やはり俺の現実逃避はまちがっている。 (ソロ)
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第1話 現実逃避

※SAO開始時期少し遅め
※比企谷八幡、総武中2年生



青春とは嘘であり、悪である。

時にすれ違い、常に行き違い、埒外にまちがい続け、そして気づけば遠く過ぎ去るものだ。

 

 

 

***

11月も終わりに近づき、日の出の時間も遅くなってきた。

すでに朝方はかなり寒い。

 

そんな寒空の一晩を俺は過ごしていた。

マッ缶がさらに好きになった。

毛布と、人の温かさを知った。

そして、材木座と絶交したくなった。

 

「……ようやく、か。」

 

「長い、戦いであった。」

 

 

シャッターが自動で開き、初老の男性が姿を見せる。

「よくぞ、ここまでたどりついたな。」

「この裏路地に隠れた店の、3つの宝。」

「さぁ、受け取るがよい。」 

 

前置きはいい。早くしろ。寒いんだ。

 

 

 

***

俺の名前は比企谷八幡。

千葉の総武中2年生だ。

信条とかポリシーとかモットーとか、

そういうのはわざわざ宣言するものじゃなく、

自分の中で秘めているべきもの、という信条を持つ。

 

春から奉仕部に強制入部させられて以来、なんだか多忙な日々を送ってきたが、最近暇になった。

距離をおいたともいえるだろう。

文化祭や修学旅行の一件で、なにかと目立ってしまい、立場が悪くなったからだ。

リアルは、ボッチには厳しいものだ。

 

材木座に誘われたこともあり、そんなリアルから抜け出すことのできるものを買ったわけだ。

俺に異世界転生は起こりそうにないしな。

24時間並んで買ったものは、ナーヴギアとソードアート・オンライン。

時間はともかく、俺の貯金はすべて消えた。

 

昨日の朝、千葉県から秋葉原に向かったときは、騒然とした。

東京都内各所にて、計10000台のみ販売されたのだが、やはり秋葉原に数が集まったわけだ。

駅から、列ができていた。

 

街中も列だらけで、俺の中では諦めかけていたが、

昼なのに閉まっている店の多い裏路地で、店の前に大荷物で座り込む中学生がいたわけだ。

初対面の人に話しかけるようなコミュ力は持っていない俺だが、彼がなぜか気になった。

どこか違和感を感じたんだ。まあ、めちゃくちゃ親切なやつだったんだが。

 

話しかけたところ、いわゆる穴場の店で、この店の店長から買う約束を取り付けたらしい。

‘3台’すでに仕入れていたそうだが、欲しかったら24時間待ってみろとか言われたらしい。

腕は確かだが、ロクでもない店員だな。そして彼も了承しちゃうのかよ。

 

俺たちも便乗させてもらったわけだが、彼からおもてなしを受けた。

徹夜慣れしているのか、登山に行くような恰好と荷物を持ってきていた。

まだまだ自分たちが軽装だったことを恥じた。

 

「ふむ、これで我々は戦友だな、伊月」

 

「うむ。日本の夜明けぜよ、義輝」

 

「・・・まだ買っただけだろ。ログインしてから言え。」

 

材木座の病気に自然に乗ってくれる月村って、ほんと良いやつだな。

本人曰く、仲の良い友達は《今》はいないらしいが。

引っ越しでもしたのだろうか。

 

「おっと、駅か。連絡先交換したし、慣れてきた頃にでも一狩りしようぜ。」

 

「もちろんぞ。ともに天下を握らんとしようではないか。」

 

「おう。またな。」

 

 

「比企谷もありがとうな。1人で夜を過ごすのはキツかっただろうし。」

 

「そ、そうか。こっちもお前のおかげで買えたしな。あ、ありがとう。」

 

「どういたしまして!」

 

人懐っこい笑顔で、月村は言った。

ゲームで会えたら、まじでお礼しよう。

 

 

真剣な顔をする。

「・・・SAOになにかあるかもしれない。」

「もし、仮想世界に求めるものがないなら、ログインは待っていてほしい。」

 

 

最後にそう言われた。

それでも、俺は・・・

 

 

 

***

あれから数日後、徹夜のダメージも癒えた。

そして、今日、SAOが始まる。

全国約10000名が、口に出すだろう言葉。

「リンクスタート」

 

 

***

浮遊城アインクラッド。

全100層からなる鋼鉄の城をプレイヤーたちは登っていく。

それぞれ層には広大なフィールドがあり、街も存在する。

剣や槍、斧といった武器を持って、モンスターと《戦い》、経験値を得る。

NPC(人)と交流し、《生活》する。

まさに仮想現実である。

 

ログインした俺―Eight―は周囲を見渡す。

石でできた建物が多く、中世の街を思わせる。

多くのイケメンや美少女が《世界》に驚き、歓喜している。

 

中には急に走り出す者がいる。おそらく、βテスターという者だろう。

すでにこの《世界》を経験したものであり、戻ってきた者であり、すでにこの《世界》の住人なのである。

マ〇オやドラ〇エ、ポケ〇ンといったゲームくらいしか経験のない俺だ。

別に最前線へ加わる気はない。

 

とりあえず、《世界》を見て回ることにした。

 

 

***

はじまりの街と呼ばれる最初の街はマサラタ〇ンよりはるかに広く、すでに日が暮れてきた。

しかし、多くの者がどこかざわついている。

妹の小町に怒られるし、そろそろログアウトしようかしら。

ゲームは1日1時間なんて、足りない。ずっとこの世界にいたい。

それほど、俺はこの仮想現実が気に入っていた。

 

ただ、現実世界にはマイシスターがいるわけでそういうわけにもいかない。

たしかメニューを開いてっと。

 

「・・・ない。」

 

おかしい。違ったか。

まさかこのままこの世界に閉じ込められるのか。

 

鐘の音とともに、俺は青い光に包まれる。

気づけば、中央の広場に俺はいた。

10000人が入れるような広大な場所に次々に人が現れる。

これは、いったい。

 

「比企谷か?」

急に耳元で囁かれたので、身構えてしまう。

 

「あ、すみません。知り合いかと思ったんで。」

 

 

イケメンや美少女だらけのこの世界で見覚えのある顔。

「あ、ああ、月村か。」

「Augusな。待てって言ったのに。」

それ鉄血のオ〇フェンズじゃねぇか。

 

ともかくこの状況について聞いてみる。

 

「なあ、これってなに?」

月村は答えない。

なにかを必死に思い出しているようだった。

 

空が紅く染まり、

上空に真紅のフード付きローブの巨人が現れる。

ここで、まさか100層ボス?魔王?

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。』

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。』

 

「量子物理学者で、このゲームの開発者な。ちなみにナーヴギアの設計者でもある。」

・・・ありがとう。知らなかった。

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。』

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない。』

『・・・また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合』

『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる。』

『より具体的には・・・』

もう、俺には茅場の声は届かなかった。

何を言っているのか分からなかった。

分かりたくなかった。

 

なによりも《死》を恐れた。

今まで俺は、依頼を解決するために、自分を危機にさらしてきた。

だが、《命》をかけることが、怖い。

知らない間に《現実》の俺が死ぬことが、怖い。

 

『偽物』の《死》で、『本物』の俺が死ぬのが、何よりも、怖い。

 

揺れる瞳で映し出されたスクリーンの1つに、泣いている黒髪の女の子を見た。

小町を、思い出した。

 

 

広場から走って逃げた。

俺は《仮想現実》からも逃避した。

 

 

 

***

気づけば、路地裏にいた。

「どうする、比企谷。」

 

「Eightだ。どうするって、ここに座っていればいいだろ。どうせ意識高い系のやつがいつかクリアしてくれるに決まってる。」

 

「そうすれば、俺は死なずに済む。……そうすれば、生きていられる。」

それが、生きることへの欺瞞だとしても。

 

 

 

「そうか。エイト、俺の話聞いてくれるか。」

「俺さ。元々、大学3年だったんだ。転生ってやつだ。事故で死んでから、いつのまにか中学生に転生していた。だけど、現実とは思えない世界で、空虚な日々を過ごしてきたんだ。」

「そんなとき、前世の記憶を引き継いでいるはずの俺が、《SAO》のCMを見た時に靄がかかったような感じがした。ここに、空虚な《現実》を変えてくれる何かがあると思って、俺はログインした。」

 

 

「ごめん。まさかこんなことになるとは思わなかった。」

知るかよ、お前の過去のことなんて。

 

 

ほんとこいつは、

良いやつで、自分を傷つけていく。

由比ヶ浜と、雪ノ下の姿が頭をよぎった。

 

あの『場所』が頭に浮かんだ。

俺は、立ち上がれた。

 

困っているやつに救いの手を差し伸べる。だったはず。

 

 

「知るかよ。俺は《現実》が嫌だったから、ログインしたんだ。仮想現実。最高だ。」

 

死ぬのは怖い。

でも、もう逃げる道を選びたくない。

 

「《今》のお前は、1人のSAOプレイヤーだろうが。俺は進むぞ。どうする、月村。」

 

 

月村伊月から感じていた違和感が少しは消えた気がした。

「Augusだ。どうするって、’上’に進むしかないだろ。ひとっ走り付き合えよ。」

笑顔を取り戻す。

 

こいつとは'友達'じゃない。

ボッチ2人旅だ。

でも、背中を預ける'仲間'がいるだけで、

ちょっとは死の恐怖が和らぐ気がする。

 

 

そして、俺たちは、

前を走る黒髪のやつを追いかけた。

 

俺たちにこの《世界》の知識はない。

でも、あがいて、考えて、何をしてでも、俺は《現実》に帰る。

 

 

やはり《現実逃避》なんてまちがっている。

俺たちは、この《世界》を、『生きる』

 

 

 

 



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第2話 はじまりの戦い

あれから数週間が経った。

いまだ、第一層すら攻略できていない。

 

……100ヶ月って何年だっけ?

小町も、もうお嫁さんにいってしまう頃だろうか。

いや、おにいちゃんは許さないよ。

まだ見ぬ誰かに、可愛いマイシスターは渡さんぞ。

 

「エイト、さらに目を鋭くしてどうした?」

隣に座っているオーガスが話しかけてきた。

 

俺の目は腐っているってよく言われてきたが、こいつは素でそう言う。

なんだかむず痒い気持ちだ。

 

「いや、ちょっと、妹の将来を、だな。」

 

「ほー。良いお兄さんを持って幸せだろうな。」

 

お義兄さん呼ぶなし。

でもこいつになら、任せても……。

いや、ダメだ。

俺はここまでの1ヶ月を思い出す。

 

 

 

***

はじまりの街を出て、次の村に着いたときはすでに夜だった。

 

このゲームでは、レベルが存在する。

レベルが高いほど、HPが0になる危険性は低くなることは自明である。チュートリアルなしで、いきなりデスゲームとはひどいものだ。

俺がはじまりの街を観光していたせいですね。

 

たぶんドラ〇エのスライム相当のイノシシを狩り続けて、レベルを徹夜で上げた。オーガスのお人好しが功を奏したのか、依頼クエストで武器を得た。村に訪れる《元βテスター》を真似して、試行錯誤して生きてきた。

 

専業主夫志望の俺がよく頑張ったものである。

 

 

***

 

今は、第一層ボス攻略会議なのだが、

イガグリ頭のおっさんがβテスターに難癖をつけ始めたところから、聞いていなかった。

 

それにネトゲ用語が多くて、いまいち分からない。

 

「会議についてだけど、今パーティー決めだな。」

 

なん…だと…

班決めにはトラウマしかないぞ。

 

「委員長だったし、よくクラスの問題児と組まされていたな…」

やだ、オーガスってば、苦労人。

先生にいい子として、さぞ使われていたのだろう。

 

 

「お前らも、2人か?」

話しかけてきたのは黒髪の中学生で、同級生だろうか。

向こうには赤いフード付きローブで顔を隠した少女がいる。

 

「…そうだぞ。」

 

「もう俺たち4人しか残ってなさそうだなー。」

 

他のパーティー決まっちゃったの?

嘘だろ、なんてコミュ力だ。

今日初対面なプレイヤー同士も多いだろうに。

 

パーティーを結成する。

名前を確認すると、キリトとアスナか。

 

4人集まったとはいえ、会話は、なかった。

まさかボッチ4人が揃っちゃった?

 

 

 

 

***

キリトからスイッチだったり、POTの説明だったりを聞いた。

 

おそらく、《元βテスター》なのだろう。

これからも頼りにしよう。

 

しかし、連携に関しては不安しかないんだよな。

オーガスの戦い方はいのちだいじに、で

アスナの戦い方はガンガンいこうぜ、で

俺の戦い方はみんながんばれ、だ。

洗練された戦い方のキリトの足を引っ張る気しかしない。

 

ボス部屋が開かれた。

 

 

***

俺たちの4人班の役目は、

ボスの取り巻きである《ルインコボルト……なんとかの退治だ。

 

コボルトは甲冑を身に着けており、斧を持っている。

装備が中ボス並みなんだけど、茅場ァ!

 

俺は盾で斧を受け止め、上にはじく。

 

「スイッチ」

背後のオーガスから声がかかる。

 

「おう。」

俺が後ろに下がると同時に、オーガスが踏み込む。

 

片手剣ソードスキル《ホリゾンタル》は、取り巻きコボルトの弱点である喉を横に斬る。

 

コボルトはガラスのように砕け散った。

 

「数が多くなってきたな。」

 

「…そうだな。」

 

おそらくボスである大型コボルトのHPが減ってきているからだろう。

 

本隊は大仕事をしているのに、俺たちは雑魚狩りか。

……最高だな。

安全だし、経験値も稼げる。経験値うまいです。

 

アスナはどこか不機嫌だったな。雪ノ下みたいに負けず嫌いだったりして。

 

 

「だ、だめだ、下がれ!!全力で後ろに跳べッ!」

キリトの叫び声が聞こえたので、焦って後ろに跳んだ。

 

ボスからはかなり離れているし、安全だろう。

周囲を見渡す。

 

ボスの一撃を受けてしまっただろう者が倒れている。

ボスが、刀を持っている。

 

「《刀》なんて、見たことないぞ。」

俺から声が漏れた。

 

巨体に似合わない動きで、3連撃のソードスキル。

リーダーであるディアベルのHPが、尽きた

俺は、その剣技を見ていることしかできなかった。

 

混乱が起きる。

リーダーの喪失に、《死》に動揺を隠せないのだ。

人が、死んだんだぞ。

……ここは一旦退くべき、だ。

 

 

キリトとアスナと、そしてオーガスが飛び出す。

片手剣使いの2人のどちらかが、ボスの刀をはじき返す。

細剣使いであるアスナと、もう1人がダメージを与える。

 

 

彼らの剣技を、俺たちは見ていることしかできなかった。

何人か助太刀にいったが、

俺はまだ立ち止まっていた。

 

なんでみんな怖くないんだ。

この《世界》での死は・・・

 

 

 

だから、

俺は、

 

《ヘイトチェンジ》

ボスの取り巻きを引き付ける。

 

1人で取り巻きコボルト数体を相手にする。

俺はあいつらの手助けはまだできないから、

あいつらの邪魔をさせないようにする。

 

「…俺は『生きる』んだよ。」

 

《現実》で、

剣道なんてしたことはない。

剣なんて握ったことなんてない。

喧嘩なんてしたことがない。

 

それでも、今まで通り、あがいてみせる。

右手で握る曲刀《アニールサーベル》に力を込める。

 

迫りくる斧を盾ではじき、曲刀ソードスキル《リーバー》で喉を突く。

 

これの繰り返しだ。

ミスれば死ぬという条件付きなんだが。

 

死と隣合わせの時間は、とてつもなく長く感じた。

 

 

ようやく、か。

 

ボスの消滅とともに、残った取り巻きも消える。

歓喜の中、俺はゆっくり座り込んだ。

 

 

 

***

「おつかれ。ありがとうな。」

オーガスが話しかけてくる。

「…いや、まじで疲れたわ。ボーナスもらえるだろ、これ。」

 

俺たちのパーティーはあんなに働いたんだ。

それなのに、ボスの経験値は分配だってか。

この世界は残酷なんだ・・・

 

「ラストアタックボーナスは、キリトだったぞ。」

 

「…そうか。」

 

とどめを刺したやつがもらえるボーナスアイテムだ。もしデスゲームでなければ、取り合いになること間違いないだろう。

 

ともかく、これで第100層への希望が見えた。俺たちがやってきたことは全部無駄じゃなかった。クリアへの道筋が見えたことで、より多くのプレイヤーが前線に立つだろう。

・・・俺の負担も減ることだろう。

 

「――なんでだよ!」

1人の男が叫ぶ。

 

その声は広い空間に響いた。

「なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」

そいつの隣には泣いているやつもいる。

 

「見殺し…?」

視線を向けられたキリトは聞き返す。

 

「そうだろ!だってアンタは、ボスの使う技を知ってたじゃないか。アンタが最初からあの情報を伝えてれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ。」

ボスを倒した英雄であるキリトは、疑念を抱かれる。

 

確かにHPの少なくなったボスが武器を変える情報はあった。しかし、その武器が《刀》だった。第1層で《刀》を俺は見たことがない。つまり、対処や的確な指示ができたキリトは、《元βテスター》であることになる。

ちなみにオーガスは、微妙な転生特典のおかげだ。もっとチートでいいと思う。

 

 

最悪な状況は、キリトが《茅場の仲間》とされること。

 

だから、今ここですべきことは・・・

 

2つの解決方法が俺の中に浮かんだ。

 

 

 

***

俺は注目を受けているキリトに近づく。

「キリトさすがだったな。ベータテスト時代から変わらない剣技だった。」

「くそ!武器を変えてくるなんて。茅場ァ!」

俺は、拳を握って悔しがる演技をする。

 

ディアベルの《死》による憤りを、キリトに向けることはまちがっている。

 

「茅場のやつ・・・」「許せねぇ!」「よくもディアベルさんを!」「茅場ァ!」

 

 

オーガスが笑顔で言う。

「元βテスターは、やっぱり俺たちの先導者だな!」

「これからも頼むぜ、先輩方!」

βテスターは俺たち非βテスターを見捨てたという声がある。ヘイトを茅場に集めた状況で、その悪いイメージを少しは払拭できただろう。

 

 

たしかに、

‘俺’が、βテスターよりも優れている存在だと言って、ヘイトを集める解決方法もあった。

 

でも、修学旅行で言われたあいつらの想いが俺を躊躇させた。文化祭のときのように、誰かのために俺がヘイトを集めるのはまちがっていた。

 

「キリト先輩すごかったです!」「あの2連撃、俺も使いてぇ。」

「盾の使い方上手いですね!」「影の功労者ですよ、まじで!」

 

俺は、第2層に向かって逃げ出した

・・・やはり俺はボッチ生活がいい。

 




「茅場ァ!」
でつながる絆。


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第3話 2つの分かれ道

デスゲーム開始から、もう1年がとっくに過ぎた。

宿屋の一室で、俺は目覚める。基本的に、俺は深夜に狩りをする。朝は寝ていることが多いが、メッセージの着信で起きた。

 

フレンド一覧は、キリトと《情報屋》の'2人'のみ。

キリトからのメッセージを読み終わり、宿屋を飛び出した。

 

 

***

各層を行き来する《転移門》を使って来たのは、

第47層《フローリア》。

 

とにかく花が多く、フラワーガーデンと呼ばれる観光地でもある。フルダイブの技術力によって、香りすら楽しめる場所だ。

 

女性プレイヤーは多くはないのだけれど、カップルがほんと多いな。ちなみにSAOには《結婚》もある。

・・・だが俺はソロプレイヤーだ。

 

 

全身黒ずくめの剣士を見つけたので、声をかける。

「久しぶり。元気してた?」

「あ、ああ、久しぶり。」

どこか躊躇いがちに挨拶を返してくる。

この前までずいぶん荒れてたけど、少しは落ち着いたようだ。

 

「キ、キリトさん、この人は?」

俺たちより年下で、珍しい女性プレイヤーがキリトの隣にいた。

「え、と、・・・」

「ナインとでも呼んでくれ。助太刀に参った。」

 

ちなみに俺の格好は、ありふれた鉄の全身鎧で顔は見えない。片手剣を腰に差している。

・・・花園には全く合わないだろう。

 

「シ、シリカって言います。よ、よろしくお願い、します。」

とてもとても怖がりながら名乗ってくれた。

 

キリトの背後に隠れて、コートの裾を握っていた。

 

 

 

***

《思い出の丘》は、街から一本道でつながっている。

庭園の道を道なりに歩いていくと、目的の《花》がある。

シリカの《相棒》を生き返らせることができるらしい。

その《相棒》はプレイヤーではなく、モンスターだ。

 

ビーストテイマーな彼女は、《迷いの森》で危機に陥ったところをキリトに助けられたわけだ。そして、使い魔蘇生用アイテムを求めて、この層にやってきたのだ。

 

 

攻略組のトッププレイヤー2人がいれば、彼女が危険なことは何もない。触手持ちだったり粘液持ちだったりと、卑猥なモンスターはすべて叩き切った。

 

もちろんマシなモンスターは任せて、彼女のレベル上げにも貢献した。

 

「キ、キリトさん、怖いです。」

キリトは何も答えなかった。

 

 

 

***

なんだか、こう、

カップルのデートの邪魔をした気がする。

 

周囲を警戒する騎士だとか、護衛だとか思ってくれればいいのに。

 

‘ここまでは’安全に《花》を持って帰ってくることができた。

 

 

帰り道の途中で、小川にかかる橋が見えた。

そして、待ち伏せしているやつらも視えた。

 

「そこで待ち伏せてる奴、出てこいよ。」

 

「え?」

キリトの発言に、シリカは疑問を抱いた。

 

 

「ロ、ロザリアさん!? なんでこんなところに。」

さらに1本の木の裏から現れた赤髪の女に驚く。

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い《索敵》スキルね、剣士さん。あなどってたかしら?」

 

《隠蔽》(ハイディング)はスキルの1つで、姿を隠すことができるスキルだ。

熟練度が上げづらいが、迷宮区ではかなり重宝する。デスゲームであるこの《世界》での生存率を上げる。

 

《索敵》は《隠蔽》を見破ることができる。モンスターも《隠蔽》してくるからな。

 

 

 

キリトから、シリカに視線を移し、妖艶な顔をする。

「首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね。さっそく渡してちょうだい。」

 

「な、何を言ってるの?」

 

状況を理解できていないシリカを、キリトは下げさせる。紳士だ。

 

「そうは行かないな、ロザリアさん。いや犯罪者ギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん、と言ったほうがいいかな。」

 

 

この世界には、警察がいない。今の《軍》は自称警察である。

 

故意に盗みや障害を行うと、カーソルが緑色からオレンジ色に変わる。犯罪者のことをオレンジプレイヤーと言ったり、集団をオレンジギルドと言ったりする。

 

そして、殺人をしたプレイヤーをレッドプレイヤーと俺たちは呼ぶ。カーソルはオレンジのままなのだが。

 

ちなみに、そのカーソルの色はスローター系クエストで回復は可能である。

 

《タイタンズハンド》はグリーンとオレンジ、それにレッドで構成されている悪質なギルドだな。

 

「じゃ、じゃあ、この2週間一緒にパーティーにいたのは。」

犯罪者ギルドの一員であったことに驚き、シリカが尋ねる。

 

「パーティーの戦力の確認と、お金やアイテムが溜まるのを待ってたの。一番楽しみなあんたが抜けちゃうのは残念だったわー。でも《プネウマの花》、、」

「おい、シリカ以外のやつはどうした?」

 

うんざりしてきた俺は、話を遮り、問う。

 

 

「あんた、しゃべれたの? 怖がりだから、全身鎧なのかと思ってた。あいつらなら、仲間が殺したわ。ドロップアイテムは微妙だったけど。」

話を遮られたため、向こうもうんざりしながら、そう答えた。

 

指で音を鳴らす。

 

木の裏にいた10人が現れる。

オレンジが4人。グリーンがおびき出した者を殺してきたのだろう。

 

オレンジのカーソルとはいえ、全員がレッドプレイヤー。雰囲気で分かる。

 

今度はキリトが聞く。

「・・・《シルバーフラグス》っていうギルドは?」

「ああ、あの貧乏な連中ね。」

興味がないような声でそう言った。

 

 

キリトが冷たい声で言う。怒りと殺気を籠めたような声だった。

「リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれる奴を探してたよ。でもその男は、依頼を引き受けた俺に向かって、あんたらを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ったよ。」

 

「・・・あんたに、奴の気持ちが分かるか?」

 

「何よ、マジになっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠ないし。そんなんで、《現実》に戻った時犯罪になるわけないわよ。」

 

キリトは、表情を変えない。

俺は、自然と拳を握っていた。

 

 

「だいたいいつ戻れるかどうかも解んないのにさ、攻略組は馬鹿よね。命をわざわざ危険にさらしてさ。」

「無駄じ、、」

ロザリアはその言葉を続けられなかった。

俺が、瞬発的に踏み込み、殴り飛ばした。

 

このゲームでダメージによる痛覚はない。

ロザリアは焦って、高価な《回復結晶》を使う。

 

 

俺はメニューを開き、防具を変える。

先ほどまで身に着けていた、ありふれた鉄の全身鎧ではなく、

傷だらけの、少しスマートな黒の全身鎧。

 

ありふれた片手剣ではなく、漆黒の両手剣《アイアコスソード》

 

 

オレンジの1人が顔を蒼白にしながら声を漏らす。

「・・・《狂戦士》」

「や、やばいよ。こいつ、攻略組だ。しかもオレンジ狩りだ。」

 

 

 

やつらは慌てて転移結晶を取り出し始める。

その転移結晶を《投剣》によって、落とす。

 

飛んできた方向を全員が見た。

 

腕に包帯を巻き、フード付きコートで顔を隠した軽装の男。顔は髑髏を模した'仮面'で隠されている。

 

‘盾無し’で、曲刀《災禍剣デモリッシュ》。

そして、カーソルはオレンジだが、レッドプレイヤー。

 

レッドのやつが騒ぎ始める。

「ら、ラフィン・コフィン。」

「…《執行人》。え、エイトさん・・・」

 

《ラフィン・コフィン》はSAO’唯一’の殺人ギルドで、レッドギルドである。

 

 

 

***

俺は’エイト’に話しかける。

「まだ、その剣使ってるのか。」

 

その曲刀は破格の攻撃力を持つ代償として、

一定時間ごとにパーティーメンバーのHPを減少させる。

 

‘あのとき’から、彼はパーティーを組むことはなく、ボス攻略に参加しなくなった。

 

 

エイトは質問に答えない。

そこをどけ、と無言で言っている。

 

「《黒の剣士》、そっちは頼んだ。」

その呼び名もトッププレイヤーを表す。

 

犯罪者たちは次々と監獄エリアに自分から逃げるように向かっていった。

 

残されたのは、麻痺毒で動けないレッド4人。

 

 

「…オレンジの掃除は感謝するが、そいつらの中の1人が《裏切り者》だ。」

 

「だからといって、お前に殺人させたくはないな。」

 

「……そうか。」

 

互いに譲れないモノがある。

 

ここからは、《剣》で語り合う。

 

SAOにはプレイヤー同士で《決闘》を行うことができるシステムがある。デスゲームであるこの世界において、基本的には初撃決着モードが選ばれる。

素人だった俺たちは、何度も《決闘》を行った。

 

しかし、今は、

《決闘》システムを用いない。

お互いの意思をかけた決闘が始まる。

 

 

 

***

俺は、踏み込み、ソードスキルを発生させる。

 

俺が得意とするのは’踏み込み’だ。

敏捷値をあまり上げていないが、突進にブーストをかけることでさらに『加速』する。

 

両手剣ソードスキル《ブラスト》

一歩踏み込んで、斜め上から斬り付ける単発技。

 

 

エイトには後退することで躱される。

 

エイトが得意とするのは、剣技の見切り。

多くの剣技を’視’てきた経験で、相手の行動を読むこと。モンスターもソードスキルを使ってくるこの世界では重要なスキルだろう。

 

 

「相変わらず、考えごとか?」

エイトが聞いてくる。

 

俺が転生したとき身についていたもの《並行思考》。2つだけとはいえ、俺は戦いの中で、'考える'ことができるわけだ。

 

「エイトこそ、盾はどうした?」

 

「・・・捨てた。」

 

麻痺毒が塗られているだろう《投剣》を腕を振り上げる動作で投げてくる。

避けると、エイトの姿が消えたように見える。

 

システム外スキル《ミスディレクション》ってやつだ。俺は、背後からの《レイジング・チョッパー》を両手剣で受ける。

 

三連撃の後、高速での突きになんとか耐える。

 

「…チートかよ。」

 

「お前もな。」

 

《並行思考》でなんとか対応できただけだ。

対人スキルとして、最凶のシステム外スキルを、エイトは身に着けた。

 

 

そのうちに、

キリトがレッド3人を牢獄に投げ入れた。

 

時間稼ぎは十分できた。

……エイトの殺人を'また'止めることができた。

 

エイトは武器をしまい、転移結晶で行先を呟く。

 

 

 

両手剣がボロボロだ。かなり危なかった。

もし、森や洞窟のような物陰の多い場所なら、俺は負けていただろう。

 

俺は街に先に戻ることにする。

 

「キリト、シリカへのフォローよろしく。」

 

「・・・エイトとお前に何があった。」

 

俺は何も答えず、去っていく。

 

 

エイトに会うたび、

俺の犯罪者狩りは、『いたちごっこ』なのではないかって思ってしまう。

 

でも、

やはりエイトが傷つくのはまちがっている。

 

俺たちの’道’は、2つに分かれた。

 

俺は、狂うように、攻略と犯罪者狩りを続けている。

 

俺は'兜'を被り続ける

 



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第4話 夜明け

真っ暗で最低な場所で仮眠をしていた俺は目を覚ます。

 

犯罪者プレイヤーにとって世間の風は冷たい。

そして、フィールドでもモンスターに襲われる。

 

自然とため息が出た。

あくびではないことに、虚無感を覚えた。

 

俺は今日も’仮面’を被る。

 

 

 

***

ボッチであるはずの俺がある集団に属している。

 

レッドギルド《ラフィン・コフィン》

この《世界》で’唯一’の殺人ギルドである。

 

殺人といっても、依頼を受けて動く奴と、快楽で動く奴がいる。

 

前者は、オレンジプレイヤーに復讐してほしいという依頼を受けるものだ。《殺し屋》といっていいだろうか。

偽善者の多い集団で俺は好かない。作成者なんだけども。

 

後者は、PvPを求めているやつらだ。

しかし、この世界においては、ただの《殺人鬼》である。罠を張り、殺人方法を編み出し、殺しを楽しむ集団だ。

いや、ほんと、まじで近づきたくない。

 

 

俺以外の幹部が快楽殺人派に所属していることに対して、ボスがなんだかんだ依頼派に力を貸しているのが、少しは救いだ。

 

 

 

そして、

俺がこの最悪な《場所》にいる理由が、《ラフィン・コフィン》を守ることだ。

 

攻略が進むにつれて、プレイヤーは極端に分かれた。

クリアを目指して《生きる》やつと、還ることを諦めたやつだ。

 

この《世界》には法がない。裁判がない。警察がいない。結果として、犯罪者プレイヤーが増え始めた。

 

この世界での犯罪が罪ではないと言っていて、

この世界がゲームなのだと認識している連中だ。

 

犯罪者ギルドの増加は中層プレイヤーに恐怖を与えた。

・・・攻略組を目指したプレイヤーの数を減らすこととなった。

多くの犯罪者ギルドができる無法地帯となった。

 

そんなとき、犯罪者ギルドの中でも《ラフィン・コフィン》が最大の犯罪者ギルドとなった。

 

'唯一’のレッドギルドとして、今も君臨している。

 

 

犯罪者を集めるためのギルドとして、俺は利用している。快楽殺人派の中で勝手に動く奴を《異端者》として処刑するような動きを、俺は作った。

・・・直接的にも間接的にも俺は手を汚した。

 

認めたくも考えたくもないが、殺しに秩序を与える’道’を選んだ。

狂っているって、人殺しって、罵るだろう。

 

 

それでも、

この《世界》が終われば、そんな秩序は《現実》に飲みこまれるはずだ。

 

俺は、この残酷な《世界》を終わらせるために、1人で《生きている》。

 

「・・・茅場ァ」

声が漏れた。

 

誰かにこのモヤモヤをぶつけたくなっただけだ。

 

俺は、お人好しにメッセージを打つ。

 

 

 

***

 

最大のレッドギルドといっても、100人を超えるわけではない。

《殺人鬼》が100人って世紀末かよ。

 

現在アジトにしている場所は、霧が深く意外とモンスターも少ない。

 

リーダーのプーさんって何者だよ。

こんな隠れ家見つけたり、何十人もの《殺人鬼》を纏めたりするのだ。さらにシステムの穴をついた殺人方法を次々と編み出す。

 

快楽殺人のためでもない、殺し屋のためでもない、《ラフィン・コフィン》の結成理由は彼しか知らない。

 

どこかの魔王みたいに、人を惹きつける奴であり、本心を見せない奴だ。今もフードの下でニヤニヤしている。

 

その姿を見て、俺の癖を治そうと思った。

 

 

「ショーグンさん。定例会議が始まりますよ。」

「・・・ふむ。」

依頼派の奴が話しかけてきた。

名前も知らないけど、復讐のために入ったって、言っていた奴だ。

 

 

 

俺は身に着けている仮面を被りなおす。

 

「諸君、今日は祭りの日だ。攻略組にいるスパイからの情報によると、俺たちの討伐作戦は実行してくれたらしい。しかし、攻略組は高レベルプレイヤーだ。だが憶することはない。我ら幹部がついている。地形と、麻痺毒を駆使すれば勝てる。奴らを返り討ちにしよう!」

 

「It's show time.」

 

 

「おお!」「夜戦だ夜戦だーッ!」「ヒャッハー!」「女も来るぜぇ!」

 

・・・騒いじゃって。

そんなんじゃ、場所がバレるぞ?

 

 

攻略組による《ラフィン・コフィン》攻略が始まった。

 

 

 

 

***

霧が’タイミングよく’消え、乱戦状態となる。

 

すでに囲まれていた。

奇襲しようと思っていたら、逆に奇襲されたわけだ。

 

多くの《殺人鬼》が麻痺毒に倒れた。

えぇ……自分で使う武器の対策をしていないのかよ。

 

 

俺は曲刀《災禍剣デモリッシュドゥーム》を肩に担いだのち、突進する。

曲刀ソードスキル単発技《リーバー》。

プーさんには《友切包丁》で逸らされる。

 

「Ohー、結構おもしれぇじゃねぇか」

 

「・・・余裕そうに見えるが?」

 

本当に底が見えない。

《ラフィン・コフィン》も、こいつも、そして俺も、

命の危機なのに、どうして平然としていられる。

 

 

「Let’s Dance.」

 

「……ダンスは苦手だな。」

 

流暢な英語にそう返す。

体育の授業で必修化されたダンスのトラウマが蘇った。

 

 

 

隙の多いソードスキルはお互い知り尽くしている。

だから使わない。

今まで培ってきた経験で、互いに剣を振る。

 

俺の剣技はすべて逸らされ、

包丁が俺の身体に掠り、’痛み’を感じさせる。

 

 

この短時間で、経験の差を感じさせられた。

「つまらんな。これなら《黒の剣士》の所に行くんだったぜ。」

 

「…あいつも普通の日本人だぞ。」

 

PoHはSAOにログインする前から’戦い’をしてきたのだろう。その殺気はこの《世界》の誰よりも鋭く濃いものだった。

 

俺はその殺気の中で焦ってしまったのだろう。

ソードスキルを使ってしまう。

 

曲刀ソードスキル奥義《レギオン・デストロイヤー》

計8連撃の強力な一撃だが、すべて避けられる。

 

さらには側面から振り下ろされた包丁に、『剣』が両断される。

 

ポリゴンの粒子を見ながら、

いまだ剣を打ち合う音を聞きながら、

興味を失った顔を見ながら、

 

俺は意識を失った。

 

 

***

 

夢を見た。

あの『本物』と思えそうだった場所での日常。

 

1つの長机を囲む日々。

雪ノ下と由比ヶ浜に軽口を叩き合い、依頼を受けてきた『奉仕部』を。

 

そこには、’あいつ’の姿はないけれど、

それでもたまに、原稿を持ってきた。

 

なにかのパクりで、読みづらくて、面白くなくて。イラスト設定だとか、プロットだけを持ってくることもあった。

 

それでも、俺は、熱意が籠っていて、嫌いではなかった。

 

 

 

***

まだ暗い草原で、俺は目を覚ます。

傷だらけの全身鎧を身に着けた《狂戦士》。

 

珍しく兜を脱いだ彼は、

とても穏やかな顔をしていた。

 

「・・・勝てなかった。何度もあいつの『剣』を’視’てきたのに。あいつの殺気に慣れていたはずなのに。」

 

「最後まであいつのことが、分からなかった。手も足も出なかった。足掻くことすら、できなかった。」

 

 

「そうか。」

一言だけ、月村はそう言った。

 

その表情に俺は苛立つ。

「なんでだよ。お前はあいつが憎くないのかよ。あいつは材木座を殺したやつと同じレッドプレイヤーだぞ。・・・材木座を殺したやつなのかもしれないんだぞ。」

 

秩序を守るためだとか屁理屈を言っていたけど、やはり俺はいつも自分のために動く。

 

この《世界》の《殺人者》をすべて駆逐してやりたかった。そうすれば、材木座のように、殺されてきた中層プレイヤーが浮かばれるって思った。

 

 

でも、

何度も、何度も、月村には止められた。

剣を打ち合った。

 

その想いが、俺には分からない。

俺はよく観察力があるとか言われるし、自負している。

相手の考えていることを読むのが得意だ。

 

そうやってボッチとして生きてきた。

 

・・・それでも、俺は、人の感情が、分からない。

だから、2人の女の子を俺は泣かせてしまった。

 

俺はずっと過去に囚われてきた。

 

そして、この《世界》に、逃避した。

 

 

 

「八幡が生きていることが、俺は嬉しかった。」

その言葉に俺は顔を上げる。

 

「必死になって犯罪者プレイヤーを牢獄に送ってきたことも、いのちを捨てるような攻略をしてきたことも。自分の大切な相棒を守りたかったからだって気づいた。そういえば、義輝は相棒って、よく呼んでくれたよな。」

 

あの頃のような笑顔でそう言った。

材木座のことを懐かしむような顔を見せた。

 

 

俺は、

材木座が殺されたときは、心の底から泣いた。

今まで、怒りを糧に生きてきた。

 

そういえば、俺が『生きている』ことで、喜んでくれる2人のお人好しがいたな。

 

1人は、心の底からの喜びという感情を、目の前で向けてくれる。

 

 

俺は、人から向けられる感情を、ずっと怖がっていた。

俺は、材木座の気持ちからまでも、逃避していた。

 

(たとえ、君が痛みに慣れているのだとしてもだ。君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいることにそろそろ気づくべきだ、君は )

平塚先生から言われたことがある。

 

考える。

 

俺が、材木座の立場だったのなら・・・

俺が、それが偽善であっても、材木座の幸せを、考えるのなら・・・

 

 

「伊月、墓参りって、何持って行けばいいと思う?」

 

「うーん。義輝が書けなかった分、この『世界』のことでも書いてみるか?」

 

ああ、いいな、それ。

 

 

俺はメニュー画面を開き、メモを出す。

シンプルに、

 

《SAO記録全集》

~やはり俺たちの現実逃避はまちがっている。~

 

はじまりは、、、

 

 

 

そこで文字が打つのが止まる。

「まだ見ぬ層についても、書かないといけないよな。」

 

一度、筆を置いた。

 

'相棒'は頷いてくれた。

 

 

この《世界》は残酷だけど、美しい。

どこまでもパクりの多い小説家だったな。

 

この《世界》の終焉を、見せてやりたい。

 

 

 

 

誰もが過去に囚われている。

どんなに先に進んだつもりでも、ふと見上げればありし日のできごとが星の光の如く、降り注いでくる。笑い飛ばすことも消し去ることもできず、ただずっと心の片隅に持ち続け、ふとした瞬間に蘇る。

 

それでも・・・

 

「夜明け、だな。」

 

 

 

 

 

 



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間話1 似ている2人

挿入投稿です。


破竹の勢いで攻略組、第65層到達。

レッドギルド《ラフィン・コフィン》のリーダーPoH及び一部メンバーはいまだ逃走中。

 

2つの見出しが情報誌の中でも、特に目を引く。

巨大な水車がゆるやかに回転する心地よい音、そして剣を研ぐ音をBGMに、それを読んでいた。

 

彼が、いや2人が戻ってきてくれたことおかげだろう。

前衛としてボスに立ち向かっていく彼らの姿は、どこか勢いをなくしていた攻略組に追い風をくれた。

 

「アスナ終わったわよ。」

 

この世界で数少ない女の子の親友であるリズから、研がれた細剣を受け取る。この《ランベントライト》も彼女が鍛えてくれた。

 

「いつもありがとう!」

 

「どういたしまして。今日は攻略休みなの?」

 

「えっと、ギルドの方から無理やり休まされて…」

一時期は寝る間も惜しんで、攻略に参加してたなって思って、乾いた笑みがこぼれる。

 

「アスナったら、最近はマシになったようだけど、完全にワーカーホリックだったからねぇ。」

 

「アハハ...。」

 

額に手を当て、呆れたような仕草をされる。

その言葉には、ぐうの音も出ない。

 

「うーん、アスナとは遊びに行きたいんだけど、今仕事が溜まってるの。」

彼女は中層プレイヤーでも、腕利きの鍛冶師でよく依頼を受けている。

 

「そうなんだ。邪魔してごめんね。」

 

「いいのいいの。気分転換にもなったし。」

 

「今日もメンテありがとう。またよろしくね。」

 

「どうぞご贔屓に!」

 

 

 

 

***

手持ち無沙汰になった私は、店を出た後、第48層主街区をぶらつく。水車や用水路があちこちに見られ、のどかで落ち着いた場所である。

 

フレンドリストを開き、彼の居場所を確認する。

70層を示していて、どうやら攻略中のようだ。

 

そのことに寂しさを覚えたとき、見覚えのある2人組を見かける。

 

いつもの鎧や仮面を身に着けておらず、革のコートでフィールドに出ようとしている。もちろん軽装といっても、最前線でも通用するような防御力を持つだろう。

 

近づいていくと、私に気づいたようでこちらを向く。

「ああ、ほんとうにアスナなのか。なんでこんなところに?」

 

「クエストとか?」

 

攻略組は、クエストや素材集めで下層に降りてくることがよくある。

 

 

 

「武器のメンテをしてもらった帰りだよ。エイト君とオーガス君は、どうして?」

オーガス君は一時期犯罪者狩りをしていたことはあるけど、軽装だからそれは違うだろう。

 

「俺たちは、ここにラーメンを求めてやってきた。」

その言葉に苦笑いが浮かぶ。

 

キリト君もだけど、この2人も突拍子のないことするなぁ…

 

 

***

リンダースから近い森に入っていく。

川が流れ、巨大な樹木や洞窟が存在しているのどかな場所だ。

 

《料理》スキルを持っているプレイヤーの1人として気になったので、ついてきてみた。

 

この《世界》にはラーメンはあったんだけど、なんだかね…

たしか醤油を作ろうとしたきっかけだっただろうか。

 

 

それにしても、ラーメンがこの森にあるって、どういうことなんだろう。

 

おもむろに立ち止まった2人に聞いてみる。

「ところで、そのラーメンって収集品なの?」

 

「ドロップアイテムだぞ。」

 

「情報屋によると、《ヘルボロス》っていう植物型モンスターなんだけど、厄介でねぇ。」

 

この層を攻略したときには聞いたことのないモンスターだ。クエストやキーアイテムといった条件が必要なのだろうか。

 

「そういえば、アスナその装備で大丈夫なのか?」

 

「耐久度がっつり持ってかれると思うけど?」

 

その言葉にムッとする。

リズに鍛えてもらった愛剣を馬鹿にされた気がした。

 

「大丈夫です!問題ありません!」

 

「「ひゃ、ひゃい!」」

 

「え、えっと、この芽に栄養剤を与えたら、そのモンスターが育つ…です。」

オーガス君がおそるおそる解説を始める。

 

《ぐんぐんグリーン》、《おおきクナーレ》、《すばやくノビール》

 

肥料や栄養剤を撒いていくと、茎が生えてくる。

 

それはもう階層ボスほどの大きさまで、伸びた。そして、それぞれの茎から口が開く。

植物の茎でできた八岐大蛇といったところか。

 

植物型モンスターに慣れているといっても、気持ち悪い。いや、アストラル系モンスターよりは、ずっとマシだろう。

 

1つの首が口を一度閉じ、開くのを見て本能的にその場を離れる。自分のいた地面が腐食液によって溶け、煙をあげていた。

 

「ちょっと、こういうことはあらかじめ説明しなさいよ!」

 

「え、防具そのままで大丈夫って言わなかった!?」

剣を構えるオーガス君が驚いたように言う。

 

剣じゃなくて防具のことだったんだ。2人の防具が普段と違うのは、このためだったんだ。

 

予備の防具に変える暇もない。

まあ、当たらなければどうということはない!

 

根元に向かって駆けていく。

私が最も得意とする《リニア―》で突くと、太い茎をも貫通する。

 

 

抜けないッ

この短時間で傷口が修復されたのだろう。

 

いくつかの茎の口がこちらを向いている。

でも、この《剣》を、置いていくなんて、もうできない。

 

 

 

焦る私の両隣を、風が通っていった。

《サイクロン》と《トレブル・サイズ》の回転斬りが根元を断ち切る。

 

ポリゴンとなって消滅していくとともに、私の細剣も解放された。

 

 

 

 

ドロップアイテムを確認している、ホクホク顔の2人に声をかける。

「えっと、2人ともごめんね。迷惑かけちゃって」

 

 

「別に気にすることでもねぇよ、相棒のせいだし。」

 

「うっ、いやランクの高い栄養剤のほうが効くかなーって、ね…」

 

「は? そのせいで攻撃力だけはたぶん60層クラスだったぞ、あれ。」

 

「その分、たくさん麺が手に入ったじゃないか。」

 

2人のやりとりを見ていると、頬がゆるむ。

ほんとう、仲が良いな。

 

「ともかく、これで麺は手に入ったな。あとは汁だ。」

 

「それに料理人も必要だな。」

 

「2人とも。」

声をかける。

 

「作ってあげるよ、ラーメン」

 

 

***

第50層の主街区《アルゲード》は、かなり雑然とした作りで迷路のように入り組んでいる。その迷路を彼らはいとも簡単に進んでいくと、2人のホームにたどり着いた。

 

 

ここって、キリト君と団長と一緒に食べた店の上だよね…

あの、《醤油抜きの東京風しょうゆラーメン》の店だ。2人がラーメン好きということを物語っている。

 

 

この《世界》での調理は簡略化されていて、キッチンを借りてから10分程度でできた。3種類の調味料を使って作った醤油をベースにしたスープ。

 

それに、あのモンスタードロップとは思いたくはないけど、麺もコシがあって美味しい。

 

 

志した醤油ラーメンの完成になんだか感慨深いものがあった。

 

「「「ごちそうさまでした。」」」

 

 

「美味かったよ。ありがとう。」

 

「あとで材料を教えてくれると嬉しいな。かき集めてくる。」

 

「時間がいつ取れるか分からないけど、また作ってあげるわよ。」

 

私の言葉に彼らは目をキラキラさせる。

どこか大人びている2人だけど、たまに子どもっぽくておもしろい。

 

 

「あ、でもキリトに悪いよな。」

 

「そういえば、まだコクってないのか? あれだけ恋愛相談...惚気話に付き合ってやったのに。」

 

2人の呟くような発言に、顔が熱くなる。

き、キリト君が恋愛相談…

 

私は机に両手を置き、身を乗り出す

「ちょ、ちょっと待って!キリト君って誰が好きなの!?」

 

 

「おやおや、これは両片想いみたいだな。」

「鈍感すぎるだろ、2人とも。」

 

「えっと、キリト君って、私のこと好きなの?」

 

「うん。」

「おい、なんか煙出てないか?」

 

顔が焼けるように熱い。

キリト君から告白されることを想うと……

 

でも…

「でもキリト君ってなんだか私の誘いを断ることが多くなったというか…」

 

 

えぇ…って言いながら、2人とも呆れた顔をしている。

 

「それは、あれだ。料理作ってあげるとかでいいんじゃねぇの?」

「キリトって美味しい料理によく金使ってるよね。胃袋掴むとか?」

 

私は勢いよく立ち上がる。

「ありがとう2人とも!」

 

外に出た後、フレンドリストからキリト君の名前をタッチする。

震える手で、メッセージを打った。

 

 

 

***

 

なんでキリトとアスナが俺たちのホームにいるんだろうか。

なんで醬油ラーメンを俺たちと一緒に食べているんだろうか。

 

やはりこの2人はよく似ている。

 

 

 



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第5話 俺が求めてきたモノ

八幡もオリキャラも脇役なので短め。



第74層は、どこかの黒ずくめの剣士がソロで倒した。

50連撃?二刀流?

そんなん、チートや!

 

どこかの神聖剣の聖騎士は、黒ずくめの剣士を倒した。

もっと、チートや!

 

キリトとアスナは結婚したらしい。

・・・リア充爆発しろ。

 

俺は、いくらか想像してプロットを執筆することにした。

 

当時の惚気話を聞く気はない。

 

人相の悪い護衛騎士から、勇者は愛する姫を連れ出した。その後、お礼に姫の自宅で食事を作ってもらい、家に泊めてもらった。次の日、姫に恋する護衛騎士と勇者が姫を取り合い、決闘をする。その後、悪魔を討ち果たした勇者は、姫のお義父様と結婚をかけて決闘をする。

惜しくも負けたが、その実力を認められ、騎士として姫に就くことを許される。しかし、嫉妬する護衛騎士が勇者を襲った。そう、護衛騎士は悪の手先だったのだ。危機に陥るも、2人の旅の者に勇者は助けられた。

姫が駆けつけて、勇者と姫は抱き合い、そのまま・・・

 

 

「エイト、そろそろ着くぞ?」

「ああ、すまん。寝ながらプロット書いていた。」

オーガスの声で意識を取り戻す。

 

なんだこのプロットは?

いつからキリトは勇者になった?

 

 

第22層。

森林と湖で落ち着いた雰囲気の層だ。

フィールドモンスターも出ない場所で、俺たちも別荘として住みたい場所だが、如何せん家賃が高い。

・・・オーガスに至っては結婚祝いとして大量のコルを送った。

 

ちなみに俺とオーガスが住んでいるのは、第50層のラーメン屋の上だ。第50層はまさに街で、入り組んでいた場所にその店を見つけた瞬間に、上の部屋を即買いした。

しかし、ラーメンじゃないラーメンだったことに後悔しかなかった。

 

 

新婚さんは、こんないい場所に住んでいる。

2人とも有名人で、特にアスナの人気は凄まじい。なるほど、キリトが刺されないように、ヒト気のない場所を選んだのだろう。

 

まさに必要経費である。

 

このログハウスに向かいながら、寝ながら歩きながら執筆していた。フィールドモンスターが出ないことが安心感を与えてくれた。

 

 

「ノックして聞こえるのだろうか。」

どこか天然なオーガスが、ドアをノックしている。

この《世界》では防犯や防音性が高いので、中の様子は聞こえない。

 

俺がインターホンらしきものを鳴らすと、恐る恐るキリトが出てくる。

 

え、やっぱり《非公式アスナファンクラブ》に狙われてるの?

 

 

「…お前らならいいか。騒ぐなよ。」

何か隠し事があるようなキリトは俺たちを向かい入れる。俺たちは家に入っていった。

 

 

キリトはともかく、アスナが住んでいることもあって、内装は完ペキである。

 

ストレージに入れていればいいはずの食器すら飾ってある。来客用のイスまで用意されていて、気遣いを感じる。

 

しかし、今、一番、気になる、ことは、幼女。

 

 

「ごめん、出産祝いを狩ってくるよ。ウサギでいいかな?」

オーガスは混乱している。

 

 

とりあえず、俺は最大の目的を果たす。

「アスナ、ラーメンを作ってくれ。」

 

メニューを開き、素材を渡す。

 

 

 

***

アスナは、《料理》スキルMaxという貴重な存在である。

 

さらには、味覚のパラメータを解析し、醤油を作り出した。俺とアスナの関係は知り合い程度だが、俺はアスナがいないともうこの《世界》を生きていけない。

 

 

俺はラーメンをすすりながら事情を聞く。

森で倒れていた少女を保護しただけで、出産したわけではないようだ。

 

茅場ァ、出産システムはないのかー。

 

 

「・・・それで、《はじまりの街》に行くのか。あの無法地帯に。」

キリトもアスナも苦笑いする。

オーガスは向こうでユイちゃんとおはなしをしている。

 

 

現在、自称《軍》によって、下層は支配されている。治安を守る代わりに、納税を強いているのだ。

 

《はじまりの街》にはまだレベル10にも満たない者が多く残っている。《軍》は弱者の上に立って、良い気になっているという最悪なやつらだ。

 

そして、《はじまりの街》には、多くの子どもたちがいる。対象年齢が中学生以上なこの《世界》に、小学生でログインした者もいるのだ。

 

ともかく、ユイちゃんのことを知っているやつがいないか確かめに行くということだ。

 

 

「まあ、護衛騎士ならオーガスがいるし、大丈夫だろう。」

キリトもアスナも、俺の発言に引いていた。

 

 

 

***

ユイちゃんはキリトとアスナに両手を繋がれ、ピクニックに来たような気分で歩いている。

その少し離れたところを俺たちがついていく。

いやぁ、《狂戦士》は怖いなぁ。

 

《軍》のやつらは’俺たち’を見て、逃げ出す。

 

いや、ここは圏内エリアだ。

徴税できる弱者を見つけて、徴税しにいく。

 

お人好しな《狂戦士》は我慢できないみたいだ。

「ごめん。後で合流する。」

「ん。」

 

鬼が走り出した。

 

‘相棒’のお人好しが、俺は嫌いじゃない。

今だって、弱者に勇気を与えに行った。

 

俺は、’相棒’が苦労人だって知っている。

 

 

 

***

多くの子どもがいるらしい教会に着いた。

しかし、手掛かりはなさそうだ。

 

 

3人の子どもたちが入ってくる。

「先生、サーシャ先生、ただいま!」

「僕たち、たくさんイノシシやっつけてきたよ!」

 

「まさかフィールドに3人だけで出たの?」

教会でたった1人の大人サーシャが尋ねる。

 

「黒騎士の兄ちゃんが手伝ってくれたんだ。」

「…かっこよかったなぁ。」

「ねぇねぇ、おはなし聞かせてよ!」

「いいよ!」

 

詳しい説明もなく、子どもたちだけで盛り上がり始めた。

 

相棒が光の’道’を歩んでいることに俺は安心した。

 

キリトにしか分からないであろう《隠蔽》スキルを使って、俺は壁にもたれたままだった。

 

 

 

***

いつぞやのイガグリ頭のせいで、

閉じ込められたという《軍》のリーダーを助けるために、《はじまりの街》の地下に向かうこととなった。

リーダーは騙され、丸腰で安全地帯に取り残された状態らしい。

巻き込まれたくないため話を聞いていなかったのだが、ラーメンを引き合いに出すのは卑怯である。

 

 

しかし、60層クラスの隠しダンジョンとは良い稼ぎ場ではないか。 《軍》は独占しようとしたらしいが、レベル不足だったらしい。

 

キリトとアスナも呆れて何も言えなかった。

 

そんな新婚さんのうち、二刀流剣士は無双に忙しい。

俺たちの出番はまだない。

…休暇中は意外と暇だったらしい。

 

さらにドロップしたカエルの肉で、嫁と漫才を始める。

 

 

仲良いな、ほんと。

俺が求めてきたモノを、2人は得ている気がした。

 

 

***

《軍》のリーダーを見つけたはいいが、死神がいた。

ようやく出番か。

 

「ここは俺たちに任せて、脱出しろ。」

 

俺は銀色の曲刀《プロトカーテナ》と銀色の盾《イゾルデ》を構える。

オーガスは銀色の両手剣《アロンダイト》を構える。

 

 

「そいつは90層クラスだ!やばいぞ!」

俺たちの中で最大のレベルを持つキリトが叫ぶ。

 

・・・え、嘘、帰っていい?

 

 

2メートルを超える巨大な死神は鎌を振り上げる。

その一撃をオーガスがソードスキルで相殺しようとするも、吹き飛ぶ。

次の一撃を俺が盾で逸らそうとするも、吹き飛ぶ。

加勢に来たキリトとアスナさえも、吹き飛ぶ。

 

 

「だいじょうぶだよ、パパ、ママ。」

そんなヤバい死神を倒したのはユイちゃんだった。

 

炎を纏った巨大な大剣が死神を消した。

 

「パパ…ママ…。ぜんぶ思い出したよ。」

涙を流しながら、そう言った。

 

 

 

***

彼女の最期を俺たちは見届けていない。

 

3人にしてあげたかった。

 

3人の’家族’の生活を、俺が執筆することはなかった。

 

俺には、とてもまぶしいモノだったから。

 

 



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第6話 ソードアート・オンライン

第75層のボス攻略の偵察。

その任務に前代未聞の2人での実行が、ギルド《血盟騎士団団長》の《セイバー》から、提案された。

 

もちろん攻略会議は荒れる。

それは無謀だと。

 

74層ボス戦であった結晶無効化エリアという理由から、その危険度は高い。緊急時に脱出できる《転移結晶》が使えないという大きな問題があった。

 

しかし、

75層のクエストにて入手したという情報がもたらされ、場は騒然とする。

 

それは、扉が’一定時間’閉まること。

 

 

そして、

推薦された者の《名》を聞いて、合意しやがった。重要職である《セイバー》を除けば、最も生存率が高いだろう前衛職2人。

 

《狂戦士》と《盾戦士》。

 

「別に、ボスを倒してしまっても構わんのだろう?」

相棒はそう答えてしまった。

 

さてはお前らFG〇好きだな。

 

 

 

***

 

「俺、腰に持病があるんだよ。・・・ヘル、ヘル、ヘルメス?」

 

「いきなりどうした? 病院で寝たきりだし、ヘルニア治ってるかもしれないな。」

 

ごめん、猫背なだけなんだ。

仮病は、どこか天然な相棒には通じなかった。

 

「75層ってクォーターポイントだからな。さらに危なそう。」

「・・・たしかにな。」

 

25層では、《軍》に大打撃を与えた。

50層では、攻略組が崩壊しかけた。

 

SAOに来る前の俺なら、こんな危険な依頼は受けることもなかっただろう。

 

でも、これが俺の生き様なんだ。

 

ギルド《風林火山》から託された蘇生アイテムを、俺が持つ。

 

 

ボス部屋が開かれる。

人生で、最も長い5分だった。

 

 

***

 

「諸君、この危険な攻略に参加してくれることを、まずは感謝する。」

攻略組の先導者といってもいい、《セイバー》が門の前に立つ。

 

「何度も言った通り、結晶は無効化され、戦闘開始から扉は5分間、閉まる。しかし、2人の’英雄’のおかげで、我々はボスの情報を得た。」

 

「今も下の階層で『解放』を待つ者たちと、勇ましくも死んでいった同胞たちのためにも、我々はやり遂げなければならない。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。」

 

「――『解放』の日のために!」

 

その力強い叫びにプレイヤーたちは一斉に応えた。

 

さいごの戦いが始まった。

 

 

 

***

入ってすぐに天井に貼りつく骨ムカデが降りてくる。

何よりも目を引くのは大きな2つの鎌。

 

俺とオーガスと、そしてヒースクリフが飛び出す。その後ろをキリトとアスナが追う。

 

通常のボス戦では、何人ものタンクが前衛として配置される。

しかし、《剣》を交えた俺が下した判断は・・・

 

「俺たちじゃないと、無理。」

 

会議中に発せられた、

その挑発めいた発言に、ボスの情報を見て固まっていた歴戦の戦士は闘志を取り戻した。

 

そして、今も5人の’英雄’の姿を見て、勇気を得る。

 

***

 

俺とオーガスとヒースクリフの3人がかりで、鎌の一撃を受けている。

 

骨ムカデが大人しいやつだったら、’ヒースクリフだけで十分’だろうが、とにかく暴れ動く。

 

広い空間でそれぞれ守備範囲を持って、骨ムカデの大鎌を受ける。

焦りを生むような、深追いはしない。

 

《シールドディフェンス》

俺は、大鎌の強力な一撃を、盾で受け流す。

 

ヒースクリフの方へと行ったところで、

キリトとアスナの姿が目に入った。

 

最も優先すべきは、尖った尾の切断だ。

トッププレイヤー2人をその配置に就かせた。ボスにヘイトをあまり与えず、背後を追いかけている。

 

言葉もなく、

瞳を見交わすだけで、骨ムカデの一撃を’同時に’打ち返す。

 

瞳を見交わすこともなく、

一体となって、骨ムカデの尾に’一撃’を与える。

 

2人の思考がリンクしているような美しい《剣技》だ。

 

 

はじまりの戦いから、2人を見てきた俺が断言する。

 

無意識に心と心が通じ合う関係。

やはりこの2人の関係は『本物』だ。

 

2人の姿は、俺にはとてもまぶしかった。

 

 

 

 

***

1時間という長い死闘だったが、誰も欠けることはなかった。

しかし、1人を除いて、疲弊して立ち上がれない。

 

こんな攻略をあと何度も続けることは、攻略組に絶望感を与えていた。

 

 

キリトは、その1人の英雄を見る。

同じく大鎌を受けていたエイトやオーガスは、地面と一体化するように、うつ伏せに倒れている。

 

ヒースクリフだけは、1人穏やかに立っている。

・・・それは’神’の表情。

 

キリトはゆっくり身体を起こし、剣を握る。

アスナだけがその様子に気づく。

「…キリト君?」

 

 

片手剣の基本突進技《レイジスパイク》

地面を駆け抜け、漆黒の剣で、'神'を突いた。

 

しかし、あの《決闘》でも感じたありえないスピードで、十字盾で防がれてしまう。

 

キリトたちの横を《投剣》が過ぎる。

キリトもヒースクリフも短剣の輝きに気をとられる。

 

 

盾を左手に持つヒースクリフに、右側から駆ける。

 

曲刀の基本単発技《リーバー》

肩に担いだのち、真上から斬り下ろす。

その一撃は紫の壁に阻まれた。

【Immortal Oblect】

 

「スイッチ」

相棒は俺の横を通り抜ける。

 

両手剣の突進技《アバランシュ》

『加速』し、振り下ろした一撃を十字盾に当て、後退させる。

 

 

「おいおい、どうするよ、これ」

隣にいるオーガスが呆然としている。

 

「…くそ。殺し損ねたか。」

俺から声が漏れる。

 

 

 

俺たち3人の行動に疑念を抱く者たちの中で、アスナが口を開いた。

「システム的不死? どういうことですか、団長…」

 

「…英雄は魔王だったってことかな。」

「なぁ、茅場。」

 

ヒースクリフは余裕そうな表情のまま、キリトに向けて口を開く。

「なぜ気付いたのか参考までに教えてもらえるかな?」

 

「最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも早過ぎたよ。」

 

「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまった。」

 

キリトの答えに頷き、苦い表情をする。

はじめてヒースクリフに’感情’が見えた気がした。

 

「君たちはどうかね?」

今度は俺たちに尋ねる。

 

 

「お前、『茅場』への殺意がなかったからな。」

俺が気づいたのは、人の気持ちを少しは分かるようになってからだ。

こいつはこのデスゲームへ’怒り’を持っていない。

こいつはこのデスゲームで’哀しみ’を持ったことがない。

こいつはこのデスゲームへ’楽しみ’を持っていた。

 

俺たちはずっと狙っていた、隙を見せるのを。

「さすがに、1人で大鎌を受けるのは、疲れたか?」

ようやく訪れたチャンスに笑みがこぼれた。

 

俺の言葉を聞き、ヒースクリフは声を出して笑う。

 

「・・・ふぅ、たしかに疲れたな。」

 

「予定では95層まで明かさないつもりだった。」

彼の声が変わる。

はじまりに聞いた声を思い出すような声。

 

「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある。」

 

「・・・趣味が良いとは言えないぜ。’英雄’が一転最悪のラスボスか。」

キリトは皮肉めいて言う。

 

「なかなかいいシナリオだろう?盛り上がったと思うが、まさかここで看破されてしまうとは。」

 

キリトに視線を向ける。

「君は勇者の役割を担うはずだった。全10種類存在するユニークスキルのうち、《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つものに与えられる。」

 

おそらく、PoHもなにかユニークスキルを持っている気がする。

 

茅場は俺たちの方を向く。

「エイト君は、90層以降に《手裏剣術》を得ることとなっただろう。オーガス君は《抜刀術》。その条件は、、」

「「いるかよ。」」

俺たちは言葉を遮る。

 

「勇者なんて、ガラじゃない。」

「それに、90層って遅すぎじゃね?」

 

 

断られたのに、ヒースクリフはまた嬉しそうな顔を見せる。

「そうか。」

 

 

ようやく状況を理解した者たちが’怒り’を持つ。

「「「茅場ァ!」」」

 

魔王ヒースクリフは左手を振り、俺たちが見たことのないウィンドウを操作する。

 

キリトを除き、麻痺状態となり、倒れる。麻痺耐性も無視するような、無慈悲なシステム。

 

「キリト君、勇者である君には、チャンスをあげよう。今この場で1対1で戦う権利を。もし、私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーは《解放》される」

 

アスナは必死に止める。

しかし、アスナのために、彼は立ち上がる。

 

親しい者たちに声をかけようとするキリトより先に言う。

 

「キリト、そういうのは《現実》で言ってくれ。」

「キリトよぉ、妹さんちゃんと紹介しろよ!」

「ところでアスナとの結婚式って、いつ?」

「還っても、嫁さんにラーメン作ってもらうぞ?」

 

俺たちは勇者を送り出す。

 

 

「解った。次は、向こう側でな。」

キリトは頷き、背を向ける。

 

 

***

さいごの決闘が始まる。

 

お互いに、剣技を何度も見てきた。

さらに《二刀流》スキルに至っては、知り尽くされている。でも、この《世界》で、ソードスキルを使わないなんてまちがっている。

 

 

俺は右手の片手剣に力を込めて、駆ける。

 

繰り出された、輝くことはない一撃にヒースクリフは目を見開く。

《閃光》の一撃はヒースクリフの肩を突く。

 

《曲刀》、《両手剣》、《刀》、《両手斧》

あいつらの想いを乗せた攻撃を俺の《二刀流》に混ぜていく。

 

システムを用いないソードスキルは隙が無い。

だが、ヒースクリフも強い。

 

一進一退の攻防を見せた。

 

 

***

勇者と魔王の戦いなのに、

《解放》をかけた戦いなのに、

2人とも顔は真剣なのに、

ライバルと剣を交えるのが楽しそうだった。

 

ソードスキルの光が軌跡を描く。

 

まさに、

―――ソードアート

 

互いに十字盾と片手剣が壊れても、メニューを素早く開き、片手剣に切り替える。

 

互いに『心』の籠った、一撃をまた打ち合い始める。

 

互いにソードスキルを発動する。

片手剣の重単発攻撃《ヴォーパル・ストライク》

 

互いに誰よりもはるかに、限界を超える『加速』をした、一撃を叩きこんだ。

 

 

無機質なシステムの音が、聞こえた。

ゲームはクリアされました

ゲームはクリアされました

ゲームはクリアされました

ゲームは・・・

 

 

 



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第7話 旅立ち

小町について
※2年間八幡がいなかったことで性格変更あり
※八幡の1つ年下


ところで、原作ですが、
2ヶ月以上監禁されても希望を捨てない明日奈って凄い精神力だと思います。
1ヶ月くらい眠らされたままだったのかもしれないけど。



目をゆっくり開くと、霞んだ視界に白い天井が見える。

空気に匂いを感じた。身体は鉛のように重い。

 

セミの鳴き声が耳に響く。

 

夏、なのだろうか。

 

エアコンの効いた部屋はひんやりとしていて、左手が温かい。

 

 

誰かの声がする。

優しく、手を握ってくれる。

とても、温かかった。

 

「・・・ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。」

 

「小町か?」

俺から出たのは、か細い声だった。

 

それでも、頷いてくれたことで妹だと確信する。

 

いまだはっきりしない視界で小町を見る。

 

肩に当たるくらいの長さの、俺と同じ黒色の髪をしていて、見覚えのある制服に身を包んでいる。

 

アホ毛と八重歯がチャームポイントである。

 

2年弱ぶりに妹を見た俺は断言する。

やはり俺の妹は世界一可愛い、と。

 

だからこそ、気になることがある。

 

「まさか、彼氏、できた...?」

 

「ふふっ、いつもの、お兄ちゃんだ。」

 

彼女は涙を流している。

 

でも、

心の底から嬉んでくれていることが、今の俺には分かる。

 

「おかえり。お兄ちゃん。」

「ただいま・・・」

 

やはり《現実》も、悪くない。

 

「比企谷君!」

「ヒッキー!」

奉仕部の2人が慌ただしく部屋へと入ってくる。

 

「…ここ、病院、だろう、静かにしろよ。」

弱弱しくも、俺は思ったことをそのまま口に出す。

返事はなく、2人は涙を流している。

 

 

「「「おかえり(なさい)。」」」

 

「あ、ありがとう。」

なんだか、むずがゆい気持ちになる。

 

「あ、ちょっとキモくなくなってる!」

「そうね。目の濁りがマシになってるわ。あなた本当に比企谷君?」

「お兄ちゃん、なんか変わったね!」

 

自分でもそう思う。

ずいぶん変わってしまったと思う。

 

でも、今は、俺はそんな俺が嫌いじゃない。

やはり《現実》も悪くない。

 

 

 

***

 

半月が経った。

いまだ、入院したままである。

 

暇な時間はタブレットを開いて、本を執筆する日々である。

 

入院は、中学の入学初日で車に轢かれて以来だったな。

リハビリは2度目だったが、やはりつらいものだ。

 

 

そういえば、車に轢かれて転生したとかいう相棒の連絡先を聞いていた気がする。元々、電話帳には家族と奉仕部の2人くらいしか登録していなかったため、連絡手段があるのをすっかり忘れていた。

 

 

ちょうどお見舞いに来てくれていた妹に聞く。

 

「小町、俺の携帯って、どこいった?」

 

「え、お兄ちゃん、普段使ってないの?」

 

小町は一昔前の人間を見るような目で見てきた。

……ふんっ、今時のもんは携帯に依存しすぎじゃ。

 

俺の荷物から携帯を探し出してくれると、案の定、電源がついていなかった。

 

充電コードに差したあと、電源をつけた携帯を渡してくれる。着信履歴を見ると、50回をはるかに超える着信が俺の携帯に来ていた。

その事実に目をそらし、電話をかける。

 

『おお、やっとつながったか。久しぶり、エイト。』

声変わりしていたが、それでも相棒の声だとはっきり分かる。

 

「こっちでは八幡だ。久しぶりだな、伊月。」

 

俺が通話をしている様子を、小町は微笑んで見ていた。

その表情はどこか大人びていて、どこか寂しそうだった。

 

 

***

 

お兄ちゃんが目覚めてから1ヶ月が経つ。

 

わたしはお兄ちゃんが還ってきてくれたことが、とにかく嬉しかった。

 

でも、

お兄ちゃんがなにかの文章を書いている時や、伊月って言うお友達さんと電話するときは、遠くに行ってしまった感じがした。

 

シャーペンを置く。

 

そろそろ9月が終わりそうだ。

2月の半ばにある受験まで、残された時間はどんどん減っているのに、やる気があまり出ない。

 

ため息をつく。

お兄ちゃんに勉強を教えてもらっていた頃を思い出した。

 

また、お見舞いに行こうかな。

 

 

 

***

 

俺は、いまだベッドの上だ。2年弱の寝たきりは、かなり負担だったようだ。

 

ベッドについている机に資料を広げる。あの雪ノ下陽乃から、それはもたらされた。

 

約300人の未生還者が、誰に囚えられているか。

 

雪ノ下財閥の令嬢であり、雪ノ下雪乃の姉である彼女を通じて調査をしてもらった。すでに警察や政府も動いているのだろうか、すぐに情報が届いた。

手をこまねいている状態であることがはっきり分かった。

 

あの《世界》が誕生してから1年後、つまりまだあの《世界》が終わっていないときに、VRMMORPGが発売された。ナーヴギアの後継機「アミュスフィア」と同時に「レクト・プログレス」から発売されたものがアルヴヘイム・オンライン。剣と魔法の世界で、9つの種族に分かれる妖精が世界樹の上への到達を競い合っている。

 

その世界に、手がかりがある。

 

 

レクト・プログレスフルダイブ技術研究部門主任 須郷伸之。あの茅場晶彦の、大学の後輩である。

 

最近になって、CEOである結城彰三の娘の、結城明日奈との婚約を求め始めた。ちなみに結城明日奈は未生還者で、寝たきりである。

 

単に軽率であるのか、焦っているのか、それとも余裕があるからなのか。しかし、300人もの人質をとっているのは確かで、巧妙に隠蔽しているため、質が悪い。

 

 

それに、大企業ということもある。

まだVRゲームに関しては法規制が充分ではないのだ。

 

取り調べの開始すら、まだ時間がかかることだろう。

 

 

だから、俺たちSAO生還者が乗り込む。

 

勇者も立ち上がった。まだベッドの上だけど。

婚約阻止のために、アスナの生還のために、誰よりも燃えている。

 

相棒も、すでにALOへと乗り込んでいる。

たぶん最後のフルダイブになるだろうって言っていたことは寂しかったが。それでもあいつとの縁は切れることはないと確信できる。

 

俺も、小町と母親にはちゃんと話しておかないとな。

親父はいいや。

 

 

「お兄ちゃん、これ、なに?」

いつの間にか隣にいた妹に、尋ねられた。

 

 

***

病室のドアを開けると、

わたしが入ってきたことにも気づかず、机に資料を広げて真剣な顔をするお兄ちゃんがいた。

 

横から覗いて目についた文字――VRMMO

そして、棚の上にあるナーヴギア。

 

「お兄ちゃん、答えて。また、いなくなっちゃうの?」

 

わたしはお兄ちゃんが囚われたとき、とにかく泣いた。

お見舞いに来るたびに手を握って、涙をこぼした。

 

お兄ちゃんは、大人びたって言うけど、まだまだ泣き虫なんだよ。

 

もっと泣き虫になっちゃった。

 

わたしは、昔から泣き虫なわたしが嫌いだった。だって、お兄ちゃんに心配をかけてしまうから。

 

 

お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれる。

 

昔よりずっと大きくなった手のひらは、

温かくて、冷たかった。

 

 

「小町、俺はあの《世界》が嫌いじゃないんだ。あの《世界》は俺にとって『本物』だった。」

 

お兄ちゃんの目はもう腐っているなんて言えない。

 

「もちろん、悲しいことや苦しいこともたくさんあった。でも、あがいてもがいて、はじめて《生きた》実感を得た。正義のためだとかは言わない。でも俺は、あの《世界》の終焉を見届けて、材木座に伝えたい。」

 

お兄ちゃんの目は、まっすぐだった。

 

「’友達’の『本物』と呼べる関係くらい、俺は守ってやりたい。それに、ラーメンのお礼もあるしな。」

 

お兄ちゃんが誰かを友達と呼ぶことはなかった。

 

 

 

お兄ちゃんは変わった。お兄ちゃんが2年間生きてきた世界を、わたしは知らない。

 

お兄ちゃんに置いて行かれた気がして。

 

孤独は嫌じゃないはずなのに、手を伸ばしたくなって。

 

 

だから、まっすぐ見つめる。

「お兄ちゃん、わたしも、行かせてください。」

 

わたしはお兄ちゃんが成長した世界を知りたい。

 

 



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第8話 はじめての冒険

種族選択してから気づいたけど、アルンまでキリト組と関わらない。
つまり、オリジナルストーリーを書かなければ。



お母さんにもゲームをするって、ちゃんと話した。

 

受験生だから、もちろん反対もされた。

 

わたしは、想いを全部伝えた。

お兄ちゃんが知り合いのやつに家庭教師させるって言ってくれたこともあって、1ヶ月だけ許してくれたんだ。

 

 

アルヴヘイム・オンライン。

略して、ALO。

妖精の世界で、9つの種族が争っているとのこと。

 

魔法があったり、飛べたり、

なんだか女の子にも人気がありそうなのに、殺伐としていて恐ろしい世界のようだ。

 

わたしはベッドに横たわり、アミュスフィアを被る。

「リンク・スタート」

 

 

湾の中にある島に、西洋にあるようなお城がある。

その城下町に、わたしは立っていた。

水があふれていて、落ち着いた雰囲気がある。

 

水路に映る自分の姿を見てみる。

どこか現実の顔に似ているけど、水色の髪と瞳になっていて、耳はエルフのように長い。

わたしは回復魔法や水中活動が得意な種族《ウンディーネ》を選んだ。

 

「お嬢ちゃん、初心者かい?」

知らない男性に話しかけられる。

 

「そうですけど…?」

見た目はモデルさんのようにかっこいい。

でも、目がどこか怖かった。

 

「え、えと、知り合いと待ち合わせしてるんで。それではー。」

 

「じゃあ、その娘と一緒に冒険しないかい?」

 

うぅ、予想以上にしつこい。

いわゆるナンパだろう…

この場合どうすればいいんだろう。

 

 

誰かが、わたし達に近づいてくる。

お兄ちゃんは、相棒が迎えに来てくれるって言っていた。

 

全身鎧で、いいやつだ、って言っていたけど…

 

「あ、やっとみつけた。相棒の妹さんだよね?」

見た目に似合わない明るい声が兜の下から聞こえた。

 

どこかでモンスターをハントしているような人。海竜を模したような全身鎧を身に着けていた。

……ここって妖精の世界だよね?

 

「兄が何時もお世話になってます。」

頭をちょこんと下げる。

そう答えることしかできなかった。

 

 

***

わたしをナンパしてきた人は、ミカヅキさんの登場に興が冷めたようで、逃げるように去っていった。

 

装備も全部買ってもらったし、初心者なわたしに丁寧にレクチャーしてくれた。教え方がとても上手で、短剣の振り方や飛び方の基本はできるようになった。

 

「ミカヅキさん、これからどうするんですか?」

 

「そうだな。元SAOプレイヤーはゲーマーが多くてな。好き勝手に種族を選んだから、中心部にある央都《アルン》で合流することになってる。」

 

頬をかきながら苦い顔をする。

 

その言葉にわたしも苦笑いが浮かんだ。

お兄ちゃんと同じ種族にする話だったけど、スプリガンとウンディーネって別々になっちゃった。

 

 

ミカヅキさんは手際よくメニューを開き、地図を取り出す。中央にある《世界樹》を中心に世界が広がっている。

 

《世界樹》のある央都《アルン》は山岳地帯に囲まれていて、並みの人ではそこにすらたどり着けないとのこと。

 

わたしたちはまずは湿地地帯を越え、山岳地帯を目指す。

 

翅を広げ、飛び立った。

 

 

 

 

***

ウンディーネ領は、インプ領とスプリガン領に挟まれている。その2つは比較的人気のない種族であるため、湿地地帯には敵プレイヤーは少ないように思えるだろう。

 

しかし、最大勢力であるサラマンダー領が隣であるため、インプは湿地地帯に出向くことが多い。

 

 

俺は、背後を追いかけるように、必死に飛ぶ女の子に意識を向ける。

 

この世界に降り立った多くのプレイヤーはやはりゲームを楽しむために来ている。

 

俺たちSAOプレイヤーにあるような覇気がなかった。

 

 

でも、

マチは俺の教えに必死についてくる。

殺気を籠めた斬撃にも、恐怖しながらも、あがいて、立ち上がった。

 

たぶん相棒に追いつきたくて、相棒に近づきたいんだと思う。

 

その姿は、あのはじまりの日に決意した俺たちに似ていた。

 

その成長速度には目を見張るものがあった。

焦っていて、危うさがあった。

 

 

俺は、2つの意識を敵に向ける。

 

翅に力を込め『加速』し、剣を抜きながら上昇する。

落下するスピードを載せ、両手剣ですれ違いざまに、斬る。

 

インプのプレイヤーはリメインライト化する。

 

殺すという感覚には、まだ慣れない。

 

 

 

***

湿地地帯を数時間で抜け、《虹の谷》のふもとまでたどり着く。

 

そこで、今日のところはログアウトすることになった。

 

わたしは《現実》に戻ると、アミュスフィアを外し、身体を起こす。

 

手に汗をかいている。

 

はじめての《仮想世界》は、とてもワクワクした。旅行に行ったような気分を味わえたし、妖精になれる体験もできた。

 

お兄ちゃんに、近づけた気がした。

 

でも、ミカヅキさんには、追いつけなかった。

ほんとうにつよかった。

 

たぶんわたしに合わせて、飛んでくれていたんだろうな。

 

わたし、足手まといなのかな・・・

 

 

首を振る。

お兄ちゃんにご飯作らなきゃね。

 

キッチンに向かった。

 

 

 

***

スプリガン領の近くの洞窟まで、’1人’でたどりついた俺はログアウトする。

 

携帯のメールを開くと、俺と同じスプリガンのキリトはシルフ領の近くの森に落ちたらしい。

どういうことだってばよ。

 

 

リビングに降りると、小町はそろそろ料理ができるというところだった。受験生な妹に代わって、俺がやるべきところなのだろうが、家事をしていると落ち着くとのこと。

 

親が共働きで、昔から家事は俺たち兄妹で分担していた。俺も料理をしていた時期があったが、小町の料理スキルは俺をすぐに超えた。

 

俺たちは今日も2人で食卓を囲む。

「いただきます。」

「…いただきます。」

 

作り置きされていたカレーはいつも通り、とても美味しい。

 

昔2人でよく失敗していたことを思い出して、心の中で笑みがこぼれた。

 

 

食事中、

小町の表情は暗い。

それは胸の奥からの焦燥感。

 

 

俺は小町に尋ねる。

「なぁ、どうだった?」

 

「え、うん、楽しかったよ。ウンディーネの領ってさ、カリオ〇トロの城みたいなのがあるんだよ。」

 

スプリガン領は古代遺跡だったよ。

俺は歴史マニアじゃないから良さがわからなかった。

 

「そうか。俺も行ってみたいけど、一応敵対種族だからなぁ。」

 

「近づいただけでも斬られるかもね。」

いつもの明るい声になってきた。

 

「あいつ、どうだった?」

 

「ああ、ミカヅキさんのこと? 素顔は分かんないけど、とってもいい人だったよ。飛んでいる間に、一瞬で近づいてズバーンとやってたよ。とっても強くて優しくて…」

声が尻すぼみになっていく。

 

「1日で飛べたんだな、お前。」

 

「…そうだけど?」

 

「俺なんか、最初の日はスライムポジの猪狩りだったぜ? それに比べればすげぇよ。」

 

「えへへ。そうかな。」

 

俺に褒められたことが素直に嬉しそうだ。

 

「あんま気にすんなよ。あいつも俺も年季が違うんだ。」

 

「そうかな? 私も、変われるかな。」

 

「俺は変わってないぞ。今も昔もこれからも、お前の兄貴だよ。 あ、今のお兄ちゃん的にポイント高くね?」

 

「ふふっ、小町的には全然ダメダメだよ、お兄ちゃん。」

 

八重歯を見せた笑顔は、昔のままだった。

 

 

 

 

***

次の日の放課後すぐに家に戻って、アミュスフィアを被り、あの《世界》に行く。

 

すでに彼はログインしていた。

 

「お待たせしましたー。」

 

「だいじょうぶ、今来たとこ。」

 

なんだかデートの待ち合わせみたいで、笑みがこぼれた。

 

「なにかいいことあった?」

兄のようで兄じゃない優しさを、この人はくれる。

 

「ミカヅキさんやお兄ちゃんがみんなのために頑張るから、わたしももっと頑張らなくちゃと思って!」

 

「そうか。」

 

兜で隠されていても、なんとなく表情がわかってきた気がする。

 

声と雰囲気で、笑顔だと感じ取れる。

 

 

私は、《短剣》ではなく、この冒険で手に入れた《杖》を装備する。

今、私がやれることをする。

 

「みんなを《解放》したときには、もっといろいろ教えてくださいね!」

 

わたしも、心の底からの笑顔をちゃんと見せれたかな。

 

 

 



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第9話 手を伸ばす

《虹の谷》は高く険しい山を上へと登っていく山道のフィールドだ。

 

俺たちプレイヤーには飛行制限がある。山を飛んで越えることはできず、飛行型Mobが多いこともあって、その山道を使うしかない。

 

登るにつれて、岩場や滝が目立ってきた。

 

ちなみにウンディーネとして勇ましく滝登りをしたプレイヤーは領からリスタートとなった。

…もう2度としない。

 

 

「マチ、戦闘準備。」

 

「はい!」

ローブを着て長杖を持っている女の子が、元気よく返事をしてくれる。

 

 

岩がつらなって蛇のような、どこからどうみてもイ〇ークだ。ハンマーや根のような打撃武器が有効で、俺の両手剣は効果が薄いだろう。

だがこのALOには魔法が存在する。

 

俺が剣を構えると、マチが呪文を唱え始める。

 

無属性魔法《ソーンバインドホステージ》

瑠璃色に輝く茨が岩にまとわりつくが、ダメージはない。設置型魔法だ。

 

 

地面を勢いよく蹴り、岩蛇に向かっていく。

ソードスキルはないが、身体は勝手に動いてくれる。

茨を断ち切るように斬っていくと、連動して魔法ダメージを与えていく。

 

HPが0となり、ガラスのように飛び散った。

 

取得した経験値やアイテムが分かるウィンドウが表示される。剣を腰の鞘に納め、後ろを向く。

 

「サンキュ、マチ。」

もし俺だけだったなら、両手剣が刃こぼれするほど斬りつけていただろう。

 

「いえいえー。サポートできてなによりです!」

SAOには魔法がなかったため、こういうサポートは新鮮な気持ちだ。

 

「じゃ、行くぞ。」

謙遜する彼女に兜の下で笑いかけ、引き続き登っていく。

 

 

 

***

山道を登っていく道のりで、たくさんのモンスターさんと戦った。

岩の蛇だったり、巨大な鳥さんだったり。

 

ファンタジー世界を生きている気もちになって、なんだかワクワクした。

 

まぁー、わたしが倒したわけじゃないんだけどね。

 

恐れず、まっすぐ立ち向かっていくミカヅキさんはかっこいいなぁ。それに、戦いが終わるたびに、私を労ってくれる。

 

お兄ちゃんも、彼のように勇敢に戦っていたのかなって思うと、なんだか寂しくなった。

 

お兄ちゃんが囚われて、家に1人でご飯を食べていた時に味わったような気持ちになる。

 

「ちょっと、休憩するか。」

その声にわたしは顔を上げる。

登山道の途中にあるような一軒の民宿があった。

 

 

中はかなり広く、個室まで用意されている。

広い部屋のソファーに向き合って座る。

 

「今日は、この辺りにしておくか。3時間くらい入りっぱなしだったし。」

もうそんなに経っていたんだ。

 

時間を忘れるくらい、冒険を楽しんでいたのかな。でも、ミカヅキさんもお兄ちゃんは、もっとずっと長く冒険していたんだろうな。

 

 

急に頭に手を乗せられ、

わしゃわしゃって頭を撫でられたことに私は驚く。

「まーた、しょんぼりしてる。マチと冒険できて嬉しいぞ、俺は。」

お母さんやお兄ちゃん以外に撫でられるのは初めて。

 

 

ハラスメント防止コードを発動しますか ってウィンドウが出る。

「これなんだろう?」

 

「え、これでも出るの! やめっ、やめろー!」

 

その慌てる姿がなんだかおもしろくて、笑みがこぼれる。

 

《No》をこっそり押した後、意地悪をしたくなった。

「どうしよっかなー」

 

「うっ、なんでもしますから許して」

 

「今、なんでもって言いましたねー」

 

「……公序良俗に反しない範囲なら。」

 

「ミカヅキさんのこと教えてください!」

 

 

 

***

小悪魔のような女の子と民宿のソファに向かいあって座る。

 

しかし、どこまで話すべきか。女の子の髪を触った代償は大きいだろう。それに、相棒の妹である彼女には本名を明かしてもいいか。

 

「えっと、前世は21歳で死んで転生したわけだから計24歳くらいで、今は高1。本名は月村伊月っていう。」

俺の発言にポカーンとしている。

 

「SAOでは最前線に立っていて、英雄だとか《狂戦士》って呼ばれて…ました。」

マチの反応がないことに疑問を覚え、語尾がおかしくなってしまった。

 

「冗談はともかく、嘘をつける人じゃないよね…。」

ボソッと呟かれる。

 

さすがに自分で英雄って言うのはマズかったか。

 

 

気を取り直したように、笑みを浮かべ話し始める。

「比企谷小町です。お兄ちゃんの妹やってます。中学3年生といいますかー、受験生といいますかー」

 

言いづらそうに、そう告げる。

もう10月だもんな。

 

「勉強のほうは?」

アハハ…って言いながら乾いた笑みをする。

なるほどだいたいわかった。

 

「そ、そうだ! ミカヅキさんが勉強教えてください!」

 

「国語以外なら教えられるけど、住んでる県が違うからなー」

 

「うっ、そうですか。 あ、でも、お兄ちゃんが知り合いの家庭教師紹介してくれるって言ってました!」

 

「そうなんだ。あいつも勉強ヤバそうだけどな。」

中2であいつの知識は止まっている。

 

 

「雪ノ下さんカー、コワイナー」

目線を逸らしながら、未来を憂いている。

予想したことを尋ねてみる。

 

「…スパルタ?」

 

「はい、お兄ちゃんの友達?の人です。とっても良い人なんですけど、厳しい人なんですよ。」

 

よほど絶望しているのだろう。話題を変えてくる。

「あ、そうだ。お兄ちゃんって彼女できたりしました?」

 

それがSAO内でのことを差すのなら、

「俺が知る限りはいないな。そもそも、女性プレイヤーは珍しかったし。」

 

アスナにラーメンをせがんでいた光景しか思い浮かばなかった。

 

「そうなんだ。妹としては、お嫁さんを早く見つけてくれないと安心できないんですよ。」

 

「お兄ちゃん想いなんだな。」

相棒も妹想いだった。

 

「いえいえ、違いますよー。専業主夫志望するようなゴ…お兄ちゃんですから! 雪乃さんか、結衣さんか、それとも静さんか、はたまた彩加さんか。」

SAOにログインする前から、4人もの女の子に好かれていたのか。

 

やはり自称ボッチだったか。

自己評価が低いだけであって、相棒はかっこいいところあるからな。

 

「お兄ちゃんがお嫁さんを貰うまでは、わたしは安心できないんですよ。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「たしかに、相棒に春が来るといいな。」

 

「じゃあじゃあ、ミカヅキさんも協力してくださいね!」

 

彼女は本当に表情豊かで、心の底から笑顔を見せてくれる。

 

俺は、その笑顔に見惚れていた。

でも、近づけば、また……

 

 

***

ふもとに降りてくると、ウンディーネの男の人が岩にもたれ掛かっている。

 

「君たちやるねぇ、ここまで来るなんて。そうだ、《アルン》まで案内してあげるよ。」

 

ここからは強いプレイヤーもたくさんいることだろう。

こちらこそ同行をお願いしたいくらいだ。

 

近づいてお願いをしようとしたら、ミカヅキさんの手が肩に掛けられる。

 

立ち止まり、彼の方を見た。

 

「残りの8人出てこいよ。いや、8種族か?」

低くて、苛立っていることが感じられる声が岩場に響く。

 

すると、いろんな色の妖精が姿を見せる。

 

粘りつくような視線が、なんだか嫌だった。

 

「山岳地帯を攻略して、疲れているプレイヤーを待ち伏せってところか? しかも同族で油断させる。」

---まるでゲームのように。

 

「へぇ、よく分かったな。それなら、金目の物を置いていけば見逃してやるよ。」

「男は殺してもいいんじゃねぇか? それで女は…」

対立するはずの9種族が、仲良く嗤う。

その矛盾がとても不快だった。

 

 

ミカヅキさんの拳が強く握られているのが見えた。

 

この《世界》では死亡したプレイヤーは《死亡罰則》が与えられるだけで、死ぬことはない。

でも、それでも……

 

「お前らにとっては所詮ゲームなんだろう。別に、それはお前らの勝手だ。でもな、そのふざけた世界を俺たちに押しつけるなよ。」

剣を抜き、構える姿は覇気を感じた。

 

「な、なに言ってんだよ。たかがゲームだろうが、熱くなるなよ。」

「相手は2人だ。やっちまうか。」

「お荷物の後衛職もいることだしな!」

 

お荷物、か。

確かに、ミカヅキさんにはまだまだ手が届かない。

 

前へゆっくり歩いていく背中は本当に大きい。

 

覇気は、わたしには心地よくて、守ってくれる感じがする。怒気を感じるのがなんだか嬉しい。

 

手を伸ばしたい、あがきたい、そしていつか隣に……

 

 

魔力の輝く糸が、リング上となって締め付ける。

信じてくれる彼を、わたしも信じる。

 

無属性魔法《アストラルバインド》

移動を制限する魔法でダメージはない。

 

その効果も今のレベルでは一瞬のことでしかない。

 

一陣の風が駆け抜け、9色の炎が生まれた。

 

 

 

 



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第10話 旅は続く

央都《アルン》は石づくりをしている都市だった。

そして、9つ全ての種族のプレイヤーが行き交っていた。

 

真上にどこまでも続く《世界樹》を見上げた。

 

「あそこに、手がかりがあるんですね。」

「囚われのお姫様もそこにいるらしいな。」

その人が、ミカヅキさんとお兄ちゃんの友達の1人なのだろう。

 

SAOからの未生還者300人のための旅は終わりに近づいている。

私とミカヅキさんの旅も…

 

世界樹の根元にはゲートがあり、ここから《世界樹》の内部に入っていく。

中では守護騎士が何百人も現れるとのこと。

どの種族も、いまだ達成できていない。

 

不安になっていたわたしの手を握ってくれた。

「だいじょうぶ。俺がいる。」

「それに、俺たちには仲間がいる。」

 

ゲートの前には、9つすべての種族が20人ほど集まっていた。

その纏う雰囲気がこの人たちは歴戦の戦士だって教えてくれた。

 

わたしから1度離れて、みんなの前に行く。

黒いコートを着た人と、お兄ちゃんと、ミカヅキさんが並んで門の前に立つ。

3人の纏う雰囲気はまさに英雄だった。

 

 

「攻略に参加してくれて、本当にありがとう!」

黒いコートを着た人がまずは頭を下げる。

 

「残された300人のために、俺たちは再び揃った。」

仮面をつけたお兄ちゃんがそう言った。

 

 

「勇ましくも死んでいった同胞たちのためにも、俺たちはやり遂げなければならない。」

「厳しい戦いになるけど、みんなの力なら切り抜けられる。」

「――『解放』のために!」

ミカヅキさんの、

その力強い叫びにSAOプレイヤーたちは一斉に応えた。

 

さらに、

9つ全ての種族のALOトッププレイヤーが加勢に駆け付ける。

能力上昇の魔法をかけていく。

1つの種族では全ては揃わない。

《マギア》、《クイック》、《シャープネス》、《プロテクション》

 

さいごの戦いが始まる。

 

 

***

翅を開き、9色の妖精たちは飛ぶ。

それぞれの武器を構える。

 

守護騎士も《両手剣》や《弓》を構える。

 

最初で最後の攻略であって、SAOプレイヤーは飛行にまだ慣れていなくて、連携は見込めない。

つまり、ガンガンいこうぜ。

俺たちが個性を全力で発揮し合う最善手。

短期決戦で、勇者を前に進ませる。

 

 

俺の隣をマチは飛びながら、呪文を唱える。

 

闇属性魔法《ナイトメアスフィア》

透き通った球状の力場を発生させる。

ダメージは低いが、範囲が広く、付属効果として移動力低下を与える。

 

俺はその力場が消えた瞬間に、翅に力を込めて『加速』する。

 

この《世界》では光り輝くことはないが、身体が経験で動く。

 

両手剣ソードスキル範囲技《サイクロン》

剣を構えて一回転し、水平に斬撃を与える。

 

動きの鈍った守護騎士を数体斬る。

マチが追いつき、また2人で飛ぶ。

言葉を交わさなくても、その顔を見なくても、なんとなく分かる。

75層ボス攻略で見た2人の戦いのように、俺たちも《リンク》する。

弓を引き絞る姿が見えたが俺は止まらない。

 

闇属性魔法《ブレインバイス》

足元に瞳を模した魔法陣が発生し、立ち上る黒い光の柱が包む。

ダメージは低いが、付属効果として遠距離攻撃の命中率ダウンを与える。

 

 

遠距離攻撃をする相手を、相棒は次々と狩っている。

二刀流となったキリトが俺たちに追いついてきた。

 

守護騎士が集まり、最後の壁を作り始める。

 

俺は剣に『心』を込める。

 

この《世界》で、発動できた。

 

両手剣ソードスキル最上位技《レイ・ブランディッシュ》

上段から振り下ろすと巨大な衝撃波を発し、道を切り開く。

 

 

守護騎士は壁を修復し始める。

 

だから、マチはすべてのMPを使いきる。

補助魔法《インフィニティフォース》

仲間1人の全能力を15秒だけ底上げする付与魔法。

 

 

キリトは2本の剣を突きだし突進する。

流星が最後の壁を貫いていった。

 

 

後衛のリーダーであるシルフの領主は叫ぶ。

「全員反転、後退!」

 

俺たちは、勝った。

 

 

 

***

 

まだこの《世界》が終わるまで時間があるみたい。

央都《アルン》の街をミカヅキさんと歩く。

 

「お別れですね。」

「…そうだな。」

 

わたしにとっては、とても長く感じられたけど、

彼の2年間に比べたら、とても短い旅だったんだろうな。

 

この《世界》が終われば、わたしも彼も《現実》に戻っていくんだ。

彼との関係は、この《世界》が終わっても続いてくれるのかな。

 

「ありがとう。マチがいてくれて、俺はまた立ち上がれた。」

「いえいえ、わたしもお兄ちゃんの《生きた》世界を、少しは知れてよかったです。」

 

 

「俺さ、もうVRMMOはやらないって決めてたんだ。両親を泣かせちゃったしな。まだあの《世界》が終わってないって知って、さいごにこの《世界》にやってきた。」

ミカヅキさんはつよくて優しい人で、そして傷ついていく人なんだ。

お兄ちゃんのように誰かを助けるために、自分を犠牲にする。

 

 

「SAOやALOはどうでしたか?」

わたしは聞いてみる。

 

「俺はあの《世界》が好きだったよ。もちろん、悲しいことや苦しいことがたくさんあった。でも、俺は2度目の青春でも《生きた》実感を得ることができた。」

お兄ちゃんと同じようなことを言う。

ミカヅキさんはお兄ちゃんに似ていて、でもお兄ちゃんじゃない。

 

「ALOは、そうだな……まだまだ物足りなかったな。もっと冒険したかった。」

兜の下で笑みを浮かべてくれる。

 

そのときは、一緒に連れていってほしいって、わたしはまだ言えなかった。

 

「なら、また来てくださいね。ALOに!」

 

涙をこらえて、精いっぱいの笑顔を見せた。

この《世界》では、泣かないって決めていた。

 

 

 

***

 

 

300人の生還・ALO事件の首謀者逮捕というニュースが朝から報道されっぱなしだ。

彼と出会ったALOはしばらくログインができないようで、寂しかった。

 

わたしはその報道を聞きながらリビングで受験勉強をする。

お兄ちゃんは自分の部屋で小説を書いているようだった。

 

チャイムの音が聞こえたので、わたしは玄関に向かい、ドアを開ける。

短めの黒髪で、優しそうな同い年くらいの人だった。

 

「今日から、居候するって、聞いてない?」

その声を聞いて、泣き虫なわたしは、涙を流した。

不思議と、泣き虫なわたしが今は嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

 

***

漆黒の夜空をわたしは翅を広げ飛んでいた。

 

受験の合格発表が出たその日、わたしはこの《世界》に戻ってきた。

この《世界》なら、わたしはずっと笑顔でいられるから。

 

伊月さんはわたしが帰ってきたとき、いなくなっていた。

元々、家庭教師ということでの、居候だったからね。

 

だれよりも喜びを伝えたい人が、離れていった。

家族水入らずにしてくれた優しさが、とても痛かったな。

この世界で流したことはないのに、決めていたのに、涙が止まらない。

彼がいないことが寂しい。

 

 

剣を打ち合う音が聞こえた。

そして、彼と出会った街に勢いよく落ちる人影。

 

お兄ちゃんは夜空を去っていった。

わたしは、彼のもとへゆっくり降り立つ。

 

水で溢れ幻想的な噴水の前で、彼は立ち上がることはなかった。

大きく体を広げて横たわっていて、スッキリとした気持ちになっているようだ。

「迷いのあるお前には負けないって言われた。いやーボコボコだ。」

「ごめん、離れて君を傷つけた。小町に想いを告げたら嫌われるかもって不安になって…」

 

「どうして、その、ミカヅキさんは兜を被り続けるんですか?」

「……狂気を浮かべて戦っていた頃があったからかな。」

 

ミカヅキさんも普通の男の子で、孤独が怖いんだ。

人から嫌われることを極度に恐怖し、常に明るい笑顔を見せる。

 

わたしが、彼の兜を脱がせる。

水色だけど、《現実》の面影があった。

「伊月さんは弱虫ですね。でも泣き虫な小町はそういう伊月さんが大好きなの!」

 

小町は涙を流しながら、満面の笑みを見せる

「小町は、ほんとうに感情が豊かだよな。そんな小町の表情をずっと見ていたい。俺も大好きだ。」

 

 

目の前の小町を抱えて、地面を蹴り、翅に力を籠め、『加速』する。

味わったことのない限界を超えるような『加速』だった。

俺の出せる全速力で飛ぶ。

 

 

ものすごいスピードで風を感じる。

とても温かくて、『心』を感じた。

「来るぞ。」

その言葉にわたしは彼と同じ方向を向く。

 

 

それは、城。

「浮遊城アインクラッド。俺たちが《生きた》《世界》だ。」

 

いろんな妖精が、その《世界》に向かっている。

 

城の光に照らされ、見つめ合う。

「わたしも、一緒に連れていってくれますか?」

「俺と、《生きて》ほしい。」

 

彼の隣で、わたしは心の底から勇気を得る。

彼女の隣で、俺は心の底から勇気を得る。

 

心の底から笑顔になれる。

誰よりも近くで笑顔を見ていたい。

幸せになってほしくて、幸せを感じたい。

 

 

 



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間話2 もうすぐ春

『やはりゲームでも俺の青春ラブコメはまちがっている。続』を参考にしています。
小町√ネタバレ注意。
あのゲームはエピローグが最高なんですよね。


3月も半ばというところ。

服装に気を遣い、たどり着いたのは水族館。

土曜日ということもあり、多くのカップルを見かける。

 

水色のポロシャツに灰色のカーディガン。ゆったりとした長ズボン。

普段黒色か藍色の無地のパーカーで確定されている俺としては珍しいだろう。

 

小町とは、買い物やお出かけには何度か行ったものの、デートというものはしていない。

言うなれば、ちゃんとエスコートしたいというやつだ。

わざわざ家を別々に出て、別々のルートで来た。

 

「お待たせしました~」

白いシャツの上に黄緑色の薄手のカーディガンを羽織り、白のふわっとしたスカートを身に着ける美少女だ。

普段見るより、背伸びしている気もした。

 

「いや、さっき着いたばかりだ。」

 

ギャルゲーとアニメの知識しかない俺は必死に言葉を探す。

「似合っているし可愛いぞ。ちょっと大人っぽく見える。」

 

「ありがとうございますー!伊月さんもカッコいいよ! 今日は1日エスコートしてくださいね。」

音符マークがつきそうな声と笑顔はとても眩しかった。

 

 

***

水族館に続く長いエスカレーター。

少しずつ暗く幻想的な世界へと向かっていくことは高揚感を感じる。

 

降りた先でまず目につくのは大水槽。 サメやエイ、名が出てこないような小魚の大群。

小町は、すごいすごい!と大はしゃぎしている。

かくいう俺もスマートフォンのカメラを片手に興奮している。

 

ロマンチックなクラゲの水槽、脚の長いカニ、優雅に泳ぐウミガメに俺たちの会話は尽きない。

小町は八幡に自慢するかのようにメッセージや写真を送っている。

 

 

淡水魚エリアにて、

「いつきさん、サクラマスだって!」

「ふむふむ。」

 

サケのように銀色に輝く鱗を持っていて、どこが桜なのか分からない。

 

学術的解説は読むと、

『名前の由来は桜の花の咲く頃に漁獲されることから』『海水で暮らす場合と淡水で暮らす場合がある。』『成熟した魚体に現れる桜色の婚姻色からつけられた』などとある。

 

「こういうの、ロマンチックな魚って言えばいいのかな。」

 

俺の隣に立ち、手を握ってくれた。

 

「ほへぇ…桜色の婚姻色って、ステキ!」

 

結婚、ね。

 

 

 

近くの1つの水槽でまた立ち止まる。

暗くて地味な水槽に、とぼけたような灰色の魚がいた。

ナーサリーフィッシュなんて初めて見た。『泥で濁った川の中であまり動かない。』『餌を捕まえるときだけ、素早く動く。』

 

「うわぁ、なんだか昔のお兄ちゃんみたい。」

嫌悪するような顔でも寂しそうな顔でもなく、懐かしむような顔だ。

SAOで成長したことが嬉しいのだろうか。

 

「そういえば、あいつ元気出てきたよな。」

3月に入ってからだろうか、徐々に思い詰め始めていた。

あるモノを求めるように、あるモノを探すように、しかしあるモノを諦めるようになっていた。ALOにもあまりログインしなくなっていたこともあり心配していた。

 

 

それが数日前から、SAO開始直後のような顔になった。

悩んで、あがいて、生きることを決意した頃だ。

 

「そうだね。なにか良いことあったのかなー?」

 

「どうだろうな。でも、良かったよ。」

 

あいつも、また成長し始めた。

インドア派のあいつが図書館にも通うようになったし。

まあ、俺と似たような目的だろうな。

 

俺たちはあの《世界》で、《生きること》を学んだ。

 

 

***

すでに日は暮れ、月と星が瞬く時間だ。

 

噴水広場は見事にライトアップされていて輝いていた。

 

「うわーすごーい!綺麗だねー」

 

噴水の前で、踊るように元気にはしゃぐ小町。

子どもっぽくて、眩しい笑顔だった。

 

「はは、やっぱり、小町はこうでなきゃな。」

 

彼女は、

幸せそうな笑顔が一番似合う女の子。

一度決めたら目標に向かって人一倍頑張る女の子。

お兄ちゃんのことが大好きな女の子。

背伸びして大人になろうとする女の子。

隠れて涙を見せようとしない女の子。

 

いろんな小町も好きだけど、自然体の小町がやはり一番好きだ。

ゆっくりと成長していく小町をずっと見ていたい。

 

 

「小町、いいかな。」

俺の前に立ってくれる。

 

「正直に言うと、惹かれたきっかけは山ほどあって、ただ1つだけ言いたいことは、楽しそうに笑っているあなたが好きです。もしよかったら今日から俺と付き合ってください。」

 

差し出した手が震える。

また失うかもしれない。俺が彼女から離れてしまうかもしれない。彼女が俺から離れてしまうかもしれない。

 

「私きっとひどいこといっぱい言っちゃうよ?迷惑もいっぱいかけちゃう自信あるし、たぶんわがままばっかり言うし。」

 

「それでも良い。むしろ俺に真っすぐに向き合ってくれる君が良い。」

 

「そっか。今の告白、喜んでお受けします。そして、大丈夫。私はここにいる。―――ずっとそばにいる。」

 

小さな手で、大きな手を握ってくれる。

痛くないようにそうっと。だけど離すまいと離したくないと、今の気持ちを籠めるように俺も握った。

 

「キス、していい?」

そう尋ねた相手は、がちがちに緊張している小町。

 

「大丈夫、俺も同じだ。前世を合わせてもファーストキスなんだ。上手くなくても勘弁してくれよ?」

 

安心して嬉しそうに、スッと目を閉じると、軽く触れあう程度のキス。

真っ赤に火照った顔で、ぎゅっと目を閉じると、少し長めのキス。

 

香りと温もりと味を共有した。

 

俺がここにいることを、彼女がここにいることを、確かめられた気がした。

 

 

***

次の日の朝。

八幡の部屋に住んでいたのが、小町の部屋に住むようになったくらいだ。

別に大人の階段を登ったわけじゃない、まだ学生の身分だ。

 

比企谷母はかなり乗り気だったし、比企谷父からは嫁として連れていかないことを条件として許された。

婿養子になることを言うと、逆に乗り気になられた。千葉で就職が決定された瞬間だったな。

2人とも孫の名前を考え始めたことは気が早すぎると思う。

 

 

「おっ。」

リビングに降りてきた小町を見て声が漏れる。

 

「じゃーん。どう?似合う?」

少し大きめに作ってある制服と、まだ着慣れていない感じがかなり初々しい。

 

「すげぇ可愛いマジ可愛い世界一可愛い」

 

「それ似合うかどうかじゃないしほめ過ぎでキモいから」

 

先に感想を述べた八幡に対して、小町は照れる。

 

 

「似合ってるよ、小町。」

 

「ありがと!わたしずっとこの制服着たかったんだー。4月が楽しみ!」

 

制服を見せるように舞うと、スカートが揺れる。

 

 

「高校入ったら、なにがしたい?」

兄として感傷的になっている八幡が口を開く。

 

「奉仕部―!雪乃さんや結衣さんと一緒に部活したい!」

 

八幡がかつて中学で入っていたという部活。いや、場所だ。

八幡の帰還と同時に、高校でも雪ノ下さんと由比ヶ浜さんは作ったらしい。

 

 

「他の部活は?」

一応聞いてみた。

 

「わたしはね、やりたいことしかやらないの。だからもっといろんなこと教えてね。」

 

「勉強のことか?」

 

思わずドキリとしながら問い返すと、彼女は柔らかく微笑んだ。

 

「勉強もそうだけど、もっと好きになってもらえるように頑張るから! ゆっくり大人の女性になっていくよ! だから、、」

 

―――ずっと、愛してね。

その言葉と愛が、心に響く。

 

 

 

 




転生者って、前世に未練がある場合は苦しさを感じるときがあると思う。
家族や友達や知り合い、人間関係をすべてリセットされるわけです。
さらに、リセットされた経験は一種のトラウマにもなる可能性もある。

サブ主人公である伊月はPTSDだったわけです。
繋がりを得ることを恐れていて、そして比企谷兄妹によって救われました。


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第11話 詩乃とシノン

現実に帰還して、時はあっという間に過ぎた。

4月から、SAOから帰還した中高生向けの臨時校に通っている。

今は6月にはいったばかりである。

 

高2相当であるとはいえ、俺の知識は中2で止まっていた。

居候な家庭教師である《未来の義弟》による勉強漬けの毎日のおかげで、俺の成績は飛躍的に上昇した。

 

それに、合格ラインギリギリだった小町も、安心安全に総武高に合格できた。

……代償として大切な妹の心が盗まれた。

相棒として認めたいが、義兄としては認められないというジレンマに俺は陥っていた。

 

相棒である伊月は、実家より臨時校が近いこともあって居候を続けている。

 

「いや、まだ小町は渡さんぞ。認めていないぞ。」

 

「比企谷、いきなりどうした? ところで、なぜ私は結婚できないか考えてくれ。」

 

2年間あっても、まだ結婚してないのかよ。

中学時代の恩師であり、奉仕部の顧問でもあった、平塚先生はこの学校に勤務している。

 

「この学校で職場恋愛してみたらいいんじゃないですか?」

 

「ふむ。しかし、この学校は定年退職したような教師が多くてな。まあ、若い女教師も必要だからと私は呼ばれたわけだが。」

 

あ、はい、そうですか。

誇らしげな顔をする教師に対して、心の中で呟く。

 

「そういえば君には、進路相談をできなかったよな。なにか決まったか?」

 

昔の俺って専業主夫って伝えてたよなぁ。

 

「小説家、ですかね。」

 

 

 

 

***

放課後となり、俺はすぐに家に向かった。

相棒は、小町を迎えに行った。

兄離れって、儚いものだ……

 

駅から自転車に乗り換えた俺は、アパートの多い住宅街を通りがかる。

東京までバイクで通うことは諦めている。

朝方は交通量が多すぎる。

 

「嫌、あなたにお金を貸す気はない。」

 

顔の横で髪を結わえていて、短めの黒髪の、1人の女の子を俺は見た。

水色の髪の、1人の女の子の姿が重なった。

 

 

***

私は東北のほうから千葉に出てきて、1人暮らしを始めた。

2月半ばにあった受験にも無事合格して4月から総武高校に通っている。

 

もともと、中学卒業後に働くか専門学校に行くつもりだったけど、祖父母にはいい学校に行けって言われた。

できるだけ、早く、『あの場所』から離れたかったから都合がよかった。

 

総武高校は悪い学校ではないけれど、都心に近い私立高校ということもあるのだろうか、不良が一定数存在する。髪を染めている人も多い。

 

地味で根暗な私は目をつけられたわけだ。

そして、『あの事件』すら噂になり始めた最悪な状況だ。

やはり私は過去に囚われ続ける。

 

たった1人だけできた友人は、どう思っているのだろうか。

軽蔑するだろうか、同情するだろうか。

 

 

学校帰りにいつも通りスーパーに寄ろうとしたところを絡まれた。

カラオケでお金使い切ったからと言って、電車代に1万円を要求されたのだ。

 

 

「嫌、あなたにお金を貸す気はない。」

 

「手前ェ、ナメてんじゃねぇぞ。」

 

女の子は3人の不良JKに囲まれる。

 

「……もう行くから、そこをどいて。」

 

その態度に応えるかのように、リーダーらしき不良JKは不敵に笑う。

…タバコは未成年ダメだろ。

不良JKは、右手で拳銃を模す。

…ガンドか?

 

「ばぁん。」

たった一言が付け加えられる。

 

女の子は震え始める。

 

「兄貴がさぁ、モデルガン何個か持ってるんだよなぁ。今度、学校で見せてやろうか。お前好きだろ、ピストル。」

 

しゃがみこみ、女の子は身体を抱くように縮こまってしまう。

そして、その言葉に首を振っている。

 

 

俺は自然と拳を握っていたことに驚く。

自分の怒りを久しぶりに感じた。

 

気配を元に戻し、女の子に近づく。

「お前ら、その辺でやめとけ。」

 

「あぁ、なんだ、ヒーロー気取りか?」

俺の方へ振り向いて、悪態をつかれる。

 

「そいつのこと教えてやろうか?」

 

「お前らに興味はない。失せろ。」

俺は殺気を籠める。

あの《世界》で身に着いてしまった俺の強さ。

 

「ヒッ! チッ、今日のところは勘弁してやる。」

リーダーである不良JKが背を向けると、取り巻きも追いかけて行った。

 

危機は去ったが、

女の子は呼吸を整えている最中だった。

 

俺は背後からの視線を警戒していた。

 

 

***

 

助けてくれたのは、白いワイシャツに黒いパーカーを羽織った男子だった。

顔立ちは良いが、なんというか特徴的な目をしている。

どこか思い詰めたような目をしているけど、悪い人ではないと思う。

 

総武高では見たことはない、上級生なのだろうか。

 

「えっと、本当にありがとうございました。飲み物まで買ってくれて。」

「ん。」

 

公園のベンチに隣り合って座り、非常に甘いコーヒーに口をつける。

その甘さと彼との距離感が、今の私には心地よかった。

 

無言のまま、噴水を見つめる。

「えっと、聞かないんですか? なんで絡まれていたとか…」

 

「じゃあ、遠慮なく。マッ缶好き?」

 

先ほどのこととは関係ない質問に、思考が一瞬止まる。

 

「えっと、苦手ではないです。」

 

「フッ、そうか。」

 

私の答えに、嬉しそうで誇らしげな顔をされる。

こんなことで喜んでくれたようで、少し笑みがこぼれた。

 

彼は私の方を向いてきた。

男の人に視線を向けられることは苦手なはずだけど、なんだか嫌ではなかった。

「そう言えば、総武高の1年なんだな。妹や知り合いも通ってるんだけど。」

 

「へぇ、そうなんですか。あなたも総武高ですか?」

 

「いや、東京の、たぶん私立に通ってる。」

あれ、国立か?都立か? と頭を捻っている。

彼自身分かっていないのかもしれない。

 

「まあ、いいか。家まで送ってやるよ。ここで置いて帰ったら妹に怒られるかもしれない。」

 

「えっと、ありがとうございます。」

頼りになるのかならないのか分かりづらい人。

 

 

 

家まで送ってくれたあと、彼は帰っていった。

そういえば、名前聞きそびれたな。

この近くに住んでいるとも言っていたから、また出会える機会があるかもしれない。

 

私はドアを開け、慎重に部屋に入る。

何度か遠藤にはこの部屋に押しかけられたことがあった。

 

私はドサッとベッドに横たわった。

アミュスフィアが視界に入る。

1人暮らしを始めた頃の3月に、知り合いの男子から紹介されたゲームGGO。

 

PTSDを克服するために、私は向き合い、戦っている。

今では《シノン》の名は、スナイパーとして《世界》で有名となった。

 

でも、

シノンは、《ヘカートⅡ》というアンチマテリアルライフルを自在に操る。

詩乃は、モデルガンすら持つことができない。

 

現実の私は、ほんとうに強くなれたのだろうか。

彼に、近づけたのだろうか。

 

 

「リンク・スタート」

弱弱しい声で呟いた。

 

***

 

高層ビルが立ち並ぶ都市に、シノンはいた。

どこか薄暗い空で、金属で囲まれた《世界》だ。

たくさんの屈強な傭兵や軍人が行き交いしている。

 

私はミラーガラスに近づき、私の姿を見る。

どことなく私に面影があるが、髪や目は水色。

小柄で華奢で、よく男性プレイヤーから不快な視線を受ける。

 

それでも、

この《世界》に生きるシノンは、銃を見ても発作は起きないし、詩乃よりつよい。

 

 

あいつの気配がしたため、路地裏に入る。

髑髏を模した仮面をつけ、黒い忍装束を着ている。

 

「こんにちは、エイト。」

 

「…なんでバレる?」

 

「勘よ。」

 

《アサシン》と呼ばれている人。

気配を消すことに長けていて逃げ足の速い、トッププレイヤーである。

 

「いや、あれがあれで、今日俺忙しいんだ。」

 

「はいはい。行くわよ先輩。」

 

逃げるべく背を向けた彼の襟首を引っ張る。

 

どこか情けない彼だけど、本当に強い。

 

 



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間話3 girl's operations part1

DEBANの少ない少女たち登場。

時は遡って、、


3月末、総武高校入学が待ち遠しい時期。

 

家事も終わり、手持ち無沙汰な状態。ソファに身体を預けて、クッションを腕に抱え込む。

 

お兄ちゃんや伊月さんは、お友達の和人さんと一緒にバイクの免許のために教習所に通っている。

たしかに、伊月さんの後ろに乗せてもらうのは楽しみだけど、一緒に過ごす時間が減っているのは確かなんだよねー。

 

 

最近友達になった珪子ちゃんからラ〇ン電話が来る。

 

『あ、小町さん?』

 

「そですよー。」

 

「あのですねっ、新アインクラッドのクエストに行きませんか?」

 

「はーい。ちょうど暇なんでログインしますよー。」

 

階段を登り、少し狭くなった部屋に入る。

綺麗に畳まれた敷き布団、あまり多くない伊月さんの荷物があって、難しそうな理科の本が机の上に開いたままである。

 

アミュスフィアを被り、わたしは旅立つ。

「リンクスタート」

 

 

クエスト《天使の指輪》

天使の試練を乗り越えるとリングが与えられる、らしい。

交換し合ったもの同士に永遠の絆を与えるというもので、効果として一ヶ月に一度だけ声を送り合える、らしい。

 

SAO生還者であるリズベットさんとシリカちゃん、そしてALOから始めたリーファちゃんと一緒に冒険に来た。

 

フィールドを乗り越え辿り着いたのはバラの花園、そして煌びやかな天使さんがいる。

 

「なんということでしょう。本当に乗り越えてきちゃったんですか。うざーい。まさかこれくらいで『絆』なんて不確かなもの信じて貰えるなんて思ってないよね?はい次ー、《打ち捨てられし塔》に住まう魔獣を倒してきて。そしてさっさとあたしに『絆』とやらを見せつけてみせなさいよ。はーりあーっぷ」

 

細くて白い美脚を組んで、さらに肩肘をつく姿勢であって、棒読みだった。

 

「やっぱり何度見ても私の想像してた天使様と違う!」

 

「だよねだよね!もっと慈愛溢れてるよね!」

 

「やっぱそう思うよねー。」

シリカちゃんとリズベットさんは懐かしむ顔をする。相変わらずな天使様で、2度目だから、耐性ついてるんだろうね。

 

 

クエストに向かおうとするわたしたちに声がかかる。

「おい、気をつけて…行ってくるがいい。っとか!言うと思ったかばーか!」

 

すっごい捻くれてるツンデレさんだった!

 

 

 

《打ち捨てられし塔》に住まう魔獣はウサギさんだと聞いていたんです。羽のついたかわいいウサギさんで、4人なら余裕だと。

残念、5つも目のある、二足歩行の大きな狼さんでしたー!

伊月さんやお兄ちゃんも、新生アインクラッドはところどころ強化されているとのこと。

 

「プレイヤー!? 先に誰か戦って……」

 

「「「え!?キリト(さん)!」」」

 

付き合いの短いわたしよりも、3人の方が驚きが大きいみたい。

黒い髪で黒い服のスプリガン、そして二本の剣を持つ彼?は、わたしたちを守るように剣を構えた。

 

『爪』を左手の片手剣で弾き、右手の片手剣で追撃する。

魔獣はポリゴンと化した。

 

「あの、ありがとうございました。」

 

「いえいえ。お怪我はありませんでしたか?」

 

男性にしては高い声。顔立ちはカッコいい系の美人さん。

まさか、戸塚さんのように、男の娘なのでは!

 

「…やっぱり別人みたいですね。」

 

「まぁ、普段は二刀流使わないし、戦い方もちょっと違ったものね。」

 

「えっと?」

彼が首を傾げているので、教えることにする。

 

「わたしたちの知り合いに似てたんですよー。」

 

「うん。キリト君かと思っちゃった。」

 

「まさか、あなたは《キリト様》を知っているのですか!それにSAO生還者でしょうか?」

 

「あなたもなんですね!じゃその恰好は意図的に?」

 

「あっ、いえ俺のこれはその…歩きながら話しますよ。」

 

天使様のところへ戻る途中、話してくれた。

新アインクラッドが実装されてからALOにログインしたこと。ランダム生成で英雄の1人《キリト様》と似た姿になったこと。彼の強さに憧れを持っていたこと。

彼女の二刀流は『偽物』で、もっと強くなりたいこと。1人ですべてを守りきる力が欲しいこと。

そんな女の子の名はクロ。

 

 

話しているうちに、戻ってきた花園は、荒れていた。

散ったバラ、壊れされた庭園、そして巨人の足跡。

 

さらわれた天使様は……

 

「きっとこの巨人の足跡の先ね。ツンデレ天使を助けてデレさせましょうか!」

 

「「「賛成!」」」

 

「そうだ。これもなにかの縁ですよ!クロさんも一緒に……」

 

「悪いが、私はここから1人で行く。元々このゲームで誰ともパーティーを組む気はなかったし。――それに、たかが『ゲーム』、どうせ死んだって、死なないんだから。」

 

彼女は背を向け、’独りで’足跡を追うように向かって行った。

昔のお兄ちゃんみたいで、ちょっと前の伊月さんみたいで、放っておけないよね!

 

「じゃ、追いかけよっか。」

 

「でも追いかけたからって私たちに何ができるとも…」

 

渋るリズさんやリーファちゃんに、シリカがムッとしてしまう。

「まだ何もやってないじゃないですか!……私だって本当に1人を望んでいるのなら止めないですよ。でも、1人を望む人があんな風に笑わないですよ。それでも1人になるような選択をする理由があって、キリトさんに似ていることも偶然なだけじゃないかもしれなくて、だから、力になりたいんです。」

――キリトさんがわたしを助けてくれたように。

 

「行きましょ!」

 

「そうね。後悔しないために!」

 

わたしたちは走り出した。

が、予想以上に、女の子にとって強敵でした。

たくさんのスライムは酸を吐き、ダメージが大きく、装備の耐久値を減らしてくる。

 

わたしは後衛とはいえ、数が多いため、お気に入りの巫女服がっ。

 

「このっ!」

 

《アストラルヒュプノ》

敵を眠らせて無力化する特殊魔法。

 

《バインド》

水を操りまとわりつかせ、行動不能にする特殊魔法。

 

 

誰かを庇うように戦うクロさんがダメージが大きい、服も含めて。

とりあえず、《ヒール》で回復。

 

数も少なくなってきて、しかし状況はギリギリの状態であるから、焦るように彼女は飛び出る。右手の剣で敵を斬り、左手の剣は……動かなかった。

 

シリカちゃんがスライムから彼女を庇い、リーファちゃんとリズベットさんが全滅させる。

 

 

「なんでっ!私なんか庇ったの!? なんで!それであなたがいなくなったんじゃ意味ないじゃない!」

心の底から叫ぶ。きっと、大切な人を…

 

剣を離すと、静寂の部屋にカラーンと響く。

 

「もう二度とあんな思いは……私を1人にしないで…ロッサ」

 

震えて、涙を流す彼女をシリカちゃんは抱きしめる。

 

 

 

 

 

部屋の風景が少しずつ変わっていく。

黒い夜空にあるフィールドに立つ巨人の胸には、天使様が囚われていた。

表示されたのは5本のHPゲージ。

 

「ようこそ、我の間へ。さあ天使よ、お前の信じた絆が壊れるさまを見るがいい!」

 

「ボス部屋への強制転送装置!?」

 

「こんな状態で!?」

 

わたしたちのHPもMPも尽きかけていて、クロさんはまだ立ちあがれない。

 

この《世界》で死んでも、現実で死ぬわけじゃない。でも、このままだと、彼女の『心』が死ぬ。

 

 

でも、不思議とわたしに焦りはなかった。大切な彼が来てくれるのを感じたから。

 

漆黒の全身鎧の騎士が、巨人の片手棍を《片手棍》で弾き飛ばす。

 

「だ、誰なの?」

 

「もしかして《狂戦士》!?」

 

むっ、わたしの彼氏をバーサーカー呼びですか、リズベットさん。

持っているのは、耐久値が高いだけの無骨な棍であることを考えると、時間稼ぎに来てくれただけなんだろうな。

 

たぶんわたしたちで勝つことに、意味があるんだよね。

 

 

「シリカ!それにマチ! 君たちは早く逃げるんだ。…くそっ、なんでこんなときに体が動かない。守りたいのにっ。もう二度と失いたくないのに!1人ですべてを守れる力があれば……」

 

震える彼女の手を、わたしたちは握ってあげる。

 

「わたしたちは、ここにいますよ。」

 

「それに、クロさんが憧れているキリトさんは1人なんかじゃないですよ。キリトさんが言っていました。SAOを解放したのは英雄たちだけじゃない、SAOを『生きた』すべてのひとだって。下層・中層を支えてくれた人たち、最前線で一緒に戦う仲間たち、そして大切な女性、たくさんの人たちの力が合わさったんだって。―――そんな人だから、キリトさんの側にみんな集まるんです。」

 

「英雄は、希望で、みんなに勇気を与えていたんだと思いますよ。それでも、誰かの支えが必要なんですけどね。もちろん今戦っている彼も。」

 

「英雄の1人《狂戦士》もなんだね、あんなにつよいのに。」

ボスのヘイトを集めながら、武器を的確に弾いている。

 

わたしたちは頷き合い、シリカちゃんが代表してメニューを開く。

 

「パーティー申請……?」

 

「はい。一緒に戦いましょう!」

 

承諾し、彼女は踏み出せた。

 

 

 

「スイッチ!」

巨人を蹴りつけ、後衛のわたしの元まで彼は下がってきた。巨人のHPはほとんど減っていないままだ。

 

「ありがと」

彼にだけ聴こえるように小さな声で伝える。

兜の下で笑みをこぼした彼は、高価なMP回復結晶を使ってくれたあと、さらに後ろに下がっていく。

 

 

「絆などありはしない!我が力の前に屈せよ!」

 

「行くよ!みんな!」

消費MPが大きく、効果の大きい回復魔法《リフレッシュ》を惜しまず使う。

 

パーティープレイの経験が少ないクロさんはまだ連携は慣れていない。しかし、声をかけ合って、励まし合って、戦っている。

しかし巨人はかなり強力で、範囲攻撃魔法まで使用してくる。HPが減少するにつれて、使用頻度も高くなってきている。

 

だから、仲間を信じて、すべて使い切る。

「クロさん、よろしくお願いします!」

 

《インフィニティフォース》

たった15秒ほどの全体的なステータスアップ。

急激な変化についていけなかったり、代償として効果終了後に一定時間ステータスが大幅減少したり、多大なMP消費をしたりと、使いどころの難しい補助魔法。

 

 

クロさんは頷き、巨人の片手棍を左手の《片手剣》で弾き、右手の《片手剣》で追撃を加えていく。その一瞬だけは、トッププレイヤーに匹敵するものだった。他の3人も怯んでいる巨人に全力の攻撃を当てていった。

 

 

わたしたち5人で掴んだ勝利!

 

 

 

「よくやった天使たちよ。……別に私は助けてほしいなどとは言っていないが、まあ感謝する。ともかく、その絆はしかと見せてもらった。お前らの絆に天使の加護があらんことを。」

 

優しい輝きを放つのは天使ではなく、実は女神様だった。

 

 

わたしたちの手のひらに収まったのは、《天使の指輪》。

わたしたちが得たモノは、絆。

 

 

 

 

***

 

「おかえり。」

 

先に戻っていた彼が笑顔で言ってくれる。

やっぱり、おかえりって言ってくれる人がいるのは幸せなことだよね!

 

「わたしは伊月さんを1人にしないよ。」

 

「っ!どうしたんだ、急に?」

 

「うーん、なんとなく!」

 

そうだ、新しいお友達ができたことを話さないとね!

 



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第12話 エイトという名は

回想から始まります。
また、挿入投稿で間話2を入れました。


PTSD

心的外傷後ストレス障害というものを私は患っている。

 

『銃』が怖い。

夢にまで出てくる《あの顔》が怖い。

―――過去が怖かった。

 

何度もカウンセリングを受け、何度も同情の言葉をかけられた。

それでも、、、

 

3月半ば、高校入学より早めに千葉に引っ越した私はやり直そうと決意する。

時間があったというよりは、’あの場所’から’遠く離れた場所’だということが大きかっただろう。

 

自分で、克服することを始めた。部屋で『銃』の画像を見たり、落ち着いた雰囲気の図書館で『銃』の本を見たり、闇雲に動いた。

世間一般からするととても危険な行為だっただろうが、それでも高校入学という転換点で、道を変えたかった。

 

「銃、好きなんですか?」

完治とは至らなかったが、銃の写真なら耐えられるようになった頃、新川君に声をかけられる。

今では《あの事件》を彼は知っているが、当時は銃が好きだと思いこまれて熱弁された。

《あの銃》を見てしまったこともあって平静を保ちながら話の中で、《別世界》の話だけは聞き逃さなかった。

 

 

***

彼との出会いはずっと忘れることはないだろう。

《シノン》が生まれた瞬間を。

 

私は過去と対峙するために、VRMMO《ガンゲイル・オンライン》にログインする。

たくさんの人が生き交い、傭兵や軍人の格好をしている。

そして持っている『銃』と舐めるような視線に、恐怖を抱いた。

GGOには女性プレイヤーは珍しいこともあったし、詩乃と違ってシノンは華奢で美少女だ。

 

しゃがみ込み震える私は誰かに抱えられて、路地裏へと連れていかれる。

『心』に大丈夫だ って聞こえてきて、不思議と悲鳴を上げることはなかった。

降り積もった雪がゆっくり溶けるような温もり。

 

 

 

「ログイン早々、ナンパされるとは不幸だな。」

黒い忍装束と仮面で、どこかGGOに合わない見た目もあって、なんだか拍子抜けした。

 

「えっと、ありがとうございます。」

 

「ん。じゃ。」

すぐさま立ち去ろうとする彼の背中はなんだか弱々しくて、霧のように消えてしまいそうで。なぜだか放っておけなくて。

 

「ねぇ、この世界のこと教えてくれない?」

自然と出た言葉。

いつもと違う声色、いつもと違う自分を感じた。

 

 

それから、たくさんの冒険をしてきた。

不器用な優しさで、

《世界》を教えてくれた。

震える私の手を包みこんで一緒に銃を持ってくれた。

私に合う戦い方を見つけてくれた。

あれこれ言いながらも側にいてくれた。

 

《あの事件》のことはまだ伝えていない。

それでも私の恐怖を感じ取ってくれた。

何も言わずに優しさをくれた。

 

それはきっと、私が求めてきたモノで、、、

 

 

***

荒涼とした荒野で私は愛銃を構え直す。

PGM-ウルティマラティオ・ヘカートⅡ、全長138cmの対物狙撃銃だ。

 

最高レベルの危険度のダンジョンを彼と一緒に攻略したときから、

彼の強さが最も垣間見えたときから、

彼に近づきたいと思ったときから、

この銃と共に生きている。

この銃に《心》を感じている。

 

 

この《世界》では、対モンスター戦闘(PvE)より、対人戦闘(PvP)が盛んだ。

都市以外は無制限PKであるため、待ち伏せ・遭遇戦などで対人戦闘が起こる。

計30人のバトルロイヤルが本戦に行われる大会、BoBの良い訓練になる。

この緊張感が私を強くするだろう。

 

 

来た。

へカートⅡのスコープを覗きながら、心の中でそう思う。PvEをした帰りであるだろうスコードロンが街に向かっている。

 

そして、待ち伏せをしているダイン率いるスコードロンもすでにいる。今回は大会の有力候補であるダインの戦力確認と、ダインとの戦闘を目的としている。

 

街に向かうスコードロンは計7人。待ち伏せしているスコードロンは計6人。人数差はあるものの、奇襲をかければ結果は分からないだろう。

 

引き金に指を沿えると、着弾予測円が発生する。

その円内のどこかに銃弾が飛ぶというアシスト機能だ。

心臓の鼓動と同期して、その円は拡縮する。

 

こんなプレッシャー、こんな不安、こんな恐怖、そして距離1500m、なんてことはない。

アノトキニ、クラベレバ。

 

円の拡縮するスピードが遅くなる、いや、私の思考が一瞬だけ『加速』しているといえるだろうか。

最大まで縮小したとき、引き金を引く。

 

雷鳴にも似た咆哮とともに、1人のプレイヤーを打ちぬいた。対人銃よりはるかに威力の高い一撃は、全開のHPを吹き飛ばした。

軽機関銃が地面に落ちるとともに、2つのスコードロンで混乱が生じる。

 

愛銃の反動に動じず、

自然とボルトハンドルを引き、巨大な薬莢が排出される。次弾が装填され、ダインに照準を合わせ、引き金を引く。

第二射、成功。

 

私は薬莢を排出しながら、その場を離れる。

こちらの位置がすでにバレている可能性が高いからだ。

 

予定していた射撃地点であるビルに着き、スコープで様子を確認する。

残されたそれぞれの5人が争いを始めている。

 

しかし、マントの大男がこちらにゆっくりと近づいていて、目線を向けている。

1mを越える巨大な重機関銃を構えているのを見て、私はビルの上の階へと猛然と駆ける。

 

私の愛銃に匹敵するレア度を誇る銃を持つということは、トッププレイヤーである証拠だ。

その歴戦の戦士を、私は殺す。

勝って、強くなる。

 

下の階からこちらに向かって、何百発も打たれている音がする。

 

それでも、私は足を止めない。

 

ボロボロのビル5階に大きく穴が開いているのが目に入る。

上から銃を構えた瞬間に、何十本もの赤い光が私を貫く。

 

弾道予測線、そこに弾が飛んでくる。

 

思考も作戦も、読まれていた。

だけど、私はあがいてでも、生きる!

 

窓枠から飛び降りる。

私の左足に弾が当たり、脚は吹き飛ぶ。

 

それでも、

歴戦の戦士の真上から、一発の弾丸を撃ち込んだ。

重機関銃だけが、地面に残った。

 

 

浮遊感が急に消える。

片足を失った私は受け止められたようだ。

 

「おもっ…」

無言でビンタをお見舞いした。

 

 

 

***

ヒト気のない、裏路地の店のカウンターで私はコーヒーを飲み、休憩をしている。

静かな雰囲気で落ち着いた店だ。

 

隣には、奢りのカップラーメンを食べる人もいる。

相変わらずムードというものをぶち壊していく人だ。

食べるときくらい仮面外しなさいよ。

 

「…助かったわ。片足失って街に戻ることはできなかっただろうし。」

 

助け方や失言はともかく、お礼を言っておく。

まさかお姫様抱っこをされるとは思わなかった。

 

「ああ、大事な体だもんな。」

ラーメンを食べる箸を止め、こちらを向かないまま呟くように返事をする。

 

こいつは無自覚にそういうこと言う!

 

「…そうね。大会前に装備を失うわけにもいかないわ。」

フィールドでHPを失った際、所持しているアイテムの一部をドロップしてしまう。

女として防具を落とすわけにはいかないし、愛銃を落とすわけにもいかないのだ。

 

先ほどの戦いではスコードロンへ集中していたため、存在を忘れるほど、彼の気配はなかった。

大会でいつ後ろから刺されるか分からない。

 

「そういえば、エイトって、BoB出場するのよね?」

 

「しないぞ。」

 

「ハァ!?」

驚きのあまり立ち上がり、全身を彼の方に顔を向ける。

 

「いや、だって目立つじゃん、あれ。」

たしかに大会の本戦は中継される。

理由が、情けない。

 

「エイトが出たら、2位になれると思うけど?」

 

「1位って言ってくれないのかよ、この後輩は。」

 

「だって、私が先輩に勝って優勝するからよ。」

 

「ああ、そうかい。俺に勝ったことないけどな。」

 

仮面で隠されていても分かるニヤリとした顔だ。

確かにこの《世界》で彼は一度も敗けたことがない。

 

こいつ、やっぱりムカつく。

でも、話していて、どこか楽しい。

 

「出なさい。」

 

「は、はひっ。」

 

彼は本当に強いけど、情けない人だ。

 

いつも調子を狂わされるけど、

私はこの時間が嫌いじゃない。

 

 

 

 



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第13話 現実世界

先に話を書き上げて投稿するから、話をどこで切るかいつも悩む。





 

いつも通り、総武高の門をくぐる。

サッカー部が朝練をしていて、たくさんの女子が見物をしている。

 

「はやませんぱーい!」

とてつもない甘い声が聞こえた。

 

なるほど、人気者の葉山先輩の応援といったところか。

学年を問わず、女子の黄色い声援が響いている。

 

 

教室に入り、席に着く前にはいつも、自分の椅子や机を確認してしまう。

綺麗な状態であることに違和感を覚えてしまう私は、ずいぶん情けないなって思ってしまった。

まだ、『あの事件』の噂は広がりきっていないのだろうか。

 

席に着き、小説を開き、目立たないようにする。

こんなんじゃ、いつまで経っても強くなれないんだろうな…

 

「おはよーっ、詩乃ちゃん!」

元気よくかけられた声に少し驚いてしまう。

 

「…えっと、比企谷さん、おはよう。」

比企谷小町さん、私の唯一の友達だ。

 

 

 

***

本格的に高校の内容に入っていく時期で、中学の頃とは一味違う数学に苦戦した。

今では、昼休みである。

晴れている日は、こうして手を引かれて、いつも外のベンチに連れていかれる。

 

「いやー、今日もいい天気でよかったねー」

満面の笑みでそう言いながら、膝の上に置いたお弁当を食べ始める。

彩りが良く女の子らしさがあって、栄養バランスも考えられている。

 

友達と学校生活を味わえることに嬉しさを感じつつ、どこか後ろめたさを感じる。

 

「詩乃ちゃん、なんかあった?」

 

「え、えと、他の友達とは一緒に食べないのかなって。」

彼女は社交性が高く、クラスでは人気者だ。

 

「あー、どっちかというと、静かなところが好きなんで。お兄ちゃん曰く、次世代型ハイブリッドボッチって! あ、でも詩乃ちゃんは迷惑?」

「そんなことないわよ。」

彼女が良いというのなら、私も文句はない。

むしろ、孤立していないことが、はるかにマシだ。

 

「そっか! うんうん、今日も美味しい。」

返事に喜んでくれた後、お弁当を食べながら満足そうに頷いている。

 

「えっと、小町さんも自分でお弁当作ってるの?」

 

「中学の頃は朝昼晩作ってたけど、最近は交代制になったかな。」

 

「そうなんだ。今日は、お兄さん?」

 

彼女の顔がさらに笑顔になる。

「ううん、お兄ちゃんじゃなくて、居候の人! 小町の勉強も見てくれてるんだ。もし勉強教えてくれなかったら、合格も危うかったなー。」

彼女はクラスの中でも成績優秀なのだが、元々は違ったのか。

 

「どんな人?」

 

「つよくて優しくて、わたしがついていないとダメダメな人だよ!」

 

強いけど、弱い人。

強いけど、情けない彼。

その矛盾に、私は今日も悩む。

 

「あー、お兄ちゃんも早く誰か娶ってくれないかなー。」

ため息をついて別の話題を始めた彼女に、その矛盾を聞くことはできなかった。

 

 

 

***

放課後。

駅に近い喫茶店の前に、俺と伊月はバイクを停め、ヘルメットを脱ぎながら降りる。

 

3月中に、俺と伊月とキリトは同時に免許を取った。

キリトはエギルの伝手でオンボロバイクを買ったらしいな。俺と伊月も中古であるのは確かだが、高校生でバイクに乗るとは思わなかった。

 

SAOで俺は良くも悪くも変わったと思う。

ちなみに交通事故経験者である俺たちは、極度の安全運転をする。

 

 

喫茶店に入った後、ウェイターさんに、待ち合わせです って相棒が答えてくれる。

もの静かな店内を見回していると、大声で呼ばれる。

 

こっちこっちって叫ぶスーツの男を睨みながら席に向かう。

わざわざ千葉まで場所を変えてもらったことは感謝するがな。

 

「遅かったな。」

キリトはすでに座っており、机には数々のデザート類を食べた形跡があった。

 

「ちょっとな。」

 

「八幡の中学の頃からの友達に会いに行ってた。」

 

「友達じゃねぇよ。単なる親しい知り合いだ。」

 

へぇーって言いながら、キリトがメニュー表を渡してくると、菊岡は焦る。

なるほど奢りか、4桁の額のデザートを奢りとは嬉しい。

とはいっても、帰れば小町の作る夕飯があるわけで、残念ながら多くを食べるわけにはいかない。

マッ缶は残念ながらメニューにないため、俺たちはコーヒーだけ頼んだ。

 

菊岡がホッとする姿はなんだかムカついた。

 

「エイト君も、オーガス君もご足労願って悪いね。そして遠慮してくれてありがとう。」

 

「なら現金をよこせ。」

 

「カツアゲ!?」

 

この妙にいじりがいのあるスーツの男は菊岡誠二郎で、総務省の仮想課のお役人様だ。

まだ法規制ができていないVR世界においての諸問題に対応するお仕事とかなんとか。

俺たち3人からすると、人使いの荒いやつだ。その分、稼がせてもらっているがな。

 

「で、どこまで話は進んだ?」

 

菊岡が事件資料を朗読しようとするのを見て、資料を奪い取って俺たちで黙読する。

すでに隣のおば……お姉さん2人に睨まれているのだ。

話をする場所がまちがっている。

 

 

アミュスフィアを被ってゲームをしていたとされる人の、心不全による変死が2件。

そして、その2人のプレイヤーは、GGOの有力プレイヤー。

2人はゲーム内で銃に撃たれたあと、苦しみながらログアウトしたっていう情報から、仮想課に事件が回されたのだろう。

「……デスガンか。あれってマジだったんだな。」

 

「知っているのか?」

俺の呟きにキリトがそう聞いてくる。

 

「そりゃGGOにログインしているからな。会ったことはないが噂にはなっていたぞ?」

 

「それは都合が良いね。エイト君は、ゲーム内で撃たれたプレイヤーが《現実》の身体に影響を及ぼすと思うかい?」

 

「ないな。GGOもペインアブソーバがある。ショック死で心不全の可能性もあるがそれもないだろう。それにHPが0になっていないよな?」

俺の発言に3人は納得する。

あのデスゲームでもHPが0にならなければ、死ぬことはなかった。

圏内においても、威力的にも、ハンドガンで即死することはありえない。

 

「俺が思うに、GGOで殺したと同時に、現実でも殺したんじゃないか? 手口については知らんけど。」

警察でも他殺とは分からず、VRMMOに関連した殺人をわざわざ選ぶやつらは……

あいつらしかいないだろう。

 

「エイト、止まるか?」

思いつめていた俺に、真剣な表情の相棒が聞いてくる。

 

「止まらねぇよ。けじめはつけないとな。新しい情報が入ったらメールで送ってくれ。」

俺は席を立つ。

 

相棒、もしもの時は小町のことは任せた。

 

 

 

 

***

基本的に放課後、小町さんとは一緒に帰らず、私は1人で帰っている。

彼女は部活をしていることもあるし、彼女を巻き込みたくない。

 

警戒しながら帰路についたものの、不良グループとは会わなかったことにホッとした。

アパートの近くまでたどり着くと、GGOを紹介してくれた新川君の姿が見えた。

「朝田さん、待ってたよ。ちょっと公園で話をしない?」

 

「…いいけど。」

 

 

アパートの横の、ヒト気のない公園のブランコに座る。

ベンチは、なんとなくだが避けたかった。

 

「昨日の大暴れの話、聞かせてよ。あのベヒモスに《シノン》が勝ったって噂になってるよ?」

 

「辛勝って言ったところだけどね。彼ってそんな有名人だったんだ。」

 

「うん、大会には一度も参加してないんだけどね。ほら、ミニガン持ちながら走れないし。」

なんとなくだけれど、次のBoBではリベンジに来そうな予感もする。

 

「明日から始まるBoBには、もちろん参加するんだよね?」

 

「ええ、そうね。」

全てのプレイヤーの頂点に立てば、彼に勝つことができれば、私はきっと・・・

 

「そっかぁ……AGI型でレア武器もない僕じゃ、どうしようもないな。ステ振り間違ったなぁ。」

彼は眩しそうに私を見て呟いたあと、愚痴を漏らす。

 

 

着弾予測円の安定速度や回避力を重視するのが、AGI型である。レアな実弾銃を持てるだけの筋力値が足りないことと、銃の命中力向上によって、現在は主流ではない。

また、プレイヤースキルが重要な型である。

 

 

彼の愚痴に、私は納得いかなかった。

あの《世界》で《生きる》シュピーゲルを、彼自身が否定していることになるのだ。

ステ―タスやレア銃がないことを言い訳にして、彼は逃げている。

そして、AGI型で最強のエイトのことを、彼は否定したようにも思えた。

 

「レア銃じゃなくても、カスタム銃を使うAGI型の人で十分強い人はいるわよ? それに、プレイヤースキルを磨けば……」

 

「……それは、そのカスタム銃を持てるようにSTRを調整しているからだよ。」

苦虫を嚙み潰したような表情で、彼は自分を誤魔化す。

 

これ以上は言っても無駄だろう。

 

「じゃあ、新川君は次のBoBには参加しないの?」

 

「…うん、出ても、無駄だからさ。」

 

「そう。まあ、勉強もあるもんね。予備校の方はどう?」

千葉から東京の進学校に通っていた彼は4月の終わりから不登校を続けている。医者である父親とも相当やり合ったらしい。

大学入学資格検定を受けたのち、有名私立大学の医学部への受験のために、今から受験勉強を始めていると聞く。

 

「あ…うん。大丈夫。成績は高いまま維持してるよ。」

頷きながら、笑った。

医学部の受験はとても厳しいものなんだろうな。

 

 

そろそろ話を切り上げることにする。

「ごめん、そろそろ私帰るね。」

 

「あ、そっか。ご飯も自分で作ってるんだったね。いつかご馳走になりたいな。」

 

「う、うん、いいわよ。そのうち……もうちょっと腕が上がったらね。」

不良グループのこともあったし、男の人を部屋に入れるのはまだ気が進まない。

 

背後から嫌な空気を受けながら、家まで戻った。

 

GGOに行きたくて、彼に会いたくて、足早になった。

 



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第14話 私が求めてきたモノ

私は《SBCブロッケン総督府》に着き、予選エントリーボタンを押す。

名前や住所を打ち込み参加を確定させる。これは上位入賞者への賞品を贈ってくれるために必要なものだ。

 

 

入り口からエイトが長い黒髪の女の子と一緒に入ってくるのに気づいた。

エイトは気配を消しているようだが、勘で分かる。

 

「エイト、予選のブロックはどこ? 私はEなんだけど。」

 

「昨日申請したからDだぞ。ところで、怒ってる?」

私が言っておかなければ参加する気はなかったのだろう。

 

「……怒ってないわよ。あの女の子だれ?」

 

「やっぱり不機嫌じゃねぇか。というかあいつ男だぞ?」

 

私は端末を操作している人に、目を急いで向ける。

小柄で華奢で、後ろ姿は完全に女の子だ。

振り向いてこちらを向いて、顔をよく見ると、たぶん、男の娘。

 

そういえば総武高でも男の娘を1人見かけたような気がした。

「……行くわよ。」

 

「いや、なになかったことにしてんの?」

 

エレベーターに乗り込むと、素早い動きで2人とも乗ってくる。

舌打ちが漏れそうになった。

 

「え、えっと、キリトだ。エイトのお知り合い?」

 

「私はシノン。彼の後輩っていうところかしら。」

 

「……そうだな。」

 

さっきのミスはなかったことにしてくれたらしい。

地下に降りた私は、機嫌よく女子更衣室に向かった。

 

 

 

***

BoB開催ギリギリにログインしてきたキリトの買い物まで付き合っていたら、ギリギリの到着になってしまった。

 

男の娘という紛らわしい姿は写真に撮って、明日奈とユイちゃんに送ることとする。

GGOやBoBの説明を事前に読んでこないようなキリトにルールを説明する気もないので、案内板へGoサインを出した。

 

俺は壁にもたれながらステルスヒッキーをする。

しかし隣にシノンがすでにいる。

 

彼女がいつの間にか隣にいることには、もう慣れてしまった。

 

「決勝までくるのよ。試合中に変なミスしないでね。」

 

「…お前も来いよ。」

 

「当然よ。予選落ちなんかしたら引退するわ。」

 

「それは、嫌だな。お前と会えなくなるじゃねぇか。」

シノンの顔を見る前に視界が光に包まれた。

 

 

 

転送された空間で、俺はメニューを開き、武器を取り出す。

漆黒のハンドガン《HGBST3時雨》を腰のホルスターに入れる。

シノンが愛銃を手に入れた冒険で手に入れたものだ。

後ろ腰には曲刀より少し短いくらいのサバイバルナイフを差している。

 

俺はこの《世界》で誰よりも、つよくなる。

そうすれば、矛盾だらけの青春を変えることができるだろうから。

そうすれば、俺も『本物』を求めることができるようになるかもしれないから。

 

 

 

気づけば、黄昏の空の中、草原にいた。

隠れる場所は岩程度で、俺にとっては相性の悪いステ―ジが当たってしまう。

 

1mを越える巨大な重機関銃を構えているのを見て、見覚えのある大男に向かって駆けだす。

 

数十の弾道予測線が俺を貫き、視界が真っ赤に染まる。

右斜め前へ最低限の動きで予測線から外れると、大男は’撃つ前に’身体を捻り方向を変える。

 

だが、もう遅い。

迷った時点で、ゲームオーバーだ。

 

力強く踏み込んで、『加速』する。

ホルスターから抜いた愛銃での3点バーストは、頭を打ち抜いた。

 

 

 

***

決勝戦までも無事終わり、

控室に戻ってくると、知っているやつが友達に絡んでいるのが見えたので、声をかける。

 

「よう、調子はどうだ?」

 

「…それは、皮肉か、裏切り者。」

赤眼のやつが振り向き、そう答えた。

 

それがSAOでのラフィン・コフィン討伐戦のことを指すのなら、皮肉をあえて言ってやる。

「牢獄の生活はどうだった?」

 

 

一瞬無言になったところを見ると、

「…まあ、いい。お前は、いつか、殺す。……それにまだ終わっていない。」

かなり恨まれているな。

でも、復讐の対象が俺だけなら、問題はない。

 

 

「キリト、あんま気にすんなよ。」

 

「分かってる。けど、俺は、殺した2人の顔や名前を一度として思い出したことがない。無理やりに、忘れようとしていた。」

 

あの討伐戦で、キリトは人を斬った。

俺が討伐隊を手引きしたとはいえ、対人スキルはラフコフのほうが上であった。その混戦の最中、双方に死者が出た。

キリトはまだ過去を克服できていなかったのだろう。

 

「アスナとユイに、この《世界》に来ている理由、ちゃんと話してこい。 お前の見つけた『本物』に。」

 

ログアウトしていく彼は、仕事帰りで疲れて家に戻っていく父親のように見えた。

 

 

 

俺たちの様子を見ていたシノンが話しかけてくる。

「キリトもエイトも、決勝戦勝ったのね。」

 

「ああ。」

 

「ねぇ、キリトは何に怯えているの?」

 

「過去だ。」

 

俺の答えに、陰りが見える。

黒髪の女の子の姿が重なる。

 

「デスガンって知ってるか?」

 

「ええ。噂になってるわね。」

 

「この大会で、死人が出るかもしれない。」

 

シノンは目を見開く。

俺の真剣な雰囲気から、それが現実での死を表すと感じ取ったのだろう。

 

黒髪の女の子は恐怖し、シノンは凛としている。

恐怖と勇気を持った目を向けてくる。

 

「それでも、逃げたくない。」

 

「そうか。」

 

そんな彼女が眩しくて、……

俺はメニューを開き、ログアウトしようとする。

 

「最後に聞かせて。エイトは何か怖いものある?デスガンや死は怖い?」

 

「俺は、俺自身が怖い。」

 

人の考えを読み取るのが得意だ。

人の感情が分かるようになった。

 

それでも、

俺は、俺のことが分からなくなった。

 

 

 

 

***

 

日曜日。

それは大好きなプ〇キュアから始まり、仮面○イダーに続き、スー〇ー戦隊シリーズに終わるという至福のニチアサが存在する。

 

ソファに身体を預けながら、いつも通り視聴し終わった。

 

相棒も俺の趣味を理解してくれる同志であることは、実に感動的だな。

 

「お兄ちゃん、今日こそ聞かせてもらいます。」

 

「…どうした?」

 

朝ごはんの片づけが済んだ小町が、俺と伊月の間に座ってくる。

ちょっと君たち、密着しすぎじゃないの?

 

「好きな人できた?」

 

「……なんのことだ?」

 

「たしかに、急に推しのプ〇キュアできたよな。あの水色の髪の娘だったっけ。」

 

「それってウンディーネの娘なのかな。出会っちゃった?」

 

相棒の聡いところは、今は好きじゃないよ。

小町はALOを出会い系サイトみたいに言うんじゃありません。

 

「いや、それは小町に似ていたからだ。あ、今の八幡的にポイント高い。」

 

小町は、うーんうーんと唸りながらウンディーネの知り合いを頭の中で検索しているようだ。

お兄ちゃんのことを全く信頼してくれないな。

 

「あー、ちょっと出かけるな。」

 

悪手だぞインドア派。という伊月からの個別ラインが来た。

 

 

 

***

 

心地よい春風の中、ブランコを軽く揺する。

「はぁ…」

 

「朝田さん、何かあった?」

 

「え?ああ、ちょっと考えごとをね。」

 

「…それって《アサシン》のこと?」

 

そうだ。

昨夜、彼が言い残したことが気にかかっている。

 

「ねぇ、新川君はなにか怖いものある?」

 

「な、何を言ってるのかな。え、えーと、今はシノンが負けるのが怖いなー」

何かを隠すように笑って誤魔化される。

 

「…そう。」

 

あんなに強い彼が、自分が怖いとはどういうことなのだろう。

 

 

「なんだか、心配で。その、ぼ、僕にできることがあったら、何でもしてあげたいんだ。退会はモニタ越しの応援しかできないけど、他にもできること、あったらって……」

新川君の気持ちは普通に嬉しい。

 

でも、どこか気持ちの照準がずれている気がした。シノンだけを応援してくれるようだった。

 

 

たった1人の友達が、笑いかけてくれるほうが何倍も嬉しかった。

不器用な彼が、何でもしてくれるって言ってくれた方が……

 

「大丈夫。今はまだ、そういう気にはなれない。私の力で強くならないといけないから。」

 

「えっと、じゃあ、朝田さんが、自分の強さを確信できたら、その時は、僕と…」

 

「ごめん。BoBが終わるまでは、そういうのは待って。」

 

「そう…」

寂しそうに俯く彼を置いて、街に向かった。

 

――私が…私が、欲しいのは…

 

 

 



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第15話 探しに行くのはきっと

曇り空で暑さが和らいでいるとはいえ、湿度が高く過ごしづらい。

いつもよりゆっくり歩いていた。

 

商店街のスーパーに向かう途中、元気な声で呼び止められる。

「やっほー、詩乃ちゃん!」

 

「あ、こんにちは。」

 

友達の小町ちゃんに会えて、なんだかホッとした気分になる。

 

しかし、気になるのは彼女に引っ張って連れてこられたような男性だ。

困ったような笑顔で、優しそうな人。おそらく居候と言っていた人だろう。

 

「ああ!紹介しないとね。この人がわたしの彼氏さんの伊月さんだよ。」

 

「月村伊月です。詩乃さんだよね?よく小町から話を聞いてる。」

 

「はい、そうです。朝田詩乃って言います。」

 

私も自己紹介を普通に返す。

 

 

「もう、伊月さんも詩乃ちゃんも堅いよ。そだ。新しくできたカフェ一緒に行かない?」

 

「えっと、邪魔しちゃ悪いんじゃ?」

 

「いいのいいの。詩乃ちゃんなら大歓迎。」

月村さんも頷いてくれているので同行することにする。

 

 

が、

落ち着いている雰囲気の店で、なんだか甘く感じるブラックコーヒーを飲む。

見ているこっちのほうが恥ずかしくなってくる。

間接キスも食べさせ合いも、やりたい放題だ。

 

満足したのか私に視線を向けてくる。

「ところで詩乃ちゃん、何か悩みあったの? 会う前に元気なかったよ。」

 

「…ちょっと考え事をしてたのよ。」

 

「なにか相談したいことある?」

年上のお兄さんみたいな雰囲気を持つ月村さんが尋ねてくる。

細い腕にはある程度の筋肉がついていて、鍛えているのが分かる。

 

強いけど弱い人だと言っていたことを思い出す。

その矛盾を聞いてみたくなった。

 

「月村さんは、なにか怖いものがありますか?」

 

「孤独だな。」

迷うことなく、彼はそう答えた。

 

もっと詳しく聞きたいという様子に気づいたのだろう、話してくれる。

彼は窓の向こうの空を見て、寂しい表情をはじめて見せる。

「どう言えばいいのか。俺は一度、たくさんの大事な人たちから離れたことがある。ずっと遠くなところへの引っ越しみたいなものと思ってくれていい。何も言わずに彼らを残したままだ。」

 

「その、もう、会えないんですか? 電話とか…」

 

「死んだわけじゃないんだけどね。もう無理だろうな。……ともかく、今では小町に握ってもらわないと『風船』みたいにどこかへ飛んで行ってしまいそうで、怖いな。」

 

頭を撫でられる小町さんも、そして撫でる彼も、笑顔になっていた。

そんな2人の関係は眩しかった。

 

 

「えっと、知り合いが、自分自身が怖いって言っているんですけど、どう思いますか?」

 

突拍子のない質問だ。

それでも、誰かに答えを教えてほしかった。

彼の考えが、知りたかった。

 

「予想はつくけど、本人からちゃんと聞いてみてほしいな。俺と違って孤独に慣れすぎているのかもな。……もう1人じゃないのにな。」

 

月村さんは、彼のことを知っているのだろうか。

彼からちゃんと聞く、か。

 

彼のことを私は知らないままだった。

 

 

 

***

散歩に出かけた俺は平塚先生に連行された。

ラーメン好きな先生は、ラーメン好きな俺を車に乗せてよく連れていく。

ラーメン好きな彼氏を早く見つけてくれよ。

 

「あの醬油ラーメン美味かったな。だが比企谷は豚骨派だったか?」

 

「昔はそうでしたけど、醬油ラーメンも今はまあまあ好きですよ。」

醬油なし醬油ラーメンはまだ認められないが、いつかは、また食べてみたい。

 

 

「そうか。」

その嬉しそうな横顔は大人っぽくてかっこいい。

 

平塚先生は真剣な顔をする。

「お前は変わってしまったな。いい意味でも、そして悪い意味でも。」

 

SAOで、俺は本当に強くなった。

《生きる》ことに執念を持っているとも言っていい。時間があれば筋トレまでするようになった。

 

しかし、

この平和な世界がどこか落ち着かない。結局、俺はなんだかんだラフコフの一員なんだろう。GGOでエイトは戦い続けている。

 

だから、

強さがいつか大切な人を傷つけるかもしれないと思ってしまう。

相棒やキリトのように、強さで誰かを守ることができるのだろうか。

 

 

「比企谷、人は傷つけないなんてことはできないんだ。人間存在するだけで無自覚に誰かを傷つけるものさ。関われば傷つけるし、関わらないようにしてもそのことが傷つけるかもしれない…」

流れていく夜の街並みを見ながら先生の話を聞く。

 

俺はずっと誰かを傷つけてしまうのだろうか。

そして、逃げることで、傷つけてしまっているのだろうか。

 

「けれど、どうでもいい相手なら傷つけたことにすら気づかない。必要なのは自覚だ。大切に思うからこそ、傷つけてしまったと感じるんだ。」

 

言葉を一度区切り、続ける。

「誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をすることだよ。」

 

「考えてもがき苦しみ、あがいて悩め。――――そうでなくては、『本物』じゃない。」

 

覚悟、か。

大切な人を俺は守りたい。

大切な人を救いたい。

 

俺の想いから、逃げたくない。

 

求めてきたモノを探しに行くのはきっと、今なんだ

 

 

 

***

次の日曜日のBoBまで、日常は続く。

今日も学校はいつも通りで、私の周りも変わることはない。

 

《あの事件》の噂が広まっていることはまだないようだ。

それに、遠藤たちから最近絡まれなくなった。

 

 

放課後、私は比企谷さんに特別棟へ連れてこられている。

部活についてきてって言われただけで、詳しい説明もなかった。

 

「こんにちはーっ!」

戸を開け、元気よく1つの教室に入っていく。

 

「小町さん。入るときにはノックを、とお願いしていたわよね。」

 

「あはは、すみません。」

いたって普通の教室に長机がポツンとあって、女子の先輩2人が座っている。

 

直接会話したことはないけれど、1人は雪ノ下雪乃さんだろう。国際教養科の2年生で、成績優秀者だと噂で聞いたことがある。

腰まで届く黒い髪で、見惚れるような美人だった。

もう1人は、ピンクにも見えるような派手な髪だけれど、優しそうな美少女だ。

とても、大きい。

 

「やっはろー、2年の由比ヶ浜結衣だよ。」

 

「あなたが朝田さんね。2年の雪ノ下雪乃よ。はじめまして」

 

「あ、はい、1年の朝田詩乃って言います。はじめまして」

動揺と緊張を抑えながら、軽い会釈とともに自己紹介を交える。

 

 

「今から、紅茶入れるわね。人の容器だけどごめんなさいね。」

美しい所作で、淹れられた紅茶を受け取る。

 

パンダのキャラクターの絵が描いている湯呑みだった。

「わ、美味しい。」

思わず、声が漏れてしまう。

 

「ふふ、ありがとう。」

 

「分かるよ~しののん。ゆきのん、お代わり!」

しののんって私のこと…?

 

 

「ところで、比企谷さん、ここって何の部活動?」

 

「え、言ったことなかったっけ。」

長机に両肘を置いて携帯を操作していた彼女はこちらへ顔を向けて、そう言った。

てへっと笑いながら、ぺろっと舌を出す仕草をする。

 

 

額に手を当てて呆れている様子の雪ノ下先輩が、なにかを思いついたような顔をする。

「そうね。ではゲームをしましょう。」

 

「ゲーム、ですか?」

 

「そう。ここが何部か当てるゲーム。さて、ここは何部でしょう?」

どこか嬉しそうな顔で、クイズを出される。

 

教室の中を見渡し、手掛かりを探す。

「部員は他には?」

 

「今は、この3人ね。あの2人は部員と言っていいのかしらね。」

それって部として存続できるのかしら。

 

生活感がある教室だから、ここで活動をしているのだろう。

「その、文芸部でしょうか?」

 

「ふふっ、その心は?」

 

「人数が少ないですし、この部室で活動しているようでしたので。比企谷さんは携帯を見てますけど。」

月村さんと連絡をしているのだろうか、顔が緩んでいる。

 

「はずれ。この3人の中で、本を読むのは私くらいかしらね。」

 

「そうだねぇ、普段は部室にいるけど、いろんなところで活動してるかなー。」

由比ヶ浜先輩がヒントをくれる。

 

「ボランティアに関することですか?」

 

「近いわ。……途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ。」

 

「ようこそ、奉仕部へ!」

 

 

「な、なるほど…。それで何のために?」

 

「今日のところは依頼に協力してもらいたいんだー。」

なんだかニヤニヤしている比企谷さんが答えてくれる。

私にできることってあるのかな。

 

 

「そうね。自称モテない男と、'一度'デートをしてあげてほしいの。」

 

「ヒッキーによろしくねー。」

 

なんだか、寒気を感じる笑顔を2人から向けられる。

 

 

ポカーンとしてしまっていることに気づいて、自分を取り戻すように頭を振る。

 

「えっと、冗談ですよね…。」

 

「私、冗談って嫌いだから。」

 

続けて、有無を言うことのできない笑顔を向けられた。

 

 

 



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第16話 心に詩を

夕暮れの下、荷物を持って校門まで向かう。

すでに待っているという『アホ毛の目立つ男子』を見つける。

 

一度だけのデートとはいえ、いきなりの人生初デートだ。

こういうとき何を言えばいいのか分からない。

 

「で、デートに、私なんかをお誘いいただきありがとうございます。不束者ですが、よろしくお願いします。」

 

「…えっと、デート? 確かに話をしたいとは言ったが。」

 

彼の顔を見ると、知っている顔だった。

以前、遠藤たちから助けてくれた人だ。

知らない人ではないことに少し安心感を覚える。

「あ、あなたでしたか。」

 

「こっちでは自己紹介がまだだったな。比企谷八幡、《エイト》だ。」

 

「エイトなの?」

私は目を見開く。

デートの相手が彼だということに本当に驚きを覚える。

なんだか心がポカポカした。

 

「と、とりあえず場所を変えるか。」

視線を私と合わせないようにする彼に連れられて、家の隣で、以前2人で話した公園まで行く。

 

 

 

***

少しずつ暗くなっていく公園で、俺たちはベンチに隣り合って座る。

 

あいつら本当に何を言ってくれたんだ。

誤解を解くのにかなりの時間を要した。

「えっと、本当にすまん。」

 

「べ、別にデートしたかったわけじゃなかったからいいわよ。……あ、いえ、比企谷さんのせいじゃないですので。」

口調が混じり合っている。

余裕のない状態になっているようで、不安そうな表情だ。

 

もしかしたら俺に幻滅されてしまうのではないかと考えている。

詩乃の弱さとシノンの強さという矛盾に悩まされ続けていたことには気づいていた。

気づいていて、彼女の胸の奥に近づけなかった。

 

俺は今日ようやく踏み出す覚悟をしたんだろうが。

彼女の気持ちから、もう逃避しないって。

一度深呼吸して、気合いを入れ直す。

 

「何も変わらねぇよ。詩乃もシノンも、お前だろう。」

彼女は目を見開く。

 

「VRMMOっていうゲームはプレイヤーとキャラクターは一体だと思う。仮想世界で成長した分、きっとリアルでも成長してるぞ。これ豆知識な。ソースは俺。」

 

俺の言い方が面白かったこともあるのだろう、張りつめていたものが少しは緩んだようだ。

「そうね。そうだといいわね。」

 

 

本題に入り始める。

「今日は、お前を止めたくて、話に来た。デスガンはマジで危険だ。」

 

「なぜか教えて、エイト。」

憤りを感じながらも、理由を聞いてくる。

 

「あいつ、いやあいつらは元SAOプレイヤーだ。《殺人》に快楽を覚える集団なんだ。BoBにそいつらが出る。……そして、銃で撃たれると同時に、現実のプレイヤーを殺す可能性が高い。」

 

「それでも、比企谷さんは参加するんですよね?」

恐怖を感じながらも、尋ねてくる。

 

「けじめをつけないといけないからな。……俺もその集団に属していた。どうだ幻滅したか?」

 

「大丈夫。私はあなたを恐れない。」

彼女の声で俺の震えが止まる。拒絶されることには慣れているはずなのに、彼女に拒絶されるだけは嫌だった。

 

「……根拠はないだろう?」

 

「勘よ。」

凛としていて、優しい笑顔を向けてくれる。

 

そうだよな、シノンに俺は救われたんだったな。

―――俺は未来が怖かった。

だから、詩乃は俺が救いたい。

 

 

 

「その、お前とちゃんと向き合うことから逃げていてすまん。」

 

「ううん。私もあなたのことを知ろうとしなかったわ。ずっと苦しんでいたのね。……もっとあなたと話せばよかったわ。」

言葉、か。

 

「……言ったからわかるっていうのは傲慢なんだよ。言った本人の自己満足、言われた奴の思い上がり。いろいろあって、話せば必ず理解し合えるってわけじゃない。だから、言葉が欲しいんじゃないんだ。」

 

「だけど、言わなかったらずっと分からないままだわ……」

 

「そうだな。言わなくてもわかるっていうのは幻想だと、俺も思っていた。でも、存在するんだよ。」

 

和人と明日奈とユイちゃん、小町と伊月。

固い繋がりで、俺がずっと欲しかったモノ。

そして彼女も……

 

「完全に理解したいという自己満足をお互いに押しつけ合うことができて、その傲慢さを許容できる関係性。『心』と『心』がいつも通じ合うような繋がり。持論だけど、それこそが『本物』だ。」

 

「『本物』……」

隣にいる彼女は胸を両手を当て、すっきりしたような顔をする。

きっと、求めてきたモノが何だったのか分かったのだろう。

 

 

俺は彼女とちゃんと向き合う。

孤高であることは強い、PoHは本当に強かった。

守るべきものは弱点にもなるだろう。でも守るためにつよさを使えるやつを俺は知っている。

『本物』を俺も見つけたい。

『心』の力を俺も感じたい。

 

「誰もが過去に囚われている。どんなに先に進んだつもりでも、ふと見上げればありし日のできごとが星の光の如く、降り注いでくる。笑い飛ばすことも消し去ることもできず、ただずっと心の片隅に持ち続け、ふとした瞬間に蘇る。」

夜空を見上げながら呟くように、(うた)を伝える。

一際輝く月も、満天の星空も、周りに隠された星も、とにかく綺麗だった。

 

 

「俺に教えてくれ。『過去』じゃなくて、詩乃の『心』を。」

 

俺が知りたいのは《過去の事件》の内容じゃない。同情の言葉は彼女は求めていない。

俺が知りたいのは『心』だ。隠してきた苦しみと悲しみを俺に全部見せてほしい。

 

 

俺にしか聞こえないくらいの声で、彼女は話し始める。

「あのね。物心つく前にお父さんが交通事故に遭ったみたいで、お母さんが軽い精神障がいになったの。私は自然とお母さんを守りたいって思うようになった。11歳のころ、お母さんと一緒に行った郵便局に強盗が入ってきて。なんだか様子がおかしくて、お母さんがカウンターに突き飛ばされて、『黒星』を、銃を取り出して……」

 

当時のことを鮮明に思い出しているのだろう。

震えながらも、あがいて、伝えてくれる。

 

「お母さんを守らなきゃって思ったのだけ覚えてる。気づいたらその銃を持ってて撃っていた。殺した人の顔が怖くて、お母さんの目も怖くて……」

そして彼女は『銃』が怖くなった。

そして彼女は守ることから逃げてきた。

 

「こわいよ。でも、おびえたまま生きるのはもういやだよ…」

数え切れないほどのカウンセリングを受けてきた。

同情の言葉を貰ってきた。

―――それでも、今、彼女は苦しんでいる。

 

 

だから、

「ありがとうな。」

たった一言、それだけだ。教えてくれたことへの感謝。

そして彼女の利き手を優しく握る。それはたぶん銃を持った手だ。

 

 

誰しも孤独を感じるとき、一番の自分の理解者を求める。俺は家に帰れば妹がいたから、ボッチでいることはそこまで苦ではなかった。

別に俺でなくてもいいんだろう。それでも、俺が彼女の隣を渡したくなかった。

 

「これからも、ずっと側にいる。」

「うん、うん、ありがとう…」

 

 

初めてGGOにログインしたときは本当に怖かった。仮想世界とはいえ、『銃』を見ることは怖かった。

エイトと出会って《世界》を教えてくれて、手を握ってくれたときから、(詩乃とシノン)はやっと進み始めた。

ずっとシノンを側で支えてくれる。ずっと詩乃を側で守っていてくれる。

 

言葉じゃなくて、

彼の『心』の温もりが私の氷を溶かす。

 

「怯え、悩み、苦しんで、考えて、あがいて、……それでも進み続けることこそ、俺のつよさだ。」

私に伝えるだけじゃなくて、自分自身が確かめるように、彼はつぶやいた。

 

『心』を表に出したような強い『意志』は私に勇気をくれる。

シノンが強くて、私がつよくなれたのも彼がいたおかげなのかしらね。

 

胸の奥がポカポカする。

ああ、好きになるって、こういうことなんだ。

 

 

 

 

 



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第17話 決闘の続き

安心していつも通りの戦い方ができている。

すでに3人のプレイヤーを狙撃できた。

影ながら私を守ってくれる人が、ちゃんと側にいるから。

 

BoB開始から40分以上過ぎている。

大会会場である《ISLラグナロク》は孤島であり、砂漠や都市など多様なフィールドに分かれている。

15分に一度《サテライトスキャン》が行われ、各プレイヤーの位置が表示される。

 

今は一度場所を変えた後、高台から愛銃を構えている。

森林と山岳の間に流れる川にかかった鉄橋を2人のプレイヤーが通るだろう。

 

アサルトライフルを持つ《ダイン》だ。橋で待ち構えて戦うつもりなのか、武器を構える。

 

そして、もう1人はショットガンを持つ《ペイルライダー》。

エイトの読みが正しければ、STR型で強い彼は『標的』。

 

2人の戦闘が始まるが、勝負はあっさりつく。

《軽業》スキルを用いたアクロバティックな動きにダインは全く対応できず、至近距離で撃たれてHPがゼロとなる。

 

勝利の余韻に浸っている《ペイルライダー》は音のない狙撃を受け、倒れる。

電磁スタン弾。麻痺させる特殊弾で、一般的には対人では使用されないもの。

 

私は深呼吸して、気合いを入れ直す。

 

倒れている彼に、急に姿を見せた黒マントのプレイヤーが近づく。

持っているのは《アキュラシ―・インターナショナルL115A3》。

サプレッサーが標準装備となっている狙撃銃だ。

 

ハンドガンを、『あの銃』を構え始める。

 

心臓が鳴り響く。

 

 

 

―――大丈夫だ、俺がいる。

『心』に響く声で弾道予測円が動きがゆっくりとなって。

轟音を響かせて、撃つ。

 

しかし、バックステップでギリギリに躱されてしまい、プレイヤースキルの高さを感じてしまう。

殺気を読み取っただけで弾道予測線のない一撃に反応したのだろう。

 

私は銃を構え直す。

《ペイルライダー》は、エイトが倒してくれたようだ。

ハンドガンを右手に持っている。

 

 

「よう、俺の、勝ち、だな。」

仮面の下で、皮肉を込めて俺は言ってやる。口調を真似るところがポイントだ。

 

現実の《ペイルライダー》の側に協力者がいるだろうが、無駄に様式美を追求するやつらだから、殺すことはないだろう。

快楽殺人派はそういう集団だった。殺しの手口を編み出し、過程を大切にする。

 

スモークグレネードが森林の方から飛んできたのを見て、シノンのところまで後退する。

 

 

「逃げたの?」

白い煙で包まれる場で、黒マントは《索敵》できないようだ。

《索敵》スキルに加えて、システム外スキル《超感覚》も持つエイトに聞いてみる。

 

「ああ、森林まで一直線にダッシュしていたな。」

 

犠牲者を増やさないために追うべきだろうが、深追いは危険だ。

今回の戦いで、もう1人協力者がBoBに参加していることが分かった。

しかし、デスガンのメイン銃が判明したことは大きな収穫だろう。

 

作戦としては、敵の《標的》を削ったあとに、開けたフィールドでの決闘に持ち込むことだ。そのためにキリトとは別行動をしている。

デスガンの真骨頂は近接戦闘のため、私はサポートに徹することにしている。

 

 

 

***

ALOのイグドラシルシティにある家。

そこは仮の住まいであって、家族3人ともアインクラッド22層の解放を待ち望んでいることだろう。

 

アスナとその娘のユイ以外に、リズベット、シリカ、リーファ、そしてクラインがいる。

キリトとエイトのBoBの中継を観戦するためである。

 

「キリト君、まだ暴れてますね…。」

1つのスクリーンに映し出され続ける男の娘に対して、リーファがつぶやく。

 

スター〇ォーズのような剣で、五右衛門のように銃の弾を弾く姿に、アスナとユイはテンション上がりっぱなしである。

開始早々、まるで狙ってくださいと言わんばかりに障害物の少ない草原を駆け始めた彼は10人をすでに斬っている。

 

 

 

「うわっ、こいつもすごいわね。なんというかアクロバティック。」

リズベットが《ペイルライダー》に対して関心を示すと、全員が注目する。

 

大差で勝利したとはいえ、プラズマを発する弾で撃たれて、倒れてしまう。

そして彼に近づく黒マントのプレイヤー。

 

その殺気を纏った『赤い眼』が画面外に映り、シリカやリーファは小さく悲鳴をあげる。

 

さらに狙撃を勢いよく避けたプレイヤースキルを見て、クラインが立ち上がる。

アスナも何かを思い出そうとする仕草をする。

きっと、SAO生還者で、おそらく……

 

「クラインさん、誰だか分かります?」

アスナがクラインに尋ねる。

 

「名前までは…分からない。でもこれだけは言える。あいつは元ラフコフのプレイヤーだ、それも幹部クラス。」

その言葉にリズベットとシリカの顔がこわばる。

 

「あの、ラフコフって?」

リーファは説明を求める。彼女はSAO生還者ではないのだ。

 

「ラフコフってのは、SAO唯一のレッドギルドだ。殺人に快楽を覚えるやつらの集団だ。」

SAOでの死は、現実での死を意味する。

そのことを知っているリーファも恐怖を覚える。

 

「まあ、全員ってわけじゃない。依頼派っていう、いわゆる殺し屋もいたんだが…」

 

「エイト君、大丈夫なのかな。」

キリトではなく、エイトの名を出したアスナに注目が集まる。

 

 

言いづらそうなアスナに代わってクラインが苦い顔をして話す。

「エイトは、ラフコフの幹部で、依頼派のリーダーだったんだ。」

 

「……エイト君はスパイみたいなものだよ。最後はラフコフ壊滅に協力してくれたし。」

アスナが付け加えると、みんなはホッとしたような顔をする。

 

しかし、このBoBに何かが起きていることを知ったこともあり、場の空気が引き締まる。

 

 

 

1週間前、キリト君が私とユイちゃんに縋りついて泣いたのを思い出した。

『過去』と、そして『未来』と、彼らは戦っている。

 

 

今、私にできることは、ユイちゃんと一緒に祈ることだけだ。

 

 

***

初めの草原とは反対にある田園地帯まで、俺は来ていた。

都市廃墟から少し離れたところだ。

 

サテライトスキャンで位置が動かなくなった奴に、誘い出されたとも言って良いだろう。

 

体に突き刺さる赤い線へ飛んできた弾を剣で斬り落とす。

姿を見せたのは迷彩服に身を包み、アサルトライフルを持つプレイヤー。

 

「よう、相変わらず不意打ちか、クラディール。」

「うるせぇよ、《黒の剣士》」

 

血盟騎士団に属しながらも、ラフィン・コフィンの一員だった奴だ。

SAOにおいて、飲み物に麻痺毒を仕込まれ、こいつには殺されかけた。

 

そのときはエイトとオーガスに助けられたわけで、

「俺に加えて、エイトにも復讐しにきたのか?」

 

「……ああ、お前もあいつも俺が殺してやるよぉ!」

その言葉を皮切りにアサルトライフルを構え、撃ち始める。

 

 

遠く離れた場所から殺気を感じ、斬るのではなくその場から急いで離れる。

 

ッ! 狙撃されたのか!

 

恐らく都市のビルから撃たれたのだろう。

銃弾を斬れるとはいえ、遠くからの狙撃にも対応しなければならず、2人に集中しなければならない。

せめて、もう1本『剣』があれば…

 

 

考える間にも銃弾を撃ち続けるという猛攻は止まってはくれない。

開始から全力で戦ってきたこともあって疲労もあるため、思うように近づけない。

 

「どうしたどうした!さっさと死ねぇ! あの女も、お前の後を追わせてやるよぉ!」

 

アスナを殺す? 俺の大切な女性(ひと)を…

 

頭に血が昇っていくのを感じる。

『心』が黒く染まるような……

 

(キリト君、がんばって)

(パパ、がんばって)

 

俺の怒りが2人の声で静まる。

側にいないはずなのに、『心』の中に声が響く。

 

 

俺に2方向からの狙撃が向かってくるのが、視える。

 

俺はホルスターから銃を素早く引き抜き、背後からの実弾を撃ち落とす。それはまるで《リニアー》のようなスピードだった。

同時に、前方からの実弾には剣で対応できていた。

 

二刀流のときとは違う、2つの思考が並立してできているような不思議な感覚だ。

 

 

「2人とも、技を借りるぞ。」

思い出すのは、SAOで前衛として活躍した2人の友人。

 

地面を勢いよく蹴りつけ『加速』し、クラディールにまっすぐに向かう。

 

「血迷ったかぁ!」

嗤いながら、銃の引き金を引く。

 

さらに遅く見えた銃弾を斬り、同時に左手の銃で右肩に弾道予測線を見せる。

 

バックステップで躱そうとするクラディールは視線を右に向けていて、俺は左に潜り込むようにすれ違う。

クラディールからは、俺の姿が消えたように見えただろう。

 

 

「ちくしょう……さすがだぜ。」

笑いながら、彼にはDEADタグがつく。

悔しそうだけど、満足したような顔だった。

 

あの頃も、殺意より嫉妬が先に感じられた。

強くなりたくてあがいた結果、誤った道を彼は選んでしまったのではないか。俺に勝つことで強さを証明できると思ったのではないか。

 

 

剣を背中の鞘に収めるようにしていることに気づく。

やはりSAOでの癖が染みついているな。

 

死闘ではなく、決闘(デュエル)をした後のような気分だった。

 

 

「また戦おう。」

いまだ意識のある彼に伝える。

 

 

次は、まっすぐな『剣』を交えたい。

 

 



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第18話 強敵との出会い

強敵と書いて、、、


俺はあいつがずっと気に入らなかった。

 

俺と同じ幹部であることが気に入らなかった。

依頼派なんてものを作ることが気に入らなかった。

殺しの数が多い俺より、濃い殺気を放つことが気に入らなかった。

リーダーに気に入られているところが気に入らなかった。

俺より強いことが気に入らなかった。

 

いつもいつも、俺の邪魔をすることが気に入らなかった。

 

 

「俺は、お前が、嫌いだ。」

 

「奇遇だな。俺も嫌いだよ。」

 

荒廃した都市で俺たちは向き合う。

 

この《世界》で『剣』を構える。

サバイバルナイフと、エストック。

どちらも、最高レベルの同じ金属で作られたものだ。

 

 

「「It’s show time.」」

 

 

鋭い突きをパリィする。

一太刀を受けるだけでずっと強くなっていることがわかる。

 

一度離れた奴は、ロマン武器とも呼ばれる警棒を取り出す。

「二刀流か。」

 

きっと監獄エリアで、《世界》の最期まで練習していたのだろう。

強さを求めてあがいた先に、得た答え。

 

 

2本の『剣』の猛攻を1本のサバイバルナイフで受ける。

もちろん、明らかに押されているのは俺だろう。

 

しかし、成長したのはお前だけじゃねぇよ。

 

俺の投げた回転するものに意識を一瞬奪われる。

過去の俺の《ミスディレクション》なら対応されただろう。

「『手裏剣』、だと!」

 

 

SAOにおいて、許される遠距離攻撃スキルの1つ。

俺がいつか得るユニークスキルだったものだ。

 

そのソードスキルを使うことはできないし経験もないのだが、自分で編み出した。

図書館に通ってその技が書かれた本を読みこんだ、GGOでも作製して練習してきた。

 

 

メニューを開き、円形の盾を取り出し、遠く離れた位置からの狙撃をはじく。

これが今の俺の全力全開。

 

「さあ、第二ラウンドだ。」

 

「くそ、オレに倒され、あの女が殺されるのを見ていろ。」

 

協力者がいたとしても、お前は独りなんだな。

スナイパーとも繋がりはなく、常に孤高。

孤高であることを強さだと思っている。

 

 

そう思っていた時期が俺にもあった。

 

だが、

現実で待っていてくれていたあいつらがいる。

変わらない笑顔をくれる妹がいる。

背中を任せられる相棒がいる。

『生きろ』ってずっと言ってくれるお節介がいる。

 

そして、俺を心から愛してくれる女性がいる。

 

SAOで多くのトッププレイヤーが持っていたシステム外スキル《超感覚》。

第六感とも言えるけど、気配を感じるという『勘』だ。

彼女は俺たち以上に高度なスキルを身につけている。

 

スナイパーをビルの壁ごとを撃ち抜く。

(あとは任せたわ。)

 

 

「勝利の女神が付いてるんだ。俺が負けるかよ。」

 

 

逃げ場を防ぐように投げた複数の手裏剣に、ザザは逃げ場をなくす。

 

後退を選ぶことは不利となるから、予想通りまっすぐ向かってくる。

 

その姿が、ずっと遅く視えるようになる。

それはスロー再生のようで。

 

 

しかし、急にザザは『加速』し始めて、等速となる。

俺の全てを、籠める。

 

今までで、最高の突きは、『霧』のように、当たらない。

 

 

曲刀の基本単発技《リーバー》

肩に担いだのち、真上から振り下ろされる。

 

―――月のように、『剣』は温かく輝いていた。

 

きっと、これが、俺とお前の差か。

 

「お前とも肩を並べて戦うifが……ないか。お前のこと嫌いだし。だが良い『剣技』だったぞ。」

 

ああ、悔しい。

俺もお前のことが……

 

 

 

 

 

***

私はエイトの元へ駆けつける。

仮面を外し、空を見上げる彼の’左隣’に腰掛ける。

私の右手をちゃんと握ってくれた。

 

中継されているので、私たちにしか聞こえない声で話し始める。

「お疲れ様。」

 

「ああ、まじで疲れた。」

 

「余裕そうだけど?」

 

「嫌いなやつとあれだけ会話したんだぞ。労わってくれ。」

けれども不快な顔ではなく、なんだかスッキリしたような顔だった。

 

 

「キリトはリタイアしていったぞ。先にログアウトするみたいだ。」

 

「どうして?」

 

「嫁と娘に会いたくなったんじゃねぇの。知らんけど。」

 

「……そうなのね。」

 

荒廃した『世界』で2人きりの夜空を見上げる。

仮想世界の夜空は本当に綺麗だった、彼の隣で見る空は『偽物』なんかじゃなかった。

 

 

「ねぇ、このままずっと一緒にいて、いい?」

 

「え、えっと、リアルでも会えるし、このままというわけには…」

それもそうね。この光景を中継されるのは趣味じゃない。

 

メニューを開き、あるものを取り出す。

 

「え、これってグレネードじゃ…」

GGOでの、エイトの無敗伝説も終わりを告げる。

 

彼に抱きつき、耳にそっと告げる。

「ありがとう。大好き。」

 

 

詩乃とシノンの2人の声が、俺には聞こえた。

彼女だけには敗けっぱなしだ。

 

 

***

俺は目をゆっくりと開け、顔が熱いことに気づく。

 

「お兄ちゃん、良いことでもあった?」

ベッドの上で悶えているのを、妹にミラレタ。

とてもとてもニヤニヤしておられる。

 

しかし、

なんだか騒がしいことに気づいて、リビングに降りる。

 

 

頬が腫れていて、チェーンでグルグル巻きに拘束されていて横たわっている男子が叫び続けている。

片耳を塞ぎながら伊月がおそらく警察に電話をかけている。

とても迷惑そうな顔をしておられる。

 

「アサダサンはどこだぁ!アサダサァン!」

 

ちょうどその朝田さんが降りてくることに気づいて、指差して聞いてみる。

「知り合い?」

 

「新川君?」

どうやら知り合いのようだ。

 

詩乃は目を見開いて驚き、倒れそうになるところを小町に支えられる。

 

「ああ!アサダサン!よかった!すぐに君を守ってあげるから!」

 

「夜中なのにうるせぇよ。生憎だがそれは俺の特等席だ。」

イラっとしてしまい、ついキリトみたいなセリフが口に出る。

 

 

「ねぇ、こたえてよ。アサダサン。助けてって僕に…」

 

「……なんで、ラフコフに協力したの?」

詩乃はおそるおそる尋ねる。

 

「さすがだね、アサダサン。そうだよ。僕がもう1人のデスガンさ。ショウイチ兄さんがこんな面白いことに誘ってくれたんだ。」

彼はザザの弟みたいだな。

 

持ち物であろうものが机に置かれている。

注射器に見えるようなもの、折りたたみ式ナイフ、携帯と財布、そして一枚の紙だ。

 

紙を開いてみると、模擬試験の結果だ。

医学部志望のやつが受けるような、難易度が高いもので、まあ悲惨なものだった。

 

「見るなぁ! くそ、親や学校のやつらと同じで本当にムカつくやつだ。現実なんて本当に下らない。僕はGGOで最強になればそれで良かったのに、邪魔するやつらばかりだし!ゼクシードの屑はAGI型最強なんて嘘を言うし、エイトの屑は僕を差し置いてAGI型で最強だし。…畜生…畜生。」

「…もう現実なんてどうでもいいよ。アサダサン、僕と一緒にどこかへ行こう。君のことが好きなんだ。《あの事件》のことを君から聞いたときは嬉しかったなぁ。ハンドガンで人を殺す女の子なんてアサダサンくらいだよ。その力は、本物だよ。」

 

「いや、偽物だろ。詩乃のつよさはそこじゃない。」

長々と喋っていたことに対して、またつい口を開いてしまった。

 

 

俺が言葉を遮ったことが気に食わなかったのか、叫び始める。

「お前ムカつくんだよぉ!どうせ人を殺す度胸もない癖に…………」

全力の殺気をこいつだけに浴びせて、そろそろ黙らせておく。

すまん、あとで床を掃除しておく。

 

 

 

「私もシノンもあなたのことが嫌いよ。 だから、もう、私たちに関わらないで…」

 

小町に支えられていた彼女は、自分の足で凛として立ち上がる。

彼女が述べたのは、決別。

 

俺の《ザザ》への嫌いと、彼女の《新川》への嫌いは同じだった。

俺のザザへの『嫌い』を問うならば、どうだろうな。

 

 

「……現実逃避なら、1人でやってろ。」

俺が《新川》を嫌いなのは確かだった。

 

もう叫ぶことはなく、ブツブツ何かを言いながら警察に連れていかれた。

 

 

 

 

 



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キャラ設定(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。+α)

2020年代までFG〇は流行る。


比企谷 八幡

誕生日:8月8日

特技:人の考えを読むこと。

趣味:読書、アニメ

休日の過ごし方:家、ALO、GGO、詩乃と外出

容姿:寝癖のひどい黒髪で、覇気のない目をしている

好きなもの:ラーメン、甘いもの、マッ缶、プリ〇ュア

 

目と性格がかつて腐っていた。

奉仕部の活動を通してヘイトが集まったこともあり、現実には求めてきたモノがないのではないかと思い、現実逃避した。

 

学力、運動神経、容姿ともにそれなりでありながら、独自のひねくれた思考回路で周囲とは距離を置いているが、身内には心を開くようになっている。

現在は高校2年生相当で、実家から帰還者学校に通っている。

 

SAOを通して身についた強さが大切な人を傷つけることを恐れていた。

詩乃(シノン)との出会いにより、SAOで身に着けた本当のつよさに気づく。

 

 

エイト(SAO)

ソードスキルの見切りやを遊撃を得意とする《曲刀》使い。《投剣》や《盾》を使いながら戦っていた。

システム外スキルも豊富。

攻略組の英雄の1人であり、《盾戦士》や《暗殺者》が二つ名である。

ラフコフの幹部であり、依頼派の実質リーダーで、《執行人》と呼ばれていた。

黒の軽装と仮面を装備していた。ユニークスキル《手裏剣術》の候補者。

 

エイト(GGO)

ハンドガンとサバイバルナイフだけでトッププレイヤーとなった最強のAGI型。

しかし、目的とは違うため、大会にはあまり出場しない。

基本的にソロで、シノンと組むことが多い。

金属加工をしてまで、手裏剣を作り上げた。

 

 

エイト(新生ALO)

※スプリガン

剣技の見切りを得意とする《曲刀》使い。

《投剣》、《盾》、《幻惑魔法》、オリジナルの手裏剣術を織り交ぜて戦う。

装備も忍び装束であり、《ニンジャ》や《トリッキー》が二つ名である。

 

殺さない誓いの曲刀《カーテナ》と、守る誓いの盾《イゾルデ》という伝説級装備を持つ。

《鍛冶》スキルも上げていて暗器作成が趣味となっている。

 

 

 

 

月村 伊月(月村 葉月)

誕生日:8月10日

特技:パソコン、自炊

趣味:物理、数学、ラノベ、二次創作

休日の過ごし方:勉強、小町と外出、ALO

容姿:短めの黒髪で、優しさのある顔

好きなもの:麺類、仮面〇イダー

 

前世は○○大学の理系3年生。

速度違反の車によって事故に遭い転生する。

神様に会ったこともなく、『ソードアート・オンライン』の原作知識は失われている。

 

現在は高校2年生相当で、比企谷家から帰還者学校に通っている。

 

相手に合わせるのが得意で、由比ヶ浜に近い悩みを持っていた。

転生の経験から、繋がりを失うこと、そして繋がりを作ることを恐れていた。

比企谷兄妹によって救われる。

 

 

オーガス(SAO)

※由来は前世の名前から。

ソードスキルの相殺や突進技を得意とする《両手剣》使い。

攻略組の英雄の1人であり、《狂戦士》または《断罪人》が二つ名である。

漆黒の全身鎧と、重めの剣を装備していた。ユニークスキル《抜刀術》の候補者。

 

 

ミカヅキ(新生ALO)

※ウンディーネ

空中でも翅を使って突進し始める《両手剣》使い。

重い全身鎧ではなく、動きやすいモン〇ンのような防具を好むようになった。

最低限の魔法しか暗記していないが回復職としてもたまに働くことがある。2人のバーサクヒーラーのバーサーカーなほう。

伝説級武器《アロンダイト》を使うことから《セイバー》、または《バーサクバーサーカー》が二つ名である。

《料理》スキルも上げていて食材アイテムのパラメータ解析が趣味となっている。

 

 

朝田詩乃

誕生日:8月21日

特技: 英語

趣味:読書

休日の過ごし方:家、GGO、ALO、八幡と外出。

容姿:ショートの黒髪で、文学系美少女

好きなもの:スーパーの特売

 

11歳の頃に郵便局で強盗事件に巻き込まれ、母を守るため犯人から拳銃を奪い射殺してしまう。

銃器に対する強いPTSDやいじめに悩まされるようになり、GGOにログインするという荒療治を行う。

 

東北出身だが、総武高校に通っている1年生。

 

運命的な出会いが彼女を救う。

甘えることを求めているが苦手なため、八幡に猫のようにすり寄っていく。

独占欲が強く、八幡に対して強い依存を抱いていることを自覚している。

 

シノン(GGO)

水色の髪と碧眼で、容姿は詩乃に近い。雰囲気や声と口調はかなり異なる。

対物ライフル《ヘカートⅡ》を使うことから、《冥界の女神》と呼ばれていた。

SAOプレイヤーに匹敵するプレイヤースキルを持つスナイパー。

 

シノン(新生ALO)

※ケットシー。

水色の髪と碧眼でマチと並べば、姉妹にも見える。

軽装な装備、猫耳と尻尾でエイトの理性を削っている。

使いこなすことが難しいとされるロングボウを得物とし、ケットシーの特徴の視力を応用して遠距離攻撃を得意とする。

言わずもがな《アーチャー》が二つ名である。

エイトの側でのみ、伝説級武器を使用可能である。

 

 

 

 

比企谷小町

誕生日:3月3日

特技: コミュニケーション

趣味:家事

休日の過ごし方:ALO、伊月と外出。

容姿:セミロングの黒髪で、元気ハツラツ系美少女。アホ毛と八重歯がチャームポイント。

好きなもの:甘いもの

 

両親が共働きということもあり、兄と過ごすことが多かったため、兄妹仲が良い。

八幡がSAOに囚われていた期間は、笑顔を失っていた。

 

総武高校に通っている1年生。

学業成績はイマイチだったが、彼氏のおかげで向上中。

 

兄との距離が離れていくことに焦りを覚えて、ALOへログインする。

八幡と詩乃、そして伊月との生活が幸せすぎて仕方がない。

草食系男子な年上の彼氏を引っ張るように行動する。

 

 

マチ(新生ALO)

※ウンディーネ。

水色の髪と碧眼で容姿は小町に近い。

戦場把握力と種族の特性を生かした、純粋な支援職である。

彼氏が一番反応した巫女服と、長杖《フェアリーハート》を装備している。

いつメンの中でも珍しく純粋魔法職のため、《キャスター》が二つ名である。

回復魔法・補助魔法を使うことが多いが、攻撃魔法の精度も高い。

実は《片手剣》も練習中。

 

 

 

 

雪ノ下 雪乃

容姿:腰まで届く黒髪で、大人びた顔立ちの美少女

好きなもの:猫、パンダのパンさん

 

才色兼備な、総武高校国際教養科2年生。

遠慮なく物事の本質をつく発言をする。

八幡や結衣と出会ってからは、人と接することが多くなった。

八幡が囚われて半年後に奮起し始めて、親や姉とも決着をつけ、成長した。

 

 

 

由比ヶ浜 結衣

容姿:肩までの明るい茶髪(もはやピンク)で、童顔の美少女

好きなもの:犬

 

根は素直で優しい普通科2年生。

周囲の人間の顔色を伺ってしまうという悩みを持っていた。

雪乃を元気づけ、八幡の帰ってくる場所を守っていた。

新入部員も2人入り、奉仕部という繋がりはずっと……

 

 

 

 

平塚 静

総武中教師で奉仕部の顧問だった。

現在は、帰還者学校に勤務している若手の教師。

とにかくカッコいい。ただし未婚。

生徒指導でもあり、奉仕部のメンバーが人生に迷ったとき導いてきた。

 

 

葉山 隼人

とにかくイケメンで人気者で文武両道な普通科2年生。

トップカーストに位置する。

2人好きな女性ができたため、告白することがいまだできないでいる。

 

 

三浦 優美子

金髪縦ロールで美少女。

葉山のことが好きであり、葉山のことを優先する。

不良に見えて、実はオカン属性。

 

一色いろは

粟色のセミロングの美少女。

八幡たちと出会っていないため、葉山のことが好きである。

葉山に生徒会選挙問題を解決してもらった。

あざといが、意外と純情。

 

戸塚彩花

永遠の男の娘。

 

 

海老名 姫菜

見た目だけ文学女子で、BL好き。

ハヤハチの再来に興奮中であり、ハヤツキの降臨にテンションMax状態。

 

 

戸部 翔

見た目も中身もチャラい男子。

海老名に好意を持つ。

いろはのパシリ。

 

 

 

雪ノ下 陽乃

才色兼備な○○大学の理系大学生。

雪ノ下雪乃の実姉である。

対人能力の高さ、万人に好かれる仮面、そして完璧超人。俺ガイルヒロイン3人の長所を合わせたような、まさに公式チート。

 

八幡は彼女を魔王と呼ぶ。

 

 

 

 

 



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第19話 やはり俺の現実逃避はまちがっている。

最終回っぽいけど、まだまだ続きます。
俺たちのぼうけ(ry


 

 

事件から早くも2日が経つ。

 

事情聴取で1日休んだ後、登校した。

私にとっては激動の日々だったとはいえ、いつも通り、変わらない日常が続いていた。

 

でも、ちょっとだけ変わったみたい。

 

放課後、校門までの道のりで久しぶりに遠藤たちが話しかけてくる。

染めていた髪も黒く、雰囲気も落ち着いていて、警戒する気が起きなかった。

 

「あ、えっと、その、今までごめんなさい。」

 

無愛想に謝罪を述べて、封筒に包まれたお金を渡すだけで、去っていった。

私は何も言えず、立ち尽くしていただけだった。

 

「あの人たち、学校休んでバイトしてたみたいだねー。」

小町さんがどこか満足そうな顔をして頷いている。

 

「えっと、どういうこと?」

 

「お兄ちゃんが依頼してきたの、詩乃ちゃんを救ってほしいって。……でもって、これからはわたしにも悩み事はちゃんと話してよね。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

おそらく現実で助けてくれた時から……

いや、シノンが生まれたときから、ずっと側で……

 

「私、助けてもらってばかりだわ。」

 

「気にしなくていいと思うよ。お兄ちゃん、詩乃ちゃんのおかげで元気になったみたいだし。なんだか思い詰めてたの。それにようやく私と伊月さんのことも認めてくれたし!」

 

「そうなのね。私のおかげだと良いな。」

 

 

すると、

校門に女子が集まっていて賑やかなことに気づく。

ハヤハチ キター! って叫んでいる、眼鏡をかけている女子が特に目立っている。

 

 

「なんで校門の前までバイクで来てるのよ!」

校門前に挙動不審にキョロキョロする人物を見て、大きな声を発してしまう。

 

私に注目が集まる。

 

「まさか、朝田さんあの2人と知り合い?」

「ねぇねぇ、もしかして彼氏?」

「葉山先輩と彼って、どういう関係なんですかー!?」

同じクラスの比較的仲の良い女子が近づいてきた。

 

 

「え、えっと、また今度!」

彼氏さん!と今にも答えそうな小町さんの手を引き、彼の元へ急いで向かう。

 

明日説明しなさいよー!という声を聞いて、今から憂鬱になる。やはり女子たちは恋バナが好きなんだわ。

でも、心の準備はできてないし、まだ告白してくれないし。

 

 

入れ違うように校内へ戻っていく葉山先輩が、フッと笑みをこぼした気がした。

 

「なんで校門の前に停めてるのよ!」

シノンの声で、彼に問いただす。

小町さんは手慣れたように伊月さんのバイクにすでに乗り込んでいた。

 

 

「いや、俺だって恥ずかしいぞ。伊月が先に停めて、それで葉山が来て、騒ぎに……」

 

あれこれ言いながら手渡してくれたヘルメットを被り、彼の後ろへ素早く乗る。

祖父のバイクに乗ったこともあるため、私も要領は身についている。

 

彼の背中はとても大きくて、温もりを感じた。

顔の熱を隠すように、腰に手を回して彼にしがみつく。

エンジンバイクを発進させると、大きな音がなってくれる。

それでも、彼の心臓の鼓動は聞こえた。

 

 

 

 

心地よい風と、彼の心地よさを味わっていると、あっという間に到着してしまったようだ。

高級そうで、シックな雰囲気のある喫茶店であり、少し萎縮してしまう。

 

すでに小町さんと伊月さんはバイクから降りていて、どこかニヤニヤしている。

 

顔を合わせられないまま店内に入ろうとするが、同じく足早だった八幡と歩調が合ってしまう。

 

「お二人様ですか?」

 

「い、いえ、後ろの2人もです!」

ウェイターさんに尋ねられたことで、意識してしまう。

 

関心したような顔をされて、席に案内される。

店内も、高校生が訪れるには場違いのような空間で、熱が冷めないまま顔と心が固くなる。

 

「…何頼む?」

 

「ま、マッ缶で!」

急に聞こえた八幡の声に、飛び上がるような声が出てしまう。

 

「お、お、おちつけ。」

 

「今日はブラックコーヒーでいいや。」

「詩乃ちゃんかわいいなーもう。写真撮っておこ。」

2人の声もしたけれど、カシャって音がしたけれど、気にとめる余裕はない。

 

 

店内に響く男性の声がして、こちらに向かってくる人たちが目に入る。

「いやー、遅くなったよ。ごめんごめん。」

 

「おい、声のボリューム下げろ。」

 

「アハハ…」

 

待ち合わせていた3人が到着したことで、熱が引いてくれる。

同時に、さっきまでとは違う緊張感が湧いてくる。

 

「はじめましての人もいるかな。僕は総務省総合通信基盤局の菊岡と言います。」

名刺を受け取る頃には、完全に気が引き締まってくれた。

 

真実を知ることがどこか怖かった。

 

 

 

***

今日はデスガン事件に関しての話し合いである。

依頼した菊岡と依頼された俺と伊月と和人、そこに詩乃と小町と明日奈が加えられた7人である。いや、ユイちゃんを入れて8人だろうか。

 

 

喫茶店でするような話ではないため、周囲に気を遣って話す必要がある。

やはり場所がまちがっている。

ちなみに断じて、ダブルデートではないトリプルデートでもない。

 

 

「それで?何人だった?」

 

犠牲者及び犯人の人数を尋ねていることは簡単に理解できるだろう。

数千円もする、ほろ苦いケーキを食べながら聞く。

 

「まずは本戦前に2人、……そして本戦で1人だ。」

 

「……そうか。」

 

たった1人で食い止められたと言うべきなのか、1人が犠牲となってしまったと言うべきなのか。

SAO事件の犠牲者の数と比べれば決して多くはない。それでも俺が直接手にかけた数と同じなのだ。間接的に手をかけた数を数えたことはない。

 

事実に対して出た言葉は、とても短いものだった。

 

「…続けるよ。首謀者は新川晶一。新川恭二の兄であり、《SAO生還者》でもある。加えて、共犯者5名のうち4名も《SAO生還者》だった。」

 

現実での実行犯は2人だったんだな。そして合計5人、予想以上にラフコフの残党がいる。確かにやつらは牢獄エリアに送られたので死んだわけではない。もしあのとき全員を殺していれば、この事件は起こらなかったのだろうか。そして詩乃が危険に晒されることはなかったのだろうか。

 

 

「クラディール……」

明日奈はどこか顔が暗い。血盟騎士団の副団長として、メンバー1人が誤った道を進んだことを悔やんでいるのだろうか。

和人は彼女の手を優しく包みこむ。

 

 

詩乃がおそるおそる質問をする。

「新川君、……恭二君はどんな様子ですか?」

 

「現状としては、完全な黙秘をしている。」

 

「そうですか…。」

 

一昨日の彼の、感情の激しい起伏。

現実への拒絶、いや現実逃避の姿を思い出してしまう。

おそらく今も変わらないままなのだろう。

 

 

菊岡はタブレット端末を操作して、話を戻す。

「手口としては、メタマテリアル光歪曲迷彩のマントを用いて、BoB参加登録においての、計16名の本名や住所を手に入れたということだ。……その中には、朝田詩乃さんと、比企谷八幡君のものが。」

 

おそらく、新川恭二は《シノン》の家にも行ったのだろう。

しかしいなかったため、焦った彼は、《エイト》の元へ、、

 

「肝心の他殺については、新川兄弟の父親が医師であることが関係してくる。電子ロックのマスターコード、高圧注射器、そして劇薬のサクシニルコリンを父親の病院から盗み出した。」

 

「……筋弛緩剤。それが心不全を起こしたんだな。本戦前の2人は発見されるまで時間がかかったから、ほぼ分解されてしまったか。」

 

サクなんとかに一早く反応した伊月に菊岡は頷いて、話をまとめる。

「そうだね。まさかセキュリティの高い病院から盗み出された凶器だとは、警察も予想できなかったのだろう。ともかく、そうやって計画は進められた。その過程すら《ゲーム》のつもりだったと新川晶一は述べたらしい。」

 

「額面通りに受け取らないほうがいいぜ。《ザザ》はSAOを現実だと認識していたと思うぞ。仮想世界でも現実世界でも、自分にとって都合の悪い部分だけは、リアルじゃないと考える。―――現実が薄くなっていく。」

キリトはいつもの皮肉そうな笑みを浮かべたが、少しずつ真剣な顔となっていった。

 

 

たしかに、《ザザ》は現実逃避してSAOにログインしたのだろう。

結局、現実逃避っていうのは、求めてきたモノを探して、悩みあがいていただけなのではないだろうか。ザザの場合、心の底から熱くなれるモノをずっと求めてきた。SAOでの《殺人》であり、この事件の《殺人》だったのだろう。あいつにとって、《殺人》は《ゲーム》で快楽をくれるモノだったのだ。

 

しかし、『別のモノ』が見つかったわけで、次に再会する頃にはつよくなって、来る。

認めたくないのだが、嫌いなだけに、分かってしまう。

 

 

「戻りたい、と思うかね?」

菊岡の質問は、SAOへの未練があるかどうかということだろう。

 

不安になっている小町に伊月は声をかけているが、相棒もそういう悩みを持っていたわけで。

 

明日奈も、そして俺も、答えることを躊躇していた。

もっと、《世界》を変えられたのではないか。

 

「聞くなよ、悪趣味だぜ。そうだな。……シノンは、詩乃はどう思う?」

和人が答える。固い表情を崩して苦笑いしたのち、詩乃に視線を向ける。

 

 

「そうね。私がいる場所が『本物』だと思うわよ。それがどこの《世界》であっても、『大切なモノ』があるのなら。」

そう言って彼女(詩乃とシノン)は俺を見つめて、微笑む。

 

 

―――過去を乗り越え、彼女が見つけ出した答えは『心』に響く。

 

 

俺たちはそれぞれ手を繋ぐ。ユイちゃんが伸ばした両手もちゃんと届いていた。

痛くないようにそうっと。だけど離すまいと離したくないと、今の気持ちを籠めるように握った。

 

『大切なモノ』を俺たちは見つけることができたんだろうな。

その繋がりが、ここにいることを実感させてくれる。

 

 

 

次に会うときは、あいつに教えてやろう。

 

俺がずっと空欄にしてきた答えを。

 

やはり俺の現実逃避はまちがっていた。

―――それでも、無駄じゃなかった。

 

かけがえのない今を、『生きる』。

 

 

 



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間話4 girl's operations part2

3月末。

新しいお友達ができた次の日。

 

装備を直すために、わたしたちはアシュレイさんの元へ向かっています。アスナさんのSAO時代からの知り合いの人で、《裁縫》スキル完全取得だとか。ちなみにPvP推奨のこの《世界》で生産系スキルを上げるのは難しい。

アスナさんは私服をよく作ってもらっていたみたい。オーダーメイドなんて憧れるよね。

 

前回と同じメンバーで、シリカちゃん、リーファちゃん、リズさん、そしてルクスさん。

 

ひよりさんは新アバターを作成しました。SAOのデータを引き継いで彼女は生まれ変わったって言えばいいかな。キリトさん似だったクロさんと違って、フワッとした美人なルクスさんです。

 

 

 

着いたのは洋風な一軒家。

背が高くてスタイルがよくて、女の人っぽいけど男の人かも、という個性的なアシュレイさんです。

 

今はシリカちゃんが愛でられております。頬っぺたと耳をプニプニと。

 

「それでですね、私たちの服の修繕の件はあぁあぁ」

 

「あぁ、そのこと。悪いけど、しばらくはムリよ。今は予約で手いっぱいだし、明後日から素材探しに出ちゃうのよねぇ。そうね、それでもしてほしいのなら、100万ユルド。」

 

「「「たかっ!」」」

 

今のわたし達の服には防御力や魔法抵抗にマイナス補正がかかっていて、魔力解除効果を持った特殊な針と糸が必要、らしい。そうして高価な素材と手間賃を考慮した額。

 

伊月さんならなんとかなりそうな額だけど、ALO再開してからまだ日も経ってないからねぇ。SAOからのお金の引継ぎはなくなったみたいだし。

 

 

「そうね。これに出るってのはどう? 大会開始は1時間後。優勝賞金は100万ユルド。」

 

机の引き出しから出したチラシは、水着コンテストのもの。

 

賞金は100万ユルドぴったりだけど、その舞台で服を手がけたいと思えるほどの女の価値を見せてほしいらしい。

 

いくら現実が春でも、ALOではずっと夏の海岸があるんだよね。

 

それにしたって、やはり男というものは欲深いものですなー

 

 

 

***

会場のビーチに美女と美男子が集まった。

 

 

わたしは黄色のビキニに挑戦してみました。

 

とある部分をちらりと見る。

リズさんも十分大きいんだけど、リーファちゃんは巨大である。ルクスさんもパレオで隠しきれないものをお持ちで。シリカちゃんは雪ノ下さんみたいに励ましてあげたい。

 

でも女の子の価値はそこだけで決まらないんだからね!

 

 

気を取り直して、ルールを頭の中でもう一度確認する。

 

{みんなの視線を独り占め!ビーチの『英雄』は君だ!}

制限時間内にこのビーチにいる人たちから注目ポイントを集める。フォーカスの合った回数や視線の集中度に応じて勝手に集計される。

 

つまり目立てばいいってことだね!

お兄ちゃんを動揺させることのできるセクシーポーズを披露すると男たちの歓声があがる。

 

ちなみに必要以上の凝視や、同意を得ない日常生活レベル以上の接触はGM通報されるのです。何人かビーチから強制的に去っていったよ!

 

 

「みなさーん!リズベット武具店 特製焼きそばいかがですかー。」

 

これがわたしたちの作戦っ。海の家の売り子をして視線を集めてついでにお金を稼ぐ。さらにさらにリズさんの店の紹介もする。

 

NPCの子どもたちにも声をかけていると、すぐに完売してしまった。

 

 

 

屋台に戻っていく途中で、リズさんたちと合流する。

リーファちゃんのハミデルモノを使って客引きしてた。結果的にたくさんの男の人が強制的にいなくなった。

 

「ところで、あんた彼氏いたのね。」

 

「そですよー。」

 

焼きそば作りの手伝いにあたって呼んだのはミカヅキさん。わたしのレベリングによく付き合ってくれるんだけど、SAO引継ぎをした彼は《調理》スキルを上げ始めた。

 

完全取得な明日奈さんはまだリハビリで忙しいみたい。その夫が想い人であるリズさんやリーファちゃん、シリカちゃんは厳しい戦いになりそうだ。すでに愛娘もいるからねぇ。

 

「そういえばミカヅキさんはSAO生還者なんだよね?」

 

「え、まじ?」

 

リーファちゃんも世界樹攻略で先陣を切ったミカヅキさんを見たんだったね。わたしの合格発表日と重なったSAO生還者のパーティーには出なかったんだけどね。

 

「オーガスっていう名前だったらしいですよー。二つ名は《狂戦士》とかなんとか。」

 

「え、……マジ?」

 

昨日助けてくれた人だとは思わなかったみたいで、2人とも口を開いたまま。

 

その名はSAOの英雄の1人《狂戦士》。中層の職人プレイヤーだったリズさんは会ったことはないけど知っているんだろうね。

 

そういえば、なんで名前を変えたんだろう……

 

 

ふと思い立って、フレンドリストを開く。

お兄ちゃんは、……またGGOのほうかな?

 

最近なんだか生き生きしてるんだよね。

 

 

***

 

結果。

わたしは33位で、60位以内にみんな入って予選通過。

 

やっぱり、女の子の価値はある部分の大きさだけで決まらないってことだね!

 

「あ、あ、あれだけ見られて、こんな……?」

 

大胆な水着を着て、大胆な行動をさせられていたリーファちゃんは赤い顔を隠す。

 

 

 

「つまりもっと見られるためのアピールが必要か。」

 

「そうですね!」

 

「「えぇ…」」

 

シリカちゃんやルクスちゃんが気の進まないまま、リズさん主導の下、ラストスパートをかける。

 

ビーチバレーはリーファちゃんとリズさんの激しい戦いでした。

シリカちゃんのバニー姿と、ルクスさんの執事姿、わたしのウェイティングドレス姿で注目を集めた。そんな装備よく持っていましたね。

 

 

 

「マズい、マズいわ。全然順位が上がっていかない。」

 

「やっぱりお色気作戦に無理があったんじゃ…」

 

ポイントは少しずつ上がっているとはいえ、他の参加者の人のポイントの上昇に敵わない。特に上位陣が凄まじい勢いだ。リーファちゃんが考えこんでいる姿を見て、ルクスさんが声をかける。

 

「どうしたんだい、リーファ?」

 

「あれだけ注目を集めたのに、順位が上がらないのは変じゃない?そもそもコンテストなら普通に審査をすればいいだけ。なのに、わざわざハラスメントコードに抵触しそうな視線ポイント制のルール。」

 

「たしかに…」

 

「順位の推移にはパフォーマンス以外の条件がある?なにか裏の条件とか。」

 

ルールを見て、考え直そう。

 

{みんなの視線を独り占め!ビーチの『英雄』は君だ!}

制限時間内にこのビーチにいる人たちから注目ポイントを集める。フォーカスの合った回数や視線の集中度に応じて勝手に集計される。

 

 

 

「どうして『英雄』なんだろう?」

 

「ヒロインとかもっとそれっぽいのがありますよね。」

 

「キリト様も、ミカヅキさんも『英雄』、なんですよね。」

 

あのとき、世界樹の前で剣を掲げた3人もSAOでは『英雄』で、なんだか遠くにいってしまったようで……

 

 

 

近づいてきた彼がわたしの頭を撫でてくれると、そんな不安はたちまち消えていく。

 

「俺たちは『英雄』ってガラじゃないんだけどな。例えば、攻略組の中でもステータスが高かった、歴戦の戦士の中でよく活躍した。そうしていつのまにか『英雄』って呼ばれるようになった。俺からすれば、情報屋や職人クラスの人達に何人も英雄がいたぞ。」

 

わたしたちは聞き入っていた。

コンテストの優勝のためとはいえ『英雄』に無理になろうとした。きっと英雄には自然になるものなんだろう。

 

「ヒントを出すなら、いつも通りALOを楽しめってところかな。俺は'用事'の途中だから、また後でな。」

 

そう言い残して、砂の城を作る子どもたちのところへ向かっていった。

 

 

 

 



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間話5 girl's operations part3

r-14くらい??
戦闘は水着で行われます。

次回の本編も水着回な件。
これは春の水着回。




ミカヅキさんから与えられたのは抽象的なヒントで、しばらくわたしたちは動かなかったけど、ルクスさんが1人の泣いている女の子に気づく。

 

「おねぇちゃんがいないの~」

 

どうやらお姉さんとはぐれたらしい。コンテスト開催中のビーチには大人から子どもまでたくさん集まっているし。

 

「こんな小さな子1人じゃログインしていないと思います。」

 

「はぐれちゃったってわけか。」

 

「じゃあお姉ちゃんたちが探してあげるね。お名前は?」

 

「エメリ!」

 

元気な返事とともに表示されたのはウインドウ。

クエスト《夏の浜辺の姉妹》

 

 

「えっ、この子NPC?」

 

「今ビーチは『イベント』エリアになってる。単発のクエストが起きるとすれば何か関係が?」

 

「可能性はあるわね。」

 

「でっ、でも、ただの思い付きで何の保証もないし、―――選択は間違えたら取り返しのつかないことだって……」

 

きっとまだルクスさんは過去に囚われているのだろう。彼女が『過去』を話してくれるそのときまでわたしたちは彼女を支える。

 

だって、友達だから!

 

 

「大丈夫です。もしまちがっていても、みんながいます。」

 

「そうそう。ここは目的が1つだったSAOじゃない。ゴールもルートも無数にあるALOなんだよ。」

 

「無駄なことなんてないよ。それにエメリちゃんが泣いているのを見過ごせないって、お兄ちゃん……キリト君も言うと思うよ。」

 

「いつも通りALOを楽しめって言ってましたよね!」

 

 

「そうだったね。ここはもうSAOじゃないんだね。」

 

「もしものときは、ミカヅキさんやお兄ちゃんに頼めばなんとかなりますし!それに秘策もありますしねー。」

 

たくさんの女子が彼をちらちらと見ています。彼氏がカッコいいと彼女としては鼻が高いよね。もちろんわたしは常に視界に入れています。

 

 

 

***

 

向かった先は海岸にある洞窟。

エメリちゃんのお姉さんは囚われていたのだ!クラゲに!

 

「ひゃああん!もうくすぐるのやめてぇー」

 

「と、とにかくあいつをなんとかするわよ!」

 

HPバーは3本。わたしたちの腕の太さくらいの、何本もの触手を持っている。リズさんの打撃は効きづらくて、有効なのは斬撃や雷魔法。

 

わたしは杖を構え魔法を放つ。

 

《エレクトリカルファズ》

継続ダメージを与える雷属性攻撃魔法。雷の球体がまとわりつく。

 

そしてマーカーとしても役立ち、薄暗い洞窟で相手の場所を見失わないようにする。

 

「リズさんは隙を見て怯ませて!リーファちゃんは雷魔法の準備。ルクスさん、シリカちゃんは敵を引きつけて!」

 

「「「「了解!」」」」

 

リズさんの《片手棍》の打撃はダメージは少ないものの、クラゲを軽く吹っ飛ばす。

 

リーファちゃんが両手を上げて雷魔法の打つ瞬間に壁から生えてきた触手に掴まれる。おそらく海の底を通して伸ばしたもの。魔法が霧散した様子から、MPドレイン持ちなのだろう。

 

ルクスさんが《片手剣》で斬ってくれて、助けられた。

 

《マナリジェネレイト》

MPを回復させる補助魔法をリーファちゃんにかける。

 

 

「討伐が目的じゃないので、飛んで逃げましょう!」

 

「でももし外に出てきたら…」

 

「そうね。ビーチには魔力たっぷりの水着の女の子がたくさん…」

 

 

リズさんの失言を聞いたクラゲは水路を通って全力でビーチに向かっていってしまう。さらに、クラゲの幼生がわたしたちを襲ってくる。大した強さではないけど数が多い。

 

「ルクス!あなたは先にこの盾に乗って追いかけて!」

 

「わたしが引っ張っていきます!」

 

「うん、わかった。」

 

エメリちゃんたちのほうをちらりと見た彼女は腰のパレオを取る。盾と組み合わせて作られたものは小さな帆船。

 

まるで過去に立ち向かうような目だった。

―――大切なのは『今』!

 

 

「シリカ、リーファ、風魔法を頼む。」

 

「「オッケー!」」

 

 

 

 

わたしたちが向かった先では、すでにクラゲが女の子を襲っていた。

ルクスさんは盾を勢いよく踏み、掛け声とともに触手を斬って、助ける。

 

わたしも海から飛び出し、杖を向ける。

 

《ソーンバインドホステージ》

斬りつけると連動してダメージを与える設置型魔法。透明な紫の茨が動きを制限する。

 

 

翅を広げ2本の《片手剣》で斬りつけていくが、敵の手数が多いため苦戦している。さらに、片方の剣が折れてしまう。

 

 

「ルクスさん!」

 

わたしはできる限りのスピードでルクスさんを押し飛ばす。最も太い触手に囚われていて、徐々にMPを吸われていく。

 

 

一陣の風。

一瞬の浮遊感の後、わたしは彼の両腕の中にいた。

 

「あ、ありがとう。」

 

「無事で何よりだ。」

 

わたしをゆっくり降ろすと、上から振ってくる聖剣をキャッチして肩に担ぐ。女の子がキャーキャー言ってるなぁ……

 

「なんだあの卑猥なクラゲ。再生し始めてるし。」

 

「え、えっと、討伐クエストなんだけどね。」

 

ルクスさんがシリカちゃんたちと合流してこちらに近づいてくる。

 

「マチ、大丈夫!?」

 

「うん、平気。ごめんね、突き飛ばして。」

 

「いや、こちらこそありがとう。」

 

 

 

 

「さてと、オーダーをくれ。」

 

ミカヅキさんや彼女たちはわたしのほうを見てくるから、頷きを返す。

 

弱点は触手の中のコア。

まず、太い触手2本をすれ違いざまに2連撃で斬る。クラゲは彼にヘイトを向ける。

残った触手を《短剣》で数を減らし、頭部への打撃と雷魔法で怯ませる。

 

再生する前にとどめを刺すのは、彼女の二刀流。

 

《エンハンス・サンダー》

雷属性を武器に付与する補助魔法。

 

 

 

リーファの魔法の援護。

リズの鍛えた片手剣。

シリカの短剣。

マチの戦術と補助魔法。

 

ミカヅキさんの頼もしさ。

剣を肩に担いだまま、敵に背を向け微動にしない。わたしを信じていてくれていて、英雄は勇気をくれる。

 

そして、わたしの剣技。

 

これがわたしの二刀流!

 

左の短剣が阻まれても、一瞬遅れて右の剣が敵内部へ襲いかかる。

 

 

「《ダブルサーキュラー》に似て非なるものだな。」

 

すれ違ったミカヅキさんがそう呟いた。

 

 

「おねぇちゃんすごい!」「なにあれかっけぇ!」「すげぇ!」

 

「ありがとー、おねぇちゃんたち!」

 

歓声と、最高の笑顔を私はもらえた。

それは優勝よりも、英雄になることよりも、ずっと嬉しいものだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

月明りの下のビーチ、海風が心地よくて、2人きり。

冒険も楽しいけど、こういう時間も好きなんだよなー。

 

修繕してもらった水色の巫女服と胸当て。

変わったのは動きやすいようにミニスカートとハイソックスになっていることかな。

 

「に、似合ってる。」

 

ミカヅキさんにとって、どストライクだったみたい。

 

 

「今日は、いろいろありがとうね。」

 

「いや、俺も楽しめたしよかったよ。男性プレイヤーのブーイングがなくてよかった……」

 

「アハハ…ホントごめんなさい。」

 

女子限定じゃないからね、こっそり彼をエントリーさせておきましたー!

 

コンテストで競っていたのはNPCの子どもたちの注目を集めること。一番の手としてはクエストクリアだったというわけ。ルクスさんは最後の巻き返しで1位に輝いた。そして彼は水着女子をさしおいて2位だったわけで、たぶんクエスト以外にも人助けのために走り回っていたんだろうな。それは彼にとっては自然な行いであって。

 

ますます好きになっちゃった。

 

 

「それに、ルクスとも会うことができたしな。」

 

「むむ、浮気?」

 

「なんでさって言いたい。……それで、彼女は『過去』を話してくれた?」

 

「いや、まだだよ、待つことにしてる。それまで彼女はわたしたちが支えるし!」

 

「なら、止めないけど。なにかあったら俺か八幡をすぐに呼べよ。」

―――あのギルドに関わった人かもしれないから。

 

彼の真剣な表情に、私は無言でうなずいた。

 

 

 

「そういえば、なんで名前を変えたんですか?」

 

オーガスから、ミカヅキへ。

 

「……『生まれ落ちた時に与えられた名は、振り返って人生を表すモノ』、好きな名言の1つだ。オーガスっていう名も、そして葉月っていう名も、今でも俺が進んできた軌跡を残してくれている。でもいつまでも縛られているわけにはいかない。SAOを通して、本当の意味で小町のいる世界に転生できたんだと思う。ともかく、心機一転してみたってこと。」

 

「そっか。答えを見つけたんだね。」

 

「でもって、ALOを通して、小町に出会えた。」

 

―――大切な女性に

 

 

 

言葉を交わさなくても、彼のしてくれることがわかる。

 

差し出したわたしの左手を、そっと支える。

 

「ずっと一緒にいよう。」

 

 

友達で交換し合った右手の中指の指輪も、

そして大切な男性がくれた左手の薬指の指輪も、

 

月に照らされて輝いていた。

 

 

 

 



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第20話 伝える想い、繋がる心

R₋15です。





静かな道を、虫の声が優しく響いている。

 

『これが終わりじゃない。終わらせる力は、お前にはない。すぐにお前も、それに気付かされる。そしてお前のことはやはり嫌いだ。また殺し合おう。『It’s show time.』』

 

メモを握りつぶす。

たしかに、俺1人なら、無理だろうな。

 

それにしても、相変わらず捻くれている奴で、やはり嫌いだ。

 

 

「大丈夫?」

詩乃が少し一緒に歩きたいと言ったので、先に家にバイクを停めてから送っている最中である。家からそう遠くはないのだが。

 

「大丈夫じゃねぇよ。1人の美少女侍らせてるから内心バクバクだ。」

 

「そ、そう。」

 

自然と口に出た、でまかせで彼女は赤くなる。

つまり本音なわけで、かくいう俺も真っ赤だ。

 

 

 

出会った公園までたどり着くと、言葉を交わさずともベンチに向かい、2人で座る。

 

ちなみに詩乃は俺の左隣に必ず座るわけで、右手を握ってやる。

 

その距離は少しずつ近くなっていたが、今では密着している。

街灯に照らされる公園で、たった2人だけの静寂は、今は心地よかった。

 

 

俺は携帯を取り出し、慣れない手つきでビデオ電話をかけ、詩乃に手渡す。かけたのは大澤さんとその娘さん。《あの事件》で、詩乃が救った人。

 

 

携帯の画面の上に溜まっていく水滴が、月に照らされ輝いている。

 

大切なモノを扱うようにゆっくりと頭を撫でてやる。

慣れていなくて不器用だけど、それでも。

 

震える携帯を持つ手を優しく包み込んでやる。

心臓の鼓動が彼女に聞こえないか心配だけど、それでも。

 

 

彼女に温もりを与えたい。

 

 

 

 

 

 

***

 

詩乃の家の前で別れる直前で、俺たちは見つめ合う。

 

「詩乃、好きだ。付き合ってくれ。」

前振りもないような告白。ロマンチックなセリフもないストレートなモノ。彼女が疲れているのにも関わらず、口に出してしまった。

 

俺の心が彼女に届いているから、彼女の心が俺に届いているから、そして彼女が待っているから、踏み出せた。

 

 

「…本当に私なんかで良いの?私、きっと付き合ったら絶対に面倒な女だよ。本当はもっとわがままで、子どもみたいに妬いちゃって。それでも、それでも本当にいいの?」

 

「ああ、俺はお前が良い。その、お前じゃなきゃダメなんだ。落ち着いていて俺が守ってあげたい詩乃も、凛としていて俺を救ってくれたシノンも。……俺はこれからもっとお前の全部を知りたいんだ。」

 

 

「ありがとう。それじゃあ返事するわね。……今日から、私をあなたの、あなただけの彼女にしてください」

 

俺の手を取ってくれる。

喜びに満ち溢れている温もりを感じる。

 

 

「なんだかすごく恥ずかしいな。」

 

「私も一緒よ。」

 

告白して、お互いすっきりした後しばらく無言になる。

でも嫌な感じはしない。

むしろこのままずっと見つめ合っていたいくらいだ。

 

 

「でももう夜も遅いし今日は帰るぞ?」

 

「え?」

 

「お前、今日はいろいろあって疲れてるだろ。本当はこのままお持ち帰りしたいところだけど、今日はちゃんとぐっすり寝た方が良い」

 

「な、何言ってるの」

 

「お、おれ、なに言ってるんだろう…」

 

理性の化け物じゃなかったのか。

告白した後だからだろうか。失言が多い。

 

 

「手、汗かいてるわね。」

 

今俺の目の前にいるのは正真正銘俺の彼女。

離したくなくて離してほしくない。

 

彼女がいる実感を、俺がいる実感を味わっていたい。

この余韻を引きずっていたい。

 

 

夜の10時過ぎ。

正直もっと一緒にいたかったが、さすがにそろそろ戻らないと心配されるだろう。

 

「そ、それじゃあ、俺は帰るから。……手を離すぞ?」

 

そう言って、ゆっくり離した俺の左手をすぐに握ってくる。

詩乃はぎゅっと掴んで離さない。

 

「ど、どうした?」

 

「も、もう少し……もう少しだけ一緒にいたい」

俯いて顔を赤くする。

 

俺は軽く頷き、携帯を取り出して、小町と伊月にメッセージを送る。

あと2、3時間は遅くなる って。

 

「さ、さいしょのわがまま言って良い?」

 

「いいぞ?俺にできることならなんでも言ってくれ。」

 

「それじゃあ、あの、よかったらこのまま家に上がっていかない?」

 

この時間に? という言葉は口から出なかった。

 

「だ、だめ?」

 

「えっと、少しだけ邪魔するぞ?」

そのように不安そうな顔をされると弱る。

あざといなんてものではない、確定的に断れない。

 

 

初めて入る詩乃の部屋は、どこか寂しかった。

女の子っぽい可愛いものは少なく、必要なものしか置いていないような部屋。

 

「気軽に座ってて。」

すぐにキッチンに立ってお茶を淹れ始める。

 

俺はキョロキョロしながらゆっくり腰を下ろす。

気軽に座れるわけないだろう。体に力が入りっぱなしである。

背すじピーン!である。

 

 

カップの一つを俺に渡し、彼女はベッドに腰掛ける。

お茶を飲んだら少しは落ち着くか?なんて思ったけど、緊張は解けない。

 

「今日はありがとう。いつもありがとう。助けてもらってばかりだわ。」

 

「俺がやりたいからやってるだけだ。気にすんなよ。」

 

「……だめだ私彼氏に気を使わせてばっかり。」

俺の左隣に来て、右手をそっと握ってくる。

おいおい、さすがにこの雰囲気はマズいだろう。

 

俺たちまだキスだってしてないし、付き合い始めたのもついさっきだし!!

 

「その、わかってるのか?こんな遅くに男を部屋に連れ込んで、あまり良くない状況だぞ…」

 

それに、あのアイテムすらない状況だ。

歯止めが効かないよ?階段登っちゃうよ?

 

「よ、よくないって何が?」

 

「そ、その……」

答えづらい質問を聞いてくる。

 

さすがに俺の言いたいことは分かっているはずなのにそれをあえて口に出させる意図は何だ? 冷静じゃないから、いつも通り考えることができない。

 

 

「別にいいわよ?」

 

「え?」

俺の側へと、さらににじり寄ってくる。

 

お、おいおい、マジかよ。物事には順序ってもんがあるだろう。

そこまで言われたら俺でも我慢できる自信はない。

 

「い、いいのかよ。その、俺たちまだキスだって……」

 

「それじゃあ今からしてみる?」

 

すっ と俺の腕を引いて顔を近づけてくる。

そして静かに目を閉じる。

 

人生で初めてのキス。

どうやってやればいいのか分からない。

 

軽く唇に触れてみる。

柔らかくて、なんだか甘くて、夢中になれそうだった。

 

「キスしちゃったわね。……ねぇ、このあとはどうするの?」

潤んだ瞳で聞いてくる。

口に出さなくてもわかる質問をされる。

 

 

気づけば彼女をベッドに押し倒していた。

「汗かいちゃってるしシャワーを……」

キスで黙らせる。

 

電気を消し、月明りの下、まじまじと見つめてしまう。

染まる頬、潤んだ瞳、優しい香り、なめらかな黒髪、柔らかそうな唇、華奢な身体。

すぐにでも抱きしめて、すぐにでもそのすべてを感じたい。

 

「いいよ、好きにして」

返す言葉すら忘れて、思考も緊張も、そして理性までも吹き飛びそうになる。

 

 

しかし、

彼女の『心』をみたとき、ようやく大事な彼女の異常に気が付く。

 

「おまえ……震えて?」

 

「う、ううん。大丈夫、大丈夫だから。」

 

恐怖や不安を明らかに感じている

一生懸命に体を許そうとしてくれたけど、心の準備はまだだったみたいである。

 

「だ、だからつづけていいよ。平気だから。だから…」

必死に彼女は訴える。

 

俺は彼女を優しく抱き起こす。

恐怖で震える身体を包んでやる。

もう少しで、俺自身が大切な女性を傷つけるところだった。

 

「今日はやめておこう」

 

「え?」

 

「別に焦る必要はない。怖がるお前を無視して、自分の都合だけを一方的におしつけたくない。」

 

「ご、ごめん。本当にごめん。わたしがよわいばかりに。」

俺にしがみつき、涙を流し始める。

 

「わたし嫌われたくないの。あなたが離れていくのが、なんだか怖くて。夜ここで1人でいるのがすごく寂しくなって、怖くなって。……今夜はずっとそばにいてほしくて。でも、なにか理由がないと、泊まってもらえそうになかったから。」

 

 

「お前、そこまで。そのために?」

 

「……うん。」

一緒にいたいからがんばって気を引いたのか。

覚悟もできていないのだから、恐怖していたんだ。

事件からまだ日も経ってないこともあるのだろう。

この部屋で1人で過ごす夜は、きっと俺がラフコフにいたときのように……

 

「泊まっていくぞ?」

 

「え?」

目を見開く彼女から視線を一度外し、ケータイでメッセージを送ろうとする。

 

彼女の身体も、そして彼女の『心』も大事にしろよ っていう返信が来ていた。

まったく、その通りだ。

そんな伊月になら、いや相棒にだけは小町のことを任せられる。

 

 

「俺に泊まってほしいなら素直にそう言えよ。」

 

「め、迷惑じゃ、ない?」

嫌われたくないという不安を持っている。

 

「これからは甘えたくなったらすぐに言ってこい。なんだってやってやる。いや言わなくてもやってやる。」

それくらいできる繋がりがある。

 

 

「好き、本当に大好き。誰かを好きって言うのも初めて、キスをするのも初めて。だから、私以外にこういうことしないで、お願い。」

不安そうに見つめてくる。それはまるで仔猫のようで。

 

 

「大丈夫。最初で最後の彼女だ。――― ずっと、離さない。」

それがプロポーズになるのならそれでもいい。それでも彼女を不安にさせたくない。

 

俺から嫌われたくないという不安ばかり口にしていた彼女は、俺の腕の中で安心して眠りについた。

 

 

 

 

***

見慣れない天井、見慣れない部屋

詩乃の部屋に泊まったと言う自覚をする。

 

めちゃくちゃ美味そうな匂いがしていることに気づく。

 

「あ、おきたの?おはよう。」

 

すでに制服を着ていて、エプロンを上から身に着けている彼女を見て悶えそうになる。

小町が朝ごはんを作ってくれる姿くらい、いやそれ以上に嬉しい姿である。

 

「あ、1人で朝ごはん用意させてごめんな?」

 

「ふふっ、どういたしまして。」

上機嫌で料理を再開する。

 

腰掛けているベッドをなぞってしまう。

ここで、詩乃と寝たんだよなぁ。

俺の腕は痺れたままであるが、それは不快ではない。

 

 

机に並べられた、湯気を立てる朝食は温かかった。

「ごめんね、トーストと目玉焼きくらいしかできなくて。今日の夕方買い出ししておくから。」

 

優しく微笑む彼女に動揺しつつ、素直に感謝述べた。

 

「あ、ありがとうな。……いただきます。」

そしてまるで俺が今日からここに住むみたいな言い方だったな。

専業主夫になりたいという過去の欲望が叶う気がする。

 

動揺を隠すように、トーストをほおばる。ただトースターで焼いてマーガリンを塗っただけなのに、味も風味も増している気がする。

まるで隠し味が入っているようで、、

 

今までで一番気持ちのいい朝だ。

 

 

「詩乃、一緒に住まないか?」

 

ちゃんと言葉にできた。

 

 



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第21話 共に探しに行くモノ

 

7月に入り、夏休みを待ち望むというところ。

事件にも巻き込まれたし、元々1人暮らしが心配だったこともあるのだろう、詩乃の保護者も居候を許可してくれた。クラスメイトである小町の存在も大きかっただろう。

 

彼女は戸惑いつつも、新生活を楽しんでいるようだ。小町の部屋ではなく、俺の部屋に住んでいるので、俺の方も戸惑うことが多い。

 

 

サイゼデートの帰りに、ゲーム屋の前に立った。

「そういや、ALOはどうする?」

マチやミカヅキ、キリトやアスナにリーファ、知り合いのSAO生還者はそこに集まっている。いわゆるキリトの元に集ういつメンである。

 

「やるわ。」

すぐにそう告げられる。迷いのない声だった。

 

「しかしGGOと何もかも違うぞ?」

妖精の世界だし、飛べるし、銃はないし。ステ―タスよりはプレイヤースキルが重視される世界だ。

また、PvP推奨とはいえ、キリトを中心に集まるメンバーは、対モンスター戦闘(PvE)をよく行っている。やはりプレイヤーを斬るのは慣れないメンバーが多いのだ。

 

「いいわよ。そこにもう1人のエイトもいるんでしょう?」

 

「お、おう、ありがとう?」

彼女の言葉と微笑みに、しどろもどろの返事になってしまう。

 

「それに、SAOを私も見てみたいし。執筆も手伝うわ。」

 

 

その言葉には、こみ上げてくるものがあった。

 

《SAO記録全集 続》。それは新生SAOについて書いている最中のものである。

ちなみに前作に関してはまだ出版していない。SAOに憎しみを持つものも多いため、もう少しほとぼりが冷めてからにしようと考えている。

 

たとえそれが偽善だとしても、俺たちの《生きた》証が彼らへの手向けになると思うから。

 

 

 

***

俺の、……俺たちの部屋まで戻ってくると、ベッドに隣り合って腰掛ける。

 

はじめは2段ベッドに買い替えようとしたのだが、詩乃が泣きそうになったのでやめた。床に布団を敷いて寝ようかと思ったら、詩乃が泣き始めたのでやめた。

 

夜は煩悩と戦い、理性を保つ日々だ とだけ言っておこう。詩乃は幸せそうな顔ですぐにスヤスヤ眠り始めるんだが…。

 

「ねぇ、私に合うのはなんだと思う?」

 

それはかつてGGOでシノンが聞いてきたことと同じものだった。あのときは、彼女の集中力と《超感覚》から、スナイパーの素質を見出したんだったな。

 

「遠距離というと、《魔法》か《弓》だな。ただ、詠唱があるからなぁ。」

 

《魔法》はどうしても支援職や後衛職であって、隠密性にかける。

 

「なら《弓》ね。弓を引く動作にはシステムアシストもあるでしょうし。」

 

俺は頷き、攻略サイトを開く。

弓に関しては、機動力のあるシルフでショートボウを使うか、腕力と耐久力に秀でるノームでヘビーバリスタの砲台になるのが一般的であるらしい。

 

しかし、俺が最もシノンに適するものを考えられるのなら、

 

「ロングボウで、ケットシ―かな。」

 

「その、猫耳好きなの?」

 

「ち、ちがわい! ……視力と俊敏な動きができるからだ。」

 

恥ずかしがるのではなく、興味津々な様子の詩乃に動揺してしまう。いや、でも、確かにシノンの猫耳姿は見てみたい気がする。

 

「ふーん。」

 

うわぁ、すごい笑顔だ。基本的に俺の考えや心など彼女に見透かされている。それが求めてきたモノであって、喜びを感じるまである。

 

「じゃあ、先に行ってスタンバっておくぞ?」

 

ちょうど良くアインクラッドはケットシー領の上にあるって《MMOトゥデイ》に書いてある。あれれ、スプリガンである俺って斬られないのだろうか。

 

俺はベッドに横たわり、アミュスフィアを被る。

 

「うん。よろしくね。」

 

「リンク・スタート」

 

俺の側にすり寄ってくるのが視界に入った。そして、彼女の願いが伝わってきた。

 

2度目だから、上手くなくても勘弁してくれよ。

 

 

 

***

海に浮かぶ小島に石造りの街である。

尖っている大きな塔があり、黄色い翅と獣耳を持つ妖精が空を飛んでいる。

 

まさか自分がファンタジー世界に来るなんて、思いもしなかったわ。

 

水に映る自分の姿を確認すると、ヤマネコを思わせる耳と尻尾の生えたシノンがいた。これがこの《世界》の私なのね。

 

ある方向を向いて両腕を広げる。黒い影が向かってくるのが見えて、笑みがこぼれる。掬い上げられるように浮遊感を感じると、彼の背中に腕を回し抱きつきて、目を閉じて風と温もりを楽しむ。

 

 

まるで壊れやすいモノを扱うように大切に、地にゆっくりと降ろされる。

 

そこは、はじまりの街。彼がかつて決意した場所に似ている場所。

 

「ありがとう。」

 

「ど、どういたしまして。」

顔のほてりを冷ましながら、彼に微笑みかける。すると、耳が少しだけ長くて、逆立った黒髪で、顔に面影がある彼はキョドる。

 

 

「ねぇ、この世界のこと教えてくれない?」

 

あのときと同じ、自然と出た言葉。

 

 

***

 

猫耳シノン、通称シノにゃんに動揺を隠せないまま説明を始める。

 

「じゃ、じゃあ、まず随意飛行からだな。ちょっと後ろ向いてくれ。」

 

もちろん初心者向けの補助コントローラーで飛ぶ者もいる。しかし両手で弓を使う以上、その技術は必須なのだ。

 

「あんっ!」

 

両手の人差し指を伸ばし、肩甲骨の少し上に触れると色っぽい声を出してくれる。透明な黄色い翅が現れる。

 

「あー、随意飛行はイメージして飛ぶんじゃなくて、なんというかここから仮想の骨と筋肉を動かす感じだ。」

 

「ん~!」

 

翅の根元をなぞると色っぽい声にまた俺の理性が飛びそうになる。感情を表すかのように水色の尻尾がブンブン振られている。

 

 

力を入れ始めたため、ぴくぴく翅が動き、やがて振動し始めてくる。

 

「飛べ、シノン!」

 

背中を押し上げると、真上へと妖精が羽ばたく。

 

 

すると、短時間でマスターしたのか、空を舞い始める。

 

いや、もう天使だね。マイエンジェルだわ。などと考えていると、シノンはおもむろにメニューを開き、弓を取り出す。

 

夜空のような紺色で、星のような金色の意匠がある。100mほど離れた青猪に向かって矢を放ち命中させた。相変わらずの実力である。

 

シノンがゆっくりと降りてきて、俺の方へ向かってくる。

 

「ねぇ、これってどういうことなのかしら。」

 

弓の名は《フェイルノート》。

俺の持つ曲刀《カーテナ》や盾《イゾルデ》と同じ伝説級装備だろう。

 

それが『トリスタンとイゾルデ』という物語に関係するのなら、

「運命、なのかもな。」

 

 

たどり着いたのは、根拠もない不確かな答え。いつもの俺なら否定しそうなものだった。

 

それでも、彼女との出会いを含めて、その言葉を言いたくなった。

 

 

 

 

 

***

 

ALOの時間は現実と同期してはいないみたい。

 

現実世界ではまだ昼であるのに、すでに日が暮れ、星と月が輝いている。

世界樹に向かって隣り合って飛んでいる。彼が側にいて、飛ぶのが気持ちいい。

 

一軒の家の前で2人がこちらへ手を振っているのが見えたので、ゆっくりと降りる。

 

「やっほー、シノちゃん!」

 

「お義姉ちゃん!それに義兄さんも!」

 

水色の髪の妖精だけど、現実世界の面影があるわね。それに雰囲気はそのままだからすぐに分かった。

 

 

3人に促され扉を開けると、クラッカーの音が鳴り響く。

「「「ALOへようこそ!」」」

 

目を見開いていると、エイトに右手を握られる。不器用に引っ張られて中心に連れて行かれる。

 

「えっと、もしかして明日奈と、……キリト?」

 

知り合いの面影のある、水色の髪の妖精と黒髪の妖精に尋ねる。髪が短くて、男の娘じゃないキリトに違和感がある。2人は頷きながら肯定してくれる。

 

「うん。そうだよ。」

「ああ。久しぶり。」

 

 

初めて会う人たちが自己紹介をしてくれる。

「はじめまして。リーファです。キリト君の妹です。」

「シリカです。同じケットシーですね!」

「リズベットよ。装備を作るときにはよろしくね。」

「俺の名はエギルだ。アイテムの売り買いにぜひ店に来てくれ。」

 

3人の同年代の女の子たちに、巨漢だけど優しそうな男の人。

 

「く、クライン、にじゅう…」

 

「お前、マチのときもナンパしたよな…」

 

エイトが脇腹を蹴り飛ばして黙らせていた。武士の恰好をした男の人はクラインさんでいいのよね。

 

 

「はじめまして。シノンです。よろしくお願いします!」

 

ちゃんと笑顔を向けられただろうかと思ってエイトを見る。

いつもの無愛想な顔がくしゃっと崩されていた。

 

 

 

***

今日は、シノンの歓迎会のためにわざわざ集まってもらったわけだ。《料理》の女神であるアスナは最高の料理を用意してくれた。ちなみに現実世界ではエギルが作ることが多い。

 

 

すでに向こうでは女子会が始まっており、対抗して俺たちも男子会を始めることにする。それって誰得なんだろうか。

 

「それで?お前ら大丈夫だったのか?」

 

「ああ、GGOのことか。幹部は1人だったとはいえ、予想以上にラフコフの残党がな。」

 

クラインの唐突な質問に、キリトが少し考えこんだあと答える。

 

「……いくら牢獄エリアに送ったと言っても、生きているからな。」

 

真剣な表情となったミカヅキの発言に俺たちは頷く。SAO事件で殺人を犯したものは帰還後に裁かれてはいない。暗黙の了解として罪に問われないようになっている。

 

とはいえ、ログを確認して、一応リストには載せていそうだがな。入学直後のカウンセリングも、俺とキリトはどこか頻度が多かった。

 

 

「まだジョニーも、そしてPoHも姿を見せていない、よな。」

 

「ああ。お前ら気をつけろよ。」

 

俺たち3人にとって、どこか兄貴のようなエギルとクラインはとても心配してくれる。

 

「というわけでキリト、お前も鍛えろよ。」

 

「うっ、そうだな。」

 

空気が少し穏やかになる。

 

仮想世界で決着をつけようとしてくる可能性が高いが、保険をかけておくに越したことはない。俺よりインドアな生活をしているだろうキリトは渋る。お前をヒッキーって呼んでやろうか?

 

「俺はそろそろ店に行かないとな。またな。」

 

「俺は夜勤だー。先に落ちるぜ!」

 

「おう、今日はその、ありがとうな。」

慣れない感謝を述べると、サムズアップして2人はログアウトしていった。

 

 

なんだか無礼講の日に重い話になってしまったなって思っていると、急にのしかかられて、椅子から落とされ尻餅をつく。

 

「はちまぁん。」

 

「よ、酔ってるのか?」

 

「よってないわよ~」

 

どこか顔の赤いシノンに問うと、気の抜けた回答が返ってくる。

ここは仮想世界である。脳に作用して酔いを味わう飲み物も最近開発された。禁酒や禁煙には役立つだろうなーなんて、思っている場合ではない。

 

助けを求めようとしたが諦めた。

 

向こうでは、

ミカヅキは獰猛化した妹に襲いかかられている。

キリトはハーレム状態、いや取り合い(物理)になっている。

 

 

この状況にため息をつきながら、

俺の膝で丸まって眠り始めた仔猫を撫でる。

 

俺の彼女は、

人一倍愛情に飢えた女の子。

甘えることを求めていて、甘えることが苦手な女の子。

 

アスナたちに囲まれて笑っていた彼女は、普通の女の子だった。

友達とありふれた日常を過ごすという場所、きっとそれも求めてきたモノであって。

 

 

それに、

「出会えてよかった。」

この幸せそうな寝顔が、明るい未来への道を教えてくれる。

 

俺たちはもう独りじゃない。

 

―――だから一緒に探しにいこう。

 

 

 



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第22話 やはり俺たちの彼女と妹は最高である。

EE前編です。




 

8月も半ばとなったが、いまだ夏休み。

夏休みの宿題なんてものはサクサクっと終わらしておいた。

 

波の出るプールの前で待つ。

家族連れが多いと思いきや、カップルをよく見かける。過去の俺ならば、それはそれは腐った目で見ていたことだろう。

 

だがしかし、今の俺には…

 

「お待たせ」

 

「……」

 

「な、なによ?」

 

「あ、いや、その、ニアッテル」

 

「……そ、そう。」

 

覚悟及び期待していたとはいえ、実際に詩乃の水着姿を目の当たりにしてしまうと反応に困ってしまう。俺に選ばせてもらったとはいえ、水色のタンキニはグッとくるものがある。カメラがないのが悔やまれる。そしてじっくり見たいのに、まともに直視できない自分に腹が立つ。

 

俺は熱を冷ますために先に水に入る。

人が少なくて足がつく程度の深さで、流れが緩やかな場所だ。

 

 

おそるおそる水に入る彼女の足は白くて細くて、すらっとしている。

 

浮き輪から身体を出す彼女の両腕を握ってあげる。白くて細くて柔らくて、俺を刺激してくる。

 

「顔は水につけなくていいから、そのままバタ足をやってみるんだ。」

 

「う、うん。離さないでね。」

 

そう言って、水を叩き始めるが力が必要以上に入ってしまっている。

 

「足もちゃんとそろえて、太ももから動かしてやるんだ。」

 

「こ、こう?」

 

素直に俺の言うことを実践してくれる。

まだ水が怖いのか、俺の手をギュっと掴んでいる。

 

俺は後ろに進み、ゆっくりと引っ張ってあげる。

 

「なんだか楽しいわ。」

 

「じゃあ、次は顔をつけてみるか。」

 

「そうね。」

ゴーグルを身につけ、俺の腕の中に入り込むように抱きついてくる。とにかく俺の理性を削ってくるが、平静をなんとか保つ。

 

「今日は俺もいるし心配するな。ちゃんと見ててやるから。」

 

「ありがとう。」

 

なんてまぶしい笑顔だ。

 

 

今日は、詩乃の水泳特訓に来たわけだ。

プールに行ったこともあまりなく、中学校でも水泳の授業は見学が多かったらしい。

 

彼女からの依頼は最優先事項である。

 

 

なぜ急に水泳特訓を始めたかと言えば、クジラに乗るためである。

ユイちゃんがクジラが見たいと言ったところ、両親が奮起した。結論ALOで海中のクエストに向かうこととなった。

 

桐ケ谷妹も帰還者学校で特訓中である。夕方からログインして行くこととなっているため、俺たちは千葉のレジャープールに来たわけだ。

 

 

 

***

 

八幡のおかげで、少しは水に慣れてきた。

今はプールサイドで休憩中。

 

お義姉ちゃんと義兄さんは、ウォータースライダーをまだ満喫しているのかしら。

 

「やっはろー、2人とも!」

 

「ちょっと結衣さん。」

 

由比ヶ浜先輩に引っ張るように雪ノ下先輩が連れられて向かってくる。私よりもずっとスタイルがいい。

 

「あら、奇遇ね、変態谷君。水着を見にきたの?」

 

「え、ヒッキーそうなの!?」

 

「なんでそうなる。いや、たしかに、詩乃の水着を見に来たことはまちがっていない。あ、小町も含む。」

 

仲が良い。軽口を叩きあっているように見えて、いつものコミュニケーションなのよね。

 

 

「……詩乃との、その、デートだ。」

 

私は顔を上げて八幡を見つめる。そういうことはあまり口には出さないから、きっと私のために。

 

「あら、お熱いこと。熱中症には気をつけなさい。」

 

「いやー、ラブラブだね!」

 

でも、2人はたぶん彼のことが……

 

「はぁ。少し詩乃さんを借りるわね。」

 

「ヒッキーはここで待っててね。」

 

「え、ここで?」

 

困惑する彼を置いて、プール内のフードショップの席に連行される。

 

 

 

 

2人は対面の椅子に座り、高校受験の面接のときのようで、緊張してしまう。

「詩乃ちゃんガチガチだよー、リラックスリラックス。」

 

「結衣さん、それ逆効果よ。」

 

「そなの!?」

 

「えっと、お二人は、その、」

 

「ヒッキーのことが好きなんじゃないかって? 今は友達として好きかなー。」

 

「私も嫌いじゃないわよ。彼は友達じゃないけれど。だから、その、取ったりしないわよ?」

 

「ヒッキー、しののんのこと大好きだし!」

 

「それにしても、よくあの鈍感谷君を落とせたわね。」

 

「ナレソメっていうんだっけ。聞かせて聞かせて―。」

 

2人の顔には、嫉妬はまったくなくて。友達が幸せなことに幸せを感じているようで。

 

顔に熱を感じ、モジモジしてしまう。

 

「その、出会いはGGOっていうゲームなんですけど。その《世界》で彼に助けてもらったんです。戦い方を教えてくれたり、一緒に冒険したり、さらには現実世界でも助けてもらって……気づけば好きになっていました。」

 

「うんうん、いいねいいねー。」

 

「依頼もそうだけれど、彼がそんなに行動力を見せるとはね。」

 

「その、依頼とは?」

 

「あなたのつよくなりたいという依頼を持ってきたわ。学校の方では、父親が弁護士である葉山君の名を使いながら、数名の女子にOHANASHIしたわね。」

 

依頼の過程で遠藤達をも改心させて、私をGGOでも現実でも側で支えてくれて。

 

「どうして、そこまで……」

 

 

「好きな女の子のためなら、男は全力を発揮するものだよ。」

 

「そういうこと言わないところが、相変わらずお兄ちゃんは捻デレだねぇ。」

 

2人がいつのまにか近づいてきていた。

つまりそれってその頃から私のことが好きだったってこと……?

 

 

「ねぇ、詩乃さん。奉仕部に来ない?」

 

「いいね、それ!」

 

八幡がかつて入っていたという部活。今もたまに訪れている場所で、SAOに囚われた八幡をずっと待っていた場所。

 

「ぜひ、お願いします。」

 

私も誰かの力になりたいと思った。

 

 

 

***

 

「へぇ、あれが、君が選んだ子かー。可愛い子じゃん。」

 

「なんでいるんですかねぇ。」

 

「それはもちろん雪乃ちゃんの水着姿を堪能するためだよ。」

 

どうやって嗅ぎつけたのかを俺は尋ねたんだがな、相変わらずのシスコンぶりである。

 

彼女こそ、雪ノ下陽乃。

雪ノ下雪乃の姉にして、才色兼備で人たらし、つまり魔王である。

 

「むぅ、水着褒めてくれないの?」

 

「俺、彼女と妹のことしか眼中にないんで。」

 

「つまんなーい。……でも、もっと面白くなった。」

 

あ、はい、そうですか。

面白がられる俺としてはまったく嬉しくはないんですよねー。

 

 

「雪乃ちゃんを選ぶと思ったんだけどなー。ねぇ、馴れ初め聞かせて―」

 

「……一目惚れ。」

 

呟くような声で俺が言ったことに、涙を流しながら爆笑し始める。予想通りの反応だったので、目が腐りそうになったぞ。

 

「いいね。いいよー。君のことだから外見じゃないんでしょ。」

 

「今では外見含めて、彼女の全部が好きですよ。」

 

「でも、今の君たちの関係って……」

 

「共依存、とでも言いたいんですかね。」

 

彼女が俺に依存していると、俺が彼女に依存していると言う繋がり。

 

「そうそう。で、どう?」

 

「どう、とは?」

 

「満足してるのかってこと。」

 

「いや、まだまだ物足りないですね。それじゃあ時間も惜しいんで、失礼します。」

 

「君は、本当に変わったね。」

 

それが、良い意味なのか悪い意味なのかは、俺は尋ねなかった。

 

 

 

***

 

 

時刻は18時なのだが、今は昼の晴天である。

太陽の光に照らされ、乙女たちと海は輝いている。

 

2人しか眼中にないのだが、

 

 

シルフ領の遥か南にある海岸まで俺たちはやってきた。

 

キリトとクラインはビーチチェアで寛いでいた。

 

「なあ、キリの字、俺は今日ほどALOの時間が現実と同期してなくてよかったと思った日はねぇぜ。」

 

「リアルはもう夜だからな。」

 

「やっぱ海はこうじゃなきゃよー。」

 

しかし、2人の会話よりも俺たちは撮影で忙しいのである。《隠蔽》に加えて、システム外スキルをフル活用して茂みに隠れている。

 

これだけ言おう、ビキニも最高である。

 

 

 

メニューを開き、カメラを構えると同時に、矢と氷弾が飛んできてそれぞれ砕ける。

 

 

しかも何食わぬ顔で2人は水遊びに戻っている。

やはり俺たちの彼女と妹はすでにALOのトッププレイヤーである。

 

 

 



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第23話 伝えたいモノ

秋アニメが楽しみですねー。

ではでは、EE編後編。





キリトとクライン、そして後から来たのだろうエギルは俺たちに気づく。

 

「ああ、お前らどこ行ってたんだ?」

 

諦めて脳内フォルダに収めることにした俺たちは茂みから出たのである。

 

「ちょっとな。」

 

「と、ところで、キリト、カウンセリングはどうだった?」

 

「嫌なこと思い出させないでくれ。」

 

ああ、察した、相手は菊岡だったのか、ドンマイ。

 

 

 

「じゃあ、そろそろ行くか。……みなさーん!そろそろ出発の時間ですよー。」

 

クラインが乙女たちに呼びかけると、こちらに並んで向かってくる。

 

そして、メニューを開き、装備が変えられた。もちろんベストを尽くしても’途中’は視えなかった。

 

「あの、みなさん、クエスト中はずっとそのお装備で?」

 

「当たり前でしょー、戦闘するんだから。あんたもさっさと着替えなさいよー。」

 

クラインは膝をつく。

はかない期待だったな、水着で戦闘するのは『番外編』くらいだぞ。

 

 

「ええ、僭越ながら、今日は、俺がパーティーリーダーを務めさせていただきます。クエストの途中で目的の大クジラが出てきた場合は、俺の指示に従ってください。」

 

「「「はーい。」」」

 

「このお礼はいつか精神的に。それじゃあ皆がんばろう。」

 

「「「おお!」」」

 

キリトが形式的に一応言ったものの、俺たちのパーティーは基本的にガンガンいこうぜである。SAO生還者が多いパーティーであるため、いうなれば脳筋ども。

 

マイシスターだけが純粋な支援職、うちの彼女だけが純粋な後衛職なのだ。バーサクヒーラー2名は時間が経つと前衛に出たがる。

 

 

俺、シノン、マチ、ミカヅキ、キリト、アスナ、リーファ、シリカ、リズベット、エギル、クライン、そしてユイちゃんから構成される『いつメン』である。

 

 

 

目的座標の上まで飛んでいった俺たちは一度滞空する。

 

ミカヅキは慌てて、メニューを開く。相棒は英単語の暗記が苦手ということだけ言っておこう。かくいう俺も2、3種類しか覚えていない。

 

《ウォーター・ブレッシング》

ウンディーネ以外が水中活動できるようになる補助魔法だ。

 

 

海に潜ると、翅は自然と消える。シノンの右隣に追いつき声をかける。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ。いけるわ。」

 

「そうか。」

 

泳ぎの練習の成果もあったのかシノンやリーファもなんとか大丈夫そうだ。

 

より深く海底に向かっていくと、神殿にクエストNPCがいる。

 

「海と言えば、相場が決まっているぜ。マーメイドのお嬢さーん。今、助けに行きますよー。」

 

クラインが欲望に忠実に、先行して向かっていく。相変わらず残念なやつである。

 

「あれって、おじいさんね。」

 

「……クラインェ」

 

ケットシーで眼の良いシノンの発言で、クラインに同情してしまいそうだった。

 

 

 

クエスト《深海の剥奪者》

その名称や《Nerakk》というNPCの名は不可解なもの。盗賊たちに盗まれた真珠を取り返すという内容である。

 

……どこにクジラ要素があるのだろうか。

 

 

水中の城の廊下、水の中を歩くということは不思議な感覚である。

俺たちの間近を小魚は泳いでいくので、水族館みたいでテンションが上がる。

 

「ほへぇー。」

 

「すごいわね。」

 

しかし、いくつかの魔法の使用不可はともかく、武器の振りが遅くなることから高難易度のダンジョンである。慎重に進まなければならないな。

 

だからといって、戦闘を歩いていたキリトとクラインは見えている落とし穴にハマっている。

 

「これが元攻略組のトッププレイヤーとはねー。」

 

「大丈夫ですよー、わたしはどんなキリトさんだって。」

 

「「アハハ……」」

 

単に油断しすぎなだけだ。全力の平泳ぎで彼らは上がってきた。

 

 

 

「パパ、後ろです。」

 

ユイちゃんの声と同時に落とし穴から現れたのは、シーラカンスのようなモンスター。頭部が硬そうでたぶん突進をしてくるのだろう。

 

 

キリトの掛け声で戦闘態勢を各々取り始める。

 

「俺たちがタゲを取るから、側面から攻撃してくれ。」

 

水中での活動が得意なウンディーネのミカヅキと、ただの戦闘狂のキリトが石魚の攻撃を受け止める。動きの止まったところに、俺たちで攻撃を当てていく。

 

それにしても、剣を振るうときの抵抗が重い。シノンの矢も失速してしまっている。

 

「ちょ、リーファちゃん!?」

 

マチの声が聞こえると同時に、後衛で支援に徹していたリーファが勢いよく飛び込んでくる。

 

 

HPが残り少なくなったのか、石魚の泳ぐスピードが速くなり、渦巻を作り始める。俺たちは向かい風を受け続けように水の流れを受け動けなくなる。

 

リーファが落とし穴に落ちかけているようで、キリトは躊躇わず渦に飛び込む。相変わらず無茶をするやつだ。

 

 

俺たちは言葉を交わさずとも連携を始める。

 

もし名付けるのなら、《ユニゾンスキル》。

 

 

シノンは矢をつがえると、マチは氷の補助魔法をその矢にかける。

 

俺は少しジャンプし、足の裏を相棒に向ける。両手剣をバットのように振り、剣の腹で俺をかっ飛ばす。

 

 

『加速』したすれ違いざまの斬撃。

水を切り裂く氷の矢。

 

さらに、天井からの刺突。

 

モンスターはポリゴンと化した。

 

 

 

落とし穴に落ちそうになったリーファを一早くキリトが掴み、男総出で引き上げる。

 

「お兄ちゃん、また助けてくれたね。」

 

そう言ってリーファは微笑んだ。

千葉在住ではないが、俺と小町に負けないくらい、やはりいい兄妹である。

 

 

 

 

***

 

蟹、エビ、マグロといった俺たちより大きい魚介類モンスターに襲われる体験はなかなか新鮮であった。盗賊やボスモンスターの姿もなく、真珠も無事手に入ったとはいえ、クジラは現れない。

 

あとは、じいさんの前まで戻ってきて、抱えるくらい大きい真珠を渡すだけである。

 

「キリト君、待って。」

 

「あ、おい。」

 

「これ真珠じゃなくて、卵よ。」

 

キリトから取り上げて掲げて見てみたアスナは言う。

 

「もしかして、《深海の剥奪者》って、俺たちのことか。」

 

ああ、そういうことだったのか。

つまりまだクエストは終わっていないわけで、

 

「渡さぬとあらば仕方ないのう。」

 

姿を見せたのは巨大な《クラーケン》である。

合計6つのHPバーは強さを示していた。

 

 

俺と相棒が1足の一振りを防いでみたものの、重すぎる。

2人でギリギリであるのに、まだ数本残っている。

 

2人分の補助魔法を受け、キリトが斬りつけた部位も再生される。

 

 

複数の足の攻撃を防いだのは、降ってきた大きな槍。俺たちの危機を救ったのは《海神》。

 

合計8つのHPバーには、もう笑うしかない。SAO時代より高価な《転移結晶》をこっそり出す。

 

どうやらお話で解決してくれたようだ。

ここで戦い始めるなら全力で逃げるつもりだった。

 

 

状況を呑み込めず、みんながポカーンとしていると、海神がこちらを向く。

 

「そなたらの国まで送ってやろう、妖精たちよ。」

 

移動手段として呼ばれたのは巨大なクジラ。

 

依頼完了だな。

 

 

 

 

 

***

 

 

月明りの下、ベランダにいる詩乃に声をかける。

 

「いくら夏だといっても湯冷めするぞ?」

 

「ごめんね、わたし妬いちゃったみたい」

 

「みたいだな。」

 

それは雪ノ下や由比ヶ浜への嫉妬。

 

「先輩たちは美人で良い人でしょう?……胸も大きいし。」

 

「それで?」

 

「それに、わたしの知らない八幡を知ってる。うらやましくてなんだか悔しいなって。もし、私と出会わなかったら、GGOにあなたが来なかったら、先輩のどっちかと付き合ってた?」

 

彼女は寂しそうに笑って見せる。

 

「おいおい、告白した時から、いやその前から夢中なんだぞ。」

 

「嘘でも言ってくれて嬉しいな。」

 

「嘘じゃねぇよ。」

 

俺からすれば詩乃が一番かわいいのだが、まだ自信を持てない詩乃。

それでも、言葉で伝えなくても、伝える方法が俺たちにはある。

 

 

不安そうで、まだなにか言いそうな彼女の唇を塞ぐ。帰還してから鍛えた俺の腕では折ってしまいそうな華奢な体を抱きしめる。

 

彼女も背伸びしてキスを返してくれる。おそるおそる手を繋いでくるだけだった彼女としては大きな進歩で。

 

2人だけの静寂を楽しむ。

 

「あ、流れ星! 願い事叶うかしら。」

 

彼女の横顔は子供のように無邪気で、微笑ましくてかわいい。

 

しかし、過去さえ乗り越えてきた彼女が願うこととは?

 

「八幡とずっと一緒にいられますように」

 

叶わぬ願いを叶えてもらおうということではなく、今の幸せが続くようにと願う。それならば俺も1つの流れ星に誓うことにする。

 

「詩乃と、ずっと一緒にいる!」

 

俺も子供のように星に叫ぶ。ここまで大きな声を出したのはいつ以来だろうか。

 

「ちょ、大声出さないでよ。」

 

顔を赤くしながらそう言う。

 

「ああ、もうバカ、でも大好き!」

 

最高の笑顔で星に叫んだ。

 

 

 

 

独占欲も強くてわがままな女の子にはずっと俺に甘えてほしい。それも俺の求めてきたモノだろう。

 

今の俺は、由比ヶ浜も雪ノ下も知らないだろうな。

たった1人の優しい彼氏の顔となっていたと思う。

 

 

 

 

***

 

それぞれの夜空の下で、それぞれの場所で、愛する人(たち)に伝える。

 

―――ありがとう

 

 

 

 

 



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第24話 かつて救えなかった少女たち







 

 

お兄ちゃんが帰ってきた日からそろそろ1年が経つ。まだまだ暑くて、夏が終わろうとしていた頃だったなー。

 

この1年はたくさんのいいことがあったんだよね。

 

ALOに初めてログインして伊月さんと冒険して、彼の過去を教えてもらって、デートもして、今ではお付き合いしています。彼の魅力を語ることもできるのですが、割愛。

 

あとあと、一緒に冒険をするお友達や先輩さんたちもたくさんできたし。

 

無事総武高に入学できたのも外せないなー。学校でも奉仕部に入れたし、詩乃ちゃんとも出会えた。それにしても、お兄ちゃんが詩乃ちゃんと付き合うことになるとはねー。わたしとしても可愛い妹ができたみたいでグッジョブなのですよ。義姉なんだけどね。

 

 

「マチ?」

 

おっと、思い出に浸ってた。

わたしの反応がないことで、シノンが首を傾げて名前を呼びかけてくる。現実世界よりクールな声なんだよね。詩乃ちゃんはいくつかモードがあるのです。

 

「ん、ちょっとね。幸せだなーって。」

 

「うん、そうね。」

 

優しい微笑みで頷いてくれる。そんな妹が可愛くて仕方がない。

 

 

今は、リーファ、リズ、シリカ、ルクスに、シルフの領主さんとケットシーの領主さんを加えた女子会なお茶会です。シルフ領《スイルベーン》の領主邸の広い1部屋を贅沢に使っております。もちろんお茶やお菓子も高級品で美味しい。

 

「シルフ領の最高級の茶葉気に入ってもらえてなによりだ。」

 

「お菓子はうちの領内一のパティシエのお手製だヨ!ジェムアップルのジャムをたっぷり使ってるんだヨ~」

 

「えっ、それってケットシー領しか出現しない《食妖樹》のレアドロップ品じゃないですか!」

 

「そうそう。今日のものは、キリトくんたちのおかげだネ!」

 

先日、ミカヅキさんとお兄ちゃん、そしてキリトさんの3人で討伐しに行ったんだっけ。わたしたちの共有ストレージにごっそり入っていた《肥料》がすべてなくなっていたなー。

 

ちなみにその《肥料》、安くはない。莫大な費用を賄うためにケットシー領で売ったのかな。アスナさんと協力して叱っておきました。これだから食いしん坊3人は……。

 

「さ、さすが領主の会席するお茶会…」

 

「何だかすごく場違いな気がしてきます。」

 

「今日は息抜きのつもりだから気兼ねなく楽しんで欲しい。」

 

それじゃあ遠慮なく味わうこととする。この《世界》で甘いものを食べ過ぎても太らないのは、女子としては喜ばしいよね。もちろん本能的に歯止めが効いてしまうんだけど。

 

「キリトといえば、ルクスったら面白い話があるのよね。実は前に会わせた時に…」

 

「ちょっ、そ、その話は…!」

 

「それがですね! 緊張してテンパって廊下でこけてしまって、キリトさんを押し倒したんですよ。」

 

リズの口をルクスは塞いだとはいえ、シリカがしゃべってしまう。アリシャさんは大爆笑で、サクヤさんもクスクス笑っている。

 

「だが、きっとそのほうが忘れられない出会いになるはずさ。」

 

「「掴みはオッケー。」」

 

シノンとともに、グーサインを出しておく。アスナさんには内緒にしておいたほうがいいかもね。

 

「あ、そういえば、ミカヅキさんやお兄ちゃんは学校でどんな様子ですか?」

 

「そうね。気になるわ。」

 

「あいつらなら、キリトといつもつるんでるわね。様子見に行ったときは理系の巣窟に入り浸ってよくわからないもの作ってたわ。」

 

伊月さんならともかく、数学嫌いだったお兄ちゃんが!工学! 

小町は嬉し涙が出そうだよー。

 

 

「おっと、失礼」

 

「サクヤちゃん、また?」

 

「うむ。」

 

メッセージを読むサクヤさんの顔は真剣なものとなり、アリシャさんはため息をつく。

 

「何かあったんですか?」

 

「…最近うちの領内で少々度の過ぎるPK集団がいるのだ。かなり統率がとれていて手を焼いていてな。商人プレイヤーも初心者も見境なく狙われている。盗賊ギルドなのだが―――まるで快楽殺人のような。」

 

顔が強張っているシノンの右手を握ってあげる。少し落ち着いたようだけど、お兄ちゃんには敵わないみたい。

 

「シルフの精鋭部隊に討伐に向かわせたのだが、返り討ちだったよ。すべての魔法が発動できなかったらしい。さらに、煙幕、目つぶし、暗器や麻痺毒を使ってきたらしい。あとは全員がフードを被っていて、頭首が忍刀と投げナイフを使うという情報くらいだろうか。」

 

それはまるで、あの殺人ギルド。

 

 

暗い雰囲気のまま、お茶会はお開きになった。

 

 

 

***

 

わたしたちが晩御飯の買い出しのためにログアウトしたあと、シリカたちは襲われたらしい。情報通りの、投げナイフや麻痺毒、そして魔法の無効化に4人は敗れた。サクヤさんもPKされるところだったみたい。領主がPKされた場合、大きな損害がシルフ領に生じるところだった。

 

PKに感化されたことで、真似をする人も現れるようになったみたい。ゲームだから何をしてもいいって思うような人が増えてしまう。

 

 

そして、ひよりさんに何かがあった。

さよならを、友達の証を通して言葉で伝えられた。

 

でも、その言葉は……

 

 

 

 

学校の中庭。

すでに夕暮れ時で独りベンチに座るひよりに近づいていく。小町たちを彼女は避けている、いや彼女たちから逃げているから’俺たち’が来た。

 

「ミ……月村さん? その、私ALOを……」

 

「『偽物』のさよなら はもう言うなよ?」

 

「でも、私の過去を知ったら、あなたもいつか……」

 

「逃げない。離れない。俺も小町たちも。」

 

「どうして、そんなこと言いきれるんですか!……一緒にいちゃいけないんです。わたしはあのギルドの一員だから、……だから、あんな過去消えてしまえばいいのに。」

 

彼女はまだ過去に囚われていて、過去から逃げている。本当の意味でまだSAOから帰ってきていないのだろう。

 

涙を流すひよりの頭に手を置いて、優しく撫でる。

 

「仲間だから、友達だから、―――君を救いたいから。」

 

 

 

「過去は消せないだろうな。だが、あがいて立ち向かって今を『生きる』ことはできる。ソースは俺と詩乃な。」

 

「…あなたは?」

 

「《ショーグン》って言った方が早いか? あのとき救えなかったお前と’あいつ’を救いにきた。」

 

それはあいつの名。仇を誘き出すためにラフコフ時代に名乗っていた名前だ。

 

彼女は元ラフコフメンバーなのである。団員に殺そうとされたところを、PoHによって強制的にスカウトされた。太ももの膝に《印》を刻まれたり、脅されたりしていた彼女を依頼派に迎え入れた。オレンジカーソルつきのメンバーに代わって、諜報員としての役目を果たしていた。そして、彼女ともう1人と、ダンジョンに潜ることがよくあった。

 

特にもう1人にはずいぶん懐かれて、あの頃の、唯一の、安らげるひと時だった。

 

 

 

 

 

 

彼女は目を見開いた。

 

いくつかの、彼に救われた過去を思い出す。

殺されないようにしてくれた。

『殺し』から遠ざけてくれた。

太ももに刻まれた《刺青》を消してくれた。

 

 

 

それでも、まだ、彼は救ってくれるというの?

 

「さて、依頼はどうする?」

 

 

思い出すのは、多くの冒険。

私が望むのは、私が嘘をついた彼女たちともう一度やり直すこと。

 

思い出したのは、キャンディの味。

私が望むのは、私が傷つけた彼女ともう一度やり直すこと。

 

思い出せるのは、もう見れない笑顔。

私が望むのは、寄り添う人がずっといてくれること。

 

 

「たす、けて、わたし、たちを……」

 

精一杯、願いを伝えた。

 

私が一番望むことは、また彼女と一緒に……

 

 

ゆがむ視界の中でも、2人が頷いてくれるのがわかった。

 

 

 

***

 

 

シルフ領の主都スイルベーンには、シルフやケットシーの精鋭、そして有志が集められていた。信頼できるメンバーでのみ構成された少数精鋭である。シルフの女領主であるサクヤが俺たちの前に立つ。色気があり美人で、威厳たっぷりである。

 

いてててて! ヤメロー

 

彼女に横腹を掴まれたので、大きなものから目を逸らす。ペインアブソーバーを超越してきやがった。

 

 

「あらかじめ伝えておいた通り、ギルド《邪な蝙蝠》に対し武力を行使する。被害と影響を鑑みるにもはやただの野党と看過できん。……みなの協力をお願いしたい。」

 

「だが断る。」

 

その場違いな発言で、

領主2人や精鋭は俺たちの方を見てくる。睨んでくるというより、説明を求めるような目だ。

 

 

「そのギルドは、俺たち《奉仕部》が相手をする。」

 

 

 



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第25話 変わらないモノ

息抜き程度にケロロ軍曹ss書いております。よければどうぞ。

それでは、後編。




突入メンバーとして、俺、マチ、ルクスに加えて、シリカ、リズベット、リーファも参加している。

 

森の木々に隠された大きな岩の中に、家のようなフィールドが広がっている。まさしく隠れ家であり、ここを根城としているのだろう。

 

「ここにも、誰もいないみたいね。」

 

「だね…」

 

いくつかの部屋を探索したが、もぬけの殻のように思える。

 

「あ、ここの壁微妙に色が違います!」

 

「何かあるのかしら。……って隠し部屋!?」

 

リズベットが隠し扉を開けると、また何もない部屋。脱出ゲーム要素のあるダンジョンなのだろう。なかなか良いアジトではないだろうか。

 

などと考えていると、足元に浮かび上がった大きな魔法陣が起動する。罠によって床が崩れたことにすぐに対応できず、俺たちはちりぢりに落ちていく。

 

 

 

落ちた先は薄暗い場所だが、暗視魔法を使うレベルではないようだ。しかし妹とはぐれたことは大問題である。

 

《超感覚》で気配を探ると、向こうのギルドメンバーは各個撃破するように動いているのがわかった。依頼者の元へ向かうと、彼女にとって因縁深い《グウェン》がいた。

 

へそ出しで、ミニスカートな和服という軽装すぎる軽装である。そして、金色のストレートなツインテール、高身長、胸の大きさには違和感しかない。目の下のホクロとか変わっていないところもあるようだが。

 

「これって運命的じゃない?たまたまあたしの目の前に落ちてきてくれるなんて。やっぱりあたしたち相性がいいのよ。だから、あたしを選びなさい《ルクス》。あのときのように《自由》に遊ぼうよ!」

 

あのときから変わらない無邪気な笑顔で、《ルクス》に手を差し伸べようとする。しかし、《自由に遊ぶ》というのは過去と変わらない《犯罪》であって。

 

「グウェン、その手はとれない。……でも、私はあなたとやり直したい。」

 

あのときから変わった微笑みで、グウェンに手を差し伸べる。

 

 

「あいつらのせい? 《ルクス》は変わってしまったのね。……それなら、あたしの邪魔をするなら、後悔させてやるわ!」

 

翅を出し、腰の短刀を抜く。

 

グウェンの攻撃を、左手の短剣で受ける。

空中からの舞うような連撃に、右手の片手剣を合わせても防戦一方のようである。

 

最後に見た時よりも強くなっていて、よわくなっている。

 

「どうしたのよ、ルクス。はやく大ピンチな『大切なお友達』の元に行かないといけないわね!……あなたが悪いのよ。あなたがあたしを裏切るから!」

 

「私のせいだ。それでも、投降して罪を償ってくれ。」

 

傷つけてしまったときと同じ言葉。それでも、想いは違う。

 

「君の言う、偽物の《自由》はまちがっている。こんな人を傷つけるような《自由》は……」

 

「投……降? また、なの、……こうなったのはルクスのせいなのに!」

 

《投剣》スキルで投げたのは、3本のクナイ。麻痺毒が塗られていて、これで終わるはずだったのに、これでよかったはずなのに。

 

―――手裏剣に弾かれる。

 

あのときと変わらない髑髏の仮面の男、《ショーグン》が霧のように現れる。

 

「な、んで、あなたが?」

 

「あのとき、救えなかったから。」

 

PoHに負けた、あのとき。

俺は彼女たちを呪縛から解放するつもりだった。しかし、気づいたときにはすでに行方が分からなくなっていた。フレンドリストに登録していなかったこともあるし、現実世界では尚更である。

 

「今更来たって遅いわよ!」

 

「いや、まだ間に合う。」

 

 

動揺している彼女の元に、《部下》がやってくる。

 

「頭! すみません。やつらなかなか強くて……」

 

 

ルクスの元に、友達がやってくる。

 

「リズ!シリカ!リーファ!マチ!」

 

敵のメンバーと戦っていた彼女たちが無事だったことにひとまず安心したようだ。そしてもう1人の友達のほうを向く。

 

「…もうやめよう。これ以上は戦いたくない。」

 

「いやよ。後悔させてやる! あたしを裏切ったあなたに、《師匠》に!」

 

グウェンが手を掲げ合図すると、上から光の攻撃魔法が降り注ぐ。地下、空中、そして地上に分けられたメンバーたちに苦戦する。

 

「なら魔法で…!」

 

リーファが唱えているところに、《投剣》で小さなアイテムを投げ込むと、魔法が打ち消される。そのスピードは俺や相棒のレベルでないと見えないだろう。シルフ隊の報告にあった《ディスペルマジック》の正体といったところか。

 

《投剣》の使い方の1つを、上手く使いこなしていることに喜びを感じてしまう。今はこんな状況であるのにな。

 

何もしなくても間に合うだろうが、マチに投げ込まれてきた石をキャッチした。

 

 

幻惑範囲魔法を《高速詠唱》で発動すると、黒い煙幕に包まれる。《超感覚》を持っていないとはいえ、煙幕内では敵のほうが有利だろう。それでも、妹がやりたいことがある。

 

呪文を唱える声を聞いて、グウェンは的確に《投剣》で投げ込む。しかし、補助魔法を受けたルクスの一撃をなんとか弾いた。

 

「声が…いろんな方向から聞こえる!?あんたたちどうやって!」

 

「《天使の指輪》です。」

 

絆で結ばれた人へ、声を届けるアイテム。ルクスたちが冒険で手に入れた『信頼の証』である。

 

苦い顔をしているグウェンは、さらに現実を見ることになる。

 

「もうだめだぁ…おしまいだぁ。」「逃げるんだぁ…勝てるわけがない。」「ずらかるぞ。」

 

「《断罪人》とはいえ、レベルのないALOじゃあ怖くはない。」

 

「それでも、頭。終わりだよ、この《ギルド》は。デスペナ受けるわけにもいかないしな。」

 

「ま、俺たちの関係なんて、どうせ『偽物』だろ?」

 

 

そうグウェンに告げて、飛んでいこうとする3人を蹴り飛ばして地面に落とすケットシーの3人組。うちのギルドの女の子はアグレッシブである。

 

さらに、いち早く逃避しようした3人は、ウンディーネの一撃で斬り捨てられる。ワンターンスリーキルゥ。

 

 

 

「もう、いいわ。」

 

「グウェン、何を…!?」

 

消えそうな小さな声で呟いたグウェンは最後の罠を起動させる。岩でできた巨人が、大地に立つ。

 

「部下も仲間も、友達も!何もいらない!いなくたっていい!」

 

「まさかこんな隠し玉があるなんて。」

 

「ここは本来小型ダンジョンだったわけね。」

 

「その通りよ。SAOのときオレンジは街に入れないから、こういう手は常套手段だったしね。《笑う棺桶》もそうなんでしょ、師匠?」

 

彼女は《笑う棺桶》の下部組織のギルドのリーダーだったのである。それ以上に交友もあったわけで、事実を伝えて、俺や妹たちを動揺させようとしたのだろう。メタ発言スルノナラ、GGO編でクラインがシャベッタ。

 

「あれも仕掛けの1つ、トラップモンスターの1体なんだね。」

 

「そんなのを使役するなんて、どんなインチキなんですか。」

 

シリカの発言にグウェンはクスクス嗤う。

 

「あたしの《ディスペルマジック》と違って、こいつは正真正銘の罠よ。強すぎて勝てないエネミーなのよ。だから……」

 

俺は、岩の拳に押しつぶされそうになっている彼女を抱えて避ける。全てから『逃避』したがっている女の子は華奢で、震えていた。

 

 

「プレイヤーが勝てない系ボスってわけですね。」

 

「準備してませんし、今から間に合いませんし。」

 

「あーあ、ガチバトルかー」

 

まるで冒険に来たようなセリフ。SAOのときのように、死ぬことを恐れることはなくて。それでも、勝つことをあきらめることは変わらなくて。

 

 

 

俺たちに背を向けて、ワクワクしながら巨人へ歩いていく。

 

「《黒の剣士》、《閃光》、《狂戦士》……」

 

武器を構えるかつての《英雄》たちも、今は不滅のボスに勝ちたいという戦闘狂で。それでも、最前線に立つことで勇気をくれることは変わらなくて。

 

 

 

「ヒッキー、グっちゃんのことよろしくね!」

 

「エイトガヤ君はさっさと行きなさい。」

 

「お兄ちゃん、任せた!」

 

「エイト、帰ってきたら、覚悟して、ね?」

 

「ひゃい!」

 

《師匠》も、かつての《師匠》とは思えなかった。それでも、優しかった。

 

 

 

 

 

地上の離れたところまで来て、ゆっくりとグウェンを降ろす。ルクスは心配そうに彼女を見ている。

 

「おい、デュエルしろよ。」

 

「なにを、言って…?」

 

返事はしない。

髑髏の仮面を投げ捨て、伝説級武器の曲刀《カーテナ》を抜く。

 

初めて見る俺の顔に動揺しながらも、短刀を構える。まるで初めて稽古をしてやったときのように緊張している。

 

 

殺気を籠めて剣を振り下ろすと、本能のままに避けてくる。そのまま後退しながら投げてきたクナイを的確に弾いてみせる。俺が魔法を唱えようとすると、《投剣》で霧散される。

 

 

 

彼女の剣技を越えて、殺気の籠った一太刀を浴びせた。目を閉じたまま死を待つ彼女はゆっくりと目を開く。

 

「HPが、減っていない…?」

 

「ああ、これ? 人を斬れない。」

 

殺さない誓い。

他の奴からすれば、『偽物』の剣かもしれないだろうが、俺にとっては『本物』の剣だ。

 

「そういえばなんで決闘しているか言ってなかったな。《ディスペルマジック》が、お前の見つけた《投剣》の技を、自分で『偽物』と言ったからだ。」

 

「それだけ?」

 

「おう、躾だ。」

 

俺の発言に固い表情は綻びる。

 

「はあー。あなたは変わったわね。でも変わらないところもある。」

 

―――嘘と欺瞞が嫌いなところ。

 

「お前も、変わらないモノがあるだろう?」

 

 

 

俺は横目でグウェンの大切な人を見る。

 

 

両手を胸に当てているルクス、彼女とちゃんと向き合う。

 

「それで?あなたはどうしたいの?友達として……」

 

やり直すわけない という『偽物』の言葉は、口に放り込まれた味に消される。

 

あたしが彼女にしてあげたように、キャンディを食べさせてくれた。

 

―――あたしも『本物』を見つけることができたみたい。

 

 

「仕方ないからヨロシクしてやるわよ。」

 

あたし、芽衣美の本心など……ひよりにはお見通しだろうけどね。

 

「「あなたと一緒にまた冒険したい」」

 

大切な親友に本当の願いを伝える。

 

 

***

 

いつメンの、元《英雄》あらため戦闘狂どもは気合が入っているようだ。あの岩の巨人からは戦略的撤退したらしい。岩に対して刃物は相性悪いからって、魔法職中心にレイド49人になるようにかき集めてきたらしい。

 

「やっほー。おにいちゃん!」

 

あざとい声で、俺の右腕に抱きついてくるグウェン。あの頃と変わらない低身長と小さな胸、それでもちゃんと成長している。けじめとして、SAO引継ぎで新アカウントでログインしてきたようだ。

 

「エーイートー。」

 

「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんだよ!」

 

「グウェンずるい。だったら私も!」

 

ミカヅキにちょこんとすり寄っていくと、さらに騒ぎになる。争いの種である俺と相棒は、彼女たちの物理的な争いから投げ飛ばされる。

 

目を離したすきに、もう仲良くなったぞ。女子ってすげぇな。

 

 

 

「ほら、はやく冒険に行くわよ、ルクス!」

 

「はい!行きましょう、グウェン!」

 

翅を広げ、飛んでいく2人の手は繋がっていて、最高の笑顔であって。

 

 

「「お前だけの剣技を、期待しているぞ。」」

 

呟いたのは、相棒と同じ言葉だった。

 

 

 



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第26話 剣に込める誓い

マザーズロザリオ編もすでに書き上げております。
ただ、やはり原作には敵わない。






 

 

 

 

12月28日。

激動の冬休みによって疲れがまだ残っていて、だらけている。

 

近いほうから言うならば、クリスマスの日のパーティーの雑用をさせられた。いつものように奉仕部に行ったのが運の尽きだっただろう。総武高生徒会長の一色のせいだ、つまり葉山のせいだ、だから俺は悪くない。

 

その前のクリスマスイブの日に至っては、新アインクラッド22層のログハウスを手に入れるということで、バーサクヒーラーのヒーラーなほうが狂化した。21層ボスをいつメンだけで倒すという暴挙に出た後、3人は今まで見たことのない最高速度で向かって行った。大切な『場所』であることは確かであるので、こちらは納得はいく。

 

ともかく、愛する女性と2人きりになれる聖夜なんてなかった。

 

 

ソファに転がって、携帯で情報サイト《MMOトゥモロー》を見ていると、

 

【最強の伝説級武器《聖剣エクスキャリバー》。ついに発見される!】

 

この話題で持ち切りのようである。いまだゲットされていないことを考えると高難度のクエストなのだろう。俺の時も苦労させられた。思い出しただけで目が腐りそうだ。

 

伝説級武器とはALOで1つしかような武器であって、性能も凄まじい。ちなみに俺が持つ伝説級武器はピーキーな性能であると言っておこう。親しいプレイヤーがいないと効果がなかったり、プレイヤーを斬ることができなかったり。

 

 

 

SNSのメッセージが、いつメンのグループに送られてくる。

 

その《宝具》は片手剣であるし、根っからのゲーマーなブラッキーさんは興奮状態みたいだ。【今から全員集まれ】とまたぬかしやがる。彼の嫁は一目散に返事をしてログインしたようだ。キリト大好きガールズも争うようにログインしていった。都合が良い時間帯だったのかクラインとエギルも了承したようだ。予想通りミカヅキとマチも快く向かっていた。

 

 

ニチアサタイムもすでに終わったし、どうするかなー って思っていると、家事を終えた詩乃の顔が視界に入る。

 

「部長から連絡よ。キリトが《奉仕部》に依頼したみたい。」

 

俺の逃げ道を的確に潰してきたようだ。どうせ猫に関するアイテムかクエストの情報に釣られたのだろう。開いていたサイトを見せると詩乃は納得した顔をする。

 

「さ、早くベッドに行くわよ。」

 

そのセリフは読者さんの誤解を生むんじゃないんですかね。

 

 

 

 

 

***

 

待ち合わせ場所となったのは、《イグドラシルシティ》にある《リズベット武具店》。世界樹の上に存在する天空都市だ。ダンジョンが近いことに加え、武器のメンテナンスをするためである。

 

完全取得とまではいかないが《鍛冶》を上げている俺も、ボランティアさせられた。作業のような工程のメンテはあまり乗り気しないが、一部の武器だけは懇切丁寧に仕上げた。

 

 

 

俺たちが仕事を終えた時には、アイテムの買い出しもすでに終わっていたようだ。

 

「それで?」

 

「えっとねー、」

 

「あ、お前はいいや。」

 

「ひどっ!」

 

話をまったく聞いてなかった俺は、ミカヅキやユキノンに尋ねる。求めるのは簡潔で丁寧な情報である。いち早く口を開こうとしたユイユイは求めていない。

 

「スロータークエストの報酬が《聖剣》らしい。それで大騒ぎになっているらしい。」

 

「私たちが向かうのは別、過去にキリトたちが見つけたダンジョンということね。どっちが『本物』なのかしらね。」

 

穏やかじゃないな。スロータークエストとは指定されたモンスターを狩り続けるタイプのものだ。そんな方法で《聖剣》を手に入れるのはまちがっている。

 

つまり、まだ出発すらしていない俺たちが最もリードしている。

 

 

「ねぇ、このクエストから無事に帰ったら、けっ……」

 

あざとい弟子の顔面に拳を叩きこむ。その親友は慌てふためく。

 

 

「みんな、今日は急な呼び出しに応じてくれてありがとう!このお礼はいつか必ず、精神的に!……いっちょ頑張ろう!」

 

おー と俺は棒読みしておいた。他のメンバーも苦笑いである。

 

 

 

 

 

長い階段を降りた先は、雪と氷の世界《ヨツンヘイム》であった。

ウンディーネ3人によって凍結耐性がかけられていくと、薄着の猫2人も震えが治まる。

 

リーファの口笛とともに、像のようなクラゲのような、8つもの翼の生えた得体の知れないやつが来る。

 

「トンキーさん!」

 

ユイちゃんが名を呼んだ。一体だれがそんな名前をつけたんだろう。

 

 

 

「じゃあ、私たちも呼ぶわよ。」

 

ケットシー3人は、赤と白が特徴的なボールをそれぞれ取り出す。パカッと開いて、閃光とともに出たのは飛竜。このヨツンヘイムでは俺たちは飛ぶことができないから、借りてきたらしい。

 

考えごとをしていた俺にクッションが巻かれ、1頭が俺を咥え始める……?

 

横でクスクス笑っているやつに問いただす。そいつの飛竜にも相棒が咥えられていた。

 

「おい、これはどういうことだユキノン。」

 

「しょうがないじゃない。2人乗りなのだから。」

 

「そこはグウェンでいいだろう? おい、シノンを俺に渡せ。」

 

「か弱い女の子にそんなことさせるわけ? 嫌よ、お姉様はあたしのものよ。」

 

「エイト、ごめんなさい。」

 

「い、いや、大丈夫だ問題ない。」

 

彼女の心の底から申し訳ないという気持ちが伝わってきたので、諦めがついた。

 

うちのケットシーたちは運転が荒いのである。急降下するトンキーに合わせて、遅れまいと急降下する。襲ってくる風圧を耐えていると、急停止する。

 

 

「お兄ちゃん、下を見て!」

 

リーファの声がしたので、なんとか横目で下を見る。

羽化する前なのだろう、翼の無いトンキーに似たモンスターが虐殺されていた。数十人ものプレイヤーが《聖剣》を求めてやってきたのだ。さらに、敵対種族のような巨人モンスターが協力している。

 

「これって……」

 

「どういうこと?」

 

シノンとグウェンが前方の俺に尋ねてくる。

 

「これがスロータークエストなんだろうな。人型のやつが、動物型のやつを狩っているところに協力しているんだろう。」

 

俺の背中のほうから光りが発して、巨大な気配が現れる。

 

「私は、湖の女王《ウルズ》。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ。どうかこの国を、《霜の巨人族》の攻撃から救ってほしい。」

 

長々と喋っていたが、それが依頼だろう。

ちなみに、スロータークエストの報酬はやはり『偽物』らしい。

 

まさか《聖剣》を手に入れる冒険が、この世界を救うための戦いになるとはな。

 

 

……最後まで女神の姿は拝めなかった。

 

 

***

 

今回のメンバーは、キリトを中心に集まるメンバー7人と、俺たち《奉仕部》8人に分けられる。キリトたちのほうはまともな魔法職がいないことが大問題だろうが、なんとかするだろう、いやなんとかしろ。

 

ユイちゃんのアシストでマップデータやボスの数の把握は余裕だった。俺たちは一層目のサイクロプスっぽいのをサクッと倒した後、二手に分かれる。2層と3層のボスを倒すことで4層のボスの扉が開くのである。トンキーの仲間が絶滅する前にクリアという、時間制限ありのクエストだから仕方がない。

 

 

3層のボスは、長い下半身にムカデのように脚の付いた、蠍のような邪神である。長い槍の攻撃力は異常に高くて、俺とミカヅキは盾や剣で弾く度にHPが激減する。

 

ユキノンとマチに加えて、シルフのルクスやグウェンも回復役に徹している状況である。攻撃をできているのはシノンの《弓》と、ついでにユイユイの《拳》だけで、このままだと時間がかかるしMPも尽きる。

 

「いちかばちか、全力で倒す、とか?」

 

ミカヅキの発言に無言で頷く。

 

「作戦変更、『いのちだいじ』にから、『ガンガンいこうぜ』。」

 

 

ボスの槍が振り下ろされる。

 

ミカヅキは抜刀した瞬間に、ソードスキルを発動。

 

《ホロウ・シルエット》

《両手剣》のカウンター技で、槍を上に打ち上げる。

 

 

前衛に飛び込んできたマチが魔法で煙幕を張ると同時に、氷の弾丸を顔に浴びせる。時間はかかるが、2つの魔法を同時発動させる《並行詠唱》。

 

「「スイッチ!」」

 

「待ってました!行くわよルクス!」

 

「うん!」

 

《ラピッド・バイト》

《短剣》のソードスキルで、すれ違いざまに左右から斬りつける。

 

硬直の多いソードスキルなのだが、剣技の後に次の動作にあるのならもう一度ソードスキルを発動できる。それこそが《剣技連携》。

 

《ホリゾンタル・スクエア》

《トライ・シュート》

四角形を描くように片手剣で右肩を斬り、3本のクナイが勢いよく左肩に刺さる。

 

 

煙幕が晴れてきて、硬直している2人を狙ってゆっくりと槍を構えるが、

 

《レオパルド・ブリッツ》

《ソニック・インパルス》

 

《拳》の蹴りが顔面に入り、槍を持つ手に《細剣》の衝撃波が当たり、攻撃の中止を余儀なくされる。

 

腕や肩を中心に攻撃したため、

一定時間、《槍》を構えることができなくなっている。

 

 

ここからは俺のターンである。

 

 

《トレブルサイズ》

回転しつつ敵に突進し、右手の剣で切り裂く。硬直が俺を襲うが、さらにソードスキルを繋げる。

 

《シールドバッシュ》

左手の盾で前方へ打撃する。単発技だからこそ、繋ぎに使える。

 

《ダンシングヘルレイザー》

今度はその場で回転し切り裂く。

 

終了後、右手の剣は右肩に添えられていて、左手には袖から手裏剣を取りだして、

 

「ダメ押しだ」

 

《シングルシュート》と《リーバー》

手裏剣と剣の単発技。片手ずつでの同時発動は慣れ親しんだ剣技だからこそ、できる。

 

 

俺の《剣技連携》で、残りHPはあとわずか。

 

 

《弓》の奥義《ストライク・ノヴァ》の、一筋の流星がボスの眉間を的確に撃ち抜いた。

 

 

 

 

***

 

ラスボスはおっさんだった。

キリトたちが連れてきた美人さんが実はおっさんで、協力してくれたので余裕だった。

 

刀使いクラインは伝説級武器《雷槌ミョルニル》を手に入れた!

 

今はキリトが金色の《聖剣》を、某勇者の剣のごとく、引き抜こうとしているところである。

筋力値はミカヅキの方が高いだろうが、ブラッキーは頑なに譲らなかった。いやそもそも全員譲るつもりで来たわけなのだが。

 

筋力と、そして意志力で引き抜いた。

すっごい重そうである。重い剣が大好きな彼にとっては本望であるだろう。

 

……揺れてるんだけど。

 

「ダンジョンが崩壊します!パパ、脱出を!」

 

「って言われても階段が…」

 

まさかアジト崩壊ネタを使ってくるとは。

 

「なに、のんきなこと考えてるのよ。」

 

シノンが手綱を握る竜に直に咥えられてHPが減り始めるので、マイシスターが継続回復魔法をかけてくれる。

 

トンキーも来てくれたようだ。

 

しかし、キリトは動かない。重すぎる《聖剣》を抱えたままである。

 

筋力値が足りないこともあるが、まるで《聖剣の重さ》を感じているようで、

 

「キリトくん」「パパ」

 

愛する者の支えでようやく動き始めた。

 

「重いな……」

 

 

 

1人では何も背負えない。でも俺たちならば……

 

それが3つの仮想世界で学んだこと。

 

 

だから聖剣に誓う。

 

―――この繋がりを守る

 

 

 












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第27話 未来への不安

マザーズロザリオ編 第1話


あえてケロロと同時投稿してみた




新年を迎えたとしても、一般家庭の息子の俺の日常は特に変わることはない。お雑煮とおせち料理を食べて、初詣と墓参りに行ったくらいである。

 

……詩乃の実家へ行ったことについては『通常検索でヒットするこの作品では』語らないでおこう。詩乃がお義母様に自信をつけられたとだけ言っておく。

 

 

お嬢様な明日奈や雪ノ下は挨拶回りや集会で忙しかったようだ。奉仕部部員一同の、雪ノ下への誕生日プレゼントは郵送しておいた。明日奈は京都に年末から滞在していたらしいが、いろいろあったみたいで顔は暗い。

 

 

すでに1月6日。

3日という残された貴重な冬休みをどう過ごそうかと考えている。年末も同じようなことをしていた気がする。しかし今はALOのキリト宅にいて、勉強会……宿題会を横目で見るだけである。

 

家庭的な用事があったことから、アスナもまだ残っているようだが悠々と取り組んでいるご様子。マチやシノンはミカヅキによって、もはや3学期の予習会を行っている。宿題を終わらせたばかりの俺は、今日のところは乗り気ではない。

 

シリカ、リーファはそれぞれ唸りながらも、苦手科目に立ち向かっている。グウェンはルクスに、ユイユイはユキノンに発破をかけられて涙目で、勉強そのものに立ち向かっている。よく総武高校受かったよな、ほんと。

 

だがキリトとリズベット、てめーらはダメだ。

キリトは暖炉の前でユイちゃんやピナとスヤスヤ、リズベットは読書タイムである。宿題という現実から逃避したのである。

 

戦犯キリトによって、睡眠欲が湧きだしてきているメンバーもいる。眠気覚ましにお茶を飲みながら、雑談をし始める俺たち。

 

「そういえば、さ。あんたらは聞いた?《絶剣》の話。」

 

東北へ行っていたり、親父やお袋も珍しく家にいたりして、年始年末はログインしていない。そしてアスナも含まれるだろう。

 

第24層主街区付近に現れるプレイヤーが、自身の持つ《オリジナル・ソードスキル》を賭けて、1vs1の決闘を申し込んでいるらしい。挑戦したリズベットやリーファは完敗したとのこと。リズベットはともかく、攻略組レベルはあるだろうキリト妹が手も足も出ないとは。

 

ちなみに、《オリジナル・ソードスキル》――OSSは、SAO時代からある《ソードスキル》の実装と同時に導入された。簡単に言うなれば、『ぼくのかんがえたさいきょうのひっさつわざ』である。名前の通り《ソードスキル》の開発であり、継承すらできる。しかし、連撃技として登録することは難易度が高い。

 

古傷に刻まれた中二心をくすぶり、俺もいくつか作ってみたとはいえ、なんというか《手札》が増えただけである。キリトはSAO時代のソードスキルを用いた《剣技連携》のほうを好んでいるし、ミカヅキも相変わらず《単発技》で隙をついていく戦闘法を好んでいる。

 

「ところで、そこで寝ているブラッキーこと戦闘狂は戦ったのか?」

 

「そうね。キリト君はどうだったの?」

 

「ふふふ。お兄ちゃん、そりゃもう、かっこよく負けました。」

 

「俺も実家に帰ってるときに戦ったけど、負けたな。」

 

「ほんとですか⁉」

 

リーファが答えたあと、ミカヅキの自白、そしてルクスは声を上げる。初耳なメンバーは呆然としているし、もちろん俺も例外ではない。

 

1vs1の決闘ならば、キリトやミカヅキは最強クラスである。そして、俺やアスナにも注目が集まるわけで、

 

「俺はしないぞ?ギャラリー多そうだし。」

 

「ヒッキー…」

「はー、これだからお兄ちゃんは……」

「対人戦闘ならトップクラスでしょうに。」

「あなたは相変わらずね。」

 

シノン以外の女性陣全員に呆れられた。

フィールドが平地だろうし、搦め手使いづらし。

 

そもそもシノンに強要されないのなら大会とか出ないし。独占欲たっぷりな彼女はファンができると嫌みたいだし。

 

ほら、良い笑顔である。

 

 

 

「アスナは?」

 

「え、えっと、キリト君は本気だったの?」

 

自分が決闘に参加するかどうかより、愛するキリトが負けたことが気になるようである。

 

ちゃんとアスナも戦闘狂たちの一員だからな?

 

 

実際に決闘を見たリズベットやリーファ、シリカは腕を組み、考え込む。

 

「あの次元の戦闘となると、私では本気なのかどうか。二刀流や《聖剣》は使っていなかったけれども。」

 

「俺らの『本気』は、あまり使いたくないな。……それでもキリトは『真剣』だったぞ?」

 

ミカヅキが渋々答える。

俺は意味を理解しているが、首を傾げるメンバーが多い。アスナは薄っすらと分かってきたみたいだ。

 

「俺らの『本気』っていうのは、命をかけることだからな。『死闘』はやりたくねぇんだよ。……その、お前らを心配させたくないしな。あ、ちがう、シノンと妹のためだけだ。」

 

―――最悪の場合、『殺し』になり得る

 

それでも、必要な時には使うだろう。

俺に支えてくれる女性がいるから、もう道を踏み外さないと断言できる。

 

 

 

「お、いつもの捻デレだ!」

 

ユイユイの空気読めない発言のおかげで、空気は重くならなかったようだ。

 

「あ、確信はないんですが、勝負がちょっと決まる前、お兄ちゃん、絶剣さんと何か喋ってたような気がするんですよね。聞いてみても教えてくれないんですけど。」

 

「ふうん。」

 

「それで?アスナさんはどうするんですか?」

 

「うーん、キリト君のリベンジってことでやってみようかな。」

 

「あ、もうこんな時間なんですね。」

 

「そうね。予定空いていたら見に行ってやるわよ。」

 

 

 

 

ログアウトのため、各自が席を立つ中、アスナはリズベットに話しかけていた。

 

ミカヅキを外に連れ出した俺も

詳細をこっそりと尋ねる。

 

「それで、どうだったんだ?」

 

「’彼女’のことか。SAO生還者ではないな、《剣技》の癖がまったくない。それに、決闘を純粋に楽しんでいた。でも、攻略組トップクラスの実力は確かだ。」

 

「で、お前ともあろうものが、なんで負けたんだ?」

 

―――抜刀術を出していれば負けないはずだ。

 

「笑顔の裏に『焦り』があった。向こうから『死闘』をしかけてきたけど、わざとじゃないんだろうな。それでも、どこか命をかけるような『本気』の剣技だった。」

 

もし、《本気》を求めてくるそいつの『死闘』に応じるならば、あの世界で命をかけてきた俺たちならば、殺し合い一歩手前になるだろう。保険をかけておくに越したことはないから、2人とも『真剣』にやって敗けたのだろう。そのとき、マチやアスナもその場にいなかったみたいだし。

 

 

 

そして、今のアスナの精神状態を考えるのなら、

 

「危ないな。」

 

早急に何か手を打つ必要がある。

 

そして和人にもそろそろ発破をかけておかないとな。

未来への不安によって、明日奈の現状から目を背けてしまっている。

 

 

 

 



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第28話 魔法剣士vs剣士

 

新アインクラッド24層は湖にある小島から成り立っている。

 

その中で大樹のある比較的大きい島にわたしたちは降り立つ。どうやらアスナさんたちはまだ来ていないみたい。

 

種族はインプ。紫の長い髪のちょっと年下の少女は、笑顔で地に降り立つ。彼女こそが《絶剣》だろう。自然と、閉じた手に力が入っていた。

 

彼に頭を撫でられて緊張が和らぐ。

 

「楽しんできて。」「お義姉ちゃんファイト。」

 

「うん!」

 

2人からの激励も貰ったことだし、

 

「次、わたしがやります!」

 

「オッケー。君って同い歳くらいだよね!」

 

「そうみたい。」

 

「ルールは魔法もアイテムも使っていい。私は剣しか使わないけど。それで、空中戦と地上戦どっちがいい?」

 

「せっかく翅があるんだし、空中戦にしよっか。」

 

「いいよー!さ、やろうか。」

 

メニューを開き操作すると、《全損決着モード》の決闘申し込みウィンドウが出るので、承諾を押す。そこで、名前も確認できた。

 

カウントダウンが始まる。

翅を出し、’広い空中へ’飛ぶ。

 

海のように輝く片手剣をわたしが鞘から抜くと、黒曜石のように輝く片手剣を抜く。

 

「勝負だ、マチ!」「いくよ、ユウキ!」

 

カウントダウンがゼロになった瞬間、彼女が突進してくる。その『加速』は凄まじい。今のわたしには避けられない。でも、地上ほどスピードは出ていない。

 

《高速詠唱》で詠唱の多い魔法を唱え始める。

 

唱える途中で、わたしの肩に、突きが直撃し、HPはイエローゾーンに入る。もし《初撃決着モード》だったら、敗けていただろう。

 

補助魔法がわたしにかかったように見えるが、首を傾げていて何の効果かは理解していないようだ。わたしは’わざと’後退する。

 

《リフレックスブースト》

回避率に補正をかける補助魔法を使っておく。回避にほんのちょっとだけアシストがかかるくらいだけど、彼女の『反応速度』に対抗するには必要なものだ。

 

 

彼女の’得意な’突進をしかけてくる。きっとこの剣技で勝ってきたのだろう。

 

でも、もう『視た』。

 

 

予測した場所に剣を置くと、片手剣同士は打ちあい火花を散らす。

 

《ホリゾンタル》

単発技のソードスキルで、水平に斬るが後退することで躱される。

 

「へー、おもしろいね!」

 

剣士には間合いがある。

武器そのもののリーチもあるし、踏み込みで近づける距離

 

それが空中ならば、翅で『加速』するようなことは……できたみたいです。

 

 

なんとか避けることができた。

 

「防戦一方だよー、どうしたの?」

 

「本番はまだ、だよ。」

 

 

 

今度はこちらから向かいながら、

《オーバーランナー》と《スロウ》の、《並行詠唱》

 

こちらは速くなり、向こうは遅くなる。

補助魔法を使って、やっと互角に戦えるくらいなんだよね。

 

《剣》の師匠である彼のように単発技ソードスキルを混ぜながら、『静』の戦い方をする。ユウキは『反応速度』と本能で、『動』の戦い方をする。

 

最初に受けたダメージもあって、こちらがレッドゾーンに入ったのに、向こうはまだグリーン。

 

彼女のとどめの刺突を、わざと受ける。

HPが全損するかと思いきや、イエローゾーンまで回復する。

 

動揺したユウキに、剣を振り下ろすと、イエローゾーンに入った。

 

「卑怯だと思う?」

 

「ううん、そんなことない。魔法と剣を混ぜ合わせるのは良いと思うよ。ボクは剣ばっかり磨いてたからね!」

 

「そっか。でも、もうMPはほとんどないんだよね。補助魔法の効果もなくなっちゃった。」

 

 

 

―――残ったのはソードスキル1発分。

 

「じゃあ、ここからが…」

 

「「本番!」」

 

ユウキのほうが《剣技》を視せていることもあって、剣線を予測することで互角に戦える。

 

空を舞うわたしたちのHPは赤くなっていた。

 

片手剣を’両手’で握ると、青の光を纏う。

ユウキのほうは紫の光を纏う。

 

 

《フュリアス・ブレイカー》

既存の《両手剣》スキルをアレンジして作ったOSS。何度も視てきたから完成できた、わたしたちの剣技。剣を豪快に振り回す技で、連撃数を多くしたもの。

 

10連撃の剣技で立ち向かう。

 

しかし、ユウキのOSS《マザーズロザリオ》は11連撃。幻想的な剣技で、とどめの刺突を叩きこまれた。

 

 

 

 

拍手と歓声のなか、リメイクライト化したわたしを、ミカヅキさんが蘇生してくれて支えてくれる。

 

「いやー、楽しかったよ!」

 

「うん、そうだね!」

 

なんだかわたしたち、声が似ている気がする。

 

 

「それに、前に戦ったお兄さんじゃん! 今2人強い人を探しているんだけど、一緒に来てくれない?」

 

『心』の底から世界を楽しんでいることも似ているけど、まるで悔いのない生き方をしようとしていて……

 

SAOの《英雄》たちと似ていて、でも違っていて……

 

 

「うーん、俺じゃなくてあそこにいるウンディーネの女性連れていってみたらどうだ? ボス攻略の指揮上手かったりするぞ。」

 

「そうなんだ!」

 

ユウキは彼の指差した方向に猛ダッシュで向かっていき、アスナさんの手を握って引っ張ってくる。どういう状況か分かっていないアスナさんの空いている手を握る。

 

「ではでは、いきましょ~」「レッツゴー!」

 

「え?えーー!」

 

 

 

 

翅を出し、2人で引っ張って飛んでいく。

 

わたしたちは24層から一度出て、アインクラッドの外周部分を通って、最前線27層に向かっていく。先ほどまでの明るいのどかな層ではなく、地底世界のような暗くて幻想的な場所。

 

アスナさんの顔は次第に暗くなっていく。まるで嫌な思い出を思い出しているよう。

 

 

 

主街区の一軒の宿屋に降りる。

 

「お帰り、ユウキ!見つかったの?」

 

扉を勢いよく開けると、種族バラバラな5人の人たち。ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネー、個性あふれるメンバーが迎えてくれる。

 

「そしてボクが、いちおうギルド《スリーピング・ナイツ》リーダーのユウキ!」

 

「アスナです。えっと…」

 

「マチです!それで、何を手伝えばいいの?」

 

「そっか、ボクまだなーんにも説明してなかった!」

 

元気いっぱいなユウキは勢いに任せて行動することが多いんだろうね。みんな苦笑いしている。自己紹介を交えたあと、『依頼』の詳細を聞くことにする。

 

「ボク達、この層のボスモンスターを倒したいんだ!」

 

「私たちとお二人だけで。」

 

「「え? ええー!」」

 

新アインクラッドは過去のものより遥かに難易度が上がっているとのこと。20層を越えたあとから、それが顕著に表れている。21層攻略は『本気』か『真剣』だったから、わたし達2パーティーで攻略できたけど、それより少ないんだ。23層のときは男3人が『遊び』に行って、コテンパンに負けて帰ってきたこともあったっけ。

 

「8人っていうのはちょっと無理かなー」

 

「せめてもう1パーティーくらい…」

 

「25層と26層のボスにも挑戦したんだけど、ムリだったぜ。」

 

「そ、そっかぁ、『本気』、なんだね。」

 

 

一番落ち着いていて年上っぽいシウネーさんが頷いて口を開く。

 

「私たちは2年ほど前から、いろいろな世界に行って、いろいろな冒険してきました。でも、それももう’たぶん’次の春まで。『最期の旅』としてこの世界を選んだんです。」

 

「望むことはあと1つ、この世界に、ボクたちがいたという『証』を残すこと。」

 

「ボス戦に参加したら、黒鉄宮の《剣士の碑》に名前が刻まれるじゃんか?でも、その人数は限られる。そこにアタシたち全員の名を刻みたいんだ。」

 

 

お願いします と5人は頭を下げる。

 

「わたしはいいよ!なにせ傭兵ギルド《奉仕部》のメンバーだからね!」

 

「……やるだけ、やってみましょうか。この際、成功率とかは置いておいて。」

 

不安げだった彼女たちは立ち上がって、歓喜する。ユウキに至っては、わたしたちに向かって両手を広げて飛び込んでくる。何かを隠している彼女たちだけど、助けを心の底から求めているし、アスナさんの『道』が変わるきっかけになるかもだし。

 

 

―――アスナさんが突然ログアウトしてしまう。

 

たぶん現実の誰かが電源を抜いたんだろうね。

 

 

 

明日奈さんは、よわさとつよさを求めている。

かつての、わたしと詩乃ちゃんのように、焦っている。

 

そして、まるで現実逃避をしようとしていた、あの頃のお兄ちゃんのよう。

 

 

 

 



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第29話 勇気

マザーズロザリオ編第3話




夜空の下、たった独りの公園。

 

雪が降っていることよりも、あふれ出る涙が悔しくて。

親に逆らえない自分、そして彼に甘えられない自分が悔しくて。

 

「会いたいよぉ、《キリト》君。」

 

「よう、家出少女。」

 

降ってきていた雪が、傘で遮られる。

普段はどこかやる気のないような眼をしていて、今は優しい笑顔を見せるようになった、私の友達で、彼の親友の1人。

 

「《エイト》君、どうして?」

 

「携帯のGPS機能を使えって言われた。ああ、今からジャミングでもかけてみるか。」

 

なぜここにいるのか を聞いたんだけどな。たぶん小町ちゃんから聞いたんだろう。

 

たまに天然な反応を見せる彼に、クスっと小さく笑みが漏れる。顔を難しくして、携帯とは別の端末を取り出して操作している。いつもの顔に戻ったことで、終わったことが分かる。

 

「よし、行くぞ。」

 

「…どこに?」

 

「夜食と言えば、ラーメンだろう。」

 

「それ、身体に悪いんじゃ……」

 

「美味いからな。しょうがないだろうな。」

 

「そうなんだ。じゃあ、一緒に行ってみる。」

 

 

 

 

『24時間経営』という看板を出している小さなラーメン屋。

あっさりとした醤油ラーメンは、まるで彼らと食べた《醤油ラーメン》のようだった。

 

 

そのままバイクに乗せられ、千葉県の八幡君の家まで連れて行かれる。玄関を開けると3人が出迎えてくれる。

 

「八幡、おかえり。」

 

「「いらっしゃい、明日奈。(さん!)」」

 

「お、お邪魔します。」

 

ソファにゆっくりと座る。

通されたリビングは私の家より小さくて、温かった。

 

それは彼女たちが手に入れたモノ。

 

 

「あ、さっきは小町ちゃんいきなりごめんね?」

 

「全然気にしてませんよ~」

 

「そ、そう?」

 

「それにそれに、明日奈さんとは一度お泊まり会やってみたかったんですよ!」

 

現実世界で、

夜中にラーメンを食べて、誰かとテレビを見て、パジャマで恋バナをして、こんな楽しい夜更かしをしたことなんて、なかったな。

 

 

気づけば、久しぶりに気持ちの良い朝を迎えられた。

 

 

 

***

 

2つの頭と、4本の腕で4つのハンマーを持つ巨人。

 

その強さは破格で、偵察は完敗でした。

 

「いやー、敗けた敗けた~」

 

「反省会しましょうか。」

 

一度目のボス戦は偵察だった。みんな目標の難しさを再確認したけれども、冒険の楽しさを感じたことで敗けたのに笑顔。

 

しかし、わたしやアスナさんは違っていて、

 

「みんな、早く戻ろう!」

 

「どうして?」

 

「ボスの扉の前に3人いたよね?あれは大規模ギルドのメンバーだと思う。そして、戦っているときに『見られている』感じがあったと思う。あれは、私たちの戦い……ボスの攻撃パターンを視ていたんだろうね。闇魔法の《ピーピング》、いわゆる盗み見かな。」

 

「たぶん25層と26層でも視られていて、その後すぐに攻略されちゃったんじゃない?」

 

わたしたちの推理に驚愕したメンバーはがっくりと肩を落とす。次の層のボスに意識が切り替わっているみたい。

 

「でも、まだ間に合う。大規模なギルドでも、フルメンバーを集めるのは時間がかかると思う。それに情報はすでにある。」

 

アスナさんがわたしに視線を向けてきたので、頷く。

 

気づいたボスの情報を話し合い、わたしが解決策を提示し、アスナさんがそれを踏まえて各々の役割を決めていく。21層攻略のときの1度しか見たことはないけど、《閃光》の輝きを取り戻したように思える。

 

その凛とした《英雄》の姿は、わたしたちに勇気をくれる。

 

「どうして、そこまで?」

 

「みんなが頑張ってくれるから、私は頑張れる。」

 

そのときユウキに伝えた《アスナ》さんは、大人びた笑顔。

 

 

 

 

***

 

ボス部屋の前、立ちふさがる大規模ギルドの1パーティー。

 

でも、まだ集まっていないようだ。

そのパーティーリーダーらしき人に話しかける。

 

「ごめんなさい。わたしたちボスに挑戦したいの。そこを通してくれる?」

 

「悪いな、ここは閉鎖中だ。これから俺たちが挑戦するんだ。そうだな、1時間くらい待っていてくれ。文句なら、上に言ってくれや。」

 

「は~、そう言って、勝てる可能性のあるわたしたちを通したくないんだよね。」

 

「うん、そうだね。なら、戦おう。せっかく《剣》で意志を示せる世界なんだからね!」

 

「なっ……」

 

「ユウキ…」

 

今度はユウキがアスナに伝える。

 

「アスナ、ぶつからなきゃ分からないことだってあるよ。例えば自分がどれくらい『真剣』なのか、そして『本気』なのかということ。」

 

「そっか、そうなんだね。……うん、もういろいろ、吹っ切れた!」

 

アスナさんは、さっきまでの笑顔とまた違った笑顔だった。

 

 

 

 

わたしたちの気迫に、あちらのパーティーは後ずさりをする。そして、わたしたちの後ろを見て、ニヤリとした。たぶん残りの5パーティーが向かってきている。

 

これで、8人に対して、48人。

 

「ごめんね、2人とも。ボクの短気に巻き込んじゃって。でも、アスナの最高の笑顔が見れたから後悔はしていないよ。」

 

「まだ終わってないわよ、ユウキ。」

 

―――大好きな彼が駆けつけてくれるから。

 

 

―――速く、もっと速く、もっと先へ『加速』する!

 

漆黒の片手剣《エリュシデータ》を地に突き刺し、増援に立ちふさがる―――黒。

 

 

「な、なんだ、いつの間に?」「透明になっていたのか?」「肩のピクシーかわいい。」「あら、いい男。」

 

 

大規模ギルドのメンバーが騒然とするなか、《黒の剣士》は口を開く。

 

「悪いな、ここは通行止めだ。……それに、娘はやらん。」

 

「おいおい、黒ずくめ(ブラッキー)先生よ。幾らあんたでも、この人数は無理じゃね?……メイジ隊焼いてやんな!」

 

パチン!と指が鳴らされ、後方から7つの火の玉が彼に襲い掛かる。しかし、彼に当たる直前に霧散した。

 

「まったく動いてないぞ」「何をしたんだ?」「特別な装備か?」「そんなんチートや!」

 

 

「残念ながら、今は『本気』なんだよ。もし、退いてくれるのなら、どうともしないがな。」

 

もう1本の剣《聖剣エクスキャリバー》を背中から抜く。

《宝具》の輝き、《英雄》の気迫に、冷や汗をかき後ずさりしていく。

 

 

 

 

さらに、先遣隊のパーティー8人が急に倒れる。手裏剣や矢が刺さっていて、おそらく麻痺毒が塗られているのだろう。まばたきすると、突然現れて1人の背中に腰掛ける、髑髏の仮面のプレイヤー。

 

「エイト ダウン~」

 

「どうなってんだよ、一体。」

 

伸ばしたような声を発するニンジャの登場に、ギルドリーダーは頭を抱える。悲鳴が聞こえ始めた方向を見れば、漆黒の騎士がメンバーを長い《根》で薙ぎ払い、吹き飛ばしている。さらに後方には弓を構える射手がいて、凄まじいほどの距離から矢を《曲射》したことを理解する。

 

―――彼らは誰1人として《殺して》いない。

 

 

 

アスナさんは、大切な彼のもとへ向かう。

 

「キリト君。来てくれて、ありがとう。」

 

「いや、俺の方こそ、ごめん……。あいつらに殴られるまで、アスナが苦しんでいることに気づけなかった。」

 

「ううん、いいの。私もちゃんと伝えればよかった。」

 

「そうか。これから、明日奈ともっと向き合うよ。『言葉』で言われなくても、甘えさせてやる。」

 

「もちろん、私もですよ、ママ。」

 

「だから、その、俺ももっと甘えさせてくれ。」

 

「うん、うん!」

 

互いに甘えられる『よわさ』を見せ合う。

それも『本物』の繋がりをもっと硬くする。

 

 

 

「じゃ、キリトさん交代です。」

 

「ああ、ミカヅキにも、重ねてお礼を言っておいてくれ。」

 

「了解なのです。ではでは~」

 

中距離転移魔法で、大切な彼のもとへ向かう。

 

 

 

「なにがなにやら…」

 

ジュンたちの呆然とした声が印象的だった。

 

ユウキの頬はどこか赤くて、キリトさんの背中を見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

夕暮れ時に、家の前に立つ。

震える手を彼は握ってくれる。

 

私の手はいっぱい汗をかいていて、

彼の手もいっぱい汗をかいていた。

 

それでも、

ユウキから、みんなから『勇気』を受け取ってきた。

 

そして、

彼が隣にいるとどんどん『勇気』が湧いてくる。

 

 

「明日奈!今までどこへ行っていた、の……」

 

扉を’勢いよく’開けた母さんは、隣にいる彼に視線をゆっくり向ける。

 

「はじめまして。桐ヶ谷和人って言います。明日奈さんとは、以前よりお付き合いさせてもらっております。」

 

「そう。……以前、ね。」

 

「母さん、聞いて。……私ね、大切な人たちを笑顔にできるような、そんな生き方をしてみたい。仕事で疲れた彼をいつでも支えてあげられるような、そんな生き方をしてみたい。―――だからね、あの学校で、あの《世界》で、もっともっといろんな経験をしてみたい。」

 

「はぁー、あなた、ワガママになったわね。……こうして、親離れしていくのね。

 

「俺も覚悟を決めます。もちろん、まだ俺たちは学生の身分です。今までもこれからも『未来への不安』でいっぱいです。―――だから、俺たちを見守ってください。」

 

 

母さんの表情が和らぎ、私たちからちょっとだけ目線を外して、

 

 

「あなたたちの『決意』、どうか忘れないでちょうだいね。……その、明日奈をこれからもよろしく。

 

握った手に力が入り、彼と喜びを伝えあう。

 

 

「そ、そうそう!今ちょうど、夫と浩一郎が帰ってきているのよ。和人君ちょっと会っていきなさい。あっ、お赤飯炊かなきゃね。」

 

―――お義母さんは、なんだか彼女と似ている気がした。

 

ここからが正念場、かなぁ。

 

 

 

 

 




次回、マザーズロザリオ編完結。
ユウキの運命はいかに。





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第30話 先へ繋がる道

マザーズロザリオ編最終話

オーディナル・スケール編執筆中。



雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが、俺たちの考察をもとに病院を調べてくれた。鶴咲さんと柏坂さんがアポイントを直接病院に出向いて、代わりに彼女の主治医を説得して取ってくれた。

 

この日が彼女にとって大事な転換期だろうから、俺たち奉仕部は全力を尽くす。

 

「こっちでははじめましてだな、紺野さん。」

「やっはろー!さっきぶり!」

 

『もしかして、マチと……ミカヅキ?』

 

「そう。」

「そうだよ。」

 

『ここにいるっていうことは、ボクの、ボクたちのことを……』

 

「現実逃避しようとした君を、あの《世界》に連れ戻しに来ただけかな。」

 

『……もう満足なんだよ。みんなと、『証』を残せたから』

 

「俺も、」

 

ユウキの言葉を遮って、伝える。

 

「俺も、『証』を探そうとしたことがある。ここにいる『証明』をいつも探していた。それは今、俺の右にいる。」

 

『マチが?』

 

「ああ。願いを叶えられて、満足するかと思いきや、次々に願いがあふれ出る。もっと、近づきたい、ずっと一緒に生きていたいって。ユウキもそうだろ。」

 

『でも、……旅はいつか終わるよ。』

 

「そうだな。だからこそ。かけがえのない今を、大切にしたいと思うんじゃないか? 」

 

『でも、でも、もう時間がボクには……』

 

「ユウキ、もっと(みらい)へ行きたくはないか? だから願え、『もっと生きたい』って!」

 

『…うん、願ってみる。もっと、生きたい。……すぐにログインするよ!』

 

 

迷っている時間が惜しい。

 

残された時間を大切にしよう。

何倍にも感じられる時間にしよう。

 

 

あがいて、最期まで笑顔で『生きる』。

 

 

 

 

あのメンバーで冒険して、たくさんの思い出を作ってきた。

 

 

そして、

マチとシノンたちと出かけて、ショッピングをした。

ミカヅキと一緒に、ラーメンを食べた。

アスナと学校に行って、一緒に平塚先生の国語を受けた。

キリトと決闘して、『本気』の剣を見せてもらえた。

 

女子だけで京都に旅行に行って、現実でも冒険をした。

 

 

全てが、夢のような時間が、過ぎていく。

でも、もっといろんな旅をしてみたい。

 

 

 

 

「というわけで、一緒にチョコ作ろう、エイト!」

 

手を合わせて懇願するように、俺に頼んでくる。

その仕草はあざといとは思えない。にしても、声や笑顔がマイシスターに似ているよな。こっちは打算的ではないのだが。

 

「まてまて、なぜ俺を選んだ? そこはアスナやミカヅキもしくは他の女子だろう。」

 

「それはサプライズで、感謝の気持ちをみんなにあげたいから。」

 

首をちょこんと傾ける。まるでそれが当たり前のよう、いや、そうしたいという考えである。彼女の事情は知っていなかったとしても、純粋な懇願を渋るとはいえ断ることはないだろう。

 

 

だがしかし、

 

「俺、《調理》スキル0なんだけど?」

 

「うっそー、今どきの男子って家庭的な人が多いんじゃないの?」

 

儚くもそれは幻想である。

現実世界ではたしかに自炊できる程度の能力が俺やキリトにもある。しかし基本的に自分よりはるかに上手で、愛情を籠めてくれる彼女や妹がいるのだ。こんな好待遇で、自炊しようなどと思わない。結論、《調理》スキルは取っていないし、お菓子作りなどしたことはない。

 

泣きそうなユウキに対して、焦りながら言う。

 

「だ、だが、バレンタインデーイベのときは、女子は《料理》スキルにボーナスが入るはずだ。」

 

2月14日バレンタインデーに向けて、ALOでもイベントがある。当日に結婚相手かフレンドの女子からチョコを貰ったプレイヤーは経験値を得るという簡単なもの。この仮想現実でも、男子は気が張った状態である。現実世界では先日、これまた生徒会長一色のおかげで、お料理教室の雑用をさせられたのだが、その話は関係ないか。

 

「おお!それならボクでもなんとかなるかも!」

 

俺たちは買い出しに出かけた……

 

 

だがしかし、

スキル値が1000のうち100だったとしても、ユウキの満足したものはできなかった。この世界の《料理》は単純化されている。例えば、チョコを刻むときも《包丁》でタッチするだけでいい。湯煎するときも、鍋に入れてタイマーを設定するだけでいい。仮想現実では《料理》スキルこそがほぼ全てを左右するのである。現実で炭を作るやつもいるがな。

 

 

形の崩れた黒い《なにか》を前に立ち尽くしている。落ち込む彼女の姿には既視感があって、しかしあの頃と同じ台詞は、今の俺には言えないだろう。

 

プレゼントを口に放り込みながら、伝える。

 

 

 

 

 

 

***

 

エイトの言う通り、みんな笑顔だった。美味しくないチョコを食べて、『ありがとう』って言ってくれた。『ありがとう』の気持ちを『ありがとう』で返されて、心地よかった。

 

「それで、今からどうしよっか。」

 

最後に渡したアスナも同じで『ありがとう』をくれた。アスナのチョコは誰よりも美味しくて、誰よりも優しさが詰まっていた。本当に良い笑顔をするようになったよね。

 

「うーん、そうだ! 今からデートしよ、アスナ!」

 

「ええ!?」

 

 

明日奈と、待ち合わせをする。

といっても、和人たちが作った、なんとかというメカのカメラ越しにで彼女の肩から現実世界を部屋からボクは見ているだけだけどね。

 

黒い上着に黒いズボンで黒い髪の少年がバイクを停める。

 

「ごめん、明日奈、木綿季。遅くなった。」

 

『「ううん、今来たとこ。」』

 

一度言ってみたかった言葉は、明日奈と同時に言ってしまい、笑顔を向け合う。

 

『それじゃあ、和人お願い!』

 

「ああ、音の調節は忘れるなよ。」

 

私と明日奈は彼の後ろに乗り込み、発進する。

 

流れていく街並みは、あの頃、車窓から見たものに似ていた。

次第に馴染み深い場所へ近づいていく。

 

辿り着いたのは、『おうち』。

 

「ここが、木綿季の…」

 

『うん…もう一度見られるとは思わなかったよ。』

 

白い壁の建物も、緑色の屋根は変わっていなかった。

 

庭は、ちょっと雑草が多いかな。晴れているのに、雨戸なんか閉めちゃって。ポストにもたくさんお手紙があるよ。

 

たった1年の思い出は宝物だよ。

 

―――ねぇ、パパ、ママ、姉ちゃん

 

 

 

「……入ってみるか?」

 

「ううん、これで充分。」

 

明日奈も和人も『なんとかしようか』って、声をかけてくれるかもね。

 

「今の私の『場所』はここじゃないから。」

 

気難しい顔はなくなって、優しく頷いてくれる。

 

「管理費なら、パパの遺産で10年くらいは出せるんだけどね。親戚の人が家をどうするかですでに揉めてるみたい。たぶん、もう取り壊されちゃうかな。だから、その前に……ね。」

 

「じゃあ……こうすればいいと思うよ。来年、16になったら、好きな人と結婚するの。そうすれば、その人がずっとこの家を守ってくれるよ。」

 

人によっては怒るかもしれないね。でも、明日奈の気遣いがボクには嬉しかった。

 

「それいいね。明日奈。じゃあさ、―――2人ともボクと結婚しない?」

 

大好きな2人のギョっとする顔を見て、最高の笑顔が漏れる。

 

「なーんて冗談。ボクが入る余地がないくらい、相思相愛なのは知ってるよ。でもね、好きになっちゃったんだ。明日奈の優しさと和人のカッコよさを……」

 

「「木綿季、『家』を守るよ。いつか一緒に暮らそう。」」

 

ボクは顔を上げる。2人とも真っすぐな眼差しだった。

 

―――『本気』なんだ

 

「それに、妹だってできるよ。」

 

「ああ、ユイも慕ってくれるだろう。」

 

ユイちゃんと、この2人と家族に……

 

 

「じゃあさ、ボクね、弟も欲しいや!」

 

もしかしたら、その弟と結婚したり……ね。

 

大好きな2人の子どもなら、大好きになれると思う。

 

 

 

 

 

***

 

今、この《世界》で生きている千を超える妖精が大樹の元へ集まる。

 

たった1人の剣士の旅立ちを見守る。

 

「うわぁ…すごい…妖精たちが…あんなに、たくさん…」

 

 

一緒に冒険した友たちには、《旅》の『思い出』を託した。

 

出会いをくれた親友には、《剣》の『証』を託す。

大好きな女性には、《剣技》の『証』を託す。

大好きな男性には、《リボン》の『証』を託す。

 

 

―――みんなにシルシを

 

 

 

 

ずっと『生きる』意味を探していた。

でもその『答え』を探すのはまちがっていた。

 

ずっと『生きる』ことを頑張ってきた。

でももっと『旅』を続けていたかった。

 

一度色を失った、ボクの『ユメセカイ』は少しずつ鮮やかに彩ってきた。

 

 

 

涙、

大好きな人たちを遮る前に、

 

「「「「「ありがとう」」」」」

 

想う『心意』は―――またいつか

 

 

 

 

***

 

 

 

春。

 

大好きな彼と手を繋いで、(いま)を歩む。

 

突然、私たちの『心』に声が響き、ふと立ち止まる。

 

 

―――ほら!行くよ、勇気!

 

―――走ってこけるなよ!木綿季!

 

少年が、少女を走って追いかける光景(みらい)

少年は、どこか私に似ていてどこか彼に似ていた。

 

 

「和人君、いこ。」

 

 

たくさんの温かい(おもい)が、

一際輝く桜の花弁を、遠い空へ運んで行った。

 

 

彼女の旅の先(みらい)は、

この桜の道の先(みらい)は、

 

―――いつか交じわる

 

そっと光ってる

 

 

 

 



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第31話 オーディナル・スケール

過去は、今に繋がっている。

 

 

―――SAO

ここは第22層の森。

キリトとアスナが《夜空》を見上げる。

 

「アインクラッドは星が見えなくて残念だね。」

 

「この景色も悪くないけどな。」

 

「わたし、流星群ってみたことないの。現実世界で住んでるところは夜空が明るくて。」

 

「へぇ、アスナは都会っ子なんだな。」

 

「もうちゃかさないでよ。」

 

「俺の地元にそこそこ有名な観測スポットがあるんだ。いつか行くか?」

 

「うん。そのためにも必ず生きてこのゲームをクリアしないとね。」

 

「ああ、そしたら向こうでも指輪をプレゼントするよ。」

 

 

 

 

―――ALO

ここはウンディーネ領首都。

ミカヅキとマチは夜の街を歩く。

 

「何度も思うんだけど、ここってディスティニーシーみたいですよねー。」

 

「たしかに。ミッキーとかいそうだよな。」

 

「えっと…」

 

「あー、ミスった。なんでそこは『前世』と違うんだろうな…」

 

「ミカヅキさんって、その、故郷には…」

 

「行ったことはないな。遠いし。」

 

「じゃあ、いつか案内してくださいよ!」

 

「……ああ、いっぱい紹介したい場所がある。」

 

 

 

 

―――GGO

ここは機械的な首都。

シノンはエイトのマフラーを掴んで引きずる。

 

「そういえば、エイトも高校生よね?」

 

「ああ、そうだな。」

 

「へー。エイトがいれば学校も楽しいのに。

 

「リアルで会ってみるか?あー、あれだ、オフ会ってやつだ。」

 

「いいわね。でも、具体的には何をするのかしら?」

 

「ふつうに晩飯食って、朝までカラオケでもするんじゃね、俺は知らんけど。それに、やるともいってな……ピギュッ

 

 

 

 

 

 

『2022年11月30日。フルダイブ型仮想現実ゲーム機《ナーヴギア》専用ソフト《ソードアート・オンライン》のユーザー1万人は茅場晶彦の手によって、ログアウト不能及び『ゲームオーバー=現実の死』という過酷なデスゲームに追いやられた。圧倒的絶望のなか、ゲームクリアを目指し剣を取る者、恐怖に負け他者との接触を断つ者、さらにはプレイヤー同士で命を奪い合う者さえもいた……。そして、永遠とも思われる時間が過ぎ、約2年後の2024年8月31日、1人の英雄的行動により、ゲームはクリアされ、人々は解放された。最終的に4000人もの人々が犠牲となり、首謀者たる茅場晶彦の死によって事件は幕を閉じた。生き残ったプレイヤーたちは『SAO生還者』と呼ばれ、今は現実世界で普通の生活を取り戻している。そしてそれは、《英雄》たちも例外ではない。』

 

《SAO記録全集》~やはり俺たちの現実逃避はまちがっている。~

 

 

 

***

 

次世代型ウェアラブル・マルテデバイス《オーグマー》。

フルダイブ機能はなく、高度なAR機能を持つ。小型化され、耳にかけることができるほどだ。覚醒状態の人間に視覚、聴覚といった感覚情報を送ることが可能で、現実世界にいながら仮想現実のような体験ができる。

 

―――現実を拡張する

 

どこでもマップを見れるし、いつでも誰かと連絡が取れる。電子マネーをチャージできるし、健康管理のアシストもやってくれて、翻訳しながらの英会話だってお手の物。それには『便利』という言葉がもっとも当てはまるだろう。

 

常に情報に囲まれた、『超情報社会』とでも言うべきだろうか。

 

 

 

「「だから’会いたい’なんてナンセンス♪」」

 

2人の美声が《世界》に広がる。もしかしたら、声優の道を歩んでいたかもしれないな。そしてCDを出せるレベルの歌唱力である。

 

 

自宅のリビングに広がる《カラオケセット》。家でカラオケをする時代が来ようとは。《マイク》を通した音さえも、このデバイスを通して与えられる情報であるから、近所迷惑にはならない。ガラスの防音性能も発展していて、せいぜい大きな声で歌っている程度だろうか。照明などエフェクトもつけている。

 

歌っている曲は、世界初のARアイドル《ユナ》の曲。彼女の曲の中でも、人気のある明るめの曲だ。バーチャルYouTuberたちと違っていて、彼女はAIであることが特徴的だ。彼女の《美声》はボーカロイドの進化の先で、《歌姫》と呼ばれている。

 

そういえば帰還者学校の行事で彼女のファーストライブに行くこととなっていたな。

 

 

 

「あっ、もう18時だ!」

 

「そろそろ出なきゃいけないわね。」

 

クラインこと壺井さんから俺たちに、あるゲームの呼び出しがあった。

 

《オーグマー》専用のARMMORPG《オーディナル・スケール》。

‘現実世界をフィールド’として、各所に出現するアイテム、モンスター討伐などで《ランク》を上げていく。ポケモンG〇みたいなものだ。全プレイヤーたちの間で競い合う《ランキング》によってステータスが決定される。つまり、上位にランクインすればするほど高ステータスが付与されることとなる。

 

……すでに廃プレイヤーも続出していて、深夜でも徘徊する人が多くなった。交通規制をかけてイベントをすることはまだ多くはなく、交通事故も増えているらしい。

 

 

 

俺たちの上にも《吹き出し》があって、順位が書かれている。小町が3810、詩乃が50808、俺が2018。この《ランキング》は戦いの実力も関わってくるので、長時間遊んだプレイヤーが一概に強いとは言えない。逆もしかりで、八幡に至っては123456。

 

俺や小町は、よく明日奈たちとプレイしているため、準高ランクプレイヤーである。

 

「八幡はどうする?」

 

「あー、今日はいい。」

 

「今日もでしょ?お兄ちゃん。まっ、いいや、わたしたち行ってくるよー。」

 

「君たちもほんと気をつけなさいよ、車とか。」

 

「気をつけてね。」

 

「2人も、根を詰めすぎないようにな。」

 

そうして、部屋まで戻って行く八幡のもとへ詩乃はついていった。

 

 

 

 



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第32話 最前線へ

他作品を投稿してしまう大失態。
18時台に閲覧した方申し訳ないです!


 

 

小町を後ろに載せて、’最大限’気を配って、夕暮れの道を走る。ポケモンG〇実装当時の『影響』を覚えている人ならわかるだろう。『便利』な物によってもたらされた社会問題の1つである。

 

そして、そのゲームで’何か’が起きている。壺井さんから送られてきた座標に俺は方向を変えた。

 

 

 

交通規制がかけられた場所の路肩に停車する。

すでに21時か。

 

「お前らも来たのか。」

 

「おお、明日奈さんと和人さんじゃん!」

 

バイクから降りると、話しかけられる。

 

「おっせーぞ、キリの字、バサカ!……おっ、明日奈や小町ちゃんも一緒なのか。」

 

「キリト君があんまり乗り気じゃないので、引っ張ってきちゃいました。あとじゃんけんで勝ったので。」

 

壺井さんたち、元ギルド《風林火山》のメンバー5人が俺たちに近づいてきた。少数ながらも攻略組の一員で、リアルからの友人だったらしい。

 

「うーし、みんな2人にいいとこ見せるぞ!」

「「「「おー!」」」」

 

 

……そろそろか

 

ポケットから小さな筒状の機械を出す。

 

「「「「「オーディナル・スケール起動!」」」」」

 

俺たちの服装、いや《装備》が変わる。

 

 

そして、《世界》が広がる。

 

―――既視感のある石畳の西洋的なフィールド。

 

現れたモンスターは、《刀》を持つ巨大なトカゲ人間の武士。

 

「あれはアインクラッド第10層ボスモンスター《カガチ・ザ・サムライロード》!」

 

「本当に、SAOのボスそっくり。」「そうなんですね。」

 

「今の俺たちはソードスキルを使えない。だが攻撃パターンが昔と同じなら。」「アドバンテージはあるよな。」

 

 

 

―――ざわざわ

 

「ユナちゃん!」「歌姫キター!」「これで勝つる!」

 

「みんな準備はいい?さあ、戦闘開始だよ。ミュージック、スタート!」

 

幻想的な曲が流れ始め、降り立つ白髪ロングの美少女が歌い始める。俺たちの各種ステータスがアップする。これはこのゲームの仕様である。

 

―――わいわいガヤガヤ

 

「いこうぜー」「おもしろくなってきたー」「しびれるぅ」「夜戦だ夜戦だー!」「うわー」「ぎゃー」「ヒャッハー!」「マジ、ヤべーイ!」「ちょっとタンマ!」「銃じゃあんま効かないな。」「でも、接近戦は怖いよ。」「なんだもうゲームオーバーかよ。」

 

 

キリトは、無骨な《剣》を見ているままだ。

しかし本能的に、俺たち同様、トカゲ武士の攻撃を躱す。

 

風林火山のメンバーの連携がボスを押していく。2人のタンクが敵のタゲを取り、3人が遊撃していく。しかし、どこか動きにキレがない。

 

 

「身体が重い…やはり《仮想世界》とは違うな。」

 

そう言って、彼は踏み出し、ボスに勇敢に向かっていく。その走り方はまるで《キリト》のような動きだ。だから無残にこけた。

 

 

 

俺はため息をつきながら、前線に出る。

 

なんて緊張感のない戦い(ゲーム)だ。

 

 

ボスの振り下ろした刀を、下から両手剣を振り上げ、弾きかえす。

 

(スイッチ)心の中で伝えあう

 

小町が片手剣で、すれ違いざまに斬る。

 

 

ボスのHPはあとちょっとというところ。

なぜかトラのアバターにしているプレイヤーが肩に載せた《銃》のバズーカの弾を放つ。

 

「ラストあたっくいただきぃ!……やべっ。」

 

歌うユナに向かっていく弾を『2位』が、単発の《剣技》で防ぐ。

 

「大技が来るぞ。タンクのやつはついてこい!」

 

 

HPが少なくなって、ボスが特殊な動きをするようになった。

 

抜刀して出された2つの剣閃を、アクロバティックに、躱す。

 

その動きはまるでパルクールだ。

 

まだ実装されたばかりのゲームで、既視感のある《剣技》に対応できるのは、熟練のプレイヤーだけだろう。もちろん、リアル剣士もいるかもしれないが。

 

風林火山のタンクと協力して、ボスの《剣技》を防いでいく。

 

 

ダメージディーラーのエイジが一太刀浴びせて、

 

スイッチ

 

明日奈のリニア―がボスを貫き、砕け散る。

 

 

 

―――ファンファーレが鳴った。

 

「すっげーな。」「なんであんなに。」「俺何もできなかったよー」

 

「ボスモンスター攻略おめでとー。ポイント、サービスしておいたよ!」

 

「おお!」「やったぜ」「ラッキー!」

 

「今回、一番頑張った人にご褒美をあげるね。……今日のMVPはあなた、おめでとー!」

 

「いいなー。」「キマシタワー!」「ひゅーひゅー」

 

ユナは明日奈のもとに近づいていき、頬にキスをする。

 

ファンは羨ましがっていて、和人は動揺している。

 

「じゃあ、まったねー!」

 

手を振りながら笑顔で去っていく。

 

 

 

俺はメニューを開き、《ランキング》の一覧をスクロール。

 

2位の名前は《エイジ》、1位の名前は《》。

2位のプレイヤーの名に見覚えはない。

 

それにもしかして1位の空白って《英雄》に扮した《魔王》じゃないだろうな……。

 

 

いまだ収まらない騒ぎに、俺は顔をしかめていた。

 

 

 

***

 

 

ALOでの、いつメンのたまり場は、誰かのホームであることが多い。例えば比較的広い場所で、キリト宅、エギルやリズベットの店が挙げられる。最も広い場所と言えば、この《奉仕部》のギルドホームである。ともかく今日も真夜中に俺たちは集う。住んでいるところが離れていても、いつでも直接顔を合わせることができる。

 

しかし、ALOから、いや《仮想現実》から離れていっている者は多い。

 

 

「いやー、ARで戦うボスも本家同様の攻撃パターンとはいえ、生身で動きまくったから、身体バッキバキだぜ。」

 

「よくそんな人数で倒せたな。」

 

「ミカヅキさんが頑張ったからでーす!」

 

「そりゃあ、攻略組が9人もいたしな。」

 

今日の話題は、ホットなもの。

《オーディナル・スケール》のボス戦らしい。

 

「キリト君、バテバテだったけどねー。」

 

「お兄ちゃん、運動不足だから…」

「呆れた。」

「キリトさん…」

 

「ぐっ、AR戦闘に慣れてないだけだよ……。そうだ、ユナっていう子も応援に来てくれたな、最後にはボーナスくれた……」

 

その言葉に驚愕したファンが騒ぎ始める。それぞれ立ち上がり、いくつかのグループに分かれて、会話が始める。お喋り好きな女子が多いこの空間で、今まで全員座っていたことが奇跡だ。

 

 

「そういえば、ライブはみんな行けるのよね。」

 

「そうそう。楽しみだね、ユキノン!」

 

「シノちゃん、ホントありがと!」

 

「運がよかっただけよ。」

 

それはユナのファーストライブのことである。ユイユイと抱きしめ合っているユキノンや、妹と抱きしめ合っているシノンがくじに当たったおかげでいつメンは全員参加のようだ。

 

「あたしたちは強制的に参加なのですけどね。」

 

「そんなグウェンも楽しみらしいです。」

 

「ちょ、なんでバラすの!」

 

帰還者学校の俺たちは、行事として全員参加が義務付けられる。俺はファンでもないし、騒がしいだろうライブに参加したくはない。詩乃や小町の生歌を聞いていた方が何倍もいい。

 

 

「そういえば、本当にSAOのボスだったんですか?」

 

「そうだな。第10層の……」

 

「ああ、あのトカゲか。」

 

今思えば、あいつ2刀流だった気がするぞ。《二刀流》スキルではなく、モンスターだからデメリットのない《剣技連携》をしていた気がするぞ。

 

「へー、ま、攻略組じゃないあたしたちは見たことないけどね。」

 

「何か起きているのかな……?」

 

「私たちのほうも調べてみているのだけれど…。」

 

雪ノ下の実家の調査でも分からず、仮想課が情報をくれないということは、よほど巧妙に隠しているのだろう。だからこそ、気を引き締めなければいけない。

 

「エイトはどう思う?」

 

「さあ、どうだろうな。……ただ、この状況に横槍を入れてくるやつらは、いるかもしれないな。」

 

―――空気が重くなる。

 

 

 

「ナーヴなんとかとはちがうんだよね?」

 

「ナーヴギアよ。」

 

「5文字くらい覚えろ。そうだな、たしかにゲームオーバーで死ぬことはないな。」

 

「ししょ……エイト、あまり無茶するじゃないですわよ。」

 

「ミカヅキさんもですよ。」

 

「エイトの手綱はしっかり握っておくわ。」

 

「任せてね!」

 

ほんと、いいやつばかりだ。

だからこそ俺たちは、彼女たちを危険にさらしたくない。

 

相棒は最前線へと向かう。

 

 

 

 



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第33話 加速世界

もうすぐ21時。

虫の声が静かな夜の公園。

 

月は、曇っていて見えないか。

 

 

起動させたあと、唯一見つけた知り合いに話しかける。

 

 

「こんばんは、明日奈1人か?」

 

「あっ、こんばんは。伊月君。今日は小町ちゃんは?」

 

「いつもよりちょっと暗いし、俺1人で来た。」

 

「そうなんだ。」

 

そして、《世界》が広がる。

 

―――既視感のある石畳の西洋的なフィールド。

 

現れたモンスターは、巨大なグリフォン。

 

「みんな、準備はいいー?さあ、戦闘開始だよ、ミュージック、スタート!」

 

この前と違って、暗めな歌。

 

 

「アスナ、俺らだけでいけるか?」

 

「無理ね。10分じゃ足りないわ。」

 

「なるほど。じゃあ、時間稼ぎしてくる!」

 

現実世界では明らかに届かない位置までグリフォンは飛行する。立ち止まるプレイヤーたちを置いて、1人立ち向かっていく。

 

まず巨体に投剣で攻撃して、タゲを取った。

 

 

3分ほど斬り合ったところで、

《爪》の《剣技》を両手剣で防ぎ、動きを止める。

 

「撃って!」

 

明日奈の指示で《銃》の連撃が羽に当たる。

グリフォンは一定時間飛べなくなる。

 

「今よ!」

 

近距離武器を持つ人たちが、拙い動きだけど、斬っていく。

 

「「「スイッチ!」」」

 

俺が彼らの前へ躍り出て、アバランシュで片方の羽を、斬り飛ばす。HPが少なくなったグリフォンは片翼で空を駆け始める。しかし、その行動は既視感のあるもので、

 

 

明日奈のリニアーで、ボスを貫いた。

 

―――ファンファーレが鳴る。

 

「よっしゃー!」「あの美少女すげぇ!」「プロか?」「指示通りだな!」「彼氏とかいるのかな。」「モテモテなんだろうよ。」

 

 

「またあなたね。おめでとー」

 

明日奈は《ユナ》のキスから、後退して逃げた。

 

「あら、残念。……またね、《アスナ》さん。」

 

もったいない という声があちこちから聞こえる中、俺は『視線』と『殺気』を探していた。

 

 

俺は明日奈に別れを告げ、1人追いかける。

 

―――救急車の音が響いていた。

 

 

 

 

繁華街で急に立ち止まる。

そいつと同じく大テレビを見上げる。

 

 

『『MMOストリーム!』』

 

『最近話題のARゲーム《オーディナル・スケール》でニュースです。なんでも、イベントバトルであの《ソードアート・オンライン》の旧アインクラッドのボスが出現しているとのことですが……』

 

『ボス戦ではかなりのポイントを獲得することができるみたいですね。しかも!高確率でユナのライブステージも組み込まれているとか……はー、私もランクを上げて通信費を稼ぎたい!』

 

『まあまあ……それに、先月出版された《SAO記録全集》の影響もあってか、封印されたゲー《ソードアート・オンライン》を追体験しようという人たちがたくさんいる模様です。ALOやGGOといった主だったVRMMORPGのログイン数は減少しているようです。』

 

 

「お前、この状況について何か知っているのか?」

 

「場所を変えませんかねぇ?」

 

黒いフード付きポンチョの、細身のやつに連れられて、いやおびき出されたのは水嵩のある川の近く。

 

「さっき、見てましたよー。いや、さすが《閃光》! ああ、《オタサーの姫》、あの頃よりも美人になってましたねぇ。」

 

俺の様子を伺った後、

ずっと手に持っていた見覚えのある本を開く。

 

「『俺が2本目の剣を抜いたら立っていられるものはいない。』、そういえば《黒の剣士》はいなかったですね~。ところで、あなたはどのページなんです?」

 

俺と明日奈が知り合い以上の関係だということを見ていたんだろう。

 

 

「200ページ目、《狂戦士》。」

 

「は?マジっすか。いやーそれは、大物だねぇ!……えーと、『俺1人でやる。お前らは下がってろ。』ですか。そんな優しそうなイケメンフェイスで、実はさぞ傍若無人なんでしょうねぇ。例えば、毎晩女をおかったりとかね!」

 

「さあな。」

 

「そういえば、風林火山のメンバーにぃ、悪いやつらが寄っていってましたね。無事だといいんですけどぉ。」

 

―――敵の狙いに乗るな

 

地面に落とし、本を踏みつける。

 

―――今は落ち着け、俺

 

 

「おまえ、なんで怒らないだよ!!怒れよ!」

 

「キャラ、崩れてるぞ?」

 

「ムカつく!お前ほんとムカつく!」

 

唾を吐き散らしながら、憤りを見せる。

 

 

俺は白い筒をポケットから出す。

 

「ひっ、ま、待ってくださいよぉ!自分らみたいな凡人とマジで戦う気ですかぁ!?」

 

「このままだと、答えてくれないみたいだからな。」

 

「「オーディナル・スケール起動」」

 

「せめて仮想世界なら、いや……」

 

 

 

ドサッ

 

リュックを降ろすと、重そうな音がする。

 

「招待しよう『加速世界』になぁ!」

 

 

風が消え、音がなくなり、現実の色が消える。

 

現れたのは、何もない無機質な灰色、いや無色な空間。

 

色を持つのは俺たちだけ。《ポンチョ》を纏い、脆そうな片手剣を持つやつと、聖剣を腰に差した漆黒の《鎧》を纏う俺。

 

「主武装にしたらどうだ?『本気』じゃないから、剣が崩れそうだぞ。」

 

「おや、動じないんですねぇー?」

 

「ちょっとした『チート』使ってるからな。」

 

「はぁー?まあいいや。」

 

血に塗れた片手斧を創り出す。

 

「It’s show time.」

 

《バックラー》から飛び出す針を、身体を反らして、躱す。

 

《片手斧》の連撃を後退して、躱す。

 

続けて出してきた突進技を、を広げて、躱す。

 

 

「ソードスキルの硬直がないのか、なんでもありだな。まさに『本気』で戦える《世界》だな。」

 

水色の翅を一度消して、考察を述べる。

意志や記憶を具現化させることのでき、『心』をぶつけ合う世界。

 

 

その『心』は、

光であっても闇であってもいい。

正であっても負であってもいい。

 

―――この無色な世界に色をつけていく

 

 

「いやー、呑み込みのはやいことはやいこと。無駄のない動き、ソードスキルの見切り、そして順応力!! さらにさらに!『加速世界』で動ける天然ものの『実力』! さすがは《英雄》サマだ。」

 

こいつは何かしら脳に埋め込んでいるのだろうか。

それは必ずしも安全ではない、脳に負担がかかるだろう。

 

 

剣の柄に手をかけて、

 

―――抜刀(しんい)

 

が斬り裂き、右腕を吹き飛ばす。

 

「はやく降参してくれ。」

 

 

血は流れない。

顔をひどく歪め、しゃがみこむ。表示されているHPはイエローゾーンに入った。そしてペインアブソーバーがないのだろう、《痛み》を感じていて、そして、

 

嗤っている。

 

「くそっ!くそっ!あーもう、いいもん。《閃光》も《黒の剣士》も全部全部殺してやるぅー。」

 

―――冷静を保て

 

「お前の、親もな!」

 

頭に血がのぼる

―――抑えられない

 

「アハッ、そういうことかぁー。逆鱗み~~~っけ♡」

 

 

グサッ

 

 

を、負の『心意』を籠めて、抜刀するはずだった……

 

目の前とほとんど同じ殺気を背後から感じた時には、

俺の胸から片手剣が生えていた。

 

 

 

ドボン

 

水に落ちた感覚。

朦朧とした意識。

 

 

頭の中を覗かれる感覚。

 

剣を握った日。親友と出会った日。死を感じた日。友を死なせた日。道が分かれた日。狂い始めた日。相棒を救った日。ラーメンを食べた日。本物を見れた日。世界の終焉の日。

 

戦いの記憶も、休息の日常も、霧となって消えていく。

 

 

 

彼女と出会った日も、彼女を泣かせた日も、彼女と愛を誓った日さえも。

 

―――泡沫のモノ

 

 

大切な人たちとの繋がりが、次第に途切れていって。

 

月村伊月(はづき)を、否定せず受け入れくれた父さんと母さんの姿も見えなくなって。

 

 

思い出せなかった原作さえも奪われそうだ。

 

 

 

朽ちていく『証明』

俺がどこにいるのか分からなくなって。

 

真っ暗な世界で、独りになってしまって。

 

 

それでも、どうしてか、《生きる》ことを諦められない。

 

 

もがいて、あがいて、たった1つの(こころ)に向かっていく。

 

ようやく、土の感触がした。

 

 

失くしそうな光に、手を伸ばして、

誰かの温もりが消えないように、手のひらに(しんい)を籠めて、

 

―――握れた

 

 

 

 

まぶしい。

 

 

白い天井、薬品の臭いに顔をしかめる。

 

しかし、

俺は確かに轢かれたはずなのに、ケガはない。

 

 

ここはどこ、なぜ千葉県にいる?

未来なのか、なぜ2025年なんだ?

 

月村伊月って誰だ?

 

―――俺は月村葉月なんだが。

 

 

 

 



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第34話 そうして、3人は前へ進む 

 

 

倉橋という医者の話を、俺は食い入るように聞く。

 

―――相棒のもとへ歩きながら

 

静かな病院の廊下には、

小町の嗚咽が響いている。詩乃は妹を慰めてくれている。

 

 

「詳しいことはデータを精査してみないとなんとも言えませんが、伊月君の脳には限定的な記憶スキャニングが行われた形跡があります。これは、他の患者さんの症状を参考にしますが、SAO時代の記憶を強く想起させることによって、記憶のキーとなっている単一ニューロンを特定し、そこに電子パルスを集中させて、イメージを読み取ったのではないかと。そして、伊月君は川へ落ちたショックもあるのか、症状が……」

 

「どこまで憶えてる?」

 

「日常生活に支障はない程度ですが……しかし、覚悟はしておいてください。」

 

 

病室のドアを開けば、身体を起こしたままの彼がいた。

外傷はないことには安心したが…

 

「えっと、……はじめまして? ほんとうに、《比企谷八幡》と、《比企谷小町》なんだな。」

 

―――『偽物』の笑顔

 

「詩乃、小町を頼む。」

 

「だい…じょうぶ。ちゃんと…する、から。」

 

涙をこらえながら、涙を流しながら、『現実』に向き合う。

 

 

『泣かないで。』……って、いきなり失礼だったな。」

 

たった一瞬だけ見せた『本物』の笑顔で、たった一言で、俺たちは目を見開く。

 

わずかな『希望』は残っている。

 

 

 

 

***

 

20時50分。

ここが次のボスが登場する場所か。

 

相変わらず、遊びに来ているやつらが多いな。

 

俺と、八幡と詩乃がこの現実で浮いている。

 

「明日奈はどう?」

 

「ああ、SAOの記憶が、次第に失われている状態だ……」

 

明日奈は昨夜、ボス戦でHPが0になった。彼女の実力ならそう簡単には負けないだろう。

 

―――何もできなかった

 

だが、エイジという2位のプレイヤーに妨害されて、イレギュラーな90層クラスのボスからシリカを守って、それで、、

 

―――守れなかった

 

彼女の記憶を取り戻すためなら、なんだって……

 

 

 

「焦るな、落ち着け。」

 

「っ!すまない……伊月は?」

 

「SAO時代だけじゃない。俺たちと過ごした記憶さえもすでに消えている。今は小町がついている。」

 

「なんだって!」

 

もしかしたら、明日奈もすべて・・・

 

「安心しろって言える立場かどうかは知らんけど、安心しろ。」

 

「どうしてだ?」

 

「あいつが『転生者』なのは知っているだろう。月村葉月は、俺や小町の事を《物語の人物》だと言いだした。しかし、詩乃は登場しないと言った。総武高の奉仕部で繰り広げられる《物語》だったらしい。もし、俺たちが生きているこの世界があいつにとって、『SAO』という《物語》の世界ならば……」

 

考察を述べていく八幡は、次第に早口になっていく。

 

「この『世界』で生きた記憶が、すべて失われた?」

 

そんな状況で、

八幡や詩乃、そして小町は平気でいられるのか?

 

俺よりもずっと……

 

「ともかく、相棒は戦闘不能だ。こうなったら、俺たちで……」

 

「八幡も落ち着いて。お義姉ちゃんもできることをやってる。先輩たちもそう。だから取り戻せるわ。」

 

詩乃が右手で八幡の左手を握ると、あふれていた殺気が収まる。

 

 

闘志はそのままに

 

 

俺たちは頷き合い、

 

「「「オーディナル・スケール起動!」」」

 

俺たちの服装、《装備》が変わる。

 

そして、《世界》が広がる。

 

―――既視感のある廃墟のフィールド。

 

《拳》スキルを持つように思える2足歩行のイノシシだ。金属の首輪から鎖が伸びていて、その先は壁に杭として打ちこまれていて、移動範囲に制限がある。

 

「第18層のボス!」

 

「巨人イノシシか。」

 

「現在、都内の各所で合計10体のボスモンスターが出現しているようです!」

 

ユイの情報通りなら、

黒幕は記憶を奪うことを急いでいるように思える。

 

「ずいぶんと大盤振る舞いね。」

 

 

《ユナ》の歌に、テンションが上がっていくオーディナル・スケールプレイヤーたち。俺たち以外の大勢が一気に群がっていって、攻撃していく。

 

やめろ という俺の声は歓声にかき消さる。

 

 

HPの急な減少で、興奮状態となった巨人イノシシは杭を抜き、長い鎖を持ってしまう。リーチの長い《鞭》の振り回しに、次々とプレイヤーが倒され、記憶を奪われた1人のSAO生還者が倒れたままだ。

 

詩乃が《銃》のビームライフルで顔面に狙撃していき、怯ませる。

 

 

「キリト、アシストしてやる。行ってこい。」

 

「ああ!」

 

俺は片手剣を抜き、走る。

 

今の重い身体で、

今までの経験で、

今まで培ってきた剣技で戦う。

 

鎖を弾く射撃

拳をはじく斬撃

 

 

「うおおおおお!」

 

単発技スラントで、縦に斬り裂く!

 

 

 

―――ファンファーレが鳴る

 

息切れしながら、周囲を見渡す。

ラフコフのやつも、エイジのやつも見当たらない。

 

 

「あれは…?」

 

フードの少女の姿を見かけて追いかけるも、どこかを指差したあとに消える。

 

「手がかりなしか?」

 

「…そうだ、ユイ!今まで指差した方向を全部プロットしてみてくれ。」

 

これで、声の聞こえない少女がどこかを指差したのは3回目だ。

 

「世田谷区大岡山?」

 

「パパ、ここは東都工業大学の位置を示しています!」

 

そこに行けっていうことか……

 

オーグマーの設計者、か。

 

「アポを取るよう頼んでやるよ。……気が進まないけど。」

 

とても嫌そうな顔で、携帯を取り出していた。

 

 

 

 

 

次の日、重村教授の研究室へ訪れる。

ユキノンの姉の、ハルノンのおかげで、ここへ来られた。

 

俺は写真を見せながら尋ねる。

 

「単刀直入に伺います。このエイジという人物を知っていますか?あなたの研究室にいるはずです。」

 

「さぁ? 学生は、たくさんいるからね。」

 

「じゃあ、オーグマーによって記憶障害が起きていることはご存知ですか?」

 

「いったい何のことかね。」

 

―――はぐらかされる。

 

 

 

「あなたの生徒だった、茅場晶彦と同じ道を選ぶんですね? こんな『デスゲーム』を引き起こしちゃってー」

 

拳に力が入ってきていると、今まで黙っていた陽乃さんが口を開く。俺はそのどこか寒気を感じる笑顔に口出しできない。

 

しかし、詰問していく陽乃さんにも教授は動じない。

 

 

「何を言っているのかわからんな。それに、SAO時代の記憶を失うことに何の問題があるのかね?―――恐ろしい過去を忘れることはむしろ良いのでは?……さて、そろそろ講義の時間だ。これで失礼させてもらうよ。」

 

―――右手に、手ごたえを感じた

 

 

テーブルの上。

女の子の写真を見ながら、俺たちは部屋から出る。

 

 

 

 

***

 

重村教授の関係者に、(くだん)の少女がいるかどうかを菊岡にメールで尋ねた。

 

 

陽乃さんはいつのまに、あの写真を撮影したんだろう……

 

 

オーグマーではない携帯電話のほうの連絡だ。

 

 

「も……「ひゃっはろー、菊岡君!」

 

陽乃さんにイヤホンの片方を取りあげられた上に、俺の携帯に顔を近づけてきて甘い香りが充満する。

 

俺には明日奈という大切な女性がいるんだ!!

 

 

『いつもいつも、その奇天烈な挨拶はやめてくれるかな……。ともかく調査したよ。重村悠那は教授の娘さんだった。そして、すでに予想はついていると思うが、娘さんの死因は《ナーヴギア》によるものだ。』

 

「うわー、マジで犯人じゃんか。」

 

「被害者はどんどん増えている。なあ、菊岡さん、あんたの力でサービスを停止させられないのか?」

 

『相手は経産省も絡んだ巨大プロジェクトだ。確かな証拠が見つからない限り、ね。少し時間がかかりそうだ。……個人的には、すまないと思っている。また連絡する。』

 

 

それでも反論を述べようとするが、

 

「えー、もっと話したかったなー。」

 

『いや、今仕事中だから……またバーにでも行こう。』

 

「やった、奢りねー!」

 

『ええ!?』

 

なんだか仲が良いな、この2人。

 

 

携帯を取られて、手持ち無沙汰となった俺の方を見る。

 

「あ、そだ。桐ヶ谷、ちょっと彼女さんのところ行って、頭冷やしてきなさーい。」

 

バシッッ

 

細くて綺麗な指からは考えられない、(デコピン)だった。

 

 

 

 

 

 



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第35話 男たちの想い

ケガもないし、病院から退院できた俺は居候しているという比企谷家に来た。アニメやゲームではリビングくらいしか描写なかったよなー。

 

まして、小町さんの部屋なんて見たこともない。しかし、俺の荷物はそこにあるわけで、ある大学の赤本が目に入った。転生したあとも、きっとそこに……

 

 

「こ、ここで、一緒に寝泊まりしていたのか?」

 

「うん、そう! もしかして、ダメ?」

 

上目遣いで聞いてくる小町さんの言うことには逆らえない。

 

「えっと、小町さんがよければ?」

 

「もう堅いよー。ほら、添い寝してみよ!」

 

「ちょっ!」

 

ドサッ

 

引っ張られて横たわった俺の目の前には満開の笑顔。

 

顔が熱くなるのがわかる。

 

「葉月さん、無理に笑顔につくらなくていいよ。」

 

えっ。

 

胸の中で抱きしめられる。

記憶はないけど、この温もりは知っている。

 

「不安だよね。知らない世界に来たんだもんね。」

 

目覚めてから、探り探り生きていた。

 

「お父さんやお母さんのことずっと考えていたんだよね。」

 

故郷がよく夢に出てくる。

 

「ほんとうに優しくて、痛みを隠す人。そんな人だから、好きになっちゃたんだけどね。」

 

よわさまで好きになってくれて、愛してくれる。

 

「……すき。俺も愛しているよ、小町さん。」

 

閉ざされていた気持ちが溢れる。

 

「うん。ありがと。ねぇ、葉月さんは、ここにいるよ。この世界で生きているよ。」

 

「君にとっては、伊月のほうが大事なんじゃないのか?」

 

「だって、『心』は同じだもの。どっちでも好きになるよ。……もっと好きになってもらえるように頑張るから。ゆっくり大人の女性になっていくよ。だから、、」

 

―――ずっと、愛してね。

 

愛が『心』に響く。

 

 

記憶を心意が守っていた。

記憶を心意が呼び覚ます。

 

 

「いいよ…きて…」

 

 

 

 

 

***

 

高級そうな家が立ち並ぶ街、一軒の家の前に立つ。

 

何度来ても緊張するよな。

 

「お、おじゃまします。」

 

「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。今は誰もいないし。」

 

部屋へ上がる途中に、もう口を開いてしまう。

 

「ある人に、すべての生還者は恐ろしい過去を忘れたいんじゃないかって言われた。それは正しいのかもしれないって……」

 

クラインも記憶を失ったことを仕方がないと言っていた。

 

「たしかに怖いこと、悲しいことがたくさんあったかもしれない。でもあの2年間の記憶は、今の私たちを創る大切な思い出だよ。」

 

 

そして、初めて入る彼女の部屋。

壁は白くて、女の子らしくて、落ち着いている。

 

このドキドキは2度目だ。

 

まるで、

「セルムブルグにあった、アスナの部屋を思い出すよ…あっ。」

 

「ちょっと飲み物持ってくるよ。その辺に座ってて。」

 

気にしてないという風に微笑んだ後、下の階に降りていく。

 

しかし落ち着かない。

 

ウロウロしていると、日記を見つけてしまう。

 

『明日の私へ。最近はサボり気味だった日記だけど。現実世界に戻ってきたことも忘れてしまうかもしれないから、今の気持ちを書き留めておきます。キリト君と出会って、もう4年も経つんだね。キリト君との思い出はどれも全部宝石のように輝いているよ。……』

 

俺のプレゼントのために、ポイントを稼ぐために、あれだけ張り切っていて……

 

―――どうか明日の私が今のこの気持ちを失くしてしまいませんように

 

 

 

ティーセットを置いた明日奈に駆け寄る。

 

ドサッ

 

衝動のまま、押し倒す。

 

「明日奈、ごめん、ごめん。」

 

俺は記憶を取り戻すばかり気にしていて、明日奈の気持ちを考えていなかった。明日奈に孤独を感じさせていた。あのとき覚悟を決めたはずなのに、まだ最後まで踏み出せなかった。彼女はとっくに心の準備ができているというのに……。

 

「好き、大好きだよ、和人君。この気持ちだけはずっと変わらないから。」

 

彼女の胸に抱きしめられる。

柔らかくて、温かくて、甘い。

 

「俺もだよ、明日奈。愛している。これまでも、これからも。」

 

口づける。

 

言葉は要らない。

記憶よりも大切なモノがある。

この高鳴る鼓動が変わらない気持ちを伝えてくれる。

 

あの頃よりも成長した、大切な彼女を……

 

 

 

 

 

 

***

 

バイクから俺と詩乃は降りる。

 

明治神宮。

すでに日も暮れていて、誰もいない。

 

サクッサクッ

 

聞こえるのは砂利の道を歩く、2つの音のみ。

 

 

―――景色が変わる

 

服装はオーディナル・スケールのもの。

石畳の上に立っていて、既視感のある夕日。

 

「ここって…?」

 

「SAOだな。そして、《紅玉宮》。」

 

のどかな庭園にそびえ立つ赤い花のような建物。

茅場しか見たことはない、第100層。

 

「あなたが悠那? ここって、夢?それとも仮想世界?」

 

「どっちも同じみたいなもの。目が覚めれば何もかも泡沫の記憶になるだけ。もしかしたら、全部夢かもしれないよ。デスゲームをクリアしたのも、現実世界に戻ったのも夢。目が覚めたらアインクラッドに囚われたままなのかも。そう思ったことはない?」

 

「そう思っていた頃もあるな。この手に《盾》がないのが落ち着かない、この手で《剣》を振るいたい、とかな。」

 

戻りたいとさえ思っていた。

 

 

それでも、

 

手を繋いでいてくれる。

温もりを確かめ合って、俺がいる証明をくれる。

 

「さて、こっちの質問に答えてもらおうか。」

 

返事は、かつて聞いたことのある歌。

 

 

「私は歌っていたいだけ。それが私の望み。」

 

「どういうこと?」

 

「真実を知りたいのなら、今のあなたたちのランキングじゃまるで足りないわ。さあ、もうすぐ時間よ、起きて……」

 

―――もし、望むことが許されるのなら、エーくんを助けて

 

 

 

景色が変わる。

いや、戻ってきたとも言えるか。

 

 

軽く頭を掻く。

 

「「「やるか。」」」

 

 

本物の依頼を聞いてしまったからにはもう引けないよな。

彼らの繋がりを取り戻してあげたいから。

歌っていた彼女の想いを思い出したから。

 

 

 

目つきが、変わる。

 

 

***

 

ホリゾンタル・スクエア

鉄の巨人を、舞うような4連撃で、斬り裂く。

 

「昨日と同じように、現在20層から30層のモンスターが次々と出現しています!」

 

「これで3体目!最短ルートで、あと1体倒す!」

 

 

間髪入れず、バイクに乗り込み、夜の街を走る。

 

 

アバランシュ

すでにHPの少ない狼を、叩きつけるように、斬り裂く。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

息切れが、激しい。

ソードスキルを生身の身体で行うのはやっぱりキツいな。

 

 

「ようやくこのゲームの戦い方を覚えたようですね、《黒の剣士》さん。」

 

こいつこそ、かつて《血盟騎士団》に所属していたという《ノーチラス》、いやエイジだ。

 

 

明日奈の記憶を奪って、明日奈を傷つけた!!

 

「おまえぇ!」

 

「落ち着け。」

 

肩を持たれて、止められる。

 

 

 

「あなたもお見事ですよ、《盾戦士》さん。」

 

「久しぶりだな。」

 

「直接会ったことがありましたか?」

 

「《ショーグン》って、言った方が早いか?」

 

「まさか本当に……」

 

絶句。

その言葉があてはまるだろう。

 

「お前、復讐のためにラフコフにいたんだったな。」

 

「ええ、そうでしたよ。でも今は、そんなことどうでもいいんですよ。彼女を助けられる道が見つかったから、あと少しなんです。だから……邪魔しないでください。」

 

「邪魔するもなにも。この現実で立派な犯罪者だよ。記憶を奪い傷つけた。それに、骨を折ったやつもいたな……その少女も浮かばれないな。それに、仮に助けられたとしても、どうせ『偽物』だろう。」

 

「うるさい!なにがわかるというんだ!お前らみたいな!強いやつに!弱いやつのなにがわかる!」

 

八幡は何を狙っている?

なぜ悪役に徹してようとしている?

 

「つよくなったんじゃなかったのか?」

 

「そうさ、俺はこのゲームで最強なんだ!明日、俺の『本気』の力で、決着をつけてやる!」

 

どこか生きることを諦めかけていた青年は、覚悟を決めた剣士の風貌と化していた。

 

 



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第36話 英雄に憧れた少年

ここはユナのライブ会場。

 

「クラインさん、残念だったね。」

 

「あいつも行きたがってたのにね。」

 

まるで何かの思惑がもたらしたかように、奇跡的にSAO生還者がここに集っている。

 

 

「あれ……?和人様は?」

 

「そういえば、ヒッキーもいないね。」

 

「男3人して、迷子ですの?」

 

明日奈、小町、詩乃以外のメンバーは彼らを探すようにキョロキョロ見回す。

 

 

「「「人助け。」」」

 

どこか大人びた彼女たちは微笑んだ。

 

 

「……始まるみたいね。」

 

「ゆきのん!こういうの初めてだね。」

 

「あいつらの分まで、楽しむとしますか!」

 

「はい! リズさん!」

 

ド派手な演出とともに、ステージに《ユナ》が現れた。

 

 

 

***

 

 

外の駐車場。

フードを被った5人がこちらへやってくる。

 

「そんなぞろぞろと来て、どうした?」

 

「はぁー?ライブに来ただけなんだけどぉ。」

 

「祭りの場所はここかってか。」「血祭りだけどね、アヒャッ。」

 

 

俺は白い筒を取り出す。

 

「そうかい。……バーストリンク」

 

―――加速世界へ

 

 

「勝手に起動してるぞ!」「どういうことだよ!」「おい見ろよ!」「まさか…」

 

髑髏の仮面と、黒いフード、黒紫の曲刀

 

 

「なるほど。あんたが執行人……かよ……」

 

「いいねぇー。ずっと目障りだったんだよ、あんた。」

 

「なあ、ショーグンさんよぉ。」

 

 

《短剣》3人、《両手斧》1人、そして《片手斧》。

どいつもこいつも血で濡れた凶器を持ち、嗤っている。

 

この世界においては『罪』が残る。

 

 

「来いよ、殺人鬼ども。」

 

叫びながら襲いかかってきた。

喉を狙う刺突、足首を掻き斬るフェイント、毒を撒き散らす連撃、頭をかち割る振り下ろし、利き腕を奪う斬り上げ。

 

 

「温すぎる。」

 

先読みし、最低限の動きで、躱す。

 

「くそっ」「なんでだ!」

 

苛立ちや憤りが、動きを鈍くしていく。

 

剣を構えて、4連撃。

悲鳴と共にこの世界で死んで、現実に還っていく。

 

 

「あらかじめ、斬られる覚悟はしておけよ。」

 

「さすが。さすが英雄の1人ですね。……面白くない」

 

仲間が斬られても動じない、今もなお嗤い続けている。

秘策があるのだろう。

 

 

気配や殺気が同じ、空気に自然と溶け込み、2人なのに1人に感じる。『答え合わせ』はできた。

 

 

ガキン

 

「「なに!?」」

 

相棒は、《片手剣》を弾き飛ばす。

 

 

「っ!これはこれは、《狂戦士》さんじゃないですかぁ。」「記憶を奪われ意識がなかったはずなのに、よく生きていましたねぇ。」

 

「死ねないからな、俺。これまでもこれからも。」

 

敵は双子。

阿吽の呼吸で、連携を繰り出してくる。

 

敵はチート。

何かの装置で、攻撃を予測してくる。

 

『加速』すら、無理やり身につけている。

 

 

 

 

拳を合わせる。

「「勝つぞ。」」

 

『心』に響く彼女たちの歌。

 

現実世界、仮想世界、加速世界

どの世界であっても、変換不能な『意志』がある。

 

 

「「あの世界のことを忘れさせてやる!!」」

 

過去を否定し、狂い続け、『今』から逃避しようとする。誰かの過去を奪うことで、痛みを忘れようとすること、それがお前らの現実逃避なんだな。

 

 

だからといって、押し付けないでくれ。

 

心に刻んだ記憶も

創り上げてきた現実も

 

「「奪われてたまるか」」

 

《ソード》は色を持ち、『心意』を描こうとする。

 

スラント

リーバー

スマッシュ

アバランシュ

 

単発技がぶつかり合う。

 

 

 

記憶という傷を失った彼らへ、俺たちは背を向けた。

 

 

 

****

 

 

地下の駐車場。

すでにライブが始まる頃だから、ここには俺とエイジしかいない。彼は本を閉じて、ゆっくり床に置く。

 

「約束通り来てやったぞ。」

 

ここが指定された場所だ。

 

「その前に、ちょっと良いでしょうか?」

 

背中を見せて、襟を広げると機械が取りつけられてるのが見える。

 

「これが、俺が強くなった理由です。」

 

「そうか。」

 

「卑怯でしょう?……でも譲れないんですよ。」

 

「……そうか。」

 

「この予測装置と強化スーツ、そしてランキング2位というステータス!! どんな手を使ってでも、あなたにこのゲームで、俺は勝つ!!」

 

「「オーディナル・スケール起動!」」

 

突進技、ソニックリープを、打ちあう!

 

―――会場の歌がここまで聞こえる。

 

 

「君が、勇気をくれる。」

 

パルクールという彼が努力で身に着けたシステム外スキルと、彼が努力して鍛えてきた身体能力で俺は追い詰められていく。

 

それでも、反応速度と経験と本能。

そして意志で、真正面からぶつかる。

 

「さすがは《黒の剣士》!」

 

「お前もなかなかだな!」

 

これでも、英雄に剣は届かない。

《ノーチラス》は歯噛みする。

 

「最前線で戦うプレイヤーと違って、俺たちは蚊帳の外なんだ。俺は彼女を目の前で失った。そうさ、恐怖に負けたんだ!!」

 

さらに剣を振るうスピードが速くなる。

 

「’俺たち’SAO生還者の記憶を使えば救えるんだ!」

 

「お前の記憶も懸けるのか。」

 

「っ……ああ!」

 

これほどの剣技をできるのは、攻略組でもそうはいなかった。俺が日常に浸っていた間、彼は強くなり続けていたんだ。八幡も伊月も鍛えて、更に新たな戦い方を身につけていた。どんな手を使ってでも、大切な人を守るのはみんな変わらないんだ。

 

そして、もちろん……

 

「俺も!」

 

「くっ……」

 

「俺も譲れない想いがある。」

 

「なぜ!こんなに強い!?」

 

「守りたい人達がいる。そして、支えてくれる家族がいる!」

 

俺も明日奈も。

ずっと一方的に、お互いを守ることばかり考えていた。

 

ユイがいて、俺たちはもう家族なんだ。

 

 

「彼女を救いたいんだったら、守りたいんだったら」

 

両手で握った片手剣を振り下ろす。

 

「まずお前自身を大切にしろよ!ユナを泣かせるなよ!」

 

「くそおおお!」

 

フェイントをかけ、すれ違うように、首の機械を剥ぎ取る。

 

予測装置は、彼の脳へ確実に負担となっていた。

強制される動きは彼の身体へ確実に負担となっていた。

 

 

「っ!ちくしょー!」

 

全身全霊の、輝く《スラント》

 

それがお前の『心意』だというなら。

 

「俺たちの『心意』はそれを超えていく!」

 

左手に《光》を生み出す。

幻影の細剣で剣を押しのけ、間髪入れず斬撃。

《ダブル・サーキュラ》

 

 

「敗け、か……」

 

地面に手をついたまま立ち上がらない。

 

彼の装備が消える。

悔しがるのではなく、どこか納得した顔。

 

 

 

しかし、

次第に会場の雰囲気に俺たちは疑問を抱く。

 

「歌が、聴こえなくなった……?」

 

ピロン

 

それは明日奈からのメッセージの通知音だった。

 

「会場にボスモンスターが!?」

 

 

「SAO生還者がこの場所に集められている。」「つまり、一網打尽ってわけか。」

 

八幡と伊月も勝ったんだな。

それよりも、マズい状況だ。

 

全員からスキャンして、記憶を奪うつもりだ。

それほどまでに、重村教授は娘さんを……。

 

 

 

幽霊のように、消えてしまいそうに、エイジは立ち上がる。

 

「俺も直に、記憶を失うだろう。俺の事は忘れて、幸せに生きてくれって悠那に……グハッ!」

 

気付けば俺は殴っていた。

許せなかった。

 

脳裏に1人の少女が浮かんだ。

彼らは確かにいた。

 

俺が独りだった頃、犯した『罪』

あの5人は俺が殺したようなものだ。

 

あの世界から逃げたいと言っていた少女を俺が立ち上がらせて、守れなかった少女がいる。

―――クリスマスソングで赦してくれた少女

 

「自分で伝えろ。」

 

 

 

涙を流すエイジの腕を伊月が掴んで立ち上がらせる。

 

「助けを求めるのなら、俺たちも力を貸す。」

 

「それは……」

 

―――エーくん、待ってるから

エイジは目を見開く。

最後にそう呼んでくれたのは、その最期から久しい。

 

 

「ああ。会いに行くよ、今。」

 

 

 

「いい顔するようになったな。」

 

「……エイトさん。」

 

「すまんな、調査不足だった。ちゃんとお前らのこと書きこんでおくぞ?」

 

歌で中層の剣士を癒した少女の名を残してくれる。

エイジがそのことを一番知っている。

 

「それと、新アインクラッドに来い。続編での活躍を待ってる。」

 

「ええ。《歌姫》を支える《剣士》の名を知らしめてやりますよ。」

今なら、まだ間に合うだろうか。悠那

 

 

 

 

 

 

***

 

俺たちは会場まで戻ってきたが、阿鼻叫喚だ。

 

 

「キリト君!」

「ミカヅキさん!」

「エイト!」

 

青眼羊から、骨ムカデから、死神から。

大切な女性を救った。

 

 

「休む暇もねぇな……」

 

息切れが激しい。

未知の90層クラスもうじゃうじゃいて、キツい。

 

 

「エーくん!」

 

「悠那!ありがとう!」

 

巨大な盾とランキング1位の《不死属性》を使って、悠那はエイジを守る。

 

《ユナ》も、悠那へ次第になっていることから、時間もあまりないだろう。見境なく行う高出力スキャンで『SAO』の記憶どころか全部奪われそうだ。オーディナル・スケールプレイヤー、特にSAO生還者は、目つきが戦士のそれと変わっていて、オーグマーを外すことはしないだろう。

 

 

「くそっ、どうすればいいんだ。重村教授は聞く耳を持たない!」

 

「……みんな聞いて。」

 

その声は戦いの場に響いた。

 

「旧アインクラッド100層ボスを倒せばなんとかなる!だから、お願い。」

―――力を貸して、英雄たち!

 

 

なんて無茶な依頼だ。

 

75層でヒースクリフと戦った時のように、運命を決める戦いである。リスクは高くて、もし失敗すれば俺のせい。さらに、今以上の絶望的な戦いを強いられるだろう。詩乃や小町、大切なやつらだけを救うなら、この場から逃げればいい。オーグマーを外して、現実逃避すればいいのだ。

 

それでも、『生きる』と決めたから。

 

「わかった!」「了解。」「身体は頼むぞ。」

 

「「「うん。」」」

 

彼女たちが勇気をくれる。

だから俺たちは剣を取って、『希望』へ立ち向かっていける。

 

 

「ここは俺たちに任せてください。」

 

頼りになる剣士も、ここにいるしな。

 

 

「「「リンクスタート!」」」

 

―――フルダイブ

 

 

「ここが第100層紅玉宮の中か……っておい。」

 

「さ、さて、ぶっつけ本番か。」

 

「作戦は、ガンガンいこうぜ、だな。」

 

溜息をつきながら、冷や汗をかきながら、目を腐らせながら、

 

ちょっと頼りない剣を抜く。

 

 

ドーム状の紅玉宮の中にいたのは、巨神。今まで、見てきたどの巨人よりも大きい。HPゲージは10本。武器は巨大すぎる片手剣と、巨大すぎる槍。

 

無茶苦茶なラスボス。

言いたいことは、これだけだ。

 

 

「「「茅場ァ!!」」」

 

 

ガキン ガキン

 

曲刀と両手剣が悲鳴を上げる。

全力の筋力ブーストをかけ、《ソードスキル》を相殺する。

 

 

「「スイッチ!」」

 

 

キリトが巨大な腕を駆け上がり、跳び上がる。

 

「うおおおお!」

 

片手剣奥義《ファントム・レイヴ》

剣を華麗に回し、奇跡を描く6連撃。

斬り上げ、斬り下ろし、斬り下ろし、刺突、斬り下ろし、そして振り下ろす。

 

 

おそらく弱点である顔面に攻撃が入ったとはいえ、1本目のHPバーが半分削れた程度。

 

「特殊行動か!?」

 

「気をつけろ!」

 

「……いや」

 

ボスの一部である《大樹》から一滴の雫が落ちる。

 

「まじかよ……」

「たぶん全回復。」

「チートかよ……」

 

ボスは嘲笑う。

 

タイムリミットまでの時間はない。―――勝つ確率はゼロ。

 



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