深淵と波導の冒険者 (片倉政実)
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ヤマト図鑑

どうも、片倉政実です。ここではヤマト地方の図鑑の内容を書いていきます。図鑑説明については、本編の方でポケモンが出た際に書くつもりなので、お楽しみに。
それでは、どうぞ。


No.001 フシギダネ

No.002 フシギソウ

No.003 フシギバナ

No.004 ヒトカゲ

No.005 リザード

No.006 リザードン

No.007 ゼニガメ

No.008 カメール

No.009 カメックス

No.010 キャタピー

No.011 トランセル

No.012 バタフリー

No.013 ビードル

No.014 コクーン

No.015 スピアー

No.016 ポッポ

No.017 ピジョン

No.018 ピジョット

No.019 オニスズメ

No.020 オニドリル

No.021 ピチュー

No.022 ピカチュウ

No.023 ライチュウ

No.024 ニドラン♀

No.025 ニドリーナ

No.026 ニドクイン

No.027 ニドラン♂

No.028 ニドリーノ

No.029 ニドキング

No.030 ピィ

No.031 ピッピ

No.032 ピクシー

No.033 ロコン

No.034 キュウコン

No.035 ププリン

No.036 プリン

No.037 プクリン

No.038 ズバット

No.039 ゴルバット

No.040 クロバット

No.041 ニャース

No.042 ペルシアン

No.043 ガーディ

No.044 ウインディ

No.045 ワンリキー

No.046 ゴーリキー

No.047 カイリキー

No.048 ポニータ

No.049 ギャロップ

No.050 ベトベター

No.051 ベトベトン

No.052 シェルダー

No.053 パルシェン

No.054 ゴース

No.055 ゴースト

No.056 ゲンガー

No.057 カラカラ

No.058 ガラガラ

No.059 サイホーン

No.060 サイドン

No.061 ピンプク

No.062 ラッキー

No.063 ハピナス

No.064 ストライク

No.065 ハッサム

No.066 ケンタロス

No.067 コイキング

No.068 ギャラドス

No.069 ラプラス

No.070 メタモン

No.071 イーブイ

No.072 シャワーズ

No.073 サンダース

No.074 ブースター

No.075 エーフィ

No.076 ブラッキー

No.077 リーフィア

No.078 グレイシア

No.079 ニンフィア

No.080 ポリゴン

No.081 ポリゴン2

No.082 ポリゴンZ

No.083 オムナイト

No.084 オムスター

No.085 カブト

No.086 カブトプス

No.087 プテラ

No.088 ミニリュウ

No.089 ハクリュー

No.090 カイリュー

No.091 チコリータ

No.092 ベイリーフ

No.093 メガニウム

No.094 ヒノアラシ

No.095 マグマラシ

No.096 バクフーン

No.097 ワニノコ

No.098 アリゲイツ

No.099 オーダイル

No.100 ホーホー

No.101 ヨルノズク

No.102 トゲピー

No.103 トゲチック

No.104 トゲキッス

No.105 メリープ

No.106 モココ

No.107 デンリュウ

No.108 ルリリ

No.109 マリル

No.110 マリルリ

No.111 ヤミカラス

No.112 ドンカラス

No.113 ムウマ

No.114 ムウマージ

No.115 アンノーン

No.116 ヘラクロス

No.117 ニューラ

No.118 マニューラ

No.119 ヒメグマ

No.120 リングマ

No.121 エアームド

No.122 ゴマゾウ

No.123 ドンファン

No.124 オドシシ

No.125 ドーブル

No.126 ヨーギラス

No.127 サナギラス

No.128 バンギラス

No.129 キモリ

No.130 ジュプトル

No.131 ジュカイン

No.132 アチャモ

No.133 ワカシャモ

No.134 バシャーモ

No.135 ミズゴロウ

No.136 ヌマクロー

No.137 ラグラージ

No.138 ポチエナ

No.139 グラエナ

No.140 ケムッソ

No.141 カラサリス

No.142 アゲハント

No.143 マユルド

No.144 ドクケイル

No.145 ハスボー

No.146 ハスブレロ

No.147 ルンパッパ

No.148 タネボー

No.149 コノハナ

No.150 ダーテング

No.151 スバメ

No.152 オオスバメ

No.153 キャモメ

No.154 ペリッパー

No.155 ラルトス

No.156 キルリア

No.157 サーナイト

No.158 エルレイド

No.159 キノココ

No.160 キノガッサ

No.161 ツチニン

No.162 テッカニン

No.163 ヌケニン

No.164 ヤミラミ

No.165 クチート

No.166 ココドラ

No.167 コドラ

No.168 ボスゴドラ

No.169 バルビート

No.170 イルミーゼ

No.171 キバニア

No.172 サメハダー

No.173 ナックラー

No.174 ビブラーバ

No.175 フライゴン

No.176 チルット

No.177 チルタリス

No.178 ヤジロン

No.179 ネンドール

No.180 リリーラ

No.181 ユレイドル

No.182 アノプス

No.183 アーマルド

No.184 ヒンバス

No.185 ミロカロス

No.186 カクレオン

No.187 カゲボウズ

No.188 ジュペッタ

No.189 ヨマワル

No.190 サマヨール

No.191 ヨノワール

No.192 ソーナノ

No.193 ソーナンス

No.194 ユキワラシ

No.195 オニゴーリ

No.196 ユキメノコ

No.197 タツベイ

No.198 コモルー

No.199 ボーマンダ

No.200 ダンバル

No.201 メタング

No.202 メタグロス

No.203 ナエトル

No.204 ハヤシガメ

No.205 ドダイトス

No.206 ヒコザル

No.207 モウカザル

No.208 ゴウカザル

No.209 ポッチャマ

No.210 ポッタイシ

No.211 エンペルト

No.212 ムックル

No.213 ムクバード

No.214 ムクホーク

No.215 スボミー

No.216 ロゼリア

No.217 ロズレイド

No.218 ズガイドス

No.219 ラムパルド

No.220 タテトプス

No.221 トリデプス

No.222 ミツハニー

No.223 ビークイン

No.224 パチリス

No.225 ブイゼル

No.226 フローゼル

No.227 チェリンボ

No.228 チェリム

No.229 ミミロル

No.230 ミミロップ

No.231 リーシャン

No.232 チリーン

No.233 ドーミラー

No.234 ドータクン

No.235 ペラップ

No.236 ミカルゲ

No.237 フカマル

No.238 ガバイト

No.239 ガブリアス

No.240 ゴンベ

No.241 カビゴン

No.242 ユキカブリ

No.243 ユキノオー

No.244 ロトム

No.245 ツタージャ

No.246 ジャノビー

No.247 ジャローダ

No.248 ポカブ

No.249 チャオブー

No.250 エンブオー

No.251 ミジュマル

No.252 フタチマル

No.253 ダイケンキ

No.254 ヨーテリー

No.255 ハーデリア

No.256 ムーランド

No.257 マメパト

No.258 ハトーボー

No.259 ケンホロウ

No.260 コロモリ

No.261 ココロモリ

No.262 モグリュー

No.263 ドリュウズ

No.264 タブンネ

No.265 オタマロ

No.266 ガマガル

No.267 ガマゲロゲ

No.268 クルミル

No.269 クルマユ

No.270 ハハコモリ

No.271 フシデ

No.272 ホイーガ

No.273 ペンドラー

No.274 モンメン

No.275 エルフーン

No.276 チュリネ

No.277 ドレディア

No.278 プロトーガ

No.279 アバゴーラ

No.280 アーケン

No.281 アーケオス

No.282 ヤブクロン

No.283 ダストダス

No.284 ゾロア

No.285 ゾロアーク

No.286 チラーミィ

No.287 チラチーノ

No.288 コアルヒー

No.289 スワンナ

No.290 シキジカ

No.291 メブキジカ

No.292 バチュル

No.293 デンチュラ

No.294 ヒトモシ

No.295 ランプラー

No.296 シャンデラ

No.297 キバゴ

No.298 オノンド

No.299 オノノクス

No.300 ワシボン

No.301 ウォーグル

No.302 バルチャイ

No.303 バルジーナ

No.304 モノズ

No.305 ジヘッド

No.306 サザンドラ

No.307 メラルバ

No.308 ウルガモス

No.309 ハリマロン

No.310 ハリボーグ

No.311 ブリガロン

No.312 フォッコ

No.313 テールナー

No.314 マフォクシー

No.315 ケロマツ

No.316 ゲコガシラ

No.317 ゲッコウガ

No.318 ヤヤコマ

No.319 ヒノヤコマ

No.320 ファイアロー

No.321 メェークル

No.322 ゴーゴート

No.323 ヒトツキ

No.324 ニダンギル

No.325 ギルガルド

No.326 チゴラス

No.327 ガチゴラス

No.328 アマルス

No.329 アマルルガ

No.330 メレシー

No.331 ヌメラ

No.332 ヌメイル

No.333 ヌメルゴン

No.334 モクロー

No.335 フクスロー

No.336 ジュナイパー

No.337 ニャビー

No.338 ニャヒート

No.339 ガオガエン

No.340 アシマリ

No.341 オシャマリ

No.342 アシレーヌ

No.343 ツツケラ

No.344 ケララッパ

No.345 ドデカバシ

No.346 オドリドリ

No.347 イワンコ

No.348 ルガルガン

No.349 ヌイコグマ

No.350 キテルグマ

No.351 ジャラコ

No.352 ジャランゴ

No.353 ジャラランガ

No.354 サルノリ

No.355 パチンキー

No.356 ゴリランダー

No.357 ヒバニー

No.358 ラビフット

No.359 エースバーン

No.360 メッソン

No.361 ジメレオン

No.362 インテレオン

No.363 ホシガリス

No.364 ヨクバリス

No.365 ココガラ

No.366 アオガラス

No.367 アーマーガア

No.368 エレズン

No.369 ストリンダー

No.370 ドラメシヤ

No.371 ドロンチ

No.372 ドラパルト

No.373 ミュウ

No.374 メロエッタ

No.375 アルセウス




いかがでしたでしょうか。今回ヤマト図鑑で選出しなかったポケモンは、機会があれば別地方から来たトレーナーの手持ちや何らかの事情でヤマト地方に来たという設定で出すつもりですのでお楽しみに。
そして最後に、今作品の感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また本編で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


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序章 深淵と波導との出会い
プロローグ 深淵と波導の冒険者


どうも、初めましての方は初めまして、他作品を読んで下さっている方はいつもありがとうございます。作者の片倉政実です。
今回は、以前からTwitterなどで告知をしていたポケットモンスター二次創作の新作をお送りします。作者の未熟さから読みづらいと感じる点がもしかしたらあるかと思いますが、それについては温かい目で見てもらえるととてもありがたいです。
それでは、早速始めていきます。


 カントー、ジョウト、ホウエンの三地方の北方に位置し、シンオウの南方に位置する地方――ヤマト地方。この地方は、北方に位置するという事もあってか、シンオウを除いた三地方よりは気温も低いが、豊かな自然と伝承などがあり、ヤマト地方のポケモンリーグやポケモンジムを目当てに武者修行をしに来たポケモントレーナーやその自然や伝承に興味を惹かれた観光客などが昔から訪れていた。そして、その影響でこの地方に生息するポケモンの種類も徐々に多くなり、今となっては約『400種』のポケモン達が生息していると言われ、これを裏付けるかのようにこのヤマト地方においてポケモン研究の第一人者とされるポケモン博士――シロツメ博士が発表したヤマト地方のポケモンの生息分布に関する論文は、ヤマト地方のみならず大きな反響をもたらし、それと同時にヤマト地方を訪れる旅客などの数も増える事となった。

 そんなヤマト地方の東方に位置するとある町――ツキクサタウンに建つ一軒の家、その家の庭に植えられた一本の木から伸びた枝の上に一人の短い茶髪の少年が腰掛け、空を見上げながら小さく溜息をついていた。彼の名前はユウヤ、今年9歳を迎えたばかりのツキクサタウン出身の少年だ。ユウヤはとても大人しい少年だが、昔からポケモンが大好きで、小さい頃から観ているポケモンリーグのテレビ中継を観ながら、自分もいつかはこの場で数々の強敵達と熱いバトルを繰り広げたいと夢見ていた。しかし、ポケモントレーナーとして旅立つためには、パートナーポケモンの存在と規定の年齢である10歳になる必要があるため、ユウヤはまだポケモントレーナーとして旅に出る事すら許されてはいなかった。

「はあ……あと1年かぁ。ようやくあと1年まで来たけど、それでもやっぱり長く感じるなぁ……」

 青い空とそれをゆっくりと流れる白い雲を見ながらユウヤはポツリと呟いた。先日、ツキクサタウンから数人のポケモントレーナーが旅に出た事もあって、ユウヤの中では早く自分も旅に出たいという気持ちが強くなっていた。しかし、規定の年齢を満たしていない上、ユウヤにはパートナーとなるポケモンも持っていないため、まだ旅に出る事は出来ない。それは仕方ない事だとユウヤ自身も分かっていたが、やはり旅に出たいという気持ちは強く、いつもこうして木に登っては、空や町の外をボーッと眺めながら自分が旅に出た時にやってみたい事や見てみたい事を想像していた。

「……このツキクサタウンの外には、きっとワクワクするような冒険が待っているんだろうけど、冒険を続けていった先でも、僕のこの()()は受け入れられるのかな……?」

 少し不安げに呟きながらユウヤが空から自分の手に視線を移したその時、丁度その近くをポッポの群れが通り掛かった。そして、その群れの中で先頭を切って飛んでいた一羽がユウヤの姿を見つけた瞬間、傍らを飛んでいた一羽に目配せをし、それに対してその一羽が頷いて応えた後、群れから静かに離れてユウヤの肩へと静かに留まった。

『よっ、ユウヤ。今日もボンヤリとしながら考え事か?』

「うーん……まあ、そんなところかな?君達は日課のパトロール中?」

『おうよ。世の中は何が起こるか分からねぇって言うし、日々のパトロールはやっぱ欠かせねぇんだよ』

「なるほどね。やっぱり群れのリーダーが言う事は、何だか重みがあるなぁ……」

『へへっ、そうか? 何かお前からそう言ってもらえんのは、結構嬉しいもんがあるな』

「ふふ、それなら良かったよ。ところで、パトロール中に僕を見つけると、すぐにこうして飛んできてくれるけど、その間は副リーダーに任せっきりで大丈夫なの?」

『ああ、それについては一切問題ねぇよ。アイツは結構生真面目で面倒見も良いし、もしかしたら俺よりしっかりしてるかもしれねぇくれぇだからな。それに、俺にとってお前は本当に貴重なダチだし、お前とこうして()()()()のは楽しいと思ってるからな』

「ウィン……うん、僕も君や他のポケモン達と話すのは、とても楽しいと思ってるよ。まあ……初めはこの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にはスゴく戸惑ったけどね。でも、今はこの能力を生まれつき持つ事が出来た事がとっても嬉しいんだ。君達ポケモン達と話が出来るのは、とても貴重な事だし、今まで知らなかったポケモンの事を知る事も出来るからね」

『ん……そっか。けど、世の中にはそういう能力を利用しようとする奴だっているわけだし、そこは気をつけるようにしろよ?』

「うん、それはもちろんだよ。受け入れられるかは別として、話しても大丈夫な人かはもう一つの能力で分かるからね」

『あー……アレな。まあ、確かにそれがあれば相手が善人か悪人かは問答無用で分かるわけだし、問題ねぇと言えば問題ねぇか』

「うん……でも、だからこそこの能力を使うのは結構辛い時があるんだよね。この能力に助けられた事は何度もあるけど、人の心を読んでるのと同じような物でもある分、あまり知りたくない事も分かっちゃうから……」

『……それはそうだろうな。まあ、少なくとも俺や他のダチ連中は、お前に対していつでも正直なつもりでいる。だから、そこだけは安心してくれて良いぜ』

「ウィン……うん、ありがとう。君が友達でいてくれて本当に良かったよ」

『へへっ、どういたしまして。さてと……んじゃあ、俺はそろそろ行くぜ。このままアイツに任せっきりでも良いっちゃあ良いんだが、あんまり遅くなるとグチグチ言われちまうからな』

「うん、分かった。それじゃあパトロール頑張ってね」

『おう! じゃあな、ユウヤ!』

「うん、バイバイ」

 ポッポ――ウィンが飛び立つために翼を大きく広げる中、ユウヤがニコリと微笑みながら振ると、ウィンはニカッと笑いながら頷き、そのままポッポの群れが飛んでいった方へと力強く羽ばたいていった。そして、それをユウヤが少し寂しげに見送っていたその時、「おーい、ユウヤくーん!」とユウヤの事を呼ぶ声が下から聞こえ、そちらへ視線を向けた。すると、そこには白いワンピース姿の黒のポニーテールの少女と白衣姿の茶色のセミロングの女性の姿があった。少女の名前はミナト、そして女性の名前はシロツメ。ミナトはユウヤの幼なじみで、いつも元気な同い年の少女。シロツメはユウヤの母親の姉で出身地であるこのツキクサタウンに建てた研究所で日夜ポケモンの生息域について研究をしているポケモン博士だ。そして、二人ともユウヤの能力についてはもちろん知っており、それに対しての嫌悪などは一切無いため、ユウヤにとっては一緒にいて心が落ち着く存在と言えた。

 ユウヤは二人に対して柔らかな笑みを浮かべると、嬉しそうな様子で声を掛けた。

「ミナトちゃん、シロツメ博士、こんにちは」

「はい、こんにちは。でも、今は仕事中じゃないから、博士って呼ばれるのはちょっとアレかな?」

「あ……はい、分かりました、シロツメ伯母さん」

「はい、良く出来ました」

 ユウヤの言葉にシロツメ博士が優しい笑みを浮かべていると、ミナトは目を輝かせながら大きな声でユウヤに話し掛けた。

「ねえ、ユウヤ君! 今日もポケモン達と何か話を してたの?」

「うん、そうだよ。皆と話すのはとっても楽しいし、勉強になる事も多いからね」

「わぁ……やっぱりそうだったんだね! 今、ポッポが飛んでいくのが見えたからそうかなと思ってたんだ!」

「ふふ、そっか。ところで、僕に何か用事だったの?」

「えっとね……さっき、研究所に初心用ポケモンを連れてきたみたいなんだけど、そのポケモンと話をしてみてもらいたいんだって」

「話って……そのポケモンに何かあったんですか?」

「いえ、特に何かあったわけじゃなくてね。その子、結構臆病な子みたいでミナトちゃんはもちろんの事、研究員の皆にすら近寄ろうとしないのよ。だから、ポケモンと話す事が出来るユウヤ君が話をする事で、少しは話を聞いてくれるようになるかなと思ってね」

「なるほど……分かりました、それじゃあ早速――」

 行きましょう、と言おうとしたその時、ユウヤは少し遠くから妙な二つの()()を感じ、そちらへ視線を向けた。そして、もう一度しっかりと波導を探知してみると、それはツキクサタウンから少し外れたところにある森――ツキクサのもりから発せられており、その内の一つはとても強かったが、もう一つの波導はとても弱々しかった。しかし、そのどちらにも哀しみや焦りといった物が感じられ、それと同時にユウヤは自分の胸がキュッとなったのを感じた。

「……早く行ってあげないと……!」

 波導の主達を救いたい、その思いを胸にユウヤが急いで木を降りると、シロツメ博士達は面食らった様子でユウヤに話し掛けた。

「ど、どうしたの?」

「何だか急いでるみたいだけど……何かあったの?」

「うん。ツキクサのもりから弱々しい波導を二つ感じたんだ。たぶん……スゴいダメージを負ってるし、何かから逃げてるんだと思う。だから、早く行ってあげたいんだ……!」

「弱々しい波導って……まさか、ポケモン?」

「……少し遠いからハッキリとは分からないけど、たぶんそうだと思う」

 ミナトからの問いにユウヤが頷きながら答えると、シロツメ博士は考えるような素振りを見せてからユウヤに声を掛けた。

「……ユウヤ君、私もそれに付いていくわ。ツキクサのもりには、野生のポケモン達が棲んでいるから、手持ちポケモンを持っていないユウヤ君が一人で行くのは危険だもの」

「シロツメ伯母さん……ありがとうございます」

「どういたしまして。それと……ミナトちゃんは、研究所の皆にこの事を伝えてくれる? もしも、そのポケモン達の傷が本当に深い物だったら、手持ちのキズぐすりじゃ間に合わないと思うし」

「わ、分かりました。……ユウヤ君、気をつけて行ってきてね」

「うん、ありがとう。それじゃあ行きましょう、シロツメ叔母さん」

「ええ……!」

 そして、不安そうな表情を浮かべるミナトを一人残し、ユウヤとシロツメ博士は波導の主がいるツキクサのもりへと急いだ。

 

 

 

 

 数分後、二人はツキクサのもりに着くと、ユウヤの波導を感じ取る能力を使って波導の主のところへ辿り着くべく、森の中を走り回った。その必死な様子に、森に棲む野生のポケモン達は何事かといった表情を浮かべながらもユウヤ達のために次々と道を譲っていった。それに対してユウヤは、頭を下げたり「ありがとう」と声を掛けたりしながらシロツメ博士と一緒にひたすら森の中を走った。そして、それから更に数分が経った頃、ユウヤの目に遠くからお互いに支え合いながらヨロヨロと歩いてくる小さなポケモン達の姿が映り、そのポケモン達の様子と波導の状態から木の上で感じ取った波導の主がそのポケモン達だと確信した。

「シロツメ伯母さん……! あのポケモン達です!」

「あのポケモン達って……まさかアレは、リオルとミミッキュ……!? リオルとミミッキュは、このヤマト地方に生息していないはずなのに、どうして……!?」

「分かりません……でも、早く助けてあげないと……!」

「そ、そうね……! あの子達が何故この地方にいるのかは気になるけど、まずは手当が先よね……!」

 そのシロツメ博士の言葉に頷きながらユウヤがリオル達の元へ急ぐと、その足音にリオル達はハッとしながら顔を上げた。そして、ユウヤ達が自分達に近付いてきているのに気付いた瞬間、リオルはバッと前に出ながらボロ布の首が折れた姿――バレたすがたのミミッキュを庇うように立ち、ユウヤ達を睨み付けた。

『人間……! もうこんなところまで追ってきてたのか……!』

「ちょ、ちょっと待って!何があったのかは分からないけど、僕達は敵じゃないよ!」

『うるさい! 人間の言葉なんて信じられるもんか! これ以上僕達の邪魔をするなら、痛い目にあってもらうぞ!』

「いや、僕達は君達の邪魔をする気は無いし、それどころか君達を助けたいと思ってここに来たんだよ!」

『嘘だ! 人間達が僕達を助けたいなんて――』

 その時、リオルはとても驚いた表情を浮かべたかと思うと、信じられないといった様子で再び口を開いた。

『……この波導の波、スゴく落ち着いてる……。それに、まるで僕の言っている事が分かったかのように答えていた……!?』

「そうだよ、リオル。僕はユウヤ、生まれつき君達ポケモンの言葉が分かって、波導を感じ取る事が出来るんだ」

『ポケモンの言葉が分かる上に波導を感じ取る事が出来る……まさか、そんな人間がいるなんて……』

「ふふ、やっぱり不思議だよね。僕自身も実は不思議だけど、この力をスゴく誇りに思ってるんだ」

『その力が誇り……』

「うん。だからリオル、君とそのミミッキュから感じる波導には、人間に対しての疑念や不安、憎しみや哀しみが浮かんでいるのも分かってるよ。正直な事を言えば、君達に何があったのかは分からないけど、スゴく辛い事があったのだけは分かる。だから、今だけは僕達の事を信じてくれないかな?」

『君を……ユウヤを信じる……』

 リオルが未だユウヤを信じ切れない様子でポツリと呟いていると、その後ろにいたミミッキュがリオルに耳打ちをした。

『……リオル、あの子――ユウヤの事は信じてあげても良いんじゃないかな?』

『ミミッキュ……』

『私は君みたいに波導を感じる事が出来ないから、ユウヤが正しい人間なのかハッキリとは分からない。けど、ユウヤの目と表情がとても必死で、私達の事をしっかりと見てくれてるのは分かる。だから、ユウヤの事は信じてみても良いと思うよ』

『それは……そうだけど……』

 ミミッキュの言葉でリオルの心は少し動いたらしく、ユウヤに向けていた敵意は無くなっていたが、未だミミッキュほどユウヤの事を信じるまでには至っていないようだった。しかし、ユウヤは優しい笑みを浮かべると、自らリオル達へと近付き、目の前でピタリと歩みを止めると、右手をリオルへ差しだした。

「リオル、絶対に君達の事をそれぞれが棲んでいた地方へ帰してあげるよ。だから、今だけは僕達に付いてきてくれないかな?」

『ユウヤ……』

 リオルはユウヤが差しだした手をジッと見つめた後、ゆっくりと顔を上げながらユウヤの目を見つめた。そして、確信を持った様子でコクンと頷くと、ユウヤの手を取るために自らも手を伸ばした。その時――。

「おおっと! そうは行かねぇぜ、小僧!」

 リオル達の後方からそんな声が聞こえ、ユウヤ達は弾かれたようにそちらへ視線を向けた。そこには、黒のジャケットにくすんだ色のズボンといった格好のサングラスを掛けた男が歩いてきており、男はニタニタと笑いながらリオルとミミッキュを見ていた。

「……貴方は?」

「俺か? 俺はポケモンハンターだ」

「ポケモンハンター……! 珍しいポケモンを捕まえては、人に売ろうとしている悪い人達……!」

「まあ、そんなところだ。んで、そのリオルとミミッキュは、俺が扱っている商品ってわけだ」

「商品って……! まるで、道具みたいに……!」

「みたい、じゃねぇ。俺達からしたら、ポケモンは商品であり道具でしかねぇんだよ!」

「酷い……! ポケモンは僕達と同じ生き物で、一緒に協力しあえる仲間なのに!」

「仲間ぁ……? はっ、笑わせんじゃねぇよ、小僧! ポケモンはあくまでも同じポケモンを捕まえるための道具で、金になる商品だ! そうじゃなけりゃあ、わざわざアローラまで行って捕まえてこねぇよ!」

 ポケモンハンターの一切悪びれないその様子に、ユウヤが怒りの炎を燃やす中、ポケモンハンターはベルトからモンスターボールを二つ取り出し、そのスイッチを押した。そして、それを上へ投げ上げると、勢い良く開いたモンスターボールの中から二体のポケモンが姿を現した。

「さあ、一仕事と行こうぜ……お前ら!」

『……うん』

『……了解』

 モノズ達は、ポケモンハンターの声に静かに答えると、リオル達を真正面から見据え、臨戦対戦に入った。その様子にリオルは再びミミッキュを庇うように立ち、同じく臨戦対戦に入ると、それを見たユウヤが慌ててリオルに声を掛けた。

「リオル! そのキズで戦おうなんて無茶だよ!」

『……無茶だろうと構わない! 僕達を捕まえるために追ってくる以上、絶対に倒さないといけないんだ!』

「リオル……」

『だから……ユウヤ、君はミミッキュを連れて逃げてくれ! 僕がコイツらの相手をしているその間に!』

「だ、ダメだよ! 君を置いていくなんて出来ないよ!」

『良いから行ってくれ、ユウヤ! 僕に構っていたら、ミミッキュが更に危険な事に――』

 その時、ミミッキュはリオルの後ろからスッと出て来ると、そのままリオルの隣に並び立ち、驚きの表情を浮かべるリオルに対して落ち着いた様子で声を掛けた。

『リオル、私も一緒に戦うよ』

『ミミッキュ……! でも、その姿とキズじゃ――』

『キズに関しては君も同じでしょ? それに、守られてばかりなのは、私の性に合わないの。だから……私も一緒に戦わせて、リオル』

『……分かった。でも、無理はしないでよ?』

『……それは大丈夫。だって私達には、頼りになる()()()()()がいるからね』

 そう言いながらミミッキュが視線を向けた先には、不安そうな表情を浮かべるユウヤがいた。そして、ミミッキュの視線と言葉の真意に気付くと、ユウヤは驚きの声を上げた。

「え……!? ぼ、僕……!?」

『うん。ユウヤの指示なら私はしっかりと聞ける自信があるし、ユウヤと一緒ならあのポケモンハンター達に勝てると思ってるから』

「で、でも……ポケモンバトルなんてやった事無いよ……!?」

『それでも大丈夫。ユウヤは相手の動きを見て、私達に攻撃と回避の指示を出してくれれば良いから。技に関しては……うん、こっちで何とかするよ』

「何とかするよって……はあ、分かったよ。でも――」

 軽く溜息をつきながらリオルとミミッキュの後ろに立つと、ユウヤの表情からはさっきまでの不安げな様子が消えており、その代わりに闘志に満ちた様子を見せていた。

「やるからには全力で行くよ。バトルはやった事無いけど、技と特性の知識ならあるって自負してるから、それで経験不足は何とかカバーしてみせるから」

『……うん、分かった。リオルもそれで問題ない?』

『うん……ここでそれを否定する理由は無いからね。けど、やるからには勝つ気で行くよ!』

「うん!」

『もちろん!』

 リオルの言葉にユウヤとミミッキュが力強く頷いたその時、『……あ、そうだ』と何かを思い出した様子で良いながらミミッキュはボロ布の中から何かを取り出し、それをユウヤへと手渡した。見てみると、それは表面に何かの模様が描かれたギザギザとしたベージュ色の細長い石のような物であり、それを見たシロツメ博士は「ユウヤ君、これも使って!」と言いながらユウヤへ何かを投げ渡し、ユウヤは振り向きながらそれを両手を使ってしっかりと受け止めた。そして、手の中にある物を見ると、それはトレーナーの必需品と言えるアイテム――ポケモン図鑑とゴツゴツとした印象を受ける何かを填め込む窪みのある黒い腕輪のような物が収まっていた。

「これって……」

「そのポケモン図鑑は、前に貰った特別製の物で、自分のポケモンだけじゃなく野生のポケモンや相手のポケモンの技や特性も分かるようになっているわ! そして、その腕輪は『Zパワーリング』という物で、『Z技』と呼ばれる特別な技を使う時に『Zクリスタル』をその窪みに填め込んで使う物よ!」

「『Zクリスタル』……あ、もしかしてミミッキュが渡してくれたのは……!」

「恐らくそれは、ミミッキュだけが使える『Z技』に使う『Zクリスタル』、『ミミッキュZ』よ!」

「それじゃあ……これで『Z技』が……!」

「ええ、使えるはずよ。ただ、『Z技』は全力ポーズと呼ばれる舞いとトレーナーからポケモンへと伝えるZパワーが必要な上、トレーナーとポケモンが互いの全力を解き放つ事で使う物だから、一度のバトルにつき一度しか使えないわ。そして、『Z技』の中には()()()()が無いと使えない物もあるけど……ミミッキュが『ミミッキュZ』を渡してくれた辺り、そこは大丈夫みたいだから、後は『Z技』の使いどころを見誤らないようにしてね!」

「はい、分かりました!」

 シロツメ博士の言葉に答えながら『Zパワーリング』を腕に付け、窪みに『ミミッキュZ』を填め込んだ後、ユウヤは凛とした表情を浮かべた。そして、ポケモン図鑑でリオル達の技と特性を確認し、静かにポケモンハンターを見据えると、ポケモンハンターは余裕綽々といった様子でユウヤに話し掛けた。

「さて……んじゃあそろそろ始めようぜ、小僧。こちとら、さっさとソイツらを回収して、次の商売に向かいてぇからなあ」

「……分かりました。けれど、そうはいきませんよ」

「へえ?」

「何故なら、このバトルに勝つのは僕達だからです」

「クク……良いねえ、そういう威勢は嫌いじゃねぇ。良いぜ、お前がこのバトルに勝ったら、ソイツらの事はすっぱりと諦めてやるよ。ただし、俺が勝ったらソイツらは返してもらう上、その『Zパワーリング』と『ミミッキュZ』も寄越して貰う」

「なっ……!?」

「んー? 何を驚く事があるんだ? それくれぇ掛けてもらわねぇと、こっちが損するだけだろ? だからこれは、至極まっとうな交換条件だと思うぜ?」

「…………」

 ユウヤが静かに頷くと、ポケモンハンターは「決まりだな」と言いながらニヤリと笑い、右手を前へ伸ばし、挑発をするように手招きをした。

「先行はくれてやるよ、小僧。さあ、掛かってこい!」

「言われなくても! リオルは『てだすけ』、ミミッキュは右のモノズに『じゃれつく』!」

『うん!』

『了解!』

 同時に返事をした後、リオルは体に力を込め初め、自身の体に充分力が溜まった事を確認した後、その力をミミッキュへ向けて放出した。そして、ミミッキュはその力を受けとると、向かって右側のモノズへ向けて走り出した。ポケモンハンターは、その姿を見ながらニヤリと笑うと、「へえ……知識があるってのは本当みたいだな」と独り言ち、余裕な表情を浮かべながら視線をモノズ達へと移した。

「……だが、真っ正面から向かってくるだけがポケモンバトルじゃねぇ! ネーロ、『じゃれつく』を躱してリオルに『ちょうはつ』! ヴァルツは『ふるいたてる』だ!」

『……うん』

『分かった』

 モノズ――ヴァルツがその場に残って体に力を溜める中、モノズ――ネーロはミミッキュの攻撃を上に飛んで躱し、そのままリオルの目の前に着地した後、先程ポケモンハンターがやったように前足を使って『……自分から攻めて来なよ、この腰抜け』とリオルを挑発した。すると、『腰抜け……だと!?』とリオルは怒りを露わにしながらネーロを睨み付け、その様子にユウヤはギリッと奥歯を噛みしめた。

「しまった……!」

「はははっ! その様子だと、『ちょうはつ』がどんな技かは知っているみてぇだな!」

「……『ちょうはつ』は相手の補助技の使用を封じる技、つまりは攻撃技しか使えなくする事が出来る……!」

「その通りだ。ポケモンバトルは、場合によっては攻撃技だけでも勝つ事は出来るが、基本的に補助技と攻撃技を組み合わせる事で様々な戦略を生み出す事が出来る」

「…………」

「そのリオルが『てだすけ』を持っているのは、こっちからしたら結構厄介だったからな。だから、こうして封じさせてもらったんだよ」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら『ちょうはつ』を指示した理由をポケモンハンターが話していたその時、ユウヤは軽く俯きながらポツリと声を漏らした。

「……どうして」

「あん?」

「そんな戦い方が出来て、手持ちポケモンにもニックネームを付けているような貴方が、どうしてポケモンの事を道具や商品だなんて言うんですか!?」

「……戦略は、警察とバトルをする時に必要だから。そして、ニックネームはあくまで指示を出す時に必要だからだ。それ以外に理由なんてねぇよ」

「そんな事――」

「くだらねぇ質問はそこまでだ、小僧。ネーロ、リオルに『いやなおと』! ヴァルツはミミッキュに『かみつく』だ!」

『……分かった』

『……了解したよ』

 同時にコクンと頷き、ネーロは口から思わず耳を塞いでしまう程に耳障りの悪い音を出し、それによってリオルの顔が歪む中、ヴァルツはミミッキュへ向かってつんのめりそうになる程の勢いで走り出した。

「くっ……! リオル、モノ――ネーロに『でんこうせっか』! ミミッキュはヴァルツの『かみつく』を避けて!」

『わ……分かった……!』

『りょ、了解!』

 リオルは『いやなおと』に顔を歪めながらもネーロに向かって勢い良くぶつかって後方へ吹き飛ばす中、ミミッキュはヴァルツの『かみつく』を間一髪のところで躱してリオルの横へと戻った。二体とも技によるダメージは受けていないものの、それ以前に受けていたダメージとバトルによる疲労で息を切らしており、その様子から今の状態で長期戦に臨むのは、明らかに無謀だと判断できた。

「……『ちょうはつ』でリオルの『てだすけ』による攻撃技の威力増加が封じられてる上にリオルは『いやなおと』でぼうぎょが大きく下がってる。加えて、向こうのヴァルツは『ふるいたてる』でこうげきととくこうが上がっていて、ミミッキュは『ばけのかわ』の特性がもう使えない……! もう……勝てるイメージが、浮かばない……」

 リオルとミミッキュの様子を見ながら現状と気持ちを悔しさを滲ませながら口に出し、ユウヤは再び軽く俯いた。その眼に宿った闘志の炎は、未だ消えずに燃えていたが、その勢いは明らかに弱まっており、ユウヤの心が絶望と不安に染まり始めているのが誰の目にも明らかだった。その時、「……くだらねぇ」と言うポケモンハンターの声でユウヤが静かに顔を上げると、ポケモンハンターは微かに怒りを浮かべた表情でユウヤに話し掛けた。

「お前の決意、想いはそんなもんかよ、小僧!」

「……決意、想い……」

「ポケモンバトルでこの程度の状況なんざざらにあんだよ! なのに、こんな事でお前を信じてくれたソイツらの気持ちを裏切るつもりか!」

「僕を信じてくれた……リオル達の、気持ち……」

 ポケモンハンターの言葉でユウヤがリオル達の姿をゆっくりと見回す中、「……ちっ、らしくもねぇ事を言っちまった」とポケモンハンターは忌々しそうに独り言ちた。しかし、その言葉でユウヤは口を真一文字に結びながら深く頷き、闘志の炎を再び勢い良く燃え上がせながらポケモンハンターへ視線を移した。

「そうですよね。リオル達は、初めて会ったばかりの僕を信じて、トレーナーとして認めてくれた。それなのに、僕が諦めてたら信じてくれているリオル達に悪いですもんね!」

「……そういう事だ。くそっ……俺とした事が、本当にくだらねぇ事を言っちまったもんだぜ……!」

「……いえ、その言葉で僕は救われましたし、元気づけられました。だから、さっきのは決してくだらない言葉なんかじゃありませんよ」

「……そうかよ」

「ええ。だから、本当にありがとうございます」

 ユウヤがお礼を言いながら丁寧にお辞儀をすると、ポケモンハンターはとても面白く無さそうな様子で小さく舌打ちをした。そして、ユウヤは再びリオル達の方へ視線を向けると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「リオル、ミミッキュ、本当にゴメン。でも、僕はもうこのバトルから逃げたり諦めたりはしないよ。僕を信じてくれた君達の思いに応えるためにも!」

『ユウヤ……うん、分かった』

『ここから一緒に巻き返していこう、ユウヤ!』

「うん、もちろん!」

 笑みを浮かべながらミミッキュに答えた後、ユウヤは再びポケモンハンター達へと視線を移し、真っ直ぐな眼差しを向けながら指示を出した。

「リオル、ネーロに向かって『でんこうせっか』! そしてミミッキュは『かげぶんしん!』」

『『うん』』

 声を揃えて返事をして、ミミッキュが次々と自身の分身を周囲に出現させ、リオルが再びネーロに向かって『でんこうせっか』を繰り出すと、ポケモンハンターはその様子を見ながら「……厄介なもん持ってんじゃねぇか」と吐き捨てるように言い、真剣味が増した表情で指示を出した。

「ネーロは『ずつき』でリオルを迎え撃て!

 そして、ヴァルツは『きあいだめ』だ!」

『……うん』

『……了解したよ』

 その指示に従ってヴァルツはミミッキュ達を見据えながら気合いを溜めだし、ネーロは向かってくるリオルを真っ直ぐ見つめながら自身も勢い良くぶつかっていった。しかし、それを見たユウヤはそれには動じずにニヤッと笑った。

「それを待っていましたよ! リオル、『でんこうせっか』を中断して『こらえる』!」

「なんだとっ……!?」

『……うん、了解!』

 ポケモンハンターが驚きの声を上げる中でリオルは急に動きを止めると、そのまま向かってきていたネーロの『ずつき』を体全体で受け止めた。そして、その衝撃でリオルは後方へ弾かれていったが、途中で体勢を立て直して着地をすると、痛みを堪えながらネーロの姿をしっかりと見据えた。その様子にポケモンハンターは一瞬怯んだ後、多少焦りを含んだ声で指示を出した。

「くっ……ネーロはリオルにもう一度『ずつき』だ! そして、ヴァルツはミミッキュに『かみつく』だ!」

『う、うん……』

『りょ、了解……』

 ポケモンハンターの様子の変化にネーロ達は戸惑いを隠しきれない様子で返事をすると、それぞれリオルとミミッキュに攻撃を仕掛けた。しかし、ネーロ達の攻撃はリオルにいとも簡単に躱されたりミミッキュが出現させた分身に当たったりした事で不発に終わり、それを見たユウヤはすぐさま『ミミッキュZ』が嵌まっている『Zパワーリング』に指を置き、そのままリオル達に指示を出した。

「リオルはネーロに向かって『きしかいせい』! そして、ミミッキュは『Z技』の準備をお願い!」

『分かった!』

『了解したよ』

 そして、リオルが気合いを込めながら赤いオーラのようなモノを纏い始める中、ミミッキュはヴァルツを視界の中心に捉えながらユウヤに話し掛けた。

『それじゃあ私の後に続いて全力ポーズを取ってね、ユウヤ!』

「うん!」

 ミミッキュの言葉に答えた後、『ミミッキュZ』は眩く輝きだし、ユウヤはその光から強い力が伝わってくるのを感じながらミミッキュの後に続いて『ミミッキュZ』を使うために必要な全力ポーズ――フェアリータイプの全力ポーズを取った。そして、それによって『Zパワー』がユウヤからミミッキュへと伝わり、ミミッキュが強力なオーラを纏うと、ミミッキュはクルリと振り返った。

『ユウヤ、『Z技』の名前は【ぽかぼかフレンドタイム】だよ!』

「【ぽかぼかフレンドタイム】……うん、分かった!」

 ユウヤは大きく頷くと、ミミッキュと声を揃えて『Z技』の名前を叫んだ。

「『【ぽかぼかフレンドタイム】!!』」

 その瞬間、リオルが勢い良く飛び出し、ミミッキュのボロ布に空いた穴の中がキラリと光ると、リオルは一瞬でネーロとの距離を詰め、ミミッキュは高く飛び上がってヴァルツへ向かってボロ布を大きく広げた。そして、ヴァルツがボロ布に覆い隠されると同時に、リオルとミミッキュはネーロ達にそれぞれの攻撃を始めた。

『はあぁーっ!!』

『これで、どうだぁーっ!!』

 気合の籠もった声を上げながら繰り出されたリオルの『きしかいせい』、そしてミミッキュの気迫が籠もった『Z技』という二つの()()()()()の一撃はネーロ達にヒットし、ボロ布の中からヴァルツが飛び出すと同時にネーロ達は目を回しながら『『……もう、無理……』』という声を上げてその場に倒れ込み、リオル達も顔を見合わせて微笑んだ後にその場へ仰向けで倒れ込んだ。その瞬間、ポケモンハンターは「お前らっ……!!」と心配そうな表情を浮かべながらネーロ達へと駆け寄り、右手と左手でそれぞれの体を持ち上げながら必死に声を掛けた。

「お前ら、大丈夫か!?」

『あはは……負け、ちゃったね……』

『ゴメン、ね……』

 そのネーロ達の声は、ポケモンの言葉を理解する事が出来るユウヤとは違い、ポケモンハンターの耳には弱々しい鳴き声にしか聞こえなかったが、ポケモンハンターはネーロ達に声を上げるだけの気力が残っている事に安堵した様子で小さく息をついた。そして、ネーロ達のモンスターボールを取り出し、「戻ってゆっくり休め」と声を掛けながらネーロ達をボールへと戻した。ユウヤはそのポケモンハンターの様子を見て「……やっぱり」と何かを確信した様子で言った後、仰向けで倒れ込んでいるリオル達の元へ歩き、力を出し切ったといった表情を浮かべているリオル達にニコリと微笑んだ。

「リオル、ミミッキュ、お疲れ様」

『ユウヤ……うん、ありがとう』

『ユウヤこそお疲れ様。初めてのバトルは疲れたでしょ?』

「うん……そうだね。まさか、初めてのバトルがダブルバトルになるとは思わなかったけど、こうして勝つ事が出来たのは本当に嬉しいよ」

『そう……だね』

『私達……勝てたんだもんね』

「ギリギリではあったけど、勝ちは勝ちだよ。だから、もうあの人から追われる事は無い。君達は自由の身になったんだ」

『『……うん!』』

 ユウヤの言葉にリオル達が安堵と歓喜の笑みを浮かべながら大きく頷いていると、バトルを静かに見ていたシロツメ博士がとても嬉しそうな様子でユウヤ達の元へと近付き声を掛けた。

「ユウヤ君、お疲れ様! そして初バトルでの勝利おめでとう!」

「ありがとうございます、シロツメ伯母さん。でも、これはリオル達が頑張ってくれたからと()()()の言葉があったからですよ」

 ユウヤがシロツメ博士からポケモンハンターへ視線を移すと、ポケモンハンターはばつが悪そうな様子でそっぽを向いていたが、すぐに諦めたように小さく溜息をつき、頭をポリポリと掻きながら話し掛けてきた。

「……小僧――いや、ユウヤ。今回のバトルは、完全に俺の負けだ。そのリオル達は故郷に帰すなりお前の手持ちにするなり好きにしろ」

「分かりました。けど、一つだけ良いですか?」

「……何だ?」

「貴方は……本当はポケモンハンターなんてやりたくないんじゃないですか?」

「……なんでそう思った?」

「バトル中、心が折れそうになっていた僕にリオル達の想いについて言ってくれたり、瀕死状態になったネーロ達にすぐに駆け寄ったりしていたからです。本当にポケモンの事を道具や商品だと思っている人なら、そんな事は絶対にしないですからね」

「……ふん、やっぱらしくねぇ事なんざするもんじゃねぇや。そんな事をしてっから、『黒竜のリュウガ』なんて言われてた頃の性格が出ちまうんだよな……」

「『黒竜のリュウガ』……?」

「ああ、俺の昔の呼び名だ。昔、俺はモノズの最終進化形、サザンドラをパートナーにして色々な地方にある賞金付きの大会に出ては賞金を稼いでいるような奴だったんだよ」

「賞金稼ぎ……でも、どうしてそんな人がポケモンハンターに?」

「……一年前、相棒だったサザンドラ――ノアを亡くし、俺はそのショックと他に相棒に出来そうなポケモンを見つけられなかった事から賞金稼ぎを引退して故郷に戻った。それでそのショックから抜け出せずに不抜けちまってる間に稼いだ賞金が底をついちまったんだよ。んで、これからどうしたもんかと思っていたんだが、賞金稼ぎ時代の俺に惚れ込んだって奴が家を訪ねてきたんだ。ソイツは俺が賞金稼ぎを止めた上に金に困ってる事をどっからか聞いたらしく、俺の腕を見込んである仕事を頼みたいと言ってきた」

「……その仕事というのがポケモンハンターだったんですね?」

「そうだ。もちろん、最初は断ったんだが、金に困ってたのは間違いなかったし、このままウジウジしているのも何か違うと思ったから、俺はソイツの言う仕事――ポケモンハンターの仕事を一回限りで受ける事にした。……まあ、こんな仕事はやっぱり俺に向いてなかったみてぇだけどな」

 ポケモンハンター――リュウガが自嘲気味に言う中、ユウヤは少し不思議そうな表情でリュウガに問い掛けた。

「リュウガさん、ネーロ達はどこでゲットしたんですか? 」

「……アイツらは故郷の山にいた奴らだ。気晴らしに散歩をしていた時に偶然出会ったんだが、何でか二体揃ってそのまま家まで付いてきたんだよ。んで、最初は山に帰そうと思ったんだが、二体とも帰りたくなさそうな顔をしてたから、ゲットする事にしたんだよ」

「なるほど……リュウガさん、もしかしたらネーロ達は、リュウガさんの事を一目で気に入って、リュウガさんと一緒にいたいと思ったから付いていったのかもしれませんね」

「……俺を気に入ったから、か。そんなポケモンは、一生の内でもアイツくれぇなもんだと思ってたけどな……。だが、本当にそうだとすれば、アイツが――天国にいるノアが俺とネーロ達を引き合わせてくれたのかもしれねぇし、この出会いに感謝しねぇといけねぇな」

 リュウガは天を仰ぎながら小さく微笑んだ後、そのままユウヤへ視線を移し、感心した様子で口を開いた。

「にしても、まさかバトル初心者の奴に『でんこうせっか』を中断させてからの『こらえる』と『きしかいせい』のコンボや『はりきり』の特性を持っているポケモンに対して『かげぶんしん』を使うなんて発想をされるなんて思ってもみなかったぜ」

「『こらえる』は瀕死状態になりそうなダメージを受けてもどうにか持ちこたえる技で、『きしかいせい』は体力が低ければ低いほど与えられるダメージが大きくなる技なのは分かっていたので、あの時のリオルの状態だとこの二つで一発逆転を狙うしか無いかなと思ったんです。それに、ミミッキュも『ばけのかわ』が使えない状態でしたから『はりきり』で命中率が下がっていてもこうげきが上がっている状態の『かみつく』を受けるのは流石にマズかったので、『かげぶんしん』で回避率を上げてからの『Z技』に賭けてみようと思ったんです。だから、今回のバトルは作戦勝ちというよりは、リオル達の頑張りや技が良い感じに揃っていた事による運の要素が強かったんです」

「へっ……確かにそれはあるが、その判断をして勝ちを引き寄せたのはお前の知識と度胸の賜物だ。だから、そこは誇っても良いと思うぜ?」

「リュウガさん……ありがとうございます」

「礼なんざ良いって。さて……と、それじゃあ俺はそろそろ行くかな。ソイツらを連れてこれなかったとは言え、依頼人には話をしてこねぇとなんねぇからな」

「話をした後は……どうするんですか?」

「さてな……そこまではまだ決めてねぇが、何とかするさ」

 そう答えるリュウガの目には、迷いの色は一切無く、それを見たユウヤは安心した様子でコクンと頷いた。そして、「……それじゃあな」と言いながらリュウガはクルリと振り返ると、そのまま静かにその場を立ち去っていった。それを見送った後、ユウヤは再びリオル達の方へ視線を向けると、バッグの中からオボンのみを二つ取りだし、それをリオル達へと差しだした。

「はい、これを食べると元気になるよ」

『あ、うん。ありがとう、ユウヤ』

『ユウヤ、ありがとう』

「ふふ、どういたしまして」

 そして、リオル達がユウヤから受け取ったオボンのみを食べ始めた時、シロツメ博士はリオル達を見ながら軽く顎に手を当てた。

「……それにしても、リオル達の故郷がまさかアローラ地方だったとはね。このヤマト地方からアローラ地方までは結構遠いし、これは飛行機に乗せていくしか無いかな……」

「飛行機で行くほど遠い地方……リオル達はそんなに遠くから来ていたんですね」

「そうね。まあ、リオル達を帰す件については、知り合いに頼んでみるわ。幾つか借りはあるから、その分だって言えば何とか――」

 シロツメ博士がニコリと笑いながら言ったその時、その話を聞いていたリオルが『ねえ、ユウヤ』と声を掛け、ユウヤは不思議そうな顔をしながらリオルと話をしやすくするためにゆっくりとしゃがみ込んだ。

「リオル、どうしたの?」

『実は……ちょっとお願いがあるんだ』

「お願い?」

『うん。ユウヤ、君さえ良ければ正式に僕のトレーナーになってくれないかな?』

「トレーナーにって……僕が?」

『うん、もちろん』

 リオルがニコリと笑いながら答える中、リオルの隣でミミッキュがクスリと笑った。

『なんだ……リオルも同じ事考えてたんだね』

『同じ事って……それじゃあミミッキュも?』

『うん。このまだ弱いままで故郷に帰ってもまた同じように捕まっちゃうかもしれないからね。それに、ユウヤの指示でバトルをしている時、なんだかとっても楽しかったんだよね』

『ミミッキュ……ふふ、確かにそうだね』

 そして、リオルとミミッキュは仲良く笑い合った後、揃ってユウヤの方へ向き直り、少し不安げな様子で話し掛けた。

『ユウヤ、それで……どう、かな?』

『私達のトレーナーになってくれる……?』

 ユウヤはリオル達のその問い掛けに対して考え込むような仕草を見せたが、すぐに決意を固めたような表情を浮かべてコクリと頷くと、リオル達を見ながら優しく微笑んだ。

「うん、僕で良いなら喜んで」

『ユウヤ……! うん、これからよろしくね!』

『よろしくね、ユウヤ!』

「うん、こちらこそよろしくね」

 ユウヤとリオル達はお互いに笑みを浮かべながら固く握手を交わした。そこには、トレーナーとポケモンによる確かな絆があり、それをわざわざ口には出さなかったものの、ユウヤ達はそれによって生じるポカポカとした物を静かに感じていた。そして、握手を終えると、それを待っていたかのようにシロツメ博士が静かに口を開いた。

「……ユウヤ君、せっかくだからそのポケモン図鑑と『Zパワーリング』はそのままもらってちょうだい」

「え、良いんですか?」

「ええ。もちろん、旅に出られるのはまだ先の話だけど、ミミッキュから貰った『ミミッキュZ』を使うにはそれが必要だし、その子達を育てる中でポケモン図鑑が必要になる時が来るかもしれないからね。だから、遠慮しないで貰ってちょうだい」

「……分かりました。本当にありがとうございます、シロツメ伯母さん」

「どういたしまして」

 お礼を言いながら丁寧に一礼をするユウヤの姿に、シロツメ博士がクスリと笑っていたその時、シロツメ博士は突然何かを思いついた様子でポンと両手を打ち鳴らし、とても楽しそうな様子でユウヤに話し掛けた。

「ねえ、ユウヤ君。君もこの子達にニックネームを付けてみない?」

「ニックネーム……ですか?」

「ええ。確か……ユウヤ君と仲の良いポッポのリーダーに『ウィン』って付けたのは、ユウヤ君だったわよね?」

「あ、はい。少し前にウィンと話をしていた時、話題がポケモントレーナーの事になって、僕がトレーナーの中には手持ちポケモンにニックネームを付ける人もいるって話したら、ウィンが『面白そうだから、俺にも付けてみてくれないか?』と言ってきたので、風の『ウィンド』と翼の『ウィング』からウィンって付けたんです」

「なるほどね……まあ、こうは言ったけど、ニックネームを付けるかはユウヤ君とリオル達に任せるわ。ただ、私的にはユウヤ君がどんなニックネームを付けるかが気になるけどね」

「シロツメ伯母さん……」

 楽しそうな様子のシロツメ博士からリオル達へ視線を移すと、ユウヤは再びしゃがみ込みながらリオル達に話し掛けた。

「リオル、ミミッキュ、君達はどうしたい? 君達がニックネームはいらないって思ってるなら僕はその考えに従うつもりだけど……」

『そうだね……うん、僕は付けてみてもらいたいかな。ミミッキュはどう?』

『うん、私もせっかくだから付けてもらいたいかも。実は……さっき、リュウガさんがネーロ達の事をニックネームで呼んでたのを聞いて、ニックネームで呼ばれるのも良いなって思ってたから』

「そっか……うん、分かった。それじゃあちょっと待っててね」

 リオル達にそう言った後、ユウヤはリオル達の姿を見ながら彼らにピッタリなニックネームを考え始めた。そして、それから数分が経った頃、ユウヤは「……うん、これが良いかな」と独り言ちると、ニコリと笑いながらリオル達に話し掛けた。

「リオル、ミミッキュ、お待たせ」

『その様子だと……僕達のニックネームは決まったみたいだね』

「うん、一応ね。えっと……まずはリオルからだけど、リオルからはバトルの時や僕達を逃がそうとした時にとても勇気があるポケモンだと感じたから、勇気を英語にした『bravery(ブレイブリィ)』から『レイ』。そして、ミミッキュはリオルの事を見捨てずに自分も戦おうとした事と『Z技』の『ぽかぼかフレンドタイム』から、友愛を英語にした『fraternity(フラタニティー)』から取って『フラン』にしようと思うんだ」

『僕がレイで……』

『私がフラン、か……うん、なんかスゴく良い感じかも』

『うん、何と言うかこう……しっくりと来る感じがするよね』

『ふふ、そうだね』

 リオルとミミッキュはとても嬉しそうに笑い合った後、揃ってユウヤの方へ視線を戻した。

『『ユウヤ、本当にありがとう!』』

「……うん、どういたしまして。そして、改めてよろしくね、レイ、フラン」

『『こちらこそ!』』

 レイとフランが声を揃えて答え、ユウヤ達が仲良く笑い合う中、シロツメ博士はそれを微笑ましそうに見ていたが、不意にツキクサタウンがある方を見たかと思うと、両手を軽く二回ほど叩きながら声を掛けた。

「さてと、それじゃあ私達もそろそろ帰りましょうか。ミナトちゃんや研究員の皆が私達の帰りを待ちかねているだろうしね」

「ですね。よし……それじゃあ帰ろうか、()()()()()

『『うん!』』

 レイ達のとても嬉しそうな声にユウヤとシロツメ博士はクスリと笑った後、森に棲むポケモン達が見守る中を彼らは楽しそうに会話をしながら並んで歩いていった。




以上で、プロローグを終わります。
このプロローグは、あくまでも現在決まっている分の設定やこうしたいなと思っている分で書いているため、本章を投稿をする際には、幾つか変更点があるかと思います。ですが、それでも予定通り今年中に投稿を開始出来るように頑張って参りますので、応援の程よろしくお願いします。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また本章で。


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本章 深淵と波導の冒険者
第1話 夢と戦いの始まり


どうも、片倉政実です。今回から今作品の本編の投稿をさせて頂きます。今作品には、メイン主人公の他に数名のサブ主人公がいますが、この章ではメイン主人公のユウヤメインの物語を書いていきます。出来る限り皆様が読み辛さを感じないように書いていくつもりですので、応援の程よろしくお願いします。
それでは、早速第1話を始めていきます。


 黒い雲が空を覆い、激しい雨が降り注ぐ中、決意を胸に秘めた少年少女達は傍らに立つ『仲間』達の存在を感じつつ眼前の巨悪とその仲間を見据えた。その中である者は平和を願い、ある者は大切な者を守るための決心を固め、またある者は遠く離れた者達の身を案じ、彼らのリーダーは必ずこの巨悪を倒してみせると決意を新たにしながら己の心の波をゆっくりと静めた。そして、少年少女達は各々の仲間達に声を掛けると、眼前の巨悪を打ち倒すべく一斉に走り出し、巨悪は妖しい笑みを浮かべながら自身の仲間達に指示を出した。その瞬間、それぞれが放った攻撃が激しくぶつかり合い、彼らの視界に白い光が溢れていった。

 

 

 

 

「……う、ん……?」

 窓から射し込む眩い程の朝日と近くに棲むポッポ達の鳴き声を聞き、『ツキクサタウン』に住む一人の少年が静かに目を覚ました。少年の名前はユウヤ、『ポケモンの言葉を理解する能力』と『波導を使用できる能力』を持つ能力者であり、つい先日10歳になったばかりの新人トレーナーだ。ユウヤは体を起こしながらゆっくりと周囲を見回すと、見慣れた室内の光景や未だ寝息を立てているポケモン達の姿に安心感を覚えた後、軽く腕を組みながらとても不思議そうに首を傾げた。

「夢……か。何だかスゴいリアルな夢だったけど、一体何だったのかな……?」

 先程まで見ていた夢の内容を思い出していた時、ユウヤは自分達の眼前にいた『モノ』の存在に軽い恐怖心を抱き、静かに震える自分の手を見つめながら小さく独り言ちた。

「あれ……本当になんだったんだろう……。何だかとても冷たくて暗くて、とても嫌な感じがした……!」

 恐怖で体が震えるのを感じ、ユウヤはその震えを抑えるために自分で自分を強く抱き締めた。しかし、それでも恐怖や不安とそういった感情がユウヤの中ではグルグルと渦を巻いており、ユウヤの心はそういった物達に徐々に押し潰されそうになっていた。そして、恐怖が強くなると同時に、抱き締める力が更に強くなりかけたその時、窓の向こうから耳慣れた羽音が聞こえ、ユウヤはハッとしながら窓へ視線を向けた。すると、窓の向こうではユウヤの友達であるポッポのウィンが外側の桟に留まっており、ユウヤはその姿にホッと胸を撫で下ろしながら静かに窓へと近づき、朝の挨拶をするために内側の窓をゆっくりと開けた。

「ウィン、おはよう。今日も良い天気だね」

『おう、おはようさん。……なんか不安そうな顔してるけど、何かあったのか?』

「あ、うん……ちょっと怖い夢を見ちゃってね。それがあまりにもリアルな夢だったから、起きた後も怖くなっちゃって……」

『リアルな怖い夢、ねぇ……まあ、ただの夢だって片付ける事も出来るが、それが予知夢って奴だったら何かしらの注意が必要になるだろうな』

「予知夢……うん、そうだね。そうじゃない事を祈りたいけど、今のところは何とも言えないし……」

『確かにな……けど、お前には俺も含めて頼りになるダチも手持ちポケモンもいるし、特殊な能力もあるから、たぶん何とかなる気はするけどな』

「頼りになるって……ふふ、それは自分で言う事なのかな?」

 ウィンの言葉にユウヤがようやく笑みを浮かべると、ウィンは安心した様子でニッと笑った。

『へへっ、自分で言っても問題は無いと思うぜ? 何せ、俺はこの辺りのポッポ達のリーダー様だからな!』

「そうだね。君には今まで色々と助けてもらってるし、確かにその通りかもね」

『でも、それはお互い様だぜ? ウチの群れの奴が森のポケモンとケンカになった時やはぐれた時なんかにはお前の能力に助けてもらってたしな』

「ふふっ、そういえばそうだったね」

 すっかり笑顔を取り戻したユウヤが微笑みながら頷いていたその時、「おーい! ユウヤー!」と窓の向こうから突然元気の良い声が聞こえると、ユウヤはその声の主の元気の良さに軽く苦笑いを浮かべ、その人物を見下ろしながらそれに答えた。

「おはよう、アサヤ君。君も朝から元気いっぱいみたいだね」

「ああ、もちろん! やっぱり『アサヤ』だけに朝から元気よく行かないとな!」

「アサヤだけにって……」

『アサヤ……俺達はそれに対してどんな反応をすれば良いんだ?』

「うーん……別にどんな反応をしてくれて良いぜ? カントーにいる友達も色々な反応をしてくれてたからな」

『色々な反応って……たしか殆どの人は苦笑いだったような気がするけど……』

「あれ、そうだっけ……?」

『……そうだよ』

 不思議そうに首を傾げるトレーナーの事をカルラはジトッとした目で見ていたが、やがて諦めたように溜息をつくと、その様子にユウヤとウィンは顔を見合わせながらクスリと笑った。アサヤは二月程前に父親の転勤についてくる形で『カントー地方』から引っ越してきた新人トレーナーであり、パートナーポケモンのアチャモのカルラと一緒にヤマトリーグへの挑戦を夢見て、日々特訓を続けるいつでも元気いっぱいな10歳の少年だ。引っ越してきた直後、アサヤが探検がてら『ツキクサタウン』を散歩していた時に偶然ウィンと話すユウヤの姿を目撃した事がきっかけで二人は出会う事となり、同じポケモンが好きな者同士二人はすぐに仲良くなった。そして、その後に偶然通り掛かったユウヤの幼馴染みであるミナトも交えて楽しく話をした事で三人は仲の良い友達兼トレーナー仲間として一緒に特訓に励むようになっていた。だがそんなある日、三人で話をしていた時、アサヤはユウヤの傍らにいたパートナーポケモン達の姿を見た際に思わず「……理想個体、か……」と言ってしまい、この世界では聞き慣れないその言葉を発したアサヤにユウヤとミナトの視線が集中した。そしてアサヤは、そのユウヤ達の反応に自分の発言が不自然な物だった事に気付き、慌ててそれを誤魔化そうとしたが、ユウヤの『波導を使う事が出来る能力』でそれを阻止され、アサヤは誤魔化す事を素直に諦め、ユウヤ達の訝しげな視線を浴びながら自分が『転生者』と呼ばれる存在だという事や転生をした事で得た『転生特典』について正直に話した。そして話し終えた後、アサヤは『転生者』というイレギュラーな存在だという事を気味悪がられるかもしれないという不安を感じ、暗い表情を浮かべながら静かに俯いた。しかし、ユウヤ達はそんなアサヤの事をしっかりと受け止めた上で受け入れると、一度顔を見合わせてニコリと笑い合ってからアサヤに心配しなくても良いと声を掛け、不安げに顔を上げるアサヤに対して親しみの気持ちを込めて優しい笑みを浮かべた。そして、それに対してアサヤは安心と信頼の気持ちを込めて微笑み、彼らは握手を交わし合った。それ以来、ユウヤ達の絆は更に深い物となり、毎日一緒に過ごす程の仲になっていたのだった。

 そしてユウヤがそんないつも通りなアサヤ達の姿を見ながら妙な安心感を覚えていたその時、アサヤは何かを思い出した様子で両手をポンッと打ち鳴らし、再びユウヤの方へ視線を向けた。

「……っと、忘れるところだった。なあユウヤ、お前やレイ達さえ良ければ今から軽くバトルしないか?」

「うーん……僕は別に良いけど、レイ達はまだ眠ってたからなぁ……」

 波導の様子からレイ達が眠っている事は分かっていたため、ユウヤはどうしたものかと思いながら軽く腕を組んだ。すると――。

『……なら、俺がユウヤと組もうか?』

 と、ウィンは翼で自分を指し示しながらユウヤにそう提案し、ユウヤはそれに対して嬉しさ半分不安半分といった表情を浮かべた。

「えっと……それは助かるけど、群れの皆のことは良いの?」

『ああ、問題ないぜ。副リーダー始め群れの奴らは、俺がいないとどうにも出来ない奴らってわけでも無いしな。それに……一度ユウヤと組んでポケモンバトルをしたいと思っていたところだったからな』

「ウィン……うん、分かった。それじゃあお願いしようかな。アサヤ君もそれで良いかな?」

「ああ、もちろん! じゃあ、カルラと一緒に『いつもの場所』で待ってるから、出来る限り早く来てくれよな!」

「うん、分かった」

 ユウヤはアサヤ達が走って行った後、ウィンに待ってもらいながら寝間着から外周用の服へ手早く着替えを済ませた。そして愛用の帽子を被り、気持ちをバトル用に切り替えていたその時、『ん……』という眠そうな声が聞こえ、ユウヤ達はクスリと笑いながら声の主の方へ顔を向けた。

「おはよ、レイ、フラン」

『おはようさん、お前達』

『あ……ああ、おはよう』

『……おはよう、ユウヤ、ウィ――あれ、何でユウヤは着替えてるの……?』

「さっき、アサヤ君がバトルをしないかって言ってきてね。それで、今からウィンと一緒にバトルをしに行くところだったんだ」

『ウィンと……か。それは少し興味があるな』

『だね。ユウヤとウィンのコンビのバトルは、何だかんだでまだ見た事が無かったし、私達も何か参考になりそうな物があるかもしれないからね』

『ああ。というわけで、俺達もそれについて行かせてもらっても良いか?』

「うん、もちろん良いよ」

『へへ、俺とユウヤのコンビネーションを見て腰を抜かすなよ?』

『ふっ……それなら、そうならないように気をつけるとしようか』

『ふふ、そうだね。ウィンこそパートナーポケモンの私達に笑われないようなバトルを見せてよね?』

『おうよ!』

 ルカリオのレイとミミッキュのフランの言葉にウィンがニッと笑いながら返事をする中、ユウヤはポケモン達のそんな仲睦まじい様子に微笑み、帽子を被り直して気持ちを改めて整えた。

「よし……それじゃあ行こう、皆」

『ああ』

『うん!』

『おうよ!』

 そして、ウィンを腕にしっかりと留まらせ、ユウヤはレイ達と一緒に部屋を出た後、キッチンで朝食の準備を整えていた母親と軽く話をしてからアサヤ達が待つ『いつもの場所』へ向かうべくワクワクとした気持ちを感じながら家を出発した。

 

 

 

 

 数分後、ユウヤ達が町外れにあるバトルフィールドに着くと、先に待っていたアサヤが待ち侘びた様子でユウヤ達に声を掛けた。

「待ってたぜ、ユウヤ、ウィン! それとレイにフランもな!」

『朝からポケモンバトルとは……本当に元気な奴だな』

「へへっ、やっぱりポケモンリーグの挑戦を目指すからには、バトルをして強くならないといけないからな」

『まあ、それはそうだけど……カルラもこのバトルには乗り気なの?』

『うん、それはもちろんだよ。僕達はチャンピオンを目指してここまで頑張ってきたからね』

『チャンピオンか……それは立派な願い事だが、そのためにはまず俺とユウヤを倒さねぇとな!』

「うん……僕もアサヤ君達のようにポケモンリーグに挑戦するつもりだからね。頼まれても手加減はしないよ!」

「ははっ、手加減なんてされたら本気で怒るところだぜ? 『いい加減にしろ!』ってな!」

『……手加減されて、いい加減にしろ、か……。どうやらアサヤは今日も絶好調みたいだな……』

「あはは……さっきもアサヤだけに朝から元気にいかないとって言ってたしね」

『あ……さっきもだったんだ。最初は違和感もあったけど、今となってはアサヤの元気のバロメーターを測るための物みたいな感じだよね。ギャグを言えるだけの元気があるかどうか……みたいな』

『……それは否定できねぇな』

 アサヤのギャグについてフランとウィンが話すのを聞きながら軽く苦笑いを浮かべた後、ユウヤは気持ちを改めて整えながらレイ達に指示を出した。

「それじゃあ……レイは審判役をお願い、そしてフランは僕達のバトルを見ていてね」

『ああ、分かった。ユウヤ達なら心配はいらないと思うが、油断せずにバトルに臨んでくれ』

『ユウヤ、ウィン、頑張ってね!』

「うん、ありがとう」

『ありがとな、お前達!』

 そしてウィンを腕に留まらせたままでユウヤは位置に着くと、向かい側に立っているアサヤに声を掛けた。

「アサヤ、さっきも言ったけど手加減は一切しないからね」

「ああ、もちろんだ! ユウヤ、ウィン、お前達の絆って奴を見せてもらうぜ!」

『そしてその上で、僕達は君達に勝ってみせるよ!』

『へっ、それはこっちの台詞だぜ! ユウヤ、俺達の力をアイツらに見せてやろうぜ!』

「うん!」

 そして審判役のレイは、両者の準備が整っている事を確認すると、大きな声でユウヤ達に呼び掛けた。

『では……これからユウヤとアサヤのポケモンバトルを開始する。使用ポケモンは一体のみ、よってどちらかが先に戦闘不能になった瞬間、バトルは終了とする。改めて訊くが、両者とも準備は良いな?』

「うん、大丈夫だよ」

『俺も問題ないぜ!』

「同じく問題ないぜ!」

『いつでも始めて良いよ、レイ!』

『分かった。それでは――バトル開始!』

 その言葉と同時に、ユウヤとアサヤのバトルが幕を開けた。




第1話、いかがでしたでしょうか。他にも一人称視点でのポケモンの二次創作作品を投稿していますが、今作品は三人称視点で進めていきます。そして、今回はバトルの直前で終わりましたが、バトルまで入れるとかなり長くなると思い、バトルは次回に回す事にしました。なので、次回の投稿まで楽しみにして待っていて頂けると、とても嬉しいです。
他作品同様、今作品の投稿頻度は低めになるかと思いますが、出来る限り週1での投稿を心掛けたいと思っています。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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第2話 ユウヤVSアサヤ 疾風と紅炎のバトル

どうも、入れ替えと勝ち抜きでは入れ替え派の片倉政実です。今回はユウヤとアサヤのバトル回です。バトル内容については、色々と粗が目立つかもしれませんが、温かい目で見てもらえると嬉しいです。
それでは、早速第2話を始めていきます。


「まずは様子見かな……ウィン、カルラに『すなかけ』!」

『おう!』

ユウヤの指示に対してウィンは大きな声で答えると、軽く飛び上がってカルラに背を向け、そのままカルラへ向かって大量の砂を蹴り上げた。蹴り上げられた砂は吹く風に飛ばされる事無く、そのまま真っ直ぐカルラに飛んでいったが、それに対してアサヤは余裕綽々といった様子でニヤリと笑った。

「『すなかけ』か……確かに良い手だけど、そんな小細工は通用しないぜ! カルラ、砂に向かって『ひのこ』だ!」

『うん!』

自分へと向かってくる砂から目を離さずに息を大きく吸うと、カルラは砂へ向けて『ひのこ』を撃ち出した。すると、砂は『ひのこ』によって全て撃ち落とされたため、カルラに掛かる直前で地面へと落下し、それに対してユウヤは「……やっぱりね」と少し悔しげに独り言ちた。

そしてアサヤは、それとは対称的に楽しげな笑みを浮かべた。

「残念だったな、ユウヤ。『すなかけ』は相手の技の命中率を下げる技で、時には視界を遮ったり攻撃の盾にも出来たりするけど、ウチのカルラの力の前にはそんなのは無意味だぜ!」

「そうみたいだね……けど、僕達だってこの程度で終わるつもりは無いよ……!」

「へへっ、そうこなくっちゃ! なら、こっちもそろそろ本気で行かせてもらうぜ! カルラ、地面に向かって『ひのこ』!」

『了解!』

アサヤの指示でカルラは地面へ向けて『ひのこ』を放つと、その衝撃でバトルフィールド上に砂煙が上がり、ユウヤ達の視界はそれによって遮られた。

「くうっ……!」

『ちっ……何となくアイツらの位置は分かるが、ちっと自信がねぇな……! ユウヤ、アイツらの波導は感じられるか……!?』

「う、うん……とりあえずやってみる……!」

ユウヤは手で砂煙から目を守りながら『波導を使用する能力』でアサヤとカルラの波導に意識を集中した。そして、「……いた!」と言いながら砂煙の先にいるアサヤ達の波導をしっかりと感知すると、ユウヤはウィンに技の指示を出した。

「ウィン! 『でんこうせっか』!」

『おうよ……!』

ユウヤの指示でウィンは一度体に力を込めた後、砂煙の中を目にも留まらぬ速さで真っ直ぐに飛ぶと、そのまま『カルラ』に攻撃を命中させた。

『へへ、どんなもんだ――はっ!?』

「え……こ、これって!?」

砂煙が晴れた後、驚きの声を上げるユウヤ達の視線の先にあったモノ、それはごろりと転がった怪獣の姿をした緑色のぬいぐるみのような物とニヤリと笑うアサヤ達の姿だった。

「はい、残念でした。今、ウィンの攻撃を受けたのは、カルラの『みがわり』で出来た分身だよ」

「『みがわり』……って事は、まさか……!」

「……御名答。『みがわり』は自分の体力を使って分身を作り上げる技。今の攻撃をギリギリ耐えたみたいだから、あと一回はコイツが攻撃を受けてくれるぜ。いやー、変化技も一部を除いて無効に出来るし、ほんと『みがわり』って便利な技だよなぁ……!」

「くっ……!」

「そして、『みがわり』の真骨頂はここからだ! 『つるぎのまい』!」

『了解』

アサヤの指示を受けると、カルラとみがわり人形の周囲を無数の光の剣が取り囲み、それと同時にカルラから発せられる波導がその強さを増すと、ユウヤの顔に焦りの色が浮かんだ。

「『つるぎのまい』は使ったポケモンの攻撃力をスゴく上げる技……つまり、カルラの物理攻撃の威力が上がったという事になる……!」

「その通り。だけど、俺達の作戦はそれだけじゃないぜ? カルラ、『ニトロチャージ』!」

『うん』

アサヤの指示でカルラとみがわり人形は体に炎を纏うと、それぞれ別の方向へ向かって走り出した。そして、そのままウィンを挟み込むような形でウィンへ向かってぶつかっていく中、ユウヤはみがわり人形とカルラを交互に見てからウィンに指示を出した。

「ウィン、上に飛んで『ニトロチャージ』を交わしてから足元に向かって『かぜおこし』!」

『お、おう……!』

ウィンは翼を大きく広げて飛び上がり、みがわり人形とカルラがウィンの足元ですれ違おうとした瞬間、ウィンはそれに向かって翼をはためかせて風をぶつけた。そして風がぶつかった瞬間、みがわり人形がポンッという音を立てながら小さな煙と共に姿を消し、カルラが『くぅっ……!』と声を上げながら背後へ向かって小さく吹き飛ばされると、ウィンはカルラを見下ろしながらニッと笑った。

『へへ、どうだ! あのヘンテコな人形も消えたし、これでこっちが不利じゃなくなっ――』

「ううん……不利なのは変わらないよ、ウィン。それどころか、今ので倒しきれなかった分、もっと不利になったかも……」

『え……それはどういう事だ?』

「今の技、『ニトロチャージ』は使う度にすばやさを上げる事が出来る技。つまり、今のでもすばやさが少しは上がってしまっている事になる。けど、一番の問題は――」

「『つるぎのまい』や『ニトロチャージ』でステータスアップをさせてしまっている上、『みがわり』で体力が削れたのに加えて、さっきの『かぜおこし』のダメージで『ある物』の条件を満たしてしまった事、だろ?」

アサヤの余裕気な様子にユウヤがギリッと歯を噛みしめて悔しさを露わにしていたその時、カルラは痛みで辛そうな表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がった。そして上空のウィンを睨むと、カルラの体から炎のような赤いオーラが立ち上った。

『な、何なんだよ……あれ……!?』

「『もうか』だよ」

『もう……か?』

ウィンの疑問にユウヤは静かに頷くと、カルラの姿を見据えながら説明を始めた。

「『もうか』は特性の一つで、発動した後は炎タイプの技の威力が上がった状態になるんだ。そしてその発動条件というのが、『もうか』の特性を持ったポケモンの体力が残り少なくなる事、つまりアサヤは攻撃力やすばやさを上げながら『みがわり』を使ったりわざとカルラに攻撃を受けさせる事で、『もうか』の発動条件を満たしたっていう事になる」

『な、なるほどな……』

「そしてカルラが持っている攻撃技は、どっちも炎タイプの技だから『もうか』の恩恵を受ける事が出来るし、『ニトロチャージ』は『つるぎのまい』の攻撃力アップの影響も受ける。言ってみれば、今の状況はアサヤ達にとってとても有利な状況になっているんだよ」

『……マジかよ』

ようやく状況を理解したウィンの顔が引き攣る中、カルラはゆらりと体を揺らしながらウィンをしっかりと見据え、いつでも攻撃に移れるような体勢を取った。そして「カルラ、『ニトロチャージ!』」という指示の声がバトルフィールド上に響き渡った瞬間、カルラは炎を纏いながら先ほどよりも速いスピードでウィンに向かって飛び上がった。

『さあ……格段にパワーアップした僕の攻撃を受けてもらうよ……!』

「くっ……ウィン、一旦避けて!」

『お、おう……!』

ユウヤの指示でウィンはどうにか『ニトロチャージ』を躱したが、『ニトロチャージ』の使用によりカルラのすばやさが更に上昇した事で、アサヤは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ははっ! 良いぞ、カルラ! 連続で『ニトロチャージ』だ!」

『うん!』

アサヤの指示でカルラは再び『ニトロチャージ』を使いながら更に速いスピードでそのまま飛び上がると、ユウヤが指示を出す前にウィンへ向かって勢い良く突進した。

『あぐっ……!』

「ウィン!」

カルラの『ニトロチャージ』の直撃でウィンは強く地面に叩きつけられ、その衝撃で発生した土埃の中にウィンの姿は消えた。そして土埃が晴れていくと同時に、ユウヤはウィンの波導を探査すると、とても弱々しいながらもまだ戦えるだけの元気がある事が分かり、ホッと胸を撫で下ろしながら声を掛けた。

「……ウィン、まだ行けそう?」

『……へっ、このくらいどうって事ねぇよ……。ちっと体がふらつく程度だから、まだまだ俺は大空へ羽ばたいていけるぜ……!』

「……うん、分かった」

残り少ない体力を振り絞りながら立ち上がるウィンの姿に元気づけられた後、ユウヤは息を切らしながら自分達を見つめるカルラへ視線を移し、ここからの戦いについて考えを巡らせた。『こうげき』と『すばやさ』の上昇と『もうか』の特性の発動、そしてウィンの体力の低下というユウヤ達にとって現在の状況は明らかに不利であり、いくら考えても打開策が浮かぶ様子は無かった。しかし、ユウヤはそんな状況でも一切諦めずにここまで一緒になって頑張ってくれていたウィンのために必死になって打開策を探した。そして、『ある技』の存在を思い出した瞬間、ユウヤは闘志の炎を燃やしながらウィンに指示を出した。

「……ウィン、今から良いって言うまでそこから動かないでね」

『動かないでって……お前、何を――』

「お願い。たぶん、この作戦が成功すれば僕達にもチャンスは巡ってくるから」

『……分かった。お前が無策で指示を出すわけが無いもんな。こうなったらとことん付き合ってやるよ!』

「うん、ありがとう」

ニカッと笑うウィンに対してユウヤが微笑み返していると、それを見ていたアサヤが余裕気な表情でユウヤに話し掛けた。

「何を思いついたか知らないけど、『こうげき』と『すばやさ』が上がった状態で『もうか』を発動してるカルラに勝つのは、流石に無理だと思うぜ? 見た所、ウィンには『まもる』みたいな防御技は無いみたいだし、『カウンター』のような反撃技はそもそも覚えないからな!」

「ふふっ、確かにそうだけど……僕はこの作戦とウィンの事を信じてるからね。最低でも一矢報いてみせるさ!」

「へえ……なら、その作戦とやらを見せてもらうぜ! カルラ、『ニトロチャージ』!」

『うん!』

カルラは大きな声で返事をすると、微動だにする事無く立ち続けるウィンへ向かって『ニトロチャージ』を使って再び突進した。そしてウィンとカルラの距離があと少しのところまで近付いた瞬間、ユウヤは「……今だ!」と大きな声を上げ、ウィンに指示を出した。

「ウィン! 『すなかけ』で壁を作って!」

『……おうよ!』

ウィンは待ち侘びた様子で返事をした後、足元の砂を強く蹴り上げ、指示をされた通りに一時的な砂の壁を作り上げた。そして、その砂の壁にアサヤは少し驚いたようだったが、それをあまり脅威には感じなかった様子でカルラに再び指示を出した。

「カルラ、そのまま壁を打ち破れ!」

『了解!』

指示通り、カルラは『ニトロチャージ』で砂の壁に向かって突っ込むと、そのまま勢い良く壁を突き破った。しかし――。

『……え? ウィンが……()()()!?』

壁の向こうにいるはずのウィンの姿が無かった事で、カルラの表情には焦りの色が浮かび、砂の壁が崩れた事で立ちこめた砂煙の中で必死にウィンの姿を探した。しかし、砂煙で視界が遮られている上、ウィンの影すら一向に見つからず、カルラの表情には徐々に恐怖の色が浮かび始めた。

『ど、どこ……!? 一体どこにいるの……!?』

「カルラ、落ちつけ! まずは一旦落ち着――」

その時、アサヤは()()から気配を感じ、ハッとしながら弾かれたように振り向くと、その様子にユウヤは一人ニヤリと笑い、ウィンに技の指示を出した。

「ウィン、これで決めるよ! 『ブレイブバード』!」

『おう!』

その返事と同時に、ウィンは潜んでいたアサヤの背後から勢い良く飛び出すと、低空飛行で飛びながら翼を折り畳み、砂煙を切り裂きながらカルラへ向かって突撃した。

『これでぇ……(しま)い、だぁーっ!』

『え――う、うわあぁっ……!!』

「カルラ!」

『ブレイブバード』がカルラに直撃すると、その衝撃でカルラは勢い良く吹き飛ばされ、バトルフィールド上をゴロゴロッと転がった後、傷付いた姿でその場に倒れ伏した。そしてウィンも息を荒くしながらバトルフィールド上に着地した後、辛そうな表情で地面に膝を付いた。

「カルラ! おい、カルラ!!」

「くっ……ウィン! しっかり!」

アサヤは余裕をすっかり無くした様子で、そしてユウヤは願いを込めて自分のポケモンに声を掛けると、カルラは痛みに耐えながらゆっくりと起き上がりだし、ウィンは目の奥で闘志の炎を燃やしながら起き上がろうとした。しかし――。

『ごめ……ん、アサヤ……』

『はは……ここまで、か……』

二匹はそのまま倒れ込み、瀕死状態となった。そしてレイは、二匹の様子を見てコクンと頷くと、両手を上げながら大きな声を上げた。

『ウィン、カルラ、共に戦闘不能! よって、このバトルは引き分けとする!』

その瞬間、アサヤはカルラの元へ、そしてユウヤ達はウィンの元へ駆け寄ると、ユウヤとアサヤはそれぞれのポケモンを心配そうに抱き上げながら声を掛けた。

「カルラ、大丈夫か……?」

『う、うん……大丈夫だよ』

「……ウィン、大丈夫……?」

『……ああ、俺も大丈夫だ』

双方のポケモン達が弱々しいながらもしっかりとした笑みを浮かべると、ユウヤ達は安心したように息をつき、ポケモン達を抱き抱えた状態でゆっくりと立ち上がった。

「はあ……まさか、引き分けになるなんてな……」

「あはは……まあ、こっちとしては負けなくて良かったってところだけどね。あの作戦が無かったら、間違いなく負けていただろうし」

「作戦――そうだよ、突然カルラが砂煙の中で焦りだしたと思ったら、後ろからウィンが『ブレイブバード』で飛んできて、そしてそのダメージが決め手になって、俺達は引き分けに持ち込まれたんだ……!」

先程の状況をアサヤが言葉にしながら振り返っていると、ユウヤはクスリと笑ってから静かに口を開いた。

「まあ、作戦とは言ったけど、実はそんなに大した事はしてないよ。僕達がやったのは、カルラの隙を作ってから一か八かの賭けに出たくらいだからね」

「一か八かの賭け……それがあの『ブレイブバード』だよな?」

「うん、そうだよ。まず、僕はわざとウィンにその場に立ち止まってもらい、アサヤ君達に警戒心を持たれないようにするのに加え、ウィンがカルラの攻撃をしっかりと見切れるようにした。そして、カルラが『ニトロチャージ』で向かってきた時、『すなかけ』の砂の壁を崩させる事で、ウィンを攻撃から守りながらカルラの視界を砂煙で広範囲に渡って遮り、カルラがウィンを見失っている間にウィンにアサヤ君の背後に回ってもらった」

「背後に回ってもらったって……砂煙の中ならさっきみたいにカルラとウィンの条件は同じのはずだろ?」

「ううん、ちょっと違うよ。ウィン達ポッポは、本来は戦いを好まない温厚な気質で、敵に襲われた時には羽ばたいて砂煙を起こす事で身を守っている。そしてポッポ達の方向感覚は、どんなに遠くからでも帰ってこられる程に優れているし、カルラに声を掛けるためにアサヤ君も大声を出していた。だから、ウィンには壁を作ってもらった直後にさっき言った事を利用しながらアサヤ君がいる方向へこっそり動いてもらったんだ。因みに『かぜおこし』じゃなく『すなかけ』で壁を作ったのは、アサヤ君に怪しまれる恐れを無くすため。『転生者』のアサヤ君ならポッポの図鑑の説明文を知ってる可能性があったからね」

「……ははっ、なるほどな。そして俺がウィンの気配に気付いた瞬間に『ブレイブバード』の指示を出し、俺が回避の指示を出す前に見事攻撃を命中させた、と……。だが、『ブレイブバード』の反動ダメージでカルラと相討ちになった事で、こうして勝負が引き分けになった。そうだろ?」

「うん。まあ……何かの役に立つかと思って『ブレイブバード』を覚えておいてもらった事を思い出したから勝てたわけで、それが無かったら確実に負けていたけどね。この作戦には、『気付かれない事』と『確実に当てる事』が必須だったから」

「ははっ、確かにな。はあ……でも、まさかバトルにポケモンの生態の知識を持ち込んでくるなんて流石に思ってもみなかったよ。やっぱり『前世』でやってたバトルとこっちのバトルは色々勝手や考え方が違うなぁ……」

アサヤは帽子越しに頭をポリポリと掻きながら 小さく溜息をついていたが、すぐに楽しそうな笑みを浮かべると、ユウヤへスッと右手を差し出した。

「けど、それを改めて知る事が出来たのは収穫だったし、スゴく楽しいバトルをする事が出来た。だから、本当にありがとうな」

「アサヤ君……うん、こちらこそ良いバトルをありがとう」

ユウヤとアサヤが固く握手を交わし、お互いの健闘を称え合うように笑い合っていたその時、「……あ、いたー!」という大きな声が辺りに響き渡り、その突然の事にユウヤ達はビクッと体を震わせた。そして揃って声の方へ体を向けると、遠くの方からこちらに向かって走ってくるミナトとポッチャマのミナモの姿があり、その後ろからは二匹のジヘッドを連れた一人の黒のコート姿の男性が少し呆れた様子で歩いてきていた。そして、ミナト達がユウヤ達の目の前まで来ると、ユウヤは驚いた様子でミナトに話し掛けた。

「ミナトちゃん……どうしてここに?」

「どうしてって……そんなの決まってるでしょ? ユウヤ君のお母さんから聞いたんだよ」

「あ、なるほど……それじゃあリュウガさん達はどうしてここに?」

ユウヤが小首を傾げながら訊くと、リュウガは呆れた表情のままで静かに理由を話し始めた。

「……コイツらの散歩の帰り、ここに向かって走っていくミナト達を見掛けてな。んで、理由を聞いたらお前達が朝飯を食わずにバトルをしに行ったらしいって言うから、ミナト達と一緒に迎えに来たんだよ。いくらバトルが好きだとは言え、飯を食わずにやるのは流石に無茶が過ぎるからな」

「そうだったんですね……わざわざすいません、リュウガさん。それに、ミナトちゃんとミナモも来てくれてありがとうね」

「ううん、これくらい気にしないで。これは私達が好きでやった事だから。ところで……バトルはどっちが勝ったの?」

「それは――」

ユウヤが先程のバトルについて話そうとした時、リュウガは軽く溜息をつきながらそれを手で制止した。

「……それを話すのは、帰りながらにしようぜ。ソイツらの回復だってしねぇといけねぇし、バトルで頑張った分お前達も腹も減ってるだろうからな」

「……言われてみれば」

「確かにそうだな……」

「だろ? という事で、まずは戻る事にしようぜ?」

『はい!』

リュウガの言葉にユウヤ達は揃って返事をした後、並んで歩きながら先程のバトルの事について話を始め、時には笑ったり時には驚いたりしながら楽しげに話を続けていった。

 

 

 

 

同時刻、『ツキクサのもり』の中を小さな紫色のポケモンを連れた薄紫色の髪の少女が少し不安げな様子で歩いていた。

「うぅ……何とか『ヤマト地方』まで着いたけど、目的地まではこっちで合ってるのかなぁ……」

『ベベ! ベベベ!』

「ルベリ……うん、そうだよね。お姉ちゃんを見つけるために頑張るって決めたもんね。さっきは悪戯っ子なポケモンに悪戯されたり、体の大きなポケモンの尻尾を踏んで追い掛けられたりしたけど、こんなところでへこたれてはいられないし、頑張って『ツキクサタウン』を目指そう!」

『ベベベー!』

ルベリと呼ばれたポケモンの楽しげな声に少女はクスリと笑った後、目的地である『ツキクサタウン』へ向けて再び歩き始めた。




第2話、いかがでしたでしょうか。そろそろ冒険に出ろよ、というツッコミをされそうですが、話の流れ上、次回まではまだ『ツキクサタウン』での話になるかもしれません。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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第3話 南国少女と無邪気な毒竜との出会い

どうも、一番好きなUBはカミツルギの片倉政実です。今回は前回の最後に出てきたとあるキャラ達などとの出会いの回で、序章に話の中だけ出てきた『臆病なポケモン』も登場しています。なので、そのポケモンがどのポケモンなのか予想しながら読んで頂けると、また違った楽しみ方が出来ると思います。
それでは、早速第3話を始めていきます。


 リュウガ達とそれぞれの家の前で別れた後、ユウヤはウィンを肩に乗せたままレイ達を伴って家へ向かってのんびりと歩いていた。

「ん……さっきも思ったけど、やっぱり今日は本当に良い天気だね」

  『うん、だね。こんなに良い天気の日には、皆で一緒に日向ぼっこをしたいところだけど、あのアサヤの様子だとちょっと無理そうだね』

『そうだな。まあ、アサヤ達と一緒にいるのは嫌いでは無いし、それならそれでも良いけどな』

『へへっ、違ぇねぇや。にしても……本当に良いのか? 俺がお前達の家で朝飯をご馳走になっちまって……』

「うん、もちろんだよ。バトルのダメージ自体は、リュウガさんに何とかしてもらったけど、バトルで頑張ってもらった分、お腹は空いているだろうし、お礼もしたかったからね」

『……そうか』

 微笑むユウヤに対して笑みを返した後、ウィンは体を軽く上に気持ち良さそうに伸ばし、ユウヤ達の事を見ながら再び笑みを浮かべた。

『んじゃあ、せっかくだしその申し出を受けるとするかな。群れの仲間達には悪ぃが、後でその分――いや、それ以上に働く事でどうにか良い事にしてもらえば良いしな』

『本当にそれで良いって言ってもらえれば良いけどね……前に群れのポッポ達から聞いたんだけど、副リーダーのあの子って怒ると結構怖いんでしょ?』

『んー……俺はそう思わないけど、確かに怖いって思う奴はいるだろうな。けどな、アイツは根は本当に良い奴なんだぜ? 困ってる奴の相談にはきちんと乗るし、仲間に対して変に強く当たる事もねぇ。だから、俺はいつも安心して群れの仲間達の事をアイツに任せられるんだ』

「……ふふ、ウィンはあの副リーダーの事を本当に信頼してるんだね」

『おうよ! 俺が求めてるのは、ただ真面目な奴とか自分の妙な拘りに囚われて他の奴を否定するような奴とかじゃなく、仲間をしっかりと想いながらきちんと纏め上げられる奴だからな。そう意味では、アイツにはリーダーとしての素質があると思ってるぜ』

『リーダーとしての素質、か……』

『まあ、俺にそれがあったから前リーダーから次のリーダーとして認められたかは分からねぇ。昔の俺は、結構やんちゃな事ばかりしてきたからな。けど、俺にとってのリーダーってのは、仲間達を従えるだけの存在じゃなく、仲間をしっかりと次の未来へと導ける、そんな存在だからな』

「仲間をしっかりと次の未来へと導ける……か。うん、確かにそういう人になら僕もリーダーになって欲しいかもしれない」

『へへっ、だろ? だから、俺は今でもそういうリーダーを目指しているんだ。確かに今も群れの仲間達からは信頼されてると思ってるし、多少は拙いところはあれどリーダーとしての責務は果たしてると思ってる。けど、俺が目指すリーダー像にはまだまだ程遠い。言ってみれば、ポケモンとしてもリーダーとしてもまだまだ俺は()()()なんだよ』

「……そっか。それじゃあお互いに頑張っていかないといけないね。そういう言い方をすれば、僕も人間としてもポケモントレーナーとしてもまだまだ進化前だから。だから、目指すはメガシンカ……なんてね」

『メガシンカか……ははっ! 良いな、それ! どうせ目指すんならそれくれぇでっけぇ物の方が良いからな!』

「うん、そうだね。今回は何とかアサヤ君達と引き分ける事が出来たけど、今度もそこまで持ち込めるかは分からないし、旅に出る以上はもっと強いトレーナーとの出会いだって待ってる。だから、それくらいの心積もりでいないとチャンピオンなんてとてもじゃないけど目指せないからね」

『……だな』

 ユウヤがニコリと笑うのに対し、ウィンが少しだけ寂しげに微笑んでいた時、『……ん、誰か家の前にいるな……』とレイが不審そうな声を上げ、ユウヤ達は会話を一度打ち切ってレイの視線の先に注目した。するとそこには、レイの言葉通り家のドアの前に宙に浮く何かを連れ、小さな装飾品が付いたリュックサックを背負った誰かが立っていたが、その人物はドアをノックするでも無く少し俯きながら立っているだけだったため、ユウヤはその人物の様子に小首を傾げた。

「誰だろう……見た所、僕やミナトちゃんと同い年くらいみたいだけど……」

『だな……今まで見た事無い奴だし、もしかしたらアサヤみたいにこの町に引っ越してきた奴じゃねぇのか?』

「うーん……でもそうだとしたら、誰か保護者が傍にいるんじゃないかな?」

 ウィンの言葉にユウヤが疑問の声を上げる中、レイは目を閉じながら『房』と呼ばれる器官を使って周囲の波導を探った。そしてそれを終えると、首を静かに横に振りながらユウヤに話し掛けた。

『……やはり、見慣れぬ人間の波導の気配は無いようだ。つまり、あの子がこの町に引っ越してきた誰かという可能性は低いだろうな』

「そっか……」

『どうする? とりあえず話を聞いてみた方が良いと思うけど……』

「……そうだね。あの子が誰であれ、もし困っているなら放っておけないしね」

『……分かった。だが、油断はするなよ』

「うん」

 レイの言葉にコクンと頷きながら答えた後、ユウヤはその人物達の波導の様子に注意を向けながらゆっくりと近付いた。そしてすぐ近くまで来た時、出来るだけ驚かせないようにしながら声を掛けた。

「あ、あの……」

「……え?」

 不思議そうに振り向いた瞬間、その人物――水色のワンピース姿の薄紫色の髪の少女の波導に怯えを表す色が浮かび、少女はギュッと握った両手を顔の近くまで引き上げながら今にも叫び出しそうな表情を浮かべた。

「だ、誰……!?」

「あ……えっと、ここの家の住人なんだけど……僕の家に何か用事だったのかな?」

「ここの……家の人……。そ、それじゃあ……シロツメ博士の甥っ子さんっていうのが、貴方……なの?」

「そうだけど……シロツメ伯母さんに一体何の――」

 ユウヤが質問を投げかけたその時、家のドアがゆっくりと開くと同時に、中からとても嬉しそうな女性の声が聞こえた。

「……ふふっ、もう着いていたのね、『カルミアさん』」

「……あ、お久しぶりです、シロツメ博士。ククイ博士の研究所で画面越しにお話をして以来……ですよね?」

「ええ、そうね。途中で『ツキクサのもり』のポケモン達に襲われたりトレーナーにバトルを申し込まれたりしなかった?」

「えっと……他のトレーナーさんには会いませんでしたけど、ポケモンに悪戯されたり追い掛けられたりはしました……」

「あはは、やっぱりそうだったのね。あの森には、色々なポケモンが棲んでいるから、もしかしたらと思っていたのよ。でも、こうして無事に会えて良かったわ」

「はい……私達もです」

 シロツメ博士とカルミアの間で会話が交わされる中、ユウヤは何が何だか分からない様子でシロツメ博士に話し掛けた。

「シロツメ伯母さん……この子は?」

「ああ、ユウヤ君達は初めましてだったわね。この子はカルミアさん、『アローラ地方』から来た貴方やミナトちゃんと同じ新人トレーナーよ。そして、隣にいるのはベベノムという『UB(ウルトラビースト)』と呼ばれる特殊なポケモンの一種で、カルミアさんのパートナーよ。因みに、ニックネームはルベリね」

「『アローラ地方』……確かポケモンジムは無いけど、ジムリーダーに相当する実力のトレーナーであるキャプテンがいて、この土地特有の姿の『リージョンフォーム』のポケモンが棲んでいるところですよね?」

「うん、その通り。流石はユウヤ君ね。それで、カルミアさんとは博士仲間のククイ君経由で知り合ったんだけど、カルミアさんがこの地方に来たのにはある理由があるのよ」

「ある理由……?」

「ええ。でも、それを説明する前に……まずはご飯にしましょうか。ユウヤ君達はもちろんだけど、カルミアさんも朝はまだ何も食べてないんじゃない?」

「え、えっと……はい。早くここに着きたかったので、一つ前の街はそのまま素通りしてきましたから……」

「そうでしょうね。という事で、まずは朝ご飯にしましょう。今からでも量の都合はつくはずだし、この話は出来るならミナトちゃんとアサヤ君にも聞いてもらいたいからね」

「「分かりました」」

『……まあ、そういう事なら』

『うん、仕方無さそうだよね』

『……やれやれ、今日は朝っぱらから盛り沢山な一日みてぇだな』

『わーい! みんなでご飯だー!』

 ルベリとシロツメ博士を除いて各々思うところはあったものの、シロツメ博士の言う事は尤もだったため、ユウヤ達は大人しくそれに従い、揃って家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 朝食後、ミナトとアサヤに研究所に来てくれるよう電話で連絡をした後、ユウヤは受話器を置きながら小さく溜息をつき、先程の朝食時の事を思い出した。カルミアの事をユウヤの両親に紹介し終えた後、ユウヤ達は朝食を食べ始めたが、その間シロツメ博士はカルミア達の事情については何も話さず、『アローラ地方』の事などを話したり、カルミア達の旅の様子について訊いたりしていたため、ユウヤ達はカルミア達の事情について訊こうと思っても中々訊けずにいたのだった。

「カルミアちゃん達がこの地方に来た理由って一体何なんだろうね?」

『さてな……だが、シロツメ博士は研究所に行ったら話すと言っていた。それなら、研究所に行くまで気にしないでいた方が良いんじゃないのか?』

『そうだけど……やっぱり気になるものは気になるというか……』

『まあな……さっき、ユウヤが話し掛けた時の怯えようからするにあまり気は強くないみたいだし、よほどの事情があるんだろうな……』

「うん、そうだね……」

 カルミア達の事情についてユウヤ達が話をしていたその時、レイの『房』がピクリと動き、レイとユウヤはハッとしながら背後へ視線を向けた。するとそこには、楽しそうに笑みを浮かべるルベリの姿があった。

「君は……ルベリ、だっけ?」

『うん、そう! シロツメ博士がそろそろ出発するから呼んできてって言ってたよ!』

「……うん、分かった。ありがとうね、ルベリ」

『どういたしまして!』

 とても嬉しそうに答えるルベリの姿にユウヤも笑みを浮かべていた時、肩に留まっていたウィンが少し不思議そうに独り言ちた。

『それにしても……ルベリの言葉は俺達ポケモンですら結構難しいのに、ユウヤには普通に解っちまうなんてやっぱり不思議だよな……』

「そうだね……昔からこの能力に頼ってきたけど、まだまだ謎が多いなぁ……」

『でも、ボク的には大助かりだよ? ユウヤ君のおかげでカルミアちゃん達にボクの気持ちをしっかりと伝えられるわけだしね』

『そうだな……俺とユウヤなら言葉が分からなくとも波導で大体の気持ちを感じる事は出来るが、ルベリにはそれが出来なかったからな』

『そういう事。……さてと、それじゃあそろそろ行こっか。このままみんなとお話ししたいところだけど、シロツメ博士達を待たせちゃダメだもんね』

「それもそうだね。よし……それじゃあ行こうか、皆」

『ああ』

『うん!』

『おう!』

『おー!』

 ポケモン達の返事に頷きながら答えた後、ユウヤは彼らを連れてシロツメ博士達が待つ居間へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 シロツメ博士達と一緒に家を出た後、一度群れの仲間達の元に戻ると言うウィンと別れ、ユウヤ達は話をしながら研究所へむかってあるきつづけた。そしてそれから約十数分後、シロツメ博士の研究所が見えてくると、入り口の前には既にミナト達の姿があり、ユウヤは嬉しそうな笑みを浮かべながら走っていった。

「ミナトちゃん、アサヤ君、お待たせ!」

「……あ、ユウヤ君!」

「よっ、さっきぶ――」

 片手を上げながらユウヤに答えていたアサヤの声が途切れたかと思うと、アサヤの視線はユウヤの後方にいるカルミアの傍で浮かぶルベリへと注がれ、表情は嬉しさと驚きが入り混じった物へと変わっていった。

「ベ、ベベノム!? ほ、本物……!?」

「う、うん……」

「凄え……まさか『UB』に会えるなんて……! ユウヤ、何でさっきの電話の時に教えてくれなかったんだよ……!?」

「えっと……カルミアちゃんの件はともかく、ルベリの事はあまり特筆して言う事でも無いかなと思って……」

「いやいや、『UB』なんて本当なら滅多に見られる物じゃ無いからな!? 『ウルトラホール』の先に行ったり、迷い込んだりしてくるのを待ったりするくらいしか方法は無いんだからさ!」

「つまり……アサヤ君的にはスゴい事なんだね……?」

「そうだよ! 本当にスゴい事なんだよ!」

 アサヤが大きく頷きながら目をキラキラとさせ、そのアサヤのテンションにユウヤはミナトと顔を見合わせながら共に苦笑いを浮かべていたが、シロツメ博士達がすぐ近くまで来た事を感じ取ると、クルリと振り返った。そしてシロツメ博士は、ユウヤ達の目の前でピタリと足を止めると、カルミア達を前に出しながらミナト達に微笑みかけた。

「こんにちは、ミナトちゃん、アサヤ君。突然連絡をしたのに、よく来てくれたわね」

「いえ、シロツメ博士には色々とお世話になってるので、このくらい当然です」

「そうですよ、シロツメ博士。それで……その子が電話でユウヤが言っていたアローラから来た子ですよね?」

「そうよ。カルミアさんは貴方達と同い年だし、同じ新人トレーナーでもあるから、仲良くしてあげてね」

「「はい」」

 ミナトとアサヤは同時に返事をすると、少し不安げに自分達を見つめるカルミアにニコリと笑いかけた。

「初めまして、カルミアちゃん。私はミナト、ユウヤ君の幼馴染みで同じ新人トレーナーだよ。よろしくね」

「それで、俺はアサヤ。出身はカントーだけど、父さんの仕事の都合でこの地方に引っ越してきたんだ。よろしくな!」

「は、初めまして……カルミアです。出身は()()アローラで、皆さんと同じ新人トレーナーです。よ、よろしくお願いします……!」

「うん、よろしくね。ところで……さっき、出身は一応アローラって言ってたけど、それって……?」

「え、えっと……それは……」

 カルミアが答えづらそうにしながらシロツメ博士の顔をチラリと見ると、シロツメ博士はコクンと頷きながら真剣な表情で話を始めた。

「実は……こうして集まってもらった理由というのが、それにも関係する事なのよ」

「カルミアちゃんの出身に関係する事……ですか?」

「ええ……この中で『Fall』という言葉に聞き覚えある人はいるかしら?」

「『Fall』……『ウルトラホール』を通った事がある人物を指す言葉ですけど……え、まさかカルミアがそうだって事ですか!?」

「その通りよ、アサヤ君。彼女は『ウルトラホール』を通ってこの世界に迷い込んだ『Fall』……もっとも彼女にはどんな世界に元々住んでいたかという記憶は無いみたいだけどね」

「記憶が……無い?」

 ユウヤが疑問の声を上げていると、アサヤは腕を組みながら納得顔でその疑問に答えた。

「『Fall』にも実は種類があってさ、自分から何らかの方法を用いて『ウルトラホール』を通ってなった場合と迷い込んだり巻き込まれたりしてなった場合があって、カルミアの場合は後者なんだ。そして『Fall』には、『ある特性』が存在する」

「ある特性……?」

「ああ、それがベベノムのように『UB』と呼ばれる特殊なポケモンを引き寄せるという特性で、このルベリは友好的みたいだけど、基本的に引き寄せられた『UB』は攻撃的になるらしい。それで引き寄せられる理由としては、こっち側に渡ってきた『UB』が『Fall』を『ウルトラホール』だと思い込んでしまう帰巣本能による物だったはず。まあ、『ウルトラホール』を通る手段なんて本当に限られてるし、今のところ『アローラ地方』ぐらいでしか観測もされてないけどな」

 アサヤが説明を終えると、カルミアはアサヤを見ながら驚愕の表情を浮かべ、シロツメ博士はニコリと笑いながらパチパチと拍手をした。

「流石はアサヤ君ね。それで、そんなカルミアさんには今のところ唯一の肉親である同じく『Fall』のお姉さんがいるんだけど、そのお姉さんが少し前に行方不明になったのよ」

「行方不明……でも、ここにカルミアちゃんが来たという事は、そのお姉さんがこの『ヤマト地方』で見つかったという事ですよね?」

「ええ、そうよ。目撃者の証言では、同い年くらいの男の子達と一緒にいたようなんだけど、目撃されたのも結構前のようだから直接そこに行ったところで今更見つかるとは思えない。そこで、さっきアサヤ君が説明をしてくれた『UB』と『Fall』の関係性を利用しながら旅をする事で、お姉さんを捜そうという事になったのよ。幸いにもこのルベリなら『Fall』にも攻撃的にはならないようだし、たとえ見つけてもお姉さんに襲い掛かる恐れは無いからね」

「お姉さんを捜すためにこの『ヤマト地方』に……」

「うん……ククイ博士やリーリエさんみたいにこっちに来てから出来た家族みたいな人達はいるけど、血の繋がりがある家族はアザレアお姉ちゃんだけだから……」

「なるほどな……確かに家族が突然いなくなったら、スゴく心配になるよな。それも唯一の肉親となれば、尚更そうだろうし……」

「そうだよね……」

 事情を知ったミナトとアサヤ、そしてレイとフランが俯きながら暗い表情を浮かべる中、ユウヤだけは真剣な表情を浮かべながらシロツメ博士に話し掛けた。

「シロツメ伯母さん、ミナトちゃん達にも聞いてもらいたいって言ってたのは、僕達が旅に出た時にそのアザレアさんを見つける可能性があるからですよね?」

「ええ。一応、カルミアさん達の知り合いの国際警察の人もアザレアさんを捜してくれてるけど、誰かを見つけるなら捜してくれる人が多い方が良いからね。それにユウヤ君には波導が、ミナトちゃんには色々な人と仲良くなれるだけの力が、そしてアサヤ君にはポケモンなどについての知識がある。だから、君達を頼る事にしたのよ」

「なるほど……」

「君達が旅に出たい理由はもちろん分かってるし、この件について強制をするつもりも無いわ。けど、君達さえ良ければアザレアさんを捜すために協力をしてあげて欲しいのよ」

「シロツメ伯母さん……」

 シロツメ博士とカルミアが見つめてくる中、ユウヤがミナト達と顔を見合わせると、ミナトとアサヤは答えは決まっているといった様子でコクンと頷き、ユウヤはそれに対して微笑みながら頷き返した。そしてシロツメ博士達の方へ向き直ると、ニコリと笑いながら静かに口を開いた。

「もちろん、僕達も協力させてもらいますよ、シロツメ伯母さん。困っている人や哀しんでいる人は放っておけないですから」

「……ありがとう、皆。旅をしながらの人捜しは大変だと思うけど、よろしくお願いね」

「はい、任せて下さい、シロツメ博士!」

「ドーンとサントアンヌ号――いや、サントアンヌ号はちょっとマズいから……シーギャロップに乗ったつもりで気持ちで待っていて下さいよ」

「……ふふっ。ええ、そうさせてもらうわね」

 ミナト達の言葉にシロツメ博士が安心した様子で微笑むと、カルミアは嬉し涙を浮かべながら「ありがとうございます……!」とユウヤ達に深く頭を下げた。すると、ミナトは一歩前に踏み出してからカルミアの手を取り、ハッとしながら顔を上げるカルミアに対して微笑みながら首を横に振った。

「困っている時はお互い様だよ、カルミアちゃん。誰かが困っていて自分が何か手伝えるなら協力をする。これはトレーナーじゃなくても当然の事だからね」

「ミナトさん……」

「あ、それと……ユウヤ君と話す時と同じく私にも丁寧語は使わなくて良いよ。同い年の子からそういう話し方をされると、なんかちょっとこそばゆいしね。アサヤ君もそれで良いでしょ?」

「ああ、もちろんだぜ!」

「二人とも……うん、分かった。それじゃあ改めてよろしくね、ミナトちゃん、アサヤ君」

「うん、よろしくね、カルミアちゃん」

「よろしくな、カルミア!」

 ミナトとアサヤがカルミアと握手を交わす中、シロツメ博士はその様子を微笑ましそうに見ていたが、やがて何かを思い出したように両手を軽く打ち鳴らした。

「そうだ……ミナトちゃん達にも来てもらった理由がもう一つあったんだったわ」

「もう一つの理由……ですか?」

「ええ。という事で、皆ちょっと中まで一緒に来てもらっても良いかしら?」

『はい』

『はーい』

 揃って返事をした後、ユウヤ達はシロツメ博士の後に続いて研究所の中へと入っていった。そして忙しそうに研究を行っている研究員達と軽く挨拶を交わしながら歩き続け、シロツメ博士の研究室へと入った。すると、まず目に入ってきたのは室内に置かれた長机であり、その上にはユウヤが持っているようなポケモン図鑑とタウンマップ、そして小さなカードのような物などが置かれていた。

「これって……」

「ええ、この前から頼んでおいたミナトちゃんとアサヤ君用のポケモン図鑑と皆分のタウンマップにポケギア、それとユウヤ君達三人分のトレーナーカードよ。ユウヤ君達が旅に出たいと思って、少しずつ準備をしていたのはもちろん知っていたから、予め準備をしておいたのよ」

「シロツメ博士……本当にありがとうございます!」

「どういたしまして。さてと……それじゃあそれぞれ相談しながら自分の分を取っていってくれるかしら?」

『はい!』

 ユウヤ達は目を輝かせながら返事をすると、机の前に移動して相談を始めた。そして約数分後、相談を終えたユウヤ達はそれぞれの物と決まった物達を手に取った。

「それじゃあ、僕はこの青のポケギアだね」

「それで、私はこのピンク色のポケモン図鑑とポケギアで」

「俺は赤色のポケモン図鑑とポケギア」

「そして私は、この紫色のポケギアだね」

 ユウヤ達が手に取ったそれぞれの図鑑やポケギア、タウンマップを嬉しそうに眺める中、シロツメ博士はそんなユウヤ達の様子を見ながらクスリと笑った。

「うんうん……皆、よく似合ってるわ。これで明日からでも旅に出る事は出来そうね」

「ですね。ところで……ポケッチとかポケナビとかじゃなく、ポケギアにしたのは何か理由があるんですか?」

「ええ。ポケギアならたとえタウンマップが無くなってもマップカードを差せばマップが見られるし、ジョウトのようにこっちにもラジオ局があるからラジオも聴ける。それに、電話をする事でお互いに連絡も取り合えるからね。もちろん、そのためのカードは既に差してあるから、今すぐにでも使う事が出来るわ」

「何から何まで本当にありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして。それで、皆はいつから旅に出るのかしら?」

「そうですね……一応準備は進めていましたけど、明日だとちょっと早い気がするので、明後日にしようかと思います」

「私もそうしようかな……アサヤ君はどうする?」

「俺もそうするよ。お前達と一緒に旅立ちたいのもあるけど、やっぱり旅に出る前にこの町をもう一度じっくりと見ておきたいからさ」

「そう。そして……カルミアさんはどうする?」

「私……ですか?」

「ええ。お姉さんを早く見つけたいから今日出発したいというなら止めはしないけど、もしカルミアさんさえ良ければ、ユウヤ君達が旅立つのに合わせて出発したらどうかなと思うんだけど……どうかしら?」

「ユウヤ君達と一緒に……」

「お姉さんを捜すために旅をする以上、他のトレーナーとのポケモンバトルは避けられないし、旅先で様々な人と交流する時だってあるわ。でも、さっきまでの様子を見る限り、カルミアさんはあまり他の人達と話す事が得意では無いでしょ?」

「それは……そうですね……」

「だから、旅立ちの日をユウヤ君達と一緒にする事で、それまでの間にユウヤ君達とポケモンバトルの特訓も出来るし、同い年の子との交流の機会を持つ事も出来るから、誰かと話すという事の練習も出来るわ」

「な、なるほど……」

「まあ、どうするかはカルミアさんに任せるけど、カルミアさんはどうしたい?」

 シロツメ博士が微笑みながら問い掛けると、カルミアは「えっと……」と少し迷った様子を見せながらルベリの方へチラリと視線を向けた。すると、ルベリはカルミアの目をジッと見つめ返し、ニコリと笑いながら大きく頷き、その様子にカルミアは「……うん、そうだよね」と微笑みながら頷き返した後、シロツメ博士の方へ視線を戻した。

「それじゃあせっかくなのでお言葉に甘えさせてもらいますね。早くお姉ちゃんを見つけたいという気持ちはもちろんありますけど、あまり焦ってしまっても仕方ないですし、自分が成長出来るかもしれないチャンスを逃してしまうのは、やっぱり勿体ないですから」

「ふふ、そうかもしれないわね。さて、と……それじゃあ滞在中は研究所の居住スペースを――」

 その時、ミナトが「あ、それなら――」と何かを思いついた様子で手を上げると、全員の視線がミナトへと集中した。そしてミナトは、全員の視線を浴びながらもう一度カルミアの手を取ると、カルミアへ向かってニコリと笑った。

「ここにいる間は、私の家に泊まったらどうかな?」

「ミナトちゃんのお家に……?」

「うん! まあ、お母さん達には話をしないといけないけどね。でも、カルミアちゃんさえ良ければそうしたいと思うんだけど、どうかな?」

「う、うん……私はもちろん良いんだけど、本当に良いの……?」

「うん! 私、もっとカルミアちゃんとお話がしたいんだ。『アローラ地方』の事とかそのお姉さんの事とか他にも色々と!」

「ミナトちゃん……うん、私もミナトちゃんとお話ししたいな」

「よし、それじゃあ決定だね!」

「うん!」

 ミナトとカルミアが仲良く笑い合う中、それを見ていたアサヤが少し驚いた様子でポツリと呟いた。

「何というか……ミナトって本当にすぐ誰かと仲良くなるよな……」

「うん、それがミナトちゃんの特技みたいな物だから。踏み込みすぎない程度に話をしながら少しずつ相手との距離を詰めて行く、それがミナトちゃんのやり方なんだよ」

「ははっ、なるほどな。でも、誰かとすぐに仲良くなれるのは、お前も一緒だろ? 人ともポケモンともさ」

「……ふふっ。うん、そうかもね」

 そして、ユウヤとアサヤも顔を見合わせながら笑っていたその時、こちらに向かってくる二つの波導を感じ、ユウヤはハッとしながら研究室のドアの方へ視線を向けた。すると、ドアがゆっくりと開いていき、ドアが完全に開ききった瞬間にとても嬉しそうな声が研究室に響き渡った。

『わぁ……! ユウヤ、本当に来てたんだね!』

「うん、ちょっと用事でね。ホムラこそよく僕が来てるって分かったね」

『うん! さっき、研究所の人達が話してるのを聞いて、『ミカゲ』と一緒に急いでここまで来たんだ!』

 ホムラと呼ばれた炎が灯った尻尾を持つオレンジ色のトカゲ型のポケモン――ヒトカゲは嬉しそうな様子で答えると、入口の陰から首回りを白い泡のような物で覆った『薄い水色』のカエル型のポケモンであるケロマツのミカゲがゆっくりと姿を現した。

『……騒がしくしてしまい、誠に申し訳ありません、皆様。ユウヤ殿がいらっしゃったと聞いた途端、脇目も振らずに走っていってしまったもので、止める暇すらありませんでした……』

「ううん、それは別に良いよ。賑やかなのは嫌いじゃないし、わざわざ会いに来てくれたのはとても嬉しいからね」

「そうそう。それに、お前達と一緒にいるのはとても楽しいしな」

『ああ、そうだな』

『ホムラもミカゲも手持ちでは無いけど、私達の大切な仲間だしね』

『皆様……ありがとうございます』

 ユウヤ達の言葉でミカゲの表情は和らぎ、緊張と不安の色に染まっていた波導も徐々に安らぎと喜びの色へと変わっていった。ホムラとミカゲの二体は、ユウヤがリュウガとバトルを行った日に研究所へと送られてきた他地方の初心者用ポケモンなのだが、ミカゲは見慣れぬ人間の姿ヘの警戒心から、そしてホムラは臆病な性格から中々研究所のポケモン達や研究者達に近付こうとしなかった。しかし、ユウヤの能力やレイ達との交流を通じて徐々に心が開いていき、今ではポケモン達や研究者達とも普通に接するようになったのだった。

 そして、ミカゲはホムラと共に嬉しそうな様子でユウヤの事を見ていたが、やがて不思議そうな視線を向けてくるカルミアとルベリの存在に気付くと、同じく不思議そうな様子でユウヤに話し掛けた。

『ユウヤ殿、こちらの方々は?』

「カルミアちゃんとパートナーのルベリだよ。行方不明になっているお姉さんを捜すために、別の地方から来たんだ」

『なるほど……そうでしたか』

 ミカゲはユウヤの言葉に静かに頷くと、ホムラと共にカルミア達の方へ体を向け、恭しく一礼をした。

『初めまして、カルミア殿、ルベリ殿。拙者はケロマツのミカゲ、この研究所にてお世話になっているポケモンの一匹です』

『初めまして。私はホムラ、ミカゲと同じくこの研究所でお世話になっているポケモンの一匹だよ、よろしくね』

「うん、よろしくね」

『よろしくねー!』

 ホムラ達がカルミア達に自己紹介をする様子をユウヤは少しだけ不安そうに見ていたが、初対面であるカルミアとルベリに対してホムラの波導や目に怯えの色が無かった事で、ユウヤは心から安心した様子でふうと息をついた。

「……ホムラがカルミアちゃん達とも仲良くなれそうみたいで本当に良かった……」

「ふふっ、そうだね」

「滞在中は何回か研究所に来る事になるだろうし、早めに仲良くなれるならそれに越した事は無いもんな」

「うん、そうだね」

 ユウヤはミナトとアサヤの言葉に頷きながら答え、早速楽しそうに話し始めるポケモン達の姿にクスリと笑った。

 

 

 

 

 数時間後の昼頃、研究所で仕事をするために残ったシロツメ博士や一度それぞれの家へと戻っていったアサヤ達と別れ、ユウヤ達は話をしながら家への道を歩いていた。

「……さてと、今日の午後はどんな特訓をしようかな?」

『そうだな……せっかくカルミアもいる事だし、誰かとタッグを組んでのバトルというのはどうだ?』

『あ、それ面白そうだね!』

「うん、僕も面白そうだと思う。旅先でそういうバトルをする事もあるだろうし、一度はやってみるのも良いかもしれないね」

 レイの提案にユウヤはニコッと笑いながら頷き、どんなタッグでバトルをしてみたいかについて考え始めた。そして家のすぐ近くまで来たその時、『皆さん、少しよろしいですか?』という声が近くから聞こえ、ユウヤ達は少し不思議そうにしながらそちらに視線を向けた。すると、視線の先には一本の樹が植えられており、その枝に留まっているポッポの姿にユウヤは少し驚いた様子で声を掛けた。

「シエル、ウインじゃなく副リーダーの君が群れから離れてるなんて珍しいけど、どうかしたの?」

『はい、皆さんに伝えたい事がありましたので』

『伝えたい事……?』

『はい。ですがその前に……皆さん、先程明後日にこの町を旅立つという話を聞きましたが、それは本当ですか?』

「うん、そのつもりだよ」

『元々、いつかは旅に出る予定だったからな』

『そうですか……でしたら、明日まではこの町に確実にいらっしゃいますよね?』

「うん、そうだけど……」

『では……明朝、町外れのバトルフィールドまでおいで頂けますか?』

「町外れのバトルフィールド……ああ、今朝ウインにアサヤ君とのバトルで頑張ってもらった場所だね? うん、分かった」

『ありがとうございます。では、私はこれで』

 そしてシエルが飛び去った後、ユウヤがそれを見送る中、フランは不思議そうに小首を傾げた。

『それにしても……明日の朝にあの場所に来て欲しいなんて、一体どうしたんだろうね?』

『さてな……来て欲しい場所がバトルフィールドだという辺り、用件もバトルに関する事なんだろうが……』

「うん……」

 シエルの話の真意について腕を組みながら考えたものの、一向にそれらしい答えが見つからず、ユウヤは軽く微笑みながら組んでいた腕を戻した。

「まあ、明日になれば分かる事だし、それまでのお楽しみって事にしておこうか」

『……そうだな』

『このまま考えていてもしょうが無いし、楽しみにしてた方が何だか良さそうだしね』

「うん。という事で、まずは帰ろっか」

『ああ』

『うん!』

 レイ達の返事に頷いた後、ユウヤはシエルとの会話の内容にワクワク感を覚えながら家への道を再び歩き始めた。




第3話、いかがでしたでしょうか。一応、次回でツキクサタウン内での話は終わる予定です。そして作中では言及されていませんが、ケロマツのミカゲは色違い個体となっており、その他にも『とある秘密』があります。その秘密は次回明らかになるので、次回の投稿まで楽しみにして待っていて頂けるととても嬉しいです。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 赤き炎の冒険者
プロローグ 測る者と赤の雛鳥


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるアサヤをメインにした物語を書いていきます。色々と拙いところはあるかもしれませんが、楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
それでは、始めていきます。


 ユウヤ達が住むヤマト地方から南方に位置する地方、『カントー地方』。この地方には、151種類のポケモンが生息し、『リビングレジェンド』という異名を持つチャンピオンが生まれた地方でもある事や『アローラ地方』に生息する『リージョンフォーム』と呼ばれるアローラ独自の環境に適応した姿のポケモン達の通常の姿が見られる事でも有名な地方である。

 そんなカントー地方の南方に位置し、ポケモンの研究を行うオーキド博士の研究所がある『マサラタウン』に建っているある一軒の家。その家の庭先で一人の短い茶髪の少年が、オレンジ色のヒヨコの姿をしたポケモン――『アチャモ』と一緒に技の特訓を行っていた。

「よし……カルラ、次は『ひのこ』だ!」

「チャモ!」

 カルラと名付けられたアチャモは、元気よく返事をすると、目の前に立てられた耐火性のある的に向かって『ひのこ』を撃ち出した。そして、撃ち出された『ひのこ』が的に全て命中すると、的は煙を立てながら地面にパタリと落ち、少年達はとても嬉しそうな様子でニコリと笑い合った。

「カルラ、やったな!」

「チャモチャモ!」

 カルラが返事をしながら少年の胸へ飛び込むと、「おっとと……!」と少し驚きながらそれを優しく受け止め、少年はカルラのトサカのような部分を静かに撫で、『この世界』に来る事が出来た喜びを噛みしめた。少年の名前はアサヤ、彼はいわゆる『転生者』と呼ばれる異世界の存在だった者であり、その頃からこの世界やポケモン達が大好きだった。そのため、『転生特典』と呼ばれる能力を手に入れた状態でこの世界に転生を果たした時、アサヤは表情には出さなかったものの、心の中では大喜びをしていた。そして、この地方にはいないアチャモを『ホウエン地方』に旅行で訪れた際に手に入れ、このカントー地方のポケモンリーグでの優勝を目指して、毎日パートナーポケモンとの特訓に明け暮れていた。

「こうして無事にカルラと出会えたし、メガシンカに必要な『バシャーモナイト』と『メガバングル』も手に入ってる上、ポケモンの個体値を簡単に測れる『測る者』の能力もある。だから後は、旅に出るまで精一杯特訓をして、カルラがバシャーモになった時に暴走をしないように強くなる。そうすれば、ポケモンリーグで優勝するのも夢じゃないはずだ!」

「チャモ!」

「ははっ、カルラもそう思ってるみたいだな。……まあ、本当ならこの地方にいるポケモン達でポケモンリーグに挑戦する方が良いんだろうけど、こうして好きなポケモン達と一緒に強くなりたいと思ってるし、このままポケモンリーグ優勝を目指して、全力で突っ走って行こう!」

「チャモチャ!」

 アサヤにはカルラの言葉は分からなかったものの、その表情や反応から大体の気持ちは察する事は出来たため、カルラの元気の良い返事に対してアサヤはニッと笑いながら親指をぴんっと立てて応えた。彼らが出会ってからまだ半年くらいしか経っていなかったが、朝から夜まで常に一緒にいた事で、彼らの意思疎通はほぼ完璧と言える程になっており、そのコンビネーションだけならば、並のポケモントレーナーよりも優れていると言えた。

「『リビングレジェンド』のレッドやそのライバルだったグリーンと一緒の旅立ちにならなかった事だけがちょっと残念ではあるけど、その分、また違うトレーナー達との出会いもあるんだろうし、早くこのカントー地方を巡る旅に出たいなぁ……」

「チャモ! チャモチャモ!」

「ふふ、どうやらカルラも同じ気持ちみたいだな。よし……それじゃあ休憩はここまでにして、また特訓を始めるか!」

「チャモ!」

 そして、カントー地方のチャンピオンを志すアサヤとカルラのコンビは、技やバトルの際の立ち回りの特訓を再開し、家の庭先からは二人の楽しそうな声が再び上がり始めた。

 

 

 

 

 その日の夜、特訓疲れからアサヤとカルラが夕食をガツガツと食べていると、その様子を見た母親がクスクスと笑いながらアサヤ達に話し掛けた。

「もう……アサヤ、カルラ。ご飯は逃げないんだから、ゆっくり食べたらどう?」

「ううん。特訓でスゴく疲れたし、腹も減ったからそうも言ってられないよ! な、カルラ!」

「チャモ!」

「そう。ふふっ……ほんと、アサヤとカルラのご飯の食べっぷりは見ていて気持ちが良いわよね」

 アサヤ達のその食べっぷりに両親は笑みを浮かべていたが、やがて父親の表情は少し暗い物へと変わると、話し辛そうにしながらもアサヤに話し掛けた。

「あー……アサヤ、ちょっと良いか?」

「うん……父さん、どうかした?」

「アサヤ、アサヤの夢はこのカントー地方のチャンピオンになる事……だったよな?」

「もちろん! カルラや旅の中で出会ったポケモン達と一緒にポケモンリーグで優勝して、カントー地方のチャンピオンになる。これは昔から絶対に叶えたいと思ってる夢だし、叶えるためなら全力で頑張るつもりだよ!」

「そう、だよな……やっぱりそうだよな……」

 アサヤのその答えに父親の表情が曇ると、アサヤとカルラは顔を見合わせながら父親の様子に疑問を抱いた後、不思議そうな表情を浮かべながら父親に話し掛けた。

「父さん、そんな暗い顔して一体どうしたのさ?」

「チャモ……?」

「……父さんが『ヤマブキシティ』にあるシルフカンパニーに勤めてるのは、もちろん知ってるよな?」

「あ、うん。毎朝、リザードンの背中に乗って行ってるのは見てるから、それは当然知ってるけど……」

「それで……さ、父さん……転勤を命じられたんだよ」

「転勤……って、シルフカンパニーはあそこしか無いんじゃ……?」

「そうなんだけどな……実は、別の地方にシルフカンパニーの支社を建てる計画があって、父さんは支社が建ち次第、そこに転勤する事になったんだよ」

「別の地方……それって、『ジョウト地方』とか『ホウエン地方』とか?」

「いや……『ヤマト地方』っていう地方で、『シンオウ地方』の近くにある地方なんだ」

「『ヤマト地方』……」

 アサヤが聞き覚えがあまり無い様子でポツリと繰り返す中、父親はふぅと一度息をついてから真剣な表情で話を続けた。

「それで……そろそろ本題に入るんだが……アサヤさえ良ければ、家族全員で『ヤマト地方』に引っ越すのも良いかもって母さんと話をしてたんだが、アサヤはどうしたい?」

「家族全員で『ヤマト地方』に引っ越し……」

「ああ。もちろん、俺だけ単身赴任という形で向こうに行くという選択肢もある。けど、この家も中古物件として買ったから、築年数もそこそこなわけだし、それだったらこの家は引っ越す際に解体して、向こうに新築の家を建ててしまうのもありかなって思ってるんだ」

「なるほど……だから、さっき俺の夢について確認を……」

「そういう事だ。まあ、向こうに転勤になるまでまだ少し時間はあるから、すぐに答えを出そうとしなくても良い。けど、もし早めに答えを出せるなら、来週くらいには答えを聞かせてほしいかな」

「……分かった。とりあえず考えてみるよ」

「ああ。けど、本当にゴメンな……突然こんな事を言いだしちゃってさ」

「いや、別に良いよ。突然だったからビックリはしたけど、今回の転勤は父さんの実力が認められての事だと思うし、むしろ喜ぶべき事なんだからさ」

 申し訳なさそうな父親とは対称的に、アサヤはニコリと笑いながらそう答えたが、このカントー地方を離れる事になるかもしれないという事実を知り、アサヤの心には小さな迷いが生じていた。

 

 

 

「ふぅ……風が気持ちいいなぁ……」

 夕食後、入浴を済ませたアサヤはカルラと共に部屋へ戻ると、浮かない表情で窓枠に手を掛けながらボーッと外の景色を眺めていた。窓の外に何があるというわけでもなかったが、何となく外の風を感じたくなり、アサヤは外を眺めながら夕食時の話について考え始めた。

「引っ越し、かぁ……正直な事を言えば、父さんの考えの方が良い気はするけど、この『カントー地方』に生まれる事が出来たからには、カントーのポケモンリーグで優勝したい。でも、転勤先の『ヤマト地方』っていうのも気になるし……」

 『カントー地方』のチャンピオンを目指すという夢と自分が知らない地方に対しての好奇心、その二つを天秤に掛けながらアサヤは「うーん……」と小さく唸っていたが、一向にその答えが浮かばなかったため、アサヤは考えるのを一度止めて、視線を部屋の中へと移した。そして、ベッドの上でスヤスヤと眠るカルラの姿を見た瞬間、アサヤの頭の中にある出来事が想起された。

「……そういえば、『カントー地方』に生まれたいと思ったのは、アニメとゲームが理由だったっけな……」

 そんな事を独り言ちながらベットに腰掛けると、カルラの事を優しく撫でながらアサヤは生前の自分について独り言ち始めた。

「アニメも最初は『カントー地方』から始まって、俺が初めてやった『ポケモン』も『カントー地方』が舞台だった。それで、この世界に来るならカントー地方が良いと思って、転生先の希望を訊かれた時にここを希望したんだったっけ……。まあ、そんなにカントーを推しておいて一番好きなポケモンが、この地方にいないバシャーモなのはちょっとおかしい気がするけどな」

 カルラを起こさないように小さくクスリと笑った後、アサヤは窓の外に見える月に視線を移した。

「だから、旅を始めたりリーグを制覇したりするならまずは『カントー地方』からって思ってたけど、これはあくまでも希望通りにこの『カントー地方』に生まれたからで、『イッシュ地方』とか『カロス地方』とかに生まれてたら結局まずはそこからってなってた気がする。だから、本当は別にカントー地方に拘る理由は無いのかもしれない。俺が本当に『拘った』と言えるのは、カルラ――()()()()()()()()旅をする事だからな」

 カルラへ視線を移しながら一度頷いた後、アサヤは覚悟を決めた表情で静かに立ち上がると、そのまま部屋を出た。

 

 

 

 

 引っ越し当日、アサヤとカルラが玄関先に並びながら出発の時を待っていると、そこに白衣を着た一人の人物が近付き、親しげな様子でアサヤに声を掛けた。

「アサヤ君、ついにこの日が来てしまったのぅ」

「あ、オーキド博士。そうですね、父さんは向こうに支社が建つまではまだ時間はあるなんて言ってましたけど、何だかんだで俺の10歳の誕生日を迎える前に引っ越す事になったので、ちょっと驚いてます」

「そうじゃろうなぁ……しかし、『ヤマト地方』にはおよそ400種類のポケモンが生息しており、自然なども豊かだと向こうの博士からは聞いておるし、きっと向こうでの旅も良い物になるじゃろう」

「はい、そうなるように俺達も祈ってます。な、カルラ」

「チャモ!」

 カルラの元気一杯の返事に対し、アサヤがニコニコと笑いながらトサカ部分を静かに撫でていると、オーキド博士は少し不思議そうな表情を浮かべた。

「それにしても……『ヤマト地方』についていく事にしたのは、どうしてなんじゃ? 今更引き留めるわけでも無いが、元々の夢だった『カントー地方』のチャンピオンを目指しても良かったんじゃないのか?」

「……ああ、その事ですか。簡単な話ですよ、俺の夢を再確認したからです」

「夢を再確認した?」

「はい。俺の夢は確かにチャンピオンになる事ですが、それはあくまでもカルラ達と一緒に旅をして最終的になる物です。だから、これは『カントー地方』じゃなくても叶えられる夢だと思って、『ヤマト地方』についていく事にしたんです。『ヤマト地方』でカルラや旅の中で出会ったポケモン達と一緒にポケモンリーグで優勝を果たす事、これが俺の本当の夢です」

「パートナーや旅で出会ったポケモン達と一緒に、か……。うむ、とても素晴らしい夢じゃな!」

「ありがとうございます、オーキド博士」

 アサヤが頭を下げながらお礼を言っていたその時、引っ越し業者との話を終えた両親が二人の元へと近付くと、オーキド博士へ揃ってお辞儀をした。

「オーキド博士、わざわざ来て下さりありがとうございます」

「いやいや、お二方にはもちろんの事、アサヤ君やアチャモ――カルラにも色々とお世話になっていましたし、これくらいは当然の事ですよ」

 父親の言葉にオーキド博士は片手を上げながら答えた後、「……おっ、そうじゃそうじゃ」と何かを思い出した様子で白衣のポケットからモンスターボールを一つ取り出し、それをアサトに手渡した。

「このポケモンはワシからのプレゼントじゃ。きっと、向こうでの旅でアサト君達の事を助けてくれるはずじゃ」

「オーキド博士……ありがとうございます!」

「どういたしまして。アサト君、『ヤマト地方』でもポケモンゲットじゃぞ!」

「はい!」

 オーキド博士の言葉に懐かしさと嬉しさを覚えながら大きな返事をした後、アサトはモンスターボールの中にいるポケモンへのワクワク感を感じながら手渡されたモンスターボールを腰のホルダーへと付けた。そして、カルラをボールに戻し、それを同じく腰のホルダーに付けたその時、引っ越し業者から完全に荷物を積み込み終えたという知らせを受け、アサヤ達はオーキド博士に別れを告げた後に車へと乗り込んだ。

「さあ、俺達の新たな旅立ちの始まりだ……!」

 腰のホルダーに付けたカルラ達のボールを軽く撫でながら言葉を掛けた後、オーキド博士に見送られながらアサヤ達は新天地――『ヤマト地方』へ向けて出発をした。




いかがでしたでしょうか。オーキド博士からのプレゼントであるポケモンは、次回辺りで出そうかなと思っていますので、楽しみにしていて頂けるとありがたいです。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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第1話 到着、ヤマト地方! 新たな出会い

どうも、一番好きな地方はカントー地方の片倉政実です。今回はタイトル通り、アサヤのヤマト地方到着回とオーキド博士から貰っていたプレゼントの正体が明らかになる回です。果たして、オーキド博士はどんなポケモンをアサヤに贈ったのか。それを予想しながら読んで頂けるとありがたいです。
それでは、第1話を始めていきます。


「ん……」

 かつて住んでいた『カントー地方』の『マサラタウン』を出発してから数時間後、ガタンという大きな振動で目を覚ますと、アサヤはまだ少し眠そうに欠伸をしてから、座席に座った状態で体を上にグーッと伸ばした。そして、体が充分に解れた事を確認しながら軽く周囲を見回していたその時、窓の外に見慣れぬ景色が見え、アサヤは目をキラキラと輝かせながら運転席に座る父親に声を掛けた。

「父さん、もしかしてここが……!」

「ああ、そうだ。ここがこれから住む町、『ツキクサタウン』だ」

「『ツキクサタウン』……そっか、ここがこれから俺達が住む町なんだ……!」

 目の前に広がるのどかな街の光景をアサヤはワクワクしながら眺めていたが、「……あ、そうだ……!」と独り言ちると、腰のホルダーからカルラが入ったモンスターボールを取り外し、スイッチを押してカルラを外へと出した。そして、不思議そうに小首を傾げるカルラを静かに抱き上げると、アサヤはカルラの顔を窓の方へ向けながら話し掛けた。

「カルラ、ここがこれから俺達が住む『ツキクサタウン』なんだってさ」

「チャモ……!」

「旅に出るまでの間、この町でどんな出会いがあるかは分からないけど、良い出会いがあると良いなぁ……」

「チャモ、チャモチャモ!」

「おっ、カルラもそう思うか?」

「チャモ!」

「ははっ、だよな! やっぱり出会いがあるなら、良い出会いの方が良いもんな」

 ニッと笑いながらカルラと会話を交わしていたその時、ふとホルダーに付けられているもう一つのモンスターボールが目に入り、アサヤはそれを手に取った。

「そういえば……オーキド博士からプレゼントとしてポケモンを貰ったけど、結局まだどのポケモンが入ってるのか確認してなかったな」

「チャモ……チャモ、チャモチャモ」

「ん、コイツの事を早く出してやりたいって?」

「チャモ」

「たしかにそうだけど……カルラみたいな小型のポケモンじゃない可能性もあるし、とりあえず家に着いてからになるかな」

「チャモ……」

「まあ、後でちゃんと出してやるよ。俺だってコイツの事が気になるし、これから仲間になる以上、仲良くしていきたいからな」

 そう言いながらアサヤはモンスターボールを再びホルダーに付けると、運転席の父親に声を掛けた。

「父さん、家には後どのくらいで着く?」

「うーん……たしかそろそろだったと思うが……」

 アサヤからの問い掛けに父親が首を傾げながら答えていたその時、「……あ、見えたわよ」と助手席に座っている母親が前方を指差しながらそれに答え、アサヤとカルラは揃って身を乗り出しながら母親が指を差す先に視線を向けた。すると、そこには小さな庭がついた二階建ての一軒家が建っており、その周辺には引っ越し業者のトラックが数台止まっていた。

「……あれが俺達がこれから住む家かぁ……!」

「チャモ……!」

「まあ、前の家よりは少し小さいけど、それでも近くには特訓に最適そうな森とかポケモン博士の研究所とかがあるみたいだし、立地的には悪くないと思うぞ?」

「ポケモン博士の研究所……そういえば、この地方にもオーキド博士みたいな人がいるんだっけ」

「ええ。だから、荷物をあらかた運び終えた後、この町の探険がてら研究所にご挨拶に行ってらっしゃい。その後の事はお母さん達と引っ越し屋さん達でやっておくから」

「うん、もちろんそうするよ」

 母親の言葉にアサヤがニッと笑いながら答えていたその時、車は新居の目の前で静かに止まり、運転席の父親は微笑みながらアサヤ達の方を振り返った。

「さあ、着いたぞ。アサヤ、カルラ、お前達も小さい荷物を運んだりするのを手伝ってくれ」

「うん!」

「チャモ!」

 そして、アサヤ達は揃って車を降りた後、引っ越し業者達と協力しながら家具などの荷物を家の中へと運び入れ始めた。

 

 

 

 

「……よし、そろそろ良いか」

 およそ一時間後、トラックの荷台に載せられた最後の荷物が家の中に運び入れられたのを見ながら父親は独り言ちると、カルラを抱き抱えながら玄関先に立っているアサヤに声を掛けた。

「アサヤ、後は父さん達でやっておくから、お前達はその辺りをブラついてきてもいいぞ」

「うん、分かった。でもその前に……」

 そう言いながらアサヤはカルラを地面に降ろすと、腰のホルダーからもう一つのモンスターボールを外した。

「そろそろコイツも外に出してやらないとな。という事で……出て来い!」

 そして、モンスターボールのスイッチを押し、勢い良く上に投げ上げると、モンスターボールから青い光と共に背中に大きな種のような物を背負った緑色のポケモンが現れ、その姿にアサヤはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「おっ、フシギダネか! 俺、フシギダネも結構好きなんだよなぁ……」

 ニコニコと笑いながらアサヤが近付くと、フシギダネはキョトンとした表情を浮かべながら「ダネ?」と小首を傾げ、アサヤはその様子にクスリと笑ってからしゃがみ込みながらフシギダネに顔を近付けた。

「初めまして、フシギダネ。俺はアサヤ、お前の新しいトレーナーだよ。そして、こっちにいるのは相棒のカルラだ」

「チャモ!」

「ダネ……ダネ、ダネダネ!」

 そして、フシギダネが目を輝かせながら嬉しそうにアサヤに体を擦り付けると、アサヤはニッと笑いながらフシギダネを優しく抱き上げた。

「ははっ、人懐っこい奴だな。さて……せっかくだから、お前にもカルラみたいにニックネームを付けたいところだけど、何か良い案はないかな……?」

 その時、それを見ていた父親は何かを思いついたような表情を浮かべながらアサヤに話し掛けた。

「アサヤ、フシギダネは草タイプだから、植物に関係するニックネームはどうだ?」

「植物か……たしかにそれもありだよな。後はカルラみたいな名前にしたいから……」

 そうして考え続ける事数分、「……よし、これだな」と言いながらニカッと笑うと、アサヤはフシギダネを見ながら静かに口を開いた。

「フシギダネ、お前のニックネームはリュアだ」

「ダネ……ダネ、ダネフッシャ!」

「ははっ、気に入ってくれたみたいだな。という事で、これからよろしくな、リュア」

「チャモ!」

「ダネダ!」

 アサヤとカルラの声にリュアが元気よく答えると、アサヤは満足げに頷き、リュアを静かに地面に降ろした。そして、カルラとリュアの二体を交互に見た後、アサヤは楽しそうにニッと笑った。

「それじゃあ行こうぜ、カルラ、リュア」

「チャモ!」

「ダネ!」

 カルラ達が嬉しそうな笑みを浮かべながら返事をした後、アサヤは父親に向かって「行ってきます!」と声を掛けてからゆっくりと歩き始めた。そして、歩き始めてから数分後、カルラと共に町の景色を楽しみながら歩き続けていたその時、前方にポッポを肩に乗せながら楽しそうな笑みを浮かべる同い年くらいの短い茶髪の少年が反対側から歩いてくるのが見え、アサヤは足を止めながら同年代の少年と出会えた嬉しさから口元を綻ばせた。

「ポッポを連れてるって事は……もしかしたら俺と同じでポケモントレーナーかもしれないし、ちょっと話し掛けてみるか!」

「チャモ!」

「ダネ!」

 アサヤの言葉にカルラが大きく頷き、アサヤはこちらに向けて歩いてくる少年に声を掛けるために小走りで近付こうとしたその時、少年の様子にアサヤはある疑問を抱き、少年達を見ながら不思議そうに小首を傾げた。

「……あれ? アイツ、もしかしてポケモンと()()をしてないか……?」

 コミュニケーションの一環として人間がポケモンに声を掛け、それにポケモンが鳴き声を上げたり頷いたりするという事はさほど珍しくは無いが、アサヤの目には少年とポッポがお互いの言っている事を理解し、まるで人間同士、あるいはポケモン同士で会話をしているように見えていたのだった。

「……でも、流石にそんなわけ無いよな。ポケモンの言葉を理解できる人間なんてそうそういるわけが無いし……」

 そう自分に言い聞かせるようにしながらアサヤは独り言ちると、一度深呼吸をして気持ちを切り替えた。そして、再び少年達へ視線を向けると、今度こそ話し掛けるべく少年達の方へと走っていった。

「おーい、ちょっと良いかー?」

「……え?」

 走りながらアサヤが声を掛けると、少年は不思議そうな声を上げながらアサヤへと視線を向け、首を傾げながらアサヤに話し掛けた。

「今声を掛けてきたのは……君だよね?」

「ああ、そうだ。向こうからお前がポッポを肩に乗せて歩いてくるのが見えたから、同じ新人トレーナーかなと思って声を掛けたんだ」

「同じって事は……君もポケモントレーナーになったばかりなんだね?」

「ああ。と言っても……まだ10歳になってないから、正式にはポケモントレーナーとは言えないし、旅には出られないんだけどな」

「ふふっ、同じだね。ところで、君の名前は?」

「ん……ああ、俺はアサヤ。父さんの仕事の都合で『カントー地方』から引っ越してきたんだ。それで、こっちは相棒のアチャモでカルラだ」

「アサヤ君にカルラだね。僕はユウヤ、この『ツキクサタウン』の出身だよ。そして、肩に乗っているのはこの辺りのポッポの群れのリーダーのウィン。僕のポケモンというわけでは無いけど、友達として色々と相談に乗ってもらったり近くにある『ツキクサのもり』のポケモンの様子を教えてもらったりしてるんだ」

「へえ……そうな──」

 その時、アサヤはユウヤの話の中に妙な点がある事に気付き、その事について訊くために恐る恐る話し掛けた。

「……なあ、今そのポッポ──ウィンに相談に乗ってもらったり森のポケモン達について教えてもらったりしてるって言ったか?」

「あ、うん……信じてもらえないかもしれないけど、僕には『ポケモンの言葉を理解する能力』と『波導を使用する事が出来る能力』があるんだ」

「『ポケモンの言葉を理解する能力』と『波導を使用する事が出来る能力』……」

 ユウヤの言葉にアサヤが少し驚いた様子を見せると、ユウヤはそのアサヤの様子にどこか哀しげな笑みを浮かべた。

「あはは……やっぱりそんな事をいきなり言われても信じられないよね。ゴメン、今言った事は忘れ──」

「……いや、信じるぜ。実際、他所の地方にも同じ能力を持った人もいるし、お前が嘘をついてるようには見えないからな」

「え、でも……」

「それに、初対面な上にこれから度々顔を合わせる事になるかもしれない俺に、お前が嘘をつく理由も意味も無いしな。だから、安心してくれて良いぜ、ユウヤ」

「アサヤ君……うん、ありがとう」

「どういたしまして。ところで、さっきウィンは自分のポケモンじゃないって言ってたけど、ユウヤのポケモンは今はモンスターボールの中にいるのか?」

「うん。さっき『ツキクサのもり』で特訓をしてきたばかりだから、少し休ませてるところだったんだ。けど、せっかくだから紹介させてもらうね」

 そう言うと、ユウヤは腰のホルダーからモンスターボールを二つ取り出し、同時にスイッチを押すと、「レイ、フラン、出てきて」と言いながらモンスターボールを上に放り投げた。すると、投げ上げられたモンスターボールが上下に開き、中から青い光が放たれると、ユウヤの目の前に『はどうポケモン』のルカリオのレイと『ばけのかわポケモン』のミミッキュのフランが現れ、その姿にアサヤは少し驚いた様子を見せた。

「へえ……ルカリオにミミッキュか。この地方にはそんな奴らもいるんだな」

「ううん、彼らはちょっとした事情があって『アローラ地方』から来たポケモン達なんだ」

「ちょっとした事情……?」

「うん、実は──」

 そして、ユウヤが話し始めようとしたその時、ユウヤは突然何かに気付いたようにハッとしながら背後を振り返ると、少し先の方からこちらに向かって近付いてくる人物達へ向けて嬉しそうに手を振った。すると、その人物もユウヤに気付いた様子で嬉しそうに手を振り返し、ニコニコと笑いながら傍らにいたポケモンと一緒に小走りで近付いてきた。そして、その人物達が近付いてくるのをユウヤ達が笑みを浮かべながら見つめる中、その人物──黒いポニーテールの少女はユウヤ達の目の前で立ち止まった後、軽く息を切らしながらも笑みを崩す事無くユウヤ達に話し掛けた。

「ユウヤ君、特訓お疲れ様。今帰るところだったの?」

「うん、そろそろお昼ご飯の時間だったからね。ミナトちゃんは?」

「私はシロツメ博士に相談したい事があって研究所に行ってきてたんだ。ところで……隣にいるのは誰?」

「ん……ああ、彼らは『カントー地方』から引っ越してきた新人トレーナーとその相棒のアチャモで、僕もついさっきここで会ったばかりなんだ」

「なるほどね」

 ミナトは納得顔で頷くと、アサヤ達へ視線を移しながらニコリと笑った。

「初めまして、私はミナト。ユウヤ君の幼馴染みで、この子──ポッチャマのミナモのトレーナーだよ」

「ミナトとミナモだな。俺はアサヤ、そしてこっちはアチャモのカルラとフシギダネのリュアだ。これからよろしくな」

「うん、こちらこそよろしくね」

「チャモ!」

「ダネダネ!」

「ポッチャマ!」

 アサヤとミナト、そしてカルラとリュアとミナモが笑みを浮かべながら挨拶を交わし終えたその時、突然グーッという音が辺りに響き渡ると、アサヤは苦笑いを浮かべながら頬をポリポリと掻いた。

「……すまん、俺の腹の音だ」

「ふふ、まあ仕方ないよ。さっきも言ったようにそろそろお昼ご飯の時間だからね」

「そうだね。せっかくこうして出会えた事だし、もう少し話をしたいところだけど、とりあえずお昼を食べてこないとだね」

「だな。腹が減ったままだといつ空腹で倒れるかってハラハラしちゃうからな。()()だけに!」

 その瞬間、ユウヤ達の間を一陣の風が通り抜けると、カルラは呆れ顔で首を横に振りながら軽く溜息をつき、そのままの表情でユウヤに話し掛けた。

「チャモ、チャモチャモチャモ」

「えーと……『アサヤはこういう駄洒落やジョークみたいなのが好きで、調子が良い時なんかはいつもこうなんだ』……だってさ」

「な、なるほど……あまりに突然だから、ちょっとビックリしちゃったよ」

「ははっ、すまんすまん。まあでも、これからもこんな風に駄洒落を言う事もあるだろうけど、出来るならどんなリアクションでも良いからしてくれると助かるかな。やっぱり、ノーリアクション程辛い物も無いわけだしな」

「……うん、分かった」

「まあ、どんなリアクションでも良いみたいだしね。それくらいならお安いご用……なのかな?」

「お前達……へへっ、ありがとうな! さて……それじゃあそろそろ昼飯を食うために帰るとするか!」

 その言葉にユウヤ達が揃って頷いた後、アサヤ達は一度昼食を食べるためにポケモンの事や『ツキクサタウン』の事などについて話しながらそれぞれの家に向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 その日の夜、アサヤは自室の机に向かい、楽しそうに日課である日記を付けていた。

「……よし、こんなもんだな。それにしても……引っ越し初日からスゴい奴と出会ったもんだよなぁ。転生者じゃなさそうなのにポケモンの言葉が分かる上に波導が使えるなんてな……」

 アサヤはユウヤの顔を思い浮かべながらそう呟いた後、部屋の隅に視線を向けた。そこには小さな寝床とそこでスヤスヤと眠るカルラとリュアの姿があり、そのカルラ達の安らいだ表情を見て、アサヤは静かにクスリと笑った。

「まあ、俺にだって『測る者』や()()があるし、カルラ達だってこれからもっと強くなっていく。だから、この先ユウヤやミナトが本当に負けられない試合で相手になったって俺達ならきっと大丈夫だ」

 自信に満ちた声で独り言ちた後、アサヤは椅子から立ち上がると、スヤスヤと眠るカルラ達へと近付き、その頭を優しく撫で始めた。

「カルラ、リュア、リーグでの優勝を目指して、お互いに頑張っていこうな」

「チャモ……」

「ダニャ……」

 アサヤの言葉に答えるようにカルラ達が小さく寝言を言った後、アサヤはその姿に小さく笑ってから再び机へと向かった。そして、小さく欠伸をした後、胸の奥で静かにやる気の炎を燃やしながら新品のノートをゆっくりと開き、夜が更けていく中、カルラとリュアの育成計画をノートに書き込んでいった。




第1話、いかがでしたでしょうか。今回はバトルなどは無い回でしたが、次回かその次辺りには何らかの形でバトル回を書こうと思っています。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 輝く剣を携えし冒険者
プロローグ 剣士達の誓い


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるマサノブをメインとした物語を投稿させて頂きます。色々と拙い点はあるかと思いますが、その辺りも含めて楽しんで頂けたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、早速始めていきます。


『カントー地方』より西方にあり、ポケモンに関する言い伝えや歴史などが数多く残る地方、『ジョウト地方』。そんな『ジョウト地方』に棲息するとされる伝説のポケモン――『ホウオウ』などに関する伝承が伝えられ、奥ゆかしい和の雰囲気が漂う街、『エンジュシティ』に建つある一軒の道場の稽古場にてある一組のトレーナーとポケモン達が目を閉じた状態で並んで正座をしていた。

「…………」

「…………」

「…………」

 彼ら以外の姿が無い場内の静寂と板張りの床から伝わるヒンヤリとした冷たさを感じながらも彼らはただ静かに座り続け、己の中の気持ちの乱れを正しながら雑念などを次々と消していった。そしてそうし続ける事およそ三十分、ポケモン達のトレーナーである短い黒髪の稽古着の少年は静かに目を開けると、視界を逸らす事無く傍らで正座をしているポケモン達に声を掛けた。

「……よし、そろそろ姿勢を崩して良いぞ」

「……コマ」

「ミジュ……」

 少年の言葉に鋭い刃物が付いたヘルメット上の頭部と同じく鋭い刃物の両手を持つ人型のポケモン、コマタナは静かに目を開けながら返事をしたが、もう一体の腹部に『ホタチ』と呼ばれる攻撃時や硬い木の実などを割る時に使うホタテ型の道具を付けたラッコ型のポケモン、ミジュマルはとても疲れた様子で返事をすると、そのまま仰向けで板床へと寝転んだ。すると、それを見たコマタナは少し心配そうな様子でミジュマルに手を差し伸べ、ミジュマルは少し照れ臭そうな様子でその手を取り、感謝の気持ちを込めながらニコリと笑った。そして、そんな手持ちポケモン達の仲睦まじい様子をトレーナーの少年は微笑ましそうに見ていた。

「ははっ、本当にお前達は仲が良いな。出会った時は、お前達が仲良くなれるのか少し心配だったんだが、どうやら杞憂だったみたいだな」

「コマ」

「ミジュ!」

 コマタナとミジュマルが揃って返事をすると、少年は満足げな様子で頷き、彼らの頭を優しく撫で始めた。

 少年の名前はマサノブ、この『エンジュシティ』にバトル指南道場を構える父親の元で門下生や時折訪れる旅のトレーナー達、そして手持ちポケモン達と共に日々修行に励む若きポケモントレーナーだ。実戦の経験はまだ少なく、同世代のポケモントレーナーとは違って旅には出ていないが、バトルについての知識は深い上に技術なども持っていたため、年下の門下生達からは尊敬の眼差しを向けられていた。

「……さて、朝の瞑想も済んだ事だし、そろそろ朝食作りの手伝いに行くか。『サダミツ』と『カネミツ』も一緒についてきてくれ」

「コマ」

「ミジュマ!」

 コマタナのサダミツとミジュマルのカネミツは頷きながら答えると、台所へ向かうためにマサノブと共に稽古場を出た。コマタナとミジュマルは、本来であればこの『ジョウト地方』には棲息していないポケモンであり、その中でもミジュマルは別の地方である『イッシュ地方』の初心者用ポケモンの一体だ。そして、そんな彼らとマサノブが出会ったのは、今からおよそ一年程前にマサノブが家族旅行で『イッシュ地方』を訪れた時だった。

 ある朝、マサノブが滞在先の近くを散歩していた際、偶然そこにコマタナが姿を現し、コマタナは弾かれたようにマサノブの方へ体を向けたかと思うと、曇りのない瞳でジッと見つめながら両手の刃先をマサノブへと向けた。見知らぬポケモンに武器となる部分を向けられるという行為は、普通であれば警戒をされているという証ともとれ、子供の身ならばその事に恐ろしさを感じてもおかしくは無かった。しかし、マサノブがそのコマタナの姿に抱いていたのは、恐怖心や警戒心などでは無く、勇敢さや気高さといった物であり、それと同時にこのコマタナとなら一緒に強くなっていけるといった確信めいた何かを感じていた。そして、未だに刃先をこちらへ向けながらジッと見つめてくるコマタナと触れあうために一歩踏み出したその時、彼らの間に()()が飛び込んできた事で、マサノブはその足を止めて飛び込んできた何かに視線を向けた。すると、そこにいたのは一匹のミジュマルであり、ミジュマルは自信満々な様子でホタチを構えながらコマタナと向かい合った。そのミジュマルの様子は、まるでコマタナを自分にとって余裕で倒せる相手だと考えている様子に見えたため、マサノブはそれを静かに見守る事にした。そして、ミジュマルとコマタナが向かい合う事約数秒、突然コマタナは両手をだらりと下げると、目を瞑りながら軽く首を横に振った。そのコマタナの行動にミジュマルは驚きの表情を浮かべたが、すぐに抗議をするような怒りの声を上げ、ホタチをもう一度構えながらコマタナに対して大きな鳴き声を上げた。しかし、コマタナはそれに対してもう一度首を横に振った後、マサノブを指し示したり両手を再び構えたりしながら身振り手振りでミジュマルに説明を始めた。すると、見る見るうちにミジュマルの顔に焦りの色が浮かび、マズいといった表情を浮かべながらマサノブの方をチラリと見ると、ミジュマルは全てを理解した様子でコマタナに向かって何度も頭を下げ始めた。どうやらミジュマルは、コマタナがマサノブの事を襲おうとしていたように見えたらしく、それを助けるために出てきたようだったが、それが勘違いだったと分かり、必死になってコマタナに謝っていたのだった。しかし、コマタナはその勘違いを気にしていない様子で、ミジュマルの肩をポンポンと軽く叩くと、そのままマサノブの方へ視線を移した。マサノブはそのコマタナの行動に一瞬驚いたが、コマタナの真っ直ぐな目から何となくコマタナの気持ちを理解した後、ニコリと笑いながらコマタナへスッと右手を差しだした。そして、その右手をジッと見つめた後にコマタナが同じく右手を差しだしてマサノブと握手を交わしていると、ミジュマルはそれをジーッと見つめ、自身の手をチラリと見た後に恐る恐るその手をマサノブ達へと差しだした。マサノブ達は不安げなミジュマルの顔をしばらく眺めた後、同時にコクンと頷いてからその手を同時に取り、同じようにミジュマルと握手を交わした。そしてその後、ミジュマルを捜しにやって来たアララギ博士とマサノブは会話を交わし、その中で先程の出来事を話すと、アララギ博士はミジュマルがマサノブに心を開いている様子などからマサノブにポケモントレーナーとしての素質があると感じ、ミジュマルのモンスターボールとコマタナをゲットするためのモンスターボールをプレゼントされた事で、コマタナとミジュマルがマサノブの手持ちポケモンとなったのだった。

 台所へ向かう途中、マサノブがその出来事を思い出してクスリと笑っていると、カネミツはサダミツと並んで歩きながら不思議そうに小首を傾げた。

「ミジュ?」

「ん……ああ、ちょっとお前達と出会った日の事を思い出してさ。ほら、俺達の出会い方ってあまり無い形だったろ?」

「ミジュ……」

「コマ」

「でも、俺はどんな形であっても、あの日にお前達と出会えたのは本当に良かったと思ってる。あの日にも思ったけど、お前達と一緒なら絶対に強くなっていけるはずだからな」

「ミジュ! ミジュミジュ!」

「……コマ」

「だから、これからも父さんよりもこの『ジョウト地方』の誰よりも強いポケモントレーナーを目指して頑張っていこうな!」

「ミジュ!」

「コマ!」

 カネミツが自信満々に胸を張る様子とサダミツのやる気に満ちた目を見ながらマサノブはコクンと頷き、力強い足取りで台所へ向かって歩いていった。

 

 

 

 

 朝食後、マサノブ達が縁側で並んで座りながら庭先を眺めていると、「……マサノブ、少し良いか」という声が背後から聞こえ、マサノブはゆっくりと振り返ってから声の主に答えた。

「父さん、俺達に何か用か? 修行の時間にはまだもう少し早いと思うけど……」

「……まあ、修行の件と言えば修行の件だな。お前達、ちょっと部屋まで来てくれるか?」

「……分かった」

「ミジュ……」

「……コマ」

 道場主である父親のその真剣な声を聞き、マサノブ達は静かに頷きながら答えると、父親の後に続いて部屋へ向かって歩き始めた。そしてマサノブ達が部屋に着き、それぞれ座布団の上に座った後、父親はふぅと一つ息をついてから静かに話し始めた。

「マサノブ、お前は既に分かっていると思うが、お前はこの道場の門下生達の誰よりも強く、ポケモンについての知識も深い。よって、これからはお前にだけ特別な修行をしてもらう事にした」

「特別な修行……?」

「ああ、そうだ。マサノブ、お前にはそのポケモン達と一緒にある地方に修行の旅に出てもらう」

「ある地方……って、別に修行の旅ならこの『ジョウト地方』でも良いんじゃないのか?」

「いや、この『ジョウト地方』ではダメだ。もちろん、『ジョウト地方』にも様々なポケモン達が生息しており、この『エンジュシティ』のマツバ殿を始めとした素晴らしいジムリーダーの方々もいるから、修行の旅をするには充分過ぎる環境が揃っていると思う。現に、お前の幼馴染みのマサカゲ君も少し前からポケモンリーグの優勝を目指して旅に出ているからな。そして、この旅はあくまでもお前のポケモントレーナーとしての腕を磨くための修行の旅でもあるが、心身の鍛練も目的の一つとしている。別の地方に行くのは、簡単には家に帰ってこられないようにし、人々との交流や野宿などの経験をしてもらうためだ。まあ、お前の事だから途中で修行を放り出して帰ってくるなんて事はしないと思うが、これは念のためだ」

「……なるほどな」

「そして、お前にはその地方のポケモンリーグで優勝を果たす事を最終的な目標としてもらう。とても難しい目標かもしれないが、この道場の道場主として、そして父親としてお前なら達成出来ると感じ、この目標を設定した」

「ポケモンリーグでの優勝……けど、別の地方って一体俺達はどこに行かないといけないんだ?」

「それは『シンオウ地方』から南下したところにある『ヤマト地方』だ。自然豊かなところで、様々な民話や伝承も伝わる地方だそうだ」

「『ヤマト地方』……あまり聞いた事が無い地方だけど、どうしてそんなところに?」

「さっきも言ったように『ヤマト地方』もこの『ジョウト地方』と同じく自然が豊かで、様々な言い伝えなどもある。だから、お前も他の地方よりは旅がしやすいと思ったんだ。そして、『ヤマト地方』は約400種のポケモンが生息していると聞くから、様々なポケモンと出会う良い気会になると考えているし、その分多くのトレーナーとも出会えると思っている」

「多くのポケモンにトレーナー……確かに修行の旅にはピッタリかもしれないな。それで、いつからその修行は始めれば良いんだ?」

「準備期間も含めて、およそ一週間後が良いと思っている。まあ、後はお前達のやる気次第だが……どうする?」

 父親からの問い掛けを聞き、マサノブは傍らに座る手持ちポケモン達に視線を向けたが、どちらもやる気に満ちた目でコクンと頷いてきたため、マサノブは「……やっぱりな」と小さく笑いながら独り言ち、父親の方へと向き直った。

「決まってるさ、父さん。俺達は父さんよりも強く、この『ジョウト地方』の誰よりも強いポケモントレーナーを目指してるんだ。その修行から逃げる気なんてあるわけないよ」

「……そうか。ならば、最低でもどの地方のポケモンリーグに挑戦できるだけの実力は付けて帰ってこい。お前達の夢を叶えるためには、それくらいの事が出来ないといけないからな」

「分かってるよ。そうじゃないと、アイツにだって笑われちゃいそうだしさ」

「……そうかもしれないな。さて……それでは、今日から修行の時間の合間を使ってその旅の準備に取り掛かるように。良いな?」

「ああ」

「コマ」

「ミジュ!」

 マサノブ達は揃って返事をした後、そのまま部屋から出ると、自分達の部屋に向かって並んで歩き始めた。そして、自分達の部屋に着いた後、マサノブは机の上に置かれた写真立てに視線を向け、そこに写った人物に向かってニッと笑った。

「……お前とは別の地方に行く事になったけど、いつかお前とも決着はつけるからな。だから、それまでお前も強くなっておけよ、マサカゲ」

 旅へ出て以降、一度も連絡を取っていない友人へ向かって声を掛けた後、マサノブは自分の事をジッと見つめるサダミツ達へ視線を向け、自身の右手を軽く握りながら彼らへと突き出した。

「サダミツ、カネミツ、まだまだよく知らない地方へ修行の旅に行く事にはなったけど、俺達の夢は変わらず『ジョウト地方』の誰よりも強くなる事だ。だから、これからも俺達なりに精一杯頑張って強くなって、まずは『ヤマト地方』のポケモンリーグで優勝するぞ!」

「コマ!」

「ミジュ!」

 自身の拳にサダミツの刃先とカネミツのホタチの先端が軽く触れた後、マサノブは頼りにしている手持ちポケモン達へ向かってニッと笑った。そして、自分達が旅をする事となった地方に思いを馳せながら、マサノブ達は修行に励むために揃って部屋を後にした。




いかがでしたでしょうか。次回をどのような話にするかはまだ未定ですが、皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張って参りますので、応援の程よろしくお願いします。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 高みを目指す二色の冒険者達
プロローグ 高め合う二色の電撃


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公であるアカリとアオトをメインとした物語を書いていきます。色々と拙い点もあるかと思いますが、楽しんで読んで頂けるように頑張って参りますので、よろしくお願いします。
それでは、プロローグを始めていきます。


 海の化身と言われる『カイオーガ』と大地の化身と言われる『グラードン』の戦いに関わる伝説などが伝わり、ポケモンの強さでは無く魅力を競い合う『ポケモンコンテスト』が盛んな地方、『ホウエン地方』。そんな『ホウエン地方』の中央に位置する『キンセツシティ』のポケモンセンターのバトルフィールドにて今まさにある人物達によるポケモンバトルが行われていた。

「よーし、ルビア! そのままガンガン攻めていこう!」

「プラプラ!」

「そしてアオト、サポートはいつも通り任せたよ!」

「はいはい、それじゃあ僕達はいつも通りサポートに徹していこうか、サフィール」

「マイマイ」

 明るい赤色のポニーテールの少女とアオトと呼ばれた暗い青色のショートヘアの少年は、それぞれのポケモン達に声を掛けると、軽くアイコンタクトを交わしてからポケモン達へ指示を出した。

「サフィール、ルビアに『てだすけ』」

「マイ!」

「そしてルビアは、ライボルトに向かって『でんこうせっか』!」

「プラ!」

 サフィールと名付けられた頬に『-』の模様が入った青色の耳とクリーム色の体のポケモン――マイナンは自分と同じような姿をしたルビアと名付けられたポケモン、プラスルの方へ体を向けると、体にグッと力を入れた。すると、サフィールの体からルビアへ向かってキラキラとした光が放たれ、その光を纏ったルビアは目にも留まらぬ速さで向かい側に立っているライボルトという名の青色のポケモンへ向かって突進していった。そして、ルビアがラクライの目の前まで迫ったその時、ライボルトのトレーナーである茶色の上着を羽織った白髭の老人はニヤリと妖しい笑みを浮かべた。

「……まあ、それが定石じゃからな。ライボルト、『でんこうせっか』を避けた後に『スピードスター』をお見舞いしてやれ!」

「ライ!」

 ライボルトはルビアの『でんこうせっか』を軽々と跳び越える事で避けてみせると、バトルフィールドに響き渡るほどの遠吠えを上げながらルビア達へ向かって星の形の光線を放った。

「あ、やっば……! アオト、お願い!」

「……了解。サフィール、『ひかりのかべ』」

「マイマイ」

 アオトの指示を受け、『スピードスター』が近付いてくるのをしっかりと確認しながらサフィールは『ひかりのかべ』を自分達の周りに張った。すると、『スピードスター』は次々と『ひかりのかべ』へぶつかっていったが、『ひかりのかべ』の効果によってその威力は軽減され、ルビア達がなんて事無い様子で再びライボルトへ向かって戦闘の態勢を取ると、ライボルトのトレーナーは大きな笑い声を上げた。

「わっははは! 『スピードスター』に対して『ひかりのかべ』で凌ぎきるというのはとても良い判断じゃ! じゃが、守ってばかりでは勝てんぞ、二人とも!」

「分かってますよ、テッセンさん! ねっ、アオト!」

「そうだね、アカリ。ここからどうにか挽回していこう」

「うん!」

 アオトの言葉にアカリは大きく頷きながら答えた後、再びルビアへと技の指示を出し、アオトはそれに合わせる形でサフィールに指示を出した。そしてその後も様々な技の応酬が続き、両方のポケモン達の顔に疲れの色が見え始めたその時、「……うむ、ここまでとしよう」というテッセンの声でアカリとアオトは緊張が解けた様子で同時に息をつくと、自分達のポケモンが嬉しそうに走ってくるのを見ながらアカリがポツリと呟いた。

「はあ……今日もテッセンのポケモンを倒す事が出来なかったなぁ……」

「まあ、こればかりはしょうがないよ。新人トレーナーの僕達二人とジムリーダーのテッセンさんじゃそもそも経験や知識が違うんだからさ」

「それはそうだけど……でも、やっぱり悔しい物は悔しいよ……」

「……まあね。でも、だからこそこれからも全力で頑張っていくしかないよ。僕達の夢を叶えるには、もっともっと強くならないといけないからね」

「……そうだね」

 アオトの言葉に答えながらアカリは足元にいたルビアを優しく抱き上げると、「お疲れさま」と微笑みかけた。この二人のトレーナー、アカリとアオトは『キンセツシティ』出身の双子の兄妹で、アカリが常に元気いっぱいな溌剌とした少女なのに対し、アオトは常に冷静な落ち着きのある少年、とその性格は全くの真逆だった。しかし、性格は真逆でも二人の息は常にピッタリであり、ケンカなども殆どした事が無い程、二人の仲はとても良好だった。そのため、パートナーポケモンであるルビア達を手に入れた際、お互いを相手にポケモンバトルをしたが、お互いの考えがすぐに分かってしまうために全く勝負が付かなかったため、二人はこれではバトルの特訓にならないと感じ、どうしたら良いかを話し合った。そして、その末に彼らが行き着いたのが一人のトレーナーがポケモンを二体同時に出したり、二人のトレーナーがタッグを組んで行ったりするバトル方式である『ダブルバトル』だった。ダブルバトルは主に上記の方法で行われるため、状況を見極めながら一人で二体のポケモンに指示を出したり、相方との息を合わせたりする必要があるなど一般的に行われている『シングルバトル』よりも『様々な意味』で難しいバトル方式と言えた。しかし、彼らにとってはそれは全く苦にはならず、『シングルバトル』よりも合っていると感じた事で、彼らはダブルバトルを専門としたトレーナーとなり、いつしか彼らの夢は最強のダブルバトルトレーナーになっていた。

 そして、アカリとアオトがそれぞれのパートナーポケモンの事を労っていると、対戦相手を務めていたテッセンがライボルトを伴って彼らへと近づき、辺りに響き渡るほど大きな笑い声を上げた。

「わっはははは!! さっきの勝負はとても良い勝負だったぞ、二人とも! この前相手をした時よりも確実に成長しているようじゃし、お前達にプラスルとマイナンを勧めた甲斐があったという物じゃ」

「ありがとうございます、テッセンさん。でも、やっぱりテッセンさんのポケモンを倒すまではいかなかったですけどね……」

「はっはっは! そこは精進あるのみじゃぞ、アカリ! 最強のダブルバトルトレーナーを目指すのならば、まずは『トクサネシティ』のフウとランを倒す必要もあるしな!」

「……やっぱりそうですよね」

「うむ! だからこそ、これからも二人でしっかりと修行に励んでおけ。お前さん達の夢を叶えるためにもな!」

「「はい」」

 テッセンの言葉に二人は同時に返事をした後、服のポケットから『オボンのみ』を取りだし、肩に乗せたそれぞれのパートナーポケモン達へと手渡した。そして、二匹が嬉しそうに『オボンのみ』を食べる様子を見ながらアカリはうーんと唸りながら顎に手を当てた。

「こうなると、やっぱり私達も旅に出た方が良いのかな……? 一応、私達も旅に出る事が出来る年齢なわけだし、旅の中で新しい戦術なんかも見つけた方がこれからのためになる気がしてきたんだよね……」

「旅か……それは良い考えだと思うけど、旅に出るためにはそれなりの準備が必要になるし、他の皆が旅立っていったタイミングで旅立たない事にしたのに、今更旅に出るっていうのもなんかアレじゃないかな……?」

「やっぱりそうだよね……でも、このままテッセンさんに手伝ってもらってばかりなのも何だか申し訳ないしね……」

「そうだよね……」

 アカリとアオトが同時に小さな溜息をついていたその時、それを見ていたテッセンはニヤリと笑いながらアカリ達に話し掛けた。

「それなら……あえて別の地方に旅に出るというのはどうじゃ? 別の地方ならば、他の奴らには会う事も無いじゃろうし、他の地方のポケモンとも出会えるから、このホウエンにいるだけじゃ見つからん戦術も見つかるかもしれんぞ?」

「他の地方での旅……つまり、『カントー地方』とか『ジョウト地方』とかに行って旅をするって事ですよね?」

「そういう事じゃな。別の地方にしかおらんポケモンももちろんおるわけじゃし、もし本当にそうする気があるのならそうしてみるのも手じゃと思うぞ?」

「別の地方、か……私はアオトが一緒なら別の地方に行くのは問題無いけど、問題があるとすれば……」

「……母さん達の説得、か……。まあそうなると、この件についてはとりあえずそれをどうにかしてからになりそうだね」

「だね……はあ、母さん達の説得は絶対に苦労しそうだなぁ……」

「確かにね。まあ、どこの地方に何のために行きたいかが伝われば、母さん達ももしかしたら首を縦に振ってくれるかもしれないし、とりあえず頑張ってみようよ、アカリ」

「アオト……うん、そうだね。やる前から暗くなっててもしょうがないし、まずはやってみないとだよね!」

「うん。だけど、まずは旅をする地方を決めないとだね」

「あ……それもそっか。うーん……でも、どこが良いのかな……?」

 アカリは顎に手を当てながらしばらく考えていたが、突然テッセンの方へ視線を向けると、小首を傾げながらテッセンに話し掛けた。

「テッセンさん、どこかオススメの地方ってありますか?」

「オススメの地方か……さっき例として挙げていた『カントー地方』や『ジョウト地方』ももちろんオススメじゃが、かなり遠くになるが『シンオウ地方』も捨てがたい……」

「それに『イッシュ地方』や『カロス地方』、『アローラ地方』もありますよね」

「うむ……どの地方にもそれぞれ良いところがあるから、その中でも特にオススメの地方となると……」

 軽く空を見上げながら考え込んでいたその時、「……おっ、そうじゃ!」と何かを思いついた様子で大声を上げたため、アカリ達は驚きから一斉にビクッと体を震わせた。

「テ、テッセンさん……流石にその音量はビックリしますって……」

「すまんすまん! お前さん達にちょうど良さそうな地方を思い出したもんで、思わず大声を上げてしまったわい」

「僕達にちょうど良さそうな地方……それってどこなんですか?」

「うむ、それはな……『ヤマト地方』じゃ!」

「「『ヤマト地方』……?」」

「プラ……?」

「マイ……?」

 アカリ達とルビア達が同時に不思議そうな表情を浮かべる中、テッセンは「うむ」と大きく頷きながら『ヤマト地方』についての説明を始めた。

「『ヤマト地方』というのは、『シンオウ地方』から南に行ったところにある地方で、この地方にはおよそ400種のポケモンが生息しているといわれておる」

「およそ400種……でも、どうしてそんなに多くのポケモンが生息しているんですか?」

「そうじゃな……以前聞いたところによると、『ヤマト地方』には昔から腕試しや観光などで様々なから多くのトレーナー達が訪れているんじゃが、そういった者達の中でそれぞれの地方から連れてきたポケモン達を逃がす者達がおったらしく、そういったポケモン達が元々いたポケモン達の中で生き残り、次々と繁殖をしていった結果、今のような生態系になったらしい。そのため、この地方でしか見られないポケモンなどはおらんが、その分本来ならば他の地方でしか見られないポケモンとも出会える事から、今でも色々な目的で訪れる物は多いようじゃな」

「約400種のポケモン達が生息する地方、かぁ……! うん、何だか今からワクワクしてきたかも! ねっ、アオト!」

「確かにそうだけど……まだそこに行くとは決めたわけじゃ――」

「ううん、私的にはこの地方に行くのが良い気がする! アオトだってそう思うでしょ?」

「それは……そうだけど……」

「それに、この地方に行く事を決めたら、後は母さん達の説得をすれば良いわけでしょ? だったら、もう安心だよ。だって、アオトが一緒ならどんな問題だって立ち所に解決出来るから。ね?」

「アカリ……」

 ワクワクした様子で目をキラキラとさせるアカリをアオトは半ば呆れ気味に見ていたが、やがて「……仕方ないか」と小さく笑いながら独り言ちると、アカリにニコリと微笑みかけた。

「分かったよ、アカリ。こうなったら僕も全力で協力するよ」

「ふふっ、ありがと。やっぱりアオトは頼りになるなぁ……♪」

「それはどうも」

 嬉しそうなアカリに対してアオトは落ち着いて答えた後、テッセンの方へ視線を向け、丁寧に一礼をした。

「テッセンさん、『ヤマト地方』の事を教えて頂き本当にありがとうございます」

「はっはっは! これくらい気にする必要は無いぞ、アオト! 未来有望なトレーナー達の手助けをするのもジムリーダーの務めじゃからな。

 ……アカリ、アオト、旅を続けていくとお前達には様々な事が待っておる。しかし、どんな事が待っていようとも協力し合う事を忘れるでないぞ?」

「「はい!」」

 アカリ達は同時に元気よく返事をした後、顔を見合わせながらニコリと笑い合った。

「アオト、最強のダブルバトルトレーナー目指してこれからも頑張っていこうね!」

「うん!」

 微笑みながら固く握手を交わした後、アカリ達は晴れ渡る空の下でとても楽しそうな笑みを浮かべながら旅や両親の説得の件についての話し合いを始めた。




いかがでしたでしょうか。この章でメインとなるキャラは基本的にダブルバトルが専門になるので、他の章とは違ってバトルもダブルバトルが多くなると思いますが、分かりづらくならないように気をつけながら書いていくつもりですので、これからも応援の程よろしくお願いします。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 歌と踊りの冒険者
プロローグ 可憐に咲き誇る花々


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるナデシコをメインとした物語を書いていきます。他の章同様、色々と拙い点はあるかと思いますが、その辺りも含めて楽しんで読んで頂けたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、プロローグを始めていきます。


「みんなー! 私達『ツインフローラ』のライブに来てくれて本当にありがとうー! 今日は心の底から楽しんでいってねー!!」

 シンオウ地方のとある小さな町、その町の中央に建てられたホールのステージに桃色の衣装を着た一人の長い黒髪の少女とパートナーポケモンの姿があった。少女の名前はナデシコ、彼女はシンオウ地方の『ソノオタウン』に建っているとても小さな芸能事務所――『レインボー』の所属アイドルで、まだまだ無名ながらもパートナーであるイーブイのサクラと共に日々レッスンやライブをしており、今日もこのホールでライブの真っ最中だった。

「さあ! もっともっと盛り上がっていこうー!」

「ブイブイー!」

『うおー!!』

 ナデシコ達の声に会場に集まっていた数人のファンが声を張り上げて応えるが、その十数倍の収容人数を誇るホールのガランとした雰囲気はどうにも拭えず、ナデシコとサクラは内心落ち込んでいた。しかし、来てくれたファン達を楽しませるため、ナデシコ達は笑顔を絶やさずステージをいっぱいに使いながらライブの終了時間まで精一杯歌い踊った。

 

 

 

 

「……ふぅ、今日もいっぱい歌って踊ったなぁ……」

「ブイー……」

 ライブ終了後、控え室に戻ったナデシコ達はとても疲れた様子だったが、その表情はとても満ち足りた物であり、彼女達が心から今日のライブを楽しみ、大成功だったと感じていた事は誰の目にも明らかだった。

「お客さんは初ライブの頃からいつも来てくれる皆さんだけだったけど、ファンの人を笑顔にするのが私達の仕事だし、これからもご新規さんを増やしながらあの人達も大切にしていかないとね」

「ブイ!」

「そして、最後にはトップポケモンアイドルとトップアイドルポケモンとして超満員のお客さんの前でライブをする! それが私達の夢だもんね!」

「ブイー!」

「これからもレッスンにライブと色々あるけど、『ツインフローラ』を有名にするためにも全力で頑張っていこう!」

「ブイブイ!」

 ナデシコ達がこれからへ向けて決意を新たにしていたその時、控え室のドアがコンコンとノックされ、「どうぞ」とナデシコはドアの方へ体を向けながら答えた。すると、「失礼します」と言いながら短い茶髪の若いスーツ姿の整った顔立ちの男性が控え室の中へと入り、ナデシコ達の目の前でピタリと足を止めた。

「ナデシコさん、サクラ、今日のライブは本当にお疲れ様でした。新しいファンの方はゲット出来なかったみたいですが、今日来て下さったファンクラブの皆さんは大満足の様子でしたよ」

「ふふっ、それは良かったです。マネージャー――ヤグルマさんもお疲れ様でした。仕事とは言え、いつもヤグルマさんに頑張ってもらっているおかげで、今日みたいなライブが出来ているので、本当に感謝しています」

「いえいえ。私は『ツインフローラ』の最初のファンであり、マネージャーですからこのくらいは当然です。お互いにまだまだ新人ですが、これからも一緒に頑張っていきましょう」

「もちろんです。あの……ヤグルマさんから見たら、今日のライブは何点だったと思います?」

「そうですね……一般的なアイドルのライブの光景としては、満点には程遠いかもしれませんが、『ツインフローラ』もファンの皆さんも心から楽しんでいたように見えたので、そういう意味では満点だったと思います」

 マネージャーが柔らかな笑みを浮かべながらそう告げると、ナデシコはニコリと笑い返しながら満足げに頷いた。

「ありがとうございます、ヤグルマさん。もっとも、私達は今のファンの皆さんも大切にしながら、もっともーっとファンを増やして、最終的にはトップポケモンアイドルとトップアイドルポケモンになるつもりなので、次のライブは満点以上を目指していきます!」

「ブイブイーッ!」

 そんなやる気満々の『ツインフローラ』とは対称的にヤグルマが少し心配そうな表情を浮かべていると、ナデシコ達はキョトンとしながら顔を見合わせた。そして、『ツインフローラ』が揃ってヤグルマへ視線を戻すと、ヤグルマの口からとても信じられない一言が飛び出した。

「……ナデシコさん、サクラ。実は……しばらくの間、『ツインフローラ』にレッスンやライブの予定は無いんです」

「無いって……それはどういう事ですか!?」

「ブイー……!?」

「……詳しくは、事務所に帰ってから社長が直接お話しなさるそうなので、まずは事務所に戻りましょう」

「分かり……ました」

「ブイ……」

 ヤグルマの言葉に答える『ツインフローラ』の様子は、さっきまでとはまったく違い、とても不安げな物であり、控え室内にもとても重苦しい雰囲気が立ちこめていた。しかし、ヤグルマの口から語られた言葉の真意がどうしても知りたかったため、『ツインフローラ』は再び顔を見合わせてコクンと頷いた後、気持ちを切り替えながら事務所に戻る準備を始めた。そして、しっかりと気持ちと準備を整えた後、「行こう」と真剣な表情でサクラとヤグルマに声を掛け、ナデシコは事務所に戻るためにライブ会場を後にした。

 

 

 

 

 数時間後、ソノオタウンにある事務所に戻ると、『ツインフローラ』は微かに怒りの色が浮かんだ表情で事務所のドアを開けて中へと入り、そのまま革張りの椅子に座っている黒い短髪の爽やかそうな印象の男性の目の前まで進むと、一度深呼吸をしてからペコリと頭を下げた。

「クロガネ社長、お疲れ様です」

「ブイ」

「ああ、お疲れ様。さっきヤグルマ君から聞いたが、今日のライブも大成功だったようだし、これからもトップを目指して頑張ってくれたまえ」

「はい、もちろんです。ところで社長、さっきヤグルマさんからしばらくレッスンやライブをしないと言われたんですが、これはどういう事ですか!?」

「ブイブイ!」

「ああ、その事か。なに、君達にはこれから長期間に渡ってやってもらいたい事があってね、そのためにレッスンやライブの予定は入れてないんだよ」

「長期間に渡ってやってもらいたい事……ですか?」

「ああ、その通りだ。ナデシコ君、世間で最近動画サイトに動画を投稿するのが流行りなのは知ってるかな?」

「あ、はい……他の事務所のアイドルや俳優さん、他にも一般の人達もやってる奴ですよね?」

「そうだ。それで、君達『ツインフローラ』にも知名度向上のためにやってもらおうと思ってるんだが……やってみる気はあるかな?」

「はい、私達の夢のためにもそれはやってみたいとは思いますけど……レッスンやライブを無しにしてまでやる内容なんですか?」

「ああ、何故なら――」

 クロガネはとても楽しそうな笑みを浮かべると、『ツインフローラ』の二人の目を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。

「君達には、これからとある地方でポケモンリーグの優勝を目的とした旅をしてもらうからだ」

「……え、えええー!?」

「ブイー!?」

「……は!?」

 クロガネの言葉に『ツインフローラ』とヤグルマが驚きの声を上げる中、クロガネだけは落ち着き払った様子で話を続けた。

「およそ一週間後、『ツインフローラ』にはヤグルマ君を連れて『ヤマト地方』という地方に行ってもらい、旅の様子を生配信しながらジム巡り並びにポケモンリーグの優勝を目指して旅をしてもらう。そして、無事に優勝を果たした暁には、その会場で『ツインフローラ』の生ライブを――」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「ん……何かな?」

「ポケモンリーグの優勝を目指すって……私達がですか!? 私達、ポケモンバトルをまともにやった事無いですし、旅の様子を生配信するなんて無理ですよ!」

「いや、ポケモンバトルなんて誰でも最初は初めてだし、旅の様子はヤグルマ君が撮影するからまったく問題は――」

「大ありですよ! というか、どうしてこの『シンオウ地方』じゃなくて、『ヤマト地方』なんですか!?」

「そうだな……新規ファンの獲得という理由ももちろんあるが、他にも『ヤマト地方』には様々な伝承や豊かな自然があるから、それらを旅の中で紹介する事でリポーターとしての仕事なども増やしていきたいからだよ。君達としても夢を叶えるためにライブ以外の仕事が増えてくれた方が良いだろう?」

「それは、そうですけど……」

「それに、配信時間は朝から夕方までで寝起きなんかは撮らないし、野宿は基本的にさせない方向で考えているから、そこは安心してくれて良い。後はマネージャーとアイドルを一緒に旅に出すという事が、世間からどう見られるかや旅の最中に暴漢などに襲われる危険性についてだが……まあ、ヤグルマ君と手持ちのポケモン達は強いし、ポケモンセンターで取る部屋ももちろん別々にするから、『ツインフローラ』の安全性は確保されているよ」

「私達の安全性はって……それだとヤグルマさん達の安全性はどうなるんですか!?」

「問題ないよ。さっきも言ったが、ヤグルマ君自身もボディーガードとしては申し分ない強さだし、手持ちポケモン達のレベルも結構高い。だから、ヤグルマ君の事を心配する必要は全くないよ」

「で、でも……」

「それに……ヤグルマ君はかつてこの『シンオウ地方』を旅していたトレーナーでもあるから、旅についての知識やポケモンの捕獲技術にも詳しい。だから、これを機に君もトレーナーとしての知識や技術を教えてもらうと良いだろうね」

 クロガネがニヤリと笑いながらヤグルマへ視線を向けると、『ツインフローラ』も釣られたように視線を向け、ヤグルマはそれに対して半ば諦めたように小さく溜息をついた。

「……だから、私を『ツインフローラ』の旅について行かせようとしていたんですね。旅のスタッフ兼トレーナーのサポート役として」

「その通りだが……ヤグルマ君、君の意見はどうだ? もし君が自分には荷が重いと思うなら、その役目を担うトレーナーを外部から連れてくる事にするが……」

「いえ、是非ともやらせて頂きます。『ツインフローラ』とは、同じ新人同士としてここまで一緒にやってきましたから、この役目は私以外には務まらないと思うので」

「……そうか、なら頼んだよ」

 クロガネは計画通りといった様子でニヤリと笑うと、今度は未だ困惑顔の『ツインフローラ』へ視線を移した。

「それで、君達はどうしたい? まあ、別に無理強いをするつもりは無いから、嫌なら嫌だと言ってくれて構わないよ。その時は、この企画自体をポシャらせるだけで、君達に別の何かを強いたり求めたりはしないからね 」

「え、でもそれだと……」

「そう、君達は今まで通りレッスンやライブをしながら夢を叶えるために頑張る毎日に戻るだけ。だから、断ったところで君達が損をするわけでは無い。もっとも、新たなポケモンとの出会いのチャンスなどを失う事にはなるため、『ツインフローラ』の新たな可能性を見つける事も出来なくなるがね」

「『ツインフローラ』の……新たな可能性……」

「ブイ……」

『ツインフローラ』は揃って呟いた後、同時に顔を見合わせながらお互いの目をジッと見つめた。そして、同時に覚悟を決めたような表情を浮かべながらコクンと頷くと、クロガネの方へ向き直った。

「クロガネ社長、私達やります!」

「ブイ!」

「ふふ……そうか、それならこの企画は予定通り君達に任せるとしよう。『ツインフローラ』、ヤグルマ君、君達の旅がより良い物になるように祈っているよ」

「「はい、ありがとうございます!」」

「ブッブイ!」

『ツインフローラ』とヤグルマの返事にクロガネが満足顔で頷く中、『ツインフローラ』とヤグルマはお互いに向き合うと、ニコリと微笑みあいながら握手のためにスッと手を差しだした。

「ヤグルマさん、改めてよろしくお願いします」

「ブイブイ!」

「はい、こちらこそ改めてよろしくお願いします」

 微笑みながら固く握手を交わす彼らの表情には、お互いへの信頼の色が浮かんでおり、その様子から彼らの絆がとても深い物なのがハッキリと見て取れ、それを見るクロガネの目にも安心の色が浮かんでいた。そして、『ツインフローラ』とヤグルマは握手を終えると、彼らは仕事終わりの疲れを感じさせない程、やる気に満ちた目で件の企画についての楽しそうに相談を始めた。

 

 

 

 

「それにしても……今日は色々な事があったなぁ……」

 その日の夜、ナデシコは自室のベッドに腰掛けながら今日の出来事を振り返り、その出来事の内容の濃さに思わずクスリと笑った。

「まさか、こんな私がポケモンリーグの優勝を目指してジム巡りをする事になるなんてね……。それも、マネージャーのヤグルマさんがサポート役として付いてきてくれるわけだし、こんな事他の事務所なら絶対にあり得ないよね。いや、その前に事務所にたった一組しか所属していないアイドルコンビを旅に出すわけも無いのかも……?」

 顎に軽く手を当てながらそんな事を考えていたその時、ベッドの上で丸くなって眠っているサクラの小さな寝言が耳に入り、ナデシコはサクラの方へ視線を向けた。そして、サクラのサラサラとした毛並みを優しく撫でながらサクラやヤグルマとの出会いについて思い返した。

 一年前、ナデシコが『ソノオのはなばたけ』へ一人で遊びに行くと、綺麗な花々の中に何かが隠れている事に気付き、ナデシコは警戒をしながらもそれへと近づき、息を潜めながらその正体を確認した。すると、そこには小さな鳴き声を上げながらその場にうずくまるイーブイの姿があり、イーブイがここにいる事に珍しさを感じていた。しかし、イーブイが後ろ足を怪我している事に気付くと、ナデシコはすぐにポケモンセンターへと連れて行くためにイーブイを優しく抱き上げ、急いで『ソノオタウン』ヘと戻った。そして、そのままポケモンセンターへ向かって走っていたその時、ナデシコは向かい側から歩いてきた人物と強くぶつかり、イーブイを抱きかかえたまま転びそうになったが、ぶつかってしまった人物が素早くナデシコの腕を掴み、軽く抱き締める形でスッと自身の方へ引き寄せた事でナデシコはどうにか転ばずに済んだ。ナデシコは軽くでも知らない人物から抱きしめられた事に恥ずかしさを覚え、頬を軽く赤らめていたが、その人物が自分から離れると同時に急いで気持ちを落ち着け、ぶつかってしまった事についての謝罪と助けてもらった事への感謝の言葉を口にした。すると、その人物は優しい笑みを浮かべながらぶつかられた事を気にしておらず、逆にナデシコに怪我が無いかを訊き始めため、ナデシコはその人物の事を不思議に思いながらも怪我をしていない事を告げ、イーブイをすぐにでもポケモンセンターへ連れて行くためにお礼もそこそこにその場を立ち去ろうとした。しかし、その人物はナデシコの腕の中にいるイーブイの様子に疑問を抱き、ナデシコにその事について問い始めた。そして、ナデシコがそれについて正直に答えると、その人物は背負っていたリュックから『いいきずぐすり』を取りだし、素早くイーブイの治療を始めた。その手慣れた様子にナデシコはただそれを見ているしか無かったが、その人物が治療を終えてイーブイが嬉しそうに鳴き声を上げると、ナデシコはイーブイが元気になった事を喜び、イーブイの事を愛おしそうに抱きしめた。そして、その人物がイーブイに対して声を掛けながら頭を軽く撫でていたその時、偶然そこに通り掛かったのが、ナデシコとサクラがアイドルコンビとして所属し、ヤグルマがそのマネージャーとして雇われる事になる芸能事務所『レインボー』の社長であるクロガネだった。クロガネはその奇妙な組み合わせの一団に興味を持ち、ナデシコ達に声を掛けてその事情を聞きだした。そして、話を聞き終えた後にナデシコと後のサクラの組み合わせにアイドルとしての可能性を見出し、ヤグルマの治療の迅速さや適切さなどからアイドルのマネージャーとしての素質を感じ、ナデシコ達を揃ってスカウトしたのだった。

「……まさか、気まぐれの散歩からこんな事になるなんてね……。ふふ、人生って本当に何が起こるか分からないものなんだなぁ……」

 その日の事を思い出し、サクラを撫で続けながら一人でクスクスと笑った後、ナデシコは穏やかな寝顔で眠り続けるサクラに声を掛けた。

「サクラ、旅は大変な事ばかりだと思うけど、一緒に頑張っていこうね」

「ブィ……」

 まるでそれに答えたかのようなタイミングでサクラが寝言を言った瞬間、ナデシコは一瞬だけビックリしたような表情を浮かべながら手を止めたが、その表情はすぐに微笑みへと戻った。そして、スヤスヤと眠るサクラを見守りながらサクラとヤグルマとのヤマト地方での旅に思いを馳せた。




いかがでしたでしょうか。基本的にはナデシコのバトルがメインとなりますが、物語の展開的にはヤグルマのバトルも書いていくつもりですので、楽しみにしていて頂けるとありがたいです。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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配信第1回 準備開始! 二輪の花々と支えるファン達

どうも、ブイズの中では一番イーブイが好きな片倉政実です。今回は旅の準備の開始回となっています。
それでは、配信第1回をどうぞ。


 ナデシコ達『ツインフローラ』の『ヤマト地方』でのリーグ優勝を目指す配信旅が決定した翌日、ナデシコは自室で身支度を調えた後、サクラと共に配信旅の事について話し合っていた。

「うーん……一応、昨日の内に『ヤマト地方』の事については軽く調べてみたけど、やっぱり問題はどんなポケモンを捕まえていくかだよね……」

「ブイ……」

「一応、『ヤマト地方』のポケモンリーグの優勝が目標だから、手持ちポケモンのタイプはばらけていた方が良いと思うけど、社長の事だから旅の最中も機会があればライブをしてほしいなんて言うだろうから、ライブのパフォーマンスの事も加味しないといけないし……はあ、一体どうしたら良いのかな……?」

 ナデシコが少し暗い表情で溜息をつき、そんなナデシコの事をサクラが心配そうに見つめていたその時、「……ブイ!」とサクラが何かを思いついたような声を上げると、ナデシコは不思議そうな表情でサクラに話し掛けた。

「サクラ、どうかしたの?」

「ブイ、ブイブイ!」

 そして、サクラが鳴き声を上げながら机の上に置かれたパソコンを前足で指すと、ナデシコは「……あ、なるほどね!」とサクラの考えを理解した様子で両手をポンとならし、ニコリと笑いながらサクラの頭を優しく撫で始めた。

「『レインボー』のホームページにはファンの人達との交流を目的にした掲示板があるから、それを使ってファンの人達にオススメのポケモンを訊いてみる。サクラ、ナイスアイデアだよ」

「イッブイ!」

「……まあ、それを書き込むにはまずはヤグルマさんにも相談をする必要があるけど、たぶんヤグルマさんも良いって言ってくれるよね」

「ブイ!」

「よし……そうと決まれば、早速『レインボー』に行って、この事を訊いてみなくちゃ! 行こう、サクラ!」

「ブッブイ!」

 そして、部屋の隅に置かれたポールスタンドに掛けられている小さな桜色のリュックサックと若草色のキャスケットを取り、それらを身に着けた後、ナデシコはサクラを連れて部屋を出ていった。

 

 

 

 

 数分後、『レインボー』に着いたナデシコが事務所のドアをゆっくりと開けると、中ではマネージャー兼旅の同行者であるヤグルマと社長のクロガネが楽しそうに何かを話しており、そのいつも通りの事務所の光景にナデシコは安心感を覚えながら二人に向かって声を掛けた。

「ヤグルマさん、クロガネ社長、おはようございます」

「ブッブイ」

「……あ、ナデシコさんにサクラ、おはようございます」

「うむ、おはよう! 今日はいつもより早い出勤だが、もしや配信旅の事について何か訊きたい事があるのかね?」

「あ、はい。実は配信旅の手持ちポケモンの事で少し相談したい事があるんです」

「手持ちポケモンか……たしかにポケモンリーグの優勝とこれからのライブのパフォーマンスの事を考えると、どのポケモンでも良いというわけじゃないからな……」

「はい、それでなんですけど……それを事務所のホームページにある交流掲示板に相談してみたいんです。もちろん、そこでオススメしてもらったポケモンと必ず出会えるわけではないですけど、それでも参考にはなると思うんです」

「なるほど……それにしても、よくそんな案を思いつきましたね」

 ヤグルマが感心した様子で言う中、ナデシコはサクラを静かに抱き抱えると、ニコリと笑いながらそれに答えた。

「実は……これはサクラの案なんです」

「サクラの……?」

「はい、どうしたら良いかなと思っていた時、サクラがパソコンを指し示して教えてくれたんです」

「なるほど……」

「トレーナーの悩みをポケモンが解決する……うむ、ナデシコ君達はやはりとても良い関係性だな!」

「ふふ、はい。それで、交流掲示板に書き込んで相談をする件はどうでしょうか?」

「私は賛成です。前に一度、『ツインフローラ』のファンの皆さんと会う機会があったのですが、皆さんとても良い方々ばかりだったので、今回の件も安心して相談をする事が出来ると思います」

「うむ、私も掲示板の件は賛成だ。後は書き込みの件だが……」

「あ、それは私達がやりたいです。やっぱり、ファンの皆さんに訊く以上は、本人が訊くべきだと思うので」

「分かった。それでは、それについては君達に一任しよう」

「ありがとうございます、クロガネ社長!」

「イッブイ!」

「はっはっは、どういたしまして! では諸君、今日も一日元気に頑張っていこう!」

「「はい!」」

「ブイ!」

 事務所内にナデシコ達の元気の良い声が響き渡った後、ヤグルマとクロガネがそれぞれの仕事に取り掛かりだし、それを見たナデシコ達が早速掲示板への書き込みを始めようとしたその時、突然「あ……ナデシコさん、ちょっと良いですか?」とヤグルマが仕事の手を止めてナデシコに声を掛けた。

「はい、何ですか?」

「お昼休みの後、少しお時間を頂きたいんですが、よろしいですか?」

「はい、もちろん良いですけど……どうかしたんですか?」

「いえ、旅に出る前にナデシコさん達にポケモンバトルについて色々知ってもらおうと思っているのですが、ナデシコさんとサクラはポケモンバトルの経験がまだあまり無いんでしたよね?」

「あ、はい……私は小さい頃にトレーナーズスクールに通っていたので、少しだけならポケモンバトルをした事がありますけど、サクラはまだバトルをした事が無いですね」

 ナデシコの返答にヤグルマは「そうですか……」と軽く俯きながら呟くと、しばらく考え込んだ後に「……まあ、アイツなら大丈夫だよな」と独り言ちてからナデシコの方へ向き直った。

「……分かりました。それでは、本日は現在のナデシコさん達の強さを測るために一度私とバトルをしてみましょう」

「私達がヤグルマさんとですか……!?」

「ブイ!?」

「はい。テストなどで知識を試すだけでも良いですが、やはり実戦でないと分からない事もあると思いますから。なので、お昼休みの後にポケモンバトルをしてみようと思うのですが、ナデシコさん達はそれでも構いませんか?」

「あ、はい……大丈夫です」

「ブイ……」

「分かりました」

 ナデシコ達の返事に頷くと、ヤグルマは静かに椅子から立ち上がってからクロガネに声を掛けた。

「クロガネ社長、すみませんが少しだけ外に出て来ます」

「うむ、分かった。気をつけて行ってきてくれたまえ」

「はい」

 そして、ヤグルマが嬉しそうな笑みを浮かべながら事務所を出ていった後、ナデシコは少し不思議そうな表情でクロガネに話し掛けた。

「クロガネ社長、ヤグルマさんはどこへ行ったんですか?」

「……ん? ああ、恐らくだが彼の仲間達の元だよ」

「仲間……ですか?」

「ブイ?」

「まあ、正確に言うならば彼が旅をしていた頃の手持ちポケモン達のところだな。ナデシコ君、ヤグルマ君のポケモンの中で君が知っているのはたしかドダイトスのランドだけだったかな?」

「あ、はい……」

「前にも言ったが、彼はかつてこの『シンオウ地方』を旅していたトレーナーで、シンオウリーグにも出場していた程の実力者だ。だが、何度も挑戦しても優勝を飾るまでには至らず、その内に自分の腕では優勝をする事が出来ないと思うようになった結果、もういい加減旅を止めて自分のポケモン達と静かに暮らせる場所を探そうという気になったそうだ。そして、その準備のためにランド以外のポケモン達を知り合いの育て屋のところに一度預け、その旨を親御さん達に伝えるために故郷であるこの『ソノオタウン』に帰ってきたところで私達と出会ったと前に言っていたよ」

「そうだったんですね……」

「まあ、真偽の程は分からないが、出ていく時の彼の顔を見るに恐らく私の予想は合っていると思うよ。あそこまで嬉しそうな顔をしている彼を見るのは、『ツインフローラ』の初ライブが決まった時やファンとの交流会から帰ってきた時以来だからね。そこから考えるに、今の彼にとってはかつて旅をしていた頃のポケモン達と同じくらい『ツインフローラ』という存在は大切な物になっているのかもしれないねぇ……」

 ヤグルマが出ていった事務所の入り口を見ながらクロガネは少し嬉しそうな様子で呟いたが、すぐに気持ちを切り替えた様子でナデシコ達に声を掛けた。

「さて、この話はとりあえずおしまいにして、私達は私達が出来る事をしよう」

「はい、分かりました!」

「イッブイ!」

 ナデシコ達の返事に満足げにクロガネが頷き、再び自分の仕事に取り掛かり始めた後、ナデシコ達は自分達用に用意された机へと向かい、その上に置かれたパソコンの電源を入れてから、メモ用紙と筆記用具を用意した。そして、手慣れた様子で『レインボー』のホームページを開くと、画面上にはその名前の通り、七色で彩られたホームページが映し出された。

「さて……それじゃあ早速交流チャットに──って、あれ……これって……?」

 ナデシコの目に映った物、それは『可憐な花々の虹色ライブアドベンチャー』と書かれた小さなバナーだった。そして、ナデシコがそれをクリックすると、画面にはそれぞれの名前の花をモチーフにした衣装を纏ったナデシコ達の画像や旅をする『ヤマト地方』の紹介、配信旅の目的などが表示された。

「社長達、こんなページまで作ってくれてたんだね……」

「ブイ……ブイ、イッブイ」

「……うん、そうだよね。ここまで応援してもらってるんだもん。社長とヤグルマさんの期待には絶対に応えないとだよね!」

「ブッブイ!」

「よぉーし……それじゃあファンの皆さんから意見を貰うために交流チャットにアクセスしに行こう!」

「ブイ!」

 サクラと笑い合った後、ナデシコはホームページのトップページへ戻り、ホームページ内にある交流チャットのリンクをクリックし、画面に『フローラ交流チャット』という名前とそれにログインをしているメンバーの名前、IDとパスワードを打ち込むスペースが表示されると、ナデシコは慣れた様子でアクセスするためのIDとパスワードを入力した。すると、『ナデシコさんがログインしました』というメッセージが表示され、ナデシコはやる気に満ちた様子でファン達への問いかけの文章を打ち始めた。

『皆さん、おはようございます。『ツインフローラ』のナデシコです。突然なのですが、皆さんに一つ質問をしてもよろしいでしょうか?』

 すると、画面上にナデシコが書き込んだ内容に対するファンからの返事が瞬時に表示された。

『ナデシコさん、おはようございます! 僕達で良ければ全力で答えさせてもらいますよ!』

『いつも『ツインフローラ』に元気を貰っている分、答えられる限り答えさせてもらうぜ!』

『ナデシコさん、サクラさん、どうぞ遠慮無く質問をなさって下さい』

「皆さん……ふふっ、こう言ってもらえるなんて私達は本当に幸せ者だね、サクラ」

「ブイ!」

『皆さん、ありがとうございます。それで質問なのですが、皆さんは私達がポケモンリーグの優勝を目指して『ヤマト地方』を旅する事はもうご存じでしょうか?』

『もちろん!』

『という事は……質問の内容もそれに関する事で良いのかな?』

『はい。旅の目的はポケモンリーグの優勝と優勝記念ライブをする事ではあるんですが、優勝記念ライブやこれからのライブのパフォーマンスの事も考えたら、どんなポケモンを捕まえていったら良いのかなってちょっと迷ってしまったんです……』

『ああ、なるほど……』

『たしかにそこは問題ですね……』

『はい……なので、もしも皆さんが『ヤマト地方』に棲息しているポケモンについて何かご存じであれば、オススメのポケモンをお伺いしたいんです。もちろん、オススメして頂いたポケモンを必ず捕まえられるわけではないですが、配信旅……『可憐な花々の虹色ライブアドベンチャー』をする上で、下調べなどの参考にしたいんです。どうかよろしくお願いします』

『『ヤマト地方』に棲息しているポケモンかぁ……あの地方にはたしか300種類くらいのポケモンがいるから、そこから絞るとなるとなぁ……』

『そうですよね……』

 ナデシコからの書き込みにファン達が少し困ったような反応をしていたその時、『……あ』とファンの一人が何かを思いついたような書き込みをしたかと思うと、そのファンからの書き込みが続けて画面に表示された。

『たしかなんですが……『ヤマト地方』にはアシマリが棲息していると前に聞いた事があります』

『アシマリ……たしか『アローラ地方』の初心者用ポケモンの一匹だったよな、()()()?』

『はい。アシマリにステージ上でダンスをさせるのは少し工夫が必要かもしれませんが、最終進化系のアシレーヌは画になるビジュアルですし、水/フェアリータイプという事で、相性の面でも優れていますから良いんじゃないかと思うんです』

『なるほど……貴重なご意見をありがとうございます、シードさん』

『いえいえ』

『けど、それなら今度はダンスが得意そうなポケモンが欲しくなるけど、それに該当しそうなポケモンって何がいるのかな……?』

 ファンの一人からそんな疑問が上がったその時、画面に『オウルさんがログインしました』というメッセージが表示され、そのメッセージにナデシコは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あ、オウルさんだ……! ここ最近、チャットでもライブでも見掛けなかったから、何かあったのかと思ってスゴく心配してたんだよね……」

「イーブイ!」

「ふふ、サクラもオウルさんの事は好きだから嬉しいよね。さて……それじゃあオウルさんにも意見を訊いてみようかな?」

 そして、ナデシコは嬉しそうな笑みを浮かべたまま再び書き込みを始めた。

『オウルさん、お久しぶりです!』

『はい、お久しぶりです、ナデシコさん。皆さんもお久しぶりです』

『久しぶり、オウル』

『最近、チャットにもライブにも顔出してなかったけど、何かあったのか?』

『あ、はい……実は最近、私が住んでいる地方での一人旅を始めてまして、それでライブはもちろんの事、チャットにも中々顔を出せずにいたのです。本当に申し訳ありませんでした』

『いえ、それなら仕方ないですよ。旅、楽しんできて下さいね』

『……はい、ありがとうございます。ところで……ログを読んできたのですが、今はナデシコさん達が『ヤマト地方』で旅をする上でオススメのポケモンを探しているところだったんですよね?』

『はい。オウルさんはどんなポケモンが良いと思いますか?』

『そうですね……あ、そういえば……』

『ん、何か良いポケモンでもいたのかい?』

『はい。ただ……噂として聞いた程度なので、信憑性はあまり無いのですが、どうやら『ヤマト地方』でメロエッタを見掛けた人がいるみたいなのです』

『メロエッタって……『イッシュ地方』の伝説のポケモンだよな……』

『はい、その通りです。ノーマル/エスパータイプの『ボイスフォルム』と『いにしえのうた』によってフォルムチェンジをしたノーマル/格闘タイプの『ステップフォルム』、この二つを持つメロエッタならナデシコさん達の旅でもライブでも大活躍してくれると思います。ただ……先程も言ったようにあくまでも噂程度なので、本当にいるのかすら分かりませんが……』

『いえ、それでも私にとっては本当に貴重な情報です。オウルさん、本当にありがとうございます!』

『あ、いえ……ナデシコさんのお役に立てたようでなによりです。ナデシコさん、配信旅頑張って下さいね。私も応援しています』

『はい、ありがとうございます!』

 オウルからの激励に答えた後、ナデシコは用意したメモ用紙にここまで上がったポケモン達の名前を書いた。そして、再び画面に目を向けると、ファン達と色々な会話をしながら次々とオススメのポケモンを訊いていき、メモ用紙が5枚ほど書いた字で真っ黒になった頃、後ろから肩を軽く2回ほど叩かれた感触でナデシコはハッとし、ゆっくりと後ろを振り返った。すると、そこには手に青い弁当箱を持ちながら苦笑いを浮かべているヤグルマの姿があった。

「……あ、ヤグルマさん。お帰りなさいです」

「はい、ただ今戻りました。ファンの皆さんとの交流が楽しいのはわかりますが、少し休憩しませんか?」

「え……?」

 ヤグルマの言葉を聞いて壁掛けタイプの時計に視線を向けると、時計の針は12時を差していた。

「あ、もうこんなに時間が経ってたんだ……」

「はい。なので、ここらで少し休憩にしましょう」

「わかりました。それじゃあその前に……」

 そう言うと、ナデシコは画面に視線を戻し、ゆっくりと文章を打ち始めた。

『皆さん、本当にありがとうございます。皆さんから頂いたポケモンのアイデアは同行者であるマネージャーのヤグルマさんや社長にも見てもらい、話し合いをした上で、どのポケモンを捕まえる事にするかを決めようと思います』

『わかりました!』

『どのポケモンがナデシコちゃん達の仲間になるか今から楽しみにさせてもらうぜ!』

『そうですね。あ、そういえば……新しいポケモンが加わったら、ユニット名も『ツインフローラ』から変えるんですか?』

「ユニット名……ヤグルマさん、どうしましょうか?」

「そうですね……私の中では『ツインフローラ』自体は残し、他のポケモンと組んだ時だけ別のユニット名にするつもりでしたよ」

「なるほど……『今、ヤグルマさんから聞いたんですが、ヤグルマさんの中では『ツインフローラ』は私とサクラが組んだ時だけのユニットとして残し、他のポケモンと組んだ時だけ別のユニット名にする予定みたいです』」

『『ツインフローラ』は残るんですね……それは良かった』

『やっぱり、『ツインフローラ』は俺達にとっても特別だからな』

『そうですね。でも、他のポケモンと一緒に舞台の上で歌って踊るナデシコさんも今から楽しみです』

『そうですなぁ……』

『ふふ、『ツインフローラ』の事を特別と言って頂いてとても嬉しいです。それでは、キリも良いのでそろそろ一度落ちますね。皆さん、本当にありがとうございました』

 それに対してファン達が様々な言葉を掛ける中、ナデシコはそれを見て嬉しそうな笑みを浮かべながらチャット画面を閉じ、そのままパソコンをシャットダウンすると、様々なポケモンの名前が書かれたメモをチラリと見た。

「それにしても……結構書いたよね、サクラ」

「ブイ……ブイ、ブッブイ?」

「ん? この中の何匹を採用するのかって?」

「ブイ」

「そうだね……ヤグルマさん、手持ちポケモンの最大数はたしか6体でしたよね?」

「ええ。ですが、中には捕まえたポケモンを知り合いに預かってもらったりして、時と場合によって手持ちポケモンを入れ替えるトレーナーもいるようですよ」

「そうなんですね。そうなると、私の場合は……」

「事務所に預けるのはちょっと難しいので、私の知り合いの育て屋に預かってもらいましょうか。彼なら信用出来ますし、彼も『ツインフローラ』のファンらしいので、喜んで預かってくれますよ」

「『ツインフローラ』のファン……もしかして、今までライブに来てくれてるファンの皆さんの内の誰かだったりしますか?」

「あ、いえ……ファンになったのはつい最近で、この前のライブの映像を私が見せたら、すっかりファンになったようです」

「なるほど……」

「まあ、預ける時が来たら、またこの話はするとして、今はお昼ご飯を食べながらどのポケモンを捕まえる事にするかを決めていきましょうか。クロガネ社長、よろしいですか?」

「うむ、もちろんだ」

「ありがとうございます。それでは、早速お昼ご飯にしましょうか」

「はい!」

「ブイ!」

「ああ」

 ヤグルマの言葉に全員が揃って返事をした後、ナデシコ達は応接用に使われているガラス製のテーブルにそれぞれの昼食を置き、ソファーに静かに座ってから昼食を食べながら捕まえるポケモンの話し合いを始めた。

 

 

 

 

 一時間後、別の紙にまとめられたポケモンの名前のリストを見て、クロガネは満足げに頷いた。

「……よし、それでは『ヤマト地方』で捕まえるのは、とりあえずこちらにまとめたポケモン達にしよう」

「はい!」

「ブッブイ!」

「わかりました」

「まあ、他にも現地で出会ったポケモンの中でこれだと思ったポケモンがいれば、仲間に加えてくれて構わない。多ければ多いほど、大変にはなってくるが、パフォーマンスの幅も広がるからな。そして、捕まえたポケモンが6体以上になった時は、ヤグルマ君の知り合いの育て屋に預かってもらう。それで良かったかな?」

「はい。まだ確認は取っていませんが、恐らく彼なら喜んで預かってくれると思います」

「わかった。さて……そろそろ()()の時間かな?」

「あれ……あ、私達とヤグルマさんの練習バトル!」

「ブイ!」

「ふふ……ナデシコさん、サクラ、準備は良いですか?」

「あ、えっと……実はまだ心の準備が出来てないというかなんというか……」

「ブイ……」

「ははっ、大丈夫ですよ。たぶん、心の準備が出来てないのは()()()も一緒ですから」

「アイツ……もしかして、私達が戦う相手の事ですか?」

「ええ。アイツは『ツインフローラ』──特にサクラのファンですから、憧れのアイドルと戦うとあってスゴく緊張してましたよ」

「サクラのファン……ふふっ、良かったね、サクラ」

「ブイ!」

 サクラが嬉しそうな鳴き声を上げる中、ヤグルマは笑みを浮かべてサクラを撫でながらナデシコ達に話し掛けた。

「どうやら、少しは緊張が解れたようですね。さて……それではそろそろ行きましょうか」

「行きましょうかって……あの、どこへ?」

「ポケモンセンターのバトルフィールドです。アイツらの修練のために『レインボー』にもいつかはバトルフィールドを作りたいんですが……その話はまたいつかする事にして、今はバトルフィールドに行く事にしましょうか」

「あ、はい……」

 返事をしながらナデシコがヤグルマと共に静かに立ち上がると、それと同時にクロガネも立ち上がり、自分の机に近づいた。そして、机の引き出しからWebカメラを取り出し始めると、それを見たヤグルマは不思議そうに首を傾げた。

「クロガネ社長、そのカメラは……それに、ノートパソコンや椅子は何のために?」

「なに、せっかくの君達のポケモンバトルだからな。記録に残したくなるのは当然だろう?」

「えっ、記録に残すんですか!?」

「うむ、そうだが……嫌かね?」

「嫌ではないですけど……更に緊張するというか……」

「はっはっは! 人気になったらもっと色々な場面で撮られるようになるんだ。今の内から慣れておきたまえ!」

「は、はい……」

「ブイ……」

「では皆、早速行くとしようか!」

 そのクロガネの言葉に全員が頷いた後、ナデシコ達は『レインボー』を出て、ポケモンセンターのバトルフィールドへと向かった。そして、バトルフィールドに着くと、クロガネが撮影の準備を始める中、ナデシコとヤグルマはそれぞれの位置に着き、バトルをする準備を始めた。

「すぅー……はぁ……うん、気持ちはすっかり落ち着いたかな。サクラは?」

「ブイ、ブイブッブイ!」

「うん、サクラも大丈夫みたいだね。ヤグルマさん、私達は準備OKです!」

「わかりました。クロガネ社長、私達はいつでもバトルを始められます」

「了解だ──よし、私も準備完了だ」

「わかりました。それでは、これより特訓バトルを開始します。使用ポケモンは一体、どちらかが先に戦闘不能になった時点でバトルは終了とします」

「わかりました!」

「ブイ……!」

 ナデシコとサクラが同時に返事をすると、ヤグルマはそれに対して頷き、そのままクロガネの方へと顔を向けた。

「クロガネ社長、バトル開始の合図をして頂けますか?」

「うむ、もちろんだとも。では皆、準備は良いかな?」

「はい!」

「ブイ!」

「いつでも大丈夫です」

 ナデシコ達の返事に頷くと、クロガネはカメラを回しながら大声を上げた。

「……では、バトル……スタート!」




配信第1回、いかがでしたでしょうか。次回はナデシコVSヤグルマのバトルで、ヤグルマが繰り出すポケモンは何か。これを想像しながら次回を待っていて頂けると幸いです。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 癒しを与えし冒険者
プロローグ 癒しの緑蛇


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるリートをメインとした物語を書いていきます。他の章同様、色々と拙い点もあるかと思いますが、皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張って書いていこうと思っています。よろしくお願いします。
それでは、プロローグを始めていきます。


『カントー地方』や『ジョウト地方』などから離れた場所に位置し、様々な伝説や言い伝えが残る地方、『イッシュ地方』。そんな『イッシュ地方』の端に存在する小さな田舎町、『カノコタウン』のある一軒の民家の一室で、一人の短い黒髪の少年が窓から外を眺めながら小さな溜息をついていた。

「はあ……今頃、皆はポケモンリーグに挑戦するために頑張ってるんだろうなぁ……」

 少年は旅立っていった同い年の新人トレーナー達の姿を思い出しながらボーッと街並みを眺めていたが、やがて首を小さく横に振った。

「でも、僕には無理だよね……僕は臆病者だし、ポケモンバトルだってそんなに強いわけじゃないし……だから、僕はこうして町に残って将来の夢に向かってひたすら勉強を――」

 その時、部屋のドアが静かに開く音が聞こえ、少年はそちらにゆっくりと顔を向けると、そこにいた『モノ』にニコリと微笑みかけた。

「お疲れ様、アロマ。お手伝いはもう良いって?」

「タージャ」

「ふふ、そっか。アロマはその(つる)を器用に使えるし、色々と気が付くから、お母さん的には大助かりだよね」

「……タジャ」

 アロマと名付けられた二足歩行の緑色の蛇の姿をしたポケモン――『ツタージャ』は落ち着き払った様子で答えると、不意に机の方に視線を向け、立て掛けるように置かれていたリュックサックを蔓で指し示しながら「タジャ、タージャ」と少年に声を掛けた。そして少年はそれに視線を向けたが、少し哀しそうな様子で首を横に振ると、アロマへとゆっくりと近付き、その頭を優しく撫で始めた。

「……アロマ、僕にはポケモンリーグ挑戦の旅なんてやっぱり無理だよ。アロマも知ってる通り、僕はそんなにポケモンバトルが強い方じゃないし、近くの草むらからポケモンが出てきただけで怖くなっちゃうほどの臆病者だからね……」

「タジャ……」

 自分のトレーナーのその姿にアロマは哀しそうな鳴き声を上げたが、少年は哀しそうな笑みを浮かべながらアロマを撫でるだけだった。少年の名前はリート、ツタージャのアロマをパートナーに持つ『カノコタウン』出身のポケモントレーナーなのだが、彼は自分の性格やポケモンバトルの腕から旅をする事は向いていないと判断し、他の新人トレーナー達が意気揚々と旅立っていく中、アロマや家族と一緒にこの町に残る事を決めた。そして、家族やアロマと共に暮らす中で、自分の将来の夢であるポケモンドクターになるための勉強に日々明け暮れていたのだった。

 アロマの事をしばらく撫でた後、リートはアロマの頭からスッと手を離すと、机の上に広げられた参考書やポケモンについて書かれた本の方をチラリと見た。

「僕は旅には出られないけど、こうして町に残ってポケモンドクターになるための勉強をしてるのが一番なんだよ。僕が旅に出たところで、途中で諦めちゃうだろうし、君に色々と辛い思いをさせてしまうだけだからね」

「タジャ、タージャ!」

「……ふふ、違うって思ってくれてるのは嬉しいけど、やっぱりそうなると思うんだ。ポケモントレーナーとして甘いのは分かってるけど、僕は君に出来るだけ傷付いて欲しくないし、辛い思いはしてほしくない。こんな不甲斐ない僕に愛想を尽かさずに一緒にいてくれる君だからこそね」

「タジャ……!」

 納得がいっていない様子で鳴き声を上げるアロマに対して首を横に振った後、リートはチラリと窓の方へ視線を向けたかと思うと、「……そうだ」と何かを思いついた様子で両手をポンッと打ち鳴らした。

「ねえ、アロマ。せっかくだから、今から少しだけ外を散歩しようよ」

「タジャ?」

「勉強をしたいっていう気持ちはあるけど、今日は結構良い天気みたいだし、君と一緒に散歩するのも良いかなと思ってね。どうかな?」

「……タジャ」

「うん、決まりみたいだね。さて……と、それじゃあ早速行こうか」

「タージャ」

 リートはアロマの返事に微笑みながら頷くと、リュックサックの上に置かれていた帽子を被り、アロマを連れて部屋を出た。そして居間にいた母親に軽く声を掛けた後、玄関のドアをゆっくりと開けながら外へと出ていった。

「ん……やっぱり良い天気だと気持ちがいいね。アロマもそう思わない?」

「タジャ……タジャ、タージャ?」

「どうして散歩に行こうなんて言ったの、って顔をしてるね」

「タジャタジャ」

「簡単な話だよ。さっきも言った通り、君と一緒に散歩するのも良いかなと思ったからだよ。……まあ、さっきまでの雰囲気をどうにかしたいと思ったからでもあるけどね」

「タジャ……」

「ふふ、君が気にする必要は無いよ、アロマ。どちらかと言えば悪いのは――」

 そんな会話を交わしながら歩いていたその時、「……あれ、そこにいるのはリート君達かな?」

 という若い男性の声が近くから聞こえ、リート達は会話を打ち切ってそちらに視線を向けた。するとそこにいたのは、白と黒のツートンカラーの帽子を被った和やかな笑みを浮かべる緑色の髪の青年であり、リートはその姿に一瞬驚いたものの、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。

「……Nさん、『カノコタウン』に来ていたんですね」

「ああ、まあね。リート君はその子と一緒に散歩中だったのかな?」

「はい、ちょっと気分を変えようと思って。Nさんはどうしてここに?」

「僕も気分転換だよ。まあ、僕の場合は旅の気分転換だけどね」

「旅……今回はどこに行ってきたんですか?」

「それはね――」

 ワクワクした様子で自分を見つめるリートの事を微笑ましそうに見た後、Nは自分の旅の様子を楽しげに話し始めた。リートとNが出会ったのは、およそ一年前にNがとある人物を訪ねてこの町に来た際、偶然リートに声を掛けたのがきっかけだった。最初はNのミステリアスな雰囲気と知らない人物から声を掛けられたという状況に強い警戒を示していたが、Nの『特異な能力』に興味が湧いた上、敵意が無い事を知った事でリートはNへの警戒を解いた。そして、Nの尋ね人には結局会えなかったものの、Nがリートとアロマの関係性に興味を持った事で、Nは時折リートと話をするために『カノコタウン』を訪れるようになったのだった。

 そしてNの話が終わると、リートは目をキラキラとさせながら楽しそうに声を上げた。

「……今回の旅も色々な事があったんですね……!」

「うん、この『イッシュ地方』を旅していた時もそうだったけど、やっぱり旅では色々な事が起きるよ。もちろん良い事ばかりじゃないけど、『あの頃』に比べれば楽しい毎日だと言えるよ」

「あの頃……確か『プラズマ団』っていう組織に協力をしていた頃があったんですよね」

「ああ、そうだよ。あの頃はポケモンバトルは『トモダチ』を傷付ける物だと考え、トレーナー達から解放をしないといけないと思っていた。けれど、様々な出会いを経て僕の考えは徐々に変化していき、今では旅の中で出会ったトレーナーとポケモンの絆を見るのも楽しみの一つになったよ」

「そうなんですね」

「もちろん、君達の絆も素晴らしいと思っているよ。けど……だからこそ、旅に出ていない事は実に惜しいと感じているよ。君達が旅に出たならば、その絆は更に強固な物に変わり、絆を結ぶ仲間だって確実に増えるだろうからね」

「あはは……そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、やっぱり僕には旅なんて無理ですよ。旅に出たとしても、アロマの事をただ傷付けてしまうだけになってしまいそうですし、皆みたいにポケモンリーグに挑戦するみたいな旅の目標はありませんから……」

「旅の目標、か……でもそれは、本当に必要なのかい?」

「……え?」

 Nの言葉にリートが疑問の声を上げると、Nは真剣な表情で言葉を続けた。

「確かに、僕が出会ってきたトレーナー達は何かしらの目標や目的のような物を持っている人が多かった。リーグへの挑戦や自分の腕試し、中にはあるポケモンのためだけに旅をしているなんて人もいたよ。けれど、それはあくまでもその人達には目標や目的があっただけで、それが無いからといって旅をしてはいけないという理由にはならない。フラリと旅に出てからそういった物が見つかるなんて事も無い事も無いからね」

「それは、そうですけど……でも、やっぱり旅に出たからにはポケモンバトルは避けられないですし、強くなかったらアロマをいたずらに傷付けるだけなんじゃ……」

「そうかもしれない。けどね、傷付く事も成長をするために必要な時があるんだよ。傷付いたり辛い思いをしたりする事だって自分が前に進むためには必要になるんだ」

「自分が前に進むために……」

「リート君、君の将来の夢はポケモンドクターだったよね?」

「あ、はい。そうですけど……」

「ポケモン達を癒すにはそれなりの知識と経験がどうしても必要になる。君は毎日本などで『知識』は手に入れているけれど、傷付いたり毒や麻痺にかかったポケモンを実際に診たりという『経験』は積んではいないだろう? まあ、どこからか状態異常に出来る技を持ったポケモンを連れてきたり、公害問題を抱える場所に連れて行ったりして誰かを実験台にすればその問題は解決できるけど……君は絶対にそんな事はしない。となれば、旅に出る事でその最中に出会った苦しんでいるポケモン達を診て、治療についての最低限の経験を積むのが一番だと僕は思う。近くにポケモンセンターが無い時、応急処置程度でも出来る人が近くにいれば、心から助かる人だって絶対にいるからね」

「Nさん……」

「だが、僕もこの意見を君に強制するつもりは無い。君がそれを必要ないと判断するなら、それはそれで良いからね。だから、これはあくまでも僕からの提案みたいな物で、どうするかを最後に決めるのはリート君自身なんだ」

「最後に決めるのは……僕自身……」

 リートは呟くように独り言ちた後、不安げにチラリとアロマに視線を向けた。しかし、アロマは何も言わずに首を横に振り、ただリートの目をジッと見つめるだけだった。リートはそのアロマの姿に一瞬『どうして……』という非難めいた視線を向けそうになったが、アロマの眼差しから『ある思い』を感じとった瞬間、リートは「……そういう事、なんだね」と小さな声で独り言ちた。そしてNへと視線を戻した後、一度気持ちを落ち着けるように息をついてから静かに話し始めた。

「Nさん、やっぱり僕には旅なんて向いてないと思います」

「……そうか」

「でも、たとえ向いていなくてもやってみる価値はあるかもしれない、Nさんの話を聞いてそう思ったんです」

「…………」

「僕は自他共に認める臆病者で、アロマと出会ってからはずっとアロマに引っ張ってもらいながら自分の夢に向かって歩いてい――いえ、歩いていると勝手に思っていました。自分の世界を自分から縮めているのにそれに気付かないフリをして、それで自分は満足なんだと言い聞かせていただけだったんです。でも、今のNさんの話を聞いて、僕が自分の夢を叶えるにはまずは自分の世界をもう一度広げていかないといけないと感じました。小さな世界で満足している人の治療なんて誰だって受けたくないですし、僕自身もそんな無責任な事はしたくないですから。だから、僕は今すぐにとはいきませんけど、旅に出てみたいと思います。アロマに頼り切るんじゃなく、協力してもらいながら自分の世界を広げて、本当の意味で自分の夢に向かって歩いて行けるように頑張りたいと思うんです」

「……なるほど、ね。実に君らしい結論だと思うよ。それに……その子も君の事を信じて突き放してくれた甲斐があったようだね」

「タジャ、タジャタージャ」

「……うん、そうだね。君が信じたトレーナーだからね、これくらいは当然かもしれない。でも、リート君が旅に出る事を決めた以上、君がリート君をサポートしてあげないといけない時だって必ず来る。その時はしっかりと支えてあげるんだよ?」

「タジャ」

 アロマが当然といった様子で胸を張りながら返事をする中、リートはハッとした表情を浮かべた後、顎に手を当てながらうーんと唸り始めた。

「……旅をすると決めたからには、まずはこの『イッシュ地方』からの方が良いよね。あ、でも……せっかくの機会だから行けるなら別の地方という手も……」

「タジャ……」

 悩み続けるリートの姿にアロマが両手を軽く広げながらやれやれと首を横に振っていたその時、Nはそんなリート達の姿を見ながらクスリと笑った。

「旅先に悩んでいるなら僕にオススメの場所があるよ?」

「オススメの場所……ですか?」

「うん。ここから遠いところにはなるけど、『ヤマト地方』という地方がオススメだね」

「『ヤマト地方』……確か、生息しているポケモンの種類が多く、イッシュのように言い伝えや伝承が多い地方ですよね?」

「そう。さっきも言ったようにここからは遠いけど、腕試しや観光目的で行くトレーナーも多いと聞くし、もし行けるなら経験を積むには良い地方だと思うよ」

「なるほど……」

「もし本当に『ヤマト地方』に行く気があるのなら、僕の『トモダチ』に力を借りても良いけど……どうする?」

「えっと……それはとてもありがたいですけど、やっぱり旅に出ると自分で決めた以上、自分の力で『ヤマト地方』に行く事にします。Nさんと一緒に『ヤマト地方』に向かうというのも面白くて楽しいとは思うんですけど、今回の旅の後にまた別の地方に行こうと思った時、またNさんの力を借りるというわけにもいきませんし、これも自分の成長に繋がると思いますから」

「……分かった。それなら、僕は成長した君の姿を楽しみに待っているとするよ。リート君、アロマ、君達の旅がより良い物になるように願っているよ」

「はい、ありがとうございます!」

 リートはとても嬉しそうな笑みを浮かべながら深く頭を下げた後、やる気に満ちた視線を向けてくるアロマの方へ向くと、拳を軽く握りながら声を掛けた。

「アロマ、これからの旅でどんな事が待っているかは分からないけど、僕達は僕達なりに精一杯頑張っていこう!」

「タジャ!」

 力強く頷きながら答えるアロマの姿に頼もしさを覚えた後、リートはこれからの未来を暗示するような晴れ渡る青空を見上げながら『ヤマト地方』での旅に胸を膨らませた。




いかがでしたでしょうか。次回をどのような話にするかはまだ決めていませんが、出来る限り早めに決めて投稿をしていきたいと思っています。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 人々を魅入らせし冒険者
プロローグ 熱き情熱のマジシャン


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるアリアをメインとした物語を書いていきます。他の章同様、色々と拙い点もあるかと思いますが、皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張って書いていきます。よろしくお願いします。
それでは、早速始めていきます。


「えーと……これがこうだから、ここがこうなって……と」

『カロス地方』の中心付近に存在するビルなどが建ち並び、プラターヌ博士の研究所やジムを兼ねた街のシンボルであるプリズムタワーが有名なカロス地方最大の都市、『ミアレシティ』。この街のある一画に建つ民家の庭で、一人の少女が一生懸命に何かの作業に取り掛かっていた。

「後は……よし、これで良いはず!」

 少女の手には青色のシルクハットと赤色のステッキが握られており、少女は今から行う事の成功を信じて止まないような表情を浮かべていたが、少女の足元で座っている狐の姿のポケモン、『フォッコ』は少々心配そうな視線を少女へと向けていた。

「コーン……」

「ふふっ、大丈夫だよ、ルナ。今度は失敗なんかせずにこのシルクハットの中から『あの子』を出してみせるからね。だから、ルナはそのまま見守ってて」

「コーン……フォッコ!」

「ふふ、良い子だね。さて……それじゃあ始めようか!」

 ルナと名付けられたフォッコが見守る中、少女はステッキを足元へ置いた後、シルクハットをしっかりと頭に被り、一度大きく深呼吸をした。そして目の前に大勢の観客がいるイメージを浮かべ、イメージの中の観客へ向かってシルクハットを脱ぎながら丁寧に一礼をすると、頭を上げると同時にシルクハットを被った。

「さあ、皆様! 今からこちらの中に何も無いシルクハットから、ポケモンを出してご覧に見せます。まずは、本当に中に何も無い事をご確認下さい」

 そう言いながらシルクハットのつばを右手で持ち、右手を横に伸ばしながらシルクハットの中を見せる中、少女はその間に服のポケットの中に入れていたモンスターボールを左手の中に握り込み、右手を戻しながらシルクハットの内側を体側へ向けると同時に、スイッチを押した状態のモンスターボールをさっとシルクハットの中へと滑り込ませた。そして、足元のステッキを左手で拾い上げると、シルクハットの内側を上向きに構えた状態でステッキをシルクハットの上に翳した。

「それでは……参ります! 1……2の――」

 3、と口にしようとしたその時、シルクハットの中から青色の光が放たれると、それと同時に小鳥の姿のポケモンがシルクハットのつばに留まった状態で姿を現した。

「ヤッコ!」

「ちょっ、ちょっと! まだ出てきちゃダメだよ、フラム!」

「ヤッコ! ヤヤッコ!」

「うぅ……相変わらず何を言われてるか分からないけど、何だか前置きとか動作とかについて文句を言われてる気がする……」

「フォッコ……」

 手持ちポケモンである『ヤヤコマ』のフラムから軽く怒りをぶつけられる少女に対して、ルナが気遣うような泣き声を上げる中、少女は落ち込んだ様子で「はあ……」と小さく溜息をついた。少女の名前はアリア、この『ミアレシティ』出身のポケモントレーナーだが、他のトレーナー達と違って旅には出ずに小さな頃からの夢であるポケモンマジシャンを目指して日々練習を積んでいた。しかしその努力は中々実らず、いつも練習を失敗しては溜息をつくという毎日が続いていたのだった。

「うーん……『せっかち』なフラムのためにもう少し別のマジックを考えるべきなのかな……?」

「ヤヤッコ!」

「うん……フラムはそうして欲しそうなんだけど、シルクハットから何かを出すマジックっていうのは、やっぱり掴みにもピッタリだから、これだけは外したくないんだよね……」

「コーン……?」

「……大丈夫だよ、ルナ。今は失敗ばっかり繰り返してるけど、いつかはルナやフラムと一緒にどこかのステージに立てるぐらいにはなるつもりだからね。そうじゃないと……またアイツに『アリア、また失敗ばっかりしてるのかー?』なんて言われちゃうだろうし……」

 ポケモンリーグに挑戦をするために旅立った幼なじみの顔を思い出した後、アリアは少しムッとした表情を浮かべたが、自分の夢を一番応援してくれていたのはその幼なじみだったため、アリアは「……まあ、良いか」と小さく微笑んだ。そして、腕に静かに留まったフラムと足元にいるルナに対してニコリと微笑みかけた後、シルクハットを一度クルリと回してから再び被り直した。

「さて、いつまでも落ち込んでもいられないし、元気を出していこうか。ね、ルナ、フラム!」

「フォッコ!」

「ヤッコ!」

「よーし……それじゃあとりあえず練習をさいか――」

 アリアが練習を再開しようとしたその時、「おっ、今日もやっているね」と感心したような声が聞こえ、アリア達はそちらに向けて顔を向けた。

「あ、プラターヌ博士。こんにちは」

「フォッコ!」

「ヤヤッコ!」

「うん、こんにちは。マジックの練習は捗っているかな?」

「あはは……それが相変わらず全然で……。なので、今日の練習が終わったらもう少しマジックの内容を練り直そうかと思ってるんです」

「ははっ、そうか。まあ、旅立った彼――アルト君に応援してもらっていたからには、彼が帰ってくるまでにはどうにか形にしたいものだね」

「はい……ところで、プラターヌ博士は研究の休憩中だったんですか?」

「うん、それもあるんだけどね……実は君にちょっと頼みたい事があるんだよ」

「頼みたい事……旅には出てないのに、博士にはこのルナを頂きましたし、私に出来る事なら喜んでお手伝いしますよ」

「ふふ、ありがとう。それでは、僕と一緒に研究所まで来てくれるかな?」

「はい、分かりました!」

 アリアは元気よく返事をすると、ルナ達を一度モンスターボールヘと戻し、プラターヌ博士の後に続いて研究所へ向かって歩き始めた。そしてそれから約数分後、アリア達は研究所に着いた後、そのまま中にある研究室へと入っていった。アリアがルナを貰った時の事を思い出しながら研究室の中を見回す中、プラターヌ博士は助手達に帰った旨を伝えながら机の上のパソコンを操作し始めた。そしてとあるページを開いた後、研究室の中を見回しているアリアに声を掛けた。

「アリア君、ちょっと画面を見てもらっても良いかな?」

「……あ、はい」

 アリアは返事をしながら机に近寄り、プラターヌ博士の言う通りにパソコンの画面に目を向けた。すると、そこに映し出されていたのは一人の女性の写真と緑豊かな風景の写真、そして様々な種類のポケモン達の写真だった。

「プラターヌ博士……これは?」

「そこに映し出されているのは、ここから少し遠くにある『ヤマト地方』の風景や棲息しているポケモン達、そしてその地方で僕みたいに博士として研究をしているシロツメ博士だよ。少し前、様々な地方の博士達が集まる機会があってね、その時にシロツメ博士と知り合ったんだよ」

「へえー……でも、この『ヤマト地方』やシロツメ博士がどうかしたんですか?」

「うん、この『ヤマト地方』という地方は、とても自然豊かな地方で生息しているポケモンの数も結構多いんだ。だから、前々からシロツメ博士に研究のついでに来てみてもらえませんか、なんて言われてたんだけど……中々行く機会が無くってね」

「ふむふむ……でも、それなら助手の皆さんに代わりに行ってもらう事だって出来るんじゃないですか? ほら、この研究所にはとても強いポケモンだっていますし、その子達に一緒に来てもらえれば、助手の皆さんだって安心だと思いますし……」

「ああ、確かに研究のためだけならそれでも問題ない。でもね、僕としては『研究者』としての目線じゃなく、『ポケモントレーナー』としての目線でこの『ヤマト地方』のポケモン達の事を知りたいんだ。どうやら、『ヤマト地方』にもメガシンカが出来る種類のポケモンは棲息しているらしいし、キーストーンやメガストーンも過去に発掘されているみたいだしね」

「なるほど……つまり、プラターヌ博士としてはアルトや他に旅立ったトレーナー達みたいな人物にこの『ヤマト地方』を旅してもらい、その中でポケモンの生息状況やメガシンカなんかの普及率みたいなのを調べて欲しいんですね」

「まあ、簡単に言えばそんなところかな。そこで、僕は君にその役目を担って欲しいと思っているんだが……どうかな? 頼まれてくれないかな?」

 プラターヌ博士が微笑みながら問い掛けると、アリアは一瞬ポカーンとした後に「え……わ、私!?」と大きな声で驚きながら人差し指で自分を指差した。

「いやいや、確かに私に出来る事なら喜んでお手伝いしますよとは言いましたけど、旅未経験者の私にそんな大事な事が務まるとは思えませんよ!?」

「いや、むしろ旅未経験者の君だからこそピッタリなんだよ」

「え……?」

「確かに旅慣れたトレーナーにこの件を頼んでも良いんだが、僕としてはキッチリとした報告書よりは、新人トレーナーから見たポケモン達の生態やその地方のトレーナー達の様子を綴った読んでいるこっちにまで旅の楽しさなんかが伝わってくるような報告書の方が望ましいんだよ」

「な、なるほど……」

「まあ、君にはポケモンマジシャンになるという夢もあるわけだから、無理強いをするつもりはもちろんない。だから、本当に無理だと思うなら遠慮せずに断ってくれて構わないよ」

「プラターヌ博士……」

「アリア君、君はどうしたい?」

「……私、は……」

 アリアは軽く俯いた後、プラターヌ博士の話を頭の中で一度思い返し、その頼み事の重要性やよく知らない地方での一人旅の辛さを改めて感じた。しかし、アリアの中には微かにだがこの頼み事に対しての興味や旅をする事で自分の新たなマジックの構想が浮かぶのではないかという希望があったため、プラターヌ博士からの頼み事を断ろうという気持ちにはならなかった。そして、そんな二つの間で揺れながらしばらく考えた後、アリアはこの件についての『一つの答え』を出し、プラターヌ博士の方へ向き直った。

「プラターヌ博士、私で良ければその件を引き受け――いえ、是非引き受けさせて下さい!」

「それは嬉しいんだけど……本当に良いのかい?」

「はい。私はポケモンマジシャンになりたいという夢を叶えるためにアルト達が旅立つ中、一人だけこの『ミアレシティ』に残りました。でも、さっきの練習の時に何となく分かったんです。私や私のマジックに足りないのは、ルナとフラムを始めとしたポケモン達との連携や色々な経験。そして、何よりも見てくれる人の存在や楽しませたいという気持ちでした。だから、私はこの『ヤマト地方』での旅を通じて、ルナ達ともっともーっと仲良くなったり、他にマジックの手伝いをしてくれるポケモンを見つけたりしてマジックの腕を上げながらどうやったら見てくれる人が楽しんでくれるかを考えたいんです。そして、『ヤマト地方』で出会った人達に私のマジックを見てもらって、心の底から楽しんでもらいたいんです。だから……お願いします、私にその旅をさせて下さい!」

「アリア君……」

 アリアのその真っ直ぐな目にプラターヌ博士は少し驚いた様子を見せたものの、すぐに「……分かった」と微笑みながら小さく頷いた。

「ではアリア君、『ヤマト地方』での旅の件は君にお願いする事にするよ。旅の中では色々と辛い事もあるかもしれないけど、それと同じだけの発見や楽しい事も待っているはずだ。だから、君は君らしく今回の旅を楽しんで来て欲しい。良いかな?」

「はい、もちろんです!」

「後は……アリア君のご両親にこの件をお話ししないといけないんだが――」

「あ、それなら今から行ってきますね。伝えるならなるべく早い方が良いですから!」

 とてもワクワクした様子でアリアが研究所から出ようとしたその時、「アリア君、ちょっと待ってくれ!」とプラターヌ博士が慌てた様子で声を掛けると、アリアは不思議そうにクルリと振り返った。

「プラターヌ博士、どうかしましたか?」

「今回の件を頼むにあたって、君には幾つか渡しておきたい物や紹介したいポケモンがいるんだ。だから、ご両親にこの件を話し終わって、旅に出ても良いという許可を貰えたら、一度研究所に戻ってきてくれるかな?」

「あ、分かりました! それじゃあ改めて行ってきます!」

 アリアはプラターヌ博士達に対してニコリと微笑みかけた後、アリアの様子に苦笑いを浮かべるプラターヌ博士達に見送られながら、胸の奥から湧き上がってくる暖かい物を感じながら自分の家に向かうべく、研究所を後にした。




いかがでしたでしょうか。プラターヌ博士から紹介されるポケモンは次回辺りで出そうかなと思っていますので、楽しみにしていて頂けるとありがたいです。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 消えし者を捜す冒険者
プロローグ 少女の決意と無邪気な毒竜


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるカルミアをメインとした物語を書いていきます。他の章同様、少々拙いところもあるかと思いますが、温かい目で見て頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。
それでは、プロローグを始めていきます。


 燦々と輝く太陽が毎日のように昇り、透き通るほど綺麗な海や豊かな自然に囲まれた地方、『アローラ地方』。アローラ地方は、その土地独自の風習やその環境に適応した姿へと変化した『リージョンフォーム』と呼ばれるポケモン達で知られており、観光や研究で訪れる者も少なくない。そして、そんなアローラに四つ存在する島の一つ、『メレメレ島』の浜辺で水色のワンピース姿の少女が暗い表情で溜息をついていた。

「お姉ちゃん……今、どこで何をしてるのかな……」

 少女が心細そうな様子でポツリと呟く中、爽やかな潮風が少女の薄紫色の短い髪を静かに揺らしたが、少女はそれに一切の反応を見せず、頭上で輝く太陽とは真逆の暗い表情を浮かべるだけだった。彼女の名前はカルミア、このメレメレ島に住むいつも笑顔の物静かな性格の少女であり、その気立ての良さなどから近所の住人達からの人気も高い。しかし、今の彼女の表情は曇っており、いつもであれば心が落ち着く波音や太陽の輝きすらもカルミアの心の雲を晴らすまでには至らなかった。

「お姉ちゃん……お姉ちゃんがいないと、私は本当に寂しいよ……」

 心の中に押し寄せてくる哀しみの波を感じながらカルミアはポツリと呟いたが、その小さな呟きに答える者は誰もおらず、姉が傍にいない心細さでカルミアは押し潰されそうになっていた。そして、カルミアの目から涙が溢れたその時、サクッサクッと誰かが砂を踏みしめる音が聞こえ、カルミアはハッとしながら涙を指で急いで拭うと、ゆっくりと後ろを振り返った。すると、そこにいたのは白のピクチャーハットを被った白のワンピース姿の少女で、少女の優しい笑みにカルミアは安心感を覚えながら不思議そうに声を掛けた。

「リーリエさん、どうかしましたか?」

「いえ、用事というわけでは無いんですが……カルミアさんが泣いているような気がしたので、少し様子を見に来たんです」

「……そうだったんですね」

 カルミアが哀しそうな笑みを浮かべながら海へ視線を移すと、リーリエは何かを悟った様子で頷き、カルミアを後ろから優しく抱き締めた。

「……やはり、アザレアさんがいないと寂しいですよね」

「……はい。スゴく……寂しい、です……」

 それに対して「そうですよね……」と呟くリーリエから伝わる体温と言葉の『二つの温かさ』にカルミアの目からは再び涙が溢れ、カルミアはリーリエに抱き締められたまま声を上げずに泣き始めた。自身にとって()()()()()と言える姉の姿を思い浮かべながら。

 今から半年前、カルミアと姉のアザレアは『メレメレ島』に建つククイ博士の研究所の付近の浜辺で倒れており、それを偶然発見したリーリエによって保護された。そして、彼女らの目が覚めた後、リーリエ達は彼女らが何故倒れていたのかについて訊こうとしたが、アザレアはリーリエ達に対して強い警戒心を抱き、いくら問い掛けても答えてはくれなかった。しかし、そんな中でもリーリエ達はアザレア達を落ち着かせるために怖がらなくても良いように声を掛けたり、研究所にいるポケモン達の力を借りたりしながら辛抱強く聴き取りを続けた。その結果、カルミアとアザレアには名前の他には、お互いが姉妹であるという事以外の()()が無い事が分かり、手持ちポケモンすら持っていなかった事から、カルミア達の身は本人達の承諾を得た上でひとまず研究所で保護をする事に決めた。そしてその後、ククイ博士が研究所内を案内する間にリーリエがアローラ地方のチャンピオンやリーリエの母が代表を務める『エーテル財団』、果ては国際警察などにも連絡を取り、カルミア達がすぐに家族の元に帰れるように取り計らったが、待てど暮らせどそれらしい情報が入ってくる事は無かった。リーリエ達はその事をとても不思議に思い、手掛かりを探るためにカルミア達を交えて話し合っていた。そして、その話し合いの中で彼女らは()()()()()を立て、それを確かめるために『エーテル財団』の施設ヘと向かった。すると、そこで判明したのはカルミア達が『Fall』と呼ばれる『ウルトラホール』を通った事がある人物だという事、そして記憶が無いのは国際警察に所属するリラという女性と同様にウルトラホールを通った事による影響だという事だった。その事実にカルミア達は少なからずショックを受けたが、アザレアはショックからすぐに立ち直り、カルミアをどうにか落ち着かせながらこれからの事についてその場にいた全員と相談を始めた。相談の結果、カルミア達はこれまで通りククイ博士の研究所で預かる事にし、彼女らの故郷と言える世界の捜索については一時保留という事になったため、カルミア達はリーリエ達と共にククイ博士の研究所へ戻った。

 そしてその翌日、姉のアザレアがククイ博士にポケモントレーナーになりたいという話をすると、その突然の話にアザレア以外の全員が驚き、カルミアがそのわけを訊くと、アザレアはこのアローラ地方独自の風習である『島巡り』に興味を持った事やこの世界に住む事を決めた以上は自身もポケモントレーナーとなってククイ博士達の役に立ちたい旨を話し始めた。話を聞き終えた後、カルミア達はアザレアの考えに応援する旨を伝え、その事をメレメレ島の『島キング』であるハラやアザレア達の事情を知るチャンピオン達にも話した。すると、その誰もがアザレアの事を応援すると言ってくれ、時々同じ境遇であるリラがアザレアのバトルの特訓を務めるくれる事になった。そしてそれから数日の間、アザレアはポケモンについての基本的な知識やバトルの技術などを学ぶと、自身の中で眠っていた才能を徐々に目覚めさせ、師匠であるリラからも国際警察に欲しい程の逸材であると言わしめるまでに成長した。そんな姉に対し、カルミアはあまりバトルには興味が無かったため、バトルの特訓には参加しなかったが、姉の特訓の様子は常に見ており、姉と一緒に参加していたククイ博士達による座学の成績も良かった事から、姉同様に良いトレーナーになれると称されていた。

 そして、ついに迎えたアザレアの旅立ちの日、アザレアはククイ博士からある一匹のポケモンを受け取った後、『メレメレ島』の島巡りを始めた。すると、僅か二日余りでノーマルタイプのキャプテンであるイリマの試練や格闘タイプを操る島キングのハラの大試練を難なく突破し、大試練の後に行われた宴では『メレメレ島』に住む誰もがアザレアの強さを賞賛した。そしてその翌日、アザレアはリーリエ達に世話になった礼を伝え、カルミアには旅の最中に時折連絡を入れる事を約束し、パートナーポケモン達と一緒に『アーカラ島』へと旅立っていった。その後、アザレアは約束通りに旅の様子をカルミアに伝えながら島巡りを続け、その旅は誰の目にも順調そうに見えた。しかし、その連絡はある日突然途絶え、それを心配したリラ達の捜索もむなしくアザレアは忽然と姿を消してしまった。そして、その事を知ったカルミアは言葉にならない程のショックを受け、およそ一週間もの間は塞ぎ込んでいた。しかしある日、そんな事では姉に顔向けできないと感じたカルミアは、その日から毎朝姉と一緒に倒れていた浜辺へ向かったり、何か手掛かりは無いかと研究所のコンピュータを使ってしらべたりするようになった。しかし――。

「うぅ……お姉ちゃん、寂しいよぉ……」

「カルミアさん……」

 それでも今日に至るまで何の手掛かりも得られ無かった事で、カルミアの中には姉がいない心細さと寂しさが募り、リーリエに抱き締められた事でそれが一気に外へと出てきてしまったのだった。そして、静かに泣き続けるカルミアをリーリエはただ抱き締めていた。同じく兄姉を持つ妹としてカルミアの気持ちをよく分かっていたというのもあるが、リーリエにとってカルミアは既に家族にも似た存在になっていたため、泣いているカルミアの事を落ち着かせてあげたいという思いが強かったのだった。

「カルミアさん……アザレアさんの行方は、今『エーテル財団』や国際警察の皆さん、そしてこのアローラ地方のチャンピオンさん達が必死になって捜して下さっています。ですから、私達は今自分達が出来る事を精いっぱいやってみましょう。アザレアさんが見つかってこのアローラ地方に帰ってきた時に心配をされないためにも」

「で、でも……もしお姉ちゃんが見つからなかったら……私は……」

「諦めちゃダメですよ、カルミアさん。アザレアさんにとっては、カルミアさんが唯一の肉親なのですから。たとえ、誰もが諦めたとしてもカルミアさんだけは諦めちゃダメなんです。カルミアさんにまで諦められたら、アザレアさんはどうしようもなくなってしまいますから」

「リーリエさん……」

 泣き止みながらゆっくりと振り返ったカルミアにリーリエはニコリと微笑みかけると、不安で震えるカルミアの手をギュッと少し強めに握った。

「さあ、研究所へ帰りましょう。そして、朝ご飯を頂いて元気を出した後は、今日も一日がんばリーリエです!」

「……はい!」

 カルミアがようやく笑顔を浮かべると、リーリエはとても安心した様子でコクンと頷き、カルミアと手を繋いだまま研究所へ戻るために後ろを振り返った。しかしその時、二人はすぐ傍から異様な漂い始めたのを感じ、ハッとしながらそちらへ顔を向けた。すると、カルミア達から少し離れた海上に小さなウルトラホールが出現しているのが見え、カルミア達はウルトラホールから目を離さずに軽く身構えた。

「ウルトラホール……という事は、まさか……!」

「……はい。恐らく、今から何かしらのUB(ウルトラビースト)が出てくるのだと思います。カルミアさん、私の傍から離れないで下さいね」

「は、はい……!」

 カルミアがリーリエの背後に隠れると、リーリエは手持ちポケモンが入ったモンスターボールに手を伸ばしながらウルトラホールから『UB』――ウルトラホールの先の世界に住む異様な姿をしたポケモンが出て来るのを静かに待った。そしてウルトラホールの中から何か尖った物が見えた瞬間、リーリエはモンスターボールを素早く取り出し、スイッチに掛けていた指に力を加えた。しかし次の瞬間、リーリエはウルトラホールから『出てきたモノ』の姿を見て、思わず驚きの声を上げてしまった。

「……えっ、このポケモンって……!」

 ウルトラホールから出てきたのは、細い尻尾が付いた小さな紫色の体にまるで注射針のような突起が三本ほど付いたヘルメット型の頭を持ったポケモン――『どくばりポケモン』のベベノムだった。ベベノムは周囲を不思議そうに見回しながらゆっくりと移動していたが、突然何かに気付いたようにリーリエ達の方へ顔を向けたかと思うと、ニンマリとした笑みを浮かべながらスーッとリーリエ達へと近付いてきた。そして、それに対してリーリエが軽く警戒する中、ベベノムはカルミアの横でピタッと止まると、興味津々な様子でカルミアの事をジッと見つめ始めた。

「え……え?」

「どうやら……この子、ベベノムはカルミアさんに興味があるみたいですね」

「ベベノム……って、確か『ウルトラメガロポリス』から来たという『ウルトラ調査隊』が持っていたポケモンでしたよね?」

「はい。ベベノムはUBには珍しく、進化系を持つポケモンで、今は毒タイプだけですが、進化後にはドラゴンタイプが増えます」

「なるほど……でも、どうしてベベノムはウルトラホールを通って来たんでしょうか……?」

 自分の周囲をふよふよと飛び回るベベノムを見ながらカルミアが疑問を口にすると、リーリエはベベノムの様子を観察しながら自分の考えを口にした。

「恐らくですが……この子はベベノム達が住む世界から来たのかもしれません」

「ベベノム達が住む世界……」

「はい、その通りです。この子が『ウルトラメガロポリス』から来たのであれば、その前に調査隊の皆さんが何かしらのアクションを起こしているはずです。ですが、カルミアさん達が来た以外には、それらしい何かは今日まで起きていませんので、この子は調査隊の皆さんのポケモンなどでは無いと思います。そして、調査の結果によると、ウルトラホールの先には『UB』達の世界があるとされていますので、この子はそういった世界から迷い込んだのかもしれませんそして、先程からカルミアさんの周囲を飛び回っているのは、カルミアが『Fall』だからだと思います」

「私が『Fall』だから……ですか?」

「ええ。『UB』は『Fall』に引き寄せられる性質を持っていると言われていますから、それは間違いないかと思います。ただ……この子は、他の『UB』達と違って攻撃的になっていないのが少し気になりますけどね」

「攻撃的じゃない……言われてみれば、どことなく嬉しそうな感じにも見えるような……」

 その時、カルミアの頭の中にある考えが浮かぶと、カルミアは少し驚きながらベベノムに話し掛けた。

「もしかして……私の事を仲間だと思ってる……の?」

「ベベ!」

 ベベノムはカルミアからの問い掛けに対して嬉しそうな声を上げると、リーリエは興味深そうな様子でベベノムとカルミアの姿を交互に見始めた。

「なるほど……色合いはちょっと違いますが、確かにカルミアさんも紫色の髪ですし、ベベノムから見れば仲間みたいに思えるのかもしれませんね」

「……まあ、嬉しいようでちょっと複雑な気分ですけどね。でも、ベベノムが友好的なのは助かるかも……この子はスゴく可愛いですし、『Fall』の私の事を仲間だと思って――」

 カルミアの言葉がそこで途切れると、「カルミア……さん?」とリーリエは不思議そうに声を掛けた。すると、カルミアは真剣な表情を浮かべながら静かに口を開いた。

「リーリエさん、『UB』は『Fall』に引き寄せられる……んですよね?」

「は、はい……」

「……つまり、『UB』なら近くに『Fall』がいた時にすぐに居場所を見つけられるかもしれない……それがたとえ、お姉ちゃんでも……!」

 カルミアの目の中で決意の炎が燃える中、リーリエはカルミアの考えを理解した様子で顎に軽く手を当てた。

「……なるほど、そういう事ですか。アザレアさんの居場所がしっかりと分からない以上、『UB』と『Fall』が持つ関係性を利用するのが一番、という事ですね」

「はい。もちろん、お姉ちゃんがこの『アローラ地方』にいるとは限りませんし、捜している最中にすれ違ってしまうかもしれません。でも、私はもう泣いてばかりいるのは嫌なんです……」

「…………」

「だから、もしこの子が協力をしてくれるなら、私はこの子と一緒にお姉ちゃんを捜したい。このままお姉ちゃんが見つかるのを待っているだけじゃ、何も始まらないし解決もしないと思いますから」

 そのカルミアの表情には、さっきまで泣いていたか弱い少女としての雰囲気は無く、どことなく凛々しさのような物があるように見え、リーリエはその表情にアザレアの面影を見たような気がした。そして、カルミアはニコニコと笑いながら自分の横に浮かぶベベノムの事を真正面から見つめると、決意を秘めた真っ直ぐな眼差しでベベノムに話し掛けた。

「ベベノム、ちょっとだけ話を聞いてくれる?」

「ベベ!」

「うん、ありがとう。あのね、私にはお姉ちゃんがいるの。いつも落ち着いていて誰にでも優しくて、どんな事もすぐに上手くなっちゃうそんなカッコ良くて頼りになる自慢のお姉ちゃんなんだ」

「ベベベ」

「……でも、お姉ちゃんは今行方不明になってるの。誰も見つけられないし、まったく手掛かりも無い。そんな状況なんだ……」

「べべ……」

「だから……ベベノム、私にはあなたの『UB』としての力が必要なの。もちろん、確実にあなたがお姉ちゃんに引き寄せられるとは思ってないし、もしかしたら見つかるまで何年もかかるかもしれない。でも……私は、お姉ちゃんを見つけ出したい! もう一度お姉ちゃんに会いたいの! だから、私に力を貸して! ベベノム!」

「ベ……」

 カルミアが涙交じりの声で頼みながら頭を下げる中、ベベノムはそんなカルミアの様子をジッと見つめ、やがて何かを決めたように一度頷くと、その小さな手でカルミアの肩をポンポンと叩いた。そしてカルミアが顔を上げると、ベベノムは二度頷きながらニコリと微笑みかけた。

「ベベノム……私に力を貸してくれるの?」

「ベベベー!!」

「……ありがとう、ベベノム。本当にありがとう……!」

 カルミアが嬉しさの涙を流しながら感謝の気持ちを込めてベベノムを抱き締めると、その様子を見ていたリーリエは安心したように息をついた。そして、カルミアに抱き締められているベベノムに対して深々と頭を下げた。

「ベベノム、本当にありがとうございます。そして、これからよろしくお願いしますね」

「ベベー!」

 リーリエの言葉にベベノムは片手を上げながら元気よく答えていた時、カルミアは「あ、そうだ」と何かを思いついたように声を上げ、ベベノムに対して微笑みかけながら言葉を続けた。

「ねえ、ベベノム。あなたにニックネームってあるの?」

「ベベ? ベベベ……」

「この様子は……どうやら無いようですね」

「そっか……うん、それなら私があなたのニックネームを付けても良いかな?」

「べべべ?」

「うん。こうしてあなたと出会って、一緒にお姉ちゃんを捜す仲間であり、友達になれた記念みたいな物として付けたいんだけど……どうかな?」

「ベ……ベベ、ベベベー!」

 カルミアの問い掛けにベベノムがとても嬉しそうな声を上げると、カルミアはホッとしながらニコリと笑った。

「うん、ありがとう。それじゃあ……早速つけてあげるね」

「ベベベ!」

 そして、ベベノムの事を見詰めながらニックネームを考え始める事約数分、「……うん、これかな」と微笑みながら頷くと、ワクワクした様子で待っていたベベノムに声を掛けた。

「ベベノム、あなたのニックネームは『ルベリ』にしようと思うの」

「ベベ?」

「うん。名前の由来は、ブルーベリーっていう果物なんだけど、ブルーベリーは私の名前と同じ『カルミア』とお姉ちゃんの名前の『アザレア』っていう花の仲間の果物なの。さっきも言ったけど、私とあなたはお姉ちゃんを捜す仲間であり友達。だから、同じ仲間の『ブルーベリー』から取って『ルベリ』っていうニックネームにしてみたんだけど……気に入ってくれたかな?」

 カルミアが不安げな表情を浮かべながら恐る恐る訊くと、ベベノムは満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。そして、その様子にカルミアは心から安心した様子で微笑んだ。

「……良かった。それじゃあ……改めてよろしくね、ルベリ」

「ベベー!」

 カルミアの言葉にルベリが元気よく答えていると、それを静かに見ていたリーリエがとても安心した様子で息をついた。そしてルベリの方へ顔を向けると、ニコリと笑いながら声を掛けた。

「ルベリ、私の名前はリーリエと言います。これからカルミアさん共々よろしくお願いしますね」

「ベベベ!」

 ルベリが片手をピッと上げながら返事をしていたその時、突然「おーい!」と言う大声が聞こえ、カルミア達は揃って声がした方へ顔を向けた。すると見えたのは、とても嬉しそうに走ってくるククイ博士の姿であり、その明るい表情からアザレアの事で何か良い事があったのだとカルミアは感じ、表情を明るくしながらククイ博士に話し掛けた。

「ククイ博士、もしかしてお姉ちゃんの事で何か分かったんですか!?」

「……ああ、その通りだ。まだもしかしたらの段階なんだが、ついさっきアザレアらしい少女を見つけた人がいるって国際警察から連絡があったんだ!」

 その瞬間、カルミアは驚きからベベノムを離し、その場に座り込んでしまったが、すぐにその嬉しさで目から大粒の涙を流し始めた。

「……良かった。本当に……良かったぁ……!」

「ああ、本当に良かった。……で、そのベベノムはどうしたんだ?」

「この子――ルベリはカルミアさんのパートナーポケモンで、さっきウルトラホールから出てきたところをカルミアさんが説得して、アザレアさんを捜す仲間になってもらったんです」

「へえ……そんな事があったのか」

「はい。それで……アザレアさんは今どちらに……?」

「それなんだが……今、アザレアは『ヤマト地方』にいるかもしれないんだ」

「『ヤマト地方』……確か、『シンオウ地方』から南に行ったところにある地方ですよね?」

「ああ、そうだ。それで、目撃者の話によるとそのアザレアらしい少女は、同い年くらいの少年達と一緒にいたんだそうだ」

「同い年くらいの人達と……でも、どうして……」

「さあな。まあ、その一団はすぐにどっか行ってしまったみたいだし、見掛けたのも数週間前の事らしいから俺からは何とも言えない。ただ、今まで何の手掛かりも無かったところにこの情報が飛び込んできたのは正直運が良いと思う。実際、国際警察のリラも既に『ヤマト地方』に向かったらしいしな」

「リラさんが『ヤマト地方』に……」

 ククイ博士の話にリーリエが少し驚いた様子で声を上げると、ククイ博士はカルミアの方へ視線を移し真剣な表情で問い掛けた。

「さて……カルミア、お前はどうしたい? それらしい手掛かりが見つかった以上、このまま待っていても恐らくアザレアは発見され、このアローラに帰ってくると思う。けど、お前が自分の力でアザレアを見つけたいと言うなら俺はそれを止めない。アザレアの安否を一番案じていたのは、間違いなくお前だからな」

「…………」

「カルミア、このアローラでアザレアの帰りを待つ道とリラのように自ら『ヤマト地方』へ赴く道、お前はどっちを選ぶ?」

 ククイ博士からの問いにカルミアは「私は……」と迷いがある様子で呟いたが、腕の中にいるルベリの事をチラリと見た後、覚悟を決めたように一度頷いてからその問いに答えた。

「……私はお姉ちゃんを捜しに行きます。今日まで色々な人達に手伝ってもらっている上、ルベリにも力を貸してもらう事にした以上、待っているだけじゃやっぱりダメだと思いますから。それに……」

「それに?」

「……自分から『ヤマト地方』に行く事で、今までの弱虫でお姉ちゃんに頼りきりだった私から変わりたいんです。そして、今の()()私じゃなく、『ヤマト地方』でお姉ちゃんを捜す中で成長した()()私をお姉ちゃんに見てもらいたいんです。もう、弱いままの私でいるのは嫌ですから……」

「……なるほど。それがお前の答え、なんだな?」

「はい……!」

 カルミアは真っ直ぐな眼差しでククイ博士を見つめると、ククイ博士はしばらくその目を見つめ返していたが、やがて「……やっぱりな」と小さく笑いながら独り言ち、素肌の上から直に着ている白衣のポケットに手を入れた。

「それじゃあ……そんな新米ポケモントレーナーには、これを上げないといけないよな」

 そんな事を言いながらククイ博士が取り出したのは、アザレアも持っていた『島巡りの証』と小さく細長い四角いケース、そして一枚のカードとピンク色のポケモン図鑑だった。

「ククイ博士、それって……!」

「ああ、お前が思っているとおりの物だ。島巡りの証については、お前が旅から帰ってきた時に島巡りをしたかったら使えば良い。それで、このケースは前に各地方のジム見学をした時に『ヤマト地方』で手に入れていたバッヂケースで、このカードは向こうのポケモンセンターなんかを利用する時の『トレーナーカード』。そして、全地方で使えるようにしておいたポケモン図鑑だな。そして――」

 ククイ博士はポケットの中からモンスターボールを一つ取り出すと、そのスイッチを軽く押した。すると、中から出てきたのはカルミア達には馴染み深い仔犬のような姿の岩タイプのポケモン――『イワンコ』だった。

「せっかくだから、コイツも旅に連れて行ってやってくれ。コイツはカルミアにとても懐いてるし、人捜しには役立つはずだからな」

「ありがとうございます……でも、本当に良いんですか?」

「ああ、コイツも結構アザレアの事を心配してたし、研究所の中ばかりじゃなく、色々な物を見せてやりたいからな。カルミア、是非ともイワンコに色々な世界を見せてやってくれ」

「ククイ博士……分かりました、イワンコの事は任せて下さい」

「ああ、任せたぜ」

 カルミアの言葉にククイ博士は笑いながら答えていたが、「……そうだ」と何かを思いついた様子で声を上げると、イワンコの事を指差しながらカルミアに話し掛けた。

「せっかくだし、そのベベノムみたいにイワンコにもニックネームを付けてやったらどうだ?」

「この子にもニックネームを……分かりました、ちょっと考えてみますね」

 カルミアは顎に手を当てながらイワンコの事をジッと見つめ、そのまましばらく考え始めた。そして、「……うん、これかな」と独り言ちた後、今度はイワンコを抱き上げながらニコリと微笑んだ。

「イワンコ、貴方のニックネームは『クラン』にしようと思うんだけど……どうかな?」

「ハッ、ハッ……ワウン!」

「……ふふ、ありがとう。それじゃあ……これからもよろしくね、クラン」

「ワン!」

 イワンコ改めクランは嬉しそうな鳴き声を上げると、親愛の証として首の岩をカルミアへと擦りつけ始めた。

「痛た……ふふっ、でもこれは貴方にとって親愛の証なんだもんね。だから、とっても嬉しいよ、クラン」

「ワンワン!」

 カルミアの言葉にクランが鳴き声を上げる中、ククイ博士はそれを微笑ましそうに見ていたが、「さて、そろそろ始めないとな」と独り言ちると、両手をパンパンと打ち鳴らしながらカルミア達に声を掛けた。

「さあ、そろそろ旅の準備を始めるぞ。旅を始めるからには、色々な準備が必要だからな」

「「はい!」」

「ベベベー!」

「ワンワウン!」

 そして、カルミア達は揃って返事をすると、燦々と輝くアローラの太陽の光を浴びながらこれから始まる旅へのやる気を高めながら研究所へ向かって歩き始めた。




いかがでしたでしょうか。次回をどのような話にするかはまだ決めていませんが、出来る限り早めに決めて投稿をしていきたいと思っています。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 揺蕩う水の如き冒険者
プロローグ 水面に広がる涙の波紋


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるミナトをメインとした物語を書いていきます。他の章同様、色々と拙いところもあるかと思いますが、出来る限り皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張って書いていくつもりです。よろしくお願いします。
それでは、早速始めていきます。


 二匹のポケモンを巡るユウヤとリュウガのポケモンバトルから一週間が経った頃、ユウヤの幼馴染みであるミナトは、『ツキクサタウン』にあるシロツメ研究所の湖に棲むポケモン達の姿を軽く屈みながらボーッと眺めていた。『カントー地方』のオーキド研究所などと同じようにシロツメ研究所では、様々なトレーナーが捕まえたポケモンを預かっていたりやシロツメ博士が他の地方で貰ったり、捕まえてきたりしたポケモンをそれぞれの棲息域に近い環境で生活させており、ミナトやユウヤなどは昔からそういったポケモン達と触れあってきたのだった。そして、しばらくポケモン達の姿を眺めていたが、やがてどこか残念そうな表情を浮かべると、ミナトは小さく溜息をついた。

「……あーあ、今日もユウヤ君はポケモン達と特訓に行っちゃったなぁ……。でも、ポケモンを持っていない私がついて行っても様子を見てる事しか出来ないし、一緒にいても邪魔になっちゃうよね……」

 ミナトは少し寂しそうにポツリと呟くと、近くの森でポケモン達と鍛練に励む幼馴染みの姿を想起した。パートナーポケモンと出会った翌日から、ユウヤは毎日パートナーポケモン達と共に『ツキクサのもり』で技やバトルでの立ち回りの特訓を行っており、時には『ポケモンの言葉を理解する能力』で森に棲むポケモン達に手伝ってもらうなどしていた。そしてミナトは、最初こそ興味本位からその特訓の様子をに見に行っていたが、ミナトはそれ程ポケモンやバトルについての知識などが無く、最初から最後までただ見ているだけになっていたため、そんな自分が必要ないと感じ、二日前から特訓を見に行くのは遠慮するようになっていた。二日前に特訓の見学を断った時、ユウヤは幼馴染みからの言葉を少し残念そうに聞いていたが、ミナトが自分の事は気にしないように言うと、ユウヤは少し迷った後にコクンと頷きながら答え、そのままパートナーポケモンと一緒に特訓へと向かっていった。そして、その日からユウヤはミナトに軽く声を掛けてから特訓に向かうようになり、ミナトはそんなポケモントレーナーとしての幼馴染みの姿に少しだけ嬉しさを感じていたが、どこか寂しさのような物も感じており、ユウヤがどこか遠くに行ってしまったかのような錯覚に襲われていたのだった。

「……私にもポケモンがいたりバトルについての知識があったりすれば、ユウヤ君のお手伝いが出来るんだろうけど、私にはどっちも無いもんなぁ……。でも、このままっていうのも私的には本当に嫌だし、どうにかしたいところだけど……はあ、本当にどうしたら良いのかな……?」

 ミナトが本日何度目かになる溜息をついていたその時、湖内から小さなペンギンの姿をした一匹のポケモンがヒョコッと顔を出すと、ミナトの寂しそうな様子にキョトンとしながら小首を傾げた。

「ポチャ……?」

「……あ、ポッチャマ。他の子達と遊んでなくて良いの?」

「ポチャ。ポチャ、ポッチャ……?」

「……もしかして、心配してくれてる……の?」

「ポッチャマ」

「そっか……ふふ、ありがと。でも、私は大丈夫だよ、ポッチャマ」

 ミナトはポッチャマに心配を掛けたくなかったため、少し無理をしながら微笑みかけたが、ポッチャマはミナトの顔をジッと見つめた後、ゆっくりと湖から体を出し、そのままミナトの隣にストンと腰を下ろした。

「ポッチャマ……」

「ポチャ、ポチャポッチャ」

「……ふふ、ありがとう。ユウヤ君とは違って貴方の言葉までは分からないけど、ポッチャマの優しい気持ちはちゃんと伝わってるからね」

「ポッチャマ!」

「……うん、それじゃあちょっとだけ話を聞いてもらおうかな?」

 そしてミナトは、風で木々が静かに揺れる中、自分の気持ちについて語り始めた。

「ポッチャマも知ってると思うけど、最近ユウヤ君はパートナーポケモン達と一緒に『ツキクサのもり』に特訓をしに行ってるの」

「ポチャ」

「ユウヤ君は、二匹のトレーナーになった以上、二匹の力をしっかりと引き出してあげるのがトレーナーである自分の役目だって言って毎日特訓に励んでるんだけど、私はそんなユウヤ君のために何か手伝える事が無いかって思ってるの。私にポケモンについて詳しい知識があったり、バトルをする上でのテクニックなんかがあったりすれば、ユウヤ君やパートナーポケモン達は助かると思うから。でも、私にはそんな物は当然無い上、まだポケモンすら持ってないから特訓の相手にすらなれないんだ……」

「ポチャ……」

「ユウヤ君のお手伝いが出来れば、なんて考えていても実際には何も出来ない。私はそんな自分がだんだん嫌になって、遂にはユウヤ君達の特訓の見学すら行かなくなっちゃった。今、私が特訓の見学をしに行ったら、何も出来ない自分という物を嫌でも思い知る事になっちゃうから……」

「ポチャ……ポチャポチャ」

「ユウヤ君は優しいから、たぶん私がただ特訓の見学に行ったところで邪魔だとは思わないし、色々な話を振ってくれると思う。でも、たぶん私は大した事も言えない上にそれをうんうんって頷きながら聞いているだけになる。ポッチャマ、私はねそんな風にユウヤ君の優しさに甘えるだけの私が嫌なの。今まで色々な事でユウヤ君に助けてもらったり、教えてもらったりしてきた分私がバトルの事に限らず、何かで助けてあげたいだけなの。でも……そのためにはどうしたら良いのか全く分からないの……」

 目に涙を溜めながら心の内を明かすと、ミナトは「本当に……どうしたら……」と消え入りそうな声で言いながらゆっくりと俯いた。ポッチャマはそんなミナトの姿にとても心配そうに見つめていたが、視線を湖面に映る自分の姿へと移すと、何かを決意したようにコクンと頷いた。そしてスクッと立ち上がると、右の翼でミナトの肩をトントンと軽く叩いた。

「ポッチャマ……?」

「ポチャ、ポッチャマ!」

「自分を指差して一体何を――え、もしかして……貴方がどうにかしてくれるって言うの?」

 ミナトが指で涙を拭いながら訊くと、ポッチャマは大きく胸を張りながら翼で自分の胸を軽く叩いた。そして言葉が通じないながらもミナトの腰を指差したり、どこからか飛び出したりするなどの身振り手振りで自分の考えをミナトに伝えると、ミナトはその内容に驚きの表情を浮かべた。

「つまり……貴方を私のパートナーポケモンにすれば、ユウヤ君の特訓の手伝いが出来るから、そうした方が良いって事……?」

「ポッチャマ!」

「でも……それは流石に悪いよ。確かにそうすれば問題は解決するだろうし、研究所のポケモンの中で一番仲良しの貴方がパートナーポケモンになってくれるのはとても嬉しい。だけど、こうして話を聞いてくれるだけでもありがたいのに、そこまで貴方に頼るのは流石に申し訳――」

「ポチャ! ポチャポチャ、ポッチャマ!」

「……もしかして、遠慮するなって言ってるの? でも……」

「ポッチャ! ポチャポチャ、ポッチャ!」

「ポッチャマ……」

 真剣な表情で自分の気持ちを伝えるポッチャマに対してミナトが未だ申し訳なさそうな表情を浮かべていたその時、突如二人の背後から不思議そうな声が聞こえた。

「『ボクはボクの気持ちに従っただけだから、キミは申し訳思わなくて良い』……って言っているみたいだけど、二人とも何かあったの……?」

「……え?」

「……ポチャ?」

 振り向くと、そこにはリオルのレイとミミッキュのフランを連れたユウヤの姿があり、ミナトはその事に驚きを隠しきれない様子で立ち上がりながらユウヤに話し掛けた。

「ユ、ユウヤ君……!? どうしてここに……!?」

「えっと……どうしてって言われても、特訓の途中で最近ミナトちゃんの元気が無い事を思い出したら、それがどうにも気になってね。それで、特訓にもちょっと身が入らなくなったから、ミナトちゃん本人にその理由を聞きに来たんだよ。波導から大体の感情は感じ取れるけど、やっぱり直接訊かないと分からない事もあるからね」

「そっか……なんかゴメンね。ユウヤ君に迷惑掛けちゃったみたいで……」

「ううん、迷惑なんて全然思ってないよ。ミナトちゃんは僕にとって大切な幼馴染みだからね。幼馴染みに何かあったら気にするのは当然の事だよ」

 ニコリと笑いながら言うユウヤに対してミナトは申し訳なさ半分嬉しさ半分といった様子で「……うん、ありがとう」とお礼の言葉を口にした。しかし、ユウヤに対して自分の気持ちを伝えるには、少し気持ちの準備が出来ていなかったため、ミナトはこの場をどうにかするために無理に微笑みを浮かべた。

「でも、心配はいらないよ。ユウヤ君に話すほどの事でも無いし、ユウヤ君は私の事は気にせずに特訓の続きを――」

「……嘘、だね」

「……え?」

「言ったでしょ? 波導から大体の感情は感じ取れるって。今のミナトちゃんの波導、明らかに哀しみとか苦しみとかの色に染まってる。そんな状態なのに心配はいらないなんて絶対に嘘だよ」

「…………」

「もし、本当に言いたくない事なら無理には聞かない。でも、僕に出来る事なら僕は全力で協力したいんだ。ミナトちゃんには、いつも助けてもらっているから」

「……いつも私に助けてもらってる? 嘘だよ……絶対に嘘だよ。だって、私がユウヤ君の助けになれた事なんてそれ程――」

「ううん、いつも助けてもらってるよ。ミナトちゃんの元気や笑顔にね」

「私の元気や笑顔……?」

 ユウヤの言葉にミナトが不思議そうな声で呟いていると、ユウヤは「そうだよ」と言いながらミナトの手を静かに握った。

「ミナトちゃんはいつも明るく元気だし、誰にだって分け隔て無く接してる。そしてそれは、僕達が出会った時だって同じだった。僕の能力が他の子達から気味悪がられたり嘘をついているんじゃないかと疑われたりした時でもミナトちゃんだけは僕の事を信じて能力の事をスゴいって言ってくれた。それ以来、僕はこの『ポケモンの言葉を理解する能力』と『波導を使える能力』がしっかりと好きになれたし、気味悪がられたり疑われたりする事も無くなった。だから、僕はミナトちゃんには心から感謝してるんだよ。あの時の僕が救われた事やいつも朝に元気に挨拶をしてくれる事、そして他にも色々な事を僕は感謝してるし、助けてもらってるんだよ」

「私が……ユウヤ君の助けに、なれてる……?」

「うん、これ以上無いってくらいに助けられてる。だから、今度は僕がミナトちゃんの助けになりたいんだ。まあ、僕に出来る事かは分からないけど、それでも出来る限り全力で――」

 その時、ミナトの目から一滴の涙が溢れ、ユウヤはその涙に慌てた様子を見せた。

「ミ、ミナトちゃん……どうかしたの!?」

「う……ううん、違うの。この涙は……嬉しさの涙、だから……!」

「嬉しさの涙……?」

「うん……私ね、ユウヤ君が特訓をしてる時にただ見てるだけになってるのが本当に嫌だったの……。だから、何かユウヤ君の助けになれる事は無いかなって思ってたけど……まったく良い考え方が浮かばなくて……それで、ポッチャマに話を聞いてもらってたの……」

「うん……」

「……そしたら、ポッチャマが自分をパートナーポケモンにすれば、ユウヤ君のバトルの特訓相手になれるって言ってくれて……でも、ポッチャマにそこまでさせるのは、流石に申し訳無くって……!」

「……そっか、それであの時……」

「でも……ユウヤ君が私に助けてもらってるって言ってくれた時、本当に嬉しかったの……! ああ、私でもユウヤ君の助けになれてるんだなって、そう思ったら涙がドンドン出てきて……!」

「ミナトちゃん……」

 ユウヤはミナトを軽く抱きしめると、背中をポンポンと叩きながら優しく話し掛けた。

「ミナトちゃん、本当にありがとう。そういう風に思ってくれてるだけでも僕は嬉しいよ」

「ユウヤ君……」

「だから、もうこれ以上泣かないで。ミナトちゃんには泣き顔よりも笑顔がピッタリだからね」

「うん……うん……!」

 ポケモン達が見守る中、ミナトはユウヤに抱き締められながら数分程泣き続けた。そして泣き止んだ後、ユウヤから体をスッと離すと、赤い目のままでニコリと笑った。

「えへへ……何だか恥ずかしいところを見せちゃったね。でも、ユウヤ君の言葉は本当に嬉しかったよ、本当にありがとう」

「どういたしまして。……それにしても、さっきの僕の言葉、よくよく思い返してみたら結構恥ずかしい事を言ってたような気がする……」

「ふふ、私は泣き顔よりも笑顔がピッタリなんだもんね。この言葉はしっかりと覚えておく事にしようかな?」

「ちょ……ちょっと、ミナトちゃん!」

「でも……嬉しかったのは本当だよ。他ならないユウヤ君からそう言ってもらえたからね」

「……そっか」

「うん……♪」

 ミナトの笑顔にユウヤも釣られて笑みを浮かべていると、それを静かに見ていたレイが小首を傾げながらユウヤの服の袖を軽く引っ張った。

「ん……レイ、どうかした?」

「ルォ、ルォ……?」

「ポッチャマがミナトちゃんのパートナーポケモンになる件……そういえばそんな提案をされてたって確かに言ってたよね」

「あ、うん。それはそうなんだけど……」

 ミナトがポッチャマに視線を向けると、ポッチャマは真っ直ぐな目でミナトの事を見ており、その様子から先の自分の言葉を覆す気が無い事は明らかだった。

「ポッチャマ……本当に私のパートナーポケモンになってくれるの?」

「ポッチャマ!」

「『もちろん!』……だってさ。ポッチャマもその気みたいだし、シロツメ伯母さんにちゃんと事情を話せば大丈夫だと思うから、後はミナトちゃんがどうしたいかだよ」

「わたしがどうしたいか……うん、そんなのもう決まってるよ」

 そして、ミナトはポッチャマを優しく抱き上げると、目線を同じ高さにしながらニコリと笑った。

「これからよろしくね、ポッチャマ」

「ポッチャマ!」

「『こちらこそ!』……だってさ。……そうだ、せっかくだからポッチャマにニックネームを付けてあげたら?」

「ニックネーム?」

「うん、まだシロツメ叔母さんに訊く前ではあるけど、ミナトちゃんとポッチャマの仲の良さは叔母さんも知ってるし、ニックネームを付けてもたぶん怒られる事は無いと思うからさ」

「そっか……うん、それならちょうど良い名前があるよ」

 ミナトがクスリと笑いながら言うと、ユウヤは少し驚いた様子を見せた。

「あ、そうなんだ。それで、どんな名前なの?」

「うん、私のミナトと一文字違いで『ミナモ』とかどうかなって」

「ミナモ……うん、僕は良いと思うよ。でも、どうしてミナモにしようと思ったの?」

「それはね……前から水タイプのポケモンをゲットしたらこの名前を付けてあげたいって思ってたからだよ。私の『ミナト』っていう名前も水に関係する名前だから、水タイプのポケモンにも同じように水に関係する名前を付けてあげたいって前から考えてたんだ。名前が似ていると、なんだかお揃いって感じがして、楽しい気分にもなれるしね」

「……そっか。それで、当の本人の感想だけど……」

 ユウヤがポッチャマに視線を向けると、ポッチャマは「ポチャ……ポチャ……」とミナトが付けてくれた名前を呟くように鳴き声を上げていたが、一度大きく頷いたかと思うと、「ポッチャ!」ととても気に入った様子で大きく鳴き声を上げた。

「……うん、どうやら気に入ってくれたようだね」

「……そっか。それなら良かった……かな?」

「ポチャポッチャ、ポチャポッチャマ!」

「『色々考えて付けてくれた名前だし、気に入らないわけが無いよ!』……だって」

「ミナモ……うん、ありがとう。そしてこれからよろしくね」

「ポッチャマ!」

 微笑みながら言うミナトの言葉に、ミナモがニコリと笑いながら答えていると、突然「おーい、二人ともちょっと来てもらって良いー?」という声が聞こえ、ユウヤ達が揃って振り向くと、そこにはユウヤ達に向かって手招きをするシロツメ博士の姿があった。

「……一体何だろうね?」

「さあ……でも、何か用事があるみたいだし、とりあえず行ってみようか」

「うん、そうだね。よし……それじゃあ行こっか、皆!」

「うん」

「ルォ!」

「キュッ!」

「ポチャ!」

 そして、晴れ渡る空と燦々と輝く太陽が見守る中、ユウヤ達はシロツメ博士の元へ並んで走っていった。




いかがでしたでしょうか。次回をどのような話にするかはまだ未定ですが、出来る限り早めに決めて投稿をしていきたいと思っています。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 修練を積む冒険者
プロローグ 己を高める執事と支えるお嬢様


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公の一人であるスチュアートとリディアをメインにした物語を書いていきます。色々と拙いところはあるかもしれませんが、楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
それでは、始めていきます。


 穏やかな田園風景や近代的な都市、雄大な草原や険しい雪山などの様々な表情を持ち、『ダイマックス』と呼ばれる特別な現象や『アローラ地方』のようにこの地方特有の姿を持つポケモン達が住む『ガラル地方』。そして、この『ガラル地方』にある『ヨロイジマ』という孤島の浜辺で黄色い拳法着のような服装に身を包んだ短い茶髪の少年と灰色の小さな熊型のポケモンが、青空の下で海へ向かって一心不乱に拳を突き出していた。

「はっ、はっ、はっ……!」

「クマッ、クマッ、クマァッ……!」

 波が打ち寄せる中、少年とポケモンは汗を流しながらひたすらに拳を突き出し、己の鍛練に励んでいた。少年の名前はスチュアート、『ガラル地方』にある『ナックルシティ』出身の新人トレーナーで、この『ヨロイジマ』には『ある人物』と共に訪れていた。そして、スチュアートの隣で汗を流すのは『けんぽうポケモン』のダクマ。スチュアートとは、この『ヨロイジマ』でマスタードと呼ばれる老人に引き合わされ、以来スチュアートのパートナーとして日々修行に励んでいる。

「98、99、100……! よし……ファイ、一旦ここまでにして休もうか」

「クマ……!」

 スチュアートの言葉にファイは頷きながら拳を収めると、その場に座り込みながら息を整え始めた。その様子にスチュアートが微笑みながら頭を撫でようとしたその時、「スチュアート、ファイ、お疲れ様」と背後から声が掛けられ、スチュアート達は背後を振り返った。するとそこにいたのは、ツバの広い帽子を被った紫色のワンピース姿の青みがかった長い黒髪の少女とその隣をふわふわと飛ぶティーカップ型のポケモン、『こうちゃポケモン』のヤバチャだった。

「あ、リディアお嬢様にグレイ。俺達の修行の様子を見にいらっしゃったんですか?」

「そんなところ。それと……別にここでは別にお嬢様ってつけなくても良いし、敬語じゃなくても良いって言ったでしょ? ここはお屋敷じゃないし、私達は幼馴染みなんだから」

「……それはそうだけど、やっぱり昔からリディアの執事になるために教育をされてきたからそれに慣れてるというか……」

「……そう。まあ、スチュアートのお父さんはウチの両親の執事、お母さんはメイド長だからね。お父さん達からすれば、息子にもその道を歩んで欲しいと思うのは当然なのかもしれないわね」

「かもな。それにしても……リディアと一緒にこの『ヨロイジマ』に来てから今日で一ヶ月が経つけど、一向に修行の終わりが見えないなぁ……」

「修行ってそういう物なんじゃない? まあ、スチュアートのお父さんから言われてる修行の終わりは、その子を()()()()()っていうポケモンにする事なんだけどね」

「そうだな……けど、修行の道に終わりが無いって言うなら、俺はファイと一緒にどこまでも歩むつもりだ。それくらいの覚悟が無いと、将来リディアの執事にはなれないからな」

「スチュアート……ふふ、それなら頑張って。私もグレイも応援してるから」

「ああ、ありがとうな」

 リディアの言葉にスチュアートが微笑みながら答えていたその時、「おっ、いたいた」という声が聞こえ、スチュアート達は揃ってそちらに視線を向けた。すると、そこにいたのは執事服を着こなし、顔にモノクルを付けた短い銀髪の男性だった。そして、男性がサクサクと音を立てながらスチュアート達に近付くと、スチュアートは少し不思議そうな顔をしながら男性に話し掛けた。

「アルフレッド兄さん……? どうして、兄さんがこの『ヨロイジマ』に?」

「父さんから一つ言付けを頼まれてな」

「そっか……」

「アルフレッドさん、こんにちは」

「はい、こんにちは、リディアお嬢様。それで、スチュアート。父さんからの言付けなんだが、お前とファイには明日から別の地方での修行に入ってもらう」

「別の地方……?」

「ああ。お前達に行ってもらうのは『ヤマト地方』という『シンオウ地方』の南方にある地方だ。そこは、多くのポケモン達が生息していて、豊かな自然や数々の伝承もあるという。お前達にはその『ヤマト地方』で八つのポケモンジムの制覇を目指してもらう。そして、ポケモンジムの制覇が終わったら、またこの『ヨロイジマ』に戻り、師匠であるマスタードさんを相手に最後の試練を行い、無事にファイをウーラオスに進化させられれば修行は完了だ。因みに、この件はマスタードさんにも了承を得ている上、向こうでゲットしたポケモンを最終試練で使っていいとも言われている。だから、向こうで仲間にしたいポケモンがいれば、遠慮なく捕まえてこい」

「……わかったよ、兄さん。けど、父さんはどうして俺を『ヤマト地方』に修行に出そうとしているんだろう?」

「……そこまでは俺にもわからない。だが、『ヤマト地方』での修行は、お前の将来の糧になるだろうとは言っていたし、俺もそれには同感だ。俺も2年前に旅に出たけど、その時の経験はとても貴重だったし、あの旅があったから今の俺があると思ってるよ」

「そっか……あれ、でも……俺が『ヤマト地方』に旅に出たらリディアはどうすれば……」

「もちろん、リディアお嬢様にはお家に戻って頂く。お前の特別修行にリディアお嬢様を付き合わせるわけには──」

「え? もちろんスチュアートについていきますよ?」

「……は?」

 リディアの言葉にアルフレッドが疑問の声を上げる中、リディアは後ろからスチュアートに抱きついた。

「リ、リディア!?」

「元々、私はスチュアートが修行を頑張るところを見るためについてきたわけなので、特別な修行に出るならその様子を見守りたいと思うのは当然ですよね? だから、私はスチュアートの旅についていきます」

「リディアお嬢様、しかし……」

「それに、父さんも母さんも恐らく反対はしないと思いますよ? 前々から私には色々な経験を積んでほしいと言っていましたし、スチュアートの事はとても信頼しているようですから。そうよね、スチュアート?」

「え? まあ……前に自分達に何かあったらリディアの事はよろしく頼むとは言われてるし、リディアが何か頼み事をしてきたら出来る限り叶えてやってくれとも言われてるけど……」

「それなら問題ないわね。私にだってグレイというパートナーポケモンはいるから、野生のポケモンに襲われても身を守る事はできるし、スチュアートやファイもいる。それに、さっきアルフレッドさんも言っていたけど、旅は将来の糧になるというのなら、私だって行ってみたいと思うのは当然だと思います」

「リディアお嬢様……」

 リディアの言葉にアルフレッドが困った表情を浮かべる中、リディアはスチュアートに抱きついたままスチュアートに話し掛けた。

「スチュアート、貴方は私が旅についてこようとしている事についてどう思う? 貴方もついてこない方が良いと思ってる?」

「……本音を言うならリディアがついてきてくれるなら嬉しいよ。この『ヨロイジマ』での修行を頑張れているのもリディア達が傍で励ましてくれているからだし。でも、リディアを危険な事に巻き込みたくないという気持ちもある。リディアは俺にとって大切な存在だから、傷つくところを見たくは無いし……」

「スチュアート……」

「ただ、本気でついてくるって言うなら止めはしない」

「スチュアート……!」

 スチュアートの言葉を聞き、アルフレッドが怒気を孕んだ声を上げると、スチュアートはアルフレッドに向かって静かに頭を下げた。

「ごめん、兄さん。けど、将来リディアの家の執事になる以上、いつでもお嬢様の身を守れるようにした方が良いのは当然だと思ってるし、出来る限りリディアの気持ちを尊重してあげたい。それがリディアの執事となる俺の役目だと思うから」

「スチュアート……だが、旅では本当に何が起きるかはわからない。それはわかっているのか?」

「もちろん、わかってるさ。俺が将来リディアの家の執事になるって言われた時点で覚悟は決めてたよ。何があっても俺がリディアを護るっていう覚悟はさ」

「お前……」

 真剣な表情を浮かべながら自身を見つめるスチュアートの姿にアルフレッドは少し驚いた様子を見せた後、諦めたように溜息をついてから小さく笑みを浮かべた。

「それなら、お前のその覚悟って奴を信じてみよう。どうやら生半可な覚悟では無いみたいだからな」

「兄さん……ありがとう」

「ありがとうございます、アルフレッドさん」

「どういたしまして。それと……()()()もそろそろお前に返してやらないとな」

 そう言うと、アルフレッドは一つのモンスターボールを取りだし、それをスチュアートに渡すと、スチュアートは驚いた様子でアルフレッド

 話し掛けた。

「兄さん、もしかしてこのモンスターボールって……」

「ああ、お前の相棒だ。ほら、そろそろ出してやったらどうだ?」

「う、うん……」

 そして、スチュアートがモンスターボールのスイッチを押すと、モンスターボールからは『こいぬポケモン』のガーディが現れ、その姿にスチュアート達はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ディン! やっぱりお前だったんだな!」

「久し振りね、ディン!」

「ワウン!」

 ガーディのディンが嬉しそうに返事をすると、その姿にアルフレッドはクスリと笑った。

「数年前、旦那様達のお誘いで『カントー地方』に一緒に行った際、弱っていたところを助けて以来、ずっと一緒にいた存在だからな。やはり、会えて嬉しいんだろう」

「けど、兄さん。『ヨロイジマ』での修行に行く時に特別なポケモンがその時の相棒になるから、ディンは連れて行けないって言っていたのに今回ディンに会わせてくれたって事は……」

「ああ、ディンも特別修行に連れて行っていい。ディンもやはり寂しかったみたいで、お前が帰ってくるのを玄関の前で毎日待っていたからな」

「そっか……ディン、ありがとうな」

 スチュアートがディンの頭を撫でながら言うと、ディンはとても気持ち良さそうな表情を浮かべた。そして、ディンがファイの方へ視線を向け、不思議そうな顔をしながら首を傾げると、ファイは少し警戒した様子でいつでも戦える体勢を整えた。

「ああ、そういえばお互いに初めましてだもんな。ファイ、警戒しなくても良いぞ。コイツはディンっていって俺の小さい頃からの相棒だ。そして、ディン。コイツはダクマのファイ、ここでの修行を一緒に頑張ってる頼りになる仲間だ」

「ワン、ワウ!」

「クマ……クマ、クマクマ」

「ワン、ワウン!」

 そっぽを向きながらも返事をするファイに対してディンが嬉しそうに鳴き声をあげていると、それを見ていたリディアはクスクスと笑い始めた。

「ふふ、少し素直じゃないファイは人懐っこいディンの事がちょっと苦手なのかもしれないわね」

「ヤバ」

「はは、そうかもな。でも、ディンとファイがいてくれれば俺は百人力だと思ってるよ。俺にとってはどっちも大切で頼りになるポケモンだからな」

「そうでしょうね。もちろん、旅の中では私達も色々サポートするつもりだから、何かあったら頼ってね?」

「ああ、それはもちろんだ。……みんな、改めてこれからよろしくな」

「ええ」

「ワン!」

「クマ!」

「ヤバ」

「よし……それじゃあ早速、明日出発するための準備と話し合いを始めるか」

 その言葉にリディア達が頷いた後、スチュアートはリディア達を連れて自分の住まいとして提供されている民家へ向かって歩き始めた。




いかがでしたでしょうか。次回をどのような話にするかはまだ未定ですが、皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張って参りますので、応援の程よろしくお願いします。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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本章 伝説を従えし逃走者達
プロローグ 逃亡者達と破壊を告げる声


どうも、片倉政実です。この章ではサブ主人公であるアザレアとマサカゲとアルトをメインとした物語を書いていきます。メインとなるキャラが多い分、他の章と比べて書き方が少し異なる事もあるかもしれませんが、他の章と同様に皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張って書いていくつもりですので、よろしくお願いします。
それでは、プロローグを始めていきます。


 穏やかな日差しが差す昼頃、『ヤマト地方』のとある山中に建つ一軒のポケモンセンターの裏口、そこで水色の帽子に赤のノースリーブ、ミントグリーンのスカートという姿の少女が一人壁に体を預け、不安げな表情を浮かべながら小さく溜息をついていた。

「はあ……今頃、皆はどうしてるかしら……。自分からいなくなったわけではないけど、皆からすればいきなりいなくなった形になるから、やっぱり心配させているわよね……」

 少女は『故郷』で自分の帰りを待つ『家族』の事を思い、哀しそうな顔を浮かべながら静かに俯くと、その震動で少女の黒く長い髪がサラサラと流れ、帽子に付けていた三日月型のアクセサリーが太陽の光でキラリと輝いた。すると、少女の肩に丸っこい体つきのフクロウ型のポケモンである『モクロー』が音も無く留まり、心配そうに少女の顔を覗き込んだ。少女はゆっくりとモクローの方へ顔を向けると、弱々しく微笑みながら優しい声で話し掛けた。

「オリーブ……貴女にまで心配を掛けてしまったわね」

『クロロ……』

「でも、大丈夫よ。落ち込んでいても仕方ない事は分かっているし、落ち込んでいる暇があったら、あの『組織』の手から逃げながら『アローラ地方』に帰る方法を探す方が良いものね」

『クロクロロ!』

「ふふ……貴女もそう思っているみたいね。さてと……それじゃあ落ち込むのはこれで終わりにしましょうか。このまま落ち込んでいたら()()にまで心配されてしまうから」

 少女が優しく微笑みながらオリーブの頭を撫でていたその時、「ここにいたのか」という声が聞こえ、少女達はそちらへ視線を向けた。そこにいたのは、肩に黄色い体のネズミ型のポケモンである『ピカチュウ』を乗せたモンスターボール柄の青い帽子に青い服、そして黒いズボンという格好の短い黒髪の少年だった。そして少女は、少年達の姿に少し驚いた様子を見せた。

「あら、私達に何か用だったの?」

「いや、姿が見えなかったから捜しに来ただけだ」

「そう……ところで、アルトはどうしたの? またパートナーと一緒に辺りの散策?」

「ああ、そうだ。少なくとも明日の朝まではここにいる事にしているから、念入りに見ておきたいんだそうだ」

「そう……着いたばかりなのだから、少しは休めば良いと思うけれど、やはりそうも言ってられないわよね」

「……そうだな。いつアイツらがここを嗅ぎつけてくるとも限らないし、用心をしておくに越した事は無い。まあ、幹部クラスの奴がわざわざ来るわけは無いだろうし、もし来てもいつものようにバトルで追い払えば良いしな」

「ええ、いつも数だけは無駄に多いけど、一人一人はそんなに強くないものね。なのに、いつもいつも私達の後を追い掛けてくるから、その分私達のポケモン達の良い経験値になるだけなのよね」

「アザレア……その言い方、アルトの言い方が移ったな」

「……そうみたいね。でも、あそこから一緒に逃げてきて、ずっと旅をしてるからこればかりはしょうがないんじゃない? 貴方だってアルトから取り入れた知識は少なくないし、アルトが使っている『用語』なんかも普通に使っているでしょ? マサカゲ」

「……違いないな」

 アザレアの言葉に小さく笑いながら答え、肩に乗っているピカチュウの頭をマサカゲが軽く撫でていると、林の中からガサガサという音を立てながらヒトカゲを連れたサングラスを載せた黒い帽子に赤いジャージ姿の短い茶髪の少年が姿を現した。

「アルト、散策はもう良いの?」

「おう。クリム達にも手伝ってもらったし、とりあえずこのぐらいで良いと思うぜ? まあ、この中の誰かがルカリオを持ってたり、探索系の能力持ちでもいたりすればもっと色々と調べてきたけどな」

「探索系の能力というのは、お前が持っているような『転生特典』という奴か?」

「んー……まあ、そんなとこだな。けど、俺のはそういう系じゃなく、どちらかと言えばバトル向きだし、深くまで調べるのはしばらくの間は難しそうだな」

「そうね。さて……それじゃあそろそろ一度ポケモンセンターの中に戻りましょうか。このまま外にいても見つかる危険性があるし、作戦会議もしたいから」

「そうだな」

「おう!」

 アザレアの言葉にマサカゲ達は揃って返事をした後、多少警戒を緩めた状態で話をしながらポケモンセンターの中へと入っていった。この三人、アザレアとマサカゲとアルトはそれぞれ別の地方の出身であり、元々はそれぞれの地方で旅をしていたのだが、その旅の途中である『組織』の構成員に捕まり、この『ヤマト地方』へ無理やり連れて来られた。そして、組織の団員養成施設の一つで偶然出会い、協力関係を築いて共に脱出した後、アルト考案の変装を行い、組織の手から逃れながらそれぞれの地方に帰る方法を探すために共に旅をしているのだった。

 ポケモンセンターへと入り、アザレアが設置されている電話の方をチラリと見た後、諦めの表情を浮かべながらすぐに視線を戻すと、マサカゲはその様子に小さく息をついた。

「……やはり家族が心配か」

「ええ……肉親は妹のカルミアしかいないけれど、ククイ博士やリーリエさんも私にとっては家族も同然だから」

「そうだろうな。だが、迂闊に電話なんてしようものなら、そこから探知をされかねないし、奴らの仲間がまだアザレアがいた地方にいるかもしれない。そう考えると、やはり今のところは電話をするのは避けた方が良さそうだな」

「……そうね。これ以上心配を掛けたく無いけれど、カルミア達がアイツらに狙われる事になるのはもっと嫌だから……」

「まあそうだろうな。一番良いのは、アイツらの組織を壊滅させる事ではあるが、今の俺達ではそれすら叶わない。だから今は、逃げながら着実に戦力を強化していくしかないな。いくら『転生者』などというイレギュラーな存在を有していてもそれに頼り切りというのは絶対に無理だからな」

「ええ、そうね」

 そしてアザレア達の視線がアルトに集中する中、アルトは暢気そうに鼻歌を歌いながらゆっくりと歩き、パートナーであるヒトカゲのクリムは物珍しそうにポケモンセンターにいる他のトレーナーやポケモン達の姿を眺めていた。アザレア達の言う通り、三人の中ではアルトが一番ポケモンバトルが強く、それはアルトが持つ『転生特典』の一つである『()る者』を抜きにしても変わらなかった。そのため、アザレア達はアルトの存在を頼もしく思いながらもアルトに頼り切りにならないようにと常日頃から知識の面でもバトル技術の面でも努力を重ねていた。そしてその甲斐もあってか、アザレア達のバトルの腕も徐々に上がってはいたが、未だアルトには及ばなかった。そのため、アザレア達にとってアルトは頼りになる仲間であると同時に、いつかは越えたいライバルのような存在になっていたのだった。

 そして、そんなアルトの姿をアザレア達が真剣な眼差しで見ていたその時、その視線に気付いたアルトが「ん……?」と不思議そうに振り向いた。

「二人とも、何かあったか?」

「あ、いや……いつまでもお前に頼り切りにならないようにしようとアザレアと話していただけだ」

「ええ、私達も以前よりは着実に強くなっているけれど、それでもアルトにはまだ及ばないもの……」

「え、そうか? 俺から見れば、お前達の方がよっぽど頼れる存在だと思うけど……」

「俺達が……?」

「ああ!」

 アルトはアザレア達に対してニカッと笑うと、二人のパートナーポケモンが乗っていない方の肩にポンッと手を置いた。

「確かに俺達の中では、特訓バトルの勝率が高いのは俺かもしれない。けど、アザレアにはリーダーとして俺達の纏め役を務めてもらってるし、マサカゲには俺達の頭脳(ブレーン)としていつも頑張ってもらってる。だから俺は、そんなお前達の事をスッゴく頼りにしてる。俺には無い力で、この三人旅をより良い物にしてくれてるお前達の事をな」

「アルト……」

「だから、この件についてはお互い様って事にしようぜ? お互いがお互いの事を頼れる存在って思ってるわけだしさ」

「……そうね。けど、貴方の事を一人のライバルのような存在として見ているのも変わらないから、油断をしているとすぐに追い抜かれてしまうわよ? たとえ、貴方のとても巨大な()()()が立ち塞がろうともね」

 アザレアがクスリと笑いながら言うその言葉に、アルトは楽しそうな笑い声を上げた。

「ははっ、怖い怖い。だが、アイツはああ見えてまだまだ成長途中だからな。これから俺達と一緒にもっと強くなってくれるさ」

「それは頼もしい反面、ある意味恐ろしくもあるな。まあ、お前の言う事を聞かない可能性なんて満に一つも無いだろうけどな」

「ああ、もちろんだ。なんて言っても、俺はアイツとしっかりと心を通わせた上でゲットをしてるからな。だから、俺にとってアイツはクリム達と同じ大事な仲間だよ」

「……そうか」

 アルトの言葉にマサカゲが微笑みながら頷き、アザレアもそれに続いて頷きながら「そうね」と言ったその時、突然グーッという音が鳴り響き、アルトは帽子越しに頭をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべた。

「あ……悪ぃ悪ぃ」

「……まあ、時間的にもちょうど良い頃だからな。とりあえず昼食にしようか」

「そうね。お腹が減っていては、いざという時に困るもの」

「そうそう。腹が減っては戦が出来ぬ、なんて(ことわざ)もあるわけだし、まずは腹を満たす事を考えようぜ」

「ああ」

「ええ」

 そして、アザレア達は再び楽しそうに話をしながらポケモンセンター内にあるレストランへ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 数時間後、アルトは手持ちポケモン達と一緒に夜闇に包まれたポケモンセンターの周辺の山林の中をアザレア達と手分けをして歩き回っていた。

「んー……今のところ、それらしいのは見つからねぇな。クリム、ヴィオラ、お前達はどうだ?」

『カゲ、カゲカゲ』

『キー』

「……その様子だと、お前達もそういうのを見つけてはいないみたいだな」

 ヒトカゲのクリムとズバットのヴィオラの反応にアルトは安心した様子で頷くと、夜空に輝く月を見上げながらニカッと笑った。

「最近、アイツらに見つかる事が多かったし、今日は枕を高くして寝られそうだな」

『カゲ!』

『キー』

「よし、それじゃあそろそろアザレア達とも合流しに――」

 その時、背後から複数人の気配を感じ、アルトの笑みは一瞬にして消えた。そして無表情のままで、アルトが背後を静かに振り返ると、そこには闇のように黒い衣服を身に纏った複数人の男女が立っており、その手にはモンスターボールが握られていた。

「……やれやれ、今夜は静かに眠れると思ってたんだけどな」

「ああ、静かに眠りたいなら眠らせてやるぜ? もっとも、起きた頃には施設に逆戻りだけどな」

「逃げ出した貴方達を連れ戻すのが、私達下っ端団員の役目。だから、今日こそ大人しく戻ってもらうわ」

「……戻る気なんてねぇよ。生憎だが、俺達はお前達の味方をするつもりはねぇからな」

「ふん、いつまでもそんな余裕そうな態度を取っていられると思うなよ!」

 その団員の言葉が合図となり、団員達は自分達が持つモンスターボールを全て放り投げた。すると、放り投げられたモンスターボールの中からは、ズバットやベトベターを始めとした様々なポケモン達が姿を現し、アルトはその数の多さに苦笑を浮かべた。

「おいおい……一人のトレーナーに対してその数は流石にやり過ぎじゃね? ざっと見た感じ、20体くらいはいるだろ、それ……」

「ああ、その通りだ。まあ、この数を相手にするのはお前だけだがな」

「私達もそろそろ本気で貴方達を連れ戻さないといけないの。だから、今回は一番強い貴方に戦力を割いた形よ」

「お前の手持ちポケモンは、そこにいるヒトカゲとズバットのみ。よって、この数で挑めばお前に負ける可能性なんて一切無い」

「さて……今回こそ施設に戻ってもらうぞ、脱走者共」

 余裕そうな笑みを浮かべた団員達が、じりじりとアルトとの距離を詰めてきたその時、「……しょうがねぇか」とアルトは何かを諦めたような表情を浮かべ、背負っていたリュックを降ろした。そして中に手を入れ、「……その量ならまだ何とかなるな」とニヤリと笑いながら手を引き抜くと、その手には緑色の円の模様が入った黒いボールが握られており、団員達はそのボールの存在に驚愕の表情を浮かべた。

「なっ……!」

「うそ……貴方の手持ちは、その2体だけのはずじゃ……!」

「残念でした。俺のリュックには隠し底があるんだよ」

「隠し底……だと!?」

「おうよ。まあ、知り合いの影響で何となく仕込んでおいた物だったんだが……お前達に捕まって一度クリム達を取られた時、どうにかしてコイツを隠さなきゃいけなかったから、今日までずっとこの隠し底に隠しておいたんだよ。なにせコイツは、無闇矢鱈(むやみやたら)にバトルで出せない奴だからな」

 ボールを手にしながらアルトはクリム達を自分の後ろへ移動させると、「……んじゃ、やるとしますか」と独り言ちながらボールのスイッチに指を掛け、ゆっくりとスイッチを押した。

「……さあ、闇夜に舞い踊れ、ラケル」

 その言葉と同時にモンスターボールが勢い良く開くと、中から現れたのは宙に浮く巨大な赤黒い楕円形の何かだった。そしてラケルと呼ばれた()()は、月光を浴びながらゆっくりと動き始め、折り畳まれていた巨大な翼や尾のような部位を露わにしながら赤く光輝いた。その瞬間、ラケルの周囲に立っていた木々が徐々にその色を失い、ラケルが漆黒のオーラを纏うと同時に完全に枯れ果て、次々と枯れ木が倒れていくその光景に団員達は言葉を失った。

「木が……枯れた……?」

「んー……枯れた、と言うよりは『死んだ』だな。ラケルに命を吸われて、な」

「命を吸われた、だと……!?」

「そう。な、ラケル」

 アルトが普段と変わらない声でラケルに話し掛けると、アルト達の脳内にあどけない小さな少女のような声が響いた。

『そうだね。少し申し訳ないとは思うけど、この周囲の木々の命はありがたく吸わせてもらったよ』

「そうそう。生き物の命を頂く時は、感謝の気持ちを持つ事が大事だもんな」

『あはは、だね』

 生と死、まるで世間話でもしているかのような調子でその話をするアルト達の姿に団員達の表情には怯えの色が浮かび、団員達が繰り出したポケモン達も少しずつ後退り始めた。

「生き物の命を吸うポケモン……!?」

「何よ……何なのよ、それ!?」

「お前……そんなバケモノと一緒だったって言うのか!?」

「バケモノって……ひっどい事言うよなぁ……」

『ホントだよね……ボクだってクリム達と同じポケモンなのに……』

「ま、コイツらに分かってもらうつもりも無いし……なあ、そろそろバトルを始めようぜ」

「バ、バトル……」

「ああ、もっとも――一瞬(すぐ)に終わるだろうけどな」

 団員達が恐怖する姿を前に、アルトは楽しそうな笑みを浮かべ、ラケルに指示を出した。

「ラケル、『バークアウト』」

『……了解』

 瞬間、ラケルの声がとても低くなり、目に怒りの色が浮かんだ。そして、怒鳴りつけるような大きな鳴き声を上げると、団員達が繰り出したポケモン達は一斉に吹き飛ばされ、枯れていない木々へと強く叩きつけられた。

「お前ら……!」

「ちょ、嘘でしょ……!?」

 団員達はそれぞれが繰り出したポケモン達へ駆け寄ったが、ポケモン達は『バークアウト』の一撃で体力を全て失い、1匹残らず瀕死状態になっていた。

「全員……瀕死……!?」

「そんな……!」

「1匹のポケモンに俺達のポケモンが全てやられるなんて……そんなのありえねぇだろ……!?」

「ありえるさ。だってコイツは……カロスに伝わる伝説のポケモン、『イベルタル』なんだからな」

 ラケル――イベルタルを誇らしげに見上げながら言うアルトの言葉に団員達は怯えと驚きが入り混じったような表情を浮かべた。

「イベルタル……」

「伝説の……ポケモン……」

「そうさ。コイツははかいポケモン、イベルタル。翼と尾羽を広げながら赤く光輝いた時、周囲の生き物の命を吸い取ると言われる伝説のポケモンだ」

「そんな……なんでお前みたいなガキが伝説のポケモンなんて……!」

「なんでって……ラケルと心を通わせたからに決まってるだろ?」

 アルトが心底不思議そうに腕を組みながら首を傾げる中、団員達は恐怖が頂点に達した様子で体をブルブルと震わせながらモンスターボールを取り出した。そしてポケモン達をモンスターボールに戻した後、団員達は大きな叫び声を上げながら夜の闇の中へと逃げていき、その様子にアルトはポツリと呟いた。

「……まあ、そうなるよな」

『だね。自分に命の危険があると知れば逃げ出すのは、生き物として当然の行動だよ。ただ、アルトやクリム達のようにそんなボクでも受け入れてくれた変わり者もいるけどね』

「ははっ、そうだな。けど、俺にとってお前は『命を吸うポケモン』じゃなく、『大切な仲間』だ。もちろん、クリム達もそう思ってるみたいだしな」

『カゲ、カゲカゲ!』

『キーキー』

『みんな……うん、ありがとう』

 ラケルがとても安心したように微笑んでいたその時、ガサガサッと枝葉をかき分ける音とともに闇の中からアザレア達が姿を現し、その姿にアルトは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「よっ、二人とも。その様子だと、どうやらどっちも無事に追い払えたみたいだな」

「ええ、何とかね」

「お前の方は……まあ、ラケルが外に出ている時点で心配はいらないか」

「おう、ラケルが一撃で終わらせてくれたからな! まあ、ラケルの特性の『ダークオーラ』が良い仕事をしてくれたのもあるけどな」

「『ダークオーラ』……悪タイプの技の威力を上げる特性、だったわよね?」

「その通り。それに……『識る者』で調べたところ、レベル差もそこそこあったし、相手のポケモンに対して悪タイプの技の通りも悪くなかった。だから、これで負ける方が逆にムズいさ」

「そうだろうな。『転生者』と『伝説のポケモン』という組み合わせは、下っ端団員達には荷が重いだろう」

「へへっ、まあな」

 アルトは両手を頭の後ろに回しながら笑っていたが、ラケルに視線を移した瞬間、その表情は哀しそうな物へ変わった。

「……ただ、イベルタルというポケモンの性質上、コイツが怖がられるのはやっぱり辛いところがあるかな」

「イベルタルは生き物の命を吸う伝説のポケモン、だからな……」

「……ああ。でも、コイツと心を通わせた以上、俺はコイツの仲間であり続けるさ。それがコイツのトレーナーであり、友達でもある俺の役目だからな」

「「アルト……」」

 哀しそうな目でラケルを見つめるアルトの姿を前に、アザレア達は心配そうな表情を浮かべた。しかし、二人同時に頷くと、アザレア達はアルト達にゆっくりと近付き、目の前で歩を止めてからアルトの肩にポンとそれぞれ手を置いた。

「それなら、俺達だって同じだ」

「イベルタルというポケモンを理解した上で、私達はアルト達と一緒にいる事を選んだ。だから、私達も貴方達の仲間であり続けるわ」

「お前達……へへ、ありがとうな」

『……ありがとう、二人とも』

「「どういたしまして」」

 嬉しそうなアルト達に対して同時に返事をした後、マサカゲはポケモンセンターがある方へ体を向けた。

「さあ、そろそろポケモンセンターに戻って休むとしよう。イベルタルの情報がアイツらにバレた以上、いつもより早めに出発しないともっと面倒な相手と戦う羽目になりそうだからな」

「だな。流石に幹部クラスの奴らが来たら、俺達だってどうしようも無いし、休める時にしっかりと休んで、さっさと逃げるに限るからな」

「そうね」

 頷きあった後、アザレア達はそれぞれポケモンをモンスターボールにしまい、ポケモンセンターへ向かってゆっくりと歩き始めた。そしてその翌日、アザレア達の出発後にある区域のみ木々が枯れ果てている光景を周辺に住む人々が発見したが、何故そのような現象が起きたのか分かる者は一人としていなかった。




いかがでしたでしょうか。尚、アルトの手持ちのイベルタルは、この世界に元々いるイベルタルとは別個体となっており、手に入れた経緯などは本編中で書いていこうと思っています。そして分かる方もいるかもしれませんが、彼らの服装はアクセサリーなどを除いてアザレアとマサカゲはFRLG、アルトはXYとそれぞれゲームの主人公の色違いのような物にしており、アルトの服装の色だけは手持ちのイベルタルモチーフにしています。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また本編で。


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