繋がるイルミネーション (赤川3546)
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ある日の公園

・ライラ、ロコ、櫻木真乃のお話となっています。

・シンデレラ側のプロダクション名は明記していません。


 休日の公園は日中だというのにそこまで人が多くない。

 近くに多目的の娯楽施設でもあるのか、少数の人々が散歩をしているくらいである。

 そんな散歩をしている人々の中で最も目を引くのは、一人の少女だ。

 大人しそうな顔つきや透明感のある薄い茶色の髪、白い肌に細い手足、遠巻きに見るとどこか儚げな少女という印象を抱く。

 ただ、そういった外見も目立つのだが、それ以上に視線を奪うのは少女が抱えているかごに静かに佇んでいるシロバトだ。

 鳥かごではなくごく普通のかごに収まっているので人形なのかと思いきや、通り過ぎる人を鳥類特有の稼動範囲でほぼ真後ろまで眺めたりしている。

 飛んでいったりしないので飼われているのだろうが、それでも異様に人に慣れている。

 

「今日は久しぶりのお休みだからゆっくりしようね、ピーちゃん」

 

 少女に話しかけられるとピーちゃんは後ろに向けていた顔を少女へと静かに向ける。

 肯定をしているのか小さく鳴くと少女は明るく笑った。

 

「ほわっ、ど、どうしよう……」

 

 少し歩くと、突然少女は動揺し始めた。

 なにやら視線の先で誰かがハトにパンをあげているようだ。

 この反応から察するに、普段は少女がハトたちと仲良くしているのだろう。

 しかし、今日は先客がいるようなのでいつも通りという訳にはいかない。

 

「……残念だけど、邪魔にならないようにあっちに行った方がいいよね」

 

 少女は寂しそうな表情でピーちゃんに話しかけた。

 楽しみにしていたのだろうということが伝わってくる表情だ。

 そんな思いを汲んだのか、ピーちゃんはかごから飛び立ちパンを与えている誰かの肩へと降り立った。

 あっという間の出来事だったので、少女も驚いてすぐには動けないでいる。

 普段はこういった行動をしないのだろう。

 

「ピ、ピーちゃん、ダメだよ……」

 

 遅れて少女が追いかけて近づくと、誰かは顔を上げて少女と目が合った。

 その誰かは褐色の肌に長いブロンドというとても異国情緒の強い少女だった。

 この褐色の少女、容姿も美しいのだがそれと同等以上に瞳がターコイズのように美しい。

 ピーちゃんの飼い主である少女も瞳に視線を奪われている。

 

「このハトさんはピーちゃんと言うのですね。もしかして、ピーちゃんさんもパンが食べたかったのでございますか?」

 

 褐色の少女がパンを差し出すとピーちゃんは嬉しそうにつつき始める。

 単純に空腹だっただけ……なのだろうか。

 そんなピーちゃんの反応を見てニコリと笑うと、褐色の少女は立ち上がった。

 ピーちゃんの飼い主である少女よりやや背が低いだろうか。

 

「ご、ごめんなさい……」

「大丈夫なのですよー。この公園のハトさんともお友達になれたみたいですし、ピーちゃんさんともお友達になれたなら嬉しいのでございますです」

 

 褐色の少女の言葉遣いはやや独特なようで、そこも加わり異国情緒が更に強くなる。

 ただ、生まれや育ちが日本でないのならば十分にバイリンガルと言える。

 

「それなら良かったです。ええと……」

 

 パンを食べて満足したのかピーちゃんはかごへと戻ってきた。

 それを見て、少女はこの後どうしようと悩んでいるのかやや挙動不審気味に周囲を見回している。

 

「もしお暇なら少しお話しませんか?」

「え?」

「わたくし、公園で知らない人とおしゃべりをするのが好きなのでございますよー」

 

 そう言って褐色の少女は無垢な笑顔を浮かべる、実に抗いがたい表情だ。

 しかし、知らない人との会話が好きというのはやや無防備すぎる。

 赤の他人とはいえ、大丈夫かどうかを見てはいるのだろうか。

 

「ほわ……あの、わ、私でいいんですか?」

「もちろんでございますよー、こういった出会いもあったら嬉しいなと思っていつもと違う公園にやって来たのでございますから」

「そういうことなら喜んで……。あの、お弁当作ってきてるんですけど、良かったら一緒にどうですか?」

「良いのでございますか?」

 

 突然の提案に褐色の少女は目を輝かせる。

 彼女にとってとても魅力的な提案のようだ。

 

「はい、ピーちゃんがパンをいただいたお返しということで」

「なるほど、ライラさんはピーちゃんさんと仲良くなれました。つまり、お友達のお友達はお友達ということでございますですねー」

「ほわ……ライラさん?」

「ライラさんはライラさんでございますよー」

 

 ライラは優しく微笑んだ。

 ただ、最初にわたくしという一人称を使った影響か、少女はやや戸惑っている様子。

 そしてようやく気づいたのか、腕をポンと叩いてから彼女も自己紹介を始めた。

 

「私は櫻木真乃っていいます、よろしくお願いしますね」

「マノさんでございますか、よろしくお願いしますです」

 

 二人とも揃ってお辞儀をして、顔を上げると二人して笑った。

 客観的に見れば非常に絵になるはずなのだが、二人を公園のハトが取り囲んでいるのでシュールな光景となってしまっている。

 

「アメージングです!」

 

 そんなハトたちに囲まれた二人を見て何かを感じ取ったのか、通りかかった少女が突然叫んだ。

 もちろん、声に驚いたハトたちは飛び去ってしまった。

 

「あ……」

 

 ピーちゃんを除いていなくなったハトを見て、少女は落ち込んでいるようだ。

 フワフワの長い髪を二つ結びにしていたり、黄色のヘッドホンを首にかけていたりと彼女も色々と特徴的である。

 そして、興奮したり落ち込んだりと表情がコロコロ変わっていることで気づきにくいが、当然のように整った顔立ちの美少女だ。

 この公園、実はアイドルやモデルのスカウトマンにとって有名なスカウトスポットだったりするのだろうか。

 

「ソーリーです、さっきのコンポジションを見てインスピレーションがわいてしまったので……」

 

 二人はポカンとしながら少女の言葉を聞いている。

 彼女もまた英語交じりという独特な言葉遣いなので理解が追いつくまで時間がかかるのだろう。

 

「コン……ピレーション?」

「つまり、あなたもハトさんが好きだということでございますね」

「ほわっ、そうだったんですね」

 

 理解したとばかりに手をポンと叩くライラ、そしてハト好きということに嬉しそうな真乃。

 ライクもラブも使われていなかったことを誰かが指摘すべきなのだが……。

 

「よく分かりましたね、ハトはロコの友達なんですよ!」

 

 ズレた推理と思いきや本質を突いていたのか、自分のことをロコと呼ぶ少女は満面の笑みを浮かべている。

 当てられたことが嬉しいのか、あるいは二人ともハトが好きだと思われるので同好の士に会えたことが嬉しいのか。

 

「ロコはハトの持つポテンシャルをリスペクトしているんです。そんなハトの魅力をエクスプレッションしたアートを作るために色々と考えてはいるんですが、本物のハトには中々敵わなくて……ディフィカルトです」

 

 興奮しているのか、まくし立てるように早口で語るロコを二人はただただリアクションもできずに聞いている。

 日本語も英語も中途半端に分かる方が余計に混乱するのかもしれない。

 

「……あ……ぅ……」

 

 先ほどまでの様子とは一転し、ロコの言葉は消えていき視線も下がっていく。

 二人の反応を見て引かれたと感じたらしい。

 自分と同じハトが好きな人と会えて嬉しかったとはいえ、やってしまったという心境だろうか。

 

「ハトさんとお友達ならライラさんともお友達でございますねー、ロコさんともおしゃべりができれば嬉しいのでございますです」

 

 ゆっくりとロコに近づくと、ライラは優しく笑ってそう語りかけた。

 身長はライラの方が若干低いのだが、不思議と大きく見える。

 そして、ライラの言葉に何かしら共感したのか、ピーちゃんも再びかごから飛び立ってロコへと近づいていく。

 彼女がおずおずと手を差し出すとその手にゆっくりと降りた。

 ロコは少し驚いた表情でピーちゃんを見つめている。

 

「ピーちゃんもロコさんとお話したいみたいですね、私も……ですけど。……あっ、私は櫻木真乃って言います」

 

 真乃も近づき声をかけた。

 すると、ロコの表情も晴れやかな笑顔に変わっていく。

 

「ロコはロコです! よろしくお願いします! このシロバトはピーちゃんというんですね、グッドなネーミングセンスです!」

 

 どうやらロコは大人しく手に収まっているピーちゃんを気に入ったようで、目を輝かせている。

 人に懐いているハトと触れ合えることが本当に嬉しいのだろう。

 今、高揚している感情が芸術的な発想へ繋がるのではないかという期待感もあるかもしれない。

 

「ロコさんはいつもこの公園に来ているのでございますか?」

「いえ、今日はセレンディピティに期待してフィーリングに従っただけです。ライラとマノとピーちゃんに会えたから、ロコのチョイスはナイスでしたね!」

「そうですね、私はよくこの公園に来ているんですけど、今日はライラさんとロコさんに会えてとっても嬉しいです」

「ライラさんも偶然この公園に来ただけでございますから、まさしくセレンディピティでございますね」

 

 三人はお互いを見る、今日このタイミングでなければ出会えなかったかもしれない縁だ。

 自然と笑顔になっているのは、初対面同士とはいえやはり共通の好きなものがあるのが大きいだろう。

 

「あの、レジャーシート持ってきてるんで場所を変えてご飯にしませんか?」

「そうでございますね、楽しみでございますよー」

「良かったらロコさんもどうですか?」

「一人分を三人でシェアすることになるけど、いいんですか?」

「た、たしかに一人当たりは少なくなっちゃいますけど、みんなで食べられることの方が嬉しいです」

「そういうことなら、喜んでシェアさせてもらいます!」

 

 本当にいいのかと心配していた様子のロコだが、真乃の言葉を聞いて快く頷いた。

 そして、さすがに散歩道で昼食にするわけにもいかないので三人は移動を始めた。

 設置されている椅子を選ばず少し散歩道から離れた芝生の上という辺り、目立つのを知ってか人目を避けているようだ。

 

「もう少し作ってくれば良かったですね」

 

 そう言って真乃が蓋を開けると、容器の中には彩り豊かな料理が敷き詰められている。

 その上、もう一つの容器には入るように小さく作られたサンドイッチまである。

 しっかりとした量があるように見えるが、もしかすると真乃はやや遠出をしてこの公園に来ているのだろうか。

 

「マーベラスです! ランチボックス内の配置や配色が食欲をそそる……実にアーティスティックなランチですよ!」

 

 真乃のおかずの並べ方に芸術性を見出したのか、ロコは大喜びである。

 たしかに、食欲をそそる外観というのは追求しがいのあるアートともいえるかもしれない。

 

「ほわっ、そ、そうですか? あんまり色が被らないにしただけなんですけど」

「ロコさんの言うようにきれいで美味しそうでございますね」

「ありがとうございます。ええと……二人とも、どうぞ」

「いただきますです」

「いただきます!」

 

 両手を合わせると、二人とも嬉しそうに弁当を食べ始める。

 真乃も自分が作った料理を二人も喜んで食べてくれているからか、頬を少し赤くしてニコニコと笑っている。

 ちなみに、除菌シートも置かれているようなのでハトを触った後でも心配はいらないようだ。

 

「美味しいです、マノさんは料理が上手でございますねー」

 

 ライラはそんなことを言いながら、満足そうにおかずを頬張っている。

 真乃の料理が美味しいのだということは表情を見れば言わずとも伝わるほどだ。

 絶賛されている本人は照れくさそうにピーちゃんを抱いている。

 

「うん、デリシャスです! いつもランチを用意して来ているんですか?」

「そうですね、いつもこんな風に木陰にシートを引いてお昼にしてます」

「ハトさんたちが寄ってきてしまいそうでございますね」

「ハトさんだけじゃなくていろんな鳥さんもやって来たりしますけど、いつも楽しいお昼になりますよ」

「マノはタフですね。でも、そのランチタイムは見てみたいです。ハトをエクスプレッションするヒントが掴めるかもしれません」

 

 ハトや色々な鳥に囲まれながら楽しそうにお昼を食べる少女、映える光景かもしれない。

 しかし彼らが大人しくしてくれる理由がないので、絵に収めるのは難しいと思われる。

 

「ロコさんはもしかして絵描きさんなのでございますか?」

「ノーです、ロコはアィ……アーティストとして、ニュージェネレーションのインスタレーションをアクチュアライズしたいと思ってるんです!」

「ほわ……ええと、つまり……絵だけじゃなくて色々なもので表現したい……てことですか?」

「その通りです! オーディエンスのココロに届くロコアートをエクスプレッションしたいんです! あっ、ソーリーです。少しヒートアップしてしまいました」

 

 ロコは反省するように縮こまる、どうにもアートについて語ると熱くなってしまいがちらしい。

 そんな様子を見て、真乃はニコリと笑い話しかけた。

 

「そ、そんなに気にしないでください。専門的な話は分かりませんけど、ロコさんの熱い思いが伝わってきましたよ。それってとても素敵なことだと思います!」

 

 珍しく真乃の語気が強い、落ち込む必要なんてないのだと伝えたいのだろう。

 ニコニコしながらサンドイッチを頬張っていたライラも、真乃の言葉を聞くと優しく頷いた。

 

「マノさんの言うとおりでございますよー。夢中になれることがあるというのはとても素敵なことだと思いますです」

「マノ、ライラ……サンクスです」

「いえ、わたくしも良い刺激をもらえたのですよ。二人からいただいた恩はステージの上でありがとうに変えて返せたらよいですねー」

 

 ぽつりと呟くようなライラの言葉に、ロコと真乃は驚いたような表情で反応している。

 なにか気になる言葉があったのだろうか。

 

「あの、ライラさん今……ステージって……」

「はい、言いましたね。ライラさんはアイドルをさせてもらっているのですよ」

「「え!?」」

 

 ライラの告白に驚く二人であるが、偶然出会った人物がアイドルだと知ったら当然の反応である。

 といっても、ロコも真乃も特になにかしら行動に出る様子はない。

 サインをもらったり写真を撮ったり、そういったことをしないのは事務所的には助かるのだろうが。

 

「あ、あの、実は私もアイドルなんです。283プロでデビューしたばかりですけど……」

「マノもですか!? ええと、ロコも765プロのアイドルなんです、まさかこんなセレンディピティがあるとは……」

「ほわっ、ロコさんも!?」

「おー、ハトさん以外にも共通することがあったのでございますねー」

 

 予想だにしなかったことに呆然としている二人だが、ライラだけは嬉しそうに笑っている。

 この天文学的な確率の偶然を前にして素直に喜んでいる彼女は実に大物である。

 

「今までアイドルの仕事でバッティングして出会ってなかったのは、単にルーキーだからですかね」

「そうかもしれませんね、ということはこのままお仕事が増えていけば……」

「いずれお仕事のときにまたお会いできるかもしれませんねー」

 

 三人はお互いの顔を見合す。

 次に会うとしたらそのときはライバルとなる以上複雑な感情もあるのだろう。

 

「…………」

「ライラさんは安心したのでございますよ、ライブのときに会えたら二人にも届くようにと歌えますですね」

「じゃあ、もしオーディションのときに会えたら……」

「二人に負けない演技を見せます!」

「お仕事のときの楽しみが増えたでございますねー」

 

 もう一度三人は顔を見合わせる、みんな良い顔をしている。

 いいライバルに会えたというところだろう。

 

「そういえば、二人もW.I.N.G.を目標に活動しているんですか?」

「オフコースですよ」

「ライラさんもですねー」

 

 真乃がたずねると二人とも肯定した。

 W.I.N.G.――正式名称ワンダーアイドルノヴァ・グランプリは、新人アイドルの祭典とも呼ばれているいわば登竜門である。

 優勝したアイドルの中にはアイドルアワード受賞者も出ていることからして、トップアイドルを目指すのであれば絶対に手に入れたい栄誉だと言えよう。

 

「ロコナイズされたステージでアーティストなアイドルとしてのロコをオーディエンスに届けたいです!」

「ライラさんも、応援してくる人たちへの恩返しを込めてありがとうをステージの上から伝えたいでございますね」

「私も、輝きをみんなに届けたい。見てくれる人みんなに」

「マーベラスです! できればW.I.N.G.の決勝でライラとマノに会いたいものですね」

「ほわわ、決勝……が、がんばらないと」

「でも、決勝で会えたらとっても嬉しいですねー。ライラさんもがんばりますですよ」

「帰ったらこの思いをロコアートでエクスプレッションです! でもその前にサンドイッチをイートです!」

「ライラさんもいただきますねー」

「ほわ、私も食べないと」

 

 その後、三人は取り留めのない雑談で盛り上がったりしつつも弁当を完食したのであった。

 しかし昼食も終わり、レジャーシートを片付ければ早くも別れの時間がやってくる。

 

「それでは、ここでお別れでございますね。お弁当ごちそうさまです」

「ごちそうさまでした、いつかマノにはハトのロコアートを寄贈してお返ししたいですね」

「二人とも……じゃなくて、あの……ライラちゃん、ロコちゃん、今日はありがとう。すごく楽しかったよ」

 

 真乃はあえて、二人の呼び方や言葉遣いを改めた。

 友達でありライバルでもある、そういった意味も込めているのだろうか。

 

「ロコもエンジョイできました、サンクスです」

「また会えると良いですねー」

 

 名残惜しくはあるだろうが、三人は手を振り再会を約束してそれぞれの帰る場所を目指す。

 少しだけ歩いてから真乃は一度振り返る、しかしもうライラとロコの姿は見えない。

 

「W.I.N.G.でまた会いたいね、ピーちゃん」

 

 寂しさを感じたのか、真乃はピーちゃんに話しかけた。

 肯定をしているのか小さく鳴くと真乃は笑顔になり前を向いてまた歩き出した。

 

「行くんだ、灯織ちゃんとめぐるちゃんと一緒に……むんっ!」

 

 気合を入れているのか、拳をグッと握り声を出す真乃。

 彼女のユニット仲間は次に会ったとき、目標が増えて少しだけ変わった真乃にちょっと驚くかもしれない。




ハト好きでもある三人のお話でした。
共通点があるアイドルたちはいつか公式で絡みが見られたらいいのですが。


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まっすぐな人

・北村想楽、桑山千雪のお話となっています。

・ゲーム寄りのため、315Pは台詞なしとなっています。

・北村想楽がアイドルになった経緯に関してはエムステ準拠にしています。



「雑貨屋のお仕事?」

 

 北村想楽は渡された資料に目を通すと、プロデューサーへ尋ねた。

 本当に自分への仕事なのか、恐らく確認のためだろう。

 プロデューサーもそれを分かっているのか経歴を踏まえてのオファーであると想楽に伝えた。

 

「なるほど、たしかにアルバイトでも関わりがあった人の方が望ましいよねー」

 

 嫌がっている様子ではないことを確認して安堵したプロデューサーは仕事の内容についての補足を始めた。

 雑貨屋のPRを目的とした雑誌掲載用の写真の撮影や、想楽がアルバイトをしていたという経験を活かす宣伝になるようなポップの作成等々。

 そして、もう一ついつもとは違う条件があるのでその説明をプロデューサーは加える。

 

「違う事務所のアイドルも一緒……もしかして、その人も経歴を踏まえてのオファーなのかなー?」

 

 想楽の問いにプロデューサーは少し考えてから首を左右に振った、どうも違うらしい。

 彼と同様の経歴というわけではないらしく、想楽はそこが気になったようでプロデューサーに質問をする。

 

「元雑貨屋というわけではないってこと?」

 

 今度は迷いなく頷き、プロデューサーはもう一つの資料を手渡した。

 それは一緒に仕事をすることになっている相手のアイドルの資料だった、あちらから送られたものだろうか。

 だとするとどうやら相手の方が先に出演が決まっていたようである。

 

「名前は桑山千雪さん、雑貨作りが趣味で特技が裁縫……なるほどー。たしかに違うけど、趣味で作ってるってことなんだねー」

 

 プロデューサーも同意するように頷いている。

 その他のプロフィールも想楽は眺めていく。

 彼同様に三人ユニットを組んで少し前にデビューをしたらしい。

 年齢は二三歳とのことだが前職は特に記載されていない。大学院に進んでいるのか、あるいは働いていた会社に迷惑をかけないよう詳細を書いていないのか。

 これ以上は特に目を引くものはなかったのか、想楽は視線を上げた。

 しかし、何かに納得がいかなかったのか彼は首を傾げている。

 

「それにしても、趣味が雑貨作りっていう人は探せば他にもいるような気もするのに、どうしてこの人なんだろうねー」

 

 想楽の疑問に対して、プロデューサーは少し考えてから言葉を返した。

 

「もしかしたら向こうの場合は、オファーではなくてプロデューサーから営業をかけたのかもしれないって? なるほど、こういう企画を考えてるって話を聞いて営業をかけたなら納得できるかなー。腑に落ちたよー、ありがとうプロデューサーさん」

 

 気が晴れたのか爽やかな笑顔を浮かべる想楽。

 たしかに数多のアイドルが活躍している昨今、雑貨作りという趣味を武器に活躍の場を広げるのはプロデュース方針として正しいと思われる。

 想楽自身が元雑貨屋という経歴から今回のオファーに繋がっていることも踏まえると、更に説得力が増す。

 

「行く先は、巡り巡って、最初の地。……プロデューサーさん、覚えてるかな? 僕がアイドルになったきっかけは、働いていた雑貨屋でプロデューサーさんに出会ったこと。といっても、今回お仕事で行く雑貨屋は僕の働いていた場所ではないけどねー」

 

 想楽に問われると、プロデューサーはそのときのことを思い返すようにゆっくりと、しっかりと頷いた。

 それを見て、彼は嬉しそうに笑った。

 

「安心したよー、まだそんなに時間が過ぎていないのに忘れられていたら困るからねー」

 

 想楽は笑顔ではあるもののどこか真剣な声色だと感じさせる。

 それだけ忘れないでいてほしい、彼の原点であるということなのだろう。

 

「さてと、今の内にポップのデザインを少し考えておこうかなー。店内の雰囲気が分かるような写真なんかあると嬉しいんだけど」

 

 十分話し合えたと感じたのか、想楽は雑貨屋での仕事が始まる前に準備を進めるつもりのようだ。

 プロデューサーも良い判断だと考えたのか、満足そうに頷きながら雑貨屋の資料を渡した。

 

「ありがとう、プロデューサーさんもなにか面白いデザインが浮かんだら教えてねー」

 

 あまり思いつきそうにないという表情ながらも、プロデューサーは想楽の提案に対してサムズアップで答えた。

 

「よろしくー」

 

 期待しているのかしていないのか、表情からは読み取れないが微かにはみかみながら想楽は部屋を後にした。

 部屋を出てからもどこか想楽の歩みは軽やかである、久しぶりに雑貨屋へ訪れることになったからだろうか。

 なんにせよ、別事務所のアイドルと仕事をするということは新たな刺激を受ける機会にもなる。

 その刺激が良い変化に繋がるきっかけになればとプロデューサーも想楽も考えていることだろう。

 

 

 

 

 

 仕事の当日、早めに店長との挨拶を済ませた想楽とプロデューサーは雑貨屋の中を見て回っていた。

 ポップを作る為に店内の雰囲気を感じ取っているのだろう、写真だけでは分からない部分の確認といったところか。

 だが、想楽の表情はどこか懐かしんでいるようでもある。

 雑貨屋で働いていたときのことを思い出しているのだろう。

 

「楽しそう? うーん、働いていたときとはまた違った見方ができて新鮮だからかもしれないねー」

 

 プロデューサーの質問に対して、想楽は楽しそうに笑いながら答えた。

 視点が変われば新たな発見も色々と出てくるということ、それを楽しむことができるのは良いことだ。

 そして、二人が会話をしていると三人の人物が店内へと移動をしてきた。

 一人はこの雑貨屋の店長、一人はスーツを着た恐らくプロデューサーと思わしき人物。

 そして、最後の一人は落ち着いた雰囲気の美しい女性だった、長い髪を一つの三つ編みに結び左肩から垂らしている。

 想楽たちの視線に気づいたのか、スーツの人物と女性は二人に近づき一礼してから笑顔を浮かべた。

 

「初めまして、283プロの桑山千雪です。今日はよろしくお願いします」

 

 千雪は彼女のプロデューサーに促され優しく微笑みながら挨拶をする。

 すると、想楽もプロデューサーに背中を押されて挨拶を返す。

 

「315プロの北村想楽です、こちらこそよろしくお願いしますねー」

「あら、ということはあなたが以前に雑貨屋で働いていたっていう」

 

 千雪も想楽のプロフィールを見て知っていたのか、なにやら嬉しそうな表情へと変わっていく。

 

「そうですねー、バイトではありますけど元雑貨屋ですよー」

「ふふっ、働いていたときのお話なんかも聞けたら嬉しいですね」

「……? まあ、雑談程度ならですかねー」

 

 言葉を交わしている最中、想楽は一瞬だけきょとんとした表情に変化した。

 すぐに柔らかい表情に戻ったものの先ほどの千雪の言葉の中に違和感を抱く部分があったようだ。

 雑貨作りが趣味というだけなのに、雑貨屋でバイトをしていた人物の話を聞きたいというのがどことなく不思議に感じたのだろうか。

 好きであるなら雑貨そのものに関しての話となりそうなところを、働いていたときの話が知りたいということが引っかかるのかもしれない。

 就職活動に悩む学生ならともかく、彼女はアイドルとして働いているのだ。

 

「ん? プロデューサーさん、どうかしたのかなー?」

 

 二人の会話が一段落したところで、プロデューサーが想楽に声をかけた。

 どうやら、こちらも先ほどまで店長や千雪のプロデューサーと話をしていたようだが。

 

「なるほど、これから打ち合わせになるんだねー。今日のスケジュールに関してなら僕は……ここで待って店内を見学しながらデザインを考えてほしい? 分かったよー、プロデューサーさんがそう言うのならー」

 

 想楽が微笑むとプロデューサーも笑い返した、そして店長や千雪のプロデューサーと共にこの場を離れていった。

 同じ状況である千雪の方に目をやると、彼女は困ったような笑顔を浮かべる。

 

「困りましたね……。そうだ、せっかくだし一緒に店内を見て回りませんか?」

 

 突然の千雪の提案に想楽は少し戸惑っている様子ではあるが、提案自体は悪いものではないはず。

 そう感じたのか、彼は提案を受け入れることにしたようだ。

 

「そうですねー、ポップ作りの準備にもなりますし行きましょうかー」

「お店の雰囲気に合ったものを作りたいですからね」

 

 歩き出した二人はそんなことを話しながら商品であったり配置のデザインなんかを眺めている。

 そして、お互いに違う事務所のライバルという関係ではあるものの意見を交換したりコミュニケーションを取っている。

 より良い仕事を、という意識だろう。

 

「僕は雑貨屋時代のように色粘土を使おうと思っているんですけど、桑山さんはどんな材料を使うつもりなんですかー?」

「色粘土……カラフルで立体的なものが作れそうですね。ええと、私は刺繍……はもう作って……じゃなくて、フェルトを使うつもりです。これも色合いを考えたりするのが楽しそうですからね」

「……なるほど、フェルトですかー。お店の雰囲気に合った色合いとかデザインを考えるためにもう少し見て回った方がいいかもしれませんねー」

「そうですね、もう少し見て回りたいです」

「断られなくて安心しました、僕もまだ明確なイメージが作れてないんでー」

 

 笑顔を浮かべながらやり取りしている想楽だが、会話が終わると少し考え込んでから再度視線を千雪へと戻した。

 その表情はどこか神妙であり、なにか気になる点があったのかもしれない。

 特技は裁縫であるという話なのに刺繍ではなくフェルトを使ったデザインにしようと考えていることが引っかかっているのだろうか。

 裁縫ができるからといって刺繍もできるとは限らないのだが、なにかを隠し偽っているかもしれないというのは想楽からするとどうしても気になってしまうのだろう。

 

「北村くん、この棚を見てください」

「どうしました? ……おお、なるほどー」

 

 千雪に呼ばれ棚を見てみると、想楽は感心の声を上げた。

 棚ということは商品の陳列、あるいはデザインが優れているのだろうか。

 

「商品の色や種類で綺麗にまとめられています、視覚ではっきりと分かる陣列だから思わず目を奪われてしまいますね」

「ごちゃごちゃとしすぎず、奥にある商品も見やすく手に取りやすい配慮。この棚に限らず、このお店は見て楽しめることに重きを置いているみたいですねー」

「お客さんが楽しんで買い物をできるなら、それが一番ですから。でも、少しポップのデザインが見えてきた気がします」

「……そうですねー、この陳列は参考になると思います。それにしても、面白い視点で見ているんですねー。まるで店員ですよー」

 

 興味深いといった様子で棚を眺めている千雪に対して、想楽は思ったことを素直に言葉にした。

 彼がずっと感じていた違和感は、千雪が客視点ではなく店員視点で話をしているということだったのだろう。

 

「ええと、その……やっぱり雑貨屋さんで働いていた経験があると分かっちゃいますか?」

「話を聞いているとお客さんに楽しんでもらえるようにって色々と考えているのが伝わってきますからねー、店員ならではの視点ですからさすがに違和感がありますよー」

「そうですか、少し気をつけた方がいいみたいですね。無理を言って兼業をさせてもらっている以上、どちらにも迷惑をかけたくありませんから」

 

 想楽の意見を聞くと、千雪は困ったように笑顔を浮かべた。

 雑貨屋として働いてもいる彼女の裏表のない純粋な表情を見て、想楽は少し驚いているようだ。

 何かしらの損得勘定で動いているという予想の方が強いのだろう。

 

「でも、兼業をしている時点で多少の迷惑はかけてしまっているんじゃないですかー?」

 

 想楽はそんなことを尋ねた、感じたことを素直に言葉にしたようだが……。

 仮に失礼であると受け取られても聞きたかったことなのだろうか。

 

「そうですね、わがままでどっちつかずだって分かってるんです。それでも……」

「……すみません、野暮なことを聞いてしまいましたね」

 

 想楽は千雪の話を遮るように謝罪の言葉を口にした。

 彼女が苦しそうな表情を浮かべていることから、どちらも大切だからこそ兼業という無茶な選択をしているのだと理解したようだ。

 真意を知りたかっただけなのだから、これ以上は悪意を持った責めになりかねない。

 

「いえ、別にそんなことは……」

「どちらにも嘘をついているとか損得勘定で動いているとかではなくて、優柔不断なだけで安心しましたよー」

「ゆ、優柔不断……でも、たしかにそうですね。大切だからって選べないでいるわけですから」

「あっ、すみません……悪く言うつもりはなくて……ええと……うん、整いましたー」

「え?」

「迷うのは、想う心が、強いから。アイドルも雑貨屋も大切にしているんだと、桑山さんの言葉からきちんと伝わりましたよー」

 

 本当に悪い意味で言っているのではないらしく、想楽は慌てて嘘偽りのない句を作り笑ってみせた。

 誤解を恐れての迅速な行動だろう。

 

「ふふっ、いい句ですね」

 

 千雪はそんな感想を伝えながら優しく微笑んだ。

 これは句として良いという意味以上に、傷つけるつもりがないという気持ちが伝わったという意味合いの方が強いと思われる。

 

「きちんと届いたようで安心しました。……それにしても、兼業していることを僕に話してしまって良かったんですかー?」

「既になんとなく気づいていたみたいですから、逆に隠そうとした方がおかしくなってしまうと思ったんです。だから、内緒にしていてもらえますか。私が……決断をするまで」

 

 真剣な表情でそう語った千雪は話が終わるといたずらっぽく笑いながら人差し指を唇にそっと当てる。

 笑顔を作ってはいるものの、いずれどちらかを選ばなければいけない時が来るということは覚悟しているようだ。

 そのことを感じ取ったのか、想楽は笑い返すことをしたりせず千雪の言葉に耳を傾けている。

 

「……難しいということは理解はしているんですねー」

「さっきの北村くんの指摘通り、影響が少しずつ出てきてしまっていますから。このままではダメだって分かってはいるんです」

 

 千雪は寂しそうに笑っている、どちらも彼女にとって本当に大切なのだろう。

 しかし、片方しか選べないと理解してしまった瞬間が恐らくあったのだ。

 

「僕には今の桑山さんのような状況の経験がないので毒にも薬にもならない言葉しか伝えることができませんが、最善の選択ができるようにと願っていますよー」

「ありがとうございます。……ふふっ、なんだか不思議ですね」

「不思議?」

「ライバルのはずの違う事務所のアイドルの人から応援されるだなんて」

 

 真面目に考えるほどおかしくなってきてしまったのか、千雪は笑いながらそんなことを口にした。

 微かにあどけなさも感じる明るい笑顔だ、そして彼女につられたのか想楽の顔も柔らかく綻んでいく。

 

「確かに不思議ですねー。元とはいえ僕も雑貨屋で働いていましたから、きっとそのちょっとした縁が理由でしょう」

「こういった縁は大事にしたいですね」

「桑山さんは両方現在進行形ですけど前も同業今も同業なんてそうそうないでしょうから、この縁はたしかに大事にしたいかもしれませんねー」

「さてと、そろそろ見学も終わりにしてポップ作成の準備に入りますか?」

「そうですねー、僕もデザインは決まったんで大丈夫ですよー」

 

 そうして二人はポップの作成をする場所へと移動を始めた。

 初対面からくるよそよそしさは既に消えており、共通点からくる仲間意識に近いものが生まれているのかもしれない。

 

 

 

「いえー、こちらこそ今日はありがとうございましたー」

 

 そう言って想楽は雑貨屋の店長に笑顔で頭を下げた。

 互いの表情を見れば分かるように、どうやらポップは喜んでもらえるものを作ることができたようだ。

 店長は挨拶が終わると今度は千雪たちの方へと向かっていった。

 

「気に入ってもらえたみたいで良かったねー」

 

 想楽がプロデューサーに声をかけると、同じ感想を抱いたのか満足そうに頷いた。

 プロデューサー的にも二人の作成したポップは良いものだと感じているらしい。

 

「これでお仕事は全て終わりかな? ……店長さんに少し話があるから待っててほしい? なら、もう少しだけお店の雰囲気を楽しんでるねー」

 

 店長に声をかけ移動するプロデューサーを眺めていると、同じく自分のプロデューサーを見送っている千雪が想楽の視界に入った。

 何かしらの問題を抱えているとは思えない穏やかな表情をしている。

 プロデューサーの姿が見えなくなると彼女はすぐに想楽の視線に気づいた。

 

「お疲れ様でした、お互いにいいものが作れたみたいですね」

「店長さんに喜んでもらえてほっとしましたよー、バイト時代に作っていたときとは違いますからねー」

 

 想楽は安堵の表情を浮かべている、店長の反応を見るまで緊張していたのだろう。

 身内で作るものと、客から依頼された品では意味合いが違うので当然だ。

 アイドルが作ったという宣伝効果が大切なのだとしても、元雑貨屋だからという理由の仕事である以上しっかりと喜んでもらえるものを作りたいという感情があるのだ。

 

「そうですね、やっぱり喜んでもらえるものを作りたいですから」

 

 千雪も安心したような表情をしている、やはり彼女も緊張していたのだろう。

 

「ポップを作る前に宣伝用の写真も撮りましたし、僕たちのお仕事はこれで終わりですねー」

「もう少しでお別れですね、雑貨屋で働いていたときの話を聞いてみたかったですけど」

「……そうですねー」

 

 想楽は仕事でまた会えるとは口にしなかった。

 千雪がアイドルと雑貨屋どちらを選ぶかはまだ分からない、ここで再会を約束すれば彼女の迷いを強くしてしまう可能性があると感じたのだろう。

 そういったことでも悩むまっすぐな人、想楽は千雪をそう評価しているようだ。

 

「今日初めて会ったことを考えると、なんだか寂しいって感じるのはどこか不思議ですね」

「雑貨屋っていうちょっとした縁のおかげですかねー」

「そうですね」

「……お別れの前に一句送らせてください。蒼穹に、連なる四羽、往く旅路」

「…………」

「桑山さんも三人ユニットと聞いたので、あまり一人で抱え込むとかえって迷惑をかけてしまうかもしれませんよー」

「……ありがとうございます、北村くん」

 

 四羽という表現を指摘しないのは、千雪も誰にユニットが支えられているのか理解しているということ。

 一蓮托生、ユニットとして活動していく以上は色々なことを共有していくことになる。

 自分だけの問題だと抱え込んでしまうより、僅かでも問題を打ち明けた方が解決に向かうこともあるだろう。

 近しい人物に話を聞いてもらったというだけでも、何かを変えるきっかけにはなり得るのだ。

 

「桑山さんがどちらを選ぶにせよ、このちょっとした縁が続いていてまたどこかで会えるといいですねー」

 

 プロデューサーたちが戻ってきたのを見て、想楽はそんなことを言った。

 きっと縁はまだ続いていて今度は雑貨屋の話なんかもできるだろうという期待も込められているようだ。

 

「はい、楽しみにしていますね」

 

 千雪も再会できると願うようにと優しく笑うと自分のプロデューサーの元へと向かった。

 そんな彼女を目で追っていると、視線の先から彼のプロデューサーが手を振りながら歩いてきている。

 なにやら楽しそうな表情である。

 

「え? 仲良くなったって……それはまあ、一緒にお仕事したからねー。悪い人じゃなかったら普通じゃないかなー?」

 

 どうやら店長と打ち合わせ等をしている間に千雪と仲良くなっていたことを面白いと感じているようだ。

 千雪が雑貨屋を兼業していることを知らないプロデューサーからすると、共通点が少なく会話の取っ掛かりがないと思うのは当然である。

 年齢も同世代とはいえないのでなおのこと不思議なのだろう。

 

「なんというか、とてもまっすぐな人だった」

 

 想楽はどこか羨むような目で再度千雪を見ている。

 それを感じ取ったのか、プロデューサーに茶化すような態度はもうなく真剣に彼の言葉に耳を傾けている。

 

「良いことだけじゃないのは分かるけど……僕もあんな風にまっすぐに生きることができるのかな」

 

 そんなことを想楽が呟くと、プロデューサーは彼の頭をポンと優しく叩いた。

 

「……そうだったねー、その為に僕はアイドルになったんだ」

 

 想楽の目からは羨む気持ちは薄れ、強い意志を感じさせる。

 プロデューサーはそれを見ると嬉しそうに笑って頷いた。

 

「我が心、偽ることなく、あるがまま。僕らしくまっすぐに生きていくために……これからもよろしくねー、プロデューサーさん」

 

 二人はお互いを見合って笑い合い、再び歩き出した。




千雪さんがアイドルに専念するのはシーズン3の途中からなので、時期的にはシーズン2から3の間くらいの話の想定です。
Legendersはシャニマスでいうとシーズン2くらいからのデビューとかになるのでしょうか。

書きながら、千雪さんの兼業期間は半年手前くらいのはず、そうなるとさすがにシーズン2辺りからファンの中では気づく人とか出ていたのではとか考えていました。


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かけがえのない夢へ、テンポ・ルバート

・最上静香と八宮めぐるのお話となっています。

・ゲーム準拠で765Pと283Pは台詞ありです。


「おっはよー、プロデューサー!」

 

 静かであった部屋に元気な挨拶が響く。

 作業をしていたプロデューサーが声の方へと振り向くとそこにいたのは一人の笑顔を浮かべた少女だった。

 日本人離れした鮮やかな青い瞳と白い肌、そして長い金の髪を二つに縛っている。

 

「おはよう、めぐる。今日はオフのはずだけど……どうしたんだ?」

 

 念のための確認か、プロデューサーはホワイトボードに書かれている八宮めぐるの欄を指差した。

 そしてプロデューサーの言葉通りめぐるの仕事の予定はないはずである。

 

「えへへ、近くに来たから寄っちゃおうかなって」

 

 屈託のない明るい笑顔でめぐるは理由を語った。

 要はついでなのだが、彼女はとても嬉しく楽しそうにキョロキョロと事務所の中を眺めている。

 

「あれ、みんないないの?」

「そうだな、みんなオフか仕事が入ってる」

「はづきさんも?」

「はづきさんは他のバイトだそうだ、ちなみに社長は会合に出かけてる」

「みんな忙しいんだね」

 

 そんなことを言うめぐるの表情はどこか寂しそうだ。

 わざわざ寄っているということは、みんなに会いたかったのだろう。

 

「ああ、迎えに行く時間までまだ余裕もあるし。本当に今日は静かな日だ」

 

 プロデューサーは時間を確認しながらめぐるに一応の予定を伝えている。

 アイドルが仕事に出ていてプロデューサーが事務所にいるということは、合間の時間に進めておかなければいけない書類仕事などがあるのかもしれない。

 既に動いている企画がいくつかあるということだろう。

 

「喜ばしいことなんだけど、いざ事務所に一人ってなると寂しいな。いつもがいつもなだけに」

「じゃあ、わたしに会えて元気出たかな?」

 

 めぐるはただただ純粋にそう思っているのか、上目がちにプロデューサーの反応を伺う。

 こういった自然に距離感が近いと思わせるのは彼女の魅力の一つだ。

 そしてめぐるのこういった距離感は同級生の男子を泣かせることだろう。

 

「そうだな、めぐるの元気そうな姿を見ることができて安心したよ。ちゃんと元気をもらえた」

「それなら良かった、みんなには会えなかったけど来た甲斐があったよ~!」

 

 弾ける笑顔とでも言うのだろうか、めぐるの明るい表情は見る人も笑顔にする力がある。

 それを証明するようにプロデューサーも笑顔になっている。

 

「まだ分からないぞ、オフなんだから買い物とかに行けば誰かにばったり会うかもしれない」

「本当に!? じゃあ行ってくるよ!」

 

 善は急げとばかりに勢い良く立ち上がっためぐるは即座に事務所の入り口へと向かい始めた。

 あまりに迅速な行動だからかただ眺めるだけになっていたプロデューサーは、靴を履き替えようとするめぐるに声をかけた。

 

「急ぎすぎてケガしたりするんじゃないぞ」

「分かった、それじゃあ……あー!!」

 

 何かに気づいたのか、それとも思い出したのか、めぐるは履きかけた靴をもう一度脱いでプロデューサーの元へと戻ってくる。

 当然、何事か理解していないプロデューサーは不思議そうに彼女を見つめている。

 

「差し入れ持ってきたの忘れてたよ、はいプロデューサー! これ、アンティーカのみんなが宣伝してた缶コーヒー! 見つけたから買っちゃったんだ~!」

 

 事務所の仲間に縁のあるものだからか、めぐるはかなり嬉しそうな表情で缶コーヒーをプロデューサーに差し出す。

 少し驚いていた様子だったプロデューサーだが、すぐに笑顔に戻り受け取った。

 

「ありがとう、めぐる。少し集中力が落ちてきてたから助かるよ」

「うん! それじゃあ、引き続きお仕事がんばってね、プロデューサー!」

 

 プロデューサーの反応に喜びつつめぐるは再度立ち上がり、今度こそ事務所から去っていった。

 そんな彼女の後姿を見送ると、プロデューサーは息を吐いた。

 優しそうな表情からして呆れているわけではないようだ。

 

「めぐる、誰かに会えるといいな」

 

 そう言ってプロデューサーは缶コーヒーの蓋を開けた。

 

 

 

 

「プロデューサー!」

 

 静かであった事務室に怒気をこめた声が響く。

 作業をしていたプロデューサーが視線を上げるとそこにいたのは一人の険しい表情をした少女だった。

 艶のある長い黒髪に端整な顔立ち、これだけならば美しい少女で終わるのだが、余裕のない表情がそれらを台無しにしてしまっている。

 

「静香、どうしたんだ?」

「どうもこうもありません、どうして私の予定がオフばかりになっているんですか!?」

 

 彼女はホワイトボードの最上静香と書かれている辺りを指差して疑問を口にしている。

 しかし、プロデューサーは不思議そうな表情でそれを聞いている。

 当然だ、静香の予定は仕事のない日はレッスンとオフが半々といった別段おかしいところのない予定だからだ。

 多忙な売れっ子ならともかく、まだ仕事もそこまで入らない駆け出しならばもう少しレッスンが多い程度が普通と考えられる。

 

「それは静香がレッスンをしたがるからだ、先月はオフの日も全て自主レッスンをしに来てたじゃないか」

「当たり前じゃないですか、私にはまだまだ足りない部分が多いんです。長い目で見る、なんて悠長なことを言っていられないんです!」

 

 主張をする度に静香の表情から余裕が消えていく。

 プロデューサーが休ませたがる理由がよく分かる表情だ、今の彼女が笑顔を見せようとしても歪なものになってしまうはずである。

 そこに無理をして練習をした疲労が加わればとても舞台に上げられる状態ではなくなってしまう。

 

「苦手なことこそ、一朝一夕で改善できるものじゃない。疲れている状態ならなおさらだ。だからまずは休むことも仕事の一つであることを理解してほしい」

「で、でも、私には時間が……」

 

 正論だけでは引き下がらない様子の静香を見て、プロデューサーは小さくため息を吐いた。

 呆れたとか、馬鹿にしているとか、そういったものではなく単にあまり使いたくない手段を使うつもりなのか表情にやや躊躇いが見える。

 もっとも、静香はそんな表情に気づけない程度には余裕がないようで怒気を含んだ表情のままである。

 

「……あー、困ったな。やる気があるのは嬉しいんだけど、オフの日にまで自主的に練習とかされると仕事が入れにくくて本当に困ったなー」

「うっ……そういうのはずるいと思います……!」

 

 休めと言っても休まないならこうするしかないという発言に対して、静香は正面から反論することはできないようだ。

 どれだけレッスンをしようが仕事を与えられなければその努力は活かすことはできない。

 そのことを静香も理解はしているのだ。

 

「ずるくはないだろ、無理して過剰なレッスンをするアイドルに仕事を与えるのは迷うじゃないか。根を詰めすぎないでもう少し楽しむくらいの余裕をだな」

「子供扱いをしないでください、自己管理くらいできます!」

 

 プロデューサーの言葉は心配からきているのだろうが、それが静香としては受け入れがたいと感じたらしい。

 彼女の目線は少し睨みつけるような鋭いものへと変わりつつある。

 

「自分が大丈夫だと思っていてもそうは見えないことだってある、現に今の静香は少し疲れが見えるぞ。声を聞いてもそう感じられる」

「え……」

 

 問題はないと思っていたのか、静香はプロデューサーの言葉に驚いている様子だ。

 少しショックを受けているようにさえ見える。

 

「とにかく、今日はオフだ。休んでもらう。自主レッスンもなしだ、いいな?」

「……はい……」

 

 一応は納得したのか、静香は大人しくプロデューサーの指示を聞き部屋から出て行った。

 プロデューサーはその後姿を心配そうに見守っていた。

 

「静香、分かってくれたかな……。次に進むためにも、準備はしっかりとできているんだから後は……分かってくれるといいんだけど」

 

 そんなことを呟いてプロデューサーはとある申請用の用紙へと視線を落とした。

 それは新人アイドルの祭典と呼ばれているW.I.N.G.の予選に参加するユニットを登録をするためのものだった。

 既にそこには静香の名前も記入されているようだ。

 ユニットとして活動していくからこそ、周りを見ることができる冷静さも持って欲しいということなのだろう。

 プロデューサーは気持ちを切り替えるために一呼吸入れてから、自分の仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 休日の町中は人も車も多く活気に溢れている。

 そんな中をめぐるは鼻歌交じりに楽しそうに歩いていた。

 歩いている人たちの様々な表情を眺めたり、通りがかったアパレルやアクセサリーの店をウィンドウショッピングしたりして楽しんでいる様子だ。

 もちろん、彼女はとても人目を引く容姿なので互いに目が合うこともあるのだが、そのときめぐるは声はかけないが必ず明るく笑いかける。

 営業スマイルというわけではなく、目が合ったことを喜ぶような笑顔なので不快に感じる人はかなり少ないだろう。

 

「ん? あれ?」

 

 オフを散歩のような形で楽しんでいためぐるであったが、プロデューサーの言葉も信じていたのか知人友人を探すように見回すこともしていた。

 その行動が結果を出したのか、彼女は見覚えのある後ろ姿を見つけたようだ。

 長く黒い髪をハーフアップにしてまとめている。

 考え事をしているのか、視線が下目に向いているように見えることも判断材料だろうか。

 そんな後姿の女性に対して、もはや知っている人物だと確信したのかめぐるは弾ける笑顔で走り出していた。

 

「ひーおーりー!!」

 

 タックル……とまではいかないが、それなりの勢いで、誰かの名前を叫びながらめぐるは背後から抱きついた。

 

「ひゃあ!? だ、誰ですか!?」

 

 当然、いきなり背後から勢いよく抱きつかれたら誰でも驚く。

 彼女も例外ではなく声をあげて驚き、不意打ちしてきた誰かの顔を確認しようとするがさすがに見えない様子。

 

「もしかして未来? ……じゃないですね」

「またまた灯織ってば冗談言って~……あれ、わたしより背が高い! 灯織じゃないの!?」

 

 ようやく手を離し顔を確認すると、お互いに動きが完全に停止した。

 周囲に人が歩いていなければ時が止まっているのかと誤解しそうな程だ。

 

「あー……ごめんね、人違いだったみたい」

 

 めぐるは人違いであることを正面から見て再確認すると、素直に謝った。

 その様子を見た少女はため息を吐く。

 

「知り合いかと思っても、きちんと確認をしてから声をかけた方がいいと思いますよ」

 

 注意をする少女であったが、めぐるは少女の顔をじっと見ながら今度はなにやら腕を組んで考え込んでいる。

 

「な、なんですか?」

 

 少女はなぜかソワソワとし始め、めぐると目を合わせないようにしている。

 あまり顔をしっかりと見られたくないのだろうか。

 

「なんかどこかで見たことがある」

「そ、そうですか? 初対面ですよ?」

「会ったことはないよ、たしか……そう、灯織がライバルのことも知っておかないとって持ってきてた雑誌に載ってた!」

「ざ、雑誌……ってライバル……?」

 

 めぐるから出てくる言葉に驚きつつも、少女はライバルという言葉に最も動揺を見せた。

 そして、めぐるが話を続けようとしているのを見て彼女の表情が強張り始めている。

 

「なんだか印象に残ってたから覚えてるよ、765プロの――」

「わー!! わー!! 待って、ちょっと待ってくださいっ!!」

 

 少女は手を激しくバタバタと動かしながらめぐるの言葉を遮る。

 対してめぐるは話は止めたが理解できていないのか不思議そうに少女を眺めている。

 

「どうしたの?」

「こんな場所でそういう話はやめましょう。……ええと、時間ありますか?」

「あるよ、わたし今日オフだから!」

「どこか落ち着ける場所に移動しませんか?」

「うん、いいよ! せっかくこうして出会えたんだから話してみたいって思ってたんだ!」

 

 少女の提案が嬉しかったのか、めぐるは明るい笑顔を浮かべた。

 疲れた表情だった少女もつられて口角が微かに上がっている。

 

「では移動しましょうか、ここに立っていては迷惑になってしまいますから」

「そうだね、レッツゴー! えへへ、楽しみだな~!」

 

 ずっと楽しそうなめぐるを見て、一つ息を吐いてから少女も控えめな笑顔を見せた。

 

 

 

 

「改めまして、765プロダクション所属の最上静香です」

 

 静香は淡々と自己紹介を済ませた、勢いでこのような状況になってしまっただけなのでそこまで乗り気ではないのだろう。

 そもそも、違う事務所のアイドルであるめぐると何を話せばいいのか分からないのかもしれない。

 初対面である以上当たり前ではある。

 

「283プロの八宮めぐるだよ、よろしくね!」

 

 一方のめぐるは笑顔が絶えない、違う事務所のアイドルと話をする機会など滅多にないから楽しいのだろう。

 そんな二人は既に飲み物を注文した後のようでグラスが置かれている。

 静香の飲み物だけ少々減りが早いのは緊張しているのだろうか。

 店内には客はそこまでおらず、確かに落ち着いて会話はできるだろう。

 しかし、このカフェはこの集客で経営は大丈夫なのだろうか、それとも店が開いているのが不規則だからこの程度なのだろうか。

 不規則である理由は分からないがそういう店もあるのかもしれない。

 

「あの、八宮さん……」

「めぐるでいいよ、わたしも静香って呼ぶから」

 

 これもなにかのめぐり合わせで既に友達だ、とでも言うかのようにめぐるはどこか柔らかな笑顔を浮かべている。

 初対面でこの対応は話しやすくありがたいもののはずだ。

 たださすがに距離感が近すぎたのか静香は戸惑っている様子。

 

「ええと……その、めぐるさんは最近デビューした新人のアイドルなんですか?」

「そうだよ、たしか静香もだよね?」

「はい、だから私たちはライバルということですね」

 

 ニコリともせず静香は淡々と話を進めている。

 結果を出すために争わなければいけない相手なのだと事実確認をしているだけだといった様子だ。

 

「うん、お互いにがんばろうね!」

 

 一方のめぐるは違う事務所のアイドルとプライベートで会えただけでなくこうして話ができていることが楽しくて仕方がないようだ。

 静香に声をかけてからずっと明るい笑顔が絶えない。

 しかし、その反応が理解できないのか静香の表情は怪訝なものへと変化していく。

 

「ライバルですよ、分かっているんですか? 結果を出して上を目指すために争うことになるんです、最終的に椅子は一つしかないんですから」

「そうかもしれないけど、どんな結果になっても全力でがんばろうねって話をするのは悪いことでもなんでもないよ?」

「たしかに……そうですけど……」

 

 めぐるのような考え方は静香の中にはなかったのか、やや驚いた顔を見せ言葉に詰まっている。

 同じ事務所ならばまだそう考えることはできたかもしれないが、めぐるは違う事務所だ。

 仲間という要素が一切ない以上は静香の考え方の方が恐らく一般的だろう、表面上は無難な対応をするとしてもだ。

 しかし、めぐるのような考え方の人がいるのもまた当然ではある。

 

「せっかくアイドルになれて、色んな人たちに出会えるんだから、わたしは楽しみながらもちろん真剣に全力でがんばりたいんだ」

「…………」

「静香は違うの?」

「私はアイドルになるのが夢なんです、今のような駆け出しではなく……みんなから認められる立派なアイドルに。でも、時間は待ってくれません。楽しんで、真剣に、一つずつ、なんて言ってはいられないんです」

 

 静香は少し余裕がなさそうな表情で語る。

 冗談でもなんでもなく、ただただこれだけが自分にとっての現実であると言うかのように。

 しかし、めぐるは不思議そうな顔をして聞いている。

 理解できていない、というよりは彼女にとって感じたことはただ一つというだけなのだろう。

 

「急いで結果を出さなきゃっていうのは分かったけど、それって楽しむことはできないのかな?」

「え!?」

 

 本当に静香は驚いている。

 気づいていなかったのか、あるいはその考えに及ばないほど余裕がなかったのか。

 

「だって、走ることが大好きならジョギングでも全力疾走でもきっと楽しいでしょ?」

 

 めぐるの主張はただただ単純、時間がないとしても、その短い中で全力で走り続けても、本当に好きならば楽しむことはできるはず。

 大切な夢であるからこそ、例え苦しい状況だとしても楽しむことを見出せないのは勿体無いという考えだろうか。

 

「その発想は……私にはありませんでした」

「大切な夢なら、なおさら楽しむ気持ちは大事にしないと勿体無いと思うんだよね。あっ、わたしはそう思うっていうだけだよ?」

「分かっています、めぐるさんの言うように楽しむ気持ちを大事にした方がいいということも……」

 

 静香はめぐるの主張に理解を示した後、何かを思案するように視線が下を向いた。

 めぐるもそのことに気づき声をかける。

 

「静香、どうかした?」

「いえ……その、プロデューサーに言われたことが今になって少し……理解できた気がしただけです」

「言われたって、楽しむこと?」

「はい、少しは楽しむ余裕を持てと言われたんですけど、そういうことだったのかな……と」

 

 真面目に思案している静香を見て、めぐるは特に考える様子もなく明るく笑いかけた。

 彼女にとってそこまで考えるまでもない結論だったのだろうか。

 

「きっとそうだよ! 実は静香の後ろ姿を見て、灯織が悩んでるみたいに見えたから笑ってほしくてガバッといったんだ!」

 

 第三者であるめぐるから見ても今の静香は余裕がなく苦しそうに見えた。

 だからこそ笑ってほしいと感じ行動しためぐると、言葉で伝えようとしたプロデューサーの意図は近いものがある。

 

「そ、そうだったんですね……。……その、めぐるさんがよく口にする灯織さんという人はもしかして、ユニットの?」

「うん、ユニットには灯織の他に真乃もいるんだけどね、二人はわたしの大切な仲間なんだ!」

「…………」

 

 一寸の迷いもなく笑顔で言い切るめぐるの表情に静香は目を奪われている。

 この反応から察するに静香はまだユニットでの活動を始めてはいないのだろう。

 

「静香はユニット活動は?」

「まだです」

「そうなんだね、きっとユニット活動が始まったら素敵な仲間に会えるよ!」

「まあ、たしかに事務所に悪い人はいないとは思っていますが……」

 

 そう話す静香の表情からは嫌悪であったり拒絶の感情は一切ない。

 まだまだ心を開くには至っていないものの、言葉通り悪い人はいないという信頼はあるのだろう。

 

「今はそうかもしれないけど、ユニットが始まって気がついたら大切だって思うようになってるんじゃないかな」

「なるほど……経験者は語る、ということですね」

「えへへ、経験者といってもユニットでデビューしたからわたしはまだソロの経験がないんだけどね」

「順番が私とは逆なんですね、こういったところで事務所の方針の違いが見えるのは興味深いです」

 

 静香は本当に興味を持ったのかじっくりと考察をしている様子。

 恐らくは、765プロが先輩となるアイドルたちがいるのに対し283プロは新興の事務所だからという理由も大きいはずだ。

 プロデュースのいろはから以前の仕事からの繋がり等、アドバンテージは多くある。

 

「せっかくだし、色々な話をしようよ! 次に会えるのはいつになるか分からないんだし!」

「……話せる範囲でなら」

「あ、そっか……少し気をつけながら話をしないとね」

「その通りです。ただ、私にとっても貴重な機会ですし話をすること自体は歓迎しますよ」

 

 そう言って静香は穏やかに笑った、するとめぐるも弾けるような笑顔で返す。

 本来交わるはずのなかった二人のアイドルだが、人違いという接点から繋がりが生まれた。

 ここからの会話も実のあるものかは分からないが、明日からは学業と仕事で簡単には会えなくなる。

 それを惜しむように、二人は楽しそうに限りある時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

「あっという間だったね」

 

 カフェでの雑談が終わり店の外に出るとめぐるは寂しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた。

 彼女にとっては、会話の中身の質というのは勘定には入っていないのだろう。

 

「そうですね、あまり実のある話はできませんでしたけど……その、楽しかったです」

 

 静香は照れくさそうに笑っている、得るものが少なかったとしてもそこは問題にならなかったようだ。

 彼女にとっても、この時間は得難いものだったのだろう。

 

「次に会えるとしたら、お仕事でバッタリとかかな?」

「何を言っているんですか、W.I.N.Gの本戦で会えるでしょう?」

 

 めぐるの言葉に対し、静香は新人アイドルの登竜門とも呼ばれているW.I.N.Gの予選を越えた先で再会できると返した。

 絶対にそうなると思っているのか彼女の表情はどこか得意気である。

 あるいは、静香は最初から優勝するつもりで準備を進めていたのかもしれない。結果としてプロューサーに心配をされてしまったが。

 

「そっか、そうだね……! できれば決勝で会えたらいいな!」

「仮にそうなったとしても負けるつもりはありませんから」

「わたしだって、どんな結果になっても胸を張れるくらい全力で挑むよ」

 

 静香もめぐるもいい表情で向かい合っている。

 少々悩んでいた様子であった静香も今は実に晴れやかな顔をしている。

 それを感じ取っていたからこそ、今の表情を見てめぐるも嬉しそうなのだろう。

 

「では、私は帰ります。またW.I.N.Gで会いましょう、めぐるさん」

「うん、約束だからね、静香!」

 

 大きく手を振るめぐるを笑顔で一瞥してから静香は帰路についた。

 その背中が見えなくなるまでめぐるはずっと見送っている。

 

「よーし、明日からまた頑張るぞ~! あっ、そうだ!」

 

 静香が見えなくなってから、めぐるは何かに気づきスマートフォンを取り出し誰かに電話をかけ始めた。

 相手はプロデューサーだろうか、それとも……。

 

「もしもし、灯織? あのね、ありがとう!」

 

 静香と知り合えたきっかけだからか、めぐるは灯織に感謝の気持ちを伝えたかったらしい。

 ただし、相手はなんのことなのか一切分からないのだが。

 

「えっとね、実は――」

 

 めぐるは今日の経緯を説明し始めた、彼女が帰路につくのはもう少し後になるようだ。

 

 

 

 

 事務室にノックの音が響く、部屋にはプロデューサーだけなので聞こえないということもないだろう。

 

「どうぞ」

 

 誰かが来るという話はなかったようで、プロデューサーは少し首を傾げたが待たせるわけにもいかないのですぐに声をかけた。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってきたのは静香だった。

 ただ何時間か前の彼女とは違い、焦りが消えたような穏やかさがある。

 

「…………」

「プロデューサー、どうかしましたか?」

「いや……それはこっちの台詞かな、この短時間でなにかあったのか?」

 

 静香は僅かに驚いた表情を見せた。

 顔つきで分かるということが本当だったと理解できたからか、それとも顔を見て分かるほどに見てくれているということに対しての驚きなのか。

 どちらにせよ、彼女の表情は気がつけば落ち着いたものへと戻っていた。

 

「別の事務所のアイドルの人に出会いました、そして話をして……私がどれだけ余裕がなかったのかを少し自覚できました」

「そうか、なら今後はもうちょっと余裕を持ってもらえるのかな」

「……私に時間がないことに変わりはありません。でも……そうですね、かけがえのない夢を追いかけていられるこの時間を……大切にしたい、とは思っています」

 

 静香の言葉を聞き、プロデューサーは嬉しそうに頷く。

 彼女に得てほしいと感じていたものを、まだ少しかもしれないが手に入れてくれたからだ。

 

「安心したよ、これですぐにでも次のステップに進めるな」

「次のステップ?」

「ああ、ユニット活動だ。765プロの新人39人が最初に目指すW.I.N.Gはユニット単位での参加になるからな」

「ユニット……」

「ええと、もし嫌ならソロユニットで予選に登録することはできるけど」

 

 プロデューサーは念の為に静香に確認をしておきたいようだ、嫌がっているのにユニットを組ませたら対立して決裂という展開を避けたいのだろう。

 彼女の反応が鈍く肯定か拒否か判断しにくいからということもあるかもしれない。

 

「いえ、やりたいです、ユニット活動」

「それなら良かった」

 

 拒否されなかったことでプロデューサーは安堵の息を漏らす。

 39人でユニットを組むということは余りを出さないパズルを組むことに等しい、仮に静香に拒否をされてしまうと計算が狂ってしまう。

 そういった意味での安堵なのだろう。

 

「ただし、私はW.I.N.Gの優勝を目指しています。それだけは理解しておいてください」

「何を言ってるんだ、優勝は1組だけどこっちは全員優勝を狙って考えてるぞ」

 

 手を抜いてなどいないと言いたげにプロデューサーは腕を組み胸を張った。

 ユニットの組み合わせを考えることにかなりの時間を使ったということが窺える反応だ。

 最初にソロでの活動が多くユニットを組ませて動かさなかったのは考える時間が必要だったからなのかもしれない。

 

「分かりました、今はその言葉を信じます」

「素直だな」

「別にプロデューサーを信頼している訳じゃありません、どんなユニットメンバーになるのか気になっているだけです」

 

 やや照れくさそうに静香は視線を外した。

 実際はある程度自分を見てくれていると分かった相手を信じてはいるはずだ。

 

「メンバーは明日伝える、静香も明日事務所に顔を出してくれ」

「早いですね」

「実はもう社長には伝えていて、みんなの準備ができたら順次始めていくつもりでいたんだ」

「……待たせてしまっていたことは悪いことだと思います。でも、そういうことならもっと早くユニット活動をしていくのだと伝えておくべきじゃありませんか?」

 

 静香の表情から穏やかさが消えていく、いつもの調子になってしまったことでプロデューサーは失敗した……と顔で語っている。

 しかし、顔に出たことが功を奏し冷静さを欠いていると気づいた彼女は深く息を吐き落ち着きを取り戻した。

 

「……はぁ……とにかく、明日に備えて私は帰りますね」

「そうだな、そうしてくれ。これからはユニットも始まることで更に忙しくなるんだからな」

「……それと、これ……その……差し入れです。今日ずっと机仕事だったみたいですから」

 

 どこか気恥ずかしそうにしながら、静香は鞄から缶コーヒーを取り出しプロデューサーの机に置くと反応を待たずドアまで一直線に移動をしていった。

 珍しいことなのか、プロデューサーはぽかんとしたまま彼女の背中を眺めている。

 ただ、このまま黙っているわけにもいかないのでプロデューサーはすぐに口を開いた。

 

「ありがとう、静香。疲れてきていたから嬉しいよ、また明日な」

「はい、また明日」

 

 静香は小さく頷き部屋から出て行く、その時ちらりと見えた横顔はどこか嬉しそうに見えた。

 彼女を見送ると、プロデューサーは早速缶コーヒーの蓋を開けた。



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趣味は占い

占いが趣味である風野灯織はとある占い雑誌を購入するために書店へと出かける。
そこで偶然にも同じ雑誌を購入するために鉢合わせたのは同じく占いが趣味の藤居朋だった。

この作品はpixivとのマルチ投稿です。


 休日の午前、少しずつ暖かくなってきている町の中で人目を引く少女が歩いている。

 ハーフアップにまとめている長い黒髪はその歩みに応じて柔らかく揺れ、何か目的を見据えているような凛とした表情は整った顔立ちも相まって美しい。

 迷いなくまっすぐ歩いているのは、どこに向かうのかはっきりと決まっているからだろうか。

 しかし、そんな彼女の足を電話の呼び出し音が止める。

 スマートフォンを取り出し、相手を確認すると彼女の目つきがやや柔らかくなった。

 気を許している相手なのだろう、会話のやり取りをしている表情も穏やかだ。

 

「――そういうわけでこっちは真乃も一緒で事務所に着いたよ、灯織!」

 

 電話の向こうから聞こえてくる元気な声に少女――灯織の口元も微かに綻んでいる。

 表情が変化したからか口元にある艶ぼくろに目が行く。

 文字通りどこか艶やかで実年齢より大人びて見えるだろうか。

 

「分かった、私は寄るところがあるから少し遅れると思う」

 

「そっかー、じゃあわたしたちははづきさんに鍵を借りて準備しておくね」

 

「ありがとう、めぐる。それじゃあまた後で」

 

「うん、また後でねー!」

 

 電話を切ると灯織は目を閉じ口角を上げて静かに笑った。

 相手の元気さはいつものことなのかもしれないが、それは彼女にとって好ましいものなのだろう。

 そして、その静かな佇まいはどこか人目を引き付ける。

 通行人も彼女をちらりと見てしまうのだが、灯織はそれを気にする様子もなく目的の場所を目指し歩き出した。

 

 

 

 灯織がやってきたのは大きめの書店だった、この規模なら専門的な本も置かれているだろうか。

 そして彼女は他の書籍には目もくれず進んでいき足を止めたのは占い本のコーナーだった。

 どうやら灯織は占いの類を好むようだ。

 

「……あった」

 

 平積みされている複数の新作本の中から目的の雑誌を見つけたようで彼女は手を伸ばした。

 すると、全く同時に出した誰かの手と触れてしまう。

 

「――っ!?」

 

 驚いたのか、灯織は瞬時に手を引っ込め一歩後ずさりしてからゆっくりと視線を上げた。

 どうやら相手も驚いて一歩引いていたようで灯織同様に相手を窺っている。

 

「えっと……先にどうぞ、まだあるみたいだし」

 

 最初に口を開いたのは相手の少女だった、雑誌の残り数を確認し先に譲る辺り冷静な対処である。

 ただ、動揺はしているのか言葉を発するたびに少し体が動いている、そしてそのたびにポニーテールにしてまとめられている黒い髪がふわりと揺れる。

 灯織と比較してやや大きめで丸みのある目も泳ぎがちだろうか。

 そんな相手を灯織はじっと見つめている、実はかつて出会ったことがある相手なのかあるいは単純に整った顔立ちに目が行っているだけなのか。

 

「あの……もしかして……藤居朋さん……ですか?」

 

「えっ? あたしのこと知ってるの?」

 

 朋は意外そうな表情を見せたあと、少々してから何かに気づいたのか周囲に人がいないかを確認した。

 二人だけだったので安心したようだが、一体何が気がかりだったのだろうか。

 

「大丈夫です、私も……その……藤居さんと同じなので迷惑をおかけするようなことはしません」

 

 そう言ってから静かにする意思表示なのか右手の人差し指を立ててそっと唇の元へ運んだ。

 口角はどうも少し上がっているように見える、嬉しいと感じているようだが……。

 

「同じ……?」

 

 朋は首を傾げて不思議そうにしている。

 ピンと来ていない様子を見て灯織は少し困っている様子だ。

 そして、念のためか周囲を再度確認し人がいないことを確認してから口を開いた。

 

「ええと、同じお仕事……と言えば分かってもらえますか?」

 

「……ああっ!」

 

 灯織の言葉に少々考えた朋であったが手をポンと叩いて何度か頷く。

 どうやら灯織の伝えたいことを理解したようで、右手の親指と人差し指で丸を作っている。

 

「うん、そういうことなら買い物もすぐに済ませないと。……じゃあ、改めてお先にどうぞ」

 

 そう言って朋は順番を譲った。

 灯織は少し驚いた表情になってから笑顔を浮かべる。

 朋に先を譲るつもりだったのだろう。

 

「そうですね、ならお先に……。ありがとうございます」

 

 軽くお辞儀をしてから灯織は目的であった占い雑誌を手に取り、会計を済ませた後店の出入り口から少しだけ離れた場所で足を止めた。

 どうやら朋を待つようだ。

 

「……あれ? どうしたの?」

 

 本屋から出てきた朋は灯織の姿を見て目が合うと笑顔を浮かべて近寄った。

 同じ占い雑誌を手に取った相手ということで気を許しつつあるのだろうか。

 

「いえ、改めてお礼をと……」

 

「いいってそんなの、あと一冊ってわけじゃなかったんだし」

 

 少々困ったような笑顔の朋、ここまで灯織が真面目だとは予想していなかったのだろう。

 

「それよりさ、よくあたしのこと知ってたね。まだまだ全然駆け出しなのに」

 

 朋はここまでと言うように話を切った、真面目な相手であるがゆえにこのままだと平行線を辿る可能性が高いと考えたのだろう。

 単純に、灯織が自分のことを知っていることが彼女自身気になっていたという可能性もある。

 

「色々な人たちを知りたくて名鑑を見ていたら……藤居さんがプロフィールの趣味に占いって書いていたのが印象的で」

 

 そう言って灯織は買ったばかりの占い雑誌を見せた。

 

「あーなるほど、ということは……あなたも?」

 

 朋も占い雑誌を取り出し嬉しそうに笑った。

 

「はい、ええと……風野灯織といいます」

 

 灯織は周囲をちらりと一瞥し、あまり人がいないことを確認してから名乗り一礼した。

 決して浅くない礼に彼女の性格が表れている。

 

「風野さんね、分かったわ」

 

「あの、私の方が年下なので……あまり気を使わなくて結構です」

 

 朋の自分への呼び方を聞いて、灯織は少々情報を付け足した。

 身長は灯織の方が低いものの彼女の持つ落ち着いた雰囲気はとても年下には見えなくても仕方がないだろう。

 

「ん、じゃあ風野ちゃんね。……え? 年下?」

 

 よほど驚いたのか朋はじっくりと灯織を観察する。

 しかし、あまり実感できなかったのか首を傾げた。

 

「み、見えませんか?」

 

 予想外の反応だったのか灯織はやや動揺している様子。

 朋とは少々年齢が離れているという反応だろうか。

 

「うん、同じくらいかと思った」

 

「そ、そうですか……」

 

 大人びて見えると解釈すれば嬉しいことなのだろうが、灯織は素直に喜べないというような表情を浮かべている。

 そう見えるほどしっかりはしていないという自己評価なのかもしれない。

 

「そっか、年下かあ……。びっくりはしたけど、しっかりしてるよね。名鑑を見て勉強しようって発想はあたしにはなかったわ」

 

「ただ不安なだけです、競うことになる相手を知っておきたいというか……」

 

 日々の練習だけでははっきりとした自信に繋がらないということなのだろう。

 目に見える結果が出ないと不安になるのは仕方のない話だ、もし自己評価が低いのであればなおのこと。

 

「運勢を調べるのもそういうこと?」

 

「そうですね、どういったことに気を付ければいいのか参考になりますし。これは日常の生活にも言えることですけど」

 

「あー分かる分かる、この雑誌とか特に詳しく書かれてるから色々参考にしちゃうよね」

 

 そう言って朋は先ほど購入した占い雑誌を抱えながら明るく笑った。

 当たりやすい占い雑誌という評判なのだろうが、全ての運勢に対しての助言がある程度詳しく書かれているのなら人気があるのもうなずける。

 

「はい、特に運勢が悪いときは熟読してしまいますね」

 

 灯織は困ったように笑っている、運勢が悪いとはいえ気にしすぎであるとは思っているのだろう。

 

「でもね、最近分かったんだけど……ユニット活動してると占いがあまり当たらなくなるんだ」

 

「……そ、そうなんですか?」

 

 朋と同じくユニット活動をしているのか、灯織は結構な動揺が表情に出ている。

 かなり想定外の発言だったようだが。

 

「例えば、今日は物事に集中できないって運勢だったとして……周りを見ると運がいいとか悪いとか関係なくみんな真剣だから、負けてられないって思えるでしょ?」

 

「結果的に集中できる……なるほど」

 

 言われてみると確かに、という灯織の反応である。

 恐らく、彼女は絶対的でないと理解していても占いの結果を気にしすぎてしまうのだろう。

 

「他にはあたしの運勢が最悪だって知ったら、自分は運勢がいいから一緒にいようって言ってくれたり、ラッキーアイテム持ってきてくれたりね」

 

「……要するに、ユニットだから個人ではなくメンバー総合の運勢になる……ということでしょうか?」

 

 お互いに助け合うことで一人の運勢が悪かろうと良い方向に持って行ける。

 灯織はそう解釈したようだ。

 

「まあそんな感じね、風野ちゃんもユニット活動をしてるならいずれ実感する時が来るんじゃないかな」

 

「……覚えておきます」

 

 同じく占いを趣味に持つ人物の言葉だからか、灯織は頭の片隅に置いておくことにしたようだ。

 単純に、ユニットの場合の運勢は全員の合算という考え方は理解できるというだけかもしれない。

 

「うん、がんばって。それじゃ、あたしはそろそろ行くね。午後からレッスンなんだ」

 

「あっ、すみません……色々とお時間を貰ってしまって」

 

「そんな気にしなくていいよ、時間に余裕はあるから」

 

 少々の立ち話になってしまったが、朋は笑いながらそんなことを口にした。

 そして、雑誌を再度仕舞ってから朋は灯織に軽く会釈をしてからその場を離れようとする。

 

「あの……色々とありがとうございました」

 

 灯織の言葉に反応し振り返ると、彼女は軽く礼をしていた。

 真面目な灯織を見て朋は優しく笑いかける。

 

「こっちこそありがとう、風野ちゃんと話せて楽しかったよ。また会おうね」

 

 同じアイドルなのだからどこかでまた再会する。

 その時はライバルとしてかもしれないが、それもまた楽しみということだろう。

 

「はい! ……次はアイドルとして……」

 

 朋の言葉を受け、灯織は唇をぎゅっと締めてから小さく呟いた。

 再会の約束を果たすためにもっと鍛錬を積まなければ、そんなことを考えているのかもしれない。

 

 

 

 

「真乃、めぐる……ごめんなさい、待たせた……よね?」

 

 レッスンルームに入った途端、灯織は先に入っていた二人へと頭を下げた。

 朋と話していた分、少し遅れてしまったのだろう。

 

「そんなことないよ! でも、電車とか遅れたのかなって心配はしたかな、灯織の今日の運勢良くなかったみたいだし」

 

 謝る灯織に対して真っ先に口を開いたのは明るい雰囲気の少女だ。

 表情がよく変わるので顔に意識を持っていかれると、鮮やかな青の瞳に目を奪われることだろう。

 

「もしかして朝の占いコーナー? めぐるも見てたんだ」

 

 同じ番組を見ていたことが嬉しいのか、灯織の表情は微かにだが嬉しそうだ。

 

「そうそう、見てたのは偶然だったんだけどせっかくだから二人の運勢も見ておこーって、そしたら灯織の運勢だけ良くなかったから」

 

「心配してくれたんだね」

 

「そういうこと、でも大丈夫そうだから良かったよ!」

 

 めぐるは表情もころころ変わるが言葉に対して体もよく動いている。

 そして、彼女が動くたびに揺れ動く二つに縛った金の髪も印象に残る。

 実に記憶に残りやすい活動的で魅力的な少女だ。

 

「あの……私も見たよ、その占いコーナー。だから、私も心配でめぐるちゃんと話してたんだ」

 

 もう一人の少女も同じ番組を見ていたようだ。

 大人しく控え目な様子ではあるが、透明感のある薄い茶の髪や白い肌も相まってどこか儚げに見える少女だ。

 

「真乃も見てたんだ、……三人で同じ番組を偶然見てたなんて面白いね」

 

 本当に嬉しいのか、灯織の表情はいつの間にか笑顔になっている。

 普段の落ち着いた雰囲気を考えると彼女のこういった表情は珍しい……のだろうか。

 

「そうだね、灯織ちゃんが見てるのを知ってたからっていうこともあるんだけど」

 

「だから運勢を見てちょっと心配だったりもしたんだ、でも安心して灯織!」

 

 めぐるはなぜか自信満々の様子、なにか根拠があるようだが。

 一方の灯織はめぐるの言葉に疑問を感じているのか、不思議そうな表情をしている。

 

「えっ、安心って……?」

 

「実はね、わたし今日の運勢最高みたいなんだ! だから一緒にいればプラスとマイナスでゼロ、灯織にきっと悪いことなんて起きないよ!」

 

 めぐるは屈託のない笑顔でそう言った、実にまっすぐな人物だ。

 

「…………」

 

 灯織は虚を突かれたのかやや驚いた表情のまま固まっている。

 それを見て、真乃は柔らかい笑顔を浮かべた。

 

「あのね灯織ちゃん、占いコーナーで言ってたからラッキーアイテムのサンドイッチを作って来てるんだけど……一緒にどうかな?」

 

「ラッキーアイテム?」

 

 その言葉を聞いて灯織は難しい顔をして考え始めた。

 先ほど会った朋が言っていたことそのものが起きている状況なのだから、多少は混乱しても仕方がない。

 

「うん、めぐるちゃんと一緒で運勢がプラスマイナスゼロなら、ラッキーアイテムがあればきっとプラスになるよね」

 

 真乃はそう言って優しく笑いかける、占いを見てから簡素ではあるかもしれないが急いで作ったのだろう。

 そして恐らく、めぐると真乃が話していた内容は最初は心配で始まったものの、最終的にユニットトータルでの運勢の話になっていたに違いない。

 

「……そう……考えることもできる……かもね」

 

 灯織は動揺している様子ではある。

 そんな彼女を見て、真乃もめぐるもやや不安そうな表情をしている。

 灯織が二人の考えを受け入れてくれたかがまだ分からないのだろう。

 

「えっと……わたしたち余計な事しちゃってないかな?」

 

「…………」

 

 めぐるの言葉に灯織が二人の表情を確認すると、誤解させてしまっていることに気づいたのか少し焦ったような顔を見せた。

 やってしまった……という心境だろうか。

 灯織は一息ついて心を落ち着けてから口を開いた。

 

「ううん、そんなことない。どっちも私にはない発想だと思う」

 

「灯織ちゃん……」

 

「は~びっくりした、灯織のためにって話だったのに逆のことしちゃったのかと思ったよ~」

 

 二人とも安堵した表情だ、思っていた以上に灯織の表情が暗く見えたので不安も大きかったのだろう。

 でも、もう大丈夫のはずである。

 

「ごめん、でも……ありがとう、真乃、めぐる」

 

 灯織の言葉を聞き、三人はお互いの顔を見合わせてから笑い合い準備運動を始めるのだった。



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