干物姉!はるのちゃん (雪ノ下干乃)
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陽乃4年 八幡1年 夏 EP001 八幡の日常 

「比企谷、今日のコンパこれそうか」

「いや、この後会社があるんで無理だわ」

「今からインターンか。どんだけやる気あるんだよお前」

 

 そういうわけじゃねーよ。俺は自分の生活費は自分で稼がないといけないんだ。

 

 総武高校を卒業する年、私大文系難関に進学する予定であった俺は人生が大きく変わる事件に遭遇した。

 

「お兄ちゃん、お父さんリストラだって。小町、大学行けないのかな」

 

 いやいや、俺も困るわ。家から通える国立大学の教育学部に進路を変更し、雪ノ下にも苦手な理系のフォローをしてもらい、何とか進学する目途が立った矢先、親父から衝撃の事実を告げられる。

 

 それはなんと、俺を残して家族は引っ越すこと。そして、親父の再就職の条件として、ここにある人物と一緒に住まねばならなくなるってことであった。

 

 俺が油断している間に俺以外の家族の荷物は引っ越しの準備が完了し、夜中まで撮りためていたアニメを明け方まで見ていたある日のこと、俺が寝ている間にこっそりと引っ越していった。

 

 なので、リビングや俺の部屋はそのままで、雪ノ下さんの部屋は小町の部屋(俺の部屋よりかなり広い)を使用することになっている。俺の部屋にはうちかぎが装備されているので問題はない。

 

 

 

「比企谷君、ひゃっはろ~♡ お姉さんと一緒に住めて嬉しいでしょ~」

 

 たしかに、中高年の雇用は厳しいものがあるのは理解できるし、今までの条件に近い形での契約内容であるため、親父は躊躇なく契約書にサインした。

 

 親父は雪ノ下建設に息子と魂を売ったらしい。マジ社畜の鏡。

 

 

 

 雪ノ下が受験のフォローをしてくれた理由も、雪ノ下さんにあったことが判明。

 

 雪ノ下と1年ほど前から一緒にタワマン暮らしをし始めた雪ノ下さんの生活の乱れが……度を越して加速していたらしい。雪ノ下は神経質だし几帳面なのでモデルルームのような家に住んでいるのだが、雪ノ下さんはずっと実家暮らしで生活能力がとても低い。

 

 正確に言うとだ、今まで親の目を意識して雁字搦めに自分を律してきた強化外骨格がここにきて一気に綻んでしまった。

 

――― 結論、あの『干物妹!う●ちゃん』のように、家では完全に2頭身のおバカキャラになりきり、インスタント食品やデリバリーピザ、ポテチとコーラに溺れ、ゲームにアニメ三昧の残念お姉さんに進化したらしい。

 

 そして、自分の主張が通らないと、幼児のように泣きわめくらしい。2頭身で。

 え、2頭身ってどういうこと。それに、家ではパンイチキャミで頭から雪ノ下から強奪したパンさんブラケット(被るとパンさんのように見える着ぐるみ風:これも雪ノ下が追い出したい理由の一つになったらしい)を被っている。目のやり場にこまるんですが。

 

 今のところ、両親と雪ノ下以外には2頭身には見えないらしく、俺もまだランダムに出現する程度で済んでいる。

 

 

 

 

 地元の進学校を優秀な成績で卒業した、同時期に在籍した生徒は知らぬものがいない完璧超人。地元の国立大学工学部に通っている容姿端麗かつ品行方正、成績優秀・スポーツ万能であらゆる教授からも太鼓判を押される評判の女子大生。

 

 さらに老若男女問わずに好かれている人柄。ミスキャンパスにも選ばれ、大学で研究を続けることを嘱望されながら、家の事業を継ぐために進学を断念する、キャンパスの女王様。

 

 だがその実態は、家に帰ると頭身がデフォルメ(二頭身キャラ)になり、「美姉(びあね)」から、夜更かし・偏食の不摂生かつグータラな生活を好む「干物姉(ひもあね)」となる。

 

 俺も小町のヒモになりてえ。まあ、それはそうなんだけど、現実を見ないといけないからな。

 

 

 

 

 ご両親は考えた。このままでは、雪乃まで駄目になってしまう。どこかに、陽乃の相手ができる者はいないか。そこで、雪ノ下はうっかり俺の名前を出してしまったらしい。

 

「だ、だって、わたしも姉さんとの同居に耐えられなかったのよ。脱ぎっぱなしのスーツや下着、食べかけのお菓子の袋、食べこぼしのシミのついたソファー、今まで見たこともなかった昆虫類も現れるようになったの。受験生なのに、どうしようかと思ったわ」

 

 基本的な最低限の家事がこなせること、姉との相性、なによりゲームやアニメにそれなりに詳しい俺に白羽の矢が立つことになる。

 

「小町さんの明るい未来の為ですもの、あならなら必ず引き受けてくれると信じていたわ」

 

 良い笑顔で重荷を押しつけてんじゃねーよ。

 

 

 

 

 そんなわけで、俺の朝は雪ノ下さんを出勤させるところから始まる。え、4年の研究室は雪ノ下建設内にある産学協同なんだ。だから雪ノ下建設に出勤する。俺も講義終了後にそっちに行くわけだ。

 

 前の晩、夜中までゲームをしたまま寝落ちをリビングでした、パンイチキャミの雪ノ下さんの周りのごみを片付ける。ポテチの袋、竹槍の里の空箱、コーラのペットボトル。ツウは1.5ではなく1Lを買う。キャンプのアーミーさんは500ml感覚でラッパ飲みしていたな。

 

「あ、比企谷君おはよう」

 

 キャミの裾がめくれて、下半分見えてますよ。朝から。

 

「朝ごはんの用意できてます。コーヒーとベーコンエッグぐらいは口にして行ってください。あと、このままだと確実に隠れ肥満ですよ。だたでさえ脂肪が多いんですから、気をつけてください」

「そっか~ 比企谷君は朝からお姉さんの脂肪の塊に魅力を感じているのかな?」

 

 そういうのいいので、シャワーでも浴びて着替えてください。顔にポテチのカスがこびりついていて、美人台無しですよ。

 

 

 

 



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EP003 八幡の大学生活

 俺が西キャンパスの女王陛下、雪ノ下陽乃の舎弟であることは意外と知られている。そりゃ、入学早々連れだって歩いているのを見られているからだな。え、いじめだよ。

 

 俺には仕事帰りに重大な任務がある。その晩と2日分くらいの食材を調達するためにスーパーに寄ることだよ。なんでまとめて1週間分買わないかって? 雪ノ下さんがあればあるだけお菓子食べちゃうからだよ。だから、せいぜい2日分以上の食材は購入しないのだ。どんな小学生だよ。

 

 

「比企谷、今日も雪ノ下先輩と同行なのか。なんでお前知り合いなの?」

「……まあな。あの人の妹と部活仲間でな。高校時代からの知り合いなんだ。高校も同じだしな。そういう意味では、近しい関係なのかもな」

「マジか、やっぱ妹さんも美人なのか」

「顔はよく似ているけれど、雰囲気はかなり違う。もっとお嬢様って感じでな。楚々とした黒髪ロングのスレンダー美人だ」

 

「そんな人と同じ部活とかうらやましいな。どうして入部したんだよ」

「俺は生徒指導の先生に目をつけられてな、雪ノ下……さんの妹が部長をしている部活に無理やり入れられて、その辺で知り合った感じだな」

 

 うう、まじであの時ショッピングモールで会わなきゃ、文化祭も折本の件も何もなしで済んだんだよな。文化祭は無理か、無理なのか……

 

 

 

 

 今日は4限まであったので、雪ノ下建設に到着するのは17時過ぎそうだった。

 

『比企谷君、今どの辺』

「もう少しで会社に到着します」

『お願いがあるんだけどいいかな』

 

 来たよなんだよ、何買って来いっていうんだよ。

 

『ガリガリ君のコーンポタージュ味が食べたいの。買ってきて』

 

 あー仕事が煮詰まっているのかな。不味いな、すげえ不味いな。

 

「雪ノ下さん、コンポタ味は今発売されていません。ナポリタン味もです。他のガリガリ君でもいいですか」

『……コンポタ味が食べたい』

「ですから、今製造されていなので買えませんよ」

『でも、食べたい……』

「無理です」

『食べたい』

「無理」

 

『…………たべたい……食べたい食べたい、絶対食べたい食べたいィィィィ‼』

 

 

――― だぁめぇか~ぁ

 

 だからあんた隔離されちゃうんだよ。環境事業推進室 通称「干乃(ひもの)ルーム」は雪ノ下建設の地下2階にある旧リストラ部屋に当たる場所に存在するのだ。え、後継者が干物姉だってばれたらまずいからだよ。

 

「とにかく、何か美味しそうなガリガリ君買っていくので待っててください」

『うん……うん、わかった』

 

 とりあえず、大人なゴールドキウイ味で機嫌を取ることにする。だめならチョコチップ味だな。どっちかで喜べよ、雪ノ下干乃。

 

 ゴールドキウイ味のアイスキャンディーに、ガリガリ食感のジューシーなゴールドキウイ味のかき氷を入れたアイスキャンディーだな。ニュージーランド産のゴールドキウイ果汁を33%使用し、さらにキウイの種をかき氷の中に混合している。どんだけキウイ好きなんだよ。

 

 ガリガリ君リッチ チョコチョコチョコチップ味は、チョコ味のアイスキャンディーの中に、チョコチップ入りのチョコかき氷が入ったアイスキャンディー。チョコ入れすぎ。なんと、ガリガリ君なのに130円もする高級品。外のチョコアイスには生チョコレートを混ぜ込むことで、濃厚な味わいとなめらかな口あたりを演出。中のカキ氷には口どけの良いチョコチップを混合し、チョコの風味・食感・口どけを存分に味わえる商品に仕上げたらしい。

 

「比企谷君、なかなかいいチョイスだね。このチョコチョコ言ってるのがいいかも。冷房がキンキンに聞いているこの部屋でチョコアイスはリッチな感じがするね」

 地下二階に幽閉されていてリッチもくそもない、だがしかしセーフだぜ。折本、お前の分もあるぞ。

 

「あ、ありがとう比企谷」

 

 折本とは、あの折本かおりさんです。折本は環境系の専門学校に進学していて実習的な意味で雪ノ下建設に週に1.2回来ている。来年はもっと多くなると思う。偶然雪ノ下さんに見いだされ(たとはとても思えないので、何らかの工作がいずれかのレベルにおいてなされたと推測され)ここにきている。

 

 折本は実習の多い学校なので、中学時代のようなショートに近い髪型になっていて、ちょっとなついな。折本はこの髪型のほうが可愛いと思うぞ。高校時代のあの髪型は、おばさん臭かったな。

 

「比企谷、よく耐えられるよね。マジうけるし」

「うけねえよ。こんなのかわいいもんだ。もっと大変だぞ家では」

「……そうなんだ」

 

 おう、同情するならヒマをくれ。

 

 

 

 どうやら、またもや交渉が暗礁に乗り上げているようです。え、だって指導教授が適当でさ、雪ノ下さんに丸投げなんだと。

 

 確かに、雪ノ下さんは 立てばシャクヤク 座ればボタン 歩く姿はユリの花と称される美女中の美女だが、今の姿は、立てば炸薬 座れば座薬 歩く姿は彼岸花 といった風情で、先ほどまでむしゃくしゃしていたのか、盛大に食べたであろうと推測されるポテチの食べかすが床に散乱している。

 

「雪ノ下さん、床下にナイナイするのやめてください。二度手間なんで。折本、すまないがそこの掃除機取ってくれ」

「はい、比企谷」

 

 はーあぁ、かの有名な大損の掃除機の最大の任務、干乃さんの食べかす掃除を頑張って行いますよ。めんどくせえ。折本は雪ノ下さんの書いたメモを清書している最中のようだ。うん、そういう書類仕事多いんだよね。雪ノ下さん自身でやるよりも、一旦他人の脳内フィルター通した方が、雪ノ下さん自身が客観的に見ることができるので、折本の仕事は結構大事なんだ。

 

「比企谷君、一旦ここで締めて、続きは明日にしようか」

「そうですね。買い物もしないといけませんからね」

「今日は……ジャンボハンバーグかな」

「何味にしますか」

「そこは、和風ソース味かな」

「了解です」

 

 はあ、さて、今日の第2ラウンド始まるよ。

 

 

 

 



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EP002 陽乃の日常 

「雪ノ下さん、そろそろ起きてください」

 

 我がバトラー比企谷君が私を起こす。うう、昨日もまた寝落ちしてしまった。え-だってゲームって始めるともう少し、もう少しって思ってさついつい夜中までやっちゃうんだよ。現実逃避ってやつかもしれない。

 

「先にシャワーを浴びて来てください。その間にトースト焼いておきますから」

「それよりコーヒー頂戴」

 

「……体がポテチカスだらけなので、先にシャワーでお願いします」

「はーい」

 

 浴室に向かうと……顔にたくさんのポテチカスが付いている。これを見られたら100年の恋も冷めるだろうね。あはは。さて、シャワーを浴びてスッキリしよう。

 

 

 

 実家を離れ、雪乃ちゃんのマンションで暮らし始めた当初はなかなかなじめなかった親元を離れた生活なのだが、大学の研究室が雪ノ下建設の事業との産学共同研究ということもあり、私の中では少々ストレスに感じていたわけなのだ。

 

 政治家としてまた建設会社のオーナーとして雪ノ下の家では、環境に対する取り組みをすることに関する研究を私の大学に持ち掛けた。テーマはビオトープ。

 

 ビオトープというのはね、生物の生息場所を意味するドイツ生まれの概念であるで、ドイツ語なんだ。英語だとバイオトープになるのかな。生物学の用語だよ。

 

 1970年代のドイツでは、池沼や湿地など身近な自然環境における生物保全の重要性が認識されるようになったのね。人工的に作られた河川の形態をより自然に近い形に戻し、多様な自然の生物を復活させ、本来の自然が持っていた浄化・修復能力を利用する観点から、近自然河川工法という言葉が使われるようになりました。これまでは機械的に形作られてきた河川護岸を、生物の生息場所であると意識し、それを積極的に利用する方法が始められたんだよ。

 

 雪ノ下建設が土木事業に参加する際に、こういう自然環境を保全する施工方法で提案することで、付加価値のある事業展開を行えるようにすることを考えたわけ。

 でもさ、正直私が先頭に立って考えたり調べたりしなければならない事ばっかりでさ、会社と大学はお金と場所は提供してくれたけれど、あとは丸投げに近いわけ。大学3年生で、そりゃ大変だったのね。

 

 で、気が付くと、ジャンクフード大好き、ゲームアニメ大好きな女になっていたのよ。だって、一人で楽しめるものってそのくらいしかないんだもん。しょうがないじゃない。確かに、受験生の雪乃ちゃんには悪いことしたなとは思うけど、雪乃ちゃんは親の希望する大学とはいえ、自分の希望する進路が選べたのよね。とある宮廷の法学部よ。私はそうじゃない。この事業だって自分が好きで選んだのとは少々違うんだよ。

 

 そりゃ、コーラとポテチとデリバリーピザでも食べなきゃやってらんないわよ。確かに、雪乃ちゃんの部屋は汚部屋化したけどさ、忙しいんだからしょうがないじゃないね。

 

 

 

 

 雪乃ちゃんからいろいろな問題が両親に報告され、私は雪乃ちゃんのマンションを追い出されたんだ。そこで、実家に帰すわけにもいかないってことである家に下宿することになったわけ。

 

「……なんで雪ノ下さんが俺の実家に住むんですかね」

「それは……運命?」

 

 あの時の比企谷君の顔は、生涯忘れられない顔だったよ。

 

 

 

 

 妹の部活仲間であった比企谷君のお父様が雪ノ下建設に就職する代わりに、私の生活全般のサポートを彼がすることで契約成立したらしい。家事もできるし、なにより、私がある程度気を許すことができる知り合いというと、彼以上の存在はいなかったということなんだな。

 

 

 

 

 私がシャワーを浴びて出てくると、既に今日の分の着替え一式が用意されていて、下着からインナー、スーツにコートまで整っている。

 

「今日はベージュのアンクルブーツで合わせてください」

「了解。流石比企谷君、手際がよろしいようで」

 

 私の食べこぼしのお菓子のカスを掃除機で吸いながら、背中越しに会話する 比企谷君。うん、背中が語っているよ。『陽乃さん大好きです』ってね。

 

「姉さん、いい加減にして頂戴」

 

 あれ、何で雪乃ちゃんがいるのかな?

 

「比企谷君だって姉さんの面倒を見る以外の仕事もたくさんあるのよ。もう少し、雪ノ下家の長女としての自覚を……」

「持ちすぎちゃったから今この状態なのよ。少しは休ませて~♡ ところで雪乃ちゃん今日はどういうご用件で」

「母さんが様子を見てきなさいってことで、大学に行く前に寄ったのよ。やっぱりあまり変わっていないのね」

「そりゃ、比企谷君がたーっぷり甘えさせて『ませんよ。全然ません』……かな」

 

 雪乃ちゃんはなんだかんだ言って比企谷君が好きなのよね。で・も・比企谷君は私専用の世話係なのだから、貸してあげないよ。

 

 

 

「いってきま~す」

「お気をつけて。大学終ったら会社に向かいますので、帰りは買い物していきましょう」

「OK、じゃね~♡」

 

 私は愛車のAudi Q2に乗り込みエンジンをスタートさせた。今日も一日始まったよ。

 

 土木工学では都市化や産業活動によって生物がすみにくくなった場所において、周辺地域から区画して動植物の生息環境を人為的に再構成した意味でも用いられているのね。土木工学では河川、道路、公園、緑地などを整備する際の生態系の多様性の維持という観点でもビオトープの概念が用いられているんだ。生物環境に配慮した様々な事業を広くビオトープと称することもあるんだよ。

 

 雪ノ下建設では、護岸工事や親水公園の建設なんかから始めて、里山の育成とか千葉は自然環境をバブルのころに破壊して造成したような住宅地が多いので、そこを回復させる形で公共事業や宅地の整備を行う提案をするつもりなんだよ。

 

 雪ノ下建設内に設けられた『環境事業推進室』っていうのが企業側の窓口で私がその代表者の室長。大学側も……以下略よ。メンバーはもちろん大学の研究室のメンバーがいるけれど、雪ノ下建設内で仕事をしているのは私と比企谷君と、あともう一人の知り合いだけ。実際は、私の隔離部屋にみたいなものなの。

 

 そりゃ、家でストレス発散するくらいしょうがないと思わない?

 

 

 

 



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EP005 陽乃の帰宅

 今朝も雪乃ちゃんは理由をつけて比企谷君に会いに来ていたね。いい傾向じゃないかな。

 

 そりゃ、比企谷君は可愛いもんだけど、弟分だよね。だから、雪乃ちゃんと結婚して本当の弟になるというのもいいんじゃないかな。雪乃ちゃんは捻くれてて、不愛想で、受け身で、自分が希薄な女の子だからさ、あの子と付き合うのは大変だと思う。めんどくさくてさ。

 

 え、その何倍も私は面倒くさいのは言うまでもないじゃない。それに合わせられる比企谷君は大したものだよ。安心して雪乃ちゃんを任せられる。私の面倒も一緒に見るくらいわけないよ、多分、きっと。

 

「……聞いてますか雪ノ下さん。1日のお菓子は300円まで、コーラは1Lまでです。糖尿になりますよ。一気に老けますからね、自慢のボディーラインがシワシワのタレタレになりますよ」

「はいはい、先生、バナナはお菓子になりますか」

「バナナはおやつには入りますがお菓子ではありません」

 

 などと、いつもの調子で車を運転しつつ、いつもの食品スーパーにやってくる。

 

「雪ノ下さん、カートはいりません。そんなにたくさん買わないんですからね」

 

 私は一目散にお菓子の処分コーナーに走る。季節外れの季節限定品が半額で売られているのだ。今だと……冬季限定商品が沢山ある。これなら、300円でたくさん買えるのだ。ふふ、生活の知恵だよ諸君。

 比企谷君が遠くから「このお姉さん何やってるの」って感じで見ているが気にしな~い。だって、300円でいかに充実したジャンクフードライフを過ごすかでしょ。後でこっそり、冷食のピザもかごに入れておこう。

 

――― ピザはお菓子ではないのでセーフ。

 

 あ、この割れている「からーいイカ」が安いわね。ふふ、3個まとめ買いしましょう。箱を落とした従業員さんありがとう‼ そして、冬季限定冬のクリームポタージュ味のジャガリコもまとめ買いです。今日はこんなもんでしょうか。明日の分まで買っておくと……

 

「雪ノ下さん、明日も来ますから300円までです」

「えー毎日来るの大変じゃん。いいよ2日分買えば」

「今日1日で2日分食べるんでしょ。絶対だめです」

 

 やはりバレているな、当たり前か。もう何度も使った手だからね、今日はおとなしく諦めよう。さっきアイスも食べたしね。

 

 

 

 

「比企谷君、ひき肉は何グラム買うのかな」

「何グラムにしたいですか」

「200gくらい」

「俺はその半分で十分です。中に玉ねぎとかニンジンとか刻んで入れますよ」

「えー肉だけで『デブになりたいんですか』……そうだね。野菜も大事だね」

 

 比企谷君はいろいろ細かく気を使ってくれているのはよくわかる。うん、私の事ちゃんと気遣ってくれているんだよね。仕事だからなんだろうけれど、それでも嬉しいな。

 

「ちょっとワインも飲みたいんだけど」

「俺は飲めませんからハーフボトルにしてください」

「えぇー、あんまり選べないんだけど」

「フルボトル一人で飲んだら、すぐ寝ちゃいますけどいいんですか」

 

 良くないよ、よくない。今日は比企谷君がその昔撮りためたふたりはフ○リキュアのシリーズを見るんだ。もちろん二人でだよ。ラブラブチュッチュだよ…………嘘ですごめんなさい。

 

 比企谷君は、こ~んな魅力的なお姉さんと二人っきりで生活しているのにも関わらず、何もしません。奉仕部のあの頃とおんなじなんだ。依頼だからとか、仕事だからとか言って自分の感情にも蓋をして、相手の気持ちも考えないでさ、竹林で怒られてきなよもう一度。

 

 なんてことは私にではなく、雪乃ちゃんのことで考えて欲しいんだよ。二日と空けずに顔を出すのはさ、私に取られるんじゃないかと心配だからでしょ。でも、彼は「雪ノ下は姉の様子を見に来ているだけ。あとは、俺の仕事振りを実家に言われて確認しているだけ。俺自身には興味が無いはずだ」って相変わらずの自意識の化け物でさ、思い込もうとしているよね。

 

 だから、更に折本ちゃんも入れてみたんだよ。雪乃ちゃんが焦ってさ、比企谷君が雪乃ちゃんと向かい合えるようにってね。でも、今のところは高校時代と変わらないんだよね。部室がここに変わっただけでね。でも、まるっきり縁が切れるわけじゃないからそれはそれでいいかな。

 

 

 

 

 比企谷君がコネコネし一寸熟成させている間に、私はワインを飲みながらプリキュアの一番最初の作品を見ている。私は当然ブラック派。え、だってキュア・ホワイト雪乃ちゃんぽいからさ、だから私はブラックを選ぶわけ。いかにも女の子で~すって感じがいけ好かないのよね。

 

「どうですか、最初のプリキュアは」

「私はこのへん見ていないからわからなかったけど、セーラムーンの後にこれが始まったときは衝撃だったのを何となく覚えているかな」

「いかにも少女漫画から、ヒーローものっぽくなりましたよね」

「そうそう。セーラームーンの原作者って富樫の嫁さんだよね」

「よくご存じで。夫婦で大物漫画家ですからね。すごいですよ」

 

 お金持ちでヒマがあれば、無理して漫画かかないよね。私もそういう人生送りたいな~。まあ、しばらくは無理かな。優秀な旦那を顎でこき使える身分に早くなりたいものだよ。

 

「でも、雪ノ下さんがこんな風にハマるとは思ってもみませんでしたよ」

「そうだよね。私も面白いと思えるって……思えなかったもの」

「何がきっかけなんですか」

 

――― 何がきっかけなんだろうね。今まで自分一人のことは何とでもなったけどさ、相手がいて、行政とかいろいろな手続きや根回しが必要で、こんなに調整調整で時間を取られるなんて思いもよらなかったよね。

 

 所詮、今までの私の優秀さなんて、子供の世界での優秀さでしかなくて、これから長い道のりを休まずたゆまず歩き続けなきゃいけないって思い知らされた。

 

 だから、一瞬のカタルシスを得ることができる、アニメやゲームに爽快感を 感じたのかもしれない。やってみたら、見てみたら面白かった。短い時間で心を慰めることができた。そんな新しい発見があったからだろうね。

 

「君はさ、自分の無力さを感じて……アニメやラノベが好きになったのかな」

「現実逃避……ですね。最近は『なろう系』とか言われる、最初から最強の主人公が無双する話が多いんです。人気もある。それまで10代、学生が主な読者層であったラノベが年齢が上がって、そういう現実から乖離している、例えば異世界やゲームの中で活躍するような風潮が最近のはやりです。パルプフィクションの系譜ですよ」

 

 つまり、現実逃避したいオジサンたちが異世界で活躍する、転生するって設定で喜んでブヒブヒ言っているというわけね。素晴らしいマーケティングだね。

 

 SFだってファンタジーだってサスペンス・ホラーだって現実逃避といえばその通りなわけで悪いことじゃないじゃない。気分転換、明日への活力の源だよ。

「じゃあ、そろそろハンバーグ焼きますね」

 

 比企谷君は席を立ち、キッチンに向かう。この話が終わるころには夕食の時間になるだろう。やっぱ、ワインはフルボトルにすべきだったかもしれないが、酔って寝落ちするのは避けたいので、今日は早々にベッドで寝ることにしよう。若いとはいえ、10代のJKではないのだ、徹夜や夜更かしはお肌の敵です。

 

 

 

 



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EP010 折本遭遇

 大学の講義が終了し、雪ノ下建設の本社に到着。これから雪ノ下さんの仕事の手伝いだぜ。

 

「あ、比企谷じゃん。おいっす‼」

 

 入口から入って奥の階段フロアのそばにある休憩スペースで、ドリンク休憩している折本と遭遇する。

 

「どうした、さぼってんのか」

「違うよ。仕事が一区切りついたから休憩してきなさいって室長に言われたんだよ。ちょっと一人で集中したいみたいだったからさ」

 

 なるほど、由比ヶ浜ほどではないがこいつも意外と空気読むんだよ。え、中学時代は空気読んで俺の告白断ったんじゃね。たしかに、あそこでOK出していたら、俺は毎日放課後、各クラスのヤンキー系に体育館裏に呼び出されてボコられていたかもしれん。

 

――― いやいや、単純に需要が無かっただけだよ。

 

「でもさ、室長とイッツも一緒じゃん。比企谷大変そうだよね」

「……折本、大変そうじゃなくて、大変なんだよ」

「だよね~うける。でもさ、室長が比企谷に駄々こねているの、絶対演技だよね」

 

 そりゃそうだ。あんな完璧超人が未就学児童みたいに駄々こねて泣きながら転がりまわるなんて演技じゃなきゃ困るわ。

 

「もしかして……メンヘラ?」

「折本、ここがどこなのかよく考えてから発言しろ。あと、思ったことをすぐ口にするのは直した方がいい。もう、子供だから学生だからは通用しないぞ」

「だ、だよねぇ。気をつけるよ」

 

 折本は俺の肩をパンパンと叩いて去っていった。

 

「比企谷、先に戻るね。一緒に行くのも何だから、少し時間空けてから来なよ」

 

 ほら、中々気が利いているだろ。

 

 

 

 

 折本に少し前に聞かれたことがある。

 

「比企谷さ、雪ノ下さん、室長の妹さんとは最近どうなの」

「1日おきくらいに顔を見るな。平日大学の行き帰りに顔を出して、差し入れしてくれたりするぞ。あと、週末は1日は俺の妹と一緒に家に来て一緒に飯食ったり泊っていったりするな。連休中は続けて泊まることもあるし、何だかんだあいつも姉のことが気になるのかね」

 

 最近、親父たちの寝室が「雪乃&小町スペース」となりつつある。流石にパンさん関係のお持ち込みはないものの、着替えなんかは何日分かはストックされているんだ。

 

「えーなんで比企谷の妹と一緒に来るの?」

「小町は、雪ノ下と同じマンションで生活しているんだ。俺んち来ないときも夕飯一緒に作って食べたりするみたいだな。小町も勉強見てもらったり、実の姉妹より姉妹らしい関係のように思えるな」

「へえぇ、じゃあさ、妹さんから攻略されてるって感じなのかな」

 

――― 攻略? 小町を攻略してどうしようってんだ。もしかして、俺を奉仕部の備品から、雪ノ下建設の備品にしようと姉妹で画策しているのかもしれん。やらせはせん、やらせはせんぞ‼ 俺はビクザムで旅立つぞ。

 

「そうじゃなくて、ほら、明らかに比企谷と会いすぎだから。それで付き合ってないなんて、誰も信じないよ。どう考えても、室長か妹さんのどっちかと比企谷付き合っているとしか思えないんだけど」

 

 なに恐ろしいこと言ってらっしゃるのかしら折本かおりさん。俺があの姉妹にどんだけ酷使されてると思ってんだよ。

 でも、最近雪ノ下は大学生になって、小町と接するあとかまくらもいるからな、色々癒されてるんだろうな。高校時代のピリピリしていながら、どこか儚げで脆い感じが無くなって、地に足ついているもんな。

 

 あいつは将来は雪ノ下建設の法務関係の部署でも入るのか、雪ノ下さんと会社の経営を引き継いでいくのかね。現場の実務は姉、内務総務は妹って感じで役割分担する。そして、そのコネクターが俺……心コネクトされないな。へし折れるわ。

 

「でもさ、なんで比企谷そんなに頑張れるの?」

「実はな、俺の親父ここに再就職させてもらっているんだよ」

 

 ということで、一連の話をする。実際、今住んでいるところは雪ノ下建設の 社宅扱いみたいだし、実家を貸し出しているのも社宅として借り上げてもらっているらしく、そのままローンの返済と相殺されているので、給与所得以上にキャッシュは潤沢なんだそうだ。なるほどね、事業をしている人はその辺上手くやるもんだね。

 

「へえぇ、つまり、比企谷はお父さんと妹さんを人質に取られて、室長姉妹に無理強いされているってわけだ」

「まあ、助けてもらったと言えばその通りだな。別に、俺が苦労する分には問題ないだろ。あのまま親父が失業していれば、住宅ローンも返せないし、俺と小町も進学できないだろ。住むところも進路も心配しなくて済むだけで大いに雪ノ下の家には借りができているんだ。

 だから、俺と小町が大学卒業するまでは頑張るつもりさ。それで、俺は、公務員試験でも受けてどこかの土木部にでも潜り込むつもりだ。

 実務経験ありになるだろうから、現業系なら何とかなるだろ」

 

 その辺も計算のうちだな。河川改修とか自然環境保護の実務経験者で新卒枠なんてそうそういるわけないからな。セールスポイントとして大きいだろ。

 

「あはは、流石比企谷だね。あのクリスマスイベントの時も思ったけど、やっぱ、頭いいんだな。うちの玉縄君たちじゃ、せいぜい背伸びして訳のわからないこといってお茶を濁すくらいしかできないはずだよ」

「そして、雪ノ下に『ごっこ遊びがしたいならよそでやってもらえるかしら』って言われて轟沈するまである」

「違いないね」

 

 中学時代、勝手に勘違いして好きになり、告白しフラれ、傷ついて自分を否定するきっかけになった同級生。そして高校時代に再会し、俺のことを変わった、友達にならなれるかもって言ってくれた女。今は、同僚なのかな。ずい分と色々話せる関係になったような気がする。

 

 折本かおりは、話せる女なんだよな。でも勘違いして惚れたりしないし、雪ノ下姉妹とも仕事として接しなきゃだよな。気を引き締めておこう。

 

 

 

 



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EP004 雪乃の事情

 わたしのマンションに姉さんが住むようになって最初のころは楽しかったわ。

 

 でも、姉さんが研究室に通うようになって、だんだんお部屋が汚部屋になってきたのよ。

 

「姉さん、共同生活しているのだから、自分のことは自分でやって頂戴」

「ええ、いま研究室の立ち上げで大変なんだよ。大学と雪ノ下建設の間で板挟みでさ、ちょっとくらい散らかってても別に死なないわよ」

「共有スペースに脱いだ衣類をそのまま放置したり、食べかけのお菓子をそのまま放置するのはやめて頂戴」

「は~いぃ」

 

 最初はしぶしぶ片付けていたのが、いつの間にやら放置され、そのうち言語を絶する状態になっていったのよ。ええ、本当に言葉を失ったわ。

 

 わたしは幸い、自分の希望する大学に進むことができた。それが多少負い目となっているのは否めない。

 

 比企谷君のお父様が雪ノ下建設に就職する代わりに、彼が姉さんの生活をサポートするのは一見、良いことのように思えた。専業主夫志望を公言する彼ですもの、それなりに家事もこなせるでしょう。

 

 幸い、姉さんは彼を気に入っているようであるし、何かにつけて大学の行きかえりに様子を見に行けば、比企谷君とも疎遠にならずに済むわね。あの時は、素晴らしいアイデアと思っていたわ。

 

――― でも、それは大きな間違いだった。

 

 

 

 

「小町さん、遠慮しないで食べて頂戴ね」

「はい、ありがとうございます」

「いいのよ。一人で食べる夕食は味気ないもの。ご両親の分は用意してあるので持って行って頂戴ね」

「ありがとうございます‼ はあぁ、雪乃さんと姉妹のようにしていただいて小町感激です」

 

 今日も夕食に小町さんを招いたのだけれど、姉さんと二人の時より、断然楽しい時間が過ごせるわね。それでも、小町さんに姉のように慕われているという思いの反面、毎日一緒にいる二人のことを思うと、焦る気持ちがないかというと嘘になってしまう。

 

 週末は小町さんと一緒に比企谷君の元を訪れたりする。比企谷君は喜ぶし、家事も私たちでできることは手伝い、彼には休んでもらって一緒に食事をしたりもしている。

 

 そこで気が付くのは……

 

 姉さんは、いつも彼の前では自分をさらけ出しているような気がする。

 

わたしだって、そうしたいという思いはある。

 

 姉さんは、私たちが高校生の頃見せていた挑戦的な試すような言動をしなくなり、また、自分を作ることをやめているような気がする。少なくとも彼の前ではだ。

 

 比企谷君はそんな姉を「干乃」とか「干物姉」と呼んでやれやれといった風情なのだ。

 

 その言い回しの語源は、しばらく前に流行した「干物女」という言葉に端を発しているようだ。もともとは新鮮な魚であったものが、干からびて干物になる。今の姉さんの姿をうまく表現していると思う。

 

 

 

 

 いつも下着姿同然で彼の前で平然としている姉さんのことを、比企谷君はどう思っているのだろう。その、リスクリターンの計算のできる小悪党と自他ともに認める彼のことですもの、姉さんとねんごろな仲になることで専業主夫への道を進むつもりなのかもしれないわね。

 

 とは言うものの、比企谷君と姉さんの関係は、高校時代の奉仕部での私たちと同じように微妙に距離がある関係にいまだ見える。比企谷君は、姉さんに多少の好意は持っているのだろうが、仕事として受け止めているようだ。

 

姉さんにしても、今の状況を楽しんでいるようであり、比企谷君に対しての特別な感情を持っているようには見えない。

 もう一つの懸案は、雪ノ下建設の姉さんの部署に出入りしているある女性のことである。折本かおりさん。中学時代の比企谷君の想い人であり、高校時代も、偶然のきっかけで再会し、その後交流が復活した人。

 

由比ヶ浜さんのように気さくで、彼女よりずっと自由な人。それは、一見ガサツであるとか、デリカシーに欠けるとみられる場合があるものの、人との距離感が近い分、わたしや比企谷君のように他人と距離を置きたがる人間からすると、魅力を感じる所がある。

 姉さんのような計算した距離の近さではなく、自然に無意識に距離を詰めてくる所が彼女の脅威なのだ。比企谷君と一緒に仕事をする中で、気持ちが変っていくかもしれない。彼の優秀さ、優しさは一緒にいればよく分かることですもの。

 

――― これも姉さんの策の一つなんでしょうね。本当に良い性格だわ。

 

 

 

 



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EP009 折本かおり

 おいっす‼ 折本かおりだよ。えー知らないかな。ほら、比企谷に中学時代告られて大変なことになった悲劇のヒロインだよ。続にしか出てこないんだけどね。

 

 実は、あたし大学受験失敗してさ、どうしようかなって考えていたんだけど、「ビオトープ」ってなんか環境っぽいことやる専門学校に行くことにしたんだよ。地球にやさしい系の仕事も面白いかなって。

 

 そしたら、マジ、土遊びみたいな仕事ばっかでさ。正直失敗したかなって思っていたんだけど、雪ノ下建設でインターン募集しているの見つけてさ、応募してみたわけ。そりゃ、地元のそこそこ有名な建設会社でさ、比企谷の知り合い? 部活の部長さんの実家なんでしょ。

 

 また比企谷に会えるかもなんて思っていたんだ、そんなわけないじゃんね。あの二人、良い感じだったけど、雪ノ下さんはなんだか東京のいわゆるそのものの名前のついている大学に進学したらしいから、そんな所にいるわけないよねあの二人。

 

――― なんて思っている時期が私にもありました。

 

「……あれ、あなた、あの時隼人を紹介した」

「はあ、海浜総合の折本かおりです。今は、インターンで雪ノ下建設に伺っています」

「あはは、えーと○○環境工科専門学校 の子かな」

「はいそうです」

「それじゃ、私の部署に来ることになるので、研修期間終ったらよろしくね」

 

 あの、比企谷と再会したときにドーナツ屋の2階で会って、葉山君を紹介してくれた美人のお姉さん。たしか、雪ノ下さんのお姉さん……てことは社長令嬢なのかな。その人の部署ではたらくのかぁ~ マジうけるし。

 

 

 

 

 基本的なインターンとしての研修、いわゆる電話番とかお茶くみとかそんな雑用や会社のルールを教わって1週間ほどして環境推進室? に配属されたわけ。とは言うものの、今年は顔つなぎみたいなもので、来年以降は実習を兼ねて本格的に仕事するんだけど、今年は本当にバイトみたいな仕事なんだよ。

 

 で、連れていかれた場所は、本社の地下2階。窓の何もない奥まった部屋で、机は3つだけコの字型に並んでいた。何なのここって思ったよ。

 

 一応、窓代わりに大きな風景の絵がかかれたポスターみたいなものが張られていたけどさ、ずっとここにこのお姉さんと二人でいるのは正直きついなって思ってたんだ。

 

「お疲れ様です……折本……なんでいるの?」

 

 やっぱ現れたな比企谷。そんな気してたんだよ。これって、ドーナツ屋の後の葉山君のデートで雪ノ下さんたちが登場するパターンの焼き直しでしょ。

 

 

 

 

 どうやら、比企谷は家庭の事情で進路や今の生活を選ばざるを得なくなったようだ。それでも、あまり苦にしている様子は見受けられないし、高校時代再会したころと比較してもずい分と元気な気がする。でなきゃ、この室長の相手は務まらないだろうな。

 大学で講義を受けている最中以外、この人の相手をするのは並大抵のことではないことぐらい、あたしにもわかる。

 

 雪ノ下室長は、ちょっとあり得ないくらいの処理能力を持っている。仕事に対しても人に対しても、おそらくすごい勢いであたしも観察し、分析され、最適化されたコマンドが降ってくる。つまり、この程度のことは当然できるだろうという、ジャストの質と量が私に与えられるんだ。だから、きちんとまじめにやれば時間丁度に終わる分だけ、毎回仕事が与えられる。まるで、モルモットのような実験動物みたいな感覚に陥る。この先、こんな上司に巡り会うことは絶対ないと確信する。

 

 ところが、比企谷に対しては無作為に、任意の業務がその場の思い付きのように与えられる。え、こんなのどうやるのって、はたで聞いていて思うような指示が出る。比企谷は、「うへぇ」とか「ちょ、マテヨ」とブツクサ言いながらどんどん仕事を進めていき、何とか形にしてしまう。

 

――― やっぱ、比企谷は頭いいんだな。つまり、誠に言いにくいのだが、あたしの能力と比企谷の能力に差があるので、仕事の与え方が明確に違うってことなんだ。既に、最初の段階で見切られているんだよ。悲しいね……

 

 そしてもう一つ、この二人の間でよく起こることは……

 

「比企谷君、ハーゲンダッツのカシスオレンジ買ってきて……」

「あれ期間限定の商品で、販売してませんよ」

「でも、食べたい……」

「無理です」

「食べたい」

 

「無理」

 

「…………たべたい……食べたい食べたいたべた~ぃ絶対食べたい食べたいィィィィ‼」

 

――― これです。これだよ。あたしには無理だな。

 

「雪ノ下さん、季節限定の甘夏なら買ってあげます」

「……香る珈琲バニラも付けてくれるならね」

「今日のお菓子なしにします。あと、夜は玄米卵かけご飯のみでよければ……」

「甘夏でいいよ」

 

 この駆け引きを毎日しているのだ。ちょっと尊敬するよね。今なら比企谷と彼氏彼女になってもいいかもね。マジ、うける~♡

 

 

 

 



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EP006 桃の季節

「到着しました~」

 

 今、千葉大学の西キャンパスにQ2で到着したんだよ。雪ノ下さんは学生である以前に研究室の研究パートナーである雪ノ下建設の社員なので、教職員専用駐車場の来客コーナーに駐車できます。許可証あるしね。

 

「じゃあ、行こうか比企谷君」

 

 車に乗せていただけるのは大変ありがたいのですが、教室まで腕を組んで歩かなければならないのは勘弁してください。視線が痛いです。

 

 雪ノ下陽乃、一昨年のミスキャンパス。そして、歴史的な成績を残す才媛、何故かキャンパス内に公認ファンクラブがある存在。そして、俺の上司で元部活メイトの姉。

 

「比企谷君は顔が赤いけど、熱でもあるのかな?」

「歩いにくいし、暑苦しいです。あと、視線が苦しいです」

「ふ~ん。じゃあさ、コカ・コーラのカテキン味買ってきてくれたら許してあげる」

 

 え、この行為は罰だったんですか。許されざるものってことですか。

 

 大体、コカ・コーラのカテキン味ってのは2009年に発売されたトクホ指定ブームの一環の商品で、当然今はラインナップから外されており、MAXコーヒーを供給する神のごとき利根コカ・コーラボトリングですら生産していない。

 

 でも、10年近く前の商品、よく覚えているなこの人。え、俺が詳しい理由は、この人が無茶なリクエストするからだよ。

 

「今年限定の販売終了した桃味なら手に入りますよ」

「そう、……それでもいいわ」

 

 流石にキャンパス内では干乃化されずに済んだのであった。たまに運転中になることがあるので、生きた心地がしません。

 

 こんな事もあろうかと、2018年期間限定のコカ・コーラ ピーチを確保しておいた。コカ・コーラは毎年、期間限定の味の商品を投入しており、10年程度のサイクルで復刻させることもあるのだが、ピーチは史上初登場なのだ。

 

 イメージキャラクターを務める綾瀬はるかさんが、発売前にコカ・コーラピーチを飲んだ感想を言ってくれています! 『コーラの爽快感の後に、桃の香りが本当にふわっと広がります』だそうです。だけど、甘ったるい感じが残る訳ではないのでスッキリしたのみご心地は「コカ・コーラ」のままでした!

 てっきり、ピーチを強めに出した甘いドリンクになっているかと思っていたので、期待を裏切る美味しさに感動だとさ。

 

 匂いの消しゴム的な感じかな。ほら、料理人さんも風邪をひいて鼻がだめになると味が判らなくなるみたいで、匂いと味覚は密接な関係があるのだよ。

 

――― 匂いで味ごまかしてんじゃねーぞ‼ なんて思っていません。この発想を拡大すれば、桃の味MAXコーヒーも出せるはずです。利根コカ・コーラさんよろしくお願いします。

 

 残念ながら280mlと500mlだけの販売でした。今は売ってないよ。終了です。

 

 

 

 

 さて、俺を助けてくれるいくつかのお店のうちの一つが西キャンパスの傍に実は存在する。いわゆる現金問屋系の業務用スーパーで、ここでは賞味期限切れ間近とか、売れ残った季節限定商品を格安で販売している。小売りでもね。

 

 季節外れの季節限定商品がここにはたくさん存在するのだ。問屋で抱えた流通在庫を一般ルート以外で処理しているんだろうね。なので、ここで格安で買える。雪ノ下さんの駄々をこねる傾向の強い商品は、アイス、ドリンク、スナック菓子がほとんどで、どこで知ったんだって商品が多い。季節限定とか、CVSのとあるチェーンとか、地方限定の味が得意技だ。得意技ってなんだよ。

 

 少し前、春先に限定で出ていたこの桃のコーラを見つけて買っておいたってわけです。ちょうど桃の季節だし、いいでしょ。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 雪ノ下さんは流石にコップに注いで飲むようです。まあ、家で飲むときはラッパ飲みなんだけどさ、こぼしてスーツに染みが付いたりするじゃん。だから、流石にキャンパス内や出先ではやらないよ。

 

「ふーん。後味はコーラより若干薄い感じの甘味だけど、香りは桃そのものだよね。桃味では流石にないんだね」

「カテキンの少し前にオレンジ味っていうのも出たんですけど、同じような感想だったみたいですね。ほら、ファンタにもオレンジあって、あれは無果汁でオレンジ風味の味を人工で作り出しているんですけど、コーラは本当に香りだけみたいで、全然違うって評価でした」

「そうなんだ。じゃあオレンジ味」

「だから販売終了していますから。いまだと、レモン味とが復活しているはずです」

「コーラとレモンか……微妙な組み合わせだね」

「別にビタミンCが豊富ってわけでもないですしね。それと雪ノ下さん、ポテチ食べすぎると脂肪はもちろんですけど、カルシウム不足になりますから、今日は夜ご飯はカルシウム多めの内容ですので」

「えーとシラスかけご飯とか」

 

 どんな幼児だよ。

 

 

 

 

 もちろん、夜のメニューはハンバーグ鳥の軟骨入りです。まあ、細かく砕いた軟骨なので、それほど気にならないと思います。

 

「なんか、不思議な食感だね」

「コリコリしていますからね。焼き鳥で頼んだら、本当にただコリコリしているだけのものですし。あまりおいしいとは思いませんけれど、雪ノ下さんも、骨密度とか気にした方がいいでしょうね。女性は骨密度減りやすいでしょ。子供産んだりするとみんな持っていかれますからね。いまから多くしておいてください。歯とかボロボロになるみたいですし」

「あー比企谷君はわたしに子供を産んで欲しいわけね」

「俺は産めませんからね。というか、俺の子どもって意味じゃないですよ」

「そうなんだ~ てっきりそういう意味なのかと思ったよ。まあ、もう少しイイ男になったら考えなくもないかな」

 

 いやいや、俺は小町が大学卒業するまでの期間限定だから。それ以降は公務員試験受けて、隠密に暮らすんだよ。隠密にクラスって塀と塀の間にでも住むんだろうか。

 

「軟骨入り良いかもね。また作ってよ」

「そうですね、ハンバーグには入れるようにしますね」

「お願いね~♡」

 

 干乃さんとはいえ、見た目はかわいらしい女性なんだよ。中身は……だけど。え、ずい分と一緒にいると情が移るもんだよ。そりゃ、一色とか由比ヶ浜と同じ感じだな。でもまあ、女性としての好意じゃないと思うな。だって、顔にポテチカスをビッチり付いてよだれ垂らして朝は床で寝落ちしているんだぞ。ナイナイ。

 

 

 

 

 



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EP008 はじめの一歩

「雪ノ下さん、晩御飯出来ましたよ」

「今日はチャーハンだね。餃子もついているね」

「雪ノ下さんが指定した、餃子の王将風です」

「あそこの餃子とチャーハンて滅茶苦茶味の素の味するよね」

 

――― なんでそんなこと言っちゃうかな。確かに、のどが渇いてしょうがないよな。ビールを飲ませたいのだろうか。だからあんまいかないんだな俺は。

 

 雪ノ下さんはノンアルコールビール(カロリーオフ)を飲みつつ、餃子を堪能中。喉渇くなこれはやっぱ。

 

「うーん、ビールが美味しいね。比企谷君も飲めばいいのに」

「いや、カロリー取りすぎです」

「大丈夫だよ、プリン体カットだしさ、カロリーオフだしさ」

「雪ノ下さん、デブはダイエットコーラを飲むけど、人の3倍飲むから意味ないって昔からの言い伝えがあるでしょ」

「ぶぶーそんなの聞いたことないよ。デマじゃないかな」

 

 都合が悪いことが聞こえないのは、雪ノ下家の伝統なんだろうか。

 

「比企谷君、今日なん曜日だっけ」

「水曜日ですね」

「……少年マガジンでているよね」

「そうですね」

「今すぐ買ってきて」

「えー明日でもいいじゃないですか。たぶん朝コンビニとかよれば買えますよ」

「ダメダメ、私はそういうの買わないって設定で生きてきたからね。家で読まないと駄目なんだよ」

 

 大人になってマンガ読まない設定とか必要ないだろう。中高生なら「家が厳しくて」みたいなことあるかもしれないけどさ、今更じゃねーか。

 

「雪ノ下さん、ちなみに何読みたいんですか」

「……はじめの……一歩……です」

「確認しますけど、ボクシングマンガですよね」

「そうそう、流石比企谷君、少年漫画でも詳しいのかな」

「もう100巻以上、30年近く連載が続いていますからね。知っていますよ」

「そうなんだ。私、ブライアン・ホーク戦あたりから好きでさ」

「てことは、鷹村守ファンですか」

「それと、宮田君ね」

 

 両方とも天才風の秀才だろ。あんたそっくりじゃねーか。

 

 

 

 

 なんでも、雪ノ下の家のお父さんが好きらしく、家に全巻揃っているらしい。そうだな、世代的にはその辺りがリアルタイムで連載を読んでいる人たちだろうな。

 

「最初は全然面白いと思えなかったんだけどね……」

 

 ブライアン・ホーク戦で鷹村が意識を失ってから、無意識に戦い続けるシーンに凄く心を奪われたらしい。確かに、あの話は人気のある部分だろう。『キサマが積み上げたモノが拳に宿る‼』ってセリフは、あの試合を暗示する名言だよな。

 

「だから、欠かさず読まないといけないから、今すぐ買ってきて」

「無理です」

「買ってきて」

「無理」

 

「買って」

「む……」

 

「読みたい読みたい読みたいー‼ 絶対読みたいーお願い、はるののお願いだから、お願い聞いてお兄ちゃん‼‼‼」

 

「……雪ノ下さん。俺はお兄ちゃんじゃないですよね」

「比企谷君が小町ちゃんのお兄ちゃんでしょ」

「そうですね。小町のお兄ちゃんです」

「だったら、私のお兄ちゃんでもよくないかな」

「良くないです」

「ケチ」

 

 いやいや、こんな妹いたらはだしで逃げ出すわ。これ以上拒否をするとめんどくさい展開が待っているはずなので、俺は……ある提案をする。

 

「電子版で見ればいいでしょ。ほら……今週はじめの一歩休載じゃないですか」

(実際は電子版に掲載を作者意向でしていませんが、この世界では休載ということでご容赦ください。)

 

「あれれ、ホントだ」

「あぶねえ、わざわざ買いにいった挙句、文句言われる未来しか見えねえ」

 

 雪ノ下さんは愉快そうにケタケタ笑った。

 

 

 

 

 その後、しばらくはじめの一歩談義が続いた。俺自身は暇なときに満喫で読破しただけなので、細かいところまで覚えていないのだが、雪ノ下さんは結構詳しかった。

 

「あの、鴨川会長たちはさ、戦争帰りなんだよね。太平洋戦争中に選手としてのピークが来ていたって設定でさ。それで、敗戦後に賭けボクシングで戦うエピソードが あるんだよ。猫田さんとか髪の毛ふさふさでさ」

 

 あの、変な訛りのあるペンション経営している爺さんね。

 

「それでさ、ゆきさんって元看護婦さんの女の人がでてきてさ、鴨川さんと猫田さんと、あと、もう一人の人好きになるんだけどさ、原爆の放射能で白血病かなんかにかかっているの隠しててさ、で、猫田さんと空気の良いところに行って最後に亡くなるんだよね。そこで、猫田さんはずっとペンション? 民宿やってて、鴨川ジムの合宿先になってたりするんだよね」

「ああ、ワンポの親がいる所ですよね」

「そうそう、熊殺しするところね」

 

 あの話は1990年代で止まってるんだよね。どうやって終わるんだろうな。こち亀も終了したのでその辺も気になるな。

 

 

 

 



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EP007 ガンコン

「出たね比企谷君」

「勝手に名前付けないでくださいね。俺はバイオなハザードには出演していません」

「えー雪乃ちゃんがよく、ゾンビ谷君とか言ってたじゃん」

「眼だけですよ。死んでるのは。てか、今そうでもないでしょ」

 

 そうそう、最近は夜更かしするのは雪ノ下さんに付き合わされるときだけだから、……今日みたいにな。

 

 

 

 

 俺の家には親父がやっていたレトロゲームがそれなりにある。今日雪ノ下さんがプレイしているのはGUNCON銃型のコントローラーを使う、カプコンが出していたPlayStation用ソフト バイオハザード ガンサバイバーをプレイ中だ。

 シナリオも大して長くないし、要は豪華客船内でバイオハザードが発生し、事件の証拠を集めながら探索する中で、様々な変異体と戦うっていうシンプル なゲーム。3モードあって、EAZYは弾丸も豊富だしクリアは簡単にできる。1周目をEAZYで回して、2周目をNORMALで進めている最中だ。

 

「最初よりずい分弾丸がもらえないんだね」

「その辺考慮して無駄弾を撃たないように。あと、正面から近づくと簡単に攻撃されるので、接近方法は要注意です」

「了解‼」

 

 可愛く敬礼してもだめですよ、完全になりきりでしょお姉さん。

 

 

 

 

 俺のゲーム・アニメ・ラノベ好きは、親父の趣味でもある。80年代末から90年代前半に青少年期を過ごした親父は、一通りその辺りのものを楽しんだ。ドラクエ、FF、ロードス島戦記にスレイヤーズあたりまでかな。銀英伝やその他あの頃はやったものは一通り読んだりプレイしたようだ。それが、この家にそのまま残っている。

 

 最近は復刻ブームもあり、SFCやFCがMINIになって再版されたり、その辺りのソフトがリメイクされたりソシャゲに移植されたりしている。仮面ライダーやガンダムも親子で楽しむ時代になって久しい。つまりそういうコンテンツが俺の家には多いってことなんだ。

 

――― 雪ノ下家、この家に娘ぶち込んだの失敗ですから残念‼

 

 

 

 

 バイオハザードは90年代後半くらいから様々なメディアミックスで提供されてきている。流石に初期のPS版はキツイものがあるけれど、PS2 あたりからは今のソフトとそん色なくなってきている気がする。でも、まあ、ビジュアル的にスプラッターなので俺はせいぜい動画再生で見る程度だな。あんなの長い時間するのは、ただでさえ忙しいのに時間の無駄。

 

 雪ノ下さんは、船内の様々なフロアーを歩き回り、アイテムを拾い、証拠を拾い、変異体を倒して……最後のボス戦に突入する。あんま時間かからないんだよね。

 

「比企谷君、なんかとんでもない形状の怪物が暴れているんだけど。近づかないと駄目かな」

「だめですね。ですが、うかつに近寄ると、リーチが長いので先に攻撃されて死んじゃいますね」

「どうすればいいのかな」

「あいつが移動するパターンがあるはずなので、移動してくる死角から狙う感じです。でも、時間で回復していくので、一気に畳みかけなきゃだめですね」

「ふふ、人生と同じだね。きっといつか、君に対して畳みかける時が来るから楽しみにしておきたまえ」

 

――― なに言っちゃってるんでしょうこの人。これ以上俺に何させたいわけ。

 

 

 

 



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EP011 陽乃の宿木

 明日は休みということで、今日は本格的に雪ノ下さんがゲームをしている。俺は横で見ている人。え、だって、さんざんやったゲームだし、一人用だからコーヒー出したりするくらいしかやることないんだよ。

 

「比企谷君疲れた~」

「じゃあ、今日はここまでということで……」

「それはないな。まあ、ある程度話の流れが把握できるまでは続けるよ。ナビゲートよろしくね」

 

 どうやら、FFシリーズは初めてのようで、定番のⅦから始めて……進まないんだな。学生時代は2日もやればある程度すすめられたけどさ、仕事しながらはなかなか進まない。時間が無い社会人がソシャゲ始めたり、ゲーム機離れするのは当然だな。時間が無いもん。だから、金払ってガチャ回すのは仕方ないんだろうな。俺はやらんけど。

 

「そうだ、ちょっと肩貸してっていうか、寄り掛からせてね」

 

 雪ノ下さんパンイチキャミでパンさんブラケットを被って俺の左側に体を預ける。何かそういうソファーみたいのにしませんか。

 

「だめ、き・み・に・寄りかかりたいんだよ。ほら、宿木的ななにか?」

 

 どんだけあんた俺に宿ってるんだよ。などと思いながら、雪ノ下さんの独り言のような会話に相槌を打つ。

 

「はあ、この先どうしようかな」

「それはですね……」

「ちがうちがう、私の人生だよ」

 

 なにヘビーな話振ってるんだよ。俺も自分の人生心配なんだよ。雪ノ下さんは家業を継ぐために進路も決められて、今の研究もしているわけだ。つまり、ある程度人生が決まっている、決められてしまっているわけだろ。ということであれば、この人の人生で選べそうなのは……

 

「あなたの才覚に見合う素敵な男性と家庭を築いてください」

「簡単に言うね。難しいんだよ私の場合」

 

――― そりゃ、相手している俺には身にしみてわかるけどさ。でも、誰か見つけて来るんじゃないの。釣り合う男をさ。

 

「比企谷君、分かっていないよね。うちは会社としての規模が中途半端なんだよ。スーパーゼネコン・準大手ゼネコン・中堅ゼネコンここで年商1000億以上。その下の県にいくつかあるゼネコンの一つに過ぎないわけ。

 JVだってメインは張れないし、得意分野だって明確じゃない。だから、私がこんな仕事しているわけなのね。利益を出すためには、自分で値段をつけられる仕事にしなきゃだめだからさ」

 

 なるほど、雪ノ下さんが優秀じゃなきゃ会社ごと嫁に出されるということか。雪ノ下あたりなら、良かったのかもな。あいつは嫁向きだ。

 

「だから、その辺が見えている人は婿になってもらえない。優秀であればあるほどね。逆に、多少のお金やコネのある人間でも、いわゆる訳あり物件になってしまう。

 だからさ、君が言うほど私の人生は明るくないんだよ」

 

 そんなこと言われてもさ、俺にはどうしようもないじゃん。まあ、雪ノ下も前よりは話しができるようになったし大人になってきたんだから、少しずつ話を進めていけばいいんじゃないのかな。他人の家庭に口をさしはさむつもりはないけどね。

 

「どこかの世界では、雪乃ちゃんを嫁に出して口利きしてもらうだなんて荒唐無稽な設定が存在したりするけどさ、あの子と雪ノ下建設にそんな価値はないよ。国税舐めんなよって感じだよね。じゃなきゃ、私がこんなに苦労するはずがない」

 

 苦労は理解できたので、早々にお休みになってくださいな。明日また起きてから続きはやりましょう。

 

「だめだめ、明日は朝から雪乃ちゃんが小町ちゃん連れて乗り込んでくるでしょ。最近、小町ちゃんがなついてくれているから、雪乃ちゃんもこの家に来るのが強気なのよね。ここは、私と比企谷君の愛の巣なのにね」

 

 もしもし、妄言はやめてくださいね。俺はこの社宅のハウスキーパーで雪ノ下さんのアシスタントです。ビジネスの関係ですよことよ。それにさっきから横乳が当たっていますので、ご容赦ください。

 

「当てているのだから当然でしょう。大体、君くらいだよ私の相手がまともにできる男はさ。普通、というか、いままでアプローチしてきた男はさ、どこに自信があるのか分かんないけど、押しつけがましい奴ばっかでさ。私はしがらみがあるのだから、演じているところが沢山あるわけでしょ。その辺全然消えていないんだよね」

 

 そりゃそうだ。そのための強化外骨格だもん。見えている奴はヤバい物件だと思って近づいてこないでしょ。

 

「君はさ、私の無茶振りにもちゃんと答えてくれるし、先のことを考えてアプローチしてくれるじゃない。キャッチボールがちゃんと成り立つんだよ。へたくそとキャッチボールするほど不愉快なものはないからね。この差はすごく大きいよ」

 

 そうだな、あっちこっち球拾いに走るのは楽しくない。パシンパシンと同じリズムでボールが行き来するからこそ楽しいんだもんな。

 

「私に必要なのはね、私を支えてくれる男性なんだよ。優秀であればあるほど自ら立とうとするでしょ、だから、私の相手を探すのは難しい。これが男性なら、家庭的な女性を選びさえすればいいんでしょう。でも、私が上に立った時、私の背中を守ってくれる男じゃなきゃ、ダメなんだよ。

 だから、君が今のところ第1候補かな」

 

 なに勝手に決めてるんだろうこの人。まあ、雪ノ下建設に就職した親父の手前、オーナーの娘に失礼なことはできないから、この程度のことは許容範囲だ。

 

「光栄ですが、荷が重いです。葉山とかどうなんですか」

「隼人? 隼人はだめだよ。あいつは目端が利く分、逃げ足が速いし、自分のことが一番大切な奴じゃん。そんな男に背中は預けられない。せいぜい使用人止まりだよ。それも、よく観察して裏切ることができないようにする程度の存在だよね。

 君は奉仕部で、雪乃ちゃんの背中を守りづつけてくれた。雪乃ちゃんは君に依存してしまったけど、それゃないよね。君が自分を盾に守った存在が依存するなんて、君に対して失礼だよ。

 私は、君に背中を守らせるに足りる存在になる」

 

 そうですか。いまでも十分そういう存在ですよ。この人の役割、頑張り、与えられた境遇を考えると、そりゃ雪ノ下に意地悪したくなる気持ちもわからないではない。でも、そのとばっちりがこっちに来るのは勘弁してください。

 

「それで、俺はどうすればいいんですか」

「今のままで十分かな。あと3年5年経った時、君は私にも雪ノ下にも不可欠な存在になっていると思う。その時に、私を選んでくれると嬉しいかな」

 

 雪ノ下建設に親父ともども骨を埋める覚悟をしろってことでしょうか。

 

「だから、前払いすることも可能だよ。ほら、そうすれば、ストレス発散の別の方法が可能だから、ゲームもアニメもジャンクフードもおさらばして、君の為に良妻賢母を務めるよ。専業主夫は無理だけど、きっと楽しい毎日になるよ」

 

 うーん、益々俺はストレスMAXな人生になると思うな。このお姉さんのことは嫌いではないが、今その決断をする時期じゃない。平塚先生、残念ながら今ではありません。

 

「気が変ったらいつでも言ってね。両親はすっかりその気みたいだから。それに、早く決めないと、雪乃ちゃんが大変だから。お願いね」

 

 なんで雪ノ下が大変なんだろう。あいつの為に俺が大変なんじゃねーの。

 

 

 

 



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EP012 決戦は日曜日

 日曜の朝、スーパーヒーロータイムが終わるころ、この家には毎週来訪者が現れる。

 

「ただいまお兄ちゃん。今週こそは負けませんよ‼ 陽乃さん」

「ふふ、かかってきなさい、小町ちゃん」

 

 そう、小町が陽乃さんの相手をしに現れるのだ。まあ、実家のメンテの息抜きだな。たまにかまくらを連れてくるときもあるが、いつもは別の連れがいる。

 

「こんにちは比企谷君」

「よう、雪ノ下。すまんな毎週毎週」

「いいのよ、あなたのおかげで平穏な学生生活が送れているのですもの。それに、小町さんとお昼を食べるついでにあなたたちの分を作るだけなのよ。これが今週のお惣菜。後日味の感想を教えて頂戴」

「ああ、ありがとうな」

 

 雪ノ下は汚部屋から解放された感謝の気持なのか、はたまた姉を放り出し俺に押しつけた罪悪感からなのか毎週決まってこの家を訪れてくれる。

 高校時代より幾分人当たりの良くなった雪ノ下は、手作りの菓子などを作ってきてくれたりもする。

 

 先週に引き続き、小町と雪ノ下さんはマリカで勝負するらしい。雪ノ下さんは反射神経が生きるゲームに強く、俺が全く歯が立たない小町と同レベル若しくはやや上回る能力を示している。そして……

 

「比企谷君、わたしも最近少し空いている時間に何かゲームをしてみようと思うのだけれども……」

 

 雪ノ下雪乃、干乃化してしまうのかお前まで……などと心配になるのだが、雪ノ下も高校時代より通学時間も長くなり、電車の中や講義の空き時間など時間を潰す為になにかゲームをしてみたいらしい。

 

 その動機の一つに、姉の変化があることは否めない。今まで、越えられない壁として存在した姉が、いつの間にか干乃化しそれでも楽しそうに生きているのを横目で見ながら、姉を羨望しまた厭う存在とも感じていたこの妹様にも何か感じる所があるのだろう。

 

「ファイナルファンタジーⅦはどうだろう。家の据え置きゲームで雪ノ下さんが今プレイしているうちの一つだ。ファンタジー系のRPGでドラゴンクエストと並んで人気があるシリーズだな。PlayStation初となる伝説のFF作品でエポックメイキングな作品でもあるな。」

 

 スマホにダウンロードして1800円ほどの価格がするけれど、雪ノ下が読む本1冊分程度だな。短い時間で少しずつ楽しめばいいんじゃないのか。

 

「その、わたしは全くの初心者なので、比企谷君がいろいろとアドバイスしてくれると嬉しいのだけれど、お願いできるかしら」

「お安い御用だ。お前も少しはそういうことを知っていた方がいいかもしれないしな」

「あら、わたしが世間知らずの女だとでもいうのかしら、非常識谷君」

「そうだな、浮世に疎いとでもいうのかな。俺は友達いないからゲームにアニメにラノベ三昧だったけど、お前は読書がメインだろ。いま、読書だけが時間を潰すツールじゃないしな。そういう意味で、お前は世間とは少々違う。SNSもあまり使わないだろうし、でも、お前らしくて俺は好きだけどな」

「そう、あなた好みということでいいのかしら」

「いいや、お前が大学生になったとたん、由比ヶ浜みたいなギャルにならずに安心しているだけだ」

 

 雪ノ下も雪ノ下さんと小町が楽しそうにゲームをし、俺と雪ノ下さんがゲームやアニメの話をしているところで、自分だけ仲間はずれにされたような気になっていたのかもしれないな。

 

 別に、雪ノ下は雪ノ下らしくあればいいのだし、その趣味や性格が変わることを俺は良しとしない。いつまでも、高校時代のあの凛とした面差しを持っていて欲しいんだ。とはいうものの、高校時代より幾分髪も短くなり(腰のあたりから肩甲骨のあたりまで短くなった手度で、世間的には十分黒髪ロングのお嬢様だと俺は思うけどな)、うっすらとアイメイクやそれなりに化粧もするようになった雪ノ下は、部室で会っていたころとはどこか違っている。

 

 それに、あの頃と比べれば、俺たちは罵倒も、軽口もずいぶん減って、普通の友達同士のような会話が増えている気がする。むしろ、あの頃の雪ノ下との会話に近いのは雪ノ下さんの方だな。正直疲れるが、これも仕事のうちなんだ。

 

 

 

 

 とりあえず、雪ノ下のスマホにFFⅦをダウンロードし、初期設定を終わらせる。

 

「この後はどうするのかしら」

「紙芝居みたいに物語が進んでいく。その中で登場人物が自分に話かけて来たり、依頼されたり、何か事件に巻き込まれたりする。それを解決して話を進めていくんだ。途中で戦いになることもあるし、その後、何かもらえたり集めたお金で装備を整えたりする。最初はゲームになれるために簡単なストーリーだから自分なりに見て進めてみればいい。

 わからなければドンドン聞いてくれ」

「ええ。まずは操作になれる所からですもの。やってみるわ」

 

 持ち前の集中力を発揮し、雪ノ下はスマホ画面と向かい合い、どんどん話を進めていくのであった。

 

 

 

 

「ふふ、結構進んだのではないかしら」

 

 ダウンロードしてから1時間少々か、Lv.10くらいまで上がってるな。

 

「雪ノ下、ある程度経験を上げないとモンスターが倒せないレベルに設定されている場所がある。だから、目安のレベルは意外と大事だ。無理をすると、結局遠回りになる。急がば回れなんだよ」

「あなたらしくないのではないかしら。被害度外視で、結論だけ最短距離をショートカットするでしょ」

「ゲームだったら死んで終るだけだ。生身の世界では、せいぜい評判がわるくなったり、いじめのターゲットになるだけだからな。どうということはない」

「……ゲームの世界の方をシビアに考えているというのはいかがなものなのかしらね。この男は……」

「あれ、奉仕部案件だけだからな。俺個人ではそんなことするわけねえだろ」

「姉さんの仕事の手伝いでも、やめて頂戴。それに、会社の仕事はそんなことで誤魔化せるものではないでしょう」

「違いない。その辺は上司にお伺いを立てて進めていくさ」

「その素直さが高校時代欲しかったわね、比企谷君」

 

 なんでゲームの話しながら、俺の行動の問題提起になるんでしょうかね。もうやらないぞあんなこと。えらいことになるだろ。

 

 

 

 

 昼食は雪ノ下謹製のリゾットである。そして……

 

「あー雪乃ちゃん、マネっ子してFFⅦ始めたんでしょう」

「そうではないのよ。最近、電車の中での移動時間が長いので、なにか有効な時間の使い方が無いかと比企谷君に相談したところ、FFⅦのアプリを教えてもらったのよ。それに、比企谷君ばかりに姉さんの相手をさせるのは気が引けるもの。

 今後は、多少相手になってあげるわ」

 

――― 何で最後上から目線なんだ雪ノ下。

 

 

 

 



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EP015 一色いろはの今

 みなさんこんにちは、総武高校3年一色いろはです。わたしは2年連続で生徒会長を 勤めています。何故かというと、指定校推薦を取ろうかと考えて内申稼ぎのためですよ当然。だって、もったいないじゃないですか。

 

 この春卒業した、奉仕部の先輩たちがいなくなったおかげで、大変なんです。特に、せんぱいの不在は大きいです。あの人、見た目と性格は今一ですけど、中身はなかなか優秀だったからですね。

 

 どうやら、せんぱい一家はあの家から引っ越してしまい、今は別の人が住んでいるらしいんです。小町ちゃんは海浜幕張の高層マンションの最上階に住んでいるらしく、一度遊びに行ったことがあります。そこで、せんぱいはいらっしゃらなかったんで、どこにいるのか聞いたんですけど……

 

「兄は、今家庭の事情である家に下宿しています。そこの、使用人みたいなものなので自分の時間が持てません。なので、大学卒業するくらいまでは会えないです」

 

 と言われてしまった。そうなんだ、だから、卒業後は携帯の番号も変わったし、連絡も取れないんだね。知らなかった。

 

 

 

 

 奉仕部の関係者で連絡が取れるの、戸部経由で結衣先輩だけなんです。結衣先輩も雪ノ下先輩とは月1.2回会うようなんですけど、せんぱいとは音信不通で、あっていないし、わたし以上に会いたがっているみたいです。

 

『ゆきのんは知ってるみたいなんだけど、なんか聞きにくいんだよね。ほら、ヒッキーのお父さんがリストラされたじゃん。それで、なんかの条件でヒッキーが働くことになったんだよ。大学はいかせてもらえているんだけど、住み込みで誰かの世話役になっているんだって』

 

 なるほど、だから小町ちゃんもそんな言い方していたんだね。でも、せんぱいのお父さんなんであんな家賃の高そうなマンションに住んでいるんだろう。仕事の関係で住んでいるのかな。でも、どんな仕事をすると、あんなとこに住めるんだろう。なんか怖くて聞けないよね。

 

 

 

 

 サッカー部の先輩いわく、雪ノ下先輩のお姉さんは総武でも伝説のOBで、千葉大でも超有名人なんだけど、最近年下の彼氏ができたらしくショックだっていう。

 

 千葉大ね~そういえば、せんぱいはどこの大学へ進学したんだろう。小町ちゃんの話だと、どこかの家に下宿して大学はいかせてもらえているんだよね。 まあ、全然好きとかじゃないんだけどさ、全然連絡取れないとかも寂しいから、たまには連絡とりたいんだよね。進路の相談とかもしたいしさ。

 

 でも、卒業の時にお前とはここまでだって言われちゃったからな。しょうがないのかもしれない。あの人の「本物」って見つかったのかな。わたしは、全然見つかりそうにないんだけどさ、このまま高校時代彼氏もいないで卒業しちゃっていいのかな。ほら、わたしかなり可愛いけど、生徒会長とかしているからさ、最近全くモテないんだよね。あれほど群がっていた男子も、適当に後輩とかと付き合ったりとかして、もうすっかり過去の人扱いされてるんだな。

 

 そんな時、あのせんぱいのことを思い返して懐かしい気持ちになったりするんだ。無理やりデートしてみたりしたけど、結局は奉仕部のお二人には敵わなかったわけだし、その二人とも疎遠になって、どこでなにしてるんだろうあの人。

 

 

 

 

 そんなことを考えていた初夏のある日、わたしは家族で買い物に出かけていると、コンパクトなSUVっぽい車とすれ違った。その車には、どこかで見たことのある顔の女性と、せんぱいが同乗していた。あれ、あの人この辺で住み込みで働いているんだ。じゃあ、会おうと思えば会えるんじゃないかな。なんて思ってみたんだけど、小町ちゃんにこの話をすると、しまったって顔をして、首を横に振ってこう話したんだ。

 

「残念ですが、小町はお兄ちゃんの今の連絡先をいろはさんに伝えることはできません。お兄ちゃんが折角自己犠牲の上で、小町と両親を救ってくれたのに、それが無になるかもしれません。

 なので、いろはさんには申し訳ありませんが、兄の連絡先をお教えするわけにはいかないんです」

 

 と、きっぱり断られてしまったよ。

 

 

 

 

 わたしがせんぱいの消息を知ることになったのは意外な人物からであった。千葉駅で偶然ばったり出会ったんだよ。

 

「あれ、一色ちゃん。元気してた~。覚えていないかな、ほら、クリスマスイベントで海浜幕張で参加していた……」

「折本さん? でしたっけ」

「そうそう、折本かおり。覚えててくれたんだ」

 

――― そりゃ覚えていますとも。あのせんぱいと同じ中学で、過去に何かあったような口振りの人。そして、あの玉縄会長が気にしていた人。

 

「そういえば、玉縄会長とはどうなんですか」

「どう? って、何もないよ。告白されたけど断ったし。まじウケる~」

 

 あ、この人全然変わってないじゃん。とおもったりした。

 

「そういえば、一色ちゃん、最近比企谷とはどうなの?」

 

 そうだよね、この人と共有するのはあのせんぱいのことくらいだもんね。

 

「卒業式以来ですね。もう手伝わないって宣言されてから、連絡先も変わっちゃって全然わからないんです。折本さんご存知ですか」

「あーあいつの連絡先は知らないけど……」

 

 そうだよね、結衣先輩が知らないくらいだもん、知ってるわけないよね。

 

「でも、今どこで何をしているかは知ってるよ。同僚だしね」

 

 え、折本さんと同僚。どういう意味ですか。

 

 話を聞くと、雪ノ下先輩のお姉さんの仕事を雪ノ下建設で手伝っているらしい。じゃあ、雪ノ下先輩は知っているんだ。それに、小町ちゃんのマンションは、確か雪ノ下先輩の住んでいるマンションと同じなんじゃないか。だから、小町ちゃんは言えないんだ。

 

「比企谷さ、雪ノ下さんのお姉さんにすげえ、依存されているんだよ。もう、やめてあげてって思うくらいの無茶振りでさ。でも、比企谷が何だかんだで返すからさ、 もドンドン加速している感じでさ。

 3つ年上の妹って感じなんだよ」

 

――― その折本さんお言葉に、わたしの心は凍り付いた。わたしはどこかで自分勝手に思っていた。あのせんぱいの本物になれるのはわたしだって。それに、あの人は妹に甘い、妹的な存在であれば、あの人のそばにいられるって考えていた。

 

 雪ノ下先輩のお姉さんが……せんぱいを離さないんだってその時初めて気が付いた。それは、いろいろ無理だよね。雪ノ下先輩も小町ちゃんもあの人に逆らえるとは思えない。実質、あの雪ノ下の家を継ぐための仕事の手伝いをしているから……住み込みで働いているんだろうな。

 

 

 

 

 いつか、せんぱいと会って話すことができたら、なんで教えてくれなかったのか聞いてみよう。お前には関係ない、なのか、お前に心配かけたくなかったなのか、その両方であるかもしれないけど、一言くらい文句を言ってやりたい。

 

 わたしの本物を返してくださいって。

 

 

 

 



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EP014 兄妹姉妹

 最近雪ノ下さんは、やたらお兄ちゃん呼びをして来ることが多い。確かに俺は小町の兄であることは間違いないのだが、小町以外の兄をするつもりはない。

 

世の中には『干物妹』なる恐ろしい存在がいるらしい。家の外では完璧な美少女、文武両道、容姿端麗、頭脳明晰、そして親切で分け隔てなく優しい。そんな妹がこの世に存在するなら、告白して断られるまである。いや、あくまでも千葉の兄妹としての範疇でのことだ。

 

 そして、家に帰ると、干物化して、全てを兄任せにして食事の支度から家事全般を一切せず、漫画とアニメとゲーム三昧。そして、隙あらばピザやポテチ(ぽてぃと等と発音するらしい)コーラの1.5L をラッパ飲みするのだそうだ。さらに最悪なことに、何やら社畜と化している兄を休日何かにつけて自分に付き合わせるという、恐怖のツンデレさんでもあるようだ。

 

――― つまり、ほとんど雪ノ下さんと同じような小町になってしまう。恐ろしい。だがしかし考えて欲しい。奉仕部に入部する前の俺は……「干物兄」であったような気もする。すまん小町、俺が間違っていた。

 

 

 

 

「比企谷君、運転替わって」

 

 走行中何言ってんのこの人。今日は、松戸キャンパスにあるビオトープの研究スペースに出かけたんだよ。はたから見るとたんなる池みたいな感じなんだけどね。いまは雪ノ下さんの愛車Q2で京葉道路を移動中。帰りなんだけど、どうやら昨日の夜更かしが祟ったみたいで、眠くてしょうがないらしい。時間は黄昏時でもあり、交通量も多く、流れも速い。八幡ペーパードライバーだからちょっと怖いかも。

 

「だから、寝落ちしそうだから、今すぐ運転替わって」

「無理です」

「運転替わって」

「無理」

「替わって」

「む……」

「眠たい眠たいねむたいー‼ 今すぐ眠りたいーお願い、はるののお願いだから、お願い聞いてお兄ちゃん」

「……雪ノ下さん。俺はお兄ちゃんじゃないですよね」

「比企谷君は小町ちゃんのお兄ちゃんでしょ」

「そうですね。小町のお兄ちゃんです」

「だったら、私のお兄ちゃんでもよくないかな」

「良くないです」

「ケチ」

 

 いやいや、あと10分くらいで幕張ICだし、下りて家まですぐジャン。何で今変わるんだよ。おかしいだろ。

 

「じゃあ、じゃあさあ、スーパーで『駄目です』なんでかな。私、今日大変だったから少しぐらい自分にご褒美『夜中までゲームしていたの雪ノ下さんの意思じゃないですか』でも、でもさ『駄目です』。あー比企谷君そういう妹を否定するのはよくないよ」

「俺は小町のこと最大限尊重しています。それに、この車の保険、本人家族限定特約付けているでしょ。だめですよ、俺家族じゃないですから」

 

――― ふふ、完璧なお断りの仕方だな。これで、実質任意保険無い状態で運転を無理強いされないで済むぜ。八幡賢い。

 

「ぶっぶー。あ、わかった、比企谷君はわたしと家族になりたいのだね。うんうん、そんな遠まわしに言わなくてもいいのに。はっきり言いなさい」

「雪ノ下と小町が結婚するとかですかね」

「日本では同性婚はだめでしょ。それに、雪乃ちゃんなら相手はガ浜ちゃんじゃないかな。もう、わかっていてとぼけるのは感心しないぞ」

 

 いやいや、全然感心しなくていいから。なんだよ、なにをどうするんだよ。

 

「私が比企谷家に養子になればいいジャン。比企谷陽乃もいいかも」

「それ、絶対結婚したのと勘違いされますよ。大体、普通養子でも、うちには継ぐようなものありませんから意味ないじゃないですか」

「そこは、君の妹『年上の妹とか、弟の嫁じゃなきゃありえませんよ』……だよね」

 

 どうしても妹になりたいのかこの人。スーパーの帰り、家まで運転するからそれで勘弁してくんねーかな。

 

「でもさ、比企谷君は妹には優しくしてくれるじゃない。だから、私も妹に『なっても変わりません』……なんでよ」

「俺は妹になら誰にでも優しいわけじゃないですよ。年下に弱いって訳でもないです」

「生徒会長ちゃんには甘いじゃない。雪乃ちゃんが愚痴ってたよ」

 

――― いやいや、奉仕部案件だろあいつの場合。それに、特別甘い対応をしたつもりはないけどな。話の持って行き方がそう感じるのかもしれないな。

 

「一色は、奉仕部で無理に生徒会長引受けさせたような感じ有りますから、出来る限りサポートしただけですし、それは、雪ノ下も納得していたと思いますけど。それに、一色のアプローチが、男に甘えるというか媚びるような感じで話すので、普通に承諾しても、甘やかしているように見えたのかもしれないですね。

 なんなら、あいつの方が本物の妹なわけですから、意地はらずに甘えればいいじゃないですか」

 

 雪ノ下さんはしばし目をきょろきょろさせながら挙動不審である。え、まさか突発睡眠の前兆じゃないよね。

 

「あの、比企谷君、それって私と結婚して雪乃ちゃんを妹にして、甘やかしたいって言うリビドーなのかな~♡。 お姉さん、いつでも君を受け入れるよ。両親も説得できると思うし、雪乃ちゃんさえ納得すれば『ちょっと待ってください』……うん、待つのはいいけど、クリスマスイブまでにはお願い『違います』……なにがかな。そうか、学生結婚になるから、嫌なの『全然違います』……そうなの。何がどう違うのかな?」

 

 俺は、妹として雪ノ下さんが雪ノ下を甘やかせばいいのではないかって話をしているのであって、俺の妹にしたいわけではない。小町一人で十分なのだ。

 

「君は、私が雪乃ちゃんを甘えさせていないと考えているんだね」

「そうです」

「あのね、いくら妹だからといって、毎週毎週私と君の愛の巣『じゃないですよね』……うん、まだね。時間の問題なんだけどさ、そこに、妹が妹を連れてくることを黙って許している自体で大あまだよ。

 だって、君の家に下宿しているのは、雪乃ちゃんのわがままなんだからね。そりゃ、私の方が忙しいんだから、雪乃ちゃんがハウスキーパーするの当たり前じゃん。私、家の仕事してるんだよそもそもさ。雪乃ちゃんは気楽な独身生活中学から続けてるわけでしょ。なんで、自分のことしかしないのかな。

 君に惣菜作ってくれるくらいなら、一緒に住んでいるときもっといろいろしてくれても良かったと思わない?」

 

 まあ、そうだよな。雪ノ下は確かに間違ったことは言わないが、そういう線引きが微妙なんだよな。自分と他人をきっぱり分けるボッチ気質だ。俺もそういう時期があったからよくわかる。でも、兄妹助け合うってことも大事だよな。俺は小町に助けて貰いっぱなしだったから、今の雪ノ下家の仕事は一生懸命やるつもりだ。

 それが、小町の将来にプラスになるなら、喜んで仕事をする。社畜でもなんでもやってみせるさ。

 

「だから、君はもっと私に優しくするべきだと思うよ お・に・い・ちゃ・ん」

 

 いやいや、その設定無理あるから。別に妹だから優しくしたり、優先したりする訳ではない。大切だから、大切にしたいから優しくするのだ。雪ノ下さんは俺と、比企谷家にとって大切な人だから、それなりに優しくしていると思うけどな。

 

 

 

 



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EP017 デ・デートではない

 休日に久し振りに千葉駅に来ている。駅前も再開発が進み、俺たちの高校時代とは大きく様変わりしている気がする。千葉に住んでいる奴が「千葉で集合」という場合、千葉駅のことであるのはいうまでもない。

 で、なんでこんなところに休日いるかというとだな……

 

「比企谷君、早くいこうよ‼」

 

 雪ノ下さんはついに『ホビー・ショップ』の存在を知ってしまったんだよ。え、ほら黄色い潜水艦とかそいう名前の、夏は店内がものすごく汗臭い、すえた匂いのするそういう男性の密度の非常に高い店だよ。

 

 まず、雪ノ下陽乃のような美女はお客として存在することを見たことがない。何で知ってしまったかというとだな……

 

 

 

 

『比企谷君。この虎の穴とか、まんだらけって何なのかな』

 

 なに、検索してんだよ。どうやら、最近でネットで色々ゲームのことを調べているうちに、同人ショップや中古品売買のお店の存在を知ってしまったらしい。まじい。

 

『その手のお店は秋葉原とか行くと沢山ありますね。20年位前から増殖した気がします』

『……君の生まれる前だよね』

『って親父に聞いてます。昔はPCソフトとかそんなの多かったみたいですね。いわゆるエロゲとかです』

『ふーん。で、このお店は何?』

『コミックマーケットで扱うような同人といわれる商品や、その他希少性の高いホビーグッツを扱うお店です。大概、数量限定や、大昔のオリジナルで希少性の高いものを高価で扱っているお宝ショップ的なもんですかね』

『比企谷君、そこに行ってみたいので連れてって』

 

 え、中野まで行くのか。総武線で一本だけど、たぶん雪ノ下さんの趣味じゃない。まあ、一日いて楽しくはあるけど、近場でもいいじゃん。

 

『だから、面白そうだから、今すぐ連れてって』

『無理です。中野まで行くの大変ですし、何か近くに用事があるときにでも……』

 

『連れてって』

『無理』

 

『連れてって』

『む……』

『行きたい行きたい凄くいきたいー‼ 今すぐ行きたいーお願い、はるののお願いだから、お願い聞いてお兄ちゃん』

 

『……雪ノ下さん。俺はお兄ちゃんじゃないですよね』

『比企谷君は小町ちゃんのお兄ちゃんでしょ』

『そうですね。小町のお兄ちゃんです』

『だったら、私のお兄ちゃんでもよくないかな』

『良くないです』

『ケチ』

 

 という、いつものお約束を経て、現在に至っているわけだ。

 

 千葉の駅前にほど近いとあるビルの3階に黄色い潜水艦千葉店が存在する。1階はどっかの橋の名前の付いた家電量販店が入店していて、その中のエスカレーターをのぼり、フロアーに突入する。このフロアの半分くらいが黄色い潜水艦及びホビーなフロアになっているんだな。ちな、上はダイナソーとよく似た名前の均一ショップ。

 

「へえぇ、プラモデルに、トレーディングカードにボードゲームとか、パズルもあるし、こんな感じなんだね~」

「模型だけだと、船橋のララポにも似たようなお店ありますけど、フィギュアとかだとここが一番近場では大きいですかね」

「ふーん。確かに見ているだけで楽しいね。これは……」

 

 自分がプレイしたことのあるゲームに関連しているグッズなんかを目ざとく見つけしげしげと観察する美人のお姉さん。もちろん従業員からお客さんまで、場違いな存在に注目が集まる。うん、全員こっち見ている気がする。 恥ずかしいよね、こういう店に美人が入ってくるとさ。

 

「ここのほかに、アニメイトってのもあります。京成の千葉中央駅のそばです。そこも見てみますか?」

「うん、行ってみたいかな」

 

 という感じで、雪ノ下さんは人生初体験のホビーショップを堪能した。

 

 

 

 

「いろいろあるけど、アニメイトは普通に女の子もいたね」

「漫画・アニメのキャラグッズも扱い多いですし、そういう面では黄色い潜水艦とは少しジャンルが違いますかね。まんだらけはもっとホビーよりで、ブリキのおもちゃの北原さん的感じですね」

「ああ、何十年も前の超合金とかのオリジナルがあるとかなのかな」

「詳しいですね。超合金とか」

「父がね、子供のころ買ってもらえなかったとかで、少し集めているの」

 

 へ、へえぇぇ。それ、ママ乃さんには内緒だよなたぶん。この人が知りたかったのはそういうことなのかもしれないな。

 

「あれ、お兄ちゃん。お兄いちゃ~ん‼」

 

 この声は、マイスイートシスター小町じゃないのか。そして……

 

「こんにちは比企谷君。今日は姉さんとデートなのかしら」

「あはは、雪乃ちゃんも小町ちゃんとデートなのかな?」

「ちょっと一緒にお買い物をしていたの。偶然ね」

 

 お前、絶対小町経由で情報仕入ていただろう。確かに、雪ノ下さんがブヒブヒ言いながらアニメのグッズ買い始めたら笑えるけどさ、そうじゃねーんだよ。お父さんの気持ちを知りたかったってだけなんだ。多分。

 

「比企谷君、この辺でお昼食べて帰ろうか。ちょっと遅くなったけど」

「あー、俺の好きなラーメン屋が駅前にあったんですけど、ビルが取り壊しになってうちの近所、幕張ICのそばに移転したんで、そこでもいいですか」

「お兄ちゃん、そこって昔、いろはさんと食べに行ったところ?」

 

――― 小町、良いことを教えてやる。好奇心猫を殺すっていうんだぞ。

 

「比企谷君、君は、昔、他の女とデートで使った店に私を連れて行くつもりだったのかな?」

 

 で・デートじゃないよ。奉仕部の案件で生徒会のフリーペーパー作るための取材だし、仕事だよ。

 

「ふふふ、わたしはそんなこと気にしないわ。ぜひ連れていきなさい比企谷君」

「ああ、お前とはあのシャレオツなカフェ行っただけだからな。コンプリートするか」

「……雪乃ちゃんとはカフェでデートしたということでいいのかな?」

 

 で・デートじゃないよ。奉仕部の案件で生徒会のフリーペーパー作るための取材だし、仕事だよ。

 

「小町もご一緒したいです。いいですか陽乃さん」

「OK,お姉さんに任せなさい」

 

 ということで、この後なるたけ(仮)で4人でラーメンを食べました。雪ノ下は……修学旅行の時と同じ顔してた。だからやめとけって言っただろ。

 

 

 

 



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EP022 タピオカ

「比企谷君、こんな事件が起こっているみたいだよ」

 

 台湾では6月に打ち出した、プラスチック製ストローの使用を禁じる規制案が波紋を呼んでいる。台湾には、つぶつぶのタピオカが入った名物のミルクティーがあるが、「ストロー無しでどうやって飲むのか」と人々が疑問視するのに対し、規制を担う環境保護署が「スプーンで食べればよい」と反論。「タピオカ論争」が盛り上がっている。そのスプーンもプラ製じゃねえのか。

 

「そういえば、一時期にタピオカって流行っていましたよね」

 

 タピオカとは、キャッサバという芋の根茎から製造するでんぷんのことだよ。これを水で溶いて加熱し、粒状に加工すると「タピオカパール」と呼ばれるものになるんだと。よく見かけるタピオカは黒い色をしていますが、これはカラメルで色付けされたもので本来は無色なんだって、知らんかったわ。

 

 名前の由来は、ブラジルの先住民のトゥピ語で、でんぷん製造法を「tipi'óka」と呼ぶことによる。ふーんなんで台湾で流行るのかね。

 

 タピオカのもとであるキャッサバは地域によってはメジャーな食べ物で、キャッサバは初期コストがかからず、さらには日光を好み乾燥に強いという特性をもっているため、比較的簡単に栽培ができる食物。なので、亜熱帯の台湾でも栽培されているんだろうな。

 

 日本だと白玉ぜんざいみたいな感じかね。甘味だね。

 

 なんでも、以前雪ノ下さんが台湾に遊びに行ったときに、現地の人に勧められて食してからお気に入りなのだそうです。

 

「もしかして、一人旅ですか」

「うん、そう。九州とか北海道行くのと変わらないよね。羽田からすぐだしね」

 

 そういうもんですか。まあ、この人は俺と一緒に住む前は、そんなことやって自分と折り合い付けていたんだろうね。

 

 

 

 

 台湾は共産中国と違い、古い日本統治時代の建物などをよく残している。戦前のダムや建築物もよく残っているのはどこかの半島と同じだが、破壊して劣化した現代建築物の差換えたりはしない。いわゆる歴史修正主義者とは一線を画している。

 

 歴史的建造物をリノベーション(文創)し、台湾発のブランドやクリエイターなどの発信地として再利用する動きが増えているらしい。「松山文創園区」はリノベーションカルチャーの聖地とも呼ばれ、カフェやレストラン、展示会、イベントなどを行われている。

 

「道の駅みたいなものではなくて、こういう歴史と文化と自然の融合的な場所を千葉で演出できたらなって思ってね」

 

 広大な敷地に広がる重厚な建造物、緑豊かな公園、おしゃれなショップなど、台湾が詰まった玉手箱のような場所という印象だ。真面目な話をしている雪ノ下さんは知的で聡明な雰囲気がする素敵な女性だ。

 

 その場所は、1937年に設立された台湾総督府専売局の巻きたばこ工場の跡地。台湾初の近代化された工場として生産を続けてたが、需要の減少とともに1998年生産停止。その後台湾市指定旧跡に指定され、2011年、松山文創園区となった。

 

 広大な敷地内には、たばこ工場のほか、オフィス棟、倉庫群とベルトコンベア、ボイラー室、公園がある。「工業村」をコンセプトにした工業建築らしく、工場で働く人たちの福祉やニーズを取り入れた作りなのだ。

 

 住職接近は別に新しいコンセプトじゃないんだな。人はそれほど大きく変わらないのかもしれない。

 

「でね、ここにはビオトープもあるんだよ」

 

 台湾語では「生態池」と表現するらしい。日本語の語感とは少々異なるイメージがする。たばこ工場では、消防や通風のなどの目的で蓮池を作ったようで、現在は、動植物が共生する生態池として整備され台北市民の憩いの場となっているそうだ。

 

「千葉にはこういう場所ないのかな」

「廃工場なんかで文化遺産にできるようなものを利用すれば可能な気もしますね。足尾銅山なんかは、再開発して観光施設化していますし、鉱毒ではげ山になったその周辺を植林し、再緑化したりした記録が資料館として整備されていますよ」

「さすが比企谷君物知りだね。近代日本の産業遺産。千葉にも残されているか リサーチしてみよう。ほら、二人で資料採集の小旅行も必要だよね。ふふ、楽しみだね~♡」

 

 うん、千葉県内なら日帰りできるから問題ない。問題ないよね。真面目な話をしていると、のどが渇いたね。飲み物買いに行こうかな。

 

「ふーん、タピオカドリンク専門店「ココ(CoCo)」の「乳酸菌マンゴー」買ってきて」

 

台湾発のテイクアウト型タピオカドリンク専門店が出店しているんだ。

 

「あれ渋谷か原宿行かないと買えないですよ」

 

「でも、飲みたい……」

「無理です」

 

「飲みたい」

「無理」

 

「…………のみたい……飲みたい飲みたい飲みた~ぃ絶対飲みたいィィィィ‼」

 

 どうやら南船橋のららぽに入っている『コールド・スト●ン・クリ●マリ●』の店舗タピオカのフローズンドリンクの扱いがあるらしい。ほんとかよ。

 

「じゃあ、帰りにららぽよってそこのでもいいですか」

「二つ頼んでいいなら」

 

「……デブになりますよ」

「じゃあ、君と半分こにする」

 

なんか、俺には下半分しか残されない気がするんだけど。タピオカだけなら、味の違い関係なくないか。

 

 

 

 



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EP018 出張中

 いま、雪ノ下さんはドイツの学会で2週間ほど家を空けている。ほら、ビオトープに関しては欧州が本場だし、環境保護も進んでいる。

 

――― とは言うものの、ディーゼルの触媒詐欺はほんとらしい。その昔、石原都知事の時代にディーぜル車の排ガス規制やって、昭和の煤煙で煤けた都内はずい分ときれいになった。

 

 フランス人が日本に来て思うのは、大気がきれいで、街路がとてもきれいなことだそうだ。まあ、東京都内を見る人が多いだろうから、そういう意味なんだろうな。

 

 ビオトープ大丈夫なのか? ほら、CO₂の規制も、もともと省エネ社会の日本と、ガソリン垂れ流しのメリケンを同じ年度でズバット斬って、どれだけ削減するかみたいな馬鹿条約結んだだろ。京都議定書だっけ。

 

 

 

 

「比企谷君、姉さんがいないからと言って仕事が無いわけではないのよ」

「お前は自分の大学へ行け雪ノ下。なんでここにいるんだ」

 

 いつものように講義を終えて雪ノ下建設B2 の干乃室にいくと、干乃さんの妹=干乃妹がいた。干物妹ではないので注意してくれ。

 

「聞いていないのかしら。姉さんが不在の間は、わたしが代行するの。それに、あなた一人だと……折本さんが危険ではないのかしら」

「えー、比企谷意外~、雪ノ下さん全然気にしないでいいよ。それならそれであたしは良いからさ。ウケるし‼」

 

 意味わかんねーんだけど。話を総合すると、雪ノ下さんに俺が靡かないのは折本に気があるからだという結論に達し、自分がいないと一気に二人が深い関係になるのは、職業倫理上問題があるそうだ。

 

――― 酢イカの話は職業倫理上大問題なんだが。

 

「それに、一人で食事するのも味気ないでしょうから、帰りに私のマンションに寄っていきなさい。小町さんもいるでしょうから、夕食を一緒にしましょう」

 

 それは助かるな。雪ノ下さんいないと、夜の食事がカップ麺とかで済ませそうだからな。

 

「じゃあ、今日から早速いいのか」

「ええ、問題ないわ」

 

 まあ、週末よく一緒に食事しているから、別に何の感慨もないとはいえ、雪ノ下のマンションで御馳走になるのは、何か気分が高揚するな。

 

 

 

 

 今日のノルマ終了。俺と折本と雪ノ下で……帰宅中。折本の家は俺の実家のそばだから、駅で別れるわけなんだがな。

 

「比企谷君、この前連れて行ってもらったラーメン屋さんは少し脂が多い味でわたし好みではないの。もう少し、あっさりした醤油系のお店はないのかしら」

「比企谷、こんな美人とラーメン屋行ったのまじウケる。サイゼの方がいいよねまだ」

 

 いやいや、雪ノ下も折本も語弊ありすぎだろ。

 

「折本、俺と雪ノ下さんが出かけたときに、たまたま出先で雪ノ下と小町に出くわして、ほら、幕張ICの傍のなるたけ(仮)に4人で行っただけだ。デートとかじゃないぞ」

「だよね~ 比企谷が雪ノ下さんとデートはないよね。でも、その店あたしは好きだから、今度誘ってよ」

「大学卒業までは無理だな」

「……それって、室長がいるからってこと?」

「まあな。それに、3人で行くのも気が重い」

 

 というか、折本に流れ弾が当たるのも忍びねえ。あの人もいきなり大人げなくなることあるしな。何がポイントか今一わからん。

 

「雪ノ下、ラーメン好きなのか。今まで何度か一緒に食べたけど、あんまりうまそうに食べているの見たことないけど」

「失礼ね。いわゆる家系とかそういうののが苦手なだけよ。喜多方とか普通の物は好きよ。煮干しだしとかはだめね」

「じゃあ、恵比寿ラーメン喰いに行くか。東京で予定が合えばちょっと寄るのもいいだろ」

「ええ、お願いするわ」

 

 雪ノ下は渋谷乗り換えだから、恵比寿で臨海線にのって新木場乗り換えで海浜幕張がいいだろ。

 

「比企谷、都内のラーメン屋も詳しいんだ」

「平塚先生って奉仕部の顧問の先生と高校時代たまに一緒にラーメン食べに行ったからな。都内の有名なところは結構いったな」

「そう、わたしも由比ヶ浜さんも知らないのだけれど、あなた、平塚先生と交際していたのかしら」

「雪ノ下、誤解されるようなこと言わないでもらえるか。あの人とは年の離れた姉みたいな存在だな。俺がもし教員になれるのなら、あんな先生になってみたいってだけだ。恋愛感情抜きだぞ」

 

 まあ、雪ノ下さんくらいの年齢なら……或いはって感じだけどな。ちょっと手強いですいろいろとね。

 

 

 

 

 雪ノ下のマンションで、地中海的シーフードを御馳走になる。小町は『お兄ちゃん、今日小町お友達と勉強会だから、雪乃さんよろしくね‼』とありがちなパターンで連絡が入ったよ。

 

 食事の後、雪ノ下が紅茶を入れてくれて、少し話をしているところだ。まだ小町は帰ってきていない。

 

「ふふ、せっかくなのに小町さんがいなくて残念ね」

「まあ、明日も明後日もいないってことはないだろうから、問題ないだろ」

「そ、そうね。明日もまた会うのですもの。当然だわ」

 

 いやいや、さっき毎日晩飯御馳走してくてるみたいに話してたじゃん。

 

「それで、比企谷君は姉さんとどういう関係なのかしら」

 

 はい、短刀直入です。怖えよ。

 

「世話役だろ俺の仕事は」

「そう言うことではなくて、男女の関係よ」

「あるわけねえだろ。あったら困るわ。雪ノ下の家の跡取り娘なんだろあの人。そろそろ、見合いとかそういうのするんじゃないのかよ」

 

 どうやら、雪ノ下さんは見合いは片端から断っているらしい。確かに、今の干乃状態で見合いはキツイだろうな。

 

「姉さんが断っている理由は、あなたの存在にあると思うわ。どう思うのかしら?」

「まあ、今の仕事が軌道になるまでは見合いだ婚約だということには関われないだろう。仕事を手伝っていて思うけど、あれは22歳の女性のするような内容じゃない。もっと大規模なプロジェクトでやるべき作業量だろ。

 そりゃ、ピザとポテチとコーラ無きゃやってられないんだろうな。そこに、婚約者までのせるのは可哀そうな気はする」

 

 完璧超人にも限界あるだろ。

 

「……そうではなくて、比企谷君と結婚したいんだと思うの。そうなると、あなたはわたしの義理の兄になるわけよね……おにいちゃん」

 

 ちょ、まてよ。雪ノ下まで妹扱いしろってのか。お前は自分の好きな人生送ればいいんだから、それは俺の守備範囲外だろう。そうだよね。

 

 

 

 



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EP019 出張帰り

 あっという間に出張期間の2週間は終了。そういえば、久々由比ヶ浜と雪ノ下と小町の4人でララポへ行ってみた。由比ヶ浜はずい分と大人っぽくなっていたな。

 

「ヒッキー久し振り。元気してた?」

「おう、まあまあだな。おかげさまで大学生活をつつがなく送らせてもらっている」

「大変みたいだもんね。でも、大学卒業して就職したら色々遊びに行こうね」

「海外旅行とかもしてみたいわね」

「あー小町もご一緒したいです」

「任せておけ、俺が小町の旅費も出してやる」

「いいよお兄ちゃん、今でも十分お兄ちゃんのおかげで小町たち生活できてるんだから、旅行の費用ぐらい自分で稼ぐよ」

 

 なんてまともなこと言うんだ小町。そう言うと、多分親父が全額出資するだろうことが目に浮かぶぜ。

 

 由比ヶ浜は俺の今の生活についていろいろ聞きたそうであったが、親父と俺は雪ノ下建設で仕事をしていて、俺は雪ノ下さんのアシスタント業務をして、自分で学費を稼いでいると説明した。細かな条件は教える必要ないだろ。

 

「へえぇ、苦楽せいってやつだね」

「どんな人生山あり谷ありだ。それを言うなら苦学生な。まあ、奨学金もらって後から返すのも手だけど、インターンとバイトの兼業みたいなもんだ。公務員でも受けて、土木関係の技術職になれればいいかなと考えている」

「教育学部だから、先生めざしているんじゃないの?」

「教員になれるほど勉強する時間もないしな。確率的に高いのはそっちだな」

「そう。でも、ヒッキーのこと少しわかって良かったよ。ほら、進学するしないから話していなかったじゃない。なんか、このまま関係が解消されちゃうのかなって寂しかったよ」

 

 そうだな、人間関係はリセットできるなんて言ってたこともあったしな。いま思うと葉山の話は都市伝説じゃなかったってことだな。

 

 卒業から半年もたたないのに、ずい分と時間が過ぎたような気がするのは、進路で悩んだ時期に疎遠だったからだな。実際、去年の夏休み明けくらいから由比ヶ浜とはあまり会話もなかったしな。そういう意味では心配してくれていたんだろうな。

 

 

 

 

 あっという間に2週間が過ぎ、雪ノ下さんから明日帰るねと帰るコールがありました。

 

「何か食べたいものありますか」

『普通でいいよ』

「普通のジャンクフードですか」

『いや、こっちにもコーラやスナック菓子はあるからね。別段ジャンクには飢えていないのだよ』

 

 俺は普通の和食にすることにしたよ。キノコ雑炊だな。消化が良くて時期的にも悪くないだろう。

 

 新東京国際空港からはとても近いのだよ。何と言っても千葉だからね。雪ノ下さんは大学にも会社にも寄らないらしく、早めに仕事を斬り上げ、家で迎えることにした。どうやら、都築さんが迎えに行ってくれて、予想外に早く家に到着したのである。

 

「比企谷君、ただいま」

「おかえりなさい。お風呂の用意できていますから、先にどうぞ。その間に夕食の準備をしておきます」

「ありがとう。流石の段取りだね」

「この業務も長いですからね。着替え用意しておきますね」

 

 飛行機の中長時間寝ていたからか、時差の関係か、ジャンクフードの食べすぎか顔がむくんでいるような気がするが、黙っておいてあげよう。

 

 

 

 

「やっぱ、日本はいいね~ コンビニ一つ見ても、品揃えの良さが違うよね」

 

 確かに。海外で気になるのは、同じような商品の色違いみたいなものばかりで、較べてみてもなにが美味しいのかさっぱりわからないことが多い。輸入菓子とか特にそうだよね。ジェリービーンズ的なものとかさ。

 

「いろいろ美味しくないんだよね。油とかの問題かな」

「日本の場合、賞味期限も短いですし、窒素封印とかして酸化を防いでいる物も多いですからね。海外の菓子は、保存食ですよね。2年とか持つものもありますし。それどこの乾パンって感じで」

「ああ、日本のお土産で現地の日本人が喜ぶものって、菓子パンなんだって。あれ、日本独特の商品らしいよ」

 

――― あの、あんパンとかクリームパンみたいなものね。

 

「ケーキみたいに甘くてふわふわでって、現地の人も喜ぶみたい。まあ、メリケンとかだと、とんでもなく日持ちする食パンで段ボールみたいな感じだったりするしね。確かに、日本人が手を加えると何でもおいしくなっちゃう気がするよね」

 

 海外から帰ると多くの人は愛国者になるというが、この人も例外ではないようである。

 

「ところで比企谷君、かっぱえびせんの泥ソース味買ってきて……」

「あれ期間限定の商品で、販売してませんよ」

「でも、食べたい……」

「無理です」

「食べたい」

「無理」

「…………たべたい……食べたい食べたいたべた~ぃ絶対食べたい食べたいィィィィ‼」

 

――― やれやれだぜ。懐かしくもあり、愛おしく……は特にない。

 

「かっぱえびせんのたこ焼き味ならありますよ」

「うん、それでいい。ありがとうね」

「いっぺんに全部食べないように8袋入りですから」

「じゃあ、『1袋ずつに決まってるでしょ』……けち」

 

 ケチじゃねーよ。顔パンパンだぞ。

 

 

 

 

 食事の後、学会での話を愚痴交じりに聞いて、トホホな気持ちになる。雪ノ下さんは強化外骨格全開で2週間を過ごし、ストレスMAXなようである。なので、無茶振りが多い。横乳押し付けんな‼

 

「比企谷君は2週間何していたのかな」

「あなたのお目付け役であるところの雪ノ下にいろいろ指示されて、ちゃんと仕事しておきました」

「……何の話?」

 

 雪ノ下さん曰く、仕事の流れはママ乃さん経由で準備室に行けば分かるようにしてあったようで、雪ノ下に何か頼んではいないそうだ。まあ、でも、気になるんだろ。

 

「君は特に疑問に思わなかったのかな?」

 

 思わねえよ。姉に頼まれたって言われたら、そうなんだって思うだろ普通。それに、俺に文句言うんじゃなくて、妹に言うべきだろ。

 

 その後、毎日夕飯を一緒に食べていたとか、休みに小町と由比ヶ浜と4人で買い物に出かけた話を聞いて、理不尽に怒っていました。俺悪くないよねべつに。

 

 

 

 



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EP020 雪乃のキャリア

「そういえば、君と雪乃ちゃんはどうなっているのかな」

 

 いつもの干乃ルームでのどうでもいいようで、核心的な会話。雪ノ下さん、折本の前であいつの話をするのはどうなんでしょうかね。

 

「高校時代より、友達っぽい気がしますね。あいつは、あなたを俺に押しつけたって気に病んでいるのかもしれませんけど、うちの家はそれで助かったわけですし、あいつと縁が切れなかったのも……割とうれしいです」

「比企谷、あたしとはどうなの」

「現在過去未来、お前と友達になることは想像できない。元同級生にして、フラれたことのある知り合ってとこだな」

「ウケないけど、まあ、そんなとこだよね。比企谷はあたしの友達申請拒否ってるしね」

「そんな事実はない。『今なら友達になれるかもね』って仮定の話を聞いただけだ。実際、その後特に何もないし、それでいいだろ」

 

 この狭い部屋で二正面攻撃は厳しいものがある。雪ノ下さんの表情を見ると『この話はまた後で』って感じだな。

 

「それよりさ、ジャガリコのツナマヨ味食べたい」

 

 こんなこともあろうかと、最近絶え間なくチェックしているスナックの期間限定商品たち。ツナマヨ味は2007年の限定商品だ。つまり今はない。知ってて言っているんだろうな。

 

「今売ってません。カルボナーラ味もです」

「でも、食べたい……」

「無理です」

「食べたい」

「無理」

 

「……たべたい……食べたい食べたいたべた~ぃ絶対食べたい食べたいィィィィ‼」

 

「雪ノ下さん、このサイト確認して話してません」

 

 おれは、カルビーのじゃがりこHPを見せる。

 

「しょ、しょんなことないよ」

 

 目がきょろきょろしてわざとらしいんだけど。ふううぅ、こんなこともあろうかと、いつもの大学そばの業務用バッタスーパーで購入したナニを差し出す。

 

「東京限定 明太チーズもんじゃ味です。7月で販売終了したので、確保しておきました」

「ふふ、流石我が愛する義弟君だね」

 

――― 誰が義弟だよ。奴隷の間違いだろ。強制連行されたんだよ。

 

 

 

 

 最近見慣れた、雪ノ下さんのブヒブヒ言っている感じの戯言を聞きながら、俺は夕食の後片付けをしている。

 

「そういえば、昼の話なんだけどね」

「どの話ですか。じゃがりこの限定商品は、見つけたら買っておきますね」

「それは嬉しいんだけどさ、雪乃ちゃんの話」

 

 ああ、折本の前でする話でもないしな。なんかあいつにあったのかな。

 

「最近、雪ノ下建設がらみで君と私が仲良しなのが気に入らないみたいでさ……」

 

 俺も気に入らないぞ。てか、何で……するのかね。まあ、あの時だけだけどな。

 

「雪乃ちゃん、公務員のキャリアめざすみたい」

 

 中々、あいつらしいな。検察とか官僚とか適法に業務を処理する方があいつには向いている。民間に就職すると電通の過労死の人か、文実かクリスマスイベの会議みたいになるだろう。

 

「雪ノ下に合っていると思いますよ。法律とか省令とか適法に行為するならば、問題ないんでしょうから、なまじっか民間ですり合わせるより答えが出やすいですし、元々役人作る大学へ進学しているのだし妥当じゃないですか」

「うん。でも雪乃ちゃんは、その後議員さんになりたいみたい。父の後を継いでね」

 

 なるほど、雪ノ下建設は雪ノ下さんが、お父さんの議席は雪ノ下は継ぐか。ウクライナかどっかの凄い美人の偉い人いたけど、あんな感じで県知事とかになると、俺を県立高校の国語教師に押し込んでもらえんだろうか。

 

「公務員で実務を勉強して、政治家になって上を目指す。妥当ですね。あいつ、美人だし、学歴もキャリアもいいのであれば、選挙も戦いやすいでしょ」

「そうなんだけど、目的は君の確保だよ」

 

――― なに言ってるの。俺の確保とあいつの進路何の関係があるんだろう。

 

「雪乃ちゃんは、お母さんに私の仕事と並行して、政治家になる場合のサポート役を君に頼むつもりみたいなんだよ。君の主婦としての能力はこの家で実証済だし、管理能力も高いでしょ。

 もちろん、大学を卒業して雪乃ちゃんが地方に配属される可能性の高い20代半ば以降ってことで、それまではわたしの世話係兼部下なんだけどね」

 

 なに勝手に譲渡契約結んでるんだこの姉妹。雪ノ下のあと5年後はどうなっているか知らんけど、小町の大学卒業まででいいだろJK。

 

「つまり卒業後は俺に雪ノ下建設に就職して、雪ノ下の面倒を見ろという事でしょうか」

「さすが比企谷君理解が早くて助かるよ」

「拒否する権利はないのでしょうか」

「君は、雪乃ちゃんを見捨てるのかな」

 

 なに言ってるのでしょうこの人は。大体、俺に雪ノ下が依存しているとか言って色々いちゃもん付けてただろ。確かに雪ノ下は、他律的なところあるし、自信がないから正論とか常識にとらわれているような気もする。

 

 でも、それは子供ならだれでもそういう時期があるもので、対人関係の希薄だった雪ノ下は、幼年期が少々長かったってだけだろ。俺も小町に依存してるしな。

 

「ちゃんと他に友達でいるじゃないですか。俺とも昔と違って冗談だって言い合うし、普通に友達です」

「雪乃ちゃんに、そんな人君以外いると思っているのかな」

 

 俺は雪ノ下と会うのは、由比ヶ浜と小町とこの人くらいしかいないのでわからん。とはいうものの、それ以外の人間関係は大学での出会うが多いだろうから、どうなんだろうね。

 

「大学でそれなりにいるんじゃないですか」

「そりゃ、私と同じだよ。本音を見せることができる人間なんていないよ」

 そりゃそうだ。普通はみんな同じでしょ。なんでそうなるのかな。

「君がいないと仮定するでしょ。雪乃ちゃん、多分地方勤務で一人暮らししている間に、壊れると思うよ。文実程度であれでしょ。キャリアは忙しいからね、あの子一人だと、そのまま孤独死しちゃうかもよ」

 

 大いにあり得る。若くしてたくさんの部下を持たされたりすると、あいつの場合滅茶苦茶頑張って、すぐ倒れる未来しかみえねえ。

 

「だから、君が主夫としてついて行って欲しいわけだよ、雪ノ下家としてはね」

 

――― まさかの専業主夫への道が切り開かれるとは‼

 

「え、専業じゃないよ。雪ノ下建設の仕事はチャットしながら進めてもらうよ。月に2回くらいは本社に来てもらうし、あと、私の部屋の掃除とか、私の体の掃除とか」

「最後のは意味わかりませんけど、主夫ってハウスキーパーってことですか」

「公務員住宅に住むはずだから、そんなわけないじゃん。夫だよ」

 

 うーん、なんで? 雪ノ下の夫? 偽装結婚的な何かでしょうか。

 

「君が雪乃ちゃんと結婚して、雪ノ下雪乃と雪ノ下陽乃と雪ノ下建設を支えるってことだよ」

 

 ないない。そんな人生全然楽しそうじゃないから、全力でお断りします。

 

「でも、これ、君以外の君の家族は賛成みたいだよ」

「戦前の家父長制ではありませんので、そのお話は本人がお断りします」

「雪乃ちゃんにそんなこと面と向かって言えるのかな君は」

「雪ノ下がそんなこと考えているなんてとても思えません」

「ふふ、甘いな。今の置かれている君の状況は雪乃ちゃんの望んだことでもあるんだよ」

 

 そうなの。やはり根に持つタイプだったか雪ノ下。俺が苦しむさまをそんなに見たいというのか。

 

 

 

 



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EP013 匂いと味

 最近、夜に2時間ほどFFⅦをするのが日課の雪ノ下さん。おれは、大学の講義の準備などしながら、並んですごすことになっている。雪ノ下さんはパンイチキャミで俺によりかかってゲームをするのが好きなようだ。

 

 お互い風呂にもはいった後だし、別に汗臭いとかそういう問題はないのだが、ゲームをしながら雪ノ下さんが食べるものに難があったりする。

 

「雪ノ下さん」

「うーん、何かな」

「酢イカ臭いですよ。俺は気にしませんけど、明日気にならないように、寝る前に歯を磨いておいてください」

 

 そういう俺に、雪ノ下さんが顔を近づけてくる。

 

「どう、臭うかな」

「……臭います」

「じゃあ、これで…………どう、味はするかな?」

「……味もしますね」

 

 じゃあ歯を磨いてくるねと、雪ノ下さんは洗面台へと席を立った。戻つて来て座りしな……

 

「はい…………これで酢イカの味はしないかな」

「…………しませんね」

「そう、なら良かった」

 

 いやいや、何してくれているんですかあんた。何をもって良かったなんですか。

 

「比企谷君さ、君は何でここにいるのだと思う?」

 

 そりゃ、ここは本来俺の実家じゃん。もともと住んでいたのは俺で、あとから来たのは雪ノ下さんで、何でと言われるのは間尺に合わないが、そういう意味ではないんだろう。

 

「親父の再就職と俺が大学行くための費用を出していただいた代わりに、俺が雪ノ下さんの生活と大学での研究のサポートをするって条件でですかね」

「うん。でもそれは比企谷家から見た状況だね」

 

 なに言っちゃっているのかなこの人。さっきの味の確認といい、何か嫌な予感がする。え、俺だって生まれて初めての体験がいきなりで、少々混乱しているんだよ。なんか、いつか間違えがあるんじゃないかと思ってはいたけど、まさかこんな形でとは思わなかったよ八幡。

 

 

 

 

 雪ノ下さん曰く、雪ノ下からの雪ノ下さんの生活全般の乱れに、ご両親は来るべき物が来たと考えたらしい。

 

「今まで、雪ノ下陽乃は雪ノ下陽乃への期待を全部受け止めて叶えてきたんんだ。でもさ、いつまでも破綻なくいくわけないじゃない。私は神でも何でもないんだし、ここに来てそうなることが見えてきたわけ。

 それが生活の乱れに現れて、両親は焦ったの。でね、ここからが肝心なんだけど、私の世話をしてくれる身近な男性を探していたんだよ。以前雪乃ちゃんの友達で私のお気に入りというか、気にしている君の名前が上がってきたわけ」

 

 そうか、やっぱそうだよね。あの時ショッピングモールで会わなきゃ……でも大学行けてないかもだから、それは善し悪しは何とも言えないな。

 

「えーと強化外骨格? だっけ、君が私の外面につけた名前ね。確かに今まで通り、あれを続けるのはいささかしんどいということで、そのサポート役に外骨格見抜いた君が選ばれたわけ。もちろん、それ以外の理由もあるんだよ」

 

 それ大事だろ。

 

「君は、雪ノ下家に囲われているんだよ。気が付いてなかったの?」

 

 そうなの。服務契約にはそんな記載はないですよね。

 

「あはは、あるわけないじゃない。そりゃ、私に異性の交際相手がいればいいんだけどさ難しいんだよ、この前話した通りでね。

 あと、2.3年の後には事業に付加価値が付く家の息子と結婚して、後継者として正式に扱われるんだろうけれど、あくまで主体者は私であって配偶者ではないから、別に君でもいいんだよ」

 

 俺んちじゃ、マイナスじゃん。何言ってるのかな。

 

「君が3年後、私の片腕として役に立ちそうで、私に見合う結婚相手が見つからなければ、君がそうなる可能性が高い。

 でも、見つかった場合は別のプランがある」

 

――― 無罪放免でしょうか。『勝訴‼』って感じで記者陣の前に走り寄るよ八幡。

 

「君のカバーとして雪乃ちゃんの許嫁で、同じ大学に通う義弟って立場になるわけ。雪乃ちゃんは、頭は悪くないけど人間的に不安定でしょ。よそにお嫁に出すよりは、雪ノ下の家に役に立つ男と結婚させて、家業を手伝わせようって話しになっているのね。本人は知らないんだけど」

 

 良いのかそんな大事なこと話をして。俺がはなしちゃうかもしれないじゃん。

 

「ああ、大丈夫。雪乃ちゃんは『人ごと世界を変える』子だから、自分に都合が悪い事実はそのまま認めないで、自分の受け止められる形で意味を改ざんするからね」

 

 どうやら、最初は葉山がその候補であったようだが、いろいろあって断念。高校時代の関係を見ると、葉山がかわいそうだわな。あいつ優秀なんだからさ。

 

「君は雪乃ちゃんが気を許す唯一の親族以外の男性なんだよ。だから、君が私の夫でも、雪乃ちゃんの夫でも構わないわけ。事業に協力してくれて、雪乃ちゃんを雪ノ下家の為に生かしてくれればね。

 そのあたり、遠回しに伝えてあるはずなんだけどね、両親から。ほら、私が何か君についてのことを話すと、絶対素直に聞かないからさ。でも、何とはなしに不安を感じているようで、しょっちゅう理由を作って君と私を見に来るわけ。両親もそれはわかっているし、わざとさせているんだろうね」

 

 ちょ、まてよ。いつの間にそんなことになっているのだ。大学進学できてバイトもできてラッキーくらいに考えていた俺は、とんだ目出度い男だったというわけだな。

 

「まあ、先はわからないけどね。でも、今のところ君は十分期待に応えてくれているし、今のまま行けばそうなるんじゃないかな」

 

――― そうなるって、どうなるんでしょうか。ワタシ気になります‼

 

「だ・か・ら、少しぐらい親密にしても問題ないよ。君はそういう意味でも囲われているんだし、理性の化け物とか自意識の化け物に囚われないでもさ、いいんだよ。君ははっきり言って、行為で示さないと認めてくれないかなと思って、少し踏み込んでみたんだよ。

 君は、私に不満でもあるのかな」

 

 不満はあるよ。でも、まあ、俺が支えられる分は支えてやらないでもない。仕事半分、好意半分でだな。傍でアシスタントしてても大変なのはよくわかる。多少、甘えたいのもよくわかる。

 じゃなきゃ、どっかでボッキリ折れてしまうだろう。雪ノ下陽乃の代わりは雪ノ下雪乃には務まらない。だから、雪ノ下家のご両親は俺をあてがったというわけだ。

 

「で、俺は何をすればいいんですか」

「ナニをしてもいいんだけど、まあ、少しずつかな。一緒にいろんなことをして、愛を育んでいくんだよ」

「あの、顔にポテチカス付けて寝落ちしている姿を毎日のように拝見すると、1000年の恋も砕け散るんですが。その辺どうお考えですか」

「その辺は、私の横乳アタックで相殺できないかな」

「無理ですね。俺は官能を感じないとだめ何で。雪ノ下の楚々とした方が風情を感じて断然好みです。最近、俺に毒舌吐かないし、高校時代あのレベルだったら多分惚れて告白してフラれてますね。3回くらい」

 

 なに言ってんだろうな俺。とにかく、雪ノ下さんはますます大変で不安定になるだろうし、俺が熱心にフォローすればするほど茨の道は険しくなるわけだ。

 

 まあ、小町が大学卒業するまでは頑張ろう。その後は、人知れず公務員として働こう。そう考えないとやってらんねえ。

 

 

 

 



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EP016 コード・ネーム

「比企谷さん、陽乃の様子はどうかしら」

 

 今日は、母ノ下ママ乃さんが旧比企谷家を訪問中。因みに、父ノ下さんが来る場合は事前にいろいろ連絡をいただき、様々な心遣いをいただくので大変ありがたいのだが、ママ乃さんが来る場合、抜き打ちであり査察的な行為であることは言うまでもない。

 

 いやいや、俺の仕事はこの人のサポートであって、更生じゃないよね。

 

「お菓子は一日300円まで、コーラは1Lまでとして、買い置きしないように徹底しています。また、ゲームも1日2時間までとしているので、最近が徹夜での ゲーム・アニメ鑑賞も行われ無くなっています」

「そう。その調子であの子のこと、よろしくお願いするわね。それと……」

 

――― 何でしょう、もう限界なんですけれど。

 

「雪乃のこと、最近どうかしら」

 

 え、雪ノ下は契約の対象外ですよね。それに、俺たちは一応友達だよな。違うのかな。

 

「二日に1度くらい様子を見に来てくれて、総菜を差し入れしてくれたりします。週末は、俺の妹と連れだって来てくれて家事を手伝ってくれたり、お姉さんのことも気にしてくれているようです」

 

 とかでいいんだよね。以上だよね。

 

「もし、負担になっているようであれば、雪ノ下さんから娘さんにそれとなく、無理をしないようにお話ししていただけるとありがたいです。

 彼女の性格からして、無理をしてでも続けようとするでしょうし、それでは、俺の役割を果たしたことにならなくなるので。よろしくお願いします」

 

 大学1年生とはいえ、やることは多いはず。まして、通学だって高校よりずっと時間がかかるんだから、体力のないあいつのことだし、弱音は吐かないんだから心配ではある。文実みたいにならないようにしてほしい。

 

「大丈夫です。今のところ体調に問題はなさそうですし、あなたの妹さんに勉強を教えたり、一緒に料理したりで楽しそうにしています。安心してください」

 

 そうか。無理していないならいいな。多分、かまくら効果もあるんだろうな。ほっとくと、一日にゃーにゃー言ってるからなあいつは。

 

 

 

 

 こうして母ノ下さんの査察は終了した。え、雪ノ下さんは今日は実家の用事で不在なんだよ。こういう時に査察が入るのは定番なので、俺の覚悟も準備も当然完了していたわけだ。

 

 ポテチカスをきれいに清掃し、汚れたパンさんブラケットを洗濯する。そして、ゲームや漫画やアニメのグッズを片付ける。まあ、慣れたもんではある。

 

――― 慣れていくんだな。自分でもわかる。……どこのアムロだよ。

 

 

 

 

「比企谷君、パンさん毛布……奇麗になってるんだけど……なんで洗濯したの」

「ポテチカスとか沢山ついていましたし、今日ママ乃さん来るの読めていましたから片付けついでに洗濯しちゃいました。問題ありましたか?」

「あるよ、大ありだよ」

 

 どうやら、自分のにおいが消えているのが気にらないらしい。どこの犬だあんた。

 

「被って2.3日ゴロゴロしていれば匂いつくでしょ。たまにキレイにしないと虫が沸きます」

「じゃあさ、比企谷君がこれ被って一晩寝て。比企谷君の臭いつきにしてくれたら許してあげる」

 

 え、なにそれどんな虐めだよ。比企谷菌付いたからもう一回洗ってとか言われるのかな。なにそれ、どういうことなの。

 

「普通に嫌なんですけど。一応理由を聞いておきますね」

「……比企谷君に包まれて寝たいから」

 

「無理です」

「臭い付けて」

 

「無理」

「付けて」

 

「む……」

「嗅ぎたい嗅ぎたいたいー‼ 今すぐ比企谷君の臭い嗅ぎたいーお願い、はるののお願いだから、お願い聞いてお兄ちゃん」

 

「……雪ノ下さん。俺はお兄ちゃんじゃないですよね」

「比企谷君は小町ちゃんのお兄ちゃんでしょ」

「そうですね。小町のお兄ちゃんです」

「だったら、私のお兄ちゃんでもよくないかな」

「良くないです」

「ケチ」

 

 ケチじゃねえよ。大体、小町にもそんなリクエストされたことないわ。

 

「何で俺の臭い付けたいんですか」

「それは……愛を感じたいから?」

 

 なに言ってんのこの人。俺は、あんたの世話役全力でこなしてんだよ。だから、もうすでに限界なんだけど、まだ無茶振りするのかね。

 

「雪ノ下さん」

「何かな」

「そういうイチャラブっぽい会話は、彼氏としてください」

「何言ってるのかな。君が彼氏だから、頼んでるんじゃない」

 

「……誰が?」

「君が」

「……誰の?」

「私の」

「……いつからですか」

「この前、酢イカの味を確認したとき?」

「なんでそうなるんですか」

「そんなの、そういうことだからでしょ?」

 

 意味わからないんですけど。いやいや、話を聞いてて何一つ理解できねえ。

 

「今日、お母さんが来たのはその確認だよ」

「何の確認なんでしょうか」

「私と君がステディな関係になったって私が報告したから、君に裏を取りに来たんだよ。雪乃ちゃんのことも聞かれたでしょ」

 

 確かに聞かれたが、あいつと俺はギリギリかろうじて友達だろ。何んで聞かれるんだよ。

 

「そりゃ、私が雪乃ちゃんの彼氏を取ったって思ったからじゃない。君はもともと雪乃ちゃんの知り合いだし、雪乃ちゃんの男の子の知り合いは君と隼人しかいないんだからさ。お母さん、そういう存在だって思っていたみたい。

 でも、今日君と話をして、君は雪乃ちゃんを恋愛感情で見ていないって理解したみたいだからさ、娘二人を誑かしたってことではないと思ったみたいだね」

「……ちなみに、もし、そう誤解されていたとしたら……どうなっていたんでしょうか」

「そりゃ、契約解除の上制裁されただろうね、君たち一家がだよ」

 

 すげえ理不尽だな。俺は雪ノ下とはギリギリ友人で、この人とは単なる使用人の関係なのにな。でも、我慢だな。あと5年、少なくとも小町の大学卒業までは俺は耐えないといけない。いけないんだが……無理かもしれない。

 

 

 

 



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EP021 かおりの日常 

 比企谷とは最近仕事の話以外全くしない。元々そうなんだけど、最近は特に雑談もしないんだ。まあ、アイツがわたしに気がないのは当然だし、あたしもどう接したらいいのか今更よくわからないというのが正解なのかもしれない。

 

 ここに来て、雪ノ下室長だけでなく、元部長の妹も比企谷に執着しているということが判ってきて、比企谷はなんとなく大変そうだ。高校生時代なら「比企谷モテる~ ウケる~」とか言って、からかう気にもなるのだが、そういうことを言える空気ではないんだなこれが。ほら、同僚だし、上司のお気に入りなんだから、関係悪くなるのも不味いじゃん。

 

「比企谷、ため息多くない」

「ああ、幸せが逃げていってるから当然かもな」

 

 それ、逆じゃない。

 

「あたしで良ければ話聞くよ。相談されてもしょうがないけどさ、あんたのこと知っているの今あたしくらいだし。まあ、話して楽になることもあるでしょ」

「サンキュ。じゃあ、ちょっと休憩するか」

 

 比企谷は、会議で抜けている室長の席にメモを残し、部屋をでる。でもさ、メモ書きに『少し旅に出ます、探さないでください』はなくない。

 

 

 

 

 本社からほど近い309カフェに向かう。昔、葉山君たちと入った千葉駅のそばではなく、中央銀座通りの店だよ。

 

「ここは俺が出すわ。注文してくれ」

 

 ちょっとおなかも空いていたので、マフィンクロワッサンも注文する。いいよね、これくらい。

 

「で、なんかあったの」

「いろいろな」

 

 どうやら、社長からも直々に家庭訪問されたらしい。いや、定期的に家庭訪問はあるみたいなんだけどさ、室長が『ステディな関係になった』って報告したから確認しに来たんだって。

 

――― あの人なに言ってるの。だって、比企谷だよ。比企谷八幡だよ。確かに、昔と比べたら格段にいい男だし、優しいし優秀だよ。でも、あの人くらい優秀で美人なら、男なんてよりどりじゃない。なんで、比企谷なの。

 

「比企谷とらないでもいいじゃん」

「とるもとられるもないけどな」

 

 なんか声に出ていたみたい。でも、ほら、比企谷のことちょっと見直して、一緒に仕事して、もっと比企谷のこと知りたいって思っていたのに、いきなり所有宣言するのなくない。

 

「問題は、社長が俺が雪ノ下と雪ノ下さん両方にチョッカイ出しているって考えていたことなんだよ」

 

 ちょっとまってよ。比企谷、酷くない。まあ、あんたはあの元部活仲間を特別に感じているのはわかるし、多分あっちもそうじゃん。でも、あんたは、お姉さんである室長の世話役で、あんなに親しくしてるじゃない。

 何でいまさら、そっちにチョッカイ出すの。どう考えても、室長のほうで頑張るしかない環境じゃん。だめだよ、そういうのいくない。まあ、あたしも困るんだけど。

 

「そうじゃねーよ。あいつが雪ノ下さんの面倒見切れずに、いまの状況だろ。 でも妹の小町と仲良くなって毎週うちに来るし、2日と空けずに家に顔をだすんだよ。小町と週末は泊っていくこともあるしな。

 そうすると、雪ノ下さんは面白くないわけだ。だって、いくら妹とはいえ、あと俺の実家が社宅として借り上げられているとはいえ、自分の専用のスペースなわけだろ。小町の手前断るわけにもいかないからな。

 で、ストレスの矛先が俺に向くんだよ」

 

 なるほどね。姉妹で比企谷取り合っていて、先に手を打ったはずの室長は、比企谷の妹をジョーカーに使う自分の実妹に手を焼いているんだ。

 

「それこそ、室長から社長に行ってやめさせればいいじゃん」

「そんな話聞くくらいなら、あんな女にはならねえよ雪ノ下は」

 

 元部長さんは、将来会長の後を継いで議員から知事を目指すために官僚になるらしい。で、比企谷は室長の仕事が軌道に乗るころに……

 

「比企谷、あの家の婿になるの。玉の輿だね」

「いや奴隷労働だろ、妹人質に取られてだな。小町が大学入ってしまえば、大学で授業料の減免とか奨学金借りて卒業まで何とかなると思うんだ。だから、あと1年半くらいは我慢するしかないなと考えている。

 そんなこと考えていると、気が滅入ってな。やっぱりわかるか」

「しなしなだね。ウケる~」

「全然、全然ウケないから」

 

 そっか、比企谷大変なんだね。あたしのことを考えてもらえるなんて無理だね。確かに、中高生みたいに、明日のことも考えずに毎日楽しく生きていける時間じゃもうないもんね。比企谷は特にそうなんだ。

 

――― 間が悪いね。

 

 

 

 

「比企谷君、折本さんとデートしにここに来ているのかな」

「ちょっと煮詰まったので気分転換です」

 

「ふーん、わたしも煮詰まっているの。309カフェでティラミスラテ買ってきて」

「あれ期間限定の商品で、販売してませんよ」

「でも、飲みたい……」

「無理です」

「飲みたい」

 

「無理」

 

「…………のみたい……飲みたい飲みたい飲みた~ぃ絶対飲みたいィィィィ‼」

 

「塩キャラメルスムージーならありますよ」

「じゃあ、それでお願い。でも、Lサイズ買ってきて、ストロー2本で一緒に飲むならそれで満足するよ」

 

 今帰ってきた309カフェに比企谷は戻っていった。

 

 

 

 

「ちょっと、今写真撮ったでしょ」

「うん、まあ、二人の愛の記念」

「いやいや、あなたの我が儘の記念でしょ。ちょ、誰に送ったんですか」

「ゆ・き・の・ちゃ~ん。あはは、まあ、これであの子も君をあきらめるよ」

 

――― 絶対ないな。むしろヒートアップするタイプでしょ。これで比企谷げっそりしているわけね。

 

 この調子なら、まだチャンスあるね。ウケるし。

 

 

 

 



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陽乃4年 八幡1年 秋 EP027 ハッピーマンデー

 9月は2回もハッピーマンデーがあるのだよ諸君。なぜ、ハッピーマンデーが嬉しいかというとだね……その日は雪乃ちゃんがお休みでも、私の比企谷君の愛の巣に現れないからなんだよ。

 

 日曜日毎週来るんだけどさ、「来るな」っていうと小町ちゃんを味方にいろいろ言ってくるんだよ。小町ちゃんの受験の件もあるから、受験が終わるまでは色々我慢しているんだ。確かに、小町ちゃんの勉強見るのは雪乃ちゃんが適任だからね。

 まあ、愛する比企谷君の愛する者の為に、私は妥協しているというわけ。

 

 

 

 なので、雪乃ちゃんたちが夕飯の後自分たちの家に引き上げてからが、本当のお休みみたいなもんなんだよ。

 

「というわけで、比企谷君、今日何して徹夜しようか」

「……普通に寝て、明日の朝楽しく始めればいいじゃないですか」

「いやいや、深夜ゆえのテンションってものがあるじゃない。なかなか楽しむ機会も……『しょっちゅうやらかしてますよね。次の日大迷惑なんですけど』……ブィー酷くない。だって、今まで一緒に夜更かししてくれる人なんていなかったんだもん。いいじゃん、一緒に付き合ってくれてもさ」

 

 何て言うと、大概比企谷君は受け入れいれてくれるのだ。私の今までのことを考えると、雪乃ちゃん以上に自由のない生活だって察してくれているんだろうね。

 いうなればさ、私に与えられたちょっと遅めのモラトリアムなわけ。反抗期もモラトリアムも経験しないで……まともな大人になるわけないじゃんね。何を持ってまともかを問うのは後日に回して、とにかく今日は徹夜で明るくなるまで遊ぶんだよ。

 

 

 

 

「……で、なんでサイレントヒルなんですか」

「これを原作にた映画があるでしょ。この前ちょっと見る機会があってね。興味があったんだよ」

 

 

 『サイレントヒル(SILENT HILL)』とは、コナミより発売されたホラーアドベンチャーゲームの題名で、作品の舞台である架空の町「サイレントヒル」に由来する。

 

 このサイレントヒルは30年前の坑道火災によって多数の人々が死亡した忌まわしい場所であり、今では誰も近付かない深い霧と灰に覆われたゴーストタウンと化していたはずなのに、なぜか人がいたり失踪したりしているんだよね。アメリカ東部の古い入植地にありがちな魔女の系譜のお話につながっていくんじゃないかな。

 

 アメリカの入植地で起こった魔女狩りを題材とした小説や映画もあるし、それにつらなるホラーも少なくない。セントラリアという町の下に石炭の坑道がある街で1962年に発生した火災でゴーストタウンになった場所がモデルなんだ。フィラデルフィアが近いコロンビア州かな。

 坑道火災が収まっていないから、町全体が煙でくすぶっている感じなんだよね。

 

「うちにあるのは親父の残しているPS用ですけど、これどこで見つけたんですか」

「ふふふ、君の親父殿からは保有アイテムリストを受け取っているのだよ。君がナビゲーターの指名を受けているのだ。謹んで拝命したまえ」

 

 比企谷君は『業務命令』として受け止めたようで、ため息をつくと席を作る用意をし始めたんだな。私は単に、カップルでホラーゲームをしながらキャッキャウフフしたいだけなのに、何で嫌そうなのかな。

 

 

 

 

 そして、ハッピーマンデー特典、お菓子の金額予算3倍セール‼ なんと半額のじゃがりこを900円分も購入するとは、とんだ御大臣なのである。フヒヒ、カルビーのポテチ季節限定シリーズも捨てがたいのだが、食べやすいじゃがりこにした。賢明な選択だね。

 

 サイレントヒル自体はバイオハザードと同じような筋立てだね。事件が発生して謎を解きながら怪物と戦い、アイテムを拾ってクリアを目指す。剣と魔法の代わりに、銃が用いられている感じだね。

 

「あーでもなんか洋ゲー風っていうのかな、絵ずらが殺伐としているよね」

「そうですね。ドラクエとかに慣れていると、このリアル風のグロテスクさが気になる感じはしますね」

「うん、まあ映画のアクション主人公を自らがプレーしているって感じで、アクション映画好きな人にとっては楽しいのかもね」

「雪ノ下さんはどうですか」

「私は一人でこのゲームをやる気にはならないな」

「じゃあ、なんで今日はやってるんですか」

「そんなの、君が横にいてくれるからに決まっているでしょ。ホラー映画に異性を誘う理由を考えてみたまえ」

 

 疑似つり橋効果だよ。強い緊張感を与えられると心拍数が上がって、それを恋愛と勘違いするのが人間の脳なんだよ。君には通用するのかな、理性の化け物君。

 

「比企谷君さ、君はこの世界に出てくる『三角頭』なのかな」

 

 不気味なほどに静かで、不自然なほどに濃い霧が常に視界を覆っているため、街の全容を把握するのは困難。元は閑静な観光地だったが、今は人の気配も感じられないゴーストタウンとなり果てており、作中でも地元住人に会うことは滅多にない。

 

 怪しい宗教団体「教団」が存在しており、町を探索中に、その怪しさを身をもって味わう事になる。この町は不思議な力に満ちている。その力によって主人公たちはこの町に訪れ、通常ではあり得ないような体験をする。

 

 サイレントヒルの世界観は、モダンホラーの巨匠・スティーブン・キングの世界観に似ている。不条理の恐怖だね。なかでもキングの作品『霧』の影響が本作の世界観に強く表れている。 加えて舞台はアメリカの田舎町、主人公は一般人、武器は田舎町でどうにか手に入りそうな物ばかりなのに、敵は得体の知れない異形。

 

「この作品ではなく2以降に出てくる人気キャラですね。そうですね、あなたの指摘するように、俺は自意識の化け物で三角頭なのかもしれませんね。ですが、雪ノ下さん、あなたの正気は誰が担保してくれるんですか。あなたが三角頭でないと、何故言えるんですか」

 

 あはは、そんなの決まっているじゃない。

 

「私と付き合う時点で、君も私も三角頭だよ。三角頭でなければ世界を丸ごと変えるなんてできるわけないじゃない。君は選ばれたんだよ、三角頭に」

「いいえ、俺の仕事はあなたの業務が軌道に乗るまでです。それでお役御免にしていただきます」

 

 そう、その言葉忘れちゃだめだよ。私の仕事が軌道に乗るまで無期限なんだからね。

 

 

 

 



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EP023 そして伝説へ……

「比企谷君、このブーメランってすごく便利だよね」

 

 最近、FFⅦをコンプリートしたというか飽きた雪ノ下さんは、社会現象まで引き起こしたという話を親父に聞いたDQⅢに取り組んでいる。もう30年も前の作品だな。

 

 いまだにアプリやDSあたりでもリメイクされているが、雪ノ下さんのそれは当然比企谷家秘蔵の親父コレクションのSFC版である。SFCで16ビットになり、画質は相当向上しているんだな。ファミコン版は大画面で見るには厳しいが、SFC版はそこまで見苦しくもない。

 

「あー転職したいな~ やっぱ遊び人だよね~」

 

 あ、あれ、遊び人から賢者がセオリーでしょ、何で逆のことしようとするんだよ。DQⅢは様々なエポックメイキングなシステムがのせられたDQシリーズだな。DQⅡは3人の伝説の英雄ロトの子孫である王子王女が決まった魔法や装備しか扱えなかったんだけど、Ⅲでは転職しシステムでいくつかの職業に転職することで、固有の魔法や装備を持つことができるようなったんだよ。

 

 なので、魔法使いから転職した戦士は魔法戦士って感じでMPは半減するけど魔法が使えるようになったりするんだな。レベルアップの問題とかあってなかなか難しいけどね。

 

「転職ばっかしてると、経験値どぶ捨てですからね。会心の一撃とかレベルが高いと出る確率が断然違いますから、そこはせいぜい1人くらいでじっくり育てる方が楽しめます。

 これ、クリアしてからも継続できますし、裏ボスもいますから、とりあえず、表の魔王は倒しちゃってください」

「え、そうなの。じゃあ、ドンドンクリアしちゃおう。早くいってよね」

 

 ウリウリとばかりに横に座る俺に、お礼の横乳をあてる雪ノ下さん。喜んでいいのかどうか悩むところである。

 

 

 

 

 この転職システムだが、この時代ダンジョン攻略ゲームの古典である「ウイザードリー」というのがあったな。古いPCゲームだけど、ファミコン版にも移植されたり、アメリカ原産で本国ではずいぶん前に廃れたようだが、日本では続編というかDQやFFシリーズのようにバージョンアップしながら進んでいく。

 

 DQはこれとマイト&マジックという同じくPC版で存在したクエスト物の混合物な気がするね。

 

 レトロゲームには、レトロゲームの良さがあってスマホアプリはその辺上手く利用しているような気がするね。他にも、「伝説のオウガバトル」ってクエストって会社で出していたソフトがあって、それはそれで楽しいレトロゲームだ。もちろん、スマホアプリでも存在する。

 

「ねえ、比企谷君、ドラゴンテイルって龍のしっぽってことだよね。凄くない?」

「いやいや、涙の雫みたいなニュアンスですからね。本物じゃないですよ。強力な鞭っていう意味ですね」

「なーんだ。期待しれ損した」

「でも、それ売ってないですよね……」

 

 ドラゴンテイルは賢者や勇者が装備できる比較的強力なグループ攻撃が可能な魔法いらずアイテムなんだな。MPけちる時によく使う。グリンガムのムチという強力な武器同様、双六のクリア景品であった気がする。

 

「さっき、なんかすごろく? やったら貰えた」

 

――― 何なのこの人。凄く運がいいのか、すごく頭がいいのかどっちなんだ。

 

 なにを悩んでいるのかというと、遊び人にこの鞭を装備させたいそうだ。なんかそういうゲームじゃないんですけど。

 

「うーん、神秘のビキニも欲しいんだよね~」

 

 それ、メダル95個と交換でしょ。魔法のビキニで我慢してください。てか、ビキニと鞭で何させたいんだよあんた。そういうゲームじゃないんだぞ。

 

「だって、このゲーム名前付けてさ、キャラクターに感情移入するためのゲームでしょ」

 

 まあ、そういうのはある。なんで勇者「はるの」 魔法使い「ゆきの」 僧侶「こまち」……遊び人「はちまん」……遊んでねえよ、すげえ働いてんだろ俺。

 

「ふふ、はちまんは遊んでるんだよ」

「でも、ビキニって女性キャラ限定装備ですよ。当然ですけど」

「ブーメランパンツ的なビキニで男性も装備可能……」

「DQⅢがつくられた時代、日本ではそんなの知られていません多分。バブルの頃の作品ですよ」

 

 そうなんだよ、もう高度経済成長とか、大阪万博みたいな昭和史の話なんだよ。つまり、このゲームは昭和の最後に花咲いたゲームってわけ。歴史の重みを特には感じないんだけどな。

 

「そんなこともあろうかと、八幡は女の子にしてみたよ。全員女子です‼」

 

 なんだよそれ。はちまんやめろよな。さいかとかにしておけ。

 

 

 

 

 雪ノ下さんは壁にぶち当たることもなく、それなりにクリアを続けていく。この前のFFⅦと比べると、10年も前のゲームなので比較的簡単に感じるみたいだね。

 

「でも、ドラマ性としてはFFの方が面白いかな。DQは子供向けだね」

「この作品、キャラクターデザインが鳥山明なんです」

「えーとドラゴンボールの」

「この時代だと、ドクタースランプあられちゃんの方が有名でしょうね。最初の作品1983年とかですから」

「ムムム、私たちが生まれるはるか昔だね」

「DQⅡまでのファミコン版は復活の呪文というパスワードで記録するんで、写し間違えると復活しないんです」

「……デジカメでとればいいじゃん」

「昭和にデジカメはありません」

「……ビデオで」

「それほど普及していません」

「じゃあどうしていたの」

「手書きですよ。その代わり、何度でもそこからやり直せますよね。それはそれでありな気がします。人生もそうだといいけど、そうはいかないですもんね」

「いいや、私はそんなこと考えたこともないな。だって、同じ人生になる保証はないじゃない。だから、いまのこの生活が無くなるかもしれないとか考えたくないよ」

 

 ほう、どこかで干乃回避ルートがあったかもしれないわけだね。まあ、俺もまんざらじゃないからいいけどね。でも、小町の大学卒業までですよ。

 

 

 

 



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EP051 月見

「比企谷君、すすきを取りに行くよ」

 

 一瞬すすき野に行くのかと思ってびっくりしたよ八幡。ぶらっと北海道に女性と行くのはどうかと思うその場所へ。まあ、観光地なんだけどさ、別の有名スポットでもあるし。まあ、ほら、俺はそういうのいいから。

 

 どうやら、この時期特有の「月見バーガー」的なものにあてられたらしく、お月見がしたくなったのだそうだ。

 

 月見といえば団子なのだが、収穫祭的な意味もあるのだよ。ススキは稲穂の代わりであるようで、その昔は今よりも収穫時期が遅かったこともあり、稲の代わりに収穫を感謝するシンボルとして使われたんだってさ。

 

「そうだね、明治以降の品種改良で稲の丈もずい分短く、寒さにも強い稲ができたんだもんね」

「農林一号でしたっけ。北海道で米がとれるようになった端緒は」

 

 江戸時代、蝦夷地の入り口である函館には「松前藩」というのがあった。松前の松は「松平」前は「前田」からもらって名付けられた「羽柴」のパクリみたいな大名家が統治していたんだよ。

 

 で、松前藩は米を「輸入」していて、海産物やアイヌとの交易で獲得する収入で賄っていたらしい。あと、ロシアとの密貿易。シンガポールみたいな藩だよな。なので、江戸期は北海道は稗粟しか取れないんだよ。同じ緯度のどっかの国も同じ。

 

「今は8月末には収穫始まるじゃない。台風シーズン前だよね」

 

 そう、冷害や台風で収穫できなくならないように、工業だけじゃなく農業も大いに近代化されているんだ。サンちゃん農業と言われた時代もあったが、地道な品種改良の成果は、ビオトープも見習いたいところだと思う。

 

 

 

 

 ススキといえば神奈川・箱根の仙石原が有名だが、ススキだけ生えているわけでなかったりする。よく似た植物に「オギ」という植物があるのだ。「荻」という字をあてるのだろうか。「萩」じゃないからね。河川敷でもよく見らるが、一見ススキのようで実は同じイネ科のオギ【荻】であることが多いんだよ。

 

 オギは、河川敷や水路沿いなどの湿った原野に群生し、ススキは、それより陸側の乾いた場所に生育する傾向がある。ススキとオギが同じ場所に生えていることもありる。ススキは地下茎がないので叢生(そうせい)して大きな株になり、オギは、長い地下茎の節から茎が1本ずつ出て大群落を作る。

 

 その違いは、ポワポワがあるかどうかなんだが、遠めだとよくわからない。ススキかなと思うとオギであることがある。よく見ないとわからないんだ。

 他にもパンパスグラスという直立した猫じゃらしみたいなのも存在する。

 みなイネ科の植物なので、収穫祭の稲の代用品としては同じようなもんじゃないかと思うんだけどな。

 

「なんでもそうだけどさ、ぱっとみの印象が悪くても、実はいいものってあるよね。じっくり観察してみないと比較できないじゃない」

「はあ、そうですね」

 

 俺も、雪ノ下姉妹をこんなにじっくり観察することになるとは、高校時代思いもしなかったわ。いつの間にか関わりあいになって、いつの間にか巻き込まれて、相当警戒していたはずのこの人も、仮面が外れかけた今となっては……小町のように思えなくもない。

 

「やっぱ夜は涼しいね。はい、腕組んでちょうだい」

 

――― 前言撤回。

 

 とはいうものの、あのころの小町はよく腕を組んでくれた気がする。兄貴が恥ずかしがるのを見たかったのか、人のぬくもりを伝えたかったのか今となってはわからないけどな。

 

 でも、この人は別の意図があるのではないでしょうか。

 

「お月見も堪能したし、帰りにもう少しお月見して帰ろうか」

 

 ジャンクフードの女王雪ノ下陽乃、今日の本命はこれか。ミニストッフ○の中秋の名月スナックと言うにふさわしい【月見つくね&ちっぷす】「月見つくね&ちっぷす」とは期間限定の卵黄風ソースを閉じ込めた“ひとくちサイズの鶏つくね”と人気の“Xフライドポテト”がセットのファストフード392Kcalだ。

 

「雪ノ下さん、明日から朝は雑炊になりますけどいいですか」

「……でも食べたい」

 

「雑炊でいいですか」

「食べたい」

「雑炊」

「……たべたい……食べたい食べたいたべた~ぃ絶対食べたい食べたいィィィィ‼」

 

「雑炊でいいね」

「……はい……」

 

 ストレス発散も大事だけどさ、あなたの体がブヨブヨとかになるといろんな方面からお叱り受けるから大変なんだよ。自重して下さい。

 

 

 

 



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EP026 陽乃ポテチ考

「比企谷君、フ●リングルスって、なんで普通のポテチと違うんだろうね」

 

 ジャンクフードに最近ハマった雪ノ下さんは、意外と基本的なことを知らない。それだけ、良い育ちだということなんだろうな。

 

「そんなこと言ったら、日本人以外でポテトチップスって言うと、あれか、もっと分厚いサツマイモの天ぷらみたいなもんになりますよ」

「え、そうなの」

 

 いわゆる、ポテトチップは本来ジャガイモの輪切りの揚げ物で、マックやモスのポテトフライの輪切り風のものだと考えると適切なようだな。いわゆる軽食というかつまみみたいなもんだ。

 

 ポテトチップス (potato chips) は、ジャガイモを薄切りにして冷水で短時間さらした後、高温の油で軽く色づくまで揚げ、それを塩や香辛料で味付けしたスナック菓子の総称。

 

 アメリカ・ニューヨーク州サラトガ・スプリングズのレストラン Moon Lake Lodge のシェフ、ジョージ・クラムによって1853年に発明された、という説が有力。やっぱジャンクフードはアメリカだよね。

 

 ある日、クラムの客(一説によれば、アメリカ屈指の大富豪コーネリアス・ヴァンダービルトだという)が、フライドポテトが厚すぎると苦情を言って、何度も作り直しをさせた。うんざりしたクラムは、フォークで刺せないような薄切りにしてカリカリに揚げ、客を困らせてやろうと考えた。

 

「へえ、金持ち困らせてやろうとしたら逆に喜ばれたんだ。なんか、君みたいな発想する人だね」

「ホットイテください」

 

 うん、俺がいろいろやらかしたことがこの人に目を付けられる理由だしな。否定はできない。

 

 この料理はすぐにサラトガ・チップスという名でレストランのメニューに登場、その後この料理はニューイングランド地方でごく一般的なものになった。このようにもともとポテトチップスは料理の付け合せなど食事の一部として提供されるものであった。このときは釜揚げ法で挙げられているれている。南部料理も揚げ物多いけどな。やっぱり鮮度の問題、水の問題なのかな。

 

 

 

 

 でもさ、プリングルスとかチップスターは成型法でつくられているわけだ。 じゃがいもをフレーク状に乾燥させて長期保存を可能にする技術が発明されたため、それを用いた生地に調味料などを混ぜ、形を整えて揚げたポテトチップスがP&G社によって開発され、1971年に「プリングルズ」という商品名で売り出された。

 これは成型ポテトチップス(ファブリケーテッド・ポテトチップス)と呼ばれ、日本では1976年にヤマザキナビスコ社が「チップスター」という商品名で発売しているのだよ。

 このタイプは、揚げ上がり後の形状も統一出来るため、一枚一枚を隙間無しに一列密着で包装出来るという利点も特徴の一つだ。

 

「比企谷くん、プリングルスってジャンク感高いよね」

 

 アメリカンな味付けで、正直Lサイズ1個食べると胸やけがする。英国へは税法の関係でポテチと分類しないようにして輸出しているんだと。要は、マッシュポテトを固めてあげたものだもんな。チップとは言い難い。

 

 

 

 

「それよりさ、プリングルズのスモーキーホットチリ味食べたい」

 

 こんなこともあろうかと、最近絶え間なくチェックしているスナックの期間限定商品たち。2014年の限定商品だ。つまり今はない。知ってて言っているんだろうな。

 

「今売ってません。」

「でも、食べたい……」

 

「無理です」

「食べたい」

 

「無理」

「……たべたい……食べたい食べたいたべた~ぃ絶対食べたい食べたいィィィィ‼」

 

「雪ノ下さん、このサイト確認して話してません」

 

 俺は、プリングルズのHPを見せる。

 

「しょ、しょんなことないよ」

 

 日本国内向けプリングルズと輸入販売されているプリングルズを比較すると、日本国内向けは味がややマイルドに仕上げるそうだ。日本の消費者に合わせた味になっている。車ではなんでできないんだろうね。ちなみに、日本国内向けのプリングルズはマレーシアで生産なんだとさ。

 

「雪ノ下さん、足らない分は俺が自家製で作ってあげます。まあ、味はジャンクではないですけど、体には良いですからこれで勘弁してください」

 

 じゃがいものスライスをオーブンなどで乾燥し焼き上げれば、揚げたポテトチップスと似た食感だが大幅に低カロリーなポテトチップスが作れる。電子レンジで手軽に同様の調理が可能になる器具が販売されているんだ。ママさん用の雑誌や通販に掲載されているよね。

 

 製品としては湿気たりするので安定しないので問題だけど、家で食べる分にはむしろ安上がりだろう。お菓子代も減るしな。

 

「ふふ、君はそんなに私のことが大切なのかな?」

「当たり前じゃないですか。大切な上司です」

 

 なんだよ、なんか不満そうだな。まあ、ハウスシェアしているみたいなもんだし、正直色々トラブルが起こると、俺も雪ノ下さんも、雪ノ下家も、比企谷家も困るからね。だから、そう言うことだ。

 

「い・ま・は・そういうことにしておこうかな。上司であることは確かだし、君は世話役で私の健康管理も仕事のうちだしね」

「それに、あなたのそのプロポーションが崩れるのは俺も嫌ですからね」

 

――― 干乃がデブ乃になったらどうすんだよ。

 

「ふふ、大丈夫だよ。そうしたら、君の為にシェイプアップするからね♡」

 

 いやいや、自分の外見も武器だと理解しているあなたが、俺の為にそんなことするわけではないでしょ。でも、まあ、デブ乃は勘弁してほしいかな。

 

 

 

 



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EP024 ラブラブプラス+

 俺の黒歴史の一つであるところのギャルゲーコレクションが、雪ノ下さんの手により発掘された。

 

「ふーん、これが君の中二病時代の妄想の根源なわけね」

 

 大変失礼なことでございますのよ。それは『ラブプラス』(Loveplus)。コナミからDS向けに発売された恋愛シミュレーションゲームの強化版であるところの『ラブプラス+』だ。

 

 この、一世を風靡した「ギャルゲー」は3人のヒロインと恋人同士になり、高校2年生17歳のまま相思相愛の親密な関係を楽しめる。

 

――― 暗黒奉仕部時代の俺の17歳とえらい違いである。

 

 ラブプラスシリーズが人気となった理由は、従来の恋愛シミュレーションゲームの 大半は恋人になることがゲームの目的であったのに対し、ヒロインがプレイヤーの「彼女」になってからの『その後』を主軸としている点だな。

 

「ふーん、つまり、彼女にする間でも楽しめて、その後も楽しめるってことね。RPGもクリアあとでも冒険できるから、コロンブスの卵的だね」

 

 その通りです。

 

 だがしかし、誰とも恋人にならずに100日が経過すると、卒業となりゲームオーバーとなる。現実の奉仕部的エンドだな。雪ノ下とも由比ヶ浜とも一色ともなんも変化がなく卒業。まあ、現実はそんなもんです、夢見てごめんなさい。

 

「あーでも、今の君だってヒロイン3人で生きてるじゃない」

「誰ですか。一応参考までに聞いておきます」

「私、雪乃ちゃん、『小町』……じゃなくて、かおりちゃん」

「……なんで折本が入るんですか。あなたと、雪ノ下はまあ準家族みたいなもんですから入れても構いませんけど、折本はただの知り合いですよ」

「ええぇぇえぇ、告白してフラれたんだよ。好きだったんだよね」

 

 何でこの人、昔のこと掘り返すかな。まあ、フラれたことないからわかんねえのかも知れないな。

 

「もう、5年も前の中学生の頃の話です。あの頃の俺には、普通に話しかけてくれる女子が折本しかいなかったんです。あいつにとってはただのクラスメイトでも、その時の俺にとっては唯一無二の存在だったんですよ。

 だから、勘違いして告白してフラれた。そんだけなんです。だから、今思い返しても、あいつに悪いことしたなって思ったりしますよ」

「……わるいことした?」

「ほら、勘違いだったわけでしょ。俺が勝手に『何がいけないの?』……どういう意味ですか」

「君の感情は君だけのものだよね。それを相手が受け入れるか否かは相手の問題であって、君とは関係ない。恋愛感情なんて常に一人称で自己満足だよね。だから、通じた時にすごく嬉しいんじゃないの。

 君は、このゲームから何を学んだのかな?」

 

――― そういうゲームじゃないと思います。

 

 まあ雪ノ下さんの言わんとすることもっともだな。それで、他人との接点をもたないようにしたり、言葉で伝えられなくても分かり合えなくてもなくならない本物の関係をもとめて、あいつらにみっともない姿を見せたこともある。

 

 でも、最近思うのは……あの頃は暇だったんだな。大人は忙しいし、もっと目の前にやらなきゃならないことがある。だから、こんな恋愛ゲームみたいなこと考えていられない。

 

 このゲームごと俺の高校時代は封印されている。そんな感じだな。

 

 

 

 

 ラブプラスには3人のヒロインが登場する。

 

 高嶺愛花(まなか)。主人公と同じテニス部のチームメイトで文武両道のお嬢様。完璧なお嬢様ゆえに周りからは少し距離を置かれている。 黒髪ロングでポニテ。スリーサイズは不明であるが、標準的な女子高校生の体格である。

 ちなみに、声は雪ノ下に似ている。あと、文武両道お嬢様。でも性格は……かなり違うな。

 

 小早川凛子。主人公の通う高校の後輩図書委員の仕事をするだけあって本好き。また音楽やゲームにも造詣が深い。あまり友達を作らず、夜の街にいることも。年下の小悪魔に振り回されたい人向け。俺はそういうのいいです、リアルで嫌なんで。ネコの話題となると友達モードの時はいつものそっけなさそうなのはどこへやらというくらいテンションが高くなるようである。

 

 雪ノ下のニャアニャと自己完結している方が楽でいいな。あれはあれで、時間の経過も無視して続けるのはどうかと思うけどな。

 

 姉ヶ崎 寧々。ファミレス「デキシーズ」でアルバイトをしている高校3年生。大人びている性格・容姿のせいで人に頼られがち。

 

「あー比企谷君の、元カノは……まなかちゃんかな。ちょっと雪乃ちゃんぽいとこ多いよね」

「いやいや、全然素直で接しやすいですよ。戸塚とか由比ヶ浜みたいな感じで棘もないですしね。普通にかわいいです」

「ふーん、じゃあ雪乃ちゃんが棘が無くて接しやすければ好みなんだ」

「まあ、雪ノ下の容姿は、普通に好感が持てる外見じゃないですか。それだから、やたら告白されて酷い目にあうじゃないですか……相手が」

「まあ、断るのも大変だからね。私の場合は周りが抑えてくれたから問題なかったけどボッチの雪乃ちゃんの場合、手ひどく振ってハードル上げるくらいしか自衛の手段が無かったんだろうね」

「今は落ち着いたというか、普通じゃないですか」

「そう? でも、結構告白されているみたいだよ」

 

 そりゃそうだろ。俺なんて友達申請スラ断られているんだからな。大学生になって一段と磨きがかかった雪ノ下が、告白されないわけがない。

 

「いい奴と出会えるといいですね。将来性があって、まあ、雪ノ下を大切にしてくれる奴ですね」

「君は、うちの父君かね」

「高校の知り合いとしての率直な気持ちですね。小町の相手をしてくれるのもありがたいですけど、負担にならない程度にしてもらいたいですね」

 

 あとで、文句を言われても困るしな。新しい出会いを大切にしてもらいたい。

 

「最近、新しいお断りのしかたを覚えたんだよ雪乃ちゃん」

「へえ、嘘と欺瞞の嫌いなあいつがどんなお断りの仕方をするのか興味ありますね」

「そんなの簡単なことだよ。『他に好きな人がいます』って言うだけだよ」

 

――― シンプルにして最強のお断りカード。あんたの他に好きな人がいる。言われたくないお断りワード序列第1位。

 

 まあ、そうだよな。あいつだって、いつまでも高校時代のままではいられない。高嶺の花だって恋もすれば、誰かと付き合うこともあるだろう。俺には関係ないけどな。

 

「でも、この寧々さんもいいでしょ?」

「はあ、リアルにこんなお姉さんいたらコロッと逝っちゃいますね」

 

 外観からしてグラマラス。身長も高嶺愛花より少し上ぐらいの163cmほど。髪型のデフォルトではショートボブ。まなかが雪ノ下なら、寧々さんは雪ノ下さんみたいな感じだな。包容力皆無だが。

 

 結婚願望が強い事が会話でよく見え隠れしている彼女の口癖は……「いいなぁ~赤ちゃん欲しいなぁ~」 である。平塚先生の「結婚したい」と似て非なるものであることは内緒だ。

 

 

 

 

 雪ノ下さんはひとしきり寧々さんの絵を見たあと、「ちょっと待っててね」と自分の部屋に戻っていった。

 暫くして戻ってきた雪ノ下さんは……寧々さんと同じ位置に泣き黒子を付けていた。うん、なかなか雰囲気出てますよ。グラマラスでショートボブ、大人な雰囲気の女性。

 

――― 同居する前ならな。

 

 あんたのプライベート知っている俺からすると寧々さんと重ねるのにはかなり無理がある。でも、まあ、こんな人になって欲しいなとは思うよ八幡。

 え、子供産んで欲しいとかじゃないよ‼

 

 

 

 



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EP025 ラブラブプラス雪乃

「雪乃ちゃん、このゲーム知ってる?」

 

 姉さんが珍しくわたしに話しかけてきたわ。比企谷君は小町さんとダッツを買いに出かけているので、今は二人きりなのよ。

 

「何かしら」

「これね、比企谷君が高校時代に好きだった……ギャルゲーなんだよ。いまは私が借りているんだけどね」

 

 そう、どうやら高校生同士の恋愛もののゲームのようね。リアルで恋愛せずにゲームの中で恋愛していたとは……由比ヶ浜さんには言えないわね。

 

「でね、比企谷君はまなかちゃんがお気に入りだったんだってさ」

 

 主人公と同級生。黒髪ロング、文武両道お嬢様、テニス部所属。どことなく容姿やスペック、声もわたしに似ているのではないかしら。ふふ、あの男、黙っていては伝わらないのよ。言葉で伝えないとね。

 

「そう、やはりあの男は、わたしのような女性が好みなのかもしれないわね」

「うーん、それはどうかな」

「……どういう意味かしら」

「それは自分で確認してみなよ。教えてもらうんじゃなくて、自分で気が付くことが大事だと思うよ」

 

 姉さんに至極当然のことを言われた。癪に障るけど、その通りね。

 

 調べると、コナミで出しているいわゆるギャルゲーと呼ばれるもので、かなりの人気を有するソフトであったようね。スマホ用のゲームは……開発中でプレイすることはできない。でも、最近わたしが知ったのは……この手のゲームは動画配信で見ることも可能なのよ。なので、姉さんが言いたいことはゲームをプレイしなくてもある程度理解できると思われるわね。

 

 

 

 

 どうやら、わたしよりずい分フレンドリーな感じがする。というよりも、距離感が近いのではないかしら。そうね、比企谷君とも3年近い付き合いなのだし、いまでは、小町さんや姉さんも含めて家族ぐるみのお付き合いなのだから、もう少し、言い方を変えてみる必要があるかもしれないわね。

 

 とりあえず、髪型は比企谷君に会うときはポニーテールにしてみましょう。

 

 それと、言葉遣いももう少し砕けた言い方の方が彼の好みなのかもしれない。このあたりは、ヒロインのセリフの研究が必要ではないかしら。

 

「ねえ……だよ」

 

「……です」

 

 なるほど、わたしの話しかけ方は少々堅苦しいのかもしれない。小町さんとは既に家族同様の関係を築いているのですもの、もう少し柔らかい口調で話す必要があるのかもしれない。

 

「まずは、『ねえ』から始めましょう」

 

 そう、学校のように複数の者が常にいる環境では、間違えないように相手の名前を告げる必要があるわ。でも、居室の中では「ねえ」と話しかければ、それはその声の方向と声色から誰が誰に話しかけたか明確だわ。

 

 その他にも、ヒロインのセリフで気になるものをまとめてみたのよ。

 

「あと一息。がんば!」

 

「がんばってるよね。わたしは知ってるよ。」

「あなたはできる子だよ?」

 

「マナカパワー、注入♪」

 

 この最後のセリフは由比ヶ浜さんや一色さんならば適切でしょうし、彼が一番喜びそうなのは、戸塚君か小町さんね。わたしのキャラクターとは一致しないわね。それでも、このヒロインが相手を勇気づけようとする気持ちは伝わってくる。

 

 振り返って、わたしはヒキガヤ君を否定するようなことばかり伝えていた気がする。彼は表面上は許容してくれていたように見えていたの。けれど、このヒロインに 好意を持つということは、当然、わたしの言動を面白くないと感じていたのであろうことは明白ではないかしら。

 

 それでも、今の彼との関係は決して悪くないと思う。姉さんを押しつけてしまったという負い目はあるのだけれども、あの時の受験生の私には無理だったのよ。それでも、彼の進学の手伝いもしたし、今だって日曜には手伝いに行っているわ。小町さんが姉さんの相手をし、彼は少しの時間だけど休むことができるし。お昼の準備もして、お惣菜だって渡しているもの。

 

――― その、このヒロインのセリフではないのだけど『ねぇ。ねぇでわかって』と比企谷君に言ってみたい。

 

 そして極めつけのセリフ 「オッス、愛花だよ♪」 ね。これは、ハイスペック故に本人も他者とそれ程の関わりを持とうとせず、部活に於いても他の人から敬遠される存在であった愛花が他の人にも受け容れられ親しんでもらえるようにするにはどうすればいいか考えた末のキメ台詞なんだそうよ。

 

 もし、あの頃の奉仕部にこのような相談があったとしても、この解決策は伝えられなかったでしょう。

 

 さらに、オリジナルのポーズも付けるのよね。左腕を腰に当て右手を右目の近くの位置にした上で人差し指と中指を立てる。更には若干舌を出した小悪魔的ポーズ。 実際このポーズ以後愛花は部内で人気者となっていくことになる。

 

 でも、一色さんのあざとい敬礼なんかは、女子の顰蹙を買っていたのではないかしら。比企谷君も否定していたのだし、このポーズと決め台詞は保留にしましょう。

 

 

 

 

 翌週日曜日、いつものように比企谷君の家を訪問する。そして、わたしは意を決しあの作戦を実行する。

 

「ねえ」

 

 あら、声が小さくて聞き取れなかったのかしら。

 

「ねえ」

「なーにかな雪乃ちゃん」

 

 姉さんを呼んだのではないわ。

 

「いいえ、比企谷君を呼んだのよ」

「そうか、悪いな。雪ノ下は名前を呼ばずに声をかけるのは珍しいのでな。自分ではないと思ったんだ」

「わたしのすぐそばにいるのはあなたなのだから、名前を呼ばずとも『ねえ、ねえでわかって』もらえるのではないかしら」

「……ああ、そうだな。すまん。これからは返事をする」

「そう、ありがとう。そうしてもらえると嬉しいわ」

 

 そうね、これからは、ねえの後に比企谷君とつなげるようにしましょう。そして、『ねぇ。ねぇでわかって』と言える関係になるわ。

 

 

 

 



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EP029 冴えない彼氏の育て方

 いやあ、月日が経つのは早いね。私も大学4年生だ。そして、雪乃ちゃんは1年生。比企谷君もね。何が感慨深いかって言うとね、1年2年の頃は、大学の上の代の男どもが……声かけてきて鬱陶しかったんだよ。

 

 一年の時は最悪だったね。工学部は女子少ないし、高校の頃みたいに気が強い美人系の友達もいなくてさ、ガーディアン不足に嘆いていたよ。それでも、何とか家の都合とか、雪ノ下の名前で気が付いてくれる人はいいんだけど県外の人とかは知らないからさ、めんどくさくてしょうがなかったよ。ほんとうにね。

 

 そのピークが大学2年の夏くらいでさ、まあ、雪乃ちゃんと比企谷君にはいろいろ八つ当たりめいたこともした気がするね。それで、対策としてミスコン出たらミス・キャンパスになったとたん、告白ブームが続いてさ、ドーナツ屋で比企谷君と出くわしたときあたりからバレンタインデー辺りまでドカドカと大変だったんだよ。

 

 ごめんよ二人とも。

 

 流石に3年にもなると研究室も始まって、講義でキャンパス移動することも少なくなったし、顔と名前と上の学年ってことでウザい対応せずに済んだんだけどさ。

 

「陽乃、今日は彼と別行動なの?」

「そうだね。一足先に会社に移動して、あっちは講義終ってから合流だね」

 

 ふふ、私もお年頃だからね、彼氏ぐらいいないと格好がつかないのだよ。

 

「いいよねーいっつも世話焼いてもらえてさ。それに、中々イケメンだしね」

「そうそう、でも3つも年下だとなんか世代ギャップとか感じない」

「そうでもないよ。趣味が似ているから、共通の話題も多いし、一緒に映画観たりゲームしたり、ご飯作ってくれたりして、楽しいよ」

 

 攻略ルートも教えてくれるし、ポテチカスだって片付けてくれるしね。

 

「いいよなー。でも、妹さんの同級生なんだよね」

「そうそう、高校の後輩でもあるんだよ。同じ先生に教わっていたりさ、あと、イベントとかでもかかわったりしているからね」

「あー総武高校の文化祭に、バンドで参加してたもんね。あのメンバーで学祭もやったんだよね」

「そうそう、あっちが予選でこっちは本番。でも、すごく盛り上がっていたよ」

 

 いやあ、あの委員長の子があそこまでポンコツとは、流石のお姉さんもびっくりだったよ。県内有数の公立進学校だよね総武は。

 

「それって、彼の為。妹さんの為?」

「その頃は、ほんとガキンチョだったからね。いまとは全然違うよ」

「そんなころから知っているなんて、いいよねー」

 

 うふふ、比企谷君はキャンパス内では公認彼氏なんだよ。本人以外ね。

 

 

 

 

 3月の初めに合格が決まって、即私は比企谷家に引っ越したわけ。そして、比企谷八幡改修計画がスタートしたんだよ。

 

「比企谷君はこれから雪ノ下の家に奉職するわけだけど、社会に出て一番大事なことは何だと思う」

 

――― そう、この男を改善するには、当たり前のことを叩き込まなければならない。

 

「……お金を稼ぐことですか」

「いいえ、お金は後からついてくる。相手に自分の話を聞いてもらうことだよ。その為に一番大事なのは見た目だよ」

 

 そう。『見た目が9割』なんてベストセラーもあったけど、言葉を変えれば第一印象だよ。

 

「学校では教えてくれないね。経営者や政治家、先進国であれば外見はすごく大事だよね。少なくともキリスト教文化圏ではね」

「うちは曹洞宗何で問題ないです」

「曹洞宗だって同じだよ。開祖とされる人は大体イケメンだよ。じゃなきゃ、人は付いてこないんだから。美人は真善美の観点から、減刑される場合も多いんだからね。

 学生時代に言うことを憚られた外見じゃない中身だっていうのはさ、営業トークだよ教師の。そんなの、考えたらわかるじゃん。ついでに言うと、外見のいい奴は教師になんかならないからね。そういう理由もあるよね」

 

 まあ、静ちゃんは中身が外見を超えるほど残念だから仕方ない。

 

「そうですか。俺はどうすればいいんですか」

「君は私の世話役で、同じ大学で同じ職場なんだよ。見た目をよくすることが君の第1の仕事だよ。簡単、姿勢と歩き方と話し方と服装と髪型を整えるだけだよ」

「……全部ということですね」

「大学入学までに改善する。今日から始めるよ」

 

 まず、今まで来ていた服は下着以外全部捨てる所から始めたよ。

 

「着ていて楽な服はいらない。姿勢を正さないと苦しくなるような服を身につけなさい」

 

 ということで、サイズに合った服を揃える所から始めたわけね。そして、髪型もショートで清潔感ある形に整えてもらった。私と並んで恥ずかしくないようにね。

 

 その後、フィニッシングスクールの男性向けコースに行かせたよ。1回2時間の5日間ね。10万くらいでお願いできたのかな。自分を客観的に知り、ファッション、姿勢・ウォーキング、テーブルマナーなど様々なレッスンを通じて、「仕事を任せたい」「話してみたい」「また会ってみたい」と信頼できる雰囲気のある男性へと導くためのコースね。

 

 その後、知人のホテルマンにお願いして、短期でホールのアルバイトをさせたわね。鉄は熱いうちに打たないといけないからね。謝恩会シーズンでもあり、たくさんのパーティーの給仕をすることで、自然と姿勢や歩き方、話し方も改善されたんだよ。

 

 比企谷君はポテンシャルが高いから、それなりの環境を与えればかなりのイケメンに化けると私は踏んでいたけれど、入学式では教育学部のほか、いろんな女の子の視線を集めていたよ。本人は気が付いていないけどね。

 

 

 

 

「雪ノ下さん、午後休講になったので一緒に行きましょうか」

 

 友達と駄弁っていたカフェテリアに比企谷君が登場する。彼は私の彼氏ということでも有名だから、その登場に視線が集まるんだ。比企谷君は気が付いていないけどね。

 

「うん、丁度いい時間かな。じゃあね、またね」

 

 私は友達に声をかけ、比企谷君の腕をとって歩き始める。

 

「雪ノ下さん、キャンパスで腕組んで歩くのは如何なものでしょうか」

「ふふ、君がきちんとエスコートしなければだよ比企谷君」

「そうですね。あなたの下僕としての自覚が足りませんでした」

「何言ってるのかな、君は私の冴えない彼氏だよ。現在育成中のね」

 

――― 冴えない彼氏の育て方って……あってもいいよね。

 

 

 

 



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EP035 あんたあの子のなんなのさ

「おい、お前陽乃の何なんだ‼」

 

 たまにキャンパスで見知らぬ男性に声を掛けられることがある。その場合、大概この内容なのである。

 

 どうやら、面白半分で雪ノ下さんが俺のことを「年下の彼氏」と紹介したことがあるらしく、それを真に受けた友人の間で「陽乃の彼氏く~ん」とか、「若いツバメ」とか言われることがある。まあ、たしかに3つ若いし、ツバメと言われるほどではないが男ではある。なので、雪ノ下さんの冗談が通じている人たちの前ではヘラヘラする事にしている。雇い主の顔に泥を塗るわけにはいかない。

 

 困るのは、この目の前のような人の場合だ。雪ノ下さんは特定の親しくしている男性はいない。理由は様々だが、最大の理由は釣り合うほどの男が周りにいないということにある。

 

 もし、釣り合う男性がいたとすれば、俺たち比企谷家は路頭に迷っていただろうし、俺の大学進学自体かなりやばかったのだと思う。いいのか悪いのか今の段階ではわからないけどな。

 

「どなたか存じませんが、俺は雪ノ下建設の関係者です。正確に言うと俺の親父が雪ノ下建設の社員で、雪ノ下さんは新規事業の責任者です。俺はそこにインターンとして採用されていて、あの人とは上司と部下の関係です。

 これでご納得いただけましたか」

 

――― まあ、これで引き下がるわけはない。だが、この時点で自分の立場を規定したということに意義はある。いま述べたことに嘘偽りはないし、その延長で話を進めていくことに何ら不都合はないからだ。

 

「じゃあ、お前と陽乃が腕を組んでいるのはなんでだ」

「雪ノ下さんのいたずらです。あなたのように、彼女に関心がある方からこうして頻繁に詰問されます。お前は何なんだと。

 少なくとも、俺から腕を組んだことはありませんし、彼女は上司なんです。欧米では女性の上司から男性社員がセクハラやパワハラを受けることがあるようですが、 日本では一般的ではありません。それに、俺の一家は雪ノ下の家に借りがあるんでこの程度のことで目くじら立てて文句を言うことはできないんです」

 

 可愛い小町の為に、理不尽な行いにも耐える八幡、マジ兄の鏡。

 

「そうは見えない」

「あなたの主観の問題です。大体、俺はあの人の妹の同級生で同じ部活仲間ってだけで絡まれているんです。高校生の頃から」

「お前、もしかしてららぽーとで話しかけられていたやつか」

「あの時のお友達の方ですか。なら話は早いですね。今のことに嘘偽りはないと理解していただけましたでしょうか」

「お前、妹さんと陽乃と二股かけてんのか」

 

――― ありえん。マジでありえん。

 

 まず雪ノ下さんとは、向こうが勢いでほら、ちょっとそういう感じのこともあったけど、俺とあの人では全く釣り合わないし、あくまで上司のセクハラ・パワハラの範疇だ。

 

 雪ノ下は、何くれとなく世話をしてくれるし、小町とは実の姉妹のようによくしてくれているが、それは、雪ノ下さんの生活の面倒を見ている俺に対する感謝の気持ちの範囲であって、恋愛感情であるわけがない。

 

 ゆえに、この人の語る妄想に付き合うわけにはいかない。妄想だよね。

 

「すいません、講義が始まるので、失礼します」

「てめえ、逃げんのか」

「いいえ、講義が始まってます。それに、俺と話をしても信用できないのなら意味ないじゃない……『ひっきがやく~ん~♡ どうしたの、会いたくなって待ってたのかな』……いいえ、俺これから講義受けに行く途中なんです。この人に呼び止められて」

 

 まさかの雪ノ下陽乃登場。吉と出るか凶と出るか。

 

「れれれ、なんで君は比企谷君を呼び留めてるのかな。この前、お断りしたよね。私は家の業務で忙しいし、君の為に取る時間はないって。理解できなかったのかな?」

 

 まあ、確かに忙しいんだよ。時間を取りたくない理由もわかる。こいつと過ごす時間より、家でゲームしている時間の方が大切だよねどう考えても。

 

「陽乃、俺とお前は長い付き合いだろ」

「……気やすく名前で呼ばないでもらえるかしら。ねえ、比企谷君。君だって名前では呼ばないのにね。まあ、雪乃ちゃんの手前、呼べないのかな?」

「そうですね。あなたを『陽乃さん』と呼べば、あいつを『雪乃』と呼ばなければならないでしょう。あいつの性格からして、そうせざるを得なくなる。そうすると……妹以外の女性を名前呼びするのは厳しいですね。いまでは友人のつもりですが、もっと近しい関係でないと、名前呼びは難しいです」

 

 そう、俺を名前で呼んでいいのは、戸塚だけだ。何故かあの眼鏡デブも名前で呼んでくるけどな。

 

「まあ、君が私か雪乃ちゃんの夫になれば、雪ノ下八幡になるので、どの道、名前呼びになるんだけど、楽しみはそこまで取っておくかな」

 

――― あんたの冗談が冗談に聞こえないからこんな話になってるんじゃねーの。

 

 というか、この話を俺と雪ノ下さんは冗談だと思っているけど、この名前も知らない雪ノ下さんの知り合いは、そう思ってないよね。絶対。

 

「陽乃、俺は……」

「うん、そうだね、私の言っていることが理解できないくらい……頭が悪いのかな。私は、父と愛する人以外の男性に名前で呼ばれるつもりはないの。この場に、雪ノ下は私ただ一人なのだから、雪ノ下と言えば私になるのだから問題ないよね。君に名前で呼ぶことを許可したことはない。

 そして、私の意思を尊重するつもりのない人と交友関係を継続するつもりもない。なので、この場限りで君とは友人ではなくなった。だから、これで話はおしまい。比企谷君、行きましょう。気分が悪いから、お茶に付き合ってちょうだい」

「俺、講義が……」

「ああ、大丈夫、私が話しを通して置くよ。公休扱いで処理させる。業務命令よ」

 

 雪ノ下さんはその話しかけ来た男のことを無いものとして扱い、その場を去っていった。まあ、業務命令と言われればつき従うしかないか。

 

 

 

 

「雪ノ下さん、こういう事多いんですけど、何が原因なんでしょうか」

「それは……二人の関係が親密であることを認めたくない勢力が存在するからじゃないかな」

 

 あー雪ノ下とかな。まあ、アイツはこの人にからかわれているだけなんだけどな。

 

 

 

 



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EP030 巨乳姉

 最近思うのだが、比企谷君は本当に私に気がないのではないかと思う。最初は年上のお姉さんに照れているのではないかと思っていたのだが、押しても引いても反応が今一な気がする。

 

 普通だよ、このくらい好意を明確にすればだよ、もう少し親密というか、線越えちゃうと思うんだよね。理性の化け物いいや、自意識の化け物恐るべし。

 

 最近気が付いたのは、比企谷君は小町ちゃんと雪乃ちゃんの共通点を認識して実は雪乃ちゃんのことが大好きになっていて、私のことを避けているのではないかと思うのだ。雪乃ちゃんと小町ちゃんの共通点。それは、「妹」と「微乳」なのだ。この記号性によって、比企谷君の心は小町ちゃんというプリズムを通して雪乃ちゃんへとつながっているのではないかというのが私の所見だ。

 

 

 

 

「……なに言ってるんですか。熱でもあるんですか。仕事休みましょうか?」

「私は真剣だよ比企谷君。君は、この抜群のプロポーションで完璧美人の私が押しても引いても微動だにしない、自意識の化け物。動くモアイ像だよ」

「雪ノ下さん、俺は体もあるのでモアイではありません」

「そうだね。じゃあ……なんで心動かないのかな」

「動いてますよ。その動きが、ポテチカスだらけの寝顔で0になっているんです。毎朝ね」

 

 そうなの。やはり、横乳アタックが足らないということね。

 

「今日から君を、私のブラジャー装着アシスタントに任命します」

「……初めて聞く職種なのですが、どのような業務内容なのでしょうか」

「そうだね、大事なことだからきちんと説明しよう」

 

 私も、残念ながらもう10代ではないのだよ。経年でバストは変化していく。そして、一度形崩れてしまったバストは元に戻らない。大きく型崩れした脂肪の塊にならないために、今から手入れが大事なのだよ。

 

「はあ、その胸の命は短い的な意味は理解できました。具体的な業務内容について説明してください」

「君は、その対象物に対しての知識不足なまま、作業として取り組もうとしているね。それでは正しい行為を行うことができないよ。なので、どのように変化するかを説明しておくね」(以下ワコールHP等参照)

 

 バスト年齢というのがあるんだよ。

 

ステージ0 まるみがある理想的なバスト

ステージ1 デコルテ(上胸)のボリュームが落ちる(そげる)

ステージ2 下部がたわみ、乳頭が下向きに

ステージ3 外に流れ、バスト自体が下がる

 

「私は今、ステージ0から1に移行しつつある時期だね。残念ながら、君の心のおかずであるところの静ちゃんは、ステージ2から3へ移行中なんだよ」

「……マジですか」

「うん、まじ。胸の命は短いという意味を理解してもらえたかな」

「これは非常に重要な課題であると理解できました。まさか、平塚先生の胸にそのような恐ろしいことが起こっているとは」

 

 考えてみたら、ストレスと暴飲暴食であっと言う間にアラサーになってた静ちゃんのボディーラインはベストで締めあげないとぶよぶよになってしまっているの。多分ね。

 

 

 

 

 そして、具体的な作業工程に関して説明する。

 

1.からだを前に倒し、ワイヤーとバージスライン(バストの底辺)を合わせて、その姿勢のままホックを留める。

 

2.前かがみのままストラップの付け根を少し浮かせ、バスト全体を手で包む。脇からしっかり中央に寄せて、カップにおさめ、ととのえる。

 

 ところがだよ、胸を手でぐいっと寄せるのは型崩れの元なんだよ。少し浮かせてバージスラインを合わせてトップを上に向けるようにしないと、ブラが浮いたりしわが出たりして服にも変な皺が浮き上がるんだよ。

 

「つまり、ブラジャーを持ち上げで動かす隙間を作ればいいんですね。まあ、作業中は目をつぶるので、安心してください」

「違うよ、逆ぎゃく。私が持ち上げるから、君が上に向けるんだよ」

「……なにをもちあげて、なにをうえにむけるんですか」

「私がブラを持ち上げるから、君がバストトップを上に持ち上げるんだよ」

「どうやってですか」

「手以外ないよね」

「誰の」

「君の手で直接『無理です』……大事な業務なのに、ここまで説明してもできないの?」

 

 ふふふ、横乳アタックがだめなら、前乳アタックだよ比企谷君‼

 

「じゃあ、雪ノ下が朝寄るじゃないですか。その時『絶対だめ』……何故ですか」

「比企谷君、雪乃ちゃんと私の間にはね、触れてはいけないタブーがあるんだよ。そのうちの一つは、バストなんだよ」

「……確かにそれは理解できます。ですが、『これは医療行為だよ』……ですと?」

「君が人工呼吸するときキスしていると思う人なのかな。同じだよ。胸の形を整えるための行為であって、下心を持たなければいいんじゃないかな」

 

 まあ、下心を育てるための前乳攻撃であるのはオフレコでおねがいね。

 

「では、小町の承諾を取ってからにしてもいいでしょうか」

「なんでかな」

「俺はこの仕事は小町の為にしているつもりです。なので、小町が否定するなら、雪ノ下さんの世話役を続けるのは意味がなくなります。なので、俺には判断できないので、小町に確認します」

 

 あーあ、そう来るわけね。まあ、しょうがないか。

 

「じゃあ、ブラを持ち上げるか、バストトップを上に向けるかどちらかで小町ちゃんに判断してもらってちょうだい。必要な行為なんだから両方できないはだめだよ」

「……わかりました」

 

 なんて無茶振りしてみたんだけど、小町ちゃんから「どうしてもですか」って言われたんだけど「どうしてもだよ」って言って、ブラもち係の方は承認してもらったよ。次は、選ぶのを手伝ってもらおうかな。

 

 

 

 



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EP031 微乳妹

 やはり、高校を卒業し大学生になって毎日が私服になると、スタイルの違いがファッションの違いにそのままつながるということがよく分かるわね。

 

 わたしは自分でも認める部分ではあるのだけれも、胸は大きくない。ええ、別に本当にまったく気にしていないけれど、そうした外見的特徴によって人の勝敗など決まるものではないし、もし仮にそれによって勝敗を争うというのであれば相対的評価をすべきであって全体のバランスこそが対象となるのが普通なのよね。だから私は全然気にならないし……むしろ本当の勝者は果たしてどちらなのかしらという話になるのだけれど 。

 

 そう、姉さんと比べると相当つつましやかな胸ではあるわ。でもね、大きければその分形が崩れた場合大変なことになるのよね。バストそのものは脂肪の塊であるので、大きければ大きいほど重く、重い分クーパー靭帯に負担がかかるわね。

 

 クーパー靭帯(じんたい)とは、乳腺と筋肉や皮膚をつないでいるコラーゲン組織の束を示すのね。

 

 このクーパー靭帯が胸を吊り上げてくれているため、上向きバストが保つことができるの。

 クーパー靭帯には多少の伸縮性はあるものの一度伸びたり切れたりすると元に戻らないといわれているの。胸が離れたり垂れたりする前に予防することが大切なのだそうよ。

 

 

 

 

「というわけで、あなたにも協力してほしいの」

「……どういう意味だ」

 

 そ、それは、姉さんが最近バストアップのための行為を比企谷君の協力のもとに実行しているという話を聞いて、わたしもお願いしようかと思っただけなの。ええ、単なるつまらない対抗心よ。

 

「雪乃ちゃん、激しい運動とかしてないし、過度のダイエットやノーブラ生活もしていないんでしょ。なら、ブラのサイズさえ適切なら問題ないんじゃない。あと気になるなら、ナイトブラすればいいよ。ねえ比企谷君」

「俺にはないものなのでコメントしづらいですけどね」

「えーだって、この前一緒にナイトブラ見に行ったじゃん」

 

 なんてことなの。比企谷君と姉さんはそういうステディな関係になっているのかしら。母さんから聞いたときにはそんな素振りはないので、姉さんの戯言かと思っていたのに、知らない間に関係が進んでいたということなのかしら。それなら、わたしか小町さんに何らかのアクションがあってもおかしくないわよね。

 

「それ、強制連行じゃないですか。業務都合だし。雪ノ下、ほら、スポーツブラみたいな感じでな、雪ノ下さん最近夜更かしするとそのままリビングで寝落ちしてまあ、そういう健康管理の意味も含めてよい効果があるみたいなんでな、俺も世話係として協力したまでだ」

「そう、なら、わたしにも『友人』としての助言を所望するわ。なんなら、小町さんも誘うこともやぶさかではないわよ」

 

 小町さんも育乳を心掛けているはず。微乳妹仲間として協力し合うべきね。

 

「まあ、小町がいいって言うなら付き合うのはやぶさかではない。雪ノ下さんの場合、サイズが大きいから可愛らしいデザインより機能性で選んだからあれだけど、お前も小町もデザインで選べるもんな。まあ、客観的に言って、サイズが小さい方がデザインが可愛いものが選べるんだろうな」

 

 そう、つまりあなたは、小さいサイズの胸の方がかわいらしくて好みということね。

 

――― 嘘ではないわ。だって、あなたのことなんて知らなかったもの……でも、今はあなたの好みをを知っているわ比企谷君。

 

 

 

 

 ネットの比較記事を見ていると、やはり寝ている時も着用する方が精神的にも肉体的にもいいようね。普通のブラでは締め付けが強すぎるので、ナイトブラで緩やかな固定をするという形なのね。寝ている間に育つ部分でもあるだろうし、必要な投資ではないかしら。

 

「この『Angeliirふん●りル●ムブラ』というのが最も高評価なようね」

 

 デザインが可愛くて色の種類が多いいところがいいわね。ミントグリーンやシフォンピンクなどの薄い色でバリエーションが豊富だわ。ルームウエア的にも機能的で良いのではないから。カットソーと比べても大差ない価格でしょうし、3枚セットで1万円くらいで買えるわね。

 

「比企谷君は、この商品をどう評価するのかしら」

「そうだな、小町にも雪ノ下にも似合うんじゃないか。キャミソールっぽいしな。下着っぽくないところもいいんじゃないかな」

「ええ、比企谷君、じゃあ私も買おうかな。何枚あっても困らないしさ」

「そうですか。まあいろいろ試してみてください。肩こりや睡眠不足が解消されて仕事のパフォーマンスが改善されるなら安い買い物です」

 

 比企谷君、あなた『変わるなんてのは結局、現状から逃げるために変わるんだろうが。逃げてるのはどっちだよ。本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ 』ってその昔話していたわよね。

 

 胸の大きさを気にするように変わった、いいえ、気にすることを認めたわたしは……変わったことになるのかしら。

 

「雪ノ下が自分を変える努力をするところは、下着一つとっても変わらないな。『最低限の努力もしない人間には、才能がある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は成功者が積み上げた努力を想像できないから成功できないのよ』だったっけな。これもそんなことろだよな」

 

 そう、あなたのそばにいるために必要な努力をするだけなのよ。気が付いているのかしら、あなた。それとも、知らぬふりをしているのだとしたら、ずい分と演技が上達したわね、比企谷君。

 

 でも、この商品の口コミで気になったのはこの部分なのよ……

 

――― まずは、胸のボリュームを出したい! という方におすすめしたいです。3段階ホックでバストのボリュームを調整でき2~3カップアップできます。デイリーでも彼の家に泊まりに行く時も必ずしています。

 

 こういうのを、魚心あれば水心とでもいうのでしょうね。

 

 

 

 



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EP028 千葉城へGo

「比企谷君さ、あの電車から見えるお城に行こうかと思うんだけど……」

 

 ああ、模造天守ね。通称千葉城で、昭和42年から建っている。この城跡の遺構と天守がアンバランス。地名から亥鼻城と呼ばれるんだな。築城されてからすでに850年以上が経っている。以後戦国時代まで千葉氏の中心拠点だったが、後に本拠地を本佐倉城に移すとこの城は廃城になったかと考えられる。

 

 現在残っている遺構も室町中期くらいのものなのだが、建てられた天守は小田原城によく似た江戸期の層塔式天守なので歴史的な価値はないのだ。天守内部は、郷土資料館・プラネタリウムとなっている。

 

「行ったことないんですか」

「なんか、遠足で言った気もするけど、ずいぶん昔だからね」

 

 家でゴロゴロしているよりいいかもな。夏も終わって過ごしやすい時期になって来たことだし、行ってみるのもいいかもな。

 

 

 

 

 猪鼻山公園は明治42年(1909)に建設着手された歴史のある公園だ。天守は郷土博物館になっている。大多喜城の天守も分館になっているけど、そっちは本物っぽいな。昭和34年に歴史公園(面積10,293平方メートル)として整備され、ほぼ現在の形になっているんだけど、桜まつりで有名だな。

 

「あーなかなかレトロな雰囲気でいいかもね。何もないし、今どきの公園っぽくないね」

「明治からある由緒ある公園ですけど、手が入っていないかもしれないですね」

 

 どちらかというと、中央公園の方が公園らしい気がするな。二人であてもなくぷらぷらと探検気分である。

 

「なんか、不思議だね。私は子供のころ探検ごっこかしたことなくてさ。そういうのにあこがれていたよ。普通の子どもの遊びにね」

 

 まあ、この人の成育歴から考えると、探検ごっこをするのは別荘にでも行った時くらいだろうね。そういえば、別荘あるのかね。

 

「でもさ、出かけた旅行先で探検や冒険しようとするとさ……雪乃ちゃんがついてくるわけ。私が冒険したい頃は雪乃ちゃんはホント、何にもできない年頃だからさ、体力もないし、今よりずっといろいろできない子だったわけ。だから、冒険できなかったよ」

 

 なるほどね、散々付き合ってやればコンプレックス持つし、勝手に比較して勝手に落ち込んだり拗ねたりしていたんだろうな。3歳の差は大人と子供ほどの差を感じさせたかも知れないしね。姉からすれば、いい迷惑だったというわけだ。

 

「だから、一人旅が好きになったんだろうね。冒険みたいなものだからね。探検みたいでもあるし」

 

 その気持ちもわかるな。俺と小町もそういうところ多少はあるしな。一人でいるのが嫌だからって家出されたりさ、ご飯を作れば美味しくないって言われたりな。あの頃は嫌な気持ちにもなったけど、今ではいい思い出だ。

 

――― 雪ノ下さんの中では、いい思い出になっていないんだろうな。

 

 

 

 

 近くには青葉の森公園というところもあるが、競技場なども併設された都市型の公園で、ビオトープとかはないんだよね。だから、そこまで足を延ばすことはない。

 

「でも、二人で何もない公園をただぶらつくのも、私の中では冒険だよ」

 

 俺なんか、あなたと一緒に住んでいること自体が大冒険ですよ。

 

 千葉は柏の葉公園や長生森公園といった名称の県立の競技場とセットになった公園が数か所もうけられているんだが、いわゆる公園池があったり、広場があるような都市型の公園なんだな。だから、そこでなにか二人でできるわけではない。

 

「そんなことないよ、君テニスできるんでしょ多少」

「ええ、壁打ちくらいですよ。それに、経験者とは言えませんしね」

「じゃあ、私とテニスしない?」

 

 まあ、戸塚もいると楽しいかもな。戸塚元気かな。

 

「雪ノ下さんはどのくらい上手なんですか?」

「雪乃ちゃんにフルセットで勝てるくらいかな」

「……あいつ、1ゲームも持たないじゃないですか」

「知ってたのかな?」

 

 そりゃ、ご存知テニス騒動でよく見知っている。雪ノ下のガス欠っぷりはな。でも、今は多少改善されたんじゃないかな。あの負けず嫌いさんは。

 

 そういえば、テニスクラブ帰りの戸塚と偶然会ってファーストキッチンに入ったな。クリスマスイベントの会議の帰りにさ。

 

「雪ノ下さん、ファーストキッチンいきませんか。車会社に止めて」

「ええぇぇ、いいよ。特に好きじゃないし」

 

「でも、食べたい……」

「無理です」

 

「食べたい」

「無理」

 

「……たべたい……食べたい食べたいたべた~ぃ絶対食べたい食べたいィィィィ‼」

「比企谷君どうしたの? お姉さんが優しく胸で抱擁すればいいのかな」

「いやいや、普通にあなたのマネをしただけです」

「そう、まあいいわ。たまには付き合うわよ」

「ありがとうございます」

 

 戸塚とはいった稲毛の店じゃないけどな。でも、内装は思い出の中と同じだ。

 

 雪ノ下さんは『ワイルド☆ロック』って名前の牛肉の美味しさがギュっと詰まった新ビーフパティで具材を挟んだ商品を頼んでいた。ローカーボンなのでしょうか。

 

 

 

 



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EP055 もう、帰れない

 ちょっと待ってください。ホントここ泊まるんですか……

 

 

 

 

「比企谷君、千葉県のビオトープの整備されている場所って利根川水系多いんだよ」

 

 へぇ、なんて聞いていると、台風が接近しているにもかかわらず、我孫子の方まで見学に行くことに。まあ、増水した場合、どの程度影響出るのかを目視したかったみたいなんだよ。

 

 もう、家を出る時点でかなりの風雨なんだけど、現地に着くと台風レポーターみたいな状況で、車の中から映像とったりしたけど、余りの川の水の量に怖くなってきたので、早々に帰宅することにしたわけだ。

 

 

 

 

 そして、「家に帰る前にちょっと食べていこうか」なんて、よせばいいのに食事に入ったのが運のつきで……

 

「比企谷君、高速通行止めだって。あと、橋越えられないみたい通行止めで」

 

 おいおい、確かにQ2で車中泊することもできなくはないが……台風の中トイレだって困るだろ。そして、台風の影響もあり営業も早々に終了するレストランを追い出され、路頭に迷う俺たち二人。

 

「何処か宿泊施設にとまってやり過ごそうか」

「そうですね。まあ、コンビニで飲み物とか買いましょうか」

「……お菓子も買っていいよね‼」

「はあ、今日の予算内であれば」

 

 この人、泊まる場所もないのにお菓子の方が優先なのか……そっちも怖いよな。マジで、脳にジャガリコ詰まってるんじゃねえかと心配になる。

 

「冷凍のピザも買っておこうか。ほら、非常食?」

 

 コーラの500mlペットを買い、ピザも購入。俺はヘルシー焼きおにぎりおかかだよ、それにMAXペットはお約束だ‼

 ちなみに、MAXとコーラの糖分は9.8%と同率。つまり、世界のコーラに匹敵する能力を有するMAXコーヒーは最高。

 

「比企谷君、君の体内をその液体が流れている気がするよお姉さん」

 

 そのまま言い返したいが、とりあえず干乃化されると厄介なので抑えておこう。

 

 

 

 

 やはり、ビジホなんてこんな郊外にあるはずもなく、16号線もところどころ冠水していて水没の危険があるので、どこでもいいから……

 

「あのなんか怪しいところでもいいかな♡」

 

 やっぱそうなるよね。ほら、宿泊施設じゃなくて休憩施設ね。あそこは旅館業法が適用されないのはそういう事らしいよ。だから、ほら、宿泊じゃないて休憩だから。こんなのバレたら、小町が口をきいてくれなくなるかもしれん。

 

「俺はソファーで寝ますから。あと、マジックミラーとかない部屋でお願いします」

「えー、せっかくだから色々オプションがついている部屋にしようヨ‼」

 

 えーと、これ経費で請求して、母ノ下さんとかに発見されたらどうなるんだろう。別の意味での危険を感じます。八幡ピンチ。

 

 

 

 

 自動販売的ボタンを押し、出てきたキーをもらって選択した部屋に入る。こんなに緊張するのは、文実で雪ノ下が倒れて由比ヶ浜と様子を見に行った時のタワマン以来だな。緊張の意味が違うけど。

 

「なんか、すごく広々してるね」

 

 どうやら、一番お高い部屋を選んだらしい。

 

「とりあえず、バスタブにお湯はるね。先に入ってもいいよね」

「もちろんです。よく体を温めてください」

「それは、この後の君の仕事でしょ~♡」

 

 意味わかんねえし。いや、雪ノ下なら「察しなさい」というところでしょうか。は、ハチマン、し、しないよ、いい子で寝るよ。このお部屋はお高いので、ジャグジー付きのお風呂なんだけど……ほ、ほら、そういう目的の施設だから脱衣所とか無いんだよ。

 

「雪ノ下さん、いきなりそこで脱ぎはじめないで下さい」

「えーだって他に脱ぐとこないじゃん」

 

 まあ、この人の下着姿も半裸みたいなものなんだけどさ……まあいいか。小町だと思えば問題ない。

 

 とりあえず、バスタブ方面に背を向け、マジックミラーとかあると困るのでベッドメイクの確認をする。あまり寝心地がよさそうなベッドではない。なので、俺はあっちのカウチででもねようかと思う。

 

「ひきがやく~ん、一緒にはいろ~」

 

 絶対ダメ。

 

「家族になったらいいですよ~」

 

 これで、OKだろう。

 

「じゃあ、家族の前払いでいいよ~」

 

 なんだよ家族の前払いって。この後色々あるんだけどさ、今度またね。

 

 

 

 

 



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EP032 超SFC

「比企谷君、画面が動かなくなったんだけど。壊れたのかな?」

 

 まあ、レトロゲームではよくある悲しい事故発生。SFCやFCのカートリッジ自体は他のCD・DVDより安定した存在なのだが、どうしても接点部分の摩耗は避けられないのだ。抜き差しを頻繁にすると、接触不良が起こりやすくなる。

 

 PS系統でリメイクされていたりするんだけど、これはこれで味わいがあるからさー、本体買い換えようかね。

 

「よくあるフリーズ現象です。接点が弱くなったりすると起こりやすいですけど、これを機会に本体買い換えましょうか。新しいのでているんで」

「えーでもこれ、レトロゲーム機でしょ」

「とはいうものの、再販されているんです」

 

 雪ノ下さんは へえぇぇと言うと感心しきりである。

 

 まあ、考えてみると、ビオトープもレトロゲームみたいなものだ。その昔のセメントもコンクリートもない時代は、自然の岩を用いたり、分流を作って河川の流れを変えたわけだが、大雨が降った場合、河の蛇行をなくしてしまい、一気に海まで水を流すことに変えたわけだ。

 

 意外と知られていないのだが、あの新選組の土方歳三の生家が多摩川の川の中になってしまっているので今ではそこを訪れることはできない。大河は何らかの理由で氾濫し川筋を変えてしまうのはよくあることだからだ。

 

 それでは、経済的に土地利用がしにくいということで、戦後急速に護岸をコンクリートで固め、川筋を固定し、河周辺の低湿地を工業団地や住宅地に変えていったわけだ。水はけが悪いということを除けば、平らで使いやすい土地だからな。

 

 コンクリートで固められた護岸では、自然の浄化作用は失われてしまう。同じことが砂浜で起こっている。代表的な例は九十九里浜の浸食の問題。利根川の土砂が波により打ち寄せられてできた九十九里の海岸は、利根川流域の土砂の浸食が護岸工事で減った結果、砂の堆積を浸食が上回り、絶賛減少中だ。テトラポットで波を減らさないと砂浜はあっと言う間に消える勢いなのだ。

 同じことは、相模湾でも発生している。相模川と境川ね。江ノ島で海水浴ができなくなることも十分あり得るのだ。俺には関係ないが。

 

 そこで、護岸も自然の浄化作用と水利を兼ね備えたものにしようとするわけだが……むずかしいよね。たとえば、山を掘削して道を通した場合、旧来はコンクリートで掘削面を完全に固めていたが、保水や自然環境の保護、長期的な維持の観点から今では田の字型に擁壁を加工して自然の樹木が生えることができうるように加工されている。大雨や地震の際も植物の根による補強する力がコンクリートで塗り固めるより高いということが証明されたためらしい。元に戻るしな。

 

 川の場合、そうはいかない。大雨が降れば泥だらけになるし、まあ、そういうことだ。土木工事を考えたときに、経済性と安全性を確保した上での自然保護というのは日本の国土では難しいのかもしれない。

 

 

 

 

 任天堂で『ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン 』が再販されたのだが、これは、カートリッジ式ではなく、あくまで内蔵のソフトを遊ぶためのSFCに似せた何かに過ぎない。まあ、値段からしてもそんなもんかもしれないな。『ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン 』も同様で、内蔵されたゲームタイトルに入手困難な名作で欲しいものがあれば手に入れるのもいいかもしれない。

 

 今回狙うのは互換機になるだろうね。レトロゲーム互換機は、それぞれ対応するゲーム機種が異なる。特定のゲームソフトや機種だけで遊びたい場合や、初めて互換機を試してみる場合には、安価で機能がシンプルにまとまっている単一機種対応互換機がおすすめだ。

 

 親父のコレクションはFC・SFC中心であるのでこの2機種が使用できれば十分だ。

 

 遊びたいゲームの機種が多い・色々な機種のソフトを集めたい場合は、複数機種対応のレトロゲーム互換機を選ぶようにするようだな。別売りのアダプターを介することで対応機種を増やせるものもある。

 

「あー比企谷君これ凄くない?」

 

 サイバーガジェット レトロフリークという商品は11機種が使用できる。値段も2万5千円くらいするので、別の意味でも凄い。FC/SFCはもちろん、ゲームボーイ・ゲームボーイカラー・ゲームボーイアドバンス・メガドライブ・PCエンジン・PCエンジンスーパーグラフィックスなど海外版も含めて対応しているマルチな製品で、互換機に求められる便利機能が一通り網羅されている。独自のメニュー画面でのゲーム選択や、公式サイトからのアップデートプログラム対応など、遊びやすい環境が他の互換機より一歩抜きん出ている印象。

 

「これいいよね。これにしない?」

 

 機械類を選ぶときに注意しなければいけないのは、必要のない機能がついている場合、その部分が故障しても全体が使用できなくなるリスクがあるということだ。多機能とは一見便利であるが、1つの機能の故障が全ての機能をマヒさせる。まして、メガドライブとか……100%いらねえ。

 

「必要ありません。」

「でも、これが欲しい……」

 

「無理です」

「欲しい」

 

「無理」

「……これ欲しい……欲しい欲しい欲しい~ぃ絶対 ぜったいほしいィィィィ‼お願いだから、お願い聞いてお兄ちゃん」

 

「……雪ノ下さん。俺はお兄ちゃんじゃないですよね」

「比企谷君は小町ちゃんのお兄ちゃんでしょ」

 

「そうですね。小町のお兄ちゃんです」

「だったら、私のお兄ちゃんでもよくないかな」

 

「良くないです」

「ケチ」

「却下です。あなたも工学部なんですから、不要な機能の故障が全体に与える影響ぐらい理解できるでしょ。そのうち必要があればなんて不要です」

 

 という感じだな。でも新型すげえな。画質が全然違う。HDMI接続のタイプを選ぶと高画質でくっきりとした見やすい画面出力となり、高精細なモニターでも表示が鮮明になるんだな。

 

 据え置き型にしないと時間関係なしでゲームし続けそうだから、携帯型は拒否したのだが、一緒に画面を見ながら過ごす時間も気に入っているからというのは雪ノ下さんには内緒だ。

 

 

 

 



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EP033 回転シースー

「比企谷君、回転寿司って行ってみたいんだけど」

 

 お嬢様おたわむれを。雪ノ下さんは何でも、回転寿司というところに行ったことがないそうです。まあ、確かに、お金持ちが回転寿司にはいきそうにもないな。

 

 回転寿司の市場規模はなんと6000億円。すげえ、そんなにみんな使ってるのか。

 

 回転寿司チェーン最大の店舗は「はま寿司」でゼンショーグループの店。全国500店舗弱を展開している。ほぼ一皿108円、平日は98円で展開しているの。そして、ほぼ同規模の「スシロー」で価格も同じ108円がメイン。内容はお察しなのだ。

 

 えーまあ小僧寿しと比べると座ってお茶が飲める分ましかなって言うレベルだよね。機械で成型したシャリだしさ。3位がくら寿司で400店で、無添加を売りにしている。寿司の無添加ってなんだろうな。4位かっぱ寿司で300店舗? 一都三県だけに進出している銚子丸はやや高級だが、そこまでの満足度ではないな。あと、三崎港とかもあるね。

 

 

 

 

 今回は市原にある『しーす八』さんに決定。八幡だからじゃないよ。

 

『塩竃で食べた回転寿司も凄く美味しかったけど、私はこちらも負けないほど美味しいと思ってるの。創作ネタも結構回るし、とにかく鮮度がいいのか美味しいよ』

 

『昼すぎに来たけど相変わらず繁盛してますね。5組待ち位でした』

 

『このお店回転寿司のレーンの中に何人も職人さんがいて、直接声かけて注文します。常時置いているネタはメニュー表がありますが、仕入れ状況によるネタは店内にずらっと貼りだしてあります』

 

 なんて、普通の回転寿司のチェーンとは差別化している感じがするね。という感じだな。大手チェーンの倍ほどの予算が必要だが、あまり深海魚だらけのなんちゃって寿司ではどうかと思うので、このお店にすることにした。えー運転は俺です。練習しなさいだそうです。

 

 そういえば、良く生活板にあるネタで、小さいお子さんが『美味しいね』って親に話しかけているのを見て、「こんな安もんの寿司が上手いわけねだろ」と言い放つオッサンや、チェーン店の居酒屋で「美味しいね」と言って二人で食事をする年配のご夫婦に文句を言う同じような話があるけどさ……

 

――― お前の飯が不味いのは、お前の人生が不味いからなんだよ……と思ったりする。

 

 そりゃ、小町と一緒に食べれば、カッハ●寿司でもザギンで食べる時価しか書いてない寿司屋に匹敵する美味しさだろ。

 

 ということで、俺と一緒に食べたらそこまで美味しいと感じさせる自信はないので、それなりの回転寿司にしたわけだよ。

 

 夕方、それなりの時間なので、駐車場の車も多く、20分程待つことになった。その時間も雪ノ下さんには楽しかったようで、お店の内装や、先に席についているお客さんを観察したりとか、初回転寿司を堪能しているようで何よりだ。

 

 雪ノ下さんの良いところは、待つことも楽しめるし、待たされたとしても不機嫌とは無縁の人だ。一人旅を楽しめる才能ってやつかもしれない。

 

 

 

 

 さて、それなりの時間を過ごし、今は16号線を幕張に向かいかえっている途中だ。それほど遅い時間ではないので、交通量も多い。まあ、ペーパードライバーとしては緊張する時間帯だ。

 

「初回転寿司はいかがでしたでしょうか」

「うーん、ファストフードって感じがするね。ほら、家の関係で食べる場合、懐石っぽい感じがするんだよね。だから、新鮮というか、お寿司屋さんらしいかな」

 

 いやいや、庶民が行くクルクル寿司はもっと図工の時間みたいな寿司ですよ。

 

「海浜幕張のイオンモールに『金沢まいもん寿司』というお店があるみたいですね。なかなか評判いいみたいですよ」

「ふーん、今度そこも行ってみようか」

 

 のど黒、白えび、甘えびなど、旬の日本海ネタを中心に、豊富な鮮魚が揃う回転寿司。金沢らしい逸品メニューや、北陸地酒も人気。 千葉初進出だそうです。回転寿司風に気兼ねなくいただけるというコンセプトで、実は寿司職人と対面式の寿司店と同じやり取りができるそうだ。築地の「すしざんまい」と似ているとのこと。

 

 のどぐろとはアカムツのことで、日本海に多い高級魚らしい。そういうのが似合うよこのお姉さんにはさ。

 

「そうでもないよ、普通にマグロの中トロとか好きだよ。ひかりものも美味しいしね。千葉は青魚を楽しめる場所だから、そういうのも普通に好きだよ」

 

 庶民派のお嬢様なのでしょうか。

 

 やはり、美人のお姉さんが座ると、職人さんの対応もいいよね。おすすめしてくれたりさ。雪ノ下だと上手く返せなかったりしてドキドキするけど、雪ノ下さんはそつなくコミュニケーションする。多分、一人旅の時も、初めてあった人とナチュラルに会話で来ちゃうんだろうななんて思う。流石雪ノ下陽乃だ。

 

「回転寿司って意外と面白いね。普通に注文できるしさ」

「確かに、寿司って元々寿司おけでその場でササっと握るスタイルの元祖ファストフードだから、寿司が高級って言うイメージもどうなんでしょうかね」

「その辺考えて、あえて回転寿司のスタイルにするのはありなんだろうね」

 

 そうだね。ただ回転寿司食べに来ているだけなのに、商売のスタイルの話になるのは、毎日仕事のことを無意識に考えているせいなんだろうなお互い。

 

 

 

 

 



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EP040 陽乃の虚実

――― 久しぶりに見た子供のころの夢。それは、雪乃ちゃんが私のお菓子を欲しがる夢だ。たぶん……雪乃ちゃんは覚えていないんだろうな。

 

 雪乃ちゃんは今でこそいろんなところが細いのだけど、子供のころは割といやかなりデブかったのね。嘘じゃないよ。小学校入る少し前から痩せ始めて、そのまま今の体形なんだけどね。だから、絶対そのころの写真は見せてくれないよ。私は……一緒に写っているのあるからさ。

 

 一度、友達に見せた時に「親戚の子?」って言われたな。え、友達がいる方に突っ込みですかそうですか。まあ、そのころ距離が近かった人ってことだよ。

 

 

 

 

 今でこそ私と雪乃ちゃんの間には、比企谷君を挟んで結構な距離があるわけだけどさ、その頃は仲良し姉妹だったわけ。何だかんだいっても妹の存在は可愛かったんだよ、雪乃が雪見大福でもさ。うん、そんな感じの外見だったのね。

 

 当時、家で雪乃ちゃんと私の面倒を見てくれていた家政婦さんが子供にダダ甘でさ。昔の人だから、子供のころは太っている方が病気にかかりにくいって価値観の人だったの。確かに戦後直後くらいなら栄養状態とかからそうなのかもだけど、平成の世にそりゃないわよね。

 

 私は自制していたけど、雪乃ちゃんは小さかったからのべつ幕なしにお菓子をねだっていたんだよ。それで、モリモリバクバクムシャムシャとジャンクなものを食べていたわけ。両親も事業を継いだばかりで子供のことを任せきりだったのがよくないのかもしれないけどね。

 

 

 

 

 ある日、雪乃ちゃんの太り具合が気になった両親は、雪乃ちゃんの行動を確認してみたんだよ。そうすると、しょっちゅうお菓子をねだって、そりゃ好きなだけ食べさせていることを知ったわけ。今まで一緒に普通に食事をしていて、まさか間食をこんなにしているとは思わなかったみたいなんだよ。その結果、それまでいた家政婦さんは契約終了となって、栄養に詳しい人に変わったんだ。そりゃ、お菓子なんて普通にお印程度しかもらえないわけ。

 

 それで、雪乃ちゃんがもっと欲しいって言うからさ、その当時はまだいいお姉ちゃんしようと思っていた私は、自分の分も雪乃ちゃんにあげてたよ。もっと、もっとって言われてたけどね。

 

 

 

 

 そんなことがあって、私もどこかで雪乃ちゃんのわがままを聞くのをやめようって思ってさ。きりがないじゃん。だから、断るようになった。自分の分のお菓子をもらうことをね。だって、自分はもらっていることになっているんでしょ、でも実際は雪乃ちゃんが食べているんじゃない。だから、要らないって家政婦さんには言って、雪乃ちゃんにも「お姉ちゃんの分はないよ」って言うようにした。なんか、喚いた気がするけどどうでもよかったんだな。

 

 そのあたりからかな、何となく距離を置くようになったのは。まあ、いい姉卒業するには少々早かった気もするけど。

 

 

 

 

 それで、今は比企谷君がその「お菓子」なわけ。私の事業を手伝うために採用されている雪乃ちゃんの元同級生。まあ、それなりの能力とそれなりの外見と、それに私との相性で選んだんだよ。何故か高校卒業までは疎遠な感じであったのが、卒業して私と仕事をし始めたとたんに「クレクレ」が始まったわけ。

 

 まあ、最初は同級生だし、雪乃ちゃんの隼人を除く唯一の男性の知り合いだからと思って大目に見ていたんだけど、最近、我が物顔で関わり始めてさ。雪乃ちゃんはT大で、好きなだけ見繕えばいいじゃんって思うわけだよ。家のことは何もしてないわけだし、自分の希望の進学先で、交際だって特に制限ないわけじゃん。私はいろいろ制限ありで、親の顔を立てるために見合いもしてるのにさ。雪乃ちゃんはそういうのないんだからさ。

 

――― もう、いい加減にしてくれないかな。

 

 

 

 

「雪ノ下さん、これどのくらい本当の話なんですか」

「……お見合いのところくらい?」

「ですよね。雪ノ下はお菓子食べないじゃないですか基本。子供のころのお菓子エピソードは何なんですか」

「ほら、私がジャンクフードを食べたくなる子供のころのトラウマ? の設定でさ、いい姉しすぎて妹に……『妹にウソ設定つけてまで食べたいんですか』……そうでもないけどね」

 

 比企谷君怒っちゃったのかな。いい姉辞めたのと、比企谷君にちょっかい出されるのがいやな件は事実で、子供のころのエピは完全創作だけどね。

 

 えー だって、雪乃ちゃん私と比企谷君の愛の巣に小姑よろしくやってくるからさ、T大でカレシ見つければいいじゃんって思うわけ。雪乃ちゃんの警戒心から言って、まともに異性と交際できる気がしないけどね。虚実の虚が嫌いでしょ。どうしても男女の仲には「虚」と「実」を絡めた駆け引きがあるからね。

 

 雪乃ちゃんは「虚」を否定するからさ、面白くないって思われちゃうんだよ。例えば「虚像」というと偽物でしょ。じゃあさ、フィクションとか創作って「虚」だよね。パンさんなんか現実には存在しないのに、雪乃ちゃん大好きじゃん。

 

 比企谷君はね、私の「虚」も受け止めてくれるんだよ。後を継がなきゃならない、やりたくないことも沢山しなければならない。でも、そこから逃げ出すことは許されないんだよ私。だったら、そういう時間を楽しむしかないと思うんだよね。

 

 別に、普通に寝ることだってできるんだよ。でも、朝、比企谷君に起こされてさ、やれやれって顔されるのが嬉しいんだよ。だって、この人以外の前で、そんなことできないじゃん。期待に応えるのが雪ノ下陽乃なんだからさ。比企谷君の前ではそんなことする必要ないってだけで、私の中で彼は特別な存在なんだよ。

 

 

 

 

「この話は、どのくらい本当の話なんですか」

「100%真実の話。私の率直な君への思いだよ」

「はあ、世話役ですからね。古来、世話役とは配偶者親兄弟より主人に近しい存在ですから。まあ、そうなるでしょうね」

「そうでしょ。だから、これからも頼むよ、マイサーバント」

 

 ふふ、そのうち、「あなた」とか「ご主人様」とか呼んであげるよ。もう少しいい男になったらね。

 

 

 

 



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EP034 八幡のお休み

「比企谷君、今週金曜日から学会出張だから君は特になにもないよ。オフだね」

 

 そう告げられた俺は、やったーとばかりに解放感に浸っていた。まあ、雪ノ下さんはいわゆる教授のお気に入りだし、在学中じゃないと学会には簡単に出られないから、国内の研究者に顔と名前を覚えてもらう顔見世興行みたいなもんだな。

 

――― あとあと、なんか頼まれたりするんだろう。美人て怖いな。

 

 俺は、金曜の午後の講義が終わると雪ノ下建設にもよらず家に直帰。いやいや、学生が自分の家に帰るのは直帰じゃねえぞ。ただの帰宅だ。でも、今は雪ノ下建設の社宅なんだよな。俺の部屋も、雪ノ下さんの一言で簡単に追い出されてしまうんだ。

 

 とか考えたりしない。だって、あの人一人で1週間も持たんよ。何にもしないし、ゲームとアニメとラノベ三昧だから。あと漫画。廃人まっしぐらだよ。

 

 

 

 

 と考えていると、土曜日の朝っぱらから家のチャイムを鳴らすものがいる。この家でチャイムを鳴らさず進入するのもは、小町がいる時の雪ノ下と雪ノ下さんくらいのものだ。8時前だし、第一、宅配便が来るような注文もない。

 今日は、久々に書店でラノベの新刊でも手に取って、ラーメン屋でも行こうかと考えていた矢先なのだ。

 

 居留守でも使おうかと考えていたが、とりあえず誰が来たのかと覗き穴から外の様子をうかがう……なんで折本いるんだよ。そういえば、折本の趣味は……ロードサイクルだっけ。

 

「あれー比企谷が外出してる何なんてありえないんだけど~ 居留守かな。うける~」

 

 独り言が大きいですわよ。一応は近所なんだろうな同じ学区だったわけだし。次に職場であった時……雪ノ下さんに聞こえるように、居留守のことを言われるとめんどくさい展開になりかねないので出なきゃダナこれ。

 

「おう、どうした折本」

「あーやっぱいるんじゃん。すぐに出てこないから、居留守かと思ったよ」

「普通に寝てんだろ。で、何の用だ」

「ほら、今日は室長が出張中でひまかなーと思って」

 

 おう、大切なホリデーなんだよ。年季奉公中の身にとってはな。

 

「出かけたりしないの?」

「……まあ、食材買いにとか行かないとな。で、何でだ」

「たまには一緒に出かけたり『しない。したことねえだろ今まで一度も』……だよね~。比企谷、室長に操を立ててるんだ、うける~」

 

 いやいや、お前と過去一度もそんなことした記憶がないだろ。たまにはって言葉の用法がおかしいわ。

 

「いまロードの途中だから、後で着替えてまたくるね。じゃね~」

 

――― 折本かおり、小町もそうだが何で女って自分で勝手に決めて人の話聞かないんだろうな。そういう意味では、雪ノ下姉妹は聞くだけは聞くな。その後、大概否定的なこと言われるけど。

 

 

 

 

 遅めの朝飯を軽く食べ、折本が来る前に買い物に出かけようか迷っていると家の呼び鈴が再び鳴る。まあ、折本と買い物行ってもいいかなと思い、相手を確認せずに出ると……よう、一色久しぶり。

 

「……せんぱい、お久しぶりです」

「よお、卒業式以来だな、どうした急に。てか、お前なんで俺の家知ってるの」

「ああ、昔小町ちゃんに用事があって来たことあるんです。まあ、せんぱいには関係ないことなんですけどね」

「で、今日は何の用事だ。俺はこれから出かけるんだが」

 

 折本のことは置いておいてだ。

 

「折本さんは来ませんよ。教えてくれたの彼女なんです。今日はせんぱいが一人で家にいるはずだって。だから、急いで会いに来たんです」

 

 折本ぇ……折本と出かけるとか、折本が着替えてくるとは言ってないもんな。一色か、まあ懐かしくはある。こいつの相手をしていた頃のことを思い出してたまに懐かしくなることもある。奉仕部でのんべんだらりと気楽に本を読み、雪ノ下と由比ヶ浜とこいつと何となく過ごしていた平凡な毎日をだ。

 

 由比ヶ浜には、「働きながら大学通っているので休みもないから遊ぶ暇がない。大学卒業するまではな」って伝えてある。詳しいことは聞かないでくれる所が、あいつの優しいところだな。いい女だ由比ヶ浜はさ。

 

 それを考えると、雪ノ下姉妹のめんどくささは一筋縄ではいかないな。高校時代、由比ヶ浜がめんどくさくて、雪ノ下はそうではないと感じていたのは……距離の違いだっただけだな。由比ヶ浜は距離が近ければ、察してくれる。雪ノ下は……察しなさいだ。めんどくさいことこの上ない。で、目の前の一色は……一度言い出したら引かない女だ。

 

「何の用があるんだ?」

「本物……」

「本物?」

「わたしの……本物……返してください」

 

 一色、タイムスリップしちまったじゃねえか。本物……か。そんなもんはあの日のディスティニーに置いてきちまったんじゃねーのかよ。俺とお前の間にはそんなもん存在しないぞ。だから、お前に返すことはできない。そうだろ?

 

 でも一色、なんで折本が来たこと、この後来ない事知ってるんだ。

 

 

 

 



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EP036 一色いろはの今さら

 土曜日の朝、いきなりの電話。誰だろうと思い画面をのぞくと……折本かおり。何だろう、せんぱいのことで何か連絡くれたのかな。じゃないと……この人の相手はめんどくさい。せんぱいは癖癖した感じで相手をしていたことを思い出す。

 まあ、悪い人ではないんだけど、独特のリズムなんだよね。まさか、玉縄さんに迫られて相談とか、ないない、スッパリ振るタイプだもん。

 

『おっはよ~一色ちゃん。今日は暇なのかな』

 

 えーどういう意味。予定はないけど、この人につきあうのは一寸無理だ。

 

「はあ、受験生ですのでそれなりに忙しいですけど」

「だよね~。あのさ、今日は比企谷が家に一人なんだよ」

「……どういうことですか」

 

 雪ノ下先輩のお姉さんが出張中で、今日はせんぱいが家に一人でいるらしい。折本さん、サンキューです。

 

「ほら、この前会った時に、連絡先聞いてさ、力になれたらいいかなってずっと思っていたんだよ。あたしも比企谷のことは気になっているんだけど、室長と妹さんのガードが堅いからね。日曜日は大概妹さんと室長の妹さんが遊びに来るみたいなんだけど、土曜日はそうでないだろうから、チャンスだよ」

 

 なるほど。でも、それなら折本さんが……

 

「まあ、そういう気持ちがないわけじゃないけどさ、今の比企谷にただの同僚としか思われていないあたしがアプローチしても何の反応もないのわかりきっているじゃん。一色ちゃんが揺さぶってくれた方が意味があると思うんだよ。

 ほら、卒業式以来なんでしょ、あたしが会って話すより全然インパクトがあるからさ、このままあの姉妹に比企谷を取りあげられちゃうのも癪だからさ。だから、一色ちゃん頑張れ‼」

 

 そう言うと、通話は終了した。そう、そういうことなんだ。折本さんは目先のデートより、せんぱいの気持ちを揺さぶることを選んだ。そして、自分では揺さぶれないと考えて、わたしにそのチャンスを譲ってくれたんだ。

 

 

 

 

 わたしは、急いでシャワーを浴び、メイクをし、とっておきの服と勝負下着に着替えることにした。べ、別にそう意味じゃないんです。気持ちを引き締める意味ですよ‼

 

 そして、以前教えてもらった先輩の家へと急いだ。1時間はかかるかな。

 

 家の呼び鈴を鳴らす。すると、中から懐かしい顔が出てきた。

 

「……せんぱい、お久しぶりです」

「よお、卒業式以来だな。どうした、急に。てか、お前なんで俺の家知ってるの」

 

 懐かしい、あの頃は毎日会えるのが当たり前で、日曜日の夜は朝目覚めるのが楽しみで、楽しみで仕方なかった。もう、そんな日が来るなんて思えなかった。今の日曜日の夜は、ただの夜だから。

 

「で、今日は何の用事だ。俺はこれから出かけるんだが」

「折本さんは来ませんよ。教えてくれたの彼女なんです。今日はせんぱいが一人で家にいるはずだって。だから、急いで会いに来たんです」

 

 ぎょっとした顔も久しぶりです。生徒会のお願い事をすると、そんな顔をしてしぶしぶやれやれといった態で頼まれてくれていましたね。ふふ、懐かしいです。

 

「何の用があるんだ?」

「本物……」

「本物?」

「わたしの……本物……返してください」

 

 思わず出てしまった言葉。時間が止まる、空気が固まる。せんぱいの顔がみれない。声が聞きたいのに、怖くて聞きたくない。そんな時間が過ぎていく。

 

「一色、まあ、立ち話も何だから入るか。今俺しかいないから、それでも良ければだけれど」

 

 意外な言葉だった。てっきり「話すことはない、帰れ」って言われるかと思っていた。やっぱり、この人は優しい。さんざん、その優しさに甘えたこともあったけど。

 

 

 

 

 リビングに通され、そこには据え置き型のゲームが出されていて、お菓子の空き袋が落ちている。だらしないんじゃないですかね。

 

「一色、コーヒーでいいか。そこに座ってくれ」

 

 キッチンでコーヒーを淹れてくれているせんぱいを横目に、わたしは室内を伺う。キョロキョロとだ。

 

「今、小町とは別に住んでるんだ」

「はい、小町ちゃんの家に遊びに行ったことあります。凄いマンションでびっくりしました」

「そうか。小町が幸せならいいんだ。まあ、小町と二人きりというのもなかなかないんでな。話を聞くこともないから、様子が気になってはいたんだ」

 

 小町ちゃんの話をきっかけに、せんぱいは今の生活を少しずつ語ってくれた。仕方がないとはいえ、雪ノ下家の奉公人として雪ノ下先輩のお姉さんに年季奉公しているんだそうだ。

 

「おかげで、俺も大学に進学できたし、おやじも再就職できて小町も大学へ進学できそうなんだ。まあ、この先どうなるかわからんが、小町の大学卒業までを目標に頑張っている」

「そ、その後はどうなるんですか」

「その先は俺は雪ノ下建設での仕事を生かして、土木関係の公務員の技術職を目指すつもりだ。雪ノ下の家は別のこと考えているみたいだけどな」

 

 雪ノ下先輩は国家公務員のキャリアを目指すそうです。その後、お父様の跡を継いで県議会議員から知事を目指す……そのサポートを先輩に依頼するってことですか。

 

「どこまで本気か知らんし、雪ノ下には話していないんだそうだが、俺を雪ノ下の配偶者にしたいらしい」

 

 はいぐうしゃ。聞いたことのある言葉だ。どういう意味だったっけ。咄嗟に思い出せない。

 

 ゆきのした せんぱい の はいぐうしゃ に せんぱい が なる。

 

――― 言葉の意味が分からない。脳が正確に認識できない。

 

 

 

 



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EP037 なるたけじゃない

 うっかり一色を家に上げちまったあと、最近の出来事をつらつらと話をした。

 

 小町の話から始まり、大学の話、雪ノ下建設の話、雪ノ下姉妹の話。ずい分と決まった人間以外と話をしていなかったということを思い出す。まあ、本当に雪ノ下姉妹と小町、たまに折本以外と話をしていなかったなあと思う。

 

「まあ、そんな感じだ」

 

 一色は冷めたコーヒーに口をつけながらコクコクとうなずく。自分の置かれている環境を説明するのは難しいが、昭和な時代にはよくあることだったのだと思う。

 

 高度経済成長期の時代、労働力が不足していたので中学を卒業すると、就職する人がかなり多かった。『金の卵』と呼ばれた人たちだ。集団就職なんて言葉があった時代だな。

 

 中卒でも、定時制高校に通いながら高卒をめざし、高卒でも夜間大学に通いながら大卒を目指す。労働力が不足し、大学進学するための資金も生活拠点もなかった人たちと企業が結びついた結果だ。

 

 人口移動が終わり、地方から出てきた人の子どもたちが大学進学する頃にはこの話は歴史上の話となってしまった。ベビーブーマーとそのJr世代の話しである。そんな歴史的な時代の生活を、俺は平成の世も変わろうかという時代に強いられているのである。

 

「しぇんぱいは、それでいいんですか」

 

 幾分、涙ぐんだのか鼻づまった声で一色が問いかけてくる。いいも悪いもない。比企谷家は親父のリストラで崩壊の危機に瀕していた。その状況を救ってもらった恩がある。それに、まあ、雪ノ下さんの相手をするのは大変だが嫌ではない。

 

 あの人は、規格外で面白く少々孤独な人だ。俺とあの人は似ているところがある。そして、俺が親父と小町の為にと思い選んだ人生の何倍もの濃度で物心ついた時から、雪ノ下の家のために働いている。あの人のなりたいものになれた人生を、彼女は選ばせてもらうことができなかった。その力も才能もあっただろうにな。

 

 だから、顔にポテチカス付けたまま、よだれを垂らして寝落ちしている姿を俺にさらすくらいのことは許容するつもりだし、まあ、最近は愛らしいと思えなくもない。

 

「それにだ、俺よりずっと雪ノ下さんの方が大変だ。自分の選びたかった大学でも研究室でもないんだ。でも、それなりにというか、雪ノ下の家の為に頑張っている人だからな。まあ、俺が支えられる分は支えてやりたい」

 

――― その昔、一色が1年生で生徒会長に立候補させられた時と同じようにだ。

 

 

 

 

 俺たちは駅に向かい歩いている。元々の予定であるところのラノベの新刊と昼飯を食べるついでに、一色を送っているわけだ。一色はあの頃より幾分髪も伸び、体の線もふっくらしたような気がする。小町から由比ヶ浜に向かうかなり手前だがな。

 

 そのせいか、俺の心の中のイメージと今のこいつの間にはギャップというか、似て非なるものというか、あの頃感じていた小町に似た何かとは違うという気持ちになっている。

 

「せんぱい、連絡先交換してください」

「だめだな」

「何でですか」

「折本との連絡先も交換できねえんだぞ。同僚なのに。意味わかるか」

 

 そう、俺の携帯は雪ノ下さん・雪ノ下・小町の3件以外の登録先は全て確認次第削除されるし、履歴もチェックされている。どんなソクバッキーなんだよ。

 

「そ、そんななんですね。はあぁ、それは折本さんも困るわけですね」

「ああ、まあ年季奉公なんてそんなもんなのかもな。まあいいさ。元々今までも変わらない生活だしな。あの頃も、小町と由比ヶ浜くらいしか連絡なかったし、変わらないと言えば変わらないな」

 

 おう、俺の人生はそんなに選択肢がないということを改めて認識させられている感じだな。高校時代も同じなんだけど、公務員ルートが確定しているだけましだな。受からんとしょうがないんだけどさ。

 

 でも、あの頃の私大文系に進学していたら、就職大変だったろうからな。いくら人手不足とはいえ、技術職とそれ以外では求人先の内容が全然違うだろ。大学出て居酒屋チェーン店長とか……俺には務まらねえしな。

 

「そ・れ・で・も たまには会いたいんです。お話もしたいし。せんぱいの人生があの頃とは変わったとしても、わたしの人生からせんぱいが消えてしまっていいなんて理由にはなりません」

 

 そうか、それもそうなのかな。人間関係はリセットできないんだよな葉山。こいつの人生を変えちまった責任てのもあるしな。まあ、たまに話を聞くくらいならいいか。

 

「じゃあ、お前小町とは連絡取り合ってるんだよな」

「はい、同じ生徒会の役員同士ですし。指定校推薦、同じところ狙うみたいなんでこれからもやり取りは続くと思いますよ」

 

 流石アザトシスターズ。生徒会やって推薦もらうくらいしか特典ねえもんな。それなら、多少お馬鹿な小町でも受験の心配せずに済む分有難いな。俺も年季奉公する甲斐があるってもんだ。

 

「何かあれば小町経由で連絡してくれ。まあ、たまには会って話くらいは聞いてやる。ただし、今日話した通りの人生だからな。高校時代のように、お前に合わせることはできない。それでいいならだ」

「はい、それで構いません。せんぱいとのつながりが無くならなくて本当に良かったです」

 

 めずらしく神妙な一色いろはである。俺たちは幕張本郷から千葉に出て、思い出のカフェでお昼を食べた。そして……

 

「せんぱい、また写真撮りましょう。二人の記念に」

「何の記念だ」

「……わたしの本物が還ってきた記念です」

 

 そうか。その本物は本当に本物なのか一色。頭の中で思いついた言葉を飲み込み、俺は一色と並んで写真を撮る。相変わらずのあざといポーズのこいつとだ。

 

 

 

 



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EP038 妹×妹-姉

 今日は日曜日、夕方には雪ノ下さんが帰ってくるので、半休みたいなもんだな。昨日、一色と別れた後、最近購入できていなかった「緋弾のアリア」の未購入の巻を何冊手に入れた。まあ、ハーレム系のようでスパイもので合法ロリなのだが、設定を知らないと、そういうのが好きな人と思われるのが難点だな。

 

 見た目は小学生だが、中身は高3なんだよ。うう、俺は見た目は大学1年生だが、中身は江戸時代の丁稚さんみたいな人生なのと同じだよ。

 

 

 

 

「こんにちは比企谷君」

「お兄ちゃん、遊びに来たよ。嘘です、ちょっと小町テスト勉強するからさ、お兄ちゃんの部屋借りるね。雪乃さん、わからないところがあったらあとでお聞きしてもいいですか」

「もちろんよ。お茶の時間には声をかけさせてもらうわ」

「了解です‼」

 

 どうやら小町は実力テストがあるらしく、苦手なところを特訓するらしい。推薦もらうにも評定の足切りがあるので、受験だけすればいいということでもない。大学受験も変更されるみたいだな。3年生の終わりに1発勝負じゃなくて、何度か選抜を重ねる方式で受験テクだけで合格できないようにしていくようだな。

 

――― 八幡セーフだよ。そんな高校生活の大半を入試のことばかり考えて生きていくなんてやなこった。

 

 俺は、雪ノ下の入れてくれた紅茶を飲みながら、昨日買った本を読み始める。雪ノ下も同じような雰囲気だ。まあ、いつかどこかの奉仕部みたいな雰囲気が漂っている。雪ノ下はダイニングの椅子、俺はリビングのソファでそれなりの距離が離れているのもあの頃のようでもある。

 

「そう言えば、比企谷君FFⅦなのだけれども」

 

 コツコツと攻略サイトなどを確認しながら進めた雪ノ下なのであるが、やたらとレベルを上げているようなのだ。なので、その変な方向に走っているような気がする。

 

「雪ノ下、初めてのことなのでよくわからないとは思うのだが、この辺りのRPGは適切なクリアレベルというのが設定されている」

「……適切なレベル」

「そうだ。例えばハリウッドのアクション映画の場合、2時間を切るくらいの内容に仕上げている場合が多い。人間が集中でき、楽しいと感じる時間から考えられた目安みたいだな。ラノベの文字数や会話と地の分のバランスなんかもあるみたいだな」

 

 そう、RPGも適切な時間でレベルを上げてクリアできるように名作と言われるゲームはバランス取りされている場合が多い。

 

「昔のFCの時代には、やたらクリアできないようなレベルのゲームや、同じ作業を繰り返させるだけのゲームもたくさんあったが、FFⅦあたりになると、自分がその物語に参加するイメージの作品になっている。だから、そこを楽しむためには、やたらモンスターを倒してレベルを上げるために時間を使う必要はないんだ。物語のリズムが狂うだろ」

「なるほど、ゲームとは言うものの、得点を重ねるより物語を楽しむ面が独特なのね」

「そうだ。でないと、ただモンスターを倒して経験値を稼ぐだけのゲームになって楽しみが半減してしまう」

「ふふ、あなた、わたしの人生がテストの点数を積み重ねているだけで、楽しみを半減した人生だとでも揶揄するのかしら」

 

――― 被害妄想だぞ雪ノ下。別にテストの点の話なんて全くしていない。

 

「お前の進学した大学は、官学の最高峰。既存の知識をどれだけ十全に使いこなせるかを問う大学だろ。テストの点が良いというのは、そういうことの確認の成果だ、適切だろ」

 

 俺には無理、数学とか特に。何で計算式に英語たくさん含まれてんだよ。物理も無理だな。高等数学は物理数学と重なる部分も多いしな。数Ⅰまでだ。

 

 

 

 

「比企谷君、座り疲れたのでソファをお借りしてもいいかしら」

「たくさん空いているから好きな所へ座ればいい」

 

 雪ノ下雪乃さん、あなた何で俺の横にピタリと座るんですか。近くで見ると大変な美人さんです。まあ、顔にポテチカスもついていないしな。あの人はそれでも相当な美人だ。

 

「好きな所へ座ったのだけれど、何か問題なのかしら」

「お前変わったよな。部室で一緒にいる時は机の両端に座っていただろ。由比ヶ浜みたいだぞ」

「あら、今はあなたとの関係も由比ヶ浜さんとの関係も同じような友人関係なのだから、由比ヶ浜さんのように近くに座っても問題ないのではないかしら。ねえ、元学年国語3位さん」

「確かにその通りだな1位の雪ノ下」

「ふふ、なら観念して横にいなさい」

 

 雪ノ下雪乃は、今日は特別に変だな。雪ノ下さんがいないからなのか、二人きりだからなのか、またその両方なのだろうか。

 

 

 

 

 しばらくもじもじとしていると、雪ノ下の顔が此方を向く。このまま俺が横を向くと……顔がくっついちゃうぞ雪ノ下。良いのかそれで。

 

「比企谷君に、聞いてもらいたいことがあるのだけれど」

「……大事な話か」

「そうね、大事といえば大事だわ。わたしの進路のことなのだけれど、わたしは国家公務員の総合職を目指そうと思うの」

 

 ああ、聞いたことがある話だ。本人からまさか聞くことになるとは思わなかった。昔のⅠ種・上級職ね。いわゆるキャリア官僚になるのだろうか。あの大学なら当然だろうな。

 

「そ、それで、国土交通省に入省して何年か仕事をした後で父の後を継いで県政に出ようと思うの」

「雪ノ下家としては雪ノ下さんが会社を、お前が県議を継いでくれればうれしいだろう」

「そ、そうなの。それで、相談というのは、姉さんの仕事の後で構わないのだけれどわたしの手伝ってもらえないかしら」

 

 キマシタわーとどこかの海老名姫菜みたいなことを心の中で叫ぶ俺。まあ、心の準備はできているので、用意していた答えを返す。

 

「親父さんの秘書さんから学ぶことがあるだろ。それに、俺はお前の同級生で顔が利くわけでも能力が高いわけでもない。そうだな、葉山隼人の方が知名度や秘書としての存在感として意味があるだろ」

「そうね、彼がわたしの秘書をするとは思えないのだけれど。それに、彼はだめよ。姉さんにも聞いているのでしょ。用いることはできても頼ることはできない。背中を預けることはできないもの。それは、三つ子の魂百までよ」

 

 葉山、代償は高くついたのかもな。雪ノ下姉妹に距離を置かれるのはどうなんだ。この話はどこかで葉山に引火するんだろうな。

 

「答えは今でなければいけないのか」

「いいえ、わたしの気持ちを伝えたかっただけよ。言葉にしなければ伝わらない事の方が多いのですもの。あなたのことを信じているわ比企谷君」

「そうか、それは光栄だ。力になれるかどうかはわからないけどな。今は雪ノ下さんの部下だからな。その先のことはあの人次第だな」

「それでも、心に置いておいて欲しいのよ」

 

 最近の距離の近さはこの伏線か。奉仕部と同じだな、こいつの世話をするのはさ。でも、あの頃と違うのは、雪ノ下さんが……俺を必要としているところなんだよな。どうするんだよこの姉妹。

 

 

 

 



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EP039 休みの後

 夕食の準備をしていると、雪ノ下さんが帰ってきた。

 

「たっだいま~、比企谷君これお土産ね。なんか、学会って慰安旅行みたいな場所で開かれるよね。経費で遊びたいのかな」

 

 少しシーズンは外れているが、名の知れたリゾート地で開催されたようだ。

 

「顔は売れたんですか」

「嫌になるくらいね。まあ、あんまり年配の人と交流しても意味がないからさ。新しいというか、論文沢山出して実務ができないような奴はいらないから、少し上の世代中心に交流持つようにしてきたよ。

 学会は君を連れていけないけれど、私的な勉強会であれば連れていけるからね。次の機会を楽しみにしておきたまえ」

 

 いやいや、この前大学で絡まれたみたいなことが起こるんじゃねーのかよ。まあ、奉公人としては拒否できないからな。

 

「姉さんお帰りなさい。お疲れさまでした」

「陽乃さんおかえりなさーい。今週は対戦できなくて残念です」

「あはは、テスト近いんでしょ。ちょうどよかったじゃない。これ、ご実家にお土産。ご両親によろしくね」

 

――― 上司から実家へお土産か……後が怖いな。親父が調子こいて「好きに使ってください」とかいいかねねえ。ふざけんな。

 

 

 

 夕飯は鍋でした。ま、少し涼しくなってきたこともあるのでいいよね鍋。

 

「どんな感じでしたか」

「うーん、交流会みたいなもんだからね、先端的なことは特になかったし、前回の欧州の学会と比べれだ、目新しいものはないよ。やっぱ日本はこの分野は後追いだね」

「欧州発祥の比較的新しい学問ですもの、研究者の数や規模も比較にならないでしょう。本来は、日本の方が治山治水に関しては先進国であったのが、戦後の国土開発で失われてしまった技術や技能も多いでしょう」

「それね。ローマ街道の補修と同じなんだよ。例えば、ドレスデンだっけ第2次世界大戦で爆撃で破壊された大聖堂が復元というか修復されているんだけど、石工の集団が日本の宮大工みたいにいるんだよ。その人たちが何世代もかけて計画的に修復しているんだ。

 日本も陽明門とか、春日大社の遷宮なんかでその技術の保存がなされているでしょ。日本は河川土木ではそれが途絶しているのよ」

 

 例えば、玉川上水と言われる江戸時代の水道は現在でも水道の一部として使用されているし、保存されているともいえる。神奈川の川崎の北部にも同様の物が残され保存・利用されている。

 

「昔の字の単位の村であった頃は用水も自分たちの管理であったし、溜池やいろんな土木工事を農業の一部として行っていたわけじゃない。その辺りが戦後大きく変化しているから、難しいんだよね」

 

 第2次世界大戦後、港湾土木のノウハウで河川工事をし始めたんだろうか。確かに、機能という面では効率的になったわけだが、家庭排水をそのまま川に流して自然浄化させていたことができなくなって、公害になったわけだ。生命の無い川ね。どこかの国の七色の川の水の色や、死んだ豚を川に投げ込んでナイナイすることを50年前の日本は笑えないんだな。

 

 

 

 

 なんて話をしつつ、夕食の片づけを終え妹二人はタワマンへ帰って行った。残された俺と雪ノ下さんの間では……

 

「比企谷君はこの週末、何をして過ごしていたのか、キリキリ白状しなさい」

 

 なんで、尋問されてるの俺。

 

「雪ノ下が、官僚やって親父さんの後を継ぐつもりだって今日言われました」

「そう、雪乃ちゃんも決めたんだねいよいよ」

 

 そりゃそうだな。準備期間考えてもそろそろ始めないとだもんな。チャンスは何回かあるとは言うものの、早く決まるの越したことはない。

 

「それで、君にはなんて話したのかな」

「雪ノ下さんの後で良いから、わたしのことも手伝ってって遠回しに依頼された感じですね。サポート的なことを」

「ふーん。君はそれでなんて答えたのかな」

「答えは今はいらないから、自分の考えを伝えたかったって言われただけです。それに、俺は今のところあなたの部下ですから。その先のことは答えられません」

「そうだね。よくできました。雪乃ちゃんも君に依存しているところがあるからさ、上手く付き合っていって頂戴」

 

――― 雪ノ下と上手く付き合うという業務命令いただきました。まあ、顔が触れるほど近くに座られたことは言わんでいいよな。

 

 

 

 雪ノ下さんはブツブツと独り言を唱えていたが、気を取り直したかのようにこちらを振り向く。

 

「他には何かなかったの。土曜日は一日何もなかったんでしょ」

「久しぶりに書店に本を買いに行きました。途中で折本に会いました。あいつサイクリングの途中みたいで、誘われましたけど予定が合わないので断わりましたけどね」

 

 雪ノ下さんが折本の名前にぴくッと反応する。

 

「へえぇ、かおりちゃんにチョッカイ出しているんだ」

「何聞いてたんですか、偶然会っただけですよ」

「まあいいわ、彼女に裏とるから」

 

 どこの捜査員だよあんた。何で俺の休みのこととか聞きたがるのかね。もしかして、ジャンクフード不足なのかな。

 

「ま、コーラでも飲んで落ち着いてください。ジャガリコもありますよ」

 

 すっかり接待モードだな。そして一色と会った話をする、後からバレるとめんどくさいからな。

 

「久しぶりに一色に会いました。千葉で」

「……お姉さんがいない間に若い女と密会していたわけね」

「雪ノ下と3か月しか違わない若い女ですけどね」

 

 雪ノ下さんはソワソワし始めた。何この人、トイレ我慢しているのかよ。

 

「で、二人はどうなったの」

「どうもなりませんよ、近況を話してお昼を昔一緒に行ったカフェで食べて帰ってきました。俺は書店によって本買いましたけどね。飯食って別れましたよ」

 

 そう、嘘偽りはない。どこであったのかと、何故であったのかは省略だ。

 

「もしかして、連絡先は……」

「教えていません。けど、大学生活で聞きたい事とかあれば小町経由で聞いてもらって構わないって話はしてあります。あいつの指定校推薦、来年小町もそれで受けるみたいなんで。情報収集みたいなもんです。

 小町の為ですから、よろしくお願いします」

 

 ここで、伝家の宝刀『小町の為』を使う。これで追撃は防げたはずだ。

 

「まあ、そういうことならしょうがないかな。でも、私が最優先だからね。良く考えておいてね。比企谷君は、私のものなんだから。それで、私は君のものだよ」

 

――― 君の(世話をしなければならない)ものだよの()内が省略されてるよな。飼育係みたいなもんだよ八幡。

 

 

 

 



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EP056 ビオトープを作ろう

 八幡はいま、旧比企谷家である雪ノ下家の社宅の庭に池を造成中です。いやいや、まじめに仕事してんだよ。

 

 住宅にビオトープを取り入れるのは、かなりのリフォーム業者が参入しているし、学校などでは生徒自ら作るなんてことも提携して手掛けているんだよ。高学年の生徒が委員会や課外活動でメンテしたり、生物の研究に利用したりする為なんだろうね。

 

 

 

 

 2000年代半ばくらいから、東京都中心に都市の緑化についての条例が制定されている。2001年3月に改定された「東京における自然の保護と回復に関する条例」改正において、公共公益施設、事務所、事業所、住宅等の建築物及び敷地の緑化を義務づけがなされたんだな。

 

 とくに、都内で1,000平方メートル(国及び地方公共団体が有する敷地にあっては250平方メートル)以上の敷地で開発計画や建築計画等がある際は、「緑化計画書の届出等」が義務付けられているのだよ。ヒートアイランドや豪雨による水害なんかが注目され始めたころだよね。

 

 なので、都内には大手ゼネコンによるビルの屋上の緑化の例や、ビオトープの設置、また、その手の専門施工業者もいるんだよ。

 

 で、なんで俺が池作っているかというとだな、小さなモデルで実際管理してみないと、その施工ノウハウは評価できないからなんだよね。

 

 

 

 

 今回、護岸系からリノベ系に矛先を変えたじゃない。千葉県内には専門の事業者はほぼいない様なんだけど、(千葉自体が巨大なビオトープでもあるので)都内は先ほどの条例の影響もあって、専門の事業者がすでに存在するんだよ。

 

 でも、職人さんの世界だから学生なんか相手にしてもらえない部分もある。それ故、見て勉強できる部分と、体験して勉強する部分の両方をこの池で学ぼうかってことなんだけど……ここで大丈夫なのか心配。

 

「比企谷君、池できた?」

 

 いやいや、いま場所決めしたばっかじゃん。なんでそんな簡単に言うかね。大きさ的には幅2m奥行1m深さ50Cmくらいのものを作る予定なんだよ。形が決まったので、どんどんと掘り下げていく。土はまとめて土嚢でもして置くかね。

 

 次に周囲の植栽部分を掘っていく。周りを崩し過ぎないように小さめのクワを用いるのだが、小学校以来だなこんなことするのは。適当に掘った穴をシートをかぶせる前にきれいに整える。池の両端で水平を測る。長い棒を端に掛け渡して、その上に水平器を載せて調るんだ。DIYしたことないからな、これから増えるんだろうな。

 

「料理だけじゃなくて、DIYもする家庭的な男性だね君は」

「はあ、専業主夫としてはその程度のことはこなさないとですね」

「ふふ、流石だよ比企谷君。私の夫に……『相応しい人を探してくださいね』……なんでかな。目の前に……『いるのはあなたの世話係です』……今はだよ」

 

 なに言っちゃってるのかな。まあ、雪ノ下くらいなんでもできればいいかもだけど、これで子育てまで任されたら八幡死んじゃうからさ。無理だよ無理。

 

 俺は思うのだが、葉山が三浦達を避けているのはその辺が保守的だからじゃないかと。林間学校で誰一人まともに家事ができなかっただろあの3人。それで切られたんだと思う。ということは……小町は合格だろうか。葉山のことを「隼人」って呼んで兄貴風吹かせて、弁護士事務所に顔出して「1万でいいからさ」とか集りてえ。

 

 

 

 

 ミニビオトープにするためには半日以上の日に当たるようにするのがいいらしいが……ここそんなに日は当たらんぞ。いいか作業だから。掘った場所にクッションとシートを穴にかぶせる。これ写真撮りながらだから結構時間かかるな。

 

 防水シートの前に、まずはクッション材を敷く。池の底部に敷く資材で、石や木の根などから防水シートを保護するんだ。穴開いて水が抜けちゃうからさ。防水シートを敷きく一連の作業の中で一番気を使う部分、なるべくしわができないよう丁寧に敷く。余分なところをカッターでカットする。

 

 オーバーフローする場合の水のはけ口も下水溝に向けつけておく。

 

 

 

 

 植栽部分と底部に土を入れる。土を入れずに、鉢に植えたものを沈める方法もあるが、自然感に乏しく、土を入れて植栽するほうがらしくなる。(土を入れたとしても、鉢を沈める方法は可能)

 

 掘った場所の土を入れるのも可能なのだが、管理が難しい。粘土質か砂質土で植物の生育的には粘土質土に劣るが、管理が楽なので砂を入れる。土を入れた後に、押さえ部分に土をかぶせたり石を置いてシートが動かないようする。池づくりはここまでだ。

 

「雪ノ下さん、少し水を入れて落ち着かせてから植物は後日配置しますね」

「そうだね、まだ安定していない状態なら、失敗すると二度手間だもんね。お疲れ様」

 

 そして池づくりは一応終了となったわけだ。

 

「比企谷君と、私とわたしの子供でこんな感じの夕方を迎えたら楽しいね」

「はあ、あなたの旦那さんはどこへ行ったんでしょうか」

「だから、目の前にいるじゃない。君だよ君」

「ムリです。子育てまでできません」

「そうか、なら、家政婦さん入れればいいと。ね、あ・な・た ♡」

 

 いえいえ、俺がそのまま家政婦するので「あなた」は別の方でお願いします。他人を入れるのは揉める元ですからね。

 

 

 

 



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EP041 三角関形の秘密はね

 秋も深まる今日この頃。夏はどうしてもビオトープに関わると……虫刺されとか気になるよね。まあ、雪ノ下さんがそうなるくらいなら、俺が虫刺されすればいいんだけどさ。

 

 でも、最近の虫よけスプレーはめちゃめちゃ効くよね。皮膚に直接つけないでくださいって虫よけは……びっくりするくらい虫が死ぬよね。どういう原理なのか気になるな。

 あと、凍らせて殺すというか、動けなくする殺虫スプレーもすごい効果。実は、ビオトープ見に行くときに大きな足長バチならいいんだけど、スズメバチの巣があったりすると……シャレになりません。

 

 スズメバチは幼虫にえさを与えて、その幼虫が出す体液を舐めて生きているらしい。なので、スズメバチを直接殺すより、巣を排除してほおっておくと数日で成虫も餓死するんだそうです。殺虫剤よりそういう、冷却剤を噴霧して、ハチが動けないところで巣を撤去するんだよね。八幡テレビで見たよ。

 

 蜂用の殺虫剤って10mくらい飛んで、バタバタ蜂が落ちたり狂ったように飛び回るでしょ。ちなみに、スズメバチは翅の音や、あごをガチガチ鳴らして威嚇してくるのですぐに分かります。

 大きな木の洞なんかに巣があって、斥候が飛び回っているので気にしていると気が付くよ。湿った沢に近いような場所にあることが多いのでキャンプとかでは注意が必要です。

 

 え、もうすっかり秋だから、夏を思い出していたんだ。

 

 

 

 

 雪ノ下さんも、一段落ついたようで、最近は忙しくなさそうだ。卒業研究の目途と、とりあえず目先の業務は決まったようで何よりである。

 

「比企谷君、今日は帰りいつのもスーパー寄るのかな?」

 

 そのつもりなんだけどさ。何か用があるのでしょうか。

 

「どこか、アミューズメント施設があるスーパーによらない?」

 

 何やら不穏な空気が流れています。

 

「こんなのあるんだよ。ポリンキーのオムライス味食べたい」

 

 俺は知っている。この味は今年の夏数量限定で某イオン系列のアミューズメント施設で扱われたいわゆるアメニティなんだよね。クレーンゲームで取らないといけない。まあ、夏休み限定企画だろうし、今はないよね。

 

「今売ってません。」

「でも、食べたい……」

 

「無理です」

「食べたい」

 

「無理」

「……たべたい……食べたい食べたいたべた~ぃ絶対食べたい食べたいィィィィ‼」

 

「ポリンキー サクッとジュワッとからあげ味ならありますよ」

 

 こんなこともあろうかと、いつもの現金問屋で購入しておいた限定商品の売れ残りをだす。これで満足してください。あ、でも、この辺りだとどの辺にあるんだろう。

 

 イオンモール幕張新都心店 の2階にモーリーファンタジーがあること判明。

 

「帰りに寄ろうか。たまには違うスーパーもいいよね」

 

 ということで仕事帰りの買い物は幕張新都心店になったのだよ。

 

 

 

 

 でもさ、賞味期限もあるから、あんなのこんな時期まで残っていたら問題でしょ。

 

 と思っている時期もありました。

 

「比企谷君、取ってね」

 

 そういえば、昔、高校時代に雪ノ下が欲しそうにしていたクレーンゲームのパンさん、さんざんやって駄目だったことあったよね。黒歴史を思い出す八幡。いやいや、俺は変わったんだよあの時からさ。

 

 何度かトライして……500円も使っちまった。

 

「雪ノ下さん。今日これでお菓子終わりです」

「うん、いいよ。君がとってくれたお菓子だから満足だよ」

 

 あ、あれ、500円あればたくさん買えたでしょ。普通のジャンクフードが。どうした、夏が終わってどうにかなったんでしょうか。

 

「あれーお兄ちゃん、どったの」

 

 学校帰りにゲーセン寄るとか、不良になるぞ小町。何でいるんだ。

 

「おう、いま仕事帰りでな、たまには幕張のイオンで買い物しようかと思って。ほら、雪ノ下さんもそこにいるだろ」

「あれれ、本当だ。陽乃さんこんばんは」

「あー小町ちゃんこんばんは。夕飯の買い物かな」

「そうなんです、えーと雪乃さんと待ち合わせしておりまして」

 

 まるで仲良し姉妹だな。小町は雪ノ下の大学が終わる時間に合わせて高校を出てここで待ち合わせし、夕飯の買い物をして一緒に帰って料理することが多いらしい。もちろん、比企谷家の食材は比企谷家が支払って……いるよね。

 

「小町さん、お待たせしました。姉さんと比企谷君もこんばんは。どうせなら、夕飯ご一緒しないかしら」

「いいかもね。比企谷君どうする」

「まあ、俺は助かりますね。もちろん、手伝うぞ雪ノ下」

「そう、ではお願いしようかしら」

 

 涼しくなってきたので、おでんになりそうです。

 

 

 

 

 雪ノ下のマンションでおでん鍋を囲む4人。何で今日はって話の中で、アミューズメント施設の話になる。そして、今日の戦利品であるポリンキーを雪ノ下にアピールする雪ノ下さん。雪ノ下は……いつぞやのパンさんを見せて「比企谷君にプレゼントしてもらったのよ。姉さんのは賞味期限があるじゃない」と言い放った。

 

「あー比企谷君、私もなんか欲しいな記念のもの」

「あなたと毎晩付き合ってゲームしているだけじゃ不満なんですか」

「……大満足だよ。不満ゼロだよ♡」

 

 ということである。そしてなぜか、小町に足をテーブルの下でゲシゲシと蹴られた。なんでだよ。俺悪くないよね。

 

 

 

 



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EP042 おでんの季節

「比企谷君、今日もおでんなのかな?」

 

 雪ノ下さんがそうつぶやく。えー だっておでんのおいしい季節じゃない。本格的に寒くなったら鍋だけどさ、この時期はおでんがおいしいんだよ。とは言うものの、まあ、大根とかそのくらいしか加工しないんだけどね。基本はおでん種を買ってしまうのだよ。

 

 いわゆる、関東炊きと言われるおでんになるんだよね。ちなみに、おでんは練り物が多いとスープの味が良くなるのだが、大根やコンニャク、ゆで卵なんかは出汁を吸ってしまうので味が悪くなるんだな。なので、味付け卵的にしておくとか、大根は別に煮ておかないと、水っぽいおでんのスープになるよね。

 

「雪ノ下さんはおでん嫌ですか」

「うん、大好き。比企谷君におでんの具を取ってもらって『どうぞ』って言われるのが好きかな」

 

 そうですか。なんとなく、おでん屋さん風に取ってあげるんだよ。ほら、おでんは温めるだけだからさ、なんか手抜きっぽいから少しサービスだよ。お酒はぬるめの燗がいいでしょ。おいしい季節になりました。食欲の秋ね。

 

 

 

 

 おでんは典型的な日本の家庭料理のひとつらしいね。汁がなければ煮物料理の一種で、あれば鍋料理にも分類される。主な具材が大根・たまご・ちくわ・こんにゃく・はんぺん・厚揚げ・さつま揚げ・餅入り巾着・ごぼう巻・じゃがいもなどが入る。

 

 出汁の違いが、地域性の違いに反映されやすいんだな。関東風おでんはかつお節のだしを効かせ、濃口しょうゆで味つけするのがの特徴。これが関西では昆布だし、中国四国は焼きあごの出汁になる。あれだな、うどんとそばのつゆの違いに近いかもしれないな。

 

 当然、地域により食文化の違いから具材もかなり変わる。北海道や日本海側では貝類を入れることもあるし、関東では「ちくわぶ」が特徴的だな。「ちくわぶ」は小麦粉に水と塩を加えてこねた、外側に歯車のようなギザギザを付けた、ちくわのように穴が空いた形状のもの。餅っぽい感じがする。ふやけると大変なことになるな。

 

 なんでも、雪ノ下家ではおでんを家族で囲むなんてことがTVの中での出来事であったようで、たまに、日本料理の店で出されることがある程度のもので、俺と住むまで家で作ったことはなかったようだ。

 確かに、雪ノ下はおでんを料理と認めるような女じゃないな。買ってきた具材を煮るだけだもんな。元祖、中食というか、総菜だよね。

 

 

 

 「おでん」は豆腐料理「田楽」の異称で、14世紀にはこの文字が見られる。江戸では味噌田楽が庶民に親しまれ、直方体の豆腐を串に刺したものを焼いてから味噌を付けて食べるものが江戸名物だったそうだ。元祖ファストフードだね。日本人の食文化って江戸時代辺りで確立されているのかもね。

 

 江戸期が進むにつれ関東のしょうゆ文化が成熟し、削り節に醤油や砂糖、みりんを入れた甘い汁で煮込んだ「おでん」が作られるようになった。外食産業が盛んであった江戸では、「おでん かんざけ」と書いたのれんを掲げたおでんの振売や屋台が流行した。今も昔も変わらないね。そして、浅草は、おでんの聖地とも言われるんだよ。

 

「ふふ、こうやって差し向かいでおでんをつつきあったり、日本酒飲んだりしていると、なんか夫婦って感じするね比企谷君」

 

 ゲフンゲフン、何言っちゃってるの。まあ、手ぬぐいマフラーにして銭湯通ったりすると、そういう感じするかもね。いいや、気持ちを強く持て比企谷八幡。この一瞬を切り取ると、ほのぼのファミリーみたいな感じするだろ。でも実際は、夜中までゲームしたりグダグダして、顔にはポテチカスつけて寝落ちしている残念美人なんだよ。

 

 総武高校は、教師からして残念美人だから、当然卒業生も残念美人を多数輩出しているのだよ。この人とか。一色や小町がそうならないことを八幡は祈る。家庭的なことでは右に出る者のいない川崎は元気かな。たまに講義で見かけるけど、相変わらず声掛けにくいしなあいつ。

 ほら、俺は教育学部だけどさ教師になれそうにもないから、あいつの役にもたてないし、俺が雪ノ下の家に年季奉公に出た話は聞いているだろうから、話しかけにくいんだよね。気を使わせそうでさ。

 

「あなたと夫婦をするには、相当貫目が足らないのでご容赦ください」

「そうでもないよ、天秤の真ん中を少し調整すれば釣り合うでしょ。何から何まで私と釣り合う必要なんてないんだし、君は十分釣り合う男だよ」

「どの辺がですか」

「……おでん種(だね)だって、私が好きなものは最後まで余分に残しておいてくれてるじゃない。そういう、さりげない気遣いが……おでんと君の好きなところかな」

 

 そうだな、この人はそういうところ見ていないようで見ているんだよ。だから、分かっていてもそこを外せないんだよね。やらなければ、問題になるし、やれば……こうなるんだよ。おれも、干幡になればいいかな。いいわけないよね。

 

 

 

 おでんは残った場合、スープを捨てて、煮物として残しておけるのがいいよね。まあ、弁当のおかずにはならんけど、汁でべちゃべちゃになるからね。

 

「じゃあ、おでんと言えばコンビニでしょ……ザ・コンビニでもやろうか比企谷君」

 

 いやいや、家に帰ってゲームの中まで仕事するのは勘弁してください,

商品の補充とかしたくありません。

 

 

 

 



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EP043 陽乃の見合

 この時期になると、コンビニでおでんをつい買ってしまう。あまり衛生的でない気もするし、店での仕込みの差が大きい商材なので管理のいい店で買わないと損した気分になる。

 

 ポイントは……夕方早めの時間に買うことかな。午後のパートさんが作ったものなら、新しく仕込んだ具で2時間くらいのところで選ぶのがいい。夕方の学生バイトは自分で料理もしない子たちだし、適当だからどんどん味がまずくなる。補充もいい加減だし。

 

 なんでおでんが食べたくなるかって言うと、その昔、比企谷君と一緒に生活している時に、彼がよく作ってくれたんだよ。それまでは、そんなに好きでも食べたこともなかったんだけどさ、「雪ノ下さんどうぞ」ってよそってくれるのがうれしくて、よくリクエストしたもんだよ。

 

 そんな比企谷君ともずいぶん久しく合っていない。彼とはずいぶん前に別々に生活するようになったしね。今思えば、あの頃が人生で一番楽しかった気がする。やっぱり、気兼ねなく我がまま言える人といられるのは幸せな事だったといまさらながら気が付いたよ。

 

 

 

 

「……ってこの文章はなんですか」

「仮想 陽乃未来日記……かな?」

 

 最近おでんのリクエストが多いので何となく気にはなっていたのだが、雪ノ下さん的にはジャンクフード的ライフスタイルの一環のようである。

 

 元々が田楽焼きの煮物バージョン、江戸時代のファストフードが普及して家庭料理となったわけで、具材が練り物関係が多いのも豆腐料理の延長線上にあるからなんだろうね。がんもや厚揚げ、コンニャク、白滝あたりは豆腐屋メニューだしね。

 

「何で、急に未来日記なんて書きだしたんですか」

「……見合いだからでしょ」

「見合いですよね」

 

 雪ノ下から遠回しに「姉さんが見合いをするわ」と聞かされていたので、大きく動揺することはなかったのだが、それでも平静とは程遠い。まあ、見合いして婚約ということになれば、この生活ともおさらばなのだろう。でも、比企谷さんちはどうなるんだろうね。

 

「見合いして婚約するとなったら、この生活まずいでしょ。というか、今の時点で調べられたらまずいのではないでしょうか」

 

 雪ノ下さんの見合い相手なのだから、その辺の一般人ではなく、そこそこの資産家だとか土地持ちとかなんだろうな。そう考えると、未婚の若い女性が、部下とはいえ年下の男性と二人で生活しているなんて言うのは問題にならないのだろうか。

 

「あはは、君が気にする必要はないんだよ。断れない相手っていうのもいるからね。君と一緒にいる理由も、本来は見合い除けみたいなもんなんだよ。

 私は、家を継ぐこと考えて理系の大学に進学しているけどさ、普通はJD4年生なんてのは一番の売り時なわけ。大学院に行くか就職するかは別にして、そのあたりでいいところは売れちゃうのね。だから、その基準で考えると、お見合い自体がドカドカ来るんだよ。一応、世間では美女枠だからさ」

 

 おう、昼間キャンパスで声掛けられると「絵を買いませんか」って言われるんじゃないかと思って一瞬ドキッとするわ。

 

「私はそんな、実もない見合いをしているほど暇ではないからね。それに、向こうから頼まれるってことは『嫁に来い』ってことだから、雪ノ下家的にはNo thank youなんだよ」

 

 そりゃそうだ。跡取り娘を嫁に出すはずないからな。つまり、俺は家政夫兼秘書兼見合い除けの同居人というわけか。なるほど納得だわ。

 

 

 

 

 そんな感じで、日曜日にとある家近のホテルに雪ノ下さんと出撃しなければならない。正確には、一度雪ノ下さんの実家に送り届ける。そして、俺は見合い先のホテルへ先乗りする。見合いの段取りを確認し、メールで雪ノ下さんに連絡する。そして、帰りは実家に迎えに行くまでが今日の仕事。同居のハウスキーパー兼執事としての仕事だな。

 

「比企谷君、君もうちの関係者なんだから、ダークスーツでお願いね」

「はい。承知しました」

 

 雪ノ下さんは今日は当然、振袖着用なのだ。誕生日が過ぎて22歳となったわけだが、まだまだ振袖が似合う可愛らしい雰囲気がないこともない。まあ、ナイトブラ(キャミ替わりだ)とパンイチで寝落ちしている、ポテチカス女と同一人物とは思えない華麗さになる。まあ、この人は陽性の美人だ。中身は腐りかけだがな。

 

『比企谷君、今日は見合いの顔合わせにも立ち会わせるね。君のカヴァーは義弟とか、親戚の子で家族枠だよ』

 

 なるほど、向こうは家族で来るんだな。故に、人数合わせで俺が座るわけだ。下の兄弟が同席するんだろうな。雪ノ下が来た場合、どっちが見合い相手なのか分からなくらくなるし、雪ノ下さんが断った場合、雪ノ下に話が行くのも問題だろ。断り切れない相手だから見合いするわけで、当然そうなる。故に俺が座るのが雪ノ下家的には正しいんだろうな。

 

 

 

 

 とある海浜エリアのシティホテル。ロビーで待機している俺が携帯に連絡をもらい、車寄せまで出迎える。

 

「比企谷君、せっかくの休みの日に済まないね」

「いいえ、雪ノ下家に恥じないように今日は心がけさせていただきます」

「ふふ、八幡さんも家族同然ですもの。何も問題ないでしょ」

 

 雪ノ下夫妻からのワン・ツーパンチ炸裂。くらっときます。

 

「比企谷君、お疲れ様。どうかな私の振り袖姿は」

「そうですね、控えめにいってお持ち帰りしたいくらいの美しさです……着物が」

「可愛くないぞ、義弟君。お持ち帰りされるなら、中身の方でお願いします」

 

 見合い前に何言ってるんだこの人。そういえば、来年は成人式だな。雪ノ下と由比ヶ浜も振袖くらい着るだろ。相当可愛いんだろうな。俺は雪ノ下のエスコート役として動員されるはず。故に、今日はその予行演習として参加するのが吉だろうな。

 

―――このあとどうなったかは……もうちょっとしたら話すな。

 

 

 



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EP044 八幡の見合

 さて、俺は雪ノ下夫妻、雪ノ下さんの後に続いてホテルに入ったわけだ。そうすると、いつも以上に注目が集まる。そりゃ、雪ノ下夫妻の後に、この人が振袖着て入ってくればみな目が行くよな。控えめに言って美人だからな。

 

 雪ノ下さんの場合、雪ノ下と比較してもみられることを意識した振る舞いができる分、あいつより映えるんだな。写真で取れば雪ノ下と雪ノ下さんはある一部分以外ではそれほどそん色がない。ところが、そこに動きが加わると、華やかさが違う。やはり、雪ノ下は根暗ボッチ系美人なのだ。

 

――― あいつの姉と比較されるコンプレックスは、一緒にいるとよくわかる。

 

 見合いの場に同席したくない理由、おそらく本人サイドはそれもあるだろう。雪ノ下さんが断った場合、「妹さんでもいい」と言われるのは明らかだしな。雪ノ下は妥協の産物かよ、と思うとあいつには少々同情する。

 

 

 

 

 恐らく、ラウンジ風というかそういう場所なんだろうなという個室スペースに通される。既に、先方は着席されているようで、こちらの姿を見て立ち上がるそぶりを見せられたので、ご夫妻がそのままでという感じの案内をする。

 

――― 川崎、ここでバイトしてるのか。

 

 そういえば、ここはエンジェルラダーのある系列のホテルだな。週末はホールが忙しいのか川﨑も動員されているのだろう。目線で軽く挨拶をする。川崎は同じ学部学科だが、少々疎遠だな。すまんね、雪ノ下・ファーストだから仕方ないんだよ。

 先方は、いかにもって感じの禿げたおじさんといい服着たおばさんと……若いおじさんと雪ノ下さんと同じように振袖を着た同世代の女性がいた。何処かで見たことが……同じ学部の子だな。ということは、お兄さんか。年の離れた兄妹なのかね。

 

 初めてのお見合いなので、俺はお茶をいただきながら観察することしきりだ。自己紹介は親がするのか。まあ、料亭で仲居さんが料理の案内するみたいなもんだな。料理は喋れないから仕方ないだろうけど、目の前に本人置いてお品書きされるのはちょっと嫌だな。

 

 そして、俺は「親戚で預かっている息子さん」という触れ込みである。預かっているというか、俺は小町を人質に取られている気がするんだが。まさか、人質と犯人がグルってことはねえだろうな小町。嫌なこと思いついちまったぜ。

 

 

 

 

 それではこの後は若いお二人で……という定番の展開で俺は雪ノ下夫妻といるわけにも……いかないよね。などと思っていると、先方のご夫妻から「申し訳ないが、娘の相手をしてもらえないか」と言われ、ホテルのラウンジの無料券をいただく。ああ、これで好きなものを頼めってことね。流石お金持ち、心配りが違うな。

 

「では、参りましょうか」

「……は、はい、よろしくお願いします」

 

 名も知らぬ彼女は、ぺこりと頭を下げると、俺にエスコートされて見合いルームを連れ立って出ることにした。

 

 ホテルのラウンジは少し午後には早い時間で、休日ということもあり、さほど人は多くない。流石に晴れ着の女性をエスコートしているので、 店内でも目立つ席に案内される。そういうことも配慮して案内しているんだろうな。席が悪いときは、自らを省みるようにしよう。

 

「ひ、比企谷さんですよね。私、同じ学部なんです。ご存知でしたか」

「はい、お顔は存じております」

 

 うへぇ、ビジネス口調になっちまうぜ。仕事で来ているからな。でも、名前は今日初めて知った。君もでしょ。

 

「比企谷さん、有名ですよ私たちの間では」

「そうでしょう。まあ、雪ノ下陽乃の付き人ですからね」

「……付き合っている人……で付き人ですか。面白い表現ですね」

 

 え、そのままだよ。ほら、芸人さんとか俳優さんとか関取にいるじゃん。そういう仕事だよ。

 

「俺は家の事情で雪ノ下家の世話になっているので、そういう感じなんです」

「そ、そうなんですね」

「あの人とは高校時代の先輩後輩でもあるんです。まあ、直接学年は重なっていないんですけど、妹さんと同級生で……」

「雪ノ下雪乃さんでしょうか」

「ご存知ですか」

 

 流石雪ノ下、葉山隼人と並んでちょっとした芸能人並みの知名度だぜ。まあ、この界隈だけだろうけど。

 

「私、総武の文化祭何度か見にいったことがあって、その時雪ノ下さん見かけたことがあったんです。文化祭実行委員で、偉い人でしたよね」

 

――― あの文実の時の文化祭見に来てくれてたんだ。ということは……

 

「校内を巡回している時に偶然お見掛けして、すごい美人なんで思わず見とれちゃいました。カメラ持った男の人と楽しそうに話ししながら歩いているのをみて、ちょっと羨ましかったです」

 

 そうでしょうか。俺にとってはいつもの災難なんだけどさ。でも、あの時はまだ相模逃亡事件の発生前で、本来の記録雑務の仕事して……ちょっと雪ノ下と二人の時間に心ときめいちゃったよ八幡。どこの一色いろはだよ。

 

「その時のカメラマン、俺ですね」

「……え。……そうなんですか、今と雰囲気全然違います」

「高校生の頃はあんな感じだったんです。陰キャって言うんですかね。いわゆる、女子ウケしないタイプだったと自負してます」

 

 そして、比企谷家の危機から雪ノ下陽乃の付き人に転職し……強制的に現在の姿に変更させられたんだな。まあ、仕方がない仕事だからな。

 

「先ほどお話ししたように、家庭事情で進学を断念するかもしれなかったんです。でも、雪ノ下家のおかげで今の生活があります。大学進学を期に雪ノ下さん……陽乃さんにいろいろ指導していただいて、ビジネスパートナーとして恥ずかしくないよう教育していただいて今に至るって感じです」

 

「そ、そうなんですね。入学式でお見かけした時から、す、素敵な方だなって思っていたんです。それで、雪ノ下陽乃さんのお身内の方と聞いて納得していたんですけど、そんなことがあったんですね」

 

 おう、同情してもいいんだよ。この子も晴れ着を着てそれなりに可愛いんだ。海老名さんくらいかな。でも、まあ、あの姉妹と一緒にいると、この人と話すのはさほど緊張しない。慣れって怖いよね。

 

 

 

 

 見合いの後、家に帰り着替えて雪ノ下さんを実家に迎えに行く。どうやらご機嫌斜めなようで、すぐにでも帰宅したいようだ。

 

「……何でそんなに怒ってるんですか」

「聞いていないのかな君は」

「何をですか」

 

 どうやら、今日の見合いの相手の本命は……俺と妹さんの方であったらしい。彼女が俺とお近づきになるために兄貴の見合いにかこつけてセッティングを依頼したのだそうだ。

 

「見合いはいつものことだから、適当に流してたんだけどさ、ほら、私相手に全然熱がないからおかしいなと思ってカマかけてみたんだよ。そしたら、何とびっくり、本命は君だっていうからさ。その場では平静を装っていたけど、まさか君がそんなに人気があるとは思わなかったよ」

 

――― 『ネタ』にしてはよくできていますよ雪ノ下さん。

 

 その後、「やっぱ院に残ろうかな」とかなどとブツブツ言っている。あなた、いまでも研究室と会社のB2にいるんだから意味ないでしょとか思うけど、どうなんだろうね。

 

 

 

 



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EP084 サンタの毛糸のパンツ

 めっきり寒さが厳しくなる今日この頃、俺は雪ノ下さんの体調を心配しているのだ。

 

 あの人は相変わらずパンいちで寝落ちしていることがあり、そのパンツはTバック。胸はナイトブラで保温効果をキープしているのだが、下半身の冷えに対し何らかの対策が必要だ。

 

 そこで俺は、サンタクロースが毛糸のパンツをプレゼントするクリスマス大作戦を決行することにした。なので、毛糸のパンツ探しに余念がないのだ。

 

「……あなた、自分で何を呟いているのか理解できているのかしら」

「お兄ちゃん、小町恥ずかしいんだけど」

「真剣に悩んでるのに……なんだよ‼」

 

 思い悩んだ挙句、妹軍団にサポートを依頼したんだよ。あくまでも、魚の獲り方を教えてもらうためだぞ。

 

 

 

 

 検索サイトなどで確認してみると、やはり、オサレな感じの腹巻兼用のアンダーウエアがある。

 

「やみつきカシミヤ100%とろける肌触りの腹巻パンツ 」

 

 なかなかインパクトのある名前だな。黒ならストッキングと重ねればそれほどめだたないだろうし、ルームウエアとしても行けそうだな。大体、あの人は胸も大きいので、下着も黒とかが多い。これはいいかもしれない。

 

「雪乃さん、小町これ学校に着ていこうかと思います」

「通学に時はよいのだけれど、暖房が利きすぎた場合は暑くなると困るのではないかしら」

「小町の席窓際で寒いので、このくらいでいいです」

 

 その辺、地下の仕事部屋も研究室も寒いので、いいかもな。なんなら、折本にも買ってやろう。サンタさんは心が広いのだ。

 

 

une nana cool(ウンナナクール)という、ワコールさんのブランドもなかなか可愛らしい。雪ノ下や小町はこっちの方がいのではないかな。

 

「雪乃さん、さすが天下のワコールですね」

「ええ、あなたの言うとおりね」

 

『努力や憧れは誰かのためにじゃなく、自分自身のため。「女の子、登場」を合言葉に世の中の女の子を応援する下着をつくっています』

 

――― 誰かの自己主張みたいなメッセージだなこのブランド‼ 一色

 

 どうやらこのブランドショップはイクスピリアに入っているらしい……嫌な予感がするんですけど。

 

「お兄ちゃん、現物確認してからの方がいいんじゃないかな」

「そうね、近くなのですもの、ぜひ一緒に見に行きましょう。今度の日曜日にでも。帰りは、わたしのマンションで食事をしましょう。4人でね」

 

 えーと、俺と雪ノ下姉妹と小町で下着を見に……見に行くわけだよな。でもさ、舞浜まで行ったらディスティニーも入りたくなるだろお前ら。

 

「雪ノ下、ペリエ千葉にも入っている。ここがいいな。仕事帰りに寄れるしな」

「……わたしと出かけるのが嫌なのかしら」

「お前と出かけるのは楽しみだが、4人で下着売り場をうろついた後、ディスティニーでバンブーファイト耐久レースに乗るのは嫌だな」

 

 そう、雪ノ下がディスティニーストアに吸い込まれるように入っていき、山ほど限定パンさんグッズを購入した後、「どうせなら入りましょう」と、懐から年パスを取り出して颯爽とゲートをくぐる姿までが目に浮かぶのだ。

 

「そ、そんなことしないわ」

「いや、俺だってあそこまで行ったらお前を止める自信がないし、付き合っちまうだろうな。それなりに思い出深い場所でもあるしな」

 

 あの時の約束も思い出して……いろいろ断りにくくなるだろ。だから、いまはあまりよろしくないんだよ。

 

『GUNZE インナー ON*PAN 』というのもあるのだが、こちらはヒートテックっぽいな。あまり見た目が可愛らしくないのだ。雪ノ下さんは20代なのでウンナナ対象外だな。でも、口に出すと怒られるので「大人っぽいものを」と言い換えておこう。

 

 

 

 

『やみつきカシミヤ100%とろける肌触りの腹巻パンツ 』はふわふわのニットがバスト下から腰周りまで隙間なくカバーしてくれる。脂肪がつかないように温めないとな。

 

 薄くてもしっかりあたたかいので着ぶくれもしにくくて頼もしい。スタイル優先‼

 

 バスト下からウエスト周りはぴったりとフィットするようになっています。少々引っ張ってもしっかり安定。独自開発のニットを使用することで普段使いでズレ落ちず、でも締め過ぎない絶妙なフィット感を実現していおるのだそうです。

 

『創業60年を超える老舗ニット屋の私たちは、今もなお 高品質な日本製ニットを作り続けています。日本一の生産量を誇る 新潟県五泉市という 使命感もあるかもしれません』

 

 90年に約50%だった日本製ニットは今では3%しなないらしい。希少性もあるし、なによりカシミアを扱うにふさわしい丁寧な扱いだよね。クリスマスのサンタさんにふさわしいな。

 

 色は8色もあるので、雪ノ下さんには黒と赤の2枚、折本にはナッパ服にも似合うライトグレーにしよう。スエットの生成りっぽいから合わせやすいだろう。カシミア100%で国産なのに5400円+税とはいいのではないでしょうか。

 

 

 

 



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EP045 干乃の妄想

「比企谷君さ、私が雪乃ちゃんのお姉ちゃんじゃなかったら、二人はどうなっていたと思う?」

 

――― 会わないまま知り合いにもならず、俺は大学進学を断念するか バイトしながら千葉大へ進学していたかもな……今と変わらなくないか。むしろ変わらないじゃん。

 

 とは言うものの、小町に同じことをさせるわけにもいかないし、万が一だよ小町がお金の為に、キャバクラとかでバイトして……人気が出たらどうすんだよ。俺もお客で行くかもしれん。などと考えると、考えたくないな。

 

「まあ、雪ノ下の姉でなければ接点がありませんから、そのままじゃないですか」

「だよね。じゃあ、私は雪乃ちゃんのお姉ちゃんでよかったってことかな」

 

 だよねって、折本の口癖うつってますわヨ。どうだろうな、雪ノ下の両親にとっては良かったんだと思うな。あのまま、奉仕部の部室で置物やってたら大学行かないか、大学入学ぐらいでバーンアウトしてそうだろあいつ。

 

 何だかんだ、俺と由比ヶ浜とあいつはそれなりに付き合いあるし、由比ヶ浜が奉仕部に入った理由の何割かは俺も関係しているだろ。罪滅ぼし的何かだとしても、雪ノ下だけであれば由比ヶ浜は相談して終わりだろうしな。

 

 そんで、雪ノ下さんは長女としてポンコツ妹の面倒も見ることになり、干乃姉が干乃姉妹になっている未来しか思い浮かばないな。その場合、二人いると干乃と言いにくいので、干乃陽乃と干乃雪乃、略して干陽と干雪となるだろう。読み方は「ひもはる」と「ひもゆき」だ。ひもゆきは可愛い響きだな。ユキって得だよな。

 

「俺は、いいえ俺たちは助かってますから、よかったと思います」

 

 正直、雪ノ下家で再就職させてもらえなければ、親父はまともな収入も得られていないし、母ちゃんの1馬力じゃ正直厳しいもんな。親父は小町にダダ甘だから、俺が切られるのはしかたないんだし、女の子がお金がないっていうのはいろいろ怖いからな。俺が体張ればってことになるし、それはそれでいいんだ。

 

――― いいんだけどさ、この生活もしんどいんだよ八幡。いろいろな。

 

 

 

 

 この前の見合い以来、いろいろ雪ノ下さんがメンドクさい。それまでのめんどくささとは少々異なるメンドクささなんだ。

 

 何といえばいいのか、今までは精々雪ノ下に「雪乃ちゃんにはもったいないかも」とか「雪乃ちゃんは一人で気ままに暮らせていいじゃない」とか言うくらいで、いつものことでハイハイって感じだったわけだ。

 

 ところが、前回の見合い騒動で少々スイッチが入ったのか、卒業して自分が大学生で無くなるのが不満らしい。俺は早く卒業したいです。

 

「えーだって、私だけ朝から会社に行くんだよ。あの地下室にずっと一人でいるの嫌だよ」

「多分、折本は実習増えるし、雪ノ下建設に入り浸るんじゃないですか。二人でいれば……『どう考えても気まずいでしょ』……ですよね……」

 

 折本自体は問題ないと言えば問題ないのだが、雪ノ下さんとはガチで合わねえんだよ。折本は言葉の裏を取らないから、雪ノ下さんの遠回しな物言いが利かないんだ。えーと、あっちの人じゃないよ折本。

 あいつは、昔からそうなんだよ。まあ、いい奴というかそういう言葉をとらない女って感じだ。まあ、察しなさいが通じないというのが一番しっくりくる。

 

 一色と連絡取り合っていたりして、まあ、何を考えているのかはよくわからないが、雪ノ下さんと同じ側に立つようには思えないからな。おかげで、俺は多少助かっている気がする。多少だ。

 

「かおりちゃん、性格はともかく仕事はそこそこできるから、その辺がね。ガ浜ちゃんくらいポンコツなら切れるんだけど、あの学校ともパイプは繋いでおきたいし、痛しかゆしなんだよね」

 

――― 意外と折本高評価。というか、雪ノ下さんがさらされているような社交の場に行っても、折本は何言われても自分のペースに持ち込んでしまう。たいして親しくない関係ならそれでOKなんだろう。

 

 つまり、折本は正真正銘の強化外骨格なんだろうな。外れかかっている雪ノ下さんはキープしておきたい人材なんだ。

 

 

 

 

「大学院はさ、今やっていることより都市の再開発的なことをやりそうなんだよね。だから、少々遠回りでも今の事業に寄せるのもありかと思うんだよね」

 

 千葉大学の大学院は融合理工学府というのが工学部のそれになる。その中で、雪ノ下さんが希望しているのは地球環境科学専攻の都市環境システムコースといいところらしい。

 

 千葉県内の昭和の後半からバブル期に建設された分譲・賃貸の住宅は住民の高齢化が進んでいる。もちろん、買い替え需要もゼロではないが基本同じ人たちが住んでいるんだ。

 

 子育て世代向けに分譲されたり造成された運動場というか公園というか中途半端な遊具があるようなところは、子供がいない住宅地にはあまり価値がある場所とも思えない。人も集まらないしね。

 

 そこを、再開発してビオトープを含む自然環境のある場所にする提案をするということを考えているようだ。例えば、護岸を固めて池を作れば管理はしやすいが自然とは程遠い。自然のもので形成すると、普通に生物が息づくビオトープになるが、管理が大変だろう。だから、高齢者のいる場所に作る。暇だからね。

 

 また、県や市の教育委員会をからめて自然観察の学習する場所に指定してもらい、ボランティア活動や子供と地域のお年寄りの交流の機会とすることで、世代間のかかわりを増やそうということも提案する。

 

 古い住宅地に子供がいなくても、バブルの時代企業の遊休地であったようなその近隣には意外と若い世帯が住んでいて子育てもしていることが多い。新住民と旧住民の交流も可能となるだろう。

 

「……なんて考えてさ。それに、耐震補強やリノベーションの業務も雪ノ下には大切な仕事だから、今いる人たちの仕事に私が絡むにはちょうどいい話だよね」

 

 護岸工事に入札するより、遥かに敷居が低い気がします。さすが雪ノ下陽乃だな。

 

 

 

 

 ということで、事業の方向性を修正するためにも大学院で研究者や研究に関係する企業関係者との接点を育てるためにも大学に残る選択肢はありだだということだな。

 

「でも、来年の入学はいつ試験なんですか」

「10月スタートなんだ。もちろん、早く決めれば4月もありだったんだけど、卒業して5月に出願して7月から8月で試験かな。その前にTOEFL受けて点とらないとだね。まあ、多分問題ないけどさ」

 

 流石雪ノ下姉、まあ、この人にそういう死角はないんだろうな。

 

「そ、し、て、 私の中ではバケーションみたいなものだね。卒業してから10月までは半分お休みだよ。親もその辺は認めてくれるみたいだし、比企谷君と二人旅も沢山しようね」

「……大学ありますけど」

「ふふ、週末 ふ た り で旅行するくらいできるでしょ。私も一応出社もしてそれなりに仕事はするよ。リノベだって勉強すること沢山あるし、今の会社の事業の中でどの程度手掛けているのかも把握する必要もある。だから、気分の問題だよ」

 

 そうですか。まあ、付き人としては旅行ぐらい一緒に行かなきゃだよな。なんかあったら困るし、失踪されたら一大事だしな。

 

 

 

 



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EP048 雪乃の「義兄」

 わたしは大学を卒業すると、国家公務員となった。総合職、つまりキャリア官僚と呼ばれる存在である。国土交通省に入省し、初めての転勤でとある関東近郊の県庁のとある部署の管理職をしている。一人暮らしは慣れたものではあるが、学生時代のそれとはまったく違う。

 

 地方であるので公務員住宅と役所の距離もそれほどでもないが、やはり車で通勤している。おかげで、公共交通機関の終電関係なしに仕事を強いられる。霞が関勤務の時は、さすがに入省したての女性を帰さないわけにもいかないということで、一応、家に帰ることはできたので、その頃と比べると仕事の量も責任もずいぶんと増えたものだ。

 

 

 

 

 わたしはいまだ独身で、30前には結婚したいななどと漠然と考えているものの今だ交際相手すらいない。姉は、長らく仕事を共にした彼と少し前に結婚した。

 

「雪ノ下お疲れ様。風呂沸いてるぞ。それと、食事は消化のよさそうなもの用意したから、少しでいいから食べろよ」

「いい加減、名前で呼んでもらえないかしら『義兄』さん」

「あ、ああそうだな。俺も今ではすっかり雪ノ下だもんな」

 

 この間抜けたことを言う男が、姉の夫であるところの、わたしの高校時代の部活仲間の八幡君だ。

 

 なぜ彼がわたしの部屋にいるかというと、転勤して1ヵ月ほどしたある週末、姉さんと義兄さんである夫妻が転勤先のこの部屋を訪れてくれたの。来る前になんとか片づけたのだけれど、比企谷……義兄さんにはすっかりお見通しだったようで、小言を言われたのよ。また、文実みたいに倒れるまで働く気かって。

 

 その頃、わたしはそれまで大して食べたくなかったスナック菓子やコーラが無性に欲しくなる心理状態だった。姉さんが大学生の時なったあの症状だ。一人暮らしで誰も止める者がいない生活の中で、アッという間にジャンクフードばかりの生活になっていったのよ。

 

「俺がしばらくここで面倒見るぞ」

 

 比企谷君……義兄さんからの申し出もあり、元々、離れて仕事する前提で情報機器も(在宅での仕事を視野に入れて)揃えていた関係で、わたしの部屋に比企谷君が住むことは問題なく進んだの。

 

 上には「体調がすぐれないので兄が視に来てくれている」と話を通して、一時的に同居する許可を了承してもらった。ふふ、あの頃姉さんが羨ましくて仕方のなかった比企……兄さんとの生活がこんな形で実現するとは……。

 

 雑炊と筑前煮を少しいただき、比企……義兄さんと話をしているうちにウトウトし始める。やれやれという態で、彼がお姫様抱っこで寝室に運んでくれる。そして、しばらく、一緒に寝てくれるのだ。わたしが寝付くまでの間、毎日の日課。今だけは、その幸せを感じていたいと思う。

 

 

 

 

「……ってこの文章はなんだ雪ノ下」

「勝手に他人の著作物を呼んだ上、一方的に文句を言うのはいかがなものかしら比企谷君」

 

 姉妹そろってめんどくせえ。まさか小町は未来日記付けてねえだろうな。

 

 ある日雪ノ下の家に食事をごちそうになりにうかがったときに見かけたこの文章。あまりにも雪ノ下さんの話す計画に似ているので……ESPとおもったり、雪ノ下家の陰謀かと思ったり思わなかったりするんだな。

 

 雪ノ下は大学生になってこの半年で一段と美人になった。一つはメイクがをするようになったことで、目鼻立ちがスッキリした。そして、スレンダーながらもそれなりに成長した胸をうまくアピールして……エルフっぽいって言うのかな。知的で上品なお嬢様に育ったわけだ。胸が大きいとどうしても、セクシーに見られがちだし、残念ながらバランスが悪いと太ってるように見えてしまうからな。

 

「T大生は学生時代にパートナー見つけないと結婚しにくいって言うけどどうなんだ?」

 

 女性の学歴が高いことは結婚相手を選ぶ際に、相手も同程度以上を求める、というか、男性が気後れするからな。T大生同士の方がうまくいくんだろ。合コンも女性がT大のグループだと……相手も考えちゃうよね。

 

「そうでもないわ。出身高校の同窓でも構わないのではないかしら。わたしの場合、父の後を継ぐつもりなのだし、地元出身の方が何かといいのよ」

 

 そうだな。定年まで国土交通省にいるつもりがないからな。30代半ばまでには退官して、政治家になる準備を始めるんだろう。でも、こいつ体力ないから大丈夫か? まあ、選挙も国政と比べれば短いし、選挙区も狭いしな。問題ないかな。だって、雪ノ下のポスター貼ってあったら……持って帰られそうだよな。

 

「雪ノ下、率直に聞くが、このお話の真意だ。これはお前の願望なのか」

「……いいえ、少し違うわ。……姉さんの配偶者で義兄であるより、もっと近しい存在であって欲しいのよ。あなた、わたしとの約束覚えているかしら」

 

――― ディスティニーのあれだよな。もちろん覚えている。

 

「いつか……『お前を助ける』……そう。わたし一人で父の後を継ぐのは不安なの。だから、あなたに……『手伝えばいいのか』……そう、そうね。そんなところね」

 

 うん、雪ノ下が察しなさいで良かったよ。これ、はっきり言われたらどうもならないよな。困るだろ。約束しちゃっているしな。

 

「なんだ、お前と俺がその、雪ノ下の関係者であることはいまでもそうだろ。雪ノ下も俺を助けてくれている、小町のこととか休みの日とかな。俺も、できる範囲で協力することはできる。

 だが、奉仕部の依頼みたいにイレギュラーな解決方法はとらないぞ。公職選挙法とか政治家として守らなければならないルールはきちんと守る。でも、心配ないさ。雪ノ下雪乃なら、自分を高めて行けるだろ、どこまでもだな」

 

 そう、高校時代の俺の憧れていた存在のままいてほしい。それに、雪ノ下さんも雪ノ下も完璧であり続けることはできない。そこをフォローするのも俺の仕事だろ。

 

 えーと、就職の斡旋もお願いします。ほら、議員推薦とかあるんでしょ多分。

 

 

 

 



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