オオツキ月華伝 (MATTE!)
しおりを挟む

月が登る

 男は逃げていた。ただひたすらに逃げていた。

 男は救いを求め、長い廊下をひたすらに走り、乱暴に目的地の扉を開け放つ。

 

 

「アシュラああああああ!!!匿ってください!!」

「うわ!びっくりした!?」

 

 

 突然現れた来訪者に部屋の主、アシュラは驚く。その横にいたアシュラの友は来訪者を見て、長いため息をついた。

 

 

「お前、今度はなにやらかしたんだ?」

「人聞きが悪いぞタイゾウ。俺の話を聞く前から何かをやらかしたと決めつけるのはやめろ」

 

 

 人の顔を見るやいなや物事を決めつけたタイゾウに男は不満を抱き、ムッとなって睨みつける。

 

 

「いや、だってお前。アシュラに助けを求めるときは大体何かやらかした後じゃん」

「……今回は違う」

 

 

 男にも色々と思い当たる節があったのか、苦い顔をする。しかし今回は違うと言い切った。

 

 

「じゃあなんだよ開幕のアレは」

「……ただちょっと弟子と親友を助けてやろうと思っただけだ」

「はい?」

 

 

 全く想像がつかない男の言葉にアシュラとタイドウは頭に疑問符を浮かべる。

 

 

「……川に、九重とインドラがいたんだ」

「義姉さんと兄さんが?」

 

 

 男はアシュラの兄、インドラそしてその妻である九重。その二人を見かけた際の話をする。

 

 

「なんというかな、二人ともこの前祝言を挙げたばったりだというのに妙に初々しくてな」

「そうだよなーあの堅物のアシュラの兄さんが九重の前だと本当にカチコチだもんな」

 

 

 村の皆はその姿を見て大層驚いたそうだ。タイゾウ自身、里に戻りその姿を見たときは自らの目を疑った。

 それでも人間らしくなった彼を見て、内心ほっとした。

 

 

「俺はあの二人がもどかしくてもどかしくて……片や弟子、片や親友だから本当に心配になって」

「ああ確かに、あの二人を見てるともどかしい!!ってのは分かる気がする。それでどうしたんだ?」

「ああ、だからな俺は、九重がインドラを押し倒せるように、とーんと九重の背を押したんだ」

「「はあ?」」

 

 

 何を言っているんだこの男は、アシュラとタイドウの心の声は一致した。

 

 

「そうしたら九重を支えようとしたインドラがバランス崩して二人とも川に落っこちた。俺は“俺は悪くねぇ!”と言いながらお前らのところに逃げてきた」

「………………」

「………………」

 

 

 男の言い訳が終わり、皆無言の状況が続く。男に関しては自分の言いたいことを言い切ったためか少々満足げの表情であったが。

 後の二人は状況を読み込むのに数秒の時間を要した。

 

 

「……おい。それどう考えてもやらかしてるだろ」

 

 

 状況をようやく飲み込んだタイドウは男がやらかした事実に顔を青くする。

 この部屋に新たな客人が来たのはそのすぐ後だった。

 

 

「アシュラ、あの馬鹿はどこだ?」

「アシュラ様、馬鹿師匠はこちらにお見えになられましたか?」

「兄さん、義姉さん、ここにいます」

「待って!!いくら何でも秒で売るのは酷くないか!?」

 

 

 黒髪の男と桜髪の女がとてつもない殺気を漂わせながら現れた。

 二人の修羅を見て、アシュラはすぐさま逃げようとした犯人を一切の慈悲もなく修羅に前につきだした。

 男を庇う様子など一瞬も見せなかった。

 

 

「いやだって、どう考えても悪いし……」

「むしろそれでよく俺はやらかしてない、なんて断言できたよな……」

「あらあら……そんな戯言を師匠は宣っていたんですか」

 

 

 アシュラとタイゾウの話を聞いて九重は手に込めたチャクラをさらに強める。

 それを見た男は冷や汗をかき、後ろに下がろうとする。

 

 

「インドラ様、師匠を固定していただけますか」

「ああ、俺の分も遠慮せず──殺れ」

 

 

 インドラは鋭い目つきで男を睨みつけ、逃げようとした男の動きを封じる。

 そして、自分の分も併せて九重に殴るよう頼んだ。

 

 

「ええ、それでは遠慮なく……」

「いや、割と本気で死ぬと思うので遠慮していただけないですかね!?」

 

 

 九重は一歩ずつ標的との距離を詰め、ゆっくりと拳を振りかぶる。

 男は自らを縛る術を解こうと男は必死に抗うが、忍宗の天才による術をこの短時間で解くことは不可能に近かった。

 二人の修羅に友を引き渡したアシュラと横にいたタイドウは友の冥福を祈り、合掌した。

 

 

「やめろー!死にたくなーい死にたくなーい!!」

「しゃんなおおおおおおお!!」

 

 

 

 のちに、彼は自らの子孫に語り継ぐ。

 

 

 

 “人の恋路は、もどかしくても手を出すな。小さな親切、大きなやぶ蛇”

 

 

 

*****************

 

 

 

「そもそも、結婚してる時点でそんな気を回す必要なかったんじゃないか?」

 

 

 夢から覚め、屋上で夕寝をしていた黒髪の少年はポツリと感想を漏らす。

 

 

「何が?」

「こっちの話だ。早かったな“うちわ”」

 

 

 学校の屋上で寝っ転がっていた少年は待ち人が来たことで起き上がる。しかし待ち人は少年の台詞に不満を抱いた。

 

 

「だーかーらー俺は“うちは”だよ、というかそのそも名前で呼べし!」

「ああ、悪かったなサギト」

 

 

 一族の名を間違われたとこに不満を抱いた待ち人──“うちはサギト”は自らの服に刻んである家紋を少年に見せつける。

 

 

「そりゃ確かに家紋は完全に団扇だけど!読み方はうちわじゃないんだよ!“は”だよ“は”!!」

「“わ”と“は”を間違えたくらいでそんな目くじらたてるなよ」

「ハヅキ……その台詞、今度俺の家で言ってみる?」

「命が惜しいから止めてみる。さすがにサギトの家族……一族全員からかう度胸はないな。特にフガクが怒りそうだ」

「まあ兄さんは間違いなく怒るだろうね」

 

 

 そう言いながら少年──“大月ハヅキ”は懐から小包と皿を取り出す。小包の中からみたらし団子を取り出すと二枚の皿に盛った。

 月に一度あるこの集まりを、ハヅキはとても楽しみにしていた。

 

 

「それより……菓子持ってきたんだろ?さっさとやろうぜお月見パーティー」

「脱線したのハヅキのせいだと思うんだけど」

「えー俺のせいか?」

 

 

 それぞれ自分が持ってきた菓子を皿に広げ、菓子をつまみながら空を見上げる。

 集まった時刻が早かったのか、まだ月は昇っていなかった。

 

 

「まだ月は登ってないね」

「お前が早く来すぎなんだよ。待ち合わせ時間の一時間前に来るってどんだけ楽しみにしてたんだ」

 

 

 ハヅキは待ち合わせ時間の一時間前からこの場に来たサギトを呆れたように見る。そんな目で見られたサギトはムッとして兄から聞いた話をする。

 

 

「その台詞、そっちにも盛大にブーメラン突き刺さってるからな。昼の時点でここで寝てたの、兄さんが見てるから」

「場所取りは大事だろ」

 

 

 ペチペチと自分が座っている床を叩きながらハヅキは言う。サギトの兄は昼にハヅキの姿を見たと言ったが、実際彼は場所取りのために朝からこの場所で一歩も動かず場所取りをしていた。

 それを目の前のサギトに言う気はハヅキには無かった。もしそれをサギトが知ったら間違いなく“お前は馬鹿か”と最大限呆れた様子で言われるのが確定しているためその事は絶対に言うまいとハヅキは心に決めた。

 

 

「花見はともかく月見に関しては場所取りは必要ないんじゃないか?」

「甘いぞサギト。世の中にはな、月見に命かけてるやつもいるんだよ」

「そんな大げさな……ああ」

「おい、俺を見て納得するなよ。俺じゃねえよ月見に命かけてるのは」

 

 

 場所が限られる花見と違い、空が見えるならどの場所でも大丈夫な月見にそんな命をかける人はいるのかとサギトは思った。しかし、否定しようとハヅキを見て、サギトは全てを理解した。ああ、目の前にいたと。しかし当の本人(ハヅキ)は自分ではないと言う。その言葉にサギトは若干の驚きの表情を浮かべる。

 

 

「え、そうなの?月に一度どんな状況でも……例え試験中でも絶対月見するハヅキよりも?」

「ああ、まあそれは俺の一族なんだかな」

「ただの遺伝じゃないか」

 

 

 驚いて損したとサギトはハヅキが持ってきた団子を口にする。

 

 

「しかし本当に団子好きだねハヅキ」

「月見と言ったら団子だろ。スナック菓子なんぞ邪道だ邪道」

「じゃあ俺が持ってきたポテチはハヅキ食べないね」

 

 

 ハヅキの言葉を受けてサギトはすぐさま行動に移す。二人の真ん中においていた菓子(ポテチ)を反対の方向へ避難させた。

 

 

「まあ、それはそれとしてあるなら食べるぞ俺は」

「食べるなよ、さっき邪道って宣ったのはどこのどいつだ」

「さあ、どこの誰だろうな」

 

 

 うちはサギトと軽口を言い合いながら、大月ハヅキは月見を楽しんだ。

 

 

 

 

──この物語は、守れなかった男の最期の足掻き。

 

 

──この物語は、俺たちの全てをかけた恩返し。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大月ハヅキとは

 大月一族──森の千手一族とうちは一族と共に木の葉隠れの里を築いたとされる一族。

 しかし、木の葉にいる大月一族は少ない。大月の長は第一次忍界大戦後、木の葉隠れの里を外側から守る事を選び、木の葉の外にもう一つ、一族だけの里を築きあげた。

 その名も月隠れの里、殆どの大月一族はそこに住んでおり、木の葉にいる大月一族は月隠れの里から移住してきた者達だ。

 大月ハヅキは幼少の頃、数人の大月一族と共に木の葉にやってきた一人だ。

 余所から移住してきたハヅキへの風当たりは強く、ハヅキは奇異の目線にさらされた。しかしハヅキは人の事情をものともせず、人の懐に入り込むのが得意だった。いつの間にかハヅキが起こす馬鹿騒ぎに巻き込まれて、一緒に馬鹿騒ぎをする誰かをいつもどこかで見る。

 

 

「死ぬ覚悟はいいってばね?」

「お前……よくもまあここまで聞く相手と聞くタイミングを間違えられるよな」

 

 

 そしてハヅキは人の地雷も踏み抜くのが得意だった。

 

 

「落ち着け、まずは落ち着くんだクシナ」

 

 

 トレードマーク(頭のアホ毛)と首根っこを掴まれた状態でハヅキは目の前の少女に命乞いをした。

 

 

「今度こそ、そのアホ毛引っこ抜いてやるってばね!!」

「止めろ抜くな!これは俺のトレードマークだ!禿げる!」

「むしろ禿げろ!」

 

 

 アホ毛が抜かれると聞いて、ハヅキは赤髪の少女──うずまきクシナに掴まれた自分のトレードマークを守るためクシナの手を押さえつけた。

 そんな二人の攻防をサギトは緑茶を嗜みながら呆れた様子で見守っていた。そんなザギトの様子に気づいたハヅキが叫ぶ。

 

 

「サギト!暢気に茶ァ飲んでないで助けてくれ!!」

「いやだってどう考えてもなあ……クシナに聞こうとするお前がどうかと思う」

「何でだよ!トマトかババネロ。どっちがいいか聞いただけだろ!!痛い痛いいふぁい!!頬引っ張るな!」

「ま~だ~い~う~か~ア~ン~タ~は~!!!」

 

 

 ハヅキの首根っこを掴んでいた手は頬に移動し、クシナは力一杯ハヅキの頬をつまみ引っ張り上げた。

 

 

「いやだからそれをクシナに聞くのが間違いなんだって。後“ハバネロ”な。何だよ“ババネロ”って」

「ハもバも変わらないだろ!転々ついてるだけだ!」

「いや、変わるから。“うちは”と“うちわ”くらい変わるから」

「変わらない。まったく最近の若いもんは一文字違いでぐちぐちと……」

「……よーし分かった。クシナ」

「何?」

「やれ」

 

 

 何度も何度も言っても“うちわ”と“うちは”の違いが分からないハヅキに流石のサギトも腹が立った。少しは助けてやろうかと考えていたがハヅキの全く反省がない姿にサギトは一切の慈悲を捨てた。

 サギトの許可を得たクシナは拳を振り上げる。その姿を見たハヅキは慌てふためくがもう遅い。

 

 

「了解」

「待て!!話せば分かる!話せウボァ!?」

 

 

 ハヅキは人の地雷をタップダンスで踏み抜く才能に掛けては誰にも負けなかった。

 

 

 

*************************

 

 

 

「いてて……少しは手加減しろよクシナ」

 

 

 殴られて切れた唇に薬を塗りながらハヅキはクシナに不満を漏らす。

 

 

「手加減はしたってばね」

「うん、手加減はされたと思うぞ。多分本気で殴られてたらお前の歯何本かすっとんでたって」

 

 

 公園のベンチに腰掛け、ハヅキが持ってきた団子を頬張りながらクシナとサギトは懲りていないハヅキを睨みつける。

 

 

「なんでトマトかババネロどっちがいいか聞いただけで歯がすっ飛ぶんだよ。世の中怖いにもほどがあるだろ」

「だからハバネロな、そこは本当に直せ」

「まだ殴られたりない?」

「いや待て、待つんだ二人とも」

 

 

 クシナが握った拳を見て、ハヅキは冷や汗をかく。

 

 

「だから落ち着いて最後まで聞け。もう一回言うがな、俺は今度作る新作野菜団子の味を聞いただけだぞ」

「……団子?」

「そう、団子。朝に団子、昼に団子、おやつに団子、夜に団子。団子三昧の日々を俺は送っているんだがな」

「健康に悪すぎるってばね……」

「いくら好物でも普通飽きるだろそれは……」

 

 

 ハヅキから明かされた衝撃の食生活に二人は彼の健康状態を心配した。常日頃団子を食べているとは思ったが流石に毎日毎食団子三昧だとは予想していなかった。

 というよりはそれだけ食べても団子に飽きることがないハヅキに若干感心した。

 

 

「そう、その健康だ」

「どの健康だ」

「俺は今日ふと思い至った。流石に毎日毎日団子じゃ、健康に悪い」

「今まで団子三昧になんの疑問も思い浮かばなかったのね……」

「だから健康にいい野菜団子を俺自身が作り出してやろうじゃないかと一気奮闘した」

「どうしてそうなるってばね!?」

「そこまでして団子を食べようとするその執念はなんだよ」

 

 

 なぜハヅキは毎日団子は健康に悪いと分かっていて団子を食べようとしているのだろうか。

 クシナとサギトは目の前のハヅキの思考回路に疑問を抱く。こいつは頭のねじを一本どころか二、三本すっとばしてるんじゃないかと。

 

 

「どうせなら七色団子でも作ってやろうと思ってな。記念すべき赤色をトマト味かハバネロ味かどっちにしようか迷ったからお前らの意見を聞こうとして、右ストレートを盛大に食らった、めっちゃ痛い。なんでだ」

「トマトかハバネロか……その二択をクシナに聞くのがまず間違ってる。むしろ一発ですんだことに感謝しなよ」

 

 

 ハヅキの言い分は分かった。しかし聞く相手をハヅキは盛大に間違えた。他の子供達に髪の色をからかわれ大暴れした後のクシナにそんなことを聞けば、そうなるのは最初からわかりきっている事だ。

 やっぱり自業自得だった。サギトは改めてハヅキの馬鹿さ加減を理解した。

 

 

「全く、それでアカデミーを卒業できるの?」

「安心しろ。アカデミーは卒業できる。その後俺が立派な忍者になるかはまた別の問題だが。案外すぐにヘマで引退して団子屋を経営しているかもしれん」

「自分でそれを言うなよ……一気に不安になったんだが」

 

 

 ハヅキは馬鹿ではあるが弱くはない。本人の言うとおりアカデミーは簡単に卒業できるだろう。しかし、ハヅキの性格でその後忍者をつづけられるかは別の問題。

 サギトもクシナもハヅキの今後をものすごく心配することになった。

 

 

「まあ、ハヅキの作る団子は美味しいし。お店を作ったらお得意様になってあげるってばね!」

「ああ、そのときが来たら半額で団子売ってやるよ」

「だからもしもの話を進めるなって……」

 

 

 ナチュラルにハヅキが忍者を引退した先の話をしている二人にサギトは突っ込みをいれる。確かに可能性はあると思うがそれ以上は仮定の話でしかない。

 

 

「ごちそうさま!」

「おう、お粗末様だ」

 

 

 ハヅキが持ってきた団子を食べ終えると、クシナはスッと立ち上がった。

 

 

「ああ、そうだハヅキ。赤色の団子だけど。トマトの方が健康にいいと思うてばね!」

「む、そうかなら記念すべき赤色はトマト味ということだな」

 

 

 懐から手帳を取り出し、ハヅキは赤色団子トマト味に決定!とメモ書きを残す。

 

 

「よし後はオレンジと黄色と緑と青と紺と紫を埋めれば虹色団子の完成だ!」

「うん、つまるところ他の色はまだ決めてないんだな」

「本当に今日思い至ったんだ……いや、ハヅキのことだから嘘はついてないと思ったけど、それまでまったく疑問抱かず団子三昧……ハヅキ、今度野菜届けるから」

「だな、俺も今度米支給するから」

「「頼むから(お願いだから)まともにご飯を食べろ(食べて)」」

「二人してひどくないか?まるで俺がちゃんとご飯食ってないようにいうなよ」

「いやどう考えてもお前はまともにご飯を食べてない」

 

 

*************************

 

 

 

「じゃあ、また明日ねってばね」

「おうーまたなー」

「また明日!」

 

 

 クシナに手を振って別れをつげ、ハヅキとサギトは帰路につこうとするが、その中でサギトはクシナを尾行している黄髪の少年に気がついた。

 

 

「なあ、あれ……」

「ああ、ミナト。なんだ気がついてなかったのか、まあいつも通りだろ」

 

 

 クシナと合流してから実はずっと視線を感じていた。その犯人にようやくサギトは気がついた。その犯人は同じアカデミー生で友達である波風ミナトだった。

 

 

「え、ハヅキは気づいてたの?」

 

 

 ハヅキはミナトがクシナを尾行していることに全く驚いた様子を見せなかった。サギトは驚いてハヅキに気づいてたのかと問いかける。

 

 

「クシナと会ってからずっと視線を感じるなら犯人はミナトだろ。あいつ、いつもクシナを陰から見守ってるし」

「え、うそ気づかなかった……でもどうしてだ?」

 

 

 ミナトは意味もなく人を蔑むような人間ではない。クシナを付け狙う理由に思い至らずサギトは頭をひねった。

 

 

「そりゃクシナのことが好きだからに決まってるだろ」

 

 

 いつも人の地雷をタップダンスで踏み抜いているハヅキだが、色恋沙汰に関しては彼は鋭かった。

 周りの人間にどうしてそれが他のことに発揮されないのかと言われるくらいには鋭かった。

 

 

「基本はクシナがなんとかするから手を出さないんだろうが、何かがあったら大変だから陰から見守ってるんだろ」

「なにそれまどろっこしい。男ならガツンといけガツンと!もういっそのこと今度はこっちから声かけて巻き込んでやろうかあいつ」

「やめとけよ。人の恋路に手を出す奴は、顔面殴られてぶっ殺されるぞ」

「馬に蹴られるんではなく!?」

 

 

 今度気がついたら巻き込んでやろうかと画策するサギトはハヅキの物騒な単語に冷や汗を流す。

 

 

「……というかさ、普通逆じゃないか?」

「何がだ?」

「いやクシナとミナト。普通女の子の方が好きな子を影から見守ってないか?」

「……よく考えてみたら逆だな」

 

 

 サギトに言われて、ハヅキはミナトがやってることをよく考えてみる。確かにサギトの言う通り、普通それは内気な女の子がする行為だった。

 よくよく考えてみればそれは少年がするにはものすごく女々しい行為だった。いやというか完全にストーカーだった。

 

 

「まあ、いいんじゃないか?その分クシナが図太くて勇ましくて男らしからで十分釣り合いとれてるって」

 

 

 うんうんとハヅキはクシナの図太さと勇ましさを思い返しながら納得する。

 それを見たサギトはこいつはそんなんだから……と飽きれた目線を送る。

 

 

「……それ絶対にクシナに言うなよ」

「え、何でだ、褒め言葉のつもりなんだが」

「うん、だから言うなよ。というか少しは考えろ。男らしいは女の子とって褒め言葉じゃない」

「マジでか」

「マジでだ」

 

 

 ハヅキはサギトの言葉に衝撃を受けたように驚く。

 サギトはハヅキの何も分かってない反応に今日一番のため息をついたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突撃!大月ハヅキの晩御飯

「ジャガイモ、玉ねぎ、人参……こいつらは定番だな」

「そうね、簡単な料理から教えるならその三つは必須。カレーでもシチューでも何かしら作れるから……聞いてるのハヅキ!」

「聞いてまーす」

 

 

 赤いハバネロ事件から数日後、サギトとクシナは約束通りハヅキの家に野菜とご飯を支給しに来た。

 しかし、今、ハヅキは荷物持ちとして二人の買い物に付き合わされていた。なぜそんなことになったのか、そのときの出来事をダイジェストでお送りしよう。

 

 

「ハヅキー!あけろー!」

「約束通り野菜とお米持ってきたってばねー!」

「おーう、らっしゃーい……持ってくるとは聞いたが米袋一つに野菜入った段ボール一つって……野菜の方が多くないか?」

「クシナとの相談の結果、お前には米より野菜と意見が一致した」

「とにかくハヅキは団子より野菜を食べるってばね!」

「まあ別にいいが……そこの冷蔵庫に適当にいれておけ、一応中身は開けておいた」

「ああ、悪かったな……」

「…………」

「……おい、二人して人んちの冷蔵庫の中身を見て黙るなよ。嫌な予感がひしひしするぞ」

「「そこに直れ!生活習慣病予備軍!!」」

「なんで!!?」

 

 

 冷蔵庫の中身を知った二人は激怒した。そしてハヅキは訳も分からず正座させられ、オカンと化した二人から説教を受けた。

 そして現在に至る。

 

 

「まだ空じゃなかったからいいじゃないか……」

「まあ、冷蔵庫の中が空でも怒ったけど、冷蔵庫に入ってたのが餡子だけってのも問題だからな?しかも棚いっぱい」

 

 

 ハヅキのふてくされている様子を見て、サギトは冷蔵庫の棚の一つを占領していた餡子を思い返す。

 なぜ目の前の馬鹿はあの中身を自信満々に見せつけたのかと訝しく思った。

 

 

「アレでもお前達が来るからちゃんと整理したんだぞ。昨日までは冷蔵庫の中身全部餡子だった」

「……一つ聞く。その冷蔵庫一杯だった餡子、今はどこだ?」

「え、俺の胃の中だけど」

 

 

 昨日までハヅキの冷蔵庫を埋めていた餡子は、今朝汁粉にして全てを飲み干した。

 ハヅキは事も無げに答えた。サギトの質問の意図を理解していないようだった。

 

 

「いつか本当に生活習慣病で死ぬぞお前!」

「あんだけ言ったのにまだ団子食べてたってばね!?」

「まて!誤解するな!!今回は汁粉だ!団子は今回食べてない!」

「団子も汁粉も結局食べてるもの(素材)は同じだよ。なに自信満々に違うもの食べたって言ってるのお前、同じだよ馬鹿」

 

 

 今にも殴りかかりそうなクシナに対してハヅキは団子は食べてないと言い訳する。

 しかし、団子も汁粉もクシナとサギトには同じようなものだった。

 よくもまあ自信満々に今回は違うと言ってきたなコイツ……馬鹿かこいつ、いや馬鹿だ。と二人の意見は一致した。

 

 

「俺たちは少しは甘い物とか食べるのを控えろって言ってるんだ。年がら年中、常日頃お前は甘い物しか食べてないからな。野菜を食え野菜を」

「控えろって……無茶言うな、甘党が甘いもの食べなかったら甘党じゃ無いだろ。俺から甘党をとったら何が残るっていうんだ」

「「馬鹿」」

「……………」

 

 

 ハヅキから甘党をとったら残るのは馬鹿。

 目の前の親友とも言える二人に口をそろえて言われた事にハヅキはなんとも言えない表情をする。そんな風に言わなくてもと……

 内心わかっていたことではあった、それでも二人に口を揃えで言われたことはそれなりにダメージがあった。気を取り直して話を続ける。

 

 

「そう、俺は自他とも認める馬鹿だ。でもな、いくら認めててもな、何度も皆に馬鹿と言われるのは流石に傷つく、実際さっきちょっと傷ついた。だから俺は馬鹿なりに考えた」

 

 

 そう、馬鹿は馬鹿なりに考えた。例えそれが馬鹿の浅知恵だとしても考えた。

 

 

「馬鹿の他に甘党の属性をプラスしたらそんなに馬鹿と言われることはないのではないかと」

「その発想に至ることがまず馬鹿だよ、馬鹿」

「サギト、俺の努力を早速無駄にするのはやめてくれないか」

「安心しろ馬鹿、最初っから無駄な努力だ。馬鹿がどんなに考えようが結局馬鹿の浅知恵なんだよ」

 

 

 馬鹿なりに考えた浅知恵は、全く無駄な努力だった。

 ハヅキの努力を知ったサギトはハヅキのことを馬鹿と呼び始めた。

 馬鹿と呼ばれたハヅキは折角の知恵をボロクソに言われそこまで言わなくてもいいじゃないかと若干拗ねた。

 

 

「というか名前で呼んでくれよ!俺、お前の苗字は間違えたことはあるが……“うちわサギト”、お前の名前は間違えたことないぞ!!」

「まず苗字を間違えるな馬鹿!あと過去形にするなよ。現在進行形でたった今間違えたからなお前」

 

 

 何だかんだ自分は馬鹿だと認識はしているハヅキだが、流石に名前は呼んでほしかった。なので苗字は間違えたことはあるがサギトの名前は間違えたことないと、自信満々に苗字を間違えながらいった。

 完全に火に油を注ぐ行為にサギトの目はすわり、それを見たハヅキは“あ、やばい”と一歩引く。

 

 

「……名前は間違えてないからセーフ」

「アウトだ馬鹿」

「痛い痛い痛い!!トレードマーク(触覚)は!トレードマーク(触覚)は止めろぉ!

「えーでもこれアホ毛って言うんだろ?アホ毛抜いたらちょっとはマシになるんじゃない?アホじゃなくなって」

「逆にもっとアホになったらどうするんだよ!」

「その時は頭めがけて右斜め45度からチョップしてあげる」

「まって!俺の対処法をオンボロ傀儡と一緒にするな!」

 

 

 ガッシリとサギトはハヅキの生命線(トレードマーク)を掴み、引っ張る。

 己のトレードマーク(触覚)を引っこ抜かれまいとハヅキは必死に抵抗する。

 膠着状態となった二人の喧嘩に終止符を打ったのは二人の頭上から振り下ろされた赤い悪魔の鉄拳だった。

 

 

「「いっでえぇぇぇ!?」」

 

 

 頭を殴られた痛みに二人は頭を抱え、うずくまった。涙目になりながらも彼らは喧嘩を仲裁した犯人を見る。

 

 

「二人ともお店で騒がない!!うるさいってばね!!」

「「………………」」

「返事!!」

「「……はーい」」

 

 

 クシナに促され、男二人はお互いを睨みながら不満げに返事をした。

 お互いがお互いを悪いと思ってはいるが、クシナから見ればどっちもどっちお互い様である。

 何度も苗字を間違えて学習をしないハヅキもハヅキだが、そもそも最初に何度も馬鹿と言ったのはサギトだ。

 

 

「あれ、クシナちゃん?」

「紐利!」

 

 

 騒いだ馬鹿二人を両成敗し、自分と同じ赤髪のメガネをかけた少女に声をかけられた。

 千手紐利(せんじゅひもり)、木の葉の里を作り上げた千手柱間の孫の一人。その中でも紐利は年が近く、クシナと仲が良かった。

 

 

「紐利も買い物?」

「う、うん……皆はどうしたの?」

「私も買い物、とりあえず今は馬鹿二人を両成敗したところってばね」

「買い物に来て馬鹿二人を……りょう……せいばい?……ハヅキくんにサギトくん!ど、どうしたんですか!?頭にそんなに大きいコブを作って!」

 

 

 クシナの言葉に疑問符を浮かべた紐利は、頭にでかいコブを作った二人を見て驚いた。

 

 

「サギトが俺のアホ毛を引っこ抜こうとしやがるから、抜かせるかとそれに抵抗してクシナに殴られましたー」

「ハヅキが俺の苗字を自信満々で盛大に間違えるから、いつもどおりそれにキレたらクシナに殴られましたー」

 

 

 どうしてこうなったかを聞かれたので、二人は相手を指差して自分が怒られたのが相手のせいだと言った。

 そしてお互いに指を差した彼らは“え、何言ってんのこいつ”と相手を見る。

 

 

「え、えーと……」

「紐利、いつもの事だから気にしちゃダメ。大丈夫すぐに仲直りする」

 

 

 どう対応していいか紐利が戸惑っていると、クシナが助け舟を出す。

 いつもの事だから、ほっておけと。

 毎度毎度同じような喧嘩をして、結局仲直りするんだから心配するだけ無駄である。

 

 

「……クシナちゃんの今日のご飯は何ですか?」

 

 

 二人が心配な気持ちはある。しかし、クシナの言葉を信じて話を強引に切り替えた。

 

 

「……カレーね。まず、簡単な料理をハヅキに教えないと」

 

 

 紐利に夕飯の献立を聞かれ、クシナはハヅキに料理を教えるため今日はカレーと答えた。

 

 

「料理を、ハヅキくんに、教える?……何があったの?クシナちゃんが野菜入りの段ボール持ってハヅキくんの家に行ったのは知ってるけど、そこからどうして料理教室が始まることになったの?」

 

 

 ハヅキの家に何を持っていくか、サギトと相談していたのを紐利は見ているし、自分も相談を受けた。

 渡すだけだったのに、そこからどうして料理教室が始まることになったんだろうと紐利は疑問符を浮かべる。

 

 

「聞いてよ紐利!この甘党冷蔵庫に餡子しか入れてないってばね!!しかも和菓子しか作ったことがないって言い切るし!」

「俺たちが食料を供給しても、宝の持ち腐れにされたんじゃたまらない。だから料理教室が開催されることになった。ちなみに今はどう言ったものを買えばいいかって教えてるところだ」

 

 

 クシナとサギトは今の状況に至るまでの経緯を話す。

 とにかくハヅキの生活を正す為に自分たちは頑張っていると。

 

 

「た、大変だね……」

「そうだ!紐利も一緒に来て教えてよ!紐利も来てくれれば百人力だってばね!」

「え、で、でも……」

「別に俺は構わない。今更先生が一人増えようが俺が怒られることは確定だしな」

「まず怒られないように努力しろ」

 

 

 紐利の料理上手を知っているクシナは彼女を料理教室の先生役として誘う。

 いきなり誘われた紐利は当事者であるハヅキを横目で見るが、ハヅキは特に何も気にせず、構わないと言った。

 

 

「えっと……じゃあお言葉に甘えて、おじゃまします」

「どうぞどうぞお邪魔してください」

 

 

 そうして彼らはハヅキに料理を教えながら夕飯を作ることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……余談として、副菜などの作り方をハヅキに教えこんだ三人だったが、カレーはパッケージ通りで大丈夫だとハヅキ一人に任せた結果。

 パッケージをよく読み込んだハヅキが隠し味ハチミツの文字を見て、ハチミツを大量に入れてものすごい甘いカレーが出来上がった事をここに記しておく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼く輝く

「あーー甘かった……」

「……パッケージにハチミツって書いてあったし」

「限度を考えろよ?いくらなんでも瓶の中身全部入れるな」

 

 

 女子二人を先に帰らせて、ハヅキとサギトは作業を分担しながら後片付けをしていた。

 ハヅキが一人で作ったカレーはとてもとても甘かった。

 サギトは皿洗いをしながらぐちぐちとダメ出しをする。ハヅキはダメ出しと洗った皿を受け取り、皿の水気を拭き取って棚にしまった。

 

 

「素人がアレンジなんて言語道断、まずはレシピ通りに作れ。今回は目を離した俺らも悪いから説教は無しだが、次やったら火遁だからなお前」

「いきなり火遁!?あとこれは説教じゃないのか?」

 

 

 説教は無しといいながら、今現在ぐちぐちと言われていることにハヅキは疑問を抱く。

 

 

「これは説教じゃなくて甘いカレーを食べさせられたお客としてのクレーム」

「なんだよー甘いカレーも美味しいじゃないか。人の傑作をボロクソ言うなよ」

「あれを美味しいと言い切れるお前の味覚が本当に心配なんだけど」

 

 

 サギトの文句にハヅキはそんなにボロクソ言われるカレーは作ってないと主張する。その主張を聞いたサギトはハヅキの味覚を本当に心配した。

 

 

「今度病院行こう、俺も一緒についてってやるから」

「割とマジなトーンで心配するのやめてくれないか。人より甘いものの許容範囲が多少広い自覚はあるが、人を味覚音痴みたいに言うのはやめろ」

「多少の意味を辞書で引いてこい、お前のそれは多少じゃない」

「えー」

 

 

 味覚音痴と思われているのだけは避けたいハヅキだったが、それはすでに手遅れだった。ハヅキは納得のいかない表情で皿を戸棚にしまう。

 

 

「あ!忘れてた……」

「どうしたんだ?」

「いや、お前らが来る前に作って戸棚に隠しておいた和菓子があるんだ。食後に出そうとしたのに、お前らが人のカレーを甘い甘いと罵倒するもんだから出すの忘れた」

 

 

 ハヅキは皆が来る前に作っていた和菓子を戸棚から取り出そうとする。

 

 

「俺たちにあれだけ言われたのにまた団子作ってたのか……」

「失敬な、流石の俺もあれだけ言われればちょっとは学習する。これは団子じゃない、おはぎだ!」

「だから素材は一緒だよ!本当にちょっとしか学習しないなお前!?団子以外を食べればいいって問題じゃ無いからな!!」

 

 

 自分たちがあれだけ言ったにもかかわらずまた団子を作ってきたハヅキにサギトは呆れかえる。しかしハヅキは今回は違うものを作ったと自信満々におはぎを披露した。

 見せられたおはぎを見て、サギトは確かにハヅキがちょっとしか学習してないことを理解した。

 

 

「よくもまあそんな自信満々に違うもの作ったって言えたよなお前……」

「そりゃ俺の認識は団子とおはぎは違うものって認識だからな」

「世間一般は団子もおはぎも和菓子で一括りだから。俺たちは甘いもの食べるのを控えろって言ってるんだ、止めろとは言ってない。せめて一日一食に抑えろと言ってるんだ、それをあの手この手で屁理屈こねるわ、結果的に同じもの食べるわ……お前本当に馬鹿だな、この甘党馬鹿」

 

 

 何度言っても甘いものを食べるのを控えないハヅキに、ついにサギトの堪忍袋の尾が切れた。馬鹿だ馬鹿だとハヅキを罵倒する。

 

 

「この馬鹿が!」

「そんなに何度も何度も馬鹿って言うなよ、いくら俺でも傷つくからな。そもそもこのおはぎは俺が食べるためのものじゃなくて皆で食べる為に作ったんだからな」

「じゃあその夕飯に出し忘れたこのおはぎ、どうなるの?」

「え、勿体無いから責任とって俺が全部食べるけど。足が早いから早いうちに食べないと」

「そういうところが馬鹿なんだよお前」

「何でだよ」

 

 

 自分の為ではなく皆の為に作った。そうハヅキは言うが、結局自分で食べるのであれば意味はない。

 しかし、自分なりに考えて行動したのに馬鹿と罵倒されたハヅキはものすごく納得いかない様子でおはぎを見つめる。

 その様子を見たサギトはため息をついた。

 

 

「……しょうがない。おい、タッパーとかあるか?」

「タッパー?」

「おすそ分けしに行くぞ」

 

 

 

*************************

 

 

 

「別に分けなくても俺が全部食べるのに……40個くらいなら十分で軽くいけるぞ」

「だから一人で全部食べようとするな。何度も言うけれど別に俺たちは節度を守って甘いものを食べるなら別に文句は無いんだよ。好きなものは人それぞれだし」

 

 

 そう、別に節度さえ守ってくれるならサギトはハヅキに何も言わなかった。

 しかしハヅキはサギトに言われようがクシナに言われようが食生活を変えようとしなかった。結果サギトはキレた。

 

 

「ごめんくださーい!」

「クシナーおはぎ届けにきたぞー」

 

 

 クシナの屋敷に前まで来て、呼び鈴を鳴らすのと同時に二人は声を上げる。しかし、返答は帰ってこなかった。

 誰も出てこないことに、サギトは首を傾げる。

 

 

「……あれ、誰もいないのか?」

 

 

 呼び鈴を鳴らしても、声をかけても誰も出てこなかった。

 クシナが既に帰っていると思ったが、どうやらどこかのタイミングで追い越してしまったようだった。

 当てが外れたことにサギトは少々残念な気分になったが、まあ今じゃなくてもいいかと頭を切り替えた。

 

 

「ハヅキ、出直そうぜ、誰もいないみたいだし」

「……おっ邪魔しまーす!」

「ハヅキ!?」

 

 

 誰も出ないならしょうがないと、サギトは出直すことにした。

 しかし、何を思ったか突如ハヅキは扉を蹴り飛ばし、屋敷に土足で上り込む。

 どっからどう見ても無礼な行動にサギトは目を丸くする。しかし不法侵入しているハヅキを犯罪者にする訳には行かないと慌てて追いかけた。

 

 

「ハヅキっ!おま!不法侵入!!いくら留守でもそれはまずいって!」

「ど阿呆、それでもうちは一族かお前。うずまきの人間がいる屋敷だぞ?護衛対象がいなくても屋敷を守る者は何人かいる筈だ。そいつらすら出てこないってことは──」

「……っ!?」

 

 

 止めようとするサギトを振り払い、ハヅキはズンズンと屋敷に踏み進む。そうしてハヅキは一つの部屋の前に立ち止まった。

 ハヅキはその部屋の襖を乱暴に開ける。その先の光景にサギトは目を見開いた。

 

 

「出れる状態じゃないってことだ」

 

 

 襖の先には人が倒れて積み重なっていた。すぐさま彼らに駆け寄ってその体に触れたがその体は既に冷たく、事切れていた。

 サギトは彼らに見覚えがあった。彼らはクシナと紐利の護衛だ、二人と行動を共にしているときに影から監視されていたのを覚えている。

 その護衛が殺されている。なぜ彼らが殺されたのか、その答えにすぐにたどり着いた。

 

 

「……っクシナ!!」

「この屋敷にクシナはもういない。雲隠れの奴らに拐われたか……」

 

 

 声を上げ、クシナを探そうとするサギトをハヅキは止めた。

 ハヅキは屋敷を見渡し、ここで起こった出来事を理解する。理解して、自分が持つ装備を確認した。

 手持ちが心許ないが、事は一刻も争う、国境を越えられるわけにはいかない。忍具を取りに行く時間はない。

 

 

「サギト、お前は警務部隊にこの事を伝えろ」

「俺が伝えるって……お前まさか一人で追いかける気じゃ!」

「時間がない。クシナだけじゃなく紐利も拐われた。」

「紐利も!?」

 

 

 運悪く、雲隠れの忍がいるときにクシナと紐利が来てしまった。クシナと同じ赤髪であった紐利はうずまき一族と思われて一緒に拐われた。

 うずまきミトの孫である事を考えると、うずまき一族であることは間違っていない。しかし彼女は初代火影の孫でもある。

 

 

「ただのうずまき一族と思っているうちはまだ安心だが。初代火影の孫とバレればアイツが危険だ」

「なら俺も着いてく。一人で二人を助けるなんて、片方を人質にされて、どうぞタコ殴りしてくださいって言ってるものだ」

「ど阿呆。この状況を説明する人間が必要だ。言いたくはないが俺が警務部隊に説明するより、サギトが説明した方が話は通じる」

「誰がど阿呆だ、誰が。一応言っておくけどうちはの皆はお前のことはそれなりに信頼しているからな。ただお前が馬鹿だからお前の言葉を信用できないだけだ」

「誰が馬鹿だ、誰が。一族全員で人を馬鹿呼ばわりするな。連絡なしでうちはと大月が里を出るわけにはいかない、何事も報・連・相が大事だから俺はそれに準じているだけだ」

「いーやお前は馬鹿だ。上忍殺した相手に一人でどう立ち向かう気だ。俺から見てハヅキは考えなしに雲隠れの忍相手に一人で立ち向かう馬鹿だからな」

「……っち、押し問答する時間が無駄か。仕方がない」

「わっ、もっと丁寧に扱えよ」

 

 

 一人で追うか、二人で追うかで押し問答を始める二人であったが、結局サギトの一歩も引かない様子にハヅキ根負けし、舌打ちをする。

 ハヅキはクナイを取り出し、サギトは苛立ち気味に放り投げる。

 数少ない手持ちの半分を渡した。これでハヅキに残ったのはクナイ一本。

 

 

「悪いがこんなことになるとは思っていなくてな、手持ちが極限に少ない。今のお前に渡せる手持ちはクナイ一本(半分だけ)だ」

「予想以上に手持ちがないな……これでよく一人で追いかけようとしたよ。やっぱり馬鹿だよお前」

 

 

 サギトは、クナイ二本の装備で雲隠れの忍を追いかけようとした考えなしに呆れ返る。

 そして、やっぱりハヅキは馬鹿であったと再認識した。

 

 

「というか、その雲隠れの忍がどこに行ったか分かるのか?」

 

 

 追いかける。言うだけであれば簡単だがそもそも追いかけるには一番の問題がある。

 サギトのそれは当然の疑問だった。

 

 

「愚問だ、ど阿呆。分かるから追いかけるんだ」

「!?」

 

 

 雲隠れの忍の場所に当てがあるのかと聞くサギトを、愚問と切り捨てる。

 そしてハヅキは自分の瞳をサギトに見せた。

 

 

「その眼は──」

 

 

 彼の瞳は蒼く輝く、その眼はそこにはいない雲隠れの忍の姿を捉えていた。

 

 

「逃しはしない」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追跡

 転写眼──大月一族のごく一部の家系に見られる特異体質。

 その眼は時を遡る。生物・無機物問わず、どんな過去も記録し、その姿を写す。

 例えどんなに痕跡を消したとしても、過去を読み取る転写眼の前には無意味である。

 

 

「お前、そんな眼があったなら普段からもうちょっと頑張れよ。そんな眼があるの初耳なんだけど」

「黙っているつもりはなかった。わざわざ自慢するほどのものじゃないし、コレは燃費が悪すぎる」

 

 

 大月一族の血継限界である転写眼の存在を知ったサギトは、ハヅキがそのことを今まで自分たちに黙っていたことに不満をもらす。

 そんな不満をハヅキは受け流す。ただ先を見つめて過去を現在に写し出す。

 

 

「そんなことより、追うぞ」

「おま、人の家の襖を蹴破るな!」

 

 

 そう言ってハヅキは庭に面している襖を蹴破り、庭へ出た。慌ててサギトは追いかける。

 

 

「緊急事態だからって人の家を壊して良い理由はないからな!?」

「後で直す。お前も行くだろ?」

 

 

 サギトの説教も気にせず、ハヅキは扉の向こうにいた人物に問いかけた。

 その人物にサギトは目を見開く。

 

 

「君は……」

 

 

 

*************************

 

 

 

「ハヅキ、二人を攫った忍びは雲隠れの忍なんだね」

「ああ、額当てを見る限りそうだ。化けてる可能性もあるが、この方角は雲隠れだ。そっちに向かっている時点で雲隠れの忍だと思っていい」

 

 

 襖を蹴破った先にいたミナトと合流し、彼らは雲隠れの忍を追う。

 ミナトの問いに、ハヅキは写した過去と影が向かう方角から犯人は雲隠れの忍だと断言する。

 

 

「そいつらってどれくらい強いんだ?」

「……クシナと紐利の護衛を殺すくらいの実力があるなら上忍クラスだ。それが三人」

「上忍クラス……対する俺等は……」

「アカデミー生、数は同じ三人だな」

 

 

 聞かれたことをそのまま答える。怖気づくかと思ったが上忍クラスの実力があると聞いても二人は迷わずハヅキに着いて行く。

 それはそうだ。ここで怖気づくような奴らなら、自分で追いかけようとしない。追うことを決めた時点で、覚悟はすでにできている。

 となると問題は三人でどう対処をするべきかだ。

 

 

「ミナト、一応聞いておくが手持ちの装備は?」

「これだけだよ」

 

 

 ミナトから今の装備(クナイ一本)を見せられる。

 俺たちと一緒で起爆札みたいな物騒なものは持ってきてないと……まあいい。

 

 

「武器が人数分あるなら充分だ。俺に一つ策がある」

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

「気を付けろ。霧が濃くなってきた」

 

 

 うずまき一族のガキどもを捕らえ、国境間近となっても追手が来る気配もない。任務は順調だった。

 だが霧が濃くなり、近くの人間すら見えなくなる。

 

 

「おい、ガキどもを繋いでる縄はしっかり握ってろよ」

「……ああ、わかってる」

 

 

 幻術にかけてるからその心配はないと思うがこの霧の中で逃げられないよう、縄を持っている男に声をかける。

 

 

「全く楽な任務だったぜ。平和ボケした忍を殺してガキどもを拐ってくるだけだったしよョ」

「気を緩めるな。国境はすぐそこだが、まだ木の葉の追手が来る可能性がある」

 

 

 先頭に立っていた男は無駄口を叩く銀髪の男に注意を促す。

 しかし銀髪の男はその注意を聞く気はなくヘラヘラとした態度を崩さなかった。

 

 

「んなこといってもョ、俺の探知に何もひっかからねぇし。向こうは拐われた事もまだ気づいてねぇんじゃねぇの?」

 

 

 隊長の注意を男は心配しすぎだと思っていた。侵入されていたことも気付けない奴らが自分達を追えるはずがない。

 霧は多少鬱陶しいが、これは自然発生したものだ。ならはそこまで気を張る必要はない

 それが男の最期の思考だった。

 

 

「あんな平和ボ──」

「平和ボケとはひどい言いようだ。国境近くではあるけれど、ここはまだ火の国の領土、敵陣にいるのにだらだらと下らない話をして油断していた君には言われたくないね」

 

 

 霧の中、サギトの瞳が赤く光る。クナイ一本でサギトは最後尾にいた男の首を跳ねた。

 

 

「追手か!?そこから離れろノルイ!」

「!」

 

 

 隊長の忠告を受け、クシナと紐利の縄を持っていた男は襲いかかってきたミナトの攻撃を紙一重で避ける。

 

 

「くっごめんサギト避けられた」

「どんまい」

「なっガキだと!?」

 

 

 木の葉からの追手が子供であった事に、雲隠れの忍びは驚く。

 しかしすぐに意識を切り替え、武器を構えてクシナと紐利を抱えている弟に呼びかける。

 

 

 

「うずまき一族どもを連れて里へ向かえノルイ!俺もすぐにがっ……!?ノ……ル……!?」

 

 

 雲隠れの忍の隊長はノルイと呼ばれた男を逃すことを優先した。武器を持ち、敵であるサギトとミナトを迎え撃とうとする。

 しかし、“ノルイ”は背後から男にクナイを突き刺した。

 男は信じられない表情を浮かべながら突き刺したノルイに掴みかかろうとするが、その手を払い除け今度は男の頭にクナイを突き立てた。

 

 

「ど阿呆、弟と赤の他人の区別もつかないのかお前は」

 

 

 事切れた男に向けて、最後に残った雲隠れの忍──ハヅキは笑う。

 とても滑稽な話だ。自分が殿をかってでも先に行かせようとした弟は一番最初にミナトに殺されていた。

 声、姿、そしてチャクラ。それら全てを転写して成り代わったが、すり替わっていることを疑問にも思ってくれないとは。

 

 

「自分で騙しといて気付かなかった事に文句言うって血も涙もなさすぎない?」

「弟の姿で懐に入り込んで、弟の姿で兄を殺す……鬼だね」

「なんで!?」

 

 

 血も涙もないとか、鬼とかいうのはひどいのではないかとハヅキは思った。

 クシナと紐利を助けて、うまくいけば全員怪我なしでいける良い作戦だと思っていただけにショックは大きかった。

 ……しかし、よく考えたらゴーサインを出した二人に言われる筋合いはないのではないか?

 納得のいかない気分になりながら指を鳴らす。その動作一つで霧は晴れる。

 

 

「これは幻術じゃないの?」

「幻術は人の五感を対象にして相手に幻を見せる術だろ。これは“記憶転写”」

「記憶……」

「……転写?」

「ざっくり言うと俺が記憶している情報を現実に写す術」

「本当にざっくり言ったね」

 

 

 幻術と記憶転写の違いをざっくりと言う。あまりにもざっくりとした説明をサギトに突っ込まれた。

 だが“転写眼”は大月一族の血継限界。いくら親友といえどその仕組みをハヅキが勝手に説明する訳にはいかない。

 サギト達もそれを察してくれたのか特に詳しい説明を求められなかった。

 

 

「さてとクシナ達を起こしてさっさと帰ろうぜ」

「それもそうだね。皆心配している」

 

 

 幻術が強力だったのか、この状況でもクシナ達は上の空で立ち止まっていた。

 二人を解放しようとハヅキはまず幻術を解くために紐利の額に手を触れようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 

 

「人の妹から離れろ変態。死にさらせええええ!!」

「ふべぶ!!!!??」

 

 

 三人とも、完全に油断をしていた。

 凄まじいスピードで現れた女性は“雲隠れの忍の姿をしたハヅキ”の腹部を殴り、ハヅキは吹き飛ばされる。

 ハヅキが錐揉み回転をしながら空を飛び弧を描く。サギトとミナトはハヅキの名を叫ぶことしかできなかった。

 

 

「「ハヅキーーーーーー!?」」

「……ハヅキだと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 うずまきクシナ・千手紐利拉致事件報告書

 製作者:O

 うずまき一族の特殊なチャクラを狙い、雲隠れの忍が木の葉へ潜入。

 うずまきクシナ、千手紐利両名を拉致。

 拉致されたことに気づいたアカデミー生(うちはサギト、波風ミナト、大月ハヅキ)三名が追跡、そして救出成功。

 

 負傷者

 大月ハヅキ

 胸骨、肋骨6本の骨折及び内臓破裂の重傷 全治数ヶ月

 すぐさま綱手が治療したため、一命は取り留めた。

 

 

*************************

 

 

 

 

 後にハヅキはこの事件をこう語る。

 

 

「アレは俺が死んだと思った出来事トップ3に入る事件だった」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命大事に!

「あー……イキテテヨカッタ」

「ああ、そうだな。よく生きてたよお前」

 

 

 一番弟子の重い一撃を受け、インドラから罰として庭を一人で手入れすることを命じられた馬鹿は、命がある事に喜びながら、九重にぶん殴られた腹をさする。

 見張り役のタイゾウが、あの一撃を受けても割とピンピンとしている男に呆れたようにため息をつく。

 

 

「いやほんと、よく生きてるなあの一撃を受けて」

「ふっ……俺をなめてもらっちゃ困るなタイゾウ。俺が九重にぶん殴られて死にかけるのは一度や二度の話ではない」

「いや、そんな自慢げにいうことじゃないからな。早い話が何度も怒られてるってことだろ」

「ふっ……そうとも言うな」

「だから何で自慢げなんだよ」

 

 

 男として、師匠として、二重の意味でとても情けない話を一度や二度の話ではないと目の前の男は自信満々に宣言する。

 タイゾウは“何言ってんの、この馬鹿”と呆れることしかできなかった。

 

 

「アレくらい三人で旅してた時は日常茶飯事だ」

「日常茶飯事!?」

 

 

 普通の人間なら間違えなく死んでたであろう一撃をいつものことのように言われ、タイゾウは驚きの声を上げる。

 

 

「俺はムッツリな親友と恋ごとには引っ込み思案の弟子の為に行動してるのに、その度にインドラには炎で焼かれ、九重には骨を何本か折られ……」

「いや、流石にお前が学習しろよそれは」

 

 

 話を聞く限り、インドラも九重も割と本気で怒っている

 様々な罰を何度も受けて、全く懲りてない様子の馬鹿に、タイゾウは生まれて初めてインドラに同情をした。

 そんなタイゾウを後目に、懲りない馬鹿は興が乗ったのか聞いてもいないのにそのまま一番弟子と親友の馴れ初めを話そうとする。

 

 

「九重はあの鉄拳でインドラを「師匠?」さー掃除するぞー!」

 

 

 ぬるりと襖を開けて此方を確認してきた九重を見て馬鹿は悟った。

 どう考えても悟るのが遅すぎるが、ようやく馬鹿は悟った。

 これ以上ふざけたらアカン。これ以上はマジでやられる。他でもない一番弟子にガチで殺される。

 気を取り直して鎌を持ち、思うままに生えている草を刈り取る。

 

 

「いやほんと──」

 

 

*************************

 

 

「イキテテヨカッタ」

 

 

 病院であの日の出来事を思い返し、見舞いで貰った草餅を摘みながらしみじみと呟く。

 クシナと紐利の拉致事件で怪我と言える怪我をしたのはハヅキだけだった。

 半分どころか3分の2ぐらいは間違いなく死んでたと言える状態だったが、すぐに適切な治療を受けたおかげか、何とか一命はとりとめた。

 

 

「……というか死んでたな割と、川の向こう側で昔死んだじーさんが手を振ってたぜ」

「いや、しみじみと言うなよ」

 

 

 ハヅキはしみじみと死にかけていた時の話をする。

 軽く話しているが割と死に片足突っ込んでた親友にサギトは冷や汗をかく。

 

 

「とりあえず川の向こう側にいる大笑いしているじーさんをぶん殴るため、舟に乗ろうとしたんだがな」

「笑われたことにムカつくのはわかるけど、とりあえずで三途の川を渡ろうとするなよ」

 

 

 聞いてもないのに死にかけていた時のことをハヅキは話す。

 

 

「金が無いから船頭やってた婆さんに身ぐるみ剥がされかけてな。まあ、ぶん殴って舟を奪ったんだが」

「死んでまでなにしてんだお前。なに死者の世界で強盗事件起こしてるんだお前」

 

 

 死者の国で強盗事件を起こしていた親友に頭が痛くなる。

 ただ普通に仕事をしてたであろう奪衣婆が気の毒すぎる。

 

 

「先に俺から身ぐるみ剥がそうとしたのはあっちだぞ。正当防衛だ正当防衛」

 

 

 しかし犯人は全く反省の色を見せなかった。

 それどころか先に手を出した向こうが悪いと言ってきた。

 

 

「奪った舟で川へ漕ぎ出したところで目を覚ましたわけだが……あそこまで川を渡ってよく生きてたな俺」

「自分で言うのかよ、それは俺も思うけど。よく生きてたよほんと」

 

 

 命があることに自分で自分に感心しているハヅキに、蜜柑の筋を丁寧に取りながらサギトは深々と頷いた。

 一つ一つ丁寧に筋を取り、筋を全て取った一房を口に放り込む。そんなサギトの食べ方にハヅキはうげーっとしかめ面をする。

 

 

「相変わらず神経質に食べるなお前。筋なんか気にせずガバッと食えよ、ガバッと」

「どう食べるかは俺の勝手。俺は綺麗に食べてるんだ。それにお前が退院までに見舞い品を処理しきれないって言うから食べてあげてるんだぞ、文句言われる筋合いはないし、一つの草餅にチマチマと一時間も長ったらしく食べるお前には言われたくない」

「長ったらしく食べてない!これは味わって食べてるんだ!」

 

 

 お互いの食べ方にあーだこーだと文句を言う。そのやり取りは段々とヒートアップしていく。

 そんな相変わらずの二人の様子に、給湯室からお湯をもらってきた“サギトの兄”は呆れてため息をつく。

 

 

「二人とも外まで騒ぎが聞こえたぞ。ここは病院だ。騒ぐな」

「「だってこいつが」」

「さ・わ・ぐ・な」

 

 

 注意しても喧嘩を止めようとしない二人に、今度は赤い目で睨みをきかせる。

 その目に睨まれた二人は都合のいい言い訳が見つからなかったのか何度か何かを言おうとして、結局言葉を飲み込んだ。

 

 

「返事」

「……はーい」

「……へーい」

 

 

 返事を促すと、二人は渋々頷いた。その様子にサギトの兄──うちはフガクはまた何かしらの理由で騒ぐだろうと思ったが話を戻すことにした。

 

 

「全く無茶をしたものだなハヅキ。一歩間違えれば死んでいたほどの大怪我だったと聞いたぞ」

「一歩間違えたら死んでたっていうより、一歩間違えたからこそ死にかけたっていうか……」

「なんだそれは?」

「まあ、その……なあ?」

「うん、色々あったというか……ねえ?」

 

 

 二人は顔を見合わせなんとも言えない表情を見せる。歯切れの悪い二人にフガクは頭をかしげた。

 ハヅキの大怪我の原因を聞くと決まって言葉を濁し原因を話そうとしないのである。

 

 

「まあ、人生色々あるってことだ。うん」

「うん、そうだな。色々あったな」

 

 

 あの日の出来事をあまり思い出したくない二人は無理矢理まとめにかかる。

 あの事件は当事者であるハヅキはもちろん、それを見ていたサギトにも深い傷跡を残していた。

 

 

「二人揃って言いたくないなら無理には聞かないが……」

 

 

 二人揃ってこれ以上聞いてくれるなオーラをビンビンと出しているため、フガクはこれ以上この件を詮索するのを止めることにした。

 しかし、幾多の人々の地雷を踏みつけても気にしないハヅキとなんだかんだ図太いサギトにここまで深い傷を負わせた出来事は一体なんであるのか疑問が残った。

 ガタガタと震え遠い目をしている二人と、バリバリとうちは煎餅を食べるフガク、若干混沌とした病室に控えめなノックがなった。

 

 

「空いてるから、勝手に入ってくれー」

「……こんにちはー」

 

 

 カチャリと扉が開かれ、ひょっこりと紐利が顔を出す。

 

 

「よう、紐利また来たのか」

「はい、また来ちゃいました。サギトくんもフガクさんもこんにちは。お二人もお見舞いに来ていたんですね」

 

 

 紐利は病室に入ると同じくお見舞いに来ていたうちは兄弟にペコリとお辞儀をする。

 そして手慣れた様子で、持っていた見舞いの花を花瓶に移し替える。

 

 

「お前もよく飽きないな。俺が入院してから毎日来てるだろ」

「いえ、気にしないでください。私がやりたくてやってるんですから」

「ほーう……」

「へー……毎日、ねえ」

 

 

 親友のサギトやクシナでさえ週に三度くらいの見舞いだ。しかし紐利はあの日から毎日ハヅキを見舞いに来ているらしい。

 うちは兄弟はその事実にニヤニヤと二人を見守る。

 

 

「なにニタニタしてるんだ二人とも。ハッキリ言って気持ち悪いぞ。特にフガク。お前の老け顔でその顔はやばい」

「誰が老け顔だ」

「いだだだ!?アホ毛は!アホ毛はやめろぉ!!」

 

 

 ニヤニヤを通り越して、ニタニタとなりかけていたうちは兄弟の笑顔にツッコミを入れる。

 特にフガクは老け顔のせいで出るとこに出ても文句を言えないくらいにはやばかった。

 しかし、本人も気にしている老け顔をハッキリと気持ち悪いと言い切った馬鹿には少々お灸が必要だった。

 グイグイとハヅキの頭に生えている触覚を引っ張る。

 トレードマーク(頭のアホ毛)を抜かれまいとハヅキは必死に抵抗をした。

 

 

「痛い痛い痛い!サギト!ヘルプヘルプ!!」

「えー……俺も纏めて気持ち悪いって言われたしなー」

 

 

 あまりの痛みにハヅキはすぐそばにいたサギトに助けを求める。

 しかし、サギトは二人まとめて気持ち悪いと言われたことで助けるのを渋っていた。

 というか全く持って助ける気がないので、紐利の分のお茶を入れる。

 

 

「えっと、あっと……」

 

 

 唯一、紐利だけはハヅキを助けようとしていたが、止め方が分からず手をこまねくだけであった。

 サギトはとりあえず兄と親友は放っておいて、入れたお茶を紐利に差し出した。

 

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう……えっと二人は……」

「気にしなくていい。割とよくある事だから」

「そ、そうなんですか……ど、どうしよう」

 

 

 喧嘩中の二人を気にしている紐利に気にしないでおくことを勧める。

 しかし他にも気になる事があるのか考え込む様子を見せる。

 

 

「どうしたんだ?」

「……実はもう一人お見舞いに連れてきてるんです。今外で待ってもらってるんですけど」

「なら、先に中に入って貰えばいいんじゃないか、喧嘩が終わるまで外で待たせるのも悪い」

 

 

 病室の主であるハヅキはフガクと喧嘩中、いつ終わるのかはわからない。

 いつまでも外で待たせておくのは悪いので代わりにサキトが許可を出す。

 

 

「そうだね。──“お姉ちゃん”入ってきていいよ」

 

 

 一瞬の出来事だった。

 病室に入ってきた人物を認識した瞬間、ハヅキはフガクの拘束から抜け出し、すぐそばの窓を開け、外に逃げた。

 フガクはいつものハヅキからは想像できないほどの俊敏な動きに目を見開いた。

 

 

「…………………」

「えっとね!わ、悪気はないんだよ!」

「そうだぜ!“綱手様”!アイツビビリなんだよ!」

 

 

 綱手は自分が入った瞬間にガン逃げしたハヅキに黙り込む。

 紐利とサギトは慌ててフォローに入る。

 

 

「なあ、サギト。アイツの大怪我ってまさか──」

「兄さん、それ以上はいけない」

 

 

 目の前の人物にガン逃げしたハヅキにフガクはなんとなく想像ついた。

 しかし、サギトにその想像を口にするのを止められた。

 

 

 

 あれは不幸な行き違いだった。

 “ハヅキは雲隠れの忍の姿のまま、紐利に近づいた”

 その姿を第三者が見たらどう思うか考えが及ばなかったのが一番の敗因だった。

 

 そりゃ紐利()雲隠れの忍(不審者)に捕まってれば殺すよなと。

 

 ……悲しいことにその雲隠れの忍(不審者)は紐利の幻術を解こうとしたハヅキだったわけだが。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。