輝く笑顔をもう一度 (TAYATO)
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番外編
クリスマス番外編


メリークリスマ滑り込みィ!!!!!

少し未来の、あるかもしれないお話です。


 ――クリスマス。

 かのイエス・キリストの誕生日であるその日は、しかしその本来の意味で世間が騒ぐことはごく稀である。

 その前夜、クリスマス・イヴはその傾向が特に顕著であった。

 

 町中見渡す限りのカップル達。腕組み、恋人繋ぎ、なんでもござれだ。

 皆、仲睦まじく歩いている。その顔は幸せに満ち溢れていて、嫉妬の気持ちなんて湧くわけがなかった。

 

「……寒いな」

 

 スマホによると、現在の気温は2℃。

 氷点下に達していないとはいえ、それでも十分に寒い。

 息を吐く度に、目の前に白い靄が浮かんで消える。

 

「……戸山さんまだかな……」

 

 既に空の色は黒く染まり、しかし辺りに広がるイルミネーションがこの夜の暗さをかき消している。

 輝かしい人並みの中に、ぽつんと1人佇んでいる自分を認識する度自分の心は――我ながら女々しいとは思うのだが――孤独感でいっぱいになってしまう。

 それを誤魔化すかのように腕時計の針に目を向ける。既に集合時刻を少しすぎているのだが、まだ許容範囲内ではあった。

 女の子の用意は、時間がかかると相場が決まっているから。

 ……だけど、それでも『彼女に早く会いたい』という欲がないなんて、到底言えるはずもなく。

 

「――ち、千葉くん」

 

 時計から目を離し、空を見上げているとふと声をかけられた。

 恥ずかしげに呟かれたその言葉は、しっかりと自分の耳に入っていて。

 

 その声は、いまかいまかと大人気なく自分が待ちわびていた――

 

 

「……ま、待った?」

「ううん、今来たところだよ。戸山さん」

 

 

 ――聖なる夜。

 憧れの少女と共に過ごしたこの日を、俺は一生忘れることは無いだろう。

 

 

/\/\/\/\/\/\

 

 人が賑わうショッピングモールを2人で歩く。

 今日はクリスマス会。

 明日は遅くまでライブがあるため、「じゃあ今日やろう」と有咲が決断したのはほんの数時間前のことだ。

 食糧の買い出し役として戸山さんに白羽の矢が立ち、そしてその手伝い(雑用係)に男の俺が抜擢されたのだった。

 

「飾り付けは有咲ちゃん達がやってくれるから、私達は食料だけ調達すればいいん、だよね」

「うん。えっと、何を買うんだったか……」

 

 有咲から貰ったメモ用紙を読む。

 なになに、チキンにケーキ、あんみつ、チョコ、ハンバーグ、ペペロンチーノ……

 

(統一性が無さすぎる)

 

 よく見ると、チキンとケーキとあんみつ以外はそれぞれ字体が異なっていた。

 多分、メンバー各人が各々の好きな物を書き連ねて行ったのだろう。

 『食料品のお金は俺が出す』なんて、そう言ってみた途端にこれだ。別にいいけど。

 

「……戸山さんは、何か食べたいものとかある?」

「……え、私? え、えっと……うーん……フライド、ポテトとか」

「了解」

 

 持ってきていたペンで、メモ用紙に『フライドポテト』と書き足す。

 はてさて、これらをどうやって揃えるか……揃うのか?

 

――――――

――――

――

 

 …………揃った。揃ってしまった。

 流石、この辺りで一番大きなショッピングモールだけあって、取り扱ってる商品の幅が広い。

 あっちへこっちへ探し回ることも無く、買い物は無事終了。

 

 想像以上に事がスムーズに進んだので、どうせだからと、現在は2人でショッピングモールをぶらついていた。

 

 しばらく歩いていると、アクセサリーショップ……だろうか? 最近オープンしたらしきそのお店が、自分たちの視界に入ってきた。

 

 女の子はこういうのが好きなのかなと、ちらりと横を見ると、戸山さんはキラキラした目でそのお店を眺めている。

 なんだろう。何か惹かれるものがあったのか。

 

「戸山さん。ここ入る?」

「……う、うん」

 

 店内は程よい賑やかさだった。

 綺麗なものから面白いものまで、幅広く商品がディスプレイしてあり、見ていて飽きることはなさそうだ。

 戸山さんも、顎に手をついてじっとアクセサリー達を見つめている。

 

(俺も何か見てようかな……)

 

 見ていて飽きはしないとはいえ、俺自身にアクセ集めなんて趣味はない。

 故に、そこまで商品達を熱心に見ることはできなかった。

 

 戸山さんが満足するまで適当に時間を潰そうとでも思っていたが、その矢先にふと、あるひとつのアクセサリーが目についた。

 

(……これは……)

 

 ――見つけたそれから、俺は目が離せなかった。

 

 今日は、クリスマス・イヴだ。

 世間ではクリスマスプレゼントを送り合う所もあるだろうこの日。

 日頃の感謝を込めて、戸山さんに何かプレゼントをしたいと考えていたのだが……しかし、特にこれといったものが見つからず、少し困っていたところだった。

 ……アクセサリーは少し、重い気がしなくもない。

 受け取り手が負担に感じるようなものは贈りづらいから、それは辞めておこうかとも少し思っていたのだが……

 

 チラリと後ろの方を見る。

 どうやら戸山さんはまだ、他のアクセサリを見ているようだ。

 悩みを吹っ切り、それを買うことを決意した俺は商品を持ってレジの方へと歩を進めた。

 ……明日のライブ終わりにでも、プレゼントしようかな。

 

――――――

――――

――

 

「ごめん千葉くん。待たせちゃったかな……?」

 

 先に会計を済ませ、店の外で待っていた俺の元に戸山さんが小走りで近づいてきた。

 

「大丈夫。それより、欲しいものは買えた?」

「うん!」

 

 そう言って、持っていた紙袋を見せてくれた。

 

「よし、じゃあ蔵に戻ろうか。有咲達も待ってるだろうし」

 

 そうして帰ろうとすると、咄嗟に伸ばされた戸山さんの手に袖を掴まれる。

 

「……戸山さん?」

「えっと……ちょっと、待って」

 

 戸山さんが、先程見せてくれた紙袋をガサゴソと漁る。

 ――取り出したのは、皮でできたブレスレットだった。

 

「……は、はいっ」

「……これ、は」

「……いつも、私達のことを手伝ってくれてありがとう……といいますか、なんといいますか……日頃の感謝を込めて……あの……受け取って欲しい、な」

 

 ――――予想していなかった攻撃に、思わず変な声が出そうになる。

 

 ……手で、口を覆った。

 ……ダメだ。口元が勝手にニヤけてしまう。

 嬉しさと恥ずかしさのあまり、彼女の顔を直視できない。

 

「千葉くん……?」

「だいじょうぶ。きにしないで」

「そ、そう……?」

 

 なんとか呼吸を整える。

 ダメだ、きっとダメだ、こんなことをしていちゃダメだ。

 ……彼女に先を越されてはしまったが、俺にもまだ、渡すものが残っている。

 

「戸山さん」

「?」

「あの……これを戸山さんに」

 

 鞄から紙袋を取り出して、彼女に渡す。

 受け取った戸山さんは驚いた表情と共に、一度俺の方に視線を向けた。開けていいかというサインだろう。

 それに小さく頷くと、彼女が紙袋を開封する。

 

「――わっ……お星様」

 

 出てきたのは、星を象ったネックレスだった。

 

 ――彼女の始まり(オリジン)

 星の鼓動を聴いた、星のカリスマである彼女に贈るならこれしかないと、見つけた瞬間に思ってしまった。

 

「戸山さんに似合うかなって、買って、みたんだけど…………ごめん! やっぱりこんなの」

「……こんなの、なんて言わないで」

 

 少し出過ぎた真似かと、つい口走った一言を戸山さんが否定する。その語調は強くはない。 

 

 けれど確かに、彼女の言葉には力強さがあった。

 

 戸山さんは優しく微笑んでいる。

 今ではよく見せてくれるようになった、星のような笑みを浮かべて、彼女は紙袋を抱きしめていた。

 

「ありがとう――凄く嬉しい」

 

 ……嗚呼、その一言だけで救われる。

 遠く、届かない場所にいる彼女のその笑みに、少しでも報いることが出来たと言うなら、これ以上の喜びはない。

 

 

 ――始まりは憧れだった。

 そして今も、その憧れは消えることは無い。

 一度行き場を失ったその感情は、再び彼女を目にしてより一層強くなった自覚がある。

 

 何度だって言おう。何度だって、声を大にして叫ぼう。

 

 ――――俺は、彼女のファンだ。

 彼女の事を尊敬し、彼女に憧憬の念を抱く1人のしがないファン。

 

 彼女の笑顔のためなら。彼女の輝きのためならなんだってやれる。

 

「千葉くん」

「帰ろう。(ポピパ)が待ってる」

 

 ……とある少年少女の、聖夜の出来事。

 世界には何百何千、いや、何万もの少年少女がいて、その中で見たらそれは、ごくありふれたものなのかもしれない。

 でも、当人達にとってはその一つ一つが輝いていて。

 

「うん。帰ろう」

 

 目が眩むようなその輝きに、いつまでも目を灼かれていたいとさえ思ってしまう。

 

 でもこの輝きは、刹那の物だからこそ美しいのだ。

 

 俺達は蔵の方へと足を進める。

 腕を組むことは無い。恋人繋ぎもしなかった。

 彼女の輝きに触れるなんて、そんなことは俺にはできない。目にするだけで満足なんだ。

 

 いつもの道なのに、その道はどこか違う景色を見せていた。

 戸山さんと過ごしたこの日は、彼女のいつも以上の輝きを見れたこの日は、俺の中の宝物となるだろう。

 

 どこか満足気な感覚で前を向いた。

 明かりが見えてくる。見慣れたフォルムの建物が目に入ってきた。

 

「遅いわよー!」

 

 遠くで有咲が叫んだ。

 

「悪いー!」

 

 それに返答して、歩くスピードを早める。

 二人の時間は終わった。

 弾けるような楽しいパーティー。ポピパのクリスマス会はこれから始まる。

 

「戸山さん、先行ってるね」

「あ……うん」

 

 料理の準備はまだ済んでいない。

 もう、時間も遅いから少し急がなければならなかった。

 山吹も牛込も花園も中で待っているだろう。

 

 そう思いながら、俺は小走りで蔵の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#########

 

「……手、繋げなかったな」

 

#########

 

 

End




クリスマス番外編なのにクリスマス・イヴの話書いてすみませんでした○| ̄|_
あと解釈違いバリバリ起こってるかもしれません。すみませんでした_○/|_
あと突貫工事になって本当に、本当に申し訳ありませんでした_:(´ω`」 ∠):_


感想や意見、誤字報告等お待ちしております。


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戸山香澄誕生日記念

番外編です。
文字数少ないのは許して……許して……

少し先の、あるかもしれない未来のお話です。


 七月十四日。天体観測をしようと彼女が持ちかけてきたのは、バンドの練習が終わってすぐのことだった。

 

「……バンプの?」

 

「そっちじゃないよ有咲ちゃんっ」

 

「天体観測、っすか。」

 

「そもそも、かすみんって望遠鏡とか持ってるの」

 

 「そ、それは」と、戸山さんが口ごもる。つい先程までロックスターだったカッコイイ彼女は、練習の終わりとともに霧散したようだった。

 

「えっと、そんなしっかりした天体観測じゃなくて、ただみんなと星を眺められたらなー……なんて」

 

「ラジオは背中に結んでいくのか!?」

 

「牛込は引っ張りすぎ」

 

「知ってた!」

 

 それにしてもここまで積極的に誰かを自分のしたいことへ誘うなんて、彼女にしては珍しいことだった。それもギターを持っていない状態で。

 

「まぁ特にやることもないし……人混みもなさそうだし……私は行くわ」

 

「俺も行こうかな。他の皆は?」

 

「行きたいっす!」

 

「夜はニンジャのテリトリーなり」

 

「えっと……ちょっと、お父さんに聞いてみるね」

 

「らしいよ、かすみん」

 

 好感触。山吹は家の事情が事情だから仕方がないとはいえ、一緒に行こうという意思は持っているようだ。

 牛込も多分行くのだろう。多分な。日本語話してくれないかな。

 

「わぁ……みんな、ありがとう!」

 

「皆さんと夜空の下で……楽しみっす!」

 

「おにぎりはおやつに入りますか!」

 

「主食ね」

 

「知ってた!」

 

「あはは……もし行けたら、パンでも持っていくね」

 

 楽しそうに笑い合う彼女たちを見て、思わず笑みが溢れる。楽しそうな姿が一番だ。

 

 

「ねぇねぇ、千葉くん」

 

「戸山さん?」

 

「楽しみだねっ」

 

「………………そうだね」

 

 

 ――思わず顔を逸らしてしまったのは、いきなり話しかけられてびっくりしたからに違いない。

 

 

/\/\/\/\/\

 

 

「雨とか降らなくてよかったね、かすみん」

 

 日は既に沈み切っていて、辺りには夜の帳が下りていた。空に輝く月や星達が、闇を照らす。星を見るために来たこの丘に、家並みの明かりは何処にも見えない。

 

「うんっ。沙綾ちゃんも、来てくれてありがとう……!」

 

「どういたしましてっ! パンもちゃんと持ってきたから、みんな食べてね」

 

「以前は負けたが、やはり小麦など邪道。真の主食を教えてやらんとな。ふむふむ。このパンめっちゃビミー!!!」

 

「綺麗な夜空っすね……みなさんとこんなステキなものが見れて自分、感激っす……!」

 

 花園の言う通り、本当に綺麗な星空が広がっていた。虫の声を聴きながら眺める空は神秘的で。今立っている地がまるで、どこか知らない別世界のよう。

 

 星座なんて殆どわからないけど、星と星を指でなぞる。オリオン座がこれで、夏の大三角形が……

 

「確かあっちに……えっと、あれがデネブで、こっちがアルタイル。それでこっちがベガかしら」

 

「『君の知らない物語』だね」

 

「かすみんの誘い方もそれっぽかったよねー」

 

 ……冒頭の歌いだしのことだろう。

 去年のこと、まだポピパのメンバーが3人しかいなかった時。バンドスコアを探しに行った際に見つけた一曲だ。今では彼女達の、演奏のレパートリーの一つとなっている。

 

「そう言われれば……」

 

「ホントか師匠」

 

「どうなの、かすみん――」

 

 

「――――♪」

 

 

 騒がしい彼女たちと対照的に、目を閉じた戸山さんが、何かに惹かれるように歌を歌っていた。彼女の意識は、完全にそちらへ向いている。

 自分の声にまるで気づかないのを見た有咲が、仕方ないと言わんばかりに苦笑している。山吹も笑っていた。

 花園はキラキラした目で戸山さんを見ていて、牛込は感心したように頷いている。

 

「――――あっ、私」

 

「歌っちゃってたねぇ、かすみん」

 

 戸山さんが顔を赤らめる。恥ずかしそうなその表情は、それでも笑顔混じりの良い表情だった。ポピパに対する信頼が、見えた気がした。彼女はもう、人前で歌うことを苦に思わなくなっている。

 そんな彼女の変化が、本当に嬉しく思えた。

 

「よし、私たちも歌おっか」

 

「スタービート歌いたいっす!」

 

「チョココロネおいしい〜」

 

「チョココロネも歌っちゃう?」

 

 歌を笑わない少女達。むしろ一緒に歌おうと、共に音楽(キズナ)を奏でる友達が、仲間ができた。

 

「……誕生日に友達と、こんな景色を見れて……本当によかった」

 

「それはよかった。ちゃんとプレゼントもあるから、楽しみにしててね」

 

「うん、ありが…………えっ?」

 

 ……この反応はどちらだろう。プレゼントを貰えることに対しての驚きか、そもそも皆が誕生日を知っていたことへの驚きか。

 

「…………えっ、知ってたの!?」

 

「そりゃあね。みんなからプレゼント預かってるから後で渡すわよ」

 

「じゃあ今日天体観測に来てくれたのも……」

 

「誕生日だから……というのも多少はあるけど、誕生日じゃなくても行ってたんじゃないかな。頻繁には、無理だけどね」

 

 どうやら皆が、自分の誕生日を知っていると考えていなかったようだ。戸山さんが頬を赤らめながら慌てている。口はにやけていた。

 嬉しさと驚きが同時にやって来て、混乱しているのだろう。

 

「有咲さん、ここで『ハッピーバースデートゥーユー』歌わないっすか? ギター持ってきてますし!」

 

「ベースもあるで!」

 

「そうしよっか。私と沙綾はカスタネットだよね」

 

「三刀流だよ!」

 

「灯りは任せろ」

 

「えっ、えっ、えっ」

 

 演奏が始まった。予想外な事態の連続に戸山さんの頭から煙が出ている錯覚を覚えた。

 

『誕生日おめでとう!』

 

「あ、ありがとう……?」

 

「……やりすぎちゃった?」

 

「いや、いきなりこれだと誰でも困惑するだろ」

 

「ひっひっふーだ師匠」

 

「なんで出産してるんすか」

 

「いや、嬉しいん……だよ? ただびっくりしたというか、なんというか……」

 

 頬をかく動作が可愛い。いや、そうじゃない。

 

「友達に誕生日を祝ってもらったことなんてなかったから……」

 

 ……。

 

「これからは毎年祝ってあげるからね」

 

「えっ」

 

「大丈夫か師匠。おにぎり食べるか?」

 

「あの」

 

「かすみんセンパイ……」

 

「えっと」

 

「お姉ちゃんの胸に飛び込んできてもいいんだよ?」

 

「沙綾ちゃん!?」

 

 皆が途端に、戸山さんへと優しい目を向けた。山吹なんてキャラすら変わっていた。

 弟達がいるからだろうか。小動物じみた彼女に、母性本能ならぬ姉性本能でも働いたのだろうか。

 

「でも、本当にありがとう。こんなに楽しい誕生日は初めて」

 

「どういたしまして。これからは毎年、この日を最高の一日にしちゃうからね。覚悟しときなよ? かすみん」

 

「でも誕生日がこんなに幸せなら……他の日がなんだか寂しく思えちゃいそうで」

 

「何言ってんのさ! あくまで一番よ」

 

 俯きかけた戸山さんが、顔を上げる。

 

「いい? 私達はPoppin’Party、弾けるパーティーよ。そんなバンドの日常が、寂しいものなんかになると思う?」

 

「思わない、かな」

 

「そりゃそうよ。どうせならさ、あんたも私も、他のメンバーも。思いっきり楽しんでやろうよ。『命短し、楽しめ乙女』、ってね」

 

「有咲ちゃん……」

 

「そうっすよ!」

 

 戸山さんの目が、他の皆へも向けられる。

 

「せっかく集えたんすよ! BanG Dreamの名のもとに!」

「そうだぞ師匠。師匠からは『ナ・ニモ』以外の忍術も学ばせてもらわねばな」

「一緒にバンドライフを楽しもうよ! 香澄ちゃん!」

「みんな――うんっ」

 

 青春だなぁ、なんて呟いてみた。

 過ぎてしまえば、取り戻すのが困難なもの。だからこそ、今得られるこの一瞬で、弾けるように。

 サイテーな毎日なんて、もうどこにもない。ポピパの皆が、ポピパに出会ったから。

 

(命短し、楽しめ乙女)

 

 楽しいのが何よりだ。これからもずっと、彼女たちのパーティーが続いていけばいいのにな。

 七夕は終わったが、そんな願いを込めてみる。

 

 勇気を込めるように。でもそれに力を借りるのではなく、共に叫ぶために。

 彼女は赤い、星を掲げた。

 

「弾けるパーティーを、みんなで音楽(キズナ)を奏でよう!」

 

 返答するように、一筋の流れ星が空で光る。

 

 ――優しい願いが、空を駆けた。




Happy Birthday!


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本編
第1話


小説版読んでたら浮かんだんで文字にしてみました。
文章力には期待をしないでおくんなまし。

※追記(2018年12月25日)
設定ミスのため、『女子校から共学に変わった』という設定を削除致しました。
それに伴い、第1話本文を大幅に修正させていただきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。


 ――彼女と出会ったのはただの偶然だった。

 

 親の買い物に、隣町まで着いて来ていた俺は歩いている最中河原で誰かが歌っているのを耳にした。

 

 冷静に考えれば普通に変な子だ。

 

 河原で、公衆の面前であんなに元気に歌うなんて、普通なら『凄いな』と言う感想の前に、『変人だ』という感想が出てきてしまう。

 

 しかし、自分の頭に否定的な言葉は浮かんで来ることはなく、浮かんできたのは別の言葉であった。

 

『楽しそうだな』

 

 捉え方によっては馬鹿にしているかのようにも思えるこの感想は、しかしただ純粋な羨望……いや『憧憬』から生まれていた。

 

 特段自分が不幸な子供時代を送った訳でもない。ただ俺は、誰もが恥ずかしがって尻ごんでしまうようなことを……『笑顔』で、『楽しそうに』やってのける彼女に憧れたのだ。

 

 それから俺は何度もその河原を訪れるようになった。彼女がほぼ毎日開く河原ライブ。それは特に趣味という趣味がなかった自分の、唯一の楽しみになっていた。

 

 夏休みの間も通い続けた。眩しい日差しの中、その中でも歌い続ける彼女は本当に輝いて見えた。

 

 

 ――しかし、夏休みに入ってしばらくした後。ソレは起こり始めた。

 

 

 初めは単純に観客が増えただけだった。彼女と同じ小学校に通っていると思しき男の子達の集団が彼女のライブを見に来るようになったのだ。

 彼らはライブを冷やかすなどする訳でもなく、ただ純粋に楽しんでいるように見えた。

 

――夏休みが明けてから、徐々に違和感は増していった

 

 彼女の顔にどこか陰りが差すようになった。周りの男の子達の顔もどこか彼女をからかうような、そんな気持ち悪い笑顔で―――

 

――そして、夏休みが明けて何日かが過ぎたあと。

 

 ……放課後に訪れたいつもの河原に、彼女の姿はなかった。

 

 

 風邪かなにかなのかなと思った。違和感はあったけど、彼女はそれでも歌い続けていたのだ。

 自分は彼女が帰ってくるのを期待して何度もその河原に通った。

 

 

 ――しかし

 

 

 ――彼女が河原で楽しそうに歌っている姿を見ることは

 

 

 ――――もう、なかった。

 

/\/\/\/\/\

 

 ――4月、始まりの季節。

 

 進級もしくは進学によって心機一転、新たな出会いに胸を弾ませるものも多いであろうこの季節。

 どこか浮き足立った者も多いそんな中だが、自分は特に何か感じることはなかった。

 

 1年間の受験期間を経て高校受験に成功した俺は、第1志望だった『花咲川高校』に入学が決定した。

 新しい制服に袖を通し、初めての登校をキメている訳だが

 

「これから楽しみだなー!」

 

 とか

 

「勉強難しいのかなー」

 

 ……というようなワクワクドキドキは一切心の中になく、

 

「これから高校生活が始まるのか」

 

とどこか達観した見方をしていた。

 

 それというのも、そもそも高校の志望理由自体が「◯◯を学びたい!」といった高尚なものではなく、最も多用されるであろう

 

「家に近い」

 

それだけの理由だった為、如何せん学校生活そのものへの熱意に欠けてしまっているのだ。

 

 だが、何も高校生活が全く楽しみではない訳でもない。

 それは何故か。

 

 ――十分な睡眠を、とることができるからだ。

 

 花咲川高校は、自宅から徒歩で数分の位置にあり、登校に時間をかけないで済む。

 つまり、睡眠時間を他より多く取れるというアドバンテージが存在するのだ。

 睡眠なくして充実した人生は無し。睡眠が人を豊かにするのである。

 昨今の世の中では、睡眠不足の人が増加している。

 だがそんな中でも俺はやりたいことをやりつつ、且つ『8時間睡眠』をキープし、そしてより豊かで、より良い人生を歩んでいきたいと思うんだ―――!!

 

 などと、くだらない考え事をしていると、いつの間にか目的地にたどり着いていた。

 辺りを軽く見渡せば、新入生と思われる制服がまだ馴染んでいない印象を受ける者達が沢山歩いている。

 

「……っと」

 背中に誰かがぶつかった感触がした。

 少し立ち止まっていたからだろう。相手には申し訳ないことをした。

 

「ごめん。怪我はない?」

「っ……す、すみません」

「え?ちょっと!……足速いな」

 

 一言謝罪をすると、当人はそそくさと歩いていってしまった。

 

 あの様子なら怪我は特になさそうだが、よく見るとイヤホンをつけていた。さっきのは俺に非があるが、ここから先も彼女が誰かにぶつかったりしないか少し不安に思う。

 

 しかし、そんなことを考えても特に意味は無いので思考を切り替えた。

 

 

(……にしても、あの声。どっかで聞いたことがあるような………気のせいか)

 

 

――――――

――――

――

 

(俺のクラスは……ここか)

 教室に着き、扉を開ける。もう既に何人かの生徒が登校していた。

 

(中学の頃の3倍は騒がしいな)

 速攻で意気投合したのか、もう既にあちらこちらから笑い声が聞こえてくる。

 しかしそんな喧騒には目もくれないで、黒板の方に向かった。早く座席表を確認したいのだ、俺は。

 

(俺の席は………あそこか)

 

 確認を済ませ、これから長い付き合いになるであろう座席へと足を進める。

 辿り着くとその隣の席には、既に誰かが座っていた。

 

「お前ここの席の人?」

「あぁ、そうだけど」

「よっし! やっぱり近くに同姓がいたほうが落ち着くよなー……あ、俺『桂 直人』っていうんだ。お前は?」

「俺は『千葉 修斗』だ。苗字でも名前でも好きな方で呼んでくれ」

「じゃあ修斗で!これから宜しく!」

「おう」

 

 隣が男子生徒とは、幸先のいいスタートを切れそうだ。クラスに馴染むまでの数ヶ月間、やはり同性の方が話も弾ませやすいためこの席順は非常にありがたい。

 目の前でガッツポーズを取っていた桂も、おそらくそう思っているのだろう。

 そう、思っているのだろうが……

 

「……一応聞くけど……お前、ホモだったり……しないよな?」

「………んなわけねぇだろ。出会って数秒でそんな質問とか、お前頭おかしいんじゃないのか?」

「そう。なら良かった。よし、これから仲良くしていこうぜ」

「聞いてねぇ……」

 

 初っ端から『同性が身近にいて安心した』などと言われたら少し自分の尻周りが怖くなるだろう。発言には気をつけてほしいものだ。

 

 そんなくだらない会話をしているとどうやらもう入学式の時間らしい。このクラスの担任らしき教師が教室に入ってきた。

 

「全員出席……っと。じゃあ。入学式があるから、全員、私についてくるように」

 

――――――

――――

――

 

 入学式は滞りなく進行し、今はHR。初めということでクラス全員での自己紹介だ。

 

「桂 直人っていいます。中学では野球やってました。なんで今は丸刈りっす。苗字はカツラですけど、カツラつけるつもりはないんでそこんとこよろしくお願いします」

 

 大ウケはしなかったが、桂のボケは少々受けた。自己紹介としては上々だろう。

 少しすると自分の番が回ってきた。

 立ち上がり、自己紹介を始める。

 

「千葉 修斗です。最近の趣味は……音楽鑑賞かな。友達募集中なんで、音楽が好きな人やもちろんそうじゃない人もどんどん話しかけてください。これからよろしくお願いします」

 

 普通に拍手が返ってきた。無難なものに仕上がっていただろう。

 ここでスベったりすると一年間辛いからな。こういうのは普通でいいんだよ普通で。

 

 ……っと、次で最後か。

 

「え、えぇと……」

 

 ……聞き覚えある声だな。確か朝に聞いた……あぁ、あのイヤホンちゃんか。そう言えば顔を見ずじまいだったな。

 一体どんな人なのか―――

 

「わ、わたしは」

 

 ……それにしても、なんか聞いたことある声だな。いや朝では無くて、それより遥か以前に。

 何故こんなに、彼女のことを意識してるのだろう。

 なにも、世界に存在する人間全員の声が全部違うわけじゃない。Aさんの声によく似た声を持ったBさんだっているはずだ。

 そうだな、多分この声もどこかでたまたま聞いたことのある―――

 

「と、戸山 香澄です。よ、よろしくお願いします……」

 

 

 ――――『トゥインクル♪トゥインクル♪ひーかーるー♪』

 

 

 

 ……戸山、香澄……?

 

 

 

 ――――『なーんにもナーイナイ♪』

 

 

 ――――その名前を聞いた瞬間。脳裏に、河原で歌うあの少女の姿が頭に浮かんだ。

 

 ――――ああ、待ってくれ。そう言えばあの子の名前も………

 

 

 

『「カスミ」です!聴いてください!次の曲は―――』

 

 

 

 カスミ………ではなかったか……?

 

/\/\/\/\/\

 

 これは原典における外伝。今では語られることのない、ある世界線でのifストーリー。

 

 ――なんでもない男の子は、輝く少女に憧れを抱いた。

 

 ――歌が好きだった少女は、歌を恐れるようになってしまった。

 

 

 この物語は―――

 

 ――ちょっぴり彼女(戸山 香澄)に厳しい世界で

 

 ――彼女を支える存在に至る

 

 

 ――――1人のファンの物語。

 




彼女の歌が純粋に好きだった人がいたらいいなという妄想。

妄想を吐き出すのは楽しいね。
続き浮かんでないけど。


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第2話

本能に従って書いた。
なんでチグハグかもしれないです。その気になったら修正するかも。


「これで全員だな。それでは渡す書類があるから、順に後ろに回していってくれ」

 

 全員が自己紹介をし終わり、今は入学してからについての説明を受ける時間になっていた。

 前の席からB5サイズのプリントが渡された。上部に『1年間の行事予定』と印刷がされている。

 ……どうも読む気になれない。頭がうまく回らないからだ。

 

 そして、その原因もハッキリと分かっている。

 

 ――人間という生き物は、思考において割けるリソースが決まっている。

 故に解決すべき事柄に優先順位をつけ、順に対処しようとするのだ。

 

『それならば、普通は書類の方が優先順位が先だろう』と、これを聞いた者達は思うだろう。

 もちろん、客観的に見ればそうだ。

 しかし人は……物事を客観的に見るのが苦手な生き物だ。仮にそうしようと試みても、多少なりともそこには感情という主観的なモノが入り込んでしまう。だから……

 

 

 ………いや、回りくどい言い方はやめよう。

 

 

 そうだ、

 

 

 ――俺は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 幼少期の憧れだったあの少女。急に姿を消してしまったあの少女が、再び目の前に現れたのだ。

 そのあまりの衝撃に、あの時は一瞬フリーズしてしまった。

 

 

『なぜ突然あの河原に来なくなったのか』

 

 ――頭の中を駆け巡る疑問

 

『元気にしていたのか』

 

 ――心配

 

『また歌って欲しい』

 

 ――願望

 

 

 様々な感情が複雑に絡み合っていて、頭がパンクしてしまいそうになる。

 そして彼女のことばかり考えているせいで、俺は他のことをまともに考えられていない。

 

 

 この感情を口に出せば、彼女に伝えれば少しはマシになるかもしれないといあのは分かっている。

 そうしてしまおうかと、内心思ってしまったのも否定はしない。

 

 

 ………できなかった。

 

 

 彼女の顔、あれは緊張にしては少し度を過ぎていた。

 

 

 ――――彼女は怯えているのだ。人の視線、好奇の視線に少なからず恐怖を覚えている。

 彼女に、ここにいる人間がなにかした訳では無い。しかし彼女自身に『人の視線を恐れる』という行為が、既に染み付いてしまっているのだ。

 

 

 そんな彼女に、自分の無粋な感情をぶつけることはできなかった。

 

 ――結局自分は、このしこりを抱えておくことしか出来ないのだ。

 

 

 定まらない思考の中、仕方なく俺は書類に視線を落とした。

 

――――――

――――

――

 

―数十分後―

 

 HRを終え、今日の活動は全て終了。

 入学初日ということもあって授業はなく、そうそうに解散となった。

 

 正直担任の話している内容の1割も頭に入ってこなかったが、流石にこれ以上彼女の事をズルズルと引きずるわけにも行かない。

 そう思い、なんとか意識を切り替えようとする。

 

「親睦会ってことで、一緒にご飯行かない?」

「いいね! どこ行く?」

 

 辺りを見渡すと、親睦を深めるためなのか放課後の予定を考えている者達が多かった。

 

「修斗! 俺らも昼飯食いに行かね?」

「………」

「修斗?」

「……あっ、悪い。なんだって?」

「飯だよ飯。俺腹減ってさー」

「……おう。そうだな」

 

 折角会話を広げようしてくれているのに、生返事しかできない事に申し訳ないと思う。

 

「……大丈夫か? 自己紹介が終わってからずっと、まさに『心ここに在らず』って感じだったけど」

「……問題ない。ちょっと考え事をしてただけだ」

 

「ねーねー戸山さん! この後、私たちとカラオケ行かない?」

「えっ……あの……………ごめんなさい!」

 

 

 そんな中、遠くで戸山さんがクラスの女子の誘いを断る姿が目に入った。

 

「……」

「……戸山香澄さん……だっけ。彼女となんかあったのか?」

「………まぁ、そういうところだ」

 

 ……どう答えようか、一瞬戸惑ってしまったが誤魔化す必要もないので取り敢えず質問に答えておいた。

 

「彼女、オドオドしてたし……人見知りっぽいな」

 

 人見知り、か。

 あの河原で、人目をはばかることなく笑顔で歌を歌っていた彼女が人見知りと揶揄されるとは正直あの時は思っていなかったな……

 

「……さっきから何悩んでんのかはしらねーけど、そんなに考え込んでるならさっさと彼女の元に行けばいいんじゃねぇのか?」

「でも……」

「こういうモヤモヤは、早めに解消しといた方がいいぜ?」

 

 深刻そうに顔を顰めている自分に気を使ってくれているのだろう。まだ会って1日目なのにと申し訳なさを感じてしまう。

 

「飯くらい、また明日いけばいい。そんなことよりさっさと彼女に会って言いたいこと言ってこい。そんな顔で明日も隣で授業受けられたらこっちも集中出来ねぇしな」

「あ、あぁ」

 

 そうして桂に促されるまま、俺は彼女を追いかけることになった。

……彼女は、まだいるだろうか。

 

――――――

――――

――

 

 件の彼女は、まだ下駄箱の所にいた。

 

「戸山さん!」

 

 声をかけると、彼女の体がビクッと一瞬強ばる。しまった、少し声が大きすぎたか。

 

「……呼び止めてごめん。でもどうしても聞きたいことがあって」

 

 彼女をあまり刺激しないような言葉を選ぼうとしつつ、自分の中の疑問を口にする。

 

「君って、小学生の頃に河原で歌を歌ってたあの……」

 

「っ………」

 

 そう思っていたのに、初っ端からストレートに言い過ぎる。どうやら想像以上に今の自分はダメらしい。

 その発言に明らかな怯えを見せ、彼女は走り去ろうとする。

 

 

 ――ふと、『ここでこのまま彼女を見送るのはいけない』と、心のどこかで自分が叫んでいるような気がした。

 

 ――いいのか?彼女は怯えているんだぞ?

 ――違う、お前()は勘違いをしている。

 

 勘違い?

 

 ――お前()が伝えたいのは、疑問でも願望でもないだろう。

 

 

 胸の奥の自分は、どうしても彼女に伝えたいことがあるらしい。

 自分の心に従って、ポツポツと自分の思いを言葉にしていく。

 

 

「………小学生の頃、俺は君の歌が好きだったんだ」

 

「……へ?」

 

 

 ……またストレートな発言をしている。これでいいのかと思わなくもない。

 

 それでも、今さら止まることなんてできないから―――

 

 

「笑顔で、心の底から楽しんで歌を歌っている君の姿に俺は憧れていたんだ」

 

 自分の思いが、明確に頭の中に浮かんでくる

 

 ……段々と思考がまとまってきた。

 

 頭の靄はまだ完全には晴れていない。

 けれど、自分は何を言いたいのか……何を言わなくてはならないのか。それがハッキリとわかってくる。

 

 

「………」

 

「風が吹いたら風の歌を、雨が降ったら雨の歌を。雨がやんだら雨上がりの歌を、星を見つけたら星の歌を。自分の心のままに歌う……そんな君の姿は、本当に輝いて見えた」

 

 

 ――そうだ。

 俺は彼女に疑問を投げかける前に、願望を伝える前に言いたいことが………言わなきゃいけないことがあった。

 

 

「あの河原から君がいなくなってしまった理由を、知りたくないといえば嘘になる。でもそんなことより、これだけは言っておきたかった。………伝えておきたかったことがあるんだ」

 

 

 彼女の顔が露骨に強ばる。

 あぁ、そんな顔をしないでくれ。

 俺が伝えたいのは、非難の言葉なんかじゃない。君を馬鹿にする言葉でもない。

 

ただ純粋な――――

 

 

(………これを伝えるのはただの自己満足だ。これを言ったところで何か変わる訳では無い)

 

 

 ――それでも、あの輝きを。

 

 ――鼓動さえ感じるような星の輝きを。俺に見せてくれた彼女に

 

 

「戸山さん」

 

「は……はい……」

 

 

 俺はずっと、魅せられていた。

 

 

「俺はずっと――――君のファンだった」

 

 

 ――君の歌は、たしかに誰かを魅了していたんだ。

 




結局ほとんど話は進んでません。はい。

本能に従った結果、主人公若干情緒不安定っぽく見える。突然いなくなった憧れの人と、思いもよらないタイミングで再会したんです。察してあげてください(筆者のスキル不足も察し(ry)

続きは思いついたら書くかもですけど、一応未定です。


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第3話

本能シリーズ第3話。
ちょい暗めです。


 中学校3年間をサイテーに過ごし、高校でもスタートでつまづいてしまった。

そんな私、戸山香澄の目の前には今……

 

「俺は、ずっと君のファンだった」

 

 自分のファンを名乗る1人の男の子が現れていた。

 

「ファン……?」

「……えっ、あっ、ごめん! 急にそんなことをっ……」

 

 何故かいきなり慌てて謝罪し出す目の前の彼に若干困惑してしまう。

 私の歌の、ファン。そんな人がいたのか。

 

 歌を歌えていたあの頃にそれを聞けたなら、笑顔で「ありがとう」と感謝の言葉を述べられただろう。

 

――――でも、

 

 今の私には、そんなことは出来ない。

 

 

―――――――

 

 小学生の頃、私は歌うことが大好きだった。自分のココロを歌詞にして、歌に載せて表現するのが楽しかったんだ。

 

 嬉しい時も悲しい時も。

 

 お腹がすいた時もお腹がいっぱいの時も。

 

 晴れの日も雨の日も。

 

――私は、ずっと歌を口ずさんでいた。

 

 

――でも、

 

――――あの事件以来、私は人前で歌を歌わなくなってしまった。

 

 

 何もバカにされたからと言ってすっぱり歌を捨てたわけじゃない。

少しの間――私からすると永遠とも思えるような間――私はそれに耐え続けた。

 歌うことが好きだったから。そう簡単に捨てることは出来なかったから。

 

 耐え続ける私に対して、懲りることなく彼等は私を馬鹿にし続けた。

 私は歌っているだけなのに、なんであんな視線を向けられなきゃいけなかったのか。

 あの男子の視線が、言動が、私の心にヒビを入れ続けた。

 

 

『私の歌は、気持ち悪いの?』

『私の歌は、間違っているの?』

 

 

―――やがて私は彼らのからかい……いや、いじめに耐えきれなくなり始め

 私は、歌う楽しさを日に日に失っていた。

 

 

『私が歌えば、私はみんなからバカにされる』

『こんなことを続けて、なんの意味があるんだろう』

 

 

 このいじめは最終的に、クラスで学級裁判が開かれる事態に発展することになる。

 そしてその頃にはもう、私の心は限界を迎えていた。

 

 私を弁護する側、私をいじめている側。互いの論争が激化している中、先生が私に

「その時、戸山はどんな気持ちだった。」

と質問する。

 

『私は、歌いたかったから歌っていただけだ』

 

『それが楽しかったから続けていた』

 

『でも、それでこんな辛い思いをするくらいならもう――』

 

 

「私は、歌なんて好きじゃないです」

 

 

『――もう歌なんて、歌いたくない』

 

―――――――

 

「なんで……なんで今なの……?」

 

――――歌うことを馬鹿にされ続けたから、歌うのが怖くなってしまった

 

「なんであの時、その一言をくれなかったの?」

 

――――私の歌を純粋に楽しんでくれる人はいないと、そう思い込んだから心が折れた。

 

「もし、もっと早く、君が私の歌を好きだと言ってくれたら…………!」

 

 過去の傷、それはもう治ることは無い。

 今更、自分の認識は間違っていたと分かったところで。

 

 そうだ、自分の歌が好きだという人がいたんだと今更知ったところで―――

 

 

―――砕けたガラスは、もう元に戻ることはないのだから

 

 

「……今更、ファンなんて言われても……もう遅いよっ……!」

 

「っ、戸山さん!」

 

 

 私は走り出した。

 もうここにはいたくなかった。

 

――――――

――――

――

 

 

走って、走って、走り疲れて。彼の姿が見えなくなるところまで走ってきて。

 

………そして自分の言葉を思い出し、自己嫌悪に陥る。

 

「……サイテーだ、私」

 

 彼は何も悪くない。彼は私の歌を好きだったと言ってくれただけだ。

 

―――なのに

 

『今更ファンなんて言われても………もう遅いよ』

 

 私は個人的な八つ当たりで、彼の思いを無下にしたのだ。

 

「もう、帰ろう」

 

 何も考えたくなかった。早くベッドで横になりたい。

 

 

……こうして私の高校生活は、サイテーな始まり方で幕を開けた。

 

/\/\/\/\/\

 

 思いを伝えた。彼女の歌が輝いていたこと。彼女の歌が好きだったこと。

 

―――そして、

 

―――俺が彼女のファンだということ。

 

 気持ち悪いと思われることは、正直覚悟していた。でも、これを伝えなきゃの心の中の靄が晴れることはないと思った。

 

―――結果として、俺の心の中の靄はほとんど晴らすことには成功した。

 

 

しかし、最早そんなことはどうでもよかった。

 

 

「もう遅い……か」

 

 一連の発言のおかげで、彼女に何があったのか……その大体の事情は予想出来た。

 あの河原からいなくなった理由の大半はやはり、あの男子集団によるものだったのだろう。

 

―――黒い感情が湧き上がってくる。

 

『あいつらは、あの輝く笑顔を奪った』

『あいつらは、世界を震わす歌を奪った』

『何よりあいつらは……』

 

『かけがえのない一人の少女の、大切なものを奪ったのだ』

 

――――許せない。許してたまるか。

 

――――あいつらがいなければ今でも彼女は……!

 

 

 しかしそこまで考えた時、俺はあることに気がつく。

 

――その感情は、正義とかそんな高尚なものから来ているのではなく

―――『好きなものに傷をつけられた』、その事実に怒りを覚えている。そんな醜いファン心理から来ているモノだということ

 

 それに気づいた瞬間、自分の中の熱が急速に冷めていく感覚を覚えた。

 

 

 思考が切り替わる。黒い感情の対象が、彼らではなく自分に向く。

 

 

 

(何が『あいつらのせい』だ)

 

―――あいつらだけのせいではない

 

(何が『許してたまるか』だ)

 

―――あいつらを許す権利を持っているのは彼女だけだ。俺にはない。

 

(何が『君のファンだった』だ)

 

―――そんな簡単な一言で、彼女は救われたかもしれないのに。彼女が好きなものを手放すことはなかったかもしれないのに。

 

 

(俺は何を一丁前に、彼女の味方ぶっているんだ?)

 

 

―――何故、あの時それを伝えなかった

 

 

 

(結局俺も、加害者の一人なんじゃないのか?)

 

 

 いじめという物は、いじめる側だけが悪なのではない。『何もせずただ傍観する』選択をする者達も悪そのものなのだ。

 いじめだと認識していなくても、違和感を感じた時点でなにか行動を起こすべきだった。

 

 

(気付いていたのに行動を起こさなかった。些細なことですら、俺はしなかった)

 

 

 あの時の俺はただ呑気に、彼女の歌を待つだけだった。彼女の欲していたものに気付かず、彼女の苦しみに目を向けようとしないまま。

 

 後悔しても、もう遅い。俺は間違えたのだ。

 

 そしてその間違いは―――

 

―――かけがえのない、一人の少女の輝きを曇らせてしまう事に繋がってしまった。

 

 

 失意の中、俺は家へと足を向けた。

 その胸中に、激しい自己嫌悪を募らせながら。

 




一応、ここまでがプロローグです。

意見・感想・誤字報告等、お待ちしております。


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第4話

クオリティ低下、酷い気がしないでもない。
でも何とか形にはなったと思うので、よければ見てやってください。


『お前のせいだ』

『お前に勇気がなかったからだ』

『お前が選択を間違えたからだ』

『お前は自分の手で、お前にとっての星を汚したのだ』

 

お前(自分)に――――』

 

 

『ファンなんて名乗る資格はない』

 

/\/\/\/\/\

 

「ッ!!」

 

 頭をガツンと殴られたような、胸をきつく締め付けられたような。そんな苦痛とともに意識が覚醒する。

 時刻は6:45、窓の外は既に明るかった。

気分最悪の状態で、俺は身支度を始める。

 

 ――4月某日

 

 ――彼女とのファーストコンタクトから、既に数日が経過していた。

 

――――――

――――

――

 

「行ってきます」

中にいる両親に挨拶をしてから家を出る。

春の、まだ少し冷気を帯びた風が身にしみた。

 

(今日は何限だっけ)

 

 身体計測と健康診断といった年度始めに行われるものは一通り終了し、学校では既に本格的な授業が開始していた。

と言っても、まだ初歩の段階だからそこまで難しくはない。数学に関しては因数分解とかそこらの範囲だ。

 

 特に一緒に登校する相手がいる訳でもなく無言で通学路を歩いていく。

 

――――――

――――

――

 

「――――今日はここまでにしておきましょう。各自、復習をしておくように。それでは日直さん、挨拶をお願いします」

「きりーつ、礼」

『ありがとうございました』

 

 二時限目の授業が終了する。午前の授業も既に折り返し地点だ。

 春の日差しの気持ちよさにやられたのか、それとも単純に疲れてきている為なのか。先の授業では眠気と必死に格闘している生徒や、見事に眠気に敗北して顔を机に伏せている生徒が数名目に入った。

 

 朝と昼の中間地点、昼食後に続いて眠気がその勢力を増す時間帯。

 

 ――そんな時間になっても、自分の後ろの席の少女は以前学校にその姿を見せていなかった。

 

「戸山さん、来ないねー。何かあったのかな」

「…………さぁ」

 

 前のあの出来事から、俺はまともに戸山さんとは話していなかった。前後の席ということで特にペアを組んで何かをするということもなく、互いに干渉しない日々が続いている。

 

「『さぁ』ってお前………もういいや。それでお前、そろそろ部活は何入るか決めたか?」

「あー……その……」

「……早く決めろよ? 入らないなら入らないでも別にいいけどさ」

 

 部活動。学生の大半が所属するであろうそれに対して、自分は頭を悩ませていた。

 中学の頃は帰宅部だったので、高校に入っていきなりスポーツクラブに入るのは正直辛いものがある。しかし文化系クラブの中にも、自分の興味を引くものは特に無い。

 

(趣味という趣味がなかったことがここで祟るとは思っていなかった)

 

 おそらく帰宅部になるだろうなと、心の中で呟いていたらガラガラっと少し慌てたように誰かが扉を開ける音がした。

 

「……はぁ……」

 

 扉の前には先程まで話題に上がっていた少女、『戸山 香澄』その人がいた。彼女は小さく溜息を着くとこっちに歩いてくる。

 すると自分の視線に気がついたのか、一瞬こっちをちらりと見た………が、すぐに視線を外された。

 

(声をかけようにも、どう話せばいいのかわからない。それに………)

 

 一人、悶々としていると今度は黒板側から扉が開く音がした。入ってきたのは教師だ。時計を見ると既に授業開始まで1分を切っている。

 

(次は現国か)

 

 あらかじめ机の中にしまっておいた教科書とノートを取り出す。先日から授業で取り扱っている小説のページを探す為に取り敢えず教科書を開いたそのページは、『恋はスタンプカードのようなものだと私は思う』と言った1文から始まっていた。

 変な文章だな、と思いつつパラパラと教科書を捲ってお目当てのページを開ける。

それと同時に授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 

(さぁて、つまらないつまらないお勉強の始まりだ)

 

 日直の声も、心無しか気だるげなように思える。そんな声での『礼』という挨拶を合図にして、今ここに『50分授業』という名の長い拘束時間が再び幕を開けた。

 

/\/\/\/\/\

 

 時は流れ、放課後。

 長い授業を終えて、既にちらほら帰宅している生徒も見られた。

 

「修斗、部活動の用紙まだ提出できねーんだよな?」

「あぁ、もうしばらくは出せそうにない。悪いな」

「部活動見学は?」

「今日はパスで」

 

「スタ子、早!」

「ウケるんだけど」

 

 桂と話していると自分達より少し離れたところからくすくすと、クラスの女子の笑う声が聞こえた。

 彼女達の視線の先には、俯いたまま走り去る戸山さんが見えた。

 

「スタ子って、現国のアレのことか」

 

 桂の言う、現国のアレ。それは現国の時に起こったちょっとした事件のことだ。

 端的に言うと『戸山さんが音読した範囲が、来月やる予定の範囲のものだった』というもので、それを面白がった女子達がこうしてネタにしているのが今の現状である。

 

「おっかねぇなぁ女子達」

「………そうだな」

 

 複雑な感情をなんとか飲み込んで返事をする。ただでさえこういうノリは嫌いなのに、その上対象が彼女と来た。『こんな所にいたくない』『ここから離れたい』という思いが自分の体を急がせる。

 

「悪い、桂。先に帰る」

「ん? おう、お疲れさん」

 

 軽く挨拶を済ませ、早足で教室を出た。一刻も早く、ここから立ち去るために。

 

――――――

――――

――

 

「はぁ………」

 

 溜息を着きながら帰り道を歩く。そこまで期待していなかったが、それ以上……いやこの場合それ以下か。取り敢えず、そんなレベルで面白くない高校生活を送っているんだ。溜息の一つくらいつきたくなる。

 ……自業自得の部分が大きいのは否定しないが。

 

 ――自分が何もしなかった故の結果だろう。何が『面白くない』だ。そんなことを言う権利が、お前にあるのか?

 

 ――分かっている。今頃笑えていたかもしれない彼女に、何も手を差し伸べなかったのは俺だ。

 

 自分の中に燻る自己嫌悪は、消えることは無い。恐らく長い付き合いになるだろう。己の墓場へも連れていくことになるかもしれない。

 ――当然だ。それこそが臆病な自分に出来る数少ない罪への向き合い方だから。

 

 

 朝の夢と学校での不愉快な出来事が、自分の心をブルーにしているのだろうか。最近は少しマシになってきていたのだが、今日は一段と後ろ向きな思考が止まらないようだ。

 そんな風に思考の海に浸っていたから、自分はずっと顔を俯かせて歩いていた。

 

 

 ――今になって、この時のことを思い返すのならば。この日、この時間に、自分が()()()()()()帰り道を歩いているというシチュエーションは誰かが仕組んでいたんじゃないかと、そう考えずにはいられないほどには出来すぎているように思えた。

 

 ――人が俗に『運命』と呼称するモノ。あの時の俺はそれに出会ったのかもしれない。

 

「……? なんだこれ……マスキングテープ?」

 

 ――そう、顔を俯かせでもしない限り見つからないこの星と矢印が書いてあるマスキングテープの発見は。"下を向いている人間にだけ見つけられる星"との出会いは。

 

 ――俺と彼女の関係、その変革の始まりだったのだと思う。

 




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第5話

なんとか書けました……遅くなってすみません。


 視線の先には、キラキラしたマスキングテープに銀色のマーカーで書かれた星と矢印。

 矢印が指す方向に視線を向けると、確かにそこには何かがあるように見える。

 

 じっとそこを見つめていると、壁にある何かが反射した夕焼け色の光が目に飛び込んできた。突然の視界へのダメージに一瞬目が眩む。

 数瞬の後に恐る恐る目を開け、視界がはっきりしてきた頃に矢印の指す方向へと足を向けた。

 

 そして辿り着いたそこにも、また同じようにマスキングテープと星、あと矢印。

 

(この矢印は、何処へ繋がっているんだろうか)

 

 家に帰っても特にすることは無い。ちらりと腕時計を見ると、針は午後五時前を指している。

 俺は、この矢印を追っていくことにした。

 

 好奇心に駆られたというのも理由の一つだが、多分他にも理由はあったのだろう。

 

 朝に見た夢――自分の中で渦巻く自己嫌悪から目を背けたかったからか。

 

 先程の出来事で湧き上がってきた、黒い感情を無意識的にどうにかしようとしていたからだろうか。

 

 自分の中の弱い心が、俺の体を動かしていることに気付こうとしないまま俺は歩き始めた。

 

#########

 

 彼が、彼女をいずれ輝く未来へを連れていく真っ赤なお星様(ランダムスター)に出会うまで――――

 

――――あと少し

 

#########

 

「……ここか。」

 

 矢印の指示に従って歩き回り、ようやく辿り着いた目的地。そこには古い民家があった。

 

(なにか特別変わったところはないようだが……)

 

 中に何かあるのかと、古家に近づいていく。

 まるで不法侵入をしているようだと、自分の中でその行動を少し躊躇う気持ちが無いわけでは無かったが、わざわざここまで案内するような事をするならば……と後ろめたい感情を飲み込んだ。

 

「――今度は、ふっつーの男が釣れたわね」

 

 少女の声が自分の耳に入ってきたのは、そんな心境の中で古家の前に立った時のことだった。

 

「下を向いている人間って、案外いるものなのね。空にも星はあるのに。"今日だけ()()は私達の上ではなく下にある"ってことかな?」

 

 声の方へ振り向くとそこには、金髪で俗に言う"ぱっつん前髪"、そしてツインテールな少女が俺の方を見ている。完全に油断していたため、思わずビクッと肩を震わせてしまった。

 

「……君は? ここの住人か、誰かか?」

「まぁ、そんな所よ。それであなたは……あのマスキングテープに導かれてここに来たという認識でいいわね?」

「あぁ、そうだ」

 

 ここで特に、何か嘘をついたりする必要も無いので彼女の問いに対して普通に肯定の意を示す。その答えに満足したのか、彼女は笑顔で数回頷いた。

 ここの住人のような人間だという確認もできたので、今度はこっちから彼女に問いを投げる。

 

「それで、どうしてそんなことを?ここには特に何も無いようだけど」

「ふっふっふ、それはね――」

 

 目の前の少女が自分の問いに答えようとした時、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。こんな場所まで、しかもわざわざ走ってくるとは。

 音から推測するに、その走りはあまりに迷いのなく、音の主は以前にここへ来たことでもあるのかと……自分の中でどうでもいい推理を組み立てつつ彼女の話に耳を傾けようとした。

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……あれ……?」

 

 

 

 

――その主が、戸山さんの物であると気づくまでは。

 

 

 

 声の主が誰か、気づいた瞬間頭が一瞬フリーズする。

 一方の戸山さんは俺のことに気づいていないのか、一心不乱に古家のショーケースへ向かっていった。

 

「なんで……? 今朝はあったのに……」

 

 ガラスに手をついたまま動かない戸山さんの下へ、目の前の少女は歩み寄る。

 

「あんた、今朝釣れた地味な子よね? どうしたの?何か用?」

 

 問いを投げかけられた戸山さんはおずおずと話し出す。

 

 その話と金髪少女の会話から推測すると、どうやら彼女は今朝もここに訪れていたらしい。遅刻の理由はそれだったのか。

 

 それでその時に『ランダムスター』というギターを見たらしく、戸山さんはまたそれを見るためにここへ走ってきたみたいだ。

 

 一方金髪少女――有咲という名前らしい――はそのギターを既にお蔵入りにしていて、朝にギターが飾ってあったショーケースには何も置いてなかったと。

 

 そして、戸山さんの望みを叶えるため再び有咲は彼女を蔵へ連れていくことにしたようだ。

 

「それじゃあ行きましょうか。――あんたもよ! 折角ここまで来たんだから、見ていったら?」

「有咲ちゃん?誰に話してるの…………え? 千葉、くん……?」

 

 どうやら本当に、今の今まで全く気づいてなかったようだ。どれだけランダムスターに夢中だったんだろうか。

 

「……じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

「よし。それじゃあこっちよ、着いてきて。…………かすみん、置いてくよ」

「……ぁ、ごめんなさい」

 

 一瞬反応に遅れた戸山さんは、慌ててトテトテと小走りで自分たちの後ろについてきた。………可愛いな。

 

――――『自分のような者がいるから、反応が遅れたのだろう』

 

 そんな暗い思考を押し込めて、俺は有咲に続いて歩いていった。

 

 

――――――

――――

――

 

 不思議な造りの家を抜け、庭のような場所に出る。そこにはポツンと、白塗りの壁の建物が建っていた。有咲はどうやらここへ向かっていたらしい。

 

「靴は脱いでね。あと、足元暗いから気をつけて」

「あぁ」

「は、はい」

 

 靴を脱ぎ、階段を上る。

 

 先に着いた有咲が、照明のスイッチを押したのだろう。上の方が少し明るくなった。

 

「Welcome to dream warehouse!! ようこそ、夢の蔵へ!」

 

 英語と日本語。同じ意味の文をテンション高めに口にした有咲の後ろには、確かに『夢の蔵』と形容してもいいような――そんな風景が広がっていた。

 無造作に散らかっているようでどこか輝きを持っているようなモノたち。無機質で、死んでいるようで、しかしどこか暖かい。

 

(あぁ、たしかにこれは……いいな。)

 

 『現実離れした景色』とでも言うべきであろうか、何処か異世界じみた雰囲気に呑まれていた自分と戸山さんを置いて有咲は何かを手に取る。そして彼女は、それを自分たちの目の前に置いた。

 

 魂の輝きを放つような錯覚を覚える雑貨の数々。そんなモノたちの中に、一際眩い輝きを放つ赤色の星が――今その姿を現した。

 

「これが……ランダムスター」

 

 それの外形は一般的な形とは遥かにかけ離れていて、パッと見でこれをギターと判断するのは相当困難であるだろう。

 深紅のボディに大小様々な星のマークがところどころにちりばれられていて、まるでそれがひとつの宇宙であるような錯覚を覚えた。

 

「また、会えた………」

 

 覚束無い足取りのまま、戸山さんがそのギターの下へ向かっていく。そして眼前にランダムスターが見える位置まで進むと、ペタンと腰を下ろしてじっとそれを見つめたまま動かなくなってしまった。

 

――――――

――――

――

 

 どこから持って来たのか、5枚重ねた座布団の上に腰を下ろしている有咲がこの蔵の中にある物について説明をしているが戸山さんはまるで聞いていない。そして、それに気づいた有咲も黙って戸山さんの方を見つめたまま黙ってしまう。

 

 一方の戸山さんはというと、彼女はランダムスターを前にして何やら挙動不審な様子でいた。

 真顔でそれを見つめていたと思ったら、今度は口をにやけさせて下から横からあらゆる方向から舐めまわすように観察していた。

そして今度は、見るのは満足したのかギターを抱えるポーズを取り始めた。何やら照れている。

 

 そんな彼女の写真をぱしゃり。有咲によって、戸山さんの凄いニヤケ顔が写真として残ってしまった……可愛いけど。

 

「………ねぇ、かすみん! それ、触ってもいいんだよ?」

「………え?」

「見たり嗅いだりしてるだけじゃ、意味無いでしょ。ねぇ、普通ボーイ」

「普通ボーイってなんだ………まぁ、有咲の言う通りではあるんじゃないか」

「え、あ、その………じゃ、じゃあ……」

 

 戸山さんは恐る恐るギターのボディに触れる……そう、触れただけ。ギターをじっと見つめてボディをタッチ。手を引っ込めて別のところをタッチ………何度も何度もタッチタッチ………いつまでやってるんだろう。

 横をちらりと見ると有咲が呆れたように溜息をついている。

 

「かすみん? それはギターだよ。武器は装備しないと」

「……武器? 装備?」

「そう。ギターはね戦争だって終わらせちゃう、最強の武器なんだよ。わかったらさっさと装備する」

「え、えっと………」

「ほら、立って。装備するの手伝ってあげるから」

 

 テキパキと、戸山さんにギターを持たせていく有咲。さながらその姿は夫のネクタイを締める妻のようで……

 

「うん!これでよしっと」

「わぁ……!」

 

 目を輝かせながら、自分の持っているギターを眺める戸山さん。しかし、彼女は目を輝かせるだけでは終わらなかった。

 

 

 表情はキリッと。ほんのりと頬を赤らめつつ、スーッと深呼吸をした次の瞬間――彼女の周りの世界が変わる。

 

 

「………ん?」

 

 有咲が少し訝しげな声を上げる。それもその筈、戸山さんが纏うオーラが一変したのだ。

 

 

#########

 

 輝くものを胸に抱き、どこか遠くに思いを馳せている。

 自分の中にある()()に手を伸ばし、渦巻く(ホシ)を形にしようとする彼女の姿はまるで星座のような……そんな輝かしい存在のように見えて――

 

#########

 

 

 久しく見ていなかったあの頃の輝きが、頭の中に想起された。

 

――――あぁ、これだ。

 

――――これこそが戸山香澄だ。

 

 

 暗くて地味でオドオドした彼女ではなく、(スター)を纏ったムテキのシンガー。それこそが彼女の――

 

 

「………聞こえた。聞こえたよ!! やっぱり聞こえたよ有咲ちゃん!!」

「聞こえたって……何が?」

「すっごく微かなんだけどね、やっぱり聞こえたの! あの時と同じで……星の鼓動が!!」

 

 星の鼓動というものを見つけたと言う彼女の目は、キラキラとそれ自体が星であるかのように輝いていた。

 

「星の……鼓動ねぇ……なにか惹かれ合うものが、あったのかも」

 

 朝に見たこのギターを、再び目にしようとするくらい……彼女は夢中だったのだろう。惹かれたのだろう。現に彼女は「この子に呼ばれた気がした」と言っている。

 

「………確か、この辺に……」

 

 ウキウキとギターをかき鳴らす、戸山さんの熱にやられたのだろうか。先程までポカンとしていた有咲は今、熱に浮かされたような表情を浮かべながら棚の上で何かを探していた。

 

「あった…………今日はお父さんの命日だし、ド派手にいってみようか」

 

 有咲が見つけた黒いジャケットとその中に入っていたレコード盤。それに針を落とすと、大音量でコンサートホール内を埋め尽くす歓声とともにボーカリストの声が耳に入ってくる。

 

『YOU WANTED THE BEST!』

 

 魂の叫びが、胸にダイレクトに飛び込んでくる。

 

「―――わたしは"最高"が欲しい!!」

 

 ロックンロール!と、彼女は叫んだ。デタラメなギター音が部屋に響く。有咲もそれに続いて箒を手に取り、戸山さんと一緒にエアジャムセッションを始めた。ギターとホーキ、意味がわからない。でも何故か、そのセッションはキラめきを放っている。

 

 自分は、そんな彼女たちのの輝きに魅せられて……自然と指でリズムを刻んでいた。ぐちゃぐちゃで不規則で、意味のわからない音楽は、それでも何故か聞いていて胸が熱くなる。

 

 

 

――過去に、その輝きを曇らせたのは分かってる。間接的にでも自分に責任があることは重々承知だ。

 

 

――でも、この輝きを前にして俺は――

 

 

「――――キミも!! そんなのじゃ全然足りないよ!!」

 

 

――彼女は手を伸ばす。それが例え、臆病で平凡で、何も無い男相手だとしても。

 

 

――星の鼓動を胸で響かせ、彼女は音楽(キズナ)を奏でる。

 

 

 

 

あぁ、本当に――――

 

 

 

「――――おう!!」

 

 続く言葉が頭に浮かぶ前に、俺は叫んでいた。

 有咲と同じように熱に浮かされた俺は、立ち上がり彼女たちのセッションに加わる。

 

 デタラメギターとホーキと男の拙いシャウトによる一夜限りの即興蔵ライブは、その尋常じゃない熱量で蔵の中の温度を10℃位上げているような錯覚を覚えさせた。

 

 今この瞬間、俺の中には暗い感情も自己嫌悪も存在しない。星の満ちた夢の舞台にそんなものは不要だ。

 

 こんな時間がずっと続けばいいのにと、そう願わずにはいられない。

 

――――――

――――

――

 

 成程、『ギターは戦争も終わらせちゃう』か。実際にこの目で戦争を止めるのを見た訳ではないが、ギターがすごいパワーを持っていることは確かな事実らしい。

 

「夢を撃ち抜け!」

 

 そう言い放つ彼女の姿は、幼い頃の――否、それ以上にキラめきと輝きを持っている。有咲は戸山さんの言った夢を撃ち抜けという言葉に驚愕しているようだが、しかし今はそんなものは目には入っても頭には入ってこなかった。

 

 過去の出来事でその輝きを無くしてしまったはずの彼女が、このギターによって過去のソレよりも眩しいモノを見せてくれた。この事実がどうしようもなく、俺に衝撃を与えた。

 

 

(真っ赤なお星様が、俺たちにまた"夢"をくれたんだ)

 

 

 彼女に光を取り戻させたそれに、俺は叫びながらどこか期待を持たずにはいられない。

 

 

――『贖罪がしたいから』、その思いがあることは否定しない。

 

――所詮は、自己満足でしかないことだというのも認めよう。

 

それでも俺は彼女が輝きを取り戻す手伝いがしたいと……いや、

 

――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

……どうしようもない程に、願ってしまったんだ。

 




ゴリ押しと言いますか………展開が雑になっているかも知れません。大筋は原作通りなのですが細かいところが………お目汚し失礼しました。

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第6話

今年最後の更新になるかも。


 本当の事を言うと、なぜあの時彼に手を伸ばしたのかわからない。

 

 かつて私のファンだったと言った彼。その思いを無下にした私。

 

 子供の頃の河川敷ライブ、確かにそこに誰かいた覚えがある。

 今日の出来事――再び聞こえた星の鼓動のおかげで思い出したんだ。まぁ、うっすらとなんだけど……

 

 その子は遠くから私を見ていた。近づくこともなくそこでずっと。

 それが何故なのか。なぜそんな所で見ていたのか。人の心を読む力なんて持っていないから分からない。

 

 彼の――千葉くんの姿もまさにそんな感じだった。憧れを抱いて、自分では届かないものを遠くから眺めている、そんな姿。

 

 そんな姿を見て私は不意に思ってしまったんだ。

 

 遠くの星を掴めないものと諦めて、『自分は眺めるだけで満足だ』と、自分から身を引いて応援するだけなんて。

 

 ――『ねぇ、そんなのじゃつまらないよ』って。

 

 星を掴もうとするから、人は輝けるんだ。綺麗だと目を輝かせるだけじゃ勿体ない!

 

 気付いた時には、手を伸ばしていた。一緒に音楽(キズナ)を奏でるために。一緒に最高を手に入れるために。

 

 彼は一瞬躊躇ったが、すぐに吹っ切れた表情を見せて私の手を取ってくれた。

 

 とてもまともとは言えない、けど最高にキラキラしてるライブは続く。私はギターを、有咲はホーキを、彼は何も持たず声だけで……思う存分奏で続ける。

 

 久しく感じていなかった星の鼓動。再び出会ったそれは、こんな最高の時間を持ってきてくれたんだ――

 

/\/\/\/\/\

 

「………ふわぁ」

 

 重い瞼を開け、軽く伸びをする。

 窓から差し込む眩い日差し。頭の傍には音の止んだ目覚まし時計。その針は7:30を指していた。

 昨日の疲れの影響か、一段と深い眠りについていたようだ。

 軽く欠伸をしながらベッドを降り、学校へ行く支度をし始める。

 

 昨日あれだけ大騒ぎしたのだ。疲労感は少し残っている。しかし、その疲労感は決して嫌なものではなかった。むしろ心地よいとさえ思う程だ。

 

 不思議な事に、昨日まであれだけ燻っていた嫌悪感は、自分の前に姿を現さなかった。

 

――――――

――――

――

 

 リビングに降りると、既に朝食がテーブルに並んでいた。いつも自分で済ましているのだが、いつまで経っても起きてこない自分の為に作ってくれたようだ。

 

 いつもより起きるのが遅かったな。たまたまだよ。

 

 家族と簡単な会話を交わしながら朝食を口にする。

 一件愛想が悪いように見えるが、別に家族の仲が悪いわけではない。むしろ良好だと言える。ただ食事時に会話を弾ませるタイプじゃないだけだ。

 

 朝食を済ませ、食器を洗おうとしたがそれをやんわりと断られた。

 母が目で時計を見ろと伝えてくる。目を向けた先の掛け時計8:05を指していて――8:05? 本当に言ってる?

 

 これは普通にまずいやつだ。

 

 ドタドタと足音を立てて、大慌てで玄関へ向かう。忘れ物はないはずだ。靴を履いてドアに手をかける。

 

「じゃあ、行ってきます。」

 

 いつもは自分の声だけが響くリビング、だけど今日はそこから行ってらっしゃいと二つの声が返ってきた。

 

 何気ない、ただの挨拶。だけどそれは、不思議と自分の心を温かくする。

 何故だろうか、今日は自分の目に見える全てが輝いて見える――なんてことは流石にないが……普段とは違った景色が眼前に広がっている、そんな感じがした。

 こんな穏やかな心持ちで通学するのはなんだか久しぶりのように思える。

 

 学校へ向かうその足取りは、心做しか少し軽かった。

 

――――――

――――

――

 

 時間が経つのも早いもので、今は放課後。

 特に思い悩むこともないまま授業が終わった。

 授業中、後ろの席の戸山さんが少々鼻息を荒く……という言い方をするのは良くないな。何やらウキウキした様子で机に必死に何かを書いていた事以外は特に変わったことのない平凡な1日だった。

 

 少し前にちらりと机を見て見たことがあるが、戸山さんはどうやら自分の机で見知らぬ誰かと文通をしているらしい。

 定時制に通っている誰かだろうと予想しているが、合っているのかはわからない。

 そもそもそんな所まで踏み込むつもりもない。昨日あんなに騒ぎあったといっても、それで仲良くなったのかと言えば微妙なところだ。

 そもそも今日一日、自分は彼女と一言も会話していない。挨拶はしたけども。

 

 そんな戸山さんは、HRが終わった途端走って教室を出ていった。

 まぁ、行先はだいたいわかってる。元々自分も、放課後はそこへ向かうつもりだったから。

 

『かすみんとそこの普通ボーイ、明日もここにおいでよ。かすみんには明日からあたしがギターを教えてあげるから。あ、普通ボーイは雑用ね。じゃあよろしく〜♪』

 

 昨日の帰り際、有咲は自分たちに向かってこう言った。普通ボーイというあだ名は彼女の中で既に定着してしまっているらしい。

 

 そんなこんなで、少々強引に自分の予定を決められはしたが……元々何らかの形でサポートしたいとは思っていたので、実を言うとこの雑用係への任命は結構好都合だったりもする。

 折角彼女の輝きを、再び目にすることが出来たんだ。もっとその輝きを、この目に焼き付けたい。

 好きだったアーティストが、復活した時のファンの心境はこういったものなのだろうか。自分が夢中になったになったアーティストは、後にも先にも彼女だけだから……よく分からない。

 

/\/\/\/\/\

 

 ここ数日ですっかり見慣れたルートを通り、有咲の家へ辿り着いた。日はまだ沈んでいない。

 ふと彼女は祖母と二人暮らしだと昨日ちらりと耳にしたのを思い出した。家にお邪魔しているのだから、一言挨拶くらいはしておいた方がいいだろうと市ヶ谷家の母屋へと足を向ける。

 

――――――

――――

――

 

 少々古いタイプの呼び鈴を押す。ピンポーンと音が鳴って、その後すぐに家の中からこちらにむかって来る足音が耳に入った。

 

「はい、はい、こんにちは」

「こんにちは。市ヶ谷有咲さんのお祖母さん……で間違いないですか?」

「ええ、あの子の祖母をやらせていただいております。」

 

 そう言って有咲のおばあさんはホホホと、穏やかに笑った。それにつられてこちらも笑顔をうかべる。

 

「有咲さんと、あともう1人ここにいるはずなんですけど、もう蔵の方に?」

 

「えぇ、あの子ったら今日一日中そわそわしていて……よっぽど楽しみだったみたいでねぇ……香澄ちゃんだったかしら? 彼女が来たらさっさと蔵の方へ歩いて行っちゃいましたよ。」

 

 多分、戸山さんもそれについて行ったのだろう。

 

「有咲、よっぽど楽しみだったんですね」

 

「えぇ、そりゃあもう……あの子があんなに楽しそうにしてるのを見るのは久しぶりで」

 

おばあさんは本当に嬉しそうに……けれどどこか悲しさのようなものを含んだ笑みを浮かべていた。

 

 

 

「……有咲と、仲良くしてあげてください。あの子、あれで寂しがり屋なんです。人見知りだから友達もできなくて……」

 

 

 

 結局、それ以降おばあさんとの大した会話をすることはなかった。

 この会話の後、台所で彼女達に持っていくためと飲み物だけもらいおばさんとはそこで別れたのだ。

 

……有咲とは昨日知り合ったばかりで、彼女のことはまだよくわかっていない。

 

 だが、そんな自分でも彼女も何かを抱えているのは大体察しがついた。

 

 ――昨日、レコード盤を手に取った彼女が呟いた『父さんの命日』という単語と悲しげな表情。

 

 ――戸山さんが言った『BanG Dream!』という言葉への反応。

 

 彼女にもなにか事情があるのだろう。

 

 

 ――けどそれは、容易に立ち入ってはいけない領域の筈。

 

 

 知り合って間もないのに、そこまで踏み込んでいくのはそれこそ野暮というもの。

 上手く人と付き合うのには適度な距離感を保つことが肝要なのだ。

 

 彼女とは戸山さん関係で、長い付き合いになるかもしれない。

 もしそうなったのなら、その事情について知る機会も出てくるだろう。

 

 だけど今はまだそのときではない。

 今は彼女とは付かず離れず、上手い具合に付き合っていくのが一番だ。

 

 

 

 ――兎にも角にも、今は戸山さんのお手伝いをすることが先決だ。

 今日はその為にここへ来たのだから。

 

 お盆に麦茶の入ったペットボトルとコップをのせて、俺は倉の方へと歩いていった。




取り敢えずここまで。

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第7話

前話で『今年最後の更新になるかも』と言ったな。

あ れ は う そ だ

ウワァァァァ!!!(どうぞ)


 昨日通った道を思い出しながら歩くこと数分。

 俺はようやく有咲達がいる倉に辿り着くことができた。

 

(麦茶、温くなってなければいいんだけど)

 

 予想より時間がかかってしまった為少し不安に思い、そっとペットボトルの側面に手を伸ばす。

 触れた指先からはヒンヤリとした感触が伝わってきた。よかった、まだ大丈夫そうだ。

 

 扉を開け、靴を脱ぎ、いざ階段を登ろうと前を向く。

 

 

 ――その先にあったのは梯子階段だ。

 

 

「………」

 

 

 ……さて、大事なことなのでもう一度言わせてもらおう。

 

 

 ――その先にあったのは()()階段だ。

 

(待って待って待って)

 

 ……すっかり記憶から抜けてしまっていた。

 成程、道理で有咲のおばあさんが麦茶のペットボトルを見た時に一瞬心配そうな表情を浮かべていたわけだ。合点がいった。いや、いって欲しくなかったけど。

 

 持ち物を確認しようと、恐る恐る目線を下げる。そこにはお盆。そしてその上に乗っているコップと――

 

 ――問題の、容量2L重さ2kgのペットボトルがあった。

 

 ……100%不可能とは言わないが、これをもったまま梯子を登るというのは少々酷な話である。

 

(まぁ、幸いコップはガラス製じゃなくて紙製……落ちても割れて悲惨なことになったりはしない……けど)

 

 ペットボトルが落ちた時のリスクを考えると少し苦い顔になってしまう。

 

(仕方ないか)

 

 気は進まないが、お盆と紙コップだけ先に持っていくことにした。二度手間になるが、ペットボトルは後回しだ。

 

 ……面倒くさいなぁ

 

/\/\/\/\/\

 

「麦茶ありがとう……なんか、ごめんね」

「いえいえ。よかれと思ってやった事だし、気にしないで」

「そうよかすみん。むしろもっとこき使ってやっちゃいなさい!」

「やめてください死んでしまいます」

 

 どうやらまだ、彼女たちは特に大きなことはしていなかったようで、戸山さんはランダムスターをキラキラした目で見つめ、有咲は何やらパソコンで作業をしていた。

 今はお盆の周りを自分たちが囲んでいる形になって座っている。

 あの後、しっかりと二度手間をかけてこの部屋に運びこんだ麦茶で喉を潤す。程よく冷えていて美味しい。苦労した甲斐があった……あったと思いたい。

 

 軽く辺りを見渡す。昨日とは少々部屋の内装が変わっているようだ。ゲーム関係のものが全てその姿を消している。

 

「有咲、ここにあったゲーム機とかどうしたの?」

「あのゲーム達は処分することにしたわ」

 

 ……その思い切りの良さに少し驚いた。

 あの中には少し古めの機体もあった気がする。

 一度手放せばそうそう手に入らない可能性だってあるだろうに、何が彼女をそこまでつき動かしたのだろうか。

 

「普通ボーイも来たことだし……そろそろ発表といきましょう」

 

 彼女はコップに残っていたお茶をグイッと飲み干し、こほんと一つ咳払いをした。

 ……普通ボーイ呼びに関してはもう触れないでおこう。

 

「あたし、新しいゲームを始めることにしたのよ」

「ゲーム?」

「えぇ、それも世界にただ一つの『()()()()()』よ!ゲームの拠点はこの蔵で……」

 

 ばっと立ち上がり、びしっ、と指を突き出した。無駄のない動きだ。

 思わず「おお……」と感嘆の声が口から漏れ出てしまう。

 

「主人公はかすみんのね!」

「……?」

 

 ――指さされ、名指しされた当の彼女は一瞬ポカーンとしたあと

 

「……ええ!?」

 

 と驚きの声を上げた。

 

 だがしかし、彼女の驚愕と困惑は有咲にとっては想定済みのようで、気にすることなくにやりと笑いながら話を進めていく。

 

 ゲームの名前は『BanG Dream!』らしい。昨日戸山さんが言っていたフレーズそのものだ。

 曰く『ピュアでシャイで、バカでクレバーで、熱くてクール、最高にしてサイテーな物語(ロマンス)』。

 壮大なのかそうじゃないのかよく分からないが、とにかく勢いのある物語という事だけは把握した。

 

 しかしそんな勢い全開な物語の主人公(予定)である戸山さんは、有咲の勢いについていけず困惑しっぱなしなのであった。

 

「……あの、ちょっと……何を、言っているのか」

「……有咲、もう少しゆっくり説明した方が良くないか?」

「……いいのよ、こういうのは勢いが大事なんだから―――ねぇかすみん、ギター、欲しいでしょ?」

 

 有咲はそう言いながら部屋の隅へ歩いていき、そしてあのギター(ランダムスター)を手に取る。

 

「このギター、あんたになら一万十五円で譲ってあげる」

「いっ!?」

「一万! ホントに!?」

 

 これはあくまでもネットの情報であるのだが、そのギターは通常30万円以上の値段で取引されるようなものらしい。

 それに彼女、有咲にとってもそのギターは思い入れのあるものなのだろうと大体察することが出来たのだが……そんな代物を一万円で?

 

「でもいいの? ホントにいいの? いいギターなんでしょ?」

「いいよ。ただし、条件がある」

 

 有咲の言葉に、戸山さんがゴクリと喉を鳴らした。

 

「あたしのゲームのミッションを、最後までクリアする。これが条件よ!」

 

 ――ミッション。mission。任務。

 

 ふむ、どうやら先程言っていた育成ゲームに参加する事が、一万十五円という破格の値段での取引の条件らしい。

 

「ミッション……」

「ええそうよ。詳細についてはおいおい伝えていくつもりでいるけど……どうする?」

 

 ……戸山さんがちらりとこちらの方を見たが、すぐに顔を戻した。自分で考えるべきことだと、本人もわかっているのだろう。

 少しの間考える素振りを見せた後、彼女はおずおずと肯定の意を示した。

 

「……うん。やって、みようと思う」

「その言葉を待ってたよかすみん!」

 

 有咲が興奮のあまり戸山さんの手をガシッと掴み、ブンブンと上下に振った。

 戸山さんは予想してなかった有咲の行動に「うきゃっ」と声を出している。可愛い。

 

「さて、それで……貴方はどうする? 普通ボーイ」

「……俺?」

 

 2人のやり取りをぼんやり眺めていた為に、少し反応が遅れてしまった。

 

「普通ボーイ……いや、千葉くん。……頼む側が言うのもなんだけど……貴方にできることは多分少ないわ。雑用とか雑用とか雑用とか、貴方がやることは基本そっち方面になると思う」

 

 つまり雑用オンリーか。

 

「貴方がいなくても、確かにこのゲームはクリアできるかもしれない。―――でもね、私は貴方にも手伝って欲しいと思ってるの。どうやらかすみんの事を気にかけているようだし……うん。かすみんはどう思う?」

「……ぇ……あの、えっと……」

 

 唐突に話を振られた戸山さんは口をもごもご、指をいじいじと実に可愛らしい仕草を見せて――

 

 

 

「私も、千葉くんに手伝って貰えると嬉しいかなっ、て……」

 

 

 

 ――彼女の言葉に思考が一瞬フリーズした。

 

 

 ――いや、思考回路がオーバーヒート?

 

 

 ――ダメだわからない。

 

 

 うん、取り敢えず戸山さんが可愛いということしかわからない。

 いやそれはそうなんだけどそうじゃなくてあぁ違う……

 

 

「ん゛ん゛っ゛」

 

 ……いや、気を取り直さないと。

 

 彼女は誠意を持って俺にその言葉をなげかけてくれたんだ。

 

 

 それなら俺も、誠意を持って自分の思いを彼女たちに伝えなければならない。

 それが筋ってものだろう。

 

 

「……わかった」

 

 姿勢を正して、返事の言葉を口に出す。

 

 ……雑用しかやることがないなど、もとより百も承知だ。実際俺には、楽器の知識も経験もない。

 

 でもその上で……俺は彼女たちのことを手伝いたいのだと、そう心から思っていたんだ。

 

 それに――

 

(憧れの人が自分の行動を少しでも望んでくれているなんて、これ以上のことは無いと断言できる)

 

「戸山さん。有咲。できることは少ないかもしれないけど……俺にもこのゲーム、手伝わせてもらえないか?」

「――ええ。サポート役がいるのはすっごく助かるわ! ……ふふっ、一応志望動機も聞いておきましょうか?」

 

 ……志望動機? そんなの――

 

「そんなの、俺が戸山さんのファンだからに決まってるじゃないか」

 

 

 ――そう。つまりはそういうことだ。

 

 

/\/\/\/\/\

 

 その後、戸山さんは有咲から『チューニング』のやり方と『パワーコード』の弾き方を学んだ。有咲本人曰くネットの受け売りらしいが。

 

 ミッションクリア毎に報酬があるらしく、チューニングの方はクリアした為、戸山さんは二十四センチ四方のアンプを受け取っていた。

 しかし有咲にもやることがあるらしく、結局、パワーコードの方を戸山さんが習得する前にその日は解散。家でそれの練習をすることが戸山さんの宿題となった。

 

 練習中、普段の戸山さんとは違って活き活きとしていてその姿はまるで輝いて見えた。

 蔵でのライブ……もうこの際『クライブ』とでも呼称しよう。

 そのクライブでの輝き、まるで星の輝きのようなあの彼女のキラメキに似た何かを、練習の中でも見た気がする。

 

 普段はおどおどしていて、俗に『コミュ障』と揶揄されそうな彼女だが、ランダムスターをギャリギャリ弾いている間だけはあの頃の――幼き日の、完全無欠な星の申し子に戻っているように思えるのだ。

 

 ――あぁこれは本当にひょっとして、ひょっとするのかもしれない。

 

(一層、気合いが入ってきた)

 

 家へと足を早める。俺に出来ることは少ないし、役に立てるとは思えないけど、少しでもバンドや楽器の知識を頭に入れておきたい。

 

 彼女の輝きが見たいんだ。その為に俺に出来ることがあるならなんだってやりたいし、やってやる。

 

 ――――だって俺は、彼女のファンだから。




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第8話

 

「ジェット・フランジャー!」

 

 ギュォォォォォと、唸りのある音が響く。

 

「スーパー・オーバードライブ!」

「フラッシュバック・ディレイ!」

「ピッチ・シフター!」

 

「そして、スーパーオクターブ!」

 

 ……必殺技みたいだよな。でもコレ、全部エフェクターによる音響効果の名前なんだと。名前カッコよすぎじゃないか?

 

 スイッチを入れ、ギターの弦を弾く度に戸山さんと有咲はまるで子供のようにはしゃいでいる。

 見ていて自然と頬が緩んでしまいそうになるが、流石にそれは気持ち悪いので自重しておいた。

 

#########

 

 今戸山さんが全力でエンジョイしてるこれは、先程クリアした二つ目のミッションの報酬だ。

 学校でもそれらしき事をやっていたようだが、家でもしっかり練習を積んだのだろう。

 今日の蔵練習で、戸山さんは見事パワーコードを奏でられるようになっていた。

 

()()()コードと呼ぶ程なのだから、もっとパワフルに、もっと綺麗に鳴らさなければいけない』

 

 そんな調子で、彼女自身はまだまだ納得していないようだったが。

 そして、有咲にとってはその積極的な態度が喜ばしかったのか、戸山さんの言葉にうんうんと嬉しそうに頷いていたのを覚えている。

 

#########

 

 一通り弾き終わり、戸山さんが興奮冷めやらぬ雰囲気で虚空を見つめている中、パシャリと何処からか音が鳴る。

 それはカメラアプリのシャッター音だった。有咲が戸山さんの写真を撮っているらしい。

 

「あれ、また写真」

「うん。成長記録だから」

 

 そう言ってまた、戸山さんにカメラを向けてシャッターを切る。パシャリ。 

 ついでとばかりに俺の方もパシャリ。

 

「……いや、なんで俺も?」

「気分よ気分。そんなことより……」

 

 徐に有咲が近くにあった500ml入りペットボトルを掴み、そこに入った麦茶をグイッと飲んだ。いい飲みっぷりだ、買ってきた甲斐がある。

 

 そしてコホンと、一つ咳払いをした。顔は少しニヤついている。

 溜めて溜めて溜めながら、戸山さんの方へと向き直す有咲。

 

 あまりにわざとらしいその姿が妙に可笑しくて、思わず苦笑してしまった。

 

「かすみん! ――次のミッションに進むわよ。」

 

 ……そして、トドメだと言わんばかりにパシャリ。

 ハマったんですね。

 

「小心者のための序曲(オーバーチュア)、その三、"循環する三つの協和音(スリーコード)!"」

「スリーコード?」

 

 ――有咲の言う、『小心者のための序曲』というのは、彼女が小心者(戸山さん)のために作ったミッションの総称の事だ。

 ……どうでもいいが、序曲があるなら終曲などもあったりするのだろうか。卒業編とかそういうの。ないか? ないな。

 

 そんなことより、『スリーコード』に関してだが……確か3つのコードを回し続ける曲とかそういうのだったか。

 昨日眺めていた、ギターについてのウェブ・サイトでその名前を見た覚えがある。

 

 有咲曰く、ビートルズの『ツイスト&シャウト』もスリーコードの曲らしい。

 あまりビートルズの曲を聴いたことがないから知らなかった。帰ったら聴いてみようと思う。

 

「へえー」

「かすみんは今日やったGとAにDを加えれば、簡単な曲なら弾けちゃうってこと。でもいい? 昔の人は言ったらしいよ。スリーコードを制す者は世界を制す、って」

「へえ!」

 

 

「うん。ということでかすみん? 三日あげるから、スリーコードの曲を1曲マスターしてきなさい」

「えええ!?」

 

 

 傍から見れば、まるでコントのようにも見える掛け合いだ。見る人次第では笑いが起こるそんな会話。

 

 ……だがしかし、少々雲行きが怪しくなってきたようにも思える。

 戸山さんの顔に、焦りの色が見え始めた。

 

 先程までは穏やかだった空気が、急速に冷たいものへと変わっていく。

 

「スリーコードだし、土日を挟むから大丈夫だって。いずれはちゃんとしたコードで弾いてもらうけど、まずはパワーコードでいいから――」

「そこじゃないの! そこじゃなくて……」

 

 有咲が言い切る前に、彼女がそれを遮らんと声をあげた。

 自分の意思に関係なく、事が進むのは防がなければならないと。そう判断したのだろう。

 焦燥と、微かな拒絶を含んだそれに、有咲は懐疑の視線を向けながらも口を閉じる。

 

 その視線の先に目を向ければ、彼女が俯いているのが見えた。

 

 戸山さんは、辿々しく言葉を紡ぐ。

 

 

「わたし、人前で歌えないの」

 

 

 ――彼女は過去の件で、自分の歌を捨てている。自らが音を奏でる事を諦めてしまっている。

 そんな彼女がここでギターを、音を奏でている事は奇跡とも言えるのだ。

 

 しかし、忘れてはならない。

 何故彼女が今、その奇跡を実現出来ているのかを。

 

 ――――それはまだ、ごく限られた範囲内であるから。

 

『自分の音楽を辱めない』

『自分の音楽を聴かせても問題ない』

 

 彼女はまだ、そう判断した人達の前でしか自分の音を響かせていない。

 だからこそ、この奇跡のような状況が成り立っている。

 

(彼女を知らず、彼女も知らない周囲の目に晒されながら音楽を、何より歌を、彼女が)

 

 ……それは、トラウマに直接目を向ける行為だ。

 現状に未だ馴染めていない今はまだ、それをするのは止めておいた方が良いと……そう、考えてしまう。

 臆病者な自分の心は、彼女の現状維持を提案してくる。

 

 しかし、この問題を放置しておいたままにすることが出来ないのもまた事実なのだ。

 彼女の輝きを復活させようとするならば、どうしてもこの問題に一度はぶつかってしまうから。

 

 完全に解決しなくても。トラウマが解消しきらなかったとしても。

 

 彼女の根底に『自信』というものを刻み付けられたのなら、この育成ゲームを有利に動かせることは間違いないだろう。

 

 ()()()()。リスクは高いが、勝てば大きいこの博打。

 乗るという選択肢も、降りるという選択肢も、どちらも間違ってはいない。

 

 

 そして、それを決めるのは戸山さんだ。

 

 

 ――――彼女はまだ、俯いたままでいる。

 そんな戸山さんに一歩一歩、有咲は歩み寄っていった。

 さながら尋問のようなその風景は、しかし不思議と威圧感やそんなものはなくて。

 

「あんた、自分のこと、何もわかってないわよ」

 

 有咲の両手が、垂れ下がっていた戸山さんの右手をギュッと包み込んだ。

 

「あんたは大丈夫。その星と一緒ならなんだってできる」

 

 親が子を励ますように、彼女は一言一言をしっかりと戸山さんの心へ届ける。

 その温かさは、期待は、確かに戸山さんの心を揺さぶった。

 彼女が顔を上げる。有咲は自信に満ちた表情で語り続けた。

 

「いい?」

 

「大切なのは意志と勇気。それだけでね、大抵の事は上手くいくのよ」

 

 詭弁だと、切り捨てるのは容易なのだろう。そんな訳ないと、否定するのは簡単なのだろう。

 幼少期に理不尽を経験し、ずっと一人ぼっちを強いられた戸山さんは、その言葉をそう切り捨ててもおかしくはなかった。

 

 しかし彼女は、噛み締めるかのように有咲の言葉を繰り返す。

 

「大切なのは、意思と、勇気……」

 

 熱に浮かされたように、魔法にでもかかったかのように、立ち尽くした彼女は呟いた。

 

 

「火曜日にここで発表会をするから。楽しみにしてる」

 

 

 火曜日の発表会。3つ目のミッション。どちらに転ぶか分からない博打。

 

 有咲が発したこの言葉を最後に、その日のクラレンはお開きとなった。

 

/\/\/\/\/\/\

 

 休日を跨いだ週明け。月曜日の朝が来た。

 憂鬱な心持ちの者が多い中、今日も今日とて学校へ向かう。

 

 この二日間は戸山さんとも有咲とも会うことは無く過ごした。

 やった事と言えば、授業の予習とバンドについての勉強くらいだ。我ながら結構真面目だな。

 あと、例の『ツイスト&シャウト』もちゃんと聴いた。

 

 個人練習を言い渡された戸山さんの、この土日の成果は如何程か。

 連絡先の交換をしていないので進捗がどうなっているのか分からないのだ。

 

――――――

――――

――

 

 ……時間が経つのは早いもので、今はもうお昼時。

 食堂へ行く者。教室でグループになって弁当を広げている者。一人で黙々と昼食をとり始めた者。

 四時限目終了のチャイムが聞こえたと同時に、皆が自由に動き始めた。

 まだ数分しか経っていないのに、既に教室はガヤガヤとしている。

 

 斯く言う俺も、空腹を満たす為に鞄からパンとコーヒーを取り出した。

 ちなみにパンはカレーパンとチョココロネの2つだ。どうでもいいな。

 

 いただきます、そう心の中で呟きつつチョココロネの袋を開けようとして――

 

「師匠、それはなんのシュギョウか?」

 

 ――そんな声が聞こえた。唐突に。

 そしてその次の瞬間にガタンと、後ろの席から音がした。……戸山さんの席からだ。

 

 予想してなかった衝撃音にびっくりし、反射的に後ろを振り向くと、そこにはビクビクしながら恐る恐る後ろを見ようとしている戸山さんと……

 

 

 

(…………リ◯ックマ…………)

 

 

 

 ……教室の壁にもたれかかっている、某リラックスしたタイプのクマさんがいた。サン◯ックスの。

 …………なんで?

 

 戸山さんもその、あまりにも意味不明な事態に驚愕しているのだろう。

 顔を後ろに向けたままフリーズしている。

 

「――タンバ流忍術、カワリックマ」

 

 謎の声、再び。発信源は戸山さんの横からだった。

 戸山さんが少々オーバーに仰け反る。……俺の方はといえば、リ◯ックマに驚いていたとはいえ流石に今回はすぐ反応できた。

 

 ……というより、気付かざるを得なかったというのが正解か。

 

 声の主は、既に戸山さんの机に手をついてぬっ、と身を乗り出している。

 目をキラキラと輝かせ、興奮気味に戸山さんに質問し始めた。

 

「なにしてた? ねぇ、なにしてたの? 師匠は授業中、ずっとなにしてた?」

「……な、にも」

「ナ・ニモ!」

 

 納得した様子で、ケハイを断つだとかよく分からないことを呟いている。……何だこの娘。

 まぁしかし、戸山さんが凄い人ということには全力で同意しておこう。ふむ、なかなか見る目があるなこの娘。

 

 2人の様子を見ていたら戸山さんが助けてと言わんばかりに視線を送ってきた。

 取り敢えず、声をかけてみる。

 

「……えっと、君は?」

「む? 誰だ……あぁ、お主はよく師匠のことをチラチラ見てい」

「あー! あー! なんのことかなー!」

 

 ホントなんなんだこの娘!?

 

「んんっ……えっと君は……牛込、りみさんだっけ」

 

『牛込りみ』

 遠くから引っ越してきて今は一人暮らしをしている女の子だ

 居眠り常習犯で、何故かいつも裸足。

 昼休みには颯爽と姿を消してしまうため、知っていることと言えばこれくらいだった。

 なかなかに濃いキャラをしていそうだと勝手に思ってはいたが、まさか本当に、いやその予想以上に濃い性格だったとは……

 

「むむっ! お主、何故私の名を」

「いや、クラスメイトだし名前くらいは」

「何!? 同じクラスの人の名前とは、普通は覚えるものなのか……!?」

 

 意識して覚えようとしなくても、それくらいのことは自然に頭に入ってくるだろう。もう入学して結構経つんだから……戸山さん? 君はなんでそんなに『嘘……!?』とでも言いたげな顔をしているんだい?

 

「……それで、牛込さん。戸山さんに何か用があったの?」

「む、そうだった。師匠! そのナ・ニモを是非私にも…………いや、それはムシがよすぎる話なのだろうな。ならば師匠! あとそこのお主も!」

 

 ビシッと、力強く戸山さんと俺の事を指差しそう言った直後、牛込さんがまた一瞬視界から消える。

 

(……忍術ってすごいなー)

 

 などと、少し投げやり気味に心の中で呟いてると牛込さんが再び視界に入ってきた。忙しないなこの娘

 そしてその右手に………

 

 ……………………なんでしゃもじが?

 

「白米、買わへん? タンバのおいしいお米、炊きたてやで」

 

 炊飯器がどん、と戸山さんの机に置かれる。

 開かれた蓋から白い湯気が漂い、中を覗けばそこには美味しそうなお米が……ある……あるんだけど……うん。もういっか。

 

「……え、え?」

「一盛り二十円。師匠の持ってるおかずと交換でも可。そこのお主のチョココロネと交換でも良いぞ!!!」

「……あげないからね?」

 

 俺の言葉に続いて、おずおずと戸山さんがその押し売りを断る。

 心なしか、目の前の牛込さん……もう牛込でいいや。

 牛込がしょぼーんと眉をひそめている。……本気で、買って貰えるとでも思っていたのだろうか。

 

「おーい、牛込いるかー」

 

 米の押し売りをされそうになっていると、ドアの方から聞き覚えのある大人の声が耳に入ってきた。それは目の前の彼女を名指しで呼ぶ声だった。

 俺を含めた3人がドアの方へ振り返る。そこには予想通り、見慣れた顔の先生がいた。

 

「おお、いたか牛込。……ん? なんだそれは?」

 

 即座に、違和感に気づいた先生がそれを指摘すると、目の前のタンバ娘は顔を背けてちいさく、ち、と舌打ちをした。

 

 牛込がキビキビと炊飯器の蓋を閉め、そして先程のリ◯ックマを拾い上げ、目を伏せながらやや早歩きで先生の元へと向かっていく。

 

「……牛込、お前」

「御免!」

 

 キュッ。ダッ。

 擬音で表すとしたらこんな感じだろうか。

 緩急のある動きで見事先生の脇をすり抜けた牛込はそのままダッシュ。正に一瞬の出来事だった。

 右手にしゃもじとクマ、左手に炊飯器なんてヘンテコなスタイルで廊下を駆け抜けていく。……よくそんな荷物で走れるな。

 

「まて! おい、牛込!」

 

 一瞬呆気に取られた先生だったが、直ぐに気を取り戻し、そして怒声を上げながら彼女の背中を追いかけていく。

 

 広がった、炊きたてご飯のいい香りと、牛込りみという名の嵐が去った、その後の静けさだけが教室に残った。

 

 戸山さんは現実逃避気味に窓の外を眺めている。

 妙に物悲しいその背中を見て、こちらまでなんとも言えない気持ちに……いや、もうなっていたか。

 その背中に、何か気の利いた言葉を投げかけようとしたが……そんな芸当は俺にはできなかった。

 

 局所的な嵐に襲われた我がクラスの昼休みは、形容しがたい、そんな微妙な空気が残ったまま、過ぎていくのだった。




ふぇぇぇニンジャガール書くの難しいよぉぉぉ……

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。


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第9話

書きたいでも書いちゃダメだでも書きたいおいその先は地獄だぞでも書きたい

書いた(馬鹿)

それでは本編をどうぞ。


 今日も今日とてクラレンの時間がやってきた。

 授業という名の長く、苦しい拘束時間を乗りこえた放課後に、いつも通りの場所で、そしていつも通りのメンバーが集結。そして戸山さんの練習の開始する――というのがいつもの流れなのだが、実を言うとまだ練習自体は始まっていなかったりする。

 

「あのね、炊飯器がどんって……、それでね、あのね」

「うんうんうん……ごめん、何言ってんの?」

 

 我らがクラレンでは、練習前に少し雑談をするというのが最早定番となっていた。今は『学校で面白いことがあったか』といった話題で盛り上がっている。

 有咲がまるで戸山さんのお母さんであるかのように、今日1日の出来事を尋ねてくる。

 

 ――今日起こった特筆すべき出来事といえば、やはりあの昼休みの一件しかないだろう。

 そうだ。ニンジャだ。お米の。

 

 まるで嵐のような、あのペンペン草も生えないような勢いのニンジャが起こした珍騒動の顛末を、理解しきれないながらもなんとかして有咲に伝えようと頑張っていた戸山さんだったが……悲しいかな。残念ながら結果は惨敗。

 奇想天外。摩訶不思議。

 もっと適切な表現はなかったのかと思うが、そうとしか形容出来ないのだ。あれは。

 ホント、なんだったんだあのニンジャ。

 

 有咲の容赦がない一言と『なんだコイツ』とでも言いたげな怪訝な視線に傷ついたのか、フラフラとおぼつかない足取りで部屋の隅へ歩いていった戸山さんは、ガックリとそこで項垂れている。

 仕方ない。彼女には少々、荷が重い任務だった……

 

「普通ボーイ、説明よろしく」

「……えっと、しゃもじ装備忍者が米を売付けようとしてきてだな……」

Pardon(なんて)?」

「丹波産。炊きたてだったらしい」

 

 ……まぁ、だからと言って俺がまともに答えられるかといえば答えは『No』だが。

 支離滅裂な俺の回答を聞き、遂に有咲は天を仰いだ。

 

「全く……何? あんたらの学校、変人だらけなの?」

「え……、変人だらけっていうか。私が、知ってるのは……その子だけ、だけど」

「俺も彼女しか知らないな」

「そう。ま、あたしはもう一人知ってるけどね」

 

 ジト目のままじろじろと戸山さんのことを見る有咲。

 頭にハテナマークを浮かべ、戸山さんは首を可愛く傾げている。所作があざとい。

 そんな彼女の膝に、市ヶ谷家の飼い猫であるザンジがぴょんと飛び乗っていた。

 ……うん、なんか絵になるな。

 

――――――

――――

――

 

「そ、そういえば……え、えっと……あの、有咲ちゃんって、どこの学校に通ってる……っていうか……」

「あー、俺も聞いたこと無かったな」

 

 クラトークは終わらない。今度は戸山さんが話題を振っていた。

 

 学校か。こちら(花咲川高校)の話は頻繁にしているものの、有咲の学校事情についてはこれまで一度も聞いたことがなかった。

 何かワケありなのは察していたが、実際の所はどうなっているのだろうか。

 

「……通信制の高校よ」

 

 少し間を開けて彼女が答えた。……これは、聞いてはいけない質問だったか。

 有咲は、なんとも言えないような表情をしている。軽く顰めたその顔は、苦虫を噛み潰したような表情にも見えなくはなかった。

 

「そう、なんだ」

「……すまん」

「別に……。それよりかすみん、スリーコードは大丈夫なの?」

 

 彼女が話題を転換させることで、重くなっていた空気を霧散させる。

 申し訳ないと思うと同時に感謝の念を覚えた。思慮が足りていなかったのは、こちらだと言うのに。

 

「私の学校ことなんかより、そっちの方が大事でしょう。いい? 明日が発表会だからね」

「あ……うん」

 

 スリーコードの発表会。彼女、戸山香澄の最初の関門とでも言うべきこの試練。

 どうやら練習自体は概ね順調に進んでいるようだった。

 有咲の一言が彼女に魔法をかけたのだろう。その面において、彼女の顔に不安という不安は見当たらなかった。

 

 戸山さんの演奏技術や歌唱技術は、恐らく現状では特に問題ない。

 

 ――ならば問題があるのは、それ以外の面。率直に言うのならばメンタルに関してだ。

 

 有咲の魔法があれど、しかしそう簡単にトラウマへと目を向ける事が叶う筈もなく。

 彼女の顔から、未だに強ばった表情が消える気配はない。

 

 彼女は、やはり俯いてしまう。

 

 勇気は貰った。向き合う方法も教えて貰った。

 あとは、彼女自身が踏み出すしかない。

 ……それも、分かっているのだろう。

 

 有咲がついた溜息に、戸山さんの肩がビクリと震える。

 怒られると思ったのか。それとも嫌われると思ったのか。彼女の挙動からは、怯えのようなものが感じ取れてしまった。

 

「しょうがないわね」

 

 だが、有咲の顔は険しいそれではない。

 その顔は僅かに緩んでいて、仄かに優しさを帯びている。

 

 「この程度は想定内」だと、そういう思いもある筈だ。

 だが何より、彼女が、戸山さんのその弱虫加減にウンザリなんかするわけが無いと。妙な確信のようなものがどこかにあった。

 

 甘やかしているのとも違う。しかし、追い立てるように彼女を責めることもしない。この関係を――――

 

(本当の『友達』と、呼ぶのだろうか)

 

「これは今回のミッションの報酬のつもりだったんだけど……特別に先に見せてあげるわ。普通ボーイ、あんたも見ときなさい」

 

 そう言って、有咲は額縁の方へ歩いていく。

 『夢』の文字へと、歩みを進めた。

 

「明日は、こっちのお兄さんで引いちゃおうか、かすみん」

 

 彼女の視線の先へ顔を向ける。

 

 ――そこにあったのは、巨大な箱型のナニカだった。

 

 そのあまりの巨大さと、有咲の身長を超える高さに威圧されてしまいそうになる。

 

 

「いざ! 古より蘇りし"壁"よ! 姿を現しなさい!」

 

 

 ――ドラゴンの召喚。魔道士の最上級魔法。まるでファンタジーの世界にいるかのような錯覚を起こす。

 

 そんな仰々しいセリフとともに、有咲は被さったその布を引き抜いた。

 

 

 

 

「これが、すべてのギターキッズ憧れの、マーシャル(Marshall)三段積みよ」

 

 

 

 

 ……黒く、重く、大きい。

 

 目の前に現れたソレは、彼女の言う通りまるで"壁"のよう。

 

 

 

「うわ」

「おお……」

 

 思わず声が零れてしまう。

 アンプ……だろうか。

 

「真空管アンプだからね、すぐには音が出せないの。あったまるまで待ってね」

 

 待つこと、数秒。どうやら温め終えたらしい有咲の元へ、戸山さんがふらふらと近づいていく。このブラック・ボックスに魅了されているのか、心ここに在らずといった様子だ。

 有咲が使い方や特徴の説明をしつつ、このアンプの見所である――と勝手に予想している真空管について、熱く語っている。

 

 真空の中で輝きを放つそれは、彼女の言う通り確かに〝星〟に似ていた。

 星のカリスマ、星の申し子である戸山さんは、有咲の説明に相槌を打ちながら興奮気味にそれを見つめている。

 

「真空管のアンプは、豊かで、温かみのある音を生み出すの。お父さんはブラウンサウンドってのを、目指していたらしい」

「……ブラウン、サウンド」

 

 

「あたしにはわかるの。マーシャルにつながったランダムスターは、きっと、秘められていた真の力を解放する」

 

 

 ――――肌が、震える感覚がした。

 

 

 あの時、この蔵で〝夢〟を見せてくれたあのギターのその先を――夢の続きを、コイツが見せてくれるのか。

 確かな〝重み〟を感じさせるブラック・ボックスと、真っ赤に輝くランダムスターは、ビッグバンを起こし得るというのか

 

 

 ――震えが、止まらない。

 

 

 『戻れないぞ』と、生物的本能が危険信号を送り続けている。

 それでも、その場を離れようとは思わなかった。どうしようもない俺の魂が、それを聴きたいと叫んでいるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、かすみん、感じなさい! 音圧の向こう側を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――()()()()()()

 

 奏でられる星の鼓動。心震わす宇宙(ソラ)の息吹。

 雷鳴の如く疾走(はし)る星の一撃は、瞬く間に聴くもの全てを虜にする。

 

 未完成な筈のギター・サウンドは、それでも目を、耳を、脳を焼かんばかりのキラメキを包含していた。

 

 残響と共に、音は宙へと溶けていく。

 しかしその熱量は、いつまでもそこに留まり続けていた。

 到底形容することのできない、この湧き上がるモノがなんなのか、何から何までわからないまま……夢を撃ち抜く星の鼓動は、青臭い俺の精神(Spirit)を宇宙の果てまでブッ飛ばした。

 数秒間、体感で言うなら数時間。俺は宇宙旅行でもしているかのような心地だった。

 

 

「……その様子だと、あなたも震えちゃったみたいね?」

 

 

 有咲が声をかけてくる。彼女も興奮しているのだろうか。少し震えの混じったその声が、俺の意識を地上まで引っ張り戻してくれた。

 

「……あぁ、思わず震えてしまった。〝月までブッ飛ぶ衝撃〟とでも言えばいいのかな、あれは」

「さぁね。それにアレは、可能性を秘めてるだけでまだその全部を放出できてないの。マーシャルの調整も完璧じゃないし、かすみんはギターを一鳴らししただけ」

 

 そうだ、俺たちはまだランダムスターの可能性の一端を目撃しただけ。

 口元が緩むのがわかる。宇宙を観測しようとして、その広さに、底知れなさに圧倒されたような感覚。

 

「……どこまで、行くんだろうな」

「どこまでだって行くわ。あの娘とランダムスターなら。……あの調子ならまず手始めに」

 

 深呼吸。そして指さす先には、〝夢〟があった。

 

 

 

 

()に、でっかい穴を開けるでしょうね」

 

 

 

 

 その目は、それを信じて疑っていない。戸山香澄なら必ずやると、そんな信頼がこもっていた。

 

「――そいつは、実にロックだな」

 

 ロックに詳しい訳でもないのに、この言葉が口からついて出てしまった。有咲と顔を向き合わせて数秒。互いに思わず吹き出してしまう。

 何話してるの、と戸山さんがこちらへ近づいてくる。ランダムスターは既にギターケースの中に仕舞ってあった。

 なんでもないわよ、と有咲が返す。マーシャルのSTANDBYスイッチは、既にOFFを指していた。

 

「かすみん、元気は出た?」

「うん!」

 

 ムフーッと鼻息を荒くする戸山さん。気合いは十分のようだ。

 

「発表会、本当に楽しみにしてるんだからね。チンケな音じゃ許さないわよ?」

「……が、がんばりましゅ」

「しゅ?」

 

 三通りの笑い声が宙を舞う。

 本日のクラレンは、これにて終了だ。浮き足立った足取りで、俺と戸山さんはそれぞれの帰路に着いた。

 

――――――

――――

――

 

 春の夜の、少し寒い帰り道の途中。俺は空を見上げて星を眺めていた。

 

(……あ、流れ星)

 

 見つけたその流星は、しかし願い事なんて聞き届けようとしないまま、瞬く間に消えていった。

 ……ケチなものだ。ちっぽけな人間の、ちっぽけな願い事くらい聞いてくれていいものを。

 

『空に、でっかい穴を開けるでしょうね』

 

 ふと、有咲の言葉が反響する。

 空に、穴か。空の果てなんて、遠すぎて到底人の届く範囲じゃない。ましてやそこに穴を開けるなんて、普通ならできっこない。

 

 それでも彼女なら、『やってのけるんじゃないか』と。不思議と、そう思えてしまった。

 

 手で銃の形を作って、それを天にかざしてみる。

 

「――BANG!」

 

 俺には、夢を撃ち抜くことなんてできない。空に穴を開けることもできない。

 ……この弾丸は、憧れの君へ送るエールのようなものだ。

 彼女が皆の前で輝く。そんな日を待ち続けている俺からの、しょぼすぎる応援ソング。

 

(楽しみだなぁ)

 

 そうさ、俺はいつだって、いつまでも、

 

 ――彼女(戸山さん)が皆の夢を撃ち抜く、そんな日をただ待ち続けているのだ。




BanG Dream!の小説版、その文庫版が電撃文庫様より出版されましたね。もう皆様すでにお読みになりましたでしょうか? 私の方はといえば、買ったはいいものの未だ半分程度しか読めていないのが現状です(白目)
小説版は本当に面白いので、もし未読の方がいらっしゃるのであればこれを機に是非……

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。
感想ください(乞食)


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第10話

結構大きなミスをしていたので再投稿。


 陽気な日差しが世界を照らす。雲一つないまま、どこまでも澄み渡っている青空。

 穏やかな晴れの日の通学路。緑と桃色混じる並木道を見て、近付いてきた春の終わりを感じたりする、そんな朝。

 

 遂に発表会当日だ。

 今日の夕方に、一世一代の決戦が控えている……いや、少し大袈裟だろうか。

 別に発表会だけで戸山さんのこれから、その全てが決まるわけじゃない。

 

 ――そう、分かってはいる。だけど、何故か落ち着かないのだ。

 発表するのは戸山さんだというのに、観客に過ぎない自分が妙にソワソワしている。

 期待、不安、喜び、心配。それらが混ざりあって生まれた、不思議な色をした感情。

 

 心に靄はかかっていない。だが、どこか定まりきらない。

 そんな思いを秘めて、学校へと足を進めた。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 教室に入るとすぐ目に入ってきたのは、座っている戸山さんの姿だった。少し早めに登校していたようだ。

 以前の大遅刻を除けば、彼女は特に遅刻も欠席もしていない。このように、自分より早く登校しているということだって少なからずあった。

 

 そんな彼女は現在、何やら机の方を凝視している様子だった。

 右から左へ走る視線。やがて感極まって泣きそうになっている彼女の姿は、見ていて少し面白い。

 そんな光景を見つめながら、俺自身も席に着く。

 

 彼女の直ぐ前の席。俺の存在に気づいていないのか、そもそも気にも留めていないのか。戸山さんがこちらに目を向けることはなかった。

 俺の方からも、特に声をかけることはしない。もう少しの間彼女の観察を続ける事に決めた。

 ……『観察』というとまるで自分が危ない人であるような気がしてくるが、この際それは置いておこう。

 

 そのまま見つめていること数秒。戸山さんが机に何かを書き始めた。

 時折シャーペンのノック・ボタンを額に当て、そのまま見せる思案顔。

 机とシャープペンシルの芯がコンコンとぶつかる音に耳をすませていると、やがて筆が止まるのが分かった。

 満足そうに一つ呼吸をつき、戸山さんはその顔を上げる。

 

「…………」

「……あ、おはよう戸山さん」

 

 ――――まぁそうすると当然、目の前で彼女を見ていた俺と顔を合わせることになる訳で。

 カッと、一瞬にして彼女の顔が赤に染まる。

 

「ち、ちちちち千葉くん!? い、いつからいたの!?」

 

 慌てぶりに反して、声は抑え気味だ。

 その甲斐あってか、数名ちらりとこちらに目を向けたものの、生徒達の大半はこちらに注目することはなかった。

 ほんの少しの意識を向けていた彼らもすぐに興味をなくしたようで、視線は既に元ある場所へと戻っている。

 

「えっと……戸山さんが机に何かを書き始めた辺りからかな?」

「………………へ、へぇー、そ、そうなんだ」

 

 明後日の方向を向きながら、ささっと机を隠そうとする仕草を見せた戸山さん。

 だがしかし、既に見られているという事実に気がついたのか……その腕はヘンテコな軌道を描き、やがて力なく垂らされた。

 項垂れている彼女を横目に、机に書かれた文字や絵を覗いてみる。

 

 その内容によると、彼女はこの机を介して誰かと文通のようなものをしているようだった。

 可愛らしい丸文字でのやり取りが机上で繰り広げられている。よく見るとランダムスターの絵も書いてあった。上手い。

 

 クライブ等の、自分にも覚えのある記述からその日の記憶を想起させたてみたりもしつつ少しの間眺めていると、不意に目に付いたものがあった。

 彼女達のやり取り、その中に何度も出てくる不思議なコトバ。それがどうも気になって仕方がなかった。

 未だ項垂れている戸山さん。彼女との会話の種を作るがてら、これについて聞いてみようと声をかける。

 

 

「戸山さん、POPPINGって――」

 

「POPPING!」

 

「うん!?」

 

 

 

 ――疑問を呈した次の瞬間、直前まで項垂れていた彼女が、目を輝かせながらその言葉を口にした。

 唐突なハイテンションと若干前のめりな姿勢に、思わず仰け反ってしまった。

 息がかかる距離にある、憧れの人の顔。それを直視できなくて、思わず目を逸らしてしまう自分を誰が責めようか。

 

「〝POPPING〟はね、魔法のコトバ! 楽しくなる魔法のコトバなの!」

「え、う、うん」

「この机の向こうの彼女が私に教えてくれたんだ。それ以来、サイテーだった私の心の支え……()()()()になったの」

 

 

 

「このコトバを聞くと、本当に楽しくなっちゃうの! キラキラドキドキして、思わずジャンプしたく、なっ、ちゃ…………ぅ…………」

 

 

 

 ……再び赤面する戸山さん。

 どうやら、今の自分がどんな状態かを把握したらしい。

 

 自分の世界に入り込むと周りがあまり見えなくなってしまうのは彼女の癖であるようだった。今は恥ずかしさからか顔を手で覆ったまま机に突っ伏している。

 ただでさえ引っ込み思案な彼女だから、恥ずかしさは周りが思うその数割増であるに違いない。

 

 ……まぁ、この姿を見た大半の人は『テンション高めの戸山さん可愛い』と思わざるを得ないと思うので、本人以外にとっては特に問題はないだろうけど。

 

 そんなこんなで彼女とのコミュニケーションのようなものを楽しんでいると、予鈴のチャイムがスピーカーから流れた。

 時間は既に八時三十分。散らばっていた生徒達が、自らの席へと足早に向かっていく。

 教卓には先生が立っていて、通信簿らしき冊子を眺めていた。

 

 授業が始まる。一時間目はなんだったか。

「う゛う゛ぅ゛……」と、未だ唸り声のようなものを発している彼女を尻目に、俺はリュックから勉強用具を取り出した。

 

 ……横でニヤついている桂は無視だ無視。

 

/\/\/\/\/\

 

 

 放課後。終業のチャイムを背景に、周りの彼らはまばらに教室を退出し始める。

 帰り支度をあらかじめ済ませていた数名は、気づいた時にはもう既に教室を出ていた。

 

 戸山さんはもう既に教室にはいない。避けられてるのかと思ったが、よく考えてみればいつも通りのことだった。

 それに彼女も、一秒でも早く蔵に行きたかったのだと思う。最終調整など、まだしなければならないことが残っているのかもしれない。

 人前で歌うのは彼女にとって久しぶりのことだから、尚更メンタルを整えなければならないのだろう。

 

 ……斯く言う俺自身も、数年ぶりに戸山さんの歌を聞くことになるのだと、そう考えているうちに改めて認識する。

 朝から収まらない緊張が、より一層強くなる感覚。

 

(ああ全く。何故本人でもないのに、ここまで緊張しているんだろう)

 

 深く息を吸って、吐く。気持ちを落ち着ける。隣の桂からは変な目で見られた。

 誤魔化すようにコホン。一つ咳払いして席を立つ。

 

「じゃあ、また明日」

「またな。戸山さんとうまくやれよー」

「……あぁ、うん。そうする」

 

 ……俺と戸山さんは()()()()関係じゃないからな。戸山さんに迷惑だから、勘違いしないように。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 辿り着いた蔵。中は既に、不思議な空気で包まれていた。

 チューナーを睨みながら黙々とチューニングを続ける戸山さん。それを見守る有咲。一見、落ち着いているように見えるその光景。

 

 しかしよく見ると、有咲はどこかソワソワしていた。戸山さんもまた、僅かに表情が変わり続けていたりする。百面相だ。

 

 戸山さんは言わずもがな。有咲に関してだが……恐らく、我が子の成長を見守るような感覚が少なからずあるのだろう。挙動が、『子供の授業参観に初めて来た親』のそれだ。

 

 いつものように飲みものを置いておく。

 ここから先は彼女次第。観客は見ていることしか出来ない。

 

 ランダムスターのチューニングを終え、戸山さんが立ち上がる。

 セッティングも大詰め。

 ランダムスターの真の力を発揮させる、その準備の最終段階。

 シールドケーブルを用いてマーシャルとギターを接続。つまみを弄ってボリュームを調整。

 

 そして最後にと言わんばかりに、足元のエフェクター――オーバードライブをオンにした。

 

 準備万端。彼女の表情と、彼女の纏うオーラが変わる。

 日常の、おどおどした戸山香澄はもういない。ここにいるのは、星のカリスマである戸山香澄だ。

 

 

(さあ、見せてくれ。――そして、俺達を魅せてくれ!)

 

 

 スタンドマイクの前に立って、目を閉じる。遥か彼方へと思いを馳せる彼女はやがて、輝きを伴ったその目を開けた。

 

 

 

 

『ライブハウス〝夢の蔵〟へようこそ!』

 

 

 

 

 ……昨日以上の、雷が迸ったかのような錯覚。ビリビリと肌が痺れる感覚。

 隣にいる有咲は、その顔を驚愕で染めていた。

 

 ――彼女のステージが、遂に始まった。

 

 マイクの前の彼女は、続けて言葉を発する。

 

 

『聴いてください! 『トゥインクル・スターダスト』!』

 

 

 マイクから離れ、ピックを構える戸山さん。その自信に満ち溢れた表情には、不安の類を感じさせることは無かった。

 

 

 ――そして奏でられた、パワーコードのD。

 

 

 ギターとマーシャルが唸り、響き渡るその音は、楽曲の開始を俺たちにしらせる。

 

 それに続くパワーコードのG、D、A。力強い旋律が世界を揺らす。

 ギターを掻き鳴らすその姿は、伝説のロック・スターを彷彿とさせるようだった。

 

 余韻を残して消えていく、煌めく星の音符達。

 これらを組み合わせたそのメロディは、この場にいる俺達に限らず、多くの人が恐らく一度は聴いたことがあるであろう楽曲の前奏だった。

 

 

 ――――楽曲名は、『Twinkle Twinkle Little Star(きらきら星)』。

 

 

 マイクに口を近づける戸山さん。

 聴こえてくる彼女の歌声。掻き鳴らされるギターの音。

 歌詞はオリジナルだろうか。可愛らしげな言葉が紡がれる。

 

 正真正銘――待ち焦がれていた、彼女の歌だった。

 

 ……夢にまで見たその光景に、想起される()()()の記憶。

 夕焼け空の河川敷。子供達の笑い声。一人歌う女の子。

 

 

 

 目に浮かんだのは遠い過去。河原で歌う――――

 

 

 

『トゥインクル♪ トゥインクル♪ ひーかーるー♪』

 

 

 

 ――――輝く笑顔の彼女()だった。

 

 

 

 彼女の歌う姿が、心の底から楽しそうに歌う彼女の姿が大好きだった。

 自分に出来ない事をする、そんな彼女に憧憬の念を持っていた。

 

(もう見れないと、思っていたのに)

 

 きらきら光る空の星は、彼女の歌を祝福している。

 『貴女の歌は届いている』と、微笑み返す空の煌めき。

 

 

『YOU WANTED THE BEST!』

 

 

 今、この瞬間。

 

 俺は確かに、求めていた〝最高〟を手にしていたんだ。

 

 

――――――

――――

――

 

 

「うきゃー!」

 

 ライブの終わり。余韻に浸っている戸山さんに、弾丸のように有咲が飛び込んでいった。

 凄い凄いと言いながら、戸山さんの手を掴んで何度もシェイクしている。

 じゃれ合っている彼女達の間を割って入っていくのは少々の躊躇いがあった。

 

 だけど、どうしても彼女に伝えたいことがある。

 伝えられなかった、伝えたかったあの時の思い。それも全部詰め込んだ、溢れんばかりの感謝の念。

 

「戸山さん」

「あうあうあうぅ……ふゎっ、ち、千葉くんっ」

 

 ――彼女を前に、強く脈打つ心臓の鼓動。

 輝きと興奮(キラキラドキドキ)は、未だ心に留まり続けている。

 

「……俺さ、もう戸山さんの歌、聞けないと思ってたんだ」

「う、うん。……私も、また誰かの前で歌うなんて……夢にも思ってなかった」

 

 頬を染めて、照れくさそうに笑う戸山さん。

 先程まで鮮烈なまでに輝いていたあの姿は既になく、その顔に花のような、優しげな表情を浮かべている。

 ……ギターを持った彼女の姿は本物で、決してハリボテなんかじゃない。

 だけど、この穏やかな姿も戸山さん本来のもので。

 どちらも戸山香澄に違いなくて、どちらの姿の彼女もとても魅力的だった。

 

(伝えるんだ。あの時伝えられなかった言葉を。終ぞ言えなかったあの言葉を)

 

「……戸山さん」

 

「俺に、俺達に、〝最高〟をくれて、本当にありがとう――――」

 

 

 

#########

 

 

 ……過去を振り返る度に、こう思う。

 〝戸山香澄()()()物語〟はきっと、これを最後に幕を閉じたのだ。

 

 

#########

 

 

 

 

 

「――そこまでだ! おまえたちっっ!」

 

 

 ――突如として開け放たれた扉。扉の先にいた彼女は、トラブルメーカーのニンジャ・ガール。

 

 

「そんな、(ガレージ)ロックは認めない!」

 

 

 ……『どうやってここまで来た』だとか、疑問が頭の中に浮かぶ。

 まるで最大風速数十メートル毎秒の台風がこの蔵に直撃したかのような、そんな感覚。

 

 

 

 

 

 

 ――――この出来事(イベント)こそが戸山さんの物語、その次のステージへの分岐点。

 

 結果としてそうなることなど露程も知らないまま、その時の俺は頭を抱えていた。




遂に10話ですね。短編を合わせると11話ですが……。
物語もまだまだ序盤。これからもお付き合いいただければ幸いです。

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。


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第11話

【注意】後半オリジナル強めです。


 

「……で、意気揚々と飛び入り参戦してきた牛込りみさん?」

「はい」

「お前の頭には常識やマナーというものが存在しないのかと、問い詰めたいのは山々なんだが……この際それは置いておこう」

「はい」

 

 ライブ終了後の興奮に浸る間もなく、突如迎えた急展開。

 見慣れた広いおでこと、ピンクの髪留め。

 我がクラスにおける前科一犯(罪状:炊飯)のお騒がせ少女が、何の前触れもなく市ヶ谷家に現れた。後ろに効果音でもついていそうな、そんな勢いと共に。

 

 そしてその数分後、ちょっとしたコントのようなものを経て今に至る。

 

 構図を言うと、部屋に牛込を正座してその前に俺が立ち、その後ろに戸山さんと有咲がいるというものだ。取り敢えず有無を言わさず正座をさせた。拒否権などない。

 言いたいことは山ほどあるが、俺の説教で戸山さんに無駄な時間を過ごさせるわけにはいかなかった。

 

 故に、最も聞きたいことを単刀直入に質問させてもらう。

 

「それで、だ。さっきの戸山さんの発表会のどこが気に食わないのか、聞かせてくれないか」

 

 ……それは、純粋な疑問。

 彼女の歌は、確かに素晴らしいものだった。

 だがそれは、あくまで俺個人の……いや、おそらく有咲にとってもだが、それでもごく限られた者達から見たものに過ぎない。

 

 だからこそ、他人から見て彼女に何が足りないのか。それを知るのは戸山さんにとっても有益なことである……と思う。

 押しつけがましいかもしれないが、彼女の成長に繋がることはどんどんやっていきたい。

 

 そう。例え発言者が、このお騒がせ娘だとしてもだ。

 

 

「……足りないの」

「足りない?」

「……た、足りないって……なにが、よ」

 

 後ろで有咲が問いを投げる。その横で戸山さんもうんうんと首を縦に振っていた。

 

「て、い、おん。低音が足りなぁいたぁ!?」

「おいおい、立っていいとは言ってないぞ」

 

 ……語尾を伸ばしつつ立ち上がろうとする彼女の頭に、素早く手刀を落とす。

 女性への対応としては最悪であるだろうが、もう彼女に対してそこら辺を気にするのが面倒になってしまったのだ。

 

 この娘、放っておけば何をやらかすかわからないから動きを制限しておかないと……

 

「え、えっと……千葉くん? 私達は大丈夫だから、その娘に正座を崩させてあげて?」

「そうだそうだー」

「おだまりニンジャ……でもまぁ、戸山さんが言うなら……仕方ないか」

 

 ……戸山さんがいいなら、別にいいか。

 そう思い、彼女の正座を崩させた。

 未だニンジャが頭を抑えてジト目で睨んでくるが気にすることなく、先程の発言の真意を追及する。

 

「で、低音が足りないんだって?」

「そう。低音のないロックなんて、福神漬けやらっきょうがないカレー。六弦だけでは、スイコウできないニンムがある」

 

 なんの任務なのか。

 

「ねえ、四弦はないの?」

「……有咲」

「えっ……あ、あるけど」

 

 有咲の視線に釣られるかのようにりみが素早く移動した。目にも止まらぬ動きに、有咲の目が点になっている。

 

「四弦あった! あ! ベースアンプもって痛ぁい!」

「だから勝手にちょこまか動くな。人の家だぞ」

 

 他人の私物を勝手に触るのはよろしくない。常識だ。弁えるところは弁えないとな。

 ……使うならせめて、一言断っておかないと。

 

「……で、これ弾きたいのか?」

「うん!」

「……というわけで、有咲。いいか?」

「……あ、えっと……い、いいわよ。ちょっとだけなら」

「わーい! おおきにやで!」

 

 急に関西弁になり、喜びの表情を隠そうともしない牛込。これだけ見てると可愛いんだけどな……

 彼女は有咲からチューナーを初めとした器具を受け取りながら、手馴れた様子で準備を進めていく。やはり経験者なのだろう。

 

「――いざ」

 

 ――空気が、変わる。

 やがてベースアンプの前に仁王立ちした彼女は、纏うオーラを猛々しいものに変えてこう言い放った。

 

 

「あなたたちの音楽には、決定的に足りないものがある!」

 

 

 兎のようにぴょん、とその場で跳ねた彼女。そして奏でる、軽快なリズムのベース・サウンド。

 同じ四小節の繰り返し。しかしそこには、確かな熱がある。

 ――――あぁなるほど、これは確かに

 

(あんな啖呵を、切れるだけのことはある)

 

 ……純粋に、凄いと思ってしまった。

 

 低音だけだが、それでもその演奏は力強くて。

 彼女の全身から、彼女がどれほど音楽を、音を楽しんでいるかがわかってくる。

 

 彼女のベースは、周りにも音を楽しませる。そんな力があるように思えた。

 無意識に腕を組みながら、指でリズムをとっている自分に遅れて気づく。戸山さんや有咲も、彼女につられてリズムをとっている。

 

 ………………だが、これは一体いつまで続くのだろうか。

 

「……なぁ牛込。他のフレーズって弾けるか」

「……」

「あの、他のフレーズ」

「……」

「だめだこりゃ」

 

 完全に入ってしまっている(・・・・・・・・・)

 もとより俺に対する興味関心は薄いのもあるのだろうか。俺から話しかけてもピクリとも反応しない。

 

「……あ、あの、りみちゃん……」

 

 そうこうしていると、後ろから戸山さんの声がした。

 駄目だ戸山さん。このニンジャ話しかけてもちっとも反応しな――

 

「……師匠!?」

(するのかよ)

 

 思わずずっこけそうになってしまう。

 

「……えっ、もしかしてさっき歌っていた人って師匠なの! まるで別人!!!」

「え、えっと」

「気配を消すだけでなく変わり身まで……やはりできる! そ、それより師匠が何故ここにィッタイデコガァー!?」

「……あのさ、お前の脳内には冷静沈着という概念が存在しないのか?」

 

 オロオロしている戸山さんに怒涛の勢いで迫る牛込を、デコピンで黙らせる。

 そろそろしつこいぞ。頼むからもう少し『自重』という言葉を覚えてくれ。

 

「痛い……あんまりだ……」

「牛込はもう少し落ち着きを持ったらどうなんだ……」

「そんなことより師匠はなんでこんなところにいるの?」

「そんなことよりって……というか『こんなところ』ってそれは」

「――それは! こっちの台詞よ!!!」

 

 ……鬱憤を晴らすかの如く、割り込むように有咲が叫ぶ。

 かなり頭にきているのか、実に刺々しい雰囲気を身にまとっていた。

 

「勝手に人の蔵に入ってまぁ好き勝手に言ってくれちゃって……演奏はよかったけど、あえて言わせてもらうわ。あんたこそなんなの? どうしてこんなところにいるの?」

 

 鋭い視線で牛込を睨み付ける有咲。だが、そうしたくなる気持ちも分かる。

 ……ここは、彼女の家で、彼女の部屋で、彼女にとっておそらく数少ない居場所だ。

 そんな場所で見知らぬ者が好き放題しているのは、繊細であろう彼女にとっては常人以上に許容しがたいことであるのかもしれない。

 

 

「それは……あ、そうそう。ホカクだ」

「――は?」

 

 

 ――しかし、そんな有咲の怒りに露ほども怯えたりすることなく、あっけらかんと彼女が何故ここに来たかを口にする。

 

 有咲の剣幕が凄いあまり、会話に入っていけそうになかったから傍で聞いていたが、どうやら彼女はやはり明確な目的を持ってここに来ていたようだ。

 

(……捕獲とは、これはまた物騒な言い回しだな)

 

 牛込は話を続ける。

 

「ホカクの用事で来たんだけど、あなたたちの音に感動……、じゃなくて、ついモノ申したくなって」

「……モノ申すって、あんた随分とえらそうじゃない。それだけ言えるなら勿論さっきのあれ以外で、私たちを唸らせるようなフレーズも弾けるのよね?」

「……えっと」

「なによ」

「他の、フレーズ」

 

 有咲がまるで、先程の俺の発言と似たようなことを言っている。

 延々繰り返していた同じ1フレーズ、あれ以外にも弾けるなら彼女は本物だ。

 

 だが、有咲がそう聞いた途端に挙動がおかしくなった牛込の様子を見る限り、どうやらそんなことはなさそうで。

 全力で目を泳がしながら、妙にソワソワしていた。

 痺れを切らした有咲が口を開きかけた、その次の瞬間――

 

「――――ご免!」

 

 ――先日目にした時と、同等の精度を誇るターン&ダッシュ。

 ……以前は教師を抜いた彼女の技で、今回は戸山さんの脇をすり抜けて逃げていった。

 

「あっ、ちょっとあんた! 待ちなさい!」

 

 ――有咲の叫び声が、虚しく響く。

 彼女の姿は既に見えなかった。なんて逃げ足が早いのか。

 

「……んなのよ……」

「あーっと、有咲?」

 

 

「……ほんとに、なんなのよ……もう……」

 

 

 ……今にも崩れ落ちそうな程の雰囲気を身にまとい、虚しく立ち尽くす有咲の肩に、無言で手を乗せる。グスンと、鼻をすする音が聞こえたような気がした。

 

 ……そして、数秒後。落ち着きを取り戻したらしい彼女は恥ずかしさからか、行き場のない感情を発散するためか、俺の鳩尾に肘鉄を喰らわせてきた。解せぬ。

 

 

/\/\/\/\/\

 

 

 次の日の放課後。

 部活動の申請書の締切が間近ということで、俺は桂と教室に残っていた。

 

「さて、どうするよ」

「んー」

「うんうん分かるぜ。悩むよな。一回きりの高校生活だ。華やかに行くか、それとも泥臭く行くかは人によりけりだもんな!」

「そうだねー」

 

 「そんないかにも無関心な感じで流すなよー」と項垂れる彼を尻目に、ぼーっと廊下を眺めてると、戸山さんとニンジャが歩いていくのが見えた。

 ……牛込がまた何か変なことを吹き込むんじゃないかと立ち上がりかけたが、ここで着いていくのはただのストーカーだと、すんでのところで思いとどまる。

 

「それで……ん? どうした修斗」

「あーいや、なんでもない。続けてくれ」

「そっか。それでだが、お前一度も部活動見学も体験してないだろ?」

「そう、だな」

 

 そうだ。この数日は蔵に入り浸っていた為、この学校にある部活動をある程度把握することすらできていない。

 ……部活動要項すら、見る気が起きなかったから。

 

「流石に体験はもうやってないだろうけど、見学くらいなら行けるだろ。締切近いし、1回だけでも行ってみないか?」

「……それも、そうだな」

「うっし、そうと決まれば早速いくか!」

 

 ちなみにこの桂という男、中学までは野球をやっていたらしいが、高校でも入るかどうかはまだ少し決めかねているようだった。入部の申請書には、薄く消し跡が残っている。

 

 そういうこともあり、こうやって放課後に俺と一緒に残っていた。

 

(……今日は蔵に行けそうにないな)

 

 連絡手段もないので、無断欠席みたいな形になるが今日はお休みだ。

 

 

 ……もとより、今日は蔵に行くつもりはなかった。

 戸山さんの発表会も終えたのに、未だに決めきれていないのは、さすがに先延ばしのしすぎだ。

 

 迷いなんて、ないはずだから。

 俺もそろそろ、決めなければいけない。

 

 ――これから先の、高校生活。その指針を。

 

――――――

――――

――

 

 ……結論として、部活動見学は確かな意味があった。

 自分の中の意思、自分がやりたいこと。何をしていくつもりなのか。その再確認として。

 

 

 サッカー部を見に行った――興味は湧かなかった。

 野球部を見に行った――興味は湧かなかった。

 バスケ部を見に行った――興味は、湧かなかった。

 

 スポーツ系の部活動はほとんど見て回ったが、これといって興味を引くものはなかった。

 

 文化系の部活動も見に行った。文芸部にイラストレーション部、他にもいくつか。

 だけど、どれも面白そうには思えなかった。

 

 最後に見に行った軽音楽部に至っては、戸山さんの演奏と比べ始めてしまった。

 失礼だとわかっているが、どうしようもないほどに――――あの輝きに溢れた音楽が、頭に浮かぶ。

 

「さて、これで大体の部活を見終わったけど……お前の目に適うような部活はあったか?」

「……」

「……そっか。まぁそうだよなー……お前、どれもつまんなさそうに見てたし」

 

 ……どうやら、顔に出ていたらしい。

 傍から見ればそう映る程に、俺はポーカーフェイスというものが苦手なようだ。

 

「……すまん」

「気にすることねぇよ」

 

 沈黙が包む。

 桂は気まずそうに頭を掻いている。

 なにか話そうとするが、上手く言葉にできない。

 

「……何も見ずに決めちまうのは勿体ないから一応誘ったけど……多分お前、どの部活動に大した興味は持っていないだろうって前から思ってたから」

「それは……」

「……こっちこそ悪かったな、付き合わせちまって。こんな風に誘っておいて、こういうのも何だけど――別に部活に入る義務なんてないさ。折角の高校生活だ」

 

 一呼吸。

 苦笑いしながら、彼は次の言葉を紡いだ。

 

 

「――やりたいことをやる方が、楽しいさ」

 

 

 言いきられるような形になった。だがその言葉はストン、と胸に落ちた。

 『楽しい』、か。そうだな。

 

 

「……あぁ。まさに、その通りだな」

 

 ごくありふれた言葉は、しかしそれこそが真理だった。

 

 やりたいこと。それはもう、分かりきっていた。

 ……あの日から、もう全てわかっていたんだよ。

 今は『それ』だけが俺のやりたいことで、それをしている時が一番楽しいんだ。

 

 

「さてと、じゃあこの話はここで終わりだ。そうだな……帰りに飯でも食いに行くか?」

「……あぁ、行くか」

 

 

 ……いずれは、答えを出さなければいけなかった。

 部活動という小さなことでさえ、今まで目を逸らしていたのだ。

 ただただ我武者羅に、やりたいことだけをやって。

 

 結果としていえば、それでいいのかもしれない。だけどその為には、然るべき心構えというものがある。

 自分の行動には、『芯』がなかったのだろう。

 やりたいことをやるためには、それ相応の決断がいるのだ。

 

 故にこれは、俺にとっての最終決定。

 心は既に決まっていた。だから今度は、それを行動に移す必要があった。

 

 

 ――日が沈む。一日の終わりを感じた。

 夕焼け色の空模様は幻想的で、青空や夜空とはまた違った顔を見せている。

 

 十分も経たないうちに、空には星が輝いているのだろう。

 鼓動すら感じさせる満天の星が、黒い空で輝いているはずだ。

 

 短く、端的に、本当にどうでもいいことを口にする。

 

 

 

「ありがとう。そしてごめんな。――俺は部活、やめとくよ」

「…………あぁ、それがいい」

 

 

 

 残照が、仄暗い空を照らしていた。

 

 ――――星が見えるまで、あと数分(すこし)




お久しぶりです。更新を1ヶ月以上空けてしまい申し訳ありませんでした。
これからはせめて最低月一更新をですね……したいなぁ……

前書きでも言いましたが、後半は最後までオリジナル要素たっぷりでした。純粋なバンドリ二次ssをお待ちしていた方には大変申し訳ないことを致しました。だが私は謝らない(謝れ)

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。


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第12話

平成最後の更新。



 スピーカーから、聞き慣れた鐘の音がきこえてくる。

 黒板を走っていたチョークは動きを止め、教壇にいる教師が授業の終わりを告げた。

 

 キリーツ、レーイ、アリガトウゴザイマシター。

 

 気の抜けた挨拶と共に、昼休みが幕を開ける。疲労感と空腹感を覚えながら、鞄に入った弁当箱を取り出した。

 朝早くから昼食を作ってくれる母親に、感謝を覚えずにはいられない。空腹時は特に。

 

 ちらりと、右隣の席を見た。いつもならそこにいる桂は、今日はほかのクラスメイトとご飯を食べに行ったようだ。

 孤立しているほどではないものの、あまり誰かと密接なつながりを持たない自分とは違って、彼はかなり社交的な性格であった。

 

 ……まぁ彼がいないからと言って、特段何かが変わるという訳でもない。毎日彼とご飯を食べている訳では無いのだ。

 授業の疲れからからか、少しでも動くことが億劫になる。頬杖をついて、そのまま無気力にぼーっと顔を動かさずにいれば、視線の右隣――要するに、自分の席の後ろなんだが――そこから戸山さんが、自分の席で突っ伏している牛込りみの方へ近づいていった。

 

 彼女たちはいつの間にそんなに仲が良くなったんだ。そう思ったのだが、どうやらそれはただの勘違いのようで。戸山さんの表情は少し硬い。

 昨日、部活動のことで教室に居残りしていた際目に入った二人の姿は、多分見間違いではなかったはずだ。その時のことも関係しているのだろうか?

 砂漠で乾涸びかけている旅人のように、まるで生気がない様子のニンジャに、戸山さんが話しかけた。聞く限りなにやら残金が二十円らしい。かろうじて聞けたのはそれくらいだ。

 そんなに大きい声で話している訳ではなく、彼女たちも弁当を食べながらの話なので、流石に間に割って入っていく気にはなれなかった

 

 ぐぎゅるるる。彼女たちの方を向いていると、腹の虫が「早く食べ物をよこせ」と主張してくる。

 ……昼休みをこれだけで終わらせるわけにもいかず、だからといって間に入って行くわけにもいかず。

 結局、彼女たちの話を聞くのをやめて弁当箱を開ける。

 

 ……その後聞こえたドシロート発言だけは聞き捨てならなかったが、既のところでぐっと堪えた。

 

 

/\/\/\/\/\

 

 

 1日来なかっただけなのに随分と懐かしく感じるのは、それが自分の中で一種の日課のようなものになっていたからなのだろうか。

 学校からの帰り道。蔵へと向けて歩いている時にふと考える。

 ルーティンというものは、思っていた以上に人間にとって、少なくとも自分の中では非常に大きいものらしい。なにか違和感のようなものを、昨日の夜は拭いされずにいた。

 

 でもそんな違和感は、ここに来れば吹っ飛んでしまう。

 見えてきたいつもの場所。見慣れた古い民家。

 

 『楽しいこと』は、すぐそこだ。

 

――――――

――――

――

 

 

 いつも通り飲み物を持って、現在地は蔵だ。歩いていると、ふと有咲の声が聞こえてきた。

 梯子階段を登った先にある彼女の部屋。その扉の隙間から、僅かに声が漏れ出ているのがわかる。

 

「あの子もシロートだよ!」

 

 扉を開けて中に入ると、「うがー!」と蔵の王が唸っていた。

 戸山さんは、困り顔で目を逸らしている。

 

「おいおいどうした。揉め事か?」

 

 多分ニンジャのことだろうけど。

 

「ん!?……あぁ何だ、普通ボーイか」

「お、おう。一日ぶりの普通ボーイだ。……昨日は連絡なしに休んでごめん」

「あー、いいのよそれは。あんたはお手伝い係だし、そもそも私に、無理やりあんたをどうこうする権利なんてないからね。で、そんなことよりもかすみん!」

 

 有咲が強い視線で戸山さんの方をむく。俺と有咲の会話している姿を見ていたらしい戸山さんは、有咲の相手を射殺さんばかりの視線を受けて、反射的に目を逸らしていた。

 

「かすみん! ちゃんと誘ったの? ドシロートって言われて、それであっさり引き下がったんじゃないの?」

「……だって……しょうがない、かな、つて」

 

 聞く限り、どうやら昼頃のあれは牛込を勧誘しようとしてのことだったらしい。

 そしてあのドシロート発言は大方、「貴女達みたいな素人と一緒にやりたくない」などといったプロ意識のようなものから来たものなのだろう。

 ニンジャの随分と上から目線な発言に、思わず苦笑してしまう。飛び入り参加したにも関わらず、結局一フレーズを延々リピートしていただけで終わったというのに。

 

 ……まぁ、俺はそれすらできないのだが。それに一フレーズだけとはいえ演奏の質自体は高かったんだよな……初心者目線からの感想だが。

 

 有咲が戸山さんに、そんなんじゃすぐにワゴンセール行きだと言っている。失礼な。戸山さん関係ならアルバムだろうとなんだろうと、売り残りそうならば俺が買い占めるというのに。まぁそもそも? 戸山さんの歌声が売れ残るはずないんですけどね?

 

「……明日は、学校に、行こうよ」

 

 ……なんて、一人くだらない思考の海に沈んでいると、既に話題は変わっていた。

 その話題は有咲に振るには確かに筋が通っていて、だけど少し違和感があった。

 気になったところを質問する。何気ない質問を投げかけた。

 

「あれ、有咲って通信制じゃないのか?」

 

 ……そういった途端に空気が凍ったから、地雷を踏んだかと若干の後悔を覚える。有咲の学校事情については、やはり触れてはならなかったか……?

 二人の体がビクッ、と震えた。

 

「げっ」

「『げっ』て……えっと、聞くのはまずかったか?」

「……えっ、えっと……有咲ちゃんはね」

「お、おう。有咲は……?」

「えっと、その、うぅ……」

「――ちょーっと待ったかすみん。もうこの際だし私から話すわ……」

 

 なにやら疲れたような表情で、有咲が戸山さんを静止する。首の後ろに手を回して、ハァ、と溜息をついていた。

 少しの間泳いでいた視線がこちらへ向き、彼女は自分が嘘をついていたと告白する。要するに、彼女はうちの生徒で戸山さんの隣の席、不登校少女その人だったらしい。

 

 ……考える。どう反応すべきか。

 何故嘘をついたと怒るべきか? 事情を察して同情でもするべきか?

 いろんなリアクションが頭に浮かんでは消える。結局考えた末に出たものといえば……

 

「……えっと、そうなんだ」

 

 ――それだけ。実に淡泊なものとなってしまった。

 

「……案外あっさりね」

「だってなぁ……」

 

 どちらにせよ、彼女に何かしらの事情があるのには変わりないだろう。

 通信制に通っておらず、おそらく定時制に通っている訳でもない。そもそも不登校少女の正体が彼女なのだから……まぁ、それはつまり引きこもりだ。不登校とも言う。理由無しに、不登校になんてならない……はずだ。

 それに、彼女のその事情について、俺にはそう言える根拠ともいえる推察があった。正しいか確証は持てないのだが。

 ……彼女は、父親を亡くしている。家の様子を見る限り、恐らく祖母と二人暮らしか、母親が仕事に出ているか。

 それが関係しているのだろうか。彼女はどうやら、この質店の経営に携わっているらしい。祖母も手伝っているのか、そこまでは分からないが。彼女はもう、ここで実際に働いているのだ。

 

 だからこそ、踏み込めない。彼女からその情報を明かされたとて、自分からの反応は「成程」で事足りてしまう。淡白なものになってしまう。深くまで踏み込もうとしても、足が動かないから。

 

「俺からは、有咲に無理して学校に来いなんて言えない。どうやら有咲を連れていきたいらしい戸山さんには……本当に、申し訳ないんだけど」

 

 戸山さんのファンだし、彼女のためならなんだってやりたいが……流石の俺も、その手の話が絡んでくると精力的には協力できなくなってくる。

 

「え、そ、そんなぁ……」

「あぁ、いや。戸山さんが悪い訳では無いし、貴女が誘う分には問題ないんだ。ただ俺に、その役目を全うできる自信が無いだけ」

「……よくわかんないわね。何がしたいのよ、あんたは」

「ぐっ」

 

 それを言われると痛い。

 ……俺はただ、臆病なだけなのだろう。深く踏み込みすぎて、相手を傷つけるのが嫌なだけだ。踏み込まずにいれば、かつての戸山さんみたいなことになるかもしれないと分かっているのに。それでも俺は、踏み出せない。

 

 『楽しいこと』だけ見ていたい。していたい。どうしようもなく卑怯で、どうしようもなく平凡なのだ。

 

「……あーもう。その話は終わり! そんなことよりも――」

 

 先延ばし。話題を打ち切り、彼女は次の話を始めた。それを傍から聞く。

 ゲームソフトが売れた。キーボードを買った。夢を撃ち抜きたい。練習で忙しい。

 戸山さんの育成ゲームなるものは終わってなかったようで、まだまだミッションは残っているらしい。そして彼女も、このゲームに参加したいのだとか。

 

 彼女が学校に行かない理由のひとつを挙げた。彼女は益々、蔵の内へと篭ろうとしている。戸山さんの望みと裏腹に。

 

 ――夜が、更けていった。

 

/\/\/\/\/\

 

 

「あの、千葉くん……ちょっといいかな」

 

 翌日、気落ちした様子の彼女が声をかけてきた。

 机に描かれた文字の並び、そこを意識しながら、緊張を帯びた声音で。

 

「えっと、どうかした?」

「その、ちょっと、相談事が」

 

 ……聞いた内容を要約すれば、戸山さんが二人の人物の間で板挟みになっているとのことだった。

 AさんやBさんといった呼び名ではあったが、誰のことを話しているのかがなんとなくわかった気はする。昨日のことだろう。膠着状態。デッドロックというやつだ。

 そして、それの解決案を求めて送ったであろうメッセージ。机越しの彼女から来た、そのメッセージへの返信、それについても教えてくれた。

 ……それなら彼女は何故、俺に相談を持ちかけたのか。最も信頼できるであろう彼女から、もう答えはもらっているというのに。

 

「どうしたら、いいのかな……」

「うーん……戸山さんも気づいているかもしれないけど、貴女はもう、『彼女』に答えを貰っているはずだ。どうすればいいかも、多分わかっているんだよね? 俺から言えることなんて――」

「えっと、そうなんだけど! そうじゃなくて……その……」

 

 入学以来、彼女と関わる機会は多くなったとはいえ、彼女を支えているのはきっと彼女なのだ。心の支え。精神の支柱である彼女は、戸山さんにとって大きな存在だろう。

 

 俺から、有咲に働きかけることはない。

 牛込を勧誘すること自体は出来るだろうが、多分簡単に突っぱねられて終わりだろう。

 

「……えっとね、戸山さん。これは俺から送るちょっと無責任な提案だ。聞き流してくれてもいい」

 

 だからこそ、俺にできることは、一ファンに伝えられることはとてもシンプルで。

 見方によっては身勝手で、でも心の底から湧き上がったこの思いだけだった。

 

「――貴女のやりたいことをすれば、いいと思う。貴女にとっての『楽しいこと』を、やればいいんじゃないかな」

 

 義務感や責任感で雁字搦めになるならば、彼女には自分がやりたいことをやって欲しい。

 そもそも彼女は歌が好きで、ロックが好きで、彼女にとって楽しいことをやっているからこそ、見ているこっちも楽しくなるのだ。

 ……普通の人なら、もっと冷静に考えるべきだと言うかもしれない。やりたいことだけやって、全て上手くいくなんて極小数。ありえない事だと言われてしまうから。

 

 でも彼女は、その『ありえない』を『ありえる』に変えてしまう。そう思わせるパワフルさがあった。

 だからこそ、彼女は自分の道を歩いて欲しい。その輝きを腐らせないで欲しい。

 その星の光は、彼女にとっての最高を掴もうとすれば、更に輝きを増すはずだから。

 

「私にとって、楽しいこと……」

 

 ――彼女の表情が少し晴れる。

 どうやら答えを、やりたいことを見つけたようだった。

 

 先延ばしはこれでおしまい。彼女にとって、『楽しいこと』はなんなのか。自問自答の終焉。

 

 物語は進む。あとはただ、己も前へと進むだけだ。

 

##########

 

 

『二人とも! 最高が欲しいんでしょ!』

 

『私は欲しい! キミも欲しくはない? 輝きの、その先を!』

 

『踏み出そう。さぁ、飛び出そう!』

 

 

 

『わたしたち、一緒に〝音楽(キズナ)〟を奏でよう!』

 

 

 

#########

 

 

 キラキラ光るお空の星は、曇り空では輝けない。輝いてはいるけれど、皆がそれに気づかない。

 それじゃダメ、なんだと思う。彼女はただ光るだけの星じゃない。曇り空なんて吹き飛ばす、最高にロックなキラキラ星。

 秘めていたカリスマを轟かせ、ありのままに輝く彼女は、やがて星々を惹きつけるのだろう。

 

 ……なんて気取った考えを頭に浮かべ、のんびりとマイペースに通学路を歩く。踏み慣れたコンクリートの上を、一歩一歩歩いていく。数日の間に起きた出来事を、寝起きのぼんやりとした頭で思い返していた。

 

 まず最初に語らねばならないことと言えば、戸山さんのパーティーに仲間が増えたことだろう。

 市ヶ谷有咲に、牛込りみ。彼女達の歩む未来が重なった。ギターボーカルにキーボードとベース。演奏の幅が大きく広がったし、戸山さんの進化にも繋がるだろう。

 

 そしてそこから、少し大きな変化があった。戸山さんは、彼女たちと通学しているらしいということだ。

 今まで一人だったのにと、彼女は笑顔で語ってくれた。賑やかで会話の絶えない、楽しい通学路が眩しく思える。

 

 変化は一つだけじゃない。有咲が学校に来るようになった。

 そして分かったことだが、彼女の気の強さ、自信は、どうやら彼女の領地だけのものだったらしい。

 学校に来るやいなや、文字の濃さが変わるかの如く、小さくか細い声で話すようになるのだ。

 そう、つまり蔵弁慶。りみからはクラベン系女子と言われていた。なかなかに不名誉だとは思う。案の定、彼女は不満そうだった。

 

 どうでもいい変化も言うならば、牛込りみのことを『りみ』と下の名前で呼ぶようになったことか。

 『りみりんと呼べ』とうるさいのだが、さすがにそんな呼び方はできない。妥協案として、彼女を下の名前で呼ぶことになった。

 普通、こういうのは恥ずかしいものでは無いかと、そう思うのが普通だろう。

 ……まぁ有咲で慣れていたのもあるが、何よりニンジャだからそういった感情は起きなかった。悪いなニンジャ。日頃の行いが悪い。

 

 

 びゅう、と暖かい風が通り抜ける。

 目線をあげれば、緑が芽生えた桜の木。季節の変化を思わせる景色が広がっていた。

 景色も、温度も、なにもかも。今までとはまるで違う感触のように思える。

 

 

 季節が変わり、春が終わる。

 

 

「ぐっもーにんだ。今日のおかずはなにかお聞かせ願おう。ほれ、言ってみ? 言ってみ?」

「いや、あんたは会って早々に何聞いてるのよ……おはよう、普通ボーイ」

「あはは……おはよう。千葉くん」

 

 聞こえてきた三通りの声。

 ……これが、最後の変化。ちっぽけで、何気ない、そして些細な。俺にとっての、確かな変化。

 彼女達と、確かに同じ道を歩き始めた。そんな始まりを意味する出来事。

 

 

「あぁ、おはよう。今日のおかずはハンバーグだ」

 

 

 ――彼女達と、「おはよう」を言い合うようになった。




間に合ったぁぁぁ……遅くなって申し訳ありません。
突貫工事気味だったかも、と言おうと思いましたが……何分、毎話毎話突貫工事なものですので。
いつも通りのセリフですが、また修正などする可能性はあります。申し訳ありません。

平成が終わり、時代は令和へ。連載はまだまだ終わる気配が見えません。時代跨いじゃいましたね。
今後とも、お付き合いいただければ幸いです。

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。


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第13話

3ヶ月ぶりです。はい。すみません。

長々と書いてもアレなので、本文をどうぞ。

※2019年12月31日追記
原作における時系列に対して、作者が誤って把握していたことに気づき、本文の修正を行いました。
申し訳ございません。


 

「このバンドって、最終的に何人構成にするとか決めてたりするのか?」

 

 練習も終わって、機材の後片付けをしている時。そんな中で、俺が発した言葉がそれだった。

 りみの加入により、戸山さんを初めとした3人はこれまで以上にバンドらしい活動をするようになった。洋ロックに邦ロック、アニソンに至るまで、いろんな曲に彼女たちはチャレンジしている。

 素人目でも分かるほどに、彼女達は成長を続けていた。戸山さんのギター演奏なんて、日に日にその熱量を増しているようにさえ錯覚する。

 

 話を戻そう。現在、このバンド――つい最近『蔵Party(仮)』という仮名が付けられた――には、ギター、ベース、そしてキーボードがいる。ドラムは有咲が流す自動演奏で補っていた。キーボードのパートがない場合は、有咲がタンバリンを叩いたりすることもあった。

 そんな練習風景を見ていて、ふと思ったのだ。このまま、ドラムパートはなしでやっていくのかと。

 

「そういえば……ちゃんと考えたことなかったかも」

 

 その後に続けて、「増えたらライブがしたいな、なんて考えてたけど」と小さく呟いたのは戸山さんだ。

 そんな彼女は、りみに増えるアテを問われて俯いてしまった。おのれニンジャ。

 

「あたしは五人がいいかな。もちろん、まずは参加者を募れるくらい上手くならないとだけどね」

「編成はどんな感じに?」

「ギターボーカルがかすみん、ベースにりみ。キーボードはあたしで、あとはリードギターとドラムが欲しいわね」

 

 顎に手を添え、有咲が思案顔で話す。

 彼女が欲しているのはドラムと、もう一人のギターだった。

 ギターボーカルである戸山さんが現在担当しているギターパートは『バッキングギター』、或いは『リズムギター』と呼ばれるパートであり、楽曲の主旋律ではなくリズムに沿った演奏をしている。

 故に演奏の主体はコードのストローク。イヤホンを付けて歌を聞く時に聴こえてくるような激しいギタープレイは、基本的に彼女の役割ではない。

 そしてリードギターは、その激しいギタープレイの主。主旋律を担う重要なポジションだ。

 

(なんて、つい最近調べたネットの知識なんだけど)

 

 実態がどうなのかはわからない。多分、リードギターとバッキングギターのどちらが難しいとかはハッキリわかったりしないのではないのだろうか。

 ただわかることといえば、リードギターは楽曲でもかなり目立つということだ。聴く側からすれば、バッキングよりハッキリとその音を知覚される。

 

「……まぁ実際、今のところアテはないんだよね。暫くはこの体制でやっていくことになるんじゃないかしら」

「そうだよね……」

 

 あぁ、また戸山さんが沈んじゃった。

 

「ハイハイ顔を俯けないの。『アテがないなら作っちゃえ!』くらいの勢いでやっちゃうのよ。あんたにはその力があるんだからね」

「戸山さんのライブを見たら、興味を持つ人だって出てくるんじゃないかな」

「師匠のナ・ニモを見れば……」

「ギターを握れば術は解けるのよ」

「知ってた!」

「とにかく! 今のままじゃ、まだ全然足りない。だから今は練習あるのみなんだからね。いい?」

「……うん、頑張る」

「よし。じゃあ、今日はこれで解散にしましょうか」

 

 ありがとうございましたーと挨拶を交わして、笑いあって。ちょっとした話なんかもしながら歩いて。

 やがて、各々が帰路に着く。

 夏にしては涼しげな、心地のいい夜の道。月明かりが照らす彼女達と別れた。

 

 先程まであんな話をしていたからだろうか。

 そこには誰もいなかったのに――戸山さんの周りに、二人分の月明かりを見た気がした。

 


 

「お昼を頂戴しにきた」

「お、おう……これでいいか」

「かたじけなもぐもぐウマーーー!!」

「落ち着け」

 

 食べるだけ食べたら、りみは去っていった。

 昼食を再開しようと自分の弁当箱を見れば、いつの間にやらご飯の量が増えている。多分タンバの米だ。美味しいから別にいいのだが……。

 そんなやり取りを見ていた桂は、苦笑した顔で俺に話しかける。

 

「おかずと米の交換って、交換レートおかしくないか?」

「気にしたら負けってやつだよ……そんなことよりも、だ。なんの話だっけ」

「そうそう。最近風の噂で知ったんだけどさ、どうやらこの学校って屋上が開放されてるらしいんだよ」

「へぇ?」

 

 安全に配慮だとかそういった理由で、基本的に屋上が封鎖されていることも多い昨今。そんな中で屋上を開放しているとは。

 

「……普通に危険じゃないかそれ?」

「いやまぁそうなんだけど! それはそれとして屋上とか最高じゃねぇか! こう、青春って感じがしてさ!」

「お前の中の青春像はどうでもいいかな」

「辛辣だな……で、だ。試しに一回行ってみないか?」

「いいけど、試しに行ってみてどうするのさ」

「…………風を感じる?」

「やっぱりお前馬鹿だろ」

「酷くない!?」

 

 男同士で下らない軽口を交わしつつ、屋上へ行くことに決まった俺たちは弁当の残りをかき込んだ。別に、急ぐ理由はなかったのだが。あと数分で昼休みが終わってしまうという訳でもない。

 ……興味がないような口振りでも、なんだかんだで屋上とやらに興味が湧いている自分がいるようだった。

 

 


 

 

 屋上で1人、木製の相棒に触れていた。

 訪れる人なんて誰もいない。いたとしても本当にごく僅か。いつもここはびゅうびゅうと、風の音だけが弾んでいる

 誰もいないことは確認済みだ。それならば今日は、この歌を弾いてみようか――――

 

 


 

 

 ――――優しい旋律と共に、やがて訪れる出会いは……そうだ。

 

 まるで、雷が落ちてきたかのような衝撃を齎したのだ。

 

 


 

 

 

「……すげぇな」

「あぁ、これは凄いな」

 

 思わず俺たちの口から漏れ出たのは、聞こえてきた演奏への感嘆の言葉。

 綺麗なメロディが扉の隙間から耳に入ってくる。アコースティックギター特有の、穏やかだが力強い音。

 そこには確かな技術が伴っていると、知識に乏しくても容易に理解できた。

 

「で、戸山さん達はそれに聞き惚れていたと」

 

 そんな演奏をBGMに。目の前にあったのは、見覚えのある先客の後ろ姿で。

 ドアの隙間から除くその姿は、「私たちは不審者です」と言わんばかりのもの。

 

「なぜここが分かった! ムム、お主さては甲賀の者」

「俺の出身は滋賀じゃない」

 

 『取り敢えず忍者に結びつければいいや』みたいな考えをやめろ。

 

「すごく綺麗な女の子だったんだよ」

「うむ。師匠やベンケー殿のような、ちんちくりんとは違う」

「戸山さんはお前みたいにちんちくりじゃないですぅ!」

「何を張り合ってんのよ」

 

「戸山さん……だったっけ。いつもこんな感じなの?」

「え、えっと……」

 

 桂に話しかけられた戸山さんは、彼が慣れない相手だったからか。目を泳がせながら言葉を濁した。

 『女三人寄れば姦しい』とはよく言うが、そこに男が加わるとさらに騒がしくなるのは相手がコイツ(りみ)だからだろう。少し小声で騒ぎながら、扉の前から階段へと移動した。

 

 桂が少し自己紹介なんかをして、『千葉と仲良くしてやってくれ』みたいな言葉を残して去っていったのだが、彼なりに気を使ったのだろうか。申し訳ないことをしたかもしれない。

 その発言があったからか、三人からは暖かい目を向けられた。だけど彼女達に比べればクラスに馴染んでる自覚はあるので何も思うはずがなかった。嘘だ。戸山さんからの視線は少し辛かった。

 

 そんな騒ぎもすぐに止んで、辺りには静寂が訪れていた。先程までの喧騒の中にあった、そこにあった熱のようなものは、既にどこかへと消えてしまったらしい。

 それを打ち破ったのは、まだ迷いのある控えめな提案の声。

 

「少し、いいかな」

 

 ……言いたいことは、何となく予想がついていた。

 

「私たち、リードギター、探してるんだよね」

 

 昨夜の話。『メンバーが増えたらいいな』なんて、未来の事だと夢想しながらした話。

 それが今ここで、僅かにだが現実味を帯び始めていた。

 

「それは……実はあたしも考えてたところ」

 

 戸山さんの発言の意味するところは、有咲の考えていた事と同じものだったらしい。

 ツインテールに結んだ髪を揺らした彼女が、少し間をあけて発言した。

 

「うちは考えてなかった」

「あんたはそれでいいわよ」

 

 有咲の気持ちは、既に戸山さんと同じ方へと向いていたようだ。牛込はいつも通りだった。

 

「かすみんはどう思う? あの子、誘ってみたいと思う?」

「……それは、もちろん仲間が増えたら嬉しいけど……でも、やってくれるかな?」

「そんなの訊いてみなきゃ分かんないわよ。ねぇ? 普通ボーイ」

「だろうね。だけど、有咲。わかってると思うけど、彼女はどう見ても経験者だ」

 

 有咲に話を振られたが、『それに全面に同意することはできない』と暗に伝える

 ……現実味を帯びたからといって、必ずしも実現するわけではない。訊いてみなきゃ分からなくても、そもそも訊くべきかすらもわからない。

 その姿は見ていないが、音の繋ぎ方が滑らかだったと言えばいいのか。まだ荒削りに思える戸山さんのそれとは違って、その演奏は明らかに熟達していた。

 

「すごく上手かったよね。表現力があったというか」

「だよね。一応うちにもりみという経験者はいるけど、彼女もりみが最初言ってたように『上手い人とバンドが組みたい』と思っているなら……」

「このすっとこどっこいみたいに、かすみんの演奏で誘えるとは限らないしね。やっぱり、もう少し上手くなってから……」

 

 有咲のそれは、妥当とも言える判断だった。まだ彼女達のレベルは高いとは言えず、もう少し練習を経てから勧誘する方がいいのかもしれない。

 蔵Party(仮)としての活動を開始してから、それほど時間も経っていない。昨夜も言っていた通り、今はまだ彼女たちのスキルアップが最優先事項なのだろう。

 

 そもそも、俺はそんな彼女の名前も学年も知らなかったりする。

 

「戸山さん達は、そのギター少女の名前を知ってたりするの?」

「知らない、かな」

「知らないわね」

「りみは?」

「知ってるぞ」

「まぁ知らないよな。じゃあこの件は取り敢えず…………ん?」

『ええ!?』

 

 ……完全に予想外なところからの発言だった。二人も驚いた様子でりみの方を見ている。

 そんな驚いた彼女たちを前にしながらも、平然とした顔で牛込はそこにいた。

 

「お前ほんとにりみか……?」

「ヤケにシツレイだなお主。両隣のクラスの生徒については調査済みだ」

 

 眉を少し潜めたが、直ぐに元の表情に。そのままつらつらと、ギター少女について話しだした。

 少女の名前が花園たえだということと、クラスは自分たちの隣だということ。いつもパーカーを着ていること。彼女がいつも、アコギを背負って学校に来ていること。分かったのは、これら四つのことだった。

 牛込が言うには、ギターを弾いている姿を見たのは今日が初だったらしく、背負ってきている理由はわからないとのこと。

 

 牛込の、意外なところでの有能さを思い知らされてしまった。有能と言っていいのかは甚だ疑問だが。

 「忍者がはじめて役に立った」と有咲が言ってるし、そういうことにしておこう。

 

 ……結局、リードギターに関しては、一旦保留ということに。

 候補が見つかって、そしてその候補についての情報が入手できただけでも一歩前進と言えるかもしれない。

 腕時計を見てみる。予鈴が鳴るまであと二分だと、二本の針が示していた。

 

「まて」

「どうしたの? りみりん」

「……アコギの音が、途切れた」

 

 ……そんな言葉が聞こえたのは、いざ教室に戻ろうとしたとき。

 

「あああ! ああやっ! ややあっ!」

 

 ――後ろから衝撃を感じたのは、階段を駆け降りる音が聞こえてから間もなく。次の瞬間には、狼狽した声が耳のすぐ近くで聞こえてきた。

 

 慌てた様子の彼女の匂いが、ふわりと鼻腔をくすぐった。

 

「いたた……なっ!? おっ、男の人!?」

「……えっと、取り敢えず落ち着いて」

 

 そんな言葉を聞くまでもなく、素早い動作で離れた彼女は、頭をペコペコさせながら謝罪のような言葉を叫んだ。

 

「――ごご、ごめんなさい! じ、じぶ、じぶん不器用なんで!」

 

 「……不器用?」なんて、俺が首を傾げた時には既に階段を駆け下りていた彼女は、まるで脱兎のごとく。雷鳴のごとく。

 咄嗟に放たれた戸山さんの「待って」という言葉は、拾う相手もなく霧散した。置き去りにされたという表現の方が正しいのかもしれない。

 

「ごめんなさい……ってもう遅いけど」

 

 牛込はその速さに感心して、有咲は演奏時とのギャップに困惑していて。戸山さんは数秒遅れの謝罪を口にしている。

 どうやら先程までの会話は、あちら側に丸聞こえだったらしい。彼女の演奏が漏れ出ていたように、ドアの隙間から話し声が漏れ出ていたのだろう。

 

 ぶつかった時に感じた衝撃は、まだ身体から抜けていなかった。

 

 


 

 

 ……そんな、ファーストコンタクト。

 あっという間に過ぎ去った、予鈴の音で幕を閉じたそれは。

 

 

 ――いつの日か、〝うさみみサンダーボルト〟なんて呼ばれる彼女との出会いは

 

 ――正しく、()()()()()()()()()()。そう思えるようなものだったのだ。

 




遅くなって本当に申し訳ありません。

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。


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第14話

令和初の年越し中に更新です。何でもかんでも令和初って付ければいいわけじゃない。更新が遅くなってすみませんでした。



 BanG Dreamの名の下に、ウサギの少女はギターを弾く。神が去ったそのときから、彼女は今日も弦を弾く。

 全てが始まったのは、彼に〝約束〟を貰ったあの時から。

 

 求めたのは〝夢〟。彼が『いずれ出会う』と、自分に語ったそれに向かって。

 だけど今はただ――

 

(――()()()()と、バンドがやりたい)

 

 弾いたGの開放弦が、静かな部屋に鳴り響いた。

 


 

 花園たえとの邂逅から数日。

 我らが蔵パのメンバー達は、あれから一度も彼女と顔を合わせることなく日々を過ごしていた。

 『今はただ練習あるのみだ』と活動を続けていくうちに、以前弾けなかった曲も今ではレパートリーのひとつになっていたりもした。

 今でこそ普通になった、そんな日常の風景。そこに大きな変化はない。

 

 変化はなかったが、何かの兆しとなりそうななものはあった。

 ――〝In the name of BanG_Dream!(〝BanG_Dream!〟の名のもとに)

 蔵で見つけたこの言葉。『こんな名前の曲はこの世界のどこにもなかった』と有咲が言った、作りかけの曲。

 有咲の父が残したであろう曲は、彼女達に受け継がれた……のだろうか。その行く先は、まだ見えない。

 

 その行く先が見えるまで、気長に待つこと。

 自分たちにできるのはそれだけなのだろうと、どこかで自分を納得させた。

 

――――――

――――

――

 

 茹だるような暑さは、未だ続いていた。燦々と照りつける日光に、コンクリートから込み上げる熱気。『熱中症にご注意を』なんてニュースを見たのは、今朝で何回目だっただろうか。

 

 適度に水分を摂りながら商店街を歩いているのは、親からおつかいを頼まれたからだった。

 休日で、バンドの練習もない土曜日の朝。家で遅めの起床を決め込もうとしていたのだが、リビングから聞こえてきた母親の呼び声に起床せざるを得なかった。わずか数十分前の出来事である。

 その後は早かった。カバンと紙切れと、そして一万円札を一枚渡されて家を追い出された。これもまた、わずか数十分前の出来事であった。

 

 綴られた文字を見ながら、バッグ片手にのんびり歩く。時間は既に、正午を回っていた。

 腹の虫は今日も絶好調のようだ。誘惑の多い昼食時の商店街が、眠っていた腹の虫を目覚めさせてしまった。

 右で揚げ物のいい匂いがすれば、左からは珈琲のいい香り。コロッケに食らいつくのもありだが、カフェでゆっくりするのも悪くない。

 そんなことを考える度にお腹が空く。人間たるもの、三大欲求には逆らえないのだ。

 

(そろそろお昼にしようかな)

 

 辺りを見渡す。目についたのは、先程から気になっていた喫茶店にコロッケ屋さん。どちらに入ろうかと考える。

 喫茶店の食事というのは、少々値が張るものだ。だが、コロッケだけで昼食を済ませるというのも物足りない気がした。

 

 うんうん呻きながら悩んでいると、また新たに鼻をくすぐる良い香りが。

 

 香りの出処に目を向けた。看板にはヤマブキパンの文字。その名前は大丈夫なのかと思ったが、気にしないでおこう。

 昼食にパンというのもありかもしれない。そう思った時には既に足は動いていた。

 帰りにコロッケも一緒に買っていこう。そう考えている自分のお腹は、絶えず今も鳴り続けていた

 

――――――

―――

――

 

 いい匂い。パンの香りだ。たどり着いたそこには、黄金色に狐色。思わず涎がたれてしまいそうな光景が広がっていた。

 

 「いらっしゃいませ」と、ドアを開けた先から男性の声が聞こえてきた。店員さんだろう。トレイとトングを手にして、パンの並んだ棚へと向かう。

 

(美味しそうなメロンパンだ。カレーパンも捨て難い……このレッドホットドッグ(チリペッパー味)って、似たような響きをどこかで聞いたことある気がするんだけど)

 

 腹の虫が、早く食わせろと言わんばかりに鳴動している。

 少しばかり欲張ってしまおうか。今見た3つのパンをトレイに乗せて、会計へと向かった。

 

「お会計お願いします」

「ありがとうございます! ……おっ、レッチリドッグとはお目が高い」

「あぁ。えっと、なんか聞いたことあるような名前で気になっちゃって」

「このパンはね、作る時生地に『Red Hot Chili Peppers』を聴かせてるんですよ」

「……パン生地に歌を?」

 

 曰く、生地に音楽を聴かせるとパンは美味しく発酵するという。

 

「『メタリカ』というバンドの音楽を聴かせたあんぱんも作ってみたんですが、あまり売れなかったんですよね。娘からはよく弄られていますよ」

 

 はっはっはという笑い声に合わせて、苦笑を浮かべておいた。

 

「はい、じゃあこれがお釣りになります」

「また来ますね」

「ありがとうございましたー!」

 

 今しがた手に入れたこのパンたちを、果たしてどこで食べたものか。

 良い場所はないかと、考えながら出口へと向かう。

 

「ただいまー……お父さん、体調は大丈夫?」

「何の問題もないさ。この通りピンピンしてるぞー」

 

 その時すれちがった女の子は、どうやら先ほど話していた店員さんの娘さんのようで。

 高めに結んだポニーテールを揺らす、その姿を遠目に見ていた。

 

 

「無理はしないでよ?」

「ははっ、分かっているさ――沙綾」

 

 

 聞いたことはないはずなのに。その名前が、なぜか頭から離れなかった。

 


 

 こんなんじゃ足りない! 全然足りない!! 時間も、技術も、熱量も!!!

 ピックが擦り切れるほどに。睡眠時間さえも切り捨てよう。今はただ、一分一秒が惜しい。

 

 私は、『神』のようなギタリストになりたい。その為にも……いや、その為だけじゃない。心の底から、彼女達と一緒に音楽をしたいんだ。

 だから私は――――

 

「……でも、ちょっとだけ……」

 

 そう言って持ち出したのは、使い慣れたアコースティック・ギターだった。

 ……エレキギターが未来への思いならば、これには過去への思いを乗せる。

 

「アタシはもうすぐ、夢に出会えるんだ」

 

 爪弾いたのは思い入れのあるメロディ。

 涙が落ちそうだった。だけどそれにはまだ早かった。

 

 ――この目に浮かんだ涙滴(るいてき)は、もう少し先までとっておこう。

 


 

 基本的に、他の店で買ったものを違う店で食べるのは御法度だ。

 というわけで、非常に暑苦しいが外で食べることにした。公園ならば、日陰もあるだろう。

 

 ガサガサと、パンの入った袋を揺らしながら公園へ足を踏み入れる。

 入ってすぐに見えた遊具には、元気に遊んでいる子ども達がいた。寒さをものともしない彼らは、どうやら暑さに対しても無敵なようだ。

 

 子供たちの保護者なのだろう。数人のお母様方が談笑している姿を横目に、座るためのベンチを探しながら歩いていた。

 

「……あれ、花園さん?」

 

 歩いている最中に見かけたのは、どこか疲れたような表情を浮かべた花園さんの姿だった。

 数日を経た邂逅は、しかし彼女と自分に大した接点もないので。そっとしておこうと、見て見ぬふりで去ろうとした。

 

 ……のだが。

 

「……すみません。隣、座ってもいいですか……」

「……えっ、あっ、はい。どうぞ」

 

 結局座ることになったのは、花園さんの座っているベンチで。

 

(なんでどのベンチも空いてないんだよ!!!)

 

 まさかベンチが全部埋まってるなんて、全部保護者様方が占拠しているなんて。誰が予想しただろうか。

 夏真っ盛りのお昼時なのに、こんな暑い中ご苦労なことだ。

 

 座っている保護者方に複雑な感情を抱いたまま、袋からパンを取りだした。

 

――――――

――――

――

 

「……パンいる?」

「い、いや、お気づかいなく」

「そっか」

 

 何となく会話に困って、パンも差し出そうとしたがさすがに断られた。

 

(それにしても、まさかこんなところで見かけるとは思ってなかったな)

 

 あの日屋上でギターを鳴らしていた彼女と、公園でばったり会うとは。それも戸山さん達とではなく、俺なんかと。

 考えながら、先程買ったパンを食べ始める。元々、それが目的で公園に来たのだから。

 

「……」

「……」

 

 無言の時間。俺がパンを貪る時間だけが続く

 沈黙が長く続いた。花園さんも立ち上がる様子を見せず、じっと座ったままだった。

 

 気まずい。その一言に尽きる。

 

 ようやく食べ終わったタイミングで、この気まずい空気をどうにかしようと話を切り出してみた。

 

「あの時って、何で戸山さんたちの前から逃げ出していったの?」

 

 さらに気まずくなった気がした。

 

「あ、あの、えっと」

「……いや、ごめん。聞いておいてなんだけど、答えたくないなら別に大丈夫だよ」

「いえ、問題ないっす」

 

 どう見ても大丈夫そうには見えない様子だったが、黙っておいた。

 深呼吸して、彼女は静かに言葉を発する。

 

「前のあの時は、単純に恥ずかしかったんです。誰も、いないと思ってましたから」

「……まぁ、そうだよね。あの時はごめん」

「あ、いえ。大丈夫っす」

 

 彼女はそこから、ポツポツと話し始めた。あの後に起こった、僅かな間の邂逅について。

 

「あの後、公園でトヤマカスミさんに会いました」

 

 花園さんしか知らないはずの曲に、戸山さんが歌をつけたらしい。花園さんがいうには、まるでその歌がつくことが運命だったかのような……そんな感覚に陥ったらしい。

 

 そのフレーズの1つは――『In the name of BanG_Dream!』

 

「あの瞬間から彼女と……彼女たちと、バンドがしたいと思いました。だけど……私じゃまだ、彼女達に釣り合わない」

「釣り合わない?」

 

 花園さん自身の実力がまだクラパに見合わないという発言は、なんともおかしなものだった。

 彼女達がこの少女に釣り合わないというなら、まだわかる。楽器の技術、経験の差がそこにはあったから。

 だけど何故、目の前の少女は()()()()()()()()()()と言っているのだろうか。

 

「ギターはやったことがないから正しいことを言っているかはわからないんだけど、やっぱり君の方がギターの技術は上じゃないのか?」

()()()()()()()()()()()()、確かにそうっす」

 

 ペットボトルの、ほんの僅かだが確かに潰れような音が聞こえた。

 

「ジブン、アコギの経験はそれなりにあるんですけど、エレキに関しては一切無いんです」

「うん」

「なので、ある程度のレベル……彼女達に見合うようなエレキギタリストになれるまでは……彼女達に合わせる顔がないとおもって」

「……なるほどなぁ」

 

 ……彼女が、戸山さん達のことを高く買ってくれているように思えた

 始まって間もない、まだ本当の始まりには至っていないともしれないクラパを。

 そう分かったら、なんだか気分が高揚してきた気がした。本人達ではないのに、どうしてこうも嬉しくなってくるのだろうか。

 

 

 だけど。いや、それを聞いて尚更。

 そんな彼女達とこの少女が、共に歩んでいく姿も見てみたくなってしまった。

 

 

「花園さん……だったよね」

「はい、そうっす」

「俺はね、彼女たちのことが大好きなんだ。一人のファンとして、彼女たちのこれからを見届けたいと思っている」

「はぁ……?」

「そんな一ファンとして言うならば――彼女たちはね、技術だとかそういうのを最重要視はしないと思う」

「ただ彼女たちは、共に音楽という名のキズナを奏でたいだけなんじゃないかな」

 

 なんだか、柄でもないことを言っている気がする。

 

「……キズナを、奏でる……」

「うん。最終的には花園さん次第だし、どんな選択をしても誰も咎めることはない。咎められるはずがないんだよ。だけど、できるならば……」

 

「一度、彼女たちと話でもしてみてほしいかな」

 

 手を伸ばす。でもこの手は、握られるとは思っていない。握られることはないとわかっていた。

 だからこの手は、宙を舞っても構わない。

 

「……千葉 修斗さん、でしたか」

「……俺のことも知ってるのか?」

「えぇ、調べましたので」

「どんなところまで調べてるんだ……」

「名前だけっす。それで、話してみて欲しいということについてなんですけど……自分、不器用っすから。保証は、できないっす」

 

 その返答で十分だった。

 

「それで大丈夫さ。……っと、長居しすぎたかな。じゃあ俺はこれで」

「あ、いえ……今日はありがとうございました」

「いや、それはこっちのセリフだよ。それじゃ、熱中症には気をつけて」

 

 未だ残る日の光に照らされる、公園を出る。夕焼け小焼けにはまだ時間があった。

 その光は辺りを強く照らしていた。

 

 そんな日もやがて落ち、そして月が昇っていく。

 

 月にはうさぎが住んでいると、昔の人は言ったらしい。そんなことを思い出したのは、どこかうさぎのように感じられた、花園さんと話していたからだろうか。

 

 うさぎ うさぎ なにみて爪弾く。

 

 昔聴いたことのある童謡を、少し歌詞を変えて口ずさんでみた

 どこかうさぎのように思えた少女は、月を見て何を思ったのだろうか。

 

 ――月というのは惑星で、星の一つだったか。

 

 彼女の行く末は、まだわからず。

 

 




2019年も終わり、2020年へ。
少しずつ終わりも見えてきた気がします。問題は更新ペースですね。はい。すみません。

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。


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第15話

気づいたら一年の内三分の二が終わってしまっていたことに気づいて絶望している作者です。いつもの事ながら更新が遅くなってしまい申し訳ございません。
本編をどうぞ。


 

「あ、あの……これ、落ちてたので……」

 

 うさぎピックを差し出す彼女の姿を見て、『まるでプロポーズのようだ』と誰かが呟いた。

 

「それで……私たち、一緒に音楽をやれたらって。実は……、一目見たそのときから――」

 

 普通なら。いや、()()()()()()ならば。

 フードを被ったその少女は、脱兎のごとく逃げ出していただろう。

 頑なに『参加するに見合う実力を得るまでは』と。兎のように、素早くその場を立ち去ってしまっていただろう。

 

「……ッ」

 

 だけど。

 

『一度、彼女たちと話でもしてみてほしいかな』

 

 ……彼の言葉が、彼女の願いを引き出してしまったから。

 

 『あの人(トヤマさん)たちとバンドがやりたい』と、その気持ちを強くしてしまったから。

 

「あの!! ……えっと……い、一度、屋上まで来てもらってもいいっすか?」

 

 だから、少しだけ。

 少しだけ、彼女たちと向き合ってみよう。

 そう思ったときにはもう、口はとっくに動いていて。

 

「……! う、うん! 行こう!」

 

 顔を上げた。フードが揺れる。

 歩きだしたその後ろには、件の彼女(トヤマカスミさん)

 

 ――どこか弱々しい足取りは恥ずかしげで、不安に満ちたものだったけど。

 

 その一歩は、未来(さき)へと続いている。

 そう考えるだけで、少し安心できた気がした。

 

 

/\/\/\/\/\

 

 

「というわけで、ウサギ少女の花園たえちゃんです。はいみんな拍手ー」

「う、ウサギ少女?」

 

 大袈裟な拍手ひとつ、控えめな拍手がひとつ。そして気怠げな拍手がまたひとつ。俺はそこに混じって、ごく普通の拍手をした。

 それぞれに人間性のようなものが読み取れそうな、そんな音達に共通ずるものといえば……それら全てから、喜色が滲んでいることだろうか。

 まだ話を聞くだけの段階ではあるが、これまでの数日間ずっと逃げられてきた彼女とようやく話ができると考えると……なんだか少し、感慨深いものがある。

 

「それにしても驚いたわ……どんな心変わりがあったのよ。ちょっと前まで、それはもうウサギの如く逃げ回ってたのに」

「えっと、それは……」

 

 彼女は困ったように俺と戸山さんの方へと視線を動かそうとして、しかしすぐに眼前の有咲へと向き直る。

 

「私、今までエレキを触ったことがなくて。でもみなさんと、その、どうしてもバンドがやりたくて」

「ふむ」

「それでずっと練習してたんですけど、それでも足りなくて……今の実力じゃまだまだ一緒にバンドなんて烏滸がましくて……今も本当はここにいていいのかと」

「はいはいはい逃げないでね」

 

 有咲が足が扉に向きかけた花園さんの肩を掴む。

 

「うーん……一応聞いとくけど、あんたはどのくらいの期間練習を積んであたし達のバンドに参加しようと思ったの?」

「半年っす」

「半年!?」

「半年って、あんたねぇ……」

 

 頭を抱えた有咲をおどおどした視線で花園さんが見ている。

 聞くところによると、彼女は毎日十二時間、休みの日は十八時間をギターに費やしているらしい。確かにそのペースで半年待てば、凄いギタリストになっていることはわかる。わかるのだが……

 

「長すぎるわ」

「長いな」

「ちょっと長い、かな」

「長すぎ注意だな」

「うぅ……」

 

 長い耳が垂れているような、そんな幻覚が見えた気がした。

 

「間違いなく、この中で一番上手いのはあんたよ。あたしたちの方があんたに追いつかなきゃいけないんだから」

「いや、うちだな」

「あんたはもう少し手持ちのフレーズを増やしなさい」

 

 花園さんをそっちのけで口論している2人組を一旦無視して、花園さんに声をかける

 

「どうかな、花園さん。彼女たちと一緒にバンドやってみない?」

「自分、不器用ですけど、まだまだ未熟ですけど、いいんすか」

「うん、一緒にやろうよ」

 

 俯いている花園さんの手を、戸山さんは笑顔で掴んだ。ギターは持っていないけど、なんだかその姿はキラキラしているように見えた。

 

「わたしたちも頑張るから、もっとキラキラできるように頑張るから。ね、たえちゃん。一緒に頑張ろうよ!」

 

 戸山さんがそう言いきって数秒後、堰を切ったように泣き出した花園さんが彼女に抱きついた。

 口論していた二人も、便乗するようにそこへと走って抱きついた。そんな彼女たちも泣き出した。戸山さんも泣き出した。

 まるで壮大な茶番のような泣き声。そんな四人の姿を見て、「これが青春か」なんて心の中で茶化してみる

 

 屋上には彼女たちを撫でるように、優しく風が吹いていた。

 

 

/\/\/\/\/\

 

 

 ……と、このままめでたしめでたしで終われば良かったものの、それで終わらないからこその彼女たちで。

 

「いや無理です……無理……もうダメ……海に還らせていただきます……」

「あわわわわ」

報酬(ギャラ)しだいだ!」

 

 その日の放課後にはこうなっていましたとさ。

 

 こういう巻き込まれ体質に似た何かも、戸山さんがスターだからなのか。

 数分前まではリードギターが加わったバンド練で皆のボルテージは最高潮にまで高まっていたというのに。『Yes! BanG_Dream!』を歌いきって「いぇーい!」と思わず叫んでいた戸山さんは今、まさに床と同化しそうな勢いで落ち込んでいた。

 

「まぁこうなっちゃうわよね」

「だよなぁ……」

 

 絶賛ナ・ニモ全開中の戸山さんの顔は、まるで世界の終わりを告げられたかの如くであった。

 この事態を引き起こした張本人である新メンバーさんは慌てていて、有咲は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを抑えている。

 

()()慰めるのはあんたの役目でしょ普通ボーイ。早くしてよ」

「そんな事言われても……俺は戸山さんがやりたいことを応援するだけだし」

 

 彼女がここまで弱音を吐いている原因、それは花園さんが至極申し訳なさそうな表情で告げたライブ参加についての報告にあった。

 

 そう、ライブである。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 花園さんの勧誘に苦心した矢先、一難去ってまた一難と言わんばかりに。バンド参加が決定して浮き足立っていた花園さんは、商店街のお祭りライブの参加をつい独断で決めてしまっていたのである。

 規模は大きくないが観客層は身内同士などではない。自分たちのことを知らない者たちに演奏を見せる機会というのはバンド初心者にとっては中々にプレッシャーの強い催しだろう。

 

 徐々に前向きになってきたとはいえ、それでも戸山さんのまだドがつくほどの内気な性格は抜けきっていない。そんな彼女にとって、これはかなり厳しいもののはず。

 彼女自身、もう少し準備期間を経た上でライブに望む気であったようなので尚更だ。前に聞いたところによると、オリジナル曲を作ってからを目安にしていたらしい。

 

 そして現状、クラパにオリジナル曲なんてものは存在していなかった。

 

「戸山さん。約束しちゃったこととはいえ、その約束をしちゃったのは花園さんだし、どうしても無理なら……」

「……とは言いたいけど、そう簡単に断れそうもないよねぇ……」

 

 呻き声とともに戸山さんの落ち込み具合が四割増になった。

 

「うぅ……たえちゃんがバンドに入って来てくれてしあわせの絶頂だと思ったのに……」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

報酬(ギャラ)しだいだ!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「あーらら、ネガティブモード全開ね……普通ボーイ、あんたまでネガティブになっちゃうと収拾がつかないからやめてくれる?」

 

 四つん這いになるような形で落ち込んでいると、有咲に首を掴まれて無理やり立たされた。ぐえっと、潰れた蛙のような声が出た。

 

「もういっそ貝になりたい……いやヒトデもいいかも……星っていいよね……」

「はいはいその辺で。りみ、アレを」

「御意」

「ひゃいん!?」

 

 困った時の切り札みたいな扱いをされているランダムスターが、戸山さんに取り付けられた。その瞬間にぴたりと弱音が止まる。まるでスイッチが切り替わるかのような光景だった。既に見慣れた光景だが、花園さんは少しびっくりしたように戸山さんの方を見ていた。

 ネックを握り、ピックを摘み、少し熱に浮かされているかのような表情を浮かべた戸山さんに有咲が語りかける。

 

「かすみん、これは絶好のチャンスとも取れるわ。誰でも最初は、カバー曲をドヤ顔で客に見せつけるものなの」

 

 あまりに堂々としたその発言は、偏見マシマシなその言葉にまるで説得力があるように感じさせた。

 

「観客が求めているのはオリジナル曲かカバー曲かだとかじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。これを持ったあんたは最高に()()()()わ。アタシが保証する」

 

 誘惑するように、懇願するように、だけど激励するように。全部引っ括めて彼女は語るのだ。()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「学校やライブハウスよりもあたしたちにはハードルが低いでしょ」

 

「……うん、そうかもしれない」

 

 その言葉が返ってきた時点で、彼女の心は既に決まっていたのだ。必要なのは一歩を踏み出す勇気だけだったのだから。

 数回頷いた後、前を向いた。彼女の顔に躊躇いの色は見えない。

 

「……うん。うん! やろう!! 私達、クラパの皆で!」

 

「よし! そうこなくっちゃ。やるわよ、みんな!」

 

『1、2、3、ワッショーイ!』

 

 ランダムスターを手にしてテンションが数割増な戸山さんと、達成感でテンションが高い有咲。取り敢えず勢いに乗った牛込に、少し及び腰な花園さん。4人の掛け声でクラパの初ライブは決まった。

 

 ライブが決定したその翌日から、彼女たちの練習は姿を変えた。

 一人が増えて、熱は二倍? そんなものではない。

 稲光を幻視するリードプレイが、蔵の響きに加わった。初めは異質のように思えたそれは、しかし数瞬後にはなくてはならないものとなっていた。

 

 リードギターを迎え、『ライブ』という身近な目標も得た彼女たちが次に求めたもの。それは『質』だった。彼女たち自身の手で、ライブに後悔を作ってしまわないように。

 そして何より、初めてのライブを、絶対にキラキラしたものにするために。

 

 『BanG Dream!』の名のもとに集った彼女達は、誰かが叫んだそれを引き継ぐだけでなく――自分達の音楽にするために。

 

 今回のライブは、きちんと衣装を用意して行おうと言ったのは有咲だった。

 知識もなく裁縫も人並みだったので、デザイン等はクラパのメンバーに任せて材料を買うためにあっちへこっちへ走り回ることに。次のライブまでに母親に裁縫を習おうかと考えたが、取り敢えず保留にしておいた。

 

 そんな慌ただしい日常を走り抜けて、いつの間にかライブ前日を迎えていた。蔵で最終チェックを終えた彼女達に冷えた麦茶と、塩分補給のために飴を渡す。

 汗をかき、肩で息をする彼女たちの浮かべる表情は自信と期待に満ちた笑みだった。

 

 彼女たちは今、まさに「無敵で最強」だ。

 

 おかわりを要求した有咲のコップに麦茶を注ぎながら、周りを見渡す。何かに熱中している、そんな彼女達の顔はとても魅力的だった。

 

「……あ、普通ボーイ。あんたまた『自分がここにいていいのか』みたいなテツガクシャじみた顔してたわね」

「哲学者じみた顔ってなんだよ」

「言っとくけど、あんたも関係者なんだから。共犯者よ共犯者」

「分かってるさ」

 

 少し暗い顔をしていたらしい。自分の悪い癖だ。

 

「楽器を握ってなくてもあんたは仲間なの。そろそろちゃんと理解しなさい」

 

 一拍、麦茶で喉を潤す。そして彼女は言葉を続けた。

 

「親しい人でも観客。それにあんたはファン第一号なんでしょ。ちゃんと肝に銘じておくように」

「……うん、そうだな」

「誰も見てくれない演奏会ほど辛いものは無いのよ」

 

 取り敢えず、明日は彼女達の祭りを楽しもう。難しいことなんて必要ない。楽しむことが彼女たちに対する最大の応援だから。

 そう答えれば、目の前の有咲が「分かればよろしい」と頷いた。

 

 彼女が茶を飲み干したコップから、カランと氷の音が一つ。

 祭りの開始は、すぐそこまで。




世はコロナ禍。外出自粛故に作者が取った選択肢は、一日中ゲーム三昧であった――

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。評価もお待ちしております。


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第16話

 

 クラパのメンバー四人が各自楽器を背負って歩いている。戸山さんと有咲の楽器ケースがばいんばいんと揺れているのに対し、牛込と花園さんの楽器ケースは彼女達の背中に張り付いてるかのように安定を保っていた。

 

 後者二人のケースの安定、その秘密は『なんば歩き』という歩行法にあった。

 古武術や陸上競技にも応用されるそれは、右足を出す時に右手を、左足を出す時に左手を出すというものである。一説によると、普段の歩き方と違って腰を捻らない形になるため疲れが出にくいのだとか。確かジ○ンプの漫画で読んだことがある。

 

 戸山さんと有咲もそれを真似しようとするが、慣れない動作だからかどうにも上手くいかないらしい。

 すたすたと前を歩いて行く優れた運動神経二人組と比べたら、まるで緊張した高校球児みたいな様子で少し笑ってしまった。聞こえていたのか有咲に睨まれた。

 ――本番は、あと数時間まで迫っている。

 しかしその道中は穏やかで、そして楽しげなものとなっていた。

 

 未だに睨んでくる有咲に軽く謝罪をしながら歩くこと数分、前の2人組が足を止めたのを確認して周りを見渡す。

 焼きそばにお好み焼き、その他諸々。鉄板の音と美味しそうな匂いが周りから漂ってくる。

 屋台が立ち並ぶ、見慣れない姿の見慣れた商店街。そこはなかなかに賑わっていた。

 食欲を誘う香りに、初めにお腹を鳴らしたのは牛込だったか。

 ……いや、どうやら花園さんだったらしい。気づけば周りには子供達が集っていた。

 

「会場に荷物だけ下ろしに行くわよー」

 

 商店街の空き地にはそこそこ立派な会場が設営されていた。スタッフらしき人達に挨拶しつつ、荷物を置きに行く。

 出番までまだ時間があった。しかしその時間を使って練習やリハーサルなどはできない。ここは蔵でもスタジオでもないのだ。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 楽器、エフェクター、その他諸々の荷物をまとめて会場となる空き地に降ろした後は自由行動となった。

 花園さんは子供と一緒に屋台巡り、牛込は輪投げで無双しているようだ。

 

 そして、戸山さんは駐車場の片隅で蹲っていた。見慣れた光景がそこにあった。

 

「おおー、かすみん、引き籠もってるねぇ」

 

 屋台から駐車場に帰ってきた有咲がそう呟いた。

 実際に演奏するわけじゃない俺でさえ緊張しているんだ。実際に演奏する戸山さんの心臓は、現在進行形でとんでもない事になっているに違いない。

 「そんなに不安がらなくてもいいのに」と呟く有咲だって、脚が若干震えている。なんなら声も震えている。

 何か手っ取り早く緊張を解せるような、そんな方法があるといいのだが……『手に人の文字を書いて飲む』なんて典型的なものくらいしか思いつかなかった。発想が貧困すぎて頭を抱えた。

 

「ほら、ここはあんたが何か気の利いたセリフを言うところでしょ普通ボーイ」

「うーん……えっと、リハーサルの演奏も良かったし、緊張しすぎる必要はないんじゃないかな……?」

「何言ってんのよ、リハーサルの演奏は()()だったわ。そこ間違えないように。……というか、それだけ?」

「……頑張れ!」

「あんたほんとにかすみんのファンなの?」

「ファンなのに気の利いたセリフが言えなくてすみません」

 

 穴があったら入りたい。

 

「まぁそこのファン失格男は置いといて……自信持ちなよ、かすみん」

「う、うん……わかってはいるんだけど……」

「お祭りだよ? フェスティバルだよ? せっかくの機会なんだから、楽しもうよ」

 

 有咲が手を差し出す。おずおずとその手を取った戸山さんを、そのまま立ち上がらせた。

 

「わっ」

「ほら、焼きそばでも食べに行こうよ。普通ボーイ、あんたの奢りね」

「戸山さんはいいけど、有咲の分も奢るのか……」

「何よ文句ある?」

 

 ぎゃーぎゃーと軽口を叩き合っている俺達の後ろで、戸山さんが「ありがとう」と呟くのが聞こえた。振り返ってみると、戸山さんが少し顔を赤らめていた。

 

「何言ってんの、行くわよ」

「気の利いた励ましの言葉は言えないけど……焼きそば以外にも欲しいものがあったら言ってね」

 

 歩きだそうとして、前を向く。正面からお囃子の音が聞こえてきた。

 商店街はすっかり賑わっていた。ちんちきちきちき、と鳴り続ける笛や太鼓の音が、人々の心を浮つかせる。

 ちんちきちきちき。通りに、お囃子のリズムに合わせて舞踊っている『何か』がいた。

 

「獅子舞か」

 

 獅子舞。祭囃子に合わせて獅子が舞い踊る、伝統芸能の一つだ。

 一見怖い見た目で、泣いてしまう子供もいることだろう。しかし獅子舞に噛まれた者は厄が落ちるとされていて、一般に縁起のいい存在とされている。

 そんな獅子舞だが、その踊りは実に見事なものだった。「生きているみたいだな」と、横にいる戸山さんの呟きが聞こえてきた。

 

 ちんちきちきちき。

 

「……あれ?」

「……ん?」

 

 ぼーっと眺めていたのもつかの間、獅子舞の顔面が少し大きくなっているように見えた。

 

「えっと……なんかあの獅子舞」

「近づいてない……? こ、こっちに向かってない!?」

 

 『まるで生きているようだ』と表現した、その躍動感たっぷりの動きを伴って。獅子舞はこちらへと距離を詰めてきた。

 

「……」

「あれ…….いや、え、え?」

 

 獅子舞が動きがぴたりと止まったのは、()()()()()()()()()()だった。

 真っ赤な色をした獅子舞の顔面が、戸山さんの顔に触れるほど近い位置で静止している。戸山さんの足は震えていた。

 獅子舞が一瞬こちらを向く。戸山さんも恐る恐るこちらを向いた。

 

「あー……」

「普通ボーイ、こっちこっち」

 

 有咲に手招かれる。戸山さんと獅子舞から離れておく。

 一瞬頷いたかのように体を揺らした後、獅子舞の視線は戸山さんの方へと戻った。戸山さんの震えが強くなった。

 

 ――獅子舞の大きな口が、がばっと勢いよく開いた。戸山さんは涙目だった。

 

「……あ、あの、わた、しは」

 

 がぶり。

 

 

――――――

――――

――

 

 

「千葉くん……」

「ごめんごめん」

「キミのことは信じてたのに……」

「うっ」

 

 その場で蹲ってしまいそうになった。

 

「まぁまぁかすみん、その辺にしときなよ」

「うぅ……」

「良かったじゃない。獅子舞に噛まれると、厄がおちるんだよ」

 

 そう言いながら戸山さんの肩を叩く有咲。

 

「でも、こわかった……」

「ほーら、焼きそばでも食べて元気だしなよ」

「むぐむぐ」

 

 尚も食い下がろうとする戸山さんに、有咲がパックに入った焼きそばを戸山さんに食べさせた。獅子舞騒動の後、結局戸山さんが何も食べられずにいたことを思い出して急いで買ってきたのだ。一パック600円である。

 ちなみにメンバー全員分買わされた。横で牛込と花園さんもおいしそうに焼きそばを食べている。有咲は後で食べるらしい。

 本番まで後少し。獅子舞が持っていってくれたのか、獅子舞への恐怖によって上書きされたのか。戸山さんの緊張も、先ほどよりはマシになっているように思えた。その代償と言うべきか、焼きそばをすすりながら、複雑そうな顔でこちらを睨んでくるが。

 

 戸山さんからの無言の非難に心を痛めること数分。全員が焼きそばを完食したのを確認して、有咲がメンバーに声をかける。

 

「これからが本番よ」

 

 その言葉に、メンバー全員が頷き合う。

 

「あ、そういえばかすみん」

「? どうしたの有咲ちゃん」

「これ買ってみたんだ。その……似合うかなって」

 

 有咲が持っているそれを見て、戸山さんの目が輝いた。

 

「星だ……!」

 

 予想通りの反応だったのか、有咲の顔が綻ぶのが見えた。

 星形のイヤリングは、有咲の手元でキラキラと輝いていた。

 

「つけてあげよっか」

「う、うん」

 

 戸山さんが目を閉じた。ぱちり、と音がした。

 彼女の右耳でより一層、星は強く輝いていた。

 

 


 

 

 ぱちり。音と共に、甘い痛みが走った。

 右の耳に触れてみる。そこには確かな感触があった。

 

「もう片方は、誰につけて欲しい?」

 

 有咲ちゃんの声が聞こえた。ふわふわと浮かんでいたような心が、地上へと引き戻される感覚。

 

「あっ、えっ、えっと……」

 

 有咲ちゃんの手には、もう一つのイヤリングが残っていた。

 優しそうに、でも少し愉しげに。有咲ちゃんが目を細めていた。

 

 ……星は、わたしにとって大切な存在だ。

 歌を歌う時はいつだって、星の鼓動を感じている。トクン、トクンと、音が聞こえる。

 

(わたしは……)

 

 それを、誰につけてもらいたいのか。

 そう考えて、答えが出るまで。時間はそんなにかからなかった。

 

 その人は、いつも私のそばにいてくれて、わたしの歌が誰かに届いていると……そう実感させてくれる人。

 

「ち、千葉くん……お願いしても、いいかな?」

 

 彼はわたしのファンなのだと、常日頃からそう言ってくれている。

 少しこそばゆい感じもする。だけどその言葉は、わたしが歌を歌うその理由の一つにもなっていて。

 

 有咲ちゃんからイヤリングを手渡されて、千葉くんがわたしの耳へと手を近づける。

 ちらっと彼の方を見てみる。彼の肩に、少し力が入っているように見えた。

 そんな彼の姿が少し面白く思えた。

 

 ファンサービス、というものがある。ファンに向けて手を振るだとか、投げキスをするだとか、そういったものだ。

 そう、これはファンサービスだ。日頃の彼への感謝と――

 

(獅子舞の時に私を助けてくれなかったもんね)

 

 ――悪戯心も少し含めた、そんな私のファンサービスだ。

 

 ぱちり。音と共に、少し鼓動が強くなった。イヤリングをつけ終えて、彼が離れる。

 それに入れ替わるように、りみちゃんがランダムスターを私の肩にかけてくれた。たえちゃんもピックを手渡してくれた。

 

「センパイに何かあれば全力でフォローするっす!」

 

 たえちゃんがそう言った。

 

「師匠がいつも気配を消していたのは、こう言う時に輝くためだ」

 

 りみちゃんがそう言った。

 

「輝くわよ、みんなで。あんたはもう一人じゃない」

 

 有咲ちゃんがそう言った。

 

「全力で楽しむよ。だからクラパも……戸山さんも、目一杯楽しんでくれ」

 

 千葉くんが、そう言った。

 

「わたし……わたし……」

 

 イヤリング()が揺れるのを感じる。気持ちを奮い立たせるように、ランダムスターを強く握り締めた。

 

「わたし! 銀河よりもビッグになる!」

 

 目を合わせた5人で、力強く頷いた。

 メンバー全員でお揃いのハッピを羽織り、サウンドチェックのためにステージへと向かった。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 辿り着いたステージは簡素なものだ。

 客席にも人は数人程度しかいない。その少ない人々も、殆どは眠たげな顔を浮かべた人ばかり。

 

 はっきり言ってアウェイだ。だけど、()()()()()()()()()()()()()。商店街を歩く人々を振り向かせれば、その時点でアウェイなんかじゃなくなるのだから。

 

 それに――私たちを見てくれる人は、すでに客席にいるのだから。

 

 トクン、トクン、と音が聞こえる。星の鼓動が、私の中で感じられる。

 恐れるものは何もない。あとはただ、輝くだけだ。

 

(ついに、初ステージが始まるんだ)

 

 その第一声を今、高らかに放とう!

 

「ねえ、みんな! 一緒に”音楽《キズナ》”を奏でよう!」

 

 エフェクターを踏んで、おにぎり型のピックを振り下ろす。強く歪ませたギターサウンドで、開幕の狼煙を上げる。

 そこにもう一つ、鋭いギターの音が奔った。続くようにキーボードの電子音が鳴り響き、ベースの重低音がうなりをあげる。

 遠慮はいらない。音圧はマックスだ。私たちを震源に、寝ぼけた商店街中を震撼させる。

 

 時間にして数十秒。音の洪水を、アイコンタクトを交わしてピタリと止める。

 一瞬のブレイク。意図した無音で溜めを作り、そして今こそ大きな声で!

 

「クラパのパーティー! 始まるよ!」

 

 私たちのパーティーで、夢を撃ち抜いてやる!

 




間隔が空いて本当にすみません。僕は無力だ……

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第17話

 

『一緒に"音楽(キズナ)"を奏でよう!』

 

 あの日のステージを思い出す。

 脳裏をよぎるのは音圧マックスのバンドサウンド。ステージ上には女子(おなご)が4人。

 最初の一曲はガラガラギューンと、弟妹たちの影響で聞き慣れたフレーズ。その次はビートルズだ。2曲目が終わる頃には、会場のボルテージはマックスだった。

 

『ステキな歌声だったし、ギターも四月に始めたとは思えないくらいうまかった』

 

『リードギターの子もかっこよかったし』

 

『キーボードの子も可愛かったし』

 

「ベースの子は、裸足だったね」

 

 机上に書いたメッセージを見返して、少し笑った。

 かっこよかった。楽しそうだった。()()()()はきっと、音楽(キズナ)を奏でられたのだろう。だけどその演奏には、どうしても足りないものがあった。

 

「ドラムは、まだ見つかってないんだね」

 

 ロック・ミュージックにおいて、ドラムは必要不可欠。これはあくまでも持論に過ぎないのだが。

 ……ほんの少し、ほんの少しだけ。彼女たちとバンドをやる未来を思い描いてみた。数秒だけ、その未来に浸ってみた。

 

「……無理、なんだよね」

 

 力なく笑い、授業のノートへと目を落とす。今は数学の授業中だ。方程式の書かれたノートには、まだ解は書かれていなかった。

 ノートとにらめっこすること数秒、やはり気になってしまう。我慢できず、横目を使ってメッセージを読む。

 

『とってもステキなライブだったよ!』

 

 感動したことは変わらない。我が子を見守る母のような心持ちで、このメッセージの相手を思い浮かべる。

 獅子舞を添えたメッセージに頷いて、 ノートに鉛筆を走らせた。

 


 

 初ライブ終了後、クラパと俺はりみの住むアパートにて打ち上げ兼反省会を行っていた。

 

「かんぱーい」

 

 五人の声が重なった。

 

「祝いだ。米ならある。遠慮せんといてや」

「これ、うちの畑でとれたきゅうりっす」

「お菓子とか買ってきておいてよかった……」

「普通ボーイ、ファインプレーね」

 

 机に並ぶおにぎりときゅうり。そしてお菓子。飲み物はお茶とジュースだ。米ときゅうりの割合が大きいのはご愛嬌。

 というのも、りみの住むアパートは近所にお店が何もなかったのだ。打ち上げをすることがライブ後すぐに決まったことで、あらかじめお菓子やジュースを帰り道で買ってきたのだが……どうやら余計なお世話とはならなかったらしい。

 

「後で買えばいいと思ってたんだけど、まさかここまで周りに何もないとは思ってなかったわ……」

「牛込、なんで言わなかった?」

「忘れてた!」

「よーし、お前はお菓子食べるの禁止な」

「そんなゴブタイな!!!」

「ま、まぁまぁ……りみちゃんも、うん、お米持ってきてくれたし……お、おいしいよ!」

「戸山さんが言うなら……」

「ちょろくないっすか? むぐむぐ」

 

 戸山さんが言うことは絶対だからな。

 

「さすが師匠! ささっ、つがせてもらいますぅ」

「お米を、だけどね。というか今日はおにぎりだけでしょ」

「知ってた!」

「んぐんぐ……ふぅ。自分、きゅうり剥くっす!」

 

 おにぎりを食べ終えた花園さんは机の上にあるきゅうりを1本取り、フルーツナイフできゅうりを剥き始めた。実に慣れた手つきで剥くので、思わず感嘆の声を上げてしまう。

 

「自分、フルーツカットが特技で。実は左利きで、こっちの手は器用なんっす。ただ右手と心は不器用っす」

「左利きだったのか……」

「ギターは普通の、右利き用のだよね」

「そうっす。でも帰って、その方が弾きやすいっす」

 

 ギターには右利き用と、左利き用がある……らしい。

 左利き用ギターと右利き用ギターでは、ピッキングする手と指板を押さえる手が逆になることから、部品や弦の張る順番が逆に配置されると書いてあった。あと、右利き用のものに比べて生産が少ないとか。

 これに加え、『右手の方が難しい』という人や『左手の方が難しい』という人がいることから、一概に左利きは左利き用を使うべきとはいかないそうだ。

 

 おにぎりを食べ終わったあとはお菓子を食べよう……となるはずが、その前にちゃぶ台の上に山盛り載せられたきゅうりを消費せねばと一人ずつノルマが課せられた。ちなみに、俺が一番多かった。

 

「カッパみたいだね」

 

 主に俺に向けられた発言だった。周りが笑い、そして周りもきゅうりをかじり始めた。

 

「クラパの皆だって、カッパみたいじゃないか」

 

 笑い声が牛込の部屋に響き、カッパたちの反省会兼打ち上げは続く。

 『楽しかった』、『次はこうしたい』という会話は、彼女達が本当に楽しんでいるからこそ出てくるものなのだと思えた。

 

「次のライブに向けて、ふたつの課題を何とかしなくちゃね」

 

 有咲がそう言って、二本の指を立てた。クラパのメンバーがそれをみて、少し真面目な顔で頷く。

 

「一つは、ドラマーを探すことだよね」

 

 戸山さんの言葉に有咲が首肯し、話を進める。

 『ドラム担当はやはり必要だ』というのが、クラパと俺の共通認識だ。前回のライブは確かに大成功だったが、やはり物足りなさがあった。

 リズム隊がベースの牛込しかいないというのも厳しいものがある。本人は「目立てるから問題はない!」と言っているが、それはそれとしてドラムは欲しいらしい。

 

「ではもう1つは報酬(ギャラ)の交渉――」

「それはもういい」

「もう一つはオリジナル曲を創ることっす」

「知ってた!」

 

 本当か?

 ……ともかく、もう一つは花園さんの言う通りオリジナル曲の作成だ。『作詞作曲:クラパのメンバー』の曲を作ることは、バンドをやる上でやはり必要らしい。

 

「ドラマーの方は相手次第だけど。オリジナル曲は自分たちで進められるからね」

 まぁ全員作詞も作曲も未経験なのだが。

 前途多難ではあるが、ひとまず全員一曲でいいから作曲にチャレンジするという形に収まった。

 『普通ボーイもなんか書きなさい』と有咲から言われたが、そこは丁重にお断りしておいた。

 『ドラマーもオリジナル曲も何とかなればいいなぁ』と。そんな漠然とした願いを込めながら、ちゃぶ台から取ってきたきゅうりをかじった。

 

 


 

 

「沙綾、お前、ほら、もうあがっていいぞ」

 

 健康をアピールしつつ、娘に早く仕事をあがるよう促した。

 

「ねえ、お父さん、どうして急にはりきってるの? また体壊しちゃうよ」

 

 愛娘である沙綾は、高校一年生とは思えないくらいにしっかりしている。いや、しっかりしすぎな程だ。そして、その原因は自分にあった。

 二年前に妻を亡くし、そのショックからしばらく無気力になった不甲斐ない自分が、沙綾をここまで追い詰めたのだろう。それに加えて父である自分まで一年前に倒れてしまったことが、トドメになってしまったに違いない。

 それまで沙綾が頑張ってきたバンド活動まで、その時に辞めてしまったのだから。

 

「大丈夫、父さんはもう大丈夫なんだ」

 

 これ以上、沙綾に好きなことを我慢してほしくはない。

 仕方ないといった様子で自分の部屋へと戻っていく娘の後ろ姿を見送りながら、気を引き締めた。

 

「……それにしても、聴いたことある気がするんだよなぁこの曲」

 

 つい先日からずっと、沙綾が厨房のスピーカーで流している曲に耳を傾ける。

 聴き手の心を燃え上がらせるような曲だった。そしてどこか、懐かしい曲だった。

 商店街で行われたお祭りで、女子高生のバンドがやっていたオリジナル曲らしい。故に聴いたことあるはずもないのだが――

 

『――In the name of BanG_Dream!』

 

 ()()()()()()を、聴き間違えるはずもなかった。

 

「……おいおい、マジか」

 

 いつも店番を代わる時に曲を切り替えていたから、この歌詞に気づかなかったのか。

 聴いたことあるなんてものじゃない。これは、この曲は、かつて()()()()が――

 

「不思議なことも、あるものだなぁ」

 

 一層気が引き締まる。この曲に恥じないような生き方をしないとこの曲に、そして何より少年時代の自分に顔向けできない。

 

「『バンドリ』ってそういうことだったのか……そうだな。俺も作るか、バンドリカレーパン」

 

 最強のパンを作るために、厨房に立つ。スピーカーの曲は切り替えない。メタリカもレッチリも、今日はお休みだ。

 今の名物であるレッドホットドッグ(チリペッパー味)に続く、ヤマブキパンの名物になることは間違いなしだ。

 少年時代に感じた熱さが、再び胸の中に甦っていた。

 

 


 

 

 初ライブの反省会から数日後が経過したが、ドラムの応募が来る様子はなかった。

 今日もクラパは蔵で練習、そして練習後に作曲を頑張っているのだろう。各メンバーかうんうんと唸りながら試行錯誤している姿をここ数日間見続けている。

 何か力になれればいいのだが、俺にできることは非常に少なかった。

 

「差し入れ、何にしようかな」

 

 差し入れは俺に出来る数少ないことの一つだった。

 日直の仕事で練習に遅れるため、何か差し入れでも買っていこうと商店街を歩いている。

 戸山さんはフライドポテトが好きだからファストフード店が無いか確認するが、古き良き商店街にそんなものはなかった。

 

「うーん……お、パン屋か」

 

 暫く歩いていると、前方に以前来たことのあるパン屋が見えた。ヤマブキパンという名のパン屋で、少し特徴的な名前のパンを売っていた覚えがある。

 

「牛込が確かチョココロネ好きだったはずだし……ここにするか」

 

 重すぎず軽すぎず、差し入れとしてはちょうど良いだろう。

 店内をくぐると、以前と同じ店員さんがレジに立っていた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 トングとトレイを持って、ずらりと並ぶパンたちのもとへと足向かう。

 チョココロネとレッドホットドッグ(チリペッパー味)に、以前あまり売れていないと言っていたメタリカあんぱん、自分用にカレーパンも買っておこうとトレイへ持っていく。

 他にも数個ほどのパンをトレイに運び、レジの方へと持っていく。

 

「すみません、お会計お願いします」

「はーい。……お兄さん結構買いますね〜。育ち盛りだね」

「あぁいや、これだいたい差し入れなんです。ちょうどで」

「はい、丁度ですね。なるほど! 部活か何かかな?」

「知り合いがバンドをやっているんですよ。前にこの商店街のお祭りでも演奏させていただいたんですけど……」

「ほうほう!」

 

 袋にパンを入れ終えた店員さんが、納得したと言わんばかりに手を打った。

 

「うちの娘……沙綾と言うんだが、女子高生達のバンドがお祭りで演奏した曲を最近好んで聴いているんだ。厨房でもよく流している」

 

 サアヤさんというのは、以前来た時に店員さんと話していた子のことだろう。

 ヤマブキパンではパン作りの際にパン生地に音楽を聴かせるというのは以前に聞いたが、今のブームはクラパであるらしい。

 

「そのバンドの曲を聴かせたパンも作ったほどさ。バンドリカレーパンという名前でね」

 

 カレーパンの名前を聞く限り、クラパであることは間違いなかった。バンドリというのは『Yes! BanG_Dream!』から来ているのだろう。

 あの曲は、有咲が見つけた「成り上がりノート」に書かれていたものだ。調べたところどこかのアーティストの曲というわけではないことがわかっていて、おそらくそのノートを書いた有咲のお父さんが書いた曲だと思われる。

 なんにせよ、彼女達の音楽を好きでいてくれる人間がいるのは嬉しい。

 

「バンドリ……なるほど。ありがとうございます。彼女たちにも伝えておきます」

「……っと、すまないね。おじさんの話を聞かてしまって」

「いえいえ」

「うちの娘もドラムとして以前バンドをしていたから、少し懐かしくなってしまってね……これは引き止めてしまったサービスだよ」

 

 そう言って、店員さんがレッチリドッグを1つ袋の中に入れた。

 ドラムの経験があるならば、クラパのドラム候補として声をかけてみようかとも一瞬考えたが……今ここに娘さんはおらず、そもそも会ったことの無い人間をいきなりバンドに誘うなどできるはずもなく。

 

「ありがとうございました!」

 

 パンの入った袋を受け取り、店員さんの声を聞きながら店を後にする。

 商店街を出た辺りで袋からカレーパンを取り出し、一口。

 

「……おいしい」

 

 その道中でも何故か、話で聞いたパン屋の娘さんのことが頭から離れなかった。ドラムの応募が来なくて不安になっているのだろうか。それとも……『サアヤ』という名前を、どこかで聞いたような気がしているからだろうか。そんなことを考えているうちに、カレーパンを食べ終えていた。歩くスピードを少し早める。

 

「本当に、なんとかなればいいな」

 

 漠然とした願望だが、今はそうすることしかできなかった。

 六月も終わり、蝉の声が増えてきた。七月上旬のじんわりとした暑さが、夏の到来を告げていた。

 

 




あけましておめでとうございます。今年の抱負は更新速度の上昇ですが……ダメだった場合はご愛敬ということで一つ。

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第18話

 

「もっと夜遊んだりな、部活をやったりとか、自分の好きなことをしなくちゃな」

 

 極端なことを言っている気がする。長い間『ごめんな』と自分の不甲斐なさをただ謝っていただけで、娘に父親らしく語りかけることに慣れていないことが少し歯痒い。

 我ながら下手くそな健康アピールだ。自然と沙綾が安心できるような言葉を投げかけられるほど自分は器用じゃない。

 

「父さんの知らない〝お前〟をな、もっと大切にして欲しいんだよ」

 

 大人になってから『楽しかったあの頃』として、今の時間をいつか笑って振り返られるように。

 大人になったからこそ見出せる楽しみ、というのもあるだろう。だけど学生時代の思い出というものは、何物にも変え難い価値を持つことがある。

 

(そう、例えば彼の言っていたバンドに参加するとか――)

 

 バンドリカレーパンを焼く沙綾の姿を思い出して、少しそんなことを考えてしまった。考えるだけならタダである。

 時計を見れば、少し時間が経っていた。並べられた生地たちが、焼き上げられる時を今か今かと待っている。

 

(言ったからには、まずは行動に示さないとな)

 

 ヤマブキパンは、本日も通常営業だ。

 

 


 

 

 教室は未だ騒がしかった。

 一限の予鈴が鳴るまで、まだ数分の余裕がある。同級生の皆はそれぞれ、ここ数ヶ月で仲良くなったであろう友人との会話によって時間を潰していた。かくいう俺もその一人だ。

 

「それで、最近バンド練習の調子はどうなのよ。なんか弾けるようになった?」

 

「俺は何の楽器もやってないと言っただろ……戸山さん達の方は、色々苦戦してるみたいだ。何か力になれるといいんだけど」

 

 メンバーそれぞれの演奏技術は毎日の練習によって確実に上達しているし、演奏するカバー楽曲のレパートリーも少しずつ増えている。しかしそのレベルアップの速度は、ドラムの募集作業と作詞作曲の作業によって少しゆっくりとしたものにならざるを得なかった。

 作詞作曲の方はメンバーそれぞれのペースで進めていくしかない。だからこそ、ドラマーの欠員の方をできるだけ早く解決したいのだが……

 

(未だに応募がないとは。まぁ、仕方ないか)

 

 有咲がドラマー募集の書き込みを掲示板で行ってから数日が経つが、未だに反応はなかった。

 

「お、戸山さん達が来たようだぞ」

 

 廊下を見ながらそう言った桂が、何か言いたげな表情でこちらへと顔を向け直した。

 彼の目に映っていたのは、牛込と花園さんが手を取り合っている姿だった。

 

「……いつもあんな感じなの?」

 

「いつもあんな感じだよ。おはよう、戸山さん」

 

「あ、千葉くん。おはよう」

 

 馬鹿二人が廊下で茶番を繰り広げている中で、戸山さんが一足先に教室へと入ってくる。

 鞄を下ろしながら挨拶を返すと、彼女はすぐに自身の机へと目を落とした。

 

 彼女の机では毎日、交換日記じみたメッセージのやりとりが行われている。明確にいつからやっているのかはわからないが、入学して数週間経った頃には既に彼女の日課とも言うべきものになっていた。

 戸山さんはその相手に色々励まされたり、勇気づけられたこともあるようだ。だからこそ、このメッセージは彼女にとっての心の拠り所の一つとなっているのだろう。

 一度も会ったことはない、顔の知らない誰か。そんなもう一人の机の主は、戸山さんにとって大事な理解者だった。

 

 そして、そんな相手の名前は確か――

 

(『サアヤ』さんだったか……うん、()()()?)

 

 ――その名前に、引っかかりを感じた。

 

「ち、千葉くん!」

 

 なにかを思い出せそうというタイミングで、戸山さんが声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

 

「あの、ね。ドラムの事なんだけど……」

 

 棚からぼた餅が出てきたかのような。彼女の表情は、思わぬ幸運に出くわしたと言わんばかりだ。

 一呼吸置いて、戸山が口を開いた。

 

「もしかしたら……なんとかなるかもしれないの」

 

 


 

 

 時は経って昼休み。バンドメンバーと俺は屋上で昼食をとっていた。

 

「しかし、かすみんに友達がいたとはね。それがまず、一番の驚きよ」

 

 あの後戸山さんはバンドメンバーを集め、皆に向けてサアヤさんのことを話した。

 なぜそのことを俺たちに話したのか。それはサアヤさんがドラムの経験者であったと、机のメッセージにて明らかになったことが理由だった。

 明らかになったことの中に、以前戸山さんに噛み付いた獅子舞がサアヤさんであったことがあった。女子高生があの迫力ある獅子舞を演じていたのかと思うと、驚きを隠せない。

 

「あの獅子舞の動き、ただ者ではなかった」

 

「ドラム経験からくるリズム感の良さも、あの迫力に繋がっていたのかな」

 

 牛込と俺が頷きながら呟く。

 

「わたしは、サアヤちゃんと一緒にやれたら、そんなの夢みたいだなって」

 

「夢、か」

 

 サアヤさんをバンドに誘うのか。そんな有咲の質問に、戸山さんは迷うことなく肯定の意を示した。

 夢と返した彼女の目はキラキラしていた。起こりうる、彼女にとって最高の可能性を夢想しているのだろう。

 いつもならこちらまでワクワクするようなその瞳に、なぜか今日は不安を覚えた。

 

「で、どんな感じなの? 彼女って、バンドやってくれそうな感じなの?」

 

 確認するように、有咲が質問を投げる。

 

「わかんない。私考えてみたら、さあやちゃんの事、なにも知らなくて」

 

 戸山さんはサアヤさんのことを、よく知らない。

 

「向こうはわたしのことをよく知っているの」

 

 だけど、サアヤさんは戸山さんのことをよく知っていて。

 戸山さんが語り出す。それは彼女が歩んできた、ここ数ヶ月の思い出だった。

 

「わたしに友達がいなかったことも」

 

 始まりは戸山さんただ一人だったこと。

 

「星を追いかけてギターに出会ったことも」

 

 星のシールを追いかけて、彼女は相棒(ランダムスター)に出会ったこと。

 

「バンドを始めたことも」

 

 有咲と出会って、俺も巻き込んで、バンド活動が始まったこと。

 

「悩みとかも、相談してたし」

 

 これまでの数ヶ月、戸山さんがぶつかった壁は決して少なくなかった。そんな時、彼女はサアヤさんに相談していたのだろう。

 

 悩みだけではない。楽しかったことも、彼女はきっと共有していたのだ。

 

「たえちゃんがつかまらないときにも相談したし」

 

「りみりんのこと書いたらウケるって返ってきたし」

 

「ライブも見てくれて、素敵だったっていう感想もくれた」

 

 サアヤさんはこれまでの戸山さんの物語を、殆ど全て知っている。

 戸山さんにとって、サアヤさんは大事な()()()なのだ。サアヤさんのことを語る戸山さんの顔は微笑みを浮かべていて、サアヤさんの存在が戸山さんの中でどれほど大きいかが読み取れた。

 

 

「それはずいぶん、いびつな関係性ね」

 

 

 だからこそ、有咲のその一言が痛かった。

 

「えっ……いびつって?」

 

「戸山さん。サアヤさんって、どんな子なのかな」

 

「えっと、サアヤちゃんは……同じ席だから……多分、定時制の子で……」

 

「……うん。他には?」

 

「えっと、獅子舞に入ってて、しっかりした優しい子で……あ、あと、ランダムスターを知ってた」

 

「なる、ほどね」

 

「ほとんど何も知らないということは、実際本当のことらしいわね」

 

 有咲が、なんともいえない表情を浮かべている。戸山さんはどことなく居心地の悪さを感じているようだ。

 聞く限り、戸山さんとサアヤさんの関係性はほとんど一方通行のものだった。

 直接会ったことはなく、その関係は完全に話し手と聞き手。それを、まともな友達関係とは言い難い。

 

 ……しかし今そのことについて言及しても、話が拗れるだけであることは目に見えていて。自然と、この話は一旦保留となっていた。

 花園さんが、得られた情報からサアヤさんの人物像を考察している。

 顔も知らない戸山さんの相談を、文字という形とはいえ真摯に受け止めるほどに面倒見がよくて、そして優しい子。それが花園さんの考察するサアヤさん像だった。

 

「ランダムスターを知ってるってことはメタル者っす」

 

「ふむ、獅子メタル殿か」

 

 ランダムスターという特殊なギターを知っているということは、ある程度ロックに精通していて、中でもメタル系に強いことが読み取れたらしい。

 実際、このギターをテレビ等で見かけるということは今までなかった気がするが……どうやらメタルでは使われる場面がそこそこあるようだ。

 

「それでどうするの、かすみん。あんたから誘ってみる?」

 

「うん、誘ってみたい」

 

 サアヤさんを勧誘することについて、反対の意見が出ることはなかった。そもそもドラムの応募が一つもなく、反対する理由がなかったのだ。

 この話はこれで終わり。そう言わんばかりに、予鈴が鳴った。

 

「そろそろかな。教室戻ろっか」

 

 有咲の言葉で五人が立ち上がり、教室のある階と屋上を繋げる階段を降りていく。

 本鈴がなるまで後少し。午後の授業はなにがあっただろうか。文系科目は少し苦手だから、午後はないといいな。後で確認しておこう。

 

 ――足が重く、胸になにかがつかえているようなこの感覚は、きっと長い午後授業に対してのものだ。

 

 拭いきれない不安感から、目を逸らした。

 

 


 

 

 その日はいつもより早く目が覚めた。

 睡眠不足だろうか、どことなく体が重い。だけど、寝直すほどの早朝でもなかった。気だるげに体を起こし、洗面所へと向かった。

 

 身支度を済ませて家を出た。空は鉛色で、いつ雨が降り出すかもわからない様子だ。傘を忘れたことに気づいたのは、家から遠く離れたところまで来てからだった。

 

 学校に着いた。人気の少ない教室で、誰かがぽつんと立ち尽くしていた。

 

 

『ごめんね。無理なんだ』

 

 

 ざあざあと降り始めた雨が、やけにうるさかった。

 




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第19話

 

 絶えず耳に入る雨音が心を乱す。

 

 目の前には戸山さんがいて、彼女は茫然自失といった様子で机の前に立っていて、目線の先には机に書かれた()()からのメッセージがあった。

 

「戸山さ――」

 

 名前を呼ぼうとして、やめる。こちらに視線を向けることなく、彼女は静かに、椅子に腰をおろした。

 

 目の前の景色に息が詰まる。

 

 元々自分の世界に入りがちな彼女は、俺の存在に気づいていないのかもしれない。無闇に声をかけて、刺激するのも悪手だろう。

 

(人が来るまで、どこかで時間でも潰しておこう)

 

 逃げるように、目を背けるように、教室を後にする。

 足音は一人だけ。廊下の窓から景色を眺めても、生徒の姿は見えなかった。

 

(大丈夫、また後で話せばいい。バンドメンバーも彼女の力になってくれるはずだから)

 

 そう考えて頭を振った。後回しに他力本願――それじゃ昔と変わらないじゃないか、と。

 

(だけど、俺に何ができるんだ?)

 

 天啓の如く解決策が降って来るなんて、そんな美味しい話があるわけもなく。ただ雨の降る景色を、廊下から眺めるしかできなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()のだと、そう思い知らされたような気がした。

 

 


 

 

 予鈴が鳴るまであと少しとなった。

 逃げるように教室から出て、廊下をぶらついていたらかなりの時間が過ぎていたらしい。

 雨音しか聞こえなかった先程とは違い、生徒たちの声が廊下に響いている。未だ降り続く雨への愚痴も聞こえてきた。

 

「あ、千葉さん。おはようございます!」

「……」

「千葉さん?」

「……あっ、あぁ……おはよう、花園さん」

 

 喧騒をBGMに、ぼーっと窓の外を眺めながら歩いていたら、たった今登校してきたらしい花園さんが傘を片手に挨拶してきた。

 やや詰まりながら挨拶を返した俺に疑問を覚えたのか、こちらの顔を覗き込んでくる。それにびっくりして、思わず顔を背けてしまった。

 

「どうしたんです? 具合悪いんですか?」

「いや、なんともないよ。ただちょっと、雨が憂鬱で」

「……? そうっすか」

 

 不思議そうな表情を浮かべながら、彼女は教室の方へと向かっていった。

 それを見送って、再び意識を窓の外へと向ける。

 ざぁざぁと降り続ける雨に、心が憂鬱になる。雨音は心を落ち着かせるとどこかで聞いたことがあるのだが、どうやらそれは時と場合によるらしい。

 

 足が重い。だけど教室に戻らないわけにもいかない。

 

 教室へ戻ると見慣れた金髪を見つけた。読書の最中だったらしいが、俺の存在に気がついたのか本を閉じた。

 存在感を希薄にした彼女が、戸山さんの方をちらりと見る。そしてそのまま、こちらに声をかけてきた。

 

「なんかあった?」

「色々」

「了解。まぁ、だいたい予想は着いてるけど」

「流石だな」

「わかりやすいのよ。あの子とあんたは特にね」

 

 頬杖をついたまま、「まぁみんなわかりやすいんだけど」と呟いた。

 それだけ言って、有咲は再び本を開いた。同時に、存在感も更に薄まった。視線は既に本の方へと向けられていて、こちらを向いてはいなかった。

 戸山さんの方を見れば、彼女も一段と存在感が薄まっていた。牛込はいつも通りだった。

 

 いつの間に我がクラスは忍者の里になっていたのだろう。心の中で茶化してみても、あまり心は晴れなかった。

 

 

 放課後、バンド練へと引きずられていく戸山さんを苦笑交じりに見送った。

 

 戸山さんの負った精神的なダメージは、未だ残ったままだった。せめて何か美味しい差し入れでも買って行こうかと考えつつ、根本的な解決につながるようなことを何もできない事実に悔しさを覚える。

 

 今朝は書かれていなかった文章が一行、彼女の机に増えていることに気がついたのは戸山さんが教室を出た後だった。

 それが戸山さんからサアヤさんへのメッセージで、あることは、想像に難しくなかった。

 戸山さんのいない時にそれを見るのは、なんとなく嫌な感じがした。手紙の中身を勝手に第三者が覗き見るようなものだ。間違いなく良い行いであるはずがない。

 

 それを見なかったことにして、通学鞄を肩にかける。

 ちょっとした罪悪感と、戸山さんへの心配と、単純なバンドメンバーを労う気持ちとともに、()()()()()()()()()()()()()()と考えながら。そんな心持ちで、帰路に着いた。

 

 


 

 

 ギターを握ってしまえば、戸山さんの意識は瞬時に切り替わる。多少ギクシャクしているところはあったものの、放課後のバンド練は比較的いつも通り進んだ。

 戸山さんに何があったかは、バンドメンバー全員が理解している。有咲が述べていたように、戸山さんとサアヤさんの関係は歪なものであった。故になんとなくこうなるだろうと、有咲は予想できていたようだ。

 いつもより少し早めに練習を切り上げて、バンドメンバーたちはパンを頬張っていた。戸山さんの顔が少し明るくなったように見えたのは、「そうであって欲しい」と願った自分の見間違いだったかもしれない。

 

 帰り道、戸山さんのはどこか不安を帯びた表情をしていた。

 何か声をかけようとして、やめようとして、変な声が出てしまった。

 

「千葉くん……? どうしたの?」

 

 それに気づいたのか、彼女がこちらを振り返った。

 

「あー、えっと……」

「?」

 

 サアヤさんの名前を出すのは、論外だ。話題を探すために、脳をフル回転させる。

 

「パン、美味しかった?」

「あ、うん。美味しかったよ」

「……」

「……」

 

 悲しいほどにコミュニケーションが下手であった。

 

「……ごめんね。私が落ち込んでるから」

 

 いらない気まで遣わせてしまった。

 

「ねぇ、千葉くん」

「何?」

「私ね、どうしてもサアヤちゃんとバンドがやりたい」

「うん」

 

 今にも消えそうな声音で、彼女は語る。

 夜風が吹いた。それはとても微かなものだったけど、この風にさえ掻き消されてしまいそうな程に、彼女の言葉は弱々しかった。

 

「でも――」

 

 言葉の続きが、語られることはなかった。

 

 


 

 

 翌日はいつも通り、少し遅めの時間に登校していた。

 昨日の雨が嘘であるかのような、雲ひとつない快晴だ。日差しが眩しくて、思わず目を細めてしまう。

 

 校門の前にたどり着けば、見慣れた背中が目に入ってきた。戸山さんの存在感が昨日以上に薄まっている気がする。

 

「おはよう」

「おはよ」

 

 有咲が少し疲れた表情を浮かべたまま、挨拶を返した。

 

「疲れてるようだけど、どうした?」

「ん」

 

 呆れたような声と共に、顎で花園さんの方を指す。

 それに従うように彼女の姿を見てみる。そこには背筋を丸めた戸山さんと、ポーカーフェイスの牛込と――

 

「かすみーん、ほら、深呼吸するといいってば! ほら、かたい顔せず、スマイルだよ!」

 

 頭に稲妻が落ちたような感覚だった。

 凄くイイ笑顔を浮かべた花園さんがそこにはいた。

 

「――え? 何あれ、イメチェン?」

「ちょーっと保護欲が暴走しちゃった感じかなー」

 

 花園さんといえば、『〜っす』という語尾の不器用な後輩系(※同級生)女子だった記憶があるのだが。

 牛込と一緒に、まるで介護でもしているかのように戸山さんに話しかけている。昨日までとのギャップというか、変化に適応できそうにない。

 

「ま、あれは好きにやらせといていいでしょ。かすみんの方が現在進行形で、〝心ここに在らず〟って感じだし」

「そ、そうだな」

 

 花園さんとの関わり方を考えた方がいいだろうかと考えていたが、この話題については一旦考えるのをやめておく。考える余裕もないし、考えたところで意味のないことであるのは明らかだった。

 

「それよりも……」

「ドラムのこと、だな。問題は」

 

 空白の五人目。未だ埋まっていないドラムの席に関して、どうするか。

 サアヤさんに断られた以上、ドラマー探しは継続しなければならないのだが……それは一旦保留にしておくと、昨日のバンド練で決まったのだ。

 

「戸山さんが昨日書いた『サアヤさんに会いたい』といった旨のメッセージに対する返答待ち、だったよな」

「ええ。私自身も一度は会っておきたいと思ってたからね。脈が完全に〝ナシ〟なのかも確認しておきたいし」

「……根気強く説得する方針でいいのか?」

 

 「打ち込みにも限度はある」と、彼女は少し前のバンド練の時にぼやいていた。

 

「実際に会ってみて、脈が完全になさそうなら考え直すけど……何度かリトライするくらいは問題ないわ」

「そうか」

「元々、メンバーのあてはなかったんだし」

「……それもそうだ」

 

 「コンテニューはゲームの常套手段だからね」という言葉を最後に、有咲は下駄箱の方へと歩いていった。

 

 

「……ない、な」

「ないわね」

 

 先に教室へと辿り着いていた戸山さんが、机の前で立ち尽くしていた。

 何が起こったのか、大方の予想はついている。戸山さんの机を見てみれば、そこには過去のメッセージと、昨日戸山さん自身が書き加えたメッセージだけが残っていた。

 

「……これはあれよ。きっと学校を休んだのよ」

 

 有咲が、戸山さんを励ますような言葉を投げかける。花園さんも牛込も、それに続いて励ましの言葉を贈った。

 サアヤさんが休んだにせよ、登校していたにせよ、この話題の解決遠のいたという事実だけ

 俺自身も何か言葉を投げようと、口を開きかけた時だった。

 

「……違う」

 

 震えた声だった。でもそれは、不安や恐怖から来たものではなかった。

 

 

「ねえ、違うよ! これ見て!」

 

 

 その言葉には、期待を含んだ興奮が載せられていた。

 戸山さんが、少し離れた位置を指さす。そこに何かあるのだと、確信を持って視線を移した。

 

 ――思い出すのは、再会の日。

 

『……? なんだこれ……マスキングテープ?』

 

 赤い星(ランダムスター)星のカリスマ(戸山さん)が出会い、星のカリスマ(戸山さん)蔵弁慶(有咲)が出会い、(千葉修斗)がそこに迷い込んで――物語が、始まった日だ。

 

「――星と」

 

「矢印――!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、そこにはあった。

 

「これは、有咲が?」

「私なわけないじゃない。確か、かすみんは()()に自分の経験を話していたらしいから……」

「矢印の方向は……こっちだ!」

 

 矢印の方向に沿って、戸山さんが駆け出す。先程までの、今にも消えてしまいそうな姿はどこにもない。

 そこにあるのはギターを握った時のような、キラキラした戸山さんの姿だけだ。

 牛込が追随する。

 有咲が静止する。

 花園さんが困惑する。

 戸山さんは、止まらない。

 

「みんな、行こう! 星が呼んでる!」

 

 次から次へ、星から星へ、星座を描くように。

 階段を降り、廊下を走り、昇降口を抜けた。校門の外を指す星にたどり着いた時には、期待は確信へと昇華していた。

 

「あの、みなさん! 学校は?」

「無理よ。あの子、もう止まんないわよ」

「止める必要なんて、元からないだろ」

「千葉さんってかすみんが絡むとおかしくなるっすよね!?」

「それもまたロックンロール!」

 

 本鈴が鳴るまであと少しとなった。

 星を追いかけて、走り回っていたらかなりの時間が過ぎていたらしい。

 

 七月七日だった。

 今日は七夕で、めぐりあいの日だ。

 七夕の天気には、曇りまたは雨が多いらしい。新暦と旧暦の違いなどが関係しているようだ。実際、ここ数十年で晴れだった日の方が少ない……というのを、ネットのどこかで見た気がする。

 『雨が降ると、天の川が氾濫して会うことができない』と、親から聞かされたのは幼い頃だったか。〝催涙雨〟などの概念がありはするものの、やはり『晴れた日に再会する』というのが有名だ。

 

 昨日は雨が降っていた。強い、強い雨だ。そんな日に望んだ人とめぐりあうのは、もしかしたら不可能なのかもしれない。

 

 ――でも今日は、文句なしの快晴だ。

 

(なんだ、なんの問題もないじゃないか)

 

 走る。走る。

 気づけば、商店街の入り口まで来ていた。ここ最近で、すっかり通い慣れた景色だった。

 

 星と矢印は、とある建物を指していた。

 

「ここが……!」

(ここって……!)

 

 ここ最近で、すっかり通い慣れた景色。見慣れた装飾に、上がりきっていないシャッター。店名の書かれた看板は既に、店の前へと置かれていた。

 

 たどり着いた先には――ヤマブキパンがあった。

 

「――あの」

 

 こちらの様子を伺う、優しげな声色が前方から聞こえてきた。

 声の主は少女だった。自分達と同年代だろうか。立ち振る舞いは少し大人びていて、どこか暖かな印象を受ける少女だ。

 

「お客さん、というわけでもなさそうだね」

 

 そう言いつつ、俺達が誰かを彼女は知っている様子だった。

 苦笑を浮かべながらこちらを見る彼女に対し、戸山さんが前に出た。息を切らしながら、初めの言葉を語り出そうとしている。

 

 七夕の風が二人の髪をゆるやかに揺らした。

 

「あの――!」

 

 長い一日は、まだ始まったばかりだった。




七夕の話を九月の頭に執筆してるの頭おかしくなりそう。

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第20話

 

 織姫と彦星が年に一度で会える日。七月七日、七夕は『めぐりあいの日』だ。

 昼を過ぎ、夕方頃には商店街のどこかで笹の葉が風に揺られていることだろう。その時は願いが込められた短冊も、共にゆらゆらと揺れているのだろうか。

 とはいえ、今はまだ多くの店が開店準備をしているような時間帯。前日から出しているようなお店の前以外には、笹の木は見当たらない。それは、今目の前にあるヤマブキパンも同様だ。

 

「……可憐っす」

 

 花園さんが呟く。サアヤさん――漢字は沙綾と書くらしい――へと贈られた言葉だった。

 開店準備の途中だった彼女は、少し待っていてほしいと言って店の中へと姿を消した。

 

(彼女が、戸山さんにとっての)

 

 とても可愛く、優しそうな人だった。

 

 

 

 試食をして欲しいと、パンの詰まったバスケットを抱えながら彼女は戻ってきた。香ばしい香りが鼻をくすぐる。机の上に置かれたそれを見たバンドメンバー、特に花園さんと牛込がキラキラと目を輝かせていた。

 楊枝の刺さったパンを一口。生地とバターの旨味が口いっぱいに広がる。『メガデス・デニッシュ』という名前らしいこのパンは、名前の刺々しさほどの刺激的な味はしていなかったので少し安心した。

 横では米こそ正義だと日々語る牛込が、「ビミー!!」と叫美ながら仰け反っている。どうやら堕ちてしまったらしい。姿勢を正したと思えば、ツンデレを装ったような発言で花園さんと一緒に沙綾さんへパンのおかわりを頼んでいた。

 

「キミもどんどん食べてね! 男の子はいっぱい食べなきゃ」

 

 次はどのパンを食べようか考えていると、沙綾さんがこちらを向いてそう言った。

 

「ありがとう。お父さんにも美味しかったって、そう伝えておいてね」

 

「もちろん!」

 

 向日葵のような、と言えばいいのか。思わず見惚れてしまうような笑みをこちらへ向けた後、彼女は店の方へと戻ろうとしていた。

 ふわりと、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。お土産の為とはいえ、半分常連とも言えるほどにヤマブキパンへと足を運んでいたこともあってすっかりここのパンの虜となってしまっていた。

 学校からここへ来るまで走っていたこともあり、少し疲れを感じていたところだ。お腹が鳴る。体が食べ物を求めている証拠だった。

 涎が出そうになるのを我慢して、次のパンへと手を伸ばし――

 

(いやいやいやいや)

 

 ――そうになった手をぐっと抑える。

 パンの美味しさで少し忘れそうになっていたが、あくまでここに来たのは勧誘のためだ。危ないところだった。

 このままだと、なんの収穫も得られないまま沙綾さんが去ってしまうと気づいたのだろう。有咲も慌てて、若干挙動不審気味な戸山さんに声を掛ける。

 肩を叩かれた戸山さんはそれに頷き、意を決したような面持ちで沙綾さんへと話しかけた。

 

 バンドをやりませんか

 

 数回のやり取りを経て、ようやく絞りだしたその言葉に沙綾さんは――

 

「ごめんね、無理なんだ」

 

 机の上に書かれていた、あの日のメッセージと全く同じ返答だった。

 戸山さんは苦い表情で、分かりきっていたその回答を受け止める。受け止めて、何も返すことができなかった。口から出たのは弱々しい返事のみ。

 そんな彼女に対して申し訳なさそうな笑みを零したのもつかの間、明るい声色で別れを告げた沙綾さんは店の中へと入ってしまった。

 

 

 

 

 公園のベンチは重苦しい空気に満ちている。定期的に聞こえてくる溜め息が、彼女達の落ち込み具合を物語っているようだった。

 

(どうする? ここから)

 

 なんて、そんな言葉を口に出せるわけもない。

 応募のこないドラム募集に期待をかけながら、打ち込みでどうにかするか。

 或いはこのまま沙綾さんにアプローチを掛け続けるか。

 この二つしかないのだと、皆わかった上で俯いているのだから。

 

「本当はドラムを叩きたいのに、叩けないって目でした」

 

 そう呟いたのは花園さんだった。

 一緒にバンドがやりたかったが故にクラパと距離をとっていた、そんな彼女の言葉だからこその重み。

 気持ちがわかるのだろう。沙綾さんが『無理』だと答えた時に表情は、どこか引き攣ったものであるように見えたから。

 

「自分、もう一回、頼んでみます!」

 

 事態は停滞して、皆が困っていて。事態の中心にいる少女に、共感できる自分がいる。

 そんな状況で、花園さんがこの提案をするのは当然の流れだった。

 戸山さんが頷く。

 表情は未だ曇ったまま、()()()()()()と言い聞かせるように。花園さんの思いやりに甘えるように。

 

「それは違うでしょ」

 

 ――それに異を唱えたのは有咲だった。

 

「かすみん()今日、言ったんだよね。あの子をもう一回バンドに誘う、って、かすみんは言ってたよね」

 

 有咲は問う。

 断られて、どうしてそのまま引き下がったのか。

 『無理なんだ』といった理由をなぜ聞かなかったのか。

 

(どうして沙綾さんのことを友だちだと思ったのか、ね)

 

「友だちって、相手に与えてもらうものなの?」

 

 『相手が友だちだと言ったから』と、戸山さんの答えはひどく受け身で消極的なものだった。

 双方向のように見えて、その実は一方通行なものであるような。()()()な関係だと、いつの日か有咲が言っていたのを思い出した。

 

「他人同士でなく、コイツ(千葉修斗)のような〝演者とファン〟という関係でもなく、友だちという関係だと思っているなら。あんたは、彼女に向き合わなきゃならない」

 

 寂しがりやで、甘ったれで、存在感がなくて、ただ幸運を待っているような。〝戸山香澄〟はそんな人間なのだと、有咲は言う。そして、それで構わないとも彼女は言う。

 受け身で、消極的でも良い。有咲はそれらを含めて、戸山さんというロックスターの卵を好きになったのだから。

 だけど、今回は別。

 『やりたくてもやれない』悩みを抱えている人間ならば、それは花園さん以上に。

 

(沙綾さんは、かつての戸山さんと同じなんだ)

 

「音楽だけは、それじゃだめでしょ」

 

 彼女は、彼女たちは、音楽を信仰している。

 勇気を、衝撃を、トキメキを。あらゆるものを聴き手に与える、そんなロックスターに憧れている。

 

「あんたはどうだったの?」

 

 諭すように、導くように、煽るように、突き放すように、話し続ける。

 

「歌えるようになったあんたはさ、どう思ったの?」

 

 星の鼓動が聞こえるようになって、最高を与えるために、夢を撃ち抜くために戸山さんは歌う。

 仲間を得た戸山さんにとって、音楽は既に一人きりの信仰に留まらないものとなっていた。

 一人きりから、誰かと共に夢見るものへ。だけど今のままでは、彼女は()()()()()歌えない。

 有咲は言う。戸山さんが感じ、見えるようになり、こうしたいと思ったこと。全部ひっくるめて――

 

「歌にして、歌ってよ」

 

 その歌を愛し、その歌に愛されるような。決意の歌とも呼べるような。戸山さんにとってのスタートとなる、そんな歌を歌えと有咲は言った。

 

「その歌ができるまで、あんたは、蔵に出入り禁止だから」 

 

 静かにそう告げた有咲は、牛込と花園さんを連れて歩いて行った。

 作曲をしなければならないのは戸山さんだけではない。歌ができたら蔵に来いというのが、有咲の最後の言葉だった。

 

「……戸山さん」

 

「千葉、くん」

 

 迷子のような目をしていた。

 誰かと音楽をすること、その喜びを知ったからこそ、梯子を外されて、取り残されてしまったように感じているのかもしれない。

 沙綾さんと有咲という心の拠り所だと思っていた人たちに突き放されたようなものだ。

 彼女は今、独りだ。孤独の中で、自分と、沙綾さんと、音楽と向き合うことを強いられている。

 男としては、慰めの言葉をかけるのが正しいのかもしれない。

 

(でも俺は、戸山さんのファンだから)

 

「戸山さんと沙綾さんの関係性がどうとか、戸山さんの内面がどうとか。俺に言えることは多分ないよね。どこまで行っても俺はファンで、歌うのは戸山さんだ」

 

 ファンだからこそ、俺は言わないといけない。

 

「――戸山さんには、向き合って()()()。無責任だけど……俺は、戸山さんの作った歌が聴きたいから」

 

 思いを伝える。

 

「俺ができるのはサポートくらいだから、何か手伝えることがあったら全力で手伝わせてほしい。有咲には、怒られるかもしれないけど」

 

 俺は、戸山さんを完全に突き放すことなんてできない。それを見越した上で、有咲は俺をここに残したのだろう。

 だけど同時に、俺は有咲に試されているのかもしれない。

 ファンとしてどうするのか。どういう思いで、俺は彼女を支えるのか。

 

「だけど、向き合って、形にして、歌にするのは戸山さんだ」

 

 俺がやるのはあくまで手伝いで、成し遂げるのは戸山さんだ。 

 彼女自身が成し遂げることに意味がある。クサいセリフだが、一つの真実なのかもしれない。

 

「……少し」

 

「うん」

 

「少しだけ、時間が欲しいな」

 

「そっか」

 

 戸山さんの表情は未だ暗いものであったが、先程までに比べれば整理がついたのか、瞳には光が灯っていた。

 数秒の沈黙。これ以上の言葉は蛇足になるだけだと思い、公園を後にした。

 振り返る必要はないと確信していたから、前だけを見て歩き続けた。

 


 

 公園を出てしばらく歩いたところで、有咲が一人で立っていた。

 蔵に向かったものと思っていたから驚き、声をかけようとしたが、まるで涙を堪えるように空を見上げているのを見て何も言い出せない。

 足音でこちらに気づいたのだろう。一つ深呼吸をして、視線をこちらへと向けてきた。

 

「かすみんは?」

 

「少し、時間が欲しいってさ」

 

 肩をすくめてそう話せば、有咲は困ったように笑った。

 

「……荒療治だったんじゃないか」

 

「そうよ。これ以上ないほどに」

 

 先程公園で見た時と違って、不安げな表情を浮かべた少女がそこにいた。

 午後に入ろうとする時間帯。人気はなく、こちらの様子を伺ってくるような通行人の姿は見られなかった。

 ここには俺と有咲しかいない。

 表情を変えないまま、彼女は語り始めた。

 

「初めて会ったときに比べれば別人とも思えるくらいに、かすみんは成長したと思う」

 

 ギターを持っていない時は大人しく臆病で、落ち込むと存在感が消えるところは変わっていない。

 それでも入学当初に比べれば前向きに、活動的になったと断言できる。人を惹きつける、カリスマのようなものも備わってきているように思える。

 そして何より、人前で歌を歌うことに忌避感を覚えなくなった。

 

「だけど、()()()()()()

 

 沙綾さんを誘うこと。誘えないにしても、戸山さん自身が沙綾さんと本当の意味で友達になること。

 歌えるようになったからこそ、改めて自分のこれまでを、自分のこれからを歌にすること。

 これらの壁を乗り越えないと、彼女はバンドを続けていくことはできない。そんな予感がするのだと、有咲は言う。

 

「おたえじゃないけど、あたしって不器用だからさ」

 

「中途半端にやるくらいなら、突き放した方がいいって。かすみんのためだっ、て」

 

 涙を堪えるように、口をきゅっと結んでいた。

 市ヶ谷有咲は臆病な少女だ。学校では相変わらず存在感を消すし、必要以上に他人と関わろうとしない。

 そんな臆病な心を持ちながら、彼女はクラパの精神的支柱とも言える存在だった。戸山さんの背中を叩いて、喝を入れ、前へと歩ませるのは有咲だった。

 だけど今回のやり方は、有咲にとって特に心苦しいものだったのだろう。背中を叩くのではなく、突き放して、戸山さん自身に前へと進ませる。

 戸山さんは有咲を信頼している。「有咲ちゃんはいつも私に優しくしてくれるのだ」と、常日頃から言っていた。

 そしてそれに気付いているであろう有咲が、まるで戸山さんを拒絶するかのように振舞うのだ。戸山さんだけでなく、有咲が辛く感じるのも当然だ。普段見ることのない、ひどく苦しそうな表情だった。

 

「なるほどな」

 

 まだ戸山さんは変わり始めた、走り始めたばかりなのだ。

 だからこそ今日までの、沙綾さんに甘え、励ましてもらうだけの、そんな自分を変えないといけない。

 戸山さんが本当の意味でスタートラインに立つためにはそれが必要だ。

 獅子が我が子を谷に落とすように、自分も彼女を突き放さねばならないと。臆病で不器用な、そして戸山さんのことを人一倍考えているこの少女は、そう考えたのだろう。

 

「有咲」

 

 声を掛ける。

 

「戸山さんは大丈夫だ」

 

 そんな彼女に、自分にできることは一つだけ。

 戸山さんのファンとして、自分の憧れるあの少女(ひと)がどれだけ強いかを語ることだ。

 

「思い出してもみなよ。蔵で歌うことになった時はどうなることかと思ったけど、俺の憧れていた戸山さんはそれを難なく乗り越えたし」

 

「歌と演奏とカリスマと……えっと、忍術で……ともかく! 問題児筆頭の牛込も引き込んだし」

 

「『一緒に音楽《キズナ》を奏でよう』という戸山さんの痺れる一言と、戸山さんを筆頭とした皆の力で、花園さんはクラパ加入を決意した」

 

 語りは続く。

 

「今も彼女は必死に考えて、自分と向き合い続けてる。公園で話した俺が言うんだから間違いない!」

 

 少し大袈裟に言った気がしなくもないが、勢いに任せて言葉を続ける。

 

「大丈夫だ。戸山さんは、きっと乗り越える」

 

「だから有咲は、有咲が今やるべきことをやればいい」

 

 肩の力を抜いて、本当に伝えたいことを口にする。

 

 

「楽しみにしてる。クラパのライブが、俺の生きる活力なんだからさ。頑張れ」

 

 

 そう言って胸を張る。

 『皆が作った曲を聴くのが楽しみだから、頑張って欲しい』と。精一杯のエールを込めて。

 言い切って、少し力が抜けた体には、疲れた感覚と清々しさだけが残っていた。

 目の前で自分の推しの凄さを熱弁して、言い終えて疲れている。そんな俺の姿が面白かったのか、有咲が吹き出した。

 

「自分がファンだからって美化しちゃって。最初だって、少なくとも『難なく』ではなかったでしょ」

 

 やはり大袈裟に言っていたらしい。痛い所を突かれて、変な声が出てしまった。

 そんな姿に呆れたのか、目の前の少女は溜息混じりに笑う。

 いつものように、見慣れた笑みで。

 

「まったく、このファンボーイめ」

 

 そう言って、少し目を赤くした少女がくすりと笑った。

 




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第21話

お待たせしました。本当に。申し訳ございません。


 

 空を眺めている。

 ここ数日はバンドの皆と一緒にいることが多くて、こうやってずっと一人でいるのも久しぶりのように思えた。

 『小心者のテーマ』と題されたそのノートの中身を考え続けて、どれ程の時間が経ったのだろうか。未だに思考は靄がかかったようにぼんやりとしていた。進捗は、決して良い調子とは言えなかった。

 

「今、何時くらいなのかな」

 

 昼休みの時間に入ったのだろう。ふと公園の外へと視線を移せば、ちらほらとスーツ姿の人が道を歩いていく様子が見られた。

 

「おなか、すいてきちゃった」

 

 美味しいパンの味を思い出す。思い出して、また泣きそうになってしまった。

 学校を飛び出して、皆が隣にいて、全部うまくいくと思っていた。きっと大丈夫だと、信じて疑わなかった。思えば、有咲ちゃんがわたしとサアヤちゃんの関係を〝いびつ〟と言った時に、その時にちゃんと考えるべきだったのだろう。

 悪い癖だ。こうやって一人でいるとイヤなことばかり頭に浮かんで、何もうまくいかないように思えてしまって。そして自分の殻に閉じこもる。バンドを始めて、少しは成長できたと思っていたのに。わたしは、教室の日陰で幸運を待ち続けていたあの時から変わっていない。

 

 わたしにとっての音楽は、一人きりの信仰に過ぎなかった。

 CDカバーに写った(スター)達は雲の上の存在で、わたしは彼らのような誰かの心を揺さぶる存在にはなれないと思っていた。歌うのが怖くて、人目のないところでひっそりと音楽を楽しむことできない自分が、誰かを感動させるなんて夢のまた夢だと、歌えなくなったあの日からずっと思い続けていた。

 

 ――だけど、そんなわたしの歌を好きだと言ってくれる人がいた。

 

『俺は、戸山さんの作った歌が聴きたいから』

 

 そう言ってくれた男の子の顔を思い出す。わたしの歌が大好きだと言い続けてくれた、わたしのファンだと言ってくれた彼のことを。

 こうしてわたしが下を向いている間も、彼は待ってくれている。彼だけじゃなくて、クラパの皆もそうだ。

 少し潤んだ眼を擦って立ち上がる。バッグから一枚ルーズリーフを取りだして、念の為にとメッセージを残した。

 まだわたしは、わたしに自信を持つことができない。だけど、わたしの歌を待ってくれている人がいる。

 

 そう思えば、なんだか前に進める気がして。気づけば必死に、出口の方へと走り出していた。

 

 

####

 

 

 有咲と別れ、公園へと戻って来た頃には既に戸山さんの姿はなかった。先ほどまで彼女の座っていた場所には、『ヤマブキパンに行ってきます』と書かれたノートの切れ端だけが残されていた。

 前へ進む彼女を追いかけるように、メッセージの記す目的地へと歩き始めた。

 

 星と矢印のマークが指し示す方へと歩みを進める途中、差し入れとしてスポーツドリンクを買った。戸山さんと沙綾さんと、沙綾さんのお父さんの分も。

 昼休みの終わりが近いのか、少し速い歩調の会社員たちを数人見かけることを除けば、通行人の姿はほとんど見えない。

 雨上がりの、湿気混じりの熱気が少し鬱陶しい。念のためにと買っておいた自分用のスポーツドリンクで喉を潤す。喉を通る冷たい感触が心地よい。

 

「戸山さん、頑張ってるかな」

 

 ノートとにらめっこしている彼女を思って、歩調を速める。がさりと、手に持つビニール袋の揺れる音がした。

 

 

 

 ヤマブキパンの店内に、お客さんの姿は見えなかった。耳に聞こえてくるのは、歌詞が英語のロックミュージックのみ。

 平日のお昼過ぎ。本来ならば授業を受けている時間帯ということもあり、非日常的な雰囲気がそこにはあった。

 

 店番をしていた沙綾さんのお父さんも「スポーツドリンクを冷蔵庫へ入れてくる」とだけ残して引っ込んでしまい、店内には自分一人だけ。

 鼻腔をくすぐる小麦の香りに、腹の虫が控えめにひと鳴きした。昼食を食べていなかったことを思い出して、何かパンでも買おうかとぐるぐる店内を回っていれば、ぱたぱたと少し急ぎ気味な足音が聞こえてきた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 姿を表したのは沙綾さんだった。

 ヤマブキパンは一階がパン屋で二階が山吹家住宅の、所謂店舗併用住宅だ。

 二階にある沙綾さんの部屋では現在、戸山さんが作詞作業に精を出しているとのこと。

 公園の書き置きの通り、少し前にここへ戻ってきたらしい。

 

「がんばってるよ、あの娘」

 

 いきなり戻ってきた時はびっくりしたけどね、と沙綾さんが肩を竦めた。

 

「沙綾さんもお疲れ様。飲み物買ってきたから、良かったら後で飲んでね」

 

「ありがと!」

 

 向日葵のような暖かい笑顔を向けて、ドアのほうへと駆けていく彼女を見送った。

 不思議なもので、その笑みを見るだけで、自然と元気が出てくるような気がしてきた。

 

「良い子だろう?」

 

 彼女の外出と入れ替わるように店の奥から戻ってきた沙綾さんのお父さんの手には、パンの入ったバスケットが握られていた。

 戸山さんへの差し入れとして用意してくれたそれを受け取りながら、彼の言葉に頷きを返す。

 『美味しそうなパンだなぁ』とバスケットの中身を見ていれば、肩に手を置かれる感触。

 

「娘はやらんぞ」

 

 にやけた表情がそこにあった。

 

「……なんですか急に」

 

「一度言ってみたかったんだ、このセリフ」

 

 困惑を隠せない様子を見て、彼は少し意地悪げな顔。いたずらが成功したと言わんばかりに彼は笑みを浮かべていた。

 この店の常連客になりつつあるからか、単に娘の知り合いだからか。彼の口調は少し砕けたものになっていた。

 

「君は、今上の部屋にいる娘とは友達なのかい?」

 

「まぁそんなところ、なんでしょうか?」

 

「なぜ疑問形なんだ。もしかして彼女だったり」

 

「しません! 違いますから」

 

 バスケットの中身が、がさりと音を立てた。

 

 恥ずかしさと、少し背筋の冷えるような感覚が襲ってきて、思わず強く否定してしまう。

 そんな否定の言葉など何処吹く風と、笑い続ける姿に困惑は深まるばかりだ。腕を組んで、うんうんと頷いて、彼は口を開く。

 

「高校生活なんて短いんだ。三年なんてあっという間だぞ」

 

「はぁ」

 

「……まぁ、今だと実感は湧かないよなぁ」

 

 仰る通り。

 困ったような表情を浮かべていた彼は、ごほんと一つ咳をして話を変えるように俺へと問いを投げる。

 

「君は、好きな物はあるかい?」

 

「また()()()()話ですか」

 

 顔を顰めてみれば、彼が慌てて手を振った。

 

「違う違う! 好きなミュージシャンとかそういうの!」

 

「あぁ」

 

 問いを受けて一番に頭に浮かんだのは、星のように輝く女の子。

 それと、彼女の居場所(バンド)のことだった。

 

「好きなバンドがあります。とても好きなものが一つ」

 

 入学から時間は経ったものの、まだまだ高校一年生。受験も就職も、遠い未来の話のように感じているのが現状だ。

 彼女達の軌跡を追うことに精一杯で、未来の事を考える暇なんてあるわけがなかった。

 

(現に、今も学校サボってここにいる訳だし)

 

 そう考えていれば、彼の表情が先程までとは異なっていることに気づいた。

 

 それはまるで何光年も先の星を求めるような、はたまた昨日の夕食を思い出すような。

 これまで自分が見たことのない、()()()()表情だった。

 

「そうか、それはいいなぁ」

 

 どこか穏やかさを含んだ声音で彼は言った。 

 

「……店長さん?」

 

 こちらへ向けられた視線は、俺ではない誰かを見ているようで。思わず呼びかけてしまった。

 

「あぁ、ごめん。ちょっと昔を思い出しちゃって」

 

 冗談めかして「おじさん臭いですよ」と言ってみれば、「おじさんだからね」と笑って彼は答える。

 表情は既に戻っていた。

 

「俺もガキの頃バンドが好きでさ。中学生だっていうのにライブハウスに入り浸ってて……なんて、おっさんの昔話なんて世界で一番つまらないよな」

 

 「ごめんごめん」と謝りながら、バスケット一杯に積まれたメタリカあんぱんを一つ掴んで、俺へと手渡した。

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「うん、百二十円ね」

 

「金取るんだ」

 

「嘘嘘!」

 

 おっさんの長話に付き合ってくれたお礼だよ。

 そう言って彼は笑った。

 

「極力後悔のないよう、青春を謳歌すること。それが、若者の義務と特権だよ」

 

 その言葉を最後に厨房へと戻ろうとする彼を、反射的に呼び止めてしまう。

 妙に大人ぶった態度。どこか演技じみて聞こえた、最後の彼の言葉。

 特に、『後悔のないように』という言葉が引っかかった。

 

 後悔なんて、短い十数年の中でも既に数え切れない。小さいものから、大きいものまで。

 戸山さんがいなくなった時の情景は、今でも昨日の出来事のように思い出せる。

 

 純粋な疑問だった。

 だからこそ聞きたくなった。

 

 ()()を聞くのは失礼かと思ったが、既に問いは喉先まで出かかっていて。

 躊躇したのも一瞬、思い切って口に出す。

 

「……店長さんには、後悔とかないんですか?」

 

 その言葉に、彼は今日一番の笑顔を。少年のような笑顔を浮かべてこう言った。

 

 

「――後悔ばかりさ! 当たり前だろ?」

 

 

####

 

 

 集中の糸が切れた。

 

(ちょっと、休憩)

 

 している場合かとも思ったが、ノートに向き合ってみても一文字たりと詩が浮かばないのだから仕方ない。ペンを置き、一つ伸びをした。

 部屋に沙綾ちゃんの姿はなかった。

 『弟妹を迎えに行く』という旨の記された置き手紙を見つけて、改めて辺りを見渡す。

 

 沙綾ちゃんの部屋。可愛い女の子の部屋。なんかいい匂いがする。

 作詞作業にのめり込むあまり、先程まではどこかへ旅立っていた緊張が帰ってきた。

 沙綾ちゃんはまだ部屋に帰ってきていない。部屋の中はしんと静まっていて、聞こえるのは己の呼吸音だけ。

 

 ……うん、少し外の空気を吸おう。いやでも外に出たら缶詰作業の意味が無いのでは? と、取り敢えず廊下に――

 

 よろよろと立ち上がり、部屋の扉を開けると、目の前には沢山のパンが入ったバスケット。横には何やら文字の書かれた紙が1枚。

 公園を出る際、書置きとして置いてきたノートの切れ端だった。

 

『差し入れです! 作詞頑張って☆彡』

 

 流れ星の絵文字が添えられた、応援のメッセージ。流れ星なのは七夕だからか。

 ファンレターというのはこういう感じなのかな。少し照れくさく、それ以上に嬉しさが胸を占めていて。自然と、口元に笑みが浮かんだ。

 

 進捗は道半ば。だけど、まだまだ頑張れる。

 

 緊張も疲労も吹き飛んだように思えて、足は自然と机の方へと向いた。

 

 ノートに書き殴られた詩を見つめる。トクン、トクンと鼓動が聞こえてくるようだった。

 わたしのスタートになるうた。わたしのうたはいつだって、星の鼓動と共にあった。

 

 ――これはきっと

 星の鼓動(うた)に導かれて、大切なものと何度でも出会うための、そんなうたなんだ。

 

 ペンを握る手に力が入った。

 

 すぐに泣き出して、見て見ぬふりをする。

 昨日までの戸山香澄(じぶん)は、既にどこにもいなかった。

 



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