暇は短し駄弁れよ16歳 (並兵凡太)
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16歳って魔法少女として結構ギリギリじゃない?
「って茜ちゃん思うワケよ」
「な、なんですか藪から棒に……」
とある祝日の昼下がり。外は雨が降りしきり、暇を持て余したうら若き乙女たちは何をするでもなく、まるで高校の休み時間のようにただただ控室にたむろしていた。
これはそんな中での一幕。
鬱屈とした外には目もくれず、持参のノートパソコンで何やら作業をしていた亜利沙へ、座ったソファの後ろから茜がそう睨んだのである。野獣さえも彷彿とさせるギラリとした鋭い眼光。
「そんなことより茜ちゃん今PCの画面見ました?」
「ううん、茜ちゃん何も見てないよー」
早速話題を露骨に逸らすも冷や汗ものの松田。対する飄々とした野々原。
「更衣室で撮影用の衣装に着替える育ちゃんをどう考えても常識的でない角度から撮った写真数枚を何重にも保存しているところなんて見てないよー」
「ばっちりじゃないですかー!」
違法行為を摘発されそうになって更に止まらない松田の滝汗。しかし彼女にはどこか安心感もあった。大丈夫ですありさ。写真にアクセスするにはパスワードが必要です。いくら茜ちゃんの慧眼と言えどそこまでは――
「『1ku_chang_2xB』」
「ごめんなさい……ありさが悪かったんです……データだけは見逃してください……」
「亜利沙ちゃんのそういう全く反省しないとこ茜ちゃん嫌いじゃないぜー」
まぁ今回は見逃してやろう、と器の大きいところを誇示する茜に、亜利沙は涙せんばかりの勢いで感謝する。こうしてまた一つ765プロの事件が一つ握り潰されたわけだが、本題はそこではなかった。
茜もそれに気付いて本題を繰り返す。
「ねぇねぇ亜利沙ちゃん」
「どうしました茜ちゃん」
「16歳って魔法少女として結構ギリギリじゃない?」
「な、なんですか藪から棒に……」
やり取りまで完璧な再現VTRである。このタイミングから読み始めた読者様にも大変分かりやすい作りだ。初心者に優しい。
「『藪から棒に』なんて語彙、今どきの女子高生使わなくないかな亜利沙ちゃん?」
「それはそうカモ……じゃあ『矢庭に』?」
「おっ、余計遠くなったねー! 社長でも使わないんじゃないかなそれ」
ちなみに両方とも『突然に』という意味である。松田亜利沙は語彙力の高いオタクであった。七尾百合子には及ばないもののその語彙力は16歳組の中ではトップクラスである。
「さっすが語彙力に自信ネキだね亜利沙ちゃん!」
「茜ちゃんにそう言われるなんて、ありさ僥倖です~!」
「見せつけていくぅー!」
外で降りしきる雨はもう春になろうと言うのに雪に変わりつつあった。そしてそんな様子も知らぬ盛り上がる控室の空気にようやく一人物申す。
「あのなぁアカネ、亜利沙……」
「いたんだジュリアン」
「いたんだ、じゃねぇよずっとギター弾いてたろうが」
雪のちらつき始めた窓辺でやれやれと肩を竦めるのは語彙力の低いタイプの16歳ジュリアだった。練習中なのか、膝の上にはアコースティックギターが鎮座している。
「てっきり良い感じのBGMかと」
「誰が良い感じのBGMだ」
「用がないならそのままBGMに徹しててほしいなー」
「用がなかったら誰が話し掛けるかバカネ」
辛辣ながら愛のあるやり取りに亜利沙は夫婦漫才に似たそれを感じていた。彼女らの中では最早千鶴さんの高笑いくらい見慣れた光景である。
ジュリアは「そもそもBGMじゃないし」と付け加えながら、二人のやり取りを見るに見かねて申す。
「さっきから話が逸れまくってて見るに堪えない」
「そ、それは申し訳ないですジュリアちゃん……」
「む。言われて見れば確かに」
逆に言えば言われるまで気付かなかったということである。
と言う訳でまた最初から。
「16歳って魔法少女として結構ギリギリじゃない? ……って茜ちゃん思うワケよ」
「なんですか矢庭に……」
少しアドリブを加える辺り松田亜利沙もアイドルとして板についてきた感がないこともないこともない。
「ずばり! 茜ちゃんは亜利沙ちゃんがトゥインクルリズムにいることに物申したい!」
説明しよう!
トゥインクルリズムとは、765プロの新しい企画であり、要するに魔法少女のユニットである。センターを小学生女児の中谷育に据え、脇を固めるのが七尾百合子と件の松田亜利沙である。
「ギリギリ、って言うと……?」
茜の突然の台詞に驚愕する亜利沙。聞き返された茜は、なんだか難解なことを考えてる風の顔を作りながら答える。
「16歳、つまり亜利沙ちゃんは高校一年生なわけじゃん?」
「はい、そうですケド……」
「はっきり言ってギリギリじゃない? その……16歳で変身しちゃうのって。しかもフリフリの魔法少女だぜ?」
「あぁー……」
茜の言葉に深く何かを感じ入ってしまったジュリア。少し眉をひそめつつも、なんだか「わからなくもない」みたいな顔を浮かべている。
対する亜利沙は若干焦る。
「そ、そんなこと……!」
「亜利沙ちゃんはツインテで若干幼く見えるけどさ……ね?」
ね? はさながら徳川まつりである。
「亜利沙お前身長いくつだっけ」
「な、なんですかジュリアちゃんまで……154cmですけど……」
「あー……年考えなければギリギリセーフか」
「なんですかその意味深な」
困惑する亜利沙の肩に、ぽんと茜の手が置かれる。
「女子高生だし『少女』は許されると思うよ茜ちゃんも。……でも魔法少女はなー」
「なんですかその小馬鹿にした顔」
「うさぎちゃんもなぎさちゃんもまどかちゃんも中学生だよ」
「そ、それを言われると……」
松田亜利沙、一気に追い詰められる。ああ無情、七尾百合子とは一つしか変わらないのに何故こんなことに。しかしありさはあきらめません。言い返してみせます!
「そ、そうです! 百合子ちゃんとは一年しか変わらないんですから、大丈夫なはずです!」
「ほう……言うね亜利沙ちゃん」
「い、言いますよぉ! ジュリアちゃんだってギリギリセーフだって!」
「年考えなければなー」
最早亜利沙の中でもこれは自尊心との戦いになっていた。しかしそこで、茜がニヤリと笑う。
「そこまで言うなら仕方ない……茜ちゃんも亜利沙ちゃんを正気に戻すために策があるよ」
「ありさは正気ですけど……策?」
ジュリアも亜利沙も頭にハテナを浮かべる中、茜は不敵な高笑いと共に高らかに告げた。
「ではお見せしよう、『16歳の魔法少女』がいかなることになるかを! ウミミン、二人を連れてくるのだ!」
「了解茜っち!」
茜の声に、控室の方から高坂海美の返事があったかと思うと、その海美が二人の16歳を引き連れてやってくる。そう、そこにあったのは――
「見たまえ亜利沙ちゃん! 魔法少女ぷりてぃ☆めぐみんと魔法少女まじかる☆かれんちゃんだよ!」
そう、そこに連れてこられたのは同じく16歳アイドルの二人。
件のトゥインクルリズムにも繋がったと言われる今から数年前に舞い込んだ迷番組『大変身! 魔女っ子ファンタジー』という作品、その中で来たプリティーなピンクのフリフリ衣装に再び身を包んだ『魔法少女ぷりてぃ☆めぐみん』こと所恵美と、どこから仕入れたのかその色違い衣装に身を包んだ『魔法少女まじかる☆かれんちゃん』こと篠宮可憐の姿がそこにあった。
「や、やっぱりこれ恥ずかしいってば~……!」
「む、無理です……! 見ないでください~……」
リボン多めのフリフリ衣装にミニスカという、女の子の憧れ的衣装ではあるのだが、しかし16歳組の中でもずば抜けてスタイルの良い二人が着るとアレとかソレが足りず『16歳の魔法少女』が如何なるものかを突き付けてくれる――気がする。
「どうかね亜利沙ちゃん」
「こ、これは……ふぉおおおお……!」
さっきまで追い詰められていたアイドルはどこへやら、目を輝かせ手をわきわき、そこには興奮気味になったドルオタが。
「すさまじいですね16歳の魔法少女……」
「本当にね。茜ちゃんも予想以上で正直目のやり場に困ってるよ」
音無小鳥かプロデューサーがいたら卒倒不可避だったことは言うまでもないだろう。恵美も可憐もそわそわもじもじしているのだからそのヤバさは一層のことである。なお衣装制作協力は青羽美咲。
「ジュリアンはどう思うよ」
「これは……ダメだな。地上波じゃ無理だ」
「そうだね。正直同じ16歳とは思えないね」
「いっそもう軽犯罪だろ」
「だってさ魔法少女諸君」
だってさ、と話題を振られた魔法少女はますます赤面する他はない。ちなみに恵美が白とピンクを基調にした衣装なのに対して、可憐は白と青を基調にした衣装になっている。
「だ、だってこれ元々アタシの衣装じゃないんだってば! 間違えちゃっただけで……もー!」
「め、恵美ちゃんはともかく……どうして私もなんですか……?」
「あっ、いま可憐逃げようとした? ダメだかんね! 逃がさないから!」
「ま、待って恵美ちゃん今は引っ張らないで……! こ、零れちゃうから……!」
少し動く度に色々危うい二人の衣装に、亜利沙も茜もジュリアも目のやり場に困りつつも目が離せないという奇妙な状態にならざるを得ない。本当にこの場に男性がいなくてよかった。
「やっぱり
ごめんね、と言いつつ全く反省の色は見えない茜に亜利沙の言葉が刺さる。
「でも茜ちゃん、
「……なんと」
ハッとした猫の眼の少女はうんうん唸った末に、隣のギター少女へ意味深な目線を向ける。
「……ジュリアン」
「あたしは絶対嫌だからな!? あの衣装着るのも嫌だしあの二人の隣に並ぶのも嫌だ!」
「でも犠牲は必要なんだよ『魔法少女きゅーてぃ☆じゅりりん』……」
「誰が『魔法少女きゅーてぃ☆じゅりりん』だ!」
追い詰められるジュリア。しかしそこへ、予想外の高笑いが木霊する。
「あっはっは、任せて茜っち!」
「その声は……一声返事したっきり何の描写もなかったウミミン!?」
そう、声だけは既に登場しているものの姿は現さなかった海美。そして高笑いと共に登場した彼女は――あろうことか、三着目の魔法少女衣装に身を包んでいた。
「なんか『女子力!』って感じしたから、ちょっと恥ずかしいけど着ちゃった♡」
「着ちゃった♡ ……じゃねーよ。海美お前そんなキャラだったか?」
「どうジュリア!? 似合う!?」
「話聞いてねぇ……似合う? って言われても……」
ジュリアは登場した海美に目をやる。カラーは白と黄色。確かに先んじている二人に比べ爆弾のようなボリュームこそない海美だが、その健康的に艶やかな肢体と少し可愛らしく作った表情は……こう、可憐と恵美が引き立てるような形になってまた別のベクトルになっていた。腰から足にかけてのラインがヤバい。
「……まぁ似合ってるか似合ってないかだけで言えば似合ってるよ」
他二人が似合ってないだけに余計にな、とジュリアは苦笑いするしかない。16歳の魔法少女の『ヤバさ』が茜に言われずとも視覚情報で押し寄せてきていた。
「だって茜っち! これでいいかな?」
「最高だよウミミン! もうウミミンにとっての女子力がなんなのか茜ちゃんにはさっぱりだけどそれでも良い!」
追加戦士だと思えば大丈夫です! と亜利沙も謎のフォローを入れる。最早誰に何を説得しようとしていたのか、控室全体が本題を見失っていた。それほどに三人の魔法少女のViが暴力過ぎたのである。一人はDaだが。
「ではめぐみん、かれんちゃん……事前に仕込んだ台詞言ってみようか! 16歳の魔法少女を見せつけるんだよ!」
「ま、マジでアレ言うの……?」
「茜ちゃん……もうゆるして……」
「何も許さないよ! 今の茜ちゃんはジョーイさんくらい鬼監督だよ!」
ジョーイ・ロータス氏が鬼監督だという話は全くないが、その気迫に押されて二人は渋々了承する。
「茜っち! 私も考えてきた!」
「用意周到過ぎないかなウミミン? 最高! ではいってみよう!」
パン、と柏手もかくやという大きさの音が鳴り響いたのが合図だった。まずは恵美がくるりと一回転して決めポーズ。ただでさえミニのスカートがひらひら舞い踊り色んなものが見えそうになる。台詞はちょっと甘めに作った声で。
「ま、魔法少女ぷりてぃ☆めぐみん、参上! ……もうやだ……」
続いて可憐は飛び跳ねるようにして決めポーズ。ただでさえギリギリの衣装で飛び跳ねるから色んなものが出そうで危ない。台詞は羞恥で震えまくっている。
「ま、魔法少女……まじかる☆かれんちゃん、と、登場……! ……うぅ……」
そのままへたり込んでしまいそうな二人に続いて最後は海美。収まりは二人よりいいはずなのに決めポーズで激しく動くものだから見る方がヒヤヒヤする。特に足。台詞は最早勢い。
「魔法少女すぽーてぃ☆うみみん、ライジン! ……どう!?」
きっと自分で考えてきたのだろう、海美はえへへと可愛らしく笑いながら訊いてみる。若干恥ずかしさはあったのか頬には朱が差していた。
なお圧倒されているのは茜とジュリア。予想以上のものが見られてどう処理しようか迷っているのが茜で、途中色々見えちゃいけないものが見えたのを言おうか言うまいか迷っているのがジュリアだ。
しかしその中で、唯一動くツインテールが一つ。
「ごめんなさいもっかい恵美ちゃんからお願いできます?」
いつの間にか三脚を立てビデオカメラを回しっぱなしで放置、片や自身は被写体の中に移り込まないギリギリまで近づきつつ体勢を限りなく床に近くする亜利沙である。あまりの興奮に口調なんて死んだ。
「もう一回なんて無理だってば~! 亜利沙のばか!」
「ま、魔法少女からの罵り頂いちゃいました~! で、でもそこをなんとか!」
「な、なんとかって言われても…………そ、その角度だと見えちゃうからだめ……!」
「見えても良いんですよ可憐ちゃんぐへへ……」
「どうありりん? 似合ってるかな……?」
「ふぉぉおおお! 最高です海美ちゃん! あー良い! そのまま可憐ちゃんと抱き合って貰えますか!?」
「おっけー! 任せて!」
「う、海美ちゃん、あの……きゃあ!」
始まってしまったのは最早天国の如き撮影会。本題がなんだったのかは露ほども残らず、そこには確実にR15くらいのコスプレをした女子高生とローアングラーと化したドルオタがいるだけだった。
「……おいバカネ、どうすんだよこれ」
「おっかしいなー……こんな予定じゃなかったんだけど」
「あたしは関係ないからな。助けないぞ」
「仕方ない……それじゃあ茜ちゃんがさくっと収集つけてくるから、ジュリアンはBGM係ね」
「誰がBGMだ」
全く、と言いつつジュリアはギターをかき鳴らす。聞こえてくるのはZ×Bのイントロ。
「……なんでアコギからエレキの音がするのかなジュリアちゃん」
「それはあれだ、魔法だよ。あたし魔法少女だからな」
「初耳だよ茜ちゃん」
「今初めて言ったからな」
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求む、虹色の16歳
「アタシ、可憐のこと嫌いになりそう」
「ふぇっ!?」
とある一月十五日、夕方。
晩御飯を求めて賑わい始めるファミレスの一角で、机に突っ伏しながら漏らした恵美の一言に、手洗いから戻ってきた可憐は驚いた。
「ど、どうして……? 恵美ちゃん、私何かしちゃったかな……?」
いつも通り、レッスン終わりに駄弁りながら到着したファミレス。毎度のことながら何をするでもなく、ただただ恵美とゆっくりするこの時間が可憐は好きだったのだが――もちろん、彼女としては嫌われるような覚えはない。
何かしちゃったのかな。一人でトイレに行っちゃったのがまずかった? もしかしたら今までの積み重ねなのかも……。『長い間連れ添った夫婦の離婚理由は今までの不満の積み重ね』って莉緒さんも言ってたし……め、恵美ちゃんに嫌われちゃったら私、どうしたら……!
おどおどびくびくしながら、恵美が返事をするコンマ数秒の間に猛回転する可憐のマイナス思考。宇宙で刑事な特撮番組であればそのプロセスをもう一度振り返っているところだったが、しかしそんなことはなく、恵美はふくれっ面とジト目で可憐を見上げた。
「可憐のSSRが出ない……」
「あぁ、そっち……よかった」
拍子抜けした可憐は胸を撫で下ろしながら(幸い撫で下ろす胸には困らない)、恵美の対面に腰を下ろした。しかし恵美はそうは思わなかったようで、
「よくないよーっ!」
と再び机に突っ伏していた。左手を伸ばし人差し指の先に自身のスマホがある様子は『ピックアップ止まるんじゃねぇぞ』的な彼女の心境を表していた。なお、彼女のスマホの画面にはSR一枚の十連結果が映し出されている。
「可憐ほしいよ……もう四十回も回してるよ……」
「あ、ありがとう恵美ちゃん……」
憐れむように机の上の恵美の頭を撫でる可憐。
「で、でも私は恒常だから、狙うなら春香さんに――」
「――そういう問題じゃなくない!?」
「ひぅっ!?」
可憐としては慰めたつもりだったのだが、それが恵美のハートに火をつけてあげてしまったらしく、ガバリと上げた顔とアイドルらしからぬ見開かれた恵美の瞳に可憐が小さく悲鳴を上げる。
「可憐はさぁ! 自分の価値がわかってないよねぇ!?」
「め、恵美ちゃんに言われたくないけど……」
この十六歳コンビ、自己評価の低さには定評がある。
「もちろん春香も欲しいよ!? でも可憐も欲しいの!」
「欲張りだね……」
「ちなみに志保と真はもう引いた!」
「お、おめでとう……」
そこまで一気にまくしたてると、また力尽きたように恵美は机に突っ伏す。なんだかそういう玩具みたいだなー、と可憐は他人事だった。うっ、ぅっという泣き真似と共に、悲壮な声が机から這い上がってくる。
「可憐は……? 可憐はガシャ回してないの……?」
「わ、私……? 私は……」
可憐は鞄から自身のスマホを取り出し操作すると、自身のミリシタの所持カード欄を見せた。目の前に置かれた可憐のスマホに「あっ良い匂いする」と呟きながら、恵美は覗き見て、可憐は苦笑していた。
「ごめんね、恵美ちゃん」
「引いてんじゃん!!!! 可憐の裏切り者! ばか! うわーん! もうしらない!」
悲鳴と共に再び突っ伏して机をどんどんと叩く恵美。駄々っ子のように暴れた(それでもドリンクは零さない)あと、小さく「……ばかって言ってごめん」と付け足した恵美に、らしいなぁと思う可憐だったが、恵美の可哀想な感じが可憐の嗜虐心を刺激する。
「ねぇねぇ、恵美ちゃん」
「ん……? どったの……?」
可憐はいつもより数段優しい声色と共に、ジレハの海美に勝るとも劣らないソフトタッチで恵美の肩を叩く。呼びかけられて見上げた恵美の目には、満面の笑みで笑う可憐と彼女のスマホに映し出された覚醒後【魅惑のエレガントタイム】の一枚絵が映った。
「私、篠宮可憐だから。……250ジュエルで引けちゃった♪」
「もーほんっとにばか! 可憐きらい! おめでと! うわーーん!!」
満面の笑みで煽られた恵美は額を強打せんばかりの勢いでまた突っ伏し、煽った側の可憐は「ごめんね……」と謝りつつもなんだかとても楽しそうだった。
「可憐それ響の前でも言えんの……!?」
「響ちゃんには…………い、言えない……」
我那覇響。自身のSSRが実装されてもう半年近く経とうとしているが、未だに入手出来ていなかった。年末のフェスで50連したにも関わらずSSRすらなかったのは伝説の不憫エピソードである。閑話休題。
突っ伏した恵美は止まるんじゃねぇぞ感のあるポーズのまま泣き言を並べ始めていた。
「ひどい……アタシはすぐ来てあげたのに……」
「そ、そうだったね……その節はどうも……」
恵美のSSRは二人とも所持していた。双方当然のように4凸である。
「どうして……アタシ可憐に何かした……?」
「な、何もされた覚えはないよ……」
潤んだ目で見上げられて図らずも恵美の珍しい表情にときめく可憐だったが、ガシャで来ないのをここで言われても困るのだった。現実でどうにか出来るなら響はとっくに報われている。
「どうせアタシのこときらいなんでしょ可憐……」
「待って待って地のネガティブが滲み出てるよ恵美ちゃん」
「どうせ可憐も『FairyTaleじゃいられない』のアタシのパート面白いって思ってるんだ……」
「それ可奈ちゃんだよね」
「お化けが怖くて泣き虫のアタシのこと見下してるんだ……」
「あの時は本当にごめん……」
「アタシよりおっぱい大きいし……」
「お、おっぱい今関係ないよね……?」
いいもん、アタシの方が三か月お姉さんだもん……そう言いながら机に「め」を指で延々描き始める恵美。可憐としてはどうしたものだろうとドリンクバーで淹れたポタージュを飲んでいると、カップを置いた途端に恵美の手がむんずと可憐の胸目掛け伸びた。
「ひゃっ! ちょ、ちょっと恵美ちゃん……!?」
「アタシ知ってるんだからね」
急に胸を鷲掴みにされて赤面で戸惑う可憐をよそに、恵美はジト目で胸を揉みながら続ける。
「このまえ美也と麗花にぎゅーってされてにやにやしてたでしょ」
「あ、うん……?」
思い返すのは先日のこと。慣れないバラエティーの仕事(765プロだからといって誰も彼もがバラエティー班ではない)を前に緊張していると、それを美也と麗花がほぐしてくれたのである。美也の太陽のような温かな香りと、麗花のふんわりと香るシャンプーの香りに癒されたことは記憶に新しい。
「良かった?」
「よ、良かったよ……?」
胸を揉まれながら何を聞かれているんだ自分は、と可憐が考えていると恵美は少し考えて、胸から手を離し自分の横の席を叩く。隣に座れ、ということだろう。可憐は少し戸惑いながら立ち上がって、恵美の隣に移動する。すると恵美は少し奥へずってから、可憐へと体を預けた。
「ぎゅー……」
「め、恵美ちゃん?」
「……ほら、ぎゅーってしてよ可憐も」
驚く可憐から顔を背けながらぶっきらぼうにそう告げる恵美。その耳が赤くなっているのを見つけて、可憐は微笑みながら自身も恵美の方へ体を預けた。
「……うん。ぎゅーっ」
「……可憐、制汗剤変えた?」
「あ、うん……。今日から新しくしてみたんだ」
「いい匂いする。……あとちょっとだけ汗の匂いもする」
「恵美ちゃんきらい」
「ごめんってば」
「いいよ」
肩越しに可憐の体の柔らかさと、同時に華奢さも感じる恵美。しばらくそうしていると、時間がゆっくり過ぎるように思えて頬も緩む。彼女は大きく息を吸い込むと、「よし!」と拳を握った。
「今なら可憐引ける気がする!」
「が、がんばって……!」
再びミリシタを起動させる恵美と隣で応援する可憐。まだ単発分が残っていたようで、ガシャ画面と睨みあう。恵美は可憐の手を取ると、その目を真剣に覗きこむ。
「可憐、力を貸して。華の十六歳パワーで引こう!」
「は、華の十六歳パワー……う、うん!」
この際細かいことにはツッコむまい、と可憐は恵美の提案に頷く。二人は息を合わせると、同時に単発のボタンを押した。少し長めのロードと同時に早坂そらさんが高レアを告げる。
「恵美ちゃん! そらさんが!」
「いける! アタシいける気がする!」
華の十六歳パワーは見事届いたのか、封筒から飛び出した蝶の輝きは七色。二人が息をのんでその先を見つめる中、浮かび上がったシルエットは――凛々しく、ギターを手にしていた。
「じゅりああああああ………」
「お、おめでとう恵美ちゃん……」
確かに華の十六歳パワーである。一応可憐はSSRを祝ったものの、既所持だった恵美はまた元のように机に突っ伏しながら「ジュリアもきらい……」と完全に八つ当たりをしていた。
可憐としては若干面白いと思わなくもなかったが、それなりに可哀想だと思って、必死にフォローを考える。そして、少しの勇気を出すと、意気消沈の恵美にまた『ぎゅー』をした。
「わ、私はここにいるから……。だ、だめかな……?」
「可憐…………」
潤んだ目で可憐を見つめる恵美。その表情は柔らかいものになっていて、可憐も良かったと安堵して
「じゃあ明日のレッスンのときあの衣装でおどって」
「えっ」
――解決したと思ったら更なる問題を呼び起こしていた。可憐が呆気に取られて戸惑っていると、恵美はいたって真剣な表情のまま続ける。
「アタシが可憐引けない代わりに可憐におどってほしい。あの衣装で」
「い、衣装は無理じゃないかな……?」
「じゃあレッスン着でいい。曲は『ストロベリー・キューピッド』。『おとなのはじまり』でもいいよ」
「え、えぇ……」
両者とも可愛らしい曲調で、これを歌って踊るのかと可憐は気恥ずかしくなってくる。どうにかご勘弁願いたいところだったが、恵美の視線がまっすぐ過ぎて断れそうにない。可憐は完全に陽が落ちて暗くなり始めた外を眺めながら、取り敢えずやよいに相談することを考え始めていた。
後日、結局可憐はジュリアと共に『おとなのはじまり』を歌ったところをプロデューサーに見つかり、危うく公演のセトリを組まれそうになるのだが――それはまた、別の話。
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16歳@バーニングガらない
「いぇーいみんなー! 燃ーえてーるかーい!」
「燃えてるヤツらならレッスン中だよ」
とある平日の夕方。傾き始めた春のうららかな日差しの下、暇を持て余したうら若き乙女たちは何をするでもなく、まるで高校の休み時間のようにただただ控室にたむろしていた。
これはそんな中での一幕。
学校からそのまま来たのだろう、制服姿の野々原茜は超銀河美少女を名乗らんばかりの勢いで颯爽登場! したのだが、しかして女子高生たちのたむろする控室の反応は薄かった。
「あー……今日から練習始まるんだっけ、
「おう」
茜はそれだけで悟ったらしく、大人しく定位置であるソファに腰を下ろした。灼熱少女再結成の報自体は、既に彼女らのライングループで速報済みであり、いつもなら共に暇しているはずの恵美と海美はそちらに出払っていた。
「可憐ちゃんと亜利沙ちゃんはー?」
「カレンならそこ」
「いるけど……」
「うぉっ」
茜がアイドルらしからぬ野太い声を上げたのはちょうど向かい合うソファに座っていた可憐だった。つまり茜の正面にいたのである。
「ごめんね可憐ちゃん、茜ちゃん今日は茜ちゃんより大きい胸の人は見えない日なんだ」
「な、なにそれ……」
「おいこらバカネ喧嘩売ってるのかおいこら」
順に90、80、79。たった1違うだけでも現実は現実である。
そしてもう一人の少女・松田亜利沙はというと、少し離れた場所でスマホを前に興奮していた。
「ふぉぉぉぉぉ! 始まってしまいましたぁ! ありさの心にも火が点きましたよ~! 心に点いた火、略して心火を燃やして駆け抜けてみせます~!」
茜も若干察してはいるものの、一応形式を踏まえてジュリアに尋ねてみる。
「あれは?」
「あれは15時からずっとあの調子」
「ふぉぉぉぉぉお! 報酬のスキル名エモいです~!」
「数時間ずっとあれかぁ」
さすがに茜ちゃんもあれには勝てないなー、とぼやきながら、茜も茜でスマホを弄り始める。ちなみに対面する可憐は何やらアロマを弄っており、ジュリアは相変わらず窓辺でギターだった。いつもの風景と言えばいつもの風景である。
「あー……茜ちゃんも灼熱少女入れば良かったかなー」
「お前にはクレブルがあるだろ……」
「ジレちゃうなー」
「き、聞いてない……」
野々原茜が話を聞いてないように見えるのもまた、割と日常茶飯時だった。
「でも確かに、恵美ちゃんもウミミンも火属性って感じするよね~」
「なんだそれ」
別にアタシと茜が水属性って感じはしないだろ、とジュリアが突っ込んでいたがしかし同意する声も一つ。
「ありさ、なんだかわかる気がします~」
もう一人の火属性、松田亜利沙である。ちなみにこの方式で言えば篠宮可憐は光属性である。
「海美ちゃんは王道の火属性、恵美ちゃんは複属性って感じしますね~」
「さっすが亜利沙ちゃん、わかりてだねー」
「わかりてですーっ!」
相変わらず中身があるようでない会話を繰り広げる二人を見て、ジュリアが「何の話だ?」と可憐に問うが、彼女も彼女でふんわりとしか理解出来ていなかった。高校生の生態において雰囲気でのみ成り立つ会話というのはさほど珍しくないのである。
「と、ところで亜利沙ちゃん、イベントはもういいの……?」
「ご心配ありがとうございます、可憐さん! でもありさ、大丈夫ですっ! 今ある資材は消えたので取り敢えず休憩です~」
「い、石も?」
「もちろん!」
「す、すごいね……頑張ってね……」
可憐は亜利沙のギャラの使い方を垣間見てしまったのだが、それはそれだった。一転して今度は茜が、三人の前に躍り出るような形で立ち上がる。
「じゃあさじゃあさ! 茜ちゃんは何属性かな!」
さっきの『海美と恵美は火属性っぽい』という話の流れなのだろう。問われた三人は一応考え込んだ挙句、それぞれの見解を口にしてみる。
「……水系高位じゃないか?」
「いえ、やっぱりノーマルタイプかと」
「わ、私は甲属性かなって……」
「おーけい、ゲームを指定しなかった茜ちゃんが悪かった」
参った参ったHAHAHAHAHA、といった具合で洋画よろしく肩を竦めてみせる茜。
「まぁいいや。ともかくともかく、茜ちゃんたちは灼熱少女じゃないわけだし」
うんうん、と何かを肯定するように頷いて茜は元の位置に戻る。全く今のくだりに内容なんてなかったわけだが、しかし16歳女子高生の会話に内容を求める方が野暮なのだ。
「しかしでも、これは由々しき問題だよ」
「由々しき問題ですか!?」
「どこがだよ……」
食いつく亜利沙と食いつかないジュリア。これが釣りゲームならおそらくレア度が高いであろう反応を見せたジュリアに、茜がビシリと釘を刺す。
「危機感がないねジュリアン!」
「そりゃ危機感じてないからな」
全く話の内容が掴めない、といった具合のジュリアと困惑している可憐に、茜が事の次第を説明する。
「つまりだよ! 茜ちゃんたち――いわゆる『バーニングガってない』16歳組は! 日の目を見る機会がないってことだよ!」
「な、なんですってー!」
もちろん反応したのは亜利沙だ。可憐は相変わらず困惑するばかり、そしてジュリアが呆れてため息。
「チハたちも違うだろ」
「千早ちゃんもヒビキンも昔からの固定ファンがいるから! 茜ちゃんたちとは登場機会が違うから!」
「た、確かに……」
納得してしまったのは可憐である。臆病な彼女にとってこの話題は割と刺さってしまった……のかもしれない。
「と言う訳で茜ちゃんたちの存在感を損なわないための会議を今から始めようと思う」
「う、うん……」
「わかりましたーっ!」
「ほら、ジュリアンもこっち来て」
「仕方ないな……」
呆れながらも応じて可憐の隣に腰を下ろすジュリア。なんだかんだ言って人付き合いは良いのである。
こうして始まった『バーニングガってない16歳』会議。
初めに対策案の口火を切ったのは議長(?)をも務める茜だった。
「例えば……ガシャでメインを張るとかどうかニャ!?」
「あっアタシ一抜けた」
「わ、私も……」
「ありさもそれなら大丈夫ですー」
「あっごめんこの話題茜ちゃんだけが悲しくなるやつだったねごめんだから戻ってきてSSR女子たち! カムバック!」
最早必死である。なおここに例え灼熱少女の二人やAS16歳の二人を加えたところで、四月頭現在SSR未実装なのは野々原茜だけであった。早急な実装が求められる。
「じゃあ……可憐ちゃんはどうする?」
「ど、どうって……?」
「我らがバーニングガってない四人衆の目立ち方だよ」
その名称なんとかならないのか、と思わなくもないが可憐はそんなこと言わない。今まで巻き込まれるだけ巻き込まれてある種受け身だった彼女は、戸惑いつつも考えた挙句。
「……ば、灼熱少女を乗っ取る、とか……?」
「おっ、大胆な攻勢に出たねー」
どこぞで聞いたような案を口にしたのだった。
「で、誰が乗っ取るの? 可憐ちゃん」
「えぇ、と……その…………ARRIVE……?」
頭の中がPSLだったのだろうか。
「だってよジュリアン。いやーファイナルのリーダーは格が違うねー」
「リーダー風吹かせてきたな。春一番か」
「ありさたちARRIVE関係ありませんものねー。いいですよねーARRIVE」
「あっ、その、今のは冗談で……! ううぅ……」
一斉攻撃である。内部分裂がこうも容易く起きることを考えると、レジスタンスというのは歴史が証明するように脆い勢力であるのかもしれない。
「じゃあそう言うジュリアンは?」
「アタシか? ……まぁ一応考えるけどさ」
未だに茜の言う『危機』とやらがいまいち理解できないジュリアだったが、それはそれとして考えることは考えてみる。
「……その、なんだ。二人の魅力をこっちでもカバー出来ればいい……とか?」
「それ結構危ない案じゃない? 大丈夫?」
「アタシも言ってて大丈夫じゃない気がしてきた」
つまるところ二人の魅力を食ってしまう、ということなのでアイドルとしての高坂海美と所恵美の沽券に関わりかねない話である。この案は自然と却下だった。
そしてそうなれば最後に焦点が当たるのは当然亜利沙の案である。
「ありさの案はですねー……ユニットです!」
「ユニット?」
「はいっ!」
聞き返されて喜んだツインテールは絶妙に跳ねる。
「よく考えたらこの四人って誰も一度も同じユニットになってないじゃないですか」
「ん……?」
「…………あっ、確かに」
「い、言われてみれば、そうかも……」
彼女たちが一瞬でこれまでを振り返る。PSLではそれぞれがクレシェンドブルー、エターナルハーモニー、リコッタ、ARRIVEとバラバラのユニット。デュエットを組んだこともこの中ではなく、昨年の武道館公演も日程で見ればもちろん被りはあるが、星座ユニットで考えればアクアリウス、ピスケス、スコーピオ、アリエスと一度も被っていなかった。ユニット曲の存在するLTPでも同様である。……なお、ここでは全国キャラバン編の西エリア及びフォーマルアテンダーは考えないものとするのだが、そこはご了承いただきたい。
回想終了し、亜利沙が続ける。
「と言う訳で、灼熱少女の対抗ユニット……じゃないですけど、四人でユニットです! どうですか!?」
「……アリ、なのでは」
ニヤリ、と不敵に笑ったのは茜。彼女が可憐とジュリアに目配せをしてみれば、その二人も意外と満更ではないという感じであった。
「対策案出たね……ユニット名は『16歳@バーニングガらない』でどうかニャ?」
「『どうかニャ?』じゃねぇよダメだろ……」
「ユニットコンセプトそのまんまだね……」
「いやユニットコンセプトとしてもおかしいだろ。どう見ても余りものユニットじゃねぇか」
「じゃあありさがバッチリのコンセプトを考えてみせますーっ!」
傾きつつあった夕日は既に落ち、辺りは暗くなり始める。
ここで冗談交じりに軽く交わされたユニット談義が、ゆくゆくは正式採用、そして灼熱少女の二人を迎えた39プロジェクト16歳組ユニット、更に千早と響も加えて……と発展していく小さなきっかけになるのだが――――それは遠い遠い、ifのお話。
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愛しています、16歳
「勝負にもならない! ……ってねー、にゃはは」
「ひぇ~~~~! これはお宝映像です~!」
とある休日の昼過ぎ。初夏訪れを感じる新緑の風の下、大きなライブを控えた少女たちは有志でレッスンスタジオを借り、その練習に打ち込んでいた。
これはそんな中での一幕。
5thライブ二日目組――その中でも同い年の海美、ジュリア、恵美がこの一室を借りていたのである。せっかく集まれたこともあり当日の大まかな陣形や歌割を確認していたが集中力はそう長く保たず。休憩と称して恵美が海美のソロ『恋愛ロードランナー』を踊っていると、さきの嬌声が響いたのだった。
サビでキメた恵美、後ろで見ていたジュリアと海美。もちろんその中の誰も先程のようなドルオタ絶叫を上げる訳もなく、三人が揃ってレッスン場の入り口に目を向ければ、そこには見覚えのある独特なハイテンションツインテール。
「うわっ出た」
「なんですかそのゴキブリみたいな扱い」
「いつここは虎牢関になったんだ?」
「呂布でもないですよ」
松田亜利沙である。
登場早々散々な扱いを受ける彼女へ、海美は不思議そうに尋ねる。
「ありりんどうしたの? びっくりしちゃったよ」
「海美ちゃんの優しさが身に染みます~!」
幸せのムチとアメと言わんばかりの落差に身を悶える触覚系女子。しかし海美も驚くのも当然で、彼女ら三人は二日目組としてこの場を借りていたのであって、松田亜利沙がここに居る筈はないのである。
「いえ、実は偶然なんですよ。ありさも隣のスタジオを一人で借りてたんですけど……隣から『恋愛ロードランナー』の恵美ちゃんカバーが聞こえたもので!」
見れば確かに亜利沙の服装は見慣れたレッスン着だった。汗もにわかに帯びている。……片手には恵美の声を聞いて即座に用意したであろうハンディカメラが握られていたが。
「ありさ、ラッキーでした!」
「さすが妖怪壁に耳あり障子に目あり」
「えへへ、そんなに褒めても何も出ませんよぅ」
「ついでに前科もたくさんあり」
「誰が前科持ちですか」
散々な言われようである。だが送検(プロデューサーへの報告)が行われていないだけで事案はいくつも起こしているのであながち間違いでもないのが問題である。
「試しに亜利沙、今の使って地下アイドルみたいな名乗りしてよ」
「ひどい無茶ぶりですね恵美ちゃん」
「亜利沙には無茶ぶりしていいって聞いたから」
「誰に」
「可憐」
「おっ、これはどちらが上か分からせる必要がありそうですね」
この瞬間、亜利沙が保持する秘蔵の篠宮可憐谷間ファイルが何らかの形で火を吹くことになることが決定したのだが、それはそれ。無茶ぶりとは言え亜利沙はアイドルなので求められれば応えない訳にはいかない。何故なら彼女はアイドルだから。
「では行きますよ……」
「おーおー、やったれやったれ」
一人ギターを弄りながら冷たい声援を浴びせるジュリアに軽く虚しい視線を向けたのも束の間、亜利沙は自分に可能な最大限の地下アイドルっぽさ――或いはぶりっ子から安直さへの潜在スキル継承的な何か――を押し出して、きゃるるんと決める。
「壁に耳あり障子に目あり、ついでに前科もたくさんありあり! 松田亜利沙です☆」
ある意味アイドルらしさの極北とも言えるようなあざとさが四人で居るにはあまりにも広いレッスン場に響く。受け取り手の反応も様々である。
「……本当にやるとは」
「恵美ちゃんが言ったんですよ」
一瞬唖然とした後に口を抑えて笑いだす恵美。
「いやーかわいい。さいこうだよありさ」
「ジュリアちゃん本当に聞いてました?」
「きいてたきいてた。あたしにはできねーなー」
「足の爪弄りながら言われても説得力皆無なんですけれども」
「あっ、小指伸びてる。切らなきゃ」
「せめてこっちを見て」
全く興味を示していないジュリア。
それに対して温かい声援もあって。
「ありりん、今の凄く女子力あるっぽい感じする!」
「海美ちゃんの中で女子力がどういう定義してるのかさっぱりですけどありがとうございます~! 亜利沙には海美ちゃんしかいません~!」
普段であれば同じ16歳の集まりでも反応が芳しいのが何人かいるのだが、生憎それは一日目の面子。さすがフェアリー属性と言わんばかりのクールな美少女の反応との差に思わずひしっと抱き合う亜利沙と海美。お互いある程度運動したこともあってその尊い光景はなんだか良い匂いすらしそうである。嫉妬したのか、ジュリアも冷やかしが入る。
「おっ、百合営業かー?」
「お世辞でもないからジュリアちゃんそういう台詞は慎んで」
「恵美、あたしたちも百合営業するか?」
「それはそれで尊いのでやってください」
「このドルオタチョロいなー」
露骨にやるわけないだろ、と吐き捨てるジュリア。しかしこの話題で何かを思い出したらしく、亜利沙は海美の頭を犬が如く撫でながら口を開く。
「そう言えば百合営業で思い出したんですけど」
「アタシ嫌な予感がする」
「奇遇だな、あたしも」
妙に冷めてる現代っぽい女子高生が声を合わせる中で、亜利沙がとある提案をするのだった。
「『愛してるゲーム』、やりませんか?」
「あたしパス」
「アタシも」
「反応が早くないですか」
さながらプリンの気配を感じた茜ちゃん……と絶句する亜利沙。しかし、しかし! この場にはもう一人いるのである。そしてその一人は今日がそういうタイミングだったのか――亜利沙の話に見事食いついた。
「えっ、何そのゲーム!?」
「ちょっと海美……」
「フフフ、これは活きのいいサニーゴが一匹釣れましたね」
不気味に笑うさまは密漁者そのもの。対する釣れたアローラのサニーゴ……ではない、高坂海美は興味津々にクール系美少女二人へ反論する。
「だって『愛してるゲーム』だよ? なんだか女子力高そう!」
「女子力高けりゃ何でもいいのか海美?」
「でもなんだかこのゲームやったら女子力モリモリ上がりそうじゃない!?」
「サイヤ人かな?」
戦闘力じゃあるまいし、と頭を抱えるジュリアだったが海美にはそんなこと関係なく、彼女は亜利沙に腹筋を撫でられながら尋ねる。
「ルール知りたい!」
「おっ、反応良いですね海美ちゃん! 説明しましょう!」
……と言ってもこの『愛してるゲーム』、さほど説明するほどでもない。ルールは至極単純である。集まった中で、順に「愛してる」と言っていき照れたら負けというものだった。こんな単純なものが流行るのだから世界は分からない。
「……という訳です」
「女子力高そう……」
もう女子力が何だか分からない段階である。「女子力 とは」でGoogleに尋ねたくなる次元に突入しているが、ともかく海美にはこのゲームが女子力の高いものだと映った。事実、Twitterなどで女子高生の間で流行っているらしいので嗅覚は鋭いのだが。
となれば開催するのが摂理。海美は目をキラキラさせながら恵美とジュリアを仰ぐ。
「ジュリア、めぐみー!」
「海美が堕ちた……きたねぇぞ亜利沙!」
「何とでも言うがいいです! 錦の旗は亜利沙に
千早相手であればこの時点で勝利だったのだが。
しかし海美の熱視線もあって、結局のところ恵美とジュリアも巻き込まれてしまうのだった。やってることとしては事務所で暇してる時と変わらないのである。
「ではこの順番で行きましょう」
仕切る亜利沙によってじゃんけん開始、瞬く間に順番が決まり四人は円に成るように座る。隣り合う人間が愛を囁く対象で、順番としてはジュリア→亜利沙→海美→恵美である。
「よりにもよってあたしからかよ」
「ジュリアちゃんこういうの得意ですから!」
「誰も得意に挙げた覚えないから」
「でも先日、CSで白瀬咲耶ちゃんとやってましたよね? このゲーム」
「よくチェックしてるな……」
「ありさですから」
どんなマイナーなバラエティーもアイドルが出ると聞けば見逃さず、しかもそれが新進気鋭の王子様系アイドルと自社アイドルのイケメン対決なら尚更である。案の定その放送は数々の女性ファンの阿鼻叫喚を生んでいた。
もちろんその企画でルールを把握しているジュリアは「仕方ないな」と呟くと亜利沙をじっと見つめる。
そしてそのまま口を開く――と思いきや亜利沙に突然のアゴクイ、そのままあわや口付けと言わんばかりの距離まで顔を近付け、一言。
「愛してるぜ」
「ひ、ひぅ……!」
撃沈!
説明しよう。普段であればこういう企画に馬鹿みたいな(褒め言葉)嬌声を上げる亜利沙だが、あまりの破壊力に完全に乙女と化し、情けない声を上げながら今はレッスン室の床に伏せっていた。ポーズで言えばさながらヤムチャか前川みくである。
「……こんなもんだろ。大丈夫かー?」
番組を経たからか普段から言い慣れているのかジュリアは平然としていたが、もちろんキュンとしたのは亜利沙だけではない。
「ジュリア、かっこいいよ~!」
海美は興奮気味に顔を赤らめていた。
「女子力感じたか?」
「いや全く!」
「だろうな」
同じく隣の恵美も真っ赤だった。
「ジュリア、ちょっとえっち過ぎない?」
「誰がえっちだ。恵美だけには言われたくない」
この中で一番えっちなのはお前だ、とは敢えて言わないジュリア。そして亜利沙が早々に
「……亜利沙死んだしまだ続ける必要ある?」
「……生き……てます……」
「続けるよー!」
恵美が平和協定を訴えたものの、まだ高坂国が戦意を持っていたので世界大戦は続行するしかない。今度は海美から恵美に愛を囁くターンである。
「めぐみー……えっとぉー」
さっきまでの威勢はどこへやら、急にしおらしくなる高坂。こういうところが彼女の強さでありズルさである。焦らされる恵美もなんだか妙な気分になってくるのだから、まさに女子力発揮というところだろうか。
「……あの、あのね……」
ゲームだということを忘れさせんばかりの間。そして海美は決心をすると、頬を赤らめながら上目遣いで言い放った。
「あ、あ……愛してるっ!」
「……! ……う、うん」
所恵美、ここでギリギリ耐える。そもそもこのゲームは『言って照れたら負け』が原則なので言われた側が照れても負けではないはずなのだがそこに転がる屍(松田亜利沙。享年十六歳)の影響もあってか、恵美は耐えた。反応が素っ気ないのはそのためである。
さてそうなると次は恵美がジュリアに愛を囁く番だ。
「も~、仕方ないな……」
恵美はやれやれと言わんばかりに頭を掻くと、さっさと済ませてしまおうとジュリアに顔を近付ける。
「あのさ、ジュリア」
「どうした恵美」
「あたし、ジュリアのこと……あ……」
しかしそれは間違った判断だった。
所恵美――気軽に友達を「好き」と評せる彼女だったが、しかし「愛してる」と口にしようとした途端、その言葉の重さに躊躇してしまう。
そう、それがこのゲームの上手いところだった。
「好き」ならともかく「愛してる」なんて早々口にする機会はない。人目を気にせずイチャイチャするバカップルでさえ、それはあまり多くないはずだ。
言葉に「愛」を含んでいるからか、「愛してる」は言葉として口にし辛いのである。
恵美はそれを痛感して言い淀む。言い淀めばジュリアの顔をまじまじと見つめることになる。立ち振る舞いこそカッコいいジュリアだが、その顔は意外と幼く可愛らしい。カッコよさと可愛さの両立にあてられ、そして自分が何を口にしようとしているのか急に恥ずかしくなる恵美。
「……あ」
「あ?」
結果、見つめ返すジュリアに耐えられず。
「…………あっ、アタシ喉乾いたな~。あはは」
顔を真っ赤にしながら部屋の端に置いてあるドリンクを取りに行こうとしたのだが――しかし、それを許さぬ影が一つ。慌てて逃げようとした恵美の手をがっしと掴み、離さない。
「おいおい恵美……まだお前のターンは終了していないぜ!」
おぉ、なんたることか! 裏切りのジュリアである!
ニヤリと口を歪め、さながら決闘者の如き鋭い眼光で恵美を捕らえたジュリアは、ぷるぷると首を振る恵美をもう一度座らせ直す。
「駄目だろ恵美、せめてちゃんと一巡させないと」
「あ、アタシそういうキャラじゃないからさ……」
「いやいや、あたしが聞きたい」
「ばっ、馬鹿じゃないの」
「な? 言ってくれよ……言わなきゃ終わらないしさ」
完全に純情な生娘とそれをたぶらかすバンドマンである。
だが言わなきゃ終わらないということは言えば終わるということ。ジュリアに手を握られたままになり、逃げることも叶わない。恵美は真っ赤になりながら、決してジュリアと目を合わせず、悔しそうに恥ずかしそうに小さく呟いた。
「………………あ、あいしてる」
刹那の静寂。
そして次の瞬間、ジュリアが勝鬨を上げる。
「亜利沙!」
「もちろん録りましたよ~~!」
反応したのは沈んでいたはずの亜利沙。そしてその手にはこの部屋へ突撃してきた際に手にしていたハンディカメラ(起動済み)! もちろんレンズは恵美をばっちり捉えていた。
「ちょっ――――!」
恵美の頬の紅潮が全く別の意味の『恥ずかしい』へと変貌する間に、レッスン室の時は加速する。
「ありさ大スクープです~~! うぇひひひひひひ!」
「あっ、ありりん私も見たい!」
「ちょっと!! 亜利沙!!!!!」
「だめですよ! これは永久保存版です~!」
「亜利沙!!!! 許さないから!!!!」
レッスン室は広く、運動するにはちょうど良く。
十六歳の愛してるゲームは鬼ごっこという別のゲームへと様変わりした。この後恵美がへたり込んで鬼ごっこは亜利沙の価値に終了、しかし亜利沙も合流して再開したレッスンで亜利沙は恵美にしごかれることになるのだが――それはまた、別の話。
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選ばれたのは16歳でした。
「み、みんな……ちょっと聞いて欲しいことg」
「ボディががら空きだぜ可憐ちゃん!」
「ひぅん!」
とある平日の夕方。日ごとに変わる梅雨だか夏だか分からないような湿度と温度の中、暇を持て余したうら若き乙女たちは何をするでもなく、まるで高校の休み時間のようにただただ控室にたむろしていた。
これはそんな中での一幕。
何やら落胆した面持ちで入ってきた篠宮可憐を迎えたのは野々原茜の鋭い一撃だった。完全に油断していた可憐のへそ目掛け迫る茜の手刀。防御姿勢を取る間も与えずその指先は服の上からへそを軽く抉ってするりと撫で上げる。上がる悲鳴。この間僅か三秒の出来事である!
「えっ何……? い、今何が起こったの……?」
混乱し戸惑う可憐。当然である。しかし一方で、仕掛けた側であるはずの茜もまた困惑していた。
「えっ可憐ちゃん困るよ……急にメスの声出さないでよ……」
「だっ、出してないよ……!」
「いや今のはメスの声だったよ……エロかったもん」
「え、えろ……!?」
「ナニをナニされた時の声だったよ……」
「茜ーまだ昼間だぞー」
さすがにこれ以上は見過ごせないと感じたのか他所から苦言が呈される。可憐は助けが入ったとそのどこか南国の風を感じられる声の主に目を輝かせた。
「響ちゃん……!」
「おぉおぉ、可哀想に……意地悪なネコにイジメられたんだな」
まるで姉を慕う妹が如く駆け寄った可憐を我那覇響は膝に抱えて撫でる。甘えた相手が響ということもあってどちらかというとその絵面はペットと飼い主のそれに近いような気もするが。
「駄目だぞ茜、可憐をイジメちゃあ。やってることが昨日のハム蔵と同レベルだぞ」
「茜ちゃんをまるでペットのように叱られても」
「事務所のみんなはペットみたいなもんだぞ」
「豪語しおる……」
ここまで言い切られてしまうとツッコむ方が野暮な気がしてくる。さすがは先輩の貫禄といったところだろうか。
「ちなみにその観点だと茜ちゃんはネコだとして可憐ちゃんはどうなるのかにゃ?」
「可憐は最高のモルモットだぞ」
「響ちゃん……それどういう……?」
ゾンビを思わせるデンジャラスな高笑いが聞こえそうな形容に可憐は思わず訝しんでしまう。哺乳網齧歯目ヤマアラシ亜目テンジクネズミ上科テンジクネズミ科テンジクネズミ属モルモット。愛玩用とも知られる小型の可愛らしい齧歯類で確かに小動物っぽさのある可憐のイメージにもそぐうのだが、その名前を聞くとどうしても
心配そうに尋ねる可憐へ、響は満面の笑みで答える。
「可憐は臆病で可愛いからモルモットさー」
「響ちゃん……!」
「あと可憐に何か試してみても笑って許してくれる辺りもモルモットだぞ」
「響ちゃん……!?」
哀れ篠宮、茜に突かれたのを裏付けるように両方の意味でモルモットだったのである。食物連鎖最下位は愛玩されるように響の隣に大人しく腰を下ろすほかはない。
「ちなみにそこで歌詞書いてる千早はヒバリで知らん顔してギター弄ってるジュリアはイヌだよ」
飛び火したのはかつてユニットでもあった二人である。ちなみに今日ここにたむろしているのは彼女ら含めた五人で全員だった。
しかしそれはそうとしても可憐に味方が増えるわけでもなく、悪戯な野良猫茜は再び哀れなモルモットを煽る。
「ふふふ……たとえヒビキンの腕の中に収まったとしても茜ちゃんの猛攻は止められないにゃ~……!」
「ひぃ……響ちゃんたすけて……」
「茜と可憐は仲が良いなぁ」
「響ちゃぁぁん……!」
「どうしたどうしたー? 篠宮ビビってるぅー! へいへいへい!」
「篠宮がビビってるのはいつものことだろ……」
騒がしさにあてられたのか生来のツッコミ気質からか、ジュリアが思わず苦笑いを浮かべて、若干酷いことを言われつつも可憐は新たな助けを求めて窓際の彼女の下へ。
「ジュリアちゃん……私のおへそを守って……」
「自分のへそは自分で守れよ……」
一応寄ってきたので相手はしてやるがぞんざいに扱うジュリア。声に出さずとも『呆れた』と思っているのが分かるやれやれ度合いで、そもそもを茜に尋ねる。
「んでお前は何で可憐のへそ狙ってるんだよ」
「ほら、最近ユリッチのおへそ流行ってるじゃん? だからその延長だったら可憐ちゃんかなーって」
「とばっちりじゃねぇか」
百合子がへそを狙われたからと言って可憐がへそを狙われる道理は全くないのである。なんとなく系統は似ているような気もする二人だが明確な共通点は少ない。
しかしこのままでは埒が明かず、16歳たちは意味もない硬直状態に陥るかに見えた。だがそこに救いの青い鳥が。
「ところで篠宮さん」
歌詞の仕事がひと段落したのか、集中で沈黙を保っていた千早が穏やかな口調で姦しい喧騒に加わる。
「入ってきた時何か言いたげでしたが、どうしたんですか?」
「ち、千早さん……!」
「あっ可憐ちゃん尻軽」
「おいバカネ」
新しい救いの女神が現れて目を輝かせる臆病なモルモット可憐、そしてその様子を野次る茜と止めるジュリア。その甲斐もあって、尋ねられた可憐は本来口にしようとしていた話題を切り出す。
「じ、実は……また成人女性だと思われてしまって……」
「いつものことだぞ」
「茜ちゃんもそう思う」
可憐としては同情を求めて口にしたのだが哀れその願いは届かず響と茜にばっさりと切り捨てられてしまうのだった。すかさず助けを求めて千早の方を向けば
「それは……また……」
みたいな柔和な笑みを浮かべられるだけである。打ちひしがれる可憐に、茜がその身をソファーに投げうちながら全身を舐め回すように眺める。
「だって可憐ちゃん、16歳って見た目してないもん」
特別低いわけでもない身長、成熟した体と一見高飛車にも見える顔立ち、更に私服もぐっと大人びたものが多いことを考えると可憐には申し訳ないが外見だけで16歳と判別するのは不可能なように思えた。
「そ、そんな……千早さんは……?」
「私、ですか?」
「千早さんも年上に見られることありませんか……?」
確かに千早もこの中では随分と大人びている方だろう。彼女の場合は言動もしっかりしていて、更に身長も女性にしては高めであるため可能性はあった。
しかしその返答は芳しくなく。
「確かに私も大学生に間違われたりしますが……でも学割は効くので」
「うぅ……学割……」
よよよと彷徨ってまた響の隣に落ち着く可憐。取り敢えずその頭を片手間に撫でる響。悲しきかな差額三千円。高校生にとって三千円とは大きい額でもなかったが決して少ない額でもなかった。
「どうしたら16歳に見えるのかな……響ちゃん……」
「そんなの自分に聞かれても困るさー」
むしろ響は16より下に見られることもあるアイドルである。聞く相手をある意味間違えているのであった。今日の篠宮可憐は何かとツイてない。
だが『どうしたら16歳に見えるのか』という話題は案外全員の心に刺さったらしく。
「そもそも16歳らしさって何かしら」
「それだよねー」
千早の浮かべた疑問に茜も同意していた。もちろんパッと解答が出てくるなら誰も苦労はしていない。方々で唸る声を切り裂いたのはスマホ片手のジュリアだった。
「16歳……結婚とバイクの免許と200ml献血だってさ」
「民放改正で結婚は出来なくなるって」
「チハは耳ざといな……あっ、後は『
「破瓜? 何それジュリアン、えっちな言葉? それともマオリ族?」
「えっちでもラグビーでもねぇよ。『瓜』の感じが『八』を二つ重ねたように見えるから、だってさ」
「へー……自分、初めて知った」
ちなみに『破瓜』には処女喪失の暗喩の意味もあり、茜の聞いた『えっちな言葉』というのはあながち的外れでもないのだがそれは彼女らが知る由はない。
「でもこれは由々しき問題かもしれないよ……」
ここで茜はこの事態を一人大きく問題視していた。そしてそれを声高に訴えるのである。あまりにも流れが唐突なのは駄弁る女子高生にはよくある光景なので誰も気に留めなかったが。
「千早、また茜が由々しき問題だって言ってるぞ」
「もうそんな時間?」
「ねぇ二人とも冷たくない?」
ここぞという見せ場を潰される茜。こういうときの先輩陣の結託のしようは色んな意味で流石と言わざるを得ない。まぁそれでも茜は続けるのだが。
「それが我々の選ばれない理由ではないかな、と茜ちゃんは思うわけよ! 我々は選ばれねばならないっ!」
「ま、また危なさそうな言い方を……」
「さすがSSRが最後になった女は違うなー」
「ジュリア、それは野々原さん以外にも飛び火するからよくないわ」
「茜ちゃんに飛び火する分には良いように聞こえちゃうなー」
可憐が弄ばれていた状態から一転、今度は茜が非難轟々である。これが女性コミュニティの恐ろしいところだと思わざるを得ないし、明日は我が身なのである。南無三。
しかし茜の問題提起はこの程度では収まらない。
「みんなお忘れではないかね? ここに集まっているのは――他でもない! MTGのユニットに選ばれてないウーメン!」
「温麺?」
「違う! Woman!」
ここにいない16歳と言えば恵美、亜利沙、海美。言い替えれば夜想令嬢、トゥインクルリズム、閃光☆HANABI団である。そして茜の言う通りここにいるのは何の因果かまだユニット曲に選ばれてないアイドルたちだった……のだが。
「我那覇さん、これは私たちには関係のない集まりみたい」
「帰るかー」
「あたしも若干居辛いな……チハ、あたしも一緒にいいか?」
「待って待って! 取り敢えず座って!」
共通点があると見られた五人のアイドルは意外にも結束力はなく、慌てて茜が呼び止めるのだった。ちなみに千早と響はそもそも選ばれるかどうかも分からないので離脱しようとし、ジュリアは上記の流れを汲むユニットにはいないが彼女は同じMTGシリーズの属性曲にいるので居辛くなったのである。解説おしまい。
「で、でも16歳の話題とその話題、何の関係が……?」
「良いことを聞いてくれた可憐ちゃん! やはりAngelは鋭い!」
「やっぱりあたしら三人に喧嘩売ってんのか」
「ごめんなさい」
今日は野々原茜も厄日らしい。
だが可憐に聞かれたことは答える辺り妙に律儀なのもやはり野々原茜だった。単に語りたいだけとも言うが。
「我々16歳組はね、年齢的アドバンテージがあまりにも薄い!」
「一応聞いてあげるぞ」
「ありがとうヒビキン! 数が多いから覚えにくいし、かといって14歳組ほどメジャーでもない! おまけに結婚できなくなった! 16歳のウリって何!?」
「知らねぇよ……」
「迷走してるわね」
「エタハモ冷たい!」
茜の言い分ももっともであったが、ジュリアと千早の反応ももっともであった。しかしこのまま押し切られては現状は何も変わらないと意気込んで茜は更に弁を滾らせる。
「だからこそ、16歳ならではのウリを見つけなきゃいけないと思うわけ! どうかなヒビキン?」
「そのさっきから言ってる『ウリ』は『破瓜』と掛かってるの?」
「ちょっ……! 我那覇さん……! ぷふっ……!」
「嘘だろ千早ちゃん……」
意見を聞こうと思ったらしょうもないダジャレが帰って来て案の定それで一人がドツボにハマるというピタゴラスもびっくりの連鎖現象に茜も唖然とする他はない。さすが先輩方、破天荒が過ぎる(?)。
茜は二人は駄目だと見限って、慣れ親しんだツッコみ役と体の良い弄り対象へと目を向ける。普段から16歳だと思われてない可憐は浮かばないようだったが、ジュリアは適当に考えながらもそれっぽいことを口にする。
「大人と子供の中途半端な感じ……とかじゃないのか?」
「それはつまり子供のような精神性と大人のような体の色気的なアレかな? ジュリアちゃんのえっち!」
「誰がえっちだ!」
「でもその方向性はプロデュースとして悪くない……」
「聞けよ! バカPみたいなこと言いやがって……」
哀れツッコみ役はボケ殺されるのである。対する茜はその解答に何らかの光明を見出したらしく、ゲラってる千早を見て楽しんでいる響と憤慨するジュリアに軽く尋ねる。
「ねぇ、うちの16歳の中で『精神は子供っぽいけど体つきはえっち』って誰が一番それっぽいかにゃ?」
「変な言い方で変なこと聞くなよ……」
「いいからいいから」
しかしこの場において思考が回る二人が考えた結果、不思議とそれは一致していた。
「難しいけど……恵美だと思うぞ……」
「あたしもそう思ってしまった……」
「茜ちゃんもそう思ってたー」
満場一致である。ちなみに当の恵美は件の夜想令嬢で何かミーティングがあるらしくこの場にいない。可憐は一人、ここにいないがために魔女裁判のようになった友人を憐れんでいた。可哀想な恵美ちゃん。
しかし篠宮可憐、恐らく今日は厄日なのである。
「うーむ。じゃあここにいる誰かだとすると?」
「ここにいる人?」
千早もゲラから復活して、加わらなくてもいいのに話題に加わろうとする。また頭を捻る四人が導き出した視線の先にいたのは――その恵美と仲が良く比較的特徴も共通性のある、金髪の少女だった。
「わっ、私……!?」
「確かに、所さんと篠宮さんは似ているところがありますし……」
「やっぱり可憐は最高のモルモットさー!」
「ということだよ可憐ちゃん……取り敢えず16歳組を売り出すための実験台に……!」
悪の秘密結社もかくやと言わんばかりの表情でわきわきと詰め寄る茜。普段自分が陥るようなポジションにいる後輩を見て面白がる響。そして真面目にそう思っている千早。
この三人はダメだ、小動物的生存本能に従ってそう判断を下した可憐は残る一人であるジュリアに助けを求める。
「じゅっ、ジュリアちゃ……!」
「ごめんなカレン……多分ここでカレンじゃなかったら嫌な予感がするんだ……誰かの犠牲は必要なんだよ……」
「そ、そんなぁ……」
無情にも断られてしまう。そうしている間にも茜と響の魔の手が迫り、可憐はぷるぷると震えながら自身より先に候補に挙がった恵美の帰還を切に願うのだった。
余談だが、ここで茜によって分析されたデータが後に16歳組がユニットとしてデビューする際プロデュースのベースになるのだが……それはまた、いつかの未来に。
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