城ヶ崎さんに甘えたい。 (バナハロ)
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プロローグ
コミュ障はほどほどに。


せめてアナスタシア終わってからやろうと思ってたのに、ついやってしまいました。すみませんでした。


 学校の食堂。僕はいつものように一人でモンハンしていた。来年、新作が発売されるらしいので、慣らしておこうと思って一個前のXXをプレイをしている。

 次のモンハンには狩技やスタイルはないようなので、もちろんそれを封印している。

 それと、プレイヤースキルの勘を取り戻したいので、上位防具でG級に挑んでる。まぁ、当たらなければどうということはないので、これくらい楽勝だよね。いや、こいてるわけじゃないけど。

 次作はオープンワールドかぁ……なんだか楽しみだなぁ。正直、ロード時間待つの面倒だったから、そういう面でも楽しみだ。敵、強いと良いなぁ。あんま弱いと秒で飽きちゃうし。せめてセカGくらい難しい方が、僕としてはやる気が出る。

 そんな事を考えながらクエストをクリアした。時刻を見ると、あと5分で授業開始だ。

 討伐に時間が掛かったわけではなく、単に授業が終わってから少しのんびりしてから食堂に来た。あまり早く食堂に来てしまうと、色んな生徒達と食事の時間がかち合ってしまう。あまり人混みは得意ではない。

 それに、あとから来た方がのんびりゲームできる。5〜10分もあれば並みのG級であれば倒せるし、残りの5分あれば教室に戻れる。

 でも、今日は二つ名だったから少し時間が掛かったな……。さっさと教室に戻らないといけないので、3○Sを閉じてポケットにしまった。

 別にゲームの持ち込みは禁止ではないが、先生にとってあまり印象は良くないだろうと思ったので、持ち運びの時はしまうようにしている。変に教師に反感買いたくない。

 で、ふと顔を上げると、ピンク色の髪の女の人が目の前に座って、ジッと僕を眺めていた。

 

「っ⁉︎」

「あ、いきなりごめんね〜。あたしの知ってるゲームやってたから気になっ」

「っ!」

「逃げ⁉︎」

 

 気が付けば脚が勝手に動いていた。僕は人と会話するのが苦手だ。敵を見つけたら自動的に逃げ出す神経を足に宿すバッタと同じレベルで。

 気が付けば、教室の机の上で一人で伏せていた。

 

 ×××

 

 その日の夜中、僕は一人でベッドの上で伏せていた。未だに昼休みでの出来事が頭から離れていない。

 ああ……まさか何も言わずに逃げ出してしまうなんて……というか、声掛けられただけで逃げちゃうなんて絶対印象悪いよ……。しかも、あの人アイドルの城ヶ崎美嘉じゃん……。

 どうしよう、なんか変に叩かれたらもう学校にいられないんじゃ……。

 そもそもなんで逃げたんだよ僕は……ホント勘弁してよバカ……。本当にバッタかよ……。

 

「……はぁ、ゲームやろ」

 

 心を落ち着かせるにはゲームが一番だ。そう決めて、とりあえずプレ4の電源を入れた。

 モンハンをやると昼のことを思い出してしまいそうで怖いので、これからやるのはフ○ートナイトだ。

 複数人型のTPSゲームで、100人のプレイヤーが一つの島に降り立ち、各地に散らばって武器や資材を集め、建築を駆使してドン勝を目指して競い合うものだ。

 日本語版はまだ実装されてないけど、学校でちゃんと英語を習っていれば読めるレベルなので問題ない。

 ヘッドホンを装着し、ブルーライトカットのメガネを掛けた。さて、とりあえず今日の出来事が忘れられるまで没頭しよう。

 

 ×××

 

 翌朝、目を覚ましたのでのそのそと起きて、洗面所に向かった。まずはボーッとした顔を洗う。

 両手に水をためて顔にぶっ掛け、タオルで顔を拭いて鏡を見た。当たり前だけど、僕の顔が映っている。

 

「……」

 

 ……相変わらず、冴えない顔してるなぁ。平均以下の身長、女っぽい顔立ち、細い身体、ジャージを着れば女子達の体育に混ざれそうな感じだ。

 一応、両親からもらった体と顔だし、自分が嫌いだとは言えない。でも、もう少し男らしくしたかった。

 まぁ、今そんなこと嘆いても仕方ないよね。さっさと寝癖直してしまおう。

 跳ねてる所を直し、長くて鬱陶しいもみあげを耳にかけてリビングに戻ると、両親はもう出掛けていた。共働きだから忙しいんだろう。

 朝食を済ませ、歯磨きをしてソファーでゆっくりしてテレビを見た。め○ましテレビがやっていた。「みかしら!」という土曜日限定の番組が放送されていた。

 名前の通り、城ヶ崎美嘉が街の人にその日のテーマによって色んなことを聞いて回る番組だ。まぁ、聞いて回ってる映像は収録だし、本人は生放送のスタジオにいるんだけどね。

 うちの高校は土曜日も学校があるが、1年は3時間目まで、2年は2時間目まで、3年は休みとなっていて、3年の城ヶ崎美嘉なら出演出来るわけだ。

 別にファンというわけでもないし、今まで「休日の朝に大変だなー」程度にしか思っていなかったが、昨日のことを思い出してまた一人反省会を始めてしまった。

 が、すぐにいつまでも気にしていられないと無理矢理思い直し、家を出た。

 駅に向かい、電車に乗った。隣の駅だから自転車でも良いんだけど、冬は寒いから嫌だ。

 

「……あ、飲み物買って行かないと」

 

 学校の購買や自販機は安いが、僕の好きな飲み物はない。ボスのミルクティーはとても美味しいのにかなり希少だ。

 そんなわけで、電車を降りて駅のコンビニに入った。朝だとスーパーも開いてない。

 お目当の飲み物を手にとってレジに持って行った。朝なのに列が出来ていたが、元々余裕を持って家を出てるので遅刻の心配はないから並ぶことにした。

 財布を出しておこうと思って鞄の中をまさぐったが、財布が見当たらない。

 

「……えっ?」

 

 ……お、おかしいな……。僕が財布を鞄から出すのは学食以外ではありえない。外ではあまり買い物しないし、ゲームは本当にやりたいゲームしか買いに行かないから、従って外で財布を出すこと自体が稀だ。

 ……でも、財布がない。ヤバい、何処かに落とした?

 その考えが頭に浮かんだ時点で、僕の顔に変な汗が浮かんだ。どうしよう……だとしたら警察……? や、でも鞄に穴が空いてる様子はないし……。

 と、とにかく、この飲み物は買えない。先に学校に行こう。

 心拍数をめちゃくちゃ早くしながらコンビニを出た。

 

 ×××

 

 朝イチで学校に来て食堂を探し回ったものの、僕の財布は見当たらなかった。

 職員室に落としものを聞きに行くしかないのだが……コミュ障が発動してしまうものだ。落し物に関しては担任の先生に言わなければならないのだが、うちの担任はとにかく圧がすごい。覇王色の覇気のそれだ。

 なので、僕には少しハードルが高かった。

 

「……はぁ」

 

 どうしよう……。でも、財布は取りに行かないといけないし……。

 あ、そ、そうだ。先に落し物を見に行こう。まずはそれで本当に財布があるのか確認しないと。

 そう決めて、職員室の前のガラスのショウケースを覗きに行った。

 ……まぁ、あるんだろうけど。これはただ単に職員室の先生に声をかけたくないという逃避行動に過ぎないのだろう。

 どうせ声をかけなきゃいけないんだからさっさとかければ良いのに……でも、そう出来ないのが僕の性根みたいで……まぁ、とどのつまり男らしくなくて情けないわけだ。

 ほとほと自分に嫌気がさしつつも、ショウケースを眺めた。

 

「……あれ」

 

 ……僕の、財布がない……? う、嘘……? だって、じゃあ僕の財布は何処に……。

 あ、ヤバい……どうしよう? なんだか本当に変な汗が……。だ、大丈夫……落ち着かないと。アレには学生証が入ってる。僕の名前と顔と学校が拾った人にバレ……落ち着けるわけがない!

 

「っ、や、ヤバい……! ケーサツ!」

 

 と、とりあえず学校とうちの最寄駅の派出所に行かないと……! それと、駅員さんにも聞いて……あとは……!

 ああもうっ……なんで僕がこんな目に遭わないと……いや、落とした僕が悪いんだが……!

 大慌てで派出所や駅員に聞いたが財布はなかった。とりあえず電車に乗り、つり革に掴まりながら深呼吸した。

 ……大丈夫、最寄駅もその派出所もあるんだ……。それに家に忘れた可能性も……まだ慌てるような時間じゃない……。

 落ち着け、と思うほど落ち着かなくなる気がして、とりあえず周りを見回した。考えるないようにしよう。頭を空っぽにすれば少しはリラックス出来るはず……。

 

「あれ? 君、昨日の……」

「っ⁉︎」

 

 聞き覚えのある声が隣から飛んできて、肩を大きく震わせた。昨日、聞いたばかりでテレビにも出ていた声だ。

 

「え、待ってどうして逃げるの⁉︎」

 

 まだ駅に着いてもないのに出口に向かおうとする僕は呼び止められ、足を止めてしまった。

 

「っ、な、なんですか……?」

「ん、いや昨日食堂であったでしょ?」

「は、はい……」

「その時にこれ、落として行ったから」

 

 城ヶ崎さんが差し出してくれたのは、僕の財布だった。

 

「ーっ⁉︎」

 

 思わず奪い取るように財布を取った。良かった……最悪、自殺しかないと思ってたから……。

 中身を確認し、学生証とゲーム屋のポイントカードとTカードの所在だけ確認して、城ヶ崎さんに頭を下げた。

 

「あっ、あのぅ……ありがとう、ございます……」

「あー良いって。あたしも昨日、急に声かけて驚かしちゃったみたいだし」

 

 それは僕が情けないだけなんです……。すみません、なんか。

 

「あ、でも良かったらさ、今からご飯食べに行かない?」

 

 ……なんでそうなるんですか。え、これもしかしてあれ? 拾ってやったんだから奢れ的な?

 ど、どうしよう……だとしたら財布の中のお金がいくら飛ぶか……ただでさえ、モンハン新作が出るのに……!

 でも、お財布拾ってもらっておいて断れないし……。

 

「っ……は、はい……」

「やったね。色々聞きたいことあったんだ〜♪」

 

 ……なんだろう、色々って……。「どれだけご馳走してもらえるか?」とか「これから少しずつお金をもらえるか?」とか……?

 ど、どうしよう……これから先輩JKのお財布にされちゃうんじゃ……。

 そうこうしてるうちに、うちの最寄駅に着いてしまった。

 

「……あ、あの……」

「んー? 何ー? どこか行きたいお店あるの?」

「い、いえっ……その……」

 

 ……だめだ、ここで降りるわけにはいかない。万が一、本当に城ヶ崎さんが僕を財布にするつもりだったとしたら、ここで降りれば僕の自宅の最寄駅を教えることになる。それだけは避けないといけない。

 

「ね、えーっと……宮崎玲くん、だっけ?」

「っ、は、はい……」

 

 なんで僕の名前を……と、思ったけど、多分財布を拾った時に学生証でも見たんだろう。

 

「じゃ、玲くんって呼んで良いかな?」

「っ……」

 

 い、いきなり名前呼び……? いや、別に良いけどさ……。

 

「は、はあ……」

「どこでお昼食べようか? あたしもお腹空いちゃってさー」

「え、えっと……」

「池袋の方でも良い? 美味しい店あるからそこでも良い?」

「……は、はい……」

「やったね★ じゃあこのまま行こうか」

 

 そのまま二人で池袋に向かった。高くないお店だと良いけど……。

 駅に到着し、改札を出た。僕はあまり東京には来ないから、東だか西だか分からなかったが、とにかく広い駅を出て街に出た。

 池袋って、人多いなぁ……。360°見回しても人が目に入らない角度はない。空を見上げてようやく人が視界から消える。

 ……正直、人混みは好きじゃない。万が一、人から道を尋ねられたりなんてしたらと思うと気が気じゃないから。でも、城ヶ崎さんとご飯食べる約束をしてしまったし……。

 

「玲くん、こっちこっち!」

「っ、は、はい……」

 

 ……そんな状況なのに異性で歳上の人と二人で街を出歩いてるなんて……宝具の真名も知らない頃のマシュが冠位時空神殿に放り込まれた気分だ。

 何とか逸れないように城ヶ崎さんの後に続いてると、僕の気を知ってから、それとも知らないのか、腕を引っ張って来た。

 

「何、アイドルと二人きりで出掛けられてキンチョーしてんの?」

 

 いえ、アイドルとか関係なく緊張しています。

 

「大丈夫、アイドルなんてみんな割と普通だから! アイドルだってアニメにハマったりゲーム実況したりするから。だからそんな固くならないで」

「っ、そ、そう言われましても……」

「あ、ほらあそこ」

 

 城ヶ崎さんの指差す先には少しオシャレなカフェがあった。え、あそこでご飯食べるの……? なんか、女子高生くらいの子達がたくさんお店に入ってるんですけど……。

 腕を引っ張られたままカフェに入った。どうしよう……スタバとかでもそうだけど、カフェのご飯って高いんだよな……。奢るとしても少しで良いから値段を譲歩してくれないかな……。

 

「あっ、あのっ……ここ……」

「あー大丈夫だよ。そんなに高くないから。千円あれば飲み物つけられるよ」

「そ、そうですか……」

 

 つまり、二人分で二千円か……。痛いな、バイトしてない身の出費としては。はぁ、しばらくお昼はお弁当を作った方が良いかもなぁ。

 店内に入って二人で席に座り、とりあえず目当ての品を注文した。うー、しかし本当に場違い感がすごいんだけど……。周りのお客さん女性ばかりだし、僕ここにいて良いのかな……。

 

「で、玲くん」

「っ、は、はい……」

「この前さ、モンハンやってたじゃん?」

「っ⁉︎」

 

 いきなりゲーヲタの面に突っ込んできましたね。血が引けて、顔が真っ青になるのが分かった。

 

「実はさー、あたしも友達が生放送やってるの見てやってみたんだよね」

「……な、生放送……ですか……?」

「そう。知らない? 山手線」

「い、いえ……知っては、いますが……」

 

 あのお荷物とまぁまぁ上手いのが二人でモンスターに挑む奴でしょ。僕も見たことある。

 

「あれあたしの知り合いなんだよねー」

「そ、そうですか……」

 

 ……ってことは、あれどっちか……多分、女の子の方がアイドルだったりするのかな。いや、学校の友達である可能性もあるけど。

 

「でさ、玲くん超モンハン上手かったじゃん? G級を5分くらいで倒してたじゃん?」

「は、はい……」

「だから、あたしとモンハンやらない?」

 

 え、なんでそうなるの……? こんな堂々とした寄生プレイヤー初めて見たんだけど。

 

「あたしも上手くなりたくてさー。今度、新作出るし? だからお願い、コツとかあったら教えてくれない?」

「……あ、あの……もしかして、聞きたい方って……」

「そう。これ」

 

 ……良かった、僕をお財布にするとかそういうのじゃなくて……。

 盛大に一息ついて、緊張から解放されるように背凭れに体重をかけた。

 

「え、何? どうしたの?」

「い、いえ……何でもないです……」

 

 財布にされると思ってました、なんて言えるはずもない。というか、今になって思ったけど初対面の人に失礼な想像してたのかな僕……。

 

「じゃ、早速やろうか」

 

 微笑みながら3○Sを取り出す城ヶ崎先輩。

 この日を境に、僕と城ヶ崎先輩の妙な日常が始まった。

 

 



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ゲームが上手くなるには、まずソロでやること。

 ソロゲーマーの良い所は、一人でゲームが出来る事だ。一人で、という事はつまり、何をやるにも自分のペースで出来る。

 それはモンハンが良い例だ。「タン掘れ」と略されるクエストがある。護石を集めるのに最も適したクエストであり、最短ルートというのが決められているのだ。

 それを守らなければボロクソに叩かれることもあり、最悪集会場から追い出されることもあるのだ。

 別にそれが悪いとは言わない。ただ、他人に気を使うのがどうにも苦手な僕には合わない。

 他のオンラインゲームとかでもそうだが、とにかく僕は画面越しでも人とのコミュニケーションが苦手だ。顔を知らない相手のことなんか気にすることなんかないのに、とにかく相手のことを考えてしまう。

 そんな筋金入りのコミュ障の僕だが、まぁ結局の所はソロでゲームやればなんの問題もないわけだよね。

 だから、僕は一人でモンハンをやっている。それにほら、一人でラスボスとか強い奴を倒すと楽しいじゃん? 最速ラップとか測れるし、自己満足にソロはもってこいだ。

 よって、基本ソロがポリシーだ。やはり、人生最後に頼れるのは最終的に自分一人だ。

 そんな事を考えながら二つ名バルファルクを仕留めた。……でも、なんだかモンハンも飽きてきたな。これだけやれば腕も戻って来たし、多分ワールドが発売されても大丈夫だと思うんだよね。

 新作モンハンを楽しみにしながら3○Sを置いた。現在はまだ蒸し暑さの残る9月、いつのまにか発売まで半年を切っていた。

 楽しみにしながら、初○ミクの曲を聴きながらスマホゲーを始めた。やってるのはFGO。心を無にして種火周回を始めた。

 その直後だった。手に持っていたスマホの画面が唐突に切り替わり、着信画面になった。

 

『城ヶ崎美嘉』

 

 ……あ、どうしよう。出た方が……良いよね。でも出てどうすれば……。と、とにかく応答しないと……。

 

「……も、もしもし」

『あ、もしもし〜★ あたしだけど、玲くん?』

「は、はい……」

『今暇?』

「……ひ、暇です、けど……」

『じゃ、モンハンやろモンハン』

 

 ……や、やはりか……。昨日、知り合ったうちの学校の先輩で女子高生アイドルの城ヶ崎美嘉さんだ。

 僕と対極にいる存在で、正直この人がモンハンをやってるなんて想像も出来なかった。

 どうしようかな……。僕に女の人を楽しませるようなトーク術はない。退屈させたら向こうを不愉快にさせてしまうんじゃ……。

 や、でも向こうも僕にそんなの期待してないと思うし、向こうが欲しいのは技量だよね……。ここは断らずに……。

 

『玲くん?』

「っ、は、はいっ⁉︎」

『どうかした? もしかして忙しかった?』

 

 し、しまった……! 早く返事しないと向こうに気を遣わせてしまう……!

 通話越しなのに両手をわちゃわちゃさせながら早めに返事をした。

 

「い、いえっ! ひ、暇でした!」

『う、うん……あの、緊張してる?』

「し、してないです! だ、大丈夫で……いだっ!」

 

 右手を机の角に強打し、その場で手を押さえて突っ伏した。……く、クリティカルヒットした、今の……。

 

『あの、大丈夫? 何かあった?』

「い、いえ……お気遣いなく……」

 

 うー……右手が……。はぁ……何をしてるんだ、僕は……。一人で騒いで一人で打撃ダメージを負って……。

 一人悶えながら、通話中のスマホを肩と耳に挟んで立ち上がった。

 

『じゃ、やろっか』

「は、はい……! し、少々お待ちを……!」

『あ、うん』

 

 部屋から出て台所に降りて、コップに氷水を注ぎ、それをぶつけた右手で持って、左手でスマホを持った。

 ふと画面を見ると「スピーカー」というアイコンがあった。あ、もしかして、これ押せば音量大きく出来るのかな……。

 試そうと思って、押してから声をかけてみた。

 

「あ、あの……もしもし……?」

『もしもしー?』

 

 声大きくなった。こっちの声も聞こえてるみたいだし便利だなこの機能。

 ……あ、声をかけた以上は何か言い返さないと。

 

「す、すみません……えっと、僕もすぐインするので……お先に、集会エリアに……」

『えっ? あ、う、うん。りょーかい』

 

 ……あれ、なんだろ。何か分からないことあったかな……。まぁ良いや。

 しかし、こうして人に意思を伝えるのは何回やっても慣れない。少し会話するだけで一苦労だ。

 ホッと胸をなでおろしながら右手を冷やしつつ部屋に戻り、椅子に座った。すぐに冷やしたからか、あんまり腫れずに済んだ。

 引き出しから3○Sを取り出し、モンハンをつけた。ログインして、マイクの向こうに声をかけた。

 

「あの……」

『何?』

「これ……二人プレイってどうやって……」

『え、知らないの?』

「その……一人でしか、やったこと無くて……」

『そうなの? あ、もしかして友達いないんでしょ?』

「……」

『え、ほ、ほんとに……?』

 

 言葉の槍に心の臓を貫かれた。すみませんね……過去に一度も友達ができたことないもんで。

 

『あ、あはは……ごめんね……。まさか、従兄弟みたいな高校生がいると思ってなくて……』

 

 従兄弟にボッチがいるなら、取り扱い方くらい肝に命じておいて欲しいものだった。

 

「……いえ、大丈夫です。そ、それより通信プレイのやり方を……」

『あっ、そ、そうだよねっ。えーっと、まずは集会酒場に行って……!』

 

 と、言うわけで、ちょっと精神が崩壊しかけたが酒場で合流を果たした。

 さて、城ヶ崎さんのHRはどのくらいか……と、思ったらまだカマキリを倒してないレベルだった。いや、カマキリどころかバルファルクもまだなんじゃ……。

 

『うっわ……す、すごいね……』

 

 一方の城ヶ崎さんはおそらく俺のHRを見て驚いてるのだろう。まぁ、カンストしてるし当然と言えば当然かな。

 

『もしかして、結構やってる?』

 

 結構なんてもんじゃない。総プレイ時間は人に見せられるレベルじゃないので。

 まぁ、そんなゲーマー自慢をするほど僕も愚かじゃない。

 

「そ、そうですね……少し、だけ……」

『わー、やっぱり? 総プレイ時間どのくらい?』

 

 この人グイグイ来るなぁ……(白目)。完全に僕のSUN値削りに来てる。

 まぁ、とりあえず当たり障りのない返事を……いや、待てよ? 当たり障りのない返事をするゲーム総プレイ時間ってどのくらいだ……?

 まずいな、早く答えないとまた「もしもし?」って聞かれてしまう……!

 

「……さ、さんびゃく、くらいは……」

 

 本当は三百時間どころではないが、たまたま浮かんだ数字がそのくらいだった。

 しかし、非オタの方に三百時間という数字の時点で尋常ではないようで。電話の向こうがしばらく無言になった。

 

『ま、まぁ……友達がいないならそうなっちゃうよね……。うん、仕方ないよ……』

 

 そんなフォローある……? 明らかにトドメ刺しに来てたよね……。これだから人とコミュニケーション取るのは苦手なんだ。人によっては平気で死体蹴りして来るから……。

 それは向こうも気付いたのか「と、とにかく!」と言葉を継いだ。

 

『それより、キャラカッコ良いね!』

「えっ、そ、そうですか……?」

 

 それは嬉しい。キャラメイキングには時間かけたし、装備も作るのに苦労したから。

 逆に、城ヶ崎さんの装備はとても可愛らしかった。なんて言ったっけ……ベルダーXの女性装備。女の子だと可愛いんだなこの装備……。

 

『ほら、やろう! クエスト!』

「っ、は、はいっ」

 

 元気よくそう言われ、僕も頭を切り替えた。

 

『まずは、やっぱりバルファルクかな。まだクリアしてないんだよね』

「……わ、分かりました……」

『あれさぁ、空中から突っ込んで来るの避けられないんだよ。どうすれば良いの?』

「あ、えっと……」

 

 ……どうしよう、そもそもあれ躱すのに手間取ったことないんだけど……ま、まぁ、一番分かりやすく躱せる方法で良い、かな……。

 

「……は、走りながら常に飛んでるバルファルクを画面に入れて……そ、それで突っ込んで来た所で緊急回避をすればなんとか……」

『画面に入れて、か……なるほど……』

「あの、その前に良いですか……?」

『何?』

「その……その装備で、バルファルクに……?」

『え、ダメ?』

「いえ、ダメでは……ただ、龍耐性がないから……その、あまりプレイヤースキルに自信がないようなら……」

『えー、でも可愛いんだもん』

「龍耐性装備でしたら、ナルガクルガがオススメですが……」

『……えぇ、あれ友達四人と袋叩きにしてようやく倒せたレベルだから、もう二度とやりたくないんだけど……』

「僕が手伝いますが……」

『良いの⁉︎ じゃ、やろっか』

「二度とやりたくないのでは……?」

 

 しかし、やろっか、か。簡単に言ってくれるな。こういう時、僕の装備も悩むものだ。はっきり言って上位の装備で問題なく倒せる。むしろその方がスリルがある。

 しかし、それはソロでやる時の話だ。協力、しかも知り合いとやる時は二つのパターンに分かれる。それは手伝う相手がクリアを目的としているか、それとも楽しみながらクリアすることを目的としているか、だ。

 結果は同じだが過程は大きく異なる。前者なら僕がガチ装備で行ってさっさと終わらせた方が早いし、後者ならガチ装備で行くと秒で終わってしまう。

 そして、他にもどの程度本気でやれば良いのかも変わって来るし、アイテムの使用も相手に合わせた方が良いのか分かれる。

 ……あー、正直面倒臭い。だからマルチは嫌なんだ……。や、別に手伝うことは良いんだけど……。

 ハッキリ嫌と思えない辺り、僕も面倒な人間だなぁ……。そんな事を思って、また思わず自己嫌悪しているとまた声が聞こえてきた。

 

『玲くんって、モンハン上手なんでしょ?』

「へっ? ま、まぁ……多分……」

『じゃあさ、少しでもあたしも上手くなりたいから……なるべく、あたしメインで戦っても良い、かな……?』

 

 まさか向こうから依頼が来るとは……。

 

「そ、それは良いですけど……」

『玲くんはどのくらい強いの?』

「へっ? え、えっと……」

 

 ……どうしよう。なんて答えるのが正解なんだろ。ナルガクルガ上位装備で倒せる、なんて言ったら自慢みたいになっちゃうかな……。

 や、でも向こうは僕がそれなりに上手いことは知ってるわけだし、そこは……えっと、自慢にならない範囲で答えれば良いか。

 

「な、ナルガクルガくらいなら、10分掛からずに…倒せますが……」

『……あの、じゃああたしがピンチになったら助けてくれる?』

「わ、分かりました……」

 

 ……まぁ、上位装備で行ったらナメてるって思われそうだし、武器はG級無属性で行けば……何とかなる、かな? 防具はギルドガードにした。カッコ良いから。

 よし、そうしよう。城ヶ崎さん……Mika☆さんがクエストを受けてる間に、僕は装備を変更した。

 

『さ、行こうか』

「は、はい……」

 

 僕は心底後悔した。この日、安易に城ヶ崎さんのモンハンに付き合ってしまった事を。

 

 



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突然の死。

『おっ、おおお〜⁉︎』

 

 城ヶ崎さんが感嘆の声を上げた。僕の控えめな指導があってか、G級のナルガクルガをタイマンで倒せる程度に強くなったからだと思う。

 一応、僕も一緒に行ってはいるものの、ほとんど手は出していない。精々、ナルガクルガ以外のモンスターを狩り尽くしていたくらいかな。

 

『やった、やった!』

「お、おめでとうございます……」

 

 バルファルクを倒す予定だったと思うんだけど……ま、まぁ、ナルガクルガを倒さないでバルファルクを倒せるわけがないし、良かったと言えば良いよね。

 

『いやー、やればやれるものだねっ。今まで加蓮とか卯月とか奈緒とかと四人で袋叩きして何とか勝ってたからなんだか嬉しいわ〜』

 

 四人で袋叩きで今までクリアしてたんだ……。ある意味すごいな……。というか、それはそれで楽しそうな気もする。足りない所を補える、みたいな? まぁ、僕はコミュニケーション取れないから結局無理だけど。

 

『これならバルファルクも余裕じゃん?』

 

 ……あ、こきはじめた……。バルファルクはそんな甘くないよ……。僕ですら初見1乙かましたのに……。

 ふと時間を見ると、もう0時を回っている。かなりの時間やっていたようだ。ナルガクルガの装備は揃うだろうし、いつかは倒せると思う。

 だけど……何時間掛かるか分からない。下手したら明日まで眠れないんだよなぁ……。

 

『さて、行こうか! 決戦へ!』

「い、いえ……あの、もう日付が……」

『ん? 日付変わるまでやる?』

「そ、そうではなく……」

 

 てかもう日付変わってるし。

 

「その……日付はもう……」

『えっ?』

 

 恐る恐る時計を見る城ヶ崎さん。その直後だ。別の声が電話の向こうから聞こえてきた。

 

『お姉ちゃん? お母さんが、お姉ちゃんの分のご飯はお父さんにあげちゃったから晩御飯自分で用意して、だって』

『えっ? ちょっ、莉嘉? なんで呼んでくれなかったの……?』

『呼んだけど返事なかったんだもん……てか、あたしもう寝るからね』

『あ、ちょっ……』

 

 バタン、と扉が閉まられる音がした。

 ……あ、まずい。これ、もしかして僕の所為、かな……。僕はいつもご飯は家族各々で済ませることになってるから平気なんだけど……。

 

「あの……すみません……」

『ううん……あたしが夢中になり過ぎて時間見てなかったのが悪いから……』

 

 うっ、なんだか申し訳ないな……。途中で言ってあげたほうが良かったのかな……。

 

『ごめん、今日はもう抜けるね』

「あ、はい……」

『じゃ、また今度ね』

「お、おやすみなさい……」

 

 心の中で合掌しながら通話を切った。ゲームは夢中になりすぎると何もかも失うからね……。

 さて、僕も寝ようかな。ご飯は……買い置きしておいたカップラーメンで良いかな。

 伸びをしながら部屋を出て一階に降りた。しかし、日付変わるまでゲームしたのは久々だな……。最近はモンハン新作買うためにお金貯めてて新しいゲーム持ってないし、することないからあまりこの時間までゲームすることはなかった。

 ……あー、僕も時計見るまで時間気付かなかったのは不覚だな、反省しないと。ゲームやるときは必ず時計見るようにしてたのに。

 しかし、そのクセは中学の時からつけてたはずなのに……なんで今更になって忘れたんだろ。

 もしかして……僕自身も楽しんでた、のかな……。

 だとしたらこんな感覚久々だな。もしかしたら誰かとゲームやる、というのも楽しいのかもしれない。

 

「……」

 

 そう思った僕は、3○Sを閉じて通話を切ってあるスマホで「会話 コツ」とググり始めた。

 

 ×××

 

 翌朝の月曜日、それはすべての人間を憂鬱にする日。学校が五日間連続である日であり、仕事が五日間連続で存在する日だ。誰もが面倒に思うだろう。

 この憂鬱な日の何が面倒かって、朝起きなければならないことだ。僕はとても朝に弱いので、布団から出ることをとても嫌がってしまう。しかも、今は9月でまだ夏の暑さが残る季節だし、体を起こす事すらかったるい。

 そんな怠さ百パーセントな月曜だが、逆に言えば朝起きてしまえば怠さは感じない。僕的には問題はそこだ。学校に行ったって、僕のやる事は授業を受けてゲームをするくらいだから。あ、水曜日は体育あるから嫌。

 と、いうわけで、今日も身体に鞭打って朝起き、10分ほどぬぼーっとした後に学校に行き、授業を受けて、お昼を食べて、また授業を受けて放課後になった。

 ……ふぅ、疲れた。これが明日からあと4回も続くと思うと気が重いよね……。

 しかも、個人的な話だが、昨日の検索で夜更かしした上に、なんのコツも得られなかったのが怠さに拍車をかけていた。そもそも、少しググった程度でコミュニケーション上手く取れるようになるならこの世にコミュ障なんかいるはずない。

 

「……はぁ」

 

 ため息をついてると帰りのHRが終わり、凝ってもいないのに重く感じる肩を揉みながら立ち上がったときだ。

 

「宮崎くんいますかー?」

 

 教室の入り口からそんな声が聞こえた。このクラスに宮崎という苗字を持つのは僕しかいない。

 つまり、僕が名前を呼ばれたわけで。思わずビクッと肩を震わせて恐る恐る入り口を見ると、城ヶ崎さんが立っていた。

 ……うわあ、なんで来るの……? 別に嫌なわけじゃないけど……。

 

「……あれ?」

「城ヶ崎先輩……?」

「なんでここに……」

「ていうか、宮崎って誰……?」

 

 クラスメートは案の定、ざわめき始めた。というか最後の酷くない? 僕ってクラスに存在認識されてなかったんだ……。

 若干、ショックを受けてると僕を見つけた城ヶ崎さんが大きく手を振ってきた。

 

「あ、いた。宮崎くん!」

 

 あ、まずい。こっちに来そう。目立ちたくないのに……。

 仕方ないので教室に入って来られる前に僕の方から荷物を持って教室を出た。

 

「っ、あ、あの……何か……?」

「今日暇?」

「あ、ひ、暇ですけど……」

「モンハンやらない? 一緒に」

 

 え、わ、わざわざ一緒に……? この前一緒にやったし、それなりに上手くなったから用済みと思ってたんだけど……

 

「今日こそバルファルク倒そう!」

「い、良い、ですけど……」

「じゃ、行こっか」

 

 そう言って二人で教室を出た。……クラスメートの視線が背中に突き刺さっているのを振り払いながら。

 しかし、城ヶ崎さんってつくづくゲームやるようには見えないなぁ……。なんでゲームなんて始めたんだろう。

 ……ちょうど会話も切れたし、こういうので会話は作るものなんじゃないだろうか。でも、もし「彼氏に振られて現実を捨てた」みたいな理由だったら……。

 何より、ゲームを始めるきっかけなんて大抵はロクなことではない。やっぱ聞かない方が良いかも……。

 ……でも、城ヶ崎さん退屈させないかな……。あー、どうしよう、話かけるべきかな……。

 

「玲くん?」

「っ、は、はいっ⁉︎」

「なんかすごい難しい顔してるけど……大丈夫?」

「す、すみません……」

「いや謝らなくても良いけど……それよりさ、聞いてよ。今日ね、あたしお昼にパン買って行ったんだけどさー」

 

 あっ……け、結局向こうから声を掛けさせてしまった……。僕って本当に情けない……。

 また少し自分が嫌いになりながらも「は、はあ……」と相槌を返した。

 

「初めてうちの購買のパン食べたんだけど、アレ……コンビニのパンと同じ感じがしてさー」

「そ、そうですか……?」

「食べたことない?」

「僕は……食堂しか、使わないので……」

「マジ? たまに入れなくない? 席埋まってて」

「……僕は、その……人混みを避けるために、時間をずらしてて……」

「ああ、なるほど。賢いね」

 

 自虐のつもりで言ったら、なんか感心されてしまった。や、まぁ、別に同情されたいわけじゃないけど。

 

「いつも何時頃に食べてるの?」

「だ、大体……13時頃に教室を出てます……」

「ふーん、じゃああたしも明日から一緒に食べて良い?」

「えっ?」

 

 いきなり何を言い出すのかこの人は……。そんな考えが顔に出ていたのか、少し不安そうな顔になって聞いてきた。

 

「ダメ?」

「いえ、ダメではないですけど……その、城ヶ崎さんは、良いんですか……?」

「何が?」

「いえ、その……いつもは、お友達と食べてるのでは……」

「ん? ああ、いいのいいの。別に毎日は来ないから。お弁当忘れた時だけ一緒にって思っただけ」

 

 あ、な、なるほど……。というか、逆に僕の方が自意識過剰過ぎて死ねるな今の……。

 額に手を当てて全力で後悔してると「あっ」と城ヶ崎さんが声を漏らした。

 

「それより、ゲームどこでやろっか」

 

 それ決めてなかったっけ。まぁ、僕は別にどこでも良いけど。

 

「行きたい場所とかある?」

「え、えっと……特には……」

「じゃあ、この前のカフェで良い?」

 

 えぇ……あそこ高いんだけど……や、まぁでもこの前と違って飯食うのが目的じゃないし別に良いか。

 

「わ、分かりました……」

「よーし、今日こそバルファルク倒すからね」

 

 ……お店の迷惑にならない程度にしましょうね。

 

 ×××

 

 電車に乗って再び池袋へ。二人でオサレなカフェに入って、お互いに目当ての飲み物を購入し、一席に座った。二人で四人掛けの席に座り、少し申し訳ない気もしたが、逆に二人掛けの席は埋まってるみたいなので仕方ないと思うしかない。

 

「さて、やろっか」

「……は、はい……」

「装備はナルガクルガで良いんだっけ?」

「それで大丈夫だと……思います……」

 

 まぁ、ぶっちゃけ耐性つけても耐えられるのは3発くらいまでだけど。ちゃんと避けないとお話にならない。

 

「じゃ、まずは一人で行こうかな」

「っ、そ、ソロで、ですか……?」

「え? ソロじゃなくて一人だけど……」

 

 しまった、ついクセで……。なるべくそういうゲームの用語は言わない方が良いな。

 

「す、すみません……一人で、ですか?」

「あ、ソロって一人でって意味ね。うん、ソロで行く」

 

 気を遣ったらそれを無にされました……。

 というか、そんな事よりもソロで初見バルファルクって……。いや、何度か負けてるらしいし初見ではないんだろうけど。

 

「あの……僕も……」

「大丈夫大丈夫。ナルガクルガ一人で倒せるんだし、バルファルクなんてラクショーっしょ」

 

 あ、まだこいてるんだ……。ていうか、その二人は外見は似ててもレベルはだいぶ違うんだけどな……。

 

「平気平気♪ サクッと片付けて来るから待ってて。帰って来たら、一緒にバルファルク装備つくろうね」

 

 すごいや、この短時間でここまでフラグを大量生産できる人はそういない。

 

「じゃ、行ってきます!」

 

 意気揚々と、城ヶ崎さんは突撃した。

 

 〜20分後〜

 

「さ、サックリ……サックリ三回突き刺された……」

 

 バルファルクの突きをきれいに全部喰らい、見事に三乙かましていた。だから言わんこっちゃない……。

 

「あんなの……あんなの卑怯でしょ……。なにあの伸びる突き……あんなの避けっこないでしょ……。というか、威力も高過ぎるし……マジない……」

 

 ……トラウマを植え付けられちゃったのかな? うん、気持ちは分かる。僕も初めてモンハンやった時、ティガレックスがすごいトラウマに残ったし。

 

「あの……手伝いましょうか?」

「……お願い」

 

 よし、まぁ僕がいれば足を引っ張られない限り5分で終わるが、それはおそらく城ヶ崎さんが望む展開ではないだろう。つまり、僕はあくまでサポートに徹しなければならない。

 そのため、装備は強くなくてアイテムをたくさん持った。

 

「えっと……クリア出来るものならしてしまっても?」

「うん。でもあたしが戦う」

 

 そこは揺るがないようで良かった。さて、いざハンティングだ。

 二人のハンター、Mika☆とほうれん草は遺群嶺に降り立った。

 

「前から思ってたけど、なんでほうれん草?」

「……ほ、ほうれん草のクレープ……好きなので……」

 

 なんだか自分の事を言うの恥ずかしくて、思わず俯きながら呟いた。自分の事を話すのって少し恥ずかしいものなんだな……。

 すると、城ヶ崎さんまで何故か少し頬を染めて僕を眺めていた。

 

「……っ、な、なんですか……?」

「なんか、玲くんって可愛いよね」

「ーっ」

 

 か、可愛いって……! 大体、僕男だから可愛いとか言われても……。

 複雑な表情が顔に出ていたようで、城ヶ崎さんが微笑みながら手を振った。

 

「ごめんごめん、ジョーダンだから」

「っ、ぃ、ぃぇ……」

 

 別に怒ってないし……。ただ少し困っただけで……。

 とりあえず、照れを隠すようにゲームを進めた。……当たらなければどうということはないとはいえ……ギルドガードでバルファルクはナメすぎかな。まぁ、アイテム大量にあるしなんとかなるよね。

 手分けしてバルファルクを探し始めた。ついクセで採掘とか虫捕りとかしながら歩いてると、城ヶ崎さんから声が聞こえた。

 

「あ、いた!」

「は、はいっ」

 

 合流するか。ペイントしてもらって、僕もその場所に向かった。

 さて、城ヶ崎さん主体とはいえ、僕もやれるだけのことはやろう。そう決めて、まずはアイテム欄を閃光玉に合わせた時だった。

 

「あれ? 美嘉?」

「あ、本当だ。何してんだ?」

「えっ」

 

 隣から声がして、顔を上げるとJKが二人立っていた。

 えっと……確か、神谷奈緒と北条加蓮だっけ……? 確か、アイドルの……。

 あれ? そういえば、昨日電話の途中で確か……。

 

『いやー、やればやれるものだねっ。今まで加蓮とか卯月とか奈緒とかと四人で袋叩きして何とか勝ってたからなんだか嬉しいわ〜』

 

 とか言って……つまり、あの二人は城ヶ崎さんの友達で……JKで、アイドルで……。

 脳内で言葉をインプットしてる間に、二人のJKアイドルは僕の方に顔を向けた。

 

「あれ、美嘉?」

「この人は?」

 

 ライオン三頭に囲まれた気分だった。

 

 



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青春の始まりは人それぞれ。

 〜前回のあらすじ〜

 

 JKアイドルが二人、飛び出してきた! どうする?

 

 →たたかう

 ・なかまをよぶ

 ・アイテム

 ・にげる

 

 〜あらすじ終了〜

 

 ……あ、あわわわわわ! どっ、どどっ、どうしようっ……! お、女の子が、三人も……! それも、みんなアイドル……!

 ど、どうしよう……闘技場でミラ系三体に囲まれた気分だ……。いや、それはそれで楽しそうだから違う……。

 って、そんなことどうでも良いの。とりあえず何とか助けを……。

 

「ちょっー! 玲くん早く来てって! 死ぬ、死ぬから!」

 

 ちらっと城ヶ崎さんの方を見たがバルファルクに夢中だ。なんてこった、少しイラっとしてしまった。

 僕はといえばどうすれば良いのか分からなかったが、かといって二人を無視することも出来ず、お二人に顔を向けた。

 ……アイドルなだけあって可愛い人達だな……。ダメだ、顔を見るだけで何も話さなくなってしまう。

 とりあえず、僕がバルファルクを引き受けて、城ヶ崎さんにはお二人の応対をしてもらおう。

 そう決めて、足早にMika☆さんがペイントしたポイントに向かった。

 

「……あの、城ヶ崎さん」

「何⁉︎ てか、早く来て死ぬって!」

 

 あ、僕の声は届いてるんだ……。まぁそれはそれでありがたい。

 

「あの……お友達の方が……」

「いや言ってる場合じゃないから! 死ぬって本当に!」

「え、エリアから出ていただければ……そいつは、僕が引き受けますので……」

「分かったけど……倒さないでよ!」

 

 わかってますよー。

 僕がエリアに入り、城ヶ崎さんはエリアから外れた。さて、まぁ足止めと言っても僕もギルドガードだし、全ての攻撃を回避するくらいじゃないと殺されるから。

 

「あれ? 奈緒と加蓮? どうしたのこんなとこで」

「やっと気付いたか。美嘉さん、ゲームに夢中になり過ぎだろ」

「そうだよー。私達が声かけても全然気付かないんだもん」

「あはは、ごめんごめん」

 

 とりあえず向こうから仕掛けてもらうか。バルファルクが正面から突きを放って来たので、それを回避して接近し、太刀で抜刀斬りの後に横に斬り下がって距離を置いた。

 

「こんなとこで何してるんだ? や、見れば分かるけど」

「後輩の男の子とゲームデート?」

「何言ってんの? てか、ゲームデートって何」

 

 当然、単発の攻撃で崩せるはずもなく、バルファルクは攻撃する体勢に入った。この攻撃は……翼叩きつけかな?

 それも難なく回避して、下画面を押して狩技を使っ……あっ、今は狩技封印期間だった。

 指をギリギリで止めて斬りかかった。

 

「モンハンか? いいなー。あたしもやりたいんだけど」

「あー、私達に隠れて他の子とやってたなんて……私、悲しい」

「変な言い方しないでよ!」

 

 ヒットアンドアウェイを繰り返してはいるものの、あまりこういうチマチマした戦い方は好みじゃない。どこかで派手に行きたいな……。

 そう思ってる時だ。バルファルクが飛び上がろうとした。絶好の機会が来たので閃光玉を投げて落とした。

 

「それで、お向かいの人は?」

「彼氏でしょ?」

「っ、ち、違うから! 学校の後輩だよ。玲くん、挨拶して?」

 

 落としたところで尻尾に向かって袋叩き。とりあえず斬りまくり、起き上がりそうな気配を感じたら若干離れて高台に登り、飛び降りて斬り込んで上に乗った。

 

「……反応ないぞ」

「てか、すごいゲームに集中しちゃってるけど……」

「おーい、玲くん? 聞こえてる?」

 

 乗った後はいつも通り。堪えてダウン取ってまた尻尾へ攻撃。が、まぁ流石バルファルクだ。そんなので尻尾は取れない。

 起き上がり、再び空を飛んだ。上空を旋回して、僕の化身であるほうれん草に狙いを定めた。

 

「……聞こえてないのか? すごい集中力だな……」

「本読んでる時の文香さんみたい……」

「ご、ごめんね? 普段こんなことないんだけど……。おーい、玲くんってば」

 

 回避したが、ハリウッドダイブになってしまったためすぐに反撃できなかった。上位装備だから当たった時点で終わりだ。慎重にならないと僕が足を引っ張ってしまう。

 次の突き刺し攻撃を避けてから反撃し……。

 

「玲くん!」

「っ⁉︎」

 

 突然、目の前に城ヶ崎さんの顔が現れ、驚いた僕は椅子から落ちて床にお尻を強打し、購入したコーヒーを頭から被ってしまった。

 

「ちょっ……だ、大丈夫⁉︎ 何やってんの⁉︎」

「っ、す、すみませんっ……!」

 

 うええ……べとべたする……なんか甘い香りが頭から……。

 とりあえず立ち上がって、椅子を起こした。いつのまにか神谷奈緒さんが店員さんから布巾をもらってきてくれた。

 机の下を拭きながら3○Sを拾った。こっちは無事みたいで良かった。

 

「……ふぅ、良かった……」

「良くないから、も〜」

 

 心配そうな顔を浮かべて城ヶ崎さんは僕の前に歩いてきて、ハンカチを取り出すと、僕の顔を拭いてくれた。

 

「っ、じ、城ヶ崎さ……! ち、近いです……!」

「動かない」

 

 反射的に後ろに仰け反ったが、それを城ヶ崎さんは許さない。

 うう……この人のお姉さん属性強過ぎる……。僕が接するには少し荷が重いよ……。

 

「あっ、あの……もう大丈夫ですから……」

「そう? じゃあ拭き足りない所あったらこれ使って良いよ」

 

 無理矢理、僕にハンカチを握らせると、席を変えてもらうつもりなのか、レジに向かって店員さんとお話ししに行った。

 ……なんだか情けないなぁ、僕。完全に性別と性格逆だよなぁ。

 小さくため息をつきながら、いつのまにか力尽きていた自分の3○Sの画面を見た。まぁ、結構長い時間放置してたからな……。

 画面を閉じると通信は切断されてしまうので、開きっぱなしのまま鞄の中にしまって、零して空になった飲み物のカップを捨てた。

 ついでに手を洗いにトイレに行って、鏡の構えで小さくため息をついた。……はぁ、なんか酷い顔してるな、僕……。いつにも増して。

 何をやらかしてるんだよ、声を掛けられただけで腰を抜かして……。ホント、こういう日があるとつくづく自分が嫌になる。いつから僕はこんな性格になったんだろう……。

 いや、保育園の時からそうだったわ。友達よりも本やゲームみたいな一人で楽しめる事が好きで……体育の時のサッカーもゲームは全然ダメだけどリフティングだけは100回以上出来た。

 まぁ、今そんな自己嫌悪しても何もならないかな……。モンハンで挽回しよう……。

 トイレから出ると、さっきの席は店員さんが掃除してくれていた。なんかすみませんね、僕の所為で……。

 

「玲くーんっ」

 

 僕を呼ぶ声がして振り向くと、城ヶ崎さんの他に神谷奈緒さんと北条加蓮さんが座ってるのが見えた。……なんで一緒にいるの? という問いは野暮である。

 はぁ……僕、これからあの中に混ざるんだよなぁ……。何が悲しくて友達のいない陰キャラジャパン代表みたいな僕がJKアイドル達の中に行かなければならないのか。

 でも、向こうは僕を呼んでしまってるし、行かないわけにもいかない。

 深呼吸をしてから、三人の元に合流した。唯一の救いは、空いてる席が城ヶ崎さんの隣ということだろうか。

 

「お、お邪魔します……」

「そんな畏まらなくて良いぞ。あたし、同い年だし」

「私も年下だからねー。そもそも、お邪魔しちゃったのは私達の方だし」

 

 ……それはそうだけど、そう言わざるを得なかったというか……。

 恐る恐る城ヶ崎さんの隣に座った。ほんとはこのままゲームしたかったが、まぁそうもいかないんだろうな。

 

「えっと、後輩の宮崎玲くん。で、二人は……知ってるよね? 神谷奈緒と北条加蓮」

 

 その紹介に、僕は小さく会釈し、お二人は「よろしく」と微笑みながら胸前で手を振った。

 で、何故か僕に集まる視線。え、何? 何か言えって事……? や、でも別に言うことなんか……。

 人に見つめられることが苦手な僕が変な汗を流してると、北条加蓮さんが「ふ〜ん……」と意外そうな顔で呟いた。

 

「美嘉さ、この人とどうやって知り合ったの?」

「なんで?」

「や、接点があるように見えないから」

「あー、そう言われるとそうかも」

 

 それは僕も思う。本当に些細なきっかけだった。というか、こっちからすればゲームしてるところに興味持たれると思わなかった。

 

「でも、あれだろ? 結局、モンハン繋がりだろ?」

「まぁね。バルファルク倒せないから教えてもらおうと思って。……あ、そだ。二人に見せたいものあるんだよね」

 

 言いながら3○Sをいじる城ヶ崎さん。いじる、というか普通に画面を見せていた。そういえばクエスト中だった。

 

「ほらこれ」

「うわっ、ナルガ装備これ⁉︎」

「なんでこんなの持ってんの⁉︎ 四人がかかりで38回挑んでもう二度とやらないってなったのに!」

「ふっふーん、あたしも今ではナルガクルガくらいソロでいけるからね。これは何? その努力の結晶っていうの?」

「狡いぞ! 野良で寄生してたんだろ!」

「そうやって美嘉は遠い所へ行っちゃうんだね……。凛や卯月みたいに」

「加蓮のそれは何キャラなの……」

 

 ……なんか、アイドルって割と変……個性的な人達が多いんだな。や、悪い意味じゃなくて。

 まぁ、こうして見てる分にはクラスの女子がじゃれ合ってるのと大差ないけど。結局、アイドルも普通の人なんだし、そういう意味では普通の人もみんな個性的だ。十人十色とはよく言ったものだよ。

 

「てか、寄生もしてないし。ここの玲くんに色々教えてもらったんだ」

 

 直後、病的な速さで二人の視線が僕に移った。

 ちょっ、怖っ……。犯人はお前だ、って指差された気分なんだけど。

 

「ちなみに、あたし達はこれからバルファルクを倒しに……」

「宮崎くん!」

「私達にも修行を!」

「ちょっ、二人とも聞いて」

 

 えっ、し、修行ってそんな大袈裟なものでは……! ていうか、どうしてくれんの城ヶ崎さん……! こんなハーレムアニメみたいな状況、心臓もたないんだけど……!

 

「え、えっと……!」

「頼む! 美嘉さんだけ狡いから!」

「そうだよ! これから私達が美嘉の寄生みたいになりそうで嫌だ!」

「っ……そ、そう、言われましても……!」

 

 どっ、どどっ……どうしよう……! 城ヶ崎さん、助けを……!

 

「してあげたら?」

 

 いや許可を求めたんじゃなくて……! うっ、ど、どうしよう……。別に構わないけど……でも、あまり人と関わるのは……。

 ……いや、でもこんな事じゃダメ、だよね。前から思ってたけど、やはりコミュ障は治すべきものだし、社会に出た時にどんなに実力があってもこんなんじゃ生きていけない。

 何より、この前の城ヶ崎さんとのゲーム、すごく楽しかったんだ。だけど、かなり向こうに気を使わせていたと思う。それを少しでも減らすには、やはり僕自身が少しでも会話できるようにならないとダメだ。

 これを良い機会と捉えれば、少しはマシになる……と思う。

 

「……わ、分かりました……。でも、お二人とも3○Sは……」

「「持ち歩いてる」」

 

 ……それで良いのかJKアイドル。

 

「ね、私タマミツネが良い!」

「あ、あたしはベリオロス!」

「あ、あはは……」

 

 また微妙に難易度高い奴らを……。というか、ベリオはともかくミツネは龍耐性マイナスなんだよなぁ……。

 でもそこを指摘する度胸は僕にはないし……まぁ、本人が良いと言ってるなら良いかな。装飾品つければ消せるし。

 

 ×××

 

 アレから四時間ほど経過した。神谷さんと北条さんと別れ、僕と城ヶ崎さんは電車に乗った。埼玉組なので途中まで同じ電車だ。

 ゲームの方も装備はなんとか作れて、みんなの技量も少しは上がったと思う。結果的に見れば、とても充実した1日だったんじゃないだろうか。

 ……僕以外は。慣れない女の人と話してすごい疲れた。肩で息しながら吊り革に掴まってると、隣に立ってる城ヶ崎さんが声をかけてきた。

 

「……あの、玲くん?」

「な、なんですか……?」

 

 城ヶ崎さんに名前を呼ばれるのは少し慣れてきた。まぁ、多分今は疲れ切ってて驚く余力もないだけだと思うけど。

 

「もしかして、さ」

「はい……」

「人と話すの、苦手……?」

「ぶふっ⁉︎」

 

 余力がなくても驚けることが証明された。前の席に人が座ってたら殺されてたなこれ。

 

「えっ、えっと……」

「いや、前々から……てか、逃げられた時から薄々思ってたんだけどさ……」

 

 ……これはなんと答えるべきなんだろう。はい、そうです、って? いや、僕は同情されるのは好きじゃない。なんか申し訳なくなるから。

 でも、嘘をつくのもなぁ……。というか、嘘ついても秒でバレると思うし。

 

「……は、はい……」

 

 なんだか嘘がバレた気分で頬を赤く染めて俯いてしまった。なんで恥ずかしいと思ってるんだろう、僕は……。

 

「やっぱり……」

 

 うっ……もしかして不愉快な思いさせちゃったかな……。だとしたら謝らないといけない、のかな……。

 短い時間の中でウダウダと悩んでると、城ヶ崎さんからボソリと声が聞こえた。

 

「なんか、ごめんね?」

「へっ?」

「普通、ああいう時はどちらかの用事を済ませるべきだよね」

「いっ、いえっ! そもそも僕がコミュ障なのが悪いだけでして! 城ヶ崎さんがお気にかけることは何も……!」

「ううん、そういう事は年長者が気にしなきゃダメだから」

 

 うっ……そ、そういうものなのかな……。コミュニケーションのスキルレベルが低い僕よりも、コミュ力の塊と言える城ヶ崎さんが言ったことの方が説得力はある。下手な反論はできない。

 でも、相手に申し訳なく思わせると何故か僕まで申し訳なく感じてしまう人間だ。なるべくなら気にかけて欲しくない。

 小さく項垂れてると「よしっ」と城ヶ崎さんは何かを閃いた。

 

「こうしよっか。モンハンのこと色々教えてもらう代わりに、あたしは玲くんにコミュニケーションを教えてあげる」

「へっ⁉︎」

 

 超展開になった⁉︎

 

「ほら、玲くんだっていつまでもコミュ障であるわけにもいかないでしょ? でも、友達がいないとコミュニケーション能力をつけることもできないじゃん?」

「……そ、それはそうですが……」

 

 それはなんだか申し訳ないんだよなぁ……。モンハンのことなんて別に教えなきゃいけないようなことじゃないし、明らかに釣り合ってないよ。

 ……どうしようかな。でも、断ったら向こうはモンハンのことも断ってきそうだし……。

 

「玲くん」

「っ、は、はいっ……」

「似たような男の子が近くにいるから分かるんだけど、別に申し訳なく思う必要ないからね?」

「へっ……?」

「あたしには妹もいるし、歳下の子の面倒を見る慣れてるから。だから、気にしないで甘えても良いんだよ?」

 

 その言葉は、やけに僕の胸に響いた。人な甘える、という経験は僕にはなかったからかな。昔から両親は共働きで家にいなかったし、友達もいなかった。

 や、別に年上の女の人に甘えたいとかそんなんじゃないよ? ただ、まぁ、その、なんだ。ほら? コミュニケーション能力をつけるためだし、これはあくまで将来のためのことであって、決して下心はないわけで……。

 

「……良いんですか?」

「うん」

 

 ……まぁ、城ヶ崎さんがそう言うなら良いよね。

 

「……では、その……よろしくお願いします」

「うん、よろしくね。じゃ、手始めに呼び方から変えてみよっか?」

「へっ?」

 

 い、いきなり……?

 

「あたしのことは『美嘉』って呼んで?」

「えっ……ええっ⁉︎ そ、そんな無理です!」

「ほらほら、これも練習だから!」

「っ……〜〜〜!」

 

 い、いきなり歳上の女の人を下の名前で呼び捨て、なんて……。でも、城ヶ崎さんが、そう言うなら……!

 

「っ……」

「何?」

「……」

「……」

「……すみません、せめて美嘉先輩でも良いですか……?」

「ま、まぁ、そうだね。まずはそれで良いよ」

 

 ……ヘタレなんだな、僕は……。情けない、本当に……。

 せっかく練習に付き合ってもらってるのに、呆れさせちゃったかな……と思って、恐る恐る美嘉先輩の顔を見ると、何かボソリボソリと呟いていた。

 

「先輩……えへへっ」

 

 ……先輩と呼ばれて少し嬉しそうだ。そういえば、神谷さんや北条さんも「さん」付けか呼び捨てだったもんね……。

 もしかしたら、この人外見だけじゃなくて中身も可愛い人なのかもしれないな……。

 こうして、僕の青春はようやく始まった。

 

 



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事務所にて(1)

 事務所にて、各々のレッスンを終えた城ヶ崎美嘉、神谷奈緒、北条加蓮の三人がソファーの上で飲み物を飲みながらゲームをしている所を城ヶ崎莉嘉が通り掛かった。

 3○Sを事務所でしてるのは珍しいと思い、声をかけてみることにした。

 

「三人とも何してるの?」

「あ、莉嘉」

「美嘉、目を離さないで!」

「あ、ごめっ……ああああ、死ぬって!」

「ふ、粉塵!」

「サンキュー奈緒!」

 

 と、忙しそうな中でも一切気にすることなく、莉嘉は美嘉の隣に腰をかけた。

 

「あ、またモンハン?」

「そーそー」

「あたしもやりたい!」

「ダメ。莉嘉は自分の3○S持ってるでしょ?」

「あたしモンハンなんて持ってないもん!」

「やりたいなら自分で買ったら? 難しいから莉嘉に合うとは思えないけど」

「なんでよケチ!」

「今はダメなの。あとで簡単なクエストで貸してあげるから」

「ほんと? じゃあ待つ!」

 

 素直な妹で助かった、と思いながらクエストを進める。今のクエストは奈緒の武器の素材を集めていた。

 

「どう、奈緒ちゃん。落ちた?」

「うがあー! 落ちねえー!」

「あ、ごめん……奈緒」

「なっ……落ちたのか、加蓮⁉︎」

「ごめん、二つもごめん……」

「うがあああー!」

「ほらほら、アイドルが叫ばない。出るまで狩るよ」

「頼むわ!」

 

 と、まぁ良い感じに盛り上がっている中、莉嘉が美嘉の袖を引いた。

 

「ねぇ、次あたしじゃないの?」

「ああ、そうだったね。……二人ともライゼクスくらい倒せるよね?」

「「楽勝」」

「じゃ、あたしは莉嘉に貸して教えてあげながらになるから、よろしくね」

 

 とのことで、美嘉は莉嘉に3○Sを貸した。とりあえず装備はガチガチに固め、回復アイテムを腐る程持たせて武器は自分がよく使うチャージアックスにした。

 クエストを受注してロード画面になった。

 

「良い? このボタンで抜刀して、抜刀した状態で押すと斬れるから」

「ふんふん?」

「で、こっちのボタンで緊急回避って言って……相手の攻撃避けられるから。これ一番大事ね」

「避けるのが?」

「そう。これがないと避けられない攻撃もあるから。まぁ、まずは小型モンスターで試してみよ?」

「うん」

 

 と、一から教えてる間にクエスト開始。G級なので全員ランダムにエリアに配置される。

 Mika☆が配置された場所の目の前にはライゼクスがいた。

 

「えっ」

「わっ、なんか大きい!」

 

 嫌な汗が頬を伝った美嘉と呑気な感想を漏らす莉嘉。

 

「ね、お姉ちゃん! あいつで試しても良い⁉︎」

「いや、あれ小型じゃ……てか今、自分で大きいって……!」

「よーし、やっちゃ……あれ? なんか動かないよこの人?」

 

 咆哮が炸裂し、耳を塞いで動かなくなるMika☆。それを見て、美嘉は慌てて奈緒と加蓮に声を掛けた。

 

「ふ、二人とも早く来て! 死ぬ、死んじゃう!」

 

 ナルガ装備は雷耐性が低い。それでも美嘉がライゼクスに挑んだ理由は、宮崎玲直伝の回避技術を持ってるからだ。それに追加して、元々ナルガクルガ装備はスキルで回避性能がアホ高い、まさに当たらなければどうということもないのだ。

 が、それはあくまでプレイヤースキルがあっての話だ。初心者の莉嘉にライゼクスの攻撃を避けるのは厳しい。特に咆哮後なら尚更だ。

 

「わっ、死んじゃった」

 

 秒殺だった。尻尾に突き刺されて痺れた所に突進で終わり。キャンプに強制帰還させられた。

 

「ま、まぁ、今のは仕方ないよね」

「あ、ああ。気にしなくて良いからな」

 

 フォローしながらライゼクスのいるエリアに到着する奈緒と加蓮。

 美嘉と莉嘉はキャンプで秘薬とこんがり肉だけ食べてエリア2に出た。

 

「いい? まずはあそこのモンスター倒してみ?」

「うん。Xで攻撃だっけ?」

「そう」

 

 とのことで、コンガに襲い掛かった。走りながら抜刀切りをした。

 

「おぉ……斬れた!」

「油断しないで、反撃して来るから」

 

 そういう通り、前足で引っ掻かれた。後ろに尻餅をつくハンター。更に別のコンガに気付かれて囲まれてしまった。

 

「わっ、お姉ちゃんヤバイ!」

「落ち着いて。防具でガチガチに固めて硬いからそんな簡単に死なないよ。でも攻撃されるとダウンしちゃうから緊急回避で避けつつ、一匹ずつ確実に仕留めた方が良いよ」

「えっと……何言ってんの?」

「あ、だから攻撃されても簡単に死なないから……」

「って、やー! 来てる来てる来てる!」

 

 コンガの群れに良いようにボコボコにされるMika☆。それも防御力だけは高いから死ぬこともなかった。

 

「もう嫌ー! てか何このピンクのゴリラー!」

「……代わる?」

「代わる! このゲーム気持ち悪い!」

 

 とのことで、さっさと選手交代した。小さく鼻息を漏らしながら美嘉は3○Sを受け取り、コンガを全滅させてからライゼクスの元へ。

 奈緒と加蓮の戦闘に参加した。三人で戦ってると、莉嘉が画面を見ながら呟いた。

 

「……うわあ、お姉ちゃん強いね」

「強いのに『うわあ』っておかしくない?」

「だって、一週間くらい前に見たときと全然違うんだもん」

「んー、まぁ先生が出来たからねー」

「先生?」

 

 莉嘉がキョトンと首を捻った。

 

「千秋くん?」

「いやいや、あんなのじゃないから」

「文香ちゃん?」

「違うよ。あのカップルは関係ないから」

 

 じゃあ誰? と視線で問われたので、ゲームをやりながら答えた。

 

「ん、学校の後輩」

「男の子?」

「そう」

「男の子⁉︎」

 

 聞いてきたくせに驚く莉嘉だったが、美嘉の表情は変わらなかった。

 

「ちなみに、あたしだけじゃなくて前の二人も教わったよ」

「そうなの?」

「うん。宮崎って奴」

「あの人の方が私達より全然うまいけどね」

 

 奈緒と加蓮も高速で指を動かしながら頷き、莉嘉は感心した様子でニヤリと微笑んだ。

 

「ふーん、じゃあ結構その子プレイボーイって奴? 女の子、それもアイドルを三人も手玉に取るなんて」

 

 直後、三人とも口と目を半開きにして莉嘉を見た。ゲーム中、顔もあげなかったのにその時だけは顔を向けていた。

 

「……いや、それはないから、莉嘉」

「……ああ、過去に見た男の誰よりもコミュ障だし」

「……あれでプレイボーイならこの世の男の子みんなプレイボーイだな」

「みんな画面から目を離して良いの?」

「「「うわあ!」」」

 

 慌てててライゼクスに目を戻す三人。この三人、割と面白いかも、と思いつつも、とりあえず男の子の方が気になったので質問を続けた。

 

「じゃあ、どんな人なの?」

「んー、どんなって……」

 

 美嘉が顎に人差し指を当てて考えたあと、美嘉、奈緒、加蓮と順番に答えた。

 

「可愛い子」

「シャイな子?」

「コミュ障な子」

「……男の子だよねそれ?」

 

 莉嘉が引き気味に呟いた後、美嘉と加蓮は奈緒をジト目で睨んだ。

 

「……いやいや、シャイって……」

「それは奈緒でしょ」

「っ、な、なんだよ! あたしは別に普通だ!」

「「「いやいやいや」」」

「り、莉嘉までなんだよ⁉︎」

 

 奈緒は突っ込んだが、可愛い系の私服を持ってるのに恥ずかしがってカッコイイ私服しか着たがらない時点でシャイか照れ屋なのは分かりきった事だった。

 

「……じゃあ、お姉ちゃんはそんな人とどこで知り合ったの?」

「学校。食堂で一人でモンハンやってたから後ろから見てて、それで」

「ああ、そうだったのか」

「私も気になってたんだー。同じ学校でも美嘉と宮崎くんがどう知り合ったのか」

「逃げられちゃって」

「「「逃げられたの⁉︎」」」

 

 三人から驚いたような声が上がったが、まぁ驚かれるだろうと分かりきっていた美嘉は特に反応せずにゲームを続けながら頷いた。

 

「うん。ゲームに集中してた中、急にあたしに気付いたからビックリしちゃったんだと思う」

「え、小動物?」

 

 自分の師匠を小動物扱いする加蓮だった。

 

「その時にあの子お財布落として行っちゃって、で、次の日にめ○ましテレビの生中継の帰り道に学校から帰る彼とたまたま会って、それで返すついでに話すようになったの」

「ふーん……で、モンハンの手引きしてもらってたと」

「そーいうこと」

 

 その説明に「ほえ〜……」と感心したように莉嘉はため息をついた。

 

「でも、コミュ障なのによく教えてもらえたね」

「まぁ、今にして思えば、あたしが一方的に質問してたから、向こうも答えやすかったんじゃない?」

「あー、なるほど」

「ま、アイドルにお願いされたら誰でも断らないよね、そもそも。あたしもこの前クラスの男子にちょーっと教科書忘れたから貸してってお願いしたら、二つ返事で……」

「莉嘉……あんた、忘れ物するなってお母さんにいつも言われてるでしょ」

「わーかってるよー」

 

 絶対分かってないな……と、思いつつもそれ以上は問い詰めなかった。

 美嘉はそれよりも自慢したいことを思い出したからだ。

 

「あ、そうそう。それで昨日ね、帰り道にコミュ障だってこと分かったから、あたしがそれ治してあげる事になったんだー」

「へーそうなのか」

「まぁ、美嘉と話してればそのうち治りそうだよね」

「それでね、今度会った時からあの子に『美嘉先輩』って呼んでもらえる事になったんだ」

 

 そのセリフに凍り付く三人だったが、やがてニヤリと加蓮が頬を歪ませた。

 

「え、なに? なんでそうなったの? 宮崎くん、もしかして美嘉のこと……」

「あーいやそういうんじゃないから。あたしから美嘉って呼んで? って言ったの。そしたら『美嘉先輩でも良いですか?』って言うからそうなったの」

「……でも良いですかって……」

「聞いた? 先輩だって、先輩!」

「あ、それで喜んでたんだ……」

 

 奈緒が引き気味に呟いたが、美嘉はウキウキしてやまない。それがゲームのプレイにも反映していて、一人でライゼクスに向かっていって尻尾を叩き斬った。

 その様子を見ながら、奈緒は加蓮の耳元でつぶやいた。

 

「……なぁ、加蓮。このパターン……」

「……うん、私もなんとなく察した」

 

 そう呟いて「美嘉先輩!」「やめてよ莉嘉〜」と姉妹でいちゃついてる二人を眺めながら合掌した。

 

「「お幸せに」」

 

 そう呟いた時、ライゼクスの討伐が終わった。剥ぎ取りが終わり、報酬画面へ。加蓮が奈緒に聞いた。

 

「落ちた? 宝玉」

「……いや、まだ……」

「あ、ごめん。奈緒ちゃん」

「美嘉さん⁉︎ なんなんだよお前ら!」

「まぁまぁ、出るまで付き合うからさ」

「頼むわ!」

 

 との事で、再びゲームに意識が向き、飽きた莉嘉は通り掛かった乙倉悠貴の元に遊びに行った。

 

 



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母性はどんなギャルにもある。
ゲームでも人生でもソロとデュオは全く別。


 夜、僕は一人でゲームをしていた。次に美嘉先輩達と挑むのはいよいよバルファルク、そのため僕だけ先にバルファルクに挑んで行動パターンを観察している。

 攻撃を回避しながら確実に反撃して、ボンヤリしながら戦う。うーん……やっぱり要注意なのは突きと翼叩き付けくらいだよね。あとは上空から突っ込みは当たらないし、この程度なら多分クリアできるかな。

 クエストを完了し、3○Sを机の上に置いた。背もたれに寄りかかると、目に疲れを感じた。そろそろやめないと視力が下がる。

 

「……ふぅ」

 

 家用のメガネを外し、少し息を吐いた。明日は月曜、バカみたいに憂鬱になる日だ。

 面倒なことこの上ない日だが、それに追加して城ヶ崎さんを「美嘉先輩」と呼ばなければならない。これが本当に厳しいんです。

 いや、別に嫌だとかではないからね? ただ、その……何? 緊張しちゃうんだよな……。なんとか勇気を振り絞って「美嘉先輩」と呼ぶことにしてもらったが、結局「美嘉」って呼んじゃってるんだよなぁ。

 まぁ、うだうだ言ってても仕方ない。それに、同じ学校だからと言って毎日会うわけではない。美嘉先輩はもうそれなりにモンハン上手くなったし、案外、僕はもう用済みになったかもしれない。

 そんなネガティヴなことを考えながら、もう寝ようと思って布団に潜るとスマホが震えた。

 

『城ヶ崎美嘉』

 

 ……噂をすれば。いや、考えてただけで噂はしてないけど。

 

 城ヶ崎美嘉『明日、一緒にお昼食べようね』

 

 ……急になんだろうこの人。いや別に嫌だというわけじゃないけど、わざわざ今約束しなくても……。

 

 城ヶ崎美嘉『いつも食堂で一時から食べてるんだっけ??』

 

 ちょっ、入力早っ……。なんでそんな早く送信できんの?

 

 城ヶ崎美嘉『じゃあ、あたしもその時間に行くね?』

 

 だから早いって……! キーボードの入力なら負けないけどスマホの入力は慣れない。普段、L○NEですら美嘉先輩と知り合ってからダウンロードしたくらいだ。

 

 城ヶ崎美嘉『寝落ちしてる?』

 城ヶ崎美嘉『だったらごめんね』

 城ヶ崎美嘉『おやすみー』

 

 あ、あわわわ! 早く返信しないと……! というか入力早すぎるよ……!

 慌てて返事をスマホで入力した。

 

 みやざきれい『はい、食べられます。一時に食堂でお願い致します。あとまだ寝てないです。慣れてないもので返信遅れてすみません。申し訳ありません。おやすみなさい』

 

 ……ふぅ、L○NE……というか文面でもやっぱり気を使うなぁ……。

 というか、L○NEの既読ってシステムが良くないよね。少し返事しなかっただけで無視してると思わせてしまう。まぁ、メール無視の対策なんだろうけど……。

 

「はぁ……」

 

 人付き合いって大変だなぁ……。そんなことをしみじみ思ってると、すぐに返事が来た。

 

 城ヶ崎美嘉『なるほど(笑) なら仕方ないね』

 城ヶ崎美嘉『じゃあこれも練習だね』

 

 ええ……いや、でもこれもコミュニケーションの一つというなら従うしかないか……。

 ま、まぁほら、夜遅くなりそーとか思ったりするけど、美嘉先輩だって明日は学校だし、多分早めに切り上げられるよね。

 そう心の中で祈りながら、夜中までL○NEした。JKの夜更かし力怖い。

 

 ×××

 

 翌日、時早くしてお昼休み。昨日は夜更かしして、今日は早起きしたので午前中の授業はオール爆睡したのでお昼は寝る必要がない。

 その甲斐あってか、2年の方が食堂に近いので、僕は先に食堂に来てしまった。

 なんとなく先に食べてるのは申し訳ない気がしたので食堂の前で待機した。

 少しでもリラックスするためにスマホゲーしながら待ってると「おーい」と聞きなれた声が聞こえてきた。顔を上げると美嘉先輩が走って来ていた。

 

「お待たせ〜」

「っ、じ、城ヶ崎先ぱ……」

「……なに?」

「じゃなくて……みっ、美嘉、先輩……」

 

 頬を真っ赤にしながら、俯きつつ名前を呼ぶと、異様に嬉しそうな顔で「そう」と頷いた。

 

「って、あれ? お弁当?」

 

 僕の手元の弁当箱を見て言われ、思わず背中に隠してしまった。

 

「あ、は、はい……。その……初めて、人とお昼を食べるので……僕なりに……何か、会話のタネになりそうなのを用意して……それで」

「あー……な、なるほど……?」

「それで、その……」

 

 っ、勇気を振り絞れ、僕……。何のために作って来たんだ。モンハンのためとはいえ、美嘉先輩は教室に友達がいるだろうに、それを切ってまで僕に付き合ってくれてるんだ。

 そのために作って来たんだろ、ヘタレはもう卒業しろ!

 背中に隠したお弁当箱を差し出した。

 

「み、美嘉先輩の分も作って来ましたッ‼︎」

「……えっ」

 

 直後、周りから騒ついた声が聞こえた。慌てて周辺を見渡すと、辺りにいた生徒達はみんなこっちを見ていた。

 今更になって、声が大き過ぎたことに気付いた。徐々に顔が熱くなるのを感じた。多分、顔真っ赤になってる。それを察してか、美嘉先輩が僕の口に手を当てた。

 

「あっ、ありがと! でもとりあえず移動しよっか!」

「っ……は、はいぃ……」

 

 ……僕ってバカだなぁ。お陰でもう食堂では食べれない。

 美嘉先輩は僕を連れて校内を歩き回った。とりあえず見つからないように人気の少ない場所に向かった。

 結局、来たのは屋上。進入禁止だから誰も来ないと思って屋上に出た。

 二人で弁当を広げ、床に座ったものの会話はない。弁当に手も伸びない。というか、僕がどの口で話しかければ良いのか。僕の所為で美嘉先輩にも恥をかかせてしまった。

 謝りたいのに、これもコミュ障の弊害だろうか、寒くないのに唇が震えて動かない。

 それに気付いてか、美嘉先輩が口を開いた。

 

「さ、食べよっか?」

「えっ……?」

「ほら、せっかく作ってきたのに時間なくなっちゃうよ」

「で、でも……」

「大丈夫、あんなの気にしてないから。それより、玲くんが作って来てくれたお弁当の方が大事だから」

「っ……」

 

 こ、この人は……なんで男心をくすぐるようなことを……! 思わず頬を赤く染めて俯いてしまった。

 その間に、美嘉先輩はお弁当を縛っている包みをほどいた。中から出てきたのは箸ケースとお手拭きとお弁当。まだ蓋を開けてもないのに美嘉先輩はお弁当を眺めてつぶやいた。

 

「……玲くんってさ、女子力高いよね」

「っ、す、すみません……!」

「褒めてるんだから謝らなくて良いんだよ」

 

 言いながら美嘉さんは蓋を開けたので、僕も慌てて自分の分の弁当の包みを取り、お手拭きで手を拭きながら蓋を開けた。

 

「お、おお〜……美味しそうじゃん……」

 

 中はコロッケ、レンコンのはさみ揚げ、ほうれん草、のりたまのふりかけが掛けられた白米などといかにも弁当といったものだ。

 朝から揚げ物やって音立て過ぎて母親にキレられた甲斐があった。

 

「……あ、ありがとう、ございます……」

 

 人に褒められたのは初めての経験だったので少し照れ臭かったが、何とか堪えてケースから箸を出した。

 

「いただきます……」

「いただきまーす★」

 

 二人で手を合わせてお弁当を食べ始めた。料理は家で何度かしてるし、不味いって事はないはず……。

 

「あむっ、んっ……うん、おいひいよこれ」

「ほ、ほんとう、ですか……?」

 

 良かった……。というか、人に料理を美味しいって言われるの嬉しいな……。

 

「コロッケの中のクリームも良いし、ほうれん草の味付けはバター、だよね? ちょうど良いよ」

「ーっ」

「それに、のりたまのチョイスも良いよ。コロッケが甘くてほうれん草が塩っぱくて、それでいてご飯も甘いっていう……バランスも良い」

「あ、あの……」

「あとこのレンコンのはさみ揚げの中身が何より……」

「……も、もういいので、食べましょう……」

「あはは……照れちゃった?」

「うー……」

 

 この人……途中から完全に分かっててやってるよ……。それでも喜んじゃうんだから、僕もチョロいなぁ……。

 あっという間に食事が終わってしまった。

 

「ふー、ご馳走様でした……」

「あ、は、はい……」

「玲くんって料理もできるんだね」

「ひ、一人でやれることでしたら何でも……」

「う、うん……それは、うん……」

 

 あ、ちょっと引いてる……。仕方ないでしょ、友達いなかったんだから。バッティングセンターも最強に打てるし、バレーボールの一人でトスやる奴も100回は固い。両方とも腕死ぬけど。

 でも、自分の作ったものを美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。そうなると、次もやる気が出るのがゲーマーだ。

 味の系統、食感、水分など全てのバランスを考え、あるいは敢えて崩したりしてその日の美嘉先輩をだれだけ喜ばせられるか、か。面白そうだ。

 

「あのっ、みっ……先輩!」

「ん、何?」

 

 美嘉先輩、とは呼べなかったが、自分から声をかけることができた事に少し嬉しく思いつつも続けた。

 

「よ、よろしければ……明日もまたお弁当を作らせていただけませんかっ⁉︎」

「い、いや……それは……」

 

 えっ、だ、ダメなの……? もしかして、お世辞だった、のかな……。

 

「……なんか、女として負けた気になりそうだから……。代わりに、明日はあたしが作ってきてあげるよ?」

「っ、い、いえそんな……! お、恐れ多いです……!」

「い、いやいや、そんなあたし偉くないからね?」

「で、ですが……先輩にそんな……!」

「そんな気にしなくて良いから。それとも、あたしのお弁当は食べたくない?」

「い、いえ、そういうわけでは……!」

「じゃ、明日はあたしの番ね?」

 

 マジか……。まさか、僕みたいな非リアの代表みたいな奴が女子高生のお弁当を食べれるなんて……。

 

「あ、そうそう。それからさ、今日はモンハンどうする?」

 

 あ、そういえばもう時間はないな……。流石に美嘉先輩に教えながらモンハンやるのは無理だ。

 

「僕は……特に予定はありませんが……」

 

 というか、予定がある日がない。基本家でゲームやってる。

 

「うーん……でもあたし今日の放課後は無理なんだよね……。お仕事だから」

「そ、そうですか……」

 

 そっか……美嘉先輩とのゲームは楽しいから、またやりたかったのに……。まぁ、でも美嘉先輩にとって本業は学業ではなくアイドルだ。

 

「できる日があったら連絡するから、またその日に色々教えてよ。ね?」

「……は、はい」

 

 そっか、今日だけじゃないんだ。その時までに、僕は少しでもわかりやすく教えられるようにモンハンを極めよう。

 

「……じゃ、そろそろ戻ろっか」

「……は、はい」

 

 そう言うと、屋上を出てそれぞれの教室に戻った。

 

 



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ゲーマー流の自己管理。

 学校には様々な授業がある。国語、数学、社会、理科、英語はさらに細かく分割されるし、それ以外にも家庭科、保険体育、LHR……などとサブ教科もあるわけだが……その中でも一番意味分からないのは体育だよね。

 だって必要ないじゃん。生きる上での基礎体力なんてそのうちついていくもので、学生時代に育むことではない。そういうのやりたきゃ部活をやれ、という話だ。

 大体、小学生の頃から体育の授業やらされてたんだし、別に今更になって体育なんてやる必要ないでしょ。

 そんな事を思いながら、ジャージに着替えてグラウンドに出た。体育の時は毎回同じこと思ってるよなぁ、僕は。

 はぁ……気怠い。わざと体操着忘れたりして抵抗してると、追試になるからなぁ……。

 ただ、こういう体育の試験は全員公平に見れるように実技の試験は個人で出来るものになってるから、そこは助かる。

 リフティングとか、足首の角度や足の表面の何処で蹴るか、ボールを蹴り上げる高さとか全てをコントロールして回数を増やす単純かつ高度なゲームだから楽しいんだよな。

 今日の科目は野球なんだけどね……。野球ならやはりバッティングセンター以外は無理。打てても走れないし守れない。

 ま、クラスメートも僕に期待なんかしてないだろうし、ミスしたって無視されるだけで怒られない。

 

「……はぁ」

 

 準備体操をしながらため息が漏れた。まだ準備体操なのに疲れが出てるあたり、本当に体育は嫌だ……。

 大体、自分がどんなに頑張っても他の人も頑張らないと勝てないなんてクソゲーでしょ。その点、テニスやミントンは良いけど、アレは誰かと一緒じゃないと練習出来ないから、そもそもスキルレベルが上がらない。

 よって、まぁスポーツは根本からクソゲーばかりだ。そもそも、どのスポーツをやるにもまずは基礎体力なんてふざけてる。

 

「……はぁ」

 

 また深いため息を漏らしながら身体を動かしてると、体操服を着た女子達が同じグラウンドにきた。うちのクラスの女子じゃない、ジャージの色が違う。

 ……てことは、三年生かな? いや、一年生かもしれないけど。別の学年にも友達がいないからわからない。

 そっちをぼんやり眺めてると、美嘉先輩の姿が見えた。友達と楽しそうに笑いながら、準備体操の形に整列していく。

 ……あ、目が合った。

 

「……」

「……」

 

 小さく会釈すると、美嘉先輩は胸前で小さく手を振った。

 ……体操服姿も可愛いなぁ。ホント、あんな綺麗な人と僕が夜中は一緒にモンハンやってるなんて、人生わからないもんだよなぁ……。

 準備体操が終わり、まずは練習。野球だからキャッチボールだ。僕? 僕の相手はもちろんいない。

 なので、何処かに混ぜてもらうことになった。三人で回しながらキャッチボールをするが、まぁ僕は運動音痴だ。ストラックアウトとかやってたから投げれるけど取れない。当たると痛いから逃げてしまいます。

 大体、グローブしてるとはいえ突き指したらどうするんだよ。ゲーム出来なくなるじゃん。

 他の所は会話しながらやってるのに、僕達のグループだけ、毎回僕のところで途切れる。いやほんとに申し訳ない限りだが、どうか怒らないで下さい。

 ボールを取りに行きながら、ちらっと後ろの二人の様子を見た。

 

「でさ、この前ガチャ単発で武蔵ちゃん来てさー」

「は? マジかお前。マジか」

 

 ……マジかお前。僕なんか集めた石全部解放しても何も出なかったのに。

 って、違うよ。怒ってないようで良かった。あの二人もオタクっぽいし、簡単には他人にはキレないだろう。

 ボールを取って投げ返しながら合流、という流れを繰り返してると先生の笛が鳴って一旦集合が掛かった。

 次はいくつかのグループに分かれ、野球部がノックをして、それを取って投げ返すというものだ。これの対処方法は容易い。わざとエラーをして取りに行くふりをすれば良いだけだ。

 あとはボールがなくなった定で探すふりしてればフェードアウト出来る。

 作戦を決めてる間に、僕の順番になった。取るつもりはないので棒立ちしてると、野球部の人がボールを打った。

 一応、取る気を見せるため、腰を屈めてグローブを伸ばした。ボールがバウンドし、イレギュラーし、僕の鳩尾に直撃した。

 

「コフっ……⁉︎」

「えっ……」

 

 は、入った……! 野球部の打球が見事に……!

 

「え、大丈夫……?」

「今、すごい音したけど……」

「てかあんな断末魔リアルでマジで初めて聞いた」

「それな」

 

 関心はいいから誰か保健室に連れて行くなりなんなりしてよ……。

 仕方ないので、自分で先生の座ってるベンチに戻った。まぁ、計画とは違うが、これで体育は休めるぜ……。ちなみに保健室に行く勇気はない、保健室の先生美人だし二人きりで話せる自信ないです。

 

「大丈夫か?」

「は、はい……」

 

 見ていたのか、先生が声をかけてきた。

 

「軟式でも野球のボールは痛いからな……。どこ当たった?」

「鳩尾です……」

「それは効いたな……。もし無理ならしばらく休んでて良いぞ」

「すみません……」

 

 ふぅ……良かった、助かった。まぁ、多分ゲームには駆り出されるから、それまでボンヤリしていよう。

 男達の野球より、女子の先輩達のサッカーが気になりそっちを眺めた。先輩達、というより美嘉先輩のだが。

 こうして見てると、いくら女子でも運動神経の良い人はそれなりに活躍出来るものだな……。美嘉先輩もアイドル業で鍛えた運動神経を活かして、コーナーラインから上がってきた球を足元に落としてゴールするってのを上手くやっていた。

 

「……」

 

 ……シュート打つ時の……その、胸がすごいな……。って、僕はどこを見てるんだよ。ダメだって、そういうのは。

 美嘉先輩が僕と仲良くしてくれてるに、下心を出しちゃダメでしょ。心頭滅却しろ、僕……。

 

「大悟も解脱も我が指一つで随喜自在……行きつく先は殺生院、顎の如き天上楽土。うっふふふふ。 ……天上解脱、なさいませ?『快楽天・胎蔵曼荼羅』。何処まで逃げても掌の上……」

「……何言ってんだお前?」

「っ、い、いえ、なんでも……!」

 

 何とか心頭滅却しようとしてると、先生に横槍をされてしまった。うん、まぁされるわ。キアラ様頭おかしいし。

 煩悩を打ち消しながら、再び美嘉先輩を眺め始めた。クラスメートと楽しそうにサッカーの練習っぽいのをしてる。

 ……美嘉先輩、カッコ良いなぁ……。なんかよく見てると、仲良い友達以外の陰キャラっぽい女子生徒にも声をかけてみんなで楽しんでるように見える。そこで、僕はようやく理解した。

 ……ああ、アレが「カリスマ A+」か……。友達の攻撃力上がってるなあれ。

 そんなくだらない事を考えながら見てる時だった。

 

「あぶない!」

 

 そんな声が聞こえた頃には遅かった。顔面にボールが飛んできた。額に直撃し、僕は後ろにひっくり返った。

 

「……」

 

 僕の幸運は絶対Eだ、間違いない。そんな事を思いながら、今日の授業は見学した。

 

 ×××

 

「……で、そんなに顔腫れてるんだ……」

 

 帰り道、美嘉先輩と電車で帰りながら呆れたような声をかけられた。

 

「もう、ビックリしたよ。お昼休みにはそんな顔の腫れなかったのに、急に出来てるんだもん」

「す、すみません……」

 

 体育が5、6限の時って本当に萎えるよなぁ……。

 ちなみに今日のお昼の美嘉先輩のお弁当は唐揚げでした。禿げるほど美味しかった。

 

「で、保健室は行ったの?」

「……い、いえ……」

「えっ、行ってないの?」

「は、はい……」

 

 保健室の先生が美人過ぎてひよってるとは言えない。別の理由を言っておこう。

 

「怪我と言っても、指とか手とか腕以外の場所怪我したわけじゃないので……」

 

 だから困らないし、行く必要もない……と思っていたのだが、美嘉先輩はジト目で僕を睨んでいた。

 

「……玲くん、本気で言ってる?」

「え? は、はい……」

「バカなの?」

 

 驚くほど刺さる言葉が、僕の心臓をゲイボルグした。

 

「……え、ば、バカ……?」

「自分の体はゲームのために使うもの、みたいな言い方はダメだから。ちゃんと大事にしないと」

 

 そ、そんなこと言われても……僕の生き甲斐なんてゲームでのプレイヤースキルアップしかないし……。

 

「……で、でも……」

「でもも何もないから。次の次の駅で降りるからね」

「えっ……?」

「あたしの家で手当てだけしてあげるから」

「っ、そ、そんないいですよ⁉︎」

「ダメ。玲くんのことだし、どうせうち帰ってもゲームしかやらないで手当てなんかしないんだから」

「で、でもだからってわざわざ先輩の家に上がらせてもらうのは……!」

「大丈夫、うちに莉嘉いるし、玲くんに変な真似する度胸なんてないでしょ?」

 

 仰る通りです……。多分、取っ組み合いの喧嘩になったら僕負けるし……。でも信頼のされ方がイマイチ嬉しくなかった。

 半ば強制的に美嘉先輩に連行される形で電車から降りた。改札を出て、目的地である城ヶ崎家に歩き始めた。

 ……あ、そっか。これから僕、美嘉先輩の家に行くんだ……。あ、やばい。そう思うとなんか恥ずかしくなってきた……。

 女の子の家に上がるのなんて初めてだ。いや、ていうか自分とお婆ちゃんの家以外に上がるのが初めてだ。それがまさかの歳上の女の子だなんて難易度が高過ぎるよ……。

 こんな事ならちゃんと保健室に行っておけば……や、それはそれで無理だった、美人だから無理なんだ。

 はぁ……なんていうか、僕もバカだなぁ……。親にはよく女々しいだのなんだの言われてきたが、結局僕も男の子らしい。

 

「はぁ……」

「どうしたの?」

「いえ……」

 

 美嘉先輩がカッコよくて羨ましい、とは言えなかった。女の人にカッコ良いとか喧嘩売ってるでしょ。

 

「さ、着いたよ」

 

 ボンヤリしてるうちに到着してしまった。アイドルの家なんだから、それはもう豪邸に住んでるのかと思ってたら、うちより少し大きいくらいの一軒家だった。

 ……そういえば、妹さんもいらっしゃるんだっけ……。中学生くらいの大人しい子が良いなぁ……。

 祈ってる間に美嘉先輩はさっさと鍵を開けてしまった。その直後だった。

 

「お姉ちゃん、おかえりー!」

「莉嘉、ただいまー」

 

 とっても元気な金髪の制服を着た女の子が飛び込んできました。僕って死亡フラグメーカーみたいなスキル持ってたっけ?

 抱きついてきた女の子を受け止めて姉妹でイチャイチャしてると、莉嘉さんの方が僕を見るなり、作ったような驚愕の表情を浮かべた。

 

「お、お姉ちゃんが男の子連れてきたー⁉︎」

「莉嘉、声大きい」

 

 頭に軽くチョップする美嘉先輩。てか、莉嘉さんにも僕は「子」って言われちゃうんだなぁ……。

 

「この子、後輩の宮崎玲くん。顔面に野球の軟式ボール当たっても指や手に異常がないからって保健室に行かない子」

「ああ、この子が! ……えっ、バカなの?」

 

 キョトンとし顔で僕を下から覗き込んできた。美嘉先輩の妹さんもやっぱり可愛いなぁ……。

 ……って、違う。ロリコンか僕は。というか、美嘉先輩もしかして怒ってるんですか? なんか紹介に棘がありましたが……。

 

「だから、あたしの家で見てあげるの。湿布とか持ってくるから、莉嘉はそれで遊んでて良いよ」

「本当⁉︎」

「嘘っ……!」

 

 突然の死、だと……⁉︎

 

「ちょっ、先ぱ……!」

「じゃ、玲くん! あたしの部屋に来て良いよ!」

「ええっ⁉︎ そ、そんないきなり……!」

「ほら、早く靴脱いで!」

 

 っ、ど、どうしよう……! というか、これからは怪我したらあまり下手なことはしないようにしよう。じゃないと、美嘉先輩に毎度怒られる。

 しかも、ここまで的確で効果的な罰を与えて来るあたり、次は何をさせられるか分かったものではない。

 引き摺られる形で莉嘉さんの部屋に入った。中は僕の部屋より少し広いくらいで、全体的に黄色やピンクが部屋の色を支配していた。

 

「ここ、座って良いよ!」

 

 ポンポンと莉嘉さんが叩いたのはベッドの上だった。そう言われてしまえば、僕も座るしかない。だって薦められた場所に座らないって何となく失礼でしょ。

 

「……あ、ありがとう、ございます……」

「玲くん、だよね? お姉ちゃんとどんな事してるのかお話聞かせてー?」

 

 ぐ、グイグイ来るなこの子……。正直言って苦手なタイプだ。

 でも、そんなこと言えば傷つけちゃうかもしれないし、頑張って返事をしてみた。

 

「は、はい……。えっと……モンハンを……」

「あ、やっぱりそうなんだ。メチャクチャ上手いんでしょー?」

「い、いえっ、そんな、僕なんて……」

「モンハン以外は何してるの?」

「え、えっと……ご一緒に、お弁当を……」

「あ、アレ? 今日お姉ちゃんがいつもより早起きしてたのって……」

「は、はい……。お弁当をいただきました……」

「やっぱりか〜。昨日はお弁当作ってもらったからって張り切ってたよ?」

「あ、あはは……」

 

 ……なんだ? 意外と会話出来てるじゃん。向こうから質問ばかりして来てくれるから返せるってだけだが、それでも前に比べたら大きな進歩だ。

 その事が嬉しくて、心の中で自分の頭を撫でてあげてると、莉嘉さんが辺りを見回した後、僕の隣に座って悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「……ねっ、玲くん」

「な、なんですか……?」

「……実際さ、お姉ちゃんのこと好きなの?」

「えっ……えええええええええんぐ!」

「こ、声大きいよ!」

 

 慌てて口を塞がれたが、そりゃ驚いた声も出る。これだからパリピ女子はよう!

 

「そ、そんな恐れ多い感情は抱いておりません……!」

「お、恐れ多いって……お姉ちゃん、アイドルだよ? 女王じゃないよ? アイドルを好きになるくらい当たり前じゃない?」

「え? す、好きって……そういう……?」

「え? どんな意味だと思ったの?」

「……」

 

 今すぐ光の粒子となって消え去りたい。

 

「……なんでもないです」

「で、どうなの? 好きなの?」

「え、えっと……」

 

 ……どうしよう、なんて答えるのが正解なんだ……? や、なんて答えても次の質問が怖いんだけど……。

 でも、この子絶対口軽いし、好きじゃないなんて答えたらなんか陰口言ってたみたいになりそうなんだよな……。

 やはり、好きと言うしかないか……。

 

「……は、はい……。好き、ですけど……」

「やっぱり? じゃあ、あたしとどっちが好き?」

 

 またすごいこと言い出したな! それは外見の話なんですよね? いや

 外見の話ならなおさら優劣つけられないんですが……。

 

「ね、どっち?」

「ど、どっちと聞かれましても……!」

「ほらほら〜、あたしだってアイドルだし、お姉ちゃんより若いよ〜?」

 

 え、姉妹でアイドルなの? てか妹が姉より若いのは当たり前だと思うのですが……。

 しかし、真面目な話をすると好みなのは美嘉先輩の方だ。僕にロリコン属性は無いし、中身を知ってる以上、どうしても外見にフィーチャーしてしまうし。

 だが、それを言うと傷付けてしまうかもしれないし……。なんて言えば……。

 

「ねぇ、どっち?」

 

 うっ……急かされてる。と、とりあえず……当たり障りのない返事をしておこう。

 

「……み、美嘉先輩も莉嘉さんも……そ、その……好き、ですよ……?」

「へっ?」

 

 ……あれ、莉嘉さんの口が開いてないのに声が……てか、これ莉嘉さんの声じゃ……ていうか、今部屋の扉の方から声が……。

 ギギギッと嫌な汗を流しながら扉の方を見ると、美嘉先輩が湿布を持って立っていた。

 その顔が徐々にジト目になり、自分の両腕を抱いて一歩引いた。

 

「……あ、あんた……何、人の妹にナンパしてんの?」

「っ、ち、違っ……!」

「しかも、どっちも好きって……よく最低なこと堂々と……」

「ち、違いますから話を……!」

「ねぇ、ほんとはどっちなのー⁉︎」

 

 この後、何とか莉嘉さんを落ち着かせて説明して収集がついた。

 紛らわしい話しないの! と怒られた莉嘉さんを部屋に捨て置き、僕達は美嘉先輩の部屋に入った。

 

「まったくもう……変な勘違いしちゃったじゃん」

「うっ……すみません」

 

 ぶつぶつ文句を言いながら湿布の裏のビニールを剥がす美嘉先輩。

 

「大体、そういう時はビシッと言わなきゃダメ。いつもいつも優柔不断にうだうだしてると、いつか人をイラつかせちゃうんだから」

「は、はい……」

 

 叱りながら、湿布を僕の額に貼ってくれた。

 

「痛っ……」

「我慢して」

「は、はい……」

「いい? 次、無茶したら莉嘉どころか唯ちゃん、未央の中に放り込むからね」

 

 えっ、あのテレビでも特にコミュ力の高く見えるJKアイドル二人……? それは流石に勘弁して下さいよ……。

 小さくため息をついてると、僕の湿布を貼ってある部分を撫でながら「それで」と美嘉先輩は続けた。

 

「どうする? もう帰る? それともゲームしていく?」

「……い、いえ……今日はもう疲れたので……」

「帰る?」

「軽くラオシャンロンでも気軽にやろうかと……」

「疲れてるのにゲームやるのね……わかった。じゃ、やろっか」

 

 そう言って、美嘉先輩とまたモンハンやって帰宅した。

 

 



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ボッチに友達っぽいのが出来ると挙動不審になる。

 学校が終わり、僕は一人で帰宅していた。

 今日は違うが、最近、美嘉先輩が仕事の時以外はほとんど毎日一緒にいる。なんだか、友達が出来た気分で少し嬉しいな。

 ちなみに、美嘉先輩は今は友達と遊びに行ってるらしい。夜もモンハンはできないそうだ。僕と違って友達いるんだし、当たり前といえば当たり前だ。

 ……でも、なんだろう。少し面白くない。なんだろう、嫉妬? 大体、友達だって男とは限らないのに。

 そもそも付き合ってもないのに嫉妬するなんておかしいでしょ。そう、頭では理屈で理解してる。

 ……でも、嫉妬してる。なんだろ、恋してるわけじゃないのに。僕って子供なんだな意外と……。また自分の嫌いな所を見つけてしまい、下手に自己嫌悪しながら、気が付けば自宅の最寄駅を抜けて池袋に来てしまった。最初に美嘉先輩と出かけた場所だ。

 こんな所に来ても美嘉先輩と会えるわけでもないのに……。もしかして、久し振りの一人が寂しいとか思ってるのかな……。

 ……お金も使いたくないし帰ろう。でもこのまま帰ったら電車賃勿体ない気がするなぁ……。

 

「……はぁ、何やってんだ僕は」

 

 バカみたい。というか、バカなんだろうなぁ……。僕みたいな奴に友達なんかできちゃいけないんじゃないかな……。

 ……うん、帰ろう。電車賃は……勿体なくて良いや。

 そう決めて、駅の入り口に引き返そうとした時だ。

 

「あれ? 玲くん?」

「っ」

 

 僕を呼ぶ声が聞こえた。僕をそう呼ぶ人物は、世界中探しても二人しかいない。そのうちの一人のどちらかはすぐに察しがついた。

 

「っ、み、美嘉先輩……!」

「珍しいね? 一人でこんなとこにいるなんて」

 

 感心したようにそんなことを言った後「誰?」「後輩兼師匠」「ああ」「いや納得するのゆいゆい?」みたいな会話をするお友達……というか大槻唯さんと本田未央さんとそんなやり取りをした。

 うわあ、アイドルだらけ……ど、どうしよう……。ていうか、美嘉先輩に見つかったらまずいんじゃ……!

 頭が真っ白になってきた僕は思わず逃げようとしてしまったが、地面のタイルに足を躓かせ、盛大にすっ転んでしまった。

 

「ちょっ、大丈夫……?」

「ううっ……」

 

 な、泣きそう……。というか、ストーカーまんまだなこれ……。

 あまりの惨めさにリディみたいになりそうになってると、美嘉先輩に起こしてもらってしまった。

 

「どうしたん? こんなとこで……」

「え、えっと……あ、げ、ゲーセンに用があって……!」

「ふーん……」

 

 何となく僕が言いそうなことを言ってみた。ちなみに、ゲーセンに用なんかない。入るだけでも勇気がいる。

 本田未央さんが美嘉先輩の肩を突いた。

 

「美嘉ねぇ、この子ってもしかして、かみやんとかかれんの師匠?」

「そう、宮崎玲くん」

「ふーん……そう」

 

 頷きながらニヤリと微笑み、僕をまじまじと見つめる本田未央さんに気を取られ、真横に大槻唯さんが移動してきてるのに気付かなかった。

 

「へー! あたし、大槻唯。唯で良いよ☆ よろしくねっ」

「私は本田未央、宮崎玲くんだから……普通にレイくんで良いよね。よろしく!」

 

 あ、ああああ! やっぱり苦手なタイプだあああああ!

 助けを求める視線を美嘉先輩に送ると、それを察してか美嘉先輩も割り込んで間に入ってくれた。

 

「二人とも、玲くん行く所あるみたいだし行くよ」

「えーせっかくだしレイくんも一緒に行こうよっ」

「そーだよ。良いじゃん」

「私達もゲーセン行く予定だったしさ」

「それ! てか、ゲーム上手いんでしょ? ゆい、取って欲しいのあるんだー☆」

 

 うおっ……美嘉先輩が言いくるめられてる……。どうやらトップクラスのコミュ力モンスターのようだ。

 僕としては帰りたいと言いたいのだが……そんなこと言う勇気はなかった。ほんと、情けない男ですみません……。

 美嘉先輩が困った顔で僕を見た。うん、観念するよ。なるべく後ろをついて行くから……。

 

「……わ、分かりました……」

「「やったね♪」」

 

 二人は楽しそうにハイタッチして、僕の両サイドを挟んだ。

 

「さ、行こう!」

「ゲーセンへ!」

「っ、あ、あのっ……!」

「二人とも、初対面の人にグイグイ行き過ぎ」

 

 美嘉先輩が何とかお二人を引き止めてくれた。

 ……はぁ、大丈夫かな、僕。今日は生きて帰れるのかな……。

 不安になりながら、前を進む三人の後ろを黙ってついて行った。まず向かった先はゲームセンター。元々、行く予定だったらしいので、ありもしない予定に付き合わせたわけではない事に、ひとまずホッとした。

 ゲーセンに入ると、中は相変わらずキラキラテラテラワイワイガヤガヤと騒がしく喧しい。まぁ、中のゲームはどれも面白そうなんだけどね……。

 

「お、あったー! これ欲しいんだよね〜」

 

 大槻唯さんが指差してるプライズは、まさかのキョンのぬいぐるみだった。そもそもハルヒのぬいぐるみなんてまだあるんだ……と、思ったりもしたが、今の話題はそこではない。

 大槻唯さんがハルヒのキョンのぬいぐるみを欲しがっている、と言うことだ。

 

「え、これ?」

「そうだよ?」

 

 本田未央さんも驚いたのか大槻唯さんの顔を見上げた。うん、そりゃ驚くわ。アイドルが深夜アニメのぬいぐるみを欲しがる、だと……?

 

「そ、そういえばさー……ゆいゆいとか美嘉ねぇもだけど……なんかアイドルってゲームとかアニメ見てる人増えたよねー。しぶりんとかしまむーもそういうの好きみたいだし……」

「未央ちゃんも見る? ハルヒ。面白いよ?」

「あ、あー……私はアニメとかあんまり分からないから……」

「大丈夫だって、絶対ハマるから!」

 

 うーん……これは放置して良いものだろうか。いや、どちらにせよ話しかける勇気なんかないから放置するしかないんだけど……アイドルがまさかのオタク化って……。

 まぁ、かくいう僕もゲームばかりやっててアニメはあんま見てないんだけどね。中学の時までは有名なアニメだけ見てたけど、今は別にアニメよりゲームのが楽しいからゲームしかやってない。

 

「ね、取れる? 玲くん」

「えっ、えーっと……」

 

 ……ど、どうしよう……。取れるかな……。あまりクレーンゲームってやったことが……。

 

「……わ、分からない、です……」

 

 本当に。だって経験ないもん。お金もかかるし。

 そんな考えが顔に出てたのか、美嘉先輩が隣から優しく言ってくれた。

 

「あの……無理しなくて良いからね?」

「……は、はい……」

 

 お気遣いありがとうございます。でも、やるしかないんです。

 改めて、クレーンゲームの中を見てみた。アーム二本だけでぬいぐるみを掴み、出口に持っていくゲーム、か……。

 ……燃えるじゃん、そういうゲーム。

 財布から百円玉を出して入れて、投入した。ふいいいん……と間抜けな音とともに動き出すクレーン。まずは、ぬいぐるみのセンターをとらえた。

 持ち上げたものの、一定の高さまで上げるとぽろっとアームが緩んで落とした。

 

「……なるほど」

「うわー……これ無理な奴じゃん……」

「あー、玲くん。無理しなくても……」

「いえ、もう一度」

 

 次は500円入れた。その方が一回分得だからだ。今のは物理的に不可能だったかどうかを見るために100円にしておいたが、可能だと判断したので500円入れた。

 再びクレーンを動かし、獲物を捕らえに行った。今度は出口から遠い方のアームを深く引っ掛けて転がすようにしてみた。

 

「……ねぇ、美嘉ねぇ。大丈夫なの? 破産しない?」

「んー、大丈夫だと思うよ。あの子、ゲームやってる時は目つきが変わるし」

「へっ……?」

 

 何回か試行錯誤しながら手元のボタンをいじってると、最後の7回目でなんとか落とす事ができた。

 景品受け取り口からぬいぐるみを取り出し、思わず嬉しくて掲げてしまった。

 

「っ、や、やった! やりました!」

 

 久し振りだ、こんな達成感……! ひさびさに難しいゲームやった気がする……!

 これだよ、これがゲームをやる喜びって奴でしょ……! 最近のゲームは難易度低いよね。ファミコンマリオとか見習ってほしい。

 ……いや、あれはさすがに無理だけど。

 テンションが上がっておかしくなってるのか一人で喜んでると、ふと美嘉先輩と本田未央さんと大槻唯さんが一歩引いてるのが見えた。

 

「……す、すごい喜んでる……。あんな玲くん初めて見た……」

「あ、やっぱりたまになんだ……」

「ぬいぐるみもらいにくいんだけど……」

 

 そんな呟きを聞いて、思わず顔が赤くなった。どうしよう……死にたくなってきたな……。

 恥ずかしさのあまり、徐々に頭が真っ白になっていく。最近、こんなことばかりだ。僕が何をしたって言うんだ、神様。

 

「あ、あー落ち着いて玲くん! 可愛かったから! 恥ずかしくないよ!」

 

 美嘉先輩がそう言ってくれるが、そんなフォローあるのか。さらに恥ずかしくなる一方だった。

 が、まぁ落ち着いてと言われれば落ち着くしかない。というか、美嘉先輩の言葉はよく通るよなぁ。なんだか落ち着ける。

 深呼吸してると、大槻唯さんが僕のぬいぐるみを見ているのに気付いた。

 

「……あ、あの……これ……」

「え、良いの? もらっちゃって……」

「は、はいっ……」

「でも、あんなに喜んでたのに……」

「だ、大丈夫ですよ……。僕、取るのが楽しかっただけですから」

「そ、そう? じゃあ、もらっちゃうね? あ、お金は払うから」

「あ、す、すみません……」

 

 600円いただいて、財布にしまった。ふぅ、無料で遊べたと思えば割と良いのかもしれない。

 

「で、玲くんの欲しいのってどれ?」

「へっ?」

「ほら、ゲーセンに用があるって言ってたでしょ?」

 

 ……あ、忘れてた。ヤバいな、どうしようかな……。別にやりたいものなんてないし……。

 でも、ぬいぐるみを取ってあげてしまった以上、向こうも僕に付き合ってくれる気満々だろうし……。

 

「あ、もしかして忘れたんでしょ?」

 

 美嘉先輩がニヤニヤしながら聞いてきた。いや忘れるも何も存在しないんだけど……。

 

「この子、結構忘れっぽいからね〜」

「へー、そうなん?」

「頭良さそうに見えるのに?」

 

 などと僕を無視して話は進む。おかしいな、僕、美嘉先輩の前で忘れっぽいとこ見せた覚えないんだけど……むしろナルガ装備の素材をすべて暗記しててドン引きされたくらいだし。

 ……もしかして、僕のこと助けてくれた、のかな……?

 

「さ、それよりみんなで遊ぼうよ。あの銃でゾンビ倒す奴とか」

「えぇ〜……ゆいそういうの苦手なんですけどー」

「てか、美嘉ねぇそう言うの得意だっけ?」

「大丈夫、玲くんがいれば何とかなるから」

「あ、あはは……」

 

 そんな話をしながらゲーセンをしばらく見回った。

 

 



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事務所にて(2)

 事務所にて。神谷奈緒と北条加蓮に渋谷凛が追加されてモンハンをしていた。

 挑んでるのは渋谷凛が受注した銀レウス。彼氏がそれなりにゲーマーなこともあって一番進んでいるから、先のクエストも受注出来る。

 が、奈緒と加蓮は早くも疲れが見えていた。

 

「凛! ブレスの方向に緊急回避するな!」

「凛! 爪の攻撃は避けて! 狩技で相殺は無理だから!」

「凛! 砥石使うならエリア変えろ!」

「凛! 尻尾の剥ぎ取りはレウスがエリア移動してからにして!」

 

 と、まぁ地獄絵図だった。一番経験のある奴が一番足を引っ張っていたので、奈緒も加蓮もため息しか出ない。

 そんな二人に、凛の方が怪訝な顔をして聞いた。

 

「……ていうか、二人はいつからそんなに上手くなったの?」

「別にあたし達は上手くねーよ」

「うん。まだソロだとほとんどギリギリだしね」

「……何か隠してるでしょ。上手くなる秘訣的な」

 

 そう言われて、二人は顔を見合わせた。何と無くだが、美嘉と玲の未来を予知した二人はお互いに考えを読んで頷くと、ゲームに視線を戻した。

 

「いや別に普通にやってただけだよな」

「うん。やってりゃ上手くなるって。考えてやればね」

「……本当に?」

「「本当本当」」

 

 見るからに怪しかったが、奈緒はともかく加蓮は何をしても口を割りそうにない。

 つまり、何とかして奈緒を加蓮から引き剥がして尋問すれば良いわけだが、加蓮のことだから自分の考えは読まれているだろう。

 その考えは完全に加蓮は看破していて、ゲームをやりながら奈緒の肩を抱き寄せた。

 

「奈緒……私から離れないで」

「告白か? 加蓮」

「……そう言うこと言うのはどの口?」

「あひゃひゃひゃひゃ! か、かれっ……脇腹こしょこしょするのやめろおおおおはははははは!」

 

 と、目の前で余裕まんまで満載を目の前で披露され、むっと顔をしかめる凛。

 その直後だった。美嘉が三人の元にやってきた。

 

「何やってんのー? お、モンハン? あたしもやりたい!」

「……」

「……」

 

 張本人が来たよ……みたいな表情を浮かべた二人を凛は見逃さなかった。間違いなく美嘉は関係している、そう確信していち早く質問した。

 

「こんにちは、美嘉。美嘉もモンハンやってるの?」

「え? やってるよー?」

「この二人とどっちが上手い?」

 

 しまった、と加蓮は表情を歪めた。で、今度は自分が先手を打つことにした。

 

「んーどうだろうね。みんな同じくらいだよね。三人でやってたら上手くなってたから」

「それな。みんな同じくらいだよな」

 

 嘘は言ってなかった。美嘉も何かしら空気がおかしなことになってるのに気付いたが、とりあえず下手な嘘はやめておいた。

 

「まぁ、そうだね。ほとんど同じくらいだよね」

「そうなの?」

「うん。まぁ、練習あるのみだから」

「……そっか。やっぱそうなんだ」

 

 凛は考え込むように顎に手を当てた。で、「よしっ」と何か決心すると、周回酒場から離脱した。

 

「少し、特訓して来るね」

 

 そう言って立ち去る凛の背中を見ながら、奈緒と加蓮は「ああ、これは進歩なさそうだな」と理由もなく思ってしまった。

 一人、置いてけぼりになってる美嘉はきょとんとした顔で二人に聞いた。

 

「……何話してたの?」

「モンハンのこと。あたしや加蓮が上手くなってたから秘密の特訓してたの?って」

「してたじゃん。教えてあげれば良かったのに」

「いや、あの子もう直ぐ彼氏できるし、他の男の子に会わせられないでしょ」

 

 加蓮に言われ「なるほど」と頷き返す美嘉。ちなみに、本当は自分達はともかく美嘉以外の女の子に玲を会わせるわけにはいかないというのもあったが、黙っておいた。

 

「にしても、美嘉さんもなんで宮崎のこと言わなかったんだ?」

「あー……」

 

 言いづらそうに頬をかく美嘉。が、すぐに愚痴るように言った。

 

「……いや、なんかあの子さ……。なんていうか……懐かない猫みたいなんだよね」

「「は?」」

 

 いきなり何言い出すのこの処女は? という顔で見られたので、慌てて弁解した。

 

「いやほんとなんだって! 中々コミュニケーション取ろうとしないくせに、自分が寂しくなったら構ってもらいに来るホント気まぐれな猫みたいなの! ある意味みくちゃんよりも!」

「それ本人の前で言ったらダメだよ……」

「とにかく、なんていうのかな……一緒にいて嫌なわけじゃないんだけど……。こう、見てて危なっかしいというか……莉嘉と真逆の弟が出来た気分で……」

「あー、なるほどな……」

 

 確かに、美嘉だけでなく奈緒と加蓮のプレイヤースキルのレベリングにも付き合ってくれたし、何なら人のプレイヤースキルを上げることを楽しんでるようにすら見えた。育成ゲーみたいな。

 

「……それに、ゲームに人間性を捧げてる節あるから、なんて言えば良いのかな……。少し危うい分、莉嘉よりも手がかかるんだよね……」

 

 そう言われて、奈緒も加蓮も軽く引いてしまった。ほんとにゲームに人間を捧げてる人なんているんだ、みたいな。

 いや、ゲームを作ってる人はもちろんかもしれないが、プレイヤーが捧げてるのはどうにも引いてしまう。

 

「で、でも……それは美嘉さんが見た感じだろ? そんな人間性を捧げてる奴なんて……」

「頭に軟式野球ボールが直撃しても、手にダメージはないしゲームやるのに支障はないから保健室に行かないって、真顔で言うような子だよ?」

「……」

 

 言われて、奈緒も加蓮もサッと目を逸らした。危うく自分達までその領域にされていたかもしれないと思ったからだ。

 

「……まぁ、本人がそれでも良いって言うなら、あたしも口挟むべきじゃないんだろうけど……でも、知り合っちゃった以上はあたしも気になるしさ」

 

 お節介なのは自分でも分かっていた。そういう危なっかしい面を修正出来ないにしても、知り合いの後輩が一人でいるところを見るのはあまり気持ちの良いものではなかった。

 

「……はぁ、なんていうか……手のかかる子が多いなぁ。あたしの従兄弟も学校に友達いないらしいし」

「ふーん……なんか、東京の高校生って友達いない奴多くないか?」

「あー確かに。文香さんの彼氏も凛の彼氏になる子も卯月の彼氏になる子もみんな友達いないらしいからね」

「学校の数だけボッチはいるんだな……」

 

 三人揃って遠い目をして天井を見上げた。

 

「……でさ、とりあえず余り友達いないコミュ障な子だからって特別優しく接するのは辞めておこうと思うんだよね」

「へぇー、なんで?」

 

 加蓮に聞かれて、美嘉は昨日のことを思い出しながら顔で答えた。

 

「いやー、昨日は唯と未央が良い子だったから助かったけどさ、あたしが友達と一緒にいる時にああやって徘徊されても困るからさ」

「ああ、良いんじゃないか? 一応、相手男の子だし変に特別扱いすると勘違いさせちゃうかもしれないしな」

「でも、急に態度変えると、そういう純粋な子って『嫌われた?』と思っちゃうんじゃないの?」

「可能な限り遊んであげるから平気だよ。もちろん、勘違いさせない範囲で」

「まぁ、美嘉はそういうの上手そうだし、大丈夫だよね」

「うん」

 

 そんな話をしながら、美嘉は3○Sを取り出した。

 

「で、何してたの?」

「ん、銀レウス」

「凛がハンターランクだけはあたし達より上だからクエストについていけるんだよな」

「ふーん……で、勝てた?」

「無理」

「銀レウスより凛の方が強いんだよ、ある意味」

「あっ……(察し)」

「じゃ、三人で勝ちに行こうか」

「今、素材何欲しいんだっけ?」

「ん、古龍の大宝玉みたいな名前の奴」

 

 そんな話をしながら、クエストに挑んだ。

 

 ×××

 

 クエストを終えて、仕事やレッスンに行った。

 美嘉はレッスンだったが、トレーナーさんの都合でいつもより早く終わった。

 一人、暇になってしまったのでロビーで妹を待ちながらモンハンをやってると、フレンドの周回酒場に「ほうれん草」の名前があった。

 珍しくソロでオンラインやってるようで、通話無しならやれるので入ってみることにした。

 まぁ、玲は相当上手いので、多分部屋埋まってるんだろうなぁ、と思いながら入ると、誰もいなかった。ほうれん草は一人で酒場の一席に座ってお酒を飲んでいる。

 正直、見ていられないほど寂しそうに見えた。

 

 ほうれん草『こんにちは!』

 ほうれん草『あ、こんばんは』

 

 最初は野良が入って来たと思ったのだろう。だが、Mika☆だと分かった直後、ガクッとテンション下がったようだ。

 しかし、一切の制限がないルームに誰もいないというのは少し不自然だ。寄生プレイヤーならともかく、玲みたいに敵を見つけ次第、秒で殺しにかかるバカなら尚更だ。

 

 Mika☆『えーっと、どうしたの?』

 Mika☆『なんで一人?』

 

 向こうは入力に慣れていない。気長に待ってると、長文が送られて来た。

 

 ほうれん草『僕とクエストに行くとみんな出て行ってしまいました。理由は分からないです』

 Mika☆『何したの?』

 ほうれん草『僕なりにコミュニケーションを取ろうと思って野良として参加したのですが、なんと声をかけたら良いのか分からなくて、それでいつも皆さんとやってるみたいにしてたら「ウザい」「てか何様?」「なんでティーチングプレイ?」とボロクソに言いながら出ていかれてしまいました』

 

 そりゃそうなるでしょ、と全力で思った。「何故、野良で入って教えてるの」とか「そりゃ鬱陶しいよ」とか色々と言いたい事はあったが、それらを総合した言葉がため息と共に漏れた。

 

「ダメだこの子、早くなんとかしないと……」

 

 言いながら額に手を当てて心底呆れるしかなかった。普段、友達と接するような態度を取る、と決めはしたが、このままでは友達がいないどころか変に浮いてしまう未来しか見えない。

 

 Mika☆『いや、ダメだよそれ……』

 Mika☆『あたし達はお願いしたから良いけど、何も頼まれてないのにいきなりそんな言われたら誰だって嫌がるよ……』

 

 すると、しばらく返信は途絶えた。多分、今頃全力で後悔してるんだろうなぁ、と思いながらも少し嬉しかったりした。本人もコミュ障を治そうという意志はあるみたいだったからだ。完全に空回りしてるが。

 

 Mika☆『ま、まぁ、モンハンプレイヤーなんて腐るほどいるんだから、あまり気にしないで行こう』

 Mika☆『それより、今から何かクエスト行かない?』

 ほうれん草『……すみません』

 Mika☆『いや謝られても……』

 

 気まずい空気になりながら、莉嘉が来るまでゲームをした。

 

 



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秋に恋愛する奴って文化祭か修学旅行でしょ? 実際、そんなとこて恋とか生まれないから。
予想がフラグに成り代わる時。


 学校が始まり、二週間が経過した。二学期というのはイベントの多い季節で、従って文化祭や修学旅行、体育祭とモリモリな季節だ。

 しかし、友達がいない者にとってそれはかなり厳しい。文化祭は何も催しをやってない屋上でボンヤリするしかないし、修学旅行は班員の二歩後ろをついて歩き、体育祭は種目にもよるけど基本は脚を引っ張ってしまう。

 つまり、端的に言って地獄だ。美嘉先輩は学年一つ上だし、先輩にも友達がいるからそっちを優先することだろう。

 はーあ、なんていうか……ホント高校ってダメだよね。これで虐められてたら本気で高校辞めてた。

 

「で、つまり?」

 

 長々と同じような内容を、美嘉先輩の前で愚痴ってしまい、美嘉先輩は焦ったような顔で僕を睨んだ。

 現在、五限と六限の間の10分休み。次の授業が文化祭の内容決めで、慌てて美嘉先輩を携帯で呼び出してしまった。

 

「え、つ、つまりって……?」

「何が言いたいの?」

「あ、え、えーっと……」

 

 ……あれ? 僕、なんで美嘉先輩を呼び出してしまったんだ? 考えてみれば、なんとなく焦ってしまって呼んだだけだ。

 

「……えーっと」

 

 えっと……そ、そうだよ。ただ愚痴るためだけに呼んだなんて言えないし……それに、そもそも自分でも何か違うとわかっている。本能的に美嘉先輩に頼み込みたくなったことだ。

 呼び出した理由は……もっとこう……シンプルで、それでいて美嘉先輩に迷惑が掛かるかもって内容のはずだ。じゃなきゃ頼めてるはず。

 

「用ないなら戻るよ?」

「っ、す、すみません……! え、えっと……!」

 

 なんだなんだなんだっ? 僕が先輩を呼び出した理由は……! いや、自分で自分の理由が分からないのも変な気がするけど……!

 もっとシンプルに、シンプルに……普段の僕では絶対に他人に頼まないようなこと……!

 頭を捻りに捻った結果、ようやく分かった。理由が。しかし、これお願いするのすごい恥ずかしいな……。でも、じっくり考える前に、ただ本能的に頼みたいと思ったことをお願いするために呼び出してしまった。

 まぁ、何にしても呼び出してしまった以上はもう頼むしかない。恥ずかしさと申し訳なさで顔が熱くなりながらも、頭を下げた。

 

「ぁっ……あっ、あのっ……」

「何?」

「ぶっ、文化祭の日……! い、1日だけで良い、ので……その、僕と……一緒に、いてくれませんか?」

「良いよ」

「軽っ⁉︎」

 

 驚くほど軽いな! 思わず口に出た僕の言葉に、美嘉先輩は怪訝な表情を浮かべた。

 

「なんで?」

「っ、だ、だって! 文化祭は三日間しかないわけで……! 先輩はお友達も多いですし、事務所のお友達もいらっしゃいますし……! その中の貴重な一日を僕なんかのために割いてもらうのは申し訳ないわけで……!」

「玲くんはあたしと一緒じゃ嫌なの?」

「いっ、いえっ! 身に余る光栄で……!」

「じゃあ良いじゃん。あたしも玲くんと一緒に文化祭回りたかったし。気にしないで」

 

 ……こ、この人は……女神様かな? 世の中の女子高生なんて可愛いと言ってる自分が可愛いアピールしてる阿呆ばかりだと思ってたが、そんな事はなかった。この人は女神だ。

 

「……あ、ありがとうございます……!」

「ううん、あたしも誘ってくれて嬉しかったよ。じゃ、授業始まっちゃうから」

 

 そう言って、教室に戻ろうとした美嘉先輩は、途中で足を止めた。あれ、まだ何かあるのかな、と思ったら、莉嘉さんのような悪戯っ子の笑みを浮かべて僕を見た。

 

「文化祭デート、楽しみにしてるね」

「……へっ?」

 

 で、デート……?

 ポカンとしてる間に美嘉先輩はいってしまった。

 ……あ、そっか。文化祭に二人で出歩くなんて、ある意味デートそのものか、そっか……。

 

「……〜〜〜っ!」

 

 恥ずかしさのあまり、その場でうずくまって悶えるしかなかった。

 

 ×××

 

 はぁ……今から考えるだけでも頭が痛い。今日から文化祭準備期間だけど、僕は何処の仕事グループにも割り振られてないし、そもそも僕の名前すらあまり知られていない。まぁ、それは良いさ、その分仕事しなくて良いわけだし。

 それ以上に胃が痛い。何故なら、美嘉先輩にデートと言われてしまった。いや、そりゃもちろんあの人のことだ。からかってるだけかもしれないけど……。

 とりあえず、今は何もしてないと「何あいつ、なんでサボってんの?」みたいに思われそうなので教室を出ることにした。

 食堂でスマホをいじってのんびりしよう。帰りたいが、流石に鞄持って教室出ると人の目につくし。

 一人で食堂でスマホで文化祭デートの定石を調べ始めた。

 すると、ポツポツと雨の降る音が聞こえた。そういえば、今日は午後から雨だったっけ……。良かった、傘持って来ておいて。

 

「……はぁ」

 

 眠い。帰りたい。胃が痛い。雨降ってるから3○S濡れるし、今日は美嘉先輩とゲーム出来ないしで最悪だっつーの……。いや、今日ゲームしたら緊張のあまりかなり足を引っ張りそうなものだが。

 ……まぁ良いさ、たまには一人でやるのも悪くない。別のゲームやってみても良いかな。それとも、引き続き文化祭デートのプランを立てるか……まぁ、それはパンフが出てからでも良いかな。

 そんな事を考えながらしばらくのんびりしたあと、そろそろ終わってると思って教室に戻った。

 案の定、教室にはほとんど人は残ってなかった。

 鞄を持って、さっさと帰ろうと教室を出た。鞄の中から紺色の折り畳みの傘を取り出しながら廊下を歩き、昇降口に向かってると美嘉先輩がトイレから出てくるのと出会した。

 

「あ、玲くん」

「あっ……せ、先輩。こんにちは……」

 

 さっき会ったばかりなのに、なんか恐れ多くて後ずさってしまった。

 そんな僕に何の躊躇もなく美嘉先輩は声をかけて来た。

 

「うん。今から帰るの?」

「は、はい……。雨降ってるので」

「え、嘘。雨降ってんの?」

 

 気付いてなかったのか。というか、傘持って来てないんじゃないのそれ。

 

「困ったなー、このあと仕事なのに……」

 

 それは大変だな……。アイドルが仕事の前に濡れるわけにもいかないだろうし……。

 ……仕方ないな。本当は3○Sが濡れるから嫌なんだけど、背に腹は変えられない。何より文化祭に一緒に出かけることになってるしこれくらいは当然だろう。

 

「あの……じゃあこれ使って下さい」

「? これって……?」

 

 折り畳み傘を差し出した。JKが使うには可愛くないが、そこは勘弁して欲しい。

 傘を受け取るなり、美嘉先輩は驚いた様子で僕を見上げた。

 

「使って良いの?」

「は、はい……」

「でも……玲くんのは?」

 

 あ、あー……そうなるか。まぁ、そうなるよね。なんて言おうか……いや、とりあえずテキトーな嘘をつくしかない。相合傘なんて恥ずかしくて死んじゃうし。

 

「ぼ、僕のはあるから大丈夫ですっ。学校に置いといた分あるの忘れて持って来ちゃったんで」

「そっか……分かった。ありがとね。今度、何か奢るから」

「い、いえっ! そんなお気遣いなく!」

「良いから。じゃーね★」

 

 そう言って美嘉先輩は昇降口から出て行った。

 ……さて、どうしようかな。傘が二本なんかあるわけがない。割と結構雨強いし、しばらくは学校で雨宿りしないといけないな……。

 止まないようなら、雷雨決行するしか……あれ? ちょっと待って。今日確か……16時半からpso2で大和来るんじゃ……。

 

「ヤバい……!」

 

 早く帰らなきゃ……! で、でも3○Sが濡れてしまう……。

 仕方ない、奥義を出すしかないようだ……! 鞄の中から教科書を取り出した。その真ん中のページに3○Sを挟み、さらにその教科書を別の教科書やノートで挟む……必殺『天の衣』。丸パクリじゃん。今はまるで違うが。

 そんなわけで、いざ雨の中を走った。

 

 ×××

 

 自宅に到着した時には、僕の身体は雑巾のようになってしまっていたが、それに構わずタオルで髪と身体を服越しに軽く拭きながら自分の部屋に入った。

 ……ふぅ、ギリギリ大和には間に合ったかな……。速攻でログインしてコントローラを握った。

 クラスはブレイバー。なんかヒーローは使ってても楽しくないから嫌だ。弓や刀を使い分けて、幻想種どもを一掃し始めた。

 しかし、やはり大和のイベントは楽しい。最後にロボットに乗るのがまた良いよね。終盤に剥き出しになる弱点にゼロ距離レーザーぶっ放すのとかもう最高。

 そんな事を思いながら大和を済ませ、一息ついた。同じクエストを受けていた人たちがあまり上手くなくて時間がかかってしまったが、もう一回は挑めそうなのでもう一回。あの「sell sulit」って人は上手いな。

 30分でこのクエストは終わってしまうため、三回戦目は無理。

 

「ふぅ……」

 

 あー、疲れた。さて、アイテムの鑑定しないと。まぁ、13武器は無さそうだからやらなくても良いけど。

 とりあえずやることは終わったのでログアウトした。さて、シャワーでも浴びようかな。

 そう思って椅子から立ち上がると、再びスマホが震えた。

 

 加蓮『今暇? モンハンやろーぜ☆』

 

 あー……この人は暇なんだな……。どうしよう、アイドルだし今限定で暇なのかもしれないな……。なら付き合うか。

 

 宮崎玲『良いですよ』

 

 すると、電話がかかって来た。応答し、スピーカーのアイコンを押した。

 

「も、もしもし」

『あ、もしもし? 宮崎くん? ごめんね急に』

「い、いえ……暇だったので……」

『じゃ、やろっか』

「は、はい……。あの、何か手伝って欲しいことが……?」

 

 まぁ、それくらい構わないけど。

 

『あー違う違う。そういうんじゃないの。ただ、たまには宮崎くんの本気のモンハン見たいなーと思って』

「僕の、ですか……?」

『そうそう。めっちゃ強いんでしょ?』

「そ、そんな言うほどでは……!」

『とにかく、本気でやろうよ。バルファルクで良い?』

「は、はい……」

 

 なんだ、バルファルクか……。すぐに終わっちゃうな。

 ちなみに、美嘉先輩も北条加蓮さんも神谷奈緒さんもみんなソロでバルファルクを倒せるようになった。山手線の渋谷に聞かせてやりたい。

 

「じゃ、やりましょうか」

『うん。じゃ、受注するね』

「は、はい。お願いし……へ、へっくち!」

『……どうしたの?』

「す、すみません……」

 

 なんだろ、虫の知らせか? ま、僕の嫌な予感は大抵杞憂で終わるし、気にしなくて良いか。……人間関係においては杞憂じゃないんだろうけど。

 そう言いながら、バルファルクを5分くらいで倒して北条さんにドン引きされた。

 

 ×××

 

 翌朝、僕はベッドから上がることはなかった。

 何故なら、風邪を引いたからだ。

 

「……まじかよ」

 

 ……たまには悪い予感も当たるものなんだな。

 

 



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風邪ひいてるときは誰でも寂しくなる。

 あー、頭痛い喉も痛い節々も痛い怠い。なんで体調崩したんだろう……。全然、理由がわからない……。

 まぁ、学校に行かなくて良い、という意味では利点はあるが、最近は美嘉先輩と会えるだけでも楽しいし、それがないと思うと少し寂しい。

 ホント、友達がいない奴が友達っぽい人を作ってしまうと寂しがりやになるからダメな気がする。……ま、作っちゃったものは仕方ないけどね。

 とりあえず学校に連絡し、家用のメガネを装備すると、食欲が無いながらもうどんを作って食べた。

 あとは大人しくしているためにゲームを始めた。やってるゲームはpso2。しばらくカチカチやってると、スマホが震えた。

 

 神谷奈緒『よっす』

 神谷奈緒『今暇か? あたし、仕事で外にいるんだけど、スケジュールにミスがあって暇になっちゃってさー』

 

 なるほど、そういうのもあるのか。

 

 神谷奈緒『あ、暇な訳ないか。学校だもんな。悪い』

 宮崎玲『暇ですよ』

 神谷奈緒『よし、やるか!』

 

 よし、やろうか。通話がかかって来て応答し、スピーカーボタンを押した。

 

「……もしもし」

『もしもし、宮崎か?』

「は、はい……」

 

 誰に電話かけたんだよ、とは言わないでおいた。

 

『なんで暇なんだ? いや、電話かけてから言うことじゃないんだけどさ』

「あー……実は今日は学校休みで……」

 

 風邪引いてる、とは言えなかった。だって心配かけちゃうし。

 

『じゃあ、美嘉さんも休みか? 誘う?』

「えっ? い、いや、えっと……」

 

 やばっ、そうなるか……。それはまずいな……。嘘がバレる。

 どう言おうか悩んでると、呼吸が苦しくなるのを感じた。

 

「っ、けほっ、けほっ!」

 

 しまった、と思った頃には遅かった。咳は口から漏れ、思いっきり電話の向こう側に伝わってしまっただろう。

 

『もしかして……風邪引いてるのか?』

 

 ……ほらバレた。

 

「は、はい……」

『お前なぁ、風邪ひいてるときにまでゲームやるかよ。しっかり寝てろよ』

「で、でも……せっかく自由にゲームできるんですし……やらないと勿体無」

『アホかお前は! 身を削ってまでゲームやるバカがいるか!』

「ひうっ!」

 

 あ、怒られた……。怖くて変な悲鳴出ちゃったよ……。

 

『とにかくゆっくり寝てること! 良いな?』

「わ、分かりました……」

『まったく……じゃあな』

 

 ……そこで電話は切れてしまった。はぁ……仕方ない。まだゲームしてることバレたらもっと怒られそうだし、大人しく布団の中に潜ることにした。

 

「はぁ……」

 

 風邪かぁ……。どうしよう、暇過ぎる。ゲーム出来ないと僕何してれば良いのか分からないし。いや、何もしちゃいけないんだろうけど。

 仕方ない、寝よう。そう決めて、メガネを外して布団の中で目を閉じた。

 

 ×××

 

 一時間後くらいだろうか。目が覚めた。おトイレに行きたいな。

 家用のメガネを掛けて、布団から出て、のそのそと歩きながら廊下に出てトイレで用を足したあと、そのままの足取りで部屋に戻り、パソコンの画面をつけた。

 pso2の画面がつきっぱなしだった。ログアウトするの忘れたみたいだ。

 何も考えずにカチカチ動かしてると、なんか頭がズキズキ痛いなーと思いながらも今日のデイリーを済ませてる時だ。

 

「……あ、僕風邪引いてるんだ」

 

 だから頭痛いんだ、と今更になって思い出した。

 ……あれ? そういえば、さっき神谷奈緒さんに「風邪ひいてるときにゲームするなっ!」って怒られたっけ……。

 ヤバい、また怒られる……! 慌ててログアウトした。しかし、こうなると本当に暇になっちゃうな。ゲーム禁止は思いの外痛い。

 ゲーマーの弱点は、ゲームを封じられると暇になることだ。他において無趣味さが目立つ。しかも、ゲームをしていない時間が無駄なことしてる気がしてしまうので、眠れないのがまたデスループにハマっている。

 

「……寝ないと怒られちゃう」

 

 寝た方が楽になれる気もするし。今の所、吐き気以外の体調の悪さを象徴する症状が全てフル稼働している。寝てしまえば少しは楽になるというものだ。

 そんな事を思ってると、スマホが震えた。北条さんからだった。

 

 加蓮『よーっす』

 加蓮『起きてる?』

 加蓮『風邪ひいたんだって?www』

 

 ……人が体調崩してるってのに草生やしちゃダメでしょ。相変わらずこの人は何を考えてるのかわからない。

 

 みやざきれい『引きました』

 みやざきれい『なんで知ってるんですか?』

 加蓮『奈緒に聞いた』

 

 あの人も口軽いんだな……。まぁ、別に僕は気にしないけど。

 

 加蓮『お見舞いに行こうか?』

 

 っ、こ、この人はいきなり何を……⁉︎

 

 みやざきれい『ちやほんな、結構ぇす!』

 みやざきれい『いやそんな決行です!』

 みなざきれい『結構です!』

 

 そんなことされたら死んじゃう。主に緊張で熱が上がって。

 

 加蓮『動揺し過ぎだから笑』

 

 笑、じゃないわ。動揺で死ぬとこだったから。

 

 加蓮『とにかく、お大事にね』

 加蓮『ゲームやっちゃダメだからね』

 

 それで北条さんからの連絡は途絶えた。

 そんなに僕ってゲームばっかやってるイメージあるのかな……。いや、実際やってるんだけどさ。

 まぁ、言われたばかりだし、今度こそログアウトして眠る事にした。

 

 ×××

 

 また目が覚めた。スマホを見ると、色んな人からL○NEが来ていた。いろんな人と言っても、アイドルの皆さんだけだが。いや、アイドルの皆さんからL○NEが来るってかなりすごいけど。

 しかし、みんな最後に「ゲームはやるな」って言うんだよね……。少しはゲーム自重した方が良いのかな……。

 ま、まぁ今日はpso2のデイリーとグラブルのデイリーと艦これのデイリーと種火周回とドラゴンボール○ジェンズのデイリーとその他諸々のデイリーしかやってない。

 ……あれ? そういえば、美嘉先輩からはL○NE来てないなぁ。まぁ、別に考えてみれば美嘉先輩は学校だしアイドルもやってるから来てなくて当然だけど。

 ……あれ、でもなんだろうこれ。なんか寂しい……い、いやいや、僕はアホか。思い上がるな。友達だと思ってた人が友達じゃないなんてパターンなんてよくあることだよね。

 ……でも、美嘉先輩もそうだと思うと少し泣きそうにな。

 

「あ、起きた?」

「わっ⁉︎」

 

 横からどうしても聴きたかった声が聞こえて、思わず肩を震わせてしまった。

 恐る恐る横を見ると、美嘉先輩が少し不機嫌そうな顔で僕を見ていた。

 

「あ、み、美嘉先輩……」

「昨日、やっぱり傘持ってなかったんだ」

「うっ……」

 

 ……あ、そ、そういえばそんな嘘ついたっけ……。

 気まずげに目を逸らすと「まったくもう」とボヤきながら隣の椅子に腰を下ろした。

 

「ホントにあんたは……百歩譲って傘をあたしに貸すは良いよ。助かったし。ありがと」

 

 お礼を言われた……? もしかして、あんまり怒ってな……!

 

「で、なんで雨宿りして帰らなかったの?」

 

 そんなことはなかった。

 言えない、オンゲのイベントのため大慌てで帰ってたなんて言えない。また怒られる。

 

「え、えっと……」

「嘘ついたらもっと怒るからね」

 

 ……それもうほとんどバレてるじゃん……。ていうか、怒ること前提なんだ……。

 

「……その、オンラインゲームの、時限イベントに間に合わせようと思って……」

「で?」

「……走って帰って、ゲームやって……その後に北条さんとモンハンやって……」

「……で?」

「そしたら、翌日になって……風邪を……」

「………ふーん」

 

 相槌の間が徐々に広くなってるのが怖い。美嘉先輩の表情が徐々に金剛力士像の如く般若と化した顔に変わって行く。

 

「あんたは! ゲームが出来れば自分の身体がどうなっても良いの⁉︎ 本当にゲームをやるために生まれて来たのか本当に!」

「ひぃっ⁉︎」

「普通、雨に濡れたらさっさとシャワー浴びて暖かくしてないと風邪引くに決まってるでしょ⁉︎」

「ご、ごめんなさい……」

「まったく、バカなんだから……」

 

 ……び、病人に説教しなくても良いんじゃないですかね……。なんて思ったら顔に出そうだからやめておこう。

 

「すみません……」

「いいよ、元はと言えばあたしが傘忘れた所為だし」

 

 いや、元はと言えばと言うけど、その元があってもその人がどう行動するかによって結果は変わるから、悪いのは僕だと思う。

 しかし、怒らせてしまったなぁ、また……。最近、美嘉先輩が僕に厳しくなった気がするし。もしかして、何か嫌われるようなことしちゃったのかな……。

 

「で、ご飯は食べたの?」

「へっ?」

「へっ? じゃなくて。外から栄養取らないと治るもんも治らないでしょ」

「あ、い、一応朝食は……」

 

 直後「ぐうっ」と情けない音が僕の腹部から鳴り響いた。

 ……は、恥ずかしい……。なんか、すごい惨めな気がする……。

 一人顔を赤くして俯いてると、小さくため息をついて美嘉先輩は立ち上がった。

 

「じゃ、何か作って来てあげる」

「えっ……?」

「卵粥とかで良い?」

「す、すみません……」

「はいはい、じゃあ待ってて」

 

 なんだか、申し訳ないなぁ。わざわざ僕なんかのために……。

 美嘉先輩が部屋を出て行き、僕は一人でポツンとベッドの上で身体を起こした。

 ……あれ、そういえばなんだか頭痛が引いたな。体調が良くなったとは言わないけど、頭痛いのだけ何故か飛んだ。

 もしかして、今日一日人と会えてなかったから、かな……。なんか少しホッとしてる自分がいる。

 

「お待たせ」

 

 卵粥を作った美嘉先輩が部屋に入って来た。お茶碗を受け取ろうとした時、ふいっと手元からお茶碗が消えた。

 

「へっ……?」

「約束して」

「えっ?」

「ゲームのために身を削るのを止めるの。良い?」

「え、で、でも……」

「でもも何もないから。寝る間も惜しんでとか、授業中にやるとか、そういうのは良いよ。でも風邪引いてまでやるとか、指を怪我してないから処置しないとか、そういうのはダメだから」

 

 そ、それが普通、なのかな……。美嘉先輩がそう言うなら僕もやめるしかないけど……。

 

「わ、分かりました……」

「うん、よろしい。じゃあ食べて良いよ」

 

 卵粥をいただいた。スプーンで一口すくって口に運ぶ。あ、美味しい。

 

「どう?」

「お、美味しいです。とても……」

「良かった」

 

 卵粥を食べてホッと一息つきながら、そういえば、とふと思った。

 

「……あの、先輩」

「何?」

「なんで、その……ここにいるんですか?」

「お見舞いに決まってるじゃん」

「いえ、そうではなく……こう、どうやってうちに……」

 

 僕が風邪引いてるのを知ってるのは、多分神谷さんからだと思うしそこは分からなくもない。

 家の鍵は閉まってたはずだし、そもそも僕の家すら知らないはずだ。

 

「ん、玲くんの担任の先生に聞いた」

「……へっ?」

「本当は個人情報だから教えられないって感じだったんだけど、お見舞いに行ってあげるって言ったら『ついにあいつにも友達が……』って男泣きされちゃって」

 

 せ、先生……。なんで泣くの……。なんか恥ずかしいんだけど……。

 

「で、家には立ち寄った時にちょうど玲くんのお母さんと遭遇したから」

 

 そういえば、うちの両親は今日はいつもより早く上がりなんだっけ。結婚記念日で早めに上がって二人で飲みに行くとかなんとか。

 

「そ、そうですか……」

「うん。『息子をどうかよろしくお願いします』って頭下げられちゃった」

「え、な、何その挨拶……」

「あとサインお願いしますって」

 

 相変わらずだな、うちの両親。有名人にはめっぽう弱いんだわ。

 

「あ、これ忘れてた。お見舞いのポカリとリンゴ」

「えっ? す、すみません……」

「お見舞いに手ぶらでは来れないから」

 

 そういうもんなのかな……。なんだか、気を遣わせてしまったみたいで申し訳ない。

 まぁ、でもなんか安心したな。美嘉先輩が来てくれて。色んな人に連絡をもらったけど、美嘉先輩に来てもらえたのが一番嬉しかった。

 序盤、怒られたから歓喜が薄かったが、徐々に自覚して来て、照れ隠しをするように卵粥を食べ終えた。

 

「ご、こちそうさまでした……」

「うん。お粗末様」

 

 僕の手元からお椀を取ると「じゃ」と言って立ち上がってカバンを背負った。

 

「これ洗ってからあたし帰るね。ちゃんとゆっくり寝てるように」

「えっ……?」

「じゃ、また……」

 

 部屋を出て行こうとした美嘉先輩の袖を反射的に掴んでしまった。

 掴んだ直後、美嘉先輩は怪訝な表情で僕を見下ろし、ようやく自分で何をしてるのかを理解してしまった。

 

「何?」

「えっ? あっ……」

 

 ホントだよ、何をやってるんだ僕は。いや、前と違ってだいぶ今は何がしたいのか理解してる。してるけど……なんというか、かなり恥ずかしいことしようとしてるよね、これ……。

 でも、言うしかない。言わないとこのあとはまた一人になってしまう。

 

「……も、もう少し、いてくれません、か……?」

 

 恥ずかしさで涙目になりながらもそう懇願すると、美嘉先輩は頬を若干赤くしながらもジト目で僕を見た。

 で、呆れたようにため息をつきながら椅子に座り直した。

 

「……ずるいなぁ、この子」

「へっ?」

「良いよ。もう少しね。だから安心して」

 

 ……ずるいなぁ、この人。「安心して」の一言でほんとに安心させちゃうんだもん。

 許可を得られたことでホッとしながら、再び目を閉じた。

 

 




面白い感想を書いていていただいたのでランキングしてみました。

モンハン上手いのが上。同じ列は同格
宮崎
鷹宮、水原
鷺沢、神谷、北条、城ヶ崎、古川
その他、毒されたアイドル達


渋谷

他の主人公はやってません。多分こんな感じです。



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世界最強の萌えはギャップ。

 日曜日。今日は美嘉先輩を探していたとかではなく、一人で池袋まで来ていた。

 何となく人に見られてる気がして、オドオドしながらもL○BIに入店する。ここの……確か最上階だったかな。

 エレベーターの横のフロアの説明を見ると、調べた通り最上階は「ガンダム」となっていた。

 

「よ、よしっ……!」

 

 気合いを入れてエレベーターに足を踏み入れた。こうして直接、物を買いに来るのは久々だ。や、コンビニとかではよく買うけど、そうじゃなくて、こういうガッツリしたお店で買うの。

 ことの発端は、ニコ動をたまたまカチカチやってた時だ。ガンダムビルドファイターズが目に入った。ガンプラを特殊な粒子によって操縦できるようになる技術を用いてガンプラバトルと呼ばれる大会に参加する物語だ。

 本編は見たことなかったが、それよりも気になったのは動画の方。ガンプラ二体を様々なポーズごとにコマ撮りしてアニメーションを作っていたのが、僕のゲーマー心に火をつけた。

 ガンプラって楽しそう……。改造やそれっぽい雰囲気を出すジオラマとか。

 しかし、もうすぐモンハン新作が発売される。今、ガンプラを買えば買えなくなる可能性がある。

 で、とりあえず模型屋よりも電気屋の方が安く買えると聞いたのでこうして視察に来たわけだ。

 ガンダムのフロアに到着すると、らしくなく「わぁ」と感嘆の息を漏らした。

 すごいな……。ガンプラってこんなにバリエーションあるのか……。今までガンダムはアニメを見てなかったからゲームは敬遠してたけど、ちょっとやってみようかな……。

 そんなことを思ってると、エレベーターの前にジオラマがあるのが見えた。洞窟や川、小さな山を舞台に、僕が知ってる範囲でガンダム、ザク、ドムなどが戦っている。多分、ガンダムファンから言わせたら細かい違いがあるんだろうけど、全部同じに見えるので黙ってよう。

 

「わー! 卯月ちゃん、すごいよ!」

「り、莉嘉ちゃん! あんまり走らないで……!」

「おおー! すごいですね、これ全部プラモデルなんですかっ?」

「ゆ、悠貴ちゃんも落ち着いて……!」

 

 ……聞き覚えのある声が三つ。特に一人は知り合いだった。被って来た帽子を目深に被り、少しでも正体をバレないようにしながら、ジオラマをよく見てるふりをしつつしゃがんで隠れた。これなら怪しまれない。

 しかし、この作戦は別の意味で失敗だった。子供はこういう展示品が大好きだ。

 

「わ! 悠貴ちゃん見て! 戦ってる!」

「ホントだっ! カッコ良いですねっ!」

 

 し、しまったあああああ! 僕のバカ、ほんとバカ……!

 

「ふ、二人とも待って下さい。私との約束忘れてませんよね?」

 

 おそらく、島村卯月さんがそう言うと二人は黙って足を止める。

 

「私の言うことを聞く、それから私と皐月くんの関係を広めない、その約束で連れて来てあげたんですから、それを忘れないでください」

「「はーい」」

 

 なるほど、そういうことか。てかそれ一つ目の要求で全部済むじゃん。

 とにかく、バレないように移動しないと……大丈夫、帽子装備してるし、家用のメガネも掛けてるんだ。バレないバレない……。

 さりげなく立ち上がって、プラモを見に行こうとした時だ。

 

「あー! 玲くんだー!」

 

 全ての努力を無にする即死攻撃が突き刺さった。莉嘉さんも島村卯月さんも乙倉悠貴さんもみんなこっちに振り向いた。

 大丈夫、ガッツがある。まだとぼければなんとかなる……!

 

「ひ、人違いです……」

「あれー? メガネなんてかけてたっけ玲くん?」

「い、いえ、かけてませ……って、違くてだから……」

「でも似合うね、帽子もメガネも」

「……ありがとうございます」

 

 ダメだ、僕にとぼけるのは無理だ。

 察した島村卯月さんが声をかけて来てしまった。

 

「あの、莉嘉ちゃんのお友達ですか?」

「……お、お友達というか……」

「私、島村卯月って言います。こちらは乙倉悠貴ちゃんです」

「は、初めましてっ」

「っ……ど、どうも……」

 

 あ、あわわわっ……ど、どうしよう……。コミュ力モンスターが三人も……!

 このままじゃ何も話せないどころか死んでしまう……!

 

「あれ? 玲くん、なんか顔色悪くない?」

 

 莉嘉さんに指摘され、尚更、顔から血が引いて行くのを感じた。これはホントにまずいかも……!

 

「ごっ、ごめんなさい……!」

 

 思わず逃げ出してしまった。エスカレーターに向かって走り出すと、自分の足を自分で蹴って後ろにひっくり返った。

 

「……器用な転び方するなぁ」

 

 莉嘉さんから素直な感想が漏れた。そういうのはもう少し隠してくださいね……恥ずかしいからほんとに……。

 目から落ちたメガネを外してポケットにしまった時だ。エスカレーターから人が上がって来た。

 

「あれ? 何してんだ宮崎」

「あ、宮崎くんだ。やっほー」

 

 神谷奈緒さんと北条加蓮さんだった。天使に見えた。

 

「か、神谷さぁん……」

「うおっ、どうした⁉︎ ……あー、そういうこと」

 

 メンツを見ただけで全てを理解した神谷さんは、同情したように僕の肩に手を乗せ、北条さんは苦笑いを浮かべた。

 

「あー……卯月、この子コミュニケーションがアレな子だから」

「……アレな子?」

 

 あ、分からないんだ……。僕よりもこの子の方がコミュ障では? それはないね。

 

「で、何してんの? 珍しい組み合わせで」

 

 へぇ、この組み合わせ珍しいんだ。もちろん、僕を除いた三人のことね。

 

「あ、えーっと……私達はプラモを買いに……」

 

 というか、今更だけどこの元気な女の子三人組がプラモって……意外を通り越して何らかの事件性しか感じないんだが。

 

「宮崎もか?」

「は、はい……。ガンプラに、興味が出まして……」

「ふーん……」

「でも、今日は帰ろうかと……」

「なんで」

「あー……体調が優れなくて……」

 

 嘘は言ってない。このべっぴんさん五人と一緒にガンプラを選ぶ勇気なんか僕どころか世界中の男にもないはずだ。

 

「せめてプラモだけでも買って行けよー」

「いや、いいです……」

 

 神谷奈緒さんに言われたが、とてもそんな気分にはなれなかった。

 ……でも別の店で買おう。ガンプラを早く作りたい。

 

「えー、待ってよ玲くーん」

「えっ」

 

 しかし、ここで空気を読まないのが子供だ。何食わぬ顔で莉嘉さんは僕の腕を引いた。

 

「あたし、玲くんと買い物したいなー」

 

 うおお……ど、どうしよう……。

 涙目で神谷さんと北条さんを見たが、そっと目をそらした。どうやら、この子の自由っぷりは常識人では対処出来ないようだ。

 

「ほら、お姉ちゃんとの話も聞きたいし、良いでしょ?」

「あー……わ、分かりました……」

 

 断れない、ほんと情けない。

 

 ×××

 

「うわ、それは大変だったね〜」

 

 プラモを作ってる僕の後ろで美嘉先輩が僕の部屋のベッドで足をパタパタさせながらポテチを食べた。

 うん、ていうか、昨日の事を愚痴ってから言うことじゃないんだけどさ……。

 

「あの……それで、なんで僕の部屋に……」

「んー、だってほら、今日は暇じゃん?」

「いや知らないですけど……」

「だからモンハンやろうと思ったの。スタバとかファミレスとかだとお金掛かるし、ここなら無料っしょ?」

「で、でも……その、僕達は異性、ですよね……?」

「大丈夫、あたし玲くんを男として見てないから。むしろ女の子として見てるから」

「どういう事⁉︎」

 

 そ、それは無いでしょ! いくら僕でも性欲はあるし少しはムラムラしますけど⁉︎

 

「ていうか、前に一回ここ来てるし別に今更気にしなくても良くない?」

「い、いや……前は風邪引いてる時でしたから……」

 

 いや、もう何も言うまい。何を言っても口ではこの人に勝てない。この人じゃなくても口では誰にも勝てない。

 でも、モンハンやりに来たならガンプラ作りは中断しなきゃ。

 

「……あ、じゃあ、モンハンやりますか?」

「ううん、プラモ作ってるところ見るの面白いからのんびりしてるよ」

「え、そ、そうですか?」

「うん。……それに、モンハンやってると素材落ちなくて徐々に殺伐としてくるから、たまには平和でいたいっていうか……」

 

 あー、分かる。僕に欲しい素材がないのがまた殺伐とするのに拍車をかけてるんだよな……。物欲センサー皆無の状態だとレア素材がボロカスに落ちるんだよね。気まずいこと気まずいこと。

 

「で、それなんてガンダムなの?」

「え? えーっと……Zガンダムですね」

 

 箱を見ながら答えると「えっ?」と美嘉先輩は声を漏らした。

 

「知らないで買ったの?」

「は、はい……。興味が出た、という程度ですので……」

 

 島村卯月さんに聞いた話だと、まずは素組から始めた方が良いそうだ。RGと呼ばれるシリーズは素組でもクオリティ出るしオススメらしかったのだが、高いのでやめた。

 

「なんでこれにしたの?」

「これ、調べたところ武装が僕好みなんです。ビームライフル、ビームサーベル、グレネード、ハイ・メガ・ランチャーな頭部バルカン、近距離中距離遠距離どれでも問題なく対応できる上に、可変機能がついて速度も出せし、何より顔が他のガンダムと違って独特で……」

 

 ……あ、喋り過ぎた。そこまで言って「しまった」と口に手を当ててしまった。

 

「す、すみません……」

「いいって、好きなもの語ってる玲くん可愛かったし」

「か、可愛いって何ですか!」

「落ち着いて」

 

 ……最近、美嘉先輩がそういうストレートな感想を隠さなくなって来て困る。いや、少し喜んじゃってる僕も大概だけど。

 

「ふーん……ガンダム、ねぇ……」

 

 なんだろ、思うところがあるのかな。

 

「や、最近うちの事務所にガンダムとかアニメ好きな人増えててさー。あたしはあんまキョーミなかったんだけど……玲くんが好きなら見てみようかなー」

「いや僕もまだ好きというわけではありませんけど……」

 

 まだ本編も見てない。しかも初期から見ないと分からないって聞くしなぁ……。レンタルビデオ屋で借りるしかないし、中々金銭面的に勇気が出ない。

 

「ふーん、まぁ玲くんが見ないなら良いや」

 

 そう言いながら僕のベッドでゴロゴロする美嘉先輩。すると「あっ」と声を漏らした。

 

「何これ、メガネ?」

「へっ?」

「あ、もしかしてこれ? 莉嘉が言ってたメガネって」

「そ、そうですけど……」

「へぇ〜、わざわざ変装してねぇ?」

「うっ……す、すみません……」

「いやいや、せめてなんかないから。ただ、ちょーっとかけて欲しいなって」

 

 まぁ、かけるくらい良いけど……と、思ったけど、手が動かない。なんか人前でメガネかけるのが少し恥ずかしいんだけど……。

 

「どうしたの?」

「い、いえっ、今かけますねっ!」

 

 べ、別にメガネをかけるだけだから恥ずかしがることなんてない。さっさとかけよう。

 メガネをかけて美嘉先輩の方に顔を向けた。

 

「かけましたよ」

「おお、どんな感……」

 

 嬉々としてこっちを見た美嘉先輩は固まった。何を思ったのか、そのまま固まって徐々に頬を赤く染めていった。

 

「……先輩?」

「……禁止」

「は?」

「……メガネ、禁止」

「は、はいっ⁉︎」

「ギャップとはいえ、メガネかけたらイケメンとか……狡いから……」

「えっ? えっ? へっ?」

「早く外す!」

「っ、は、はいっ……!」

 

 怒られたので慌ててメガネを外した。

 そのまま、しばらく一人でガンプラを作ったが、美嘉先輩はメガネを外してからヤケに可愛がって来て心臓がもたなかった。

 

 



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事務所にて(3)

 最近、美嘉に悩みが出来た。以前なら大して気にならなかったのだが、日が進むに連れてその悩みは大きくなり、やがて自分の胸を締め付けるような痛みで支配していた。

 誰かに相談したい、しかし余りの恥ずかしさに誰かに話すのは気が引けた。

 何より、自分でも初体験のことなのでどう相談すれば良いのか分からなかった。上手く説明できる気がしない。

 しかし、このままでは間違いなく仕事にも支障をきたす。誰かに相談するしかないが、相談するセリフも相手もまるで分からない。

 そんな事を考えながら、一人で事務所のラウンジのソファーに腰を下ろして前屈みになっていた。

 そんな様子を見かけた莉嘉が声を掛けた。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「あ、ああ、莉嘉……。ううん、なんでもない。あんたに一番無縁な『悩み』って奴だから」

「お姉ちゃん酷い⁉︎ あたしだって人並みに悩みはあるんだからね!」

「どんな?」

「ど、どんなって……!」

 

 直球で聞かれ、莉嘉は必死こいて考えた結果、苦笑いで目をそらしながら答えた。

 

「え、えーっと……クラスの男子の視線がキモい、とか?」

「悩みってか愚痴じゃんそれ」

「お姉ちゃんいつにも増して辛辣じゃない⁉︎」

「今ホント悩んでんの……。あたしの沽券にかかわる事なんだから」

「ねーえー、相談してよー。あたしだってお姉ちゃんの家族じゃーん」

「無理。莉嘉相手は尚更」

「じゃあいいもん! 加蓮ちゃんに『お姉ちゃんが恋とかオッパイとかカリスマとか性癖について悩んでる!』って言っ……」

「よし分かった! 話すから勘弁して!」

 

 最悪のジョーカーを忍ばせていた。とにかく面白い話が大好きな加蓮が相手に有る事無い事言われるとどうなるか分かったものではない。

 仕方なくため息をつくと、疲労感を吐き出すように尚且つ、慎重に言葉を選びながら呟くように言った。

 

「……玲くんがね」

「玲くんが?」

「可愛過ぎて生きるのが辛い」

「……何言ってんの?」

 

 まさかの真顔だった。美嘉なりに割と一大決心して相談したのに。というか相談させられたのに。

 

「ほらぁ、だから相談したくなかったのに……」

「ごめん、ホントに何言ってるか分かんなかったの」

「だから、玲くんが可愛いの。バカみたいに」

「可愛いのに……バカ?」

 

 なんだか伝わらなかったので、全部洗いざらいぶちまけることにした。小出し小出しに相談するより、一気に話した方が自分がスッキリすると思ったからだ。

 

「だから、すぐに恥ずかしがる所とか、その癖ゲームの時は謙虚に自信家な事とか、女の子に優しく出来るとこと、あ、あと割と甘えん坊なとことか、もう全部が全部可愛いの」

「……へ、へー……そうなんだ……」

「あーホント好き。膝の上に乗せて頭ナデナデしたいって思うレベルで」

「お姉ちゃん……ちょっと気持ち悪いよ……」

 

 気がつけば莉嘉が盛大に引いていたので、正気に戻ってコホンと咳払いしてから弁解するように言った。

 

「も、もちろん、ダメだと思うとこもあるよ? 自分の身体よりゲームなとことか。まぁ、そういう考えは持たないって約束はしたけど……」

 

 正直、信用に値しなかった。ゲームしてなきゃ落ち着かない子だから尚更。

 

「他にはないの?」

「他はー……ないね」

 

 ある、あるが余りにも子供っぽい内容なので言いたくなかった。しかし、その表情を見逃さないのが流石、姉妹だ。

 隠そうとした事実を察し、目を輝かせた莉嘉は爛々としながら聞いた。

 

「あるんだ! やっぱり!」

「な、ないって……」

「何々?」

「あんた、ひとが苦手としてる部分聞きたがってるって事に気付いてる?」

「良いじゃん、教えてよ!」

「……はぁ」

 

 しつこいので言うことにした。自分の押しの弱さをつくづく情けなく思いながらも、頬を赤らめながら返した。

 

「……メガネかけたら無闇にイケメンなとこ」

「……へっ?」

「あんなの卑怯でしょ。思わず萌え対象にときめいちゃったもん」

「……え、イケメンなのに悪いの?」

「だって、可愛さとはまるで別の方向にときめいたんだよ? 悔しいでしょなんか」

「いやアイドルが男の子に可愛さで萌えてる方が悔しがるべきだと思うけど……」

 

 そう言われても、現にカッコよかった事で悔しがってるんだから仕方ない。

 

「ていうか、あれイケメンなの?」

「ああ、莉嘉も見たんだっけ? カッコよかったじゃん」

「あー……あたしの時は帽子被ってたし、なんか一人で器用に転んでたりしてたからかな……」

「ふーん? とにかく見れば分かるよ。カッコよかったから。ムカつくほど」

「だからカッコ良いのにムカつくって……大体、お姉ちゃん少し前はイケメン大好きじゃなかった?」

「それは高一の時でしょ。人間は外じゃなくて中身なの。いくらイケメンでも性格悪かったら最悪じゃん」

「それはそうだけど……」

 

 まぁ、それでも女にとってイケメンは夢である所があるから、メガネをかけた玲にときめいてしまったわけだが。

 

「ま、でもそっちも大丈夫。メガネ禁止令出しておいたから」

「め、メガネ禁止令……?」

「とにかく、玲くんが可愛過ぎて、玲くんのことを考える度にもう心臓の動悸がすごくて、にやけるのが止まらなくて……も、もう、とにかくダメなの!」

「恋?」

「全然違う」

 

 真顔の返答に、若干だが玲に同情してしまった。

 

「はぁ……どうしたら玲くんを弟にできるのかな」

 

 そんなアホな悩みを打ち明けられた莉嘉は少しムッとした。弟ではないが、下の子なら既に自分がいる。なんか自分より可愛がられてる気がした。

 

「お姉ちゃん! あたしがいるじゃん!」

「いや、あんたじゃなくて、もっとこう……大人しくて観察日記とかつけたくなる子が良いの」

「あたしもしおらしくするから!」

「無理無理無理無理」

「なんで⁉︎」

「だって落ち着きないじゃん」

 

 ガーン! と言わんばかりに莉嘉の胸に槍が突き刺さった。それをまったく意に返す事なく、美嘉はスマホをいじった。

 

「とにかく、このままじゃあたしヤバイの。なんか一線超えそうで。だからなんとかしたいんだけど……」

「知らないっ」

「いや莉嘉が相談しろって言ったんだけど……」

「知らないったら知らないもん! あたしも今悩みが出来たんだから!」

 

 そう言って勝手に走り去ってしまった莉嘉を後ろで見ながら「ま、いいか」と言わんばかりに美嘉はため息をついた。

 さて、そろそろ本気で相談しなくてはならないが、相談する相手がいない。とにかく口が固そうな人を探さなければならない。

 神谷奈緒は口は硬そうだが、二人でいるところを見られるだけで加蓮あたりに「何の話ししてたの?」と足の裏をくすぐられれば秒で吐きそうだ。

 北条加蓮は歩くスピーカー。

 本田未央も同様。

 大槻唯は、言うな、と言えば言わないかもしれないが、あの子も可愛い子好きだから取られるかもしれない。

 島村卯月、乙倉悠貴はなんかダメそう。

 

「……はぁ」

 

 みんな使えねーと思ってると「美嘉」と後ろから声がかかった。立っていたのは幸せ満点な顔をした速水奏だった。

 

「何ため息ついてるの? 何かあった?」

 

 速水奏、その時に美嘉はハッとした。年下とはいえ真面目で大人びてる彼女なら人に言いふらすような事はしないだろうし、まともなアドバイスをくれる。

 何より、彼女には最近、好きな子がいる。突け入る弱みがある。

 

「あの、奏! 実は、相談したいことが……!」

「何よ、珍しいわね」

「奏しかいないの。他はなんかまたみんなダメで」

「酷い言い草ね……。何、どうしたの?」

「男子高校生が可愛過ぎて生きるのが辛い!」

「通報案件?」

「言葉を間違えただけだからスマホしまって!」

 

 危うく通報されるところだったが、なんとかされずに済んだ。

 大体の事情を説明すると、奏ですら一歩引いてやばい人を見る目で美嘉を眺めた。

 

「……あんた、大丈夫?」

「どういう意味⁉︎」

「いや、バカなのかなって。もしくは変態なのかなって」

「そうならないために相談してるんですけど⁉︎」

「手遅れ感が見え隠れしてるんだけど……」

 

 まぁ良いか、と思うことにして、何とか助言をひねり出すことにした。

 頭を捻った。可愛い男の子への愛を自制する方法……自分だったらどうするか。可愛い、といえば男ではないが文香だった。

 自分の中では保護対象である文香が何をするにも可愛い生き物だった場合……。

 一時間ほど脳内検索とシュミレーションを繰り返し、結論が出た。

 

「そう、保護。保護よ」

「は? ほ、保護……? 何言ってんの?」

「だから、その子を自分のお姫様だと思えば良いのよ。可愛いが自分より他の何かを優先し、見ていて危なっかしい子でしょ? つまり、自分がいないとダメな子。その子を愛でる、と思わないで護ると思えば変態的行為に出ないで済むと思うわ」

 

 流石、最近おかしくなって来た奏だ、中々の返事をしてくれた。

 

「ありがとう、奏! あたし頑張るよ!」

「ええ、頑張りなさい」

「で、奏もあるんでしょ? 惚気。今日は聞いたげる」

「ふふ、良いの? じゃあお言葉に甘えるわね」

 

 との事で、奏の惚気を聞くことになった。

 

 ×××

 

 その頃、城ヶ崎莉嘉は。

 美嘉の元を駆け出し、机の下に潜り込んだ。そこには自分が必要としている知識があるからだ。

 

「……と、いうわけで、お姉ちゃんに忍び寄る毒牙を追い払いたいんだけど、みんな何かない?」

 

 と、相談された相手は白坂小梅、佐久間まゆ、輿水幸子の三人だった。

 何事かな急に? といった表情をする三人に、莉嘉は引き続き言った。

 

「……なんで私?」

「まゆも相談されるような怖い体験はしていませんが……」

「何言ってんの? 二人ともトップクラスに怖いじゃん」

「あの……ボクは関係ありませんよね……?」

「近くにいたから! 知恵は多い方が良いからね!」

「……嫌な予感しかしないんですが」

 

 そんなわけで、会議が始まった。

 

「どうやってやっつける?」

「男の子を幻滅させるには、やっぱりホラーでは?」

「……だったら、怖い映画とか……?」

「そうですね。男の人はやはり頼り甲斐ですから。でも頼り甲斐のない人をいっそダメにして依存させるのも……」

「あの……ボクやっぱり関係ないような……」

 

 そんな会議を繰り広げられてるのを眺めながら、千川ちひろは「問題だけは起こさないでね」と切に思った。

 

 



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ゲーマーの体力はスペランカー並み。

 学校の昼休み。あれから屋上でお昼を食べながらモンハンをやるのが日課になって来た僕と美嘉先輩は、今日も屋上で集合している。屋上なら、13時までわざわざ待つ必要はないからな。

 先に到着したのは僕の方なので、一人でカチカチとモンハンをやってると、屋上の扉が開く音がした。

 

「お待たせー」

「あっ、せ、先輩……!」

「あー、いーっていーって。わざわざ立ってお出迎えしなくても」

「っ、す、すみません……」

 

 最近、パソコンで調べた感じだと、人と仲良くなるには何より礼儀らしい。

 なので、片っ端から礼儀正しい振る舞いを実行していた。

 相手に自分側に来ていただいたら「つまらないものですが」と何か品物を出すのが礼儀らしい。

 なので、僕の横に置いておいた、購買で買った飲み物を差し出した。

 

「これっ、つまらないものですが!」

「いやそんな気を使わないで良いって……」

「あ、あとこちらもつまらないものですがっ!」

「お菓子まで用意しなくて良いってば!」

「どうぞこちらにお座りください!」

「座布団⁉︎ わざわざ家から持って来たの⁉︎ てか待って、ちょっと待って!」

 

 待て、と言われてしまい、とりあえず黙ることにした。なんだろ……何か変、だったのかな……。

 

「あの、聞くけどなんでそんな唐突にそのような行動に出たの?」

「ぐ、ググっただけですが……その、コミュニケーションには礼儀が必要だと……」

「うん、もう努力は認めるけど空回りしてるから何もしないで」

「ええっ⁉︎」

 

 ひ、ひどい⁉︎ てか、空回りしてるの僕⁉︎

 かなりショックを受けてる僕の頭に美嘉先輩は手を置いた。

 

「もちろん、努力するのは間違ってないんだけどね……。毎回、明後日の方向というか、まぁそんな勘違いも可愛いんだけど」

「で、ですからっ、可愛いと言うのは、その……」

「とにかく、あたしと一緒にいれば少なくとも治せると思うから、だから一緒に頑張ろう?」

「は、はい……」

 

 はぁ……まぁ、姿勢を褒められただけでも嬉しく思わないとな。

 今日のお弁当担当は美嘉先輩なので、ありがたくお昼を頂戴して広げた。

 せっかく持ってきたので座布団の上に座り、食事開始。美嘉先輩は相変わらず料理が上手い。テレビでは自身を「カリスマギャル」と自称しているが、どう見ても「シュウトメギャル」だ。

 こんな料理を二日に一回食べられる僕は幸せ者だが、ファンにバレたら殺されると思うと気が気じゃなかった。

 

「どう? 美味いっしょ?」

「は、はい……」

「特にこの竜田揚げ、自信作だからマジ」

「そ、そうですね。とても美味しいです……」

「ありがと」

 

 竜田揚げと唐揚げの違いがわからない僕には素人な反応しかできないが。

 二人でご飯を食べてると、美嘉先輩が「あっ」と思い出したように言った。

 

「そういえばさ、玲くん今日暇?」

「今日ですか? 暇ですけど……」

「莉嘉がさ、ホラー映画観たいんだって。事務所の子に借りたDVDなんだけど、もし良かったら一緒に見ない?」

「ぼ、僕もですか……?」

「うん。苦手なら尚更」

「尚更⁉︎」

 

 うーん……あまり映画見ないから微妙だけど……。でも、美嘉先輩からせっかくお誘いをいただいたんだ。見ないわけにはいかない。

 

「い、行けますよ……?」

「そっか。良かった、ほんとに。じゃ、今日の放課後ね」

「は、はい……!」

 

 やったね、楽しみが増えた。少しワクワクしながら、食事を済ませてゲームを始めた。

 

 ×××

 

 時早くして放課後。僕と美嘉先輩は合流するなり、城ヶ崎家に向かった。電車に乗って降りて改札出て歩いてると、後ろからボグッと僕の腰に何かが突撃してきた。

 

「ひゃうっ⁉︎」

「玲くーーーーーん‼︎」

 

 な、何⁉︎ 痛い! 重い! てか腰死ぬ!

 支え切れずに盛大に前に倒れ、顎をコンクリートに強打した。い、痛い……死んじゃう……。

 

「へっへーん、玲くん倒したり!」

「じゃない!」

「痛い⁉︎」

 

 押し倒された僕の背中の上で喧しい声が美嘉先輩の声に怒られ、悲鳴を上げたのが聞こえた。

 後ろを振り返ると莉嘉さんが美嘉先輩に怒られていた。

 

「ほら、玲くんに謝って」

「やだ。それより早く帰ってみようよ、ホラー映画!」

「あっ! ……もう」

 

 さっさと走って行ってしまう莉嘉さんを眺めながら、僕は腰をさすりながら立ち上がろうとした。

 

「大丈夫? ごめんね?」

「い、いえ……これくらい……あっ」

「へっ?」

 

 ……あれ、立てない……。というか、腰が痛過ぎて力が入らないというか……ど、どうしよう……。

 

「……どうしたの?」

「たっ……立てない、です……」

「へっ?」

「こ、腰が、痛過ぎて……」

 

 すみません、肉体攻撃力防御力共に最低レベルなものでして……。

 情けなく這いつくばってる僕を見て、とても仕方なさそうに美嘉先輩はため息をつくと、今度は何か思いついたのか、ニヤリと微笑んだ。

 

「じゃ、おんぶしてあげる」

「……へっ?」

「立てないんでしょ? ほら」

「い、いえ! あ、あのっ……僕重いので……!」

「大丈夫、こう見えて昔から莉嘉のことおんぶしてたんだから。今ではアイドルで鍛えたりしてるんだし」

「で、でも……そんな子供みたいな……!」

「何? 抱っこが良い?」

「おんぶでお願いします!」

 

 なんにしても、動けない以上、僕に行動の選択権はない。美嘉先輩の背中にもたれかかり、おんぶしてもらってしまった。

 うう……男のくせに情けない……。というか、莉嘉さんはなんで唐突にこんな仕打ちを……。

 

「全然軽いじゃん。ちゃんと毎日食べてるの?」

 

 それは男の子の方のセリフだと思うんですけどね……。というか、いつも一緒にお弁当食べてるんだし、ちゃんと食べてるのは知ってるでしょ。

 最近、オンゲのイベントが忙しくて晩ご飯はカ○リーメイトになる事もあるけど、そんなこと言えば怒られてしまうので口が裂けても……なんて思ってると、僕が転んでた場所を見て、美嘉先輩が声を漏らした。僕のポケットから落ちたカ○リーメイトの箱が落ちていた。

 直後、ギギギッと背中の僕に顔を向けて、普段のキャピキャピした笑顔とは真逆のジト目で睨まれてしまった。

 

「……まさか、何かのゲームのイベントが忙しくてこれで済ませてる、なんて事ないよね?」

「っ、な、ない……です……」

「……」

「……た、たまに、あります……」

 

 拷問に鈍器も刃物も要らないと思った次第。

 

「……うち帰ったらお説教だから」

「は、はい……」

 

 そんな話をしながら再び城ヶ崎家に歩き始めた。周りに人がいないから注目は避けているものの、やはり制服を着た男が同じ制服を着た女の子に背負われて歩いてるのは恥ずかしい。

 そんな時だ。前から莉嘉さんが戻ってきた。

 

「お姉ちゃん早く……って、なんでおんぶしてるの⁉︎」

「あんたが突撃したからでしょうが」

「狡い! あたしも!」

「流石に無理だから!」

 

 そりゃ無理だろうね……。二人おんぶできる人なんているの?

 しかし、莉嘉さんは諦めない。何故か僕を恨みがましそうな目で睨みながらパワフルに駄々をこねた。

 ……仕方ないな。さっきよりマシになったし、歩けないことはなさそうだ。

 

「あの、僕降りますよ」

「歩けないんでしょ? いいよ、気にしなくて」

「いえ、さっきよりは楽になったので……」

「ダメ、あたしがおんぶする」

「有無を言わさない⁉︎」

 

 なんかおんぶしたがってる⁉︎

 しかし、そんなことを言うと莉嘉さんがぷくっと頬を膨らますのはわかりきった事だった。

 

「ずーるーいー!」

「ほ、ほら……莉嘉さんもこう言ってますし……このままでは、ご近所に迷惑を……」

「……もう、仕方ないなぁ」

 

 小さくため息をつくと、僕を下ろしてくれたので、何とか腰をさすりながら美嘉先輩を指した。

 

「莉嘉さん、どうぞ」

「ありがと、お姉ちゃん!」

 

 あれ? そこは僕にお礼を言うところじゃ……いや、別に気にしてないけど。

 

「まったく、なんであたしが莉嘉をおんぶしなきゃなんないの……」

 

 小声で毒づきながらも、おんぶしてあげてる美嘉先輩もやはり優しい方なんだなって切に思った。

 何はともあれ、これでようやく城ヶ崎家に歩みを進められる。僕の腰の痛みの所為でかなりゆっくりになってしまったが、何とか家に到着して、家に上がった。

 お邪魔します、と挨拶しながら手洗いうがいを済ませて、リビングへ。城ヶ崎姉妹は僕に「ソファーで待ってて」と言うと自室に戻って行った。

 しばらく待機してると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。階段を降りてくる音だ。

 

「お待たせー!」

 

 元気に挨拶したのは莉嘉さんだった。普段着に着替えていた。

 ああ、制服のままくつろぐとシワになっちゃうから着替えてきたわけか。てことは、美嘉先輩もかな?

 莉嘉さんは元気良く僕の隣に座り、机の上に置いてある紙袋の中からDVDを出した。

 鼻歌を歌いながら、ソファーから降りてテレビの下のプレ4をいじった。てか、この家プレ4あるんだ……。ワールド買うのかな?

 

「よし、準備オッケー」

 

 最後にコントローラを手にとって、再び僕の隣に座った。

 すると、制服姿の美嘉先輩が部屋に入ってきた。手には何かしらの箱を待っている。

 

「ごめんごめん、お待たせっ」

「あ、いえ……」

 

 あれ? てか着替えてたわけじゃないんだ。何の箱かなそれ。

 

「あの、着替えてたんじゃ……」

「へ? ううん、違う違う。これ貼らないと」

 

 手に持ってる箱は湿布だった。え、まさか僕のために……?

 

「す、すみません……」

「ううん、ほら背中出して」

「……へっ?」

「自分じゃ貼れないでしょ?」

 

 え、そんなわざわざ貼ってもらうような事じゃ……ていうか、女の人に素肌見られるの恥ずかしいんだけど……。

 

「ほら、恥ずかしがってる顔可愛い早く背中出して」

「今何かとんでもないセリフが聞こえたような⁉︎」

「いいから早く」

 

 な、なんか目が怖いんだけど……? ギラギラしてるというか、爛々としてるというか……。

 冷や汗をかきながらも、ソファーの上で正座して、莉嘉さんを退かして僕の後ろに座ってる美嘉先輩に背中を向けてワイシャツをめくった。

 真っ白な僕の背中が露わになり、そこに美嘉先輩と莉嘉さんの視線が注がれてるのを感じ、尚更恥ずかしくなってきた。

 

「ふわあ……こんな華奢な高校生の背中、初めて見た……」

「あっ、あのっ……早く、貼って欲しいのですが……」

「あと30分待って」

「30分⁉︎ 長くないですか⁉︎」

 

 思わず振り返ると、なんか目がヤバイ美嘉先輩と、真逆にすごい不機嫌そうな莉嘉さんが目に移った。

 

「わー、腫れちゃってる。痛そう」

「っ! いだっ、いだだだだ⁉︎」

 

 唐突に莉嘉さんが背中を爪の先端で突いてくる。北斗神拳を喰らってる気分だった。

 

「あ、コラ莉嘉!」

「あ、痛かった? じゃあこんなのは?」

 

 直後、今度は脇腹に指の先端が食い込み、こちょこちょと小まめに動かされる。

 

「ひゃわっ⁉︎」

「ぎゃー!」

 

 変に高い声が僕の口から漏れて、腰が前に急激に進み、後ろに頭がひっくり返った。

 後ろにひっくり返る、ということは頭は美嘉先輩の方に倒れるわけで、後頭部が柔らかい物の上に乗った。

 

「っ⁉︎」

 

 目の前にあるのは美嘉先輩の顔と胸、ということは僕の後頭部に当たってるのは美嘉先輩の膝……。

 

「何? 膝枕して欲しいの?」

「い、いえっ、あのっ……!」

「いいよ? ゆっくりして……」

「待って待って玲くん退いて腕が死んじゃう!」

 

 莉嘉さんの腕を巻き込んでしまっていたことに気づき、慌てて体を起こした。

 ふ、ふぅ、良かった……。莉嘉さんのお陰で素早く体を起こせた。腰の痛みを犠牲にして。

 ……湿布を貼るだけで大騒ぎしてるなぁ、僕達。

 今度こそ湿布を貼ってもらい、ホラー映画の鑑賞を始めた。僕の隣に美嘉先輩が座り、莉嘉さんがその膝の上に座っている。

 なんかドヤ顔で僕を見てきてるんだけど、僕そこに座りたいなんて言ったっけ……?

 なんか映画よりも美嘉先輩と莉嘉さんに畏怖を覚えてると、美嘉先輩がニヤニヤしながら言った。

 

「玲くん、怖かったらあたしの腕に抱きついて良いからね?」

「えっ? いや、そんな……」

「ダメ! お姉ちゃんに抱きついて良いのはあたしだから!」

 

 ……なんか、ギスギスしてるなぁ、この部屋。

 

 



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ムッツリスケベは妄想が得意な生き物。

ホラー映画が終わった。美嘉先輩も莉嘉さんも二人で抱き合ってガタガタと震えている。姉妹百合みたいだ。

登場人物は半分以上が霊によって死に、残ったのは主人公とヒロインのみ。死んだ者達の中には身体を引き裂かれたり、焼却炉に放り込まれたりと中々にグロいシーンもあったのでインパクトはあった。

……まぁ、その、なんだ。とりあえず、美嘉先輩も莉嘉さんも泣いちゃってるし、僕はやるべきことをしよう。

 

「あの、良かったらこれ……」

「「あ、ありがと……」」

 

ポケットからハンカチとティッシュを取り出して差し出した。二人ともそれを手に取り、涙を拭いたり鼻をかんだりする。

ようやく落ち着いた美嘉先輩が、グスッとしゃくり上げながら、僕を意外そうな目で見た。

 

「……ていうか、玲くんは平気なんだ。意外」

「いえ、見慣れた世界というか……むしろ大した事なかったというか……」

「え、なんか怒ってる? 珍しく眉間にシワ寄ってるけど……」

「え、そ、そうですか……?」

「う、うん……」

 

もしかしたらそうかもしれない。あまり気分は良くなかった。

 

「もしかして、怖いと不機嫌になるタイプ?」

「え、全然怖くなかったですけど」

 

今の一言が二人に火をつけた。ジト目で僕を睨むと、攻め立てるように声を荒げた。

 

「なんで怖くないの⁉︎ どういう事⁉︎」

「そうだよ! メチャクチャ怖かったじゃん!」

「霊とかにバンバン殺されてるんだよ⁉︎」

「あんな簡単に人がバラバラにされて……!」

 

……二人がこうして焦ってるのは珍しいな。なんだかからかいたくなってきてしまった。これが嗜虐心って奴か。

僕は小さくため息をつくと、美嘉先輩の頬に手を伸ばした。もちろん、触らないようにギリギリの場所で手を止めると、低い声で冷たく言い放ってみた。

 

「だって……僕も『レイ』ですから」

「へっ……?」

「えっ……」

 

二人の顔が真っ青になって行く。いや、思いつきで玲と霊をかけてみただけなんだけど。

 

「い、いや、あの……冗談ですよ……?」

 

微笑んで誤魔化すように言うと、二人ともぷくっと頬を膨らませ、クッションを顔面に押し付けてきた。

 

「〜〜〜っ⁉︎」

「な、何をいきなり言い出すの⁉︎ マジかと思ったじゃん!」

「そういう冗談は良くないよ!」

「お姉ちゃんはそんな子に育てた覚えはないよ⁉︎」

「なんでそういう意地悪するの本当に!」

 

そ、そんなに怒るなんて……ていうか、そんなに怖かったかな今……。でもちょっと楽しかったとは言えない。

2人に揉みくちゃにされたものの、何とか身体を起こした。そんな僕に美嘉先輩がジト目で僕を睨んで言った。

 

「まったく……まさかそんな意地悪い面があったなんて……!」

「す、すみません……」

「大体、なんで怖くなかったの? むしろ怖さしかなかったと思うんだけど」

 

え、なんでって……。

 

「だって、登場人物が霊含めてみんなバカだったから……」

「へっ?」

「最初に亡くなった木下さん、でしたっけ? あの人の死因は頭部切断でしたよね」

「お願い、それっぽく言わないで。怖いから」

「え、じゃあアンパンマンとか?」

「うん、さっきよりマシ」

「ま、まぁ……えっと、で、その時に切断した刃物も見つかってますから、それで霊は物理的な方法で人を殺したと分かったわけですから、こちらの攻撃も通るって事ですよね」

「え? う、うん、まぁそうかも……」

「大体、戦うしかない状況でも怯えて逃げるしかしないなんておかしいです。それなら石を投げるなり光を当てるなりして攻撃方法を探したりすれば決して倒せない相手じゃないでしょうに……それをせず、しまいには自分だけ生き残るためにお互い殺し合うなんて馬鹿げています。努力不足が目立つ話で……」

 

そこまで言って口が止まった。二人がドン引きした様子で僕を眺めていた。

……まずい、言いすぎたかな。でも、こう……なんだろ。ゲーマーとしては倒す手段や逃げる手段を模索してほしかった。

ドン引きした表情の美嘉先輩だったが、何とか笑顔を取り繕って、僕を試すように聞いてきた。

 

「そんなこと言って。実際、出たら怖がるくせに」

「あ、あー……そうですね。それを言われると僕も……」

 

霊的な何かが出たら……いや、人間と違って僕を怖がらせてから殺そうとしてくるし、習性として捉えればモンハンのモンスターと変わらない。

 

「……いや、敵のステータス次第でどうにかすれば勝てるんじゃないかな……」

「うわあ……」

「ステータスって……」

 

あれ、またなんかドン引きされちゃったな……。

まぁ、でもホラー映画を観た後だ。まだ怖さを感じてるのなら、ゲーマーなりに克服する方法はある。

 

「あの……もし怖いのでしたら、ホラーゲームでもやりませんか?」

「ぶっ飛ばすよ?」

「い、いえっ! その、ホラーゲームでお化けをガンガン倒せば……その、霊を倒して怖さを克服できると、思って……」

「いや、それも無理だから」

「玲くんってさ、バカなの?」

 

莉嘉さんにまでバカにされ、凹むしかなかった。そこまで言わなくても良いんじゃないですかね……。

 

「でも、ゲームをやるのは良いかもね。この前、パパが昔やってたゲームを物置で見つけたから、みんなでやろっか」

「ああ、あのいろんなゲームのキャラが出てきてステージから落とす奴?」

「そう」

 

スマブラか……。昔やってたってことは初代かDXかな? 何にしても加減が難しそうだ。

 

×××

 

ゲーム大会の途中、美嘉先輩+莉嘉さん+CPUvs僕という戦いだったが、手加減してようやく互角になってきた頃だった。

ふと美嘉先輩が時計を見ると、19時を回っていた。あ、そろそろ帰らなきゃかな?

 

「もうこんな時間じゃん」

「……あ、そ、そうですね」

「どうする? ご飯食べて帰る?」

「へっ? あ、あー……」

 

良い、のかな……? と判断させる間も無く、僕のお腹はグゥッと鳴り響いた。

 

「……お願いします」

「うん、素直でよろしい。じゃ、今から作るね」

「あ、僕もお手伝いを……」

「待って玲くん! 勝ち逃げはダメ!」

 

莉嘉さんに腕を引っ張られてしまい、ゲームを続行することになった。

でもなぁ、正直、美嘉先輩はともかく莉嘉さんはCPUより弱いからなぁ……。なんていうか、まだCPU三人の方が強いと言うか……いや、黙ってよう。言ったら怒られるし。せめて教えてあげようかな……。

そんなことを考えながら二人でゲームをしてると、ガチャっと玄関の開く音がした。もしかして、美嘉先輩のお母様かな?

 

「ただいま〜」

「あ、ママ! おかえりー!」

 

お母さんだった。今日は僕の勘は絶好調だ、なんてボケてる場合ではない。きちんと挨拶しないと。

大丈夫、僕はこんな時のために会話の方法を勉強したんだ。ほとんど、美嘉先輩に「それ使えない」と言われてきたが、それでもそれしか知識が無いなら、それを使うしかない。

相手のセリフをあらかじめいくつか予想しておき、それに関して答えるようにすれば良いのだ。帰って来たら娘の友達が来ていたお母さんの反応……そんなの決まってる。

 

『あら、美嘉からよく聞く宮崎くんかしら? いつも娘がお世話になってます』

 

……だろう。つまり、それに対して失礼のないような返事を考えねばならない……。

……よし、浮かんだ。僕の返事はこうだ!

 

『いえ、こちらこそ美嘉先輩にお世話になっています。お弁当、いつも美味しくいただいています』

 

これだー! さぁ、来い。美嘉先輩のお母さん。僕はいつでも応対できる!

ドキドキしつつ、少しだけワクワクも兼ねて待機してると、リビングにお母様がいらっしゃった。

 

「ただいま……あら?」

「あ、ママおかえり!」

 

莉嘉さんが元気良く挨拶した。僕と目が合うなりお母様はキョトンとした表情を浮かべたまま、僕に微笑みながら聞いて来た。

 

「えっと……どっちの彼氏かしら?」

 

予想外の質問が来た!

 

「かっ、かれっ……⁉︎」

「ママ、それあたしのコーハイだから」

 

しれっと美嘉先輩が口を挟んだ。し、しかし……美嘉先輩の彼氏なんて……そんな、僕なんかじゃ釣り合わないのに……。

 

「あら、じゃああなたが美嘉からよく聞く宮崎くんかしら? いつも娘がお世話になってます」

 

か、彼女ってことは……恋人同士がする営み……あんなことやこんなことをすることになったり……。(←むっつりすけべ)

 

「美味しいお弁当作ってくれるんですって? 私も食べてみ……あれ? 宮崎くん?」

 

だ、ダメだってそんな……! 僕、人の裸を見るどころか自分の裸を見るのも恥ずかしくて耐えられない人種だし、そういうのは恋人になったとしても……!

 

「ねぇ、美嘉? あの子、顔だけ界王拳みたいになってるけど、いつものこと?」

「え? あーうん、割といつもの……あれ? なんかいつもより……」

 

で、でもキスくらいはすることになると思うし……口と口をくっ付けて、舌を絡ませるなんて……は、破廉恥な……!

 

「ちょっ、宮崎くん? 湯気が……」

「……え、何。どうしたの玲くん……?」

 

あ、ダメだこれ……。僕には刺激が……。

ホラー映画を見ても気絶しなかった僕は、こんなことであっさりと意識を飛ばした。

 

×××

 

目を覚ますと、リビングじゃなかった。アレ、どこだここ……ああ、美嘉先輩の家か。

あれ、なんで僕寝てたんだっけ……あ、気絶したのか……。

あれ、なんで気絶したんだっけ……だめだ、思い出せない。

 

「あ、起きた?」

 

何処かから声をかけられ、身体を起こすと美嘉先輩が小さく手を振っていた。

 

「……あの、おはようございます……」

「うん。おはよう」

「す、すみません……事情は分からないのですが、気絶してしまって……」

「いいよ別に。気にしないでって言いたいとこだけど、なんで気絶したの?」

「いや、それがわからなくて……」

 

本当に心当たりがない。なんか思い出しちゃいけないようなことだったような……。

 

「ま、いいよそれならそれで。とりあえず、パジャマはあたしので我慢してね」

「はい……。……へっ? な、なんでパジャマが必要なんですか……?」

 

すると、美嘉先輩は無言でスマホの画面を見せて来た。電車の運行情報が載っていた。

 

『東武○上線、雷雨にて運行中止』

 

僕の精神が終わる音、確かに聞こえた。

 

 



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異性とのお泊りで困るのはその姉妹とのトラブル。

 どうしよう、困ったことになった。何が困ったってアレだ、まさかの先輩の女の子の部屋に泊まりになってしまった。

 どうしよう、困ったことになった。何が困ったってアレだ、まさかの先輩の女の子の部屋に泊まりになってしまった。

 どうしよう、困ったことになった。何が困ったってアレだ、まさかの先輩の女の子の部屋に泊まりになってしまった。

 

「……ふぅ」

 

 三回、現場を確認しても、なにも変わらなかった。そりゃそうだよね。

 でも本当にどうしよう、まさかこんな事になるなんて……。照れるとかそんなレベルじゃない。天元突破だよ、もはや。

 はぁ……なんでこんな事に……。いや、別に嫌なわけではないけど……。でも、そもそもどこで寝れば……。風呂場とか?

 とにかく、なんかもう色々と悩みは尽きず、一人でシャワーを浴びていた。

 

「はああああ………」

 

 ……ため息しか出ない。緊張しかしない。特にこれから何かあるわけでもないのに、何かある気がしまって。

 僕ってすけべなのかな……いや、でもエロ本もAVもエロ同人も読んだことないし……。

 と、とにかくあまり意識しないようにしないと。じゃないと眠れなくな……。

 

「玲くーん! パジャマと下着置いておくからねー!」

「わひっ⁉︎」

 

 り、莉嘉さん⁉︎ この人バカだから案外平気で入って来ちゃいそうな……!

 

「……何? どうしたの?」

「は、入って来ちゃダメですからね⁉︎」

「え、入らないけど……何言ってんの? 頭大丈夫?」

 

 世界で一番、心配されたくない人にされてしまった。しかも一番、心配されたくない人に。

 ……でも、今の僕の発言は変態っぽいかもしれない。

 

「じゃ、また後でねー。……にひひっ」

 

 恥ずかしさのおかげで最後の妖しい笑みが耳に入らなかった。

 このままではのぼせると思ったので、さっさと上がってお風呂を空けることにした。僕が一番最後だけど、僕一人のためにいつまでもガス代を無駄にするわけにはいかない。

 お風呂を上がり、身体と髪をバスタオルで拭いていたところで「あれっ?」と声を漏らした。

 そういえば、さっき莉嘉さんは「パジャマと下着」と言った。パジャマは美嘉先輩のものとして、下着って……お父さんの?

 と思って、タオルで体を隠しながら恐る恐る見ると、思いっきり女の子用の黒い下着が置いてあった。

 

「れ、玲くんまだ上がってな……あっ」

「へっ……?」

 

 美嘉先輩の声とともに開かれた洗面所のドア。当然、美嘉先輩が顔を赤くして立っていた。

 

「あっ……」

「あっ……」

 

 っ、み、美嘉先輩にっ……! た、タオル越しに僕の裸っ……!

 

「き、きゃああああああああ!」

「いやあたしの悲鳴なんだけどそれ……」

 

 そう冷静に言われ、僕も少し正気に戻り、お風呂場の中に逃げ込んだ。湯気でまた体が濡れてしまうが、それでも裸を見られるよりマシだ。

 

「……玲くん?」

「っ、にゃっ……なんですかっ……?」

「あーその……下着、あたしのだから……」

「は、はい……」

「……見た?」

「いえ、ギリギリ見てないです……」

「なら良いけど……」

 

 ……ガッツリ見えたけど、見たと言えば死が待ってる気がしたので首を横に振った。

 すると、向こうから「そっか」とホッとしたような声が聞こえた。

 

「あの、下着は悪いんだけど用意出来ないから……」

「あ、分かりました」

 

 まぁ、どうせ明日の朝にはお暇するんだし、そのくらい問題ない。そんな事よりも股間見られたことの方が問題なんだけど……。

 

「じ、じゃあ出てるね?」

「は、はい……」

 

 ようやく出て行ってくれて、改めて洋服を着た。

 うー……気まずい……。何これ、どうすれば良いのこれ……。しかも、これ着てるの美嘉先輩のパジャマなんだよな……。不思議とピンク色のフリフリな柄が気にならないんだけど……。

 でも、ここを出ないわけにはいかない。なんか色々落ち着かずにお風呂を出て、美嘉先輩の部屋に入った。

 中では、流石に顔を赤らめてる美嘉先輩が正座して待っていた。

 

「あ、れ、玲くん……」

「ど、どうも……」

「今日はあたし、莉嘉の部屋で寝るから」

「す、すみません……なんか、追い出しちゃったみたいで……」

「ううん、仕方ないよ」

「……」

「……」

 

 ……なんていうか、気まずい……。

 

「あ、だ、大丈夫! 莉嘉はやっつけておいたから!」

「へ? や、やっつけた……?」

「今頃、ママにお尻叩かれてるんじゃない? あとで謝らせるから」

 

 そんなやんちゃ坊主の体罰みたいな……。一応、中学生だろうに……。

 まぁ、自業自得なのでそこは触れないでおいた。さて、寝ようかな、と思ったが、美嘉先輩が何故から部屋から出て行かない。

 

「玲くん、明日とか暇?」

「は、はい……」

「ならモンハンやらない?」

「へ? い、今からですか……?」

「うん。ほら、早く」

 

 ま、まぁ良いけど……。

 とりあえず、3○Sをカバンから出した。茶化すように美嘉先輩がクスクスと微笑みながら言った。

 

「ふふ、似合うね。そのパジャマ」

「や、やめてください……!」

「ジョーダン、ジョーダン。いや半分本気だけど、ほらモンハンやろうよ」

 

 半分本気でも怪しいんですけど……。というか怖いんですけど……。

 少し恐怖しながらモンハン開始。集会所に入り、のんびりと狩りを始めた。

 美嘉先輩はバルファルクなんか簡単に倒せるようになったので、今は二人でラオシャンロンスピード記録に挑戦している。山手線みたいに瞬殺される記録じゃなくてするほうの。

 ……しかし、渋谷ってなんてあんな下手なんだろう。絶妙に下手なんだよなぁ。抜刀したまま走る、敵の攻撃が飛ぶ方に避ける、味方がダウン取った時にピヨる、あそこまで典型的なヘタクソは珍しい。

 そんな事を考えながら二人でラオシャンロンを開始した。さて、スピード記録なら手は抜けないな、本気でやろう。

 

「あ、先輩。今上来れば乗れますよ」

「あ、先輩。そこでバリスタ五発お願いします。それでダウン取れると思うんで」

「あ、先輩。今、撃龍槍お願いします。弱点に当たるんで」

「あ、先輩」

「……」

 

 二人でギッタギタにしてると、美嘉先輩が僕をジト目で睨んでるのが見えた。

 

「……な、なんですか?」

「……玲くんとラオシャンロンやってもつまんない」

「えっ」

 

 何それショック。なんかもう死んじゃおっかなー、どうせ生きてても生き恥晒すだけだし。

 

「だってこれさ、あたしと玲くんのスピード記録というより、玲くんのスピード記録じゃん」

「そ、そんなこと……」

「あるよ」

 

 ……そ、そうかな……。美嘉先輩のダメージ量もちゃんと測ってギミックとか使ってるから、そんなことないと思うんだけど……。

 

「やめよ、普通にやろう」

「す、すみません……」

「ううん、あたしじゃまだ玲くんと肩を並べるのは早いってことだよね……」

「そ、そんなことは……」

 

 す、拗ねちゃったかな……。なんだか申し訳ない。もう少し下手に上手くやった方が良かったかな……。何それ、哲学?

 どうしたら良いのか分からず、うだうだ悩んでると、美嘉先輩がにひっと微笑んで、僕のおでこに人差し指を置いた。

 

「なーんて、嘘嘘。ちょっとトイレ行ってくるね?」

「あ、は、はい……」

 

 美嘉先輩は部屋を出て行った。

 はぁ……美嘉先輩につまんないなんて思われるなんて……。これだけで自殺する動機にはもってこいなんだよなぁ……。

 もう少し手を抜いておいた方が良かったのかもしれない。そんな事を考えながら僕の3○Sを脚、美嘉先輩の3○Sを両手で持ってラオシャンロンを再開した。

 足でやるのは久し振りだ。中学の時以来。高速で20本の指を動かしていた。

 

「ねぇ、玲く……何してんの?」

「ん……?」

 

 顔を上げると、涙目の莉嘉さんが何かのゲームのパッケージを持っていた。多分、3○Sかな?

 

「……なんですかそれ?」

「ゲームだけど……目を離して良いの?」

「……平気ですよ、もう終わりますから」

 

 すると、目的達成のBGMが鳴り響いた。あー、疲れた。明日は足が筋肉痛かもしれない。

 3○Sを床に置いて、莉嘉さんに向き直った。

 

「あの……それで、何か? あと、それなんですか? なんのゲームですか?」

「ゲームに食いつきすぎ……。その、ママに怒られたから、謝りたくて……」

 

 なるほど、まぁ良いよ。そういうのは慣れてないからこそ、鈍感になっていて効かなくなってる。

 

「別に、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」

「で、でも……お姉ちゃんに聞いたけど、その……玲くんの、恥ずかしいところを、見ちゃった、みたいだし……」

 

 ……それは言わないで欲しかったなぁ。少し忘れかけていた所だったのに……。

 

「それで、その……お詫びに、ゲームを持ってきたんだけど……」

「許しました」

「だからゲームに食いつきすぎだから……」

 

 そう言いながら、僕の前に正座する莉嘉さん。で、珍しくしおらしく申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「その、ごめんなさい……」

 

 ……本当に反省してるみたいだな。そんなに気にすることないのに……なんて言えない。本気で反省してる人にそんな言葉をかけても尚更、気にするだけだ。

 してあげれば良い事は、昔お母さんに謝った時にしてもらったことをしてあげれば良い。

 僕も座ったまま莉嘉さんの前に歩き、頭を撫でてあげた。

 

「大丈夫ですよ、莉嘉さん。でも、次からは気をつけてくださいね。僕は平気ですが、他の男性の方の中では本気で怒る方もいらっしゃると思いますから」

「……でも、玲くんを傷付けちゃったし……」

「良いんですよ、僕は。僕で人を茶化して良い限度を覚えれば良いんです。それより、美嘉先輩に謝って下さい。美嘉先輩も下着を異性の僕に見られてしまったんですから」

 

 そう言いながら頭を撫でてあげてる途中でハッとした。莉嘉さんって中学生だったよね……。

 ガキ扱いされたら腹を立てる年齢だ……。撫でてあげたのはセクハラっぽいしマズイかもしんない……!

 というか、僕がどのツラ下げて言ってるんだ。人とコミュニケーション取ってこなかった奴が、人とのコミュニケーションで限度を覚えろとか何様だよ本当に。

 今更になってハラハラしてると、莉嘉さんが泣き止んだ笑みで僕を見上げていた。

 

「玲くん」

「え、な、なんですか……?」

「玲くんって、優しい人なんだね」

「え、そ、そんなことないですよ?」

「ありがと、じゃあお姉ちゃんに謝ってくるね!」

 

 そう言って、元気良く莉嘉さんは出て行った。まぁ、素直に謝れば美嘉先輩は許してくれるだろう。

 とりあえず、画面に目を戻してクエスト報酬を受け取った。

 ……あ、天鱗落ちた。ごめんなさい、美嘉先輩。頭の中で合掌して3○Sを閉じた。

 そういえば、莉嘉さんが置いていったゲームってどんなのだろう。気になったので手を伸ばそうとしたときだ。部屋の扉が開いた。

 

「よーっす、玲くーん?」

「っ、せ、先輩……」

「人の妹を誑かすいけない子はどこかなー?」

「た、誑かしてなんかないですよ……」

 

 そんな恐れ多いこと出来るわけない。大体、僕はロリコンじゃないし。

 

「それより、良いこと言うじゃん。コミュ障のくせにあんな分かったようなこと言っちゃってさ」

「……自分でも、言ってて思いましたよ……」

「でも、一つだけ違うよ」

「へっ……?」

「玲くんが莉嘉のために傷ついて良いなんてことないから」

 

 ……なんで? 別に僕は気にしちゃいないけど……いや、気にはしてたけどゲームすれば治るし……。

 

「そんなんじゃ、玲くんの方が保たないから。どうしてもそういうの溜め込んじゃうなら、あたしに言って。あたしが玲くんを慰めてあげるから。ね?」

「……」

 

 美嘉先輩の言動に少し感動してしまった。僕をそんな風に思ってくれる人なんてこの世にいなかったから。

 その事が嬉しくて、でも何処か気恥ずかしくて思わず俯いてると、ニヤリと微笑んだ美嘉先輩がしゃがんで僕の頭を撫でてくれた。

 

「おー? 照れてるのかなー?」

「ううっ……」

「ふふ、じゃあ、モンハンの続きやろっか」

「あ、は、はい……」

 

 そう言って、夜中までゲームして仲良く寝落ちした。

 

 




深夜テンションですごい恥ずかしい話をしてしまいました。死にたい。


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事務所にて(4)

 翌日、美嘉が目を覚ますと目の前で玲が眠っていた。

 目の前で男の子が眠ってる状況に焦って、一瞬だけ顔が赤くなったが、玲であることを思い出してすぐに顔色が戻った。

 むしろ、可愛い生き物を見つけたような赤みに変色する。女の子のようなサラサラのショートヘア、閉じた瞼から生えてる長い睫毛、控えめに主張するような高い鼻、形の良い桜色の唇、全てが美嘉のお気に入りだった。

 そのお気に入りの頬をニヤニヤしながら突いた。

 

「……これで男の子なんだもんなぁ」

 

 意外と頬が柔らかい、もしかしたらムッツリさんなのかも、と思いながら写真をパシャパシャパシャパシャっと撮り、待ち受けに保存した。

 さて、そろそろ起きないとと思って身体を起こした。本当は玲が起きるまで横で寝たフリをしても良かったけど、それは流石にやりすぎな気もした。

 下で朝ご飯でも作ろうと思ったときだった。自分の身体に布団がかかってるのに気づいた。莉嘉が自分より早く起きるのはあり得ないし、両親も休日は眠っている。

 ……つまり、もしかしたら自分より長く起きていたかもしれない少年しかありえないわけだ。

 

「ふふ……優しくて可愛いなんて、本当に可愛いなぁ」

 

 玲の方を見ながら、頭を撫でてあげようとする美嘉の手が止まった。

 何故なら、身体を横にして眠っていたからだ。正確にはそこは別に問題ではない。しかし、身体を横にしてる、ということは大抵の場合が丸まるように眠っているということだ。

 

 それはつまり、お尻を突き出して寝ているように見えるわけだ。

 

 しかも、玲は自分に布団をかけていなかった。それで身体を曲げて寝てるということは、ほぼ確実に背中のパジャマは捲れてしまうわけで。

 

「はっ、はわわわっ……」

 

 美嘉の顔は徐々に赤く染まっていった。可愛すぎて。

 どうしよう、このままでは襲ってしまう。いや、強姦的な意味じゃなくて、膝枕して頭を撫でてあげてしまうと言う意味で。

 そんな美嘉の気も知らずに、玲は「すぅ、すぅ」と小さく寝息を立てて眠っている。無音じゃないのがまた美嘉のウィークポイントに突き刺さっていた。

 

「って、さ、流石にダメだって……!」

 

 手が勝手に出そうになって、美嘉は自分の腕をチョップした。どんなに愛でても、嫌われて仕舞えば元も子もない。

 ……元も子もないのだが、どうしてもお尻が気になってしまった。頭の中で自問自答を繰り返した結果、人差し指をピンッと立てた。

 

「……つ、突くくらいなら良い、よね……」

 

 ちょっと、ちょっとなぞるだけ……起きない適度に……そう言い聞かせて、人差し指を近づけた時だった。

 

「……え、何してんのお姉ちゃん」

「えっ」

 

 莉嘉が部屋の扉の前で立っていた。その顔色は赤くなったものから徐々に青ざめていく。

 で、口元に手を当てて恐る恐る呟くように言った。

 

「……痴漢、ショタコン……お母さんに、言う……!」

「リアルな反応やめて!」

「だって……人差し指で、ナニするつもりで……」

「待って、お願いだから待っ」

 

 待たれなかった。お母さんに言われてしまった。

 

 ×××

 

「そんなわけで、本当にやばいのあたし」

 

 相談したのは凛、卯月の二人。二人とも彼氏がいて、ノロケ話を聞いた感じだと可愛い系だと言うらしいので、これ以上にない適任者だと思ったのだ。

 しかし、その二人も表情を曇らせて、ジト目で美嘉を眺めた。

 

「……変態じゃん」

「流石に私もそれは……」

「ええっ⁉︎ な、なんで……! いや、ヤバイのはわかるけどそこまで言う⁉︎」

「言うよ、だってお友達同士でしょ?」

「彼氏ならもう所有物みたいなものですが……付き合ってもないのにお尻を突くのは……」

「セクハラだよね、電車の中のおっさんと一緒」

「はい。逆でも当然、捕まります」

 

 正論と猥褻容疑の一斉全射撃で美嘉の心はすでに蜂の巣だった。たしかに自分でも中々にぶっ飛んでると思うけど、歳下にそこまで言われると思ってなかった。

 

「……はぁ」

「とにかく、自制した方が良いよ。その方が、その可愛い子のためだから」

「私もそう思います。そう言うのは付き合ってからにしましょう」

 

 いや付き合ってからもどうかと思うが、付き合う前にやる事ではないのは確かだ。

 小さくため息をついて、スマホを取り出した。映ってるのは今朝の寝顔だ。可愛さナンバーワンだと思ってるが、今は罪悪感しかない。

 

「はぁ……」

「何見てるんですか?」

「ん、今朝の寝顔。可愛いよ、見る?」

「まぁ、うちのナルには負けるけどね」

「いえいえ、皐月くんの方が可愛いですから、名前も」

 

 二人ともそんなことを言いながら手元のスマホの画面を見ると、秒で固まった。可愛いとかそんな話じゃない、漏れた感想は一つだ。

 

「……え、女の子?」

「お友達ですか?」

「いや、男の子。玲くん」

「「男⁉︎」」

 

 二人して素っ頓狂な声を上げた。

 

「男の子だよ」

「ね、寝顔だけだと本当に分からない……!」

「男の子の面影が一切ない……!」

「でしょ? 可愛いでしょ? 目を開ければ少しは男の子のオーラあるんだけどね」

「……で、でも性格はナルの方が可愛いから」

「皐月くんの方が名前も女の子っぽいです」

「いや、あんたら何を競い合ってんの?」

 

 しかし、彼氏が出来て秒で襲った組がそう言うなら、もしかして自分の知り合った男の子は本当に可愛いのかもしれない、そんな風に思いながら寝顔を眺めた。

 

「ほら、これ目が開いてる時の玲くん」

「……あ、ホントだ。少し男の子になった」

「でも、やっぱり女の子みたいではありますよね……」

「これは愛でても仕方ないよねっ?」

「「いやでもお尻触るのはない」」

 

 声を揃えられ、肩を落とした。割と二人とも容赦なくて、さらにゴリゴリメンタルを削られていった。

 そんな美嘉を無視して、凛が美嘉に聞いた。

 

「ていうか、そのあとお母さんに怒られたの?」

「かなりね……。怒られた、というか悲しそうな顔された。あと、玲くん帰るときにお金渡されてた」

「お金で解決したんですか⁉︎」

「当の本人は何も知らないのにね」

 

 今でも「娘を嫌いにならないであげてください」「へ? あ、あの……」「これから迷惑をかけることも多いと思いますのでどうか……」「い、いえ……そんな……」「ところで近々、フォ○ルアウト発売されますよね」「いただきます」という会話が頭に残ってる。

 

「うん、まぁ知らない方が良いよね、多少アレな方法でも」

「そ、そうですか?」

「だって、例えば卯月が今になって彼氏に『実は寝てる間にイタズラしてた』みたいに言われたら?」

「……それはそれで嬉しいかもしれないですけど……」

 

 頬を赤らめながらそんなことを答える卯月にドン引きしながらも「自分でもそうかも……」と思った凛も大概だ。

 その様子をなんとなく察した美嘉は「なんかこの子達、あたしよりレベル高いかも」とか思い始めた。

 で、ちょうど良いタイミングで本田未央が顔を出した。

 

「おいーっす、3人の共なんの話してんの?」

「あ、未央」

「ちょうど良いや、未央ちゃんにも聞いてみませんか?」

「そうだね」

「お、なになに? 未央ちゃんのお力が必要な感じ?」

 

 この時、彼女は既にライオンの群れに放り込まれたシマウマになっていた。

 ニコニコと自然な笑みを浮かべた3人、美嘉、卯月、凛が順番に質問した。

 

「男の子のお尻を突くのって付き合ってからだと思う?」

「付き合う前にして良い事だと思います?」

「あ、男の子ってか男の娘ね」

「え……ほんとなんの話してんのみんな」

 

 文字通り一歩引いたがもう遅い。凛が無音で背後に移動し、未央の肩に手を置いていた。

 

「……え、ごめん。本当に待って。何の話?」

「聞いたままだけど?」

「そうですよ? 男の子のお尻の話です」

「卯月、その言い方はヤバイよ。お尻を触ることの話」

「いやしぶりんも大分ヤバイけど……」

 

 知らない間にニュージェネは文字通り新たな世代に入ってしまっていた事にショックを受けた。「この人達、私の知ってる人じゃない」的な。

 しかし、そうも言っていられない。三人の目は笑ってても真剣だからだ。

 

「あ、あー……まぁ、流石にそういうスキンシップは付き合ってから、かな……?」

 

 目を逸らしながら上手い言葉選びでそう回避した。すると、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がったのは美嘉だった。

 

「なんで⁉︎」

「なんでって……普通にセクハラだしそれ……」

「だって相手可愛い男の娘だよ⁉︎」

「いやだから?」

「あんな風にお尻突き出して寝てたら気になるって!」

「いやあんな風とか言われても……」

 

 見てない未央には分からない。なので、美嘉も切り札を出すことにした。

 自分の待ち受け以外の写真を見せた。顔のどアップではなく、寝てる全体写真だ。

 

「えっ……本当にお尻出してる……」

「てかなんでこんなにお尻が強調されて見えるんだろう……」

「丸まってるだけなのにね……」

「でしょ? つつきたくなるでしょ?」

「「「いやそれはないけど」」」

 

 ハッキリと否定されて普通に凹む美嘉に、未央は続けて聞いた。

 

「ていうか、美嘉ねえはその子が好きなの?」

「は? うん。超好き」

「や、そういうんじゃなくて、彼氏にしたいとか」

「いやいや、それは勿体無いよ。弟にしたいの」

「彼氏より弟が上なんだ……。そんなにどストライクなんだ、この子の寝顔」

「もちろん、外見だけで決めたわけじゃないからね? ゲームは教えてくれるし、雨降ってるのに傘貸してくれるし、優しくて良い子だからほんとに」

 

 そう言われ、未央も卯月も凛も顔を見合わせた。

 

「……え、結局どっち?」

「だから好きだよ?」

「いやそういうんじゃなくて……」

「恋人にしたいとか……」

「や、だからそれは無いってー」

 

 笑いながら反論したものの、三人とも何処か納得いかなさそうな顔を浮かべる。

 

「……何?」

「や、なんでもない」

「一線は超えないようにしてくださいね」

「せめて付き合ってからするようにね」

「本当に違うから。大体、あたしの彼氏にするならもっとこう……守ってくれそうな漢らしさがないと」

「「「へー」」」

 

 三人が「はいはい、フラグ乙」とか思ってると、仕事とかレッスンの時間になったので動き始めた。

 

 ×××

 

 仕事が終わった帰り道、美嘉は電車に乗っていた。帰宅してる時だ。

 さわっ、と太ももの当たりを触られる感触がスカート越しに伝わって来た。

 

「っ……?」

 

 たまたま当たっただけ? なら冤罪だから騒げない……と、思ったが明らかに触って来ている。

 痴漢だ、なんて一発で分かった。だが、叫べない。恐怖で唇が震えてしまう。普段、莉嘉には何かあったらとにかく叫べ、と言ってるが、そんな簡単な話ではなかった。

 震えてる間に、手はスカートの中に入り、下着とお尻の間に侵入しようとする……そんな時だった。

 その手が急に引き剥がれた。

 

「っ、ち、痴漢です……!」

 

 聞き慣れた声が背後から聞こえた。反射的に痴漢の手から逃げるように距離を取ると、宮崎玲が左手で男の手を握っていた。

 

「バッ……違ぇよ!」

「し、写真撮りました! ほんとに! ほ、ほら、ほら!」

 

 右手でスマホの画面を見せる玲。そんな事をすれば男はイラっとするに決まってる。

 周りの客から「え? 痴漢?」「うわ、ほんとにする奴いるんだ」「通報する?」などと注目が集まる。

 その直後だ。パニックになったのか、それとも玲の騒ぎ方がイラっとしたのか、顔を真っ赤にした男が拳を玲に振るった。

 顔面に直撃し、満員電車の中で後方にぶっ飛ばされた。

 

「うあっ……⁉︎」

「このクソガキ……‼︎」

 

 頭に血が上って、今にも追撃が来そうな時だ。他の乗客が男を取り押さえた。

 そんな中、美嘉が慌てて鼻血が垂れてる玲を抱き起こした。

 

「れ、玲くん⁉︎ 大丈夫⁉︎」

「……」

「玲くん……! 玲くん! き、救急車……!」

 

 ワンパンで意識を失い、搬送された。

 

 



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死んでも異世界転生はない。

 ここはどこだろう、夢の中か? 辺りは一面真っ暗で、何の影も見えない。

 ブラックホールの中に吸い込まれたような感覚だ。身体は浮遊していてるように軽く、手や足で空気を蹴ればどこまでも進みそうだ。

 ていうか、本当にここどこ? ……あ、もしかして、ゲームの世界にいよいよ入り込めたのかな?

 だとしたら、神様には感謝せねばならない。神様のおかげで、僕はいよいよ次元をワープし、望む世界に行けたわけだ。今はゲームの世界を周りの環境に映し出すロード中なのだろう。

 ギャルゲー、エロゲー、乙女ゲー以外ならどんなゲームでも構わないさ。僕が、トッププレイヤーを目指せる世界へ!

 

『……ん』

 

 ん? なんだ? 何か聞こえたような……。

 

『……い、くん』

 

 い、くん? 胃訓? 胃の教訓的な? そんなの食べ物溶かして栄養吸ってくれれば十分なんだけど。あれ? 確か胃ってそんなんじゃなかったっけ?

 

『……れい、くん……!』

 

 違った、僕の名前だこれ。ははーん、さてはアレだな? ゲームが始まる前によくあるモノローグ。

 つまり、僕は死にかけスタートってとこか? 死ぬほど痛いんだろうけど、その辺の痛みはシステム的な何かしらのバックアップで緩和してくれるだろう。

 そうなると、僕の最初のセリフが肝心だな……。なんだろ、かっこよくいきたいよね。現実世界だとかっこよさのカケラもない人だったから。

 例えばー、こう……「大丈夫だ……! まだ俺は戦え……!

 

「玲くん!」

「ーっ⁉︎」

 

 大声が耳元で聞こえ、慌てて目を開いた。

 場所は……何処かの駅かな? どんなスタートだろ。それどころか、美嘉先輩の泣き顔が目の前に見える。なんで泣いてんの?

 ていうか、顔面が超痛い。泣きたいのはこっちの方なんだけど。システムのバックアップ仕事してよ。

 

「……みか、せんぱい……?」

「もう、バカ! 何、無茶苦茶してんの⁉︎」

「えっと……大丈夫、まだ俺は戦え……」

「いいからじっとしてて! もう直ぐ救急車来るから!」

 

 え? 救急車? えらく現実的な夢なんだな。つまり異世界ではないってことだ。

 現実のゲームも大好きですよ。来年、発売のス○イダーマン、超楽しみです。あれ現実って言って良いのか分からんけど。

 そんなこと思ってると、ポタポタと水滴が僕の頬に垂れて来た。冷たくなく、むしろ暖かい水滴が美嘉先輩のぐちゃぐちゃになった顔から流れ落ちて来る。

 ……あれ、なんかヤケにリアリティあるな……。これ、ほんとにゲーム? てか、そもそも、なんでゲームに美嘉先輩がいんの?

 いやいや、よくわからないけど安心してくださいよ。これから僕専用の固有BGMが流れて秘められた力が覚醒し……ていうかほんと顔痛い。泣きそう。

 

「……ぁ、あの……何が、どうなって……」

「黙ってて!」

 

 えぇ〜……。現状について何も教えてもらえないまま、救急車に搬送された。

 

 ×××

 

 僕は痴漢から美嘉先輩を守ったらしい、殴られたから記憶が飛んでるけど。

 奇跡的に骨に異常はないそうだ。ただ、もちろん腫れ上がってしまってるため、軽く処置は施してあるが。

 それでも、顔面を殴られたわけだから、脳に異常が出ないかーとかこれから何か起こることもありうるので、念の為、1日2日は入院しなければならない。お見舞いに来てくれた両親と会話した後には病院は閉館時間になり、そのまま就寝。

 で、今はその翌日だ。警察と346事務所から感謝状をいただけることになった。あの犯人、割と常習犯だったそうだ。釈放された時が怖い。

 いや、人に褒められるのは本当に慣れてないからずっと緊張してた。

 特に、警察の事情聴取の時にいた、元ヤンだけど色々あって転校して来たっぽい僕を助けてくれた人の顔が怖かった。

 ……ていうかあの人、ゲームやってる僕にはかろうじて見えたけど、一秒間で16発叩き込んでたんだけど。ほんとに人間?

 さて、そろそろゆっくりゲームでもさせてもらおう。両親は仕事だし、もう僕に用がある人はみんな来ただろうし、僕は僕で集中しても問題ないだろう。

 両親に持って来てもらった、家用のメガネを装備し、3○Sを開いた時だ。また病室の扉が開いた。顔を出したのは美嘉先輩だ。

 

「ーっ!」

「あっ……」

 

 なんだろ。この気まずさ。わざわざ来てくれたんだし、お礼言わなきゃいけないのに……。

 

「……て」

「へっ?」

「……めがね、外して」

「は、はい……」

 

 なんでそんな悔しそうな顔……。ていうか、なんで美嘉先輩は僕のメガネかけてる姿を嫌がるんだろ。

 ……もしかして、かなりブスになるのかな。それなら確かにかなり恥ずかしいし、メガネは本当に家用にしよう。

 メガネを外し、美嘉先輩に顔を向けた。

 

「ど、どうも……」

「う、うん……。入るね」

 

 さっき、感謝状の件の時に来てたんだけどな……。なんでわざわざ二回も来てくれたんだろう。

 ベッドの隣に椅子を置いて、チョコンと座る美嘉先輩。珍しくしおらしい様子に何故かビビってしまった。

 

「……あ、あの……先輩? どう、しました……?」

「……うん、その……感謝状とかじゃなくて、とにかく謝りたくて……」

「へ? と、とにかくって……?」

「ごめんね」

「……何がですか?」

 

 や、ほんとに何のこと? 謝られるような事されたっけ……?

 しかし、美嘉先輩の謝罪は止まらない。涙目で俺を眺めたまま頭を下げた。

 

「だ、だから……その、色々あったでしょ。あたしの所為で、そんな目に遭って……」

 

 あ、あー……そういうことか。別にそんな頭を下げられても困るだけなんだけど……。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。骨に異常はありませんから」

「で、でも……!」

「そんな謝らないで下さい。先輩が無事で良かったです」

 

 よく、ゲーム攻略サイトの広告で電車の中の痴漢から強姦に発展するから気を付けましょうっていう漫画による広告が出てるからなぁ。あんな事態にならなくて良かった。

 しかし、警察もなんでわざわざ漫画風にしてあんな広告を出すんだろう。あれじゃエロ漫画の広告じゃん。

 

「……で、でも……お医者さんが言うには、危なかったって……頬の、三カ月って急所に当たってたら、亡くなってたかもって……」

「えっ……そ、そうなの?」

 

 それは初耳学……。

 

「だから、その……本当に、ごめんなさい……」

 

 ショボンと肩を落とす美嘉先輩を眺めて、僕は心底思った。

 ……ああ、この人、莉嘉さんと凹んでる姿がとてもそっくりだな、と。

 顔は何処と無く面影あるなーとか思っていたけど、相手に申し訳ないと思うと涙目になる所や、肩を落として無意識に頭を下ろす所とかそっくりだ。

 だからだろうか、僕の手も無意識に動いて、美香先輩の頭に乗せられていた。

 

「そんなに、気になさる必要はありません。僕が、勝手にやった事ですから。それよりも、本当に先輩が無事で良かったです」

 

 そう言いながら頭を撫でたところで、僕は目の前の女の子が莉嘉さんじゃないことを知った。

 あ、やばい。顔を真っ赤にして震えてる……。というか、僕は先輩相手に何をしてんだ。こんな人の頭を撫でるなんてだけでも失礼なのに年上の人とあれば尚更でしょしかも今の僕のセリフの内容はなんだ何が勝手にやっただけだラノベのムカつく主人公か恥ずかしい消えたい。

 ノンストップで後悔してると、美嘉先輩が顔を上げた。キッと真っ赤な顔で僕を睨んでいる。

 

「っ、す、すみません頭触ってごめんなさい訴えないで!」

 

 慌てて左手で頭を庇うようにガードし、撫でてた右手を引っ込めようとすると、その手を美嘉先輩が掴んだ。

 え、何? もしかして現行犯逮捕で通報するつもり? すみませんって謝ったのにそりゃないですよホント勘弁してください感謝状もらったその日に訴訟とかどういう奴だよ僕は……!

 なんて涙目で心の中で弁解してると、美嘉先輩は僕の手を自分の頭の上に乗せた。

 

「……へっ?」

 

 な、何してんの? と思ったのもつかの間、真っ赤になった顔で美嘉先輩は言った。

 

「……も、もう少しだけ」

「……何がですか?」

「も、もう少しだけ、このまま……」

「……?」

 

 な、このままって……ゴッドフィンガー? そんなわけないよね。え、撫でてろって事? しかし、このままって言うなら僕もそうするしか……。

 控えめに手を動かすと、美嘉先輩は少し嬉しそうに「えへへ」とはにかんだ。

 ……え、何この人。可愛い……って、だから上から目線で何を抜かしてるんだ僕は! ええい、死ね! 引っ込め僕! 今すぐ光の粒子となって地球の裏側まですっ飛べ!

 そんなことを思ってる時だった。病室の扉が開いた。

 

「玲くーん! お見舞いに来たよー!」

「大丈夫ー? 生きてるー?」

「おい、二人とも病院で大きな声はよせって……!」

「そうだよ。ていうか、かれんは『生きてる?』はないでしょ」

「お見舞いにリンゴ買って来てあげたよー」

 

 莉嘉さん、北条さん、神谷さん、本田未央さん、大槻唯さんが顔を出しにきた。歳下の手を掴んで、自分の頭を撫でさせてる美嘉先輩と僕の病室に。

 一発で顔が真っ赤になった美嘉先輩と僕は思わず固まってしまった。

 

「……えっ」

「あっ」

「「「「「……んっ?」」」」」

 

 しはらくフリーズ、僕含めて思考が停止した。

 こういう時、基本的に復活が早いのは人をからかうのが好きなタイプだ。つまり、現状で言えば北条さんと大槻唯さんの二人。

 唐突に目を輝かせて、ニンマリととても楽しそうな笑みを浮かべる。あ、まずい。通報されるこれ。

 大慌てで僕は手を引っ込めた。

 

「ち、違……!」

「つ、通報しないでください!」

 

 美嘉先輩の弁解を遮って僕の声が大声で病室に響いた。内容は違えど、同じ行動をとった僕と美嘉先輩を見て、今度は莉嘉さんと本田未央さんもニヤニヤし始める。唯一、気の毒そうな顔をしてるのは神谷さんだけだ。

 

「ほほう? これはどっちがどっちなのかな?」

「これはあっちからそっちにじゃないですかね?」

「そっちからあっちかもしれませんよ?」

「そっちもあっちも行った可能性もありますよ?」

 

 あっちそっち地○ジとか言い出しそうな会話を遠目から見てると、美嘉先輩が大慌てで五人に怒鳴った。

 

「ち、違うからね⁉︎」

「何が?」

「そういうんじゃないから! 別になんでもないから!」

「なんでもって何?」

「だ、だから! みんなが思ってるようなことじゃないって言ってるの!」

「あたし達が思ってることって何?」

「や、だから……! ……〜〜〜っ‼︎ と、とにかく違う!」

「とにかくとか言われても……だから何が違うの?」

「あ、あんた達ィ〜……‼︎」

「美嘉さん、何も言わない方が良いと思うぞ……。喋れば喋るほどになってるから」

 

 神谷さんに止められて、美嘉先輩は悔しそうにしながらもようやく黙った。

 一体、何に焦ってるのかイマイチ分からない僕は一人、話に置いてけぼりになってしまっているが、とりあえず周りの方達に声をかけた。

 

「あ、あのっ……あまり、先輩をからかう、のは……」

 

 何の話だか分からないが、あまり良い気はしない。恥ずかしい思いをするのは僕だけで良い。他人に対してそんな気になれたのは生まれて初めてだ。

 すると、大槻唯さんが美嘉先輩の肩に手を置いて小声で何か囁いた。

 

「……愛されてるね。もうお尻触るなんて真似しないようにね」

「っ、ゆ、唯〜!」

 

 だからあまりからかわないでと……何を言ったのか知らないけど。

 

「はいはい、とにかく私達は邪魔しないよう退散しよう」

「だなー。残っても良いことなさそうだし。じゃ、宮崎、お大事になー」

 

 どこにそんな要素があるのか分からないが、なんか手慣れた様子で北条さんと神谷さんが全員を誘導して、買ってきてくれたお見舞いの品を置いて出て行った。

 残されたのは僕と美嘉先輩の二人。何となく気まずくなりながらも、美嘉先輩はどこかホッとした様子で胸に手を置いてため息をついた。

 その美嘉先輩に、何と無く気になったので聞いた。

 

「あの、先輩……」

「んっ、何?」

「先輩は、お仕事は……」

「あたしは今日はもうオフ。というか、痴漢されそうになって一般人の男の子にケガさせちゃったから、しばらく仕事とかないかも」

「えっ⁉︎」

 

 な、なんで? おかしくないそれ?

 

「そ、そんな……!」

「テレビってそういうもんだから。大丈夫、こっちが痴漢したわけじゃないから、すぐに復帰できるよ」

「……すみません、僕の所為、ですよね……」

 

 どうやって助けたのかイマイチ覚えていないが、僕が助けようとしたという時点でかなり勇気を振り絞ったのだろう。考えが足りなかったか……。

 そんな僕の頭に、美嘉先輩が手を置いた。

 

「ううん、でもあのまま触られてる方が嫌だったから、玲くんが助けてくれて本当に良かったよ」

「み、美嘉先輩……」

「だから、そんな風に思わないで」

 

 ……この人、本当に良い人なんだなぁ。こうしてると、本当に勇気を出して良かったと思えた。覚えてないが、多分殴られた直後は後悔してたと思うし。

 なんだか頭を撫でてもらえるのが嬉しくておっとりしてると、せっかくなので、さっきのことを聞いてみた。

 

「……あの、ところで大槻唯さんとは何を」

「教えない」

 

 教えてもらえなかった。

 

 



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逆襲のレイ。

 入院生活は思いの外、短いものだった。というのも、ベッドでゴロゴロしながら三食ついてゲームができる環境なので、時間が過ぎるのが早かった。

 もちろん、学校には行ってない。入院初日は日曜日だったものの、その後の二日間は月曜日と火曜日なのでもうウハウハよ。

 しかし、他の学生はそうもいかない。アイドルをしてる美嘉先輩なんか、かなり忙しいはずなのに毎日来てくれたのは嬉しさを飛び越えて少し申し訳なかった。

 まぁ、それも終わってしまい、今日から学校なわけだ。

 はぁ……これからあの地獄のような空間に戻るのか、そう思うだけで憂鬱だ。いや、美嘉先輩はいるけどさぁ、やっぱクラスも学年も違うのは大きいよね。

 ため息をつきながら、街を歩いて出現したポケモンを捕まえるゲームをしながら、駅を出て学校までの道のりを歩き出すと、後ろから肩を叩かれた。

 

「おはよーっす、玲くーん」

「っ、あ、せ、先輩……。おはよう、ございます……」

「うん。相変わらず、いつでもゲームしてるんだね、玲くんは」

 

 それはいつものことだけど……。

 とりあえずどうしても気になった事があったので聞いてみた。

 

「……大丈夫でした?」

「? 何が?」

「いえ、電車に乗って……」

 

 痴漢にあってるんだし、少なからずきつかった気がしないでもない。

 案の定、美嘉先輩は頬をポリポリと掻きながら、へらっと力なく微笑んだ。

 

「あ、あはは……わ、分かっちゃう、かな……。実は、ここまで車で来たんだ。玲くん見つけたから、降りちゃったけど……」

「え、あの……なんで、ですか……?」

 

 聞くと、頬をほんのりと赤く染めた美嘉先輩が目を逸らしながら呟くように小声でボヤいた。

 

「……玲くんと、いると……安心、するから……」

「……」

 

 ……え、そうかな。僕、二次元の戦闘力と三次元の戦闘力が反比例してるから……。

 

「あの……僕、喧嘩なんか、したことないですけど……。多分、先輩より弱いくらいで……」

「……」

 

 いやほんとに。現実での僕のステは器用値に全振りしてるから、力も防御も敏捷も何一つ育ってない。

 しかし、そんな風なことを言うと美嘉先輩は深いため息をついた。僕のことをジロリと睨また「そういうことじゃないんだよなぁ……」と心底呆れたようにボヤかれた。

 

「……ま、いっか。それより、早く学校行こ?」

「あ、は、はい……」

「ちゃーんと、あたしのこと守ってよね?」

「あ、あのっ……そう言われましても、だから……」

「もう、固いんだから。一緒に登校してくれればそれで良いの」

「……す、すみません……」

 

 そんな会話をして、二人で学校に向かった。なんか……最近の美嘉先輩は異様にグイグイ来る。

 まぁ、僕自身も嫌な気がするわけではないので構わないけど、ただ照れてしまうから勘弁して欲しい。

 

 ×××

 

 学校が終わり、放課後。しかし、文化祭の準備期間なのですぐには帰れない。

 そういえば、そろそろ文化祭だぁ。わぁ、やだなぁ。と、いつもの僕ならなってたが、今年は楽しみだ。1日だけとは言え、美嘉先輩と一緒にいられる。

 今までとは全然違う学祭が過ごせそうで楽しみは反面、僕に普通の学祭が楽しめるか、少し怖い気もする。

 何より、美嘉先輩は僕といて楽しいのだろうか。何処か、義務感を感じて僕といるんじゃないだろうか。だとしたら、なんだか申し訳ない気もする。

 そんな事を思いながら、さりげなく教室から出て行った。うちのクラスはメイド喫茶をやるらしい。ただし、メイドは女の子とは限らない。

 クラスメート全員が日替わりでメイドになるそうだ。ホント、高校生はバカばっかだ。

 僕はその中のメンバーに入ってるのか分からないので……てか多分、間違いなく入っていない。存在すら認知されてない上に、ここ二日間、学校に顔も出してなかったし。

 新聞には僕が助けたことより、アイドルの城ヶ崎美嘉が痴漢に遭いかけた事の方が多く載ってるから尚更だ。

 それよりも、美嘉先輩とどのクラスを回るかの方が重要だ。配布されたパンフを持って屋上でめくった。

 

「……」

 

 うーん……何が良いかな。なんていうか……どこも楽しそうだけど、どこも普通そう……。

 大体、歳上の女の子とどんなことしたら良いのかなんて分かんないよ。体動かす系のことをして運動神経を見せれば良いのか? 反射神経以外死んでる僕には厳しい。

 じゃあ、奢ってとにかく優しさアピール? なんで僕よりお金持ってる人に奢るの。おこがましいでしょ。誕生日みたいなお祝いする日はともかく。

 ……ダメだ、どんなに考えても分からない。普通の学生生活って難しいな……。

 

「はぁ……」

 

 ダメだ、諦めては。それよりも、こういう時こそインターネットの力を借りる時だろう。

 スマホを取り出し、みんな大好きGo○gle先生の力をお借りした。テキトーに文字を入力し、検索。

 カチカチと眺めたが、なんかネット小説の一部とかばかり出てきてなんの参考にも……いや、むしろネットの小説ってすごい参考になるんじゃ……。

 早い話が、僕の求めてる答えを物語風に出してくれるってことでしょ? 何それ最高か。

 そう思って読み始めたのだが……。

 

「ナメてんの?」

 

 そんな簡単に彼女ができるか。オタクはモテない生き物なのに、オタク文化教えたりゲーマーに染めたりすれば彼女が出来るわけじゃない。何こいつ、作者誰だよ。

 でも、男の人ってどうやったらモテるんだろうな……。女の人は優しくて可愛ければそれだけで男をオトせるが、女の人に対してどんなに男が優しくしても、何処か下心があるように感じるのは何故かな。僕ってひねくれ者だったのか?

 ……あれ、ちょっと待って? じゃあもしかして、僕ってこの前に美嘉先輩を助けたのって下心だと思われちゃうんじゃ……。

 ドッと嫌な汗が顔に浮かび、心臓が高鳴りを始める。だって、仮にそう思われてたら美嘉先輩にもそう思われてるわけで……何それ死にたい。

 

「……はぁ」

 

 なんか、自分の今までの行動とか言動が全部恥ずかしく思えてきた……。また新たなトラウマを生み出してしまった……。

 

「死にたい……」

「なんで⁉︎」

「ふえっ⁉︎」

 

 何⁉︎ 誰⁉︎ 聞かれた今の⁉︎

 大慌てで振り返ると、美嘉先輩がかなり心配そうな顔で僕の後ろにいた。

 すぐに座ってる僕の前にしゃがみ込み、僕の両手を握って、心底心配そうな顔で聞いてきた。

 

「ど、どうしたの? いじめられてるの? もしそうなら、美嘉お姉ちゃんか助けてあげる! 名前は分かる?」

「あ、ああっ、あの……違くて……!」

「何? 脅されて庇ってるの? 大丈夫、うちの事務所には色んな人がいるから、その人達の力を借りれば……」

「ち、違いますから本当に!」

 

 慌てて止めると、ようやく考え直してくれた。一瞬だけホッとしたものの、すぐに心配そうな表情に戻り「じゃあ何?」と言った顔になる。

 しかし、あんなネガティブなこと考えてたなんて言えるはずない。仮に美嘉先輩にそんな気がなかったとしたらかなり失礼だからだ。

 ですが、美嘉先輩はかなり心配してくれている。相談してホッとさせてあげた方が良いのかな……。

 ……ただでさえ、この前のことで少なからず責任を感じてるみたいだし、やっぱ言った方が良いかな。

 

「……いえ、あの……周りの人に僕がしたことが、下心があってしてた、と思われるのが何か嫌で……でも、思われてる気がして……」

「いや、流石に考え過ぎだと思うけど……少なくとも、あたしはそうは思ってないよ」

「……そ、そう、ですか……?」

「うん。大体、計算だとしても玲くんにそんな行動力ないでしょ?」

 

 仰る通りです。すみません、情けなくて。

 

「他人にどう思われようかなんて関係ないよ。玲くんはそんな恥ずかしい子じゃないから、堂々としてなよ」

「……は、はぁ」

 

 そう、なのかな……。いや、恥ずかしい存在だなんて思っていないけど、どうしても堂々とするのは難しい。というか、そもそも堂々とするってなんだろう。

 どうにも、外に出ると周りの視線が気になってキョドッてしまう僕には厳しい。

 

「で、なんでここにいるの? 玲くん」

「へっ?」

「今、文化祭の準備時間じゃん」

「あ、あー……あはは」

「笑って誤魔化さない」

 

 ……あー、流石、根は真面目な人だ。サボりは許さない、のかな?

 

「……やっぱいじめられてるの?」

 

 あ、心配になってるのはそっちか。

 

「そ、それはないですよ。……いじめられるほど存在を認知してもらってないですから」

「うん、それはそれで……。まぁ良いや。で、なんで?」

「それはー……その、クラスにいづらくて……」

 

 だってみんな仲良ししかいないんだもん。僕だけ浮いてて正直、いてもすることがない。

 すると、美嘉先輩は微笑みながら僕の隣に座った。

 

「じゃ、それなら一緒にサボろっか?」

「……へっ?」

「あたしのクラスも同じでさぁ、あたしは進路決まってるけど、他の子達は受験勉強で忙しくてはしゃぐにはしゃげないんだよね。いづらいんだ」

「な、なるほど……」

 

 それは大変だな……。てか、僕も来年は受験か……。まあ、成績は悪くないから推薦でいけるかな。受験勉強なんて真っ平だ。

 

「で、ここで何してたの?」

「あ、あー……えっと、せ、先輩と文化祭を一緒に回るので、その……何処を回れば良いのか、考えてて……」

「ああ、そんな約束してたっけ……」

 

 忘れてたのか……地味にショックだな、それ。まぁ、美嘉先輩にとって僕はそんなものなんだろう。別に思い上がってないさ。

 

「じゃ、今、一緒に決めよっか」

「え、い、一緒に……ですか?」

「嫌?」

「い、いえ……」

 

 あ、そっか。この人も暇なんだ。それに、僕一人で美嘉先輩が楽しめるプランを考えられるとは思えない。

 それに美嘉先輩の意見を直接聞けるのは良い機会だ。

 

「……では、その……お願いします」

「ううん、こちらこそ」

 

 そう言って、ルートを決めた。

 

 ×××

 

 今度こそ放課後、登校するだけでも美嘉先輩は怯えた様子だったので、下校時もおそらく同じ……と思い、僕の方から三年生の教室に上がった。

 荷物を持って階段を上がり、踊り場に出て少し深呼吸した。上級生の階に来るのは緊張するな……。

 しかし、多分だけど前に痴漢に撃退された時ほどじゃないはずだ。

 勇気を振り絞って歩みを進めた。サクサクと美嘉先輩の教室に向かい、扉の前に立った。

 そこでもう一度、深呼吸してからノックした。すると、ガラッと扉が開き、女の先輩が出てきた。茶髪で派手な女の人、ギャルって奴だろうか、早い話が僕が苦手な人種だ。

 

「およ? どうしたの?」

 

 しかし、今は圧倒されてる場合じゃない。美嘉先輩のためだ。要件を言わないと。

 

「あ、あのっ……美」

「なにこの子、超可愛い! え、でもズボンってことは男の子でしょ? 何、誰に用あるの?」

 

 話を聞いてもらえなかった。僕の頭に勝手に手を置いて、撫でながら教室内の女子に声を掛ける。

 

「みんなー、この子誰の子? めっちゃ可愛い子来たけど!」

 

 誰の子? ってなんだ。僕は息子かよ。

 てか、そんな事より話を……と、思ってる間に女子生徒は集まって来る。

 僕を取り囲み「わー、ほんとだー」「可愛いー」「え、こんな清楚な子と知り合いの人いんの?」「弟とか?」と話がドンドン広がっていく。

 あ、あの……お願いだから話を……と、思ってる時だ。先輩方の群れをかぎ分けて、ようやく見覚えのある人が顔を出した。

 

「ちょーっ、退いて退いて。あんたらその子に触んなし」

「あっ、せ、先輩……!」

 

 助かった、みたいな顔を出してしまい、周りからさらに「おおおお⁉︎」と声が上がる。

 

「何、美嘉の子?」

「あー確かに純情カップル的にお似合いかも」

「ね、ね、君。美嘉って実は処女だからよろしくね?」

 

 いやそんな性経験なんか言われても……!

 思わず顔を赤くすると、僕なんかよりもっと顔を真っ赤にした美嘉先輩が手を掴んだ。

 ちょっ、異性と手を繋ぐなんてふしだらな……!

 

「あーもー! うるさーい! ほら、玲くん帰るよ!」

「玲くんって言うんだー? あたし達と遊ばない?」

「キョーミ持つなー!」

 

 と、さらに騒がしくなりながらも、僕はいつの間にか美嘉先輩によって連れ出された。

 大慌てで校舎を出て、美嘉先輩は疲れた表情で肩で息をしていた。一方、僕自身も緊張状態から唐突に手を掴まれて連行され、少し心臓がドキドキしている。

 そんな僕に対し、美嘉先輩はキッと睨んだ。

 

「玲くん!」

「は、はいっ!」

「なんで来たの⁉︎」

「へっ? い、いえ、あの……今朝は登校するのに車で送ってもらっていたようでしたので、帰りもせめて一緒にいてさし上げられたらと思いまして……!」

「なっ……!」

 

 な、なんでそこで更に顔を赤くするの⁉︎ そんなムカつくこと言ったかな僕⁉︎

 

「っ……! れ、玲くんの癖に……!」

「え、な、なんですか?」

「今日は一緒に帰らない! ママが迎えに来てくれるから!」

「あ、あのっ、なんで、怒ってるんですか? 僕、何か悪いこと……」

「じゃあね!」

 

 帰られてしまった。

 ……あれ、もしかしてこれ……僕、嫌われた……?

 

 



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知らない間に知る他人のプライベートは気まずい。

 結局、一人で帰宅することになった僕は、何となく暇だったので池袋まで行ってゲーセンに入った。

 はぁ……美嘉先輩と一緒に帰りたかったなぁ。一緒に帰ってもまともに会話もできないくせに。

 でも、なんだろ。何となくだけど、僕が美嘉先輩と一緒に帰ろうとしてたのは、どうにも心配だから、だけじゃないようだ。なんていうか、多分、僕は美嘉先輩ととにかく一緒に居たかったんだと思う。

 家には両親はいないし、学校でも一人。僕と唯一話してくれる人は美嘉先輩だけだ。いや、神谷さんとかもいるけど、よく話すのは美嘉先輩だけだし。

 その美嘉先輩との帰宅が無くなるのは、やはり少し退屈だしつまらない。

 だから、一人でゲーセンなんかに来てしまった。こうして回ってると、本当に面白そうなゲームしかないんだよなぁ。

 特に、音ゲーの進化は本当に凄まじいものだ。洗濯機みたいな奴とか超楽しそう。

 そんな事を思いながら歩いてると、プライズコーナーに入った。昔からよく「ゲーセンは貯金箱」って言うし、それの筆頭がこのクレーンゲームとかのプライズコーナーだろう。

 景品で釣ってお金儲けしようって考えが丸出し……んっ?

 

「こ、これは……!」

 

 え、エリザベスのぬいぐるみ? か、可愛い……! ギンタマ、っていうアニメのキャラなんだ……。こんな、可愛いのが……。

 ……これ、取れるかな。二本のアームで正面をとらえ、脇の下に挟み込めば或いは……!

 と、とにかくやってみよう。100円玉を投入し、アームを動かした。正面から挟み、ウォンっとクレーンは上がっていく。

 

「もらった……!」

 

 そう確信した直後だ。アームの力が片方、出口に遠い方が極端に弱く、持ち上げ切れなくて転がってしまった。

 えっ、嘘でしょ? これだからゲーセンは……! いや、でも少し持ち上がるってことは不可能ではないかも……。大体、完全に不可能なら詐欺だ。チェーン店のゲーセンだし、訴えられたらアウトだ。

 つまり……なんとかすれば取れると言うこと……面白いじゃん。それでこそゲームセンターだよね。

 今度は500円入れた。これで6プレイできる。気が付けば、僕は貯金箱に貯金を始めていた。

 財布の中の1000円札の1枚目が消滅した辺りで、ようやくエリザベスを手に入れて正気に戻った。

 

「……やっちゃったなぁ」

 

 夢中になり過ぎた……。まぁ、可愛いの手に入れたし良しとしよう。

 というか、知り合いにこんなとこ見られたら最悪だし、さっさと帰ろう。

 エリザベスをお腹の前で抱きながらゲーセンを出ようとすると、ゲーセンに入ってくる莉嘉さんと乙倉悠貴さんと出会した。

 

「……あっ」

「あー! 玲くん!」

「あっ、宮崎さん……でしたよね? お久しぶりですっ」

 

 わっ、最悪のタイミングっ……! ていうか、乙倉悠貴さんは僕のこと覚えてるんだ。前にプラモ屋で一回だけ顔を合わせただけなのに。

 ぽかんとしてると、莉嘉さんが僕の手元のぬいぐるみに興味を持ってしまった。

 

「何持ってるの?」

「へっ? え、えっと……」

「わっ、な、なんのキャラクターですか……? その、おばけペンギンみたいな……」

 

 あ、乙倉悠貴さんが少し引いてる……。

 

「え、えっと……か、可愛くて、つい……」

「え、可愛いそれ?」

 

 あれ? 莉嘉さんまで引き始めたんだけど……。なんで? 可愛いよねこれ?

 

「か、可愛く、ないですか……?」

 

 こんなのオンラインゲームのスキンにあったら絶対使っちゃう。大好き過ぎて泣きそう。

 それほど、これだけ好みに合ったキャラは初めて見た。銀魂、今度見てみようかなぁ……。

 って、考えてる場合じゃない。今は目の前の二人をどうにかしなければならない……って、え? 何その目……なんで少し頬赤らめてんの?

 キョトンとしてると、二人はヒソヒソと小声で話し始めた。

 

「……なんか、さ」

「うん、似合いますね。ぬいぐるみが。男子高校生に」

「え、これ本当に男子高校生?」

「こんな、こう……か弱そうな方に守られた美嘉さんって……」

 

 ……え、丸聞こえなんだけど。か弱そうって……いや、その通りなんですけどね。顔面パンチ一発で気絶しましたから。

 

「……で、何してるの?」

「あー……いや、暇潰しを……」

「あ、分かった! お姉ちゃんと遊べなくて寂しいんでしょ⁉︎」

 

 なんで分かるんだよ本当に。その通りだよちくしょう。

 

「なら、あたし達が遊んであげる」

「へっ?」

「良いよね? 悠貴ちゃん」

「へ? は、はい。もちろんっ」

 

 とのことで、JC二人と遊ぶことになってしまった。

 はぁ……帰れば良かった……。や、別に嫌なわけじゃないけど。

 三人でゲーセン内を歩き、プライズや色んなゲームを見て回る。まぁ、どちらかというとJC二人の後ろについて行ってるだけだけど。大丈夫かな、ストーカーみたいになっていないかな。

 若干、不安になってると、二人は太鼓の前に立って足を止めた。

 

「玲くん、このゲームね。あたし達の曲入ってるんだよ」

「へ、へぇ……」

 

 てことは、美嘉先輩の曲も入ってるのかな……。それは少し楽しそうかも。

 まずはお二人がプレイしてくれる。お金を入れて、リズムとアイコンに合わせて太鼓を叩くシンプルかつ高度なゲームだ。家庭用ゲームで出た時に極めた。

 まぁ、そんな話はともかく、今は大人げないことはしないで後ろで見守ってよう。

 そう決めて、二人のプレイ中の画面を眺めた。二人はそんなにガチ勢ではなく、曲によって難しいと鬼を繰り返して遊んでいた。良いなぁ、エンジョイ勢。やっぱゲームはエンジョイするものだよね。

 モンハンでもなんでもさ、ヘタクソな人にキレるのは違うと思うんだよ。流石に渋谷ほどヘタクソだと僕も嫌だな、とは思うけど、いやそれでも教えてあげれば上達すると思うんだよね。

 

「よっし、終わったぁ!」

「フルコン、フルコンしましたっ!」

 

 太鼓ゲームなのに横文字使っちゃうんだよなぁ。フルコンボだドン! じゃないから。そこはオリジナルでなんか単語作ろうよ。

 しかし、ピョンピョン飛び跳ねて喜んで……やっぱアイドルでも中学生は中学生なんだなぁ。本当に嬉しそうにしてるし、そんな風に飛び跳ねてる姿はテレビで見る笑顔と違う。可愛いのは一緒なんだけどね。

 

「ね、玲くんもやろうよ!」

「え? あ、は、はい……」

「あたしとね! 負けた方はー……マリカ、一回奢りだから!」

「えっ」

「何? 自信ないの?」

 

 いや、自信あるんですね……。どうしよう、勝たせてあげた方が良いのかな……。JCに奢らせるのは気がひけるし……。

 でも、なんていうか……ゲームで負けるのはなんか嫌だ。わざと負けるなんて以ての外だ。

 うん、本気でやろう。いや、やっぱ七分でやろう。そう決めて、ゲームを始めた。

 再び、100円ずつ投入して曲選択。

 

「何にする?」

「……莉嘉さんの、好きな曲で良いですよ……?」

「じゃ、これね!」

 

 選んだのはLIPPSの曲だった。この人、ほんとに自分の姉大好きだな。

 正直、ゲーム曲しかやったことないしこのゲーム自体が久々だからフルコンできる自信はない。でもまぁほら、基礎は一緒だし多分できるでしょ。

 さて、じゃあ始めますか。流れてくるアイコンに合わせて、バチを高速で動かし始めた。

 

「えっ……」

「はっ……?」

 

 隣と後ろからそんな声が聞こえたが、僕の神経は画面に向いている。両腕は常にトップギアで動き、周りの雑音全てを無視して、ただ両腕を動かしていた。

 ていうか、すごい歌だな。唇は喋るためでもキスするためでもなくて、口に入れたものを落とさないようにするためにあるんだよ。

 ……しかし、美嘉先輩がこれを歌ってるのか。美嘉先輩が……チュって……チュって……。

 

「ーっ……!」

「み、宮崎さん⁉︎ どうしました⁉︎」

 

 気が付けば、僕は恥ずかしくなってしまい、バチを持ったまま両手で顔を覆っていた。

 

「……ぱいが、みかせんぱいが……ちゅーって……」

「……悠貴ちゃん、この子何言ってんの?」

「さ、さぁ……」

 

 僕に言ってるんじゃないのは分かってるけど……でも、それを受け止められるほど、僕の人間はまだ出来ていなかった。

 恥ずかしくなって、その後は両腕を動かさず、結局は莉嘉さんに負けてしまった。

 

「はい、あたしの勝ちー! 奢りだからね、マリカ!」

「……は、はい……」

「莉嘉ちゃん、容赦なさ過ぎるよ……」

 

 引き気味に乙倉悠貴さんが呟くも、一切気にせずに僕の手を掴んでマリカの方へ走った。

 ……しかし、歌詞でチューチュー言うってことは、振り付けも相当なんだろうなぁ……。家で動画漁ってみようかな。い、いや変な意味じゃなくて単純に気になっただけだから。えっちそうとか思ってない。

 マリカの筐体の前に来て、三人で座った。財布からお金を出し、莉嘉さんと乙倉悠貴さんに百円玉を一枚ずつ差し出した。

 

「ど、どうぞ」

「やったねー」

「わ、私もですかっ……?」

「はい。莉嘉さんだけ、と言うわけにもいきませんから」

「あ、ありがとうございますっ」

 

 ……しばらくはゲーセンに来るの控えよう。お金がすごい勢いで溶けていく……。

 

 ×××

 

 ゲーセン巡りが終わり、解散の時間になった。乙倉さんは事務所に戻り、僕と莉嘉さんは帰りの電車の中。

 痴漢されないように、二人で椅子に座って電車に揺られた。

 とりあえず、気になったことがあったので莉嘉さんに聞いてみることにした。

 

「あの……大丈夫ですか? 美嘉先輩は……」

「へ? あー……うん、大丈夫そうだよ。学校は車で行ってるし、今日なんか途中で降りて一緒に歩いて行けたんでしょ?」

「は、はい……。一応……」

 

 でも、僕を頼るのはやめてほしい。何かあってもどうせ負けるから、良くて美嘉先輩が逃げ切るまでの時間しか稼げないし、あの人良い人だから多分逃げないし。

 

「流石に痴漢に遭った翌日はダメそうだったんだけどね……でも、玲くんが助けてくれなかったらもっとひどかったと思う」

「そ、そんなこと……」

「だから、ほんとにありがと。お礼に、お姉ちゃんのプライベートの写真見せてあげる」

「は、はいっ⁉︎」

 

 ぷ、プライベートって……! あ、アイドルのプライベートってだけでちょっとエッチな響きがあるのに……!

 

「そ、そんな勝手に……!」

「大丈夫、去年の夏休みの旅行の写真見せてあげるだけだから」

「あ、そ、そうですか……」

 

 でも、莉嘉さんイタズラとか好きそうだからなぁ。美嘉先輩の着替えシーンとか平気で撮ってそう。いや、全然期待なんかしてないけど。

 莉嘉さんのスマホをお借りして写真を眺める。

 

「それ海に行った時の写真。伊豆の海だったかな? 魚が超たくさんいたの」

「へぇ……」

 

 ……その割に美嘉先輩と莉嘉さんの写真が多いな……。ていうか、美嘉先輩の水着写真を僕が勝手に見てしまって良いのだろうか。とても綺麗だけど、ちょっと刺激強いです。

 

「あ、これほら、カクレクマノミの野生」

 

 野生のカクレクマノミでは? どっちでも良いけど。

 

「で、それがカニと写真撮ろうとして耳挟まれるお姉ちゃん」

「あ、あはは……」

 

 今の写真はちょっと欲しいな。色んな意味で可愛かった。まぁ、本人に内密に送ってもらうのはダメだけど。

 

「次はー……あ、これほら、砂に埋めたお姉ちゃん。胸に貝殻乗せてみたんだ」

「そ、それ僕に見せて平気なんですか……?」

「大丈夫、見せたってことは言わないから」

 

 それ平気なのかな……。ま、まぁ、見せてるのは莉嘉さんで僕の所為じゃないし……もし喧嘩になったら、僕が止めれば良いのかな?

 そんな事を思いながらスマホの写真を横にスワイプすると、美嘉先輩が男の人と一緒に写ってる写真が出て来た。腕を組んで、楽しそうに横ピースでウィンクしている。

 次の写真も同じ男の人と写ってる。今度は腕を首に回して、横腹で締め上げている写真だ。これは流石に水着姿ではないが、かなり距離が近い。

 ……僕と真逆でガタイ良いし……やや中性的だけどイケメンだし……もしかして、恋人さんかな?

 

「あ、その人は従兄弟だよ」

「へ? い、従兄弟……?」

「うん。昔はよくみんなで遊んでて、去年は久々に一緒に海行ったんだー」

「恋人とか、ではなくて?」

「従兄弟同士は結婚できないよー」

「いや結婚とまでは言ってませんし、結婚出来ますけど……」

「つ、付き合ってないって言ってるの!」

 

 プンスカと怒る莉嘉さんの隣で、僕はホッと胸をなでおろした。

 ……えっ、「ホッ」? ……なんのため息? ……あ、人の彼女と何度も出掛けてたのバレたらボコられるし、そうならなくて良かったってため息かな? うん、そうだよね。

 

「特に昔はお姉ちゃんととても仲良しだったから、今でも従兄弟っていうよりほとんど本当の姉弟みたいになってるんだよね」

 

 へぇ、てことは僕と同い年かそれ以下か……。……筋トレしようかなぁ。

 そうこう考えてるうちに、莉嘉さんの最寄駅に到着した。

 

「はい、おしまいっ。じゃ、また今度ね」

「あ、はい……」

 

 莉嘉さんは微笑みながら電車から降りた。扉は閉められ、電車は僕の家の最寄駅に向かう。

 その間、ボンヤリと電車に揺られながら、顎に手を当てて少し考え込む。……うん、よし決めた。

 決意を固めると、最寄駅から二駅奥で降りて走って帰り、倒れて病院に運ばれた。

 

 



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処女ヶ崎の恋愛(1)

 病院から出た美嘉はイライラした様子で大槻唯と一緒に近くのスーパーに到着した。

 スーパーのフードコートの自販機でカフェオレ、マ○クでポテトを購入し、椅子にドカッと座りながらカフェオレを啜って愚痴った。

 

「ったくもう、あの子は〜……!」

 

 イライラの理由は今の病院、ぶっ倒れた玲に会いに行ったのだ。ちなみに、救急車を呼んだのは一緒にいる大槻唯。たまたま事務所からの帰り道にぶっ倒れてる少年を見かけて通報したのだった。

 で、その話を唯から聞いた美嘉がお見舞いに来て、説教をかまして唯と一緒に晩飯を食べに来たのだ。ちなみに、玲は入院なしで家に帰された。

 しかも、玲は何故急に走ろうと思ったのか説明する羽目になり、美嘉も玲もとても恥ずかしい思いをしてお互いに顔を真っ赤にするしかなかった。

 

「ホント馬鹿なんだから……! 別に、体型なんか気にすることないのに……!」

「あ、あははー……にしても、美嘉ちゃんは素直だね」

「どういう意味?」

「だって、今のってそういうことでしょ?」

「あっ……う、うん……まぁ」

 

 頬を赤らめて小さく頷いた。その様子に、なおさら意外そうな顔をして唯は微笑んだ。

 

「ほら、やっぱり素直」

「まぁ……変に意地を張っても仕方ないしね。奏見ててつくづくそう思った」

「なるほどねー。で、やっぱり痴漢から助けられちゃったから?」

「うん……。まぁ、早い話がそう言うことかな。でも、それだけじゃないよ。基本的に優しい子だし、可愛いし、それと意外と面倒見の良くて……あの言うこと聞かないわんぱくな莉嘉でさえ、あたしに素直に謝らせたんだから」

「それはすごいね……。……母性?」

「いやそこはお姉ちゃん気質って言おうよ……。ま、あたしからしたら弟だけどね」

「あれ? 妹とか言ってなかった?」

「何言ってんの? 玲くんは男の子だよ?」

 

 都合良く記憶を削除していた。まぁ、唯にその辺は関係ない。カフェオレを飲んでる美嘉に「それよりも」と話を続けた。

 

「どうするの?」

「何が?」

「告白」

「ブフッ!」

 

 唐突にカフェオレを吹き出されたが、横にさらりと回避する唯。それに顔を真っ赤にして怒鳴り散らすように慌てて言った。

 

「なっ、いっ、いいいきなり何言い出すの⁉︎」

「え、しないの?」

「……い、いやそれはまだ決まってない、ケド……」

「したら良いのに。好きなら」

「で、でも……そんな、恥ずかしいし……」

 

 これまた正直に何も隠すことなく、自分の感情をもろに吐き出した。

 唯は思った。「ああ、これはからかい甲斐がありそうだな」と。なので、とりあえず色々と言葉責めしてみることにした。

 

「でも、そんなこと言ってたら他の子に取られちゃうんじゃないー?」

「へ、平気だもん。玲くん、友達いないし」

「アイドルにはたくさんいるじゃん? 美嘉ちゃんを痴漢から身体を張って助けたのはみんな知ってるんだし、その上で玲くんのこと見かけたらギャップ萌えを起こすんじゃない?」

「い、いやでも……」

「しかも、今の346事務所は何者かによるアイドルアークス化計画の真っ最中だし、セルスリットと上野を凌ぐ腕を持ってて、奈緒ちゃんと加蓮ちゃんと美嘉ちゃんが単騎でバルファルク殺せるくらい上達させた教育力を持ってるんだから、何かの間違いで誰かと出会ったらそれが運命の出会いになっちゃうかもよっ?」

「えっ……? そ、そうかな……」

「それに、玲くん自身も彼女とかできたこと無さそうだし、自分のことより相手のこと考えるタイプみたいだし、押しに弱そうだし、告白されたら頷く可能性もあるんじゃないの?」

「えっ……う、嘘……でも確かに……」

「特に莉嘉ちゃんとか。美嘉ちゃんに謝ったんでしょ? 素直に。てことは、案外惚れてガンガンアタックしてる最中かも……」

「も、もー! やめてよー!」

 

 わーっ、と耳を塞いで伏せる美嘉を眺めながら、ニコニコして唯も飲み物を飲んだ。

 

「まぁ、そんなわけだから早く告白した方が良いよ」

「そ、そう言われても……勇気、出ないし……」

「それはあたしじゃどうにも出来ないからねー」

「うう……そ、そうだけど……」

「ま、美嘉ちゃんにどう思われるかを気にして走って倒れたんだし、玲くんも割と美嘉ちゃんのこと好きなのかもよ?」

 

 それを聞くと、無言で嬉しそうに俯いて頬を赤らめ、唇を噛み締めて嬉しさをかみ殺す様な表情を浮かべた。

 まぁ、無責任なことを言うわけにもいかないので、その後にネガティブなことも付け加えた。

 

「まぁ、もちろん自分も男らしくなりたいって願望からの可能性もあるから、すぐに告白しろなんて言えないけどね」

「そ、それは分かってるよ……」

「なら、作戦とか考えよっか」

「作戦?」

「だって彼氏出来たことないでしょ?」

「……唯はあるの?」

「さ、どうやって詰めるか決めよっか」

「え? あ、あるの? ねぇ、どっち?」

「やっぱり、序盤は地道にアピールだと思うんだよね」

 

 強引に話を進められ「あとで絶対問い詰めてやる」と心に決めながら、とりあえず今は自分の話をすることにした。

 

「うーん……どうしようかな」

「どうしよっか」

「すぐに告白すれば?」

「無理だって……」

「まぁ、それは冗談として、地道にアピールするしかないんじゃないの? そういうのに弱そうだし」

「アピールって……?」

「くっ付いたり、プレゼントあげたり、デートに誘ってみたり……」

「く、くっ付くって……プレゼントだって何もない日にあげたら不自然じゃん」

 

 ヘタレの特徴はこれだ。実行しない言い訳を探すのが一丁前なところだ。理由があれば実行しなくても良いと思っている。

 いや、思っているわけではないのだろう。ただ、そう言う理由があるからやらない、と言ってるだけだ。

 

「……デートはなんでしないの?」

「あーそ、それは……ほら、あの子は三度の飯よりゲームだから、外に出るのは嫌がると思うよ」

「……でも、デートなしで付き合えるの?」

「そ、それは……」

「あのさぁ、ヘタれるのも良いけど、ちゃんとしなきゃダメだよ。下品にベタベタ触って誘惑しろなんて言わないけど、だからって奥手奥手になってたら意味ないから」

「うう……」

 

 言われて小さくなる美嘉だった。仕方なさそうにその様子を眺めると、唯はスマホを取り出し、画面をつけた。

 で、ついついっと操作をすると、スマホを耳にあてがった。

 

「誰に電話してんの?」

「ん、可愛い子」

 

 可愛い子、と聞いて真っ先に玲が浮かぶ辺り、美嘉はもうダメかもしれない。

 

「あ、もしもし? レーくん?」

 

 正解だった。ブフッと吹き出す美嘉を無視して、唯は話を進めた。

 

「うん、あたし、唯。日曜日って暇だよね? え? ネトゲのイベント? 知らないよそんなの。暇だよね? ……暇、だよね?」

 

 すごく威圧していた。美嘉は「玲くんをいじめるな!」的な感じで不安になってドギマギした様子になったが、それらを一切気にせずに唯は通話を続ける。

 

「うん、素直でよろしい。じゃ、日曜日に駅前に集合ね。あたしと二人きりでデートなんだから、ちゃんとおしゃれして来てね? うん、じゃ、また」

 

 そう言って通話を切った。

 さて、と話を切り出そうとした唯は思わずギョッとした。美嘉が今にも襲い掛かりそうな表情で唯を睨んでいたからだ。

 

「ゆぅ〜いぃ〜! どういうつもり⁉︎ あなたの毒牙に玲くんをかける気ならあたしは死んでも止めるからね!」

「何、うらやましいの? 二人きりのデート」

「そりゃそうだし!」

「あの子は三度の飯よりゲームだから、美嘉ちゃんはデートしなくて良いんじゃないの?」

 

 グサッ、と心の臓を貫かれた。自分でも勇気がないだけ、と理解していた美嘉には効果覿面の一撃だった。

 それを分かってる唯は、ニヤニヤしたまま「んー?」と声を漏らして美嘉を下から覗き込む。

 

「ま、美嘉ちゃんがどーしてもって言うなら、代わってあげないこともないよ?」

「ほんと⁉︎ ……いや、今のは」

「いやいいからそういうの。……で、どうする?」

「……え、えっと……」

「ちなみに、あたしは全然、玲くんと出掛けても良いんだからね? あの子といると退屈しなさそうだし。なんなら、いい感じになって帰りに付き合っちゃうかも」

「ええっ⁉︎ だ、ダメだから!」

 

 思ってもないことを言っても、焦ってる人間は良い反応をしてくれる。なんか大雑把に可愛い感じになっちゃってる美嘉に唯は容赦なく続けた。

 

「なんなら、あたしの部屋に持ち帰っても……」

「だ、ダメダメ! そんなの絶対にダメだから!」

「うん、わかったからボリューム下げて?」

 

 気がつけば周りの客の視線を集めてることに気づき、顔を赤くして大人しくなる美嘉。

 目の前の唯は優雅に飲み物を一口、口に含んでから続けた。

 

「で、どうする? 代わる?」

「でも……代わるってどういうこと……?」

「ん? そこはほら、あたしもアイドルだし、仕事が入ったから代わりに美嘉ちゃんに来てもらったって言えば良いじゃん?」

「うう……そ、そう言われたらそうだけど……」

「で、どうするの? 今すぐに決めないと代わってあげないから」

「い、今すぐ⁉︎」

「そ」

 

 慌てて思考は再び動き出す。いろんな事が頭の中で駆け巡った。代わりに行くなんて向こうは平気なのか、そもそも本当は部屋でゲームをしていたいんじゃないだろうか、そもそも今日説教したばかりで怖がられていないだろうか、出会い頭に「ひえ」なんて悲鳴をあげられたら死ねる、とにかく色んなことを思った。

 が、どんなことを思っても必ずしも頭の片隅に残されていたのは「他の女の子と玲がデートなんて嫌だ」だった。

 すぐに結論を出した美嘉は、少し恥ずかしそうに頬を染めながらも小声で呟くようにお願いした。

 

「……その、代わって、下さい……」

「うん。もちろん」

 

 唯自身、元よりそのつもりだった。ぶっちゃけ、唯としては玲と出掛けても退屈なだけだから。

 美嘉と出掛けさせるためだけに、向こうにオシャレするようにさりげなく伝えたし、逆に行き先は伝えなかった。

 

「まずはデート先から決めよっか」

「う、うん……」

「何恥ずかしがってんの?」

「う、ううううるさい! 行き先でしょ⁉︎ 決める、決めるよ!」

「頑張ってね」

「う、うん……」

 

 そんな話をしながら、二人で会議を始めた。

 

 



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自分に足りないものは他人に補ってもらおう。

 唐突にデートの約束をさせられた翌日の放課後、文化祭会議が終わり次第、僕は可能な限り早歩きで駅に向かった。

 今日も美嘉先輩は車でご帰宅してしまったから一緒には帰れない。これからは、大槻唯さんとのお出掛けのために服を選ばなければならない。おしゃれしてこい、と言われてしまったし。

 そんなわけで、一度家に帰った。うちにある服がオシャレなのか見るためだ。

 そもそも、オシャレって何なのかよく分からない。服は自分で買ってるけど、その時に安くて流行ってるのをテキトーに選んでるだけだし、それはきっとオシャレではないんだろう。

 そのため、とりあえず私服を着て服屋に出かけることにした。それで他の男性の人の私服を見て自分のと見比べてオシャレかを決める、そういうゲームだ。

 そんなわけで、さっさと帰宅して部屋に戻った。

 

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい」

 

 あ、今日は母さんいるんだ。仕事だと思ってた。

 慌てて自室に入って着替えた。とりあえず、ゲームのキャラを参考にして変じゃないように服を選ぶ。

 参考はもちろん、僕のpso2のキャラだ。格好良さは私服っぽい服なのに武器を持ってる辺りから出ると思ってる僕は、オンゲのキャラはみんな私服にしてる。

 コーデカタログに載せるとみんな「いいね」をしてくれるし、それなりにセンスはある……と思う。まぁ、多分思い上がりだけど。

 着替えを終えると、部屋を出て玄関に向かった。

 

「あら、出掛けるの?」

 

 母さんが顔を出した。

 

「うん、少しその辺の○井見てくる」

「そう……それにしても、あなた変わったわね」

「へっ? 何が?」

「前は一人でも外に出るような子じゃなかったのに。最近は結構、出掛けてるじゃない」

 

 ……え、そ、そうかな。そんな自覚はないんだけど……。

 

「じゃ、気を付けてね」

「あ、うん……」

 

 リビングに欠伸しながら戻る母さん。僕もせっせと靴を履いて家を出て、近くのユ○クロに向かった。

 ……そっか、そういえば僕、あまり前までは外とか出ようとしなかったな……。家にゲームがあるから。

 ま、今も用があるから外に良く出るってだけで、用がなければ……いや、でもこの前何となく寂しくてゲーセン行ったような……。

 

「……」

 

 変わった、のかなぁ。変わったとしたら、それは多分、美嘉先輩と関わってからなんだろうけど……。

 ……いや、あまり考えないようにしよう。多分、考えるほど沼にハマるパターンだし。

 しかし、ユ○クロで良いのかな、オシャレって。もう少し良い所に行った方が良い気もするなぁ……。

 でも、ユ○クロとし○むらしか行かないから分からない。誰かに聞きたいけど、質問する勇気なんかない。というか、こちらから連絡を取る勇気がない。

 ……あ、越谷の方にでっかいアウトレットがあったな。マサラタウンみたいな名前の大型ショッピングモール。あそこなら色々良い服屋があるかもしれない。

 そう決めて、一人ででっかいアウトレットに来た。周りのお客さんはみんな恋人同士、僕だけソロだが、そんなの別に何も問題ない。最近始まったフォ○トナイトってTPSゲームではソロでスクワッドに参加して暴れてるから。

 えーっと、メンズ服は……あまり良く分からないからテキトーなお店に入ろう。

 とりあえず一番近くにあった服屋に入った。中は黄色とピンクメインのお店で、服もこれからの季節に備えてかモコモコしたものが多い。

 しかし、どんな服が良いのか分からない以上は、やはり下手に手出しはできないし、それ以前に僕の中で一つの懸念が芽生えた。

 

 ーーーここ、レディースの店じゃね?

 

 そんな時だった。

 

「何か、お探しですか?」

「へっ?」

 

 店員さんが声をかけてくれた。声をかけて来たってことは、一応レディースのお店じゃないってことだよね……?

 大丈夫、これでも美嘉先輩と一ヶ月も一緒にいたんだ、ちゃんと会話できる……!

 

「は、はい!」

「どういったご洋服をお探しですか?」

「え、えっと……! よく、わからなくて……日曜日に、出掛けるのでっ……その、恥ずかしくないような……」

「あら、そうですか。デートですか?」

「は、はい……」

「それでは、気合い入れなければなりませんね」

 

 おお……は、話せてる! 話せてるよ僕! 割と社交性というものが身について来……!

 

「その男の子とうまく行くと良いですね」

「……はい?」

「いえ、ですからお相手の方と上手くいくとと」

 

 ……今、男の子が相手って言った? あれ? これもしかして……。

 

「それでは、ご案内させていただきます。お客様は女性の中では身長が高い方ですので、こちらのワンピースなどでしたら大人っぽい雰囲気が出せると思いますよ」

 

 ……僕、女の子だと思われてる……? え、嘘でしょ? そんなことあんの? そこまで女の子に見える?

 今日だって、男の子っぽい格好して来たのに。ネットで見かけた「ボーイッシュ」とやらの格好して来たんだけどな……。……あれ? ちょっと待って? ボーイッシュな格好ってメンズ服で使う言葉じゃなくか?

 ……てことは、ボーイッシュって時点で僕が購入した服はレディース服になってしまうんじゃ……。

 

「もしくは、こちらのシャツとスカートを組み合わせればワンピースっぽく……お客様⁉︎」

「〜〜〜っ……」

 

 ……僕は、無意識に女装をしてたってわけか……。何それ、今まで僕はどれだけの生き恥を晒して来たんだ……!

 

「お、お客様? 顔色が優れないようでしたら……」

「〜〜〜っ、し、失礼しま」

 

 走って逃げようとしたところで、ガッと腕を掴まれた。店員さんかと思ったが違った、神谷さんだった。

 

「オイ、どこ行ってたんだよ」

「へっ?」

「すみません、こいつ、あたしの連れなんです」

「あら、そうで……か、神谷奈緒さん⁉︎」

「すみません、失礼します」

 

 いつになく……いや、神谷さんはいつも礼儀正しいか。僕の手を引いて戦線を離脱した。

 店から出て、アウトレットのエスカレーター付近のソファーに座った。

 隣に腰を下ろした神谷さんはジト目で僕を睨んだ。

 

「……何してたんだよ、お前」

「へっ?」

「あの店でだよ。レディースの店だぞあそこ」

 

 ……あ、や、やっぱりそうなんだ……。神谷さんは口が硬そうだから周りにバラすようなことはしないだろうけど、それでも何となくショックだ。

 

「はぁ……やっぱりレディース、でしたか……」

「え、知らずに入ったのか?」

「は、はい……」

「というか、なんで服屋に?」

「……その、大槻唯さんから……と、突然……デートに、誘われて……」

「あ〜……(察し)」

「? な、なんですか?」

「いや、何でもない」

 

 ……なんだろ。何か変だったかな……。いや、それよりも、僕には相談しなければならないことがある。

 

「……あの、神谷さん」

「なんだ?」

「僕の、私服って……その……女装ですか?」

「はっ?」

「あ、ですから、えっと……ボーイッシュな女の子みたい、ですか……?」

 

 聞くと、まじまじと僕を眺める神谷さん。聞いといてなんだが、とても恥ずかしいのは我慢するしかないんだよね。

 しばらく見られた後、神谷さんは顎に手を当てて僕からサッと目を逸らした。

 

「……まぁ、見ようによっては」

「……つまり、僕は今まで恥ずかしげもなく女装をして歩いてたんですね……」

「わ、わー! 落ち着けって宮崎! そんな、似合ってないわけじゃないから! ていうか似合い過ぎてるから泣くなよ!」

「泣いてはないです……」

 

 ちょっと目頭が熱くなって、鼻につぅーんと来て、目から汗が流れそうになってるだけです……。

 

「……まぁ、落ち着けって。とりあえず、似合ってるから」

「嬉しくないです……」

 

 なんで死体蹴りするのこの人……。

 

「それで、美嘉さ……唯さんとのデートに何着ていくか買いに来たのか」

「は、はい……」

「……」

 

 顎に手を当てて考える神谷さん。協力してもらった方が良い、よね……。でも、迷惑じゃないかな……神谷さんだって何かしら用があってここに来てるんだろうし……。

 そう思って、チラッと隣の神谷さんを見た。

 

 「……美嘉さん的には今の方が良いのか……? いや、でもこの前は男らしいとこ見せたらしいし……しかし、美嘉さんの好みに合わせた方が……いやでも、本人の気持ちも汲まないと……というかそもそも、あたしと二人でいる現状がマズイのでは……」

 

 ……何かブツブツ呟いてる神谷さんの手元の袋を見ると、アニメのフィギュアと思われる箱が入っていた。

 色々と察してしまったので目を離してると「よしっ」と神谷さんが立ち上がった。

 

「宮崎、どんな服が着たい?」

「えっ?」

「結局、お金を払うのは宮崎だし、宮崎の服を買うんだ。宮崎が着たい服を買うのが一番だろ」

「で、でも……」

「どんな服があるのか分からないんだろ? だから、外見のイメージだけでも良い。可愛いとかカッコ良いとか、そんなザックリしたので良い」

 

 ……なんで可愛いを先に出した? とか言わない方が良いんですよね。細かい所が気になるのはゲーマーの悪い癖だ。

 

「……手伝って、くれるんですか?」

「ああ。その格好じゃ、ほっとくと店に入らなくても店員に捕まりそうだし」

 

 そんなに女の子に……いや、もう何も言うまい。メガネをかければそれもなんとかなるんだろうけど……。

 しかし、まさかそちらから手伝うと言ってくれるとは……。それなら、お言葉に甘えよう。多分だけど神谷さんは買い物は終わってるし。

 服装がカッコ良いか可愛いか、か……。しかし、本人は良いと言ってくれたものの、抽象的過ぎるのも失礼だよなぁ。

 実はこんな服が着てみたい、というのはあるにはある。言うのは恥ずかしいけど……でも言わないと。じゃないと協力してもらえない。

 

「その……日本刀を、腰に刺してると……不自然にカッコ良い服が良い、です……」

「……」

 

 ふざけてるわけじゃない。ただ、そういう……pso2で私服なのにブレイバーの刀を持ってるキャラが好きなだけだ。

 ……でも、こんなこと言ったらふざけてる、とか思われちゃうかな……。

 

「分かるわ!」

「えっ」

 

 唐突に目を輝かせて、僕の手を両手で握ってきた。

 

「スッゲェ分かる! あれだろ? ローとかドモンとかだろ? 分かるわー、超分かるわー」

「ろ、ロー? キックですか?」

「おk、要するに刀を持ってても違和感あってカッコ良い服だな、あたしに任せろ!」

 

 突然、テンションが上がった神谷さんに引き摺られて、服屋を巡った。

 

 ×××

 

 無事に私服を購入した。お世話になったので、僕の奢りで神谷さんと夕食を食べていた。

 こうして見てると、神谷さんって飯とか本当に美味そうに食べるんだなぁ。幸せそうに頬に食べ物を詰めて咀嚼してる、その顔を見てると何だか可愛い、リスみたい、なんて思ってしまう。

 そんな事を考えてると、見覚えのある髪がヒョコヒョコ揺れて歩いてるのが見えた。

 ジッと見ると、男の人と一緒に歩いている。

 

「だーかーらー、男子高校生が好きそうな服!」

「俺に聞くなよ! こんなとこ文香に見られたら……!」

「あんた男子高校生でしょ⁉︎ そのくらい分かってよ!」

「テメェ俺に友達いないのわかってんだろ⁉︎」

「おしゃれもしないから出来ないんでしょ⁉︎」

「あーもうテメェこの野郎本当に……!」

 

 会話は聞こえないけど、なんだか楽しそうに見える。

 ……あれ、なんだろ。この感じ。なんだか今、とても嫌な気分になった気がする……。なんでだろ。美嘉先輩にだって、男の友達くらいいるだろうに。

 ……何? この不愉快さは。

 

「宮崎?」

「っ」

 

 神谷さんから心配そうな顔で声がかけられた。

 

「どうした? なんか辛そうな顔してるけど……体調悪い?」

「っ、い、いえ……」

「無理するなよ? もし食べれなかったらあたしが食べるからな?」

 

 ……それ自分が食べたいだけだよね。

 とりあえず、心配かけさせないために、美嘉先輩の方は見ないで食事を進めた。

 

 



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ゲーマーの体力はアホ低い。

 世の中には、様々なゲームがある。ざっくり分けても戦闘、スポーツ、育成、冒険……さらに、例えば戦闘なら、それを格ゲー、シューティング、FPS、シュミレーション、RPG……あ、RPGは冒険かな?

 とにかく、様々なゲームが存在し、ありとあらゆるゲームをしてきた。

 何故、ゲームをするのか。僕が思うに、それは自分じゃ出来ないことをするためだ。銃や武器で人を殺すのも、実在しない化け物をハントするのも、軍のリーダーになって指揮を執るのも、ワールドカップに出て世界を制覇するのも、逆転サヨナラ満塁ホームランを打つのも、可愛いんだか可愛くないんだから分からないモンスターを育ててナンタラマスターを目指すのも、全て無理だ。

 僕は当然、その中のどれも現実ですることは出来ない。だから、あらゆるゲームをやってきたのかもしれない……が、一つだけやらなかったゲームがあり、そのゲームをやらずに、今は全力で後悔している。

 それは、恋愛ゲームだ。恋愛をしたい、と思わなかったから、一度も手をつけたことがなかった。

 しかし、女の子とのデートについて学べるのはギャルゲーか乙女ゲーしかない。

 だからと言って、大槻唯さんとのデートのためだけにギャルゲを買うお金はなかった。

 

「……はぁ」

 

 それが、今の僕にとってかなり弱点になってしまっている。

 何故なら、今日は大槻唯さんとのデートの日だからだ。駅前で集合し、神谷さんと一緒に選んだ服を着込んでのんびりと待機している。

 いや、のんびりとはしてない。心臓がバックバクしてる。女の人と出掛けるのなんて初めてだし。

 

「……はぁ」

 

 二発目のため息が漏れた。……しかし、こうして待ってる間の時間が嫌だよね……。歯医者さんで出番を待ってるのと同じ。

 特に、大槻唯さんなんてあまり僕と仲良くしてたわけじゃないし……。一体全体、急に何のつもりで……。

 一応、向こうから自転車で約束、とのことだったので今は駅前で自転車にまたがって待機している。

 ボンヤリとうじうじ悩みながらバ○ドリエキスパートを完封してる時だ。待ち合わせ場所に見知った顔が見えた。

 

「……あっ」

「……お、おはよ……」

 

 来たのは自転車にまたがっている美嘉先輩だった。もしかして、美嘉先輩も誰かと遊ぶのかな?

 

「……」

「……」

 

 ……あれ、なんで僕の前からいなくならないんだろ。ここで待ち合わせなのかな?

 と、思ったら美嘉先輩は何故か深呼吸し、決心したような顔になると、唐突ににへらっといつも僕と話す時のような笑顔を浮かべた。

 

「えーっと……唯と遊ぶ予定、だったんだよね?」

「は、はい……」

 

 ……だった? どういうこと?

 

「実は、唯に急に仕事が入っちゃってさ……代わりに、あたしが来たんだけど……良い?」

 

 ……えーっと、つまり美嘉先輩と遊べるってこと? それはかなり嬉しいかもしれない。大槻唯さんよりも美嘉先輩の方が一緒にいて気まずくない。

 

「は、はい……! お願い、します……」

「いやいや、お願いしてるのこっちだから。ごめんね、急に変わって」

「い、いえ……」

 

 むしろ助かったなんて言えない。実際、助かってるんだけど。

 

「じ、じゃあさ、今日行きたいとことかある? なかったら、あたしの行きたい場所行っても良い、かな?」

 

 あ、行きたい場所あったのにわざわざ来てくれたんだ。それは少しありがたい。

 僕も「ごめんね! 仕事が入って行けなくなっちゃった!」ってなられるのは少し朝早く起きたのが無駄になった気がして嫌だし。

 

「は、はい……! よろしくお願いします……」

「いやいや、お願いするのは私の方だから」

「でも……僕、ギャルゲーやったことないんですけど、大丈夫ですか?」

「いきなりなんの話?」

 

 不思議な顔をされながらも、美嘉先輩は自転車から垂らしてる足で地面を蹴って、僕の方に接近して、ジロジロと僕を見詰めた。あれ、な、なんだろ……なんか、変だったかな……。神谷さんは似合うって言ってくれてたんだけど……。

 僕の心境など知る由もなく、美嘉先輩はニヤリと微笑んだ。

 

「その服、似合うね」

「ーっ」

「さ、行こっか」

 

 あまりの言葉に心臓を射抜かれ、半ば放心状態になった僕を捨て置いて、美嘉先輩は自転車のペダルに足をかけた。

 

 ×××

 

 行き先はラウ1。美嘉先輩を先頭にして、二人で自転車を漕いでいる。ラウ1は地元にあるけど遠いんだよな。だから自転車で移動するしかない。……体力を犠牲にして。

 

「……ぜぇ、ひぃ……み、水……」

「もう、玲くん。情けないぞー」

「し、死ぬ……」

 

 自転車で30分、ゲーマーにはきつい距離だ。特に引きこもりには。

 移動の間だけで、もう休憩3回目だ。ペットボトル一本潰しちゃったし。

 

「ごめんなさい……」

「いや、いいけど……」

 

 ……あれ、許してくれるんだ。ていうか、最近の美嘉先輩は優しいなぁ。この前もバカして倒れて搬送された時にお見舞いに来てくれたし……。怒られたけど。

 公園のベンチに座り、水分補給を済ませた僕に美嘉先輩が肩を叩いて言った。

 

「さ、もう少しがんばろ!」

「は、はい……!」

 

 この人にそう言ってもらえるとやる気が出る。よし、頑張ろう……!

 自転車漕ぎを再開し、再びラウ1を目指した。

 通常、30分ほどで到着できる場所に一時間かけて到着し、自転車を駐輪場に止めた。

 

「やっと着いたね……」

「……す、すみませっ……ヒィ、ふぅ……!」

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫でっ……」

「とりあえず、中に入ろう。中なら椅子あると思うから」

 

 言われるがまま、中に入った。流石に肩を借りるようなことはなかったが、何にしても情けないなこれ……。ゲームで大体のことはなんでも出来るとはいえ、現実の体力も必要かな、なんて感じてしまった。

 ラウ1に来た以上、やる事はボウリングだ。スポッチャとかもあるけどそれは無理。体力的に。ゲーセン、なんて言えば美嘉先輩は多分怒るし。

 で、美嘉先輩が手続きとか全部してくれて、僕は学生証だけ預けて椅子の上で待機中。僕も一緒にいるには体力が無さすぎた。

 体力回復のためにFGOをしてると、美嘉先輩が戻ってきた。飲み物を一本持って。

 

「お待たせ〜」

「あ、す、すみません……。僕だけ休んでて……」

「ううん、玲くんの体力の無さは知ってるから気にしないで」

 

 それは慰めてるんですかね……。

 何となく貶されたわけでないとしても、からかわれた気分になり、少しげんなりしてると頬に冷たい何かが不意に当てられた。

 

「ひやっ⁉︎」

「はい、一口あげる」

 

 当てられたのはコーラだった。運動して消耗した体力に炭酸のシュワシュワ感が喉を伝るのはかなり助かりそう……だが、それならこちらもお金を出さなければならない。

 

「す、すみません……えっと、160円ですか?」

「ううん、お金はいいよ」

「……へっ?」

「勝手に買って来ただけだから。それより、早く行こ?」

「ええっ⁉︎ で、ですが……!」

「先輩が頑張った後輩にものを奢るのなんて当たり前だから。ね?」

 

 そ、そういうもん、なのかな……? でも、頑張ったと言っても普通の人なら息を乱さず出来る事に手間取っていただけだし……。

 

「す、すみません……ありがとう、ございます……」

「はいはい」

 

 にっこり微笑まれ、その笑顔に少しドキッと心臓が飛び跳ねた。もう、何度も美嘉先輩の笑顔を見て来てるはずなのに。なんだろ、心不全かな?

 コーラを一口飲んでから、キャップを閉めて立ち上がった。

 

「あたしも喉乾いちゃった」

 

 その僕の手元のコーラを美嘉先輩は取り、階段に向かいながらペットボトルの蓋を緩める。その背中をぼんやり眺める僕は、何か魚の小骨が喉に詰まった感覚を覚えた。

 なんだろ……あれ、僕にくれたコーラなんだよね? いや、あげたくないとかそんなんじゃなくて……もっと、こう……美嘉先輩に何かが近付いてるような……。

 

「って、先輩、危ない!」

「へっ? ひゃっ⁉︎」

 

 結論に至った時には体が動いていた。慌ててコーラを美嘉先輩の口から離した。

 

「な、何すんのいきなり⁉︎」

「そ、それ僕が口つけたやつです!」

「はぁ⁉︎」

「そ、そのまま飲んでたらっ……!」

 

 か、間接キ……! と、とにかくだめだ、そんなの。周りから見たらただの恋人同士だから。

 しかし、美嘉先輩はそんな僕の行動が気に入らなかったようで、ジト目で睨んで来た。

 

「……いいよ、そんなの気にしないで」

「えっ? で、でも、被害を受けるのは先輩の方で……!」

 

 僕は飲まれる側だが、美嘉先輩は飲む側だ。そんなのは美嘉先輩が一番わかってると思うんだけど……でも、美嘉先輩はなおさら機嫌が悪そうな顔にした。

 

「被害なんかないよ」

「で、ですが……ぼ、僕が、口つけたもの、を……!」

「……だから! それくらい別に構わないの! 分かってて一口もらってるんだから!」

「……へっ?」

 

 そ、それって……間接キスを承知の上でコーラを飲むってこと……?

 ……あ、女子高生も高校三年生にもなるとそんな事一々、気にしないってことか。なんか僕ばかり意識して馬鹿みたいだな……。

 少しショックを受けてると、美嘉先輩が僕の手元からコーラを取り返して、階段の方に向き直ってコーラを飲み始めた。

 ……ほら、普通にコーラ飲んじゃってるし。なんか頬が赤くなってるようにら見えるけど、美嘉先輩の斜め後ろからじゃよく見えないし、多分見間違いだろう。

 でも、そっか……。結局、僕は美嘉先輩にとって男ではないわけだ。別に、過去にそんなことを気にしたことはないのに……こう、なんでだろう。苛立ち? それとも悲壮感? そんな感覚が胸を支配した。

 

「……玲くん、早く」

 

 僕について来られてない事に気付いたのか、そんな声をかけてきたので、慌てて後を追った。

 階段を上がり、美嘉先輩が予約した席に向かった。その途中で美嘉先輩がボールを持って行ったので、僕も同じようにボールを持っ……。

 

「重っ⁉︎」

「どうかし……何やってんの?」

 

 ボールを持ち上げたものの、ズシっとして両手で抱えるように持ってしまった。え、ボウリングって初体験なんだけど、こんなに重いの?

 

「……大丈夫?」

「は、はい……。あの、もう少し軽いのありませんか?」

「え、これ8ポンドだけど……」

「ポンド?」

「いや、あたしもその意味は知らないけど……数字が小さいほど軽いから」

 

 そう言って、美嘉先輩は席に向かった。僕も6ポンドのボールを持って合流する。

 ふと上のモニターを見ると「レイ」と「ミカ」の文字が表示され、野球のスコアボードみたいにマスが置かれていた。

 

「あ、玲くん。先手は玲くんからだよ」

「……は、はい」

 

 よりによって僕からか……。やったことないんだけど……まぁ、事前に言わなかった僕が悪いのかな。とにかくやるしかない。

 鞄を椅子において、レーンの上に立つ僕の肩に美嘉先輩が手を置いた。

 

「ちょっ、待って何する気?」

「へ?」

「もしかして……玲くん、ボウリング初めて?」

「は、はい……」

 

 すると、少し黙り込んだ後に美嘉先輩はため息をついて仕方なさそうに僕の手元からボールを取った。

 

「教えてあげるから、とりあえず待って」

「……す、すみません」

「ううん」

 

 ……なんだかすごい面倒をかけさせてしまってるかもしれないと思った。

 

 



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足元注意。

 ボウリングのルールを教わり、ようやくゲーム開始。ボールを持って、まずは僕から転がす番だ。

 投げ方は周りの人の見よう見まね。とりあえず、線を踏まないように気をつけて転がす。

 ……重たいなぁ、これ。明日絶対筋肉痛なんですけど。

 指を穴に突っ込んで、腕を控えめに振って転がしてみた。ボールはゴロンゴロンとのんびりと転がり、徐々に横に逸れていった。

 で、隣のガーターレーンに落ちた。

 

「うん、まぁ予想通りかな」

 

 後ろの美嘉先輩から冷たい声が聞こえた。うるさいな、下手で悪かったな。

 しかし、まっすぐ転がすのは基本として、他にも何かコツがあるはずだ。例えば、レーン上にある三角の目印。これはどういう意味なのだろうか?

 考えられるのは、あれに沿ってまっすぐ転がせってとこだろう。もし、そうだとしたら……。

 

「……試そう」

 

 小さく呟き、真っ直ぐと三角の印を見据える。で、腕を出来る限り平行に振った。

 球は相変わらずのろのろした弾道で真っ直ぐと転がる。が、今回は横に逸れるようなことはなかった。

 ボーリングのピンに当たり、10人編成の目標はパタパタと散文的に倒れていく。

 が、7本倒したあたりでピタリと止まった。全滅させるには勢いが足りなかった。

 

「おお〜、やるじゃん」

「……は、はい……」

「でも、まだまだだね。美嘉ちゃんがお手本を見せてあげよう」

「へっ?」

 

 ニヤリと微笑んだ美嘉先輩は、ボールを持つとレーンの前に立った。

 不敵な笑みを浮かべたまま、1、2歩ほど助走をつけて、ボールを放った。手から離す直前、手首を若干捻って。

 ボールはレーンの上で鮮やかな曲線を描き、吸い込まれるかの如くピンを全て吹っ飛ばした。

 

「やりっ★ いえーい!」

 

 嬉しそうにガッツポーズしたあと、僕の前に両手を出してきた。えーっと……何かな、ボクシングのワンツー?

 

「ハイタッチだよ!」

 

 あ、なるほど。遅れて手を合わせると、ニヒッと微笑んでドヤ顔で席に座った。

 しかし、ドヤ顔する理由も分かる。だってカーブでストライクなんて凄いもん。高校生なら当たり前なのかな?

 

「す、すごい、ですね……」

「でしょ? 去年や一昨年はよく行ってたからねー」

 

 しかし、カーブか……。ひねって回転を加えてるわけだな……。

 僕に出来るかな……。いや、まぁやってみた方が良いだろう。ボールを持って立ち上がった僕の後ろから、美嘉先輩から声がかかった。

 

「カーブ投げるつもりならやめておきなよ」

 

 ビクッと僕の肩が震え上がる。

 

「多分、手首おかしくしてゲーム出来なくなるよ」

「……すみません」

 

 やめておいた。

 さっきのコツを活かして、再び投球。レーン上の三角のマークは全部で7本ある。多分だけど、真ん中の三角の上を通せば良いのだろう。

 それが安パイ……だと思ったのだが、投げたボールは正面の8本を倒したが、両サイドの二本を残してしまった。これじゃスペアは狙えない。

 

「……あら?」

「あー、やっぱそうなるかー」

 

 やっぱ? どういうことだ?

 

「威力が足りないと真ん中は全部倒れないんだよ。それなら、真ん中より若干、右か左かのどっちかを狙った方が良いよ」

 

 ……なるほど、そういうものか? 確かにそうすればピンが残っても両サイドに残るようなことはない。

 

「ま、とりあえず今は真っ直ぐ投げるしかないよ」

「は、はい……」

 

 とりあえず、左利きなので左のピンを狙うことにした。まっすぐ見据えるはピン……ではなく、左サイドのレーンの三角。

 

「ほっ」

 

 しかし、ポールは徐々に、少しずつ右に逸れ、真ん中をゴールインした。

 ……うん、まあそんな簡単に行かないよね。まだ始めたばかりだし慣れてない。

 

「プフッ……」

 

 だから美嘉先輩、笑わないでください。とても恥ずかしいんだから。

 

「やれやれ、玲くんはホント、ダメダメだなぁ」

 

 うぐっ……ゲームでダメとか言われると悔しい……。クソ、いつもと逆だ、これじゃあ……。

 悔しそうにしてるのが顔に出ていたのか、美嘉先輩はなおさら楽しそうな顔で、僕の頭をポンポンと叩いた。

 

「そうむくれないの。最初は誰でも上手くいかないんだから。ゲームでもそうでしょ?」

「うう……」

 

 いつになく楽しそうに皮肉を混ぜて来るな……。言い返したいけど、言葉が浮かばない。コミュ障は良い言葉選びが苦手な生き物だ。

 

「今からお手本を見せてあげるから、よーく見ておくようにね?」

 

 ウィンクしながら言うと、僕のより重いボールを持ち上げ、腰をかがめて胸前でボールを構える。

 その様子を眺めながら、後ろのベンチに座った。

 美嘉先輩は勢いよく踏み出すと、腕を回転させながら振り下ろした。さっきとは逆方向に曲がったボールは、見事にピンの右側から突き刺さるようにねじ込まれ、ストライクを取った。

 

「っしゃ、イェーイ!」

 

 さっきと同じようにガッツポーズしてから、微笑みながら僕にハイタッチを求めて来る美嘉先輩。

 が、レーンと椅子の間は段差がある。油断していたのか、そこに見事に躓いた美嘉先輩は、前のめりに大きく倒れ込んだ。

 

「きゃっ……!」

「あっ、あぶなっ……!」

 

 慌てて僕も支えようと立ち上がり、美嘉先輩の上半身を抱き抱えた。

 しかし、僕も咄嗟だったので姿勢を崩したままだ。美嘉先輩の勢いに押され、尻餅をついた。

 

「ってぇ……!」

 

 背中を椅子に強打し、肩甲骨がアホみたいにズキズキする。

 薄っすらと目を開けると、誰もいない。美嘉先輩の顔は僕の顔の横にあるようだ。

 しかし、代わりに視界に入ったのは美嘉先輩の背中をガッツリ抱きしめている僕の両手だった。

 ……あれ? てことは、僕の胸に当たってるやけに柔らかい感触って、美嘉先輩の胸、だったり……?

 

「〜〜〜っ⁉︎」

 

 慌てて両手を離すと、美嘉先輩も慌てて僕から離れた。僕なんかに抱き抱えられ、さぞ不機嫌……かと思ったら、顔を真っ赤にして両手で頬を抑えている。

 

「ーっ、ーっ……!」

「……」

 

 気まずい雰囲気が場を包む。僕も美嘉先輩も何も言わず、その場でただドキドキしていた。

 ……しかし、美嘉先輩もドキドキするなんて意外だな……。性経験は無いとしても、男の人と付き合ったことくらいあると思ってたけど……。

 そんな事を考えながら美嘉先輩を見てると、膝から血が出てるのに気づいた。

 

「っ、あ、あのっ……絆創膏買って来ますねっ」

「へっ? あっ……」

 

 逃げるように僕はその場から立ち去った。多分だけど、お互いに落ち着く時間が必要なはずだ。

 特に、僕なんか今だに心臓がバックバクで、美嘉先輩の柔らかかった胸の感触が未だに消えていない。うー……今夜、眠れるかなぁ。

 運良く、売店に絆創膏が売っていたため、購入して席に戻った。二、三回ほど深呼吸をして呼吸を整え、頭の中で銀魂の寿限無を唱え続けた。エリザベスを取ってから、銀魂のアニメにハマった。

 

「……よしっ」

 

 大丈夫だ。いざ、自分の席へ……!

 席に戻ると、美嘉先輩は顔を真っ赤にしたまま、両膝に両肘をついて、両手を組んでその上に顎を置き、何かブツブツ呟いていた。

 

「……れ、玲くんに、抱き着い……いや、わざとではなく事故……だとしても抱き着いた事実に変わりは……この洋服は洗濯しないとして……大丈夫かな、エッチな子って思われなかったかな……」

 

 ……何をぶつぶつ言ってるのか聞こえないけど、そんなにショックだったのかなぁ、僕と身体が密着したこと……。

 どうしよう、なんかショックだなぁ……。ゲーマーとはいえ割とキレイ好きだから、身体も頭もちゃんと洗ってるし、洋服だって洗濯してるんだけどな……。

 しかし、ショックを受けている場合ではない。ちゃんとまずは絆創膏を渡さないと。

 

「……あの、先輩」

「……大丈夫、基本的には事故のはず……にしても玲くん良い香りしたな……シャンプーやボディーソープは何を使って……いや今はそれどころじゃなくて……もう少し嗅いでいたかった……」

「……先輩?」

「ひゃうっ!」

「はうっ⁉︎」

 

 声を掛けると突然、大声を出されて僕も変な声を出してしまった。

 胸に手を当てながら美嘉先輩は僕の方を見上げ、緊張してるような強面で目を見開いて聞いてきた。

 

「あ、れ、玲くん……。何、どうしたの……?」

「い、いえ……ば、絆創膏を……」

「あ、う、うん……。ありがと……。いくらだった?」

「や、えっと……お金は、結構ですから……」

「へ? そ、そう……?」

「は、はい……」

「な、なら……あり、がとう……」

 

 ……あれれー? おっかしいぞー? 空気をリセットするために一度、別々になったのに何もリセットされてないぞー?

 というか、美嘉先輩が予想以上にダメージを受けている。……やっぱり、臭かったのかな。

 

「……あの、せ、先輩……」

「何……?」

 

 絆創膏を貼りながらだからか、顔は上げない。しかし、声はちゃんとはっきりしてて、僕が呼んだことを意識してくれている。これなら質問しても答えてくれるだろう。

 

「あの……僕、臭い、ですか……?」

「……んっ?」

 

 少し、核心に迫りすぎてたかな……。でも、コミュ障である僕には遠回しな聞き方なんて分からない。

 気を使われるかもしれないが、それでも聞いておきたかった。迷惑に思われていたのなら、これからは僕の方が気を使いたい。

 すると、美嘉先輩は大慌てで首を横に振った。

 

「い……いやいやいや! そんなことないよ! 超良い匂いだった! どうやったらそんな匂いをカラダから発せるのか気になったくらいで……! む、むしろもっと嗅いでたかった、というか……!」

 

 そこまで言って、美嘉先輩はハッとして、僕はグハッとした。気を使われてないのは流石にわかった。

 だけど、その……何? 匂いをずっと嗅いでたかった、とか言われると……ちょっと恥ずかしいんですけど……。

 顔がかなり熱くて、頭がフラフラする。鏡を見なくても真っ赤になってるのが分かった。

 

「……」

「……」

 

 再び沈黙。僕も美嘉先輩も何も話さない。

 が、やがて美嘉先輩が打開策を見つけたようにボウリングのレーンを指差した。

 

「そ、そうだ! 早くボウリングしようよ! 玲くんの番だよ!」

「っ、そ、そう、ですね……! で、では……!」

 

 そうだ、とりあえず汗を流そう。それでこの空気はなんとかなってくれるかもしれない。

 僕は慌ててボールを持ってレーンに向かい、ボウリングを再開しようとした時だ。

 突然、辺りが真っ暗になった。何事? と天井を見上げると、アナウンスが入った。

 

『ムーンライトストライクゲームのお時間です。ただいまから投球されるお客様にスペシャルイベントです。この一投で男性の場合はストライク、女性の場合は9本以上、ピンを倒したお客様に、ラウ○ド1特製のオリジナルピンをプレゼント致します』

 

 マジでか! いや、さほど欲しくないけど。でも、ゲーマーとしてロマンへの理解はあるつもりだ。こういうのはノリが必要なんだろう。

 

「おー、ラッキーじゃん! 頑張れ、玲くん!」

 

 美嘉先輩も復活したようで、僕の背中を叩いた。直後、ズキっと背中が痛む。さっき、椅子に強打した時か……。

 大丈夫かな、投げられるかな……。まぁ、やるだけやってみよう。

 

「玲くん、真ん中よりやや横ね。真っ直ぐ投げるんだよ」

「は、はい……!」

 

 アドバイスをもらった直後、良いタイミングでアナウンスが響いた。

 

『では、投球を開始して下さい』

 

 深呼吸して、狙いを定める。……よし、見えた。FPSで、SRの引き金を引くときに似た感覚だ。

 ボールを放るように投球した。真っ直ぐと確かな直線でピンに向かっていった。

 見事にボールは狙い通りの箇所に直撃し、全てのピンを倒した。

 

「……あっ、や、やった……! せ、先輩!」

「うっそ……ほ、ホントにできんの……?」

 

 なんだ、ボウリング簡単じゃん。もう掴んだわ。

 二人でハイタッチすると、店員さんがピンを持ってきてくれた。箱を開けると、木製のピンが入っていた。

 

「うわ、すごいですね……」

「うん……。あたしもこれ初めて見た……」

「へっ? 取ったことないんですか?」

「うん。あたし、割とこういうの取るの苦手でさー」

 

 ……それは意外だ。てっきり、本番に強いタイプだと思ってた。まぁ、それならちょうど良いかも。

 受け取った箱を、美嘉先輩に差し出した。

 

「あの……よかったら、これ……」

「へっ?」

「僕、大丈夫ですから」

「い、良いの……?」

「はい」

「わ、あ、ありがと……」

 

 受け取ると、鞄の中にしまう美嘉先輩。うん、良かった。多分、喜んでもらえた、よね?

 次は美嘉先輩の番になり、そのまま何とか空気は戻ったけど、美嘉先輩の調子は何故か崩れていった。

 

 



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ソロは自分のために、デュオは仲間のために。

 ボウリングを終えた後は、二人でゲーセン。ラウ1という場所は、遊びに困ることがないのだ。まぁ、その前にもちろんお昼を食べたわけだが。

 ラウ1のゲーセンは大きい。場所にもよるが、二人のいるラウ1はスポッチャ、ボウリング、カラオケ、ゲーセンとラウ1の親玉みたいなラウ1だ。そんな場所のゲーセンが狭いわけがなかった。

 さて、まず僕がやりたいのはガンダムのゲーム。なんか人気で色々とシリーズが出てるらしい。あとコクピット型のゲームもあるらしく、そっちも僕の興味を引くのに十分だった。

 そんなわけで、早速……と、そっちに向かうとする僕の襟を美嘉先輩は掴んだ。

 

「待って待って、すぐ面白そうなゲームのとこに行かない」

「へっ? で、でも……」

「いいから。男女でゲーセンに来たらまずこれでしょ」

 

 美嘉先輩が僕を連行した先はプリクラの筐体だった。キラキラテラテラピカピカした如何にもビッチ臭い女の人の顔面がドアップでのれんになってる筐体。僕の顔がこんな風に使われてたら街を歩けないけど。この人、メンタル強い。

 

「……え、この中に入るんですか?」

「うん。嫌?」

「嫌ではない、ですけど……僕、男なんですけど……」

「あたしもいるし女の子に見えるから平気だって」

 

 え、それ平気なの? 特に後者、そこまで女の子に見える?

 お金を入れて筐体に入った。フレームとかは正直、よく分からないので美嘉先輩がパパッと決めて行く。なんかラブラブとかカップル用とか選んでるのが見えた気がしたんだけど気の所為ですよね?

 で、撮影開始。最初のポーズは、いきなり頬にキスだった。

 

「って、頬にキスぅ⁉︎」

 

 い、いきなりなんで……!

 狼狽えてるうちに、美嘉先輩は俺の前に自分の頬を突き出す形で屈んだ。

 

「ほ、ほら、早く」

「へっ⁉︎ い、良いんですか⁉︎ そんな……!」

「い、良いに決まってんじゃん……。だから、言ってるんだし……」

「で、でも……!」

「早く!」

「は、はい……!」

 

 怒られたので、美嘉先輩に顔を向けた。アイドルなだけあって可愛らしい横顔は若干、朱をさしていて、それでもカメラを意識してか、笑顔のままだ。

 あの、綺麗な白い肌に……ぼ、僕のっ、口を……。い、嫌ってわけじゃない、けど……!

 で、でも……やらないと、また怒られるかも……!

 目を瞑って口を近付けた。美嘉先輩の逆側の頬と後頭部に両腕を回して、口を近づけ、くっ付けた。

 柔らかい感触が唇に触れ、マシュマロにキスしてる気分になった。しかも、当たり前だが顔がかなり近い。美嘉先輩の吐息や震えが両手と唇を通して伝って来るのがわかった。

 すると、カシャっとシャッター音がして、ようやく1枚目の撮影が終わった。

 ……な、長かった……ものの数秒のはずなのに、かなり長時間に感じた……。

 美嘉先輩の頬から離れて、顔を慌てて背ける。胸に手を当てると、心臓は電動ドリルの如く小まめに速く動いていた。

 しかし、機械とは無機質なもので、僕の心不全にも近いコンディションでも一切、気にすることなく次のポーズを指定する。

 

『次は〜、彼氏が彼女をお姫様抱っこしてみよう』

 

 おい、まず彼女じゃないぞ、美嘉先輩は。というかなんつーこと抜かすんだこのポンコツめ。

 

「玲くん?」

 

 あなたも乗らないでくださいよ……。

 

「無理ですよ……。僕、美嘉先輩を抱っこなんて出来ません」

「……重いって言いたいのかな?」

「い、いえっ、僕が非力なだけです!」

 

 唐突に怖い笑顔でにっこりと微笑まれ、思わず背筋が伸びてしまった。女の子の笑顔は全部が全部、可愛いわけじゃないんだな……。

 

「大丈夫だよ、あたしがお姫様抱っこする方だから」

「……へっ?」

「ほら、おいで。玲ちゃん?」

 

 ちゃんって……。

 しかし、さっきの笑顔をもう一度、見せられると思うとゾッとする。仕方なく従った。

 美嘉先輩の首に手を回し、膝と背中を抱えられて持ち上げられた。

 

「ーっ⁉︎」

 

 あ、ダメだこれ。思っていた二億倍くらい恥ずかしい。一気に顔が、オーバーヒートしたのか、と錯覚するほどに熱くなった。

 

「み、美嘉先輩……!」

「はいはい、暴れないの」

「だ、ダメです! こんなの……!」

「いいから。ほら、カメラに顔向けで」

「いやー! 撮らないでー!」

「ほんとに女子かお前は!」

 

 下ろしてもらえなさそうだったので、慌ててなんとかカメラから顔を背けた。

 しかし、正面のカメラから顔を背けるということは、美嘉先輩の体の方に顔を背けるというわけで。

 早い話が、美嘉先輩の胸の間に顔を埋めてしまった。

 

「〜〜〜っ⁉︎ むぎゅっ!」

 

 慌てて離れようとしたが、美嘉先輩がそれをさせてくれなかった。

 ちょっ、離してっ……! なんで押し付けっ……てか、死んじゃう……!

 涙目になってる間に、再びシャッター音が鳴った。それによって、ようやく僕は地上に足をつけることができた。

 

「っ……せっ、せんぱい……? いきなり、何を……!」

「……」

 

 美嘉先輩も今更になって自分が何をしたのか察したようで、顔を真っ赤にして俯いた。

 お互い何も話さない。撮影とかそんなん関係ない、とにかくその場で俯くしかなかった。

 が、そんな中、美嘉先輩は赤くなったままの顔をこちらに向けて、無理矢理にでも笑顔を作って聞いて来た。

 

「っ、ど、どうだった……?」

「……な、何が……?」

「あ、あっ……あたしの……む、むね……」

「……」

 

 ……え、何聞いてんのこの人? と思ったのはきっと僕だけじゃないはずだ。このシチュエーションになったら誰だってそう思う。

 それは本人も同じのようで「何聞いてんのあたし⁉︎」といった顔になって頭から煙が出そうなほどに赤くなっていた。

 しかし、訂正しようとしないのはおそらく僕の感想を待っているのだろう。聞いた以上は答えを聞きたいようだ。

 この時の僕はとってもテンパっていた。だから「え、応えられるわけないじゃん」「てかどう答えたら良いの?」「どう応えてもセクハライオンだよね?」とか、考えるべきことは大量に浮かべるべきだったのに、今の僕は素直に感想を口から漏らしていた。

 

「っ……そ、その……柔らかくて……い、良い匂いが、しました……」

 

 その直後だ。僕の頬にパチン、という音がして、視界には顔が真っ赤になった美嘉先輩のビンタが目に入った。

 それと共に、カシャっという三度目の無機質なシャッター音が響いた。

 

 ×××

 

「ご、ごめんね……?」

 

 美嘉先輩の照れ隠し全力ビンタが炸裂した僕の顔に、湿布を貼ってもらいながらゲーセンの席に座っている。

 すごく痛かった。かなり腫れちゃってるし。まぁ、あの状況じゃ照れ隠しを食っても仕方ないとは思うが、にしても理不尽だよね。怒っちゃいないけど。

 

「……大丈夫です」

「怒ってる、よね?」

「いえ、怒ってはないです」

「ほんとに?」

「はい」

 

 怒ってはない。ただ、理不尽だと思うだけで。大体、僕の感想にも問題があったとはいえ、そっちから聞いて来たくせに「恥ずかしい」という理由だけで人を引っ叩くのは如何なものか。別に怒ってないけど。

 

「うう……やっぱり怒ってる……」

「怒ってないです」

「……いつになく口調が荒いもん」

 

 怒ってないったら怒ってない。湿布も買って貼ってくれたし、ちゃんと謝ってくれてるし、怒ってない。ただ、今は無性にゲームがしたい。

 すると、美嘉先輩が「そ、そうだ」と声を上げた。

 

「良かったら、ゲームやらない? あたしがお金出すから」

「……別に、出してくれなくても良いです」

「いやいや、思いっきりビンタしちゃったし、奢らせてよ」

「……そこまで言うなら」

「よし、じゃあ何やる?」

 

 ……ふむ、この辺のガンダムのゲームもやってみたいが、美嘉先輩はこういうのあんま得意じゃないだろうしなぁ……。

 とりあえず、二人で遊べる奴に……と、思ったら、良い感じにジュラシックパ○クのゲームがあった。恐竜を撃ちながら逃げる奴だ。

 

「あの……これを」

「あ、撃っていく奴? 良いね」

「ゾンビの方でも良いんですけど……」

「嫌」

「ですよね」

 

 知ってた。そんなわけで、二人で車の形をした筐体に入った。美嘉先輩がお金を入れて、ゲーム開始。

 ストーリーはいきなりクライマックスだった。車に乗ってデイノニクスに追われている。

 

「わー! ち、ちょっと、もう⁉︎」

「遅いですね」

「へっ?」

 

 まぁ、こういうスタートはよくある。この程度の襲撃、僕に取ってはむしろ当たり前だ。

 近いやつから順番に確実に仕留めていった。すると、道中に黄色いブロックが光ってるのが見えた。それを撃ち抜くとこっちの攻撃は電撃ビームになった。

 

「おお、これは便利」

「何それ⁉︎ って、死ぬ死ぬ死ぬって!」

「一匹ずつ倒して下さい。ピンチになったらグレネード使えば一撃で蹴散らせますよ」

「あ、ありがと……! ……相変わらずゲームになると頼り甲斐が出るんだから」

 

 何かボソボソ言っていたが、今の僕の神経は画面に向いている。

 すると、なんとか凌ぎきってムービーが入った。そこでようやく、美嘉先輩は深呼吸をする。

 

「ふぅ……助かった」

「あ、これ飲んでください。さっき買っていただいたものですが」

 

 鞄からコーラを取り出し、差し出した。

 

「へっ? で、でもこれ……」

「飲まないんですか?」

「……うう、い、いただきます……。……ゲームモードの玲くんホントに……」

 

 美嘉先輩がコーラを飲んでる間、いつ始まっても良いように僕は神経を張り詰める。

 すると、何を思ったのか画面のチームメンバーは車から降りて走って逃げ始めた。

 

「……え、なんで降りるの?」

「やばい、始まる!」

 

 この登場人物達がどういうつもりなのか困惑する僕と、慌ててコーラの蓋を閉めてグリップを握る美嘉先輩。

 再び激戦を開始した。逃げながら恐竜達に乱射する。一撃も撃ち漏らさないように射撃しながらジリジリと下がる。

 そんな中だ。何処からか虫の大群が出て来て一斉に襲いかかって来た。

 

「ギャー! 虫キモい! ある意味ゾンビゲームより怖い!」

「……なんでジュラシックで虫なの?」

 

 三葉虫のつもり? 何にせよ全く意味が分からない。

 僕にとってはただの動く的だけど、美嘉先輩にとっては違うようでさっきから狙いが定まってない。

 そうこうしてると、青のキューブが画面端に落ちてるのが見えた。

 

「美嘉先輩、キューブ!」

「へ? あ、あれ」

 

 撃つと、美嘉先輩の銃弾は氷の冷気のようなものに切り替わる。それで片っ端から虫を撃退していった。

 

「わわ! 何これ楽しい!」

 

 よしよし、これで少しは戦力になる。

 そのまま虫を撃退すると、今度は再び恐竜を倒す番になった。

 

 ×××

 

 僕も美嘉先輩も肩で息をしていた。僕は一度もリスポーンされることはなかったが、美嘉先輩はかなりの百円玉を使っていたはずだ。

 僕自身も、それなりに危ない場面はあったし、何より軽いとはいえボタンではなく実在する銃をうまく操る必要があったからか、かなり疲れている。どこまで体力がないんだ僕は。

 そんな僕達の目の前の画面では、ティーレックスが罠に掛けられ、確保されていた。

 いつのまに捕獲作戦に切り替わったのだろうか? なんて問いは出なかった。ただ単純に、疲れ、達成感に満ちていた。

 僕と美嘉先輩は顔を見合わせると、両手でハイタッチした。

 

「「いよっしゃー! クリアー!」」

 

 疲れた……それに長かった……。こういう銃ゲームは体力使うからぼく一人じゃ厳しかったかもしれない。

 しかし、久々に達成感のあるゲームをやったな。二人でゲームの筐体から出て大きく伸びをする。

 

「んー……つっかれたぁ……」

「はい……。でも、楽しかったです」

 

 こうして、二人でゲームをやるのはもう当たり前になって来ているが、少し前まででは考えられないことだった。

 ゲームやる時は常にソロ、自分より上手い奴なんか存在しないと心の何処かで思ってたし、それ故に自分しか信じられなかった。自分より下手な奴を信用して協力なんか出来るはずがない。

 そんな僕が、歳上の異性を直々に鍛え、ゲームは違えどいつのまにか肩を並べて戦って楽しんでいる。

 今まで味わったことのない、不思議な感覚に覆われてるからだろうか。普段の僕からは有り得ない素直な言葉が漏れた。

 

「二人でゲームするのは、楽しいですね。美嘉先輩」

「ーっ……!」

 

 にこっと微笑むと、ミカ先輩の頬は赤く染まり、僕から目をそらす。

 が、すぐに笑顔に切り替えた美嘉先輩は、目の前にツカツカと歩み寄って来て、僕の鼻に人差し指を当ててニヒッとイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 

「生意気」

「ーっ……!」

 

 その仕草が、その笑顔が、その声が。

 何もかもが可愛く思えて、僕も頬を赤らめて目を逸らした。

 気恥ずかしくて、むず痒くて、でも……何処かやっぱり楽しくて。なんだこれ、何だろう、この感じ。

 そんな僕の手を美嘉先輩は取った。手をつないで、そのまま先を走って引っ張った。

 

「ね、もう少し遊んでいかない?」

「……そうですね」

 

 その後、僕と美嘉先輩は二人でゲーセンで遊び尽くし、自転車での帰宅は二時間掛かるハメになった。

 

 



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処女ヶ崎の恋愛(2)

 玲とのデート後、美嘉は帰宅した。帰り道は、玲の余りの体力のなさに若干、情けなく思いつつも、やはり人は全部が全部、完璧じゃないし、気にしない事にした。

 むしろ欠点だらけだ。自分の体調よりゲームだし、人とまともに会話も出来ないし、体力ないし。

 そんな中でも、もちろん良い所があるから、好きになったわけだが。今日だってヘロヘロになったくせに、家まで自分のことを送ってくれた、底無しの優しさだ。

 それを思うたびに、口元のニヤケが止まらない。

 

「にへっ、ぇへへっ……♪」

 

 楽しそうに笑みをこぼしながら玄関を開けた。

 

「ただいまー♪」

 

 弾んだ声で玄関に入り、靴を脱いでモコモコのスリッパに履き替えた。

 楽しそうに居間を通り掛かると、気付いた莉嘉が大きく手を振って来ていた。

 

「……あ、お姉ちゃん! おかえりー!」

 

 しかし、美嘉は気付かない。無言で居間を通り過ぎて自分の部屋に向かった。

 部屋の扉を開けると、ベッドに飛び込んで寝転がった。手元にあるのはスマートフォンで、画面に映ってるのは玲が自分の頬にキスしてる写真だ。

 

「……んふっ、んふふふふっ♪」

 

 その写真は早速、待ち受けにした。ロック画面である。ちなみにパスカードを解除すれば、玲をお姫様抱っこしてる写真に切り替わる。

 これから先、自分はいつでも玲にキスされてる写真と、玲を抱っこしてる写真を見ることができる。

 その画面を見るたびに頬が緩んでしまうのが分かった。しかし、それをやめようとは思わない、むしろそのニヤニヤしてしまう感じがまた心地良かった。

 何度も写真を見て、その度にニヤついて、それでベッドの上でゴロゴロ転がって足をパタパタさせる、そんなことを何度も繰り返していた。

 

「ご機嫌だね、お姉ちゃん」

「そりゃそうっしょー」

「何かあったの?」

「超あった。玲くんとデートだったからねー」

「ふーん? 今日はお仕事じゃなかったんだ?」

「あんなの莉嘉にからかわれないように言った嘘に決まって……」

 

 ……いや、待て。自分の部屋で声をかけられてるということは、少なくとも自分の身内、或いは身内が呼んだ友達だということだ。

 さらに、声をかけてきた子は、美嘉が莉嘉についたウソを知っていた。それはつまり……。

 

「……え、莉嘉?」

「私もいますよっ?」

 

 乙倉悠貴が楽しそうな表情の顔を、ニヤニヤしてる莉嘉の後ろからひょこっと覗かせた。

 

「ゆ、悠貴ちゃんも……?」

「ふふ、幸せそうですね、美嘉さんっ?」

 

 純粋にかつ元気に目を輝かせる悠貴と、純粋に意地悪く笑みを浮かべる莉嘉が、目の前で真っ赤になった自分を見下ろしていた。

 

「……説明してもらおうかな、お姉ちゃん」

「はい、美嘉さん♪」

「あ、あはっ……あははっ……」

 

 自分の迂闊さを呪った。まさかの女子中学生二人にからかわれる女子高生という、何とも面白い絵が出来てしまっていた。

 しかし、悠貴はともかく、こういう時の莉嘉は厄介だ。身内な上に口が軽い。最悪、両親にもバラされてしまうのだ。

 いや、変に悪どい所もあるので、恐喝のネタにされるかもしれない。つまり、ここでは美嘉は素直になる他ないのだった。

 

「……えっと、何を聞きたいの?」

「「デートの様子っ!」」

 

 だよね、知ってた、と言わんばかりに苦笑いを浮かべながら、ラウ1の話をした。まずはボウリングから。

 

「まぁ……まずはボウリングかな。玲くん、ボウリングやったことなくてさー。元々、器用な上にゲーマーだから、コツ掴むのは早かったから良かったけどね」

「それ、根拠になるのかな……?」

 

 莉嘉がきょとんと首をひねったが、美嘉は気にせずに続けた。

 

「その時に色々あったんだけど……面白いことは特になかったから先に」

「何かあったんだ」

「何があったんですか?」

「……」

 

 流石、姉妹。看破するのが秒単位だった。そして、悠貴の追撃のテンポもかなり早かった。

 流してくれそうにないので、仕方なく額に手を当てて、頬を赤らめながら呟くように答えた。

 

「……まぁ、その……お手本を見せてあげたんだけど……その時、ストライク取れてはしゃいじゃって……で、転んで抱き抱えられちゃった」

「「おお〜!」」

 

 抱き抱えられた、というだけでJC二人は目を輝かせて興味津々になるんだから、とても厄介だ。

 

「どんな感じ? どんな感じに?」

「ぎゅーって? それはもうぎゅーって感じですかっ?」

「そ、そんなんじゃないって……! てかもういいでしょ? それより続きを……」

「「良くないっ!」」

 

 良くなかった。目を逸らしながら乾いた苦笑いを浮かべながら、若干、頬を赤らめて仕方なさそうに説明し始めた。

 

「その……正面から、ガバッと……」

「「きゃー☆」」

「何の悲鳴よそれは!」

 

 二人して頬を赤く染めてはしゃがれて、美嘉が一番、顔を真っ赤にしてツッコんだ。

 

「もうラブラブじゃん」

「そうですよっ。いつお付き合いするんですかっ?」

「し、しないよ! しないから!」

「「えっ、しないのっ?」」

「い、いや……いつかは、するけど……」

「「おお〜!」」

「何が『おお〜』よ!」

 

 見事にいじられまくっていた。歳上としての威厳などゼロである。

 

「で、次は?」

 

 莉嘉に続きを催促された。少しくらい休ませろよ、と思ったが、まぁ休ませてくれそうにないので、仕方なくその後の話に移る。

 

「その後はムーンライトストライクゲームがあってさ〜」

 

 全く思い出そうとする事なく続きがスラスラと出てくる辺り、なんだかんだ言ってかなり楽しかったんだろうな、と悠貴はにこにこしながら察した。

 

「その時に、玲くんがストライクとって、それでボウリングのピン貰っちゃったよ〜。ほらこれ」

 

 言いながら美嘉は先程もらった箱を開けた。中からは木製のピンが顔を出す。

 それを見て「へぇ〜」と好奇心旺盛に手を伸ばした莉嘉の手から逃れるように箱を避けた。

 

「……」

「……」

 

 再びトライするも、それも避けられる。

 

「……見せてよ!」

「嫌だよ。玲くんにもらったもの、壊されたくないもん」

「良いじゃん! 少しだけ!」

「嫌。そう言って昔、どれだけ壊したか覚えてないの? 千秋のおもちゃ」

「あ、あれは千秋くんのおもちゃが脆いのが悪いんだよ!」

「り、莉嘉ちゃん……その言い分は流石に」

 

 悠貴にも呆れられ、それは少しショックだったのか莉嘉もウッと言葉を詰まらせる。

 それに追撃するように、美嘉が自慢げに語った。

 

「あたしのリコーダーだって莉嘉のおさがりになった直後に壊れたし、鍵盤ハーモニカもそうだよね」

「〜〜〜っ! い、良いじゃん! 少しだから!」

「いーやっ」

「分かったよ、事務所でお姉ちゃんが玲くんを襲ったって言っちゃうから!」

「少しだけだからね」

 

 妙にリアルな嘘に、あっさり負けた美嘉はピンを差し出した。悠貴は一人「襲う……?」と小首をキョトンを傾けていたが、二人とも説明する様子なく、莉嘉が箱からピンを出した。

 

「わー……結構、重いんだ」

「まぁね」

「あ、莉嘉ちゃん。私にも貸して下さいっ」

「良いよー。はい」

 

 手渡され、今度は悠貴がピンを持った。

 

「ホントだ……重いんですね、割と」

「よく玲くんがストライク取れたね……」

「もちろん、あたしの指導があっての結果だからね」

「玲くんの覚えが良かったんだろうなー」

「莉嘉?」

 

 微笑みながら睨まれて、莉嘉は小さく萎縮した。まぁ、萎縮するだろう。たまに勉強を教わってる身としては黙るしかない。

 悠貴が箱の中にボウリングのピンを戻している間に、莉嘉は誤魔化すように尋ねた。

 

「そ、その後は?」

「その後はー……まぁ、普通にボウリングやってたよ。……ちょっと、あたしの調子が悪くなったけど」

「照れちゃって?」

「ち、違うから! てかなんでそういう解釈になるわけ⁉︎」

「ふふ、お姉ちゃん可愛い」

「〜〜〜っ、り、莉嘉!」

 

 顔を真っ赤にしてポカポカ拳を振るう姉ヶ崎と、それをニヤニヤしながら受け止める妹ヶ崎、普通は逆じゃないだろうか、と思う悠貴は、ニコニコしたまま二人の様子を眺めていた。

 

「ふふ、姉妹ってなんだか羨ましいです」

「どの辺が⁉︎」

 

 もちろん、妹にからかわれてる情けない姉の構図になってる美嘉は思いっきり反応したが、悠貴は特に説明しようとしなかった。

 それよりも、と付け加えて目を輝かせた。

 

「それで、その後は何かあったんですかっ?」

「へ? う、うん。まぁ……色々、ね……」

「さっきスマホ見ながらニヤニヤして転がってたのは何か関係があるんですか?」

「オーバーキルやめて!」

「あ、そうだよ、お姉ちゃん。スマホのこと何も聞いてないんだけど!」

 

 莉嘉も参加し、二人はさっきからずーっとキラキラさせている眼差しで美嘉を見つめていた。

 逃げられない、なんて今更思うことではないし、美嘉もどの道全部話す羽目になるんだろうな、と察していたので、さっさと話を続けた。

 

「まぁ……そのあとは二人でプリクラ撮ったんだけど」

「「ほうほう」」

 

 その相槌にイラっとしたが、堪えて続けた。

 

「その時に……その、間違えてカップル用のフレームを選んじゃって……」

「進んでカップル用のフレームを選んだんだ?」

 

 そこもあっさりと莉嘉に看破され、尚更イラァっとしたが、それも耐えた。ここで怒っては愚妹の思うツボだ。

 

「……それで、その……その時の一枚目がこれ」

 

 写真を二人に見せた。美嘉の頬にキスしている玲の写真だ。二人とも顔を真っ赤にしてるが、美嘉の方はなんとか笑顔を見せている。

 

「ひゃー! ち、ちゅーしてる! 宮崎さんが!」

「実はスタッフの方に『美嘉ちゃんって絶対、処女だよな』って百点満点の噂をされてるお姉ちゃんがちゅーさせてる!」

「ふ、二人ともうるさいよ! てか、莉嘉のはそれどういう意味⁉︎」

 

 微妙なニュアンスの違いにもしっかりと反応する美嘉だったが、莉嘉は若干、真顔寄りの興奮した様子で答えた。

 

「だ、だって! 普段のお姉ちゃんなら絶対にチキるじゃん。最初だけ威勢が良いタイプじゃん」

「うぐっ……!」

「いつだっけ? 中学の時に初めて好きな人が出来た時も、ちょっかいばかり出してまともに会話も出来ないで卒業しちゃってたじゃん」

「え、そうなんですかっ?」

「うん。『文化祭で告白する!』『やっぱ体育祭で!』『いや本当の勝負は修学旅行でしょ!』って徐々に延ばした挙句、結局は告白出来なかったんだよ」

「り、莉嘉! それは言わない約束で……!」

「わー! 美嘉さん可愛いですね!」

「う、うん……」

 

 悠貴の悪気のない追撃がまた辛かった。

 

「でも、なんだか意外です。美嘉さんってもっとこう……男の人とも気兼ねなく話せるタイプだと思ってましたが……」

「あははっ、それはないよ悠貴ちゃん。ほんとは純情でどうしようもない人だから」

「り、莉嘉〜! あんたいい加減にしなさいよ!」

 

 腹をたてる美嘉だが、そこで腹を立てれば図星だと自分で言うようなものだ。悠貴の視線はなおさら、微笑ましくなった。

 しかし、これでも美嘉はまだ怒っていない。セリフでこそ喧嘩に聞こえるが、二人のやり取りはやはりじゃれ合いに見えた。

 本当に姉妹というものが少し羨ましく思えて来たときだ。莉嘉のスマホが鳴り響いた。

 ニンマリと美嘉は微笑むと、莉嘉のスマホの画面を覗き込んだ。

 

「何々、男の子?」

「ざんねーん、あたし別に玲くんとPくん以外に男の子の友達はいませーん」

「ちぇーっ」

 

 しかし、美嘉の質問は正解だったし、莉嘉も嘘はついていなかった。

 ーーーつまり、そういうことである。

 

「あ、玲くんからだ」

 

 ポツリと莉嘉の口から漏れた言葉が、今までイラっとしても受け流していた美嘉の沸点を激減させた。

 

「……は? 玲くんから? 莉嘉に? なんで?」

「え、み、美嘉さん?」

「ごめん、悠貴ちゃん黙ってて。莉嘉、どういうこと?」

「ちょっと待ってよ。えーっと……」

 

 とりあえず、美嘉が怒るに値する内容なのかを判断するため、メッセージを開いた。

 

 宮崎玲『こんばんは、宮崎です。突然、ご連絡を入れさせていただいたことをお許し下さい』

 

 へりくだりすぎている上に、微妙に正しいのか分からない敬語の文が送られて来ていた。ちなみに玲は高二で、莉嘉は中一である。

 その分に既読をつけた直後、次のメッセージが送られて来た。

 

 宮崎玲『付き合って下さい』

 

 世界が静止した。

 

 



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どんなに可愛くても犠牲者が出るなら禁止。

 10月になった。文化祭まであと少し、うちのクラスのメイド喫茶も徐々に形になりつつある中、僕はあいも変わらず一人で教室の隅でボンヤリしていた。

 最初は教室から出たり、仕事するフリをループさせてたんだが、どうにもそれにも限界があり、今ではどうしたら良いのか分からずにウロウロするしかなかった。

 正直、今の僕は文化祭どころではない。美嘉先輩のことをネットで調べてたら、誕生日が11月頭であることを知ったので、プレゼントについて莉嘉さんに相談したら「断る! バカ!」と怒られてしまった。

 何をそんなに怒る必要があったのかなぁ……。何故か美嘉先輩にまで怒られたし……。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついていると、クラスの男子が声をかけて来た。

 

「ねぇ、えーっと……み、宮村?」

「っ!」

 

 宮崎です、とツッコミを入れる余裕もなかった。クラスメートに声を掛けられ、腰を抜かし、椅子から転げ落ち、お尻を床に強打して尾骶骨にジワジワと痛みが響いた。

 

「……何してんの?」

「す、すみません……」

「まぁいいや。お前、男のメイドだから」

「……はっ?」

「よろしく」

 

 え、ま、待って。まずその男のメイドって……や、確かに男女でメイドになるって話だったけど……。

 しかし、ここでコミュ障を発揮するのが僕だ。おそらく、初めてのクラスメイトの会話だったが、さっさと向こうが何処かに行ってしまい、代わりに机の上にメイド服を置いていかれた。

 

「……」

 

 どうしよう、捨てて良いのかな、これ。いや、ダメだよね。でも捨てたい……こんなもん、着たくない……!

 大体、男がメイド服って何? 全然意味わからないんだけど。バカじゃないのうちのクラス。

 何とかしてボイコットしたいが、文化祭当日は美嘉先輩と1日だけ一緒に回れるから休めない。その日以外サボる、となるとその日にシフトを入れられてしまうかもしれないし。

 

「……はぁ」

 

 困ったなぁ……。何とかして回避したい。こんな格好を美嘉先輩に見られるのだけは勘弁して欲しい。

 ……他の人ならなんとか相談に乗ってくれるかな。

 とりあえず、スマホの上で指を走らせ、莉嘉さんに相談し……ようとしたところで指が止まった。この人、口軽そうなんだよなぁ……。

 別のトークルームを選択し、まずは北条……さんもダメそうだよなぁ。特に神谷さんへのいじり方がたまにえぐいし。その神谷さんもいじられたら秒で吐きそうだし。

 大槻さんもー……うん。無理そう。乙倉さんもまだ中学生で子供だし……。

 ……あれ? 僕、最近は知り合いも増えて来たって思ってたけど、相談出来る人はいない……?

 

「……」

 

 覚悟を決めるしかない、のかな……。

 教室内を見回すと、メイド服の男子と執事服の女子が何人か楽しそうに騒いでいる。

 ……ていうか、女子はメイド服着てないし、男子は執事服着てないんだけど。あれ? なんか僕の知ってるクラスの出し物じゃない……?

 黒板を見ると、催しが変わっていた。男女逆転喫茶になっていた、どこの誰だか知らんけどホント余計なことしてくれたよ……。

 大体、これ需要は何よ。執事女子は確かに可愛いけど、ゴリゴリの野球部やサッカー部やバスケ部が着てるメイド服なんて、サイズが合わなくてパッツンパッツンになってんじゃん。「あんなメイドは嫌だ」って大喜利があったら速攻で浮かぶようなメイドさんだよ。

 さて、周りの人が着替えてるのを見たところ、僕もメイド服に着替えた方が良いのかな?

 ……正直、恥ずかしいなんてものではないが、このクラスに友達はいないし、風評被害はない。何より、周りも着替えている環境なら僕が着替えても浮かないはずだ。

 

「……よしっ」

 

 深呼吸してから覚悟を決めた。多分、サイズ合わせの意味もあるんだろうし。

 なるべく周りの人に見られないように着てみた。ちゃんと、パンツ丸出しにならないようにスカートを履いてからズボンを脱いで。

 カチューシャは……恥ずかしいからやめよ。いや今更感あるけど。

 

「……こう、かな」

 

 着替え終わって、一人で窓を眺めた。メイド服を着た僕が映っている。

 ……これ、想像以上に恥ずかしいな。やっぱり文化祭の日は休もうかなぁ。というか、他の男子はパッツンパッツンなのに、僕のだけサイズピッタリなのはなんで? おかしくない?

 まぁ、サイズがぴったりなら良いよね。ということで、さっさと着替えようと思った時だ。

 

「わっ、み、みー……宮川くんかわいい!」

「……へっ?」

 

 クラスの女子に見つかってしまった。しかも、割と派手な女子に。それをきっかけに、ワラワラとクラスメートが集ってくる。

 え、ちょっ……なんでっ……ていうか、退路を断たれてしまった……。

 

「本当だー。みや……宮内くん似合う!」

「サイズもピッタリだし、本物のメイドさんできちゃったね。みや……宮沢くん」

「おいおい、みや……宮山の男性ホルモンはどうなってんだ?」

「それな。みや……宮ノ上の田村麻呂って本当にキ○タマついてんの?」

 

 ちょっ、あの……あまりこっち来ないで……てかなんで集まってくるのこっちに……!

 人に囲まれ、顔が熱くなり、視界がグルグルと回って来た。

 そんな中、一人の女子が鞄から化粧ポーチを取り出す。

 

「ね、せっかくだから本格的に改造してみない?」

 

 こいつ何言ってんの?

 

「良いね。誰かー、詰め物持って来て」

 

 詰め物⁉︎ 何に使う気⁉︎

 しかし、僕に抵抗する術はない。頭にツッコミや悪口は浮かんでも、口に出来ないのだ。

 しっかりとラグビー部の筋肉お化けに捕まり、女子生徒に化粧をされる。それから、中身はなんだか分からないが、メイド服の胸の部分に何かを詰められ、髪もいじられ、カチューシャを乗せられる。

 ちょっ、やめっ……てか服の中はいじらないでっ……! ていうか、僕を捕らえてる人、逃げないので抱きしめないで!

 

「……宮倉ってアレな、なんか女子みたいな匂いするな」

「おい、村田お前ホモかよ」

 

 嗅ぐな! 人の頭を! ていうか、さっきから誰一人名前合ってないから! 宮倉なんて苗字の人いんの⁉︎ 先に宮崎が浮かばない⁉︎

 

「よし、完成っ、と」

 

 完成した時には、僕はもう別人だった。僕ですら「これ誰?」ってレベル。顔なんか恥ずかしさで真っ赤だ。「クッ、殺せ……!」ってこんな感じなのかな。

 そんな僕を見たクラスメートは逆にさらに盛り上がってしまった。

 

「誰?」

「いや、もうこれ女の子でしょ……」

「結婚して下さい」

「お前本当にホモかよ。や、気持ちはわからんでもないけど」

 

 ……感想言うのはやめて下さい。自殺したくなります。

 ……というか、もう自殺待った無しだな。こんな格好してるとこを美嘉先輩に見られた暁には死にたくなる。

 そんな事を思ってしまったのがフラグになったのだろうか、教室の扉が開いた。

 

「すみません、宮崎くんいま……」

 

 美嘉先輩が顔を出した。僕もガッツリ目が合った。鼻血を出してぶっ倒れたため、僕のメイド服は結局、禁止になった。

 

 ×××

 

 学生服に着替えた僕は、美嘉先輩を(引きずりながらも)なんとかおぶって保健室に運んだ。

 先生に治療をしてもらい、あとは目が醒めるのを待つだけだ。その間、僕は退屈なのでゲームをやってることにした。

 スマホを取り出してぽちぽちといじってると、ふと眠っている美嘉先輩が目に入った。

 鼻の穴にティッシュが突っ込まれているとはいえ、やはりアイドルなだけあって綺麗な人だ。なんというか、男心をくすぐるというか、頭を撫でたくなるというか……まぁ、僕なんかが撫でるわけにもいかないが。

 

「……」

 

 でも、可愛いなぁ。美嘉先輩の寝顔なんか、この先に眺めるチャンスなんかないだろうし、ここしか見れないのは少し惜しい気がする。

 ……写真とか撮っても平気、かな……。だ、大丈夫だよね? 怒られたりしないよね? あ、ちょっとヨダレ出てる。普通の人なら汚いけど、美嘉先輩なら何故か可愛く見えるのホント不思議。

 いや、そんなことよりもだ。ほんとに写真撮って良い、かな……。やっぱり勝手に撮られるのは美嘉先輩も嫌がるよね……。

 ……でも欲しい。知らぬが仏、撮ってしまおう。

 一発でそう決意し、音を立てないようにそーっとスマホを構えた。

 

「……」

 

 起きないでくださいよー……。

 心の中で念じながら、スマホのボタンを押した。カシャっとシャッター音が鳴り響き渡り、上手く撮れてるか確認しようと画面を見た。画面の美嘉先輩は、眠たげに……それこそ起きた直後のように目を開いていた。

 

「……えっ」

「玲くん……?」

 

 そう声を絞り出した美嘉の表情は、寝起きとは思えないほどにしっかりと目を開き、頬を真っ赤にして口元のヨダレを拭いながら僕を睨みつけていた。

 ……あ、ヤバい。消される。

 

「……何してるの?」

「い、いえ、その……」

「まさかとは思うけど……撮った?」

「……」

「……撮ったのね?」

 

 ーーーヤバい、抹殺()される。

 

 脳にそんな文が浮かんだ時には遅かった。美嘉先輩は寝起きだというのに元気に僕に両手で襲い掛かり、右腕をクビに通して締め上げながら、左手のゲンコツでコメカミをグリグリと攻めてきた。

 

「い、いだだだだ⁉︎」

「女の子の寝顔を無断で撮るなんて……いつからそんな悪い子になったのかな〜?」

「す、すみませっ……!」

「すみません、じゃないよ! 昨日なんて莉嘉には告白紛いなことするし! 何なの君は⁉︎」

「え? こ、告白……?」

「付き合ってください、とか送って来てたじゃん!」

 

 ええええっ⁉︎ ……いや、確かに文面的には告白以外の何者でもないけど……!

 ま、まさか……莉嘉さんも怒ってたのってそういうのことで……。

 

「は、はわわわっ……!」

「え、本当に告白なの……?」

「ち、ちがいます! こ、告白なんてそんな……お、恐れ多い……」

「だ、だよね……って、ホッとしてる場合じゃなくて! とにかくダメだからね、そういう紛らわしいこと言うの!」

「は、はい……。す、すみませんでした……」

 

 ……あの、それよりも、頭グリグリが痛いし、何より柔らかい部分が当たってるので、離してくれると嬉しいのですが……。

 

「……言っとくけどまだ離さないからね」

「っ、な、なんでですか……?」

「一つは、そのー………い、痛そうにしながらも照れてる玲くんが……可愛いから……」

「……」

 

 照れながらそんな風に言われても……というか、この人、胸が当たってるの分かっててやってるんだ。

 自分の発言が完全に色んなことの告白になってることに気づいたのか、誤魔化すように二つ目の理由に移った。

 

「も、もう一つは! さっきなんで写真を撮られたのか知りたいから!」

「へっ……?」

「べ、別に……玲くんにとってあたしはゲーム友達みたいな感覚でしょ? それなのに、その……どうして、あたしの写真なんか、撮ろうとしたのかなって……」

「……」

「と、盗撮なんて、らしくない真似までして……」

 

 いらんこと言わないでください。

 しかし、そんな風に聞かれても僕にだって分からない。なんで僕は、美嘉先輩の寝顔をいつでも見れるようにしたい、なんて衝動に駆られてしまったのか。

 いや、理由は大体、分かってる。美嘉先輩の寝顔がとても可愛かったからだ。

 だけど、そんなことを口に出せば、最悪の場合「え、何こいつ。何勘違いして口説いてきてんの? キモい」となる。よって、そればっかりは避けなければならない。

 しかし、他に理由なんて……。

 顎に手を当てて考え込んでると、美嘉先輩が恐る恐る聞いてきた。

 

「……も、もしかして……あたしの寝顔が、欲しかったから……とか?」

「ーっ!」

 

 ば、バレてる⁉︎ ダメだ、誤魔化さないと!

 

「ち、違うんです! そんな、そんな気は無いです! た、ただ……ちょっと、気が動転していたというか……つ、つい出来心というか……! べ、別に美嘉先輩が可愛かったとか、そんなんじゃ全然無くて……!」

 

 って、何を言ってるんだ僕のバカ! そんな一昔前のツンデレみたいな事を言って……!

 頭の中がしっちゃかめっちゃかになり、なんか色々と言い訳を模索してる時だ。ふと静かになった美嘉先輩に目を向けた。顔を真っ赤にしたまま、口をパクパクさせて俯いている。

 

「っ……っ……!」

 

 っ、な、なんだろう……。美嘉先輩の反応が、なんか……こう、照れてると思うととても可愛らしくて……胸の奥がズキズキ痛いというか……。

 ……なんだこれ。……もしかして、これが……。

 

「あーもうっ! いつからそんな高等テクニック覚えた! この生意気な後輩め〜!」

「っ、な、なんでもっと締めるんですか⁉︎」

 

 胸の痛みはいつの間にか消え去り、再びこめかみと締められてるクビに痛みが走る。

 ……なんだったんだろう。心不全かな? 最近、よく病院に運ばれることも増えてきたし、あながち間違いじゃない気がする。

 が、割とマジの「グェッ」という断末魔が漏れたことによって、美嘉先輩も「あ、殺すかも」と思ったのか、首を離してくれた。

 

「さ、帰ろっか?」

「ぇふっ、ゲフッ……! は、はい……」

 

 ふぅ……ようやく帰れる。まぁ、もう文化祭の会議も終わってるだろうしね。

 美嘉先輩がベッドの上で座りながら髪を整えてる間に、僕はベッドの周りのカーテンの範囲内から出て外で待機した。

 

「そういえばさ、玲くん」

「? なんですか?」

「玲くんがメイドさんになってる夢を見たんだけど……」

「ブハァ⁉︎」

 

 や、ヤバっ……! そういえばすっかり忘れてた……! ど、どうしよう、なんて誤魔化せば……!

 

「なんであんな夢見たんだろうねー」

「あ、あはは……ま、まぁ、夢は夢ですし」

「そう言われたらそうなんだけど……なんかやけにリアリティあったというか、そもそもどうしてあたし気絶したんだっけ?」

「さ、さぁ……?」

 

 向こうが話してくれたので、こちらも上手く誤魔化すことができた。どうやら、本気で忘れてしまっているようだ。助かった。

 そんな時だ。「妄想も大概にした方が良いのかな……」とかブツブツ言ってた美嘉先輩は「あっ」と、ふと何かに気付いたような声を上げた。

 その後、カーテンから出て僕の顔を見た。それによって、頬を赤く染めながら、僕の両頬に手を当てた。

 

「れ、玲くん……!」

「っ、な、なんですか……?」

「……こ、このお顔は、一体……?」

「? か、顔? ……あっ」

 

 ……そういえば、着替えただけで化粧は落としてなかった。

 

「……まさか、とうとう女の子になろうと……?」

「ち、違います!」

「じゃあ何これ?」

「え、えっと……!」

 

 ダメだ、どう足掻いてもあのメイド服の話をするしかない。

 観念したようにその話をすると、意外なことに美嘉先輩はメイド服の方には食いつかなかった。美嘉先輩が食いついたのは僕の顔のメイクの方。真剣な目をしたあと、圧のある声で言った。

 

「……玲くん」

「っ、な、なんですか……?」

「あたしの部屋行こっか。こんな素人丸出しのメイクじゃなくて、カリスマギャルの本気のテクニックを見せてあげる」

「ええっ⁉︎ いや、あのっ……!」

 

 その日、夜になるまで帰れなかった。

 

 



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それは羨ましいってことだよ。

 オラクル。四種族によって構成されている、惑星間渡航船団。活動範囲は数多くの銀河にまで及び、新たな惑星を見つけては調査隊として「アークス」が派遣され、調査と交流を図る組織だ。

 僕はその四種族のうちの一つ、デューマンだ。角とオッドアイが特徴で、火力重視のパワータイプ。

 クラスはブレイバーで、カタナとバレットボウを使い分け、遠近距離共に優れた職業だ。

 正直に言うと、ブレイバー以外も全部、レベルはカンストしているのだが、やはり日本人としてカッコ良いのはカタナだろう。ア○ンジャーズを見てからは弓にもハマった。

 現在、ゲートエリア。近いうちに始まる時間イベントのため、複数のプレイヤーが待機している中、僕もそのうちの一人でクラスカウンター前のベンチに腰をかけていた。

 周りのプレイヤーを見ると、みんなパーティを組み、人によっては相手と会話したりしているようで、チャットの文字がチラチラと見える。

 

 シフォンケーキ:Te50『セルスリットくん、また文化祭の準備サボったでしょ⁉︎』

 セルスリット:Br75『おい、身バレ情報漏出やめてくんない?』

 

 ブリュンヒルデ:Fo58『闇に飲まれよ!』

 セカイに拒絶されし慟哭:Su57『ああ、お疲れ。ギリギリ間に合って良かったな』

 

 アーニャ:Hu32『美波、これから何が始まりますか?』

 ミナミ:Te52『イベントみたいだよ』

 ミク:Br44『アーニャちゃん、名前を入力するときはなるべく漢字はやめた方が良いにゃ』

 ロック:Bo『ミクちゃんも文字入力の時くらいその語尾やめた方が良いよ』

 

 渋谷:Br75『やっとレベルカンストした……』

 上野:Hu75『お願いだからお前カウンター出来るようになって。どうやったらあそこまで絶妙にタイミング外せるの? ムーンの消費が半端じゃないんだけど』

 

 と、パーティごとに何やら話している。そういうのはパーティチャットでやって下さいね。

 しかし、こうして見てると、やっぱりブレイバーは人気だなぁ。まぁ、強いしカウンターさえできれば適当にやってても火力出るし、弓は弓で平気で暴れん坊将軍だし、日本人なら惚れない理由がないからね。

 

 シューコちゃん:Fo47『おお、さっきので☆10泥してた』

 Tulip:75『あら、おめでとう』

 

 ……なんか、少し羨ましいなぁ。僕もあんな風にパーティを組んで、レアドロ自慢とかしてみたい。あの辺の人達がリアルでも友達なのか、それとも別に友達ではないのかは知らないが、何だか羨ましく思えてしまう。

 ……僕も、美嘉先輩と……。

 なんて思った時だ。トリトリが幕を開けたので、クエストを受注した。

 

 〜30分後〜

 

 クエストが終わり、アイテム整理を終えた僕は、しばらくゲートエリアでのんびりした。

 やっぱり、ハロウィンとかクリスマスとか、季節のイベントはアイテムや経験値ウマいな。今度、美嘉先輩にも教えてあげよう。多分、レベリングもアイテム収集も捗るぞ。

 そんな事を考えながら、のんびりと視界に写ってる風景を眺める。

 他のパーティの人達は、その後も何か色々とやりたいみたいで、キャンプシップに向かっていく。

 ……なんていうか、今日は僕もうやめようかな。なんだか気乗りしないや。

 そんなわけで、ログアウトした。

 

 ×××

 

 翌日、どうにもぷそに身が入らず、なんか最近はとてもソロでゲームをやっても楽しくない。

 なんでだろう、何かいつもと違う。気が付けば美嘉先輩のことばかり考えてる気がするな。

 それに、美嘉先輩と一緒にいると心臓がうるさくなるし……最近はその所為で眠れないことだってある。

 

「……はぁ」

「どうしたの?」

「ーっ⁉︎」

 

 現在、登校中。電車から降りて学校に向かって歩きながらため息をつくと、後ろから悩みのタネに声を掛けられた。

 

「せ、先輩……⁉︎」

「何かあったの?」

 

 いや、あなたのことで悩んでたんだけど……。

 まだ痴漢の時のことが怖かったようで、美嘉先輩は車で駅まで来ている。にしても、僕が朝から出てくるタイミングで毎回、出くわすんだよなぁ……。

 

「い、いえ、なんでもないですよ……?」

「ほんとに? なんか悩んでない?」

「ぜ、全然! あ、あはは……」

 

 顔を引きつらせながら首を振った。そんな悩みなんて大袈裟なものじゃないし。

 

「なら良いけど。さ、学校行こっか」

 

 美嘉先輩が僕に腕を絡ませてきて、二人で腕を組んだ。もう何度もこんなシチュエーションになってるのにいまだに慣れない。僕みたいに女性と未だに目も合わされられない男には、やっぱり慣れるのにもうしばらく掛かる。

 ……でも、なんだろう。こうして美嘉先輩にくっ付いていられると、何となく心地良いというか気持ち良いというか……心臓がうるさいけど安心する。

 いや、すごい矛盾に聞こえるかもしれないけど、実際そうなんだって。なんだろ、この感覚。……幸福感?

 

「……あの、玲くん」

「なんですか?」

「その……あまりしがみ付かれると……恥ずかしいから……」

「……へっ?」

 

 言われて気づいた。いつの間にか、美嘉先輩の腕に抱きついてしまっていた。

 自覚し、慌てて跳びのき、足を躓かせ、尻餅をつきながらころがり、ようやく止まった。

 

「ごっ、ごごっ……ごめんなさい……!」

「い、いやそんな転ぶほど謝らなくても……。ほら、立てる?」

 

 手を差し出してくれて、ありがたく借りた。立ち上がり「すみません」と謝り、手を離そうとしたが、美嘉先輩の方が離さない。

 え? と思った時には、自分のフルパワーを以ってしても振りほどけない強さで握られている。

 

「で、どうしてしがみついてきたの?」

「……」

 

 ……意地の悪い笑みを浮かべられていた。

 

「もしかして、美嘉先輩に甘えたいーとか思ってたのかな?」

「ーっ……!」

 

 ……違う、と思う。実際、なんであんな行動に出たのかわからないし、甘えたいとかではないはずだ。

 でも、なんか自分でも分かっていない本当の理由を知られる方が恥ずかしい気がしている。

 ……うん。そういうことにしてしまおう。

 

「は、はい……その、恥ずかしながら……」

「え、ほ、本当に……?」

「は、はい……」

 

 頷くと、自分で言ったくせに美嘉先輩は頬を赤らめた。

 で、何故か怒ったように頬を膨らませると、僕の眉間に手刀をお見舞いする。

 

「痛っ⁉︎」

「も、もう! いいから行くよ!」

「は、はい……?」

 

 怒られてしまったが、とりあえず学校に向かった。

 

 ×××

 

 文化祭の準備は着実に進み、禁止になった僕のメイド服は封印され、再びボッチに舞い戻った。メイド服着ないなら僕に用はないようで、ほんと分かりやすくて助かる。

 まぁ、僕自身、コミュニケーション苦手だし、女装したいわけじゃないし、助かるには助かる。

 ……さて、暇だしどうしようかな。下手にサボってる感を出すのはいじめの原因になる気がするし、かといって参加しに声を掛ける勇気はない。

 

「……はぁ」

 

 まぁ、仕方ないよね。図書室に行って料理本でも漁ってれば、それっぽく見えるだろうと踏んだ結果だ。

 教室を出て、のんびりと図書室に向かう。あ、そうだ。ついでに胸が痛くなる事についても調べておこう。ナンタラの家庭の医学とかみたいに、些細な痛みがとんでもない病に繋がってるかもしれないし。

 図書室に到着し、まずはカモフラ用の料理本を探す。それを手に取ってから、胸の痛みについて探し始めた。

 えーっと……あ、ちょうど良い本があった。

 タイトルは「胸の痛みから始まる病」。なんだこれ、ストレート過ぎるしピンポイント過ぎる。

 

「……」

 

 えーっと……え、こんなにあるの?

 まず、胸部には、肺、胸膜、心臓、骨、神経、筋肉、一部の消化器臓器が存在し、様々な原因が考えられる。その時点でだいぶ怖い。

 それぞれの場所に様々な病の原因があるし、どの病気も見た限りヤバい。聞き覚えのある「肺炎」ですら死に至る事もあるそうだ。

 ヤバい……僕、死ぬかも。病院行こうかな……。

 そんな事を考えてる時だ。図書室の一席から女子グループの声が聞こえてきた。

 

「で、何? 話って」

「ああ、えーっとさ……その、サッカー部の飯島くん。いるでしょ?」

「いるね」

「最近さ、その……飯島くんといると、胸がドキドキして……なんか、痛いんだよね。常に飯島くんのこと考えちゃってるし……」

 

 ! 僕と同じ症状だ……。この本、貸してあげたいけど、僕にそんなことで知らない人に話しかける勇気はない。

 

「あんたそれ完全にほの字じゃん」

「やっぱそうかなー」

 

 鼻血? いきなり何言ってるんだろ、あの人。

 

「うん。絶対そうだと思う」

「うわあ……これが恋かぁ……」

「あんたこれ初恋じゃない?」

「そうかもー。マジ恥ずかしいんだけどー」

 

 え……は、初恋……? この症状が?

 僕の頬に冷たい汗が流れ、冷静にその場で分析してみることにした。

 ・美嘉先輩と一緒にいるとドキドキするように胸が痛む。

 ・常に美嘉先輩のことを考えてしまう。

 ・今朝は美嘉先輩と腕を組んでいて、何やら幸福感に似た何かを感じた。

 ……完全に恋だよ、これ。これで恋じゃないと言う方が無理だ。ていうか、そろそろ良いだろうか?

 

「は、はわわわわ……!」

 

 口の奥の喉のの下の肺から供給されている全血管を通して身体中に顔から火が出るほどの恥ずかしさが満遍なく充満し、やがて真っ赤になる形で身体が赤く燃え上がり、その赤みが逆流して血液と共に血管を通り全身を巡って肺に戻り、喉を通って口から恥ずかしい声が漏れ出した。

 や、ヤバいよ僕は……なんて身の程知らずな感情を……! 少し構ってもらったくらいで、女の人を好きになってしまうなんて……!

 

「し、死にたい……」

 

 今すぐ光速に近いテッセン移動で帰宅したい。もう嫌だ……こんな自分に嫌気がさす……。

 いや、人を好きになることが悪いことと言うわけじゃないけど……でも、流石にアイドルでもあり、クラスの中心人物でもある城ヶ崎美嘉を好きになるなんて……それはあまりにも……。

 せめて、僕に何か一つでも取り柄があれば……いや、にしても無いよ。

 あーもうっ、それでも諦めたくないと思ってしまってる自分がいるのが嫌だ。

 

「はぁ……」

 

 どうしたら良いのかなぁ……。せめて、他にもアイドルと付き合ってるって男の子がいれば僕も勇気が出ると思うんだけど……。

 

「……」

 

 この事は、僕の心のうちにしまっておくとしよう。他の人に見られたら恥ずかしいし。

 そう決めて、とりあえず図書室を出て行った。

 

 



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処女ヶ崎の恋愛(3)

 事務所にて。美嘉は一人でソワソワしていた。

 明日は文化祭、玲に告白する(予定の)日だ。告白の言葉は考えた、なので後は明日に備えるだけだ。

 同じユニットのメンバーが出て行ったレッスンルームで一人、鏡を見て深呼吸している。

 

「……」

 

 何となく気になり、前髪をいじる。どうせ、明日の朝はいつもより早く起きてセットするんだから、今、足掻いたって意味ないのに。

 そういえば、玲はどんな髪型が好きなのだろうか? あまり好きな女の子のタイプとか聞かなかった自分が悪いが、どんな髪型にしたら良いのかわからなかった。

 ……なんかそれだけで気が引けてきた。そもそも、彼は自分のことをどう思っているのか。

 従兄弟から聞いた「コミュ障の心得」によると、なるべくなら放っておいた方が向こうも助かるらしい。他人に気を使われることを嫌うからだ。

 でも、何となく玲のことは放っておけなかったし、美嘉自身も一緒に居たかったので割とベタベタくっついていた。

 ……だとしたら、それは向こうは迷惑に思ってたりしたのかもしれない。

 なんか悪い想像ばかり膨らんでいった。

 

「……う〜!」

 

 唸りながら、自分の頭をぽかぽかと叩く。大丈夫なはずだ。ここ最近、向こうも自分と一緒にいたがっていたし、少なくとも嫌われてはいないはずだ。

 パンパンと両頬を叩くと、とりあえず今は鏡を見た。それよりも、明日の告白だ。余計な事を考えないようにするために、今は告白の練習をすることにした。

 鏡を見て、小さく深呼吸。で、笑みを作って頬を赤らめながら言った。

 

「れ、玲くん……。実は、その……話があって……」

 

 ……練習でも少し恥ずかしかった。というか、恥ずかしくないわけがなかった。だって鏡見てるから。

 それでも続けるあたり、割とメンタルが強い。

 

「その……あたし、玲くんのことが……」

 

 そこまでいって、鏡の自分を半眼で睨んだ。なんか、恥ずかしそうに言うのは自分のキャラじゃない。

 コホン、と咳払いして改めて表情を作った。

 

「ね、ね、玲くんっ。実はね、大事な話があってー……あ、告白だと思ってる? その通りだよ。勘が良いね〜、というわけで付き合って?」

 

 ……いや、これもダメだ。軽いし本気にしてくれない。本気にしない癖に頬を赤らめて気絶しそう。

 もう一度、咳払いして練習を再開した。

 

「れ、い、くーん! 結婚して?」

 

 ……いや、だからダメだってば、と頭の中で反復する。徐々にボケに逃げてるのが自分でもわかったので、そろそろ真面目に考えた。

 そんな時だ。背後から声が掛かった。

 

「こんなのどう? 『あたし、実は玲くんとベロチューしたいんだ』って」

「いやそれはダメでしょ……。そんなんいきなり言ったらドン引きじゃ済まないから」

「にゃははは。だよね〜」

「じゃあじゃあ、こんなのは? 『今夜、うちに両親がいないんだ……。良かったら、泊まっていかないか?』」

「いや下心しかないじゃんそれ……。大体、万が一そんなシチュエーションになったら、玲くんが呼吸困難で死……」

 

 そこで、美嘉の口は止まった。眉間にしわを寄せて「てか、あたしだれと話してんの?」みたいな表情を浮かべる。

 ずっと見ていたはずの鏡には、いつのまにか一ノ瀬志希と宮本フレデリカの姿があった。

 

「……」

 

 ……徐々に、ではなかった。一発で最高潮に頬が真っ赤に染まり、首からゴキっと音が鳴る早さで振り返った。

 

「なっ……い、いつからここに⁉︎」

「ん、ほらアレだよ。『れ、玲くん……。実は、その……話があって……』って美嘉ちゃんがモジモジし始めた時から」

「ギャー!」

 

 志希に微笑みながら言われ、分かりやすい悲鳴をストレートに漏らす美嘉だった。声真似が見事に似てる所が腹立たしくて恥ずかしい。

 顔を真っ赤にしたまま、志希の胸倉を掴んでグワングワンと揺すって怒鳴った。

 

「わ、忘れてー! てか忘れなさい!」

「にゃはははー、無理無理ぃー。てか、フレちゃん録画済みだし」

「はっ⁉︎」

「録画、完了しました!」

「け、消せー! お願いだから消してー!」

 

 最高潮を超えた赤さで、今度はフレデリカに掴みかかったが、今度はぬるりと躱されてしまった。

 で、美嘉のことなんか一切無視して志希は唐突に真面目な声を作った。

 

「つまり、美嘉ちゃんは告白するのね? その玲って子に」

「っ、う、うん……」

 

 滅多に聞かない志希の真面目な声に飲まれて、美嘉もつい録画を奪おうとするのを辞めてしまった。非常にちょろい。

 

「そういう事なら、フレちゃんと志希ちゃんにお任せ〜♪」

「いや、一番信じられないんだけどあんたら」

「じゃーん、そんな時こそこれ!」

「志希にゃん印のきびだんご〜」

 

 そう言ってフレデリカから出されたのは白い粉がまぶされている薄いピンク色のだんごだった。袋に入っていて、志希のハンコが押されている。

 何故、フレデリカから出されたのか、とかはこの際、気にしないで、こればっかりは素直に褒めておいた。

 

「へぇ〜、美味しそうじゃん。おやつと一緒に告白って事?」

「そーそー」

「きびだんごって面白いね。何これ、ピーチ味なの?」

「違うよー? 媚薬味」

「へぇ〜! ……はっ?」

 

 およそ食べ物に使う味ではない言葉が聞こえ、思わず耳を疑ってしまった。

 

「……び、やく……?」

「そう!」

「……きびだんごって、そういう?」

「そういう!」

「却下よ、却下! 告白の時に媚薬渡す女の子って何⁉︎ ビッチじゃん、ただの!」

「それで襲われちゃえば向こうも責任取らざるを得ないでしょ?」

「なんてこった、目的は上手くいっちゃうんだ!」

 

 しかし、すぐに美嘉はだんごを叩きつけた。

 

「そんな性的な桃太郎みたいなのダメに決まってるじゃん! 何をさせようとしてるわけ⁉︎」

「あー……せっかく、作ったのに……」

「アタシも手伝って……一生懸命作ったから、味だけは保証できるのに……」

「うぐっ……!」

 

 唐突に肩を落とす二人。演技なことは美嘉にも分かっていた。しかし、だとしても目の前で肩を落とされると、脳裏に浮かぶのはすぐにネガティヴになる自分の思い人なわけであって。

 それに、製作者の前で食べ物を叩きつけたことには変わりない、と徐々に反省してしまった。非常にチョロい(2回目)。

 

「わ、悪かったわよ……。とにかく、もらっておくから……」

「じゃ、使ったら感想聞かせてね!」

「味と効能、両方ともね!」

「あ、やっぱり……!」

 

 すぐにレッスンルームから出て行ってしまった。苛立ちながらも、とりあえず媚薬だんごを手に取った。いや、媚薬味だと知らなければ絶対に美味しそうなのがまた腹立つ。

 ……でも、これをもし玲に使ったら……や、ダメだってば。と、己を自制させる。もし、使うなら付き合ってからだ。

 とにかく、こんなの持ってるところを見られるのはマズい、さっさと帰ろうと思い、出て行こうとすると、その前に誰かが入ってきてしまった。

 

「あ、美嘉ちゃん」

「みっ、美波ちゃん⁉︎」

 

 慌てて自分の背中にだんごを隠した。が、そんな事をすれば相手が気にしてしまうのはもはや必然であって。

 

「? 何持ってるの?」

「うえっ? な、なんでもないよ! あはは……」

 

 作り笑顔を浮かべたが、もはや疑ってくれと言ってるようなものだった。

 しかし、相手は女神の呼び名を欲しいままにしている新田美波だ。敢えて言及はしなかった。別に、自分はそれよりも重たい秘密を隠してるとかそんなんじゃない。

 

「もう上がるの?」

「あ、う、うん……」

 

 言及されなかったことにホッとしつつ、ふと美嘉は気になった。目の前の女性は女神だ。ヴィーナスだ。ヴィーナス・ラ・セイントマザーだ。元々の悩みを聞いてくれるかもしれない。

 

「ね、ねぇ、美波ちゃん」

「? 何?」

「あの……少し、時間ある?」

「あるよ。どうしたの?」

 

 こういう時、美波がいてくれるのはありがたい。奈緒も頼りになるが、加蓮と凛を筆頭に囲まれて小突かれれば秒で吐いてしまうのはいただけないから。

 

「実は……その、好きな人がいるんだけど……明日、その人に告白しようと思ってて……」

「へぇー! 美嘉ちゃんにも?」

「う、うん……。それで、その……告白の練習を……。確か、彼氏いたよね?」

「あー……うん、まぁ」

 

 目を逸らしながら、美波は自分の頬を掻いた。

 

「えーっと……なんていうか、私は告白された側だったから……まぁ、私も相手の子のことが好きだったんだけどね」

「そ、そうなんだ?」

「でも、告白の練習なんて考えなくて良いと思うよ? 自分の思ったことを、伝えたいことを正直に言ってあげれば、気持ちは伝わると思うな」

「……」

 

 この時、美嘉の精神状態は普通ではなかった。普段なら、その意見を聞き入れ、早めに帰って明日の髪型を模索していたことだろう。

 しかし、現状は志希フレに言い様にいじられ、告白の練習を録画され、しかもそれを消させるのを忘れ(ここは今思い出した)、終いにはレッスンルームで妄想しかけ、機嫌は決して良くなかった。

 その上「お前告白されたんか」「こっちはそんな気配ないのに」「告白の苦労も知らないでなんでアドバイスしてんの?」と捻くれた感情がフツフツと湧き上がる。

 だからと言って、美嘉もわがままではなかった。微笑みながら頭を下げた。

 

「ありがと、美波ちゃん」

「ううん、気持ちは分かるから」

「お礼にこれあげる」

「? 何それ」

「ん、桃のおだんごみたい。彼氏と一緒に食べて」

「ありがと」

 

 そう言ってきびだんごを渡し、レッスンルームを出て行った。

 

 ×××

 

 事務所を出て駅に向かった。のんびり歩いてると、ゲーセンの前を通った。

 すると、タイミングの良いことに見覚えのある少年が小学生と一緒に出てきた。

 

「あ、あの……どうぞ、莉嘉さん」

「ありがと、玲くん♪」

 

 袋から取り出し、手渡しているのはぬいぐるみ。みんな大好きラッピーのぬいぐるみだ。あくまで個人的な意見だけど、ナヴラッピーやリリーパ族よりもラッピーのが可愛いと思う。さらにその上にウォパル族がいるけど。

 袋の中にはまだ何か四角いものが入っているようだったが、あまり気にならなかった。

 

「……あ、あの……これで、先程の件は……」

「分かってるって。内緒にしておくから」

「ほ、ほんとうに、フィギュアが欲しかったのではなく……その、難しそうだから、取ってみたかったってだけで……」

「分かったってば」

 

 なんの話をしてるのか分からないが、要するに莉嘉と内緒事を共有してるのだろう。自分を差し置いて。

 ーーー気に食わない。妹に嫉妬なんて情けないかもだけど、それでも気に食わないものは仕方ない。

 

「ふーん? 何を内緒にしてるの?」

「っ」

「げっ……お、お姉ちゃん……!」

 

 狼狽えられ、尚更だった。特に玲が。

 

「何、あたしに見られて困ることしてたの?」

「え、えっと……」

「それとも、人の妹に色目使ってたんだ? ロリコンって犯罪だからね?」

「えっ……あ、あの……怒ってます……?」

「怒ってない」

 

 怒ってる。誰が見ても分かった。どうしたものか悩んだが、莉嘉はここは正直に話した方が良いと思い、背伸びして玲の耳元でボソボソと話した。

 

「……これはもう、言っちゃった方が良いよ」

「……へっ?」

「元々、偶然出会っただけなんだし、後ろめたいことなんて玲くんの手元の景品だけなんだから」

「うう……でも」

 

 なんてやってるのが、美嘉にはさらに気に食わない。イライラしてきたため、ズカズカと詰め寄って玲の胸ぐらん掴んだ。

 

「……何、人の妹とイチャイチャしてんの?」

「ひうっ……!」

「あーもう……待って、お姉ちゃん。偶々、あたしがゲーセンで美少女フィギュア取ってる玲くんを見掛けたから、口止め料にぬいぐるみ取ってもらっただけなの」

「ちょっ、莉嘉さ……!」

「……ふーん」

 

 内心、ホッとしながらも、美嘉はジト目をやめない。玲の手元の袋に目を落とした。

 

「じゃ、それ見せて」

「……へっ?」

「中身」

「……え、あの……」

「何、見せられないの?」

「い、いえ、その……あまり、見せたくないというか……」

「いいから見せて!」

「ちょっ、先ぱ……!」

 

 引っ張られ、袋を取られてしまった。中を見ると、入っていたのは、FGOのナイチンゲールのフィギュアだった。片目に包帯していないのに髪を下ろしている、所謂、最終再臨絵のナイチンゲール。

 

「……これは?」

「うう……な、ナイチンゲールです」

「こういう子が好みなの?」

「い、いえ! あの……フィギュアをクレーンゲームでとってみたかっただけで……! その……」

「……でも、好みに近いからこれにしたんでしょ?」

「うっ……は、はい……」

 

 顔を真っ赤にして俯く玲。美嘉は顎に手を当てて小さく「なるほど……」と呟きを漏らすと、フィギュアを返した。

 で、急に機嫌が良くなり、玲の手を引いた。

 

「さ、帰ろっか」

「へ? ……あ、は、はい……」

「ほら、莉嘉も」

「あ、う、うん……?」

 

 鼻歌を歌われ、莉嘉は呆れたようにため息をつき、玲は何も分かっていなかった。

 

 



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コミュ障が彼女を作るにはきっかけを待つか自分を変えるしかない。
勘違いされるのが男の性分。


 文化祭当日の二日目。美嘉先輩と二人で文化祭を回る日だ。ハッキリ言って吐きそうなほど緊張してる。だって緊張するでしょ。歳上の女の子と二人で出掛けるなんて。

 教室で一人で深呼吸していた。大丈夫かな、結局どういう出し物で行けば良いのか分からなかったけど……。

 分かったのは、奢ってあげなければならないこと、そして男が引っ張ってやらなきゃいけないってことだけだ。

 

「……」

 

 とりあえず、机の上でゲンドウポーズをして気持ちを落ち着かせた。大丈夫……文化祭だ。奢ってあげればとりあえずオーケーらしいし……美嘉先輩を楽しませるためだ。この際、モンハンは諦める。いくら消し飛ぼうが構うもんか。

 

「おい、み……みやっ、駿」

 

 肩を掴まれ、ビクッと跳ね上がった。

 

「そこ邪魔。もうすぐ文化祭始まるから裏で引っ込んでて」

「あ、す、すみません……」

 

 同じクラスの生徒に怒られたので引っ込んだ。ていうか、駿って何?

 まぁ、文化祭の間、何もしなくて良いのはありがたい。僕みたいな奴は周りとの協調性なんか取れっこないし。

 教室の隅っこでしゃがんで気を落ち着かせてると、校内放送がスピーカーから離れた。

 

『はい。じゃあ、えっと……第48回……え? 43? いやこれどう読んでも8でしょ。お前、字ぃ汚ぇんだよ。殺すよホント。……あ、放送中か。もういいや、2日目文化祭スタートゥ』

 

 ……グダグダだな、開始の放送。思わず半眼になってスピーカーを睨んでしまった。

 とりあえず、文化祭スタートだ。教室にいたら邪魔になると思ったので、とりあえず一人になれる場所を探しに行く。

 文化祭はクラスだけでなく部活でも出し物をする場所が多い。それは店だったり、ゲーム……というかアトラクション? だったり色々。例えば、吹奏楽部なら演奏会とか。

 つまり、空いている教室なんて存在しない。あのコンピューター研究会ですら、自作ゲームで出し物をしてるくらいだ。

 だが、その程度で狼狽えているようでは文化祭の日は乗り切れない。一日中、参加してるフリをして歩き回る体力なんてないから。

 こういう時は、男子更衣室がベストだ。だって絶対誰も来ないもん。体育の時は男子は教室で着替えるし、普段なら水泳部が使っているが、その水泳部もさすがに秋真っ盛りで涼しくなってる季節の中、プールを利用した出し物はやらない。確かドーナツ屋だったかな。完璧過ぎて自らの計画力が怖い。

 早速、男子更衣室に進む。歩くのが早いのは友達いない奴の長所だ。まるでマ○ドーナの如く生徒と生徒の間をスイスイと抜けていく。

 

「……」

 

 周りの生徒達は、友達と出歩いてるからなぁ。わざわざ早歩きをする必要がないし、むしろ早歩きなんかしたら相手の歩幅に合わせづらいんだろう。

 ……なんだか、悲しくなってきた。こう、競う相手がいないからその辺の通行人と競い合い、一番を名乗ってるしょうもない小学生のような、そんな感じが……。

 

「っ!」

 

 ポケットの中のスマホが急に震え、背筋が伸びた。恐る恐る画面を見ると、画面には「Mika☆」の文字。

 ようやく、僕と歩幅を合わせてくれる人から連絡が来た。

 

 Mika☆『何処にいる??』

 

 辺りを見回し、一番近くの教室を見た。

 

 みやざきれい『2年3組の教室の前です』

 Mika☆『じゃ、そこで待ってて。迎えに行くから』

 

 え、む、迎えに来るの……? そんな恐れ多い……。

 

 みやざきれい『いえ、僕が行きます』

 Mika☆『や、クラスの子達にからかわれるからホント来ないで』

 

 からかわれる? なんで? と思ったものの、何となく文面からマジっぽさを察したので聞かないでおいた。

 

 みやざきれい『分かりました』

 

 そんなわけで、その場で待機。そういえば、2年3組って何してるクラスなんだろ。

 パンフレットを出して確認すると、ジュースのキャバクラだった。

 ……どんな出し物やってんの? え、バカじゃないの? よく許可降りたな。や、ジュースとは言え。

 恐る恐る中を覗くと、男子生徒はボーイ、女子生徒は学生服のネクタイを緩め、第二ボタンまで開いたキャバ嬢を演じていた。もっかい言うわ、バカじゃないの?

 しかし、僕にとって問題はそこでは無かった。こんなとこで待ち合わせなんてなったら、美嘉先輩に勘違いされるんじゃ……。

 大慌てでスマホで連絡を取ろうとしたが、遅かった。

 

「……ふーん、玲くんってそういう趣味なんだ」

 

 こちらに掛かってるバフが全て解除される「いてつくはどう」のような声が降り注いだ。

 思わず背筋を伸ばし、恐る恐る振り返ると、今日は珍しく髪を下ろしてる美嘉先輩がジト目で僕を睨んでいる。

 さっきまでビビりまくってたくせに、僕の感想は全く別のことを思い浮かべていた。

 なんていうか……髪を下ろした美嘉先輩がかなり綺麗だ。カリスマギャルって感じではなく、カリスマ清楚って感じ。ピンク色の髪なのに、清楚さが隠しきれていなかった。

 

「何、キャバクラに興味あんの?」

「……綺麗……」

「は、はぁっ⁉︎」

「あっ、しまっ……!」

 

 慌ててハッとして口を塞いだ。まさか、本音がぽろっと漏れる、なんてアニメみたいな事があるとは……!

 が、遅かった。怒ってる相手に「綺麗」とか抜かすのは流石にこいてる。美嘉先輩は顔を真っ赤にして怒ってしまい、僕の両頬を抓った。

 

「い、いいいきなり何言ってんの⁉︎ そんな言葉で誤魔化されないんだから!」

「いっ、いふぁふぁふぁ! ごふぇんふぁふぁい! ごふぇんふぁふぁい!」

「ごめんなさい、じゃないから本当に! まったくいつから女誑しになったのあんたはぁ〜!」

 

 す、すごく怒ってる! 謝っても許してくれない!

 ぐぃーっと変幻伸縮自在にさせられそうなほど抓られた後、最大まで伸ばされて手を離され、思わず後ろに倒れそうになった。

 うー……痛い、ヒリヒリする……。

 

「まったくもう……! まぁ、気付いただけ良いとするけど……!」

「へ? き、気付いた……? 何に?」

「髪型」

 

 ……ああ、下ろしたってことか。これ、なんで下ろした、とか聞いても良いのかな……?

 

「えーっと、何処行こうか?」

 

 聞く前に、何故か機嫌が良くなった美嘉先輩が僕の手を引いてしまった。

 

「あ、え、えっと……!」

 

 男の僕が……男の僕が引っ張らないと〜……!

 目をグルグルと回しながら、パンフレットを見た。行き先は近くて「ジャブ」って感じのする所から……!

 ジャブ、といえばやはり校庭だろう。教室と違って屋台だから、長くいるような場所はない。ここ2階だし、近くもないけど遠くもない。

 

「……こ、ここの……校庭の、クレープとか……どうですか?」

 

 提案すると、しばらく美嘉先輩は意外そうな表情を浮かべると、ニコッと微笑んだ。

 

「うん、良いね。行こっか」

「ーっ、は、はい……」

 

 だからその笑顔やめて。もうあなたのことは諦めたのにときめいてしまいます。

 二人で階段を降りて、昇降口へ。靴に履き替えてグラウンドに出た。

 

「クレープ、かぁ。どんなのだろうね?」

「さ、さぁ……」

 

 正直、学祭レベルのクレープだし、出店してるの柔道部だし、あまり期待してない。まぁ、武道の部活は自分達の競技で出し物しにくいからね。

 メニューも精々、1〜3種類あれば良い方だろう。そんな事を思ってると、美嘉先輩がまた僕の頬を引っ張った。

 

「い、いふぁふぁ⁉︎」

「はい、今思ったことを言って」

「ふぁ、ふぁい……?」

 

 何言ってんのこの人。

 

「……女の子と一緒にいる時は、思ったことは言わなきゃダメ。コミュ障だから発声出来ないのも分かるけど、いくらなんでも『さぁ……?』は無いから」

「す、すふぃふぁへん……」

「まったく……基本的に、相手は言われた事に対してそんな簡単に変な空気にならないから」

「でも、さっき……」

「さっきの時はダメなの!」

 

 なんだそれ、論旨ぶれぶれじゃないですかね……。

 

「で、何を思ったの?」

 

 僕が何か言う前に、誤魔化すように話を進めてきた。何を誤魔化そうとしてたのか気になったが、しつこく言えば怒られそうなので話を進めた。

 

「いえ、その……誘っておいてなんですが、期待はしない方が良いだろうなって思って……」

「分かってないなぁ、玲くんは」

「は、はい……?」

「学祭では味は求めないの。求めるべきは雰囲気だから」

「ふ、雰囲気……ですか?」

「モンハンのクエストでイヴィルが乱入して来たら、玲くん喜ぶでしょ? 実際、面倒なだけなのに。それって結局、ゲーム内での臨場感が……」

「いえ、まとめて掃除できますし、素材ももらえますし面倒なだけではないですが……」

「……やっぱり思ったこと全部口に出すのだめ」

「ええっ⁉︎」

 

 さ、さっきから言ってること無茶苦茶過ぎるのでは⁉︎

 

「もう……いいから黙ってて。褒め言葉以外、言わなくて良いから」

「え、さ、サクラになれってことですか……?」

「……玲くんって、割とひねくれてるね」

「なんでですかだから!」

 

 割と素直な方だと思うんですけど⁉︎

 なんか、今日の美嘉先輩は辛辣だなぁ、なんて思いながら並んで歩いてると、グラウンドに着いた。……なんか、夏祭りみたいになってるな……。

 

「……えっと、クレープですよね?」

「あ、あった」

 

 ……えっと、どうしよう。結局、思ったことは言って良いのかな。とりあえず言ってみよう。

 

「見つけるの早いな……。食いしん坊さんですか?」

「生意気言うのはこの口?」

「ふ、ふぉふぇんふぁふぁい!」

 

 やっぱり言うんじゃ無かった!

 片方の頬をまた引っ張り回され、涙目になって謝るとようやく許してもらった。

 

「……まったく。何味が良い?」

「へ? え、えっと……チョコで……」

「美嘉先輩が奢ったげる」

「ええっ⁉︎ そ、そんな……ぼ、僕が……!」

「モンハン欲しいんでしょ? いいよ、あたしはアイドルだからお金もあるし」

「うっ……」

「こーいう時は、先輩に甘えなさい?」

 

 ……うう、お願いだからやめて欲しい。そんな風に言われると、僕も諦めたはずなのに、また懲りずに好きになってしまう。

 

「……すみません」

「ありがとう、でしょ?」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 ……あ、ダメだ。やっぱり好きだ。美嘉先輩が。もう、本当にダメだ。僕はバカだ。

 握られてる手を、僕の方から握り返した。

 

「……どうしたの?」

「っ、い、いえっ……!」

「……?」

 

 聞かれ、赤くなった顔を背けた。帰ったら、また気持ちの整理をつけないと。

 ……それとも、誰かに相談した方が良いかな。

 色々と頭の中を巡らせてると、美嘉先輩が購入したクレープを差し出してきた。

 

「はい、美嘉先輩奢りのクレープ」

「……い、いただきます……」

 

 とりあえず、今は考えないことにした。

 

 



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お化け屋敷も見方を変えればコミュ障の敵。

 クレープを食べ歩きながらワッフルを購入し、ワッフルを食べ歩きながらもろこしを購入し、もろこしを食べ歩きながら校舎の中に入った。

 つまり、クラスごとのアトラクションだ。僕と美嘉先輩は、並んで校内を歩き回る。

 行き先を特に決めておらず、のんびりと校内を回ってると、恐らく店の看板を手にしてるメイドが廊下を走っていた。多分、女の子がメイドしてる時点でクラスの生徒ではないのだろう。

 アイドルでなくともメイド服着れば可愛いんだなーなんて思いながら目で追ってると、隣から耳たぶを引っ張られた。

 

「い、いだだっ⁉︎」

「女の子と一緒にいる時に他の女の子に目移りしない」

「ご、ごめんなさい……?」

 

 そんな怒ることないのに……。と思いつつも、何となく人を怒らせると罪悪感を感じてし性分のようで、申し訳なく感じてしまう。

 

「何処に行こうか?」

「へ? え、えっと……」

 

 聞かれて、慌ててパンフを開いた。そろそろ飲食店よりも何かゲームみたいなのするのが良いよなぁ。

 

「あ……近くの教室でガリ○リくんの当たり棒で作った展示品を飾ってるみたいですよ」

「攻めたことしてるなぁ……。行ってみよっか」

「は、はい……!」

 

 二人でその教室に入った。入場料が発生するが、向こうは展示できる数のガリ○リ君を購入し、食べてるのでそのくらいは目を瞑ろう。

 で、入ってみるとすごかった。美嘉先輩も感嘆の息を飲むほどだ。まず中央にあるのが東京タワーだ。微妙なバランスを保ち、ていうか多分、ボンドで固めてるけど、それでも一目で東京タワーと分かるクオリティのものが置いてあった。

 

「これは……すごいね」

「は、はい……バカじゃないの? と思わないでもないですが」

 

 でもそういうバカは好きだ。世の中にはダクソ3をサイコロの出た目で行動を選択し、クリアしようとするバカもいるし。

 

「うわ、こっちもすごい。ガリ○リくんのアイスの棒のレイヴンクローの髪飾りだって」

「……あ、あはは……細か過ぎて伝わらないモ○マネ選手権でも目指してるんですかね……」

 

 最後はロンに蹴られて闇の業火に飲まれて消えた奴ね。

 

「……ちょっとつけてみたいかも」

「え、それですか?」

「気にならない?」

「いえ、誰かが食べた後ですし……」

「洗ってあるに決まってるじゃん。洗わないでやってたら、まず触りたくないでしょ」

 

 そうは言ってもなぁ……。そもそも、それ物語的にはつけるもんじゃなくて壊すもんでしょ。

 

「ダメ?」

「いえ……先輩がつけてみたいなら、僕は止めませんが……」

「ほんとに?」

「は、はい……」

「じゃあ……えいっ」

 

 本当に美嘉先輩はガリ○リくんのアイスの棒を頭に乗せた。……僕の頭に。

 

「な、何するんですか⁉︎」

「いや、良いって言うから」

「な、なんで僕なんですか⁉︎」

「……ティアラも似合うなぁ。今度、うちの事務所の小物のとこから持ってきてみようかな」

「しかも新たな実験をする気ですか⁉︎」

 

 ひ、酷い……。大体、褒められても全然嬉しくないんですが。

 

「もう……謝るからそんな怒らないで」

 

 しかし、そんな風に微笑まれると、僕も許す気になってしまうんだから困る。もしかして、僕ってチョロいのかなぁ……。

 美嘉先輩は僕の頭からティアラを取り、元の場所に戻した。

 すると、また美嘉先輩が何か見つけたようで別のものを指差した。

 

「ね、見てこれ。ガリ○リくんのアイスの棒のガタノゾーア!」

 

 ……この展示品、どういうチョイスで作ってるんですかね……。

 

「……先輩、ガタノゾーアなんて知ってるんですか?」

「うん。従兄弟がウルトラマン好きだったから」

 

 ……従兄弟、か。なんか良いなぁ……。子供の頃からの付き合いで、影響されて興味ないのに詳しくなっちゃう、みたいな……。そういう関係が、なんか羨ましい。僕なんかじゃ……美嘉先輩とそんな仲になれないと思うから……。

 関わってる年季が違うから仕方ないとは思うけど、でも……なんか、何となく悔しい。

 

「っ……」

「……玲くん?」

 

 黙り込んでると、美嘉先輩が僕の顔を覗き込んできた。それでハッとして、目を逸らしながら返した。

 

「す、すみません。なんですか?」

「ん、大丈夫?」

「な、何が、ですか……?」

「なんか辛そうな顔してたよ」

 

 やっば……顔に出てた? 気にさせちゃったかな……。謝った方が良いかな。

 ……いや、でも……なんだろ。文句を言いたい。これが嫉妬って感情なのかな。確かにしょうもないし、どうしようもなく苦しい感情だ。この感情に押しつぶされて暴力系に走るヒロインがいるのも分からなくはない。

 

「……れ、玲くん……? なんか、徐々に不機嫌になってない……?」

 

 ……だからって、ここで八つ当たりしてはダメだ。冷静になろう。そもそも、気持ちを伝えてない僕が悪いし、何なら美嘉先輩の事は諦めたはずだ。

 よし、もう大丈夫。

 

「すみません、大丈夫です……」

「あ、もしかして従兄弟の話したから嫉妬してたんでしょー? ホントに愛い奴め」

 

 カチンとした。柄にもなく。気が付けば、無意識に頬を膨らませて美嘉先輩の両頬を抓り回していた。

 

「むー!」

「いふぁふぁふぁ! な、なんで怒るの⁉︎」

 

 あーもうこの人は! ホンッットーにこの人はー!

 しばらく怒り心頭してたが、周りの視線に気づいてハッと手を離した。

 ーーー今、僕は何をしてた……?

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですかっ……?」

「だ、大丈夫だけど……」

「す、すみません……! つい……」

「まさか、玲くんにこんなことされる日が来るとは……」

「ほ、本当にごめんなさい!」

「いや、別に怒ってはないけど……あ、じゃあ一つだけ良い?」

「な、なんですか?」

「まさか……本当に嫉妬、してくれたの……?」

「うっ……」

 

 図星だった。その所為でまともな思考回路では無かったのだろう。気がつけば、僕は控えめに小さく頷いていた。

 頷いてから、またハッと意識を取り戻し、熱くなった顔で大慌てで首を振った。まぁ、こういう時に慌てるとロクなことにならないんだけどね。

 

「ち、違います! 今のは、そのっ……な、なんかその……昔からの知り合いで、興味なくてもお互いの趣味に詳しい、みたいな……そんな関係が、羨ましくて……!」

 

 正直に話してどうすんだ。

 

「や、だから……えっと……!」

 

 なんかもう視界がグルグルと回り回って重なり合い、頭から煙が出そうなほどにテンパってると、どういうわけか美嘉先輩まで顔を真っ赤にして目をグルグル回していた。

 

「……へ? せ、せんぱい……?」

 

 おそるおそる聞くと、美嘉先輩の口から出たとは思えないほど情けない声が聞こえた。

 

「……きゅう」

「え、ちょっ……せ、先輩⁉︎ せんぱーい!」

 

 真っ赤になって倒れてしまった。

 

 ×××

 

 ほんの2〜3分後ほど経過した。とりあえず、保健室に連れて行こうと思ったが、僕にそんな体力は無かったので、廊下の一番端に連れて行った。

 で、しばらく待機してると、美嘉先輩から「んー……」と吐息が漏れた。

 

「……だ、大丈夫ですか?」

「……ん、ここ……は?」

「え、えっと……廊下の端っこです……。保健室まで運ぼうと、したんですけど……体力が……」

 

 それに目立つし。文化祭の最中に寝てるアイドルを引き摺って保健室に連れ込むのは通報待った無しだよね。

 すると、美嘉先輩と僕の目が合った。真っ直ぐ見つめてくるので、僕もおもわずそのまま見つめ返してしまった。

 そのまま目を合わせること数秒、唐突に美嘉先輩が顔を真っ赤にして僕の頬にビンタした。

 

「いだい⁉︎」

「な、何してんの⁉︎」

「……い、いえ……何も、してませんけど……」

 

 き、効いた……。なんで叩かれたの僕……。泣きそう……。

 

「……」

「……」

 

 あれ、なんだろうこの空気。なんだかとても気まずいよ?

 美嘉先輩も僕も何も話さず、お互いに目を逸らして動かない。普段なら、空気をブチ破ってくれそうな美嘉先輩だが、今日は赤面したまま黙り込んでいた。

 

「……あ、あの、先輩……?」

 

 なんか僕の方から声をかけてしまった。すると、美嘉先輩は赤面したまま前髪で顔を隠した。普段の髪を束ねてる美嘉先輩から可愛いで済むんだけど、こう……下ろしてると、なんか……エロく見えてしまう。

 って、アホか僕は! 美嘉先輩で何を考えようとしてるんだ⁉︎

 必死に頭をかきむしって煩悩を振り払ってると、美嘉先輩からポツリと漏らすように声が聞こえた。

 

「……ね、ねぇ」

「っ、は、はい……?」

「その……さ、もしかして……玲くんってさ」

「な、なんですか……」

「わた……す、好きな人、いる……?」

「ええっ⁉︎」

 

 い、いきなり恋バナ⁉︎ どしたのこの人本当に⁉︎

 どうしよう、なんて答えるのが正解なのかな……。いや、そんなもん決まってる。

 

「い、いません、けど……」

 

 美嘉先輩に嘘をつくのは気が引けたが、勘付かれて気まずい関係になりたくない。

 しかし、美嘉先輩はなぜか微妙な表情になった。嬉しいけど「なんだぁ、そうなんだ……」みたいな。

 

「……あの、何か……?」

「なんでもないよ。さ、次はどこ行く?」

「へ? あ、そ、そうですね……!」

 

 とりあえず、パンフレットを開いた。どんなゲームでも、まず重要なのはマップである。

 えーっと……どうしようかな。どこに行こうか。この近くだと……。

 

「……この近くでしたら、ゾンビハウス、っていうのがありますけど……」

「……あー、玲くんそういうの平気なんだっけ?」

「……あ、先輩は、ダメなんでしたっけ?」

「なっ……だ、ダメじゃないし!」

「へ? でも、前に先輩のお宅にお邪魔した時……」

「ダメじゃないから!」

 

 あれ……そうだっけ? 心霊番組でビビりまくってたような……。まぁ、あの時は僕も美嘉先輩の家に上がっててビビりまくってたから、思考が定まってないのかもしれない。

 そんな事を考えていた顔が、どうやら疑わしい顔に見えていたのか、さっきまでのしおらしい姿など影もなくなった美嘉先輩は、僕の腕を掴んだ。

 

「……そこまで言うなら、今から行こうよ」

「へ?」

「ちゃんと怖くないってこと、証明してあげるから」

「い、良いですけど……」

「ほら、行くよ!」

 

 しかし、ゾンビハウスかぁ。楽しみだな。僕も割とバイオとかやってきた口だし、リアルバイオと思えば悪くないかも。

 二人でそのゾンビハウスに向かった。割と並んでたが、4〜5分ほど待つだけで入れた。

 ちなみに、その間一言も話してない。だって美嘉先輩、ずっと覚悟決めてるんだもん。その時点でビビってるの丸分かりなんだけど……。

 で、順番になったようで、受付の人から軽い説明を聞いた。

 

「こちらからお客様に直接触れるようなことはないので、お化けに対する暴力や暴言はご遠慮下さい」

「あ、は、はい」

 

 聞き流しながら返事をすると、唐突に受付の人は声を変えた。

 

「では、ゾンビの館へ行ってらっしゃいませ」

 

 あれ? ゾンビハウスじゃないの? とか思ったがそれ以上にふに落ちないことがあった。まぁ、コミュ障だから聞けないんだけどね。

 そのまま教室内に入れられてしまったので、代わりに美嘉先輩に聞いた。

 

「……あ、あの、先輩」

「な、なかなか雰囲気あるね……。で、でもまぁ、この程度なら大丈夫かなっ。全然怖くない」

「……先輩?」

「っ、な、何⁉︎ いきなり話しかけないでよ!」

「あ、す、すみません……」

「あ、いや……あ、あたしこそ、ごめん……」

 

 ……急に冷静になったな。かわいい。

 

「で、どうしたの?」

「……あ、そ、そうですね。ここ、ゾンビハウスですよね?」

「そうだね」

「ショットガンは支給されないんでしょうか?」

「……ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない」

 

 ……へ?

 

「え、なんで支給されると思ったの?」

「ぞ、ゾンビといったら撃って倒すものでは……」

「や、学祭だからここ。感染病棟とかじゃないから。ゾンビの仮装した生徒が出てくるだけだから」

「……じ、じゃあ……襲われたら……?」

「お、大人しくビビるしか……」

「……」

 

 ひ、人が……襲ってくる……?

 

「は、はわわわ……!」

「え、何。ビビってるの? さっきは余裕こいてたくせに……」

「ひ、人が……襲って……!」

「え? いやそういうんじゃないと思うんだけど……!」

 

 どうやら、僕の命はここまでのようだ。

 

 



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処女ヶ崎の恋愛(4)

「ぐるぁ!」

「ひぃっ⁉︎」

「オオおオおおおオオ!」

「ひゃあ!」

「がおー」

「ひうぅ⁉︎」

 

 頭の中がぐるぐる回ってパニックになりつつ、美嘉の腕にしがみついていた。普段なら気にするとこだけど、今はそんな余裕がない。

 もちろん、怖がってるのは「お化け」ではなく「なんか変な格好してる人」である。

 情けない話だが、ここにカリスマアイドルを痴漢から救った少年はいなかった。

 一方、美嘉の方は。

 

「は、はわっ、はわわわっ……!」

 

 玲とは別の意味でヤバかった。理由は単純明快、好きな男の子にしがみつかれ、ノックアウト寸前である、理性が。

 ここから先は、美嘉ねえの恥ずかしい心の葛藤をお楽しみ下さい。

 

 美嘉の心の声(地)『ダメダメダメダメ、落ち着いてアタシ。それはまずいって。いくら食べちゃいたいくらい可愛くても、やってイイことと悪い事があるから。大体、この子別にお化けにビビってるんじゃなくて、脅かしてくる人にビビってるだけだから。理由は全然可愛くないから』

 

 意外にも、玲がビビっている理由を見抜いていた。人が怖い、なんて可愛くない理由でビビってても可愛いと思えてしまうあたり、美嘉は相当だった。

 

 美嘉の心の声(悪魔)『ちょっと〜、何ビビってんの? ここはカリスマギャルらしく襲っちゃうとこでしょ。ちょうど暗いんだし、誰にも見られないから、唇の一つくらいもらっときなよ★』

 

 悪魔でも、襲うの定義が緩かった。

 しかし、美嘉の中ではそれでも一大決心しなければ出来ることではない。

 そして、悪魔が出てくれば天使も出てくるのである。

 

 美嘉の心の声(天使)『待ちなさい、美嘉』

 地『いや、あんたも美嘉じゃん』

 天使『茶化さないの。早まっちゃダメだから。ただでさえ人間耐性が低い玲くんが相手だよ? 暗闇の中、唐突にキスなんてされたら、どうなるか分かったものじゃないからマジで』

 地『それは、そうだよね……』

 悪魔『でも、この機を逃したら、あとは付き合うしかキスする場面なんかないけど?』

 地『そ、それは……うん』

 

 などと、会議は思いの外、熾烈を極めていた。

 

 天使『ちょっとあんた。人が話してんのに横から入って来ないでくれる? これはあくまで美嘉が決める事なんだから』

 悪魔『それを言うならこっちのセリフなんですけど? 何良い子ちゃんぶってるわけ? 性慾なんてみんなあるんだし、別にキスするくらい良くない?』

 天使『それを相手の気持ちも考えずにしてどうすんの。嫌われたら元も子もないでしょ』

 悪魔『リスクを恐れて何もしないのは臆病過ぎるでしょ』

 地『ちょ、あんたらうるさい。あたしの中で勝手に喧嘩しないで』

 天使&悪魔『『じゃあどうすんの?』』

 地『なんでそこだけ息ぴったりなわけ⁉︎』

 

 と、まぁ、頭の中で格闘していた。しかし、キスまでは行かなくとも、何かしたい。

 とりあえず、浮かんだ案を二人に口に出してみた。

 

 地『……手を繋ぐ?』

 天使『腕にしがみつかれてるじゃん』

 

 その通りだ。しかも、玲の胸が当たってる。いや男なのだし、当たってるからなんだという話だが。

 

 地『肩を抱き寄せる?』

 悪魔『それをするには腕を振りほどく必要があるけど?』

 

 それもそうだ。さっかく玲の胸を堪能してる真っ最中だ、なるべくならこのままでいたい。てか、だから玲は男だけど。

 

 地『声を掛けてあげる、とか……?』

 天使『今のこの子な、あんたの言葉が通ると思う?』

 

 たしかに、ビビりまくっている。隣から声なんてかけたら肩を震わせて何処かに飛んでいきそうだ。

 

 地『……え、えっと……お、お尻を触る?』

 天使&悪魔『……うわあ……』

 地『何なのあんたら⁉︎ さっきから人の案にケチつけて! あたしだって今のは言ってみただけだから!』

 天使&悪魔『無いわー』

 地『あああああああ‼︎』

 

 イライラが臨界点に到達する。自分とはいえ殴りたい。

 

 天使『大体、チキン過ぎるんだよ。もっとガッツリいけないの?』

 悪魔『そうそう。かといってセクハラ的なのも無し。キスとかそういうのも論外だから』

 地『それを言い出したのはあんたでしょうが!』

 悪魔『いいから。この機会を活かす方法を考えないと』

 

 言われて、美嘉は顎に手を当てた。もちろん、頭の中で。正直、腕をしがみつかれてる時点でやれる事なんて無い気もしたが……。

 すると、何か思い付いたのか、美嘉は行動に移すことにした。

 

「玲くんっ」

「ひえっ⁉︎」

 

 しがみつかれてる方と反対側の手で玲の頭に手を置いた。それによって、玲が肩を震わせ離れかけて少し名残惜しくなったが、我慢して両腕で肩を抱き寄せた。

 

「……落ち着いて。アタシがいれば大丈夫だから。怖いなら、手を握っててあげるから」

「ーっ……!」

 

 全部使った。効果はてきめんだった。顔を真っ赤にした玲は、俯いて美嘉の手を控えめに握った。

 

「……す、すみません……」

「ううん、行こっか」

「は、はい……」

 

 二人で手をつないで、ゴールに向かった。その手はやけに暖かく感じた。

 

 ×××

 

 お化け屋敷の後は、テキトーに何処かの喫茶店に入った。というか、玲も美嘉も全く違うベクトルに体力を使ったので、休憩も兼ねて。

 で、その後はまた色々な出店や出し物を回り、次に来たのは講堂だった。

 クラスごとにダンスとかしてるとこもあれば、部活の発表をするところもある。

 二人が今見てるのは、軽音部の演奏だった。

 

「……すごいね。よく楽器とか出来るよね」

「……そう、ですか?」

「ほら、複雑じゃん。音符とか記号とか覚えなきゃだし」

「そう言われると……そうですが」

「……え、玲くん楽器できるの?」

「ゲームでなら、なんとか……」

「ゲームじゃん、それ……」

 

 そう言われ「その通りですね」と少し肩をすくめる玲。まぁ、ゲームと現実が違うのは分かってた事なので何も言わなかった。

 

「ていうか、玲くんは好きな曲とかあるの?」

「……一応」

「へぇー、どんな?」

「え、えっと……も、モンハンの曲とか……」

「ああ、やっぱりゲームだよね……」

「あ、で、でも! この、曲知ってますよ」

 

 この曲、というのは今、演奏してる曲だ。

 

「ああ、まぁ有名だからね」

「……そ、そうなんですか?」

「うん。カラオケとかでよく歌われてるんじゃないの?」

 

 そんな話をしてる時だ。曲が変わった。美嘉にとっては、嫌に聞き慣れた曲。Lippsの曲だった。

 

「っ⁉︎」

 

 唐突の不意打ちに、頬が真っ赤に染まる。

 

「? 先輩……?」

「こ、これっ……あ、あたし達のっ……!」

 

 それを聞いて、玲は「ああ、自分の曲なのか」と察した。

 バンドのボーカルはヤケに渋い声で「CHU」を連呼する。面白いほど気持ち悪い。

 他人事なら笑えたのだろうが、思いっきり自分の事なので恥ずかしいばかりだった。

 美嘉が悶えてる間に、演奏が終わり、ステージ上で撤退が始まる。

 

「……あの、せ、先輩」

「……何」

「先輩も……『CHU』ってやるんですか……?」

「……」

 

 無言で頷かれ、何故か玲も顔を赤くした。

 すると、ステージ上は切り替えが完了し、軽音部が終わって、次は演劇部となった。

 内容はシンプルにシンデレラ。妹が姉と母親にいじめられ、なんやかんやで王子様と出会い、なんかお姫様になる話。

 やはり、主演の女の子は演劇部で一番可愛い女の子なのか、ゲーオタの玲から見ても可愛く見える。

 特に、衣装のドレスを着ているからか、なおさらだ。そんな中、ちらっと隣の美嘉を見た。この人がこういうドレスを着たら、さぞ可愛いんじゃないかな、みたいな。

 が、すぐに頭を横に振った。そんな事を想像すると、諦めきれなくなってしまう。

 

「……」

 

 ……でも気になる。そういえば、隣の女の子はアイドルだ。なら、衣装で他のドレスとかなら着たことあるんじゃないだろうか?

 そうと決まれば善は急げだ。検索してみた。ウエディングドレスが出てきた。

 

「ーっ⁉︎」

 

 え、結婚してんの? てことはバツイチ? と、大きく狼狽えた。そして、それは当然隣に座ってる張本人も不審に思う行動だった。

 

「どうしたの? 玲く……んっ⁉︎」

 

 スマホの画面が目に入り、美嘉も大きく目を見開いて頬を赤く染める。

 

「な、何見てんの勝手に⁉︎」

 

 反射的に大声で叫んでしまい、周りの視線を集めてしまう。それになおさら顔を赤くしながら、肩を縮こまらせつつ、隣のたまに生意気になる後輩の首に手を回して締め上げた。

 

「ちょっ、何してんの?」

「い、いえ、その……」

「それ、撮影の時の奴じゃん……!」

「へ? さ、撮影、ですか……?」

「なんだと思ったの逆に?」

「い、いえ、その……既に、ご結婚されてたのかと……」

「……バツイチって言いたいわけ? この年で?」

「……」

「……」

 

 ギリギリギリギリッと両腕が締められる。さっきの美嘉のように全員の視線を集めてしまうかもしれないので悲鳴はあげなかったが、それでも周囲の視線は集めてしまってるのは否めない。

 それでも、美嘉は構わず……というか気付かずに締め上げる。

 

「うぐっ……ご、ごめんなざい……!」

「絶対に嫌!」

「い、嫌⁉︎」

 

 流石に許されなかった。失礼どころの騒ぎではない。

 が、その騒がしい制裁は少なくとも出し物の見学中にやるものではなかった。

 

『そこの女子二人。騒がしくするなら出て行ってください』

 

 ナレーターのアナウンスではなく、文化祭実行委員会のアナウンスに怒られ、美嘉はさらに顔を赤くして腕を離した。

 文化祭の出し物の一環で、男装してる女子生徒と思われたのだろうか? 不可解な表情をしてスピーカーの方を睨んでる玲に、美嘉がジト目で言った。

 

「……後で覚えてなさいよ」

「ううっ……す、すみません……」

「嫌」

 

 反応は思いの外、冷たかった。

 

 ×××

 

 演劇部が終わり、居づらくなった講堂を出た二人は、校舎の中を歩いていた。

 並んで歩く事はなく、美嘉が前を歩き、そのあとを玲が付いて行っていた。

 玲は相変わらず弱々しい情けない表情で俯いている。

 美嘉は、意外にも困った顔をしていた。好きな人にバツイチとか抜かされた時はホント、気刃大回転斬ものだったが、演劇を見てるうちにその怒りは冷めていったからだ。

 しかし「絶対許さん」と言ってしまった以上、許し難くなってしまったのだ。

 もし、喧嘩の相手が莉嘉なら、テキトーに笑って済ませられるだろう。莉嘉もそれで許してくれるだろうし、簡単な話だったはずだ。

 玲の場合はそうもいかない。端的に言えば、好きな人に「何この人、情緒不安定?」と思われたくないのだ。

 何かきっかけはないだろうか……そう思って顎に手を当てて辺りを見回す。

 そんな時だった。

 

「お姉ちゃんっ」

 

 正面からお腹を抱きつかれた。可愛い妹が自分を見つけたみたいだ。

 

「あ、莉嘉。来てたんだ」

「うん。みんなと一緒に」

 

 そう言う通り、あとから見覚えのある顔がぞろぞろとやってきた。加蓮、奈緒、悠貴、唯、未央などと、美嘉と玲のことを知る人物たちだ。

 

「り、莉嘉ちゃん。待ってください……!」

「勝手に走るなっつったろー」

「まぁまぁ、良いじゃん。奈緒。お姉ちゃんに会えて嬉しいんだよ」

「いや、でも万が一、迷子になられたら困るからね……」

 

 正直、莉嘉までなら良かった。きっかけには十分だから、むしろナイスと思ったまである。

 しかし、加蓮やら唯やらに来られると、今後、からかいのレパートリーにされるのが目に見えていたので正直、勘弁してほしかった。

 

「みんなお揃いで……」

 

 冷や汗を流しながら言うと、唯が聞いてきた。

 

「そういう美嘉ちゃんは一人?」

「いやいや、玲くんといるから」

 

 苦笑いを浮かべながら、胸前で手を振って答えた。さすがに一人で文化祭をまわったりはしない。

 しかし、何故か唯の表情に「?」といった色が浮かぶ。

 

「え? どこに?」

「後ろ」

「……見当たらないけど」

「……は?」

 

 美嘉が後ろを見ると、玲の姿が無かった。

 

 



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処女ヶ崎の恋愛(最終)

 

 

「待てコルァー!」

「ナメんなボケがァー!」

 

 玲は走っていた。後ろから追いかけて来るヤンキー達に追いつかれないように。

 全力で走りながら、自分でも後悔していた。また前みたいに首を突っ込んでしまった事を。

 事の発端は、美嘉を怒らせてしまい、情けなく後ろからトボトボとついて行きながらも、何か仲直りのきっかけはないか、辺りを見回して歩いてる事だった。

 そんな事して歩いてるもんだから、人気のない校舎裏側の窓の外で偶々、カツアゲされてる一年生の男子生徒と目が合ってしまったのだ。

 こういう時、利口な奴なら、誰か人を呼ぶなりするだろうが、玲は利口では無かった。それどころか、近くにおそらく売り子用の看板が立てかけてあるのが視界に入ってしまったのだ。

 そんなもんがあれば、ヤンキー達を後ろから強襲すれば、助けられるかもしれない、なんて思ってしまった。

 もちろん、美嘉を巻き込むわけにはいかない。コッソリと気付かれないように離脱し、看板を持って窓の方に向かう。

 美嘉が十分に離れたのを確認し、深呼吸した。大丈夫、そもそも相手は窓の外だ。こっちに来るには昇降口まで迂回しなければならない。いくら自分に体力がなくとも、それだけ離れていれば問題ないはず……。

 そう自分に言い聞かせ、一気に窓を開け、ヤンキーの後頭部をぶん殴った。

 

『月牙天衝!』

『グホッ⁉︎』

『て、テメェ……! なんっ……!』

『天衝!』

『ぐあっ!』

 

 もう片方には顎にお見舞いして、逃げ出した。腕力は無くとも、木製のプレートだ。それなりに効いたはず……と思って後ろをチラ見すると、窓から靴のまま校舎内に入り込んできていた。

 ーーーで、現在に至る。

 幸い、ゲーマーなので逃走ルートの素早い判断は完璧だった。脳内に校内マップも構築されている為、逃げ切る算段はついてら。

 ただ、問題は体力だ。ゲームならスピードを落とせば回復するが、現実ではそうもいかない。どんなスピードでも、動いていればスタミナは消費する。

 故に、ここから打てる手は二つ。

 職員室の前を通り、先生に止められる。しかし、この場合は先生に事情を説明しなければならない。

 その時、ヤンキーはまず間違い無く、明らかに全く関係ない第三者である自分がいきなり手を出したように説明し、コミュ障である自分は説明できる気がしない。

 カツアゲされていた少年に庇ってもらえる、と思えるほど、玲は人間を信用しちゃいない。

 そしてもう一つの手は、後ろの相手を撒くことだ。何も、脚が早ければ撒けるわけではない。

 要するに、相手に自分を見失わせれば良いのだ。

 

「……っ、はっ、はっ……!」

 

 徐々に息切れしてきた。差を詰められる前に手を打つことにした。

 階段を駆け上がった。階段の上は正面は壁で、左に教室が二つ、右にも教室が二つに追加し、廊下もある。

 手に持ってるプレートを左の教室の前に投げ捨て、右に走って自分のクラスの教室に入った。そう、メイド喫茶に。

 

 ×××

 

 校舎、二階。美嘉達は玲を探し回っていた。

 全部で4組に分かれ、美嘉チーム、加蓮奈緒チーム、莉嘉悠貴チーム、未央唯チームの四つである。

 しかし、美嘉は「こいつら使えねー」と言わんばかりにスマホのグループトークを見ていた。

 

 加蓮『こちら加蓮、美味しそうな鯛焼きを発見。味はまずまずの模様。どーぞ』

 ゆい☆『こちら唯、剣道部のワッフルはイマイチな模様。どーぞ』

 Rika『こちら莉嘉、吹奏楽部は一人ミスった模様。どーぞ』

 みおちゃん『こちら未央、剣道部の主将、おっぱいが大きい模様。どーぞ』

 

 と、まぁご覧の通りだ。見るだけで頭が痛くなる。完全に他人事である。

 そもそも「どーぞ」というのは主にトランシーバーを用いる時に使われるものであり、間違っても文面で使うものではない。

 

 Mika☆『あんたら真面目に探してる?』

 乙倉悠貴『私は真面目に探してますよっ!』

 

 流石、妹以外の最年少だ。真面目だし可愛いしでとても妹にしたいが、自分より背が高いのでやっぱり遠慮したい。

 

 乙倉悠貴『わっ、ここのダンス同好会の衣装可愛いですね!』

 

 やっぱり所詮は中学生だった。落胆したが、ここはグッと堪えて情報を待ちつつ、辺りを見回した。

 偶然なのか、それとも一応ちゃんとしてるのか、それぞれ広いグラウンドに2チーム、狭い講堂には1チームと別れている。

 ……まぁ、かといって校舎内も広いのに、自分一人になってるのは解せないが。

 

 奈緒『美嘉さん、大丈夫か? あたしも校舎見ようか?』

 加蓮『ちょっ、奈緒。私を見捨てる気?』

 奈緒『だってお前、探す気ゼロじゃん。鯛焼きの次はたこ焼きかよ』

 

 どうやら、良心はちゃんといるようだ。かと言って、パーティメンバーが加蓮ではあまり期待出来ないが。

 

 Mika☆『大丈夫。みんなには学祭楽しんで欲しいからね』

 唯『美嘉……』

 未央『美嘉ねえ……』

 莉嘉『お姉ちゃん……!』

 

 仕事をしない連中ばかりに感動された。

 釈然としない表情ながらも校舎内を回ってると、玲のクラスの前に来てしまった。どこで何をしてるのか分からないが、案外ここにいるのかも、なんて思ったから。

 が、どうやらそれどころではないようだ。生徒達がヤケに騒然としている。

 

「……何事?」

 

 近くの生徒に声をかけた。

 

「ん、ヤンキーがうちの生徒を追い掛け……って、城ヶ崎先輩⁉︎」

「ちょっ、声大きいから。で、何?」

「ああ。なんか、頭ブン殴られたっつってますよ。男だか女だか分かんないやつに」

 

 一発でその殴った奴の顔が思い浮かんだが、信じられなかった。まさか、ヤンキーにケンカを売るような真似をするとは。

 まぁ、何か事情があるのは何となく察しているが。

 

「……その子は今どこにいるの?」

「先生に怒られてますよ」

「や、そっちじゃなくて殴った子」

「さぁ……分からないッス」

 

 使えねー、と思いながらも出掛は得た。ここまて玲は逃げてきたのは間違いない。

 なら、あとは玲の思考をトレースすれば良い。最近、ようやくあのコミュ障の考えが読めてきた所だ。

 学祭のパンフを開き、自分ならどう逃げるか、を考えた。あのコミュ障は若干、人間不信も混じってるので、人を頼って職員室の前などには行かないだろう。

 つまり、隠れられる場所に向かったということだ。隠れられる、というのは人混みに紛れるのではなく、TPSゲームのように人に気付かれなさそうな場所、ということだ。

 それに、玲は体力が無い上にビビリだ。ヤンキー達がここで怒られてることを知らないで、とにかく逃げたことだろう。

 この近くで、尚且つ一人になれそうな場所……。

 

「……よし、分かった」

 

 パンフを閉じて、廊下を進んだ。

 

 ×××

 

 水泳部の女子更衣室、ここは今の時間は誰もいない。理由は単純、何にも使っていないからだ。

 窓もあるし、万が一ここに来られた場合には、隠れるには最適な場所だ。

 そこで、玲は体育座りして俯いていた。メイド服で。

 

「……」

 

 拾った看板を投げ捨てたのは、自分がそっちにいると思わせるため。その隙に、自分のクラスでメイド服に着替えたのは、歩いて逃げる為だ。

 着替えれば、とりあえず見つかりはしない。でも、メイド服なのは恥ずかしいので、人気の居ないところに来たわけだ。本当は男子更衣室に入ろうとしたが、今の格好は女の子だし、どうせ誰もいないし、万が一、居場所がバレていたとして、ヤンキー達もさすがに女子更衣室には入って来ないだろうと思って女子の方にした。

 

「はぁ……」

 

 今更になって身体が震えている。あのヤンキー達はどうしてるだろうか? というか、ここからどうすれば良いのか? ここを出たらあいつらに見つかってしまうんじゃないか? 考えれば考えるほど、ネガティブな感想と、ここにいた方が良い、という結論しか出ない。

 なんで、こんなことになったのか。そんなの自分でわかってる。困ってる人を見て、つい動いてしまった。

 でも、放っておけばよかった、と後悔した。怖い思いして、筋肉痛確定……というか、なんか不自然な痛みが今でも脹脛に響いていて、こんな格好までして。それで得た物なんか何もない。

 

「……消えたい」

 

 そんな呟きが漏れた。そういえば、あの自分と一緒に学祭を回るには不釣り合いな先輩はどうしてるだろうか? つい、置いてきてしまったが、心配かけてしまってるのか。

 まぁ、それはないだろう、と頭を横に振った。怒らせてしまったし、多分、清々してる事だろう。

 ……本当に自分は何してるのか、と思わざるを得なかった。もう文化祭が終わるまで、絶対にここから動かない、そう決めて再び俯いたときだ。

 

「いてっ」

 

 ーーーゴチン、と。

 余りにも軽い拳骨が脳天に当たった。まさか、ここにまでヤンキーが来たのかと、恐る恐る顔を上げると、不機嫌そうな先輩が自分を見下ろしていた。

 

「……やっぱりここにいた」

「……せ、せんぱい……?」

「何やってんの、女子更衣室で……」

 

 色々と言いたい事があったので、不機嫌そうに開いた美嘉の口が止まった。

 何故なら、玲がガバッと抱き着いてきたからだ。正面から、まるで迷子になってる子供が親を見つけて慰められるように。

 

「れ、玲くん……?」

「……先輩……」

「……もう、怖かったんでしょ。どうしたの?」

「……カツアゲされてたから、不良の人の頭を……殴って……」

「……ビビリで弱いくせに、そういうことするんだから……」

 

 呆れたような口調の割に、少しホッとした様子で頭を撫でた。コミュ障の割に勇気がある辺りが、やはりこういう所が好きだ。ただ、まぁ自分と付き合うなら無茶はして欲しくないが。

 とにかく、彼がこんな状態なら、告白は延期した方が良いかもしれない。

 

「とりあえず、着替えて来たら?」

「……いえ、その……まだ、僕の事、追いかけてる人達が……」

「その人達なら先生に捕まったらしいから平気。ほら、あと半分も無いけど、文化祭を楽しもうよ」

「……は、はい」

 

 更衣室を出て行った。

 

 ×××

 

 文化祭2日目も残り僅か。色んな生徒達がグラウンドや校舎を行き交う中、玲と美嘉は屋上でのんびりしていた。

 夕日が沈もうとしていて、オレンジ色に染まる空が秋っぽさを演出していて、とても幻想的に思えた。

 そんな景色を眺めながら、美嘉は柵にもたれかかって言った。

 

「んーっ……! 楽しかったぁ……!」

「……お疲れ様です」

「何処かの誰かが迷子になるんだもん」

「うっ……す、すみません……」

 

 申し訳なさそうに謝る玲。肩をすくませ、本当に申し訳なさそうにしている。

 

「別に、そういうつもりで言ったんじゃないから。もう少し、冗談と皮肉くらい見極められるようになった方が良いよ?」

「うっ……ごめんなさい……」

「謝らなくて良いから。本気だけど、そういう純粋で真面目なとこ、好きだからさ」

「ーっ!」

 

 ニヒッと微笑んで、自分の鼻を突く先輩は、夕焼けに当てられて余計に綺麗に見えた。それに追加し「好きだから」とサラッと言われてしまったのが運の尽きだった。

 今まで我慢してた玲の気持ちが、想いが、感情が、残っていた理性を全て打ち砕いた。

 キュッと胸が締まり、それによって心臓の鼓動が止まる。精神的バイオリズムが頂点に立ったように落ち着いていた。

 

「……先輩」

「ん……?」

 

 声を掛け、振り向いた直後、美嘉の肩に手を回し、自分の方に引っ張り、抱き締めた。

 唐突な出来事、しかも一番その行動に移らないと思っていた人物にされ、美嘉の顔は一気に赤く染まった。

 

「へっ……ふええええっ⁉︎」

「すみません……先輩……。でも、もうダメです……」

「な、何が……?」

「……好きです」

「……へっ?」

「面倒見が良い所も、自分だって付き合ったことないくせに余裕な態度とっちゃうとこも……全部、全部……!」

「えっ、えええええええ⁉︎」

 

 さらに畳み掛けられ、顔が真っ赤に染まる。相手の気持ちを汲んで、告白を延期しようとした途端にこれだ。相変わらず、目の前の少年は自分と息が合わない。

 とにかく、このままではどうにかなってしまいそうだったので、目の前の少年の肩に手を置き、一旦離れた。

 

「ち、ちょっと待って! ……ほ、本気……?」

 

 真っ赤になった顔を俯いて隠しながら、恐る恐る尋ねると、玲からいつになくハッキリした声が聞こえてきた。

 

「……いえ、迷惑なのは、分かっています……」

 

 その一言が、美嘉の癪に触ったが、気付かずに玲は続けた。

 

「ですが、このまま我慢してたら……なんか、こう……気狂いを起こして何をするか分からないので……なので、もう……振られて、それで……」

 

 ガッ、と。ガッと胸倉を掴まれた。それによって、玲の男気タイムは終了する。

 一気にヒヨって、変な汗を垂れ流し始めた。

 

「へ? あ、あの……」

「……別に、迷惑じゃないから」

「は?」

「……とても嬉しいよ、玲くん。その気持ちは。……でもさ」

 

 静かに口を開くと、これ以上にないくらいの目付きで玲を睨みつけた。

 

「でもさ! 振られるつもりで告白するのはなんなわけ⁉︎ あんた、アタシの気持ちとか一切、気づいてなかったでしょ⁉︎」

「へっ……?」

「あたしも、ずっと好きだったよ!」

「…………えっ?」

 

 間抜けな声が玲の口から漏れた。で、その声は徐々に大きくなる。

 

「えええええええええええっ⁉︎」

「告白成功して驚くな! 失敗したら狼狽えなさい!」

 

 そう言われても、驚くもんは驚く。顔を真っ赤にして後ずさる玲の胸に顔を埋めるように、美嘉は抱き着いた。背が自分より低いから窮屈だが仕方ない。

 

「……好きだったの……。ずっと前から……」

「……は? ず、ずっと前……?」

「……電車の中で、痴漢から助けてくれた時から……」

「……」

 

 MA☆JI☆KA、と、唖然とする玲。全然、気付かなかった。

 

「……今日、告白する予定だったのに……そんな風に言うんだから……」

「す、すみません……」

「別に、怒ってるわけじゃないし……」

 

 とにかく、だ。これで二人は恋人、という事になる。胸から顔を離した美嘉は、相変わらず赤くなったままの顔を玲に向けた。

 

「……でも、一つだけ条件」

「へっ?」

「……あたしのこと、ずっと『先輩』って呼んでたでしょ」

 

 それを言われ、玲はギクリと肩が震え上がった。実は、まだ名前で呼ぶのに慣れていない。心の中でなら呼べるのだが。

 

「……付き合う以上は、あたしのこと『美嘉』って呼ぶように」

「へ?」

「美嘉先輩、もダメ。美嘉って」

「ええっ⁉︎」

「ほら、試しに呼んでみて」

「〜〜〜っ!」

 

 どうやら、拒否権はないようだ。ジッとジト目で期待の視線という器用な表情で睨まれ、頬を赤くしながら目を逸らした。

 

「こ、これからよろしくお願いします……。……美嘉……」

 

 それが思いの外、美嘉の心臓を貫いた。呼ばせた張本人まで顔を赤くし、目を逸らして俯くしかなかった。

 

「……う、うん。よろしくね、玲……」

「〜〜〜っ!」

 

 何故か仕返しされ、二人揃って俯いた。

 

 



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番外編っつーか後日談だなこれ。
初デート(1)


 文化祭が終わり、僕は美嘉先ぱ……美嘉の彼氏になった。

 ッ……や、ヤバい……! い、胃が痛い……! ど、どどどっ……どうしよう、僕が恋人だなんて……だ、大丈夫かな、美嘉先……美嘉に変な風評被害とか……そ、それに、僕だってファンにボコボコにされたり……!

 ど、どうしよう……目眩が……いや、それ以前にお腹も頭も痛くなってきた……!

 い、いやいや……落ち着け、僕。今日は文化祭の振替休日だ。学校には行かないし、そもそも他の人達は僕が美嘉せ……美嘉の彼氏だって知らない。

 ああもうっ! 下の名前を呼び捨てするの慣れない!

 

「〜〜〜っ!」

 

 こんな時はゲームだ、ゲーム。ゲームやろう。それで神経を落ち着かせる。

 一人で部屋のモニターとプレ4の電源を入れて、ブルーライトカットのメガネをかけた。さっさとビクロイ取ろう。ノルマ、10キル以上!

 タワーに降り立って、ショットガンを拾って開戦……しようとした所で、インターホンが鳴った。なんだよ、これからって時に……。

 ここは居留守だな。無視してゲームを続けた。目に入るプレイヤーを片っ端から掃除するも、再度インターホンが鳴り響く。

 

「……」

 

 いないよ、いないから諦めて。……っと、危ない。HP減った。ポーション飲んで無いんだから勘弁してよ。

 ピンポンピンポンピンポンピンポーン、と喧しくインターホンが鳴り続ける。

 戦闘を中断し、建物の中に逃げ込み、しゃがんで息を潜めた。イヤホンだ。うるさいから。

 と、思った直後だった。スマホに電話がかかってきた。画面には「Mika☆」の文字。

 ……あ、これまさか。

 

「は、はい、もしも」

『なんで応答しないわけ⁉︎』

 

 キーンと、キーンと耳にきた。まさか、外にいるの美嘉せ……美嘉?

 

「あ、みっ、み……」

『あたしのことシカトするなんて良い度胸してるじゃん! 付き合って早々、別れたいわけ⁉︎』

「ええっ⁉︎ い、いえっ、その……わ、別れたくはない、です……」

『いいからまず玄関開けなさいよ!』

 

 う、うわうわうわっ! すごく怒ってる……! と、とにかく玄関に急がないと……!

 部屋を出て大慌てで階段を降りた。玄関の鍵を開けると、みっ、美嘉が激怒を隠すことなく立っていたのだが、僕と目を合わせるなり頬を真っ赤に染める。そんな顔を真っ赤にしてまで怒らんでも……。

 

「ご、ごめんなさ……!」

「……って」

「え?」

「……メガネ、取って」

 

 あ、そ、そういえば、美嘉はメガネかけた僕の顔が嫌いだったっけ……!

 慌ててメガネを外して外玄関の棚の上に置いた。で、改めて声をかけた。

 

「……え、えっと……それで」

「何シカトしてんの?」

「あ、い、いえ……その、ゲームしてて……」

「あたしよりゲームの方が大事なわけ?」

「そ、そんな事ないです! み、美嘉先ぱ」

「……」

「っ……! み、美嘉の方が……大事、です……。ただ、その……新聞とか、だと思ってたので……」

「ーっ……!」

 

 先輩、をつけかけた時はすごい睨んできた癖に、呼び捨てしたらしたで顔真っ赤にするとか……何処まで可愛いのかこの先輩は。

 そうこうしてるうちに、家に美嘉が上がってきた。迷いない足取りで僕の部屋に来た。部屋の中に隠れていた僕のアバターは殺されており、別のプレイヤーのプレイが流れている。

 それを見て、イヤホンを準備してるのを見て、結論を出した名探偵美嘉は、ベッドの上に座ると僕に言った。

 

「正座」

「え?」

「正座」

「あ、は、はい……」

 

 座らされた。怖いよ、本当に……。

 

「で、つまりアタシだと思わなかったからシカトこいてたと?」

「っ、は、はい……」

「いつからそんな悪い子になったわけ?」

 

 っ、そ、そもそも誰の所為だと……美嘉と付き合ってるから胃が痛くなって、それを忘れるためにゲームをしてたのに。

 ……や、まぁそれでも告白したのは僕の方だし、美嘉が悪いわけではないけどね。それに、会いにきてくれて、嬉しいし……。

 

「とにかく、アタシをシカトした罰として、今日はデートしてもらうから」

「うえっ?」

「ほら、早く着替えて。いつまでパジャマでいるつもり? 高校生にもなってひよこ柄のパジャマとか本当どこまで可愛いわけ?」

「ーっ⁉︎」

 

 え、へ、変なの? 他の人のパジャマ見たことないから分からないけど……。

 

「ほら、早く。アタシの目の前で着替えて」

「え、あの……恥ずかしいから、部屋から出てくれないと……」

「ダメ」

「な、なんでですか⁉︎」

「はいそれ、敬語も禁止」

「そ、そんなあ……」

 

 なんでそんな変態みたいなことを……! つ、付き合ったからってそんな……。

 顔どころか全身が熱くなってきてしまう。美嘉自身、厳しい表情をしつつも、頬を赤らめている。何を楽しみにしてんだこの人。

 でも、どうも逃がしてくれそうにないなぁ……。

 

「……わ、分かりましたよ……」

「早く」

 

 うー……まぁ、基本は僕が悪いし仕方ない。

 まずは上半身から。美嘉に背中を向けて、パジャマを脱いだ。あまり筋肉の付いてない身体が露わになり、少し頬が赤く染まる。

 さっさとティーシャツを着て、ズボンに移った。今日のパンツはボクサーパンツだ。ブリーフはもう履いてないので、まだマシだ。

 美嘉の爛々とした視線を背中に浴びながらズボンを履こうとすると、後ろから恥ずかしい声が聞こえた。

 

「……れ、玲のお尻……可愛い……」

「ーっ! な、何言って……!」

「いや、こう……ツルッとしてて」

 

 マジで変態かあんたは! 流石に怖い! 痴漢にあってる気分!

 さっさとズボンを履いて、着替えを完了した。それを見て、少し残念そうにしたあと、すぐ満足げな表情になった美嘉は、僕の手を取った。

 

「ほら、行くよ。付き合ってからの初デート」

「あ、ま、待って。まだ準備が……」

「じゃあ早くして」

 

 言われたので、財布と鍵とパスモとスマホと充電器と3○SとSw○tchとV○taを鞄の中に入れてると、手をガッと掴まれた。

 

「……なんでゲーム機持って行くの?」

「え、だ、だって……やりたいから……それに、万が一、地震とかで家に帰れなくなったら、やるゲーム機なくなっちゃうし……」

「このゲーム依存症め!」

 

 鞄の中からゲーム機を全部奪うと、自分のカバンの中に入れた。

 

「デートの間は、没シュート」

 

 や、まあ良いけど……。僕もやるつもりはなかったし。

 今度こそ外出した。直後、美嘉は僕の腕に腕を絡めてくる。

 

「っ、あ、あの……」

「何?」

「む、胸が……あ、当たってるんですが……」

「当ててんの。……玲相手なら、当ててでもくっついていたいの」

「っ……そ、そうですか……」

「それより敬語ダメ。タメ口ね」

 

 めっ、と子供に言い聞かせるように人差し指を目前に建てられ、小さく頷くしかなかった。

 

「……え、えっと……じゃあ、何処に……行くの?」

「うーん……じゃ、買い物行こっか?」

「か、買い物?」

「そう。そろそろ冬物買わないと」

 

 女の人はたくさん洋服買うからなぁ。ま、美嘉が色んな服着てくれるのを見れると思えばそれで良いかな。

 ……にしても、胸が当たってるのはいつになっても慣れないな……。

 

「あの……美嘉?」

「何?」

「む、胸が……その、やっぱり……なれないんだけど……」

「……アタシにくっつかれるのは、嫌?」

「嫌じゃ、ないです……」

 

 ……むしろ最高ではあります。でも、その……付き合ったばかりでそういうのは、まだ早いというか……。

 

「んー、玲くんの匂い……」

「……」

 

 たまに聞こえるその変態的な発言はなんなんですかね……。なんかもう、色々と怖い。

 いや、何にしても、このままじゃ流石に変に意識しちゃう……。仕方ない……!

 

「あの……美嘉」

「何ー?」

「んっ」

「んんっ⁉︎」

 

 キスをした。口に。流石に舌は入れなかったが、この処女ビッチには効果覿面だ。

 

「ーっ……!」

 

 口を離すと、案の定真っ赤になった美嘉が、僕を驚いた様子で見下ろしていた。

 

「っ、なっ……い、一体……にゃにを……⁉︎」

「……あ、あの……か、身体を押し付けるのは……ぼ、僕の精神が持たない、ので……今ので、満足を……」

「あ、う、うん……わかった……」

 

 顔を赤くしながら電車に乗った。

 

 ×××

 

 アウトレットに到着した。こういうオシャレな洋服屋さんが並んでる場所は何度来ても慣れない。本当に僕なんかが来ても良いのかって思ってしまう。

 来たところで「帰れ」とは言われないんだろうが、口にされるよりも空気の方が怖い。今も、少し居心地悪いし……。

 それでも美嘉が手を繋いでくれてるから、少しはマシになってるだろう。

 

「ね、玲。このお店入っても良い?」

 

 その美嘉が僕の手を引いた。指差す先はいかにも女子高生が好きそうな洋服屋さん。

 

「あ、はい。……じゃなくて、うん。入ろう」

 

 あんまり入りたくないが、美嘉の買い物に付き合ってるわけだし、彼氏が彼女の洋服見るのは自然なはずだし、きっと問題ない。

 二人でお店の中を見て回ってると、美嘉が好みの服を見つけたのか、僕の手から離れて洋服を手にした。

 

「これかわいー♪ どう、玲?」

 

 手に持って体に当ててるのは、名前はよく分からないけど、肩が出る洋服だった。ピンク色でモコモコしてそうな奴。

 ……え、さっき冬服買いに来たって言ってなかった? なんで肩出る奴買おうとしてんの?

 

「……え、あ、あの……それ、冬物?」

「は? そうに決まってんじゃん。夏に着るように見える?」

「え、で、でも……そんな、肩が露出してるの着たら、風邪を引いてしまうんじゃ……」

「ヘーキだって☆ 女の子はね、多少寒くても可愛く見られるために我慢するものなんだよ」

 

 ええ〜……な、何それ。本末転倒じゃない? 寒いから着るのに、可愛く見られるために寒くなるって……。

 ……何より、肩をむき出しに歩かれると、僕のメンタルがやばい。破廉恥だし、他の男に見られると思うと、それはそれで嫌だ。

 

「だ、ダメです……! そ、そんな格好……!」

 

 正直に言うと似合ってる。モデルさんみたいだし、実際、モデルさんのような仕事もしてることだろう。しかし、それとこれとは話が別だ。

 顔を赤くしながら言うと、美嘉はいかにもいじめっ子みたいに唇を歪ませ、ニヤリとほくそ笑んだ。

 その笑顔に僕がビクッとしてるうちに、その洋服を手に取った。

 

「じゃ、これ買っちゃおーっと」

「え、ええっ……⁉︎ だ、ダメって言ったのに……!」

「だって、玲くんはこれ着るとコーフンしちゃうんてしょ? なら、アタシはこれ着るから」

「こ、コーフンなんて……!」

「しないの?」

「…………す、少しだけ……」

 

 こういう時、嘘をつけない自分が憎い。でも、美嘉の手は分かってる。どうせ「興奮しない」なんて言えば「じゃあ買っても良くない?」ってなるから。

 そんな僕の心中を知ってか知らずか、美嘉はニヤニヤしたまま僕の手を握って引いた。

 

「じゃ、試着するから。ついてきて?」

「ええ⁉︎ し、試着……⁉︎ こ、こんな所で裸になる気⁉︎」

「なるか! 試着室だよ!」

 

 あ、だ、だよね……びっくりした……。や、にしてもヤバい。あんな肩丸出しの格好をされるのはちょっと……その、僕のメンタルに来るというか……。

 が、そうこうしてるうちに試着室に入られてしまった。

 

「じゃ、ちょーっと待っててね」

「は、はあ」

 

 シャッと試着室のカーテンを閉める美嘉。思わず小さなため息が漏れた。

 どうしよう……なんて反応したら良いのかな……。え、えっちいですとは言えないよな……。でも「似合ってる」とかだとストレート過ぎるだろうし……何より恥ずかしい。

 うだうだ悩んでると、カーテンが開く音がした。

 

「どう?」

 

 出て来た直後、絶句してしまった。女の人の私服をじっくり眺める機会なんか無かったから尚更だ。

 露出してるのは肩、それだけのはずなのに、まるで下着が見えてるようなエロさがこれでもかというほど溢れていた。

 それに追加し、髪を下ろした美嘉の気品にラーメンチャーハン餃子の三点セットのようにマッチしている。

 端的に言えば、完全に童貞を殺しに来ていた。

 

「玲?」

「っ」

 

 声を掛けられ、正気に戻った。

 あ、そ、そっか……! 何か、感想を言わなきゃ……。あ、えっと……とりあえず、思ったことを……!

 

「あ、えっと……」

「えっと?」

「…………と、とても……お綺麗、ですね……」

 

 ……ストレート過ぎて恥ずかしい感想が漏れた。恥ずかしい……。

 

「……? ……っ、……な、何言ってんの⁉︎」

 

 美嘉も、キョトンとした後に徐々に顔を真っ赤に染めて行くと、俯いて試着室のカーテンを閉めた。

 ああ……やっぱり、捻りがないって怒ってるのかな……。

 と、反省したのもつかの間、すぐに着替えを終えた美嘉は試着室から出て来て、僕の手を取った。

 

「……これ、買うから」

「え?」

「綺麗だったんでしょ?」

「ーっ……!」

 

 な、なんで……今、それを言うかな……。

 

「外で待ってて」

「っ、は、はい……」

 

 顔を赤くしながらお店を出た。

 ……にしても、破滅的な威力だったな……。今まで、それこそ美嘉が彼女になるまで異性に興味も無かったし、ゲームが出来れば何でも良い人生だったのに、まさかあんなのを生で拝めるようになるとは……。ほんと、人生何が起こるか分からない。

 またあれを見れると思うと悪くないけど……それまでにそういうのに耐性付けないと……。……エロ本とか読んだ方が良いのかなあ。でも、そういうの買う勇気ないし、読んだら死んじゃう気もするし……。

 そうこう考えてるうちに、美嘉の声が聞こえて来た。

 

「お待たせ〜」

「あ、うん。いや、全然待ってな……」

 

 答えながら振り向くと、固まってしまった。あの人、買った服をそのまま着てるんだもん。

 

「どう?」

「……きゅう」

「え、ちょ、玲⁉︎ 玲〜⁉︎」

 

 ダウンした。

 

 



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初デート(2)

 僕は気が付けばフードコートにいた。隣にいる美嘉の生肩に頭を乗せて。

 

「ふえっ⁉︎」

「あ、起きた。一々、驚かないの」

 

 慌てて飛び起きて後ろにひっくり返りそうになったのを、美嘉が手を掴んで引き止めてくれた。いや、でも死んじゃうってこれ……。ていうか、生肩が当たっていた頬が熱い……。

 

「あ、あのっ……美嘉さ……美嘉、これは……?」

「気絶しちゃったんでしょ。だからここに連れて来たの」

「それは、その……すみません……」

「気にしないで」

 

 うう……気絶していたのか。我ながら情けない。や、でも仕方ないよね……。この前まで、僕なんて永久凍土ボッチだったし。

 

「あ、飲み物とポテト買っておいたから、とりあえず食べて落ち着こうよ」

「あ、す、すみません! 今、お金を……」

「いいって。勝手に買っただけだし」

「で、ですが……」

「いいから。元々、アタシの方が年上なんだし。てか、敬語やめて」

 

 前々から思っていたんだけど、年上だからって奢らなければならないとはどういう事なんだろうか? むしろ年齢は関係なく、目上の人が買ってあげなければとか、そういうのが本来、あるべき姿だと思うんだよ。

 ……いや、でも僕が美嘉より上って事はないな。むしろ莉嘉さんよりも下回ってるまである。

 

「……す、すみません」

「いいのいいの。それに、やりたいこともあるし」

「へ?」

 

 なんか今のセリフの後半に何か別の意図を察したというか何その笑顔怖い。

 僕の嫌な予感は十中八九ではなく、十中十当たる。美嘉はニヤリと微笑むと、ポテトを手に持って僕の口元に運んできた。

 

「はい、あーん……」

「あーん⁉︎」

「そう。あーん」

 

 ちょっ、こ、こんなところでっ……! 室内……や、ここ室内だわ。室内じゃなくてお互いの実家で二人きりの空間ならそれもやぶさかでは無いけどこんな公衆の面前で物を食べさせ合うというのは余りにも恥ずかしいというか死んじゃうんですが本当に……! 

 と思ったら、美嘉の手が少し震えているのが見えた。余裕そうな笑みを浮かべているけど、頬はしっかりと赤らめている。美嘉も勇気を振り絞っているのだ。

 それなら、男の僕が乗らないでどうする! 勇気を振り絞り、僕もその誘いに答えた。

 

「……ぁ、あーん……」

「ど、どう? 美味しい?」

「は、はいぃ……」

 

 ……味なんてわからないんですけど。さて、ということは次の展開は目に見えている。次は、僕が食べさせる番だろう。どうせやるなら、自分から言った方が良い。

 今度は僕がポテトを摘み、美嘉に差し出した。

 

「み、美嘉っ」

「ん?」

「あ、あーん……」

「…………はえ?」

 

 何故か、頬を真っ赤にして不思議そうな顔をする美嘉。あれ、どうしたんだろ。

 

「な、なんで?」

「……食べないの?」

「……へ? い、いや……あたしは別に……」

 

 ……ああ、なんか前に聞いたことある。所謂、「いやよいやよも好きのうち」というアレだろう。なら、ここは僕が押さなければならない場面だ! キャラじゃないが仕方ない……! 

 

「ど、どうぞ! 僕一人じゃ食べきれないので!」

「い、いや……こんな場所で、恥ずかしいし……」

「僕には食べさせてくれたでしょ! どうぞ!」

「こ、これは全部、玲くんのために買って来たもので……」

「二人で食べた方が美味しいから!」

 

 少し暴走気味に、しつこいセールスの如く押しまくっていると、美嘉は観念したようにため息をついた。

 で、相変わらず真っ赤になった顔から、ボソボソと小さく口を動かして挨拶した。

 

「……い、いただきまふ……」

 

 そう言うと、ポテトを咥えて徐々に徐々に口の中に吸い込む。

 

「……ど、どうですか?」

「……おいひい」

「それは良かった」

 

 微笑んで返すと、美嘉に手刀を出された。

 

 ×××

 

 そんな甘酸っぱいのではなく気まずいだけのレストタイムを終えた僕と美嘉は、引き続きショッピングモールを見回った。

 たまに店に入れば僕は女の子と間違われたが、その度に美嘉が怒ってくれた。僕はそんなに気にしていないのに。でも、こうして怒ってくれるのはなんか嬉しいなぁ。僕なんかのために美嘉はあそこまで必死になってくれるのが、なんかこの上なく嬉しい。

 

「ね、玲くん」

「っ、は、はい……!」

「何処か行きたい場所ない?」

「え?」

「なんかどのお店もアタシの彼氏をあんな扱いするから嫌になっちゃった。玲くんが行きたい場所に行こうよ」

「あ、は、はい。えーっと……」

 

 き、急に振られてもな……。えーっと……こういう時はやっぱり美嘉が退屈しない場所にするべきなんだろうけど……でも、服屋とかは嫌だって言ってたし……。

 あ、は、早く返事をしないと……! とりあえずゲーム屋さんで良い、かな……? 確かここにあったと思うんだけど……。

 手にしている地図に見知った店名が見えたので、そこを指差した。

 

「こ、こことか……」

「……何売ってるのここ?」

「ゲームとかカードとかフィギュアですけど……」

「……」

 

 あれ、なんで黙るの? 怖い。ダメだった? 

 

「……ま、いっか。行こう」

「あ、はい」

 

 なんか良かったみたいだ。

 ゲーム屋に到着し、最新作から見て回る。やるゲームがなくなると、僕はこうしてゲーム屋で面白そうなゲームを探すのが癖だった。

 

「おお〜……なんか、こうして見ると色んなゲームがあるんだね……」

「うん。どれも面白いよ。ゲームやらない人には馴染みないかもしれないけど、例えばこの『フォ○ルアウト4』。自由度が高くて街とかも作れるし、世界観にのめり込めるんだ。で、こっちの『ダー○ソウル』はメチャクチャ高難易度で、何回も死んでようやく敵のボスを倒せるようになれるゲームで、こっちの『バ○ルフィールド』なんかは……」

 

 そこで、僕の口は止まった。うん、明らかに語り過ぎた。子供か、僕は。オタクのこういうとこだよね、ドン引きされるのは。これには美嘉も流石に……と思って顔を見ると、すごくニヤニヤしていた。

 

「え、何?」

「ううん、好きなものを語ってる時の玲くんは可愛いなって」

「うっ……」

 

 ま、また可愛いとか言う……。ちょっと嬉しいのが困る。

 

「もっと語って良いよ?」

「い、いえ、その……やめておきます……」

「聞いてあげるよ?」

 

 やだよ、可愛いとか言われるし。それに、散々、語ってから言うのもあれだけど、僕が美嘉と一緒にやりたいゲームは、僕が過去にプレイしたゲームでは無い。

 

「僕は、その……初めてやるゲームを、美嘉と一緒にやって……感想を語り合ったりしたい、ので……」

「……」

 

 ……なんで僕はいちいち、セリフを言うたびに恥ずかしくなるんだろう……。どんだけ恥ずかしがり屋さん? や、でも今のセリフは恥ずかしいよね……。

 でも、不思議な事にこの世の中は僕が恥ずかしがると、目の前の美嘉がよろこぶようになっちゃってるんですよね……。どういう事なのホント……。

 

「ん〜〜! ホント可愛いこと言うなぁ、玲くんは!」

「むぎゅっ!」

 

 何故、抱きつく⁉︎ む、胸が顔に……! 

 

「ん〜〜〜! ん〜〜〜!」

「そこまで言うからには、私と一緒にゲームを選ぼっか」

「んっ、ん〜……!」

「でも、もうちょいこのままね。愛でたいから」

「んんんんっ⁉︎」

 

 僕の頭を撫でくりまわす美嘉。こ、この人は……! あ、余り人をからかうと……というか、息が出来ないからとりあえず本当に離れて欲しいんだけど……! 

 何とか両手をワチャワチャ動かして離れようと試みたが、そもそも美嘉の方が力は強い。

 徐々に必死になって来た僕は、僕の頭上の何かを掴んだ。

 

「んーっ……!」

「ちょっ、玲くん! 顔を掴むのはやめっ……!」

「んん〜っ!」

「って、それシュシュだから! 結び目がほどけちゃう……!」

 

 あ、力が緩んだな……! 今だ! 

 勢いに任せて呼吸出来るように顔を上に向けると、下を向いていた美嘉の顔が目の前にあった。

 

「ーっ!」

「っ……!」

 

 しかも、結んでいた髪が解けて、美嘉が「可愛い」から「綺麗」へとチェンジしている。思わず、顔がまた真っ赤になった。

 

「っ、れ、玲くん……」

「美嘉……?」

 

 徐々に、美嘉の手から力が抜けていく。でも、僕は離れる気にならなかった。美嘉の手が僕の両頬に添えられ、口が近づけられる。紅潮した頬、少し荒んだ吐息、色っぽく下された髪、全てが僕の心臓をぶち抜いていた。

 あまりの急展開なのに、僕も抵抗するどころか流され、目を閉じた時だ。

 パシャパシャパシャッと、シャッター音が鳴り響いた。

 

「「え?」」

 

 そっちを見ると、大槻さんと見覚えのない帽子とメガネの女性がスマホを構えていた。

 それによって、僕と美嘉の顔は一気に真っ赤に染まる。

 

「んなっ……ゆ、唯に千夏さん⁉︎ なんでっ……!」

「ねえ、見た? 唯ちゃん。あの子、こんなところで年端もいかない男の子を襲ってるわよ?」

「見たよ、ちなったん。あの子、一応、高校二年生だから」

 

 あ、あのメガネの人、美嘉とも知り合いなんだ……なんて言ってる場合では無い。

 

「まさか、アレだけ恋愛について雑誌とかで語ったりしてるカリスマJKアイドルだが、ゲームショップで彼氏とぱふぱふしてるなんてね」

「それね。大胆を通り越して怖いわね、あの子」

「ちょっ、やっ、やめ〜……!」

 

 涙目でワタワタする美嘉の後ろで、僕は両手で自分の顔を隠すしかなかった。

 

 ×××

 

 夕方。僕と美嘉は色んなお店を回り、ようやく帰路についた。中々に大変だったけど、なんだかんだ楽しかったのだから仕方ない。

 で、今はその帰り道。しかし、引きこもりにデートは割と疲れるなぁ……。今度、もう少し体力つけるためにW○i Fitでもやろうかな。

 そんな事を考えながら、とりあえず美嘉に抱きつかれている腕の感触をあまり感じないように念じて歩いていた。ホント、心臓に悪いんですよ、あなた。

 

「……ねぇ、玲くん」

「っ、な、なんですか?」

 

 急に声を掛けられ、思わず背筋を伸ばしてしまった。

 

「……あの、さ……。少し、寄り道して帰らない……?」

「寄り道?」

「う、うん……ほら、河川敷とか歩きたいなって……」

 

 確かに、ちょうど沈む夕日が綺麗に見えそうな時間帯だ。たまにはそういうのも良いよね。

 

「うん。分かった」

 

 川沿いを歩き、二人で腕組みから手繋ぎに変える。こういう、指と指を絡める繋ぎ方……恋人繋ぎって言うんだっけ? この繋ぎ方の意味が初めてわかった気がする。手のひらがピッタリ合う事で、美嘉の体温が手で感じられる。なんか、すごく良いなぁ……。

 

「ね、玲くん」

「ん?」

「玲くんはさ、アタシのどこが良かったの?」

「へ?」

 

 な、なんだろ、急に……。

 

「い、いやーその……ほら、今日もなんだかんだ、結構からかっちゃってたし、すぐに空気とかに流されるし……なんでかなって」

 

 うーん、そういうとこじゃないんだよな。いや、そういうとこも好きなんだけど、僕の今の「へ?」は「なんでそんな質問を今するの?」って感じなんです。とても恥ずかしいから。

 

「え、いや……その、答えないとダメ、かな……?」

「ダメ」

 

 知ってた。でも、言葉にするのは難しいんだよなぁ……。だって、僕の場合は初めて関わった女の人、というのもあるし……でも、それを言えば「女の子なら誰でも良かったの?」ってなりそう。

 それ以外の理由だと……。

 

「その……美嘉は、僕みたいに根暗で陰湿な奴に対して、声をかけてくれて……。それが、嬉しくて……誰にでも優しくて、気配りできて、処女ビッチな先輩だったから、気がついたら……」

「そ、そっか……ん? 今、処女ビッチって言った?」

「明確な理由はなかったよ。けど、美嘉だから、好きになれたっていうか……」

 

 口を滑らせたところはなかった事にした。じゃないと僕の存在をなかった事にされちゃう。

 すると、美嘉は唐突に足を止めた。何かと思い、顔を向けると、赤くなった頬をぽりぽりと掻きながら言った。

 

「そのー……すごく、恥ずかしいんだけどさ……」

「え? う、うん……」

「……き、きす……したい……」

「……うえっ⁉︎」

 

 なんでいきなり⁉︎

 

「さ、さっきお預け食らったからだよ! もう一回、キスして!」

「ええっ⁉︎ い、いやさっきのは別に僕の所為というわけでは……!」

「そうじゃなくて! もう、その……シそうで、シないっていうのが……、一番、嫌だから……」

 

 ええ〜……僕にそれを言われてもなぁ……。普通に恥ずかしいんですが……。

 

「ほ、ほら、夕日を見ながらキスっていうのも……その、良いでしょ?」

「そ、そう、ですけど……」

 

 ……なんだろ。なんか変なスイッチでも入っちゃったのかな……。でも、そんな急に言われても……。

 なんでウダウダ考えてる時だ。美嘉が強引に僕の唇を奪った。ほんの一瞬、くっ付け、すぐに離れる。

 

「ーっ……!」

「うん、よし」

 

 ……何が「よし」なんだろう。

 

「じゃ、帰ろっか」

「あ、はい……」

 

 微笑んで再び歩き出すと、正面でランニング中のように見える乙倉さんが両手を頬に当てて「ひゃー……」と呟いていた。

 

「……」

「……」

「ご、ごちそうさまです……!」

 

 謎の挨拶をしてランニングを続ける乙倉さんの背中を二人揃って眺めながら、頭がショートしそうになってる僕は「あ、乙倉さんにトレーニング付き合ってもらおうかな」なんて思っていた。

 

 



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