この素晴らしいニードレスに祝福を! (ナマクラ)
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この素晴らしいニードレスに祝福を!

※この小説にはNEEDLESS最終巻の致命的なネタバレが含まれています。ご注意ください。


 燃える。燃える。

 

 

 意識が薄れゆく。体感する灼熱が薄れていく。

 

 

 ただ一人の弟を目の前に残し、直接何かをしてやることも出来ず、少しでも助けになればと想い一言残すくらいしか出来ずに、私という存在が消えていく。

 

 

「姉さぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 

 訪れる死を目前に、そんなクルスの声が聞こえたような気がして、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ようこそ、死後の世界へ。アルカ・シルトさん、残念ながら貴女の人生は終わってしまいました」

 

 

 

 

 

 ――――気付けば、目の前に見知らぬ女が座っていた。

 

 

 

 

 

「何……?」

 

 

 

 そこは先程までいた場所ではなく、黒く染まったどこまでも続く空間であった。

 

 思わず首辺りへと手を動かしていたが、その事に私は驚いていた。そう、身体を動かせる状態であったのだ。

 

 確かに私は死んだはずだ。しかし、今こうしてここに五体満足の状態で存在している。

 

 

 

 これは、異常な事だ。

 

 

 

 先程までの状況から今のこの状況へと移せる者はあの場にいなかった。

 

 であれば間違いなく第三者によるもので、その第三者である可能性が最も高い人間が今目の前にいる。

 

 

 

 水色の髪をした、どこか超然とした雰囲気を漂わせている女。

 

 

 

 この女こそが、何らかの能力(フラグメント)で私をこの謎の空間に連れてきた張本人である可能性が高い。

 

 

 

「どうやら混乱しているようですね……ってあれ? あなた日本人じゃなくない? どういうこと? ちょっとー! これ書類間違ってないー? 日本人以外は私の管轄じゃないんですけどー!」

 

 

 

 ……その人物は急に上を向いて誰もいない黒い空間に声をかけだした。コイツ、頭がおかしいのだろうか。

 

 先程まで醸し出していた超然とした雰囲気が一瞬にして消え失せてしまった。猫被ってたにしてもはがれるの早過ぎるだろう。

 

 いやしかし私をここに連れてこられる可能性を持つ不確定要素は、今目の前のこの女しかいないのも確かである。

 

 

 

「なんで誰も返事してくれないのー? ええー? 本当にこれ合ってるの? どうみても日本から来た人じゃないんですけどー。どこかの世紀末覇者的世界から来た人にしか見えないんですけどー。返事しなさいよー」

 

 

 

 ……本当にこの女、なのだろうか……? 少し自信がなくなってきた。

 

 だが、ここで何もせずにいても何もわからないままだろう。少なくとも目の前の頭がアレな女がひたすらに何もない上空に声を上げ続ける様を見ているよりかはマシなはずだ。

 

 例えこの女でなかったとしても、何からの情報が得られるはずだ。

 

 という事で私は目の前の謎の女に話しかけてみることにした。

 

「おい、貴様、何者だ?」

 

「ちょっとー、聞こえて……って、えっ……あっ……ごほん。――――私は水の女神、アクア。若くして死んでしまった者の魂を導く女神です」

 

「胡散臭い」

 

「うさっ……!?」

 

 つい思った事が口に出てしまったが仕方ないだろう。

 

 この女も先程の超然とした雰囲気を纏ってはいたが、先程までの奇行を見ていたせいか、完全に剥がれた鍍金にようにしか見えなかった。

 

 しかもよりにもよって女神を名乗るとは……コイツが神ならばあの神父の方がまだ……いや、ないな。

 

 しかし私の言葉に女の張り付けられたアルカイックスマイルはすぐさま崩れていき、駄々っ子めいた雰囲気でこちらを指さしながら文句を言ってきた。

 

「胡散臭いとかそんな痴女ルックな人に言われたくないんですけどー!!」

 

「痴女、だと……!?」

 

「そんな格好どう見ても痴女じゃない! どこの世紀末から来たのかしらねー! ププーッ!!」

 

「――――殺す」

 

「殺すとか強い言葉使っちゃってウケるんで……え、ちょっと目がマジなんですけど……冗談よね……!?」

 

 

 

 ――――私は衝動に任せて炎神の息吹(アグニッシュワッタス)を纏わせた拳で殴りにかかった。

 

 

 

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ 

 

 

 

 

 

「あっつ! 何アンタ変な超能力持ってるの!? 私じゃなかったら死んでたわよ!!」

 

「まさか死なないとは……もっと出力を上げるべきだったか……」

 

「ひぃっ!? 殺意高過ぎ!?」

 

「……で、これはどういう状況なんだ? 早く説明しろ」

 

 カッとしてやってしまったのは反省すべきだが、しかしこの女の能力を見れたのは幸いだった。

 

 ヒートエクスプロージョンを大量の水を生み出す事で防いだ辺り、この女も能力者(ニードレス)なのは間違いなさそうだ。

 

 しかしこの能力であの状況を打破するのは不可能なように思えた。

 

 あの状況で私が五体満足の状態を取り戻すには、最低でも再生能力が、さらにあの状況から逃れるための移動能力も必要になってくる。

 

 それをこの目の前の女が持っていない事は能力者の原則から考えれば自明である。

 

 とはいえこの状況において、この女が関わっていないとは考えられない以上、コイツは下っ端でその上に黒幕がいる可能性が高い。それを探る必要がある、のだが……。

 

「おほん、えーっと、気を取り直して……端的に言うとアンタは死んだのよ」

 

「死んだ……なら今私がいるこの場所は……いや、今の私は一体何だというんだ……?」

 

「ここは若くして死んだ魂が行き着く場所よ。アンタにもわかりやすく言えば天国とか地獄の手前辺りかしらね。そして今のアンタは魂だけの存在ね」

 

「……そう、か」

 

「あら? やけにあっさり納得するのね」

 

 ……このアクアとかいう女の言葉を鵜呑みにする事はできないが、あの状況から五体満足で何とか出来るとは思えない。今の私が死んだあとでなく死ぬ前の僅かな走馬燈を見ているような状態であろうと、変わりないだろう。

 

 その場合の問題としては、この女神を自称するこの女は一体何者なのかという事なのだが……一先ずはコイツの妄言を前提として仮定して話を聞くしかない。

 

「それで、アンタの死因だけど……うわ、グロっ!? 首を切り落とされて、生きたまま頭燃やされるって……こんな死に方普通しないわよ。アンタ本当に日本で死んだの? やっぱり世紀末世界から来たんじゃないの? というかこれおかしくない? 首切られてるのに、生きたまま頭燃やされるって……あれ?首切られて生きてたのアンタ?」

 

「うるさい。で、何故その天国やら地獄ではなくその手前に私はいるんだ?」

 

「そう! それよ! ごほんっ! ……若くして死んでしまった貴女に示された選択肢は三つあります」

 

「その口調似合ってないな。違和感が凄まじい」

 

「はぁー!? 確かにちょっと堅苦しい感じはあるかもだけど、でもそれが女神らしい威厳になっててこの私にはピッタリでしょ!?」

 

「……フッ」

 

「鼻で嗤われた!? ムキー!!」

 

「説明するなら早くしろ」

 

 声を荒立てて苛立ちを隠せずにいる女だったが、私が急かすと、その表に出していた苛立ちを一旦内に抑え込む。……まあ傍から見てても抑えきれてはいない、というかほぼほぼ出たままだったが。

 

「一つは、生まれ変わりね。文字通り、記憶を全部消して赤ん坊に生まれ変わるわ。その痴女みたいなセンスも治るでしょうね」

 

「誰が痴女だ」

 

「二つ目は、天国にいく事。でも天国っていっても何にもないわよ。お年寄りみたいにずっと日向ぼっこし続ける、ある種の地獄みたいなものね」

 

「それを自称女神のお前が言っていいのか?」

 

「誰が自称よ!」

 

 それにしても碌な選択肢がない。何が悪いかと言えば何よりこの女の説明にこのどちらかを選ばせまいとするかのような悪意を感じる事だ。

 

「で、おすすめなのが三つ目なんだけど、聞きたい? 聞きたい?」

 

「早く言え」

 

 若干ドヤ顔が漏れ出しているその表情にこちらの苛立ちが少し沸き立ってくるのを感じながら話の続きを促すと、女は漏れ出していたドヤ顔を隠すことなく曝け出しながらこう口にした。

 

 

 

 

 

「アンタ、異世界転生してみない?」

 

 

 

 

 

「異世界転生……?」

 

 女の口からでた異世界転生という単語が、私は理解できなかった。なんだそれは? 生まれ変わりとは違うのか?

 

 そんな私の疑念が表情に出ていたのか、鬼の首をとったように女は此方を嘲笑うように表情を変化させた。

 

「あ、そっかー。アンタ世紀末みたいな所から来たからそういう知識もないのねー。悪いわねー、気が利かなくってー、プスークスクス!」

 

「……」

 

 コイツ、もう一回燃やしてやろうか……!

 

 そう考えてスッと右手を上げるとそれに気付いた女がビクッと身体を震わして、笑うのをやめ、こちらを警戒し始める。

 

 勘のいい奴め、と思いながら静かになったのならいいかと右手を戻すと女はホッと息を吐いて説明を続ける。

 

「アンタが元いた世界とは違う異世界に転生させてあげるって事! しかも身体も記憶もそのままの状態で!」

 

 それは転生ではなく転移では……そう思ったが、続きがあるようなのでツッコミを入れるのを我慢する。

 

「さらに転生特典としてスゴイ武器とか能力とかを一つだけ持っていけるの! これはもう選ぶっきゃないわよね!」

 

 前の二つの選択肢と違い、あからさまに三つ目を推してくる自称女神を怪しく思いながらも、私は自身の選択を口にする。

 

「生まれ変わりでいい」

 

「そうよね! 当然異世界転生を選ぶわよね! じゃあ特典を…………って、え?」

 

 私の返答に対し、信じられないものを見るかのようにこちらを凝視する自称女神。仮にも女神を名乗るヤツがしていい顔ではない。

 

 というより100%裏がある話を何故無条件に選ぶと思ったのか。まあそもそもそんな転生などという事が本当にこの女に出来るのかも疑問ではあるのだが……まあその胡散臭さがなくとも私の選択肢は変わらない。

 

「未練がないわけではないが、私のいた世界に戻れない以上意味はない。ならば記憶をなくして元の世界で新たな生を全うする方がいい」

 

「ちょ、ちょっと待って! ほら、今までの世界で出来なかった事とかがアンタ自身のままでできるのよ? だったら絶対選ぶべきは異世界転生でしょ?」 

 

「私にはそこまで魅力を感じられない。生まれ変わりでいい」

 

「待ってよ! お願い! ノルマが足りてないのよー!! あともう少しでノルマ達成で昇給圏内に入れるの!! だから異世界転生してよー!!」

 

 自称女神の勧誘を頑なに断っていると、女の口からポロっと本音が出てきた。

 

「……昇給?」

 

「あ……」

 

 私がそれを軽く追求すると、自称女神はまるで「やっちゃった……」みたいな表情を浮かべていた。

 

 私は徐に右手を目線の高さまで持ち上げた。

 

「話せ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ 

 

 

 

 

 

「つまり、その転生する世界には魔王軍ってのがいて、人類側がだいぶ押されてるの。しかもモンスターなんかもわんさかいるから悲惨な死に方をした人間がそんな過酷な世界に転生したくないって、転生を拒んじゃって……それで、その世界における人間の魂の数のバランスが崩れちゃって……だから異世界転生に興味のある地球世界の日本人の若者を代わりに送り込んでバランスをとって、ついでにすぐに死なないように特典を与えて魔王軍を倒して貰ったらいいんじゃないかって……あっ、別にわざとこっちで殺してるわけじゃないわよ! だから、ね。少しでも強い人が異世界転生してくれたら、それだけ人類のためになるの。……だからいっぱい送ったらそれだけ私のお財布のためにもなるし。そんなわけで、向こうの世界には貴女の力を待ってる人がたくさんいるのよ。だからお願い! 異世界転生してくださーい!!」  

 

 ……コイツ、自分の昇給とか自己中心的な理由を棚に上げて世界の為だとか嘯いている……自称女神どころか、駄女神、あるいは屑の女神と言った方が適格なほどヒドイ性格をしているぞ……! コイツの為になると聞いた時点でもう受けたいとは思えなくなってくる。

 

 

 

 それにしても、生まれ変わり、天国、そして転生……荒唐無稽な話ではある。

 

 

 

 これならば、ここが死後の世界と言われるよりも、精神系能力者によって幻覚を見せられていると言われた方が納得がいく。

 

 しかしあの状況で私に幻覚を掛けるメリットが存在し得るとは思えない。

 

 ……話を聞いても何ら現状を理解できない。果たして本当にここが死後の世界なのかとも思えてしまう……目の前の自称女神な駄女神を除けば、だが。いや逆にコイツがそこまで自然に私に嘘を気付かれないほどの腹芸ができるとは思えないしあるいは……。

 

 しかし、もしも今までの話が事実だったとして、異世界転生において与えられる特典……その権利を用いれば、あの後クルスがどうなったのかも知る事ができるんじゃないか? ダメ元でも聞いてみる価値はあるかもしれない。

 

「……その特典で私の希望が叶えられるのなら、異世界に行っても構わない」

 

「――――! なになに!? 私にできることならするわよ! あ、でも何でもは無理だからね!」

 

 私の発言に駄女神は食いついてきた。まあノルマがどうと言っていたのでこの女の性格からして絶対食いついてくると確信していたが……一先ずこちらの要求を突き付けてみることにした。

 

「クルス……私の弟が、私が死んだあとどうなったのか、知りたい。それを特典とすることはできるか?」

 

「え……? う、うーん……元いた世界の、しかも未来の事を教えるのはちょっと規則的にアレなのよねー……でも特典としてって言われたら……」

 

 想像以上に渋い反応、しかし揺れているのも確かである。少し押し込めばあるいはできるのではないか……という手応えを感じた。

 

「何もクルスの今後全てを見せろと言ってるわけじゃない。今アイツが巻き込まれている騒動が終わるまでで構わない」

 

「ぐ、ぐぬぬ……でも、規則的に、ね?」

 

「はぁ……なら普通の生まれ変わりで」

 

「わぁぁぁぁっ!? 待って! ちょ、ちょっと待って! 上に掛け合ってみるから! ちょっと待ってなさいくださいお願いします!」

 

 そう言うと慌てたように駄女神は少し離れた所で電話のような端末を取り出してどこかに連絡を取り始めた。

 

 ……もし、これが本当に可能であるのならば、最早コイツの与太話が真実であると信じるしかない。

 

 そう思いながらペコペコと頭を下げながら連絡相手と交渉をしている女の姿を眺めていると、交渉が終わったのか連絡に使っていた端末を仕舞ったあと、こちらに対し自信満々な笑みを浮かべていた。

 

「ふふふ、喜びなさい! 今回は特例として、特別に見せてあげるわ! 私に感謝しなさい!」

 

 見事なまでのドヤ顔ではあるが、さっきまでペコペコ頭を下げていた姿を見ていた身としてはそんなに自信に満ち溢れた表情を見せられても、腹立たしさよりも滑稽さが勝る。

 

「あ、でもその代わり転生特典はなしになっちゃうけど……いいの?」

 

「構わない。私には能力(フラグメント)がある」

 

「……アンタ自分の能力のことをフラグメントなんて呼んでるの? もしかして中二病?」

 

「断じて違う」

 

「まあ自分で認めるのはつらいものね。っと、それはさておきさっさとしちゃいましょう」

 

 そう言ってアクアが指を指し示すと、何もない空間に光の窓が現れる。それは映像を映す液晶画面のように思えた。

 

「よし、と……これでアンタの弟がどうなったか見れるわよ」

 

「……水以外にも能力があるのか……」

 

「まあ私の権能的にちょーっと外れてるから他から借りてるんだけど……」

 

 ここまでくると認めざるを得ない。コイツは単なる能力者(ニードレス)ではなく、また別のナニカであることを。

 

 ……ただ今までのコイツの言動からこれが女神であるというのは認めがたい事ではなるが。

 

「じゃあさっそく見ていくわよー!」

 

「貴様も見るのか……」

 

「当然じゃない! あとで見てないから異世界に行かないとかイチャモンつけられたりしたらたまったもんじゃないし! あ、ちょっと待って。ポテチと飲み物取ってくるわ」

 

「おい」

 

 

 

 ☆ 観 ★ 賞 ☆ 中 ★ 

 

 

 

「よしっ! 映ったわよ! とりあえずアンタと魂の波長の近い相手を映しているわ。これは……多分妹さんね。可愛い子じゃない。で、肝心の弟は? 近くにいるの?」

 

「ソレが弟だ」

 

「…………え?」

 

 

 

 ☆ 観 ★ 賞 ☆ 中 ★ 

 

 

 

「え? アンタ本当は山田っていうの? なのにシルトなんて名乗るなんて……ぷぷー! 山田アンタやっぱり中二病から卒業してなかったのね!」

 

「貴様に一つ言おう……我々の名字は山田ではない……!!」

 

 

 

 ☆ 観 ★ 賞 ☆ 中 ★ 

 

 

 

「ちっちゃい山田大行進!?」

 

「だから山田ではない!」

 

「え? というかあれ妹? いっぱいいすぎじゃない? 山田大家族?」

 

「違う」

 

 

 

 ☆ 観 ★ 賞 ☆ 中 ★ 

 

 

 

「神~!? この私を差し置いて神を名乗るなんて! なんて烏滸がましいヤツなの!?」

 

「貴様よりはまだ神らしいと思うが」

 

「そんなわけないじゃない! どうせアイツらろくなやつじゃないわ! きっと変態よ変態! 多分ロリコンね! それも極度の!!」

 

「…………」

 

 

 

 ☆ 観 ★ 賞 ☆ 中 ★ 

 

 

 

「まさか、そう言う事だったのか……!?」

 

「え? ちょっと待って。どういうこと? 全然わかんないんですけど……どういう事よ説明しなさい山田!」

 

「だから山田ではないと……!」

 

 

 

 ☆ 観 ★ 賞 ☆ 中 ★ 

 

 

 

 ……そうして、紆余曲折の果てに、クルスたち神父陣営は、機転と運を利かせた事で、黒幕陣営を圧倒、『全能者』となった神父によって黒幕が倒され、クルスたちの勝利は揺るぎないものとなった。

 

『全能者』となった神父は想うだけで世界を塗り替えられる、まさしく神の如き力を得るも、それも行使できるのもあと僅かな時間のみ。あの神父がその僅かな時間で何を願うのか……気にならないわけではないが、それ以上に私はクルスが生き残り乗り越えた事に安心していた。

 

 

 

「よかった……」

 

 

 

 ブラックスポットにおいて人の命の価値は軽い。もしかしたらこの後すぐにでも死に瀕してしまうかもしれない。

 

 

 

 けれど、今のクルスならばそう簡単に挫けはしないだろう。

 

 

 

 決して能力がどうという話ではない。頼りなく守るべき相手だったあのクルスが、特に精神的に強くなった。

 

 もう、未練は晴れた。クルスは私がいなくても何の心配もない。

 

 アイツも、もう立派な男になったのだから…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『  山  田  が  女  の  子  に  な  れ  ば  い  い  の  に  !!!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………え?

 

 

 

 

 

 その言葉とともに何かクルスの身体を閃光のようなものが穿った。

 

 怪我はないようだが、かすかに煙が立ち込める自身の身体……下半身をクルスが恐る恐る確認するが、すぐに絹を裂くような声が上がった。

 

 

 

 

 

『いやあああああああ!? ない(、、)!?』

 

 

 

 

 

「  」

 

 

 

 ……ちょっと待て! 一体どういうことなんだ……!? 理解が追いつかない……!?

 

 

 あ、ありのままに今起こった事を整理するぞ……! クルスが一端の男になったと思ったら、クルスが男でなくなっていた。な、何を言っているのかわからないかもしれないが、私も何を言っているのかわからない……!?

 

「――――はーい、ここまで!」

 

「……え?」

 

 余りの予想外過ぎる出来事に私が混乱していると、隣の自称女神によって映像が途切れた。

 

「いやー、私頑張った! 見せていい時間ちょっとギリギリ超えちゃった気もするけど、誤差の範囲内って事で……まあバレなきゃセーフよね!」

 

「あ、あの後、どうなったんだ!? クルスが、え!? クルスが!?」

 

「特典としてはここまでね。残念だけどここから先は見せられないわ。いやーしかしまさか弟が妹になるなんて、この水の女神の目を持ってしても見抜けなかったわ」

 

「戻るのか!? アレ、戻るのか!?」

 

「私も気になるけど、さすがにこれ以上はバレて減給されかねないから……」

 

「そこを何とか! 何とか!!」

 

「いやだからできないって言ってるじゃない。ああもう……!」

 

 食い下がる私から駄女神は少し距離を取ったかと思えば、最初に被っていた最早鍍金としてか思えない超然とした雰囲気を纏い、性格を知った今では違和感が尋常じゃないようなお淑やかな笑顔を浮かべて、こう口にした。

 

「――――では今から貴女を異世界に送ります。その円から出ないように」

 

「おい! 無理矢理に話を締めようとするんじゃない!? 話はまだ終わって……!?」

 

 気付けば魔法陣のようなモノが私の足元に現れて、さらにその円に合わせるように障壁のようなものまで展開されてその円から出られなくなっていた。

 

「円から出ないようにって、貴様これ出す気ないだろうが!?」

 

 魔法陣が光り始め、それに伴い身体が浮かび上がる。それでも叫ぶ私を気にすることなくあくまでさっさと仕事終わらせようとばかりに駄女神は〆と言わんばかりに口上を述べていった。

 

 

 

「――――さあ勇者よ! 願わくば、数多の勇者候補達の中から、貴女が魔王を打ち倒す事を祈っています! 魔王を倒し世界を救った暁には、貴女の望みを一つ叶えて差し上げましょう!――――さあ、今こそ旅立ちなさい!」

 

 

 

 その言葉を切っ掛けに魔法陣の輝きが増し、私の身体はどこかに吸い込まれるかのような感覚と共にその空間から離れていった。

 

 

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 ――――そうして私は、新たな未練を抱えたまま新たな世界へと降り立つことになったのだった。

 

 




続かない


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~もしもアルカが魔王を倒したら~

タイトルの通り。
ただ今回はNEEDLESS世界でのお話になります。


 『BLACK SPOT』――――かつて起きた第三次世界大戦において各国からの攻撃で廃墟となり汚染され、長大な壁によって囲まれた隔離地域。

 

 そこにいつの間にか行き場のない人々が住み着き、『(シティ)』の人々は彼らを不要者と呼んだ。

 

 しかしそこに住み着いた彼らの中から、特殊な能力に目覚める者が出始める。超常の能力を身に付けた彼らを、人々は畏怖を込めて『ニードレス』と呼ぶようになった。

 

 そんなブラックスポットを僕は一人駆けていた。

 

「うぅ……デロドロンドリンク見つけるのに時間かけすぎちゃった……急がないと……」

 

 僕の名前はクルス・シルト。ブラックスポットの住人の一人だ。

 

 他の人と違う所といえば、能力(フラグメント)を持つニードレスであることと、元男であるという点だ。

 

 

 神父様たちと赴いたあのシメオンとの因縁、【(ゲート)】、そして【神の力】を巡る戦いの後、僕らはある目的のために各地のブラックスポットへと足を運んできた。

 

 でも、僕らが求めるモノはその手がかりすら見つかっていない。もしかしたらもうないのかもしれない。

 

 でもそれは諦める理由にはならない。やってみなくちゃわからないし、無駄かもしれない事だからやらないなんて僕は思えない。

 

 でも他の方策も考えないといけないのかもしれない……そんな考えごとをしていた時だった。

 

 突如として目の前に一筋の光が差し込み、僕の視界が真っ白になったんだ。

 

「な、何だ……!?」

 

 思わず腕で顔を庇いつつも足を止めた僕の前に、光の中から一つの人影が現れた。

 

 それは美しい女性だった。慈愛に満ちた表情を浮かべ、どこか超然とした雰囲気を纏い、背後から差す後光や背中にある純白の翼も相まって、まるで聖書に出てくる天使のようにも見えた。

 

「――――初めまして、クルス・シルト。私は神の使い、天使です」

 

「て、【天使】だって……!?」

 

 【天使】という単語を聞いて思い浮かぶものは、あの(ゲート)の向こう側からやってきた超常たる存在。

 

 僕たちニードレスの能力の根源であり、あの左天たちでさえ歯が立たなかった存在だ。

 

 しかし目の前に現れたこの存在は、あの時見た存在とは明らかに違っていた。

 

 あの時現れた【天使】は、人と明らかに違う姿をしていながら、あまりにも人と似通った姿をしていた。

 

 しかし目の前の女性は見た目だけなら普通の人間と同じような姿をしていた。世間一般でのイメージの天使に近いものである。

 

 

「戸惑うのも仕方ないでしょう。いきなり天使などと言われた所で信じられない、という気持ちも理解できます。しかしそれらを本当であると仮定して聞いていただきたいのです」

 

 

 そんな僕の戸惑いを察してか、天使を名乗る彼女は僕にそう語りかけてきた。しかし僕が過去に見た天使との差に戸惑っている事には気付いていないように見えた。

 

 であれば天使を騙るニードレスの可能性が高いんだけど、その能力が何なのかがわからない。

 

 能力は一人につき一つ、それがニードレスの原則だ。だけど彼女は少なくともいきなり射し込んできた【後光】と突如姿を現れた【瞬間移動】、さらに今も宙を浮かんでいる【浮遊】の三つの超常現象を起こしている。……背中の翼はなんなのだろう……?

 

 それはともかく彼女の存在が何であれ、何のために僕に接触してきたのか……。もしかすると神父様たちに用があるのだろうか……?

 

「私は貴方に害を加えるつもりはありません。貴方の願いを叶えにきたのです。貴方の姉、アルカ・シルトの願いに従って」

 

「え……!?」

 

 ね、姉さん!? 何でそこで姉さんの名前が出てくるんだ……!? いやそもそもそれはあり得ない。だって、姉さんはあの時……!

 

「な、何を言っているんだ……!? 姉さんは、姉さんは……死んだんだ! 僕の目の前で!!」

 

「はい。しかし貴方の姉、アルカ・シルトはこの世界で死した後、こことは違う異世界を脅かす魔王を打ち倒すべく女神アクアの力で転生しました。そして彼女は見事その使命をを成し遂げたのです。そして、魔王を打ち倒した転生者には女神アクアの名を持って、どんな願いでも一つ叶えられる権利が与えられます。その願いを、アルカ・シルトは貴方に譲渡したのです」

 

 死後? 異世界? 転生? 魔王? 女神? 何を言っているんだこの人は……!?

 

「う、嘘だ!! そんな話、信じられない!!」

 

「信じられないのも無理はありません。しかしこれは事実です。その証拠、という事ではありませんが、彼女からの伝言を預かっています」

 

 彼女はそう言って胸元に掌を持ってくると、そこに光の板のようなものが現れた。それはまるで映像を映しだす画面のようで、実際にそこに映像が浮かび上がってきた。

 

『……これ、もう映っているのか?』

 

「ね、姉さん!?」

 

 その映像に映っていたのは、死んだはずの姉さんの姿だった。

 

「これはあくまで記録でしかないので会話はできませんが、アルカさんが貴方へと宛てたメッセージになります」

 

『久しぶり、になるのか。こちらからお前の様子を知る術はないが、今のお前は混乱しているんだろうな。私が逆の立場だったとしても信じられないだろう』

 

「あ……あ……!」

 

 この映像に移るこの姿……この声……間違いない、姉さんだ。この映像は決して作られたものじゃない。それを不思議と僕は理解できていた。

 

『私も転生やら異世界やらについて細かい事は理解できていないんだが……まあ明らかに違う世界で今生きているというのは事実だ。私が死んだあとお前たちがアークライト……本物のアークライトたちを打ち倒したことは屑の女神の転生特典とやらで映像で見せてもらって大体は知っている。お前は一人前の男になった。それを見届けた私は安心したよ』

 

 姉さん……アークライトの事を知っている以上、これが生前に撮られたモノじゃない事は明白だ。

 

 それにしても、いつも守られてばかりだった僕を一人前の男になったって姉さんが言ってくれた事がどうしようもなく嬉しかった。

 

『……だが、そう思った矢先にお前があの神父によって女にされてしまい、正直どうしたものかと思った。本当に混乱した』

 

「キャアアアアアアアアア?」

 

 な、何で姉さんがその事を……!? そ、そうか! 神父様とアークライトの決着を知っているなら僕がその過程で女になった事も知っていてもおかしくない!

 

 ああぁぁ……姉さんにだけは知られたくなかったのに……!!

 

『だから私はお前を元の男に戻してやるべく魔王とやらを倒した。そうすればどんな願いでも叶えてやると言われたからだ。姉らしい事を出来なかった私にできる数少ない事だと』

 

 姉らしいことができなかったって……そんなことはない。姉さんは僕が小さい頃からずっと守ってくれていた。

 

 むしろ僕は姉さんに何一つ返すことができなかった。

 

『……だがここで一つ問題がある事に気付いた。もしお前が女でいる事に慣れてしまっていた場合、無理矢理男に戻しても迷惑になるんじゃないかと……』

 

「エエエエエエエエエ!?」

 

 姉さん!? 何を言っているの!?

 

『今思えば、お前はカワイイ顔立ちをしていたし、私が傍にいなくなってから何やら女装をしていたから、実はそんな女になりたい欲求があったんじゃないかと……いや別にそれを非難するつもりはないんだ。お前がそうなりたいのであれば、私が何か言う必要もないし……』

 

 姉さん!? いや確かに女装してたけどそれはシメオンの目から逃れるためで必要だったからってだけで、別に僕の趣味ってわけじゃないのに……! ああ、何で姉さんはそんな勘違いをしてるんだ……!?

 

『まあともかくそういう可能性もあるから私の願いは、【クルスの願いを叶える】事にした。これならばもしもお前が女のままでいたくなっていたとしてもお前に迷惑がかからないだろう』

 

 ……! 姉さんは、そこまで僕の事を考えてくれて……!

 

『……これが私がお前に姉としてできる、最後の事だ。私はこちらの世界で何とか生きていくから、お前も自分の好きなように生きるといい。元気でな』

 

 それを最後に、姉さんの映像は途切れた。

 

「……以上がアルカさんからのメッセージになります」

 

 ……気付けば僕の目から涙が流れていた。

 

 死んだ姉さんの言葉をもう一度聞けたからなのか、それとももう会えないんだと確信してしまったからなのか……それは僕自身にもわからなかった。

 

 

 それでも僕は、溢れてくる涙を拭いながら考えていた。

 

 

 僕の願いを叶えに来たという彼女の話が本当であれば、僕の性別を元に戻す事もできるだろう。……あるいは、もう一度姉さんと共に生きることもできるかもしれない。

 

 

 しかし、本当にそれでいいのだろうか?

 

 

 ……姉さんはきっと、僕の性別を元に戻すためにこの願いを託してくれたんだろう。姉さん自身が使っても誰も文句なんて言わないはずなのに。

 

 そう考えれば、僕は僕自身の願いを叶えてもらうべきなんだろう。

 

 

 ――――僕は男に戻りたい。

 

 それは確かだ。みんなはダメだって強弁するけれど、やっぱりそこは僕としても譲れない所ではある。

 

 

 ――――姉さんに言いたい事がたくさんある。

 

 今まで護ってくれていたことに対する感謝の言葉だったり、僕に何も相談なんてしてくれなかった事に対する文句だったり、姉さんを信じられなかった事に対する謝罪だったり……そう、言えなかったことがたくさんある。

 

 

 でも……僕は他の、ある一つの可能性を考えていた。

 

 もしかすると、この願いを使えば――――

 

 ……僕のこの命は、あの下水道で神父様に、あのシメオンビルでイヴさんに救われたものだ。

 

 その恩を、僕はまだきちんと返せていない。

 

 

 

 それになにより、僕自身が二人の役に立ちたいと願っている。

 

 

 

 だったら、姉さんには悪いけど、僕の叶えてもらう願いは――――

 

「さあ、貴方の願いは何ですか?」

 

「僕の、願いは……」

 

 その天使を名乗る女性の問いかけに、僕は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――何道草食ってやがる山田ァァァァ!!」

 

「――――キャアアア!?」

 

 願いを言おうとしたその時に背後から響いてきたその声に、僕は思わず悲鳴が出てきていた。

 

 背後へ振り返るとそこにいたのはスカイブルーの長髪を持つ見慣れた女性の姿だった。

 

「デロドロンドリンク買ってくるのにどんだけ時間かけてんだ山田ァッ!!」

 

()神父様(、、、)!?」

 

 そう、彼女は僕を助け導いてくれた恩人、アダム・ブレイドとイヴ・ノイシュヴァンシュタインの二人(、、)の今の姿である。

 

 詳しい理由はともかくとして、あの次元の門での一件で神父様とイヴさんは融合してしまった。

 

 身体的特徴はイヴさんのモノに近いけど、精神性は神父様が主導権を握っているみたいだった。かといってイヴさんの意識も完全に消えたわけじゃないらしい。

 

 つまり、今の二人は一つの身体に二つの魂が宿っている……ようなものらしい。

 

 そしてその状態から再び別の身体に分離する事……つまり神父様のこの姿こそ、僕らが各地のブラックスポットを巡る理由なんだ。

 

 それを為すための一番の方策が、天使やキリストセカンドの聖骸を探し出して再び神父様に【全能者】になってもらう事なのだが、あれから様々なブラックスポットを巡っても僕らはそれらを見つけることができていなかった。

 

 門が閉じてしまった以上、新たに天使が来襲する可能性は限りなく低いだろうし、新たに門を開く事ももうできないだろう。

 

 キリストセカンドの聖骸にしたって、かつてのアダムプロジェクトで保管されていた物以外に現存しているとは思えない。

 

 そして神父様が全能者になるための天使や聖骸、あるいは他の方法が現状見つからない中で、今回の願いを叶えてくれるという話で、僕は融合してしまった神父様とイヴさんを分離できるのではないか……と一つの希望を抱いていた。

 

「じ、実は……かくかくしかじか……」

 

「何ィ!? 天使だと!?」

 

 なので僕はひとまず神父様に今までの事情を説明する。

 

 彼女が天使であると聞いて神父様は瞬時に警戒体勢に移ったが、対するその女性は慈愛に満ちたような表情で神父様に語りかける。

 

「此方を警戒する必要はありません。私はあなた方と戦うつもりなど一切ありませんので」

 

 その様子にはどこか余裕のようなものを感じた……のだけれど、神父様はニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「つまり……お前を食えばまた神の力が手に入るって事だな!」

 

「……はい?」

 

 神父様の言葉に、今まで慈愛と余裕に満ちていた天使を名乗る女性のその表情にヒビが入ったように見えた。

 

 それはまるで、予想外で理解不能な言葉を聞いたかのような……そんな事を言われる予定はなかったかのような……そんな感じだ。

 

「あの天使はクソまずかったが、今度はそんなことはなさそうだなぁ!」

 

「ひ、ひぃいッ!? カルバリズムが横行してるなんて聞いてないです!?」

 

「流石に横行してないです」

 

 というか神父様の言葉で完全にさっきまでの彼女が纏っていた雰囲気が消えてしまった。いやまあ食べる宣言されたら驚くだろうけど……とはいえこのままだと本当に神父様が行動に起こしかねない。

 

「し、神父様、多分この人食べても全能者にはなれないと思いますけど……」

 

「何ィ!? ならなおさら全裸に手袋にするしかねぇじゃねぇか!!」

 

「なおさらって何言っているんですか」

 

「ひぃ!? 妖怪『全裸に手袋』!?」

 

「何ですかその妖怪」

 

 というか天使も妖怪なんて言うんですね。ちなみにその理屈でいくと神父様は妖怪『全裸に靴下』でもあるんですが……いや今は置いておこう。

 

「こ、こんな所にはいられません! 私は失礼させていただきます!!」

 

「え? あの、願いは……」

 

「また来ますので! いいですかクルスさん! 願いが決まったら私を呼んでくださいね!」

 

 何やら次の登場シーンで死にそうな台詞を口にしながら天使を名乗る女性はその場を去ろうとする。が、それをただのうのうと見逃す神父様ではない。

 

「逃がすかァァ!! カンダタストリング!!」

 

「ヒィッ!?」

 

 神父様が指先から放たれた鋼鉄斬糸(カンダタストリング)が彼女の身体を瞬時に絡め――――空を切った。

 

「え!? き……消えた……!?」

 

 確かに糸が彼女の身体を絡め捕ったように見えたのに、気付けば天使を名乗る女性の姿は消えており、縛る対象を失った糸は切れた様子もなくそのまま地面へと落ちた。

 

 今までのが幻覚や幻影だった可能性もあるけど、違う気がする。おそらく瞬間移動(テレポート)のようなものだろうか……?

 

「チィ……逃がしたか。手袋め!」

 

「何ですかそのあだ名」

 

 

 ……ともかく天使を名乗る女性を逃した僕たちは一旦他の仲間たちと合流、意見を聞く事にした。

 

 

「――――なるほどね……」

 

 僕の話を聞いて、ディスクさんは少し考えこむ。僕の話を正確に判断しようとしているんだろう。

 

「天使……ぼくらは直接見てないから天使がどれだけの力なのか想像しがたいんだが……」

 

「本当にその女、天使だったんですか?」

 

 セトさんとソルヴァさんは懐疑的なようで、天使を名乗る女性が本当にそれほどの力を持っているか

 

「少なくとも僕にはあの時の天使とは別物に見えました」

 

「だろうな。かといってニードレスともまた違うように思えた」

 

「その根拠は?」

 

「ヤツの能力を覚えられなかった」

 

「何だって?」

 

 神父様のその発現に対して漏らしたセトさんのその言葉は僕らの気持ちを代弁するものであった。

 

「ヤツは俺の目の前で宙に浮いていたしその姿を消しもした。鋼鉄斬糸が空振った事から透明化じゃなく瞬間移動だろうが……その能力を俺は目視したにも関わらず、欠片も覚えられる感覚がなかった」

 

 今の神父様は女性の身体になっているとはいえ、能力は全盛期に近いものを有している。

 

 その神父様が彼女の異能を欠片も覚えられる気がしなかったという事は……

 

「つまり、彼女は少なくとも私たちとは全く別の異能力を所持している可能性があるわね」

 

 そして、彼女が別の世界からきたという話にも信憑性が増した事になる。

 

「それで、その手袋とかいう自称天使の提案はどうするんです?」

 

「その手袋の言っていることを信じるのならブレイドとイヴを再び分離させる事も可能だろうな」

 

「山田がいいんならいいんじゃねぇか? その手袋ってヤツの言ってる事を信じるんならよ」

 

「いや、あの人名前手袋じゃないですけど……」

 

 あの人の呼び名が手袋で定着されそうになっている……不憫だけど、僕じゃ止めようにも止められない……。

 

 いやそんな事よりも今は願いの使い道だ。他の皆も願いの使い道として神父様とイヴさんの分離に賛成のようだからそう使うべきだと思うんだけど……

 

「いや……」

 

 そんな中で神父様は僕らの考えとは違う言葉を口にしたんだ。

 

 

 

「その異世界とやらに興味がでてきた」

 

 

 

「え……!?」

 

「ヤツは明らかに俺たちとは別系統の異能を持っていた。現状イヴを分離させるための手段が見つからねぇ以上、その異世界とやらでその手段を探してみるのにも十二分に価値がある」

 

「確かに……私たちの能力、そしてこの世界の技術力ではブレイドとイヴさんを確実に分離するのは現状不可能。けどその不可能の部分を全く別の異世界での技術体系から補えればあるいは……」

 

「それにあの手袋の力を計る試金石にはなるだろうよ」

 

「ど、どういう事だ?」

 

「別世界へ渡る力なんて単なるニードレスでは不可能。それこそ全能者や次元兵器レベルの力がないとできないわ。つまり、それができるのなら天使を名乗る彼女は全能者になったブレイドと同様の能力を持っている可能性があるわ」

 

「……あのジジイと似たような考えなのが気に食わねぇが、仕方ねぇ」

 

「神父様……」

 

 そうだ。僕らがやろうとしている事は、あの最終決戦で戦った彼がやろうとしていた事と変わらないのかもしれない。彼を否定した僕らが、彼と同じことをしようとしている事に神父様は何か感じる物があるんだろう。

 

 けど、目的のために人類を犠牲にしようとした彼と違って、僕らは何かを犠牲にするつもりはない。その点は彼と同じじゃないんだと僕は思う。

 

 それで納得できるかはわからないけど、僕は神父様にそれを伝えようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――だがなにより、あの手袋以外にもカワイイ幼女の天使もいるのかもしれねぇからなっ!!」

 

 

「エエエエエエ!?」

 

「そんな理由かよっ!?」

 

「ダメだビョーキだ」

 

 それが杞憂だったみたいなのでやめた。そうだよ、神父様ってこういう人だった。

 

「うにゅ……むずかしいお話おわったー?」

 

「え、未央ちゃん寝てたの?」

 

「未央むずかしいことわかんないし」

 

「えーっと、こことは違う世界に行く事になったんだけど、未央ちゃんはいいの?」

 

「よくわかんないけどいいよー!」

 

「そっか。えっと、他の皆さんはどうですか……?」

 

「私もいいと思うわよ」

 

「金になりそうだ」

 

「私も構いませんよ」

 

「よくわからんが構わんぞ!」

 

 よくわかっていないみたいな未央ちゃんを含めた皆の了承も得られたことで、あの人に叶えてもらう願いは『異世界に渡る力を貰う』事に決まった。

 

「よーし、みおたんと他の下僕共もいく事に決めたみたいだし、さっさとあの手袋を呼べ!」

 

「あ、はい! …………あれ?」

 

「どうしたのクルス君?」

 

「あの人、なんて呼べばいいんだろう……?」

 

「うにゅ? 名前で呼べばいいんじゃないの?」

 

「手袋でいいだろ」

 

「いやそれ名前じゃないですし」

 

 そもそもただ呼んだだけで来るのかもわからない。確かにあの時呼んでくださいって言ってたけど、何か条件でもあるんだろうか……

 

「ギャルのパンティおくれー、で来るんじゃない?」

 

「何言ってるんですかディスクさん」

 

「ああそうね、今のクルス君なら自前で手に入るものね、ギャルのパンティ」

 

「いや、そういう事じゃなくてですね……」

 

「そうだぞ! 自分のと他人のじゃ価値が違うに決まってるだろ!」

 

「いやそう言う事でもないです」

 

「成程……なら『天使様のパンティおくれー!!』ってことね!」

 

「だからそうじゃない……というか何で僕の声で言ったんですか!?」

 

 というかそんなので来るはずが……

 

 

 

 ――――その時、突如としてピカーっと後光が差した。まるでさっき見たような光景だった。

 

 

「うぉっ!?」

 

「うゆ?」

 

「何だ!?」

 

「あっ(察し)」

 

「きちゃった……」

 

 

 そしてその後光が治まってくると、やはりというべきかそこには慈愛の表情を浮かべてどこか超然とした雰囲気を持った女性が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あの、私の下着で本当にいいんですか……?」

 

 

 ……少し赤面しながらこちらを窺ってくる先程の天使を名乗る女性がそこにいた。

 

「いやいやいや! 今の僕じゃないですから!?」

 

「え……? あっ、そうですよね。女性のクルスさんがわざわざ私の下着を欲しがるわけありませんよね」

 

「いや僕男なんですけど!?」

 

 少なくともこの人僕が元男だって知っているはずなのにどうして女性認定を受けるの!?

 

「また会ったな手袋ォ……!!」

 

「手袋……? ひぃっ!? あの時の危険人物!?」

 

「失礼な! 俺はただ全裸に手袋な女の子が大好きなだけだぁッ!!」

 

「変態じゃないですか!!」

 

 うーん、全く否定できないぞ。元の神父様の姿なら涙ぐんでる女性の姿も相まって完全にアウトな絵面だ。

 

「……どうだ、ディスク?」

 

「うーん、組成的にはあの時見た天使じゃなくて人に近いけど、エデンズシードの反応はないわ」

 

「つまりあの方はニードレスじゃない。にもかかわらず能力のような現象を起こしている、ということですね」

 

「つまり……どういう事だ?」

 

「あの方の話に信憑性が出てきたってことですよ、内田さん」

 

「内田言うな!」

 

 どうやらディスクさんの解析によると、やはりこの天使さんはニードレスではないみたいだ。

 

「で、では……クルス・シルトさん、改めてあなたの願いを聞かせてください」

 

 神父様を警戒しながらも襲い掛かってくる様子がないのを確認した天使さんは改めて僕に向かって問い掛けてきた。

 

「僕の願いは…………」

 

 さっきみんなで決めた願いを口にしようとする。けれど何故か口から言葉が出てこない。

 

 どう言えばいいのか、うまく言葉にできない……というよりも、何かノド元辺りで引っかかって言葉が出ないと言った方が正しい気がする。

 

 それでも、ちゃんと願いを言葉にしようとして……

 

 

 

 

 

「――――俺たちに異世界へ渡る力を寄越せ。手始めにアルカが(、、、、)いる世界(、、、、)だ」

 

 

 

 その前に神父様が先にさっき決めた願いに別の願いを付け加えたモノを口にしていた。

 

「え!? 神父様!?」

 

「……アルカはその飛ばされた世界で今回の願いの権利を手に入れた。ならそこには確実にそれに近しい技術があるだろう…………それに運が良けりゃまた姉にも会えるだろうよ」

 

「――――!」

 

 神父様、もしかして僕の事を考えて……?

 

「で、結局できんのか?」

 

「……可能です。ですが、クルスさんは本当にそれを願うのですか?」

 

「お前が貰った権利だ。お前が決めろ、山田」

 

「僕は……」

 

 天使さんと神父様の視線が僕へと突き刺さる中で、僕は建て前じゃなく自分の本心を踏まえた上で、それを言葉に出した。

 

 

 

「僕は……願います。異世界へと渡る力を……姉さんのいる世界へ向かう事を……!」

 

 

 

 ……今度の願いは、何かが引っかかるような感覚もなく、するりと口から出てきた。

 

 そんな様子を見て、天使さんは笑みを浮かべて、願いを受理しました、と口にした。

 

「ではさっそく……とその前に念のため伝えておきますが、異世界の言語翻訳を付与する場合、脳に負荷が掛かり過ぎて極稀に機能に不具合が起こる可能性がありますが、よろしいですか?」

 

「え? 具体的にはどうなるんですか?」

 

「控えめに表現して頭がパーになります」

 

「控えめでソレ!?」

 

 それはすごく不安だけど、でも言葉が全くわからないっていうのも厳しいものがある……どうするべきか。

 

「その点なら問題ない」

 

「ブレイド、何か対策でもあるの?」

 

「何故なら俺以外元々頭おかしいヤツらばかりだからなァっ!!」

 

「「「お前が言うな」」」

 

 

 

 今からまったく未知の世界に行こうとしているのに、みんなは不安なんてこれっぽっちも感じてない。

 

 そんな様子が、僕にとってとても頼もしかった。

 

 

 

 

 

「では、あなた方に神の祝福がありますように――――」

 

 

 

 

 

 い く ぞ 雑 魚 共 !! 

 

 

 

 

 

 お う っ ! 

 

 

 

 

 ――――こうして僕らは、新たな世界への一歩を踏み出したのだった。

 




続かない


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