スネイプ☆イチコロ計画 (あか)
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スネイプ☆イチコロ計画
バナナの皮を踏んづけて滑り、大通りに飛び出したと思ったらトラックが目前に迫っていた。体をひねってなんとか避けたが、近くにあった電柱に全身強打。
誰かが救急車を呼んでくれたおかげで一命を取り留め、病室で暇していた時に舐めていた飴を喉に詰まらせて死亡。いくつもの飴を同時に舐めて「スペシャル味」とかやってたのが仇になったようだ。
「私は神だ!」
死んだと思ったらいきなりわけの分からない空間にいて、目の前のやけに神々しい男がトチ狂ったことを言ってる。
「あ、そうなんですか」
彼女はすぐに信じた。これぞテンプレ。いくつかのチート能力をもらっていざ異世界へ!
脳内でかっこよく敵と戦っている様子を思い描いていると、神が話し始める。
「お前は別の世界に転生できる。私が勝手につけていた面白い死に方ランキングの上位に食い込んだからだ」
彼女は顔を輝かせたが、次の言葉で地獄に落ちたかのような顔をした。
「ドラゴンボール、名探偵コナン、ハリーポッター。この三つの世界から選べ。主人公に転生できる。あ、能力とかはやらんから自力で頑張れ」
どれも死亡フラグが多すぎる。
ドラゴンボールでは宇宙規模で戦いが起こるし、ほとんどの地球人が何度も死ぬ。主人公とか無理。あんな強くて怖い奴らと戦えない。
名探偵コナンは推理漫画だ。謎の組織を追う主人公はしょっ中事件に巻き込まれている。一日に数件殺人事件が起きてるんじゃないかと何度思ったことか。
能力が貰えないなら絶望的だ。推理とかできる気がしない。
すると残るはハリーポッター。厨二病のくせに能力はある闇の帝王()と戦わなくてはならない。
これが一番チャンスがあるかもしれない。ヴォルデモートはマグルを舐め腐っている。
マグルの武器や武道に頼れば何とかなりそうだ。魔法使いは杖が無くなったら無力に等しくなる。
「ハリーポッターで」
スネイプ大好き人間だったこともあり、彼女はすぐに決めた。
「後、性別は女にできませんか? 私女なのでいきなり男になるのはちょっと……」
了承してもらって喜んでいた彼女は、女の方が力が弱いので不利になることに気がついていなかった。
*
「ハリー、お仕置きだよ! 物置に入っていなさい!」
ペチュニアが怒鳴り散らすが、ハリエット・ポッター、通称ハリーは無言で踵を返す。
「こら! どこ行くんだい!」
「警察。どう考えても今までの仕打ちは虐待でしょ。施設に入れてもらえるように頼みに行くよ。私が出て行ったらご近所さん達はどう思うかな?」
ペチュニアは下唇を噛み、震える声で罰は無いと告げた。
ハリーは叔母の背中を見てため息をついてから、ダーズリー夫婦を言い負かして随分前に手に入れた部屋に戻った。
足を肩幅くらい開き、ダンベルを手に拳を打ち込む。
上手いこと言ってダドリーにボクシングを始めさせ、バーノンに筋トレセットを買わせた。その甲斐あってダドリーに一言断ればハリーも筋トレができる。それもこれも闇の魔法使いに勝つためだ。
小さい頃からダドリーに礼儀を教え込んできたのも大きいのだろう。
*
待ちに待った入学式。ハリーは組み分けを見ながら呆然としていた。当てが外れたのだ。
前世でろくに恋愛ができなかったので彼女は今世こそ恋愛しようと思っていた。
そこで目をつけたのがスネイプだった。
年は離れているものの、一途で収入も良いのだろう。それにイケメンに決まっている。
ハリーが女体化したらリリーにそっくりになってスネイプもイチコロなのではないか。そう思って神に女性にしてほしいと頼んだわけだが、ハリーは「スネイプ☆イチコロ計画」を実行する気になれなかった。
見た目だ。あんなにカッコいい生き方なのだから顔もカッコいいのだろうとハリーは思い込んでいた。
髪はベタベタ。その上陰気臭い。
髪は日本人のようにサラサラすぎて、ヨーロッパ人のハリーから見たらベタベタに見えたのだろう。それに、あれはスネイプに対してあまり良い印象を持っていなかったハリーの主観だ。本当はサラツヤな髪に決まっている。
陰気臭さだって同様だ。地下室に長いこといるせいで思い違いをしていただけだ。
本人に会うまではそう思い込んでいた。
ハリーは遠い目をする。スネイプを落とすために女にしてもらったのに、これだと力が弱いというハンデを負っただけだ。
ハリーは面食いだった上にスネイプを美化しすぎていた。
「ポッター・ハリエット!」
はるか遠くを眺めていると名前を呼ばれたので立ち上がる。
注目されているが、ショックが大きかったせいで気にならない。
用意されていた椅子に座って帽子をかぶると暗闇が広がった。
「グリフィンドールかスリザリンのどちらかだな」
低い声が頭の中に響く。
「じゃあグリフィンドールで」
「しかし、君はスリザリンに入れば偉大になれる可能性が高い。それでもグリフィンドールを選ぶのかい?」
「スリザリンには死喰い人の子供が多く在籍していると聞きます。私が敵視されるのは目に見えている。それに、スリザリンって全校から敵視されているじゃないですか。自ら味方がいない状況に飛び込んでいったりしませんよ」
「そうか。グリフィンドール!」
組分け帽子は大広間全体に聞こえるように叫んだ。
グリフィンドールのテーブルから割れんばかりの歓声が上がる。
その後、ダンブルドアのよく分からない話を聞いてから食事にありついた。
食事が終わるとダンブルドアがいくつかの知らせを伝えたが、満腹になったこともあってハリーはちゃんと聞いていなかった。
「では寝る前に校歌を歌おう!」
ダンブルドアが声を張り上げると、他の教師陣の顔がこわばる。
「自分の好きなメロディーで!」
歪な合唱を聴きながら、ハリーは来年までに耳栓を用意することを決めた。
*
「ポッターを見た?」
「どこ?」
「背の高い赤毛の隣」
ハリーはイラついていた。
どこに行ってもヒソヒソと、皆がこちらの挙動を伺っては報告しあっている。
その上ロンは面白くなさそうにしている。この立ち位置変われや、と思いつつハリーは考え込んでいた。
スネイプはない。そう結論付けはしたが、そうなると次の問題が浮上する。
サイ……運命の人はどうするのか。
条件としては顔はもちろんのこと、収入と一途さは必須だ。それに性格も大事だと思う。
ロンは無いな、とハリーは烙印を押した。
悪い奴ではないのだが好みとはかけ離れている。ハリーは年上好きだった。子供っぽい男など興味がないのだ。
お前はハーマイオニーと幸せになっとけと心の中でロンに伝える。
そうこうしているうちに無事に教室に着いた。
魔法薬学を習う地下牢は薄暗く、少し不気味だった。壁にはアルコール漬けの動物が浮かんだ瓶がズラリと並んでいる。
二人は適当な席に着いた。スネイプの悪い噂を聞いていたこともあり、ロンの表情が硬い。
スネイプが入ってくると、やかましかった地下牢は静まり返った。
少々癖のある出席確認が終わり、ポエムが終わったところで急に名指しされる。
「ポッター! アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」
ハリーはとっさに立ち上がった。
体を自由に動かせるようになってすぐ、覚えている内容の記録をつけたがさすがに質問内容までは把握していない。
「魔法薬です」
ロンを一瞥したが分からないようだったので仕方なく答えると、スネイプの顔に青筋が浮かぶのが見えた。
「あれはリリーではないあれはリリーではない。あの髪を見ろ。癖毛ではないがあの色はポッターの髪だ。おのれポッター、リリーという芸術品を台無しにしおって」
小さな声だったので誰も聞き取れなかったが、低い声で何か言っていることは分かった。皆が恐怖を感じて顔をひきつらせる。
ハリーは内容を察して父親を少し恨んだ。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたらどこを探す?」
調子を取り戻そうとスネイプが尋ねる。
後々六巻で出てくるのでハリーはこの質問の答えは分かったが、まじめに答える気は無かった。
「スネイプ先生の薬品棚を探します!」
どうやら火に油を注いだようだ。ハーマイオニーが咎めるような目で見てきた。ロンは笑いをこらえていた。
「ハーマイオニーがずっと手をあげてますよ。彼女に尋ねてはどうでしょうか」
「……グリフィンドール1点減点」
減点した後、あれはリリーではないと自分に言い聞かせ始めたスネイプを見て、ハリーは少し申し訳なく思った。3ミリくらい。
「では、モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」
「分かりません」
「座れ」
怒りで震えている声に従い、椅子に腰掛けてからハリーはスネイプを見上げる。
頭に火をつけたらどうなるだろうかと考えていると、解説が始まった。
アルフォデルとニガヨモギを合わせると眠り薬となるらしい。
ベゾアール石はハリーの記憶通りヤギの胃から取り出すもの。
モンクスフードとウルフスベーンは同じ物だと伝えてから、なぜメモを取らないのかとスネイプが嫌味ったらしく付け加える。
「せんせー!」
ハリーは手をあげた。
スネイプが理想とかけ離れていたことに対する八つ当たりで質問を投げつける。
「モンクスフードとウルフスベーンは同じものなんですね? じゃあ違いを答えろって聞くのは駄目なんじゃないですか? てか、だったら私の答え正解だったじゃないですか」
グリフィンドール生の顔が明るくなったが、ハーマイオニーは遠い目をした。
それからうわごとを言いながら見回るスネイプの元、生徒達はおできを治す薬を調合した。
ハリーが注意したのでネビルは失敗せず、授業後にハグリッドの小屋にロンと遊びに行った。
出されたロックケーキを食べながら、ハリーは「スネイプ☆イチコロ計画」を忘れることにした。彼に対する印象は最悪だ。
女にしてもらった意味がなくなった事に落胆したものの、なってしまったものはしょうがない。
セドリックとかどうだろうかと考えていたハリーは、将来なんだかんだあってスネイプに惹かれ、今までの行動を悔やむ事になる事を知らない。
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