このすば!短編集 (ヒザクラ)
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この素晴らしい出会いに感謝を

はい、カズめぐです。即席で仕上げたので、多分文章変です。


 紅魔族でも随一の頭脳を誇るめぐみんはベッドの上で悩んでいた。

 というのも、最近になって一緒にパーティーを組んでいるカズマに対して恋を自覚してしまったのだ。あんなふしだらな男のどこが良いのかと自分に小一時間程問いたいが、そこが問題ではない。

 問題なのは、いい加減な男だというのにカズマの周りに恋敵が意外といるということだ。

 まずダクネス。先日のアルダープ結婚騒動の際に、ダクネス自身はカズマに対する株が非常に上がったと言っても良いだろう。

 次に、結構前の話だが、カズマとカズマの悪友であるダストと一時的にパーティーを入れ替えたことがあるのだが、その時にいた女性のリーンという人。あの人も少なからずカズマに好意を抱いている気がする。ギルドで鉢合わせればほぼほぼ世間話を交わすし、なによりリーン自体が嬉しそうにしている節がある。

 最後にアイリス王女。たったの一週間しかカズマと一緒に過ごしただけなのにも関わらず、カズマのことを『お兄様』と呼んだり、魔物討伐時には真っ先にカズマを心配していた。これは十中八九好意を抱いてる。自分より年下だが、侮れないだろう。

 アクア? 多分眼中にないと思う。一番最初の仲間らしいが、どちらも悪友といった感じで接しているだろうし、なによりアクア自体があまり女性らしさを感じない。本人が聞いたら怒られそうだが。

 一歩間違えればハーレム状態だが、救いなのかどうかはわからないが、カズマは肝心なところでヘタれてしまうところがある。わざとそういう責め方をすれば、逆にカズマが挙動不審になり、顔を真っ赤にして慌てるのだ。

「ふふふ」

 その顔を思い出し、悩みなど一気に吹っ飛んでしまうのを感じためぐみんは、思わず微笑んでしまった。そんな可愛いところも惚れてしまった要因の一つなのだから、人生何が起こるかわからないものだ。

(さて、今日の朝ご飯作りは私が担当でしたね)

 まだ気だるい体を起こしつつパジャマからいつもの服に着替える。窓の外を見ると、もう朝日が入り込んでいた。季節は丁度春から夏の間ぐらいだろうか。最近日が昇るのが早く感じる。

 一階へ行きリビングへと向かう。どうせカズマはまだ寝ているだろうし、アクアはまた深酒をしていた。この二人は確定で昼くらいまでは起きてこないだろう。

(さて、二人には作り置きをしておいて……何を食べましょうかね)

 リビングの扉を開け、台所で顔を洗ってしまおうと考えつつーー

「あはぁ! い、良いぞこのバインドというスキル……くっ! 屈しない! 私は屈しないぞぉおお!!」

 パタン。

 めぐみんはすかさず扉を閉めた。

(……え? 今のダクネスですよね? 何で縛られてるんですか? 強盗……? いや、それにしては喜んでいたような……)

 何とも言えない状態に表情が険しくなっていくのを感じる。

 もう一度、恐る恐る扉を開ける。

「やぁ、めぐみん。おはよう。今日も清々しい朝だな」

 そこには、優雅に紅茶を嗜むダクネスの姿があった。

「……すいません。さっきまで縛られてませんでしたか?」

「ははは。何寝ぼけたことを言ってるんだ、めぐみん。早く顔でも洗ってスッキリしてくるといい」

「……手首にアザ、ありますよ」

 シュバッ! という効果音が付きそうなくらいに素早く手首を確認するダクネス。しかし、手首には痣などついておらず、ダクネスの顔はみるみる赤くなっていく。

「紅魔族は知能が高いのです。尋問誘導など造作もないことですよ」

 してやったりといった顔をしながら、めぐみんは顔を洗いに台所へと向かった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――それで、さっきはなんで縛られてたんですか?」

「できれば蒸し返すのはやめてほしいんだが……」

 顔を洗い、食事を簡単に作り終えためぐみんは、ダクネスと朝食を食べていた。

 確かに蒸し返したくはないだろうが、一瞬の間に何故拘束が解けたのか知りたいという好奇心もある。

 ダクネスは溜め息を吐きつつ顔を赤らめながら説明する。

「ウィズのところでまた無駄に発注した物があってな……それがこの、即席バインドスイッチと言うんだが……生きている存在であればバインドを掛けれるという優れものだ。魔力も普通のバインドよりも少なく済むらしい」

「ほう……で、欠点は?」

「拘束が甘すぎるところだな。素人でも簡単に解ける。だ、だが、自身で使う分には問題ないと思ってな……ついついハマってしまうところだった……」

「そ、そうですか……」

 相変わらずのダクネスの性癖にめぐみんはドン引きする。

(本当に恋敵として見て大丈夫なんでしょうか……)

 正直布団の中での葛藤は時間の無駄だったのではないだろうかと危惧する。

 しかし、ふと思いつく。今この場には自分とダクネスしかいない。聞くなら今だろう。

 相変わらず紅茶を優雅に飲むダクネスに、パンを飲み込んだめぐみんは口を開く

「ダクネス。質問があるんですが」

「なんだ?」

「カズマのこと、好きなんですか?」

「っ?! ゲホ、ゴホ!」

 あまりにも突拍子の無い質問だったのだろう。ダクネスは飲み干しかけていた紅茶が喉に引っかかったのか、咳を吐いてしまう。

 トントンと胸を叩いてから、

「な、なんでまたそんな質問を……」

「いえいえ、もしかしたら恋敵になりそうですから、念のためです」

「こ、恋敵?! め、めぐみんはカズマのことが――」

「ええ、好きですよ」

 なんの躊躇いもなくめぐみんにぐうの音も出ないのか、言葉に詰まるダクネス。顔を赤らめながら頬を掻きつつ口を開く。

「わ、私も……その……か、カズマの……ことが――」

「俺がなんだって?」

「ふぉおおおお!!??」

 いきなり現れたカズマに、ダクネスが女性らしからぬ叫び声を上げ椅子から転げ落ちる。カズマもカズマでヘタレだが、この人もなかなかの奥手ではないのだろうか、とめぐみんは思う。

 二階から降りてきたであろうカズマは、眠たそうに欠伸をしながらめぐみんの隣に座る。

「え、なに? 俺なんか変なことした?」

「いえいえ、あれはダクネスが慌てていたからです。なんで慌てていたかと言うと、ダクネスはカズマの事が――」

「あーーーー!! わ、私は今日お父様に言伝を頼まれてたんだった!! い、行ってくる!!」

「お、おい」

 顔を真っ赤にしながらほぼ私服姿で全速力で外に出て行ったダクネス。そんな後姿を、二人は呆気に取られながら見ていた。

「……なんだったんだ?」

「全く、根性が足りませんね」

「で、何の話だったんだよ」

「乙女の会話を聞こうだなんて、節操ないですね」

「いや、お前ら乙女だなんて思ってないから」

「おい、紅魔族は売られた喧嘩は買うのが主義だ。私のどこが乙女じゃないか詳しく聞こうじゃないか」

「そういう喧嘩っ早いところだよ……ふぁ……」

 再び欠伸をするカズマにめぐみんは首を傾げながら、

「そういえば今日は早いですね。てっきりまたお昼ごろまで寝ているかと思ったんですが」

「いや、今から寝るところ」

「……いや、人の生活にどうこう言うような私ではありませんが、もう少し規則正しい生活を送ったらどうですか? 早死にしますよ」

「これくらいじゃ簡単に死なねぇよ。あ、朝飯ある?」

「台所にありますよ」

 めぐみんに言われ、早速持ってこようと席を立つ――はずだったのだが、

「……めぐみん。この手はなんだ?」

「いえいえ。朝飯を食べるのは構いませんし寝るのも構いませんが、少しだけお願いがあるのですが」

 めぐみんがニヤニヤしながらカズマを見る。その表情はだいぶ引きつっていた。まるで碌でもないこと頼まれるのではないかというような顔だ。

「……一応聞いてやる。なんだ?」

 めぐみんは満面の笑顔で、まるで息を吐くかのように簡単に言った。

「デートしましょう!」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「『エクスプロージョン』!!」

 知ってた。めぐみんからのお誘いがこんなテンプレだったということが。『デート』と言われ、ちょっとどぎまぎしていた数分前の自分をぶん殴ってやりたい。

 手頃の岩に向けて爆裂魔法が放たれる。凄まじい轟音と爆風が体を突き抜け、本当にこの爆裂魔法は凄まじい魔法なんだなとしみじみ思う。

 そして自分は何度もこの爆裂魔法を見てきたのだ。今の轟音は体に響いたか、爆風は気持ちよかったかが大分わかるようになってきたのだ。所謂、自称爆裂ソムリエなのである。

 カズマは両手を腰に当てながら呟く。

「ふむ……今日の爆裂は、だいぶスカっとするような大変元気の良い音だったな。それでいて感じてくる風が非常に気持ちい。眠気が誘われる。岩も木っ端微塵。調子が良いみたいだな。うん、95点!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 賞賛の声にめぐみんは嬉しそうに礼を言う。

「はふぅ……今日も良い爆裂でした。それじゃあカズマ、お願いします」

「地面を舐めてなきゃ完璧なんだけどなぁ……」

 爆裂魔法は使用者の魔力を全て使うため、体が動かなくなるのだ。仕方がないとはいえ、もう少しどうにかならないのだろうか。

 やれやれといった感じでドレインタッチを試み――ようとしたところ、まだかろうじて動くめぐみんの手が、カズマの手をガシッと掴む。

「……これは何の真似ですか、めぐみんさん」

「今日はおんぶでお願いします」

「ふざけんな。意外と疲れるんだぞ。こっちの方が楽じゃねぇか」

「今日はそういう気分なんです。お願いします」

 瞳をウルウルと滲ませ懇願するめぐみんに、若干ドキッとしてしまったカズマ。

「(……くそ、可愛いな……)しょうがねぇなぁ……」

 文句を言いつつもめぐみんを背負うカズマに、彼女は微笑みながら、

「チョロいですね……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何も」

 めぐみんの悪魔の囁きは聞こえなかったようだ。カズマは聞き直すことはせず、真っ直ぐ屋敷に向かって歩き出す。

 ゆさゆさと心地よい揺れを感じながら、めぐみんはカズマの背中を直に感じながら物思いにふけていた。

(……この大きい背中、大好きです。文句を言いつつも私の我が儘に付き合ってくれるところも。危なくなる時は、いつも私達を守ってくれますよね。肝心なところでヘタレるのはもう少しどうにかしてほしいですが……そんなところも好きになってしまいましたしね。これが惚れた弱みというやつでしょうか)

 考えれば考えるほど愛おしくなっていき、つい無意識にカズマの背中を頬擦りしてしまった。いきなりの仕草に、カズマは体をビクッっと震わせる。

「あ、あの、めぐみんさん? 何で俺の背中にほっぺたを擦り付けてるんでしょうか?」

「今日はそんな気分なんです。良いですよね?」

「……今日だけだからな」

「ふふふ……」

 やはり付き合ってくれるカズマに、めぐみんは思わず微笑んでしまった。

 確かに恋敵は多いかもしれないが、この自分だけの特権だけは誰にも譲れない。譲るわけにはいかない。そう心に決めて、めぐみんは少しだけカズマの首に回している両腕に力を込める。

(ああ、神様。もしいらっしゃるなら――)

 

 ――この素晴らしい出会いに感謝を――

 

 



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妹と寂しんぼと魔性の女

はい、拙い文章でお送りします、またもやカズめぐです。
ちょっと今回の話は原作とは違う設定が多々ありますが、二次創作ということで一つお許しをww

次はギャグ書きたいですね。


「お兄様!」

嬉しそうな声をあげ、お兄様ことカズマの腕を抱きしめるアイリスを見て、開いた口が塞がらなかった。

今は昼時だろうか。いつものように朝まで起き、今の今まで眠っていたのだが、起床直後にアイリスのような純真無垢な子供の嬉しそうな顔を見て、寝起き特有の気怠さはどこかに吹っ飛んでいた。

(……何でアイリスがここにいるんだ?)

そんな当然の疑問が浮かぶが、未だ嬉しそうにしているアイリスを見てそんな考えはどこかに吹っ飛んでしまった。

妹を愛でるように、いや実の妹などいないのだが気分的な意味で、アイリスの頭を撫でようと手を伸ばし、

「アイリス様をそんな汚らわしい手で触るなぁあああ!!」

「うぉおおおお?!」

急に剣が振り下ろされるが、間一髪のところで避けるカズマ。

「チッ」

「なぁ、あんた本当に国の重鎮なんだよな?! 聞いちゃいけない声が聞こえたんですけど?!」

国の重鎮兼アイリスの側近であるクレアは、カズマを汚物でも見るかのような眼差しをしている。本当にアイリスのことになると見境がなくなるから困りものだ。

 カズマは冷や汗と脂汗をダラダラと流しながらクレアを警戒していると、

「クレア、やめてください。お兄様を虐めるのは」

「え……いや、でも……」

「クレア」

「……も、申し訳ありません」

 アイリスの鋭い眼光による、事態は収縮する。

 カズマはホッとしたと同時に疑問が浮かび上がる。

「そういえば……なんでお前らがここにいるんだ?」

「それは私が説明しよう」

 喋り始めたのはダクネスだ。いつもの屋敷にいるようなラフな格好ではなく、貴族のような恰好をしていた。どこかの社交界にでも行くのか純白のドレスを着ており、金糸の髪は三つ編みで束ねており、肩から垂れ下がっている。

(うん。ホントにこういうの似合わねぇな)

 心でそう呟くカズマの思いは知らず、ダクネスが続ける。

「今日は我がダスティネス家とシンフォニア家による会合があるのだ。とは言っても、ただの食事会なのだがな。それでたまたま近くにクレア殿がいらっしゃるみたいだから、そのついでに私も同行しようと思い、ここに招き入れたんだが……まさかアイリス様までここに来るとは思いませんでした」

「ごめんなさい。その……冒険家としてのララティーナに会いに行くということは、お兄様にももちろん会えるでしょうし……その、なんだか、どうしても会いたくなって……」

 頬を赤らめながら言うアイリスに、思わず感動を覚えてしまったカズマ。

(流石は我が妹……いや、実の妹じゃないけど、お兄ちゃんは感動しているぞ……)

「しかし、雑務等は全てレインに押し付けてしまってな……本当は宿泊込みで厄介になるつもりだったが、急だが夕方までに王都に戻らねばならない。それに今回の会合は、アイリス様は全くの無関係。いきなり王家の者を招き入れるのも気が引けてな……だから――」

「任せろ。アイリスは俺の妹だからな。責任持って預かって――」

「めぐみん。頼んだぞ」

「あれ」

 妹を守るぞオーラをこれでもかと出しながら意気揚々と話を始めたカズマだったが、ダクネスによってその勢いは霧散してしまう。めぐみんは小さい胸を張りながら、

「任されました。下っ端を守るのはお頭の務めですからね。大船に乗ったつもりでいてください」

「なぁ、俺は?」

「助かる。アクアも急に出掛けてしまったからな……大方、ウィズの店でちょっかい掛けているのだろうが……」

「それではアイリス様。我々はそろそろ……」

「はい、行ってらっしゃい!」

「あの、俺は……」

「さぁ、行こうか」

「そうだな。ああ、それと――サトウカズマ」

 誰も反応してくれないのでいじけようかなと考えていたカズマは、クレアに呼びかけられ振り向く。だが、それをひどく後悔した。

 そこには、鬼の形相でこちらを見るクレアの姿だった。

「くれぐれもアイリス様にちょっかいを掛けてくれるなよ。もし姫様に何かあれば――殺す」

 言いつつ白銀の剣をギラリと見せつけ、ダクネスと共に屋敷を出ていく。馬車で来たのだろうか、蹄の音が外から聞こえてくる。時間とともに小さくなるが、カズマはまだ身の危険を感じていた。

「……ホントにアイリスの事になると見境なくなるな……」

「ご、ごめんなさい。本当は良い人なんですよ? 私が湯浴みする時はいつも一緒に途中まで着いていってくれるし、服を着る時もいつも着付けを手伝ってくれるし……」

 それはアイリスの裸体を隙あらば見るつもりじゃなかろうか、とカズマは思う。

 ちょっと本気でアイリスの貞操を心配していると、アイリスが抱きしめているカズマの腕を少し強くする。

「それではお兄様! またゲームで遊びましょう!」

「お、早速か。良いぜ。なんせ俺の勝ち越しで終わってるからな。ここいらでどっちが本当の強者かを決めようじゃないか」

「お兄様何度も負けてた気がするのですが……」

 アイリスの言葉を聞き流しボードゲームの準備に取り掛かろうとして――

 開いていたもう片方の腕に、めぐみんが抱き着いてきた。

「ちょっと待ってください。カズマ。まだ昨日の対戦が途中ですよ? まさか逃げるつもりですか?」

「は? いや、そういう訳じゃ……ってか、何でお前まで俺の腕掴んでんだ。そういうのはアイリスという妹枠で収まってるから。お前みたいなロリっ子は及びじゃないから」

「おい、私のどこがロリっ子なのか詳しく聞こうじゃないか」

 どう考えても体のことである。と言うと爆裂魔法が飛びかねないので胸の内に留めておく。

「お、お頭はお兄様と毎日のように会っているじゃないですか! 私だって本当は……」

 アイリスは声を上げて抗議したが、最後の方は聞き取れないほどの声音だった。顔も伏せていたため読唇術でも読めない。

「た、確かにそうかもしれませんが、ここ最近この男はまた徹夜した後に寝てを繰り返していて最近碌に話もしていないんです! 昨日やっと遊びに付き合ってくれましたが、まだまだ物足りませんね、えぇ! 日課の爆裂散歩にも付き合って貰わないと!」

「そんなのただの言い訳です! お兄様といつでも会えるお頭、そうじゃない私! どっちを優先するべきかは想像できるはずです!」

「いいえ、ここはお頭権限で私を優先にします! 今のうちに捕まえておかないと、またフラフラと不埒な夜遊びをするに決まってます!」

「確かにお兄様は不埒な事をお考えになる人ですけど、それとこれとは別です! 私は今日この機会をずっと待っていたのです! いくらお頭の命令でも、今回ばかりは譲れません!」

 段々とカズマに対する悪口が見え隠れしているが、大人なカズマはそれら全てをスル―する。

 めぐみんの紅い目が煌々とし、アイリスも後に引けなくなったのか、徐々にヒートアップしていく二人の言い争いに危機感を感じたカズマは、さすがに静止に入る。

「お、おい。二人とも――」

「私は!!」

 そう思ったのだが、今日日聞かないめぐみんの大きな声にカズマは黙ってしまう。アイリスも体をビクッと震わせた。さすがに言い過ぎたかもしれないと、めぐみんの大きな声に冷静さを取り戻したのかもしれない。

 カズマとアイリスはおずおずといった風にめぐみんの顔を覗き込む。

 そこには――

「わ、私は……カズマが構ってくれなくて……グスッ……寂しいんです……」

 目に涙を溜めためぐみんだった。

 予想外の行動にアイリスは慌て始める。

(……俺、最近そんなに不愛想だったか?)

 カズマはカズマで自分の最近の行動を思い返していた。

 確かに先ほど言った通り、最近は徹夜続きで食事以外はほとんど会話もしていなかった気がする。それだけでなく、日課である爆裂散歩も最近は付き合いも悪く、アクセルにも行ってない日々を送っている気がする。

 昨日夜遅くにめぐみんがボードゲームに誘ってくれたのが新鮮でつい安請け合いしてしまったが、今思えばとても喜んでいた節があった。

 どうして気付かなかったのか。段々と頬にも涙が伝うめぐみんを見て、居た堪れない気持ちになってくる。

 頭を掻きたいが、両腕が塞がっているのでできない。どうしたものかと思案すると、

「……それでしたら」

 アイリスがボソリと呟く。めぐみんは少しだけ顔を上げた。

「――三人で遊びましょう!」

 満面の笑みで言うアイリスに、カズマもめぐみんもポカンとしていた。

 だがアイリスの言う通りでもある。なにも口喧嘩することでもなかったのだ。

 カズマはフッと笑い、

「そうだな。この困ったちゃんは、俺と遊べなかったのがよほど寂しかったみたいだしな」

「だ、誰が困ったちゃんですか! わ、私は真剣に……」

「はいはい、わかったわかった」

両腕が塞がっているので頭を撫でたかったが断念し、代わりに子供をあやすように言うカズマ。そしてニカッと笑い、

「んじゃ、夕方まで思いっきり遊ぶか!」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そろそろ夕焼けが出始めた頃。

アイリスは遊び疲れたのか、ソファーに座っているめぐみんに膝枕され、寝ていた。

アイリスの頭を微笑みながら撫でているめぐみん。カズマはコーヒーを二つ用意し、

「ほい、コーヒー。砂糖入れといたぞ」

「ありがとうございます。まぁ、ホントはブラックでも良かったんですが」

「そう言って飲んだらめっちゃ嫌そうな顔したじゃねーか」

「いえいえ、あの時はまだ13歳でした。成長した今の私なら、ブラックコーヒーなど一瞬で飲み干せるでしょう」

一気飲みは体に悪そうだし、そもそも年齢そんなに変わってないだろ、とツッコミを入れたかったが断念する。アイリスを起こしかねないからだ。

カズマはコーヒーを一口飲んだ後、めぐみんがチラチラとカズマに視線を送っていりことに気付く。

「どうした? 俺に見惚れたか?」

「それは元からです。そうじゃなくて……」

からかう感じで言ったのだが、思わぬカウンターに逆に顔が熱くなるのを感じたカズマは視線を暖炉に向ける。

「今日はすいませんでした。急にあんなことを言ってしまって……」

あんなこととは、構ってくれなくて寂しいと言ったことだろう。正直なところ嬉しかったしそれほど気にはしていなかったのだが、めぐみんがバツが悪そうな表情をしていた。よほど反省していたのだろう。

「別に気にすんなって。俺もあんまり構えなかったし、悪かったって思ってるから……それに、お前のワガママなんて新鮮だなって思ったし、悪い気分じゃない」

「むぅ……なんだか負けている気分になってきましたね」

「え、これ勝負事なの?」

「まぁ良いです。そんなことより、ちょっと隣に座ってください」

コーヒーを机に起き、ポンポンとめぐみんが手でソファーの空いているスペースを叩いた。しかしカズマは少し驚いた顔をする。

確かに空いているには空いているが、アイリスが横になっており、その真ん中にめぐみんが座っている状態。ギリギリ隣にカズマが座れそうな間だが、明らかに狭い。

「いや、狭いだろ。いいよ、俺は」

「いいから座ってください」

「……はい」

目がまた一際輝いためぐみんに危機感を覚えたカズマは、コーヒーを同じく机に置いてめぐみんの隣に座る。

案の定狭く、居心地が悪い。のだが、カズマはそれとは別の危機感を感じた。

(……めっちゃ近い。っつーかもうくっついてるようなもんだろ、これ)

そう、体が密着している状態になっているのだ。相手はロリっ子とはいえ、散々好意をこれでもかと言うほど潔くぶつけてくるめぐみんだ。意識しない方が無理だというもの。

(やべぇよこういう時どうすりゃ良いんだよ肩とか抱き寄せるかいやいや待て待てまだめぐみんとは恋人関係じゃないし仲間以上恋人未満だし下手なことしたら変態扱いされるのは目に見えてる落ち着け佐藤和馬惑わされるなこれは罠だそうこれは巧妙な罠だ落ち着いて素数を数えるんだってダメだわかんねぇ)

まともな考え方ができず、顔を赤らめていることは容易に想像もできる。こんな顔はめぐみんに見せられないのだが。

「ふふ、顔真っ赤ですよ」

「おま、確信犯かよ!」

「シーっ、静かに」

 人差し指を口に当てる。焦りつつアイリスを見るが、起きる気配はない。

「まぁ、ちょっと露骨すぎましたかね」

「で? 何でまたこんなことさせたんだ?」

「寂しいっていうのは本当ですからね」

 言いつつ、めぐみんはカズマの肩に頭を乗せる。予想外の行動に弱いカズマはさらに顔を赤らめ、頬をポリポリと掻きながら目線を明後日の方向へと向ける。

「さ、寂しい思いさせたのは悪かったよ。明日からはちゃんと付き合ってやるから……」

「ありがとうございます」

 お礼を言いつつ、めぐみんは膝に置かれたカズマの手を自分の手と重ねた。

「お、おい、めぐみん?」

「もう少しだけ甘えさせてください」

 めぐみんの紅い目が少しだけ輝いていた。つまりは、この状態に緊張しているということ。しかしお互いに居心地の良さも感じており、文句も言わない。

 カズマは目線をめぐみんに向ける。めぐみんもまたカズマを見ており、その紅い双眸に目を離せなくなっていた。

(……もうこの際、行けるとこまで行くか?)

 めぐみんの好意にはとっくの昔に気付いている。仲間以上恋人未満という関係性は、おそらくアクアやダクネスとの仲間関係を崩さないための線引きなのだろうが、お互いはもう我慢の限界だったのかもしれない。

 彼女の好意に答えてやりたい。

 いつの間にかそういう甘い雰囲気になってしまった。

 カズマは空いた手でめぐみんの頬に触れる。ビクッと体を震わせていたが、それでもめぐみんは何かを待っているかのようにカズマをジッと見つめていた。

 言うなら今だ。

 仲間以上恋人未満という歪な関係に終止符を打ちたい。アクアやダクネスの仲間関係が崩れる可能性もあるかもしれないが、同時にこんなことで仲間関係が崩れるとは微塵も思っていない。

 意を決して、カズマは口を開く。

 めぐみんに、自分の想いを伝えるために。

「めぐみん、俺――」

「アイリス様ぁあああああ!! ご無事ですか?! あの獰猛な野獣にあんなことやこんなことはされていませぬかぁ!!」

「あ、あんなことやこんなこと?! い、一体どんなプレイを……はぁ、はぁ……い。いや、幾らカズマと言えども、アイリス様に手を出せば処刑されてしまう! カズマ! アイリス様に手を……出し……て……?」

 バァン! と勢いよく玄関が開かれ、クレアとダクネスが帰ってくる。二人は思い思いに本音を口に出しながらズカズカと屋敷内に入るが、目にした光景は異常なだった。

 

 カズマがコーヒーを被っていた。

 しかも、淹れたてほやほやの超熱いやつを。

 

「あちゃぁあああああ!? 死ぬ、頭がしぬぅう!!」

「カズマ?! 何でそんな奇行に走ったのですか?!」

「んぅ……あれ? 私、いつの間に寝て……って、お兄様?! どうなされたのですか?! お兄様ーーーー!!」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 洗面台まで全速力で走り、頭の上から水を被りなんとか事なきを得る。カズマは再び玄関に戻り、清々しい顔で話を始める。

「いや、めぐみんと話をしている途中でコーヒー健康法っていうのがあるのを思い出してな。なんでも熱々のコーヒーを頭からぶっかけると体の調子が良くなるって言われているんだ」

「凄い! そんな方法があるだなんて!」

「アイリス様に変なこと吹き込むなと言っているだろう! アイリス様、そのようなことはありません! ありませんからコーヒーを用意するのをお止めください!」

 苦し紛れの言い訳にアイリスは信じ切ってしまい、コーヒーを用意しようとすも、クレアに止められてシュンと顔を俯いてしまう。

(正直言ってこいつらが来てくれて助かった……もしかしたらとんでもないこと言うところだったかもしれない)

 もしあのまま続いていたなら、めぐみんに本気の告白をするところだった。もしめぐみんから了承の返事を貰ってしまえば、今の関係が崩れ去るという最悪な状態をなんとか避けることができたことに安堵する。

 しかし、同時に心が酷く痛むのを感じる。めぐみんに告白できていれば、こんな苦しみからも解放されたかもしれないのに、と。

(……俺、本当にめぐみんが……?)

 そんな風に考えると、不思議と体が熱くなるのを感じた。

(おい、嘘だろ? おれが好きなのは、もっと大人なお姉さんとかだぞ?! 何でロリっ子のめぐみんを……)

「それでは我々はこれで失礼する。めぐみん殿と……それとサトウカズマ、お前も一応アイリス様の相手をしてやったそうだな。礼を言う」

「へっ?! あ、いや……妹のためだ、これぐらいお安い御用だぜ!」

「お兄様……」

 アイリスが悲しそうな顔でカズマを見る。まだ別れたくないというのはその表情で伝わってくる。

 また王都にでも行って住み込もうかと思ったのだが、何故かめぐみんの顔が浮かんでしまい、思い止める。

「アイリス。寂しいのは分かるけど、城の人たちにこれ以上迷惑はかけられない。それ以上に、俺は城の人たちに酷いことしちまってるんだ。もう顔向けできないさ」

「サトウカズマ……お前、そこまで反省して――」

「だから、クレアとレインがいない時を見計らって、城に潜入してアイリスに会いに行くからな!」

「貴様全く反省していないだろう?!」

 クレアが騒ぐが、親指を天に向けるカズマを見て、アイリスに笑顔が戻る。

「はい、お兄様! お待ちしております!」

「待ってはいけません、アイリス様! 警備を厳重にしておかなくては……」

 ぶつぶつと呟くクレアをアイリスが引っ張り、屋敷を出て行った。カズマは安堵の溜め息を吐き、

「なんとかなったな……」

「アイリス様のお守り、ご苦労だったな。そ、それでカズマ。先ほどのコーヒー健康法なんだが……わ、私に思い切り掛けてみようとは思わないか?!」

「興味ないからさっさと飯作れ」

「んぅ……おい待て、今日の当番はお前じゃないか。私はもう済ませてるから、三人分だけで良いぞ」

「お前ちょっと感じたろ」

「感じてない」

 いつものやり取りをまるで呼吸するかのように済ませ、面倒だと思いながらカズマは台所に向かう。

 はずだったが、めぐみんがカズマの服の裾をダクネスに見られないように引っ張る。

「ん? どうした、めぐみん……」

 めぐみんの顔を見て、先ほど告白しようとしたことを思い出し、顔を赤らめてしまった。その反応を見たかったかのように、めぐみんはクスクスと笑い、

「待ってますよ」

 そう言い残して、上機嫌でソファーに座り込み既に寝転んでいたちょむすけの頭を撫で始めた。

 カズマは壁を背にして、手で顔を抑えてからボソリと呟いた。

 

「……この魔性の女め……」



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彼女の幸せ

一日で仕上げました、カズめぐっぽいなにかです。ちょっとキャラ崩壊注意かな? 眠そうになりながら書いたので低クオリティです。

※タイトル被ってたので変えました。


「……なんかめぐみん、変わったよね」

「はい?」

 ゆんゆんとボードゲームを始めてからそれなりの時間が経った頃、急な話題に思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 今日はあまりにも暇だったので外出していためぐみん。アクアは農作物やゼル帝を育成中、ダクネスは用事で実家に戻り、カズマはウィズの店に行きバニルと何か取引をしているようだ。

 暇を持て余し冒険者ギルドにやってきためぐみんは、相も変わらずぼっちなゆんゆんとボードゲームで遊ぼうと誘ったのだ。それだけでゆんゆんは猛烈なまでに喜び泣いてしまう。

 駒を差しつつめぐみんは口を開く。

「急にどうしたのですか? まぁ成長期ですから、私の醸し出す女性の魅力に今更気が付いたようですが」

「それはないと思う」

「本当に貴方は普段オドオドしてる癖に口だけはいっちょ前ですね!!」

「いはいいはい!! ふぇふみんいはい!!」

 テーブルから身を乗り出しゆんゆんの頬を左右に引っ張る。涙目になってきたので頬を放し、溜め息を吐く。

「で、具体的にどこが変わったと思ったんですか?」

「うーん、何て言えば良いんだろう……めぐみんの言い方がちょっと大げさだったけど、でもなんとなく見た目が大人っぽくなってきたっていうか……ここにしよ」

「ほう。つまり前までは中身どころか見た目も子供っぽいと感じていたんですね!? 嫌味ですか! その胸に垂れ下がっている脂肪をこれ見よがしに私に見せつけるという最悪な嫌味を私にしてきたわけですか!」

 めぐみんは駒を差す手に力を込めてしまい『ダァン!』と叩きつけるように駒を置く。周りにいた冒険者はビクッと体を震わせ振り向くが、相手が有名な問題児の紅魔族であると気付いたのか、そそくさとその場を去る。

 ゆんゆんは慌てつつ、

「ち、違うよ! 確かにめぐみんはちょっとしたことでも怒るし変なことばっかりするけど、私よりも頭が良いし……あれ、でも最近はバカなんじゃないかなぁって思ったりも……」

「一度貴方とはきちんと話し合った方が良さそうですね」

「で、でもでも、本当に変わったなぁって思ってるよ?!」

 額に青筋が浮かんできためぐみんにゆんゆんは弁解する。

「でも何でそう思ったんだろう……あ」

「どうしました? 懺悔なら聞いてあげますよ」

「物騒なこと言わないでよ! そうじゃなくて、気付いたの! めぐみんが変わったなぁって思ったところ!」

「ふむ……ここにしましょうか。で? 私の変わったところとは?」

 あまり興味無さげなのか、駒を差す手を止めないめぐみん。ゆんゆんも駒を差しつつ、

 

「めぐみん、髪伸びたよね」

 

 駒を差す手が止まる。どこに置くか悩んでいるわけではない。ゆんゆんの指摘に戸惑っているからだ。

 めぐみんは駒を差しつつ、頬を赤らめながらぼそりと呟いた。

「……やはり、伸びてきましたか?」

「え、どうしたのめぐみん。顔がすっごい乙女っぽい」

「あぁ、いえ……その……」

「髪切らないの? 前までのめぐみんだったら、鬱陶しいからっていう理由でちょっとでも伸びたらすぐ切ってたのに」

「……そうですね。前までの……カズマと出会う前だったら、すぐ切っていたでしょうね……」

「だよねー」

 駒を差しつつゆんゆんは適当な返事をしてしまったが、ふと違和感を覚える。

『カズマと出会う前だったら』

 めぐみんは確かにそう言った。つまり、髪を伸ばしているのはカズマが原因である可能性が高い。そうつまり――

「えっ、めぐみんってカズマさんが原因で髪伸ばしてるの?!」

「……えぇ、まぁ……その通りです……カズマが、髪が長い人が好きだって言ってましたから……」

 更に頬を赤くしてしまった新鮮なめぐみんを見て、ゆんゆんはボードゲームをやっているのを忘れたかのように勢いよく立ち上がる。

「か、カズマさんのために髪を伸ばしてるってことだよね?! えっ?! っていうことは、カズマさんの事が好きなの?!」

「好きですよ」

 慌てふためくゆんゆんの質問にめぐみんはさらっと答えてしまい、あまりにもストレートな返しに逆にゆんゆんの勢いは衰えていく。

「そ、そんなあっさり言わなくても……でも、めぐみんの理想って確か、勇者みたいな人だって言ってなかったっけ? それなのに、悪い評判しか聞かない最弱の冒険者のカズマさんのことが好きになったの?」

「仮にも私の好きな人を愚弄するのはやめてもらおう」

 ギラリとめぐみんの紅い双眸が輝き、ゆんゆんはビクッと怯える。

 しかし、すぐさまめぐみんは目を閉じ、溜め息を吐いた。

「まぁ、私自身もカズマの事を好きになるなんて、出会った時は考えられませんでしたよ。第一印象は変な人でしたし」

「そうだよねー」

「それに人のパンツをスキルで盗む、一緒にお風呂に入ってしまう、オマケに私の親の陰謀とはいえ、一緒の布団で寝たりと節操なさすぎなんですよあの人は」

「あはは……」

 だんだんと愚痴が漏れるようになってしまっているが、フッとまた見たこともない笑みを浮かべ、

「でも、やる時は本当にやる人ですからね、あの人は。魔王軍の幹部にとどめを刺しているのは私達ですが、カズマはそのための作戦を思いつく凄い人なんです。ダクネスを助けたこともあるんですが、その時のカズマは自分の財産を全て使う覚悟を持っていました。ヘタレなのに、肝心な時はカッコよくて……そんなカズマを見て、好きになってしまったのかもしれません」

 普段のめぐみんからは考えられないほど乙女な表情をしており、ゆんゆんは正直感心を覚えていた。

「めぐみんがこんなにも変わってるなんて……1に爆裂。2に爆裂。3、4にも爆裂。5も爆裂しか考えていなかっためぐみんが……」

「やっぱり馬鹿にしてますよね? 喧嘩なら受けてたとうじゃないか」

 再び双眸を輝かすめぐみんに怯えつつも、変わっていない部分もあったため少しホッとするゆんゆん。

「でも、そういうことなら応援する。こんなに頑張ってるめぐみんは放っておけないもん。わ、私達……し、親友だし……」

「いえ、貴方は私の自称ライバルですよね?」

「どうしてそこで素直にありがとうとか言えないの?! 今の私の勇気を返してよ!」

 涙目で訴えてくるが、めぐみんは気にもとどめず再びボードゲームを再開する。

 しかし、めぐみんの表情はどこか上の空だった。

(……カズマに会いたいですね)

 今の会話ですっかり気分が変わったしまったようだ。そわそわと落ち着かない様子をしているのだが、ゆんゆんは気付かない。

 めぐみんが適当に駒を差すと、

「掛かったわね、めぐみん! 幾らめぐみんに恋愛で負けてもこの勝負は私の勝ちよ! ここにこの駒を置けば、私の王手! 今日こそは――」

「エクスプロージョン!」

「あぁーーーーー!!!」

 盤上をひっくり返すという問答無用なルールに、ゆんゆんはガクッとテーブルに突っ伏す。

「うぅ……何でこんなルールがあるのよぉ……でもルール上、エクスプロージョンは一日一回しか使えない! めぐみん、もう一勝負――」

「すいません、急用を思い出したので、また次の機会に」

「えっ……えぇーーー?!」

 泣き叫ぶゆんゆんをよそに、めぐみんは早歩きでギルドを後にした。

 

――――

 

 めぐみんはウィズの店の扉を開ける。カランカランというベルが店内に響き、その音に反応して店番をしていたであろうウィズが、普段以上に青白い表情で微笑みながら顔を上げた。

「いらっしゃ……あ、めぐみんさん」

「こんにちわ……な、なんか普段以上に顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫。ちょっと一週間ぐらい寝ずの店番をやっているだけですから」

「大丈夫じゃないですよね?! 何時からこの店はブラック企業になったんですか?!」

「心配しなくても大丈夫よ。私リッチーだから死なないし……あ、めぐみんさんの後ろに私のかつての仲間が……」

「怖いこと言わないで、早く休んでください!」

 かつて自分たちの屋敷に幽霊がいたことを思い出してしまい、めぐみんも顔を若干青くしてしまう。

 そんな会話が聞こえていたのか、店の奥からバニルがやってくる。

「おや、あの小僧に今すぐ会いたくて会いたくてウズウズしている紅魔族の娘よ。残念ながら小僧はついさっき出て行ってしまったぞ」

「そうですか。行き違いになってしまいましたね……」

「む。戸惑いすら見せぬとはな。悪感情すら発さぬならば、とっとと小僧を追いかけるがよい」

「言われるまでもありませんよ。それよりも、ウィズを休ませてあげたらどうですか? 三途の川が見える寸前でしたよ」

 めぐみんの指摘にバニルはウィズを見る。虚空に向かって手を振る姿がなんとも痛々しい。

 バニルは額を抑えつつ溜め息を吐くと、忌々しそうに話を始めた。

「そうは言うが紅魔族の娘よ。このポンコツ店主はギリギリまで働かせなければ何をしでかすかわからん。またゴミを大量に仕入れるやもしれぬからな」

「その様子だとまた何か大量に仕入れたんですか?」

「その通りだ」

 バニルが手にしたのは、どこにでもある水晶玉だ。黄色く輝く水晶玉を見て、気に入ったのか食い入るようにめぐみんは見ている。

「結構綺麗ですね。ふふ、紅魔族最強を名乗るのであれば、その見事な輝きを持つその水晶玉は私に相応しいでしょう」

「相変わらずであるな。まぁ処分する予定だ。一つくれてやろう」

 めぐみんは水晶玉を手にする。

「綺麗ですね……どうしてこれが問題なんですか?」

「うむ。それは恋愛水晶玉と言ってな。魔力を注ぐだけで自分の想う相手の未来が見れるという物らしい」

「ちょっと待ってください。お金払います」

 めぐみんが財布を取り出し、お金を出そうとするがバニルに止められる。

「愚か者。それはゴミだと言っただろう。観賞用ならば問題ないが、実際に魔力を注げばそれが如何に欠陥品なのかがわかるぞ」

「えぇー……一体どんな欠陥が?」

「うむ。一度魔力を注いでしまうと、使用者の魔力どころか命すら奪ってしまう代物だ」

 めぐみんは無言で水晶玉を床に叩きつけた。

 

――――

 

「えっ? 帰ってきてない?」

 バニルにお詫びに占ってもらった結果、今日はもう屋敷に帰るのが吉と言われたので帰ってきたのだが、まだカズマは帰っていないとアクアは言う。相変わらずゼル帝を撫でているものの、掌に穴が空きそうなぐらいに突かれているアクアがものともせずにソファーに座りながら話を続ける。

「そうよー。全くカズマったらなにしてるのかしら。ゼル帝のご飯買っておいてって言っておいたのに。これはもうアレね。今夜のおかず一品減らしておいた方が良いわね」

「地味な嫌がらせですね……まぁいいです。その内帰ってくるでしょう。ちょっと早いですが、お風呂入ってきます」

「はーい」

 アクアの気だるげな返事を聞きながらリビングを後にする。自室に行き着替えを持ち風呂場へ向かう途中、無意識に溜め息を吐いていたことに気付き、口を押える。

(……カズマに会えないってだけでこんなにも気が参ってしまっているのですね……)

 ゆんゆんの言う通り自分は変わったかもしれない。それは良いことなのかどうかはわからないが、少なくとも今の状態はさすがによろしくないと自分でも思う。

 恋を自覚したのはいつなのかは分からないが、少なくとも今気が参っているのは明らかにカズマのせいだと微笑みながら思う。

(いてもいなくても私を惑わすとは……カズマの癖にやりますね)

 そう思いつつ風呂場に着いためぐみんは、服を脱ぎ浴場へ。水を張り魔道具に魔力を送り、お湯に変わったところでいったんシャワーを浴びる。

(……やっぱり少し髪が伸びましたね)

 最近は髪を洗うのに時間が掛かっている気がする。前までは肩にも届かなかったというのに、今では少しだけ届くようになっている。

 もう少しで彼の理想のタイプに近づける。そう思うと、ニマニマと口元が緩んでしまう。誰もいないので気にする必要なないが、他人から見れば確実に変人と思われるだろう。

「はふぅ……」

 湯船に浸かり、気持ちよさそうに息を吐く。肩まで浸かったところで、めぐみんはまたさびしそうな表情になる。

(……なんだかんだ今日はまだカズマの顔を見てませんね……)

 朝はいつもと同じような時間に起きたにも関わらず、屋敷にいたのはアクアだけだった。カズマの顔を見ていないだけでこんなにも弱々しくなってしまっていく自分は、果たしてこれが良い変化なのだろうかと考える。

 カズマの声が聞きたい。

 カズマに会いたい。

 そんな欲求が彼女の心を包み込み、泣きそうになってしまう。

 顔半分まで湯船に浸かり、

「めぐみん。いるか?」

「?!」

 今一番聞きたい人の声が聞こえ、慌てて湯船からバシャッと音を立てながら体半分出てしまう。

「お、おい? 大丈夫か?!」

 その音を聞いて只事ではないと思ったのか、カズマの慌てる声が聞こえる。中に入らないのは、彼なりのせめての心遣いだろう。

「だ、大丈夫です! 変態カズマのことですから、遠慮なしに入ってきたんじゃないかって思っただけですよ」

「いや、そこまで節操なしじゃあ……うん、まぁ……」

「いや、否定してくださいよ……」

 おそらくダクネスと二回も風呂に入ってしまった件で否定しようにもただの言い訳にしか聞こえないと判断したのだろう。

 だがそんなことよりも。

 今一番聞きたいカズマの声が聞けて嬉しいと思っている自分がいる。

 ここまでチョロかっただろうかと自問自答したいところだ。

「そ、それにしてもどうしたんですか? 一緒にお風呂に入りに来たんですか?」

「ちげぇよ! 俺どんな風に思われてんだ! そうじゃなくて、アクアから聞いたんだよ。めぐみんが俺に用があるって」

 もしかしたらアクアが自分に気を使っているのかもしれないと思ったが、あのお気楽な自称女神がそこまで考えているとは考えられないと自己完結する。

 めぐみんはクスクスと笑い、

「いえ、カズマに会いたいって思っただけですよ」

「……え? それだけ?」

「それだけとはなんですか。好きな人に会いたいって思うのは自然なことですよ」

「お前なぁ……だからそういう思わせぶりな事言うなって……」

「ふふふ」

 少し困りつつ、しかし照れているだろうカズマの顔を想像すると、笑みが止まらなかった。

 カズマは溜め息を吐いて、

「とにかく、それだけってんなら早めに風呂上がれよ? そろそろ飯にするから」

「はい、わかりました」

「あぁー……それと!」

 急に少し大きく声を出すカズマに一瞬驚いたが、怒っている訳ではないようなのでカズマの会話を待つ。

 カズマは何故か一つ深呼吸してから、言う。

 

「その……髪伸ばしてるみたいだな。似合って、る……」

 

 カズマは恥ずかし気な声で語る。だがめぐみんは、まるで時が止まったかのように硬直してしまい、返事ができずにいた。

(……気付いてくれた? あのカズマが? 肝心な時にヘタレてしまう、あのカズマが?)

 信じられない気持ちでいっぱいになるが、同時に嬉しくも思う。カズマが自分のことをきちんと見ているという事に。嬉しくて嬉しくて、顔も耳も熱くなる感覚がする。どうしようもなくなり、湯船にまた顔半分まで浸かってしまう。

「あぁー……と、とりあえず、そういうことだから! また後でな!」

「あ、ちょ――」

 めぐみんの返事を聞かずに、カズマがドアを開けて出ていく音が聞こえる。湯船から出てしまうが、今から行っても無意味だろうと判断し、今日何度目かわからない溜め息を吐き、湯に浸かる。

(卑怯ですよ、カズマは……ヘタレなのに、肝心な時に決めて……)

 予想外の行動に弱いめぐみんは、先ほど言われたカズマの言葉を思い出す。

『その……髪伸ばしてるみたいだな。似合って、る……』

「え、えへへ……」

 自分でも気持ち悪い笑顔をしている自覚はある。でも、こればっかりは仕方がない。これがバニルの言っていた吉というやつだろう。

 想い人から思わぬ言葉が聞けたのだ。嬉しくないわけがない。

 まだまだ緩みっぱなしの表情をしながら、めぐみんは意を決した表情をして湯船から上がる。

(あのカズマからあんな不意打ちを喰らったんです。紅魔族は売られた喧嘩を買うのが主義。今度は私がカズマにお返しをしないと!)

 そう心に決意し、めぐみんは浴場から出る。体を拭き、着替えを早々と済ませる。

(どんなことを言ってやりましょうか。耳元で大好きですと言ってやるのも良いですね。それだけであの人は顔を真っ赤にするでしょう)

 くすくすと笑いながらカズマがいるであろうリビングへと足早に向かう。

 あれだけ会いたいと願っていたのだ。多少の意地悪ぐらいは許されるだろう。なによりも、自分が願っていた言葉を言われたのだ。仕返しぐらいはしないと気が済まない。

 愛しい彼に会うために、リビングのドアを開ける。

 

 この素晴らしい一時に感謝を込めて、めぐみんはカズマの傍に立つ。それこそが、彼女の幸せなのだから――

 

 



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悪夢を見るか、幸せを掴むか

はい、どうも。自分でも驚くほどのペースで書きなぐっています。そろそろペースダウンするところでしょう。
ちょっと今回の話は無理やり感がありますね。反省します。

さて、自分はこのすば作品の原作14巻までようやく見終わりました。他にもスピンオフ作品も大体見終わり、今は『この愚か者にも脚光を!』を黙読しています。ダストの過去が非常に気になりますが、カズめぐはまだまだ書き続けます。

ちなみに今回でカズめぐが恋人同士になりましたが、次の作品は恋人からなのかと言えばそうでもないです。時間軸なんてバラバラですし、そもそも私は書きたいものをただひたすら書いてるだけですからね。
なので、恋人未満のカズめぐばかり書いていきますが、コンゴトモシクヨロ。


 それは、とてもとても暗い空間にめぐみんは一人立っていた。右も左も、前も後ろも、そして上も下もただただひたすらに真っ暗だった。そんな空間にいても、めぐみんはどこか落ち着いていた。

(……また夢ですか……)

 既に何度も見た夢だ。この暗すぎる空間を何度も見てしまえば、必然と慣れてしまうもの。

 そして、これから現れるであろう同じ光景を何度も見せられる。

 変化は突如として起こる。暗い空間から光が上から降り注ぐ。まるで何かを照らし合わせるように。それが祝福の光であればどれだけ救われたか。

 光に照らされているのは、カズマと膝からガクリと地面に着き、今にも泣きだしそうなめぐみんだった。しかし、自分の意識は別にある。まるで劇場でも見るかのように、本物のめぐみんは無表情で二人を見ていた。

 二人はお互いに見合わせているが、カズマはふと偽物のめぐみんから背を向け、どこかへと歩き始める。

『待って下さい! カズマ!』

 偽物のめぐみんが悲鳴にも近い声をあげる。自分はそんな声など出さないと声を出したかったが、何故か口をパクパクと開けることしか出来ず、声も出ない。

 やがて二人の距離はドンドン遠くなっていく。

『私たちを……私を置いてどこに行くつもりですか……!!』

 大粒の涙を流し、偽物のめぐみんは絞り出すかのように声を出す。

 やがてカズマは闇の中へと溶け込むように消え去り、見計らったかのように偽物のめぐみんは勢い良く立ち上がり、叫んだ。

『カズマぁああああああ!!!』

――――

「……またあの夢ですか……」

 目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋だった。日が昇っているのがカーテン越しでもわかる程に光が隙間から注がれていた。

 気怠い自分の体を起こす。先ほどの夢のせいか、汗をかいていた。びっしょりという訳ではないが、軽くシャワーでも浴びたい気分になる。少しよろめいてしまうが、体をなんとか起こしてカーテンを開けた。

(……もう何度、あの夢を見たことでしょうか……)

 先ほどの夢を見始めたのは、あれはエリス&アクア感謝祭の日からだろうか。カズマ、ゆんゆんと共に祭の催しを見ていたのだが、ふとカズマが物憂げな表情をしたのだ。似合わないと思いつつ傍に近寄ったのだが、

『俺……本当に異世界に来たんだなぁ』

 そう呟いたのだ。一体何を言っているんだろうと思ったが、その時の状況から察するに、無意識化で呟いていた可能性が高い。

 つまり、本音。

 こんな時に察し能力が高く、自分の頭脳の良さを呪った日はない。

 カズマが、異世界からの来訪者。

 もしそれが真実ならば、彼がこの世界に来た目的はなんなのかと問うべきなのだろうが、めぐみんが思い浮かべたのは、もっと最悪な予想だ。

 もしカズマが、元の世界に帰りたいと思っていたら?

「……っ」

 胸の奥がズキリと痛むのを感じ、手を胸の辺りで押える。

 考えたくはなかった。カスマとかクズマとか鬼畜カズマと酷評を受けている彼だが、それでも自分の悪知恵で魔王軍の幹部や大物賞金首を倒し、なんだかんだと街の皆から信頼を受けている。屋敷では引き籠りで滅多に動こうとしないが、仲間のピンチになると「しょうがねぇなぁ!」と文句を言いつつも助けてくれる。そんな彼が、自分たちを置いて元の自分の居場所に帰るなど、考えられない。

 それからだ。あのような悪夢を見始めたのは。

 最初の頃こそ酷いものだった。初めてあの悪夢を見た時は、目が覚めて早々に吐き気がしたものだ。しかも起きたのは深夜で、それからは寝ることに恐怖してしまった。朝になって、フラフラとした足取りでリビングに降りた時は、唯一起きていたダクネスに心配された。

 しかも、一週間に一回しかその夢を見ることはなかったのだが、最近では二日に一回はその夢を見るようになってしまった。すっかり慣れてしまったが、それでも気分の良いものではない。

 めぐみんはパジャマからいつもの私服に着替え、重い足取りで自室を後にする。しかし向かうのはリビングではない。

 あの悪夢を見た後は、必ずカズマの部屋に向かうことにしている。絶対にそんな事は無いと思っているが、カズマが消えていないか確かめるためだ。

 めぐみんはカズマの部屋の前に立ち、コンコンとノックをする。

「カズマ……入りますよ」

 返事を待たずにドアを開ける。今は朝方だ。またいつものように徹夜をし、この時間帯であればまだ寝ているだろうと確信している。そしてめぐみんは、そんな彼のだらしない寝顔を見ながら手を握るのが、あの悪夢を見てしまった時の習慣になっているのだ。

 めぐみんはドアを開けてカズマが寝ているであろうベッドを見て、

 カズマが、いない。

 ベッドは綺麗に整頓されていた。まるで彼が、この世界にもう存在しないかのように。

 めぐみんは乱雑にカズマの部屋を出ていき、リビングへと走る。バァン! と勢いよく開けると、紅茶を飲んで寛いでいるダクネスが驚いた表情でめぐみんを見ていた。

「め、めぐみん? どうしたんだ、そんなに慌てて」

「か、カズマ! カズマはどこですか?!」

「カズマなら、アクアと一緒にギルドに向かったが……」

 それを聞いてホッとしたのか、めぐみんがその場に崩れ落ちた。ダクネスは紅茶をテーブルに置き、めぐみんの傍に駆け寄る。

「ほ、本当にどうしたんだ? 顔色も悪いぞ」

「……い、いえ、ちょっとカズマに文句があったもので……その、すいません。騒いでしまって」

 めぐみんはゆっくり立ち上がり顔でも洗おうと洗面台がある風呂場に向かおうとして、

「めぐみん。嘘をついているな?」

 ダクネスに腕を掴まれ、止められてしまう。めぐみんは振り向きもせず、

「……なんのことですか?」

「紅魔族というのは実に分かりやすいな。目が光っていたぞ。ただ、あんなに不安になるような光り方は初めてだ。一体何があったんだ?」

 優しく言葉を紡ぐダクネスだが、めぐみんは振り向かない。

 振り向けない。

「大丈夫です……大した事じゃありませんから……」

「私たちは仲間だ。もし不満があるなら、遠慮なく言ってほしいんだがな」

 振り向いたら、今の醜い自分の顔を見せることになる。それだけは絶対に見せられない。

「本当に大丈夫です……顔洗ってきますから、手を放してくれませんか」

「めぐみんが本当のことを言うまで、放さない」

 ダクネスはそう言って、めぐみんの体を背後から抱きしめる。

 いつもであれば憎たらしい胸に反応し激昂するところだが、今は母性溢れる優しい抱擁に甘えてしまいたくなってしまう。

「無理しなくて良いんだぞ」

「っ……ふ、くっ……」

 ダクネスの腕を抱いて、めぐみんは涙を流してしまう。プライドが許さないのか、声を押し殺して泣いているが、ダクネスは全てを受け入れるかのように、めぐみんの嗚咽を聞いていた。

――――

「すいません。急に泣いたりしてしまって……」

「気にするな。中々新鮮だったぞ」

 すっかり目元まで赤く腫れてしまったため、めぐみんは顔を洗い改めてダクネスに礼を言う、ダクネスは相も変わらず女神のような笑みで紅茶をゆっくり飲んでいた。

「それでは、話してもらうぞ。何であんなに不安そうな顔をしていたのか」

「……笑いません?」

「笑うものか。もし笑う奴がいたら、私がそいつをぶっ殺してやる」

 紅茶を優雅に飲む貴族令嬢のギャップに、めぐみんは少しホッとしたのか柔らかく笑う。

 めぐみんは茶を飲んでから、語り始めた。

「最近夢を見るんです」

「夢?」

「はい。私とカズマがいて、そのカズマが私を置いてどこかに行ってしまう夢です」

 全てを吐き出すかのように言うめぐみんに、ダクネスの表情は厳しいものになる。

「もしや、前にめぐみんが酷い顔をしていたな。あの時からか?」

「はい、そうです。最初こそは信じられないと思っていましたが、最近そういう夢が頻繁になってきて……それで、その夢を見た後は、カズマの顔を見て安心していたんですが……今日の朝にカズマがいなくて、それで……」

「そうだったか……」

 笑わずに真剣に聞くダクネスに、めぐみんは微笑む。

「笑わないんですね。こんな子供みたいな下らない話なのに……」

「何故笑わなければならないんだ? めぐみんはカズマの事をそれほどまでに大切にしている。笑う要素がどこにあるというんだ」

「ありがとうございます……」

 一息入れるように、不安でカラカラになった喉を潤すため、茶を飲む。

「ダクネスは……どう思いますか? カズマはどこかに行ってしまうという可能性は考えられますか?」

「……想像したことないな。確かに私たちを厄介者みたいに扱うことは多々あるが、それでもこの屋敷に置いてくれている。文句を言いつつも仲間を大切にしているあいつだ。何も言わずにどこかへ行ってしまうなど、考えられない」

 正論だった。何も悩む必要は無いのに、それでも未だに胸に突っかかってしまうこの言いようのない不安に、めぐみんはまた目を伏せてしまう。

 それを察したのか、ダクネスは微笑み、

「一度カズマと話し合ったらどうだ?」

「え?」

「不安なら、本人に直接聞いた方がいいだろう」

「確かにそうかもしれませんが……ダクネスは、その……」

「私の事は気にするな。カズマに振られた女のことを気にしてどうする」

 まるで自分に言い聞かせるかのように言うダクネス、めぐみんはふと笑ってしまう。

「そうですね。カズマのファーストキスまで奪ってしまう女性に情けを掛けるのもどうかしていますよね」

「なっ?! め、めぐみん! まだ根に持っているのか?!」

「当たり前じゃないですか。私が奪う予定だったのに、まさか横取りされるなんて思いもしませんでしたよ。全く、年中発情しているカズマみたいですね」

「くぅ! こ、これが言葉攻めというやつか?! なんだかすごく体がゾクゾクするぞ!」

「普通に引くのでやめてください……」

 冷ややかな目ででダクネスを見るが、逆効果だったらしい。更に顔を赤らめていた。

 いつもの調子が戻ってきた気がするのを感じ、朝食でも取ろうと席を立って、

「カズマさぁーん!! このクエストは嫌ぁーー!!」

「だぁーー!! うっせぇ!! 元はと言えば、お前が生活費以上に金使うのが悪いんだろ! だったらこのクエスト行ってこい! 俺は行かないからな!」

「そんなぁ!!」

 カズマとアクアが帰ってきた。いつも通り騒がしい二人を……いや、カズマの顔を見て、一安心する。胸に突っかかっていた何かがスッと取れていくのを感じる。

 ダクネスはやれやれといった感じで立ち上がり、

「今日はどうしたのだ? 二人とも珍しく早起きしてギルドに行ったかと思えば……」

「ああああああん!! 聞いてよダクネスぅーーー!!」

 アクアがダクネスの腰に抱き着く。アクアの涙と鼻水で服が汚れてしまっているが、どうやらそれもダクネスにとってはご褒美のようだ。息が荒々しい。

 カズマは不機嫌そうに頭を掻きながら椅子に座る。

「また何かやらかしたようですね」

「いつもの事だから仕方ねぇけど、あいつ学習能力無さすぎだろ……」

「まぁ、付き合ってあげてるカズマもカズマですけどね……それよりも、カズマ」

「ん? どうし、た……」

 カズマは若干動揺していた。何故なら、めぐみんがカズマの肩まで顔を寄せていたからだ。少しでも振り向けば、くっついてしまう程の距離だ。

 めぐみんは紅い双眸を若干輝かせ、微笑みながら、しかし不安そうな声で、カズマの耳元で呟いた。

「今夜、カズマの部屋にお邪魔しますね」

――――

 佐藤和馬は非常に動揺していた。

 現在は既に夜。そろそろめぐみんが訪ねてきてもおかしくないだろう。

 アクアとダクネスは、アクアの借金返済のためのクエストに行っている。明日の昼頃まで掛かると言われた。

 つまり、今夜は誰にも邪魔されず、めぐみんとたっぷりしっぽりイチャイチャできると確信していた。

(でも、俺とめぐみんの関係ってまだ仲間以上恋人未満だよな? どうなんだこれ。でもそういうお誘いだよな? でなきゃこんな出来すぎた状況にならないよな?! エリス様からの日ごろの感謝ってことで良いんだよな?!)

 女神エリスが聞いたら神罰が降りそうな程に欲望を頭の中で語る。

(ど、どうする? 一応バニルから避妊具的なのを買ったけど、今か? 今がその時なのか?! あ、でもどこに閉まったっけ。くそ、こういう時どうすりゃ良いのかわかんねぇ!)

 悶々とした状態で毛布を頭から覆いかぶさるカズマだが、コンコンというドアをノックする音にベッドから飛び上がる。

「カズマ。入っていいですか?」

「お、おう! 良いぞ!」

 ガチャリとドアを開け、いつものパジャマ姿で入ってくるめぐみん。頬を赤らめ、緊張しているのか瞳が紅く輝いていた。

 しかし、カズマは違和感を覚える。

「あれ? お前枕は? いつもこういう時って持ってきてるだろ」

「……今夜は、必要無いです」

 顔を俯きながら言うめぐみんに、カズマの心臓がドクンと跳ねる。

「そ、そうだよな! これから一緒に寝るんだもんな?! いつでも良いぜ?」

「言っておきますけど、エッチなことは禁止ですよ」

「……………………ワ、ワカッテルッテ」

「片言で言わないでください。全く、そういうことばっかり考えて……」

 怒鳴られると思い、カズマは耳を塞ぐかのように毛布を覆いかぶさる。

 めぐみんは溜め息を吐いて、カズマに近づく。やがてベッドに上がり、カズマの隣に仰向けで寝そべる。

「カズマ」

「何だよ。っていうか、エッチなこと禁止ならなんでそう思わせぶりな態度取るんだよ。俺だけ意識しちまって恥ずかし――」

 毛布から顔を出しそこまで言って、カズマは口を閉ざした。

 めぐみんが、不安な表情でカズマの方へと体を向け、両手でカズマの手を包み込むように握ったからだ。

 いつものようにふざけている場合じゃないと悟る。

「ど、どうしたんだよ、めぐみん。俺、なんかしたか?」

「……いえ、何もしてませんよ。でも、少しの間こうしてて良いですか……?」

 不安げな表情でこちらを見るめぐみんにカズマは溜め息を吐きつつ、

「……良いよ」

 それだけ言うと、めぐみんは大層喜び、手を握る力を強める。痛くはないが、少々恥ずかしくなってしまいそっぽを向いてしまった。

「駄目です、カズマ。私の方を向いてください」

「な、なんでだよ」

「お願い、です」

 泣きそうな声に、カズマは即座にめぐみんの顔を見る。

 そこには、紅い目から涙を溜めためぐみんの顔があった。

「カズマ」

「お、おい」

「カズマ」

「お前、何で泣いて……」

「カズマ」

「ホント、どうしたんだよ」

「カズ、マ」

「めぐみん!」

 いつの間にかポロポロと涙を流し始めためぐみんに、カズマはようやく焦り始める。

 カズマはめぐみんと向き合い、空いた手でめぐみんの肩を掴む。

「どうしたんだよ。いつものお前らしくないぞ。何かあったのか? それとも、俺が何かしちまったか?」

「……う、ふぅ……」

 カズマの優しい声色に、めぐみんは更に嗚咽を漏らす。そして重ね合わせている手を、めぐみんは自分の額まで持っていく。

「どこ、にも……ひくっ……行かないで、ください……」

 悲痛な声に、カズマは眉間に皺を寄せる。これほどまでに弱った彼女を見たのは、ウォルバクに手を掛けたあの夜以来だ。

ただひたすら泣き続けるめぐみんに、カズマは無意識に彼女を抱きしめていた。

「……何のことかわかんねぇけど、俺はどこにも行かねーから」

めぐみんにも言ったが、今の行動は自分らしくないと思っている。だけどこうするしか、彼女を安心させられる方法は無いと思ったのだ。

肩を掴んでいた手をめぐみんの後頭部まで移し、ゆっくりと撫でる。風呂に入ったばかりであろう彼女の黒髪は、しっとりとしていて滑らかで、とても心地良い。

「っ……」

めぐみんも安堵したのか、顔をカズマの胸に埋め、嗚咽を漏らす。息がくすぐったいが、今は我慢する時だ。

今この部屋にはめぐみんが泣く声しか聞こえない。しかし徐々にその声は小さくなっていき、

「す、すいません……取り乱してしまって……」

「気にすんなって。いつもと違うめぐみんが見れたしな」

「うぅ、我ながら情けない……」

軽口が言い合えるまで落ち着いただろうと確信したカズマはめぐみんから離れようとする。が、めぐみんは未だにカズマの胸に顔を埋めたまま動こうとしない。

「えっと……めぐみん? そろそろ離れても良いんじゃ……」

「……もう少し、このままで……」

そう言って、めぐみんは握っていたカズマの手を離し、両手を背中まで回して完全に抱きついた姿勢になる。

ロリっ子呼ばわりしているとはいえ、感触は女性特有の柔らかさがある。胸にコンプレックスを感じているようだが、背負っている時にもなんとなく感じた二つの感触が、童貞カズマの動揺はこれ以上ないものになる。

「お、おい、めぐみん……おま、何回も言ってるけど、お預け喰らう身にもなってくれよ……マジでキツイんだぞ、この状況」

「ワガママなのはわかってます。でも、今日は……離れたくないんです」

ギュッと更に力を込めるめぐみんに、カズマは何も言えなくなる。

「……なぁ、そもそもの原因はなんだ? さっき言ってた……どこにも行かないでくれっていうのが関係してんのか?」

「……笑いませんか?」

「笑わねぇよ」

優しい声色に、めぐみんは微笑む。

全てを話した。

カズマがいなくなるのではないか。そう考えてから、カズマが自分から離れていく悪夢を見続けていたこと。それに動揺してしまった自分を。

想いの丈をぶつけても、カズマはただひたすら真剣に聞いていた。

「……変、ですよね。まだ恋人でもない、中途半端な関係なのに、こんな重い事を話してしまって……」

「そんなことねぇよ。むしろ話してくれて嬉しい。それに、お前がそんなに思い詰めてるなんて知らなかったし……あと……」

カズマは頭をグシャグシャと乱暴に掻き毟る。どうやってめぐみんを慰められるか悩んでいるのが嫌でも伝わってきて、それが嬉しく思う自分がいることに少し驚いてしまう。

「だぁあああ!! 俺らしくねぇ!! めぐみん!!」

「は、はい!」

カズマに二度肩を掴まれ、思わず顔を上げて反射神経だけで返事をしてしまう。

カズマは二、三度深呼吸をして、意を決したかのように真剣な眼差しでめぐみんを見て、

 

「俺と正式に付き合ってくれ!」

 

一瞬、何を言われたのかわからなかった。目を見開いて呆然とするめぐみんに気づかないのか、カズマは更に話し続ける。

「俺さ、今の話聞いてたら、めぐみんがすっげぇ辛かったんだなってのが伝わってきたんだ。んで、そんなめぐみんは見たくないって思った。だから思ったんだ。ちゃんと側にいれば、お前を苦しませずに済むんじゃないかって。だからーーあ、あれ?」

耳まで真っ赤にしながら自分の想いを伝えていたのだが、反応のないめぐみんに若干焦ってしまう。

もしや受け入れてくれないのだろうか。あれだけめぐみんはカズマに対する好意をストレートにぶつけてくるのだ。嫌われてはいないのはわかる。だけど今話した内容にもしかしたら地雷を踏んでしまった可能性も充分にありえる。

「えっと……もしかして、ダメだった……か?」

おずおずとカズマが言うと、先ほどの告白で顔を伏せていためぐみんが勢いよく上げ、

 

「なります! 恋人になるに決まってるじゃないですか!!」

 

めぐみんはまたも涙を流していた。ただ今までと違うのは、カズマと同じく耳も頬も真っ赤に染まり、興奮しているのだろう、紅い双眸は煌々としている。

 そしてカズマの胸に額を打ち付ける。何度も、何度も。

「どれだけ待ったと思ってるんですか……その言葉を、何度聞きたいと思ったか!」

 叫ぶかのような声にカズマはただ呆気に取られていたが、次第に笑みに変わっていき、ただめぐみんの声を聞いていた。

「……私で良いんですか?」

「お前じゃなきゃダメっぽい」

「爆裂魔法しか撃てない落ちこぼれ魔導士ですよ」

「爆裂ソムリエなめんなよ? お前の爆裂は俺たちにとっての切り札なんだからな」

「胸も無いです」

「それは俺がこれから大きくする」

「セクハラで訴えます」

「何で?!」

 締まらないが、二人にいつも通りの雰囲気が流れ始めた。お互いに見合わせ、笑い合う。それだけで、二人はとてつもない幸福感に包まれていた。

「絶対手放しませんよ」

「お互い様だろ」

「胸の大きい美人の方に目移りしないでくださいよ」

「……それは保証しかねいたたたた!!」

「早速浮気宣言ですね。この男は全く!」

 横腹を軽く抓るめぐみんだが、お互いが本気で言っているとは思っていないとすぐに気づく。

「ふふふ……幸せです」

「……そうだな」

 カズマのシャツがめぐみんの涙ですっかり濡れてしまったが、めぐみん自身は気にも止めずにカズマの胸に顔を押し付け、愛おしそうにスリスリと擦り付ける。

 次第に、眠気がめぐみんを襲う。想いの丈を話したからだろうか、それともカズマの傍にいるからだろうか。寝ることに恐怖していたのに、今はとても落ち着いている。

 もう悪夢を見ずに済みそうだ。

 めぐみんの意識は、カズマの胸の中で沈んでいった。

 

――――

 

「……んぅ」

 めぐみんは目を覚ます。すっかり日も昇っており、カーテンの隙間から光が漏れ出ている。

 とりあえず起きようと体を動かそうとして、気付く。

 カズマが隣で寝ていることに。

「えっ、えっ? 何で……あっ」

 混乱している中、ようやく昨夜の事を思い出す。

 カズマが告白してくれた事を。

 今日から晴れて恋人同士なれたのだ。

「……ふふふ」

 思わず笑みがこぼれる。ようやくカズマが自分に振り向いてくれたことに実感がわき出る。

「カズマらしくもない、カッコいい告白の仕方でしたね」

 ふと、めぐみんはカズマに腕枕されていることに気付く。気を使ってしてくれたのだろうか。相も変わらず、心根は優しいところにまた幸福感が生まれる。

「今日は爆裂散歩に行ったらデートに行きますからね」

 めぐみんは呟くが、起きる気配はない。昨夜は自分の我が儘に付き合ってくれたのだ。このまま寝かせようと、めぐみんはカズマの頬を指で軽く突きながら思う。わずかに身を捩らせるカズマに、思わず可愛いとさえ思ってしまう。

「さて、朝食の準備をしましょうか」

 今日の昼頃までダクネスもアクアも帰ってこない。それまでに起きてくれたら、屋敷で少しの間くっつき合えるのに、と思ってしまっている自分は相当重症だ、とめぐみんは思う。

 ベッドから起きて、パジャマからいつもの服に着替えためぐみんはカズマの部屋に出ようとして、ふとカズマに近づき、まだ寝ている彼の耳元まで顔を近づけ、

 

「愛してますよ」

 

 小さく呟いた。クスクスと笑うめぐみんは気付いていた。

 カズマの耳が真っ赤なことに。

(からかいすぎましたかね?)

 自分がこの部屋に出て行った直後に、この男は恥ずかしさと幸福で悶えることだろう。そんな姿を想像して、またもや可愛いと思ってしまう。

 今度こそ部屋に出ようとして、めぐみんはハッキリした声で言う。

 

「早く起きてくださいね。今日は、恋人としての初デートなのですから」

 

 もう悪夢を見る事は無い。それに、次に見る夢は決まっている。

 愛する人の、幸せな未来を見る夢に――

 

 



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爆裂娘も風邪を引く

はい、定番ネタです。
早くアニメこのすば三期やらないかなー。


「『エクスプロージョン』!!」

紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみんはいつもの日課である一日一爆裂をしに、いつもの森奥でカズマを連れて爆裂魔法をぶちかました。

爆音と暴風をその身に感じながら、しかし爆裂ソムリエを名乗るカズマは首を傾げつつ、魔力を全て使い果たし地面にうつ伏せになるめぐみんに、今回の爆裂への感想を告げる。

「60点……かな?」

「くっ……! 厳しいですね、カズマ。ただ、今回の爆裂は私自身も不調だと感じました……」

悔しそうに、しかし納得のいく採点だったのだろう。文句一つも言わなかった。

「一体どうしたんだ?」

「何といいますか……朝から頭が痛いと言いますか......朝ごはんもほとんど喉を通りませんでしたし」

「......ちょっと失礼するぞ」

カズマはめぐみんに近づき、そっとめぐみんの額に手を当てた。急な行動にビックリするものの、ひたいに置かれたカズマの手はヒンヤリしており、とても心地よい。

(はふぅ......幸せです......)

「......なんか熱いな。もしかして風邪引いたんじゃないか?」

「えっ」

 

----

 

めぐみんを背負って屋敷に戻る頃に、めぐみんの容態が悪化した。頬が赤くなっており、苦しそうな息遣いをしていた。ダクネスとアクアに事情を説明し、めぐみんを彼女達に任せることにする。パジャマに着替えさせなければならないのだ。自分が着替えさせる訳にはいかない。

(残念だって思ってないからな......本当だからな!)

誰に言い聞かせているわけでもなく心で念を押すカズマは、薬と風邪に効く食材を買いに町に出かけ、すぐに帰ってきた。

「ただいまー」

「おふぁえりー」

アクアはダラけながらソファーで菓子を貪りながら寛いでいた。

「めぐみんはどうだ?」

「部屋に寝かせたらすぐ寝ちゃったわ。今ダクネスがめぐみんの看病してるわよ」

「そっか。で、お前は何をしたんだ?」

「ひいえおふぉろきなふぁい!」

「食いながら喋んな」

菓子をゴクリと飲み込んだアクアは、行儀悪くソファーの上に立ち上がり、人差し指をカズマに向けて自信満々に言い放った。

「めぐみんを元気付けるために、私の芸を披露して--痛い痛い! カズマさん痛い!」

「余計悪化させるようなことするんじゃねぇ!」

アクアの頭を両拳でグリグリしたカズマは溜め息を吐きつつ台所に向かう。アクアは涙目になりつつ、

「あれ、カズマさん。まだお昼じゃないのに何で台所に? なんか作ってくれるならお酒のつまみとか作って欲しいんですけど」

「なんでお前のために作んなきゃならないんだ。ちげーよ、めぐみんに消化の良い物作るんだよ」

カズマは食材を並べつつ腕捲りをする。そんな姿を見て、アクアは台所の入り口でチラリとその様子を見ながら、

「こんなのカズマさんじゃない......誰かのために働くなんてカズマさんじゃない! 偽物ね、偽物なのね?!」

「なんでだよ! そんなに珍しいかよ?! 俺だって良いことだってたくさんやってるだろうが!」

「......そうだったかしら? 確か昨日あんたの金髪の友達と一緒にあの受付嬢にセクハラ紛いをしてたような」

「誠にすいませんでした」

即座に土下座ポーズをするカズマに、アクアは侮蔑の目でカズマを見据えている。

悪友のダストと一緒だとつい悪ノリしてしまうのが自分の悪い癖だとは自覚しているが、あれだけ大きなメロンが目の前にあれば誰でも見てしまう。ガン見してしまう。それが男の性というものだ。ちなみにそれを力説すると、めぐみんからも侮蔑の目で見られ、ダクネスに至っては『くぅう! そんな、そんな目で見ているとは!』と興奮気味に喋っていた。

カズマは気を取り直し、料理を始める。

「昨日は昨日、今日は今日だ。風邪って魔法じゃ治せないんだろ? だったら、少しでも早く治すためにも、ちゃんと飯を食べさせないとな」

スムーズに食材を切り分けていく。趣味で料理スキルを取ったがもしかしたらこの日のためだったのかもしれない。

喉を通りやすいお粥にでもしようと考えて、ふと不自然な視線が突き刺さっている感覚を覚える。その視線を追うと、アクアがニヤニヤしながらこっちを見ていた。

「カズマさんってなんだかんだめぐみんに甘いところあるわよねぇー」

「べべべ、別に甘くねぇよ!! 仲間の心配をするのは当然のことだろ!! ほら、気が散るからあっちいってろ!!」

動揺を隠しきれていないが、未だニヤニヤしているアクアを追っ払うことに成功。だが顔が熱くなっているのを感じている。多分他人が見ても顔が真っ赤になっているのは明白だろう。

(俺はただめぐみんの風邪が治ってほしいだけだ! それだけだ!! やましい気持ちなんてこれっぽっちもないからな!!)

そんな事を考えつつ、カズマは料理をする手を早める。

 

ーーーー

 

お粥を作り終えたカズマは、薬と一緒に持ちめぐみんの部屋へと足早で向かっていた。

別段急ぐ必要はない。ダクネスがきちんと診ていてくれているため、めぐみんの風邪がこれ以上悪化することはまず無いだろう。

なのに、何故こうも焦りを感じるのか、カズマは理解できないでいた。

(......風邪が魔法じゃ治せないからか? それとも、病気で死んだら生き返れないからか?)

ネガティブな考えが駆け巡るが、しかししっくりとこない。もっと別の何かだろうか。

考えが纏まらない状態でめぐみんの部屋へと辿り着くところで、部屋のドアが開く。洗面器を持ったダクネスだ。

「ん? カズマか」

「ダクネス、めぐみんは?」

「熱が下がらないんだ.....薬は?」

「買ってきてある。消化に良いお粥も作っておいたぞ」

「それはありがたい。まだ目を覚まさないが、起きたら上げると良いだろう。それと、カズマ......すまないが、私はこれから家の事情で出掛けなければならない。私の代わりに面倒を見てやってくれないか?」

申し訳なさそうに顔を俯かせるダクネスに、カズマは、

「しょうがねぇなぁ。家の事情なら仕方ない。めぐみんの面倒は俺が見るよ」

「助かる......言っておくが、病で気が弱っているめぐみんを襲うなどとは」

「しねぇよ!! 俺もそこまで節操なしじゃねぇから!!」

「わからんぞ!! カズマのことだ、病で動けないめぐみんに覆い被さり、まるで獣の如きいやらしい目でめぐみんを見つつ、あの小さな身体を弄ぼうと服に手を掛け......!! んくぅ!! カズマ!! やるなら私にしろ!! 安心しろ、私も手も足も出ない状況で襲われてやる!!」

「しねぇっつってんだろ!! いいからとっとと出掛けてこい!!」

手に持ったお粥をダクネスにぶち撒けようかと思ったが、逆にダクネスにとってのご褒美になる上にこれはめぐみんのための料理だ。そんなことに使う訳にはいかない。

めぐみんの部屋に入り、両手が塞がっているため足を使ってドアを閉める。外からダクネスが何か言っている気がするが、全て無視する。

と、ここで少し冷静を取り戻したカズマは、めぐみんが寝ているであろうベッドを見る。今の騒ぎで起こしてしまったかもしれない。

しかし杞憂に終わる。頭に冷えたタオルを乗せているめぐみんは、少し息を荒げなからも静かに寝ていた。ダクネスも既にその場を去ったのか、ドア越しに聞こえていた声はいつの間にか消えていた。

安堵したカズマは手に持つお粥と薬を近くのテーブルに置き、椅子をめぐみんのベッドの近くまで持って行き、椅子に腰掛ける。

本当はこの苦しさから解放してやりたい。すぐにでも薬を飲ませたいが、寝ている彼女を起こす訳にもいかない。

(......早く良くなれよ)

言いつつ頭に手を伸ばすが、起こすかもしれないので思いとどまる。

と、ここまで自分の行動を振り返ってみると、自分らしくないことに気付く。

確かにめぐみんは自分にとってかけがえのない仲間だが、ここまで必死に彼女のために動いたのはある意味初めてかもしれない。彼女のストレートな告白を受けすぎておかしくなってしまったのだろうか。

「んぅ......かず、ま......」

「ぅおっと......めぐみん、起きたか?」

急にめぐみんが喋りだしたので若干驚いてしまうが、すぐに取り繕って彼女の顔を覗き込む。めぐみんはうっすらと目を開けカズマを見るが、朝の爆裂散歩からは想像出来ないほどに弱っているのが見てわかる。

「大丈夫か?」

「......けほ......ちょっと苦しいです......」

「そっか。ちょっと起きれるか? お粥作ったんだ。薬も買ったから、飲めば多少は楽になるぞ」

「はい、起きます......それにしても......けほ、カズマがいつも以上に優しくて、ちょっと戸惑ってます」

めぐみんは濡れタオルをカズマに渡す。カズマは濡れタオルをテーブルに置き、お粥を手に取る。

「うるせー。お前は今病人なんだ。黙って看病されてろ」

「......ふふ、ありがとうございます」

カズマは椅子に再び座り、お粥に乗せているトレイをめぐみんに渡そうとする。

「待って下さい、カズマ」

「ん? どうした? 食欲無いってのは受け付けねーぞ。お前朝ほとんど食ってなかったし、今はもう昼前なんだ。しっかり食って薬飲んで、早めに寝ないといけないんだからな」

「普段以上にカズマが優しくて、けほ......私は物凄く嬉しいんですが、ワガママ言っても良いですか......?」

「おれができること事なら受け付ける。口移しなら大歓迎だ」

「すいません、訂正します......けほ、いつものカズマでしたね......それにそんなことをしたら、カズマにも風邪が移ってしまいますので、それはまた次の機会に......」

「え、やってくれんの」

「ふふ、どうでしょうか」

風邪を引いているにも関わらず余裕の表情を見せるめぐみんに、どこか負けた気分になっているカズマ。

めぐみんは改めてカズマの方に向き直ると、

 

「口移しはダメですが......食べさせてもらえませんか?」

 

風邪のせいか、それとも別の何かのせいか、めぐみんは頬を赤く染めながら爆弾発言をかました。

カズマは一瞬動きが止まるが、トレイを自分の膝に乗せ、頭を乱雑に掻いてからレンゲでお粥を掬い、めぐみんの口元までレンゲを伸ばした。

「ほれ」

「......あの、今日のカズマは本当にどうしたんですか? いつもだったら、こんな事絶対にやらないのに......」

「文句あるならやめるぞ」

「あ、すいません......い、頂きます」

このような行動に出るとは思わなかったのだろう。めぐみんは戸惑いつつお粥を頬張る。緊張で味がほとんどわからなかったが、優しい味で体が芯まで温まるような感覚に、本気で自分のこと心配してくれていると確信する。

「どうだ?」

「......美味しいです」

「そいつは良かった......な、なぁ。まだしなくちゃダメか?」

「完食するまでお願いします」

紅い瞳をウルウルとさせながら懇願するめぐみんに、カズマは少々狼狽えていた。

(目が潤んでるのは風邪のせいだ、きっとそうだ!)

カズマは自分に言い聞かせつつ、お粥をめぐみんに次々と運ぶ。お腹が空いていたのか予想以上よりも早く完食してしまった。

カズマはトレイを再びテーブルに置き、

「飯ちゃんと喉通るなら問題ねぇな。時間置いてから薬飲めよ。その後は、またゆっくり寝とけ」

「はい、そうします......けほ」

めぐみんは軽く咳払いをしつつ布団の中に潜り込む。頭だけを出した状態でカズマの方へと目線を向ける。

「あの、カズマ……けほ、もう一つワガママ……良いですか?」

「おう、なんだ?」

「ふふふ……あの、薬を飲んだら、私が眠るまで手を握ってもらっても良いですか?」

少々微笑みながら、しかしどこか不安そうな表情を見せるめぐみんに、カズマは突然の申し出に若干ドギマギしてしまう。頬をポリポリと指で掻いた後、

「お、おう……良いけど、俺なんかで良いのか? 多分緊張で汗出るぞ」

「カズマじゃなきゃ、ダメです」

「お前、また……まぁ、別に良いけどさ。ほれ、薬飲め」

カズマは魔法を使ってコップに水を溜め、薬をめぐみんに差し出す。めぐみんはまた布団から出て、薬と水を受け取る。

「なんだか、今日のカズマは優しいです。ふふ、風邪というのも悪くないですね」

薬を飲み干しつつ言う彼女に、カズマは照れ臭そうに視線を逸らす。

確かに今日の自分はどこかおかしいと自覚はある。たかが風邪とはいえ、ここまで誰かのために甲斐性したのは初めてだ。生まれてこの方、自分の世界にいた頃はただのヒキニートだった。この世界に転生してからは、借金背負うわ、女性にスティールを使えばほぼ下着を取ってしまうわ、果ては問題児である三人を置き去りにし、自分は楽な道を選ぶわ、自分でもわかるほどのクズだと自覚している。なのに何故こんなにもめぐみんを心配してしまっているのかがわからなかった。

ふと考える。これがもしダクネスやアクアなら自分はどうしていたか。

(……多分ここまでしないだろうな)

料理をしたり薬を買ったり等はするだろうが、先程のように食べさせたり手を繋いでほしいと頼まれても、軽口を叩いて飄々と避けていただろう。

めぐみんのワガママだからこそ、受け入れているのかもしれない。

(……こりゃ重症だな……)

「けほ……カズマ?」

めぐみんの声に我に返り、目線を彼女に向ける。薬を飲み干しためぐみんは再び布団に潜り、布団の隙間から手を伸ばしていた。

「ああ、悪い。これでいいか?」

壊れ物でも触るかのように恐る恐るめぐみんの手を片手で握る。めぐみんはホッとしたように安堵した表情で、優しく微笑む。

「ありがとうございます、カズマ……カズマの手、落ち着きます」

風邪で気が弱っているのか、そんなことを呟くめぐみんの手を両手で包み込む。

「早く良くなれよ。お前の本気の爆裂聞かないと、こっちも気が狂うからさ」

「そうですか……けほ、わかりました……良くなったら……次は、私の……本気の……爆裂を……」

言い終わる前に、めぐみんは完全に目を閉ざし寝息を立てる。薬が効いてきたのだろう。

安心しきって寝ているめぐみんを、カズマはまだ手を離さずジッと見つめていた。いつものようなスケベ心からではなく、彼女の傍にいたいと思っているからだ。

(……これじゃあ俺、めぐみんにガチで惚れてるみてぇじゃねぇか)

そんなことを考えると、カズマは自分の頬が若干熱くなるのを感じる。

風邪でも移ったのだろうか、と若干皮肉気味に思いながら、カズマはめぐみんの手を握りしめている両手に僅かに力を込める。

「ったく、結局翻弄されっぱなしじゃねぇか」

そんなことを呟きながらも満更でもなく微笑むカズマは、しばらくの間めぐみんの手を握っていた。

 

----

 

「紅魔族随一の魔法使いにして、爆裂魔法を操りし者、めぐみん! 完全復活です!!」

あれから三日が経ち、めぐみんはローブを翻しながら元気いっぱいに名乗りをあげる。その様子を見て、ダクネスとアクアは安堵の表情でめぐみんの復活に拍手を送っていた。

「ふふ、やはりめぐみんはそうでなくてはな」

「私の芸で元気になるのも当たり前よね。よーし、それじゃあめぐみん復活祝いに、飲むわよー!」

「お前は毎日のように飲んだくれてんじゃねーか」

ポリポリとカズマは頭を掻きながらアクアの後頭部に軽くチョップする。アクアが睨みながらカズマを見ているが、最早気にも止めていない。

「それじゃあカズマ! 早速爆裂散歩に行きましょう!!」

「おいおい、治ったばっかりなんだから、無茶なことしない方が良いぞ?」

「何を言うんですか。この三日間、私は爆裂魔法を撃ちたくて撃ちたくてしょうがなかったんですよ! もう我慢の限界です! 撃たせてくれないなら、今ここで撃ちます!!」

「撃つな!! わかった、わかったから! 行くならすぐ行くぞ」

カズマは溜め息を吐きつつ席を立つ。めぐみんは嬉しそうな表情で駆け足で玄関のドアを開ける。

(やっぱめぐみんはこうじゃなきゃな)

「カズマカズマ!」

「ん?」

元気いっぱいなめぐみんに微笑んでいると、声を掛けられる。彼女へと顔を向けると、めぐみんが満面の笑みでカズマを見つめていた。

そして、

 

「看病してくれて、ありがとうございます!」

 

本当に心の底からの感謝の気持ちと笑顔を見せられ、カズマは照れ臭そうに目線を外す。

それを狙っていたのか、めぐみんはからかうように笑いながらカズマの隣に立ち、

「おや、照れてるんですか? 照れてるんですね? 可愛いですよ、カズマ」

「ててて、照れてねーし!! ほら、とっとと行くぞ!」

「ふふふ、はい!」

頬が熱くなるのを感じるカズマは逃げるように外に出る。めぐみんは嬉しそうにカズマを追いかけ、隣に並んで歩き始めた。

まだ仲間以上恋人未満の関係だが、いつかそれ以上になる日は近いかもしれない。

その時は、ちゃんと自分からしっかり伝えようと、カズマは思った。



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この騒がしいパーティーで楽しい日々を

思いつく限り、ひたすら書きなぐる。それが、俺の本能って奴だ。

はい、ってなわけで性懲りも無く中身スッカスカな内容でお送りします。カズめぐタグ付けてますが、うっすいですのであまり期待せずに。

ではでは〜


「……」

「……」

カズマと幸運の女神エリスは互いに椅子に座って無言で向かい合っていた。カズマは気まずそうに、エリスは困ったようで、しかし柔らかく微笑んでいる。

遂にカズマは段々と俯きながらも、申し訳なさそうな声で呟いた。

「……言い訳して良いっすか……」

「ええ、どうぞ……」

情けない姿を見せたからか、それとも『死んでしまった理由』があまりにも自分らしくなかったからか。カズマは羞恥心を露わにしつつも、今のこの現状の説明と言う名の言い訳を始めた。

 

ーーーー

 

「久しぶりのクエストだ……腕が鳴るな!」

「元気あんなぁ……」

カズマ率いるパーティーは、アクセルから少し離れた森林に足を運んでいた。

現在彼等はクエストのためにここに来ていた。裕福過ぎる暮らしを持つ彼等にとってはクエストなど小遣い稼ぎにもならないのだが、今回は別件でクエストを受けていたのだ。

というのも、ここ最近異常な暑さのせいで昆虫型のモンスターが湧き出しているのだという。特に厄介なのが、ハチ型のモンスター。当然日本にいたハチとは違い、こちらの世界のハチは成人男性の平均身長とほぼ同等の大きさらしい。カズマの世界のハチでも危険な個体は存在するが、こちらの世界のハチはどんな個体でも脅威になる。駆除しなければ農作物等に集まってしまい、冒険者ではない農家達は頭を抱えてしまう時期なのだ。このまま放置すると野菜の高騰化が始まってしまう可能性が高いため、魔王軍の幹部等を倒してきたカズマ一行に白羽の矢が立った、という訳だ。

カズマ自身は最初こそ乗り気ではなかった。というか今でも乗り気ではない。乗り気なのは、他三人だ。

「このクエストクリアできたら最高級のお酒がゲットできるのよ?! やらない手はないわ!」

「ここに湧き出るモンスターは群れをなして襲いかかってくるという話ではありませんか。こんな時こそ、我が爆裂魔法の出番であることは間違いありません!」

「今回のモンスターはまるで槍のようにとても太い針を使って戦うと言われている。そ、そのような太いので刺されればどうなってしまうのか……くぅう!! 楽しみで仕方がない!!」

「……」

問題児三人がめっちゃ乗り気なので、この三人の保護者であるカズマも付いていくしかないという訳なのだ。この三人に好き勝手やらせては、どんな厄介事を持ってくるかわかったものではない。

カズマは溜め息を吐きつつ、地図と今回の討伐対象であるハチ型モンスターの情報が載った紙を広げる。

「もう少しで目的地に着くな……えっと、今回のモンスターは『ジャイアント・キラービー』っていうのか。毒は無いけど、群れで行動する習性を持っていて、女王らしき奴を倒せば他のモンスターは散らばるようになるのか。ってことは、その女王蜂さえ倒せば、目標達成ってわけだ」

「わかりました。つまり、爆裂魔法で女王蜂ごと奴らを殲滅すれば良いんですね!」

「ちげーから! 撃ち漏らしたら他のモンスターも湧いちまうだろ!」

「私は一向に構わんぞ!」

「よっし、こいつここに捨てよう」

吐き捨てるように言ったのだが、ダクネスは体をクネクネと動かして喜んでいるようだった。

そんなやり取りをしている間に目標地点に辿り着く。既に虫の羽音のような音が響いており、背中からゾクゾクとする嫌な感覚がカズマを襲う。カズマは三人に少し離れた位置に居てもらい、カズマは潜伏スキルを使って気付かれないよう慎重に近づく。

開けた場所を発見し、木を背にして開けた場所を見回す。情報通り、デカイ蜂型のモンスター達がせわしなく動きまわっていた。しかしその中心に、一際デカイ蜂が何もせずにただユラユラと飛んでいる姿が確認できた。おそらくあれこそが女王蜂だろう。

カズマは一旦三人の所に戻り、現状を説明する。

「カズマの言う通り、そいつこそが女王蜂だろうな。しかし、厄介なのはその取り巻きか……」

「ああ。望ましいならめぐみんの爆裂魔法が使えるなら使いたいが……周りは森だらけだ。火ダルマになっちまったら、今回の取り分はその被害だけで帳消しになっちまう可能性がある」

「……」

「泣きそうな目でこっち見んな。大丈夫、今回はめぐみんの活躍もあるさ」

カズマは今回思いついた作戦を三人に伝える。

まずはいつもの通りアクアはダクネスとカズマに身体強化の支援魔法を掛けて貰う。次に攻撃が絶望的に当たらないダクネスには、その無駄に高い防御能力を生かして『デコイ』を使って取り巻きを誘き寄せる。そして女王蜂が動きを見せようがその場に止まっていようが、カズマがその女王蜂目掛けて弓を放ち、誘き寄せる。そしてある程度地面から離れ、尚且つ周りに絶対被害が及ばないであろう場所まで移動したところを狙って、めぐみんが女王蜂目掛けて爆裂魔法を放つ。至ってシンプルで、いつも通りの自分達の動きだ。

内容を説明すると、三人は納得した表情で頷いた。それを確認したカズマは満足そうに、こう言った。

「作戦開始だ!」

 

ーーーー

 

「さぁ、こいモンスター共! そのぶっとい針で、私を刺せるものなら刺すがいい!!」

既に『デコイ』を発動しておいたダクネスは蜂達に聞こえるように挑発した。せっせと女王蜂のために働いていたであろう蜂達は、その大きすぎる双眸をギラリと輝かせダクネス目掛けて突っ込んでいく。既に何匹かは尻の針を突き出しながら向かっていく奴もいる。

だが、ダクネスは元々力がある上にアクアの支援魔法を受けているのだ。向かってきた蜂の針を全て鎧で受け止め、何匹かはその針を掴んで別の蜂へと力任せにぶん投げる。当然想定外のことだったのだろう、避けることもできずに当たり、しかし減速することなく背後の木に衝突し、地面にボトリと落ちる。

「どうしたどうした! お前達の実力はその程度か! もっと私を悦ばせてみろぉ!!」

(……やっぱあいつ、剣より素手の方が良いんじゃねぇか……?)

明らかにやり過ぎなのだが、役目は果たしているので放っておく。

次に木に登っていたカズマは、一本の矢を取り出し、弓矢にセットする。未だダクネスに群れる従者達を見据えるだけで動かない女王蜂へと矢を構え、

「……『狙撃』!」

矢を放つ。『狙撃』は自分の幸運が高ければ高いほど命中率が上がるスキルだ。幸運が桁外れに高いカズマの矢は、必然と女王蜂の脳天を打ち抜くーーのが理想的だが、カズマは最弱職の冒険者だ。攻撃力が低いため、弾かれる。だが、挑発には充分だ。

予想通り女王蜂は激昂し、攻撃してきたカズマを捕捉すると、尻の針を突き出しながら驚異的な速さで近づいてくる。

しかし、ここまでは想定通りだ。

「めぐみーん!!」

カズマの叫びに答えるように、目を閉じて魔力を練っていためぐみんはゆっくりと目を開けた。気が高まっているのか、その紅い双眸は一際輝いている。

いつもの中二病的な前台詞はない。長々としたあの台詞を口に出してしまうと、全てを唱える前にあの女王蜂の針が先にこちらの体を貫いてしまうからだ。

それでもめぐみんは、最強の魔法に手を抜かさないように、大きく口を開いた。

「エクスプーー?!」

魔法を唱えようとしたが、途中で中断せざるを得なかった。

 

カズマ目掛けて飛んで行った女王蜂が、急にめぐみんへと進路を変えたからだ。

 

「?!」

予想外の行動に、カズマも一瞬体を強張らせた。

(まさか、めぐみんの魔力に反応して……?!)

「「めぐみん!!」」

アクアとダクネスが予想外の自体にめぐみんに心配の声を上げた。しかしどちらも距離が遠く、ダクネスに至ってはまだ蜂の駆除に手間取っていた。

動けるのは、めぐみんの近くにある木の真上にいるカズマだけだ。

考えるよりも体が先に動いていた。

カズマは木から飛び降りる。足から嫌な音と若干の痛みを感じるが、今はそれどころではない。

めぐみんを真横に突き飛ばし、前を見据える。だが、目の前には女王蜂の針が眼前に迫っておりーー

 

ーーーー

 

「……そして貴方はあの蜂によって頭を貫通され、それはもう無残な死に方をーー」

「すんません、思い出すとホンット気が狂いそうなんでやめてもらって良いっすか……」

既に何回か死んでしまった経験があるカズマだからこそ、ある意味ここまで冷静になれているのかもしれない。ただ、死に際を説明されてからは身もゾッとするような感覚がカズマを襲い、思わず耳を両手で塞いでしまっている。

エリスは苦笑を交えつつ、

「ですが、今回もアクア先輩がまた復活呪文を掛けてくれています。本当はダメなのですが、まぁアクア先輩には何を言っても無駄でしょうし……」

「そうっすか……あ、そうだ! めぐみんは?!」

「カズマさんが身代わりになってくれたおかげで、傷一つありませんよ。まぁその後めぐみんさん、怒ってしまいまして……結局、彼女の爆裂魔法によって女王蜂は倒されましたが、あそこの森は火の海に……」

「……あんのバカ……」

生き返ればまた事後処理をしなければならないだろうが、それ以上にめぐみんが無事だったことに安堵する。

そんな様子を見てエリスはクスクスと笑い、

「最近めぐみんさんと仲が良いですね。少し妬いちゃいます」

「マジっすか。じゃあ今度クリスの時にでもお茶に誘いますね」

「引っ叩きますよ」

笑顔でそんなことを言っているが、目が全く笑っていなかった。そもそもカズマがこんな軽口を叩いたのはちょっとした羞恥からでもある。

最近めぐみんと仲が良い。

まさかこの言葉だけでこんなにも動揺するとは思っていなかったのだろう。耳が熱くなるのを感じていた。

(くっそ、最近アイツと良い感じだから、妙に意識しちまうな……俺が好きなのはナイスバディなお姉さんのはずなのに……)

『カズマー。聞こえるー? 蘇生終わったから帰ってきなさーい。めぐみんが泣いてて大変なんだからー』

「はぁ?! なんでだよ! ちょっ、エリス様! お願いします!」

焦るカズマの様子にクスクスと微笑むエリスは指を鳴らした。瞬間、カズマの足元に白い魔法陣が浮かび上がる。見たことのある魔法陣に、カズマは椅子から立ち上がった。

「今回もありがとうございます、エリス様」

「いえいえ、大丈夫ですよ。めぐみんさんをあまり泣かせないようにしてくださいね」

目を閉じてしまいそうな程に眩い光が身を包む中、最後に見たのはウインクをするエリスの姿だった。

 

ーーーー

 

「……んっ」

「あ、カズマ。お帰りなさい」

目を覚ますと、曇り一つない青空と今まで見たこともない優しい笑顔のアクアの顔が真っ先に目の前に映っていた。状況からするに、今自分はアクアに膝枕されているのだろう。

「悪い、アクア……今起きーー」

「カズマーー!!」

「ぶへぇ!!」

急に腹部に大きな衝撃を感じ、腹から何か出るんじゃないかと言われる程の声を出してしまう。

必死で耐えた後に下を見ると、涙目でカズマに抱き着くめぐみんの姿だった。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私のせいでカズマが、かじゅまがぁ……」

「……気にすんなって。それよりも、怪我ないか?」

コクリと頷くめぐみんに、カズマは彼女の頭を撫でる。安堵したのか、めぐみんは次第に笑顔を取り戻していく。

「ねぇねぇロリマさん」

「はっ倒すぞ」

「めぐみん乗っかってるから、私の膝が悲鳴を上げてるんですけど」

「あ、ごめんなさい……すぐ退きます」

めぐみんがカズマから離れるのを確認し、カズマも起き上がる。涙を拭うめぐみんに、彼女の頭にまたポンっと手を置いた。

「んな泣くなって。女が泣いてんの見るのは、流石のカズマさんもどうしたら良いかわかんねぇからさ」

「……はい」

徐々に笑顔を取り戻すめぐみんに、カズマは安堵する。直後、軽い貧血を感じてカズマは体をフラフラとした。その様子を見てハッとしためぐみんは、カズマの体を支える。

「すまん、めぐみん……」

「大丈夫ですよ。それよりも、カズマは?」

「生き返らせたばっかだからねー。結構な出血量だったから、しばらくは家で休んでた方が良いかも。ダクネスはギルドに報告に行ったし、今日はもう帰りましょ」

いつの間にか立ち上がり、比較的まともな意見を言うアクアに言われ、カズマは静かに頷いた。このような状態では軽口も叩けないのだろう。

アクアが先行して前に出る。よくよく見渡せば、既にアクセルの街並みが見える位置まで移動していたことに今更ながらに気付いた。

(……これならすぐに帰れるな)

「あの……カズマ」

少々安堵していたところに、めぐみんのか弱い声が聞こえる。未だに肩を貸しながら歩いている状態だが、本調子ではないので甘えることにする。

「どうした?」

「……ごめんなさい。結局森を燃やしてしまいました……カズマが死んでしまったのが、許せなくて……」

申し訳なさそうに俯くめぐみんに、カズマは慌てる。

「き、気にすんなって! あいつがあんな行動するなんて思わなかったんだ。今回は誰のせいでもねぇよ。それよりも、お前の方こそ大丈夫か? 魔法使ったってことは、体が……」

「あれから結構時間が経っていますので、今は歩けるくらいには回復してます。それに、カズマが死んでしまったのは私が原因みたいなものですから、これくらいはやらせて下さい」

普段は頭がおかしい爆裂娘で通ってはいるが、カズマが死んでしまった責任を感じているのだろう。力無く笑うめぐみんを見て、胸が苦しくなる。

(……らしくねぇよな)

いつもの彼女は爆裂しか頭になく、それでいていつの間にかカズマに好意をぶつけてくる、元気という言葉が似合う人間だ。こんなにも弱っているめぐみんは、本当にらしくない。

 

だからカズマは、めぐみんの頭にデコピンする。

 

「いった! ちょ、カズマ! 何するんですか!」

「落ち込んでるめぐみんなんか似合わなねぇから、無防備なそのデコに悪戯したくなっただけだ」

「なっ! 人が真剣に落ち込んでるのに、カズマはどうしてそんなに無神経なんですか!」

「おー、おー。俺はどうせkyですよーだ。悔しかったら、とっとといつもみたいに頭がおかしいロリっ子に戻りやがれ」

「け、けーわ……? 相変わらず変な言葉を使いますね! それに、私は紅魔族随一の天才です! 頭はおかしくないし、私のどこがロリっ子なのか聞かせてもらおうか!」

「えーっ? 自覚ないんですかぁ? おっかしいなぁ、ここまで体が密着してるはずなのに、胸が体に当たらないっておかしいよなー」

「せ、セクハラです! このセクハラ魔人!」

「今更気づいたのかよ? ほれほれ、そのセクハラ魔人様がお前に『スティール』でも喰らわせてやろうかなー?」

「こ、この男は……!!」

カズマは悪人のような面構えで、めぐみんは紅い双眸を煌々としながら睨み付けた。互いに見合っていたが、

「……ぷっ」

めぐみんが、突如吹き出した。カズマは一瞬呆気に取られる。

「あははは! か、カズマ、人の励まし方がヘタクソ過ぎますよ!」

「んな?! お、お前なぁ!」

「ふふふ……わかってますよ。ありがとうございます、カズマ。励ましてくれて」

優しく微笑むめぐみんに、カズマの心臓が一瞬高鳴るのを感じる。見てくれは美少女なのだ。微笑む姿に照れてしまい、視線を逸らす。

「ま、まぁ、いつものお前に戻ってくれたんなら、それで良いよ。落ち込んでるめぐみんなんて、隕石でも落ちてくるんじゃねぇかっていうくらい似合わねーし」

「それもそうですね……カズマ」

「んー?」

照れてしまうためあまり顔を見たくはないのだが、返事をしてしまった以上は視線をめぐみんに向ける。

 

「私の事を守ってくれて、ありがとうございます。あなたの事、もっともっと好きになっちゃいました」

 

過去最高の笑顔といつもの口説き文句に、耳どころか顔まで熱くなるのを感じたカズマは、再び目線を逸らす。

「ま、まぁ男ならあれくらい当然だし……」

「おや? 照れてるんですか? 照れてるんですね? 顔逸らさないで、私の方見てくださいよー」

「うっせぇ、近づくなよ! 歩きにくいだろ!

「ちょっと、二人ともー! ささっと歩きなさいよー。家に帰ったら、手に入れたこの高級酒でパーティーしなくちゃ!」

「ちょっ、お前いつの間に?!」

先行していたアクアがこれ見よがしに酒瓶を胸に抱いていた。

抗議しようかとも思ったが、カズマはすぐに口を閉ざしつつ微笑む。

(こんくらい騒がしいのが、俺たちらしいだろ……)

後でダクネスにも礼をしようと考え、三人は屋敷へと足早で戻ることにした。

 

これからも、この騒がしいパーティーで楽しい日々を。カズマは心の奥底から、そう願った。



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爆裂娘は匂いフェチ?

思いついたので急遽書きました。短いです上にめぐみんの性格が崩壊している気がしますが、気にせずにお願いします。
まぁ、たまには本能に身を任せて同化しても良いですよね、はい。


 佐藤和馬は現在危機的状況にあった。

 相手はカズマの上でモゾモゾと忙しなく動いてはいるのだが、こちらに気付いている気配はない。しかしもしかしたら気付いていてわざとそういう事をしている可能性もある。なんとかここから抜け出したいが、カズマの部屋の出口は近くて遠いような位置に存在する。今駆け出せば、間違いなく気付かれ殺されることだろう。

(何故だ……)

 疑問が浮かぶ。

(俺はラノベやエロ同人誌みたいな主人公ポジではないはずなのに、何故なんだ……!!)

『ベッドの下に隠れているカズマ』は心の奥底から叫び、ベッドの上にいるであろう危険人物をベッドの木の板越しから恨むかの如く睨み付けた。

 

「えへへ……かじゅまぁ~……」

 

――――

 

 それは陽射しがうっとおしい程に照り付ける早朝の事だ。今の今までゲームガールに没頭し、一徹を決めたカズマはモゾりと布団から這い出ようとして――諦める。

(うぁあ~……今日は一段と眠い……もうこのまま寝るか……)

 相も変わらずの自堕落生活だが、本人は至って悪気はない。むしろお金があるからこんなにも愉悦な一時を過ごせてしまうのだ。そのお金を無くせるものなら無くしてみろ、と罰当たりな事を思ってしまう。

(夕方まで寝よ……)

 そんなことを考えつつ布団を頭まですっぽり覆いかぶさり、

 

 ドンドン! と、ドアから大きな音が聞こえてきた。

 

「カズマ! 今日は最高に良い天気ですよ! こんな日は爆裂するに限ります! さぁ、爆裂散歩に行きますよ!」

(うわぁ)

 朝から大きな音と女性特有の甲高いめぐみんの声に頭痛を感じたカズマは嫌悪感を表情から醸し出した。

 今日はもう睡眠モードに突入してしまったのだ。このまま寝たふりをするのもやぶさかではないが、めぐみんのことだ。無理矢理布団を引き剥がし、連れて行こうとするだろう。

(んなの真っ平ごめんだっつーの)

 カズマはベッドから起き上がり、素早くベッドの下に潜り込んだ。瞬間、ドアが勢いよく開かれ、めぐみんは堂々と部屋に入り込んできた。

「寝たふりをしても無駄ですよ、カズマ! ゆんゆん程度では、我が爆裂魔法の素晴らしさをわかってくれないのです! ここは爆裂ソムリエであるカズマに――あ、あれ?」

 ベッドの上がもぬけの殻だということに気付いたのだろう。素っ頓狂な声をあげ、カズマの今の目線は足元だけだが、それでも戸惑っていることがわかる。

「むぅ……既に起きていたのですか……でもリビングに顔を出していないという事は……どこかに出かけたんですかね」

(良いぞ良いぞ、そのまま帰るんだ……!)

 今すぐ部屋を出ていけばこっちのもの。素早くベッドという自分の居場所に帰り、暖かい温もりを感じながら眠る。そんな麻薬にも似た快楽を味会わなけばならないのだ。目をギラギラさせつつ、めぐみんの行動を凝視する。足元しか見えないが。

「全く、たまには付き合ってくれても良いじゃありませんか……まぁ、私自身もゆんゆんとかダクネスと一緒に出掛けて、カズマに構えなかったのは悪いとは思ってますが……」

(そういうの良いから早く出てけーー!!)

 勝手に一人語りを始めるめぐみんに、カズマの渾身の心のツッコミが入る。当然彼女自身には伝わらない。

 めぐみんは溜め息を吐きつつ、ベッドの縁に腰かけてしまう。これではどんな動きを見せるのか皆目見当がつかない。

(どうしたもんかな、これ。いっそ音出してビビらせてやろうか)

 そんなことを考えつつ、めぐみんの足に自然と目を向けてしまう。その足は、何故かモジモジと何かを我慢しているかのように動いていた。彼女の不自然なまでの挙動不審に違和感を覚える。

(……ま、まさか、ついに我慢できなくてここで爆裂を……?!)

 肝が冷えるような感覚をするが、いつもの魔力を練るかのような感覚が伝わらず、杞憂に終わる。

 ならばなぜあんなにも落ち着きがないのかを考えていると、めぐみんはモゾモゾと体を動かし、何かを手に取ったのか膝に物を置いたようだ。

 謎の行動をする彼女が気になってしまい、見えないが目を凝視しつつ聞き耳を立てる。

「……本当に誰も見てませんよね?」

(見てません)

 嘘をついてはいるのだが、あながち間違ってもいない。

「カズマの枕……ま、まだ洗ってませんよね? ベッドも全然片づけてなかったですし……」

(……ん? あれ?)

 この状況は、ひょっとしなくてもマズいのではと、カズマの第六感が告げていた。

 その予感は見事に的中する。

 

「もがっ……スンスン……カズマの匂いがします……」

 

(ちょいちょいちょーーいぃ!!!)

 めぐみんの思わぬ行動に頭の中で叫んでしまった。

 自分はラノベやエロ同人誌の主人公でもなんでもない。彼女の行動がどういった行動なのか、今の言動で瞬時に理解できた。

 おそらく彼女はカズマの枕に顔を埋め、その匂いを嗅いで堪能しているのだろう。

 嬉しいような恥ずかしいようなよく分からない感覚に、カズマは顔を赤くしつつも混乱していた。

(何で?! ホワイ?! 何でそんな奇特な行動してんだ、めぐみーん!!)

 爆裂と紅魔族特有の中二病以外は比較的常識人枠であるはずのめぐみんの価値観が一気に入れ替わった瞬間だった。

「ふむふむ……やはりおんぶされてる時よりも匂いがだいぶキツイですね……まぁ、一日の約四分の一は枕に頭を乗せる訳ですから、仕方がないとはいえ仕方がないですね……スンスン……しかし何でしょうか……とても汗臭いのに、カズマのだって考えるとずっと嗅いでいたいような……スンスン……えぇ、仕方がないのです。これは仕方がない行為です。周りには意味がないと言われようとも、私にとっては意味のある行為なのですから……スンスンスンスン」

(やめてぇーー!! 思った以上に恥ずかしいからやめてくれぇえええ!!)

 心で叫びつつ、意味もなく両手で顔を隠すカズマ。

 やがて満足したのか、枕を置く音が聞こえる。満足したのか息を長く吐いた。

「ふぅ……まぁ、やっぱり臭いので後で洗濯しましょう」

(や、やっと帰るか……)

 ようやくこの苦しみから解放されると安堵したところで、

 

 ベッドから『ドサッ』と鈍い音が聞こえる。

 

(気付かれたか?!)

 再び肝を冷やしたが、そうではないらしい。視線の先にあっためぐみんの足が見えないことから、彼女がカズマのベッドにダイブしたのだろうと解釈する。

「えへへ……かじゅまぁ~……」

 想像だが、今めぐみんはカズマが寝ていたのであろうベッドのシーツに体を包み込み、だらしなくなるほどの笑顔でカズマの匂いを堪能しているのだろう。それを考えると、カズマは顔が沸騰しそうになるほどに熱くなるのを感じていた。

「好きです……好きですよ、かじゅまぁ~……えへへ」

(ちっくしょう、いつも以上に可愛いなぁ、おい! ありがとう、そしてふざけんな! くっそ、今すぐ抱きしめてやりたいけど、んな度胸あるかよ! もうお前は魔性の女確定だ! っていうかこんな状態じゃあまた据え膳かよ、ちくしょぉおおお!!!)

 体をバタバタさせたいのだが、ここで隠れているのがバレてしまえば、恐らく恥ずかしさのあまり爆裂魔法をぶっ放す可能性がある。それだけはなんとしても避けたいという理性が、まだ残っていたのだ。

「……こんな姿見られたらドン引きですかね……」

(思いっきり抱きしめたいです)

「……名残惜しいですが、仕方ありません。シーツだけ取って洗濯しておきましょう」

 ゴソゴソとベッドの上からめぐみんが動いているのがわかる。ようやくこの苦しみから解放されるのかと思い、安堵していると――

「あっ!」

 ふと、めぐみんから焦りの声が聞こえた。瞬間、彼女が床に落ちてきた。おそらくシーツか何かを踏みつけてしまい、ベッドから落ちてきたのだろう。一瞬肝が冷えたが、頭から落ちた訳ではないので安心――できなかった。

「いたた……私としたことが――えっ?」

 

 めぐみんの目線の先には、ベッドの下に隠れているカズマがいた。

 

 紅い目をパチクリとさせ、時間がまるで停止したような状態が続いたが、めぐみんの顔が徐々に赤くなっていく。しまいにはリスの頬袋のように頬を膨らませ、怒りと羞恥が混ざったかのような表情をカズマに向けていた。

 カズマは顔を引きつらせつつ、こう呟いた。

 

「まぁ、その……あれだ。ご、ご馳走様でし……た?」

 

 カズマの顔にめぐみんの足がめり込んだのは言うまでもない。

 その後、めぐみんの命令という名の脅迫により、一か月の間は爆裂散歩に無理矢理付き合わされた上にアクセルの有名な店にある一番高いパフェを奢らされるハメになった。



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極稀にカッコいいあの人

はい、ヒザクラです。いつもより長めな文章なのに内容は超絶薄くて申し訳ないです。そろそろマジでネタ尽きそうです。頑張れ、俺。
あと、ちょっと別件で更新ペースが遅くなると思われます。まぁ気分転換に書くとは思いますので、そこら辺は適当ですね、はい。

今度はカズめぐ以外にもちょっとした団欒話とか書きたいですね。ハチャメチャなお話とか。

ではでは~


「カズマさんて顔は三流だけど、まだカッコいい方だと思うんですよ! あの、彼女いないなら立候補で私も視野に入れてくれませんか?」

「顔は三流とかいうブラコンにはもったいないわよ。ここは、紅魔族でももっとも常識人な私と付き合うべきだと思うんですよ! カズマさんってお金もあるし、めちゃくちゃ優しいし!」

「……えっと」

 佐藤和馬は困惑していた。現在めぐみんたっての希望で紅魔の里に里帰りしていたのだが、この状況は一体どういうことなのだろうか。

 現在、紅魔族随一の居酒屋に来ており、カズマはめぐみんとゆんゆんのかつての同級生、ふにふらとどどんこに両サイドから好意をぶつけられていた。いわゆる両手に花というやつである。

 紅魔族の女性は比較的に美人が多い。めぐみんの同級生なので彼女達の年齢もおそらく14歳なのだろうが、彼女達も顔立ちは整っている方だ。男としては現在この状況は他者から見れば羨ましい光景だろう。

 

 ただし、めぐみんがカズマを殺意の目で見ていなければ、の話だが。

 

 紅魔族特有の、気分が高まると目が紅く光っている状態で睨みつけられている。両サイドからの適度に育ち始めている肉体がこれでもかと言わんばかりに押し付けられ、その柔らかい感触は大変心地良いのだが、その心地良さがどうでもよくなる程にめぐみんの視線がとてつもなかった。これからは秋の季節でのどかな気候のはずなのに、冷や汗が背中から流れてくるのでとても肌寒い。

 やがてふにふらと呼ばれている女の子がめぐみんの視線に気付き、

「あれ? めぐみんまだいたんだー。今カズマさんと大事な話してるから、できれば出て行ってほしいなー」

「そうそう。私達の命の恩人だしさ、お礼とかしたいんだよねー。色々と」

「えっ」

 言いつつ更に体を密着させてくる二人に、いつものカズマであれば容易くあの手この手で回避することはできただろう。

 ただし、先程以上に殺気を漂わせるめぐみんがいなければ、の話だが。

(……ど、どうしてこんなことになっちまったんだ……)

 

――――

 

 遡ること半日前、カズマとめぐみんはアクセルのテレポート屋に来ていた。

「すいません、カズマ。急に付き合わせてもらって……」

「気にすんなって。まぁ、正直言えば家でゴロゴロしたかったし、ギルドの受付嬢さんのところに行って胸とかガン見したかったけどいたたたたたあああ!! アイアンクローはやめぇえええええ!!」

 アークウィザードであるにも関わらず、レベル差があるとはいえ腕力はめぐみんの方が圧倒的に上である。見事に片手で決めている姿を、テレポート屋の店員はドン引きしていた。

「全く、今日は一応私にとっての大事な日にもなるのですから、そういう戯言はやめてください。胸なら……わ、私のを見れば良いんですから」

「ぺっ」

「あっ!」

 唾を吐き捨てるカズマにめぐみんの紅い目が攻撃色になるが、さすがにこれ以上時間を無駄にするわけにもいかない。

 カズマは溜め息を吐いて、

「わかってるって。ウォルバクが封印されてた場所に行くんだろ?」

「……はい」

 ウォルバク。魔王軍幹部の一人でもあり、怠惰と暴虐を司る女神とも言われ、めぐみんに爆裂魔法を教えた張本人。いや、恩人でもあり師匠とも言えるべき存在。

 めぐみんの目標でもあったその人物を、教えてもらった爆裂魔法で葬ったと思われる。少し曖昧な表現だが、いくら爆裂魔法とはいえ何かしらの痕跡は残るはずなのだが、ウォルバクの痕跡は一切見つからなかった。

 生きているのか死んでいるのかわからないが、それでもめぐみんはウォルバクを――恩人でもあり師匠でもあるその人に尊敬の意を込めて、墓参りにもにた行為をしようとカズマに相談してきたのだ。

 カズマ自身もウォルバクに関しては思うところもあったため、快く承諾。ダクネスとアクアは外せない用事があるため、今回は共に行くことはできない。ダクネスがアクアを引っ張りながらギルドに向かって行ったような気がしたが、カズマは何も見ないようにしておいた。

「んじゃ、紅魔の里までテレポート頼むよ」

「あいよ」

 お金を支払い、魔法陣の上に二人は立つ。店員はテレポートの呪文を唱え、カズマ達の視界がグニャリと捻じ曲がるがすぐに元通りになる。周囲を見渡すと、見覚えのある場所が幾つもある。それを見て、紅魔の里だというのはすぐに気づいた。

「さて、行きましょうか……?」

 めぐみんが先頭切って歩き始めようとして、立ち止まる。

「どうした?」

「いえ、なんか里のの様子が……」

 言われ、周りを観察する。前は急な来客に慌てて里の雰囲気を変えようとバタバタしていたのだが、今回はそれとはまた別の意味で慌てふためいているように見える。

「おお、めぐみん!」

 背後から声が聞こえ振り向くと、声を掛けてきたのは靴屋のせがれ兼ニートのぶっころりーだった。どこか青ざめた様子だ。

「急にどうしたのですか? まさかそけっとにセクハラでもして、鬼の形相で追われてるからかくまってくれとでも言うんですか? 自業自得なので諦めてください」

「違うから! 確かに昨日、尻とか触りたいなーとか思ったけど、んな自殺行為するわけないから!」

「そうだよな。触るなら胸だよな」

「わかってくれるか!」

「わからなくても良いです! なんなんですか、そんなに胸が大きい人が好きなんですか?! 私の胸に文句があるなら聞こうじゃないか!」

「おい、目光らせんな! ってか、こんなバカなことやってる場合でもないんだ! 二人とも、ふにふらとどどんこ見なかったか?!」

 ぶっころりーに言われるが、二人は首を傾げることしかできなかった。

「知りませんよ。大体私達も今来たばかりですし」

「何かあったのか?」

「そ、そうか……実は森の方で奇妙なキマイラが現れるようになってな……」

 キマイラ。ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ合成モンスターの一体で、知能も高く極めて危険なモンスターの一体。かつてカズマ達も討伐したことがあるが、かなり苦戦を強いられた強敵でもある。

 そんなキマイラが村の近くに出没するとは、考えただけでカズマは悪寒が走る。

「我々紅魔族ならキマイラなぞ簡単に真っ二つか黒焦げでしょう。何をそんな……」

「それが、そのキマイラ……魔法が効かないんだよ」

「……はい?」

「いや、正確には魔法を喰らってるって言った方がいいんかな……とにかく、俺達でも手が負えないやつなんだよ」

 紅魔族の魔法が効かないとなると、そのモンスターは今まで以上に危険な存在なのだろう。クーロンズヒュドラと同等と考えるべきか。

「それで紅魔族のみんながこんなに慌ててるのか?」

「いや、それとは別件なんだ……実は、ふにふらとどどんこが里のどこにもいなくて……」

 ピクリと、めぐみんの眉が静かに動く。カズマも嫌な気配を察知し、嫌悪感を顔に出してしまう。

 そんなことにも気づかずにぶっころりーは更に続ける。

「昨日二人が新しい魔法を習得したって喜んでいた矢先にこの騒ぎだ。もしかしたら、あの二人は変なキマイラのところに……!」

 顔を青ざめるぶっころりー。紅魔族特有の中二発言ができていないところを見ると、相当に焦っているというのが伝わる。

「……カズマ」

「やだ」

「ま、まだ何も言ってないじゃありませんか!」

「いや、絶対探すの協力しろーとか、ついでにそのキマイラ倒してくれって言うんだろ? 俺にはわかる。大丈夫さ、あの二人も紅魔族なんだろ? キマイラなんてちょちょいのちょいさ」

「話聞いてましたか?! 魔法効かないんですってば!」

「気合があれば人間なんでもできるさ。さ、早くお参りして帰ろうぜ」

 カズマの無慈悲さにさすがのぶっころりーも唖然としていた。

 カズマは自分さえ無事ならば後はどうでも良いのだ。安寧の日々をただむさぼって行く日々を送りたいのに、何故わざわざ死地に自ら向かわねばならないのか。あのカツラギだかなんだかを呼べば一瞬で済むだろうに。

 そんなことを考えながら踵を返し、歩き始める。

「……そうですか。貴方はそういう態度を取るのですね?」

「……な、なんだよ」

 カズマの歩が止まる。

「ふにふらとどどんこは確かに性根が腐っているところもあるどうしようもない二人ですが、あれでも一応私の同級生でもあり、ゆんゆんの友人です。私は二人を探しに行きます」

「お、お前正気か? 相手は魔法が効かないキマイラだぞ? お前の爆裂魔法も通じるかどうか……」

「ふにふらとどどんこさえ見つければ、キマイラは放置しても大丈夫でしょう。ただ、万が一のこともありますし、森にはキマイラ以外にも危険なモンスターが蔓延っています」

 めぐみんはカズマに背中を向け、

「それでも、私は探しに行きます。放っておけば、どこぞの鬼畜みたいに人間の心を捨ててしまうことになるでしょうから」

「……」

「でも――」

 めぐみんは歩き始めつつ、言う。

 

「私の大好きな人は、仲間を、仲間の友人を見捨てるような人じゃないって信じていますから」

 

 だんだんと距離が大きくなる。

 相手は魔法が効かないキマイラ。正直勝ち目はほぼないと思っていいだろう。

 それでも彼女の歩は止まらない。

 言い出したら聞かない爆裂娘を見て、

「あああああああああああ!! くそったれぇええええ!!」

 頭をがしがしと掻き毟りながら叫ぶ。近くで呆気に取られていたぶっころりーは、カズマの叫びにビクッと震える。

(勝ち目ないのに自分から突っ込むとか、バカなのかよお前は!! 何が仲間を見捨てるような奴じゃないだ!! んなもん自分が一番良く分かってるっつーの!!!)

 頭で叫びながら、大股で歩き始めた。

 めぐみんの元に。

 命を自ら投げ捨てるように進む彼女の事を放っておけない。そんな気持ちでいっぱいだった。

 お互い様、という奴だ。

 

「しょうがねぇなぁあああああ!!」

 

 カズマがそう叫ぶと、めぐみんは振り返る。満面の笑顔で。

 

――――

 

「問題なのは、そのキマイラがどこにいるか、ですが……」

「できることなら先に二人が見つかればいいんだがな……」

 小声で二人は森の奥を、カズマの潜伏スキルを使いながら進む。めぐみんはカズマの手を握っている。潜伏スキルは使用者の体のどこを触っても発動するようになっている。手を繋いでおけば、、強力なモンスターが蔓延る紅魔の森でもすぐに身を隠せることができるとめぐみんが提案し、実行している。実際、一撃熊とかファイアードレイク等と出くわしても、お互いに手を引っ張りながら木や雑草の中に瞬時に隠れて見過ごすこともできている。

 なのでこれは仕方がないことだ。決してめぐみんと手を繋いでドギマギしている訳ではない。めぐみんの頬も若干赤くなっている気もするのだが、本当に些細なことなので気のせいという可能性も否めない。

 カズマは敵感知スキルで周囲を警戒する。

「……今んところ敵感知に反応なし、か」

「それならそれで好都合です。なるべく早くゆっくり探しましょう」

「そうだな……えっ」

「えっ?」

「今お前、早くゆっくり探そうって」

「言ってません」

「いやだって……すいません、空耳でした。だから手強く握るのやめろ! なんかミシミシ言ってるんですけど!!」

「大きな声出さないでください! モンスターに気づかれますよ!」

 思わず口を手で塞ぎ、めぐみんを引っ張りつつ木の陰に隠れる。横目で奥を見ると、サンダードレイクが鼻をピクピクと痙攣させながら周囲を見渡していた。先ほどのバカなやり取りをした際の声に気付いてしまったのかもしれない。

 カズマは細心の注意をしつつめぐみんを見て――時が止まる。

 めぐみんを引っ張ったのは覚えていた。だがそこから何故、こんな状態になっているのかがわからなかった。

 めぐみんと正面から抱き合い、手を繋いでいたはずの手はめぐみんの腰に添えており、傍から見ると確実に抱き寄せていると思われるだろう。一方のめぐみんもされるがままで、両腕をカズマの背中に回しつつ両頬を真っ赤にしながら上目遣いでカズマを睨み付けていた。

「ち、違うから! これは事故だから!」

「わかってます! わかってますから声を抑えてください!」

 もう一度横目で確認するが、サンダードレイクは既にいなくなっていた。ホッと胸を撫で下ろし、めぐみんを解放する。彼女は睨み付けたまま、しかしどこか名残惜しそうに再びカズマの手を繋ぐ。

「セクハラされましたが、何か言うことはありますか?」

「めっちゃ柔らかくていい匂いが……ごめんなさい、ホントそんな目で見るのやめてくれますか」

 いよいよ侮蔑の目で睨まれたので即座に弁解する。

 その時だった。

 

 森の奥から轟音が鳴り響いたのは。

 

「ちょ、何だこの音?!」

「魔法っぽかったですね……行きましょう!」

 正直言うと行きたくはないのだが、めぐみんの方が腕力があるので無理にでも行くしかないことを悟る。

 念のため敵感知スキルを発動する。すると、敵意剥き出しの気配が丁度走る方向の先で引っかかったのを確認できた。キマイラかどうかはわからないが、行ってみなければわからないだろう。

 無防備のまま走り出したため潜伏スキルは最早意味をなしていないが、どうやらあちこちにいるモンスターも逃げまどっているようにも見える。それほどまでに凄まじい何かが存在するのだろうか。

 ある程度まで進むと、だいぶ開けた場所へと足を踏み入れた。地面のあちこちには小さなクレーターができており、凄まじい戦闘がこの場で行われたというのが理解できた。

 問題なのは、カズマ達の目線の先。

 前に対峙したキマイラよりも、ひと際大きいキマイラが、二人の少女相手に睨み付けていた。

「か、『カースド・ライトニング』!!」

 ツインテールで紅魔族特有のローブを羽織る少女が、手の平から黒い電撃を放つ。普通のモンスターであれば、あの魔法だけで黒焦げになってしまうだろう。それはキマイラとて同じはず。致命傷とまではいかないが、ある程度のダメージは与えることはできるはず。

 しかし、キマイラはニタリと笑う。

 瞬間、キマイラは口を大きく開き――黒い電撃を食す。

 口に収まらなかった余波は地面を伝い、小さく抉れる。

 キマイラはゲップをしつつ、

「おいおい、こんなもんかよ。もうちょい威力上げてくれると助かるぜ?」

「う、嘘……」

 それは、絶望を垣間見るには十分な光景だった。

 そもそも、魔法を喰らうモンスターなど聞いた事は無い。吸収や魔法が効きにくいのならまだわかるが、その常識が一気に崩れ去った瞬間でもある。

 カズマは生唾を飲み込み、

「よし、帰ろう」

「駄目ですよ、諦めないでください! あそこにいる二人がふにふらとどどんこです、早く助けましょう!」

 キマイラに気付かれないように雑草の中に隠れ、潜伏を使いながらめぐみんは怒る。

「いや、今回マジで無理だって。なんだよ、あれ。元々強いキマイラに更にあんな能力加わったら勝てる気もしねぇよ。大丈夫、お前の友達は星となってお前をいつまでも見守ってくれる筈さ……」

「勝手に殺さないでください! ああ、もう……ここに来る前の決断はすごくカッコよかったのに……」

 めぐみんは頭を抱えるが、今回ばかりはさすがに無理だろう。そもそもアクアもこの場にいないのだ。死んでしまえばもう二度と生き返れないだろう。

 ふと、ふにふらとどどんこを見る。小声で何か会話をしていたため、読唇術を使う。

『そ、そんな……私の新しい魔法も効かないなんて……』

『だから言ったじゃない! 試し打ちはもっと弱い相手にしようって! いくら里のみんなが困ってるからって、これはないでしょ!!』

 全くもってその通りである。

『うぅ、こんなお姉ちゃんでごめんね……』

『こんなところで死にたくないよぉ……』

「……」

 ついに泣き始めた二人に、カズマは軽く溜め息を吐く。

「めぐみん」

「……何ですか?」

「あのキマイラに爆裂魔法、打ち込めるか?」

「えっ?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまったが、カズマの目を見て気付く。

 それは、決意の目。

 幾度となく魔王軍の幹部を退け、そして仲間がピンチになると見せるその勇ましい顔に、めぐみんは柔らかく微笑んだ。そして、キマイラと二人の距離を計算する。

「……あのままだと二人も巻き込んでしまいます。カズマ、なんとかキマイラから距離を離せませんかね?」

 めぐみんに言われ、思案する。確かにこのままでは二人も巻き込まれる可能性がある。となれば、囮役が必要となるだろう。めぐみんを隠しつつ、ふにふらとどどんこが巻き込まれない位置までキマイラを移動させる必要がある。もちん、囮役も爆裂魔法に引っかからないようにしなければならない。

 当然、囮役はカズマだ。

「めぐみん。俺が奴をなんとかして引き付けるから、お前はいつでも爆裂魔法を撃てる準備をしておいてくれ」

「わかりました……信じていますからね」

 めぐみんの心配そうな、しかし力強い言葉に、カズマはフッと軽く微笑んでから雑草を出る。前に進み、今にも二人に襲い掛からんとするキマイラを見据える。

 そして、大きく息を吸い込んで――叫んだ。

「おぉーーい!! そこのロリコンキマイラぁああ!!」

「あぁん?」

 二人と一匹は声の主、カズマへと顔を向ける。

「あ、めぐみんの男だ!!」

「ホントだ! っていうかなんでロリコンキマイラ?!」

「知らないのか? 俺の国じゃあ14で手を出す奴はロリコンって呼ばれるんだぞ」

 自信満々に宣言するが、背後にいるめぐみんから殺気を感じる。冷や汗が流れるが、キマイラ自体は小馬鹿にするかのように鼻で笑う。

「人間の生殖の問題か? はっ、こんな小娘に発情するなら、確かに終わってんな。だが安心しろ、俺は同族なら欲情するかもしれんが、おあいにく人間は食欲の方が沸いちまうからな」

 舌なめずりをするキマイラに、少女二人の顔はすっかり怯え震えていた。だが、カズマは臆することなく更に一歩前へ踏み出す。

「まぁ、待てよ。お前の噂は紅魔の里の連中から聞いている。なんでも魔法は一切効かないらしいな」

「小細工なんざ通用しねぇぞ。回りくどいやり方するくらいなら、いっそ腹ン中にあるもん吐き出しちまえよ」

 さすがに知能のあるモンスターだ。カズマの作戦自体筒抜けなのかもしれない。

 だが、カズマは更に続けて告げる。

「なるほど。確かに時間稼ぎもできなさそうだ。じゃあ、単刀直入に言う。俺と取引をしないか?」

 言いつつ、手を握りしめつつ小声で『クリエイト・アース』を唱え、土を集める。カズマお得意の目くらまし作戦だ。

「取引だぁ?」

「ああ。あんたが何でこんなところにいるのか知らないけど、そんなにエサが欲しいなら、もっと良いところ紹介してやるよ」

「ほう。確かに、紅魔族の連中はテレポートなんざ使うから、食べるに食べれない状態だったがな。最後に食べたのは、其処ら辺に落ちてたクッキーっていう食い物だったか? 正直あれだけじゃあ腹の足しにもならなかったぜ」

「……クッキー?」

 何故こんな辺鄙なところにクッキーが落ちていたのか疑問に思ったが、今はそれどころではない。今はあの二人をこの場から離れさせるのが先だ。

「だがお前さん、俺は人間じゃなきゃ満足できないぜ? なんだったら、その美味しい話は、そこの紅魔族を食ってからでも問題ねぇよなぁ?」

「「ひぃ!!」」

 紅魔族の二人は互いに抱きしめ合い、恐怖の表情でキマイラを見つめる。恐怖するのも無理はないだろう。自分よりも、しかも普通のキマイラよりも大きな個体だ。存在が大きいものほど恐怖もより大きなものとなる。

 実際、カズマも少しだけ震えている。

 この交渉が成功しなければ、あの二人だけでなく自分も食われてしまうだろう。隠れているめぐみんもそうだ。

 だから、ここで折れる訳にはいかない。

「――なら、まずは俺を食え」

「……なんだと?」

 キマイラは疑問の眼差しでカズマを見据える。

「取引って言ったろ? この場でその二人を食うなら、俺が言った穴場は教えない。ただし、その二人になにもしないって言うなら、俺がその穴場を教えて先に食われてやる。そいつでどうだ?」

 一瞬の静寂が流れる。

 おそらくめぐみんも驚愕の表情でカズマを見ていることだろう。

 だが、あくまでも食われる気は毛頭ない。

 そのまま奴が応じてくれれば、活路を見出せる。

 次第に、キマイラはニタリと笑い、

「はっ、良いだろう。これでも俺はグルメだからな。こんな細すぎる人間なんざ食っても、満足できねぇからな」

「そうか。んじゃ、交渉は成立だ」

「ちょ、待ってよ! それでいいの?!」

 ツインテールをした娘、どどんこが叫ぶが、カズマは真っ直ぐとキマイラを見据えて離さない。

 カズマは、ゆっくりとキマイラに近づく。

「なに、この里を下りた先にはアルカンレティアっていう観光名所があるんだ。観光客もいっぱいだろうから、人間食い放題だろうぜ」

「ほう、それは良いことを聞いたな。そいじゃあ、遠慮なく――」

 キマイラはギラリと眼光を輝かせ――地を蹴る。

「テメェを食って、そこにいる紅魔族も食った後にその街でもたくさん食ってやるよぉ!!」

 とてつもないスピードで接近する。普通の人間ならばまず反応はほぼ不可能だろう。

 だが、この突進こそがカズマ自身が狙っていた作戦だ。

「『ウィンド・ブレス』!」

「?!」

 カズマは手に持っていた土を風に乗せて勢いよく飛ばす。キマイラは目に土が入り、減速し動きが止まる。

「て、テメェ!!」

「だーっはっはっは!! 騙される方が悪いんだよ!!」

 最早どちらが悪人なのかわからなくなるほどのゲスイ笑みを浮かべつつ、カズマはふにふらとどどんこまで駆け寄る。

「おい、動けるか?!」

「ちょ、ちょっと無理かも……」

「マジかよ……」

 カズマは腰が抜けている二人を小脇に抱えてこの場から離れようとする。チラリとめぐみんを見るが、まだ自分たちが射程圏内なのか、まだ撃てずにカズマ達を心配そうにこちらを見ていた。

「くっそ、早く離れねぇと……!!」

「ちっ、小癪な真似しやがって!」

 ようやく視界が良好になってしまったのか、キマイラはキョロキョロと辺りを見回し、カズマ達を探していた。

(くっそ、間に合えよ……!!)

「カズマ、そこで大丈夫です!!」

 めぐみんの声が聞こえる。彼女の方に目線を向けると、既にその紅い双眸は煌々としていた。撃つ準備は万端なのだろう。

 あのキマイラは確かに魔法を喰らっていた。だが、もし口に含み切れないほどの魔法だったらどうなるか。

 奴は魔法が効かないというならば、めぐみんの放つ最強にして最高のネタ魔法でも死なないと言えるだろう。ただし、そんなネタ魔法とも呼ばれている爆裂魔法は、とてもじゃないが口にも含みきれない程の巨大な魔法だ。

 頼みの綱のようなものだが、今はこれが通用しますようにと願うしかない。そう思ってめぐみんに支持を出そうとして、

「そこか、クソ人間がぁああああ!!」

 キマイラの蛇が、カズマ目掛けて伸びていく。その驚異的な速さにめぐみんも爆裂魔法を撃つのを一瞬躊躇ってしまった。ふにふらとどどんこもその蛇に呆気に取られていた。

「っ、くそったれぇえええ!!」

 

 カズマはふにふらとどどんこをなるべく後ろに放り投げる。

 瞬間、カズマの肩に蛇が噛みついてきた。

 

「がぁああ!!」

「がははは!! 今すぐ引きずり込んで――」

「ぐっ……めぐみーん!!」

 カズマが叫んだ瞬間、周囲の気配が様変わりするのを、キマイラは感じた。

 そして、振り向いてしまった。

 その紅い双眸は先ほどよりも輝き、怒りの眼でキマイラを見据える紅魔族の少女に、怯んでしまった。生まれて初めて、恐怖を感じてしまった。

「……カズマを傷つけましたね」

「ヒッ?!」

「覚悟はできていますか?」

 キマイラの足元に魔法陣が浮かび上がる。強力な魔法だと気付いたのか、口を開け閉めするもどうすれば良いのか困惑しているといった様子だった。

「――喰えるものなら、喰ってみなさい。我が怒りの爆裂魔法を……!!」

 魔法の収束が始まる。キマイラはようやく身を地面から離したが、もう遅かった。

 めぐみんの、渾身の魔法が解き放たれる。

 

「――『エクスプロージョン』!!」

 

――――

 

 結果、キマイラは爆裂魔法によって霧散した。ケガも大事になるほどのものでもなく、めぐみんを背負いつつふにふらとどどんこを連れてようやく紅魔の里に戻ってきたのが、今から二時間前。ケガの治療も終わり、ようやく当初の目的を果たそうとめぐみんと話をしていたのだが、そこへふにふらとどどんこがお礼をしたいとカズマ達に話しかけ、居酒屋で軽く食事をしていたのだが。

 いかんせん、ふにふらとどどんこがカズマにぴったりとくっつきながら話をしてくるのだ。命の恩人だからもっと話がしたい、と言うのだから最初こそ気を許してしまったものの、めぐみんの漏れ出る殺気に気が付いてしまい、すっかり萎縮してしまったのだ。

 そして冒頭に至る、という訳だ。

 ふにふらとどどんこはめぐみんをまるで敵でも見るかのように鋭い視線を向けている。

(いや、確かに俺もこいつら助けるために必死になってたかもしんないけど、トドメ刺したのめぐみんなんだけどなぁ……)

 そう口に出したかったが、この一触即発なムードに余計な事を言えばどんな飛び火がかかるかわかったものではない。かといってこのまま成り行きを見守るのもカズマ自身の精神力も持ちそうにない。

 めぐみんはちびちびとジュースを飲みつつ、答える。

「別にその男がちやほやされようが私には一切関係ありません、ええ。カズマの機転が無ければ間違いなく貴方たちはキマイラに食われていたことでしょうね。なのでその男に色目を使おうが何しようが私には一切の権限はありませんので、どうぞお好きに」

 ドスの効いた声色にカズマは思わず身震いする。流石のふにふらとどどんこもめぐみんの恐ろしさを知っているのか、彼女の静かな怒りに恐怖し、少しだけカズマから距離を離した。

「あ、アンタも素直じゃないわねー……カズマさん取られたくないんだったら初めからそう言えば良いのに……」

「おや、弟に性的興奮をしてしまう貴方に言われたくありませんね。早く素直になったらどうですか?」

「待って。一回ちゃんと私との人間関係について話し合わない?」

「さて、そろそろお開きにしましょうか」

「無視?!」

 めぐみんが席を立つ。カズマも慌てて立つが、二人が不満の声を出した。

「えー。もうちょっと話ませんか?」

「そうですよ、めぐみんなら一人でも大丈夫でしょ? 学校にいた時も大体そんな感じだったし」

 言われ、めぐみんは眉間に皺を寄せる。更に不機嫌になったのだろうが、事実でもあるのか言い返さない。

 だが、当初の目的はめぐみんと共にウォルバクの手向けをすること。

 今日はめぐみんと付き合う約束をしているのだ。色々と災難はあったが、これ以上彼女の機嫌を損ねる訳にもいかない。

「悪いけど、今日は本当はめぐみんの用事に付き合うつもりでここに来たんだ。また改めて礼でもなんでもしてくれ」

「おや、鼻の下を伸ばしている人間の台詞とは思えませんね」

「いい加減機嫌直せよ……ほら、行くぞ」

 カズマが先行して居酒屋を後にし、めぐみんも続く。後方からブーイングっぽい声が聞こえるが、聞こえないフリをしておく。

(めぐみん怒ってんのに、よくやるなぁあの二人)

 同級生だから、というのもあるだろう。めぐみんも確かに不機嫌だが、本気で怒っている訳でもないというのも雰囲気で伝わってくる。久しぶりに同郷と会えたのだ。少しはあんな言い合いができたのも嬉しいと思ったのだろう。

 そう思いながら二人は歩くも、何故か沈黙状態に陥っていた。

 カズマはチラリとめぐみんを確認する。俯きながら歩いており、表情は見えないがまだ機嫌を直していない、といったところだろう。

(……いつもなら軽口叩いて仲直りっていきたいところだけど……どうすっかなー……)

 カズマは頭を乱雑に掻く。機嫌の悪くなったとしても、めぐみんの場合は大抵はすぐにくだらない会話で良くなるものだが、今回はそういう訳にもいかないらしい。

 どうすれば良いのかと考えに考えて、ふと自分の手に違和感を感じた。

 

 横に振り向くと、いつの間にか隣に立っていためぐみんが、カズマの手を握りしめていた。

 

「うぇ?!」

 大胆な行動に素っ頓狂な声を出してしまう。同時に、森にいた時の事を思い出してしまい、頬が熱くなってしまう。

 ドギマギしながらも平静を保ちつつされるがままのカズマに、めぐみんは口を開く。

「……他の女の子にチヤホヤされて、嬉しかったですか?」

「え?」

「……いえ、あのブラコンと存在感の無い二人に言い寄られていて、少しだけ……そう、ほんの少しだけ……妬いちゃっただけですから……」

 言いつつ、頬を赤らめつつそっぽを向くめぐみんに、カズマは思わず心臓が高鳴ってしまう。

(めぐみんが可愛い……だと?! いや、こいつは俺に好意をぶつけるような奴だ。これも戦略の一つに違いない……俺を陥れるための作戦に違いないんだ……!!)

「おや、照れてるんですか? 全く、私はこんなにも怒っているのに……仕方がありませんね。可愛いカズマに免じて、許してあげます」

 軽く微笑むめぐみんに、またしてもしてやられてしまう。行き場のないこの羞恥はどうしようかと考え、握りしめているめぐみんの手に力を込める。彼女もまたお返しと言わんばかりに強く握り返す。

 傍から見ると恋人同士にも見える関係っぽいが、めぐみん自体が肉体的にも妹にしか見えていないだろうと自負し、思わず微笑んでしまった。

 やがてウォルバクが封印されていた場所まで辿り着く。花もなにも持ってきてはいないが、もしかしたらまだあの人は生きているかもしれない。そう思って、花とか供え物等は持ってきていない。

 めぐみんは名残惜しそうにカズマの手を離し、ウォルバクが封印されていた場所まで歩き、しゃがんでから手を合わせる。

 日本にいた頃と変わらない伝統的なやり方だ。たったそれだけなのに、その仕草を見ただけで少し感動してしまっている自分がいる。

 カズマはめぐみんの後ろ隣りに立つ。祈りはせず、ただめぐみんとウォルバクが封印されていた場所を、ジッと眺めていた。

「――私は、恨まれるでしょうか」

 めぐみんがボソリと呟いた。

 ウォルバクはめぐみんの爆裂魔法によって消滅したかもしれない。

 曖昧とはいえ、憧れでもあった人物に手を掛けてしまったのだ。後悔していない訳もないだろう。

 その小さな背中に重い罪を背負っているかもしれない。だからこそ、めぐみんはカズマを頼ってそんなことを聞いてきたのだろう。

 カズマは頭を掻いて、溜め息を吐きつつ言う。

「そんなの、俺じゃあわかんねぇよ。けど、お前は後悔してるのか?」

「……半分後悔してる、かもしれません。けど、憧れでもあったあの人に……ウォルバクに私の本気の爆裂魔法を撃ってしまったこと。それを後悔するつもりはありません……何故なら」

「ウォルバクに成長した自分の爆裂魔法を見てもらえるように、だろ? お前の夢だったもんな」

「……はい」

「ウォルバクも、めぐみんの爆裂魔法を喰らう時さ……すげぇ穏やかな表情してたっていうか……後悔なんてしてなかったかもしれないっていうか……」

「……はい」

「……だぁあああ、くそ! こんなん俺らしくもねぇ!!」

「か、カズマ?」

 カズマはウォルバクの封印されていた場所をしっかり見据え、叫ぶ。

「めぐみんに教えてくれた爆裂魔法は色んな意味で役に立ってるから、絶対に恨むんじゃねぇぞ!!」

 鼻息を荒くしながら言い終わるカズマにめぐみんは呆気に取られていたが、次第に笑顔を取り戻していく。

「ふふふ……カズマらしいですね」

「俺はこれくらいしかできないぞ。後はお前の問題だ」

「ええ、そうですね……さて」

 めぐみんは立ち上がり、カズマの前に立つ。

「今日は色々ありましたね。とりあえず、アクセルに帰ったら何か食べましょうか。カズマの奢りで」

「は? 何で奢んなきゃならないんだよ」

「森でセクハラしてきだけでなく、ふにふらとどどんこにあんなに言い寄られて嬉しそうにして、私の機嫌を損ねたのです。何か弁明はありますか?」

「いや、森のあれは事故だし、お前が勝手に機嫌悪くしただけじゃごめんなさい、奢りますんでアイアンクローだけは勘弁してください!!」

 めぐみんがおもむろに片手をカズマの顔に近づけてきたため、慌てて止める。彼女はクスクスと笑いながら、

「冗談ですよ。それに今日のカズマは一段とカッコよかったですし、先ほどの言葉も覚えておかなくてはなりませんしね」

 めぐみんはカズマの手を握る。今日だけで何度も握られているが、カズマが顔を赤くしているところを見るとまだ慣れないのだろう。そんな彼のことが、こんなにも愛おしいと感じてしまう。

「さぁ、帰りましょう。カズマ」

 だから、誰にも渡す気は毛頭ない。カズマの手を引っ張りながら、めぐみんはそう誓うのだった。

 

――――

 

「おい、ポンコツ店主よ。ここに置いてあった菓子はどうした?」

「菓子……? ああ、あのクッキーですか? 紅魔の里に用があったのですが、少々小腹が空いてたので持って行って食べちゃいましたよ?」

「……その菓子は我輩が作った試作品だ。食せば、魔法も食することができる万能菓子だぞ。まぁ、効果は一日だけなのだが……」

「ええ、そうなんですか?! そんな……それじゃあ、私がうたた寝している時にクッキーの数が少なくなっちゃったのは――」

「バニル式殺人光線!!」



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嫉妬といつもの戯れ

ネタが思いつかなくてちょっと焦りを感じつつも急に思いついたので書きました。一日で。

見やすいように小説の書き方も変えました。こっちの方が見やすいですよねww


 めぐみんは不機嫌な表情を隠さずにカズマが座るソファーの隣にドカリと座り込む。急な事にカズマは眉間に皺を寄せるが、気にも止めずにゲームガールに再び没頭する。そんな彼の態度に、めぐみんは頬を膨らませつつ睨み付けた。

 先日隣国エルロードから帰還する際中、カズマはアイリスに安物とはいえ指輪をプレゼントしたことは記憶に新しい。アイリスはカズマに対して好意を持っており、指輪なんてものをプレゼントされてしまった以上は家宝にする気満々だろう。

 対して、めぐみんが貰ったのはどこにでも売っている煎餅だった。美味かった。確かに美味かったが、そうではない。自分もアイリスのように、指輪なんて贅沢は言わないから何か形のあるプレゼントが欲しかったのだ。日頃からカズマに対して好意をぶつけているというのに、この落差はなんなのだろうかと小一時間問いたいところだ。

 めぐみんは不満をひたすらカズマにぶつけ続け、次第にカズマは折れたのか溜め息を吐き、ゲームガールをテーブルに置いてからめぐみんを見る。

 

「どうしたんだよ、お前。朝っぱらから不機嫌丸出しにしやがって」

「もうお昼です。そんなことより、カズマ。アイリスには指輪をプレゼントしたというのに、何で私には煎餅なんですか。もっと形に残る物が欲しかったです」

 

 思っていたことを全てぶつけるように吐き出したが、それでも怒りは収まらない。めぐみんは言い終わると同時にそっぽを向いてしまう。

 だが、我が儘だというのもわかっている。カズマもアイリスに恋心とか、そんな感情で接するという感情で指輪をプレゼントしたつもりはないのだろう。もしそんな感情で指輪を渡してしまったのなら即警察署行きだ。

 だからこれはただのエゴだ。ただカズマに構ってほしいだけの我が儘だ。理屈は理解しても、感情だけはどうしようもない。カズマが謝ってくれさえすれば、後はいつも通りからかって終わるだけ。

 特にカズマは何故めぐみんがこんなにも怒るのかも理解できていないだろう。この男は肝心なところで鈍感で、ヘタレなのだ。もし自分の意図に気付けたなら、もはや感心すらしてしまう。

 今か今かと待ち受けるめぐみん。そっぽを向いているためカズマの表情は見えないが、頭を掻く音が聞こえてくるため、困っていることは間違いないだろう。そんな表情を思い浮かべてしまって、少々可愛いと思ってしまう。

 

「……わかったよ。何欲しいんだ?」

「じゃあ、私もアイリスと同じ指輪が欲しいです。しかも、ちゃんと左手薬指で、なおかつカズマが嵌めてくれると嬉しいですね」

「おま、それ――」

 

 そう。その行為は、完全に婚約そのものだ。

 仕方がないのだ。自分は、本当にカズマのことが好きなのだ。最初に出会ったときはただの変人だと思っていたが、ここまで人の心は変わってしまうのだろうかと、めぐみんは思う。

 いつもはクズでゲスだけど、肝心な所はかっこよくて、優しくて、自分の身すらも投げ出せるほどの覚悟も持ち合わせている。そんな彼に惹かれてしまった。それは自分自身も理解している。

 この行為もただの我が儘だとわかっていても、アイリスとは違う形でカズマからのプレゼントが欲しいのだ。

 おそらくカズマはまたも困った表情をしているだろう。少しばかり悪戯が過ぎたかもしれない。

 プレゼントは欲しいが、そこまで困らせるつもりはないので早々に話題を切らせようと思い――ふと、頭に何かが優しく置かれた。

 

「……まぁ、何だ……そういうのは、正式に恋人になってからとかでも、良いんじゃねぇか……?」

「――」

「言ってくれればちゃんと物買ってやるし、機嫌直せよ」

 

 それがカズマの手だと気付くのに時間は掛からなかった。男特有のゴツゴツとした触感……はしないが、それでも優しく髪を撫でる仕草に、怒りはいつの間にか消えていた。

 ズルい、とさえ思ってしまう。意中の男性に優しくされただけでこんなにも心が簡単に変わってしまうものなのか。

 頭を撫でる手があまりにも気持ちよくて、無意識に身を捩らせてしまう。めぐみんは改めてカズマの方を向き、

 

「し、仕方ありませんね……乙女の髪を触るなんて本当はダメなのですが、カズマがちょむすけのご飯を買ってくれるなら許してあげます」

「随分と安いな、おい。しかもどこに乙女なんかいるんいたたたた!! おま、横腹抓るんじゃねぇ!!」

「私のどこが乙女じゃないのか聞こうじゃないか!!」

 

 カズマに体当たりのごとくのしかかるが、本気で怒ってはいない。むしろいつも通りの関係に戻ってホッとしているくらいだ。

 次第にいたずら心が芽生え、ついにカズマのズボンに手を掛ける。

 

「ちょ、おま……! マジでふざけんな!! スティールぶちかましてお前のパンツ盗んでやろうか!!」

「やれるものならやってくださいよ、ヘタレカズマ! 知ってるんですよ? 最近洗濯する時に、私たちの下着を洗う時に興味津々で凝視しているのを!! アクセル中に広めても良いんですからね?!」

「みみみ見てねぇし!! 自意識過剰なんじゃねぇの?! お前のパンツなんか全然見てねぇし、むしろ黒のパンツなんてお子様のお前じゃ不釣り合いだっつーの!!」

「言ってはいけないことを言いましたね!! そんなカズマがどんなパンツを履いているのか、私が見てあげますよ!!」

「きゃああああ!! 襲われる!! めぐみんに……おそ……われ……」

 

 エスカレートしていく戯れにカズマもめぐみんも息を荒げていたが、カズマの声が弱々しくなっていく。視線は完全にめぐみんから逸れ、顔も心なしか青い。

 視線の先を辿ると、そこには奴がいた。

 

 わなわなと体を震わせ、ゼル帝のエサを持ったアクアが。

 

「……ダクネスー!! カズマとめぐみんがパンツ取り合ってるんですけどーー!!」

 

 カズマとめぐみんはソファーから跳ね起き、弁解のためにアクアの後を追うのだった。



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この代わり映えの無い日常に祝福を

四人の日常と薄いカズめぐです。ちょっとラストが思いつかなかったので無理くり締めちゃってます。駄目ですね。

さて、実はこのすばととある別作品とでクロスオーバー二次小説を書こうと思ってますが、結構難航してます。頭でプロット作る癖はやめた方が良いですね、はい。


「アクア。これ、お湯なんだけど。僕が要求したのはお茶なんだけど」

「あらあら、私としたことがうっかりしていましたわ。今、入れ直しますわね、カズマさん」

 

 水の女神による浄化作用により、ただの熱いお湯を飲まされて早くも5杯目。いい加減味のある飲み物を口にしたいため、指を突っ込むなよ、と念を押しておく。多分無駄な助言だとは思うが。

 今日は全員屋敷で特に何かをする予定もなく、各々満喫したスローライフを送っている。最も、カズマとアクアはいつも通りと言えばいつも通りなのだが。

 アクアのお茶を待っている間に、ソファーに座るカズマの隣にめぐみんがちょむすけを抱きつつ座る。

 

「それにしても、触れただけで水に変化するなんて、どういう原理なんですか? 確かにプリーストは浄化魔法は使えますが……」

「うむ、それは私も気になるな。魔法を使っている素振りもないし、まさかアクアの新しい芸の力か?」

 

 椅子に座り、優雅に紅茶を飲むダクネスもアクアの力に興味を抱いたようだ。だが、アクア自体は聞こえておらず、鼻歌混じりでお茶の準備に勤しんでいる。

 アクアが魔法を使わずに汚染水等の浄化ができるのは、アクアが本物の水の女神であるおかげなのだが、いかんせん信じない人達の方が圧倒的に多い。女神なんて不可思議な存在が実在する、なんて言われて信じる人は稀有だろう。黒髪黒目のチート持ち日本人なら信じるだろうが、この世界の住人達はアクアやエリスといった女神は空想上の生き物という認識しかないのだ。信じられないと言われるのも無理はないだろう。というか、アクアを信仰するアクシズ教徒自体ヤバイ宗教なのであまり関わりたくないのも本心である。

 なのでこれ以上の話題は無意味だと思い、カズマは何も言わずめぐみんが撫でるちょむすけの鼻を指先で弄る。可愛らしくくしゃみをして心がホッコリしたところで、

 

「カズマ様。お茶の用意ができましたわ」

「ご苦労である」

 

 ホカホカと湯気が立ち込めるカップがテーブルに置かれ、カズマはそのカップを手に持ち香りを確かめる。茶独特の匂いが鼻孔を擽り、しかし喉が渇いている今はその香りだけで飲みたい衝動に駆られてしまう。抹茶のような匂いに誘われ、カップの中にある茶を一口啜る。苦味があり、しかしそれが癖にもなる深い味わいが口いっぱいに広がりーー

 

「って、またお湯じゃねぇか!!」

 

 そんな訳はなく、口に広がるのは味もしない普通のお湯だった。香りだけはちゃんと茶葉の匂いなだけにタチが悪い。

 カズマはアクアに摑みかかるが、アクアはそれを阻止する。

 

「ま、待ってくださいませ、旦那様! こ、これには深い訳が!!」

「どんな訳があるというのかね?! どれ、茶も満足に淹れることもできない駄メイドには、キツーイお仕置きをしてやろうじゃないか!!」

「あーれー!! お代官様ー、お慈悲をー!!」

「……そのオダイカン様とはなんだ? というか、何のモノマネだ、それは?」

「「ララティーナお嬢様宅のメイド事情バージョン改」」

「だから、私のメイドがそんなふしだらな事するわけがないだろう!!」

 

 飲み干したカップを乱雑にテーブルに起きつつ、ダクネスの怒号が屋敷に響き渡る。息ピッタリのカズマとアクアの連携にもつい苛立ちが沸いてしまったのだろう。

 そんな様子を見てめぐみんが溜め息を吐きつつ、改めてアクアを見る。

 

「しかし、先程から給仕とかやってましたからどういう風の吹きまわしだろうって思ったら、メイドになりきってたんですね……しかもちゃっかりメイド服まで着て、一体どこで手に入れたんですか?」

 

 そう、今のアクアの姿は完全にメイドそのものである。白黒の生地が使われ、長袖にフリルの膝が見えない程の長めのスカートを履いている。露出は少なめだが、胸の部分は強調されており、上半分が少しだけ肌が出ている。客観的に見てもかなりエロい姿だ。メイドのカチューシャ帽もきちんと着けている。

 アクアはその場で一回転する。

 

「ふふ、いいでしょ? カズマが試作品として作ったメイド服よ。まだ改良の余地があるとかで捨てる気満々だったから、この美しい女神ことアクア様が貰っておいてあげようって思ってね」

「この男はまた無駄なスキルを活用して……なんですか、この胸元は。完全にカズマの趣味全開じゃないですか」

「男は常にロマンを求めるもんさ……俺がその気になれば、これ以上にエロい服を仕立てることも可能だぞ」

 

 鍛治スキルのおかげか手先が器用になりつつあるカズマは、興味本位で服を作り始めたのだが、これが意外に楽しいということに気付く。そしてメイド服を仕立てたものの、まだ納得がいく出来栄えではなかったため、今夜も試行錯誤の徹夜ルートは免れないだろう。

 そんなことを考えて満足気に頷くカズマだったが、めぐみんはどこか不機嫌そうだ。頰を若干膨らませ、目も紅く輝いている。

 

「なんですか。誰かに着せる予定があるということですか。誰ですか! 一体誰なのか、聞かせてもらおうか!!」

「ちょ、お前何怒ってんの?! そんな予定ないから!」

「では、私がその役を買ってでましょう! それなら、作業効率も上がるでしょう?!」

「えっ、いや、だってお前……胸がーー」

「ぶっころ」

 

 カズマが言い終わる前に全てを察しためぐみんがカズマに襲い掛かる。ソファーから飛び上がり、両手を振り上げて攻撃を仕掛けるが、カズマはその両手の手首を己の両手で掴み、なんとか押さえ込む。ちなみにめぐみんが抱いていたちょむすけは避難を終え、片隅で丸くなっている。

 

「ちょ、落ち着け! こればっかりは仕方ないだろ! 服作りだって色々と考えて作らなきゃいけないし、お前の好みの服もちゃんと作ってやるから!」

「本音は?!」

「ぶっちゃけ巨乳の美人さんに着せたいたたたた!! 腕が、腕がもげるぅうううう!!」

 

 めぐみんが魔法使い職とはいえ、レベル的にはめぐみんの方が上ということもあり、腕力もカズマよりも上である。手首を掴まれているというのに、捻りを加えて逆にカズマの方がダメージを受けてしまっている。

 

「この男は!! やはり胸ですか!! 男という生き物は巨乳が好きなんですか!! 数年後には絶対後悔しますよ!! 私もいずれは大きい胸でカズマを誘惑してやりますからね!!」

「望みは薄いから諦めろ!! おい、アクア! ダクネス! 助けてーー」

「ねぇ、ダクネス。カズマとめぐみん、どっちが勝つと思う? 私はめぐみんが勝つに一票よ」

「む、これは難しいな……カズマが卑怯な手を使えば勝てる可能性はグッと上がるが……」

「なに賭け事してんだ、お前らぁあああ!!」

 

 真剣な表情で賭け事をするアクアとダクネスに渾身の叫びを上げるカズマ。いよいよもってガチで腕が折れる寸前まで持っていかれーー

 

「あ、そういえばカズマ」

「うぉ!!」

 

 急に取っ組み合いを止め力を緩めためぐみんに、力のやり場を失ったカズマは思わず前のめりになり、めぐみんに思わず抱きついてしまった。しかも勢いもあったためか足が縺れてしまい、めぐみんの後ろにあるソファーに二人とも倒れてしまう。

 

「きゃっ」

 

 可愛らしい声がカズマの耳元から聞こえたがそれどころではない。カズマは憤りを露わにしつつ顔を上げる。

 

「おま、危ねぇじゃねぇか! 力緩めるなら、前もって言ってくれよ! 怪我ない……か……あれ?」

 

 今、自分とめぐみんの状態が非常にマズイことに気付く。

 端的に言えば、カズマがめぐみんを押し倒しているようにしか見えない。めぐみんの顔の横には自分の手が置かれ、めぐみんは心なしか顔を赤くしている。先程の興奮状態から抜け出せていないのか、それとも今この瞬間にも照れてしまっているのか、目も紅く息も若干荒い。

 カズマは冷や汗をダラダラと額から流しつつ、椅子に座っているであろうダクネスと、その近くにいるアクアを横目で確認する。

 

「お、おま、お前……な、何をしているんだ……!!」

「うわぁ、これはもうロリマさん確定ねー……」

 

 そこにいるのは、怒りと羞恥で顔を真っ赤にするダクネスと呆れ顔でこちらを見るアクアの姿だった。

 最後にめぐみんを見る。めぐみんは目を若干逸らしつつ頬を赤くしながらも、小声で呟いた。

 

「……き、キスまでなら良いですよ……」

 

 カズマは近くに置いてあったお湯を自分の頭に思い切りぶちまけた。

 

ーーーー

 

「カズマ、いい加減機嫌直してください。私も悪いと思ってますから」

 

 めぐみんは反省混じりの声を出すも、肝心のカズマはため息を吐いていた。よほどさっきのトラブルに神経を擦り減らしてしまったのだろうか。

 現在カズマとめぐみんはアクセルの市場に来ている。というのも、めぐみんが朝に冷蔵庫を確認したところ、晩飯までの食材が色々と足りていないことに気付いたのだ。早めにカズマに報告しようと考えてはいたのだが、肝心のカズマが昼過ぎにようやく起きてきたため、報告するのをすっかり忘れていたのだ。

 そして取っ組み合いの最中に思い出し、予期せぬトラブルが発生してしまったため、カズマの機嫌はまだ悪い。

 

「でも、頭からお湯を被るのは正直どうかと。火傷しなかったから良かったですけど、カズマの行動は最早ヘタレを通り越して無謀の域に達していますよ」

「うるせー。男はな、頭を冷やすんじゃなくて、その逆をしたくなる生き物なんだよ」

「意味がわかりません……あ、その野菜取ってください」

 

 カズマはまだ機嫌が悪そうだが、ちゃんと野菜を取ってくれる辺り、既に怒り自体は収まっているのだろう。めぐみんも先程のトラブルに罪悪感を感じ、買い物に付き合うことにしている。

 晩飯の献立を何にしようか、今日の料理当番担当のめぐみんは考える。最近はカモネギを使った料理ばかりだったので(主にカズマのレベル上げのため)たまにはさっぱりした物が食べたいところだ。

 そこまで考えて、ふと気付いてしまう。

 現在、カズマとめぐみんは二人で買い物をしている。そう、二人で。

 これは、所謂デートというやつではないのか。

 つい最近のデートといえば、アクアも同席で爆裂散歩に行き、そこで弁当を食したのが新しいが、あれは誰が見てもただの家族旅行にしか見えなかっただろう。つまりは、失敗に終わっている。

 だが今はカズマと二人きり。カズマはまだ若干不機嫌そうだが、こうして二人で買い物をしている風景は、誰しもが恋人同士に見えるのではないか。それを考えるだけで胸が高鳴り、頬も熱くなる感覚を覚える。

 チラリと、無意識にカズマを見る。

 

「なぁ、めぐみん。他に何か買うもんあるか? お前欲なさ過ぎだから、たまには何か買ってやるぞ」

 

 会計を済ませながらそんなことを言うカズマに、やはり彼は心根の底は優しさに満ちていると実感する。そんなカズマがとても愛おしくて、空いている手をギュッと握り締める。

 

「……えっ?」

「特に何もないですよ。これだけで充分です」

 

 めぐみんは微笑みつつ、少しだけ握りしめる手に力を込める。それだけでカズマは照れてしまったのか、そっぽを向いた。耳まで赤くなってしまっているため、隠せてもいない。

 

「相変わらず照れ屋ですね、カズマは。そろそろ慣れてくれても良いんですよ?」

「てて照れてねーし。っていうか、お前もお前だよ。いきなり手なんか握りやがって。思春期真っ盛りな男子はなぁ、それだけで勘違いしつまうんだよ。少しはこういうのやめろよな」

「そんなに顔が真っ赤では説得力がありませんよ。さぁ、買うものはこれで全部ですよね? 今日はこのまま手を繋いだまま帰りましょう」

 

 悪戯染みた笑顔でそんな要求をしためぐみんに、カズマは驚愕していた。手を繋いだまま帰るという公開処刑に物申したいのだろう。

 だが、その抗議の声を出させる間もなくめぐみんはカズマの手を引っ張る。

 

「さぁ、帰りましょう、カズマ」

 

 振り向きつつ、常に笑顔を絶やさぬめぐみんに、カズマはどう思ったのかはわからない。だが、照れくさそうにされるがままのカズマは決して手を振り払おうとはせず、ただめぐみんの最低限の我が儘に付き合ってくれる彼の優しさが、今はとても心地よく感じていた。

 いつか、仲間以上恋人未満の関係からその先に行けることを、めぐみんは心の底から願った。



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カズマの膝枕

どもども、ネタは浮かぶけどなかなか執筆が思うようにいかない男、ヒザクラです。

最近自分が書くカズマ達って性格違うんじゃないかなーって思ったんです原作読み直してます、はい。


「カズマー。少しは構ってくださーい」

「……いや、何やってんの、お前……」

 

 月明かりが窓から注ぎ込み、暖炉の火も少しだけ弱くなってはいるが、月明かりと相まってより幻想的な姿を見せている頃。

 テーブルには酒が乱雑に置かれていたり転がっていたり、そしてその酒を飲み過ぎたアクアとダクネスは酔いが回り、床で寝転がっていた。アクアに至ってはイビキが出てしまっており、この幻想的な景色は全て台無しになってしまっている。

 そんな中、酒を飲む気になれなかったカズマと、やはり飲ませてくれないめぐみんは暖炉の前にあるソファーに座り、しばらく談笑していた。時には旅の思い出、時にはクズマさんのお出まし、時にはこんな夜中なのに爆裂散歩に行こうと宣うめぐみん。しかし、なかなかに充実した時間を過ごしていた。

 そしてそろそろ眠気が来た頃に、カズマは今の状況に困惑する。

 何故かめぐみんが寝転がるーーいや、正確にはカズマの膝を枕代わりに頭を置き、カズマを見上げている状態で構えと言い始めたのだ。

 普通逆ではないのかと問いたいところだが、突っ込むと余計拗らせる気がするので割愛する。

 

「構えって、この状況でどうしろっつーんだよ。エロいことして良いの?」

「迂闊に私の体に触れた瞬間、カズマの指が一本ずつ逆向きになる刑を与えます」

「サラッと怖いこと言うんじゃねぇよ! ってかステータス的に出来そうな気がするし!」

「あまり大声出さないでください。二人とも起きちゃいますから」

「はいはい……で、お前は何故急に俺の膝を枕にしてんの」

「カズマの膝って固くて枕の代わりにもなりませんね」

「喧嘩売ってんのか」

 

 カズマの暴言を物ともせず、めぐみんは微笑みつつ、

 

「いえいえ、ちょっと気になっただけですよ。カズマってアクアに生き返らせて貰う時に毎回膝枕して貰ってるじゃないですか。膝枕ってどんな感じなんだろうなって」

「だからって俺で試さなくてもいいだろ。アクアに頼めばいつでもしてくれると思うぞ? ってか、男の膝枕なんて誰得だよ」

 

 アクアがいつもしてくれる膝枕は、生き返ったばかりで意識はしたことはないのだが、今思えば女性特有の柔らかさがあった。まるで母性が溢れんばかりに心も体も優しく包み込まれるかのような感覚に、つい二度寝も辞さない程の気持ち良さだった。性格がアレなアクアと言えども、そこだけは良かったと思える程だ。

 対して、男の体は余程肥えていなければ筋肉質な方だ。つまり固い。とてもじゃないが膝枕して貰いたいとは思わないだろう。

 そんな結論を導き出したカズマは悩ましげに頷くが、めぐみんは少しだけ口を尖らせる。

 

「まぁ、確かに気持ちの良いものではないですね。少し固いですし、寝れるか? と問われれば、いいえと答えるしかないでしょう」

「だろ? だったら早めにどいてくれ。でないと俺の足が痺れる」

「もう少し良いでしょう? 確かに寝心地は悪い方ですが、カズマの顔を下から見れるのがなんか新鮮で」

 

 再び微笑みつつ言うめぐみんに、体がこそばゆくなる感覚を覚える。

 こうも毎回ストレートな好意をぶつけられているというのに慣れる気が全くしない。常に豪速球であるため、その想いを受け止めるだけの度量の無さに自分が情けなくなってくる。

 なので、少しばかり悔しいのでカズマはめぐみんの頭に手を置いた。

 

「ひゃ……な、なんですか?」

「日頃のお返し的な感じ」

 

 言いつつ、そのまま猫をあやすように撫で始める。最初は額を、次第に鮮やかな程の黒髪へ指を這う。風呂上がりだからだろうか、髪はしっとりとしており、なかなかの心地良さを感じる。

 

「ん……」

 

 少し艶やかなめぐみんの声が耳に入り、カズマは正気に戻る。悪戯するにしても、女性の髪に迂闊に触れるのは幾らなんでもタブーのはずだ。

 慌てて手を離すと、めぐみんは少々不機嫌そうな顔でカズマを見上げる。

 

「やめちゃうんですか……?」

「ばっ、おま……変な声出すからだろ!」

「流石はヘタレで有名なカズマですね。まぁ、頑張った方でしょう」

「あのなぁ……はぁ、もういいや」

 

 勝ち誇るめぐみんにもう何も言えなくなってしまったカズマは、諦めて溜め息を吐く。

 めぐみんの余裕のある言動や何度もぶつけてくる好意には慣れる気が一切しない。むしろ何故ここまで自分のようなヒキニートに本気でぶつけてくるのか理解できない、というのが本音だ。

 だが、こうやって時折ふざけるような喧嘩をしたり話し合ったりする関係がとても心地よく感じてしまっている自分がいる。

 そんな考えが浮かんでつい照れ臭くなってしまい、

 

「めぐみん」

「なんです?」

「俺、お前のこと好きか好きじゃないかって言われたら、好きな方かもしれなくもないかもしれない」

「何ですかいきなり?! しかも曖昧すぎて反応に困るんですけど?!」

「照れてんだよ、言わせんな恥ずかしい」

「照れるならもう少しまとまった言葉でお願いしますよ!!」

 

 小さな怒号が聞こえるが、めぐみんの耳が赤いので彼女も若干ながら照れてしまったのだろう。何とか仕返しができて感無量といったところか。

 カズマは欠伸をする。

 

「さて、そろそろ寝るかぁ。めぐみん。アクアを頼む」

「えぇー。もう寝るんですか? いつもなら朝までゲームしているというのに」

「流石に今日は疲れたんだよ。明日は朝どころか昼まで寝ちまうな」

「それいつも通りじゃないですか……あっ、ダクネス背負うのは良いですが、セクハラしないようにお願いしますね」

「……」

「おい、何故目を逸らしたのか聞こうじゃないか」

 

 完璧なまでに思考を読まれてしまい、冷や汗を少量流しながら暖炉を見つめるが、かえってめぐみんの逆鱗に触れたようだ。目を赤く輝かせ、侮蔑の表情で見上げている。

 

「し、しないから目光らせんな。ほら、どけよ」

「全く……あ、カズマ。もう少し顔を降ろしてくれませんか?」

「寝るって言ってんだろ」

「最後のお願いですよ。ほら、早くお願いします」

 

 最後のお願いにしては随分と図々しいと思いつつ、カズマは溜め息を再び吐きながら顔を下に下げる。

 瞬間、めぐみんの手がカズマの頬に添えられる。急な仕草に思わず体がビクッと震え、顔も動きを止める。

 それが引き金になったのか、彼女の手はーーいや、正確には指をカズマの顔に滑らせている。何の挙動なんだと言い掛けたが、その前にめぐみんの人差し指がカズマの口に押し当てられる。

 

「ふふっ、カズマの膝は固いですが、口は意外と柔らかいですね」

 

 そんなことを口走るめぐみんに頬が一気に熱くなる。

 今の彼女の微笑みはどこか妖艶で、2歳年下にも関わらずどこか大人っぽくて、めぐみんの赤い双眸から目を離せなかった。

 まるでこれから恋人同士による夜の関係が始まってしまうのではないかと期待してしまいーー

 

「さて、二人を部屋に運びましょうか」

「めぐみん、俺はーーあれ」

 

 そんなカズマの考えをよそに、めぐみんはカズマの膝からいとも簡単に離れ、立ち上がっていた。カズマはこの滾ってしまった感情と理解が追いつかない今の状況に混乱してしまっている。

 次第に落ち着きを取り戻す。またもやめぐみんに弄ばれてしまったのだと自覚し、三度目の溜め息を吐くと同時に、

 

「さっ、カズマ。二人を部屋に運びましょう」

「ああ、うん……俺もちゃんとダクネス運ぶから、先にアクア運んどいてくれ……」

「? どうかしたんですか?」

「いや……まぁ、うん……ちょっと眠気が無くなったっていうか……」

「はぁ……わかりました。それじゃあ、先にアクアを運びますので、カズマも忘れずにダクネスを運んでくださいね」

 

 未だに首を傾げるめぐみんだが、カズマの様子を気にしつつも、未だにいびきを掻くアクアの肩を持ち上げ、特に苦労する様子もなくリビングを後にした。

 残ったカズマは、規則正しく寝息を立てるダクネスの呼吸を静かに聞きながらーー股間へと目を向ける。

 

「……ホント、あいつ魔性の女だろ……」

 

 この燃え滾る自分の息子はいつになったら収まるのだろうかと、頭を悩ませることになったのだった。



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