函根鎮守府~提督と艦娘たちの戦いと日常~ (柱島低督)
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第一章 函根鎮守府
第一話 邂逅


セカンドインパクトの激震が世界を襲った。人類は数を半数に減らした。立ち直る人類は南太平洋から始まった異変に気を向ける事はなかった。そして、気づいた時は既に手遅れで、人類は手も足も出ない内に陸地まで活動圏を押し込まれた。奴らー深海棲艦ーは人類が積み上げた現代兵器の悉くを退け、人類に、地球に存在する強者が自分達だけではないことを思い知らせた。
ある者は、あの世への衝動に駆られ、ある者は神に縋るべきと声高に叫び、ある者は神に見限って信仰を捨てた。
そんな地獄に突き落とされた人類に、一条の希望の光が差す。「艦娘」が出現し、深海棲艦と互角に戦い得る力を人類は初めて手にした。しかし、彼女達は万能ではない。ヒトの願いに応え現れた彼女達は、人間に存在基準を置くため、歪な存在となった。故に心の支えを持たず、「提督」という存在がいなければ実力を引き出すことは叶わない。
艦娘と共に現れた「妖精」達は、海軍中の人間を観察した。そして一人の男に辿り着いた。


 …当海戦においては生還した艦艇が無く、情報は戦闘中の通信、衛星データリンクから入手した情報しかなく、戦闘詳報が存在しない。従って以下に確実な情報を出来うる限り詳細に記述する。

国連軍艦隊は接敵と同時に砲雷撃同時攻撃を受け戦線が瓦解。側面援護の日本海軍選抜部隊は空襲と超長距離砲撃を同時に受け前衛が崩壊。辛うじて全滅を免れた本隊も6割が爆沈。以後の戦況は不明である。

 

被害一覧

 

・未帰還(行方不明含む)

   ・国連海軍(アーノルド・フレッチャー大将(米)直卒)

       巡洋艦92

       駆逐艦149

       フリゲート162

       ミサイル艇87

   ・日本海軍(寒川通司中将直卒)

       巡洋艦43

       駆逐艦58

       フリゲート71

       ミサイル艇44

   ・日本海軍基地航空隊

       支援戦闘機77

       邀撃戦闘機81

 

・戦没者

   ・国連海軍

       18,351名

   ・日本海軍

       9,847名……』

 

…キ、おい雪成(ユキ)

 

俺のことをユキと呼ぶ人間(友人)は地味に少なく、この大本営図書館に来るような奴はあいつだけだ。そんなこと意識する前に既に口は反応している。

 

「何だ拓人」

 

「何だじゃねえよ」拓人ー朝霧拓人がさして怒った風でもなく続ける

 

「館内放送がガンガンかかってたぜ。元帥室に出頭せよ、ってよ。何かお偉いさんがたに悪いことしたか?」

 

目が笑っている、本気で聞いてるわけではなさそうだ

 

「馬鹿言え、んなわけねーだろうが」

 

軽く答えて読んでいた本を閉じる

 

「集中してるとまわりが見えなくなるのがお前の唯一の悪いとこだよな」

 

「ハハハ」受け流しつつ本ー第二次マリアナ沖海戦詳細資料ーを本棚へ戻すその足で図書館を後にする。窓から見える空は雲が低く垂れ込み、雪が降っている。

 

…………

……………

…え、…………雪?(※フリーズ)

……………もう3月で増してやここは盆地だぞ

何をどうすれば雪が降るというのだ

思わず足を止める。嫌な予感しかしない。

 

『元帥室』重苦しい達筆(なのか?)な(そしてほぼ読めない)檜のルームプレートに書かれた文字を見ながらドアをノックする。この字も元帥の趣味らしい。いちいちよくわからない趣味をしている。誰か、と聞かれるので

 

「寒川少佐、只今出頭いたしました」と返す。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

「25分遅れだ寒川少佐、俺をここまで待たせるとは…まあ座れ」

 

「それでは」腰掛ける

 

「今回は何の用でありますか?」

 

「ちゃっちゃと本題に入るがいいな?」

 

「はい」

 

「最近、深海棲艦に対抗し得る可能性がある存在として艦娘が発見されたのは知っているな?」

 

「はい」

 

もちろんこれは知っている。確か旧日本海軍の艦艇と同じ特徴を持つ艤装を背負い艦の頃の魂と記憶を宿した少女、だったはず。そのことを口に出すと元帥は首を縦に振る。

 

「今回確認されたのは白露型駆逐艦2番艦 時雨だ」

 

「時雨、ですか。あの『佐世保の時雨』ですか?」

 

「これが彼女の写真だ」

 

そこには三つ編みにした黒く長い髪の先端を赤いリボンで縛って、黒を基調とし、所々赤を散りばめたセーラー服を着た少女が写っていた。見た感じ13~15歳位に見える。

 

「彼女は我が軍に合流することを快諾している。そのため既に彼女は函根鎮守府の指揮下の入っているが、君の知っている通り函根鎮守府の提督の席は現在空席にある」

 

「はい」

 

さっきの雪を思い出し嫌な予感が頭をよぎる。

 

「そこの司令を任せたい」

 

「はい…」

 

警護役として駆り出されるのだろう、きっと。「君にだよ」と言われても護衛部隊の指揮を任されるのだと思った。現場指揮か…肉体労働は得意ではない。これだから事務担当に回ったのだ。気落ちしていく。

 

「なんだ?以外に反応が小さいが」

 

「えっ!?俺がっすか!?」あっ…ヤバイ素が出た

 

顔色を伺うが起こってはいない。セーフか。

…よりも…

マジかよ聞いてねえよこの元帥話の振りがメチャクチャだよ(褒め言葉)

 

「それに際して今回、正式な辞令を下す。寒川()()、本日付けで函根鎮守府司令官として職務を開始せよ」

 

封筒を渡される。封筒の中身を見ると本日付けで大佐として着任せよとある。なるほど、嵌められた。この部屋から初めて窓の外を見る。吹雪いてる。何がどうなってんだちくしょうメ。

 

「これが彼女のいる区画へのIDとパスだ。警備部門にはこちらから話を通しておく。言って来い」

 

「感謝いたします。不肖寒川雪成、謹んで拝命致します」

 

カードキーを渡されその区画への地図を手にして部屋を出る。

目の前に拓人がいる。

 

………ふぁっ!?(※フリーズ(立ち直りが早くなった))

 

「ななななな何でお前がいるんだよ」

 

「いいだろ?」

 

ニヤニヤしてる。ニヤケ顔が妙に腹が立つ。さてはこいつ盗み聞きをしてたな。目で訴えるが気づかないらしい。都合のいいことだ。

 

「よくねえよ。その顔のせいで説得力皆無だよ」

 

いや待てよ?元帥室前までくるのに相当な許可が必要だ。この区画に入る時、この廊下に出た時、廊下の中間の警備員詰所でも許可が必要なはずだ。そうこう考えてる内に拓人は元帥室に入って行く。

そういうことか。遠慮なくこの場を立ち去ろう。今絡まれたら厄介だ。

ほらそこ逃げとか言わない。実際逃げなのを理解してるんだから。

 

なるほどあの元帥結構有能なようだ。俺があいつと会話してる一瞬で連絡を済ましたらしい。IDを見せた瞬間顔パスで通れるじゃないか。

 

担当の警備員に聞いて彼女の居る中庭へと向かう。

 

「誰、かな?」

 

「今日から君の所属する函根鎮守府の司令になった、寒川雪成だ。今日からよろしく」

 

「僕は白露型駆逐艦「時雨」だよ。これからよろしくね」

 

きっちりとした海軍式敬礼で返ってくる。

 

「明日にはここを出発して函根に入りたい。明日の0825に正面玄関前に迎えの車が着いて大淀君と共に0850に駅に入る。0900発の専用列車で鎮守府に向かうから0820までに準備を済ませてくれるとありがたい」

 

「うん。聞いてるよ」

 

「何か質問は?」

 

「大丈夫。特にないよ」

 

「それじゃ明日の朝にまた」

 

「分かったよ」

 

さてと、俺も準備に向かうとするか。尤も、警護課の仕事の都合であちらこちら飛ばされてばっかりだったので幸い部屋の荷物は少ない。

 

「おいユキ!」

 

「っ!」

 

デジャヴを感じる。気のせいではないはず。多分。恐らく。きっと。そんな気がする。

 

「抜け駆けしやがって。急に消えるなよ」

 

「ああ、うん」

 

曖昧に返す。ここにいるのが分かってたなこいつ。そっと反対側へ足を向け気配を消して逃げる。逃げるが勝ちだ。異論は認めない。幸い(?)なことに昔から影が薄くて気配を消すのは得意だ。

 

「ああんもうどこ行った?おーい!ユーキー!」

 

取り敢えず自室の前まで来たので中に入って鍵をかける。明かりをつけて封筒の中身を取り出す。ホチキスで綴じられている手順書を読み終え最後に申し訳程度に入っている紙を二枚取り出す。

 

 

海軍大本営第四警護課事務次席 寒川雪成

 

任 海軍函根鎮守府司令長官

 

平成二十八年三月二十八日

 

軍令部元帥    景山英作

 

 

と、もう一枚。

 

 

寒川雪成

 

任 海軍大佐

 

平成二十八年三月二十八日

軍令部元帥    景山英作

 

 

これを要約すれば『本日付けで大佐として着任』となる。

はああ…

 

マイルームカッコカリの片付けをしていた寒川雪成大佐はクソデカ溜息をついていた。




・注意は払っておりますが、誤字脱字等あるかもしれません。気づいた方は、報告いただければ幸いです。


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第二話 着任

前回のあらすじ クソジジイ(元帥)の無茶ぶりとぼっちスキル発動


寒川雪成大佐(シャツの裾はズボンに入れる派&元帥の無茶ぶりで疲労困憊中)は自室の片付けを済ませベットにバタンキューして0600の総員起こしで目を覚ましたところである。

 

朝食を摂りに下へ降りて行く。大本営の食堂は第一から第五まである宿舎の其々一階に設けられ、中華系、ラーメン系、ファストフード店、和食・うどん系、牛丼店までが入っている。卵かけご飯定食を頼み醤油をかける。

朝はTKGに限る。異論は認め………る事にしよう。

卵を溶きながら今日のスケジュールを思い出す。0900の専用列車で箱根へ向かうために0830に車が来る。

 

ここから箱根までの鉄道路ー中央縦断鉄道路ーは函根鎮守府の計画着手後に敷設された比較的新しい鉄道路だ。

セカンドインパクト後に生存していた経済の中心の静岡方面と第二新東京をほぼ最短ルートで一直線につなぐルートであったが、中央道新幹線開通後は交通に占める地位が低下していた。箱根の近くまで延伸していた状況と、ほぼ全線において山間のトンネルが中心になっており全線地中化が容易だったことから第二新東京市ー旧松本市ーから箱根までのルートは軍事路線に徴発された。最短ルートをつないだため全長は180kmで、高速車両を利用するため一時間強で着く。駅出口は函根鎮守府施設構内に直結しているので5分とかからず中へ入れるだろう。

 

宿舎から出て朝の光を浴び、澄んだ空気を吸う。大本営敷地を出る時に出入口ゲートの警備員にパスを見せ外に出る。外のスーパーでミカンを1ネット分とお茶を買ってまた出入口ゲートを通る際にパスを見せる。中に戻って自室へ向かう。

 

確か向こうでは既に2隻が建造されて大本営ドックでも試験稼働が間近だったはず。向こうで使う用のパソコンで3隻の情報を呼び出す。

白露型駆逐艦4番艦 夕立

綾波型駆逐艦1番艦 綾波

大淀型軽巡洋艦1番艦 大淀

ソロモンの悪夢とソロモンの黒豹・鬼神、史上最後の連合艦隊旗艦か。

 

夕立は第三次ソロモン海海戦の第一夜戦において単艦で突撃し米艦隊に大損害を与えた(とされている)艦である。

 

綾波はその後の第二夜戦においてこれまた単艦で突撃し米戦艦2隻を護衛していた駆逐艦4隻の内2隻を撃沈もう2隻を大破させた。

 

どちらの艦も駆逐艦史に残る戦果を上げた。どんな性格なのかの情報についての記載が見られないが写真はある。

 

夕立は金色の長髪を下ろし、目は緑色をしている。細い紐の蝶結びの様な髪飾り(?)をつけている。どこかのお嬢様の様な風貌だ。

 

綾波は茶髪の長髪を後ろで留めたポニーテールの髪型をしている。

 

史実における武勲艦はおっとり系(見た目)になる法則でもあるのだろうか?

 

大淀については、建造された際艤装を持たず、事務能力が反映されたようで事務担当のようだ。黒縁メガネをかけ、緑色のカチューシャの黒髪ロングで、学校だったら生徒会長の様なしっかりとした真面目な印象を受ける。

 

そうこうしていたら迎えの大淀が来る。もう0815だ。

 

「提督。お迎えに上がりました」

 

「お疲れ。それじゃ行こうか」

 

「はい。お荷物は担当者に一任してあります」

 

みかんとお茶、そしてパソコンを持って部屋を出る。幸い荷物はカバン一つに収まった。本庁舎正面玄関ロビーに向かう。

 

大本営の地上庁舎全ては地下通路でつながっている。

有事に備え、各庁舎の電源システムー正・副・予備の三系統ーは其々独立している。

地下通路には更に非常用の耐爆・防水・耐汚染隔離用隔壁が設けられ各々で気密レベルを維持している。地下に入る階段には完全遮断隔壁が設置され分離できる。

 

中央作戦戦略指令室が入る戦略司令部棟地下は外部から完全に切り離された独自の電力系統ー主・正・副・補助・予備・非常・の六系統ーと気密システム、非常用の7層の耐爆・耐汚染隔壁・補助空間で地上から隔てられた上で通常用の地下通路からも分断され絶対に直接侵入することは不可能である。

地上施設は厳重に警備が固められ常時厳戒態勢ー現在の軍の中では最高レベルの警戒体制ーが敷かれている。警備隊は侵入者に対し全火器の使用が許可されている。

 

今日はそこには関係が無いが提督となった以上いつか行くことになるだろう。地下通路を抜けて本庁舎正面ロビーに出る。0820ジャストだ。

 

時雨が既に着いて待っていた。

 

「提督?僕をもう5分も待たせてるよ?」

 

「うっ。スマン」

 

「まあいいよ」

 

あっさり許してくれた。キレたら5万馬力で締め殺される。もしかしたら12.7cmの砲弾をねじ込まれるかもしれない。そうなったらひとたまりもなく俺の体は木っ端微塵だ。けど許してくれた。機嫌は良さそうだ。良かった。

 

荷物をトランクに放り込み時雨と大淀と共に後部座席に座る。時雨、大淀が左右から挟み込み、大淀がドアを閉めた。

 

「提督。ほら、座席ふわふわでふかふかだよ」

 

「ああ。そうだな。あと、もう出発するからシートベルト締めとけよ」

 

身をシートに深く沈めて時雨の問いかけに応える。

 

「うん。分かった」

 

第二新東京を目指して走る。山間を通っていた細い道は軍用車両の通過用に一車線の幅が広くなっており片側二車線まで拡張されている。

 

第二新東京駅裏の政府・軍用要人警護車両用地下駐車場へ入る。IDとパスを見せて地下の軍用特殊車輌プラットホームに出る。中央新幹線で使用されているN700系車両を改装し速度を一部犠牲にした代わりに高い防御力と安全性を確保した車輌ーN700-03Tーが停車している。1輌目・最後尾の8輌目は襲撃警戒用赤外線センサー・精密探知機器を搭載。更に正面装甲は660mmの複合装甲で防御盾として運用可能な作りになっている。2~4・6~7輌目には非常時に備え警護隊が待機し、武器庫となっている。護送対象は中央の5輌目に収容される。

 

「何ていうか……暇だね」

 

「……そうだな。………」

 

安全のため全線が地下に埋められているので景色に変化がないのである。

 

みかんの皮を剥がしつつ答える。一房目を口に放り込む。甘くて美味い。

 

「提督?そのみかん、僕も食べていいかな?」

 

「ん?いいよ?」

 

「ありがとう」

 

暫くしてみかんの味にも飽きて手が止まってくるとそれを見計らっていたかの如く時雨がよっこいしょとリュックの中から将棋盤を取り出す。

 

「提督って将棋指すかな?」

 

「まあ…そこそこ?」

 

こんなやり取りで時雨との対局が始まった。

 

1戦目は相矢倉で一応勝てた。

2戦目は一手損角換わりに相腰掛銀で、時雨が勝った。

3戦目にもなると、趣向を変えた時雨が四間飛車に、そこにこちらから山田定跡の急戦を仕掛けて、ギリギリ勝った。

白熱して4戦目をやろうというところでもう函根地下プラットホームに入った。

 

「っ! 夕立!」

 

時雨が駆け出す。本人は会ったことは無いようだが話でも聞いていたのだろうか。

 

「時雨ちゃん元気だったっぽい?」

 

「僕は大丈夫だよ。夕立は?」

 

「夕立も大丈夫っぽい!」

 

抱き合ってはしゃぐ二人から離れてもう一人少女が近づいてくる。

 

「ごきげんよう。特型駆逐艦、綾波と申します」

 

「寒川雪成です。以後よろしく」

 

見た目通りほんわかふんわりしている。

 

「夕立っていつもあんな感じなのか?」

 

「こんなにはしゃいでるのを見たのは綾波も初めてです」

 

「そうなのか」

 

夕立と時雨の奇跡の(?)再開も一段落したところで上へ向かう。

 

函根鎮守府が立地する函根国有地帯は芦ノ湖の北岸、旧箱根町の全域を含んでいる。周りの山岳地帯も国有地となっており、一見森林に見える山腹には国連陸軍第二方面軍の戦車大隊と特科部隊一個連隊、日本陸軍の中央方面師団一個師団が展開し防衛線を構築している。

更に地中に埋め込まれた第八までの要塞には対空・対艦誘導弾発射用VLSが設置された他、OTOメララ127mm速射砲、45口径46cm三連装砲、30.5cm連装砲を中心に多数の砲熕兵装が展開している。

鎮守府施設は基本的に出撃ドックとの海抜標高一致のため地下900m(海抜20m)に設けられ第一・第二発令所と独立電力系統ー大本営戦略司令部棟と同じ主・正・副・補助・予備・非常の六系統ーを賄う発電設備が厳重に保護されている。

戦闘情報処理を高速で行う中央戦略コンピュータとしてスーパーコンピュータ・MAGIシステムーメルキオール、バルタザール、カスパーの三基のスーパーコンピュータによる多数決システムーの筐体が設置され、函根鎮守府内部設備すべてをコントロールすることが可能な構造になっている。地下通路各所には非常用耐爆隔壁が設けられ、区画単位で特殊ベークライトで埋めて遮断することも可能である。

居住区画は地上にあるが非常時(意味深)には地下に格納される。

更に居住区画を守る様に地上に要塞が展開され、カクモ式複合装甲板が現在8層まで完成し地下施設を守っている。

 

と、大淀が説明した。

 

つまり地方の一拠点としては過剰と言える程の施設が用意されているのである。

 

そのため素直な感想が

 

「ぶっちゃけかなりオーバーキルじゃないかこの設備?」

 

となるのも致し方ないのである。

 

「え?提督、今何か言った?」

 

時雨がつぶやきに反応してしまうのである。

 

「いや、何でもない」と苦笑いで返した寒川雪成大佐(いろいろ違う意味で疲弊中)は自分の心の世界の中心で「腑に落ちねぇ!」と100回叫んだが、このことがあとあと重大な事件の鍵を引くことは遂に無かったという。




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第三話 闘いの始まり

前回のあらすじ ワンコ2匹と黒豹とoh淀付きのツッコミモブが過剰武装鎮守府に着任しました。


「んじゃまぁ、鎮守府正面海域に出撃してもらおうかな」

 

『はい(ぽい)!』

 

函根鎮守府出撃ドックー箱根山内部の海抜標高0m地点に設けられた出撃用の施設ーには寒川大佐、暫定的な第一艦隊の面々、事務担当の大淀が集まっていた。

 

第一艦隊

・旗艦 時雨

・2番艦 夕立

・3番艦 綾波

 

「基本的に偵察、様子見、小手調べ、こちらの戦力がどれだけ通用するのかの確認っていう側面も強いからできるだけ慎重に」

 

「ぽい!(夕立)」

「はい!(綾波)」

「時雨、行くよ!」

 

時雨が抜錨し、夕立と綾波が彼女に続く。

 

「提督、発令所に行きましょう」

 

「ああ」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

《提督、もうそろそろ接敵するからこのまま単縦陣で行くね》

 

「気をつけて」

 

《了解。通信管制を開始するね》

 

単縦陣は巡航用の陣形であり、実戦形のうちでも最もスタンダードな陣形である。特に砲雷撃戦では片舷にすべての火力を集中できるので、史実では多く利用された。

また、深海棲艦からの奇襲のリスクを気休めだとしても減らすため無線を封鎖する。

 

「見つけたよ」

 

旗艦の時雨が敵艦を捕捉した。相手は駆逐イ級が1隻で、警戒偵察艦だろう。

 

「さあ、ステキなパーティしましょ!」miss!

 

夕立が砲撃を開始する。しかし1撃目は躱され反撃が飛んでくる。それでも現代兵器であれば擦りもしないような状況でも砲撃があと少しのところへ届いている。

 

「ぁあっ!被弾した!?」9/15

 

綾波が反撃を受け小破する。

 

「よく狙って…てぇえええ~い!!」8/20

 

綾波が負けずと撃ち返し中破させる。一部兵装を破壊し、戦闘力を奪う。

 

「残念だったね」0/20

 

時雨がトドメの一撃を撃ち込み撃沈。

 

《通信管制解除。提督、敵艦を撃沈。こちらの被害は綾波小破だけだよ》

 

時雨が吉報を伝える。深海棲艦に勝利できる。その事実に安堵する。

 

「了解。よくやった」

 

《提督、進撃した方がいいかな?》

 

「いや、無茶はせずに早めに帰投してくれ。小破した綾波を中央に挟んで夕立先頭、殿に時雨がついて護衛しながら戻ってきてくれ」

 

《了解》

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

時雨たちを迎えに桟橋へ出る。生物の生臭い匂いがしない紅い海を見つめる。そういえばあの日も、こうやって朱い海を見つめていたことを思い出す。

ーあの日ー父の寒川通司がマリアナへ出撃した日の事を思い出す。『母さんを任せたぞ。』それが彼との最後の会話だった。結局彼は二度と帰ってくる事は無かった。

 

「……督?…提督!」

 

「…?大淀か?」

 

「何寝ぼけた事言ってんですか提督」

 

「悪い。考え事してた」

 

「もう時雨ちゃん達帰ってきますよ」

 

「ハハハ」

 

「提督。第一艦隊、帰還したよ」

 

「本当によくやってくれた。今日はゆっくり休んでくれ」

 

艤装に補給する

 

「ありがとう(時雨)」

「ふふっ、お腹いっぱいっぽい!(夕立)」

「はぁ…癒されます…感謝ですね…(綾波)」

 

「綾波は小破してるからすぐに入渠してくれ。それじゃあ、解散」

 

 

綾波はドックへ向かう

 

「少しだけ、休ませて下さい」

 

「まあ無理しないで」

 

「はい。ありがとうございます」

 

割り当てられた自室へ戻る時雨と夕立と共にその足で執務室へ戻り報告書を書く。

 

「確か報告書用紙は…何処だ?……大淀?」

 

「取りに行ってきます」

 

大淀が報告書用紙を執務室の隣にありドアを挟んで繋がっている図書庫へ取りに向かう。

 

コンコンコン。

ドアがノックされる。

 

「時雨だよ」

 

「空いてるぞ」

 

「失礼します。あ、今空いてるかな?」

 

「提督、お持ちしました」

 

「ああ、すまない。一旦休憩するか」

 

報告用紙を受け取り休憩にする。

 

「はい」

 

「あ、じゃあお茶淹れて来るね」

 

「悪いな」

 

ならば自分も、と自室へ戻り冷蔵庫から片手に収まるサイズの、紙で包まれた棒状の冷えた茶菓子を持ってくる。

 

「羊羹じゃないけど、ういろう、食べるか?」

 

名古屋土産として有名、「青柳ういろう」のういろうを取り出す。

 

「えっ、いいの?」

 

時雨がキラキラしながら尋いてくる。

 

「もちろん」

 

「ありがとう♪」

 

お茶を啜りながらういろうを口に入れようとした刹那、それは起こった。

バァン!

執務室のドアが開け放たれ二つの小さな影が突進してくる。

 

「提督さん達だけお茶とういろうずるいっぽい~!」

「綾波、こう見えて狙った獲物は逃しません!」

 

「うわぁ!?」

 

時雨が驚き座敷コーナーが荒れる。

 

「時雨ちゃんずるいっぽい~」

 

「夕立、待ってよ」

 

「あっ、夕立ちゃんダメですよ」

 

夕立が時雨を、綾波が夕立を追いかけて座敷コーナーの周りを回り、渦潮地帯が出来上がる。

 

「提督さんも提督さんっぽい!私たち呼ばなかったっぽい!」

 

「悪かったから。謝るから、許してくれ」

 

「謝るだけじゃ許さないっぽい!夕立達もういろう食べたいっぽい!」

 

夕立が袖に纏わりついてくる。放さないつもりらしい。

 

「分かったから。持ってくるから、放してヤメテ」

 

「分かったっぽい!」

 

「じゃあ僕もお茶もう一度淹れて来るね。」

 

「時雨ちゃんよろしくっぽい!」

 

「夕立ちゃん流石にさっきのはやり過ぎですよ?(綾波)」

 

「むぅ~、分かったっぽい~」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「あ、提督さん達帰ってきたっぽい!」

 

「はい、夕立、綾波も、お茶だよ」

「はい、ういろう」

 

2人にういろうを渡し座布団に座る。リモコンを手に取りテレビをつけるとちょうどニュースが始まった。

〔新日本ニュースが3時の速報をお届けします。まずは国内ニュースについてです……〕

 

「おっやつ~おやつ~3時のおやつ~♪」

「はぁ…癒されます…感謝ですね…」

 

暫しの間和やかな空気が流れる。

 

「あれ、提督、そのお茶冷めてるよ?淹れ直そうか?」

 

「あ、猫舌だからこの位で大丈夫」

 

「へぇ…そうなんだ」

 

全員がういろうを食べ終わり、執務に戻る。

 

 

戦闘報告書 HA0101A0001号

基地:大本営函根鎮守府

艦隊:第一艦隊

           旗艦     白露型駆逐艦2番艦 時雨

           2番艦   白露型駆逐艦4番艦 夕立

           3番艦   綾波型駆逐艦1番艦 綾波

日時:2016/03/29 11:48開始

           2016/03/29 11:57終了

進出海域:鎮守府海域 鎮守府正面海域(1-1)

戦果:(撃沈)駆逐イ級x1

被害:(小破)綾波

戦闘責任者:函根鎮守府司令長官 寒川雪成

 

一通り書き上げFAXで大本営へ送る。原版は資料室の専用ファイルに綴じて永久保管する。保管庫の原版の保存性を高めるためデータ化してMAGIに記録する。あとはパソコンからいくらでも呼び出せる。

時刻は0355で、日没まであと1時間ほど余裕があった。海を眺めに出ようと思った途端、光学監視施設が鎮守府に接近する深海棲艦を捕捉し、警報を鳴らす。警報が響き渡り函根鎮守府地上施設群は地下へ移行する。




・注意を払ってはおりますが、誤字脱字等発見された方は報告していただければ幸いです。


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第四話 邀撃戦

前回のあらすじ 勝ったッ!第3話完!(フラグ)


「急に呼び出して済まないが、再出撃だ」

 

今日の執務も終了しゆっくりまったりできると思ったところを警報で引きずり出され半おこ状態の寒川雪成大佐(スマホはios、というかiPh○n派)の声が出撃ドックの空気を揺らした。

 

「警報で知っているだろうが、深海棲艦、駆逐イ級が鎮守府に接近中だ。鎮守府の要塞システムは建設が遅れて稼働率は17%未満。支援は期待できない。この速度で接近を続けた場合、攻撃されるまでおよそ8分だ。すぐに邀撃に出て欲しい。さらに進撃を続け正面海域の主力との決戦の可能性も考慮している。厳しい戦いになるかもしれないが、頼む」

 

『了解』

「時雨、行くよ!」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「そろそろ接敵する。警戒して単縦陣で進撃をしてくれ。戦闘の指示は追って出す」

 

《了解。通信管制は行わずこのまま進撃するね》

 

邀撃戦では敵との位置関係とそれを伝える連絡が重要になる。通信管制は行わずに連携をとりながら邀撃する。

光学監視システムと艦隊からの通信の情報をMAGIが可視化処理を行い主モニターに表示する。「警戒」の二文字が表示され戦況がリアルタイムでモニターへ出力される。

 

「夕立が正面に出て先制攻撃をかけろ。綾波が側面援護、時雨は後方支援に徹してくれ」

 

《了解!》

 

速力を全開にした夕立が隊列の先頭を行く時雨を抜いて前面に出る。綾波もそれに続き夕立の後ろに付き、時雨を守るように進む。

 

《さあ、ステキなパーティしましょ!》9/20

 

夕立が一撃目を命中させ中破に追い込む。

 

《同じ手は喰らいませんっ!》miss!

 

綾波が砲撃を受けるが躱して反撃に移る。

 

《よく狙って…てぇえええ~い!!》0/20

 

「よくやった。敵主力をこの勢いで撃破する。進撃してくれ」

 

《了解!》

 

被害無しで敵を撃ち破る。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「見えた!敵主力艦隊。提督、突撃するね」

 

隊列の先頭をゆく時雨が敵主力を捉え戦闘の準備に入る。

 

《軽巡ホ級1、駆逐イ級2の水雷戦隊だ。昼の間は駆逐の排除を優先し、敵軽巡の砲撃は回避に徹して雷撃戦で露払い、夜戦で決着をつける。綾波が前面に出て突撃してくれ》

 

『了解!』

 

提督の指示が通信機から聞こえ、綾波が加速し正面に出る。

 

「よく狙って…てぇえええ~い!!」7/20(イ級2)

 

2番目のイ級を中破させ戦力を減らす。しかし負けじと敵の軽巡が動く。

 

「夕立ちゃんっ!?」

 

綾波が振り返り、庇う様に敵と夕立の間に自身の躰を入れる。

 

「も、も~ばかぁ~!これじゃあ戦えないっぽい!?」5/15

 

夕立が一撃で中破まで持ち込まれ戦力を削がれる。

 

「さあ、ステキなパーティしましょ!」11/20(イ級1)

 

夕立の砲撃が刺さるが小破止まりで有効打には至らない。

 

《夕立はそれ以上の戦闘継続は危険だ。時雨は夕立の前に上がって援護しつつ小破のイ級を狙え》

 

「了解。捉えた!…残念だったね」0/20(イ級1)

 

時雨の正確な砲撃がイ級に命中し撃沈する。

 

《雷撃戦に移行する。綾波は残りのイ級を狙い、時雨は軽巡を狙え。発射後は回避に専念し次発装填。あと5分で日没だ。そのまま夜戦に移り敵旗艦、軽巡ホ級を撃破する!》

 

『了解!』

 

綾波、時雨、夕立の順に単縦陣を組み直す。雷撃に参加出来ない夕立は敵と反対側へ少しズレたラインを進む変則的な単縦陣となった。敵もホ級、イ級の順に陣形を組み直す。

 

「よく狙って…てぇえええ~い!!」0/20(イ級2)

「ここは譲れない」15/33(ホ級)

 

お互いの雷跡が双方に向かって伸びて行き、水柱が二つ立つのが見える。残りのイ級を撃沈しホ級も中破させ雷撃能力を奪う。これにより夜戦の近距離を生かした雷撃という軽巡の本領を発揮出来なくなる。敵の雷撃がこちらにも迫り回避に移る。

 

「きゃぁ!」

 

「綾波っ!?」

 

雷跡がほぼ零距離まで迫り、回避行動を終えたと思った刹那、綾波が巨大な水柱に呑まれる。すぐに水柱は霧散し、中からずぶ濡れになった綾波の姿が現れる。

 

「まっ…まだ…戦える…はずです…」6/15

 

軽巡の強力な雷装が生み出した雷撃に捉えられた綾波が中破、戦闘能力を奪われる。

 

「君たちには失望したよ…」

 

日が沈み、赤かった海が漆黒の闇に包まれる。夜になり、夜戦が始まる。

 

「残念だったね」0/33(ホ級)

 

砲雷撃を交えた時雨の近距離攻撃がホ級を捉え、撃沈する。

 

ふと気付くと水飛沫の中から少女が現れる。深海棲艦とは明らかに異質な()()に時雨が近づく。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「提督。状況終了。戦闘の結果、敵艦隊全艦撃沈、被害は夕立、綾波中破。それと軽巡洋艦の神通に邂逅したんだけどどうしたらいいかな?」

 

一部始終は鎮守府に中継されて主モニターに映し出されている。

 

《了解。戦闘経過はこちらでも確認した。神通については艦隊への合流を許可する。陣形は単縦陣、時雨を正面に、前方を警戒。夕立、綾波は中央に入って神通は後方を警戒して戦闘を回避しながら帰投してくれ》

 

『了解!』

 

艦隊との通信を切り鎮守府の警戒体制を解除し、発令所を後にする。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

更に執務室で戦闘報告書を書き上げる。MAGIが収集した情報を参照しながら2戦分の2枚を用意する。

 

戦闘報告書 HA0101A0002号

基地:大本営函根鎮守府

艦隊:第一艦隊

           旗艦     白露型駆逐艦2番艦 時雨

           2番艦   白露型駆逐艦4番艦 夕立

           3番艦   綾波型駆逐艦1番艦 綾波

日時:2016/03/29 16:08開始

           2016/03/29 16:10終了

進出海域:鎮守府海域 鎮守府正面海域(1-1)

戦果:(撃沈)駆逐イ級x1

被害:なし

戦闘責任者:函根鎮守府司令長官 寒川雪成

 

 

戦闘報告書 HA0101C0001号

基地:大本営函根鎮守府

艦隊:第一艦隊

           旗艦     白露型駆逐艦2番艦 時雨

           2番艦   白露型駆逐艦4番艦 夕立

           3番艦   綾波型駆逐艦1番艦 綾波

日時:2016/03/29 16:49開始

           2016/03/29 17:11終了

進出海域:鎮守府海域 鎮守府正面海域(1-1)

戦果:(撃沈)軽巡ホ級x1 駆逐イ級x2

被害:(中破)夕立 綾波

備考:川内型軽巡洋艦2番艦 神通と戦闘後に邂逅。合流した。

戦闘責任者:函根鎮守府司令長官 寒川雪成

 

MAGIの戦闘情報を見返しながら時間を確認して仕上げる。そろそろ艦隊が帰ってくる。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

桟橋へ迎えに出る。時雨達の姿を認め安堵する。

 

「提督、艦隊が無事、帰投したよ」

 

「よくやった。すぐに補給と入渠を済ませてくれ。今晩は祝勝会だ」

 

『はい!(ぽい!)』

 

時雨達が補給と入渠のために散っていく。彼女たちより背が高く、整った顔立ちが凛々しい印象を与える神通が残り、自己紹介をする。

 

「あの……軽巡洋艦、神通です。どうか、よろしくお願い致します……」

 

「この鎮守府の提督を務めている寒川雪成です。よろしくおねがいします」

 

「はい。こちらこそお世話になります」

 

神通も補給のために時雨達の元へ向かう。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「ほら、行って祝勝会の準備するぞ」

二種軍服のズボンのポケットに手を突っ込みながら月明かりの下を宿舎に帰って行く。

 

それを見つめた艦娘(大淀)は後を追うように帰って行く。函根鎮守府に、しばし静寂が訪れる。




・注意を払ってはおりますが、誤字脱字等発見された方は報告していただければ幸いです。


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第五話 北欧からの刺客

前回のあらすじ 渦潮(陸上)→ういろうx2 を落としてしまいました

今回はメシテロ要素が発生します。その手のものがNo Problem !という菩薩のような方は読んでいただければ、ムリムリの無理!という提督方はブラウザバックしていただければ、幸いです。


「鎮守府正面の侵攻・制圧作戦の成功を祝して、乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

乾杯の音頭を取ると明るい声が返ってくる。寒川の声に集中して少し緊張していた空気が和み、一気に賑やかになる。

一つのテーブルを囲み左に大淀、右に時雨が座り、反対側には左から順に神通、綾波、夕立が料理を食べる。

 

「はぁ…癒されます…感謝ですね…」

玉子焼きを食べながら綾波が恍惚の表情を浮かべる。旧海軍の資料の料理に関する資料を纏めたものの中に駆逐艦綾波で出されていた栄養満点玉子焼きが載っていたので作ってみたが、案外効果があるようで次々と食べ進めてキラキラが増している。

 

神通と夕立は納豆の糸引き度合いを高めようとパックの中身を超ハイスピードでかき回している。

 

一方の時雨は味噌汁を啜りながら

「このお味噌汁、出汁が効いてるね。味噌の風味も引き立ってるよ」

と、冷静に(冷静に?)グルメリポートをしている。

 

左に目を遣ると大淀が無心でご飯を掻き込んでいる。余程美味しかったのだろうか。ありふれた炊飯器で炊いたありふれたお米なのだが…

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

『ご馳走様でした!』

「お粗末さまでした」

 

皆一頻り食べ終え、各々の食器を洗って部屋へ散っていく。

 

「……ふぅ」

 

「提督、こっちも終わったよ」

 

最後まで残って手伝ってくれたのは時雨だった。

 

「お疲れ様。悪いね、こんなに手伝わせちゃって」

 

「大丈夫だよ」

 

「もうゆっくり休んでくれ」

 

うん。と返した時雨も部屋へ帰り、一人寒川が調理場に残る。しかしすぐに自室へと戻って行った。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「……提督、提督?朝だよ。起きて、ほら」

 

「あと10分寝かせて……」

 

「提督さっきもそう言って20分経ってるよ」

 

時計の針は0620を指している。旧海軍からの伝統で総員起こしは0600に定められている。

 

「………」

 

「ほら、起きて?」

 

「…面目ない………」

 

カーテンは既に開かれている。昨日の夜は閉じていたから時雨が開けたのだろう。窓の外は雨が降っている。

 

「雨か…」

 

「今日はお休みだね」

 

シャワーを浴びにシャワー室に足を向ける。

 

 

「うっ…冷たっ!」

給湯機が温まって無いのか、出てくる水は氷のように冷たい。しかしそれも一瞬だった。すぐにお湯が降り注いでくる。一晩パイプに溜まっていた水が夜の間に冷えていた。

 

 

シャワーを浴びて二種軍服に着替えると朝食のために食堂へ向かう。

トン、トン、トン……

まな板に当たる包丁がリズムを(そしてネギを)刻む。

 

先に起きて先に来たのだろう。神通と大淀が既に朝食の準備をしている。と、思った瞬間包丁の音が止む。味噌汁も完成してもうあとネギを入れるだけなのだろう。

 

「あ、提督。おはようございます」

「おはようございます」

こちらに気付いた大淀と神通が挨拶する。

 

「ああ。悪いな」

 

すると後ろから足音が聞こえてくる。

 

「てーとくさん!おはようっぽい!」

「おはようございます。司令官」

夕立と綾波が入ってくる。神通と大淀は滑らかな手つきでエプロンを外している。

 

「全員揃ったな?」

 

『はい!』

 

配膳を済ませ全員がテーブルにつく。

 

『頂きます!』

 

食器に箸が当たる音が響く。その背後では情報番組が軽やかな効果音と共に始まる。

 

〔ニュースロクサンマルが今日のニュースをお伝えします。まずは今日の天気からです。お天気担当の松田さーん。

はーい。松田でーす。今日の天気は概ね荒れ模様で、東北から北は局所的に雷を伴った激しい雨が降る恐れがあります。そして関東から西の太平洋側の雨は昼前をピークに午後には晴れ間が見える場所もありそうで…

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「洋上は雨雲が発達して時化の状態…今日の出撃は中止だな」

 

神通がつくったという玉子焼きを箸でつまみながら、大本営から送られてきた情報を某かじり掛けのりんごなマークのタブレットで確認する。

 

「大本営から任務も出てますね。艦娘を4隻建造して戦力を拡張せよ、と」味噌汁をすすりながら大淀が話す。

 

「建造といえば大本営ドックはどうなってるんだ?」

 

函根鎮守府の施設と同型のものを大本営でも建設していたと噂に聞いていた寒川はそのことを思い出す。

 

「完成率は現在72%に達しているそうです。第三フェーズに移る寸前あたりと聞いています」

 

「そうか」

 

はい。とだけ大淀が返し再び沈黙が場を支配したがすぐに皆食べ終わり雑談が始まる。

 

時計で現在時刻を確認した寒川は席を立ち、

「始業は0700(マルナナマルマル)、時雨は秘書艦を頼む」

 

視線を送ると時雨が頷き返す。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

函根鎮守府工廠施設

大本営からの下命で艦娘を4隻建造することになった寒川は建造ドックの前に立っている。そして彼の目には自身の目前にそびえ立つ球形の物体が映っていた。

 

「時雨、今どれくらい資材があるんだ?」

 

「昨日の戦闘で燃料、弾薬、鋼材は消費したけど夜のうちに大本営から補填されて元通りのオール5000だね。開発資材は15個あるけど任務の後で報酬として5個貰えるからプラス1になるよ」

 

「なるほど…」

 

「妖精さん達は空母狙い、戦艦狙い、巡洋艦狙いのレシピが有るって言ってるけど…」

 

どれも資材の消費量が大きい。今は質よりも数を揃えるべきだろう。大本営からの資材で賄われているとは言え備蓄は底を着きかけているはずである。レシピがあると言っても確率が高いというだけであり、駆逐艦が出てくることもある。そして自分は生まれてこの方、幸運といったものに恵まれた覚えはない。脳内で様々な並列条件を出した寒川は一瞬の逡巡の後、答えを出した。

 

「3隻はオール30で建造。もう1隻は巡洋艦レシピでよろしく。」

 

寒川の言葉を時雨が妖精達に伝える。

 

4つのドックにそれぞれ備え付けられた文字盤に、デジタル数字が表示される。

入り口に近い側からそれぞれ、

00:22:00

00:20:00

00:20:00

00:22:00

と時間が表示され、一秒ごとに時間が減っていく。

 

「提督、お茶でも飲んで待ってようよ」

 

「それじゃ休憩しようか」

 

執務棟に戻りお茶を飲む。大淀、神通、夕立、綾波も入り浸っているのか、戻った時に執務室に居たので、周りでお茶を飲んでいる。

 

「お菓子は無いっぽい?」

 

「確か備品に飴が用意されていたような…」

 

記憶を頼りに戸棚を開ける。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「誰だこんなの用意した奴」

 

「これは?」

 

時雨が尋ねる。寒川の手には白黒のチェックの柄をした紙の箱が握られている。

 

「えっとね…これ、塩化アンモニウム…」

 

「えっ?」

 

時雨は理解が追いつかない。ただの飴だと思っていたものから化学(ばけがく)ちっくな単語が飛び出したので無理もないが。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「それは何ですか?」

 

座敷コーナーに戻ってもやはりというべきか、神通が質問する。

 

「これね。サルミアッキ」

 

サルミアッキ。それは北欧の人々が好んで食すと言われるフィンランドが生み出した最終兵器。主成分は塩化アンモニウムであるg

神通と夕立が()()に手を伸ばす。

 

「ちょっと待って!?」

 

声を上げたが時既に遅し。2人とも口の中に放り込んだ後だった。

すぐさま顔に変化が現れた。

 

神通は勢いに乗って噛み砕いてしまったのが致命打になったようで、笑顔のまま固まっている。神通の味覚を蹂躙しただけでは飽き足らず、失神してしまったようだ。

 

その一方、夕立は口を手で押さえ雨に打たれた仔犬の様にプルプル震えだす。

 

その光景(武闘派筆頭2人が精神ダメージで轟沈寸前)に固まり沈黙してしまう。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

大本営麾下函根鎮守府の面々が北欧から突きつけられた凶器の威力をまざまざと実感した瞬間だった。

 

サルミアッキ。それは北欧の人々が好んで食すと言われるフィンランドが生み出した最終兵器。

 

主成分は塩化アンモニウムであるが、一般には化学肥料の原料や、亜鉛メッキの触媒、染料の定着剤として使用される。

 

これは天然では火山の噴火の際焼結され水晶体としてとして産出されるものである。

 

テイスティングという言葉は用法的に間違っていると思わざるを得ないが、あえてその通り表現するなら、人間のキャパを軽くオーバーキルする苦みと、一線を超えてしまった人曰く、多少の塩味がするという。

 

世界一まずい飴と評されるそれは、比喩ではなくワールドワイドで評価は一致しており、北欧人以外でこれを自ら口にする者は、恐らく命知らずの毒食品マニアか、何かの罰ゲームで無理やり口に放り込まれた不幸な(自ら口にはしていない)者だけだろう。

主に菓子(飴)として食されるが、常食している国ではあろう事かこの毒食品を調味料として料理に用いたり、砕いてウォッカにぶち込みゴクゴクと飲み干すという。

その威力は凄まじく、火を点ければ炎が上がるウォッカの風味を易々と吹き飛ばし、「口当たりが良くなるので幾らでも飲める」と称したクレイジーな人々を多数量産したという。

そしてそれに帰依するアルコール依存症発症者が増えるという懸念から、フィンランドでは一時販売規制もされた事がある()()()()でもある。

 

つまり神通を卒倒させ、夕立の精神を蹂躙している黒い菱形の飴は、火山の噴火の際産出される化学肥料ちっくな亜鉛メッキ触媒である。決してヒトが口にして良い物ではない。

 

「司令官。主成分これ塩化アンモニウムってあるんですけど…」

 

箱の裏側を見た綾波が恐る恐る質問する。

 

「それ劇薬じゃないですか」

 

大淀が少し恐れたような声色でその箱をじっと見つめる(睨みつける)。心なしか殺気を孕んでいる様にも見えるがそこを突っ込んでしまうと命が危険にさらされる。というか危険が危ないと察した寒川は今なお意識を手放したままの神通に近寄る。

 

後に函根鎮守府中の備品の飴を洗い出したところ、そのすべてがサルミアッキだということに驚愕するのはまた別の話だが、ついぞ語られることはなかったという。




・注意を払ってはおりますが、誤字脱字等発見された方は報告していただければ幸いです。
・なお、作中の「危険が危ない」という表現ですが意図しております故、誤字脱字等には含まれないので何卒ご理解ください。


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第六話 涼風と吹雪と暁と満潮と…

前回のあらすじ せっかく建造したはいいけど最後1/4程度のメシテロパートが全部持っていった。


「ちわ!涼風だよ。私が艦隊に加われば百人力さ!」

「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」

「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね!」

「満潮よ。私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら」

 

例の事件(サルミアッキ事件)から15分かけて神通と夕立を回復させたのち、工廠に戻ってきた寒川は、建造された4隻の艦娘と相対していた。

 

「挨拶してもらったところ悪いんだけれど外は雨が降ってるし、立ち話もなんだから先ずは執務室に来てくれ」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「ちわ!涼風だよ。私が艦隊に加われば百人力さ!」

 

江戸っ子気質の涼風を前に、再び着任の挨拶をして貰う。

 

「ウチはまだ数が少ないからな。期待している」

 

「おぉぉ、期待されちまったよぉ…」

 

実際の所寒川が期待しているのは事実で、1艦隊も組めなかった状態では駆逐艦1隻でも実際大幅な戦力になると判断していた。期待された本人も案の定満更でもない様子で、頬を緩ませている。

 

「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」

 

「真面目だなぁ…」

 

寒川は勢いに押されて口数が減る。

 

「世界を驚愕させた特型駆逐艦。存分に活躍してくれ」

 

「はい!有難うございます!」

 

前世では戦いの過渡期を渡り切れずに、建造時に想定された戦いとは大きく違う戦場に送り込まれ、矢尽き刀折れる迄必死に足掻きながらも届かなかった想い。それを爆発させるような活躍を期待していた。

 

「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね!」

 

背伸びをして大人ぶるお子様タイプなのではないかと予想した寒川は彼女の頭に手を伸ばす。そしてその手を頭の上に乗せ左右に動かす。

 

「な、なでなでしないでよっ!プンスカ!」

 

形だけは怒ってはいるが本人は満更でもない様子で完全に隠し切れずに嬉しそうにしている。それよりも「プンスカ!」は本人が口に出すものではない(擬態語)のだが、そこに突っ込みたいという衝動を、早く終わらせるためにグッと堪えて次の艦娘に顔を向ける。

 

「満潮よ。私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら」

 

「いやぁ、こんな小さな艦隊で悪いねぇ」

 

「そういうことを言ってるんじゃないわよッ!アンタがいけ好かないって言ってんのよッ!」

 

「まぁそうカツカツするなよ」

 

こんなこと言ったらシバかれるので言わないが心中ドウドウと声を掛けていた。

 

「なっ!」

 

一瞬の意識の虚につけ込む要領で一気にまくしたてる様に伝える。

 

「ハナからすべて信じろとは言わないさ。少しずつ様子を見ててくれないか?結論を出すのはそれからでも遅くないはずだ。それでもいけ好かない奴だと判断したらそれでいい。焦る必要は無いんじゃないか?」

 

言いたいことは伝えた。後は彼女自身の判断に任せることにしようと心に決めた寒川は返答を待つ。

 

「まぁ、見ててあげるわ。フンッ!」

 

満潮も納得した(丸めこまれた)ところで時雨たちにあとを譲る。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

挨拶の後の時雨たちの自己紹介も終わり、執務室脇の座敷コーナーでお茶を飲みながら休憩となった。

 

時雨は西村艦隊のよしみか、満潮と会話する。2人とも時折顔を綻ばせ、和やかな会話を交わしているだろうことは想像に難くない。

 

涼風は姉妹艦の夕立と賑やかな会話を交わし、時折会話がこちらにも聞こえてくる。

 

吹雪、綾波、暁の特型I、II、III型長女で集まって会話している。3人とも朗らかな顔をしている。

 

神通、大淀は軽巡同士でお茶を飲みながら時折笑顔を浮かべる。

 

平和とはまさしくこのことだろうと寒川は確信し、お茶請けのいちご大福に手を伸ばす。すると同時に取ろうとした時雨と手がぶつかるが、

 

「あっ…」

 

「ほら、食べていいから」

 

と言い、手を引っ込める。代わりにお煎餅を手に取りパリポリと噛み砕く。いつしか窓の外の雨は止んで晴れ間が覗いている。

しかし洋上は時化てることを示す海域図の赤いゾーンが広範囲に渡っていることをタブレットで確認すると出撃はやはり中止だと判断した。

 

「平和だなぁ…」

 

身を投げ出していると今朝補佐を頼んだ小さな秘書艦が声を掛ける。

 

「提督、艦隊の編成を考えようよ」

 

「あぁ…神通達は?」

 

周りを見渡すと時雨と大淀が立っているだけだ。他の誰かの姿はない。

 

「?神通たちなら提督が寝ている間に部屋に帰ったよ?お開きにして」

 

「そうか。寝てたのか…いまいち実感は無いが…」

 

身体を起こして脳を回転させる。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

函根鎮守府講堂

艦娘全体への指示、発表がある際に使用される空間には、函根鎮守府の現在の全員が集められていた。

 

「第一艦隊の編成を発表する」

 

寒川の一言で場が静まり返る。

 

「旗艦時雨以下、神通(副官)綾波(3番艦)夕立(4番艦)涼風(5番艦)満潮(6番艦)だ。第二艦隊は、吹雪、暁の編成だ。第一艦隊は1-1を中心に周回して練度を確保。第二艦隊は遠征を中心に、今後新たに加わる(軽巡・駆逐級)艦娘の初期教練も任せることになる」

 

『はい!』

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

1025出撃ドック

第一艦隊の面々が揃った其処では作戦前のブリーフィングが行われていた。作戦海域図には時雨たちがボスを撃破した時の航路が橙色の線で表示され、それを幾度も挟むようにジグザグと赤色の線が引かれ、敵主力との会敵地点まで伸びている。

 

「今回の作戦の主目的は、鎮守府正面の掃討・安全確保になる。速やかな制圧を期待している」

 

『了解!』

「時雨、行くよ!」

 

号令一下、第一艦隊の全員が次々と飛び出していく。青い海面に白波が覆いかぶさるように幾重にも重なる光景は見る者に威風堂々とした威圧感と力強さを感じさせる。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

主モニターに戦闘の様子が映し出される。大柄な体躯に備え付けられた砲が火を吹く。駆逐イ級の砲撃を神通が躱し、時雨、満潮が砲撃を掛け水底へ沈んでいく。一方的というにはあまりにも言葉に見合わない蹂躙が繰り広げられる。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

艦隊は速度を上げ海域の首魁たる軽巡1、駆逐3の敵艦隊と正面からぶつかる。神通がその身に多数搭載された砲で弾幕を張り、相手の動きを牽制する。綾波、夕立が駆逐を1隻沈め、時雨、涼風もそれに倣うように撃沈。満潮の砲撃は駆逐が小破に止まる(とどまる)

 

次々と随伴を撃破された軽巡の砲撃が乱れ始め、混乱していることを伝える。それに気付いた神通が一気に速度を上げて懐に飛び込み至近距離から砲雷撃を浴びせようとする。

 

阻止に動く駆逐を時雨たちが抑えて沈め、神通は接近に成功する。時雨たちは神通に攻撃させまいと主砲のつるべ撃ちを掛ける。あいまいな照準で撃ち出された砲弾は大きな放物線を描き、周囲にばら撒かれるように着弾の水柱が上がる。敵の視界を遮る()()は、相手の動きを抑え込み、神通の接近をより容易くした。

 

しかし砲撃の繰り返されるうちに命中率はすぐさま上がり、着弾の水柱の代わりに爆発・黒煙が上がる数が増える。敵がよろけ、動きが鈍る。さらに駆逐の砲撃が集中し、姿勢を完全に崩す。

 

駆逐たちの繰り返される砲撃が堅牢な装甲にダメージを負わせていた。数瞬の内に何発もの砲弾が突き刺さり、装甲が綻び始める。さらに執拗に繰り返される集中砲火が装甲を砕き、武装に直撃した砲弾が外板を貫き完全に破壊し尽くす。

 

結果として必中距離から神通の砲雷撃が放たれ、そのどれもこれもが敵を捉え、その全てを吹き飛ばし、一瞬のうちに海の藻屑に還す。

 

巨大な水柱が上がり、中から人影が現れる。

 

「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ」

 

ところ打って変わって函根鎮守府帰投桟橋。作戦で邂逅した彼女()と、寒川は相対していた。

 

「この函根鎮守府の司令をしている寒川です。よろしく」

 

「こちらこそ、よろしく頼むよ」

 

落ち着きを持ちながら静かな闘志を湛えた彼女の目を見つめる。

 

「あ!見つけたわよ響!」

 

寒川のさらに背後から暁の声がかかる。ギギギと首から音を立てながら振り返るとそこには暁が立っていた。

 

「い…居たのか暁」

 

「ほかに暁型は居るのかい?」

 

飛び込む暁を受け止めつつ響が訊く。内心、どちらが姉だ!と叫び散らしたい寒川は顔を僅かに引きつらせながらその衝動をグッと堪え、その反動で一瞬反応が遅れる。

 

「ん、ああ…他にはいないけど…」

 

やや引き気味で答える。前世で生き別れる形になった姉妹。2人きりで仲良くしている時間を邪魔するのも申し訳ないと思った寒川はそっと場を去った。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

響は第二艦隊に編入され、3隻揃う。

 

「3隻いれば遠征も多少はこなせるな」

 

「それじゃぁ遠征の準備をするの?」

 

小さな秘書艦が横からささやく。

 

「練習航海に出てもらおうかな…」

 

「分かった。呼んでくるね」

 

「あぁ、頼む」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

時雨が吹雪、暁、響を呼び出し、執務室に全員揃う。彼女たちの前に立ち、遠征の確認を行う。

 

「練習航海に出てもらおうと思う。先の戦闘で深海棲艦は減ってるはずだが、用心して注意してくれ」

 

『了解!』

 

出撃ドックへ移動し、航海のルートの最終確認を行う。先の戦闘で第一艦隊が通ったルートを示す橙色の線を追いかける様に赤い線が一直線に引かれ、橙色の線にまとわりつかれるような形となる。その赤い線は会敵した地点の直前で右に逸れ、少し進んだところで反転し、一直線に鎮守府へ帰ってくる。

 

「司令官!吹雪、遠征に出撃します!」

 

威勢よく吹雪が先頭で飛び出し、暁、響が続く。本格的に始動した第二艦隊を見つめる。

 

ドックから飛び出していく後姿が見えなくなるまで見送る。3人の後姿が、艤装に備え付けられたマストの先端が水の一分子よりも小さくなろうかというくらいまで離れたのち、帰ろうとすると時雨が袖をつかむ。

 

「もう見えなくなったし…」

 

「まだ向こうからは見えてるよ。こっちから見えるから」

 

「はっ…これはまた…」

 

人間を遥かに超える視力を持つ彼女の言葉に驚いた寒川の視線は、すぐ横の小さな存在ではなく、全く見えない水平線の向こう側へ向けられていたという。




・注意を払ってはおりますが、誤字脱字等発見された方は報告していただければ幸いです。

・今回登場した涼風、吹雪、暁、満潮、響についてですが、性格等を把握しきれていない為、発言等に少々違和感を覚えられるかも知れませんが、鼻持ちならん!という場合は感想等で一言言っていただければ、出来うる範囲で対応したいと思います。


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第七話 駆逐艦 時雨

前回のあらすじ 6隻揃った第一艦隊で1-1を蹂躙

今回は、最初はほのぼので始まりますが、後半〜終盤にかけシリアスパートがあります。ご注意ください。


時雨の朝は早い。

 

0450 提督より先に起きた時雨は調理室で朝食の準備を始める。

 

「えっと……煮干しで出汁を取って、ワカメを切って……」

 

鍋に水と煮干しを入れて火にかけ、ワカメを取り出す。キッチンペーパーに豆腐を挟み、水を抜く。部屋に包丁の音が響く。周りは完全に静かで、包丁の音でさえ世界に響き渡っているのではないかと思えるほどよく響く。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

0600

 

「あっ……」

 

執務室に現れた寒川を見た時雨は座敷コーナーのちゃぶ台に食器を並べる。

 

「ああ。おはよう」

 

時雨の顔を見た寒川は時雨がお櫃を運ぶのを手伝う。

 

「ありがとう」

 

朗らかな笑顔で礼を言う時雨に「この位……」と返しながら軽々と運ぶ。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

『いただきます』

 

2人の声が重なり、箸と食器の当たるカチャカチャという音が響く。窓の向こうの空には太陽が雲の向こう側へ追いやられていたが、雲が晴れ光の柱が地上へ降り注ぐ。その一部は執務室の窓に突き刺さり、室内を照らす。

 

「晴れたなぁ……」

 

横を向いて目を細め、光の向こうの空、そのさらに向こうの太陽を見つめる。

 

「本当だね。今日は出撃にしようか」

 

「そうだなぁ……今日も旗艦で、よろしく頼むよ」

 

「うん!」

 

あどけない、それでも整った端正な顔が崩れ、満面の笑顔で応える。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「今日は、少し足を延ばして、南西諸島の警備に当たってもらう。過去の偵察情報を解析した結果、敵部隊はより強力な水雷戦隊複数で構成されていることが判明している。より注意して戦ってもらいたい」

 

過去の偵察情報ーそれは嘗て、沖縄周辺に進出してきた深海棲艦水雷戦隊に対して行われた反抗作戦の下準備として行われた、多数の偵察機による同時多方面作戦で、偵察機の高高度性能と速力を活かして、敵の対空砲撃の届かない超航空から高画質のカメラを用いて確認した敵の配置の情報である。

これを元に行われた作戦は、敗北。攻撃本隊は敵のより後続の空母から飛来したと思われる航空部隊に翻弄され撤退。本隊の支援を得ることができなかった支隊は敵軽巡の弾幕に押され全滅した。

この海戦における被害は、最盛期の海軍が太刀打ちできなかったことを再確認させるかのように、支隊は全滅、撤退した本隊も一方的な戦いで数多くの艦艇を失い、最終的には第二次マリアナ沖海戦に次ぐ規模にまで膨らんだ。

 

時雨は以前に一度寒川に聞いた話を思い出しながら聞き、心の中で数知れない戦没者の方々に合掌した。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

過去の偵察情報があると言っても、遥か昔、5年以上も前の情報。詳細な情報は今なお存在しない。その状況で未知の海域に進出するに際して、寒川が選んだ選択肢は、会敵する危険性が低いと算出された島の西側を南へ進出、敵と一戦した場合すぐさま離脱し、包囲されるのを防ぐというものだった。また、島という天然の防壁を利用するように、島に沿って進出することで、警戒を片舷に集中させることができ、撤退時も相手の視界を複数の小島で遮ることで敵の追撃も躱しやすくなる。そんなことを考えている最中、時雨から通信が入る。

 

《提督、屋那覇(やなは)島近海を航行中なんだけど、弾薬を発見。回収していくよ》

 

「了解した。回収作業中も周囲の警戒を怠るな。敵巡回部隊との遭遇戦にも備えよ」

 

《了解!》

 

屋那覇島ー時雨には伝えていなかったが、この小さな無人島にはもう一つの秘密がある。嘗て、支隊はこの島の近海において敵の軽巡と戦闘した。そういう意味では忘れることは出来ない土地である。

面積0.74㎢、周囲約5.3km、標高12mの平坦な島で、島の北側にはソテツ、西側にはガジュマルなどの低木、中央には過去に使用されていた井戸と貯水池も残存している。また、戦前には主に家屋の石材として使用されていた琉球石灰岩の石切り場跡が存在している。

 

《提督!こちらの艦隊に接近する敵水雷戦隊を補足。艦級は詳細不明だけれど、軽巡級1、駆逐級2だよ》

 

緊迫の声が上がり、意識を戦闘へと切り替える。既に向こうは此方を発見しているらしく、一直線に迫ってくる。先に見つけられなかったのは残念だが、悔いている場合ではない。

 

「時雨、牽制魚雷発射。先手を取られている状況では離脱が最優先だ」

 

《了解!各艦、牽制魚雷発射用意!敵艦隊の左右18°ずつに扇型に発射……撃て!》

 

微かに白い雷跡が米粒よりも小さい黒点に向かって伸びてゆく。

 

「時雨、発砲はせず、離脱を最優先。敵の砲撃を受けた場合に限り反撃せよ。非発見性低減のため、通信管制を実施。幸運を祈る」

 

《了解!》

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「戦闘情報収集用のブラックボックスは……よし」

 

通信管制を敷いた状態で全速力で離脱する。しかし、普段以上に弾薬を積んだ艤装はその重さ故に中々速度が上がらない。それでもようやく最高速度へ達した時、距離と速度からそろそろ牽制魚雷が敵に届く頃合いだが、水柱は見えない。じりじりと加速している間も敵は迫り、今では目標がくっきり見える距離まで詰められている。軽巡ヘ級1、駆逐ロ級2という編成。はっきり見える。するとその視界の一部を切り取るかのように黒い()()が広がり、薄れる。

 

「敵艦発砲!全艦、乙字回避運動!」

 

艤装に備え付けられた砲に榴弾を装填して敵弾が今も尚迫ってくる方向を睨む。

水面を見れば各艦の航跡がバラバラに当たり、重なり、交わる。無秩序に、全艦バラバラに左右に舵を切る。僚艦の白波に掬われ、今にも暴れ出そうとする足下を目一杯の力で押さえつけ、行き先を操る。

敵を振り切れるように速度は落とさず、缶の出力は一杯に、後ろの敵を見据えて照準をつけ、目標の未来位置を予想して回避運動も考慮、思いつく限りのあらゆる誤差を修正して、詰めきれない部分は勘で補う。それぞれがそれぞれの動きで砲撃の準備に入り、そして各々自由なタイミングで主砲から弾を撃ち出す。

全ては当たらず、一部は弾かれ、残りの一部も装甲に阻まれる。しかし複数の砲弾が突き刺さり、駆逐ロ級は1隻撃沈、1隻中破。軽巡ヘ級へは小破のダメージを与える。

しかし敵の軽巡も精密な狙いをつけ次々と砲から弾を吐き出し、此方の回避を遮る。目の前に落とされた砲弾にほんの僅か動きが留められた涼風に、砲撃が突き刺さり、大きな火柱が上がる。そして中から痛々しい姿(搭載していた弾薬に引火して大破)になった涼風が現れる。

 

「な……なんでぇ!?」

 

余りにも突然のことに涼風のみならず、全員の思考が停止してしまう。へ級はこれを好機とばかりに次から次へと砲弾を撃ち出す。瞬く間に夕立、満潮に砲撃が命中し爆炎が上がり、爆発した爆風に乗って、砲弾とも艤装とも判断つかない物の欠片が飛んでくる。時雨、神通、綾波は咄嗟に躱すが、飛び交う欠片がそれぞれ左頬、左太腿、右腕に切り傷を付け、傷から紅い液体()が滲み出し、垂れる。時雨は頬を垂れた()()を受け止めるように舌を出し、続けてこう言った。

 

「神通、綾波、過積載している弾薬を投棄。神通、僕らで引きつけながら一気にカタをつけるよ。綾波は大破している涼風、中破している夕立、満潮を護衛して退避。いい?」

 

明らかに怒気の篭った時雨の言葉に、神通も何か思うところがあったのだろう。無言で指示に従い、先程拾った弾薬を投棄し、時雨に続く。何時の間にか彼女(時雨)ブーツ型艤装のつま先(舳先)は迫り来る敵に一直線に向けられている。

 

「時雨ちゃん……神通さん……御武運を……」

 

まっすぐと深海棲艦を、そして綾波を見据えた強い意志が宿っているその目に射抜かれた綾波は、そう答えるのが精一杯だった。

深海棲艦と、時雨と、そして神通に、背を向けた綾波は速度を上げてダメージを負っている3隻(戦友たち)の元へ、時折後ろを振り返りながら向かって行った。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

艤装の上に積んでいた弾薬に引火して、轟沈寸前の大ダメージを受けた涼風の艤装は、今にも主機が推力を失い、艤装本体が浮力を失って沈みそうな程にボロボロに綻んでいる。その涼風を支えるように綾波が自身の肩に涼風の腕を掛ける。

 

「涼風ちゃん……大丈夫ですか……?」

 

「うぅ……悪りぃねぇ……」

 

「綾波のことはいいですから、早く帰りましょう」

 

いつになく弱々しい声で、いつになく覇気のないグッタリとした様子の涼風は、自身の脚の震えを力一杯抑え込み、目には先程の時雨と同じくらい強い意志を宿らせ、その場に立っていた。

そして綾波に支えてもらいながら少しずつ速度を上げて夕立、満潮を引き連れながらゆっくり海域を離れて行った。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

時雨は、綾波が3人の元へ辿り着き、ゆっくりと離れ始めたのを確認すると、速度を上げて敵の懐へ飛び込んでゆく。神通も缶の出力を全力にしてそれに続く。時雨と神通の一斉射でロ級はいとも簡単に撃沈される。

残るヘ級は魚雷、砲撃と、自身のスペックをフルに使って抵抗するが、神通に主砲弾が2発命中したに過ぎなかった。

そのうちに時雨と神通は距離を詰め、至近距離から砲雷同時攻撃を仕掛ける。いくら軽巡といえど、至近距離からの砲撃と、複数の魚雷の直撃には耐えられず、装甲が砕かれ、形を残さず沈んでゆく。

時雨と神通の渾身の一撃が発生させた水柱の中から人影が現れる。

 

「深雪だよ。よろしくな!」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

戦闘の結果判定は、戦術的勝利。それは即ち、戦略的敗北である。戦いの趨勢を決したのはやはり、涼風を襲った()()一撃(凶弾)だろう。あの後帰投した涼風は、妖精さんに()()()()()()()()()()()と称される程の損害を負っており、(おか)に立った瞬間、安心したかのように膝から崩れ落ちた。

これによって浮き彫りになったのは、寒川の作戦の不完全さだった。

帰投した艦隊は、涼風 大破、夕立・満潮 中破、時雨・神通・綾波 小破、帰投中に新たな敵に遭遇した場合、涼風の轟沈は免れなかっただろう。

 

艦隊が帰投したとき、出迎えたのは、寒川の少し禿げかかった(最近のあれこれで毛根にダメージが入った)頭だった。深く頭を下げ、

「自分の作戦が間違っていた。危険な目に遭わせて、本当に申し訳無かった」

と、零した。

「提督……」

 

パァン!と音を立てて、視界の左から右に影が飛んでゆく。

 

「バカじゃないの!私たちは"艦娘"よ!前に出て戦う為に此処に立っているの!後ろで椅子に踏ん反り返っているようなアンタには判らないでしょうけど、"本当に"アンタの指揮が間違ってたなら此処には立っていられないのッ……アンタが"間違い"だ、というのならここまで遠路はるばる戻ってきた私たちがバカみたいじゃないの……判ってよ……ねぇ…………」

 

燃え盛るような怒りを抱えたその(まなこ)は、句を継ぐ度にギラギラとした怒りの色を薄れさせ、少しずつ、光を反射する涙が溢れ出してくる。しかしその言葉からは一つの懇願が見て取れる。バカみたいじゃないのという言葉は、その思いを込めてのことだろう。

ーアンタが"間違い"だ、というのならここまでボロボロになって帰ってきた私たちを侮辱することになる。それだけは避けてー

 

こうしてやや浮き気味だった満潮は函根鎮守府の面々と馴染み、本当の意味での着任を果たすこととなる。




・注意は払っておりますが、誤字脱字等発見された方は報告いただければ幸いです。

・2018/09/12 終末部の大幅な書き換えを行いました。
……サブタイトルは「時雨」なのに結局満潮が主役になったでござる……


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第八話 特型駆逐艦

前回のあらすじ 珍しくシリアスパート。ヘ級許すマジ

・今回、(以前から多少はその気がありましたが……)若干のキャラ崩壊が発生しております。ご注意ください。
・また、地の文が多少荒ぶってます。
・ギャグ回となっております。また、この回は読まずとも物語の進行に影響を与えることはございません。ムリだという方はブラウザバック推奨です。


「白雪です。よろしくお願いします」

「深雪だよ。よろしくな!」

 

場所は大本営函根鎮守府執務棟執務室、寒川の前には2人の艦娘が並んで立っていた。同型艦らしく、同じ意匠のセーラー服ー水色(薄青でも、空色でもない)を基調に、襟と袖の色のついた部分に1本の白線が引かれ、スカートは水色に染められているーを身に纏い、部屋の奥に陣取る執務卓の手前、部屋のほぼ中央に揃って立っている。

 

特I型・吹雪型駆逐艦2番艦 白雪

完成した大本営ドックの試験稼働で建造され、本来の計画では大本営艦隊を別に編成し、戦力の拡張を行う筈だったが、大本営では手に余る代物で(派閥間闘争の果て)、紆余曲折の末に函根鎮守府に配属となった。今寒川の目の前に並んでいる片割れこそが()()白雪である。

 

片や戦闘での邂逅艦、片や内部抗争の末の体裁上の着任艦。寒川は、元帥筋の軍令部率いるハト派と、往時の艦隊運用を担っていた艦隊本部を中心とするタカ派の大本営艦隊の構想を巡る衝突が繰り返し起き、その折衝を行った結果、タカ派が主導した大本営艦隊構想は白紙に帰り、所属先の議論は結局この拠点に軟着陸したという話を思い出していた。

建造されてこんなに間もないのに政治的折衝(大人の都合)に巻き込まれる半ば被害者のような立ち位置の彼女に同情する寒川は、時雨たちと共に挨拶を交わす。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

執務室で秘書艦の時雨と共に書類を捌いていると、ノックが4回響く。

 

「吹雪です。今よろしいでしょうか?」

 

寒川は、自身は構わないが……と言おうとして、思い留まる。視界の端に写り込んだ小さな黒髪お下げに視線を送ると、無言で小さく頷く。寒川も頷き返すと、構わない、と伝える。ドアノブが回されガチャリと音がすると、キィーと音を立てながら少しずつ扉が開く。吹雪が現れる。

 

……何やら書き込まれた1枚の紙を手にして。

 

「吹雪……それは?」

 

「むぅ、今から説明しようと思ったのにぃ……」

 

頬を膨らませて形だけ起こって見せる。正直怖くない。というか寧ろちょっと可愛い。

……それは置いといて、吹雪が続ける。

 

「居住区の私たちの部屋なんですが、ドアプレートを掛けてもよろしいでしょうか?」

 

少しモジモジして、恥ずかしいのか僅かに頬を染めながら手にしていた紙を此方に見せる。

デザイン案だろう。縦向きに3本、横向きに2本薄く引かれた線が紙を12分割している。中央の2つ並んだマス目に「吹雪型の部屋」と描かれ、キャルンキャルンの丸文字で「吹雪」、毛筆の書体(どう見ても普通の紙なので筆ペンだろう)で「白雪」、ややそれぞれの画の最後の処理が荒い「深雪」の文字に、残りの姉妹艦の「初雪」、「叢雲」、「東雲」、「薄雲」、「白雲」、「磯波」、「浦波」の艦名が、マティス-EB(所詮 極太明朝体)のフォントで書かれている。

…………突っ込みどころ満載である。

 

「ドアプレートを掛けるかどうかは自由だし、デザインも好きにして貰って構わない……が、材質は何にするんだ?場合によっては止めるかもしれんが……」

 

「えっと……はい。キューバ・マホガニーですね」

 

キューバ・マホガニー

キューバやフロリダ半島南部原産のマホガニー。マホガニーとしては最高級の品種とされている。ハワイなどでも人工的に植林されている。

マフィアの資金源となっていることから生産者の検査が行われている。

また、他のマホガニーと比較すると価格も非常に高価であるとされていた。

 

間違っても、丸ゴシック体の艦級名を彫り込んだり、キャルンキャルンな丸文字を描いたり、毛筆で仰々しく名前を描いたり、果てはドアプレートにされた()()が斜めに傾いて掛かってたりしちゃう木材ではない。というかなぜその存在を知っているのか、そんなものをどうやって手に入れるのか突っ込みたいのは山々だったが、寒川のメンタル的に

 

「えっと……フブキ=サン、却下です…………」

 

呼ぶ名前に不穏な雰囲気を漂わせながら片言で、全国の木材流通業者を敵に回す事を未然に阻止するのが限界だった。

 

「えっ、何でですか!?」

 

「何でってオマ……高価すぎます。こんな希少なんてレベルじゃすまない木材どうやって手に入れるつもりですか木材流通業者を敵に回すつもりですか原産国の人たちにどうやって連絡つける気ですか国交断絶してる国なんですよ!?」

 

額にうっすらと井桁の筋を浮かべながら、小言を言ってるかの如く空気でお説教を垂れる寒川を、横から時雨がつつき囁く。

 

提督。大淀さんが予算通って既に下りてるって

 

時雨の背後で微笑する眼鏡。位置が気に入らないのか、しきりとクイクイと眼鏡の位置を直している。腹立つ。

しかしそれよりも、有利だと思っていたら既に外堀が埋め立てられていた事で、寒川の豆腐メンタル(絹ごし豆腐)に楔が中指立てながら突き刺さり、ぐちゃぐちゃに吹き飛ばした挙句、更には毛根にダメージを与えた瞬間だった。

ついでに国内の木材流通業者全てを敵に回した瞬間だった。

 

oh……淀=サンェ…………

 

目のハイライトをOFFにした寒川は暫し「oh淀さん相談されたんなら先に言ってくだせぇよぉ……」と繰り返し呟き、その後暫く微動だにしなかったという。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

閑話休題(そんな事はさておき)

 

鎮守府居住棟、1階大部屋。玄関から右に入って少し行った所の、高級感漂うドアプレートがありふれた既製品の扉に掛けられている。アンバランスなんて次元じゃねぇ、と突っ込んでやりたい扉の内側から、吹雪・白雪・深雪の声が漏れ出す。

 

「やっぱり白雪ちゃんの淹れるお茶は美味しいね。……お腹タプタプだけど…………

 

「んなこと言って、吹雪姉ぇのお饅頭だって美味いじゃん!」

 

「そうですね。お茶も進んじゃいます。ふふっ

 

「いやいやぁ……」

 

白雪の着任劇、吹雪型大部屋ドアプレート騒動から4日が経ち、こうして3人集まってお茶を飲むのも恒例となりつつあった。しかし今日だけは違うことがあった。

 

「なぜ自分が此処へ連れてこられたのか理由を訊いても……?」

 

寒川の存在である。ちゃぶ台の淵から手を挙げつつ、不審げに聞く。つい先程まで時雨と執務室で書類をさばいてた筈なのだが、「お取り込み中のところしつれぇ~~いっ」との声と共にドナドナされた挙句、居住棟のものと思われる意匠の大部屋の談話室らしき部屋の座敷コーナーにシッダウン(sit down)させられているのだが、それが手慣れた、無駄に 無駄の無い所作で、一瞬の内に拉致られてきたので暫く頭上には「?」が3つほど浮かんでいた寒川が漸く回復した所だった。

 

「毎日何時間もこのメンバーでやってたら飽きてまうっしょ?」

 

さも当然と言わんばかりに深雪が発言し、吹雪、白雪もコクコクと頷く。吹雪さんアンタ妹に優しすぎませんかねぇ!

 

「場所変えてやれば良かったのでは……?」

 

「メンバーから来るマンネリには効果ないですよ」

 

真顔で吹雪が言う。だったら綾波を呼べばいいだろう。暁や響だってきてくれるかもしれない。しかし寒川は聞き逃さなかった。「お腹タプタプ」と呟いたのを。アナタ言動が乖離してますよ。

 

「だから自分を人柱にした…………と?」

 

「はい(白雪)」

「もちろん(吹雪)」

「あったりまえよぉ(深雪)」

 

なぜ白雪が真っ先に返事をよこしたのか、あなた貴重な常識枠じゃないんですか。

 

「こうでもしないと出番が無いからですよ」

 

『おおメタいメタい』

 

3人ともそんなこと言ってないでもっと真面目にツッコミなさい。それよりも地の文の発言に返すのはやめて頂けないだろうか。

 

「他の特型の方々呼べば良かったのでは……」

 

「出番減っちゃうじゃないですか」

 

『おおメタいメタい』

 

吹雪さん、あなたまでメタ発言する必要ないんですよ?分かってます?そして白雪、あなたはついさっき同じ発言したんですからね?ツッコミできる立場にないんですよ?Do you understand ?

 

Is anything wrong ?(何か問題ありますか?)

 

だから地の文に返すのはやめて頂きたい。それと何故英語で聞いたからといって英語で返す?

 

Do you have a problem with that ?(なんか問題あっか?)

 

「白雪…………サン……?なんか口調荒くない……?」

 

「何か問題でも?」

 

「アッハイ サーセンシタ メッソウモゴザイマセン」

 

ゴゴゴという音が聞こえてきそうな程の圧を周りに振り撒きながら威圧的な笑顔でお茶をすすり、饅頭をホイホイと口にいれていく白雪。もうイメージ崩壊なんて次元じゃねぇ。度の過ぎたカオスが異空間を作り出す。

 

暫し無言が続いたあと、その沈黙を破ったのはこともあろうに張本人の白雪だった。

 

「司令官、お茶、お淹れします」

 

「いやもうソロソロお暇させて?事務に戻らないともうそろそろohよd……時雨に怒られる」

 

何故かその名を発してしまうと自身の背後の扉を某メガネが開けて、抹殺されるイメージが脳裏に浮かんだ寒川は、身震いをして小さな秘書艦の顔を思い浮かべながら訂正した。

しかし曲がりなりにも吹雪たちは艦娘だ。寒川が吐きかけた言葉の一言や二言は聞き逃さなかった。寒川が立って帰ろうとした瞬間こう発した。

 

「へ?大淀さんがどうしたんですか?」

スターーップ(s t o p)!!!!」

 

しかし時既に遅し。吹雪の口は既に大淀の名を発していた。それと同時に、寒川の心がポッキリ折れた瞬間だった。目のハイライトをOFFにして床に膝から崩れ落ちる。

 

「Noooooooooooooo!」

 

天に向かって叫ぶ寒川。しかし床板を介して廊下を走っている何者か(大淀)の振動が伝わってくる。もう来やがった。全身から力を抜き、床に横たわる。そして寒川は最期、扉が勢いよく開け放たれ、ドアプレートの紐が音を立てて千切れ、ドアプレートが飛んで行く直前に虚ろな目で床を見ながら一言呟く。

 

oh……geez……(なんてこった)

 

最終的に目のハイライトをOFFにした寒川は、大淀に再びドナドナされて無抵抗のまま、執務室の自身の椅子に押し込まれ微動だにしなかった。そしてこの一連の事件は「吹雪型ドアプレート掛け紐ちぎれ飛び事件(要するに 寒川どこいった)」と呼ばれ、一つの伝説として語り継がれて行くことになるのだが、今後語られることはついぞ無かったという。




・注意は払ってはおりますが、誤字脱字等発見された方は報告いただければ幸いです。

・今回、傍点、ルビ以外にも文字の大きさ変更、色変更を使用してみました。
・また、地の文が多少荒ぶってます。今後も多少発生する可能性があります。


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第九話 建造(其の一)

前回のあらすじ 国際規模で木材流通業者を敵に回しちまったZE!そして暴走を続ける特型に殺意の波動を発しながら寒川を〆にかかる大淀

今回から漸くエヴァキャラネタが発生します。予め断っておきます。無理な方はブラウザバック推奨です。

そして一部キャラ(特に寒川)が荒ぶります。ご注意ください。


吹雪、白雪、深雪、暁、響、5隻の揃った第二艦隊を、輸送船団の護衛任務へ出撃させる。

 

日本国内では、深海棲艦の出現以来、自由な物の移動が不可能だったため、国内資源の偏り、枯渇が問題となっていた。特に石油の()()は深刻で、輸入が困難と判明した直後から廃坑からの石炭の採掘を再開し、電力需要は石炭主軸+備蓄されていた燃料棒を投入した原子力となっていた。しかし、プラスチックを中心として、工業用など、石油の需要は一定量発生する。

その結果として、石油は本州方面で枯渇し、一時期石油輸送タンカーの中継地点として利用されていた九州では一部に余りが発生するという極端な偏りが発生していた。

関門海峡にかけられた橋は、深海棲艦の攻撃で喪失。海底トンネルは海面上昇の際水没しており、陸路では輸送できなかった。

これまで深海棲艦の襲撃を恐れてタンカー輸送は行われていなかったが、第二艦隊の編成に伴い出来た余裕をあてがう事が可能となり、大本営主導での北陸迄の輸送作戦が立案された。

 

函根鎮守府はもともと海軍拠点である。本来の目的として、中型船程度であれば補給・整備能力を有している。嘗ての戦いにおいて使用された輸送船がドックに係留されていた。

函根鎮守府から輸送船団が出発する。5隻。

 

戦時標準型の内、排水量9,500t・積載量2,000tクラスで速力31.7kntのコユ-III型高速油槽船2隻、「桔梗(ききょう)」「燕子花(かきつばた)」、排水量12,500t・積載量3,800tクラスで速力30.9kntのコユ-IV型高速油槽船3隻、「芍薬(しゃくやく)」「牡丹(ぼたん)」「百合(ゆり)」で構成され、強行突入の要領で敵中を突破する。

本隊には大本営資材部の軍人が搭乗し、暁・響が直掩、吹雪・白雪・深雪が前路掃討隊として警戒する。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

幸いにも深海棲艦とは遭遇せず、輸送作戦は成功。本土、鎮守府に多量の燃料が搬入され、艦隊運用上の制約も減った。しかし強行輸送がそう幾度と成功するはずが無い。そのため南西諸島の近海を制圧、その次の1-3こと潮岬沖合の敵部隊の撃破が必要である。しかし、現状の戦力で制圧は厳しく、1-3では戦艦ル級も確認されている。その為、可及的速やかに戦力を整える必要がある。そこで寒川は新たに建造を行う。

 

鎮守府工廠

 

「それじゃ、巡洋艦狙いで4つとも動かしてくれ」

 

寒川の言葉を時雨が妖精さんへ伝える。建造ドックの後方に備え付けられたモニターに表示された残りの各資材量が減ってゆく。

 

順に、

00:20:00

01:00:00

00:22:00

01:30:00

と表示される。

 

「高速建造材を投入」

 

一つ目のドックに炎が掛かり、シューと音を立てて、白煙が上がる。

 

「あたしの名は敷波。以後よろしく」

 

綾波型駆逐艦 2番艦 敷波

史実において磯波、浦波、綾波と共に第十九駆逐隊を編成し、第一艦隊 第三水雷戦隊に所属していた。マレー沖海戦、バタビア沖海戦、ミッドウェー海戦、第三次ソロモン海戦などに参加し、特にバタビア沖海戦では、重巡「ヒューストン」を共同撃沈する戦果を上げた。

 

「違うのは番号(2番艦)だけじゃないわ。所詮、零番艦(浦波)初番艦(綾波)は開発過程のプロトタイプとテストタイプ。けどこの弐番艦は違う。これこそ実戦用に造られた、世界初の、本物の特II型駆逐艦なのよ。正式タイプのね」

 

暫し沈黙が訪れる。寒川も時雨も固まる。

某式波・ア○カ・ラングレーの初登場セリフを語り終え、やり切ったと言わんばかりの顔でこちらを見つめる。蒼龍ではないので、惣流の方では無いのだろう。「訓練なしのアンタなんかにいきなりシンクロ……」の件が入っていないのがその証拠だ。しかし哀しいかな、史実においても(現地改修等除けば)此方の世界においても性能で敷波が綾波を上回ってる事実は存在しないのである。(たぶん同等くらい)

 

…………かと思いきや、急に少し面倒くさそうな、鬱陶しそうな表情になり、ジト目で此方を見つめている。まるでもって何がなんだか分からない。寒川が思わず思案していると、ふとツッコミの衝動に駆られる。

 

「残念ッ!浦波は今ここには居ないし、綾波に関しては既に実戦出撃してる。しかも性能差はナッスィングゥ!(良発音)」

 

「そんなこと分かってるよぉっ!なんか誰かに操られたみたいに勝手に口が動いてッ!」

 

無駄にテンションの狂った寒川にツンツンしながら突っ込んでくる。打てば響くタイプ(確信)。何時の間にか、時雨も敷波ではなく寒川へ目を向けている。

 

「悪い悪い。変な衝動に駆られちゃって」テヘペロッ

 

敷波は、口を△にして、より目を細めたジト目で睨んでくる。時雨も怪訝な表情で見上げている。

 

「おおコワイコワイ……と、それは脇に置いといて、ここの司令をさせて貰ってる寒川だ。よろしく頼む」

 

「……よろしく」

 

プイとそっぽを向いて差し出した手を握り返してくる。心なし力が強いような気がするというか実際強いというかイタイというかジンジンするというか血が指先で止まってる感じがするというかメチャクチャ痛いというかヤメテ痛い痛い痛い痛い

 

無理やり手を引き離すと血液がまた流れ始める。指先が凄い熱いというか若干痺れてる。しかし自業自得である。依然として敷波はジト目で睨んできているが、先程よりかは心持ち幾分か和らいでいる。一瞬垣間見えた黒いオーラは鳴りを潜めている。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

涙目になりながら綾波を呼んで、敷波を連れ帰ってもらう。次のドックを開くと、中から少し紫がかった黒髪をした頭身の高い艦娘が現れる。

 

「始めまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかな~」

 

「えっと、その……はい?天龍サンはまだ居ないんですが…………」

 

一言発した途端、龍田の顔が一瞬引きつる。ほんの一瞬、先の敷波のそれを上回る黒いオーラが発せられたように感じたのは気のせいではないはず。しかし龍田はそんなことは感じさせずに一言発す。

 

「そう……」

 

しかし続けて、

 

「そっかぁ……それじゃぁ、私が先任になるわけね~」

 

「ん、そうなるな」

 

曖昧に返す。いつ天龍が着任することになるのかはわからないが。

 

「突然だが、部屋は何階がいい?」

 

「あら~本当に唐突ねぇ~それじゃぁ3階にしようかしら~」

 

「それじゃ、これが鍵だ。はい」

 

鍵を渡し、居住棟の説明を行う。中には見取り図が要所要所に配置されているので付き添いは不要だろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「駆逐艦、朝潮です。勝負ならいつでも受けて立つ覚悟です」

 

次のドックからは、若干灰色がかった黒髪の艦娘が現れる。しかし寒川の視線は、肩まわりに集中する。

 

「寒川です。よろしく……それよりも、ランドセル……?」

 

背部の艤装を支えるベルトが色合いといい意匠といいランドセルにしか見えない。満潮が居るのに今更かよと言いたいところだが、濃い灰色の満潮のベルトは、服のサスペンダーと色がほぼ同じで気付きにくかったのが影響している。後世に語り継がれる「私立朝潮小学校」なる言葉も存在しない時期である。満潮のそれに気付かなくとも不思議ではない。

 

いや待てよ……確か満潮も……ん?……えっと…………?

 

「司令官が待てと言うのなら、この朝潮、ここでいつまででも待つ覚悟です!!」

 

さらっと放置ボイスを口に出す朝潮。しかし目の前で言われて気付かない寒川ではない。

 

「いやキミに言った言葉じゃないから待たなくていいよ!?別に満潮が居るから一緒に帰ってもらっていいからね?居住棟に部屋が用意してあるから」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「ボクが最上さ。大丈夫、今度は衝突しないって。ホントだよ」

 

「確かに史実では衝突しまくってたけど……そんなトラウマ……?…………というか、軽巡……?」

 

()()()()、最上型のネームシップ、最上だよ。()()()()がいい感じでしょ?」

 

そして再びの図鑑ボイス(放置ボイスではないが)である。

 

「いい感じに三連装主砲装備してる時のアナタは軽巡以外の何物でもありませんが……自覚ないの……?」

 

しかし重巡洋艦である。初期装備は15.5cm三連装砲である。だが重巡洋艦である。

 

「えっ」(最上)

 

「えっ?……」(寒川)

 

気まずい沈黙が場を支配する。

 

「まぁいいか。……いいの…………か……?」(寒川)

 

口を開いても あー とか うー とか意味のない音しか出ないだろうと思った寒川は、横の時雨へ目をやる。心なしかその視線は若干だが懇願気味で、救援を要請しているようでもある。視線で語る寒川、それを真正面から受け止める時雨。

 

俗にいう全振りである。そして一拍おいて、手を上げて手のひらを見せながら左右に振る。

 

寒川に対するちょっとした死刑宣告である。

 

「えっと……()()()()の最上サン……ココで最初の重巡なので、期待しておきますね」

 

重巡洋艦にほんの少し力を込めてこう放つのが寒川の限界だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「戦艦レシピで建造まわしてくれ」

 

再び、寒川の指示の下各種資材が投入されてゆく。

 

04:30:00

01:20:00

01:30:00

01:00:00

 

全体的に1時間越えで、特に長いそれは戦艦だろう。他は重巡洋艦か軽巡洋艦クラス。寒川は高速建造材の残りを確認するが、残りは2つ。

 

「提督、どうしようか……使い切っちゃう?」

 

タブレットを覗き込んできた時雨と思わず顔を見合わせる。小悪魔的な発言をする時雨、寒川が一瞬固まる。

 

「ん、それもそうかもだけどここは待とう。資材にも余裕は有るし、時間に制約も無いし」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「んっと……重巡は最上、軽巡は神通、龍田、駆逐は……時雨、綾波、夕立にでもしようか」

 

執務室で第一艦隊の編成を調整する。

 

「あと建造中は戦艦1と重巡2と、巡洋艦1……どうしようか」

 

寒川が独り言を呟く。

 

「大型艦で固めるのは何か違うような気もするんだどなぁ」

 

時雨、ここまで完全に空気である。

 

「それじゃぁ戦艦1、重巡3、軽巡1、駆逐1でどうかな?」

 

「主力の打撃の中心になる戦艦1、重巡3に、随伴の護衛に軽巡1、駆逐1ってことか……フムン」

 

「提督、その間投詞なんだか神○長平っぽいよ」

 

寒川本人はそんな事は全く意識していなかった訳だが、時雨がつっこむ。

 

「時雨、おま……SF系読むんだ……へぇ……」

 

寒川雪成(世界の命運を握っちゃった上にとあるSF作家に少し汚染されつつある独身貴族)は隣の時雨の頭に手を乗せ、左右に動かす所詮ナデナデを暫くしていた。しかし夕立に見つかりちょっと大変な騒動になるのはまた別の話である。




・こちらでも確認してはおりますが、誤字脱字等発見された方はお手数ですが御報告頂ければ幸いです。


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第十話 建造(其の二)

前回のあらすじ
モガミンが15.5cm積みながら重巡だと言い張る。そんなお話


引き続き第二艦隊の編成を考えようとした寒川は、第一艦隊の編成が変われば、第二艦隊の編成も()()()()()()に変わる。しかし第一艦隊のメンバーが確定しない事にはどうしようもないな、という方程式が頭の中で成り立ち、再び無意識に窓の外を見やる。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「超弩級戦艦、伊勢型の1番艦、伊勢。参ります!」

 

これまでに邂逅したことのある艦娘とはまるで違う、とても大きく無骨な艤装が目を引く、伊勢がドックの中から現れ、着任の挨拶をする。巨大な艤装に気圧された寒川は思わず2歩ほど下がって、後ろの段差に気付かず転びそうになる。

 

「お、おう……ウオッ!」

 

崩れ落ちるヒョロ助の体躯。しかし横の時雨が支えに入り、何とか倒れずに済む。

 

「提督。危ないよ」

「大丈夫だったの!?」

 

「スマン。大丈夫……デス」

 

着任早々放つ言葉では無いのだが、横から突き刺さる時雨の視線にたじろぎ、語尾が荒ぶる。他の艦は3時間ほど前に既に着任を済ませているので、これで最後である。

 

「他には誰か居ないの?もしかして私が最初の戦艦だったりしちゃう?」

 

「えっと、はい。その通りです」

 

「そっか~じゃぁよろしくねっ!」

 

先の最上共々史実において航空火力艦(最上は航空巡洋艦、伊勢は航空戦艦)に改装されて最上は1944年10月のレイテ沖海戦スリガオ海峡沖夜戦、伊勢・日向は1945年の呉軍港空襲まで戦い続けた武勲艦である。ただ悲しいかな、伊勢型に関しては「改装しない方が良かったのではないか」などと言われる結果になった。

もともと35.6cmで打撃力としては低めで、速力的にも機動部隊への追従はほぼ不可能だった上に、6基12門だったその砲が4基8門まで減らされた。そうまでしてわざわざ設置した飛行甲板は短く、専用に改修された(カタパルト射出に備え主脚の強度を強化した)彗星二二型と、水上機しか扱えず、数としても2隻合わせて漸く空母1隻の航空隊に並ぶかどうかの搭載数である。その上甲板が短いのが災いして着艦は不可能。その分は戦闘で搭載機を消耗するであろう味方空母に着艦させるという離れ業である。

いくらミッドウェー海戦で一挙に主力4空母を失ったからといって博打的すぎやしないだろうか日本海軍。

おまけに搭乗員の錬成はおろか、搭載機の生産・配備や、練習用の機体の生産さえ間に合わず、結局最後まで搭載せず終いだった。しかしその分、空いた格納庫に食糧・物資・燃料などを満載して敵制空権下を強行輸送したり、対空機銃をだだっ広い飛行甲板に大量に並べて防空戦闘を行ったりと、本来の目的を見失いそうな活躍の仕方をしている。

 

そしてそれに対して特に文句も言われなかった航空巡洋艦。そもそも巡洋艦の任務とは、(あくまでも理想論ではあるが)搭載する水上機、又は基地航空隊と連携して哨戒網を構築することも含まれている。もともと必要な能力を拡張して誰も文句はないだろう、という理屈である。それよりも、そもそもの話が航空戦力の補強目的では無いので、そこまでガチムチな性能要求というかぶっちゃけ搭載機数が多いから瑞雲優先して積んで攻撃させるとかいいよね、という感じの発想である。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

閑話休題

 

「これなら、行けそうだよね」

 

「本当に……そう、か?」

 

鎮守府執務室、寒川と時雨は1枚の紙を前に、険しい表情を顔に浮かべちょっとした議論を繰り返している。まぁ話の内容はだいたい決まり切っているようなものだが。

 

「これだったら行けるよ、うん」

 

「本当に、か?」

 

2人が見つめる紙には、手書きの、特に特徴も無いのが特徴といわれても納得してしまいそうな程にふつーな、良く言えばクセの無い文字で、いろいろと書き込まれている。「艦隊再編成案」それがこの紙のタイトルである。

 

第一艦隊 主力艦隊

・旗艦 最上(重巡)→伊勢(戦艦)

・2番艦 神通(軽巡)→最上(重巡)

・3番艦 龍田(軽巡)→熊野(重巡)

・4番艦 時雨(駆逐)→羽黒(重巡)

・5番艦 綾波(駆逐)→神通(軽巡)

・6番艦 夕立(駆逐)→時雨(駆逐)

・交代用員 なし→古鷹(重巡) 綾波(駆逐) 朝潮(駆逐)

 

第二艦隊 遠征艦隊

・旗艦 吹雪(駆逐)→龍田(軽巡)

・2番艦 白雪(駆逐)

・3番艦 深雪(駆逐)

・4番艦 敷波(駆逐)

・5番艦 暁(駆逐)

・6番艦 響(駆逐)

・交代用員 なし→吹雪(駆逐) 夕立(駆逐) 涼風(駆逐) 満潮(駆逐)

 

今回戦艦レシピで建造された残り3隻は、羽黒、熊野、古鷹である。合計で戦艦1、重巡4、軽巡2、駆逐12となり、容易くいかずとも、1-3であれば十分突破可能な戦力は整った。

 

「ん?なんだこれ」

 

寒川が事務書類の山に目をやると、積み上げられた塔の上にある紙が目に入る。そこにはこう書いてあった。

 

『鎮守府直轄支援戦隊の編成に伴う指揮系統統一に関する要件(3)』

 

寒川は頭を捻らせる。まずそもそも『鎮守府直轄支援戦隊』なる部隊の編成をした覚えはない。そして『指揮系統統一』という途轍もない地雷臭の漂う単語。恐らく艦隊本部が横槍でも入れてきたのだろうが、字面が途方もなく胡散臭い。そして『(3)』との文字。

 

「んんん?」

 

更に頭を捻り、脳細胞をフル加速させる寒川。そもそも編成した覚えのない部隊と、それに関して艦隊本部がいれてきたのだろう胡散臭すぎる字面の横槍。そしてこの活字の意味を考えると導き出されるのはこの手の事項に関わる書類が最低でも4枚以上あることが確定している状況である。

 

物事には何かしら必ず形式というものが存在する。そうして基本を決めておくことで、それ以後の混乱を避けることでも有利に立てる。また、特に規律を重んずる組織・部署であれば、この場合に於いて、形式が付き纏うことがほぼ約束されている様なものである。海軍に於いてもそれは顕著であり、通達・調整が必要な内容の書類の場合では、要項を纏めたページが最低でも1枚、場合によっては2枚以上同時に、ステープラーで綴じられて回されることになっている。それに対しては対応する必要はないが、ごく稀に毛根にダメージを与える内容の場合がある。

 

この海軍においては、艦隊指揮権に関わる調整は艦隊本部に一任されているが、寒川が嘗て所属した部署は派閥的に見れば(函根鎮守府に移った今もそうだが)軍令部総長の下に属している。そして軍令部筋は、艦隊本部と対立派閥であり、折り合いが悪い。つまり艦隊指揮権絡みの内容が送られてくる場合は、艦隊本部からの、横槍に近い内容になるのは決まり切った話でもある。

 

「また七面倒くせぇ……やってくれやがってあのクソ供……」

 

キレる寸前の寒川がとった行動は、机に置かれた電話を内線でとある番号に叩くのみ。直談判である。

 

「軍令部の伊藤さんいる?……え?誰かって?やだなぁ、内線番号で分かってるくせにぃ……え?姓名を名乗れ?函根の寒川だけど……うん、そうそう、その寒川。それで伊藤さんに繋いでくれる?もしかして今外出中?え?違う?どこに……って、ああ、今会議中なんだぁ……へぇ……大変デスネ…………そっかぁ……そうなんだぁ……うん」

 

蒼白の顔面で受話器を置く寒川。雨に打たれた子犬の様にプルプルと震えている。自身の身に降りかかった火の粉を振り払うことが不可能であると現実が寒川に知らしめた瞬間だった。深海棲艦による火の粉であれば振り払うこともできる。しかし軍上部からの火の粉となれば安易に振り払おうとすればいろんな意味で生命が危うい。函根鎮守府提督という席さえ失いかねない。ただ嫌がらせを真っ正面から受けるしか寒川に残された道は無い。

 

「時雨……ちょっと古鷹と吹雪……あと朝潮を呼んでくれる?」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「鎮守府直轄支援戦隊……ですか?」

 

およそ15分後、場所は同じく執務棟執務室。その場に召集された古鷹が、説明を受けたのちに発した一言目がこれである。吹雪、朝潮も同じく頭の上に「?」を3つ浮かべて話を聞いていた。寒川自身、そんな物の存在自体初耳だったのだが、15分掛けて時雨と共にいろいろ調べた結果、やっぱりよくわからないという結論に至った。

 

要項を流し読みして分かったことはある。纏めると、函根鎮守府から数名の部隊を編成し、艦隊本部の指揮下に置く。その上で実用評価試験、平たく言えば戦闘のデータを取る目的に、函根鎮守府艦隊に対する優越権を保有する。つまりは、艦隊本部が函根鎮守府の頭を押さえ込むという宣戦布告とも言える内容である。到底許容する訳にはいかない。特に対深海棲艦戦闘の最前線である鎮守府の独立性が損なわれたとなれば、重大案件だ。軍令部筋も徹底抗戦の構えを示している。

 

「まぁ、こちらの動きを封じたいんだろう。こんな時に何を呑気に結束が要求される軍で争ってるんだと言いたいところだが、此方と向こう(艦隊本部)の話が纏まるまでこの件は凍結される事になった。大丈夫だと思うが、自分も会議に参加することになった。君たち自身の意思を最大限尊重して、会議に参加してもらうことになるが、構わないか?」

 

「はい!提督の為です!」

「司令官の為に力になります!」

「この朝潮、例え地獄の果てでも司令官に付いていきます!」

 

「頼もしい限りだな……」

 

艦娘は、ヒトに呼ばれて受肉した存在である。その存在の基準をヒトに置くため、ヒトからの命令を拒むことはできない。それが故に精神構造は歪なものとなり、しかしそれを支えられる存在は、()()以外に無い。だからこそ、彼女たちの生きたいように生きる道を用意するのもまた、提督の責務だと寒川は考え、会議において舌戦を展開するのだが、語られることは無かったという。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

後ほど書類を見た大淀によると、書類の山からとある内容のページが15枚ほど無くなっていたらしい。そして、一度も使用されていない筈のシュレッダーには、紙の屑が数枚分溜まっていたという話もあるが、それも真偽の程は確かではない。




・こちらでも注意は払っておりますが、誤字脱字等発見された方は、お手数ですがご報告頂ければ幸いです。
・ご意見・ご質問などある方は、感想欄にでもお気軽にどうぞ。


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第十一話 重巡洋艦、抜錨

お待たせ致しました。第十一話です!

前回のあらすじ
函根の愉快な仲魔たち、お代わり(倍プッシュ)


戦艦の維持運用

それは軍艦の中でも特に大型で、費用がかかり、たとえ強大国家でも、安易に建造さえ困難な代物でもある。嘗ての戦争において、戦艦を保有している事は、大きな抑止力ともなりうる、戦略的・戦術的な艦艇として列強はこぞって開発、建造を行っていた。

 

大きなコストの反面、大きな力を得ることになる。それが、戦艦という艦種である。

 

戦艦を動かすということは、資源に大きく負担をかける。1-2は巡洋艦を中心に、1-3は伊勢を投入するべきだろう。寒川の思考は戦艦の運用を躊躇する方向へ傾きかけていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

最上、熊野、羽黒、古鷹、神通、時雨が、単縦陣を組み、沖縄諸島の東方を一直線に南下してゆく。既に軽巡、雷巡などが旗艦の水雷戦隊と2回戦闘をこなし、熊野・羽黒が小破、古鷹が中破。時雨が至近弾で、小破には至らないが僅かに損害を負う。練度が低い重巡に被害が集中している。特にその中でも、軽巡譲りの小柄な (詰まるところ防御・耐久性能が低い) 船体が災いして、中破に追い込まれている。

 

しかし、2戦目が終わり、次へ進もうとした途端、()()()()()()()に問題が発生し、およそ2時間ほど、足止めをくらっていた。

 

「うーん、羅針盤、壊れてるのかなぁ……」

 

最上がぼやく。異変が発生したのは何時だったのだろう。思い返すが、戦闘が終わった直後に確認した時には既に狂っていて、つまりは戦闘中の、意識していなかった時に狂ったと考えられる。従って何時だったのかさえ、はっきりとは分からない。

 

《最上、状況はどんな感じだ?改善の兆候は?》

 

通信機から寒川の声が漏れ出る。こうしているうちにも時間は過ぎ、敵に発見されるリスクが高まる。1400ごろには着いていたのだが、現在時刻は1621。もう40分もすれば日の入りで、夜になる。

 

表情には出していないが、内心最上は焦っていた。最上が史実において沈んだスリガオ海峡沖夜戦は、レイテ沖海戦の中の戦いの内の一つだが、そのせいで最上には夜への恐怖が付きまとっていた。なるべく早く終わらせ、帰投しなければ。

その念に頭がいっぱいになり、肩に乗った妖精さんに頬をペチペチと叩かれるまで、原因究明を頼んでいた妖精さんの報告に気付かなかった。

 

「あっ、ゴメンゴメン」

 

そして妖精さんの話に耳を傾ける。その間にも時間は進み、夜戦の時間が近づく。

主砲の残弾も、魚雷の次発もまだ残っているが、既に古鷹は中破。誘爆を避けるため魚雷は投棄しており、雷撃は行えない上に、下手をすれば戦闘不能(大破)に追い込まれかねない。

 

「提督。妖精さんが、確認してみたけど何らかの異常な力がはたらいていて、()()()()()()直らないかもしれない。って言ってるんだけど……」

 

()()()()()()という単語が寒川の思考へ入り込み、違和感を与える。

 

《このまま、妖精さんはそう言ったのか?》

 

「うん。そうだけど……」

 

《それじゃぁ、解決策自体はあるんだな?》

 

思わず面食らう最上。夜戦への恐怖でまともな思考が出来ていなかったことに気付かされ、妖精さんへ再び尋ねる。

 

「……えっと、羅針盤を回せ、って言ってるのかな?」

 

《……は?》

 

今度は寒川が面食らう番だった。理解は追いついているが、思考がついていかない。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「羅針盤を、……回すぅ?」

 

寒川の珍妙な声が発令所の空気を揺らす。妖精さん謹製のマイクが音を拾い、最上たちへ伝わる。

 

《んっと、提督、そうみたいだね》

 

一瞬の沈黙の後に、時雨が通信を代わる。最上の妖精さんが言わんとすることを理解するのに、最上が付きっきりになって会話する必要があった。傍から見ている時雨たちにも、その妖精さんは()()()()()()と言っているように見えているのだから、間違いはないのだろう。

特に時雨は、最初に現れた妖精さんたちと人類の橋渡し役をこなし、妖精さんの曖昧な言葉であっても、だいぶ精度の高い通訳がこなせる。そのおかげがあった建造ドックは、時雨の補助なくしては完成しなかったろう。

 

その時雨までもが、羅針盤を回せと翻訳している。ほぼ事実として間違いではないのだろう。

 

「それで直るんだな?」

 

聞き返す寒川。発令所では某ゲン○ウポーズで固まっている。更に言えば、怪訝な目つきでモニターを見つめている。はっきりと意味深なオーラが周囲に撒き散らされ、空気は完全に凍りついている。

 

《なんだかそう言ってると思うよ?》

 

妖精さんとの会話を終えた最上が再び通信を代わる。まるでもって意味がわからないが、妖精さんがそう言っているならそうなのだろう。

 

彼女たち(ヒトの形をしていない者も多少いるらしいが)の、深海棲艦に対する知識・技術・艤装運用能力は、人類が10年以上かけて調べ上げた事実を、遥かに上回っている。人類の常識は通用しないし、する方がおかしいという見方もある。

その代わり、人類には理解不能な、身振り手振りのボディコミュニケーションでしか伝えることでしか、情報を外部へ発信する手段を持たない。もっとも、翻訳は艦娘たちがしてくれるのだが。

そして時折、突拍子もないことを言い出すのだが、これがまた成功することが何度も。突拍子もなくモノを作り上げることもあるらしい。函根に移ってからは特に大ごとは無いが。

 

「分かった。もう騙されたと思って思い切りやってくれ」

 

これで成功すれば、もう悩まされることは無いだろう。それよりも、これ以上悩んでいたら身が持たない。もうどうにでもなれ、という勢いで指示を出す。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「それじゃぁ、それっ!」

 

思い切り回せと言われたので、最上は針を思い切り、ピンと弾く。高速で回転していたが、暫く経つと動きが止まり、ある方向を指す。

 

この世界での羅針盤は、史実の物とは違い、近くの深海棲艦の艦隊の方角を指し示す。最上は失念していた。今からボスとの戦闘となれば、夜戦に入るのは必至である。

 

最上が恐れていた、()()が、大きな口を開けて待ち構えていた。

 

SW-South West-

南西を指し示した羅針盤に従い、艦隊は速度を上げて移動を始める。

 

会敵可能性の高い地点に差し掛かったと妖精さんが報告する。艦隊は単縦陣に陣形を再編し、進んでゆく。

最大火力の熊野を先頭に、神通が続き、その次には旗艦の最上。更に、中破し、庇うべき対象の古鷹はほぼ中央の4番目。羽黒が後ろに付き、時雨が殿を務める。

 

目を凝らしながら進む熊野が、針の穴ほど小さな黒点を見つける。日は傾き、西から眩しい光が差す。朱に染まりかけた空と海の中で、異様な空気を漂わせ、()()()()を作り出している。深海棲艦が発する邪気が周囲を飲み込み、此方へ近づいてくる。

 

「敵艦隊を発見……一捻りで黙らせてやりますわ!」

 

なかなか物騒なことをお嬢様口調で吐く熊野。最上もこれには流石に苦笑いしながら続く。大射程を持つ重巡の20.3cm連装砲から、鉄の塊が吐き出され、火を引いて放物線状の軌跡を描きながら飛び、従えていた駆逐ハ級を切り裂く。弾頭の塗料は3番艦を表す黄色。

 

初弾命中を得たのは羽黒だったが。

 

「砲雷撃戦って、これでいいんですよね!」

 

笑顔で次の斉射を始める。

 

古鷹も2基残っただけの20.3cm主砲から砲撃を放つ。カタカタと不規則に艤装が震え、手元は微かにブレるが、狙い澄まされた一撃は雷巡チ級に直撃し、魚雷を誘爆させ大破に追い込む。

 

「やった!」

 

中破していても重巡は重巡。20.3cmの破壊力は雷巡の装甲程度であれば容易く突き破る。動きが鈍り、砲撃の回避もままならないチ級は、神通の弾幕と時雨のピンポイントの砲撃で撃沈される。

 

ヘ級の砲撃も此方を捉え始め、先頭を行く熊野に被弾が集中。中破判定を受けてしまう。

 

「わたくしに、このような格好をさせるとは、……あ、ありえませんわ!」

 

上着(ブレザー)が所々破け、頬はよく見れば煤こけている。夕焼けの紅がますます濃くなり、最上は速度を上げて先頭へ躍り出る。

艤装に備え付けられた、神通の14cm砲の数を上回る15門の15.5cm砲が一斉に火を吹き、着弾の水柱が散らばる。その散らばった範囲は確実にデスゾーンが出来上がっている。何者もの侵入を赦さない、死の空間である。

 

羽黒、最上の砲撃は繰り返され、頻度を増し、二つのデスゾーンにうっかり迷い込んでしまった一隻のチ級は、直撃をマトモに喰らい、一撃で撃沈される。お互いの細かな砲身の動きさえくっきり見える距離まで近づいていたが(艦娘の視力基準だが)、間もなく日没。

 

夜戦に入る。

 

最後の時雨の砲撃は弾かれ、ヘ級1、ハ級1が共に小破に至らず残存。此方は熊野・古鷹中破、羽黒・時雨小破で、最上は僅かに被弾。神通は無傷で突入していた。もはや戦いの趨勢は決していたが、それでも最期に牙を剥き爪痕を残さんと突き進んでくる敵艦隊。

 

中破に至っていない4隻が一斉に魚雷を放つ。藍の様な漆黒に染まりつつある海面に、微かに白い航跡を引きながら進んでゆく魚雷。しかし、相手側からも複数の雷跡が迫り来る。

 

距離がやや離れていたのが災いし、雷撃は回避される。しかし雷巡は全滅しているので、此方に迫り来る魚雷も数は少なく回避は容易かった。

 

「よーし、ボクも突撃するぞー!」

 

震えそうになる足下を押さえつけ、恐怖を吹き飛ばそうと空元気を奮う。自分が旗艦だ、と心身共に奮い立たせ、目を凝らして敵を睨めつける。

 

「来るなら来い!」

 

再び一気に砲弾を撃ち出す。軽量級のそれは短時間で装填され、至近距離であれば一瞬で到達する。雷撃も到達し、幾重にも攻撃が直撃し、ハ級を一瞬で撃沈する。

 

刹那、ヘ級の主砲群が一斉に火を吹き、時雨へ向かう。唐突に大量の砲弾が懐近くへ飛び込んで来た時雨は、身構えていたが、進む向きに対して直角に右足を着水させる。機関の推力で、小柄な体躯は身体の外部にある点を中心に独楽のように回転。勢いそのまま、進行方向を直角に変化させた時雨の、僅かに後ろの空間に砲弾が突き刺さり、髪を掠めてゆく。

 

その時点で熊野は残った主砲から20.3cm砲弾を吐き出し、そのまま離脱してゆく。直後に羽黒が至近まで迫り、砲撃を叩き込む。畳み掛ける様に雷撃が一斉に突き刺さり、沈める。

 

「危なかったですね……」

 

横から古鷹が近付き、時雨に声をかける。

 

「うん。あんなに綺麗に決まるとは僕も思ってなかったよ」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「クマー。よろしくだクマ」

 

「……(球磨)?」

 

鎮守府執務室、時刻は1920。戦闘で邂逅した軽巡「球磨」の着任の挨拶が行われていた。

 

「球磨だクマ。熊じゃないクマよ」

 

寒川の発言を訂正する球磨。というか球磨クマ熊球磨と君たちしつこいのだが。文字を打つ此方の身にもなってくれ。いちいち変換が面倒なのだが。

 

しかし此方の思惑を無視して球磨クマ談義は進み、夜は更けてゆく。

 

〜その内容は書くのが面倒らしく、今後語られることは有ったとか無かったとか~




・こちらでも注意は払っておりますが、誤字脱字等発見された方は、お手数ですがご報告頂ければ幸いです。
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第十二話 戦艦『伊勢』

前回のあらすじ
もがみんがんばる。あと重巡つよい


「しっかし……これは予想外だな」

 

西日が窓の外を照らしているが、生憎窓は採光を優先して南向きで、部屋は赤く染まるが明かりは入ってこない。その眺望を眺めるためには廊下に出て、突き当たりの、南北に通っている、西向きに窓がある廊下まで出なければならない。

 

赤い光で文字が霞んでいるが、寒川の目はしっかりと書類の上の文字を睨んでいた。

 

艦隊本部書簡 第三・第四艦隊の編成枠・予算に関する要件 つまりは横槍

 

・第三艦隊編成枠確保に足る要件として、川内型軽巡洋艦3隻の邂逅を前提条件とする。

 

・上に並び、第四艦隊編成枠確保に足る要件として、妙高型重巡洋艦4隻の邂逅を前提条件とする。

 

艦隊本部のヤツらこないだ丸め込まれてキレてやがるな(寒川の心の声)
*1

 

そして時雨が横から覗き込む。あぁ、と一声発し、

 

「これは提督、完全に睨まれちゃったね」

 

「ちょっとはっちゃけ過ぎちゃったかな……」

 

思わず苦笑いで返す寒川。

 

「向こうのご好意に涙がちょちょ切れそうデスわ」

 

「それ建前だよね?」

 

「それは言わないお約束」

 

突っ込む時雨と切り返す寒川。しかし確定している命令な上に、先日寒川が大本営艦隊編成を蹴った為に、函根が所属する派閥である軍令部派も表立って行動できない。その為、どうしてもこればかりは不可避の内容らしい。

 

「どうすれば1隻邂逅したからって残りの姉妹艦もいると決めつけられるんだろうな?」

 

「でも駆逐艦みたいに大量に居るわけじゃないでしょ?」

 

「それでもだなぁ……何故か艦娘が出現しているのは日本だけらしいんだよねぇ……アメリカのフレッチャー級とかギアリング級なんて来た日にゃ目も当てられない。準同型艦まとめて100隻軽く超えてるぞ……」

 

「それはそれで良かった……のかな?」

 

「まぁ……そうなるな」

 

外光を失った部屋の、天井の照明が白く輝き室内を照らす。机の上に乗った照明スタンドのLEDに光が灯り、机の上に並べられた書類の文字を鮮明に浮き立たせる。

 

その後は沈黙が続き、書類が片付いたのは満月が稜線の淵を洗い始めた1940。宿舎の各個人部屋がある2階から上の窓には光が無い。代わりに1階の幅広い窓は溢れんばかりの光を湛えている。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

ジャズ風味の軽快なBGMが流れる室内から、賑やかな声も溢れてくる。

 

宿舎の1階は、個室が並ぶ2階から上と異なり、広い空間に所狭しと長机、丸椅子が並べられて、入口側に近い壁には厨房と繋ぐカウンターが大きな口を開けている。

着任する際予備知識を与えられていたが、実際に足を踏み入れたのはこれが最初になる。

 

しかし聞いていたよりも雑多な雰囲気が漂っている。メニューの札が彼方此方に掛けられており、いろんな種類の食べ物の香りが漂ってくる。

 

「あっ、提督!来てくださったんですね」

 

明るい古鷹の声に迎えられたと思った途端、引きずりこまれて気付けば場の人集りの中心に据えられていた寒川は、一晩の時間を対価に心の距離が詰まればいいのだが……と特に深く考えず流れに身を任せる事にした。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「あれ……これダメなやつだ……」

 

「うぅ……ヘ、ヘルプミー……」

 

酒も飲んでいないのにジュースで艦娘が酔っ払うという謎が沸き起こった机の下から、寒川が唯一酔い潰れなかった時雨に引き摺り出される。これ食えこれ食えと延々と押し付けられ続けた寒川の胃が限界を迎えたあたりで遂に全員揃って酔い潰れた際、寒川は巻き込まれては堪らないと逃げようとしたが、後ろは既に「えへへ……」とふやけた綾波に乗り掛かられた(うらやまけしからん)状態で、椅子に座らせて机の下に入ったら全周囲が既に囲まれ身動きが取れないと悟ってしまった。

 

「んー……君タチって肝臓弱かったりする?」

 

「どうなんだろうね?」

 

「そっかぁ……分かん無いんだぁ……」

 

最近、素が(というか諦め)が出始めつつある寒川は苦虫を噛み潰したような顔で、ピクリとも動かない艦娘たちを引っ張り出していた。

 

しかしここで衝撃の事実が発覚する。

 

「ンッ!重っ!」

 

複数名が重なり合った一番下にいる最上を引き出そうとしたところ、のし掛かっている重みと摩擦でビクともしない。(半ば忘れ去られているが、)天性のヒョロ助である寒川にはオーバーワーク過ぎた。

 

「なんだか18tハーフトラックでケーニヒスティーガーを回収してるみたいだね」

 

「それ陸がらみの軍事オタクならともかく一般人には理解できないでしょ……比喩表現が回り回って分かりづらくなってない?」

 

軽口を叩き合いながら摩擦と格闘する寒川の脇では、いとも簡単にヒョイと羽黒を抱えた時雨が軽い足取りで奥の座敷コーナーへ運んでゆく。

 

「まさか、ここまで(基礎性能に差がある)とはな……」

 

「ほら提督、そっちの方が伝わる人少ないかもよ」

 

「いやいや、18tベルゲ(独:戦車回収 の意)の方が伝わらないでしょ」

 

某見た目は子供、頭脳は大人な名探偵に登場するFBIから真っ黒な組織に潜入して殺されたと思われていた名前に赤が入る人(説明が長い)のセリフを吐く寒川と、常識が少しずれてしまった時雨の、意味があるようで無いような気もしないがやっぱり無いだろと言いたくなるような会話は輸送任務MVPの時雨の勝利によって終わったという。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「右舷砲戦、行くわよっ!」

 

伊勢の構える35.6cm連装砲が火を吹き、鉄の暴力を吐き出す。狙われたリ級も、所詮は重巡。戦艦の大口径主砲の至近弾の水柱で、行き足を大きく妨げられる。姿勢を崩した直後、熊野の砲撃が更に行動可能範囲を削ぐ。

 

「当たって!」

 

羽黒の砲撃が頭部を直撃し、首から上が千切れ飛び、操る主を失った躯は水面へ崩れ落ちる。並んだ2隻のリ級が最上へと照準を合わせて、大量の砲撃を送り込む。

 

「いったたた……」

 

辛うじて甲板で弾いた最上だが、一部の砲弾が艤装の予備浮力と兵装の一部を削る。しかし射程距離一杯で放たれた中口径砲弾は超軽巡として設計され、CNC鋼板を用いた強力な防御装甲(もちろんの話だが史実基準)を貫くには至らず、小破させるに留まる。

 

「ボクを怒らせたね!」

 

更にお互いの距離が詰まる頃にはお互いの戦艦・重巡が数回斉射を繰り返した後で、リ級1隻中破・1隻小破未満、ヘ級1小破、イ級2共に小破。対して此方は、伊勢小破未満、熊野無傷、羽黒小破、最上小破、神通小破未満、時雨無傷。

 

しかし四日市沖でのこの戦闘は未だ道中戦で、海域の首魁たるル級含む艦隊とは邂逅できていない。出来れば中破以上の損害を受けない内に撃破してしまいたい。

 

《ヘ級の投射量は脅威だ。最上の射程ギリギリで粘ってくれ》

 

「了解」

 

再び通信機を切り、伊勢は遥か彼方に米粒ほどに見える黒い粒を睨む。2隻のリ級は交互に弾幕を張り、此方に砲撃させる暇を与えない。ヘ級の投射量が大きいので、迂闊に艦隊で接近すれば後方の神通や時雨が危険に晒される。そのため容易に近付けず、砲撃の精度にも限界が生じる。お互いに決め手を欠く中、背面航行で主砲を2基ずつ撃ちながら、伊勢は逡巡する。

 

このまま撃ち合っていても無駄な損害を増やし、有限の弾薬を消耗するだけ。かといって無理やり突っ切るにも背後にリ級(中破しているとはいえ)2隻を抱えてル級と対峙するのは2:1の数的不利のみならず、挟撃される位置的不利も招くことになる。だとすれば答えは1つ。

 

「私は此処から単艦で突撃するわ!援護して!」

 

心を決めて一息に声に出す伊勢。

 

「危険ですわ!幾ら伊勢さんが戦艦だとはいえ、リ級1、ヘ級1、イ級2の雷撃を受けるのはリスクが大き過ぎますわ!」

 

副艦として伊勢の装填している合間に砲撃を放ち牽制していた熊野が制止する。

 

「私が突撃すれば既に混乱に陥っている敵は必ず隙が生まれる!その間に、重巡2、軽巡2の火力があればイ級を2隻とも仕留めてヘ級を中破以上まで持ち込むのは簡単なはず!」

 

そうして会話をする間に、伊勢は既に艦隊から飛び出して吶喊を掛けている。

 

「仕方有りませんわ!皆さん、伊勢さんに砲撃が集まり始めたら全速力で接近。軽巡の主砲有効射程圏内に捉えたところで砲撃しますわよ」

 

「は、はいっ!」

「いつでも!」

「致し方有りませんね……!」

「えっと……僕はどうすればいいのかな……?」

 

「時雨さんは後ろに着いてきて下さい。どのみち駆逐艦の主砲では有効な打撃は与えられませんわ。装甲も薄いですし」

 

淀みなく応える熊野。そして時雨も決意をする。

 

「うん。分かったよ」

 

「それでは……行きますわよ!」

 

会話を終えたタイミングで、丁度伊勢に砲撃が集中し始めている。重い艤装を背負い、それに比して非力な機関を限界まで回して限界まで速度を上げる。駆逐・軽巡の弾幕は躱すのは困難なので砲塔などの装甲の分厚い部分で耐え、砲撃頻度の低い重巡の砲弾は砲塔などに浅く当てて弾くか、躯を艤装ごと捻って無理やり躱す。

 

「近付いてるわね……」

 

さっきまでは砲身が背後の砲塔に潰れて見えなかったが、この距離まで迫れば砲身の判別も可能だった。(とはいえ艦娘の超人的な視力基準なので相当距離だが)

 

そして、伊勢の背後から大量の砲弾が敵艦隊へ飛び込んで行く。伊勢に執着していた敵艦隊は、あっさりと混乱の極みに陥る。結果として、たったの2斉射でリ級1大破1中破、ヘ級1中破、イ級1撃沈1大破まで追い込む。

 

「主砲六基十二門、一斉射!」

 

その隙を突かんと、間髪いれずに、轟音を轟かせながら、伊勢の主砲から大口径の主砲弾が吐き出される。艤装の損傷は小破に限りなく近い小破未満だが、漸く成立した自身の作戦と、一気に優勢に立った援軍に、顔には喜色がありありと浮かんでいる。

 

「さぁ……ここからが()()の本領発揮よ!」

 

勇ましい掛け声と共に主砲に次発を装填しながら、伊勢は敵艦隊へと駆けてゆく。

*1
なお、横線部に白文字で書き込まれた寒川の心の声が書かれています。(上の書類タイトル両側にも反転で文字有り)




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第十三話 戦艦『ル級』

世は平成最後のクリスマスだ何だと騒いでいますが、そんな事はお構いなく第13話です。

……というか『平成最後のクリスマス』ってどんなパワーワードですか文化のごった煮が甚だし過ぎますよ。


前回のあらすじ
伊勢さんが無茶したけどさサスガ戦艦DAZE!HAHAHA!


「お出でなすったわね……()()()()……!」

 

辛くも道中のリ級率いる水雷戦隊を撃破した第一艦隊は、潮岬沖に於いて海域の首魁であるル級を旗艦とする水上打撃部隊と相対していた。艦隊の現況は伊勢小破、熊野無傷、羽黒小破、最上小破、神通小破未満、時雨無傷と、矢面に立った伊勢が小破まで持ち込まれたものの、後方からの援護に徹した残りの損傷は変化していない。

その伊勢が肉眼で、砂粒よりも小さな黒点を睨み、艦隊に告げる。

 

「戦闘海域に突入。全艦、単縦陣を維持して全速前進!」

 

「目視ですが付近15浬以内に敵航空編隊並びに航空戦力は確認されず。砲撃戦に直ちに影響は無し、ですわ」

 

「りょーかい。それじゃサクッと行きますか!」

 

熊野の報告に、間の抜けたような声で返しながら後ろに続く僚艦に戦闘開始を伝える。敵はル級1、リ級2、ヘ級1、ロ級2の艦隊。戦艦は同数、重巡も同数、軽巡は此方が1多く、駆逐が1少ない。おまけに軽巡の内片方は最上だ。純粋な火力、雷装で上回るが、敵はこれまで従来艦の部隊を退け続けている日本近海で最も強力な部隊の1つである。多少の戦力差は問題にさえならないだろう。

 

一直線にル級目掛けて突っ込んでいく艦隊は、傾きつつある陽に向かい合っている。眩しさに目を細め、手を当てながら距離を見極め主砲の仰角を微調整していく。

 

「有効射程まであと30秒、警戒して!」

 

主砲に装填される砲弾の信管を調整した妖精さんが伝えて来るのを確認しつつ、最後に艦隊を〆る。主砲の薬室に初弾を装填し、覚悟を固めた伊勢は最後に照準を合わせる。

 

「主砲6基12門、一斉射!撃ち方始め!」

 

遂に戦いの火蓋が落とされた。伊勢が先頭に立ち、先陣を切って大口径主砲を放つ。後ろの重巡、軽巡、駆逐を庇うように左右に身を振り、間近に立ち上がる伊勢と同時に砲撃したル級の砲弾の水柱を躱し、自身の放った砲弾の着弾点を見極める。

 

敵艦隊の中でも特段大きなル級の艤装と比較しても、尚高くそびえ上がる水柱は僅かに目標を逸れ、水飛沫を掛けて敵を濡らすだけに留まる。此方の装填作業が半分終わろうかというタイミングで、ル級の艤装の片側半分が火を吹き、鋼の暴力を吐き出す。

 

「敵ル級、交互撃方(こうご うちかた)開始!全艦、乙字回避運動!」

 

後列に控える時雨、神通が真っ先に反応し、隊列から外れてお互いに反対の方向へ散ってゆく。敵を見据えて最上、羽黒、熊野も左右へ無秩序に動き始める。

 

大遠距離で放たれた砲弾は、高い放物線を描き、大落角で散布界に散らばる。すぐ脇を通り抜けた神通に海水が大量に降り掛かる。伊勢が装填を終え第二射を交互射撃で始める傍ら、ポツリと呟く。

 

「海水はやっぱりベトベトして……不快ですね」

 

その間にも毛先の海水を軽く絞りながら隊列へ戻るために舵を切る。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「主砲、遠3近3、夾叉!主砲諸元そのまま、残り半数、一斉射!」

 

公算射撃で、遂にその散布界にル級を捉える。しかし、ル級が第七射目に夾叉を得ていたのに対し伊勢は第十二射目まで掛かった。

 

その為至近弾を受けた羽黒が被害が拡大して中破に近い状況まで持ち込まれている。服の袖は所々破け、砲塔天板は歪んでいる。しかし戦闘にほぼ支障は来たしていない。十分戦闘の続行は可能で、伊勢のすぐ後ろに縦に並んで追いかけている。

 

「敵艦隊までおよそ9浬。中射程砲戦、用意よし。主砲最大射程、試射。撃ち方始めっ!」

 

妖精さんに指示を出すのに寸分遅れず主砲が1基のみ火を吹く。主砲最大射程付近での砲撃戦での不安な命中率を、弾着観測で補うため、目を凝らして自身の放った砲弾と敵艦隊を追いかける。

 

しかし着弾の水柱は2つとも大きく右に立つ。水柱の正確な大きさが判別できないので距離までは分からない。

 

しかし、すぐに残りの主砲も左へ振って次の試射を行い、敵艦隊から目を逸らさず試射を重ねる。すると、2つの水柱が視界の中の敵艦隊を覆い隠す。

それに合わせて仰角を僅かに増やして、次の砲を発射する。間髪いれずに延々と砲弾が水面へ突き刺さる。しかしまだ誤差もあるようで一向に至近弾となる気配はない。

 

命中弾を得るのにはもう少し時間がかかりそうだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

同法無線から不協和音が流れ出し、一瞬経ってそれがサイレンであると認識する町民たち。

 

和歌山県浦神町

海面上昇に伴い、嘗て本州最南端であった潮岬を擁する串本町は水没。結果として人間が定住する村落としては新たな本州最南端となった町である。もともと漁村であり、近大マグロで有名な近畿大学の水産研究所浦神実験場が置かれていた。尤も、近大マグロの養殖を成功させたのはまた別の白浜臨海研究所なのだが。

 

『只今、日本国、政府より、非常事態宣言が、発令、されました』

 

高音の中から、よく通る声がゆっくりと文章を読み上げる。時刻は昼過ぎ。

 

函根鎮守府から1-3打通に向けて主力艦隊が出撃したのとほぼ同時で、住民は不安な表情をする事なく粛々とシェルターへ移動してゆく。旧潮岬沖合は、一時期度々敵空母が進出し、(旧)名古屋方面・(旧)大阪方面・京都方面への空襲が行われる際、敵編隊が上空を通過する為に空襲警報・退避命令は幾度となく発令されている。恐れというよりも、『またか』という表情で防空シェルターの三重になっている耐爆扉を開き、次々と駆け込んでゆく。

 

一番外の防火扉を通り抜けてトンネルに入ると、外との明るさの違いで一瞬視界が完全に真っ暗になる。締まり切っていた瞳孔が緩むと、暗いトンネルのコンクリート製の壁面が目に飛び込んでくる。

 

耐爆ドア、耐爆ドア、そしてまた耐爆ドア。

三枚の扉を駆け抜けると、退避空間への長い階段が口を開けて待ち構えている。まるでロシアの(正確にはモスクワの)地下鉄駅(実際有事には核シェルターとして運用される事を見越している)の様だが、照明は必要最低限で、エスカレーターも存在せずただの階段である。

足の悪い高齢者の為にエレベーターも用意されているが、1基のみなので車椅子使用者がエレベーターホールへ集中している。

その長い階段を駆け降りた先の広い空間は、LEDパネルが天井に貼られていて明るく、今度は開き切った瞳孔が光を取り込んで視界が白飛びする。

 

『午後、0時、34分に、日本国政府より、中部・近畿太平洋岸、全域に、非常事態宣言、並びに、退避命令が、発令されました。該当地区に、お住まいの、皆様は、速やかに、指定された、シェルターへ、避難、してください』

 

報道官制されたテレビ(Built by Japanese government Channel)(国営放送(頭文字を取ってBJC))からは、同じ様な文章が同じ様な声で流れ出す。およそ地下50mで、雪崩れ込んだ住民の殆どは息を切らしている。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「熊野、行くよっ!」

「当然ですわ!」

 

最上が熊野を背に控えて砲撃を始める。伊勢、ル級共に決め手を欠く砲撃戦は、ダラダラと距離を縮め、重巡の有効射程・最上の15.5cm砲の最大射程までお互いは接近していた。

最大射程辺りから砲撃を始めていた羽黒は、その時点で伊勢と共同でロ級1隻を撃沈する事に成功している。また、伊勢の至近弾はリ級1隻を小破させている。しかし至近弾を受けた神通が中破、同じく時雨が小破と、被害も拡大を始めている。

 

熊野の砲撃は、有効射程圏内で行われた為、ほぼ誤差なく敵艦隊付近へ着弾する。最上の砲撃は有効射程圏外の最大射程ギリギリだったが、元々砲の性能が優秀だった事もあり、散布界に対する砲弾数、即ち着弾密度は、15門という投射量も併せて相当高いものになっている。

 

「右……かな」

「私は左でしたわ」

 

それでもいきなり初弾命中を得る事は難しく、僅かに左右にズレる。しかし、敵側も負けじとリ級が共に砲撃を始める。

 

「きゃっ!」

 

その複数の砲弾は伊勢の周辺にばら撒かれる。水柱に伊勢の姿が隠されるが、流石は戦艦。白い水壁を物ともせずに中から伊勢が現れる。

 

しかし、その後ろに続いていたはずの羽黒の姿は伊勢の背後には無い。神通が着弾点に目を遣ると、後進しながら現れる羽黒の姿があった。運良く砲弾の断片に襲われる事なく、被害の拡大は防いでいた。

 

「危なかったです」

 

「羽黒ちゃん!砲撃続行できる?」

 

間一髪躱した羽黒に、伊勢が呼びかける。その間も伊勢は交互撃ち方を続け、最上は熊野より早く再装填を終え、次の斉射を始める。神通も最大射程で主砲を放つ。

 

「ごめんなさい!大丈夫です!」

 

その言葉を裏付けるように主砲を斉射し、速力を戻してすぐに伊勢の後ろへ戻る。

 

 

 

その刹那、ル級がその羽黒を狙おうと照準を修正し、砲弾を放つ。

一瞬後には凶弾が羽黒に降り注いでいる。しかし羽黒に届く事はなく、水柱で姿を覆い隠すのみだった。仕返しとばかりに熊野が主砲を斉射し、無傷だった方のリ級を中破させる。

 

余りに一瞬の出来事に、ル級が振り返り、状況を確認しようとする。眩しく差す夕日に目を細め、艦隊の体勢を整えようとする。それが命取りだった。

 

「主砲6基12門、一斉射!」

 

伊勢が誤差修正を終え、斉射を始めたのだ。そのうちの2発がそれぞれ、艤装右半分と()()を襲う。しかしそれを悟ったのか、使い物にならなくなるであろう右半分の艤装を無理やり持ち上げてガードし阻む。2発の砲弾が直撃した艤装は黒煙を吐きながら爆発を起こし、砕け散る。ル級はそれに嵌めていた右手を振る。

 

「チッ」

 

完全に一撃撃破コースに乗っていた砲弾を阻まれた伊勢は舌打ちをし、次発を装填し始める。しかしその攻撃は無駄にはならず、中破していた方のリ級が砕けた艤装の欠片を浴び、動きが鈍る。その一瞬を熊野は逃さなかった。

 

「とおぉ(中略)ぉう!」

 

熊野提督ならご存知の、あの特徴的な奇妙な叫び声と共に斉射する。艤装に備えられた10門の主砲、その砲身の先端から炎と黒煙を噴き出しながら砲弾が飛び出す。

 

一瞬と掛からずにリ級へ砲弾が到達する。重巡主砲の有効射程圏内で放たれたそれは、凶弾とも呼べるだけの威力を持ってリ級を襲う。被弾して動きが鈍っていたのも重なり、撃沈に追い込む。

 

ル級1中破、リ級1撃沈、同1小破、ヘ級1小破、ロ級1撃沈、同1無傷。

対する函根鎮守府艦隊は、

伊勢小破、熊野無傷、羽黒小破、最上小破、神通中破、時雨小破。

 

時刻は1822。

日が沈み、夜になる。

 

 

夜戦が始まる。




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第十四話 宵の月の下

前回のあらすじ
戦闘描写がめっちゃクソ長い。けど戦艦TUEEてなるお話。

しかも今話は(単純な文字数では当シリーズにおける最長クラスの)4,400文字ちょいがフルで戦闘描写につぎ込まれてる。長い。しかも今話の終わりでもまだ帰投しない。長い(涙目)


「そろそろ日没……各艦、夜戦用意。行くよっ!」

 

主砲に次の徹甲弾を装填しながら指示を飛ばす。無線で応答が帰ってくる。中破した際、被害の拡大を防ぐため魚雷を発射管ごと投棄した神通を除いて、伊勢以外は全艦が雷撃可能だ。

 

それを確認すると、伊勢を先頭に単縦陣を組み直すように次の指示を出す。

 

1分も経たずに再び集合した艦隊は、魚雷の有効射程ギリギリまで肉薄しようとそれまでを上回る勢いで進撃する。その間にも砲撃戦は進むが、薄暮の霞む視界の中で狙いは安定しない。

 

大小様々な水柱の群れの中を縫うように進むと、ある一点で各々の艤装に備え付けられた魚雷が飛び出し、水中から敵へ一直線に進んでゆく。

 

「全艦、砲撃中断!回避運動!」

 

半ば黒に染まった海の中を、白い航跡を引きながら迫り来る魚雷を肉眼で捉えた伊勢は、回避運動をするよう僚艦に指示する。

 

砲撃を止め、更に速度を上げた艦隊は、其々が雷跡の隙間に身を滑り込ませる。それとほぼ同時に、お互いが同じ方へ舵を切ることで反航戦から同航戦に移行した敵艦隊周辺で、戦艦の着弾に勝るとも劣らない大きさ・勢いの水柱がそそり立つ。

 

「残念だった……ね」

 

「どうもその様ですわね」

 

大柄な体躯のロ級が、迂闊に射線上に入ってしまったため、時雨の雷撃を受けて一瞬にして鉄屑となる。

一方リ級も、巡洋艦3隻の射線が丁度干渉した地点で回避できずに被雷してしまう。結果として全身に魚雷の断片を浴びながら水面から落ちてゆく。

 

月齢15、満月の夜で、陽が沈んだ後も直ぐに登ってきた月が海面を照らす。

周囲に人工光の無い夜空には、陸地からはもう拝めないような輝きを溢れんばかりに溜め込んでいる星々が浮かんでいる。その下では炎を撒き散らしながら激戦が繰り広げられているというのに、そんな事にはお構いなしと静かに空で光っている。

 

「さぁ、行くわよっ!」

 

最後に言い放った伊勢は、更に距離を詰めた敵艦隊を睨んで主砲を斉射する。熱を持ち、赤黒く禍々しい鈍い光を微かに放つル級の艤装を目標に、影を見極める。

 

その砲撃はル級をしっかりと捉え、砲弾に詰められた火薬が爆炎と断片を周囲に撒き散らしながら艤装を叩き壊す。一瞬にして左側の艤装も砕け散り、生身の肉体も痛手を追う。一撃で大破まで追い込まれ、砲撃すら出来ずに次の熊野の砲撃に晒される事になる。

 

「夜戦は日本海軍の十八番でしてよ!」

 

急速次発装填装置を利用して再装填を終えた魚雷を斉射した後、砲撃を放つ。至近距離で放たれた砲撃は、魚雷共々殆どが必中といえる直撃に至り、止めを刺した。

 

深海棲艦の動力源は不明だが、艤装は(有機物的な生体部分と融合しているようにも見えるのに)重油を燃料にしているともいわれている。深海から出現することも併せれば、海底油田から直接得ているという説も現実味を帯びてくる。事実、北海油田として大規模な油田が確認されている欧州では、活発に深海棲艦が活動している。

南太平洋では更に活発だともいわれているが、大規模な油田は確認されておらず、信憑性の程は確かでは無い。人類の生活圏は深海棲艦の進出に同期して後退し、南太平洋は再び地球上最後の秘境となっている。

 

その重油が海面に流れ出し、炎を上げて敵艦隊を照らし、鮮やかに彩る。逆光の敵はこちらを見失い、ヘ級は弾幕を撒き散らす。暗闇では砲弾そのものを捉える事は至難の技で、迂闊に回避運動をしても散布界を逃れることはできない。散布界そのものが定まっていない上に、見立てを立てることも出来ないからだ。

 

小柄な水柱が最上を包み込み、海水で全身を濡らす。夜風と艤装の鋼の冷たさ、気化熱や恐怖により急に寒さを自覚させられ、最上は体を震わせる。

その前方では羽黒が扇状に雷撃を放ち、砲撃を仕掛けている。それに遅れてはならぬと、最上と時雨は魚雷を放つ。

 

揺らぐ炎に照らされたギリギリの距離感では砲撃は僅かに狂い、羽黒の砲撃はヘ級の後方に水柱を立てるのみに終わる。水飛沫が炎にかかり、一瞬光を弱める。

 

ヘ級はその瞬間見えた最上を逃さなかった。一瞬で指向された砲が一拍も置かずに火を噴き、半数近くが最上を捉えてしまう。

 

「うわっ!」

 

その叫びと共に艤装が爆炎を吐き、最上がよろける。至近距離の砲撃は、堅牢なことで名を馳せた最上の艤装の主装甲帯を貫き、大きなダメージを与える。弾薬庫に達した砲弾が周囲に熱と断片を噴き出し、誘爆させた。

爆風は誘導路を伝って艤装の喫水線下部を抜けて噴き出し、躯に傷を負わせることはない。しかし主砲塔とバーベットリングの継ぎ目から炎が漏れ始め、砲室の天井を吹き飛ばす。

幸いにして足元の機関部を担う艤装には火の手が回ることはなく、神通と共に第一戦速を維持して戦場を離脱するのに成功する。

 

時雨が魚雷の次発装填を終えた頃、魚雷がヘ級に到達する。しかし、火災の熱により信管が誤作動。ヘ級のはるか手前で巨大な水柱を上げて爆散する。

ヘ級の視界を遮っている数瞬間の間に、時雨は弾かれたように隊列を離れて回り込みながら接近をかける。伊勢、熊野、羽黒は悟らせてはならぬと集中砲火を加えて行動・視界を遮る。

 

炎に照らされた区域を抜けたヘ級は、度重なる至近弾で中破に追い込まれ、機動が鈍る。

 

「残念だったね」

 

時雨が背後を取ったのに気付いた時には時既に遅く、艤装がぐるりと一周する間に必中距離から放たれた魚雷が視界を()に染め上げる。最期には、ほぼゼロ距離射撃となった時雨の砲撃が艤装の最後の予備浮力を粉砕する。それと同期した伊勢らの砲撃が艤装を捉え、同時の着弾がヘ級を木っ端微塵にする。

 

「こちら時雨。ヘ級の轟沈並びに敵艦隊の無力化を確認」

 

無線機に時雨が呟く。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

《こちら第一艦隊、旗艦伊勢。敵艦隊の殲滅を確認。状況を終了します》

 

無線から流れてくる声を、疲労感を滲ませた顔で、喜んだように聞いていた艦娘たちがいた。

 

それは(おか)の上ではなく、海の上からだった。

 

「こちら第二艦隊、旗艦古鷹。提督より、残党掃討戦を終了後、必要であれば第一艦隊を援護せよと受命。水雷戦隊夜戦支援部隊の錬成も兼ねて現場海域後方、15海里地点で待機中。我々で掩護します」

 

古鷹とその隣の龍田を先頭に、それぞれの外側後方に駆逐艦が2隻ずつ並ぶ。左の古鷹の左斜め後ろには綾波、その更に左斜め後ろに満潮。対して右にいる龍田の右斜め後ろに夕立、その右斜め後ろに朝潮が続いている。

 

ちょうど鶴翼の陣を前後反転した形であり、鳥雲(ちょううん)の陣と呼ばれる陣形だ。

 

寒川は、支援部隊としての第二艦隊を前路掃蕩、航路打通部隊としてではなく、後方の安全を確保するための後詰めとして投入していた。

 

結果として寒川の危惧は杞憂に終わらず、ヘ級を旗艦に、チ級2隻、ロ級3隻といった重雷装の水雷戦隊が4度襲来し、夜間に大破艦1・中破艦1を抱えた状態で包囲されていれば轟沈艦を出していただろう。

 

《了解。現在、大破1、中破1の損害を受け、積極的戦闘参加は困難です。会合地点はもう10海里接近した地点を要請します》

 

「こちら古鷹。了解です!これより、会合地点に急行します」

 

そう言って無線を切ると、速力を上げて、黒い水面に白い三角波を幾重にも刻みながら風を切って進む。相互の相対距離は維持したまま、夜風に髪を靡かせている。

 

「合流後は第三警戒航行序列に移行。掩護して帰投します。周囲の警戒を厳として」

 

『了解!』

 

後ろから頼もしい返答が帰ってくるのを確認し、遥か前方の揺らぐ炎に目を凝らす。その周囲には極小の粒ながらも第一艦隊の面々が蠢いているのが見える。見上げた空には、戦闘終了前と同じく、満月が光っている。

 

前方の海面に視線を戻すと、点は6つが集まり、やや幅広く陣形を組んで此方に向かっている。陣形の中央に居る、熱を持って鈍く赤黒く光っている艤装からは、夜空の星々を塗りつぶすように黒煙が上がっている。

 

「あれじゃぁまるで、闇夜の提灯ですね……」

 

「そうねぇ……正面を集中して監視するわねぇ」

 

「お願いします」

 

古鷹と龍田が言葉少なに意思疎通して、艦隊は速力そのまま近付いていく。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「最上は危険だから輪形陣中央に。神通もその後ろに入って。時雨ちゃんは最後尾、先頭は私。右は熊野で左は羽黒ちゃんが入って!」

 

再集結した艦隊に、伊勢が淡々と指示を出す。足に不備は無いので、伊勢の最大戦速に合わせて踵を返して帰投する。黒い水面は昼間の鮮やかな水色を感じさせる事もなく、どこまでも鈍く落ち込んでいる。

 

「うーん……この部分も応急修理出来ない?……それじゃぁ投棄するしかないかぁ……」

 

妖精さんとやり取りをしていた最上がそう嘆くと、両腿に備え付けられている主砲を取り外す。爆発で無様に砲室を晒している状態のまま火薬を巻きつけ、放り投げる。空中をある程度進んだ場所で雷管が作動して爆発。辛うじて保っていた原形を留める事なく、無数の欠片になって水面に落ちていく。

 

「あれ、おかしいな?信管はもう0.9秒くらい遅くしたはずなんだけど……」

 

しかしその呟きは、時雨の叫びと、通信機から流れ出した古鷹の叫び、そして真横に立った水柱に掻き消される。

 

「後方、距離約2000(フタセン)に敵艦隊!」

《第一艦隊、聞こえてる!?後方に敵艦影!》

 

「応戦用意!最上と神通は全速で退避!第二艦隊と合流して!合流の為にすぐ近くまで来てるわ!」

 

急遽反転して一番後ろに戻る伊勢。時雨の横についた頃には時雨も既に判別を終えていた。散開して回避運動をしていた熊野と羽黒が戻ってくると、時雨は敵艦隊の編成を告げる。

 

「敵はリ級3、ヘ級1、チ級1、ロ級1!強襲水雷戦隊!」

 

「夜間で、尚且つこの数が不足してるタイミングで相手取るには、この上なく面倒な編成ね」

 

「でも、やるしかありませんわね」

「が、頑張ります!」

「君たちには失望したよ」

 

不意討ちともいえる中でも、落ち着いて反撃に移る第一艦隊。背後を睨んで背面航行しながら、左右に不規則に動いて、見えない敵弾を躱す。背面航行ながらも速力を一杯にあげ、引き撃ちの体勢に入る。

 

「残り弾薬は!?」

 

「主砲弾残り2割、魚雷はあと1斉射分ですわ!」

「主砲残弾が今3割を割った所です!すいません!魚雷はもうありません!」

「主砲残り4割だよ。魚雷はあと2斉射分……予備魚雷込みで2.5斉射分ってところかな」

 

着弾の水柱の周囲に広がる轟音の中、伊勢が叫ぶ。伊勢自身の主砲は、まだ4割ほど残っている。戦艦のペイロードは伊達では無いのだ。

 

至近距離での砲戦で、退避する最上・神通や、脆い駆逐艦の時雨を庇う様に立ち回り、被弾が嵩んでいる。戦艦の耐久と装甲で耐えてはいるが、12門の主砲の内、1門が砲身が歪んで腔発を避ける為に射撃不可。4番砲塔は片側のみで砲撃している。

 

「行きはよいよい帰りは怖い……よく言ったものね」

 

諺の意味をこんな形で体感させられると思っていなかった伊勢は、最大脅威のリ級を葬り去るべく主砲の狙いを定めた。




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第十五話 死中の活路

長かったですが漸く終わります……長かった……(瀕死)

前回のあらすじ
夜戦(マジ)。追撃部隊が異常というか執拗。
てなわけで逃げて、チョー逃げて第一艦隊。


「一体どこまで追ってくるのよ!」

 

主砲の交互撃方をしながら伊勢が叫ぶ。照準の微調整を終え、着弾観測・補正をする為に片側射撃の4番砲塔で一発目の試射をしたところだ。

 

混乱した艦隊の中にあって、冷静に狙いを定めた一撃は極至近に逸れるも、残していた5基10門が立て続けに火を噴き凶弾を降らせる。誤差を即座に修正した砲撃は完全にリ級を捉えたが、直撃して粉砕する代わりに、庇ったヘ級が遥か後方へ吹き飛んだ。

水面を跳ねて後方へ消えたヘ級は、暫く水面に浮いていたが、亡骸は水面から下へ沈んでいく。

 

「鎮守府方面はもう完全にこちらの制海権内だから、撤収中の第二艦隊に引き付けさせないで!ここで全部受け止めましょう!」

 

『了解!』

 

弾着の水柱の中でも、肉声が聞こえる範囲にいて遅延戦闘を繰り広げていた第一艦隊の3名から、応答が入る。速度を上げて離脱した第二艦隊を背に抱え、ラインを抜かれてはならないと必死に抵抗する。

 

「地味に魚雷が怖いわね……」

 

「こっちの残量はだいぶ減ってるから余計にね……熊野、砲撃で敵を誘い込める?」

 

「大丈夫でしてよ」

 

伊勢の呟きに反応した時雨が、僅かに残された魚雷を放ちながら熊野に支援を求める。それに応えた熊野の砲撃は、伊勢と羽黒の弾幕の中のリ級を焦らすように、順に迫っていく。

 

「嵌った……ッ!」

 

時雨が呟くと同時に、それまで横に動いていたリ級が、不意に動きを止めて立ち往生する。しかしリ級が気付いた時には、時雨の魚雷はほぼ必中距離まで迫っていた。

 

「残念だったね」

 

「これはまぁ、そうですね」

 

その魚雷を見届けた時雨が呟くと、羽黒が次の砲撃を仕掛けようとリ級を狙う。時雨の雷撃は、リ級3隻の内、1隻撃沈、2隻中破という戦果を上げていた。

次発装填を進める時雨を横に見ながら、熊野は最後の予備魚雷を発射管へ装填する。その間にも砲撃は続けるが、3番砲塔が被弾により大破使用不能、4番砲塔は腔発により使用不能。3基6門で弾幕を張る。

 

「きゃぁっ!」

「ここでッ!?」

 

そんな最中、チ級の雷撃が羽黒と伊勢を襲う。何時の間にか雷撃を許していたのだ。幸いにも魚雷を搭載していない伊勢と、魚雷を撃ち尽くした羽黒の被雷のみで済み、誘爆の心配はない。しかし強力な炸薬量で、爆風が直撃した羽黒の2番砲塔は装填作業中の砲弾が誘爆し、使用不能に陥ってしまう。

 

「中破!?」

 

「ギリギリまだ小破です!ごめんなさい!」

 

服の裾は僅かにほつれているが、艤装への被害は極限まで抑えられている。

 

対する伊勢は、不意討ちに対して耐衝撃姿勢が甘かったせいで、艤装がその衝撃をもろに受けていた。

 

「やられちゃったわね……でも、まだまだこれから!」

 

砲塔の旋回筒に歪みが生じた4番砲塔は完全に沈黙する。5番砲塔も懸架装置が破損して破棄。一瞬にして火力の1/3を失った伊勢は、それでも小破と、有り余る耐久性能を見せつけながら砲撃を再開する。

 

「……っ!…………くッ!」

 

「伊勢!?」

 

体勢を立て直して、最初の斉射を放った直後、凶弾が伊勢を襲う。

咄嗟の回避で何とか直撃は避けたものの、首のすぐ真横をリ級の8inch砲弾が掠めた。着弾の衝撃が艤装から躰に伝わり、激しく揺さぶられた伊勢はその場に崩れ落ちてしまう。

砲弾の破片が頭部を襲い、血が滴るほどのダメージを受ける。間違いなく大破相当の被害だ。下手をすれば一発で轟沈していたかもしれない。

 

あまりに呆気なく崩れ落ちた伊勢に、全員が唖然として固まる。陣形は完全に硬直し、敵艦隊に呑まれかける。

 

そのタイミングでリ級は、2隻共に伊勢を撃沈せんと集中砲火をかける。

 

「キャッ!」

 

直撃コースに乗っていた砲弾を、身を挺して弾いたのは羽黒だった。しかし中破した相手の火力とはいえ、リ級2隻は荷が重すぎた。被弾の衝撃でその躰は震えるが、伊勢を護ろうと必死に耐えている。

 

「伊勢さん!早く戻りましょう!」

 

「…え、えぇ……」

 

帰還するように羽黒が声をかけるも、脳震盪を起こした伊勢の意識は朦朧として、動くに動けない。それを庇う羽黒も避けることもできず、甘んじて砲撃を受けるしかない。

 

伊勢 大破

熊野 中破

羽黒 大破

時雨 小破

 

チ級の雷撃を契機に、それまで辛うじて艦隊の体を保っていた第一艦隊は、完全に瓦解。数で大きく優勢な相手に各個撃破される最悪のシナリオに向かいつつあった。

 

敵艦隊の動きの鈍りに気付いたリ級が、魚雷を放とうと前進して発射管の射角を合わせる。あと一瞬で発射されれば、必中距離から放たれた魚雷は悉く羽黒と伊勢を捉えて、今度こそ撃沈に追い込むだろう。

そしてその雷撃を未然に止める力も、事後に魚雷を防ぐ力も、()()()()()()残されていない。

 

夜空に浮かぶ月が雲に隠れると同時に、勝利の喜びを全て消し飛ばした絶望。

 

 

艦隊にとどめが刺されようかという刹那、()()は起こった。

 

 

 

 

 

黒い影が、今まさに魚雷を放とうとしていたリ級に吸い込まれる。頭部に直撃した2発の砲弾は、2隻とも一撃で大破に追い込む。直後、大きな水柱が立ち上がりリ級を包み込む。

水柱が消えた頃には、そこに残されていたのは艤装の僅かな破片のみ。

 

砲弾が放たれた後方を振り返った時雨は、2つの影を見つけた。

 

《こちら、第二艦隊古鷹。増援部隊として現場海域にただいま到着致しました!》

《綾波が、守ります!》

 

砲撃は古鷹、雷撃は綾波のものだった。思わぬ増援に熊野、時雨の士気は上がる。

 

「熊野、反撃するよ!」

 

「勿論でしてよ!これ以上やらせはしませんわ!」

 

熊野の魚雷は残り1斉射、時雨の魚雷は残り1.5斉射だが、増援の古鷹・綾波の砲撃の下、果敢に雷撃をかけようと肉薄を試みる。残りの敵はチ級1、ロ級1で、こちらは砲弾残量が共に1割を切ってもう数斉射分しか残されていない。それを使い切れば3斉射分の、非常用の予備弾薬のみ。合計で10斉射も残されていない。

 

そのなけなしの僅かな砲弾を主砲から発射しつつ、至近距離まで突っ込んでいく。伊勢と羽黒に攻撃させてはならぬと行う気迫の篭った砲撃は、僅かな砲弾の順次射撃ながら、弾幕は比較的厚い。古鷹と綾波の砲撃も助けとなり、懐へ入る頃にはほとんどの魚雷発射管を破壊するのに成功していた。

 

「君たちには、失望したよ」

「一捻りで黙らせてやりますわ」

 

月が雲に覆われ、闇夜の水面は完全な闇に覆われている。僅かな影の輪郭を頼りに時雨と熊野は砲撃を叩き込み、相手が怯んだタイミングで雷撃を加えてとどめを刺す。

魚雷の射界に誘い込むように、砲撃で壁を作り出す。距離を大まかに割り出しただけなので精度にはムラがあるが、すぐ脇に水柱が立つだけでも、見通しの利かない夜戦では大きな圧迫感を与える。

 

綾波・古鷹の砲撃で更に被害を重ねる敵艦隊が魚雷に気付いた時には、足元を掬われて海底へ沈み込んでいる。

 

「危なかったですね……」

「ボロボロだね……」

「残弾、もう0ですわ」

「あの2人を早く回収して引き上げないとですね」

 

そういう古鷹の視線の先には、艤装が大破していて動くに動けず、水面に突っ伏している伊勢と、守るようにその上に倒れこんでいる羽黒の影があった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「これで大丈夫だったら、何が危ないのか全くわからないわよ……」

 

意識は回復したらしく、軽口を叩く余裕さえ見せて、羽黒を抱えて立ち上がる。しかし、バランスを崩してよろける。

 

「うおっ!」

「きゃっ!」

 

伊勢を庇って大破になるまで耐えていた羽黒の方が重傷らしく、額を血が伝っている。今はこちらの方が意識は朦朧とし、足元も伊勢以上に覚束ない。

 

「ごめんね、羽黒ちゃん……」

 

「は…い…………」

 

時雨に支えられた伊勢が、熊野に支えられた羽黒に声をかける。髪は共にボサボサの散り散りで、煤こけている。疲労の色がありありと浮かび、羽黒の意識は途切れる寸前で、目に生気は無い。受け答えにも精彩を欠き、いつもの羽黒とは似ても似つかない。

 

ヨロヨロとした足取りで帰投する第一艦隊(-α(数名)+β(数名))の先には、溢れんばかりの(闇を削る)人工の光(文明の炎)。そして、その手前で出迎えるのは、第二艦隊(+α-β)の面々。

 

何時の間にか月を覆い隠していた雲は風に流され、満月が各々の顔を照らす。疲労を滲ませた顔の頬は煤こけているが、お互いがお互いの姿を見て苦笑する。

 

「さぁ、帰投しましょう。提督が待ってます」

 

羽黒を抱える伊勢の袖を引っ張って、古鷹が艦隊の先頭へ躍り出る。

 

「第三警戒航行序列で帰投します。後方警戒を厳として!」

 

中央で複縦陣を組む第一艦隊は、前に伊勢・羽黒、中央に神通・最上、後ろに熊野・時雨が並び、輪形陣の先頭を行く古鷹の、おどおどとしている普段とは違う姿を頼もしく追いかけた。

 

脇を支えるのは右に満潮・夕立、左に朝潮・綾波で、黒い海面に白い三角波を描きながら歩調を合わせて進む。殿は龍田が務め、後方に睨みを利かせている。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「艦隊、ただいま帰投しました!」

 

「よくやってくれた……ありがとう」

 

大損害を出しながらも、全員揃って帰還できた12名を前に、寒川はそれだけしか言わなかった。被害の回復には相当の資材を要するとなると、上から文句を言われるだろうと覚悟を固め、それでいて温かい声で出迎えた。

 

こころなしか目尻が赤いのは、恐らく辛さに顔を歪めたためだろう。しかし、自己否定一辺倒の謝罪をする気配が無いその姿を、だれも図々しいとは言わなかった。満潮の言葉を思い出していたから。

 

「古鷹、綾波、2人ともよくやってくれた。命がまた幾つか、繋がったよ」

 

寒川が横を見ると、古鷹・綾波もその視線の先を追いかける。そこには、綾波と古鷹が針の穴ほどの可能性に賭けて、地獄の底から助け出した2人の姿があった。

 

陸に上がると同時に、安心感から緊張の糸が切れたのか、伊勢の腕の中から抜け落ちて地べたへ崩れ落ちる羽黒。寝ているように安らかな顔で地面に倒れ込み、夜空に浮かぶ数しれない星を、焦点があっているのか分からない眼で見上げている。

帰投中に明瞭な意識を取り戻した羽黒の、意外な行動に全員の視線が釘付けにされる。その羽黒の姿を見てなにを思ったのか、艤装を解除した伊勢も隣に寝転ぶ。

 

「伊勢さん……一緒にしなくてもいいのに……」

 

「羽黒ちゃんが私を守ってくれたんだから、……暫く一緒にいさせてよ」

 

「はい……」

 

微かに瞬く星々は、地上の喧騒など知ったことでは無いと言わんばかりに、いつもの夜と同じく、その場所にあった*1

 

いつしか寒川を含めた全員は屋内へ戻り、2人だけの時間が続いた。誰にも見られることなく、見守っていたのは空の星々だけだった。

 


 

 

 

 

 

 

 

戦艦の修理費と大破3の惨状に頭を抱えているのに、上から呼び出されてグチグチ言われるのはもう少し先のお話である。

 

 

*1
年周運動?いえ、知らない子ですね……(大嘘)




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第十六話 諸々の解決(あとなんか)

前回のあらすじ
伸ばして伸ばして伸ばして引っ張った海戦が漸く終わった。疲れたでござる。
しかし戦後処理がまだだよォ!サァ続きだぁ!(吐血)


寒川が立っていたのは、大本営 中央戦略棟地下 戦略会議室の下座。

 

待っていたのは、正面に存在感を放っている複数名からの、歪曲な皮肉やダークユーモアたっぷりの文字通りの皮肉、あとは責任の所在を追求する情け容赦無い言葉だった。

 

「君、戦艦の大破を防ぐことは可能だったのではないのか?」

「戦艦に完全に頼った戦術に問題があったのではないか?水雷戦隊相手に戦艦は過剰な戦力供給である筈だ」

「そもそも艦隊本部の作戦案では、第二艦隊は前路掃蕩の為に出撃許可を出したのだ。この通り敵戦力の漸減を図っていれば、今回のような事態は起きなかった。そう思わないかね?」

 

そもそもの事の発端は、寒川が損害報告を大本営に提出した時に起こった。その際、修理に必要な資材や戦闘の際の情報など、あの戦闘における損害を計上して送ったのだが、余計な資源の消耗を避けたい上層部は、鬱憤の溜まっていた艦隊本部を筆頭に寒川の揚げ足を取り始めた。

 

最初はテレビ会議の形で、1対1の対談が数回行われていたのだが、議論は平行線を辿り、当事者間での会議にもつれ込んでいた。

 

今朝は6時起きで鎮守府を電車で飛び出し、味気ない黒い壁(尤も、高速で移動しているので並んでいる蛍光灯が一本の線に見える以外何も無いのだが)を眺めながら7時半に第二新東京駅着。10分とかからず大本営へと入り、早々会議に引きずり出されたのだ。

 

会議も早々、始まってすぐに寒川に突きつけられたのが最初に挙げた3つの質問という事になる。

 

そして、鎮守府で顔を洗って頭爽快・意識明瞭な寒川は、戦意十分と言わんばかりに答えを返していく。

 

「最初の2つ……資材管理部の山崎中将と、三槍(みつやり)重工専務の松葉氏の質問ですが、先日の戦闘は帰投中の艦隊を敵が追撃した為に生起した、我が方の意志に()()()()()自衛の為の止むない戦闘であった事をお認め頂きたい」

 

現在、軍の戦力は備蓄資源に頼った状態である。結果として、嘗ては補給の為の閑職であった資材管理部は、大きな地位を手に入れた。また、この騒動の発端となった横槍もこの資材管理部からであるため、必然的に列席する事になった。

 

そんな彼らからすれば、新興勢力として、一介の名も知らぬような左官が大本営内の勢力図に新たに領域を広げていくのは面白くない状況だっただろう。その上、この規模の修理が繰り返されれば備蓄資材は底を付き、消費者に関わらず資材管理が杜撰だったと自分らが糾弾される事になる。また、急速に地位を失い、その長は失脚するだろう。

それを避けるため、新興勢力を叩き、自身の勢力を盤石なものとする目的を持って、山崎という男は寒川に対していた。

 

対する寒川は若干眉根を顰めながら、『()()()()()』の部分を僅かに強調して口に出す。気配に変化はないが、最初に質問した2名は黙り込み、寒川を睨みながら話を聞く。

 

「予期せぬ戦闘であった為、予め対策を行うという事は不可能で……」

「寒川中佐、構わないか?」

 

説明を遮ったのは、艦隊本部の南戸(みなみど)大将。これまでの函根鎮守府の活動を快く思っていない筆頭である勢力のトップであり、必然として悪印象を持ち合わせている。

 

「構いませんが、何か不味い事を申したでしょうか?」

 

「そんな事はないが、君は敵追撃部隊による戦闘だと言ったな?」

 

「はい。それは閣下にも提出した戦闘詳報の通りですが」

 

いまいち話の筋が掴めない外野に置かれた状態の2名は、押し黙って眺める事しか出来ない。

 

「これは私の最初の質問と被るが、何故第二艦隊を漸減に使わなかった?もし掃蕩が済んでいれば、追撃を受ける事も無かっただろう?」

 

1番痛い所を突いてくる、と苦々しい思いで、睨みそうになるのを堪えながら話を聞く。

しかし、それに対する対策は練ってある。事前の予測で、1番の問題がそこだったのだ。

 

「艦隊本部から下された作戦案に於いて、執拗な敵の追撃は想定されていませんでした。もし先方でその可能性が示されていたとして、我々にその程度の前提情報しか与えられていなかったというのであれば、それこそ私は独自に動かざるを得ません。()()()()()聡明な方ならば、それはご理解して頂けると私は思うのですが」

 

皮肉混じりの言葉に、思わず回答に詰まる南戸。目には嫌悪・非難の色がありありと浮かび、淡々と寒川の言葉を聞いていたが、ここに来て明確な敵意を寒川へ向ける。

 

「しかしだな……」

「寒川大佐。それでは私の質問に対する答えにはなっていないのではないか?」

 

ここで言葉を挟むのは松葉専務。確かに今までの寒川の発言では、先の『戦艦に頼った戦術』問題点について説明が成されていない。その敵意を孕んだ、濁り切った目で睨まれた寒川は、臆する事なく切り返していく。

 

「最初私は、あの戦闘は帰投中の戦闘であった、そう申し上げましたね?」

 

「無論だ。はっきりと覚えている」

 

何故に今更そんな事を掘り返すのか、と怪訝な表情になる松葉。そんな相手に、確実に意志を伝えるため、言葉を選んでから問い掛ける。

 

「それが分かっているのなら話は早い。貴方は質問の中で、『重巡相手に戦艦は過剰だったのではないか』、そう仰いましたね?」

 

「間違いない」

 

彼がその一言を発した直後、僅かな沈黙が部屋を支配し、空気が一瞬凍りつく。向こうに回した相手にとっては一瞬の、しかし次の言葉を準備していた寒川にとっては長く感じられる時間が過ぎ去ったあと、寒川は口を開く。

 

 

 

「であれば、貴方の質問は見当違いであると、私は言わざるを得ません」

 

 

 

その一言は、部屋の空気を震わせながら、わずかに壁で反響し、しかし大部分は壁に吸収されて消えていく。僅か数秒の言葉が部屋に与えた沈黙は計り知れないものだった。

 

「……それはどういう意味だ…………っ!」

 

沈黙が部屋を支配したあと、それを破るように口を開いた松葉は、相手の意図に気付き再び口を閉ざす。その目にははっきりと敵意が見えている。

 

「私は、敵ル級に対抗するため伊勢を艦隊に加えました。リ級の襲来は()()()()()()()()()予想外です。あとはお分かり頂けますね?」

 

最大限、反論の余地を与えないよう明確な拒絶を伝えた寒川。その空間に残ったのは、奮う先を失い、収めようにも事は始まっているためどうしようも無い、判然としない怒りと、追及を躱した寒川の勝利という事実であった。

 

「寒川大佐、しかしだな……」

()()()()()です、大将。我が艦隊は、こう言ってはやや大袈裟ですが、人類の存亡がかかっています。今こうしている間にも、敵は大規模な攻勢に出る機会を伺っているやもしれません。

しかしそれよりも問題なのは、そんな組織の実力を発揮するのに障害になる権利関係が分散しており、集中していないことです。これは非常時の対応に関して、迅速かつ流動的に動く必要があるのにそれが独断で出来ないというジレンマに陥る、本末転倒な状況になります」

 

苦し紛れに言い訳を続けようとする南戸。しかしそれを遮り、寒川は話を続ける。

 

責任の所在を問う筈だったこの会議は、寒川が反撃混じりに権利の拡張に対する意見を周囲に提唱する場と化していた。質問で集中的に責められということは、逆にいえば一挙手一投足に注目が集まるということだ。

それを逆手にとった寒川は、今まで不満だった事に対する自分の意見を、正論としてゴリ押しする形で相手に認めさせようと、徹底的なまでに自身の発言を正論で固め、相手の発言を突き崩そうと画策していた。

 


 

そしてそれは成功し、函根鎮守府は権限を拡大した。

寒川が言い終わり、扉から出ようとした時、南戸は負け犬の遠吠えとばかりに苦言を呈していたな、と寒川は思い返す。

 

「……だが、一介の佐官に大きな権限が与えられる事は問題だぞ」

 

その一言は、返す寒川もしばらく黙っていたため、空気に吸い込まれていく。僅かな空気の震えが最後消えると、寒川は振り向かずに一呼吸置いてから再び口を開いた。

 

「将官相当で釣り合う権限ならば、閣下が私を少将へと推薦すれば構わないでしょう。それこそあなたの権限があれば容易い事でしょうが」

 

我ながら言い過ぎたかとも思ったが、直後に軍令部の伊藤に呼び止められ、彼に割り当てられた部屋に連れて来られた。

 

「寒川。何をボケっとしている」

 

「すみません。少し考え事を……」

 

「さっき帰り際に喧嘩売った事だろう?」

 

見透かされていた。少し困惑している寒川を鷹の様な目で真っ正面から見据える。

 

「はい。……伊藤さんにはお分かりで?」

 

「見てれば分かる」

 

「はあ……で、自分は何故呼ばれたのでしょうか」

 

この人にはつくづく驚かされる、とまだ僅かに困惑しながら、次の回答を待つ。会議が終わった直後、「用がある」と呼び止められたのだ。

 

「本日付で少将へと昇進する事になる」

 

「…………はっ?」

 

驚きの混じった目で伊藤を見つめる。しかし向こうはどこもおかしい様子もなく見つめ返してくる。それどころか、封筒を手渡される。

 

「了解しました。寒川雪成、拝命致します」

 

「まぁそう早まるな。中身を見てみろ」

 

「はぁ……。…………これは?」

 

てっきり中身は人事関連の書類か、先の会議で寒川が要求した権限拡大に関する権利引き継ぎの書類かと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

 

 

 

『大本営ドック崩壊に係る原因調査指示書』

 

最初の一行目にはそう書いてあった。

 

「全部出しても?」

 

「ああ、構わない。というか、今ここで確認してくれ」

 

突然の内容に、再び混乱する寒川。

 

「……初耳です」

 

「当然だ。情報は軍機レベル、これを知っているのは担当部署と一部の高官に限られる」

 

その発言に眉を顰める寒川。この場で急に話を聞かされ、何とも言えない空気に陥る。

 

「だからといっても、実働部隊のトップにさえ情報を回さないとは、相当な念の入れようですね」

 

若干眉を顰めたまま続ける寒川。皮肉を込めて突っつく。

 

「敵を騙すならまず味方から、というだろう」

 

皮肉に気付かないほど鈍い男でもない。打てば響くように答えてくる。

 

「担当部署は今大混乱だ。重大事故なので、軍も表立って動くに動けない」

 

「で、現状民間には存在が公表されていないウチに仕事が回ってきたと……」

 

「理解が早くて助かる。鎮守府に持ち帰って情報を精査してくれ。妖精さんらの協力を仰いでも構わない」

 

「ハッ!」

 

指示を聞き終わってから、一つ疑問に思った寒川は質問をする。

 

「1つ……質問してもよろしいですか?」

 

「構わん。何だ?」

 

「大本営に棲み着いていた妖精さんたちはどうしたんです?」

 

「なかなか鋭いな。現在詳細は調査中だが、崩壊直後に6割が消えた。行方は不明。残りの4割も徐々に消えて、1週間前の段階で全員消えた」

 

「消えた!?」

 

思いもよらぬ言葉に驚きを隠せない寒川。声を張り上げて伊藤に向き直る。

 

「何だ。そんなに意外か?」

 

「えぇそりゃもう…………彼ら……彼女らは基本的に場所という概念に縛られてます。言い換えれば、一度棲み着いたら其処に留まり続けます。……離れるなんてあり得ない…………」

 

函根で生活して大まかな彼女らの生態は分かってきた。それを言葉にして、口に出す。

 

「そうか……なるほどな…………」

 

「行動パターンに変化が出てきた……自分としては驚きです」

 

「兎も角、鎮守府で情報を整理すれば、何かしら手掛かりが掴めるはずだ」

 

「了解致しました。只今より寒川雪成、任に就きます」

 

海軍式敬礼で伊藤に向き直り、復唱する寒川。

 


 

 

 

面倒事がまた1つ増えた。

 

 

 




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第十七話 不穏な影 -1-

半年以上あいて、漸くの完成となりました17話、反動のせいか5,000文字オーバーで過去最長の記録を一気に更新しました(隙あらば自分語り)

と、そんなことは置いといて、
申し訳ありませんでした(震)

それでは前置きもこの辺にして、本編をどうぞ


「妖精さんの習性からして、この話は違和感しかないよね」

 

「妖精さんの執着は凄いからなぁ……」

 

例の密談もとい伊藤総長からの無茶振りを受けてから、寒川は函根へと舞い戻っていた。既に夕方だったが、執務室に暫く籠って、書類と睨めっこをしながら唸っていたが拉致が開かず、結局時雨を呼び出した。

 

「ちょっと手伝って貰える?」

「分かったけど、1つ質問いいかな?」

「どうした?」

「どうして僕を呼んだのかな?」

「……妖精さんに詳しそうだから?」

「あぁ……疑問形なんだそこ」

 

そんな会話を思い出しながら、時雨に1つ1つ情報を教えていく。そしてその日に、時雨と共通した結論を出すに至った。それが冒頭の発言である。

 

ん、と呟いた直後、時雨はあくびをして現実に意識の矛先を戻す。

 

「……眠いね。……って、もう2100じゃないか!」

 

「あ゛ー、完全に時間忘れてた……」

 

「提督。今いらっしゃいますか?」

 

「あぁ、大淀。うん、今いるけど?」

 

ドアをノックする音が響いたあと、大淀がドア越しに尋ねてくる。寒川が応えると、恐る恐る戸を開けて大淀が入ってくる。

 

「夕食の時間になってもいらっしゃらないので待ってたんですが、一向に来る気配が無かったので……」

 

「スマン」

 

「今日の午前中に、大本営に伺われたことと関係が……?時雨さんもいらっしゃいますし」

 

「実はかくかくしかじかで……」

 

説明する寒川。大淀は話の折々で驚いたような表情を浮かべながらも、その説明を聞く。

 

「この重要性となると……極秘案件ですね」

 

「担当部署は硬直状態で、その上防諜の為情報的に封鎖されてるという話だったしなぁ……」

 

「それで非公開のウチに回って来た……と?」

 

どこかで聞き覚えのある会話で確認をする大淀。

 

「まぁその通りで……デジャヴかなぁ……

 

そして気付いた寒川は小声で呟く。

 

そういえば、と切り出した大淀にかき消され、誰の耳に届くことも無かったが。

 

「……少し前に加速度的に妖精さんが増え始めたんですよね」

 

「えっ」

 

「妖精さんの総数を確認していた資料がどこかに……」

 

その言葉と共に執務室の隣の資料庫へ足を踏み出す大淀。それ先に言ってよ、と呟くのも聞こえていない風情で引き戸を開き、壁の向こうへ吸い込まれるように消えてゆく。

 

それを見届けた寒川と時雨は思わず目を合わせ、寒川の『知ってたか?』という問いかけを滲ませた視線に対し時雨は否定を示すように首を横に振る。

 

それも束の間、寒川が時雨に聞こうと口を開いた途端、ガラガラと音を立てた引き戸が喉まで上がった言葉を呑み込ませた。

 

「ありました」

 

「え、いつの間に?」

 

「プリンターのフッターで記された日付は4月16日の土曜日、1803ですね」

 

寒川が書類をのぞき込む。

 

「ホントだ……」

 

「えぇ……提督初耳です」

 

「提督、僕も初耳だし一人称がおかしいよ?」

 

「あぁ、うん」

 

生返事を返す寒川に、やれやれと諦めたように首を振る時雨。大淀の怪訝な表情をよそに、寒川は次々と書類の束をめくっていく。

 

「これ、原因調査は完了しなくてもいいんですかね……?」

 

「命令書の内容は『可能な限り原因の究明に努めよ』ですね」

 

「たぶん、ウチは繋ぎなんだろう」

 

『あーそういう』

 

時雨と大淀の2人が声をそろえて呟く。つまり、函根鎮守府ですべき仕事は、担当部署が復旧するまでに、妖精さんらを見つけ出し、事情を聴取すること、となる。

 

「面倒……ですね」

 

「全くだ」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「うーん……」

 

唸り声をあげて固まる寒川。その手にはメモ帳とシャーペンが握られている。

 

「まぁ、無機物から有機物の艦娘が現れたり、戦闘後に急に現れたり、特に時雨は急に日本近海に現れたり、ぱっと見ただの人間と大して変わらないのに艤装を扱う膂力を持ってるし、妖精さんとかいう謎生命体連れてたり会話出来たり、艦娘に関してはオカルト染みた事がまかり通ってるから今更なんも言うことは無いけど、ここまでくると霊だとか日本神道だか仏教だかの宗教染みた何かを感じるな……ちょっと月刊◯ー買ってくる」

 

「待ってよ提督」

 

捨て台詞を残して現実から逃げ出そうとした寒川の行く手を、時雨が阻む。

 

「行かせてくれぇ!龍脈だとか霊的空間ポテンシャルとかなんかよぉ分からんのやさぁ!」

 

「飛騨弁って、提督あの入れ替わり映画見て感化されたの!?」

 

無理やり飛び出そうとする寒川と、体を引っ張って止める時雨。

 

「龍脈っていうのは断層のことだよ提督!」

 

時雨のカミングアウトに行動が停止する寒川。

 

「え、うそん……マジで?」

 

「あと霊的空間ポテンシャルっていうのは、魔法ゲームとかのマナみたいな?」

 

「あ、そうなんだ……断層とマナだったんだ……」

 

なんか宗教的なものに真正面からケンカを売ってるようなカミングアウトを経て、時雨と寒川は状況の整理に入っていた。

 

「大本営ドックには構造上の欠陥があったわけではなく……」

 

「龍脈の真上に存在しなかったが故の、霊的な無理があって……」

 

「霊的空間ポテンシャルをリソースに形を保っていたのが、限界を迎えて自壊した……ってことになるのか?」

 

「妖精さんの話をそのまま引っ張り出すとそうなるね」

 

「ウチのドック、大丈夫だよな?」

 

「日本は断層大国だよ?断層が無い場所なんて、数少ない例外を除いては一切ないよ」

 

「それもそうか、これだけ地震が起きてるわけだし……」

 

そう寒川が言った直後、僅かな振動が足を伝わって寒川の体を揺らす。

 

「今のはちょっと大きかったか?」

 

「震度2……くらいかな?」

 

「いつもは1だけど……」

 

と言いながらリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を入れる寒川。

 

《……ニュースの途中ですが、地震情報をお伝えします。本日17時43分、岐阜県各務原市を震源とする……》

「あれ、あそこらへんに断層なんてあったのか」

「セカンドインパクト……だっけ?で、全地球規模の激震が地殻を貫いたんだから、新たに地盤に亀裂が入っててもおかしくないよね」

「まぁ、光速の95%もの速度で落下した上、55,000tもの質量をもっていたとなれば、マグニチュード13相当のエネルギーを開放して全地球規模でダメージを与える、か……」

《各地域の震度は、岐阜県各務原市、関市、岐阜市、瑞浪市、多治見市、愛知県瀬戸市、春日井市、犬山市、小牧市、一宮市、他11の市町村が震度4……》

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「提督、妖精さんからの聴取、まとめた書類書きあがりました」

 

「悪いな大淀、……しかし、落ち着いてるな」

 

「何がですか?」

 

翌日になり、記録として書類の作成に取り掛かった大淀に、寒川が声をかける。

 

「大本営ドック……つまりは大淀を仮にも建造した施設が崩壊したってのに……」

 

「他にも大本営ドック出身の子は多いですから」

 

どこか物悲し気な視線で苦笑しながら、大淀が答える。

 

「それよりも、案外解決が早かったですね」

「大淀」

 

思わず零した、という口調で大淀が発した言葉を、寒川は諫めるように遮る。いえ、すみません、と呟いた大淀は、その瞬間だけ感情を移さない濁った眼になった寒川に視線を合わせることなく、自身の作業卓へ向かう。

その時、寒川の懐のスマホが振動を伝える。

胸ポケットから取り出したスマホの画面には、『伊藤博文大将-軍令部-』と表示されている。将官同士の連絡に使われる専用秘匿回線だった。

 

《寒川、上層部の意向で調査団が送り込まれることになった》

 

「はい?」

 

《調査団だ、調査団》

 

およそ将官同士の会話とは思えない口調で、*1もし盗聴している者がいたならば拍子抜けするだろう。まぁ、一方は特例的に将官の片隅に置かれたような、およそ釣り合わない人間ではあったが。

 

「いえ、そこではなくて……」

 

《何が不満なんだ?》

 

()()()()()()()()()()()()()という単語が腑に落ちないというか……」

 

《軍令部が軍の最高決定機関でないことは承知しているだろう》

 

「中央戦略指令室、ですか」

 

《そうだ、陸海軍を統括するのは軍務省だが、意思決定の最高機関は陸軍が戦略師団指揮部、海軍は軍令部……大本営*2の最上層で、それぞれ独立している。そしてそれを取りまとめる機関は軍令部内に存在せず、内閣府の一下局としての中央戦略指令室がそれにあたる》

 

「えぇ、知ってますが……」

 

《調査団は情報漏洩を避けるために海軍部内の()()()から派遣される》

 

「了解しました……なぜ電話で連絡を?」

 

《人選に関わったメンバーの中に外務省内務局長の鹿田という人物がいるんだが……》

 

そこまで言ったところで唐突に電話が切れる。その直後に合成音声が流れだす。

 

《この会話は、盗聴されている恐れがあります……》

 

一回目のアナウンスが言い終わらないうちに通話終了ボタンを押した寒川は、いつの間にか大淀が退室していたので一人になった執務室で毒づく。

 

「盗聴してんのはそっちじゃねぇか……」

 

「提督?」

 

一息ついてお茶でも淹れようかと思い立った寒川を、扉の向こうの時雨の声が止める。

 

「入っていいぞ……どうした?」

 

時雨が後ろ手に扉を閉めると同時に質問を浴びせる寒川。

 

「提督、今日の出撃業務も中止の方がいいのかな」

 

「そうだなぁ……ここ2日間何もしてないし……かといって次の海域に進出できるほど時間的な余裕があるわけでもないし」

 

「じゃあどうする?」

 

「九十九里方面って深海棲艦の動きあったか?」

 

「ちょっと分かんないね……」

 

そう言うと、時雨が海岸警戒観測隊からの情報が入ったUSBメモリーを差し出す。

 

「これによると、深海棲艦が活発に攻撃してきてるわけじゃない、ってことぐらいしか分からないかな」

 

「あれ、それって確か自分の机の引き出しに……」

 

「あ、ごめん提督。ちょっと拝借しちゃった」

 

「全く……本来公文書としてきちんと管理されるべきものなんだが……漏洩したら自分一人の責任では済まないからな?」

 

「う、うん」

 

寒川の視線を受け止めた時雨が、思わずたじろぐ。

 

「ただ、観測隊の情報が示すのはそこには深海棲艦がいないってことであって、通信が途絶した観測隊が示すのはそこに深海棲艦がいるってこと。つまりたかだか0と1の1ビットの情報しか持たない」

 

「提督、そんなこと言ってるとそのうちどっかの情報機関に消されるよ?」

 

「実体を持たず形骸化して、そのくせ人員施設の維持費で国税を食い潰してる。今の海軍は野党の批判の矛先だよ、今までも、これからも……」

 

寒川の目が急に黒い邪気を孕みだす。

 

「提督?でも、僕らの存在が公になれば……」

 

「もしこの世界から深海棲艦を駆逐できたとして、その次に待つのは何だと思う?」

 

唐突な話題の転換に時雨が固まる。

 

「えっ……」

 

「各国政治家の手元には、対深海棲艦戦争の置き土産として艦娘という存在が残る。現代兵器が効果を成さない人智を超えた存在であり、高速修復材ですぐに回復して延々と戦い続けることができ、無機物を原料に無尽蔵に生産され、そしてこれが一番重要なことだが、人類を助ける存在として現れた艦娘は人間の意志に逆らうことができない。こんな()()()()()を手にした人間が、それを放置すると思うか?」

 

「……」

 

「自分の見立てが間違いなければ、戦争が起こる。艦娘同士で、終わることのない戦いが延々と続く。それを避けるには、終戦と同時に艦娘をすべて解体……艤装解除だな、その肉体に宿る(いくさぶね)の魂を艤装のそれと切り離し、ただの少女になる。そうしてすべての艦娘を少女にしたうえで、艦娘建造のための設備をすべて破壊し、破棄する。研究資料も含めてすべて闇に葬る必要がある」

 

「提督……」

 

涙目でこちらを見上げる時雨。しかしそれを無視して、寒川は続ける。ここで意見の一致が出来なければ、今後大きな齟齬を内に孕んだまま函根鎮守府は歩むことになる、その予感が寒川にはあった。

 

「だがそれを成すには、一介の少女となった後の艦娘たちが、社会で生活できるようにする必要がある。つまり新たに、解放される人数分の戸籍を作る必要がある。だが、艦娘という戦力を闇に葬るこの計画に、政治家が首を縦に振るはずがない。十中八九、協力は得られないだろう。だとすれば、艦娘同士の戦争を未然に防ぐにはすべてが公になる前に隠密に終わらせる必要がある」

 

「でもそれじゃ、海域解放の説明が……」

 

「新兵器の開発に成功しました、とでも言わせておけばいい」

 

「でもそれだとやっぱり……」

 

「艦娘が世間に解放されるための戸籍の新規作成は、無理やりにでも呑ませる。このシナリオなら、艦娘運用ノウハウはこの函根鎮守府だけが有することになる。さっきの場合は諸外国艦娘が総がかりで押し寄せればウチは壊滅必至だが、こっちなら十分交渉のカードになる」

 

「でもそうするとその後に提督が……」

 

「自分一人の命と、数十に及ぶ艦娘の命なら、圧倒的に後者が重い。そのためならば、喜んで国だって裏切る」

 

「提督のバカ……」

 

最後に残ったのは、怒りに任せて自分の意見を押し切ってしまった寒川のちょっとした後悔と、寒川が抱える心の闇を垣間見てしまったが故に、心の折り合いのつけ方に迷っている時雨だった。

*1
そんなことはありえないが

*2
旧陸軍の悪習を断つため、陸軍はその傘下への併合を拒否したので、現大本営は海軍のみを統括する




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第十八話 不穏な影 -2-

なんとか2019年中に投稿出来た……

はい、遅れて申し訳ありません。


前置きもほどほどにして、本編をどうぞ


「海軍技術科科長、石田(いしだ) (やす)技術中将です。中将と付いてはいますが、階級としてはおおよそ大佐と少将の中間と捉えてもらって結構です」

 

函根鎮守府地下プラットホームで、調査団を待っていた寒川と時雨、伊勢の眼前に、直通車両が滑り込む。事前に通告があった通りの0800ちょうどだった。

空いた扉から先頭で身を乗り出してきた高身長の男が、敬礼をしながら一通りの自己紹介をする。

細身とはいえ185cmに届こうかという高身長の寒川と、ほぼ同じ背の石田が並ぶ様はちょっとした威圧感を周囲に巻き散らす。

 

「函根鎮守府を預かります、寒川雪成少将です」

 

対する寒川も、旧海上自衛隊のものを受け継ぐ肘を張らない形の答礼を行い、腕を下ろして話の続きを促す。

 

「本日は、大本営工廠の崩壊に関して、函根鎮守府建造ドックのデータ収集の為伺いました。本日4月24日の1日間ですが、石田中将以下計33名、お世話になります」

 

「歓迎します」

 

そう言葉少なに言った寒川の視線は、油断なく石田に注がれている。まるで相手を測っているかのような、そんな感覚を時雨は覚える。

 

「それで、そちらが……」

 

その石田の言葉と共に、時雨へと石田の視線が移る。その目の奥に何かヒヤリとしたものを垣間見た気がして、思わず後ずさる時雨。

 

(なるほど、提督はこの気配を……?)

 

時雨がそう思っている一瞬の間に、その冷たい光は消える。

 

(気のせいかな……ずっと深海棲艦と戦ってきた海軍軍人特有の目つき、なのかな)

 

「ええ、彼女が白露型駆逐艦2番艦、時雨です。それでその後ろにいるのが伊勢型戦艦1番艦の伊勢です。そちらにどれだけの情報が入っているのか分からないので、どこから話せばいいのか」

 

もみあげを人差し指で掻きながら苦笑する寒川。愛嬌があるというよりは、僅かに相手との間に一線を引いている。

第一印象が相手の印象の大部分を占める、という言葉があるが、今の寒川はそれに引きずられた状態とも言えた。

 

(提督、まだ警戒してる……)

 

戦いを贄としてきた者が孕む、ナイフの鋭さと、いぶし銀の光沢をもつ雰囲気。

自らの身体を戦いの中に置き、命のやり取りを繰り返してきたオーラに()てられた寒川は、過度に反応したのか、それとも相手に対して尊敬の念を持って一歩引いているのか。

 

「一定以上のことは知らされていますよ。そうでなくては検証のしようもない」

 

にこやかに答える石田。寒川はふっ、と気を抜いたようにプレッシャーを消す。

 

「なるほど、了解いたしました。荷物はウチの艦娘らに運ばせますので」

 

「せっかくのご厚意ですが、精密計測機器も載っているので、扱いに長けた我々で運ばせて貰っても構わないかな?」

 

「ええ、いいでしょう。運び込む倉庫は案内します」

 

そう言って踵を返し、寒川は歩き始める。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「建造時設計との寸法差は横0.003×10^-3メートル、製造誤差並びに設置後の風化許容範囲内です」

 

石田が指揮を執りながら、部下の32名が黒い卵型の建造ドックに取り付き、手際よく寸法を測っていく。32名を8人ずつ4班に分けて、実際に測るのは7人で、各班に1人班長が付いている。

その様子を、脇に綾波と夕立を引き連れた寒川が遠くから見守る。時雨と大淀には、不審な行動が無いか遠くから徹底的にチェックさせている。

いくら海軍部内の()()とはいえ、迂闊な行動をされ機密が漏れれば、情報開示を怠った海軍は国会に糾弾されて崩壊するだろう。

 

「手早いですね」

 

「これが本職ですから」

 

「それもそうですね。で、何か問題は?」

 

「至って正常、と言える範囲内です」

 

そう言う石田の手元のタブレットには、大量の文字が流れる。時折赤字の列も見えるが、ほとんどが背景の青とのコントラストが際立つ白字で流れていく。

 

「全計測項目中の3.4%を消化しました。作業完了は本日1530前後になると思います」

 

「分かりました。昼は、お握りでよければ差し入れます」

 

「ありがたいです。お願いします」

 

その言葉を聞くや否や、踵を返して執務棟へ向かう寒川。その手には腰に下げた無線機のトランシーバーがある。

 

マイクのスイッチを入れてボソボソと呟き、何か返答があると、直後に小さく首を縦に振り、通信機を切る。

 

 

 

扉を開けて室内に入ると、すぐに扉を閉める寒川。建物のガラスはマジックミラーになっており、照明も落ちている今なら外から中の様子は見えない。

 

それでも念入りにあたりを見回した寒川は、徐にスマホを取り出すと、そこに表示された数字に無線機の周波数を合わせ、そのうえで防諜用の外付けノイズ生成器にも同様にして番号を入力していく。

 

通信相手となにやら会話をした寒川は、すぐに無線の周波数を元に戻す。そして、かけていたカギを開けて、その先の下り階段を降り、地下1階の廊下へと出る。

 

テロ対策に複雑な階段配置になっている迷路のような地下通路を抜けて、寮の地下から階段を上って一階へ出る。

 

「炊飯器に入れといたご飯は炊けてる……塩と沢庵と……」

 

「司令?」

 

と、2階から降りてきたのか、朝潮と満潮が階段のところに立っていた。

 

「ん、どうした?」

 

「司令官はそこで何を?」

 

「調査隊の人に差し入れの塩結びと沢庵を出そうと思ってな」

 

「お手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか!」

 

「あぁ、頼む」

 

「ほら、満潮も手伝いましょう!」

 

「分かったわ」

 

「じゃぁ、そこに竹の皮を広げて、沢庵を2つずつ乗せといてくれ」

 

「承知しました!」

 

2人が机に竹の皮を広げていく傍ら、炊飯器のご飯に塩を振って混ぜていく。塩の量は、軍の入隊のときの訓練寮でみっちり仕込まれているので、体が覚えていて、目分量でできる。

ムラなく混ぜるのも手慣れたものだった。

 

「司令官!沢庵の配置まで完了しました!次は何をすればよろしいでしょうか!」

 

「自分が握っておくからしばらく休んでていいぞ。最後にトレイに乗せて運ぶのを手伝ってくれればそれでいいかな」

 

「はい!司令官が待てというのなら朝潮、いつまでもここで待つ覚悟です!」

 

「いや、司令が言ってるのはそういう次元の話じゃないわよ、朝潮姉ぇ」

 

放置ボイスの朝潮。それを横目に眺めながら制止する満潮。流石姉妹艦といったコンビネーションを発揮している。

 

その瞬間に、警報が鳴り響く。

 

「敵襲!?」

 

朝潮、満潮には混乱が走るが、寒川の手にはすぐさまトランシーバが握られていた。反射的に周波数を切り替えて、発令所で監視データのチェックを任せていた羽黒に繋ぐ。

 

《こちら発令所!沖合19浬より、重巡リ級2隻、駆逐イ級2隻が接近中!速度20knt、35分後に鎮守府が敵有効射程内に捕捉されます!どうぞ!》

 

無線機は、混信防止のために、発信と受信は同時に行えない。そのため、相手の応答を聞くにはマイクのスイッチを切っておかねばならないので、発信の終わりには相手に発信を促す言葉を入れるのが慣例となっている。

 

「こちら寒川!一水戦、出られるか!?どうぞ!」

 

《こちら発令所!》

 

言い切るや否や、トランシーバだけ引っ掴んで地下への階段へ飛び降りていく寒川。その間も羽黒の応答は続く。

 

《現在、最上、球磨、吹雪、白雪、暁、響の6名が即応で出れます!どうぞ!》

 

「結構だ!そのメンバーで速やかに抜錨準備!どうぞ!」

 

《こちら発令所!了解しました!通信終わります!》

 

ヒョロ助の寒川にとってはだいぶ長い距離を走り抜け、引き戸を開け放って発令所へと飛び込む。

 

「全部署に緊急警報発令!部内警報Dによる非戦闘員のシェルター区画への退避を開始!」

 

「了解!部内警報D発令!」

 

「総員、第一種戦闘配置!地上施設群の収容準備!技術部門の調査隊は直掩壕D3へ誘導しろ!」

 

《こちら綾波、了解しました!夕立と共に誘導します!》

 

綾波の応答と入れ違いに、内線で朝潮から連絡が入る。

 

《こちら朝潮!我々はどうすべきでしょうか!》

 

「朝潮並びに満潮は現状待機!もし今寮で休んでる熊野、龍田、暁、響が降りてきても状況を説明して引き止めろ」

 

《了解しました!》

 

会話が終わり、内線の受話器を元に戻す寒川。それと同時にけたたましい警報音を鳴らしながら、スクリーンに『警報』の文字が走る。

 

その警報音の中、電子合成音声が自動再生される。

 

《総員、第一種戦闘配置》

 

その声と同時に羽黒の声が発令所の空気を震わせる。システム面を残してほぼ完成の函根鎮守府には、海軍施設課から少数の人員が派遣されている。その面々が「非戦闘員」である。

完成後もメンテナンスには少々の人員を必要とするので、彼らに関して言えば防諜に不安が残る……いや、今はそんな話をしている場合ではない。

 

「地上区画、全要員の退避完了しました!」

 

「地上区画、収容開始!」

 

寒川の宣言と同時に、開けっ放しだった入り口から、大淀が入ってくる。

 

「変わります」

 

「お願いします」

 

羽黒からコンソールを引き継ぎ、格納作業開始のコマンドを打ち込む大淀。左側面の、地上を映す監視カメラの映像内では、いくつもの建物が地面からどんどん沈んでいき、屋根が完全に隠れるや否や、金属製のハッチが閉まり、ロックがかかる。

未だ未完成の函根鎮守府の現状を表すかの如く、左側面のモニター群の中にはブラックアウトしたままのものも存在する。

 

「一水戦、抜錨!大淀、戦術誘導開始。会敵予想地点へ誘導しろ!」

 

「はい!」

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「いない!?敵が捕捉できないとはどういうことだ!?」

 

正面のメインモニターを睨み、一水戦旗艦の最上との直接回線のマイクに叫ぶ寒川。

 

大淀が電探の情報をモニターに回し、電探での敵影位置と一水戦の位置を海図に重ねて表示している。

そのメインモニターによれば、明らかに最上ら一水戦のグリッドは敵艦隊のグリッドと同じ位置にある。

 

《居ないものは居ない、って言ってんだよー!どこにも敵影は発見できないし、こんな近距離にいたらこっちが見つけるより先に砲弾が飛んでくるよ!》

 

「状況は了解した。電探の探知ミスの可能性もあるが、念のため当該海域から鎮守府へまっすぐの航路を取って帰投してく……っ!」

 

そう言った直後、敵艦隊のグリッドが一水戦のグリッドの脇を抜けて鎮守府へ少しずつ迫り始め、鎮守府を中心とする赤い円の範囲内に侵入する。

 

刹那、耳をつんざく電子音が鎮守府全てを包み込む。

 

《絶対防衛圏-リ級主砲射程-》と表示されたその円に敵艦隊が侵入すると、自動で警報が起動する。

 

突如として全身の感覚を奪い去った電子音が、その自動警報であると寒川の脳が認識した直後、足元から小刻みかつ不規則な振動がその場にいた全員に伝播する。

 

同時に、外部環境カメラの視界内に爆発の閃光と黒煙が上がる。

 

「大淀!状況報告!」

 

「不明です!幽霊艦隊に攻撃されたとしか……」

 

更なる爆発。

 

と、ここで突如として内線がけたたましい音を立てて鳴る。自動で中央の空中スクリーンに相手方が表示される。「B棟地下3階BA3-2廊下C子機/SOUND ONLY」と表示されている。

 

寒川は脳内に鎮守府の地下を思い浮かべ、その内線の発信元の位置を考える。普通の廊下の途中に置いてあった電話のはず。

 

だがなぜ?

 

何故そんな場所から内線がかかってくるというのだ?

 

非戦闘員は退避済みだし、艦娘は持ち場にいるはず。今区画の閑所に用がある人間はいない筈である。

 

「これが都市伝説のサトル君って奴か……」

 

鬼が出るか蛇が出るか、こればかりは確かめるしかない。




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