戮~alternative~ (Pazz bet)
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Prologue

 


 「わ、私は、一体どこへつれていかれるんだァー!!」

 

 

 

 

 さあ、ね。でも、

 

 

 

 

 

 

 

 少なくとも平穏なんてないところよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、今年もついにやって来ましたか....。」

 

 「?一体なんの話です?」

 

 「私個人の話です。あなたが首をつっこむようなことではありませんよ?」

 

 「いや、なにを...。この季節では、あ!もしかして×××のことですか!?」

 

 「さぁねえ。」

 

 「あなたねぇ...、あれはもう僕達の手には負えやしませんよ。あるかもわからない真実を追い求め続けて何になるんですか?」

 

 「別になぁんにも?ただの自己満足ですよ。んっふっふっふ...。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~真の幸福とは、自身に訪れる運命に抗わず「覚悟」を決めることである。~

 

          by エンリコ・プッチ

 

 

 

 

 

 

 ....。

 

 

 

 ....や。

 

  

 

 ....げや。

 

 

 

 「吉影や。」

 

 「っ!!?」

 

 

 今の声は...親父か?

 

 まさか、

 

 親父も、私と同じところに連れていかれているのか?

 

 そんなことがあっていいはずがない!

 

 「親父ッ!」

 

 親父だけは、どうにかしなければ!

 

 そして、私は長らく閉じていた瞳を開けた。

 

 

 

 「....?」

 

 

 私は、しばらく脳の情報処理が追い付かなかった。

 

 なぜなら、そこにはあるはずのない光景が広がっていたからだ。

 

 

 

 自分は虚無という暗闇の中にいたはずなのに、眼に写る景色はやたらと色づいていて、

 

 何よりも、私の横には、

 

 

 

 

 身間違えるはずもなく、確かにさっき私の名前を呼んだ親父が立っていた。

 

 

 「よ、吉影?」

 

 

 

 

 

   

 

 

   シリアルキラーは、現世に再び舞い戻る。

 

 

 

 

        戮~alternative ~

 

 

 

 

 

 

 ようやく状況が理解でき始めた。

 

 私の親父が横に立っていたと言ったが、その言い方は正しかった。

 

 なぜなら、彼がなぜか生きているからだ。

 

 親父は、十年以上前に事故で死んでしまったはずだった。

 

 それなのに今、実体があり、触れることができる。現に今、手を繋がれている。

 

 これが生きていると言わずになんといえようか。

 

 昔から親父だけは何があっても私の味方であったから、それなりに信頼していた私にとってはこの上なく嬉しかった。抱きつきたくなった。

 

 しかし、そう思ってもう片方の手を伸ばそうとした時、自分のからだの異変にも気づいたのだ。

 

 手が、やたらと綺麗で小さい。

 

 仕事により出来たタコが無くなっており、血色がよく、シワの一つもできていない。

 

 これは一体、どうなっているんだ?

 

 「吉影や、どうしたんだ?」

 

 親父が戸惑ったような顔で私に話しかけてきた。

 

 正直それは私のセリフなんだが、私は

 

 「いいや...。別になんでもないよ...。」

 

 こう答えておいた。

 

 「変な夢でも見たのかい...、まあ、それも無理も無いことだ。もうすぐこの町から離れてしまわなければならないんだから、辛い思いもあるだろう...。」

 

 沈んだ顔で親父がこんなことをいった。

 

 いや、ちょっと待て。今、この町から離れると言ったな。

 

 自分が今どの町にいるんだか分からないが、これはもしかして「引っ越し」を指しているのか?

 

 ますます状況が混濁している。

 

 色々と把握しておくことが必要だが、親父に直接聞いてしまうことは野暮だしな...。

 

 「親父、それはいつなんだ?」

 

 「?変なことを聞くね。引っ越しは今日じゃないか。というよりか、もう引っ越し屋が来ているが?」

 

 「わかった...。」

 

 ...。

 

 

 

 全く時間は無いようだ。

 

 「早く支度してきなさい。下で待ってるからね。」

 

 親父はそう言って部屋から出ていった。

 

 それにしても何で引っ越し屋が来るまで起こさないんだ...。

 

 これでは何も得られないし分からない、か。

 

 仕方なく私は洗面所へ向かった。

 

 

 

 ん?なんでスムーズに場所が分かるんだ?

 

 まるで体が覚えているような感じだ。

 

 

 

 私は周りをふと見回した。

 

 !!ちょっと待て!

 

 この間取り、扉の位置、家具の位置といい、何か見覚えがあるぞ!?

 

 

 まさか、いや、間違いない!

 

 

 ここは昔、私が幼い頃に住んでいた家だ!!

 

 

 

 

 

 ...、今私に起こっている出来事の正体について、一つの答えが浮上してきた。

 

 これが正しければ、今までの状況の説明が付く。

 

 そして、多分合っている。

 

 

 

 私は、洗面所へいく足を早めた。

 

 

 

 




 


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吉良吉影は現れる
帰省


 誰かが、ずっと謝っている気がした。

 

 ...耳障りだな。

 

 わざわざそれに聞き耳を立てるのは面倒くさいので、意識的に聞かないようにした。

 

 

 

               . . .

 母親の一周忌のために戻った、本当に久しぶりの故郷だった。

 

 そう都会であるわけでもなかったが、自分が今すんでいる村と比べての賑やかさに圧倒された。

 

 普通の高さのビル。普通の車線数の道路。まばらに人の声が聞こえるだけの横断歩道。駅前でのさびしい大道芸すらも、今となっては懐かしい。

 

 自分が今すんでいる村には、そんな当たり前にあるはずの物が一つも無いのだ。

 

 あるのはセミの声と清流のせせらぎ。そして、ひぐらしの声。だが、そんな静けさに寂しさでなく安らぎを感じたのは、最初からだった。

 

 確かにあそこには何もない。

 

 気の利いたサンドイッチ屋はおろか、自動販売機すらない。レコード屋もないし、アイスクリーム屋もないし、ゲームセンターもない。もちろん食うだけで不調を直してくれるようなイタリア料理店なんてあるわけがない。

 

 最寄りの町まで行けば、最後を除いてあるにはあるが、自転車で一時間もかかる。

 

 確かにちょっと不便ではある。しかし、そんなことは気にやむまでもなかった。

 

 私は、静かに、そして平穏に暮らしたいだけだ。その条件さえ満たせれば後は何も要らない。

 

 引っ越し先は、その点で優良物件だったと言える。

 

 すこーしだけ問題があるから完璧だというわけではないがね...。

 

 

 

 

 

 誰かが、まだ謝り続けている。

 

 私はとうとう我慢ならず、はぁー、とため息をついた。

 

 人間が悪事を働いてしまったときにすることは、まず謝るという行為だ。

 

 土下座。お辞儀。ただの言伝。様々な様式がある。

 

 まあどれをしているにせよ、嘆かわしいことだ。ほんの小さい子供でさえ、こんなに他人にへこへこしていなければならないとはな...。

 

 ほとほと呆れるね。彼女が一体何をしでかしたのか知らんが、私では到底耐えられることじゃあない。

 

 そもそも、そんなことをしたところでオコッテシマッタコトはどうにもなら無いというのに。

 

 そんなに許してもらいたいのなら、「モノ」でも使って誠意を示したらどうなのかね?

 

 まあ、それもまた間違っているとは思うが。

 

 私にはもう、必死に許しを乞おうとする高い声が、泥水を被ったネズミのように惨めに聞こえて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 「吉影、そろそろ着くぞ。起きなさい。」

 

 親父に小突かれ、私はようやくまどろみから目を覚ます。

 

 列車は速度を落とし始めていて、車内の乗客たちは網棚の上から各自の荷物を下ろし始めていた。

 

 どうやら、列車が終点に着いたようだった。

 

 新幹線やら電車やらを乗り継ぎ数時間。

 

 窓の外の風景は、半日前までいた場所と同じ国であることを、いや、同じ時代であることすら疑わせる。

 

 ここからさらに自家用車に乗り換えて三十分。

 

 

 

 

 

 そこが今の私の住む土地、雛見沢だ。

 

 

 

 



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6月10日
始まりの朝


 

 

 夏を迎えても、雛見沢の朝の空気は切るように冷たい。その代わり、肺の底まで存分に吸い込めるくらいに澄んでいた。

 

 窓を開ければそこは一面の緑。木々以外は何もない。

隣の家も随分と向こうにある。

 

 よって、この風景と朝の空気は私だけの一人占めだ。

 

 もう一度大きく吸い込み、肺一杯に満たしてみる。

 

 やはり空気がうまい。故郷や都会などでは全く味わえん味だ。ここに来て改めて、排気ガスや工場ガスにまみれていない空気の味を知った。

 

 

 手早く登校の準備を済ませ、朝食のために階下へ降りる。

 

 最近早目に起きてはいるが、それでも親父はいつも私より先に起きている。

 

 親父は町の方で、食物関連の中規模企業で働いている。

 

 これが何とも自由のない職業だ。

 

 毎朝早くに起きて、夜早くに寝、毎晩7時くらい、(遅いときだと9時を過ぎることもある)に帰ってくる。

 

 私が小学生のときもこのような企業に勤めていて、その労をねぎらうつもりで将来なりたい職業にマッサージ師と書いたら父は大層喜んだ。...もちろん、なるつもりは全くなかったがね。

 

 親父が食卓に朝食を並べてくれる。

 

 食卓には、野菜炒めに味噌汁に漬物。我が父ながら恐ろしい。完璧な、一分の隙もない典型的な日本人の朝食だった。

 

 さすがは企業戦士である。スケジュールという言葉に追われているだけあって、ソツがない。押さえるべきところは確実に押さえてくれる。

 

 「こっちに引っ越してきてから、さらに早起きになったじゃあないか。」

 

 「ああ。綺麗な朝の空気を吸うためにね。」

 

 いただきますを言ってから、程よい量で程よく湯気をたてる白飯を、まずはプレーンで味わう。それから、野菜炒めとともに咀嚼する。

 

 絶妙な塩加減が、白米の甘味と合わさり、何とも言えないハーモニーを作る。

 

 そして、のど越しの良くなった白飯の合間に、漬物の歯ごたえを味わい、味噌汁をよそう。

 

 よし、今日も朝食が旨いな。体調は絶好調のようだ。

 

 

 親父は私の食事の様子を見て柔らかに微笑んでいた。

 

 食べるのを見られるのは少し恥ずかしいことだが、それが親父だと嫌とは思わなかった。

 

 私が一日をいきる源を作ってくれているんだ。邪魔だなどと思うものか。

 

 毎朝早起きして作ってくれる朝飯を、一瞥すらせずないがしろにする奴が多いと言うが、私が親の立場なら、ひっぱたいていることだろう。

 

 私が食べ終わる頃、親父が時計を見ると、ニコニコと笑って私を急かした。

 

 「そろそろあの女の子と待ち合わせの時間だね。いってあげなさい。」

 

 親父は息子が女子と登校するというシチュエーションを楽しんでいるらしい。

 

 私としては女自体にそこまで興味がないのでなにも思っていないのだが...。

 

 だが、毎日家の前で律儀に待ってくれているクラスメートを無闇に待たせるのも悪い。

 

 というよりか、竜宮礼奈という少女は、毎朝何時からあそこで待っているというんだ...?そもそもなぜ私のために。できることなら一人で登校したいのだが、そんなことはこの立場で言うことはできないが。

 

 教科書などの入った鞄を持って、玄関へ行く。

 

 「あの子に漬物をありがとうと伝えておいてくれよ!」

 

 そういえば、市販の漬物の味ではなかった。

 

 なるほど、彼女の家からの貰い物だったのか。

 

 

 



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竜宮礼奈

 吉良の一人称は本来「私」ですが、人と話すときは年相応に合わせて「僕」にしています。


 「吉良くーん!おっはよーぅ!」

 

 朝の爽やかさそのままの快活な挨拶が響いてきた。

 

 主人を見つけた犬が尻尾を振るように、上機嫌にぶんぶんと腕をふって挨拶をする彼女が礼奈だ。

 

 「毎朝毎朝早いね...。僕のために貴重な睡眠時間を削らなくたっていいんだぞ?」

 

 「お寝坊したら吉良くんを待たせちゃうじゃない。」

 

 「その時は置いていく。」

 

 「き、吉良くん冷たい。いつも待っててあげてるのに...。」

 

 彼女が少し困った表情をする。人の言葉に、いちいち一喜一憂する分からない奴だ。

 

 「冗談だ。君の言う通り、君がやってくれている分は待っていてやる。」

 

 その一言に、彼女は全身の緊張を解いたようだった。

 

 顔が一気に紅潮する。

 

 「...わ、...あ、ありがと...。」

 

 私は当たり前のことを言ったまでだが、なぜこんなにこいつはもじもじしているんだ?

 

 分からんがまあいい。漬物の礼を言おう。

 

 「それから、親父から伝言だ。漬物をありがとうだと。」

 

 「う、ううん。どういたしまして。どうだった?しょっぱくなかったかな?」

 

 「まあまあだな。歯ごたえがあり、白飯との相性もなかなかよかった。普通に旨い漬物だった。」

 

 「あ、ありがとう。」

 

 「あれは君が作ったのか?」

 

 「えっ?ま、まあ、レナだけど...。レナがつくったけど...。」

 

 「ふむ、そうか。中学生にしてはなかなか腕がいいんじゃないか?僕は悪くないと思う。」

 

 また赤面している。ぽーっとした感じだ。

 

 もう一度言う。

 

 私は当たり前のことをいったまでだが、なぜこんなにこいつはもじもじしているんだ?

 

 ここまで感受性があると、からかい甲斐のある奴だと思う奴が出てきて、悪い男に簡単にだまされるんじゃあないだろうか?

 

 私としちゃあそれはさすがにこいつの責任であるし知ったことではないが。

 

 まあ、頑張りたまえ。誰か人並みにでも戻してやれる人でも出会ってくれればいい。

 

 「早く行こう。魅音が待っている。」

 

 「は、はぅ!そうだね。早く行こ!」

 

 この、すぐ真っ赤になってぽーっとする変な奴は竜宮礼奈。

 

 まだ知り合って一月も経っていないが、変わっているのは名前だけではないことはよくわかるだろう。

 

 自分のことをレナレナと読んでいることもおかしい。それになぜ「礼奈」から「い」を抜くのか。

 

 なんの事情があるのか知らないが、少なくとも私はどうとも思わない。まあ、それについてはわざと突っ込まないでおこう。

 

 ...だが、それでもこれから会う奴に比べれば個性はまだ薄いと言えなくもない。

 



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園崎魅音

 魅音の吉良に対する呼び方は「こうちゃん」になっています。

 吉良→ラッキー→lucky→幸運→「幸」→こう

 こんな成り立ちです。


 「魅ぃちゃーん!おっはよーう!」

 

 次の待ち合わせ場所で私たちを待つ人影が見えた。向こうも気づき手を振ってくる。

 

 「お、来た来た。遅いよ二人ともー!」

 

 「いつも遅いのは君の方だろう...。」

 

 礼奈の律儀さとは逆にマイペースな女。こいつの名前は園崎魅音。一応上級生でクラスのリーダー役だ。

 

 礼奈が女子らしく振る舞おうと努力していることに比べると、魅音はまさに正反対だった。

 

 髪こそ長くしているが、性格は非常に男勝り。

 

 さらにいってしまえば、長髪をまとめたポニーテールと、女であることを示すように大きな胸以外に女子らしい要素は皆無と言い切れる。

 

 これは比喩でもなく、本当のことだ。

 

 なにせこの女、非常に「下品」なのだ。

 

 「おはようレナ。そしてこうちゃん久しぶり!何年ぶりだっけぇ?」

 

 「たった二日だ。耄碌しすぎだ。」

 

 「あっはは!そうだっけか。前にあった時はあんなに可愛かったのになぁ!」

 

 魅音の目線が私の胸元からつーっと下がっていき、下腹部に集まり始める。

 

 「いやー、たくましくなっちゃった上に髭まではやしちゃってさぁ~☆朝の新鮮な空気をすわせてあげたら?」

 

 出会い頭これだ。しかも毎日こんな調子だ。

 

 こんな女子がどこにいるだろうか。いや、いない。

 

 礼奈以上の変人だろう?

 

 

 

 

 「...いつもいつも言っているがお前...。女のくせして恥ずかしいとは思わないのか?」

 

 「もうそんなこといっちゃってぇ~。年頃の男の子が喜ぶことっていったらこんなことでしょ?」

 

 「僕は興味ないって言っているだろう!?」

 

 魅音がにやにやしながら私のジッパーに手をかけようとしたところで、礼奈が慌てふためきながら捲し立てた。

 

 「...ね、ねぇねぇ...、何の話?何の話だろ何の話だろ...ッ!!」

 

 赤面しておろおろしながら無知を装う礼奈だが、がっちりと会話についてきているのは間違いない。

 

 すると、魅音は私のジッパーから手を離し、クックックッと笑った。

 

 なんにしろ、ナイスフォローだ。

 

 

 

 「どうだった?久しぶりのふるさとはさ。」 

 

 魅音は下品モードから復帰し、ようやく朝の爽やかさに相応しい話題に転換した。

 

 「法事に行っただけだ。慌しいだけだったよ。」

 

 「でさ!探しといてくれたぁ?頼んどいたヤツ!」

 

 「君さあ、人の話聞いてないだろ。僕は法事で帰っただけだ。玩具屋巡りをしている余裕なんかなかったぞ。」

 

 「ちっちっちっ。玩具屋とホビーショップは全然違うよ?特に洋モノなんてこっちじゃなかなか手に入らないからねぇ。」

 

 「魅ぃちゃん、またゲームの話?」

 

 礼奈がくすりと笑うと、魅音は得意気に頷いてみせた。

 

 「そ!こうちゃんに洋ゲーのカタログを持ってきてもらいたかったんだけどねぇ。」

 

 「そんなものまた通販で取り寄せればいいじゃないか。人を使いっ走りみたいに扱うな。」

 

 「ま、そうするかなぁ。またプレイングの熱いゲームを入荷するからねぇ!」

 

 「こ、今度は、私にもわかり易いゲームがいいなぁ..

.。」

 

 魅音はカードゲームやらボードゲームやらの愛好家で、様々なゲームを収集しているらしい。なんでも、礼奈の話によると、魅音の部屋は国内外のゲームの博物館のような状態になっているという。

 

 「こうちゃんもやってみない?楽しいよ!」

 

 「いや、僕はいいよ。」

 

 遊び百般でさえ遅れを取るつもりは無いが、こういうのはあまり性にあわないので、私は断らせてもらう。

 

 すると、礼奈が少し悲しい表情になった。

 

 「やっぱり男の子って、外で遊んだりする方が好きなのかなあ...。」

 

 「そんなことはないと思うぞ。男だって雨の日は屋根の下で遊ぶしかないから、トランプとか野球盤とかも楽しむんじゃないかな。ただ、僕にこういうのはあまり性に合わなくてね...。」

 

 「そっか、残念。でも、また気が変わったらいつでも言ってね?」

 

 礼奈は暗さをもってはにかんだ。

 

 

 

 一見親しそうに話かけられているようにみえても、実際にはここに転校してきてまだ一月も経っていない。転校生の私が溶け込めるよう、色々と気を遣っているに違いなかった。

                                     

 だから私もこれ以上、気を遣わせないよう、早く溶け込めるようにしなければならない。

 

 ごく「普通」の人間を演じるには、このくらいの態度が一番いいのだ。

 

 



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北条沙都子&古手梨花

 ここ、雛見沢は小さな村で、学校どころかクラスも一つしかない。

 

 しかもクラス内は、年齢学年ばらばらだ。その上、人数も二十人ちょっとしかいないのだ。

 

 これだけでも雛見沢の寒村ぶりがよく分かる。

 

 「...ん~?おやおや、これはこれは。くっくっく!」

 

 それまで私たちの先頭を歩いていた魅音が不意に笑うと、私に先頭を譲った。

 

 教室の引き戸の前で、恭しい仕草をしながら、私に引き戸を開けさせて先頭で教室に入らせようとする。

 

 そうか、またアイツか...!

 

 「...ここで先頭を譲るとはな。なるほど。そういうことか。」

 

 魅音は不敵にニヤリと笑った。

 

 「ど、どうしたの...二人とも...?」

 

 「君は下がっていろ。危ないからな。」

 

 「えぇ...?じゃあ...沙都子ちゃんが...!?」

 

 当人が登場する前だが、先に奴の名前を紹介しておこう。

 

 奴の名は北条沙都子。

 

 年下のくせに礼儀をわきまえず、そして何よりもこの雛見沢において私の平穏を乱す一番の根元...!

 

 ク・ソ・ガ・キだ。

 

 口調も腹ただしいが、それくらいで腹をたてては年長者として大人げない。

 

 問題なのは...こっちだ。

 

 「引き戸の上に挟んだ黒板消し。...定番だな。沙都子。」

 

 引き戸の奥でくぐもった笑いが聞こえた。

 

 仕掛けられた罠を看破した私を、魅音が口笛を吹いて称える。

 

 「お見事、こうちゃん!...こりゃあ今回は勝負あったかな?」

 

 「いや、相手は沙都子だ。これだけだとは思えない。」

 

 初日から卓逸なトラップコンボを見せつけられた私だからこそ、慎重になれる。

 

 複数の罠を多彩に組合せ、本命の罠へ誘う誘導や、連続でヒットさせる連鎖系トラップなど。そしてこの数週間でも、まだ奴は手の内の全てを明かそうとはしていない。

 

 「見たところ、黒板消しは普通。石がいれてあるなんていうことは無いみたいだな。」

 

 初日に仕掛けてきたのは黒板消しに石が入れてある強力なものだった。この吉良吉影ともあろうものが足に当たってしまうとは...。なかなか痛かったぞ!

 

 「じゃあさじゃあさ、ガラガラって開けて落としちゃえばいいんじゃないかな...?」

 

 「そうだな...おっと!」

 

 引き戸に手をかけようとしたが、引き戸の手をかける部分にガムテープと画鋲で、恐ろしい罠が仕掛けられていたのに気づき、咄嗟に手を引っ込める。

 

 なるほど、上の黒板消しは、この罠を隠蔽するための陽動だったのか。

 

 これで私の勝利か?...いいや、まだ慢心しない方がいい。

 

 私は、画鋲の仕掛けられていない部分に手をかけて扉を開き、眼前を黒板消しが落ちるのを見届けてから、教室に入った。

 

 やはり案の定か!

 

 一本のゴムテープがドアの端と端に引っかけられており、私が転ぶ予定地点に墨汁の満たされたすずりがおかれてあった。

 

 なるほど、よく考えたな。だが!

 

 「見事なコンボだ沙都子...。だが僕を倒すのにはまだ足りなかったようだな!」

 

 私は今度こそ勝利を確信し、足を振り上げ、ゴムテープを蹴りあげた。

 

 すると、ゴムテープは清々しいほどバチン、と音をたてて切れ、教室の隅に吹っ飛んでいった。

 

 教室のどこかからチッという舌打ちが聞こえる。

 

 どうやら、勝利で間違いないようだ。

 

 「あらあらこれはこれは。おはようございますですわ吉良さん。」

 

 不機嫌に立っている私を、不機嫌そうな声が迎えた。

 

 「一段と悪戯が派手になったじゃあないか、沙都子...!」

 

 「あらあら。私、何のことかわかりませんわよ。」

 

 そうはいっているが、苦虫を噛み潰した、悔しそうな顔をしていたので、彼女がやったことは明白であった。

 

 

 このように、北条沙都子は度が過ぎた悪戯好きだ。

 

 場合によっては大きな怪我をしかねないことを平気でしかけてくる。

 

 ストレスのない平穏な暮らしを望む私にとっては、彼女は天敵であるというわけだ...!

 

 

 すっと、私の頭に小さい手が載りやさしく撫でた。

 

 「...吉影、見事です。」

 

 「あぁ、ありがとう。梨花。」

 

 「わぁ~...梨花ちゃん、おっはよーぅ!」

 

 「...レナにおはようございます。みんなにもおはようございますです。」

 

 梨花はぺこり、ぺこりと可愛らしい仕草で頭を下げて挨拶した。

 

 つられて、礼奈も魅音も同じ仕草で返す。私も微笑んで挨拶を返した。

 

 「梨花は良い子だ...。それに比べて沙都子...!!」

 

 睨み付けると、沙都子は口笛を吹きながらわざとらしく目線を逸らす。

 

 「沙都子はいい子でございますのことよ?」

 

 「良い子がこんな危ない罠をしかけるか!?」

 

 「そんなの言い掛かりでございますわ!」

 

 ここまで来てなんと往生際の悪い奴だ...!まるでしつけの悪い猫のようだ。いいや、猫は罠など仕掛けないから、もっと始末が悪い。

 

 「とぼけるなぁ!もし転んで墨汁が服にかかったらどう落とし前をつけるつもりだったんだ!これは新品なんだぞ!?」

 

 私は拳を握り、ブルブルと震わせながら沙都子に一歩、また一歩と近づいた。

 

 「ひぃいいぃいい...!!!やめて寄らないで、けだもの~!!!」

 

 「人様が聞いたら誤解するような言い方をするなァァァ!!」

 

 今まさに、沙都子の襟を掴もうとした時、小さな手が、私の裾を引っ張った。梨花だった。

 

 「...沙都子は吉影が二日間もお休みしたから寂しかったのですよ。」

 

 「う、うぐっ。」

 

 「だからこのトラップは、吉影がお休みした二日分、遊んでほしかったのですよ。みー...。」

 

 本当に梨花という子は。こういう言い方をされれば何も出来なくなるじゃあないか。

 

 というか私がいつ沙都子と遊んでやった?一方的にあっちがちょっかいをかけているだけだと思うんだが。

 

 

 この子の名前は古手梨花。沙都子と同い年で無二の親友らしい。

 

 梨花は沙都子と正反対で、年長者への礼儀をきちんと弁える模範的な少女だ。

 

 沙都子が活発なイメージを感じさせる短い髪型であるのとは逆に、梨花は切り揃えられた前髪と長くて綺麗な髪。まるで人形のようだった。

 

 たまに頭を撫でたりはしてくるが、この四人の中では最も私の求める平穏に差し支えのない存在だ。彼女なら私の友人としておいても何も思わないだろう。

 

 ...というよりか、それ以外にもこの二人、何もかも正反対だ。なぜ、親友という関係を結べているのだろうか。

 

 私は梨花に言われた通り、掴みかかろうとした手を下ろし、後ろへ引き下がった。仕方ない。いくら私と言えど、梨花を悲しませられないからな。  

 

 「ふ、ふわぁあぁあぁ...ん!!悔しくなんかないもん!!ふわぁあぁああん!」

 

 「泣いちゃダメです沙都子。ファイト、おーです。」

 

 いたずら盛りの友人の頭を梨花はそっと撫でる。この二人が同い年とは到底思えなかった。沙都子は梨花の爪の垢を煎じて飲むべきだ。

 

 「今度はもっともっとすごい罠で、吉影を返り討ちなのですよ、にぱー。」

 

 ...おい、ちょっと待て。

 

 私の先程の評価を取り消しにしてやろうか。君まで私のストレッサーになるんじゃあない。

 

 その光景を見て、礼奈が恍惚の表情でうっとりとしていた。

 

 「...はぅ...沙都子ちゃん泣いてる......かぁいいよぅ。」

 

 「持ち帰っちゃダメだからね。」

 

 「...ひぅ!...だってだって...こんなにかぁいいよぅ?」

 

 「どんなにかぁいいくてもダメなの。」

 

 「でも...ちょっとくらいなら......だめかな?だめかな?ちょっとお家にお持ち帰りしてしまっちゃうだけだよーぅ。」

 

 「いや、それは誘拐という立派な犯罪だぞ...。」

 

 「はぅぅ、かぁいいのに、こんなにかぁいいのにぃ!お持ち帰りしたい~!」

 

 魅音の話によると、礼奈は可愛いものに滅法弱いらしく、しかもそれらを何でも持ち帰ろうとしてしまうらしい。物だろうが人だろうが。

 

 「捕まりたくなかったら諦めるんだ。誘拐は営利がつかなかったとしてもかなりの重罪だからな...。」

 

 「じゃあ見てるだけ。見てるだけだよ...。それならいいよね?よね?」

 

 「む...確かに昭和五十八年にストーカー条例はない。でも、それはそれで気持ち悪いと思うけどな?」

 

 悔し泣きする沙都子にうっとりする礼奈。

 

 もしもこの雛見沢で幼女誘拐事件が起こったとしたら、私は礼奈のことを通報しなければならないだろう。

まあそのときは頑張りたまえ礼奈。面会くらいは一回いってやる。

 

 「ほら、先生来たよ。早く片付ける!沙都子、すずりあんたのでしょ!」

 

 魅音の一声で一気に場の空気が戻った。

 

 すずりもまずいが引き戸の画鋲はもっとまずい。私は刺さらないように気を付けながらガムテープごと引き剥がす。仕掛けたのは沙都子だというのに、なぜ毎度毎度私が片付けに参加せねばならんのだ!

 

 「あははは、間に合ったね!」

 

 「何で被害者の僕まで沙都子の罠の証拠隠滅に付き合わなければならないんだ!」

 

 「ほらほら、先生が来ましたわよ。私語は慎みなさいませー!」

 

 このクソガキっ...!

 

 「きりーつ、きょーつけー!」

 

 クラス委員長の魅音が号令をかけた。

 

 



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雛見沢分校

 この学年もばらばらなクラスで先生が一人というのは大変だった。

 

 一人一人に違うことを教えなければならないのだ。しかも、低学年の子にはより丁寧に教えなければならず、必然的に先生は小さい子の世話にかかりきりになる。

 

 そのため、上級生の魅音や礼奈はほとんど自習状態だ。

 

 それどころか先生と一緒に下級生達の勉強を見ることもあるので、とても自分の勉強までは手が回っていないようだった。

 

 実際、彼女らの勉強の進行度は基準に比べて大きく遅れを取っていた。

 

 では、彼女らには誰が勉強を教えなけらばならないのか。

 

 それは必然的に「私」だ。

 

 私は大したことないからとても教えられない、と一応言ったのだが、先生が、普通の学校にいたなら大丈夫と返して無理矢理私に押し付けてきたので、不本意ながらもやらざるを得なかったのだ。

 

 ...中2や中3になりながらもマイナスの数を知らなかったという想像以上の学力だったので、彼女らには超基本のことのみを教えることにしている。

 

 

 

 

 「吉良くんはお勉強教えるのうまいね。わかりやすいよ。」

 

 礼奈はチェック箇所をマーカーで塗り終えると一息ついた。なかなか真面目だな。然るべき塾へ通い、然るべき勉強量をこなせば、外でもかなりいい偏差値を出せるのではないだろうか。

 

 ...問題は魅音だ。

 

 

 「教える端から自信がなくなるぞ...。これは...。」

 

 「人に教えるには三倍理解してなければならない、って言うしね。こうちゃんもうちらに教えながら、同時に復習も出来てる訳なんだよ。うんうん。教えてるつもりが教えられてもいるわけだね!」

 

 「魅音、他人事ではないと思うんだが...。もう少し真剣にやった方がいいんじゃないのか?君、今年受験なんだろう?」

 

 礼奈に比べると魅音は全く駄目だ。雑学類はやたらと知っている癖に、成績に結び付く知識はほとんど無い。その上、勉強する気がないと来ている。

 

 私は本職の先生に負けず劣らず教える能力は持っている。今は普通の生徒を演じるために押さえてはいるものの、これでは本気で教えても怪しいんじゃないか...?

 

 「別に進学校を目指しているわけでもないし。受験に必要なそこそこが出来てりゃ十分十分。」

 

 いや、そのそこそこすら出来ていないと思うのだが。

 

 まあ開き直りの潔さだけは天下一品だな...。彼女らしいといえば彼女らしい。

 

 「魅ぃちゃん、吉良くんががんばって教えてくれているんだからさ。私たちも頑張ろうよ。」

 

 「そうだぞ魅音。真面目にやらないなら君をほったらかして礼奈の方だけを教えにいくぞ。」

 

 「...ぷ、ぷらいべと...れ、れっすん........。」

 

 「は?」

 

 礼奈の頭からポン、と音がして丸い輪っかの煙が上がっていく。

 

 まただ。まあ確かにプライベートレッスンといえばそうかもしれないが...、それから何を想像した?

 

 というよりか、本当に頭から音が出て煙が出るとはな。そんな漫画みたいな奴、始めてみたぞ。

 

 「都会じゃさ。こんなに勉強しなきゃいけないわけ~?」

 

 魅音が単語帳をべらべらといじりながら投げやりに聞いてくる。勉強に飽きたので、雑談に持ち込んで時間を潰そうという魂胆が明け透けだった。

 

 「当たり前だ。こんなもの超基本だぞ。君が進学するにはこれに合わせて中3の分もしなければならないから、何倍もの勉強量が必要なんじゃないか?」

 

 「進学できないから勉強するわけ?」

 

 「正直言うとそういうことだね。僕は大したことないからあまり言えないけど...」

 

 「外じゃそうだろうけどさ。こっちじゃあさ、出席日数が足りてりゃみんな進学できるんだよ。」

 

 「何だと...?」

 

 さしもの私も狼狽した。

 

 だからこの状況があるのか....。

 

 先生が一人しかおらず、ほとんど授業の形態を成していない。このような学校はそう有るわけがない。

 

 これでは私が成績1位をとらない方が不審に思われてしまうぞ...。

 

 「そうかもね。試験で振り落とさなきゃならないほど、人もいないし。」

 

 「誰でも進学できるならさ、そんなにガリガリとやることもないんじゃない?」

 

 「いや、それだけではなくて...。そういう奴は何に対しても怠惰になるぞ。」

 

 「おや、私はやりたいことに対してはいつも一生懸命だよ?だから、そんな無駄な勉強に時間をかけるよりさ、この思春期の貴重な時間をもっと有意義に過ごすために使うべきじゃないかなあ、と考えるわけよ。」

 

 人生はやりたいことだけやればいい訳ではないというのに...。

 

 このような魅音の含蓄に、私は溜め息をつかざるを得なかった。そこまで深い意味はないのだろうが。

 

 チャイムの代わりに校長の振る振鈴の音が聞こえてくる。

 

 「こうちゃん、おしまいおしまい!さぁ楽しいランチタ~イム!」

 

 先程までの消極的な態度は一変し、魅音がクラスに号令をかける。

 

 「...吉良くん、お昼にしよ!」

 

 難しい顔をしていた私に対し、礼奈はやけに明るく笑った。

 

 



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グループと昼食

 年齢も学年もばらばらのクラスでも、やはりグループがある。それは昼食の時間を見れば一目瞭然だった。

 

 故郷の学校では、班分けにしたがって昼食を取るが、ここではそのようなルールもない。

 

 仲の良いグループ同士で席を寄せ合い、賑やかに食事をするのだ。

 

 一応、私にも一緒に食事をするグループがあった。

 

 礼奈と魅音が互いに机を向かい合わせにする。そこに沙都子と梨花が自分達の机を運んでくる。

 

 「吉良くん、早く早く!」

 

 礼奈が行儀悪く箸を振り回しながら私を急かす。

 

 全員揃わなければ弁当の蓋も開けないらしい。

 

 朝、一緒に登校した礼奈と魅音。そして罠で私を怒らせた沙都子と梨花。そして私の五人が一緒に昼食を取るグループだった。

 

 「吉良さんのお弁当はきっと貧乏臭くパンの耳に決まってますわ~!さぁ恥ずかしがらずにお見せなさいな!ほらほら!」

 

 貴様...、親父の飯を...!

 

 このようにむかっ腹の立つ憎まれ口を叩く沙都子でも、私が揃うまでは弁当箱を開けない。

 

 私は手早く弁当箱を出すと、椅子をひっぱって彼女達の輪に加わっていった。

 

 「...では魅ぃ委員長の号令でいただきますなのです。」

 

 女しかいないグループだというのに、最近は慣れ始めてしまっている。そのような自分が情けない。

 

 「いっただきま~す!!」

 

 「...いただきます。」

 

 四人の合唱が響き、ついでに私の声もぽつりと響いた。

 

 

 

 無言で食事に勤しむ男に比べると、女の食事は非常に騒々しい。つまり、私以外が全て女のこのグループの食事は常に大変なのだ。女3人寄れば姦しいというが、余計な奴が一人混じっているこのグループはたまったものではない。

 

 本来なら、私は一人で静かに飯を食っていたはずだった。だが、無理矢理机をくっつけられ、そこで食わされる羽目になってしまったのだ。

 

 確かに最初に話したのは彼女達で、今一番距離が近いのも彼女達なのかもしれない。だからそれは当然のことなのかもしれないが、私としては昼飯ぐらい静かに食いたいと思っているのだが...。

 

 一番馬鹿だと思ったのは、魅音の、弁当を中央に集めて皆で突っつき合おうという発言だ。

 

 私はもちろん、流石にそれはやめろ、と止めた。周りの奴は苦笑いをしていた。

 

 

 「あらあら、魅音さんのお弁当は大奮発ではございませんことー?」

 

 「あらあら、沙都子さんのお弁当こそ大奮発ですこと。煮物がシックでイイ感じですわぁ。」

 

 沙都子の売り言葉に魅音が買い言葉で返し、互いにクロスカウンター状態で箸を相手の弁当箱に突っ込んでいる。

 

 この二人はそのようなことをしなくても同じだった。自分の唾液のついた箸を人の弁当箱に遠慮なく突っ込む...。かなり汚ならしいことを人前で平気でやってのける。流石だ。

 

 「あら美味!」

 

 「お、里芋がイイ感じだよ!煮物は冷めてても美味しいよねぇ!」

 

 魅音の笑顔を確認すると梨花が表情を少し綻ばせた。どうやらその煮物は梨花が作ったようだ。

 

 「...昨夜のお夕食の煮物を少し取っておきましたのですよ。」

 

 「なるほど。一晩経ってダシがさらによく染み込んだってわけだね!美味しいのも納得だよ。」

 

 「をっほっほっほ!梨花は煮物が大の得意なんですのよ!」

 

 「...もちろん、煮物以外のお料理も大得意なのです。」

 

 ちなみに、梨花と沙都子の弁当はいつも同じだ。どうも梨花が毎日作ってきてあげているらしい。  

 

 梨花の料理の腕前は年齢に似合わずかなりの物だ。本気の私や親父よりは少し下だが...、小学校高学年ではそれで充分だ。

 

 「こっちの煮物も梨花が作ったのかい?...上手いね。」  

 

 素直に感心してしまった。この人参で作った花形は型ではなく、包丁によるものらしいからだ。

 

 「梨花ちゃんって何気にそーゆうの得意なんだよねぇ。」

 

 「お料理だけじゃなく、お裁縫とかお洗濯とかも上手なの。すごいよね。すごいよね!」

 

 「梨花は色々とすごいんですのよ。をーっほっほっほ!」

 

 「沙都子、君が威張ることではないぞ。」

 

 「ボクより、レナの方がお料理は上手です。」

 

 「......え、あ、...その......ね☆」

 

 思わぬタイミングで話を振られたらしく、礼奈は言葉を詰まらせ赤面した。

 

 確かに彼女の弁当は見た目にも旨そうだ。

 

 「みんな...。欲しかったら食べてもいいよ?」

 

 「え?いいの?」

 

 「うん。今日はちょっと作りすぎちゃったから。」

 

 そういって、礼奈は弁当箱を持ち上げた。

 

 「じゃ、遠慮なく!いただきまーす!」

 

 魅音が箸を伸ばし、具を掴む。

 

 ...次次取っていっているが、少し取りすぎじゃないのか?

 

 「おいしいかな?...かな?」

 

 「うん!かなり合格点!」

 

 「魅音さん、あなた取りすぎですのー!!」

 

 魅音の箸を払い、沙都子も自分の分を確保しようと身を乗り出した。

 

 そんなに上手いのか...。私も食ってみたいと思ってしまったが、あの二人のようにはしたない真似はしたくない。

 

 すると、私の所に弁当箱が来た。顔を上げると、礼奈がいた。

 

 「吉良くんも....どうかな?」

 

 ...あっちから来たのなら、貰っておくのが寧ろ礼儀と言うものか。それなら合法だろう。

 

 「じゃあ、一つ貰おうか。」

 

 ロールキャベツを取り、私の口の中に放り込む。

 

 ...これは旨いな。噛んだ瞬間肉汁が溢れ出てきて、尚且つ野菜にも出汁が染み込まれており、二つの味がうまく調和していた。

 

 「どうかな?かな?」

 

 「旨い。弁当に入れて時間が経ってもこれだけの味を引き出せるとはね...。」

 

 礼奈はそれを聞いて顔を真っ赤にしながらも、とても満足そうに見えた。

 

 ...料理の腕は礼奈には負けているかもしれない。やはり女子は女子か。精進しなければならないね...。、

 

 「いかがかしら。レナさんもとてもお料理が上手ですことよ?吉影さんとは大違いですの!」

 

 「だから君が威張ることではないだろう。それになぜ見たこともないのに僕の料理の腕が分かるんだ。」

 

 「そうだよ沙都子。あんた、ブロッコリーとカリフラワーの区別、付くようになったわけ?」

 

 沙都子の顔色がさっと変わる。...おいおい、嘘だろう?

 

 「沙都子、まさか...それは冗談だろう?」

 

 「わ、わわ、わかりますもの!...わかるもん!」

 

 つくづく嘘のつけない奴だ。言い繕えば言い繕う程、見分けがつかないと公言していることに気づかない。 

 

 私はそれ以下だと思われていたのか...?いくら戯れ言といえど少し許せんな。

 

 私は鋭い目付きで沙都子をにらめつけた。

 

 「吉良くん、ど、どっちでも茹でてマヨネーズかけるとおいしいじゃない?いじめちゃかわいそうだよ...。魅ぃちゃんも!」

 

 「まぁまぁ家庭科の授業ってことで。...んじゃ沙都子、これはぁ?」

 

 魅音が箸でつまみ上げる、ベーコンに巻かれた緑の断面。

 

 「....でもそれ、アスパラ...むぐっ、」

 

 魅音のアイコンタクトを受け、私は素早く梨花の口を防いだ。

 

 少し奴にはお灸を据えてやらねばならん。

 

 「えーと、その!えーと...!黄色がカリフラワー、うぅん、緑がカリフラ......、」

 

 「さぁどっち!?うぅん!?」

 

 「多分、黄色がぶろっこりで青がかりふらわで......でも緑は......その......あぅ......、」

 

 「本当にどっちかわかってるぅ~?降参した方がよくない~?」

 

 さすがクラス委員長だ。いびり方、追い詰め方の年季が違う。

 

 ...こいつと結婚した奴は相当苦労するのだろうな。

 

 「わかりますもの...!わかるもん!!」

 

 「じゃあ答えなよぅ!」

 

 「...わかるもん......わかるもん......ぅわぁあぁああぁあん!!」

 

 とうとう耐えきれず、泣き出してしまった。

 

 沙都子よ、人を馬鹿にしているからこうなるのだ。覚えておくがいい。教えてやった私に感謝するのだな。

 

 「...は、はぅ~...か、かぁいぃよぅ...。」

 

 悔し泣きの沙都子に礼奈は狂喜している。

 

 胸に飛び込んでくる沙都子の頭を抱え込むと、撫でながら頬擦りをし幸せの限りを満喫している。...この状況になれば、大方礼奈は爆弾でも仕掛けられない限り気づかないだろう。

 

 「レナレナ~!魅音さんがいじめるんですのー!わあぁあぁああん!!」

 

 「かぁいいかぁいい...!大丈夫だよ、レナお姉ちゃんが悪い人たちはやっつけちゃうからね!」

 

 

 

 スパパーン!!

 

 稲妻が閃いたように感じた。気付けば、私と魅音は二人して大の字になって天井を仰いでいる...。

 

 今のは一体...何が起こったのだ!?

 

 顔面が痛い。礼奈から何らかの攻撃を食らった。...それしか分からなかった。

 

 「...こうちゃんは食らうの初めてだよね。...今日のはまだ...甘い方...。」

 

 そこまで言い、魅音はガクッと頭を垂れた。

 

 なんだそれは...。攻撃の正体が掴めなかったぞ?

 

 私は訳がわからないままガクッと頭を垂れた。クソッ、こんな小娘一人に....。

 

 「ほぅら沙都子ちゃん、やっつけちゃった~。......あぁん、かぁいい~!お持ち帰りしたぃ~!!」

 

 礼奈から見えないよう、沙都子が私たちを一瞥し下を出す。

 

 あのクソガキ...謀ったな。

 

 梨花は無言で、それでいて満足そうに笑いながら私達の顔面の痣を撫でていた...。

 

 

 

 



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下校

 どんなに起伏のある遠路であっても、下校時だけは短く感じる。私達三人の影が長い。

 

 「ねぇ吉良くん、今度の日曜日はさ、何か予定とか、あるかな?...かな?」

 

 「?急に何だ?」

 

 急に日曜日の予定を聞かれて怪訝な顔をする私に、礼奈はどう思ったのか勝手に赤くなる。

 

 「...え、...あ、...ち、違うの、...そーゆうのじゃなくて...その...!」

 

 「はぁ?」

 

 「そうゆうの」とは何だ。やはりこの女の考えていることは分からん。

 

 「くっくっくっ...微笑ましいねえ、お二人さん...。」

 

 魅音は魅音で、くつくつと嫌らしい笑みを浮かべている。

 

 そうか。こいつがこう言う顔をするということは、録でもないということなのだな。

 

 ならば無視だ。それより話の内容を聞こう。

 

 「それで、日曜が暇だと何なんだ。礼奈。」

 

 「え...?と、...何の話だっけ...?」

 

 おい、自分から切り出しておいてそれは無いだろう。君も何だ、ぼけているのか。

 

 すると、魅音がまたくつくつと笑い、本題に戻した。

 

 「こうちゃんさ、まだ雛見沢、ひとりじゃ回れないでしょ。」

 

 確かにそうだ。魅音の言う通りだった。

 

 転校してきて一月も経たない私は、雛見沢の地理を一通り理解したとはいえ、一人で回れるかと言われれば、そうではなかった。

 

 目隠しをされて三回回されれば、そこがどこだかわからなくなる自信はある。...それでは駄目だ。

 

 「...そうだな。あまり自信はないな。」

 

 「そうそう。それでね、明後日ね、魅ぃちゃんとレナでお散歩しながら吉良くんに雛見沢を案内してあげようよってことになって...。」

 

 何だ。そういうことか。まさに渡りに船だ。率直にこの申し出を嬉しく思った。よし、乗っからせてもらおう。

 

 「もちろん行くでしょ?女の子が誘ってんじゃ~ん!?」

 

 「...吉良くん、もしかして、暇じゃないのかな?...かな?」

 

 「日曜日は毎週暇だ。...そういうことなら、喜んで受けさせてもらうよ。」

 

 「よかったぁ!」

 

 屈託なく礼奈が破顔した。

 

 「あぁ、そうだ。何だったら二人っきりにしてあげてもいいよ。こうちゃんとレナとで!」

 

 こいつ、また何か変なことを言い出したな...。

 

 「み、魅ぃちゃん。流石にそれは...。」

 

 「いや、本当ならそれがいい。君がいるよりも礼奈だけの方が余程苦労しないだろうからな。」

 

 「...!!」

 

 「だが、掌で転がされるのは絶対御免だ。...お前、絶対に何か裏があるだろう...?」

 

 魅音は必ず連れていこう。しばき倒してでもな。

 

 「おやおや、おじさん悲しいなぁ。信用ないんだねぇ。」

 

 「それは君が悪い。」

 

 「そうか、だったら勝手にホテルに二名様予約す、.....。」

 

 魅音が何か下品なことを言おうとした瞬間、魅音の顔面に見えぬ何かが叩き込まれ卒倒する。

 

 またか...?一瞬のことだったが、やはり黙視できなかった。

 

 「じ、じゃあ!レナ、張り切ってお弁当の準備するね...!日曜日が楽しみ!き、吉良くんに魅ぃちゃん!さよぅならぁ!」

 

 まるで月面を跳ねるかのような足取りで礼奈は駆けて行った。

 

 だが私には、なぜか後ろ姿が少し気落ちしているように見えた。本当になぜだろう。

 

 

 

 

 砂塵が消え、後に残される私と、大の字になって横たわる魅音。顔面には痣ができている。  

 

 ......大丈夫なんだろうか...?こんなことをいうのもなんだが、魅音と礼奈の立ち位置は二メートルは離れていたはずだが...?

 

 「....あ....あんたがきて以来、切れ味は増す一方...。おじさん、身が持たないわ...」

 

 ありえない距離に体格で勝る魅音、それだけでなく、男である私までもを一撃で打ち倒す相当の威力。

 

 ...いや、少し待て。私が知っているアレならば、この現象を説明できる。

 

 だがしかし、この時代に既にそれがあったのか...?

 

 もしあったとしたら...。

 

 いや、そんなことはあり得ない。こんな辺境の地に、まさか、な。

 

 「私は膝じゃないかと思うんだけど...こうちゃんはどう思う?」

 

 「さぁ...。あれは僕では分からないな。」

 

 私は礼奈が次それを打つときを見極めて、注意深く観察してみることにした。

 

 

 



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