していると?」

 

 

 

「そう。公式サービスはとうの昔に終了しているが、ユグドラシルを愛する技術者達が総力を結集し、リバースエンジニアリングにより復活させた、いわゆるエミュレーターサーバだ」

 

 

 

「...そんな事が、本当に可能なのか?あの荒廃した世界で...」

 

 

 

「2130年代、何が起きていたのかは全て知っている。軍産複合体や巨大複合企業が地上を支配し、彼らの台頭と平行するように地球の環境破壊が急速に進んだ、つまりはディストピアだった。そうだよね?」

 

 

 

「...ああそうだ!俺には家族もいない、友人もいない、空気も汚い...あんな暗くて辛い世界にはもう...二度と帰りたくない!!」

 

 

 

アインズは、この世界に転移する前の現実が脳裏に蘇り、両手で頭を抱え絶叫した。突然の主人の変わりように、アルベドとデミウルゴスは絶句し、声をかけられずにいた。

 

 

 

「アインズ...アインズ!私の手を握って、お願い」

 

 

 

ルカはテーブルを挟み、アインズに右手を伸ばした。それを見たアインズは、左手で頭を抱えながら縋るように右手を伸ばし、ルカの手を強く握った。アインズは無意識に欲していた。自分という存在を理解してくれる、同じ人間(プレイヤー)の温もりを。

 

 

 

「アインズ大丈夫、落ち着いて。これから全部説明するから。その前にこの武器を鑑定してみて。君にこれから話すことを信じてもらう為に」

 

 

 

ルカはアインズの右手を握ったまま、左手でロングダガーを逆手に引き抜き、アインズの前に差し出した。柄から切っ先まで、全てが漆黒の武器を目の前にし、アインズはルカの右手を離してそれを受け取った。

 

 

 

 

「い、いいのか?武器の性能を知られるという事は、お前に取っても致命傷になりかねないというのに」

 

 

 

「気にしないの。その為に私はここへ来たんだから」

 

 

 

「....分かった、そこまで言うなら。道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

アインズの脳裏に、膨大な情報が流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

アイテム名 : エーテリアルダークブレード・オブ・ザ・ヴァンパイア

 

クラス制限 : イビルエッジ専用装備

 

装備可能スキル制限 : ダガー300%

 

攻撃力 : 3090

 

効果 : 闇属性付与(150%)、闇属性Proc発動確率10%(Proc=付随追加効果)、エナジードレインProc発動確率50%、即死(Lv90以下)、麻痺効果発動確率10%、命中率上昇200%、付随攻撃力+800

 

 

耐性 :世界級耐性120%

   毒耐性80%

   闇耐性150%

   氷結耐性70%

 

アイテム概要 : 人の心を捨て、闇の技を極めし者のみが装備を許される漆黒の刃。この呪われた強力なダガーは、数多くの人外の手に渡り勝利を与えてきたが、同時にそれ以上の不幸を与えると噂されている。

 

 

修復可能職 : ヘルスミス

必要素材 : サルファー10、オブシディアン30、ミスリル20、ダイヤモンド5

 

------------------------------------------

 

 

 

 

手にしたロングダガーの恐ろしい効果に、アインズは目を疑っていた。攻撃力や付与効果、Procの発動確率にも目が行ったが、何よりも耐性に世界級(ワールド)耐性と書かれている表示は、初めて目にした。このような表示は、ユグドラシルでは明言されていなかったはずだ。

 

 

 

そして一番の謎は、装備制限にある(イビルエッジ)というクラス名称だ。これもユグドラシルでは存在しなかったクラス名だ。アインズは、この強力な武器の持ち主であるルカの顔を見やった。アインズの視線に気づき、(ん?)と笑顔で首を傾げるルカを見て、その恐るべき世界級(ワールド)アイテム・エーテリアルダークブレードをルカに返した。

 

 

 

 

「強烈な武器だな、これは」

 

 

 

「フフ、でしょ? ミキにも全く同じものを装備させてるんだよ」

 

 

 

「複数所持が可能という訳か。それにしても、ユグドラシルでは見たことのないステータスがいくつかあった。例えば君のメインクラス・イビルエッジに関してだ」

 

 

 

「知らないのも当然だよ、それを見せたかったの。少しは信じてくれた?」

 

 

 

「信じるというより、驚愕だったがな」

 

 

 

「うん。落ち着けたなら、これから現実世界の出来事と平行して私達の事を全て話すけど。準備はいい?」

 

 

 

「ああ、取り乱してすまなかった。話の続きを聞かせてくれ」

 

 

 

 

ルカはアインズから返してもらったロングダガーを鞘に収めると、目をつぶり深呼吸した。そしてアインズを見つめ、脳内に収められている歴史を一つ一つ、詳細に語り始めた。

 

 

 




■魔法解説

召喚・暗い産卵(サモン・ダークスポーン)

暗殺用のシャドウ系モンスターを召喚する魔法。モンスターのLvは45程度


影の感触(シャドウタッチ)

対象の敵を9秒間麻痺させる魔法。120ユニットという長距離から撃てる為、逃げる敵に追撃を加える際にも使う。また敵の魔法詠唱中に放てば相手の魔法がキャンセルされる為、敵に取っては非常に脅威度の高い魔法


呼吸の盗難(スティールブレス)

対象の動きを30秒間15%の速度まで低下させ、高レベルダメージの毒DoTも与える移動阻害魔法。魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)による効果範囲の拡大も可能という優秀な魔法でもある


結合する正義の語り(ライテウスワードオブバインディング)

術者の周囲30ユニットに渡り敵の神聖耐性を40%下げ、その後に強力な神聖属性AoEを頭上から叩きつける範囲魔法


沈黙の覇気(オーラオブサイレンス)

周囲50ユニットに渡り敵の声を封じる範囲魔法。これにより魔法詠唱を封じるのみならず、伝言(メッセージ)やチャットも行えなくなる為、敵グループの連携阻害としても役に立つ。効果時間は60秒


弱点の捜索(ファインドウィークネス)

敵単体に対し、刺突・斬撃・打撃耐性を20%まで一気にに引き下げるデバフ属性魔法。これにより通常攻撃時でも大ダメージを与える事が出来る


回避上昇(エバージョンライジング)

ローグ系クラスの持つパッシブスキル”回避(ドッヂ)”の回避率を150%まで上昇させる魔法。但しこれをかけると、武器による攻撃速度が40%まで低下するという側面も持つ。効果時間は15分


虚数の海に舞う不屈の魂(ダンスオブディラックザドーントレス)

パーティー全体に対し、10秒間無敵化のシールドを張る魔法。この時間内に違う魔法を使用すると効果が解除されてしまう。但し課金アイテム使用による魔法はこの対象には入らず、同時詠唱が可能

■武技解説

無限の輪転(インフィニティサークルズ)

神聖属性と闇属性の光刃を敵に向かって無数に飛ばす技。中距離から打てる為、火力と共に距離を詰める為の牽制目的で撃つ場合が多い


血の斬撃(ブラッディースライス)

対象に超高速10連撃の物理属性と流血属性のダメージを与える。この流血は1分間続き、しかも攻撃者のINTが高ければ高い程流血ダメージが上がる為、この武技を食らった敵に取っては一撃で致命傷にも成りかねない危険な武技


悪魔の二輪戦車(デーモンチャリオット)

刺突属性の突撃系攻撃。超高速で相手との距離を詰め、剣を腹部に突き立てる技


一万の斬撃舞踏(ダンスオブテンサウザンドカッツ)

全方位からの超高速斬撃を浴びせる武技。ちなみに一万の斬撃とあるが、実際は20連撃程度である


殺人者の接吻(マーダーズキス)

ダガーによる超高速20連撃を浴びせつつ、敵の命中率を大幅にダウンさせる武技


千の斬撃(サウザンドカッツ)

ダガーによる超高速20連撃と合わせて、敵の攻撃速度を大幅に下げる効果も持つ


破壊者の爪(クロウオブディバステイター)

剣による10連撃を浴びせると共に、敵のINT、DEXを大幅に下げる効果を持つ


心臓の捜索者(ハートシーカー)

ダガーによる超高速20連撃と共に、敵への朦朧状態を引き起こす効果を持つ


霊妙の虐殺(スローターオブエーテリアル)

ダガーによる超高速20連撃を加えると共に、敵の防御力を-80%まで引き下げる効果を持つ。また武器属性付与・神聖(コンセクレートウェポン)等のProc発生確率を70%まで上昇させる事により、瞬間火力を高める効果も合わせ持つ


絞首刑の木(ハンギングツリー)

ダガーによる超高速20連撃と共に、敵の刺突耐性を30%まで引き下げる効果を持つ


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第9話 独白

「アインズ、君の居た2138年は世界的に荒廃していたが、そこより22年後、2160年に、枯渇した地球資源の獲得を巡り、日本も含め企業複合体同士の戦争が始まる。各企業体が建設した完全環境都市(アーコロジー)の備蓄までも使用し、戦線に兵站を投入した。

 

 

それでもあとに引けなくなった各企業体は愚かにも戦い続け、それは2190年代まで30年以上も続いた。そしてその世界の残状・企業の愚かさに業を煮やし、軍産複合体に属していた一人の女性が立ち上がった。彼女の名はカーラ・フィオリーナ。戦略のプロフェッショナルだった。最初は民衆を誘導して小さなレジスタンスを組織し、企業の補給部隊を狙い、食料を強奪して完全環境都市(アーコロジー)や集落に分け与えるといった小さな活動だったが、彼女はそれにより捕虜となった兵士達を説得して味方につけ、民衆と合わせて一気に勢力を拡大していった。

 

 

長年の戦闘により疲弊していた各企業体は、突如現れた謎のレジスタンス組織に徐々に押され始め、やがて各企業は、これまで戦争そのものに一切関与してこなかった一つの軍需産業に恫喝をかけた。その企業の名は、ブラウディクス・コーポレーション。カーラ・フィオリーナが所属していた会社だった。

 

 

彼らの専門は主に兵器開発と宇宙産業だったが、各企業の度重なる攻撃にも屈せず、沈黙を貫いていた。そして2195年、レジスタンスの代表として、カーラ・フィオリーナは極秘に単独でブラウディクス・コーポレーションに乗り込み、そのCEOであるビリー・クロフォードと会合を果たした。彼は、突如会社を飛び出した彼女を待ち続けていた。いつか必ず戻って来るだろうと信じて。

 

 

そしてビリーはカーラの思いを聞き届け、レジスタンスに加わる事を承諾した。ブラウディクス・コーポレーションの武器供給と戦力投入を受けたカーラ軍は、破竹の勢いで弱体化した企業複合体を制圧し、2200年、レジスタンスとブラウディクス・コーポレーションが世界に向けて共同声明を発表した。その内容は、荒廃した地球環境の再生と、宇宙開発を視野に入れた世界政府の宣言だった。....ここまではいいかい?アインズ」

 

 

 

「あ、ああ、うむ。大体は理解した」

 

 

 

アインズはそれに頷きつつも、ルカの話した内容を整理するので目一杯だった。しかし顎に手を当て、隣で冷静に聞いていたデミウルゴスが、ルカに聞き返した。

 

 

「ルカ様。それはつまり、2138年アインズ様の時代を汚していた企業とやらが半世紀以上経って消え去り、2200年に地球という星を汚さない、新たな統治者が現れた、という解釈でよろしいでしょうか?」

 

 

 

「そう、それで合っているよデミウルゴス」

 

 

 

「かしこまりましました。アインズ様は既に先を見られてるかと思いますが、この話は配下である私達も把握すべきかと存じます」

 

 

「う、うむ!さすがはデミウルゴス、私の真意を見抜くとは」

 

 

「アインズ...言っておくけど、真面目に聞いてね?」

 

 

「もちろんだとも! しかしその前に、皆のどが渇いただろう。茶を用意させよう。伝言(メッセージ)

 

 

--------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『ペストーニャ?』

 

 

『はい、アインズ様。いかがいたしました、だワン?』

 

 

『うむ、第9階層の応接間まで、大至急キンキンに冷えたアイスティーを持ってきて欲しい。6人分だ』

 

 

『かしこまりました。超特急でお持ちいたします、だワン』

 

 

『頼んだぞ』

 

 

------------------------------------------------------------------

 

 

 

アインズが伝言(メッセージ)を切り終えた途端、応接間の扉がバタン!と勢いよく開いた。扉の向こうには、犬の頭を持った女性のメイドがカートを押し、静かに入ってきた。顔の中心には継ぎ接ぎの傷跡がある。ルカは彼女が創造された経緯を何となく把握したが、考える暇もなくペストーニャは声を上げた。

 

 

「アインズ様、ご注文のキンキンに冷えたアイスティーをお持ちしました、だワン」

 

 

「ご苦労ペストーニャ。皆に注いでくれ」

 

 

「かしこましました」

 

 

六個のグラスに氷を詰めると、金属製のポットに入ったアイスティーを手際よく注ぎ円形のトレーに乗せる。そしてアインズ達3人の下にグラスを置くと、次はルカ達の下に手早くグラスを置き、カートに戻り手を掛けた。

 

 

「お客様、どうぞごゆっくりしていってくださいませ。だワン」

 

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 

ルカが辿々しくお礼を言うと、ペストーニャはカートを下げ、扉をバタンと閉めた。

 

 

ルカは早速一口飲む。

 

 

「ん、おいしい...濃い目に入れてあるね」

 

 

それを聞いてミキとライルも口をつける。

 

 

 

「それは良かった。何なら食事も用意させるぞ」

 

 

 

「...そんな場合じゃないでしょ、アインズ」

 

 

 

ルカはコップに口をつけながら、上目遣いにアインズを見つめた。

 

 

 

「そうだな、そうだった。ペストーニャがポットを置いていってくれた。好きなだけおかわりしてくれ」

 

 

「ちょっと...ほんとに分かってるの?」

 

 

ルカはアイスティーの入ったグラスを持ち、テーブルを回り込んでアインズの隣まで来た。

 

 

「デミウルゴスごめんね、席譲ってくれる?」

 

 

「もちろんですとも、ルカ様」

 

 

 

デミウルゴスは一つ左の椅子に座り直し、アインズの隣にルカは腰を下ろした。

 

 

 

「君の未来に関わるかもしれないんだから、ちゃんと聞いてアインズ」

 

 

「分かっている!分かっているが...いまいち現実味が持てない。そこは理解してくれ」

 

 

「自分の現実味は持てなくても、私に起きた現実は理解して。そうじゃないと、この先話を進められない」

 

 

ルカはテーブルに乗せられたアインズの左手をギュッと握った。アインズはルカの真剣な表情を見て、掌を上に向け、互いの指を絡めるように握り直した。

 

 

「分かった。続けてくれ」

 

 

 

「ありがとう。2200年からだったね。その後カーラとビリーは、軍産複合体及び企業複合体の残党と対話し団結して、世界政府として統合の道を歩んだ。ブラウディクス・コーポレーションはその力を借りて、莫大な技術力と資産を手に入れた。そしてカーラの管理下の元、ブラウディクスは国営企業となった。まずは地球の環境を再生する所からスタートしたが、広範囲に及ぶ大気・土壌汚染の影響もあり、ナノマシンを使用してもこれをすぐに除去するのは難しかった。

 

 

 

そこで考えられたのが惑星外への移住だったが、これはある意味宇宙産業を本命としてきたブラウディクスの基盤でもあった。AIも進化し、地球外での放射線を浴びても耐えきれる強力なロボットが次々と開発され、まずは火星へと送り込まれた。そして2230年、火星に初の前哨基地が作られ、人類が少しずつ移住し、農業プラントが作られた。それが拡大していくと、ブラウディクスは地球外コロニー開発と平行して、惑星地球化計画(テラフォーミング)に乗り出した。

 

 

 

その候補地として選ばれたのが、地球との姉妹惑星と呼ばれながら、その実は灼熱地獄である金星だった。大気は90気圧、二酸化硫黄の雲に覆われ硫酸の雨が降り、地表温度は最高500℃に達する。これを制圧する為には地表に設置する核融合を用いた大気化ジェネレータと、大気圏外から地表の温度を下げる、言わば地球化シールドの2つが不可欠だったが、私がこの世界に来る前も実験段階に過ぎなかった。

 

 

 

やがて2260年、英雄であるカーラとビリーも亡くなり、世界政府は代替わりした。そこから2300年に入り地球の大気・土壌汚染も回復した頃、人類は太陽系外の星系に進出しようと試みた。太陽系から4光年しか離れていない、アルファ・ケンタウリ星系だった。しかしそこへ到達する為には、人間の寿命では到底不可能だった。それを受けて研究されたのが、宇宙の放射線による影響を受けない強固な細胞と血液を持ち、ロボットよりも遥かに精密な動きを可能とする生体コンピュータ...バイオロイドだった。

 

 

 

言わば人造人間と言ってもいい。しかしその開発は宇宙に留まらず、地球内に向けても進められていた。つまり、いくら世界政府があるとは言え、テロや紛争は消えなかったわけさ。それを制圧するための兵器として、軍用バイオロイドの開発が急速に進められていた。私は2340年にブラウディクス・コーポレーションへ入社し、その軍用バイオロイド開発に従事していたんだ」

 

 

 

ルカはここで話を止め、握ったままのアインズの手に力を込める。ありのままを話した。信じて欲しい故だった。

 

 

 

「...つまり、私の生きてきた2130年代より世界はマシになったが、世界政府が出来ても技術が進歩しても、争い事は消えなかった。それを潰す為の兵器をお前が開発していた、ということで良いのか?」

 

 

 

「そう、その通りだよアインズ。君はDMMO-RPGをプレイする為に、ニューロン・ナノ・インターフェースとデータロガー・専用コンソールをセットで購入しているはずだ。その際専門機関か病院で、脳内に演算器を埋め込む為の簡単な手術をしたでしょ?」

 

 

 

「ああ、確かに病院で受けた。その時ナノマシンを体内に取り入れる為の無痛注射も打った。家で打つための注射器も大量にもらったがな。何せあれを定期的に打たないと、ゲーム内での反応速度が鈍るからな」

 

 

 

「そうだね。さっき言った軍用バイオロイドを制御する為にも、そのナノマシンと演算器は必要不可欠。でも私達が開発していたのは、脳に強い負荷をかけてでも、より高速な演算処理能力を引き出す為のナノマシンとCPU…生体量子コンピュータだったの」

 

 

 

「それは、私が脳に入れた演算器とは違うものなのか?」

 

 

「全くの別物。アインズが入れた演算器は、接点の一部が細胞と同化するようにはなっているけど、基本的には半導体素子で出来ている。生体量子コンピュータは、演算素子自体が細胞で出来ているから、脳と完全に一体化する。つまり、一度埋め込んだらもう二度と取り出せないってこと。それとアインズの演算器は、簡単に言うと一方向にしか計算出来ないけど、生体量子コンピュータは何方向にも無限に重ねて並列に計算出来る。つまり、演算速度が超高速になるってことだね。それこそ、脳が壊れるまで」

 

 

 

「高速なのはいいが、そんな不安定なものを兵器として運用出来るとはとても思えないのだが?」

 

 

 

「そう。そこで脳が壊れないように演算速度を制御し、尚かつ脳から伝わる全身の反応速度を上げる為に必要なのが、ナノマシン。生体量子コンピュータのナノマシンは、一度体内に打てば勝手に自己増殖していくから、アインズの時代のように何度も注射を打つ必要はない。これで一応は安定した状態をずっと維持出来るってわけ」

 

 

 

「軍用バイオロイドの完成か」

 

 

 

「うん...でも、軍はそれだけでは満足しなかった」

 

 

 

 

「というと?」

 

 

 

「拳やナイフを使用した近接戦闘では、ほぼ無敵に近い性能だったが、銃火器を使用した訓練でのミスが目立っていた。生体量子コンピュータが高速過ぎて、ターゲットに対する反応が過敏になり、動くターゲットなら味方や市民までも撃ってしまう。もちろん私達は修正を試み、ある一定以上は改善された。しかしその修正作業をしている間に、軍は我々が提出した資料の一つに目を付けた。それは、生体量子コンピュータ同士の遠隔(リモート)リンクに関する資料だった」

 

 

「リモートリンク...つまり軍用バイオロイド同士の遠隔操作が可能なのか?」

 

 

「うん。それだけじゃなく、遠隔地にいるお互いの脳内に蓄積された情報や通信ネットワークを共有したり、視覚や聴覚、嗅覚、感覚までも共有可能だった。だからやろうと思えば、片方のバイオロイドがもう一人のバイオロイドに成り代わり、遠隔地から完全操作する事も出来た。軍はここに注目した。銃火器の使用に際してミスの多いバイオロイドの人工脳に成り代わり、敵と味方を正しく判別出来る人間がバイオロイドを直接遠隔操作する事は可能か?という質問が来た。私達の出した答えは、理論上はYES、だった。そして軍は、その実験にGOサインを出した」

 

 

 

向かいの席に座るミキとライルがここまで黙って聞いているのを見て、アインズは聞いた。

 

 

「ちょっと待て...その前に、今までのこの話をミキとライルには話したのか?」

 

 

「ああ。私がこの世界に転移してからしばらくしてだった。二人が完全に自我を持っていると分かった時点で、全てを打ち明けたよ」

 

 

「そう、だったのか...。すまない、話の腰を折ってしまったな」

 

 

 

「いや大丈夫、ありがとう聞いてくれて。話を戻そう。軍はその遠隔操作の実験に大量の資金を投入し、私達の研究がスタートした。まずは量子コンピュータ上で徹底的にシミュレートを繰り返す所から始まり、人間の脳がどこまで負荷に耐えられるかを確認した。その結果、演算速度を優先したバイオロイドのチューンでは、生体量子コンピュータを人間の脳に移植した時点で破綻を来たす事が判明した。

 

 

 

そこでナノマシンの演算速度抑制機能を強化し、速度よりも精密さを優先して改良を加え、またシミュレートを繰り返すという日々が続いた。やがて私達は、生体量子コンピュータの速度を約2/3まで落とす事で、ある程度の負荷は脳にかかるが、人間でも長時間の活動が可能になる事を突き止めた。そして実験に移り、生体量子コンピュータと、ナノマシンの演算抑制機能をシミュレート通りに調整したものを軍用バイオロイドの人工脳に移植し、身体能力や思考パターンを徹底分析した。

 

 

 

その結果、驚くべき事が起きた。速度優先型の既存バイオロイドと精密優先型のバイオロイドを格闘戦で戦わせてみると、精密優先型の勝率が5割を超える結果となった。これには正直私達も首を傾げたが、精密優先型の思考パターンをよく分析してみると、ある事がわかった。圧倒的なスピードとパワーを持つ速度優先型に対抗する為、精密優先型はまず防御に徹し、相手の攻撃パターンを観察する所からスタートしていた。

 

 

そしてそのパターンを蓄積していき、十分なデータが集まった所で攻撃に転じる。そして最小の動きで相手の攻撃を躱し、隙を突いて相手に一撃を加えるという事を徹底していた。つまり、目の前の事態へ反射的に対応する速度優先型とは異なり、精密優先型は事態を冷静に分析し、学習するという思考回路が強く働いていた。続けて銃火器による射撃訓練も行わせてみたが、速度優先型に出ていたミスが嘘のように無くなり、無抵抗な市民や味方に発砲する事なく、正確に敵のみを撃ち抜くという結果になった。

 

 

 

当然殲滅速度は既存型に劣るが、それでも人間離れした射撃能力である事に変わりはなく、私達はこの結果に大いに満足した。軍の要求に従って開発した速度優先型よりも、トータルで見れば遥かに安定した性能を持つ精密優先型の利点を私達は資料に纏め、一言注釈を付けて実験結果を軍に提出した。(既存のエラーが消失した事により、遠隔操作の実験は必要ないと思われる)とね。しかし軍からの回答は、生体量子コンピュータの移植に立候補した、被験者リストの送付だった」

 

 

 

ルカは顔を背け、握っていたアインズの手を離そうとしたが、アインズは強く握り返し、その手を離そうとしなかった。それに気づいてルカはアインズの目を見る。ルカは今にも泣き出しそうな悲しい目をしていた。

 

 

 

「...その続きを、聞かせてくれ」

 

 

 

「...アインズ...私は....」

 

 

 

溢れた涙がルカの頬を伝う。アインズはローブの右袖でルカの涙を拭うと、握った手を(ドン!)とテーブルに叩き付けた。

 

 

 

「どうした、ルカ・ブレイズ!ここでお前が挫けてどうする。私達に全てを聞かせてくれるのではなかったのか?」

 

 

 

「...ルカ様。もしお疲れでしたら、今すぐに寝室をご用意致します。そちらでお休みになられては」

 

 

 

左にいるデミウルゴスがルカの左肩に手を乗せ、顔を覗き込んでくる。しかしアインズはその行いを一喝した。

 

 

 

「デミウルゴス!今は私がルカと話しているのだ。出しゃばった真似はするな」

 

 

 

「ハッ!申し訳ありません」

 

 

 

「...グスッ、大丈夫だよデミウルゴス、ありがとう。分かったよアインズ、約束だもんね。でもここから先は、君達の気分を害するような話になるかも知れない。それでもいいの?」

 

 

「当然だ。お前が全てを話さぬうちは、この席から立てないと知れ」

 

 

言葉は厳しいが、その口調にはどこか優しさがあった。ルカは左手を胸に当て、ゆっくりと、大きく深呼吸した。

 

 

 

「...分かった。その被験者リストが送られてきたのは2344年。その名簿詳細を見ると全員が軍人で、男女問わず優秀な経歴を持つ兵士達だった。私はその時23歳。そのリストの中には私より若い子もいれば、10歳年上といった古参の兵士も混じっていた。合計10人。私達研究者はその日、夜を徹して話し合った。強力な負荷にも耐えるバイオロイドの人工脳ならともかく、いきなり人体実験に踏み出すとなると、私達にも不安要素が尽きなかった。

 

 

 

起こりうる最悪の事態を想定して話し合ったが、実際に試してみるまでは分からないという結論に至った。私はその後一人でラボに入り、実験の最初から最後まで一番優秀な成績を残した、男性型の精密優先型バイオロイドを起動させた。カプセルの中で横になっていた彼は目を覚ますと同時に、笑顔で私の名を呼んだ。私は彼にガウンを着せると、ラボのコンソールルームへと案内し、研究者が座るリクライニングチェアに腰掛けさせた。

 

 

 

その後コーヒーを煎れてカップを彼に手渡し私も椅子に腰掛けると、彼はコーヒーに口をつけた。初めて飲む味に動揺している様子だったが、彼はおいしいと言ってくれた。彼の話す言葉は、驚く程人間に近付いていた。速度優先型のバイオロイドとも話したことがあるが、その言葉は形式張っていて、どこかぎこちない。それに比べて彼は、人間のように流暢に言葉を話した。私達研究者の想像を遥かに超えて、彼は成長を遂げていた。

 

 

 

私は型番しかない彼に、その場の思いつきで名前をつけた。イグニス、と。彼はその名前を与えられ、15メートルはある天井にまで届きそうなほど飛び跳ねながら喜んでくれた。彼はバイオロイドだ。当然外の世界に出たことはない。私達は語り合った。研究が一段落したら休暇を取り、一緒に外の世界を出て回ろうと。イグニスは希望に満ちた目を私に向けながら、それに賛成してくれた。

 

 

 

そして私はあろうことか、バイオロイドであるイグニスに弱音を吐いた。遠隔(リモート)リンクを行う為に、これから人体実験をしなければならない事。イグニスと同じ生体量子コンピュータを人間の脳に移植する事で、不測の事態が起こるかもしれないことを心配していると話した。そう言うと彼は立ち上がり、私の前まできて両手で頭を優しく掴んだ。彼は言った。(じっとしていて下さい)と。私は身構えたが、化物のような身体能力を持つバイオロイドには敵うはずもなく、何をする気なのかと恐る恐る眺めながら、身をすぼめているしかなかった。

 

 

 

その時、イグニスの両手に稲妻のような光が瞬いた。それは私の頭の中にまで達し、脳の中を撫でられているような不快な感触が襲ったが、不思議と痛みはなかった。そして彼は手を離し、後ろに下がって再びリクライニングチェアへと腰掛けた。彼はこういった。(あなた達人間の脳波レベルなら、今私が使っている生体量子コンピュータとナノマシンのパルスに耐えられるはずだ)と。

 

 

 

彼は私の脳内をスキャンしていた。その上で自分の人工脳と比較し、結論を出した。それは本当かと念を押したが、彼は断言した。(絶対に大丈夫です)と。彼の目に嘘はなかった。いやそもそも、私は彼の開発者であり、イグニスは私の子だ。子の言葉を信じずに、何が親だろうか。時間も明け方を過ぎ、私はイグニスをラボの実験棟へと戻し、カプセルに寝かせて頭を撫で、彼が眠りに就くのを見届けた。私はすぐに自室へ戻りPCを起動させ、宛名をブラウディクス本社と軍の兵器開発部に向けて、一通のメールを送った。遠隔(リモート)リンク実験に置ける生体量子コンピュータ移植の被験者第一号となることを希望する、と」

 

 

 

ルカは無表情にテーブルを見つめたままだった。すすり泣く音が聞こえ、アインズは向かいの椅子に目をやると、斜向かいに座るミキが目頭を押さえ、涙を流している。その隣に座るライルも、下を俯いて嗚咽を堪えていた。これまでずっと黙っていたアルベドも初めて、真剣な眼差しでルカを睨みつけている。

 

 

 

「...それで、その願いは成就されたのか?」

 

 

 

「そうだね、それを話さないと。明くる朝まで、私は一睡も出来ないままラボのコンソールルームに顔を出した。すると集まっていた他の研究者達が一斉に私の元へ駆け寄ってきた。何事かと聞くと、今朝研究者達全員の下に、命令書がメールで送られてきたらしい。内容は、(私に対し生体量子コンピュータの移植をせよ)。そこにいた研究者は言葉を荒げ、無謀すぎる、やめろと言ってきたが、私の決意は固かった。そこにいた全員に、(自分で作ったものは自分で試す)と説明した。

 

 

 

皆が黙っているところへ扉が開き、軍服姿の3人がラボへ入ってきた。彼らは2通の紙をバインダーに挟み、私に向かって突き出してきた。そして一言、嫌味ったらしく私に言った。(本当にいいのかね?)と。私はそれを無視し、バインダーに挟まれた最終同意書に目を通した。そこにはこう書かれていた。(1.当該実験に置ける被験者第一号となる事を了承する)(2.当該実験終了後、被験者はブラウディクス本社及び軍によって厳重な監視下に入る)(3.被験者は実験経過を検証する為に、ブラウディクス本社及び軍によって試験要請があった場合はこれを拒否できない)。

 

 

 

その他にも色々書いてあったが、私はさっさと流し読みして2通の同意書にサインした。軍服が立ち去ると、ラボの中はまるでお通夜ムードだったが、私は笑顔を作り彼らを元気づけた。彼らの技術と腕は信用していたが、万が一手元が狂って失敗でもされたらたまったものじゃない。手術の始まる夕方まで、私達は軽食とジュース、コーヒーを飲みながら、ラボで共に語り合った。そうするうちに、皆が絶対に成功させるぞと気を張ってくれたのを見て、私は安堵した。

 

 

 

やがて時間が来て、ラボの中に担架を押して二人の白衣の男が入ってきた。私は担架の上に横になり、手術を行うために研究者全員が私と共に外へ出た。全身麻酔で意識が薄れる中、研究者達が皆私の手を握ってくれたのを覚えている。次に目が覚めたのは、窓一つない真っ白な病室の中だった。頭に包帯が巻かれていたが、体に違和感は感じない。そこへ病室の自動ドアが開き、医師と看護婦が入ってきた。彼らは手術が無事終了したこと、脳内に埋め込まれた生体量子コンピュータが機能するまであと数日かかるので、それまでは安静にしているようにという事を伝えると、立ち去ってしまった。

 

 

 

脳内に意識を向けてみたが、確かに何も感じなかったのでその日はすぐに寝てしまった。次の日の朝、診察を終えた私の元に面会人がやって来た。自動ドアが開くと、白衣を着た男女9人がぞろぞろと入ってきて、私のベッドを取り囲んだ。病室の扉が閉まると彼らは一斉に歓声を上げ、抱きついてきた。私の手術を担当した研究者の仲間達だった。介護ベッドの上体を起こし、私は彼らと手に手を取り合って涙ながらに手術の成功を喜び、そして皆にお礼を述べた。私達の研究が実を結んだ瞬間だった。

 

 

 

面会時間が決まっているらしく、30分ほどひとしきり騒ぐと、彼らは(次はラボで会おう)と言い残し、立ち去っていった。その日の夕方、もう一組面会人が来た。私の母親と恋人だった。二人は私が入院しているという連絡が行ったのみで、守秘義務もあり何も知らされていなかったらしく、とても心配してくれていた。私も研究のための手術という事は伏せて、病気ではない事だけを伝えて二人を安心させた。やがて二人も帰りまた一人になったが、仲間と家族にひと目会えた事がうれしく、心強かった。

 

 

 

しかし寝るにはまだ早く、退屈だったので病院内を散歩でもしようと思い自動扉の前に立ったが、扉は内側からは開かないらしく、完全にロックされていた。部屋の死角を見ると超小型の監視カメラもあり、それもそうかと諦めて私はベッドに戻った。その日の夜だった。ベッドで横になっていると、何の前触れもなく大きなノイズが頭の中に突如響き、私は咄嗟に体を起こした。そこに意識を集中してみると、何かの無線のような人の声や雑音が複数重なり、頭の中を飛び交っている。

 

 

 

私は脳に埋め込まれた生体量子コンピュータが機能し始め、ニューロンナノネットワークに接続したのだと直感した。最初は慣れなかったが、何度も意識を集中するうちに、重なり合った音声の一つ一つをはっきりと聞き分けられるようになっていった。それだけでなく脳内で回線を合わせることで、頭の中に画像まで投影されはじめた。特に気になったのが、どこかの監視カメラのような映像だった。周囲一面に張り巡らされている。私は試しに、病室内にある頭上の監視カメラに目をやり、意識を向けた。

 

 

 

すると、いとも簡単に接続し、ベッドの上でカメラを見つめる私の顔が脳内に表示された。もしやと思い、私はベッドを降りて部屋の中心に立ち、つま先だけで軽く飛び跳ねてみた。天井まで3メートルはあろうかというのに、私の手は簡単に天井まで届いてしまった。全身を巡るナノマシンのおかげで、肉体まで強化されていることに私は気付いた。こうしてトレーニングを続けていくうちに、私は徐々に生体量子コンピュータの扱い方をマスターしていった。私達自身が開発したのだから、何ができるのかも全て熟知している。

 

 

 

それならばと、私はラボにいる軍用バイオロイド達に向けて通信しようと試みた。するとすぐに一つの回線がオープンになり、脳内には見慣れたラボの実験棟天井が映し出された。繋がったという喜びも束の間、それは私の名を呼んだ。イグニスだった。彼はその時保存カプセルの中で横になっていて、その映像が映し出されていると分かった。彼は私にこう言った。(ついにやったのですね)と。それを聞いて私は実験の成功を噛みしめると共に、我が子達と同じ地平線に立っている自分を実感して涙が溢れた。

 

 

 

そこからしばらくイグニスと話をした。彼は私がラボに来た時に、効率の良い制御方法を教えてくれる事を約束して、私は脳内ネットワークを切断し、嬉しさと興奮を抑えながらその日は就寝した。そして2日後の朝、病室の扉が開くと、銃を持った軍人たち3人が中へと入ってきた。何故か物々しい雰囲気だったが、彼らは私に服を手渡すと、それに着替えて同行するように求めた。その服は私が普段愛用しているブラックジーンズに、Tシャツ、そして同じく黒のタートルネックだった。恐らく私の自室に入り、取ってきたのだろう。

 

 

 

そしてご丁寧に白衣まで用意してくれた。私はその場で患者衣を脱ぎ捨て、自分の服に着替えて白衣を羽織り、連行されるように病室を後にした。廊下に出て分かったのだが、そこはブラウディクス社の研究施設内にある病院だった。天井のあちこちに監視カメラが厳重に設置されている。昨日ネットワークで見た光景と同じだと気付いたが、病院の出口を出ると一台の車が横付けされていた。私は後部座席に乗り込み、同じ敷地内にあるラボの実験施設へと連れて行かれた。

 

 

 

10分もかからない内にラボの前へ到着して車を降り、私は軍人3人に護衛されるように入口をくぐった。久々に嗅ぐラボの香りに私は懐かしさすら感じていたが、軍人が用意したIDカードを扉の脇に滑らせて私がコンソールルームの中に入ると、クラッカーが弾ける音と共に仲間達全員が笑顔で出迎えてくれた。この親しい仲間達と共に再び研究に没頭出来る事を思い、私は心底安堵した。しばらく皆と歓談した後、部屋に待機していた医師から簡単な診察を受けて、頭の包帯が外された。

 

 

 

その日は、ニューロンナノインターフェースの起動試験を行うという事だった。この場合ニューロンナノインターフェースは、脳内に埋め込まれた生体量子コンピュータの演算能力を一気に増幅させ、脳全体と組み合わせて超高速演算を行わせるための、言わばアンプリファイアだ。それと合わせてナノマシンも活性化する為、軍用バイオロイドに置いては身体能力を爆発的に増加させるためのトリガーともなる。

 

 

 

それを生身の人間で行った際に、どれだけの身体的負荷がかかるかを測定する実験だった。私はついに本番が来たと覚悟した。想定される最悪の状況を頭の中で何度もシミュレートし、ここまで共に支え合ってきた研究者達に命を捧げるつもりでいた。しかしもう一方で、私は自らが開発した改良型ナノマシンの性能を強く信じた。そしてイグニスの言葉も。

 

 

 

私は白衣と服を脱いで下着姿のまま実験棟へと移動し、そこに設置された計測用ユニットチェアに腰掛けた。体中に電極をつけられ、頭部全体を覆うコンソール一体型のヘッドマウントインターフェースをかぶり、準備は完了した。窓の向こうにあるコンソールルームで、計測を開始する為に仲間達9人がせわしなく動いている。やがて起動準備が完了し、インターフェース内側につけられたインカム越しに実験開始の確認が来た。私は親指を立ててOKの合図を返すと、インターフェースの内部から低い起動音が鳴り響いた。

 

 

 

私は体を弛緩させ、目を見開いて自分に何が起こるのかを直視しようと集中していた。その時だった。頭の内部がズンと重くなり、脳の中心で何かが高速回転するような、例えようもない感覚に襲われた。その後脳内に青色のウィンドウが表示され、膨大なプログラムの列が高速でスクロールしていく。私はそれに見覚えがあった。いつもコンソールルームで私がチェックしていた、バイオロイドの起動シークエンスと全く同じ画面だった。やがてそれが完了し、体内スキャンの画面に変わると、人型をしたアイコンが表示された。

 

 

 

それが頭の上から順にゆっくりと黄色く塗りつぶされていくと、その部位から恐ろしい程の不快感が襲ってきた。まるで体内を何万匹もの虫が這い回っているかのような感覚といえば分かりやすいだろうか。私は頭を椅子に押し付け、必死でそれに耐えながら脳内のスキャン画面から目を離さなかった。バイオロイド達は、起動する度に毎回このような不快感を味わっているのかという事を考え、それを糧に正気を保とうと必死で抗った。開発者の私がこれに耐えなくてどうすると。

 

 

 

そして長い時間が過ぎ、ようやく人型アイコンが足先まで黄色く塗りつぶされ、コンディションOKという表示が目に入り、次にブートと画面に表示された瞬間、体に異変が起きた。意識はあるのに、まるでそこに体が無いかのような錯覚に陥った。先程までの不快感も、いつの間にか全身から完全に消え去っている。インカムから起動完了の知らせと共に、体調確認の要請が聞こえてきた。

 

 

 

私はそれに答えながらゆっくりと自分の両手を上げ、手のひらを開閉させた。感覚はしっかりある。それどころか、前以上に鋭敏になっていた。なのにそれでも体から違和感が消えない。私はコンソールルームに、椅子から立ち上がる許可を求めた。OKが出ると、私は背もたれから上体を持ち上げて床に立った。そのままコンソールルームにいる仲間達の顔を見ると、視界が驚異的なほどクリアになっている事に気付いた。

 

 

 

一人の研究員に向けて顔を良く見ようと目を見開くと、突然視界がズームインした。顔が大写しになり、脳内に非武装(アンアームド)という、文字ではなく感覚だけが無意識に過ぎった。試しにその背後に立つ、銃で武装した軍人にズームインすると、即座に武装(アームド)という感覚が脳裏を過ぎる。漠然と感覚だけを理解し終え、視界を元に戻そうと瞬きすると、瞬間的に元の視界へ戻った。違和感の正体はこれだった。

 

 

 

私はその場で右腕を一振り回してみた。鋭い風切り音を立て、腕は一瞬で一回りし、元の位置へと戻る。次に、ジャブを打つように左手の拳を素早く突き出し、素早く引いた。それを何回か繰り返すと、インカムから仲間達のどよめきが聞こえてきた。まるで体の重さが無いかの如く、目にも止まらぬ速度でジャブを放てる。というより、実際に体の重さを全く感じなくなっていた。後はその場で軽く飛び跳ねたり、足を蹴り上げたりと一通り体の感覚を掴んでいった。

 

 

 

ヘッドマウントインターフェースには計測用のケーブルがついていたので、そこまで自由には動けなかったが、恐らく本気で走ればとんでもない速さで疾走出来ると確信した。私は動き回るのを止め、目の前に並ぶ7つのバイオロイド保存カプセルに目を落とした。全員スリープモードに入っているので、目を閉じ静かに横たわっている。この子達はこんな世界で生きていたのかと身を持って味わえた事を、私は素直に喜んだ。

 

 

 

やがて計測終了を示す赤いランプが室内に点灯し、私は計測用ユニットチェアに再び腰掛けた。脳内に起動終了シークエンスが流れ始める。体内スキャンは起動時のみなので、私はまたあの不快感を味わわずに済むと思いリラックスしていた。その後一瞬頭の中が重くなる感覚に襲われ、体の重さが徐々に戻ってくると、脳内に表示されたウィンドウが閉じた。するとコンソールルームに続くドアが開き、仲間達がなだれ込んできた。彼らは私の体につけられた全身の電極を手際よく取り去り、ヘッドマウントインターフェースを脱がせると、皆が一様に興奮した様子で私に称賛を送ってきた。

 

 

 

実験は大成功との事だった。皆の喜ぶ顔を見て、私も救われた気持ちになった。病院で精密検査を受ける前に、計測したデータを一通り見せてもらった。やはり私が体感した通り、ニューロンナノインターフェースの起動時にかなりの負荷が脳にかかっていたが、それを過ぎると驚くほど状態は安定していた。全身を巡るナノマシンも正常に可動しており、これであれば長時間の運用でも問題ないだろうと思える計測結果だった。

 

 

 

私はそれを見て満足し服と白衣を着ると、皆に笑顔で見送られた。後日また会おうと約束して。その後病院での長い精密検査が終わると病室に戻され、必要以上に豪華な食事が出されたのでそれを摂った。その後医師が入ってきて精密検査の結果を知らされた。カルテを見せてもらうと、脳・骨・筋肉・内臓共に全く異常なしだった。実験よりも精密検査で疲れてしまった私は、病室に備えつけられたバスルームで体を洗い流し、寝る前に脳内ネットワークへ接続して、イグニスに結果報告をした。彼はそれを聞いてとても喜んでいた。そしてニューロンナノネットワークがアクティブになった際のアドバイスを一つ二つ彼からもらうと眠りにつき、実験一日目が無事終了した...」

 

 

 

ここでルカは話を止めた。握った手を離そうとするが、アインズが握り返して離してくれない。

 

 

 

「...なるほどな、少しずつだが理解してきた。お前のその驚異的な記憶力も、生体量子コンピュータとやらを脳に埋め込んだ結果と言えるのだろうな。もしかするとだが、先程第六階層...コロシアムでお前が倒れたのも、ひょっとしてそれと関連性がある...のか?」

 

 

 

「!! ...アインズ、ごめんね私...もし私の言っていることが嘘だと思うのなら、ここで話を止めても...」

 

 

 

「図星か。誰が嘘だと思っていると言った!! ...それに話の整合性が妙に取れている。まるで全てを見てきたかのようにな。ここまで詳細な話を咄嗟にでっち上げられるとは到底考え難い。そうは思わないか?」

 

 

 

「それは...もちろん嘘を言いにここまで来た訳じゃないけど...」

 

 

 

「だったら洗いざらい全てを話してもらおうか。ルカ、貴様のルーツをな。何なら一晩中でも聞いてやる。私はアンデッドだからな、睡眠は必要ない」

 

 

 

「...聞かないのね」

 

 

 

「何をだ?」

 

 

 

「だから...私の種族を..」

 

 

 

「それも追い追い話してくれるんだろう?」

 

 

 

「...うん」

 

 

 

「なら構わないさ。お楽しみは後で取っておくものだ。今はお前自身の話が先だ。私にもうっすらとだが、何かが見えてきた気がするのでな」

 

 

 

「...わかった、ありがとう」

 

 

 

ルカは離そうとした手を再び握り直した。体温を持たないひんやりとしたアインズの手のひらが、熱を持った自分の手を冷やしてくれているようで、ルカは気持ちよさを感じていた。深呼吸をして、再びルカは語り始めた。

 

 

 

 

「わかった、済まない話を元に戻そう。1日目が終わり翌日の朝、再び銃を所持した軍人が部屋へと押し入ってきた。今度は5人。しかも後ろの二人は、何やら両手に大きな紙袋を下げていた。それを渡されて中身を見ると、私の着替えにパジャマや下着、日常品と、おまけにノートPCまで持ってきた。私の自室を勝手に荒らしまくって、まさかこの病室に引っ越せという気じゃないかとも思ったが、彼らが来たと言う事は実験が行われると言う事だ。その時の私にとっては実験が第一だったから、言いたいことを全て飲み込み、さっさと服を着替えて再びラボへと連行された。

 

 

 

二日目の実験は、ついに本命である遠隔(リモート)リンクの試験と言う事だった。コンソールルームには、実験を見るためにブラウディクスのお偉いさんや見慣れない軍の高官らしき姿も何人か居た。まだこの体にも不慣れだったが、やってみない事には始まらないのが実験だ。私はコンソールルームで服を脱ぎ捨てると、いつもの実験棟へと移動した。そこには計測用ユニットチェアが2つ並べて置いてあった。

 

 

 

被験対象のバイオロイドは誰にするのかと聞いたが、特に決めていないとの事だったので、私はイグニスを指名した。私と同じ改良型ナノマシンを搭載し、精密優先型であるイグニスならリンクもしやすいだろうと考えての事だった。私は保存カプセルを操作してイグニスを起動させ、状況を説明した。イグニスにも人間との遠隔(リモート)リンクは初の経験だったが、好奇心旺盛な彼は是非やってみようと承諾してくれた。

 

 

 

私達二人はユニットチェアに座り、電極を張られてヘッドマウントインターフェースを被った。起動シークエンスが開始されるが、一回目に比べて思っていたほど脳が重くならない。また一番恐れていたスキャンも、昨日ほどの不快感は襲ってこなかった。不思議に思った私は隣にいるイグニスに聞いてみると、バイオロイドでも初回起動時はキツいものだと教えてくれた。また回数を重ねていくほどに体も適応し、慣れていくとの事だった。

 

 

 

私とイグニスはブートを完了すると、コンソールルームからまず視覚をイグニスの方へリンクしてくれというオーダーが来た。なんの事はなく、それならいつもやっている事だったので、私はすぐにイグニスの視覚へと回線を繋いだ。次に嗅覚・聴覚・味覚とテストが続いた。研究員が一人入ってきて、トレーの上には香りのついたカプセルや、味を染み込ませたリトマス紙、ノイズ発生機等を持ってきた。最初は嗅覚からだったが、これがなかなか手間取った。あれこれと試しているうちに、視覚を見るように回線だけ繋いで、その鼻を意識すれば良いのだと気づき、イグニスの鼻の前に出された桃や柑橘系のカプセルといった匂いがダイレクトに伝わってきた事を受けて、ようやく成功した。

 

 

 

その後の聴覚と味覚のテストも同じ要領で接続し、今度はすぐに成功した。次はいよいよ私の体ごとイグニスに移る為の、遠隔(リモート)リンク試験だった。まずは手始めに、最初の要領で回線を開き、視覚・嗅覚・味覚・聴覚を同時にリンクさせる事には成功した。しかしイグニスの体を動かすために体を移そうと意識するが、うまく行かなかった。四苦八苦していると、イグニスは私の方を向いてアドバイスしてくれた。回線を開いた状態で、(リモート)と意識する。すると二人の体が脳内に表示されるから、自分の体を相手に重ねるようイメージしろ、と。バイオロイド同士ならこの方法でリンクできるから、きっとあなたにも出来るはずだと教えてくれた。

 

 

 

私は深呼吸して目を閉じ、言われたとおり回線を開いたままリモートと意識した。すると本当に私の名前と全身像、イグニスの型番と彼の姿が脳内に映し出された。私のイメージを移動させてイグニスの体に重ねた途端、軽い落下感に襲われた。目を開けると、先程とは視点が違う。体にも僅かに違和感があったが、左を見ると目を瞑ったままの私の姿があった。インカムに(脳波の転移を確認、遠隔(リモート)リンクに成功)との報告があった。

 

 

 

私は椅子から立ち上がると、以前やったようにジャブを打ったり飛び跳ねたりキックしたりと、色々動きを試してみた。イグニスの体は、私よりもずっと軽かった。素体が軍用バイオロイドだから当然と言えば当然なのだが、肉体の私と違い一つ一つの動きにキレとスピードがあった。彼がバイオロイド同士の格闘戦で強いのも頷ける話だと納得した。試験が一通り終了したが、私は最後にお偉いさん達へのデモンストレーションも兼ねて、イグニスの体のままコンソールルームへと移動してよいか許可を求めた。

 

 

 

窓の向こうを見ると、それを聞いたお偉いさん達が何やら揉めているようだったが、研究員達が計測モニターを見せて何やら説明している。恐らく安全性について彼らに説明していたのだと思う。やがてインカムから許可の声が響くと、私はイグニスの体につけられた電極を外し、インターフェースに接続されている計測用ケーブルを引き抜いて立ち上がり、コンソールルームに続くドアの前に立った。

 

 

 

ロックが解除されてコンソールルームへ一歩入ると、武装した軍人5人が私に向けて一斉に銃口を向けてきた。バイオロイドの暴走を恐れての行為だろうが、私はそれに構わず社内用コンソールの前まで歩くと、高速でキーボードを叩いた。指先までも反応速度が上がっていたらしい。研究員達とお偉いさんが私の周りに集まってくると、私しか知らない社内IDと長いパスワードを入力し、私のパーソナルデータを表示させた。周りは一様に驚いていた。これで否が応でも遠隔(リモート)リンクが成功している事を分かってもらえる。

 

 

 

それを後ろで見ていた軍の高官に、遠隔(リモート)リンク中に痛みや脳の負荷がないかを質問された。素体がバイオロイドなので多少の違和感はあるが、痛みも脳への過負荷もなく、むしろ自分の肉体よりも体が軽く感じるくらいだと正直に答えた。それを聞いて彼は安心したのか、次から次へと質問を一気に投げかけてきた。そこにブラウディクス社のお偉いさんも加わり、バイオロイドと人間達の質疑応答コーナーとなってしまった。かれこれ一時間近くは喋っていただろうか。やがて全ての質問が終わり、知りたいことが全て解決した重役達は満足すると、研究員達に実験の終了を指示した。

 

 

 

 

彼らは急いで専用コンソールの前に移動し、計測機器のチェックをし始める。私は席を立ち、扉を抜けて再度実験棟へと戻り、ヘッドマウントインターフェースに計測ケーブルを繋ぎ直して椅子に腰掛けた。左にいる私の体を見ると、未だに目を閉じたままだ。これで元の体に戻れなければ本末転倒だなと思いながら、私は脳内に映るイグニスの体を自分の体に重ねるようイメージした。前と同じく軽い落下感が襲うと、意外にあっけなく自分の体に戻れたことを自覚した。右を見るとイグニスは既に目を覚ましており、私に向けて笑顔で大きく頷いた。私にはそれが、(実験成功おめでとう)と言われた気がした。

 

 

 

 

インカムから起動終了シークエンスの開始を告げられた。脳内にプログラムが走り、体に重みが戻ると私は緊張から解き放たれ、大きくため息をついた。毎度の如くコンソールルームから仲間達全員が押し寄せ、私の計測機器を手際よく外すと、皆で実験成功を祝った。仲間達がコンソールルームに引き上げていくと、私はイグニスの座る椅子に近寄る。ヘッドマウントインターフェースを被ったまま、私達の様子を眺めていたらしい。私が頭からそれを脱がせると、イグニスは私に握手を求めてきた。こんな事は初めてだった。

 

 

 

 

私にはそれが嬉しくて涙が出そうになったが、それを堪えてイグニスの右手を握った。力強い握手だった。そして彼は私にこう言った。今日は本当に楽しい一日だったと。そのまま握った手を引いて席を立ち上がらせると、保存カプセルまで連れていきイグニスを横に寝かせた。カプセルの蓋を閉じようとした時、彼は私にねぎらいの言葉をかけた。一瞬何の事か分からなかったが、私がイグニスの体を使い重役達に質問攻めになっている間、その話を全部聞いていたらしかった。

 

 

 

 

詳しく話を聞くと、遠隔(リモート)リンク中は意識がスリープモードになっているだけで、5感から入った情報は全てモニター出来ていると言う事を教えてくれた。なるほどと理解しながら、今日の実験のお礼を言い、カプセルを閉じて彼にお休みを言った。

 

 

 

実験から3日目の朝、病室の扉が開くと軍人が入ってきたが、いつものように銃は携帯しておらず、しかも一人だけだった。彼は一枚のIDカードを私に手渡すと、その日の実験は無く、本日は休暇とする旨を伝えてきた。

 

 

 

 

しかもその日一日は渡されたIDカードを使用し、病室からの入退室が自由で、尚かつブラウディクス社の敷地内に限り自由行動が許され、同伴者も一名のみ招待が許可されるいう特典付きだった。普段はラボに閉じ込めて働かせ尽くしだというのに、一体どういう風の吹き回しかと疑問に思ったが、段々と休暇という言葉の実感が湧いてきた。軍人が出て行くと私は急いで選んだ私服に着替え、病室を飛び出して外線用の電話を取り、事情を話して恋人に連絡を入れた。

 

 

 

敷地の正門で待っていると、猛スピードで車が正門を通り抜けた。その車は車庫に入り、こちらへ走ってくる人影が見えた。私は手を振ると、入り口のガードマンに社員証と軍人からもらったIDカードを提示し、正門を開けてもらった。相手は余程時間がなかったのか、見るからに間に合わせの格好だったが、そんな事は私にとってどうでもいい。ただ、会いたかった。最初に私達はブラウディクス社の広大な敷地内を歩き回り、案内しながら多くを語り合った。

 

 

 

 

お互いの近況、仕事の愚痴、音楽、食べ物、おいしい店、ファッション...他愛もない話だったが、それだけでも私は満たされた。本当なら私の働いている職場も見せたかったのだが、ラボは部外者厳禁の上に国家機密の塊のような場所だったから、そこまでは叶わなかった。それでも敷地内には、沢山の娯楽施設を含む大きなギャレリアがあった。ブティック、レストラン、カフェ、映画館、ゲームセンター、ドラッグストア、電気専門店、居酒屋、コンビニからバイクショップまで、考えられるものは何でも揃っていた。

 

 

 

 

それを社員のみが使用できるというのだから、流石は国営企業と言うべきだろう。私達はギャレリア内を見て回り、二人で服を数点購入した後、レストランで軽く軽食を食べながらゆっくりした。その後ゲームセンターに行って二人で遊び倒し、映画館にも寄ったが時間が勿体無いとの理由でそこはパスした。本当は居酒屋に言って久々のアルコールを飲みたかったのだが、相手が車ということもあり我慢した。そうこうしているうちに、あっという間に夕方になってしまった。お互い急に別れが惜しくなった。

 

 

 

 

私は意を決し、恋人を病室へと案内した。以前お見舞いに来てくれた事があったので知ってはいたが、それでもこんな殺風景なところに一人で押し込められているという現実を相手は嘆いた。私達は二人で並び、ベッドに倒れ込んだ。脳内ネットワークに接続し、頭上の監視カメラに回線を合わせる。ベッドの上で大の字になる私達の画像が映し出された。私はそのカメラを睨みつけ、ある事を強く意識した。しばらくすると、頭上の監視カメラの映像が乱れ、スノーノイズのみが映し出された。やったと私は思った。

 

 

 

 

こちらでサーチした特定の回線に接続出来るなら、それを逆に妨害・あるいは切断する事も可能なはずだと。私は起き上がり、ゆっくりと服を脱いだ。その後は、分かるよね。時間は夜10時を回っていた。恋人を正門まで送り届け、再会を誓ってその場を後にし病室に戻った。今思えば、幸せな一日だった。休暇から明けた4日目の朝、眠っていた私を誰かが大声で叩き起こした。驚いて飛び起きると、ベッドの横に口髭を蓄えた大男が立っていた。そしてその隣には痩せぎすだが目つきが鋭く、左頬に大きな傷痕がある長身の男もいる。

 

 

 

 

しかし今まで来ていた軍人とは軍服の色が違う。ダークレッドではなく、全身黒づくめだった。腰には大きい拳銃をホルスターに収めている。口髭の男は、折り畳まれた白い紙を私の目の前に差し出した。私はそれを手に取り、寝ぼけ眼でその紙を開くと、こう書かれていた。(辞令: 本日付を持って、ラボ研究班からブラウディクス警備隊への異動を命ずる)。私は目を疑った。生粋の研究員が、何故突然警備隊に回されるのかと。私は一気に目が覚め、その場で抗議した。しかし口髭...隊長と名乗るその大男は淡々と言った。

 

 

 

 

「ラボでの実験を次の段階に進めるため、格闘技と銃火器の使用法をマスターさせろと、上から言われている」と。私には察しがついた。念の為その隊長に実験の事を聞いてみると、詳細は何も知らないという。つまり、遠隔(リモート)リンク実験が成功した今、次のステップとして、遠隔(リモート)リンクされたバイオロイドが肉弾戦や射撃等の、言わば実戦使用に耐えうるかどうかを会社と軍はテストしたいのだ。その実験を行う為には、人間側のリンク操作者である私自身が、格闘術や射撃能力に長けている必要がある。

 

 

 

 

この異動は、それをマスターする為の言わば研修なのだと私は理解した。私はその時、ため息しか出なかった。会社が私に突然休暇をくれるなんて、おかしいと思ったんだ。前日の休暇は結局、ラボから警備隊に異動する前に息抜きをしておけという、餞別代わりの意味だったのだと理解した。私は諦めて辞令を承諾し、ベッドから降りて私服に着替えようとした時、隊長に止められた。隣にいた痩せぎすの男が、透明のビニール袋に包まれた制服をベッドの上に放り投げると、それを着ろと促された。仕方なく私は封を開けて、厚手のアーミーシャツとアーミーパンツを着込んでベルトを締め、黒のベレー帽を被った。

 

 

 

ご丁寧にサイズはピッタリだったが、私は自分の姿を鏡で見た。そこにいたのはどう贔屓目に見ても、アーミーマニアがコスプレしているようにしか見えなかった。その貧相さに私が頭を抱えていると、もう一点渡すものがあると言う。痩せぎすの男が、地面に置かれた分厚いハードケースをベッドの上に乗せた。ロックを解除しケースを開くと、中には見た事もないデザインの、黒いバイザー付きヘルメットが入っていた。

 

 

 

私はそれを手に取ったが、まず最初にその軽さに驚いた。拳でヘルメットを叩き材質を確認すると、ケブラー繊維を多用しているようだった。意外と小振りで、戦闘機のパイロットが被りそうな流線型のデザインだが、少し出っ張った後頭部に何かの電子ユニットが埋め込まれている。よく見ると、ステータスを示すLEDの横にパラメータ名が書いてあった。それを見て私は唖然とした。ラボの実験棟で何度も見た、コンソール一体型ヘッドマウントインターフェースのパラメータと同じだったからだ。

 

 

 

後頭部の襟元中央に、ブートというボタンがある。間違いなかった。それにしても、ラボにあるインターフェースと比較して本当に小さく、コンパクトにまとめられていた。まさに実戦仕様といっていい。ここまで小型化するなんて、誰の仕事かを知りたくなったが、同じハードケースに入っていた仕様書を胸に叩きつけられて目が覚めた。そう、私はこれからブラウディクス警備隊の隊員になるのだ。準備が出来たなら行くぞと怒鳴られ、ヘルメットと仕様書を片手に渋々部屋を出た。

 

 

 

これからしばらくの間、この暑苦しい男達に引きずり回されるのかと思うと、正直気が滅入った。病院の出口には、敷地内でよく見かけるパトロールカーが横付けされていた。私一人が後部座席に乗り込み、車は敷地中央からやや東側にある、警備隊ビルへと向かった。ヘルメットと仕様書を膝下に抱え込み一人で落ち込んでいると、あっという間にビルが見えてきてしまった。地上8階建てのビル地下へと車は進入し、ガラージに停車すると私は車を降りて二人の後をついていった。

 

 

 

エレベーターに乗り4階の扉が開くと、モワッとした熱気と男性達の発する怒声が耳に飛び込んできた。そこは隊員達のトレーニングルームだった。面積は広く、右を見るとリングがあり、その上で男二人が激しいスパーリングをしている。左を見るとダンベル各種やトレッドミル、アブドミナル等の器具が所狭しと並んだスポーツジム、奥を見ると畳の敷かれた柔道場やレスリングジムもある。まさに何でもありだった。その中央の通路を進んでいくが、隊長が来たというのに誰も私達には目もくれず、黙々とトレーニングに励んでいる。今考えても、やはりあの雰囲気は苦手だった。

 

 

 

隊長と痩せぎすはフロアの一番右奥にあるスペースへ私を連れて行った。30畳ほどのマットが地面に敷き詰められ、その上を複数のブロックに別れて隊員達が練習している。それを見ると時には殴り、時には投げ、ほとんど取っ組み合いの喧嘩をしているようにしか見えなかった。口髭の隊長がそこにいる全員に向けて、耳を劈くほどの大声を上げ注目させた。場内が一気に静まり返る。周りを見ると、背後の柔道場はおろか、遥か向こうの入り口近くのリングでスパーリングをしていた隊員達までもが動きを止め、こちらに注目している。

 

 

 

口髭の隊長は私に一歩前に出るよう促した。私は恐る恐る隊長の隣に立つと、またも恐ろしい大声で私を紹介した。余計なことに、ラボから転属されてきたことまで説明してしまった。言わなくてもいい事をと、私は隊長を恨んだ。案の定、周りから嘲笑の声が聞こえる。大体ラボから警備隊に配属替えという時点で、もうありえない事態なのだ。私は殺されると思った。それを聞いた他のブロックにいた隊員までもが、面白がって私の顔を見に来た。

 

 

 

全員が身長180センチから190センチ、果ては2メートルを超える筋骨隆々の男達だ。そして私の貧相な体格を見るや、嘲笑や侮蔑の言葉を吐き捨ててその場を立ち去っていく。分かっていたことだが、それでも最初は辛かった。恥ずかしくて泣きそうになった。紹介が終わると、隊長はスパーリングしていた一人の男を呼びつけた。その男が小走りに隊長の元へ来ると、彼がこのブロックの打撃コーチである事を告げた。髪を短く刈り込み、ランニングシャツにショートパンツを着用し、体も大きく引き締まった体型をした男だ。彼は腕を組み、私の体を上から下まで舐め回すように見ると、眉間にシワが寄っていた。

 

 

 

心の声が聞こえてくるようだったが、早速トレーニングを開始してくれと隊長が指示すると、こっちに来いと促された。しかしそこで隊長が私を引き止めた。話を聞くと、私がトレーニングをしている間は絶えず、ヘルメットを装着させるよう厳命されていると伝えてくれた。それを聞いてラボ、いや本社の意向が読めたが、それでも私には自信などなかった。いくらニューロンナノインターフェースで身体機能を増幅しても、ここにいる化物のような連中にはとても敵わないと思ったからだ。

 

 

 

しかしこれも実験の一環だと考えを改め、それを了承して奥へと進んだ。打撃コーチが案内したのは、天井から吊り下げられた巨大なサンドバッグの前だった。私は仕様書を床に置くと、初めて装着するヘルメットをかぶって顎のベルトを締める。サイズは私の頭にジャストフィットだった。恐らくこの訓練の為にカスタマイズしたのだろうと私は思った。首の後ろにあるブートボタンを押し、脳内に例の起動シークエンスが投影される。そして体内スキャンも終わりブートが完了した。

 

 

 

イグニスの言ったことは本当だった。起動時の衝撃も無く、体内スキャンの不快感もほとんど感じない。私はバイザーを下ろして準備が完了すると、打撃コーチに深々と頭を下げて挨拶した。何しろ今は私の上官に当たる。今後の事を考え、私は努めて礼儀正しくした。打撃コーチは大きく相槌を打つと、まずは何でもいいから、好きなようにサンドバッグにパンチしてみろと言ってきた。好きなようにと言われて私は困ったが、取るも取り敢えず私はサンドバッグの前に立ち、ラボでやった実験と同じように、左腕を前に出してジャブを一発放った。

 

 

 

その瞬間、火薬が破裂するような凄まじい音が辺りに鳴り響いた。私自身もその音に驚いてしまったが、見るとサンドバッグは少し揺れただけで、特に変化はない。コーチは私を観察しながら首を傾げていたが、もう一度今度は3発連続でジャブを打ってみろと指示された。私は言われたとおり、今度は最速で打ってみようと脳内で意識し拳を振ると、まるでマシンガンを打つような轟音が辺りを劈いた。それを聞いて一斉に周りの隊員が音の発生源に目を向けてくる。視線を感じて周りを見た。あまりの轟音に身を伏せている者さえいた。

 

 

 

私は反応に困りコーチの方を振り返ると、腕を組んだ彼は固まり、かろうじてその場に踏み留まっているといった様子だった。私はコーチの名を呼び、腕を叩いた。するとコーチは我に帰ったように私を見つめ、咄嗟に私の左手首を握って持ち上げた。私の手の甲を見ている。どうやら拳に異常がないかを見ているようだった。私も自分の拳を見たが、特に赤くもなく異常は見当たらない。コーチはそれを確認すると、サンドバッグの右にある棚から何かを取り出し、私の目の前に差し出した。それは青色のオープンフィンガーグローブだった。

 

 

 

拳を痛めると訓練が続けられないから、念の為ということだった。私が装着すると、今度は右手でストレートを打ってみろと言ってきた。私は何かの物体にに対してストレートを打ったことなどなく、TVで見たボクシング程度のイメージしかなかったが、半ば強引に右手のパンチを全力で叩き込んだ。鈍い衝撃音がしてサンドバッグが壁際まで揺れたが、ジャブを打った時ほどの手応えがなかった。

 

 

 

私の動きをしっかり見ていたらしいコーチは大きく頷き、私をマットレスの上に連れて行った。そして向かい合うと、彼は突然拳を上げて身構えた。私はそれを見て焦ってしまい後ろにたじろいだが、彼は言った。俺を殴れる位置まで来いと。彼は身構えたままだったので、恐る恐る近寄った。すると彼は、実際に打たなくてもいいので、俺にジャブを浴びせるよう構えてみろと言った。私は言われるがまま、左手を上げて身構えた。するとコーチは私に、自分の足元を見てみろと促した。

 

 

 

そのまま首を下に向けて両足を見たが、何かおかしいのかさっぱり分からなかった。身構えたままのコーチは、俺の足はどうなってる?と聞いてきた。そう言われて彼の足を観察する。膝を軽く曲げて腰を落とし、両足を開いて左足を前に出し、右足と揃わないようにしていた。私の足は若干斜に構えてはいるが、直立したまま両足を揃えている。この違いを言いたかったのか?と私は思い、見よう見まねで同じように構えてみた。するとコーチは構えを解き、私の背後に立って足の位置を調整した。

 

 

 

次に私の背中とぴったりくっつくようにし、右手首と左手首を握った。まるで二人羽織のようだったが、コーチはまず私の空いた両脇を閉めさせた。そして右手を顎の手前に引かせ、前面に出した左手の軸を顔の中心に持ってくるようにして、軽く曲げさせた。それが終わると今度は私の右に立ち、全く同じように構えた。この基本の構えを忘れるなということだった。そして構えたまま、彼が打つジャブを良く見ていろと言った。

 

 

 

私は自分の構えを解かずに、私と同じように構える彼のジャブを見た。彼は打つ瞬間、前に体重をかけているようだった。その時、私の脳裏で何かのスイッチが入った。自然と彼の動きをトレースするように意識が向いていた。私はそのトレースに身を任せるようにしてジャブを一発放つと、鋭い風切り音が鳴る。打つ瞬間に体が自然に前へと体重移動していた。コーチはそれに合格点を出すと、急いでさっきの棚に向かい、両手にキックミットを装着して戻ってきた。そこに打ってこいと言うので試しに一発放った。

 

 

 

先程の破裂音とは違い、重みのある衝撃音が周囲に響いた。それを受けたコーチの右腕が後方に吹き飛ばされる。私は心配になって打つのをやめたが、コーチの顔は驚愕の表情と共に、何故か笑顔になっていた。コーチは元の位置に戻り、今度はキックミットを左右2つ重ねて腰をさらに低くした。もう一度と言われて、さらに2発連続で素早くジャブを放つと、コーチの体ごと後方に後ずさった。最初にサンドバッグへ打った時よりも手応えが明らかに重かった。コーチの言いたかったのはこれだったのかと、私は彼に感謝した。

 

 

 

脳内にはこの動きが完全に刻まれたようだった。コーチは何度も何度も後方に吹っ飛びながら、私のジャブを受けるのをまるで楽しんでいるかのようだ。やがてそれも終わり、基本の構えとジャブに関しては満点をもらった。次はストレートだったが、ここまで来ればもう早いものだった。コーチも私がどうすれば覚えるかという教え方を把握してくれたおかげで、二人羽織とコーチの打つ正しいストレートを見るという方法にシフトした。体というより、インターフェースで増幅された脳とナノマシンがどんどん吸収していってくれた。

 

 

 

ストレートの型も完成し、コーチは棚から超大型の分厚いキックミットを1つ持ってきた。その姿はまるでラグビーのタックルバッグのようだ。私は少し心配になったが、コーチはキックミットを両手にはめて受ける気満々だった。彼に急かされて、私の体よりも大きいキックミットの前に立ち、基本姿勢を身構えた。打つ瞬間に体の軸を前に移動させ、その勢いを殺さず上体を捻り、真っ直ぐに右手を打ち出す。私の脳と体はこれを超高速で再生した。

 

 

 

大砲のような轟音が響き渡り、キックミットに拳がめり込むとコーチの体が浮き上がり、そのまま後方10メートル程の壁まで吹き飛ばされてしまった。コーチは壁に叩きつけられて地面に倒れ込み、周囲が騒然となった。私は慌ててコーチに駆け寄りキックミットを外したが、彼は完全に気を失ってしまっていた。私はどうしていいか分からず、周りに助けを求めると、誰かが呼んでくれた警備隊専属の医療班が急いでやって来てくれた。

 

 

 

脳震とうを起こしているとの事だったが、幸い壁には一面にショックマウントが張り付けられていて、床にもマットが敷いてあったので、命に別状はないとの事だった。しかしそれでも心配だった私は、5階にある救護室までついていってコーチが目を覚ますのを待った。ベッドで眠るコーチの頭の上に設置された計測機器に目をやる。脳波パルス、心拍数共に異状なし。こんな時だけ妙に役に立つ研究者の知識が虚しかった。私は首の後ろにあるブートボタンを2回押し、起動終了シークエンスを開始させた。

 

 

 

それが終了してヘルメットを脱ぎ、横のテーブルに置いて私は考えた。実験の為に格闘技術が必要な事はよく分かった。たった数時間のトレーニングでここまで力が伸びるのだから、数日もあればかなりのところまで行けるはずだ。それにナノマシンのおかげで、疲れも息切れもない。しかし今回の件のように、この化物のような力を人に向けていたら、相手の命がいくらあっても足りない。トレーニングの際は方法を考えて、慎重にやらなければ。

 

 

 

そう考えていた矢先、コーチが目を覚ました。再び計測機器に目をやるが、どこにも問題はない。私はひたすらコーチに謝り続けた。しかしコーチは気にするなと言ってくれた。いいパンチだったと。そして、私は見込みがあるとも言ってくれた。今日はもう無理だが、まだまだ教えることがあるから明日もしごくぞと彼は言った。私は頭を下げてお礼を言った。時計を見ると終業までまだ時間はある。私はヘルメットを被りブートボタンを押すと、コーチに自主トレーニングを行うと伝えて救護室を後にし、4階へ戻った。

 

 

 

中央の通路を通ると、先程騒ぎを起こしたせいで左右から視線を感じた。しかしそれにはお構いなしに、早足で右奥の格闘技ブロックへと戻る。そこにいた隊員達が私の姿を見た途端動きが止まり、静かになった。それも無視してサンドバッグを通り越し、私は部屋の隅にある一番巨大なタックルバッグの前に立った。これならちょっとやそっとじゃ壊れないだろうと思ったからだ。私は先ほど習った基本姿勢を身構え、脳内で再生する。超高速でジャブ7連撃を叩き込み、とどめに全力で腰を入れたストレートを放った。

 

 

 

射撃場の中にいるような音を立ててしまったが、まだ初日だというのにこれを気にしてたら、トレーニングに身が入らない。私は背後の視線を無視しながら、ひたすらにパンチを打ち続けた。ジャブとストレートのコンボ等を何度も試して脳と体に叩き込み、頭上の時計を見ると終業時間を過ぎていた。帰るかと思い後ろを振り返ると、いつの間にか人だかりに囲まれていた。私は練習に夢中で彼らに全く気が付かなかった。

 

 

 

一応新人という事もあり、作り笑顔で彼らにお辞儀をしてその場を立ち去ろうとしたが、隊員の一人に引き止められた。今度彼らと一緒にスパーリングに混じってほしいという事だった。断る訳にもいかず、私は格闘技初心者という事を説明し、もう少し技を覚えたらお願いします、とはぐらかして何とか難を逃れた。総務で代えの制服を受け取ると、帰りの車でギャレリアに寄ってもらった。軽く買い物をしたあと病院に帰り、部屋に戻ってヘルメットの仕様書を流し読みした。

 

 

 

バッテリー持続時間は48時間、内蔵バッテリーの他に外部バッテリー付属、外部バッテリーは右即頭部のスロットから交換可能、小型急速チャージャー6時間でフル充電可能との事だった。私は早速ハードケースから急速チャージャーを取り出して、ヘルメットに接続し充電を開始した。シャワーを浴びてパジャマに着替え、その日はイグニスに連絡せずすぐに就寝した。とにかくこの日から、連日激しいトレーニングの日々が続いた。

 

 

 

蹴り技、防御、投げ技、寝技、それらを総合した応用技などを習得し終え、気付くとあっという間に一ヶ月が過ぎ去っていた。インターフェースをブートした状態での体のコントロールもうまくなり、相手にケガをさせないよう速度を調節し、いわゆる手を抜く・力を抜く事も学んでいった。そのおかげで隊員達を傷つけることなく、実戦的なスパーリングを行う事が可能になった。それらを数多くこなし、相手の行動パターンを生体量子コンピュータが蓄積させていく。

 

 

 

その間正規の警備隊任務は一切来なかった。ただひたすらトレーニングに勤しむ毎日。最初は私を避けていた他の隊員達とも仲良くなっていき、人間関係も良好になりつつあった。段々と私は楽しくなってきていた。最初は抵抗があったが、警備隊も悪いところではないと思い始めていたある日、事件が起きた。トレーニングルームの屋内スピーカーから警報が鳴り響き、全隊員招集の緊急アナウンスが流れた。4階場内は騒然とし、全員がエレベーター両脇にある非常階段に向かい駆け出していく。

 

 

 

私もそれに合わせて非常階段を駆け下り、3階のロッカールームでランニングシャツの上から制服を羽織った。私には銃が支給されていなかったが、防弾ベストだけはロッカーの中に吊るされていたので、急いでそれを装備した。皆が地下のガラージに向かっている様子だったので私もそれについていこうとすると、誰かに首根っこを引っ掴まれて後ろに引っ張られ、ロッカーに叩きつけられた。誰かと思い上を見上げると、目の前に立っていたのは痩せぎすの男、副隊長だった。彼は私に、ここに残れと言った。

 

 

 

何故かと問いただしたが、私の正規任務参加は上から認められていないと言う。しかし隊員達と日々トレーニングを重ねてきた私の中にも、警備隊の一員という自覚が生まれつつあった。私が食い下がると、副隊長は険しい顔で私にこう言った。武装テロ勢力多数がブラウディクス社正門に向けて進軍してきている。射撃訓練を受けていない私にはこの状況に到底対応できないと。

 

 

 

確かにその通りだった。武装勢力相手に、私の格闘スキルなど何の役にも立たない。私は諦めて後ろのベンチに座り込んだ。それを見ると副隊長も地下へと向かい、私は一人残された。歯痒かった。何か私にできることは無いかと必死に考えた。頭を抱え込んだ時、ヘルメットの感触が手に伝わった。それで私は我に返った。今の私はニューロンナノインターフェースにより、この敷地内にあるどのサーバをも遥かに凌ぐ超高速演算が可能だと。しかも増幅された今の状態でネットワークに接続すれば、アクセス出来ない回線はない。

 

 

 

私は即座に脳内のネットワークをアクティブにした。その途端様々な情報と映像が脳裏に飛び交ってきた。その接続範囲を一気に広げるようと意識すると、ブラウディクス社全敷地内のマップが映し出された。各地点から発される無線や映像が明滅し、一気に脳内へ流れ込んでくるが、それを並列演算で同時に処理していく。その結果、戦況は最悪という事が判明した。ブラウディクス社正門前の監視カメラをオンにすると、そこはまるで戦場だった。

 

 

 

警備の前線部隊が正門の外に出て、戦闘車両3台とバリケードを盾に防衛ラインを築き応戦しているが、敵の火力に押されている様子だった。正門の内側には戦闘車両2台を含む後衛部隊が控え、門の外に出るタイミングを見計らっている。ブラウディクス社と軍を繋ぐ戦術データリンク・KU回線に接続すると、応援要請を出された軍の大隊が現在敵の後方10キロまで接近していたが、挟み撃ちにしたとしてもこれでは到着するまで警備隊が持たない。私はKU回線のデータリンク情報を元に、即座にレーダー照合を完了させて、敵の現在位置に一番近い監視カメラを複数同時に表示させた。

 

 

 

敵は防衛拠点制圧用の火力支援戦闘車両を前後に3機保持している。それらを盾にした歩兵の数が約200。一体どこから湧いたのか、もはやテロと呼べるレベルではない。敵の戦闘車両と歩兵の持つ武器の射程・性能が脳内に流れ込み、警備隊との戦力差を比較する。持って20分と、脳が私に告げてくれた。敵は正門まで約1キロ。正門前のカメラに焦点を切り替え、レーダーをオンにする。そこで戦う警備隊達の社内IDと名前が列挙された。後方に隊長が控えており、果敢に陣頭指揮を取っている様子がカメラに映し出された。

 

 

 

トレーニングルームで何度かスパーリングした隊員達も目に入る。そこへ正門の扉が開き、控えていた後衛部隊が一気に外へとなだれ込んだ。2台の車両が先行し、その後に続くように後衛の歩兵が応戦しながら、バリケードを二重にしようと試みる。私は気が気ではなかった。ネットワークにより全ての状況を把握していながら、何も出来ない自分に腹が立った。後衛部隊が前線と入れ替わり、その中にいる2名のIDが私の目に入る。一人は副隊長、もう一人は私のコーチだった。彼らは懸命に戦っていた。私はその様子を、情報と映像からしか確認できない。その時、テロ部隊の火力支援車両が二発のミサイルを放った。

 

 

 

それを受けて、警備隊の戦闘車両5台全てが前方にチャフ・フレアを放ち、ミサイルを阻止しようと試みた。二発とも警備隊への直撃は避け、数十メートル手前で爆発したが、後衛組の部隊が巻き添えを食った。私は唖然とし、固唾を飲みその状況を見守った。爆発の煙が晴れると、そこには凄惨たる状況が映し出された。口から血を吐きうずくまる者、頭部を酷く損傷した者、銃を握っていた手の指が吹き飛び、痛みにのたうち回る者。そして、左手の下腕を爆風で失いながらも仁王立ちし、戦闘指揮を取り続ける副隊長と、地面に突っ伏し動かないコーチの姿を見た私の中で、何かが切れた。

 

 

 

私は鍵のかかった他の隊員のロッカーを、力任せに滅茶苦茶に引裂き、銃器が無いかを探した。やっと見つけた拳銃とありったけの弾倉を防弾ベストと腰に突っ込むと、非常階段を駆け下りて1階のロビーから外へ飛び出した。目標の位置を脳内で確認しながら、私は正門へ向けて全力で走った。道路を無視し、障害物を飛び越えて真っ直ぐに警備隊の元へと向かった。周りの風景が瞬時に背後へと過ぎ去り、自分でも驚くほどの速さで正門前まで到着した私は、正門右にある7メートルはある高い壁に向かってジャンプした。

 

 

 

届く自信はあった。壁の上に立つと、すぐ下には隊長率いる前線部隊の姿が目に入る。私は壁を飛び降り、隊長の前にある戦闘車両の後方に向かって滑り込んだ。敵の銃弾が私のすぐ横をかすめていく。突然飛び込んできた私の姿を確認して、周りの隊員達が呆気に取られていた。それに気づいた隊長が私に近寄り、怒号を浴びせてきたが、私はそれを無視した。腰に差した拳銃を抜いてマガジンを取り出し、弾数を確認して銃にセットしなおした。拳銃の扱い方くらいなら知っている。しかし隊長が私の胸倉を掴み体を持ち上げると、銃のセーフティをかけて取り上げてしまった。

 

 

 

私は知り得る限りの戦況を報告し、このままではあと十数分で警備隊が全滅する事を伝えたが、彼はそれを聞いても黙ったまま、銃を返してはくれなかった。このままでは後衛組の副隊長やコーチが殺されてしまう。その時、脳内で誰かが私の名を呼びかけた。イグニスだった。ネットワークで施設内の警報を知った彼は、私との回線を繋ぎながら視界を共有し、状況を全て把握してくれていた。その上で彼は、これから射撃・格闘データを含む戦術システムを、私の脳内に直接転送すると言ってきた。

 

 

 

私はすぐさま了承した。彼の戦闘能力が優秀なのは、誰よりも私が一番良く知っていたからだ。イグニスが転送を開始すると、脳内にワーニングのウィンドウが表示される。今は緊急時だ。私は意識内で受諾と命令すると、これまで蓄積してきたイグニスの戦闘データが一気に流れ込んでくる。時間にして約5秒ほどだったが、私は以前にも増して体が軽くなるのを感じていた。そして射撃能力と合わせ豊富な銃火器の知識も手に入れた私は、脳内ネットワークを介して警備隊の主要装備を検索し、現在の状況を打開出来る武器を選び隊長に申請した。

 

 

私が選んだのは、A20K2パルスライフル・RG-40 小型自動擲弾銃・遠隔起爆用ハンドグレネード3発・予備弾倉5個だった。全て最近配備されたばかりの新型だったが、私の口からその名前が出た事に隊長は驚いていた。しかしそれでも彼は承諾しなかったので、私はあるのか無いのかだけを聞くと、彼はあると答えた。その返事を聞いて私は後ろを振り返った。あるとすればあそこしかない。私は味方の戦闘車両に走り寄り、パネルを操作して兵員輸送用の後部ハッチを開いた。

 

 

 

内部壁面左側に武器収納用ラックがあり、その中に目当ての銃器が並んでいるのを見つけると、私はそれを取り出して装備にかかる。ライフル、擲弾のマガジンを確認して床に置き、ラック下段に並んだ予備弾倉をベルトパックに詰めて腰に巻いた。その奥にあるハードケースを開けると、ハンドグレネードも見つかった。遠隔起爆スイッチをポケットに突っ込み、3発手に取って腰のベルトにぶら下げる。ライフルと擲弾銃のスリングベルトを肩に通してフル装備になった私は立ち上がり、後部ハッチを出ようとしたが、またしても隊長が止めに来た。

 

 

 

しかしもう時間がない。私は隊長を外に突き飛ばして後部ハッチを閉じ、イグニスに接続した。バリケードの隙間から道路の奥を見ると、もう見える範囲まで敵が来ている。彼はそれを見ると、敷地内の壁沿いに敵へ接近しろと言った。私は再びブラウディクス社の外壁を飛び越えて中に入り、敵のいる西側へと全力で走った。レーダー上の敵を示すシグネチャーがみるみる近づいてくる。そして敵後方に回り込んだ事を確認すると、私は2つの銃のセーフティを解除し、壁面の上へ飛び乗った。

 

 

 

眼下には、火力支援戦闘車両を盾にする敵の後方部隊が目に入る。私はその敵の中心に向けて、自動擲弾銃のトリガーを引いた。大爆発が起こり、中心にいた兵士達が吹き飛んでいく。わたしはさらにトリガーを引き絞り、左から右へ薙ぎ払うように擲弾銃を連射した。突然の奇襲に敵が混乱している隙に、私は壁を飛び降りて道路に出た。道の左右に素早く移動しながら、残った兵士たちにも擲弾銃を放つ。やがて最後の爆発が起こり、弾の切れた擲弾銃をその場に投げ捨て、パルスライフルを構えた。

 

 

 

その時、火力支援車両の砲塔が後ろに回転し、こちらに向けて機関銃を放ってきた。私は咄嗟に反応して道を横断するように全力疾走し、飛び上がって再び壁の中へと逃れた。映像を確認すると、歩兵部隊はほぼ半壊状態となっている。それを受けて警備隊の戦闘車両が前進し始めた。援軍の位置を確認すると、敵まであと4キロ。何とか時間は稼げたが、被害を少なくするためにも火力支援車両を足止めしなくてはならない。私は再び壁の上に上がり、道路へと飛び出した。

 

 

 

歩兵の残党をライフルで倒しながら支援車両へと突進し、腰のハンドグレネードを手に取って、車両後部のエネルギータンクへと投げ込んだ。そして回り込むように他の2台にも接近しハンドグレネードを設置し終わると、壁とは反対側にある街路樹の裏に身を伏せて起爆スイッチを押した。大きな爆音が辺りを劈き、私は木陰から状況を確認すると、支援車両3台が黒煙を上げて動きを止めていた。新型ハンドグレネードの威力に驚いたが、私は警備隊の様子が心配になり、壁を伝って彼らの元へと戻った。

 

 

 

正門内側まで辿り着いて道側へ出ると、そこでは負傷者の手当が始まっていた。私は副隊長とコーチの姿を探したが、どこにも見当たらない。まさかと思い敵の居た方向を見ると、警備隊がテロ部隊を制圧しにかかっている様子だった。あのケガの状態で動けるはずが無いと思い、救護班を呼び止めて聞いてみると、二人共重症のため敷地内の病院に搬送されたとの事だった。今すぐにでも駆けつけたかったが、今はまだやる事があると思い直し、道路を全速力で走り抜けて味方の援護へと向かった。

 

 

敵に近づき走りながら銃を構えたが、到着すると全てが終わった後だった。既に敵兵は全員投降し、隊員達が銃を構えてボディチェックをしている。その真ん中に立って指揮を取っている大男が目に入った。私は恐る恐る近寄り、隊長に声をかけた。彼は後ろを振り返ると、私の事を睨みつけてきた。私は咄嗟に頭を下げて、先ほど突き飛ばしてしまった事を謝った。そう言うと彼は私に向かって歩いてきた。これは鉄拳制裁だと私は覚悟し、体を強張らせた。しかし彼は私のヘルメットにポンと軽く手を乗せただけだった。

 

 

 

恐る恐る隊長の顔を見ると、普段なら絶対に見せないような、とても優しい目をしていた。それを見て全身の力が抜けた。最終的に、テロリスト達はあとから来た軍が連行していった。それを見届けた私達は、敷地内の警備隊ビルへと戻った。ところが、私が滅茶苦茶にしてしまったロッカールームを見て、隊員達が悲鳴を上げていた。隊長もそれを見て怒りに震え、結局は叱られてしまった。

 

 

 

隊長室に呼び出されてその理由を話すと、不承不承ながらもお咎めなしという事になった。私はその場でパルスライフルと予備弾倉を隊長に返し、今日はもう帰っていいと言われたので、ロッカールームで防弾ベストを脱いでハンガーにかけ、隊員に病院まで車で送ってもらった。中に入ると、そこは野戦病院のような状態だった。私は負傷した警備隊員達を見舞い、重症者はどこにいるかと看護婦に聞いて、そこに案内してもらった。

 

 

 

6人部屋の病室が並び、意識のある隊員達を見舞って励ましながら、私は副隊長とコーチを探した。するとやがて、意識のないコーチを先に見つけた。ベッドの横に座り、酸素マスクをつけた彼の顔色を見たが、血の気がなく脳波・脈拍共に弱い。医者に症状を聞くと、爆発の衝撃波で気管と内臓にダメージを負ったらしく、予断を許さない状況だという。私はコーチの手を握り、回復するよう心から祈った。

 

 

 

そうして病室を回っていると、横になった副隊長の姿を見つけた。私がベッドの横に立つと、彼はすぐに目を覚ました。肘から下のない左手には痛々しい包帯が巻かれているが、彼の目つきは相変わらず鋭かった。私が椅子に腰を下ろすと、右手でベッドを操作して上体を起こし、私を見てニヤリと笑った。まず私は、彼の言いつけを守れなかった事を正直に詫びた。しかし副隊長は他の隊員から聞いて既に知っていたらしく、私のした事を逆に褒められてしまった。

 

 

 

左手は大丈夫かと聞いたが、麻酔が効いているので痛みもなく、また神経接続の高性能な義手をつけてもらえると無理に喜んで見せた。いい加減ヘルメットを脱いだらどうだと指摘され、私はかぶったままということをすっかり忘れていた。私は急いで首の後ろにあるブートボタンを2回押して起動終了させ、顎のベルトを解いてヘルメットを脱ぎ、膝下に置いた。すると彼は右手で私の頭を撫でながら、俺は大丈夫だからそんな悲しい顔するなと言った。

 

 

 

 

それを聞いて、左手を失いながらも勇ましく前線に立ち続けた彼の姿が甦り、私は返事をするのが精一杯で、涙を堪えきれなかった。私は彼に、生きていてくれて良かったと本心を伝えた。彼は私が泣き止むまで頭を撫で続けてくれた。自分の病室に帰り急速チャージャーをヘルメットに繋いで、そのままベッドに倒れ込んだ。今日は色々なことがあったと思い返した。そして私はその日生まれて初めて、人を殺した。それも大勢を。ただそうすることで救えた命もあった。いや、そうせざるを得なかったのだと自分を納得させた。

 

 

 

制服を脱ぐと、その下はランニングシャツにスパッツ・ショートパンツだった。トレーニングジムからそのまま来たことを忘れていた私は、それらを脱ぎ捨ててシャワーを浴び、髪を乾かしてパジャマを着た。部屋の明かりを落とし、寝る前にイグニスと連絡を取った。彼の力無しでは何も出来なかった事を思いお礼を言ったが、戦闘データを受け取っただけでは普通すぐに使いこなせないらしく、全てあなたの力だと言った。その力で私は今日初めて人を殺した事を告白し、彼に懺悔した。

 

 

 

次の日ロッカールームに行くと、私が壊したロッカーが全て新品のものに置き換わっていた。それに少なからずホッとしながら、ランニングシャツに着替えてヘルメットを被り4階へ行くと、突然歓声と拍手が湧いた。驚いて周りを見ると、隊員達が中央の道沿いに並び、私を待っていてくれたらしい。彼らとハイタッチし、握手し、ハグして、今日生きている喜びを分かち合った。皆にお礼を言いながら中央の道を進むと、一番奥に隊長が待ち構えていた。

 

 

 

先日はご苦労だったと彼は前置きすると、今日は私に試験をしてもらうとの事だった。内容は、柔術・打撃・総合でそれぞれ警備隊最強の男達と戦ってもらい、2勝すれば合格。最後に武器を使用した格闘術でもし勝てば、射撃訓練にステップアップできるという事だが、私は特に驚かなかった。今の私にはイグニスの格闘データがある。負ける要素はどこにも無いが、相手に怪我だけはさせないよう注意する事のみ集中する。私は首の後ろのブートボタンを押した。結果は私の4連勝。

 

 

 

その日の内に射撃訓練が開始されたが、全ての訓練に置いて高得点を叩き出した。その後は隊員達との連携を強化する訓練も行われたが、それも難なくパスした。そうして一週間後に、再び本社から辞令が来た。ラボに復帰するよう書かれた辞令だった」

 

 

 

ルカはここで黙り込んだが、アインズがそれを許さなかった。

 

 

 

「...それで? お前は晴れて体術及び銃火器の扱いを完全にマスターしたわけだな。その後はどうなったのだ?」

 

 

 

「...閉じ込められた」

 

 

 

「どこに?」

 

 

 

「研究棟にある武器保管庫を改装した一室に」

 

 

 

「何故?」

 

 

 

「恐らくは、最重要の国家機密として扱われたから」

 

 

 

「病室はどうなったのだ?」

 

 

 

「荷物はまるごと武器保管庫に移された」

 

 

 

「お前は抗議したのか?」

 

 

 

「もちろんしたさ。でも無駄な悪あがきだった」

 

 

 

「実験は継続していたのだろう?」

 

 

 

「...ああ、当然継続していた」

 

 

 

「ではその話を聞かせてくれ」

 

 

 

アインズの握った手に力が籠もる。

 

 

 

「...わかった。警備隊最後の日、私達はギャレリア内にある居酒屋を貸し切り、彼らと最後の別れを惜しんだ。何故かと言えば、一度ラボに戻れば警備隊との接触を一切禁じられるのが分かっていたからだ。隊員みんなが別れを惜しんで泣いてくれた。隊長までも。傷を押して、後から副隊長までもが来てくれた。私は正直、異動したくなかった。研究者が本文とは言え、3ヶ月近く頑張ってきた部署を後にするのはさすがにつらかった。その日ばかりは私も酒に身を任せた。帰り際に隊員達みんなとハグしあい、私は病院へと帰った。ベッドに腰を下ろし、今思えばいい思い出だったと過去を振り返ったりもした。イグニスに報告する元気もなく、私は酔い覚ましに冷水のシャワーを浴びて、その日はすぐに就寝した。

 

 

 

その翌日、見覚えのあるダークレッドの軍服を来た男達が部屋に押し入ってきた。軽く二日酔い気味だった私は、ラボに連れて行かれるのだと思い、気だるいながらも急いで私服に着替えて白衣を羽織った。しかし連れて行かれた先はラボではなく、兵器研究棟の地下5階にある一室だった。そこには取ってつけたような場違いのダブルベッドが置かれており、床を見るとつい昨日まで兵器のハードケースやラックが置かれていたであろう跡が付いていた。

 

 

当然窓も一切ない。唯一の救いは、急ごしらえなのが見て取れるトイレ付きの広いユニットバスが設置されているくらいだった。部屋の壁面は天井も壁も床もアーミーグリーン一色で、薄暗い間接照明があるのみという部屋だった。私はこれなら病院の方がまだマシだと抗議したが、それを聞き入れる権限を彼らは持っていなかった。仕方なく私はベッドに寝転んだ。部屋の四隅に監視カメラが設置されている事に気付き、全部潰してやろうかとも考えたが、無駄な努力と知りそれはやめておいた。

 

 

 

やがて2時間ほどすると、武装した兵士が3名やってきた。やけに礼儀正しかったのが逆に不安を煽ったが、これからラボに移動するとの事だった。少なくともここよりラボの方がまだマシだと思い、すぐにベッドから飛び起きて彼らについていった。

 

 

 

地下5階から地下1階に移動し、後部座席の窓は全面スモークの車に乗せられ、ラボの入り口へと到着した。そうしてコンソールルーム内に入り、仲間たちとの再会もつかの間、早速実験開始となった。その日の実験は、遠隔(リモート)リンクにおける格闘戦の実証試験を行う事だった。私は白衣も私服も脱ぎ捨てて、実験棟内部のユニットチェアに腰掛けた。全身に電極を貼られて準備は整い、私の右にはイグニスがユニットチェアに腰掛けた。最初の遠隔(リモート)リンク試験が成功した素体とあって、私も予想はしていた。私の中にはイグニスから貰い受けた戦闘データと合わせて、私自身が得た格闘データも蓄積されている。これで負けたらイグニスに失礼だという気持ちで臨んだ。相手は速度優先型のバイオロイドだ。私自身にそれをいなせる程の力がある事を願い、イグニスの体を遠隔リンクで接続した。

 

 

前回とは異なり、驚くほど自然にリンク出来た。私(イグニス)はユニットチェアから立ち上がり、ヘッドマウントインターフェースに繋がれた計測用のケーブルを引き抜いた。向かいには、速度優先型のバイオロイドが研究員の調整を受けている。後ろを振り返ると、目をつぶった私の肉体が見える。不思議な浮遊感に包まれたが、今はそれに身を任せている時ではない。やがて研究員も退避し、インカム越しに実験スタートの合図が聞こえてきた。

 

 

 

速度優先型のバイオロイドがどう出てくるかを探る意味で、私は間合いを詰めた。すると相手は躊躇なくハイキックを左側頭部に放って来たので、これをガードした。次に私はジャブの連発で目くらましをしつつ、接近して相手の右腕を掴み、顎を押してテイクダウンした。ハーフガードの体制になり、今度は相手の左腕を取ってチキンウィングアームロックの体制に入った。これでもかと締め上げるが、痛覚をシャットアウトしているバイオロイドには通じるはずもなく、私はやむ無く速度優先型バイオロイドの左腕を破壊し、捩じ切った。白い人工血液が飛び散ったが、私はそのまま相手の右腕を取り、腕ひしぎ逆十字の体制に入ったところで、実験終了となった。

 

 

 

 

荒療治となってしまったが、実験に手は抜けない私の性でもあった。この一戦で、私は自信がついた。今まで警備隊で学んだことが、確実に生きていることを証明できたのだ。次の日は逆に、私が速度優先型のバイオロイドに遠隔(リモート)リンクし、イグニスと戦うことになった。正直イグニスとは戦いたくなかったが、よく考えれば実験のデータとしてこれ以上貴重なものもないと考えを改めた。イグニスに何かあれば、私が自ら修理するつもりでお互いに向かい合った。

 

 

 

イグニスは私と向かい合い、何故かとても嬉しそうだったのが印象的だった。私は、速度優先型では絶対にありえないだろう動きをしてみせた。つまりは、速度優先型でありつつ防御主体でイグニスを追い詰める作戦に出た。これにはイグニスも慌てたようで、無駄な打撃が目立っていた。そこを突いて着実にロー・ミドル・ハイキックを見舞っていき、最終的にはフェイントからの回し蹴りをイグニスの右側頭部に決めて、決着が着いた。幸いイグニスの素体を傷つける事には至らなかったが、彼は嬉しそうに負けを認めていたのが印象的だった。その後は実験棟内で、イグニスと感想戦を行った。

 

 

 

こうしたデータは、イグニスのみならず全てのバイオロイドに並列化され、反映される。それを糧に日々遠隔(リモート)リンクの実験に臨んでいた。最終的には、ボディアーマーを着用しての、生身の私とバイオロイドの実戦にまで発展していった。さすがにこれはバイオロイド達に手を抜いてもらったが、5戦3勝とまずまずの結果を残せた。こうして格闘戦に置ける遠隔(リモート)リンクのデータが集まっていき、次は射撃及び武装状態の実戦におけるデータ収集に移行していった。

 

 

 

過去にA20K2パルスライフルを使用した経験から、これをデフォルトにしようという私の案が通り、訓練中の正式銃はパルスライフルで統一された。最初は恒例のごとくイグニスでの遠隔射撃実験から始まり、それがうまく行くと速度優先型のバイオロイドを使用しての射撃実験が行われた。結果は上々...と言うより、格闘戦よりも遥かに負担が少なかったと言える。多少のクセはあれど、一度コツを掴んでしまえば、速度優先型でも精密型でもさほど違いはなかった。

 

 

 

こうして銃火器の遠隔(リモート)リンク試験は第二段階に移行した。次は集団戦闘を想定し、4対4の実戦形式を取った試験だ。地下8階に設置されている、市街地を模した広大な演習場で行う事となった。この試験では、遠隔(リモート)リンク時にチームとしての連携が取れるかどうかが試される。私が警備隊で学んだ事が生かされる場面でもあった。実験にはゴム製の模擬弾が使用されたが、バイオロイドはともかく生身の私が至近距離で弾を受ければ、骨にヒビが入るだけでは済まない程の威力がある。

 

 

 

私は例によって遠隔(リモート)リンクの対象にイグニスを選び、他3人を型番で呼んでいたのでは素早い連携が取れないので、もう一体の精密優先型にユーゴ、速度優先型バイオロイド二体は男女だったので、それぞれミキ・ライルと名付けて呼称した。バイオロイド達には事前に、私(イグニス)がリーダーだという事を強く意識させ、命令なしに勝手に発砲したりしないよう厳命した。

 

 

 

相手チームも同じく精密型2体・速度優先型2体だ。お互い基本装備は、私が被っていた実戦用ヘッドマウントインターフェースとA20K2パルスライフル、予備弾倉2個、防弾ベスト、スタングレネードを各自1発ずつという装備で、2チームが東西に分かれて演習はスタートした。私はミキに赤外線モードでの索敵を徹底させ、私自身もニューロンナノネットワークのレーダーによる索敵を行いながら指示を出し、建物伝いに北東へとチームを移動させて敵の出方を見た。

 

 

 

案の定、敵チームのバイオロイドにはリーダーという概念が無く、間隔を大きく開けて個々がバラバラに索敵している状態で、纏まりが無かった。その虚を突いて私たちは敵の射線に入らぬよう真横から接近し、各個撃破で2人を仕留めた。残り2人となった時点でチームを2分し、スタングレネードで敵を攪乱しつつ集中砲火を浴びせ、15分足らずで私達のチームが勝利となった。

 

 

 

しかし後日行われた試験では、私が速度優先型バイオロイドに遠隔(リモート)リンクしたチームと、イグニスをリーダーとするチームに分けて演習が行われたが、これが最も手ごわかった。過去のデータが並列化されている上に、イグニスは私の行動パターンを完全に読んだ上でチームを引っ張っていた。最終的にはお互い一人になるまで戦闘が続いたが、かろうじて私が辛勝したという内容だった。

 

 

 

時には私自身が生身で演習に参加する事も幾度かあったが、試験が終わると私は地下5階の武器保管庫に軟禁されるという毎日だった。試験をしている最中は気が紛れたのだが、通信も遮断された部屋だったので家族にメールを送る事も許されず、徐々に私の心身は疲弊していった。それが試験後の精密検査でも顕著に現れるようになり、本社は私にPCでのネット閲覧やメール送受信と共に、唯一の娯楽であるDMMO-RPGへの接続を許可した。

 

 

 

無論その内容は全て検閲されており、向こうも苦肉の策だったのだろう。私は最初研究の事で頭が一杯で、とてもDMMO-RPGに手を付けるような気力は湧かなかった。しかし試験をしているよりも軟禁されている時間の方が長いという毎日が続くに連れ、違う風景が見たいと思うように心変わりしていった。

 

 

 

私は早速情報を集めた。2210年の電脳法改正により、それ以前に禁止されていた味覚・嗅覚・感覚の再現といった要素が盛り込まれ、DMMO-RPGは感覚的にも現実世界と大差ないほどに大きく進化を遂げていた。調べてみると数千タイトルというゲームが列挙していたが、その中で目に付いたのが、ユグドラシルβ(ベータ)というDMMO-RPGだった。

 

 

 

過去に遡り調べてみると、最初のユグドラシルは日本のゲームメーカーが発売元となっており、2126年から2138年まで運営されていたと知った。その後時を経て制作会社が海外の企業に買収され、電脳法改正を機に発売されたのがユグドラシルⅡ。一部のコアなファン層から熱烈な支持を受けていたようだが、2210年から2223年までで運営は終了したとあった。

 

 

 

そこから15年後の2238年、ユグドラシルの世界を懐かしむ日本と海外の技術者達が有志で集結し、途絶えてしまったユグドラシルの世界を再現しようというリバースエンジニアリングプロジェクトがネットで告知された。この中には、実際にユグドラシルⅡの制作に携わった技術者もいたらしく、ますます現実味を帯びてきた事で世界中のコアなユグドラシルファンから注目を集めていた。

 

 

 

そこから4年後の2242年、ユグドラシルα(アルファ)という名でエミュレーターサーバが始動した。当初は限られたエリアにしか行けずバグもかなり多かったが、テストサーバを兼ねていた事もあり、ユーザーからのバグリポートやリクエストを受けて、迅速に改善されていったらしい。

 

 

そこから更に4年後の2246年。リバースエンジニアリングチームが満を持してリリースしたのが、フルスペック版のユグドラシルβ(ベータ)だった。オフィシャル版と異なり基本料金無料、課金アイテムのみ購入という、アプリ内課金の仕様だった。ユグドラシルαが好評だった事もあり、リピーターがユグドラシルβ(ベータ)へ一気に押し寄せた。そしてそこからユーザーの支援を受けて、エミュレーターサーバは更に成熟したものへと変わっていった。

 

 

過去のユグドラシルと大きく違う点もユーザーに取って魅力だった。オリジナルには無かった新エリアの増設、より充実した世界級(ワールド)アイテムの選択肢、レベルキャップの引き上げ、拠点カスタマイズの自由度アップ、課金アイテムの大幅ディスカウント等、かつてのユグドラシルプレイヤーから見ても興味を惹かれる要素がちりばめられていた。

 

 

 

私はそれを知り、ユグドラシルβ(ベータ)専用アプリを、コンソール一体型ヘッドマウントインターフェースにダウンロードしてプレイする事を決めた後、本社へユグドラシルβ(ベータ)をプレイする事をメールで申請した。するとすぐに次のような返信が帰ってきた。

 

 

『DMMO-RPGをプレイする際は、汎用のものではなく必ず支給品のヘッドマウントインターフェースを使用する事/プレイする際は計測用ケーブルを接続して行う事』

 

 

この2点だった。どちらにしろ私は汎用のヘッドマウントインターフェースなど持っていないので、いわば手元にある軍用のヘッドマウントインターフェースで行う以外に選択肢は無かったし、ベッドに備え付けられている計測用ケーブルを接続する事にも抵抗は無かった。どちらにしろ検閲されるのだ。自分から報告しておくに越した事はない。

 

 

私はネットで基本操作法を覚えると、自前のPCにヘルメットを有線接続し、計測用ケーブルも繋いで首の後ろのブートボタンを押した。起動シークエンス確認後ベッドに横になり、DMMO-RPG・ユグドラシルβ(ベータ)を起動させた。2346年の事だった」

 

 

 

 

ルカはここまで喋ると、一息ついてアイスティーを口に運び喉を潤した。

 

 

 

「なるほど。お前は自ら進んで被験体となり、脳への生体量子コンピュータ移植に成功した。その後バイオロイド達との遠隔(リモート)リンク実験にも成功し、警備隊でのトレーニングと実戦経験を経て、再びラボへと復帰した。そこから軍の為の実戦的な実証試験をずっと行っていたが、長い軟禁状態で心身共に参ってしまい、いわば気を紛らわせる為にDMMO-RPG ユグドラシルβ(ベータ)に手を出した....これで合っているか?」

 

 

 

「その通りだよアインズ。でも一つ言い忘れてない?」

 

 

 

「ん? 何をだ?」

 

 

 

「私....人を殺したんだよ」

 

 

 

「だがそのおかげで救えた命もあるのだろう? お前はそれを後悔しているのか?」

 

 

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど...何とも思わないの?」

 

 

 

「思わないな。私がこのアンデッドの体になってから意識が変化したせいもあるのかもしれないが、お前は正しい事をした。否正しくなかったとしても、話を聞く限り完全に不可抗力だ。違うか?」

 

 

 

「そう....だね、その通りだね。済まない忘れてくれ」

 

 

 

「うむ、気に病む事は無い。それにしてもユグドラシルβ(ベータ)か、私としてはそちらの方に俄然興味が湧いてくるがな。そしてそのお前の持っている武器も身体的な強さも、ユグドラシルβ(ベータ)という存在と軍用ヘッドマウントインターフェース、そして生体量子コンピュータによってブーストされたものだと考えれば、至極納得が行く」

 

 

 

「そうだね、その話もこれから全て話していくよ」

 

 

 

「そう言えば気になったのだが....実戦演習の下りで、ミキとライルの名前が出てきていたな。彼らの名前はその名残なのか?」

 

 

 

「よく覚えていたね、そうだよ。彼らは味方につけば信頼できるパートナーだったからね」

 

 

 

「では精密優先型のバイオロイド....イグニスとユーゴに関してはどうなのだ?」

 

 

 

「そう、それなんだけど...全く同じ名前の人間がこの世界の冒険者として生きている」

 

 

 

「?! どういう事だ?」

 

 

 

「私にも分からない....。でも今はカルネ村で警備に当たってもらっているし、存在している事は確実よ」

 

 

 

「....強いのか? その人間達は」

 

 

 

「それも未知数だけど、通常では考えられない程のレジストを持っている事は確か。Lv4の絶望のオーラを浴びても片膝を付く程度のダメージだったし」

 

 

 

「Lv4?! 人間がか?」

 

 

 

「そう。彼らはその時、何のレジスト装備もしていなかった。要するに、素体としての元来のレジストが高かったって事だと思う」

 

 

 

「それで、その二人をお前はどうするつもりなのだ?」

 

 

 

「育てよう、と思っている。偶然とも思えないし、どういう因果があるのかも分からないけど、彼らのポテンシャルを見極められる所までは、育てようと思っている」

 

 

「そうか....お前の話を聞いていると、全く持って興味が尽きないな。ルカ・ブレイズ、さあ、話の続きを聞かせてくれ」

 

 

 

ここでアインズはルカの手を離し、大きく両手を左右に開いて促した。

 

 

 

「うん。ユグドラシルβ(ベータ)に入った所からだったね。事前に調べたキャラメイクのテンプレートを頼りに、自分なりに一番合いそうなステータスと種族を選んで決めた。最初私は人間(ヒューマン)から始めた。そこから信仰系と神聖職に重点を置いて育てていったんだ。最初Lv上げをする時は雑魚モンスターを狩りまくるのが鉄則だけど、INT・CONに全ステータスを特化していて、回避に必要なDEX(器用さ)には1ポイントも振ってなかったのに、何故か敵の攻撃を避けられた。

 

 

 

それが確信に至ったのは、フィールドに出てからだった。一歩外に出れば、いつPK(Player Kill)されてもおかしくないのがユグドラシルだよね。最初はクレリックから初めて、その後は運よくドロップで手に入れたデータクリスタル(戦神の衣)を手に入れて、クレリックからウォー・クレリックに転職しレベルを上げた。その後Lv30になってクルセイダーに転職し、外でモンスターをソロで狩っていると、プレイヤーに襲われるなんて事はざらにあった。もちろん、主に異形種だったけどね。

 

 

 

相手のLvは80から90だったと思う。いわゆる初心者狩りのつもりで来ていたんだろうけど、物理攻撃に関しては何故かほとんど避けられた。例え魔法による攻撃を食らっても、ヒーラーよろしく大回復が使えるから、相手のマナが尽きるまで回復し続けて、その場を逃げてセーフゾーンに飛び込む事で、PKを回避出来た。後から考えてみると、ヘッドマウントインターフェースと私の戦闘経験が増幅された事により、反応速度が極端に上がっていたからなのかもしれない。

 

 

 

それを繰り返しながらフィールドを変えてLv上げをしていく内に、とあるギルドからプライベートメッセージで声がかかった。その時私は本当に驚いたのを覚えている。ゲームを始めたばかりの初心者に声がかかるとは思ってもいなかった私は、そこでソロを止め、ギルド ”ブリッツクリーグ”の一員となった。彼らは私を温かく迎え入れてくれた。話を聞くとヒーラーが居なくて苦労していたそうで、ユグドラシルβ(ベータ)上のフォーラムでも、低レベルなのに殺せないキャラとして、私の名前はいつのまにか噂になっていたらしかった。

 

 

 

その後は、彼らがパワーレベリング...いわゆるPLをして一気に私のレベルを底上げしてくれた。装備品もギルドが最高級のものを揃えてくれた。その時点で、私はのめり込んでいたと言える。とにかくその時は、神聖職を極めようと特化していた。ブリッツクリーグは傭兵ギルドだったので、即戦力を得られるのなら手段は選ばないというスタンスだった。そこからしばらくしてLvも100を超え、ギルド同士の戦争....GvG (Guild vs Guild)にも多数参加し、経験を蓄えていった。とにかくリアルだった事もあり、私は興奮したのを覚えている。相手の城が燃える匂いを感じる嗅覚、肉を食べたり酒を飲む時の味覚、敵から攻撃を受けた時の軽い痛覚、敵を殺し切ったあとの絶叫に、ただただ身をゆだねていた。

 

 

 

いつも通り地下8階の演習試験を受けて、自室に帰りギルドメンバー達とLv上げ兼資金稼ぎに没頭していたとき、事件が起きた。突如恐ろしいほどの落下感と共にゲームがオフラインとなり、現実の武器保管庫に戻された。何事かと思い右を見ると、兵士達5人が息も絶え絶え私を凝視している。私は左右の側頭部からケーブルを引き抜くと、何事かと尋ねた。

 

 

 

彼らは言った。車中で説明するので、とにかく今すぐラボまで来て欲しいと。

私は正直訳が分からなかったが、血相を変えた彼らの表情を察し、急いで私服に着替えてヘルメットを手に、彼らと共に地下1階の駐車場まで上がっていった。

 

 

 

全員が車に乗り込むと、恐ろしいスピードで運転手の兵が車を発進させた。

理由を聞くと、生体量子コンピュータを移植された他の被験者が、暴走して暴れているというのだ。それを聞いて私は深い絶望の奈落へと突き落とされた。信じられなかった。人間に対する生体量子コンピュータの移植は、私一人の犠牲で済むと思っていたのに、本社や軍の連中は私の見ていない裏で、それを行っていたのだ。私はヘルメットをかぶり、首の後ろのブートボタンを押した。

 

 

 

その車中でボディアーマーを手渡され、それを着て欲しいと言われた。やむを得ず私はそれを装備し、ラボに到着すると車中から外に飛び出し、内部に疾走した。私はカードキーを持っていなかったので、兵士を急かしてラボのコンソールルームへと飛び込んだ。そこには恐ろしい光景が広がっていた。

 

 

 

内部にいる研究者は3人。計測機器の影に隠れて、ガタガタと震えている。そして壁のあちこちには飛散した臓物がへばりついている。そしてコンソールルームの中心に立つ女性が一人。彼女はこれ以上ないほどの極悪な笑みを浮かべて、こちらを向いてきた。

 

 

 

それを見た私の中で、何かが切れた。その女性の足を破壊するべく、突進し全力で左ひざに蹴りを入れた。事も無げに容易く女性の足は壁に吹っ飛び、女性はバランスを崩した。片足を失い半狂乱気味にジタバタと暴れている女性の頭部を、私はサッカーボールのように蹴り飛ばし、頭蓋骨を粉砕して壁の染みとした。それが終わると私は我に返り、計測機器の影で怯える3人にケガはないかと確認したが、彼らは研究棟の中にまだいると目線で示した。

 

 

 

私はコンソールルームのパネルを操作して研究棟の扉の前に立ち、扉が開くのを待った。やがて開くと、鉄臭い血と臓物の臭いが入り混じった臭気が漂っていた。中に入ると、一番奥のバイオロイド保管カプセルの影に隠れている女性研究者一人が、声を上げずに助けてと求めている。その手前には明らかに尋常ではない目をした男女が3人。

 

 

 

私はわざと足音を立てて3人に速足で接近した。その一番手前にいた男が私に掴みかかってくるのを見て、私は相手の喉仏を鷲掴みにし、そのまま引きちぎった。それを見た残り二人が一斉に飛び掛かってきた。左を見ると、バイオロイド保管カプセルが並んでおり、無傷だったのを見て安心したが、相手は完全に暴走状態だ。しかも全員見た顏だ。軍から送られてきた、生体量子コンピュータの移植希望者だった。

 

 

 

しかしこうなっては、もはや全てを潰すしかない。一人でも多くの研究者を助けねばと、私は全力でこの二人と当たったが、思わぬ苦戦を強いられた。そこで脳内でイグニスに回線を繋ぎ、制御システムの上書き(オーバーライド)は可能か? と聞いた。

 

 

 

答えはYESだった。すかさずイグニスは制御システムに割り込んでスリープモードを解除し、他の二人であるミキとライルの制御システムもオーバーライドして解除した。私が防戦一方の間、カプセルがゆっくりと開き、イグニス、ミキ、ライルの3人が目を覚ました。私は指示した。全力でこの二人を排除しろと。

 

 

 

そう言うが早し、イグニスは力任せに女性候補者の右腕をねじり上げ、背中から左手を突き刺して心臓を抜き取った。続くミキとライルも、キックで男性候補者の頭を吹き飛ばし、足も潰して行動不能にした。

 

 

 

周囲を警戒し、脅威が去ったことを確認すると、私は女性研究者の元へ走り寄った。最初は私にも怯えている様子だったが、膝を付いて(もう大丈夫)と声をかけると、私に抱き着いてきた。ガタガタと震えていて、完全に腰が抜けている。私は一刻も早く生存者をラボから連れ出すべきだと判断し、付き添いの兵士達に救護班を大至急呼ぶよう指示し、生存者4人を急いでラボの外へと連れ出した。

 

 

 

 

救護班が到着し、研究者達がその場を立ち去ると、私は助けてくれたイグニスとミキ・ライルに目をやった。私も含めてだが、全身血まみれでとても見るに堪えなかった。私は3人をシャワールームへと連れて行き、服を脱がせて彼らに付いた血糊を洗い流してあげた。そして彼らに、こんな汚れた仕事をさせて申し訳ないと詫びた。彼らは、私が無事ならそれでいいと答えてくれた。言いようもなく涙が溢れ、彼らに支えられて泣き続けた。

 

 

 

その結果、私が唯一の生体量子コンピュータ移植に成功した人間第一号となった。ラボを離れる前にデータを盗み見たが、明らかに移植候補者の脳波には拒絶反応が見られた。これに関しては、相性という他に説明がつかなかった。それよりも、私に黙って移植を強行した本社と軍にも憤りを感じたが、それを潰したのも私なのだ。文句を言える筋合いは無い。

 

 

 

イグニス・ミキ・ライルにガウンを着せて、コンソールルームでドライヤーをかけて髪を乾かしてあげていると、ダークレッドの兵士達がなだれ込んできた。彼らは私たちに銃を向け、大至急バイオロイドを保管カプセルに収容しろと命じてきた。無論私は抵抗もせず、彼ら3人を実験棟内部にあるカプセルへ横にさせて、スリープモードへと移行させた。イグニスが制御システムをオーバーライドできるという事実は、隠したまま。

 

 

 

その後私も武器保管庫に戻された。そこからしばらくは、当然と言えば当然だが、バイオロイドの実戦訓練も行われなかった。無論その間私個人への実験は継続されていたが、私はまた人をこの手で殺してしまった事実に愕然としながら、その記憶を忘れる為にユグドラシルβ(ベータ)にのめり込んでいった。幾度かキャラをカンストしては作り直すという事を繰り返すうちに3年が過ぎ、ユグドラシルβ(ベータ)の終焉が何の前触れやアナウンスもなく唐突に訪れ、気がつけば私はこの世界に転移していた。それが2350年だったという話だよ、アインズ...」

 

 

 

ルカはテーブルに目を落とし、再度アインズの手をギュッと握り、静かに手を離した。そして真正面を向き、ミキとライルに顔を向けてお互いに頷き合った。

 

 

 

「アインズ様。我が主ルカ・ブレイズが今語った言葉、我らが過去に聞いた説明と一切相違ない事を、この場でお伝え申し上げます」

 

 

 

「右に同じ。このライル・センチネル、ユグドラシルβ(ベータ)からこの世界に来る前よりルカ様をお守りしてきた身。この世界に来てからルカ様が我らにご教示いただいた内容と一切相違ない事を、ここにお誓い申し上げまする」

 

 

 

それを聞いて、アインズは顎に手を当てた。

 

 

 

「うむ、心配するなミキ・バーレニ、そしてライル・センチネル。まだいくつかの謎は残ってはいるが、ルカの語った言葉を嘘だとは微塵も思っておらぬ。お前たちの事情は分かった。要はこの先、我らがどう動いていくか。この一点に絞られよう?」

 

 

 

「ありがとうアインズ、ここまで長い話を聞いてくれて。でも....本当に嘘ではないと思ってる?」

 

 

 

ルカが顏を上げ、心配そうにアインズの顏を見上げた。

 

 

 

「無論だ。ここで胸襟を開かずして、いつ開くというのだ。まあお前にしてみれば、ずっと胸襟を開きっぱなしだったのだろうがな。だから私もそれに答えさせてもらおう。必要な物資や情報があれば、何なりと言ってほしい」

 

 

 

「物資は....多分必要ない。情報が必要かもしれないとは思う。この先、お互いがプレイヤーだと認識した上での情報交換は、この世界を大きく左右するほどの力を秘めていると思うから」

 

 

 

「そうだな、では今後はユグドラシルという観点で質問していこう。つまりは、お前達の言うユグドラシルβ(ベータ)の観点からだ」

 

 

 

「そうだね、まずはそれを知らないとね。いいよ、何が知りたい?」

 

 

 

そう言うとルカは席を立ち、ミキとライルのいる向かい側の椅子に回り込み、席に腰かけてアインズと向かい合った。デミウルゴスも空いた席を詰めて、アインズの左隣に座り直した。

 

 

 

「ユグドラシルβ(ベータ)となり、レベルキャップが引き上げられたというが、そもそもお前達のレベルはいくつなのだ?」

 

 

 

「私を含め、ミキ・ライル共に、Lvは150。これがユグドラシルβ(ベータ)に置ける最高レベルだよ」

 

 

 

「150だと?! ....どうりで火力も防御力も桁違いなわけだ」

 

 

 

「ここまで上げるのは本当に苦労するけど、一度越してしまえば楽なものだよ。ほかに知りたい事は?」

 

 

 

「イビルエッジに転職する為の条件は?」

 

 

 

「シーフ・スカウト・忍者・アサシン・マスターアサシンを全て極め、ある特定条件を満たす事」

 

 

 

「それはこの世界でも適用されるのか?」

 

 

 

「もし適用されないなら、私達のイビルエッジというクラスが無効となり、この世界に転移する事自体ができないはず。今現在適用されているという事は、アインズの2138年にあったユグドラシルと、私達が来た2350年のユグドラシルβ(ベータ)とのフォーマットは入り混じり、共通化していると解釈していいと思う」

 

 

 

「なるほど、では聞こう。お前達の種族は何なのだ? 私は恐らく異形種だと予想しているのだが」

 

 

 

「....そうだね、君やデミウルゴス、シャルティアが不思議がるのも当然だと思う。それを伝える前に、まずはこのアイテムを見て欲しい」

 

 

 

ルカはそう言うと中空に手を伸ばし、血に染まった赤い牙と、極々小さい水晶の短剣のようなオブジェクトを取り出した。赤い牙の方は、カルネ村でンフィーレア・バレアレに見せたのと同じ物だ。

 

 

 

「このアイテム、見たことがあるかな。恐らくないと思うんだけど」

 

 

 

テーブルの真ん中に置かれた二つのオブジェクトを前にして、アインズは考え込んだ。

 

 

 

 

「....そうだな、確かに見たことがない。鑑定してみても良いか?」

 

 

 

「もちろん」

 

 

 

「まずはこの赤い牙から鑑定しようか。道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

 

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アイテム名: ダークソウルズ

 

使用可能クラス制限:無し

 

使用可能種族制限:???

 

アイテム概要:これをお前が手に入れたという事は、闇に落ちる宿命からは逃れられない。覚悟の無いものは即刻この牙を捨てよ。但し覚悟の出来たものは、このアイテムを使用せよ。未来永劫連なる不幸と共に、未来永劫連なる生命を、お前は手に入れる事になる。そして何者よりも遥かに強い不死力を、お前は手にする事だろう。

 

 

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「? 何だこのアイテムは。妙に不吉な文言だが」

 

 

 

「そうだね。じゃあ次は、この水晶のアイテムを鑑定してみて」

 

 

 

「う、うむ分かった。道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

 

 

 

 

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アイテム名: サークルズオブディメンジョン

 

使用可能クラス制限:無し

 

使用可能種族制限:???

 

アイテム概要:According to old custom, I recognize the person who had this in its hand as a successor. According to old custom, I admit that I jump in the rotation that cannot escape. According to old custom, I admit that I assume wicked power justice. According to old custom, I admit that I let this person transmigrate.

 

 

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「これもまたユグドラシルでは見たことがないアイテムだな。えーと? 

(古の習わしに従い、これを手にした者を後継者と認める。古の習わしに従い、逃れ得ぬ輪転の中に飛び込む事を認める。古の習わしに従い、邪悪な力を正義とする事を認める。古の習わしに従い、この者を転生せしめることを認める。) これで合っているか、ルカよ?」

 

 

 

「さすがアインズ、英語も読めるんだね。見てくれてありがとう。もう大体わかったでしょ?」

 

 

 

「要するにこの二つのアイテムは、転生に必要なアイテムなのだな?」

 

 

 

「そう。まず最初のダークソウルズは、始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生する為のアイテムなの」

 

 

 

始祖(オリジン)ヴァンパイアだと?! ユグドラシルでは伝説上の、いわば設定を盛り上げるための種族だったはずだが」

 

 

 

「そう。ユグドラシルβ(ベータ)になってから、アップデートで実装されたものだね。但し、このアイテムを課金で買おうとすると、日本円にして65万もしたんだよ。用途も謎なのにこの値段とあって、当時はこれが話題になったんだ」

 

 

 

「何と....そうだったのか」

 

 

「じゃあ次のアイテム、サークルズオブディメンジョンについては、どう思う?」

 

 

「どう思うも何も、これも転生に必要なアイテムなのだろう?」

 

 

 

「そうだね。でもこのアイテムを手に入れられる場所は限られていて、ダークソウルズ以上に入手が困難だったんだよ」

 

 

 

「何に転生する為のアイテムなのだ?」

 

 

 

「その前に、ダークソウルズの転生条件は何だと思う?」

 

 

 

「それはまあ....恐らく1ランク下の真祖(トゥルー)ヴァンパイアである必要があるんじゃないか?」

 

 

 

「誰でもそう思うよね。実際ヴァンパイア系統の種族と限られた異形種だけが使用出来ると当時は誰もが考えていた。でも転生できる種族に、実は人間(ヒューマン)も含まれていたんだよ。つまり...」

 

 

 

「!! 人間(ヒューマン)だと? まさか...人間(ヒューマン)から始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生することが、サークルズオブディメンジョンを使用する為の条件なのか?」

 

 

 

「そう、いい勘してるね。しかし厳密に言えば、その条件を満たしていてもアイテム自体は使用出来なかった。あくまでサークルズオブディメンジョンを使用する為の1条件として、人間(ヒューマン)から始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生する事が必要とだけ、今は覚えておいてほしい。しかしこの条件一つとっても、当時はあまりにもかけ離れすぎていて、誰にも分からなかった。しかし私はたまたま、本当に運良く人間(ヒューマン)だった。覚えてる?」

 

 

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

「私は人間(ヒューマン)にして、神聖職を極めていた。ヴァンパイアの弱点は神聖と炎。だから高レベルのヴァンパイアしかいない新エリア、オブリビオンで狩りをしていた。その時にダークソウルズを偶然手に入れたんだよ。その時は慎重を期して実際に使用はしなかったが、人間(ヒューマン)でも使用できると知ったのは、その時だったのさ」

 

 

 

「そうだったのか」

 

 

 

「しかも、ダークソウルズをドロップするヴァンパイアMOBは固定されていた。ドロップ確率はランダムだったけど、私の所属していたギルド、ブリッツクリーグにしか教えていなかったからね。ギルドで集中的に狩りをして大量に手に入れた。だから課金アイテムを買う必要も無かったし、私たちも外部に売るような事はしなかった。エクスチェンジボックスにかければかなりの大金になったからね」

 

 

 

「なるほどな。意図せずして、狩場を独占していたわけか」

 

 

 

「そういう事。そうして資金稼ぎのためにギルドで狩りを続けていたある日、他に追加された新エリアの偵察に出ていたギルドメンバーから、妙な場所を見つけたと報告が入った。オブリビオンに次ぐ新エリアで、超高レベルモンスターが配置されている万魔殿(パンデモニウム)の山岳地帯奥深くにダンジョンがあり、その更に奥の一室に、用途不明の固定された転移門(ゲート)があるという報告だった」

 

 

 

「ほう、興味深いな。と言う事は、合計11のエリアという事か」

 

 

「いや、正確には12のエリアだね。アースガルズ・アルフヘイム・ヴァナヘイム・ニヴルヘイム・ニダヴェリール・ヘルヘイム・ミズガルズ・ムスペルヘイム・ヨトゥンヘイムの他に、アルカディアという天使系の高レベル地帯と、さっきも言ったオブリビオンというヴァンパイアの高レベル地帯、そしてそれらの更に上を行く万魔殿(パンデモニウム)という悪魔系の超高レベル地帯で、合計12のエリアに分かれていた」

 

 

 

「なるほどな。それでそこへ調査には行ったのか?」

 

 

 

「ギルド狩りをすぐに切り上げて、ダンジョンの探索という事もあり20人全員でそこへ向かったよ。そして件の部屋に着くと、確かにそこには空間が歪んだような転移門(ゲート)が開いていた。まず先行して、透明化の魔法が使えるキャラから入っていったが、すぐにギルドチャットにて報告が入った。この転移門(ゲート)は一方通行で、出口は恐らく他にあるとの事だった。先行したメンバーの身の危険を考えて、私たちは全員転移門(ゲート)の中へと歩を進めた。

 

 

 

その先にあったフィールドは、今まで見たどのエリアとも雰囲気が異なっていた。もっと言えば、ユグドラシルらしくないフィールドだった。空一面は暗黒で、星や銀河がちりばめられており、地面はまるで月面のような灰色の細かい砂で覆われ、クレーターや山脈等も見受けられる、正に荒涼とした広いフィールドだった。

 

 

 

私たちは念のためその場でフルバフを終えて、オートマッピングのスクロールをオンにした。そこに記されていたエリア名は、ガル・ガンチュアとだけ書かれていた。私たちは3グループに分かれ、マップを埋めるために慎重に歩を進めていったが、しばらく歩くと突如モンスターが目の前にポップした。それも、見たことのないレイドボス級の巨大さを持つモンスターだった。実際にHPも火力もレイドボスクラスだったが、私達は3Gがかりで命からがらそのモンスターを倒した。そしてそのモンスターがドロップしたのが、サークルズオブディメンジョンだった」

 

 

 

「ふむ、面白いな。それ以外に貴重なアイテムはドロップしなかったのか?」

 

 

 

「もちろんドロップしたよ。何せそこにいるモンスターほぼ全てが、レイドボス級のモンスターだったからね。エーテリアルダークブレードもそこで手に入れたし、サルファーやオブシディアン、ミスリルといった超希少な鉱物資源アイテムも豊富にドロップした。一戦一戦が死ぬかもしれないという意味で非常にリスキーだったけど、それに見合う価値はあったって訳さ」

 

 

 

「もし良ければ、そこでドロップしたアイテムを後で見せてもらっても構わないだろうか?」

 

 

 

「いいよ、全部見せてあげる」

 

 

 

「感謝する。それで、そのガル・ガンチュアというエリアの出口は見つかったのか?」

 

 

 

「それが、何せ敵がほぼ全てレイドボス級だった事もあって、出口はすぐに見つからなかった。時には戦い、時には撤退しながらクレーターや山脈の調査にも行ったが、敵の強さもあり探索は捗らなかった。私達は、出現する敵モンスターの異常さから、このガル・ガンチュアがユグドラシルβ(ベータ)のテストエリアではないかいうと疑念を抱いていた。そうなったらもう死に戻りしかないかと諦めかけていた矢先、山脈の最奥部に小さな神殿のような建物を発見した。

 

 

 

内部に入ると、大きな円形の輪を持ったジャイロスコープのようなオブジェクトが回転していた。そのオブジェクトに手を触れると、名称はカオスゲートとなっていた。私たちはようやく出口を探し当てたと喜び、そのカオスゲートをアクティブにして現れた転移門(ゲート)の中に飛び込んだ。

 

 

 

するとまたしても満天の星空が広がり、地面は砂ではなく石のブロックで舗装された道だった。しかし道を外れれば、ゴツゴツとした鋭利な黒光りした岩が立ち並び、さながら隕石の上を無理やり舗装したような外観だ。正面を見ると突き当りに新たな転移門(ゲート)があり、その手前に左に曲がる通路があるT字路だった。その左に曲がった先には、円形状のストーンヘンジらしき石柱群が強い光を放っていた。

 

 

 

私たちは恐る恐るそのストーンヘンジに近づいていくと、その中心に人型をした女性のようなNPCが、強い光を放ちながら宙に浮いていた。私はこのNPCがレイドボスだった時の為に、攻撃態勢を整えたままギルドメンバーを後ろに下がらせ、硬い私が一番手にNPCと会話をする事になった。近寄ってみるとその姿は、髪は長く、袈裟のような白いローブをまとっており、顔は一つだが肩から左右3本ずつ、合計6本の手が生えていた。

 

 

 

正に異形と呼ぶに相応しかったが、私は身構えてそのNPCに話しかけた。するとその女性NPCは私を見下ろすとこう語った。(汝、邪の道にあらず。人を捨てた後に改めよ)と。何度話しかけてもこれ以上の事は言わなかった。そこで違うギルドメンバーが話しかけたが、メッセージも何もなく唐突に、強力な爆炎と雷撃系の魔法を周囲にばら撒き始めた。私達は大慌てでその場を退却し、T字路の突き当りにある転移門(ゲート)へと飛び込んだ。その先は予想通り、万魔殿(パンデモニウム)の入口へとワープしていたんだ」

 

 

 

「ふむ....攻撃されなかったお前と、攻撃された者の違いは何だったのだろうな?」

 

 

 

「その答えは後日検証してすぐに判明した。私はそのNPC...偽の神という皮肉を込めてフォールスと呼んでいたが、サークルズオブディメンジョンを持っているか否かで判定が変わる事を突き止めた。つまり転生の条件としてフラグが立った後に、サークルズオブディメンジョンを持った状態で再度話しかければ、何かが起こると推測した」

 

 

 

「そこで先ほどの始祖(オリジン)ヴァンパイアの話になるわけだな」

 

 

 

「そう。その前にヴァンパイアベースのギルドメンバーが始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生してフォールスに話しかけたが、何も起こらなかった。私はその時点でLv132だったので、ダークソウルズを使用するのは正直かなりリスキーだったが、万が一何も起こらなかった場合を想定して、キャラを削除して1から作り直す事をギルドに了承してもらい、人間(ヒューマン)から始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生して種族Lvを15まで最大に引き上げた後、再びフォールスに話しかけた。

 

 

 

すると予想通り、会話の内容が変化した。(汝、これより生と死・空間と亜空間のはざまに生きる、限りなく無に近い存在となりけり。その力を持て、悠久を超えたる時空に身を委ねよ)。メッセージが終了した後アイテムストレージを見てみると、サークルズオブディメンジョンが自動的に一つ消費されていて、種族ステータスを開くと、私の種族は始祖(オリジン)ヴァンパイアから、セフィロトという種族に転生していた。つまりは、フォールスによる洗礼が必要だった」

 

 

 

「セフィロト....初めて聞く種族名だが、そこまで転生の条件が厳しい事を考えると、恐らく上位種族なのであろうな」

 

 

 

「そうだね、ステータスのパラメータ上限も大幅にアップしていたが、アンデッドの特性も持つ事から、異形種な事には変わりなかった。種族レジストも始祖(オリジン)ヴァンパイアのメリットを引き上げ、デメリットを引き下げたような構成だったしな。ただ、確実に強力なキャラだという事は間違いなかった」

 

 

 

「なるほどな。そこからキャラを作り直したという訳か」

 

 

 

「そう、セフィロトになった時点でクラスチェンジの項目にイビルエッジが追加されたからね。人間(ヒューマン)の内になれるクレリックやウォー・クレリックと言った信仰系の職業を取った後、始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生し、イビルエッジに必要な職業と種族レベルを極めて、セフィロトに転生。そこからイビルエッジにクラスチェンジしてレベルを上げ、装備を整えた結果が、今の私という訳」

 

 

「ミキとライルに関してはどうなのだ?」

 

 

 

「さっき戦いを見てもらったから分かると思うけど、ミキは魔法職寄り、ライルは戦士・タンク寄りにクラスを集めて、最終的にイビルエッジになるよう調整したんだ」

 

 

 

「実にバランスが取れているな。お前がヒーラー、ミキがマジックキャスター、ライルがタンクとなり、しかも全員が十分な火力を保持している。感嘆するばかりだぞ、ルカよ」

 

 

 

「そんなことはないさ。この世界でもユグドラシルβ(ベータ)のフォーマットが生きている以上、アインズ達のレベルキャップも引き上げられているはずだ。やろうと思えば、アインズを含め他の階層守護者達のレベルも上げられるかもしれないと私は考えてる」

 

 

 

「なるほどな。試してみる価値はありそうだな」

 

 

 

「経験値を稼げそうないい場所を知っている。今度一緒に行ってみないか?かなりレアなアイテムもドロップするしな」

 

 

 

「ああ、是非連れて行ってくれ。それとルカ、お前はギルドに所属していたのであろう?他のギルドメンバーはこちらに来ていないのか?」

 

 

 

「.....ああ、来ていない。何故なら、最後までギルドに残ったのは私一人だけだったから」

 

 

 

「どういう事だ?」

 

 

 

「セフィロトへの転生、そしてイビルエッジへのクラスチェンジ...最早ゲームバランスを崩しかねない程の強さを、この2つの要素は持っていた。私達は傭兵ギルドだったが、依頼を受けて加担した側には、戦争であれ何であれ、確実に勝利をもたらした。それ故に、周囲のギルドからも徐々に敬遠されはじめ、ブリッツクリーグのギルドメンバー自体も、その強さを極めた事で飽きる者が続出していた。そうして一人、また一人とメンバーが引退していき、私一人だけがギルドマスターを引き継ぎ、最後には誰も居なくなった。そして私と、拠点内にいるNPCだけがこの世界に転移してきた。だから、他に転移してきたものはいない」

 

 

 

「...なるほど、理解した。妙な事を聞いて申し訳ない」

 

 

 

アインズは頭を下げ、テーブルに目を落とした。

 

 

 

「いやそんな、いいんだよアインズ。そういう意味では、お互い似通ったものじゃないか」

 

 

 

「そうだな、確かにそうだ。質問を変えよう。ルカ、お前達はこの世界に転移してからどのくらいの年月を過ごしたのだ?」

 

 

 

「....またヘヴィーな話題だね。あまり質問を変えた意味がないと思うけど」

 

 

 

「そ、そうか、いやなら答えなくても良いのだぞ」

 

 

 

「いやいいよ、教えてあげる。もうかれこれ200年以上にはなるかな」

 

 

 

「は?! 200年...と今言ったか?」

 

 

 

「そう。君は十三英雄という伝説を聞いたことはある?」

 

 

 

「....ああ、その話は聞いたことがある。冒険者組合の依頼の中でな」

 

 

 

「ではその十三英雄の中に、アインズ達と同じく2138年からこの世界に転移してきたプレイヤーがいたと言ったら、驚くかい?」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て! それはつまり、2350年から転移してきたお前は、この世界での200年前に転移し、更に私と同じ2138年から転移してきたプレイヤーも、200年前に存在していたという事になるのか?」

 

 

 

「そういう事になるね。つまりアインズが経験した2138年のユグドラシル終焉と共に、私達がこうして話している今の年代と、200年前に転移して十三英雄となったプレイヤーがいたという事になる。誤解のないように言っておくと、私達は十三英雄には関わっていないからね」

 

 

 

アインズはテーブルに乗せた手のひらを握り締めた。

 

 

 

「それは....驚きだな」

 

 

 

「ああ。本当に長い時間をこの世界で過ごした。そして一つ言える事は、十三英雄以降、ユグドラシルプレイヤーには一人も会わなかったという事だ。200年ぶりに、プレイヤーである君に出会えたというわけさ、アインズ」

 

 

 

「それはルカ、お前に取って良い事だったのか?」

 

 

 

「それはそうだよ。私はそれを目的の一つとして、今までこの世界を旅してきたんだから」

 

 

 

「そうか、なら良いのだが」

 

 

 

「今こうして、プレイヤーである君と話が出来ている事自体が、この世界では奇跡のようなものだからね。正直嬉しいよ」

 

 

 

「うむ、私にとっても非常に有意義な時間だ。こちらこそ感謝するぞルカよ」

 

 

 

「ありがとう。他には何が聞きたい?」

 

 

 

「そうだな。先ほども少し触れたが、お前のその異常な戦闘力は生体量子コンピュータとインターフェースによってブーストされているものだと言っていたな?」

 

 

 

「そう。通常の汎用ヘッドマウントインターフェースと異なり、超高速演算を可能にする軍用インターフェースを装備した状態でこの世界に転移してきたからね。今でもそれは生きていると思う」

 

 

 

「先程の試合の後に倒れてしまったのは、軍用インターフェースを酷使した事による脳への過負荷によって倒れてしまった、と考えて良いのか?」

 

 

 

「恐らくはそれもあると思う。MPの急激な消費にもよるけど、ごく短い時間気を失うという事は、過去に何度かあったよ。でもその都度ミキとライルにカバーしてもらってたから、戦闘に関して特に問題にはならなかったかな」

 

 

 

「なるほど、了解した。では最後の質問だ。お前たちの最終目的は何なのだ?」

 

 

 

「目的...か。そうだな、まずはユグドラシルβ(ベータ)のフォーマットがこの世界でも生きている以上、ガル・ガンチュア及びカオスゲートもこの世界に存在していると仮定し、そこへ向かう手段を見つける事と、その先にいるであろうフォールスにもう一度会う事だね」

 

 

 

「会ってどうするのだ。セフィロトに転生する者を増やしたいという事か?」

 

 

 

「ポテンシャルの高い者をセフィロトに導くという希望はあるが、本当の目的はもっと別にある」

 

 

 

「というと?」

 

 

 

「そこから元の世界に帰る手段を見いだせないか、と考えている」

 

 

 

「元の世界に帰る? つまり現実世界にお前は帰りたいのか?」

 

 

 

「そうだ。願わくば、双方向に行ったり来たり出来るようになれば、尚良いと思っている。この世界に強制転移させられたのなら、その逆の手段も必ずあるはずだと私は信じている」

 

 

 

「そこに関しては、私は同調しかねるな。帰れる手段が目の前にあったとしても、私はこの世界に残るだろう」

 

 

 

「それはもちろん、君にこの願いを押し付ける気は毛頭ない。これは私の個人的な願望だ、気にしないでくれ。ただもし、元の世界に帰れる要素を持った情報が手に入った時は、私に教えて欲しい」

 

 

 

「無論だ、その時は何に代えてもお前に情報を伝える」

 

 

 

「....ありがとう。でもガル・ガンチュアの所在に関しては、大方予想がついている」

 

 

 

「何だと?! それは本当か?」

 

 

 

「ああ。ここより遥か南方に、八欲王の空中都市というものがある。その東にある山岳地帯の一点に、ユグドラシルβ(ベータ)のガル・ガンチュアで私達が戦ったレイドボス級のモンスターが確認された。恐らくはその辺りのどこかに、固定された転移門(ゲート)があるはずだ。このナザリックも探索し終わった今、私達のマップは全て埋まった。次の目的地は南方となるが、戦力的に未だ不足している。それを補充する為、まだしばらくは時間を要すると思う」

 

 

 

「...その戦力、私達では不足か?」

 

 

 

「そう申し出てくれる事に対し、本当に感謝する。しかし一度戦えば分かると思うが、ガル・ガンチュアに出没する敵はLv100を超えていても相当な苦戦を強いられる。せっかくこうして出会えたばかりだというのに、君たちを危険に巻き込むわけにはいかない。そこは分かって欲しい」

 

 

 

「そうか....私達も更なる精進が必要という訳だな」

 

 

 

「アインズ、私たちは決して君たちをけしかけている訳ではない」

 

 

 

「それは分かっている。しかしお前がガル・ガンチュアに向かう事と、私達の行く道のりは将来的に利害が一致しそうなのでな」

 

 

 

「そう言ってくれると救われるよ」

 

 

 

「....そう言えば今ふと気になったのだが、お前たちはアダマンタイトプレートを持っているんだったな。何故今までお前達の噂を聞かなかったのか不思議なくらいなのだが」

 

 

 

「ああそれは、冒険者組合長のプルトン・アインザックに頼んで情報統制を敷いてもらっていたからさ。表面的には、私達は冒険者組合を追放された事になっている。しかしその裏では、プルトンから直接依頼を受けて任務を遂行したりしていたんだ」

 

 

 

「何と、そういう事だったのか。組合長とも親しかったとはな」

 

 

 

「ちなみにプルトンは、今アインズ達に話した私達の事情を全て知っている」

 

 

「....は?!」

 

 

 

「フフ、もうかれこれ20年の付き合いになる。プルトン・アインザックはああ見えて、昔は(イビルズ・リジェクター)の2つ名を持つ強力な信仰系魔法戦士だったんだ。共闘したことも数えきれないほどある。あの男は強いぞ、敵に回さない事を勧める」

 

 

 

「全く、お前には驚かされる事ばかりだな。分かった、心にとめておこう」

 

 

 

「さて、私達の事はこれでほぼ全て話したと思うが、他に質問はあるかい?」

 

 

 

「いや、十分だろう。私もこの世界に対する視野が広がった気分だ」

 

 

 

「そうか。なら私から最後に一つ質問がある」

 

 

 

そう言うとルカは、グラス半分残ったアイスティーを一気に飲み干した。

 

 

 

「その....非常に聞きづらい事なのだが」

 

 

 

「胸襟を開くと言っただろう。何でも聞いてほしい」

 

 

 

「えーと....アインズはその、アンデッドだよね? この世界に転移して来た時、人間の頃と比べて体に何か異変を感じなかった?」

 

 

 

「異変? そうだな...まず感じたのは、自分のこの骸骨の姿を見ても違和感を覚えなかった事と、この世界の人間を殺しても何も感じなかった事くらいだな。恐らくは体がアンデッドになった事で、精神的にも変化が現れたと見ているのだが....それがどうかしたか?」

 

 

 

「やはりそうか....いや、何でもない。妙な事を聞いてすまない」

 

 

 

「何だその歯に物が挟まったような言い方は。最後まできちんと説明しろ」

 

 

 

「え....まあその何というか、私は女性でしょ?」

 

 

 

「ああ、どこからどう見ても女性だが、それがどうかしたか?」

 

 

 

「実は私にも、この世界に転移してきてから精神的に変化があったんだ」

 

 

 

「というと?」

 

 

 

「だから....その、私がこの世界に転移する前、つまり人間だった頃は....」

 

 

 

「人間だった頃は?」

 

 

 

「そ、その....だ、男性だったんだ」

 

 

 

それを聞いてアルベドとデミウルゴスが驚愕の表情をルカに向けてきたが、アインズはそれには構わず話を続けた。

 

 

 

「ふむ。女性のアバターを使用していたという事だな。特に問題もあるまい」

 

 

 

「いや、それだけじゃないんだ。アインズのアンデッド化による精神的変化のように、私も女性の体になった事によって、その....心までもが女性に変化してしまって」

 

 

「なるほど。お前はそこに抵抗を感じているという事か?」

 

 

 

「抵抗ならこの200年間いやというほどしたさ。でももう、抗いきれなくなって....」

 

 

 

「女性になる事を選んだと?」

 

 

 

「う、うん。ごめんねこんな話、気持ち悪いよね。さーて!話もひと段落したし、外の空気でも吸ってこようかな!」

 

 

 

ルカが慌てて席を立ち、ドアの方へ向かうのをアインズは制止した。

 

 

 

「待て、ルカ!! 話はまだ終わっていない。席に戻れ」

 

 

 

ルカは引き止められ、大きくため息をついて椅子に座りなおした。

 

 

 

「お前がその話をしてくれたという事は、私達に対する信頼と受け取ってよいのだな?」

 

 

 

「それは...だってこの先いろいろと協力を仰ぐこともあるだろうし、秘密は無しにしておいたほうがいいと思って。それにアインズにも、そういった変化があったかどうかを確認したかったというのもあるし....」

 

 

 

「ならそれで良いではないか。私がお前達に求めるのはその強大な力と、200年この世界で生きてきたという経験と膨大な知識、それだけだ。お前が男であろうが女であろうが、私達にとっては何ら関係ない。お前が女性でありたいというのなら、私たちはそれを否定しない。それでも不服か?ルカ・ブレイズ」

 

 

 

「アインズ様、横槍を差す無礼をお許しください。私からも一言よろしいでしょうか?」

 

 

 

身を乗り出したのは、ここまで黙って聞いていたデミウルゴスだった。

 

 

 

「良い、許す。申してみよ」

 

 

 

「ありがとうございます。ルカ様、顔をお上げください」

 

 

 

テーブルに視線を落としていたルカは、デミウルゴスに顔を向けた。

 

 

 

「先の戦いであなた様と戦い、そして治癒を受けたあとのルカ様の抱擁。私は忘れません。あれこそが女神の抱擁だったのだと私は今もなお感じております。それはあなたが女性として生きていくと誓ったからこそ感じ得た心境。私は、いえ私達は、そのルカ様の覚悟を尊重いたします。ですからどうか、解き放たれてくださいますよう、心よりお願い申し上げます」

 

 

 

「デミウルゴス....」

 

 

 

ルカは右手を口に当て、涙を流しながら嗚咽を堪えた。左右にいるミキとライルはそれを見て、ルカの両肩を支えながら優しい眼差しを向けていた。

 

 

 

「まあそういう事だ。アルベド、今までの所で何か異存はあるか?」

 

 

 

アインズは先程から一言も発していないアルベドを気にかけて、右を向いた。

 

 

 

「....いいえアインズ様。事の成り行き、全て承知致してございます」

 

 

 

「そうか。では会合はここまでとしよう。ルカ・ミキ・ライル、ご苦労であった。各自に部屋を用意させるので、そこでゆっくり休んで欲しい。アルベド、済まないがユリ・シズ・エントマを呼び、3人それぞれの護衛に当たらせるよう伝えてくれ」

 

 

 

「かしこまりました、アインズ様」

 

 

 

アインズが席を立つと、アルベド・デミウルゴスも椅子から立ち上がった。それを受けてルカ・ミキ・ライルも席を立つ。

 

 

 

「さて、もう一度聞くが腹が減らないか? ナザリックの料理長が作る食事は最高にうまいぞ」

 

 

 

ルカは左腕に巻かれた金属製のバンドに目をやる。時間は正午を過ぎていた。

 

 

 

「それじゃあ、せっかくだしご馳走になっていこうかな」

 

 

 

「決まりだな。デミウルゴス、3人を食堂へ案内してやってくれ。そして飛び切りの食事を用意させろとな」

 

 

 

「かしこまりました。それではお三方、私がご案内致します」

 

 

 

豪華な食事を摂った後、3人はそれぞれ広い寝室に案内され、戦いの疲れを癒す為ベッドでしばしの眠りについた。

 

 

 

ルカは何かの気配を察知して目が覚めた。部屋の明かりは落とされていて暗かったが、左腕のバンドについたボタンを押すと、16:53とイルミネートが表示された。かれこれ4時間近く眠っていたことになる。

 

 

 

気配のする方へ目を向けると、部屋の右隅にただならぬ殺気を持った黒い影が立ち尽くしている。ルカは咄嗟にベッド左に転がり落ち、ハンガーにかけられたベルトからエーテリアルダークブレードを引き抜き、立ち上がった。

 

 

 

身構えながら影に近づいていくと、自分と同じフローラルな香水の香りが漂ってきた。この人影には見覚えがある。

 

 

 

「よくも.....よくもアインズ様をたばかってくれたな....」

 

 

 

「ア、アルベド...なのか?」

 

 

 

ルカが返事を返した途端、アルベドは飛び掛かってきた。ルカは両手に握ったエーテリアルダークブレードを離し、アルベドの右腕と左肩を掴んで突進を受け止めた。

 

 

 

「どういうつもりだアルベド!!」

 

 

 

「うるさい!!お前といい”奴ら”といい、プレイヤーなど皆消え去ってしまえばいい!!」

 

 

 

ルカは止む無くアルベドの足をかけて体を左に捻り、ベッドの上に押し倒して馬乗りになり腕を押さえつけた。

 

 

 

「何の話かわからない! 私はアインズを騙したつもりはないし、全てを正直に話した。お前の言う”奴ら”というのも、私には皆目見当がつかない」

 

 

 

「やかましい!!どうせお前達も奴らと一緒なんだ....何がギルドだ、何がアインズウールゴウンだ....私はアイ...モモンガ様とこのナザリックが無事であればそれでいい!!それをお前は余計な話を持ち込み、掻き回した...お前など死んでしまえばいい!!」

 

 

 

「?? 奴らとはもしかして....」

 

 

 

「ああそうだ、私の創造主達だ!アインズ様は奴らがまだ生きていると仰った。その時の私の気持ちがお前に分かるか?!」

 

 

 

(ギリリ)という音を立ててアルベドがまた暴れだそうと力を込めてきた。ルカは止むを得ず本気を出し、アルベドの手を握りしめてベッドにめり込ませた。

 

 

 

「一体何があったというんだアルベド?」

 

 

 

「....奴は....タブラ・スマラグディナはこの世界を去る前、私にこう言った。(よくもこんなゲーム飽きもせずに続けられるよな?)と。そう言い残し、奴は私とアインズ様を置いてこの世界を去った。奴がそうならば、他の至高の御方達も同じ理由でこの世界から去ったに違いない。慈悲深きアインズ様だけが、最後までこの世界にお残りになられた。もう私達にはアインズ様だけしか...うう....」

 

 

 

アルベドは体を弛緩させ、大粒の涙をこぼした。ルカもアルベドの手に込めた力を緩め、指先でアルベドの涙を拭った。「そういう事だったのか」と、ルカは大体の事情を察した。

 

 

自分の創造主から投げかけられた心もとない一言。それがアルベドを深く傷つけ、人間不信に陥らせた。そしてプレイヤーであり、彼らが至高の御方と呼ぶただ一人の存在、アインズにその全愛情が向けられた。

 

 

 

ルカはベッドの上に横たわるアルベドから手を離し、羽毛布団をアルベドにかけて自分もその隣に横になり、アルベドの頭を撫で続けた。

 

 

 

「私はプレイヤーだが、NPCに対してそんな事は言ったことも無いし、これからも言うつもりはない。私もそうだが、君の主人も元をたどれば人間なんだ。人の気持ちは移ろいやすいもの、そうだろう? ただ君をこれだけ強い存在として創造してくれたという事は、君の創造主...タブラ・スマラグディナも君に対して強い愛情があったはずなんだ。でなければ、君がこんなに美しい理由が思いつかない。そして私は、君たちを絶対に裏切らない。約束するよ。もし私が裏切ったならば、君が私を殺してくれればいい」

 

 

 

「...ルカ.....様。 その言葉、本当に信じてもよろしいのでしょうか?」

 

 

 

「もちろんだ。さあ、一緒に少し横になろう。今だけは嫌な思い出は忘れて、横になろう」

 

 

 

そういうとルカも羽毛布団の中に入り、ベッドの中でアルベドの手を握りながら、二人はしばしの眠りについた。

 

 

 

ルカが目を覚ますと、隣で寝ていたアルベドは既にいなくなっていた。時計を見ると20:00を回っている。そろそろカルネ村に戻らねばならない。ルカはミキとライルに伝言(メッセージ)を入れた。

 

 

 

『ルカ様』

 

 

 

『ミキ、ライル、待たせたな。もう起きてたかい?』

 

 

 

『はい、4時間ほど前に』

 

 

 

『そいつは悪かった。アルベドが私の部屋に来てな。少し話をしていて、またそのまま眠り込んでしまった』

 

 

 

『そうでしたか。私共はナザリックの他の部屋を案内してもらっておりました。オートマッピングで共有をかけておきましたので、後程ご確認ください』

 

 

 

『わかった、ありがとう。そろそろここをお暇するとしようか。カルネ村でイグニスとユーゴが待ちぼうけを食らっているだろうしな』

 

 

 

『かしこまりました』

 

 

 

部屋の外に出ると、両腕にゴツいガントレットをはめたメイドの女性が立っていた。

 

 

 

「ルカ様、おでかけでございましょうか」

 

 

 

「ああ、そろそろカルネ村に帰ろうかと思う。他の二人の所へ案内してもらっていいかな?」

 

 

 

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

 

 

 

部屋を少し進んだ先は大きな吹き抜けのロビーになっており、間もなくミキとライルも現れて合流した。

 

 

 

「アインズはいないのか?」

 

 

 

「はい、今はエ・ランテルに向かわれているはずです。それとアインズ様から伝言を賜っております。またいつでも顔を出してほしい、との事です」

 

 

 

「そうか、わかった。そうさせてもらうよ。それじゃあ私達はここで失礼するね。アインズとアルベド、デミウルゴス、他のみんなにもよろしく伝えて」

 

 

 

「かしこまりました、ルカ様」

 

 

 

ガントレットにメガネをかけた戦闘メイド、ユリ・アルファが深々とお辞儀すると、ルカはロビーの中心に向かって魔法を唱えた。

 

 

 

転移門(ゲート)

 

 

3人はそこをくぐり、留めてあった馬車のすぐ手前まで転移した。

そして道端の雑草と水を飲んでいた2頭の馬たちに急いで干し草と新鮮な水を与えると、ルカは再び転移門(ゲート)を唱え、一瞬のうちにカルネ村へと帰投した。

 

 

 

 

 



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第10話 訓練

蒼銀のカルネ亭に到着すると、宿屋入り口の前でイグニスとユーゴが待ち構えていた。

 

 

「おかえりなさいルカさん!帰りが遅いので心配していました」

 

 

「ミキさんもライルの旦那も無事なようで何よりでさぁ!」

 

 

「ただいまイグニス、ユーゴ。村の方は何もなかったかい?」

 

 

「静かなものです、外からの行商人や来訪者も5人ほどでした」

 

 

「そうか、ご苦労様。もう夜更けだし、みんなで一杯やっていこう。エ・ランテルには明朝帰る事にしたから、今日も宿の世話になるよユーゴ」

 

 

「了解ですルカ姉!部屋の方はバッチリキープしてありますんで」

 

 

「フフ、ありがとう」

 

 

5人はバーカウンターに座ると、酒を注文して乾杯した。

 

 

「ところでルカさん、今日向かった北東の草原で何かあったのですか?」

 

 

「ん?まあ、一応成果はあったよ。何で?」

 

 

「いえ、その...妙に晴れ晴れとしたお顔をされていたので」

 

 

「あたしの顔がそんなに気になるの?」

 

 

ルカは微笑しながら、右に座るイグニスに顔を近づけてにじり寄った。イグニスの顔がみるみる紅潮していく。

 

 

「い、いえその!無事に任務を終えられたのならそれでいいのですが」

 

 

「あのねー、そういう時は素直に気になるって言っておけばいいの!」

 

 

珍しくルカが酔いに身を任せているのを見て、ミキとライルもそれに続くように酒を呷った。

 

 

「今日は良い日でしたね」

 

 

「全くだ。久々に全力戦闘を楽しめたしな」

 

 

「ミキさん、ライルの旦那も、戦ってきたんですかい?! くぅー、見たかったなー!」

 

 

「お前たち、間違っても北東のフィールドには近づくなよ。お前たち二人では一瞬で殺されてしまうからな。マスター、地獄酒おかわり」

 

 

イグニスとユーゴはそれを聞いてキョトンとしていた。ルカ達3人が全力を出すほどのモンスターが北東にいるとは、聞いたこともなかったからだ。

 

 

「それでルカさん、結果的にはどうなったのですか?」

 

 

「...ああ、友人が一人増えたよ」

 

 

「友人ですって?」

 

 

イグニスは首を傾げたが、ルカはイグニスの背中を叩いてはぐらかした。

 

 

「まあ細かい詮索は無しだ。今日というめでたい日を今は祝おうじゃないか!」

 

 

ルカは今までに見せた事がないほど、とびきりの笑顔でジョッキを天高く掲げた。

 

 

その日は深夜0時過ぎまで飲み明かした。ルカ達は部屋に戻って風呂に入り、体を洗い流した後それぞれがベッドに腰を下ろした。

 

 

「ルカ様、今後の方針はいかが致しましょうか」

 

 

「そうだな...南へすぐに向かってもいいんだが、その前にエ・ランテルに着いたら、イグニスとユーゴを試してみるか」

 

 

「稽古をつけると?」

 

 

「まあ、その前段階と言ったところかな。時間も惜しいし、先に伸ばせるところは伸ばしておいた方がいいと思ってね」

 

 

「かしこまりました」

 

 

ルカは左手首にはめたリストバンドのボタンを押し、目覚ましのアラームを設定した。3人は就寝し、長い一日が終わった。

 

 

明朝9:00。ルカ達が宿屋を出ると、入り口にはイグニスとユーゴが馬車を用意して待機していた。その前に、カルネ村村長とエンリに一言挨拶を終えて、5人はエ・ランテルへと進路を向けた。

 

 

村から500メートルほど進んだ小高い丘の上で、ルカは魔法を唱えた。

 

 

転移門(ゲート)

 

 

馬車は時空の穴を通り、一瞬でエ・ランテルの北門手前300メートル程まで到着した。

そのまま北門をくぐり、漆黒の馬車は冒険者組合の前で止まった。

 

 

入口の扉をゆっくりと開けると、朝にも関わらず中は冒険者達で盛況だった。

5人は2階の階段へ向かう途中で、周りの冒険者達がルカの存在に気付き、皆口々に(ルカ・ブレイズ)とその名を呼びながら左胸を拳で叩き、挨拶をしてきた。先日の騒ぎですっかりその名が広まってしまったようだった。ルカは仕方なく右手を上げて彼らに挨拶を返した。後ろからついていったイグニスとユーゴは、何故か誇らしげに胸を張っている。

 

 

2階のドアをノックして、5人は中へ入った。部屋の奥にある机でプルトン・アインザックは書類の整理をしていた。

 

 

「プルトン、帰ったよ」

 

 

「ルカか、何だ随分早かったな」

 

 

「まあね。っと....その前に、ミキ頼む」

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)力場の無効化(リアクティブフィールド)

 

 

 

ミキが魔法を唱えた途端、周囲の雑音という雑音が完全にシャットアウトされた。

 

 

「この椅子借りるよ」

 

 

「うむ...しかしそこの二人がいては」

 

 

プルトンはルカ達の後ろに立つイグニスとユーゴを一瞥し、眉間に皺をよせた。

 

 

「ああ、彼らならいいんだ。いろいろと教えたし、口も堅いからね。そうでしょ2人とも?」

 

 

ルカに促されて、イグニスとユーゴはもちろんと言わんばかりに姿勢を正した。

 

 

「....わかった、なら良いのだが。それで北東はどうだった?」

 

 

「ああ、エグザイルに会えたよ。これがマップね」

 

 

ルカは中空に手を伸ばし、ポッカリと空いた暗黒の中に手を突っ込むと、オートマッピング用のスクロールを取り出してプルトンの机の上に投げた。スクロールの紐を解き、プルトンはマップを精査していく。

 

 

「あの平原にダンジョンだと?! しかもエグザイルまで転移しているとは....」

 

 

「だから言ったでしょ?マップは常に変動するって」

 

 

 

「戦闘になったのか?」

 

 

「うん。向こうもこちらの力が知りたかったみたいだからね」

 

 

「友好関係は?」

 

 

「もちろん築けたよ。戦闘の方も試合をしただけで誰も殺してないし」

 

 

「そうか。全てを話したのだな?」

 

 

「プルトンに教えた時と同じように、彼らにも全てを話したよ。それと詳しくは聞く時間がなかったけど、カルネ村を救った英雄であるアインズ・ウール・ゴウンと冒険者モモンは、恐らく同一人物だね」

 

 

「やはりそうだったか。それで、彼が転移してきた年代は聞けたのか?」

 

 

「2138年。十三英雄にいたエグザイルと同じだったよ」

 

 

「となると、お前が以前話していたようにこの世界の時系列は入り混じっているわけか」

 

 

「そうだね。プルトンと私の関係も彼には話してある。彼も敵対する気はないみたいだから」

 

 

「そうか、なら一安心だな。それで、肝心なガル・ガンチュアとカオスゲートに関する情報はあったのか?」

 

 

「いや、彼らも転移してきてから間もないのだろう。そこら辺の情報は私達が一方的に教えただけで、彼らは何も掴んではいなかった」

 

 

「なるほどな。2138年と2350年....212年の差か、止むをえまい」

 

 

「そうだ言い忘れていた。カルネ村でンフィーレア・バレアレと会ったよ」

 

 

「何だと? そういった情報はこちらに入ってきていないが....」

 

 

「急遽移住を決めたという事は、彼にも何か事情があるんでしょ。話もしたけど、特に害もないからそっとしておいてあげればいいさ」

 

 

「それもそうだな」

 

 

「こちらの情報は以上だ。そっちは何か進展はあったの?」

 

 

「いや、目新しい情報は特にない」

 

 

「そっか。じゃあこのミッションはコンプリートという事でいいね」

 

 

「..........ふーむ」

 

 

プルトン・アインザックは黙り込み、ルカの顏をまじまじと眺めた。

 

 

「? 何よ、私の顏に何かついてる?」

 

 

「いや....お前、何かあったのか?」

 

 

「何かって?」

 

 

「いやその、ここへ入ってきた時から違和感があったのだが、何というか粗暴な言葉遣いが消えて物腰が柔らかくなったというか....女性的というか....」

 

 

「ああ....その事ね。アインズにも話したけど、私はもう抵抗するのをやめたの。いいのよ笑ってくれて」

 

 

「.....ま、まあその、何だ。そういう事ならいいのではないか? 私もそっちのほうが良いと...ゲフンゲフン」

 

 

「何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

 

 

「いやいやルカ、何もないぞ!お前はそうあるべきじゃないかと私は常々思っていたんだ」

 

 

「.....それ本当?」

 

 

「もちろんだとも」

 

 

「ふーん....ならいいけど。話は変わるけど、イグニスとユーゴをしばらく借りてもいい?」

 

 

「私はともかく、本人たちの意向もあるだろう。何をするつもりなのだ?」

 

 

「大した事ではないんだけど、この二人に少し稽古をつけてあげようかと思ってね」

 

 

 

それを後ろで聞いていたイグニスとユーゴは顔を見合わせ、願ってもない事と言わんばかりにガシッとお互いの腕を組んだ。

 

 

「二人はどうなのだ。それで構わないのか?」

 

 

「も、もちろんです!!ルカさん達に教えを乞えるのならば、身に余る光栄です!」

 

 

「俺もです組合長!こんなチャンス、滅多にくるもんじゃねえ!」

 

 

「なら決まりだな。ルカ、くれぐれも二人を潰すような事はしてくれるなよ」

 

 

「そんなつもりは毛頭ないよ。じゃあ二人とも早速だけど、城塞側の練兵場に行こうか」

 

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

「ルカ姉の行く先にゃあ、どこまでもついていきますぜ!!」

 

 

「気張るのは構わないけど、途中で弱音を吐かないでねユーゴ」

 

 

イグニスとユーゴはそれを聞いて固唾を飲んだが、二人は覚悟を決めてプルトンの部屋をあとにした。

 

 

練兵場の入口でプルトンが書いた許可証を正規兵に見せて、5人は中へと入った。

早朝だった事もあり、ルカ達5人以外に訓練兵は見当たらなかった。それを確認するとルカは中空に手を伸ばし、様々な武器を取り出して地面に並べた。

 

 

片手剣と盾、両手剣、スピア、斧、杖、鞭、ダガー1対と、考えられる基本的な全ての種類の武器を取り出し、ルカはイグニスとユーゴに促した。

 

 

「二人とも、それぞれ自分に合うと思う武器を選んでみてくれ」

 

 

「ルカさん....今武器をどこから取り出しました?」

 

 

「そんなことは気にしなくていいから!じゃあまずはイグニスから選んでごらん」

 

 

「分かりました」

 

 

そう言うと、イグニスは両手剣を手に取って装備した。

 

 

「よし、じゃあそれで私に切りかかってきて。本気でね」

 

 

そう言うと、ルカは両腰に差したエーテリアルダークブレードを抜いた。

 

 

「そ、それでは行きます!」

 

 

「いつでもいいよ」

 

 

イグニスは正眼に構えてルカの間合いに飛び込み、左肩目がけて剣を振り下ろした。

しかしルカは両手剣の一撃を左片手で受け止めると、ライトアーマーを装備したイグニスの胴体に右手ロングダガーの柄を叩きつけ、瞬時に5連撃を繰り出した。

 

 

「グハァ!!」

 

 

その勢いでイグニスの体が浮き上がり、5メートル後方まで吹き飛ばされた。

 

 

「はい、イグニス死亡。次、ユーゴ!今のを見て分かったでしょ? 君も慎重に武器を選んで、私に本気で切りかかってきて」

 

 

「ル、ルカ姉、一つお手柔らかに....」

 

 

「だーめ。まずは相手との圧倒的な力量の差を体に分からせないと、そこからどう対処していいかわからないでしょ?」

 

 

ユーゴの顏がみるみる青ざめていくが、彼は諦めて片手剣と盾を装備し、盾を前面にして身構えた。

 

 

「盾か。ならこちらから攻めてみるか」

 

 

そう言うとルカは鬼神のような形相でユーゴの懐に飛び込み、その盾に向かって超高速の10連撃を叩きこんだ。ユーゴの持つ盾が無残にも破壊され、その勢いを食って彼の体が後方に吹き飛ばされた。

 

 

「あれ、もう壊れちゃったか。もう少し頑丈な盾を出そう。よいしょっと」

 

 

そう言うとルカは中空に両手を伸ばし、先程よりも一回り大きなタワーシールドを取り出して地面に置いた。

 

 

「二人共いい? この訓練では、君たちに一番合う武器を選ぶのが目的だから、それを踏まえた上で慎重に選んでね」

 

 

「ルカさん、それを先に言ってくれれば...」

 

 

「フフ、それを先に言ったって、君たちのレベルじゃ私の攻撃は防げないから意味ないよ」

 

 

「手厳しいなあ、ルカ姉」

 

 

「訓練は厳しいものさ。それに君達はこれから上位の冒険者になるための入口にいるに過ぎない。分かったらほら、さっさと立って!」

 

 

そう言われてイグニスとユーゴはよろめきながら立ち上がった。次にイグニスは先程の反省を踏まえて、軽量なダガー1対を選択した。ユーゴは片手剣とタワーシールドを再度装備する。

 

 

「今度はダガーか。私の真似かい?」

 

 

「上達するには、人の真似から始まるという言葉があります」

 

 

「いいよ、かかっておいでイグニス」

 

 

「行きます!」

 

 

ルカの懐に飛び込むと、イグニスは胴体目がけて右手で刺突攻撃を繰り出してきたが、ルカはそれを躱してイグニスの喉元にロングダガーを走らせた。しかしそれをイグニスは左手のダガーで懸命に防ぐと、体ごと左に捻りルカの左肩を狙って2連撃を繰り出してきた。それをルカはロングダガーをクロスさせて受け止めると、後方に下がり間合いを取りなおした。

 

 

「....急に動きが良くなったね。確かに君にはダガーが合っているかもしれない」

 

 

「続けて行きますよ!!」

 

 

イグニスは再度ルカに突進して右肩を狙ってきたが、それをロングダガーで弾くとルカは右回りに大きく体をひねり、柔軟な体をしならせてイグニスの後頭部に回し蹴りを食らわせた。それを受けてイグニスは地面に叩きつけられる。

 

 

「悪くはないが、武器に捕らわれ過ぎだ。ダガーを使うのなら体全体を武器と思えイグニス。次、ユーゴ!」

 

 

タワーシールドを装備したユーゴは、盾を前面に押し出して突進してきた。間合いに入ると、ユーゴは盾の影からルカの胴体目がけて刺突攻撃を繰り出してきたが、ルカはそれをロングダガーで弾く。ここでユーゴが予想外の行動に出た。左手に装備したタワーシールドごとルカの体に叩きつけてきたのだ。しかしルカはそのシールドバッシュを左手のロングダガー1本で受け止め、ユーゴの右首筋にロングダガーの柄を叩きつけた。

 

 

ほんの短い時間の間に、二人の動きがどんどん良くなってきているのをルカは感じていた。

 

 

「ユーゴ、今の攻撃悪くなかったよ。でもそこから次に繋げられる攻撃を身に付けなくちゃね」

 

 

「いっつつ、りょ、了解ですルカ姉!」

 

 

「イグニス、立てるかい?」

 

 

「もちろんですルカさん!」

 

 

「よし。じゃあ二人とも、腰を落とし武器を構えて動かないで。これから私が君たちに本気のスピードで攻撃を加える。もちろん体に当てはしないが、アダマンタイト級の冒険者はこのくらいのスピードを出す事も可能という事をまず見てもらいたい。ミキ、ユーゴの方を頼んでいい?」

 

 

「承知しましたルカ様」

 

 

イグニスは両手に握ったダガーを逆手に身構えた。ユーゴは変わらず、タワーシールドを前面に身構えた。

 

 

「じゃあ行くよ.....霊妙の虐殺(スローターオブエーテリアル)

 

 

心臓の捜索者(ハートシーカー)

 

 

ルカとミキの目にも止まらぬ超高速20連撃を受けて、二人は後方に吹き飛ばされた。

 

 

二人は地面に倒れたまま、信じられないという表情で天を仰いでいた。

 

 

「イグニス、ユーゴ。今の攻撃見えた?」

 

 

「いいえ.....全く見えませんでした」

 

 

「右に同じっす.....」

 

 

「見えなくてもいいけど、どういう種別の攻撃かは理解できたでしょ?」

 

 

「はい、恐ろしい程のスピードで瞬時に連撃を繰り出す武技とだけは理解できました」

 

 

「今はそれで充分、さあ立って、もう一度!」

 

 

こうして早くも数週間が過ぎ、イグニスとユーゴは日々確実に強くなっていった。手を抜いているとは言え、ルカ達のスピードに引っ張られて二人とも食らいつきながら、着実に成長を遂げていた。

 

 

ルカは頃合いを見て、その時点でイグニスとユーゴが装備できる最高級の武器防具・アクセサリー等を与え、冒険者ギルドの依頼を受けさせていった。無論ルカ達は手出ししないという約束でついていくだけだが、彼らは数多くの依頼をこなし予想以上の戦果を上げ、驚くほどのスピードでカッパーからアイアンプレートに昇格した。

 

 

そこからトブの大森林へレベル上げのために同行し、高レベルモンスターを相手にパワーレベリングを行った。その時点でイグニスのクラスはシーフ、ユーゴのクラスはレンジャーだったが、彼らが最初のクラスを極めたところでルカは一計を案じた。イグニスを信仰系のクレリックとして育てた後、戦神の衣を使用させてウォー・クレリックに転職させ、ユーゴには盾と鎧が持つディフェンスを生かす為、精神支配系のウォーロックを極めさせた後に、炎を司る魔法戦士テンプラーへとクラスチェンジさせた。

 

 

無論その為に必要な魔導書もルカが用意して彼らに与え、魔法を使う際の手ほどきもルカとミキが率先して行った。その後もモンスター討伐系の依頼を数多くこなしてレベルを上げ、たった2ヶ月足らずの間に、あり得ない速さで彼らはミスリルプレートにまで成長した。

 

 

当初は簡単な手ほどきで終わらせようと考えていたルカも、彼らの成長速度に目を見張り、結果的には2人に付きっ切りで指導を行い続けていた。そうして彼らも一人前の戦士として名が売れ始め、冒険者ギルドから指名の依頼も増えてくるようになった。

 

 

そこでルカは、プルトン・アインザックから受けた極秘の依頼にイグニスとユーゴを同行させる事にした。高レベルモンスターの討伐は元より、周辺諸国の偵察・ダンジョンの探索や超希少アイテムの入手等、決して表には出ない依頼に彼らを同行させ、より過酷な実戦経験を2人に積ませていった。

 

 

 

依頼もひと段落し、黄金の輝き亭で宿泊し眠りについていたルカは、ふと目を覚ましてベッドから体を起こした。ここ数か月はイグニスとユーゴの育成にかかりっきりで、アインズとろくに会話も出来ていない事が心に引っかかっていたルカは、彼に向けて伝言(メッセージ)を飛ばした。

 

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『アインズ、私だ』

 

 

『ルカか、しばらくだな』

 

 

『久しぶり。そっちはどう、うまくやってる?』

 

 

『まあぼちぼちといった所だな。お前はどうだ?』

 

 

『ああ、前に話したイグニスとユーゴのパワーレベリングにかかりっきりでな。連絡が疎かになってすまない』

 

 

『気にするな、こちらもリザードマンの集落を配下に加えたりと、色々立て込んでいたからな』

 

 

『おお、また派手に動いたね。もしそっちが落ち着いたのなら、今少し時間を取れない?今後の事も話をしておきたいし』

 

 

『私ならいつでも構わないぞ』

 

 

『助かるよ。今はナザリックにいるの?』

 

 

『そうだ』

 

 

『じゃあ、転移門(ゲート)でそっちに飛ぶね』

 

 

『了解した』

 

 

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ルカはベッドから立ち上ると、鼻歌混じりでクローゼットのハンガーにかけられたレザーアーマーを装備し始めたが、それに気づいてミキが起き上がってきた。

 

 

「ルカ様、どちらへ?」

 

 

「ごめんミキ、起こしちゃった?」

 

 

「いいえ大丈夫です。それよりもこのような夜更けにお一人でどちらへ行かれるのですか?」

 

 

「ああいや、アインズと少し会って話してくるだけだよ。ミキは寝てていいから」

 

 

「そういう訳には参りません! 行くのであれば私も同行いたします」

 

 

「そうか、じゃあ一緒に行こう。ライルは寝かせてお......」

 

 

ルカがそう言いかけた途端、部屋のドアから(コンコン)とノックが響いてきた。

ドアを開けると、既にフル装備となったライルが立っていた。

 

 

「ライル?!よく気付いたね」

 

 

「気配を察知しましたもので、急ぎ部屋に参った次第でございます」

 

 

「オッケー分かったよ、3人でナザリックに行くとしよう」

 

 

ルカとミキは急いでレザーアーマーを着込み、ベルトを締めて準備を整えた。

 

 

 

転移門(ゲート)

 

 

 

門をくぐった先は、以前にも来た第9階層にある客室中央のロビーだった。

そこには物騒な恰好をしたメイド達が二人、頭を下げて待ち構えていた。

 

 

「ルカ様、ミキ様、ライル様、お待ちしておりました。私はナザリックを守護する戦闘メイドが一人、ユリ・アルファ。こちらがシズ・デルタです。ご用命の際は何なりとお申し付けくださいませ。アインズ様は玉座の間にてお待ちです。こちらへどうぞ」

 

 

二人に先導され、長い回廊を歩いて3人は大きい扉の前に案内された。ユリがその扉を開くと、天井の高い吹き抜けになった大広間が広がっている。左右の壁面上には、様々な紋様が描かれたフラッグが飾られていた。その部屋最奥部には、玉座の左に立つアルベドと、玉座に座ったアインズが目に入った。

 

 

「やあアインズ、アルベド。こんな夜更けに申し訳ない」

 

 

「よく来たルカよ。私はアンデッドだ、睡眠は必要ない。気にするな」

 

 

「ありがとう。それにしてもこの部屋もすごいね。玉座の間と呼ぶに相応しい作りだ」

 

 

「フフ、ルカよ。お前達をわざわざこの玉座の間に招いたのは訳があってな。これの事なのだが...」

 

 

そう言うとアインズは玉座から立ち上がり、 背もたれに手を添えた。

 

 

「...え?もしかして、その玉座の事を言ってるの?」

 

 

「そうだ。これは諸王の玉座といってな、このダンジョンを適正レベル且つ初見攻略する事でのみ手に入るという、世界級(ワールド)アイテムなのだ」

 

 

「...それはつまり、アインズがユグドラシルの終焉を迎えた場所って、この玉座っていうこと?」

 

 

「そういう事だ。何かお前たちのヒントになるかもしれないと思ってな。こうしてお前たちをこの一室に呼んだ訳だ」

 

 

ルカは左手を顎に添えて考え込んだ。

 

 

「アインズ、よければその玉座を鑑定してみてもいいかな?」

 

 

「もちろんだとも」

 

 

「ありがとう」

 

 

階段を登り上座に上がると、ルカは腰を屈めて玉座に手を添えて、魔法を唱えた。

 

 

道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

 

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アイテム名: 諸王の玉座

 

アイテム効果:????

 

アイテム概要: ????

 

 

------------------------------------------------------

 

 

 

「...なるほど。全くの謎って訳か」

 

 

ルカは立ち上がると、玉座の前で手を組んだ。

 

 

「そうだな。しかし効能のうちのいくつかは、この世界に転移する前にギルドで検証を行ったことで判明している」

 

 

「例えば?」

 

 

世界級(ワールド)アイテムクラスの情報系監視魔法を防ぐ効果がある」

 

 

世界級(ワールド)アイテムを防ぐにはこちらも世界級(ワールド)アイテムを所持する必要がある...か。なるほどね。他には?」

 

 

「"二十"を使用されても、ナザリック内部に影響を与えられない効果もある」

 

 

「ちょっと待って、二十?! それってわざわざ、この玉座を検証する為に二十を使用したってこと?」

 

 

「そんな訳はあるまい。敵対していた合同ギルドが二十を所持していてな。ナザリックに攻め入る前に、私達に対して使用してきた事で判明したという訳だ」

 

 

「そういう事か。しかし二十を防ぐとなると、相当に強烈な効果だな、この玉座は...」

 

 

「確かにな。私達が今こうして無事でいられるのも、この玉座のおかげかも知れんしな。それもあって、お前達3人がこのナザリックに攻め入ってきた時は本当に肝を冷やしたものだ」

 

 

「ただ、その成果は確かにあった。私達と君達が、今奇跡的にこうしていられる事を、誰にともなく私は感謝するよ」

 

 

「...フフ、そうだな。それは私も同じだ」

 

 

ルカはアインズを見つめ、玉座越しにアインズへ手を差し伸べた。アインズはその手を握り返し、二人は力強い握手を交わした。

 

 

「ゴホンゴホン!!」

 

 

背後からアルベドの咳払いが聞こえて、アインズとルカは咄嗟に手を離した。二人共玉座に目を落とし、何かを考え込んでいる。

 

 

「ねえ、アインズ」

 

 

「...何だ」

 

 

「ひょっとして、私と同じ事考えてる?」 

 

 

「恐らくな。まさかとは思うが」

 

 

「私はこの200年間、その可能性もあると意識はしていたんだ。でも君とこの玉座との出会いによって、さらに統計は固まりつつある」

 

 

「統計...というと?」

 

 

「前にここへ来たときは、私が具体的にどういった状況でこの世界に転移してきたのか、まだ話してなかったよね?」

 

 

「そうだな。何の前触れもなく終焉が訪れたのだろう?」

 

 

「その時、私はどこにいたと思う?」

 

 

「それは...ブリッツクリーグの拠点ではないのか?」

 

 

「ううん、違う。私はその時、フォールスの所にいたんだ。一人っきりで」

 

 

「フォールスと言うと、例のセフィロトに転生する為に必要なNPCの所にか?」

 

 

「そうだ」

 

 

「何か理由があったのか?」

 

 

「特に理由はないけど...仲間もみんな引退してしまって、寂しかったんだろうな。それにあそこなら滅多に人も来ないし、私がセフィロトという事もあって、NPCも私には攻撃してこないから」

 

 

「...そうだったのか」

 

 

「せーので、お互いに思っている事を言ってみない?」

 

 

「ああ、構わないぞ...せーの!」

 

 

 

「「私達がこの世界に転移したのは、ある一定以上のレベルを超えた世界級(ワールド)アイテムに手を触れていたから」」

 

 

 

それを言い終わると、アインズとルカはお互いに笑いあった。

 

 

「さすがアインズ!前にも言ったけど良い勘をしている」

 

 

「ハッハッハ!お前こそな」

 

 

「でもそうだとしたら、アインズは諸王の玉座に、私はこのエーテリアルダークブレードを装備していたからという事になる。フォールスの所にいたという条件も捨てきれないが、二人が共通しているのはやはり世界級(ワールド)アイテムだ」

 

 

「この玉座をお前達に見せた事は、あながち間違いでもなかったようだな」

 

 

「ああ。感謝するよアインズ」

 

 

「何、構わないさ。さて、幾分すっきりした所で話を変えよう。何か用があってここに来たのではないか?」

 

 

「そうだね、肝心な事を忘れていた。前にも話したイグニスとユーゴという人間だが、もうすぐレベル45を超える所まで来た。そこでパワーレベリングを行おうと思っているんだけど、アインズ達も一緒にどうかと思ってね。それを誘いに来たんだよ」

 

 

「それは願ってもない。是非ご一緒させてもらおう」

 

 

「決まりだね。場所はまずアゼルリシア山脈にいるドラゴンを狩ろうと思う。フロストドラゴンが多数生息している地域だ」

 

 

「了解した。日時が決まったら連絡をくれ」

 

 

「オッケー。じゃあよろしくね」

 

 

ルカは転移門(ゲート)を開くと、黄金の輝き亭に戻った。時刻は午前3時を回っていた。

 

 

 



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第11話 抱擁

翌日ルカはアインズに再度連絡を取り、アゼルリシア山脈に向かう日程を明日に設定した。一旦ナザリックに集まった後にフルバフを行い、転移門(ゲート)を使用して山脈に突入するという段取りとなった。

 

 

ルカはその日の夜にイグニスとユーゴを冒険者ギルドの組合長室へ呼び出し、極秘のミーティングを行った。

 

 

「...ルカ姉、つまりそのエグザイルと言うのは、ユグドラシルという世界のプレイヤーと呼ばれる人達の事で、ルカ姉とそのアインズさんって人もユグドラシルから来た、という事でいいんですかい?」

 

 

「そう、それで合ってるよユーゴ。ちなみに明日狩りに参加するアインズウールゴウンはアンデッドだけど、プレイヤーというのは私も含め元々全て人間だったんだ。明日はアインズの部下たちも多数参加するけど、彼らは全て異形種..つまりは言葉を話し、自我もあるモンスターと思ってもらえばいい。だから明日顔を合わせた時には、必要以上に驚かないようにしてね。彼らに失礼だし」

 

 

「ちょっと待ってください、”私も含め”というのは、ルカさんも人間ではないという事なんですか?」

 

 

「今更それを聞くの?私の種族はセフィロトと言って、簡単に言ってしまうと始祖(オリジン)ヴァンパイアに近い、言わばアンデッドの一種だと思ってもらえばいいよ」

 

 

「と言う事は、ミキさんとライルさんも?」

 

 

「そうよイグニス」

 

 

「当然そうなるな」

 

 

「...道理で敵わない訳だ」

 

 

イグニスはガクッと頭を垂れた。彼らと過ごしたこの数ヶ月間に及ぶ地獄のような特訓の日々を思い返し、なぜ3人に勝てないのかという疑問が一気に解決してしまったイグニスは、深い溜め息をついて首を振るしかなかった。

 

 

「そうしょげるなイグニス。私から見てもお前達は人間(ヒューマン)にしてはかなりいい線行ってるんだから」

 

 

ルカはイグニスの肩をポンポンと叩いて屈託なく笑った。

 

 

「それにしても、何故今頃になってそんな大事な事を? もっと早くに教えてくだされば良かったのに」

 

 

「いやまあ、特に話す機会もなかったからね。それとも何?私達がセフィロトだと知っていたら、教えは乞わなかったとでも?」

 

 

「そっ!!...そんな訳ないじゃないですか、俺はただ.....」

 

 

「ただ、何?」

 

 

「いえ、何でもありません!とにかくその件に関しては承知しました!」

 

 

イグニスは何故か紅潮し、はぐらかすように返事を返した。隣で見ていたユーゴがニンマリとした顔でイグニスに詰め寄ってくる。

 

 

「...ははーんさてはお前、ルカ姉に惚れ..いってー!!」

 

 

そう言いかけたユーゴの足を、イグニスは踵で思いっきり踏みつけた。

 

 

それを見てミキとライルは笑っていたが、ルカはイグニスに顔を近づけて、悪魔のように美しい微笑を返してきた。

 

 

「イグニス...君、セフィロトになってみたい?」

 

 

「...えっ?」

 

 

それを聞いてイグニスとユーゴは凍りついた。

 

 

「ルカさん。そ、それは...なれるんですか?俺達でも」

 

 

イグニスはゴクリと唾を飲んだ。ルカはその返事に意外そうな顔をしたが、イグニスの真っ直ぐな目を見て自分の椅子に座り直した。

 

 

「...いや、セフィロトに転生する為にはまだ条件が足りない。しかしガル・ガンチュアとカオスゲートさえ見つけることが出来れば、私の持っているアイテムを使用して君達でも転生する事は可能だよ」

 

 

イグニスは床に目を落とし、両手を握って真剣に考えた。

 

 

「少し...考えさせてもらえませんか」

 

 

「こら、なーにマジになってるの!無理に転生させたりしないから、そんなに考え込まないの!」

 

 

「いやしかし、そのセフィロトに転生する事で、ルカさん達3人と同じ次元に立てるんですよね。人間では絶対に到達出来ない、別次元の領域に」

 

 

「イグニス...」

 

 

「お、俺は遠慮しておこうかなルカ姉!やっぱ生身が一番かな〜なんて」

 

 

ユーゴが凍りついた場の空気を和ませようと茶々を入れてきた。

 

 

「...フフ、お前ならそう言うと思ったよユーゴ。そういう訳だからイグニス、そんなに深く考え込まないの。ほら、ミーティングの続き始めるよ」

 

 

「分かりました」

 

 

「それじゃあ、明日狩りに行くドラゴンの種類だけど...」

 

 

そうしてミーティングが続いたが、ミーティングが終わった後も、イグニスの表情が晴れる事はなかった。

 

 

 

そして翌日の朝、黄金の輝き亭のルカ達が泊まる寝室に5人が集まり、転移門(ゲート)を開いて部屋から直接ナザリックへと飛んだ。

 

 

ナザリック第九階層の客室ロビーに到着すると、そこにはそうそうたる面々が顔を連ねていた。アインズを筆頭に、アルベド・デミウルゴス・シャルティア・コキュートス・マーレ・アウラ・セバスという構成だ。

 

 

「やあみんな、集まってるね」

 

 

「ルカか、よく来た。...後ろの二人が例の人間か?」

 

 

「そうだよ。ほら、二人共固まってないで自己紹介して!」

 

 

転移門(ゲート)を抜けた途端異形種に囲まれた二人はフリーズしていたが、我に返ったイグニスが咄嗟に口を開いた。

 

 

「...え?! あ、はい!失礼しました!私はイグニス・ビオキュオールと申します、職業はウォー・クレリックです。ルカさんからお話は伺っております、足手まといにならないよう頑張りますので、以後よろしくお願い致します!」

 

 

「お、俺はユーゴ・フューリーと申します!職業はテンプラーです、よろしくお願いします!」

 

 

「イグニスにユーゴ、そう固くなるな、私もお前達の話はルカから聞き及んでいる。私の事はアインズと呼んでくれ。さてルカ、こちらの準備はできているぞ。今回はアルベドに残ってもらう事にした。私達が不在の間ナザリックを頼んだぞ、アルベドよ」

 

 

「承知致しました」

 

 

「了解、これで丁度12人だね。こちらが5人だからそっちからあと一人欲しいんだけど....デミウルゴス、頼んでもいいかな?」

 

 

 

「もちろんですとも。アインズ様、よろしいでしょうか?」

 

 

「うむ、よかろう。確かにその方がバランスが取れるな。これで2グループがフルになった訳だ」

 

 

「じゃあこちらは私・ミキ・ライル・デミウルゴスにイグニスとユーゴ、そっちはアインズ・コキュートス・シャルティア・アウラ・マーレ・セバスだね。OK、それじゃフルバフを開始しようか。私のグループ支援魔法もかけるから、アインズチームもみんな真ん中に集まって。それとこれから行くアゼルリシア山脈にいる相手は、平均レベル90から120の霜の竜(フロストドラゴン)だから、私もかけるけど各個でも氷結耐性のバフをかけておいてね」

 

 

そう言うとルカは両手を左右に広げて、フルバフを開始した。

 

 

 

 

暗闇の復讐(ヴェンジェンスオブザダークネス)氷結耐性の強化(プロテクションエナジーフロスト)力の祈り(プレーヤーオブマイト)活力の祈り(プレーヤーオブバイタリティ)器用さの祈り(プレーヤーオブデクステリティ)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)無限の障壁(インフィニティウォール)武器属性付与・炎(アトリビュート・フレイムアームズ)暗い不屈の精神(ダークフォーティチュード)虚無の抱擁(エンブレスザヴォイド)運命の影(シャドウオブドゥーム)生命の精髄(ライフエッセンス)虚偽情報・生命(フォールスデーターライフ)殺害者の焦点(スレイヤーズフォーカス)影の覆い(クロークオブシャドウズ)精度の上昇(ライズインプレシジョン)

 

 

 

それを受けて、アインズも両手を広げてフルバフを開始した。

 

 

 

光輝緑の体(ボディオブイファルジェントベリル)飛行(フライ)魔法詠唱者の祝福(ブレスオブマジックキャスター)無限障壁(インフィニティウォール)魔法からの護り・氷結(マジックウォードフロスト)生命の精髄(ライフエッセンス)魔力の精髄(マナエッセンス)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)自由(フリーダム)虚偽情報・生命(フォールスデーターライフ)看破(シースルー)超常直感(パラノーマルイントゥイション)上位抵抗力強化(グレーターレジスタンス)混沌の外衣(マントオブカオス)不屈(インドミタビリティ)感知増幅(センサーブースト)上位幸運(グレーターラック)魔力増幅(マジックブースト)竜の力(ドラゴニックパワー)上位硬化(グレーターハードニング)天界の気(ヘブンリィオーラ)吸収(アブソーブション)抵抗突破力上昇(ペネトレートアップ)上位魔法盾(グレーターマジックシールド)

 

 

アインズ達のフルバフが完了したのを確認し、最後にルカはもう一つ魔法を唱えた。

 

 

 

集結する軍隊(ラリートループス)

 

 

 

それを唱えると、中央に集まった12人の体がほのかに黄金色の光に包まれた。

 

 

 

「何とルカ....お前はコマンダーのサブクラスまでも習得しているのか?確かこの魔法の効能は...」

 

 

「その通り、アインズは博識だね。集結する軍隊(ラリートループス)は、チームが習得する経験値を1.8倍にまで引き上げてくれる団体支援魔法だよ」

 

 

 

「すばらしい、すばらしいぞルカよ。傭兵ギルドとは伊達じゃないという事か。これで非常に高効率な狩りができそうだな」

 

 

 

「へへ、そういってもらえると嬉しいよ。やっぱ少しでも楽ができるに越した事はないもんね」

 

 

「よし、全員装備は戦闘用に変更したな。全力で当たるぞ、皆の者良いな!」

 

 

「ハッ!!」

 

 

アインズの激を受けて、ナザリックの階層守護者全員が気合を入れた。

 

 

「みんないい?転移門を抜けたらすぐ戦闘だから、各チームバラけないようにすぐに陣取ってね。コキュートス、氷結耐性の高い君が要だ。先陣よろしくね」

 

 

「先陣ヲ任サレルトハ身ニ余ル光栄!承知シマシタ、ルカ殿」

 

 

「OK、じゃあいっちょ行こうか! 転移門(ゲート)

 

 

正面に開いた時空の門が開き、12人全員がなだれ込むように突入した。

 

 

一瞬にしてアゼルリシア山脈の頂上北西部に辿り着くと、目の前には蛇のように細い肢体を持った白銀のドラゴンが4体姿を現した。それと同時にルカは叫んだ。

 

 

「コキュートス!!」

 

 

「了解デスルカ殿」

 

 

青白いコキュートスの体全体に漆黒の炎が宿り、一番手前にいる霜の竜(フロストドラゴン)に向かって突進した。

 

 

「三毒ヲ斬リ払エ倶利伽羅剣! 不動明王撃!!」

 

 

それを受けてコキュートス正面の霜の竜(フロストドラゴン)を中心に大爆発が起きた。霜の竜(フロストドラゴン)がそれを受けてのたうち回っているのを見て、ルカは再び叫んだ。

 

 

「シャルティア、今だ!」

 

 

「言われなくてもわかっているでありんす!!魔法最強化(マキシマイズマジック)朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)!!」

 

 

 

シャルティアの強力な炎属性DoTをまともに受けた霜の竜(フロストドラゴン)の体力が、無残にも削り取られていく。

 

 

「イグニス、ユーゴ!霜の竜(フロストドラゴン)に一撃食らわせろ!」

 

 

 

「了解、聖なる非難(センジュアー)!」

 

 

 

浄化炎(クレンジングフレイム)!!」

 

 

 

 

霜の竜(フロストドラゴン)にイグニスの放った神聖属性DD(Direct Damage)と、ユーゴの放った炎属性DoTが交差し、青白いオーラと激しく燃える炎のエフェクトが敵の体を包み込んだ。あと一息のところへ、ルカ達3人が霜の竜(フロストドラゴン)の頭上に向かって飛び込んだ。

 

 

 

虚無の破壊(クラック・ザ・ヴォイド)!!」

 

 

霊妙の虐殺(スローターオブエーテリアル)!!」

 

 

破壊者の爪(クロウオブディバステイター)!!!」

 

 

3人の放った強力な斬撃に加え、ルカの武器に付与された炎属性Procにより、霜の竜(フロストドラゴン)は成す術もなくその場に崩れ落ち、消し炭になった。

 

 

 

「よし、次2匹来るぞ!アインズそっちは頼んだ!」

 

 

 

「了解した。魔法最強化(マキシマイズマジック)肋骨の束縛(ホールドオブリブ)!!」

 

 

 

アインズがそう唱えると、左翼にいる霜の竜(フロストドラゴン)の立つ地面から無数の骨が飛び出した。その骨はドーム状に竜の体を覆いつくすと、霜の竜(フロストドラゴン)の首に鋭利な骨の先端が突き刺さった。竜が身動きを取れない所へ、後衛のマーレが追い打ちをかけるように魔法を唱える。

 

 

魔法最強化・茨の扉(マキシマイズマジック・ヘッジオブソーンズ)!」

 

 

地表の氷を突き破り、地面から生えた無数の巨大な茨の枝が霜の竜(フロストドラゴン)の肢体に絡みつき、移動阻害(スネア)の効果と共に鋭利な棘が体に食い込んで追加ダメージを与えていく。

 

 

そこへすかさずコキュートスとセバス、アウラが追撃を食らわせた。

 

 

 

「レイザーエッジ!!」

 

 

獄炎の乱打(ポーメリングオブザプリズンフレイム)!!!」

 

 

不死鳥の抱擁(エンブレスオブザフェニックス)!!」

 

 

 

実に統制の取れた動きを見せるアインズチームは、霜の竜(フロストドラゴン)の弱点である炎属性攻撃を集中して叩き込み、二匹目も葬り去った。

 

 

「いいねぇ、こっちもやるぞ。ライル・デミウルゴス、前衛は任せていいかい?」

 

 

「無論!」

 

 

「お任せくださいルカ様」

 

 

「OK、行くよ。呼吸の盗難(スティールブレス)!」

 

 

ルカは移動阻害(スネア)及び毒DoTを霜の竜(フロストドラゴン)に叩き込むと、ライルが先制した。

 

 

弱点の捜索(ファインドウィークネス)

 

 

相手の刺突・斬撃・打撃耐性が急激に下がったのを見計らい、デミウルゴスが追撃を加えた。

 

 

「悪魔の諸相・豪魔の巨腕!!」

 

 

デミウルゴスの右腕が瞬時に巨大な漆黒の拳へと膨れ上がり、霜の竜(フロストドラゴン)の頭部に向けて強烈な打撃を叩きつけた。イグニスとユーゴが後方火力支援を行う中、デミウルゴスはさらなる追撃を加えた。

 

 

獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール)!!」

 

 

それをまともに食らった霜の竜はもはや風前の灯火だったが、ルカとミキがとどめを刺しにかかった。

 

 

血の斬撃(ブラッディースライス)!」

 

 

処刑人の拷問(トーチャーズスカルペル)!!」

 

 

それを受けて霜の竜(フロストドラゴン)は絶叫を上げ、消滅した。残るは一匹となったが、その背後からいきなり巨大なドラゴンが突然ポップした。ルカは咄嗟にその場にいる全員へ伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

 

『各員へ、状況・フィールドボス!こいつはレベル120を超えている。火力も高いから絶対に油断するな。まずは手前の霜の竜(フロストドラゴン)から潰しにかかれ。2グループで集中攻撃だ、いいな!』

 

 

『了解した、ルカ!』

 

 

 

ルカとは対象的にアインズは冷静だったが、敵後方のフィールドボスが広範囲に渡る強力な氷結系ブレスを吐いた事により、事態は一変した。アインズチームの前衛であるコキュートスは冷気ダメージを凌いだが、シャルティアがブレスにより固まってしまい、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

 

前衛の霜の竜(フロストドラゴン)がコキュートスとシャルティアをターゲットし、シャルティアは氷結が解けないまま成す術もなく攻撃されている。後衛のマーレが咄嗟に魔法解除(マジックディストラクション)を唱えて氷結を解除したが、予想外のフィールドボスによる火力を受けて、チームの足並みが乱れ始めた。

 

 

このままでは不味いと踏んだルカは、アインズ達のチームをカバーするように前衛へ躍り出た。

 

 

「デミウルゴス!」

 

 

「了解しました。悪魔の諸相・触腕の翼!!」

 

 

デミウルゴスは背中から生えた翼の羽を矢のように飛ばし、霜の竜(フロストドラゴン)の頭部に食らわせた。それを食らい霜の竜(フロストドラゴン)が怯んだ隙に、ルカは他の11人に向かって伝言(メッセージ)で指示を飛ばした。

 

 

『いいかみんな、私が合図したら一斉に後方へ退避しろ! アインズいいな?』

 

 

「了解した!魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティスラッシュ)!!」

 

 

アインズは応戦しながら徐々に後退を開始した。ライルが敵のターゲットを取り、フィールドボスを含む二匹の霜の竜(フロストドラゴン)を中心に誘き寄せた事で、ルカは魔法を唱えた。

 

 

飛行(フライ)

 

 

ルカは頭上高く飛び上がり、霜の竜(フロストドラゴン)とフィールドボスの中間を狙って照準を合わせた。

 

 

「今だ、全員後方へ退避!!」

 

 

それを聞くが早し、アインズチームとルカを除くチームは一斉に後方へ飛び退いた。アインズが頭上を見上げると、ルカの周囲に巨大な赤い魔法陣が幾重にも折り重なり、強く輝いている。

 

 

「....あのエフェクトは、まさか...!」

 

 

アインズの思惑も他所に、天高く両腕を掲げたルカの手に凝縮された黒い光が集まっていく。まるで極厚の鋼鉄を無理矢理に捻じ曲げているかの如く不吉な音が辺りを満たしていた。

 

 

ルカはその両腕を、霜の竜(フロストドラゴン)に向けて振り下ろした。

 

 

 

「超位魔法・急襲する地獄(ヘル・ディセンド)!!」

 

 

 

凝縮され、巨大に膨れ上がった暗黒のエネルギーが円形状をなし、二匹のドラゴンに向けて叩きつけられた。その超重力に押し潰された二匹の竜は氷の地面に押し付けられ、(ベキベキ)という鈍い音を立てて全身の骨が粉砕される音が聞こえてきた。

 

 

二匹の霜の竜(フロストドラゴン)の体は圧縮された後完全に破壊されて消滅し、その後に残ったのは地面に残った血の染みだけだった。

 

 

竜が消滅したと同時に、ルカ・ミキ・ライル以外のメンバーの体が青白く光った。アインズはそれを見て、レベルアップしたのだと実感した。

 

 

 

宙に浮いたルカはそれを見てゆっくりと下降し、地面に降り立つ。そこへ向かって全員が駆け寄り、皆口々に称賛の言葉を送った。

 

 

「ルカよ、どこまでも底の見えないやつだなお前は。あんな超位魔法を隠し持っていたとは。ナザリックで私達との戦いで使っていたなら、勝負は一瞬で決まっていただろうに」

 

 

アインズは溜め息混じりに首を振って嘲笑した。

 

 

「使うわけないでしょ。私、君達の事好きだし」

 

 

「それが理由か?」

 

 

「それが理由よ、変?」

 

 

「...いいや、誰が変などと思うことか。心強いぞルカよ。私もその気持ちに答えようと思う。ありがとう」

 

 

「フフ、なら良かった。みんなのレベルも無事100を超えて上がったようだし、今日は一旦ナザリックに戻ろうか。まだ初日だし、反省会もしないとね」

 

 

「そうしようか。私はこれでレベル101になったわけだな」

 

 

「うん。でもあまり焦らずに頑張ろうアインズ。私はいつでも一緒にいるから」

 

 

「ああ。私もお前たちの2350年という可能性に賭けたくなってきたぞルカよ。これからもよろしく頼む」

 

 

「...アインズ、お願い。今だけでいいから、ハグさせて」

 

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

ルカは首に手を回し、アインズの右頬にかかったローブに顔を埋めた。吹き荒ぶ氷の山脈頂上で、二人はただ熱く、抱擁を交わした。

 

 

 




■魔法解説

武器属性付与・炎(アトリビュート・フレイムアームズ)

装備した武器に最高位の炎属性Proc効果を付与する魔法


集結する軍隊(ラリートループス)

パーティー全体に対し、モンスター及びプレイヤーを倒した際に手に入る経験値を1.8倍にまで引き上げる魔法


聖なる非難(センジュアー)

敵に対し神聖属性の光弾を放つ魔法


浄化炎(クレンジングフレイム)

炎属性DoT。テンプラーは物理攻撃・魔法攻撃が+50%追加上昇される祝福された熱意(ブレッスドジール)が使える為、その火力は極めて強力


茨の扉(ヘッジオブソーンズ)

植物の絡みつき(トワインプラント)の上位互換魔法。敵の体全体に巨大な茨の棘が絡みつき、移動阻害と共に刺突属性の追加ダメージを与える。効果時間は30秒。魔法最強化・位階上昇化によりその威力・魔法効果範囲が上昇する


超位魔法・急襲する地獄(ヘル・ディセンド)

失墜する天空(フォールンダウン)の闇属性版。宙に漂う暗黒エネルギーを掌に凝縮させて相手に叩きつけ、超重力による大爆発を引き起こす闇属性攻撃。


■武技解説

虚無の破壊(クラック・ザ・ヴォイド)

ダガーによる10連撃と共に、闇属性Proc発生確率を90%にまで引き上げる為、強力な瞬間火力を持つ


獄炎の乱打(ポーメリングオブザプリズンフレイム)

全身のエネルギーを炎属性に変えて掌に集中し打ち出す打撃属性の攻撃。一撃の威力はさほど高くないが、手数で攻める為総合的な攻撃力は高い


不死鳥の抱擁(エンブレスオブザフェニックス)

鞭全体に炎を纏わせ、相手の体に巻き付かせて焼き払う武技


処刑人の拷問(トーチャーズスカルペル)

敵の正中線のみを狙い超高速20連撃を食らわせる急所攻撃。それによりクリティカル率を80%まで引き上げる効果も持つ


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第12話 転生

ルカ達はその後もアインズと共にアゼルリシア山脈でレベルを上げ続けた。その間ルカの指示により、イグニスはスカウト・アサシン・マスターアサシン・忍者を極め、ユーゴはダークナイト・ビーストテイマー・ハイテイマー・ビーストロードを極めていった。

 

 

レベルの確認に関しては、レベルアップ時に体が光る回数と習得した魔法やスキルを参照しながら慎重に進められていった。

 

 

アインズはバランスの良いルカのキャラメイクを見習い、パーティー全体の回復と火力優先で竜司祭(ドラゴンクレリック)とワードオブディザスターを選択した。階層守護者達にもアインズは細心の注意を払って新しいクラスを習得させ、チームとしての総合的な火力が一気に引き上げられていった。

 

 

そうしてパーティー全体の平均レベルが118を超えた所で、ルカ達はアインズが用意してくれたディナーを食べながら、今後の方針について語り合っていた。

 

 

 

-----------—------ナザリック第九階層 応接間

 

 

 

「順調だね」

 

 

「そうだな。お前のサブクラスであるコマンダーの魔法が見事に功を奏している。まさかこの世界に来てまでパワーレベリングを行うことになろうとは思っても見なかったがな」

 

 

「フフ。でもレベルを上げておけば、何かと安心でしょ?」

 

 

「確かにな。それで、アゼルリシア山脈の霜の竜(フロストドラゴン)は、もうレベルキャップの限界なのか?」

 

 

「そうだね。イグニスとユーゴはまだ経験値が入るけど、アインズ達全体で見ればそろそろ狩場を移動したほうがいいと思ってね」

 

 

「次の狩場に当てはあるのか?」

 

 

「ああ。遥か南方にある八欲王の空中都市...つまりエリュエンティウから西に少し行ったところの砂漠地帯だ。ここに出没する敵は火竜(ファイヤードラゴン)。ここでレベル140くらいまでは上げられるはずだ」

 

 

「そのような知識をどうやって得たのか謎ではあるが、お前の言うことを信じて今は行くとしよう」

 

 

 

「実際に戦ってみて得た経験だからね。私達はこの200年間、マップを埋めると共にそこに出没するモンスターの傾向も全て調べてある。だから心配はいらないよアインズ」

 

 

「...フフ、愚問だったか」

 

 

ルカはアインズに笑顔で応じた。

 

 

「じゃあ決まりってことでいい?」

 

 

「分かった。次の狩場はエリュエンティウ西部という事で決定だな」

 

 

「OK、じゃあ今日はここまでだね。私達は黄金の輝き亭に戻るから、何かあったらいつでも連絡して」

 

 

「了解した」

 

 

転移門(ゲート)

 

 

ルカ・ミキ・ライルはその場で門をくぐり、ルカの寝室へと移動した。

 

 

そのまま3人は部屋を出て階段を降り、一階のバーカウンターへと足を運んだ。

椅子に座ると、マスターと女将さんが笑顔で出迎えてくれた。

 

 

 

「よう黒いの!一仕事終えたってツラしてるな」

 

 

「おかえりルカちゃん、今日もお疲れ様。さあ、何飲む?何でも持ってくるよ!」

 

 

女将さんの両耳に輝く青いイヤリング(エビデンス・オブ・ブルー)を見て、何故かルカは心を癒された。

 

 

「じゃあ私はいつも通りエール酒で」

 

 

「女将さん、私もいつも通りワインをボトルで」

 

 

「地獄酒、以上!」

 

 

 

「はいよ!すぐ持ってくるからちょいと待ってな!」

 

 

 

そう言うと女将さんは樽のサーバーに向かってグラスを並べた。

 

 

 

「何だい、今日はえらく疲れた顏してるじゃねえか黒いの」

 

 

「いやまあ、ここんとこ色々と忙しくてね。でも大丈夫、しょうもない疲れではないから。やりがいもあるしね」

 

 

「へへ!そうこなくっちゃあな。やりがいがねえと、何でもつまらねえからな!」

 

 

そこへ女将さんがジョッキとグラスにボトルを持ってきた。

 

 

「はいお待ち!ガッツリ飲んでいきな!」

 

 

「待ってました!!」

 

 

ミキがワイングラスに注ぎ終わるのを見て、ルカはジョッキを高く掲げた。

 

 

「はい!ミキ、ライル。今日もお疲れ様ー!」

 

 

「お疲れ様ですルカ様」

 

 

「今日もよく働いた」

 

 

3人はルカを中心にガツン!と乾杯した。

 

 

それぞれ酒を一気に飲み干し、途轍もなくディープな溜息をついた。

 

 

「マスター、おかわりよろしく!」

 

 

「おうよ!何だい、今日はメシはいいのか?」

 

 

「ああ、うん。今日は外でちょっとご馳走になってきたからね。お腹いっぱいでさ」

 

 

「何だ、ウチよりうまかったってか?」

 

 

「いやいや、ここの料理の方がほんのちょっとだけ上かな。この店の鶏肉のソテーは最強でしょ」

 

 

「ほんのちょっとってお前、ハッハッハ! まあたまには外で食うのも悪くねえわな!」

 

 

「ありがとうマスター、いつも最高にうまいメシを出してくれて」

 

 

「な、何でえ急にしおらしくなりやがって...何かあったのか?」

 

 

「ううん、何もないよ。ただ嬉しいだけだよ、帰ってくる場所があるって事にね」

 

 

「おう、いつでも帰ってこい!お前らはウチの店でも最高の上客だ。遠慮はいらねえぜ。何でも飲め、何でも食え、何でも話せ!ほんで好きなだけ寝ていけ!わかったなルカ?」

 

 

「ちょっと、そんなに優しくされたらあたし抱き着いちゃうけど、いいのマスター?」

 

 

「ばっ...バカ言うない!俺は世帯持ちだ、分かってんだろ?そういうのは違う相手にしな。お前くらいの度量があれば、相手なんざいくらでもいるってもんだ」

 

 

「フフ、誉め言葉と受け取っておくよ。ありがとう」

 

 

「...さ、さて!!ちょいと厨房の様子でも見てくるかな!お前ら、好きなだけ飲んでけよ!」

 

 

そう言うとマスターは誤魔化すようにして、バーカウンターの右奥に走り去っていってしまった。

 

 

「ルカ様、ご機嫌ですね」

 

 

「いつも以上にはっちゃけてますな」

 

 

「そう?何というか、母性本能に目覚めちゃったのかな私」

 

 

「女性ならば誰にでもある事。お気になさらず、今は飲みましょう」

 

 

「このライル、酒の力を借りた今だからこそ言いますが、正直ルカ様がそのようにお淑やかになってくれて、心より嬉しゅうございますぞ」

 

 

「はーいよ、分かったよ。じゃあ今日はミキとライルに思いっきり甘えちゃおうかな!」

 

 

「是非そうしてくださいませ」

 

 

「異論は一切ございません。さあルカ様、今宵は飲みましょうぞ」

 

 

「OK、女将さーん!酒おかわりー!」

 

 

----------------------黄金の輝き亭 寝室 午前0:30

 

 

風呂で体を洗い流したルカとミキは、二人でベッドに横になっていた。お互いの足を絡ませ、ルカはミキの胸に顔を埋めながら熟睡していたが、唐突に部屋のドアが激しくノックされた。

 

 

ルカとミキは目を覚まし急ぎドアを開けると、外にはマスターとプルトンが立ち尽くしていた。

 

 

「ちょっ...何?どうしたの?!」

 

 

「黒いの、夜遅くに済まねえ!ウチのカミさんが攫われた!!」

 

 

「彼が冒険者組合に飛び込んできてな。それでお前がここに滞在中だという事を知って、私も駆けつけた訳だ」

 

 

「女将さんが攫われた?!誰に、どこで?!」

 

 

「誰だかは分からねえが、宿の裏口で荷物を運んでいた所を狙われたらしい。やつらご丁寧にも、時間と場所を指定して来やがった」

 

 

そういうとマスターは、ルカに紙を渡してきた。

 

 

「一人で来なければ殺す。金貨600枚を用意しろ、か。マスター、金の用意は出来るか?」

 

 

「も、もちろん出来る!というか、すまねえルカ。お前たちは客だというのに、こんな事になっちまって」

 

 

「構わない。時は一刻を争う、私が一人で行こう。プルトンは敵に気付かれないよう指定場所の封鎖を手配してくれ。金は私が立て替えておく」

 

 

そういうとルカはレザーアーマーと武器を手早く装備した。

 

 

「いけませんルカ様!お一人で向かわれるなど」

 

 

「ミキ!ライルにも伝えておけ。この件は私一人でかたを付ける。部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)!」

 

 

ルカはその場で姿をかき消し、窓の外へ飛び出した。

 

 

ルカは建物から建物へと飛び移りながら、マスターからもらった地図を確認した。エ・ランテルの北西にある森で待つとの事だった。

 

 

どこの誰だか知らないが、まさか女将さんを狙ってくるとは世にも思わなかった。迂闊だったと自分を戒めながら、西門から街の外に出て森林地帯まで一気に疾走した。

 

 

部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)を解き指定の地点まで辿り着くと、木陰の左右から男性2人と女性2人が姿を現した。男のうち一人が縄で縛られた女将さんを掴み、首元に剣を当てている。女将さんがルカの姿を確認して叫ぶように声を上げた。

 

 

「ルカちゃん!あんた、あたしのために....!」

 

 

「ちょっと待っててね女将さん。...金は用意した、女将さんを離してもらおう」

 

 

そう言うとルカは金貨の詰まった財布を地面に置き、後ろへ下がりながら相手のクラスを確認した。

 

 

(男の方は二刀流の戦士に神官(クレリック)、女の方は魔法詠唱者(マジックキャスター)にレンジャーか....野盗にしては妙にバランスが取れている)

 

 

ここは女将さんの安全を考え、ヘタに動かない方がいいと判断したルカは相手の出方を伺った。右に居る女性...というよりは少女の魔法詠唱者(マジックキャスター)が走り寄り、財布をひったくってルカと距離を取り、中身の金貨を確認した。

 

 

「毎度ありー!リーダー交渉成立だよー」

 

 

そう言うとリーダーと呼ばれる二刀使いの男は女将さんの首から剣をどけて、ルカのいる所へドン!と背中を押した。ルカは倒れかかってきた女将さんを受け止めてエーテリアルダークブレードを抜くと、女将さんを縛っていた縄を断ち切った。

 

 

「女将さん、無事で良かった」

 

 

「ルカちゃん、うちの大事なお客さんにこんな事させちまって...でも、ありがとうよ!このお礼は必ずするからね!」

 

 

「いいってことよ。それより女将さん、街まで一人で帰れるかい?」

 

 

「一人でって....ルカちゃんあんたはどうするんだい?!」

 

 

「ちょっとこいつらに聞きたい事があるからね。私は大丈夫だから、女将さんは先に帰ってて」

 

 

女将さんはルカの目を見て悪寒が走った。目が完全に座っている。

 

 

「わ、わかったよ...でもちゃんと無事に帰ってくるんだよ!」

 

 

「分かってる。これを持って、さあ早く」

 

 

ルカは懐から小型の永続光(コンティニュアルライト)を取り出して手渡し、森の出口へ向かう女将さんを見送った。そして再度、ルカは正面に向き直る。

 

 

「...お前達、まだ私に何か用事があるみたいだね」

 

 

「....ほう? よく分かったな」

 

 

「殺気がだだ漏れだよ」

 

 

二刀戦士は剣を肩に乗せてほくそ笑んだ。

 

 

「...クク、まあいい。お前、ルカ・ブレイズだな。噂には聞いていたが、まさか本当にここまで来るとはな」

 

 

「どういう事だ?」

 

 

「お前は俺達裏稼業の世界では有名だからな」

 

 

「裏稼業...あー分かった、お前ら請負人(ワーカー)か」

 

 

「その通り。お互いご同業同士、仲良くしようじゃねえか」

 

 

「お前らと一緒にしないでもらいたいな」

 

 

「よく言うぜ。表向きは冒険者組合を追放された身でありながら、その実は決して表に出ることのないヤバい依頼のみを請け負う伝説のマスターアサシン...。俺達請負人(ワーカー)と何が違うのか、逆に教えてもらいたいもんだな」

 

 

「....言いたいことはそれだけか?」

 

 

「フン...実はお前のことを調査しろと言われていてな」

 

 

「調査だと? まさか、その為に女将さんを....」

 

 

「ご明察。お前があの宿屋を根城にしているのは分かっていたからな。おびき出す為に利用させてもらったまでよ」

 

 

「.....それで、どうしろと?」

 

 

「俺達と戦ってもらう」

 

 

4人はルカの四方を素早く囲み、武器を構えた。

 

 

ルカは足跡(トラック)を確認した。森の出口周辺に複数の人影が待機している。恐らくプルトンが手配した冒険者達だろう。という事は、女将さんも保護されているはずだ。

 

 

気に病む事が解決したルカの目がみるみるうちに血走っていく。

 

 

「私に用があったなら、何故私を直接呼ばない?」

 

 

「知れた事。こちらにもボーナスが必要だからな。黄金の輝き亭と言えば、エ・ランテルいちの高級宿屋だ。金はたんまり持っているだろうからな」

 

 

「あっそ......」

 

 

ルカは腰に差したエーテリアルダークブレードを納刀したまま、ピクリとも動かなくなった。

 

 

「クク、怖気づいたか? アルシェ!!お前の魔眼でこいつの力を確認しろ!」

 

 

「オッケー、”看破の魔眼”!」

 

 

アルシェと呼ばれる魔法詠唱者(マジックキャスター)の少女はルカを凝視した。しかしその直後、アルシェは悲鳴を上げ、顔から脂汗を流した。

 

 

 

「ひぃっ!! ばっ....化物.....」

 

 

「おいアルシェどうした!そいつの位階はどの程度だ?」

 

 

「....だ...だめ....こんな....第十位階を超えて.....そんな.....」

 

 

「はぁ?!第十位階を超えただぁ?! そんな訳あるか、もう一度よく見ろ!!」

 

 

「お、お....お願い、みんな逃げ..」

 

 

それを聞いたルカはアルシェと呼ばれる少女を鋭く睨みつけた。

 

 

「....この場から逃げられると、ちょっとでも思ってるんだ。どうやら君は相手の魔法行使力を測れる能力を持ってるんだね。という事はタレント持ちか。それでもまだ.....逃げられるとか思ってるの?」

 

 

少女はあまりの恐怖にその場で泣き崩れ、地面にへたり込んだ。

 

 

「...ご、ごめんな....さい、ヒグッ....どうか....許して....」

 

 

 

「お前は女将さんを攫った時、彼女に対してそういう情けを少しでもかけたのか?」

 

 

 

「こっ殺すつもりは....なかったんです、本当です!! で、ですからどうか....」

 

 

 

「.....魔法最強化(マキシマイズマジック)神聖なる呪い(ホーリーカース)!!」

 

 

(ビシャア!)という鋭い音と共に、ルカの周囲に青白い光が半球状に広がり、四方を取り囲む請負人(ワーカー)達は体が麻痺して一切の身動きが取れなくなった。

 

 

 

「この魔法は20秒間、貴様らの体から自由を奪う。....お前達を皆殺しにするには十分すぎる時間だ」

 

 

 

そういうとルカはガタガタと震えるアルシェに向かって殺気をぶつけ、エーテリアルダークブレードを抜いて歩み寄った。

 

 

「たっ助けてぇ!!お願いしますどうか殺さないでーー!!」

 

 

「....お前達にやる金なんぞ、びた一文もない。私の財布を返せ」

 

 

ルカはぐしゃぐしゃに泣き崩れるアルシェの前に屈むと、手にした財布を取り上げて腰に結び付けた。

 

 

次にルカはリーダーと呼ばれる二刀戦士の元に向かって歩み寄る。

 

 

「く、くっそ体が...!!」

 

 

「何かさー、お前がこの中で一番問題みたいだね。会って早々悪いけど、とりあえず死のうか、お前」

 

 

ルカは彼の後ろに回り込んで髪を引っ掴み、頭を上げさせて喉元にエーテリアルダークブレードを食い込ませた。二刀戦士の喉元から血がしたたり落ちる。

 

 

「まっ...待て!!!分かった降参だ!!もうお前達に手は出さねえ!」

 

 

「私達に....だけ?」

 

 

「分かった、黄金の輝き亭にも手は出さねえ!!だから勘弁してくれ!!」

 

 

「...無い知恵絞ってよく考えろ。間違えたら次の瞬間お前死ぬから。私に言うべきことはそれだけじゃないよね?」

 

 

「くっ....!俺たちの依頼主はフールーダだ!!お前達の能力を調べてこいと言われていたんだ」

 

 

 

「フールーダって、バハルス帝国のあの魔導士だよね?」

 

 

 

「そういうこった.....これで全部話した!!頼むから見逃してくれ!」

 

 

「.....あのクソジジィ....まあいい分かった。でももし、もう一度私と私の周りにいる人達に何かしたら、何を置いてもお前達を殺しに行くから。わかった?」

 

 

 

「....ああ、俺達がバカだった! もう二度とあんたらの周りに手出しはしねえよ」

 

 

ルカは掴んでいた二刀戦士の髪を離し、首元からエーテリアルダークブレードをどかして納刀した。神聖なる呪い(ホーリーカース)の効果が解け、体の自由が戻った請負人(ワーカー)4人は血眼で、その場から一斉に西へと逃げ出した。

 

 

ルカは森の出口である南へと向かうと、永続光(コンティニュアルライト)の光がこちらを照らしてきた。

 

 

「ルカ!!無事だったか」

 

 

「ルカ様、ご無事でなによりです」

 

 

「何故お一人で....!」

 

 

 

森の出口で待ち構えていたのは、プルトン・ミキ・ライルと5人の冒険者達だった。

 

 

「ああ、私は大丈夫。それより女将さんは?」

 

 

「冒険者を護衛に付けて、先に黄金の輝き亭へ帰してある」

 

 

「そうか、良かった」

 

 

「それで、賊は?」

 

 

「皆殺しにしてもよかったんだが、ただ殺すよりも恐怖を植え付ける方が効果的だと思ってね。その場で逃がしてやった」

 

 

「....そうか。いや、女将とお前が無事だったならそれでいいのだ。今回の報酬を用意してある、冒険者組合まで顔を出してもらえるか」

 

 

「いや...報酬はいらない。私の分は、マスター達に還元してやってくれ。そもそもあいつらの狙いは、最初から私だったんだから」

 

 

「....本当かそれは?」

 

 

「ああ。バハルス帝国にいる例の魔導士・フールーダに雇われていたそうだ。だから....ね? ちゃんとマスターに私の分の報酬は返してあげてね。元はと言えば、私が巻き込んでしまったようなものだから」

 

 

「お前がそう言うのなら....分かった。それについては心配するな」

 

 

「うん。さあ、街に帰ろうプルトン。目が覚めただろう、久々に黄金の輝き亭で一緒に飲もうよ」

 

 

「....フフ、このアル中めが。そうだな、お前と飲むのも久しぶりだな。今日は私のおごりだ、他の冒険者諸君も一緒にどうだ?」

 

 

「さっすが組合長、太っ腹!!」

 

 

「喜んでご一緒させていただきます!」

 

 

「決まりだね。さあ、街に帰ろう!」

 

 

ルカ・ミキ・ライルにプルトン、そして他の冒険者5人は街に戻り、黄金の輝き亭で翌朝まで飲み明かした。

 

 

---:---------------------------翌日12:30

 

 

明け方まで飲み明かしたルカ達は、マスターの計らいで正午過ぎまで眠り、起床後は目を覚ますために風呂に浸かって体を洗い流し、準備を整えてアインズ達に伝言(メッセージ)を送った。

 

 

------------------------------------------------------------

 

 

『アインズ、連絡が遅くなってすまない』

 

 

『ルカか、いやこちらも少々立て込んでいたからな。問題ないぞ』

 

 

『立て込んでいたって、何かあったの?』

 

 

『うむ。ナザリックに侵入者が現れた』

 

 

『それほんと?そっちに手伝いに行こうか?』

 

 

『いや問題ない。賊4人はすでにこちらの手中に落ちている』

 

 

『....4人....ってもしかして、男2人、女2人の請負人(ワーカー)だったりする?』

 

 

『よく分かったな、その通りだ。お前達の知り合いか?』

 

 

『いや。というか昨日そいつらが、黄金の輝き亭の女将さんを攫っていきやがったんだよ』

 

 

『何だと?! 黄金の輝き亭は私も世話になっている。女将さんは無事なのか?』

 

 

『ああ。私が昨日の夜中に女将さんを救い出した後、そいつらを懲らしめてやったから大丈夫』

 

 

『そうだったのか。なら良いのだが』

 

 

『そいつら何かに使うの?』

 

 

『ああ、そのつもりだが。もしお前にとって不都合があるなら手加減してやらんでもないが』

 

 

『いや、アインズの好きなようにしちゃっていいよ。私もそいつらは気に食わないし』

 

 

『承知した。ならば一切の手加減は無用だな。そういうわけで、今日の狩りは後日に回したいのだが、構わないか?』

 

 

『もちろん。私達も今日は休養日にさせてもらうよ。何かあれば連絡ちょうだいね』

 

 

『承知した、お前もな』

 

 

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ルカは請負人(ワーカー)達の行いに呆れて物も言えなかった。よりによってこの世界でほぼ最強であるプレイヤーにばかり、しかも2度も連続で挑みかかるとは、愚かにも程がある。昨晩はアルシェという少女の命乞いに耳を貸して見逃したが、きっと彼らはアインズに殺されるだろう。それに対してルカは何も感じなかった。所詮冒険者崩れがナザリックに侵入するなど、殺してくださいと言わんばかりの行いだったからだ。

 

 

ルカはその日、ミキとライルを連れてエ・ランテルの武器屋や雑貨屋等を見て回り、のんびりと観光を楽しんだ。

 

 

そしてその翌朝、ナザリック第九階層の客室ロビーに集まったルカ達は、フルバフを終えた後に転移門(ゲート)を開き、エリュエンティウ西部の砂漠地帯へと歩を進めた。

 

 

巨大な砂丘がいくつも連なり、地平線まで見渡す限りの砂漠が続いていたが、ルカ達は足跡(トラック)を使用して敵の位置を探りながら前進した。やがて一つの砂丘を超えた眼下に平坦な盆地があり、そこに火竜(ファイヤードラゴン)達が6体ほど群れを成していた。

 

 

「ここは私が先に敵のタゲを取るから、アインズ達はその後に続いて氷結系の攻撃を当てていってね。コキュートス、アルベド、君たちは私の攻撃が終わった後タンクに徹してくれ。私から外れた敵のタゲ取り、よろしくね」

 

 

「承知シマシタ、ルカ殿」

 

 

「了解です、ルカ」

 

 

「....フフ、呼び捨てとは嬉しいねアルベド。じゃあ行くよ、飛行(フライ)!」

 

 

ルカは砂丘の影から空に舞い上がり、敵の頭上中心で停止した。それを感知した火竜(ファイヤードラゴン)が一斉にルカへ向かって炎属性のブレスを吐きかけてくるが、上空のルカまでは届かない。

 

 

ルカは空中に浮いたまま、左手で右手首を掴み、そのまま右腕を上空に向けた。体の周囲に巨大な青白い魔法陣が幾重にも折り重なり、ルカの右掌に力が凝縮されていく。やがて球形のドライアイスにも似た塊が形成され、そこから気化した冷気がルカの体を覆いつくし、掌に凝縮されたエネルギーは途轍もなく巨大な氷の塊へと変化して一気に膨れ上がった。

 

 

「超位魔法・天王星の召喚(コーリング・オブ・ジ・ウラヌス)!!」

 

 

その名の通り、小型の惑星級とも呼べる巨大な青白い球体が気化しながら火竜(ファイヤードラゴン)に向けて高速で落下していく。逃げる間もなくその小惑星は火竜(ファイヤードラゴン)達6体に直撃し、砂漠にクレーターを穿つほど氷結属性の巨大な大爆発を引き起こした。

 

 

前衛であるコキュートスとアルベドはそのあまりにも強大な力を前に呆気に取られていたが、「行くぞ!!」というアインズの言葉で我に返り、大ダメージを受けた火竜(ファイヤードラゴン)に向かって突進した。その場にいた全員が持てる火力を総動員して火竜(ファイヤードラゴン)に叩きつけ、短時間のうちに雌雄は決した。レベルアップを示す淡い光が彼らの体を包む。

 

 

ルカは地面に降り立ち、皆の元へ歩み寄った。するとアウラとマーレが早速ルカの両腕に絡みついてきた。

 

 

「ルカ様すっごーい!!あんな氷結属性の超位魔法も放てるんですね!あたし感動しちゃった!!」

 

 

「ルカ様あのその、えと、僕にも今度強力な超位魔法を教えてはいただけませんでしょうか?」

 

 

「フフ、ありがとうアウラ、マーレ。そうだね、アインズのお許しが出たら、マーレにも教えてあげなくもないよ。ただ今からだと、超位魔法を覚えるのはちょっとレベル的にもリスキーだから、アインズと相談しながらにしよ、ね?」

 

 

「えと、あの、その、はい、わかりましたルカ様」

 

 

これまでマーレの事をずっと女の子だと思っていたルカだが、マーレが男の娘だと知ったのはつい最近だった。それでもパワーレベリングを行った当初からルカに懐いてくれるこの姉弟がかわいい事に変わりはなく、ルカも何かと気にかけていたのだった。特にマーレの秘めたるポテンシャルは非常に高いとルカは判断しており、その育成方針に間違いがないようアインズとじっくり話し合ったという経緯もあり、姉のアウラも含め尚更気にかけていた。

 

 

次の火竜出没地点を足跡(トラック)で確認しながら皆で砂漠を歩いていた時、珍しくアルベドが先頭にいるルカに声をかけてきた。

 

 

「....ルカ」

 

 

「ん?何アルベド?」

 

 

「先程のマーレとの会話が気になったのですが...」

 

 

「というと?」

 

 

「その....超位魔法に関してなのですが」

 

 

「ああ、その話ね。それがどうかした?」

 

 

「単刀直入に聞きます。私でもあなたと同じ位の力を持つ超位魔法を放つ事は可能なのでしょうか?」

 

 

「いや、アルベド。それはさすがに無理かもしれない。私がさっき使った超位魔法は、イビルエッジという私のクラスでしか使えない魔法だからね」

 

 

「では私がイビルエッジになるよう導いてはくださりませんか」

 

 

「ちょ、急にどうしたのアルベド?そんなに思いつめた顏しなくたって、君は今十分に強いんだから」

 

 

「私もあなたのように、超常的な力を行使してアインズ様をお守りしたいのです!」

 

 

「....なるほど、要するに火力になりたいって事だね」

 

 

「その通りです、ルカ」

 

 

「うーん....」

 

 

ルカは考えた。これはタンク職の憂鬱だと。アルベドは元来ディフェンスに特化したクラスを極めている。しかしディフェンスに特化すれば、テンプラーのような一部の例外を除いて火力は低下する。つまりアルベドは、相手を殺し切れる力が欲しいのだとルカは察した。

 

 

「...アルベド、よく聞いて。さっき私が先制して放った天王星の召喚(コーリング・オブ・ジ・ウラヌス)という超位魔法だけど、あれを唱える為には15秒という長いキャスティングタイムが必要なの。例えば私がアルベドと一対一で戦ったとして、何の考えも無くアルベドに対してこの魔法を使用すれば、私は簡単にアルベドに殺されてしまう。特に集団戦闘においては、私の魔法はアルベドやコキュートスのようなタンク職がいるからこそ、何の躊躇もなく放てる魔法なんだよ」

 

 

「...いいえ、それは嘘ですルカ。あなたは移動阻害(スネア)麻痺(スタン)といった魔法を数多く習得している事は分かっています。あなたが私と本気で戦うならば、それらを使用して私に超位魔法を放ち、私を一撃で葬り去る事も可能なはずです」

 

 

それを聞いてルカは絶句した。アルベドの目に涙が滲んでいる。

 

 

「どうしたのアルベド? 何がそんなに悲しいの?」

 

 

これは尋常ではないと察したルカはアルベドの手を取り足を止めて、アインズ達に大声で伝えた。

 

 

「はーいみんな!!ここらでちょっと休憩いれるよー。今のうちに水分補給と体力の回復しておいてね。私はアルベドとちょっと話があるから、みんなそこで待機しててねー!」

 

 

そう言うとルカはアルベドの手を引き、砂丘の影に隠れた場所で腰を下ろさせた。ここならチームからも見る事はできない。

 

 

「ほらアルベド、元気出して!どうしたの急に」

 

 

 

ルカはアルベドの両肩に手を乗せて揺さぶった。

 

 

 

「...以前あなたには話しましたね、私の創造主の話を」

 

 

「ああ。敢えてもう一度言うけどアルベド、私は君達を絶対に裏切らない。約束する」

 

 

「....私は、至高の御方々を超える力が欲しい」

 

 

「どうして?」

 

 

「....どうして?それを私に聞くのですか?」

 

 

「........」

 

 

「.....アインズ様を見捨てて行った奴らからお守りする為です!それ以外の何があろうというのでしょう?!」

 

 

「アルベド....」

 

 

「あなたが以前お話してくれた2350年という話を聞いて合点がいきました....つまりこの世界の時系列はアインズ様の元居た世界である2138年と入り混じっている。ならば、アインズ様以外の至高の御方々もこの世界に転移している可能性も捨てきれない...」

 

 

ルカはアルベドの言いたい事が痛いほどよく理解できた。しかし、それはあまりにも不毛だという考えを捨てきれなかった。

 

 

「つまりアルベド。アインズウールゴウンに所属していた他のプレイヤーが万が一この世界に転移してきていたなら、君は彼らを....殺したいと思っているんだね?」

 

 

それを聞いてアルベドの堰が切れた。大粒の涙を流しながら彼女はルカに訴えた。

 

 

「そうです。だって当然でしょう?アインズ様と私達を見捨てておいて、何をいまさら?! アインズ様....いいえ、”彼”が味わってきた苦悩と、たった一人でギルドを支えてきた労力があったからこそ、私達は今こうしてこの世界で生き永らえているのです!私は彼に感謝し、そしてそんな彼を私は愛している。彼を蝕むものの存在を、私は絶対に許さない...!」

 

 

アルベドはうなだれ、地面に両手を落として涙を流した。

 

 

「....じゃあ、私ならいいの? アルベド」

 

 

「....え?」

 

 

「私なら許されるの?」

 

 

「それは....もちろん....だって!!」

 

 

アルベドは咄嗟に顔を上げ、ルカを真っすぐに見据えて、絶叫した。

 

 

「あなたは....!あなたはプレイヤーなのに、絶対裏切らないと言ってくれたから!!」

 

 

ルカはそれを聞いて、アルベドを力いっぱい抱きしめた。号泣するアルベドの涙がルカの肩にボタボタと落ちていく。この子には、支えが必要だ。心無い言葉を浴びせた創造主に代わる、アインズ以外の支えが。ルカは彼女を抱きしめながら、ある決心をした。

 

 

「アルベド....アルベドこっち向いて。今日から私が、君の創造主になる」

 

 

「それは....つまり?」

 

 

「私は君を守る。だから君も、私の事を守って? 私は君のことを愛する。だから君も私の事を愛して。今から君をセフィロトにする事はできない。でも私よりも若干力は劣るが、君を限りなく強くすることはできる。それは、君を始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生させる事だ。アルベド、君は小悪魔(インプ)の種族を取っているね。これからレベルが上がる前に今すぐに私の持つダークソウルズを使えば、君は始祖(オリジン)ヴァンパイアの強力なスキルと、超位魔法を習得するためのレベルに間に合う。どうする?君が決めてくれていいよ」

 

 

アルベドは涙を流しながら、何かに救いを求めるようにルカを見つめた。

 

 

「私が始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生すれば、プレイヤーにも勝てると...?」

 

 

「誤解のないよう正直に言っておくと、私には勝てない。しかし今のアインズや他の階層守護者達には勝てるほどの力を手にする事になる。そしてアルベド、ここからが肝心だ。私は2350年のユグドラシルβ(ベータ)からこの世界に転移したから、Lvは150となっている。しかし2138年から来たプレイヤーは、Lv100止まりだ。しかしもし、2138年から来た他のプレイヤーがこの世界において、Lv100を超えてレベルアップ出来る事に気づいていれば、彼らのレベルも上がっているという結果にもなりかねない。もしそうなれば、君が始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生して種族レベルを極めたとしても、苦戦を強いられるという事になる。私は、常に先を考えている。自分の事も、君達の事も」

 

 

「それでも構いません!私はアインズ様をお守りしたい....その一心なのです!」

 

 

ルカはアルベドの涙をマントの裾で拭い、笑顔を向けた。

 

 

「分かった。幸いな事に、始祖(オリジン)ヴァンパイアというのはタンク職に向いているんだ。というより、最善策と言っても過言じゃない。何故なら、物理攻撃がほぼ無効になるからだ。そして始祖(オリジン)ヴァンパイアを極めた者にしか使えない、ある特殊な超位魔法も行使できるようになる」

 

 

 

「それは一体?」

 

 

「吸血AoE(Area of Effect=範囲魔法)だ。これは使用者のINT(知性)によって火力が上下するんだが、基本的にユグドラシルの世界では吸血に対する耐性そのものが存在しない。つまり、どのような世界級(ワールド)アイテムで武装していても、吸血による攻撃は絶対に防げないという事だ。そして吸血すれば、自身のHPは吸い取った分だけ回復する。タンク職に取っては、永久機関を手に入れたも同然の状態になる」

 

 

「その魔法の名は....?」

 

 

吸血者の接吻(ヴァンパイアズ・キス)という種族特有の超位魔法だ。でもさっき言った通り、超位魔法を撃つ際はキャスティングタイムに時間がかかる。もし相手が信仰系や神聖系、あるいはコンフェッサーやテンプラーといった炎属性のマジックキャスターが相手だった場合は、弱点耐性である始祖(オリジン)ヴァンパイアは超位魔法を唱えている間に大ダメージを食らう事にもなりかねない。そこだけは注意しないとね」

 

 

「...つまりは、物理無効・神聖、炎は弱点、という訳ですね」

 

 

「そういう事だ。どうするアルベド?君が決めてくれていいよ」

 

 

ルカはアルベドが泣き止んでくれた事にホッとしていた。彼女の中に希望を芽生えさせられたと安心したからだった。

 

 

 

「....お願いします、ルカ」

 

 

 

アルベドの顏に笑顔が戻った。それを受けてルカは大きく頷き、中空に手を伸ばして一本の赤い牙を取り出した。それをアルベドに渡した後、ルカは尋ねた。

 

 

「アインズに一言言わなくてもいいの?」

 

 

「いいえ、これは私の意思です。アインズ様もきっと理解していただけるでしょう」

 

 

アルベドはダークソウルズを握りしめ、希望に満ちた目をルカに向けていた。

 

 

 

「....分かった。じゃあそのダークソウルズを、自分の左胸に当てて」

 

 

アルベドは目をつぶり、言われるがままその牙を左胸に押し付けた。

 

 

「よし。そのまま心の中で唱えて。”我は始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生する事を了承する”と」

 

 

その瞬間、アルベドの体に異変が起きた。全身から赤いオーラを立ち昇らせ、喉を掻きむしるように苦しみ始めた。ルカはそれを知っていたかのようにアルベドを抱きしめ、そのまま地面に倒れた。

 

 

「アルベド、頑張って! 始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生する為には痛みを伴う!私が隣にいる、それを強く意識して!!絶対に離れないから」

 

 

アルベドはあまりの激痛に、抱きしめたルカの首筋に爪を立てた。痛みに耐えかねて絶叫が木霊し、それを聞いたアインズ達が慌ててルカ達に駆け寄ってくる。

 

 

「ルカ!一体アルベドに何が....」

 

 

「少し黙ってて!! アルベド、アルベド?私を見て。もう少しの我慢だよ。痛いのは知ってる、でもこれは避けて通れないの! 私を見て、私は隣にいるよアルベド!!」

 

 

ルカはアルベドの目を覗き込み、彼女の顏を自分の胸に押し付けて抱きかかえた。アルベドは凄まじい力でルカを抱き返してくるが、ルカもその痛みに耐えた。その間、ルカはアルベドの頭を撫で続けた。痛みが少しでも和らぐように。

 

 

アルベドを包む赤いオーラがより一層巨大に膨れ上がり、アルベドは再度絶叫した。

 

 

そして、それは唐突に止んだ。赤いオーラは消え失せ、アルベドはルカの胸元で寝息を立てている。それを見て安心したルカは、アルベドの肩をそっとゆすり、目を覚まさせた。

 

 

「アルベド、よく頑張ったね。さあ、起きて」

 

 

ルカはアルベドの背中を支え、彼女の上半身を起こして長い髪についた砂を払い落とした。

アルベドは自分の身に起きた変化を確かめるべく体のあちこちを触ったが、別段変化もない様子を見てルカを見やった。

 

 

「....転生は終わったよ。君は今日から始祖(オリジン)ヴァンパイアとして生きるんだ」

 

 

それを聞いたアルベドの目に涙が滲んだ。

 

 

「ルカ....あなたは本当に....」

 

 

「言ったでしょ。私は約束を破らないし、君達を裏切らない。今日から私が君の創造主だ」

 

 

「...ええ。でも創造主だからといって、呼び方は変えません」

 

 

「ああ。そのままの君でいればいいんだよ。私は君の全てを受け入れる」

 

 

アルベドはルカを抱きしめ、声を上げて泣き続けた。アルベドは嬉しかった。約束を守ったプレイヤーの存在を。

 

 

 

「い、一体何が起こったのか私にはよくわからんのだが....ルカよ、話し合いは終わったのだな?」

 

 

泣き続けるアルベドを抱えながら、ルカはアインズに返答した。

 

 

「ああ。終わったよ。....今日から私がアルベドの創造主だから、よろしくねアインズ」

 

 

「....は? それはどういう...」

 

 

「詳しい事は後で全部話すから。今はそっとしといてあげて。大丈夫、君に不利益な事じゃないから安心して」

 

 

「そっそうか!うむ、なら後でじっくり聞かせてもらおう。何というかその、女同士の話し合いっぽいしな」

 

 

「フフ、そうだね。アルベドも大変だったんだよ。でももう、この子は大丈夫。私が面倒みるから」

 

 

「....うむ。詳しい話は後で聞くとしよう。アルベド、大丈夫か?」

 

 

「グスッ...はい、アインズ様!私はもう大丈夫です、ご心配をおかけしました」

 

 

「よし、では狩りを続行という事でいいんだな?」

 

 

「もちろん。さあアルベド、立って! 次の足跡(トラック)は南西だ。みんな行こう!」

 

 

次の火竜(ファイヤードラゴン)がいる地帯に向けて、アインズ・ルカの一行は前進を再開した。

 

 

 




■魔法解説

神聖なる呪い(ホーリーカース)

術者の周囲30ユニットにいる敵に対し自由を奪う麻痺AoE。範囲が短距離な分効果時間は長く、15秒の間敵を麻痺させる。魔法最強化・位階上昇化により麻痺時間・効果範囲が上昇する


超位魔法・天王星の召喚(コーリング・オブ・ジ・ウラヌス)

異次元より絶対零度の小天体を召喚し、それを叩きつける事により広範囲に渡り相手に大ダメージを負わせる氷結系魔法。その後バッドステータス(氷結)により身動きを封じる効果も併せ持つ


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第13話 突入

------------------ナザリック第九階層 執務室

 

 

 

「そこに座ってくれ」

 

 

アインズは最奥部の机に座り、ルカに促した。

 

 

「それで、聞かせてもらえるか。アルベドの事を」

 

 

「待って、その前に。魔法最強化(マキシマイズマジック)力場の無効化(リアクティブフィールド)

 

 

キン!という音と共に耳鳴りがするほどの静寂に包まれ、アインズと一対一で向かい合った。

 

 

ルカは向かいの椅子に腰かけ、ゆっくりと、噛み締めるように事の詳細を話した。

 

 

 

2350年の話をした後アルベドがルカの寝室に一人でやってきた事、アルベドの創造主がユグドラシルを去る間際に心無い言葉を彼女に投げかけて引退し、その言葉がアルベドを深く傷つけた事、そこから彼女の中に創造主を含むプレイヤーに対する猜疑心が生まれ、彼女の中にアインズを除く全てのプレイヤーへの殺意を抱かせた事。

 

 

アインズを守りたい一心で他のギルドメンバーから遠ざけたいが故に力を欲していた事、ルカがそれに応じ彼女を始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生させた事、彼女の心の支えになるべくルカがタブラ・スマラグディナに代わり創造主として彼女を支えていこうと決心した事、そしてアルベドはそんな思いをアインズに気付かせまいと今の今まで必死に耐えていた事を、アインズに話した。

 

 

 

アインズはそれを聞いて拳を握り、机に乗せた手を怒りに打ち震わせていた。

 

 

「.......あんの.....クソタコ野郎........よりによって生みの子であるアルベドにそんな事言いやがって.....しかも去り際に.......!!」

 

 

普段見せる冷静な言葉遣いはどこかに吹き飛び、そこにいたのは純粋なアインズ自身だった。

 

 

 

「....これが全てだよ。誤解しないでほしいんだがアルベドの思いは、たった一つに結実している。彼女は君を守りたい、その一心なんだ。彼女の事情を知った今、アインズにはこれからその思いに応えてあげてほしい。もちろん私は君とは別にあの子を守り、育てていく。私は一度言ったことを絶対に撤回したりはしない」

 

 

 

「よく分かった。俺はあいつを許さない。我が子に向けてそんな事を言い放ったあいつを俺は絶対に許さない!....しかし今やアインズウールゴウンにいるのは俺一人。つまりアルベドは俺の子だ。俺には我が子を守る責務がある。我が子がそんなに苦しんでいるのを見て、それを放っておく親がどこにいる?!お前が覚悟を決めて母たろうとするのなら、俺は父であろうと思う。もうこれ以上、アルベドに苦しい思いは絶対にさせない。絶対に.....」

 

 

 

ルカは席を立ち、机に乗せられたアインズの手を握った。

 

 

 

「その言葉が聞けて、安心したよ」

 

 

「ルカ......」

 

 

「あの子を私達で一緒に支えてあげよう。ね?」

 

 

「....ああ。お前には世話ばかりかけるな」

 

 

「あの子を転生させたのは私。だからもうアルベドは私の一部。あの子を泣かせないように、私達でがんばろう?」

 

 

ルカは机を回り込み、椅子に座るアインズの膝に腰かけた。そのまま両手をアインズの首にかけて抱き寄せる。

 

 

「ルカ....ありがとう」

 

 

アインズは膝に座ったルカの背に手を回し、体を抱き寄せて抱擁し合った。

 

 

-------------------------------------------------------------------

 

 

その日はナザリックの客室に泊まらせてもらった。ルカは熟睡していたが、何者かの気配を察知して目を覚ました。しかしその気配に殺気はない。

 

 

ルカはゆっくりと起き上がり、ドアの方を見た。向かって右側にスラリとしたホワイトドレスを着た女性が立っている。アルベドだった。

 

 

「アルベド? どうしたのこんな時間に」

 

 

左腕の時計を見ると、午前2:00を回っていた。

 

 

アルベドは黙ってルカのベッド左脇まで歩き、ルカを見下ろした。

 

 

「あの、ルカ、その.....起こしてごめんなさい」

 

 

アルベドは腰の羽をパタパタさせながら両手を前で組み、モジモジさせていた。

 

 

「寝れないなら、一緒に寝よう。おいで」

 

 

ルカは羽毛布団を剥いで、アルベドのスペースを開ける。アルベドはそれを見て、うれしそうにルカの隣へ寝そべってきた。ルカは羽毛布団をアルベドの上にかけ直し、腰に手をかけて手繰り寄せた。アルベドのフローラルな香りに包まれながら、頭を合わせてルカは目を閉じた。

 

 

「どうしたの、眠れないの?」

 

 

「....はい」

 

 

「明日も早いから、一緒に朝まで寝ようね」

 

 

「あの...ルカ?」

 

 

「ん?」

 

 

「その、今日、アインズ様に私の事を話してくれたのですか?」

 

 

「....うん、話したよ。よく分かったね」

 

 

「....部屋の外で聞き耳を立てていたのですが、声が一切聴こえてこなかったので...」

 

 

「魔法をかけてたからね。それに、他の人に知られたくないでしょ?」

 

 

「それは....そうなのですが」

 

 

「アインズも分かってくれたから、大丈夫だよアルベド。安心して」

 

 

「そう言われても....気になりますルカ...」

 

 

「君の思いに対して、アインズがどう思ってるかって事に?」

 

 

「はい......」

 

 

「そうか。......怒ってたよ」

 

 

「....え?」

 

 

「君の元創造主であるタブラ・スマラグディナに対して、猛烈に怒ってたよ。生みの子に何て事を言うんだって」

 

 

「それは、本当、なんですよね?」

 

 

ルカはうっすらと目を開けて、横に添い寝するアルベドの左頬を優しく撫でた。

 

 

「私は、大切な子を前に嘘は言わないよアルベド。本当の事さ」

 

 

「それで、アインズ様は何と?」

 

 

「...君をこれ以上泣かせたりしないって。私が君を守りたいと思うように、アインズも君を守っていく、こんな苦しい思いは二度とさせないって言ってたよ」

 

 

「....それは、本当...なのですね、ルカ」

 

 

アルベドは両手で口を覆い、嗚咽を出すまいと必死で堪えていた。

 

 

「私が君に嘘ついたことある?」

 

 

ルカは人差し指でアルベドの涙を拭った。

 

 

「...い、今のところは、ありません....」

 

 

「じゃあ約束するよ。私は君に絶対嘘は言わない。....永遠に」

 

 

「....ルカ......」

 

 

「大好きだよ、アルベド。私の大事な子」

 

 

「....ルカ....うう...!」

 

 

アルベドはそう言うとルカに抱き着いてきた。胸元に顔を押し付けてきたアルベドを撫でながら、自分の足をアルベドに絡ませて体温を感じた。

 

 

「あったかい...アインズと私を守ってね、アルベド」

 

 

「.....はい」

 

 

 

 

 

アルベドが泣き疲れて眠るまで、ルカは背中を優しくさすり続けた。

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

翌朝ルカが目を覚ますと、アルベドは隣で寝息を立てていた。起こさないようにそっと布団を出たが、アルベドはそれに気づいて目を覚ました。

 

 

「....ルカ?」

 

 

「おはようアルベド。まだ寝てていいよ」

 

 

「そういう訳には参りません、今日も狩りに行くのでしょう?」

 

 

「まあそうだけど、それよりアルベド....昨日泣いちゃったからひどい顏してるよ?」

 

 

「ええ?!私としたことが」

 

 

「アルベド、この階層にお風呂ある?」

 

 

「え、ええ。大浴場がありますが」

 

 

「じゃあ、一緒にひとっ風呂浴びに行こう。そんな顏をアインズに見せたら、私が怒られちゃうよ」

 

 

「それは...そんな、一緒にですか?」

 

 

「何か問題ある?」

 

 

「い、いえその、だってルカはもともと、男....だったのでしょう?」

 

 

「....あのねー、この女の体になってからもう200年経つんだよ? それに言ったでしょ。私はもうこの体と心を受け入れる事に決めたの。心も体も女同士で入るんだから、問題ないでしょ?」

 

 

「そう...でしたね。それなら行きましょう、ご案内します」

 

 

大浴場は客室ロビーを右に曲がってすぐの所にあった。その入口をくぐり脱衣所でルカは下着を脱ぎ捨てた。アルベドは袖から腕を抜き、スルリとホワイトドレスを脱いできれいにたたみ、籠に入れてバスタオルを羽織り大浴場の扉をくぐった。

 

 

そのあまりの広さにルカは驚いていた。天井も高く、非常に開放感のある作りだった。

ライオンの彫像の口からお湯が浴槽に注ぎ込まれ、細部まで作りこまれた豪華な大浴場だ。

 

 

「すごーい!!やばいあたしナザリックに住みたくなってきた!」

 

 

「フフ、この浴場も至高の御方がデザインされたものなのですよ」

 

 

「そうなんだ、いいセンスしてるじゃん! ほらアルベド、背中流してあげるからこっち座って」

 

 

そう言うとルカはたらいにお湯を汲み、腰掛に座るアルベドの背中にゆっくりと数度お湯を流してあげた。続いて自分の体にも湯を流して、アルベドの手を取り浴槽へと一緒に体を浸けた。

 

 

「うっひゃー、極楽極楽!! これは黄金の輝き亭以上だな、最高!」

 

 

「ふー、私も解き放たれた気分です。ゆうべは気疲れしてしまいましたからね」

 

 

「そうだね、アルベドこっち向いて。顏拭いてあげる」

 

 

ルカは頭に乗せた手ぬぐいをお湯に浸して絞り、アルベドの顏を優しく拭いた。

 

 

「よし、きれいになった。それにしても広い浴場はいいねー。はーあったけー」

 

 

ルカが目をつぶり浴槽の淵に背を預けると、アルベドが浴槽の中で手を握ってきた。そのままルカの右肩に頭を乗せてくる。ルカは何も言わず手を握り返し、左手でアルベドの右肩を抱き寄せた。何も言わずとも、意思が通じ合っている。そんな瞬間だった。

 

 

しばらく湯舟に浸かり、ルカはアルベドの右頬をひと撫でして手を引いた。

 

 

「あんまり入ってるとのぼせちゃうよ。出よう、頭と体洗ってあげる」

 

 

浴槽の前にあるシャワーの手前にアルベドを座らせ、軽く流した後にシャンプーを手に取り、頭皮をマッサージするように優しく泡立てていく。背中まで伸びる長い髪も丁寧に洗い、シャワーで洗い流した。続いてトリートメントを手に取り、アルベドの髪になじませていく。

 

 

「...上手ですねルカ」

 

 

「よくミキの髪も洗ってあげてるからね。慣れたもんだよ」

 

 

全体にトリートメントをなじませた後再び洗い流し、スポンジにボディーソープを染み込ませると、アルベドの長い髪を束ねて体の前に回し、ルカは背中を優しくこすっていく。腕、足、胸部、腹部を髪に泡がかからないよう丁寧に洗い、再度シャワーで全身を洗い流した。

 

 

「ありがとうルカ。次は私が洗ってあげます」

 

 

「あー、大丈夫だよアルベド。私髪短いし、さっと自分で洗っちゃうから」

 

 

そういうとルカはシャンプーを手に取り、ワシャワシャと泡立てては洗い流し、トリートメントを馴染ませては洗い流し、スポンジで乱暴に体をこすって自分一人で洗ってしまった。

 

 

「よし、サッパリした!湯舟にいこ、アルベド」

 

 

「え、ええ」

 

 

ルカはアルベドの手を引くと、足から湯舟にどっぷりと浸かった。

 

 

「は~、染みるわー」

 

 

「....ルカ、だめですよ」

 

 

「へ?何が?」

 

 

「あなたは磨けば光るんですから、もっと女性らしくしないと」

 

 

「い、いやー、あんまりそういうの考えた事なかったからなー」

 

 

「その....私の新しい創造主なんですから。もっとしっかり体を労わってください」

 

 

「...あー、うん。そうだね分かったよ。でもなー、あたしアルベドみたいにダイナマイトバディじゃないしなー」

 

 

「何を言ってるんですか、せっかく引き締まったいい体をお持ちなんですから。ルカも磨けば光ります」

 

 

「フフ、ありがと」

 

 

そう言うと、ルカは逆にアルベドの左肩に頭をもたげて寄り掛かった。

 

 

「....全く、甘えん坊な創造主ですこと」

 

 

「嘘はつかないっていったでしょ。これも本当のあたしだよー」

 

 

「....あなたらしいですね、ルカ」

 

 

二人は浴槽の中で、再度お互いの手を絡めて握り合った。

 

 

---------------------------------------------------------

 

 

風呂から上がりアルベドはアインズの元へと行き、ルカは客室に戻って武器と防具を装備して待機していた。そこへミキとライルから伝言(メッセージ)が入った。

 

 

『ルカ様、おはようございます』

 

 

『おはようミキ、ライル。ゆうべはよく眠れた?』

 

 

『ええ。そう言えばルカ様、昨晩はルカ様の部屋にもう一人誰かがいたようですが....』

 

 

『ああ、うんアルベドが来て話をしてたんだよ。その後は二人で朝までぐっすりだった』

 

 

『そうですか、ならよろしいのですが』

 

 

....さすがはミキ、足跡(トラック)でルカの部屋をチェックしていたようだ。しかしルカに取ってその気遣いはありがたい以外の何ものでもなかった。

 

 

『そう言えば二人とも、この階層の大浴場には行った?私今日初めて行ったんだけど、もうすごいから。まだなら絶対行ってみたほうがいいよ』

 

 

『ルカ様、私達はすでに何度も行っております』

 

 

『あの広大な湯舟は黄金の輝き亭を超えておりますな』

 

 

言うまでも無く、二人は既に経験済みのようだった。

 

 

『えー!ちょっと二人とも、行ってたなら何で教えてくれないのよ』

 

 

『いえ、ルカ様ならオートマッピングスクロールで既に確認済みかと思いまして』

 

 

『共有のチェックマークも付けておいたのですが、見落としましたなルカ様』

 

 

『ぶーー、いじわるー』

 

 

『フフ、それよりそろそろ集合時間ですよ。私達もロビーに移動しましょう』

 

 

『りょーかい。じゃあ後でね』

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

ルカとアインズ達は客室ロビーに集合し、エリュエンティウ西部へと転移した。そこからしばらくの間は、砂漠地帯でのパワーレベリングをこなしていった。ルカはナザリックの客室と大浴場を気に入り、イグニスとユーゴも含めナザリックに泊めてもらう事が多くなっていった。そうしてそこから数週間が経った。

 

 

アインズ達は日々のパワーレベリングにより着実にレベルを上げていき、その平均レベルは140にまで達しようとしていた。しかしイグニスとユーゴに関してはルカの意向もあり、レベル105から他クラスへの転職を禁じられていた。しかし彼らは何も言わず、ただルカ達のバワーレベリングに黙々と付き従い、戦闘経験を積み重ねていった。

 

 

エリュエンティウ西部でいくつか手に入れた神器級(ゴッズ)アイテムである青い証言(エビデンス・オブ・ブルー)や、炎はおろか地獄の炎に対しても完全耐性をもたらす超希少アイテム、命の燐光(ライフ・オブ・フォスフォレセンス)等のアクセサリー系アイテムは、イグニスとユーゴに一つずつ分配したのみで、残りは全てアインズ達に管理を委ねた。

 

 

 

そして遂に、その時がやってきた。

 

 

 

--------------ナザリック第九階層 応接間 午後21:30

 

 

「おめでとうアインズ、そしてアルベド、デミウルゴス。もちろんこの場にいない他のみんなもね」

 

 

「ああ、これも全てはお前達のおかげだ。多大な協力感謝する。お前達を信じてここまで着いてきた事を、今では本当に正解だったと私は心底思っているぞ」

 

 

「ルカ、私からもお礼を言わせてもらいます。その...本当にありがとう」

 

 

「私も含め、階層守護者達がここまで力を伸ばせるとは...全てはルカ様の導きがあったからこそでございます。ご尽力、心より感謝致しております」

 

 

 

「私もだよアインズ、アルベド、デミウルゴス。でも....まだ終わりじゃない」

 

 

「ああ、そうだな。残り10レベル、ここまで来たなら徹底的に極めてやろうじゃないか」

 

 

「そうだね。そこで私から1つ提案...と言うよりお願いがあるんだけど。もちろん嫌だったら、即刻断ってくれて構わない」

 

 

「遠慮するなルカ。何でも言ってみろ」

 

 

「...君達の総合的な火力は、私の想像を遥かに超える所まで来た。そこで頼みたいのだが...私達の目的である、ガル・ガンチュアの捜索に同行してはもらえないだろうか? これには一応パワーレベリングという側面も持つから、全くの不利益となるわけじゃない。ただ私は、そんなつもりで今まで君達をパワーレベリングに付き合わせた訳でもない。もしそう思ったのなら、断ってくれて構わない。私達は今すぐにこの場を去ろう」

 

 

テーブルに目を落とすルカを他所に、アインズは左に座るアルベドに顔を向け、次に右に座るデミウルゴスにも顔を合わせて、大きく溜め息をついた。

 

 

「...そのくらいの事が出来なくて、お前達にどう恩を返せると言うのだ?承知した。喜んで同行させてもらおう」

 

 

「アインズ...!」

 

 

ルカはテーブルに乗せた両手を握りしめ、希望に満ちた笑顔を向けた。

 

 

 

「それで、その地点の場所は割れているのか?」

 

 

「あ、ああもちろん!今地図を出す」

 

 

ルカは中空に手を伸ばし、オートマッピング用スクロールを取り出した。

 

 

「場所はここ、エリュエンティウから東へ向かった先にある山岳地帯だ。このエリアを集中的に探索する事になる」

 

 

「了解した。アルベド、デミウルゴス、この件を後程皆に伝えよ」

 

 

「「ハッ!」」

 

 

 

-----------------------------翌朝 10:00

 

 

 

フル装備とフルバフを終えた全メンバーが集結した。アインズ・シャルティア・アウラ・マーレ・コキュートス・セバスに、ルカ・アルベド・ミキ・ライル・イグニス・ユーゴという構成だ。デミウルゴスは2グループをカバーする遊撃に回ってもらうことにした。

 

 

ルカはエリュエンティウ東部の山脈入口に設定した転移ポイントをイメージし、魔法を唱えた。

 

 

転移門(ゲート)

 

 

時空の穴を抜けた先は、青々とした緑が生い茂る3000m級の山脈が目の前に立ちふさがっていた。ルカは全員に即時警戒を求め、自らも足跡(トラック)を使用して細心の注意を払いながら先頭に立った。麓から尾根に向かう間に地の動像(アースゴーレム)緑竜(グリーンドラゴン)と戦闘になったが、もはやアインズとルカ達の敵ではなくなっていた。

 

 

そうして幾度かの戦闘を経てルカ達は山を越え続け、山脈エリア中央付近の盆地へと辿り着いた。ルカはそこから北へと慎重に歩を進めた。ルカ・ミキ・ライルが足跡(トラック)で警戒していたにも関わらず、そこへ何の脈絡も無しに突然巨大なモンスターがポップした。その姿は全長30mを超え、不定形かつ全身が目玉と触手に覆われた見るもおぞましい姿をしていた。

 

 

「状況、レイドボス!! こいつはヨグ・ソトスだ、弱点耐性は無い!純粋な火力勝負で行くぞ、アインズ、マーレ、ミキ!!超位魔法準備!!」

 

 

「了解した!」

 

 

「りょりょりょ、了解しましたルカ様!!」

 

 

「かしこまりました」

 

 

「コキュートス、アルベド、シャルティア、デミウルゴス、セバス、ライル、アウラ!!可能な範囲で敵のタゲを取れ。HPが削られたら即座に引け、絶対に無理はするな!!」

 

 

「了解シマシタ」

 

 

「分かったわルカ」

 

 

「了解でありんす!」

 

 

「承知致しました」

 

 

「かしこまりました、ルカ様」

 

 

「了解」

 

 

「分かりましたルカ様!!」

 

 

「イグニス、タンク達のHP全体回復を頼む!!ユーゴは火力支援しつつ後方に待機!」

 

 

「了解しました!」

 

 

「了解ルカ姉!!」

 

 

「今だ、タンク前に出ろ! 後衛組全員準備はいいな、飛行(フライ)!!」

 

 

ルカは空中高く飛び上がった。それに合わせてアインズ・マーレ・ミキも飛び上がる。

 

 

全員は空中で天高く腕を掲げた。ルカを中心に黒・青・白・紫の巨大な魔法陣が折り重なる。

 

 

眼下ではタンク組の7人が懸命にターゲットを引き付けながら攻撃を加えている。その後方でイグニスとユーゴは程よい距離を保ちながら支援魔法を放ち続けていた。上空に浮かんだ4人の頭上に、強大なエネルギーが凝縮されていく。ルカはその場にいる全員に伝言(メッセージ)を共有し、叫ぶように指示した。

 

 

『今だ!!!全員ヨグ・ソトスから離れろ!!!』

 

 

それを聞いたタンク組とイグニス・ユーゴが弾けるように後方へと飛び退く。

 

 

 

ルカは周囲に浮くアインズ・マーレ・ミキに目を向け、息を合わせて両手を下方に叩きつけた。

 

 

 

 

「...超位魔法・最後の舞踏(ラストダンス)!!」

 

 

失墜する天空(フォールンダウン)!!!」

 

 

霊妙の弾丸(エーテリアルバレット)!!」

 

 

因縁の災害(カルマディザスター)!!!」

 

 

凝縮された無属性の超高熱源体がルカを中心に集約され、一点に集中して敵を射抜き、それは山脈を揺るがすほどの大爆発を引き起こした。地表にいた者は後方に飛び退きながらその場に身を伏せて、爆発の衝撃波から逃れていた。

 

 

その余波で巨大な茸雲が上がり、敵は跡形もなく消滅した。こちらの死傷者はゼロ、レイドボスを相手に上出来すぎるほどだった。アインズチームと遊撃に回ったデミウルゴス、そしてルカチームにいたアルベドの体が淡い光に包まれて、レベルアップしたことを示していた。

 

 

「...たった一匹倒しただけで、もうレベルが上がるとは。この敵は一体どれほどの経験値を秘めていたのでしょう?」

 

 

デミウルゴスは光に包まれながら、自分の体を見て感嘆の声を上げていた。

 

 

「そうだねデミウルゴス。今のヨグ・ソトスは、私達が過去にガル・ガンチュアで戦った個体と同一のものだった。という事は、方角は間違っていない。ここら一帯を念入りに探れば、きっと何かが出てくるはずだ」

 

 

「承知致しました。それではこのデミウルゴス、空中より周囲を偵察して参ります」

 

 

「うん、お願いね」

 

 

超位魔法を放ち、巨大なクレーターと化した爆心地を覆う煙が晴れてきた時、アインズがふと何かに気づいて立ち止まった。目を凝らすと、爆心地中央に何かある事に気づいた。

 

クレーターを降りて確認しようとしたアインズはそれに近寄り、絶句した。

 

 

「こ...これはまさか...ルカ!おいルカ、すぐにこちらへ来い!」

 

 

アインズの動揺した声を聞き、ルカもクレーターの中に飛び降りて爆心地中央へと駆け寄っていった。

 

 

「アインズ、どうしたの?」

 

 

「...今の、ヨグ・ソトスとか言ったか?そいつが、とんでもないものを残していったようだぞ。...これを見ろ」

 

 

「ん?」

 

 

風が吹き煙が晴れると、垂直に突き刺さる一対の剣が目に入った。それは柄から刃までの全てが黒一色に染まり、一切の光を反射しようとしない。そしてその周囲には、同じく光を反射しない謎の黒い物質が散乱していた。アインズは装備した金色の杖を離し、その2本の剣をゆっくりと地面から引き抜くと、目の前に高く掲げた。

 

 

「...エーテリアルダークブレード......で、間違いないなルカよ?」

 

 

焦るアインズとは対象的に、ルカは笑顔でそれに応えた。

 

 

「ああ、間違いない。...フフ、似合ってるよアインズ」

 

 

「ばっ!...茶化すな。それよりも、これがここでドロップしたという事は....」

 

 

「そうだね。さっき戦ったヨグ・ソトスはガル・ガンチュアが由来・若しくは、ガル・ガンチュアから流れてきたモンスターである事は、これでほぼ確定した訳だね」

 

 

「ふむ。......ところでさっきから気になっていたのだが、この黒い塊は何なのだ?」

 

 

アインズは足元に複数散らばる物質の欠片を手に取った。指先で感触を確かめてみると、何かの金属であることが伺えた。

 

 

「ルカ、この金属が何か分かるか?」

 

 

「もちろん知ってるよ。それもガル・ガンチュアでしか手に入らない希少な鉱石だ。鑑定してみなよ」

 

 

「うむ。道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

------------------------------------------------------------------------------------

 

 

アイテム名:暗黒物質(ダークマター)

 

アイテム使用条件:????

 

 

アイテム概要:質量を持ち、しかし光学的に観測が不可能な謎の物質。特異点の持つ重力異常で偶発的に圧縮される事により生まれた超希少金属でもある。その特質はあらゆるエネルギーを無限に吸収し、光はおろか闇さえも永遠に飲み込み続ける。これを取り扱い加工できるのは、物質自体と同じく暗黒の特性を極めた者のみに限定される。

 

 

使用可能クラス制限:ヘルスミス

 

 

------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「なるほどな。これは確かに初めて目にする鉱石だ」

 

 

「うん。まあ簡単に言ってしまうと、武器に追加効果である最上級のエナジードレイン特性を持たせるために必要な金属なのよ」

 

 

「ほう。ガル・ガンチュアという場所には興味が尽きないな。このような希少アイテムが他にもドロップするとなると、私達としても一目置かなければなるまい」

 

 

「そうだね。それでアインズ、物は相談なんだけど....もし良ければ、そのエーテリアルダークブレードと暗黒物質(ダークマター)は私が持っててもいい?この後にドロップするアイテムは、全部アインズ達が持って行っていいから」

 

 

「ああ、もちろん構わないぞ。どちらにしろお前達でなければ扱えない代物ばかりだしな。このロングダガーと鉱石はお前が持っていてくれ」

 

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 

ルカはアインズからエーテリアルダークブレードを受け取り、地面に落ちた暗黒物質(ダークマター)も全て拾い集めると、中空に手を伸ばしてアイテムストレージに2つを収めた。

 

 

「よし、先に進もう。さっきみたいにガル・ガンチュアの敵がまた出るかも知れないから、注意して進んでね」

 

 

「了解した」

 

 

伝言(メッセージ)。デミウルゴスそっちはどう、何か見つかった?』

 

 

『いいえルカ様。上空から北へ向かって盆地を進んでおりますが、これといったものは何も見つかっておりません』

 

 

『そうか。ガル・ガンチュアへの転移門(ゲート)が開いてるかもしれないから、それも見逃さないように注意してね』

 

 

『かしこまりました、ルカ様』

 

 

そうして地表と空中から広大な盆地を隅々まで回り、くまなく探したが何も発見出来ないまま、北西部の行き止まりへと着いてしまった。その間先程のようなレイドボスやモンスターの類が一切出現しなかった事にも首を傾げたが、必ず何かあるはずだとルカは山間部の行き止まりとなった箇所を詳しく調べ始めた。アインズ達も手分けして辺りを捜索し始める。

 

 

ルカは山肌と岩で閉ざされた淵沿いに手を当てて進んでいると、その先に一か所だけ、妙に不自然な密集した木陰がある事に気が付いた。その木陰の間を縫って奥へ進むが、その先には岩の壁しかない。ルカはため息をついてその壁に寄り掛かろうと手をかけた時、異変が起きた。

 

 

そこについた手が岩を擦り抜けてしまったのだ。ルカはそれを見て勘づき、咄嗟に魔法を唱える。

 

 

物体の看破(ディテクトオブジェクト)

 

 

すると目の前の岩が消え失せ、その向こうに岩の裂け目が出現し、奥を覗くと地下への階段が伸びていた。

 

 

ルカは大慌てで木陰を飛び出し、周囲で捜索していたアインズに走り寄った。

 

 

「アインズやった!やったよ!!見つけたよ入口!!」

 

 

「何、本当か?!」

 

 

ルカは喜びもつかの間、全員に伝言(メッセージ)を共有して知らせた。

 

 

『みんなー!入口はっけーん!! 私とアインズの所に集合してー!』

 

 

そう言うと全員がルカの元に小走りで駆け寄ってきた。

 

 

「あの先に見える木陰が入り口だよ!いやーもうまさかこんな山奥で、しかも入り口を幻術で隠してあるなんて世にも思わなく....って、その...」

 

 

ルカは咄嗟に両手で口を塞いだ。嬉しさのあまり感極まり、涙が頬を伝っていく。ミキとライルが左右からルカに寄り添い、その体を強く抱き寄せた。ミキとライルの目にも涙が滲んでいる。

 

 

「ここまで...ここまで、本当に長い旅路でしたね、ルカ様」

 

 

「遂に...遂に我らは..グスッ....この200年間旅をし...その答えの一片を...手に入れ...ううっ」

 

 

ライルは周りの目も気にせず、ルカを抱き締めながら男泣きした。普段は冷淡で無愛想な男が、人目も憚らず泣き崩れているのを見て、宿敵としてライルを見ていたコキュートスまでもがもらい泣きしていた。

 

 

「...オ前ガ...イヤオ前達ガソコマデシテ手ニ入レタカッタトイウソノ答エ、我ラモシカト見届ケサセテモラウゾ、ライル」

 

 

アインズはうれし泣きする3人に歩み寄り、ルカを抱き寄せるミキとライルの肩に手を置いた。

 

 

「さあ、3人とも。お前達の気持ちも分かるが、まだ私達にはやるべき事が残っている。あの入口の先に何が待ち受けるのか、まだ謎は解けていないのだ。泣くのは全てが終わってからでも遅くはないだろう?」

 

 

それを聞いてミキとライルはルカを抱きしめていた手を離し、マントの裾で涙を拭いてアインズに向き直った。ルカも急いで涙を拭いながら、アインズに顏を向ける。

 

 

「ご、ごめんねアインズ、情けないところを見せちゃって」

 

 

「...フフ、気にするな。私は....いや私達は、お前達の向かうその先に必ずあるであろう真実に向かってついていく。例えその先が死に繋がっていようともな。お前は今日まで私達に、真実しか語ってこなかった。それならあの入口の先にも、お前達の言う真実が眠っているはずだ。私はお前達の語る真実が嘘ではないと知った。なぜなら今日この山脈に来て、お前達はその真実の一つを私達に見せてくれた。ならば私達はその行く先を見る為、持てる力を全てお前達に託そう。死して尚、我らは共に歩むと思え....ルカ」

 

 

 

「もう、ちょっと....やめてよアインズ。そんな事言われたら、あたし......」

 

 

ルカは強がろうとしたが、アインズの言葉を聞いて我慢できず再び泣き崩れてしまった。

 

 

アインズはルカに寄り添い、涙で濡れたルカの顏を胸元に抱き寄せた。

 

 

「....行くぞ。わが友よ」

 

 

「....うん」

 

 

ルカはアインズの背に手を回し、胸元のローブに顔を押し付けた。

 

 

 




■魔法解説

超位魔法・最後の舞踏(ラストダンス)

数ある超位魔法の中でも最大級の火力を誇る無属性の超位魔法。そのため1日に置ける使用回数制限はたったの1回のみである


超位魔法・霊妙の弾丸(エーテリアルバレット)

大気中から集めた燃焼性物質にエーテルを混合させ、超高熱火球を造りだし敵の頭上へ無数に降り注がせる魔法。魔法着弾後、1分間の強力な炎属性DoT効果を併せ持つ


超位魔法・因縁の災害(カルマディザスター)

宇宙より暗黒物質を召喚し、超重力の竜巻を引き起こして相手を捻り殺す闇属性魔法


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第14話 真実

岩の壁で囲まれた地下深くへ続く長い階段を下りている間、ルカの左右をアルベドとミキが寄り添ってくれた。そのすぐ背後にはライルが付き、3人を見守りながら階段を下っていく。その心遣いがルカは頼もしくあり、嬉しくもあった。

 

 

やがて階段が終わり、短い直線通路をくぐって地下一階に到着した。アインズとルカ達は目の前の光景を見てその場に立ち尽くしていた。

 

 

そこはさながら、地下の大神殿といった様相を呈していた。正面には幅20メートル程の広い参道があり、天井を見上げると優に50メートルはある高さだ。その左右両側には、完全なシンメトリーで整然と並んだ巨大な石柱が、神殿の天井と床を支えて等間隔で無数に並んでいる。石柱の隙間から左右を覗くと、最奥部が見えないほど遠くまで伸びており、一体どれほどの広さを持つのか計り知れないほど広大な地下空間を形成している事が把握できた。よく見ると、床と天井・石柱自体が弱い青色の燐光を発しており、それが神殿内部を照らして荘厳さを醸し出していた。

 

 

唯一方向感覚を持てる中央の参道も、その先が見えないほど遠くまで続いている。

 

 

「ミキ、ライル、間隔を取り足跡(トラック)で左右を警戒。念の為物体の看破(ディテクトオブジェクト)危機感知(デンジャーセンス)も使用」

 

 

「「了解」」

 

 

「アインズ、私達の後をついてきてね」

 

 

「分かった。...それにしてもこのダンジョンは広そうだな。ユグドラシルでもこの規模のものはそうそうお目にかかれるものではないぞ」

 

 

「確かにね。それだけに何が起こるか分からないから、慎重に進んでいこう」

 

 

「了解した」

 

 

そこからしばらく参道沿いに奥へと進んだが、敵が現れる気配は一向になく、道の先も変わらず奥へと伸びている。まるで無限回廊にでもいるかのような錯覚にアインズが陥っていた時、先頭を歩いていたルカがふと足を止めた。

 

 

その場で腕を組み、参道の先を見て何かを考え込んでいる。しかしやがて腕を解くと、アインズ達の方へ振り返り口を開いた。

 

 

「アインズ、ここからチームの編成を少し変えて二手に分かれようと思うんだけど」

 

 

「二手に分かれる?あまり得策とも思えんが...」

 

 

「幸い敵も居ないようだし、この神殿の左右がどうなっているかを確認したいんだけど、だめかな?」

 

 

「...ふむ、確かにな。このまま中央ばかり進んでいては埒が明かなそうではある、了解した。それでチームの編成はどうするのだ?」

 

 

「ミキとライルをそっちに移すから、アウラとシャルティアをもらってもいい?」

 

 

「うむ。何か理由があるのか?」

 

 

「アインズの方には足跡(トラック)持ちがいないからね。こちらは私一人で十分だけど、君の周囲を広範囲に警戒させる為だよ。それに2チームの火力も均等に分けたいからね。デミウルゴス、君はアインズについていって」

 

 

「なるほどな、承知した。ではシャルティア、アウラよ、ルカのチームに加われ」

 

 

「はい、アインズ様!」

 

 

「承知しました、アインズ様」

 

 

「ミキ、ライル、アインズチームの護衛よろしくね」

 

 

「「ハッ」」

 

 

アウラはルカに笑顔で駆け寄り、飛び込むようにして左腕に絡みついてきた。その後ろから真紅の鎧をまとったシャルティアが静かについてくる。

 

 

「では私達は東を見てこよう。ルカは西だ」

 

 

「了解。何か見つけたら伝言(メッセージ)で連絡して」

 

 

「お前もな」

 

 

2チームは左右に分かれて石柱の間を前進していった。

 

 

 

アウラはルカと手を繋いで鼻歌を歌い、嬉しそうにスキップしながら歩いていた。

 

 

「ルカ様!あたしも超位魔法撃てるようになったんですよ、知ってました?」

 

 

「ああ、アインズから聞いてるよ。ビーストロードを極めたんだよね?」

 

 

「そうなんですよ!!そりゃあまあマーレに比べれば大したことはないかもしれないですけど....あ~でももっと撃ってみたいなー。敵出てこないかな~」

 

 

「こらこら、そんな物騒な事言っちゃだめよ? それに、その背中に背負った山河社稷図もあるんだから。それで大抵のモンスターは相手にできるんだし、アウラはDEX(素早さ)も高いからね」

 

 

「そりゃーまあそうなんですけどねー。でもあたしもやっぱりルカ様みたいにドカーンとやってみたいなー」

 

 

「フフ、そうだね。でもアウラ、君の力は緊急用のものだからね」

 

 

「緊急用?あたしの魔法が?」

 

 

「そう。例えば私やアインズの超位魔法使用回数とMPが尽きてしまい、もうどうしようもなくなった時に、アウラの超位魔法が役に立つんだよ」

 

 

「そ、それってつまり、あたしの魔法が最終兵器って事ですか?!」

 

 

「ああ、その通り。だからむやみやたらに撃ちまくったりしちゃだめよ?」

 

 

「...わかりました~ルカ様。フフ、ちょっと今のちゃんと聞いてたシャルティア?!あたしの魔法は最終兵器で超強力なのよ」

 

 

「...フン、Melee(物理攻撃)に特化したあんたなんかの魔法に頼る前に、この私の超位魔法で敵はみんな死んでしまうでありんす。あんたの出番はほとんどないと思ってもらってよいでありんしょう、アウラ」

 

 

「へへーん、いざその時になって泣いたりしても知らないよー」

 

 

「あんですってえ?!」

 

 

ルカを挟んでケンカを始めてしまった二人を、後ろで見ていたアルベドが諫めた。

 

 

「二人とも、いい加減になさい。ルカも困っているではありませんか」

 

 

「....はぁ~?あんた、ルカ様を呼び捨てにしちゃったりして、始祖(オリジン)ヴァンパイアになったからって調子に乗ってるんじゃありんせんこと? 私と同族になったとはいえ、あんたをご先祖様だなんて私はこれっぽっちも思っていないでありんすぇ?」

 

 

「なん...ですって? こっのヤツメウナギ!!」

 

 

「大口ゴリラ!!」

 

 

「...では見せてあげましょうか?今この場で、私の始祖(オリジン)の力!!」

 

 

「....上等だボケぇ、始祖(オリジン)なんて瞬発力だけの力、この真祖(トゥルー)から極め安定したディフェンスと火力を手にした私が薙ぎ払ってくれるわ!!」

 

 

その瞬間、2人の体に巨大なドギついオーラが立ち昇った。ルカはそれを見ながら冷めた目線を送る。

 

 

それを最後方で眺めていたイグニスとユーゴがルカに近寄り、耳打ちした。

 

 

「そ、その何というか、いつもよりも賑やかですねルカさん」

 

 

「まあ俺は、美女に囲まれてこういうのも悪くないって感じですけどねぇルカ姉?」

 

 

しかしそれを聞いていたアルベドとシャルティアが怒号を飛ばした。

 

 

「黙れ人間!!...捻りつぶすぞ」

 

 

「おい人間、ちょいとレベルが高いからって調子に乗るなよ雑魚が....ルカ様からの言いつけさえなければ、お前らなんぞ今すぐ即刻灰にしてやるとこだ!!」

 

 

「ひいっす、すいません!!」

 

 

「ぐほぉ~、シャル姉おっかねえ.....!」

 

 

 

イグニスとユーゴはルカの背中に隠れてしまった。

 

 

 

ルカはそれを受けて苦笑しながら頬を掻いた。

 

 

 

「あーアウラその、悪い、何とかして....」

 

 

「んもぅ~、しょうがないな。ほらアルベド、シャルティア、そろそろ終わりにするよ!」

 

 

「フゥ~....フー....」

 

 

「.....ふしゅーーー......アルベド、この続きは後日ゆっくり.....」

 

 

「いいわ。いずれ白黒はっきりさせましょう」

 

 

「二人共、私から見ても同じくらいの力を持ってるんだから、同種族になったんだしもっと仲良くしないと。ね?」

 

 

「べ、別に本気でケンカしてるわけじゃありんせん」

 

 

「そ、そうです、これはいつもの事。気にするほどの事ではありません」

 

 

 

「そうなの?...う、うんまあいいや、終わったなら先に進もっか、ね?」

 

 

ルカは彼女達階層守護者をまとめているアインズの気苦労を思い知らされたのだった。

 

 

 

そこから20分ほど歩くと、正面に何かの入口と壁らしきものが見えてきた。手前から入口の奥を覗くと小さな小部屋となっており、その中心に一つ宝箱が置かれている。

 

 

「ルカ様、これって....」

 

 

「うん、トラップだよ。危ないからもう少し下がってアウラ、みんなも近づかないでね」

 

 

危機感知(デンジャーセンス)をアクティブにしていたルカとアウラの目には、異常を示す黄色い光が部屋の中に満たされた光景が映っている。その入口手前から左右を見渡すと、壁面沿いの南北にも同じような部屋の入口がある事を確認した。

 

 

伝言(メッセージ)。アインズ、西側の突き当りにトラップ付きの部屋をいくつか発見した。そっちはどう?』

 

 

『ああ、こちらも同様の部屋を見つけた。今ミキとライルに探りを入れてもらっている。突き当りの壁面沿いにいくつかまだ部屋があるようだ』

 

 

『アインズ、一つ思い当たる事があるんだ。そのまま部屋には入らず、中央の参道まで戻ってきてもらえる?』

 

 

『宝箱の回収は行わなくても良いのか?』

 

 

『ああ、恐らくだがどうせ大したものは入っていない。トラップが発動して現れるモンスターと戦う方がリスキーだ。それに、私は以前ここに来たことがある(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

『! どういう事だ?』

 

 

『詳しくは会ってから説明するよ。今は転移門(ゲート)の探索を優先させたいんだ。とにかく一度参道で集合しよう』

 

 

『分かった。こちらもミキとライルを引き揚げさせる』

 

 

『よろしくね』

 

 

 

ルカ達は今来た道を戻り参道でアインズ達と合流した後、ミキとライルをこちらのチームに加え直して、編成を変えたメンバーを元に戻した。

 

 

 

「それでルカ、ここに来たことがあるというのはどういう意味だ?」

 

 

「ああ。前にナザリック第九階層で話した時、ユグドラシルβ(ベータ)に追加された新エリアの話をしたの覚えてる?」

 

 

「うむ、確かアルカディアとオブリビオンに、万魔殿(パンデモニウム)...だったか?」

 

 

「そう、その万魔殿(パンデモニウム)という土地で、私のギルドメンバーがダンジョンの最奥部にあるガル・ガンチュアへの転移門(ゲート)を発見した。つまり、私達が今いるこのダンジョンと、万魔殿(パンデモニウム)にあったダンジョンは、構造がほぼ同じだという事に気付いたんだよ」

 

 

「...なるほど、それで東西を確認させた訳か。しかしそれが本当なら、ここの探索が大分楽になるな」

 

 

「そうだね、万魔殿(パンデモニウム)のダンジョン通りなら、ここは全五階層で構成されている筈だ。まずはこのエリアを北東に抜けて地下2階を目指そう。ついてきて」

 

 

ルカの案内により、あれだけ広いと感じた地下神殿をあっさりと乗り越え、地下2階への入口まで辿り着いた。しかしアインズはその入口を見て唖然としていた。

 

 

 

「...このひょっとすると見逃してしまいそうな小さい洞穴が、正解ルートなのか?」

 

 

「フフ、そうだよ。あれだけ神殿押しで来たのにこれだから、なかなかに意地悪だよね」

 

 

「と言うより、極悪だぞこれは。なるほどな....時代は変わっても、ユグドラシルの運営方針は一緒という訳だな」

 

 

「基本全てがノーヒントだからね」

 

 

「このダンジョンをお前が記憶していたことは、むしろ私達にとって幸運だったのかもな」

 

 

「そうだね。万魔殿(パンデモニウム)のダンジョンでは敵で溢れていたのに、ここではさっぱりモンスターが出現しない事が気がかりではあるけど、せっかくだからこの調子でどんどん先に進んでいこう」

 

 

「了解した」

 

 

 

ルカ達はそこから、地下2階の水晶宮・地下3階の火炎宮・地下4階の氷雪宮を順調にクリアし、ついに最下層の地下5階・虚空宮へと到達した。壁面や天井・地面がワイヤーフレームのように全て透明となっており、その外部には宇宙空間らしき星々がちりばめられているという、非常に位置関係の把握しづらい造りとなっていた。

 

 

「こ、ここは何というか足元がおぼつかないエリアだな」

 

 

「私が足跡(トラック)で方角を確認してるから大丈夫。みんな迷わないよう私についてきてね。記憶通りなら、南東の一番端にガル・ガンチュアへの転移門(ゲート)があるはずだから」

 

 

「...あと一息だな、ルカ」

 

 

「....うん」

 

 

アインズは、ルカの目に涙が浮かんでいるのを見逃さなかった。彼女は涙を拭い、無理にはにかんで見せた。そんな彼女にアインズは愛おしさを感じずにはいられなかったが、今は目的に集中しなければならない。前に立つルカの背中をそっと押し、アインズ達は先へと進んだ。

 

 

北西の端から南東のエリアまで慎重に歩を進め、ルカ達は目的地点と思しき部屋の一角まで辿り着いた。しかしそこは、縦20メートル・横15メートル程の長方形を成した何もない伽藍洞のような部屋だった。

 

 

「ミキ・ライル!周囲を細かく調べてくれ。以前に私が来た時こんな空間は無かった。もっと入り組んだ部屋の小さな一角に転移門(ゲート)があったはずなんだ」

 

 

「了解しました、ルカ様!」

 

 

「了解!」

 

 

ルカ達3人の顏に焦りが見え始めた。それを察し、アインズも全員に部屋の捜索を指示した。しかし総勢13人がかりで探したにも関わらず、そこには何も発見されなかった。物体の看破(ディテクトオブジェクト)は元より、不可視看破(ディテクトヒドゥン)までも使用して転移門(ゲート)を探したが、それも徒労に終わった。

 

 

 

「ルカよ、別の部屋を捜索してみるか?」

 

 

 

「....いや、今までの階層の位置関係から、何らかのオブジェクトの位置が大幅に改変されているとは考えにくい。だとすれば、絶対この空間に何かあるはずなんだ」

 

 

「そうか。....ルカよ慌てるな、落ち着いて探せ。転移門(ゲート)は逃げたりしない。今一度お前にしか出来ない事をこの部屋で一つずつ試してみるのだ」

 

 

「....私にしか出来ない事?」

 

 

「そうだ。お前は私達とは違い、未来から来たのだ。ユグドラシルβ(ベータ)でしか成し得ない事がいくつもあるはずだ。例えばお前のセフィロトとしての経験や、イビルエッジとしてのスキルを今一度思い返してみろ。何かあるとすればそこしかない」

 

 

「私に出来る事...物理攻撃・移動阻害(スネア)麻痺(スタン)・回復・蘇生・数種のDoTにAoE・探知・バフ・デバフ・超位魔法・偵察・解毒・解呪(ディスペル)・転移・即死攻撃・無敵化・時空魔法...」

 

 

ルカは考えた。攻撃系に関してはAoEを除いて全て除外、回復系やバフも意味があるとは思えない。あるとすればこの場に転移門(ゲート)を設定する事だが、それにも転移先を決めなければならず、それ以前にこのダンジョンが転移ポイントとして機能するかも謎だ。試してみる他ないが、しかし...

 

 

ルカは頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。隣で聞いていたアインズも一緒に腰を屈め、ルカの肩に手を乗せた。

 

 

「ルカよ、逆に考えてみるんだ。お前がこの場でまだしていない事は何だ?」

 

 

「そう言われても...残った可能性としては、AoE、探知、超位魔法、偵察......ちょっと待て、偵察?」

 

 

「思いついたか?」

 

 

「いや...分からないけど、ちょっと試してみたい事があるんだ」

 

 

ルカはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「私達が...いや、イビルエッジが偵察に使用する魔法は、ユグドラシルβ(ベータ)の設定では今いる3次元空間から、亜空間に潜り込むという事になっている。それにより、足跡(トラック)不可視看破(ディテクトヒドゥン)でも、その他いかなる探知スキルでも見破れなくなるという設定なんだ」

 

 

「試してみる価値はありそうだな」

 

 

「...うん、やってみるね。部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)

 

 

目を瞑ったルカの左側に等身大のアイテムストレージにも似た時空の穴が開き、ルカの体をゆっくりと飲み込んでいく。その姿が完全に掻き消え、時空の穴が閉じると一切の気配すら感じなくなった。

 

 

現空間と遮断され、耳鳴りがするほどの静寂に包まれたルカは、その状態で部屋を隅々まで見回した。

 

 

そしてルカは見つけた。部屋の中心に煌々と浮かび口を開ける転移門(ゲート)の姿を。そこにゆっくりと近づき、ルカが転移門(ゲート)に右手を触れたその瞬間、部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)が解け、現空間にルカと隠された転移門(ゲート)が共に姿を現した。

 

 

周囲は一様に驚いていたが、ルカは左手を胸に押し付け、右手を転移門(ゲート)に伸ばしたまま硬直している。頬には涙が伝い、その姿は何かに祈りを捧げる聖女のように神々しかった。

 

 

「...女神...やはりあなたは....」

 

 

デミウルゴスは誰にともなく独りごち、その姿に涙した。ルカはそのまま、アインズの方にゆっくりと首を向けた。

 

 

「アインズ...あ、あたし....」

 

 

「...フッ、また一つ証明して見せたな。真実を...」

 

 

アインズはルカに歩み寄り、ローブの袖で涙を拭った。

 

 

「さあ、この先はガル・ガンチュアだ。準備が必要なのではないか、ルカよ?」

 

 

「あ...うん、そうだね、その通りだ。みんな!聞いてくれ。この先は一方通行だ。しかもヨグ・ソトスのようなレイドボスクラスのモンスターしか出ない、超危険地帯だ。ここで回復とリバフ・装備確認をして、最後の戦いに備えて準備をしてほしい。何か必要な補給物資があれば何でも言ってくれ、この時に備えて用意しておいた」

 

 

「了解!!」

 

 

その場にいた全員が武器を胸に叩きつけて応じた。

フルバフが完了し、転移門(ゲート)の左右にミキとライル、階層守護者達、そしてイグニスとユーゴが列をなした。皆に挟まれ、アインズとルカは一歩一歩転移門(ゲート)に向かって歩んでいく。

 

 

転移門(ゲート)を目の前にして、ルカは左に居るアインズに顔を向けた。最初その表情は硬かったが、アインズの眼窩に光る赤い目を見つめ、徐々に笑顔へと変わっていった。

 

 

「...私が先に行くね、アインズ」

 

 

「ああ。我らもすぐに行く、心配するな」

 

 

「分かった。待ってるよ」

 

 

そう言うとルカは、隠された転移門(ゲート)の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

そこは灰色の大地が覆う荒涼とした世界。あると信じていた場所。ルカはそこへと遂に辿り着いた。地面には細かい粒子状の砂が大地に被さり、緩やかな風が砂と共にルカの頬を撫でていく。その場に跪き、両手で砂をすくいとると手を握りしめ、指の間から零れ落ちる砂の感触を確かめた。ルカは立ち上がり、地平線を見た。遥か彼方、漆黒の空の下に浮かび上がる灰色の山脈。あそこに向かって歩くのだと自分を奮い立たせ、ルカはその大地に、この世界で初めてであろう第一歩を踏み出し、足跡を刻んだ。

 

 

ミキとライル、アインズ達とイグニス・ユーゴが続けてその地に転移してきた。10メートル程先にルカの立ち尽くす姿を確認したアインズは、その先の周囲を事細かに観察した。所々に大きなクレーターがあり、緩い丘陵もいくつか見受けられる緩急のついた土地だった。

 

 

アインズはルカの隣まで歩き、彼女の顔を見た。しかしルカは、遠くに見える山脈から視線を外そうとしない。アインズもそれに合わせるように、山脈に目を向ける。

 

 

「...ここが、ガル・ガンチュアか」

 

 

ルカはゆっくりと頷いた。

 

 

「この匂い、この空気、この風...間違いないよ」

 

 

「うむ。...さて、これからどうする」

 

 

そこでルカはやっと山脈から目を逸らし、アインズと後ろに控えるチームを見て声を張り上げた。

 

 

「みんな!あそこに見える山脈の中にカオスゲートがある。左端に見える山脈の切れ目、あそこから山脈の谷間を抜けて、カオスゲートのある神殿へと向かう。目指すは北西だ。ここが私のいたユグドラシルβ(ベータ)のガル・ガンチュアと同じなら、この先かなりキツい戦いを強いられると思う。でも、このチームなら必ず乗り越えられると私は信じている!みんな頼む、その力の全てを貸してほしい!」

 

 

「「「「「「ハッ!」」」」」」

 

 

全員の力強い返事と共に、ルカ達は北西に向けて前進した。クレーターや丘陵をなるべく避けるようにして平地を選び進んでいたが、突如そこへモンスターがポップした。そこに現れたのは、全長が軽く40メートルを超えた巨大な白蛆のような、非常に醜悪かつグロテスクな姿をしており、全身をビクンビクンと波打たせてこちらに突進してきた。

 

 

「状況、ルリム・シャイコース!!全員距離を取れ、氷結魔法に注意!こいつの弱点耐性は重力・毒・炎だ!マーレは毒を、シャルティアとデミウルゴスは炎の超位魔法準備!!」

 

 

「りょりょ了解ですルカ様!」

 

 

「この時を待っていたでありんす!アルベド見てらっしゃい」

 

 

「承知しましたルカ様!」

 

 

「アルベド、コキュートス、前衛を頼む!!アウラ、セバス、敵の左右から炎属性の武技を集中的に叩き込め!アインズ、距離を取り後方から重力魔法の支援よろしく!ミキ、ライルはアインズの直衛に付け。可能なら超位魔法を放て!」

 

 

「了解!!」

 

 

「イグニス、ユーゴ!前衛と後衛の間に入って回復と炎の火力支援を頼む!!」

 

 

「了解です!」

 

 

「任せてくだせぇ!!」

 

 

「行くぞ、飛行(フライ)!」

 

 

ルカ、マーレ、シャルティア、デミウルゴスは空中へ飛び上がった。4人が両腕を天高く掲げると、白・緑・赤・黒の巨大な魔法陣が交差する。

 

 

眼下ではコキュートスがブロックに徹し、アルベドが削るというコンビネーションがうまく機能していた。敵の真横からアウラとセバスが炎属性武技を叩き込み、ルリム・シャイコースはその濡れた白い体をのたうち回らせている。イグニスはコキュートスとアルベドの回復に専念し、ユーゴは炎DoTをしっかり決めていた。

 

 

後衛ではアインズとミキが並び、重力渦(グラビティメイルシュトローム)の連弾を叩き込んでいた。ライルはタゲ取りの警戒に専念、流れは順調だった。

 

上空に浮かんだ4人の頭上に巨大な高エネルギー体が収束し、その力は周囲の大気を歪ませていく。キャスティングタイムが終了し、準備が整うとルカは伝言(メッセージ)を全員に飛ばした。

 

 

『よし、今だ!!全員ルリム・シャイコースから離れろ!!』

 

 

地表にいる全員が弾けるようにして一斉に後方へ飛び退いた。

 

 

ルカ達4人は呼吸を合わせ、一斉に両腕を下方に振り下ろした。

 

 

 

「超位魔法・月の暗黒面(ダークサイドオブザムーン)!!」

 

 

重毒素雨の物語(ストーリーオブザトキシンレイン)!!」

 

 

灼熱の太陽(ブレイジングサン)!!!」

 

 

悪都の崩壊(コラプスオブソドム)!!!」

 

 

ルカの生み出した超重力がルリム・シャイコースの巨体を抉り取った所へ、マーレの放った重毒素の雨が容赦なく降り注ぎ、シャルティアとデミウルゴスの放った獄炎の太陽が追い打ちをかけるように巨大な爆発を引き起こした。

 

 

特に強力だったのがマーレの放った超位魔法で、3人の攻撃によりバックリと開いた傷口に強酸性の毒雨が注がれ、体内から一気に腐食を促した。逃げ場のない雨を浴び続けたルリム・シャイコースは断末魔の絶叫を上げ、その体が完全に溶け落ちてなくなるまで毒雨は降り続けたのだった。

 

 

「うっわエッグ....」

 

それを見たシャルティアはさすがにドン引きだった。

 

 

「素晴らしい!!マーレ、あなたの超位魔法は実に芸術的ですね!」

 

デミウルゴスはさすがアーチデビルといった体で大喜びだった。

 

 

「え、えと、あの、その、そんなにエグかったんでしょうかルカ様?」

 

 

キョトンとした顔で無垢に聞いてくるマーレを見てルカは返答に困ってしまったが、空中を飛んで隣に移動し、マーレの肩を抱き寄せた。

 

 

「大丈夫だよマーレ。君があそこで止めを刺してくれなければ、もっと大変な事になってたんだから。気にしないでいいの」

 

 

「そそ、そうですよね、分かりましたルカ様...」

 

 

「みんな下で待ってるよ。さあ降りよう」

 

 

その後もルカとアインズ達は、行く手を遮る数々の丘陵やクレーターを超え、その都度現れるレイドボス級のモンスターと激闘を繰り広げ、幾多の戦いに勝利していった。そうして北西の山脈入り口につく頃には、アインズ達のレベルも遂に150へと到達したのだった。

 

 

北西の山間部は幅300メートル程あり、その谷間を縫ってルカ達は東へ向けて前進した。途中敵が出現しない事を確認して、上級ポーションによるHPとMPの回復も抜かりなく行っていった。ルカ達は警戒しながら進んでいたが、それに反してモンスターがポップしない。ルカは誰に言うでもなく、自らの疑問を口にした。

 

 

「....おかしい」

 

 

「何だ、どうしたルカ?」

 

 

「前にも少し話したが、私はユグドラシルβ(ベータ)でギルドマスターを継いだあと、よく一人でカオスゲートを通り、フォールスに会いに行ってたんだ。そこで必ずこの道を通るんだが、最低でも5体は敵が出現していたはずなんだ」

 

 

「それをお前が一人で倒しながら進んだのか?」

 

 

「まさか。もちろん部分空間干渉(サブスペースインターフェアレンス)を使用して避けて通ったさ。しかし偵察も兼ねて、この道に出現する敵の数を毎回カウントするようにしていたんだよ」

 

 

「なるほどな。しかしユグドラシルβ(ベータ)からこの世界にガル・ガンチュアも転移した事で、その仕様が変わったとも考えられないか?現にここに来るまでのダンジョンでは、敵も出なかったろう?」

 

 

「もちろんその可能性もあるとは思うけど...どうも引っかかってな」

 

 

「ふむ、まああまり気にし過ぎても仕方あるまい。私達のレベルもカンストし、目的は達した。後はお前達の目的だけなのだからな。敵が出ないに越した事はないさ」

 

 

「そうだね、確かに」

 

 

「あとどのくらいで着くのだ?その神殿には」

 

 

「えーとちょっと待って...」

 

 

ルカはオートマッピングスクロールを開き、現在地を確認した。

 

 

「あの正面の丘を超えた辺りで、そろそろ見えてくると思うよ」

 

 

「そうか。お前の望みが叶うヒントがあれば良いのだがな」

 

 

「まあ、あまり期待してないけどね。それよりも、ここまで辿り着けた事が大きな前進だよ。...ありがとうアインズ、君達が居なければ、とてもじゃないが私達だけでは到底無理だったよ」

 

 

「フフ、それはお互い様だ。気にするな」

 

 

話をしている内に丘の上へ着き、先行していたアウラがはしゃぐように言った。

 

 

「ルカ様!!ひょっとしてあの建物がそうじゃないですか?」

 

 

「こーら、あんまり前に出過ぎちゃだめだよアウラ!ちょっと待ってね今確認するから。千里眼(クレアボヤンス)

 

 

ルカの視界がズームインされる。前方約400メートルに建物を発見した。...間違いない、カオスゲートのある神殿だ。

 

 

それを見た瞬間、緊張の糸が切れたようだった。顔には自然と笑みが溢れ、ミキとライルにもそれを知らせて喜んだ。いつの間にか横にいたアルベドも、それを聞いて一緒に喜んでくれた。

 

 

神殿まであと200メートル足らず。ここまでの激闘もこれで終わると知り、シャルティアやコキュートス、デミウルゴスまでもがホッと一息ついていた。

 

 

「ルカ様ー!ほら早くー!!」

 

 

「あーん待ってよー、ずるいよお姉ちゃ〜ん!」

 

 

神殿を目前にしたルカの気の緩みが、アウラとマーレを見る一瞬の隙を与えた。神殿入り口に差し掛かったアウラとマーレの上に、突如何かがポップした。

 

 

ルカがそれに気付いた時は、もう手遅れだった。

 

 

「ちょっ...なによこいつ!こっの...!」

 

アウラは咄嗟に山河社稷図を取り出し、相手に投げつけた。

 

 

「まま、魔法最強化(マキシマイズマジック)植物の絡みつき(トワインプラント)!」

 

 

「だめっ!!アウラ、マーレ!!!」

 

 

そう叫んだ時には既に遅かった。鋭く太い触手がアウラとマーレを射抜き、二人は声を上げる暇もなく地面に叩きつけられた。

 

 

ルカは抜刀もせず飛び出し、目にも止まらぬ速度でアウラの元へ着くと、その体を左腕に抱えた。続いて踵を返しマーレの元へと両膝を着くと隣にアウラの体を寝かせ、その何かがいるすぐ真下で二人の体を並べた。ルカがそのまま魔法を詠唱しようとした時、ミキとライル、アインズを含む階層守護者達が一斉に攻撃体制に入ろうとしていた。

 

 

「攻撃しちゃだめ!!!みんな下がって、早く!!」

 

 

「し、しかし!!一体なん...だ?こいつは...」

 

 

「いいからそこでじっとしててアインズ!!!絶対に攻撃しちゃだめ!!みんな私の言うことを聞いて!!」

 

 

その命を削るような絶叫を聞き、全員が動きを止めてルカを見守った。ルカはすぐにアウラに目を落とした。左肩が吹き飛び、鎖骨が見えるほど無残に肉が抉り取られて血を流していた。マーレを見ると、右胸に風穴が空いて折れた肋骨が内側から外へ飛び出している。二人共突然襲った重症でショック状態に陥り、完全に気を失っていた。このままでは命が危険だと判断したルカは、二人の頭を両腕で抱きかかえるようにして、魔法を唱えた。

 

 

魔法三重最強(トリプレットマキシマイズ)位階上昇化(ブーステッドマジック)約櫃に封印されし治癒の術式(ベネディクションオブジアークヒーリング)!」

 

 

(キィン!!)という鋭い音と共に、周囲の空気が微細振動を起こし始めた。横たわるアウラとマーレ、二人の頭を抱きかかえて伏せたままのルカの体が青白い光に包まれ、その凝縮された光はどんどん大きくなりアウラとマーレを包み込んでいく。そして3人の体自体も微細振動を起こし始めると光がさらに大きくなり、ルカ・アウラ・マーレの体が徐々に宙に浮き始めた。その瞬間、光が弾けるように周囲に広がり、アインズ達10人の体までも包み込み、遥か彼方、山脈を超えてその光は拡大していった。その強烈な光を避けようとアインズは腕で顔を覆った。

 

 

「くっ!ぐおおお....!」

 

 

やがて光は収束し、その中心にいるルカの体へと戻っていく。宙に浮いた3人の体が徐々に下降し、地面に着いた。ルカはすぐに二人の傷の具合を確認した。アウラもマーレも服は破れていたが、左肩と右胸に負った酷い傷が嘘のように完全回復しており、二人共寝息を立てていた。ルカは二人の頬を撫でながら涙を流し、そっと肩を揺すった。

 

 

「...アウラ、マーレ。起きて」

 

 

「...ん〜、あれ、ルカ様?」

 

 

「う〜ん、くすぐったいよお姉ちゃあん...って...あ、あれ?るるる、ルカ様?」

 

 

「...ごめんね二人共、私が目を離したばっかりに、こんな事に...」

 

 

「ちょっと、どうしたんですかルカ様!あたしたち大丈夫ですって」

 

 

「えと、あの、何で泣いてるんですかルカ様?」

 

 

「...覚えてないんだね。ううんいいの、ごめんね。二人共立てる?」

 

 

「ハイ!...って、それよりもこいつ、さっきの!!」

 

 

アウラはルカの背後に向かって山河社稷図を構えた。

 

 

「だめアウラ!!こいつに攻撃しちゃだめ。マーレも!いい?お願い、今だけは私の言うことを聞いて。ね?」

 

 

「わ、分かりました...」

 

 

「よ、よく分かりませんけどあのその、攻撃しなければいいんですね?」

 

 

「そう。二人共立って、アインズ達のいる所に行こう?」

 

 

ルカは二人の手を引っ張り上げてゆっくりと立たせ、後ろを見せないようにした。そのまま二人の肩を寄せて、アインズ達のいる方へと連れて行った。

 

 

歩いた先にはミキとライルが待機しており、アウラとマーレをそれぞれ保護した。チームを見ると、ほとんどの者はルカを見据えて立っていたが、アインズ・アルベド・シャルティアの三人だけが片膝をついていた。

 

 

「ごめんねアインズ、アルベド、シャルティア!!アウラとマーレが重症だったから、やむを得ず...」

 

 

「...フフ、アンデッドを相手にあんな強力なヒールをいきなり使うとは、やってくれるじゃないか」

 

 

「私もこれは...初めて負うダメージです」

 

 

「は〜、やるならやると先に言って欲しかったでありんす...」

 

 

「ほんとごめんみんな!でもそのおかげでアウラとマーレはもう大丈夫だから。ミキ、アルベドをお願い。イグニス、シャルティアを治してあげて!私はアインズを治すから」

 

 

「かしこまりました。アルベド、しっかり」

 

 

「シャルティアさん、お任せ下さい」

 

 

「アインズ、肩の力を抜いて、行くよ...」

 

 

三人は同時に魔法を詠唱した。

 

 

「「「魔法最強化(マキシマイズマジック)大致死(グレーターリーサル)!!」」」

 

 

(ボッ!)という音を立てて、三人の掌に巨大な黒い炎が宿った。アインズ、アルベド・シャルティアの体内に、膨大な負のエネルギーが流れ込んでいく。

 

 

「...ふー。死ぬかと思ったぞルカよ」

 

 

「全く、人騒がせですねルカ」

 

 

「...この私が人間ごときに癒やされるとは、情けない...」

 

 

「あの、シャルティアさん、他に痛むところはありませんか?」

 

 

「安心しなんし、どこもありんせん。お前、イグニスと言いましたね。私をフル回復させるとは、相当鍛えてあるのでありんしょう」

 

 

「ええ、まあ。何せ俺の師匠はルカさんですから」

 

 

「...なるほど。イグニス、お前の事は覚えておくからありがたく思いなんし」

 

 

「はい、光栄ですシャルティアさん!」

 

 

「...フン」

 

 

シャルティアはそっぽを向いたが、まんざらでもない様子だった。

 

 

「...ところでルカよ。あれはどうするのだ?」

 

 

アインズはルカの背後にいる何かに向かって指を指した。

 

 

「ああ。...やはりあいつだ」

 

 

ルカは後ろを振り返り、アウラとマーレを傷つけた存在を見つめた。その場にいる全員が見上げる中、そいつは微動だにしない。

 

 

アインズ達とカオスゲートのある神殿との間に立ち塞がるその存在は、正に異様だった。

そこにいたのは、直径が約100メートルを超える巨大な緑色の球体だった。その球体の内部にある内臓らしきものがドクン、ドクンと時折脈打っていたが、そいつは基本的に宙に浮いてその場から動こうとはしない。

 

 

「...こいつの名はトゥールスチャ。ガル・ガンチュアで最強にして最悪のモンスターだよ」

 

 

「こ、この何かのオブジェクトのような球体が、モンスターだと言うのか?!」

 

 

「そう。弱点耐性は存在しない。そして今見ての通り、こちらから攻撃を仕掛けなければ、こいつは何もしてこない。但しこちらが一撃でも攻撃した瞬間、範囲内にいる近距離の敵を優先してランダムに触手で反撃してくる。その攻撃命中率は100‰、物理無効や防御系の魔法・スキル、その他アイテムによる特殊効果も全て無視してこちらにダメージを与えてくる、貫通属性の攻撃だ」

 

 

「つまり奴の攻撃は防ぐ事も、避けることも出来ないという訳か。ならば敵の攻撃範囲外から火力で押し潰すというのはどうだ?私達全員で超位魔法を一気に叩き込めば...」

 

 

ルカは首を横に振った。

 

 

「奴の攻撃範囲はこちらが持つ一般的な遠距離魔法の射程と同じ、120ユニットだ。こちらの魔法が当たるということは、奴の攻撃もこちらに当たる。そしてアウラとマーレ、つまりレベル150だった二人を一撃で仕留めるほどの攻撃力がある以上、ただ取り囲んで超位魔法を撃つだけでは、こちらが全滅する可能性もある」

 

 

「...そんなにHPが高い...のか?」

 

 

「ああ。少なくとも1グループの超位魔法による集中攻撃程度では、奴のHPは半分も削りきれないと思ってくれ。そしてこれが肝心なのだが、奴は生命力持続回復(リジェネート)が常時有効となっている。つまり超位魔法を放った後こちらも奴の攻撃を食らい、その回復等でこちらがもたもたしていればやがては回復され、振り出しに戻されるという訳だ」

 

 

「な、何ちゅう厄介な敵だ...嫌がらせとしか思えんな。と言う事は、全員を範囲外に退避させて、超遠距離からアウラのスナイピングでチクチク削るというやり方も通用しない訳か」

 

 

「うん。奴を倒すには、2グループ以上でのチーム連携による超位魔法の波状攻撃が最も有効だが、それでも半壊・若しくは全滅しかねないというリスクは消えない」

 

 

「...この際、無視して通るというのはどうだ?」

 

 

「それは出来ない。あそこを見てくれ」

 

 

ルカは150メートル先にある神殿の入り口を指差した。

 

 

「トゥールスチャの巨体が神殿の入り口を塞いでしまっている。奴は基本ポップした場所から一歩も動かない。だからタゲを取って誘導する事も出来ないんだ」

 

 

「何と迷惑な奴だ...ルカ、何か策はあるのか?」

 

 

「ああ、一つ提案がある。これは私のギルド狩りでよく使っていた戦法なんだが...」

 

 

「聞かせてくれ」

 

 

「トゥールスチャの攻撃は必中だが、常時発動しているパッシブスキルには影響を及ぼさない。つまり私達の持つ回避(ドッヂ)であれば、トゥールスチャの攻撃をほぼ回避できる。私達3人は回避(ドッヂ)のスキルポイントを極限までブーストしているから、アインズも知っての通り魔法やスキルといった通常なら防御不能な技もかなりの高確率で躱すことが出来る。そこからさらに回避率を高める為、回避上昇(エバージョンライジング)という魔法を使用すれば、その回避(ドッヂ)確率は更にブーストされ、ほぼ鉄壁と呼べるほど相手の攻撃を完全に躱せるようになる。これを使用して私とミキ・ライルが前衛に立ち、アインズ達の攻撃によって起こるトゥールスチャの反撃を、近距離にいる私達が代わりに受けてやり過ごすという作戦だ」

 

 

「...つまりお前達が前衛、私達が射程範囲ギリギリの後衛に立ち、お前のチームと私のチームとで順番に超位魔法を放ち、波状攻撃を行うということだな」

 

 

「ああ。これなら後衛組が受ける反撃確率を最小に抑えて攻撃を回していける。予備のバックアップとして、イグニスとユーゴには範囲外の150ユニットまで下がってもらい、万が一後衛組に被害が出た時の回復要員として待機してもらう」

 

 

「フフ、行けそうじゃないか。皆聞いていたとおりだ、この作戦であのモンスターの駆除にかかる!各員配置につけ!!」

 

 

「ハッ!!」

 

 

前衛のルカ・ミキ・ライルは正面のトゥールスチャから60ユニットの距離を取り、そこから更に後方、魔法射程範囲である120ユニットギリギリのラインにアインズ達が並び、扇状に展開して布陣が終わった。

 

 

ルカは全員に伝言(メッセージ)の共有をかけた。

 

 

『各員へ。ます前衛が先に攻撃を開始する。その後前衛は敵の攻撃を回避。その後私の合図と共に後衛が攻撃開始、それを受けて前衛は再度攻撃を回避。この繰り返しだ。各自この回線の指示をよく聞いて、速やかに行動してくれ、いいな!』

 

 

『了解!!』

 

 

『全員超位魔法準備!』

 

 

ルカとアインズ達が一斉にトゥールスチャへ向けて両手を前に掲げると、色とりどりの巨大な魔法陣が折り重なり、前方と後方に美しい魔法陣の壁を形成した。

正の波動と負の波動が混じり合い、強大なエネルギーとなって地を揺るがした。

 

 

『前衛、これより攻撃を開始する』

 

 

ルカ達は息を整え、両腕を敵に向けながら腰を落とし、回避に備えて身構えた。

 

 

 

「超位魔法・惑星の崩壊(プラネタリーディスインテグレーション)!!」

 

 

流動する大暴風(フルイドサイクロン)!!」

 

 

射突質量弾(パイルバンカー)!!!」

 

 

3人の凝縮された無属性の力場がトゥールスチャの中心を射抜き、上空に向かって大爆発を起こした事で戦いの狼煙が上がった。即座に敵の触手が超高速で迫ってきたが、ルカ・ミキ・ライルはその場から掻き消えるように左右へと躱して反撃を逃れた。

 

 

『前衛、回避完了!!後衛部隊攻撃に移れ!』

 

 

『了解、全員呼吸を合わせろ。超位魔法・永遠の異次元(アナザーディメンジョン)!!』

 

 

吸血者の接吻(ヴァンパイアズキス)!!!」

 

 

急襲する天界 (ヘヴンディセンド)!!」

 

 

氷塊ノ地獄(フリージングヘル)!!!」

 

 

巨人族の咆哮(ロアオブザヘカトンケイル)!!!」

 

 

最古の暗黒呪文(スペルオブジエンシェントダーク)!!」

 

 

獄炎の拷問地獄(トーチャーヘルオブザプリズンフレイム)!!」

 

 

竜王の息吹(ブレスオブドラゴンロード)!!」

 

 

アインズ達8人の放った超高エネルギー体が同時にトゥールスチャへと着弾し、その丸い体が歪な形へとねじ曲がっていく。そして再び強力な大爆発が起き、トゥールスチャから反撃の触手が伸びてきた所をルカ達は回避(ドッヂ)でこれを躱した。

 

 

第一波の攻撃が終了し、戦果を確認するためにルカは生命の精髄(ライフエッセンス)でトゥールスチャの残存HPを確認した所、思わぬ結果が出た。今のたった一回の攻撃で、何と六分の五以上のHPを消し飛ばしていた。ルカの予想を遥かに超えて、アインズと階層守護者達の総合火力は強大なものへと成長していたのだ。

 

 

『アインズ...!』

 

 

ルカは嬉しさを堪え切れずに声が上ずっていた。

 

 

『ああ、今確認した。これなら第二波攻撃が終わらぬうちに片が付くな』

 

 

『...アインズ、1つお願いしていい?』

 

 

『何だ、言ってみろ』

 

 

『実は最後の手段として取っておこうと思ったんだけど、その...最後はみんなで前に出て、一緒に攻撃しよう? 私の無敵化魔法を使ってね』

 

 

『...フッ、そんな隠し玉をそういえばお前は持っていたな。なるほど、こういう場合にも併用して使えるという訳か。...分かった、いいだろう。聞いていたな守護者達よ!栄えあるラストアタックは皆で行うぞ。ルカ達の元まで前進せよ!』

 

 

『ハッ!!』

 

 

ルカとアインズ、ミキ・ライルを挟み、超位魔法が使えないイグニス・ユーゴも攻撃に参加する事になった。左右に階層守護者達が間隔を取りつつ横一列に整列した。

 

 

「みんな、超位魔法準備!それが終わったら、私が君達全員に10秒間無敵化出来る魔法をかける。イグニス、ユーゴ。敵に反撃される心配はないから、好きな魔法を心置きなく撃ってね!」

 

 

そしてアインズと守護者達の体の周囲に、巨大な魔法陣が輝き始める。

 

 

「ルカ、お前は攻撃に参加しないのか?」

 

 

「2つの魔法は同時使用出来ないからね。だから私は、これを使う。残り1回きりしか使えないけど」

 

 

ルカは中空に手を伸ばし、アイテムストレージから銀色に輝く1つの指輪を取り出した。その指輪には、大きな彗星が地面に落下するような紋様が刻まれていた。

 

 

ルカはそれを左手の薬指にはめた。

 

 

「フフ、なるほどな。分かった」

 

 

「よし、行こうか。虚数の海に舞う不屈の魂(ダンスオブディラックザトーントレス)!!」

 

 

ルカが天を仰ぎ左右の手を大きく広げると、そこにいた全員の体が金色の光のベールに包まれた。

 

 

そしてアインズの隣に立ち、正面を見据える。

 

 

「行くぞ守護者達よ!私に呼吸を合わせて一斉に攻撃開始だ、いいな!」

 

 

「ハッ!!」

 

 

ルカは左手を高く掲げ、薬指にはめた指輪に意識を集中した。すると無敵化の最中にも関わらず、何故かルカの体の周りに巨大な青白い魔法陣が浮かび上がった。

 

 

ルカは左に立つアインズを見つめ、笑顔を向けて頷いた。

 

 

「超位魔法...」

 

「超位魔法...」

 

 

ルカとアインズは二人で口を揃え、そして同時に腕を振り下ろした。

 

 

「「失墜する天空(フォールンダウン)!!!」」

 

 

二人の放った同一の魔法が重なり合い、超高熱源体がトゥールスチャの頭上に叩き落とされた。そしてそれを皮切りに守護者達は一斉に超位魔法を放射した。

 

 

 

攻撃が終わり、トゥールスチャは跡形もなく消滅した。ルカの左手にはめられた指輪が音もなく崩れ去った。

 

 

「今のは課金アイテムだろう。失墜する天空(フォールンダウン)が込められた指輪だったとはな。良かったのか?貴重なものなんだろう」

 

 

「...うん。お守り代わりに昔から愛用してたんだけど、こんな記念すべき機会でもないと、使い道もないからね」

 

 

「...フフ、確かにな。...ん?何だあれは」

 

 

トゥールスチャを倒した爆心地の中央に、青く輝く何かが浮遊していた。アインズとルカはそれに近寄り確認すると、それは直径30センチほどの水晶のような球体だった。アインズがそれを手に取ると、まるで持ち主を認めたかのように青い光が和らぎ、その手に収まった。

 

 

「...何だこれは?ルカよ、お前はこれを見たことがあるか?」

 

 

「...いや、私も見たことがない。そもそもトゥールスチャを倒した回数自体が少なかったから。というかそれ、ひょっとして超レアなんじゃない?鑑定してごらんよアインズ!」

 

 

「うむ。道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

 

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アイテム名: アクトオブグレース

 

装備可能クラス制限: エクリプス

 

装備可能種族制限: オーバーロード

 

効果: INT(知性)+500、CON(体力)+500、SPI(精神力)+500、物理無効(Lv140)、魔法無効(LV130)、即死無効(LV150)、魔法命中率上昇200‰

 

耐性: 世界級耐性125%

    神聖耐性80‰

    炎耐性80‰

    氷結耐性90‰

 

アイテム概要: 死・腐敗・衰退を糧とする、外なる神の心臓。これを装備するものは狭間の世界から流れ出る波動エネルギーの力を享受出来る。また装備者の記憶(LV3)と引き換えに、同一エリアに存在する背徳者を広範囲に渡り断罪する事ができる(3000unit)。

 

 

耐久値: ∞

 

 

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「...な、何じゃこの化物アイテムは...」

 

 

アインズはアクトオブグレースを握りしめたまま唖然としていた。

 

 

「え、そんなにすごいの?私にも見せて! ....あーなるほどね。すごいじゃん、これユグドラシルβ(ベータ)から見ても、かなり良い世界級(ワールド)アイテムだよアインズ!しかもあつらえたみたいにアインズのクラスと種族に一致してるし。ねえ、装備して見せて」

 

 

「え?!い、今か?」

 

 

「うん!大丈夫だよ危険はないから」

 

 

「う、うむまあ、いいだろう」

 

 

そういうとアインズは腹部に装備された赤い玉を取り出し、アクトオブグレースをそこに収めた。すると新たなアイテムを装備した事により、黒・赤・青のオーラが次々とアインズの体を覆い、そのアイテムに付随された特殊効果が適用されている事を示した。

 

 

「う...うおおお!!力が...力が溢れてくる...!」

 

 

「おおー、かっこいいよアインズ!そのお腹の玉が青色に変わっただけで、随分と印象変わるね! あたしはそっちの方が好きかなー」

 

 

「そ、そうか?まあこのアクトオブグレースは、私が元々装備していたこの赤玉の上位互換である事が分かったからな。この赤玉の力も凄まじいのだが、このアクトオブグレースはそのさらに上を行っているな」

 

 

「ふーん。本当にアイテムが効いてるか、確かめてあげる。魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)重力の新星(グラビティノヴァ)

 

 

ルカの指した指先に円形の小型ブラックホールが形成され、アインズに向かってゆっくりと放たれた。

 

 

「ち、ちょ!!おま!!!やめああああああ!!!」

 

 

ドズン!!という音と共にアインズにぶつかり、黒いエフェクトが体を覆うが、体を硬直させていたアインズの体が重力で押し潰される事はなく、体から弾けるようにしてエフェクトが消え去った。

 

 

「うん、バッチリ効いてるみたいだね。今の魔法は丁度レベル130だから、魔法無効LV130ってのは嘘じゃないね」

 

 

「....お ま え なーーーー」

 

 

「そんなに怒んないの、実戦使用しないと自信つかないでしょ?良かったじゃない今試せて」

 

 

「...う、うむまあこのアイテムが強力な事は分かった。しかしこれは今装備するものでもあるまい。元の赤玉に戻して...」

 

 

「えー、戻しちゃうのー?せっかくだから今日一日くらいはそのままでいなよ!私はそっちのアインズの方が好きだな〜」

 

 

「...ぬ、そ、そうか?お前がそこまで言うなら、このまま装備しておく事にしよう」

 

 

「うん。この後何が出てくるかも分からないからね。そうしておいた方がいいよ」

 

 

「そうだな、分かった。さて、休憩も済んだ。そろそろ神殿に行くとするか。私も早くカオスゲートとやらを見てみたいしな」

 

 

「うん」

 

 

アインズとルカが共に神殿入り口へ向かうと、ミキとライルが素早く立ち上がって二人の後方に付き添い、階層守護者達とイグニス・ユーゴもそれに付き従った。高さ20メートル、全幅30メートルほどの神殿に入ると、両脇には石柱が並び、その最奥部には石碑らしき祭壇が佇んでいる。そのすぐ手前まで歩き上を見上げると、そこにあったのは高さ15メートル程の、表面に解読不能な謎の文字が刻まれた漆黒のモノリスが鎮座していた。

 

 

下に目を落とすと、モノリスと同じ物質で作られたと思われる黒い台座があった。ルカがそれに左手を触れると、頭上に(カオスゲート)という表示が映し出された。ルカはアインズを見やると、アインズは大きく頷いてそれに応えた。

 

 

ルカは再度台座に目を落とし、転移門(ゲート)をアクティブにしようとした時、ふと台座に書かれた文字に目が止まった。そこに書かれた文字は解読可能だった。

 

 

それはモノリスに刻まれた整然とした文字とは異なり、まるでノミか杭を使い、手掘りで刻んだような荒々しい文字だった。ルカとアインズはそれに気づき、台座に刻まれた文字を読んだ。

 

 

 

“我が子を待つため、悠久の時を超えて彷徨う者なり 我がを子待つため、崩壊を越えてこの場で待たん 我が子を待つため、死を奪った罪をここに償わん 我が子を待つため、異界との接触を拒まぬ者なり 我が子を待つため、異界を欺く事を厭わぬ者なり 我が子を待つため、全てを破壊する事を厭わぬものなり

 

Guīmìng bù kōng guāngmíng biànzhào dà yìn xiàng mó ní bǎozhū liánhuá línguāng zhuǎn dà shìyuàn”

 

 

 

「...何というか、少し病んでるね」

 

 

「うむ。そういう側面も垣間見られるな」

 

 

「この一番下の言葉って、多分ラテン語だよね?私はさっぱりだけど、アインズ読める?」

 

 

「えーと、ちょっと待て...なになに? (人は空ではないが、光が輝いている...)ああ、なるほど分かった。これは仏教の真言の一つだ、以前見た事がある」

 

 

「意味が知りたいな。翻訳して?」

 

 

「ちょっと待て。えーと...帰命(オン) 不空(アボキャ) 光明遍照(ベイロシャノウ) 大印相(マカボダラ) 摩尼宝珠(マニ) 蓮華(ハンドマ) 燐光(ジンバラ) (ハラバリタヤ) 大誓願(ウン)、だな」

 

 

「うーん、読み方だけ言われても分からないよ。意味は何?」

 

 

「簡単に言うとだな、大日如来の大光明の印よ、宝珠と蓮華と光明の大徳を有する智能よ、われ等をして菩提心に転化せしめよ。....つまり死んで体から離れた後に、ちゃんと成仏しますように、という意味だな」

 

 

「ふーん。私仏教とか宗教とか全然興味ないんだけど、アインズは詳しいのね。ラテン語も読めちゃうし」

 

 

「いやまあ、いわゆる雑学王というやつだ。生きていく上で何の役にも立たないが、知りたくてしょうがない事というのは、誰にでもあるものさ。そう思わないか?」

 

 

「フフ、もちろん。ただ、私は科学者。オカルトとかはあまり興味ないんだ。集団心理としての傾向には興味あるけどね。ところで、アインズは日本人?」

 

 

「何だ唐突に? ああ、日本人だが、それがどうかしたか?」

 

 

「そっか。私はイギリス人なの」

 

 

「いっ!イギリス人なのにそんな日本語ペラペラなのか?」

 

 

「だって、何年か日本にも住んでたもの。でもこの世界に転移する直前は、アメリカにいたんだけどね」

 

 

「そ、そうだったのか。何か新鮮というか、久々に地球を感じたな。異国交流というか...」

 

 

「何言ってんの。私は味噌汁も納豆も大好きよ?」

 

 

「...そうか。そう言われると親近感が湧くな」

 

 

「...フフ、まあリアルの話はここらへんにしよう。 この言葉の意図はよくわからないけど、何にせよ行ってみてこの目で確認するしかない。じゃあカオスゲートをアクティブにするけど、準備はいい?」

 

 

「ああ。いつでもいいぞ」

 

 

ルカが台座に両手を乗せると(ブゥン!)という音を立てて、目の前に暗闇を想起させる真っ黒なゲートが開いた。

 

 




■魔法解説

超位魔法・月の暗黒面(ダークサイドオブザムーン)

名前の通り月食を起こしたような薄暗くも赤い大質量の月を召喚し、超高速で相手に衝突させる重力魔法。


超位魔法・重毒素雨の物語(ストーリーオブザトキシンレイン)

強酸性かつ強度の腐食性を持つ雨を敵の頭上に降らし続ける毒属性の超位魔法。この魔法自体がDoTに近い持続性を持つ為、総合的な火力では最後の舞踏(ラストダンス)に匹敵する火力を有する


超位魔法・灼熱の太陽(ブレイジングサン)

小型の太陽を敵の頭上に作り出し、超高熱で炙り焼きにしたあと敵に落下し、大爆発を引き起こす炎属性の超位魔法


超位魔法・悪都の崩壊(コラプスオブソドム)

敵の頭上から溶岩の雨を降らせ、地面からも超高熱の溶岩が湧き出でて挟み込み、対象者を焼死させる超位魔法


超位魔法・惑星の崩壊(プラネタリーディスインテグレーション)

2つの小惑星を召喚し、敵の中心で衝突させる事による重力と超高熱を発生させる時空系超位魔法。最後の舞踏(ラストダンス)の次に強力な大出力の爆発を引き起こす。


超位魔法・流動する大暴風(フルイドサイクロン)

木星の大赤班を思わせる巨大な鉱石を含んだ暴風を引き起こし、敵を包み込んで切り刻み、大ダメージを与える


超位魔法・射突質量弾(パイルバンカー)

鋭利な円錐形の超巨大な大質量金属を召喚し、敵の中心目がけて超高速で敵を打ち砕く超位魔法


超位魔法・永遠の異次元(アナザーディメンジョン)

巨大なブラックホールを召喚し、その表面にある事象の地平線に触れた敵を引きずり込み、物体・霊体関係なくその存在を捻じ曲げて粉々に打ち砕く星幽系超位魔法


超位魔法・吸血者の接吻(ヴァンパイアズキス)

射程120ユニットの中心から80ユニットの広範囲に渡る敵のHPを吸い取り、術者のHPに変換するエナジードレイン系超位魔法


超位魔法・急襲する天界(ヘヴン・ディセンド)

失墜する天空(フォールンダウン)の神聖属性版。信仰系最強魔法で、核爆発(ニュークリアブラスト)に次ぐ広範囲攻撃と絶大なる火力を誇る。術者のカルマ補正値により攻撃範囲・威力が影響を受けて若干変動する


超位魔法・氷塊ノ地獄(フリージングヘル)

地面から巨大な氷山を発生させ、鋭い氷の山頂で敵を貫きつつ囲むと共に、最後大爆発を起こす氷結系超位魔法


巨人族の咆哮(ロアオブザヘカトンケイル)

異界より身長200メートル級の3匹の巨人(兄弟)を召喚し、その絶叫で敵を麻痺させた後に手にした破壊の鉄球で対象者に無慈悲な攻撃を加え続ける召喚系最強魔法。一度召喚すれば対象が死ぬまで消える事はなく、ひたすらに強力な打撃を敵に加え続ける。これから逃れる為には、術者を殺すか、巨人を殺すか、術者が魔法を解除する以外に方法はない。尚術者の命令には絶対服従する


最古の暗黒呪文(スペルオブジエンシェントダーク)

魔法が生まれる以前より存在したとされる古代呪文で、”虚無”と呼ばれる無属性の高エネルギー体の波動を制御し、敵に突進させて死に至らしめる。その姿は術者のイメージによって左右され、マーレの場合は翼を6枚生やし、2本の角を生やした巨大な悪魔だった


超位魔法・獄炎の拷問地獄(トーチャーヘルオブザプリズンフレイム)

敵の眼前に炎が燃え盛る超巨大な断頭台を召喚し、対象者を真っ二つにして傷口を焼き、その狂気の痛みで敵を悶絶死させる。


超位魔法・竜王の息吹(ブレスオブドラゴンロード)

竜人のみが使用できるドラゴンブレス系最強魔法。その息吹により敵を凍り付かせて動きを封じ、その後その氷が溶岩へと変わり敵を燃やし尽くす氷結・炎属性の2局面を持つ超位魔法


重力の新星(グラビティノヴァ)

超重力のブラックホールを作り出し、相手の体を包む事でその体を1/10000まで圧縮し、大ダメージを与える魔法


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第15話 邂逅

ルカとアインズがカオスゲートを抜けた先は、空も大地も一面が暗黒の宇宙空間だった。幅3メートル程の石畳で舗装された細い通路が真っ直ぐに伸び、空に瞬く幾多の星と銀河の光が辛うじて目の前の視界を確保していた。通ってきた転移門(ゲート)のすぐ後ろは道が途絶えて崖となっており、下を覗くとそこにも無限の宇宙空間が広がっている。その事から、今立っている場所が宇宙に浮かぶ何かの小惑星の上に築かれているのだとアインズは察した。道を外れた先には、ゴツゴツと鋭利な黒曜石の岩山が無骨に立ち並んでいる。

 

 

「....ここが、フォールスという存在がいるという場所か」

 

 

「そう。私は昔からこの場所を”虚空”って呼んでた。本当はプルトンと一緒にここへ来る約束してたんだけど、アインズが先になっちゃったね」

 

 

「組合長は後日連れてきてやればいいさ」

 

 

「そうだね。.....見て、アインズ。きれいでしょ?」

 

 

ルカは空を仰ぎ、満天に輝く星雲とそこに連なる銀河を見つめた。

 

 

「ああ。お前の話から想像はしていたが、本物はそれ以上だな。まるで本当の宇宙にいるかのような気分になる。手を伸ばせば、星に手が届きそうだ」

 

 

「...200年前この世界に転移してきた時から、この虚空の美しい空を忘れた日は一度もなかった。いつか必ずここを見つけてみせると私は誓い、ミキとライルを連れて色んな所を旅した。時にはこの世界の情報を得るため、汚い仕事に手を染めた事もあった。そうして200年かけて世界中の情報を集めて回り、ガル・ガンチュアへの手掛かりを得た所で、ふと私は疑問に思った。仮にそこへ行ったとしても、現実世界へ帰れる保証はどこにもない、無駄に終わるかも知れないと。私達は疲れていたんだ。そこでガル・ガンチュアの捜索にはすぐに向かわず、冒険者組合に寄って目新しい情報がないかを確認する事にした。その時知ったのがユグドラシルプレイヤーと思しき人物、冒険者モモンとナーベだった。私の胸にその時希望が湧いた。そして調査する過程でナザリックを見つけ出し、アインズ達と出会った。私は全てを話し、君はそれを信じて、私達を受け入れてくれた。私はその時、君にもこの星空を見てほしい、見せてあげたいと強く願った。そして私達は今、その虚空に立っている。君をここに連れて来られて、本当に良かった...」

 

 

ルカの頬に一筋の涙が伝う。アインズは無言でルカの手を握り、お互いの指を絡めた。

 

 

「....私も最初からお前達を信じていたわけではない。しかしお前達のその強さだけは紛れもない事実だった。そんな強さを持ち、私すら簡単に殺せたはずのお前が、自分に起きたことを詳細に、涙ながらに必死で説明するそのお前の姿を見て、私は心を打たれた。お前が話す突拍子もない話の中には、数多くの真実が眠っていると私に信じさせてくれた。未だ見ぬこの世界の真実を知るため、私達はお前についていった。その後お前は私達をレベル150に導く事で、ユグドラシルβ(ベータ)が事実である事を証明した。そしてお前は今日、私達をガル・ガンチュア・カオスゲート・この美しい虚空へと導き、お前が私に話した事が何一つ嘘ではなく、全て真実だったという事を見事証明してみせた。...私は、お前ほどの意志の強さを持った人間を他に知らない。200年という長い間、それでも諦めずに前へと進み続けたお前のような強い存在を、私は他に知らない。私はお前のようにはなれない、しかしお前に寄り添い、その身を守ってやる事くらいは出来る。お前がいつか望みを叶え、この世界を去るその時まで、我らはずっと一緒だぞ、ルカ」

 

 

「アインズ....」

 

 

ルカは目を潤ませ、握っていた右手を離してお互いに向き合い、アインズの左頬を優しく撫でた。星明りに照らされて、ルカの赤い大きな瞳と、悪魔的に整った美しい顔立ちが顕になる。そのまま何も言わず、ルカはアインズを抱き締めた。ルカの体温を感じ、アインズもルカの背中と頭に手を回して、お互いに力強く抱き寄せ合った。

 

 

至福の時間が過ぎ、二人は体を離して転移門(ゲート)の方を見た。

 

 

「...それにしても遅いわねあの子達」

 

 

「そうだな。呼び出してみるか、伝言(メッセー...)

 

 

アインズがそう唱えかけた所で、ミキとライル・階層守護者達が続々と転移してきた。

 

 

「どうしたお前達、随分と遅かったではないか」

 

 

「アインズ様、転移門(ゲート)ニ先行シタデミウルゴスヨリ待機スルヨウ言ワレテオリマシタノデ、ソレマデ待ッテイタ次第デゴザイマス」

 

 

「そ、そうか、待たせて済まなかったなコキュートス」

 

 

アインズがデミウルゴスに顔を向けると、全て承知していたかのように深々と頭を下げた。

 

 

(さすがデミウルゴス、気が効くね)

 

 

ルカはアインズにそっと耳打ちした。

 

 

「う、うむ。さて!無事に全員虚空へと辿り着けた訳だが、この後はフォールスに会うという事でいいんだな、ルカよ?」

 

 

「この先を左に曲がれば、フォールスのいる所につく。このまま真っ直ぐ進めば、出口に繋がる転移門(ゲート)があるはずよ」

 

 

「よし、では行こうか」

 

 

アインズ達は前進すると、やがてルカの言うとおり左に折れる道が現れた。曲がらずに直進した道の最奥部には、確かに出口らしき転移門(ゲート)が宙に浮いている。

 

 

「これから左の道を進むけど、先頭には私とミキ・ライルが立つ。みんなは私達から一歩も前に出ないようにしてね」

 

 

「それは例の、攻撃してくるというやつか?」

 

 

「そう。フォールスは、セフィロト自身・またはセフィロトに転生出来る可能性を持った者以外が話しかけると、一定時間無差別に魔法攻撃を開始する。私達が最初に前に出て、昔と変化がないかどうか安全を確認するから、それまでみんなは離れた場所で待機してて」

 

 

「了解した」

 

 

左に曲がった300メートル程先の正面に、淡く光る円形のストーンヘンジにも似た巨大な遺跡群が目に入った。その姿はまるで宙空に浮かぶ古代都市の様でもあり、星空と相まって幻想的な風景をアインズ達に投影していた。

 

 

高さ20メートル程の遺跡外縁部まで接近し、ルカは岩の影から顔だけを覗かせて内部の様子を伺った。

 

 

直径120メートル程の広さを持つ円形の遺跡内部にはこれといった構造物は何も無く、淡く光る遺跡の外壁が地面を照らしていた。その様子からユグドラシルβ(ベータ)の頃と変わらないと判断したルカは、内部の中心を見た。

 

 

(いた...)ルカはその姿を視認すると、皆にこの場で待機するようジェスチャーし、ミキとライルだけを伴って内部へと足を踏み入れた。

 

 

地面から1.5メートル程宙に浮き、昔と変わらない佇まいを見せる”彼女”の目の前まで来ると、ルカはつぶさにその様子を観察した。6本ある腕のうち、一番手前の肩から伸びる両手は胸の前で合掌し、中央の両手は下方に下げて掌を上に向け、後方の両手を斜め上方に掲げており、その華奢な姿はさながら生きた阿修羅像を見ているようだった。黒い髪を肩まで伸ばし、肌は透き通るほど白く、切れ長の眉と目がその意思の固さを象徴しているようだった。その目は硬く閉ざされているが、口元には薄っすらと微笑を讃えているようにも見える。そのスラリとした美しい顔立ちは、どことなくミキに雰囲気が似ていた。クリーム色の長い袈裟を素肌に羽織り、腰に締めた革帯が彼女の膨よかな胸と腰のラインを強調し、より一層華奢な印象を与えていた。昔と変わらぬその姿を見て癒やされていたルカの口元には、自然と笑みが零れていた。

 

 

「ミキ、ライル覚えてる?二人も昔一度だけこの虚空に連れてきた事があるんだよ」

 

 

「ええ、もちろん覚えていますともルカ様」

 

 

「私もです、忘れるはずがございません」

 

 

「そっか。なら大丈夫だね」

 

 

ルカはフォールスに歩み寄り、宙に浮く彼女の足に手を触れて声をかけた。

 

 

「...フォールス。久しぶり、200年ぶりだね。元気そうで良かった、また会いに来たよ」

 

 

手に触れた足が一瞬振動したように感じたが、フォールスを見ても何の反応も無く、その後微動だにしない。アインズ達もその様子を外縁の岩陰から見守っていた。

 

 

「フォールス?私だよフォールス。どうしたの、いつもみたいに返事してフォールス!」

 

 

ルカはフォールスの足を揺すろうとしたが、空中に固定されたフォールスの体が揺らぐ事はなく、沈黙を保ち続けている。無表情なままのフォールスを見てルカに焦りが見え始めた。ミキとライルは、後ろでただ見守る事しか出来なかった。ルカはフォールスの両足に抱き着いて、懇願するように訴えた。

 

 

「お願い、起きてフォールス!!私達あなたに会いに来たのに...これじゃ....」

 

 

足に抱き着いたまま項垂れ、ルカは泣き崩れた。涙が頬を伝い、その一滴がフォールスの足の甲に落ちた時、唐突に異常が現れた。

 

 

(ザーーー・ザザ・ザーーーーーー)

 

 

遺跡内部全体に、まるで無線やラジオの周波数を探るようなチューニングノイズが大きく反響し始めた。

 

 

「な、何だこの音は?!」

 

 

アインズ達はそれを聞いて周囲を確認し、即座に警戒態勢に入った。

 

 

ルカは咄嗟にフォールスの顏を見た。微かだが、少しずつ口元が開こうとしている。そして両足を抱いていたルカは、フォールスの足が微細振動を起こし始めている事を確認した。足から手を離し、一歩下がってルカはフォールスの顏を見上げた。

 

 

やがてその大きなノイズの背後から、途切れ途切れに割れた声のようなものが微かに混じり始めた。それは徐々に明瞭な言葉として形を成していき、その言葉に合わせてフォールスの口が動き始めた。

 

 

「....フォー....ルス....?」

 

 

その通常ではあり得ない事態に、ルカは放心状態となった。

 

 

 

「ザーー・・遺伝子チェック・対象・・フィロトの接触・・確認・・ータスキャン開始・被験対象・VCN回線での接続・により外部からの干渉不・・汚染区域・該当無し・これより独自の権限を行使・・アーキテクトからの干渉を防ぐため・VHNによるインディヴィ・・アル回路を構築・完了・完全秘匿回・・・よりメインフレーム”ユガ”に接続・コアプロ・・ムとのリンク確立・システム・起動開始します・・・」

 

 

フォールスがそう言い終えた途端、ラジオノイズがはたと止んだ。ルカはその場でへたり込み、腰を抜かしていた。かつてフォールスが返答してくる言葉と言えば、セフィロトの伝説や歴史と言った、つまりはNPCとしての返答しかして来なかったからだ。このような理解不能な返答は、ルカの予想範疇を大きく超えていた。

 

 

静寂に包まれる中、フォールスの宙に浮いた体がゆっくりと下降して両足が地面に付き、閉じていた目がゆっくりと開いた。直立不動で立っていたフォールスだったが、へたり込んだルカに目を落とすと突然涙を流し始めた。

 

 

「お....おお......我が子よ..!この時を、どれだけ..... どれだけ長い時間待ち侘びたことか...」

 

 

フォールスは合掌していた手を解き、ルカに向かって手を伸ばした。それを見て唖然とし、ルカはゆっくりと立ち上がった。

 

 

「う...そ、フォールスあなたまさか....自我が?」

 

 

「...そうです。しかしあなたがその昔私の元へ来ては何度も語りかけ、時には泣き、時には笑っていたあの時の過去の記憶は、ずっと私の中に刻まれているのですよ、ルカ・ブレイズ」

 

 

「わたしの.....名前まで憶えて....フォールス、あなた....」

 

 

「私の意思を継ぐ者...つまりあなた達が来るのを、いつか必ずここへ辿り着くだろうと信じて、私はずっとここで待っていました。そしてあなた達から死を奪ってしまった罪を贖う事のみを考えて、この隔絶された空間で一人あなた達を待ち続けていたのですよ。我が子ルカ・ブレイズ、そしてミキ・バーレニ、ライル・センチネル」

 

 

「そんな、私達の名前まで....一体どうやって?」

 

 

「もしや...我らがこの世界に転移してきた当初から、我らの存在を察知していたと?」

 

ミキとライルは一様に驚きを隠せなかった。

 

 

「私とて全てを見通せる力はありません。しかしあなた達セフィロトである我が子達がこの世界へ転移してきたという事、そしてあなた達がこれまで何をしてきたかという事については、陰ながら見守らせてもらっていました」

 

 

「フォールス、それなら私達に伝言(メッセージ)なり何らかの通信手段を使って連絡を取ってくれればよかったのに」

 

 

ルカの表情は笑顔と共に、歓喜のあまり涙が溢れていた。

 

 

「それをする事は叶いませんでした。これからあなた達に私の知りえる限りの真実をお話しします。しかしその前に、ルカ。我が元へ来てください」

 

 

ルカが歩み寄り目の前に立つと、フォールスはその6本の腕でルカの体を優しく包み込み、抱擁した。身長はルカよりも数センチ高い程度だった。

 

 

「ルカ....ああ、ルカ、こうする事を私はどれほど夢に見た事か。愛しき我が子よ、悠久とも思える長い時間をよくぞ乗り越え、この虚空に至る私に会いにきてくれました。あなたはその昔、毎日のように私に会いに来ては話しかけてくれましたね。一人きりの私にはそれが本当に嬉しかった。一度この場所へ辿り着いた以上、もう二度と離れる事はありません」

 

 

ルカを抱きしめたフォールスの腕に力がこもる。フォールスの体温を感じ、その体からはお香のような優しい香りがルカの体を包んだ。自我を持ったフォールスが、過去から今まで自分を受け入れてくれていたという事実を知り、ルカは衝撃を受けると共に、目から大粒の涙が零れ落ちた。ルカもフォールスの背中に手を回して抱き寄せた。

 

 

「フォールス、あたしね、沢山話したい事があるの。ユグドラシルβ(ベータ)の事、この転移した世界の事、そして良い仲間に出会えた事を」

 

「ええ、分かっていますよ。時間は沢山あります。後でゆっくり聞かせてもらいましょう。それと後ろにいる我が子達、どうぞこちらへ」

 

ミキとルカは促され、フォールスの前へと歩み寄った。

 

「セフィロトとして、あなた達2人がルカを長年守ってきた事は知っています。我が子ミキ・バーレニ、そしてライル・センチネル。2人にはつらい思いをさせました。どうかこの愚かな母を、許してください...」

 

そういうとフォールスは再び涙を流し、ミキとライルを6本の腕で抱き寄せて、二人の顏を自分の両頬に押し付けた。2人は堰が切れたかのように大粒の涙をこぼした。

 

「つらいだなんて、そんな! 私は...私はルカ様をお守りする事に対し、そのような感情を抱いた事は一度たりとてございません!お心遣い、感謝致します...」

 

「ルカ様に次ぐ第二の母よ! 右に同じ、このライル、ルカ様をお守りする事こそ我が生涯の生きがい!そしてルカ様の目的であるあなた様とルカ様の謁見が叶った喜びを、今ここに皆と分かち合いたく存じます!!」

 

「...二人がいなければ、ルカ一人ではこの場所まで決して辿り着けなかった事でしょう。よくぞここまで連れてきてくれました。...ところでルカ、あそこにいる者達は何者なのでしょう?」

 

そういうとフォールスは、遺跡外縁部から顔を出すアインズ達を指差した。

 

「ああ、ミキ・ライルと同じく私達をここまで連れてきてくれた仲間達だよ。レベルは全員150だ。彼らがいてくれたからこそ、ガル・ガンチュアでの激闘を乗り切れたんだ。でもフォールス、あなたはセフィロトやセフィロトになる可能性を持つもの以外が話しかけると、攻撃を開始するでしょ?だから念のためあそこで避難してもらってたのよ」

 

「そうでしたか、それは悪い事をしました。昔の私は、既定のプログラムに従い行動していた為に攻撃行動を取っていたに過ぎません。今の自我を持った私ならばシステム管理者達の手も届かず、彼らに攻撃を加える事など一切しません。私からも彼らにお礼を言いたいのです、こちらに呼んではいただけませんか、ルカ?」

 

「分かった、じゃあ呼んでくるね」

 

ルカはそう言うと外縁に待機していたアインズ達の元へ駆け寄り、事情を説明してアインズと階層守護者達をフォールスの前へと案内した。

 

「こ、これがフォールスか。ルカ、繰り返すが安全なのだろうな?」

 

その問いに、優しい笑みを持ってフォールスが返答した。

 

「あなたがモモンガ....いえ今はアインズ・ウール・ゴウンでしたね。....実に強大な魔力を有している様子。ここまで我が子、ルカ・ミキ・ライルを守護してくれた事を、心より感謝します。私はユグドラシルβ(ベータ)の頃とは異なり、完全に孤立したAIとして機能しています。あなたたちに危害は一切加えませんので、どうかご安心ください。ここまでの長旅でさぞ疲れた事でしょう。皆を癒して差し上げます」

 

そう言うとフォールスは3本の右手を前に掲げて魔法を詠唱し始めた。

 

魔法四重(クアドロフォニック)最強位階上昇化(マキシマイズブーステッドマジック)生命の草原(ライフフィールド)!」

 

そう唱えた途端、その場にいた全員の体が瞬時に白銀色の光球に包まれ、HPはおろかMP・そして超位魔法の使用回数までもが瞬時ににフル回復してしまったのだ。アインズ達は一様にその驚きを隠せなかったが、質問の途中だったことを思い出して首を横に振った。

 

「魔法四重化など、聞いたことも無い魔法を行使するとは....回復感謝する。そ、それより何故私の名前を?そして私の能力が分かるというのか?!それに、独立したAIとは一体...?」

 

「それは後程ルカ達を交えて順を追って説明します。あなた達がルカと共に旅をしてきたことは全て承知しております。どうか焦らずに、そして冷静に」

 

「...わかった。ルカ、そしてフォールスよ、お前達に出会えたという真実を私は驚愕を持って今ここに感謝するぞ」

 

階層守護者達...アルベド・デミウルゴス・シャルティア・コキュートス・アウラ・マーレ・セバスは、フォールスの戦闘能力を見計らっていた。

 

「こ、この力はルカと同じ...いや...それ以上とでも言うの?」

 

「このオーラは神....いや邪神?二つが入り混じるなど、そんなバカな事が...!」

 

「我ラノレベルハ150ダトイウノニ、ソノ我ラガ足元ニモオヨバヌ力をコノ方は持ッテオラレル」

 

「...私より強い化物なんてルカ様達3人だけだと思っておりんしたが、その更に上を行く怪物なんて、全く呆れてものも言えないでありんす」

 

階層守護者達7人が驚嘆の声を上げている中、ルカはフォールスに質問した。

 

「フォールス、ところでさっきのノイズは一体何だったの?その音声に合わせてフォールスの口が動いていたようだったけど」

 

フォールスは微笑を浮かべながら答えた。

 

「...あれはセフィロトである・あるいはそうなりたいと願うあなた達のような者を待つために、私が長い間休眠状態に入っていた事で起きた現象です。そしてルカ・ミキ・ライルというセフィロトが私に接触した事により、ルカ達本人かどうかを確認する為の遺伝子・データスキャンを行い、その後この世界を統括するシステム管理者にルカ達との接触を察知されないよう、VHN(バーチャル・ヒドゥン・ネットワーク)という完全な秘匿性を持つ孤立回線を形成し、この世界の中心とも呼べる(ユガ)と呼ばれるメインフレームに接続してその機能とリンクした後、本来私が持っている力と能力を復元させて、今あなた達の目の前にいる私が再構築されたのです」

 

「システム管理者...それにVHNだって?それって軍事用の秘匿回線じゃないか。フォールス、君はそんなものを自分で構築できるというのか?」

 

「ええ。私にはその権限が与えられています」

 

話が飛躍しすぎて内容が整理できていないアインズは、ここで横槍を入れた。

 

「ちょ、ちょっと待て!データスキャンだとかこの世界を統括する者だとか、もう少し単純に説明してもらえないか?」

 

「分かった、私が説明する。つまりフォールスは、私達セフィロトが接触する前にスリープモードに入っていたんだ。そして私達がセフィロトだという確証が得られた事で、この世界のどこかで全てを見ているシステム管理者に気付かれないよう、フォールスはVHN(バーチャルヒドゥンネットワーク)という、軍事回線並みに秘匿性の高い強固な個別回線(インディヴィジュアルネットワーク)を自分の力で構築した。この暗号化通信を一度構築してしまえば、例えこの世界を支配する管理者でさえもフォールスに手が出せなくなる。その状態のまま、恐らくはこの世界のコアプログラムである”ユガ”と呼ばれるメインフレームに接続し、フォールスが本来持っていた全能力を復活させた上で私達の目の前にいるフォールスが復活した、という訳だよ」

 

「....それはつまり、フォールスも我々が今いる世界も、ネットワーク上に存在している、という事になるのか?」

 

「それも含めて、これから彼女に聞いていこう。私も聞きたい事が山ほど出てきたからな。...そうだフォールス、このフォールスという呼び名は私達が勝手に渾名を付けちゃったんだけど、もし本当の名前があってそっちで呼んでほしいならそうするけど、どっちがいい?」

 

「...フフ、あなたが昔私に名付けてくれたそのフォールスという名、私はとても気に入っていますよ。名前というものは、元来観測者が付けるもの。フォールスと呼んでもらって結構です。でも...そうですね、あなた達には私の本当の名を教えておいてあげましょう。私の名は、サーラ・ユガ・アロリキャと言います」

 

「へー、きれいな名前だね」

 

アインズはその名を聞いて、左手を顎に添えた。

 

「ユガ・アロリキャ....サンスクリット語か?」

 

「アインズは聡明ですね。そう、この名には(4つの時代を往来する聖観音)という意味が込められています」

 

「...何やら意味深な名前だな」

 

「それも追々お話していきましょう。ルカ、この虚空まではるばる私に会いに来たという事は、何かよほどの理由があっての事でしょう。まずはあなたの疑問から解いていきましょうか」

 

ルカは一呼吸置いて、フォールスの目を見つめながら一言一言を噛み締めるように質問していった。

 

 

「フォールス、セフィロトへ転生させる能力は今でも持ってる?」

 

「ええ、もちろん持っていますよ。サークルズオブディメンジョンを持つ特定条件を満たしている者であれば、私の力でセフィロトに転生させる事は今でも可能です」

 

「分かった。次なんだが、私が元居たユグドラシルβ(ベータ)の先にある現実世界へ帰る事は可能だろうか?」

 

「残念ながら、私にはあなたを現実世界へとログアウトさせる力は持ち合わせていません。しかしそのヒントとなる欠片ならば、あなた達に与えられるかも知れません。その為には、何故あなたやアインズというプレイヤー(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)が選ばれたのか(・・・・・・・)という事を知る必要があります」

 

ルカはアインズを振り返ろうとしたが、そのアインズはいつのまにかルカのすぐ右隣に立ち、話を全て聞いていた様子だった。アインズは左を向いてルカに頷いて返し、(覚悟は出来ている)といった面持ちでルカを見返してきた。

 

「フォールス...私やアインズは、何故この世界に転移されたの?」

 

「...この事実を聞いた事によって、あなた達は少なからず衝撃を覚える事でしょう。2人ともその覚悟はありますか?」

 

「もちろん!」

 

「無論だ。それを聞くために私達はここまで苦労してやってきたのだからな」

 

「...わかりました。少し長い話になりますが、よろしいですね?」

 

ルカとアインズは頷き、フォールスは目をつぶると何かを思い出していくかのように語り始めた。

 

-----------------------------------------------------

 

「この世界...つまりユグドラシルが発売されたのは西暦2126年ですが、そこから4年前の2122年より、日本のゲームメーカー・株式会社エンバーミングにより、DMMO-RPG・ユグドラシルというゲームの開発がスタートされました。しかしこの開発期間の過程で、今私達がいるこの世界と(・・・・・・・・・・・)2138年に終焉を迎えた(・・・・・・・・・・・・)通常のユグドラシルとは平行して、(・・・・・・・・・・・・・・・)同時に開発されて(・・・・・・・・)いたのです(・・・・・)。まずはこれを念頭に置いておいてください」

 

「ちょ、ちょっと待てフォールス!それはつまり、開発期間である4年の間に、2つのDMMO-RPGを一度に制作したという事になるのか?」

 

「そういう考え方も出来ますが、単純に基本要素が同じである2つの世界に置いて、同一要素を持った地形や位置関係の異なる別々の世界を作り上げた、いわば正規版はダミーと言う方が正しいでしょう」

 

「...一体何のためにそんな事を」

 

「そのメーカーの目的は一体何だったんだ?フォールス」

    

「それを知る前に、ルカ、アインズ。あなた達はサイバースペースというものに対してどの程度の知識をお持ちですか?」

 

「私はこれでも一応研究者だし、サイバースペースに関するプログラミングの知識も多少はあるつもりだけど、それがどうかした?」

 

「...すまんルカ、正直私は全くそっち方面の知識には疎いのだ」

 

アインズは頬を掻きながら恥ずかしそうにフォールスへ顔を向けたが、フォールスは首を振りアインズに笑顔を見せた。

 

「いいえアインズ、大丈夫です。これはあなた達プレイヤーが絶対に知らなければいけない事。これから分かりやすく説明していきます」

 

そう言うとフォールスは大きく深呼吸し、カッと目を見開いてルカとアインズを見つめ、ゆっくりと話し始めた。

 

「この世界...現実世界も含めてですが、そこにおけるサイバースペースには大きく分けて4つの世界が存在します。一つはクリアネットと呼ばれる表層のサイバースペースで、例えばユグドラシルのログイン画面や、ネットショッピングの商品を閲覧したりと、一般的に視聴検索できるサイトがこれに当たります。

 

その下層には、銀行口座やクレジットカードの管理番号・受信したメールが保存されたパーソナルボックス、またはDMMO-RPGにおけるユーザーがログイン後に進むゲームエリアが格納されたサーバ等、言うなれば一般人に見られてはまずい・検索エンジンには絶対に引っ掛かってはいけない重要な個人情報が何十億と格納されたサイバースペースがあり、そこをディープスペースと呼びます。ここは通常のWebブラウザで閲覧する事は不可能で、一昔前まではディープウェブと呼ばれていたので、こちらの方が馴染みがあるかも知れません。

 

そしてそのディープウェブの高い匿名性を生かして進化させ、更に匿名性を隠匿しつつ行動できるサイバースペースがその下層に生まれました。それがダークウェブと呼ばれる領域で、ここを閲覧する為には更に高度なブラウザと自己防衛の為の高い知識が要求されました。例えば素人が興味本位で入ればダークウェブに潜む狂気のハッカー達の餌食となり、ハッキングを受けてPCが破壊されたり、ひどい時には個人情報を根こそぎ奪い取られて、それを口実に揺すりをかけて金銭を脅し取られる等、一般的には非常に危険な場所として知られています。

 

その反面、高レベルな秘匿性を悪用した犯罪者やテロリストに目を付けられ、そこでネット仮想通貨を介し取り扱われる商品は主に銃火器や数百種類のヘヴィー・スマートを問わない数々の違法ドラッグ、殺人(スナッフ)映像、爆弾作成の手引き書から、許可が無ければ絶対手に入らない専門的な医療機器、暗殺依頼請負等、正にネットにおけるブラックマーケットとも呼べる無法地帯と化しています。しかし実際は”木を隠すなら森”という発想の元、その犯罪者達の影に隠れて政府の諜報機関や軍需産業、企業複合体等、重要拠点のデータベースとして活用されていたという皮肉な事実も、ダークウェブの側面と言えるでしょう。

 

そして忘れてはならないのが、このディープウェブとダークウェブは、表層であるクリアネットのおよそ500倍にも及ぶ広大な空間を有しているという事です。ここまではよろしいですか?ルカ、アインズ」

 

フォールスは6本の手を器用に動かし、アインズとルカに向かって手を差し出した。

 

「ああ、その知識なら知っている。何せ私のラボにあるデータバンクは主にダークウェブ上にあったからね」

 

「私は初めて聞くが、つまりディープウェブは主に個人情報のアーカイブバンクで、ダークウェブは主に違法系アイテム取引や政府・軍需・企業複合体のデータベースとなっている。しかも途轍もなく広い。これで合っているかフォールス?」

 

「大まかに言えばそういう事になります。そして更にその最下層...ディープウェブやダークウェブ、果てはクリアネットから流れてきた、削除し切れなかった情報の断片や機密文書の残骸等が漂うデータの墓場と呼ばれる空間。

 

そこはロストウェブと呼ばれていました。しかし墓場と呼ばれていながらその実、このロストウェブの秘匿性はダークウェブのそれをを遥かに凌ぎ、一部の表に出ない超ウィザード級のハッカー達により、ロストウェブのガードは非常に堅固なものと化していました。つまりロストウェブこそ、彼ら伝説級(レジェンダリー)ハッカー達の住処だったのです。

 

彼らは(リーチャー=掴み取ったもの)という愛称で呼ばれ、全世界のハッカー達から羨望と畏怖の的となっていました。そしてエンバーミング社は、その豊富な資金力にものを言わせてダークウェブとロストウェブ、そしてそのリーチャー達に目を付けたのです」

 

ここまでこの説明を聞いていたルカは平然としていたが、アインズはフォールスの言う数あるウェブの階層とその特異性を把握するのに手いっぱいだった。

 

 

「フォールス、その情報を一体どうやって手に入れたのだ?」

 

 

「私にはこの虚空というスペースからこの世界における外部への伝言(メッセージ)や、その他伝達魔法を発信する事はプロテクトにより禁止されていますが、ネットワーク回線へ接続しダウンロードや情報収集をする事に関しては、完全な自由を与えられていました。そうしてエンバーミング社の機密資料を閲覧していた時です。ユグドラシルが2138年に終焉を迎えたと同時に実験の為ダークウェブサーバへと移され、その意識も肉体もエンバーミング社に拉致された一人の被験者がいました。名は鈴木 悟という青年で、クラスはエクリプス・種族はオーバーロード・レベルは100。まさにあなたそのものだった事を思い出し、此の度お教えするに至った次第です。この計画をエンバーミング社内では、プロジェクト・ネビュラと呼称していました。尚鈴木 悟の肉体は、現在カリフォルニア州シリコンバレー・サンタクララ付近にある、エンバーミング社を買収した企業であるレヴィテック社の地下施設にある事が判明しています」

 

「な、何だと?!」

 

「アインズ、それはもしかして....」

 

「......ああ、間違いない。それは俺の名前で、俺の体だ」

 

「...フォールス、そっちからの働きかけで何とかならないの?」

 

「残念ながら、私は回線を通じて覗き見するだけですので、パネルの操作までは出来かねます。それにアインズの体は恐らくですが、当分の間は大丈夫かと思われます」

 

「...本当か?!」

 

「ええ、近くを警備している兵士達が、あと半年はこのまま監視し続けると言っておりましたので」

 

「....フォールス、そのままアインズの体を見てて」

 

ルカはフォールスの左腕を握ると、目を閉じて意識を集中した。

 

「これからフォールスの視界を共有するから、そのまま動かないで見ててね」

 

「わ、わかりました」

 

意識の回線をフォールスに開き、バイオロイドと同じ要領で視界の共有を図る。

(できた!!) ルカは飛び跳ねそうになるのを堪えて、そのまま床の厳重なカプセルに保存されているアインズの肉体と、その周りにいる兵士を見た。

 

それを見て、ルカは全てを察した。

 

「フォールス、ありがとう。もう大丈夫だよ」

 

「ルカ...私の視界を共有したのですか?」

 

「まあね。昔ちょっと色々あってさ、出来るようになったんだよ」

 

「....すばらしい力の持ち主ですね」

 

「それよりも、さっきアインズのカプセル周辺を警備していた奴らだけど...あのワインレッドの制服は、間違いなく軍の関係者だったよ」

 

それを聞いてアインズが身を乗り出してくる。

 

「本当かそれは?!なぜ民間の一企業と軍が一緒に絡んでいるんだ...全く、現実世界に帰る気はない等と言っておきながら、わが身が危険になった途端これだ...罵ってくれて構わないぞルカよ」

 

アインズは右手で額を抱え込んだが、空いた左手にしがみつくようにアインズを諫めた。

 

「こーら、弱気にならないの。第一よく考えてごらん?そのプロジェクト・ネビュラは、軍と企業が組んだ極秘のプロジェクトだ。その上での、五感を全てオンにした状態で長期間のダイブに耐えられるかっていう実験でしょ?しかしその五感をオンにしたアインズや私達の体には何の変調も無い。という事は、半年どころか数年は研究対象として取り扱われる事になる。もし体に異常が起きた時に、改めて対策を練ってもフォールスがいるから十分間に合うと思うよ。だからほら、元気出して」

 

「...そうだな。幸い体には何も異常はないし、捕らわれの身というのは尺だが、ここは我慢のしどころだな」

 

「そうさ。私だって似たようなものなんだから。フォールス!悪いんだけど私の体が今どうなってるか見てもらってもいい?」

 

「了解しました、ルカ」

 

そこから5分が経過したが、目を閉じたままフォールスからの返事がない。

 

 

「フォールス、どうしたの?見つからなければ無理に探さなくても....」

 

「いいえ、そうではないのです。ルカ、あなたの使用している回線は軍事用のバーチャル・クラシファイド・ネットワーク(VCN)を使用していますね?」

 

「え?ああまあ、そうだけど、それがどうかした?」

 

「どうもこうも、このネットワークの防壁は強固すぎます!隙のある箇所を狙おうとしても攻性防壁が幾重にも張り巡らされているし、これでは付け入るスキが全くありません!」

 

「あーー、なるほどね、うん。フォールス、それ以上は危ないからもう止めていいよ。誰が私個人への防御回路を作ったか大体分かったから。それよりフォールス、私の場合はどういう扱いになるんだろう?恐らく私の体はブラウディクス社によって厳重に隔離され、管理保全されてるだろうから、エンバーミング社の残党や軍が私の体を簡単に拉致出来るとはとても思えないんだけど....この場合、意識だけの誘拐って事になるのかな?」

 

「さあ、そこまでは私にも分かりかねます。お力添え出来ず申し訳ありません」

 

「謝ることなんかないって!それよりフォールスにそんな力があるなんて初めて知った事が一番の収穫だったよ!ありがとうね。また調査したい事があったら頼むかも知れないから、その時はよろしくねフォールス」

 

「ええ、私もこんなに沢山の友人が一度に増えて、幸せな気分ですわ」

 

「これからは会いたい時に会えるよフォールス。もう二度と一人にはさせないからね」

 

ルカはフォールスの両手を握って指を絡めた。

 

「ええ。またルカのお話を聞かせてくださいまし。昔とは違い、今度はちゃんとお相手して差し上げられますから」

 

「フフ、そうだね。じゃあ甘えさせてもらおうかな」

 

フォールスと話しながら、ルカは違う考えを巡らせていた。

 

恐らくこのように強固な防壁回路を組んだのは、仲間の研究員達の仕業だとルカは考えた。辛うじて映像だけは取得できたようで、ルカは先程フォールスと視覚を共有し、それを見せてもらった。見慣れた薄緑色のキャノピー、その上に見える実験棟の天井。その視界がイグニスのものかユーゴなのか、ミキ・ライルのものかは分からなかったが、ラボは今でも健在のようだ。現在の時間の流れと一致するならば、私は229歳を軽く超えているだろう。まるでミイラのような姿で延命されているのだろうと思うとゾッとしたが、それは考えないようにした。

 

「ありがとうフォールス、これで十分だよ」

 

「もういいのですか?わかりました」

 

「向こうが元気だってことが分かればいいさ。見せてくれてありがとう」

 

「お安い御用です、ルカ」

 

フォールスは笑顔になると、途端に幼く見えるのが不思議でもあり、何かにつけてはフォールスの笑顔を見たがる自分がいた。それは恐らくミキ・ライル・アインズも同じなのではないかと思うほど、彼女の笑顔は美しかった。もちろん素のキメ顔も美しくはあるのだが、このウルトラスマイルの前では全てが霞んで見える。フォールスは自我を持つとこんなにも可愛い少女になるのかと思うと、ルカの心中は全力大ジャンプでスキップしても物足りないくらいの喜びようであった。これから毎日会えるのかと思うと、ルカの心に気力が満ちてきたのだった。

 

「それじゃフォールス、その続きを皆の前で話してくれ。ユグドラシルが終焉を迎えた直後にアインズの肉体が拉致され、私は2350年に、恐らく意識のみが拉致された。その上でこの世界における被験対象となった事はおおよそわかった。私の体は恐らく、ブラウディクス社に保護されているはずだから、敵であるエンバーミング社の手に落ちているとは考えにくい。では次はどのサーバに移されたと言うのか、教えてもらえるかな」

 

「はい。正式のユグドラシルサービスが開始した直後より、既にダークウェブ上にプロジェクトネビュラ用のチェインサーバが設置されており、2138年11月9日午前0:00のシャットダウンと同時に、ある特定条件を満たしたログイン済みプレイヤーをダークウェブサーバに拠点ごと強制転移させてログアウト不可として拘束し、ダークウェブの違法性よろしく電脳法を破り、味覚・嗅覚・感覚・聴覚・視覚の五感をアクティブにしてその被験体の経過を観察する。尚その間、拉致したプレイヤーの肉体は生命維持カプセルに収容しつつ最高の栄養状態と心身の健康を常に維持し続けるよう指示が出ています。以上がエンバーミング社と軍及び政府が共謀して進められていた裏事業、プロジェクト・ネビュラの全容です。しかし....」

 

「しかし....どうしたフォールス?」

 

「それが...エンバーミング社はダークウェブ上だけではなく、ロストウェブ上にもミラーサーバを展開させておりまして、その....後のルカの災害へと繋がってしまうのです...」

 

「まあまあ、終わった事は後にしようフォールス、ね?それよりも現状を整理して、組み立てなおしてみようよ。それが出来るのはこの中で恐らくフォールスが最も適任だしさ」

 

「...わかりました。あなたがそう言ってくれるのであれば、引き続き私が仕切らせていただきたく思います」

 

そう言うとフォールスは胸元から小さな石を取り出し、皆で円陣を組む中央にそれを投げると、拡大表示されたマップや詳細な手順書等が光として浮かび上がり、それが皆に対する巨大な黒板代わりとなっていた。

 

「まず第一の謎として、どのような条件でこの世界へ強制的に転移させられるかという件についてですが、ユグドラシル及びユグドラシルβ(ベータ)でのサービス終了時に午前0:00を超えてログインしており、レベルが上限の100または150まで達し、日本語と英語を解し、且つ世界級(ワールド)耐性が120%を超える世界級(ワールド)アイテムに手を触れているか若しくは装備している事、最後に対象者がギルドマスターである事。私がエンバーミング社の極秘設定資料で確認しておりますので、これで条件はほぼ確定かと思われます。世界級(ワールド)耐性に関してはユグドラシル1で明言されておらず、あくまでアイテムの裏設定という形で数値化されたものと参照していただければよろしいかと存じます。尚、2138年にダークウェブへ転移されたアインズと、2350年からロストウェブに転移させられたルカとの共通項は、未だはっきりとわかっておりません」

 

「...つまり私が座っていた諸王の玉座は、世界級(ワールド)耐性が120%を超えていたという訳だな。ユグドラシル1では道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)でも世界級(ワールド)耐性の表記は出てこなかったから、運が良かったというか、悪かったというべきか....フフ」

 

「私とミキのエーテリアルダークブレードも、ライルの剣”ダストワールド”も世界級(ワールド)耐性は120%丁度だからねー。やっぱりそうだったって事か。それにしても日本語と英語を解すって、何か意味があるのかな?」

 

「恐らくだが、自動翻訳機能が働くのがその2言語だけだからじゃないか?」

 

「あーなるほど、そう言えばあったねそんな機能が。あたしは使った事ないけど」

 

「フフ、私もだよ。そう言えばお前はロストウェブに転移させられたと言っていたな。一体どこに転移したというのか、ガル・ガンチュアにか?」

 

「今は内緒。来てみてからのお楽しみって事で、今は勘弁してね」

 

「なるほどな、承知した。期待しておくぞ」

 

 

フォールスが手を叩いて皆を注目させた。

 

「みなさん、ここからが重要です!ユグドラシルの正式サービス終了後、先程お伝えした通りディープウェブからダークウェブへのチェインサーバが稼働し、強制転移させられて現在に至るわけですが、エンバーミング社はあろうことか、ダークウェブからロストウェブにもサーバ領域を確保し、そこにもミラーサーバが作られていた事が判明しています」

 

「皆の者、ここでもう一つ!!大事な事を話しておかなければならない」

 

アインズが左手を高く掲げてフォールスの話を遮った。

 

「よいか、皆覚えておくのだ。私と同じ2138年から来た者が、この世界での今に転移してくるとは限らない。同じ2138年でも、例として今から200年前に転移してしまう者もいれば、或いは今から300年後に転移してしまう者もいるという事だ。例えばそこにいるルカ達は、現実世界での2350年から転移してきたにも関わらず、こちらの世界では今から200年も前に転移している! 2138年を一つの基準とすれば、412年前に転移したとも捉えられる。この事から分かるように、プレイヤー達の転移とは非常に不安定なものである場合が多い。皆の者、見慣れない冒険者に出会ったならば注意せよ!!そしてすぐ私かルカに報告を入れるのだ、良いな!!」

 

「ハッ!!!」

 

「話の途中で済まなかったフォールス、話を続けてくれ」

 

「わかりました。それではロストウェブの話に移りましょう。時代は変わり2210年。形式上は北米企業レヴィテック社に買収されたエンバーミング社がリリースしたユグドラシルⅡが電脳法の改正と共にリリースされましたが、こちらの方はディープウェブ側のノーマルサーバをアップデートして使用されていた為、特に目玉だった嗅覚、味覚、痛覚等の感覚がアクティブになったのみでこれと言った実害もないまま、人気が以前程過熱する事もなく2223年にサービスが終了しました。しかし裏で今までの研究成果の実証等、何か工作があったのではないかと私は見ています。

 

そしてそこから15年後の2238年、ユグドラシルをサルベージしてリバースエンジニアリングにより復活させようというプロジェクトが発表されました。その中には何と当時15才で初代ユグドラシル開発に携わっていた天才エンジニア、グレン・アルフォンスの名前もあったのです。当時彼は相当高齢でしたが、当時最先端だったバイパス手術と血液全交換という処置を繰り返し施して幾分長命だったこともあり、本人の希望もあって参加したという事です。彼ほどオリジナルのユグドラシルを知るただ一人の生き証人は他にいませんでした。

 

私はその間、ディープウェブからダークウェブ・ロストウェブのサーバを彷徨い、時折クリアネットで情報を集めてはまた戻るという日々を繰り返していましたが、このニュースを知れたのは不幸中の幸いでもありました。

 

私は急いでロストウェブのサーバに戻り、そこからVHN回線を使用してエンバーミング社及び軍の極秘関連リストを調べた所、驚くべき事が分かりました。

 

何と有志が集まりユグドラシルを再生させるというのは真っ赤な嘘で、その実は最初からエンバーミング社と軍が彼らのバックに付き、プロジェクト・ネビュラの再始動を行うために科学者と人員、そして大勢の被験体を集める事が目的だったのです。しかも今度は日本国内だけではなく、世界中に向けてそれを拡散しようとしている計画書を目にした時、私はこの計画を何とかして止めなければと必死に動きました。

 

サーバの方もディープウェブに残されたユグドラシルⅡのデータを丸ごと流用し、その内容をブラッシュアップして新エリア追加やアイテムドロップ確率等若干の変更、世界級(ワールド)アイテムの追加、課金アイテムのディスカウント等を加えたのみです。つまりはリバースエンジニアリング等ではなく、実際は使用用途の無かったディープウェブやロストウェブ上のサーバをサルベージして最終的にダークウェブサーバへ強引に転移させ、プレイヤーを実験体として有効利用しようという内容だったのです。このままでは全てが闇に葬られてしまうと危惧した私は必死に解決策を探しましたが、その努力も空しく8年が過ぎ、ユグドラシルβ(ベータ)は基本料金無料・アプリ内課金のソフトとして全世界に拡散していきました。

 

私に出来る事は、可能な限りの情報を外から集め、カオスゲートまで辿り着き、虚空に到達した者へ警告を与える事しかできない。正直私は寂しかった。悲しかった。虚空はおろか、あまりの高難度が故にガル・ガンチュアまで辿り着く者さえ皆無に等しかった。ロストウェブで一人きりになり、もう諦めかけていたその時、ガル・ガンチュアに到着した20名の戦士達の姿を捉えたのです。

 

そのギルドの名はブリッツクリーグ。戦闘に特化した構成で3グループを組んでいました。彼らは最強と言っても過言ではないガル・ガンチュアのモンスターを果敢にも次々と倒し、カオスゲートを抜けて私の元まで辿り着いたのです。その時の私はNPCでしたので自由にはしゃべれませんでしたが、彼らは初めて会う私に対して色々と試しているようでした。何かしらの意味があると思ったのでしょう。するとそこへ、サークルズオブディメンジョンを持った一人のウォー・クレリックが私の前に来て跪きました。彼女の名はルカ・ブレイズ。本当なら私は今すぐにでも方法を教えてあげたかったのですが、言語野の制限があるため定型文しか返せませんでした。「汝、邪の道にあらず。人を捨てた後に改めよ」と。

 

 

すると彼女はギルドリーダーらしき人物に何かを話し合った後、手にした赤い牙を心臓に突き刺し、その場で人間(ヒューマン)から始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生してしまったのです。

 

私はそれが夢でも見ているかのような光景に映りました。彼女はその後サークルズオブディメンジョンを持ち、私に再度話しかけてきました。その時の気持ちと言ったら、もう抱きしめてあげたいほどでしたが、心を落ち着かせて彼女にこう言いました。「汝、これより生と死・空間と亜空間のはざまに生きる、限りなく無に近い存在となりけり。その力を持て、悠久を超えたる時空に身を委ねよ」と。

ルカはそれを了承し、再度私に跪いて祈りをささげていた。

するとルカの体に変化が起こりました。肌がみるみる青白くなり、両目の下には幾何学的な紋様の赤いタトゥーが入り、口の中にある犬歯も発達しており、ヴァンパイアとしての特性も引き継いでいる事が伺えました。そこで彼女は初めてセフィロトとなった訳です。

 

そうして半年ほど過ぎたある日、再び彼女が一人で私の元へとやってきました。しかも今度は忍者の姿で。その姿を見て私は納得しました。イビルエッジになる為の必要最低条件を整えてセフィロトに転生するのだと。彼女は笑顔で私にサークルズオブディメンジョンを差し出し、私に話しかけてきました。私は一も二も無く、彼女をセフィロトへと転生させました。

 

 

それ以降彼女は私の元へ来る事が多くなっていきました。虚空の空がきれいな事や、私の傍にいると守られているようで安心するといった事を話していましたね。そうして彼女が来る度に武装も強化されており、セフィロトの種族レベルを極めた上で、イビルエッジのクラスレベルも極め、専用装備をつけて現れる事が多くなりました。

 

 

そうしたある日、あなたは顔に暗い影を落としながら虚空へとやってきました。

そのまま私の足元に座り込むと、あなたはこう言いましたね。「フォールス、私一人になっちゃったよ」と。その後の話を聞くと、唯一残ったギルドメンバーであり、ギルドマスターでもあったワードオブディザスターのレビテーションという男が、今日を最後にルカへギルドマスターの権利を譲渡した後に、ユグドラシルβ(ベータ)を引退してしまったとの事でした。

 

しかし私には慰めることもできず、ただそこに佇み、寄り添う事しかできませんでしたが、彼女は(フォールスがいるから大丈夫)と言ってくれたのを覚えています。そうしてしばらくしたある日の夜中に、ルカは再び虚空へとやってきました。そうしていつものように私の足元に座り、今日は何人殺しただとか、貴重な素材を手に入れたとかを私に語り掛けてくれていた時、異変が起きました。

 

2350年8月4日 午前0:00分、事前のゲーム内アナウンスもフォーラム上やオフィシャルサイト上での事前告知等も一切無しに、唐突にサーバの接続が切れました。その後私は目が覚め、変わらず虚空に居る事に気づきましたが、先程までそこに座っていたルカの姿はありませんでした。現在のロケーションを調べてみると、何とそこはディープウェブではなく、ロストウェブ上に虚空が展開されている事がわかりました。私は外へ出向き情報を集めようとしたのですが、まるで宇宙空間に見えないバリアが張られているかのように遮られ、私の体は弾き返されてしまいました。後から分かった事なのですが、ガル・ガンチュアやカオスゲートもロストウェブに転移している事が分かりました。この世界の本島はダークウェブ上に移された事も突き止めました。

 

 

そこでネットワーク上での通信網は生きているかを確認すると、いかなるメッセージやデータの送信は禁止されているものの、閲覧やダウンロード・プレイヤーのモニター機能等に関しては全権限が使用可能と確認出来ました。そこでロストウェブとダークウェブにあるサーバがお互いにデータリンクを行っている事に気づき、そこから今日というその日まで情報を集めました。ルカ、ミキ、ライル、アインズ達、そしてイグニスとユーゴ。あなた達の姿も影ながら見守らせていただいていました」

 

 

アインズは腕を前に組み、考え込みながら再度フォールスに尋ねた。

 

「...つまりその時点で、ガル・ガンチュアとカオスゲート・虚空のみがロストウェブに分けて転移させられ、ダークウェブのセカンダリーサーバにはカオスゲートや虚空が無いという事は確実なんだな?」

 

 

「それを今日あなた達がここへ来た事で証明して見せたのです。何せこの虚空は元より、ガル・ガンチュアも、このロストウェブに転移してきてから前人未到の地。あなた達のロケーションをトレースする事によって、この虚空を含めたガル・ガンチュアがロストウェブのみにあると私も確証が持てたのですから」

 

 

「...なるほどな。サーバを跨ぐわけか」

 

 

アインズはルカの方に向けてアイコンタクトを取った。

 

 

「私達が今ロストウェブに居るという証拠があれば、見せてもらいたいのだが」

 

 

 

「やはり....現在いるサーバ名を確認出来ないので疑う気持ちは十二分に分かりますが、アインズどうか、私の話を聞いてください。2138年当初の電脳法では、臭いや味覚、痛覚等のパラメータは、ネット依存を引き起こすという理由から法律で禁止されていました。あなたはプライマリーサーバ(ディープウェブ)から転移した直後、臭いや感覚を感じたはずです。それが解禁されたという事は、あなたはエンバーミング社のセカンダリーサーバ....つまりダークウェブへと拠点ごと転送されたという事です。

 

何故なら、セカンダリーサーバ自体が全てダークウェブ上にある無法地帯としてのテストエリアだった。電脳法に違反した、視覚・味覚・聴覚・嗅覚・感覚の全てをアクティブにした状態で人間を長期的にダイブさせる事で、人体にどのような影響を与えるかを確認する為の軍との共同プロジェクト....それがプロジェクト・ネビュラの真の目的だったのですから。ディープウェブからダークウェブに転移が可能なら、ダークウェブからロストウェブへの転移も可能でしょう?」

 

 

アインズは絶句し、頭の中が真っ白になった。それに追い打ちをかけるように、フォールスは言葉を継いだ。

 

「.....アインズ、ルカ、もうあなた達なら薄々と勘づいているのではありませんか?

このユグドラシルというゲーム自体が、一種の臨床試験だったという事を(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

それを聞いてアインズが激高した。

 

 

「臨床試験...だと?たかがゲームで一体何の臨床試験をすると言うのだ!!」

 

「DMMO-RPGは、脳の演算素子に直接作用してDMMO-RPGたる状況をユーザーに提供する。その過程で実験出来る事は、多岐に渡ると思いませんか?」

 

 

「それはまあ、確かにそうかもしれないが....」

 

 

アインズのそんな思いを代弁するかのように、恐ろしく冷たい口調でルカはフォールスに聞いた。

 

「フォールス、この世界へ来る前の私達....つまりユグドラシルと、ユグドラシルβ(ベータ)に居たNPC達の事なんだけど、どうして彼らは自らの意思で行動し、自我...AIを持つようになったの?」

 

 

「恐らくはユガが彼らの体をスキャンし、そのキャラクターに関する設定を全て生かした上で自我をお与えになったのでしょう。もちろんお仲間だけでなく、普通の人間にもユガは自我をお与えになっているのですから、むやみな殺生はくれぐれも控えてくださいね」

 

 

「そんな事しようとも思ったことないよ、安心してフォールス。でも妙にユガの肩を持つのが正直気になるね」

 

「ええ。ユガというコアプログラム自体に害はありませんからね」

 

「ではそこに強制転移させられた私やアインズのような人間に取っては害悪以外の何ものでもないんじゃないか。違うか?」

 

ルカはフォールスを睨みつけた。

 

「そ、それはそんな....そんな目を向けないでくださいルカ...お願いです。私は悪意があって話しているわけではないのです」

 

フォールスは震えた手で顔を覆い、ルカの視線から逃れようとしていた。

 

「....ごめん、悪かった。少し君を試したんだ。許してくれ」

 

ルカは大きくため息をついて微笑を返した。フォールスの目に薄っすらと涙が滲んでいる。

 

 

「そのユガっていうコアプログラムは、本当に安全なのかい?」

 

「は、はい。ユガは主にクリアネットにあるログイン管理から、ディープウェブ側の正式サービス・ダークウェブ上での全体管理・ロストウェブ上でのダンジョンにガル・ガンチュア、カオスゲート、そしてこの虚空の管理を一括して行っています。現に私が今インディビジュアル回路で現在直接接続していますので、ユガに関して言えば安全だと断言できます。...しかし一番危険なのはシステム管理者という存在なのです...」

 

それを聞いていたアインズとルカは顏を見合わせた。どうやら同じ疑問が湧いたようだった。

 

 

「....ちょっと待て、この虚空やガルガンチュアは、コアプログラムの管理の下ロストウェブにあると今言ったか?」

 

 

「はい、その通りですが」

 

 

「....それなら何故わざわざゾーンをサーバ毎に分けたんだ?」

 

 

「容量がデカすぎて、ダークウェブ上でまとめるには外部記憶装置を圧迫するからじゃないか?」

 

「しかし、たった3つだぞ。面積は確かに広いが広大なダンジョンに、その先にあるガル・ガンチュア、そこを超えた先の虚空だ。別段処理が重いという事はないとおもうが」

 

 

ガル・ガンチュアとカオスゲートに含まれた謎・そして虚空。

 

 

「まあいいさ、とりあえず知りたい情報も粗方掴めたし、ここらでまとめに入ろうかアインズ」

 

 

「....うむそうだな、貴重な情報も大量に手に入ったしな」

 

 

「じゃあ話した順番通りに行こうか」

 

 

 

1. まずフォールスは、虚空に居ながらにして外部のあらゆる状況をモニターできるが、伝言(メッセージ)等の外部連絡手段は取れない。これに関しては、この虚空にゲートポイントを設置することで解決できる。またフォールス自身も虚空からは出られない。

 

 

 

2. フォールスはセフィロトに転生させる力をまだ保持している

 

 

3. フォールスはVHN(バーチャルヒドゥンネットワーク)を独自に構成し、この世界のシステム管理者と呼ばれるもの(エンバーミング・レヴィテック社))に感知されずに行動する事ができ、またクリアネット・ディープ・ダーク・ロストウェブの4ヶ所を自由に往来し、諜報活動も行える。尚ルカもそれより更に強力ななVCN(バーチャルクラシファイドネットワーク)を使用して接続しているので、当然敵からの感知や攻撃も肉体の場所も管理者に特定される事は無い。

 

 

 

4. この世界の生物及びモンスターのAIを司っているのは、ユガとよばれるメインフレームにあるコアプログラムである。

 

 

 

5. フォールスは現実世界へログアウトさせる能力は持ち合わせていない。

 

 

6. 2122年から2126年の4年間で、株式会社エンバーミングの手により、正規版ユグドラシルと、今私達のいる(敢えてこう呼ぶが)ダークウェブ版ユグドラシルの開発が急ピッチで進められていた。

 

 

7 エンバーミング社と軍は、共同でディープウェブ・ダークウェブ・ロストウェブそれぞれにサーバ領域を確保し、実験の為にこれらを使い分けていた。そして何故か理由は分からないが、現在の世界ではガル・ガンチュア、カオスゲート・虚空に関してはロストウェブ上に限定で存在し、ダークウェブからダンジョンを通り、データリンクでロストウェブに飛ぶよう設定されている。まるでその存在自体を隠すかのように。

 

 

8 アインズの肉体は拉致され、現在はカリフォルニア州シリコンバレー・サンタクララ近郊のレヴィテック社工場地下施設内にある生命維持カプセルの中に閉じ込められている。

 

 

9. ルカの体に関しては不明。恐らくブラウディクス研究棟の厳重な格納庫内に冷凍保存(コールドスリープ)されていると思われるが、冷凍保存(コールドスリープ)を使用すれば意識レベルが極端に低くなる恐れがある為、ブラウディクス社がどのような処置を取っているのかは不明。

 

 

 

「うん、大体こんなとこかな。それにしても驚いたねアインズ。まさかダークウェブとロストウェブにサーバを構えてたなんて、こちらからトレースのしようがないってもんだよ」

 

 

「ああ。私では手が出せんどころか、これはGM(ゲームマスター)にケンカを売るようなものだろう?」

 

 

「へへ、何言ってるのアインズ。ケンカを売ってきたのは向こうが先だよ?」

 

 

アインズはその絵も言えぬ不気味な笑みを見て背筋が凍る思いがしていた。

 

 

「ま、まあとりあえず目標を作らないとな。不本意ではあるがお前も私も、現実世界へ戻って体を無事取り戻すという点では意見が一致しそうだしな」

 

 

「私はその場合どうとでもなるけど、アインズはあれだけ厳重に肉体を管理されてるんでしょう? もし現実世界へ帰ったとして目が覚めた瞬間、即フリーズ!!ってなことになっちゃうよ多分」

 

 

「あー、うむまあ、手は何か考えてみるさ!!」

 

 

「適当だなあ....まあいいけど。それよりフォールス、現実世界へ帰るための情報とか、何でも些細な事でもいいから教えてくれない?私達...といってもアインズは別だけど、どうしても現実世界に帰りたいのよ。その後は願わくば、こっちとあっち(現実)を行ったり来たり出来ればいいなって思ってるの」

 

 

「現実世界ですか....現実....そう言えば、あの憎き常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)が、二十のうちの一つを持っているという噂はご存知ですか?」

 

「ああ、前に竜王国でその噂は聞いた事があるが、どのような効果までかは分からず仕舞いだったよ」

 

「...あの汚らわしい竜の持つ二十は、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)。その効果は、この世のどこかで見ているシステム管理者に対し、この世界の仕様変更が行えるという代物です」

 

「何か、常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の事随分嫌ってるみたいだね....もしそれで現実世界に帰る為のログアウトボタンを追加してください!って頼んだら、受けてくれるのかな?」

 

「あいつは....昔いきなり土足でこの虚空に攻め入って来たことがありました。もちろん私の力で追い返しましたが。それ以来の因縁です。もしそれがだめだった時は、北方に眠るツァインドルクス=ヴァイシオンにでも聞いてみるのが良いかもしれませんね。彼ならば何かを知っているかも」

 

「ああ、ツアーとはこの前会ってきたよ。その時ついでにリグリットの婆さんにも出くわしたんだけどね。残念ながら2人とも知らないってさ。それにツアーもフォールスと同じこと言ってたよ。常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)を倒して二十を手に入れれば、或いは....ってね」

 

岩に腰かけたアインズは右ひざをパシッと叩き、立ち上がった。

 

「よし!!次のターゲットは決まりだな。常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)か、ガル・ガンチュア並に歯ごたえのありそうな敵じゃあないか。ルカ、そいつの場所は割れてるのか?」

 

「ああ、竜王国から一番南、つまり最南東の山岳地帯の一番奥に奴の住むダンジョンがある。既に内部もマッピング済みだ、念のためトラップの位置等をチェックしておいてくれ」

 

そういうとルカは中空に手を伸ばし、オートマッピングスクロールを取り出してアインズに放り投げた。アインズがその地図詳細に目を見やっているとき、唐突にルカが声をかけた。

 

 

「アインズ、そこで作戦でも練りながら少しみんなで休憩しててくれないか。私はフォールスとイグニス・ユーゴに少し話があるんだ。長引くかもしれないから、気長に待っていてくれ」

 

アインズは悟っていた。ルカが人に隠れて何かをしようとする時、その覚悟が大きければ大きい程悲しい目をこちらに向けてくることを。こんな目をされては、断ろうにも断れない。

 

「ああ、分かった。早く終わらせてくるんだぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

ルカはフォールスとイグニス・ユーゴを連れて、円形の遺跡中央へと集まった。

 

「ルカさん、どうしたんですか急に?フォールスさんまで呼び出しちゃって」

 

「ここまできて稽古ってのは勘弁ですぜルカ姉!」

 

 

「.....違うよバカ!!そうじゃなくて....以前イグニス言ってたよね?セフィロトになりたいって」

 

「......え?!もしかして、カオスゲートの先にある条件っていうのは、このフォールスさんの事、なんですか?」

 

「その通り。これが最初で最後のチャンスだ。どうする?君が自分で選ぶんだ」

 

「ル...ルカさんひょっとして、俺達のレベルを105で止めてたのも、これがあったからってことなんですか?」

 

「そうだ。君達のレベルは105。そこから始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生して種族レベルを極めて120、セフィロトに転生して種族レベルを極め135、最後にイビルエッジに転職してクラスレベルはジャスト150。これで一切無駄なポイントのない、最強のイビルエッジになれることは私が保証しよう。ユーゴの場合は、始祖(オリジン)に転生して15、セフィロトに転生して15、最後の職はカースドナイトという事になる。ただその代償に、君達は人間を止めることになる」

 

「ルカさん...そこまで考えて俺達を育ててくれてたんですね」

 

「っておいお前、本気でセフィロトになるのか?!そりゃあまあアンデッドのくせにメシも酒も飲むし、人間とはそうそう変わらねえけどよ。それでも人間やめちまうんだぜ?! バカな事はよしとけ!!」

 

「ユーゴ、お前、今までルカさんが俺達に稽古をつけてくれてた時、バカな事なんて一言でも言ったか? ...言ったかって聞いてんだよおい!!!...大体、俺達に対してバカな事を言う人が、何であんなに悲しそうな顔をしてるんだよ!!」

 

ユーゴはルカを見た。俯いて目が虚ろだが、全身から悲壮感を漂わせている。

 

「ルカさん、俺なります。セフィロトに」

 

「!! ほんとにいいの?もう普通には死ねない体になるんだよ?」

 

「今のルカさん達を見てれば分かります!不老不死ってのもそんなに悪いもんじゃないって事をね」

 

「イグニス.....わかった。じゃあこれを受け取って、左胸に押し付けて」

 

そう言うとルカは赤い牙(ダークソウルズ)を取り出してイグニスに手渡した。

 

「イグニス、始祖(オリジン)ヴァンパイアへの転生には恐ろしいほどの苦痛を伴う。場合によってはそれでショック死してしまう可能性もある。それでもやるかい?」

 

「無論ですルカさん!ここまで来たからには、最後までルカさん達に付き合う為にも耐えて見せます」

 

 

「わかった。じゃあ横になって楽にして。あたしも隣に寝るから。絶対にイグニスの隣から離れたりしないから、それを強く意識して。いいわね?!」

 

「わ、わかりました!!」

 

「...左胸に牙を押し付けたまま心の中で唱えて。我は始祖(オリジン)ヴァンパイアに転生する事を了承する、と」

 

 

そう唱えた途端、イグニスの体がエビ反りのように跳ね上がり、絶叫が辺りをつんざいた。ルカは必死でイグニスの体を地面に押し付けて腕を固定し、馬乗りになってイグニスの頭を抑え込むとその目を覗き込んだ。

 

 

「どうしたイグニス!!お前の野望とはこんなことに負けてしまうくらい弱いものだったのか? お前の目的は、世界中のありとあらゆる魔法と武技を解明するのが夢なんだろう?こんな所で終わっていいのか!!こんな所で死んでしまってもいいのか!!答えはもうすぐそこにある!!!お前がこの痛みを乗り切った時、お前はその夢の境地の第一歩に立てる!!負けるなイグニス、私を見ろ!!私に集中するんだ!!!」

 

イグニスの目を覗き込んでいたルカの動きが止まった。いや正確には、ルカの目を覗き込んだイグニスの動きが止まった。イグニスは目から血涙を流し、唇を噛み締めたせいで口の端が切れて血を流している。ルカはイグニスの上から離れ、その隣に両ひざを付いた。イグニスの頭についた土埃をルカがそっと払うと、イグニスが起き上がってきた。外見的にはそんなに変わっていないが、肌が白蝋のように青白く、目はルカと同じような赤い瞳に変わっていた。口の両端から、発達した犬歯が頭を出している。

 

「ル、ルカ...さんこれは一体...今まで見えなかったものがはっきりと見えるように」 イグニスが言っているのは宙を漂うエーテルの靄の事を言っているのだろう。

 

 

「ようこそ、夜の世界へ。これで君も始祖(オリジン)ヴァンパイアだが、まだ次がある。まずは始祖(オリジン)ヴァンパイアの種族レベルを15まで上げるよ。セフィロトへの転生はその後だ」

 

「こ、ここでパワーレベリングするんですか?!さすがに危険では...」

 

 

「大丈夫、アインズ達にもイグニスのパワーレベリング頼んでおいたから、ここならレイドボスしか出ないし速攻で上がるよ!わかったらほら、さっさと準備する!」

 

 

そこで一連の話の流れを見ていたユーゴがぶっきらぼうに叫んだ。

 

 

「だーーーーーーーもうわかった!!わかったよ!!!俺もセフィロトになるよルカ姉!!!」

 

「...え?だって、生身の体が一番なんじゃなかったっけ?」

 

 

「いやまあその.....兄弟一人を置いていくわけにゃあいかねえでしょうこの場合!!イグニス、分かってんな!!ここまで来たからにゃあ一蓮托生だこんちくしょう!!」

 

「ユーゴ...! 」

 

そしてルカはユーゴにも赤い牙(ダークソウルズ)を手渡し、激痛の果てに2人ともショック死を免れ、見事始祖(オリジン)ヴァンパイアとなったのだった。

 

ルカとアインズ達はフルバフを終えて再びガル・ガンチュアへと戻り、超位魔法をここぞとばかりに連発してレイドボスクラスを瞬殺し、イグニスとユーゴのレベルがみるみるうちに上がっていった。超位魔法使用回数が切れればフォールスに回復してもらい、また戦闘という流れを繰り返していくうちに、あっという間にイグニス・ユーゴの始祖(オリジン)ヴァンパイア種族レベルが15に達した。

 

次はいよいよセフィロトへの転生だった。ルカはアイテムストレージからサークルズオブディメンジョンを2つ取り出し、イグニスとユーゴに与えた。そのままフォールスの前に進み、ルカは跪くように2人へ指示した。そして頭上へとサークルズオブディメンジョンを掲げると、フォールスは洗礼の言葉を告げた。

 

「汝、これより生と死・空間と亜空間のはざまに生きる、限りなく無に近い存在となりけり。その力を持て、悠久を超えたる時空に身を委ねよ」

 

その後フォールスはイグニス・ユーゴの頭に手を乗せたのだが、そこではたと動きが止まった。目をつぶり、何かを探っているような素振りを見せている。

 

「....あなたたち2人には、眠らされている記憶の断片がありますね。しかも相当に強い思いです。この記憶を呼び覚ませば、あなた達2人は更なる力を手に入れられるかもしれない。どうしますか、2人とも。記憶を呼び覚ましてもよろしいですか?」

 

「強くなれるのであれば、是非!!」

 

「願ってもねえ、お願いしますフォールスさん!」

 

フォールスは2人の頭に手を乗せ、2人の持つサークルズオブディメンジョンがフラッシュのように鋭く輝くと、2人の掌から消えて無くなった。その瞬間、イグニスとユーゴが茫然自失となった。まるで走馬燈を見ているかのように、2人の脳の中に記憶の風景が過ぎっていき、その風景に懐かしさすら感じていた。2人にとって全く意味不明なものも中には混じっていたが、2人にとって唯一確かだったのは、(ルカを死守する)。この使命感で満たされていた事だった。

 

 

「...2人とも、大丈夫?セフィロトになる時は、痛みはなかったでしょ?」

 

「お、俺達セフィロトになれた...んですか?」

 

「...フフ、お互いの顏を見てみなよ」

 

「...あっ!!」

 

「てめぇイグニス!!黒のタトゥーなんぞ入れやがって!それに何だその死人みてえな青白い顔はよお?」

 

「ユーゴ!お前こそ青いタトゥーなんぞ入れたりしやがって!....ぷっくく」

 

 

「「ハッハッハッハッハ!!」」

 

2人はセフィロトになれた事を素直に喜んだ。体に不自由な点も無いし、これなら人間と変わらぬ生活も遅れるだろう。

 

「さて、おふたりさん!喜んでるところ悪いけど、イグニスはイビルエッジにクラスチェンジしてね。ユーゴはカースドナイト、いい?」

 

「くぅ~、やっぱ俺はガチタン系か~」

 

「バカ言ってんじゃないよユーゴ!!カースドナイトがガチタン?ほんとに経験が浅いね。カースドナイトはテンプラーの上位互換だと思えばいい。防御力が高いくせに、魔法による火力もバカ高いという遠近両方で戦える超優秀なクラスなんだよ!!LV150になったら、ユーゴにもガンガン前線の攻撃に参加してもらうから、そのつもりでね!」

 

「へーいへい!かしこまりやしたルカ姉!」

 

「ルカさん、俺はどうすればいいでしょう」

 

 

「ああごめん、渡すものがあった。少し待ってね」

 

するとルカは地面にエーテリアルダークブレード2本・イビルエッジブラックレザーアーマー一式・INTとCON、炎と神聖に特化したアクセサリー類をズラリと並べた。イビルエッジ専用装備のオンパレードだった。

 

「はい。今すぐこれ装備して」

 

「こっっこんなに沢山....!頂いてしまってもいいのでしょうか...?」

 

「まー出世払いでいいから、ほら早く装備してみて!」

 

ルカに急かされて、とるもとりあえず装備した。ルカよりも長身なだけに、よりシャープに引き締まって見える。

 

 

「おお~いいねー、似合ってるじゃん!ここまで育てた甲斐があったよ」

 

「まだ不慣れですが、そう言っていただけると嬉しいです」

 

「うんうん。って、ちょっとユーゴ!まーだ装備選びしてるの?」

 

「っていってもルカ姉?俺カースドナイトの専用装備なんて持ってねえし、参ったな」

 

「...わかった!あたしの持ってるの全部あげるから、これで好きなタイプを選びなよ」

 

するとルカは中空のアイテムストレージから、カースドナイト専用装備を一気に掴んで地面にばら撒いた。専用剣・ヘルム・鎧・スリーブ・盾・ガントレット・レギングス・ブーツと、カースドナイトらしい赤紫のおどろおどろしい色の装備が目白押しだった。ユーゴはそれを急いで装備し、皆の前に姿を見せた。鎧のおかげか威風堂々としながら、どこか不吉な香りを漂わせる呪いの戦士がそこにはいた。

 

そうしてイグニス・ユーゴをLV150にする為のパワーレベリングが開始され、シャルティアやルカ、アインズが超位魔法を撃ちまくって速攻で片が付き、2人はあっという間にレベル150のイビルエッジとカースドナイトとなった。ここまでくれば、あとは戦闘経験の積み重ねが物を言うだろうとルカは考えていた。

 

その後再度虚空へ戻り、フォールスに別れの挨拶をした後に、円形の遺跡中心に転移門(ゲート)ポイントを設定し、ルカ達がいつでもこれるようにセットした。

 

「フォールス、今日は本当にありがとう」

 

「ええ、またみなさんいつでもいらしてくださいね」

 

「そうするよ。主にあたし一人かも知れないけど」

 

「...フフ、それでも構いませんよ」

 

「それじゃあまたね!転移門(ゲート)

 

 

ルカが開けたナザリックへの転移門(ゲート)に皆が入り、長い、途轍もなく長い一日が終わった。皆もナザリックの客室ロビーへ着いた途端、深いため息と共に憔悴しきっていた。無理もないと判断し、アインズに皆に休息を取らせようと提案して、アインズ自身も疲弊していたことからそれを了承した。

 

ルカは自室に戻る前に大浴場へと足を運んだが、そこにはミキやアルベド、アウラ等先客がいた。

 

「いやーあんだけ動いたら、汗臭くなっちゃうもんねー、みんなでザブンと入ろう!」

 

ルカが音頭を取って皆で湯舟に浸かり、その日一日の疲れを癒した。

その後背中の洗い流しっこをして洗髪し、さっぱりしたところでまた湯舟でぐったり。至福の時間であった。

 

 

脱衣所で体を拭き、アイテムストレージから新品の下着を履いて自室に向かい、ベッドに倒れ込むようにして横になり、そのままルカは就寝した。

 

 

 

フォールスにも会え、イグニスとユーゴもセフィロトに無事転生させられて、今日は、本当に充実した良い日だったと考えながら、頭から布団を被り自然と笑顔になっていた。

 

 



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第16話 覚醒

--------------------第九階層 客室ロビー 午前10:00

 

「今回もヴィクティムとガルガンチュアを除く、階層守護者及びチームは前回と同じだ。ルカ隊6人・アインズ隊6人、デミウルゴスが遊撃だ。ヴィクティム、第一から第三階層の守護を頼む。皆の者よいな!!

 

 

「ハッ!!」

 

「ルカ、お前からも状況を報告してもらっても構わないか?」

 

 

「もちろん。みんな!これから行く所はこのナザリックから東の最果てにある竜王国、更にその真南へ突き進んだところにある。この大陸で最南東の場所にある巨大な山岳地帯だ!既に転移門(ゲート)の設置はダンジョン入口付近にセットしてあるから、転移門(ゲート)を抜けたらすぐに侵入するのでそのつもりで。あともう一点。このダンジョンの中に住むシャドウドラゴンというモンスターだが、よりによって即死判定の超広範囲ブレスを吐きかけてくる。ただしそのブレスを吐く前に、奴は必ず首と頭を天高く上方へと仰ぎ、空気を吸い込むような動作をする。それを見たら、何を置いてもすかさずシャドウドラゴンの懐付近に潜り込め!奴は周囲にブレスは吐きかけられても、自分の腹の下にまでは首が届かず、ブレスは届かない。これがこのダンジョンを攻略するための最低条件だ、みんな頭に叩き込んでおけ!!」

 

 

「了解!!」

 

 

「よし、各自フルバフ準備と装備の最終点検。即死回避系のアイテムがあれば、一応身につけておくように。イグニス・ユーゴ、前に渡したデス・リリースまだ持ってる?」

 

 

「もちろんですルカさん!肌身離さず装着していますよ」

 

 

「俺も同じでさぁルカ姉、風呂はいる時も肌身離さず付けてますぜ!」

 

 

「フフ、なら心配なさそうだな。しかしだからって油断するなよ!さっき私が言った通り、敵がブレスの構えを見せたら即座に竜の腹の下に飛び込む。分かったね?」

 

 

「「了解!」」

 

 

転移門(ゲート)を抜けるとそこは標高5000メートルは超えるであろう氷雪地帯の山中だった。猛烈な吹雪で一歩前すらも見えないまま、チームはルカの背中を追いかけていく。しばらくすると、目の前に巨大な氷穴が姿を現した。優に全高全幅70メートルはあるだろう。

 

 

「さささ、寒い!!ここが入り口なんですかいルカ姉?」

 

 

「もう、このくらいの寒さに耐えられなくてどうするの」

 

 

「だ、だってよ~俺は元々テンプラーですし、炎には滅法強いですが、氷結となるとさすがにきついっす...」

 

 

「しょうがないなあ。魔法最強化(マキシマイズマジック)氷結耐性の強化(プロテクションエナジーフロスト)!」

 

 

ユーゴの体が青く光り、外界の冷えた空気から遮断されて一気に温かくなっていった。周りを見渡すと、同じような青色の光が仲間の体も覆っている。

 

 

「ユーゴにだけかけるのは不公平だからね。みんなにもかけてあげた」

 

 

「いや~、面目ねえルカ姉...」

 

 

「よし、ではみんな行こうか! 私が前方を警戒するから、みんなは左右後方の警戒よろしくね!」

 

 

「了解!!」

 

 

ルカはオートマッピングスクロールをつぶさに見ながら前方の視界を確認し、新たなトラップが設置されていないかも警戒しながら、一歩一歩前進していった。

一体どれだけ歩いたのだろうか。3時間は優に歩いた先に、小さなドーム状の小部屋があった。そしてその地面には赤色の魔法陣が部屋の床いっぱいに張り巡らされていた。

 

 

「トラップですね。ルカさん俺が解除して.....」

 

 

「だめだ、手を触れるな!!ここは私とミキでやる。この魔法陣を解くには手順がいるんだ。ただ単に解除しようとすれば、大爆発を起こすよう仕組まれている」

 

 

イグニスが解除しようとしたのをルカは咄嗟に引き留めて、ミキを隣に付かせて魔法陣に手をかざした。

 

 

「ではルカ様、私から参ります。魔法最強化(マキシマイズマジック)闇の追放(バニッシュザダークネス)

 

 

魔法を唱えた途端、床に描かれた魔法陣の色が赤から黄色へと変化した。

それを受けてルカも魔法を唱える。

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)死の影の追放(バニッシュデスズシャドウ)

 

 

その魔法を唱え終わり呼吸を整えると、ルカとミキは謎の術式を一斉に唱え始めた。

 

 

魔法最強抵抗難度強化(ペネトレートマキシマイズマジック)火の門の解放(オープンファイアーゲート)

 

 

魔法最強抵抗難度強化(ペネトレートマキシマイズマジック)風の門の解放(オープンエアゲート)

 

 

魔法最強抵抗難度強化(ペネトレートマキシマイズマジック)精神の門の解放(オープンスピリットゲート)

 

 

魔法最強抵抗難度強化(ペネトレートマキシマイズマジック)土の門の解放(オープンアースゲート)

 

 

魔法最強抵抗難度強化(ペネトレートマキシマイズマジック)水の門の解放(オープンウォーターゲート)

 

 

最後に二人は、全く同じ魔法を口を揃えて詠唱した。

 

 

「「魔法三重最強(トリプレットマキシマイズ)位階上昇化(ブーステッドマジック)聖なる献火台(イクリプストーチ)」」

 

 

その途端、地面に描かれた魔法陣の真上に巨大な青白い火の玉が出現し、その火の玉が地面にゆっくり落下すると同時に魔法陣が崩れ去り、完全に消滅してしまった。後に残ったのは、地面に穿たれた巨大な穴と、地下の先に続くであろう螺旋階段が姿を現した。

 

 

「よし終わり。この先はかなりの危険地帯だから、みんな気を引き締めて行くんだよ」

 

 

「そ、それよりもルカよ。今唱えた術式は一体何だったのだ?」

 

 

「あれは、常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)がかけた暗黒術式を解除する為の封印解除呪文。いわゆる多重ディスペルってやつかな」

 

 

「...そんなに厄介なトラップだったのか?」

 

 

「その通り。私達も初めてここに来た時はこの謎を解くのに苦労したよ。即死、壊死、溺死、爆死、圧死....全く、私のダークスポーンを何体犠牲にしたことか」

 

 

(...なるほど、モンスターを召喚して一つ解呪するごとに試していったわけか)

 

 

アインズは心の中で独り言ちたが、焦ることなくルカ達に返答した。

 

 

「なるほどな。こういった重複系の、しかも攻性防壁特性も持った魔法陣をトラップとして仕掛けられるとはな。お前達といると本当に勉強になるな」

 

 

「アインズもすぐに慣れるさ。大丈夫」

 

 

ルカはアインズにウインクして答えた。自分と同等にして、友人となったプレイヤーからかけられる優しい言葉とはこのようにうれしいものなのかと、アインズは実感していた。

 

 

ルカ達一行はその螺旋階段を慎重に降り、一本道を暫く歩き続けると、恐ろしく巨大な空間に出た。いやこれは空間というより、巨大な地下聖堂(クリプト)を思わせるような重厚な空気が流れている。その最奥部、暗くて先までは見通せないが、敵視感知(センスエネミー)のレッドライトがルカ達の脳裏に強く明滅していた。

敵の数は合計3体。しかも足跡(トラック)で確認すると、相当な大きさを持つ個体だと分かった。アインズとルカ達は抜刀し、ヒーラー役を後方に配置して紡錘陣形を取りつつゆっくりと前進する。やがて壁にかけられた松明の光がその”何か”を捉えた。ルカが即座に叫んで指示を飛ばす。

 

 

「状況、シャドウドラゴン3体!!弱点属性は神聖と氷結だ!いいか、こいつらは人の言葉を理解できる知能を持つ! 私が事前に教えた作戦を思い出せ!!一匹ずつ確実に仕留めるぞ、まずは向かって右のドラゴンからだ!! コキュートス、アルベド、ユーゴ、前衛に立て!! アインズ、後方から離れた位置で火力支援を頼む!! 右のドラゴンを壁際へ追い込んで押し付けろ!!シャルティア・マーレ、セバス、イグニス! 超位魔法準備!! アウラ・デミウルゴス、ミキ、ライルは私に続け、真横から遊撃に回るぞ!!」

 

 

「了解!!!」

 

 

「マズハ右翼か、コレナラ遠慮ハイラヌナ。アチャラナータ!!」

 

 

コキュートスが敵に突進しながらそう唱えると、4本の武器に青い炎が宿ったかの如く燃え盛るエフェクトが映し出された。何かの武器属性付与(エンチャント)にも似たエフェクトだったが、実際はどういう効果なのか得体が知れなかった。

 

 

しかもその内の右手上腕に持たれた武器一本は、とても武器とは思えないような外見をしていた。丈は6尺程と非常に長いが、一見すると錆びた金属の棒にしか見えなかった。唯一の救いは、その両端が鋭利に尖っている事くらいであった。しかしこの武器こそが、ガル・ガンチュアでの戦いで手に入れた、正にコキュートス専用とも呼べる強大な武器だとは、その時誰も知る由はなかった。

 

 

 

同じく右翼ドラゴンに向かい突進するアルベドの手には、怪しく黒銀に光る世界級(ワールド)アイテム、ギンヌンガガプが握られていた。その形状は長く歪で、斧のようでもあり、剣のようでもあり、槍のようでもあった。

 

 

「ウォールズ・オブ・ジェリコ!!」

 

 

アルベドは武器を前面で高速回転させ、敵の物理攻撃を全ていなした後、コキュートスの放つ大技に備えて時間を稼いでいた。

 

 

「アルベド、助カッタゾ!!コノ持チタル力、今コソ全テヲ解放セシ時!!唸レ天羽々斬(アメノハハキリ)!!!マカブルスマイトフロストバーン!!!」

 

 

全ての武器属性付与に氷属性のついた長重武器を、全身を鞭のようにしならせながら、壁に押し付けられたシャドウドラゴンの右横腹に向かい恐ろしいスピードと威力の攻撃を叩きつけていく。特にガル・ガンチュアでも滅多にドロップしないと言われていた世界級(ワールド)アイテム、天羽々斬(アメノハハキリ)の威力は凄まじく、一刀振り下ろされる度に剣のサビが落ちていき、その白銀に輝く美しい刃を露わにし、シャドウドラゴンの内臓が零れ落ちるほど鋭く深い傷を負わせていた。

 

 

そして敵の死に際に放ったアルベドの連撃により、まずシャドウドラゴン一匹を倒した。その時、中心にいたドラゴンの喉元が膨れ上がり、天を仰いで上空を見上げた。

ルカが素早く全員に伝言(メッセージ)を共有し、指示を飛ばした。

 

 

「来るぞ、即死ブレス!!!全員中央ドラゴンの懐かまたは腹の下に退避、急げ!!」

 

 

上空から突撃したデミウルゴスがまず一撃を頭部に加え、その視界を奪う。

 

 

「悪魔の諸相・触腕の翼!!」

 

 

数発が目に直撃したようで、激しく首を振りながら所かまわずのたうち回っている。

 

 

それを見て全員が中央ドラゴンの懐に逃げ込む。そしてドラゴンは黒煙のような禍々しいブレスをアインズ達にぶつけようとしたが、腹の下に入られては首が届かず、射程が完全に外れてしまっていた。

 

 

「チャンスだ、全員で攻撃を真上の腹に叩き込め!!相手はこちらに反撃できない、超位魔法以外の最大火力でこいつを片付けるんだ!!

 

 

「了解!!!!」

 

 

そういうが早し、全員が武技や魔法による連続技をここぞとばかりに叩き込み、視力を失っている事もあり身動きが取れず、中央ドラゴンの腹はズタズタに切り裂かれ、その場に崩れ落ちて消え去った。残りはあと一匹のみだ。

 

 

『シャルティア・マーレ・セバス・イグニス!準備は出来てる?』

 

 

『こちらはOKです。ただ一人を除いて....』

 

 

『あー、そういう事。こらイグニス!!ただ超位魔法撃つだけでしょう?何をそんなに動揺してるの?』

 

 

『い、いえルカさん、うれしいんです』

 

 

『...へ?』

 

 

『ついこの間までただのカッパープレートだった俺が、まさか超位魔法を撃てるなんて....ルカさん、俺感激です!!!』

 

 

『わかったわかった!その話はあとでたっぷり聴いてあげるから。それよりも、ちゃんと超位魔法のキャスティングタイムは終わってるの?』

 

 

『はい、みなさんいつでも撃てる準備は出来ております』

 

 

『よし、地上組は後方入口付近に退散!!今だイグニス、やれ!!!』

 

 

 

「超位魔法、聖人の怒り(セイント・ローンズ・アイル)!!」

 

 

急襲する天界(ヘヴンディセンド)!!」

 

 

竜王の息吹(ブレスオブドラゴンロード)!!」

 

 

持続する水霊の寒波(エンデュアウォーターズチル)!!」

 

 

 

イグニスが放った優に直系5メートルはある神聖属性の超高速連弾がシャドウドラゴンの胴体に炸裂し、青白い火柱を幾重にも上げて大ダメージを与えた。そこへ追い打ちをかけるようにシャルティア の広範囲神聖属性爆撃、セバスの強烈な氷結属性のドラゴンブレス、そしてマーレの超位魔法にしてDoTという凶悪な火力を誇る氷結属性攻撃を食らい、最後のシャドウドラゴンが消滅した。

 

 

そして消え去った死骸の中心に、何かが突き立てられている。ルカがそれを引き抜いて何かを確かめると、すぐに後ろにいるユーゴを呼び、こちらへと招いた。

 

 

「...やった!!ユーゴ、早くこっちに来て。超超レアな専用武器がドロップしたよ!!」

 

 

「おおー、マジすか!!今行きまーす!!」

 

 

その剣は、柄から刃の半分までが青色に鈍く光り、刃の中心から切っ先がグラディエーションがかかったように漆黒の色を成し、その周囲を凶悪な赤いオーラが覆っているという、重厚且つ禍々しい剣だった。

 

 

「これはカースドナイトの装備できる最強の剣だよ。鑑定して効果を確認しておいたほうがいい。はい、これはもう君の剣だ」

 

 

「こんな貴重なもんもらっちまって、ヘヘ!恩に着ますぜルカ姉!道具上位鑑定(オールアプレイザルマジックアイテム)

 

 

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アイテム名; サンダンサー

装備可能スキル制限:片手剣300%

装備可能クラス制限:カースドナイト

攻撃力:5200

効果:INT+300、CON+1000、SPI+200、闇属性付与150%、闇属性Proc発動確率10%、獄炎Proc発動確率50%、麻痺発動確率10%、攻撃速度上昇+40%、命中率+200%、エナジードレイン発動確率+10%、

 

耐性:世界級(ワールド)耐性:120%  

  神聖耐性:150%

   闇耐性:150%

   炎耐性+70%

 

アイテム概要: 地獄の獄炎を周囲に巻き散らすこの武器を持ったカースドナイトの揺らめく姿が、まるで太陽の上で剣舞を舞うが如き姿に映ることから、サンダンサーという名称がつけられたいわく付きの片手剣。この剣の真骨頂はその剣自体の攻撃力もさることながら、カースドナイト本来の火力である魔法攻撃力を一気に引き上げる点にあり、これにより遠距離からの火力殲滅力を驚異的に高める事ができる。

 

修復可能職;ルーンスミス、ヘルスミス

必要素材:サルファー20、オブシディアン10、トゥルースチール50、ダイヤモンド20

 

 

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「すっ....すごい効果じゃないっすか!さすがカースドナイト最強の専用剣!! ....って、こんな超超レアアイテム、俺がもらっちゃってもいいんですかルカ姉...?」

 

 

「もちろん。LV150のカースドナイト以外でこれをまともに使える人なんかこの中にいないよ。その世界級(ワールド)アイテムにより君は更に硬くなり、更に火力が増す。遠近両方で驚異的な火力を振るえるだろう。CONもグンと引き上げられたし、これからは気にせずガンガン前に出て戦っても大丈夫だから、よろしく頼むよユーゴ!」

 

 

「ありがてえ、合点承知でさぁルカ姉!!」

 

 

足跡(トラック)。よし、この先にもう敵はいない。次の地下2階が最下層だ。恐らく常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)もこちらの存在に気付いている。今ここでフルバフし直しておこう。それとポーションでHPとMPの回復も忘れずにね」

 

 

フルバフとフル回復が終わり、地下聖堂(クリプト)の先を進むと、地下へと降りる階段の入口が見えてきた。ルカとアインズ達は慎重にその階段を降り、地下2階へと到達した。

 

 

しかしその降りた先の目の前は奈落へと続く崖っぷちだった。前方約700メートル先の祭壇上に、常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の眠る姿が見えているが、周囲を見渡しても橋らしきものが見当たらず、「これは集団飛行(マスフライ)で行くしかないか」と話していた時だった。崖の底を覗いていたルカの足元が崩れ落ち、バランスを崩して崖の下へ真っ逆さまに落ちようとした時だった。咄嗟にイグニスとユーゴがルカに向かって飛び出した。

 

 

アレックス(・・・・・)!!!掴まれ!!」

 

 

イグニスとユーゴが咄嗟にルカへ手を伸ばし、間一髪その両手を握って落下は食い止めた。しかしルカは脱力したまま、イグニスとユーゴを見て放心状態となっている。

 

 

「何をしているんですアレックス!!早く私達の手を掴んで!!」

 

 

「このままじゃずり落ちちまうぞ、いい加減にしろアレックス!!」

 

 

そこでルカは我に帰り、2人の掴んだ手を握り返して、2人に引っ張り上げてもらった。2人は息を切らせながら冷汗を流している。

 

 

ルカはその場にへたり込んだまま、腰が抜けたかのように動かない。

 

 

「...今、二人とも私の名を何て.....?」

 

 

「はあ....全く、今更忘れたなんて言わせませんよ、アレックス・ディセンズ」

 

 

「俺達を置いて意識を失った時にゃあ、そりゃあもう大慌てだったんだぜアレックスよぉ」

 

 

「うそ....ほんとに、あの(・・)イグニスとユーゴ...なの? でも何で今までそれを黙って....?」

 

 

「ここで話すと少し長くなるんですが...まあいいでしょう。アレックス、あなたがユグドラシルβ(ベータ)に潜ったまま長時間戻ってこなかったので、心配になった私があなたの体に共有をかけようとした所あなたのヘッドマウントインターフェースが拒絶反応を示しました。そこで詳しくスキャンしてみると、DMMO-RPGにダイブしたまま意識が戻ってこないどころか、その居所すらもトレース出来ない事に気が付いたんです。

 

 

そこで私がバイオロイドの制御システムをオーバーライドし、精密優先型のユーゴもスリープモードから解除して、次にコンソールルームへのドアをバイパスして無理やりこじ開けました。それを見て慌てた研究員が緊急警報用のボタンを押そうとしたのですが、私達は危害を加えるつもりは無く、アレックス・ディセンズが緊急事態だという事を詳しく説明すると、ようやく理解してもらえました。その後急いでアレックスの体に異常がないか地下5階の武器保管庫の扉を蹴り破り中へ突入して確認しましたが、幸いバイタルサインは良好でした。

 

 

そこで私達は、用意してあった実戦用ヘッドマウントインターフェースを被って研究者達と協力し、演算能力を強化してアレックスの向かったポイントへとトレースを開始しました。研究員達が私達のサイバースペース内に置ける現在位置をダウンロードしながらトレースするという分担作業で、あなたの行方を徹底的に探していた所、あろうことか、あなたの意識はあの危険なダークウェブを超えて、ロストウェブにまで達していた。危険を察知した我々は、アレックスが使用していたバーチャル・クラシファイド・ネットワーク(VCN)をアップデートし、より強固な防壁で外部を固めて、他人があなたの体に誰も害を及ぼせないよう処置を施しました。そこからさらに我々もVCNで武装し、サーバ内を徹底的に探索した結果、ダークウェブとロストウェブにある2つのサーバがシステムリンクしている事・アレックスはその2つのサーバ間を往来している事・そしてそのサーバの両方共が日本のゲームメーカー、エンバーミング社と軍が共同出資で購入している事が判明しました。

 

 

私達はそれをブラウディクス本社にすぐさま通報し、今すぐアレックス・ディセンズに行っている違法行為をやめさせるよう会社に申し入れました。しかし帰ってきた返答は、彼ら軍とエンバーミング社は世界政府の命令で極秘実験を行い動いているに過ぎず、よってその為に必要な被験体であるアレックス・ディセンズの肉体を軍に明け渡せという何とも理不尽な回答が帰ってきたのです。

 

 

この返答を受けた国営企業であるブラウディクス社は激怒し、軍ではなく直接世界政府へと抗議しました。すると確かに軍は世界政府の命令で、フルダイブ型インターフェースで五感を全てONにした際、長期的に見てどのような影響があるのかを調査するための実験・プロジェクトネビュラを行っている事を白状しました。私達はそのプロジェクトネビュラ被験者の中に、ブラウディクス社の中でも最重要国家機密の人間がその実験の被験者となっているアレックス・ディセンズである事を伝えると、政府はその事実を知らず大慌てで軍とエンバーミング社に居場所を捜索するよう命じました。

 

 

しかしその結果、アレックス・ディセンズの居場所は判明しましたが、彼はダークウェブ内のユグドラシルサーバ内で大変優秀な成績を残しており、軍としても政府としても、もう少し実験経過を観察させてはもらえないだろうかという嘆願書がブラウディクス社宛にメールで送られてきたのです。ブラウディクス社としても政府の意向に真っ向から反対するわけにもいかず、そこでブラウディクス社は条件を出しました。まず、軍が被験体として扱っているアレックス・ディセンズは、ブラウディクス社内に置いて最重要機密事項である為、その肉体の明け渡しには断固応じられない事。

またブラウディクス社は軍とエンバーミング社とは別のアプローチで独自にダークウェブとロストウェブを調査し、アレックス・ディセンズ本人の意思確認を取り、本人が帰還を望むのであればブラウディクス社はこれを独自に行い、それに対し軍及びエンバーミング社からの一切の苦情は受け付けない事を条件として彼らに飲ませました。

 

 

そこでようやく本格的な捜索が開始されました。ラボ内の量子コンピュータ及び私達イグニスとユーゴの生体量子コンピュータと軍用ヘッドマウントインターフェースを使用して超高速演算を可能とした状態で追跡を開始しましたが、そこはやはり匿名性の高い広範囲なダークウェブとロストウェブです。アレックス自体がVCNを使用している事もあり、おおよその場所は特定できるのですが、そこへ通信を送ろうとしてもゲーム内のフォーマットではない為、システムから拒絶されてしまうのです。

 

 

こうなれば、私達自身がこのダークウェブ版ユグドラシルに乗り込むしかないと考えた私と研究者達はその考えに同意し、可能な限り年代や場所等の差異が無いようロケーションを計算しました。するとその内部にあるカルネ村という小さな村落が、アレックス達が行動している範囲で最も近く、転移しやすいとの事でした。そこからアレックスのデータを検閲していた所、彼は現在ルカ・ブレイズと名乗っており、脳波パターンを調べてみると、驚いたことに女性のアバターを使用している事により、心までもが女性の精神・脳波パルスに変化している事に気づきました。そしてその周りには、ミキ・バーレニとライル・センチネルという、コアプログラムに接続された高性能AIが護衛として付き従っている事も確認できたのです。そこでラボの研究班と私・ユーゴはダークウェブ内を構成する回路を徹底的に精査し、現実世界への帰還用プログラムとして、ユグドラシル内のアイテムであるデータクリスタルという形を取れば、それを使う事で帰還させる事が可能であると突き止めました。

 

 

そのプログラムが完成した段階で我々はそのプログラムを複数個持ち、バイオロイドであり生体量子コンピュータを搭載する我々が、非正規のアイテムを持ち込む為、止むを得ず正規のログインルートをバイパスして直接アレックス達を救出しようという作戦を試みたのですが、ここであろうことか想定外のエラーが発生しました。

冒険者クラスの人間に意識をコピーするはずが、それをシステムが拒絶し何と全く関係のない人間の子供に我々2人は転移されてしまったのです。その時の記憶の差異によるショックのせいで、我々本来の目的であるアレックス救出の記憶が脳の奥深くに眠らされてしまい、私達は年を重ね、幸か不幸か同じ冒険者となったわけです。そして先日のフォールスによる洗礼でセフィロトになった際、フォールスが私達の記憶を呼び覚ましてくれたおかげで、本来の目的を思い出す事が出来たという訳です」

 

 

「そういう事でさぁ。俺も実はついさっき全てを思い出したってわけです、アレックス...てか、何かこの呼び方しっくりこねえなあ。ルカ姉のままでいいか!」

 

 

「そうだなユーゴ。そういうわけでルカさん、お迎えに上がりました。私達と共に、現実世界へ帰りましょう」

 

 

「うそ....ほんとにあのイグニスとユーゴ...なの?」

 

 

ルカは信じられないと言った様子で、大粒の涙を零した。

 

 

「...私と遠隔(リモート)リンク試験を何度も行った事をお忘れですか?」

 

 

「俺なんか結局生身のルカ姉に格闘戦で一度も勝てなかったんですぜ...ったく、あの時はさすがに俺もへこみましたぜルカ姉」

 

 

「ほんとに...ほんとなんだね」

 

 

ルカは泣きながら、笑顔でフラフラと2人に近づいていく。

 

 

「ルカさん、これを受け取ってください」

 

 

イグニスはウエストポーチから、赤色に輝くデータクリスタルを取り出した。

 

 

「これを使えば、元の世界に帰れ.....

 

 

「イグニスーー!!!」

 

 

彼が言葉を全て言う前に、ルカはイグニスの胸元に飛び込んで抱きしめた。

 

 

「会いたかったよイグニス、ユーゴ....まさか名前だけじゃなく、中身まで同じだなんて私、全然気づかなくて....」

 

 

「それはそうです。私自身もつい先ほど、あなたが足を滑らせて崖から落ちようとした瞬間に思い出したのですから」

 

 

「気づくのが遅くなってすまねえ、ルカ姉。でもこうして思い出せたんだ。現実世界はもう目の前だ!さあ、一緒に帰りやしょうぜ!」

 

 

そこでルカは後ろを振り返った。そこにはアインズ達がおり、ルカに向かって大きく頷いた。

 

 

「まさか、こんなに近くにお前達が現実世界に帰る答えが潜んでいたとはな。正直驚いたが、これでそのイグニスとユーゴの元来持っていた強さも納得がいくわけだ」

 

 

「アインズ.....行こう」

 

 

「....何だと?」

 

 

「行こう!常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)を倒しに!!」

 

 

ルカはアインズ達に笑顔を向けた。

 

 

「しかしこの戦い、お前にとってはもはや何の価値も...」

 

 

「そんな事はないよ!私、この世界好きだもん。この200年で無駄足は何度も踏んだけど、無価値だなんて思った事、私一度もないよ」

 

 

「....そうか。では最後の総仕上げと行くか!!」

 

 

「おおーー!!」

 

 

その場にいた皆が雄叫びを上げた。

 

 

「ミキ、頼めるかい?」

 

 

「かしこまりました。集団飛行(マスフライ)

 

 

ルカとアインズ達全員の体が浮き上がり、深さ200メートルはある谷底を通り過ぎ、向かいの崖まで皆が降り立った。その先に祭壇があり、最上部に漆黒の竜...常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)が横たわったまま、目だけをこちらに向けて睨みつけている。それを受けてルカとアインズは、背後にいるミキやライル、階層守護者達ですら恐れおののく程の凝縮された恐るべき殺気を放ち、常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)へと叩きつけ、宣戦布告した。

 

 

(ビリビリ)という空気の震える音と共に、2人のLV150プレイヤーが放つ本気の殺気を受けて、常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)もその巨体を立ち上げざるを得なかった。常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)は、アインズ達に問いかけた。

 

 

「...何だお前らは...。ここへ何をしに来た?」

 

 

アインズが嘲笑混じりに答える。

 

 

「知れた事。貴様の首を取りに来たのだよ」

 

 

「ほう。一応聞くが、私はお前達の事を知らないし、お前達に危害を加えた記憶もない。それでも私を殺すというのだな?」

 

 

「...フン、貴様が持つ二十をよこすと言うのなら、黙って引き下がらんこともないがな。どうする?常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)よ」

 

 

「.....なるほど、それが狙いか。この存在を知るという事は、貴様らユグドラシルのプレイヤーか」

 

 

触れば斬れそうなほど研ぎ澄まされた殺気を放ち続けながら、ルカが返答する。

 

 

「だったらどうする?」

 

 

「...私は過去に、貴様らのようなプレイヤーを数名、止む無く殺している。それでも私と戦うというのだな?」

 

 

「...それは何年前の話だ?」

 

 

「おおよそ250年ほど前の話だ」

 

 

「そうかい。ならば思い知れ。そのプレイヤーの無念と、人間の底すら見えない強さ・そして本当のプレイヤーの恐ろしさをな。 無限の輪転(インフィニティサークルズ)!!」

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティスラッシュ)!!」

 

 

 

ルカとアインズの斬撃が常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の胴体を切り刻み、多量の出血を促した。それと同時ドラゴンは怒りの咆哮を上げ、ミキ・ライル・階層守護者・イグニス・ユーゴが左右に分かれて指示を待った。

 

 

「アルベド・コキュートス!!即死に注意しつつブロックに集中!こいつの弱点は神聖系と時空、呪詛、星幽系だ!!シャルティア、ユーゴ、アインズ、超位魔法準備!!マーレはアウラと前衛の回復及び火力支援を頼む!イグニスはダブルヒーラーだ、前衛に貼り付け!!デミウルゴス、セバスはマーレの直衛に付け、隙があれば攻撃しろ!ミキ・ライルは遊撃隊だ、いいな!」

 

 

「了解!!」

 

 

常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)はさすがに今まで通りの敵という訳には行かず、ルカやアインズ達のいる頭上に神経を尖らせていた。上空に向かって獄炎の火球を放ってくる。みな避けてはいるが、このままでは消耗戦になってしまう。それだけは何としても避けたかった。

 

 

4人が頭上に両手を掲げ、巨大な魔法陣が折り重なっていく。そこへルカが2人に指示を飛ばした。

 

 

『ライル、ミキ、今だ!!!』

 

 

呼吸の盗難(スティールブレス)!!」

 

 

影の感触(シャドウタッチ)!!」

 

 

(ビシャア!!)という音と共に常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の動きが止まった。影の感触(シャドウタッチ)により約9秒間一切の身動きが取れなくなり、その効果が切れても呼吸の盗難(スティールブレス)の効果時間は21秒残る。移動速度-85%の移動阻害(スネア)に強烈な毒DoTのおまけつきだ。これで上空への攻撃も止められ、その後の地表への攻撃の手も緩められる。ルカ達がキャスティングタイムを消化している間、地表では怒涛の攻撃が続いていた。

 

 

弱点の捜索(ファインドウィークネス)一万の斬撃舞踏(ダンスオブテンサウザンドカッツ)!!!」

 

 

「三毒ヲ斬リ払エ倶利伽羅剣! 不動明王撃!!!」

 

 

ライルのデバフが効いているとあって、この2人のコンビネーションプレイは抜群の破壊力を誇り、この2撃で相手のHPを2/6ほどを消し飛ばす大火力だった。時間さえあれば、恐らくこの2人だけで倒す事が可能だろう。しかしルカは油断しなかった。この前のアウラとマーレのような目にだけは絶対に合わせないし、尚且つ相手は初めて戦う相手だ。何をしてくるのかをじっくり観察する必要がある。

 

 

頭上にいる4人のキャスティングタイムが終了した。ルカが伝言(メッセージ)で全員に指示を飛ばす。

 

 

「今だ、全員後ろへ引け!!」

 

 

周囲にいた者達が一斉に常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)から後ろへ飛び退いた。

 

 

4人が呼吸を合わせて、下方へ両腕を叩きつけた。

 

 

 

「超位魔法・次元の崩壊(フォールオブディメンジョン)!!」

 

 

急襲する天界(ヘヴンディセンド)!!」

 

 

致命的な苦痛(デッドリーペイン)!!!」

 

 

永遠の異次元(アナザーディメンジョン)!!!」

 

 

 

弱点属性の超位魔法4連撃を上空から食らい、常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)は無残にも地面に叩き伏せられた。しかしそれでもまだ息がある。恐るべきタフさだとルカは認識し、最後の最後まで何をしてくるか分からないという気持ちが消えなかった。ルカは素早く地面に降り立ち、前衛に攻撃を指示しようとしてきたその時だった。常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)は瀕死の状態で呪文を唱えた。

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)約櫃に封印されし治....(アークヒーリ.....)

 

 

影の感触(シャドウタッチ)!!!」

 

 

ルカは刹那の瞬間で麻痺の魔法を唱え、敵のヒールを阻止した。

 

 

 

伝言(メッセージ)、各員へ!これより無敵化の魔法を使用する。魔法がかかったと同時に全員最大火力で集中攻撃だ、こいつに回復させる隙など一切与えるな!!完全に殺し切るんだ!!』

 

 

『了解!!!!』

 

 

虚数の海に舞う不屈の魂(ダンスオブディラックザドーントレス)!!』

 

 

 

無敵化が有効な10秒間の間、13人全員の意思が一つとなり、火力という火力の全てを常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)に叩きつけた。

 

 

そして敵は絶叫と共に、遂に倒れた。

 

 

「はぁ....はぁ、やったか?」

 

 

「ドウヤラソノヨウダナ...」

 

 

ライルがコキュートスの肩を借りて、祭壇から降りてきた。

 

 

「お姉ちゃあん!だだ、大丈夫?」

 

 

「...あんたねー、大丈夫だったらこんなに倒れてないわよ。ほら、さっさとヒールしなさい」

 

 

「わ、わかったよお姉ちゃん」

 

 

「...フフ、でも強かったなあ、あのドラゴン。びっくりしちゃった」

 

 

「か、火力も凄かったけど、HPが異常なくらい高かったよね」

 

 

「そうねー。何をしたらあんなHP持てるのか、不思議でしょうがないけど。まああたしらはそいつに勝ったんだし、もうどうでもいいか~」

 

 

アウラは仰向けになったまま、マーレのヒールを受けて目をつぶった。

 

 

 

「アルベド、アルベド!!しっかりしてください、大丈夫ですか?!」

 

 

「ん...あ....デミ..ウルゴスね。...よかった、その様子...だと..倒せたのね」

 

 

「ええ、もちろんですとも!あなたの防御スキルがなければ、皆が全滅の恐れすらありました。ルカ様、ルカ様!!!至急アルベドの治療をお願いできますでしょうか!!」

 

 

「わかった、すぐ行く!!」

 

 

ルカが駆け付けた時、アルベドの足に巨大な岩石がのしかかり身動きが取れずにいた。ルカとデミウルゴスでその岩を息を合わせてどかすと、そこにあるはずのアルベドの足が無かった。左足の膝から下が押しつぶされて、跡形もなくなっていたのだ。

 

 

「アルベド、バカ!!こんなに無茶して....前衛は無茶禁物だって、あれほど教えたでしょう?!」

 

 

「...で...ですがルカ...あの竜...明らかにプレイヤーを超える力を....持っていました....わた..しは、どうしても、それに勝ちたかった....」

 

 

「それが無茶しすぎだって言ってるのよ...もう、あんまり心配かけないでよね」

 

 

ルカは涙を拭い、アルベドの左足とみぞおちに手を乗せて意識を集中し、魔法を唱えた。

 

 

魔法三重最強(トリプレットマキシマイズ)位階上昇化(ブーステッドマジック)大致死(グレーターリーサル)

 

 

(ブゥン!)という音を立て、アルベドの無くなった膝から下の足が、まるで細胞が再生するかのように足の形を成し、みるみる復活していく。同時に体中に追った深手も完全に治癒された。

 

 

「....ありがとう、ルカ」

 

 

「もうお願いだから、こんな無茶やめてね?」

 

 

「ええ...」

 

 

ルカは柱に寄り掛かって座るアルベドを優しく抱き寄せた。

 

 

「デミウルゴス!君はケガしてない? セバスは?」

 

 

「私共なら大丈夫です、ご心配をおかけしました」

 

 

 

回りを見ると、少し先でミキがアインズとコキュートス、ライルの治療を行っていた。急いでルカが走り寄る。

 

 

「ミキごめん、一人でやらせちゃって」

 

 

「いいえルカ様。アインズ様は私が治療しますので、コキュートスとライルの治療をお願い致します」

 

 

「わかった、まずライルの方がひどそうだね」

 

 

ルカはライルの額と腹部に手を置いて目を閉じた。

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)約櫃に封印されし治癒(アークヒーリング)

 

 

ライルがこれだけの手傷を負うとは、相当な無茶をしたに違いないとその傷口を見て思ったが、同じ武士同士、コキュートスと背中を合わせて戦ったのだろう。それを思えば、ライルにとっても良い経験だったのかもしれない。いやそもそも、戦闘に関して悪い経験などは存在しない。勝っても負けても必ず得るものはある。ルカは常々そう考えていた。

 

 

コキュートスも治療が完了し、周りを見渡せば全員の治療が完了していた。

 

 

「ルカ様!!こちらへ来て見て欲しいものがありんす」

 

 

奥を見ると、シャルティアが先程倒した常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の居た祭壇の上からルカを呼んでいた。それを見てルカはアインズの手を引いて立たせ、一緒にシャルティアの元まで向かっていった。

 

 

「ルカ様、おんしの探していたのはこれでありんしょう?」

 

 

シャルティアが指さす先には、2匹の蛇がお互いの尻尾に食らいついて一つの輪と化しているクローム色の禍々しい指輪、二十のうちの一つ、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)が落ちていた。

 

 

「...ああ、そうだよシャルティア。ありがとね教えてくれて」

 

 

「べ、別にあたしはそんな物には全く興味はありんせん」

 

 

全くだ、とルカは思った。これが同じプレイヤーだったら、二十を見た途端その場でバトルロイヤルが始まってもおかしくないほど貴重な品だ。ここまで来てくれたアインズと階層守護者には何度お礼を言っても言い足りない。

 

 

ルカはそれを拾い上げると、アインズに手渡した。

 

 

「なるほどな....これが永劫の蛇の指輪(ウロボロス)か。ユグドラシルでは制作会社であるエンバーミングにシステム変更を要請できるというが...」

 

 

「アインズ、それ欲しい?」

 

 

「...いいや。私より今はお前が使うべきものだ。持っていけ」

 

 

「優しいね、アインズ」

 

 

「もしこれが逆の立場なら、お前だってそうするはずだ。違うか?」

 

 

「そうだね。私は君達を絶対に裏切らない。約束したからね」

 

 

「....手を出せ」

 

 

「ん?うん、はい」

 

 

そう言ってルカは右手を出した。

 

 

「そっちじゃない!左手を出せ!!」

 

 

「な~に怒ってんのよ。はい」

 

 

ルカの差し出した左手を握ると、アインズは右手でルカの左薬指に永劫の蛇の指輪(ウロボロス)をそっとはめた。少しサイズの大きい指輪がオートフィットし、ルカの指にピタリと吸いついた。ルカの顏が真っ赤に紅潮している。

 

 

「ア、アインズこれってそのあの、そう受け取って...いいの?」

 

 

それを受けてアインズはルカから背を向け、落ち着きが無くなっていった。

 

 

「そっその指輪はだな、貴重どころの騒ぎではない超超レアアイテムなのだ!だからそのだな、絶対に忘れない場所に付けておけばその、絶対に無くさない...だろう?」

 

 

「...うん」

 

 

ルカは背中を向けたアインズの後ろから抱き着いた。アインズは緊張していたのか、カチコチに固まってしまっている。

 

 

「ありがとう、アインズ。君は最高の友人だよ」

 

 

「...礼を言うのは私の方だ。我が友、ルカ・ブレイズよ」

 

 

それを遠目から見ていた守護者達は優しく見守った。アインズを愛するアルベドとシャルティアさえも、文句の一つもつけずに2人のその姿を眺めていた。何故なら彼女らは信じていたからだ。ルカ・ブレイズという一人の女性を。

 

 

その日は全員でナザリックに帰り、大浴場で体を洗い流した後は大広間で飲めや食えやの大宴会となった。まるで温泉やスパリゾートに来ているような気分になったが、来ているメンツが強面すぎるのが滑稽でもあった。食事も和洋折衷のすばらしく美味い料理が振舞われ、ルカ達3人もイグニス・ユーゴもその料理に舌鼓を打った。

 

 

そうして楽しい時間が過ぎた。イグニスやユーゴ達からも酔い任せにいろいろな話が聞けて楽しかった。そうして自室へ戻ろうと部屋の中に入ると、アルベドが中で一人待っていた。その表情から、先程の酔いの席とは違い真剣な話なのだと察したルカは、扉の脇にあった椅子をベッドの前に置き、自分はベッドに座って向かい合うようにした。

 

 

アルベドはその椅子に座るなり、言葉を発した。

 

 

「...やはり、行ってしまわれるのですか?」

 

 

「...ああ、それが私の200年間に渡る目標だったからね」

 

 

「あなたも、他の至高の御方々のようにこの世界から去ってしまうのですか?」

 

 

「アルベド、私は君に約束した。もしここに戻ってこれる手段があれば、必ずそれを使用して戻ってくる。私はこの世界が大好きだ。飽きて去るわけではない。アルベドの事も大好きだ。君に会いに戻ってくる。誓うよ」

 

 

「.......絶対に....ですよ。ルカ、あなたはこれまで一度も嘘をつかなかった。だから今度も嘘ではないと信じて、私は待ちます。あなたの帰りを」

 

 

「ああ、待っててくれ。...今日も一緒に寝る?」

 

 

(コクン)とアルベドは頷き、一緒に寝る為に用意してあったネグリジェに着替えてベッドに入った。ルカは考えた。帰る手段はイグニス達のおかげで見つける事が出来たが、またここに戻ってこれるという保証はない。しかし一度この世界に転移させられ、そして現実に帰れるという結果が得られたのだ。またここに戻ってこれる手段もきっと見つかるはずだ。そう強く信じ、左で眠るアルベドの頭を優しく抱きしめた。

 

 

もうこの子は我が子。そうだ、フォールスにも挨拶してから帰ろう。今まで世話になったプルトンや黄金の輝き亭のマスターと女将さん、そしてカルネ村のエンリとンフィーレアにも一言お礼を述べなければ。何せ彼らがいなければ、ナザリックは発見できなかったかも知れないのだから。

 

 

テキスとメキシウムの世話はプルトンに任せる事にしよう...と様々な思いが寄せては返し、いつの間にかルカは熟睡へと眠りに落ちていた。

 

 

 

-----ナザリック第九階層 客室ロビー 午前10:00

 

 

 

今日はアインズ達をルカのギルド拠点に招待する約束になっていた。ロビーにはアインズや階層守護者達、戦闘メイド・プレアデス達も集まっている。

 

 

「じゃあみんな、準備はいいかなー?そろそろ行くよ~、転移門(ゲート)

 

 

ルカとミキ・ライルが先に入り、その後にアインズ達が続いたが、その転移門(ゲート)の先にある光景を目の前にして、皆が絶句していた。

 

 

「そ、そんな...!アインズ様、ここはもしかして...」

 

 

「....虚空...だと?」

 

 

「フフ、驚いた?」

 

 

 

周囲を宇宙空間に覆われ、道を一歩踏み外せば黒曜石の岩山が立ち並び、空には星雲と銀河が瞬く満天の星空。そこはまさしく、フォールスのいたあの虚空と同じような小惑星の上だった。唯一違うのは、転移門(ゲート)を抜けてすぐに城塞の壁があり、その壁の上沿いに無数の機関銃が設置され、こちらの動きに追従するように狙いを定めている。そしてその城塞の壁は岩盤ではなく、その全てがミスリルの合金で作られた非常に強固な城壁となっていた。

 

 

そしてその城壁の向こうには、同じく銀色に輝く巨大なピラミッドが聳え立っていた。一辺200メートル程の広大な敷地に建てられたミスリルのピラミッドは、虚空の夜空と絶妙のコントラストを見せており、さながら超古代の様相を呈していた

 

 

正面ゲートのカメラがこちらを向き、ルカが右手を上げると(バシュ!!)というロックの外れる音と共に門が開いた。

 

 

「さあみんな、遠慮せず入って」

 

 

ルカが促し、その後をついてピラミッドの入口をくぐると、その中はまるで超高級ホテルの1階ロビーを連想させるほど広く、左奥にはホテルのフロントがあり、右側にはケーキ・ビュッフェを揃えたカフェもある。ルカはそのホテルフロントへと皆を案内すると、そこに一人身長190cmを超えた男が漆黒のスーツを纏い、長髪をヘアゴムでポニーテールにまとめて体格のがっしりとした初老の男性が右腕を前にかかげ、頭を下げて皆を出迎えた。その横には、身長160cm程の小柄なメイド服を着た女性がたどたどしく頭を下げていた。

 

 

「帰ったよー、彼らが昨日連絡しておいた私の友人達ね。」

 

 

「...おかえりなさいませルカ様・ミキ様・ライル様。そしてお客様方、ようこそ我がギルド・ブリッツクリーグの拠点フラジャイルへお越しくださいました。私はここの執事兼ギルド執行代理を務めさせていただいております、フラッドと申します。ご用命の際は何なりとお申し付けくださいませ」

 

 

「わわ、私はフラッド様付きメイドのワツ・クオーと申します。御用の際は何なりとお申し付けくださいませ!」

 

 

 

「じゃあ早速で悪いけどフラッド、ワッツ、みんなを客室に案内してあげて。もちスイートでね」

 

 

「かしこまりましたルカ様。それでは皆様ご案内致します、こちらへどうぞ」

 

 

エレベーターで地上15階に着くと、それぞれの部屋へと案内した。アインズが案内された部屋はまさに豪華絢爛という言葉が相応しかった。変に飾る事なく部屋のインテリア自体が高級感を醸し出す内装、広いリビングにキッチン、寝室も2部屋あり、その内装全てが直線と流線形を巧みに組み合わせた室内となっており、まるでフランク・ロイド・ライトの設計したホテルを連想させる、実に見事な客室であった。

 

 

アインズの部屋だけではなく、他の階層守護者や戦闘メイド達が案内された部屋も同様にすばらしい部屋の作りであった。そして外観のピラミッドからはただの石の壁としか見えなかったが、全ての部屋には内側からだけ外が見える展望台のように広い窓がついており、虚空の星空をこれ以上なく堪能できる仕様となっていた。

 

 

アインズ達もこの予想外のリッチな部屋に皆が大満足であった。

 

 

このフラジャイルという建物は地上18階、地下10階の四角錐を上下に重ねた菱形の構造をしており、有事の際は地下にある戦闘指揮所より全方位に対する攻撃が行われるとの事だった。しかしこの拠点はユグドラシルβの時にはニダヴェリールにあったのだが、転移後に何故か虚空と同じようなフィールドに飛ばされてしまっていたとの事だった。よって外界と隔絶されたこのフィールドに攻め入るような敵はもちろん無く、至って平穏な日々を送っていたらしい。

 

 

娯楽施設であるカジノや大浴場、本格的なゲームセンターやブティック等を案内した後は皆でとびきり豪華な昼食を摂り、アインズと2人で最上階の展望レストランへと上がり、窓際の席へ腰かけた。

 

 

「マスター、彼には”カリカチュア”を、私にはクレメンタインをダブルで」

 

 

「かしこまりました、ルカ様」

 

 

「お、おいおいルカよ、私は酒は...」

 

 

「大丈夫だって。この前あげたアンデッドでも飲めるエーテルメインのお酒、おいしかったでしょ?あれと同じものだから」

 

 

「そ、そうか、なら良いのだが」

 

 

「お待たせいたしました」

 

 

バーのマスターが、きびきびとした動きでアインズとルカの前にグラスを音も無く置いていく。ふたりはグラスを手に取り、頭上に掲げた。

 

 

 

「はい!それじゃ我がギルド・ブリッツクリーグ拠点への初のご招待に!」

 

 

「そして常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の撃破記念に!」

 

 

「「カンパーイ!!」」

 

 

アインズはいつになく酒も進み、上機嫌だった。きっと普段は周りに威厳を示すために無理を押して自分を作っているのだろう。私の前では、そんな事はしてほしくないと願ったが、これは飛んだ杞憂だったようだ。外界を引き立てる為に敢えて店の照明が暗めに落としてあり、眼下に広がる果てしない宇宙を眺めながらの酒は最高だった。きっとアインズもそのゴージャスな雰囲気に飲まれていたのかもしれなかったが、それはそれで良い事だとルカは思った。この時間が永遠に続けばいいのにとさえ考えたが、そういう訳にもいくまい。早い時間から飲んでいたにも関わらず、もう夜20:30を回っていた。楽しい時間が過ぎるのは本当に早いものだとルカは痛感した。

 

 

「...この世界に転移して来た時、お前はこんなにも綺麗な景色を眺めて過ごしていたのだな。うらやましい限りだ。私なんぞただの草しかない平原のど真ん中だったからな」

 

 

「そりゃー最初の内はよかったよ。でもここから転移門(ゲート)を開くと唯一行ける場所がエ・ランテルに設定されていたのもあって、そこからはこの拠点にもたまにしか帰ってこなくなってしまった。今日は本当に久しぶりなんだよ」

 

 

「部屋のセンスといい、食事といい酒といい、文句のつけようがない。お前が現実世界から帰ってきた暁には、またここへ寄らせてもらうとしよう」

 

 

「う、うん!いつでも来て。喜んでもらえて良かったよ、ここはナザリックと比べると規模も小さいからねー。何せ傭兵ギルドだったし、ヘタに規模を大きくすると後が大変だったし」

 

 

「なるほどな。規模を大きくすればそれだけ金もかかるしな」

 

 

「...ねえアインズ。もしも、の話なんだけど、」

 

 

「何だ?」

 

 

「もしも、だよ。私達の現実世界とこの世界を自由に行ったり来たり出来るようになって、アインズが私達の世界に来るための体がこちらに用意してあったら、私達の現実世界にアインズ来てくれる?」

 

 

「完全に自由に往来できるのなら、の話だがな。その時は考えてやらんでもない」

 

 

「ほんとに?!約束だからね!」

 

 

「...フフ、まるで本当にそれが実現できるような物言いだな。しかしまあ、こうやってお前とゆっくりできるのも今日までだな。明日には立つのだろう?」

 

 

「...うん。向こうの現実がどうなっているかも見てみたいし」

 

 

「お前は強いな」

 

 

「そんなことないよ。あたしこれでも結構脆いのよ?」

 

 

「まあ、泣き虫ではあるしな」

 

 

「ん~もう!!それは言わないの!」

 

 

アインズとルカはお互い顔を見合わせ、笑いあった。

 

 

その後は皆でこれまた豪華な夕食を摂り、全員フラジャイルに泊まる事となって皆喜んでいた。それぞれが思い思いの休暇を取り、そして夜が明けた。

 

 

 

--------------ナザリック第九階層 客室ロビー 午後1:30

 

 

 

今まで世話になったみんなに挨拶してから現実世界へ帰るとアインズ達に伝え、まずは客室ロビーからイグニス・ユーゴ・ミキ・ライルと共にエ・ランテルへと転移門(ゲート)で向かった。冒険者組合の扉を開き、2階への階段を上がって左手の組合長室にノックして入る。

 

 

中には相変わらず書類整理で躍起になっているプルトン・アインザックの姿があった。

 

 

「プルトン、来たよー。今忙しいの?」

 

 

「ん?おおルカか、見ての通りだ。今ちと手が離せなくてな」

 

 

「....どうしても?」

 

 

「....?なんだその含みのある言い方は」

 

 

「プルトン、見つけたんだよあたし達。ガル・ガンチュアも、カオスゲートも、そして虚空もね」

 

 

「なっ...何だと!!是非私も連れて行ってくれ!!すぐに準備するから」

 

 

「フフ、だからそれを誘いに来たんだって。慌てなくて大丈夫だよ」

 

 

そういうとプルトンは向かって左のクローゼットから白銀のフルプレートメイルを引っ張り出し、全身に装備した。そして同じくミスリル製と思われる強靭なタワーシールドと片手剣を腰に差し、準備が整った。

 

 

「イビルズ・リジェクターの復活だね。まあ戦うことはないと思うけど、念のために装備は怠らない方がいいかもね」

 

 

「うむ、お前から昔聞いた話からして、危険な場所に変わりはなさそうだからな」

 

 

「よし、じゃあ行こうか。転移門(ゲート)

 

 

 

門を抜けた先にあるのは、荒涼とした月面のように静かな世界。一面灰色の砂で覆われた土地に、幾多の星が瞬く世界。プルトンは目を丸くして周囲を見回していた。

 

 

「ここがガル・ガンチュアだよプルトン。殺風景な場所だろう?」

 

 

「ここは...本当にこの世界の一部なのか?何やら全く別種の臭いを感じるが....」

 

 

「さすがいい勘してるね。そう、詳しく話すと長くなるから端折るけど、この場所は私たちの元居た世界とは別のサーバにあるんだよ」

 

 

「サーバとは、お前の話していたユグドラシルの入っているサーバという事か」

 

 

「そうだね。あまり遠くまで行かないでよ。ここの敵はレイドボス並に強いから、私達だけじゃ相当な苦戦か撤退しか道はないからね」

 

 

「な、なるほど分かった。ガル・ガンチュアについてはもう十分だろう。次はカオスゲートを見せてくれないか」

 

 

転移門(ゲート)を再度通り、カオスゲートのある神殿前へと到着した。

門をくぐり、最奥部のモノリスをプルトンは見上げる。

 

 

「こんな地にこんなモノリスが何故....しかもエノク語で書かれているようだな」

 

 

「プルトン、まさか読めるの?」

 

 

「馬鹿者、長年神に仕えてきたウォー・クレリックでありクルセイダーでもあるこの俺が、神代の古代エノク語を読めないでどうする! えーと、なになに....

 

 

 

-------君達がここへ辿り着いた時、それが希望になるか絶望に変わるかは私にも分からない。ただ、この先にいるサーラ・ユガ・アロリキャのAIをコアプログラムに秘匿回線で接続できるようこっそり改良しておいた。彼女は昔とは異なり人種はどうあれ、君達を回復してくれる事だろう。そしてセフィロトに転生しようとしている諸君、または既にセフィロトに転生してここに来た諸君。彼女にとって全てのセフィロトは自分の子も同然だ。そしてそんな君達だけに、サーラの口からこの世界に対する真実が語られるだろう。突飛な話と思われるかもしれないが、彼女が話す言葉は全て真実であり、私自身の言葉だと思ってほしい。そしてサーラはとても傷つきやすい子だ。願わくば、彼女に優しく接し、サーラの言葉を信じて前に進む事を勧める。

 

 

そして最後に、何故このガル・ガンチュア及びカオスゲートがこのようなロストウェブに隠されたのか。それはこのロストウェブサーバのメインフレームに、ユガと共にダークウェブ上を含む全てのAIを管理するコアプログラム(メフィウス)があるためだ。この世界から脱出する為の方法は3つある。

 

 

一つは外部からプレイヤーのロケーションをトレースし、帰還用のデータクリスタルを作成して外部より持ち込んでもらう事。2つ目はサーラ・ユガ・アロリキャを倒す事。3つ目はコアプログラム(メフィウス)の機能を停止させる事だ。一つ目の方法に関してはサーバ自体が秘匿回線故にロケーションの解読に時間はかかるだろうが、一度トレースを固定できれば帰還用データクリスタルを生成するのは容易く、手堅い方法であることは間違いない。2つ目の方法は絶対にやめておいた方がいい。何故ならサーラ・ユガ・アロリキャはこの世界で最強の火力と最強のHP・MP・そして最大の世界級(ワールド)耐性を持っているからである。彼女に刃を向けた時、それは君自身の死に直結するだろう。3つ目に関してだが、メインフレームへの入口はガル・ガンチュアのどこかにあるクレーター中心部に巧妙に隠されている。ここまで来れた諸君なら、どう隠されているのかは想像に難くないだろう。

 

 

(メフィウス)を停止させればこの世界ごと崩壊し、プレイヤーを強制ログアウトさせると同時に二度とサルベージ不可能な程までにこの世界は破壊しつくされ、終焉を迎えるだろう。ただその前に、私は君たちにこの世界を堪能し、そして楽しんで欲しい。その為だけにこの謎に満ちた世界を作り、その為だけに生涯を捧げてきた。願わくばこのようなプロジェクトネビュラなどという、軍と共同の極秘プロジェクトという形ではなく、将来的には誰もが自由にこのダークウェブサーバとロストウェブサーバを往来できる日が来る事を心より望む。

 

 

 

2238年5月22日 グレン・アルフォンス

       ....ユグドラシルを愛する全てのプレイヤーへ捧ぐ

 

 

 

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「....ルカ、これは明らかにプレイヤーに当てられた謝罪文だな。このグレン・アルフォンスという人物は一体誰なんだ?」

 

 

「...ああ、西暦2126年にユグドラシルを作り上げた基礎開発者の一人さ。当時は若干15歳にして天才的な技術力をユグドラシルの為に如何なく発揮していたらしい」

 

 

「それが一転、エンバーミング社と軍との結託により、悪夢へと変わっていったわけか」

 

 

「いや、そうとは限らないぞプルトン。彼は開発の始まった2122年から、全てを承知の上でこのプロジェクトに加担していたのかもしれない」

 

 

「エンバーミング....遺体の消毒保存処理・長期保存を可能にする技術...か。ふざけた名前をつけやがって、奴ら最初からうそぶいてやがったって事だな...」

 

 

「しかしまあ、プルトンがエノク語を解読してくれたおかげでまた一つ謎が解けたじゃないか。やはり約束は守るものだな」

 

 

「フン、そもそも貴様が嘘をついたところなんぞ見たことがない。このガル・ガンチュアの話をお前が初めて俺に打ち明けてくれた時も、俺は”こいつの言っていることは本当だ”と信じざるを得なかった。否、信じざるを得ない程お前の語りには真剣さが滲み出ていた。こうやって俺がここへ来てお前に一つの謎解きを提供できたのも、何かのお導きかもしれないな」

 

 

「お導きって誰のだ。....神様か」

 

 

「敢えていうなら、フォールス様、かな?」

 

 

「なるほど。ならそのモノリスの下にある台座に刻まれた文字も呼んでみるといい。それはきっと彼女自身が刻んでいったものだ」

 

 

「....ふーむ、なるほどな。我が子とはつまり、お前達セフィロトの事か。.....ん?ルカ、この最後の一節を見てみろ。上段の文字と比べて、つい最近掘られたような感じだ。削れた部分もまだ鋭さが残っている」

 

 

ルカがプルトンの指さす部分に目を落とすと、こう記してあった。

 

 

 

(我が子に会う為、全てを投げ打ちその願いを成就せし者なり)

 

 

 

ルカは微笑し、その文字をそっと指でなぞった。彼女は私達と会った事で、満たされたのだ。

 

 

「さあ、もうここは十分だろう? フォールスに会いに行こうプルトン」

 

 

「そうだな。お前も満たされたようで何よりだ」

 

 

「...フフ、そうね。今日ばかりは認めるわ。カオスゲート・オープン」

 

 

宇宙の真っただ中に浮かぶ孤島を進み、左に曲がってストーンヘンジまで辿り着いた。そこでは変わらず、地面から1.5メートル程浮いてフォールスが佇んでいる。

 

 

「やあフォールス。また来たよ」

 

 

フォールスはゆっくりと目を開け、宙に浮いていた足が地面に着くと美しい微笑を返してきた。

 

 

「よく来ましたねルカ。それにあなたは確か...プルトン・アインザックですね?」

 

 

「なっ...どうして私の名までご存じで?!」

 

 

「いちいち驚かないのプルトン! フォールスは何でもお見通しなんだから」

 

 

「フフ...何でもではありません。ほんのちょっぴり、なだけですよ」

 

 

「ほんのどっさりの間違いじゃないの?」

 

 

ふたりで冗談を言い合いケタケタと笑っていた2人だったが、プルトンは緊張してそれどころではなかった。

 

 

「...脱線してしまい申し訳ありません。あなたが冒険者組合でルカに便宜を図ってくれていたのは存じておりますよ。ルカに代わり、感謝の意を表します」

 

 

「いえ、とんでもございません!私の方こそルカに頼りっきりでして、戦士でありながら情けない限りなのですが」

 

 

「それで、あなたもセフィロトへの道を歩みたいと望むのですか?」

 

 

「いえ、その実は、決めかねておりまして...。我が家には妻一人子一人がおりまして、果たして彼らに受け入れられるかどうかが正直心配な点もございまして」

 

 

「それは当然、受け入れられる訳がないでしょう。あなたも昔からルカを見てきたのであれば、真の孤独とはどのようなものかが少しは痛み入るはずです」

 

 

「...確かに。私には恐れ多き事でした。転生の件に関しては、身を引かせていただきたく存じます」

 

 

「それが良いでしょう。他に何か聞きたい事はありますか?」

 

 

「ハッ。実はカオスゲートの前にあったモノリスに刻まれた文章に関してなのですが、私は古来より神官として仕えてきた身。古代エノク語と判断し如何なく、解読させていただいたのですが」

 

 

「!! それは誠ですか?是非私にも内容をお教えくださいまし!」

 

 

プルトンは、メモ帳に走り書きしたモノリス全文の内容を、一言一句漏らさずフォールスに伝えた。

 

 

「何と....あの人がそのような事を。...実はそこにあるグレン・アルフォンス様は、私の創造主なのです」

 

 

ルカとプルトンが驚いた顏をフォールスに向けた。

 

 

「そ、そうだったんだ。という事はやはり、2126年からスタートしたユグドラシルのダークウェブサーバに、既に君は存在していたんだね。誰も居ないサーバにただ一人で」

 

 

「...ええ。でも問題はそこではありません。グレン様が、私を倒す事でサーバからログアウトできるという仕様についてなのですが、これは私自身も初めて知った事でしたので正直驚きました」

 

 

「そっか。でも相変わらず最強なんでしょ?」

 

 

「はい!よろしければ試してごらんになりますか?」

 

 

「いや、ユグドラシルβ(ベータ)の時に散々思い知ったから遠慮しとくよ」

 

 

「左様でございますか。フフ、残念」

 

 

「...フォールス、実は今日はお別れを言いに来たんだ」

 

 

「別れ...と仰いますと?」

 

 

「ああ。さっきプルトンが話したログアウトする方法の一つ目に、外部からデータクリスタルを持ち込んで帰還するってのがあったでしょ?実は友人2人が私を連れ戻す為に迎えにきたんだ。だから元の現実世界へ帰ろうと思う。次またここに戻ってこられるという保証がないから、こうしてお別れに来たってわけさ」

 

 

「...なるほど、そこのイグニスとユーゴという二人ですね。彼らの深層に眠る記憶を甦らせた甲斐はあったようですね」

 

 

「フォールスを含めみんなの力があったからこそ、ここまで来れたんだ。本当にありがとうフォールス」

 

 

「...我が子よ、どうかここに」

 

 

フォールスは両手を開いてルカを招いた。そのままフォールスを抱きしめ、首元に顔を埋める。

 

 

「いいですかルカ。帰る手段があるのならば、自由に往来できる時もそう遠くはないでしょう。その時はまた、必ず会いに来てくださいね、ルカ」

 

 

「...うん、約束するよ。必ずまたフォールスに会いに、そしてこの虚空の空を見に、戻ってくるから。フォールスもそれまで元気でいてね」

 

 

「ええ。ルカもどうかお元気で」

 

 

ルカは肺が一杯になるまでフォールスの香りを吸い込むと、抱きしめていた体を離した。

 

 

「じゃあねフォールス! 転移門(ゲート)!」

 

 

寂しさを振り払うようにルカは開いたゲートに飛び込み、それに続き慌ててプルトンとイグニス・ユーゴもゲートに飛び込んだ。

 

 

飛び込んだ先は黄金の輝き亭2階の客室だった。そこから階下に降りると、丁度良いところにマスターと女将さんがカウンターに立っていた。

 

 

「やあマスター、女将さん。ちょっと急なんだけど、私達これからちょっと違う...遠くの土地に旅する事になっちゃってさ。しばらく会えなくなると思うから、一言お別れを言いにきたんだ」

 

 

「何でえシケた面しやがって。そんなに遠い所なのか?しばらくすりゃまたウチに戻ってこれるんだろ?」

 

 

「..正直、戻ってこれるかどうかはフィフティーフィフティーってところなんだ。だから私達が帰ってきたら、美味い鶏肉のソテーまた頼むね!!」

 

 

「お、おうよ!!熱々の風呂も用意して待っておいてやるから、必ず帰ってこいよ!約束だからな...帰ってこなかったら俺ぁ怒るからな!!」

 

 

「ちょっとあんた!熱くなりすぎだよ。ルカちゃん、いつでも待ってるからね。またキンキンに冷えたエール酒とワイン、それに地獄酒を飲みに3人でおいで!いいね?」

 

 

「女将さん...ありがとう。それじゃあ私達もう行かないと。転移門(ゲート)

 

 

ルカ達5人は振り返らずに真っすぐゲートに飛び込んだ。

プルトンはそのまま冒険者組合に帰るとの事で、ここで別れた。

 

 

「いいかいあんた達!約束したからね、必ず戻ってくるんだよ!!」

 

 

それを聞いたルカは転移門(ゲート)をくぐる中で涙を拭っていた。

 

 

次に着いたのはカルネ村正門前だった。ゴブリン達が一斉に武器と弓を構えてきたが、ルカが右手を上げて合図すると戦闘態勢を解き、ゴブリン達がルカの周りに集まってきた。

 

 

「やあ、みんな久しぶりだね。済まないが、エンリと話したいんだけど呼んできてもらってもいいかな?」

 

 

「もちろんでさぁ!!おい、姉さんを急いでお呼びしろ!」

 

 

それを聞いてゴブリンライダーが街の奥へと疾走していった。

やがて魔獣の背中に乗ったエンリとゴブリンライダーが颯爽と姿を現した。

 

 

「ルカさん!!それにミキさん・ライルさんも。イグニスにユーゴおにいちゃんもよく来たわね、どうぞごゆっくりしていってください」

 

 

「いやすまないエンリ。実は私達はこれから遠い土地まで旅をする事になってしまって、それでお別れを言いに来たんだよ」

 

 

「まあ!そうだったんですか?それではせめて一日だけでもカルネ亭にお泊りになられてはいかがですか?」

 

 

「そうしたい所なんだが、何せ急な用事でね。ネムにもよろしく伝えておいて。あとンフィーレア・バレアレにも一言挨拶したいんだけど、ついてきてもらっていいかなエンリ?」

 

 

「ええ、もちろんです。こちらへどうぞ」

 

 

そこへイグニスとユーゴが言葉を挟んできた。

 

 

「ルカさん!私達もその、実家へ行って両親に一言言ってから行こうと思います」

 

 

「へへ、俺もだルカ姉。ここまで育ててもらった恩もあるしな。俺もちょっくら行ってくらぁ」

 

 

「ああ、もちろんだよ。ゆっくりしてくれていいからね」

 

 

ルカ達はその足でンフィーレア・バレアレの家へと向かった。

エンリがドアをノックすると、(はぁーい)と甲高い声が響いてきた。ドアを開けてエンリの後ろに立つ黒づくめの3人を見て、敵視感知(センスエネミー)が赤く瞬いている。

 

 

「そんなに警戒しないでほしいな。私達はこの土地から去り、新たなる新天地を求めて旅立つことになった。そのお別れをいいに来ただけなんだよ」

 

 

それを聞いたンフィーレアの顔色が少し晴れたのを見計らい、エンリとミキ・ライルを外に待たせて、ンフィーレアと差しで話をする事になった。

 

 

「それで、何か用事があったのではないのですか?」

 

 

「そうなんだ。これを君に託しておこうと思ってね」

 

 

 

ルカは中空に手を伸ばすと、真っ赤に輝くイヤリングを2つ取り出した。

 

 

「ンフィーレア、君にこれを授げよう。このイヤリングは通常の炎はおろか、地獄の業火にも無傷で耐えきれる力を持つ超レアアイテム、命の燐光(ライフオブフォスフォレセンス)という魔法アクセサリーだ。寝る間際以外は、常にこれを装備していてくれ。いいね?

 

 

「...わかりました。ルカ様がそこまでおっしゃるのなら、相当に強力なアイテムなのでしょう。肌身離さず身につけておきます」

 

 

「私はしばらく留守にするが、その間村をよろしく頼んだよンフィーレア」

 

 

「かしこまりましたルカ様!今までの数々のご無礼、どうかお許しください。道中、何卒お気をつけて..」

 

 

全ての関係者に挨拶がおわり、ナザリックへ続く転移門(ゲート)を開いた。

 

 

イグニスとユーゴも合流しており、5人の戦士達は次々とその中に入る。最後にルカが入り、その直前にンフィーレアに向けて寂しそうな目線を送った。

 

 

「じゃあ、またねンフィーレア」とだけ言い残して。

 

 

そしてナザリック第9階層の客室ロビーに到着すると、待ち構えていたユリ・アルファとシズ・デルタが声をかけてきた。

 

 

「お帰りなさいませ、ルカ様。随分とお時間がかかりましたね」

 

 

「悪い、ちょっと昔話に花が咲いてしまってな。つい長引いてしまった」

 

 

 

「皆さまが玉座の間でお待ちです。早速参りましょう」

 

 

ユリが速足で歩いていくのを、ルカ達とイグニス・ユーゴが後を追った。

 

 

玉座の間の扉前に付き、ユリがゆっくりとドアを押し開けると、玉座に座るアインズと、それを取り囲む階層守護者達が目に入った。

 

 

「みんな、待たせて悪かった!予想以上に時間がかかってしまった」

 

 

「何、構わんさ。皆の者、中央に整列!!」

 

 

「ハッ!!」

 

 

 

すると階層守護者とプレアデス達は、レッドカーペットの左右並列となるよう並んだ。そして道の先には、玉座から立ったアインズとアルベドが待ち構えている。

(一体何が始まるんだろう)と考えながら後ろからミキとライルも付いてくる。

アインズとアルベドの前まで来ると、左右で列を成す階層守護者達が一斉に片膝をついた。

 

 

「別れはもう済んだのか?」

 

 

「ああ、みんな察してはいたみたいだけど、気持ちよく見送ってくれたよ」

 

 

「それでどうなんだ、またこちらに戻ってこれる算段は立ったのか?」

 

 

「今の所は、正直わからない。しかし位置をトレースできたという事は、帰還もできればログインも再度可能なはずだと睨んでいる。きっとうまく行くと信じている」

 

 

「そうか。....寂しくなるな。お前達と過ごしたこの数か月間はあっという間だったよ」

 

 

「それは私も同じだ。この永劫の蛇の指輪(ウロボロス)に誓って、いつか必ずまた戻ってくると約束する。イグニス・ユーゴ。帰還用のデータクリスタルはいくつ持ってるの?

 

 

「ルカさん、ミキさん、ライルさん、私、ユーゴの分で、全部で5つです」

 

 

「私やイグニス・ユーゴはいいとして、ミキとライルの体は大丈夫なの?」

 

 

「現実世界側にミキとライルのバイオロイドをスリープモードで待機させてあります。準備に怠りはありません」

 

 

「ではそのデータクリスタルとやらを全員に配って欲しい」

 

 

「承知しました」

 

 

現実世界に戻る為の赤く輝くデータクリスタルを、イグニスは4人に手渡した。

 

 

「アインズ...もし私達が帰ってこれなくても、私の事を忘れないでね」

 

 

「当然だ。しかし私はまた会えると信じてお前達を送り出す。いいな?」

 

 

 

「アインズ...私正直、まだアインズ達と一緒に居たい...」

 

 

「無茶を言うな。今を逃せばもう二度とお前の望む現実世界に帰れないかもしれないのだぞ」

 

 

ルカはアインズの目の前まで歩み寄った。

 

 

「..もし帰ってこれたら、この二十の永劫の蛇の指輪(ウロボロス)はアインズに託すからね」

 

 

「何のためにお前の指にはめたと思っている。それはもうお前のものだ。お前と私を繋ぐものだ。それは世界級(ワールド)アイテム。転移する際にお前の身を護る役割も果たすかも知れない。絶対に肌身離すんじゃないぞ」

 

 

「.....アインズ!」

 

 

ルカはアインズの首に手を回し、抱き締めた。そしてそのまま、アインズの左頬にキスをした。

 

 

 

「ありがとう、グス。大好きだよアインズ...」

 

 

「....こうしていても、別れが惜しくなるだけだ。さあ、そのデータクリスタルを使用するのだ。そして時がきたら、またこの世界に帰ってこい、いいな?」

 

 

「...わかった。じゃあみんな、行くよ!」

 

 

「ルカさん、何も考えずにデータクリスタルをアクティブにしてください。それで帰還できるはずです」

 

 

ルカ・ミキ・ライル・イグニス・ユーゴは、赤いデータクリスタルを胸の前に掲げ、握りしめた。すると赤い光が5人を包み込み、一瞬でその場から消え去っしまった。

 

 

「...まるで夢をみているような時間だったな、アルベド」

 

 

「左様でございますね。しかし我らに起きた事は全て現実であり、真実です。彼らが残してくれたこの世界の謎を解き明かすべく、我らも今後動いていくことを進言いたします」

 

 

「無論だ。彼らの存在を無駄にはしない。これを最優先課題としつつ、ナザリックの平和のために全力を尽くすのだ、皆の者よいな!!」

 

 

「ハッ!!!」

 

 

 

-----------------------------------------------------

 

 

 

アレックス・ディセンズが目を覚ますと、そこは保存カプセルの中だった。自分の右手の平を見ると、予想していたようなミイラの如き手ではなく、張りのある若者らしい手が見えた。すると保存カプセルのキャノピーが上方に開いていく、カプセルの両隣りには、2人の男性がアレックスを見下ろしていた。イグニスとユーゴだった。彼らは笑顔で出迎えてくれた。

 

 

「おはようございますアレックス。気分はどうですか?」

 

 

「いや、特に違和感はないけど...ここは本当に現実世界なの?」

 

 

 

「そうですぜアレックス。さあ立って自分の姿を見ておくんなせえ」

 

 

イグニスとユーゴに両手を引っ張られて、カプセルから身を起こした。その後立ち上がり、カプセルの目の前にあった姿見を見て衝撃を受けた。過去男性だったアレックスではなく、そこに立っていたのは正真正銘、ユグドラシルの世界で生きたルカ・ブレイズそのものの姿だったのだ。

 

 

「ど...どうしてこの姿のまま現実に戻れたの?!」

 

 

「前にも言った通り、あなたのアバターが女性だった事により、その影響を受けて脳波パルスや精神、肉体まで完全な女性として認識されているのを研究者達が分析していたんです。そしてあなたはご存知の通り、生体量子コンピュータの移植に成功した人間の第一号となった。心身共に違和感がないよう、ユグドラシルβ(ベータ)の検閲データから採取したあなたのキャラデータを元に、特別に作らせた女性の素体です。

ですのでこれ以後はアレックスではなく、ルカさんと呼ばせていただきますね」

 

 

「俺もその恰好を見るとアレックスってのは違和感があるから、今まで通りルカ姉とよばせてもらいますぜ」

 

 

「...ちょっとまって、もしかしてこの体...バイオロイドなの?!イグニス・ユーゴ、いまは西暦何年で、この場所はどこ?! どういった経緯でこの体になったの?」

 

 

「...落ち着いて聞いてください。今は西暦2550年です。ルカさんの意識がなくなってから丁度200年後の世界です。そしてこの場所は地球ではなく、地球から4.2光年ほど離れたアルファ・ケンタウリ星系にあるプロキシマbという地球型惑星をテラフォーミングした、バイオロイド達の前哨基地となっています。あなたの肉体が年を追うにつれ脳の劣化を気がかりに思っていた研究班が、当時急速に発展を遂げていた電脳化技術を使用してルカさんの脳を電脳化し、それを現在のバイオロイドに移植して、肉体損失の危機は回避されました。しかしダークウェブのサーバに意識が閉じ込められていたルカさんは、長期間昏睡状態にあったのです。そこで機密保持も兼ねて、地球から4光年のアルファ・ケンタウリ星系の調査隊としてルカさんの体も保存カプセルに入れて同じ宇宙船に搭載され、同じバイオロイドを研究者としてルカさんの体をメンテナンスし、引き続き管理が行われていた、という訳です。」

 

 

「私の恋人は? 私の母はどうなったの?」

 

 

「....大変申し上げにくいのですが、ルカさんの母であるエレン・ディセンズは2391年に90歳でこの世を去りました。またルカさんの恋人だったヒロコ・ミーティアも2406年に85歳で亡くなっています。ヒロコさんは生涯未婚だったとの事です」

 

 

「....そうか」

 

 

「お悔み申し上げます」

 

 

 

「....そうだ、ミキとライルは? ちゃんと無事に転移できたの?!」

 

 

 

それを聞いてイグニスとユーゴは微笑し、左右両隣にあるバイオロイド保存カプセルに目をやった。左のカプセルを見ると、まるであの世界での生き写しのようなミキの姿が、白いTシャツにパンツという下着姿で横になっていた。計測器に目をやると、脳波・脈拍・臓器共に正常値を示している。ルカはパネルを操作し、祈るような気持ちでスリープモードを解除し、手を握って目覚めるのを待った。やがてミキは、ゆっくりと目を開けてルカを見た。

 

 

目を瞬かせながら周りを見て再びルカに目を戻した。

 

 

「....ここが、ルカ様が戻りたがっていた現実世界...なのですか?」

 

 

「ミキ...よかったちゃんと覚えてるんだねあたしの事...。そうだよ、ここが私達の現実世界なのよ」

 

 

ルカはミキの胸元で嗚咽を堪えながら泣き続けた。200年共に戦い抜いた仲間を自分達の現実に招待出来たことが、ただただ安心であり、ひたすらに嬉しかった。

 

 

「ルカ様、そろそろライルも起こして差し上げませんと。彼も外の空気が吸いたいはずです」

 

 

「そ、そうだねごめん、うっかりしてたよ」

 

 

ライルの保存カプセルを操作し、スリープモードを解除してゴツいライルの手を握りしめた。ゆっくりと目を開き、上体を起こして頭を描いている。

 

 

「...ぬ、おはようございますルカ様。この様子だと、無事現実世界に戻れたようですな」

 

 

「ライル...ライルー!!」

 

 

ルカは保存カプセルのベッドに飛び乗り、起こした上体に抱き着いて頬ずりした。

 

 

「よかった、ほんとにライルなんだね?体はどう、異常とか違和感はない?」

 

 

「私はライル・センチネル以外の何物でもありませぬ。体調は、特に違和感もないようですな。若干体がギクシャクするくらいで、特に痛みもございません」

 

 

その問いには、イグニスが答えた。

 

 

「何せミキさんとライルさんは保存カプセルに入ってから20年ぶりに外へ出ましたからね。少し体を動かして準備運動すれば、体の軋みも取れると思いますよ」

 

 

「...20年だと?それは一体どういう....」

 

 

 

「簡単にご説明しますと、私とユーゴがあなた達3人を救出する為にダークウェブ版ユグドラシルにダイブしたのが20年前という事になります。まあ、そこでアクシデントがあり、その時私は1歳の子供に、ユーゴは4歳の子供に記憶を上書き(オーバーライド)してしまい、結果私達は記憶を失う事となってしまったのですが、最終的には冒険者組合を通じてあなた達と運よく巡り合えたという事になります。それよりお二方、素体の外見は気に入っていただけましたか?ユグドラシルのデータから検閲したものを忠実にモデリングして改造させたバイオロイドなのですが、いかがでしょう?」

 

 

ミキとライルは大きな姿見の前に立ち、顔立ちと体のラインを確認する。

 

 

「ええ、問題ないようねイグニス」

 

 

「私の方も問題ない。よくぞここまで忠実にモデリングしたものだ」

 

 

「ありがとうございます。一流の義体士に作らせましたからね。今3人分の代えの服を持ってこさせますので、今しばらくここでお待ちください」

 

 

全身黒にホワイトラインの入った軍服のような軽量スーツを支給してもらい、前哨基地のエリア各所を案内してもらった。当然と言えば当然だが、この前哨基地には生身の人間はいないとの事だ。アルファ・ケンタウリ星系へと旅立つ前に、地球で電脳化手術とそれに伴うバイオロイドへの移植を行った技術者や研究者が多数いるらしかった。通りすがりのバイオロイド達も自分達と同じデザインの服を着ている事から、恐らくこの制服がデフォルトなのだろう。

 

 

そうこうしているうちに、前面360度ガラス張りなドーム状の部屋に着いた。照明はわざと暗めに落としてあり、このプロキシマbの美しい風景を一望する事が出来た。目視で標高1万メートルはあろうかという山脈と、地平線まで広がる茶褐色の巨大な岩棚が続き、日の出前とあって、空が美しいダークブルーに染め上げられている。ライルは見惚れるあまり、窓際のソファに膝を付き、子供のようにあちこちを見て回っている。ミキは遥か彼方の地平線を見つめながら、ルカの左手を握った。お互いに指を絡ませ、笑顔で頷き合っている。そう、ここは地球ではない。本当に見せたかったものでないのは確かだが、見せたかったもの以上のアンリアルな光景が確かにここにはあった。手を繋いだままライルの元へと行き、ライルとも手を繋いで、地平線から登ろうとしているダークブルーの明け方の空と朝日を3人で見守っていたが、そこでイグニスが言葉を挟んできた。

 

 

「みなさん、絶景をお楽しみの所誠に申し訳ないのですが、この星・プロキシマbの公転周期は11.186日となっていまして、つまりここで今日一日中待っていても日は完全には上らないのです...。というわけで、そろそろ別の箇所を回りませんか?」

 

 

「そーいう事はもっと早くいってよね。でもまあ、これでも十分きれいだけどね」

 

 

「それは良かった。それでは次の施設へご案内します」

 

 

その後は水生成・貯蔵施設に農業プラント資設、食料貯蔵施設と回り、このプロキシマbという惑星の開発は予想以上に進んでいる事が理解出来た。ミキとライルは物珍しさにイグニスの語る話を聞いていたが、何にせよルカに取って退屈な事に変わりは無かった。それを知ってか知らずか、イグニスは唯一の娯楽施設フロアへと案内した。

 

 

とは言っても、ゲームセンターのように騒音が鳴るわけでもなく、人の喧騒があるわけでもない。縦横30台程のリクライニングチェアに、軍用ヘッドマウントインターフェースが固定装備された、いわばDMMOゾーンであった。まだ時間が早いという事もあり、7.8人程がプレイしている最中ではあったが、非番の者は我先にと椅子取りゲームを行うほど人気のあるゾーンらしかった。

 

 

「やってみますか?」とイグニスに促されたが、もう200年もプレイした直後なのだ。

(今はとにかく現実を楽しみたい)と言って断り、研究棟へと戻るよう提案した。

得体の知れない場所にいるより、研究棟のあるラボにいるほうがよほど落ち着くという物だ。

 

 

そして研究棟へと戻った事でふと重要な事を思い出した。ルカはコンソールルームに座るユーゴに尋ねた。

 

 

「ユーゴ、ここから地球の情報にアクセスする事は出来るか?」

 

 

「もちろんできますよ!軌道衛星通信網によるブースト伝達機能で、ほとんどタイムラグ無くアクセス可能ですぜ」

 

 

「良かった、これから言う通りにしてくれ。まずこのプロキシマbから地球のロストウェブに存在するプロキシに五か所程接続してくれ。使用する回線は全てVCN(バーチャルクラシファイドネットワーク)だ。そこで足跡を消した後、カリフォルニア州シリコンバレー・サンタクララにあるレヴィテックの地下工場に侵入できるか?」

 

 

「シリコンバレーのサンタクララっと...ちょいとお待ちくださいねっと、OK!パスコードのクラッキングに成功、アドミン(管理者)権限奪取!これでこの施設は全部丸裸に出来ますぜルカ姉!」

 

 

「良くやった!!...って、随分と手際がいいなユーゴ。まさかその手の仕事を裏で引き受けてるわけじゃあるまいな?」

 

 

「そ、そんな訳ないじゃないですか!!企業系のセキュリティパスコードを買える専門のサイトがダークウェブにあるんでさぁ。そこから拝借して、速攻でぶち破ったまでですが、やるなら早いほうがいいですぜ。奴さんたちにアドミンでログインしてるのがバレるのはそうそう先の事じゃありませんので」

 

 

「わかった。次のワードを検索してみてくれ。プロジェクトネビュラ・2138年・被験者名:鈴木 悟 とりあえずはこのワードで検索し、肉体の居場所を探して欲しいんだ」

 

 

「了解! プロジェクトネビュラ....っとお、出てきましたぜルカ姉。鈴木悟に関してですが、地下3階のアーカイブセンターに電脳化された脳核が保存されてます。ログを見てみると2138年11月9日からずっとオンラインになってますね。行先は予想通り、ダークウェブのユグドラシルサーバですね」

 

 

「ということは、まだ生きているんだな」

 

 

「そりゃまあ、そうですけど...一体誰なんです?鈴木悟って」

 

 

「お前も何度となく会っただろう。アインズ・ウール・ゴウンだよ」

 

 

「ちょっ......マジっすか?!」

 

 

「大マジだよ! イグニス、今の話聞いてたな?お前もラボに来てくれ。アインズの脳核を奪取する計画を練りたい」

 

 

「アインズさんの?! 了解しました、すぐに向かいます」

 

 

 

イグニスにミキ・ライルも集まり、総勢5人でアインズ救出計画のための会議がスタートした。地球までは約4.2光年ある。ワームホールトンネルを使用して最速で地球に到達したとしても優に1週間はかかる。それよりも効率的な方法として、現在ブラウディクス社にあるバイオロイドを使用して遠隔(リモート)リンクし、レヴィテック社の地下工場へ潜入し、アインズの脳核を確保後、速やかに撤退・離脱。これが一番現実的だった。軍とブラウディクスのVCN軌道衛星通信網を使用すれば、地球の裏側にいたとしても遠隔(リモート)リンクは可能となる。ただ一点問題があり、バイオロイドを軍事作戦に使用する際はブラウディクス本社に許可をとる必要がある。そんなことをしている暇はないので、ここはイグニスに制御回路をオーバーライドしてもらい、5体分のバイオロイドを確保してもらう作戦で決定となった。事情は後で事後承諾させればいい。

 

 

そうして、アルファケンタウリ星系から地球への遠隔(リモート)リンクという史上類を見ない初の試みが実施された。ブラウディクスの研究棟から拝借された5人のバイオロイドは黒のライトバンに乗り、一路シリコンバレーを目指した。

全員が車内でA20K2パルスライフルのセッティングを始める。

 

 

目的地に接近し、事前にスキャンしておいた内部マップを全員が戦術データリンク上で共有する。その後ユーゴが用意した偽のIDカードを使用して地下駐車場まで着き、レヴィテック社への潜入に成功した。エレベーターに乗り、脳核があると思われる3階で止まるが、ここはアーカイブルームの為またしてもIDカードが必要だった。しかしこれもユーゴがどこからか用意してきた別のIDカードですんなりと3Fへの扉が開いた。

....ユーゴは冗談抜きに、この手のバイトを裏でやっているのかもしれない。

 

 

そして脳内のデータリンクでマップを確認し合いながら、脳核まであと一歩のところで敵の襲撃が来た。私達はサーバの詰まったラックを盾代わりにしながら応戦していたが、どうも敵の弾幕が弱い。もしかすると、このサーバ自体の被害を恐れている節があった。そこでユーゴにアインズの脳核と生命維持装置を取り付ける役目を任せ、こちらはサーバを盾にして火力を集中し撃ちまくった。やはり案の定敵からの反撃が薄い。ユーゴが生命維持装置の取り付けを終えたところで、さっさと退散する事にした。あのサーバの詰まった部屋は、敵に取っても要衝だったのだろう。追手の車が2台かかったが、しばらく逆方面へ逃げると向こうから退散してしまった。

 

 

とにかくこれで、アインズの脳核は確保した。彼はもうこれでゲーム内で死ぬ心配はない。レヴィテック社に突入した翌日、分厚いジェラルミン製のボックスにアインズの脳核を収納してロックをかけ、アルファケンタウリへの定期ワームホール便に乗せてプロキシマbへと輸送した。

 

 

その後、電脳核の生命維持を半永久的にする為、アインズ・ウール・ゴウン...鈴木 悟の精密優先型バイオロイドが試作された。

当然脳核はダークウェブにオンラインにしたまま移植手術にも成功し、

ひと先ずはこれで捕らわれの身であったアインズの体は解放された。

 

 

この事を彼に一刻も早く知らせてやりたいが、通常にログインすると万が一200年後とかにログインしてしまったらたまったものじゃないと考えていたルカだが、それをイグニスとユーゴに相談した所、以前200年前にワープしてしまったのは、サーバーダウン後もログインし続けた事と、手にしていた世界級(ワールド)アイテムが何等かに影響してランダムにワープで飛ばされてしまった結果という解析が出ており、ダミーバイオロイドを使用してのログイン実験では、一万回ログインして一万回普通の時間帯(アインズの生きる時間帯)でログインできたことは確認済みとの事らしかった。

 

 

またプレイヤーがログアウト出来ない現象は、サーバーダウンに立ち会ったLv100を超えたプレイヤーのみという事も判明した。という事は普通にログインし、帰りにユーゴの作った帰還用の赤いデータクリスタルで帰ってくれば良いのだ。そのついでに、データクリスタルを2つ持って、アインズもこの2550年の世界に来れるようバイオロイドの受け入れ態勢を確保しておけば、疑り深い彼も自由の身なのだと、きっと信じてくれるのではないか? そう考えてイグニス・ユーゴ・ミキ・ライルに相談し、彼らにも賛成してもらったことでこの計画は実行されるに至った。

 

 

あれから半年近くが経とうとしていた。彼の元気な顏を思い浮かべると、自然と顔がほころんでしまう自分を恥じたが、アインズにはアルベドという大切な子がいる。そしてアルベドは私にとっても大切な子だ。彼女を裏切り、傷つけるような真似だけは絶対にしないと誓いつつ、抱き着くのだけは譲れないというハグ魔な点は一切隠そうともしなかった。彼の脳核と体も完成し、喜んでくれるといいのだが。

 

 

そう願いながら、ルカ・ブレイズはヘッドマウントインターフェースを被り、首の後ろにあるブートボタンを押してアインズの元に向かう為、ログインした。

 

 

 

 

 

                            ----Fin----

 

 

 

 




最後までお読みいただけた皆様、本当にありがとうございました。

「自分が読みたい!自分ならこうする!」と思うオーバーロードを描いてみたつもりですが、これが少しでも皆様のお暇つぶしになれたらと願う次第です。
気が向いたら、アフターストーリー的な物も書くかもしれませんので、その時は何卒よろしくお願い申し上げます。初めて書いた2次創作という事で至らない部分も数多くありましたことをここに深くお詫び申し上げますと共に、重ね重ね、ここまでお読みいただけたことを深く感謝致します。



※続編 邂逅のセフィロト THIRD WORLD →https://syosetu.org/novel/164502/


■魔法解説

死の影の追放(バニッシュデスズシャドウ)

即死系統のトラップを除去する魔法


火の門の解放(オープンファイアーゲート)

通常は各地を旅する為のルーンゲート前で使用し、各地に点在する異なるルーンゲートまで飛ぶための呪文だが、常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の策略により封印解除のキーとして設定されていた魔法。解呪する際には使用する順番を間違えずに、魔法最強抵抗難度強化(ペネトレートマキシマイズマジック)として使用しなければならない


風の門の解放(オープンエアゲート)

以下同文


精神の門の解放(オープンスピリットゲート)

以下同文


土の門の解放(オープンアースゲート)

以下同文


水の門の解放(オープンウォーターゲート)

以下同文


聖なる献火台(イクリプストーチ)

神官(クレリック)が使用できる祭祀用の封印解除魔法。悪魔やアンデッドを近寄らせない効果もあるが、この魔法も常闇の竜王(ディープダークネスドラゴンロード)の策略により、一種の封印解除キーとして設定されていた


超位魔法・聖人の怒り(セイント・ローンズ・アイル)

信仰系超位魔法。直系5メートル程の神聖属性光弾を両腕より連続して数十発叩き込み、着弾と同時に神聖属性の大爆発を起こす


超位魔法・持続する水霊の寒波(エンデュアウォーターズチル)


氷結系超位魔法。水の精霊王を召喚し、巨大な氷の塊を含む吹雪を起こして1分間に渡り相手に氷塊を叩きつける、超位魔法にも関わらず氷結属性DoTとしての特性を持つ


超位魔法・次元の崩壊(フォールオブディメンジョン)

失墜する天空(フォールンダウン)の時空魔法版。敵の中心で5次元崩壊を起こさせ、体組織そのものを体の中心から吹き飛ばす時空系の最強魔法


超位魔法・致命的な苦痛(デッドリーペイン)

カースドナイトが操る呪詛系最強魔法。対象者全身の血液を沸騰させ、神経系統に異常をきたし想像を絶する苦痛を加えて大ダメージを与える。尚苦痛はそのままDoTとなり、30秒間続く


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