デビルサマナー口田甲司 (疋田)
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悪魔が来たりてスカウトする

 例年通り、血反吐を吐く思いで捻出した貴重な休みを使い、雄英体育祭に足を運んだ。

 

 他のヒーロー達と同じく、青田買いのためだ。本当は自宅で爆睡していたいところだが、ここを逃せば将来的に詰んでしまう。そう体を鞭打って、どうにかこうにか観客席にたどり着く事が出来た。

 

 速攻で寝た。

 

 爆睡だった。隣の観客が「あんた、競技が始まったぞ?」なんて起こそうとしたりもしたが、その程度で3徹した人間を起こせる訳が無かった。

 

 結局起きたのは全競技が終了し、表彰式も終わった時だった。

 

「あんた、家で寝てた方が良かったんじゃないの?」

 

 そう安くないチケット代と本当に体育祭に参加したかった人を思ったのだろう、帰り際に隣の人がそんな事を言ってきた。

 

 自分でもそう思う。だが人には無理を押してやらねばならない事があるのだ。

 

 で、どうだった。

 

『ばっちし。今年は2人も見つけたよ。1人はペルソナ使い。それもシャドウそのまんまなんて珍しいの使ってる。センスもあるみたいで、体育祭も最後の方まで生き残ってた。後は……サマナー向きのが1人。これがまた凄い奴でさー。あたし、契約もしてないのに命令に従っちゃった』

 

 命令?

 

『そうそう。あたしの事を迷子か何かと思ったみたいでさ。ここは生徒以外入っちゃいけないから、客席に戻ってそこで見ててね、なんて言われて。そしたら体が勝手に動いて客席に向かっちゃったの。あそこまでの強制力は普通のサマナーの命令でも無いかも』

 

 今年は大当たりかもしれない。

 

 徹夜で仕事を片付けた甲斐があったというものだ。例年なら見える奴が1人いればいい方で、しかも個性なんかはてんで役に立たないパターンだったりする。それが今年はどうだ。もしかしたならば、もしかしたならば、なにもかもがうまく……

 

 それで名前は?

 

『えっとね、確か――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 口田甲司は悩んでいた。

 

 職場体験先をどうするか、それはもう真剣に悩んでいた。

 

 既に放課後となった教室で、提出期限10分前だというのにまだ決めかねてるくらいには、延々延々と悩み続けていた。

 

「急いては事を仕損じるとはいえ、いくら何でも考え過ぎじゃないか?」

 

 甲司の様子に見かねた調子で、隣の席の常闇が声を掛けてくる。甲司はそれにうーん……と呻きを返すだけで、まるで聞こえちゃいない。

 

 甲司の後ろの席に座る砂藤も気になったらしく、焦燥感に煽られまくっている甲司を指差し尋ねる。

 

「常闇、口田は何をそんなに悩んでいるんだ?」

 

「口田も1件だけ指名を受けていただろう。だがそこが武闘派の事務所らしくてな」

 

「あー、確か口田は救助系希望だったっけ」

 

 砂藤の言う通り、口田は表だって戦うような個性をもっていない。だから救助を主にするヒーローになろうと思っていた。

 

 なので個性との兼ね合いも考えて、職場体験先も海難救助か山岳救助を行う事務所に行こうと考えていたのだ。

 

 そこに舞い込んできたのが、クズノハなんとかとかいうヒーロー事務所からのお誘いである。

 

 ヒーローにやたらと詳しい緑谷曰く、

 

「クズノハ……えーと、陰陽師ヒーローだったかな確か。式神って個性で色んなもの召喚して戦うヒーローだったはず。凄い実力を持っているって言われてるけど、表立って活躍してないんだよね。マスコミの取材とかも全部断っているみたいだし。それにしても口田君はよくクズノハの事を知っていたね。ヒーローオタクでも知らない人がほとんどなのに……えっ!? 口田君に来ていた指名ってクズノハからだったの!? なんで!?」

 

 こっちが聞きたいと甲司は思う。そもそも体育祭ではどうにかこうにか騎馬戦まで参加する事は出来たが、そこで自分は終わったのだ。目に見えた活躍なんかもしていないし、本当に何で指名されたのか分からない。

 

 しかし緑谷は何かしら思い当たるものがあるようで、

 

「……でも待てよ。クズノハの戦力は式神が主力らしいし、もしかしたら式神って口田君の個性で扱えるんじゃないかな?」

 

 式神。甲司はなんとなく人型に切り抜かれた紙を思い浮かべる。ロボットだって操れないのに、紙切れなんかを扱えるんだろうか。

 

 ともかく、緑谷の説明はそんなところだった。

 

 そんな参考に出来るような出来ないような説明を聞いてから早二日。甲司は未だに決められてない。

 

「……5分切ったぞ」

 

 常闇が知らせた。そんな事言われても困る。この48時間、睡眠不足になるくらい考え続けてまだ決めれていないのだ。それを後たかだか300秒で決めろだなんて横暴が過ぎる。

 

「悩むのは分かるけどよー。せっかく指名されたんだし行ってみればいいんじゃないか? キツい場所だったとしても1週間で終わる話だしよ」

 

 砂藤が勧めた。他人事だからって適当過ぎる。

 

 それに甲司は何故か予感しているのだ。この選択が、この先の人生全てを変えてしまうだろう事を。

 

「……後60秒」

 

「おい、とりあえず職員室に行った方がいいんじゃないか? 相澤先生の事だし、時間に間に合わなかったら勝手に体験先決めるそうだし」

 

 言われて、いかにもやりそうだと甲司も思った。それから職員室までの距離を思い浮かべる。300メートルくらい。

 

「……30秒」

 

 ガタンッと大きな音を立てて、甲司は教室から飛び出した。後ろから「頑張れっ!」と砂藤の声が聞こえる。

 

 大丈夫、10秒で100メートル走ればいいだけだ。10秒の壁なんてヒーローからしたら無いに等しい。

 

 廊下を駆け抜け、階段を駆け下り、下校する生徒の海をかき分け甲司は走る。とっくに30秒過ぎてる気がするのは気のせいだ。

 

 そうだ。先生には救助系の事務所にしてくれと頼もう。たしかに式神とか気にならなくもないけど、なりたいのは動物達と人を助けるヒーローだし。

 

 心臓が張り裂ける寸前に、職員室の前にたどり着く事が出来た。ちょうど担任の相澤がドアから出てきたところだった。

 

「先生っ!!」

 

「……口田か。遅かったな」

 

 自分でもびっくりする程大きな声で呼び止めたというのに、相澤はまるで動じなかった。いつものように淡々と事実を語ってくる。

 

「時間を過ぎたから、俺がお前の体験先に決めておいたぞ。言っておくが先方にも既に連絡を入れてあるから、撤回なんて出来ない……ヒーロー業をしていれば1分1秒を争う事が多い。時間厳守と出来なかった場合の対応を学べ」

 

 その言葉は体に浸透すると、一気に疲れが沸いてきた。甲司はどっかり床に尻餅をつくと、

 

「それ、で……その……どちらに……!」

 

「どちらにも何もお前を指名したのはクズノハ事務所だけだろう? そこにお願いするのは合理非合理以前に礼儀の問題だ」

 

 まだなんかあるのか? と胡乱な目を向けてくる相澤に、甲司は首を振って返した。相澤は「廊下は走るなよ」とだけ言って、その場を去っていく。

 

 後に残された甲司はしばらく立ち上がれなかった。

 

 ウグイスの鳴く声が響く。子ども達のざわめく声も聞こえる。外は気持ちの良い五月晴れで、どこかに行くにはちょうどいい。

 

 甲司が修羅道に堕とされたのは、そんな日の事だった。

 

 

 

 

 



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悪魔を見た

 あっという間に、職場体験開始日がやってきた。

 

 近くの新幹線停車駅に集合し、そこから全国に散る民族大移動だ。

 

「よう、昨日は眠れたか?」

 

 集合場所に到着すると、先にいた砂藤が開口一番そう問いかけてくる。甲司は目の下にうっすら浮かんだ隈を差して首を振った。

 

「そりゃそーか。前日でもないのに今日まで毎日寝不足だったもんな」

 

 ガハハと笑う砂藤の元気さが恨めしい。甲司が半眼になって睨むと、悪い悪いと謝ってくる。

 

「俺だって流石に昨日の夜は寝れなかったぜ。早くここ着いたのだって、眠りが浅くて早起きしたせいだしな」

 

 そんなもんかと甲司は思う。USJ事件で一揉みされているとはいえ、本格的なヒーロー業はこれが初めてだ。これで興奮しない方がおかしい。

 

「早いなお前ら」

 

 砂藤と話しているうちに、常闇も到着した。他の生徒もぞくぞくと集まってきている。予定時刻の10分前。そろそろいいかと、相澤が点呼を開始した。

 

「いいかお前ら。くれぐれも相手先に失礼がないように。そしてそれ以上に自分はヒーローとして市民に見られていると自覚して行動しろ。じゃあ行け」

 

 簡単過ぎる号令を掛け、上り下りの新幹線に生徒を押し込んでいく。甲司は上り。目的地は横浜だ。

 

「俺とは逆だな。じゃあ、また来週な」

 

 砂藤とは別れ、甲司は東京行きの新幹線に乗る。発車ベルがなるとすぐ動きだし、甲司達を東へ物凄いスピードで移動させ始めた。

 

 1-Aの生徒の半分くらいは、同じ新幹線の中にいた。その中には比較的仲の良い常闇がいたので、人見知りする甲司は少なからず胸をなで下ろした。

 

「クラスメイト相手に臆してどうする……ヒーローなんてコミュ力命だろうが」

 

 甲司の軟弱な言い分に、隣の席に座った常闇は呆れを隠さない。それだけで甲司は恥ずかしくなったが、性分なのだしどうしようもない。

 

「そんな調子で指名先のヒーローとやりとり出来るのか?」

 

 もっともな問いかけに甲司は青くなる。自分が武闘派とまともに意志疎通している光景を、どうしても浮かべる事が出来なかった。

 

 常闇は鼻孔から思いっきりを息を漏らし、

 

「……ある程度は俺が補ってやる。ただお前もまともに会話出来るように努力しろ」

 

「え……それ、どういう……事……?」

 

 なんでその話に常闇が出てくるのか分からず、甲司は思わず声が出した。常闇の方は半分睨むような感じで、

 

「言ってなかったか? 職場体験先だが、俺もお前と同じクズノハ事務所に行くんだよ」

 

 甲司はぶんぶん首を振る。絶対聞いていない。聞いてたら連日こんなに不安に思ってなかったはずだ。

 

 てっきり伝えているはずだと思いこんでいた常闇の方がばつの悪くなる番になった。あ~そういう事だと適当に話を切り上げ、窓の外に顔を向ける。

 

 富士山が遠くに見えた。目的地までまだ遠い。

 

「……なんで……同じとこにしたの……?」

 

 甲司がなんとなく気になった事を聞く。しかし常闇は顔を窓に向けたままだ。

 

 何か恥ずかしいんだろうか。言わない理由が分からない。

 

 ただ頑なにしている様子が何か面白くて、甲司は根比べと洒落込む事にした。

 

 それから十数分。じー、と甲司が返事を待っていると、

 

「……からだ」

 

「?」

 

「……緑谷の説明でいいなと思ったからだ悪いか!」

 

 ああーー。

 

 甲司は納得した。

 

 一人頷くと、シートに身を預け、スマホで横浜に着いてからのルートを検索し始める。

 

「おい反応無しなのはどうなんだ」

 

「だって……常闇君らしいし……」

 

「どういう意味だそれは……!」

 

 今度は常闇の方がギッと睨んできたが、結局最後まで甲司は口を割らなかった。

 

 

 

 

 新横浜駅から普通電車で横浜へ。そこからさらに中華街へと移動する。

 

 その隅の方に、葛葉探偵事務所は存在した。

 

「住所はここで合っているはずだが……」

 

 常闇がスマホにメモした住所と看板を見比べている。葛葉探偵事務所。ヒーローのひの字もない。

 

 建物は特徴のない雑居ビルで、事務所はその二階にあるようだ。確かに二階の窓にも、探偵事務所とカッティングシートで表示されている。

 

 探偵。やはりヒーローとは読めない。甲司達が指名の中にいたずら申請でも混じっていたのかと思い始めたその時、

 

「あ、来たねメシア達が。さ、入って入って」

 

 ビル脇の階段から現れた男が、甲司達に手招きした。

 

 甲司達は指で自分を指す。男が頷く。

 

 甲司達は顔を見合わせた。確かに男はしっかりスーツこそ着ているが、どこか軽薄な雰囲気があり、一言でいうと信用できない。

 

 というかヒーローならヒーローらしいコスチュームで出てきて欲しい。場所も相まってヤクザのようにしか見えなかった。

 

「あ、もしかして信用出来ない感じかな? ひどいなー。これでも俺ちゃんとしたサイドキックやってるんだからね」

 

 ほら、と言いながら男が懐からカードを取り出す。

 

 差し出されたので、甲司達はそれを覗き込んだのだが、

 

「ヒーロー認定許可証……ヒーロー名、ドニー・チェン……?」

 

「余計に信用出来なくなったんだが」

 

「おうガキども終いにゃキレるぞ」

 

 青筋浮かせる様はまんまヤクザである。一度出直した方がいいかもと甲司は真剣に考え始めた。

 

『ちょっとドニー、いつまで遊んでるの~? キョウジが呼んでるよ~?』

 

「おっとヤバイ。とにかく話は後だ。今は事務所に来い」

 

 上から聞こえて来た声に促され、ドニーは二階に上がっていった。取り残された甲司達は再び顔を見合わせ、

 

「……とにかく、入ってみるか」

 

 常闇の言葉に頷いて、二人で階段を昇り始める。

 

 狭い階段を抜け、開け放たれた扉から中を覗くと、意外な程に普通の事務所だった。

 

 というより普通過ぎてヒーロー事務所という風情がまるでなかった。

 

 これではまるでーー

 

「葛葉探偵事務所へようこそ」

 

 ドニーが言うように、探偵事務所にしか見えない。

 

「……俺達は雄英生で、ヒーローの職場体験としてここに来ているのだが」

 

 常闇が言うと、ドニーが笑う。

 

「ああ、これは所長の趣味だよ。先祖にあやかってやっているんだ。後俺らの事務所はちょっと特殊だからな。ヒーローとわかりやすく表示しちまうと、本業に触りが出る」

 

「ヒーローが本業ではないのか」

 

「まぁその辺はこれから所長が説明するよ。さっ、ほら入って」

 

 促され、甲司達は事務所に入る。ソファなどの調度品は素人目から見ても高級そうで、金回りは良い事務所なようだ。人口密集地だと色々違うらしい。

 

「よく来たね。待っていたよ君達」

 

 女性の声が響いた。甲司達はそちらの方を向く。

 

 部屋の一番奥の窓際、逆光になっていてよく見えないが、そこに中背のシルエットが立っていた。

 

「私が所長の葛葉キョウジだ。よろしく頼む」

 

 シルエットが近付いてくると、男物の白いスーツに身を包んだ女性なのだと分かった。長い黒髪とのコントラストが凄いというのが、甲司の第一印象だ。

 

「雄英高校の常闇です。よろしくお願いします」

 

「……同じく、口田です……よろしく、お願いします……」

 

 ドニー相手にはタメ口を叩いてしまったが、キョウジには二人とも自然と敬語になっていた。なんというか、オールマイトのように画風というか格が違う感じがする。

 

「うんうん、よろしくよろしく。それじゃあ早速テストといこう。ピクシー」

 

『はーい』

 

 キョウジが呼ぶと、蝶のような羽の生えた少女が、甲司達の間に割って入ってきた。

 

 常軌を逸した小ささだ。身長30センチも無さそうである。妖精の異形系というのがあるならば、彼女はまさにそれだろう。ただ妖精にしては青いレオタードが少々扇情的過ぎる気がするが。

 

 複雑な顔をした甲司達の視線を気にせず、少女は空中でくるんと回転する。

 

『君達、あたしの事が見えてるよね? 見えてるなら返事して』

 

「それは見えているが……」

 

「うん……」

 

 何をしたいのかまるで分からず、甲司達は戸惑う。この()は一体何がしたいんだろう。

 

『ムッフッフー……ですってよキョウジ。やっぱり大当たり』

 

 ピクシーがそういうとキョウジがしみじみとした調子で、

 

「日頃の行いが良かったおかげだな……」

 

 ドニーもそれにあわせて、

 

「ああこれで仕事量が多少減る……」

 

「あの……一体……?」

 

 蚊帳の外に置かれた居心地の悪さに耐えきれず、甲司が口を挟む。葛葉事務所の面々は輝かんばかりの笑顔を浮かべながら言った。

 

「君ら、卒業後はこの事務所に就職する事に決定ね」

 

「「は?」」

 

 甲司達はぽかんとするしかない。今日は職場体験に来ただけであり、就活なんて遙か2年後の話だ。どこで話が食い違ったのだろうか。

 

 甲司は常闇をちら見した。小さく頷かれる。さっきからどうも様子がおかしい。このままいるのはまずそうだ。

 

 ならばやる事は一つ。一時撤退まで3 、2、 1……

 

「トラポート」

 

 甲司と常闇は事務所から脱出しようとした。

 

 忘れ物したのでとか何とか言いながら出て行こうとした。

 

 しかし開けた口から音が出る事はなく、また閉まる事もなかった。

 

 事務所がなくなって、代わりに廃墟のように荒廃したどこかのビルの中に甲司達はいたからだ。

 

 ついこの間、USJで同じような目にあわされた。すなわち、

 

「ヴィラン連合っ!!」

 

 常闇がダークシャドウを繰り出しキョウジにけしかけた。甲司も一番近くにいたドニー相手に突進する。

 

「おおっ!? いい反応するなぁ!」

 

 ドニーが笑いながら、甲司の足にローキックを入れた。速い。甲司が知覚する間もなく着弾する。

 

 痛いとかなんとか思う前に甲司の視界が側転した。時計廻りにぐるん。キョウジが刀らしき物を振り抜くシーンと、ダークシャドウが両断されるシーンが目に入る。

 

 側頭部から地面に叩きつけられた。

 

 すぐ立ち上がろうとした。

 

 が、足に力が入らない。見ればキックを受けた足が折れていて、太ももの部分で変な方向に曲がっている。

 

 キック一発だ。それだけでこの有り様だ。あまりに実力差があり過ぎて、痛みとか恐怖とか感じる前になんか笑えてきた。

 

「おいおい、そっちの奴は生きてるのか? ペルソナぶった切るのはダメだろ」

 

「後でサマリカーム掛けるからいいの別に。それでそっちの子。口田君だっけ? 治療するけどもうこっち攻撃してこないでよ?」

 

 キョウジの言葉に頷くしかない。ヒーローか敵か探偵か分からないが、相手を壊すのに寸分たりとも躊躇しない集団だ。生きて帰るには、従順にしながら隙を伺わないといけない。

 

 甲司はチラリと常闇を見た。自分と同じように倒れていて、顔は見えない。そして呼吸もしてないように見える。

 

『心配しないで。ちゃんと治してあげるから』

 

 甲司の真上に飛んできたピクシーがそう言った。それから手を甲司の方に伸ばし、『ディア』と小さく呟く。

 

 甲司の折れた足が蠢いた。

 

「なっ……!?」

 

 驚いて見下ろすと、折れてたはずの足が何事もなかったかのように真っ直ぐになっていた。動かしてみても違和感はない。

 

 ソロソロとゆっくり立ち上がる。骨と神経が擦れる痛みも、筋肉が捻れる痛みもない。

 

『どう? 問題なさそう?』

 

 ピクシーに聞かれて、コクリと頷く。リカバリーガールのような治癒個性持ちらしい。

 

「そ、それよりも……常闇君を……!」

 

『はいはい分かってるってば。ほい、サマリカーム』

 

 甲司にしたのと同じように、ピクシーが個性を使ったようだ。ピクリとも動いてなかった常闇が激しく喘ぎ始める。

 

「げほっ、がほっ……クソっ、一体……」

 

「常闇君!」

 

 甲司は慌てて駆け寄り、常闇を助け起こす。少し震えてはいるが、外傷はなさそうだった。

 

「はい、テスト2と後やるとは思ってなかったけど42はクリアね。優秀優」

 

「お前はっ!」

 

 常闇がキョウジの言葉を遮る。

 

「お前らは一体なんなんだ……!」

 

 キョウジとドニーが顔を見合わせる。常闇の治療を終えたピクシーが飛んでいき、キョウジの肩の上に座った。

 

「最初に自己紹介したとおり、私は葛葉探偵事務所長の葛葉キョウジだ。そして陰陽師ヒーロー クズノハ・キョウジでありーー」

 

 キョウジが懐から何か取り出す。黒光りしたそれを甲司は銃だと思った。

 

 しかし太すぎる銃身がパカッと割れた。サイドミラーのよう形に分かれたソレを、キョウジがタップする。

 

「ーー悪魔召喚師(デビルサマナー) 葛葉キョウジでもある」

 

 SUMMON OK

 

 キョウジの宣言と共に、彼女の周りに5体の何かが現れた。

 

 人型ではある。天使のコスプレをしていたり、手が何本もあったりはしたが、すぐさま異形系と言える程人間からかけ離れていないように見える。

 

 しかしそのどれもがオールマイトのような覇気を放ち、人の理から外れた意思を冷然と漂わせている。

 

 それが何かなど勿論知らない。だが甲司達の脳は自然と、直前の言葉が本当なのではないかと錯覚した。

 

 十字路でもないのに悪魔と出会った。

 

 

 

 

 

 



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悪魔の追跡

「デビル……」

 

「……サマナー……?」

 

 常闇と甲司が復唱する。

 

 ヒーローらしい響きではない。逆に敵としてそう名乗ったなら、簡単に納得しただろう。

 

「そう、平安の世から日本を守る葛葉一族の分家筋 当代葛葉キョウジとは私の事よ」

 

 異形の者達の中にありながら、一際威圧感を放つキョウジが、壮絶な笑みでもって答えた。

 

 足腰が引ける。常闇を支えている甲司だが、逆に寄りかかってしまいそうだ。なけなしの勇気を振り絞って耐えてはいるが、後何秒持つ事か。

 

「……日本を守るとか言う奴が国民を攻撃するのか」

 

「いきなり襲いかかってきたからね。正当防衛だ」

 

「っ……!」

 

 いけしゃあしゃあと宣うキョウジを常闇がギッと睨むが、まるで気にされた風もない。

 

『サマナーよ、久々に我ら全員を出したかと思えば何だこの羽虫は。まさかこれを叩き潰すために召喚したのではあるまいな』

 

 異形衆の一人、四本の手を持つ青肌の男がキョウジをねめつける。常闇のものとは比べ物にならない圧力となっているはずだが、それでもキョウジは顔色一つ崩さない。

 

「悪いねシヴァ。単にかっこつけで呼び出しただけだから、暴れるとかそういうのは無し」

 

『ほう、面白い事を言うな。破壊神の我に向かって暴れるなとは。どれ小僧共。我自らが戯れてやろうぞ。その程度なら暴れた事にはなるまい?』

 

 キョウジは逡巡する。だがそれも一瞬だけだった。すぐにため息を吐いて首を振り、

 

「……後で蘇生するから魂までは破壊するなよ?」

 

『心得ておる』

 

 シヴァと呼ばれた男が、三叉槍を手に取り近付いてきた。甲司達が後退るよりちょっと速い程度の速度でゆっくりと。

 

 甲司に心など読めない。だがあの暗い衝動に満ちた目はUSJで散々見た。やろうとする事は一つだろう。

 

 甲司に引きずられる常闇が苦しそうに言う。

 

「口田……俺を置いて……」

 

「で、出来ないよそんなの……!」

 

『おお、我を前にして友情を取るか。良きかな良きかな。その友情がどこまで通ずるか、破壊の神が試してやろうぞ』

 

 そう言って、シヴァが足取りを早めた。

 

 甲司達まで後十歩。

 

 九歩、八歩、七歩。

 

 六歩。

 

「こ、来ないでっ!」

 

 悲鳴と変わらない拒否の叫び。

 

 何の意味もないそれを甲司が上げたとして、誰がそれを笑えようか。

 

 シヴァは嗤った。その直後に飛び散る内臓の赤を思い、ほくそ笑んだ。

 

 人間の倫理など彼らには関係ない。故に彼らの願いを踏みにじり、歩を進める――

 

 ――事が出来なかった。

 

『む?』

 

 シヴァの足が止まっていた。まるで最初からそこが目的地だとでもいうように、違和感なく極自然に。

 

 不思議に思ったが、シヴァはすぐ気を取り直し、前に出ようとする。だが足は動かない。

 

 感覚が無くなっている訳ではない。試しに後ろに足をやれば、何の抵抗もなく足は引かれた。

 

 だが前に出ようとすると、途端に足は言う事を聞かなくなった。まるで先に進むのを嫌がるように。

 

『小僧……何をした?』

 

 原因は一つしか考えられない。この状況を願い叫んだ甲司のせいだ。

 

 甲司は甲司で混乱の極みにあった。もしかしたら自分の個性を使っていたかもしれない。しかしこの個性は人間には何の効力もない訳で。

 

 悪魔。

 

 目の前の生き物は人間ではないかもしれない。悪魔召喚師だと自称したキョウジに呼び出されたし、自分でも破壊神だなんだと言っていた。なら先程猛獣を前にした時のような悪寒は本物で、なんかしらの別の生き物かもしれないと。

 

 それなら個性が通じるかもしれないと。

 

「さ、下がれ!」

 

 言うだけはタダだ。ごちゃごちゃした頭で今一番切実に願っている事を甲司が叫ぶ。

 

 音波は秒速350メートルで飛び、シヴァに当たった。

 

 そして下がらせた。

 

 二、三歩だが確かにその恐ろしく青い体を後ろに下げた。

 

『シヴァよ。流石に戯れが過ぎるのではないか?』

 

『黙れヴィシュヌ』

 

 これまた四本腕の黄肌の男に後退った事をからかわれ、シヴァが静かに怒りを表す。しかしそれ以上に甲司に対し興味を持ったようだ。

 

『ふむ。ウヌはサマナーでもないのに我を下がらせたな。面妖な力を使うようだ。何を壊せばこの戒めを外せるか……ああ』

 

 シヴァが腕を薙ぐ。舞のような優雅さで弧をかき、また元の位置に戻った。

 

 その後、前身し始める。

 

「っ! ……来るな来るな来るな来るなっ!」

 

『ぬっ! ええい鬱陶しいっ!』

 

 甲司が発声する度に、シヴァの動きが硬直する。その都度命令を壊しているようだが、進軍速度はどうしても遅くなる。

 

 段々と間が開き、シヴァの顔が屈辱に歪む。その差が体十個分を超えるにあたって、ついには三叉槍を振り上げ、

 

「やめろ」

 

 ピタリと止まった。辺り一面を凪払う一撃が出る事はなかった。

 

 その命令を出したのは甲司ではなく、正当な命令者であるキョウジだった。

 

「そこまでにしておけシヴァ。それ以上は見苦しい」

 

『……ふん、興がそがれたわ。用が無いならさっさとGUMPに戻せ』

 

「ああ」

 

 キョウジが端末を弄ると、シヴァの体が仄かに光り、透き通り始めた。

 

 呆然とそれを見ている甲司達をシヴァが一瞥する。

 

『コウダ、だったか。貴様の名、覚えたぞ』

 

 捨て台詞じみた何かを残し、シヴァはその場から消え去った。

 

 緊張の糸が切れ、常闇ごと甲司はへたり込む。覚えなくていいですと真剣に願ったが、果たしてそれは叶うのかどうか。一分一秒でも早く記憶から消してほしいと、甲司は切に思う。

 

「……すっげーな……なんか悪魔も操れる個性だって聞いてはいたけど、シヴァをも縛るのか……」

 

 一連の流れを黙ってみていたドニーが近寄ってきた。そのまま何事もなかったかのように手を差し出してくる。

 

 甲司は逡巡したが、いつまでも座ってる訳にもいかないので、仕方なくその手を取る。甲司と常闇合わせて100キロは越える重量を、ドニーは軽々と片手で引き上げた。

 

「本気なんてまるで出しちゃいなかっただろうけどさ。それでも俺でさえアレと対峙すれば毎回数秒で殺されるのに、ほんと凄いなぁ君」

 

 先程甲司を数秒で倒した男のものとは思えない言葉を投げ掛けられる。というよりそんな日常的に殺されているのだろうか。

 

 甲司が答えに困っていると、常闇が嘴を開く。

 

「……殺される、というのは比喩じゃないのか」

 

「ん? おお、あの槍なんかにぶっ刺されてよく死ぬな。まぁ雑に手で払われて死ぬ事も多いが」

 

「そして生き返る」

 

「おう……どうやら記憶があるみたいだな」

 

 ドニーが常闇を覗き込む。何の話か分からず、甲司も同じく常闇を見た。

 

「……カロンとか名乗っていた。ギリシア神話の冥界の神、みたいなものの名前だったと思うが……そんな奴が、俺が川を渡るのを止めていた」

 

「川?」

 

 甲司が聞くと、常闇の代わりにドニーが答える。

 

「アケロン川……日本でいうところの三途の川だな。常闇君はその岸辺で、うちが雇っているカロンに成仏しないよう押し留められていたんだ」

 

「三途の川……」

 

 あの時、常闇が全く動いていなかったのは、本当に死んでたから。そう突きつけられて、甲司の背筋に冷たいものが走る。

 

 殺された張本人である常闇はどう思っているのか。ようやく息を整えれた常闇は一人で立ち、

 

「あんたらは、俺達の事を殺したり生き返らせたりして、一体何がしたいんだ?」

 

 そうまっすぐキョウジとドニーに問いかける。

 

 キョウジの方もまっすぐ常闇を見据え、

 

「君達を護国の英雄に仕立て上げたい」

 

 と言い切った。

 

 護国の英雄。

 

 オールマイトの事だろうかと甲司は思う。

 

「今、オールマイトの事を考えたのなら、それは間違っている。あれは正義の象徴であって、神輿に担いで有り難がるものだ」

 

 甲司の心中を見透かして、キョウジが訂正を入れてくる。チラリとみると常闇の眉も少し歪んでいたので、同じ事を思っていたのだろう。

 

「私達が君達に求めているものはもっと血生臭いものだ。今みたいに死んだり生き返ったりしながら殺し合いをし続ける。君達がこれまで目指していたヒーローのように日の目を見る事は決してない。だが、確実に日本を、世界を救う仕事だ」

 

「断る事は出来るのか」

 

 間髪入れずに常闇が聞いた。内容どうこうというより、単にキョウジが信用出来ない事からきた言葉だ。

 

 それは勿論キョウジも分かっているだろう。だが明らかに多少鼻白んだ様子で、

 

「勿論だ。日本国民は職業選択の自由というものを持っているからな。ただ、これから教える現実を見てそれを選ぶならば、私は雄英高校の生徒選考基準にメスを入れようと思う。臆病な人間に国のリソースを注げる程、今この世界を取り巻く環境は優しくはない」

 

 分かり易すぎる挑発である。だがそんな事を言われてしまえば、雄英生としては引き下がれなくなってしまう。

 

 甲司も常闇も信用するかどうかは置いておくにして、ひとまず向こうの見せたいものを見る事にしようと決めた。

 

「いいだろう。話くらいは聞いてやる」

 

 常闇に併せて、甲司も頷く。

 

 気丈に振る舞う少年達を前に、キョウジはニヤリと口を歪めた。

 

「ようしよし。では多少遠回りをしたが、職場体験と洒落込もう。ついてこい」

 

 それだけ言って、廃墟の闇の中に足速く消えていく。遅れずドニーも続き、ピクシーも後を追った。

 

「おいガキども! また死にたくなかったらあんまり離れるなよ。悪魔に殺されるぞ!」

 

 しばし背中を見送る形になっていた甲司達は、ドニーの声で慌てて走り出した。 

 

 

 

 

 




シヴァがなんか小物臭くなったが所詮人間に使役される程度の分霊なんでという事で見逃して


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