ちかなんとーーー。 (黄昏虎おじさん)
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オリジナル短編一話
本編


大学2年の春、新入生らが入る頃に主人公は偶然チカと出会い、ひょんなことから2人の付き合いが始まる。
やがて仲良くなる2人は友人から恋人になり…、
彼女と過ごすクリスマスの夜。


チカ「あ、今からだね。」

主人公「?」

チカ「今日はこれから”せいのろくじかん”って言うらしいよ!ふふん♪よく知ってるでしょ!」

主人公(ぶっー!!)

主人公「…チカちゃんそれ意味わかって言ってる?」

チカ「さあ?」

主人公「…」

主人公「…チカちゃん、それはね。世の多くのカップルがその時間にーーー。」

チカ「ふぇええ!?!そういう意味だったの!?」

主人公「うん。」

チカ「っー///」

主人公「ちなみに、僕達もカップル…。」

チカ「…あー!ちょっと暇だよねぇ!!あ、そうだ!トランプでもして遊ぼうよ!!」(タジタジ)

主人公「チカちゃん!」

チカ「ひゃ!ひゃい!」

主人公「チカちゃんは、さっき言ったようなこと…どう思ってるの…?」

チカ「あー…えっとぉ…そのぉ…うーん///」

主人公「…ごめん、つい。」

主人公「トランプして遊ぼっか。」

チカ「まっまって!」

チカ「えっとね…実は少し…、そういうことも…きょうみあるなー…なんて…。」(オロオロ)

主人公「ははは…無理しなくていいんだよ。」

主人公「つい僕も話題を振られちゃったから、聞いてみたかっただけだし。そういうことはやっぱりお互いに…」

チカ「あのね!」

チカ「えっと…上手く…言いにくいだけなの…。」

チカ「そういうことって…、チカは経験ないし…私にはそう縁がないことだろうなーって思ってたから、なんだか夢物語のような気がしてて…。」

チカ「でもあなたのこと、好きになって…デートして。」

チカ「最近たまに思うんだ、別れる時にもっとあなたを、愛してあげられないのかな…って。」

主人公「…」

チカ「キスだけじゃなくて…、もっと…2人じゃなきゃできないようなこと…。」

主人公「チカちゃん…。」

チカ「…ねぇ、主人公君…私に、少女以上の恋を…教えて欲しいの。」

主人公「…」

 

主人公「チカちゃん、じゃあ少しだけーーー。」

チカ「うん…♡」

 

ーーー。

 

チカ「あなたをこんなに愛せるなんて、初めての気持ち…。」

チカ「ねえ、主人公君は今どんな気持ち?」

主人公「犯罪だったかなって…焦燥感。ほら、チカちゃんまだ…」

チカ「もー!なんでそういうこと言うかなぁ〜。っていうか、それを言ったらお互い様でしょ!!」

主人公「ふふっ、そうだったかな。」

 

ベッドに向き合って横になっている2人。

少しだけ…いつもよりその距離は近く、深く。

 

主人公「不思議な気持ちだよね、こういうのって。」

チカ「…主人公君って、こういうこと…初めてじゃないの?」

主人公「あぁ、まあ…そうだね。しばらく前に彼女がいてね。」

チカ「そうだったんだ…。」

主人公「でもその時の彼女は、自分にはやりたいことがあるからって。遠く離れてしまうのに寂しくなるのは嫌だからって言われて。それで別れたんだ。」

チカ「なんだか、かっこいい人だね。」

主人公「うん。」

主人公「いずれは話すことだろうと思ってたけど。こんなに早く聞かれるとは、意外と察しいいよね、チカちゃん。」

チカ「あなたの考えてることはもうお見通しだよ!…心はひとつになれたんだから♡」

 

ニンマリと頬を赤らめながら笑う、彼女の無邪気な笑顔。

つい眩しいような気がして僕は…

 

主人公「なんかいやらしい言い方するよね。」

チカ「えー、そんな言い方しないでよ!もうロマンチックなこと言えたと思ったのに…。」

主人公「ごめんごめん。真剣なこと言ってると思ったら、つい茶化したくなっちゃって。」

 

冗談めいた言葉を交わし、笑い合い。

少し間をおいて彼女は神妙な面持ちで話し出した。

 

チカ「…主人公君って元カノさんのこと、嫌いになって別れたわけじゃないよね?」

主人公「あんまりはっきり言いたくないけど。たぶん、お互いにね。」

チカ「…今でも元カノさんのこと好き?」

主人公「ううん。」

主人公「…まあ、好きか嫌いかと言われたら好きだろうけど。今愛してるのはチカちゃんだけだから。」

チカ「えへへ♡嬉しい♡」

チカ「ごめんね、意地悪なこと聞いちゃって」

主人公「いいよ、やっぱり気になるよね、そういうことって。」

主人公「気持ちはわかるから。」

チカ「うん♡」

 

優しいピロートークを交わして僕らは、その日は共に夜を越して、翌朝に少し名残惜しさを感じながらも、お互いの私生活へと戻っていった。

 

 

正月を迎え数日の時が過ぎて、チカの元にひとつのメッセージが届いた。

それは幼馴染のカナンからだった。

海外へ渡航していた彼女が正月で帰国していたらしく。

数日後、機会があるというので久しく会うことにした。

 

ーー当日。

 

チカ「あ!カナンちゃん!おかえりー!」(ギュッ)

カナン「あはは♪チカ、ただいま。元気にしてた?」

チカ「うん!あ、とりあえずお店行こっか?」

カナン「うむ!」

 

彼女たちは喫茶店へ行き、会えないうちに積もり積もった話をした。

大学生活のこと、海外生活のことー。

 

チカ「ーーーってな感じで色々あってね〜!」

チカ「あ!そうそう!ふふん♪ついに私にもできたんだよ!カナンちゃん!!」

カナン「どうしたのそんなに誇らしげに…ふふっ♪」

チカ「カ・レ・シ!だよ!!いや〜憧れだったんだぁ♡」

 

(ガタッ!)

勢いよくカナンが立ち上がった。

突飛な彼女の行動にチカもつい飛び上がって驚いてしまう。

 

チカ「うわっ!?びっくりしたぁ!カナンちゃんどうしたの?」

カナン「え?あ…あぁゴメンつい…。そっかぁ…ついにチカにも彼氏が…」

チカ「えへへ♪本当に、この人だーって思える素敵な人に出会えたんだよ♡」

カナン(幸せそうだし…まぁいっか、ちょっと不安だけど)

カナン「へぇ〜」(ニヤリ)

カナン「で、どこまでいってるの?実はもうシちゃったとか…?」(悪い顔)

チカ「えっ…///」

カナン(あれ、反応が…)

チカ「そ、その…えっと…。」

チカ「ちょっと…耳…貸して」

カナン「う、うん!?」

チカ「(ボソボソ)つい、この間…人生初?…な、なんちゃって♡」

 

(ガタン!!)

再びカナンは勢いよく立ち上がった。

 

チカ「うわぁ!カナンちゃん、落ち着いて!!」

カナン「…あ、ごめん」

 

しばらく沈黙が流れた…。

やけに動揺しているカナンと頬を染めたチカ。

悩んでいるように腕を組んでいたカナンが、ため息混じりに声を漏らす。

 

カナン「はぁあ〜…。そっそっかぁ…いくところまでいってるかぁ…。」

チカ「あ、あんまり声に出していわないで///まだ少し恥ずかしくって♡」

カナン「付き合ってどのくらいなの?」

チカ「うーん、出会ったのは4月で…告白したのは8月だったから5ヶ月くらいかなぁ…。」

カナン(結構しっかり…)

カナン「…チカからいったんだね。」

チカ「うーん…、そのつもりで挑みかかったら。」

チカ「察してくれてたのか、彼の方から告白してくれて…♡」

カナン「ふーん。わかってくれる彼って感じなの?」

チカ「うん。私よりひとつ年上で頭が良くてね。とっても優しいの♡」

チカ「最初はお兄ちゃんが居たら、あんな感じなのかな〜って思ったくらいに!…えへへ♡」

カナン「へぇ〜。」

カナン(まぁ…大丈夫なのかなぁ…)

カナン「そっか、優しい彼か〜チカの好きになった人ってちょっと興味あるね。どんな変わった人なのか…。」

チカ「もう!チカが変な人好きみたいじゃん!」

チカ「違・う・よ!普通の優しい人だから!」

カナン「あはは♪わかってるって♪」

チカ「あ、そういえば聞いたことなかったけど。カナンちゃんは彼氏とかいるの?」

カナン「うーん、昔はいたんだけどねぇ。ちょっと色々あったから別れて…それ以来今までずっと1人かなあ…。」

カナン「ほら、私しばらく海外いたし。なかなか現地の人を好きになる〜ってこともなかったしね。」

チカ「へー、っていうか彼氏居たんだね!?初耳だよ!」

カナン「チカ、調子乗ってるでしょ?バカにしないでよ〜?チカが経験しているようなことは、私のほうが先に経験してるんだからね?」

チカ「もう、カナンちゃんこそ私のこと自分より子供って見下してるでしょ。」

カナン「ふふふ♪ごめんごめん、話聞いてたらちょっと妬いちゃってさ♪」

チカスマホ(ティロリン♪)

チカ「….あっ、メッセージだ。」(スマホチラッ)

チカ「あれ?休講になったんだ、なんでだろ?」

チカ「…あ、そうだ!…ふふん♪」

カナン「?」

チカ「カナンちゃん、私の彼、会いたくない?」

カナン「あ、さては自慢する気だな〜?」

チカ「させてよ〜♡私はこんっっなにも大人になったんだってところ!見せつけてあげるから!!」

カナン「ふふっ♪まあいいよ、会うだけだったらね♪」

チカ「えー、せっかくだし一緒に遊びに行こうよ〜。」

カナン「いいの?だってチカより大人な私が居たら、チカの彼。私が取っちゃうかもしれないよ♡」

チカ「ええー!ひどい!そんなことないもん!チカの彼は、私にゾッコンだもん!」

カナン「あはは♪うそうそ、まぁとりあえず会ってみるだけ会ってみよっか♪」

カナン「たしかにチカの彼って、一体どんな人なのか気になるし♪」

チカ「ふふふ♡きっと驚くよ〜♪こんなに素敵な人がいるなんてーって!」

(ティロリン♪)

チカ「あっ!メッセージ!!うん、今からこっち来てくれるって!はぁあ♡早く会いたいなぁ♡」

カナン「ふふ♪可愛いねチカは。」

 

待ち合わせ場所で主人公を待っている2人

仲良く談笑をしながら待っているそこに主人公がやってくる。

 

カナン「…んんっ!??」

カナン 「え?チカの彼って…もしかして…あの人?」

チカ「うん?あ、そうだよ!」(手フリフリ)

チカ「え、すごいね。カナンちゃんなんでわかったの!?」

カナン「い、いやぁ…すごいも何も…」

 

講義が休講になり、今日の予定が空いた僕は、彼女の呼び出しで待ち合わせ場所へと向かった。

そこにはチカちゃんと、あともう1人…チカちゃんの友達だと聞いていたのだが…。

その女性を見て、僕の表情は少し複雑な気持ちにくぐもって、眉を潜めていた。

 

主人公「え…カナン?」

カナン「やっ…やっほ…、久しぶり…。」

 

チカがキョトンとする。

 

チカ「!?!?」

チカ「なんで主人公君もわかるの!?もしかして親戚だったー!とか?」

カナン「はっはは…まさか…。」

主人公「…いや、チカちゃん…えっと…。」

 

ちらりとカナンの方を見ると、プイッと顔をそらされた。

どうやら助け舟は出してくれないらしい…。

 

主人公「突然になっちゃうけど、こないだ話した元カノって、この…カナン…のことなんだよ…。」

カナン「こら、人に指差すな。」

チカ「そうだったんだ!?へー…。」

 

チカ「えっ?えぇええええ!??」

 

 

その日は結局、そのあと特別何かをするでもなく、少しだけ話をしてその場で解散した。

特に言い合いなどになったわけでもなかったが、なんとなく縺れ気味の関係ができた僕らは、自然と各々が少しだけ疎遠になったように振る舞った。

 

数日後、気持ちが落ち着きはじめた頃。

僕はカナンに呼ばれて、待ち合わせ場所へと向かった。

 

カナン「ごめんね、急に呼び出しちゃって。」

主人公「いいよ。」

主人公「この間はびっくりしたよ、こっちに帰ってたんだね。」

カナン「まあ、ちょっとだけ…お正月だったしね。」

主人公「そっか…。」

 

カナン「…あの日別れたこと、私の方から切り出して決めたことだけど…。実は少しだけ後悔してた。」

カナン「あなたみたいな人…、なかなか出会えるわけじゃないのにって…。」

カナン「あなたはどう思った?」

主人公「僕は…あんまり突然だったから、最初はよくわからずに君のこと、応援してるだけのつもりだったけど。」

主人公「後から痛感した、君のいない日々は寂しかったよ…。」

カナン「そっか…。」

主人公「海外に行ってどうだった?」

カナン「すごく刺激的だよ、毎日。」

カナン「言葉がなかなか馴染めなかったのには、結構悩んだけどね。慣れたらなんてことはなかったよ。」

主人公「やっぱり強いよね、君は」

カナン「こういう無鉄砲な勇気は…高校の時にしっかり身につけられたからね。」

主人公「よく話してくれたスクールアイドルの話のことだね。」

カナン「うん、ちなみに。そのグループのリーダーがチカなんだよ。」

主人公「チカちゃんが?驚いた…。」

カナン「あれ、話してなかったんだね。ちょっと意外かも。」

カナン「チカは普段はあんな感じだけど、心からやりたいって思ったことにはひたすら打ち込むタイプだからね。」

主人公「なんとなくわかるかも…。」

カナン「ふふっ、まさかあなたとチカの話をすることができるようになるなんて。思っても見なかったな。」

カナン「あの子はとっても純粋だよ。きっとあなたのこと、この世の誰よりも愛してるって思ってくれてるはず。」

主人公「うん、そうだね。僕も…」

カナン「あぁ〜妬けちゃうなぁ〜」

主人公「ははは…。」

カナン「まさかあなたを手放したら、それをチカに取られるだなんて…、想像もしなかったよ。」

カナン「世の中不思議な出会いってあるんだね…まあ、そういうこと感じるのも初めてじゃないけど…。」

カナン「…でもあなたでよかった。チカに彼氏ができたって聞いた時は正直もう気が気じゃなかったよ。」

主人公「ふふっ」

カナン「あのチカに彼氏がー!?なんて、騙されてんじゃないかってね。」

主人公「チカちゃんのこと、妹みたいに思ってるんだね。カナン。」

カナン「まあね、チカとは生まれた時から一緒だったような仲だから」

カナン「そういうあなたも、チカ”ちゃん”なんて随分可愛らしく呼んじゃって。わたしと同じように妹みたいに思ってるんじゃないの?」

主人公「たしかにそうだったかも、でも最近は少し違うかな。」

主人公「チカちゃんと一緒にいることが長くなるほどに、あの子のこと…パートナーとして、すごく心強く感じるようになって、いつのまにかチカちゃんのことを、頼ってる自分がいるように感じることがある。」

カナン「…」

 

少し切ないような表情を浮かべるカナンは、

いたずら気味に意地悪な問いを主人公に投げかけた。

 

カナン「…ねぇ、チカのこと好き?」

主人公「うん、そうだけど。」

カナン「あなたと私、別に嫌いになってお互い別れたわけじゃないよね。」

カナン「きっと私はそうだろうと思ってた。さっき君に聞いても、そんな風に言っていたから、君は…私が想像していた通りの君で、間違い無いって思った。」

カナン「じゃあ、もし私が…やっぱりあなたのことが好きだからと言って。今ここであなたに告白したら。」

主人公「えっ…」

カナン「あなたはチカと私…どっちを選ぶ…?」

主人公「…」

 

少しだけ悩むようなそぶりを見せるも、主人公はキッと口を結んで決意をあらわにする。

 

主人公「…それでもやっぱり、僕はチカちゃんのことが好きだ。今はあの子のことだけを愛している。」

主人公「…ごめんね」

 

主人公の言葉にカナンは大きなため息を漏らす。

 

カナン「あぁあ…、謝らなくていいんだよ。」

カナン「そんな風に言われると、その弱みに付け入って、チカからあなたを掠め取っちゃおうとか。考えちゃうじゃない…やらないけど。」

カナン「それに断られることは確信してたからね。」

カナン「安心したよ、脇目も振らず、あの子のことを愛してくれそうで。」

主人公「試したのかい?」

カナン「そのつもりだけど?」

主人公「…君も君で、相当に意地悪だね…。」

カナン「ぶい」

主人公「はぁ…なんか疲れた…」

カナン「じゃあちょっと癒してあげるよ。」

 

距離を詰めてくるカナン

 

カナン「ほら、ハグ。」

主人公「わっ!?」

 

背後から抱きついてきたカナンを一瞬、振り解こうとした主人公だが、動きが止まる。

 

カナン「これが最後にするから…、もう一度だけ…あなたのことを感じさせてよ…。」

 

弱々しい声で懇願するカナン、主人公は何もできず。

複雑そうな表情を浮かべたまま、時が過ぎるのを待った。

 

 

買い物袋を片手にルンルンと歩くチカ

いつも通りの道を行くその足取りで、風景を眺めていた。

 

チカ「…?あれ、主人公君…っ!?」

 

目に飛び込んできたのは、主人公とハグをしているカナン

 

チカ「カナンちゃんと…一緒に…。」

チカ「…邪魔しないようにしなきゃ…。」

 

チカは気づかれないようにと早足でその場を去った。

その後ろ姿に主人公は気づく。

 

主人公「っ!?チカちゃん!?」

カナン「えっ?チカ?」

主人公「うん、さっきあそこにいたような…」

カナン「あちゃー、まずいところ見られちゃったね。」

主人公「ひどいなカナン…。」

カナン「ははは、ちょっとくらい報いられてもいいんじゃないかなって思っちゃった。」

カナン「君が変に優しくって、簡単に私を受け入れちゃうからだぞっと!」

 

(バシッ)

勢いつけてカナンは主人公の背中を叩く

 

主人公「痛っ!」

カナン「ほら行きなよ。愛しの彼女が泣いてるぞ〜」

カナン「あっ!」

主人公「えっ…何…っ!?」

 

(ちゅっ)

カナンが主人公の頬に軽く唇を当ててから耳元で囁く

 

カナン「…チカのこと、よろしくね。」

カナン「あの子は繊細なところもあるから…。」

主人公「…」

カナン「行ってきなよ。」

カナン「大丈夫、効いてくれるかわかんないけど…あとで少しだけフォローしてあげるから。」

主人公「ありがとう。また君とこうして話が出来て良かった、嬉しかったよ。」

主人公「カナン、またね。」

カナン「バイバイ…」

 

カナン「…ちょっとだけやっぱ心配かも、隙だらけだし、本当優しすぎるんだよ。君は。」

 

しばらくしてカナンは急にヘタリ込む。

頬を赤らめて、さっきまでのことを思い出しながら。

少し涙を隠しながら…。

 

カナン「…失恋しちゃった…。」

 

カナン「あぁあぁ〜私も私で未練タラタラで…、恥ずかし…。」

カナン「当分は会わない方が身のため、チカのため…だね。」

 

 

チカちゃんの見えた方角へと僕は走った。

どこに彼女が向かっていたのかはわからない。

このまま走ったところで、彼女と鉢合わせられるとは限らないのに。

ましてや、遠くに見えたその後ろ姿が、本当にチカちゃんだったのか。

それすらもわからないのに…。

はやる足を止めることなく、僕はひたすら走った。

 

曲がり角を曲がったその先で、彼女の姿を見つけた僕は。

少し安堵したような気持ちになって、歩みを止めて。

それから決心を固めて、彼女の元へと再び走って向かった。

 

主人公「…はっ…はぁっ!…チカちゃん!」

チカ「あれ!?…主人公君…。」

チカ「どうしたの?息なんて切らせて焦っちゃって〜♪」

主人公「さっき…チカちゃん…いたの…見えて…。」

チカ「えぇ〜どこで…」

主人公「ごめん!」

主人公「誤解させるようなこと…。」

 

チカ「…ううん、いいの。」

チカ「気づいてたんだね。私が見たの…。」

主人公「うん、それで…急いで…」

チカ「あのね。…私ちょっと思ったんだ。」

主人公「…えっ?」

チカ「やっぱり主人公君はカナンちゃんと一緒にいるべきじゃないかなって…。」

主人公「そんな…。」

チカ「だって、カナンちゃんは大人で…私よりも魅力的で…。あなたみたいなステキで大人な人は…わたしには不釣り合いなような…気がして…」

主人公「まって…」

チカ「だって!あなたのことを…最初はお兄ちゃん見たいって思っちゃって!…つい…この間…あんなことがあったから…対等になれたのかな?なんて思ったけど…。やっぱりわたしは…あなたの恋人じゃなくて…、あなたの妹のような存在でいられればいいって…。」

チカ「だから…あなたはわたしとじゃなくて…カナンちゃんと一緒に居るべきじゃ…」

主人公「チカちゃん!!」

チカ「!?」

 

主人公「本当、繊細なんだね…。」

主人公「さっきカナンと会って話してた…、別れた日のこと、海外のこと、それからチカちゃんのこと…チカちゃんとの関係のこと。」

主人公「それから、…カナンにさっき言い寄られたんだ。」

チカ「!?」

主人公「お互い嫌って別れたんじゃないから…。もしカナンが僕に告白したら…僕がチカちゃんとカナンの、どっちを選ぶのかって…。」

チカ「それで…」

主人公「断った、カナンのこと。僕が今好きなのはチカちゃんただ1人だからって。」

チカ「でも…さっきはハグして…」

チカスマホ(ティロリン♪)

主人公「カナン…じゃないかな…。」

チカ「メッセージ…カナンちゃんからだ…」

メッセージ[カナン:さっきは意地悪してごめんね。]

チカ「カナンちゃん…。」

主人公「突き放せば良かったんだろうけど、出来なかったんだ…。」

主人公「本当にごめん、カナンにも言われた。変に優しくするから誤解を生むんだって。」

チカ「うん…」

主人公「あ、あと。カナンが僕を揺さぶったのは、チカちゃんへの気持ちが本当かどうかを、試したかったからだって言ってた。」

主人公「安心したって、チカをよろしく…って。」

 

チカ「…なんだか私、混乱してきちゃった…ははは」

 

(ギュッ)

僕は出来る限り優しく、チカちゃんの手を包むように握った。

 

主人公「ごめんね、色々と…僕も同じで、もうてんてこ舞いで」

チカ「ふふっ」

主人公「そんなあとだから、あまり説得力はないかもしれないけど。チカちゃん。」

主人公「もう一度君へ、僕の気持ちを伝えるね。」

チカ「はい。」

主人公「僕はーーー」

 

チカちゃんは僕の言葉に答えてくれたように、ハグをしてくれた。

僕もそれに応えて強く抱きしめて。

 

チカ「ーーーありがとう。これからもよろしくお願いします。」

 

2人は静かに、キスを交わした。

END




…。

カナン「け〜っきょく見ちゃった。」
カナン「2人とも…あんな往来の場で、堂々と見せつけちゃって。」
カナン「…離しちゃダメだよ、大切な人を。」
カナン「お幸せに、チカ…。」




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ちょっとカナンちゃんが寂しい結末の物語ですが
3人仲良く…なっても良かったのだけど。
恋愛ならこうかなーって。
3P発展っぽいのはあまり好まないタチなので!(蹴

ちなみに主人公君は妄想上の筆者…
ではなく、筆者の妄想上のイケメソな友人みたいな感じで創作してます。
チカちゃんたちみたいな子には、やっぱりふさわしいような人たちとくっついて欲しいって思うからね!(

物語の発端というか、こんなこと考えたのもきっかけは、まとめSSで見た小話とかから由来してるので。
「どっかで見たセリフだな…」みたいなのはちょいちょいあると思います。
(冒頭のそれなんかがまさしく…)
あとは少女以上の恋がしたいとかの歌詞を、少しもじったり。
一部、都合の悪い表現を省いたり、直接的に書かないようにしてます。
本当は漫画とかそういうのにしたいよ!

大学の話みたいなのがちょろっと出たりしましたけど、エアプなので変なこと書いてるかもしれません(
その他、セリフ前の名前付けとか、誤字脱字とかあれば教えていただければ嬉しいです。。。

最後に、初投稿+文章書きの知識なんて全くないようなもんだから。
句読点だとか云々カンヌン、いろんな文書表現は荒かったかと思いますけど、だいたい雰囲気とかで楽しんでいただけたのなら幸いです。

以上、改めて最後まで見てくださって、ありがとうございました。


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[改訂版本編]
一篇 笑顔と出会って。


夜のテラス。

二人。

 

「ーーちゃん、僕は…君のことがーーー。」

高層ビル屋上の一角で愛の言葉を交わした二人は、その日恋人になった。

 

 

ーーー。

 

 

私たちの出会いは偶然。

始まったばかりの新生活の中で。

大学サークルの勧誘に追いかけられてたその時に、彼とはじめて出会った。

 

彼は困っていた私を助けてくれて、その時はすぐにお礼を言って別れたけれど。

何かの縁があるようで、度々彼と居合わせては私のことを気づいてくれた。

 

ある日ーー。

 

チカ「あっ…」

チカ「こんにちは!」

「ん?こんにちは。」

「…何故だか君にはよく会う気がするね。」

チカ「エヘヘ。そうですね。」

 

彼は大人びた風貌で、とても落ち着いた人だ。

でも、何故か私の目には…とても淋しそうに見える時がある。

 

そんな彼はいつもポーカーフェイス。

でもまれに挨拶をした後や、助けてくれた後に。

少しだけ…口角が上がって微笑む。

素敵な笑顔ーー。

 

「ーーじゃあね。」

チカ「あの!」

「?」

チカ「私はチカ!タカミチカ!」

チカ「あなたの…お名前は?」

「…」

 

彼はポカンとした表情を浮かべてから。

 

主人公「僕は…主人公。」

チカ「主人公…さん。」

チカ「よろしくね!ふふふ♪」

主人公「よろし….く?」

 

ときめき?ちょっと違うのかな…?

でも私の気持ちは間違いなく、彼の第一印象に惹かれていた。

 

 

ーーー。

 

 

それからも彼とは度々鉢合わせて。

声をかけたり、少し話したり。

やがて、私たちは連絡先を交換して友達というような関係になった。

 

ある日、トボトボと廊下を歩いているチカ

チカ(今日の講義…何言ってるのかさっぱりわからなかったよ〜…)

チカ「はぁああ〜…」

 

行き場のない気持ちを大きなため息にして吐き出しながら歩いていると。

その先に主人公ーー。

よく鉢合わせるチカと主人公だが。

実は大体この時間帯、この場所に主人公は居る…という確信のもとで、チカはその場所を訪れている。

なんとなく彼の行動パターンを見抜いているのだ。

 

チカ「こんにちは〜…。」

主人公「こんにちは。…顔色が優れないようだけど大丈夫?」

チカ「あはは…。」

チカ「その、なかなか勉強についていけなくて…。」

主人公(この時期の段階で…かあ…)

主人公「教科は?」

チカ「色々〜かなぁ…。」

 

こういう話、困っていることを彼に伝えると。

大体彼は構ってくれる…助けてくれる。

 

主人公「…深刻?」

チカ「…うん。」

主人公「ははは…。」

 

苦笑いを浮かべて主人公は持っていたコーヒーを一口。

一間を置いて。

 

主人公「僕でよければ勉強教えてあげたりとかは、してもいいけど…。」

チカ「本当に!」

主人公「おっ…おう?」

チカ「できれば…お願いしたいなあ…。」

 

表情豊かなチカはウルウルと涙目を浮かべているかのように主人公に懇願する。

 

主人公「いいよ、教えてあげる。」

チカ「やったあー!」

 

無邪気に喜ぶチカを見て少しだけ主人公が微笑む。

 

彼の笑顔を見ると、何故だか少しホッとした気になる。

ちゃんと、笑えるんだーーって。

私はその表情を見たくて彼の気を引いてみせる。

 

チカ「ふふふ♪」

主人公「いつする?」

チカ「私はいつでもいいけど…」

主人公「この後とかでも?」

チカ「うん!もちろん。」

主人公「…じゃあ、場所は…喫茶店とかファミレスとか…」

チカ「どこでもいいよ♪」

主人公「それじゃ探しに行こっか。」

チカ「うん!」

 

ーー。

 

チカ「ンムムム…」

主人公「…」

チカ「はぁああ〜…」

主人公「ダメっぽい?」

 

おもむろにメニューを手に取り読み始めるチカ。

 

チカ「これ!美味しそう!」

 

デザートを指差してわざとらしくアピールするチカ。

ははは、と主人公は苦笑いする。

 

主人公「寄り道始まっちゃったね…。」

チカ「だって難しいよお…。」

主人公「ははは…。」

主人公(チカちゃんって大学入試どうやって合格したんだろう…)

主人公「それでもできるようにならなきゃ、来年も同じ一年生したい?」

チカ「したくないけど…。」

主人公「じゃあ頑張るしかないね。」

チカ「うう…。」

 

机にグデっとうなだれるチカを見て主人公はやれやれとため息をつく。

 

主人公「仕方ないな…なら、問題が解けたらそのデザート注文して一服しよっか。」

チカ「やったー!よおし、頑張るよ!!」

主人公「あはは…。」

 

デザートがかかっているとなると途端に目の色が変わるチカ。

最初っからその意気込みでやってくれればいいのに…なんて思いながら。

集中して問題を解いているチカを眺めていると、主人公は少しウトウトと…船を漕ぎ始めた。

 

どうしてだろう…急に。

そんなに夜更かししたわけでもないのに。

落ちる瞼を誤魔化すように少し目尻を擦っていると、チカが気づいた。

 

チカ「…もしかして主人公さん、眠い?」

主人公「…あっごめんね。ちょっとウトウトしちゃって…」

 

クスッ、少しだけチカは微笑んでから主人公に一言。

 

チカ「眠っててもいいよ、終わったら声かけるから。」

主人公「んー…。」

主人公「ごめんね、じゃあお言葉に甘えて少し…。」

 

こんなところで…とも思ったけど急激な眠気にかられて、主人公は机に寄っかかってうつ伏せにして少し眠った。

 

ーー。

 

「ねー、この例文はなんて訳すの?」

 

声が聞こえる、聴き慣れた声。

彼女のーーー。

ふわふわと曖昧な空間の中で。

僕は彼女と会話をしている…。

 

「…」

「もー、教えてくれてもいいじゃん。」

「…」

 

ムスッとした表情をしたかと思えば、コロリと反転して笑顔を見せる。

 

「あ!そうだこの間ね!…」

 

話を逸らしてきた…その手には乗らない…。

 

「…」

「固いこと言わないでよ〜。いいじゃん、私と話すの…嫌?」

 

咄嗟に思わず首を横に振ってみせる。

 

「…」

「にひひ♪」

 

嬉しそうに微笑む彼女が思い浮かぶ。

 

そう…、ちょっと前までもおんなじように…。

彼女と一緒に…。

 

主人公「…ぁ…なん」

チカ「寝言言ってる…ふふふ♪」

主人公「ん…あれ、ああそっか。」

チカ「あ、おはよう♪」

主人公「…おはよう、ごめんね。」

チカ「ううん♪寝言言ってたよ?」

主人公「えっ恥ずかしいな…。」

 

夢…彼女の…。

断片的に覚えている夢の記憶を手繰って。

ーーフラッシュバックする。

今、目の前にいるのはチカちゃんなのに。

僕は未だに、ーーー彼女に依存している。

 

チカ「よおし!解けたよ!」

主人公「…うん、正解。」

チカ「やったあ!」(ポチっ)

注文ベル[ピンポーン♪]

 

ーー。

 

玄関を開けて自宅へと入る主人公。

暗い部屋。

何故だか電気もつけずトボトボと入っていって床に横たわる。

 

うたた寝をした時に想起した記憶…。

 

二月ほど前になるか、僕はそれまで付き合っていた彼女と別れた。

彼女とは仲違いをしたわけでもなく、もう会うことはできない…そんな別れをしたわけでもない。

 

彼女は別れを決意した時に。

「また会って、また恋をして。付き合えればいい。」

そう言ってくれた。

当時その言葉はとても自分を救ってくれた気がした。

でも、今は呪縛…。そうとも感じてしまうような気がする。

 

忘れられない彼女、…今は会えない。

どうしているのかもわからない、そんなもどかしさが心を蝕んでいる。

 

彼女に会いたいーー。

たくさん話をして。

ハグしたい。

 

“初恋”という熱病に冒されていた僕の心は、

それを失って、少しだけ壊れていた。

 

ティロリン♪

 

スマートフォンの通知を受けて閉じかけていた瞼が開く。

 

チカ[今日は勉強教えてくれてありがとー!]

チカ[またお願いしたいな〜!!]

チカ[また会った時にお願いしちゃうかも♪]

チカ[その時はよろしくね!]

 

主人公「ふふっ、なんだか強引だな…。」

 

主人公[受けて立つ…]

 

チカちゃんからのメッセージ。

あの子は…なんとなく見ていると放っておけない気がして。

妹ができたみたいな…、そんな感じ。

 

失恋に傷心していた僕は日々なんとなく俯き加減な生活を送っていた。

でも今は少しだけ明るくしていられる。

あの子のおかげなのかな…。

 

横になったままでいると、意識が遠のいていきそうな気持ちになったので、力を入れて立ち上がる。

明日の準備をしなきゃ…、電気をつけて。

ベッドの横を通って、置いてあるイルカのぬいぐるみの頭をポンポンと軽く叩いてから微笑む。

我ながら気持ち悪いことをしているーー、そんなふうに思いながらお風呂のスイッチを入れて歯磨きをし始める。

 

明日はバイト。

 

 

ーーー。

 

 

主人公「チカちゃん、こんにちは。」

チカ「あ!こんにちは!」

 

お昼前、いつも2人がよく居合わせるところとは違うところで2人は出会った。

 

チカ「あれ?今日はいつもと違うんですね。」

主人公「いつもと違う?」

チカ「この場所、主人公さんとはあんまり会わないところだなあ〜って思って。」

主人公「まあ、確かにね。」

 

トートバッグを肩に掛けて現れた主人公、この道は食堂に向かう途中。

 

チカ「お昼食べにきたの?」

主人公「うん、昼過ぎにまた講義があるからね。」

チカ「そうなんだ。」

チカ「じゃあ、一緒に行きませんか?」

主人公「いいよ。」

チカ「やった!えへへ♪」

チカ「おっ昼♪おっ昼〜♪」

 

無邪気にスキップしながらチカは食堂に向かった。

 

主人公「じゃあ席とって待ってるから。」

チカ「?」

 

周囲を見渡し、はてな、首をかしげるチカ。

お昼の時間だが、いつもより人は少なくチラホラ席の空きが見られる。

 

チカ「先に抑えなきゃいけないほど混んでないけど…。」

主人公「ああ、僕弁当だから。」

チカ「なるほど〜。」

 

昼食を調達して主人公の元へ行くと、主人公は小さな弁当袋を出して待っていた。

 

チカ「手作り!?」

主人公「うん。」

チカ「弁当男子!すごい…」

主人公「簡単なものしか詰めてこないけどね。」

 

箱を開けるとシンプルな料理が綺麗に整頓されて収まっていた。

品数は少ないが白、茶、黄、緑、赤。

彩よく装われて、主人公の几帳面さが伺えるお弁当。

 

チカ「わあ!綺麗!」

チカ「美味しそう…」

主人公「ははは。」

 

主人公が箸を出して食べようとするも、向かい側に座っているチカが目を光らせているのが気になって仕方ないという様子で。

 

主人公「…何か欲しい?」

チカ「プチトマト…」

主人公(料理じゃないんだ…)

主人公「あげるよ。」

 

主人公がトマトを箸で持ってチカの食器の上に置こうとすると。

 

チカ「あーん♪」

 

口を開けて雛鳥のように食べ物をねだるチカ。

ざわざわ…周囲がざわつくのがすぐわかった。

流石に主人公は恥ずかしくなって一言。

 

主人公「チカちゃん、ちょっとそれは恥ずかしいな…。」

チカ「え?」

 

目配せして、周囲の様子に気づいたチカははにかみ顔で引っ込む。

 

チカ「あはは…ごめんね、つい。」

チカ「わ、私女子校出身だから。こういうのって普通っていうか当たり前くらいに思っちゃってて…」

主人公(女子校の当たり前…?本当にそうなのかわからないけど…僕らには知る由もない世界か…。)

 

やれやれと思いながら主人公は苦言をこぼす。

 

主人公「気をつけてね。僕はあまり気にしないけど…他の人にすると、いろいろ誤解とか生みかねないから。」

チカ「誤解?」

主人公「…」

 

頭を抱えて主人公はため息を漏らす。

 

主人公「無自覚って…怖いなあ…。」

チカ「?」

 

食器の上に置かれたプチトマトを食べてご満悦のチカ。

 

チカ「ん〜おいひ〜♡」

チカ「でも、本当すごいね。朝作って持ってきてるの?」

主人公「朝ごはん作るからその残りを弁当箱に詰めてる…って感じかな。」

チカ「朝ごはんを、作る!?」

 

驚愕するチカに主人公はついビクッとする。

いちいち反応が大きいチカに苦笑い。

 

主人公「作るって言ってもそんなに凝ったことはしないよ。」

主人公「簡単な調理だけ自分でやって、冷蔵の惣菜とか冷凍食品を並べたりするだけだし。」

チカ「へ〜。」

チカ「それでも私には難しそう…朝苦手だもん。」

主人公「…チカちゃんたまに朝走って来てたりしてない?」

チカ「見られてる!?」

主人公「やっぱり、チカちゃんか。」

主人公「廊下から外眺めてたら…たまにね。」

チカ「っ〜!恥ずかしい…。」

チカ「たくさんアラーム鳴らしてるのに全然起きれないんだもん…。」

主人公「ふふふ。僕も朝は苦手なほうだったけどね。」

主人公「でも僕の場合は、朝ごはん作るぞって意気込んでやり始めたら、結構起きれるようになったかな。」

チカ「へ〜。」

主人公「もともと、”自炊した方が安上がりに済む”って聞いて始めたのがきっかけだったんだけど。」

主人公「料理するのが楽しいって気づいて。」

主人公「挙句、つい凝った料理を作るようになったり、食材費用がかさんで本末転倒なんてこともあったね。」

チカ「ふふふ♪」

チカ「そっか〜、弁当男子のきっかけは”節約のため”かあ…やっぱり大学生活では大切になってくるんだね。」

主人公「まあ、遊びたいからそのお金を確保するため…だけどね、あはは…。」

チカ「ふふふ♪」

主人公「朝ごはん作れば…って言うわけではないけど。」

主人公「何か朝にする予定とか作れば、僕みたいに朝苦手も克服できるかも?」

チカ「うう〜ん…。」

主人公「こういうのはまず挑戦してみることが大切。だよ?」

チカ「そうだね…そうだ!体を動かすことがあんまりないし。」

チカ「朝ランニングとか…してみようかな。」

主人公「いいんじゃない?」

チカ「うん!今度やってみよう!」

 

チカ「あ!」

主人公「何?」

チカ「ご飯冷めちゃう…。」

主人公「ははは…、食べよっか。」

チカ「うん!いっただきまーす!」

 

ーー。

 

チカ「ご馳走様でしたっ♪」

 

食事を終えて一息。

講義の時間までにはまだ時間があるのでゆっくりする主人公。

チカはその様子を少し伺いながら声を掛ける。

 

チカ「あ、そうだ。」

主人公「?」

チカ「週末の予定って、主人公さん空いてる?」

主人公「んー…。」

 

主人公はスマートフォンのカレンダーを確認する。

 

主人公「日曜の午後なら空いてるけど?」

チカ「もしよかったらお買い物に付き合ってほしいな〜なんて…。」

主人公「どうかしたの?」

チカ「父の日のプレゼントを買おうかなって思ってるんだけど。うちは三姉妹だから男の人が貰って喜ぶものがいまいちわからなくて…エヘヘ。」

主人公「なるほどね。」

チカ「母の日ならカーネーションって、相場が決まってるからいいけど。」

チカ「父の日っていまいちそういうものがわからなくて…困っちゃうんだよね。」

主人公「ふふっ確かにね。」

主人公「いいよ、特別な予定は何もないし。」

チカ「ありがとう!」

主人公「ーー時くらいからだったらたぶんフリーだから。」

主人公「どこに集まる?」

チカ「じゃあーーー。」

 

ーー。

 

主人公「あ、時間。講義行かなきゃ。」

チカ「はーい。」

チカ「そうしたら、後はまたメッセージで連絡するね。」

主人公「うん、よろしくね。じゃあ。」

 

トートバッグを提げて主人公は席を立ち。

軽く手を振って去って行く。

 

チカ「いってらっしゃーい♪」

 

可愛らしく手を振って見送るチカ。

主人公が去ったのを見届けてから、手元にあったコップのお茶を飲み干して。

ーーくふふ…と嬉しそうに含み笑い。

 

チカ「…やった♪誘えた♪」

チカ「楽しみだなあ♪」

 

トレイを返却してチカは、るんるんと飛び跳ねるように食堂を後にした。

 

 

ーーー。

 

 

当日を迎え、待ち合わせ場所に主人公は予定時間の30分前で到着した。

 

主人公(出かけのその足で来たら…ちょっと早く着きすぎちゃったな。)

 

そう思って主人公は近くにコンビニを見つけて飲み物を買って一服していた。

すると、軽快な足音共に上機嫌そうな人が通り過ぎて行く。

橙色の髪の毛にアホ毛がピョコピョコと、まるで彼女の心境を体現しているかのように動いてるその後ろ姿。チカちゃんだーー。

 

スキップしながら鼻歌交じりに集合場所の方へと向かってる。

…この子、傍目にすごく目立つ。

正直そのテンションのまま隣にいられるのは、恥ずかしいような気もするが、不思議と本人と共にいると、癒されるという気持ちの方が勝る。

なかなかの不思議ちゃん…。

 

集合場所に着いたら辺りを見回して。

ニコニコしながら近くのベンチに座って待っていた。

 

正直眩しい。

燦々と輝く太陽のような彼女に真正面から向かうと目が眩んでしまいそうに思った僕は、わざと回り道をしてチカちゃんの背後から接近する。

トントンと指で彼女の肩をつついてー。

 

チカ「わっ!」

主人公「こんにちは、チカちゃん。」

チカ「びっくりしたあ…。こんにちは!」

主人公「今日はひときわ楽しそうだね。」

チカ「エヘヘ♪楽しいよ〜♪」

チカ「一緒にお買い物、楽しみにしてたもん♪」

主人公「ふふっ、それじゃ行こっか。」

チカ「うん!」

 

プレゼントを探してウインドウショッピング。

チカちゃんにいろいろ話を聞いて、お父さんの喜びそうなものを見繕う。

 

チカ「ーーうん。決めた、これにする!」

主人公「いいんじゃないかな。」

主人公「きっと、喜んでくれるよ。」

主人公「そうしたらチカちゃん。これも一緒に…。」

 

手に提げていたレジ袋をチカに渡す。

 

チカ「さっき買ってたもの…?」

チカ「レターセット…。」

主人公「女の子なら持ってそうって思ったけど。」

主人公「日々伝えにくい気持ちは手紙にしたためて…。」

主人公「やっぱり、感謝する気持ちを伝えてあげるのが、一番大切だと思うからね。」

 

わあっ…とチカの表情が輝く。

 

チカ「うん、そうだね!」

チカ「ありがとう!うふふ♪」

チカ「…あ〜でも、そうしたらなんだか、お母さんにはそんなことしてあげなかったから、不公平みたいになっちゃうなあ…。」

チカ「来年してあげよ…ふふふ♪」

 

アレコレとチカの頭の中が口から漏れてくる。

その様子を見ているとなんだか微笑ましくて、自然と笑みがこぼれる。

 

主人公「ふふっ」

チカ「ありがとう!主人公さん!お陰でステキな父の日のプレゼントができるよ。」

主人公「お役に立てて嬉しいよ。」

チカ「じゃあ、レターセットのお金…」

主人公「そんなのはいいよ。」

チカ「でも…。」

 

困ったような表情を浮かべてから、チラリ。

チカは周囲に目を向けてから閃く。

 

チカ「ふっふっふ…。」

主人公「?」

チカ「じゃあ〜お礼だけさせてよ。」

チカ「チカが奢ってあげるよ〜♪」

 

何が始まるんだ?と主人公は少し苦笑い。

 

チカ「ちょっと待っててね♪」

主人公「うん、いってらっしゃい。」

 

チカはパタパタと駆け足でコンビニに向かう。

数分ほどしてレジ袋を提げて帰ってきたチカは、アイスを1つ取り出して。

 

チカ「パ○コ!ーーしよ?」

 

…。

この子、本当にかわいいなあーー。

そんなことを思いながら口元が綻ぶ主人公だった。

 

主人公「ふふっ。」

主人公「うん、ありがとう。」

 

ーー。

 

チカ「期間限定で出た甘夏みかん味!」

チカ「みかん好きとしては…はずせないよね…!」

主人公「ははは…。」

主人公(チカちゃんが食べたかっただけ…みたい。)

チカ「パピ○って〜2つが繋がってるやつが好きなんだけど。1人で食べるとなんだか物足りない気がするんだよね。」

チカ「やっぱり○ピコは2人で食べなきゃね♪」

チカ「ーーー。」

主人公(真面目に聞いてたらきりが無さそうだ…)

 

会話が自己完結するチカのマシンガントークを小耳に挟みながらのんびりする。

夕暮れ時…すこしひんやりしてくるのにアイス…。

でもなんだかとっても美味しい。

 

チカ「…やっぱりみかんは最高だよ〜♡」

主人公「みかん好きなんだね。」

チカ「うん!大好き♡みかん自体ももちろんだし、みかんを使ったものならなんでも大好き♡」

 

ほんと…楽しいな、この子。

 

主人公「…ふっあはは♪」

 

微笑ましいチカの反応に、主人公はいつになく自然体で、幸せそうな笑みをこぼす。

 

…ドキッーーー。

 

こんな表情もできるんだ…。

彼の普段見られない表情を一瞬ーー。

それが私にとっては、胸を射抜かれたような衝撃になって。

キュウッと…心を締め付けた。

 

チカ「っー///」

 

私…感じてる、これはきっと…

恋心ーー。

 

少しだけ、頬が朱に染まって。

次第にほっこりと心が暖かくなる。

なんて…心地いいんだろう…。

 

チカ「…エヘヘ♡」

 

お互いに微笑みあってから、一間。

 

主人公「…流石にアイス食べ切ったら、ちょっと寒くなってきたかも…。」

 

体を少しさすってみせる主人公を尻目にチカは意味深な口ぶりで。

 

チカ「私は…少し…」

チカ「あったかくなってきた…かな♡」

 

主人公「?…大丈夫?」

 

ふと、主人公は腕時計を確認して。

 

主人公「今日はもう、いい時間だね。」

主人公「用事も済んだことだし、そろそろお開きにする?」

 

少しだけチカは口をパクパクさせるようにして…言葉を飲み込んで。

 

チカ「うん、今日は帰ろう…かな…。」

 

ちょっと濁した言葉で返事する。

少しだけしおらしくなったチカを見て、主人公は違和感に気づいた。

 

主人公「チカちゃん…」

チカ「?」

 

でも…今はまだ…。

 

主人公「…ううん、なんでもない。」

主人公「それじゃ、チカちゃん帰り道…方向は?」

チカ「あ、とりあえずーー駅の近くまで。」

主人公「なら駅まで一緒だね。」

主人公「それじゃ、帰ろうか。」

チカ「うん♪」

 

2人は歩いて駅まで向かった、簡単な会話を交わしながら。

斜に降り注ぐ夕日の光に2つの並んだ影を落としてーー。

 

ーー。

 

チカは1人になって今日の出来事を思い返しながら歩む。

 

ステキなプレゼントに。

ステキな思い出…彼の笑顔。

 

初対面から感じていた彼への好意は、まぎれもない恋心の燻りだったのだと気づいた、今日。

 

一目惚れ…初恋…。

 

ーーもっと彼を知りたい。

彼のいろんな表情を見たい…。

彼をもっと笑顔にしてあげたい…。

 

そんな欲望が、ふつふつと湧き上がり胸を焦がしてゆく。

行き場のないその衝動に身を任せて、弾むようにスキップ。

ルンルンーー♪

心踊るその気持ちは。

そのまま空に飛び上がりそうなほど高揚して。

 

ーー彼が好き。

 

一思いにそう思うことができた。

 




ソロモンよ、私は帰って来た(爆
そんなわけで改訂版本編の執筆開始です。
あいも変わらず気持ち悪いあとがき付きと言う不要な二本立てでお送りします。

膨らみすぎた番外に負けないボリュームで、チカちゃんとの出会い〜本編までの話を膨らましていきます。
今回の執筆はわりと、本腰を入れているわけではないので、ゆっくり更新する予定です。
おそらく3〜4編くらいになるのであろう?とプロットの段階で考えてはいるのですが。
なにぶん書き溜めをそこまでせずに進めているので。
更新しながら内容も、ゴリゴリ書き加えたり書き換えたりして、更新して行くと思います。
わりとチェックとかも甘い状態で更新するかもしれないので、内容がわけわかんなくなってたり、誤字脱字が目立ったりするかもしれません。ユルシテ(

さて、とりあえずの一編を執筆して、ですが。
(チカちゃんの会話文を考えにくい…)
と言うのが今のところの所感です(蹴
アニメや…ドラマCDなんかでみられる狂k…暴走気味なチカちゃんの自然体をどのような話の流れで、どの程度表現できるのか…と言うのが個人的な、挑戦だと思っています。

…それではあまりクドクドとあとがきをしたためるのもアレなので。
これからの更新もまた…すこし遅筆にはなると思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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二篇 優しさ、恋、嘘。

…。

 

暗闇の中。

 

部屋の中…。

 

でも僕の意識はまるで、海の底にいるように…。

 

無音…唯一こだまする呼吸の音と一色に塗りつぶされた視界。

孤独の世界に入り浸っていた。

 

そんな暗闇の海の中をなにかが通り過ぎる。

魚…。

いや、人魚…?

闇一色の世界の中にわずかに見えるコントラストの輪郭を目で追う。

しなやかに舞うその物陰は人。

ーーポニーテールをたなびかせて…。

 

 

パチっ

 

はっと気がついた時には瞬きをしていた。

いつのまにか眠っていたのだが…辺りはまだ暗い。

呼吸を整えてから、一言漏らす。

 

主人公「今日は…楽しかったな…。」

 

時計を見てから「昨日か…」と心の中で言い直す。

針は天井の方を指していた。

 

主人公「…。」

 

夢…。

ここしばらくよく見る夢がある。

それを見るたび僕は、いかに自分が彼女に依存していたのかがよくわかるような気がして。

少しだけ嫌な気持ちになる。

 

彼女は帰ってくる…いつか。

 

そう思うからこそいつまでも女々しく思うのだ。

…いっそのこと忘れられた方が良いのだろう。

彼女のこと、彼女を想うこの気持ちを。

 

彼女にはまた会える、きっと会える。

そうしたら、仮に彼女を忘れていたとしても。

きっとーーー、また恋をする。

 

彼女の名前を声に出すようにして口を動かす。

また会えた時に呼びたい名前を、声に出すことはできなくて。

もどかしさが募る。

 

主人公「はあ…。」

 

ため息を吐き出してから体を動かす。

明日の支度もまだしてない。

今度はちゃんとベッドで寝よう…。

 

 

ーーー。

 

 

大学の中。

主人公はフリースペースのベンチに座ってぼんやり外を眺めている。

 

チカ「こんにちは!」

主人公「こんにちは。」

チカ「昨日はありがとう♪」

主人公「あとはプレゼント渡すだけだね。」

チカ「うん!」

 

チカはいつものように笑顔全開だった。

昨日少し…変ーーに思ったけど。

特に変わりない様子で主人公は安心した。

 

チカ「そういえば、いつもここにいる時って何してるの?」

主人公「え?」

主人公「ん〜…」

 

特に意味はないー。

ただボーッとしているだけ。

その通りを言うのも面白くないので。

 

主人公「日光浴?」

チカ「え?」

 

窓の外はどんよりと曇っている。

 

主人公「あー…光合成だったかな。」

チカ「主人公さんって植物だったんだ…。」

チカ「って!おかしいでしょ。」

主人公「ははは。」

 

主人公「曇ってるね〜。」

チカ「うん、雨降らなきゃ良いんだけど…。」

主人公「そろそろ梅雨だし降るんじゃないかな?」

チカ「えぇ〜降ったら困るよ〜。傘…」

 

そう言いだした途端にザーッ!

ゲリラ豪雨なのか突然雨が降り始めた。

チカが呆然とする。

 

チカ「持ってきてないのにい!も〜!!」

主人公「…どんまい。」

チカ「ううう…今日は大学でお泊まりだあ…。」

主人公「傘くらい購買で売ってるでしょ。」

チカ「だよね〜。」

 

さっきまで轟音を立てていた雨は途端に収まってゆき。

ポツポツ…弱い雨がわずかに残って空から滴る。

ここのところの天候というのは本当に読めないものだと思わされる。

主人公はそんなことをぼやきながら持ってきていたバッグを手にして。

 

主人公「じゃあチカちゃん、僕はこれで。」

チカ「あ、私も帰るところなんだ。」

主人公「そっか。」

チカ「一緒に帰りませんか?エヘヘ♪」

 

嬉しそうにしているチカちゃんを見ては断れない。

…断る理由もないのだけれど。

 

主人公「いいよ。じゃとりあえず購買?」

チカ「ん〜でもこのくらいの雨なら…。」

主人公「一緒に濡れて帰ろう…って?」

チカ「なんでそうなるの?」

チカ「それをいうなら…相合傘〜♡でしょ?」

主人公「ふふっ。相合傘か、したことないな。」

チカ「…する?」

主人公「遠慮しとこう。」

 

即答されたそれにチカが食いつく。

 

チカ「え〜!?年下の女の子と…相合傘♡だよ!?」

主人公「相合傘♡…って言ってもね。」

主人公「そういうのはカップルがするものだよ。」

チカ「そうだよねえ…。」

 

微妙な空気が流れる、なんとなく言葉を拾いにくくなった主人公は外を見てから。

 

主人公「あ、でも晴れ間も見えてきてるし。もう降らないかもね。」

チカ「ホントだ。」

チカ「私が帰ろうとしたからだね。」

チカ「私、晴れ女だもん。」

 

なぜか得意げに話すチカを適当に宥めながら、屋外の方へと向かって歩みだす。

 

シトシト…ほんの僅かな水滴。

主人公は手を伸ばして外に出して、ほとんど濡れないのを確認してから、歩き出した。

敷地内から出てしばらくして、自分の家路を歩んでいた主人公はふと。

 

主人公「そういえば特に気にせず僕の帰り道を歩いてるんだけど。」

主人公「チカちゃんはどの辺住んでるの?」

チカ「私はあっちかな。」

 

指差したのは進行方向と真逆のーー。

 

主人公「…逆じゃない?」

チカ「そっか…。」

 

…。

 

チカ「そうだね。」

主人公「うん。」

 

まさかの企画倒れ。

どうしよう…と思いながら。

 

主人公「僕ん家行ったって仕方ないからね…ははは。」

チカ「え、行ってみたい!」

 

チカの返事に反応して、主人公はおもむろにバッグからノートを出して。

表紙の面を軽くチカの頭の上に乗せるようにして。

 

パスッ

 

チカ「…?」

主人公「…そういうこと言わないの。」

主人公「人によっては…あまりにも軽率だよ。」

チカ「なんで?」

主人公「…。」

 

この子、本当に大丈夫だろうか…。

やれやれと思いながらノートをバッグにしまっていると。

 

ポツ…ポツ…ポッポッポ…サーー。

 

すぐに折りたたみ傘を出して開いて。

やばいかも…。

とっさの判断でチカちゃんの手を取って手繰り寄せる。

 

チカ「えっ?」

 

ザーッ!!

 

再び轟音を立てるように降り始めた雨。

ゲリラ豪雨。

傘からはみ出る肩が一瞬にしてビショビショになる。

 

周囲を見回して、屋根のある方へ。

チカが離れないようにしっかり肩を抱いて歩いて。

ーーひと段落。

 

主人公「ごめんね急に。」

主人公「危うく2人仲良くビショビショだったね。」

主人公「濡れなかった?」

 

背を向いてだんまり…。チカちゃんが静かにしていると不安になるーー。

顔を覗き込むようにするとそっぽを向かれ。

 

主人公「チカちゃん?」

チカ「び…」

チカ「びっくりしちゃった〜あはは♡」

 

ホッとしたところで周囲を見渡すと、近隣にコンビニ…。

 

主人公「チカちゃん、ちょっとここで待っててくれる?」

主人公「まだ雨やまないだろうし、やっぱり傘買ってくるよ。」

 

歩み出そうとした主人公のシャツの裾が何かに引っかかる。

おっと、と一歩下がって後ろを見るとチカ。

 

チカ「えっと…」

主人公「どうかした?」

チカ「その…」

 

チカは俯いたまま、なにかを言いたそうにモゴモゴとーー。

 

とっさに掴んだ彼の裾、手に触れるシャツがとても冷たい…。

あれ…?ビショビショ。

さっきまで言おうと思っていたことが抜けてしまってーー。

 

チカ「主人公さん…。」

主人公「ん?」

チカ「びしょ濡れ…。」

 

チカは主人公の裾をいじりながら。

 

主人公「うん。」

主人公「折り畳み傘は小さいしね、仕方ないよ。」

チカ「…大丈夫?」

主人公「濡れるくらいどうってことないよ。気にしないで。」

主人公「…ところで。」

チカ「?」

主人公「いつまで握ってる?僕の裾。」

 

言われてついハッと離したけれど。

もう少し掴んでいたかった…。

裾…できれば、手をーーー。

 

チカ「…あっはは、ごめんね。」

主人公「ううん。それじゃ傘買ってくるからーー。」

 

待ってーー。

歩み出そうとする彼の裾を私は再び掴んだ。

 

主人公「おっと…また掴むんだ。」

チカ「エヘヘ。」

チカ「えっとねーー。」

 

私の中に今、衝動的に燃えている感情がある。

先日から燻りを感じていたそれは、先ほどの彼の唐突な行動によって燃え盛るようにーー。

まだ知らない情熱が、私を…不安定にする。

 

喉元まで出かかってる思い、言葉。

理性と衝動が喧嘩しあって、それをなだめる気持ちで指をクルクルと遊ばせる。

やがて行き場を失ったそれを吐露するようにして、彼にーーをこぼす。

 

チカ「傘は…買いに行かないで。」

チカ「その、一緒の傘に…入れて欲しいの。」

 

2人の間に沈黙が流れる。

困った表情のままで固まっている主人公は言葉を失って。

チカが慌ててその場を繕う。

 

チカ「ーーなっ…なんちゃって?」

チカ「あははは!ごめん!なんか変だね、私。」

 

顔を真っ赤にしながらごまかしつつ、心の中では不意に飛び出した衝動に自責の念を唱えていた。

なぜ言葉にしてしまったのか。

言ってしまったのか。

恥ずかしい。

気づかれた、間違いなく…。

 

主人公「…それすると僕、もっとビショビショになっちゃうな。」

チカ「だよね〜…。」

 

主人公「…。」

主人公「…そんなに相合傘したい…?」

チカ「えっ…いっいや…その。」

 

タジタジ、いざ返されるとどうしようもならなかった。

本当はしたい…。

あわよくば手を繋いで…一緒に帰りたい。

折れかけた心を持ち直して、勇気を振り絞る。

 

チカ「うん、…したい。一緒に帰りたい…。」

主人公「…。」

主人公「仕方ないな…、いいよ。」

 

チカは思わずそっぽ向いて返事する。

 

チカ「う…うん。ありがとう…。」

主人公「チカちゃん家、どの辺?」

チカ「えっと…、ここ。」

 

地図アプリで場所を見せて。

 

主人公「ちょっと遠いね。」

チカ「ごめんね。」

主人公「ううん。」

主人公「よし、それじゃ行こっか。」

 

主人公は傘を開いてから、手のひらをチカの前に差し出して。

優しくエスコートする。

 

チカ「えへへ♡」

 

チカは満面の笑みをこぼして。

いつもより近く主人公に擦り寄るように。

並んで歩くーー。

 

ポツポツ。弱まった雨脚に、電線や街路樹に溜まった雨粒が、リズムを刻むように楽しく降り落ちる音がして。

遠くの空からは晴れ間がのぞき、光の梯子と虹の橋がかかる。

水が…青く輝かしい雨天。

まるでそれはーーー。

 

ーー。

 

シャワーを浴びて一息。

流石に背の高さが違うから、傘の下に居たって濡れてしまってーー。

ちょっと寒かったような気がしたんだけど…。

 

くふふ…♡

 

ニヤニヤ含み笑いをしてベッドの上を転がる。

 

彼は頭が良くて、優しくって。

私の激しい性格を理解してくれて。

わがまま聞いてくれてーー。

 

チカ「優しい…お兄ちゃんができたみたい…。」

 

だけど…胸を焦がすこの情熱は、兄弟や姉妹には当てはまらない。

特別な関係を望んでる証…。

 

でも私にはそれがまだはっきりとは理解できないらしい。

きっとそれは、今の関係から一歩先へ進んだところにあるのかもしれない。

 

チカ「わたしにも…できるのかな…。」

チカ「なれるのかな?」

 

遠くにあるものだと思っていた。

わたしには謎に満ちていて。

一歩引いて感じていた感情。

 

チカ「待っててね…。」

 

それに答えられる日まで…。

 

 

ーーー。

 

 

音の変化は季節の移ろいを顕著に表した。

少し前までケロケロと可愛い鳴き声が聞こえていたと思っていたが。

今はミーンミーン、ジージーと…。

なんとなくこっちは不快感がある気がして、苦手だったりする。

風情がある、と言ったりするものだろうが。

夏のアスファルトから煮え立つように立ち上る熱気を、増長するかのように思えて仕方がない。

 

炎天下を汗を流しながら歩く。

夏の暑さは嫌いではない…でも、好きでもないのかもしれない。

そんな昼前。

隣にはいつも以上に上機嫌なチカちゃんとーー。

 

チカ「♪〜」

主人公「元気だね〜チカちゃん。」

チカ「うん♪夏、始まりましたー!って気がして嬉しいんだ〜♪」

 

8月1日。

 

主人公「そっか〜。」

主人公「僕は今にも〜溶けちゃいそうだよ…。」

チカ「ふふふ♪」

 

ーー。

 

主人公「もうすぐそこ。ほら、あのビルだよ。」

チカ「うわ〜高っ!」

チカ「あんなところに水族館…?」

主人公「うん、にわかには信じがたいよね。」

主人公「でもあんな高いところでも、本格的な水族館があるんだ。」

主人公「僕も気に入ってて年間パスポート作っちゃったくらいだし。」

チカ「へー、よく来るんだね。」

 

主人公「しかもここには水族館だけじゃなくて、プラネタリウムも併設されてるし。」

主人公「下のほうの階には色々お店もあるし。至れり尽くせり…って感じ。」

チカ「プ…プラネタリウム〜!!」

主人公「いってみる?」

チカ「うん!行きたい!」

 

今日は二人で水族館。

僕はもともと趣味として水族館巡りをするのだが。

数週間前。偶然にも一人で水族館に来ていた僕が、友達と3人で来ていたチカちゃんと鉢合わせて…。

その日は「邪魔しちゃ悪いから。」とすぐ、別れて行動したのだが。

翌日からチカちゃんの”一緒に水族館行きたい”アピールが始まり…。

今日に至るわけだ。

 

あの傘の一件以来、こういったことは以前にも増して、よくお願いされるようになった。

僕も特別断る理由がない限りイエスマンになっているのだが。

そうして彼女と会うたびに、彼女の中に時折見え隠れする特異な感情がーー。

僕はそれを思い違いだろうと、見て見ぬ振りをするようにして目を背けてきた。

 

でも、もしその予兆が思い違いではないのならーーー、その時は近いのかもしれない。

 

僕は彼女に、救われていると思う。

彼女が隣で楽しくしてくれるから、今こうして笑顔でいられる自分がいる…そう感じている。

彼女のことは当然嫌いじゃない…、でも一歩踏み込んだ関係として、彼女を好きになれるのか…愛せるのかと考えると。

彼女に対する僕の感情にはまだ、そのようなものは芽生えてはいない。

多分今でもーー、そこには”元”彼女の存在があって、それを上書きすることを許さないのだろう。

 

…我ながらいつまでもネチネチとしつこいのだと思う。

こんなことを思うのも、もう何度目になるのか、思案するごとに自己嫌悪を積み重ねてはーー。

 

変化は恐ろしい…でも。

変われたのなら…楽になるのかな…。

 

チカ「いよいよだね〜。」

 

エレベーターが最上階をさして止まり、扉が開いてすぐに南国のようなエントランスルームが広がる。

 

チカ「うわ〜!もうオシャレ!」

主人公「ふふふ。」

主人公「水族館はこっち。」

 

入場し、館内を順路に従って回る。

仄暗い空間に水槽が、水の揺らめきによってキラキラと光ってとても美しい。

チカちゃんもまた、小さい子のように目をキラキラと輝かせながら魚を眺める。

 

チカ「わあ〜♪」

チカ「広くて水槽もたくさんあって…本当に、すごいね〜!」

主人公「うん。」

主人公「あ、その魚ーーーって言うんだけどーー。」

チカ「へ〜。」

チカ「やっぱりよく行くだけあって、魚に詳しいんだね〜。」

主人公「これ、受け売りなんだけどね。」

主人公「僕はもともとボーッとして魚を見てるのが好きなだけだったから。」

チカ「たしかに眺めてるだけでも、十分癒されるよね〜。」

チカ「〜♪」

 

ジーっと小さな魚の動きを目で追っかけて楽しそうにしている。

 

主人公「チカちゃんがこういうの好きってのはちょっと意外だったかも。」

チカ「そうかな?」

主人公「もっとアクティブな事を好みそうかな?って勝手に思ってたから。」

チカ「う〜ん、たしかに体を動かすのも好きだけど。」

チカ「ちっちゃい頃から水族館へはよく行ってたし。海に近いところに住んでたからかなあ。」

チカ「魚は友達?みたいな♪」

主人公「ふふっ。」

主人公「海に近いところ…か。」

主人公「…。」

 

他愛ない話をしながらとりあえず一通り回った、2人は再入場スタンプを手に押してから、一旦水族館を後にしてプラネタリウムへと向かう。

 

チカ「初めてのプラネタリウムだよ〜。」

主人公「僕も初めてかな?」

チカ「そうなんだ〜。」

主人公「水族館は1人で行けても、なぜかこっちには入れなかったなー。」

チカ「たしかにこっちの方が1人では行きにくそうだね…。」

 

天井を仰ぎ見る為にリクライニングしたシートは、まるでベッドにいるみたいでゆったりと。

隣に顔を向けると主人公さんの横顔が近くにーー。

なんとなく見とれてしまっていると、視線に気づいたのかこちらを向いて。

 

主人公「ん?どうかした?」

 

目線が合うとちょっと恥ずかしくなって、天井の方へと顔をそらした。

 

チカ「…なんでもないよ、エヘヘ。」

 

ドキドキ…。

とても特別な空間にいるような気分になれる。

 

そうしているとアナウンスが始まり、照明が消灯されて行く。

中央に鎮座する巨大な投影機に明かりが灯って、何もなかった天井が突然宇宙空間に変わった。

 

チカ「うわあ…♪」

 

今回の上映内容は”七夕物語”。

織姫様と彦星様のロマンチックで切ない恋物語が星空の解説とともに語られる。

 

ふと横目に主人公さんを見る。

真剣な顔して…なんだかとっても、淋しそうな目で遠くを眺めている。

 

初めて出会った時からそうーー。

彼はなぜか時々、淋しそうな表情をする。

1人でぼーっとしている時や、私と一緒にいる時でも…。

そんな時の彼の視線を追うと。

遠くにある何かを見つめるように虚を眺め、こちらを見ていても私に焦点が合っていない。

まるで何かを重ねられているように…。

彼の視線の先、たぶん何か…誰かがいる。

私の知らないそこに居ない誰かーー。

 

私が変に思い込んでいるだけなのかもしれない、でも。

彼が好きーー、その気持ちを抱いてから彼だけを見つめているのに。

まるで彼の目には、私は映っていないかのように感じるその瞬間が嫌だった。

胸が痛い、嫉妬心のような彼への独占欲がーー。

 

心が渇望する、彼が欲しい。

私だけを見て、笑顔でいて欲しい。

彼の心…全てをわたしだけのものにしたい。

 

恋心は心地良いだけではなかった、知れば知るほどに切なくて苦しくなる。

…吐き出したい、私の想いはもうーー。

友達のままではいられない、特別になりたい。

 

ーー。

 

上映が終わって席を立ち。

ゾロゾロと移動する人混みの中を抜けて、再び水族館へと入って行く。

 

チカ「楽しかったね〜、プラネタリウム。」

主人公「うん、星空の映像がすごく綺麗だったね。」

チカ「だねー♪」

 

屋外展示のテラス。

いつのまにかすっかり夕暮れ色に染まった空を仰ぎながら。

 

チカ「ここらからでもさっきみたいな星が見えるのかな?」

主人公「ちょっと周りが明るすぎて、あんまり星は見えないかもね。」

チカ「そっか…。」

 

テラスはライトアップされていて、とてもロマンチックな空間が演出されていた。

 

チカ「綺麗だね。」

主人公「うん。」

 

視界を覆うように壁から天井に伸びた水槽の中をペンギンが浮かぶ。

ぷかぷか。

ーー雰囲気のいい空間。

まったりとして、時間が過ぎて行くのを忘れていると。

いつのまにか空は藍色に染まっていた。

 

チカ「あ、いちばん星。」

 

遠く光る輝きに…主人公はぼんやりと視線を送る。

チカはその様子を見て、何かを決心するようにしてーー。

 

チカ「あのね、主人公さん。」

主人公「?」

チカ「いつも色々とありがとう。」

チカ「私のわがままに付き合ってくれて。」

主人公「急にどうしたの?改まって。」

チカ「あはは、いつもちゃんと”ありがとう”って言えてない気がして。」

主人公「ふふっ、どういたしまして。」

主人公「でも、それだったら僕も言いたいな。」

主人公「いつもありがとう。チカちゃんのおかげでとても楽しい日々を送れている気がするよ。」

チカ「えへへ♪」

 

チカ「主人公さん、優しいから…私ね、出会った頃から思ってたんだ。」

チカ「なんだか、お兄ちゃんができたみたいだって♪」

主人公「ふふっ。」

チカ「主人公さんと話したり、一緒に居たりするとなんだかとっても、あったかい気持ちになれるな〜って。」

 

2人は微笑みあって、少し間を置いてからチカは言葉を続けた。

 

チカ「…でもね、最近はちょっと違うの。」

チカ「主人公さんのことを考えると…胸が苦しくなる。」

チカ「主人公さんのこと、もっと知りたい…一緒にいたいってーー。」

チカ「ーーー。」

 

この流れは間違いないーー。

これから始まろうとするチカの言葉を主人公は予測した。

ーーその時が来たんだ。

 

どうしよう、僕は…。

 

「ーーー私を覚えとけよっていうんじゃないんだからね。」

「もし、君が…」

 

”元”彼女の言葉、別れ話のときに僕に言ってくれたその言葉がふと頭をよぎり、一息吐き出してから呼吸を整える。

 

チカ「…その。」

主人公「チカちゃん。」

チカ「…?」

 

言葉を遮られるようになって少しオロオロとし始める。

そんなチカを宥めるように主人公は。

 

主人公「やっぱり、チカちゃんから”言わせる”ってのはなんだか、カッコ悪いかなって思って。」

チカ「…え?」

主人公「見栄、張らせてよ。」

 

「他の人を好きになったのなら。」

 

チカちゃんは僕の…笑顔の恩人だから。

 

「君の好きになった人とーー。」

 

…邪かな、それでも僕は…あの子に依存したままの生活から変われるのならーーー。

君の好意に、応えたい。

 

主人公「僕も、君と同じ気持ちなんだ。」

主人公「僕も君のことをもっと知りたい、一緒にいたい…それで、2人で笑顔でいたい。」

主人公「チカちゃん僕は、君のことが…。」

 

好きだーーー。

 

そこにまだ、愛はないのかも知れない。

でもいつかきっと芽生える…そう信じて。

 

少しの間、沈黙が流れる。

 

チカ「…。」

 

グスッ…。

 

俯いて鼻をすする音がする…。

泣いてる…?

 

主人公「チカ…ちゃん。」

 

チカ「ごめんね…。」

 

あれ?まさか…。

 

独り相撲っーー!?

そうだと思うと突然慌て始めて、つい先走る。

 

主人公「えっあっ…ああ〜。そ、その…気にしなくて〜いいからね。」

主人公「ご、ご…ごめん。僕の方こそなんか…ん?勘違い?してたのかなあ?ははは…はははは!」

 

途端に恥ずかしくなって誤魔化そうとする。

泣くほど嫌だったのかな…、ああ…これはまずい…。

 

チカ「…ううん。違うの。」

主人公「…違う?」

 

ひしっ

 

チカは顔を隠したまま主人公の胸に飛び込んだ。

勢い良くやってきたそれに主人公は一歩後ずさりをするようにして。

呆然ーー。

 

呼吸の音がする。

少し荒く…熱い吐息が胸にかかるのがわかり、周囲が静かになったように感じる。

状況をゆっくりと理解した僕は、そんな彼女の後ろ頭に腕を回して、優しく包み込む。

すると彼女はそれに応えるように、僕の胸に押し当てていた腕を僕の背中に回すようにして強く抱きついた。

彼女の鼓動が伝わるーー。

 

ドッドッドッ…。

 

…。

 

ドクッ…ドクッ…。

 

深く…深呼吸を繰り返して、彼女は落ち着き始めた頃に言葉を絞り出した。

 

チカ「…嬉しいの。」

チカ「あなたが…言ってくれた言葉が。」

チカ「私の気持ちに…応えてくれる優しさがーー。」

 

チカちゃんの言動は喜びとともに、何か…僕の心の内を見抜いているようにも感じた。

 

主人公「…うん。」

チカ「私も…あなたのことが…。」

チカ「好き。…大好き。」

 

人目もはばからず、2人は抱き合ったままーー。

 

チカ「…エヘヘ♡」

 

頬ずりをするようにチカが甘える。

流石に恥ずかしくなってきたのか、主人公が少し身を引こうとすると。

 

上目遣いに見つめてきて…切ない表情をする。

…今にも彼女が言い出しそうな言葉がわかる。

「ごめんね、嫌だった?ーー。」

その言葉を彼女自身の口から吐き出されたくない…、そんな気がして彼女を抱き直す。

 

すると彼女は満面の笑みでアイコンタクト。

こんな表情されたら、どうしようかと思ってしまう。

このままではなんだか、身動きが取れない。

 

主人公はおもむろに、目を合わせているチカに合図を送るようにウインクして見せて。

チカがきょとんとする。

主人公は少し身をかがめるように、チカに顔を近づけてーー。

それに”はわわ…”と驚くチカは、つい目をつぶって身を縮こめる。

 

僕は彼女の唇…は避けるようにして。

前髪をかき分けて、彼女の額にキスをするーー。

 

唇を軽く当てて離すと、さっきまでも紅潮していた彼女はより一層赤みを増したようになって一歩後ずさり。

 

主人公「ふふっ。」

 

…多分僕は少しだけドヤ顔してる。

そんなどうでもいい事を考えながら、すかさず話を方向転換。

 

主人公「この後、どうしよっか。」

主人公「…晩御飯でも食べに行く?」

 

真っ赤なままのチカはモジモジとしながら返事する。

 

チカ「あ…あのね。」

主人公「?」

チカ「今日…実は。」

チカ「私の、誕生日なの。」

主人公「え?…そうだったんだ。」

 

チカちゃんは今日の予定を決めるときに、この日にちだけは譲れないと言ってきた。

その真意がここに来て初めてわかった。

ああ、一杯食わされたなーー。

 

主人公「そうならそうって、先に言ってくれればよかったのに。」

 

わざと主人公がちょっと意地悪気味に言うと、チカはそれに笑みを浮かべて。

 

チカ「えへへー♪」

 

両手の指を突き合わせるようにしながら、お願いしてくる。

 

チカ「それでね…その。」

チカ「良かったら、お祝い…して欲しいな。なんて♡」

主人公「…っ、ははは♪」

主人公「しょうがないな。」

主人公「じゃあ、行こうか。」

 

主人公はチカに手を差し伸べて。

 

主人公「ハッピーバースデー、ーーチカちゃん。」

主人公「これから、よろしくね。」

チカ「うん!こちらこそ、よろしくね♡」

 

ーーー。

 




書けば書くほど思うことなのですが。
日本語が怪しい気がして仕方がない…(
あとやはりチカちゃんの会話が難しい。
今回はあんまり暴走しない?チカちゃんでした…。
逆に言えば暴走させれなかったんですけど(
なんだか書き終えてから(あれ?本当にこれチカちゃんかなあ…)と度々懐疑心にかられます。

また、主人公の会話文を「ふふっ」とか「はは」とか毎度毎度、適当な愛想笑いで雰囲気作ろうとしてるなぁ…とか。
なんだか話の中での展開もワンパターンになってないか…とか。
(なってるんですけどぉ…)
回を増すごとにそう言った不安感が増えてきました。
長い作品を作ることは難しいんですねえ…と。

今回はあんまりあとがきを思いつかないので、この辺りで…。
また何か書いておきたい所感が思い浮かんだら書き加えるかもしれません。(いらない)

ちなみに主人公くんのお気に入り水族館と言ってるのは知ってる方々には言わずもがな…か。
サン●ャイン水族館を勝手にモチーフにしてます(

では次回もまたゆっくりと書いていきますので…お楽しみに?
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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三篇 プラトニック。

「あ!おっはよう〜!主人公”君”!」

ドスッ!

 

容赦なく飛び込んできたのはいつも通り、チカちゃんだった。

主人公「以前から注意してるけど、あんまり激しくタックルされると転けちゃうからね…僕が。」

チカ「えへへ♡」

 

チカちゃんと付き合い始めて一月…。

 

主人公「あと、これも前から言ってるけど…。」

主人公「できればもうちょっと…場所を選んでほしいな、大学とか人目につくところでは恥ずかしいから…ね。」

チカ「すりすり♪」

 

衆人環視を浴びて赤くなっている主人公はチカを引き剥がしてから、そそくさとその場を逃げ去っていった。

 

チカ「あ〜!待ってよお!主人公”君”!!」

 

あとを追ってチカが駆けてゆくーー。

周囲の人たちは”こいつら毎日イチャイチャしてるな…”と冷たい目を向けていた。

 

ーー。

 

チカ「というわけで、一緒に帰ろ?主人公”君”♪」

 

付き合い始めたその日から僕は主人公”さん”…ではなく主人公”君”と呼ばれるようになった。

チカちゃん曰く”愛情表現”なんだとか。

 

主人公「うん、購買行こっか。チカちゃん。」

チカ「うう…彼氏が優しくしてくれないよ〜…。」

 

外は雨が降っていた。

そう、以前にもあったこのシチュエーションで。

わざわざ傘を持ってこなかったチカちゃんは相合傘を要求してきた。

 

主人公「チカちゃん…そもそもね、僕らの住んでるところは大学からじゃ真逆。」

主人公「このあいだのそれは不可抗力だけど、いつもそんなにびしょ濡れになってまで、君を送ってあげることはできないよ。」

チカ「うう…神様はなんて残酷な試練を私たちに…。」

主人公「神様もとんだとばっちりだ…。」

 

チカ「あ、そうだ!」

チカ「私が主人公君の部屋の隣に引っ越せば、問題解決だね!」

主人公「うん、一人で頑張ってね、引っ越し。」

チカ「ひどいよ〜!私はこんなにもあなたを”好き♡”って伝えようとしてるのに〜!!」

主人公「はい、無駄口叩いてないで傘買いに行くよ。」

チカ「ぶー!」

 

慣れた手つきで主人公はチカの肩に手を乗せて、電車ごっこでもするように一緒に購買の方へと進んでいった。

 

流石に数週間もしたら、今のチカちゃんの扱いにもだいぶ慣れてきた。

普段は天井知らずに明るく無邪気なそれと、毎日付き合うのはなかなか苦労が絶えない…、かと思いきや。

思いのほか、まんざら悪くもないという気分が今の本音だ。

ーーーやはり不思議ちゃんだ。

 

購買の前まで行くと、ずっと仏頂面していたチカちゃんは突然パッと表情を明るくして。

 

チカ「そうだ、だったらあの時できなかったことをお願いしたいなあ〜!」

主人公「あの時できなかったこと?」

チカ「主人公君の部屋に”お泊り”!」

 

すかさずバッグからノートを取り出そうとしながら。

 

主人公「そういうのはカップルとか、…カップル?」

 

まてよ?

 

チカ「ふふっ、引っかかったね♪」

主人公「…っ、はあ〜…。」

 

思わず主人公は大きなため息をついた。

 

チカ「じゃあ今のでOKもらった!って事でーー。」

主人公「待ってチカちゃん、おかしくない?」

チカ「何が?」

主人公「増えてるよ、余分に。”お泊り”が。」

チカ「気のせいだよ〜気のせい。」

主人公「多分僕あの時言ったのは。”僕の部屋に行っても〜…”じゃなかったかな。」

チカ「細かいことは〜…えっと。アレだよ、これはアバンチュール?って奴だよ!」

 

チカの突飛な発言に主人公は思わず頭を抱える。

ーーそれは恋の冒険…火遊びとも言う。

 

主人公(この子意味わかって言ってるのかなあ、あながち間違っちゃいないけど…。)

主人公(どこまで本気にしていいか分からない…。)

主人公「わかった…いいよ。」

チカ「やった♪今日はおうちデート♡だね。」

 

購買で傘を買うとルンルンと外に向かって。

 

チカ「それじゃ、また後で♡」

チカ「〜♪」

 

スキップしてそのまま消えていった。

 

主人公「…やれやれ。」

 

ひとまず嵐は去ったーー。

 

ーー。

 

ひとしきり片付けを終えて、軽く掃除をして。

 

家に備えてあるものを確認する。

 

マグカップーー。

まあ、どっちも僕のだし問題ないか…。

普段客人を招くことがないからいろいろ探さなくてはいけない…、そうこうしていると。

 

ピンポーン♪

 

主人公「はい。」

 

ドアを開けるとーーチカちゃん。

 

チカ「えへへー♪」

 

ニヤニヤ笑いながらいたので、ちょっと意地悪したくなってドアを閉めた。

 

チカ「もー!なんで閉めるの!!」

 

再びドアを開くと、さっきとは打って変わって頬を膨らませて不満を訴えるチカちゃん。

 

主人公「ごめんね、ちょっと意地悪したくなっちゃって。」

主人公「じゃ、入って。」

 

チカの表情はコロリと笑顔に一転して。

 

チカ「お邪魔しまーす♪」

 

主人公の部屋は整えた後ということもあって、小綺麗な部屋だった。

 

チカ「綺麗なお部屋〜。」

チカ「私今日からここに住んでもいい?」

主人公「だめ。」

チカ「もーいけず〜。」

 

チカが部屋を隅々まで眺めていると…目にとまる。

イルカのぬいぐるみ…。

なぜか既視感を覚えたような気がして。

 

チカ「ね、触ってもいい?」

主人公「…。いいよ。」

チカ「ふふふ♪」

 

手に取ってからギュッとする。

ふんわり香ってくる匂いが…主人公君のそれと。

何か懐かしい香りがわずかにしたような気がしたーーー。

 

チカ「こんな可愛いもの置いてるなんて♪」

主人公「ふふっ、なんでだろうね。」

 

主人公「さて。」

 

ドン!

 

積み上げられた本が卓上に置かれる。

 

チカ「え?」

 

主人公「ちょうどいい機会だし、勉強。しよっか。」

 

するとチカはおもむろに演技を始めた。

 

チカ「あっ…いたたっ…あーお腹痛いなあー。」

主人公「トイレはそっちね。」

主人公「逃げてもいいけど、その分僕は待ってるだけだからね。」

チカ「もー!ひどい!せっかくだよ?!せっかく彼女が遊びに来たっていうのに…なんで勉強なの!?」

主人公「チカちゃんのためを思ってあげるからだよ?留年しないようにってね。」

チカ「んんん…!」

 

本当にそれが必要なことだとわかっているから下手に反論ができないチカ

 

チカ「でも。彼女と…ほら、もっと…一緒だから、2人きりだからしたいこととか?あるんじゃないかなあ…?」

 

主人公「んー…。」

 

彼女と…かあ。

ーー。

流石に可哀想に思えてきた主人公は少し考えたが。

なにぶん遊び道具の少ない部屋なので。

 

主人公「…遊べるもの…あるとしたらトランプくらい?」

チカ「じゃあそれ!」

 

ーー。

 

主人公「ちょっと休憩しよっか。」

チカ「うん♪」

 

2人でするトランプゲームを繰り返してるだけだと飽きも感じてきたところで。

 

主人公「喉乾いたでしょ、何か飲み物でも飲む?」

チカ「飲む!」

主人公「えっと…こっちきて選んで。」

 

冷蔵庫の中を見せる。

 

チカ「あ、じゃあみかんジュース。」

主人公「オレンジジュースね。」

チカ「ダメだよ主人公君…。」

主人公「?」

チカ「オレンジじゃなくて、みかん!」

主人公「ははは。」

主人公「みかんジュース、ね。」

 

チカ「でも、さすが料理する人って感じだね。」

チカ「冷蔵庫の中。」

主人公「まあね。」

チカ「そういえばお夕飯はどうするの?」

 

そうか、この子お泊まりって言ってたな…。

 

主人公「せっかくだから作ろっか?」

チカ「うん!だったら私も手伝うよ♪」

主人公「よし、なら…あり合わせのものでっていうのも楽しくないから。買物しようか。」

チカ「うん♪」

 

ーー。

 

買い物をして一緒に料理して、一緒にご飯を食べて…。

 

チカ「…なんだか、夫婦になったみたい♡」

主人公「どうしたの、急に。」

チカ「ふふふ♪」

チカ「あなたと一緒に肩を並べていられる事が嬉しくて♡」

主人公「”夫婦”っていうのはちょっと気が早すぎるかな。」

チカ「私は…」

主人公「?」

チカ「ううん、なんでもない。」

 

チカ「ごちそうさまでした♪」

主人公「ごちそうさまでした。」

 

主人公は食器を持って流しへ行く。

 

主人公「洗い物はするから、ゆっくりしてていいよ。」

チカ「あ、じゃあ洗ったもの拭くね。」

主人公「…ありがとう、じゃあよろしく頼むよ。」

 

パタパタと足音を鳴らして洗い物をしている主人公のそばにチカが寄ってくる。

 

チカ「でも本当、こうやって…さっきもだけど。」

チカ「台所に2人で一緒に立つのって….なんだか特別な気分♪」

主人公「たしかに、普段しないことだよね。」

主人公「はい、お皿。」

チカ「うん♪」

 

チカ「でもこの後はもっとーー♡」

チカ「一緒にお風呂…はまだ恥ずかしいけど、一緒のお布団で寝たりー♪」

 

チカちゃんの妄想が口から漏れてきてる。

彼女がこうして好意を寄せてくれていることは、とても嬉しい。

でもなぜだか僕は、自分のペースを乱されていると言うつもりなのか。

ちょっと早すぎるんじゃないか、そんなふうに思いつつ。

 

チカ「うわわっ!」(つるん)

 

ボスッ!

 

チカちゃんの手を飛び出した食器がマットの上に落ちた。

 

主人公「あっ…、僕が拾うよ。」

チカ「ごめんねー。」

 

僕は跪いてチカちゃんの足元にあった食器を手にして。

ふと上を向いたら…チカちゃんが。

 

チカ「主人公君。」

 

僕の肩に手を乗せて。

 

主人公「っ…!?」

 

チカちゃんは突然、僕の唇を塞いだ。

 

チカ「えへへ♡」

チカ「初めてのキスは…もうちょっとロマンチックな方がいいかなって思ったけど…。」

チカ「好きって気持ちがいっぱいになったら。」

チカ「…なんだか我慢できなくなっちゃった♡」

 

なんとなく避けていた唇のキス。

チカちゃんとは初めてのそれを突然。

 

主人公「チカちゃん…。」

チカ「なあに?」

 

なんとなく頭がボーッとして、衝動のまま体が動く。

チカちゃんの肩に手を当ててから、少し力を入れて押し倒すようにーー。

 

“ダメだーー。”

 

チカ「わっ!」

 

壁にもたれかかるようになった彼女に一歩ずつ近寄っていき。

彼女の肩をしっかりと握って、片足は股下のすぐそこまで迫る。

 

戸惑っているようにあちこち視線が逃げる彼女をじっと見つめたまま。

ゆっくりと顔を近寄せて…。

 

“僕が彼女と望むのはーー。”

 

唇はすんでの所で、鼻を軽く彼女の鼻とくっつける。

しばらくそのままでーー、気が落ち着いたところでチカちゃんから離れた。

 

チカ「へ…?」

 

主人公「ごめんね、いきなり。」

チカ「う…うん。」

 

それだけ言って僕は止めていた作業に戻った。

 

ーー。

 

チカ「やっぱり今日は…お泊まりやめとこうかな…。」

主人公「ん、そっか。」

 

外は真っ暗闇。

 

主人公「外暗いし、送ってあげるよ。」

チカ「え?!あ、いっいいよ〜真夜中だって、もう1人で歩けるから!」

主人公「ふふ、本当に大丈夫?」

チカ「うん。」

 

持ってきたカバンを手にとって、忘れ物がないか周囲を確認して。

 

チカ「じゃあ、また明日♪」

主人公「うん、気をつけて帰ってね。」

 

チカちゃんが部屋の外に出て、廊下を歩く足音が遠のいてから、僕は壁に寄りかかるようにして倒れこんだ。

 

…失敗した。

なんであんな風に迫ってしまったんだろう、怖かっただろうな。

 

僕は…チカちゃんを大切にしたい。

でも、会うたびにチカちゃんは僕との距離を詰めてくる。

付き合ってるんだし当然のこと…ではあるのだろうけれど。

 

そうやって彼女から迫られるごとに感じる、ふつふつと沸き立つような衝動。

今日のような行為…。

下心からの愛に、僕は支配されたくない。

 

…そんな時にふと、一瞬だけフラッシュバックするように、過去の記憶が頭をよぎる。

 

ーーーとの別れの瞬間。

 

僕は…何を感じているんだ?

 

ーー。

 

夜道を歩く中。

 

今日の主人公君、どうしちゃったんだろーー。

迫ってくる彼は…正直怖かった。

でも私の肩を握る彼の手、すごく震えていた。

もしかして…彼も怖かったのかな。

 

でも強引な彼の行為は…実は少しだけ嬉しかった。

彼の本心からの愛が垣間見えたようでーー。

 

付き合い始めてしばらく経って。

彼とはよく会うし話もするし、デートもするし…仲良くしていると思う。

でも、何故だろう…違和感。

好き合っているはずなのに、彼から注がれる愛は私の望む形ではないと感じてしまう。

普段の彼のそれは慈愛ーー。

どこまでも優しくて…どこまでも残酷な、一線を越えることのない愛。

 

恋人になれば満足できると思っていた。

付き合い始めてからの数週間は、満ち足りたものを実感していた、でも。

今は少し…足りないみたい。

 

 

ーーー。

 

 

立冬を迎え、外はますます寒くなってきた。

チカは厚手の服に身を包んでニコニコ。

そして日差しが強いわけでもないのに、何故かサングラスをかけてマスクをして…不審者のような格好をして飲食店の前に仁王立ち。

 

チカ「ここ…だね。」

チカ「ふっふっふ…。」

 

入店

 

主人公「いらっしゃいま〜…せ。」

主人公(うわ、チカちゃんだ。)

 

チカの格好に思わずドン引きの主人公。

 

チカ「〜♪」

 

カウンター席に座ってチカは主人公のほうをチラチラ見ながら。メニューを確認する。

 

チカ「すみません。」

 

声のトーンがいつもと違う。

バレてないつもり…ということか。

 

主人公「はい、ご注文お決まりですか?」

チカ「コレと…コレを、あと…」

 

チカ「あなたを…テイクアウトで♪」

主人公「はあ?」

 

チカ「じゃーん♪」

 

サングラスとマスクを外してセルフSEを奏でる

 

主人公「…こんにちは、チカちゃん。」

チカ「こんにちは!」

主人公「じゃあね、チカちゃん…。」

チカ「え!まっ待ってよ〜!!」

主人公「僕バイト中だからさ。」

チカ「ん〜!」

 

主人公君は店員としてテキパキと仕事をこなす。

いつも以上に真面目な顔して、真剣に働く姿をニヤニヤしながら見て待っていると。

 

バイト「はい、お待たせしました。ーーーです。」

チカ「はーい。」

バイト「…もしかして主人公さんの彼女さん?」

チカ「えへへ♪」

バイト「…ふーん。ごゆっくりどうぞ!」

 

バイト「…今度は可愛い系かあ。」

 

去り際に何か独り言を言って厨房の方へと戻っていった。

 

チカ(可愛い系って言われた…。)

 

“彼女”、”かわいい”と嬉しい単語を思い返して照れ照れしながら。

“今度は”…。少し引っかかった。

あんなに素敵な人なのだから、一度や二度の恋があっても不思議ではないだろう…。

そう思いつつ、彼は今までにどんな恋を経てきたのかな…?

そんな疑問が頭に浮かんでくるようになった。

 

ーー。

 

もともとバイトの後に会う約束をしていた2人は待ち合わせ場所にて。

 

主人公「お待たせ、チカちゃん。」

チカ「お疲れ様ー♪」

 

主人公「でもよくわかったね。どこで働いてるっては言ったことなかったと思うけど…。」

チカ「ふふ、調査したもんね。」

主人公「え?」

チカ「主人公君が意地悪なこと言うからだよ。”働いてるところにわざわざ来て欲しくないし”なんて。」

主人公「もしかして、つけてきたとか…?」

チカ「ふふふ♪」

 

主人公(そういう努力は惜しまないよね、この子。)

 

主人公はスマートフォンを片手に格好だけ電話をしている風にして。

 

主人公「もしもし、警察ですか?ええ、ストーカー被害にあってまして…。」

チカ「ああ!待ってよお!」

チカ「本当は、お店の近く通った時にたまたま主人公君がいるのが見えただけでーー!」

 

主人公「うそうそ。」

チカ「んー!」

 

地団太踏むようにチカは憤る。

 

チカ「結構主人公くんって頻繁に意地悪するようになったよね。」

主人公「ごめんね、チカちゃんの反応がいいから。ついつい。」

 

主人公は適当にチカを宥めてから。

 

主人公「じゃあ、ご飯食べに行こっか。」

チカ「うん!」

 

チカちゃんと外食。

家で料理を振る舞うようになってから、割とデートの時に外食をしなくなったので。

たまには、ということでネットで話題の凝った料理を出すお店へ。

“話題のお店”と言うだけあってしばらく入店待ちをした後に、ようやく店内へ入ることができた。

 

チカ「おお〜♪”映え〜”って奴だね!」

主人公「ふふ、写真撮る?」

 

注文した見た目の良い料理が並ぶ。

ここは一品料理とお酒が少したしなめるお店。

ただ、居酒屋のようにお酒が飲めないと入りにくいようなところではない。

 

チカ「ん〜美味しい!」

チカ「これは、これがお酒が欲しくなる味だね…!?」

主人公「ははは、飲んだことないから分かんないや。」

チカ「飲めたらもっと美味しいのかなあ。」

主人公「そうかもね、飲めるようになったらまた来てみよっか。」

チカ「うん!お酒かあ〜。飲めるようになったら、居酒屋とかバーで朝まで飲み明かす…なんてこともできるようになるんだよね!?カッコいい…!」

主人公「酔ってるチカちゃんなんて、想像もしたくないけどね。」

チカ「酔ってる主人公君はちょっとみてみたいかも♪」

主人公「え〜?」

主人公「ーーー。」

 

いつものように楽しく談笑をしながら食事をする。

主人公君はなかなかにおしゃべり好き。

話をし始めると時間を気にせず、いつまでも話してしまうことはよくある。

 

彼との付き合いももう3ヶ月ほど経つ。

今も、彼の印象はそれ以前と大差なく。

とても優しくて、大人っぽくて。

でもたまに、ちょっと抜けているようなところがあるってことがわかってきたくらい。

ーー私はそんな主人公君が好き。

 

主人公「ごちそうさま。」

主人公「どうしよう、すぐ外に出る?」

チカ「うん。待ってる人まだたくさんいるみたいだし。」

主人公「すごい人気だね〜。」

 

お店の外へ出る。

ここのところますます寒くなってきた、吐き出す息が微かに白くなって、もう冬なんだと実感する。

 

チカ「はー…」

チカ「あったかい料理を食べた後だから余計に出るのかな?」

主人公「ふふふ。いつのまにか、もうすっかり冬って感じだね。」

 

歩きだしてからちょっとして。

彼の手元にわざと自分の手を差し出して、視線で合図する。

すると彼はすぐそれに気づいてくれて手を握ってくれる。

暖かい、大きな手。

 

チカ「ふふふ♪」

 

満開笑顔で夜道を歩く。

夜空を彩る星は見えなくても、街には煌びやかに輝く明かりが灯っていて。

周囲を見渡せばいろんな人の往来に、小さなドラマがたくさん転がっていて、まさしく混沌という空間。

 

私たちもそのドラマの一片。

できれば、ロマンチックで素敵な恋愛ものだといいな。

彼の手を握りしめて、体を少しすり寄せる。

そんな私の仕草に、彼は微笑みを返して。

その素敵な笑顔で私は蕩ける。

ーー恋に恋をしていた私だったら、それで満足だった。

 

私は最近欲深くなった。

彼の笑顔を見るだけでは飽き足らず、彼に触れることを欲して。

彼と手を繋いで歩いたり、彼に抱きついてみたり。

彼にーーキスしてみたり。

今まで通りより、もっと深く彼を知りたい。

そんな情熱が私を少しだけ大胆にさせるようになった。

 

帰り道の途中、夜の公園を横切ると。

ほんのりと灯りが配された道が見えてきて、なんだか雰囲気がよさそうに見えたので、そこを通ることにした。

街の明かりから少し遠ざかるように、暗がりを行く。

こじんまりとした園内の中で自動販売機を見つけて、一服。

 

チカ「暗くて寒いんだけど。」

チカ「なんとなく居心地いいって感じ。」

主人公「ちょっとわかるかも。」

主人公「なんだか、孤独な気持ちだよね。」

チカ「今は2人きり…って気持ちかな♡」

主人公「ふふふ。」

 

街灯が照らすベンチに2人。

手にはあったかい缶ジュース、ココアとコーヒー。

肩を合わせて寄り添いあって暖をとる、至福のひととき。

こうしてポカポカした時間を過ごしていると。

どんどん彼に対する情熱と欲望が大きくなって行く。

彼に触れたい…。

 

彼の胸に、手を当てる。

彼は少しギョッとするようにこちらを見てから、なんとなく少し困ったような顔をして私の肩を抱く。

そんな彼の優しさに甘えて、手に持っていたココアを置いてから彼に抱きつく。

ギュウ〜。

体に伝わる彼の温もりと感触、彼の匂い。

それを堪能してから、彼に問いかける。

 

チカ「キス…してもいいですか?」

 

突然すると、彼もびっくりしちゃうから。

そう思っていつも、キスしたい時には彼に問うようにした。

 

主人公「…うん。」

 

そうすると、いつも彼は断らない。

たぶん断れないんだと思う。

彼の肩に手をかけてから背筋を伸ばして。

彼の唇をめがけてぶつからないように、ゆっくりと近づいて。

 

ちゅっ。

 

唇を重ね、彼の形を確かめる。

頭が彼を感じるほどに麻痺していって、私の中は彼一色に染まって行く。

好き…好き…彼が好き…主人公君。

溢れる愛おしさが、どんどんエスカレートして行って、ーー止まらない。

 

主人公「っ…はっ。」

 

彼は突然唇を離した。

 

主人公「チカちゃん、ちょっと…タイム。」

 

やだーー。

もっとあなたと一緒でいたい、一緒になりたい。

高まった欲望はわたしをどんどんわがままにして。

 

チカ「やだ…主人公君。」

チカ「もっとキス、していたいの。」

 

そう彼に懇願すると、彼はすこし私から目をそらして困った顔のまましばらく。

そしておもむろに彼は私の方を見つめて、ゆっくりと近寄ってきて。

キスしてくれるーー、そうかと思ったらおでことおでこをコツンと合わせて。

目を瞑ったまま。

 

主人公「僕は…君を大切にしたいんだ。」

主人公「これ以上…その、キスされたら…。」

主人公「いつかみたいに…、だからーー。」

 

そう言って静かに彼は身を引こうとする。

彼のそういう態度に、なぜだか私はとてもムカついてきてしまって。

私は、その彼の胸ぐらを掴んでから。

首元にーー、キスをした。

 

主人公「!?」

 

分からず屋な彼に、私の中の沸き立つ衝動を訴える。

 

チカ「私を大切にしたいっていうんだったら…。」

チカ「私の望みを叶えてよ。」

 

声がすこし上ずるようになって震えて。

少しだけ、瞳が涙で滲んで行く。

 

チカ「あなたのその優しさは…あなたの身勝手だよ…。」

 

再びキスをしようと彼に迫って行くと。

咄嗟に彼は力を入れて少し強引に私を引き剥がした。

 

主人公「っ…!」

主人公「ごめんっ…チカちゃん。」

 

苦虫を噛み潰したような表情をした彼は。

そのままベンチを立ってしまった。

 

彼にとって、私と言う存在はどういうものなのだろう。

彼女…?

彼の中で一定の線引きを敷かれた2人の関係に、私は正直のところ不満を感じている。

私は彼に、”少女”としてあしらわれているのだと…。

そう考えると少しだけ、涙が出た。

 

チカ「ううん、いいよ。私こそ…わがままでごめんね。」

主人公「…。」

 

その日、彼はそれっきり私と目を合わせてくれなかった。

家の前まで送り届けてくれた後に、トボトボと帰る彼の背中を眺めていた。

 

彼は優しい。とても、残酷なほど優しい。

そんな彼が大好き…そして大っ嫌い。

 

私の中の気持ちが彼の色に染まって行くほど。

彼の優しさを疎ましく感じてしまう。

もっと強引なところを見せてくれていい。

もっと、私を傷つけてもいい…だから。

本気で私を見て、彼の真実の愛でーー。

 

ーー。

 

足取りが重い。

帰り道。

 

仲違いをしたというつもりではない。

彼女との関係は、決してうまくいっていないわけではないと。

そう思っていたのだが。

ここ最近の彼女の要求には、うまく返事を返すことができない。

何より、彼女との愛が深くなって行くことがだんだんと怖くなっているように感じている。

…あの子の愛に僕は、応えられなかった。

 

2人の恋は未だキス止まり。

プラトニックラブーー。

 




波風が…立ってまいりました(

書いててすごく楽しい気分になれました(
でもそれと同時に感情を表す文章の辻褄が合っているのか。
よくわからなくなってきました(

でもやっぱり恋愛って、一筋縄にはいかない紆余曲折したようなもどかしさがたまらないですよね…と。
毎話毎話の事ですが、筆者の趣味全開にてお送りしております(笑

執筆のほうは楽しく描けるシーンになってくると段々とペースが上がって行くものなのですが。
ここのところアイポンが不調で、ゴーストタップに苛まれているため。
なかなか書きたくても書くことに集中できないという事案に悩まされています。
まったく困ったものですよ、ついついイライラしてスマホパンチし始める始末です(

そんなこんなで今後の更新としては、おそらく後2話?(3話になるかもぉ…)で完結させるかな、というところです。

なかなかやはり書き連ねているとどんどん話が膨らんで行くので。
何をどこまで表現するか、というのを慎重に考えつつ…。
大胆に中抜きして前後のキーシーンばかりを繋げているような…そんな感じです。
なのでチカちゃんの感情表現が場面が飛ぶほどにすっ飛んでいくというか、マッハで心変わりします(
なかなか筆者自身もこれは…と思いながらなのですが。あんまりダラダラとした話になって行くのもアレなので。
カンベンシテ(

キスシーンの文章に”啄ばむ”って言葉を入れてたんですけど。
あれ鳥が突っつくようにして餌を食べる仕草のことだって、
どんなキスしてたんだ…って思って修正しました(

と、いうことでいつまでもあとがきをダラダラ書くのもアレなので(
今回はこれにて、また次回をおたのしみに…?
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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四篇 聖なる夜に真実の口づけを。

あの日の翌日、気まずい気分で2人は顔を合わせた…と思ったら。

世間話を始めた途端に、いつも通りのように振舞って。

まるで何もなかったかのように日常に戻ることができた。

2人の仲は変わらず…あえていうなら進歩もなく。

 

そしていつのまにか、年末を迎えようとしていた。

12月23日の夕暮れ時。

 

街はクリスマスの風景に染まり。

いたるところにオーナメントが施されて、街中が楽しい雰囲気を醸し出していた。

 

明日に控えるクリスマスイブ。

チカちゃんのためにプレゼントを用意しようと思って僕は適当なお店がないか探していた。

 

そして見つけた雑貨屋さん。

お店の扉には銀のリボンが飾られて、とても可愛いーー。

主人公君に似合うものはあるかな?

できれば、日常的に使ってもらえるようなものとか。

お部屋に置いて眺めてもらえるようなものがいいかな?

 

そんな風に思いながら商品を手にとってみる。

あ、そうだ。

チカちゃんはよく髪留めをしてる。

柊の葉を模したデザインーー。

これなんかいいんじゃないかな。

 

気に入ったプレゼントを握ってレジへと向かう。

目の前に背の高い男の人。

あれ?見覚えがあるような後ろ姿…。

 

チカ「あれ…主人公君?」

主人公「え?チカちゃん?」

 

チカ&主人公「ふっ、あははは♪」

 

こんな偶然あるんだーー。

2人は顔を合わせて笑った。

ちょっとレジの人と他のお客さんの注目を浴びてしまって、ハニカミ顔した私たちはレジを済ませて逃げるようにお店の外へ。

そしてお互いに握っているものを見せ合いっこした。

 

主人公「マグカバーか〜、ふふっかわいいトナカイのマスコットがいいね。」

チカ「でしょ〜♪主人公君よくマグカップでコーヒー飲んでるから、便利かなー?って思って。」

主人公「欲しいって思う時はあっても、案外わざわざ買いに行ったりしないんだよね、こういうの。嬉しいよ〜。」

チカ「ふふっ♪じゃあ、私の分は…。」

チカ「わあ♪可愛い髪留め!」

チカ「ね、早速つけてみてもいいかな?」

主人公「うん、つけてみて。」

 

チカ「…どうかな?」

主人公「うん、ばっちり似合ってる。可愛いよ。」

チカ「えへへ♡」

 

2人は微笑みあって。

 

チカ「クリスマスイブのフライングしちゃったね♪」

主人公「今日はクリスマスイブ”イブ”って言うのかな?」

チカ「なにそれ♪」

 

チカ「ありがとう♪主人公君。」

主人公「こちらこそありがとう、大切に使うよ。」

 

空を見上げると先程まで茜色に染まっていた空はもう暗くなっていた。

 

主人公「どうしようか、明日は一緒に過ごそうっていってたけど。」

主人公「偶然会っちゃったし、今日この後とか?」

チカ「うん、私は特に予定はないから。」

チカ「ご一緒しちゃおうかな♪」

主人公「ふふ♪この後は別の買い物に行こうって思ってたんだ。」

チカ「明日の準備?」

主人公「うん、ケーキの材料をね。」

チカ「手作りケーキ!!やっぱり女子力高いよね、主人公君。」

主人公「男の子だけどね。」

チカ「関係ないよ♪」

チカ「あ、じゃあ〜手作り料理は明日のお楽しみで〜。」

チカ「お買い物する前に、腹ごしらえしていかない?」

 

グゥ〜…

チカちゃんのお腹の音…。

恥ずかしそうにお腹を抑えて。

 

主人公「お腹空いたんだね。」

チカ「えへへ〜…。」

チカ「ほら〜、腹が減っては戦はできぬ。だよ?」

主人公「ふふっ、それもそうだね。」

 

ーー。

 

食事をしてから買い物をして、たくさんの買い物袋を提げた2人。

 

チカ「たくさん買っちゃったね〜…。」

チカ「お財布大丈夫…?」

主人公「ちょっと軽いかも…。」

主人公「なんてね。」

主人公「まあ、僕はバイトしてるんだし、問題ないよ。」

チカ「私もバイトしたいんだけどなあ…。」

チカ「こっちくる前に、”あんたの学力じゃ、バイトなんてしてる余裕あるわけないだろー”…って言われて。」

チカ「実際、本当に勉強について行くだけで精一杯だからそんな余裕はないなあ…。」

主人公「ふふ、デート行く時間はあってもバイトする余裕はない、か。」

チカ「それは別♪必要な時間だもん♡」

 

チカは主人公を小突くようにしてぶつかってふざけながら、一緒に家路を行く。

 

主人公の部屋に着くと、買ったものをしまって。

しばらく荷物を持って歩き疲れただろうからと、飲み物を注いで2人は休憩することにした。

 

暖かいココアをすする。

座布団クッションの上、ベッドに寄りかかるようにして並んで、世間話をしながら楽しい時間を過ごす。

 

彼となら2人きりで居られる、ただそれだけでも幸せ。

だけれど、こうして笑顔で喜びを分かち合える瞬間は、より強い幸福感を感じられるようで、”彼が好き”…そういう気持ちがどんどん大きくなって、溢れてくる。

やっぱり彼と、もっと近づきたい触れたい…そういう願いが欲望を掻き立てて。

 

チカ「ねえーー。」

チカ「キス…」

 

つい発してしまうーー。

 

その言葉が聞こえた途端、彼は不安そうな顔をして少し視線を逸らす。

 

やっぱりーー。

 

彼は、何故そうなんだろう…俯いて落ち込んでしまう私。

私と仲良くするのが本当は嫌なのかな…、マイナス方向への思考が働いてしまって今にも心が曇ってしまいそうになる。

でも、…たぶんそうじゃないと思う、そう思い込んで暗雲を取り払って。

じゃあ、彼は何を思ってそんな表情をするのかな…。

彼の気持ちになったつもりで少し考えてみる。

以前彼が迫って来た時に、私を強く握る彼の手の震えが思い当たる…。

私のこと…私との関係のことで何か、怖いことでもあるのかな?

“僕は君を大切にしたいんだ。”彼の言葉…。

私のこと…”傷つけてしまうかもしれない。”っていうことなのかな?

 

私は今まで、自分なりの”好き”をずっと彼に伝えてきたつもりだった。

そうやって我を貫いて、それにいつも応えてくれる彼に甘えていた。

でも、今こうして彼との関係に一線を引かれて、立ち止まってしまう私、でも…それを受け入れられない私。

そんなことにイライラしたってしかたがない、きっと今は私が彼を分かってあげなきゃいけない時なんだ。

どうすればいいんだろう?

どうすれば彼の不安を取り除いてあげられるのかな…、彼に寄り添ってあげられるのかな。

 

頭をフル回転させて考えるけど、頭の中で点と点をつなぐ線はどんどんぐちゃぐちゃになって…。

ああ…もうどうしよう…。

こういう時は、押してダメなら…引いてみろ?

 

結局最終的にはシンプルに。

今は、怖がっている彼を安心させてあげるべきなんだーーそう思って。

私は口から出しかけた言葉を飲み込んでから、ぐっと決心をして。

 

チカ「主人公君。」

主人公「?」

 

座ったままの彼を膝立ちして抱き寄せる。

私の胸元に彼の頭がきて、いつものように彼に抱きついたりするのとは違う…。

 

主人公「!?」

主人公「チカちゃん?!」

 

彼は一瞬私の体を引き離そうとして、慌てるように抵抗しかかったが。

私がそれに微動だにせず、じっと彼を包み込んでいると。

彼はこちらの様子を伺うように、動きを止めた。

 

私は…あなたとわかり合いたい、こんなところで立ち止まっていたくない。

あなたとの愛をもっと、育んでゆきたい…。

だから。

 

チカ「…怖がらなくていいんだよ。」

主人公「え…?」

 

まるで彼を諭すように私は、精一杯の彼への気持ちを込めてーー。

 

チカ「えへへ。」

チカ「私がキスをねだったら、主人公君、いつもすごく不安そうな顔して見えるから。」

チカ「…だから、怖がらなくてもいいんだよ?」

 

主人公「…うん。」

 

彼は神妙な面持ちで私の言葉に相槌を打つ。

 

チカ「私には、うまく言葉にできないんだけど…。」

チカ「たとえあなたが、私にどんな姿を見せたとしても。」

チカ「いつかみたいに…、突然怖いことをしたって。」

チカ「私はあなたを、嫌いになったりはしないから。」

チカ「私は、何があってもあなたと、ずっと…一緒にいたいから。」

チカ「主人公君。」

 

主人公「うん。」

 

私の言葉に絆されてゆくように、彼はゆっくりとこちらに身を委ねてきて。

私の腰に腕を回して抱きついてきた。

その様子は、まるでちっちゃい子が甘えてくるみたいで、私はつい彼の頭を撫でながら。

しばらくしていると、彼の目尻からツゥーッと…。

 

チカ「主人公君…泣いてるの?」

主人公「えっ?…あはは、情けないとこ見られちゃった。」

主人公「…弱いなあ僕って。」

 

涙を拭う彼の頭を撫でながら私は。

 

チカ「いいんだよ、弱くても。」

チカ「…きっとそれは、あなたの優しさだから。」

チカ「私は、あなたのそいうところが好き。」

チカ「ありのままのあなたのことが…大好きだから。」

 

私の胸の中にいる主人公君はその言葉を聞いてから、満足気な顔をして目を瞑って。

より一層、私を強く抱きしめるようにーー。

ゆっくりと…時間が過ぎていった。

 

ーー。

 

主人公「…ごめんね、明日も一緒に居るって予定なのに、なんだか長く引き止めるようになっちゃって…。」

チカ「ううん、いいの。」

 

瞼を少し赤くした彼を見つめて、私は微笑んで。

 

チカ「じゃあね、おやすみなさい。」

主人公「うん、おやすみ。」

 

彼を抱きしめていた、…ただそれだけだったけど。

わたしから抱きついていただけの今までとは違って、初めて彼と、対等になって分かり合えたような気がした。

 

私の気持ち…彼に伝わったかな。

きっとーー。

 

ーー。

 

“何があってもあなたとずっと一緒にいたいから。”

 

その言葉を聞いて、僕の心の中のわだかまりは、スッと消えていったように思えた。

たぶん、チカちゃんとの愛が深くなっていくことが怖かったのは…トラウマのせい。

愛し合ったあの子と、訪れた別れ、それを受け入れられなかった僕がいつの間にか壁を作っていた。

チカちゃんは、僕のことを本気で愛してくれているんだ…、僕自身が気づかないうちに作っていたそれを見抜いていたように、僕を優しく解いてくれた。

 

ずっと彼女のことは、自分よりも”幼い子”のように感じていたけれど。

そんなことはない…むしろ僕の方がずっと子供だったんだ。

今日彼女と本当の意味で向き合うことができて、彼女から注がれる純粋な愛情が、何より心地良いとわかって。

今までそれを拒んでいた自分自身が恥ずかしく思えてーー涙が出た。

 

僕も…彼女のことが好き、いままで壁越しにあったのかもしれない、”大好き”の気持ちに初めて気づけた。

彼女の愛に”応えてあげたい”じゃない、彼女を。

愛したい。

 

一途にそう思った。

 

 

ーーー。

 

 

翌日。

クリスマスイブの当日。

 

今日は素敵な日になりそうーー。

昨日のことを思い返しながら、私は荷物をバッグに詰めて行く。

 

お泊まりセット。

それは1つの決心のような…、博打のような。

でも、ありえるのかもしれない。

そんな風に思って必要最低限のものだけ備えて。

そんな自分の行動に、少しドキドキと胸を鳴らしながら。

彼とのクリスマスの…淡い期待を抱いて。

部屋を出た。

 

ーー。

 

ピンポーン。

 

主人公「はい。」

 

扉を開けると。

 

チカ「メリークリスマス!」

チカ「イブっ!」

 

元気なチカちゃん。

 

主人公「こんにちは。」

主人公「メリークリスマス、イブ…ふふっ。」

主人公「さあ、上がって。」

 

チカ「お邪魔しまーす♪」

 

クリスマスイブ、チカちゃんとーー。

 

この日の過ごし方は人それぞれあるだろう。

恋人と2人きりであれば、例えばいいお店の予約を取ってディナーをしたり。

雰囲気の良い場所でデートしたり。

僕たちの場合は、お家パーティーを選んだ。

今日は僕の部屋で一緒にケーキを作って、料理を食べて…。

二人きりでクリスマスイブを過ごすんだ。

 

早速僕たちはケーキ作りを始めた。

今日は本格的にスポンジから、2人分にしては少し大きいホールケーキ。

 

一緒に生地を混ぜたり、クリームをスポンジに塗って飾りをつけたり。

…口元にクリームをつけたチカちゃんを見て。

笑ったりーー。

 

最後の仕上げにイチゴを乗せて…。

 

チカ「完成!」

主人公「うん、いい感じ。」

主人公「そしたらこれは食事の後でって事で、とりあえず冷やしとこうか。」

 

オードブルは作り置いていたものと買い物してきたものを並べて。

準備万端。

2人だけのクリスマスパーティー。

シャンメリーを片手に乾杯して、食事を始める。

 

チカ「ターキーだあ♪」

主人公「残念、チキンでした。」

チカ「…だよねえ。」

主人公「本場はチキンなんて食べないっていうけどね。」

主人公「でも日本でターキーなんてなかなか売ってないっていうか、買わないよね。」

チカ「うん、どんな味がするんだろう?」

主人公「う~ん、鳥は鳥…なんだろうけどね。」

チカ「きっと…ターキー!って感じなんだろうね~。」

主人公(…どんな?)

主人公「ターキー!」

主人公「ううん…これじゃわかんないな。」

チカ「きっとターキーの気持ちが足りないんだね。」

チカ「ターキー!」

主人公「タ…ターキー!!」

チカ「ターキー…。」

 

チカちゃんは自己暗示を始めるようにして目をつむってチキンを一口…。

 

チカ「…チキン。」

主人公「どんなに頑張ってもターキーにはならないと思うよ。」

チカ「今度買ってきてみようよ、ターキー♪」

主人公「百聞は一見にしかず、ってことだね。」

チカ「うん♪」

チカ「あ、このポテトサラダおいしい♪」

主人公「よかった、結局オードブルもだいたいスーパーのものになっちゃったけど…。」

主人公「簡単なものだけ僕が作ったんだ。」

チカ「う~ん、やっぱり料理上手いよね〜。」

主人公「そんなに手を込んだものでも無いけどね。」

チカ「胃袋つかまれちゃった。私♪」

主人公「ははは。」

チカ「ち・な・み・に、これはチカが作ってもってきたの!」

主人公「お~」

チカ「食べてみて!」

主人公「うん、おいしいよ。」

チカ「やった!胃袋つかまれた?」

主人公「ふふふ、これだけじゃ足りないかな?」

チカ「ええ~♡」

 

ーー。

 

食事をひと段落した僕らは、借りてきたDVDで映画を見て。

二人の時間をゆっくり過ごす。

映画が終わったころ。時計の針はクリスマスまであと3時間ほどといったところを指す。

 

主人公「そろそろケーキ食べる?」

チカ「うん、食べよ〜♪」

 

ケーキを出してきて切り分ける。

6つ切りにしたケーキを1つずつだけ取ってお皿に乗せて。

 

主人公「美味しくできてると良いな〜。」

チカ「じゃあいただきまーす♪」

 

途端にチカちゃんはフォークでケーキをグサッ!

串刺しにしたかと思えばそのまま持ち上げて口へと運んでいく。

 

主人公(うおおおー!?)

 

思わず心の中で驚愕する主人公。

 

チカ「おいしい〜♡」

主人公「ワイルドだねえ…。」

チカ「ん?」

 

チカちゃんはやっぱり変わってる…。

ははは、と愛想笑いをしながら。

自分の分をフォークで一口大に切って口に入れる。

 

主人公「うん、おいしい。」

チカ「うんうん、おいしいね♪二人で作った…ケーキ♡」

 

ニヤニヤしながら、そう言ってチカちゃんは二口、三口…とあっという間にケーキをたいらげる。

 

チカ「残りのケーキどうしよう?」

主人公「余力があれば今日食べてしまってもいいかなって思うけど…。」

主人公「なんだったら、お持ち帰りする?」

チカ「そうしようかな。」

 

主人公「はーい、そしたら二つ適当な箱でも用意しておいて…。」

主人公「さて…これから、どうしよう?」

主人公「何かして遊ぶ?」

 

そういいながらトランプを用意しにいこうとしていると…。

返事がないだけなんだけど…、チカちゃんが妙に静かだと感じた。

 

チカ「ねえ、主人公君。」

主人公「何?」

チカ「えっと…ね。」

 

もじもじしながら、何かを言いだそうとしてる。

なんとなく予測がつくような気がしたけど、僕は彼女の言葉を待つ。

 

チカ「その、今日。」

チカ「お泊り…していってもいいかな?」

 

ーーそう来たか…。

そんな彼女の要求を拒む気持ちはなくって。

 

主人公「うん、いいよ。」

 

すぐさま了承。

するとチカちゃんはお得意のタックルで僕の背中にぶつかってくる。

 

チカ「えへへ♡」

 

僕はこけないようにチカちゃんを受け止めてから、彼女に向き合うように方向転換する。

僕たちは自然と見つめ合って、しばらく黙って。

それからチカちゃんが、少し息をためるようにしてから言葉を発する。

 

チカ「キス、しても…いいよね?」

 

期待するような瞳をこちらに向けてくる、僕はそれに…応えるように笑顔でハグする。

 

チカ「あはは♡」

 

彼女は背伸びして僕に寄りかかるように頬ずりしてきて。

合わせていた頬を離してから、キスをする。

お互いに求め合うように何度も何度も、彼女と唇を重ねて。

しばらくしたら彼女が唇を離して、ご満悦の表情で僕に抱きついた。

 

チカ「…こうやって、あなたにたくさん触れたかったの。」

 

呼吸をする彼女の肩がゆっくりと大きな動作で上下する、少しだけ彼女の息は荒い。

心を許したから余計に…か、そういった彼女の所作がすごく魅惑的に映って。

つい、衝動的な感情を揺すられてしまうーー。

 

主人公「チカちゃん。」

 

抱き合っている体を少し緩めてから屈んで、いじわるするように彼女の耳たぶを甘噛みするーー。

 

チカ「ひゃっ!?」

 

意表を突かれた彼女の可愛い鳴き声…。

僕は彼女の頬に手を添えるようにして。

 

主人公「ごめんね、いきなり意地悪して。」

主人公「君とキスしたり…触れ合ったりしていると。」

主人公「僕はどうしてもああいう風に、君のこと…自分のものにしたいって行動に出ちゃうんだ。」

 

彼女を試すつもりで挑発的に。

僕は彼女の頬に当てていた指を沿わせるようにして首元の方へと動かして、鎖骨に触れる。

彼女の顔に自分の顔を近づけて、威圧するように…囁く。

 

主人公「いつかの時みたいに、僕がこうやって迫っていったら。」

主人公「チカちゃんは…怖い?」

 

そうするとより一層赫らむ彼女は、少し目をそらすようにして。

いぢらしくこちらを見上げる。

 

チカ「それは…やっぱり、怖いよ。」

 

彼女は目を細めて上目遣いにこちらを見上げて。

それを合図と受け取った僕は、両手を彼女の後ろ頭に添えて、優しくキスをする。

唇を離してから彼女は。

 

チカ「でもね、そうしてくれる方が嬉しいのかも…。」

チカ「あなたが、本心から私を愛してくれてるのかなって、思えるような気がするから。」

 

覚悟は…できてるっていうことなのかな…。

 

僕が添えていた手を離すと、彼女はおもむろに上着を捲り上げて。

少し躊躇うようにしながら。

 

チカ「〜っ。」

チカ「いざって思うとちょっと…恥ずかしいね。あはは♡」

 

そう言って背を向いてから。

グイッと勢いをつけて、上着を脱ぎ捨てる。

上半身だけシャツ姿になった彼女は、今度はスカートに手をかけて…。

 

主人公「待って、そんな焦らなくてもいいよ。」

 

彼女の動きが止まる。

 

主人公「いきなり恥ずかしいでしょ、ゆっくりでいいから。」

チカ「う…うん。」

主人公「それに…。」

 

主人公「僕が脱がしてあげるから。」

 

その時、既に僕の中の変なスイッチはたぶん壊れていた…。

 

チカ「うん、わかっ…え?」

 

こちらを向きかけて真っ赤になる彼女はすぐ背を向けなおした。

 

チカ「…もう、すけべ。」

 

小さな声で吐き捨てられる。

 

主人公「うっ…。」

チカ「…なんちゃって♪」

 

チカ「うん、いいよ。あなたが脱がせて…。」

主人公「だったら。」

主人公「ベッド、行こっか。」

チカ「うん。」

 

ベッドに座るチカちゃんと、再びキスを繰り返してーー。

お互いに期待や不安で緊張しているからか、どんどん息を荒くして、2人は見つめ合う。

彼女は蕩けたような表情で恍惚とし、僕はそんな彼女に野生的な欲望をそそられてしまう。

 

もう我慢できないかもーー。

 

僕は彼女をギュッと抱きしめて。

そのあとはあんまり理性的ではいられなかった。

僕は一心不乱に、彼女との愛に溺れた。

 

ーー。

 

チカ「あなたとこんな風に愛し合えるなんて…。」

チカ「なんだか本当に夢を見ているみたい。」

チカ「あなたはどう?」

 

主人公「僕もあんまり、こんな風になるなんては思っていなかったかな。」

主人公「でも、君とちゃんと向き合えて…愛しあえた事…とっても嬉しいよ。」

チカ「ふふふ♡」

 

チカは主人公に頬ずりする。

向き合って2人、ベッドの中で。

 

主人公「不思議な気持ちになるよね…こういう経験って…。」

チカ「…。」

チカは少し口を開けて、躊躇いながら言葉を発する。

 

チカ「ねえ、主人公君。」

チカ「…聞きにくいこと、聞いてもいい?」

主人公「なに?」

チカ「その、主人公君って…こういう風な恋を

…。」

チカ「私以外ともしたことあるの…?」

 

その問いに、すこし戸惑うような気持ちにもなったが。

主人公はゆっくりと口を開いて。

 

主人公「うん、あるよ。」

チカ「そっか…。」

主人公「チカちゃんと出会う…少し前まで、他の彼女がいてね。」

主人公「でもその彼女には目標があって、そのためには離れ離れになってしまうから、…寂しくなるのは嫌だからって言われて。」

主人公「振られちゃった、のかな?ふふっ。」

チカ「なんだか…かっこいい人なんだね。」

主人公「うん。」

 

チカ「その彼女さんのこと…主人公君は、嫌いになって別れたわけじゃ無いよね。」

主人公「…うん。」

チカ「今でも…その彼女さんのこと…好き?」

 

あの子の後ろ姿、揺れるポニーテールがふっと頭に浮かんだ。

僕はずっとあの子と育んだ愛に囚われていた。

でも、今は目の前にいる…この子のことだけを考えていたい。

愛していたい。

ーーそう、思えたから。

 

主人公「多分…お互い嫌いになって別れたわけじゃ無いから。」

主人公「好きか嫌いか?なんて言われたら好きなんだろうけどね。」

主人公「でも、僕が今見つめているのは…君だけだから。チカちゃん。」

チカ「えへへ♡」

 

ほっと安堵するようにチカちゃんは笑顔を咲かせて、再び僕にすり寄ってきた。

 

チカ「ごめんね、意地悪なこと聞いて。」

主人公「ううん、気にしないで。」

主人公「気になったら…どうしても知りたくなっちゃうもんね。」

主人公「気持ちはわかるから。」

チカ「うん。」

 

僕は彼女を優しく抱き寄せて。

腕の中へと包み込む。

 

主人公「でも、チカちゃんって察しがいいよね、こういう時。」

チカ「うふふ♪だってあなたのことはもうお見通しだもん♪」

チカ「…心は、一つになれたんだから♡」

 

ニンマリと笑う彼女の無邪気な笑顔。

すごく眩しい、太陽のようなーー。

 

主人公「ふふふ♪」

 

そんな表情をされたら、こっちだって無条件で笑顔になってしまう。

 

そんな優しいピロートークを交わしながら、僕らは2人きりで夜を越した。

 

ーー。

 

パチっ。

 

瞬きとともにハッと目が覚めた。

すると、目の前には誰かの体が…。

 

そうだ…主人公君だ…。

昨夜の出来事を思い返しながら、少し頬を染めて。

上体を起こしてから時計を凝視する。

 

まだこんな時間、すごく珍しい早起き。

でも、そのおかげでいいものが見れた。

私の隣に視線を落とすと。

無防備な彼の寝顔。

つい、彼の前髪をかき分けるように手を出すと。

彼はゆっくりとまぶたを動かして、声を漏らす。

 

主人公「…っ」

主人公「?」

 

言葉にならないような唸り声を上げるように。彼が半分寝ぼけたまま目を覚ます。

 

チカ「あはっ、ごめんね。起こしちゃった。」

主人公「んぅ…おはよう…。」

チカ「おはよう、主人公君。」

 

いつものシャキッとした彼の様子からすると、すごくだらしない寝起きの彼。

そんな姿がすごく愛おしく見えて、つい私は自分の胸に彼を抱き寄せてしまう。

すると、ふふっと笑う彼の鼻息がくすぐったい。

彼を抱きしめていると、すごく心が満たされるようで。

彼の頭を撫でながら、慈しむように見つめる。

目を瞑っている彼は静かに呼吸を繰り返しながら、だんだんとそれが弱くなっていって…。

あれ?寝ちゃったーー♡

私に抱きついてくる彼は、本当にちっちゃい子のようで可愛くて。

彼を起こさないように、小さな声で呟く。

 

チカ「私と一緒であなたも、甘えん坊さんだね。」

チカ「ふふふ♡」

 

幸せな朝ーー。

 

そのあと私もつられてそのまま眠ってしまった。

いつも通り、二度寝。

 

 

ーーー。

 

 

パンポンパンポーン♪

 

英語のアナウンスが聞こえてくる。

流石にその音にも慣れてきたみたいで、音が頭の中で言葉に変わって、理解できるようになった。

行きの便に乗る前は…勉強していたはずなのにちんぷんかんぷんだった。

でも流石に1年近くも海外に身を置けば、それなりには身につくということだろう。

 

ゴロゴロと大きなキャリーバッグを転がしながら空港の中を行く。

 

「ーーーお帰りなさいませ。」

 

入国審査、税関を通過して。

ロビーへと着いて。

 

「ただいま…日本。」

 

誰も迎えにきてくれているわけでは無いけれど。

なんとなく空中にその言葉を投げてから。

夕暮れ空を眺めてーー。

 

さあ、帰ろうか。




読んでいただきありがとうございます。

元々、遅筆更新…ではありますが。
私事ですがリアルの仕事が忙しくなってきて、なかなか執筆の進み具合が悪いです。
次の話もしばらくかかるかもですね。

今回の話ですが…チカちゃんにバブみを感じt(ry
という、故に主人公君にはオギャ…はしませんが甘えてもらいました(
アニメの話とかでも、チカリコのシーンとかで結構慈しみの感じられるような風貌があると思うので、そんな感じもアリかな?

ここに来て元々の本編と同じ話の部分になってきましたけど、起こったことだけ同じにして、結構内容は一新しました。
元本編の時のクリスマスシーンとかはチカちゃんがかなりうぶな印象でしたけど、今回の改訂版の話の繋がりからだと、あんまりそういう印象じゃないよなーっと思って、ざっくり改変。
もうちょっと少女以上の恋がしたい感を醸したかった気もしましたけど(

あと今回は少し話のネタの作り方を、ドラマCD風にしてみてるところがあります。
伝わっているかな…?
こういうぶっ飛びネタ系をちょこちょこ挟みたくもあるんですけど(
なかなか難しいですね。
ダジャレチカちゃんとか、なのだチカちゃんとか、チカ二等兵とか(

おそらく次の話で改訂版もラスト?になると思います。
まあ、本編の雛形があるんで結末は見えてるんですけどね。
なんとか最後まで楽しんでいただけるような文章を書けるように…頑張って行きたい所存であります。
そんな感じでまた後書きがダラダラ続きそうなのでここらで。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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五篇 二人の再会、ちかなんとーーー。

人でごった返しになっている神社。

田舎でもこの数日間だけは同じような光景が見られるが、やはり人の多い都会ではその規模も違って、大勢の参拝客が大行列をなしている。

”お正月くらい帰省しようかなー”っと思っていたチカだったが。

主人公も帰省する予定はないというので、一緒にいることにした。

 

チカ「こんなに沢山の人が一気にお願い事して…神様はきっと大変だよね〜。」

主人公「むしろ書き入れ時だったりして。」

チカ「なにそれ、お願いごとにノルマ制でもあるの?」

 

他愛ない話をしながら、歩く。

散々並び疲れた初詣を終えた帰り道。

 

チカちゃんのスマートフォンから通知ーー。

手に取ってそれを確認する彼女の表情がパアッと明るくなる。

何かいい知らせでも来たのだろうか。

僕はそんな彼女の横顔を眺めつつ、夜空を仰ぐ。

白い息が立ち昇る寒空、今年一年はどんな一年になっていくんだろうか…。

 

主人公「そうだ、結局人混みの中で新年迎えたからいいわすれてたね。」

主人公「あけましておめでとう、チカちゃん。」

主人公「今年もよろしくね。」

チカ「うん、あけましておめでとう♪」

チカ「今年もよろしくお願いします。」

 

ふふふ。

微笑みあいながら歩く。

2人の年越し。

 

 

ーーー。

 

 

もう何日かで冬休み明けの大学が始まるという頃。

チカは正月に来たメッセージーー、しばらく会えなかった友達が帰ってきたというので、久しく会うことにしていた。

待ち合わせ場所へ向かうと、そこには腕を組んで待つ友達の姿が。

それを見つけたチカは駆け足で接近して。

 

チカ「カナンちゃんおっかえりー!!」

 

タックルするように幼馴染のカナンの胸に飛び込む。

 

カナン「あはは♪ただいま、チカ。」

チカ「久しぶりだねー♪」

カナン「うむ、元気にしてた?」

チカ「うん!」

 

お互いに擦り寄る姿はまるで姉妹のようで。

しばらく抱き合った二人は顔を合わせてから。

 

チカ「じゃあお店に行こうよ♪」

カナン「うん♪」

 

2人は喫茶店へと向かった。

 

ーー。

 

しばらく会えなかった二人の会話は止まらない。

メッセージでもしばらくやり取りをしたり、電話もしたりしていたのだが。

やはり直接会って話すのは格別に楽しいようで、時間を忘れてしばらく喫茶店に長居していた。

 

チカ「ーーー。大学生活楽しんでるんだよ~♪」

カナン「ふふふ♪」

 

楽しそうに話すチカを眺めて嬉しそうなカナン。

一つの話題に区切りがついたところで、チカはハッと思い出したような仕草をしてから。

 

チカ「そうそう、カナンちゃん。」

チカ「ついに、ついに…!私にもできたんだよ!」

カナン「うふふ♪なに?」

チカ「ふふん♪そ・れ・は…」

チカ「カ・レ・シ♡」

 

その言葉が聞こえた瞬間、カナンの表情が凍り付くようになって。

時が止まった。

 

チカ「あれ?カナンちゃん?」

 

ワンテンポ遅れてから飛びあがるように立ち上がってカナンが驚く。

 

カナン「ええぇええええ!?」

チカ「うわあ!?びっくりした!」

 

立ったまましばらく固まるカナンは、周囲の視線に気づくと愛想笑いするようにしながら、すごすごと引き下がった。

 

カナン「え?彼氏…?できたの?」

チカ「うん♡できたよ~彼氏っ!」

カナン「へえ~…。」

 

満面の笑みでVサインをしてみせるチカ。

カナンは適当な返事をしながら、完全に上の空だった。

 

チカ「”この人だーっ!”って思う人に出会えたんだあ~♡」

カナン「そっそっかあ~…。」

 

カナン(ええ…チカに彼氏って…大丈夫なのかなあ…。)

 

カナン「ど…どんな人なの?」

チカ「優しくってね♪頭が良くて~、とっても…」

カナン「…とっても?」

チカ「かわいいの♡」

カナン「かわ…いい?」

チカ「うん、普段はかっこいいけど、2人きりだとかわいいの♡」

カナン「へっへえ~…。」

 

カナン(2人きりだと…?!)

 

浮かれたチカに過剰な心配をするカナン。

カナンの頭は今フル回転でチカから探るべき情報を選出していた。

彼氏ができた…”あの”チカに…ということは…。

頭の中をキーワードが行きかう、彼氏…2人きり…かわ…いい…?

 

カナン「え?もうどこまでしちゃってるの?」

カナン(何聞いてんの私っー!!)

 

カナンは完全に混乱している。

意図せず突飛なことを聞き出そうとしてしまい。

 

チカ「え!?」

 

その問いの意味を理解したチカは、急に頬を染めてしおらしくする。

 

チカ「えっと…それは…。」

 

カナン(え?何何何何!?)

 

チカ「一人じゃできない…、イケナイことまで…かな♡」

 

チカのオブラートに包んだつもりの言葉が、かえって過激に”それ”を示した。

ーーカナンに電流が走る。

ダンッ!

机をたたくようにして再び飛びたつように立ち上がるカナン。

 

チカ「うわあ!カナンちゃん!?落ち着いて!!」

カナン「あっ…ごめん。」

 

席に座りなおしてからしばし放心状態だったカナンは、ため息を吐き出してから重そうな頭をあげて、口を開いた。

 

カナン「そ…そっかあ…、いくところまでいっちゃってるかあ…。」

チカ「あ、あんまり言わないで…、ついこの間初めてだったから…まだ恥ずかしくて♡」

 

色気づいたようなチカに、カナンは少し目が潤むような気がした。

”お姉ちゃん…心配だよ”

…決して実妹ではないのに。

そんな過保護なカナンだった。

 

カナン「え、どのくらい付き合ってるの?」

チカ「う~ん、4月に出会ってから…付き合い始めたのは8月だから、5か月くらい?」

カナン「へえ、結構ちゃんと付き合えてるんだ。」

チカ「ふふっ、私ももう大人の仲間入りをしたってことだよ♪」

 

妙に得意げなチカ。

 

チカ「そういえば、カナンちゃんって彼氏とかいないの?」

カナン「私?」

カナン「私は…今はいないかな~。」

チカ「今は?」

カナン「うん、それまではいたよ?ちょっと前までね。」

チカ「へ~、…カナンちゃん彼氏いたんだね。初耳だよ!」

カナン「チカ、調子に乗ってるでしょ?」

カナン「馬鹿にしないでよ~?チカが経験しているようなことは、私のほうが先に経験してるんだから。」

チカ「カナンちゃんこそ、私のこと年下だからって見下してるでしょ?」

カナン「ふふ♪ごめんごめん、話聞いてると妬けちゃってさ♪」

チカ「ふん。」

チカ「…ところで、カナンちゃんの彼氏ってどんな人だったの?」

カナン「わっ私の?」

カナン「んー…可愛い彼…かなあ…。」

チカ「へえ〜!あのカナンちゃんが!」

カナン「チーカ?」

チカ「えへへ♪お返しだよー。」

カナン「ふん。」

チカ「それで、付き合っててどうだったの?」

カナン「どうって…どう?」

チカ「ん〜仲よかった?」

カナン「良くないと付き合わないでしょ。」

チカ「そうだね…、じゃあ…じゃあ…。」

チカ「愛し合ってた?」

カナン「…ふふっ、そりゃあね。好きだったよ、ずっと彼のこと。」

チカ「え?じゃあカナンちゃんふられたの?」

カナン「え?んーふった…かな?」

チカ「え??好きだったのに??」

カナン「うん、だって私、海外行ってたし。」

カナン「遠距離恋愛なんて性に合わないからさ、そこでバッサリ。」

チカ「ええ〜!」

チカ「え、でもこれからはずっと日本にいるんでしょ?」

カナン「まあ、また行く予定は今のところは…。」

チカ「だったら、またその元彼氏?に会ったりしないの?」

カナン「んー…そこらで新しい彼女でも作ってるんじゃない?」

チカ「そうかもだけど…好きだったんでしょ?カナンちゃん。」

カナン「ん〜…。」

カナン「もー、私のことはもういいよ。もう…別れたんだし…。」

カナン「そんなことより、チカたちが出会ったのはどこで?きっかけは?ーー?」

 

ーー。

 

カナン「…そっかあ。」

チカ「あ、そうだ。たぶん彼も今日は暇してるだろうから…。」

チカ「会ってみない?私の彼♪」

カナン「自慢する気だなあ~?」

チカ「させてよ~♪」

チカ「私が大人になったんだ!ってところ、見せつけてあげるから!」

カナン「ふふふ♪会うだけならね。」

チカ「えー、せっかくだし一緒に遊んだりしようよ~。」

カナン「いいの?」

カナン「チカより大人な私がいたら、その彼、私がとっちゃうかもよ~?」

チカ「えーっ!?ひどい!彼は私だけのものだもん!」

カナン「ふふふ♪」

 

カナン(まあ、心配してたけど聞いてる限りだったら大丈夫そうかなあ…。)

カナン(なによりチカが幸せそうだし。)

 

カナン「まあいいよ、チカの好きになった人がどんな変わった人なのか気になるし…。」

チカ「なにそれ~、私は変な人が好きみたいじゃん!」

チカ「ち・が・う・よ!普通に素敵な彼だから!」

 

ぷりぷりと怒るチカはスマートフォンを片手にメッセージを打ってから、しばらくするとすぐ返事が返ってきた。

 

チカ「うん、彼来てくれるって♪」

カナン「うむ。」

チカ「はあ~早く会いたいなあ♡」

カナン「ふふっ。可愛いね、チカは♪」

 

ーー。

 

お店を出た二人は待ち合わせ場所へと向かった。

チカの彼より先に着いた2人は、その場で世間話の続きをしながら待っていた。

カナンが周囲を見渡していると、1人の男性がこちらへ向かってくるのが見えた。

“あ、あれがチカの彼氏かな…?”そう思いながらじっと見ていると。

 

カナン「んんん?!」

チカ「どしたの?カナンちゃん。」

カナン「もしかして…チカの彼氏って…あの人?」

チカ「え?あ、そうそう!」

 

チカは彼に向かって可愛らしく手を振りながら。

 

チカ「すごいねカナンちゃん、良くわかったね。」

カナン「いっ…いやあ〜なんでだろうねえ〜。」

 

呆然とするカナンを見て不思議そうな顔をするチカ。

そこへ主人公がやってくると。

 

主人公「…。」

チカ「あれ?」

 

こちらも呆然とする…。

なぜか見つめ会っているカナンと主人公を交互に見て、チカが混乱する。

 

チカ「え?おーい、2人とも〜?」

 

チカの声かけに反応して、主人公が先に嬉しそうな笑顔になってカナンに声をかける。

 

主人公「カナン…だよね?」

カナン「ち…違うよ、たぶん…。」

チカ「え?え?」

チカ「カナンちゃん、何嘘ついてるの?」

チカ「じゃなくて…。」

チカ「なんで主人公君もわかるのー?!」

チカ「っていうか、なんで名前知ってるの?」

チカ「え?もしかして、2人は親戚だったー!とか?」

カナン「いやあ〜そういうのだったら良かったんだけどねえ〜…。」

主人公「その、チカちゃん…。」

 

説明しようと思って口を開くも、重いーー。

助け舟を求めようとしてカナンのほうへと視線を向ける主人公だったが。

カナンにはふいっと顔を逸らされてしまった。

“気が重いなあ…”そんなふうに思いながらも、主人公は言葉を絞り出す。

 

主人公「あのね、チカちゃん。」

主人公「僕とカナンは…その…。」

主人公「チカちゃんと僕が付き合うより前に…付き合ってたんだよ。」

チカ「へえ〜、そうだったんだあ〜…。」

 

まだチカは言葉の意味を理解していない。

主人公の発言から3カウントでチカが驚愕する。

 

チカ「えぇええええええええ!?」

チカ「え??主人公君は…カナンちゃんの元カレ?」

主人公「うん。」

チカ「カナンちゃんは…主人公君の元カノ?」

カナン「う、うん。」

 

チカ「ど、どうしよう〜…。」

カナン「どうするもこうするも…でしょ。」

主人公「ね…。」

 

あわあわと狼狽するチカを余所にして2人は話す。

 

主人公「帰ってきてたんだ…、カナン。」

カナン「う、うん、つい最近ね。」

主人公「僕らのことは…」

カナン「うん、さっきチカからある程度、聞いたかな…。」

主人公「元気にしてた?」

カナン「まあね。」

主人公「海外どうだった?」

カナン「すごく刺激的だったよ、毎日。」

カナン「楽しかったんだけど…でもやっぱり私は日本が安心するし、慣れた場所の方が居心地はいいよねって思ったかな。」

主人公「ふふふ、そっか。」

 

微笑み合う2人、そんな様子を眺めてボーッとしているチカに気づいた主人公。

 

主人公「チカちゃん、カナンは友達って言ってたけど…。」

チカ「え?あっ…えっと、カナンちゃんは幼馴染なんだ。」

チカ「物心ついた頃から一緒だったから、一番付き合いが長い友達かなあ…。」

主人公「…そっか。」

 

会話が途切れると、途端にバツの悪い空気が漂う。

これはすなわち、三角関係?

そんなことを3人とも考えながら。

一番に痺れを切らしたのはカナン。

 

カナン「えっとお…それじゃ私は2人の邪魔するのもなんだし…。」

カナン「帰ろうかなあ…?」

チカ「えっ!カナンちゃん帰っちゃうの?」

カナン「散々話したし、また会えるんだしさ…。」

チカ「でも、…主人公君と話していかないでいいの?」

カナン「…それ、チカが言う?」

チカ「え?ダメだったかな?主人公君。」

主人公「え?えーっと…。」

主人公「うーん。ははは。」

カナン「ははは、じゃないでしょ。」

主人公「ごめんなさい…。」

チカ「ちょっと…カナンちゃん。」

カナン「あのねチカ、2人は付き合ってるんでしょ?だったらさ。」

カナン「チカは自分の彼氏に元カノが近寄ってきてもいいの?」

チカ「えっと…。」

チカ「だって…カナンちゃんだから。」

カナン「私だったらいいの?」

チカ「良くないかもしれないけど…。」

チカ「でも、カナンちゃんだって主人公君のこと…。」

カナン「とっちゃうよ?」

カナン「主人公君。」

チカ「カナンちゃん…。」

カナン「…ごめんね、ちょっと乱暴なこと言うみたいで。」

カナン「でもね、こういうことなの、今の私たちの関係は。」

カナン「チカの前ではそんな風じゃないかもしれないけど。」

カナン「私だって主人公君とは…愛し合ってたんだから…。」

 

辛そうな顔をしているカナンを見て、チカは何も言えなかった。

 

主人公「えっと…。」

カナン「いいよ、君は何も言わなくて」

主人公「うっ…。」

カナン「こういう時に一番頼りないっていうことは良く知ってるんだから。」

主人公「はい…。」

カナン「ごめんね。」

カナン「じゃあ私は帰るから。」

 

カナンは背を向けて遠ざかっていった。

チカが一瞬引き止めようと手をのばしかけたが、届かないーー。

 

主人公「…チカちゃん。」

チカ「あはは、びっくり…びっくり…。」

 

チカの表情は笑ってなかった。

何か言葉をかけようと思った主人公だったが、その様子を見て思いとどまった。

今はきっと…触れない方がいい。

むしろ彼女の混乱を増長してしまうだけになると思ったから。

 

チカ「私も…今日は帰ろうかな。」

主人公「…送ろうか?」

チカ「ううん、大丈夫だよ。えへへ。」

 

作り笑いーー。

 

チカ「じゃあね。」

主人公「…うん。」

 

離れて行くチカが見えなくなって、残された主人公。

彼女が苦しんでいるとわかっているのに、うまく言葉をかけることもできず、慰められもせず。

ただ、何もできないことが悔しかった。

僕はーー。

 

 

ーーー。

 

 

はあ…思わずため息が出る。

あれから数日たった。

まさか、私のいない間にあんなことになるとは…。

予想もしていなかった出来事に、私は戸惑っていた。

 

あの子はーー。

あの子は、私よりもっと複雑な気持ちでいると思う。

 

鳥かごを開けたのは私。

主人公君は自由になったから、チカと恋をしたんだ。

この事態を招いたのも私自身が蒔いた種。

落とし前くらい自分で…つけなきゃ。

 

揺れる列車の中でスマートフォンをあそばせるようにしながらーー。

 

ーー。

 

あの子が帰ってきた。

そのことはすごく嬉しく思えた。

 

でも僕の彼女は今は…チカちゃん。

カナンは元カノ。

そして2人は…幼馴染。

 

僕はどうすればいいのだろう…。

選ぶべきものはすでに見えている。

今、選ぶべき答えはーー。

それによって得られるものも…取り零すものも…。

わかってるんだ。

でも、だからこそだろう、決心ができない。

秤にかけて、決められるものじゃないから。

僕は、臆病者だから…。

 

ティロリン♪

 

通知の音でスマートフォンを手に取ると。

メッセージーー。

 

ーー。

 

わたしが今まで知らなかったこと。

カナンちゃんは主人公君と付き合っていたということ。

主人公君がカナンちゃんと付き合っていたということ。

2人は愛し合っていたということ…。

 

そして今、私は主人公君と付き合っていて、彼と愛し合っている。

カナンちゃんのことも好き、これはもちろん友人として、幼馴染として。

カナンちゃんもきっとーー。

3人揃って好きで溢れている関係…そのはずなのに、これを三角で表すと縺れた関係であるかのように感じる。

 

2人は…、うん、なんとなく。

この間、すごく短い時間だったけど、2人で話しているのを見ているとすぐわかった。

2人ともすごく嬉しそうで、お互いに愛おしいものを見るような表情をしていた。

2人の愛は、今もきっとーー。

幸せそうな2人を想像していたら、それでいいんじゃないかなって思ってしまった。

でもそれと同時に、…心の奥がキュッと締め付けられるように痛む。

いつものように笑顔でいようって思えば、次第に瞳が濡れて…私の表情は曇ってゆく。

こんな顔してたら…会えないよ。

2人に会うのが怖い、大学の中でも主人公君を避けてしまうし、連絡を取ることもまだ…、私の気持ちの整理はつかない。

 

…そうだ、今日はお買い物するつもりだったんだ。

いつまでもくよくよしてちゃダメーー。

私は勢いをつけてベッドから飛び起きて、支度する。

溢れてきた涙を拭って、笑顔を作ってから外へと出ていった。

 

ーーー。

 

人通りを眺めて待っていた。

繁華街のように、たくさんの人が往来する場所を見ているわけではないが、チラホラと通るそれを眺めて。

その中に、知っている人はいないか?と探していたが。

一向にそんなものが現れる様子はない。

私の知り合いと私の知り合いが鉢合わせる確率って、どんなもんなんだろう。

 

取り留めのないことを考えていると、人の気配がして振り返った。

 

カナン「やっほ。」

カナン「急に呼び出しちゃってごめんね。」

主人公「ううん。」

主人公「僕も…ちょっと話したかったし。」

カナン「そっか。」

 

お互いに顔を合わせずに、遠くを眺めながら喋りはじめる、カナンと主人公。

 

カナン「あの日、あなたと別れた日から。」

カナン「私はずっと…後悔してた。」

カナン「あなたみたいな人、なかなか出会えるわけじゃないのにって。」

カナン「…あなたはどうだった?あの日から。」

主人公「僕は…。」

 

僕もたくさん後悔したーー。

 

主人公「君に会えなくて…ずっと、寂しかった。」

主人公「君がいなくなって、僕は君に依存していたんだって、そう痛感したよ。」

カナン「そっか…。」

 

彼女は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべながら。

 

カナン「こっちに帰ってきて、真っ先にあなたにメッセージを打とうか悩んだ。」

カナン「やっぱり…私もあなたに会いたかったから。」

カナン「でもやめたんだ。」

カナン「そんなことをしなくたって、あなたにはきっとどこかで鉢合わせるんじゃないかって思ってたから。」

カナン「そうしたら…びっくりしちゃった。あはは♪」

主人公「…ごめんね。」

カナン「何言ってんの、もう。」

主人公「カナン…。」

 

笑顔をしていた彼女は一転して、僕に対して訝しげな表情を浮かべる。

 

カナン「…ねえ。」

カナン「チカのこと…どう思ってるの?」

主人公「え?」

カナン「あの子は私の幼馴染で、私にとっては妹みたいな子だからさ、やっぱり気になるんだよね。」

カナン「主人公君、チカのこと…ちゃんと見てあげてるの?」

カナン「彼女として、愛してるの?」

主人公「うん、今はチカちゃんのことを愛してる。」

主人公「だから、カナンにはごめんって…。」

 

はあー…。

カナンはわかりやすいように大きな身振りでため息をついた。

 

カナン「あのね、その”ごめん”が余計なの。」

カナン「心配するじゃん?」

カナン「まるでチカを、私の代わりとして付き合ったとか、そういう遊びみたいな関係のつもりなのかって。」

主人公「そんなつもりはないよ、今はあの子のことに本気だよ。」

カナン「それならいいの!」

カナン「…それでいいの。」

カナン「私はあの日、あなたと別れて。あなたと、違う道を歩む幸せを選んだんだから。」

カナン「あなたはあなたの幸せを見つけたんだったら、それでいいの。」

 

彼女は満足げな笑顔で僕を見つめる。

 

主人公「…ありがとう。」

主人公「そっか、僕は帰ってきた君に会えて、すこし後ろめたさを感じていたんだね。」

主人公「君のことを裏切ってしまったんだってーー。」

主人公「…君がそう言ってくれるなら、安心した。」

カナン「ふふふ、本当相変わらずって感じだね、君は。」

 

彼女も…彼女だった。

やっぱり変わらない、思いやりがあって優しいところとか。

 

カナン「ね、聞かせてよ。」

主人公「…何を?」

カナン「チカとの馴れ初めとか。」

 

意地悪な表情をする…こんなところも、変わらない。

 

主人公「ええ…チカちゃんからある程度聞いてるんじゃないの?」

カナン「あなたの本心は聞いてないし。」

主人公「どこまで話せばいいの…、それ。」

カナン「ふふふ♪まあいいから私に聞かせてよ♪」

主人公「…しょうがないなあ。」

 

主人公「チカちゃんとは…最初はサークル勧誘に追い回されてるの見かけて、助けてあげたところからかな。」

カナン「らしくないことするよね。」

主人公「らしくないって…」

主人公「それからなにかとチカちゃんと大学で顔を合わせることがあって。」

主人公「チカちゃん、よく話しかけてくるから。」

主人公「連絡先交換して…一緒に遊んだりするようになって。」

主人公「…。」

主人公「…チカちゃんは、笑顔の恩人なんだ。」

カナン「笑顔の恩人?」

主人公「僕、ずっと暗い顔してたからさ、しばらく。」

主人公「チカちゃんは、よく話しかけてくれて、いつも笑顔で、僕を励ましてくれてるみたいで。」

主人公「嬉しかった。」

カナン「ふふふ♪」

主人公「最初、告白はチカちゃんの方から…僕はその時まだ…、彼女のことを好きって思う自分の気持ちに気付いていなかったから。」

主人公「…邪な気持ちだったと思う。」

主人公「でも、付き合い始めてチカちゃんのこと、よりたくさん知って。」

主人公「チカちゃんの気持ち…チカちゃんが僕を思ってくれる気持ちが温かくて、心地よくて。」

主人公「僕は…好きなんだって、チカちゃんのこと。」

主人公「今度は…チカちゃんに依存しちゃうのかも、ははは。」

主人公「やっぱ僕ってダメみたい。」

カナン「…ふっ♪」

カナン「本当、ダメダメだね。」

 

複雑そうな気持ちを顔に浮かべて、彼女は。

 

カナン「ああー、妬けちゃうなあ。」

カナン「私から聞いといて、なんだけど。」

主人公「ふふっ。」

主人公「こんなびっくりするような出会いって、あるもんなんだね。」

カナン「そうだね。」

カナン「もう…チカが”彼氏できた”なんて言い出した時には、私は飛び上がってびっくりしちゃったよ。」

カナン「”あの”チカに彼氏がーっ!?ってね。」

主人公「ふふふ♪」

カナン「しかも蓋を開けたら君が出てきたんだからさらに驚きだよ!」

カナン「…でも安心した。チカの彼氏があなたで。」

主人公「カナン…。」

カナン「あなたにだったら、あの子を任せてもいいかなって。」

カナン「…あの子はとっても純粋だよ。」

カナン「言わなくてもすぐわかってるだろうけど。」

カナン「きっとあなたのこと、この世の誰よりも愛してるって思ってくれてるはずだから。」

主人公「うん。」

 

そう聞いて、つい顔がほころんでしまう。

ああ、なんだか…会いたくなってきちゃった。

チカちゃんーー。

 

カナン「…さて、あなたの面接も済んだことだし。」

主人公「面接だったんだ…。」

カナン「今度はチカのところでも行ってきますか♪」

主人公「僕も一緒に…。」

カナン「だーめ。それしたら話がややこしくなりかねないからね。」

主人公「…そっか。」

主人公「ありがとう、カナンとチカちゃんのこと…話すことができて、モヤモヤしてた気持ちがすっきりした気がする。」

カナン「うん。」

主人公「…また、会えるよね。君とは恋人じゃなくなったけど、友達として、また君と話ができたら嬉しいな。」

主人公「今度は、チカちゃんも一緒に…。」

カナン「…うん。」

主人公「じゃあ、行ってらっしゃい。」

カナン「うん、行ってきます。」

 

手を振ってから彼女が離れて行くのを見守っていると。

なぜか少し離れたところでこちらを振り返った。

何か忘れ物でもあったのかな?

周囲を見渡してみるが、特に…。

こちらに近寄ってくる彼女は、何故だか困ったような表情をしたまま、じっとこちらを睨むように見つめて。

 

カナン「ひとつ…忘れてた。」

 

そう言って彼女は、突然僕にハグをしたーー。

 

主人公「うわっ!カナン!?」

 

とっさに彼女を引き剥がそうと手を出してしまうが、彼女はギュッと腕を締め付けて頑なにそれを拒んだ。

 

カナン「ごめん。わかってるつもりなんだけど…やっぱり。」

カナン「私の気持ちは…本心は、こう…みたい…あはは。」

 

僕はそれ以上手が出なかった、彼女を引き剥がすこともできず、抱きしめることもできないで…。

ただ手をグーに握りしめて、堪えるだけーー。

 

カナン「ねえ。」

カナン「もし私が今…。」

カナン「やっぱりあなたが好きって言ったら。」

カナン「あなたと、もう一度恋をしたいって言ったら。」

カナン「あなたは…どうする?」

主人公「…。」

 

気持ちは揺れた、でも。

ここで曖昧な返事をするのは…チカちゃんにも、カナンにも残酷なことだってわかったから。

僕は意を決して、きっぱりとーー。

 

主人公「でも、僕はやっぱり。今はチカちゃんが好きなんだ。」

主人公「チカちゃんだけを見つめていたいんだ。」

カナン「…あはは、分かってたんだけどね。」

主人公「ごめん…。」

カナン「ごめん禁止。」

カナン「そんなこと言ったら…諦められなくなっちゃうんだから。」

 

そう言ってからも彼女は抱きしめた体を離さないで、ずっとそのまま。

しばらくしてから僕の耳元に、彼女は静かに囁いた。

 

カナン「本当は…会ってすぐに、あなたに抱きしめて欲しかった…。」

カナン「”おかえり”って。」

 

彼女の声が震えているように思えた。

大きく早く脈打つ彼女の鼓動と、少し荒い吐息。

…鼻をすする音がする。

 

つい手がそんな彼女を抱きしめようとして、動いてしまうようで。

僕は、彼女の腕が少し緩んだ隙に肩を持って引き剥がした。

 

彼女に…目を合わせられない、横向きにそらした目線をなるべく遠くにやると。

橙色の髪のーー。

 

主人公「チカちゃん…?」

カナン「え?」

主人公「さっき…あの辺小走りしてたように見えたんだけど。」

主人公「もしかして…さっきまでの見てたのかな…。」

カナン「あちゃー…それはまずいねえ…。」

カナン「そうだ。」

 

カナンは突然、僕の肩を思いっきり叩いた。

バシッ!

 

主人公「痛っ!」

カナン「だったら、チカのとこへはあなたが行って来なよ。」

主人公「え?」

カナン「ほら、急いで行かないと。愛しの彼女が泣いてるかもよ?」

主人公「う…うん。」

 

カナン「あ」

 

僕が駆けだそうとすると、彼女はなぜかその裾をとっさにつかんで、引き寄せられた。

 

カナン「やっぱりまって。」

主人公「え?」

 

すると彼女は、背伸びするようにして、静かに僕の頬に唇を当てて…。

 

主人公「…。」

 

僕はキスされた頬を抑えて、少しだけ迷惑そうな顔を彼女に向けた。

 

カナン「隙だらけで優しい君が悪いんだよ?」

主人公「意地悪だな、カナン…。」

カナン「ふふふ♪」

カナン「だって、大好きな子がいるんだったらさ、少しくらいは他の子に厳しくできないと。」

カナン「いろいろ損しちゃうよ?」

主人公「肝に銘じとくよ。」

カナン「…私のこと邪険にしたって、悪びれる必要はないんだからね。」

主人公「…うん。」

 

彼女は矛盾している。

でも、それが隠しようもない彼女の本心なんだ。

僕だって、心の片隅にはずっと君を思う気持ちがあるんだから…、似たようなものだろう。

心はアンバランスな状態かもしれない。

でも、今僕が愛しているのは…、チカちゃんだと思うからーー。

 

主人公「ありがとう、カナン。」

カナン「チカのこと、よろしくね。」

主人公「うん。」

主人公「じゃあ、いってくるよ。」

カナン「バイバイ。」

 

今度は引き止めることなく走り去っていく主人公。

その背中が見えなくなってしまう頃に、カナンは静かにつぶやく。

 

カナン「あなたならチカを任せられるかも…って思ったけど。」

カナン「やっぱり…心配かも。」

カナン「本当、君は隙だらけなんだから。」

 

私は緊張で胸に溜まった息を吐きだしながら、思わず座り込んだ。

少し、滲んだ瞳をハンカチで拭きながら。

 

カナン「…失恋しちゃった。」

 

落とし前を付けてくるなんて、変なこと言ってきたくせに。

私は自分が籠から飛ばした鳥を、また捕まえようとした。

そんなことをして、結局満たそうとしたのは私自身の未練でしかなかったんだ。

 

カナン「かっこ悪いなあ…。」

 

気持ちの整理ができていないのはーー私。

しばらくは自分と向き合おうかな…、2人に関わればまた迷惑をかけるだけになりそうだから。

そんなことを考えながらも、次々とあふれ出てくる涙を、私は止めることができなかった。

 

ーー。

 

なんとなく小走りでその場を去った。

あれはーー遠目にだったけど、間違いなく主人公君。

そして、カナンちゃん。

2人は抱き合っていた。

 

私を余所にして…。

 

路地に身を隠すようにして、立ち止まる。

ーーいいんじゃないかな。

私じゃなくて、カナンちゃんで。

2人が幸せだったら、それで…。

 

でもなんでだろう、意に反して私の体は言うことを聞かない。

呼吸は、大した運動をしたわけでもないのに、すごく荒く途切れて。

胸がズキズキと痛い…。

熱くなる瞼を腕でぬぐうと、服が濡れて…。

苦しいーー苦しいよ、…なんで?。

信じたからなのかな…こんな気持ち。

主人公君…、カナンちゃん…。

 

私は冷静ではいられなかった、周りのことなんて目に入ることなく。

すべて塞ぎ込んで、マイナス方向に沈んでいく思考の渦に飲み込まれて。

自分をひたすら無意味にすることしかできなくなっていた。

 

ーー。

 

遠くに見えた人影、橙色の髪をしたそれが本当にチカちゃんだったのか。

そんな確証は全くないのに、僕はひたすら走っていた

人影の見えた場所から、彼女の足取りを予測して当てずっぽうに回る。

そしてしばらくして、もう息が上がって走れない…そんなことを思った瞬間。

見えた後ろ姿ーーチカちゃん。

やっぱり、あそこを通っていたのはそうだったんだ…。

僕は一旦息を整えるようにして決意を固めて、彼女のほうへと走ってゆく。

 

主人公「はっ…はっ…、チカちゃん!」

チカ「わっ!?…あれ、どうしたの?」

チカ「こ…こんなところで偶然だね〜。」

主人公「はあ…はあ…、うん…。」

チカ「大丈夫?走ってきたの?」

主人公「ん…まあね。」

 

チカちゃん…普通にしてる、しらを切るつもりかな…。

万が一そうじゃないってこともあるだろうとは思うけど…。

 

主人公「単刀直入に聞くね。」

主人公「さっき、…見てた?」

チカ「…。」

チカ「なっなんのことかなあ〜?」

 

うん、ーー嘘つき。

だけど、チカちゃんの瞳はだんだんと潤んで行って。

彼女自身の気持ちを物語っていた。

 

チカ「…2人でいるところなんて…見てないよ。」

主人公「うん。わかった。」

主人公「…さっきね、カナンと会ってたんだ。」

チカ「…うん。」

 

言葉を続けようかと思ったが、ポロ…ポロ…と。

俯き加減なチカちゃんの瞳からはだんだん大粒の涙が溢れ出してきて。

それどころではないという状況になっていた。

 

主人公「チカちゃん…大丈夫…?」

 

ハンカチを出して彼女の方へと寄ると一歩下がられた。

僕が近づくのは嫌みたい…。

 

チカ「私は…ね…。」

 

グスッ…。

溜め込んだ気持ちが堪えられなくなったんだ…チカちゃんは脈絡なく気持ちを吐露し始めた。

 

チカ「…あのね、さっきのは嘘。」

チカ「見てたの…私、2人が、カナンちゃんと主人公君が会ってるところ。」

チカ「それで私思ったんだ、…抱き合ってるところを見て。」

主人公「…うん。」

チカ「やっぱり、2人はお似合いだなあ〜って。」

チカ「…大人っぽくて、素敵な2人。」

チカ「やっぱりそういうのが理想的な恋愛だよねって。」

主人公「チカちゃん…。」

チカ「私なんて、いつまでも子供だし、チカだし…。ついこの間…主人公君とあんなことがあったから。」

チカ「大人になれたのかな…、なんて思ったりしたけど。」

チカ「やっぱりわたしには背伸びでしかなかったんだ、恋なんて…。」

チカ「私はあなたの恋人じゃなくていいの、友達で…妹みたいなものであればいいの…。」

チカ「だからね、主人公君、チカじゃなくてカナンちゃんを選んで。」

チカ「その方がきっと、あなたは幸せにーー。」

主人公「チカちゃん。」

チカ「…。」

主人公「チカちゃん、聞いて。」

 

チカちゃんは俯いたまま黙った。

聞く耳を持ってくれてるかわからないけど…。

伝えるんだーー。

 

主人公「さっき、カナンと会っていろいろ話した。」

主人公「別れてからのこと、チカちゃんのこと。」

主人公「カナンはさ…いや、カナンだけじゃない…僕も。」

主人公「好きだったから、お互いに愛し合ってたから。」

主人公「カナンはやっぱり僕のことが好きだからって…、僕に抱きついてきたんだ。」

チカ「うん…。」

主人公「チカちゃんに…こういうこと言うのはどうかと思うけど、たしかに僕も嬉しかった。」

主人公「カナンが帰ってきてからも、まだ僕を好きでいてくれてたこと…。」

主人公「その気持ちは否定しない。」

チカ「じゃあ…。」

主人公「でもね。」

主人公「カナンが僕を呼び出したのは、もともと違う理由で。」

主人公「僕がチカちゃんのことをどう思っているのか…本気なのかって、確かめに来てたんだ。」

チカ「え?」

主人公「カナン、チカちゃんに彼氏ができたってこと、すごい心配していた。」

主人公「だから、チカちゃんの彼氏が僕でよかったって言ってくれたんだ。」

主人公「”あなたにだったら任せてもいいかな”って、”チカをよろしく”…ってね。」

チカ「カナンちゃんが…。」

主人公「…カナンはさ、僕とは別の道を選んだんだから、僕は僕の幸せを選べばいいって言ってくれた。」

主人公「今の僕にとっての幸せはーー。」

主人公「チカちゃん、君と一緒にいることなんだ。」

主人公「君と一緒に過ごして、2人で笑顔でいたい。」

主人公「僕にとって、チカちゃんは笑顔の恩人…。」

主人公「僕を笑顔にしてくれる、太陽だって思ってるから。」

主人公「だから、2人で笑っていたいんだ。チカちゃん。」

主人公「…ダメかな…。」

 

チカ「…。」

 

チカちゃんは少しだけ顔を上げたけど、僕の方は向いてくれなかった。

 

チカ「あはは…なんでかな。頭のいい主人公君だからかな…、なんだか言葉巧みに騙されてるんじゃないかなって、思えちゃうみたい…。」

 

チカちゃんは困惑してるんだ…。

僕は一歩踏み出すーー、彼女は逃げない。

姿勢を低くして、両手を彼女の肩に優しく触れてから。

彼女の顔を覗き込むようにして、僕は彼女にささやく。

 

主人公「じゃあ、騙されてくれるかな?」

チカ「え?」

主人公「僕の言葉に、騙されたって思って。僕と一緒にいてくれないかな?」

チカ「それは…」

主人公「嘘でもいいよ、ゆっくりでいい。」

主人公「君が安心してくれるまで、僕を疑ってくれて構わないから。」

主人公「僕と一緒にいて欲しい。」

 

主人公「チカちゃん。」

主人公「僕は、君のことが大好きだ。」

 

緊張するーー。

まるで初めて彼女に告白したみたいだ…。

僕の本気の気持ち、伝わって欲しいーー。

 

彼女は…再び俯き直して、それから黙ったまま。

涙を流して…。

僕は抱きしめたい気持ちをぐっとこらえたまま、彼女の言葉を待ち続けた…。

 

チカ「ずるいよ…。」

主人公「うん。」

チカ「そうやって、私を…カナンちゃんもたぶらかして…主人公君は。」

主人公「うん。」

チカ「でも、答えなんて一つしかないもん…。」

 

チカちゃんは僕に体当たりするみたいにして。

 

チカ「私も…主人公君が大好き…。」

主人公「ありがとう。」

 

チカちゃんを優しく腕で包む。

彼女は泣き始めて、つい僕もつられて涙を流して…。

しばらくずっとそうやって抱き合っていた…白昼の街路。

僕たちは人目もはばかることなく、2人きりのつもりでーー。

 

ーー。

 

2人から少し離れたところ。

カナンは1人ーー。

 

カナン「あーあ、みちゃった。」

カナン「あんなところで、見せつけちゃって…。」

 

肘つきしていた上体を起こして振り返り、それからゆっくりその場を後にしながら1人ごとをつぶやいた。

 

カナン「離しちゃダメだよ。」

カナン「大好きだったらね。」

 

ちょっと残念そうに眉をひそめながらも、上を向いて嬉しそうに。

カナンは2人から遠ざかっていった。

 

カナン「お幸せに、ーーー。」

 

 

END

 

 

 

ーーー。

 

スマートフォンが鳴った。

メッセージーー。

 

カナン[今日は意地悪してゴメンネ]

 

…本当、すごく困ったんだから。

 

チカ[もー!!]

カナン[仲直りできた?]

チカ[うん]

チカ[おかげさまでね]

カナン[よかった]

チカ[今度]

チカ[また会おうよ]

チカ[主人公君も一緒にね]

カナン[宣戦布告かな?]

カナン[言っとくけど]

カナン[私だって諦めたわけじゃないからね?]

チカ[ええー怖いよー]

チカ[ーーー]

 

よかった、いつも通りにカナンちゃんとも話せそう。

やっぱり私は3人で…みんなで仲良くしたいからーー。

 

でも、恋は…彼との関係は。

誰にも譲れない、私だけのものだって思ったから。

負けないよ。

いつでも受けて立つからね…カナンちゃん♪

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

これにて完結…です。ついに。
最後の話は予定ボリュームをはるかに超えて1.5倍くらいになってしまいました。
仕方ないよね。(

さて、ひとしきり書き終えて、ですが。
いい感じに”大人っぽい恋愛をする彼女ら”をかけたのではないかな?と思ってます、個人的にですけど。
大人っぽい…というべきなのか、大人になりたいというべきなのか…。
ラブライブを原作に二次創作で恋愛ものを書こうって思った段階で。
高校生、そしてアイドルな彼女らに恋愛…?というものがやはり自分の中では結びつかなくて。
結局、彼女たちのその後、本編からいえばアフターの話として書くことに落ち着いたわけですが。
まー、まあ当然なんですけど、別キャラですね(
本当にこれをラブライブ二次創作で書く必要があったのかな…?とか感じつつ(
でもやっぱりベースがあったからこその話ができたのかな?とは思ってます。
…まあ、キャラ設定がしっかりしたベースがある方が書きやすいですしおすし…(

登場人物、特に今回の話ではチカちゃんと主人公君ですが。
チカちゃんの会話文は最初っから最後まで悩みました。
うまく言葉を組み立てにくいというか、なに言わせていいのかよくわかんなくなります。
そしてチカちゃんの会話文には音符だとかハートマークだとかを多用したくなってしまうという。
なんとなく言葉の抑揚を表現するのに、特にチカちゃんの楽しそうな雰囲気とか、ラブな雰囲気を醸し出すため…にはそれが必要不可欠に感じてしまって(
なんかギャル小説っぽい感じになってしまいました((
あの天真爛漫っぷりは、エクスクラメーションとクエスチョンでは表現しきれんのです(

そして主人公君なんかは当初の短編一話のそれからいうとかなり設定的な要素が増えて…。
やっぱり、恋愛ものを書こうって思ったら彼氏役を空っぽ人間にはできないよねって思いました。
そんでもってセリフがめちゃくちゃ臭い…、自分で書いといてなんですけど(
主人公君、結構こじらせてるタイプです、たぶん(

今回の話については、やっぱり前回にも書いたように短編一話のそれを踏襲しつつ、かなり新規に書き換えて新しい話になってます。
3人がちょっとだけ言い合いをするようなところがあったり…、ラストシーン後?にメッセージとして3人仲良く終わったよって安心感(新たな戦いのゴングかな?)を出せるようなものを加えたり…。
わりと変えてます。
ラストシーン後のそれはいらんかったかなーって思いましたけどね(
なんとなくつけてます(

なかなかこうして、ここまで書くとそれなりに長編っぽくなってしまって。
自分の中でもようやっと?彼ら彼女らのキャラクターが定着してきたのか…という気分になってきたので。
改訂版本編としてはこれで終わりではありますが、まだまだ何か続く”かも”しれません。
性懲りも無くね(

さて、あとがきがまたまた長くなってしまいました。
最初の頃に書いてたそれに比べると自分がこうやって書く口調もかなり砕けてきたような気がします(笑
あんまりせっせと小説書くって気持ちはなかったんですけど、思いのほか楽しくて仕方ない!って思えたりする節があるので。
今後も別の形で浮上してきたりするのかもしれません。
私の国語力の怪しい稚拙な文章ではありますが(
また、読んで頂ける機会があれば幸いです。

ここまであとがき書いといて、短編一話とかその他にも書いたようなことをずっと反復してるんじゃないかな?とか思ってきたところで(
ここらで流石に締めくくろうかと思います。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

乞うご期待…?


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[番外編]人魚の恋
前編


短編一話で終わらすつもりでしたが…なんとなくカナンが可愛そう…。
と思ったら、すぐ走り書きを始めていました。

ということで、番外編です。
しかも番外の方が二本立てで、前半の時点で本編のボリューム超えました(

☆登場人物
主人公
カナン



高校を卒業して、海外へ向かうことを決意したカナンは東京にいた。

なるべく1人の力でなんとかしたいと思っていたカナンは、海外への渡航費などを稼ぐため、実質フリーターのような形でバイトをしながら、英語教室に通う生活を送っていた。

 

カナン「おはようございまーす。」

 

いつもの飲食店へ出勤したカナン、そこには店長ともう1人の男性がいた。

 

店長「おはようマツウラさん。」

男性「おはようございます。」

 

カナン「店長、そちらの方は?」

店長「今日からバイト仲間になる主人公君だ。ほら、自己紹介して。」

主人公「主人公です。大学1年でこっちきたばかりなので、右も左も分からないですけど。一生懸命やりますんで、よろしくお願いします。」

店長「律儀でしっかりしてる子だろう。」

カナン「ははは、なんか可愛いですね。こちらこそよろしくお願いします。」

店長「マツウラさんは君と同い年だ。(ボソボソ)…彼女可愛いだろ?」

主人公「店長…。」

店長「仲良くなるのは許すけど、いきなり手を出したりはしてくれるなよ?」

主人公「て…店長…。」

カナン「あはは♪おちょくっちゃかわいそうですよ、店長。」

店長「ふふっそうだな。」

店長「とりあえずはこっちで研修するから、それが終わったらマツウラさんに任せてもいいかな?」

カナン「はい、わかりました。」

店長「それじゃ、いつものようによろしくね。」

 

上京してきてひと月ほど、新生活にも慣れてきた。

わざわざ地元を離れたのは、目標にしている海外での生活の模擬演習を兼ねているつもりだ。

今のところはほとんどのことがうまくいっている、バイト先にも恵まれて給与も時間も良いバランスで得られ。一人暮らしの家も何不自由なく暮らせている。

唯一うまくいっていないことがあるとすれば…。

ーーー英語教室。

もともと勉強はあまり得意ではなく。

自主的に学ぶようになれば、自ずと身につくだろうと思っていたのだが。

どうも肌に合わないようで初っ端から躓いている。

目標達成までの期間の中では、十分な時間があるとはいえ、このままではいけないと思っているのだが…。

 

カナン「ーーーお疲れ様。」

主人公「お疲れ様です。」

 

ーーー。

 

カナン「ーーーおはようございまーす。」

主人公「おはようございます。」

 

カナン「今日も元気〜?」

主人公「はい。あ、今日午後からは講義あるので僕は午前までですから。」

カナン「はーい。大学はどう?入学していきなりバイトなんて始めちゃって、勉強が疎かになったりしてない?」

主人公「まあ、勉強は問題ないですね。」

カナン「お、成績優秀君か。君は。」

主人公「はは、自慢ですけど。高校の時は結構成績上位者なんですよ。」

カナン「やるじゃん。私とは真逆だね。」

カナン「英語とかも得意?」

主人公「まあ、高校レベルくらいでしたら。」

カナン「おー、それは是非教えて欲しいくらいだね。」

主人公「そのくらいでしたらお安い御用ですよ。」

主人公「何か困ってたら相談してください。」

カナン「ははは、考えとくよ。」

 

ーーー。

 

英語教室のテキストに目を通す、書いてあることがまるでちんぷんかんぷんだ。

どうも受け入れ難いようで、頭が拒否反応を出しているような感じ…。

このままでは本当にどうしようもない…。

なら…あの子を頼ってみるのも1つの手段か…。

 

カナン「お疲れ様でーす。」

主人公「お疲れ様です。」

 

カナン「もう十分に慣れてきたみたいだね。」

主人公「ええ、なんとかかんとか…ですけど。」

 

カナン「ところでさ、君って普段どのくらい自由な時間があるの?」

主人公「…と、いいますと?」

カナン「ほら、バイトに大学に。一緒にやってたら全然自由な時間なんてないのかなって思って。」

主人公「そんなこともないですよ。決まって何時間…みたいにはいいにくいですけど。結構自由な時間も取れるように考えてるんで。」

主人公「勉強も大事ですけど、やっぱり大学生だし多少は遊びも…って。」

 

ははは、と笑ってみせる主人公

 

カナン「ふーん。そっか。」

主人公「マツウラさんはどうなんですか?」

カナン「わたし?わたしは…結構自由人だからね。」

主人公「もしかしてフリーター?」

カナン「その通り、訳あってね。」

主人公「マツウラさんなら、すごいストイックな理由がありそうですね。」

カナン「な、なんだそりゃ…。」

 

カナン「そうそれで、君に時間があるのならと思って。ひとつお願いがあるんだけど…。」

主人公「英語ですか?」

カナン「…察しいいね。」

主人公「こないだ言ってましたもんね。」

カナン「そう、教室に通ってるんだけどどうにも肌に合わないみたいで。」

カナン「予習とか復習とかを手伝ってくれないかな?」

主人公「いいですよ。いつやりますか?」

カナン「今日とりあえずいい?この後とか。」

主人公「いいですよ。」

カナン「ありがとう!なにか奢ったげるよ。」

主人公「いいですよ、気遣いは。」

 

こうして2人はバイト以外でも会うようになり。

いつのまにか友達のような関係を築いていた。

 

 

ーーー。

 

 

カナン「やっほ。」

主人公「お待たせしました。早いですね。」

カナン「君が遅いんだよ〜?」

主人公「まだ20分も前じゃないですか。」

カナン「ふふっ、30分前行動は基本だよ。」

主人公「そのわりにバイトに来る時間は10分前ですよね。」

カナン「細かいことは気にしない、ほら行くよ?」

 

数日前ーー。

 

英語の”講義”を終えた2人はしばらく談笑をしていた。

 

カナン「へー、君水族館好きなんだ。」

主人公「うん、だから休みの日とか時間あるときは水族館めぐり。」

カナン「いい趣味してるね。わたしも好きなんだ、魚見るの。」

主人公「東京は水族館が多いから全然飽きそうにないよ。」

カナン「へぇ、そうなんだね。」

カナン「そうだ、だったらオススメの水族館教えてよ。」

主人公「オススメなら…」

カナン「っていうか、今度一緒に行こっか!」

主人公「んんっ?!」

カナン「ん?嫌だった?」

主人公「い、いえ…いいのかなって思って。」

カナン「女の子相手だからって意識しちゃったか。」

主人公「…否定はしませんよ。」

カナン「うふふ♪ごめんね、わたしあんまりそういうこと気にしないから♪」

カナン「じゃあ、いつ行く?」

主人公(行くこと前提になってる…)

主人公「近日ならーーとか空いてますけど…」

カナン「じゃそこで行こっか。」

 

当日。

 

主人公(マツウラさんの勢いでつい来てしまったけど…、本当に良かったのか。)

主人公(マツウラさん、彼氏とか…いないんだろうか…。)

主人公「そこですよ。」

カナン「へぇ、こんな都会の中にあるんだね。」

主人公「結構大きいですよ。こんな中でも。」

カナン「そっか、楽しみ!」

 

魚を見るのが好きと言っていた彼女は、魚のことはすごく詳しくって。

ただぼんやりと魚を見るだけが好きだった僕は、彼女からいろんな魚のことを教えてもらった。

 

主人公「ーーよく知ってますね。魚のこと。」

カナン「まあね、もともと海辺に住んでたし。」

主人公「そうなんだ。確かにそんな感じありますよね。」

 

カナン「わたしの知ってる魚は自由に泳ぐ自然の姿が多いから。」

カナン「まるで額縁に入れた絵画みたいに、飾られた魚を見るのは珍しくって。水族館とか来ると、こういう魚を見るのも好きだなって思う。」

主人公「そうですね。」

 

大きな水槽の前に佇む2人。

沈黙ではない、静かで心地よい時間が流れた。

 

ーーー。

 

カナン「今日はありがとね。それから突然誘っちゃってごめんね。」

主人公「いいですよ、僕もすごく楽しかったです。」

カナン「あ、今度お礼にいいところ連れてってあげるよ。」

主人公「え?そんな、いいですよ。」

カナン「こういうのは、断るもんじゃないよ?」

カナン「いつも英語教えてもらったり、愚痴聞いてもらったりしてるしね。そのお礼。」

主人公「わかりました、っていうか愚痴聞いたことってありましたっけ?」

カナン「いつも言ってるじゃん、”教室の先生何言ってるかわかんない〜”とか。」

主人公「ははは。」

カナン「まあ、そういうことだからまた今度暇なとき教えてよ。」

カナン「あ、”1日”空いてる日。だからね。」

主人公「わかりました。また連絡します。」

カナン「あ、あと、身長体重と足のサイズと…またメッセージで送るね。ふふふ♪」

主人公「???」

主人公「…わかりました。また…今度…。」

カナン「バイバイ♪」

 

楽しそうにカナンは離れて行った。

いまいち状況の読めない主人公は呆然と手を振りながら。

しばらくしてその場を去った。

 

足取り軽やかに1人帰路を歩むカナン。

いつもより浮き足立っているような気がするのを自分でも感じていた。

 

カナン「わたしあの人のこと、好きなのかな?」

 

ふと頭に思い立った言葉を声にしてみる。

 

カナン「可愛い彼…か。」

 

立ち止まって少し考える。

 

カナン「悪くないかも…ふふっ♡」

 

 

ーーー。

 

 

準備期間のうちに彼女にいろんなことを聞かれた。

身長は、体重は?水着持ってる?などなど…

一体何をしようというのだろうか、海に行くにしてもまだ6月。時期にしては少し早いと感じるのだが…。

そう悶々と考えていると当日を迎えた。

朝早くから駅で落ち合い、電車に揺られる僕は行き先をまだ知らない。

 

主人公「あの、マツウラさん、結局どこに向かってるんですか?」

カナン「何度も聞くよね。ミステリーツアーって楽しみじゃない?」

主人公「それは…楽しいかもしれませんけど…。」

 

電車は南へ、西へと向けて走って行く

東京を遠ざかって行くことが楽しみなような、不安なような。

正直のところ、不安の方が大きいのだが…。

毎度のことながら、彼女のいいなりになっていることには、正直嫌な気はしないのだ。

いつのまにか僕の中では。

“彼女が僕を招いてくれた。”

それだけのことが、とても大きな意味を持つようになっていることを感じていたから…。

 

カナン「まあ、そろそろいっか。」

カナン「今向かってるのは静岡県沼津市。」

主人公「そこに何が…。」

カナン「わたしの実家。」

主人公「!?!?」

主人公「え、これマツウラさんの実家に向かってるんですか!?」

カナン「うん、そうだけど。」

 

思わずあんぐりと口を開いて驚く主人公を見てカナンは笑う。

そして、ちょっとおちょくってやろうと悪巧みした。

 

カナン「ふふふっ♪これから何しに行くと思う?」

主人公「え、何って…なんなんですか!?」

カナン「実家に帰らないとできないこと?」

カナン「実家で…あなたと2人でしたいこと?」

主人公「い、いきなり実家はマズイでしょ…。」

カナン「何考えてんの?君。」

 

あわあわと慌てふためく主人公を尻目にクスクスと笑うカナン。

 

主人公(な…なんなんだ、急展開すぎて…。)

カナン(ふふっ♪思い通りに反応してくれるから楽しいんだよね、この子。)

 

アナウンス[次は〜熱海〜熱海〜…]

カナン「あ、ここで一旦降りるよ。」

主人公「え?は、はい!」

 

カナンに振り回されることしばらく、たどり着いたのはカナンの実家のダイビングショップ

 

主人公「マツウラさんの実家…って。」

カナン「そ、ダイビングショップ。」

カナン「だから、”実家で2人でしたいこと”っていうのはダイビング。」

カナン「魚見るの、好きでしょ?」

主人公「なるほど…。」

 

妙に疲れたようにため息を漏らす主人公、カナンはふふっと笑う。

 

カナン「それじゃわたしはちょっと話つけてくるから。待っててね♪」

 

ショップの中へただいまーと言って入って行く彼女。

その様子を少し離れて見ながら、周囲を見回す。

綺麗な海、豊かな自然。

穏やかな空気が流れるこの場所で彼女は育ったのだと。

思いを馳せていた。

 

主人公(なんか、我ながら気持ち悪いこと考えてる気がする…。)

主人公(ここ最近、マツウラさんからのアプローチが過激になっているような気がする、そのせいか…。)

主人公(なんなんだろう…僕は…、誘われているってことなのか…?)

主人公(僕が…マツウラさんの彼氏に…?)

 

悶々と考えながら無意識に二へっと口が捩れる。

 

カナン「主人公君おまたせー…、なんか気持ち悪い顔してるよ?」

主人公「!?」

主人公「ご…ごめん。」

カナン「なんで謝るの。」(クスッ)

カナン「とりあえずこっち来て。まずは話があるから。」

 

ダイビングの準備をして水着で待機、思えば…彼女の水着姿が見られるのか…、と思うとドキドキしてきた主人公。

更衣室を出たその時ーー。

 

び…ビキニーッ!

思わず顔を真っ赤にして過剰反応したのは主人公

カナンは何食わぬ顔でその様子を眺めていた。

 

カナン「着替えるの遅くない?」

主人公「い…いや、ちょっと…心の準備に時間を要して…。」

主人公(直視できない…何故だか…!)

 

カナン「まあいいよ、ウエットスーツ着てみよっか。」

 

説明される言葉が頭に入ってこない。

見せられてる景色が刺激的すぎるんだ…。

真っ赤になった顔を冷ますことができない…。

ふと横目をそらすと外に1人の老人がいた。

何故か僕を見るなり手を合わせる。

…僕は神仏ではない…。

 

 

なんとかウエットスーツを着て器材を運び、装着する。

体が重い、こんな状態で海に入って大丈夫なのか?

そんなふうに思いながら一歩二歩と波打ち際へ近寄って、海へと入って行く。

 

呼吸を確認して、体の動かし方を確認して、海底を這うように進み、耳抜きをする。

ーー水に顔をつけてもう5分以上も経つ。

一度も地上の空気を吸うことなく、水の中に滞在するその感覚は、恐怖心を伴うような不思議なものだった。

 

3m、5m…と水深は深くなるが、透明度の高い海はどこまでもキラキラと輝く光が差し込んで。

濃く、美しい青色の世界が広がっている。

あたりに目を向けると水棲生物がチョロチョロと動く。小さな魚たちの群れや、ヒトデやウニ、ウミウシ。

水槽に入れられているものとは違い、同じ空間の中で様々な生き物たちの生を直に感じる。

 

そして、目の前で僕を誘導してくれる彼女は、海の世界へと誘ってくれる人魚のようで。

水棲生物を見つけては、指差し教えてくれて、時折魚たちと一緒に泳いで見せてくれたりする。

とても美しく、しなやかに。

彼女もまるで…魚のように。

ーーーただただ、魅せられていた。

 

 

ーーー。

 

 

海から上がって昼食をとる2人。

 

カナン「どうだった?初めてのダイビング。」

主人公「なんていうか、言葉に表しきれないですね…。」

主人公「もっと海の中に居たかった。」

カナン「ふふっ良かった。気に入ってくれたみたいで。」

 

ダイビングの感想を話したり、カナンの経験したダイビングの話を聞いて過ごした。

話しても話しきれないくらい、楽しく会話がはずむ。

 

時計を見てカナンはそんな談笑に一区切りを打つ。

 

カナン「さて、わたしは少し片付けしてくるから。ちょっとその辺でも散歩してて。」

主人公「あ、僕も手伝いますよ。」

カナン「ダーメ、今日は私が招待したんだから。もてなされてよ。」

主人公「わかりました。」

カナン「山の上の神社にでも行ってきなよ。」

カナン「ちょっとした山登り気分が楽しめるから。」

主人公「うん。」

主人公は言われた通り散歩に出た。

 

「こんにちはー!」

「あれ?カナンちゃん!?帰ってきてたの!?」

「あ、ーー。ただいまー。」

「おっかえりー!カナンちゃん!」

「ははは♪」

 

 

ーーー。

 

 

カナン「あ、お帰り。」

主人公「つ…つかれた。」

カナン「登ってきただけなのに?貧弱すぎない?」

カナン「高校のときはあの山、走って登ってたよ。」

主人公「走っ?!えぇ!?」

主人公(フィジカルおばけ…。)

カナン「片付けも済んだから。あとは帰りの時間まで自由、どうする?街に出る?ゆっくりする?」

主人公「ここでゆっくりしたい…かな。」

 

静かな時間が流れる。

虫や鳥の鳴き声がして、海風に触れる。

 

主人公「…贅沢ですね、このひととき。」

カナン「ここで暮らしてた頃は特に何とも思わない日常だったけどね。」

カナン「でも今は…確かにって思う。」

 

カナン「本当はせっかく帰ってきたんだし、明日までとか居たいところだけど。」

カナン「今日は遅くならないうちに帰らなきゃね。」

カナン「ここからだと、都会に比べて星とかもすごく綺麗に見えるんだよ。」

主人公「いいですね。また今度機会があったら見せてもらいたいな。」

 

そんな話をしながら、主人公の頭にはひとつ雑念がよぎる。

 

主人公(…今、チャンスなのでは…。)

主人公(やっぱり最近のマツウラさん、妙に思わせぶりだし…、強引に僕のこと引っ張って行くし…。)

主人公(気があるんじゃないか…なんて…、勘違いか…。)

主人公(しかし、今日も日帰りとはいえ2人旅行…。)

主人公(…なんか動機が邪だな…。)

 

カナン「おーい、主人公君?」

主人公「へ?!はい!」

カナン「ボーッとしてるよ、さっきから。」

カナン「考え事?」

カナン「…っていうか、また気持ち悪い顔してたよ?」

主人公「気持ち悪い顔って…。」

カナン「ニヘラ〜って笑ってるような口してるの。」

主人公「気が緩むと、口が緩むんですよ…。たぶん。」

カナン「なにそれ、ふふっ♪」

 

カナン「あ、もうーー時か…。」

カナン「もうしばらくしたら帰り支度でもしよっか。」

主人公「はい。」

 

主人公(つい普通に話しするのが楽しくって…、タイミングがつかめない…。)

主人公(そんなこと考えてたらいつまでもダメそうな気がする…なら、いっそのこと…。)

 

主人公「ま…マツウラさん!」

 

主人公(ええい、当たって砕けろー!)

 

カナン「ん?どうかした?」

主人公「今日は、ダイビングに誘ってくれてありがとうございました。」

カナン「あ、終わった気でいるな?」

主人公「え、まだ何かあるんですか?」

カナン「遠足は、家に帰るまでが遠足だぞ〜。」

 

ズコーッ!心の中で僕はスライディングをして出鼻を挫かれる。

めげない…。

 

主人公「は…はは…、そうですね。」

主人公「それで、えっと…」

 

気の利いた言葉が思い浮かばない…、

告白って何言えばいいんだ?

そんな風に思考が堂々巡りするも、時間は経つ。

間を空けると変に思われる…切り出さなきゃ…。

 

主人公「と、…突然になってしまうんですけど…。」

カナン「ん?」

主人公「…好きです。」

 

思わず”何言ってんだー!脈絡がなさすぎるだろーっ!”という怒声が自分の中をこだまする。

彼女もいきなり出てきた言葉にあっけにとられているのか真顔で固まっている。

ーー失敗した…。

 

カナン「っ…ふふっ…♡」

カナン「頭いいくせに、いざって時に君ってなんだか不器用だよね。」

主人公「…はい。」

 

意気消沈としている主人公を見てカナンは微笑む。

 

カナン「今のは告白?」

主人公「その…つもりで、ございます…。」

カナン「ふふふっ♡」

カナン「嫌いじゃないよ、そういうところ♡」

主人公「えっ…?」

 

面を上げる主人公にカナンは問いかける。

 

カナン「ねぇ、あなたの気持ちって。どういう気持ち?」

主人公「それは…つまり?」

カナン「私のこと…いつも強引に構ってくるから。”気があるのかな?”って思っちゃった?」

 

主人公(心を読まれている気がする…。)

 

カナン「それで告白しようって思っちゃったとか?」

主人公「…否定はできません。」

 

主人公(でも、僕は…)

 

主人公「…でも、”しなきゃ”とか”したら成功するから”って思ったからしたわけじゃないですよ。」

主人公「僕は…マツウラさんの…。」

主人公「言いなりになることも悪くないかな…って思ったから…。」

 

へ、変なこと言った…。

 

沈黙が流れるーー。

彼女が目をひん剥いて固まっている。

 

カナン「…っ…ぶふっ!」

カナン「…君自分で言ってること…分かってる?」

カナン「…っ…くっ…ふっ」

 

必死で笑いをこらえる彼女

恥ずかしくて死にそうだーー。

 

カナン「ご、ごめん…っふふ。」

主人公「…もういいです…、なかったことにしてください…。」

カナン「ふふっ…いじけちゃって、本当に可愛いな君は♡」

 

ギュッ。

カナンが主人公にハグをした。

 

カナン「下手な言葉だったけど、あなたからそうして言ってくれるのを…私は待ってた気がする。」

カナン「私も好きだよ。…あなたのこと。」

 

抱き寄せられたまま、横目に見ると彼女の耳は真っ赤だった。

ハグをされている間、何故だか僕はすごく落ち着いていて。

 

彼女の背中に手を回し、抱き返す。

そうすることで彼女の熱を…一心に受け止められる気がした。

 

主人公「僕は…臆病者なんです。」

主人公「自分から動き出すことが苦手で…下手くそで…。」

主人公「つい、誰かの動きに合わせて動こうとしてしまう。」

主人公「だから、マツウラさんみたいに引っ張ってくれたりする人には。逆らえないというか…」

カナン「それで”いいなり”になっちゃうんだね。」

主人公「恥ずかしい言葉蒸し返さないでください…。」

主人公「…でもそうやって、マツウラさんに引っ張られることは、全然嫌な気はしないというか…。」

主人公「嬉しいんです。マツウラさんが僕を…誘ってくれることが。」

 

主人公「本当はこういう自分が嫌いで、直したいって思ってるんですけどね。」

主人公「誰かに合わせてしまうとこ、他人にはそういうところが君の”優しさ”だ、なんて言われたりしますけど。」

主人公「…そうじゃないって、違和感感じて…。」

カナン「でも、君がコンプレックスに感じてるとこ。私は好きだな。」

カナン「それは優しさというか…甘さっていうか。」

カナン「私としては、そこに癒されちゃうなって思うから。」

カナン「あなたはあなた、そのあなたの甘さは。素敵だって思うよ。」

主人公「マツウラさん…。」

 

自分の嫌いな自分を受け入れてくれる彼女の言葉が嬉しかった。

すごく、今。

彼女にキスしたいーー。

唐突に感じたその思いは、僕の体を動かして。

抱き合っていたその体を少しだけ離して。

 

カナン「あっ…」

 

僕は彼女の唇を奪った。

 

ーーどれだけ時間が経ったかわからない、そんなふうに思いながら重ねていた唇を離して彼女の目を見る。

 

予想に反して彼女はワナワナとした様子で焦っていた。

でも、こんなウブなところも…可愛いなと思った。

 

主人公「ごめんなさい、つい。」

主人公「キスしたくなって…。」

カナン「な…なにそれ…。」

カナン「ずっ…」

主人公「ず?」

 

カナン「ズルイよ…。」

 

カナンの方から今度はキスをする。

2人きりの空間で…何度も。

 

これ以上すると…、エスカレートしそうだ…。

仮にもここは彼女の実家の近く…。

高まった熱の中で、少しだけ冷静を取り戻した主人公はカナンを引き離す。

 

少しだけ彼女の表情が、切なさを感じているように思えた。

 

主人公「…時間、そろそろじゃないかな…。」

カナン「…うん。」

 

物憂げな表情をするも、グッとこらえてカナンは。

 

カナン「…それじゃ、今日は帰ろっか。」

主人公「うん。」

 

2人は帰路につく、何故かお互いにしおらしくなって

帰り道ではあまり会話は弾まなかった。

 

 

ーーー。

 

 

半ば放心状態のまま歩いていると、目の前には見慣れた建物があり。

カナンは、その中へと入っていった。

 

いつもと変わらぬ部屋についたはずなのに、なんとなく夢の中にでもいるかのような感覚で現実味がない。

すかさずベッドへ横たわる。

ああ、お風呂の用意しなきゃーーそんなふうに思いながらも体は徐々に布の中へと沈み込んでいった。

 

ふと今日の出来事を思い返す。

そして、体の火照った部分に指を当てる。

ーーまだ少しだけ…温もりを感じる気がする。

その形を確かめるようになぞってから…。

途端に恥じらいが爆発した。

 

カナン(何やってんの私は…!)

 

手元にあったイルカのぬいぐるみを抱きしめる。

…たぶんイルカから痛いって言われてる。

そんなふうに思いながらも、力強く抱きしめて悶えて、我に帰る。

 

カナン「明日もバイトじゃん…。」

カナン「今日…眠れないかも…。」

カナン「そうなったら…、あなたのせいなんだから。」

カナン「…主人公君。」

 

そう言いながら、意識はだんだんと宙に浮いて。

いつのまにかぐっすりと眠っていたーー。

 




最後まで読んでくださってありがとうございます。

今回の話は導入とか諸々のそれも、特に何かから着想を得て書き始めたものではないです。
アニメの終わりからカナンちゃんの進路はこうなる…こうなのか?と自分なりに想像する形で舞台設定をして。
そこでカナンちゃんが恋をするなら…というので主人公君との絡みを作りました。

筆者の中のカナンちゃんの勝手なイメージとして、おねいさん系でありながら実は甘え上手なところがあるのでは?というのがあるので、結構誘い受け的なカナンちゃんになっています。

そして恋愛描写をする上では、やはり相手があまりにも薄っぺらいと、独りよがりな話になってしまう…と思ったので。
思いのほか主人公のキャラが立ってます。
そのかわり無駄なオーディエンスは出来る限り省略してますけど…。


後半はまだ執筆中ですので、またしばらく期間はかかると思うのですが…ここまで読んでいただけたのなら。
ぜひ後半も読んでいただきたいです(蹴

前回と同様に2chSSテイストの会話劇で。
文章はあまり良くできたものではなかったかと思いますが…。
(実のところ、小説とかって全然読まないので…テヘッ)

あと、公開当初から少しずつ誤字を直したりいろいろしてるんですけど。
告白の部分の話とかを少しずつ書き換えたりするかもしれません。
今ひとつ…ピンときてないような、短くまとめきれてないような感じがあるので。
他にも後半との整合性合わせとかで、要所要所に修正入れて行ったりすると思います。

改めまして、最後まで読んでくださってありがとうございました。


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中編

夢を見ている…。

昔の情景…。

 

幼日に聞いた童話が聞こえる…。

人魚姫…。

どんな話だったっけ…?

声が聞こえるそれが、人魚姫の物語だということはわかるのだけれど。

まったく何を言っているか、聞こえてくる言葉が理解できない…。

どんな物語だったかを思い出すことも…できない。

 

カナン「…っ…うぅ…。」

 

徐々に感覚が曖昧になって…。

現実へと引き戻されて行く。

あまり気持ちのいい起床ではない…。

 

カナン「…れ…?ひぁ…なん…。」

 

感覚がはっきりとして行くにつれて、日が高く上っていることに気づき…認識する。

 

カナン「えっ!?今何時!?」

 

時計を見るも、すでにバイトの始業時間の5分前になっていることに気づく。

 

カナン「やっば!!」

カナン「バイト…はぁ…間に合わない…。昨日そのまんま寝ちゃってるし…あぁ…。」

カナン「とりあえず、電話しなきゃ…。」

 

初めてバイトに遅刻した。

急いで支度して、家を飛び出して。

ーーバイト先へ着いた。

 

店長「いやー、珍しいこともあるもんだね。君が遅刻するなんて。」

カナン「本当にすみません…。」

店長「遅れたものは仕方ない。」

店長「息切らしてやってきたりして…、家の鍵とかちゃんとしめてきたかい?」

カナン「は、はい…たぶん。」

店長「遅刻してもそんなに急いで来なくていいからね。急いで何かあってもいけないから。」

カナン「はい、わかりました。」

店長「そんなことより!」

カナン「?」

店長「見てよ!アレ!」

カナン「え?」

 

店長が指差す先には主人公がいた。

 

カナン(げっ…主人公君…。)

 

昨日の出来事からなんとなく意識をしてしまっているのだろう。

頬が赫らむ。

店長に勘ぐられないようにと、必死でそれを抑えるつもりで。

…しかめっ面になった。

 

店長「今日ね、あの子ずー…っとああなんだ。」

 

よくよく見ると主人公はまるで、魂が抜けているかのようにホールで棒立ちしている。

 

カナン「…なんですか…あれ。」

店長(あれ?怒ってる?気のせいかな?)

 

思い当たる節があるのだが…今は言えない…。

 

店長「どうしたのかなぁ、彼。」

店長「失恋…とかしちゃったとか?」

カナン「っ!?」

 

成就したんですが…とは言えない。

 

カナン「休ませたりとか、今日は返したほうがいいんじゃないですかね…?」

店長「いやぁ…彼の様子が面白いからついつい…、彼もいつもはテキパキと働いてくれる子だからねぇ…。」

店長「さて、今日は何か起きるのかな?」

 

カナン「さっ…さぁ…?」

 

店長「まあそう言うわけだから、彼にちょっと戻って休むように言ったげて。」

店長「それであとはいつも通り、よろしく!ね?」

カナン「は…はぁい…。」

 

気後れするなぁ…なんて思いながらカナンは主人公の元へと近寄る。

 

カナン「お、おはよ…。」

主人公「あ…おはようございます。」

 

顔を合わせてお互いに沈黙する。

これじゃいけない、そう思ってカナンはいつも通りを装って。

 

カナン「店長が戻って休めってさ。」

主人公「…え?」

カナン「君があんまりボーッとしてるから。」

主人公「あっ…あぁ、はい。」

 

言われた通り戻りかけて、主人公は顔も合わせずカナンに言葉をかける。

 

主人公「…遅かった…ですね。」

カナン「え?あ、あぁ…遅刻しちゃって…ごめんね。」

主人公「珍しい…ですね。」

カナン「君こそ…。」

 

その後はなんとか普通に仕事を済ませた。

いつもならこの後、2人は英語の”講義”をするのだが…今日はと言うと。

いつも仲良く話してる2人が妙によそよそしくして、特に会話も交わさず帰ってしまった。

 

店長「…」

店長「本当に何か起こるかもしれないな…今日は…。」

 

 

家路を歩むカナン。

 

カナン「はぁ…。」

 

昨日の一件で、お互いに好きあっていることを伝えて、キスをして…恋人になったのだろう…。

…だと思うのに、なぜだろうか。

彼に声をかけるのが怖いような。

そんな気持ちがある。

 

カナン「なんか…、なんだろうなぁ…。」

 

初めての恋…戸惑っているのだろうか…。

彼の気持ちがわかったからこそ、どうしていいのかがわからない。

 

カナン「付き合い始めた、ってことでいいんだよね。たぶん…。」

カナン「だったら、次は何をすればいいんだろ…。」

カナン「付き合った2人がすること…。」

 

デート…?

 

悶々と妄想が湧き上がってくる。

あんなとこへ行って…こんなことをして…。

思い浮かぶそれを繋げて紡いで…

 

カナン「あぁーっ!!ダメッ!!」

 

顔を真っ赤にしてつい声が出た。

幸い人通りの少ない道だったため、辺りを見回しても特に人影はなかった。

…ホッとする。

 

カナン「でも、デートかぁ…。」

 

似たようなことは…というか。

水族館に行った、ああいうの。

アレがそのまんまデートじゃないか。

そう思ってカナンは、主人公を誘おうとメッセージを送った。

 

カナン「…。なんて打とっか…。」

 

カナン[やっほ]

カナン[今日はなんかよそよそしくしちゃってごめんね]

カナン[昨日は眠れた?]

 

カナン「…とりあえず返事待ってみるかな…。」

 

家に向かって歩いて、途中でスーパーに寄ってお弁当を買って帰る。

いつもはそれなりに料理をしてみたりするのだが、今日はあまりそういう気にもならない。

 

部屋に着く、いつも通りの部屋。

ーー昨日はそうは思えなかった。

 

ティロリン♪

 

メッセージだーー。

 

主人公[僕も今日はなんだかうわの空で]

主人公[お互い様じゃないかな]

主人公[昨日はあんまり眠れなかったよ]

 

カナン「私はぐっすりだったけどね…。」

 

カナン[そっか]

カナン[ところで]

カナン[昨日のことだけど]

カナン[私たち付き合い始めたってことでいいよね?]

主人公[うん]

カナン[よろしくね]

主人公[こちらこそ!]

 

カナン「…ふっ♪」

 

カナン[じゃあさ]

カナン[今度デートしない?]

カナン[初デート!]

主人公[デート♡]

 

カナン「気持ち悪いよ…ふふっ♪」

 

カナン[キモい]

主人公[ひどい]

カナン[また水族館行かない?]

主人公[イイネ]

カナン[いいところ教えてよ]

主人公[ワカツタ]

カナン[ワカツタ]

主人公[ーー日なら空いてるから]

主人公[その日でいいかな?]

カナン[うん]

主人公[場所決めたらまた連絡するね]

カナン[ワカツタ]

主人公[ワカツタ]

 

これでよし。一息ついて日常を思い返す。

ご飯を食べて、お風呂に入ってーー。

いつも通りを反復してその日を終えた。

 

 

ーーー。

 

 

あのメッセージからしばらく。

デートの日を迎えて待ち合わせ場所へと向かうカナン。

 

カナン「ちょっと気合い入れすぎちゃったかな。」

カナン「時間ギリギリかも…。」

少し早足で歩く。

 

待ち合わせ場所が見えたそこには、主人公が待っていた。

急いで駆け寄って。

 

カナン「ごめん、待たせちゃったね。」

主人公「ううん、僕も今来たところ。」

 

月並みな言葉を交わすも、お互いに少し顔をそらして。

…意識している。

チラリ、チラリと主人公はカナンを見る。

いつもポニーテールにしているカナンが髪を下ろしている。

服装も、ちょっといつもとは違う雰囲気だった。

 

主人公「髪…おろしてるんですね。」

カナン「あ、うん…。」

主人公「…その。かっ…かわ」

主人公(いいですね…。)

 

モゴモゴっと尻すぼみな声は搔き消える。

半分くらいしかまともに聞こえなったが、だいたい内容は伝わったらしく。

カナンは顔を真っ赤にしながらも、小躍りし始めそうなくらい喜んでいた。

 

カナン「あ…ありがとう…///」

 

メッセージではなんとなくやりとりができるのに。

いざ面と向かうとうまく行かない2人。

 

主人公「じゃあ、水族館あっちなんで。」

主人公「…」

 

カナンの手を凝視している主人公

一方カナンはと言うと、顔を真っ赤にして悶々と、それどころではない様子。

 

主人公「…い、行きましょうか。」

カナン「…うん。」

 

ゼンマイを巻いたブリキ人形のように歩く。

そんな調子で今日は一日、砂糖菓子のように甘い2人の関係…というよりは。

うまく噛み合わない歯車が軋み音を上げているように。

ギスギスとした距離感を保っていた。

 

 

ーーー。

 

 

カナン「うまく行かない…。」

 

帰り道。

デートの最中、終始悶々としていたことを後悔する。

 

カナン「変に意識しすぎてるのかな…」

 

今日1日を思い返す…

 

ーー。

 

売店でソフトクリームを買った時。

定番シチュエーションというやつだ…。

 

彼が頬にソフトクリームを付けていたので、

そこへ手を伸ばそうとしたら。

 

ーー彼の唇が目に入る、視線が合う。

真っ赤になったカナンはサッと手を引っ込めて。

主人公「?」

カナン「クリーム…、ついてるよ…。」

主人公「あ…、ありがとう…。」

 

ーー。

 

思わず、ガードレールへと寄っかかるカナン…

 

通行人「!?…あの、お姉さん大丈…」

カナン「うわっ!だっ…大丈夫です〜。」

 

駆け足で逃げていく。

 

カナン(私は…少女漫画の主人公かっ…!)

 

 

ーー家に着く。

 

カナン「はぁ…。」

カナン「…なんかため息ばっかり。」

 

スマートフォンを取り出す。

デート…うまく行かなかったな…。

そんなふうに思いながら…。

デートも、誘うところまではうまく行ってたのに…。

…誘うところまでは…。

 

カナン「そうだ…メッセージなら。」

 

カナン[今日はありがとう]

カナン[楽しかった!]

 

返事を少し待ってみる。

まだかな…まだかな、と。

 

主人公[僕も楽しかった]

カナン[よかった!]

 

パッと笑顔になるカナン

カナン「あ、そうだ」

 

カナン[せっかく付き合い始めたんだから]

カナン[デートとか]

カナン[バイト以外では]

カナン[デスマス言葉禁止!]

主人公[デスマス]

カナン[デスマス]

主人公[わかりました]

カナン[禁止!]

主人公[わかったー!]

 

カナン「ふふふっ♪」

 

なんとなく素直に話せる気がして、しばらくメッセージを送っていた。

ああ、やっぱり彼が好きーーー。

そう思うと彼に会いたいと思えてくるのだが。

 

カナン「…さっきまで会ってたのに…。」

 

モヤモヤしてきた。

ベッドに飛び込んでジタバタもがいて。

…恥ずかしくなって。

 

カナン「水の中に沈められてるみたい…。」

カナン「息苦しいなぁ…。」

 

 

ーーー。

 

 

あれからしばらく。

何度かデートに行くこともあったが。

今ひとつ2人の間の隔たりは解消されず。

いよいよ、そんな妙な距離感に疲れを感じていた。

 

ある夜、ため息混じりに思い悩むカナン。

ついにカナンの頭の中では。

恋人という関係は、2人の間には必要なかったのじゃないかと。

そんな考えが浮かんでいた。

 

思いの外行動に移ることは早かった。

主人公をメッセージで呼び出し、近くの公園へ。

 

デートの時、主人公と合うのにはいつも気合の入れた格好をしていたが。

今日は少しだけラフに…。

どちらかというと付き合い始める前と同じような雰囲気で主人公と会うことにした。

 

日中はまだ暑いこの季節でも、夜は少し涼しくて。

一人夜闇の中にいるのは、少し寂しくて。

人肌恋しい…そんなふうに思いながら待っていると。

一人の人影が近づいてきた。

 

カナン「やっほ、急に呼び出しちゃってごめんね。」

主人公「いいよ、僕も…なんか会いたかったし。」

カナン「え?そ、そっか?」

 

そこまで言って2人はなんとなくいつものようにギクシャクしてしまう。

お互いに少しだけ目をそらして…。

 

カナン(あー、別れ話持ち出すつもりで呼んだんだけど…、やっぱこうして面と向かうと、気が重いなぁ…。)

カナン(とはいえ、今のギスギスした関係はちょっときついからね…、ごめんね…。)

 

主人公(今のままの関係はなんだか、息苦しいからね…。)

主人公(マツウラさんには悪いけど、ここはお互い距離を置いたほうがいいんじゃないかと、はっきり言わせてもらおう…。)

 

ーーお互い様。

考えていることは同じだった彼らは声を共にして。

 

カナン「あのね。」

主人公「あの!」

 

カナン&主人公「!?」

 

沈黙。

 

カナン「どうぞ、私は…後でもいいから。」

主人公「いや、僕も後からの方が…いいかなって思ったんだけど…。」

 

カナン&主人公(ああー!こういうのが一番嫌!)

 

カナン&主人公「じゃあ!」

 

カナン「うぐっ!」

主人公「…ここは、レディファーストって事で…。」

カナン「あっ!逃げたな!」

主人公「そ、そんな事ないよ。」

カナン「じゃあお先、どうぞ。」

主人公「ぐぬ…」

 

しばらく腕組み悩んで…それからやっと重い腰をあげるように言葉をひねり出した。

 

主人公「マツウラさん、こういうの…もう辞めない?」

カナン「うむ。」

主人公「え…?」

 

カナンは目を瞑って腕を組んだまま下を向いている。

言葉が途切れたからか、片目を開けて催促をしてきた。

 

カナン「ん?続けて。」

主人公「あ、うん。」

主人公「なんとなく、ここしばらくずっとギクシャクした関係が続いてると思う。」

カナン「うむ。」

主人公「…そうなったのも僕たちが…、あの日恋人同士になってからというもので…。」

カナン「うむ。」

主人公「話…ちゃんと聞いてる?」

カナン「うむ。」

主人公「…お互いに好き合ってはいるんだと思うんだけど、結果的にギクシャクしちゃうんじゃ、この関係は…いらないんじゃないかな?って僕は思ったんだ。」

カナン「たしかに。」

主人公「それで今日は、マツウラさんが呼んでくれた機会に…、便乗して…相談したいって…思ったんだけど…。」

 

少しだけ沈黙が流れる。

なぜかウンウンと唸るように腕を組んでカナンが言葉をためて、それから発言した。

 

カナン「本当、今の関係ってめんどくさいだけになってるよね。」

主人公「…ふっ」

カナン「あなたの言う通りだよ!私も同じ意見!」

カナン「それで別れ話?をしようかと思ってたんだよ。」

主人公「絶対僕らは付き合う前の方が、うまくいってたよね。」

 

お互いに恋人同士だというのに、別れ話に意気投合するその矛盾めいた発言に。

如何にもこうにも笑みが隠せず。

2人はクスクスと笑い、堪えられなくなり、やがて声を出して笑い始めた。

 

カナン「あははっ!可笑しいよね本当。」

カナン「お互いに好きってことがわかりきってからの方がギクシャクしちゃうなんて。」

主人公「ふふっある意味僕たちらしいのかもね、似た者同士。」

 

存分に笑いあって、しばらく。

落ち着いてから改めて向きあって2人は会話を続けた。

 

主人公「なんだかお互いに、恋人であることを意識しすぎて。」

主人公「気を使いすぎちゃったのかな?」

 

カナン「…どうする?本当に私たち別れちゃう?」

主人公「そうした方がいいかもって思ってたけど…。」

主人公「なんだかね。」

カナン「なんだろうね?」

主人公「このままでいいんじゃないかな?」

カナン「それもそうだね。」

 

ふふふっとお互いにまた少しだけ笑いあった。

結果的に何にもならなかったことが可笑しくて。

何故今までこうして、分け隔てない関係に戻れなかったのかが不可思議で。

 

カナン「あ、そうだ。」

カナン「ギクシャクするのが嫌だからって繋がりで。」

カナン「そろそろその、”マツウラさん”っていうの辞めてくれるかな?」

カナン「キスまでした相手に、なんかよそよそしくされてるみたいで、むず痒いんだよね。」

主人公「じゃあカナンちゃ…」

カナン「カナン。」

主人公「カナン。」

カナン「そう、ちゃん付けなんて辞めてよね?」

主人公「ふふっ。じゃあ僕のことも…」

カナン「あなたは”主人公君”で。」

主人公「…なぜ。」

カナン「わたしはバイトの先輩、あなたの上司だよ?」

主人公「それってパワハラ…。っていうか、数週間程度の先輩でしょ。」

カナン「わたしがそう呼びたいからそれでいいの。嫌?」

主人公「まあ、嫌じゃないからいいよ…。」

カナン「ならそう呼ぶね。だってその方が年下の子っぽくて可愛いでしょ?」

主人公「いや、僕らは同い年だろ…やっぱナシだ。僕のことも呼び捨てを希望する!」

カナン「やだっ!うふふ♪」

 

小走りで追いかけっこするみたいにふざけあう2人。

くるりと回って見せて、カナンが主人公の方を見つめて言う。

 

カナン「なんだか、すごく久しぶりにあなたに会えたような気がする。」

主人公「うん。」

カナン「結構寂しかったんだからね。ここしばらく。」

主人公「お互い様、だね。」

 

笑みをこぼしながら、そう言い合って2人は。

見つめあってーー。

息を合わせたかのように、お互い目を閉じてキスを交わした。

 

主人公「…本当、なんで急にこんなになるんだろう。」

主人公「なんだか今までより、君のことを好きになれたかも。」

カナン「わたしも。」

 

手を取り合って二人は見つめ会う。

いつもならすぐ手をはたき飛ばして。

顔をそらしているというのに…。

 

ちらりと腕時計を見て主人公は少しため息をついた。

 

主人公「でも…今日はもう遅いね。ほら、時間。気にしてなかったでしょ?」

カナン「本当だ。」

 

終電までには後数本あるだろう、だけどあんまり長居したくないくらいの微妙な時間帯だった。

 

主人公「もう少しカナンと話をしていたかったな、なんて。ははは…」

 

カナンは…少し黙ってから返事した。

 

カナン「…だったら、一緒にいればいいんじゃないかな?」

主人公「まあ電車の時間にはまだもう少しあるもんね。終電だって…」

カナン「電車の時間まででいいの?」

主人公「…えっ。」

カナン「わたしはもっと、あなたと一緒にいたい。」

 

カナンは主人公の腕をひしっと抱き寄せて甘える。

 

カナン「ダメ…かな?」

 

主人公は…慌てもせず、少し一呼吸して。

 

主人公「でも…居続けるにしても、ここでずっと話していたら。風邪引いちゃいそうだね。」

主人公「どこか行こっか。」

カナン「うふふ♡」

 

抱えていた腕をキュッと強く抱きしめて喜ぶ姿は、いつもの大人びたカナンの雰囲気とは真逆に少女のような純粋さを感じられた。

 

カナン「…そうだ、今日はわたしの家に泊まりなよ。」

主人公「っ!?」

 

思いがけずいい反応をする主人公を見かねて、少し間を置きながら悪い顔をするカナン。

 

カナン「へぇ。」

カナン「今エッチなこと考えたでしょ。」(ニヤニヤ)

主人公「…そんなことない。」

カナン「あの間でどこまでいった?」

主人公「してないって、変な詮索するな。」

カナン「ふふっ、とりあえず行こっか。」

主人公「…いいのかい?その…色々と…。」

カナン「色々と?何が…?」(ニヤ〜)

主人公「いい加減にしろって…」

カナン「ごめんごめん♪君の反応が可愛いから、ついつい。」

主人公「…こんなのも、本当久しぶりな感じだね。」

カナン「うん、私もなんだか嬉しくなっちゃった♪」

 

主人公「だったら…しょうがないな。あの時みたいに、君のいいなりになってついて行こっかな。」

カナン「うん♡」

 

主人公「あ、その前にどこかお店。泊まるにしたって何も持ってないよ。」

カナン「うん、一緒に行こっか♡」

カナン「手、繋ごう?」

 

差し出された手を見て…少し躊躇ってから。

さっきは腕を抱かれたんだ…大丈夫…。

心を鎮めて。

 

主人公「お、おう…」

 

…変な声を出して。

手を繋ぐ、彼女の細長い手。

繊細で可愛らしい…タイプではないが。

特別ななにか、デートの時幾度も凝視した。

繋ぎたかったその手…。

 

カナン「ふふふ♡」

 

喜ぶカナンを見て主人公も笑顔になる。

二人で歩く道、寂しい暗闇の中で。

明かりもないのに、ぽっと明るく見える二人。

特別な関係。

 

 

買い物を終えた二人は家に着いた。

初めてカナンの部屋を訪れた主人公。

思っていた女性の部屋…というのとは少し異なり。

シンプルで無駄なものがあまりない。

言えば、殺風景とも表現できるような様子だった。

 

主人公「やっぱりカナンって結構ストイックな暮らししてる?」

カナン「ストイックって…。」

カナン「んー、今はあんまり物とか買いたくないしね。お金貯めてるもん。」

主人公「そっか。」

 

そう言って中へと入って行く。

 

主人公「お邪魔します。」

カナン「どうぞどうぞ。」

 

手を洗って、買ってきたマグカップを2つ並べてコーヒーを淹れる。

主人公が床に座りかけると。

ベッドの縁に座っていたカナンが隣をバシバシ叩いている。

 

カナン「ソファなんてないから、うち。」

 

渋々主人公はそちらへ向かい、一人分の空間を空けて隣に座ったら。

カナンが寄ってきた。

なんか、いかがわしい店に来たみたいだ…。行ったことないけど。

そんなふうに思いながら主人公の胸の鼓動はドキドキと音を立てていた。

 

…それから話をした。

今まであんまり話せなかったこと。

付き合う前までしていたような雰囲気で、楽しく会話できた。

 

淹れたコーヒーを飲み終えた頃。

 

カナン「あ、なくなっちゃったね。」

カナン「もう一杯淹れてこよっか?」

 

時間はとっくに日を越している。

コーヒーを飲んだからといって、流石に眠気を催してくるような時間。

 

主人公「カナン、明日バイトでしょ?」

カナン「うん。」

主人公「僕も明日は1コマ目から講義があるし…。」

主人公「今日はそろそろお開きにして、寝ようよ。」

 

カナン「…そっか。」

カナン「やっぱ真面目くんだね。君。」

主人公「痛い目見るのは翌朝の自分だよ?」

カナン「それもそうだね。」

 

カナン「じゃあお風呂入れるよ。」

 

ドキッ!

一大イベントを感じたーー。

 

主人公「あぁ…僕はシャワーだけでいいよ。」

カナン「私が入りたいの。だからお湯張っちゃうよ〜。」

 

ピッ![お湯張りを開始します。…]

 

カナン「便利だよねぇ、これ。」

カナン「先に入っちゃっていいからね。」

主人公「いいよ、僕は後で。」

 

カナン「あれ?私の後に入りたいんだ♡」

 

意地悪な声色で、ナンデカナーナンデカナーと繰り返してる。

始まった…と思いつつ。

 

主人公「お好きにどうぞ、私はあなたの仰せの通りに…。」

 

流した。

 

カナン「ーーつまらん。」

 

そう言われて、とりあえずスルーして歯を磨いた。

洗面台に立っているとカナンが隣にやって来て同じように歯を磨き始める。

なんだか今日は磁石でも入ってるかのようにくっついてくる…。

でも嫌な気分ではない。

いつも大人びた風貌でいる彼女だからこそ、そういった行動が幼く、可愛らしく…甘えて来てるように見える。

 

ふと。

ーー抱きしめたい。

そう思って…思い止まろうとしたが。

手が伸びて。

 

鏡に映る彼女の肩に優しく手を回して、軽く抱き寄せる。歯磨きしながら頭をコテッと預けて来た。

 

可愛い…。

 

歯磨きをし終えて2人。

歯ブラシセットを並べて置いて。

なんとなく向き合って。

見つめあって。

キスをして…。

 

歯磨き粉の匂いがする…そんなふうに一瞬思いながら。

重ねる唇の熱に侵されて。

彼女に夢中になる。

 

[〜♪お風呂が沸きました。]

 

2人してビクつく。

重ねていた唇をハッと離して、一瞬ーー。

なんだか可笑しくなって顔を合わせて笑った。

 

カナン「お風呂湧いたね…。」

主人公「うん…。」

主人公「…でも、ちょっとだけ。」

 

ハグ、少しだけ力強く…。

耳元で彼女の吐息が聞こえる、荒く弱々しく。

その音で催眠をかけられたかのように、熱くなってきて。

 

カナン「…強引だね♡」

主人公「…誘ったくせに。」

カナン「そうだっけ?ふふふ♡」

 

そう言って2人は体を離して。

繋いだ手は離さないで…。

ベッドの方へと歩んでいく。

 

カナン「…まだ、お風呂はいってないよ?」

 

いぢらしい声でわざとらしく主人公に問う。

 

主人公「ごめん…待てないよ。」

 

彼女の後ろ頭に手を回して、ゆっくりと押し倒す。

心なしか彼女も体を後ろに引いて、倒れた気がした。

 

仰向けのカナンと見つめあって。

 

カナン「…するの?」

 

期待しているような瞳。

少しだけ口元が緩んでいて。

挑発めいた言葉で主人公にもう一度問う。

 

それには…言葉は返さず。

熱くキスをしてーーー。

 

 

ーーー。

 

 

繋いだ手を離さないで、2人は抱き合って。

 

カナン「君がこんなに情熱的だったなんて。」

カナン「私騙されちゃったのかな?」

主人公「意外だった?」

主人公「でも僕だって男だよ。」

カナン「羊君だと思ってたら、狼君だったんだね。」

 

ふふふ、そう言って笑って。

 

主人公「君は君で、やっぱり僕を誘ってたんじゃないのかい?」

主人公「執拗にくっついてきて。」

カナン「うん。なんだか外肌寒くって、人肌恋しいな…♡って。」

 

カナン「君が買い忘れって言ってお店に1人で戻ったの見て、確信しちゃった。」

カナン「準備してくれてるんだって♡」

主人公「こうなるだろう…って思ってたから。」

主人公「男の子には必要なんだよ…ここぞって時の物が…。」

カナン「君らしいよね、察してくれてーー。」

カナン「そういうところ大好き♡」

 

抱き合わせてる体を締め付ける。

ギュッ。

まだ暑い季節、クーラーはかけていても。

体が密着するところは汗が滴り、混じり合いーー。

 

キスをして、少し冷静になって時計を見る。

もうこんな時間だーーー。

 

主人公「ごめんね、お風呂入れてたのに…冷めちゃったかな…。」

カナン「いいよ、こっちの方が暖かいから。」

 

しばらくして2人は繋いだ手を離して、冷めた風呂にーー浸かって。

明け白んで来ようとする空を見ながら、少しだけ仮眠をとって。

また朝を迎えたーーー。

 




二本立てにすると約束したな。
あれは嘘だ。(コマンドー

書いてたら途中で、
「あ、これなっがいな〜…。」
なんて思っていたら中編が出来上がりました。テヘッ。

今回はちょっとエッチです。
多分表現的にはR-15に収まっているのだと…。(自信ない)
文章は難しいですね、絵とか動画みたいに、アレが見えたらダメ!って判断できないので(蹴

後編も現在執筆中です。
なんとか同じくらいのボリュームか、それ以下くらいで仕上げたいとこです。
割とこの話から先のそれは急転直下の展開になるので。
もうしばし…お待ちいただければ終わります。
結末(本編)が見えているだけに。
この先起こることというのは大体予想の付くことだと思います。
本編よりだいぶん長くなってしまった番外ですが…。
なんとか終わらせます…。

以上、最後まで読んでいただきありがとうございました。


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後編

それからしばらくの月日が経った。

心を交わした2人の関係は変わらず。

お互いを理解し合えて、愛し合えていた。

 

バイト先にもその関係はバレて、主人公は店長に一度だけ恨めしそうに睨まれていた。

 

長らく通っていた英語教室も、”講義”の甲斐あって無事修了し。

バイトして、デートして…たまに数日ほど2人きり一緒に暮らしたりして見て…。

そんな生活を送っていた。幸せな日々。

 

ーーATMに並ぶ。

バイトの給料が振り込まれたから、今月の生活費を下ろそうとやってきたのだ。

記帳された通帳に目を通して、なぜかため息をつく。

 

カナン「…」

 

カナン「…嫌だな、最初はこういうのを楽しみに感じていたと思ってたのに。」

カナン「なんだかどんどん心苦しくなってる。」

カナン「…そんなこと、考えたくなかったのに。」

カナン「まったく、誰のせいだか。ふふ。」

 

カナンは俯いたまま通帳を鞄にしまって

一度自分の頬を叩いてから天を仰ぐ。

 

カナン「決めなくちゃね…。」

 

視線を下ろすと、近くにあった花屋の方へと目が行った。

中でも…白やピンク色の花がたくさん咲いているものに目が止まる。

春の甘い香りーー。

カナンは小さく飛び跳ねるように、歩みだした。

陽の光の方を向いてーー。

 

 

ーーー。

 

 

季節は過ぎ、昼間は重い衣服が少し鬱陶しくなり始めた。

もうそろそろ、春を迎えようという頃。

 

僕はいつもの飲食店へ向かった。

 

主人公「おはようございます。」

カナン「おはよう。」

 

2人は顔を合わせて微笑む。

今日もバイト。

カナンとーー。

 

ーーー。

 

バイトを終えて帰ろうという頃。

今日はカナンは早上がりでいないので。

帰り支度をゆっくりとしていた。

 

すると、他のバイト仲間が寄ってきた。

 

バイト仲間「主人公君。」

主人公「はい?」

バイト仲間「君を呼べば、呼ばなくてもカナンちゃんくると思って。」

主人公「??」

バイト仲間「今度みんなでカナンちゃんの送別会しようって言ってるからさ。」

バイト仲間「サプライズで!」

主人公「ん…?」

 

はてな、違和感を感じる。

 

主人公「送別会?」

バイト仲間「…え?」

バイト仲間「あれ?!」

バイト仲間「…もしかして、聞いてないの??」

主人公「聞いてないのって…えっ?」

バイト仲間「あ…あっちゃー…」

バイト仲間「ご、ごめん。忘れて?」

バイト仲間「…ムリか!」

主人公「ちょっ…混乱してるから…。」

 

どういうことだ?バイト辞めるのかな?

そう思いながら主人公はそのまま帰った。

 

家について、スマートフォンを眺めて。

メッセージを送ろうかを悩んでいた。

 

主人公「送別会って…バイト辞めてどうするのかな。」

主人公「実家に帰るとか…?」

 

彼女がお金を貯めている理由。

思えば一度も詳しく聞いたことがなかったのだ。

長く一緒に居る仲だっただけに、自分にだけ秘密にされていることがあったのがすごく気になった。

 

主人公「メッセージ…。」

主人公「直接聞いた方が良さそうだな…。」

 

主人公[早上がりの用事]

主人公[済んだ?]

 

画面と睨み合って返事を待っていると

しばらくしてすぐ帰ってきた。

 

カナン[うん]

カナン[もう用事は済んだ]

主人公[なら]

主人公[今から会いたいんだけど]

主人公[ちょっといいかな?]

カナン[お]

カナン[積極的だね]

カナン[いいよ♡]

 

ーー僕は集合場所へと向かった。

 

カナン「君から呼び出されるなんて。」

カナン「なかなかないよね。」

主人公「うん、ちょっと気になることがあって。」

 

その言葉を聞いてカナンはちょっと状況が想像しているものと違うことに気づいて。

少し身構えをした。

 

主人公「今日風の噂で聞いたんだけど…。」

カナン「うん。」

主人公「もしかして、バイト辞めるの?」

 

カナン「…」

 

単刀直入に投げつけられた言葉。

ちょっと悩んでる…。

その様子が少しだけ不安に思えた。

 

カナン「うん、辞めるよ。」

主人公「…そうなんだね。」

主人公「いつ?」

カナン「二週間後かな?」

主人公「そっか…。」

 

沈黙ーーお互いに、少しだけ気持ちの悪い時間が過ぎる。

 

主人公「今日他のバイトの子から聞いて、びっくりして…ははは。」

カナン「ごめんね、一番にあなたに言えなくて…。」

主人公「ううん、いいよ。」

 

主人公はカナンの様子を伺いながら。

その先のことを詮索するかどうか考えた。

隠していたのなら…彼女にそれなりの理由があって。

まだ自分には伝えられない…。

伝えたくないのだと思って…

 

でも、それでも気になった。

 

主人公「まだ、僕には…。」

主人公「明かしてくれない、何かが…あるのかな…?」

 

ぼんやりとした言葉で聞く。

具体的に、”その後どうするつもりなのか?”とは聞きたくなかった。

 

カナン「…」

カナン「うん。」

カナン「まだこれは…、私の中で悩んでることだから…。」

カナン「もう少し、もう少ししたら…君にも話すつもり。」

カナン「だから…ごめんね。もう少しだけ待ってて欲しい。」

カナン「言えないことは…、私たち2人だけの問題だから…。」

カナン「…ごめんね。」

 

彼女のらしくない言葉…あまり聞きたくない言葉…。

でも、決して誠意のない言葉ではないのだろう。

そう信じて。

 

主人公「わかった。」

主人公「ありがとう、ちょっと…僕もモヤモヤしちゃって…。」

主人公「聞きたかったのはこれだけ、ごめんね突然。」

主人公「…じ…じゃあ、これで。」

カナン「うん、またね。」

 

別れの言葉を交わして、それですぐその場を後にした。

お互いに、振り返りもせず。

こんなにそっけない別れは、初めてのような気がした。

 

 

ーーー。

 

 

数日後、カナンからの連絡は想像していたよりも早く訪れた。

 

カナン「やっほ。」

カナン「この間言えないって言ってたこと。」

カナン「決めたよ…私。」

主人公「うん。」

 

寒空の下。

なぜだかこうして、お互い話があるときはいつも屋外に呼び出して話していた。

今日もこうして2人。

夜闇の中に佇む。

 

カナンは自分が貯金をしていた理由…海外へと行く今後のことを主人公に語った。

近い将来、ダイビングのインストラクターの資格を取ることやーーー。

 

カナン「目標にしてた金額も集まったし、バイトを辞めて。それで渡航の準備をしようと思ってるんだ。」

主人公「そっか…。」

主人公「そしたら…寂しくなっちゃうね…。」

カナン「…」

 

主人公の一言に、返事をためらう。

 

カナン「あのね。」

カナン「…」

カナン「…そうだ。寒いでしょ、やっぱうち来なよ。」

主人公「…うん。」

 

カナンの家に上り込む。

下駄箱に並べた2つの靴。

食器棚には2つのマグカップ、洗面台には並んだ2つの歯ブラシセットーー。

一緒に居ることの多い2人の見慣れた景色。

いつものようにコーヒーを淹れてベッドの縁に座る。

 

するとイルカのぬいぐるみが飛んできた。

 

カナン「あなたが抱いてあげて。」

 

隣にカナンがやって来て、主人公が腕に抱いているイルカを優しく撫でる。

…しばらくしてカナンは外で話しかけていた言葉の続きを始めた。

 

カナン「あのね。」

カナン「私は、さっき話した通り。しばらくしたら海外に飛ぶ。」

カナン「そしたら君に…しばらく会えなくなっちゃう。」

カナン「寂しくなるねって…君は言ってくれたよね。」

 

カナン「私なりに、考えてみた。」

カナン「こういう形で離れ離れになってしまうこと…。」

カナン「それでね…。」

 

カナンは、イルカを抱いている主人公の片手を引いて。握る。

 

カナン「私は…。」

 

カナンが握る手が微かに震えている。

主人公はイルカを膝の上に乗せて

もう片方の手でその手を包んで…。

 

カナン「私は…寂しいのは、嫌だから。」

カナン「君との関係を…終わらせて、日本を発とうって考えたんだ。」

 

しばらく言葉が消えた。

カナンは俯いたまま、主人公もかける言葉を失っていた。

ついこの間感じた不安から、予想してない訳ではなかったこのシナリオ。

でも、突然言い渡されたその言葉は。

主人公にとって現実味を帯びた言葉のようには思えなかった。

それを現実だとは、受け止めたくはなかった。

 

カナン「…ねえ、主人公君。」

カナン「さっきの言葉の…」

カナン「あなたの率直な気持ち…」

カナン「教えて欲しい。」

 

主人公「僕は…」

 

なかなか言い出せなかった。

いつものような言葉を頭に思い浮かべては、泡のように消える。

どんな言葉も…軽く感じた。

やがて出てきた言葉は…もっと直情的なーー。

 

主人公「ちょっと…まだ正直…、状況飲めてないんだ…。」

主人公「でも…寂しい、きっと寂しいよ。」

主人公「別れたからって…君を忘れられる訳じゃない。」

主人公「僕は…っ。」

主人公「君と離れるなんて…嫌だ…。」

 

少しだけ涙が出た…みっともないな…。そんなふうに思いながら。

その涙はカナンがもう片方の手で拭ってくれた。

 

カナン「君のことだから。」

カナン「”いってらっしゃい”って言ってくれるのかと思った。」

カナン「もしそうだったら…」

カナン「ちょっとだけ怒っちゃってたかも知れないけど…ふふふっ。」

 

カナン「…嬉しい。」

 

カナンの目からも光るものが一筋。

雫になって落ちる。

ポツポツと降る雨のように。

 

見つめあって。

お互いを優しく抱き合って。

2人は少しだけ泣いた。

 

 

ーーー。

 

 

電気を消してベッドに2人、向き合って寝転ぶ。

今日は2人でいる。

ただそれだけでーーー十分だった。

 

主人公「本当に、行ってしまうんだね。」

カナン「自分で決めたこと…そのためにここに来たんだからね、元々。」

カナン「それだけは譲れない。」

主人公「だろうね。」

主人公「僕も君を止めたりはしないよ。」

主人公「ーーでも、別れなきゃ…いけないのかな…。」

 

カナン「…悩んだよ。たくさん。」

カナン「別に離れてるからって遠距離恋愛だってあるんだしってね。」

カナン「でも、私の都合でいつも君を付き合わせて、振り回して…。」

カナン「離れ離れになって、寂しい思いをさせて。」

カナン「そうやって君を縛り続けるのはよくないなって思った。」

主人公「そんな…」

カナン「それに、私自身寂しい思いをするのは嫌だから。」

カナン「スッパリ忘れた方がやりたいことにも集中できるしっておもってね。あはは。」

カナン「…ごめんね、ずっと自分勝手な事言って。」

 

少し間をおいて返事する。

主人公「…ううん。」

 

カナン「…今生の別れってわけじゃないんだから…。」

カナン「たとえ、ここで別れたとしても。」

カナン「戻ってきたら、また出会って…好きになって。」

カナン「…そんな感じでもいいんじゃないかな♡」

主人公「ふふっ、そうだね。」

カナン「あ、でもさ。だからって私のこと覚えとけよ〜って、言うんじゃないんだからね?」

主人公「?」

カナン「私と別れて、もし君が他の人を好きになったのなら…。」

カナン「その時は、君の好きになった人と…幸せになって。」

主人公「…。」

 

ーーー。そう思いながら、未練がましい気がして返事はできなかった。

 

カナン「…そうだ、バイト辞めるの一週間後くらいだけど。」

カナン「それからしばらくしたら、ここの部屋も出て一旦実家に帰るんだ。」

カナン「それから渡航まではもうしばらく時間がある。」

カナン「だから、ーーデート…。」

カナン「また一緒に、海に潜らない?」

 

主人公「…ま、またカナンの”実家”か…。」

カナン「何、不服?」

主人公「いや、今こんな関係だっていうのに。」

主人公「尚のこと行き辛いというか…。」

カナン「大丈夫、家の人は適当に追っ払っとくから♪」

主人公「すごいこというな…。」

カナン「ふふふ♪」

カナン「だって主人公君、今度は星を見に来たいって言ってたでしょ?」

カナン「あの日…。」

 

少し思い返した、初めてのあの日

この2人の関係ができた日…

 

主人公「なんだか皮肉な感じだね。」

主人公「好き合った場所で別れを告げるの

はーー。」

カナン「…何事もなかったことになっちゃったりして。」

カナン「ならないよね、君と過ごした数ヶ月間。」

カナン「とても忘れられるものじゃないもの。」

主人公「忘れないよ。絶対。」

カナン「ふふっ♪」

 

嬉しそうに頬を寄せる。

ひとときの幸福感ーー。

 

でも切なくて、寂しい。

そんな表情をしてーー。

 

カナン「今日はもう遅いね。」

カナン「寝よっか。」

主人公「うん。」

カナン「おやすみ。」

主人公「おやすみ。」

 

軽く唇を合わせてから、2人は眠った。

 

 

ーーー。

 

 

それから数日間、色々あった。

カナンはバイトを辞めて。

バイトメンバーで送別会を行なって。

 

部屋を退去するからと、荷造りを手伝ったり。

そこで生活用品の片割れを渡されたり。

何故だかイルカのぬいぐるみを押し付けられたり…。

 

それからさらに数日経て、今。

僕は一人電車に揺られている。

行き先は…わかってる。

一度行ったことのある、彼女の待つ場所。

 

ついた先の駅に彼女はいた。

 

カナン「やっほ。」

主人公「おはよう。」

カナン「早速行こっか♪」

 

バスを使ってしばらく。

ーー彼女の実家。

ダイビングショップ。

 

体験ダイビングの契約書を書いて。

スーツを着て、機材を身につける。

 

ーーエントリー。

水から遮断された体には、冷たい海の温度だけが頭や手先を伝ってジワジワと浸透してくる。

不思議な感覚。

シュコー…シュコー…と自分の呼吸に合わせて、乾いた空気が送られてくる。

海の中にいる感覚はまるで、宇宙空間にいるそれに近いのだろうか。

宇宙にこそ行ったことはないのだが、何故だかそう感じてしまう。

 

そんな空間に僕は彼女と2人きり。

ライセンスを持っているわけではない僕が潜れるのは浅いところまでらしい。

水深12m…。

その数字を聞いて僕はとても浅いものだとは思わなかった。

 

深く海へと潜って行く2人。

カナンが途中で止まって腕につけているダイビングコンピュータを僕に見せてきた。

ここが、僕の潜れる海の一番深いとこ…。

 

ーー移動中。

 

主人公「いよいよ最後のデート…か。」

カナン「こら。禁止。」

主人公「あぁ…ふふっごめん。」

カナン「寂しくなっちゃうから今日が最後っていう気持ちはナシ!」

 

カナン「あ、今日のダイビングだけど…」

カナン「どんな海に潜ってみたい?」

カナン「今日は2本潜るつもりにしてるから2つね。」

主人公「どんな海…かぁ…」

主人公「おまか…」

カナン「お任せ禁止。君そういうの決めるの苦手でしょ。」

主人公「おすすめ…」

カナン「それもダメ。」

主人公「ぐぬっ…。」

主人公「じゃあ〜ひとつは魚にたくさん会えるところ。」

主人公「あともう1つは、うーん…僕が潜れる一番深いところ。」

カナン「深いところ?」

主人公「うん。」

主人公「僕が行ける…一番深い海の底を見て見たい。」

カナン「変わってるね。いいよ、連れてったげる♪」

 

ーー。

 

そこにはこれといって特別な何かがあるわけではなかった。

ひらけた青の空間。

ただ僕にとっては、その空間にいることがとても心地よかった。

海の底…現実から乖離したようなその世界では、全てを忘れられる気がしてーー。

 

燦燦と日の光が照っていた今日は。

海の中へ光の足がいくつも差し込んでいるように見える、まるで舞台を照らすスポットライトのように。

その光を浴びて、目の前のカナンは踊るように泳ぎ、舞う。

優美に自由に…。

彼女にはこの世界が一番似合っている。

ふと主人公は思った。

彼女はーーー人魚姫だったんだ…。

 

 

ーーー。

 

 

ダイビングを終えて、日が暮れるまでしばらく。

散歩したり、テーブルゲームをしたり、海を見たり…。

 

日が落ちて一番星を見つけてからしばらくして。

星座表と天体望遠鏡、ブランケットを持ってベランダに出た。

 

カナン「よく晴れてて良かった。」

カナン「空気も澄んでて…星が綺麗に見える日だね。」

主人公「うん。」

 

満点の星空。

小さな光がいくつもの点描となって空を描く。

そこに岸へと打ち寄せる波の音が演出をする。

自然のプラネタリウム。

語りは2人の会話でーー。

 

主人公「ーー星も詳しいよね、カナンは。」

カナン「趣味だしね。」

主人公「大人な趣味してるよね。」

カナン「大人って…。」

 

2人は寒空の下で1つのブランケットに包まれて夜空を仰いだ。

 

カナン「ちょっと思い出話するね。」

カナン「君と初めて出会った頃。」

カナン「まだ、バイトだけの関係だった頃。」

カナン「君の事、なんだか私は”ほっとけないなー”って思っちゃってた。」

カナン「まるで妹同然の幼馴染を見ているみたいに。」

カナン「真面目くんで、初仕事でしばらく緊張してすごく頼りなさそうだし♪」

主人公「緊張すると…ダメなんだよ。」

カナン「ふふふっ♪だから可愛いなーって思ってた。」

カナン「でもあなたに頼って英語を教えてもらうようになってね。」

カナン「すごい君は頭がいいんだって感心しちゃって。」

カナン「英語をペラペラ喋る君に憧れちゃった♡」

カナン「それからずっと、君の事を知るごとに君の事が好きになって。」

カナン「この人がいいって思えた♡」

主人公「改めてそう言われると…照れちゃうな。」

カナン「うふふ♡」

 

頬を赤らめながらも、とても嬉しそうにする彼女を見ていると。

すごく和やかな気持ちになって。

嬉しくって。

 

主人公「僕は最初、甲斐甲斐しくお世話されてるのがちょっと気恥ずかしかったかな。」

主人公「すごい大人っぽくてお姉さんみたいなカナンだから。」

カナン「えっへん。」

主人公「ふふっ。」

主人公「それから一緒に”講義”したり、水族館に行くようになったりして。」

主人公「だんだん君に、腕を引かれていることに。」

主人公「すごく嬉しくなってた。」

主人公「でも、なかなか君に素直には向き合えなかったかな。」

主人公「…というか君が美人だから、彼氏はいないのか?実は騙されてるんじゃないのか?って」

主人公「最初の頃は結構そういう懐疑心を抱いたりもしたんだよ?」

カナン「ふふふ♡君らしいね。」

 

主人公「でも杞憂だったね。」

主人公「君はこんなに、ピュアで可憐な女の子だったんだから…」

カナン「ピュアとはなんだ。」

主人公「ふふっ、事実カナンは純粋じゃないか。」

主人公「付き合ってて、色々な君に触れるたびそう思ったよ。」

主人公「裏表なく、真っ向から人にぶつかれる人だって。」

カナン「なんか恥ずかしいよ…そう言われると。」

主人公「あはは、お互い様だよ。」

 

暖かいムード、一間の静寂が訪れると。

同時に少し現実が入り混じる…。

もうお別れなんだ。

寂しい。

そんな気がして、カナンは主人公に体を擦り寄せて甘える。

 

カナン「流石に少し寒いね。」

主人公「…そうだね。」

カナン「ちょっと…ちょっとだけ…。」

カナン「寂しいって思っちゃった。」

 

主人公はカナンの口を指で塞ぐ。

 

主人公「禁止。なんでしょ?」

カナン「…してやられた。」

 

指が退けられるのと同時に、カナンは主人公に顔を寄せてキスをする。

冷えきった唇に、2人の温もりが交わる。

…少ししたら主人公の方から引き剥がされた。

 

カナン「え?」

主人公「キスまでならいいけど、あ…あんまりその。」

主人公「本気にしないでね…。」

カナン「どういうこと?」

主人公「その…備えてないから…。」

主人公「流石に実家だし…ね、そうはならないというかダメだって…。」

カナン「…」

カナン「そ…そうかと思って、…実は…用意はしてるよ。」

主人公「えぇ…。」

カナン「引いた?」

主人公「い、いやぁ…。」

カナン「だってあなたに会えるのは最後なんだから。」

カナン「あなたのこと、しっかりと覚えておきたいっていうか…。」

主人公「ほ、ほら最後とか…禁止って。」

カナン「ふざけないで。」

主人公「ごめんなさい…。」

カナン「その…やる気になってる時の…。」

カナン「いっつも頼りない君が…、強引でリードしてくれるところ…とか」

カナン「大好きなんだから…///」

 

カナンの顔は真っ赤だった。

ついつい主人公もそそられるような気持ちになって。

彼女の期待に、答えなきゃって気持ちがふつふつと湧いてきて…。

 

主人公「こっちまで恥ずかしいよ…。」

 

とどめにカナンがいぢらしくハグをする。

ちょっとふてくされ顔で、主人公の胸に飛び込むようにして。

 

主人公「あー…もう。仕方ないなぁ…。」

主人公「君には勝てないよ。」

カナン「ふふふ♡」

2人はそのあと夜闇と交わり、一夜を過ごした。

最後の、とても長い夜だったーー。

 

 

ーーー。

 

 

鳥のさえずりが聞こえて、朝が訪れたことが分かった。

外は朝靄が少し、なんだかほんのり夢の世界の中のように。

ふわふわと、曖昧な空間

 

彼女と一緒にバス停の方へと歩いていた。

途中で彼女が立ち止まり、声をかけてくる。

 

カナン「わたしは、ここまで。」

主人公「…うん。」

カナン「あんまり一緒に歩いてたら、もっと君と居たい…なんて思っちゃうからね。」

主人公「寂し…」

カナン「禁止だよ。」

主人公「昨夜は散々言ってたのに?」

カナン「…っ」

 

ぐぬぬとした顔で真っ赤になってる。

 

主人公「じゃあ、ここで。」

カナン「うん。」

カナン「あ、メッセージとか。そういうのもできれば送らないで…。」

カナン「わたしの見送りとかも、やめてよね。」

主人公「…うん、しないよ。」

カナン「ごめんね。」

主人公「らしくない言葉言わないでよ。」

カナン「…ふふふっ♪そうだね。」

カナン「じゃあ…」

 

カナンは主人公を見つめて。

両手を広げてーー。

 

カナン「ハグ、しよ?」

 

ギュッと抱きしめる。

優しくて暖かい…瞬間。

短い時間でも、永遠のように間延びして。

ゆっくりと時が過ぎる。

 

主人公「いってらっしゃい…カナン。」

耳元でそう囁いて体を離すと、距離を置いて。

 

主人公「それじゃあね。」

主人公「バイバイ。」

カナン「さよならーー。」

 

1人でバス停へと向かった。

振り向かず、前を…上を向いて。

悲しい顔など流れる涙など、見せないようにしてーー。

 

 

ーーー。

 

 

それからは、日常が訪れた。

何も変わらない…そんなはずの日常。

ただ1つ抜け落ちたピースの穴が埋まらない。

そんな気持ちを誤魔化すように。

明るく、いつも通りを装って。

 

まるで、彼女など初めからいなかったように。

 

ーー。

 

ロビーで一人、もうそろそろ搭乗開始と案内されるのを待っていた。

暇な時間…何をするでもなく空を見て。

ボーッとする。

 

そんな時、なぜかちょっと前に見た夢を思い返した。

人魚姫の童話。

どんな話だったっけ?

たしか、王子様に恋をした人魚姫は…最終的に水の泡になってしまうんだ…。

わたしは泡になんてならない…そんな風にクスリと笑いながら。

…それでも、わたしの王子様との関係は。

泡のように…消えて無くなったんだ。

そう思えて。

少しだけ涙が出たーー。

 

ーー。

 

日は過ぎて、桜の花が少しずつ咲き始めたという頃。

もうそろそろすると新たな出会いの季節ーー。

そんな日々の中で主人公は抜け殻のようになっていた。

何かが欠けている。

ぽっかりと空いた塞がらないその心の穴を。

寂しさや、悲しみと言い表せもせず。

受け止めきれなかった現実が、日を越すごとにリアリティを増していくその感覚で。

少しだけ壊れていた。

 

 

数日ーーー。

満開の桜が新たな始まりを彩る。

春風が吹き、出会いは…。

皮肉に、運命的に訪れる。

 

END




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
短編一話のはずが、番外追加で二話を予定しつつ…三話になってやっと完走です。

まあ、本編へとつながる以上は最後は切ない話で幕切れとなりました。
そう言いつつもセリフ回しを追っかけていると。
カナンちゃんと一字違いの名探偵が、「あれれ〜?」と言い出しそうな違和感が若干あります(
その方がこっちの話として綺麗にまとまるし…情緒的だしということです。
そんなこんなでひょっとすると本編を今回のこれになぞらえて改変したりとか…。
今後更新なりするとしたらそういうことをするかもしれません。
あるいは番外のチカちゃん編を書くか(笑

執筆していてのそれで。
今回はカナンちゃん主体に書いてたわけですが。
最初っからかもしれませんが、中編あたりから「あれ?これ本当にカナンちゃん?」なんて。
自分の中のカナンちゃん像がアニメやG’sのそれに準拠してるのか?
それとも筆者の趣味丸出しに脚色されたキャラクターになっているのかが半分よく分からなくなってしまいました。
まあ、自筆の小説?な以上どうあがいても後者ですけどね!(

ちかなんとーーー。の公開から間もなくすぐ始めたこの番外編。
そもそも本編執筆した時から異様に文章書くのが楽しくって、止まらなくってサーッと一気に書き切りました。
番外のラストだけは結構うんうん考えましたけど。
(その割に結構内容適当になってるかも)
これからもそんなペースで新規投稿するのか…というと。
前述した改変版や番外以外には特になんの考えもなく。
ここしばらくずっとスマホを突きまくっていたものですから。
ちょっと普通の生活に戻ろうかと思います(
というか、衝動的な自作小説?の公開だったので。
ほぼ次回の予定というのはナシに等しいです。
また気が向いたり、妄想が捗ったら。
ひょっとすぐ現れるかもしれません。
そう言った機会があれば、是非読んでいただけると嬉しいです。

あと、感想欲しいです。(迫真
小説?というそれを執筆することをよりよくしていこう…
とかそういう頭はあんまりないのですけど
(アドバイスとかも凄く嬉しいです。)
自分の思い描くものが読み手に伝わるものがかけているのか?
ということはすごく気になります。
まあ、これらの話の内容なんてはベッタベタの純愛ものっていう、
筆者の趣味丸出しでなかなかテンプレめいていて、あまり特別なものではなかったかと思いますが。
「面白かった!」とか、「クソつまらん」とか(
一言いただけると幸いです。

毎度ながら長ったらしく気持ち悪い文で締めくくってしまいましたが…
改めて、最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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[短編小話集]シン・チカナント - 不定期投稿
ep1-1 夢枕の悪戯。



章の名前…ゴ〇ラ関係ないです(大嘘



 

目が覚めたーー。

けど、いつもの音がしていない…。

目覚ましアラーム。

かけたはずなのに…、まだ鳴る前かな?

 

朝日がポカポカ。

冬の寒さはまだしばらくは残っているけれども、もう立春も過ぎて暦の上では春。

今日はバイトもなければ大学もない。

だから少しだけ起床時間はゆっくりだけれど、予定はあるんだ。

気持ちのいい朝、そのはずが…。

 

…なんだろう、さっきから違和感。

胸騒ぎ…?

ざわざわするような…。

 

パサッ…シュッ…バサッバサッ…。

 

違う、布の音だ。

…えっ?

僕は体を動かしているわけじゃないのに、背後から妙な音がするし、布団とシーツが動いてる…。

うちは何も飼ってないぞ?僕以外に動くものなんて…。

一体何が…。

 

僕は上体を回しながら布団をはぐって起き上がる。

 

「わっ!?びっくりした!」

 

えっ?

 

そこには、今から添い寝でもしようかとしている”カナン”がいた…。

 

ーーー!?!?!?

 

主人公「なななななな、なんで君がいるんだ!?」

 

僕は思わずベッドの片隅に縮こまる。

笑顔のカナンは何か悪巧みするように。

 

カナン「えーっとおー…。」

 

カナン「もう、昨日はあんなに情熱的だったくせに♡」

主人公「流石にそれはあり得ないぞ…。」

カナン「ほら、記憶喪失かもよ?」

主人公「そんな都合よくあるもんか。」

カナン「ふふ♪朝からいい反応してくれるね。」

カナン「おはよ、主人公君。」

主人公「…おはよう。」

主人公「っていうか、本当…なんでいるの?」

カナン「言わなきゃいけない?…しょうがないなあ。」

 

カナンはおもむろにポケットから一枚のカードを取り出す。

 

カナン「じゃーん、これなーんだ?」

主人公「僕の部屋のカードキーでしょ、それ…。」

カナン「あったりー♪」

主人公「なんで君が…。」

 

ハッーーー。

 

カナン「ふふっ♪思い出した?」

カナン「君、付き合ってた頃に私にスペアキーくれてから。」

カナン「海外行くときに”返さなくていい”なんていうからさ。」

カナン「大事に持ってたってわけ♪」

 

そっかあ…、僕はつい頭を抱えてしまう。

 

主人公「…はあ。返して。」

カナン「えー、どうしようかなん?」

主人公「ふざけてないで。」

カナン「じゃあ、何かと引き換えにしようよ。」

主人公「…。」

カナン「”1日私の言いなりになる権利”とか?」

 

ーーパシッ。

カナンがカードキーを持っている手を伸ばした隙に僕はカードキーを掠めとった。

 

カナン「OKってことでいい?」

主人公「いい加減にして。」

カナン「ちぇ、つまんないの。」

 

朝から全く…騒々しい。

ベッドに座ったままブーたれるカナンを余所にして。

僕はベッドを降りてから、飲料水をコップに注いで一息つく。

 

カナン「…久しぶりにきたけど、あなたの部屋は変わってないね。」

カナン「相変わらず小綺麗に整ってて。」

 

振り返るとカナンはイルカのぬいぐるみを抱きかかえていた。

可愛い…。

 

主人公「どうも。」

主人公「それにしても、カナン、いつからいたの?」

カナン「結構前だよ、8時ぐらい?」

 

結構前って…あれ、今何時だっけ…。

時計を見ると9の数字に短針がかかりかけてて。

…まてよ?

 

主人公「やば…。」

カナン「ん?」

主人公「カナン…来たときにさ。」

主人公「…アラーム鳴ってなかった?」

カナン「あー…そうそう、気持ちよさそうに寝てるのにいきなり鳴るもんだからさ。」

カナン「起こしちゃ悪いって思って。」

カナン「切っちゃった♪」

 

なんてこった…。

 

主人公「はあ…勘弁してよ…。」

 

ハッーー!そうだ、まずい。

 

主人公「カナン!」

カナン「えっ!?何?」

主人公「今すぐ帰って!」

カナン「いきなり酷っ!」

主人公「いいから…!」

 

僕がカナンの手を引いてベッドから降ろそうとした途端。

 

ピンポーン♪

 

主人公「うわわ!遅かった!」

カナン「おやー?宅配便かな?」

 

カナンは僕が手を離した隙に玄関へと小走りして…。

急いで振り返る僕は思わず足がもつれてこけてしまってーー。

 

主人公「うわ!でちゃダメ!」

 

ガチャッ。

 

チカ「おっは…」

カナン「おっ、チカ。おはよー。」

主人公「はあ…。」

 

ああ、ダメだこれは…。

僕は思わず頭を抱えてしまう。

 

チカ「ナニコレ。」

主人公「…カナン説明してよ。」

カナン「一夜の間違い?」

主人公「やっぱやめて…。」

チカ「コラァーッ!!」

 

ーー。

 

チカ「なーんで、カナンちゃんがいるの?!」

 

チカちゃんは僕とカナンの間を陣取って、僕の腕を抱いたままカナンを問いただす。

 

カナン「いちゃダメ?」

チカ「当然でしょ!!」

カナン「え〜?」

チカ「会っちゃダメっては言わないけど、100歩譲ってもお家に2人きりは反則行為だよ!!」

チカ「レッドカード!だよ!」

カナン「え〜、私退場〜?」

 

チカちゃんにグイグイと押しのけられるようにカナンは遠ざけられる。

なんか嬉しそうだ…カナン。

 

チカ「だいたい主人公君も主人公君!」

チカ「なんでカナンちゃん部屋に入れちゃうの!?」

主人公「ごめんね、チカちゃん…。」

主人公「でも、言い訳させて。」

主人公「僕が入れちゃったわけじゃないんだ…。」

主人公「カナンはこの部屋のスペアキーを持ってたんだよ。」

チカ「ええー!?私ももらってないのに…。」

主人公「付き合ってた時に渡して、回収してなかったの忘れてたんだ…。」

チカ「ズ〜ル〜い〜!!」

 

地団太踏むように憤るチカちゃん。

…まあ、チカちゃんなら何も悪さはしないだろうし。

 

主人公「じゃあ…はい、これ。」

チカ「やった♡これでいつでも押しかけ放題だね♪」

主人公「ほどほどにしてね。」

カナン「おーい、お二人さん。」

チカ「なあに、カナンちゃん♪」

 

ほくほく、先ほどとは一転して嬉しそうなチカちゃん。

それを見たカナンは思わず笑顔。

 

カナン「今日は何か予定してたの?」

チカ「うん♪今日はデートの予定で〜。」

主人公「…そうだ、チカちゃんアレ持ってきてくれた?」

チカ「うん、もちろん。」

チカ「はい♪」

 

平べったい袋を僕に渡して照れ照れするチカちゃん。

そう、これは僕のシャツ…チカちゃんに貸してあげた分。

 

主人公「はい、ありがと。」

チカ「えへへ、またすぐ借りちゃうかもね…♡」

カナン「…はっはーん?」

カナン「2人はアツアツなんだね~。」

 

茶化すように言うので、僕はあきれ気味に。

 

主人公「カナン。」

 

するとカナンは急に頬を膨らませるようにして仏頂面する。

 

カナン「いいじゃん、嫉妬してんだよ、こっちは。」

カナン「っていうか、主人公君、チカのこと本当に大切に思ってるの?」

主人公「え?」

カナン「その…チカのこと、そういう都合のいい相手みたいにさ…思ってたりとか。」

主人公「ちょっと、言いがかりはよしてよ、カナン。」

チカ「そうだよ、カナンちゃん。」

チカ「心配してくれなくても、私たちはお互いに分かり合えて、…愛し合ってるんだから♡」

チカ「そ・れ・に!主人公君はーーーとーっても!優しいんだから!」

チカ「…あ、でも~時々強引だったり♡」

主人公「あの、チカちゃん…?」

チカ「でもでも、男前なだけじゃなくて、実は甘えん坊さんなところもあったりとか…♡」

主人公「あの…」

カナン「チカ、言わなくていい、知ってるから。」

カナン「もー…、わかるから嫌なんだよね、主人公君のズルいところとか…。」

主人公「あのー…やめて下さい、なんか…本当…。」

 

妙な形で褒められている(?)のか…、とにかくなんだか気恥ずかしくて、僕は真っ赤になって思わず顔を塞いだ。

頼むからこれ以上変なこと言わないで、2人とも…。

 

カナン「…まあいいよ。」

カナン「これからデートってことは、2人はどこか出かけるの?」

チカ「うん♪」

チカ「今日は久しぶりに、水族館デートの約束だったんだ~♡」

チカ「告白の時から数えたら~、3度目くらいかな〜♡」

カナン「ふ〜ん。どこの水族館まで行くの?」

主人公「今日行く予定はーーかな。」

カナン「へー…。」

カナン「どうやって行くつもりだったの?」

主人公「まあ、電車だけど…。」

カナン「よかったら乗ってく?」

主人公「乗ってく??」

カナン「マツウラタクシー♪」

主人公「マツウラタクシー??」

カナン「車乗ってきたの。」

主人公「ああ〜。」

 

すかさずチカちゃんが話に飛びつく

 

チカ「えっ!カナンちゃん免許取ったの!?」

カナン「ふふふ、まあね。」

チカ「へえ~。」

カナン「だから運転練習。」

カナン「ダイビングシーズンのためにも今のうちに慣れとかないと。」

主人公「なるほどね。」

チカ「…っていうかカナンちゃん、内浦からここまできたの?」

カナン「当然。」

チカ「すごいね?!カナンちゃん。」

主人公「…それで僕の寝込みを襲おうなんて。」

主人公「こっちくるだけでいったい何時間かかったの…。」

カナン「さあ?3,4時間くらいじゃない?」

チカ「ええーっ?!すごっ!?」

チカ「主人公君への嫌がらせには労力惜しまないんだね…カナンちゃん。」

カナン「ひどい言い方してくれるなあ〜チカ。」

主人公「そこまでするならせめてアポくらい取ってきてよ。」

カナン「出かける直前の思いつきだったからさ、”あなたが居るなら”くらいにしか思ってなかったよ。あはは。」

カナン「どっちみちドライブするつもりだったし。」

 

カナンは車の鍵を指でクルクルまわして遊ばせながら。

 

カナン「それで、どうする?なんだったら水族館まで送ってあげるけど。」

主人公「どうしよう?チカちゃん。」

チカ「私は~乗ってみたいなあ♪」

主人公「そしたら、頼むよカナン。」

カナン「うふふ、任せといて♪」

カナン「2人とも出掛ける準備はいい?」

チカ「うん♪」

主人公「大丈夫だよ。」

カナン「よーし!じゃあ下まで降りてきてね、車出してくるから。」

 

部屋を出て道路脇に待つチカちゃんと僕。

カナン、どんな車に乗ってるのかな?軽自動車とかコンパクトカーとか…。

 

ガラガラガラガラ!

 

…ん?

 

けたたましいエンジン音とともにやってきたのは、大きなワンボックスカーだった。

思わず僕は唖然としてしまう。

 

主人公「カナン…それで来たの?」

カナン「そうだよー。」

主人公「…でかくない?」

カナン「まあね、ダイビングツアーでお客さんや器材を運ぶための車だし。」

 

車の横っ腹にはダイビングショップの名前が書いてあった。

 

主人公「なるほど…。」

カナン「さ、乗った乗った♪」

チカ「わーい♪」

 

2人揃って後部座席に乗ると、なぜか不満げな表情をするカナン。

 

カナン「あれ?助手不在?」

主人公「ん?僕行こっか?」

 

立ち上がろうとするとチカちゃんに引っ張られた。

こっちもこっちでちょっとムッとしてる…。

 

チカ「私たちカップルなんだから2人で後ろでもいいでしょ?カナンちゃん。」

カナン「むっ、まあいいけど…。」

カナン「でもこれじゃタクシーじゃん。」

チカ「カナンちゃん、さっき自分で”マツウラタクシー♪”って言ってたよね?」

カナン「ぐぬぬ…。」

カナン「一人で運転してるみたい…。」

カナン「さ~び~し~い〜!!」

 

わざとらしく駄々をこね始めるカナン。

なんとなく放っておけない気がして…。

 

主人公「やっぱ僕…。」

チカ「もお〜!そそのかされないでよ!主人公君!!」

チカ「じゃあいいよ!カナンちゃん!私が隣にいてあげるから!!」

 

チカちゃんは渋々、助手席に移動して。

カナンはニコニコ。

 

カナン「ありがと、チカ♪」

カナン「それじゃあ、シートベルトは締めたかな?」

チカ「うん♪」

主人公「安全運転でよろしく。」

カナン「よーし、じゃあしゅっぱーつ♪」

 

ガラガラガラガラ!

 

大きなエンジン音を鳴らして車は走り出す。

彼氏彼女と元カノを乗せた、歪な関係の”トライアングルデート”の始まり…。

 

 

つづく…。

 






”ちかなんと”なんて銘打って改訂版本編とかいろいろ書きましたけど…、全然”ちかなん”しないよね、”ちかと”と”かなんと”の間違いだよねって事で。
本当の意味で”ちかなんと”の短編更新です、たぶん(適当
今回の話ちかなんしてる…?してないかも?ちかなんってなんだっけ…(混乱
まあ、主人公君絡めての恋愛模様ってやつなんで、純粋に”ちかなん”ではないですね(笑

そういうわけで、早速また帰ってきました。

まったく違う話を新たに書いて投稿するのもいいかな…なんて思いましたけど。
いろいろ舞台設定云々とか考えるのが面倒なので(ry
ひとまず”ちかなんとーーー。”の話の設定で小話を、これからも不定期で書いていきます、たぶん。
…もっぱら、どの程度書くか、続けるかは本当にわからないです。
やる気があるうち、その気のうちは続けるかと思いますが、めんどくさくなったら話の途中とかでもパッタリやめるかもしれません(無責任

そんなわけで、今回のこの更新についてもとりあえず二本立て三本立てとかの話になる予定なので、少なからずそれだけは出します。


ちなみに小ネタとして、カナンちゃんが乗ってる車はハイ〇ースのつもりです。
よくSSで見るようなヤンチャなV〇XYみたいなのでもよかったんですけど(
筆者のイメージとしては、ダイビングショップの車をそのまま乗ってきそうに思ったので、そんな感じです。

ということで、ひとまず今回はこれまで、です。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep1-2 激闘?!トライアングル!

 

前席に座っていた2人は移動中とても楽しそうに会話をしていた。

僕はというと、微笑ましいその様子を眺めつつ、朝から変に起こされて疲れてしまったのか、うたた寝をしながら走る車に揺られていた。

 

ーー気がつくと車は駐車場に停まって。

 

ふあぁ…。

口元を手で抑えながら大きなあくびをしていると、前の2人がニヤニヤしてくる。

 

主人公「?」

主人公「ごめんね、僕ずっと眠っちゃってて。」

カナン「うふふ、ゆっくり眠れた?」

主人公「うん、快適だったよ。」

主人公「上手いんだね、運転。」

カナン「まあ、それほどでもないよ♪」

 

頬を染めて照れながらも、腕を組んで自慢気なカナン。

 

チカ「いいな~私も主人公君に褒められたい…。」

カナン「ふふふ♪じゃあ帰りはチカが運転しなよ♪」

チカ「車もなければ免許ももってないよ?私。」

主人公「チカちゃんが運転かあ~…。」

 

頭に少し思い浮かべてみるが…。

 

主人公「…う~ん。」

チカ「なにそれ!ひどい~!!」

主人公「まあ、まだ免許も持ってないんだからわかんないよね、僕もだし。」

主人公「とにかく、着いたんだったら行こうか。水族館。」

チカ「…そうだね。うん!」

主人公「ありがとう、カナン。」

チカ「カナンちゃんありがとー♪」

カナン「いえいえ。」

 

僕らは車を降りて。

 

チカ「じゃあわたし達、行ってきまーす♡」

カナン「いってらっしゃい。」

 

手を振るカナンに見送られて、水族館の方へと向かう。

歩いていると、チカちゃんが僕の手元に手を出してからこちらを見る。

手、繋ぎたいんだな…。

チカちゃんの手に重ねるように僕の手を前に出すと、チカちゃんはその腕を抱くようにして、くっつく。

可愛い…。

 

お昼の時間も近かったので、早めのお昼ご飯を済ませてから。

エントランスルームへとついた僕らは、チケットを買って順路を歩んで行く。

暗がりの空間が広がる水族館はムードがあって、とても居心地が良いーー。

 

…のだが。

なんだろう、またまた違和感。

すごく視線を感じる…。

間違いないーーカナン。

どうやら僕らのことをつけてきているようだ。

 

どうしよう…。

あえてスルーするというのも手か…。

 

チカ「うわ~。変わったお魚。」

 

あー…。

 

主人公「えっと、それは確か…。」

カナン「ーーー、だね。」

 

カナンは魚の解説をぺらぺらとしゃべり始める、…まるで音声ガイドのように。

 

チカ「へ~。詳しいね~!」

チカ「ってぇ!?カナンちゃん…?」

カナン「やっほ♪」

チカ「やっほ♪じゃないよ!」

チカ「私たち2人でデートしてるんだよ…?」

カナン「私は水族館を久しぶりに回りたかっただけ♪」

チカ「も~!カナンちゃん~!!」

カナン「というわけで、せっかくだからさ、私も混ぜて♪」

チカ「うぅ…他でもない”今日”という日に限ってこんな仕打ちをしてくるなんて…。」

カナン「仕打ち…ね。」

カナン「…まあ、こんなことするのも”今日”という日だから、なんだけど…。」

チカ「何か言った?」

カナン「ううん。何も。」

 

…複雑な気分だ。

 

主人公「…まあ、なんていうか仕方ない…んじゃない?」

主人公「ここまで車で送ってもらったりもしたわけなんだし。」

チカ「うーん…。」

主人公「この間チカちゃん”カナンちゃんとも一緒に遊びたいね。”って言ってたでしょ?」

チカ「そうだけど…。」

主人公「だったら、3人で仲良くしようよ。」

チカ「…そっかあ、仕方ないなあ。」

チカ「じゃあ一緒に回ろっか、カナンちゃん。」

カナン「ありがと、チカ♪」

 

カナンはチカちゃんをハグしてからあやすように撫でる。

するとチカちゃんご満悦…。

 

チカ「よ~し!じゃあ気を取り直して~♪」

 

カナンを離れたチカちゃんが僕の右腕にキュッと抱き着くと…。

左腕にもギュッ…カナンがーー。

 

主人公「わっ!?」

チカ「…ちょっと、カナンちゃん?」

カナン「ん?」

チカ「何それ、おかしくな~い?」

カナン「おかしい?何がかなん?」

チカ「とぼけても無駄だよ!なーんで主人公君の腕を抱いてるの!」

主人公「チカちゃん…お静かに…。」

カナン「え?ダメ?」

チカ「ダメだよ!イエローカード!!二枚!!」

カナン「それレッドカードじゃん。」

チカ「そんなことどうでもいいの!」

カナン「…どうでもいいんだ。」

主人公「ちょっと、2人とも…。」

チカ「とにかく離してよ!主人公君は、私のものなんだから~!!」

カナン「うふふ♪嫌だっていったら?」

主人公「カナンってば…。」

チカ「カーナーンーちゃーん!!」

カナン「ーーー♪」

チカ「ーーー!!!」

 

ーー嗚呼、雰囲気のいい…薄暗い水族館。

そんな中で…なんだろう、うん。

とにかくすごく恥ずかしくって、周囲の視線が痛かった…。

僕は板挟みになってなすすべなく、ただただ放心状態で虚空を眺めていた。

 

ーー。

 

カナン「ごめん、つい…意地悪が過ぎちゃった。」

チカ「私も熱くなっちゃって…、ごめんなさい。」

主人公「気にしないで、反省してるならそれでいいよ。」

 

あの後、さすがに騒ぎすぎた僕らのもとに水族館のスタッフさんがやってきて。

注意を受けた僕らは頭を冷やすためにいったん館外へと出ることにした。

 

3人、水族館外の公園を歩きながら。

 

主人公「そうだ、あっちに売店あったし。」

主人公「そこで一息つこうよ。」

 

ーー。

 

チカ「わあ〜色々あるよ、あっソフトクリーム!!」

主人公「いいね、買ってこようか。」

チカ「ううん、主人公君は待ってて♪」

カナン「はーい。」

チカ「カナンちゃんは私と行くの。」

チカ「さりげなく主人公君と2人きりになろうとしないでよ?」

カナン「あはは、バレちゃった。」

 

2人はソフトクリームを買いに行き、僕は席を確保して待っていた。

しばらくすると、チカちゃんが満面の笑みでソフトクリームを両手に戻ってきて。

 

チカ「はい、どーぞ。主人公君♪」

主人公「ありがとう。」

 

ソフトクリームを渡してくれたチカちゃんは、何かを期待しているかのようにモジモジ。

頭を少しこちらに傾けるようにしているので、これは…と思って。

その頭を撫でてあげるとすごく喜んだ。

 

チカ「えへへ♪」

カナン「ふふ♪チカは可愛いね。」

チカ「だって~私も褒められたかったんだもん♪」

主人公「褒めるっていうか…なんだろ、これ。」

 

チカちゃんの頭を撫でながらーー、ソフトクリームを食べる。

すごく甘いーー。

 

ーー。

 

カナン「あ、主人公君ストップ。」

主人公「ん?」

 

ソフトクリームを食べているところを止められて、何事かと思ったら。

 

カナン「動かないでね、ふふっ♪」

 

ハンカチをもったカナンの指が僕の鼻先に触れる、付いてたか…。

 

チカ「あ゛あ゛ー!!!」

 

すごい声をあげてチカちゃんが驚愕。

 

カナン「主人公君って意外とこういうとこあるよね。」

チカ「油断も隙もあったもんじゃない…!!」

主人公「あはは…、ありがとう。」

 

憤るチカちゃんを横目にみると、こっちにもーー。

 

カナン「もー、チカもほっぺについてるよ?」

チカ「…え?本当?とってとって?」

 

頬を差し出すチカちゃん、その頬をカナンはハンカチで拭いてあげる。

カナン、すごく優しい顔してるーー。

 

主人公「2人はさ、なんだかまるで姉妹みたいに仲が良いよね。」

カナン「ふふふ♪まあね、伊達に幼馴染してないって事かな。」

チカ「…今日はカナンちゃんに意地悪されるばっかりだから、私は怒ってばかりいるけどね。」

 

ぷりぷり怒るように不満を呈するチカちゃんを、カナンはハグして宥める。

 

カナン「ごめんね〜、チカ。」

カナン「仲睦まじい2人をみていると、やっぱり嫉妬しちゃうからさ。」

カナン「ついつい意地悪したくなっちゃうわけ♪」

チカ「むー…。」

カナン「…それにやっぱり、主人公君のこと…全く諦めたってつもりにはなれないからさ…。」

 

チカちゃんを抱きしめたままのカナン、少し寂しそうな顔している。

 

カナン「…あんまり、物事にはこだわらないタイプだって、思ってたのにね~私。」

カナン「あははは。」

チカ「カナンちゃん。」

チカ「それでいいよ。」

チカ「主人公君のこと、好きなままで。」

カナン「チカ…。」

チカ「でもね?」

チカ「私はカナンちゃんに、主人公君を譲ろうなんて気は、全くないからね♪」

チカ「主人公君を好きって気持ちは、カナンちゃんにも絶対に!ぜーったいに負けないんだから♡」

チカ「えへへ♡」

 

そういってチカちゃんは僕のほうを見ながらVサインする。

あ〜…、ーー僕はとてつもなく幸せ者なんだな、…なんて。

 

カナン「ふふふ♪言ってくれるな~。」

主人公「…なんだか僕の立ち位置って、すっごい複雑なんだけど…。」

主人公「2人が”相変わらず”で、いられるようなら良かったよ。」

カナン「まあ、そうそう嫌ったりしないっていうか。」

カナン「私もチカのことは大好きだからね〜!うりうり!」

 

まるで犬をあやすようにカナンはチカちゃんを撫でまわす。

 

チカ「も~、くすぐったいってば〜♪ふふふ♪」

チカ「私もカナンちゃんだーいすき♡」

主人公「ふふふ♪」

 

微笑ましい2人、いいなあ仲良し。

 

チカ「でも、こんな関係になるだなんて。」

チカ「高校の時までそもそも恋愛なんて、私たちには縁遠いものだってしか思ってなかったよね~。」

カナン「うんうん。」

カナン「それこそバレンタインなんて、私たちでチョコをお互いに買ったりとかね。」

チカ「そうそう!」

チカ「あ~そうだよね、もうちょっとしたらバレンタインだよね。」

チカ「久しぶりに食べたいな~、ピーナッツ入りのハート型チョコ♪」

カナン「私もマシュマロのアレが食べたいな~。」

チカ「今年のバレンタインは~…、そうそう、忘れちゃいけない♪」

チカ「主人公君…期待しててね!ふふふ♡」

主人公「僕も逆バレンタインチョコでも用意しておこうかな。」

チカ「そうしたら、ホワイトデーになったら逆ホワイトデーも用意しなきゃだね~。」

カナン「ふふふ♪いいね、お二人さん。」

カナン「あーあ、こうやって話してたらやっぱり羨ましく思えちゃうな~。」

チカ「だったら、カナンちゃんもおいでよ。」

チカ「3人で~バレンタインパーティーしようよ♪」

主人公「それなら、バレンタインチョコはチョコレートケーキとかが良さそうだね。」

チカ「それいいね!」

カナン「あはは、でもさすがにしょっちゅうこっちに来るのは難しいかな~。」

カナン「…まあ、考えておくよ。」

チカ「うん♪」

 

ソフトクリームはとっくに食べ終えて、おしゃべりを楽しんでいた僕たち。

 

主人公「…さあて2人とも、そろそろ水族館に戻らない?」

カナン「ん、そうだね。」

チカ「うん♪」

 

席を立って再び水族館へと向かって歩き出す。

チカちゃんが僕の傍に寄ってきて、僕と手をつないでから。

 

チカ「カナンちゃんも、こっち来て♪」

 

チカちゃんはもう片方の手でカナンとも手をつないで、満面の笑み。

3人横並び、僕らは歪な関係だけど、お互いに皆仲良しで居たいから。

寄り添いあって、微笑みあってーー。

 

 

つづく。

 





今回のサブタイトル、少しドラマCD的なノリで付けました。

今回の内容はわちゃわちゃ~ですね(適当
意図せず書いているとカナンちゃん主体気味、チカちゃんがぷんぷんしてばっかりな内容になってしまう気がします。
チカちゃんのノリで会話文を組み立てることがやっぱり難しい、本当に何言わせていいのかわかんない気がしますね(
なのでわりとツッコミキャラっぽい立ち位置になってます。
もうちょっとチカちゃんに傾倒した話運びを書けるよう頑張ります…。

ちなみに最後のほうにでてくるバレンタインの下りはG'sにでてきたやつです。

不定期更新です~どのくらい続けるかわかんないです~とか、なんとかいいながら早速更新しちゃいました。
本編の文章に比べると半分程度のボリュームで仕上げているので、書いているとやっぱ早いですね~。

というわけで、この話(ep1)もあと一話でラストにしようかと思っているので。
また後程…ご期待ください。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep1-3 Present for you from ...

 

仄暗い屋内から外へと出る。

自動ドアが開くとびゅうと吹き込む外の風が、服から露出している肌をくすぐる。

時間は日暮れ時、夕日が差し込んできて眩しい…。

適当な時間になったので、僕らは水族館を後にして、これから帰宅を始めるというところ。

 

チカ「綺麗だったね~水族館♪」

カナン「魚の展示もよかったけど、たくさんいたペンギンなんかも可愛くってよかったね。」

チカ「うんうん♪」

チカ「また来たいね♪」

主人公「ふふふ、またこよっか。」

 

三人でーーー。

 

チカ「手、つなごうよ♪」

 

僕たちは横並びに歩きながら手をつなぐ。

端に僕、真ん中にチカちゃん、その向こうにカナン。

 

カナン「なんだかこうして歩くと…、私たち親子みたいだねえ。」

チカ「親子?」

カナン「私と主人公君が親で、チカがその娘って感じ?」

チカ「あ~なるほど~。」

チカ「…ってえ!?なんで私が娘なの…?」

チカ「油断してたらサラッと言ってくるよね、カナンちゃん。」

カナン「うふふ♪」

 

帰りもカナンが車で送ってくれるというので、僕らはそれに甘えることにした。

途中寄り道して夕飯を済ませてから、夜道を駆ける車の外を、僕はぼんやりと眺めていた。

灯りの絶えることのない都会の道、通り過ぎてゆく光を次々と目で追っかけていると。

大きなランドマークだろう建造物が見えて。

 

主人公「あ…、アレすごい綺麗だね。」

 

今度は一緒の後部座席でくっつくように座っているチカちゃんに声をかける。

 

主人公「見て、チカちゃ…ん…?」

 

反応が無いので隣を見ると、チカちゃんはすやすやと寝息をたてながら眠っていた。

 

主人公「…寝ちゃってるね。」

カナン「うふふ♪可愛いもんだね。」

主人公「まあ、今日はたくさん歩いたし、遊んだしね。」

カナン「まるで、本当に愛娘を見ているかのようなこと言うね。」

主人公「ふふ、チカちゃんが静かにしてると、そんな風に余計に見えちゃうのかも。」

主人公「…カナンも、結構疲れたんじゃない?」

主人公「行きも帰りもずっと運転しっぱなしだったし…。」

カナン「私は…まあ、大丈夫かな~。」

主人公「僕らが運転変われればよかったんだけど…ごめんね、なんだか無責任な心配しちゃったね。」

カナン「気にしなくていいよ。」

カナン「ほら、私、タフなのが売りみたいなところあるし♪」

主人公「ふふっ♪ありがとう、無理はしないでね。」

 

カナンと話しをしていると、ふと片腕に感触が…。

あれ?いつのまにかチカちゃんに腕を抱かれている。

チカちゃんひょっとして…、狸寝入りだったりして…。

心なしか、満足気な表情で目を瞑っている彼女を横目に見ていると、愛おしく思えてつい、前髪をかき分けてから額にキスをした。

…何も気にしなかったけど、カナンに見られたかな…。

すこし恐る恐るカナンの顔色を伺うも、バックミラー映る彼女は真剣に前を見て運転に集中している様子で、ほっと胸を撫でおろす。

…別に見られたからどうということではないのだけれどね。

 

ーー。

 

それからしばらく車が走って。

先にたどり着いたのはチカちゃんの住んでいるマンションの前。

ずっと眠っていた彼女の肩を優しく叩くようにして声をかける。

 

主人公「起きて、チカちゃん、着いたよ。」

チカ「…ん?あー…、もう着いたの?」

主人公「うん、今チカちゃん家のすぐ傍だよ。」

チカ「そっかぁ…、ふあぁ~…。」

 

大きな欠伸をしながら彼女は数回瞬きをして、パチッと目を見開く。

 

チカ「うん!おはよう!」

 

元気に目を覚ますチカちゃんを見てから、僕とカナンは顔を合わせて微笑みあう。

 

カナン「おはよう、チカ。」

主人公「おはよう、チカちゃん。」

チカ「えへへ♪」

 

手荷物を握って、忘れ物がないかを確認したチカちゃんはドアを開けて外へ降りる。

 

チカ「最後までありがとね、カナンちゃん♪」

カナン「うむ♪またね、チカ♪」

チカ「バイバーイ♪」

 

可愛らしく手をふるチカちゃんに見送られるように、車は再び駆け出す。

ガラガラガラ!!

 

主人公「あ…、僕も一緒に降りればよかったね。」

カナン「ん?今日はチカの部屋にお泊りするつもりだった?」

主人公「そういうわけじゃないけどさ…。」

主人公「その辺に降ろしてくれて構わないよ、家近くだし。」

カナン「いいよ、近くなんだから、家まで送ってあげる。」

主人公「…ありがとう、カナン。」

 

ーー。

 

数分して僕のマンションの前へと辿り着き、道路わきに車を停車させてハザードランプをたく。

 

カナン「さ、とーちゃく。」

主人公「お疲れ様。」

主人公「今日は本当にありがとうね。」

カナン「うむ。」

主人公「あっ…そうだ。」

主人公「ちょっとだけ待っててよ。」

カナン「ん?」

カナン「車、横付けしてるだけだからできれば早くしてね。」

主人公「うん。」

 

そういって僕はマンションのエントランスホールのほうへ駆け足で行き、自販機でホットコーヒーを買って持っていく。

車のほうへ駆け寄っていると、きょとんとしているカナンの表情は…なんとなく何かを期待しているかのように見えた。

 

主人公「はい、これ。」

 

買ってきた缶コーヒーをカナンへと手渡す。

 

カナン「あはっ、わざわざありがとう。」

 

…?

一瞬、カナンの表情がーー。

…でも、嬉しそうな笑顔してる、よかった。

 

主人公「今日ずっと運転してもらって、運転代っていうにしては安すぎるだろうけどさ。」

カナン「やめてよ、私のわがままで2人のデートの邪魔しちゃったんだし。」

主人公「邪魔だなんて、そんな。」

主人公「今日すごい楽しかった、チカちゃんもずっと笑顔だったし。」

主人公「君さえよければ、また三人で一緒に遊びに行きたいくらい。」

カナン「もー…やめてってば。」

カナン「ほら、あんまりここで長居してると邪魔になっちゃうからさ。」

主人公「あはは、ごめん。」

主人公「ありがとう、またおいでよ。」

カナン「うん♪あ、逆でもいいよ?」

主人公「逆?」

カナン「そ、家にダイビングしにきなよ、2人で♪」

主人公「あはは、それ楽しそうだね。」

主人公「またチカちゃんに話してみるよ。」

カナン「うん♪」

主人公「じゃ、気を付けて帰ってね。」

カナン「はーい。じゃあね、バイバイ♪」

 

手を振りながらカナンは周囲を確認してゆっくりと車を動かす。

ガラガラガラガラ!

走り去っていく車は、ブレーキランプを点滅させながらーー曲がり角を曲がってゆく。

 

それを見届けた僕はマンションに入って自分の部屋へと向かう。

カードキーをかざしてから玄関を開けて、一息。

扉が閉まってオートロックの鍵が効いたことを確認してからドアチェーンをかける。

 

今日は…結構ハチャメチャだったけど、楽しかったな。

そんな風に思いながら、僕はなんとなく自室を見回していると…部屋の片隅に、知らない紙袋が。

あれ?

なんだろう、誰かの忘れ物かな…。

得体のしれないそれが何なのかを確かめるため、手に取って口を開けて中を覗いて。

出してみるーー、これは…プレゼント?

綺麗に包装された箱型の物と、メッセージカードが…。

”Happy Birthday 主人公君。”

”それと、ちょっと早いけどHappy Valentine's Day.”

”Fromーー”

 

そこに書かれている名前は…。

カナン…覚えていてくれてたんだね、嬉しい。

そう、今日は僕の誕生日だったんだ。

今日の予定をチカちゃんが持ちかけてきたときに言ってくれて、僕はそこで初めてそうだったと思い出した。

あんまり誕生日パーティーみたいなことをされるのは得意じゃないんだってチカちゃんに言ったら、僕のしたいことをしようって言ってくれて。

それで今日の水族館だったんだけれど、カナン…このためにわざわざ。

ーーそうだ、僕の誕生日が今日だってことは…。

 

ーー。

 

カナン「主人公君の誕生日っていつなの?」

 

主人公「ん?」

主人公「2月ーー。」

カナン「あれ?私のーー日前じゃん。」

カナン「えー?君のほうがお兄さんなの?」

主人公「何その不満そうな言い方。」

カナン「だって君はどっちかっていうと年下に見えるし。」

主人公「だいたい、その数日程度で年上も年下もないでしょ?」

カナン「ま、そうだよね。」

カナン「でも、生まれ年が同じで日にちも近いなんて、そうそうないよね。」

主人公「たしかに…。」

カナン「なんかうれしいかも…。」

主人公「ふふ。」

主人公「絶対忘れられないね、君の誕生日は。」

主人公「最も…僕が自分の誕生日を覚えていればの話なんだけど…。」

カナン「大丈夫だよ、私のほうが生まれは後なんだから。」

カナン「絶対忘れずあなたの誕生日、祝ってあげるから♪」

主人公「ふふふ、それは嬉しいな。」

主人公「ーーー。」

カナン「ーーー。」

 

ーー。

 

カナンの誕生日は…数日後。

何か、プレゼントしてあげたいな…でも。

ーーたぶん、無断でやったらチカちゃんに怒られる…。

おそらくこの件もチカちゃんに言ったらムッとするだろうな…、なんて思いながら。

何も言わないわけにもいかないから、とりあえず相談しようか…そう思ってスマートフォンを手に取る。

 

主人公[今日はありがとう]

主人公[すごく楽しかった]

 

返事を待つつもりでもなかったのだが、なんとなく画面を眺めているとすぐさま既読がついて。

 

チカ[わたしも!]

 

レスポンスが早い。

 

主人公[それで]

主人公[今部屋に帰ったんだけどさ]

主人公[紙袋が置いてあって]

主人公[中見たらカナンからのプレゼントが入ってたんだ]

チカ[カナンちゃんから?]

主人公[うん]

チカ[さすがだね…]

主人公[それで]

主人公[お返しじゃないけど]

主人公[ーー日後のカナンの誕生日に]

主人公[何かプレゼントしたいって思うんだけど]

主人公[チカちゃんはなにか考えてた?]

チカ[わたしは]

 

…ちょっと考えてるのかな、言葉の途中でメッセージが止まった。

僕は返事を待っているうちに飲み物を用意しようと思ってマグカップを持ってくる。

インスタントコーヒーを淹れていると、通知がーー。

 

チカ[ちょっと待ってて。]

チカ[もうすぐで着くから♡]

 

そっか…。

 

スマートフォンをスリープして机に置くと同時に外の廊下でパタパタと駆け足の足音が鳴り響く。

 

ーーん?

 

ピンポーン♪

 

玄関のチャイムが鳴ると同時にガチャリと鍵が開錠する音がして。

扉がーー。

 

チカ「こんばんはー!」

 

ガチャンッ!!

 

盛大にチェーンが突っ張る音が響く。

 

主人公「うわっ!?びっくりした。」

チカ「…あれ?」

主人公「今開けるから、待ってて。」

 

チェーンを開けるとそこには満面笑顔のチカちゃん…。

いつもの笑顔のはずの彼女に、僕はなぜか…少しだけ恐怖心を覚えたような気がした。

 

主人公「どうしたの、…急に。」

チカ「えへへ♡言い忘れたと思って。」

チカ「お誕生日おめでとう!主人公君♪」

主人公「…ありがとう、チカちゃん。」

チカ「思いがけずカナンちゃんに邪魔されちゃったからね…。」

主人公「あはは…、それで出直してきたんだね。」

チカ「うん♪」

チカ「だって二人きりじゃないとっ!」

 

チカちゃんは玄関から上がってくるなり僕にタックルしてきて。

 

主人公「…おっと。」

チカ「甘えられないもん♡」

主人公「ふふふ。」

 

そういって僕に頬ずりしてくるチカちゃんは、いつもより少し強引な感じで…。

急に背伸びで顔を近寄せてきてから唐突に唇を合わせる、…やっぱりなんだかすごく押しが強い…。

 

主人公「…っ、なんだか、今日は強引だね。」

チカ「ふふ♡だって私の物なんだって強くわからせないと♪」

チカ「…カナンちゃん、抜け目ないんだもん♪」

主人公「へへ…、ちょっと今日のチカちゃん怖いかも…。」

チカ「今日も借りていい?シャツ♡」

 

迫ってくるチカちゃんの勢いに蹴倒されるように、僕はベッドのほうへと追いやられて、もたれかかる。

あー…これは逃げられないーー。

 

チカ「改めて主人公君、誕生日おめでとう♡」

チカ「主人公君への誕生日プレゼントは…。」

チカ「わ・た・し♡」

 

…後で聞いたけどチカちゃん、カナンが僕に近寄ってくるとなんだか燃えちゃうらしい…。

幼馴染として、一緒に遊べるのは楽しいらしいんだけど。

恋敵として、対抗心が沸くんだとか…。

あ~…。

なんてーーー誕生日プレゼントーー。

 

 

ーーー。

 

 

ピンポーン♪

 

「?」

「こんな遅くに、一体。」

「ひょっとして…”また”ですか…。」

 

スコープを覗くと、そこには予想通りの人が口をへの字に曲げて立っている。

はあ…。

仕方がないですわねえ…そう思ってドアの鍵を開けて、客人を招き入れる。

 

カナン「やっほ、ダイヤ。」

ダイヤ「なんですか、こんな遅くにまた…。」

カナン「ちょっとドライブして遊びにきたの。」

ダイヤ「そうですか、…内浦から運転してきましたの?」

カナン「もちろんだよ~。」

ダイヤ「なんというか…貴女は相変わらずって感じですわね。」

カナン「へへへ。」

カナン「いれてもらっていい?」

ダイヤ「何時だと思ってますの?」

カナン「いいじゃ~ん。」

ダイヤ「…仕方ないですわねえ。」

カナン「お邪魔しまーす♪」

 

おもてなしの煎茶を出して座る。

 

カナン「ありがと♪」

ダイヤ「これ飲んだら帰ってくださいね。」

カナン「何い~?つれないなあ~。」

ダイヤ「だいたいこんな時間にやってきて…、カナンさんは明日の予定とかないんですの?」

カナン「あるけどさ…、いいじゃん。」

ダイヤ「はあ…。私だって明日は普通に講義があるんですから。」

 

お茶を一口、そして。

 

ダイヤ「先月のことと言い…。」

ダイヤ「カナンさん、私のところに来るためだけに、はるばる内浦から車で駆けてきたわけではないでしょう。」

ダイヤ「…また、何かありましたの?」

カナン「…。」

 

カナンさんは渋りながらゆっくりとしゃべり始める。

 

カナン「…元彼のところにいってきたの。」

ダイヤ「まあ。」

ダイヤ「懲りてないのですね、貴女。」

カナン「別に、…私の勝手だし。」

カナン「そしたら今日デートだっていうから…。」

ダイヤ「チカさんとですか?」

カナン「うん。」

カナン「だから一緒に遊びについていったの。」

ダイヤ「…貴女がですか?」

カナン「うん。」

 

まあ…。

 

ダイヤ「…どうでした?」

カナン「別に?楽しかったよ。」

 

そんな顔してませんわね…。

 

ダイヤ「そうですか、それはよかったじゃないですか。」

カナン「そうなんだけど…。」

カナン「…も~、ダイヤ~!」

 

唐突にハグしてくるカナンさん、まったくこの人は…。

 

ダイヤ「あーもう、およしなさい!」

カナン「…けち。」

 

ぶーたれているカナンさん、どうしてこういぢらしいんでしょう。

普段の貴女らしくもない…。

 

ダイヤ「全く貴女は…。」

ダイヤ「寂しいんですか?」

カナン「…。」

 

図星。といったところですね。

 

ダイヤ「…仕方ないですわねえ。」

ダイヤ「ほら、…こっちへおいでなさい。」

カナン「ダイヤー!!」

 

私の胸元へ飛びこむようにハグ。

これじゃルビィと変わりませんわ…。

 

ダイヤ「貴女、チカさんと元彼の仲を応援したいって言ってましたよね?」

カナン「うん。」

ダイヤ「しかも先月は…、その元彼にきっぱりと振られたんでしょう?」

カナン「そうだけど…。」

カナン「でも、やっぱり彼に会うとさ…。」

カナン「いいな、って思っちゃうっていうか…。」

カナン「ちょっと素っ気ないけど、優しくしてくれるし…。」

ダイヤ「…そんなにその元彼に固執するのですか。」

カナン「だって…。」

ダイヤ「あなたの仕事からすれば、男性と関わることも少なくはないでしょう?」

カナン「まあ…。」

ダイヤ「だったら元彼のことは忘れて、いっそのこと新しい恋をしてみてはどうなんです?」

ダイヤ「貴女の見た目なら…、声をかけてくる男性も少なからずいるんでしょう?」

カナン「いるけどさ…。」

カナン「やっぱり彼は…そういうチャラチャラした男と違うっていうか…。」

カナン「すごい頭いいのに、何考えてるかわからない天然なところとか…。」

カナン「大人しい見た目のくせして、結構男前だったり…。」

カナン「子供みたいに可愛いところもあるし…。」

ダイヤ「こほん…、惚気ないでください。」

カナン「とにかくやっぱり彼がいいのー!!」

ダイヤ「はあ…、そんなに女々しい方だとは思っていませんでしたわ。」

カナン「ダイヤはそういう経験がないから…っていうか。」

カナン「ダイヤには彼氏とかいないの?!」

ダイヤ「ちょっと、近いですって。」

ダイヤ「私は…。」

ダイヤ「別にそういったものは…。」

カナン「だよね~、ダイヤは箱入り娘だもんね~。」

ダイヤ「学業に専念しているだけですっ!」

ダイヤ「だいたい私は実家をでて一人暮らしの身です、箱に入っているわけではありませんわあ!」

ダイヤ「はあ…もう。」

ダイヤ「そろそろ放してもらっていいですか?」

カナン「はあぁ…。」

 

まったくどうしようもない方ですわね…。

 

ダイヤ「…もう十分に話したでしょう。」

ダイヤ「そろそろ…といいますか。」

ダイヤ「もとより遅い時間なのですから、帰り支度をなさい。」

カナン「う~ん…。」

ダイヤ「そ・れ・に、話せば話すだけ、あなた自身が辛くなるだけだと思いますよ。」

ダイヤ「…だいたい、相談でしたら私のほかでも…マリさんだっているでしょう?」

カナン「マリに話たら…何が起こるか、想像できる?」

ダイヤ「まあ、一番に茶化されるでしょうね?」

カナン「わかってるじゃん。」

ダイヤ「でもきっと、マリさんは貴女のこと馬鹿にしたりはしないはずですよ。」

カナン「わかってるよそんなこと…。」

カナン「いろいろわかってるから余計に相談し辛いの!!」

ダイヤ「はー…めんどくさい方ですわね~…全く。」

ダイヤ「わかりました。わかりましたけど、…また後日に改めてください。」

ダイヤ「わざわざここに来なくても、電話だって通じるのですから。」

カナン「わかった…。」

 

しゅんと落ち込みながら、とぼとぼ歩いて玄関へと向かう。

そんなカナンさんの背中を眺めていると私はーー。

 

ダイヤ「もう…貴女らしくもない、シャンとしなさい!」

カナン「うえっ!…ダイヤ?」

ダイヤ「…すぐにはないかもしれませんが。」

ダイヤ「また素敵な出会いがあるかもしれないでしょう?」

ダイヤ「だからせめて、くよくよしてないで貴女らしくいなさい!」

ダイヤ「そうやっていれば貴女は、魅力的で…素敵な女性なんですから。」

カナン「ダイヤ…。」

カナン「ありがとう!大好きっ!!」

ダイヤ「も~!貴女はそうやってすぐ!!およしなさいってばーー!!」

 

またハグをしてくる…。

ああーー。

やっぱりカナンさんは…こうでなくては。

 

ーー。

 

ダイヤに見送られて私はマンションを出てゆき、駐車場のほうへと向かう。

星も見えない真っ暗な空、静かな夜。

そこにゆらりと立ち昇る白い吐息を眺めながら、ポケットの中身を取り出す。

缶コーヒー。

片手に握るそれは少しだけ冷めているんだけど、頬に当ててみると、ほんのり…人肌に温い。

そのまま開栓しようと思ったけど…やめた。

いっそのこと、捨ててしまおうか…無理。

結局、どっちつかずだーー。

やっぱり私はまだ、それを決断することはできない。

その曖昧さに甘えるように、飲むつもりもないのに車のカップホルダーにいれて。

キーを挿して、ーーイグニッション。

けたたましいエンジン音を唸らせる車を操って、私はこれから長い時間をかけ”帰路”へとつく。

 

…その先には、意外な人が待っているのかもしれない、そんな期待を膨らませながらーー。

 

ep1 END

 





かなダイですね、これじゃ。(蹴

東京だったら…ダイヤさんいるじゃん…と、ふとした思い付きでダイヤさん登場。
ちょぴっと役なので、これっきりかもしれませんけど。

ちかなんを書こう…って奮起したわけですが。
なんとも、このテーマ故に難しさがあるのか…自分の妄想力不足か。
ちかなんできてない感です、不完全燃焼ですね。(
ダイヤさんの会話文とかは”ですわ”口調を馴染ませるのに、すこし気を遣うことこそあったのですが。
カナンちゃん同様わりと書きやすいような気がして…。
チカちゃんはどうあがいてもやっぱり難しいですね…。(

さて、予告していた必ず書きますシリーズはこれにて一応完結です。
この次の話とか~っていうのは、本当に未定な感じで投稿するかどうかというレベルなので。
あんまり期待しないで下さい(?)

専らモチベーション次第か…。
今回の更新までにもいろいろバタバタすることもあって、つもりの予定よりも書くのが遅れてしまったりして。
やっぱり書けないスパンが空くと、なかなか話の構造とかそういうのも曖昧になって…頭の中がこんがらがっちゃいますね~。
ちょっと話のつながりとか、落ちの具合は専ら自信がない感じです…。

さて、またまた後書きがやたらと長くなってきているので…そろそろ。
この後書きも、話の最後にブログみたいに書いてるくらいなら、活動報告とかに書いたほうがいいのかな?なんて思いつつ…。
その辺も今後の投稿作品なんかで模索していくかと思います。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep2-1 Independent Future - 発端


短編小話集であるこの章で括った物語は、そのほとんどが蛇足ストーリーだと思っているのですが…。
この話は中でも余分な話です、という位置づけ。
いわば正当な物語ではない、ありえるのかもしれない三人の将来の話…みたいに思ってください。

元々のキャラ、原作の設定要素から大きく離れて行ってしまうような話になるかと思いますので。
…閲覧注意?



 

まさかと思った。

そろそろ来るはずだと思っていたーーがこなかったから、おかしいなって…。

 

ーー陽性反応。

…。

ああ、逃げるなって…言うことなのかな。

犯したその罪からーー。

 

 

私たち三人の歪な関係は、そのままを長く保つことができず、ある日を境に破綻してしまった。

結果私たちは各々が絶縁状態となり、それぞれの道を歩んでいった。

 

…そういう、運命だったんだ。

 

 

ーーー。

 

 

僕たちが付き合い始めて2年が経ったーー…。

 

バシャッ…ジャパッ…シュコーッ…シュコーッ

海から上がってくる3人のダイバー。

重たい体を持ち上げて、浜にどっしりと足跡を付けながら歩く。

マスクを外しBCDの中の空気を排気する。

シューッ…。

 

カナン「二人とも、お疲れ様。」

主人公「綺麗だったね~海。」

チカ「うん!お魚たくさん見れて、よかったね〜。」

 

長かった大学生活もラストスパート、就活を終えて内定ももらい、これで一安心…そんな頃。

僕とチカちゃんは、カナンのダイビングショップに遊びにきていた。

器材を脱いで一息。

 

チカ「ふー!重たかったあ…。」

主人公「あはは、やっぱ陸に上がるときついよねえ。」

カナン「ふふふ、器材はその辺に置いておけばいいよ。」

カナン「私が片付けておくから。」

主人公「毎度毎度、ありがとうカナン。」

カナン「いえいえ、こういうお仕事ですから。」

 

スーツを少しだけ脱いだ状態のままカナンはテキパキと器材を分解させていく。

 

カナン「二人ともよく潜りに来てるんだし。」

カナン「お金ができたらライセンス取りにおいでよ。」

カナン「そうしてくれれば、もっといろんな海を見せてあげられるからさ。」

主人公「いろんな海か~。」

カナン「たとえば沈船とか。」

チカ「ロストシップ…っ!」

チカ「ロマンを感じるね…!?」

主人公「あははは。」

カナン「レックダイビングっていうんだけどね。」

カナン「人気のツアーだよ。」

主人公「へー、魚を見るだけじゃないんだね~。」

カナン「もちろん、それだけがダイビングの醍醐味じゃありません。」

カナン「ダイビングは、奥が深いんだから。」

チカ「楽しそうだねー。」

 

カナン「そしたら私は、向こうで器材洗ってくるから。」

カナン「スーツは…いつものところに行って脱いで、裏っ返しにして浮かべておけばいいよ。」

主人公「うん。」

カナン「シャワーとか…まあ、もう数回来てるんだから大丈夫だよね。」

チカ「うん。」

カナン「あ、そういえばチカ。」

チカ「ん?」

カナン「お母さんが呼んでたよ。」

チカ「カナンちゃんのお母さんが?」

カナン「うん。久しぶりに帰ってきてるんだったら少しお話がしたいって。」

チカ「ええ~?何のお話だろう~。」

カナン「着替えたら行ってきなよ。」

チカ「うん、わかった。」

 

そう言ってカナンは器材を持って自宅裏のほうへと向かった。

僕たちはひとまずウエットスーツを脱いで、それからシャワーを浴びて更衣室のほうへ。

 

チカ「そうしたら…私は着替えたら、カナンちゃんのお母さんのところにいってくるから。」

主人公「うん。」

チカ「主人公君もとりあえず着替えて待っててね。」

主人公「わかった。」

チカ「じゃあね。」

主人公「いってらっしゃい。」

 

チカちゃんは更衣室へと入っていった、一人取り残された僕は…さて、どうしよう。

そうだ、まだ水着のままだし…カナンの手伝いとかできないかな、器材を洗っているカナンのところへと向かった。

 

主人公「お疲れ様、よかったら手伝うよ。」

カナン「ありがとう、でもこれあとは真水で流すだけだから。」

主人公「そっか。」

 

風呂釜大のプールに真水を張った中へと器材を浸けて、一つ一つ丁寧に潮抜き。

スーツを脱いで水着姿のまま作業をしているカナンの傍に座って話かける。

 

主人公「あ、そういえばカナン、この間また彼氏ができたって言ってたけど。」

カナン「ああ…、そういえば言ってなかったね。」

カナン「別れたよ?」

主人公「そっかあ~。」

主人公「…え?」

 

またか…そう思った。

 

主人公「今回は…どのくらいもったの?」

カナン「んー、2週間?」

主人公「…これで何度目?」

カナン「まだ3,4回程度だよ。」

主人公「まだ…ね。」

主人公「最長記録は?」

カナン「3週間?」

主人公「や、やるね~。」

 

日本に帰ってきてからしばらくして。

カナンは積極的に新しい出会いを求めているんだとか…。

だが…なかなかうまくはいっていないらしい。

 

カナン「…だって、どいつもこいつも子供って言うのか。」

カナン「告白してくるまではしっかりしてる風なくせして。」

カナン「その後はなよなよしてるっていうか、まったく頼りない連中しか居ないっていうか…。」

主人公「その、目を付けるタイプを変えてみたら…?」

カナン「タイプね~…。」

 

カナンはこちらをジロジロと見ながら言葉を濁す。

 

主人公「何、僕のせいだっていうの?」

カナン「別に~?」

 

不服そうな表情で口を尖がらせるようにする、いぢらしくて可愛いそんな様子を眺めていたら。

 

カナン「えいっ!」

 

バシャッ!

 

カナンは突然ホースの口を絞って、こちらに水をかけてきた。

 

主人公「うわっ!」

 

まだまだ気温の高い時期ではあるが、水道水が直接あたるのは少し冷たいような気がする。

 

主人公「ちょっと!やめっ…卑怯だってば!」

カナン「にひひ。」

 

いつまでもカナンは水を止めないので、足元にあったバケツを拾って水を受ける。

ある程度その中に溜まった水をカナンに向かってぶちまけるようにーー。

 

カナン「ひゃっ?!」

主人公「お返し!」

カナン「…やったなあー!」

 

お互いにふざけあう。

カナンは意外とこういうのが好きなんだろう、いつもノリよく遊んでくれる。

そういうところが、普段の様子からは伺えないというか…、ちょっとギャップを感じるようなカナンの魅力、可愛い一面…なんて。

ーーああ、楽しい。

 

しばらくそうやって水を掛け合って遊んだ僕らはお互い髪までビショビショ。

微笑み合いながら、一息ついて。

 

カナン「さ、真面目に仕事に戻りますか…。」

主人公「はい、ちゃんと仕事してください。」

カナン「さっきまで一緒に楽しんでたくせに、監督気取らないでよ~。」

 

カナン「あ…。」

 

カナンが何かに気づいて周囲を見回す。

 

カナン「ごめん、主人公君。」

主人公「ん?」

カナン「器材脱いでもらったところに、ウェイトベルト置き忘れてこなかったかな?」

主人公「あー、取ってくるよ。」

カナン「ありがとう、ウェイトは全部こっちに置いてるからさ。」

 

僕は言われた通りウェイトベルトを取ってきて、カナンへと渡そうとする。

 

カナン「ありがと…。」

 

カナンが立ち上がろうとした時、思いがけずホースを踏んでしまった足を滑らせて…。

 

カナン「うわっと?!」

 

すぐ傍にいた僕のほうへと、抱き着くようにもたれかかった。

僕もまた、そのカナンを抱えるように、反射的に彼女の体に触れて。

水着姿のままだったカナンの肌の感触が…とても生々しく、人肌のぬくもりが…。

ドキッとしたーー。

 

主人公「うっ…大丈夫…?」

 

…沈黙、事故とはいえ、お互いに抱き合うような恰好になったことに、ドギマギ。

カナンは姿勢を正しながらも、僕から離れようとしないで、暫く腰に手を回したまま…。

頬を赤らめる、彼女、僕らは自然と見つめ合っていて…、カナンが背伸びをしかかったその時。

 

パタパタパタッ…。

 

サンダルの足音がする。

 

ハッと我に返って、お互いに少し距離を置くと。

ーーそこにチカちゃんがやってきた。

 

チカ「あ、居たっ!二人とも。」

 

元気に近寄ってくるその姿を見て。

少しぎこちなくそれを迎える僕らの違和感に、チカちゃんが。

 

チカ「あれ?二人ともどうかしたの?」

主人公「えっ?!」

主人公「あ~…カナンの~…手伝いしようとおもってたんだよ。」

主人公「それでこっち来たんだけど、カナンが要らないっていうからさ…。」

 

ちらり、横目にカナンを見る。

 

カナン「え?…ああ、うん。」

カナン「だ…だって、片付ける場所とか、2人とも知らないでしょ?」

主人公「そういうわけだっていうからさ…。」

チカ「ふーん?」

 

言葉の行き先が怪しくなってくる…、不自然だ…話の転換をしなくては…。

 

カナン「あ、そうだチカ、お母さんと何話してきたの?」

 

ナイス、カナン。

 

チカ「あー…えっとね、お祭りのことだね~。」

チカ「実家にはなかなか帰ってこないのに、ここには遊びに来てるみたいだから~って。」

チカ「しまねーから言伝されてたみたいで~。」

チカ「言伝して言うくらいだったら、メッセージでも送ってくれればいいのに~って思うんだけど。」

カナン「よくわかんないけど、直接言うタイミングがあったら言っておきたい、くらいだったんじゃないかな?」

チカ「たぶんそんな感じなのかな~?」

チカ「あ、あとはー大学生活のこととか聞かれたかな~。」

チカ「どんなこと勉強してるのー?とか。」

チカ「大学生活を楽しんでるかー?とかって。」

チカ「私とお話できるのは久しぶりだしって。」

カナン「ふふふ、そっか。」

カナン「そーしたら。」

 

自然な会話をしてから、カナンは再び作業を始める。

 

カナン「ほら、お二人さんはあっちいったあっちいった。」

カナン「私の仕事の邪魔、しないでよ~?」

チカ「ふふふ、ごめんねー。」

チカ「行こっ主人公君。」

主人公「うん、じゃあ僕も着替えてくるよ。」

カナン「いってらっしゃい。」

 

ーー危うく誤解を招くところ…と言いたいのだが。

ちょっと危なかった、それが本心かも。

 

カナンと別れてからしばらく経った今でも、友人以上の存在のように感じている心があった。

だからこそ、互いの距離が近くなってしまうと…つい、彼女に心奪われそうな瞬間がある。

僕にはチカちゃんがいる…そのはずなのに。

カナンもカナンで、僕のことを諦めていないようなので、尚更ーー。

気を付けよう…そう思う自制心と、今日のような直接的な触れ合いがあると。

つい、下心が求めようとしてしまう、彼女という存在を…。

そんな曖昧に、僕も甘えたままーー。

 

月日は、過ぎていった。

 

つづく。

 





続編というか、小話諸々いろいろ考えました。
…その中でも一番なんとなくしっかりと妄想できた物語なのですが…。

悲恋です。(ネタバレ
今までの感想なんかでいただくのが、思いのほかそういう方向性…?
なにやらひと悶着というか…ちょっと、もっとアグレッシブな戦いが…。
そういう期待感があるのかも(?)とちょっと汲み取ってみたつもりのような…。(
まあ、つまるところ私の筆で書くものなので…と、そんな感じですね。
冒頭の一文でだいたい結末見えてますが(笑

あ、あれぇ~…もとはといえば、ちかなんちゃんとキャッキャウフフ~みたいな…。
甘酸っぱい恋愛的なものを思い浮かべる物語だったんだけどな~(笑
まあ、こういう感じも楽しいかなって思ってます。

あと今回物語が物語っていうこともあって…ちょっと音符マークだったり、ハートマークだったりを使わないようにして書いてます…。
雰囲気が結構変わってくるんじゃないかなーなんておもいつつ。
読み手がいろいろ勘ぐって、考察できるようなものっていうのも当然いいとは思うんですけど、やっぱりわかりやすいほうがいいかな~、なんて思う私にとっては、わりと挑戦的なような…。(どうでもいい

なんか面白い言葉の間違いがまたまたありましたので修正。
風呂桶大のプールって…小さすぎでしょう(笑

ちなみに、今回の話もいくらか続く予定です。
どのくらいになるか~は、結構行き当たりばったりな書き方しているので。
未定ですね~、完結すればいいな~なんて(無責任

まあ、そういうことですので…またまた、よろしくお願いします。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep2-2 Independent Future - 萌芽

 

機材を洗う手を止めて。

ホースから流れ続ける水を眺め、私は少しだけため息をついた。

 

やれやれーー。

ほっと胸を撫でおろす。

…危なかった。

 

いきなり彼と、あんなに急接近して、見つめ合っちゃったりするもんだから。

彼への気持ちが…行動に出そうになってしまった。

 

私は今でも、主人公君が好き。

忘れよう忘れようと、新しい出会いを求めたりもするのだけれど。

そうして得られた恋は…何かが違うーー。

私は…初恋の熱を、いつまでも忘れられないみたい。

 

ダメだよ…、今はチカの彼なんだからーー。

 

水が出っ放しの蛇口を捻りかけた、その手を…私は動かさないままで、また少しだけため息をついてから。

ーー再び作業に戻った。

 

ーー。

 

主人公「おまたせ、チカちゃん。」

 

私服に着替えた主人公君が戻ってきた。

 

チカ「おか〜えり!」

 

こちらへとやってくる主人公君を私は笑顔で迎える。

 

主人公「そういえば、チカちゃんもこの辺に実家があるんだよね。」

チカ「うん、そうだよ~。」

主人公「たまには帰ったりしてるの?」

チカ「んー、あんまり…帰ってないかなー。」

主人公「そっか。」

チカ「だって、今の私にはあなたがいるし!」

チカ「一人暮らしでも、心細く感じないから。」

主人公「ふふふ。」

 

そう言って…私はハッと思い出したかのように。

一つ頭に浮かんでいた心配事を主人公君に問いかける。

 

チカ「…そうだ主人公君。」

主人公「?」

チカ「さっき、カナンちゃんと何話してたの?」

主人公「…え?」

 

ーー何気ない言葉のつもりだった。

いままでにも、特にカナンちゃんと二人きりでいた後なんかには、よく問いかけていた言葉だったから…。

 

主人公「えっと、さっきのこと?」

チカ「うん。二人きりで居たときのこと。」

主人公「あは、えっと…手伝えること、何かないかな?って聞いてた…だけ。」

 

ーーキョロキョロ。

どうしてかな…今日は、ちょっと挙動不審な彼の動きが気になってしまった。

 

チカ「それだけ?」

主人公「…うん。」

 

彼は嘘が下手…。

何を隠しているんだろう。

何か…悪いことでなければいいんだけど。

 

チカ「そっか。」

チカ「ごめんね、突然。」

主人公「…。」

 

うんともすんとも言わず、彼は俯き加減に目を逸らした。

ーーわかりやすい人。

 

沈黙の訪れとともに風が吹いて、木々を揺らし音を立てるーー。

海原へと目を向けるその視線の先、遠い空には、灰色の雲が迫っていた。

 

ーー。

 

それからしばらくしているとカナンちゃんが戻ってきて。

 

カナン「んんーっ!」

チカ「カナンちゃんお疲れ様ー。」

カナン「うむ。」

 

一仕事終えたカナンちゃんは陽の光を浴びながら、背伸びをする。

カナンちゃん、スタイルいいから…そんな姿もすっごい綺麗。

…ちょっと見とれちゃった。

 

カナン「…はあ〜。」

カナン「2人とも、この後はどうするの?」

チカ「んー、ゆっくり休憩してから駅前に帰る予定〜…だったよね?主人公君。」

 

そう言って背後にいた主人公君へと目を向けると。

なんとなく虚ろな表情でボーッとしている。

ーー?

 

チカ「おーい?」

 

どうしたのかな…そう思って、果南ちゃんと顔を合わせようと前を向くと。

カナンちゃん、頬を少し赤くして…胸を隠すように。

え…?

ハッとして、私は思わずーー。

 

チカ「ちょっ!」

チカ「ちょーっと!!主人公君、どこ見てるの?!」

 

再び背後へと向き直して彼を問いただす。

 

主人公「…え?」

チカ「え?じゃないよ!」

チカ「カナンちゃんのこと、ジロジロ見て…。」

チカ「確かに、カナンちゃんが魅力的なのはわかるけど…。」

 

まくし立てる私に対して、彼はボーッとしたまま、なんとなく状況を理解しきれてないのかな…あまり相手にしてくれていないみたい。

これは、…由々しき事態。

ぷーっと頬を膨らませて、私は不服をあらわにする。

 

カナン「お、落ち着きなよ…、チカ。」

チカ「ふん!」

カナン「主人公君も、ちょっと…ほら。」

主人公「あ…え、えっと…。」

 

仲裁に入ろうとするカナンちゃんを余所に、私は彼にそっぽ向く。

彼は少しだけあたふたとした様子を見せ始めたような気がしたのだけれど、…無反応。

…あれ?

ちらり、背後の様子を伺ってみると、彼は俯くようにまた虚ろな表情をしていた。

どうかしたのかな…そう心配した、その時。

ーー良からぬことが、私の頭の中では繋がった。

 

ーー。

 

チカ「ん〜っ!もう!」

 

怒ったチカは遠くの方へと歩いて行って…、海に向かって体育座り。

わかりやすく拗ねている、チカ。

はあ、何やってるんだか全く…。

 

カナン「こーら。」

カナン「チカ、拗ねてるじゃん。」

カナン「とりあえず、謝りにでも行ったら?」

主人公「…ごめん。」

カナン「私に言ってどうするのさ…。」

主人公「いや、なんか…ボーッとしちゃって。」

カナン「言い訳みたいなこと言わないの。」

主人公「…はい。」

カナン「ちょっと、あなたらしくないよ。」

 

妙に苦い顔をして黙り込む彼、どうしたんだろ…。

仕方ない、ちょっと茶化してやろう。

 

カナン「っていうかさ。」

カナン「さっき私の胸、じっと見てたでしょ?」

主人公「…否定はしないよ。」

 

彼は少し顔を赤くして目線を逸らした。

全く、可愛い奴め…。

 

カナン「もしかして、さっき私がくっついたので、久しぶりに…変なこと意識しちゃったのかな〜?」

主人公「…。」

 

まあ…そういう事なんだよね。

彼はーーー、いや考えないようにしよう。

 

カナン「ふふふ。ういやつめ〜!」

 

肘でトントンと彼の脇腹を突くと。

彼の表情は少し明るくなって、ふっと微笑む。

 

主人公「やめてってば、もう。」

カナン「うふふ。」

主人公「ごめんね、ちょっと…倒錯してたかも。」

カナン「とうさく?」

主人公「なんでもない。」

カナン「なにそれ〜。」

主人公「とにかく、チカちゃんのところに謝りに行ってくるよ。」

 

そう言って彼は小走りに、少し離れたところに見えるチカの元へと向かって行きかけて。

 

主人公「ありがとう、カナン。」

 

少しだけ振り返り、言葉を置き去りして行く。

彼のそんな素振りは、私に少しだけ隙を見せるみたいで意地悪。

手が届きそうで届くはずのない、その背中を眺めたまま、私は首を横に振ってから憂いを吐き出す。

…やれやれ。

 

その後、私は遠くから2人を見守っていた。

平謝りする彼と、それにプイッと顔を背けるチカ。

ふふふ、側から眺めているとなんか…楽しい。

 

しばしそうやって見ていると、突然2人は向き合ってから…キスをして、抱き合って。

仲睦まじい様子を、まるで見せつけられているかのように感じて。

チカの嬉しそうな表情が、ーーー。

 

妬ましく思えた。

 

胸をツンと刺す、そんな痛みがもたらした衝動的な感情に、思わず私は自分の口を塞いだ。

2人の関係を理解しているにも関わらず、私は…今なんて事を…。

 

でも、その感情は今までにも抱いていたはずの…、ずっと心の奥底に沈めてきていたものだと思う。

今までそれが直情的に湧き上がることは、一度もなかった。

だけどーー。

 

ーー。

 

2人、抱き合ったままの体を少しだけ緩めて、私は彼の耳元で囁く。

 

チカ「仕方がないから、許してあげます。えへへ。」

 

私は彼にこう言ったのだ。

「やっぱり私よりも、カナンちゃんのことが好きなんじゃないの?」

「私が好きだっていうのなら、今ここで誠意を見せてください。」って。

そう言って彼を見つめて、おねだりしちゃった。

彼は、その願いに必ず応えてくれる。

知っているから、それが彼の優しさ、甘さ、…そして弱み。

でも、そうとわかっているからこそ、そんなことをした私には、喜びとともに少しだけ、虚しさが襲ってきた。

まるで、そうでもしなければ私は、彼に振り向いてもらえないのか…と、自己嫌悪するように。

 

私は2人のことが好きだったから、みんなで仲良くしたかった。

もちろん、今でもそうしたいって願ってる、つもり。

でもそう思って、3人の親交を深めていると、近づいてゆくカナンちゃんと主人公君がーー。

わたしの中には、徐々に疑心暗鬼が育っていた。

 

2人は、友達以上の何か…恋人にはなれない、歪。

それは私が2人にかけた、一種の呪いのようなものなのかもしれない。

 

ーーちゃん。

 

主人公「…カちゃん。」

主人公「チカちゃん?」

チカ「ん!?はい!」

主人公「大丈夫?ボーッとして。」

チカ「ああ〜…ちょっとだけ考え事してて、あっははは。」

主人公「…。」

主人公「そっか。」

 

時計を見る彼は、少し私の様子を伺うようにしてから。

 

主人公「時間…そろそろ、船が来るよね。」

チカ「うん。」

主人公「そしたら、帰ろっか。」

チカ「そうだね。」

 

私は主人公君の手を手繰り寄せてから握って、一緒に並んで歩く。

“ただそれだけの行為”に、純粋な幸福感を感じられなくなったのは…いつ頃からだろうーー。

 

ーー。

 

主人公とチカ、2人は歩いてカナンの元へ。

 

繋いだ2人のその手を一瞬、ーー見つめたカナンは。

 

カナン「おっ、熱いねえ〜。」

 

わざとらしく意地悪な表情を浮かべてみせる。

 

チカ「えへへ〜。」

 

チカは握っていた手を離してから、主人公の腕に抱きついて見せた。

主人公はそんな状況に、ちょっと苦笑いを零しつつ。

 

主人公「…僕たちはそろそろ帰るよ。」

カナン「うん。」

カナン「またダイビングしに来てね。」

チカ「うん。」

チカ「じゃあね、カナンちゃん。」

カナン「うん。じゃあね2人とも。」

主人公「またね。」

 

そう言って別れた、3人。

2人は船着場へ行き、タイミングよくやってきた船に乗って。

 

ーー。

 

帰り道。

先ほどまで保っていた秋晴れの空に、薄暗い灰色の雲が覆いかぶさる。

雨は降らないという予報だった空から、ポツ…ポツ…。

雨未満の水滴がわずかに滴り落ち、大地を濡らす。

 

 

これは、事の発端ーー。

3人が立っているその大地に、静かにその姿を現した。

不和の萌芽。

 

つづく。

 





難しいですね〜、というのが今のところ…です。
なんとなく3人いる内の誰かが、決まって悪いぞっていう風に事を運びたくないので、それとなりに慎重に書いているつもり…ですが。
たぶん、なるべく主人公君を悪者にしちゃいたいかな〜(((
…まあ、彼女たちをなるべく悪い子に仕立て上げたくはないよね。
っていう感じですかね。

そんなこんなで、-1と-2で事の起こりのエピソードでした。
なかなか普段、あまり想像しないジャンルの話(?)なので。
なかなか思いつきをまとめて〜、文字に起こすまでに時間がかかりますね。
かなり、今までの話以上に遅筆更新が予想されますかね。
もっともこの先、話の展開が今よりもアグレッシブになって、エキサイトしてくるとわかりませんけど(笑

案外この話長続きしそうで…、ひょっとすると-8とか-10くらいまで続けちゃうんじゃないかな〜って感じです。
完結すれば…ですけど(
まあ、気長に…頑張っていきます。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep2-3 Independent Future - 不安

 

ーーー。

 

カーテンを閉めたままの室内。

淡い光が隙間から差し込む、外は恐らく晴れているんだろう。

静まり返った部屋には、カチッ…カチッ…と時計の音が鳴り響く。

 

仰向けに床に寝転ぶ、昼下がり。

…そういえば今日は、まだ何も食べていない気がする。

朝起きて、ベッドから落ちて…そのまま。

 

むくり、起き上がって周囲を見渡すと。

座卓テーブルの上に無造作に置いたままのコルクボード。

手に取ってみるそれに、ピン止めされた写真。

写っている笑顔の3人。

 

…。

 

何も考えないつもりでそれを眺めていると。

無意識の内に一本の押しピンを片手に取っていて。

写真に写る人の顔へと狙いを定め。

振りかざしたーー、その手を…反対の手で制する。

 

ーーっ…ぅう…。

 

何、考えてるんだろう…。

そんなことをしても、何かが変わるわけでもないのに。

誰が悪いって、そんな風に決めつけたいわけでもないのに…。

寝ぼけて忘れたつもりに隠していた憎悪と愛情が、行き場をなくして自身を内側から蝕むように、ズキズキ…と。

 

痛い…痛い…、苦しい…。

ーー。

 

しばらくしてから落ち着いた私は…、もう戻る事のできないかつての関係など、ーーにするつもりで。

コルクボードからーー。

 

 

ーーー。

 

チカ「こんちかー!」

主人公「こんにちは。」

チカ「んん〜!いい香り!」

主人公「ふふふ、もうちょっと待っててね。」

チカ「はーい。」

主人公「ーーー。」

 

その日は主人公の部屋にチカが訪れていた。

 

主人公「はい、出来たよ。」

 

主人公はチカに”お昼を一緒に食べて、おしゃべりしようよ”と話しを持ち掛けたのだ。

9月末。

 

窓の向こうの曇り空を眺めながら、チカはボーっとしている。

 

主人公「ここしばらく、天気がすぐれないね。」

主人公「たしか、今日は昼過ぎから雨が降る予報だっけ?」

チカ「うん。」

チカ「お空がどんよりしてると、気分も落ち込んじゃうよね…。」

 

物憂げな表情でチカは言葉を漏らしてから、頬をパシッと叩く。

 

チカ「んっ!よし!」

チカ「お昼ご飯ありがと、おいしそ~!」

チカ「いっただきまーす!」

主人公「いただきます。」

 

主人公はここのところ不機嫌そうなチカのことが気になっていた。

チカとの付き合いも2年が経過し、一時期の熱に比べるとお互いの理解と共に、2人の関係は落ち着いてきたと感じていたのだが。

今のチカの様子は…過去にはあまり見たことがない。

買い物をしているときや、2人でテレビをみているような、そんな何気ない日常のひとときの中で、少し冷めた様子にも見える表情を浮かべて、ぼーっとしている姿がよく見られる。

何かあったのだろうか…?

主人公が今日の話を持ち掛けたのも、そんなチカを元気づけられれば…という思い付きだった。

 

ーー。

 

チカ「ごちそうさまでした!」

 

いつもの彼のごはんーー。

 

主人公「ふふっ、ごちそうさまでした。」

 

私が食べ終わって満足げな表情を浮かべると、それにつられて彼は微笑む。

いつも見せてくれる、好きだったその表情。

 

私たちは食器を各々に持ってキッチンへ。

いつも通り手際よく、後片付けを済ませて、それから座卓へ集まる。

 

主人公「さて…と。」

主人公「いろいろあったね~、今年の夏も。」

主人公「既に9月末だから、夏って言うのはちょっと変かもだけど…。」

 

そう言いながらマグカップを持ってカーペット上であぐらをかく彼。

 

チカ「うん、そうだねえ。」

チカ「今年の夏…かあ~。」

 

いろいろ…あったなあ~。

いろいろーー。

思い返される記憶の景色を少し頭に浮かべつつ。

一瞬ーー脳裏をよぎったその不安感を避けるように、無難な話題を選んだ。

 

チカ「主人公君にとっては、”学生最後の夏”だったんだよね。」

主人公「うん、終わっちゃうなあ~…って感じだね。」

チカ「主人公君の就職先もすんなり決まったから、とりあえずは一安心だよね~。」

主人公「あとは無事卒業すれば…だからね。」

チカ「はあー…それに比べて~。」

チカ「わたしの進級危機はあ…いつものことだけど、はあ…。」

主人公「ははっ…、まあ、毎年何とかなってるんだから、大丈夫…じゃないかな~。」

チカ「うん~…。」

主人公「今年もなんとかしようね、僕も協力するからさ。」

チカ「いつもありがと、主人公君。」

チカ「はあ、今年の夏休みも終わり…かあ~。」

 

曇り空のせいかな…、なんだか頭の中に雲がかかっているみたいで、あまりいい出来事が思い返されない気がする。

そんな中で、私は他愛ない話の延長線上…この先の未来のことを少しだけ、自分の中で想像してみた。

…これから、私たちはどうなっていくんだろう?

 

主人公君は今学期で学生を卒業し、4月からは晴れて社会人の仲間入り。

そうすると私は、一人大学に取り残されてしまう。

それは、一人きりになってしまうというわけでは、ないのだけれど。

そうなってしまえば、少しは寂しかったりもするのかな…なんてちょっと考えた。

ーーけど。

私の中で、その空想はあまりリアリティを帯びなかった。

…なんでだろう。

 

ここ最近感じている、言い表しがたい…倦怠感にも似たような感覚。

体が疲れているわけじゃない、だけど…うーん…。

 

チカ「はあ…。」

 

こうやって、よくわからないことばかり悩んでいると、自然とため息が漏れてくるのだ。

 

主人公「…。」

主人公「チカちゃん。」

チカ「?」

 

ぽんぽん。っと彼は自分の膝を軽く叩いて見せる。

あ~…、膝枕してくれるって言ってる…?

気遣い…かな。

でもその合図に、私はそそられることはなくって。

 

チカ「あはは、大丈夫だよ~。」

 

断った。

少しだけシュンとしてる彼を見ると、少し申し訳ない気持ちが湧いたような気もしたけど。

特にそれを、私は気に留めることもなかった。

冷めてるのかな…。

 

チカ「…。」

主人公「チカちゃん…その。」

チカ「うん?」

主人公「最近少し、…機嫌が悪かったりするのかな?なんて。」

主人公「ちょっと思ったりするんだけど…。」

 

彼の目に、今の私はそう映っているらしい。

なんとなく私自身、あまり自覚をしていないその感情を言いつけられたことが。

心に釘を刺されたように…留まって。

 

チカ「機嫌が悪いって…そんなこと、ないよ。」

主人公「そ…そっか、ごめんね。」

チカ「う~…ん。」

チカ「進級できるかどうかを…心配しすぎちゃってるせい…かなあ~。」

チカ「あははは…。」

 

つい口をついて出てきた言葉、語調の強いそれに彼はたじろいでしまって。

私はとっさにはぐらかした。

なんか私、変だな…。

彼は私の態度に、少し怪訝そうな表情を浮かべつつ。

 

主人公「…きっと、大丈夫だよ。」

主人公「いつも通りやれば。」

チカ「うん。」

 

なんだか私の顔色を伺っている。

心配かけちゃってる、彼に。

笑顔でいなくっちゃ…。

 

ーー。

 

主人公「…あ、そうだ。」

主人公「いいもの用意してきたんだ。」

チカ「いいもの?」

主人公「うん。」

 

そう言って彼がおもむろに1つの小さな紙袋を取ってきて、中身を出す。

 

主人公「じゃん。」

チカ「あ、この間のダイビングのときの写真!」

主人公「うん、3人で撮ったやつ。」

主人公「めずらしく僕も写ってるからさ、思い出写真になるかなって思って。」

 

3人ウエットスーツ姿で、主人公君がセルフィーで撮った写真。

2枚刷っていたうちの1枚を私にくれた。

 

チカ「ふふふ、確かに。」

チカ「ありがとう!主人公君!」

 

私が喜ぶその顔をみて、主人公君は微笑む。

 

主人公「よかった、喜んでもらえて。」

チカ「なんだか今日は、主人公君からもらってばっかりだね〜。」

チカ「また今度、色々とお返ししてあげなきゃね!」

主人公「気持ちだけで十分だよ。」

チカ「だめだよ〜?そういうのは不公平だよ。」

チカ「嫌って言ってもお返ししちゃうんだから!ふふふ。」

主人公「覚悟しとくよ。」

 

2人笑顔を交わすように、和やかなムードの中で談笑を続ける。

 

チカ「うーん。」

チカ「思い出写真か〜、どうやって飾ろっかな〜。」

主人公「色々あるよね、フォトスタンドとか、コルクボードとか。」

主人公「今度一緒に買いに行ってみる?」

チカ「うん!いいねー。」

チカ「あ〜それだったら、今までに撮った写真からも何枚か印刷してみようかな〜。」

チカ「データばっかり持ってて、あんまり写真って飾ったりしなかったし。」

主人公「なかなか印刷しないもんね、写真を撮っても。」

チカ「うん。」

 

私はスマートフォンの中の写真をサッと流し見する。

 

チカ「いっぱいあるよ〜写真。」

チカ「あ!この写真いいな〜、これもいいし…。」

主人公「たくさんあるんだったら、アルバムにしてみるのもいいかもね。」

チカ「そうだね!それもいいね、楽しそう!!」

チカ「ーーー。」

 

わたしが印刷したい写真を選んでいるのを横目に、主人公君は手元の3人の写真を眺めながら。

不意に呟いたーー。

 

主人公「これ、カナンにもあげたら、喜んでくれるかな?」

 

一言。

気に留めるほどの言葉でもないはずなのに。

その言葉を聞いた私は、先ほどまで浮かべていた表情を強張らせてしまい。

ふと、ーーあの日の出来事を思い出してしまった。

 

チカ「…うん、きっと喜ぶよ。」

主人公「ふふふ、そっか。」

主人公「そうしたらもう一枚もチカちゃんにあげる。」

主人公「カナンに会う機会はチカちゃんの方が多いもんね。」

主人公「渡してあげてよ。」

チカ「…うん。わかった。」

 

嬉しそうな、笑顔ーー。

なんだか、そんな彼を見ていられない気持ちになって、俯いてしまう。

視線の先、渡された写真を凝視する。

それに写った3人の様子は、とても微笑ましいものだと思う。

でも、じっと眺めていると…なんだか複雑な気持ちが湧いてきて。

 

チカ「…。」

チカ「主人公君って、やっぱりカナンちゃんのこと…好きだよね。」

 

ぽつり…。

ふと零れ落ちた、私の戯言は…あの日の不信感からーー。

 

写真の中の彼が、スマートフォンを持っていない方の手。

その手が触れていたのは、彼の肩に乗せられた…私のではなく、カナンちゃんの手だった。

 

主人公「そういう言い方…しないでよ。」

チカ「…違うの?」

 

ぽつり…。

口をツンと尖らせて言葉を漏らす主人公君を問いつめるように。

 

主人公「”違う“って、そういうのは…言葉の綾だよ。」

主人公「カナンのこと、嫌いっては言えない。」

主人公「好きだけど、でもそれは友達として…。」

チカ「本当に、そこまでだって思ってる?」

 

ぽつり…。

 

主人公「え…?」

 

少し動揺するように、彼の表情がーーわかりやすい、彼。

 

チカ「私は…不安だよ、主人公君のそういうところが。」

主人公「…。」

主人公「…っ…気持ちは…わかるけどさ。」

主人公「僕は、君に…ずっと一途なつもりだよ。」

チカ「”つもり”って何?」

チカ「曖昧な言葉…好きだよね、そういうのも。」

 

ぽつり…。

私の酸っぱい言葉に、彼の小さなため息が聞こえてくる。

 

主人公「…僕は君のことを一途に愛してるよ。」

チカ「やめてよ…。」

チカ「言い直したりしないでよ、まるで上辺だけの気持ちみたいじゃん。」

主人公「じゃあ、なんて言って欲しいの?」

チカ「そういうことを言って欲しいんじゃなくて…。」

チカ「私は…。」

 

…不安なだけ。

取り留めもない感情をぶつけているだけだってーー。

つい言葉の応酬の中で勢い余ってしまったのだと、気づいた。

自戒の気持ちと、高まる彼への不信感が…矛盾して、悲しくてーー。

瞳がわずかににじんでくる。

 

チカ「わたし…は…。」

主人公「…。」

主人公「カナンのことはさ、友達としか思ってないから。」

主人公「それ以上の関係なんて、僕は望んでいないから…安心してよ。」

 

安心ーー?

そんなあなたの言葉でーー。

 

チカ「じゃあ、なんで…?」

チカ「この間のカナンちゃんへの態度は、何だったの?」

主人公「この間…?」

チカ「この前のダイビング…片付けの後のことだよ…。」

主人公「それは…。」

チカ「…私がいないうちに、2人きりで何かしてたんじゃないの!?」

主人公「…あの時は。」

 

言葉を濁す彼は視線を外して、まるで後ろめたいことでもあるかのように振る舞う。

…そういうところがーー腹立たしく思えてくるんだ。

 

チカ「私に…後ろめたいことでも隠してるんでしょ!?」

主人公「…っ」

 

わなわなとした彼は、しばらく俯いて黙り込んでから。

すっくと突然立ちあがって、握りこぶしを固めたまま、突然玄関のほうへと向かう。

 

チカ「主人公君!?」

 

ガチャッ!

バタン!

 

ずっとそっぽを向いたまま彼は、そのまま玄関の外へと出て行った。

 

唖然。

一人、彼の部屋に取り残された私。

 

チカ「…なにそれ。」

 

噛みしめた奥歯でギリリと軋む音がしたような気がした。

わからないーー、わからないよ。

ーーー。

 

 

滴り落ちた不信感は大地を濡らして、後追いを歩みだそうとする彼女の足取りの邪魔をする。

一歩、踏み出したその時、まるで泥濘に足が取られたかのように、ひやり…気持ちの悪い焦燥感が彼女を襲ったような気がした。

 

ーーそんなのはきっと妄想、だけど…何故だか嫌な予感がする。

それでも二歩三歩、足を前へと進めていくその原動力は、怖いもの見たさとでも言うのだろうか。

確信を求めるその好奇心を、彼女はーー。

 

 

ーーー。

 

 

水色の塊。

その中をさまざまな色形を持つものが、自由自在に遊泳する、水の中。

眩しいライトが、水面の波紋をゆらゆらと投影したその床に、僕は1人居座る。

気晴らしに水族館に来ていた。

目の前の大水槽は本日の給餌ショーをすべて終えた後。

観覧席にもなっているそこに居座るのは、僕を含めて数人程度。

 

外は予報通りで小雨が降り始めていた。

部屋を飛び出した勢いで、僕は薄めの部屋着のまま、傘もさすことなくここまでやってきた。

今日は異常気象で冬並みの気温らしい、道中雨に濡れたこともあり、とても寒くって。

身震いする体を固く締めるように腕を抱いたまま、何をするでもなく、ただただ無心に水槽を眺めて、ひたすら無意味に魚を目で追い続けた。

 

…。

なにやってるんだろう…僕。

チカちゃんのこと、元気づけたかったつもりだったのに。

それどころか、喧嘩して…逃げてきちゃって。

…情けない。

喧嘩というより、一方的に僕が怒られただけなんだけど…。

ーーー。

 

ため息を吐き出しながら、呆然とアクリル越しの魚を眺め続ける。

叱られて逃げてきて、不貞腐れて…まるで小さな子みたいじゃないか…。

そんなことを考えていると、さらにどうしようもない気持ちがのしかかってくるようで、ため息が増えた。

 

はあぁ…。

そんな時。

 

ーーゆらり。

水槽に反射して一瞬映った。

青髪のポニーテール。

一瞬イルカの尾鰭のようにも見えたそれを、僕は目で追うようにして。

振り向いた、ーーその先。

 

「…あれ?何してんの?」

 

…なんでだろう。

こんなにタイミングよく姿をあらわす。

彼女はーー。

 

つづく。





難しい…。

プロットは大雑把にできて、全体の構成はあらかた仕上がりつつあるのですが。
なにぶん喧嘩させる?とか、そういうやりとりを考えるのが下手くそですね。
今回のチカちゃんとの口喧嘩を考えるのに1週間かかりました((
その割に納得してるような、そうじゃないような出来ですが…(
慣れないですね〜。
意図したものがちゃんと伝わる形でかけているのやら…。

そして、この話は少し長くなる〜と以前も言っていましたが、もっぱら本編より長くなるのでは?と、プロット書いてて(
結構、嫌〜な雰囲気の話をこれからもネチネチと続けていくと思います(笑

なんか改めて読み返しつつ…口喧嘩シーンはアクが足りないよう気がしますねー(
というか、圧が弱いのに、主人公君が折れるのが早すぎるような…(笑
あんまりクドクドしてしまってヒステリックに見えてくるのが嫌な気もしたんですけど…。
ちょっとその辺は書き足すか…直すかするかも?ですね。

さて、長々とあとがき書いても仕方ないのでここいらで…。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep2-4 Independent Future - 拠所

 

カナン「あれ?何してんの?」

 

視線を送った先にいたのは、カナン。

この辺に住んでいるわけでもないのに、何故こうばったりと出くわすのだろうか…。

 

主人公「…それは、こっちのセリフのような気がする。」

主人公「どうしてここに?」

カナン「あー、私は今日休みだし…。」

カナン「それと、友達の誘いで、こっちの大学生の合コンに…。」

主人公「友達といってくるの?」

カナン「いや、その友達は行かないけど…って。」

主人公「そっか。」

 

ふーん…。

たしかに今日の彼女の恰好は、おめかしした風でいつもよりさらに魅力的に映った。

 

カナン「っていうかさ。」

カナン「あなたこそ、どうしたの?」

主人公「…え?」

カナン「こんなところで、そんなに身震いしながら…。」

カナン「何かあったの?」

主人公「…ちょっと、ね。」

カナン「ははーん?ひょっとして、チカと喧嘩でもしたな〜?」

主人公「…。」

カナン「図星…かあ。」

カナン「それでここにきて、不貞腐れてたって訳だ。」

主人公「…うん。」

 

相変わらず彼女は僕のことを見透かしているかのように言い当ててくる。

 

カナン「いつも思うけど、なんで水族館なの?」

主人公「なんでって…なんで?」

カナン「私と喧嘩した時も水族館に行ってたでしょ。」

主人公「ああ、うーん…。」

主人公「…なんでだろ。」

カナン「あらら…。」

 

あんまり考えたことないや。

自然と足が向かう先がこういうところだったりするだけなんだけど…。

 

カナン「やっぱり水族館が好きだから?」

主人公「それもあるとは思うけど…。」

主人公「魚に…慰められたいから、かな。」

カナン「…ふーん。」

 

カナンは神妙な表情でこちらをジロジロと眺めながら歩み寄ってくる。

 

カナン「部屋、飛び出してきたんでしょ?」

主人公「…。」

カナン「やっぱり。」

 

彼女はショルダーバッグから携帯用の防寒着を出して、僕の背後に回ってくる。

 

主人公「…カナン?」

カナン「今日は寒いっていうからさ、念のために持ってたの。」

主人公「いいの?…っていうか、君は寒くないの?」

カナン「まあ、大丈夫だよ。」

 

そういって彼女は僕の肩に防寒着を羽織らせて、それを着せようとしてくる。

 

主人公「う…うん、でも自分で着られるからさ…。」

カナン「ほら、袖通すよ。」

主人公「…はい。」

 

ーー。

 

カナン「これでよし、あったかいでしょ?」

主人公「ありがとう。」

カナン「あなたは…寒がりだって、私は知ってるからさ。」

主人公「そうだっけ?」

 

彼女は嬉しそうな表情で僕の隣にやってくる。

 

カナン「ふふふ。」

カナン「何でチカと喧嘩したのかは知らないけどさ。」

カナン「どうせ、あなたが一方的に叱られただけでしょ?」

主人公「うん…。」

カナン「まあ、たまにはすれ違っちゃうときもあるよ。」

カナン「あなただって、悪気があってのことじゃないんでしょ?」

主人公「悪気はなかった…って言うのかな。」

主人公「僕がぼやぼやしてるから。」

主人公「結果的に、チカちゃんを不安な気持ちにさせちゃったせいで怒られて、ここに…逃げてきちゃったんだ。」

カナン「…。」

主人公「僕が無神経なことするから、怒られたんだっていうのにね。」

主人公「僕はチカちゃんに怒られたことに、むしろ腹を立てて…。」

主人公「そんなに言わなくてもいいじゃん…なんて思っちゃってて。」

主人公「自分が…嫌だなってモヤモヤしはじめたら、チカちゃんと向き合うのが怖くなっちゃった。」

主人公「僕は…。」

 

さわ…。

言葉を遮られるように、カナンの手が僕の頭を撫でる。

 

カナン「よしよし、わかったわかった。」

主人公「カナン…。」

カナン「悪かったって思ってるんだったらさ。」

カナン「後で素直に謝ればいいじゃん。」

主人公「…うん。」

カナン「ふふふ。」

カナン「あなたって、やっぱりいつまでも変わんないね。」

カナン「…そういうところ、やっぱり私は…ほっとけないな。」

 

暖かい手、優しさに包み込まれるような心地がして…。

慰めてくれるカナンの優しさが、すごく嬉しくってーー。

 

ひしっーー。

 

カナン「ひゃっ?!ちょっ…ちょっと!?」

主人公「…。」

 

ーーーダメだって…。

そう思いながらも、僕は彼女に抱きついていた。

抱きしめる腕の中に彼女の感触と温もりが…、彼女の匂いがする。

その懐かしさに、僕は安心して彼女に甘えてしまう。

 

カナン「…。」

カナン「…もう、全くあなたは、甘えん坊さんなんだから。」

 

彼女の手が、僕の後ろ頭を優しく撫でる。

 

カナン「よしよし、あなたの気がすむまで、好きにしていいよ。」

 

ああ、またチカちゃんに言いにくいことができてしまった…。

そんな風に感じながらも、僕はカナンの優しさにしばらく甘え続けた。

チカちゃんに叱られた原因は、カナンとの関係にあるというのに…。

それをわかっていながらも僕は、偶然カナンと居合わせたその瞬間から、カナンに対して警戒心を抱くどころか、胸躍らせるような気持ちがあって…。

ああ、僕はやっぱり…カナンのことが好きなんだって、再確認してしまったーー。

 

ーー。

 

抱きしめていた腕の力を抜くと、それを察して彼女の手が下げられる。

実はもう少し甘えていたかった…でも、そろそろやめなくてはと、微力な自制心がやっとの思いでブレーキをかけた。

 

主人公「…ごめんね、いきなり。」

カナン「ううん、気にしないで。」

 

なぜか僕の服の裾を握りしめたまま、彼女は上目遣いに見つめるように、頬を紅潮させて満足気な表情を浮かべる。

なんだか…彼女と付き合いはじめた頃を思い出すみたいで、彼女が愛おしいと思う気持ちに…歯止めが効かなくなりそうだった。

 

主人公「ねえ、カナン。」

カナン「何?」

主人公「もしも…。」

主人公「今日みたいに、僕が落ち込んでしまうことがあったら…さ。」

カナン「うん。」

主人公「君のこと…君の優しさを、僕の…拠り所にしても…いいかな…。」

 

何言ってんだろーー。

 

カナンは一度、口を緩めかけて、しばらく俯き悩んでから、今度は口をきっと結んでおもてをあげると。

腕をバツ印にして。

 

カナン「ブッブー、イケマセーン。」

主人公「…カナン?」

カナン「2度目はアリマセーン。」

 

唖然とする僕に向かって、くすっ、彼女は微笑んでから優しく諭すように言う。

 

カナン「今日は今日で、…仕方ないとしても。」

カナン「そういうのは本来、チカの役目でしょ?」

主人公「う、うん。」

カナン「ま…まあ?チカと喧嘩したっていうときには…」

 

モゴモゴとしりすぼみに言葉を言いかけて、彼女はわざとらしく咳払いする。

 

カナン「んんっ!!」

カナン「…とにかく、早く仲直りして、甘えるのは…いっぱい…チカに甘えればいいんじゃないかな?」

主人公「うん。」

カナン「大丈夫だよ。」

カナン「チカはちゃんと話せば、わかってくれる…。」

カナン「何が悪かったのか、それがわかってるんだったら大丈夫。」

主人公「…うん。」

カナン「ちゃんと謝れば、許してくれるよ。」

カナン「きっと。」

主人公「ありがとう、カナン。」

 

何が悪かったのかーーか…。

僕の背筋を冷たい指がなぞるような気がした。

その後ろめたさに、背を向けるつもりで彼女を後に。

 

主人公「…じゃ…じゃあ、僕はそろそろ…。」

カナン「うん…またね。」

 

歩きだした、その束の間。

 

カナン「主人公君。」

 

声をかけられて、つい振り返ろうとしてしまうが。

自制心は警鐘を鳴らす。

ここで振り返ったらーー。

 

主人公「…何?」

 

背を向けたまま返事すると、しばらく間をおいて。

 

カナン「…ううん、なんでもない。」

カナン「バイバイ。」

主人公「…バイバイ。」

 

何事もなかったように再び歩み出したーー。

…。

水族館を出た頃に、ほっと胸をなでおろして自分の心臓の鼓動を確認する。

まだ…ドキドキしている。

きっと、あのまま振り返ってしまえば、カナンから離れられなくなっていたのではないか…。

そう感じる自分がいた。

チカちゃんへの後ろめたさを感じながら、僕は。

背徳感に、悦びを感じているのだろうか…。

 

 

ーーー。

 

 

彼がいなくなった後。

彼がいた場所に居座って同じように水槽を眺める。

 

はあ…。

最近、ため息ばっかり。

 

この後は合コン…でも、会場へはここから電車移動をする必要がある。

地元からこちらに出てくると、何故か無意味に水族館に足を運んでしまうんだ。

それは、ひょっとすると彼に偶然会えたりするのかもしれない…と思う、そんな淡い期待感のせい。

でもまさか、本当に会えることになるとは、思いもよらなかったのだけれど。

 

…彼とは、2人きりで話ができれば、それだけで良かった。

私にとっては、ただそれだけで得られる幸福感さえあれば、それで十分だと思っていた。

それなのに彼は、急に私のことを抱きしめて…甘えてきて。

私はその瞬間、心臓が止まってしまうかと思ってしまうくらいーー嬉しかった。

彼女じゃない私でも、頼りにしてくれるんだ…って。

彼に求められていることが…つい嬉しくて、彼のことを甘やかしたくなってしまった。

 

でも、たとえそんな甘い夢を見れたとしても…私はあくまでも彼の”彼女”にはなれないんだ…。

ふつふつと湧き上がってくる彼への劣情に、覆いかぶさる蓋のような自分の立場が…理性がのしかかってくる。

彼の彼女は今、私じゃなくて…チカだからーー。

ああ、なんてーー恨めしい。

 

胸が苦しくなる…。

求めてはいけない、彼の存在が…もどかしい。

 

はあ…。

 

カナン「…今日の合コン、ドタキャンしちゃおうかなあ。」

 

そう呟いて私は、スマートフォンを手に取った。

 

 

ーーー。

 

外の雨はいつのまにか本降りになっていた。

僕はビニール傘を買って、自宅までの道を行く。

秋の長雨…になるのだろうか。

サーッと音を立てて降り注ぐ雨は、冷たく物悲しく。

まるで何かを予感するかのようで…僕は少し憂鬱な気分を浮かべていた。

 

マンションの近くまでやってきて、曲がり角を曲がる、その先…エントランスの灯りの側に、人影。

物悲しげに佇む1人の女性が…。

 

主人公「…え?」

主人公「チカ…ちゃん…?」

 

彼女に近寄ってみると、髪から服まで全身ずぶ濡れで。

その手を握ると、氷のように冷たくて…。

 

チカ「…おかえり、主人公君。」

主人公「チカちゃん…。」

 

彼女はーー微笑む。

あまりの衝撃に、僕はチカちゃんの手を握ったまま立ち尽くした。

一体…何が…?

彼女は小さく息を吐き出してから、僕に問いかける。

 

チカ「どこ行ってたの?」

主人公「え…?」

主人公「えっと…、ちょっと気分転換に…。」

チカ「どこ?」

主人公「す…水族館…。」

 

後ろめたさが…引っかかる。

 

チカ「へえ〜。」

チカ「1人?」

 

不意を突かれるような問い…。

僕は思わず、反射的に。

 

主人公「…うっ…うん。」

 

ーー嘘をついた気がした…。

 

チカ「ふふふ。」

チカ「そっか〜。」

 

不気味な笑みを浮かべる彼女は…冷たい体を僕にすり寄せるように、腕に抱きついて。

近寄せた、唇を…僕の耳元で…。

 

チカ「うそつき。」

 

ーーー。

彼女はフラフラと歩いて、僕から遠ざかっていく。

その後ろ姿を、目線で追うこともなく…、僕はただ呆然と立ち尽くして。

震えた。

 

ーー冷たい。

背筋が凍るという感覚を、僕は初めて実体験した。

 

 

ーーー。

 

 

ピピッ!

ガチャッ…。

バタン。

 

…ポタッ…ポタッ。

 

玄関に雫が滴り落ちる。

冷たいーー私。

 

チカ「…ふふ、あははは…。」

チカ「…っ…っぐ…。」

 

フラッシュバックする景色。

仄暗い室内…大きな水槽…2人の…人…抱き合う人…。

知ってしまった。

2人の密事を…私は覗き見てしまった。

 

ドンッ…。

 

玄関の扉へともたれかかる。

私の瞳から滲み出る雫は、全身を濡らした雨と混じり合って、ポツポツと零れ落ちる。

似たような悲しみは以前にも…だけど。

…また、それとも違う。

 

彼は…私を選んでくれたんだって。

そう信じることができたから、今まで彼との関係を続けられることができた。

なのに…なんで…?

 

チカ「わからないよ…っ、あなたのことが…。」

 

彼が何を考えているのかが、わからない…?

…。

ううん…違う、本当にわからないのはーー。

 

チカ「なんで…私、あなたのことが…好きだったんだろう…?」

 

あなたを信じた私がわからない…。

私は…あなたのことを…なんで?

 

チカ「わかんなくなっちゃった…っ、あはは…自分の気持ちなのに…。」

チカ「…っ、ううっ…ああっーーー。」

 

 

ーーー。

 

 

三者のすれ違いと邂逅は、大地に芽吹いた不和を順調に育てていった。

力強く根を張ったその芽の先には、小さな小さな膨らみを見せ始めており。

いずれ訪れる、開花のその瞬間までを、カウントダウンするように。

静かに揺れていた。

 

つづく。

 





あけましておめでとうございます。
そんな時期の更新になったのですが、まったくめでたくない話ですね〜(

やはり今回のテーマは、いつもの妄想しやすいシチュエーションとは異なるため、台詞回しだとかいろいろ根回し考えるのに、時間がかかりますね。
比較的エキサイトしてくる場面なんで、チャチャっとかけるかと思ってたんですけど、そうも行かないみたいです(笑
何度でも言いますけど、やっぱ難しいですねー。
なんとなく言葉回し?各々の人の感情論からは、やっぱり主人公君を少し悪者っぽくしてやろうと…(
割と衝動的に彼が動いていくような様子があったり…そんな感じです。

今回まで…-3と-4で不和の増長というか、-1と-2で芽生えた感情が尾を引き、成長していくような話になっています。
この先はあともう少しで前半戦終了という予定なので…またまたしばらく更新かかると思いますが、お待ちいただければ幸いです。
非常に私ごとではありますが、1月前半?か1月中は猛烈に忙しいかもしれないので(笑
…映画だって、通わないといけませんしね…!?(

ということです。
では今回はここら辺で…。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
また本年も宜しくお願い致します。


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ep2-5 Independent Future - 信頼

 

海辺に佇む女性。

短い髪の彼女は、その腕に抱えたものを愛おしそうに眺めながら。

唄を…唄っていた。

 

 

ーーー。

 

 

ブー…ッブー…ッ。

 

放り投げていたスマートフォンが振動しているのに気づいて慌てて手に取る。

電話だ…。

 

主人公「もしもし?」

「もしもーし。ーーです。」

「おつかれさまでーす。」

主人公「おつかれさまです。」

 

バイト仲間からだ。

 

主人公「どうかしました?」

バイト仲間「あー…えっと、バイト以外のことなんで…。」

バイト仲間「お節介なんですけど。」

主人公「お節介?」

バイト仲間「主人公さんの彼女さん。」

主人公「うん?」

バイト仲間「今日、偶然見かけたんですけど…。」

主人公「あ…うん。」

バイト仲間「雨の中、傘もささずに歩いてて。」

バイト仲間「なんか怖い顔してたから、ちょっと声掛けにくくって…。」

バイト仲間「その…大丈夫っすか?」

主人公「えっと…あー…。」

 

いや、大丈夫じゃないんだけど…。

 

主人公「あ…ははは、えっと…。」

主人公「大丈夫…、大丈夫ですよ。」

主人公「これから彼女のところ、いこうとしてたところ…ですから。」

バイト仲間「えっとお…。」

バイト仲間「…。」

バイト仲間「…ま、いいっす。」

主人公「…う、うん。」

 

嘘ーー。

見透かされている気がする…。

 

バイト仲間「もし、困ったこととかあったら…相談とか。」

バイト仲間「自分じゃ、頼りないかもしれませんけど…。」

主人公「…すみません、心配かけちゃってるみたいで。」

バイト仲間「い、いえー…。」

バイト仲間「こちらこそすんません、勝手に首突っ込むみたいで…ただのお節介ってつもりなだけだったんで…。」

バイト仲間「それだけっす、じゃ…失礼します。」

主人公「ありがとう。」

 

ツーッ…ツーッ…。

 

主人公「…。」

 

チカちゃんのことは当然、心配…だけど。

今は、無理かもーー。

スマートフォンを握ったまま、僕は床に寝そべる。

真っ暗闇の室内で、目を瞑って…。

 

…。

“うそつき”

 

僕の中に、微かな残響がいつまでも鳴り続ける。

あの言葉の意味は、間違いなく…”見られていた”ということ。

チカちゃんから逃げて、偶然出くわしたカナンに甘えた僕の行動は、チカちゃんに対する紛うことなき、裏切り。

それを自覚しながら、僕はその悪事を働いた。

当然の報いなんだ。

 

頭の中で鳴り続ける声に耳を塞いで、その声が…止むのをひたすら願って、自責の念に苦しみ続けた。

裏切りの代償は、一夜にわたって、僕に深いトラウマとして刻まれた。

 

 

ーーー。

 

 

ふー…ふー…。

 

朝、目が覚めた…だけど。

頭がぼんやりして、まるで夢の中にでもいるかのようで…。

 

ふー…ふー…。

 

天井を見上げると、まるでくるくる回っているみたい。

手を、自分のおでこに当ててみると…とても熱くって。

 

チカ「ケホッケホッ…。」

 

…。

風邪、引いちゃったかあ…。

昨日はずっと、傘もささないでいたのだから…当然のことだろうけど。

 

チカ「ふー…ふー…。」

チカ「も~お~。」

チカ「馬鹿とチカは風邪ひかないって、みとねー言ってたのに~…。」

 

独りぼっちの部屋の中で、不満を空中に漏らしても、返事をするものは何もない。

 

チカ「ケホッ…ゲホッ。」

 

荒い息と、咳が止まらない。

あったかくしているはずなのに、体に走る寒気が、独り暮らしの不安を増長させるみたいで。

心細いなあ…。

 

ベッドサイドで充電中のスマートフォンに目線を向け。

誰かーー。

…思い浮かべた顔、抱きかけた期待感に、私はーー目を瞑って。

とりあえず安静にしていることにした。

 

 

ーーー。

 

 

昨日に引き続き、今日も雨は降り続ける。

シトシト、弱く冷たく、寂しげに…。

今日は少しだけ用事があって大学に出てきていた。

フリースペースで人待ちをする僕は、窓の外を眺めながら、いつものようにボーッと、考え事をしていた。

…あ、来たかな?

足音がしてくる方向に顔を向けると、知らない人が…こちらに向かってくる。

 

「あ、あの~…。」

主人公「はい?」

「タカミチカちゃんの彼氏さん…?」

 

ん?

 

主人公「え…ええ、そうですよ。」

「あー!よかった、ですよね!?」

 

キャッキャと喜ぶ様子の女学生に、僕は首をかしげて。

 

主人公「チカちゃんの…友達とか?」

女学生「はい!そうです。」

女学生「で!ちょっと聞きたいんですけど…。」

主人公「はっはい?」

女学生「彼女…寝てました?」

主人公「???」

 

どういう…意味だ…?

 

女学生「…あれ?」

主人公「もしかして、チカちゃんと会うはずだったのに、来てない…みたいな?」

女学生「そう!そんな感じです!」

女学生「お二人仲睦まじいからてっきり、もう同棲とかしているものかと思って~。」

主人公「ああ~、ははは…残念ながら。」

女学生「そうでしたかー。」

主人公「チカちゃんと、何か約束?」

女学生「はい、今日は夏休み最後の勉強会の予定で…。」

女学生「まあ、いつまで待っても彼女が来ないので。」

女学生「メッセージ入れても反応ないし、電話かけてもなんともないから…スマホの電源でも落ちてるのかな〜って思って。」

主人公「ははは…。」

女学生「それで、もう帰ろうかと思って、廊下歩いてたら…あなたを見かけたので。」

主人公「そっか。」

主人公「っていうか面識…ないよね?よくわかったね僕のこと。」

女学生「2人とも有名人みたいなものですし…。」

主人公「え?」

女学生「まあ、そういうことなので。彼女に宜しく伝えてください。」

女学生「スマホ見ろ~!って、ふふふ。」

主人公「あ…うん、わかったよ、ごめんね。」

 

手を振って女学生は帰っていった。

チカちゃんどうしてるのかな…。

”音信不通”、僕はそのことがすごく気になった。

寝てる…のかな…。

でも時刻は大方昼前、いくら寝坊助しているにしても、もう起きていてもいいんじゃないかと。

ザワザワ、胸騒ぎがするみたいな気持ち。

 

昨日、冷たい雨の降る中で、彼女は僕を待っていた。

そこまでの道中も、きっと彼女は傘もささずに…びしょ濡れになって。

寒かっただろうに、風邪とか引いてなければいいんだけど…。

 

そんな心配事と矛盾して、彼女と会うことを恐れる自分がいた。

どんな顔して会えばいい、僕と…会ってくれるのかな?

 

「おーい、主人公君お待たせー。」

主人公「あっ、はい。」

「ーーー。」

 

ーー。

 

用事が済んで大学を後にし、外を歩いていると何故だか自然と彼女のマンションへと道を歩んでいた。

チカちゃんの部屋の前…。

 

ピンポーン。

 

何の躊躇いもなくチャイムを鳴らした。

…。

しかし待てども待てども、降り続ける雨音以外に何も…反応がない。

居ないのかな。

 

サーッ…ゴトッ。

 

…今、微かに物音がしたような。

もう一度チャイムを鳴らしてみる。

 

ピンポーン。

 

主人公「寝てる…のかな…。」

 

あんまりここで待ち続けているのもよくないだろうし。

あんなことがあった後に、勝手に押し入っていくのも気まずいから、ひとまず…帰ろうかな。

そう思いかけたとき、ポケットの振動に気づいた。

スマートフォンを取り出すと、ロック画面に表示された通知…。

 

[新着メッセージ:タカミ チカ]

 

…。

その表示を見て、僕はいまさら怖くなった。

今まさに彼女に会うためにここに来ているというのに…。

恐る恐る、スマートフォンのロックを解除して、メッセージを見る。

 

チカ[もしかして来てるの?]

 

なんて返事しようか…しばし頭を悩ませてから、震える指先をスワイプさせて文字を入力していく。

 

主人公[うん]

主人公[ちょっと心配になって]

チカ[帰って]

 

…まあ、そうだよね。

昨日の今日でいきなり顔を合わせるなんてーーー。

やっぱり帰ろう。

 

サー…ッ…ゲホッーー。

 

扉から離れようとしたその時、雨音に紛れて扉の向こうからの音が聞こえる、咳…?

やっぱり、ただ眠っていただけではないみたい。

どうする、どうしよう?

ーーなんて、考える余地もなかった。

 

主人公「チカちゃん、入るよ。」

 

ピピッ!

ガチャッ…。

 

持っていた合い鍵で扉を開ける…ドアチェーンがかかってない。

部屋の中には、ベッドの上でしんどそうにスマートフォンを握ったままの彼女。

 

主人公「チカちゃん大丈夫?」

チカ「…こないで。」

 

歩み寄っていく僕を拒否する彼女の言葉、気にしていたら立ち止まったかもしれないけど。

僕はそんなことよりも彼女のことが心配で仕方がなかった。

 

チカ「ケホッ…やめ…ケホッ。」

 

隠れようとする彼女の布団を軽く引き剥がして、多少強引に彼女のおでこに触れる。

すごい熱い…。

やっぱり昨日の雨で冷えて、風邪を引いたんだ。

そこまで確かめてから、睨みつけてくるようにこちらへ目線を送る彼女と目が合ってしまって、つい固まってしまう。

どの面下げてやってきたんだ…ってね。

言いたいことはわかるよ、でもね。

 

主人公「ごめん、会いたくないって気持ちはわかるし。」

主人公「僕に…言いたいこととかもたくさんあるって、だいたいわかってるけどさ。」

主人公「今だけはそういうこと、ナシにしてくれないかな…?」

主人公「僕の身勝手なんだけど。」

主人公「今はチカちゃんのことが心配だよ。」

チカ「…。」

チカ「勝手にしてよ…。」

 

そう言って再び布団に隠れる彼女。

ーー良かった、完全に拒絶されてしまわなかったので、僕は少しだけほっとした。

 

主人公「じゃあ、僕のことは…お医者さんだとでも思って…。」

主人公「とりあえず、問診させてください。」

主人公「…症状とか、どこが苦しいとか辛いとかありますか?」

チカ「…。」

チカ「ーーー。」

 

ーー。

 

彼女の風邪症状はとても辛いみたいで、あまり屋外を歩ける体力もなさそうなので、僕は1人外へ行き必要なものを買って帰ってきた。

 

主人公「ただいま。」

 

彼女は荒い息をしながら横になっている。

その彼女の肩あたりを軽く叩くようにして。

 

チカ「…?」

主人公「これからお昼ご飯用意するよ。」

チカ「…ありがと。」

主人公「それでね、お粥とおうどん…どっちがいい?」

チカ「ーーー。」

 

ーー。

 

主人公「チカちゃん、ご飯できたよ。」

チカ「うん。」

 

昼食を持って座卓へ置くと。

彼女はベッドからゆっくりと上体を起こして布団から出ようとする。

 

主人公「そのままでいいよ、食べさせてあげるから。」

チカ「…。」

チカ「…いいよ、自分で食べられるから。」

主人公「…そっか。」

チカ「ありがとう。」

主人公「…うん。」

 

お互いに少し目をそらしながら喋る。

今はまだ、彼女に深入りしない方がいいのかな。

 

チカ「…おいしい。」

 

小さな声で彼女がつぶやく。

 

主人公「よかった。」

主人公「欲しかったらまだあるから、言ってね。」

チカ「うん。」

 

ーー。

 

昼食を食べた彼女は薬を飲んで安静にしている。

眠る彼女、まだ少し苦しそうな様子で、今日、明日くらいは風邪で辛いんじゃないかな…。

その彼女の呼吸する音に耳を傾けながら、ベッドにもたれかかって本を読んでいた僕は、ふと思い立って立ち上がる。

 

彼女を起こしてしまわないように、静かに外に出てエントランスへ。

確かあの人は、今日はーーじゃないから…せっかくだし。

スマートフォンを手にとって電話をかける。

呼び出し音が数回鳴って。

 

主人公「もしもし。」

「もしもーし。」

主人公「ーーー。」

「ーーー。」

主人公「…うん、相談というか、ひとつ頼みたいことがあって…。」

「ーーー。」

 

 

ーーー。

 

 

真っ暗闇。

目が覚めたけど、明かりはなくて、とても静か。

寝そべったまま、ベッドサイドの方へと顔を向けると。

そこに居たはずの人が、居なくなっていることに気づいた。

流石に帰ったのかな…主人公君。

寝る前までずっと傍にいてくれた彼を、私はいつもより頼もしく感じられた。

1人…、そこに居てくれるだけで、温かくて、寂しくなくって、すごく嬉しくてーー。

 

ああ…、彼のことをこんな風に感じられるのは、すごく久しぶりかもしれない。

2年が経った彼との関係は、いつの間にか当たり前になっていて

特にここ最近は、彼とのことを不安に思うことが多く。

彼のこと…疑う気持ちで目くじらを立てる様になって、イライラして。

溜まりに溜まったその気持ちを、昨日はぶつけて…。

あんなところを、見てしまってーーー。

 

チカ「…っ。」

 

…色々考えていると、少し頭が痛くなってきた。

症状は少し軽くなったように感じていても、まだまだ風邪ひき。

それと、少し喉が渇いたみたい。

座卓テーブルに置いてあるペットボトルを取るために、上体を起こしてベッドを降りようとした時。

 

ベッドの側に、人が横になっていた。

主人公君ーー。

少しだけにやけてしまうような気分で私は、めくれていた彼を覆うブランケットを静かに直して。

 

チカ「ありがとう、主人公君。」

 

起こしてしまわないように、静かにそう呟いた。

 

つづく。

 





残すところ、あと1話で前半終わりです。
…といってもあんまり締まった展開というか、そんなしっかりした終わりにはしない予定ですが。

ここに書くこともあまり、思い浮かばなくなってきました。
…というのも、話をほぼ書ききってから確認する作業を長い間続けていたので、あまり執筆にあたって思うところを書き連ねるというのが思い浮かばないということです(
結局のところ、落ち着ける時とかでなければ、あんまり確認作業も捗らないので…なんて。
そんなことをいいながら、本当に意図していた物語を正しく書けているのかは、実質よくわかってない状態で「えいやー!」ってゴーサイン出してますけど(笑
まあ、そんな感じで毎度博打を打つみたいに更新しています。

前半ラストの執筆も、これから始めていこうかと思いますので…。
また引き続き、読んで頂ければ幸いです。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep2-6 Independent Future - 約束

 

にんまりと微笑む男の子がいた。

私はその子の笑顔がとても好きだった。

優しくて、温かくて。

 

目の前の男の子は突然そっぽを向くと、急に淋しそうな顔をして私の元を離れて行こうとする。

 

「待ってーー。」

 

思わずその手を掴んだ。

すると男の子はこちらを向いて…また笑顔を見せてくれた。

…よかった。

私はそのままゆっくりと前へ向かって歩いて行く。

男の子も私に手を掴まれていることを嫌がることなく、私についてくるのだけれど。

少し歩いては後ろを振り返って、何もないところを何故か見つめる。

何度も繰り返すその行動に、私は首を傾げながら、一緒に歩いていると。

 

「ーーー。」

 

誰かが誰かを呼ぶ声がした。

その声につられて振り向く私たち。

そこには人影。

知っている人、女性ーー。

男の子は私の手から抜け出して、女性の方へと向かって行った。

私に見せたことがないくらいの笑顔で、まるでその人を…今まで待ち続けていたかのように一心不乱に。

私は、その様子に声もかけられず…ただ、呆然としたまま立ち尽くして。

 

「そっかーーー、うん、いいんじゃないかな…それで。」

 

そんな言葉を自分に言い聞かせるようにして、納得したつもりになっていた。

 

俯いた私はそのまま後ろを向いて、2人から離れていこうと思った。

その手を…何者かが掴む。

振り返った私の目の前には、男の子。

男の子は何かを伝えようとしてくる、一生懸命。

何を伝えられたのかは分からなかったけど、それに嬉しくなった私は。

男の子の手を引いて、また前へと歩みだした。

遠巻きに見ていた女性の手も引っ張って。

3人で、一緒に笑いながら。

どこまでも…そのまま歩んでいけると思っていた。

 

「うわっ!?」

 

私の視線は、突然何もない地面に向かって落っこちた。

繋いでいた手は咄嗟に離していたから、私1人転けてしまっただけみたい。

よかった。

視線をあげると、わたしの鼻先には…花。

その向こうに、2人。

男の子と女性。

2人は手を繋いだまま。ゆっくりと歩いて私を置いていこうとする。

 

「待ってよ…。」

 

立ち上がろうとする私の足には、植物の根のようなものが絡みついて私を捕縛する。

ーー目の前の花。

まだ蕾だったそれはゆらゆらと揺れながら。

突然、その動きを止めて。

私に見せつけるみたいに…じわじわとーーー。

 

ーー。

 

チカ「…。」

 

…夢。

目が覚めてもまだ周りは暗かった。

 

ハッと思い出したように感じた不安に、私は上体を起こしてからベッドの側を覗き見る。

…良かった、居る。

そこには静かに寝息を立てている主人公君。

 

ホッと一息ついてから、時計を確認して、少しだけ身震いする。

寒い、体が寝汗でビショビショになっているからかな…。

枕元に置いていたタオルで体を拭いてから、布団の中へと潜り込んで、再び眠りにつく。

 

午前2時。

 

 

ーーー。

 

 

ゴッ!

 

「…あいたっ!いったたた…!」

 

突然の物音に、僕は思わず飛び起きた。

体を起こして見た先には、転げたチカちゃんが…。

 

主人公「…大丈夫?」

チカ「いたた…うん、大丈夫。」

チカ「足が痺れてうまく歩けなくって…えへへ〜。」

主人公「お水でも欲しかったの?」

チカ「うん、喉乾いちゃったから。」

主人公「取ってきてあげるから、ほら。」

 

こけたままのチカちゃんを抱きかかえてベッドへと戻す。

チカちゃんは…笑顔。

 

チカ「ありがと。」

主人公「具合はいい?」

チカ「おかげさまで、だいぶ良くなったみたい。」

チカ「ケホッ…ケホッ。」

 

咳き込む彼女のおでこを撫でるように、熱を測る。

 

主人公「まだ熱もありそうだし。」

主人公「今日一日は安静にしておこうか。」

チカ「うん。」

 

素直に返事をしてくれる彼女の表情は、昨日に比べてとても柔らかく。

いままでの…いつもの、チカちゃんに戻ってくれたみたい。

よかった、ひとまず安心。

 

主人公「はい、お水。」

 

コップに注いだそれを手渡そうとすると、カレンダーを凝視するチカちゃんが心配そうに呟く。

 

チカ「…ねえ、主人公君。」

主人公「ん?」

チカ「今日、バイトじゃない…かな?」

 

ああ、そういうこと。

 

主人公「代打を立ててるから大丈夫だよ。」

主人公「まだチカちゃんの具合も良くないだろうからと思って。」

チカ「…ありがとう。」

チカ「ごめんね、心配かけちゃって…。」

 

申し訳なさそうなチカちゃん、でもチカちゃんが風邪引いたのは。

一昨日、僕を待っていたから…。

 

主人公「ううん、それは…謝るのは、僕の方っていうか…。」

チカ「あ、うっ…えーっと、ご飯!」

主人公「?!」

チカ「お、お腹空いちゃって〜あははは。」

 

話題をそらされた、なんでだろう。

でも、まだ触れて欲しくないってこと…なんだよね、きっと。

 

主人公「…。」

主人公「うん、わかった。」

主人公「お腹、空いてるんだったらどうしよう、ちゃんとした物なら…。」

主人公「また昨日と同じレパートリーになるけど。」

チカ「昨日のおうどん、美味しかったから、また食べたいな。」

主人公「ふふっ、じゃあちょっと待ってて。」

 

ーー。

 

主人公「おまたせ、チカちゃん。」

 

座卓テーブルにお皿を置いてから座る。

チカちゃんは上体を起こしたまま、指を遊ばせてモジモジ。

 

主人公「どうかしたの?」

 

チラチラ、はにかみ顔でこちらを見ながら。

 

チカ「…あのね。」

主人公「…うん?」

チカ「その、よかったら。」

チカ「ご飯…食べさせてほしいな、…なんて。」

 

昨日とは打って変わって…甘えたがりなチカちゃん。

どうしたんだろう、ふふふ。

なんだか僕は、ついつい嬉しくなって。

 

主人公「うん、わかった。」

 

座卓テーブルをベッドに寄せてから、僕たちは朝ごはんを一緒に食べた。

 

 

ーーー。

 

 

食器を洗う主人公君を眺めながら、私はベッドの上で安静にしていた。

風邪の症状は、昨日に比べると随分楽なので、少し退屈な気持ちの方が勝るような、そんな気分。

 

…。

一昨日のこと…。

主人公君…気にしていた、当然だろうけど。

どうしよう、私はーー。

その日は、裏切られたという思い、怒りや悲しみで、心はいっぱいいっぱいだった。

だけど…。

今感じているのは、彼との関係に抱く、気持ちの悪い焦燥感。

彼の気持ち、彼の目に私は…どう映っているのだろう。

そんなものはわからない…。

 

取り留めのないこと、考えれば考えるほどに、私の心は不安定になっていく。

そんな中で私は、ひとつの思惑を浮かべるようになっていた。

それは、今の私を保つための…ひとつの願い。

約束。

 

それを、彼に願ってしまえば…今の3人の関係は、壊してしまうことになる。

…そんなこと、許されるのかな。

カナンちゃん。

 

ブッブー…。

 

私の近くでスマートフォンが振動した、これは…主人公君のだ。

持って行ってあげよう、そう思って主人公君のスマートフォンを手に取ったら。

 

[新着メッセージ : マツウラ カナン]

 

見えてしまった…その通知を凝視しながら。

主人公君の元へと持って行った。

 

チカ「主人公君、メッセージきてるよ。」

 

 

ーーー。

 

 

主人公「あ、ありがとう。」

 

手渡しされたスマートフォンのロックを解除して、内容を確認する。

カナンから…か。

 

カナン[貸した防寒着はまた機会がある時に返してネ]

 

そっか、危うく忘れるところだった。

次会った時にでも返せるかな…。

 

とりあえず返事も打たずに、スマートフォンから視線を外して、ポケットへと仕舞おうとしていると。

隣に来ていたチカちゃんが、俯いたままこちらを向いて止まっていることに気がついた。

 

主人公「チカちゃん?」

チカ「…えっと。」

チカ「メッセージの相手、見えちゃったの。」

 

ひやり…。

 

主人公「…うん。」

チカ「見せてっては言わないけど、ちょっと…気になるなって。」

主人公「…。」

 

少しだけ躊躇った。

でも、チカちゃんの部屋に来た段階で…それらの覚悟はできているつもりだったから。

ゆっくりと深呼吸してから、僕は。

 

主人公「一昨日のこと…。」

 

スマートフォンのメッセージをチカちゃんに見せながら。

 

主人公「防寒着をカナンから借りちゃったから、それを返さなきゃって話。」

チカ「…うん。」

主人公「えっと…。」

主人公「チカちゃん、その一昨日のこと…なんだけど。」

 

チカちゃんのこと、真っ直ぐ見つめて。

しっかり頭を下げる。

 

主人公「ごめんなさい。」

主人公「君を…裏切るようなこと、してしまったこと、反省してる。」

チカ「…うん。」

 

 

ーーー。

 

 

深々と頭を下げた主人公君はしばらくして面をあげて。

少し俯き加減にこちらを見ている。

私の返事を待っているみたい。

 

私は少し躊躇いながらも、湧き上がっていた思い…願いをひとつ。

 

チカ「主人公君。」

チカ「ひとつだけ、お願いしてもいい?」

主人公「うん。」

チカ「できれば…。」

 

これを言ってしまえば、もう。

あの頃の3人には、戻れなくなってしまうかもしれない。

だけど私の意思に、そんな迷いは生まれることなく…。

 

チカ「カナンちゃんには、あんまり会わないでほしいの。」

 

淡々と、告げてしまった。

 

主人公「…。」

チカ「酷いこと言ってるっていうのはわかってるの、でも。」

チカ「そうでも言ってくれないと、私…信じられない。」

 

あなたを…カナンちゃんを…私自身を…。

 

チカ「…。」

チカ「あなたの気持ちがまだ、私に向いてくれているのなら。」

チカ「それだけ、約束してほしいの。」

チカ「他の言葉も、何も…要らないから。」

チカ「私だけのあなたであって欲しいから。」

チカ「だから…。」

 

ああ、ーーー。

 

主人公「…。」

主人公「…うん、わかった。」

主人公「約束するよ。」

主人公「カナンとは…会わない。」

 

戸惑いを見せながらも、彼はしっかりと返事をしてくれた。

 

チカ「…ありがとう、主人公君。」

チカ「…。」

 

私の願いに、彼は応えてくれた。

それは、嬉しいことのはず…なのに、胸がズキっと痛んだ。

 

ーー。

 

”約束”は、これから…私を縛り付ける新たな足枷になって。

私の中で花開いた不和の感情は、ーーー。

 

…今思えば、彼を思う感情はすでに、義務感に等しかった。

彼と付き合っているのだから、その関係を保たなければいけない。

私の頭の中は、そんな考え方で、彼との関係を続けていた気がする。

彼を思う、純粋な気持ちは、いつのまにか…。

その関係が、幸せだったということと共に、忘れていたのかもしれない。

 

ーーー。

 

揺れ動く、私の目の前で開花したその花は…。

黄色いバラのようだった。

 

 

前半おわり

後半へつづく…。

 





やっとこさ更新です、お久しぶりです。

一応これで前半終わりになります。
後半も同じくらいのボリューム…になるのかどうかは、また描き進めていかないとちょっとわかりません。

長いことひとつのテーマで書き続けていたので、すこし合間の休憩を入れようか、とか思いつつ。
おそらくこれの次の話は、またしばらく時間をおいて、更新するではないかと思います。
その際は前半をまた見返して、いろいろ辻褄合わせとかで、文言だったり流れだったりを少しいじるかもですね〜、その辺はかなり気分次第です。(
まあ、何分なれない物語展開に、頭の中がごちゃごちゃになっているので、結構すでに書いてる文も、変なことになっているのではないかと思いつつ…ですね。

また後半開始の際には、前書きにいろいろ書こうかと思うのですが。
今までの話の展開的にも、原作乖離もさる事ながら、かなりキャラクターの関係だったりをヒン曲げていたり、衝突させるようなことがあったりするので、[アンチ・ヘイト]タグをつけた方が適切ではないかな?とか思ってます。
この話に限って言えば、”ちかなんと”なんて銘打っておいて、ちかなんちゃんが衝突しちゃう話ですからね(
とんでもない((
なので、タグ付け云々とかもまたまた見直して行こうかな…と。
その辺のマナーは結構、蔑ろにしているつもりはないのですが、疎いので「こうした方がいいですぞ!」みたいなことがあれば、是非教えていただきたいです。(笑

思うところは…色々あるのですが。
だらだら書いていると、下手すると本文を超えてしまうという、ブログ感覚のあとがきをつけてしまうので。(既になってますけど
ここら辺で終わりにします。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
また後半を読んでいただけたら幸いです。


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ep3 涙の雫を集めて。[if story]


######[注釈]######

この話は[番外編]後編のifストーリーです。

################

これは、主人公が本編中で取り零したもの。

1人の少女の涙。
一滴一滴集めたそれは少女の憧憬、あったかもしれない物語のカケラ。
それは幻想、もし…少女の悲しい涙が流れることがなかったのならーー。

if….



 

…。

バス停へとたどり着いた僕は、軽く目をこするようにして涙を拭う。

横目に向ける視線の先には、遠く離れたカーブからバスがやってきているのが見えた。

 

本当に、これでよかったのだろうか。

彼女との最後のデートを終えた僕は、彼女に見送られてこれから帰路へとつこうとしていた。

刻一刻と迫ってくる、別れの瞬間。

だんだんと近づいてくるバスの音に耳を傾けながら、迷える気持ちのまま、つい…僕は後ろを振り向いてしまう。

 

“私はここまで”

バス停から遠く離れたところで、そう言って別れたはずの彼女は…。

僕のすぐ傍までやってきていた。

ウルウルとした瞳でこちらを見つめる彼女は、とても別れを覚悟したようには見えなくて。

そんな様子が、すごくいぢらしくて…愛おしくって。

 

僕はーーー。

 

 

ーーー。

 

 

「お帰りなさいませ。」

 

帰国の手続きを一通り終えて、通路を歩んでいく。

久しぶりの日本。

到着ロビーへとついた私は、周囲を見回して待ち人を探す。

 

「カナン。」

 

私を呼ぶ声…、しばらく会っていなかっただけで、すごく懐かしいもののように感じた。

声の方向へと駆け足で近寄っていく、その足取りは軽く。

今すぐ、笑顔で待つあなたに…。

ハグしたい、そんな気持ちで彼に向かって飛び込んだ。

 

ボスッ。

 

主人公「ちょっ…カナンってばいきなり。」

主人公「い゛っ!?いっ痛いってば!」

 

彼の体をギュウッと強く抱きしめて、しばらく彼の胸元に顔を埋めたまま深呼吸する、…匂い。

ああ…間違いなく、彼だ。

締め付けていた腕を私は少しだけ緩めると。

 

主人公「…おかえり、カナン。」

 

彼の手が、優しく私の頭を撫でる。

とても心地いい…。

埋めていた頭を上げて、彼を見つめて返事をする。

 

カナン「ただいま…。」

カナン「主人公君。」

 

まるで、2人きりの空間にいるかのようなつもりで、私は再び彼をギュッとハグする。

ずっと…待ち望んでいた瞬間に、私はーー。

 

「ほっほーう。」

 

…ん?

近くから私たち以外の声…それも、全く知らないものではない声が聞こえる。

まさか…とおもって視線をそちらにやると。

にやにや、とても楽しそうな表情を浮かべる…幼馴染のチカが。

 

カナン「えっ!?チカ!?」

カナン「何でここにいるの?!」

チカ「ふっふーん!ご馳走様でした〜。」

カナン「っ〜!!」

主人公「あははは。」

 

思わず私は顔を真っ赤に染めて、主人公君を突き飛ばすように一歩引く。

でも、なんで…?

 

カナン「ねえ、なんでチカがいるのさ?」

チカ「カナンちゃん顔、怖いよ。」

主人公「チカちゃんは大学が同じで、偶然知り合って。」

主人公「友…。」

チカ「そう、私たち友達!」

主人公「妹だったかな…。」

チカ「違うでしょー!」

 

ふざけあう2人、距離感が近いその様子に私は少し顔をしかめて。

それに気づいた彼は、少し戸惑いながら言葉を繕うように。

 

主人公「つい最近、チカちゃんがカナンの幼馴染だって知って…びっくりしたんだ。」

主人公「それで一緒に迎えに行こっかって話になって…。」

主人公「えっと…チカちゃんとは、その…大学で会った時に話したりとか、一緒に遊びに行ったりとかするような仲で…。」

カナン「ふーん。」

カナン「私の居ない間に…ね。」

主人公「はっ…ははは…。」

主人公「なんか、言い方に棘があるね…。」

カナン「当然でしょ。」

 

私はふくれっ面で主人公君を睨みつける。

すると空気を読んだチカがオロオロし始めて。

 

チカ「え、えーと…。」

チカ「そ、それにしても〜、意外だったなー…なんて。」

チカ「まさか、あのカナンちゃんがあんなに甘々に甘えちゃってるなんて…。」

カナン「ーっ!」

 

放たれる矢が私に刺さる。

甘えてるとこ見られた…よりにもよってチカに。

恥ずかしさで今にも爆発しそうな私は、その場に居られない気持ちになって。

 

カナン「…私、帰る!」

 

真っ赤な顔を俯き隠すようにして、私は駆け足でその場から逃げ出した。

 

主人公「か…カナン!?」

チカ「ああ!待ってよぉ〜!」

 

 

ーーー。

 

 

駆け足で逃げだしたカナンを捕まえて、僕たちは空港内の喫茶店に入った。

 

主人公「ひとまずお疲れ様、カナン。」

カナン「うむ。」

チカ「海外どう?楽しかった?」

カナン「うん、楽しかったよ。」

カナン「やっぱり日本とは何もかも違って、毎日すごく刺激的だった。」

主人公「言葉とか、大丈夫だった?」

カナン「んー…。」

カナン「結局は向こうで、時間をかけて順応したって感じかな。」

カナン「現地の人たちとの会話は、最初は全然。」

カナン「なかなか聞き取るのもままならなかったね。」

主人公「やっぱり難しいか〜。」

カナン「うん、でも日常的に使える単語とか教えてもらってたお陰で。」

カナン「単純な意思疎通だけはできたから、事前の勉強は十分意味があったと思う。」

主人公「そっか、よかった。」

チカ「…ってことは、カナンちゃん今は英語ペラペラなの!?」

カナン「あはは、ペラペラってほどは、なかなかいかないけどね。」

カナン「それでも簡単な日常会話くらいは、できるようになったかな。」

チカ「すっ…すごい!」

チカ「これでカナンちゃんには”帰国子女”って肩書きがついたんだね…!」

カナン「肩書きって…しかも帰国子女ってのもなんかちょっと違う気もするけど。」

主人公「ふふふ、何にせよ海外での経験は、これから生きてくるんじゃないかな。」

主人公「これからはグローバルな人材が求められる時代だし。」

チカ「グローバルな人材…!」

カナン「うむ、海外ツアーなんかも、うちで企画できるようになるかもしれないしね。」

チカ「海外ツアー…!!憧れちゃうね!」

チカ「七つの海を股にかける、グローバルなダイバーになろう!…みたいな!?」

主人公「あはは、なんかすごいビッグなダイバーになれそう、それ。」

チカ「波止場でパイプを吸う姿がダンディーな、ひげのおじさまみたいな?」

主人公「はははは!それじゃまるで船乗りだよ、ふふふ。」

チカ「あはは!」

 

チカちゃんの話題の脱線ギャグに付き合って笑っていると。

ズズズーッ。

わざとらしく音を立ててコーヒーをすすりながら、カナンがこちらをジロリと睨む。

 

主人公「カナン…?どうかしたの?」

カナン「…。」

カナン「別に…。」

カナン「…本当、仲いいんだね、2人。」

チカ「うん、仲良しだよ!ね。」

主人公「うん。」

 

この顔は…カナン、すごくもやもやしてる。

ヤキモチ焼いてる…?

 

主人公「ごめんごめん、ついつい話が横道逸れちゃって。」

主人公「それで…。」

 

ーー。

 

しばらく談笑を続けた僕ら。

ふと時計を見ると…。

時刻は夕暮れ時が迫っていた。

 

主人公「あ、もうこんな時間だ。」

カナン「ん、本当だ。」

チカ「それじゃあ、そろそろ帰る?」

チカ「…って、カナンちゃんここから内浦に帰るの?」

カナン「ううん、今日は東京で一泊してから帰るって言ってあるから、とりあえず…。」

 

僅かに頬を染めて、チラッとこちらに目配せするカナン。

僕はそれに微笑んで合図を返す。

その様子を見たチカちゃんは、何を察したのか少し紅くなって。

 

チカ「そっか…。」

チカ「そしたら、途中まで一緒に帰れるね。」

カナン「うん。」

カナン「一緒に帰ろっか。」

主人公「ふふふ。」

 

ーー。

 

空港から電車で移動し、マンションの最寄り駅まで着いた。

僕たちが駅近くで夕飯を済ませた頃、外は暗く、辺りはイルミネーションの灯りで彩られた、この季節特有の賑やかな雰囲気に包まれていた、12月の夜の街。

ここから僕とチカちゃんのマンションへは、それぞれ別方向に帰るようになる。

 

チカ「じゃあ、私はここで。」

カナン「チカ、また明日2人で喫茶店にでも行こうよ。」

チカ「うん!」

カナン「いろいろ…話したいこともあるし。」

チカ「…?」

チカ「うん。」

チカ「じゃあねカナンちゃん、主人公さん。」

主人公「うん、バイバイ。」

カナン「またね、チカ。」

 

チカちゃんは可愛らしく手を振って別れていった。

 

主人公「それじゃ、僕らも帰ろっか。」

カナン「うん。」

 

カナンと2人、肩を並べて。

僕はカナンのキャリーバッグを、片手で転がして歩く。

長期滞在用の大きくて重たい荷物…。

 

主人公「カナン、疲れてない?」

カナン「ん?私は平気だよ。」

カナン「ふふふっどうしたの?」

カナン「私のキャリーバッグ、重かった?」

主人公「ううん、そういうわけじゃなくて。」

主人公「これからまだしばらく歩かなきゃいけないから。」

主人公「帰国していきなり、辛くはないかなって思って。」

カナン「ありがと、大丈夫だよ。」

カナン「私が体力に自信あるのは、よく知ってるでしょ?」

主人公「そうだね、ふふふ。」

 

いらぬ気遣いだったみたいだ。

しばらく彼女を横目に見ていると、手遊びしながらもじもじしてる。

 

主人公「カナン?」

カナン「…気遣い。」

カナン「して欲しいことがあるとしたら…。」

主人公「うん?」

 

カナンは僕の目の前に片手を差し出して何かを訴える。

これは…ふふふ、可愛いことするなあ。

僕はその手を握って応えた。

すると彼女は少し恥ずかしそうにしながらも、満足げな笑顔を浮かべる。

 

カナン「久しぶりだね。」

主人公「うん。」

 

キュッと握ったその手をお互いに引き寄せあって歩く。

そこに、2人の会話は必要なかった。

 

ーー。

 

マンションへと着いた2人。

 

ピピッ…ガチャッ。

 

主人公「さ、入って。」

カナン「…。」

 

彼女は開いたドアの前で少し立ち止まってから。

 

主人公「ん?カナン?」

カナン「ただいま。」

 

こちらを向いて微笑む。

僕は思わず、にやけてしまった。

 

主人公「おかえり。」

 

部屋に入るなり、カナンは辺りを見回して。

 

カナン「変わってないね、あなたの部屋は。」

カナン「相変わらず整ってて。」

主人公「どうも。」

主人公「荷物は適当に置いていいよ、とりあえず一息つこっか。」

カナン「うん。」

 

ベッドの縁に座った彼女は、側に置いてあったイルカのぬいぐるみを抱きかかえて愛でている。

僕は、戸棚の中のマグカップを出しながら彼女に問いかける。

 

主人公「何か飲む?」

カナン「んー、コーヒーでももらおっかな。」

主人公「うん、わかった。」

 

用意したマグカップにコーヒーを淹れて、ベッドの縁に座っている彼女へと手渡す。

 

カナン「ありがと。」

 

僕は彼女の隣に一人分のスペースを空けて座ると、彼女がその隙間を詰めるように寄ってくる。

今日はずっとこんな感じ…久しぶりだから、甘えたいのかな。

可愛い…。

 

そうして僕たちはしばらく喫茶店の続きの話をした。

海外での出来事や、大学生活のこと、お互いのことを語り合って。

2人の間の空白の時間を埋めていった。

 

カナン「ーーー。」

カナン「そうだ、チカのことだけど…。」

主人公「うん。」

カナン「これからは、チカと2人きりでは遊びにいったりしないで。」

主人公「う、うん?」

カナン「別に…チカとの関係を疑ったりしてるわけじゃないけど。」

カナン「単純に嫌なの、その…2人が仲良しなところ見せられるのも、そういう話を聞くのも。」

カナン「チカには…私からも、言っとくから。」

主人公「…ふっあはは、ふふふふ。」

 

彼女が可愛くて、つい笑みが溢れてしまった。

 

カナン「何?何かおかしい?」

 

彼女は怪訝そうな表情でこちらを睨む。

 

主人公「ごめんごめん。」

主人公「君がそんなに嫉妬深いなんて、ちょっと意外だったから。」

カナン「…私もそう思ってる。」

主人公「ふふ、それどういうこと?」

カナン「私は…自分のこと、あんまり物事にこだわらないタイプだって思ってたから。」

カナン「こういう恋愛ごとでも、細かいことはそんなに気にしないのかなって思ってたけどさ。」

カナン「いざ、チカとあなたが仲良いとかそんな話を聞いたら、もやもや…しちゃうし。」

カナン「あなたのことになると、私は…。」

 

愛されてるんだなって、そう思えたら嬉しくなって。

僕はギュッとカナンを抱きしめていた。

 

主人公「嬉しいよ。」

主人公「君が僕のこと、思ってくれてること。」

カナン「うん…。」

カナン「チカとは…何もないんでしょ?」

主人公「うん、友達だからね。」

主人公「…。」

主人公「まあ…告白紛いの言葉は、かけられたことあるけど…。」

カナン「…。」

 

いじわるするためにわざと地雷を踏んでみた、事実ではあるけどーー。

カナンの顔色を伺うと、予想通り…というか、今まで見たことないくらいムスッとした顔をして不服を露わにしていた。

 

抱きしめていた僕の体を、彼女は突き放すようにするので、流石に意地悪が過ぎたか…と思った矢先に。

彼女はそのまま、僕に覆いかぶさるようにして、僕を押し倒した。

 

主人公「おわっ。」

主人公「か…カナン?」

 

怒って…る?

 

カナン「…。」

カナン「チカに手を出したら、許さないから。」

主人公「ご…ごめんよ、ヤキモチ焼いてるカナンが可愛いから…つい。」

カナン「…嘘だったの?」

主人公「ううん、嘘ではないけど…。」

 

彼女はムスッとした表情のまま。

 

カナン「まったく、私のいない間に…。」

主人公「はっははは…。」

カナン「これは…お仕置きが必要だね。」

 

そういって彼女は、平手をあげるので、僕は思わず覚悟を決めて目を瞑っていると。

唇に優しく触れる、暖かい感覚が…。

目を開けると彼女にキスされていた。

しばらく重ねたままだった唇を離して、はにかむ彼女。

 

主人公「…随分と、優しいんだね。」

カナン「今のうちはね?」

カナン「でも、もし次があるとすれば…。」

主人公「あっ…ははは、次は…無いように気をつけます。」

カナン「うむ。」

 

ほっと一息吐いて、起き上がろうとすると。

彼女が僕の体を手で押さえつけてくる。

 

主人公「?」

 

彼女ははにかみ顔のまま、押さえつける僕の体に跨がるようにして伏さってくる。

体をすり寄せるように抱きつく彼女は、耳を赤くして少し大きな呼吸繰り返しながら、僕を…誘惑するようで。

 

主人公「カナン。」

 

なんとなく察したつもりに、彼女の名前を呼ぶ。

振り向く彼女、恥じらいと期待感に蕩けるような表情に、僕はそそられて、そのまま唇を重ねる。

濃く、深く、彼女に浸かって交わるように。

2人、重ねていた唇を離して、荒く息をする顔を見合わせてから微笑み合う。

 

カナン「あなたは…私のトリコでいてもらわなきゃ、困るんだから。」

主人公「…ふふっ、とっくにそのつもりではあるんだけど。」

カナン「でも私には、それが伝わってるかどうかは…、確かめてみなきゃ、分かんないんだから。」

 

可愛い彼女を、僕は優しく口づけをするように抱き寄せて。

優しく転がるように、彼女を仰向けに寝かせる。

 

カナン「私…久しぶりだから、優しくしてね。」

主人公「それは君次第じゃないかな?」

主人公「それと、久しぶりなのは僕も一緒だよ。」

カナン「…そっか。うふふ。」

 

僕の首筋を触れる彼女の手、ひんやりとしたその手を包むように握る。

 

カナン「もう、離さないから…。」

カナン「シアワセにしちゃうからね。」

カナン「うふふ。」

 

 

ーーー。

 

 

あの日、あなたが私を抱きしめてくれたから。

私は遠い地で1人になっても、寂しい思いをすることはなかった。

 

たとえ今は遠く離れていても、私が帰るあの場所に、あなたは居る。

いつまでも、変わらない気持ちで私を待ってくれている。

そう思えるだけで、私は勇気をもらえた。

 

そんな風に思えること、私は想像もしていなかったから。

あなたの珍しいわがままが、私の心を潤してくれたおかげで、涙の向こうの幸せを知ることができたんだ。

 

ありがとう、愛してるよ。

 

 

ーーー。

 

 

僕は、彼女のことを抱きしめていた。

 

カナン「ちょっ…ちょっと、主人公君バス。」

 

僕の背後で止まったバスは、扉を開いてからしばらくして、再び閉めて走り去っていった。

 

カナン「いっちゃった。」

主人公「…うん。」

 

無抵抗なまま、僕に一方的に抱きしめられているカナン。

僕は呼吸を整てから言葉を綴る、僕の本心で。

 

主人公「カナン。」

主人公「やっぱり…嫌だ。」

カナン「…。」

主人公「僕は、君と別れたくなんかない。」

主人公「君としばらく会えなくたって、きっと僕はいつまでも…変わらない気持ちのまま、君を想い続ける。」

主人公「君のことを忘れられずに、後悔し続ける。」

カナン「主人公君…。」

主人公「…本当に寂しいのは、君のことを忘れなきゃいけないって思ってしまうことなんだ。」

主人公「だから僕はいつまでも、君を…君との関係を忘れたくない、変わらない関係で、変わらない気持ちのまま、君を待ち続けたい。」

主人公「離れ離れになってしまっても、僕は君の恋人で居たいんだ。」

カナン「…。」

主人公「…カナン。」

 

僕が抱きしめている耳元で、彼女が静かに鼻をすする音がする。

 

カナン「…もう、仕方ないなあ。」

 

震えている声。

彼女の手が、僕の背中を優しく撫でるように抱き寄せる。

 

カナン「君がそこまで言うのなら。」

カナン「いいよ、一緒で…今まで通り。」

カナン「恋人で。」

 

そう言って彼女は、抱きしめていた体を少しだけ離してから、僕と見つめ合う。

彼女の瞳、瞼に溜めた涙は、悲しみではなく優しい笑顔と一緒に、一滴一滴零れ落ちて、抱き合う僕らをしっとり濡らした。

 

これから離れる2人の心が、乾いてしまわないように。

 

 

ーーー。

 

 

翌朝。

朝の身支度を済ませた僕たちは、玄関にて。

 

主人公「忘れ物ないかな?」

カナン「うん、大丈夫だと思う。」

主人公「ごめんね、今日も一緒にいれたらよかったんだけど…。」

カナン「仕方ないよ。」

 

久しぶりに帰ってきた彼女との束の間を惜しむ間も無く。

海外から戻ってきて、今度は実家暮らしをする彼女との関係は、依然として遠距離恋愛を保つこととなる。

せっかく戻ってきたのに、すぐに離れ離れになってしまうことが、寂しく感じられた。

 

カナン「うふふ、そんな可愛い顔しないでよ。」

カナン「頑張ってね、バイト。」

主人公「うん。」

カナン「ま、今日中には家に帰らなきゃいけないし。」

カナン「あなた以外にも、久しぶりに会いたい人はたくさん居るから。」

主人公「いいね、友達がたくさんいて。」

 

彼女はバッグに手を掛けてから。

 

カナン「あ。」

カナン「そうそう、昨日すっかり忘れてて…危うく渡しそびれるところだった。」

主人公「ん?」

 

彼女はバッグから、小さな紙袋を取り出して。

 

カナン「これ、お土産。」

カナン「あんまり旅先とは関係ないようなものだけど…。」

主人公「ありがとう、中…見てもいい?」

カナン「うん。」

 

紙袋の中身を取り出す。

 

主人公「これは…ネックレス?」

カナン「うん、守り石。」

カナン「あなたに似た石だから…身代わりにでもなってくれるんじゃない?」

主人公「それ、どういう意味…。」

カナン「うふふ。」

カナン「まあ、それは代用品なの。」

カナン「本当は、本物の石がついたものにしたかったけど…。」

カナン「流石にそれには手が出ないからね。」

主人公「本物の石?」

カナン「…とにかく、できれば肌身離さず持ってて欲しい。」

主人公「うん、ありがとう。」

主人公「大切にするよ。」

 

綺麗な海色の石がついたネックレス。

控えめなデザインではあるけど、ちょっと僕がつけるには可愛すぎるような気がする。

でも、”彼女が僕のために選んでくれた”それだけで、特別なもののように思えて、すごく嬉しかった。

 

主人公「…。」

主人公「本物の石は…。」

 

…彼女が言っていた、本物の石。

それはきっとーー。

 

カナン「ん?」

主人公「きっといつか。」

主人公「僕が、君にプレゼントするよ。」

カナン「…。」

カナン「…期待してる。」

 

海色の宝石。

アクワマリン。

それは…”人魚の涙”とも呼ばれるらしい。

 

END

 





やっぱり、こういう展開の話の方が性に合ってる気がしますねー。(

意図的にこうするつもりではなかったのですが、奇しくも果南ちゃん誕生日に更新することとなりました。
Happy birthday.

ep2が途中ですが、小休止として番外物語のその先、本編のifストーリーを書いてみました。
着想はもっぱらep1より以前にありましたけど、書くタイミングをどうしようかと思っていた話です。
ep2がなんとなくもやもやした話で、今までの書いてきた話に対して、かなり異色を放っているというか、自分らしくない感じなので…。
ちょっと雰囲気取り戻そうかな…と思って。(

もっぱら今回の物語の中身としては、番外編のエピローグのようなものなので、深い内容はなく、ただ単にカナンちゃんが甘々な感じで恋を続けていたら…というようなシチュエーションを重視したものになってます。
サバサバ系おねーさんの子が2人っきりになると甘々で依存っぽいとか…そういう感じのギャップ萌えってやっぱ大切ですよね。(筆者の趣味
それについては、SNS等でいろんな方々の二次創作系の絵とか見て、すごく触発されてる感あります。(笑

さて毎度ながら、ここにうだうだブログをつけても仕方ないのでここら辺で…。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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ep4-1 穏やかな2人のday by day

.

四角い枠の中、流れて行く風景をみていた。

 

ぼんやりと眺める視線の先で、時間とともに移ろいゆくそれは、どこか既視感のある場所だった。

 

ピンポーン。

 

不意に鳴った音に驚いて辺りを見回すと、そこは車内。

僕は今、バスに乗っているのだと認識した。

 

僕の隣には人、女性。

しばらくしていると車窓の景色が止まり、席に座っていた女性は立ち上がって、出口の方へと向かって行く。

その後ろ姿、なんとなく見とれていると女性は、出口の前で突然振り返り、僕に向かって手を差し伸べた。

 

…知ってる、その手、その顔、優しいその声で僕を呼ぶ君は。

「ーーー。」

 

僕は思わず、彼女の手を取るように手を伸ばして、立ち上がろうとした。

その瞬間ーー。

 

 

ーーー。

 

 

キィィー…。

 

耳鳴りがする…。

 

キュオオオオオ!!

 

耳鳴り…?

明らかに異常な甲高い音が、部屋の中を鳴り響いていることに気がついて、僕は思わず飛び起きた。

 

主人公「へ?!何事?」

 

僕が起きた途端に、音は突然静かになると。

くすくすくす…と静かに何者かの笑い声が聞こえてきて。

半分パニック状態のまま、重たい瞼をパチクリさせて、声の主へと顔を向けると。

 

「おはよ。」

 

掃除機片手に、ニヤニヤと笑みを浮かべている女性が立っていた。

 

主人公「…か、カナン?」

カナン「ごめんね、いたずらしちゃった、ふふふ。」

 

ぼんやりとぼやけていた視界が、徐々に輪郭を象ってゆくと共に。

僕は眼前の状況を飲み込んで、ほっと胸をなで下ろす。

 

主人公「びっくりした…。」

カナン「うふふ。」

カナン「珍しくゆっくりしてたんだね、今朝は。」

主人公「あー…。」

 

そう言われてちらりと時計を見ると、短針が12時近くにあり、すでにお昼なのだと今気がついた。

 

主人公「ああ、うん。」

主人公「おはよう、カナン。」

カナン「うん、おはよう。」

カナン「…もう”こんにちは”だけどね。」

 

彼女はそう言って、ニヤニヤしたままこちらを凝視する。

僕のだらしない寝起き姿は、彼女にとってはよほど愉快なようだ。

 

主人公「本当はもう少し、早く起きるつもりだったんだけどね…。」

カナン「ん?今日、何か予定でもあったの?」

主人公「ううん、何も。」

主人公「だからつい夜更かしが過ぎちゃって、ご覧の有様。」

カナン「ふふふ。」

カナン「なんだか、遅くまで勉強してたみたいだね。」

 

机の上に積み重ねてあったプリントを手に取りながら、彼女は呟く。

今朝終わらせた、僕の大学のレポート。

 

主人公「あはは、なんだかね…。」

主人公「期限が迫ってたわけでもないのに、手を付け始めたら…なんとなく止まらなくなっちゃって。」

主人公「気がつけば明け方になってましたー…みたいな。」

 

一枚二枚とページをめくる彼女は、だんだんと眉間にしわを寄せながら、大して中身を読みもせず、そっとプリントを元に返してこちらを向いて微笑んで。

 

カナン「さすがだね、真面目くん。」

主人公「ははは…。」

カナン「偉い偉い。」

 

ぽん、と手を乗せられて、彼女に頭を撫でられる。

褒められるのは、嬉しいんだけど…そこまでされると少し照れくさいような、気恥ずかしい気分だ。

 

主人公「よ、よしてよカナン、まるで僕を子供みたいに…。」

カナン「うふふ、ごめんごめん、つい、ね。」

 

でも実は…満更でもなかったりする…。

 

ーー。

 

高く昇った太陽を横目に見ながら、僕は身支度を始めた。

まだ少し頭はぼんやりとしている。

幸い今日は、特別な用事が何もなかったから、のんびりしようと思っていたのだけど。

そういえば、カナンは何か…僕に用事でもあったのだろうか?

 

主人公「今日は、どうかしたの?」

 

問いかけると、彼女は虚空を見つめるように、すこし考えごとするふりをしてから。

 

カナン「どうかしたってわけじゃないんだけど、今日は何もなくて…退屈だったからさ。」

 

はにかんで僕に向かってそう言う。

その言葉、僕にはなんとなく思わせぶりに聞こえてしまって。

…少しだけ、ニヤついてしまった。

 

主人公「そっか。」

 

ぐうぅ…。

僕のお腹から、ふと思い出したかのように、お昼の時報が鳴る。

そっか、もう12時だったんだよね…。

 

カナン「お腹すいたね。」

主人公「う、うん。」

主人公「お昼ご飯…カナンもこれから?」

カナン「うん。」

カナン「作ってあげよっか?」

主人公「あー…っと。」

 

念のため冷蔵庫を開けてみる、うん…そうだったよね、空っぽ。

 

主人公「ご覧の通り…。」

カナン「ありゃあー、綺麗に使い切ってるね〜。」

主人公「うん、今日買いに行くつもりだったんだ。」

カナン「そっか。」

カナン「じゃあ、一緒に食べに行こっか、お昼ご飯。」

主人公「そうだね、今日はお出かけしよっか。」

 

身支度を済ませた僕は、外出用のバッグを手にとって玄関へと向かう。

 

彼女と付き合い始めて、しばらく経って…二人でこうしていることも、1つの日常のようになった今日この頃。

隣にいる彼女にちらりと視線を向けると、微笑みを返してくれる…僕らの関係。

木枯らしが吹き荒ぶこの季節になっても、僕の日常は彩に溢れていた。

 

つづく。




.
大変ご無沙汰しております…。

最終投稿から約半年かかって、ようやく次話です。(
しかも今まで書いてた話の続きとかじゃなくて、また余分な話です。

何か書いてアップしようかな…って、しばらく思っていたんですけど、なんというかすこしブランクの期間ができると、創作賢者タイムが発動してしまうんですね。(何
いろいろ思い浮かべて、書いては消して…みたいな、そんな感じの繰り返しを長らくしてました。
まあ、それでも何かしら上げないと続けられないのかも?と思って、今回すごく短いですが投稿した次第です。

今回の話もカナンちゃんです、なんだかやっぱりカナンちゃんの方が話を作りやすくって…しばらく贔屓気味です。(
この話もここで終わっていないので、続きを書く…予定ではあるのですが。
前述の通り、なかなか書けないでいる〜ので、ちゃんと続けられるのか…は不明です、無責任で申し訳ない。
その他諸々含めて、あまりにも蛇足が過ぎるような気もしているので、この”ちかなんとーーー。”としての続き話は、この話あたりを境に、ひょっとすると書かないかも(?)しれませんので。
…覚悟しておいてください。(何を

また、筆者の活動報告のほうに、こっそり書いていたのですが、ep2の話を分離させるかもしれない〜という件について。
私なりの考えとして、やはり趣旨が180度違うような話が混在して、わけがわからなくなっているように感じたので…。
ひとまず、この投稿から数日後にでも、この“ちかなんとーーー。"の話からは削除しようかと思います。(保留中)
未完作ですが…これの続きは、するかしないか…おそらく、書くとすれば頭っからの書き直しで、作り直していく方針かと思います。

そんなわけで、今後この”ちかなんとーーー。”や、その他の新規投稿についても、執筆を続けていくのか…ちゃんと続けられるかについては諸々不明、という形でもやもやしてしまうくくりとなっているのですが…。
毎度名物のダラダラあとがきも、あまり続けても仕方がないかと思うので。(
ここまでで…。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

[追記]
久しぶりに投稿したら、何度も読み返して書いてるつもりが、今まで以上に文章が雑なような気がします…。
ちょこちょこ修正してゆくかと思います…。


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ep2-7 Independent Future - 幕間

.

「お疲れ様ですっ!○○部長!」

「だからさ〜、あのお客はさぁ〜…」

「え!その話、ほんと?ええ〜!?」

 

ガヤガヤと音の絶えない空間に一人、僕はポツンと佇む。

…苦手な時間だ。

 

「お、一人ポツンとしてる奴がいるな〜!?」

「新人君!飲んでるか〜?」

「はい。っていうか、もう新人じゃないですよ△△課長。」

「ガハハ!いいじゃねーか、俺から見ればお前なんて、まだまだ新人も同然よ!」

「あははは〜…。」

 

ーー。

 

「おーい新人君、もう帰っちまうのかい?」

「ええ、今日はちょっと用事があって…。」

「これからみんなで二次会行くんだけどさぁ〜、無理かなあ?」

「いこーよ、ーーーさ〜ん。」

「ご、ごめんなさい、今日は無理なんでまた今度…。」

 

そう言って僕は、申し訳程度に手を振りながら、人の顔を見ないようにして、早足で人混みから逃げ出した。

 

今の会社に勤めてから、もう3年が経つ。

仕事も一通り覚えられて、社会人としての日常生活にも慣れてきて。

僕は日々起伏のない、穏やかで慎ましい生活を送っていた。

ある意味、惰性のような日々…とでも言えるのだろうか。

特別何かをすることもなく、たいして遊ぶでもなく、ただ無駄に過ぎてゆく時間の流れに身を任せてーー。

 

人付き合いなんかは…ご覧の通りとでも言っておこうか。

もともと、人と関わることは得意ではなかったが。

仕事上の付き合いは上部だけ、周囲に多少の知り合いはいても、友人と呼べるような親しい仲も居らず。

1人…孤独の中に心を沈めて、世間から目を背けるように、生活を送っている。

 

なぜ、こうなってしまったのだろうかーー。

そういって思い返す、色鮮やかだったはずのあの日々は、ある日を境に全てモノクロへと変わっていた。

…僕のせいだ。

 

ーー。

 

コッコッコッコッ…。

 

街中に溢れる音、雑踏の中から、自分の革靴の音だけを抽出して、頭に流す。

一定のリズムを刻み続ける、自分の音に閉じこもったまま、僕は繁華街を後にして、仄暗い路地へと向かいかけた。

 

「すみません。」

 

突然、誰かを引き留めようとする声が、近くで聞こえた。

女性の声だ。

僕はそんなもの、気にも留めず、歩みを進める。

 

「あっちょっと、待って下さい。」

 

…僕にかけられたものではないと、自分に言い聞かせて、そのまま過ぎ去ろうとした、その時。

 

「そこのスーツを着た…貴方!」

 

そっと優しく、肩を触れられて。

驚いた僕は、振り向いたーー。

 

「な…なんです…」

 

その女性は、優しく微笑んで。

すごく上品な仕草で、乱れかけた前髪を直すように撫でながらーー。

 

「突然すみません。ーーーさん…で、間違いありませんよね?」

「えっ?…ええ。」

「貴方を、探していたんです。」

 

突然現れた美麗な女性は、僕を探していたのだと言う。

この女性は、…一体。

 

酒酔いのまわった頭で、ぼんやりと眺める女性の姿に、ほんの一瞬だけ。

モノクロの景色がフラッシュバックした。

 

「あっ…、あなたは…。」

 

知ってる、確か…。

 

「一度、お会いしたことがありますよね。」

「改めて、ご挨拶させてください。」

「ーーーー ーーーと申します。」

 

ペコリと軽く会釈した女性は、柔らかな表情でこちらを見つめている。

僕はそんな彼女に向けて、顔を硬らせたまま。

 

「ど…どうも、ご丁寧に…。」

「ふふふ。」

「いきなり訪ねておいて、不躾なことは承知の上ですが…。」

「よろしければ、今ーー。」

 

この女性、なぜ僕を訪れてここへきたのか…。

僕にはまだ、何も伝えられていないはずなのに、彼女が記憶の中の人と一致したその瞬間から、…理由がわかったような気がして。

 

「少しだけ、お時間をいただけないでしょうか。」

 

冷や汗が、頬を伝ったような気がした。

 

 

つづく。

 




.




\うわー!/
(X3っ )っ
(筆者の今現在の心境です)

…ご無沙汰しております。(投稿のたび言っている気がする)
お待たせしました!物語の続きです!!
と、胸を張ってちゃんとした続編投稿をしようと勇んでいたもの。
はや○ヶ月…。
久しぶりに掘り返した物語の行き先が行方不明になりつつも。
「とりあえず、なんとか続けてみようかな。」という現状の進捗報告のため…つなぎ投稿です。

長らくお待たせしましたこの期間の間に、一時はほんへと分離しようか、最初から書き直そうか、と悩んだり。
アンケートを付け、数日間反応を探ってみよう…とかしたりしましたが。
(未だに設置している)
まあ、ひとまずは続きの話で…書けるだけ進めてみようかな、と思っている次第です。
もっとも、この次がない可能性も十分にありますが。(
無責任極まりない…ですが、やはりこう、二次創作作品の制作にあたっては、いろんな葛藤が生まれてしまって。
そもそも、この話をこの題材でやっている意味があるの?
(いつぞやも書いたような気がしますが…)
とか。
所詮は筆者の自己満でしかないこの作品を、次々と公開してゆく自信が無くなったりとか、とか…。
そんなこんな紆余曲折がありながら、なんとかここまで書き留めている、というのがあくまでも現状ですね。

なので、次の話の保証はできませんが…。
今しばらくこの話の続きを、少しづつ進めていこうと思いますので。
どうか気長にお待ち下さい…?

…ちなみに今回の話、いきなり何が起こってるのか訳わからない感じになっていますが(
今までにもちょくちょく話の冒頭に出てきた、すこし時間軸のズレた話になっています。
(説明しなくても大丈夫かと思いますが…)
なので次の話からちゃんとした続きの話になる予定ですので…。
また次回投稿できれば、読んでいただけると幸いです。
では、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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