うずまきメンマ物語 ( サキラ)
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1話

「それではうちはサスケ、うずまきメンマ。忍び組手はじめ!」

 

担任のうみのイルカの声がアカデミーの校庭に響く。

声と同時に対戦相手のうちはサスケが猛然と走ってきた。

 

「へ……?わっ!?やっ」

 

対するうずまきメンマは完全に出遅れていた。

気付いた時には掌底を構えたサスケが目の前に居てガードする間も無く……

 

「へぶぅっ!」

 

顎に衝撃が走った。

 

(空が青いってばね…)

 

なんて呑気な事を思ってしまったのも束の間、後頭部に先程とは比べ物にならないほどの衝撃が襲いメンマの意識は呆気なく闇の中へ消えていった。

 

 

「ほら、メンマ起きろ。和解の印だ」

「うーん……ん?」

 

イルカに叩き起こされメンマは目を覚ました。

周りを見ると呆れた様子のイルカにクスクス笑う他の男子生徒、サスケに対し黄色い歓声を上げてる女子生徒達、そしてさっさとしろ。と言いたげなサスケの視線。

途端にメンマは自分がとても惨めな気分になった。いまにも逃げ出したい思いで素早く土を払って立ち上がる。

 

「よし、それじゃ和解の印だ」

 

イルカに言われサスケに手を伸ばす。

しかしサスケと指が重なりそうになった瞬間、メンマは咄嗟に腕を止めた。

理由は単純だ。サスケは女子に人気がある。そんなサスケとは対照的に自分は嫌われ者だ。

その人気者に嫌われ者な自分が触れたりなんかしたら授業の一環とはいえ女子グループからの仕打ちが怖い。

考え直したメンマは伸ばした手を引っ込める。

 

「さっさとしろ、ウスラトンカチ」

「へ…?」

 

しかしその手はふいに伸ばしてきたサスケの手によって掴まれた。

メンマが唖然として固まっている中、サスケはさっさと和解の印を済ませなんでもない様に生徒の輪の中に戻っていく。

戻ったサスケを女子生徒達が囲んで口々に褒めていたがサスケはそれらの声を全て無視して男子生徒の中へ消えていった。

 

「はいはいお前ら静かにしろ。いよいよ来週は卒業試験だ。お前らが下忍になれるかがかかる大切な試験だ。各々しっかり準備して望むように。特に―――おい聞いてるのかメンマ!」

「は、はいぃ!?」

 

未だに呆けていたメンマはイルカに怒鳴られ素っ頓狂な声を上げてしまう。

その様子を見てまたクラスメイトからクスクスと嘲笑の声が上がりだした。

 

「全くお前という奴は……しっかりしないと今年もまた留年するぞ」

 

呆れたように言うイルカにメンマは正直勘弁して欲しかった。

留年の辛さは誰よりも分かってる。

今のだってそうだ。既に知られている事だがこうやって話題に上がる度に周りにバカにされる。

クラスメイト全員がいる前で留年した事を叱られるなんてまさに最悪としか思えない状況だった。

 

イルカの言葉に無言で頷いてメンマはクラスメイトの中に逃げるように戻っていく。

小バカにした視線を感じ、居心地の悪そうに女子生徒達の奥に隠れるように引っ込んでいくメンマの姿を一つの鋭い視線が睨んでいた。

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

結局、今日もメンマは誰とも話さずにアカデミーを終えた。

 

無駄に居残っていじめっ子達に絡まれる前に早々に帰路につく。

すれ違う人達は皆、メンマに気づくとコソコソと何かを話しながら足早に去って行った。

 

それは見慣れた光景だった。

自分は里のみんなにも煙たがられてる。肉屋も魚屋も八百屋もどんな店だって自分には何も売ってくれない。

大人達は自分を見ると遠巻きに嫌悪感を持った目で睨んでくるし、子どもも関わるなと言われてるからか誰も自分と友達になろうとはしない。

 

その理由もなんとなく察しはついてるしもう慣れてしまったはずなのだが夕暮れ時のこの時間帯だけは嫌でも寂しい気持ちになってしまう。

 

メンマは物心ついた時から両親と言える人間が存在しなかった。

だからこそすれ違う帰りがけの親子連れを見るたびに羨ましくて仕方なくなってしまう。

手を繋いで貰いたい、今日あった事を聞いて欲しい、大きな手で頭を撫でて欲しい。

視線の先で繰り広げられるそうした光景を目にする度にどうすることも出来ない寂しさに小さな胸が締め付けられる。

 

夕暮れの帰路をトボトボ歩いてると河川敷まで差し掛かった。

ふと川のほとりに目をやると見覚えのある背中が見えた気がして足を止める。

 

(もしかしてアレってサスケ君かな…?)

 

だが内心思ってもわざわざ話しかけにはいかない。

メンマにとってサスケはただのクラスメイトでしかないのだ。

だけど殆どのクラスメイトがメンマを馬鹿にして笑い者にしてる現状、サスケはそうした連中から一線退いていて誰とも関わろうとしない。

何を考えているかはわからないが自分に無関心でいてくれるだけでよっぽどメンマには有難いクラスメイトの部類だった。

 

(……それに今日手を繋いでくれたし)

 

頭の中で『アレは和解の印なだけだろう?』とお節介焼きの声がするが無視を決め込む。

確かにただの形式的なものだったとしてもそれでも今まで誰も自分に触れようとすらしなかったのだ。

それだけでメンマにとってうちはサスケは充分に特別なクラスメイトに思えていた。

 

『ハァ……でどうすんだ?話しかけてみるのかよ?』

 

頭の中でまたお節介焼きの声が響く。

メンマは少し悩んでから、

 

(……やめとく、向こうは私の事なんて眼中にないってばね)

 

ポツリと呟いてから再びメンマは歩き出す。

眼中にないのなら今のままで充分だ。わざわざ話しかけて嫌われたくない。

 

そしてそのままサスケの後ろを通過し去っていこうとした時に、

 

「待てよ」

 

ふいにサスケが声を発した。

突然の事に少し驚いて足を止めたメンマだったがすぐに自分の事じゃないだろうと思い再び帰路につこうとする。

サスケとの接点なんて一つもない。ただ一つ共通点があるとしたら彼もまた家族が居ないという事くらいだった。

メンマはそのことに多少のシンパシーを抱いているものの優秀なサスケと落ちこぼれな自分との差を考えると悔しい以上に情けなくなってくるので普段はその思いを胸の深くに潜めて感じないようにしている。

 

「待てって言ってんだろウスラトンカチ」

 

再び声が聴こえて今度は振り返る。

見るとサスケも立ち上がってメンマの方を見上げていた。

周りをキョロキョロと見回して見るも他に人影は居ない。

恐る恐る自分を指さすとサスケはしかめっ面でこっちに来いと顎で促してきた。

ウスラトンカチ?と首を傾げつつメンマがオドオドと近寄っていくとサスケは苛立ちを含んだ声様子で口を開いた。

 

「お前、昼間はどういうつもりだ?」

「へ?」

「昼間の組手だ。なんだアレは?やる気あんのか?」

 

サスケに言われて昼間の組手を思い出す。

そういえばあの時は九喇嘛にいきなり話しかけられて気を取られていた最中に組手が始まってしまい気がついた時には終わっていたんだ。

 

「え、えっと……あの時は少しぼーっとしといて」

「なんだそりゃ。お前がヌケてんのは構わねえが練習相手にすらならねえ奴の相手すんのは時間の無駄なんだよ」

「……ごめんなさい」

 

そんなの仕方ないじゃないか。

サスケに謝りつつメンマは内心で毒づく。

サスケの成績はアカデミートップなのだ。いくら相手が居なかったとはいえビリでダブってる自分に彼の相手が務まるはずがない。

ああいうのは先生が指名して少しでも実力が近いもの同士でやらせるべきなのだ。

 

「私が相手じゃうちは君には迷惑だもんね……先生には私が言っておくから気にしないでいいってばね」

「はぁ?誰もんなこと言ってねえだろ」

「えっ……?」

 

驚くメンマにサスケは顔をしかめる。ついうっかり口を滑らせてしまったようだった。

一方メンマの方はサスケの言葉が信じられないようだった。

 

「チッ……ようは気を抜かず真面目にやれつってんだ。ウスラトンカチでも運動神経だけはいいだろ」

「えっ……あ、うん」

 

サスケの言葉に空返事気味に答えるメンマ。

本当に分かってるのかと不安になる返事だったがサスケは構わず言葉を続けた。

 

「あとさっきのは借りを作りたくなかっただけだ。誰に対してもな」

「?さっきの?」

「お前が先生に言っておくとか言っていたやつだ」

 

それだけ言ってサスケはその場を去ろうとする。

 

「あのっ……!」

 

その背中を咄嗟にメンマは呼び止めてしまった。

サスケが足を止め迷惑そうな顔で浮かべて振り返る。

 

「あ……ありがとだってばね」

 

オドオドと礼を言うメンマにサスケは一瞬、驚いたように眉を上げたがすぐに怪訝な目をして口を開いた。

 

「…………なんのつもりだ?」

「……誰に対してもって」

「ハァ?」

「さっき、うちは君が言ってた『誰に対しても』って。私を他の皆とおんなじに見てくれてるのが嬉しくって」

「…………わけ分かんねえ」

 

俯いて顔が見えないがそう呟いてサスケは去っていく。

その背中を見えなくなるまでメンマは見つめていた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

翌日、サスケとメンマは再び対立の印を組んで向かい合っていた。

連日の忍び組手。卒業に向けアカデミー側も実践的な訓練を増やしてきているのだろう。

 

「それではうちはサスケ、うずまきメンマ。忍び組手はじめ!」

 

昨日と同じく先に仕掛けてきたのはサスケだった。

サスケの掌底をメンマは大きく後ろに跳んで躱す。

メンマは抜けてはいるが運動神経が悪いわけじゃない。

チャクラコントロールが下手くそで分身の術一つまともに出来ないが体力と身体能力でいえばアカデミーでもトップクラスなのだ。

距離をとったメンマにすかさずサスケは四つの手裏剣を取り出し追い打ちをかける。

微妙にタイミングをずらし退路を断つように投げられた手裏剣を躱せないと判断したメンマはクナイを取り出し自分を捉えている二つの手裏剣を弾いた。

四つの手裏剣がカランカランと音を立てて地面に落ちたのを確認したメンマは再びサスケに視線を移す。

視線の先のサスケは顔の前に虎の印を組み不敵に笑っていた。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

大きく息を吸い込んだサスケの口から大人でも丸焼きに出来るほどの大きな火球が発っせられる。

躱せる規模でも防げるような術でもない。

咄嗟にメンマは懐から数本のクナイを取り出し豪火球に向かい投擲する。

起爆札の巻かれたクナイは炎に飲み込まれた瞬間、爆発を起こし豪火球を掻き消した。

 

サスケの顔に驚きの色が浮かぶ。

その瞬間、爆煙の中からメンマがクナイを片手に飛び出してきた。

咄嗟にサスケもクナイを取り出し攻撃を受け止める。

 

ギリギリと鍔迫り合うクナイにサスケは顔を顰める。

メンマはトップスピードで奇襲を仕掛けてきた。反応の遅れたサスケは体格で勝ってはいてもどうしても勢いを殺しきれず押されがちになってしまう。

 

「チッ!」

 

このままじゃ押し切られると判断しサスケは逆に全身の力を抜く。

 

「わわっ!」

 

勢いあまって倒れ込んできたメンマの腹に足の裏を着け倒れ込みながら巴投げの様にそのまま後ろに蹴り飛ばした。

 

「ぐっ!」

 

無理な姿勢で蹴り飛ばしたサスケはろくな受け身も取れずそのまま地面に倒れ落ちた。

一方、蹴り飛ばされた方のメンマは空中で器用に三、四回転しながら難なく着地する。

そのまま顔を上げると視線の先ではサスケはまだ起き上がれずにいた。

メンマはチャンスとばかりに駆け出していく。

そして取り出したクナイがサスケの後頭部に触れようかとした瞬間、サスケが突然起き上がりあっという間に押し倒されいつの間に奪われたのか自分の持っていたクナイを目の前に突きつけられた。

 

「そこまで!勝者うちはサスケ!」

 

イルカの声が上がりクラスの女子たちの黄色い声が響いた。

馬乗りになっていたサスケが何ともなかったかのように涼しい顔で立ち上がる。

 

(やっぱりどれだけ頑張っても結果は変わんなかったってばね……)

 

一方敗れたメンマは自分ではかなり頑張っただけに酷く気落ちしていた。

こんなんでアカデミーを卒業出来る日が来るのだろうか?

もう自分はこのまま一生忍者になれないんじゃないか?

ずっと誰からも認めて貰えないんじゃないか?

そういった不安が胸中に溢れだしメンマの顔を曇らせる。

 

「おい」

 

ふいに頭の上からサスケの声が聞こえてきた。

そうだ、和解の印だ。

咄嗟に顔を上げるとサスケが掴まれとばかりにメンマに手を差し出している。

 

「……え?」

「意外にやるなお前」

 

恐る恐る手を掴むとぐいっとサスケはメンマを引っ張りあげた。

慣れない加速と追いつかない思考にのせいでメンマは勢いあまって前のめりにフラついてしまう。

そして目の前にはサスケの顔が。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!?!?」

 

ボフッ!!と音がしてメンマが倒れる。

続けざま起こった予想外の出来事に完全にメンマの思考回路はショートしてしまっていた。

 

 




他作品が詰まってるので息抜きです。



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2話

メンマが目を覚ましたのはアカデミーの医務室だった。

寝ぼけ眼のまま時計を見るととっくにアカデミーは終わっている時間になっている。

早々に医務室から立ち去り、荷物をまとめて帰路につく。

 

(あーあ、やっちゃったってばね)

 

卒業試験間近だっていうのに残りの授業を受けれなかった。

このままじゃまた留年してしまう。

一人焦燥感に駆られながら歩いてると頭の中で同居人が話しかけてきた。

 

『おいメンマ、過ぎた事でうだうだ言っても仕方ねえだろ』

(分かってるってばね……でも)

『授業つってもお前は何度も落ちてるから内容も分かってんだろ?』

(確かにそうだけど九喇嘛にはデリカシーってものがないってばね!)

 

プンスカと怒りながらメンマは歩を進めていく。

九喇嘛とはある時からメンマに話しかけてくるようになった頭の中の同居人だ。

九喇嘛と会話する時はだいたい頭の中で大きな檻越しに会話している。

その姿は九本の尾がある大きな狐だ。

メンマは九喇嘛から自分が里の人間に差別されてる理由や親がいない理由を聞かされている。

九喇嘛はメンマが産まれた時に木の葉の里を襲った九尾の妖狐だ。

その時に九喇嘛は里に甚大な被害を及ぼしメンマの両親は命と引き換えにメンマに自分を封印したと九喇嘛は語っていた。

それからというもの九喇嘛はメンマの親代わりになっている。

 

『んな事より今日は野草を取りに行くんじゃなかったか?うだうだしてると夜になるぞ?』

「あっ!」

 

九喇嘛に言われ思い出したメンマは思わず声を上げた。

そうだった。今日の放課後は森へ食料調達に行くつもりだったのだ。

 

(ありがと九喇嘛!だけどもっと早く言って欲しかったってばね!! )

 

九喇嘛に礼を言いメンマは道具一式を取りに家に向かい走り出したのだった。

 

 

▼▼▼▼▼

 

うちはサスケは今日も修行をしていた。

あの日の夜、全てを失った日からサスケは兄を殺す力を手に入れると誓って毎日欠かさず修行をしていた。

 

素早く印を組みチャクラを練り上げる。そしてそのまま息を大きく吸い込み、

 

「火遁・鳳仙火の術!」

 

一気に口から吐き出した。

しかし放たれたのはいくつかの小さな火炎で数秒で小さく萎むように消えていく。

火遁の術だけに火を見るより明らかな失敗だった。

 

「チッ……」

 

小さく舌打ちして再びサスケは巻物に目を落とす。

理屈では理解出来ているのだが実際にやってみると結果は全然だった。

 

サスケは兄に対してコンプレックスがある。

幼い頃からなんでも出来た兄。うちは一族始まって以来の天才、神童と呼ばれていた兄は幼い頃は憧れの対象だったのだ。

その兄が女、子ども関係なく一族の全員を、父や母すらも手にかけうちは一族を一夜にして滅ぼすまでは。

 

そして一族の中で唯一、兄は自分を残し里を抜けていった。

残された自分には一族の仇討ちと復興を遂げる義務がある。

 

だからこそ一つの失敗が大きく心を焦らせる。

恐らく兄はこの術も難なく習得してみせたのだろう。

そう思えば思うほどサスケの心に焦りと苛立ちが募っていく。

 

そもそもこの術を覚えようとしたのも一つの失敗からだった。

昨日サスケはアカデミーの組手でペアになった落ちこぼれに文句を言った。

普段のサスケならいちいち他人の弱さに口を出す事はしない。

しかし彼女……うずまきメンマは別だった。

彼女の境遇は自分に近いものがある。

里の皆に白い目で見られ家族もいない彼女はサスケにとって唯一完全に他人とは言い難い存在だった。

しかし当のうずまきメンマは弱さを容認している。

落ちこぼれだと馬鹿にされてるというのに何もせずその侮蔑に甘んじている。

 

その事にサスケは何故だが無性に腹が立ったのだ。

自分と似た境遇の人間が弱さを容認している。

弱くてもいいと言ってるように感じてしまうのだ。

 

だからこそサスケはうずまきメンマを否定したかった。

孤独を知る者は強くなければならないとサスケは思っている。

だからこそサスケはメンマを急き立てた。

彼女が強くなれば里の人間に疎外されるのを見ても自分が苛立つ事は無くなるだろうとサスケは考えたのだ。

 

サスケの脳裏に昼間の組手がよぎる。

自分の得意忍術を破り奇襲を掛けてきたメンマの姿を思い出し思わずサスケは歯噛みした。

確かに彼女が強くなればいいと考えていたサスケだったがあの結果は完全に予想外だった。

それに強くなればいいとは言っても負けていいとは思ってない。

組手にこそ勝ったものの豪火球が破られた時点でそれは敗北と同じだった。

 

もう一度巻物に目を通す。

巻物にはうちは一族に伝わってきた忍術や手裏剣術が記されている。

チャクラの練り方や息の出し方を読み返しているとふいに近くの茂みがガサゴソと揺れ始めた。

 

「誰だ!」

 

懐からクナイを取出し茂みに投げる。

そこからは出てきたのは野ウサギだった。

興味を失せたかのようにサスケが再び巻物に目を落とすと……

 

「見つけたってばねー!!」

 

いきなりサスケの頭上から声がして野ウサギの前方に手裏剣が刺さった。

そしてそのまま怯んだウサギに覆いかぶさるように人影が降りてくる。

 

「このっ暴れんなってばっ!んのっフンッ!……やったってばねー!!これで今夜はウサギ鍋だー!」

 

ウサギと一頻り格闘し、だらんとしたウサギを片手に身体を大の字にして勝利と夕飯の宣言をした人物こそ先程までサスケの脳裏に浮かんでいたうずまきメンマだった。

 

 

▼▼▼▼▼

 

「おい、こんな所でなにやってんだウスラトンカチ!」

「うぇぇぇ!?う、うちはくん!?なんで!?」

 

しばらく呆気にとられていたサスケだったがハッと我に返りメンマに詰め寄る。

一方メンマもサスケの存在に気づいてなかったようでサスケの顔を見るや明らかに動揺し出した。

 

「聞いてんのは俺の方だ!ここは俺の……うちは一族の森だぞ!部外者が入ってきてんじゃねぇ!」

 

声を荒らげてサスケが怒鳴る。

サスケにとってここは特別な場所だった。古くから代々使われてきた一族所有の森。

今は亡き一族が遺したサスケにとって特別な場所に他人が無神経に立ち入る事すら気に入らないのに、よりにもよってあのうずまきメンマがここにいる。

 

「あっご、ごめんなさい!し、知らなくて!食材探してたらいつの間にか……」

 

怯えながら語るメンマの言葉にサスケは眉をひそめる。

確かに彼女の言う通りメンマの背には大きな籠が背負われておりその中には野草や木の実が入っていた。

 

「そんなもん商店街で買えるだろ。なんで態々森の中で採集する必要がある?」

「その……私、あそこに行くと、怒鳴られて売って貰えなかったり、無視されたり……するから」

 

俯いてポツリポツリと口に出す言葉にサスケは息を飲んだ。

この少女が里中に白い目で見られている事は知っていたがそこまで忌み嫌われてるとは知らなかった。

そしてまたそれでも尚、弱さを受け入れているメンマを見てサスケの胸に苛立ちが積もっていく。

 

「……とりあえずここは俺の修行場だ。お前がどこで飯探しするかは勝手だがこの付近には近寄るな」

「う、うん」

 

頷いたメンマはそのままトボトボとサスケから離れて森の奥へと消えていく。

その寂しげな背中をサスケは睨んでいるとチクリと胸に何かが引っかかった。

 

「チッ……」

 

舌打ちをしてサスケは再び巻物に目を落とす。

胸中に残る何かをかき消すように日の落ちるまでサスケは修行に没頭した。

 



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3話

 

翌日、アカデミーの靴箱でメンマは足を止めていた。

視線の先の靴箱の中にあるのは自分の上履きではなく紙パックやお菓子の空箱などのゴミが詰まっている。

 

「ハァ……」

 

短く溜息を吐くメンマ。

外履きのまま廊下へと上がり近くのゴミ箱を持って再び靴箱の前に戻る。

 

『ずいぶんと久しぶりにやられたな』

(まぁ生ゴミじゃないだけマシだってばね)

 

頭の中で九喇嘛と会話しつつ靴箱の中を片付けていると次第に周囲からの好機の眼と嘲笑が聞こえてきた。

 

『……犯人。教えてやろうか?』

(……いい。なんとなく分かる)

 

恐らくアカデミーのクラスメイトだろう。

思い当たる節としてはサスケファンの一部だ。

ここ数日、サスケとは組手のペアになっている。

それが彼女達からすれば気に入らなかったのだろう。

 

(そんなに好きなら自分から組みに行けばいいのに)

『まったくだな』

 

内心でぼやいてるメンマと九喇嘛。

産まれてこの方友達など居たことの無い少女と人間嫌いの九尾の狐。

共通の好きな人を取り合う女子グループの駆け引きなど分かるはずもない。

 

『上履きはどうすんだ?』

(どうせもう卒業だし探しても見つかんないだろうから今期はもう来客用スリッパでいい……)

『卒業できんのか?』

(うっさいってばね!)

 

ゲラゲラと可笑しそうに言う九喇嘛に文句を言いながら来客用スリッパに履き替えアカデミーの教室に向かう。

教室に入ると女子のグループがニヤニヤとした嫌な視線をメンマに向けてきた。

 

「あっれー?うずまきさん上靴どうしたのー?」

 

女子グループの中心的存在の山中いのがわざとらしく聞いてくる。

 

「……別に。ちょっと無くなっちゃっただけだってば」

「えー?なにそれーかわいそー!あっそれじゃ放課後私たちが手伝ってあげるよー!」

 

今度はいのと同じく中心的存在の春野サクラがニヤけた笑みを浮かべながら言ってきた。

募る苛立ちを抑えつつメンマが口を開く。

 

「気持ちだけ受け取っとくってばね。迷惑かけちゃ悪いし」

「は?なにそれ。私たちが迷惑だって言いたいの?」

「……とにかく放課後。忘れないでよね?」

 

いのの言葉にどう文脈を理解したらそういう解釈になるのかと言い返してやりたかったがサクラが一方的に話を切り上げ再びグループ内で談笑……もといメンマの悪口を言い始めた。

 

『行くのか?』

(行きたくないけどたぶん掴まる。出来るだけ今日はうちは君に関わらないようにしないと)

 

これ以上下手に女子グループを刺激しない方がいい。

気が重くなるだけの一日を思いメンマは机に突っ伏して寝た振りを始めた。

 

 

▼▼▼▼▼

 

結果的にメンマは午後の授業をバックレることにした。

女子グループは授業中だろうがお構い無しに消しゴムのカスや紙くずやらを投げてくるし、休み時間はあえて悪口を聞こえるように言ってくる。

一時はこういう事を毎日やられていて本人なりに耐性が着いたと思っていたが久しぶりにやられると全然そういう事はなく耐えきれなくなり午後の授業を無断で抜け出してきたのだ。

 

夕方の河川敷の小さな桟橋に独り座り、メンマは水面に映る自分の顔を見つめている。

メンマは自分の顔が嫌いだった。

悪目立ちしかしないボサボサの赤髪も、頬から左右対称に三本ずつ伸びる猫のようなヒゲも、外の里の人間のような青い瞳も、なにもかもが嫌いだった。

もしも自分が普通の人のような身なりで、普通の人みたいに家族がいて、普通の成績だったなら普通に友達が出来ていたのだろうか?

そんな思いを抱えながら水面に映る自分の顔を搔き消すように小石を落としていく。

 

「おい」

 

そうしていると頭上から声を掛けられた。

小石を落とす手を止めメンマが後ろを振り返り見上げてみると坂の上にはうちはサスケが立っていた。

 

「なんで今日午後からの授業に出なかった?」

「……うちは君には関係ないってばね」

 

メンマの返しにサスケは「あ?」と小さく声を上げる。

見るからに機嫌が悪そうなサスケだったがメンマは話は終わりとばかりにサスケに背を向けた。

サスケは小さく舌打ちをしてメンマの後ろまで移動する。

 

「組手のペアは俺だろうが。関係ないとは言わせねえぞ?」

「ちょっと体調が悪かった。それだけだってば」

 

誰とも話す気になれないメンマは素っ気なく答える。

だから敢えて九喇嘛とも話さずにいるのに自分が再び苛められる原因になっているサスケと話なんてできるはずもない。

見向きもしないメンマの背中をサスケは黙って見つめている。

 

サスケだってバカじゃない。

それにここ数日は妙に接点があったからか本人も無自覚のうちにメンマに注意が向いていたのだ。

だから今日アカデミーをサボった理由もサスケにはある程度察しがついてる。

それでも逃げ出したメンマをサスケは認めることが出来なかった。

 

「アカデミーの奴らに、里の連中に見返してやりたいとは思わなねーのか?」

「……別に。そんな事したって無駄だってばね」

「……今のままでいいってのか?」

「どうしようもないことをなんでそんなに頑張らなきゃなんないんだってばね……」

 

今までメンマに対して漠然と感じていたことを本人の口からハッキリと告げられサスケの表情が固まる。

胸の内から怒りが沸々と込み上げてくる。

目障りだ。

うずまきメンマの存在は孤独と闘って生きていかねばならないサスケにとって目障りだった。

 

「……お前、そういうとこウザいよ」

 

冷たく言い放ってサスケはその場を去ろうとする。

それはサスケの決意の表れだった。

今後、うずまきメンマを気にかける事は二度としない。

諦めて立ち止まってる彼女とは絶対に相容れないとハッキリ分かった。

夕陽に照らされ去っていくサスケ。

その影が落ちてく陽の明かりを遮りメンマの体をすっぽりと覆った。

 

「ならどうしろって言うんだってばね……」

 

震えた声でメンマはポツリと言葉を漏らした。

その一言にサスケの足が止まる。

立ち止まったサスケに振り返りメンマは言葉を続けた。

 

「話しかけても無視されてっ!忍術も上手く出来なくてっ!親切しても嫌がられてっ!どんなに頑張っても誰も認めてくれなくてっ……どうしろって言うんだってばね!?」

 

一度胸から溢れた想いは遮ることも出来ずに口から濁流のように止めどなく出てくるだけだった。

 

友達を作ろうと努力した事もあった。

流行り物を色々調べて、ボサボサなくせっ毛をなんとか綺麗に整えて小綺麗な服を苦労して見繕って思いつく限りの嫌われる要素を消して勇気を出して話しかけても無視された。

 

それならば優秀な生徒になって認めてもらおうとした。

毎日、予習復習をして遅くまで居残って忍術や手裏剣術の修行もしていたけど結果は出ずに周りから置いていかれるばかりで落ちこぼれだと馬鹿にされ続けた。

 

ならせめて困っている人を見過ごさない親切な人になって少しずつでも好かれようかと試みたこともあった。

だけどお年寄りの荷物を持とうとしても無視されたり泥棒扱いされ、

倒れた人を起こしてあげようとした所を逆に突き飛ばされ、

迷子を送り届けても親に「うちの子に近寄るな!」と怒鳴られ、

誰にも関わらずに出来ることを探した結果、里のゴミ拾いをしてみたけれど返ってきたのは侮蔑と嘲笑だけだった。

 

「うちは君なんかに私の何が分かるんだってばね!?何も知らない癖にっ!私の事なんにも知らないうちは君なんかに!なんでも出来て、みんなに認められて、女子から人気者で!私よりよっぽど恵まれてるうちは君にっ!落ちこぼれでっ…誰からも認めてもらえない…嫌われ者の……私の気持ちが分かるはずないってばね!!!」

 

立ち止まったままのサスケを追い越してメンマは走り去っていく。

溢れそうになる涙を必死に堪える。

絶対に泣かない。どんなに苦しくて辛くても涙だけは流さない。

メンマにとって泣くことは孤独に負ける事と同じだった。

だからどんなに心が傷もうが耐えて耐えて悲しみが薄らぐのをひたすらに待つ。

それだけが無力な少女に出来るたった一つの小さな闘いだった。

 

▼▼▼▼▼

 

メンマが走り去ってからもサスケはその場から動けずにいた。

脳裏に先程の少女の慟哭が焼き付いていて離れない。

『私の何が分かるんだ!』

そう訴えてきた彼女に何も言い返せなかった。

上辺だけで判断して詳しい事情も知らないまま感情に任せ責め立ててしまった。

 

サスケにも他人に触れられたくない過去はある。

例えば他人が何の配慮もなしにあの日の夜の事に踏み込んできたら自分だって激昴するだろう。

そういった事情を鑑みずに刺激するような事を聞いてしまったのは完全に自分の落ち度だ。

 

しかしそれでもサスケは素直に悪いと思うことが出来なかった。

 

事情を鑑みなかったのはメンマにしても同じ事だ。

確かにサスケはメンマの様に落ちこぼれなわけでも里中に忌み嫌われてるわけでもない。

だが恵まれているという点だけは納得がいかなかった。

 

実の兄に家族を一族を皆殺しにされたサスケが恵まれてるわけがない。

大好きだった母、憧れだった父、誇りだった一族。

当時のサスケにとって世界の全てと言っていいものを兄に奪われたのだ。

 

(繋がりがあるからこそ苦しいんだ。それを失う事がどんなもんかアイツなんかに……)

 

けれどそう思えば思う程にサスケの心に罪悪感が積もっていく。

分かってしまう自分がいた。恵まれてると言われた事への苛立ちが大きくなればなるほどにメンマに言ったことへの罪悪感も膨らんでいく。

 

サスケの視界にはもう既にメンマの姿はない。

落ちてく夕陽はどんどん小さくなり夜の空気が周囲を冷やしていく。

一度、深く深呼吸をしてサスケは歩き出した。

 

(見えなかった……いや、見ようとしなかったんだ)

 

彼女と自分の境遇を重ねていたからこそ彼女の苦しむ姿を見ないようにしたんだろう。

もしかしたら自分も……、と思ってしまい目を逸らしたかったのかもしれない。

だとしたら本当に弱いのは……。

 

サスケの拳がぐっと握られる。

罪悪感はいつの間にか未熟な自分に対する苛立ちに変わっていた。

帰路の道を進んでるさなかふと視界の端で一組の仲良さげな兄弟とすれ違う。

その瞬間、サスケは足を止めて振り返った。

 

(もしかしたらイタチにも……)

 

思い出すのは仲のいい兄弟だった頃の記憶。

自分もよくあの様に兄と家路に着いていたものだ。

もしもあの少女と同じように兄にも何か事情があったのであれば……

そこまで考えて兄弟から視線を外し足下に落とす。

馬鹿な考えだ。どんな事情があったにせよイタチは許されない事をしたのだ。

 

短く息を吐き再びサスケは歩を進め出す。

今はもう誰も待つ者のいない場所へ向けて。

 

 

 



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4話

 

メンマの卒業試験は散々だった。

試験内容は分身の術。メンマが一番苦手な術だ。

毎回この術で落ちてるだけに相当な練習を積んで望んだメンマだったが結果はぐでんと伸びてる自分の分身体が出来ただけ。

囮には使えるかも。なんて期待したメンマだったが担任のイルカの評価はそんな甘い訳がなく不合格と一言でバッサリ切り捨てられただけだった。

 

試験日のアカデミーは授業がなく午前中だけの半休になっている。

校庭にはこの日の為に生徒の親が集まってきておりメンマの目の前にはそこかしこで合格を喜ぶ親子の姿があった。

 

「よくやった!さすが俺の子だ!」

「おめでとう!今日はごちそうを作るからね!」

「ねぇ額当て似合ってる!?写真撮って!」

 

その光景を一人、校庭の端のブランコに座ってメンマは眺めている。

もしも親がいれば一緒に練習して試験に挑めたりしたのだろうか?

合格したら祝ってもらえたのだろうか

そんな思いが徐々に胸の中に積もっていく。

 

「ねぇあの子……」

「例の子よ。一人だけ落ちたみたいだわ」

「フン!いい気味ね」

「あんなのが忍になったら大変よ!火影様は一体何を考えて……」

 

ブランコの持ち手をぎゅっと握りしめるメンマ

けれど自分に向けられる言葉はどれも冷たいものだった。

里の人間は誰一人としてメンマが忍になる事を望んでいない。

それでも忍になろうとしてるのはそれがメンマにとって最後の希望だからだ。

忍者になって里に貢献すればきっと皆認めてくれると思っているからだ。

 

「メンマちゃん。ちょっといいかい?」

 

アカデミーから出てトボトボと一人で帰路についてるとふと後ろからメンマに声がかけられた。

 

「あっ……ミズキ先生」

 

そこに居たのはアカデミーの教師の一人ミズキだった。

そういえばミズキはイルカと一緒に卒業試験の試験官をしていた。

今日の試験でも彼はイルカに「合格にしてあげれば」と勧めてくれたのだ。

 

「試験、残念だったね」

「……あんな内容じゃ仕方ないってばね」

「はははは…確かにね。だけど誰にだって苦手分野と得意分野はある。君はあのうちは君と組手で互角にやりあったらしいじゃないか。実力は申し分ないと思うけどね」

 

ミズキのフォローは素直に嬉しかった。

だけどいくら自分に喜んでくれる親が居なくても、里の皆は自分が忍になる事を望んでなくても、それでもメンマは……。

 

「……でも卒業したかったってばね」

 

沈んだ顔のメンマの口からポツリと本音が漏れた。

その様子をミズキは黙って横目で見つめていたがやがて観念した様に口を開く。

 

「……仕方ない。君に秘密の卒業試験をしてあげよう」

 

その一言にメンマの目に光が宿る。

その様子をミズキは薄い笑みを浮かべて見つめていた。

 

▼▼▼▼▼

 

夕方メンマは火影邸の前に立っていた。

付近に行きかう人々の視線に居心地の悪さを感じながらも何度も躊躇ってようやく屋敷の呼び鈴を鳴らす。

 

「はーい。少々おまちください…………何の用かしら?」

 

出てきたのは割烹着を着た中年女性だった。

木ノ葉隠れの火影はかなりの高齢で妻はずいぶん前に亡くなっているのでおそらく使用人か何かだろう。

彼女はメンマを見るやいなや顔色を曇らせてあからさまに不機嫌な口調で尋ねてきた。

 

「あっ……あの、いきなり訪ねてきてすみません。火影様に頼みたい事があって、その……今いらっしゃいますか……?」

 

俯いて怯えながらも失礼な言葉にならないように要件を言うメンマ。

 

「はぁ?あんたねぇ……人様にモノを尋ねる時は目を見て話せって教わらなかったの!?」

「ひっ……」

 

片手で頬を抑えられ強引にメンマの顔が上げさせられる。

必死に目を泳がせるメンマだったが自分に向けられる憎悪のこもった視線が目に入りカタカタと歯が鳴り始めた。

怯えたメンマの姿を見た使用人は舌打ちして言葉を続ける。

 

「火影様はまだ仕事中!あんたなんかに構ってる暇なんてないのよ!」

 

突き飛ばすように手を離され尻餅をついたメンマの目の前で玄関の扉がピシャリと閉められた。

中から「この忙しい時間帯に!ほんと常識のない奴ね!」と苛立った声が聞こえ足音がどんどん遠くなっていく。

 

視線を落としたままメンマは立ち上がり服についた土埃を払う。

一度だけ閉められた玄関に目をやるも再び視線を落として踵を返して屋敷から立ち去った。

 

『……どうする気だ』

 

屋敷から去ってあてもなく歩いていると九喇嘛が見かねたように声をかけてきた。

 

(もう一回もっと遅い時間に行けば火影様もいると思うから)

『またあの使用人に会うかもしれねえぞ?』

 

九喇嘛の言葉を聞いたメンマの表情が曇る。

それは声にこそ出さなかったが冗談じゃないと言わんばかりの反応だった。

 

『そもそも儂はあのミズキとかいう男の事も信用しておらん』

 

ミズキは火影様の家には凄い術の書かれた巻物があってそこに書かれている術を明日の朝までに覚える事が出来れば滑り込みでも合格してあげられると言っていたのだ。

しかし火影の家にまで行って得たのはメンマの心の中にある『もう二度と会いたくない人リスト』の新規メンバーだけだった。

それでもこのチャンスを逃したくないメンマは九喇嘛の言葉に揚げ足を取る様に言い返す。

 

(……九喇嘛はそもそも誰も信じてないじゃなかったってばね?)

 

九尾の妖狐である九喇嘛はメンマにこそ気を許してるが基本的には人間を誰一人として信用していない。

 

『そりゃそうだがアイツは悪意を持ってお前に接してたぞ』

 

九喇嘛は人の悪意に敏感だ。

昔から人の悪意に晒されてきた九喇嘛は向けられた悪意だけで個人まで特定出来る。

そしてその影響で九喇嘛と仲良くなったメンマも向けられる悪意をなんとなくだが感じ取れるようになってはいるのだが……。

 

(そもそも里の人間で私に悪意を持ってない人間なんて居ないってばね……)

 

メンマの言葉に九喇嘛は押し黙る。

確かに彼女の言う通りだった。

九喇嘛の影響で多少は悪意を感じ取れるようになったもののそれは決していい事ではなく、自分が里中から疎まれているということが分かっただけだった。

 

『そういう事じゃなくてだな……あー!とにかく上手く説明出来んがアイツは信用ならねぇんだよ!』

 

もどかしそうに言う九喇嘛がちょっと可笑しくてメンマの口元が僅かに綻ぶ。

 

(ありがと九喇嘛……でもやっぱり卒業したいってばね)

 

メンマが今回どうしても卒業したいのには理由があった。

自分は火影の計らいで通常よりも早くアカデミーへ入学している。

そのせいで今まで歳上の生徒に囲まれてのアカデミー生活で出来なくても当たり前だと言い訳をしてきたメンマだったが今年は違う。

いよいよ同年代の生徒達が卒業していくのだ。

今までは年下だからと自分を慰めていたメンマだったが今年はもう言い訳できない。

来年度から一つ下の生徒に囲まれてアカデミーを過ごすと思うだけでメンマの心に焦りが積もっていく。

 

『……忠告はしたぞ』

 

そういったきり九喇嘛は話かけてこなかった。

メンマの横を任務帰りの小隊がすれ違う。

口々に任務の成果を讃え合う姿を見てメンマは小さな手を強く握りしめた。

 

▼▼▼▼▼

 

うちはサスケは里の大通りを一人で歩いていた。

とっくに日の落ちた大通りは昼間とはまた違う喧騒に包まれている。

そこかしこから聞こえてくる大人達の酔っ払った声。

その喧騒を避けるようにサスケは出来るだけ落ち着いた雰囲気の定食屋に入った。

 

サスケは試験終了から今まで丸一日修行をしていた。

卒業試験の結果が良くないというわけではない。

分身の術も7人に分身してみせた。

その時の試験官の反応を見るに首席卒業は間違いないだろう。

 

にも関わらずサスケは試験終了後家に帰る事もせず修行をしていたのには理由がある。

 

火遁・鳳仙火の術

 

先日から修行していて下忍昇格までには覚えるつもりだった術が未だに完成していないのである。

今は夕食をとりに里に戻っているが勿論この後も森で修行だ。

幸いな事に説明会は明後日なので今日は徹夜覚悟でサスケは修行するつもりだった。

 

定食屋の中では数人の忍がそれぞれ別の卓に着いて食事をしていた。

サスケは適当な定食を注文しカウンターに座る。

すると不意にピィーっという甲高い笛の音が外の大通りから響いてきた。

 

(緊急招集?なんだってんだ一体……)

 

今の笛は火影屋敷から緊急の呼出しの笛だ。

滅多に鳴るものではないがこの笛がなったら里にいる中忍以上の忍は全て緊急事態として火影屋敷に集まらねばならない。

 

笛の音が響く中、周囲から溜息が聞こえてくる。

 

「マジかよ……こんな時に」

「まだ飯来てないってのに勘弁してくれよ……」

「やっと長期任務が終わったってのに……」

 

店内にいた忍達はそれぞれ思い思いに不満を口にしながら席を立って外へ出ていく。

 

「大変だねぇ忍の皆さんは」

 

出ていく忍達を見送りながら店のおばさんがポツリと呟いた。

 

「はいこれ。さっき出てった人達が同じ注文してたから」

 

そう言ってサスケの前に頼んでいた定食が運ばれる。

火影の出した緊急招集の事を気にしつつサスケは定食を口に運んだ。

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

ほどなくして食事を終えたサスケが定食屋から出ると大通りには先程までとは打って変わった騒がしさが満ちていた。

多くの忍びが忙しなく動き回り情報を交換している。

 

「居たか!?」

「この通り周辺には居ない!奴の家は!?」

「帰って来てる痕跡はなかった!ちくしょう!どこ行きやがった!!」

 

(誰かを探してやがんのか?)

 

忍達の会話は切羽詰まったものだった。

どうやらある人物を探し回っているらしい。

気になったサスケは物陰に隠れて忍達の会話に聞き耳を立てる。

 

「巻物が盗まれて四時間は経つ。既に里を出た可能性も高いから日向の者は里外に向かわせているが……」

「四時間!?いつ妖狐の力が出るか分かんねぇじゃねーか!」

「それに他里に人柱力が渡ってみろ!?下手したら戦争になるぞ!」

 

(ようこ?じんちゅうりき?何を言ってやがるこいつら)

 

それは聞き覚えのない単語だった。

しかし忍達の焦りと恐れを含んだ会話が事態の緊急性を物語っている。

 

(待てよ……妖狐?)

 

サスケの中である事件が引っかかる。

 

九尾襲来

 

それは里の者なら誰でも知っている事件だった。

自分が生まれて間もない頃に起きた木の葉屈指の大事件。

どこからともなく九尾の妖狐が現れ里に甚大な被害を及ぼし当時の四代目火影が命を賭して里を守ったと言われている事件だ。

 

(探してる奴はあの事件の関係者なのか?)

 

しかしあの事件は天災と言われているはずだ。

関係者がいるという話は聞いたことがない。

 

「くそっ!やっぱり殺しておけば良かったんだ!!」

「ああ!殺るなら妖狐の力が出る前だぞ!!」

「どのみちろくな奴じゃねーんだ!見つけ次第殺るぞ!!!」

 

次第に会話はヒートアップしていき誰かが言った言葉に周囲の忍達は一斉に大声で同意の声を上げた。

そのただならぬ雰囲気に気付かぬうちにサスケは息を飲む。

 

(九尾事件に関する重罪人でも脱走したってのか?)

 

そんな人物が居たなんて話は知らないが大人達の様子はそうとしか考えられない。

その時、一人の忍がやって来て会話の中に加わった。

 

「うずまきメンマの最後の消息が掴めました!夕刻頃裏通りを歩く姿が目撃されたそうです!」

 

その名前が耳に入った途端、サスケは咄嗟に走り出していた。

 



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5話

『……おい。メンマ少しおかしいぞ』

 

メンマが森で巻物に書かれた最初の忍術の練習をしている中、ふと九喇嘛が話しかけてきた。

メンマは返事をせずにチャクラを練りながら九喇嘛の言葉に耳を傾ける。

 

『里の方から強い悪意がしてきている。しかも一つや二つじゃない。数え切れないほどにだ』

 

九喇嘛の言葉を聞いてチャクラを練るのを止めるメンマ。

 

(もしかして勝手に持ってきたのバレちゃったってばね……?)

 

顔を青くしてメンマは尋ねる。

結局借りる事の出来なかったメンマは火影の屋敷に忍び込んで勝手に巻物を持ち出してきたのだった。

勿論、悪い事だって意識はあった。

だけど覚えきれなくとも朝になれば返すつもりだったし、なによりどうしても卒業したかったのだ。

 

『十中八九そうだろうな』

「ど、どうしよう私…どうしたらいいの!?」

 

メンマは見るからに動揺していた。

嫌われる事を極端に恐れていたメンマは今まで悪戯や人に迷惑をかける事をしようとした試しがない。

そんな少女が初めて悪事を働いてしまったのだ。

小刻みに体が震え、のしかかる罪悪感に呼吸がどんどん荒くなっていく。

 

『いいから落ち着いて深呼吸しろ!この場所を教えたのはミズキだろう?朝になりゃアイツが来るんだしアイツに火影へ事情を説明してもらえばいいだろうが』

(え…?う、うん…)

『あと里の中にはかなり殺気立ってる連中もいる。念の為ミズキが来るまで隠れとけ』

(分かったってばね……)

 

九喇嘛の言う通りに近くの茂みに隠れるメンマ。

その胸中には数時間前の自分の行動に対する後悔が渦巻いていた。

きっと今ごろ里は大騒ぎだ。沢山の人に怒られて謝っても許してもらえないかもしれない。

卒業どころかもう二度と忍者になれないかもしれない。

覚えの悪い頭でなんとか暗記した忍の掟も、居残ってまで練習した手裏剣術も、ようやく習得した数少ない忍術も……。

今まで必死にやってきた全てが無駄になってしまうのだ。

忍者になれなかった私には何も残らなくなってしまう。

 

そうなったら自分の生きてる意味は何処にあるのだろうか?

 

修行をしていて火照っていたメンマの体は夜風に晒されていつの間にか冷え込んでいた。

寒い……、寒い…、寒い、寒い、寒い。

歯をカタカタ鳴らしながら自分の体を抱きしめるように腕を回し蹲ってじっと朝が来るのを待つ。

 

(大丈夫、きっと大丈夫だってばね…)

 

震えながらじっとメンマは自分に言い聞かせる。

朝が来ればきっと先生が来てくれるはずだ。朝が来れば……。

…………本当に朝は来るのだろうか?

 

頭の中に絶望的な問いが芽生えた瞬間、遠くから微かに足音が聞こえ人影が走ってきてるのが見えた。

咄嗟に息を殺して身を縮めるメンマ。

そこにやってきたのはミズキだった。

思いの外早くやって来たミズキを見てメンマはすぐさま茂みから飛び出してミズキの前に出る。

 

「メンマちゃん!?姿が見えなかったから心配したよ……」

 

突然茂みから出てきたメンマに驚いた声を上げたミズキだったが直ぐに安堵したように息を吐いた。

 

「先生!ミズキ先生ぇ!ごめんなさいっ!!あの…私…私、火影様から巻物借りれなくて、朝になって返せばって…お屋敷から……とって来ちゃって…」

 

最初こそ不安から解放され言葉が溢れ出していたメンマだったが話していくにつれ罪悪感が膨らんでいきその声は次第にか細くなっていく。

 

「そっか……。君にそこまでさせちゃったのは僕のせいかもしれないね。火影様には僕から事情を説明しておくから安心しなさい。もう気に病むことはないよ?」

 

ミズキの顔は月が雲に隠れていて見ることが出来ない。

もしかしたら酷く怒ってるのかもしれないし失望した表情を浮かべているのかもしれない。

それでもその優しげな声色を聞いてメンマは思わず泣き出しそうになってしまった。

 

み、ミズキせんせぇ…

 

辛かった。不安だった。ずっと独りで生きてきて誰も味方なんてしてくれないと思っていた。

だからこそ親身になって聞いてくれる人が居た事がメンマには嬉しかったのだ。

 

月は徐々に雲から見え始めミズキの顔を映してゆく。

月の明かりがミズキの顔を映した瞬間、メンマの身体中に強い悪寒が瞬時に走った。

 

「…だって君はここでもう死ぬんだから」

『メンマ逃げろ!!』

 

ミズキの言葉を理解するよりも早く頭の中で檻越しに九喇嘛が叫ぶ。

しかしその言葉に反応するよりも早く、ミズキの蹴りが無防備な脇腹に入り、骨の折れる音ともにメンマの身体が蹴り飛ばされ受け身も取れず木に激突した。

 

えっ…な、なん…で…?

 

何が起こったのかメンマには理解出来なかった。

何かの間違いだとも頭によぎった。

しかし顔を起こしてミズキを見るとその顔は先程と変わらずいやらしい笑みを浮かべている。

 

「ったく、ガキはこれだから嫌なんだよ。言う事聞かねーしピーピーうるせーし頭悪ぃーし」

ヒッ…なさい…ごめんなさぃ、ごめんなさい…!

 

ミズキに里の大人達以上に冷たい目で睨まれメンマは慌てて謝り出す。

 

(きっと先生は凄く怒ってるんだってばね…私があんな事したから…反省が足りないって。だから…もっと謝って許してもらわなきゃ…)

 

ご、ごめんなさい…ごめんなさい…ごめッケホッケホッ……ヒッ!?

 

掠れた声で謝り続けてたメンマの口から血が溢れ出した。

自分の手の平にベッタリと着いた血を見たメンマが思わず短い悲鳴を上げる。

自分が吐き出した血を見てようやく理解が追いついてきたのか途端に身体中に痛みが広がり始めた。

 

な、なんで…?やだ…いたい、いたいってば…せんせ、ごめんなさい…いたいよ…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさゲホッゴホッ!

 

言葉を続けようとした矢先にメンマは再び吐血した。

必死に謝り続けるメンマを見てミズキはしばらく目を丸くしていたがやがてその身体がプルプルと震え出す。

 

「ク…ククク…アーハッハッハ!オイオイマジかよ!?謝ったら助けて貰えるとでも思ってんのかぁ!?テメーはここで死ぬんだよォ!」

えっ…?な、なんで…?私っ…反省してるってば!二度とこんな事しないし、勉強だって頑張る!アカデミーもサボったりしないから!」

 

突然豹変したミズキにメンマは必死で謝り続ける。

訳が分からなかった。嫌われてるなんて思いたくなかった。

ミズキ先生は本気で怒っているだけできっと許してくれるはずだと信じたかった。

しかしミズキは謝り続けるのメンマを見て一層バカ笑いを大きくする。

 

「ギャハハハハ!!おめでてーガキだな!まだ状況が理解出来てねーのかよ!?俺の目的は初めからテメーの持ってる巻物で卒業試験ってーのはな!テメーに巻物を盗み出させるための口実なんだよ!」

 

「ぇ…?」

 

ミズキの言葉がメンマに突き刺さる。

言ってる意味が理解できなかった。

ミズキの言葉をそのまま受け止めるなら自分はバカ正直に利用されただけだ。

不安を煽られ、善意に欺けられ、信頼を裏切られ、謝罪を嘲われ、

その果てに分かったことが誰も本当に自分の味方になってくれる人など居ないということだけだった。

 

メンマの呼吸が再び荒く、不規則なものになっていく。

 

「そしてテメーはもう用済みだ」

 

今にも過呼吸を起こしそうなメンマにトドメとばかりにミズキが冷たく言い放って言葉を続ける。

 

「俺が巻物を持ってると知られるワケにもいかねーしな。利用するだけして始末してから、里にはテメーは巻物を持って里外に逃げたと報告したらいいだけだしよ」

 

ミズキが話は終わりだとばかりに背負っていた巨大な手裏剣を手に取る。

 

「だからまぁ安心して死んでいいぜ?化け狐!」

 

ミズキが手裏剣を振りかぶった。

その時、今まで黙っていた九喇嘛が大声でメンマに呼びかける。

 

『出来るだけ回復はしておいた!逃げろメンマ!!』

 

九喇嘛の言葉に促されメンマは我に返った。

すぐさま木の上に飛び移り一目散に森の奥へと逃げていく。

放たれた手裏剣はメンマには当たらず彼女がへたり込んでいた木の幹に深く突き刺さった。

それを見てミズキは一度舌打ちをするも直ぐにニヤッと口元を歪める。

 

「……まぁいい。せいぜい長めの走馬灯を見ておくんだな」

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

走る。走る。走る走る走る。

 

間一髪ミズキから逃げ出したメンマはがむしゃらに木の葉の森を走っていた。

メンマは普段の食材調達から森での動き方を熟知している。

一見バランスの悪そうだけど安定した足場、強くしなり遠くへ押し出してくれる枝、ぶら下がっても切れない蔓などを利用して猿のようにスムーズに森を駆け抜けていく。

 

しかし追ってるミズキは中忍

 

しかも本来なら忍者は追跡されないように痕跡を残さないように移動するものだがアカデミー生な上に手傷を負ってるメンマにはそんな余裕はない。

今は出来るだけ、体の動くだけ逃げ続けてミズキとの距離を稼ぐしかない。

 

だけど追跡速度も能力もミズキの方が上だ。

どんなに遠くに逃げても必ず見つかるだろう。

 

「ッ!…ゲホッゲホッ!」

 

その考えが頭によぎった瞬間、口から再び血が溢れ出した。

 

『……回復が間に合ってねぇな。傷が開いたみてぇだ』

「ッ!」

 

九喇嘛の言葉を聞き流しつつ別の木の枝に飛び移ろうとしたメンマだったが着地の瞬間、身体に激痛が走り足を滑らせ落下する。

 

『おい!大丈夫か!待ってろ今治してやる!クソが!こんな檻さえなけりゃ!』

 

九喇嘛が苛立ちと焦りの交じった声をあげる。

尾獣と呼ばれる莫大なチャクラを持った九喇嘛なら傷を治すくらいわけないのだが封印のせいで思うようにメンマにチャクラを与えれないのだ。

 

「……もう、いいってばね」

 

二重に掛けられた檻の中からなんとかチャクラを渡そうとする九喇嘛を横目にメンマは投げやりに答えた。

その言葉に九喇嘛は目を丸くする。

 

『なに言ってやがる!?早くしねーとあのクソ野郎が追いついて来ちまうだろうが!』

「だからもういいってば……どうにもならないんだってばね」

 

きっとどんなに頑張っても逃げきれない。

それに里の忍達もメンマを殺すつもりなのだ。

運良くミズキから逃げきれてももう里には戻れない。

自分の味方なんてどこにもいないのだ。

それならばもう全てを諦めてしまった方が楽に決まってる。

 

『ざっけんな!お前が死ねば俺まで死ぬだろうが!』

「九喇嘛は少ししたら復活するから別にいいじゃん…」

 

遠くから木々を蹴る音が近づいてくる。

しかしメンマに動き出す気配はなかった。

 

『そういう問題じゃねぇ!クソこうなりゃ強引にでも俺のチャクラで!』

 

九喇嘛から紅いチャクラが溢れだす。

二重にある檻のせいで九喇嘛からチャクラを受け渡す時には大量の精神エネルギーを使わざるをえない。

その結果メンマの体には耐えられないほどのチャクラを渡してしまうため九喇嘛は極力チャクラを渡したくはないのだ。

 

「そんな事しても余計に里の人達から狙われるだけだってばね」

 

九喇嘛のチャクラは膨大だ。

以前里の外れの森の中でほんの少しだけ九喇嘛にチャクラを渡された事があったがそれだけで感づかれ大騒ぎになった事もある。

 

「それに…もう疲れたんだってばね……」

 

卒業試験に落ちて、里の人間に追われ、ミズキに騙されメンマはもう限界だった。

今までの事を思い出してもあるのは辛い記憶ばかり。

これまではそれでもなんとか忍になろうとやって来たが今回の件でその道も閉ざされた。

 

「身体中が痛い…お腹も、背中も、腕も、足も、胸も……どこが痛いのかも分かんないくらい痛いんだってばね……」

 

もうこの先、辛いだけの日々をただ生きて苦しむだけならばいっその事ここで死んでしまった方が楽だろう。

 

『…………』

 

檻の中の九喇嘛はなんの言葉もかけられなかった。

メンマが自殺を試みた事は以前にもある。

前回は見ていられなくなった自分が踏みとどまらせたが今回ばかりはどうする事も出来なかった。

これまでの経緯を分かってるからこそ九喇嘛は無責任な言葉をかけれない。

生きていくのが辛いと口にする彼女の気持ちを理解してしまうのだ。

 

全部諦めたメンマは身体を丸め蹲る。

その瞬間、目の前に誰かが降り立つ気配があった。

 

「おい」

 

その声にビクッとメンマの身体が揺れる。

 

……来た。

 

泣かない。何をされても絶対に泣かない。

これまでどんなに辛くても涙は流さなかったのだ。

誰も認めてくれなくても自分で自分を認めるために耐えてきたのだ。

最後の最後でも誇りを守るためにこれだけは譲れない。

深く深呼吸をして唇をメンマは噛み締める。

 

「こんな所で何やってんだ…ウスラトンカチ」

 

その嫌に耳に残る蔑称を聞いてメンマが顔を上げるとそこに居たのはミズキではなく、荒れた息を吐きながら自分を見下ろすうちはサスケの姿だった。

 

 



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6話

「えっ?うちは君…なんで…?」

 

メンマの前に現れたのはサスケだった。

突如現れたサスケに呆然となりながらもメンマは尋ねた。

 

「…それはこっちのセリフだ。ここはうちはの森つっただろ。お前こそこんなとこで何してる?」

 

もしかしてサスケは今日もここで修行をしてたのではないか?

どうやらがむしゃらに逃げていくうちにいつの間にか入り込んでいたらしい。

 

「……私は食材調達で」

 

サスケの問いにメンマは咄嗟に嘘をついて返した。

うちはサスケは部外者だ。

助けてくれる義理もない。

味方になってくれるはずもない。

それにこんな事態、話した所で見捨てられるだけだろう。

それならば最初から突き放してしまう方が心が痛まずにすむ。

 

「里中の忍がお前を血眼になって探してるっつうのにか?」

 

しかしその嘘はすぐさま看過された。

気まずげにメンマはサスケから顔を背ける。

なんで彼が自分に関わってくるのかメンマには分からなかった。

他人のはずだ…いやむしろ嫌われていてもおかしくない。

だと言うのになぜサスケは関わろうとするのだろうか?

 

「うちは君には……関係ないってばね」

 

それだけ言ってメンマは痛む体を無理矢理起こす。

そしてヨタヨタと足を引き摺りながら森の奥へと向かい始めた。

 

「…………痛っ!」

 

だが10メートルも進まないうちに唐突にメンマの身体に激痛が走った。

力を失った足は体重を支えきれずに小さな体はそのまま前のめりに倒れ始める。

しかしその体が地面にぶつかることはなかった。

驚いたメンマが振り返るとすんでのところでサスケが腕を掴み身体を支えていた。

 

「ッ!離して!!」

 

暴れるようにメンマはサスケの手を振り払う。

そしてそのまま数歩後ずさりし敵意の篭もった目でサスケを睨んだ。

 

「ほんとに意味わかんない!なんで私に関わるんだってばね!?うちは君とは別に仲良い訳じゃないし!恩を着せてる訳でもない!何の関係もない赤の他人なのに、何が目的で私に関わろうとするんだってばね!!?」

 

胸の内の想いを吐き捨てるように一呼吸でメンマは叫んだ。

メンマの脳裏にミズキに裏切られた光景が浮かびあがる。

信じられるわけがなかった。

自分が里中に嫌われてるという事は嫌というほど分かってる。

それでも関わろうとする人間はミズキの様に何か企んでるに違いないのだ。

 

「…知るかよ。体が勝手に動いちまったから仕方ねえだろ」

 

その叫びに対するサスケの答えはどこか苦しげだった。

正直、サスケ本人も何故メンマに拘るのか分からない。

メンマの言うことはもっともだ。

どう見ても厄介事だと分かってるのに関わろうとする自分はきっと大馬鹿なんだろう。

だけど傷だらけのボロボロの体で目に映る全てに対し敵意を向けた目で睨むメンマを見ると何故だか心が痛んで仕方ないのだ。

 

「……ふ、ふざけないで!そんなの理由になんかなってないってばね!!」

 

そんなサスケの姿を見てメンマが叫ぶ。

ありえない。ありえない。ありえない。

サスケの言葉は綺麗事だ。

理由にならない答えで納得出来るはずがない。

 

「チッ…理屈じゃねえ事もあるだろうが」

「そんなのはない!!!」

 

サスケの言葉をメンマは必死に否定する。

ありえない。ありえない。

信じる訳にはいかないのだ。

信じたらきっとまた裏切られる。

あんな思いをするくらいならもう誰も信じない方がいいはずだ。

 

「お前がどう言おうが俺が来た理由はこれ以外ねぇよ。それにお前だってもう言ってること滅茶苦茶だろうが?」

「うっさい!!!」

 

サスケの言葉を振り払う様にメンマは首を振る。

ありえないはずだ。

滅茶苦茶なのはサスケの方だ。

理由もなしに助けるなんてそんな綺麗事あるはずない。

自分に関わってくる人間はミズキの様に何か企んでるに違いないのだ。

だって、さり気ない優しさも、理由のない親切も、温かな友情も、分け隔てない愛情も、なにもかも……

 

「だって…だって…私は、そんなの…知らないってばね…」

 

クシャクシャに髪を乱してメンマの口からポツリと一言、どうしようも無い想いが零れ落ちた。

これまでに向けられたのは悪意だけだった。

昨日まで遊んでいた子ども達に次の日には無視された。

苛められ独りで泣いていた時も誰も気にも止めてくれなかった。

だからそんなのはあるはずない。あってはならない。

そんなのを認めてしまったらメンマの中に残るのはソレを受けられなかった空っぽな事実しかないのだから。

 

「それでも…俺はお前をほっとけねぇんだよ」

「っ…!」

 

絞り出すように先程と変わらぬ答えをサスケは口にした。

それを聞いて思わず息を呑むメンマ。

それを受け入れればどれだけ救われるだろう。

もしかしたら初めて本当に心の許せる人間が出来るかもしれない。

だけど……

 

「サスケくんは……私の事、なんにも知らないから…そんな事言えるんだってばね」

 

……そう。結局サスケは知らないだけなのだ。

知ればきっと軽蔑する。

里の大人みたいに厄介者を見る目で、敵を見る目で、化け物を見る目で見てくるに違いない。

それがしょうがない事だって分かってる。

だけど一度心を許してしまった人間にそう見られるのはきっと耐えられない。

そんな想いをするくらいなら始めから誰とも……。

 

「前にも同じ事を言ったよな?」

「え…?」

「何も知らない癖に何が分かるんだって」

 

サスケに言われてメンマは思い出した。

確かに数日前、河原でそう言い放っていた。

 

「…確かにお前の言う通りだ。お前がなんだって里の奴らに嫌われてるかなんか分からない。なんでそんなにボロボロなのかも俺には分からない」

 

けど…。と真っ直ぐメンマを見据えてサスケは続ける。

 

「……孤独。その痛みだけは分かっちまうんだよ」

「……!」

 

そう言ってサスケは目を伏せる。

その脳裏に浮かぶのは全てを変えたあの夜の出来事だった。

 

「だから……っ!」

 

言葉を続けようとしたサスケだったが咄嗟に振り返り身構えた。

その動きにつられてメンマがサスケの向こう側に目をやると森の奥から人影が現れる。

 

「ったく、こんな所まで逃げや…っ!…君はうちは君?こんな夜中に森の中でなにしてるんですか?」

「ミズキ…か」

 

苛立ち気に茂みから出てきたミズキだったがサスケの姿が目に入った途端、アカデミーで見せる柔和な笑顔を貼り付けた。

 

「おいおいミズキ先生だろ?まぁもう卒業するんだし別にいいけどね」

 

出てきたミズキを見てサスケが構えを解く。

一方、今までミズキに追われていたメンマは短く息を飲むことしか出来なかった。

 

(ど…どうしよう…早く…早くサスケ君を逃がさなきゃ…)

 

意を決してサスケに伝えようとしたメンマだったがミツキに睨まれ身体が動かない。

 

(どうしたら…このままじゃサスケ君も…)

『……おい。なんでそうなる?』

(えっ?な、なにがだってばね…?)

 

悩み続けていたメンマに寝そべっていた九喇嘛が見かねたように声をかけてきた。

その不満気な口調に戸惑いつつメンマが聞き返すと九

 

『サスケとか言ったか…なんであのガキを逃がさなきゃなんねぇんだ』

(なっ!?なにを言ってるんだってばね!?そんなの当たり前だってば…!)

『ケッ…当たり前ねぇ』

 

答えた九喇嘛は呆れた様子だった。

その言い方がメンマの琴線に触れる。

 

(そうだってば!サスケ君は何も関係ないっ!これは私の問題だから無関係なサスケ君は巻き込めない!)

『お前はあのガキに関わるなと言ってる。それでも首を突っ込んできたのはアイツだろうが?』

(だけどっ…!)

 

言い返そうとしたメンマだったが言葉が続かなかった。

九喇嘛の言う通りかもしれない。

勝手に関わってきたのはサスケの方だ。

必死に拒否したのに何も知らない癖に出しゃばって来た。

だから……自己責任のはずだ。

 

『お前も本当は分かってんだろ?今考えるべきなのはどうやって奴から逃げるかだ。違うか?』

(…………)

 

胸中を見透かされて押し黙るメンマ。

九喇嘛の言う通りだ。

勝手に関わってきたサスケよりまずは自分の事だ。

一度は諦めたがやっぱり死にたくない。

なんとか隙をついて逃げ出さなくては。

 

『どの道あのガキは目撃者だ。生かしておくつもりはないだろう。いっそのこと囮にすればいい』

(それはダメっ!!!)

 

それは咄嗟に出た叫びだった。

 

『さっき言ったこと覚えてるよな?だったらなんでそうしない?』

(そんなのっ!そんなの…そん…なの……分かんないってばね……)

 

返す言葉が見つからずようやく絞り出した答えはぐちゃぐちゃな心情そのものだった。

合理的に考えれば九喇嘛は何も間違ったことは言っていない。

この状況でおかしいのは自分の方だって事くらいメンマにも分かっている。

 

……それでも、

 

(サスケ君に分かってもらえたから……)

 

少し前まで生きるのを諦めていた。

けれどこんなところまで探してくれて、

拒絶した手を握ってくれて、

独りぼっちの辛さを分かってくれて、

 

傷だらけの身体以上に心が痛くて、もうだれも信じないと決めてにいたのに、

堪らなくどうしようもないほど

 

──嬉しかったのだ。

 

「っっ!サスケ君逃げてっ!!」

 

なんとか、恐怖で震える喉になんとか空気を送り込んで破裂させるようにメンマは叫んだ。

 

「チッ!」

 

その言葉に最初に反応したのは無情にもミズキだった。

ミズキもサスケも一瞬呆けたがミズキは舌打ち一つで我に返りクナイを取り出した。

 

「やめてっ!!」

 

咄嗟にメンマはミズキに掴みかかった。

 

「逃げてサスケ君!早く!!」

 

クナイを持つ手を両手で抑えながらメンマは叫ぶ。

勝てっこない。だけどせめて逃げる時間くらいは稼がなくては。

 

「ぐっ…離せこの化け狐がっ!」

 

メンマを振り払おうとミズキは拳を振るう。

両手の塞がってるメンマにそれを防ぐ術はない。

それでも離してしまわないようにと必死でメンマはしがみつく。

 

「グッ…逃げてっ…逃げてぇ…!」

 

──ごめんなさい。

目の前の状況が理解できてないであろうサスケにメンマは心の中で謝った。

──嘘をついてごめんなさい。

──酷い態度をとってごめんなさい。

──傷付けるようなこと言ってごめんなさい。

──信じなくてごめんなさい。

──巻き込ませてごめんなさい。

 

「鬱陶しいんだよ化け狐がっ!!そんなに先に死にてえなら望み通り先にあの世に送ってやるよ!!」

 

空いてる手にクナイを握りミズキが振りかぶる。

それでもメンマはミズキを離すことはしなかった。

自らの死を覚悟して最後にどうしても謝りたかったことをメンマは口にする。

 

「ありがとうって…言ってなくてごめんなさい」

 

その言葉と共にミズキのクナイが振り下ろされた。

 




息抜き小説でしたのに沢山の方に評価や感想を頂けて嬉しい限りです。
だと言うのにこっちも詰まって投稿遅くてごめんなさい。
両方の作品に言えることなんですけど書きたいことは沢山あるのに文章力がないから地の文の度に詰まっちゃって困ってます。

俺祝が詰まる→メンマ書く→メンマ詰まる→俺祝書こうとして詰まる→仕方がないから新作プロット作る→プロットも詰まる

どないせぇちゅうんや!!

完全にデッドロック状態になってます。
何か参考になる物を知ってる方いらっしゃれば教えて頂けると幸いです。


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7話

「カハッ!」

 

短い悲鳴が木々の間に吸い込まれるように消えていく。

夜の空気はいっそう冷え始め先程までそこにあった熱をいつのまにか散らしていた。

その中を一つの足音が静かな怒りを伴い進んでいく。

 

「テメェ…何のつもりだ…」

 

木々に背を預けミズキが呟いた。

その手には既にクナイはなく代わりに蹴り飛ばされた自分の鼻頭を抑えている。

 

「は、鼻血が出てやがる…ふざけんな!ふざけんなぁ!!ぶっ殺してやる…下忍にもなってねぇ分際で教師を蹴りやがって…八つ裂きにしてやる…うちはサスケェ!!」

 

木を支えにしてフラフラと立ち上がりながらミズキは吠えた。

 

「フン。威勢の割に随分といいカッコじゃねえかよオイ?」

 

ニヤリと笑ってサスケは身構える。

その口許は笑っていたが額からは一筋の汗が流れた。

 

「なんで…」

 

その様子を我を忘れて見つめていたメンマが呆然と口を開いた。

メンマはサスケを逃す為に死ぬつもりだった。

しかしクナイが刺さる直前、横からサスケがミズキの顔を蹴り飛ばしたのだ。

 

「なんで…」

 

逃げなかったのだ。

サスケを逃す為に囮になる。

それがメンマにとってせめてもの償いだったのに。

 

「なんで…」

 

助けたのだ。

割って入ったサスケにミズキは完全に激昂してる。

もうサスケは逃げられない。

ミズキは確実にサスケを殺すだろう。

 

「なんで…」

 

自分は無力なのだ。

やれる事は全部やったというのに結局はこのザマだ。

状況は悪化しただけで解決策はない。

 

落ちこぼれで何も出来ない自分がますます嫌いになっていく。

いくら謝った所で巻き込んでしまった罪悪感は募るばかりだ。

自分の想いも汲まず状況を悪くしたサスケへの苛立ちも沸いてくる。

だけどそれ以上に、

 

「なんでっ…!」

 

───嬉しくて仕方がないのだろう?

 

来てくれた事が嬉しい。

心配してくれた事が嬉しい。

逃げずにいてくれた事が嬉しい。

助けてくれた事が嬉しい。

 

無意識にメンマは震える小さな手を胸元でギュッと握りしめる。

 

これがいけない感情だという事は分かってる。

何も出来なかった自分にそんな想いを持つ資格がないのも分かってる。

なのに必死に抑え込もうとしてる感情はとめどなく溢れてしまうのだ。

 

分からない。メンマにはもう自分がどうしたいのかも、何をしなければならないかも分からなかった。

ただ自然と本人も気づかないまま視線はサスケから逸らすことが出来なくなっていた。

 

 

ミズキが元の調子を取り戻すのを待つこともなくサスケはポーチから手裏剣を放った。

 

(パワーもスピードも勝ってる相手に接近戦出来ねぇ…ダメージが残ってるうちに遠距離から隙を作り短期戦でケリをつける!)

 

夜闇に紛れた手裏剣を判別するのは難しい。

サスケの放った手裏剣は弧を描いてミズキの首に向かっていく。

 

「見えてねえとでも思ってんのかぁ?テメェの腕の振りと僅かな反射光で手裏剣の軌道とタイミングくらい読み取れんだよ!」

 

しかしミズキは難なくクナイで手裏剣を弾いた。

それでもサスケは再び手裏剣を構える。

通用しないというのは先ほどの一投で分かった。

馬鹿正直に狙っても簡単に弾かれるだけだろう。

だが一つは弾けても二つなら、二つは弾けても四つなら、四つは弾けても八つなら。

サスケは左右の手に四つずつ計八個の手裏剣を一斉にミズキに投げる。

 

サスケの放った手裏剣は一つ一つ異なった軌道と速度でミズキに迫っていく。

 

「おいおい的当てが上手いだけで忍者になった気でいんのかぁ!?」

 

しかしその手裏剣は先ほどと同じく全て弾かれた。

地面に散らばった手裏剣を見てミズキは得意気に嗤う。

 

(手裏剣が残り少ねえ、クソ…こんなことなら普段から一式持ち歩いておくべきだったぜ)

 

一方サスケは残り三枚になった手裏剣を見て小さく舌打ちをした。

元々修行をしていたサスケの手許には必要最低限のクナイと手裏剣しかない。

ミズキから仕掛けてくる様子は今のところない。

恐らくサスケの技を全て見切って優越感に浸りながら仕留めるつもりだろう。

 

(なら尚更今のうちに決めねえとな!)

 

両手に最後の手裏剣を構えミズキに向かって放つ。

その手裏剣は二つ。一つは左に大きく弧を描き、もう一つは正面からまっすぐミズキに迫っていく。

 

「苦し紛れってかぁ!チンケな手裏剣術なんざ掠りもしねーって言ってんだ──なにぃ!?」

 

一つ二つと手裏剣を弾いたミズキが苦し紛れに倒れながら身を逸らした。

 

「影手裏剣だと!?小賢しい真似しやがって…!!」

 

倒れた自分の真上を通過し勢いよく木に突き刺さった手裏剣を見て苛立ち気にミズキが吐き捨てた。

影手裏剣の術。

一振りで二枚の手裏剣を投げ一枚目の影に二枚目の手裏剣を隠して攻撃する手裏剣術だ。

ミズキは最初の手裏剣を弾いた時、腕の振りと反射光で軌道とタイミングは読めると言っていた。

それならば同じ腕の振りで一枚目の影になるように手裏剣を投げれば反射光は見えずミズキはタイミングを測れない。

 

だからこそサスケは本命の手裏剣を隠せる影手裏剣を使ったのだ。

だが影手裏剣にも弱点がある。

そもそも影手裏剣の利点は相手の虚をつく事だ。隠した二枚目の手裏剣がバレてしまえば意味がない。

だからわざわざ弾かれると分かっていながら手裏剣を投げていたのだ。

勿論、当たるに越したことはないのだが当たらずともミズキが調子に乗って躱してくれればそれで良かった。

注意力が散漫し、手裏剣の影にもう一つの手裏剣が隠れているなど思われずにいれば影手裏剣は確実に相手の虚を突ける。

 

「けど残念だったなぁ!当りゃしねえんだよ!下忍にもなってねえ奴の手裏剣なんてっ!?」

 

嘲笑うミズキだったがサスケを見て言葉が止まった。

確かに結果的に見ればサスケの影手裏剣は外れた。

だがそもそもサスケの狙いはたった一つの手裏剣をミズキに当てる事などではない。

ミズキが隙を見せればよかったのだ。

起き上がろうとしたミズキの視線の先には既にサスケが寅の印を組んで不敵に笑っている。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

サスケの口から巨大な火球が放たれた。

渾身のチャクラを込め大人一人は楽に飲み込めるほど巨大になった火球は真っ直ぐにミズキへと向かいその体を丸ごと焼き尽くす。

 

「ぐっ…ガァァァァァァ!!」

 

炎に包まれたミズキは叫び声を上げ暫くのたうち回っていたがやがて力なく地面に倒れた。

動かなくなったミズキを見てサスケがホッと息を吐き倒れ込むように地面に腰を下ろす。

 

「だ、大丈夫!?サスケ君!」

 

気づけばメンマは咄嗟にサスケに駆け寄っていた。

 

「……重症なのは俺よりお前の方だろうが。骨とか大丈夫か?」

「わ、わたしは大丈夫…昔から傷の治りとか早いし」

 

顔を赤くしてメンマが言う。

これまで人に心配された事が無かったからかどういう反応をしたらいいか分からない。

そっぽを向いて頬をかくメンマを見てサスケは小さく溜息をして口を開いた。

 

「で?なんでお前は里の奴らに追われてんだ?それにミズキの野郎も…何があってんな事になってんだよ」

「うっ…それは…」

「まさか今さら関係ないとか言うんじゃないだろうな?」

 

なおも渋っていたメンマだったがサスケの言葉に言い返せず項垂れて目を逸らしながらポツリ、ポツリとこれまでの経緯を話していく。

 

「なにやってんだお前は…」

 

メンマから事の経緯を聞いたサスケは思わず口をこぼした。

 

「だって…だって、卒業したかったんだってばね…」

「かといって普通火影屋敷の巻物盗むかウスラトンカチ」

「ウスラトンカチってゆーな!」

 

バカを見るような視線を向けられ反射的にメンマは言い返した。

なぜか分からないがサスケにウスラトンカチ呼ばわりされるのは気に入らない。

 

「ウスラトンカチにウスラトンカチって言って何がわりーいんだウスラトンカチ」

「あっまた言った!ウスラトンカチって言った方がウスラトンカチなんだってばね!」

「そういうことならやっぱりお前がウスラトンカチだろーが」

「回数で言ったらサスケ君の方が多く言ってるってばね!!」

 

睨み合うメンマとサスケ。

しかし程なくしてどちらかともなく笑い出した。

 

「あのねサスケくん」

 

ひとしきり笑い合ったあとメンマがサスケの隣に腰を下ろし口を開いた。

 

「助けに来てくれてありがと。すごい嬉しかった…今までで一番嬉しかった」

 

青い瞳を僅かに潤ませメンマはサスケに微笑みかける。

 

「な…なに大袈裟に言ってんだ、当然の事しただけだろ」

 

少し顔を赤らめたサスケがぶっきらぼうに言う。

けれどメンマは首を横に振って言葉を続けた。

 

「当然?ううん当然なんかじゃないってばね。私を助けてくれたのはサスケ君が初めて。だから凄く…嬉しいんだってばね」

「……そうかよ」

 

メンマから視線を外しそっぽを向くサスケ。

 

「どうしたのサスケくん?」

 

突然そっぽを向いたサスケに首を傾げメンマはサスケの顔を覗き込むように身を寄せた。

 

「っ!おいこらひっ付くな!このウスラトンカチ!!」

「むぅ、また言った」

 

反射的に仰け反って叫んだサスケをジト目で睨むメンマ。

正直メンマ自身もサスケに抱いてる感情の正体は分かっていない。

彼と話す時に訪れる心地よい胸の高鳴りも、少しでも近くに居たいと思う感情も彼女には初めての経験だった。

だから知らず知らずのうちに探してしまうのだろう。

少しでも多く自分の胸の内に抱く想いを少年に打ち明けて抱いてる気持ちの答えを見つけたいのだ。

 

「んなことよりも今は今後どうするかだろ。里はバカ正直に戻れる空気じゃねえんだぞ?」

「うっ…そうだけど、もっと話しておきたいってばね…」

 

そんな場合じゃないっていうのは分かってる。

だけどサスケと話している間は嫌な事を忘れてられるのだ。

 

「バカ言ってねえでまともに頭働かせろ。まぁミズキを連れてきゃ状況の説明くらい……」

 

そこまで言ったところでサスケの口が止まった。

あるはずのものが無い。確かにミズキに豪火球は当たった。

奴が倒れるのも見た。なのに何故倒れたはずのミズキの姿がない。

 

「やっと気づいたのかよ?」

 

暗い木々の間からその声は聞こえてきた。

 

「メンマ逃げ…ガッ!!」

 

咄嗟に叫んだサスケだが言い終わるより早く目の前に現れたミズキによって蹴り飛ばされる。

 

「どうやらチャクラはもうねえみたいだなぁ?体に力が入ってねえぞ?うちはく~ん?」

 

嗤いながらミズキは倒れたサスケに近寄っていく。

 

「のんきに寝てんじゃねえぞ!ちやほやされて調子にのりやがって!自分が中忍の俺よりも強ぇーとでも思ってんのかコラ!!」

 

ボールを蹴るかのようにミズキは倒れたサスケを甚振っていく。

 

「や、やめてッ!!」

 

思わずメンマはミズキに掴みかかった。

 

「ッ!!…このっ鬱陶しいぞ化け狐がぁ!!」

「キャッ!」

 

右腕に纏わりついたメンマを振り払うミズキ。

 

「…そんなに先に死にてぇなら望みどおりにしてやんよ化け狐…」

 

サスケはもういつでも殺せると判断したのか青筋を浮かべたミズキがメンマに向かっていく。

 

「………化け…狐?」

 

そのミズキの足を地面に倒れ伏したサスケの一言が止めた。

 

「あぁそうか、そういや知らなかったな…おめぇらは!!」

 

メンマを見下ろしたミズキが愉快そうに哂う。

その視線でミズキの言おうとしてることがメンマには直感的に分かってしまった。

 

「や、やめてっ!!」

「なんだテメェは知ってたのかよ?まぁそりゃそうだよなぁ?自分自身の事だしよぉ?」

 

メンマの顔が青ざめる。

それはサスケにだけは知られたくなかった。

 

「や…やだ…やめて……お願い…」

「なんだ?何を知ってる…?」

「おいおい愛しのサスケ君は気になっちまうみたいだぜ!?助けに来てくれた恩人に教えてやらねえでいいのかよ?」

「それは…っ」

 

続く言葉は出せなかった。

説明出来るはずがない。

言葉に詰まるメンマを見てミズキの顔がさらに愉快そうに歪む。

 

「言えねぇってなら教えてやるよ!!うちはサスケ!お前が必死なって庇ってたのはなぁ!12年前、四代目火影を殺し、里を壊滅させた九尾の化け狐なんだよ!!」

 

その言葉は深い森の中に狂笑と共に響き渡った。

 



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8話

「いかんな……」

 

水晶に映る光景を見て三代目火影猿飛ヒルゼンは重々しく口を開いた。

アカデミーの卒業式と教師達との会議を終えようやく執務室に戻ってきた三代目の耳に入った報せは衝撃的なものだった。

九尾の人柱力であるうずまきメンマが起こした禁術の書の盗難。

大人しく気が弱い少女が突如起こした大問題はにわかに信じ難かったがすぐさま人を集め捜索を命じ自身も水晶を使ってようやく見つける事が出来た矢先の光景に三代目は頭を抱える。

 

水晶にはボロボロのうずまきメンマとうちはサスケそしてクナイを片手に笑ってるミズキの姿が映し出されている。

 

「ミズキめ喋りおって…それにこのままでは二人が殺されてしまう」

 

上忍の誰かを向かわせるかと考えた三代目だったがすぐに首を横に振る。

そんな暇はない。今すぐに向かわねば取り返しのつかないことになる。

それもよりによってあの二人。

共に里のために尽くしてくれた男達が遺したかけがえのない子らだった。

 

「頼む間に合ってくれ…!」

 

三代目火影は着の身着のまま執務室の窓から飛び出し森を目ざして駆け出した。

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

「切磋琢磨してきた仲間を間近で引き裂かれた忍がいた。恋人が死んでいく様を見つめるしかない者がいた。家族の待つ家が跡形もなく吹き飛ばされた男がいた。変わり果てた我が子の亡骸を受け取るしかない親がいた。親が自分を庇って瓦礫の下敷きになったのを目の当たりにした子どもがいた」

 

ミズキの口からかつての悲劇が語られていく。

サスケは先程ミズキの発した言葉がいまだに信じられずにいた。

思わず当のメンマに目を向けるも彼女は凍り付いたように俯いて動かない。

 

「お前が庇ってたのはそんな化け狐の成れの果てだ」

 

改めて言われた言葉は事実を突きつけるものだった。

 

「四代目火影は生まれたばかりのコイツに九尾を封印した。その時からコイツは里中から厄介者扱いされてんだよ。なんせいつ封印が解けるかも分からないガキがのうのうと里で暮らしてんだからな」

 

サスケの脳裏に先程の里の様子が蘇る。

これまでのメンマに対する里の大人達の憎悪とも取れる接し方と目の前にいる彼女の様子がミズキの言葉をどうしようもないほどに裏付けた。

 

「お前はそんな化け狐を!里の連中の仇を!馬鹿みたいに命懸けで守ってたんだよっ!ほんっとマヌケすぎて笑っちまうぜ!」

 

ギャハハハハとミズキ続けて笑い出す。

サスケが言葉を発せられないでいる中、メンマが震えながら口を開く。

 

「……ごっ…ごめん…なさいっ…ごめんなさいっ…ごめんなさいっ!」

「ッ!」

 

突如、サスケの心がざわつく。

 

「…うるせぇよ」

 

突如沸いた怒りはあっという間に沸点を超えサスケの口は気付かぬ間に動いていた。

怒りに震えた声はミズキの嘲笑とメンマの謝罪を同時に止めさせる。

 

「関係ねえんだよ…」

「…あっ?」

 

「化け狐の容れ物だとか、里の仇とかどうでもいいつってんだ」

 

サスケの脳裏に過去の兄との会話が蘇る。

『シスイが邪魔をして俺と修行ができない?』

それは幼くまだ兄を慕っていた頃の記憶だった。

不満げに口を尖らす幼少の自分に兄は困ったような笑を浮かべて頭を撫でる。

『そういうなサスケ。いつかお前にもできるさ。同じ痛みを分け合い、互いに支え合えて、共に強くなっていける友人が』

当時は兄の言葉の意味なんて分からなかった。

納得のいかないままに食い下がり、いつものように謝罪の言葉と共に額を小突かれて過去の憧憬は霧散する。

今になって兄の言葉の意味がようやく理解できた。

記憶の中の感触を確かめるように額を触り、まっすぐミズキとその先にいるメンマを見据えて口を開く。

 

「里のヤツらがなんて思おうが俺にとってのうずまきメンマは、はじめての友人だ」

 

口にした途端、再び兄の言葉が脳裏によぎった。

『万華鏡写輪眼。…この眼を開眼する条件は最も親しい友を殺すことだ』

『この俺を殺したいのなら、恨め!憎め!そしていつか俺と同じ同じ眼を持って俺の前にこい』

忌まわしい記憶だ。一族の仇をなんとしても討たねばならない。

ならばサスケは、

 

「だからもう二度と俺の前で大切な人を殺させはしないっ!」

 

脳裏によぎった言葉を否定するようにサスケは叫んだ。

一族の仇は必ずとる。

けれど目の前のミズキや親友すら手にかけた兄ように力を手に入れるために他者を蔑ろにするような外道に落ちるつもりは毛頭無い。

 

「……ハッ!嫌われ者同士気が合うってか!」

「へ、言ってろよカスが。それとも羨ましいってか?お前友達いなさそうだしよォ?」

 

嘲笑に嘲笑を返すサスケ。

全身ボロボロでもうほとんどチャクラも残ってないがそれでもサスケは立ち上がって口元を吊り上げた。

 

「羨ましい?んなわけねーだろ!あんな低脳だらけな連中こっちが願い下げだ!俺の足を引っ張りやがったから任務が失敗するんだ!だってのに上層部の連中は俺に責任を被せてアカデミーの教師をやれとよォ?俺の実力を正当に評価しない奴らなんざ眼中にねぇんだよ!」

「…ケッ眼中にねえってのに評価されてぇのかよ。イキがってねぇで身の丈にあった仕事しやがれ」

「……殺す」

 

これまでとは打って変わった低い声でミズキは呟く。

その瞳には今までに無いほどの殺意が煮えたぎっていた。

ポーチから取り出したクナイを震えるほどに左手で握り締めたミズキはゆっくりとサスケへと近づいていく。

そして身構えるだけで動けずにいるサスケにクナイを振り上げたその時、

 

「がッ!」

 

大きく跳ねたメンマが空中で振り上げたミズキの手を蹴り上げクナイを弾き飛ばした。

 

「っ!このクソギツネがぁっ!」

「影分身の術!!」

 

怒りのままに叫んだミズキへ間髪入れずに術を出す。

ぼふんっと白煙と共に現れたのは二人のメンマだった。

そのまま現れた二人はミズキに跳びかかり、その隙にメンマはサスケを抱え森の奥へと姿を隠す。

 

「おまえっ…今のは?」

 

身を隠した茂みの影で息を切らしながらサスケは隣のメンマに尋ねる。

影分身と言ったか、先程メンマが使った術はアカデミーで習う分身の術とは明らかに異なるものだった。

通常、分身の術は実体のない分身体を作り相手を惑わす術だがメンマの分身は実体を持っていた。

 

「巻物に書かれてた術っ…さ、さっき…やっと出来るようになったんだってばねっ…」

 

同じく息を切らして答えるメンマに思わずサスケは歯噛みする。

メンマは巻物を盗んでからのほんの数時間で新たな術を会得したのだ。

それに対して自分はどうだ?

新たな術を会得しようと何日も修行を続けているが未だに成功していない。

それだけではない。

ミズキに手も足も出なかった。

先程の窮地を脱せれたのもメンマの新たに覚えた術のおかげだ。

あれがなければ間違いなく殺られていた。

だからこそ焦りがサスケの中に募っていく。

 

(どうすれば…どうすればもっと強くなれる…)

 

「ねえ、サスケくん」

 

メンマに声をかけられサスケはハッと我に返る。

そうだった。今はそれどころじゃない。

一時の窮地は逃れたとはいえ今はまだ気を抜いていい状況では無いのだ。

 

「どうした?なにかいい作戦でも…」

 

思いついたのか?と続けようとしたところでサスケの口が止まる。

ふいにトスンと肩に重みが預けられたからだ。

 

「お、おい…メンマ…?」

「……さっき言ってくれたこと。ほんと…?」

 

震えた声で不安げにメンマが尋ねた。

メンマが言ってるのはミズキに向けて言い放ったセリフのことだろう。

 

「チッ、あんな小っ恥ずかしいこと何度も言えるわけねーだろ」

「あっ…うん、ごめん。でも…すごく嬉しかった」

 

夜の森に先程とは打って変わった静かな時間が流れる。

 

「あのね、サスケくん。私今日って最悪な日だって思ってた。試験にも落ちて、ヤケになって騙されてるのにも気付かずに馬鹿なことしちゃって、サスケくんも巻き込んじゃって人生最悪な日って思ってた」

 

「けどサスケくんが見つけてくれて、守ってくれて、助けてくれて…友達だって言ってくれてすごくすっごく嬉しくて、最悪な一日のはずだったのにサスケくんのおかげで今日が一番嬉しい私の人生で最高の日になったってばね。だから」

 

肩に乗った重みが消える。

月明かりに照らされたメンマは決心したように前だけ見つめていた。

 

「おい、なに考えてやがる…?」

 

感じた嫌な予感に応えるようにメンマが立ち上がる。

サスケを見下ろす彼女の表情は悲しげな微笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう、サスケくん。でもやっぱりサスケくんだけでも逃げて。時間は私が稼ぐから」

 

「ふざけんな!アイツは中忍だぞ!?お前一人でなんとかなる相手じゃねぇ事くらい分かるだろ!?」

 

気付かぬ間にサスケも立ち上がりメンマの手を咄嗟に取っていた。

 

「…うん。でも私にはまだチャクラ残ってるから……きっと大丈夫だってばね!それにサスケくんが里に戻って大人の忍を連れてきてくれたらミズキも倒せるだろうし!逃げ回りながら時間稼ぎするだけだってばね!!」

 

強がりだ。自信ありげな口調と裏腹に小さな震えが握ったメンマの手から伝わってくる。

 

「…きっと大丈夫だから。ね?だから離して、サスケくん」

 

メンマの言葉に反してサスケは握った手に更に力を込める。

 

「くっ…何度も言えるわけねぇつったろうが…!俺は……もう二度と大切な人を失いたくねえんだよ…」

「ッ!うん。ありがとう…でも」

 

サスケの口から絞り出された言葉にメンマは息を飲む。

けど、だからこそ、それはメンマにとっても同じことだった。

けれど続けようとした言葉を遮るようにサスケは口を開く。

 

「いいか、里に帰る時は二人でだ。それで明日から一足先に下忍になった俺がお前の修行つけてやるよ」

「サスケくん…」

 

その光景を思い浮かべてしまう。きつい修行もサスケと一緒に出来ればきっと楽しくできるだろう。

 

「飯も一緒に食えるし、買い物だって付き合ってやる!それに俺だって家族がいないから日が暮れても一緒に居てやれる!」

「サスケくんっ…!」

 

やめてと言わんばかりに震えた声をあげるメンマ。

その光景を思い浮かべてしまうとせっかく固めた決意が揺らいでしまう。

けれどサスケはお構い無しに言葉を続けた。

 

「今日が最高の日だとかつまんねえ事言ってんじゃねぇウスラトンカチ!まだ何もしてないだろうが!これからだってのに勝手に終わらせてんじゃねぇ!」

 

サスケの叫びが森にこだまする。

ふいにサスケに掴まれたメンマの手のひらに水滴が落ちた。

 

「あれ…?なんで…?なんで…わたし……絶対に…絶対に…泣かないって…決めたのに……」

 

ポロポロと溢れ出る涙を空いた片手でメンマは必死に拭う。

しかしそんな行為とは裏腹に涙はとめどなく溢れてくる。

 

「……二人で、帰るぞ」

うん……うん

 

ようやく涙が止まった頃、サスケは一言だけ告げる。

その言葉を噛み締めながらメンマは小さな声でもしっかりと頷いた。

 



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9話

「見つけたぞガキ共…」

 

しばらくしてミズキが二人の前に現れた。

その体には汚れや傷が前回逃げだした時よりも増えてミズキ自身の息も切れている。

足止めで残した影分身が意外と奮闘したのだろう。

 

「ハッ!…手なんか繋いで嫌われ者同士仲良しごっこかよ」

 

ミズキの挑発に二人は一言も返さない。

ただこちらを見据えて身構える二人にミズキは「へぇ?」と笑って口を開いた。

 

「片方はチャクラ切れ、もう片方はたった数体の分身しか出せねーのにやろうってのか?」

 

コキコキと左右に首を鳴らして試すように見下すミズキ。

その言葉は事実だった。

けれどサスケもメンマも互いの手をしっかりと握り、ミズキを見据える。

 

((なぜだろう…))

 

重なった手のひらから互いの心音が伝わってくる。

 

(メンマとこうしていると…)(サスケくんとこうしていると…)

 

不揃いな二人の心音は徐々に早くなっていき、次第に不揃いだった脈動が揃い始める。

 

(力が湧いてくる…!)(すごく安心する…!)

 

脈動がハッキリと重なった瞬間、サスケとメンマは互いの顔を見合わせた。

それを合図に双方を押し出しながら手を離し、弾けるようにミズキを左右両側へと周り込む。

 

「こい!八つ裂きにしてやんよ!!」

 

左にサスケ、右にメンマと挟み込んだ二人は既に印を結んだ状態だった。

 

「火遁─」「多重─」

 

術を使おうとする二人にミズキは咄嗟に身構えるもすぐにニヤリと口元を緩ませる。

 

(ハッタリだ!こいつらにチャクラはもう残ってない!この距離からなら手裏剣でも投げるのが関の山だ!)

 

「鳳仙火の術!」「影分身の術!」

 

クナイを取り出して左手に構えるミズキに対しサスケとメンマは同時に術名を叫んだ。

 

「なっ、なんだとおおお!?!?」

 

思わずミズキは驚愕の声を上げた。

ぼふんっという音と共にチャクラがないとタカをくくっていた彼の左からは十を超える火球が、右からは煙と共に現れた十人以上の影分身が同時に迫ってくる。

ミズキの顔が驚愕から焦りの色へ変わる。

 

理由は右手だった。

その手は最初にサスケと戦った際に火傷を負っており、メンマの影分身の攻撃を受けきれる状態じゃない。

また左手で迫ってくる火遁を受けると戦える手がなくなってしまう。

ならば上と跳ねて逃げようとしたミズキだったがその動きが一瞬止まった。

 

「ぐっ!?」

 

その隙にいち早く駆けつけた影分身がミズキの顔を殴りつける。

そして怯んだ彼へ目がけ、十を超える火球と分身がなだれ込んだ。

 

「ぎゃああああああ!!!!」

 

お互いの術で発生した爆煙の中から爆発音と打撃音がしてミズキの悲鳴が上がる。

ほどなくして音が止み煙が晴れるとそこには両腕に火傷を負って顔の至る所に青あざを浮かべ鼻血を出して気を失っているミズキが倒れていた。

 

 

倒れているミズキを見て、サスケは肩を下ろしてふー…と長く息を吐いた。

ようやく修行の成果が出せた喜びと安堵感で体の力が抜けていく。

すると突然正面からどんっという衝撃が走った。

 

「やった!やった!!ほんとにほんとに倒せちゃったってばねーー!!」

 

衝撃の正体はいつの間に駆け寄ってきたメンマだった。

飛びつくように抱きついて勢いそのままにぴょんぴょんと跳ねメンマは喜びを爆発させる。

 

「すごい!すごい!ほんとに倒せちゃうなんて!!」

「わ、分かったから離せ!こらくっつくな!」

 

しばらく呆然としてたサスケだったがハッと我に返って顔を赤らめながら引き剥がそうとするも当のメンマはピタリと頬をくっつけ一向に離れようとしない。

それでもなんとかもがいていると近くの木の上から人影が一つ降り立った。

 

「二人とも見事じゃった」

 

突然声をかけられた二人は驚いて弾けるように離れて同時に声の主に目を向けた。

 

「三代目…」「火影様…」

 

現れたのは三代目火影だった。

影装束のままに追ってきた老忍は優しく微笑みながら二人に近寄っていく。

 

「見てたの…?」

「ちょうど二人が術を使ったタイミングでの。もちろん危険になったら割って入るつもりだったが…うむ、実に見事な連携じゃった」

 

呆気に取られたままのメンマの問いに三代目火影は優しい声色で答えた。

 

「よく言うぜ。あの時、ミズキの動きが一瞬止まったのはアンタが頭上から手裏剣なげてたんだろ?」

 

問いかけたサスケの視線の先には伸びているミズキの足元に手裏剣が刺さっていた。

否定をしてこない三代目を見てサスケは続けざまに問いかける。

 

「…事情は知ってんのか?」

「うむ、おおかたの」

 

メンマを庇うように手で三代目を遮るように立っていたサスケだったが三代目の言葉を聞いて手を下ろした。

 

「しかし一つだけ分からないことがあってのう。さてメンマよ、なぜお主は巻物を盗ったりしたのじゃ?」

「あっ……」

 

三代目火影が身をかがめ同じ目線で問いかけるとメンマは咄嗟に目を伏せた。

 

「お主がただイタズラにこのような事をしないのは分かってる。だからこればかりは本人に確認したくてのう。説明してもらえんか?」

 

俯いたメンマの頭にぽんぽんと優しく手を乗せ再び三代目は問いかけた。

思いのほか優しく告げられた声色に戸惑いを覚えながらポツリポツリとメンマは事の顛末を伝えていく。

 

「なるほどのう。そういった次第じゃったか」

 

時折サスケに助けられながらもたどたどしくメンマが伝え終わると三代目火影はチラリと伸びてるミズキに目を向け呟いた。

 

「あ、あのっ…!本当にごめんなさいだってばね」

 

頭を下げるメンマに三代目火影は困ったように眉間に皺を寄せた。

本来メンマのした事は許されることではないのだが大人のそれもアカデミー卒業試験管に騙されて行ったことだ。

メンマはこれまでに何度も卒業試験に落ちている。

特殊な身の上を考慮し早い時期から訓練させ彼女を狙う驚異に備えておくべきと判断して同世代より早くアカデミーに入れたことが裏目に出た。

自分より2歳、3歳と離れた子達との競走に勝てるわけもなく自信を失わせてしまった。

そのコンプレックスは同世代の子らが入学してきた後も変わらずに落ちこぼれのレッテルを貼らせてしまった。

今回の件は彼らの子だからと楽観視して入学させた自分にも責任の一端はある。

 

どうしたものかと悩んでいるとメンマが背負っていた巻物を下ろし差出してきた。

 

「おお、すまんのう」

 

巻物を受け取った三代目火影は改めてメンマの様相に目を向ける。

全身は土埃や切り傷だらけでボロボロだというのにたった今手渡された巻物は火影屋敷で保管しておいたままの状態だった。

 

 

三代目に巻物を渡したメンマは俯いて震えていた。

自分のやった事は許されるようなことじゃない。

卒業どころかアカデミーを退学させられてもおかしくないのだ。

すごい忍になって皆から認められる。

きっかけはそんな夢見がちなものだった。

けれど現実は厳しくて、何度も挫折して、それでも諦めきれずに足掻いて、挙句悪い事までして縋ろうとして終わらせてしまった。

仕方ない。仕方がないことだ。悪いのはぜんぶ自分だから当然の事なのだ。

納得させるように必死に言い聞かせるも目元に涙が滲み視界が揺れる。

 

「そうじゃ。代わりと言ってはなんだがこんな巻物よりもよっぽどいい物をあげようかのう」

 

突然三代目が口を開いたかと思えば俯いたメンマの揺らぐ視界の中にそれはいきなり入ってきた。

 

「うずまきメンマ。木ノ葉隠れ三代目火影の名においてお主に忍者アカデミー卒業を命ずる」

 

差し出されたのは木の葉の額当てだった。

 

「えっ…?へ…?」

 

状況が飲み込めずに咄嗟にメンマは顔をあげる。

三代目火影は優しい微笑みを浮かべながらメンマに額当てを差し出してた。

 

「ほら、受け取りなさい」

 

優しい笑みを浮かべたまま口を開いた三代目に促され震える手でメンマは額当てを受け取る。

ずしりとした重みが手に伝わり、磨かれた鉄版は月明かりに照らさせて鏡のようにメンマの顔を映し出した。

そして浮かんだ虚像に一つ、二つと雫が落ちていく。

 

「あれ…ヒッグ…なんでまた…ヒッグ…こんなに……」

 

目元を手のひらで拭うも青い瞳からは止めどなく涙が溢れてくる。

 

「今までよく頑張ったのう」

 

かけられた言葉はずっと誰かに言って貰いたかったものだった。

いつも独りだった。必死に努力して認めてもらおうとしても上手くいかずバカにされ、仲間外れにされ続けた日々が胸の内から溢れてくる。

 

「ぅ……ぅぅぅぅ…うわあああああああん!!!」

 

もう抑えることなんて出来なかった。

一度漏れだした嗚咽は次第に大きくなっていき遂にはその場で泣き崩れる。

顔をぐしゃぐしゃにして大きく口を開けて人目をはばからず泣き続けるメンマだったが額当てだけは両腕でしっかりとその胸に抱きしめていた。

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

「すまんのう、お主も疲れているというのに」

 

夜の森を歩く三代目火影が共に進むサスケに謝まった。

サスケの背には泣き疲れて眠ってしまったメンマがおぶさっていた。

ちなみに三代目火影の背には巻物が背負われている。

 

「本当に良いのか?儂も影分身を使えばお主もおぶられて帰れるんじゃよ?」

「……そんな小っ恥ずかしいことできるか。コイツ軽いし平気だ」

 

メンマを背負ったサスケがぶっきらぼうに答える。

背負うと言い出した手前弱音を吐けるはずもなくいたって平静を保たねばならない。

三代目はサスケの背ですやすやと寝息を立ててるメンマを確認して口を開いた。

 

「四代目火影はこの子を、メンマを英雄として見て欲しかったんじゃ」

「……いきなりなんの話だ?」

「お主はメンマに九尾の妖狐が封印されているのを知ったからのう。きちんと説明しておかねばなるまい」

 

無言で言い返さないサスケを見て三代目火影は続きを語り出した。

 

「メンマは里を襲った九尾を産まれたばかりでありながら封印し救ってくれたのじゃ」

「なんで、こいつだったんだよ…」

 

絞り出すように返したサスケの言葉に三代目は答えていく。

 

「九尾の力は強大でのう、普通の者には封印出来なんだ。けれどこの子は適合出来た。出来てしまったんじゃ…」

「それでメンマに」

「……うむ、儂にも里の他の誰にも出来ぬことよ。この子に九尾を封印できなければ今の木の葉はなかったからのう」

 

そこで口を止め、三代目火影は一呼吸置いて眉にシワを寄せ言葉を続けた。

 

「けれど里の大人達はメンマの事を憎んだ」

 

三代目の言葉にサスケの顔が曇る。

そして沸々と怒りが湧いてきた。本来ならばメンマは憎まれるどころか感謝されるべきなのだ。

だと言うのに事情を知っておきながら里の連中はメンマを目の敵にしてる。

彼女自身は何も悪くないというのに。

本来は賞賛されるべきだと言うのに理不尽に憎まれているのだ。

 

「みな理屈では分かっていても感情が許さないのじゃろう。それほどに九尾襲来は里の者達に辛い記憶を与えてしまったのじゃ」

 

サスケの脳裏にミズキの言葉が蘇る。

九尾襲来の犠牲者。まだ赤子だったサスケには当時の里の人間が負った傷は知りようがない。

 

「メンマはそんな里中の者達からの憎しみを物心着く前からずっと浴びせられて来たのじゃ」

 

三代目に告げられサスケは背中ですやすやと寝息を立ててるメンマに意識を向けた。

里中の憎しみを向けられてきた彼女の身体はとてもそうとは思えないほどに軽かった。

胸中の怒りはいつの間にか悲しみに切り替わっていた。

理屈で納得出来ないことは誰にだってある。

もしかしたら兄の凶行はなんらかの理由があったのかもしれない。けれどサスケにはいかなる理由があったにせよ兄のした事は許せる事ではなかった。

 

「……なんで俺にそんな事言うんだよ」

 

胸中に渦巻く悲しみから逃げるようにサスケは問いかけた。

三代目はメンマを背負って歩くサスケに目をやり、

 

「それはサスケよ、お主がこの子の事を案じ守ろうとしてくれたからじゃ」

 

優しい笑顔で言葉を続けた。

 

「これまで1人きりだったこの子の世界に初めて繋がりを持ってくれた。その繋がりが窮地を脱し立ち向かう力を与えたのじゃ」

 

サスケの脳裏にメンマと共にミズキに立ち向かった時の事が蘇る。

チャクラ切れでお互いボロボロだったのにも関わらず何故か力が湧いてきたのだ。

そして修行で一度も成功しなかった術を出すことが出来た。

 

「のうサスケよ、人というのは大切なものを守ろうとする時にこそ本当に強くなれるものなのじゃよ」

 

三代目の言葉にサスケの歩みが止まった。

先程の戦いから心辺りがないと言えば嘘になる。

けれど自分は復讐者だ。憎しみを力に変えて一族の仇を取るため歩いて行かなければならない。

 

「……信じられないといった様子じゃの」

 

立ち止まって顔を伏せるサスケの様子を見て三代目が言葉を続けた。

 

「わしの知ってる強い者らは皆そうじゃった。譲れないものや己の信念といった大切なものを守るために修行を積み強くなっていったのじゃ」

 

懐かしむ様に言った三代目の顔を確認する様にサスケは横目を向けた。

そのまま顔色を伺いつつ更に三代目に問いかける。

 

「……そいつらはどれくらい強くなったんだ?」

 

その問いに三代目は笑みを浮かべて口を開いた。

 

「そうじゃのう。彼らは皆、火影になったんじゃ」

 

その迷いのない答えにサスケは呆気に取られてしまった。

三代目は初代、二代目、四代目とこれまで木の葉を治めてきた火影達全員を実際に目にしてきたらしい。

その彼が言うのだから間違いないのだろう。

気付かぬうちにサスケの口元はほころんでいた。

背中に預かった重みがなんとも心地よい。

それはこれまで自分が背負っていた冷たさとは対照的な暖かい温もりだった。

 

(火影か……)

 

一度体を揺らし背中の少女を背負い直すサスケ。

「んん…っ」と耳元から寝苦しそうな声が響く。

呑気なものだ。と呆れるように息を吐いて、顔を上げサスケは再び歩き始めた。

 

 

 

 




ひとまず一章完です。
メンマのイメージ画像をカスタムキャストで作成しました。
背は低め、胸は歳の割にはある感じです。
https://img.syosetu.org/img/user/142323/100324.png


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