オーバーロード 詐貌の棘怪盗 (景名院こけし)
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プロローグ

DMMO-RPG・ユグドラシル。

仮想世界に入り込み、まるで現実のように冒険することのできる体感型ゲームの名称である。

DMMO-RPGそのものはユグドラシル以外にも存在する。しかしユグドラシルの700にも上る種族、2000を超える職業という、数多の選択肢がもたらすキャラクタービルドの自由度。また、一つひとつが現実の大都市を超えるほどに広大な九つの世界を冒険出来るフィールド。それらの要素により、ユグドラシルはDMMO-RPGと言えばこれを指す言葉だと言われるほどの評価を受け、12年もの長期間にわたりサービスを継続する事となった。

 

そんなユグドラシルがついに迎えてしまった、サービス終了の日。

九つの世界のうちの一つ、アースガルズの上空に、誰の目にもつかぬよう何重もの幻術と擬装を施された、小さなレンガ造りの建物がゆっくりと()()()()いた。

その建物内、住居と言うよりは倉庫と言った風情の、何の装飾も施されていない四角い室内には、その無骨な内装に反して目を見張るほどの煌びやかな財宝の数々が所狭しと並べられていた。一部の例外を除けば最高のランクである神器級(ゴッズ)の武器、高位の魔法を込めた杖、鎧、指輪などの装備品や、その材料となる希少金属のインゴットにデータクリスタル、特定のモンスターを倒すことで低確率で手に入るドロップ品、傭兵となる強力なモンスターを召喚できる本、etc…そしてそれらのアイテムの数々を覆い尽くすように大量の金貨が敷き詰められている。

 

「ヴェァァアアアハッハッハッハッハッハッハ!」

 

そんな宝の山の頂上を踏みしめて(バカ)笑いする一つの影。その姿を一言で表すなら「服を着た異形」である。シルエットは人間のようだが、頭にかぶったシルクハットの下には、三つの目が紅い炎を揺らめかせる、口も鼻も耳もない顔。肌は緑色で、鋭い漆黒の棘がびっしりと生えており、その身に纏った燕尾服をあちこち突き破っている。

異形の名は、怪盗詐貌天(かいとうさぼうてん)。今日この日までユグドラシルで遊んできたプレイヤーだ。詐貌天はひとしきり笑い続けた後、ほうと一息つき、財宝の山にドサリと寝転んで呟く。

 

「ああ、我が愛しのアイテム達よ……あと数分でお前たちは消えてしまうんだな……惜しいなぁ、チクショウ」

 

これらのアイテムは詐貌天がユグドラシルで仲間と共にかき集めた、いわばこの世界で生きてきた証だ。しかし所詮はゲーム内のデータに過ぎない。サービス終了と同時に夢から覚めるかの如く消え去ってしまう運命だ。

 

「せめてアカさんとナスさんの連絡先聞いとくべきたっだかな……新しいゲーム見つけて一緒にできれば……」

 

詐貌天は今この場にいない仲間との思い出を記憶から引っ張り出す。かつてこの場を拠点とするプレイヤーは詐貌天以外にもいた。アカさんこと偽証A(にせあかしあ)、ナスさんこと悪ナスB(わるなすび)という二人だ。元々この二人がペアでつるんでいたところを詐貌天も仲間に入れてもらったのだ。

三人で集団(クラン)棘付き盗賊団(とげつきとうぞくだん)”を結成し、その辺のギルド拠点に侵入してアイテムを掻っ攫ったり、冒険中のパーティから適当なプレイヤーを一人ずつ孤立させて三対一でPKし、装備を奪い取ったり……今思い返せばロクな事をしていないが、本当に楽しかった。

おかげで某匿名掲示板にて超DQN集団(クラン)として晒され、アンチスレの数は瞬く間に三桁に達し、やがて結成された討伐隊と何度もぶつかり合い、最終的に外でモンスター狩りをしているだけで背後から超位魔法が飛んでくるようになった。メンバーが三人ともPKしてもペナルティのつかない異形種だったこともあり、皆容赦ナシである。

 

「アカさんはPKされまくってレベル上げ直すの面倒って言ってやめちゃったし、ナスさんは聖者殺しの槍(ロンギヌス)喰らって消し飛んだし……最後にもう一回三人で暴れたかったなぁ」

 

恨まれるのは自業自得だと分かっていたが、仲間を失った時、詐貌天は心から悲しんだ。今でも一人の寂しさと共に悲しみがよみがえってくる。

ちなみに両名がユグドラシルから消えたときのアンチスレは、応援していたスポーツのチームが世界大会で優勝したかの如き大喝采であった。

 

それを見た詐貌天はPKを行ったギルドと、聖者殺しの槍(ロンギヌス)――使用者と対象をアカウントごと消滅させる超凶悪な世界級(規格外のレア)アイテム――を使用したギルドの両方の拠点に、非常にリアルな造形の例の甲虫(Gと呼ばれるアイツ)型モンスターを大量に放つという嫌がらせを決行し、前者からは混乱に乗じてギルド武器を盗み出すと言う暴挙に出た。

当然、返却を求めて猛抗議が来たが黙殺。あの程度で盗めるようにしておくのが悪いのだ。その武器――神器級の立派な両手斧――は今、詐貌天の足元辺りに無造作に転がっている。後者は流石にその件で警戒していたようで、モンスターを放った瞬間に捕捉され、PKされた。無念である。

 

「ま、一人でもなんだかんだ言って楽しめたかな……おっと、そろそろサービス終了か」

 

時刻を確認すると既に23時59分。日付が変わると同時に、ユグドラシルの世界と共に異形の怪盗詐貌天は消滅し、ただのつまらない人間が残る。

詐貌天は名残惜しそうにアイテムの山にその身をうずめ……

 

……直後に鳴り響いた警報(アラーム)音に飛び起きた。

 

「終了寸前で襲撃だと!? この拠点全力で隠蔽してたのに、今までずっと探してたのか!? どんだけ恨まれてるんだ俺! 自業自得だけどな!」

 

慌てて拠点の外の様子をのぞき窓から確認する。拠点の周囲には数えるのもバカバカしくなるほどの数のプレイヤーが巨大な魔法陣を自身の周囲に展開しながら浮かんでおり、その全員の手の中で光を放つ物――砂時計のようなアイテム――を見たとき、詐貌天は何かを悟った表情を浮かべる。と言ってもゲームのアバターの表情は変化しないが。

 

「うわぁ……あれ全部、超位魔法の詠唱カットする奴(課金アイテム)……」

 

詐貌天のつぶやきを引き金としたかのように、ガラスが砕け散るような効果音と共にアイテムの効果が次々と発揮され、即座に発動した多数の超位魔法により全てを破壊せんとするまばゆい光の雨が拠点の屋根めがけて降り注ぐ。

ユグドラシルのサービス終了まで、あと5秒。光に包まれゆく視界の中で詐貌天は叫んだ。

 

「爆発オチなんてサイテー!!!!」




次回から異世界編になります。

主人公の詐貌天はドッペルゲンガーの上位課金種族として捏造した這い寄る混沌〈ニャルラトホテプ〉の盗賊系キャラ。

盗賊団のメンバーの名前は棘のついた植物が元、と言うかそのまんまです。

ところでギルド武器って奪えるのだろうか? もし奪えない場合はそこも捏造という事で……


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第一話 失ったもの

前回のあらすじ
サボテン「爆発オチなんてサイテー!」


漆黒の世界があった

自分が何か、というのがよくわからない

目を開けているようで――閉じられるような構造ではなかった気がするが――目というものが分からない

漆黒という意味も、世界という意味も分からない

ならばなぜ、そんなことが浮かんだのかも分からない

何も分からない

消えていく

消えるというのがどんなことなのかも分からない

でも消えていく

だが、ふと、引っ張られる感覚がする

上に、上に、上に、上に、上に、上に、上に――ちょっと待って高い高い

引っ張る相手は、慣れ親しんだ世界

本来あるべき場所から奪い去られた哀れな()

わーい、たのしー! と思考を閉ざした者

そして――白き爆発によって閃光が世界を染め上げた――めっさまぶしい!目が!

――目というものが分からな――やかましい!

 

 

「はい、レベルダウンです! PKお疲れ様でした! ガッデム!」

 

これで最後だからと、課金アイテム大盤振る舞いな超位魔法の飽和攻撃(オーバーキル)によって3秒で蒸発した詐貌天(さぼうてん)は、オブジェクト破壊効果のある魔法で天井の9割と壁の3割が消し飛んだ自らの拠点で目を覚ました。

 

「あ、アイテムは!?」

 

自分のレベルダウンなどいつもの事なので今更気に留めるようなことではないが、最後の最後に大事なアイテム達が破壊されるなどと言う結果はあまりに無念だ。どうせユグドラシルのサービス終了と共に消えるのだが、それはそれ、これはこれだ。

慌てて財宝の山を見渡し、ほっと胸をなでおろす。財宝は衝撃で散らばったものの、どれ一つとして欠けていない。宝の山の頂上にあったギルド武器(盗品)が盾になってくれたようだ。かなりダメージが入っているようだが、まだまだ壊れたりはしない。

 

「……あれ? この惨状でなんで欠けてないってわかったんだ?」

 

今、詐貌天は軽く一瞥しただけで当たり前のように財宝のすべてを正確に認識――どこに何があるのか、さらにはその状態まで把握――することができた。

確かに自身の持つ職業(クラス)、〈収集家(コレクター)〉のスキルでアイテムの状態を知ることはできるが、スキルを発動するにはコンソールから選択する必要がある。一瞥しただけで発動するわけがないし、状態はウィンドウと共に数値および文章で表示されるはずだ。

そもそも意外と広いこの拠点を埋め尽くすほどのアイテムのすべてを完全に暗記など流石にしていなかったはずだ。だというのに今は拠点内すべてのアイテムの情報がしっかりと頭の中に入っている。

 

「変な感じだな……ところでサービス終了まだ? もう時間すぎてね? あの連中ももうログアウトしたっぽいし……」

 

ようやく別の事に気を回す余裕が出てきた。先ほど数多のプレイヤーが拠点を取り囲んだとき、すでにサービス終了まで1分を切っていたはずだ。空を埋め尽くしていたプレイヤーたちは一人も見当たらない。時間が来て強制ログアウトとなったのだろう。

ではなぜ自分は今もこの拠点内にいるのか? 詐貌天は腕を組んで頭をひねる。

 

「……終了直前に死んだからバグったのか? コンソールも……開かない。バグってるわコレ……え、どうしよう」

 

大きく取り乱しそうになり、次の瞬間、何かに押さえつけられるように気分が沈静化した。

 

「……あれ? なんだ今の?」

 

焦りは落ち着いたが、今度は違和感が大きくなっていく。自分はそこまで冷静な方では無く、どちらかといえばノリと勢いだけで生きているような人間ではなかっただろうか? 事実、悪ナスB(なかま)聖者殺しの槍(ロンギヌス)を使用したギルドを襲撃し、あっさり迎撃されたときは発見されたことでテンパって何も考えずに突撃したほどなのだが。

 

「うーん、さっきからなんか変な感じなんだよな……ま、深く考えても仕方ないか」

 

運営が気付いて出してくれるか、サーバーダウンで強制排出されるまで黙って待っていようと、再び宝の山に寝そべることにした詐貌天。

最悪、脳内ナノマシン濃度が下がるまで待てば自分の側の安全装置が働いてログアウトできるはずだ。その場合、数日間飲まず食わずで現実世界の命の危機なのだが、そこは助かることを祈るしかない。

 

「ま、最後にアイテム達をゆっくり堪能できる時間が降って湧いたことに感謝しよう。ありがとう運営。死んだら化けて出てやるけどな」

 

詐貌天は金貨の海を泳ぐかの如く財宝の山をかき分け、その中心部に沈み込んで満足げな表情を浮かべて深呼吸する。ゲーム内でそんなことをしても意味は無いのだが、気分の問題である。

そうして大きく息を吸い込んだとき、先ほどから感じていた、もう一つの違和感の正体に気づいた。

 

「妙に感覚がリアルというか……アイテムから金属臭がする……」

 

何かの法律で、現実世界との混同を避けるため五感は制限されていたはず。特に嗅覚と味覚は完全カットされていたと詐貌天は記憶している。

 

「味もみておこう」

 

何をトチ狂ったのか、金貨を拾い上げて口元に近づける。そこで今の自分には口、ひいては味を知るための舌がないことに気がついた。

 

「スキル〈百貌の神〉」

 

課金種族”這いよる混沌(ニャルラトホテプ)”が持つ種族変更スキルを発動させた瞬間、詐貌天の燃える三眼のみの顔が瞬く間に整った顔立ちの人間の男へと変化した。

これで詐貌天は意図的に、もしくは外部からアイテムなどでスキルを解除するか、死亡するまでこの姿を保つことができる。

人間種に変化すると、あるスキルの発動条件を満たすことができるが、代わりに種族レベルを取得していない扱いとなるためさらにレベルダウンしてしまう。今の詐貌天は先ほどのPKで95レベルになり、合計30レベル取得しているドッペルゲンガー系の種族レベルが丸ごとなかったことにされ、レベルは65まで下がっていた。それにより身にまとっていた神器級(ゴッズ)装備の燕尾服やシルクハット等もレベル制限により装備解除されてしまう。とはいえ、戦闘中という訳でもなし、大して気に留めない。

こうしてめでたく”一人で金貨を舐めまわす全裸の不審者”にクラスチェンジした詐貌天は、嗅覚同様に味覚もあるという事を確認した。

 

「ふむ。(きん)ってこんな味がするのか……ともあれ、味覚も嗅覚もある……データは作ってあったけど法律関係でロックしてたとか? それとも……」

 

今までユグドラシルのバグでログアウトできなくなったと思っていた詐貌天は、ここでもう一つの可能性に思い至る。

 

「スキルも、()()()()()を動かすみたいに、当たり前に発動できた……まさか」

 

ゲームが現実になった、という推測は言葉として口に出すことはできなかった。足場がガクンと大きく揺れ、その直後に訪れた浮遊感。混乱がまたしても強制的に押さえつけられ、一瞬で冷静さを取り戻した頭は、先ほど超位魔法の雨を受けた拠点が浮力を失い、落下しはじめているという状況判断を下す。詐貌天は即座に自身のスキルを発動させる。

 

「チィッ! スキル〈一斉回収〉」

 

その瞬間、拠点内のアイテムのほとんどが詐貌天の方へ殺到し、目の前の空間に吸い込まれるようにして消えた。自身に所有権の有るアイテムをアイテムボックスに回収するスキルだ。一部のアイテム――ギルド拠点からこっそり失敬したような類の物は回収されず、結構な数がそこらに散らばったままだ。

 

(マズイ! もうナスさんがネタで仕込んだ自爆装置が作動する! 拾える分だけは回収して……!)

 

自爆装置。クラン”棘付き盗賊団”の本拠地は一定のダメージを受けると、嫌がらせのため、内部のアイテムをランダムな場所へ転移させつつ、床下に仕込んだ魔封じの水晶から第9位階魔法、核爆発〈ニュークリアブラスト〉が発動するようになっていた。

ユグドラシルにフレンドリー・ファイアの概念は無かったため詐貌天にダメージは無いはずだが、今しがた脳裏に浮かんだ”ゲームが現実になったかもしれない”という考えが彼に速やかな脱出を選ばせた。

 

(転移系の巻物(スクロール)を探してる暇はない! 全力疾走だ!)

 

姿勢を低くし、一番近い壁の崩れた場所に向かって疾走する。その直線上にあるアイテムだけは拾う事を忘れない。

詐貌天が崩れた壁から飛び降た数秒後、網膜を焼き尽くさんとするばかりの光と、耳をつんざくような轟音と共に、第9位階魔法、核爆発〈ニュークリアブラスト〉が発動した。

 

「ほぎゃああああああああああああああああ!」

 

盛大な爆風に煽られ、少なくない炎と殴打属性のダメージを受けながら、様々なマジックアイテムを抱えた全裸の男が眼下の森に落下していった。

 

 

 

そしてこの日以降、各地でこの世界のパワーバランスを覆すほどの絶大な力を持つマジックアイテムが多数発見されるようになった。




爆発オチなんてサイテー!(2度目)

さて、異世界に神器級装備やらギルド武器やらがバラまかれてしまいました。ツアーさん胃潰瘍、スレイン法国大慌て。さあ大変だ。でも多分一番大変なのは遥か上空とはいえ頭上で核爆発の起こった近所の皆さん。

次回、ようやく現地勢が出てきます。多分。


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第二話 異世界の地

前回のあらすじ
爆発オチなんてサイテー!(2度目)


「い、生きてる……いま確信した。これは現実だ。痛ぇええ……」

 

爆発する拠点から逃れて真下にあった森林に突入し、体のあちこちに火傷を負った状態で地面に叩きつけられた――直前に抱えていたアイテムで〈飛行(フライ)〉を発動し、減速したがぎりぎり間に合わなかった――詐貌天(さぼうてん)は、何とか瀕死の重傷で済んだ事に安堵する。人間化した状態で死ぬと、あるスキルが発動するようになっているので、この姿で死んだのは一度や二度ではないのだが、敵もいないのに死ぬのはあまりに間抜けすぎるし、そもそも現実となった世界で死んだら復活できるのかどうかも分からないのだ。

 

「アイテム……ボックスはどうやって開くんだ……?」

 

詐貌天が激痛に震える手を虚空に向かって伸ばすと、その手が何もない空間に向かって沈み込み、見えなくなった。消えた手にはアイテムの感触が伝わってくる。

 

「お? おお、便利だな……大治癒(ヒール)巻物(スクロール)は……あった。さっさと治してしまおう……」

 

虚空から引き抜かれた詐貌天の手には丸められた羊皮紙の巻物が握られていた。宙に放り投げられたそれはひとりでに開き、そのまま空中で燃え尽きる。次の瞬間、巻物(スクロール)に込められた第6位階の回復魔法、大治癒(ヒール)の効果により、詐貌天の全身を暖かな光が包み込み、重症だったその体は動画の逆再生のようにダメージの無い状態へと復元されていく。

光が収まるころには詐貌天のダメージは完全回復し、立ち上がり腕を回すなどして痛みが残っていないか確かめる。

 

「あー、治った治った。盗賊スキル様様だな」

 

本来、巻物(スクロール)は込められた魔法と同系統の魔法系職業レベルを持っていなければ使用できないのだが、盗賊系のスキルの中に巻物(スクロール)を騙して発動させる事の出来るものがある。本来魔法など一切使えない詐貌天がこの巻物(スクロール)を発動できたのはそのためだ。

 

「盗賊系のスキルも問題なく使えた。他には……あ、召喚系とかどうなってるんだ? どれ、まずは人間化解除。そしてスキル〈眷族召喚・月棲獣(ムーン・ビースト)〉」

 

人間に変身した時と同様、どうすれば元の種族に戻れるのか、またどのように召喚スキルを発動するかは感覚で分かった。スキルが発動すると同時に虚空から成人男性より二回りほど大きい、白いヒキガエルのような体を持つモンスターが出現した。その頭部に当たる部分には顔らしきものは無く、代わりに血のような色のおぞましい触手が何本も、その手に持った槍の犠牲者を求めるかのように蠢いている。這いよる混沌(ニャルラトホテプ)のスキルで召喚できるモンスター、月棲獣(ムーン・ビースト)だ。レベルは35と大して強くないのだが、それなりの敵感知能力と槍の投擲による遠距離攻撃を持っており、6体まで同時召喚でき、しかも召喚系には珍しく倒されるまで消えないので索敵および牽制に重宝していた。

 

(うえっ リアルで見るとかなり気持ち悪いな……でも便利な奴らだし我慢しよう。言う事は聞いてくれるかな? ……ものは試しだ。口頭で言ってみよう)

「俺の周囲を警戒しろ! 何か居ても俺が命じない限り攻撃するな。存在を俺に知らせるだけだ!」

「「「「「「ギギギギッギギギギッギギギィ!!!」」」」」」

 

詐貌天の声を聞くとすぐに6体の月棲獣(ムーン・ビースト)は主を囲むように等間隔で六方向に展開した。命令通りに警戒を始めたようだ。

 

(鳴き声もキモい! どこで喋ってるんだコイツら……まあ一応命令は聞いてくれるみたいだ)

「さて、突っ立ってても仕方ないし移動しなきゃな。抱えてきたアイテム達もボックスに突っ込んで……一応もう一回人間化しておこう」

 

詐貌天は再び人間に戻ると、アイテムボックスに両手を突っ込み、人間化して他のプレイヤーを襲撃しに行く際によく装備していたもの、つまり今の状態でも装備できるものを探す。わざわざまた人間化したのは、もしも他のプレイヤーと遭遇した場合、こちらが異形種だと問答無用で襲い掛かってくる可能性が高くなると踏んでの事だ。特に真の姿(燕尾服のサボテン)は悪い意味であまりにも有名だった。

 

「お、あったあった……けどどうやって装備するんだ?」

 

取り出したのは虫系モンスターの甲殻で造られた緑色の軽装鎧、レベルダウンをごまかして警戒させるためのステータス隠蔽効果のある暗緑色の外套、隠密系のスキルを少しだけ上昇させる革のブーツ、ブーツと同じ効果を持つ革手袋、インナーとして布の服、緊急離脱用に〈転移(テレポーテーション)〉を発動できるネックレス、それなりに攻撃力のあるダガー、毒をセットして射出できるボウガン、etc……

ユグドラシルであればアイテムを選択して装備コマンドを実行すれば一瞬で装着できたが現実ではそうもいかない。ネックレスなどはそのまま首にかければいいのだが、鎧――プロテクターに近いが――の着方など、日本の一般市民である詐貌天が知るはずもなく、このままでは今後かなり難儀するのではないだろうかという事が容易に想像できる。

 

「これは練習しといた方がいいな」

 

試行錯誤しながら取り出したアイテム――主に軽鎧――を装着するのにたっぷり2時間かかった。

おかげで今後はこの装備なら問題なく脱着できそうだ。着替えを終えた詐貌天はアイテムボックスから鏡を取り出して今の姿を確認する。

鏡の中には黒髪を短く切りそろえた、端正な顔つきの男が軽装の鎧を着こなし、ボウガンを構えてドヤ顔で立っていた。元の姿であれば完全に気色の悪いバケモノだっただろうが、いまの姿はそれなりに様になっていた(本人の主観)。

 

「よし、今度こそ移動するか。待たせたなお前達」

「「「「「「ギィイ!」」」」」」

 

お気になさらず! というようなニュアンスが何となく伝わってきてほっとしつつ、詐貌天は森の中を歩き出す。

 

それから2時間。6体の月棲獣(ムーン・ビースト)達に囲まれながらゆっくりと森の中を探索する内に、詐貌天は段々と上機嫌になっていった。

 

「まさか本物の森の中を歩ける日が来るとは……お、この草は毒に使えるな。効果は大して強くないけど、一応とっとこう」

 

少しだけ取得していたレンジャーとポイズンメーカーのスキルをフル活用して、発見した薬草などをいくつかアイテムボックスに放り込んでいく。作業がひと段落したら思い切り深呼吸して自然を満喫する。月棲獣(ムーン・ビースト)達が「なにやってんのこいつ」といった感じで顔を向けてくるが、気に留めない。

詐貌天がリアルで暮らしていた世界は環境汚染が深刻化し、特に大気の汚れっぷりと来たら、特殊なマスクが無ければ外など歩けたものではないほどで、このような自然探索は望めない状況だった。ユグドラシルであれば森のフィールドは確かにあったが、五感が制限されているのでどうしても”作り物の映像”の域を出ない。

それに対しこの森は素晴らしい。リアルではそれほど自然に関心のなかった詐貌天だったが、この森がどれだけ素晴らしい物なのかは分かった。自分が今、得難い経験をしているという高揚感が彼を小躍りさせる。

 

「しかし、ここってユグドラシルなのかな? それとも全く違う世界か……」

 

少なくともサービス終了直前に今は亡き拠点が浮遊していた辺りにここまで深い森は無かったはずだ。

 

「ま、誰かに会ったら聞いてみよう」

 

その辺りは疑問ではあるが、何の情報もない今の状態では答えなど出ないことは分かり切っているため、それ以上深く考えずにまずは自分以外の誰かを探すことにした。

そうしてさらに4時間ほど経過した頃。

 

「生命体といえばめっちゃ弱いモンスターが何匹か遠くに見えたくらいか……流石にここまで同じような木ばっかり続いてると薙ぎ倒したくなってくるな」

 

どれだけ歩けども、会話ができるレベルの知性を持った存在に会うことは未だできないでいた。最初こそこの美しい自然に感動し、景色や緑の匂いを楽しんでいた詐貌天だが、もともと自然愛好家という訳でも無かったため早々にその感動も薄れていき、もはや視界を遮る鬱陶しいものくらいにしか感じなくなってきていた。いっそアイテムで広範囲攻撃魔法でも発動して切り開いてやろうか。などという考えが一瞬頭をよぎるが、もしそこにプレイヤーでも居たら目も当てられないことになる。苦い顔になりながらも我慢して歩き続ける。

 

そうしてさらに2時間後。

 

「……こんなことしなくても〈飛行(フライ)〉使って上から変わったところ探せばいいじゃねーか!」

 

このことに気づくまで実に8時間を要した。早速、一日一回だけ〈飛行(フライ)〉の魔法を使うことができる腕輪を取り出して装着すると、詐貌天は木々の間から上空に飛び立った。

 

(あ、超あっさり見つかったわ。湖か……ん? ちょっと遠いがあの辺は木が枯れてるのか? 真ん中のやたらデカい木だけは枯れてない……あの辺は絶対ヤバいな。一人で行くのはやめとこう。とりあえずあの湖の方に行ってみるか)

 

このまま飛んでいくには〈飛行(フライ)〉の持続時間が足りないため、詐貌天は見つけた湖、および危険地帯と思われるエリアの方向を記憶して地表まで降りると、月棲獣(ムーン・ビースト)を連れて湖を目指し、歩き始めた。

そして2時間後。

それまでと違い、とりあえずの目的地がはっきりしているため詐貌天の足取りは軽かった。

 

「さて、そろそろ着くな。誰か話のできるやつが居るといいけど……」

 

その呟きを合図としたかのように、進行方向を警戒していた月棲獣(ムーン・ビースト)達がが次々と何者かの存在を多数探知した。警戒を強めながらしばらく進むと目的地の湖が木々の隙間から見えてきた。

 

「この音……誰かが戦ってるのか?」

 

目立つ月棲獣(ムーン・ビースト)を後方に下げ、盗賊のスキルで潜伏しながら様子をうかがう。

 

「あれは……トロールと、蜥蜴人(リザードマン)か」

 

湖の傍では二本足で直立したトカゲのような亜人、蜥蜴人(リザードマン)と、筋肉ダルマとでも表現すべき見た目の亜人、トロールの集団同士がぶつかり合っていた。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

「くっ!」

 

トロールの中でひと際巨大な個体が力任せに振り下ろした剣を、飛びのいて躱す蜥蜴人(リザードマン)。その手には氷を削り出して作ったような幻想的な剣が握られている。

剣を振り下ろしたトロールは凶悪な笑みを浮かべて蜥蜴人(リザードマン)に語り掛ける。

 

「中々素早いな、蜥蜴! 名はなんという? 東の地を統べる王であるこのグに名乗ることを許してやる!」

 

トロールの名を聞いた蜥蜴人(リザードマン)と詐貌天の声が偶然にも重なった。

 

「「……グ?」」




現地勢登場(人間とは言ってない)

ちなみに詐貌天のレベル構成は以下の通りになっております。
怪盗詐貌天
合計LV95(最後にPKされて下がった)
種族:合計30
二重の影〈ドッペルゲンガー〉LV15 
上位二重の影〈グレータードッペルゲンガー〉LV10 
這い寄る混沌〈ニャルラトホテプ〉LV5

職業:合計70→65
ローグLV10 
アサシンLV5 
マスターアサシンLV5 
ポイズンメーカーLV5 
レンジャーLV10 
怪盗〈ファントムシーフ〉LV5 
無限面相LV5
収集家〈コレクター〉LV5(PKにより10→5) 
贋作師〈イミテイタ―〉LV5 
ミニマムLV5 
ガンナーLV5(大型アップデートの時にノリで取った。その結果、偶然にも怪盗への転職条件を満たした)


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第三話 東の巨人と蜥蜴の戦士

前回のあらすじ 「グ」


「……ん? あ、ああ……お前はグという名前なのか。なんというか、その……力強い名前だな……ああ、名乗るのが遅れたな。俺は緑爪(グリーン・クロー)族のザリュース・シャシャという」

 

力強い名前、といわれた辺りで機嫌のよさそうな顔をしていたトロールのグだが、蜥蜴人(リザードマン)、ザリュースの名を聞いた瞬間、その表情を嘲笑の色に塗り替え、辺りに響き渡るような大声で笑い出した。

 

「ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ! 臆病者の名前だ! 俺のような力強き名前ではない、情けない名前だ!」

「えぇー? ひどくねえかアイツ……ほら、ザリュース君めっちゃ怒ってるよ? なんかシューシュー言ってるよ?」

 

木の陰に隠れて様子を見ていた詐貌天(さぼうてん)は軽く引きながら観察を続ける。

ザリュースという蜥蜴人(リザードマン)はグという変な名前に困惑こそしたものの、一応フォローのようなものを入れていたというのに、こちらは散々な言いようである。蜥蜴人(リザードマン)の表情など詐貌天には分からないが、ザリュースがグの態度に怒りを覚えた様子である事だけはハッキリとわかった。

 

この様子だと、トロール達よりは蜥蜴人(リザードマン)に味方した方が得になる……というより、リーダーらしきあのトロールには話が通じそうにないと考え、場合によっては蜥蜴人(リザードマン)を支援しようと、月棲獣(ムーン・ビースト)達をいつでも戦場を狙える位置にこっそり移動させ始めた。

 

 

「この名が臆病者……だと?」

 

名を貶されたザリュースは不快感を露わにする。

自分の部族から離れて旅をしたことのある彼は、その道中で強大なアンデッドに遭遇し、敵わないと判断して逃げ出した事があった。その時の自分を指して臆病者と言われれば、強く否定はできない。

しかし目の前の変な名前のトロールは自分の名前が臆病者のそれだと言う。行動ではなく名前を指して臆病者呼ばわりとはどういう了見だ。名前を聞いた時と同様の困惑と共に苛立ちがこみあげてきて、無意識のうちにシューシューと威嚇音を立て、剣を握る手に力が入る。

しかし怒りに任せて無暗に突っ込んだりはしない。グの力強さはここまでの短い攻防で嫌というほどわかっていた。おそらく自分よりも強い。少なくとも闇雲に戦って勝てる相手では決してない。

 

(それに先ほど奴が言っていた言葉。東の地を統べる王……という事は奴があの”東の巨人”である可能性が高い。ならばあの傲慢も納得がいく。それだけの力があるという事だ。しかし、奴が東の巨人であるなら、何故自分の縄張りを離れてこちら()側にやってきたんだ?)

 

「何をボーっと突っ立ってる、臆病者!」

 

一瞬だけ思考に捕らわれかけたザリュースに向けて、グの持つグレートソードが振り下ろされる。ザリュースは再び跳躍してなんとか回避した。

 

「くっ! とんでもない怪力だな。一撃でも受ければ……」

「ちょこまかと!」

 

一回の攻撃速度はザリュースであれば躱す事はそう難しくない程度のものだったが、自慢の怪力をいかんなく発揮した連続攻撃の前に、反撃に転ずることができず、その顔には徐々に疲労の色が浮かび始める。逆にグの方も攻撃を当てることができずに苛立ちを募らせていく。あとはどちらが先に疲労で隙を見せるか、という勝負になる。しかしこのままでは不利なのはザリュースの方だ。ゆえにザリュースは剣の一撃を躱した直後、手にした氷の剣――蜥蜴人(リザードマン)達の間に伝わる四大至宝の一つ、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)――でグの剣を叩き始めた。

 

「?」

 

その奇妙な行動にグは一瞬眉を顰めるが、次の瞬間にはグレートソードを持ち上げ、再び振り下ろした。そしてザリュースはそれを躱し、また凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)を叩きつける。

再び振り下ろす。躱す。それを叩く――――――――――何度繰り返しただろうか。やがてザリュースの息が上がり始める。やがて隙ができてしまうだろう。だが、ザリュースはすでに勝利を確信していた、グの方も、徐々に体の異常と共に焦りを感じ始めていた。先ほどから全身を妙な寒気が包み込み、手はかじかみ、腕はしびれ……やがてグレートソードを持ち上げる事すら困難になってしまうのでは無いかとすら思えるほどに、自らの体がが急速に疲労していくのが分かった。

 

これはザリュースの持つ凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)の能力によるもので、その効果は切り裂いた対象に追加で冷気ダメージを与えるもの。そしてその効果は武器を合わせることでもわずかながら発揮される。これにより、ザリュースがグレートソードを叩くたび、グの体は少しずつ冷気ダメージによって蝕まれていき、結果としてグの方が早く体力の限界を迎えようとしていた。

凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)には他にも持ち主の冷気耐性を向上させるものと、1日3回だけ使用できる冷気系の必殺技、氷結爆散(アイシー・バースト)がある。しかし冷気耐性は物理的に殴ってくるだけの相手に意味はないし、氷結爆散(アイシー・バースト)はすでにここまでの戦いで使い切ってしまった。

 

さらに何度か攻防を続け、このままでは先に動けなくなるのは自分の方だと、グの武器を振ることと獲物を食う事しか考えない脳みそでも理解できた―――――そう、()()()()()()()

グが再び振り下ろしたグレートソードを、ザリュースはやはり飛びのいて躱す。そして同じように凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)でグレートソードを叩こうとした瞬間、背後から強烈な敵意を感じて別方向に再び飛びのく。一瞬前までザリュースがいた場所を、棍棒――落ちていた木をそのまま使ったような雑な物――が深くえぐっていた。グの配下のトロールが加勢してきたのだ。

 

そして新たな敵に気を取られたその一瞬は致命的な隙となった。

 

「がぁあ!」

 

背中に走った鋭い痛み。振り返ればそこにはグレートソードを横に振り切ったグの姿があり、ザリュースは背中を斬られたことを理解する。続いて全身を襲う猛烈な倦怠感。グの持つグレートソードに備わった特殊能力。それは筋力低下の効果がある毒が常に刀身を流れ続ける、というもの。これに斬られれば当然その毒を受けることになる。

ザリュースはこれまでの疲労と、斬撃によって受けたダメージも合わさり、戦う力が急速に失われていくのを感じた。そこへ新手のトロールによる殴打の追撃が加えられる。

 

「ぐっ……」

 

すぐに立っていられなくなり、地面に凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)を突き立てて杖のようにし、辛うじて倒れ込むことだけはしなかった。だがもはや勝敗は決した。手下のトロールが加勢したことを卑怯などと言うつもりはない。もともと乱戦であり、グを相手に決闘していたわけではないのだから。それでも、あと少し乱入が遅ければ勝てていたかもしれない。などと、つい考えてしまう。

 

「トドメだ臆病者! お前も、ついでにそこらの蜥蜴どもも、みんな喰ってやる!」

 

勝ち誇った顔でグレートソードを振り上げるグの姿が、霞み始めたザリュースの視界に映る。あの怪力を防ぐのは無理だ。回避しなくては確実に死ぬ。しかし、体が動いてくれない。

 

「ここまで……か」

 

ザリュースは薄れ始めた意識の中で、せめて集落のメスや子供たちは生き延びて、部族をつないでくれることを祈った。

 

「生け簀……完成させられなかったのは、無念だ」

 

戦闘中だというのに思い出したのは湖に作っていた生け簀の事だ。あれが完成すれば、安定して魚を得ることができ、部族の食糧事情を解決できたものを。うまく魚が育てば真っ先に持って行ってやると言ったら、兄のシャースーリューは分かりやすく尻尾を地面に叩きつけて喜んでいた。ここで自分が死ねば全てが無駄になる。

 

「ああ、死ぬわけにはいかんというのに……」

 

自らの頭めがけて迫ってくるグレートソードの動きが、やけにゆっくりに見えた。

 

 

 

 

「よし今だ! 殺れ!」

「「「「「「ギギギッギギギギギィ!!」」」」」」

「ぐぎゃあああああ!?」

 

グレートソードがザリュースの頭に届く直前、突如としてグとその部下は悲鳴を上げながら真横に吹き飛んだ。

 

「な……なんだ?」

「ほーらザリュース君、おいしい回復薬(ポーション)だよー」

「!? うっぷ、よ、よせ! 誰だお前!? がぼッ!?」

 

呆気に取られているところを、間の抜けた声と共に頭から謎の液体を大量にぶっかけられ、ザリュースの混乱は加速する。

 

「い、一体何なんだ!? ……ん? 傷が」

 

気づけば斬られた背中の痛みは癒え、毒による全身の倦怠感もきれいさっぱり消え失せていた。頭から大量に浴びせられた液体は本当に回復薬(ポーション)だったのだろう。

誰かは知らないが礼を言おうとして、ザリュースは振り返り、絶句した。

そこにいたのは、まさに異形の怪物と言うにふさわしい、おぞましい存在であった。その手には空の瓶が数本握られており、たった今ザリュースに回復薬(ポーション)を使ってくれた存在だという事は分かった。しかしその肌は緑色で、漆黒の棘がいくつも生えており、優しく抱擁するだけで相手を容易に死に至らしめるであろう、凶悪な構造の体をしている。その体を人間が着るような服で無理やり包み込み、燃え盛る三つの眼でザリュースをのぞき込んでいた。

 

「な、なんなんだ? お前――――」

「何者だお前は!? 何しに現れた!?」

 

ザリュースが絞り出すように問おうとしたのを、起き上がったグの大声が遮る。名を問われた異形が、目以外は口すらない顔でありながら、不敵に笑ったように見えた。

 

「何しに来たか? ()()()()()()()()を、頂きに来た。それと名前だったか。では勇敢な名を持つグに名乗らせてもらおう。怪盗・詐貌天(かいとう・さぼうてん)。卑怯で下劣で強欲な、臆病者の名前だ」




観察した結果、この場に(プレイヤー基準で)雑魚しかいないと分かったので正体晒してやりたい放題する事にしたサボテン。下種である。


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第四話 怪物の強盗、略して怪盗

前回のあらすじ サボテン「我が名は臆病者(キリッ」


(ふっ……決まった。一度やってみたかったんだよこういう登場の仕方。ユグドラシル時代はスキル全開で隠れるのがデフォだったからなぁ)

 

シュバッ とか、ビシィッ というような音が聞こえてきそうな、キレのある動きで両手を上げ、体でYの字を描くポーズを決めた詐貌天(さぼうてん)は、よそのギルド拠点に忍び込んでアイテムを盗み出していた頃のことを思い出し、感慨深い気分に浸っていた。

ユーザー名と同じ〈怪盗〉の職業レベルを手に入れて最初は大喜びしていたのだが、他のプレイヤーに対してフィクションの怪盗のように予告状を送り付け、サーチライトの元に派手な登場をかまそうものなら拠点防衛ゴーレムに叩き潰されるか、待ち構えていたギルドメンバー総出で囲んで棒で叩かれる(PK)等の悲劇が待っていた。そのため結局は気配を殺してコソ泥のように動くしかなかったのだ。

 

(今この場ならかっこいいロールプレイし放題だ! 出来れば人間種相手にやりたかったところだけど、まあ予行練習だと思おう)

 

などと、詐貌天が心の中で大はしゃぎしているのとは裏腹に、先ほどまで叫び声や武器を叩きつける音の鳴り響いていたはずの戦場は、まるですべての音を奪われたかのように静まり返っていた。

トロールの集団対蜥蜴人(リザードマン)の部族の戦いに突如として乱入した異形の化け物に、周囲の視線が集まる。登場と共に何か言っていたような気がするが、ほとんどの者は直前まで戦っていたので、内容は聞いてもいなかった。唯二人だけ話を聞いていたザリュースとグだけはそれぞれ別の意味で詐貌天に視線を送る。

 

(急に現れたと思ったら自虐しだしたぞ。本当に何なんだこいつは……助けてくれたという事は少なくともこちらの敵ではないのか……?)

 

「俺の持つアイテムだと? この剣の事か!」

「確かにそれにも心惹かれるが、違う。君の左腕についてる腕輪……1日1回だけ集団で転移できるマジックアイテムだろ? 俺の落とし物だ。頂く、とは言ったが、正確には返してもらう、だな。仲間との思い出の品でね……盗品だけど

 

詐貌天が最後になんと言ったのかはよく聞き取れなかったが、これで何故東の巨人が縄張りから離れた北の湿地に現れたのか、ザリュースは合点がいった。

 

「そんなとんでもないアイテムがあるとは……しかもそれが東の巨人の手に……」

 

集団で転移できる。どれだけ高位の魔法であるのか想像もつかないが、そんなことができるというなら、それはつまり敵の本拠地を、戦闘準備をする間も与えず襲撃できるという事だ。かつて蜥蜴人(リザードマン)の間でも戦争があり、ザリュースの属する緑爪(グリーン・クロー)族は勝利したが、もしそんなものを相手側が持っていたら結果は間違いなく変わっていただろう。

実際、何の前触れもなく集落の目と鼻の先に出現したトロールたちへの対応は遅れ、戦闘は蜥蜴人(リザードマン)側にとって圧倒的に不利な状態から始まった。おかげでザリュースは切り札の氷結爆散(アイシー・バースト)を3回使い切った状態でグと戦う羽目になったのだ。間違いなく、超が幾つも付くほどの一級品アイテムである。

 

そしてそんなアイテムの本来の持ち主であるこの化け物も、自分たちとは明らかに桁の違う存在だという事は、この場にいる全員が、心の底から湧き上がる恐怖と共に感じ取っていた。これは詐貌天の種族、這いよる混沌(ニャルラトホテプ)の持つ常時発動型特殊技術(パッシブスキル)、〈宇宙的恐怖〉の効果で、効果対象となったものはレベルに関係なく高確率で恐怖状態、中確率で錯乱状態、低確率で気絶状態にすることができる。ただし悪魔やアンデッドなどには一切効かないうえ、精神耐性系のアイテムや、獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)などの魔法で簡単に軽減、もしくは無効化することができるため詐貌天は微妙スキルだと思っていた。それでも戦闘中に余計なひと手間をかけさせたり、耐性を上げるため装備の枠を一つ潰させる等、間接的な有用性はそれなりにあるのだが。

 

スキルの影響によって動けないザリュースが必死で思考している目の前で、詐貌天とグの会話は続く。

 

「気づいたら知らない場所にいたのはこの腕輪のせいか!」

「効果も知らないのに発動させたのか? というか気づいてなかったのか……まあいい。大人しく返してくれると、こちらも手間が省けて助かるんだが、どうする?」

「お、俺が臆病者のいう事を聞くと思ったかぁ! お前も殺して食ってやる!」

「……食えるところあるのかな、俺」

 

自らの頭に向けて渾身の力を込めて振り下ろされたグレートソードを、詐貌天はそんな間抜けなことを言いながら、事も無げに片腕で受け止めた。

 

「な、なんだと!?」

 

グの悲鳴に近い驚愕の声が響き渡る。周囲のトロールはもちろんのこと蜥蜴人(リザードマン)達も、声には出せないものの、詐貌天から発せられる圧力に晒されながらも攻撃に移ることができたグに戦士として尊敬の念を抱き、そしてその直後、グと同様に驚愕する。

東の巨人たるグの腕力はこの場の誰もが嫌というほど知っていた。それに加えて戦士としての技量に目覚めた、ウォートロールとでもいうべきグの振るう剣の威力は正に覇者の一撃であり、それを受け止めようとすれば防御ごと両断されるか、そのパワーで潰されることになる。それが分かっていたからザリュースもグの攻撃を躱し続けていたのだ。しかし目の前の異形はあっさりと防いで見せた。トロールたちが目に見えて動揺し始める。当然だ。自分たちの長であり、最も強者であるグの攻撃が一切通じていないのだから。

 

(……予想外にちょっと痛い。上位物理無効でもあれば完全に平気でいられたのかね?)

 

そして当の詐貌天はというと、剣を受け止めた衝撃による痛みを頑張って堪えていた。全身に生えた漆黒の棘は獣人系種族の爪や牙と同じく肉体武器という扱いであるため、ダメージをそれほど受けずに物理攻撃を受け止めることができる。戦士職のプレイヤーからはこれが地味にウザいと評判であった。しかしあくまでダメージを「それほど」受けないというものであり、攻撃はしっかりと喰らっている。人間化を解除してレベル95のステータスに戻った今の詐貌天からすれば微々たるものではあるが、ダメージはダメージ。歩いていてその辺の角にぶつかった程度の痛みはあった。

攻撃を受け止められたグは慌ててグレートソードを引き戻し、再び全霊を込めて振り下ろそうとする。

 

(そう何度も受けたいもんじゃないな)

 

詐貌天は素早くアイテムボックスに手を突っ込むと、リアルで昔使われたという、レッド9と呼ばれる拳銃を外装の参考にした魔導拳銃を取り出す。

 

「〈炎弾(ファイアバレット)〉」

 

次の瞬間、破裂するような音と共に弾丸が発射され、振り上げたグの右腕に大きな穴が開いた。

 

「ぎゃアアアアアア!?」

 

当然、グは悲鳴を上げてその手の武器を地面に落とすこととなる。詐貌天の乱入時に受けた槍の傷同様、トロールの再生能力によってすぐに傷はふさがるかと思われたが、傷が治る気配は一向にない。見れば腕に開いた穴からは肉の焼けた臭いと共に煙が上がっている。放たれた弾丸から炎ダメージが与えられたという事だ。

 

「やっぱり傷口を燃やせば再生しないか……さて、一応もう一度聞いておこう。腕輪を返してくれないか?」

「お、お前たち! こいつを殺れ!!」

 

詐貌天からの問いには答えず、グは無様に周囲のトロールたちへと吼える。しかしトロールたちに動く気配はない。当然だ。ただでさえ〈宇宙的恐怖〉の効果で恐怖に捕らわれているうえ、目の前の相手が明らかに自分たちなど歯牙にもかけない強者だと知れば、戦いに参加しようなどと言う勇気が沸いてくるはずはない。トロールたちはただ、目の前の化け物が自分たちの方へ意識を向けないよう、大人しく縮こまっている事しかできなかった。

 

「く、くそおおおおおおお!」

 

グは動かなくなった右腕をだらりとぶら下げたまま、左腕で詐貌天に殴りかかる。この棘だらけの体を素手で殴ろうなどとよく思えるものだと感心するが、先ほどの剣の攻撃で、格下の攻撃だろうと当たれば痛いという事を知った詐貌天はわざわざ当たってやるつもりなどなかった。

 

「〈炎弾(ファイアバレット)〉」

 

再び炎ダメージを与える弾丸が発射され、グの左こぶしを砕き、再生しないよう焼き尽くす。手首から先がなくなった左腕から、集団転移の腕輪がずるりと落ち、装備が解除されたことでグの腕に合わせて巨大化していたのが元のサイズに戻った。詐貌天はサッとそれを拾い上げ、銃口をグに向けたまま宣言する。

 

「集団転移の腕輪、確かに返してもらった。さて、もう君に用はないんだが、どうする? 戦士らしく死にたいならそうしてやるが?」

「ひっ……ひャァアアアア!!」

 

銃は今まで見たこともないものだったが、それを向けられるというのが何を意味するのか。2度の〈炎弾(ファイアバレット)〉を受けて両腕が使い物にならなくなったことで嫌というほど理解したグは、詐貌天のスキルによる恐怖に耐えられず錯乱状態に入り、背中を見せて逃げ出した。詐貌天はその背を撃つというようなことはしない。グに言った通り、アイテムさえ帰ってくれば用は無い。話は蜥蜴人(リザードマン)に聞けばよいのだから。詐貌天が銃を構えてぐるりと辺りを見渡すと、その場の誰もが震えあがり、中には腰を抜かす者までいる。

 

(なーんか、怪盗というより昔のドラマの銀行強盗になった気分……)

「さて、トロールの諸君。君たちのリーダーがあっちに走っていったけど、追いかけなくていいのかな?」

 

その言葉を聞いた瞬間、トロールたちは弾かれたように駆け出し、グの逃げていった方向へ去っていった。

 

(あいつら、主人の剣拾っていかなかったな。まあいいや。もらってしまおう)

 

グが落としていった毒のグレートソードをアイテムボックスに放り込んだ詐貌天は、トロールが残らずいなくなり、どうしていいか分からず呆然と立ち尽くす蜥蜴人(リザードマン)達に向け、務めて明るい口調で語り掛ける。

 

「さて、蜥蜴人(リザードマン)の諸君……話をしよう」

 

燃え上がる三つの眼を向けられながらの言葉に、ほとんどの蜥蜴人(リザードマン)は全てを奪われる覚悟をしたという。




月棲獣たち「「「「「「ギ(暇)」」」」」」

早く現地の人間出したいけどもうちょっとかかりそうですね……


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第五話 プレイヤーの影

前回のあらすじ
サボテン「ヒャッハー! 落としたマジックアイテムだァ!」
グ「渡さんぞ! くらえ!」
サボテン「グの骨頂! 効かぬわ!」
グ「逃げろぉ!」

↑グの骨頂って書きたかっただけです、はい。


「よっ……はっ! ……ダメか」

「なあ……いったい何をやってるんだ? 邪悪な儀式とかではないんだよな?」

 

蜥蜴人(リザードマン)緑爪(グリーン・クロー)族の集落を襲っていた東の巨人、グを横から襲い、アイテムを奪い追い払ったその翌日、大湿地付近の木陰で6体の月棲獣(ムーン・ビースト)に囲まれながらクネクネと奇妙な動きを繰り返していた詐貌天(さぼうてん)――ちなみに常時発動型特殊能力(パッシブスキル)の〈宇宙的恐怖〉はトロールたちが居なくなった段階でオフにしている――は、後ろからかけられた声に振り返らず応える。

 

「おお、ザリュース君。いやね、この鏡……遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモート・ビューイング)って言うんだけど……使い方がっ! ふんっ! よくわからないんだ。ホァア!」

「その……お前の動きを皆が不安がっているんだが……」

「マジか。ゴメン……でもこれ結構便利だからさっさと使えるようになっときたくてさ……ってあれ? できたわ。広範囲を映すにはこうするんだな」

「これは……まさか、ここを上から見た様子が映っているのか?」

 

鏡には当然、詐貌天とザリュースが映っている。ただし正面ではなく、彼らを囲む月棲獣(ムーン・ビースト)や、周囲の木々と共に上から小さく映っていたのだ。ザリュースは思わず上を見渡すが、空には虫や鳥の一匹すら発見できなかった。

 

「しかも映す場所をこうして移動できる」

「お? おお! これはすごいな!」

「建物の中は見えないけどな。さて、試しに昨日のトロールたちがどうしてるか探してみようかね。こっちの方向に行ったよな……拡大して……お、足跡発見……ククク、盗賊&レンジャースキルの眼から逃れられると思うなよ?」

「……奴らには同情する」

 

苦情を言いに来たはずのザリュースだったが、初めて見るアイテムへの興奮や、逃亡した東の巨人の動向は確かに知っておきたい、等の理由から、詐貌天と一緒になって遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモートビューイング)をのぞき込む。遠巻きにその様子を眺める蜥蜴人(リザードマン)達は皆不安そうだ。元々、どちらかといえば閉鎖的な種族だった蜥蜴人(リザードマン)にとって、詐貌天の異形の姿にはたとえ助けてくれた存在だとしてもやはり警戒が強くなってしまうのだ……蜥蜴人(リザードマン)でなくても、詐貌天の場合は誰でも警戒させそうではあるが。

 

旅人……部族から離れて各地をめぐり、様々な異種族とめぐり合ってきたザリュースだからこそ、異形である詐貌天と、なんとか、ある程度、ではあるが打ち解けることができていた。故に、先日の戦闘が終わった後の詐貌天への対応は直接現場で戦っていたこともあり、ザリュースとその兄であり族長のシャースーリュー・シャシャを代表とし、そこに族長を補佐する長老会、そして豊富な魔法関連の知識を持つ祭司頭を加えた面子で行った。

結果としては蜥蜴人(リザードマン)側が一番知りたかった、結局のところ詐貌天は自分たちにとって害があるのか否か、というところは「こちらが彼の”落とし物”を所持していなければほぼ無害(多分)」と判明し、次の獲物……もとい、目的地が見つかるまでの間は集落付近に滞在していても文句は言わないという方針が決まった。触らぬ何とかに祟りなしだ。それでも今のあまりに不気味な奇行は看過できず、ザリュースが苦情係として出動と相成った訳だが。

 

そして詐貌天の側も、知りたかった情報がいくつか手に入った。まず、ここはほぼ間違いなくユグドラシルとは違う異世界である、という事。詐貌天の拠点があったアースガルズを始めとするユグドラシル内の地名を知っている者は長老の中にも居なかった。また、この世界の住人はユグドラシルプレイヤーからすると、驚くほど弱いという事も分かった。魔法を例に挙げるなら第3位階が使えれば相当の熟練者という事らしい。戦いで怪我をした蜥蜴人(リザードマン)達を、恩を売ることも兼ねて治癒してやろうと、アイテムと巻物(スクロール)で広範囲化した大治癒(ヒール)を使ったのだが、話を聞いた祭司頭は「第6位階ィ!?」と叫び、顎が外れたのかと思うほど口をあんぐりと開けて固まってしまった。蜥蜴人(リザードマン)にそんな顔をされると、こっちを食うつもりかという気がしてくるのでやめてほしい、などと思ったが、詐貌天の容貌もこっち見るなとか、それ以上近寄るな(刺さるから)とか言われそうなものなので、どっちもどっちである。

それとどうやらこの世界にも人間はいて、社会を作り上げているらしい。

 

これらの情報も、地名に関しては蜥蜴人(リザードマン)が知らないだけという可能性がある。強さに関しても、ゲーム的に言うなら高レベルの者に、誰も会ったことがないというだけかもしれない。それでも何も情報がないよりはずっといい。不確かな情報でも一応知っておけば、別の者に確認をとって精度を高めることができるのだから。

 

「さて、もうすぐ見えるんじゃないかなっと……」

 

足跡をたどりながらすさまじい速度で遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモート・ビューイング)に映る景色を移動させていく。先日グが逃走してからの経過時間と、予測されるトロールたちの移動速度からすればもうすぐ鏡の映像内にトロールたちを捉えることができるはずだった。そして予想より少し早く、その姿が鏡の中に映し出される。ただし……

 

「……全員、死んでいるだと!?」

「ありゃ? リーダーがほぼ戦闘不能とはいえ、こいつらこの辺では相当強い部類なのよな?」

「そのはずだが……」

「んー、グはともかく、ほかの奴に外傷がない……傷は治ったとして、毒でも喰らったか……いや、苦しんだ様子がない。このレベルの奴らが一瞬で死ぬような強力な毒か、即死系の魔法やスキルか……まさか、やったのはプレイヤーか?」

「ぷれいやー……お前のような奴らの事、だったな……」

「そうそう。真正面からヨーイドンでやりあったら、多分俺じゃ絶対勝てないやつら」

 

詐貌天が絶対に勝てない、と聞いたザリュースは身震いする。それはいったいどんな化け物なんだと。しかし詐貌天からすれば当たり前の事だった。元々正面から殴り合うよりも隠れて先行し、敵の戦力を探る、罠を解除する等のサポートに重点を置いた盗賊職をメインにしているうえ、かと言ってそれに特化しているわけでもなく、レンジャーやガンナーの職業(クラス)レベルを中途半端に上げ、〈収集家(コレクター)〉や〈贋作師(イミテイター)〉等のアイテム管理、生産系の職まで取っていることでさらに戦闘力は低くなっている。しかもスキルの数を考えれば種族レベルは一切上げない方が強いキャラを作れる、というのが通説である中、種族レベルを30も上げている、完全なロールプレイ用ビルドだ。

 

極めつけに、ユグドラシル最後の瞬間にPKされた事で今はレベルダウンしている。ある程度強さを求めた100レベルプレイヤー相手に正面から戦って勝てるわけがない。もっとも正面から戦った事などほとんどないのが詐貌天というプレイヤーなのだが。グと真っ向から戦ったのは相手があまりに弱いので調子に乗っていただけである。もしグが100レベルだったら、集団転移の腕輪だけはあらゆる手段を駆使してスリ取り、蜥蜴人(リザードマン)達は見捨てて逃げていただろう。

 

「距離的にこいつら、ついさっきまで移動してたはずなんだよな。つまり、たった今死んだばかりだ……やった奴は多分まだこの近くにいる」

 

詐貌天はそう言いながら少しずつ表示範囲を拡大しながら捜索を始めるが、数分ほど探したところで不意に遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモートビューイング)に亀裂が入った。

 

「なんだ? 割れたぞ……」

「退避いいいいいいいいいいい!!」

「!?」

 

詐貌天の叫びと同時にザリュースの視界は光に包まれ、思わず閉じた目を開くと、そこは先ほどの木陰ではなく、集落のど真ん中であり、突然現れたザリュース達に皆困惑している。

 

「……昨日の腕輪か! 本当に転移できるんだな」

「ふう、セーフセーフ……」

「おい、さっきから一体何を……」

 

事情を言おうとしない詐貌天にザリュースが焦れ始めたとき、集落の付近――遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモートビューイング)が置いてある辺り――で、轟音と共に大爆発が起こった。その勢いはすさまじく、集落の方まで風が届くほどであった。

 

「な……」

「即死攻撃に、覗き見への攻勢防壁……第3位階が凄腕レベルって情報を信じるなら、こんな事ができるのは間違いなくプレイヤーだな。俺以外にいたのを喜ぶべきか……俺に恨みの無い奴だといいけど」

「……こんなのに恨まれるとは、何をやったんだ?」

「昨日トロールたちにやったことを数百倍卑劣なやり方で大規模に……」

「納得した」

 

もし恨まれていて、ゲーム時代の事を現実となった今も引きずるタイプであれば相当危険だが、ともあれ、遠くから探れないのであれば、接触してみなければ何もわからない。

 

「ひとまずの目的ができたな。ザリュース君、世話になったって族長に言っといてくれ」

「もう行くのか」

「ほっとしているのが手に取るようにわかるぞ……あ、これ置き土産ね。宿代だと思ってくれ」

 

そう言って詐貌天はアイテムボックスからモンスター召喚系の消費アイテムを数種類取り出し、ザリュースに手渡す。どれも単体でこの集落を容易に滅ぼせるだけのモンスターを呼び出し、従わせることができるものだ。効果を聞いた周囲の蜥蜴人(リザードマン)は一斉に距離をとる。

 

「集落に直接泊めたわけではないのだが……いいのか?」

「いいのいいの。出てけって言われなかっただけ有り難かったよ。あ、プレイヤーに会ったらここは襲わないでくれってお願いしとくわ」

「そうか……感謝する」

 

こんなものを使わなければならない事態になど二度となってほしくはないが、戦争を経験している身としてはもしもの時の戦力があって困ることはない。それに、恨まれているらしい詐貌天の交渉が通じるのかどうかは不明だが、こんなとんでもない攻撃ができる存在が襲ってくる確率が減るのは非常に有り難かった。

詐貌天には未だに警戒してしまうが、その感謝の言葉だけは心から出てきたものだった。

 

「じゃあ行くぞお前ら!」

「「「「「「ギギギギギィ!」」」」」」

 

蜥蜴人(リザードマン)達は、6体の白い異形を引きつれ、東の巨人が逃げた方向へと去っていく詐貌天が見えなくなるまで見送っていた。無論、ザリュース以外は怖くて目が離せなかっただけである。




即死攻撃に、〈爆裂〉による攻勢防壁……いったい何ンガ様なんだ……


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第六話 死の支配者と百貌の神

前回のあらすじ
サボテン「プレイヤー見っけ!」


「さて、ここか……一度見て知ってたけど、見事に全滅してるなぁ……」

 

蜥蜴人(リザードマン)の集落を発って半日ほど。相手がプレイヤーであるなら元の姿で居るのは危険かもしれないため、再び人間化してから装備を変更し、トロールたちの殺された場所にたどり着いた詐貌天(さぼうてん)は、隠密スキルを最大に発揮して現場を近くの木の傍から眺める。月棲獣(ムーン・ビースト)達にも協力させ、探知系のスキルで周囲を捜索したが、トロールたちを殺害した者は既にどこかへ去ってしまったようだ。しかし地面をよく探せば、トロールたちの素足の物ではなく、靴による足跡が微かに残っていた。それも新しいもので、この場から離れるように続いている。

 

「現地人も社会形成してるって言うし、靴ぐらい履いてるだろうけど、まあプレイヤーだよな……たどってみるか?」

 

その場をいくら探しても足跡の他にはトロールの傷一つない死体が無数に転がっているばかり。死体を調べても毒の類は検知できなかったためやはり即死魔法、もしくはスキルの線が濃厚である。

詐貌天は一旦左手の革手袋を外すと、アイテムボックスから即死耐性上昇の指輪を取り出し、左手の指輪をそれに付け替える。

 

「ゲームの時ならともかく、現実で片手に一つしか装備できないのは納得いかねえ……何のために指が5本あると思ってるんだ」

「「「「「「ギッギィ?(なにいってんだこいつ)」」」」」」

「あっ こいつら……」

 

月棲獣(ムーン・ビースト)達の態度にイラつきつつ、外した指輪をアイテムボックスにしまい込む。この世界に来てから不思議に思ったことの一つで、現実になり、装備もコンソールから選ぶのではなく自分の手で装着するようになった。にもかかわらず装備の仕様がユグドラシル時代のままなのだ。詐貌天は自身のスキルで職業、種族などによる制限はごまかして装備できるが、そのスキルを使わずにグから奪ったグレートソードを振ってみようとしたら剣が手から離れて地面に落ちるという結果になった。つまり装備制限に引っかかって強制解除されたという事だろう。

また、指輪もユグドラシルでは片手に一つという制限があり、現実になった今なら左右五個ずつ装備できるのではないかと試してみたのだが、結果は”不可能”であった。

どうやらこの世界が現実であっても、詐貌天自身はあくまでユグドラシルのプレイヤーキャラクターであるという事のようだ。納得はできないが理解はできた。この辺りは接触したプレイヤーと話し合う必要があるだろう。

 

「友好的な奴であってくれよ……さて、この足跡を追いかけるぞ」

「「「「「「ギィ(了解)」」」」」」

 

詐貌天は蜥蜴人(リザードマン)の集落がある湖へ向かった時と同様、6体の月棲獣(ムーン・ビースト)に周囲を警戒させつつ、自身の探知系スキルも総動員して足跡をたどり始める。

 

しかしその捜索はわずか数分で終わりを告げた。詐貌天は不意に足跡の続く方向から自分たちの方へ高速で近づいてくる気配を感じ取った。月棲獣(ムーン・ビースト)達も同様らしく、前方に向けて槍を構える。詐貌天はすぐに月棲獣(ムーン・ビースト)達を散開して隠れさせ、自身も隠密系のスキルを全開にして近くの木の影に飛び込む。足跡の主がわざわざ引き返して来たというなら既に気づかれているのかもしれないが、しないよりはいいだろう。そうして待ち構えていると、すぐにステータスを感じ取れるほどにまで近づいてきた。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)か。それで、種族はアンデッドか? HPとMPからして多分レベル100。それも装備でかなり強化してるな……プレイヤーだ。そして戦ったら俺は死ぬ)

 

戦うという選択肢は即座に放り捨て、このまま隠れ続けているべきか、五体投地で丁重に出迎えるべきか、はたまた全力で逃走するべきか迷っている間にも距離はどんどん縮まっていく。

 

(ん? 後から別の気配が……やたらデカいな。モンスターか。大して強くないが……このプレイヤーを追いかけてる? おいおい、何で逃げてるんだ? あのプレイヤーなら余裕で倒せるだろ。相性の問題とかか?)

 

何故そんな状況になっているのかいまいちわからず首をひねっていると、やがて飛行していたプレイヤーが視線の先にその姿を見せた。

 

その姿を言い表すなら、まさに死の具現。闇を撚った糸で編み上げられたような、豪奢な漆黒のローブに身を包み、赤黒い、禍々しいオーラを身にまとったその体は皮膚も筋肉もない、骨のみの異形。およそ生気らしきものの感じられない髑髏の顔の空虚な眼窩には、全ての生命を憎むような赤い光が宿っていた。その姿に、詐貌天は見覚えがある。

 

(あれってアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターだよな……モモンガさんだっけ?)

 

ギルド、アインズ・ウール・ゴウン。”悪”のロールプレイにこだわり、某匿名掲示板においては、詐貌天の所属していた集団(クラン)、棘付き怪盗団と似たような、しかしその規模故によりひどい言われようを誇るDQNギルドである。かつてプレイヤー、傭兵NPCなど、計1500人からなる討伐隊が編成され、それを返り討ちにしたという伝説を持つ。たかだか十数人の討伐隊に何度もやられていた棘付き盗賊団とは大違いである。

 

(アインズ・ウール・ゴウンの人とは幸先がいい。比較的話ができそうな確率が高いぞ!)

 

棘付き盗賊団はアインズ・ウール・ゴウンに手を出したことは無い。ギルド拠点であるナザリック地下大墳墓がヘルヘイムの毒の沼地にあるため、アースガルズの拠点から出向くのが面倒というのもあったのだが、理由として大きかったのはメンバーの一人と個人的な取引(盗品の横流し)を頻繁に行っていたから、というものだ。よそのギルドから盗み出した希少金属やレアドロップ品等を横流しする代わりに、召喚モンスター、装備の外装データや、どこのギルドがどこで何を手に入れた、というような”お宝情報”をもらっていたのだ。

 

(最後の方は音沙汰なかったけど……元気かな、るし★ふぁーさん。あの人の場合あまり元気すぎると困るが……おっと、通り過ぎそうだな。俺には気づいてないのか)

 

見ればモモンガは速度を維持したまま進み続けている。数秒で詐貌天のいる位置を通り過ぎるだろう。そしてモモンガの後ろに目をやれば、木々をなぎ倒す騒音と土煙を上げながらモンスターが姿を現した。その姿は毒々しい紫色のオーラに包まれていてはっきりしないが、巨大な蛇のような長い体の先に人の上半身がついた形をしているのが何とか見て取れた。ナーガというモンスターに似ているが、その大きさは目を見張るほどで、何より翼が生えているという、ナーガにしては異様な姿だった。

 

「くっ! 魔法抵抗難度強化最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉!!」

 

モモンガが速度を落とさないように振り返り、巨大ナーガもどきに向かって腕を振るう。するとモモンガの目の前の空間そのものがゆがみ、対象を両断しようと襲い掛かる。第十位階魔法〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉だ。魔法的防御をほぼ無効化して放つことができる、第十位階の中でもトップクラスの威力を持つ攻撃魔法である。この魔法を、さらに魔法抵抗難度強化最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)で強化して放つというのはこの巨大ナーガもどきのステータスからして明らかにやりすぎではないか、と詐貌天は思った。

 

だが次の瞬間、それがやりすぎでもなんでもないという事と、何故この死の支配者がこの程度のモンスター相手に逃げているのか、という事。その二つを同時に理解する。

 

「嘘だろ!? 無効化しやがった!」

 

詐貌天は思わず叫ぶ。〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉がナーガもどきの体に触れる直前、見えない壁に弾かれたように消滅してしまったのだ。スキルで調べたこのモンスターのステータスからして、絶対にありえないはずの光景であった。

 

「っ! 誰かいるのか!?」

 

そして詐貌天が思いっきり叫んだことにより隠密系スキルの効果が薄れ、モモンガがその存在に気づき、動きを止めるが、この時点で姿を見せるつもりでいたので大した問題ではない。詐貌天は木の影から飛び出し、ボウガンをナーガもどきに向ける。

 

「俺もプレイヤーです! 援護します! 物理ならどうだ! やれお前ら!」

「「「「「「ギギギギギギギ!」」」」」」

 

詐貌天の指令と共にナーガもどきへ月棲獣(ムーン・ビースト)の槍が殺到する。こちらは弾かれることなくその体に突き刺さり、異形のモンスターは身もだえする。しかしやはりレベル35の低級モンスターの攻撃。トロールたちのようにはいかず、ナーガもどきはすぐに怒り狂った様子で突撃してくる。

 

「一応物理なら効くらしいな……じゃあこいつを喰らえ!」

 

詐貌天はボウガンに希少金属の矢をセットし、発射する。どういう原理なのか、通常の矢よりも数段高い威力を発揮する矢がナーガもどきの体に深々と食い込み、月棲獣(ムーン・ビースト)の槍よりも大きいダメージを与える。ボウガンに仕込んでおいた毒が矢に付着して一緒に撃ち込まれたはずだが、こちらは抵抗(レジスト)されてしまったようだ。

 

「毒もダメか……なら、スキル〈百貌の神〉〈完璧なる変装〉!」

 

ボウガンをアイテムボックスに放り込み、種族変更スキルを発動させる。次の瞬間、詐貌天は〈半魔巨人(ネフィリム)〉の種族レベルを取得し、さらに〈怪盗〉の上位職〈無限面相〉の職業レベル擬装スキルによって一時的に戦士系職業のステータスを得る。そしてボウガンの代わりにグから奪ったグレートソードを取り出し、レベル95の異形種戦士の筋力に物を言わせて思い切り叩き斬った。これは相当効いたようで、ナーガもどきは大きくのけぞって少し後退する。

 

「〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉」

 

モモンガも黙って観戦などしているつもりはない。こちらは魔法によって詐貌天と同様、戦士系職業のステータスを手に入れ、取り出した打撃特化のメイスで顔面と思しき場所を追撃する。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!」

 

とうとうナーガもどきが声を上げた。紫色のオーラの向こうから血走った双眸がモモンガをにらみつける。だがそんなもので形勢が変わったりなどしない。やがてナーガもどきは繰り返される斬撃と刺突と殴打の嵐の前に、なすすべなく絶命した。

 

「ふう……死んだな? 第二形態に変身してラウンド2とか、ないよな……?」

「……不吉な事言わないでください」

 

倒れ伏したナーガもどきを詐貌天がグレートソードの先で突っついていると、その体は急激に縮んでいき、みずぼらしい普通のナーガの死体だけが残った。

 

「あ、ナーガだったのかこいつ……」

「モンスターの強化スキルかアイテムの影響を受けていたとか……? いや、でも魔法に対する完全耐性だなんて……あ、それよりも! 加勢してくださってありがとうございます。他にもプレイヤーの方がいたんですね。私はアインズ・ウール・ゴウンのモモンガと言います」

「知ってますよ、有名人ですからね」

「ははは……あまりいい意味でじゃないですけどね。それで、あなたは?」

 

今この場でほんの少し接しただけだが、詐貌天から見たモモンガの人柄は想像以上に穏やかなものであった。正直、るし★ふぁーの所属ギルドのリーダーという事でもう少し変人ではないかと思っていたのだが。

すっかり安心した詐貌天は〈百貌の神〉を解除し、元の姿に戻り、名乗ることにした。

 

「棘付き盗賊団の怪盗詐貌天です」

「〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉!」

「あれ? ちょっと? モモンガさん!?」

 

怪盗詐貌天。その名を聞き、さらに自身のアイテムボックスに大切にしまい込んである〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン(ギルド武器)〉の存在を思い出したモモンガは迷わず逃走を選択した。

その後、詐貌天が隠れたモモンガを見つけ出して説得するのに結構な時間が掛かったという。




ガイコツ「糞! ギルド武器ハンターだ!」
サボテン「盗らないから!」

ようやく合流です。

0ribe様、誤字報告ありがとうございます!


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第七話 合流

ちょっと物理的にパソコンを触れない時期が出来てしまいものすごく遅れました。

前回のあらすじ
サボテン「はじめましてギルド武器強奪前科持ちです」
ガイコツ(無言の逃走)


「モモンガ? 誰の事です? 私の名前はダーク・ウォリアーです」

「とぼけるならせめて声くらい変えろ」

 

巨大化した謎のナーガを撃破したあと即座に逃走したモモンガをようやく発見したかと思えば転移魔法でさらに逃げられ……という事を繰り返した詐貌天(さぼうてん)は、魔法で生成した漆黒の全身鎧を身に纏ってまでとぼけ倒す目の前のガイコツに発砲する(ガチギレ)寸前であった。詐貌天の積み重なった怒りを表すように激しく燃え盛る三つの眼を見たモモンガはようやく諦めたようで、頭部を覆う兜を消し去り、骨だけの顔をさらけ出す。

 

「冷静に考えてみれば、こんな状況で他のプレイヤーから恨みを買うような真似はしませんよね。さっきも加勢してくれたわけですし。逃げてしまってすみませんでした」

「……まあ、いいですよ。他の人から見れば俺はある意味、この状況で絶対会いたくない相手だろうなってのは分かるので。さて、話ができるようになったところでとりあえず、情報交換しません?」

「ええ、そうしましょう」

 

詐貌天も取り出しかけていた銃をしまいなおし、月棲獣(ムーン・ビースト)達に周囲を警戒させつつ、これまでに得たこの世界の情報――蜥蜴人(リザードマン)の集落でのことや、そこで聞いた、どうやら人間の社会があるらしいこと、またこの世界の存在はユグドラシルプレイヤーからすると異様にレベルが低いこと等――について話し始める。モモンガは詐貌天と出会うまでに自身の魔法やアイテムの効果を可能な範囲で試していたようで、その実験結果を教えてくれる。こうしてようやく詐貌天は自分以外のプレイヤーと、この世界に来てから初の交流を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

周辺国家のひとつ、バハルス帝国の紋章が刻まれた鎧を身にまとった男、ベリュースは己の運の無さを呪う。楽な任務のはずだった。帝国騎士に成りすまし、抵抗する力もろくにない辺鄙な村を襲い、適当に何人か生かしてあとは殺し、建物は焼き払って次の村へ。それをいくつか繰り返し、あとは別に動いているらしい部隊に任せて自分たちは帰還する。このような大した危険もない任務で、自分は国のために部隊を率いたという箔を付ける事ができる。だからこの任務に隊長として参加した。しかし実際はどうだ。確かにいくつかの村への襲撃は何事もなく成功した。だがここ――確かカルネ村とか言ったか――を襲撃している最中、森の方から村人の悲鳴が聞こえてきた。最初はそんなもの、気にも留めなかった。単に森に逃げた村人が部下に斬られたというだけの事だろうと思ったのだ。しかし次に聞こえた悲鳴は聞き覚えのあるものだった。たしか先ほど話した部下の一人がこんな声だったはずだ。

 

そして次の瞬間、森の方からおびただしい数の異形の影が迫ってくるのが目に入った。

自分が狩る側の存在だと信じて疑わなかった男は状況もろくに理解できないままその首が宙を舞う事となり、そこまで行ってようやく自分が狩られる側になったのだと理解し、自らの運の無さを呪いながら、そのまま道端の虫けらのように死んだ。

 

 

ロンデス・デイ・グランプは己の信じる神に罵声を浴びせかけたくなるのを必死で抑え込む。敬虔なる信徒である彼がそんなことになっている原因は目の前に広がっていた。少し周囲を見渡せば、そこには視界を埋め尽くさんばかりの下級悪魔、アンデッド、果ては不定形の、どういう存在なのかよくわからない者まで……すぐ近くのトブの大森林内を探し回ってもこれだけの数を見つけるのは非常に骨が折れるだろうというほどのモンスターがひしめいていた。そのすべてが間違いなく人類に仇をなす存在であり、今も手近な者を見境なく襲い続けている。幸いなのはモンスター同士でも殺し合ってくれているのがあちこちで見られる事だが、襲い掛かる優先順位は人間の方が高い様で、ほとんどが大挙してこちらに駆けてくるのが見える。自分たちが全滅するのにそう時間がかからないであろうことは明らかだ。現に、そこらには何人もの騎士の死体が転がっている。

 

「撤退だ! 馬と弓騎兵を呼べ! まだ動ける者は前に! 時間を稼ぐんだ!」

 

ロンデスは震える体を抑えつけるように声を張り上げ、既に死んだ隊長の代わりに部下の騎士たちに指示を飛ばす。

突如として襲い掛かってきた暴力と悪意の波にのまれかけていた騎士たちはその声を聞いて一斉に動き出す。

何人かが剣を構えて飛び出し、後ろに下がった騎士の一人が背負い袋から取り出した笛に全力で息を吹き込み甲高い音を響き渡らせる。

これで笛の音を聞きつけた騎兵たちが後方から駆けつけてくれるはずだ。そうすれば離脱できる。

ロンデス達にとって誤算だったのは、笛の音を聞きつけたのは味方の騎兵だけではなかったという事だ。

 

「ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

雄たけびと共に下級モンスターを跳ね除けながら高速で駆けてくる()()な影を最初に認識したのは、()()に跳ね飛ばされ、7メートル以上も宙を舞う事となった騎士、エリオンだった。彼は最初、魔法で軽量化されているとはいえ、金属製の全身鎧をまとった成人男性である自分が浮き上がっている意味が分からなかった。そして空中で半回転したところで一瞬前まで自分がいた場所が見えた事で理解する。そこに立っていたのはまるで死を具現化したようなおぞましい存在。全身を返り血で暗い赤に染め、そしてそれよりも濃い真紅の目を光らせ、こちらを悪鬼のような形相で睨みつけてくる、形だけは人間の少女のような何か。

エリオンは吹き飛ばされながら、この常軌を逸した化け物とまともに対峙することなく一瞬で死ねる自分は、もしかすると幸運だったのかもしれない、などと考えながら地面に叩きつけられ、絶命した。

 

「返セ……返せェエエエエエエエエエ!! 村のみんなをォ! 私の家族を返せエエえええええええ!!!」

 

血まみれの少女がこの世のすべてを覆い尽くさんばかりの怨嗟のこもった声で喚き散らす。それだけで騎士たちの構える剣の先は小刻みに震え、鎧がカチャカチャと耳障りな音を立てる。

どうやら化け物たちの仲間という訳ではないらしく、鎖の巻き付いた獣のアンデッド、悪霊犬(バーゲスト)が少女に飛びかかるが、あっさりと片手で捕まえられてそのままひねりつぶされてしまう。その光景を見て耐えきれなくなった騎士の何人かが時間稼ぎを忘れて背を見せ駆けだすが、数歩と進まないうちに紅い光の尾を引きながらすさまじい速度で追いついた少女が、素手で鎧の背中を殴りつける。たったそれだけで逃げ出した騎士はエリオンと同じ運命をたどる。

 

ロンデスは今度こそ己の神を思いつく限りの言葉で罵倒し、運命を呪いながら、自分が血まみれの少女に殴り飛ばされ、宙を舞って死ぬまでの数十秒を震えて過ごした。

 




血まみれの覇王爆誕


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第八話 人間

前回のあらすじ
覇王「騎士とモンスターどもゆるさんぶっころ」
副隊長「神のバカヤロー!」



アンデッド、悪魔、不定形の何か、そして人間の騎士。世界の終わりを告げる最終戦争もかくやと言うような多種多様な存在がその場に集まっている。しかし、そのどれ一つとして()()()とも動かない。ただ一人を除き、全てが生命活動を停止しているからだ。それらのさっきまで命だったものに囲まれて、呆けたように座り込む血まみれの少女。彼女の名はエンリ・エモット。周囲に横たわる亡骸のほとんどは彼女がその手で殴殺したものだ。ほんの数時間前までは何の力も持たない唯の村娘であったはずの自分が作り上げた地獄の光景を、エンリはまるでそこには何もないかのような空虚な瞳で見つめている。

 

そしてそのエンリを、この死屍累々のカルネ村の近くの森から遠巻きに眺めている人影が二つ。人間に化け、緑色の軽鎧とマントに身を包んだ詐貌天(さぼうてん)と、漆黒の全身鎧を纏ったモモンガである。二人が森の中で話し合っている最中、村で兵士が鳴らした笛の音を詐貌天の召喚した月棲獣(ムーン・ビースト)が感知したため、遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモート・ビューイング)で軽く偵察した後、二人そろって様子を見に来たのだった。対話できそうな相手が全滅しているのは遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモート・ビューイング)で見ていたが、一応は異形種であることを隠せる装いにしている。当初モモンガは元々着ていた漆黒のローブを装備したうえで骸骨の体を仮面やガントレットで隠して行こうとしていたのだが、その姿を見た詐貌天の漏らした「いくら魔法詠唱者(マジックキャスター)にしても怪しすぎる」と言う評価を受けてこちらの全身鎧に変えた。

 

「……ピクリとも動きませんね、あの狂戦士(バーサーカー)少女」

「ですね……眺めてても仕方ないんで、とりあえずステータス探ってみます」

 

詐貌天は気づかれないように、遠くからでも相手の大まかなステータスを知ることができる野伏(レンジャー)スキルを発動させる。低位の魔法やスキルで簡単に妨害できるものだが、仮に失敗しても相手に察知されにくいという利点がある。結果としてはスキルは無事に発動し、モモンガ曰く狂戦士(バーサーカー)少女の状態が感覚で理解できた。

 

「さてどんな感じかね……ん? あの女、なんかすごい数のバッドステータスがかかってる? アンデッドでも構わず素手で殴ってたし、そのせいか? 他には、HPからするとレベルは40台前半……グが相当強いって話はどこに行ったんだザリュース君……いや、この頭のおかしい数のモンスターを仕留めてレベルアップしたのか?」

「でも元々それくらいのレベルが無いとこの数は倒せませんよね? いやそもそも、あれ見てください。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が死んでますよ。それも複数」

「え? ……マジだ。40台前半じゃあそもそもあれを一体倒すのもひと苦労のはず……ていうかなんだよ、森の外は蜥蜴人(リザードマン)にとっちゃ魔境か?」

 

詐貌天の記憶が確かなら、ユグドラシルにおける八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)のレベルは48。無論、現実世界でいきなりレベル48の状態で生まれてくるとは思えないので当然個体差はあるのだろうが、それでも今読み取ったこの少女のステータスで複数相手取るには非常に厳しい強敵であることは間違いない。仮にこんなものが()()()()居るなら、集落を離れて旅をしたザリュースが無事生還したのは奇跡だろう。

 

「今のレベルでアレを倒したとなると……ひょっとして例のナーガみたいにパワーアップしたとか? 場所も近いですし。と言うかこの数のモンスターも詐貌天さんがばら撒いたっていうアイテムのせいでは?」

「ナーガの件は否定しきれないですけど、少なくとも八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を召喚するようなのは無かったと思いますよ……? だからそんな目で見ないでくださいこの惨状は俺のせいじゃないゼッタイチガウ!」

「声が大きいですって……ほらバレた。こっち見てますよ?」

「あっ、やべ……」

 

思わず大きな声を出して見つかるのはこの世界に来て2度目である。詐貌天の学習能力はやや低かった。

ともあれ、見つかってしまったものはどうしようもない。

 

「諦めて話しかけましょうか。蜥蜴人(リザードマン)に言葉が通じたって話ですし、人間にも行けるかと」

「……ですね」

 

二人とも茂みから全身を出し、なるべく警戒させないように少女の方へ歩み寄る。モモンガの全身鎧はどう頑張っても威圧感たっぷりだったが。

 

 

 

エンリは森の方から現れた謎の二人組を、それまでと同じく空虚な瞳でじっと見つめる。帝国の装いには見えないので先ほどの騎士たちの仲間という事ではなさそうだが、このタイミングで現れた武装した存在に警戒しないはずはない。とはいえ、既にエンリには先ほどまでモンスターたちを相手に暴れまわっていたときのような、まるでどこかから無限にあふれ出て来るかのような力は既になく、唯の村娘に逆戻り……していないような気がするが、手足は指一本動かせず、出来ることと言えば、こちらへ向かってくる二人に視線を向ける程度。とにかくあの二人組に襲われたらいとも容易く殺されるだろう事は分かる。しかしそれはそれでいいかもしれない。家族を殺した騎士どもに復讐は果たしたし、どうせ家族も村の人間も皆死んでしまい、自分が生きていく術も無いに等しいのだから。唯一、近くの都市に住む薬師の友人の事が思い出されたが、すぐに村のすべてがなくなった絶望がのしかかり、塗りつぶされる。

 

そうしてこれから起こることが何であれ、黙って受け入れることにし、逃げるでも構えるでもなく――どうせできないのだが――ただその瞬間を待つことにした。すると、どうやらこの二人組は襲ってくるつもりはないようで、そっとエンリの前にしゃがみ込み、できるだけ怖がらせないように配慮していると分かるやさしい声音で話しかけてきた。

 

「大丈夫? ……には見えないな。ポーションがあるから、ちょっと待ってて」

 

緑のマントの男はそう言って取り出した瓶の中身をエンリに飲ませる。すると直前まで指一本動かせなかったのが嘘のように体に活力が戻ってきた。知り合いの薬師が時々村にやってきてその効能を語ってくれるため、ポーション一つで重症の人間の命が助かることもあると言うのは知っていたが、ここまで劇的な変化をもたらすものだとは思っていなかった。急激に活動を再開した体に意識が追い付かず、瞬きを(せわ)しなく繰り返したあと、ようやく自分が回復した事を理解する。

 

「えっ? あ……」

「どう? 治った?」

「は、はい……」

「良かった……とは、この惨状じゃ言いにくいけど。 えっと、俺たちは旅の人間でね。たまたま通りかかったらこんなことになってて……落ち着いてからでいいから、何があったか、聞かせてくれない?」

「何が……あったか……」

 

男の言葉を受け、帝国の鎧を着た騎士たちが突然やってきて村で殺戮を始めた光景が脳裏にフラッシュバックする。父が身を挺して自分をかばってくれた事、母が自分と妹を逃がすために囮になってくれたこと……村中から聞こえる悲鳴を背に妹の手を引き必死で逃げる最中、一人の騎士に追いつかれた。抵抗を試みたが訓練された騎士にかなうはずもなく重傷を負って倒れ、視線の先で別の騎士に妹が剣で刺されるのを見てしまった。その瞬間、何かが強く光って……そこからの記憶はひどくあいまいだ。思い出せるのは体の奥から凄まじい力があふれ、怒りと憎しみに任せて騎士たち、そしていつの間にか周囲にあふれていたモンスターを叩き潰していく光景。

不調が回復したことは却って家族を殺された悲しみと絶望が鮮明にのしかかってくる結果となったらしい。話している途中から涙と嗚咽が止まらなくなり、エンリはうずくまって何も言えなくなってしまう。

 

「ああっ、ごめん! 今は何も言わなくていいから」

「……」

 

目の前で少女に泣かれ、詐貌天はあたふたしながら助け船を求めてモモンガの方を向くが、彼は無言で村の方を見つめており会話に参加する気配がない。

 

「どうしたんです?」

「……今まで疑問にも思わなかったんですが、これだけ人が死んでいるのをみて、何も感じないんです。まるで作り物の映像でも見てるような……」

「……言われてみれば確かに。俺もそうです。そういえば拠点が落ちて焦った時も、なんか一瞬で冷静になってすぐに行動出来たんですよ……精神にもキャラの影響受けてるんですかね」

「心までアンデッドに、なんてシャレにならないですよ……」

「俺なんて邪神ですよ、流石に気味が悪……ん?」

 

己の精神の状態について一抹の不安を覚えかけたとき、周囲に潜伏させていた月棲獣(ムーン・ビースト)が村に接近する一団の気配を捉え、二人の思考は中断されることとなる。




ザリュース「ポーションの使い方が俺の時とえらい違いだな」
サボテン「ほ、ほら……か弱い村娘と戦士の違いだよ」
ロンデス「騎士の部隊全員より強い”か弱い村娘”とは」


やっとガゼフさんが出せる!


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第九話 魔の手

前回のあらすじ
サボテン「女子に泣かれた」
月棲獣「なんか変な集団がこっち来てる」
サボテン「マ?」


「あー、これか。村に転がってる騎士とは違うみたいだけど……正規兵にしては装備がバラバラだな。傭兵か何かか?」

「このあたりの常識がこちらには無いので、何とも言えませんね。人とのファーストコンタクトがこんな状況なので、仕方ないですけど」

「……」

 

月棲獣(ムーン・ビースト)から正体不明の集団接近の報告を受けた詐貌天(さぼうてん)とモモンガは、崩壊したカルネ村の中で辛うじて無事だった家のひとつにエンリを連れて立てこもり、遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモートビューイング)を使って村に接近する集団を観察していた。

詐貌天の見たところ、先頭を走るリーダーらしき男を除き、どいつもこいつも今自分の後ろで不安そうに震えている村娘に一対一で勝つことすら不可能だろう。無論、映像越しなので正確なステータスまでわかるわけではない。だがどうやらエンリが特殊な状況下で生まれた例外なだけで、ザリュース達から得た強さの基準のようなものは概ね正しい様だ。

長年必死に訓練してきた訳でもないのに、ある日急に強大な力を手に入れてしまったエンリは、これから先それを持て余して苦労することになるかもしれないな。と哀れに思う。急に力を手に入れたことに関して、自分たちプレイヤーの事は完全に棚上げである。

 

「さーて、あのおっさんどもはこの惨状を見て友好的に接してくれるかね」

「最悪、我々が大量殺戮の犯人だと疑われるのでは……」

「まあ、これだけモンスターが転がってればそっちが犯人だと思ってくれるはず……多分、おそらく、きっと……」

 

村人はともかく、モンスターと騎士の死体に関してはエンリが犯人で間違いないのだが、そこは黙っておいた方が賢いだろう。そもそも言ったところで信じてもらえないだろうが。

 

「なんと言って切り出すべきか……何かいい手は無いですか営業の鈴木さん」

「急にリアル名で呼ばないでください。あと営業だからってこんな時の対応の仕方なんてわかりませんよ」

「ですよねー……って、え?」

「どうしました?」

月棲獣(ムーン・ビースト)が何かと戦闘して……っ! 5体も殺られた!?」

「は?」

 

月棲獣(ムーン・ビースト)の見た目を考えれば見つけ次第討伐されてもおかしくはない。問題は警戒していた騎馬集団以外の存在、しかもレベル35相当の月棲獣(ムーン・ビースト)5体を即座に葬れる相手が探知に引っかからずに突然現れたという事だ。不可知化、もしくは転移を使えばそれは可能となるが、いよいよ真偽が怪しくなってきたザリュース達の情報を根強く信じるのであればこの世界にそんなことのできる強者はそうそう居ない。つまりこの存在はプレイヤーの可能性が高い。そしてプレイヤーの大半は異形種に厳しく、おまけにアインズ・ウール・ゴウンも棘付き盗賊団も恨みはこれでもかと言うほど買っている。

詐貌天は即座に窓の傍に張りつき、月棲獣(ムーン・ビースト)を潜ませていた森の方を凝視する。モモンガも即座にローブ姿に戻り、いつでも魔法で対処できるように構えた。エンリが後ろで仰天しているが未知のプレイヤーと戦闘することになるかもしれないとなれば、なりふり構っていられない。一応仮面とガントレットは装備しているのでアンデッドだとバレてはいないはずだ。

装備の変更を終えたモモンガが外の様子を伺っている詐貌天へと目を向けると、その顔が青ざめ、滝のような冷や汗が流れていることに気づく。

 

「最悪だ……」

 

そう漏らす詐貌天が一体何を見たのか、それをモモンガが問うよりも早く、奈落の底すら明るく見えるような濃い暗闇が村全体を包み込んだ。

 

 

 

 

時は少し遡る。

詐貌天達の訪れたカルネ村へと続く道を、およそ20ほどの騎兵達が疾走していた。その先頭の男は馬の上で額に皺を寄せながら、短く刈り揃えた黒髪を風に揺らす。彼は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。

国王の懐刀とも言われ、普段は王の傍に仕えるガゼフが王都を離れて辺境の村に向かっている理由は、その王から受けた命にある。

帝国騎士がこの近隣を荒らしまわっている、という情報がもたらされ、その征伐の任を負うこととなったのがガゼフ率いる王国戦士団だ。ガゼフとしても王国の民を守るために剣を振るう事には異論など欠片もありはしない。だがこの件に関して、引っかかることがいくつもあった。王の直轄領での事とはいえ、国王に対立する派閥の貴族たちが異様なほど大人しかったのだ。貴族としての特権階級意識の強い彼らは、平民出身でありながら王に重用されるガゼフを毛嫌いしており、平時であればガゼフを活躍させるようなことはしたがらない。むしろあの手この手でガゼフの足を引っ張ろうとしてくるだろう。それがどうしたことか、彼らは妨害どころかガゼフを完全武装で送り出すよう強く推したのだ。おかげで今のガゼフは最高位硬度素材であるアダマンタイト製の守護の鎧(ガーディアン)と疲労しなくなる活力の小手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)、常に自身への治癒をかけ続ける不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)、さらに戦士としての力を限界を超えて高める指輪で身を固め、鎧すらも抵抗なく切り裂く魔法の剣、剃刀の刃(レイザー・エッジ)を帯剣している。これだけの装備を身にまとったガゼフであれば、たとえ周囲の村を襲っている帝国騎士とやらが、帝国の誇るかの”四騎士”であっても無事に討ち果たして帰還することができるだろう。

故に解せない。ガゼフが迅速かつ確実に任を果たして帰還することは、その主である王の問題解決能力への評価を高めることとなる。それはそのまま国防に関する会議における王の発言力を増すことになり、自分たちがより多くの権力を握りたい貴族派閥の連中は決していい顔などしないだろう。ではなぜあの連中は自分から王に力をつけるようなことをしているのだろうか?

 

「……もうすぐ村に到着する。余計なことを考えるのは止しておくか」

 

元々ガゼフは政治的な事には疎い。貴族たちの一見すれば王に力を与える事になるような奇妙な動きも、実は己の利益のための行動なのかもしれないし、ガゼフには思いもよらないところから足を引っ張ってくるつもりなのかもしれない。いくらか考えてみたところで連中の頭の中など読みきれるものではないだろう。ならば自分は今自分にできることを全力で成すべきだ。

 

「カルネ村、だったな……無事でいてくれ」

 

今まで巡ってきた村々は最早村としての機能を果たさないほどに念入りに焼き払われていた。残るものはそうなってしまった村では生き残ることのかなわない、わずかな生存者のみ。彼らは部下の一部を護衛として近隣の城塞都市エ・ランテルまで送り届けさせたためそのまま死んでしまうということは無いが、故郷を家族と共に奪われた悲しみが消えるわけでも、この先問題なく生き残ることができると決まっているわけでもない。そんな人間をこれ以上増やすわけにはいかない。一刻も早く騎士の姿をした賊を捕えなくてはならないと、手綱を握る手に力がこもる。

そうして馬を走らせることしばし。視界の向こうにカルネ村が……否、正確にはカルネ村だったと思われるものが見え始める。

 

「なっ!? なんだアレは!?」

 

ガゼフを始め、戦士団の全てが驚愕の声をあげ、馬はその足を止める。

彼らの視線のにあったものは牧歌的な雰囲気の平和な村でもなく、蹂躙され焼き尽くされた無残な廃墟でもない。

まるでその場所だけすべての光が奪われたかのごとき闇が、村の敷地をドーム状に覆っている光景であった。




???1「各員傾聴ry」
???2「隊長! 村が謎のドームに覆われています!」
???3「あと何故かガゼフがフル装備です!」
???1「ファッ!?」


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第十話 魔の手を伸ばす者たち

前回のあらすじ
ガゼフ「貴族が変に協力的で気味が悪い」
???「なんでガゼフの装備剥がれてないの? 工作員仕事しろ」

その後「「村のところに変なドームが……」」


「ほぉ、対象の数が多いとこうなるのか。中々面白い光景じゃないか」

 

崩壊したカルネ村の敷地を覆う巨大な闇色のドーム。それを眺めながらひとり呟く()()。その姿は棘々しいデザインの紅い鎧をまとった人間のようにも見える。しかしよく見ればそうではないとすぐに分かることだろう。その何か――ややしわがれた重い声からして、性別があるなら男のようだ――の呟きに合わせて口に当たる部分が開閉し、内部には人間の物にしては広すぎる口腔に鋭い牙が並んでいる。目の部分はスリットなどがあるわけではなく緑色に発光する目が外側に二つ、貼りつくように並んでおり、面付き兜のように見えるその顔こそが素顔であることを示している。

首から下の鎧に見える部分も同様だ。男は蟲系モンスター等が持つ物と同じ外皮装甲を備えた異形種なのだ。それ以外で身に着けている物は、全身に巻き付いた、先端に刃物のついた鎖、右手に持った、外皮装甲と同じ色の足腰の悪い老人がついて歩くような杖、そして左手に持った、村を覆うドームと同じ色のオーラを纏う禍々しい銀の懐中時計。

 

「そういえば、さっき俺に気づいたのが一人いたな……こいつらの飼い主か?」

 

異形種の男の足元には焼け焦げ、切り裂かれ、凍り付いた無残な肉塊が転がっている。詐貌天(さぼうてん)が召喚した月棲獣(ムーン・ビースト)の死体だ。

 

「ここいらの連中は弱すぎて、これほどのモンスターはそうそう見かけねえんだが……やはり()()()()()か?」

 

プレイヤーにしてはずいぶん弱そうだったが……と続けようとして、思いとどまる。

 

「いや、俺が知ってるプレイヤーなんてボス達くらいだ。あの程度の奴がいても別に変じゃねえ。少なくともここいらの連中に比べればずっと強い。それに一人ってことは無いだろう。仲間の数と強さ次第では……油断したらこっちが殺られるかもな」

「うわぁ、一人でぶつぶつ言っちゃって。やだやだ、老人は独り言が多くって」

 

 

背後から聞こえた、甘ったるい高い声に男が振り向くと、薄っぺらだがしかしどこまでも続いていそうな深い闇が扉のような形を描いていた。〈転移門(ゲート)〉の魔法によって作られた、その名の通り二つの場所をつなぐ門だ。そのど真ん中から、声の主がひょっこりと顔だけをのぞかせていた。

人間の幼い少女のように見えるその顔は辛辣な言葉とは裏腹に友好的な笑みを浮かべている。それを見た男は軽くため息を吐きながら村の方へ視線を戻した。

 

「アーフィか。ったく、お前の方が年上だろうがよ……」

「やっほー、ドラーグ。ボスに言われて様子見に来たよ~」

 

異形種の男、ドラーグの年齢に関する台詞は華麗にスルーして、アーフィと呼ばれた少女は手をひらひらと振りながら全身を〈転移門(ゲート)〉から出す。顔だけであれば人間に見えていたアーフィも、全身を見ればやはり異形種だという事が分かる。ドラーグのように全身のいたるところが露骨に人間離れしているわけではないが、身に纏ったローブから覗く肌は雪のように白く、紫色の瞳をよく見ればその瞳孔は爬虫類のよう上下に伸びており、背中まである流れるような金の髪はそれ自体がキラキラと微かな光を放っている。そして最も人間離れした特徴として、背中に蝙蝠の羽が生えていた。

 

「あん? 様子見るだけなら〈遠隔視(リモート・ビューイング)〉でも使えばいいだろう。なんでわざわざ来た?」

「それが、情報系に対して防壁張ってるやつがいるみたいでさ~」

「なるほど。無理に探ろうとすれば拠点がドカン、ってこともあるのか」

「そうそう、最悪なのはモンスター放ってくる系ね。()()()来る前の襲撃みたいにゴキちゃんなんて放たれた日には……」

 

あー恐ろしい、とオーバーに自分の肩を抱いて震え始めるアーフィからまた視線を外し、ドラーグは村を覆うドームを観察する。早くも相手するのが面倒になったな~? と口を尖らせながらアーフィも隣に移動して観察を始めた。

そうしているうちにドームは徐々に膨張を始め、やがて限界を迎えたかのように破裂した。

そのあとに現れた光景を見て、アーフィは尖らせていた口を綻ばせ、そして満足そうに嗤う。ドラーグもその顔の構造上表情は変わらないが、もし表情があるならアーフィと同じ顔をしていることだろう。

 

「さっすが世界級(ワールド)アイテム。あたしたちがあそこに飛び込んだら死んじゃうんじゃない?」

「まあ、俺たち魔法詠唱者(マジックキャスター)はな。と言ってもやりようはあるが……さて、アイテムは問題なく起動できてる。俺の仕事は終わりだ、あとの観察はシモベに任せて帰るぞ」

「あれ、もう? あたしが様子見に来た意味は?」

「無い。まぁ、間が悪かったな」

「むぅ、せめて何かしたい」

「……なら帰りの〈転移門(ゲート)〉はお前に頼むか」

「おお、それだ! ではドラーグおじさま、お帰りはこちらになりま~す」

 

アーフィは再び〈転移門(ゲート)〉を発動させると、優雅にお辞儀をしながら手で自分の作り出した門を指し示す。口を閉じてさえいれば非常に様になる所作だ。

 

「だから、お前の方が年上だろうがよ……」

「悪魔だから永遠の少女だもん」

「そうかい……あ、プレイヤーはお前みたいなのをロリババアとか言うらしいぞ」

「ババっ……もしボスに言われたら立ち直れないわ」

「……ボスなら大丈夫だろ」

「だよね!? ははっ、あはははは……」

 

背後の村跡地に広がる、自分たちの引き起こした惨状に対してあまりにも緊張感のない会話をしながら、二体の異形は〈転移門(ゲート)〉の奥へ消えていった。

 

 

 

 




余所のギルド登場!(やばいのは帰ったけど) グの時みたいにはいかないぞサボテンよ……

サボテン「正体バレたら死ぬ」
ガイコツ「何やったんだろう……いや聞くまでもないか」


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第十一話 カルネ村・戦闘開始

ひっさしぶりの更新になりますね。読んでくださっていた方々、お待たせしました。
短いけどスランプ気味なのでさっさと投稿しちゃおう

前回のあらすじ
装甲蜥蜴&小悪魔「実験おわり。帰る!」


「ファンタジー世界でいまさら死体が起き上がったくらいで驚かないけど、この数はなぁ……ただひたすらキモいな、リアルのゾンビって」

(アンデッドの協力者を目の前にしてそれ言いますか?)

(モモンガさんは腐ってるわけじゃないからセーフ。それに話も通じる)

「そうですか……ところで、やばいと言ってましたが、何を見たんですか?」

「ギルド武器パクったところのNPC。もう〈転移門(ゲート)〉でどっか行っちゃいましたけど」

「えー……えぇ!?」

「なぜNPCが動いてるのかって疑問は……俺たちも自分のキャラになってるわけなので、この際置いとくとして……俺の正体がバレたらギルド総出で潰しに来る可能性が……偽名考えとかなきゃ」

「うわぁ……やっぱりこの人といたらマズイのでは」

「みすてないで」

 

さっきまで青ざめていたわりには微妙に緊張感のない調子で――おそらくスキルで沈静化されたのだろう――割と深刻なことをさらりと宣う詐貌天(さぼうてん)にモモンガが軽く引いていると、二人(?)の後ろで窓の外を見ていた少女がか細い悲鳴を上げる。モモンガがアンデッドである云々は小声で言ったこともあり聞こえていなかったようだ。

 

「外にいるの、全部アンデッド……? こんなのどうすれば……」

「大丈夫。そこにいる魔法詠唱者(マジックキャスター)のお兄さんが守ってくれるよ」

「お前も戦え」

 

暗黒色のドームが消え去った時、窓の外に広がる景色は一変していた。たった今まるで無力な村娘のように絶望に震えているエンリ・エモットによってなぎ倒されたはずのおびただしい数の死体が、モモンガと詐貌天にとっては見覚えのある毒々しい紫色のオーラを纏って一斉に立ち上がり、彼らの立てこもっている家屋に押し寄せてきたのだ。詐貌天はその集団をスキルも使用しながら観察し始める。

 

「あー、あのオーラ……ということは例のナーガはあいつらの犠牲者か。俺のアイテムのせいじゃなかったんだな。まあ魔法完全無効なんてえげつない物は流石に持ってなかったはずだし」

あのナーガと同じ(魔法が効かない)という事は、この姿に戻った意味は……」

「ないですね」

「……〈完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉」

「あ、鎧に戻った……なんだったの?」

「魔法ってすごいよねー」

 

目の前の人間(と、エンリは思っている)が一瞬で仮面とローブとガントレットの怪しい姿になったり漆黒の全身鎧になったりする珍事に、エンリは一瞬今の状況を忘れて鎧をまじまじと見つめてしまう。光沢を放つ分厚い漆黒の金属塊は、どう見ても幻の類ではなさそうだ。もちろん彼女には幻術を見破る術など無いが。

 

ちなみにこの鎧は詐貌天が拠点脱出の際に辛うじてアイテムボックスに放り込むのに成功した物の見た目を、モモンガの魔法で作った鎧に似せたものである。〈完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉の発動中は〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を含む他の魔法が使えず、実物の装備品が必要となったために用意された。一瞬で装備が変更されるのは早着替えのデータクリスタルのおかげであり、鎧が出現するのは厳密にいうと魔法ではないのだが、エンリにいきなりそこまで話しても混乱させるだけなので黙っておく。

 

「さてあのアンデッドども、全部こっちに来てるわけじゃないな……戦士のおっさん達の方に何割か……あと、残りがまた違う方向に……もしかしてあっちに誰かいるのか?」

(最初にこの村を襲った騎士の仲間かもしれませんね)

(あー、ありえそう……エンリには騎士云々は黙っときましょう。襲い掛かりかねない)

(もう大人しくなってるし大丈夫だとは思いますけど、一応そうした方が……)

「ッ! 二人とも! 来てます! 前! 前向いて!」

 

またも小声で話し始めた二人に焦ったエンリの声が飛ぶ。しかし当の二人に焦った様子は全くない。次の瞬間、詐貌天はおもむろにボウガンを抜き放つと、窓の近くにいた動死体(ゾンビ)めがけて発射する。飛んでいった矢は寸分たがわず動死体(ゾンビ)の頭を射抜くと同時に発火、近くのアンデッド達も巻き込んで激しく炎上させる。しかし不思議と周囲の建物などには燃え移らない。詐貌天はさらに窓から飛び出し、屋根の上まで登るとそこからすさまじい速度でボウガンを連射する。炎属性の付与された矢が雨のように降り注ぎ、なおかつそのすべてがアンデッド達に命中していく。

降り注ぐ炎の雨と、それにうたれて燃え盛る動死体(ゾンビ)に気を取られていたエンリだったが、ふとモモンガの姿が無くなっていることに気づいた。慌てて見渡すと、別の方向にある窓の外で、モンスターの死体から生まれた巨大な肉の塊のようなアンデッドをグレートソードで真っ二つにする漆黒の全身鎧を見つけた。その足元には同様に斬られたのだろうアンデッドの残骸が既にいくつも横たわっている。つまり騎士やモンスターを葬ってレベルの上がったエンリでさえ気づけないほどの超スピードで家から飛び出し、一瞬のうちに足元の残骸の数だけあの巨大な剣を振ったという事になる。魔法で無理やり取得したものとはいえ、100レベルの戦士職のステータスは伊達ではない。まるで十三英雄などの物語からそのまま出てきたかのような現実離れした戦闘力を誇る二人を見たエンリは、恐怖とはまた違う何かにただ圧倒され、その場から動けずにいた。

 

「すごい……」

 

つい先日まで戦いとは無縁の暮らしを送っていた彼女の語彙では、それ以外の表現を見つけられなかった。

 




魔法効かない軍団=某聖典の皆さんガチギレ


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