恋姫†無双/外伝 ~天の子~ (でるもんてくえすと)
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天の子

はじめまして。
革命をプレイして久しぶりに恋姫熱が上がってしまい、そんななか二次創作をやってみようと考えた愚か者、でるもんてくえすとです。
温かい目で見守ってくれると幸いです。


時は後漢。

涼州は武威郡の小さな邑。

騎馬民族が多く暮らすこの地に、とある噂が流れる。

 

「天の御使い?なんだいそりゃ。」

 

まだ若くしてその屈強な騎馬民族を従わせる馬騰その人にも、噂は届いていた。

長い栗色の髪をアップポニーに結い上げ、胡坐をかいてめんどくさそうにガシガシと頭をかくその女性。

 

「蘭…でも本当なら、乱世を鎮める英雄になるというのよ?」

 

彼女の真名、蘭と親しげに呼ぶのは、こちらはまるでどこかのお姫様のようにふんわりとした印象の女性。

この小さな邑を治める池陽君、真名を夕陽。

 

「んなこと言ったってよぉ…たかが占いだろ?」

「あら?その占いで娘の名前を決めたのは誰だったかしら?」

「うぐっ」

 

痛いところをつかれたのか、ついっと目をそらす蘭。

 

「あ、あれは…!そもそも名前なんぞ考えるのは向いてねぇんだ!

あたいの股からポンと出た順に一号とか二号とかでいいじゃねぇか。」

「だからって、画数がいいものを見繕って『なんかコレが凄そうだ!超だぞ?!超!!これにしよう!』

なんて決めるのは…画数占い以前に母親としてどうかと思うわよ?」

「う、うっせーし…!てめぇだってガキができれば…あっ」

 

そこまで言ってしまったが、自分の失言に気が付いて口をつぐんだ。

そう、夕陽はなかなか子宝に恵まれず、体も華奢な上に病弱。町医者も子を授かるのは無理だろうと宣告していたのを彼女も知っていたのだ。

何日も泣きはらして、自害すら企てたこともあった。

そんな彼女に、「子供ができたらわかる」なんて言いかけた自分の浅はかさを恥じた蘭。

 

だがそんな彼女に、やさしく微笑みながら夕陽は言った。

 

「だからこそ、よ。」

 

ついに蘭はぷいっと背中を向けてしまった。

そんな時、急ぎ駆けてくる馬の嘶き声が家の居間まで届いてきた。

 

「あら?あの人かしら?」

 

乱雑に戸を開け、息切れしながら駆け込んできたのは夕陽の夫、董君雅。

いつも剛健な振る舞いをする夫のその様子から見るに、ただ事じゃない事態を察した夕陽は濡らした手拭を片手に駆け寄る。

渡された竹筒から一気に水を飲み干し、息を整えるのを待つ間、様子を見ていた蘭はけらけらと笑い出した。

 

「ぎゃはははっ!!おい玄てめぇ、くくっ、何そんな焦ってんだよ超ウケんだけど!ぎゃっはっはっは!!」

「う、うるせぇ!!それどこじゃねぇんだよ!!

っと、蘭!てめぇが居るんじゃ丁度良かった!ちょっと一緒に来い!」

「あ?一緒に来いって、こんな夜更けにどこに…」

 

きょとんとしながら聞き返そうとするが、やがて思い至ったのかみるみると顔が赤くなっていく蘭。

 

「Δ×ω〇Σμ▼?!!!

ば、馬っ鹿!!おま、おま…馬っ鹿!!

いくらあたいが可愛い若妻だからって嫁の前で夜の誘いとか…!!ふ、ふざけんなし!!」

 

手をぶんぶん振りながら真っ赤な顔で慌てふためく蘭。

その横ではどす黒いオーラを身にまとった夕陽が腕を組んで仁王立ち。

 

「あ・な・た?」

「ひぃ…?!ち、違うぞ!!そういうんじゃ…!!」

「あら?そういうって何がかしら?」

「だああああ!もうそれどころじゃねぇんだって!なら夕陽も一緒に来い!!」

 

そういうと、夕陽の手を引っ張って強引に担ぎ上げた。

状況がまだよくわかっていない蘭も後に続く。

そして戸を開けるとそこは夜が朝になったかのように眩い光が幾度も山の麓へ降り注ぐ幻想的な光景が広がっていた。

山の名前は大樹山。その名の通り、そこには幾年も年を重ね立派に生い茂る一本の大樹がそびえている。

どうやら光はそのあたりに降り注いでいるらしい。

 

「な…なんだ、これ?」

 

さしもの蘭も呆気にとられているようだ。額には脂汗も滲んでいる。

 

「俺が巡回先から帰ってくるとき、あの山を通ったんだ。

したら大樹が光りだしてな。何事かと思ったら今度は空から光が降り始めやがった。」

 

その時のことを思い出したのか、ごくりと唾を飲み込み汗をぬぐう。

 

「火の手はあがってなかったから大丈夫だとは思うんだが…念のためもう一度様子を見に行こうと思う。」

「…あなた。」

 

担がれていた夕陽はその肩から降りると、玄の袖をぎゅっと握った。

玄はをの手を握り締めると、「怖ければ家に…」と言いかけたがそれを遮ったのは他でもない夕陽だった。

 

「…私も行くわ。」

「ほ、本気か?」

 

震えているわけではない。まして、不思議と怖がっている様子すらなかった。

彼女はその時なぜか、とても慈しむような目でその光を見つめていた。

その時のことを、彼女は後々までこう語る。

 

「なんだか、呼んでいるような気がしたの。“僕はここだよ!だれか見つけて!”って。」

 

一行が光の中から見つけた少年。

名前を一刀。たどたどしく漢字でそう書いた少年は、年のころは五つ。ところどころ補修した形跡のあるボロボロの白い道着を着ていた。

平仮名で書くよりも少ない画数だったがゆえに、漢字で書くことができたのは一刀にとって幸いだった。

ひどく泣きじゃくっていたその子は、夕陽がそっと抱きしめると、泣きつかれたのかやがて寝息を立て始めたのだった。

 

それから、彼は夕陽らに引き取られることとなった。

子を欲してた夕陽らは天より子を授かったと喜び、一刀を真名とし名を董白と名付けられた。

 

なぜあんなところに居たのか、彼にもわからない。

わかっているのは一つ。

 

「…お星さまを掴んだの。そしたらそのお星さまが僕をここに運んだの。」

 

その言葉だけ。

それから三日が経ち、十日が経ち、最初は戸惑っていた少年が少しずつだが喋るようになったことで、彼のことが分かってきた。

少年には両親はおらず、田舎の祖父に育てられたようだ。祖父は病を患っており、その祖父も他界。

途方に暮れて家を飛び出した彼が、森の奥で声を聴いた。

 

「…を…え…しょう。さあ…へ。」

 

微かな声を追って少年は走った。

やがて辿り着いた小川のそばで“星を捕まえた”らしい。

しかし何はともあれ、光の中で彼を見つけてからというもの、張り切りすぎなほど可愛がる玄と夕陽だったが、少年もまた、二人を“ととさま”“かかさま”と呼び日を追うごとに家族となっていく。

夕陽は母となり、病弱な体もみるみる快方に向かっていった。母は強し、ということだろう。

だからだろうか。それから程なくして、夕陽は子を身籠った。

 

「天は私に二人も子を…」

「ああ、俺たちの元に降ってきた一刀に感謝だな。」

 

庭先で蘭の子、馬超こと真名を翠と呼ぶ快活な少女と、その従妹である馬岱ことたんぽぽと楽しそうに追いかけっこをする一刀を見て、そう話す二人。

 

「だああっ!!もうっ、な、泣くなってば!ちったあ休ませてくれよぉ~!!」

 

その横ではまだ小さい第二子の馬休を必死にあやす蘭。

 

「…あなたが『そろそろ休みてぇなぁ』なんて理由で馬休と名付けたから怒ってるのよきっと。」

「う、うっせーし!」

 

一刀がこの地に落ちてきてから、早数か月。

色々なことが起こっていた。

天の使いを匿っているとして、官軍が涼州に大挙してきたのを蘭が難なく撃退。恐れをなした朝廷は涼州の騎馬連合と停戦合意。

停戦の際には夕陽がニコニコ顔でえげつない停戦条件を突きつけ、宦官もたじたじにし、玄は騎馬連合とは別の涼州警備隊を設立。

これまで蛮族と小競り合いを続けてきたとは思えないほど治安が改善し、水鏡と呼ばれる人が書いた『幸せを呼ぶ天の子』という本も話題となり、人もどっと増えた。

一刀が降りてきたときは何のこともない小さな邑だったが、やがて妹董卓が生まれ、蘭の第三子馬鉄が生まれ、二年が経つころには武威の心臓と呼ばれる街にまで発展していった。

 

「へぅ~!へぅ~!」

「あらあら、この子ったら…本当にお兄ちゃんが好きねぇ。」

 

夕陽に抱かれた董卓こと月は、兄に向って母譲りの柔らかな笑みで手を伸ばす。

その手をそっと一刀が握ると嬉しそうにきゃっきゃと喜んだ。

 

「あははっ、僕ね、妹を守れるような強い男になるんだ!」

「お、よっしゃ!じゃあ今日も稽古をつけてやる!かかってこいっ!」

「うんっ」

 

玄が木刀を手に持つと、一刀は懸命に打ち込みを始めた。

このころになると、もう立派に家族の姿だった。そして稽古をつける玄は、一刀の太刀を受けながら思う。

親馬鹿もあるのだろうが、この子の筋は悪くない。というより、良すぎる。まるで乾いた地面が水を得るように、武術を習得している。

今や誰も知る由もないが、それもその筈。祖父は戦国時代から続く流派の剣術師範であり、一刀自身も覚えていないが、病に倒れるまでおもちゃ代わりの棒切れで英才教育を施されていたのだ。

 

「いだっ!!いだだだっ!!こ、こら蒼!!髪を引っ張るな!!おっぱいならやるから…ったく、泣かねぇのは良いけどこんなお転婆で誰に似たんだか。」

「あら、『絶対泣かねぇ鉄のような強い女にする!!』とか言って馬鉄と名付けたのだから良かったじゃない。

それに…お転婆なのはあなた譲りでしょ絶対。」

「あぁ?そんなことねぇよ。あたい超お淑やかだし~…っていだだ!!?て、てめぇ~、乳首噛みやがったな?!」

「ふふふっ、月~?あなたはいい子ね~?」

「へぅ~?」

 

こうして、武威の街を和やかな時が流れていったのだった。

 

「ぬあ?!る、鶸、お前に言ったんじゃないから泣くなって!

ぎゃああああああ~~~~っ!!また噛みやがったこいつ?!だ、誰か助けて~~~~!!!」




お読みいただきありがとうございます!
ちょっと変わった涼州ルートになるかな~と思いますがいかがでしたでしょうか?ご覧の通り、かなり若くして外史に迷い込みましたから、所謂黄巾や乱世のところまでちょっと長くなりますが、どうぞ引き続きよろしくお願いします!
需要、あればいいな…
ご意見ご感想お待ちしております!


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約束

お待たせしました。二話になります。
まだまだ平和な日常が続きますが、どうぞ温かい目でお付き合いください。


武威の城下町。

そこには、いつものように棒切れを片手に走り回る一刀と、幼馴染の翠、たんぽぽの姿があった。

三人を遠巻きに見ながら、庭の芝生にぺたんと座って月は釣り目の少女とおままごとをしている。

 

「詠ちゃん、はい、おべんとう!」

「ありがとー月!」

 

一刀がこの世界に降りてきてから、すでに五年の月日が経とうとしていた。

今や涼州は騎馬連合と警備隊、そして夕陽をはじめとした頭脳役の活躍で、武威を中心とした立派な街へと変貌しており、天の子と呼ばれた少年も、もう十歳。普段は父の警備隊や母の仕事の手伝いなどをそつなく熟すようになっていた。まだ七歳のころ蘭の腰に翠と縛り付けられ、戦場を経験したのはやりすぎだったが。どうやら黙って連れて行ったのか、そのあと蘭は夕陽に正座させられ一日中説教をされて涙目になっていたのも今となってはいい思い出だ。

何はともあれ、少年は町の成長とともに着実に力をつけていった。そこで夕陽らは、伝手をあたって遠方の私塾に入れることにした。

 

“水鏡塾”

 

かつて一刀をモデルに本を書き、瞬く間に大ヒットしたあの水鏡の私塾。そこは住み込みの寮があり、これから五年間はそこで学を修めることとなったのだ。

今日は明日にも出発する一刀に精一杯遊んでもらおうと、こうしてお手伝いを禁止にして友を招いている一幕である。

 

「ほらお姉さまっ、ぐずぐずしてたらまた一日中かけっこしたり戦いごっこして終わっちゃうよ?なかなか会えなくなるんだからその前にちゃんと伝えないと!」

「Δ×ω〇Σμ▼?!!!

ば、ばばば馬っ鹿!たんぽぽ、しぃ~!!あ、あいつに聞こえちゃうだろ?!」

「…聞こえちゃうって何が?」

「な、なんでもない!!なんでもないから!!」

 

幼馴染の変な様子に一刀は首をかしげる。聞こえていなかったことにホッとした様子の翠と、それをジト目で見つめるたんぽぽ。

そう、翠は今日、離れ離れになる一刀に想いを伝えようと何ヵ月も前から決意していた。

 

「…お姉さま?」

「だ、だってあたし昨日の夜考えたんだよ…。こんな可愛くもない女にす、すす、…すき、とか言われても困るんじゃないかって。

あたし馬鹿だしガサツだし、その…あいつも困ると思うから。」

 

二人がひそひそ声で話す間、一刀はおままごと中の月と詠に手を振っている。その横顔を見て落ち込んだ表情が一変、頬が赤く染まりポ~っとしてしまう翠。

出会ってからこれまでまるで兄弟のように仲のいい友達として遊んできたが、いつからかそれは恋心と変わっていった。

 

「月~、ただいま~!」

「おかえりなさい、あなた!」

 

おままごとをしている月の元へ、夫役の一刀が向かい頭をなでる。

 

「へぅ~、あなた、ご飯にします?お風呂にします?それとも…わたし?」

「月~最後のわたしってなに~?」

「ん~、お母さまがいつもお父さまに言ってるの。」

「へ~!」

 

月と詠はそんな会話をしており、一刀はにこにこと二人を眺めている。あんな笑顔とは当分お別れ。いつの間にか翠の目から流れ出た涙に、心配そうに寄り添ってくれるたんぽぽ。

翠は袖でぐしぐし目をぬぐうと一度自分の顔をたたいた。泣いたことへの戒めなのか、それとも最後の日にこんな顔をしていたら彼に申し訳ないということか、はたまたただの強がりだったのかもしれない。

 

「一刀!行くぞ!」

 

そう言って翠は身長より長い大きな枝で一刀へ突きを放った。一刀は驚きながらもそれを棒で受ける。回避をしないのはこれまでずっと二人のやりあいは“どつき合い”。喧嘩も、稽古も。

縁側で遊び疲れて寝てしまった蒼を抱きながら、蘭は「あいつ…馬っ鹿だなぁ」と独り言ちる。

上段から打ち込まれた鋭い薙ぎをしっかり受けた一刀は返す刀で胴を狙う。翠は反射的に距離を詰め、体をぶつけることでそれを無力化した。お互いに子供とは思えない身のこなしでどつき合いは続いていく。

これまでの戦績は一刀の百九十七勝、翠百九十六勝、二十二引き分け。稽古だけでなく、狩り、駆けっこ、身長から早食いまで様々。

 

 

~~~

another story 翠

『あたしの初恋』

 

 

あいつは…最初は、一緒いると楽しい奴そんな印象だった。あたしの体力についてこられて、何より一緒にいるのが楽しかったのを今でもしっかり覚えてる。

 

出会いは語るほどでもない。親に連れられて行った先にあいつが居た。ただそれだけの話さ。それからはどこに行くのも一緒だったよ。野山を走ったり、川遊びしたり…お、おおおお風呂、だって…あの頃は一緒に入ってたんだぞ?

 

 

でも、野犬退治に行ったときは傑作だったな~。なんでか知らないけど二人とも妙に懐かれて怪我の一つも覚悟していったのに帰るころにはヨダレでべっとべと。「小川で洗ってきなさい!」って夕陽さんに叱られたっけ。

あとはいつも競い合ってたな。対等に渡り合えたのって、あの頃はあいつしか居なかったから…。もちろん喧嘩もしたし、言い合いなんてしょっちゅうだったよ。でも次に会ったらもう仲直り。ふふっ

え?それでいつからあいつを好きになったのって?ば、馬っ鹿!恥ずかしいこと聞くなよ!

…本当に誰にも言わないか?

 

 

あれは…あたしらが七才くらいの時かなあ。

そのころってさ、なんというか…二人が居れば無敵!って感じだったから…年上の悪ガキどもに目をつけられてさ。あたしが一人の時を見計らって、十人くらいの悪ガキどもに囲まれたんだよ。勝てない相手じゃなかったけど、その時悪ガキの一人が言ったんだ。

 

「や~いこのブス!」

 

って。それからブスだのガサツ女だのの悪口で大合唱。あたしも自分のことは可愛くないと思ってたし、なんか言い返せなくなっちゃって…。

そこにあいつが来たんだ。かばう様にあたしの前に立ってさ、「僕の友達にひどいこと言うな!」って。

 

「なんだよかっこつけんなよ!あ、ひょっとしてお前このブスのこと好きなのか?」

「「ぎゃはははっ!」」

 

その時、なんだか不思議だったんだ。自分のことを悪く言われてることよりも、自分のせいであいつが馬鹿にされるのたまらなく嫌で…悔しくて涙が浮かんできて。

そこであいつが言ったんだ。

 

「翠はブスなんかじゃないし、僕は翠が大好きだ!文句あるか!」

 

ってさ。

あたし、思いっきり泣いちゃった。嫌な気持ちとか、悔しさとかすっ飛ばして、あいつがそう言ってくれたことが嬉しくて大泣き。あいつは悲しくて泣いてると勘違いして十人相手に大立ち回り。

傷だらけで帰ってきたと思ったら頭なんて撫でながら「翠は可愛い!だから泣かないで!」って…なんでかあいつも泣きながらそう言ってくれてさ。

…その時からかな。あいつといるとドキドキするようになったの。

し、仕方ないだろ!あんなことされたら誰だって…!ああもうっ茶化すなよ!

 

ったく、喋るんじゃなかった!

 

 

…あいつ、今頃どうしてるのかな。

…会いたいな。

 

 

another story 翠

『あたしの初恋』END

~~~

 

 

 

打ち合うこと、そろそろ一刻ほど。

ついに勝負が決した。のど元に棒を突きつけているのは翠だった。

 

「くっそ~!また並ばれた~!」

 

負けたのに嬉しそうに笑う一刀。これで戦績は一刀の百九十七勝、翠百九十七勝、二十二引き分け。

 

「次…」

「??」

 

何か言いたそうな翠が気になり、そちらを向く一刀。

 

「次会ったとき、決着だからな!あたし以外に絶対負けるなよ!!」

 

目に涙をいっぱいにためて、翠はそう叫んだ。一刀はニコッと笑うと、「ああ!」と答えた。

約束の日、それがいつになるのかは誰もわからない。

 




読んでくれてありがとうございます!二次創作は初めてで…読み辛い点とか、こうしてほしいな~とかご要望があればご指南ください!
次は一話丸々another storyになります!次回もお楽しみに!皆さんのご感想・ご意見お待ちしております!


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another story 月

『お兄ちゃん』

 

都の喧騒を、私は見下ろしている。

遠巻きに、あれは兄妹だろうか、活発そうな男の子に連れられた幼い少女の姿があった。女の子が転んだりはぐれたりしないように、その手はしっかりと握られているように見える。

 

「ふふっ」

 

なんだか懐かしくなって、私は笑みを漏らした。

きっとあの女の子にとってはあの手、あの背中が世界のすべてだろう。私がそうであるように。

 

「へぅ。わたし、おにいちゃんとけっこんするの!」

「あらあら…月、あなたは本当にお兄ちゃんが好きね。」

 

今思うと顔から火が出るほど恥ずかしい。実の兄に懸想してしまうなんてまるで変態のそれだ。きっとお兄ちゃんも気味悪がってたかな、なんて思って自己嫌悪。それでも、お兄ちゃんにぎゅっとされながら眠る夜は幸せだったし、つないだ手の温かさ、肩車されて見たワクワク。子供ながらに、ああ…私はこの人と両親のような関係になるんだ、なんて本気で思っていたのもまた事実。

私は人より寂しがり屋なのかもしれない。お兄ちゃんの姿が見えなくなっただけで泣いちゃったし、お兄ちゃんがお手伝いしてるのも構わずお膝の上に乗せてもらったりしていた。警備のお仕事にはついて行けなかったけど、その時は必ず詠ちゃんと一緒だった。

 

「お、お兄ちゃんはわたしの~!」

「ゆ、月ばっかりズルい!ぼ、ぼくだって…!うぅ~」

 

この頃から詠ちゃんは素直じゃなかったな~。詠ちゃんはお父さんがいなくて一人っ子だったから、お母さんが仕事に行ってしまうと一人ぼっち。たまたま私のお母さんと詠ちゃんのお母さんが一緒の仕事だったから、お兄ちゃんが二人の面倒を見てくれていた。きっと詠ちゃんもあの頃から…絶対口に出して言いませんけどね、ふふっ。だって初めてお兄ちゃんのお膝の上に乗せてもらったとき、とても隠し切れないほど目が輝いてたもん。毎年夏祭りの時に書く願い事も、お兄ちゃんのことばっかり。…それは…私も人のことは言えないけど。

私も詠ちゃんも、私塾に行ってしまったお兄ちゃんに手紙を書くために一生懸命字のお勉強したな~。

 

「詠ちゃん、あかちゃんつくるってどうかくの?」

「月なにを書くつもりなの?!」

 

へぅ…恥ずかしい…。

と、とにかく、定期的に届くお手紙は今でも大切な宝物。詠ちゃんなんか表面に蝋を塗って全部大事に仕舞ってある。…本人はバレてないと思ってるけど。

夏と冬に休暇で帰ってくると、翠さん、たんぽぽさん、それに鶸ちゃんに蒼ちゃんとお兄ちゃんの奪い合いが恒例行事。その度、お兄ちゃんがどんどん“男の人”って感じになって凄くドキドキしてた。特に翠さんなんか最初の二、三日は目も合わせられなくてお兄ちゃんが「僕は嫌われたんじゃないか」なんて勘違いしちゃうのも毎年のことだった。だって翠さんったらお手紙の返事を丸々一年も悩んで、結局帰ってきたお兄ちゃんに手渡しになるんだもん。なんだか恋文を渡すみたいでそっちの方が恥ずかしい気がします。

詠ちゃんは褒められるのが大好きで、「この本を読めるようになった!」「こんなことを出来ます!」とか必死に訴えて遠回しなおねだり。たんぽぽさんも悪戯っぽくオトナな感じで誘ってた。鶸ちゃんはお兄ちゃんにおんぶされながら寝るのが大好きで、蒼ちゃんはいつもお馬さんごっこをねだってた。

私は…いつもわがままを言って困らせてばかりだったな…。

 

「やだっ!お兄ちゃんとお風呂入るのっ!」

 

 

「…へぅ~、お兄ちゃんと一緒のお布団で寝る~zzz」

 

 

「お兄ちゃん!」「お兄ちゃん?」「お兄ちゃ~ん」「お兄ちゃんっ」

 

…へぅ~…

 

 

another story 月

 

『お兄ちゃん』END

 

~~~

 

another story 詠

『兄さんの字』

 

夜、仕事を終えて部屋に帰ると、ぼふっと布団に突っ伏す。毎日の仕事に神経がすり減っていくのを感じる。

あっちを見てはこっちが立たずの繰り返し。だからって弱音を吐いたりしてはいられない。ボクが頑張らないと、月を助けてあげられないもの。気をしっかり持たなきゃ!

そんな時は、そっと洋服箪笥に近付く。右を見て、左を見て、後ろを見て…よし。自分の部屋だからそこまで気にすることもないけど、念のため。

箪笥の奥、洋服に隠れた木箱の…さらに二重底の下。こっそりとっておいた兄さんからの手紙。こうして一枚一枚蝋を塗って保存してあるのは、誰も知らないボクだけの秘密。これを眺めるのがボクの日課であり癒しの時間だ。

 

「くふっ…」

 

…少しだらしない顔になっても、ここにはボクしかいないから大丈夫。

蝋のわずかな明かりに照らされて文字が浮かぶのに合わせて、思い出も鮮明によみがえる。まあ、こんなことしてるからどんどん目が悪くなっているのだけど、これだけは止められない。

 

「むっ」

 

時折、同じ私塾の…多分女の子の名前が出てくるところは飛ばす。「詠に会いたいな」とかそういう部分を重点的に…。

あ゛~…兄さんの手紙キメるの気持ちいい~…っていけないいけない!これじゃただの変態よ!でも今日は頑張ったし少しだけ…いやダメダメ!!昨日シたばかりでしょ!!ん、でも少しだけなら…

 

 

「…ふぅ」

 

ボクにとって、血の繋がりのないあの人。父代わりのようで兄のようで…いつからかあの人を“兄さん”と呼ぶようになった。自分のことを“ボク”と言ってしまうのも、きっとあの人の影響だ。

頑張ると褒めてくれて、ボクはいつもそれが欲しくて必死だった。そして夏と冬に私塾から帰ってくるたびに、“好きの意味”が変わっていったのを覚えている。意味が変わると、あとは溢れ出す一方。子供のころは、よく月と取り合いをしたっけ。結局いつも月は右、ボクは左の膝の上におさまった。兄さんはいつも困ったように笑いながら、そうしてボクたちを包んでくれていた。

 

ひらり

 

一枚の手紙が、手元から零れ落ちた。

この手紙だけは蝋が塗られていない。…これは、ボクが書いた手紙だから。これだけは自分の手で渡そうと書いた、一枚の恋文。あの人が卒業して帰ってきたときに渡そうと思っていたもの。どうしてそれがまだ手元にあるのかは、察してほしい。

ため息を、ひとつ。

これを渡せていたら…。

 

「どう、なってたんだろう。」

 

もしかしたら…こ、恋人同士になって…その…ごにょごにょ、とか、ごにょごにょ…してたのかな。それとももっと…?!

うぅ…まただ。ダメなのに想像で二回戦。

 

 

「…ふぅ」

 

こうして、兄さんの字に包まれて私は眠る。

明日も…頑張るぞ…zzz

 

 

another story 詠

 

『兄さんの字』END

 

~~~




今回も読んでくれてありがとうございます!次回は一刀が私塾へ入学するところから始まります!
それでは皆さんのアドバイスやご感想お待ちしております!


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出立

門出、晴天。

いよいよ、一刀が私塾へと出立する日。水鏡塾は洛陽から南に程なく行ったところにあり、武威からは馬で二日ちょっとの距離だ。

荷造りも終えいざ出発といったなか、家族、友人らも駆けつけて見送りに来ていた。大泣きしてしがみつく月の頭をなでて宥め、一人一人と言葉を交わす一刀だったがそろそろ潮時。見れば父である玄も必死に涙をこらえているようだった。そこで、夕陽が意味ありげにひとつ咳払いをした。

 

「…あなた?」

「っ、そ、そうだった!…一刀、ちょっと待て。」

「どうしたの、父さん。」

 

玄は指で輪を作り指笛を鳴らす。すると、一頭の芦毛馬が軽快に駆けてきた。

馬の首筋あたりを撫でながら玄が言う。

 

「この馬はまだ二歳くらいの子供だが大人しくて利発でな。名前は白亜…お前への餞別だ。」

「と、父さん…!い、いいのっ?!」

 

つい目を輝かせる一刀。いかに騎馬が豊富な涼州とはいえ、馬一頭というのはかなり高価だ。

白亜と呼ばれた馬は何を言われたのか分かっているかのように、一刀の元へ歩み寄って鼻を寄せた。一刀も嬉しそうに馬の首を抱く。

 

「聞くところによると、夏と冬にはまとまった休暇があるんだろ?そいつに乗っていけば二日そこらで着く。だから…顔くらいその度見せに来い。わかったか?」

「…うん!絶対に!」

 

真剣な顔でうなずくと、ゴツンと拳を合わせた。約束をするとき、二人は必ずこうしてきたから。

 

「それと…ほれ、俺のお古だが鍛え直しといた剣だ。まだ体の小さいお前でも取り回しやすいだろ。」

 

そう言って、鞘を腰紐に括り付けた。そしてバシッと気合を入れるように背中を叩き、「行ってこい!」と一声。

一刀は頷くと足元の荷物を肩にかけ、胸元できゅっと結ぶ。最後にみんなの顔を見渡し、

 

「…行ってきます!」

 

そう言ってついに背を向けた。

ところが…。

 

「っ…一刀!!」

「母さん?」

 

たまらず後ろから一刀を抱きしめる夕陽。一刀からは見えないが、目から大粒の涙がこぼれていた。

母に、どれほどの感情があるのだろう。医師からも匙を投げられるほど子に恵まれず、そこへ天より自らの元へ落ちてきてくれた大切な“我が子”。いつの間にか大きくなり、背丈ももう自分より大きくなった。可愛い子には旅をさせよというが、そこにどれだけ筆舌に尽くしがたい想いがあったのか。それでも、感じるのだ。親馬鹿でも構わない、この子はきっと占いの中の天の御使いなんかよりもっと凄いことを成し遂げると。だからこそ、きちんと学を修めさせようと。

どのくらいそうしていただろうか。母はすっと体を離して目をぬぐった。

 

「…行ってらしゃい。」

「うん!母さ…」

 

そこで言葉を切る。そして…

 

「…かか様、とと様…行ってきます!」

 

一刀は勢いよく白亜にまたがる。白亜は気持ちよさそうに一声嘶くと、駆けだした。

後ろからはみんなの声が聞こえる。重なりすぎて聞き取りにくいが、一刀はすべての声をしっかりと受け止められた。「好きだー!」は誰が言ったのかわからなかったが、きっとたんぽぽあたりのいつもの冗談かな?と苦笑する。…哀れなり錦馬超。

するとそこで、武威からとてつもない大きな音、戦場の喧騒かと違えるほどのたくさんの声が響いた。

一刀は何事かと馬を止め振り向く。そこには…

 

「董白~~~!!!達者でな~~~!!」

「いつでも帰ってくるんだよ~~~!!」

「今度は腹いっぱい肉まん食わしてやるからな~~~!!」

「天の子、董白ばんざ~~~い!!!」

 

町中の人が仕事を放り出して出てきているのだろう。街を囲う壁の外には人、人、人。

 

漢の中心、洛陽には天子様か居る。だからこそ、一刀がこの地に降りてきたとき、噂を聞きつけて官軍が洛陽から大挙した。一刀は知らされていないが、撃退した蘭をはじめとする騎馬連合や涼州の人々は、あれが討伐軍だと知っている。天の名を騙る不届きな輩、それが一刀。しかし、天から降りてきた彼がこの地に何をもたらしたのか、この地の発展を知る涼州の人々はわかっていた。できることなら祭り上げたいものだが、その点、夕陽らは強かだった。撃退ののち、それ故の警備隊。

天の子など知らぬ存ぜぬ。涼州の人々は皆が皆口をそろえた。一刀は、涼州全土に守られてきたのである。

そんなことを知る由もなく、ただ嬉しさのみで一刀はこの日初めて涙した。

 

「…て…きます。…行って、きます!!!」

 

馬上から大きく手を振る。そうして、歓声を背に一刀は一路洛陽へ向かったのだった。

 

「…行っちまったな。」

「ええ。」

 

頭をポリポリ掻きながら蘭は夕陽の方に手を置いた。

 

「あのガキ…んとにデカくなりやがって。」

「ほんとにねぇ。まだまだ子供だと思ってたのに…。」

 

夕陽はまだ泣き止まない月を抱き上げながら答える。

 

「さてと、そろそろアタイも旦那の仕事手伝うか。」

「え、あなた旦那いたの?」

「居たよ?!いなかったらこいつらどうやって生まれたんだよ?!」

「じゃあ今旦那さまはどこに?」

「ん?北方で異民族と(いくさ)中。」

「早く行ってあげなさい!!!」

 

こうして、一刀は武威を離れた。この先彼を待ち受けるのはどんな出会いなのか。

その行く先は誰も知らない。




今回もお付き合いいただきありがとうございます!次回、私塾入学まで行ければ…!長すぎて分割してしまったらすみません!
みなさんのご感想お待ちしております!


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おともだち

「…そうか、彼は来るか。」

「はい。手筈通りでよろしいのですね?」

「無論じゃ。」

 

ここは水鏡塾の一室。塾長である水鏡こと、司馬徽のいる塾長室。

曲がった腰に白髪と蓄えた真っ白い髭が年を感じさせるが、しわの奥の瞳は不思議と若々しさを感じさせる。対するメガネの女性は、くせ毛の真っ白な長髪が色気を醸している。女性の名は盧植。近くの洛陽で重臣として働く傍ら、師である水鏡の頼みもあってこうして教師として水鏡塾で教鞭をとっている。

二人は本日入学のためにここへやってくる一人の少年について相談をしていた。

 

「それにしても…あれからもう五年ですか。早いものですね。」

「そうじゃのう。光陰矢の如しというが、年を取ると矢どころじゃないわい。」

「お年なのですから、もうあまり無茶はなさらないでくださいね?私もさすがに庇いきれませんから。」

「ふぉっふぉっ、わかっとるわかっとる。」

 

この顔は絶対にわかっていないと感じ盧植はため息をつく。

水鏡は元は洛陽の中枢に籍を置いていた。漢の重責を担う傍ら、主上様たちの指南役として不動の地位を築き、長年国を支えてきた人間だ。そんな彼が、はるか遠方に差し込む天からの光を目の当たりにし、あろうことか『幸せを呼ぶ天の子』などという本を出版しそれが大ヒットしてしまったものだから国の宦官たちは大激怒。天子様があらせられるのに偽の天を描くとは何事かと大騒動が巻き起こった。結局、都を追われ…というより糾弾に対して“わし、隠居するからいいも~ん”と出てきてしまったのである。本来なら処刑ということもあったのだが、盧植ら弟子と霊帝様のとりなしによりそれは免れた。

が、話はそれだけでは終わらない。貯まりに貯まった私財を投じ、洛陽からそう距離のない、それどころか目と鼻の先にこの水鏡塾を建ててしまったのだ。彼に世話になった豪族も多く、急速に物や人が集まり、下手な街よりも栄え始めてしまったのだからもう手に負えない。名家の子息女らも数多く入学し、どうあっても手出しできないものへと発展してしまった。こうして、水鏡塾は国を大きくおちょくる形で出来上がったのだった。

 

ところ変わって一刀は、水鏡塾までもうあと二、三里といったところまで到着していた。

最後の峠を越え、開けたところで一度小休止を取ろうと考えた時、それは起こった。森から聞こえる獣の声を感じ取り、白亜から飛び降りて木陰から様子をうかがう。白亜も察したのかいつでも一刀が飛び乗って走り出せるようピタリとそばについた。

一刀は息をのみ、獣の気配を探る。すると木々の開けたあたりに何かがあった。いや、あったのではない、居た。一刀の倍はあろう熊と、それに負けない迫力を放つ大虎、その横には犬や猫たちをはじめ小動物も何かを囲うように鎮座している。そっと近付いて伺ってみると、中心にいたのは真っ赤な髪でボロボロの服を着た少女だった。とっさに助けなきゃと思った一刀は刀を握り締めて飛び出した。

 

「おい!やめろ!」

 

その声に驚いたのか、動物たちは警戒をあらわにする。敵と認識した熊と大虎は牙をむき出しにして一刀に対峙する。そのあまりの大きさにひるんでしまうが、一刀は目の前の少女を助けなきゃと震える足に活を入れてなんとか持ち直した。動いたら間違いなくやられるというヒリヒリとした感覚。相手は目の前の少年を値踏みしているのだろうか、睨みつけるだけで一向に仕掛けてはこない。にらみ合いはしばらく続き、一刀はこの数分をとても長い時間に感じていた。しかし、そのにらみ合いを制したのはどちらでもなく、なんと後ろで様子をうかがっていた白亜だった。

白亜は一刀の前に躍り出ると、何やらもの言いたげに熊の方へカッカと歩いていき一つ嘶いた。最初は心配したが、何かを喋っているのだろうかと一刀は感じた。やがて白亜がこちらを向くと、それまで少女を囲う様にしていた動物たちが一斉に道を開ける。

 

「えっと…?」

 

戻ってきた白亜が促すように一刀を鼻先で押した。剣を鞘に戻した一刀はそっと少女に近付くとそのまま揺り起こすように肩をゆする。「んっ…」と少女が少し声を漏らすが起きる気配がない。どうやら生きてはいるようだと安心するが、次の瞬間聞いたこともないほど大きな“おなかの音”が少女からなった。そう、彼女は空腹の限界で倒れていたのだ。とっさに一刀は荷袋から行きがてに持たされた葉包みと水筒を取り出した。もう残りもわずかだったが、自分が我慢すればいいと少女の口元にまずは水の入った竹筒を近付けゆっくり流し込んだ。

こくっこくっ、とのどを鳴らして飲んでいく少女にホッとする。周りを見てみれば、先ほどまで恐ろしいほどの眼光をしていた熊もなんだか安心したような本来のクリっとした目に変っていた。

ゆっくり目を開いた少女に、今度は葉包みをひらいて粽を差し出す。目の色を変えた少女は粽にかぶりついた。

 

「あははっ、く、くすぐったいって…!」

 

まるで動物のように指についたお米までぺろぺろと舐める少女。

 

「まだもう一つあるからそれもどうぞ。」

 

そう言って差し出した粽と一刀を交互に見た少女は、受け取らずになぜかもう一度一刀の手から粽にかぶりついた。それこそ一瞬でなくなったが、名残惜しそうに一刀の手をなめる少女。

 

「ごめんな…もうそれしか持ってないんだ。」

 

そういうと少し残念そうな顔をしたがそれは一瞬のことで、今度は申し訳なさそうな顔に変わる。すべて自分が食べてしまったからだろうか、少女はうかがう様に上目遣いで一刀を見た。

 

「れん、ぜんぶたべちゃった…わるい、こと?」

「ううん、そんなことないよ。」

 

そう言って笑顔をつくると、少女はホッとして微かに笑顔を浮かべた。

 

「レンは、レン。…あなたは?」

「それは真名かな?呼んでも平気なの?」

「うん。たべもの、くれた。あなた、いいひと。」

「…そっか。じゃあ僕は一刀だよ。あははっ、これで僕たち友達だね!」

 

少女は少し高揚したように「れん、にんげんのともだち、はじめて!」そう言った。すると“レン”と名乗った少女は一刀の首や頬をペロペロと舐めだした。

 

「あは、あははははっ!ちょ、ちょっとれん、くすぐったいって!」

 

もがいて逃げようとする一刀にレンは不思議そうな顔で首を傾げた。

 

「…レンのともだち、ともだちには、こうしてる。かずとは、しない?」

「ん~、僕はしたことないな…今度翠にやってみようかな?」

 

無邪気にもそんな恐ろしいことを言い出した一刀だったが、今度はレンの頭に手をのせて優しく撫でた。

 

「友達…とはちょっと違うけど、妹にならこういう風にしてたかな。」

 

されるがままになっているレンは次第に笑顔になっていき、「れん、これ、すき。」としばらくそうしているようにお願いされてしまった。

どれくらい時間が経っただろうか。不思議と時間を忘れさせるような優しい空間に名残惜しさもあったが、そろそろ出発するべく立ち上がる一刀。それを見たレンは寂しそうな顔をするが、「また来るから」の一言を聞くと笑顔で頷き、動物たちと森の中へ歩いて行った。

 

「…さて、おなか…もつかな?」

 

あきれたような、それでいて楽しそうな嘶き声で白亜がそれに答えて、一刀は改めて水鏡塾へと歩を進めたのであった。

 




今回もお付き合いくださりありがとうございます!すみません、入学まで長すぎたので一度切りました。次回はついに一刀が水鏡塾へ…!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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おいでませ水鏡塾

一刀が武威を出立して二日目の夕方。水鏡の街に到着した一刀は、門の外で呼び止められた。

 

「…貴方が董白さまでいらっしゃいますね?」

 

そう声をかけたのは、一刀よりもいくつか年上と思われる少女だった。すこし大人びた印象で、桃色の髪を耳の下あたりで結びメイド服を着たその少女は自分を孫乾と名乗る。どうやら到着するころを見計らってここで一刀を待っていたらしい。

二人は簡単に自己紹介を済ませると、どうやらこの少女も私塾の生徒のようだった。

 

「侍従科…?」

「はい、わたくしはここ水鏡塾にて侍従者の道を志し学んでいます。そこで、先生方からの言いつけにより董白さまをここでお待ち申し上げておりました。」

 

二人は様々な店が立ち並び、賑やかしい雑踏の中を歩く。

そこで一刀は水鏡塾についての概要を聞くこととなった。

水鏡塾は大きく分け、孫乾のように侍従者としての心構えを身に付ける侍従学科、統治者を目指す王学科、兵士としての心得を学ぶ兵学科、内政官や軍師を志す軍学科の四つに分けられている。基本的には入学時の希望を元に入学試験の結果と塾長との面談によってそれらが決められる仕組みだ。しかし、それぞれに適した必修科目もあるが、その他基礎知識を高める授業も用意されている。

 

「董白さまは確か…試験は免除として二年生に編入でしたね。二年生はなかなか癖のある方も多ございます。どうかお気を付けを。」

「そうなんですか?」

 

そこで聞かされたのは、私塾自体の歴史は浅いがこれまで王学科に割り振られたのはゴネて入学した四年生の袁紹と嫌々割り振られてしまった同じく四年生の孫策のみ。三年生は結局誰も王学科には入れず、しかし二年生は三人もの王学科が生まれたそうだ。ちなみに一年生の王学科はいないらしい。そもそも入学試験自体がかなりのハードルを有しており、その後の面接でも多くがふるい落とされる。学費等は私塾自体が水鏡の私財と各豪族の融資で行われているためかからないが、入ること自体が難関なのだ。しかし豪族や刺史たちは優秀な人材が手に入りやすくなることを考え、喜んでお金を出し、自らの子の教育としても是が非でも入学させようとする。何よりあの水鏡と繋がりができるのだから“おいしい”と考えるのだろう。そして農夫や兵士らの子も、ここを出たとなれば子の出世や幸せに直結するとこぞって入学試験を受けさせた。その甲斐あって(まだ六年生と五年生は存在しないが)生徒数は百名を超すこの時代では異例な規模の私塾といえる。

 

「王学科の生徒は侍従学科の勉強も兼ねて従者を一人付けることができます。

…そういえば、董白さまはどちらの学科をご希望でしたか?よろしければお聞かせ願いたいです。」

 

両親に見せられた私塾の書類には、王学科の従者制度のほかにも、たとえば軍学科であれば町の外に小さくはあるが開墾地が与えられたり弁論大会の出場資格が与えられる。兵学科では武術大会の出場資格のほか、洗濯や掃除、食事など侍従学科の一時的な補助が受けられたりする。

一刀は少し考え、答えた。

 

「ん~…僕は…やっぱり兵学科かな。」

 

そこで孫乾は「ふむ…」と顎に指をあてて少し考え込んだ。そのまま黙って会話がないまま二人は並んで歩き続ける。

 

「おっと、すみません少し思考に耽っておりました。さあ、着きましたよ。こちらが水鏡塾です。」

 

孫乾が立ち止まり左手で指し示す。そこには水鏡塾と彫られた柱、そしてそれが支える立派なたたずまいの門が目に飛び込んできた。町のど真ん中に位置し、その奥には二階建てでまるで王宮のような大きな建物。それをしっかりとした作りの壁がぐるりと囲う。一刀はつい圧倒されてしまった。

ぽかんと立ち止まっていると、「さあ、こちらへ。」と孫乾に声をかけられ小走りでついていく。正方形の広い庭を抜け建物に入ると、その一番奥にある『塾長室』と書かれた一室に案内された。

扉の前で立ち止まり、コンコンと戸を叩く孫乾。

 

「失礼いたします塾長。」

 

室内からはガシャンと何かが落ちる音とともに「ぬぉ?!ま、まて!ちょっとだけ待つんじゃ!」という慌てた様子の老人の声。それから物の落ちる音など大きな物音が続く。

 

「それでは失礼いたします。」

「ま、まままま待て!待つんじゃ!あわわわわ…下着…下着はどこじゃ…!」

 

言葉を無視して孫乾は扉を開ける。すると中には本のようなものを抱えた下半身裸の老人がこちらを向いて固まっていた。

 

「…おや、塾長。お履き物はどうされました?」

「違う!こ、これは違うぞ!え~、あ~…そ、そう!股間の換気じゃ!!」

「そうですか。それでは失礼いたします。」

 

そう言って扉を閉めると、「いったい何じゃったの?!」という涙声が響く。それからしばらく塾舎の中を案内され、また塾長室へ戻ってくると今度は声をかけずに扉を開けた。

そこには雰囲気たっぷりに机へひじをのせ、凛とした様子の老人がいた。

 

「賢者時間中失礼します。董白さまをお連れしました。」

「うむ、ご苦労。…って違うからね!さっきのアレは違うからね?!」

「それでは私は失礼いたします。…ぺっ」

「唾吐いた?!唾吐いてったよねあの子!そろそろ泣いちゃうぞい儂!!」

 

それからぶつぶつと愚痴をこぼす老人だったが、しばらくして「ごほんっ」とわざとらしく咳払いをした。すると一転真面目な顔で一刀を見つめ、

 

「…そいじゃ、ちとバタバタしたが面接試験を始めようかの。」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

そして、彼の人生を大きく左右するであろう試験が始まるのだった。




今回もお付き合いいただきありがとうございます!ついに私塾へやってまいりましたね…さて一刀君はどんな道を歩むのか。そのうちキャラの学年表のようなものもアップしようかなと考えています。それでは次回もお楽しみに!
皆様のご感想お待ちしております!


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ただのヒト

「ふむふむ…」

「?」

 

面接が始まってから、水鏡は一刀をまじまじと観察するだけで言葉をかけることはなかった。しわの奥の力強い瞳で射抜かれ多少の居心地の悪さがあるが、一刀は首をかしげるだけであとは動くことなくだた言葉を待った。

 

「(この小儒、まったく物怖じせんの…あの曹操ちゃんでさえ焦れたというに。)」

 

対峙しているのは老いたとはいえ百戦錬磨の司馬徽である。大人でさえ、いや、朝廷に仕える将や宦官たちとてこの射抜くような双眸に耐えられた者はそう居なかった。対する一刀は、それこそキョトンといった様子でただ水鏡の目を見ていた。

 

「(それに何よりあの目じゃ。こやつには“負の感情”がない。十も年を重ねれば少しは恨み辛みを持ってもおかしくはないんじゃが…。)」

 

そこで、水鏡は初めて口を開いた。

 

「お主、希望の学科は何じゃ?」

「はい!兵学科です!」

 

その言葉を聞くと水鏡はまた考え込んだ。兵学科…それは将や兵士となる人間を要請するために生まれた課程。体術の時間が多く割り振られ、将来戦へ赴いたとしてもまずは生存率を向上することが目的だった。人、それは国の力。そもそも初陣で戦の勝手がわからず潰走または落命してしまうことが多い。それはどれだけ調練を重ねようと同じ事。なれば若いうちから心技体を教え込み、様々な場面を想定した模擬戦をさせることでそういった者たちを減らしたいと作られた。

しかし、水鏡はこの少年を兵学科に入れることは危ういと感じた。心技体、その“心”をこの少年はすでに持っている。何か守りたいものがあるのか…それは家族か、または友か。ともあれこの少年はきっと守るためならば「それが自分の天命」だと簡単に命をなげうつだろう。その危うさは教えで変えられるものではない。それは自身の培った人間性なのだから。そこで水鏡は武術特待として唯一入学を許した三年生の夏侯惇を思い浮かべた。

 

「(アレもまた然り。しかしアレは心ではなく体の人間。そういう人間は土壇場でひっくり返すことも適うじゃろう。足りぬ心は後から教え込めばよい。)」

 

しかしこの少年は違う。だからこそ危ういと水鏡は見た。

 

「もう一つ質問じゃ。お主…将来どんな人間になりたいのかの?」

「はい!妹を守れる強いオトナになりたいです!」

 

いつかのように彼は答えた。「やはり。」と小さくこぼすと、水鏡は自身の考えを整理した。

この少年は兵学科に入れるべきではない。となれば軍学科か侍従学科か…しかしそこで水鏡は閃きを得た。目の前の少年はとても王たる器はないように感じる。だがあの劉備はどうだったか。彼女は能力こそ凡庸なれ人を集める才気は同じ学年の王学科曹操にも孫権にも劣らない。ならばこの少年は?と水鏡は己に尋ねた。

将兵としては無限の可能性はある。そしてこの肝の太さは軍師にも文官にも通ずる。侍従としてもきっと重宝される人間になるだろう。なれば…もし、漢が倒れ群雄割拠の時代が訪れたとき、新たな覇権を争って王たちが剣を取り乱世となったその時、彼のような“濁りのない水”が必要になってくるのではないか。

 

水鏡の考えは固まった。

一つ息をつき、

 

「グリフィンドォォォォォオオオル!!!」

 

と水鏡が叫ぶ。

 

「ぐ、ぐり…?なんですそれ?」

「おぉ、すまんのう。なんだか言わなければいけない気がしての。まあ気にするでない。」

「えっと…は、はあ。」

 

そして水鏡はニカっと笑うと告げた。

 

「…お主は王学科じゃ。」

 

こうして、少年の道は定められた。

水鏡は思う。この子を王にするのではない。王とはどういう人間か、ただ知ってもらうだけで良い。それだけで十分この子のためになる。

 

「(ふぉっふぉっふぉ、管路ちゃん其方の占いも外れたのう…。この子は乱世を鎮める天の御使いに非ず。言うなれば…“ただの英雄(ひと)”じゃ。)」




今回もお付き合いくださりありがとうございます!さて、次回は学園モノ…ぽいやつが始まります。私塾にはどんな人たちがいて、どういう付き合いをしていくのか…続きをお楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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ともだち百人できるかな?

※賛否あるかと思いますが、独自解釈が入ります。読者の方々にとって意にそぐわない可能性もございますが何卒ご理解をお願い致します。“あとがき”にて説明もありますので、ご参考にしていただければ幸いです。


面接を終えた一刀は、まだ寮の準備が出来ていないとのことで水鏡の手配で一日宿屋へ泊り、迎えた翌朝。用意されていた朝食を食べると早速学校へ向かった。

宿から私塾まではそう距離はないが、少し早めに出た一刀はこれまで暮らしていた武威の街との違いを楽しむように歩く。『何肉本舗水鏡店』と書かれた肉屋は美味しそうな燻製を店先に並べ、向かいの八百屋からは開店準備の威勢のいい声が響く。早朝でも賑わうこの商店街を抜けた先にあるのが、私塾の東側にある水鏡女子寮だった。

入口の立て札には『※男子の立ち入りを禁ず』と書いており、その下には『※水鏡の接近を禁ず』と赤い字で書いてあった。一刀は「なんでだろう?」と不思議に思いながら通り過ぎると、入口から二人の少女が出てくるところだった。一人は李色の髪をしたふんわりした印象で、もう一人は長い黒髪でいかにも真面目そうな少女。

 

「桃香さま、ちゃんと教科書は持ちましたか?」

「うん!ちゃんと持ったよ!」

「それでは体操服は?」

「…あ。あ~~~~!ちょ、ちょっと取ってくる!」

 

そんなやり取りをして、小走りに寮へ戻っていく後姿に黒髪の少女はため息をつく。

面白い子たちだなと一刀はくすりと笑ってその場を通り過ぎた。先にはきっと別の女子生徒だろうか、寮から私塾へ向かう同年代の女の子たちがいる。

 

「もうっ、冥琳ったら相変わらずお堅いんだから!」

「雪蓮!そういう事じゃないだろう。だいたいお前は何度言ったら…!」

「姉さま、冥琳の言う通りです!だから宿題は早めに片づけてと言ったじゃないですか!」

「う…り、梨晏はどうなのよっ!あんただって私と遊んでたじゃない!」

「私?私はちゃんと終わらせてるよ~ん!」

「裏切者~~~~!!」

 

何やら言い合いをしている褐色肌の女の子たち。

 

「麗羽様!ほらいい加減起きてくださいってば!」

「う~ん…あと三刻…」

「どんだけ二度寝したいんスか!」

「あ、あはは…結局着替えから髪整えるのまでいつも私たちがやってるもんね…。」

「だ、だからって…!い、一番力のない私が背負ってるのは…ど、どうして…?ぐ、ぐぐ…お、重い~…」

 

おぶられながら眠る少女ら四人組など、いろいろな子たちがいる。

やがて門にたどり着くと、そこで私塾の西側にある男子寮から次々と同年代の男の子たちもやってくる。一刀はワクワクに身を震わせながら、皆と同じ門をくぐり、職員室に向かった。

職員室で教科書や体操服など必要な備品を受け取ると、各教室の場所や私塾、寮の規則を教わり、教室まで案内をされる。そして声がかかるまでそこで待つよう伝えられたのだった。

 

「今日はみんなに新しいお友達を紹介します。さ、入って~!」

 

その言葉受け、校舎の西側から二番目の一室。『二年生』と書かれた札が下がっている扉を開ける一刀。中にはざっと三十人ほどだろうか、同年代の少年少女たちが机に座っていた。

 

「それじゃあ、まずは自己紹介からね。まずは私から…私の名前は皇甫嵩、字は義真よ。君がいる二年生の担任を務めています。主に兵学科の『統率学』と必修科目の『道徳』の授業を受け持っているわ。」

 

皇甫嵩と名乗った女性はそう言って一刀へ笑顔を向ける。くいっとメガネを直し、「さ、次はあなたの番よ?」と教卓の前へ促すと、一刀は生徒たちの前に向き直った。

 

「涼州の武威から来ました董白です!よろしくお願いします!」

 

一刀はそう言って元気よく一礼して見渡すと、ひときわ笑顔で「わ~っ」と手を振っている少女や、興味なさそうに片肘をついて外を眺めている子、背筋をピンと伸ばして礼儀正しく座している子など反応は十人十色だった。その中でも目立つのが女子生徒の色めき立つ声。一刀自身は全く気にもしていないが、翠らが時折ぽけ~っと見とれてしまうほどには容姿が整っていた。異性の目が気になり始めたこの年代の女子生徒にとっては当然の反応なのかもしれない。

 

「はいはい!女の子たち静かに!…予想はしてたけどやっぱりこうなったか。

董白くんはなんと、この学年四人目の王学科になります!皆さん、仲良くしてあげてくださいね!」

 

その言葉を聞くと、片肘をついていた少女と礼儀正しく座っていた少女がピクリと反応を示した。測るような視線が一刀を射抜くが、一刀は先ほど「わ~っ」と手を振っていた少女に笑顔で手を振り返しておりそれに気付くことはなかった。

 

「それじゃあ…一番後ろの窓際の席が空いているから、董白くんはそこに座ってね。お隣の李儒くん、わからない事があったら彼に教えてあげてね!」

「は~い!」

 

一刀が指定の席に着席すると、隣の李儒と呼ばれた少年が小声で「よろしくね!」と声をかける。「うん!」と返事をすると、皇甫嵩の点呼が始まった。

 

「よし、全員出席っと…。では一時間目は国語だから休み時間のうちに準備しちゃってね。」

 

「は~い!」という返事を聞くと、皇甫嵩は教室から出て行った。それを見計らって、一刀の前の席の少年がくるっと後ろを振り向いた。

 

「よっ、俺は牛輔ってんだ。まあお困りのことがあったら相談してくれや。」

 

スキンヘッドが特徴的で一刀より一回り身長の高いその少年は、気さくにそう話す。一刀もうれしくなって「うん!」と返事した。お互い握手をかわそうと手を差し伸べるが…その瞬間、牛輔は机ごと跳ね飛ばされた。教室中の女子生徒が押し寄せてきたのだ。

 

この機に解説するが、国の頂点である天子が女性であるように、基本的に女性優位の社会が出来上がっている。もちろん純粋な体力面では男性が上だが、重要なのは『体を巡る気を扱う』ことに関して女性の方が巧いという事にある。現に騎馬連合の棟梁である馬騰は女性であり、名のある将軍たちも女性が担っている。細腕で大剣や大斧を振り回せるのはその為だ。

そのせいか、この世界では女性の方がすこしばかり性的に旺盛で積極的だったりもする。例えば告白やプロポーズなんかも女性主体がメジャーであり、男性からの告白は言わば女の子の浪漫の一つ。それ故、男子寮にもしっかり『女子禁制』の看板が書かれている。

かと言って男子も女子に興味がないかといえばそうではない。胸やお尻など要するに性的な部分に興味はあるし、とある女子生徒には“親衛隊”なる隠れたファンクラブも作られているほどに、可愛い子、きれいな子にもちろん懸想したりする。ただこの世界の女性が好みに対して痛烈に一途であり、その勢いが強過ぎるのだ。それもこの女性優位な社会の一因となっていると言える。

ただし…何事にも例外は付き物。男性にも水鏡のような純粋にスケベ過ぎる例外もおり、その例外の一人が今跳ね飛ばされた牛輔だった。

 

「おいババアども!人様を跳ね飛ばすとはどういう了見だ!俺は基本的に温厚だがババアには容赦しねぇぞオラァ!」

 

むくりと立ち上がった牛輔は同年代の女子生徒に叫んだ。そう、彼は骨の髄まで幼女が好き。要するに病的ロリコンなのだ。

 

「はあ?幼女趣味の変態になんて用はないわよ。」

「そーよそーよ!私たちは董白くんに用事があるの!」

「幼女趣味のハゲは引っ込んでなさいよ!ていうか死ねば?」

「ヒドイ?!」

 

牛輔らがそんな言い合いを続けていると、隣に座っていた李儒が一刀にこそっと耳打ちする。

 

「はは、初日から大変そうだね。」

「うん、みんな仲良くしてくれそうでよかった!ちょっとだけ心配だったんだ~」

「仲良くってキミ…」

 

そこまで言うと李儒は「なるほど、そういう子なのか。」と一人納得した。李儒は生まれ持って“人”を感じ取るのが敏い。それ故に目の前にいるこの少年は、殊の外好意に鈍感な性格だと感じ取った。きっと小さいころから好意をぶつける子が近くにいて、感覚が麻痺しているのだろうと結論付けて。

この李儒という少年もまた、一見女の子と見間違うほど可憐な容姿をしている。よく見るとちょっとくせ毛な金髪も女の子にしては短く纏めてあり服装も男の子そのものだ。

 

「改めて、ボクは李儒。侍従科だよ。ちなみに、そこでボコボコにされてる牛輔は兵学科。趣味はアレだけど面倒見はいいやつだから仲良くしてあげてね。」

「うん!よろしくね!」

 

そういって二人は先ほど牛輔とはかなわなかった握手を交わす。すると今度は黄色い…いや、桃色…とは違う、紫色の悲鳴が教室を包む。

 

「キャー!董白くんと李儒くん…この組み合わせアリかも!」

「ごくり…妄想が捗るんだっ!」

 

そう、先も言ったが色々と旺盛なのだ。

そんな悲鳴もどこ吹く風で会話を続ける一刀を、好意とは似ても似つかない視線を遠くからぶつけている人がいることに、当然本人は気付かない。

 

「…董白、ね。…ふふっ私を失望させないでね。」




今回もお付き合いくださりありがとうございます!
ちょっとした言い訳なのですが…どうしても違和感のあったあの細腕で武器を振り回している描写に意味をもたせたくて、このような解釈を挟みましたがいかがだったでしょうか?本編プレイ中から気になって仕方なかった部分なんです…。もちろん物語としては不自然なく仕上げるつもりですので、「ん?」と思われた方も今後ともお付き合いくだされば幸いです。
次回は「おしえて☆水鏡先生」です。水鏡先生目線からいろいろなことを語ってもらいます。あとはオリキャラとして登場させた牛輔と李儒の詳細なども。董白、董卓周辺ならばこの二人はまず外せないかなと組み込みました。ちなみに牛輔はマジ恋の井上準を想像していただければわかりやすいかなと思います。
それでは皆さんのご意見、ご感想をお待ちしております!


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おしえて☆水鏡先生

さてさて諸君、元気に私塾生活を謳歌しとるかね?

みんなの心の恋人、水鏡先生じゃ。今日は『氣功学』の授業を始めるぞい。

 

「「はい!」」

 

うむ、良い返事じゃ。

そいじゃ、まずは基本からおさらいして行こうかのう。あくまでこれは授業じゃから、際どい発言があっても決して性的虐待なんぞではないぞ?間違っても親御さん方に「スケベなこと言われた~」なんて言わぬように!約束じゃぞ?

 

「「事と次第によります!」」

 

したたかじゃの?!

…ま、まあ良いわい。まずはじめに、男女の違いについて。ちょ、ちょっと待てちょっと待て!見限るの早いぞい?!これも大事なことなんじゃ!

え~、男女の違いについてじゃが、みんなよりもうちょっと幼いころはそう対して変わらんかったじゃろう?背の高さ、足の速さ、まあ色々あるが…それがある時を境に徐々に差が開いていくのは皆も気が付いておるじゃろう。女の子は初潮を迎え、少しずつ女のそれに向かって体はできてくる。男の子は逆にがっしりしていく。

しかしもう一つの違いも生まれるんじゃ。それが“氣”じゃ。成長や鍛錬で増す体を流れる氣をより正確に感じ取り操ることがことが出来やすいのが女の子の特徴じゃのう。逆に男の子は体力面で勝る一方、こちらの習得は中々難しい。決して出来ぬことはないし、己の才、修行の末に完璧に身に着けることは可能じゃが、そもそも氣の総量が女の子には及ばんからの。過信は禁物じゃ。

どうじゃ?ここまではわかったかの?

 

「「はい!」」

 

うむ。それでは次に、氣そのものについてもうちっと詳しく行こうかい。

氣には人それぞれ種類がある。自身の体を強靭にしたり、単純に力を増したりすることに長ける『破氣』。これは三年生の夏侯惇ちゃんなんかがまるっきりそうじゃのう。次に、物を巧みに操ることに長ける『操氣』。体中の氣を放出することができる『砲氣』。この二つは同じく三年の夏侯淵ちゃんが得意じゃな。もちろん己の技量にもよって変わるが、この二つが出来れば打ち出す矢に『操氣』と『砲氣』を込めて強力にして正確無比な一矢にすることも可能じゃ。あとはちと特殊じゃが、相手の心理を読み取ったり人を魅了したり動植物に干渉することができる『念氣』がある。まあ、この『念氣』に関しては生まれ持った性質ゆえ、修行でなんとかできるようになるモノではない。

さて、ここまでは大丈夫かのう?

 

「「はい!」」

 

宜しい。なれば瞑想を始めよう。心を鎮め、体に巡る氣をしっかり認識するんじゃ。男子も手を抜かず頑張るんじゃぞ?いずれ必ず自分のためになってくるものじゃからな。

…うむうむ。皆しっかりと集中して居るようじゃ…ってアレ?劉備ちゃん寝ちゃってない?絶対寝てるよねあの子?

…。

…ちと悪戯…しないぞっ?!しない!絶対しないから落ち着くんじゃ!てか関羽ちゃん凄いのう、氣が青龍型取ってがメンチ切っとるぞい!

ふむ…儂は女子校を作ってキャッキャウフフな塾長生活を送ろうとお持っとったのに、張昭ちゃんめ邪魔しおってからに。まあ奴も後継者探しに苦労しとるようじゃから仕方ないが…あれさえなければ今頃は…ぐふ、ぐふふふふ。

 

「「先生~!邪念が邪魔で集中できませ~ん!」」

「ごめんなさい?!」

 

世知辛い世の中よ…とほほ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※以下、説明パート

~~~キャラクター紹介と年齢表~~~

 

いくつか質問がありましたので、この場を借りて説明です。

この世界では原作の恋姫無双シリーズを元に作られています。まず時系列が異なっているのは見ていただいている通りです。

主人公・一刀がこの世界に降りてきたのが5歳の時。そのあとすぐに董卓(月)と賈駆(詠)が生まれたので一刀とは5歳差という事になります。ちなみに周りのキャラクターは下の通り。

 

一刀、馬超(翠)  5歳

馬岱(たんぽぽ)  4歳

馬休(鶸)     3歳

馬鉄(蒼)     2歳

董卓(月)、賈駆(詠)0歳

 

一刀は10歳で水鏡塾へ編入を決めましたので、その時は単純にこうなります。

 

一刀、馬超(翠)  10歳

馬岱(たんぽぽ)  9歳

馬休(鶸)     8歳

馬鉄(蒼)     7歳

董卓(月)、賈駆(詠)5歳

 

そして二つ目は前回作中にあった独自解釈について。これに関しては楽進の気弾や李典のドリルを中心に、「なんとなくその辺を肉付けしたい」という意味もあって『氣』という要素を付加したものです。女の子たちの方がそれを巧く扱え、男は己の体が武器という設定になります。

しかしその付加要素だけではどうしても覆せず困ったのが霊帝と何太后の存在でして…。だから貞操観念の微修正という要素も加味したという流れになります。第三話あたりの内容で何となく察して欲しいのですが、つまりはああいった感じですね。極一部のド変態を除いて男女とも貞操観念が微修正されています。男は好みや性的好奇心はあれどあまりがっついてはいない感じ。女子は好みに対してちょっとがっついてる感じになります。これらも作中でうまく伝えられたらよかったんですが…処女作なので大目に見ていただきたく…。ほんとすいませんorz

 

そして、私塾にいるキャラクターについてですが、これは皆さんもご心配されているかと思いますので少しだけ。

全キャラクターが私塾に在籍しているのではなく、「居てもおかしくないかな?」くらいのキャラが在籍しています。例えば二年生に関羽が居て張飛も一年生に居たら少し違和感ありますし、決して深い意味はありませんが五年生に黄忠が居てもおかしいですよね?なのでそのあたりを踏まえたキャラクターのみという形式になっています。

皆さんのご贔屓にされているキャラクターが登場しないと(少なくとも自分の推しは私塾にいないので…)つまらないかと思いますので、「その時、あの子は?」的なアナザーストーリーも書いています。どうかご理解頂ければ幸いです。

 

続いてはオリジナルキャラクターについて。

 

牛輔

身長168cm 体重69kg

スキンヘッドで細身に見えて意外とがっしりした体格の兵学科。

『破氣』を習得中の棒術使い。で重度のロリコン。

アドバイスをいただきタグにも記載しましたが、マジ恋の井上準を想像していただければわかりやすいかなと思います。

 

李儒

身長139cm 体重ひみつ

女の子のような容姿だが男…らしい。しかし何でか股間に来るあんちくしょう。

侍従科で運動はからっきしだが知恵は回る。あらゆる毒の使い手で相手の人間性を感じ取ることができる『念氣』持ち。

 

真名を呼び合うまでまだ間がありますので、二人の真名の案があればメッセージ等でお待ちしております!…というかアドバイスくださいお願いします!焼き土下座




今回もお付き合いくださりありがとうございます!前後半ともに説明パートになってしまいました…次回は私塾パートです。どんな私塾生活で、いったい誰がいるのかが少しづつ分かってくるかと。
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!


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こころの色

一日目の学業を終え、ついに入寮の日。一刀は心地よい疲労感に包まれながら案内に従って男子寮へと向かっていた。

水鏡塾の壁に沿って縦長になっている二階建ての寮は、玄関を入ったすぐに階段があり、一階は主に食堂や談話室になっていて、一番奥に共用の大浴場がある。その手前にこちらも共用の厠があり隣室には掃除用具など備品が置かれた資材室といった並びだ。階段を上がった二階の奥にある二〇八号と書かれた部屋が一刀の部屋だった。基本的に二人部屋で作られいる寮室には、話によれば同室人がいるとのこと。

一刀は少しドキドキしながら戸を開けると、二段になっている寝床の下の段で蹲って頭を抱えている人がいた。

 

「…あれ?李儒くん?」

 

声をかけられるとビクッとし、ギギギと一刀の方へ青ざめた顔を向ける李儒。

 

「や、やあ、董白くん。…あぁ…ついにこの時が…いつかは来ると思っていたけどボクはどうすれば…!」

 

挨拶もそこそこにまた頭を抱えてぶつぶつとこぼす。そんな様子に気付かず、一刀は満面の笑みで「同室が李儒くんで良かった~!」なんて言っているものだから李儒からは乾いた笑いしか出てこない。

 

「い、良いかい?まずはこの部屋の規則を決めよう!」

「うん!」

 

気を取り直した李儒は二つの約束事を提案した。まず一つ目、『着替えをするときは仕切りをするので絶対に覗かないこと』もう一つが『李儒の戸棚を絶対に開けないこと』。一刀も特に深く考えず「わかった!」と返事をすると、自分用の戸棚に荷を詰め始めた。李儒はそんな一刀の後姿を見て、こそっと念氣で反応を探る。彼は生まれつき氣によって人間性を感じ取ることができる。ところが、彼を映すのは真っ白な火だけ。いきなりこんな提案をしたにも関わらず、全く疑心や嫌な感情を抱いていないという事だった。

しかしそれは最初に教室で一目見た時と同じ印象。あの時は緊張から少し薄桃色が混じっていたが、あれだけ騒がれたのに浮かれた様子は微塵もなかった。授業の合間にこそっと覗いても白一色。そんな人間は李儒にとって生まれて初めてだった。悪い例になるが、例えば牛輔なんかは露骨に紫色に染まる時があるし、塾長なんかは以ての外。しかし誰だって感情通りの行動をとれるわけじゃない。口では「うん」といいつつも心ははっきり「いいえ」と答えていることだってざらにあるのだ。

ところが、目の前の一刀は喜怒哀楽こそ豊富だが心の色は真っ白。つまり、今出しているその感情に裏はなく、下心さえ少しも出さない。

 

「…ねえ、君はいつもそうなのかい?」

 

たまらず李儒はそうこぼす。

 

「そうって…なにが?」

 

いつものように笑みを携えて首をかしげる一刀。それはやはり白かった。

 

「ううん、なんでもない!」

「???」

 

わけもわからず頭に疑問符を浮かべる一刀を見て、李儒は笑った。自分が何か変なことをしたと思ったのか、「え、なに?どうしたの?」と尋ねる一刀をよそに、李儒は「この子とならやっていけるかも」と思えたのだった。

それと同時に、こうも思う。

 

「(この子、守ってあげたいな。)」

 

と。

この何物にも染まらない白は、絶対にくすませるわけにはいかない。それだけ李儒にとってこの色は貴重なのだ。

人を見てしまう性質は必ずしも便利とは言えない。幼少のころから備わっていた李儒にとっては、見たくもないあらゆる裏を見てしまっていた。故郷に仲のいい子はいたし、もちろん私塾にも仲良くしている人間はいる。ただやはり本質を見てしまうと心から信じられることはなかった。

私塾ではどうしても日々たくさんの人とふれあいが出来てしまう。自身の抱える“秘密”と念氣のこともあり、水鏡に頼み込んでこれまで同室者はいなかったが、それでも彼の心はどんどん疲弊していった。

そんな時現れたのが董白だった。一見して普通の子だが、李儒にしてみればあまりにも普通じゃない。

荷ほどきを再開した一刀を、李儒はまた改めて覗く。その度に心が洗われ癒されていくのを実感する。もしかしたらこの少年が、ようやくできそうな『本当の友達』になるのかもしれない。

入学する時、水鏡にされた質問を思い出す。

 

『お主、ここで何を成し、何を手に入れるつもりじゃ?』

 

李儒は迷わず答えた。

 

『僕は…本当の友達が欲しい!』

 

それは本当は言うつもりのなかった心からの叫び。なぜかあの場ではそれが許されそうな気がして李儒はそう答えたのだ。水鏡は言葉の意味を察したのだろう。笑いながら、「水鏡塾へようこそ」と言ってくれた。

それが今、叶うかもしれない。さきほど急に言い渡された同室者が入るという旨も、水鏡が董白という少年を直に見、この子ならと宛がったのだろうか。兎にも角にも、『同室者』という絶望的な宣告が李儒の中で一転、興味深いものへと変わっていた。

 

「(…友達に、なれるかな。)」

 

初めて心からそう思えるまでに。

 

「あ、そういえば…牛輔の部屋ってどこなんだろ?」

「え゛」

 

唐突にされた質問に、李儒はとんでもない声を出してしまった。

牛輔の部屋は二〇二号室という事は李儒ももちろん知っている。だが絶対に教えたくない理由が先ほど出来てしまった。なぜならその部屋は、男子寮において『魔窟』と呼ばれる魔空間だから。

部屋のあちこちには如何わしい春画(幼女)が貼ってあり、同室者の郭汜もまた頭のおかしい変態である。因みにこちらの変態は『絵しか愛せない』と豪語する剛の者だ。そんな魔窟に彼を案内してしまったら、あの白が腐海の毒に侵されてしまうかもしれない。そう思ったらとても素直に教えてあげる気にはならなかった。

 

「え、あ、あいつの部屋に何か用でもあるのかな?」

「うん、なんかオススメの本を貸してやる~って言ってたから、取りに行こうかなって。」

「…本?」

 

非常に嫌な予感を覚える李儒。あの牛輔が「オススメ」とか言っている時点で怪しさ満点だ。

 

「俺の宝物だ~とか言ってたかな。なんでも子供たちがいっぱい出てきて凄く元気になるから僕にも味合わせたいんだって!

いったいどんな本なんだろう…楽しみだな~!」

 

ガタっと音を立てて無言で立ち上がる李儒。その体は怒りにプルプル震えている。

 

「…李儒くん?」

 

急に立ち上がったことで心配そうに一刀が見ていることに気が付き、李儒は咄嗟に作り笑顔を浮かべた。無論、怒りで口の端はひくひくしている。

 

「…ふふっ、董白くん?ちょ~っとだけ待っててね~?いま大事な用を思い出したから~!」

「え?う、うん…。」

 

そういうと李儒は蹴破るように部屋から出て行った。そのあとすぐ…

 

「ん~?なんだ李儒じゃんか。どした…

って、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

男子寮に断末魔が響き渡ったのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は授業の様子などちょこちょこと…。
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!


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王学科

朝、食堂で朝食をとった後、一刀は部屋で身支度を整え仕切りの外で李儒を待っていた。

 

「も~い~か~い!」

「ま、ま~だだよ~…!」

 

因みに、仕切りは李儒が使っている二段寝床の上の段に天井から布を垂らすように作られており、布には『開けちゃダメ!』と書いた札が下げられている。着替えをしている間ゴソゴソと動く音や、たまに頭をぶつけるような音がしたが、一刀は時折声をかけるだけで大人しく座っていた。

やがてシャッと布の仕切りが開けられ、恥ずかしそうに顔を赤らめた李儒が出てくる。

 

「お、おまたせ…」

「それじゃ、行こうか!」

「う、うん…」

 

毎度のことながら裏表のない笑顔でそういう一刀に、少し疲れた様子で返事をする李儒。

 

「(…うぅ…き、着替え一つでこんなに疲れるなんて…)」

 

そんな様子もどこ吹く風で、「朝ごはん美味しかったね~」と話している一刀にため息しか出てこない李儒は「そうだね…」と生返事を返すのがやっとだった。

そのまま二人で寮の玄関まで来ると、牛輔が友達と一緒に出るところに丁度行き会った。李儒が後ろから牛輔の肩に手を置き…

 

「お・は・よ・う、牛輔。」

「ひぃ…!!」

「昨日言ったこと、覚えてるよね?」

「い、いやだな~!もちろんですとも李儒の旦那~!もう、勘弁してくださいよ~!」

 

「それならよろしい」と手を離す李儒。一刀はキョトンとした様子で話についてこれていないようだ。

 

「あ、そうだ!ねえ牛輔くん、昨日言ってた本って…」

「ギロッ」

「あ、あ~~!!あれな~?アレは~…なんというか…い、色々ありまして処分しました!」

「ええっ?!た、宝物じゃなかったの?!」

「滅相もない!あんな本の存在なんて忘れるべきだ!うん、忘れよう!な?」

「え、だって昨日は『俺はこの世界の素晴らしさを皆に広めたい』って…」

「…へ~。」

「それ以上は言わないで?!手持ちの小銭全部上げるから!!」

 

そんな会話を繰り広げる中、牛輔の友人であるメガネをかけた細身の少年が一刀に近寄った。まるでおとぎ話の王子様のような出で立ちで、容姿だけ見れば大層女子からの人気が高そうな少年は髪をかき上げながら白い歯を覗かせる。

 

「やあ、私は牛輔と同室で軍学科の郭汜だ。キミとは教室も同じだが昨日は話す機会がなかったからね。

改めて、はじめまして董白クン。」

「あ、うん!はじめまして!」

「ところで董白クン、キミはこの絵を見て…」

 

と言いかけたところで、言葉が止まる。一刀からは見えない絶妙な角度で李儒が首筋に手術用メスのような小刀を首筋に当てたのだ。おまけに郭汜にしか聞こえない声で「それ以上喋ったらコロス」と付け加えて。急にピタリと止まった郭汜を不思議そうに見ている一刀だったが、

 

「どうしたの董白?はやく行こうよ。」

 

と声をかけられ小走りに李儒と並ぶと、そのまま二人は完全に硬直している郭汜とそれを必死に揺すっている牛輔を置いて、私塾へと向かう。一刀は不思議そうな顔で後ろの二人をしきりに振り返っていたが、李儒に「董白は気にしないで良いんだよ」と言われ首を傾げた。

一刀と李儒は敬称略で呼び合う仲になるほど、一夜にして距離を縮めていた。李儒も一刀と話しているときは他の誰と話す時とは明らかに違った安心したような雰囲気になっているのだが、本人は気付いていないようだ。

 

「あ~あ~、あんなに楽しそうにしちゃってまあ…。ダチになれるといいな、李儒。」

「…ハッ!」

「お、気が付いたか!」

「…なんだ、さっき私は修羅に殺されかけた気がするぞ。それからの記憶が…くっ、これが白昼夢というヤツなのか?」

「安心しろい、昨日の夜俺も修羅に遭った。そいつぁ夢じゃねぇ。」

「なん…だと…!!」

 

そんなやり取りを続ける二人を放置し教室にたどり着くと一刀は李儒としばし談笑し、やがてやってきた皇甫嵩による朝礼が始まる。それが終わると小休止を挟んで授業なのだが、その日は荷物を持ってパタパタと移動を始める学友たちの姿が目に付いた。隣の李儒も準備をしているのを見て、一刀は尋ねた。

 

「ねえ李儒、みんなはどこに行くの?」

「あ、そうか!董白は初めてだったね。」

 

そこで、次の授業は専門科目の授業だと知る。李儒ならば侍従科のため家庭科室へ、牛輔ならば兵学科のため校庭へ、郭汜は軍学科のため多目的室へ移動といった流れだ。

 

「でも董白は王学科だから…うん、今日はこの教室でやるみたいだからこのままここに居ても大丈夫だね。」

 

そういうと、「頑張って!」と言葉を残し李儒は教室を後にした。それと入れ替わるように、腰まで伸びた金髪に巻き髪が特徴的な女子生徒が入ってくる。四年生の王学科、袁紹である。すると一刀からは三つ隣の席にいたこちらも金髪の女の子が露骨に嫌な顔をし、「ち、またうるさいのが…」とつぶやいた。彼女は曹操、成績最優秀で入塾した生徒で袁紹とは幼いころからの縁があった。

 

「お~っほっほっほっほ!わたくしが来てあげましたわよ~!あら華琳さん、今日もいつも通りちんちくりんですのね!」

「…よけいなお世話よ。」

 

曹操の不機嫌そうな様子も意に介さず、袁紹はズカズカと教室の真ん中までやってきたところで一刀と目が合った。

 

「あら?坊や、侍従科は家庭科室ですのよ?遅刻してしまうから早くお行きなさい。」

「あの、僕は…」

 

言いかけたとき、李色の髪をした元気な少女が「袁紹さん!」と呼びかける。彼女は一刀の入塾初日に元気よく手を振っていた生徒で、名前は劉備。いつも友達に囲まれている人気者の生徒だ。

 

「どうしましたの劉備さん?わたくしは今この坊やに」

「董白くんは新しく王学科に入ったお友達なんですよ~!」

 

劉備はそう説明する。それを聞いた袁紹は訝しそうな表情で一刀を見た。

 

「王学科…?この坊やが?」

「はい!」

「…水鏡先生も酔狂なことをなさいますのね。」

 

いつも背筋がピンと伸びた褐色肌の少女が、思わぬ洒落に「ぷっ」と吹き出したが、咳払いをしてすぐ居住まいを正す。彼女も成績優秀で、学級委員長という立場を請け負っている孫権だ。

そこで、じっと一刀が自分を見ていることに気が付いた袁紹は横の巻き髪をかき上げながら、

 

「何を見ていますの?わたくしの顔に何かついていまして?」

 

と問うと、一刀はぽけ~っとしながら言う。

 

「あの、きれいだな~と思って…」

 

涼州で育った一刀にとって、まるでお姫様のような煌びやかな格好の女性を見たのは初めてだった。透き通るような白い肌と窓から差し込む陽射しが、よりいっそうキラキラを引き立たせた。そんな姿を見て、一刀にしてみれば感想を素直に告げただけだったのだが、それを聞いた瞬間、袁紹は動きを止めた。

すると今度は若干紅潮した表情で董白を舐めるように見る。

 

「んまぁ…!!あらあら、まあまあ、あらあら~!可愛いこと言う子ですのね~!

顔も悪くないですし…気に入りましたわ!これからは名門袁家のこのわたくしが色々と面倒を見てあげてもよろしくてよ~!お~っほっほっほっほ!」

「??ありがとう??」

 

完全に上機嫌になった袁紹は適当な椅子に腰を下ろすと、わざわざ一度足をピンと伸ばす大きな動作で足を組み高笑いを続けた。曹操からまたもため息が漏れる。

とかくこの世界の女性は直接的に「可愛いね」「奇麗だね」といった言葉を向けられることに弱い。これも要するに浪漫の一つなのだ。

変らず高笑いが続くなか、王学科の授業を受け持つ水鏡が教室へ入ってきた。

 

「おや、随分とご機嫌じゃのう袁紹ちゃん。良きかな良きかな。

そいじゃ、授業を始めるぞい。」

 

その一言でパラパラと皆それぞれの席へ着席する。

 

「ふ~む全員出席…はしとらんようじゃの。孫策ちゃんはまた脱走か。ほほっ、困ったもんじゃのう。」

 

今度は孫権がため息をつく。

孫策はたびたび授業を抜け出し、どこかで遊んでいたりする。特に友である周瑜の目が離れやすい王学科の授業になればかなりの確率で抜け出していた。

 

「まあ良いじゃろ。今の彼女には必要ないというだけの話じゃ。

…さて、今日は初参加の生徒もおるで折角じゃから討論をしてもらうぞい。」

「…討論、ですの?」

「左様。ひとまず皆には国を五つに分け、それぞれ一つが自分の統治であると仮定し、『どんな国を目指すか』をこの竹簡に書いてもらう。のちにそれを発表し、討論開始という流れじゃな。」

 

水鏡は一つ爆弾を残した。国から領土を預けられて五つでなく、国として五つという点だ。この教室でそれに気が付いたのは曹操だけだった。孫権は真面目な顔で思案し、劉備と袁紹は想像して楽しそうに書き込んでいるようだ。対する一刀は、全く浮かばないのか唸るばかりで筆が一向に進まない。そうして時間だけが刻一刻と進んでいったのだった。

 

「…ふむ。そろそろ良いようじゃな。。

そいじゃ、一人ずづ発表開始じゃ!」

 

こうしてそれぞれの発表が始まるのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は王学科の授業後編です!お楽しみに!
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!


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討論

王学科の授業もつつがなく進み、ついに発表の時間がやってきた。

 

「それでは、まずは曹操ちゃんから発表してもらおうかの。

…と、その前に。」

 

水鏡はそこまで言うと、一刀に歩み寄った。

 

「お主、何か書けたかの?」

「…すみません。」

 

考え抜いたが結局一刀は思いつかなかったのだ。それを聞いた袁紹は「もう、仕方ないですわね~」と何故か満足げだったが、曹操や孫権は露骨に怪訝そうな表情だ。しかしそれをわかっていた水鏡は微笑んで言った。

 

「良い良い。お主はそれで良いのじゃ。」

「…え?」

「意地悪をして悪かったのう。最初からお主には書けぬとわかっておった。」

「…ごめんなさい。」

 

情けなくなって一刀は俯く。ところが水鏡は一刀の頭に手を置き、優しくぽんぽんと撫でた。

 

「そう落ち込むでない。お主の役目はこれから始まるんじゃ。」

「??」

 

分かっていないようで一刀は首をかしげる。

 

「ほほっ、董白や。お主は皆の発表をよく聞き、思った意見を素直に投げかけてみよ。それが役目じゃ。」

「は、はい!」

 

返事に満足したのか水鏡は曹操へ始めるよう合図を送る。そうして、まずは曹操の発表が始まった。一刀も気を取り直し、集中してその姿を見ているようだ。

曹操はまるで正の解答を説くように自分の意見を述べていく。内容には説得力があり、つい何度も相槌をうってしまうほどだ。一刀にはそれがとても格好良く映った。

発表の内容を要約すると、曹操の意見はこうだった。まず、五つの国を優秀な一人の指導者の元に束ねるべきであり、その為に一つの強国の傘下に他四つは降ってもらう。その後、優れた人材によってより整然と平和な世に向け民を導いていく。

この意見に真っ向から反発したのは劉備だった。降すのではなく、手を取り合っていくべきだと。孫権は静観していたが、何か思うところがある顔をしている。

 

「何がどう間違っているのかをきちんと言葉にしてごらんなさい。」

「う~…だ、だから!間違ってるから間違ってるんです!」

「話にならないわね。」

「う~…!」

 

言い合いが熱を帯び始めたとき、袁紹が立ち上がった。

 

「話は分かりましてよ華林さん!」

「え、袁紹さんは賛成なの?!」

「当然ですわ!だってその一人の指導者というのはこのわたくしのことでしょう?お~っほっほっほっほ!」

「…誰があんただって言ったのよ。」

 

そのやり取りを見て、一刀は気が付いた。たぶんこの発表の論点はまさにそこなんじゃないかと。

このやり方では指導者は誰かという理由で必ず争いがおこる。最悪の場合、五つの国が見たこともないような大喧嘩をしてしまうかもしれない。

一刀は武威で父の警備隊を手伝う折、「どちらのやり方が正しいか」という大工の頭同士の喧嘩を仲裁した覚えがある。「どちらもおなじ親方さんなのになぜ喧嘩するんだろう」と不思議に思っていた。その時玄が一刀を諭すようにこう言っていた。

 

『いいか、一刀。喧嘩は悪いことじゃない。むしろ殴り合わなきゃ分かり合えない不器用な奴らもいるんだ。だが、今みたいのは話は別だ。

俺のやり方が正しいから従え、では負けた方に必ず遺恨が残る。大事なのはやり方がどうこうじゃない。何を守るかだ。今で言えば方法だが、それは人なのか誇りなのか土地なのか人それぞれさ。むしろそれさえ守られれば喧嘩したってどちらも満足なんだから。』

 

そこで一刀はスッと手を挙げた。水鏡はそれを見て嬉しそうに言葉を促す。

 

「一つ気になったんだけど、その四つの国には守りたいものが無いのかな?」

 

曹操がピクリとわずかに表情を硬化させる。

 

「…それは民以外にという事?」

「うん。」

「国にとって、民以外に大事なものがあるのかしら?」

「う~ん…あのね、これは僕のいたところの話なんだけど聞いてもらえる?」

 

そういうと、一刀はさきほど思い出した大工の話を始めた。皆黙って聞き入っているようだ。

 

「それで、親方さんのとこにいた大工さんが言ってたんだ。『俺は親方のとこで代々やってきたんだ!ほかの奴のやり方なんてまっぴら御免だ!』って。父さんが言うには、それが“誇り”って言うんだって。」

 

その言葉に、曹操はハッとした。若さ故か、自身が優秀すぎる為か、曹操の意見にはその部分だけが抜け落ちていたのだ。どれだけ優秀な人材がその地を統べようと、その国の民にも誇りはある。そこを蔑ろにしてはいつかきっと火種になることは明白だった。

無論、一刀にはそこまでの考えはなく“なんとなく思った”ことを口にしたのだが、元来優秀すぎるほど優秀な曹操にはその言葉だけで充分だった。すると今度はこれまで黙っていた孫権が手を挙げる。

 

「…私は董白の言う事がよくわかるわ。むしろ、私が発表しようとしていた内容と言葉は違えど相違ないもの。」

 

曹操は僅かに悔しさを浮かべる。

 

「だから…僕はそれ良いと思う!」

「うむうむ、董白、それでよい…ってなんじゃと?!」

 

突然の賛成に水鏡だけでなく袁紹以外の全員が驚いていた。袁紹はといえば「そうでしょう!そうでしょうとも!」と何故か高笑いをしている。

 

「…どういうこと?」

「だって、さっきの発表は素晴らしかったもん!それに、僕の話もちゃんと聞いてくれたし、きっと曹操さんみたいな凄い人なら相手の誇りも守ってくれるよ!でしょ?」

「え、えぇ…。」

 

曹操は呆気にとられた表情で頷く。が、それと同時に董白という人間に驚きを隠せなかった。重箱の隅をつつくのではない。まして劉備のようにただ「嫌だ」と叫ぶのでなく、己が見えてなかった支柱の綻びを突いてきたのだ。ところが綻びを突いてきたと思えば一転して賛成だと言う。その理由も「きっと曹操さんならできる」という子供じみた理由で。

このまま押し切れば討論を五分には持って行けたはずだし、たぶんそうしようと思えば董白にはそれができた。でもそうせずに賛同したのは何故か。誰しも心の裏では「相手を倒してやろう」「恥をかかせてやろう」という欲が働く。しかし彼にはそういった二心がないのだ。

曹操はこの少年が、何か透き通った…まるで水のような人間だと認識した。敵とも味方とも違う初めて会う種類の存在。以降、曹操は「この男を完膚なきまでに負けせて見せる」と思うようになったのだった。

 

次の発表は孫権だったが、一刀に重要な部分を言われてしまったと回避を宣言し、劉備の番へ。

劉備はそれこそ楽しそうに自分の考えを語った。曹操のような具体的な案はなく、「戦いがなく、みんなが笑って楽しく暮らせる国にしたい」と語る劉備。無論、これに真っ向から反応したのがその曹操だった。

 

「…馬鹿らしい。」

 

孫権もため息交じりにそれに賛同する。袁紹は発表など聞いておらず、一刀に何やら熱い視線を送り続けていた。

 

「それで?その笑って楽しく暮らしている間に他の国が攻めてきたらどうするのかしら?」

「は、話し合います!」

「では実際に剣を持ち、槍を掲げ、軍馬を引き連れた者たちがあなたの国に攻め入り切っ先をあなたの首に突きつけていたら?それでも話し合うのかしら?」

「そ、それは…もしそうなったら…」

「戦う、のよね?」

「う…。」

 

曹操の意見は尤もだった。自分の国力を高めるために国土を広げようと攻め入ってくることはあり得る話で、それを打ち払う必要も勿論出てくる。だからこそ曹操は一つにまとめるべきだとしたのだ。そのような諍いを生まないために、ある意味で究極の平和的解決策だと言える。ところが劉備はその可能性を一切考えていなかった。

 

「最初に先生が言ったわよね?国を五つに分けると。それは漢から五つの地を任されるのではなく、分けると言ったの。それぞれの国の王が、あなたの地を攻めて自らの支配下に置く可能性を度外視しすぎだわ。」

「あう…だ、だから、それは…」

「民が笑って楽しく民が暮らせるのならそれに越したことはない。でも、それは平和の元に成り立っているの。その為の解決策がまるで出てきていないのはどうしてかしら?それならば私の国の傘下に入ってそれを実現しても良いのではなくて?少なくとも、容易く攻めて来られない強国にするつもりだからその方が近道じゃないかしら。」

 

そこまで言うと、劉備はついに言葉を失ってしまう。つまりこの場の話し合いだけで言えば、反論できないという事はある意味劉備は国を失ったという事になる。

そんな時、手を挙げたのはまたしても董白だった。曹操は明らかに警戒心を見せる。

 

「僕は凄く良いと思うな~!」

「ほ、ほんとに!?」

 

劉備は思わぬ助け船に目をキラキラさせて喜んだが、一方で曹操は訝しむような眼で一刀を見やる。

先ほどのしたたかさはどこへ消えたのか、或いはこの少年はただの八方美人だったのかと。

 

「つまり、ほかの国と“とことん仲良く”なっちゃえば良いんだよね?」

 

誰もが開いた口がふさがらなかった。無論、袁紹を除いて。

 

「そう!そうなの!董白くんはわかってくれたんだね!」

「ば、馬鹿言わないで!そんな理想論…」

「うん、もちろん理想だよ?でも、お互いが仲良くなる努力をすればできるかもしれないでしょ?」

 

それを聞くと孫権はくすくすと笑いだした。あくまでも理想この上なく、孫権自身もこの甘さは好きではないが、あまりの突拍子のなさがツボに入ったのだろう。

それに反論しようとした曹操は一度口を閉じ考える。そうしようと思ったのは先ほどの一件があったからだ。もしかしたらあの少年のの中では何か違うものが見えているかもしれない。そこで曹操はもう一度劉備の意見と董白の考えを頭の中で反芻してみた。「明るく楽しく」大いに結構、だが「戦いのない」というのは甘すぎる。「とことん仲良くちゃちゃえば」…そうか、つまりはそういう事か!

 

「…なるほど。」

 

ため息交じりに曹操が言うと、劉備は嬉しそうに飛び跳ねる。

 

「曹操さんもわかってくれたんだね!」

「…いいえ、あなたの意見は正直理解できないわ。」

「え~?!」

「ただ、董白…あなたの『とことん仲良くなる』という意見だけど、つまりは歩み寄る努力をした方が戦争をするよりもはるかに簡単ということよね?確かにそちらの方が人命や資材、かかるお金は少なく済むでしょうし。交流が深まれば商人もさかんに行き来し、それだけ経済効果も見込めるわ。」

 

飲み込んだ意見を一刀にぶつける曹操。しかし、その一刀はポカンとしていた。

 

「あら?何か間違っていたかしら。」

 

一刀は我に返ると一転、キラキラした目で曹操を見た。まさかの反応に思わず曹操はビクッとしてしまった。

 

「やっぱり曹操さんは凄いね!僕にはそこまで考えられなかったよ!」

「…は?」

「だって友達になればそんな争い起こさないかな~くらいにしか考えてなかったから…えへへ」

 

孫権はついにおなかを抱えて笑い出してしまった。対する曹操は怒っているのか恥ずかしいのか半々といった感じで顔を赤らめる。

 

「あ、あなたねぇ!馬鹿にしているの?!」

「馬鹿になんてしてないよ!僕、発表の時から本当にすごいな~格好いいな~!って思ってたんだから!」

「なっ…!」

 

そんなことを真正面から臆面もなく言ってくるものだから曹操は思わず赤面してしまう。そんな表情を見て、孫権は「へ~」と声を上げる。

 

「な、なによ…。」

「いえ、もう一年以上同じ教室で過ごしてきたけれど、あなたの人間らしい姿は初めて見たから。ふふふっ」

「よ、よけいなお世話よ。」

 

プイとそっぽを向く曹操。

 

「でも曹操さんにわかってもらえてよかった~!やっぱり仲良しが一番だよね!」

「いえ、あなたの意見はこれっぽっちも理解できなかったわ。」

「そ、そんな~!ひど~い!」

 

教室を笑いが包む。

こうして授業終了を告げる鐘が鳴り、董白にとって初めての王学科の授業が無事終わったのだった。

 

塾長室に戻った水鏡は椅子に腰かけると、さきほどの授業を思い返し一人笑顔を浮かべる。あれぞまさに水!あれぞまさに人!董白という少年は想像以上だった。

初めて会ったとき、この特異な少年をゆくゆくは自分の後継者として都へ推挙しようと密かに考えていた。自らの跡を継ぎ「王を知る者」として育て上げかったが、どうやらその枠に収まらない逸材かもしれない。嬉しくもあり悲しくもある複雑な誤算だ。

 

「責任重大じゃな、天の子よ。」

 

そう呟いて、また笑みをこぼすのだった。

一方、廊下では…

 

「…あら?わたくし発表していないような…。

ま、良いですわ!可愛い子にも巡り合えたことですし、今日のお昼は豪~華にいきますわよ~!お~っほっほっほっほ!」

 

食堂へと向かう道すがら、袁紹の高笑いが響いていたのだった。




今回もお付き合いありがとうございます!ちょっと長すぎたでしょうか…。王たちとは最初の絡みとなりますが、大体こんな感じで関係性を作っていくのかな~というのは少し見えてきたかと。
次回は私塾の日常を描いたシーンになります。どうぞお楽しみに!
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!物語についてのご質問なども必ず返信しますのでお気軽にどうぞ!


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私塾の日々、実家の様子

一刀が私塾へ入学してから、ひと月が経過していた。一刀は李儒の鉄壁防備の元、牛輔と郭汜、そして郭汜の幼馴染である李傕とともに毎日を楽しく過ごしていた。

この李傕という少年は一刀とは同じ年とは思えないほど体が大きく筋骨隆々な軍学科の二年生で、自らの筋肉を育て上げることだけに生きがいを持つ学業の成績最下位を袁紹と競っている猛者である。

 

「なあ董白よ、聡明なお前ならわかるだろう?三かける七は一体何になるんだ?」

「二十一だよ。」

「…ふむ。なあ董白よ。聡明なお前ならわかるだろう?四かける七は一体何になるんだ?」

「二十八だよ。」

「なるほど。なあ董白よ」

「だ~~~!!!もう、李傕!全部董白に聞いたら宿題の意味がないだろ!董白だって自分のがあるんだぞ!」

 

ここは寮の談話室。五人で宿題を片付けていたが、九九の七の段を一つずつ聞いている李傕に業を煮やして李儒が叫んだ。

 

「し、しかし李儒…かけ算なんぞ将来そうそう使うまい!こんなもの覚えるよりも俺は筋肉を作りたいぞ!」

「かけ算はそこそこ使うよ!!…まったく、董白も素直になんでも答えすぎ。たまには自分で考えさせなきゃ。」

「あはは、ごめん。」

 

一刀は頭をかいた。李傕は教科書を唸りながら睨みつけ、しかし筆は一向に進まないようだ。

牛輔と郭汜の二人はなにやら一緒の本を読みながらニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら談笑している。李儒が念氣で見るまでもなくあの二人がおどろおどろしい色に染まっているのは明白だ。

 

「…ところでさ、董白。最近休みの日になると姿が見えないけど何かしてるのかい?」

 

李儒には最近気になることがあった。董白は休みの日になると必ず、朝早くから食堂で余りものをたくさん貰って愛馬の白亜とどこかへ出かけるのだ。

 

「えっとね、友達に会いに行ってるんだ~」

 

筆を進めながらそういう一刀だったが、その言葉にすこしソワソワした気持ちになる李儒。

 

「と、ともだち…。」

「うん!とってもいい子なんだよ~!」

「そ、そう…なんだ…へ、へ~…」

 

李儒は複雑な感情を禁じえなかった。近頃では董白の周りにはたくさんの人が集まるようになってきていた事もあってそれに拍車をかける。

王学科の授業があってからこちら、上級生の袁紹は頻繁に教室にやってきては愛でるように接しているし、そのとりまきの顔良、文醜、田豊も董白を気に入っているようだ。曹操は事あるごとに董白と意見交換をしているところを見ると、少々の棘を感じるが人となりを認めているらしい。あの曹操が意見交換などと最初はみんなを驚かせていたが今ではお馴染みの光景だった。彼女を慕う一年生の曹仁、曹純姉妹とも親交を深めつつあり…しかし時折、夏侯惇に理不尽な絡み方をされているのは同情したが。いつも凛としている孫権も董白の朗らかさにあてられてか、笑みを零しては気安い関係を築いているようだ。劉備に至っては完全に董白に懐いてしまっていた。

李儒自身も人当たりの悪い方ではないから一人ぼっちというわけではないが、なんだか焦りを感じてついつい横目で気にしてしまう。これは幼馴染の女の子の話を聞いているときも同じだった。

 

「(なんかモヤモヤするな…)」

 

李儒の心がこの時すでに少しずつ変化していたのだが、それにはまだ気付いていなかったのだった。

 

ところ変わって武威の街。普段政務を取り仕切っている一刀の母、夕陽はその日の仕事を片付け家に帰るところだった。仕事もきっちり熟し、いつでも冷静で聡明であり、皆に慕われている夕陽。その背に「お疲れさまでした!」と挨拶を受けて職場を後にする姿は周囲の羨望を集めていた。

商店の前を通れば色々な人が声をかけ、それに丁寧に会釈をして通り過ぎる。

 

「ほんと、あの人は凛としていて素敵よね~!」

「ほんとよね~!」

 

なんて会話が聞こえてくるほど、近所で有名な素敵過ぎる奥さん。

だが皆は知らない。その素敵過ぎる奥さんは家に帰ると…

 

「月ちゃ~ん!ただいま~!」

「へぅ~!お母さん、おかえりなさい!」

 

トテテと駆けてくる月をギュッと抱きしめて頬ずりする夕陽。

 

「ん~…!お母さんね、月ちゃんに会いたくて会いたくて仕方なかったの~!月ちゃ~ん、ぎゅ~!!」

「へぅ~?!」

 

もみくちゃにされて目を白黒させる月だったが、構わず頬ずりをやめない夕陽。

それからしばらくして玄が家に帰って来た。すると今度は大泣きしながら飛びついてくる。

 

「うわ~ん!あなた~~~~~!!!!」

「どわっ!?な、なんだ…ってまたいつもの発作か?」

 

半ば過呼吸になりながら泣きついてくる夕陽を撫でながらため息をつく玄。

 

「一刀ちゃんに会いたいよ~!!私、もうダメなの~!!家に帰ってきて一刀ちゃんが居ないなんて、こんなのヤダヤダヤダ~~~!!!」

「わかったから落ち着け…あ~、月、おつかれさん。」

「へ、へぅ~…」

 

それまで月に泣きついていたのだろう、疲れ果てて目を回している月に一声かけると夕陽に向き直る玄。

 

「一刀が私塾に入ってまだひと月しか経ってないだろうが。」

「ひと月“も”なの!!あなたと月ちゃん、それに一刀ちゃんが居ないと私は生きていけないの~~~!!!

ああ…一刀ちゃんもきっとお母さんを想って泣いているわ。そうに違いないもの…!」

 

そう、その素敵過ぎる奥さんは家に帰ると…こうなのだ。

外ではきっちりしている凄腕政務官も、誰の目もない家族の前だけは超甘えん坊のバカ親に変貌する。

 

「一刀ちゃん分が足りないと私もう死んじゃう…ぐすっ」

「お前は一刀から何を吸収してたんだよ…。」

 

その時、玄関の外から「ごめんくださ~い!」という声が響いた。とっさに夕陽は外向きの顔になり「は~い!」と玄関を開ける。外に立っていたのは軽装だが装備を整えた見慣れない青年だった。

 

「あら?どちらさま?」

「水鏡の街にある商会に配属している護衛の者ですが、董白さんのご家族でお間違いないですか?」

「はい、そうですが…」

 

唐突に一刀の名前が出てドキッとする夕陽。まさか子に何かあったのだろうか。玄もまた心配して顔を出す。

 

「実は、武威に来る前にその少年に頼まれて手紙を預かっているんですが…」

「手紙?!一刀ちゃ…こほん、一刀から?!」

 

差し出された封筒を奪うように取る夕陽。開いて文面を見てみると、間違いなく一刀の字だった。

 

「一刀!一刀だわ!…ふむふむ…良かった~、楽しくやっているみたいね~!」

「ほう、元気そうで何よりだな。」

「こうしちゃ居られないわ!すぐに返事を書かなきゃ!!すみませんが、明日の朝また来てくれるかしら?それまでに書いておきますから…」

 

青年に向き直ってそう言う夕陽。

 

「あの…申し訳ないんですが急ぎの出荷がありまして、今日の夜にはここを発ってしまうんです…」

 

すると夕陽は笑顔のまま青年の胸倉をつかんだ。

 

「朝までいるだろ?あ゛ぁ?」

「ひぃぃ?!は、はい!!朝一番でお伺いいたします!!」

「はい、よろしくお願いしますね~!」

「はいぃぃ!そ、それでは失礼いたします!!」

 

青年は涙目で走り去っていった。それを見届けると夕陽はポンと手を叩いて、

 

「さ、みんなでお手紙を読んでお返事書きましょ~!」

「お、おう…」

「へぅ…」

 

そう言うのだった。

因みに、一刀の入塾が一年ずれ込んだのはこの夕陽が原因だった。実は九才の時には水鏡から推薦状が届いていたのだが、御覧の通りの夕陽が「子の将来を思えば私塾にも通わせたいけど、心の準備が出来ていない!」とゴネにゴネたのだ。水鏡の計らいで特別に一年だけ待ってもらい、その一年で玄が懸命に説得し入塾を果たせるようになったのだった。

 

夕陽が意気揚々と居間に向かおうとしたとき、一枚の紙が落ちていることに玄が気付いた。きっと乱暴に手紙をひったくった時に間から抜け落ちたのだろうと思い拾い上げると、そこには『授業参観』の文字が。よく見てみると、どうやら来月に開催されるようだ。

 

「お、おい夕陽!これ見てみろ!」

「…まあ!!」

 

その日から夕陽は枕元に授業参観の用紙をおいては、たまにそれを眺めて「一刀ちゃんに会っえる~♪会っえる~♪」とゴロゴロ。まさにウキウキが止まらないといった様子だった。寝る時も抱きしめて寝るものだから、破れてしまわないように玄が寝付いた夕陽の腕からそっと外すというのが日課となったのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!授業参観の前に次回はanotherstoryになります!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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李儒の秘密、王の見立て

another story 李儒

『李儒の秘密』

 

僕には誰にも知られたくない秘密がある。

 

「李儒~そろそろお風呂行こ~?」

「え?!お、お風呂?!

あ、あはは~…ぼ、僕はまだいいかな~…さ、先に董白が行ってきなよ!」

「そう?でももう入浴の時間終わっちゃうよ?」

「えっと…そ、そう!最後に誰も居ないお風呂でゆっくりしたいんだ!うん!」

 

そう言うと、少し寂しそうな顔で部屋を出ていく董白。そんな表情を見せられてしまうと胸が痛くなってしまうが、でもこればかりは仕方がない。

 

---体を見せるわけにはいかないから…。

 

生まれたときから家族(主に父)の意向で、僕は男として育てられた。父は医者をしていて、母は賊の討伐を生業にしている所謂傭兵だ。子供のころに何度か「なんで僕は女の子の体なのに男の子のふりをしなきゃいけないんですか?」と父に問い詰めたこともあるが、明確な回答は得られなかった。とにかく幼少期は勉学を勧められ、事あるごとに「母のようになるな」と言われていた。しかし二人の仲が悪いかというとそうではなく、だからこそ不思議に思っていたのを覚えている。おかげで運動音痴だけど勉強は得意な父に似て僕もその通りの育ち方をしている。侍従科を希望したのも、『薬学』や『医学』の授業がどちらもあるのは侍従科だけだったからだ。

ところが最近困ったことに、体の方は徐々に母のそれに近付いてきてしまった。母は背丈こそ小柄だが、胸は平均よりは大きくしっかりと女性の体つきをしている。そのせいで育ちつつある胸を押さえつけるためにサラシを巻いているのだが、いつまでこれで誤魔化せるのかは甚だ疑問だった。いっぱい食べて太ったということにしようかとも思ったが、それはなんとなく嫌だった。

 

「…はぁ。今日もお風呂屋さん、行こ。」

 

ため息をつくと僕はいつもの銭湯へ向かう。ここは私塾とは少し歩いて距離があるところにあり、生徒とは誰にも会う心配がないから時折利用する。もちろん女湯だ。

 

---だって僕は、女なのだから。

 

以前、たまたま皇甫嵩先生と出くわしてしまったこともあったが、メガネをかけていないせいかバレずに済んだことがある。油断はできないが、女としてゆっくりできる時間であることにはかわりはない。

 

「ふ~…極楽極楽~…」

 

体を洗い終えた僕は湯船で足を延ばしてくつろぐ。そうしていつも思い返すのは決まって董白のことだった。

初めてできた本当の友達。彼はいつでも真っ直ぐで、素直で、何より裏表のない人。念氣により嫌なものを見て疲れた僕の心を癒してくれる唯一の存在。…だったハズなんだけど、最近の僕は妙な感情にとらわれていた。最初は他の子たちが董白の周りにたくさん来るようになって、なんだかソワソワした気持ちだった。彼と一番仲良しは僕なのに~って。我ながらバカだと思うけど…。ただこの時は、それくらいでギリギリ保てていたんだ。

でもそれがある日一気に崩れた。きっかけは、なんてことはない談話室での男子同士の会話。「夏侯淵先輩キレイだよね~!」とか「一年生の曹純ちゃんも可愛くない?」とかそんな話が繰り広げられていた矢先、ある男子が「董白くんは好きな人いるの?」と聞いた。彼は少し天然なところがあり、質問の意味を勘違いしたのだろうけど、あろうことか「李儒!」と答えたのだ。みんなは「いやいやそういう事じゃなくて!」と笑っていたが、とても私は笑っていられなかった。頭の中は真っ白なのに顔は耳の先まで真っ赤になってしまって、誤魔化すのがもう大変。でもあんなこと言われちゃったら女の子なら誰だってこうなるに決まってる。

結局その日は寝る時もそれを思い出しては枕に顔をうずめて足をバタバタ。夢にまで出てきちゃって何度も飛び起きた。だって夢ではこ、ここ、恋人同士になって、手をつないで逢引…とか、してたし!

 

「ああ、思い出したらまた恥ずかしくなってきた…!」

 

湯船に口まで浸かってブクブク…。

それからは董白の顔を見るたび大変だった。ちょっと触れただけでドキドキするし、彼が他の子と仲良くしていると無性にイライラした。董白ってば何につけても元気でよく擦り傷とか作ってくるから、練習ついでに僕が部屋で治療してあげてるけど…なんかその度に胸がキュンとしちゃって…。

意識しちゃってるのは完全に僕だけなのはわかってる。だって董白は僕を男だと思っているわけだし…。だからあの言葉に勘違いしちゃいけない、気をしっかり持たないと。

 

「…そろそろ出よ。」

 

のぼせそうになった僕はいそいそと湯船から出て、脱衣所で体を拭く。その時、着替えの横に置かれた焼き菓子が目に入った。それはいつも子供が来た時だけ番台のおばちゃんがくれるものだ。

そういえば、彼に侍従科の授業で作ったお菓子をあげた時、すごく喜んでくれたっけ。

 

『ねえ、それ美味しい?』

『…もぐもぐ…うん、おいしい~!…もぐもぐ』

 

にこにこと本当に美味しそうに食べている姿に嬉しくなって、なんだか胸の中がぽわ~っとしちゃった。

一つ勝手に摘まんだ牛輔が「美味ぇなコレ」と言ってもなんでもなかったのに…もちろんそのあと激痛のツボに針をぶっ刺してあげた。董白のために作ったものだったからちょっとムカッとしてやっちゃったけど、あそこまでする必要はなかったかもとちょっと反省。

それにしても…裏表がない彼だからアレは破壊力抜群だったな~。

 

「…また、作ってあげようかな。」

 

思わず口に出してしまい、慌てて首を振る。ダメだダメだ!しっかりしろ僕!ちょっと褒められたくらいで舞い上がっちゃうなんて…これじゃまるで恥ずかしい奴じゃんか!

 

「…僕は男の子僕は男の子僕は男の子…!」

 

小声で何度もそうつぶやく。火照った身を引き締めるようにしっかりサラシを巻いて、いつもの服に着替え姿見で確認する。顔が赤いのはお風呂のせいで、彼のことを考えていたからじゃない。

でも、ひょっとして僕は…と思いかけて水で顔を洗う。

よし、これでいつもの僕だ。これは絶対恋なんかじゃないし、僕が勝手に勘違いしてのぼせちゃってるだけ。僕は男友達の李儒、ただそれだけ!

 

「っ…」

 

不思議な痛みが胸を刺す。きっとお風呂に浸かりすぎたせいだ。

僕はお風呂上がりの火照りを夜風で冷まし、寮への帰路へ着いた。帰ったら僕は僕じゃなきゃいけない。

僕は男の子。少なくとも、この私塾にいる間は。

 

「ふ~…。」

 

帰ったらいつもつけてる日記を書こう。あの中なら、僕じゃなくてもいいんだから。

いつの間にか董白一色となっている日記に、この時の僕は気付いていなかった。そしてそれが思いもよらない事態を招くなんて予想できなかったのだ。

だから僕がこの感情を理解して一歩を踏み出したのは、だいぶ後になってからだった。

 

another story 李儒

『李儒の秘密』END

 

~~~

 

another story 曹操

『王の見立て』

 

「そう、あなたにも素敵な幼馴染が居るのね。」

「うん!だから長期休暇に入ったら会いに行くんだ~!」

「ふふっ、私も会いに行こうかしら。思春…元気にやっているといいけれど。」

 

休み時間、教室の隅で談笑を続ける二人をそっと観察する。董白…あのぼんやりした見た目に騙されてはいけない。少なくともこの私を二度もやり込めたのだから評価に値する。劉備に近いものを感じるが、アレほど甘ちゃんではない。隙だらけのように見えてそれは隙ではなく、警戒してみればそれはやっぱり隙だったという無限回廊のような食えないヤツ。

いつしか私はこの男を注視するようになっていた。

 

「ねぇねぇ董白くん、どうやったら曹操さんと仲良くできるのかな?」

「ん~…あきらめずに何度もぶつかればいいんじゃないかな。」

「そっか~。よ~し!曹操さんと仲良くなるぞ~!お~!

ほら、董白くんも一緒に!お~!」

「えぇ?!…お、お~!」

 

私はすぐ目の前にいるのだけれど…。恥ずかしいからおやめなさい。

それにしても、あの孫権までほだされてしまうなんて大した人間だわ。麗羽なんかはもう首ったけみたいだし、華侖や柳琳も妙に懐いている。基本的に劉備としか接しない関羽も奴となら少しは話すようだ。…スケコマシの才能でもあるのではないかしら。それでないなら体から媚薬でも垂れ流しているのではなくて?

 

「なあ董白、一年生の教室行こうぜ?いや深い意味はないぞ、ただこう…癒しを求めてだな」

「ハンッ、三次元になんの癒しがあると言うのだ!…それよりも董白クン、私とこの絵について大いに語ろうではないか」

「董白、お前は筋肉が足らんように見えるぞ。フンッ、フンッヌ!俺と一緒に筋肉を思う存分鍛えようじゃないか!フンッヌ!」

 

…まあ、友達の選び方は考え直した方がいいようだけれど。と思った矢先、三人の悲鳴が轟く。どうやら何かをされたらしい悪の根源たちが倒れるのを見て理解する。

李儒が何かしたようね。

 

「勝負だ董白!!!」

 

その時、大きな音を立てて扉が開け放たれた。夏侯姉妹の粗野な方、夏侯惇こと従妹の春蘭だ。先日の王学科と兵学科の合同授業で行われた体育の時間、彼に徒競走で負けたのがよほど悔しかったのだろう。それに私の前で土をつけられたのだから尚のことだ。

 

「華林様!見ていてください!今度こそこやつのそっ首、華琳様の御前に差し出して見せます!」

 

…それはもう勝負というより戦よ、と私はため息をつく。

とはいえ、先日の徒競走は見ものだった。あの春蘭が体育で負けるなんてそうそうあることではない。武の才は足運びでなんとなく感じていたが、あの脚力は見事というほかない。きっと故郷に良い競い相手が居たのだろう。それに何本走っても息が乱れず、春蘭が先に膝をつくなど信じられなかった。

ただ、一度打ち合いになると回避はからっきしで、戦い方は性格とまるで違う“どつき合い”。それでもあの関羽相手に強烈な一本をもらったのに、へらへらしながら立ち上がったのは驚いた。関羽だって信じられないものを見た表情をしていたから手応えはあったのでしょうし。見た目こそただの少年だが、その体力は天賦の才と言える。

 

「夏侯惇さん!いい加減にしてください!」

「ぬぅ?!」

 

おや、と私は思った。鬼の形相で董白に詰め寄る春蘭の目の前に、李儒が立ちふさがったのだ。あの小さな体で胸を張って腕を組み、行かせまいと仁王立ち。さすがに恐怖心はあるのか、微かに足が震えているが一歩たりとも引く気はない様子だ。

 

「この前だってそうやって勝負を吹っかけて、結局董白が転ばされて膝を擦りむいたんですよ?」

「あ、あれはこやつが中々先に行かせんから…というかそんなもの、唾でもつけておけば平気だろう!」

 

ふむ…李儒か。アレが本当は女だという事を私は知っている。ちょっと観察すればわかるものだ。サラシでも巻いているのだろうけど、胸のふくらみを僅かに誤魔化しきれなくなってきているし、足の運び、仕草、それにある周期で変化するあの子の体調。

きっと何か事情があるのでしょうから公にするつもりはないけれど…それにしても少し過保護過ぎじゃないかしら。

 

「大丈夫だよ、李儒!じゃあ夏侯惇さん、今日は何で勝負しますか?駆けっこ…はもうやったから、今度は縄跳び?」

「フハハ!潔いではないか!それで構わん!よし、ついてまいれ!」

「もう董白ったら、ケガしても手当してあげないからねっ!」

「あ、じゃあじゃあ~、私がしてあげるよ~!」

「ずるいっ!私も~!」

 

なまじ見た目が良い董白だから、近くにいた女子生徒がそんな声をあげる。

 

「そ、それはダメ!董白は僕が治療するの!その…れ、練習も兼ねて!」

 

何かしら…なんだか甘酸っぱいものを見せられている気がするのだけど…ああでもなるほど、そういう事ね。それにしても李儒、あなた自分の立場の複雑さに加えてとんでもない者に懸想したものね…。私の見立てでは彼、その辺の感情には超鈍感な類の人間よ。まずは自分の気持ちをちゃんと整理しないと振り向かせるのは無理なんじゃないかしら。

私はつい笑みを零した。

そして私は、李儒とは違いこう彼を評価する。

 

「秋蘭、私はあの男を将来必ず降らせるわ。」

「はっ、ご随意のままに。」

 

いつの間にか後ろに控えていた夏侯姉妹の妹、夏侯淵こと秋蘭に、私はそんな宣言をしたのだった。あの男は必ず覇道を歩む私の前に立ちふさがる。それが王としてか将としてかはわからないし、今はまだ予感程度のものだけれど、それでもそうなってほしいとも思った。

あなたを倒すのは私。そうならなければ面白くない。だからそのために力をつけよう。この私塾を出た後も、その歩みを止めることなく。

 

another story 曹操

『王の見立て』END

 




今回もお付き合いいただきありがとうございます!李儒と曹操のanotherstoryでした!そして次回はとうとう授業参観です!
それでは、皆さんのご感想お待ちしております!


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授業参観(前編)

空は晴天、まさに参観日和。

水鏡塾はいつもと違い、たくさんの保護者であふれていた。

 

「あら華琳ちゃんのお母様~?相変わらず親子揃ってちっぱいですわね~!お~っほっほっほ!」

「…そちらは親子揃って脳に栄養が行かなかったのかしら?」

「母様、馬鹿は遺伝するのよ。」

「んん?何かおっしゃいまして?」

「「…なんでもないわよ。」」

 

時には険悪に。

 

「あら~!桃香ちゃんじゃないの~!久しぶりね~!」

「あ~!白蓮ちゃんのお母さん!」

「うちの子どう?みんなと仲良くやれてるかしら?」

「え、白蓮ちゃんて私塾にいたの?」

「居るよ?!私いつも一緒に昼飯食べてるだろ?!」

「え、だって一度も出てきてないし…」

「出てきてないって何だよ!私だって生きてんだよ!いい加減泣くぞ?!」

 

時には涙し。

 

「華侖も柳琳もちょっと見ない間に大きくなった気がするわね~!ね、あなた?」

「ああ、二人ともちゃんと勉強はしてるかい?」

「もうっ、あなたったら今はそんなことどうだって良いじゃない!

…だからとりあえず、脱ごっか♪」

「わ~い!」

「ちょ、お母さんどうして?!って姉さんも脱ごうとしないで!」

 

時には慌て。

 

「おら雪蓮てめぇ!!こっそり授業抜け出すたあどういう了見だ、ああん!?」

「げ…かあ様!?」

「そのせいであのクソ爺に小言言われたじゃねぇか!オレにめんどくせぇことさせんじゃねぇよ馬鹿野郎!」

「怒ってる理由そっち?!」

 

時には怒られ。

 

「…喜雨、お友達とはうまくやれてる?」

「お母さん…来たんだ。」

「洛陽での仕事の帰りに、ちょっとね。」

「…そんなことだろうと思った。」

 

複雑な家庭もあり。

いつも以上に賑やかな校舎の中、きょろきょろと一刀を探す三人が居た。董夫妻と娘の月だ。

夕陽はこの日のためにあつらえたオトナな印象の上下でビシッと決め、えらい気合の入りようだった。

 

「おい、それにしてもそこまでお洒落しなくても良かったんじゃねぇか?」

「あなた何言ってるのよ!ダサダサな恰好で来て、もし一刀が『や~い!お前の母ちゃん出~べそ!』なんて言われたら大変じゃない!」

「そ、そうか…?」

 

そんな問答をしていた時、後ろから我が子の声が聞こえた。いや、訂正しよう。聞こえたのは夕陽だけで、それこそ遠くからほんの微かな笑い声を拾ったのだ。

 

「…居る!一刀ちゃんが…あっちに!」

「お前時折人間辞めるなよ?!」

 

人込みを掻き分け辿り着いた教室、そこには本当に保護者と談笑している一刀の姿があった。

 

「一刀ちゃ~~~~~ん!!!」

「へぶっ」

 

まるで城門をぶち破る破城槌のごとく突進し抱きつく夕陽。続いて玄の抱っこから抜け出した月が「お兄ちゃん!」と、トテテと駆けより一緒にしがみつく。突然のことに一刀は目を回していたが、「よ、元気してたか?」と玄に助け起こされた。

 

「一刀ちゃん、一刀ちゃん、一刀ちゃん!あ~、一刀ちゃんだわ…本物の一刀ちゃん…!お母さんね、ず~~~~~っと一刀ちゃん会いたかったの~!」

「お、おい夕陽、みんな見てるぞ。ちょっとは落ち着け。」

「あ、あらいけない…!こほん…一刀、元気に…ってやっぱ無理~~~~!!一刀ちゃ~~~~ん!!」

 

あれほど完璧に自己管理していた公私の切り替えが、今日に限っては全く使えていないようだ。だがそれは無理もない。夕陽はこの時をどれほど(比喩ではなく)夢に見たことか。それを知っている玄は邪魔しないようにため息をつくだけで無理に正そうとしなかった。それに娘の月も足にしがみついて嬉しそうにしているから尚更だ。

 

「あ、あはは…すごい愛されようだね…」

 

そんな様子をすぐそばで見ていたのは李儒とその両親だった。李儒の母は李儒をそのまま日焼けさせたような見た目だったが、大きくへそを出した大胆な服装で二本の斧を背負っているまさに傭兵といった格好。そして何故か窓枠で懸垂をしている。対して、家族の様子にもらい泣きしている父はいかにも真面目そうで、黒縁メガネがよく似合う伊達男といった感じだ。

 

「なんかすんません、うちの家内が…」

「いや、良いんだ。さきほど少し話しただけだが、こんな好いお子さんなんだ。気持ちはよくわかる…!」

 

メガネを眉の方へずらし、目をぬぐう李儒父。母は自由奔放な性格なのか、今度は突然腕立て伏せをはじめている。

 

「それに引き換えお前というヤツは…!」

「え?!」

 

いきなり矛先が向いた李儒は驚く。父も怒り心頭といった様子で詰め寄った。

 

「あれほど言っただろう!母さんには似るなと!」

「…そ、そんなこと言われたって…。」

「これ以上似ないよう、いい機会だから教えてやる!

…あれはまだ私が駆け出しの医師だったころだ…」

 

すると遠い目をした父が語る。

ある時、李儒の父の元に全身血だらけの女が駆け込んできた。夜中で看護師たちももう帰宅し、自身も診療所を閉めようとしていたが、その女の容態を見て父は診察室に招き入れた。どうやら賞金稼ぎでヘマをしたらしく、特に背中の裂傷は早く治療しなければ命は助からないほどの重症だった。結局寝ずに治療を施し、疲れ果てた父は待合室の長椅子で仮眠をとることにした。

そして目が覚めると、女は裸で自分の上に跨り腰を振っていたのだ。何を言っているのかわからないと思うが、父も何をされたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。無理矢理だとか「くっ殺」だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったようだ。ストックホルムでナイチンゲールがランデブー。つまりはそういう事である。

そしてその時身籠ったのが、李儒だった。

真面目な父は子ができたことで結婚を決意。母も「体の相性抜群だった」という理由でそれを受け入れ、めでたく(?)二人は結ばれ今に至る。そんな人生を味わった父だからこそ、こんな母の血が入っている娘が他所様のご子息を自分のような被害者にしてしまわぬよう、もう何が何でも男として育てようと決意したのだった。

 

「な…な…な…!」

 

あまりに衝撃的な出生の事実に、思考が追い付かない李儒。玄は込み入った話だろうといつの間にか席を外している。

 

「だから…母さんのような淫乱にはなるな!男を無理矢理襲ってモノにするなんて言語道断!」

「し、しないよそんなこと!!」

「口答えをするな!!大体お前、董白くんをぱっくんちょする気じゃないだろうな!父さん許さないからな!あんな好い子を手籠めにするなんて絶対に許さん!ちゃんと手順を踏んで交換日記からはじめなさい!」

「ちょ?!僕、そんな…!彼とはそ、そそそんなんじゃ…!」

「ほれ見ろ顔が赤いじゃないか!許さん!絶対に、許さ~ん!!」

 

顔を真っ赤にして力説していた父の肩に背後からガシッと手がめり込む。その瞬間、血圧が心配になるほどさっと血の気が引く父。恐る恐る振り返ると、笑顔だがこめかみをヒクヒクさせた母の姿がそこにあった。

 

「随分面白ぇ話してんじゃねぇか…なあ、旦那様?」

「ひっ…!!」

「二人目こさえたるから厠来いやオラァ!!!」

 

そのままずるずる引きずられて行く父。

 

「ま、待って!もうすぐ授業が…!」

「んなもん知るか!玉ン中からっぽになって血が出るほど絞ってやんよ!」

「イヤーーー!!ばっくんちょはやめて!!アレだけは…アレだけはらめーーーー!!」

 

教室の出口に手をかけて抵抗するが、到底力ではかなわない母に連れ去られていく。だんだん遠くなっていく悲鳴に、我が家の暗部を知ってしまった李儒は乾いた笑いを漏らすだけだった。そして、無性に海が見たくなっていた。

 

「あら?お父様とお母様はどちらに?一刀がお世話になってるからご挨拶したかったんだけど…」

 

その時、一刀を愛でていた夕陽が李儒の元へ近づいてきた。頭はまだ混乱しているが、李儒はとっさに背筋を伸ばす。

 

「ところで、あなたが李儒くんね?」

「は、はい!義母(おかあ)…じゃない!えっと、董白のお母さま、は、はじめまして!」

「一刀からのお手紙でも書いてあったけど、いつも仲良くしてくれてありがとう。」

「い、いえ!とんでもないです!」

 

夕陽と対面する李儒はもうカチコチといった様子で、一瞬とんでもないことを言いかけたがなんとか持ち直した。

 

「これからも息子をよろしくお願いしますね?」

「母親公認…!?えっとそれはその…!ふ、不束者ですがどうか末永くよろしくお願いいたします!」

 

…まだ持ち直せてはいなかったようだ。完全に取り違って三つ指を手てて頭を下げる李儒に、「あらあら丁寧な子ね~!」とおかしそうに笑う夕陽。

すると今度はそこへ牛輔が走ってきて妹の頭を撫でていた一刀に跪く。びっくりしてしまった月はサッと一刀の背中に隠れる。

 

「義兄様に生涯の忠誠を捧げます!!」

「へ?ど、どうしたの牛輔いきなり…」

「なんだなんだ董白きゅ~ん、水臭いじゃんか~。」

 

わけがわからないことを宣言したと思ったら、今度は一刀にしなだれかかり猫なで声を出し始める。

 

「なあなあ、妹さん名前なんていうの?どんな遊びが好きなの?好きなお菓子は?それからそれから…」

 

段々と鼻息が荒くなっていく牛輔。見かねた李儒は頭痛・眩暈・下痢・吐き気のツボに針を刺す。牛輔は悲鳴を上げたかと思うと自分の体のどこを押さえたらいいのかわからない様子で、厠の方へ走っていくのだった。それと入れ替わるように担任の皇甫嵩が入ってくる。皇甫嵩も少し緊張した面持ちで、心なしかいつもより化粧が濃いようだ。

 

「あ、ヤバ…!今厠には…ま、いいかどうでも。」

 

少しグレ加減の李儒はそのまま放っておくことにし、席に座るのだった。




今回もお付き合いいただきありがとうございます!授業参観前編をお送りしました。今回は色々な人が出てきましたね…え、いたの?とか思う人が居ても絶対に口にしちゃいけません。かわいそうです。
次回は授業参観(中編)です!それでは、皆さんのご感想お待ちしております!

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平素から本二次創作を読んで頂いている皆さま、ならびにご感想や評価投票をくださっている皆さま、本当にありがとうございます。いつの間にかお気に入りも100件を超えていて嬉しい限りです。今後ともお付き合いをよろしくお願いいたします。


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授業参観(中編)

「お、おほんっ、え~っと、それでは『道徳』の授業を始めたいと思います!」

 

かなり緊張しているのか、やや引き攣った笑みでそう言う皇甫嵩により授業参観が始まった。座席の一番後ろでは保護者たちが立ってにこやかに見守っている。董夫妻はそのど真ん中に陣取り、夕陽は祈るように両手を胸の前で組んで、玄は疲れてウトウトしまった月をおんぶしながら一刀の後姿を眺めていた。

 

「実は、今日はみんなにお父さんお母さん宛の手紙を書いてもらっています。それを一人ずつ読んで、道徳の授業と代えたいと思います。」

 

教室の後ろでは保護者たちが俄かに活気づく。

 

「それじゃ、みんな準備はいいですか~?」

 

生徒たちの元気な返事が響く。

まず初めに読んだのは学級委員長である孫権だった。孫権は母である孫堅について書いており、その武勇は呉の地に大きく響き渡っているのだと誇らしげにそれを読み上げる。兵学科の生徒はもちろん、軍事関係で働いている保護者からも大きな拍手が起こり、当の本人である孫堅は「うむ!」と満足そうに笑っていた。

 

「さ、さすがは江東の虎ですね~!ただ…ご息女はまた若いですし、戦場を引っ張りまわすのはどうかと…」

「あん?」

「いえ!なんでもありません!

それじゃ、次は…」

 

虎に睨まれてしまった皇甫嵩は迫力に負けて話を逸らすことにする。そして次に読み始めたのは曹操だった。曹操は母の仕事を事細かに分析し、それについての改善案を出す。そして母もこれに応戦。もはや授業参観ではなく軍議を思わせる二人のやり取りに開いた口が塞がらない保護者たち。結局どちらも折れることなく皇甫嵩の「は、は~い!そこまで!」という合図で打ち切られるが、未だ二人の睨み合いは続く。

 

「あの、せっかくのこういう場ですから、お二人とも仲良く…」

「あら、仲は良いわよ?」

「ええ、私と華林はいつもこうですから。」

「…。」

 

理解がこれっぽっちもついて行けないようで、皇甫嵩は言葉を失う。続いて読み始めたのは関羽。後ろで見守るいかにも屈強そうで立派な髭を蓄えた父についての手紙だった。道場を経営している父に勝ち、いずれ青龍偃月刀を引き継ぐと宣言。こちらも攻撃的な内容ではあったのだが、なんとなく言葉の端々に父への尊敬や愛情がにじみ出ていて皆の感動を誘ったが…

 

「泣いとらん!!拙者は泣いとらんぞ!!!」

「ちょっ!危ないから偃月刀振り回すのはやめてください!」

 

涙を誤魔化すべく素振りを始めた大男のおかげで台無しだった。因みに、偃月刀を片手で受け止めた孫堅とバチバチに睨み合ったのだが、それはまた別のお話。

続いては李儒だったが…

 

「…すみません、手紙は今破り捨てました。」

 

そう言って目の前でバラバラに引きちぎった。先ほど知ってしまった出生秘話の衝撃が根深いのだろう。まさに、一人の子が反抗期を迎えた瞬間だった。

苦笑いする皇甫嵩をしり目に、次は劉備が読み始めた。いかにも年相応な「お父さんお母さん大好き!」といった内容で、後ろでは二人で手を握り合った朗らかで優しそうな夫婦が涙を浮かべて嬉しそうに聞いていた。皇甫嵩は「私が待ってたのはコレ!」と言いたげに何度も頷いている。

 

「素晴らしいですね~!!劉備さん、良く書けてますよ~!」

「えへへ~」

「それじゃあ、この調子で…次は公孫瓚さん、どうぞ!」

「はい!」

 

こうして生徒たちは手紙を読んでいき、その度保護者は照れたり喜んだり、時には涙したりと各々の反応を見せていた。

そしてやってきた一刀の番。両親も一語一句逃すまいと前のめりで言葉を待つ。月はすでに玄の背で寝てしまっていた。

 

「…僕は、父さんと母さんの本当の子じゃありません。」

 

そんな言葉から、手紙は始まった。

予想外だったのだろう、教室の全員が言葉を失った。隣の李儒も目を見開いて驚いている。あの冷静な曹操さえ僅かに表情を変えたほどだ。

この時代、もちろん里子などは珍しくない。だが学友からすれば擦れたところの全くない真っ直ぐで素直な董白からは、そんな印象は得ていなかったのだ。どこか斜に構えてしまったり、つい悲観的な見方をしてしまったり…経験というのは意図せず人格に影響を及ぼす。無論、それが悪いという事ではない。それがその人を人たらんとしている証なのだから。学友が驚いたのはひとえに、いつも太陽のようにポカポカした董白に、影があるとは思ってもみなかったのだ。

夕陽と玄は息をのんで続きを待つ。二人とも「そうか、やっぱり覚えていたんだ」と思いながら。

 

「でも、そんな僕にたくさんの愛情をそそいで育ててくれました。可愛い妹にも会わせてくれました。」

 

満面の笑みでそう言う一刀。

 

「だから僕は将来、父さんの警備隊に入って、妹を守れるオトナになりたいです!お休みの日は母さんの仕事もお手伝いしたいです!今はまだ紙を畳んだり書簡を包んだりしかできないけど…母さんをもっと楽にさせるためにお勉強をがんばっています!」

 

一刀の手紙は続く。夕陽と玄は手紙から思い出があふれ、目からはとめどなく涙がこぼれていくのも構うことなく、目をそらさずにそれを聞いていた。

仕事で遅くなって帰ってきた夕陽のために夕飯を代わりに作り、失敗してしまったときのこと。…もちろん、夕陽は昨日のことのように覚えている。形はぐちゃぐちゃで味もちょっと焦げっぽかったけど、生涯で一番おいしい卵焼きだった。あの時の一刀は「これしかできなかった、ごめんね」と泣いていたっけ。

初めて玄に稽古をつけてもらったときのこと。…もちろん、玄も昨日のことのように覚えている。あまりに筋がよかったものだから、調子に乗ってやらせ過ぎて手の皮が剥け夕陽にこっぴどく怒られた。お風呂で痛いだろうから頭を洗ってやったら、気持ちよさそうに笑ってたっけ。

 

「だから僕は、とと様とかか様が大好きです!」

 

笑顔でそう締めくくった。ついには夕陽が堪え切れなくなったのか一刀を後ろからギュッと抱きしめる。教室は誰から始めたものか、温かい拍手が包んでいた。

 

「ぐず…っ、董白くん、よくできました!先生もう涙がどまらなぐで…えぐっ」

 

布で目の下をぬぐい、時々えずきながら皇甫嵩は一刀に微笑みかける。見回してみると、生徒や保護者の何人かも涙を浮かべていた。

ごめんなさいと一言ことわって「ち~ん」と鼻をかむと、

 

「皆さん、素敵なお手紙でしたね!保護者の方々も、素晴らしいお子さんをもって誇らしいと思います!私も将来、皆さんのような子供が出来たらいいな…なんて」

「その前に相手を探さにゃ!」

 

孫堅のヤジで皆が笑う。顔を赤らめて「ほっといてください!」と叫ぶ皇甫嵩。

同時に終業を告げる鐘の音が鳴る。授業を締めくくろうとしたその時、のそっと戸を開く者が居た。

 

「ま、待ってくれ…我が子の…我が子の手紙を私は聞いていない…!」

 

入ってきたのは先ほどとは別人のようにやつれた李儒の父だった。母はあのままどこかへ行ってしまったようだ。破り捨てたのを知っている皇甫嵩は気まずそうな笑みを浮かべてチラッと李儒を見る。すると李儒はため息交じりに父のもとへ歩み寄り…

 

「手紙?そんなものは無いです。」

 

そういうとピシャリと戸を閉める李儒。戸の外では、大の大人がむせび泣く声が聞こえていたのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は授業参観(後編)をお送りしようと思います!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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授業参観(後編)

授業参観も終わり、校庭では保護者を交えて家族同士が交流を深めていた。因みに、一刀の真実を知った一部の生徒により『董白くんを見守る会』なる謎の勢力が発足したのだが当の本人たちは知る由もない。それはやがて一年生の『曹純親衛隊』と対を成す“守ってあげ隊”二大派閥になるのだが、また別のお話。

 

「ねぇねぇ一刀ちゃん、今日は私たちとお宿に泊まれるのよね?もちろんそうよね?」

「へぅ!お兄ちゃん、いっしょに寝よ?」

「それじゃあ、月ちゃんは左で私が右、あなたは私をギュってしながら腕枕ね?はい、決まり~!」

「あの、それなんだけど…」

 

意気揚々と手を合わせる母娘を前に、一刀は言いにくそうに伝える。寮の規則により外泊は認められていないのだ。

それを聞いた夕陽は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。

 

「そう…じゃあちょっと私、水鏡先生と“お話をつけに”言ってくるわ。うふふ…うふふふふふ~…」

 

そう言って背後にどす黒い氣をまといその場を後にした。

ちょうどその時、一刀の方へ歩いてくる親子の姿があった。孫堅とその娘、孫権だ。

 

「おう、お前が董白だな?ちょっとよく面を見せな。」

 

孫堅は娘が止めるのも構わず一刀の顎に手を当てまじまじと見つめる。あまりの迫力に、後ろにいた月は泣きそうな顔で一刀の足にしがみついた。玄は何事かと止めに入ろうとしたが、害意を感じなかったため見守ることにした。

 

「…ほう、お前、オレが怖くねぇのか?」

「うん。」

「なるほど、良い肝してら。まあ翆玲あたりが好みそうな面だが顔立ちも悪くねぇし…将来に期待といったとこだな。」

 

そこまで言うと、孫堅は一度ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どうだ董白、うちの娘の婿にならねぇか?」

 

衝撃的な一言に一同は度肝を抜かれる。中でも一番慌てていたのが娘の孫権だった。

 

「ちょ、ちょっと母様!?急に何言って…!」

「あん?そりゃお前、若ぇうちからいい男にツバつけといた方が何かと楽だろうが。それに雪蓮から聞いたぞ、最近やけにこの孺子と仲良さげにしてるってな。」

「姉さまから…?!違、違います!仲は…悪くないと思いますけど、あくまでも同じ学年の同じ学科というだけです!」

「なんだ、夫は此奴じゃ不満か?グダグダ言ってると祭みてぇに行き遅れちまうぞ。」

「ふ、不満ということは…ないですけど…で、でも急にそんな…」

 

孫権が恥ずかしそうに真っ赤な顔でもごもごしていると、今度は金髪の親子が割り込んでくる。曹親子だ。

 

「ちょっとお待ちなさい。その子はうちの華琳が目を付けた子よ。」

「…母様、目を付けたってそういう意味じゃなかったのだけど?」

「いい華琳?こういう子は敵に回すより近くにいおいた方がいいのよ。聞けばあなたを討論で二度も黙らせたらしいじゃない?そんなこと、もう私にもできないわ。

それにね…将来性ありそうだし、子飼いにして可愛がるも良し。側近につけて自分好みに育てるも良し。楽しみ方は色々よ?」

 

そこまで言われると、曹操は顎に手を当てて真剣に考え込んでいるようだ。そして内心、悪くないとも思ってしまった。

 

「という事でお父様、娘と董白くんの“先を見据えた”お付き合いをと考えているのだけれどどうかしら?」

「はいい?!」

 

先ほどから全くついて行けていなかった玄は驚きを隠せない。少なくとも翠らが自身の息子に懸想しているのも知っていたから、モテるのだろうと思っていたが予想を超える現状に目を白黒させてしまう玄。一刀も然りで完全に鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。

するとそこへまた新たな親子が現れた。三人ともふんわりしたような笑顔を浮かべた劉備一家だった。

 

「おやおや、董白くんは僕らの娘の面倒をみてくれるのだと思っていたのだけど…桃香も彼に懐いているようだし。」

「そうね~…うちの子って~、ぼ~んやりしてるところがあるでしょ~?だ・か・ら~、末永く娘をお願いします~!」

 

劉備はどんな話をされているかわかっていないようで、いつものようににへらと笑っている。

いずれ大陸をかけて争うことになるかもしれない三人。その親たちが一人の少年をめぐって睨み合う姿は、ある意味で三国志に突入したと言えるかもしれない。ところがそれだけでは終わらなかった。

娘から色々と聞きつけたのだろう袁紹の母は、人を押しのけて「ボク、何か欲しいものはなぁい?」と物で釣る作戦をとり、公孫瓚の母は「目立たない娘にイケイケな彼氏を!」と奮起する。先ほどの作文を聞いて「あんな息子が欲しい!」と思わせたのだろう、それこそたくさんの保護者が詰めかけた。中には「息子とずっと友達でいてね!」「将来はうちに仕官を!」と叫ぶ親やまで出てちょっとした騒動となっていた。手紙一つでこうまで人の心を掴むのだから、以前曹操が思った“体から媚薬でも出している”説が濃厚になった瞬間だ。

 

「じゅ、順番に!順番に話を聞きますから!」

 

自身の子故に、何が息子にこうも興味を示すのかわからない玄は保護者たちを制して、一刀を背中に隠す。月はもう目を回してしまっていた。

よもや自分の息子にここまで人誑しの才能があるとは思いもしなかったのだ。だがこれにはこの私塾の体制にも一因はあった。水鏡塾自体が水鏡の私財だけでなく各豪族の融資などにより運営が成されており、よってその子息女が多く通っている。袁紹を見ればわかる通り、そういった人間にとって一刀のような清純な子は大好物なのだ。体術をはじめ成績も優秀ときたから尚のことであった。

 

「一刀ちゃ~ん!塾長シメて…じゃなかった、お話つけてきたわよ~!」

 

ついぞ袁紹の母が手持ちの金品で釣ろうとし始めた時、夕陽がニコニコ顔で帰ってきた。夕陽はちょっと目を離したすきに起きていた騒動に驚いたが、母は強し。

 

「うちの子は誰にもあげません!」

 

と言い放ち一刀らを連れて宿へと向かうのだった。

因みに、この一件により孫権らによる一刀への意識が少しずつ変わっていくのだが、一刀がそれに気付くわけもなく、やきもきする人間がただ増えることとなっただけだった。無論、一番やきもきしていたのが李儒だったのは言うまでもない。




今回もお付き合いいただきありがとうございます!相変わらず人誑しな一刀でした。徐々にですがどんな世界でどういった私塾なのかが見えてきたかなと思います。次回は少し月日が飛んで夏休み直前、バーベキューに行こう!的なお話です!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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気になるアイツは旦那様?!

another story 孫権

『気になるアイツは旦那様?!』

 

休日、本屋からの帰り道、俯き加減で歩く。ちゃんと背筋を伸ばさなきゃ雷火に怒られてしまうと思うものの、どうしても視線は下にいく。

悩みの種は最近まで気安い関係と思っていた彼のこと。最初の方こそ私は“王たる者”を意識して警戒したが、彼はあんな風だからそんな警戒心などすぐほだされてしまった。基本的に真面目なのも好感が持てた。

 

「ねぇ孫権さん、この問題なんだけど…」

「ああ、それはね…」

 

王学科の授業でわからないところがあるとこうやって聞きに来て、目をキラキラさせながら吸収していくのを私も楽しいなと思っていた。純粋で、真っ直ぐで、私は彼と話すときとても気分が柔らかくなる。気を張っていても曹操のようにひっくり返されるのだから、そんなことをしても無駄だろうし。

とにかく私は、男子相手にこうして笑みを浮かべるのは彼くらいだった。もしかしたら友達と呼べる存在なのかもしれない。それなのに…

 

「孫権さん、あのね」

「わ、私に話しかけないで!」

 

どうしてあんなこと言ってしまったんだろう。あの時の彼の顔を思い出したくない。

母様が彼を婚約者にと言ったとき、私は“悪くない”と思ってしまった。それまで全然そういう風に見てなかったのに、なぜか自分の中でしっくりきてしまったのだ。胸の中の穴にピッタリはまったような不思議な感覚。それからはもう彼と目が合わせられなくて、話しかけられると顔がかぁ~っと熱くなって自分がどうにかなってしまったみたいだった。何度突き放しても、彼は屈託のない笑みを浮かべて私に接してくる。だからそれに甘えてたのだろうか。

 

「こっちに来ないで!」

 

さきほど寮から出て南西街にあるお気に入りの本屋に向かう時、偶然出くわした彼にそう言ってしまった。彼はただ挨拶してくれただけなのに…寂しそうにしながらも必死に笑おうとしてた。彼の隣にいた李儒にも怖い顔をされてしまった。思い出してしまうたびに胸が締め付けられる。

 

「はぁ~…。」

 

こぼれるのはため息ばかり。予習の教材を探しに来たのに、頭がぐちゃぐちゃで探し物すら手につかない。

それからしばらく本屋さんに居たが、結局目当ての本は見つからずそこを後にする。どのくらい長く居てしまったのか、あたりはすっかり夕方だった。

帰り道でも相変わらず彼の寂し気な顔がチラついて、胸の痛みとともにどうしても視線は下へと下がってしまう。

…だから、普段なら気付く筈の邪な気配に気付けなかった。

 

「お前が孫家の姫、孫権だな?」

「っ…!」

 

ちょうど人気のない道を通っていた時、そいつらは現れた。得物を持った五人ばかりの輩。

 

「お前を人質にとりゃあの虎と言えど身代金たんまり寄こすだろうよ。」

「頭、そのあとは好きにして良いんすよね?」

「当たり前ぇだ。売ろうが人形にしようが好きにしろい。」

 

男たちは卑下た笑みを浮かべながらにじり寄る。姉さまならこんな相手造作もなく切り捨てられるだろうけど、私にはまだそこまでの力量はない。護身用の小刀を抜くけど、その手は震えてしまっていた。

 

「こ、こっちに来ないで!」

 

あの時と同じ言葉が口からこぼれ出た。こんな事態なのに、私はハッとした。もしかして私は、彼をこんな奴らと同じように扱ったの?あの柔らかな笑みとこの卑下た笑みを。あの人懐っこい言葉と、下衆な言葉を。

 

…最低だ、私は。

 

なんとか逃れようとしたが、体にうまく力が入らない。きっとこれは天罰。ここで死ぬとしても、できることなら一言謝りたかったな…。

ついには剣を飛ばされ、諦めかけた瞬間、信じられないことが起こった。

 

「やめろ!!」

 

私の前に立っていたのは、董白だった。膝や裾を泥だらけにした彼が、剣を片手に立ちふさがったのだ。

どうして彼がこんなところに?それに私のことなんて放っておけばいいじゃない!だってあなたにあんなひどいことを言ったのよ?私にはあなたに守ってもらう資格なんてない!

 

「だ、ダメよ!早く逃げて!」

「絶対に嫌だ!!」

 

頑なな意思。そういう人だと分かっていたけど、この場ではそれが恨めしい。

 

「大丈夫、僕には秘策があるから!」

「秘策だぁ?笑わせんじゃねぇか餓鬼が!」

 

賊はゲラゲラ笑っている。彼はハッタリをするような人間じゃない。秘策って一体…

彼は大きく息を吸い込むと、

 

「あーー!!こんなところで幼女が水浴びしてるーー!!!」

 

は?えっと…幼女が水浴び…?一体何のこと?

 

「ぐはぁ…!?」

 

賊たちもキョトンとしていたが、頭と呼ばれた男が背後から吹っ飛ばされると我に返ったようだ。

 

「へ…?」

「どこだぁぁ…!幼女の園はどこだぁぁぁああ!!!」

 

口から瘴気を吐き出し、六角棒を手に現れた牛輔。さながら怪物のような出で立ちに私は思わず「ひっ…!」と情けない声を出してしまった。

 

「てめぇ…!」

「ホワチャァ!!」

 

斬りかかってくる賊を一撃で叩き伏せる。

 

「幼女が絡んだ戦闘では俺の戦闘力は三倍になる。」

 

言っている意味が分からない。

 

「ところで幼女はどこだ?」

「…ごめん、居ない。」

 

両手を合わせてテヘッと笑う董白。

 

「なん…だと…?」

 

膝をついて絶望している牛輔。その時、吹っ飛ばされた賊の頭が立ち上がる。まだ相手の人数は四人と数的不利は否めない。

 

「次は…こんなところに筋肉によさそうな大豆がーーー!!」

 

また何かを叫ぶと、今度は李傕が突っ込んできてまた頭を吹っ飛ばした。

 

「なんでまた俺ぐぼぉ!!」

 

しかしそんなものは無いのでこちらも絶望して膝をつく。

 

「次は君だ!こんなところにあられもない姿の萌え萌え春画がーーーー!!」

「いや私はこういう荒事向いていないんだが?!」

 

そうは言いつつ飛んでくるあたり筋金入りだと思う。しかしこれでひとまず数は同数。これなら何とか…と思ったが、賊の様子がおかしいことに気が付いた。全員その目は虚ろで、体を震わせながら一人また一人と倒れていく。そして最後、頭と呼ばれていた男が倒れたところでその陰から出てきたのは李儒だった。その手には何か針のようなものを持っている。

 

「僕の友達にそんなもの向けないでくれるかい?」

「てめぇ…なにしやがった…!」

「特性の痺れ毒だよ。凄い効き目でね、二日三日はその調子だから頑張って。」

 

浴びせられる冷酷な視線に言葉をなくす賊。

 

「ああそれと…怖~いお姉さんたちの応援を呼んであるから。」

 

そういうと、その背後に姿を現したのは鋭い目つきで賊を見下ろす雪蓮と冥琳、そして梨晏だった。

 

 

---side view 李儒 

それは突然のことだった。

董白が花を摘みに行きたいと言ったので、厠の隠語かなと思い断ったがどうやら本当に花を摘みに行きたかったらしく、近くの小川のそばまで僕らは一緒に行った。

 

「僕、彼女を怒らせちゃったみたいで…」

 

とても悲しそうにそう言う董白だったが、僕は正直あんな人放っておけば良いと思っていた。彼にそんな顔させることがまず許せないのに、その上あんなこと言うなんて…!

誰かに相談したら花を贈ればいいと言われたらしく探しに来たのは良いけど、もうすっかり手足は泥だらけ。やっとのことで目当ての花を見つけ街に帰ってくると、さきほど孫権さんが向かった人通りの少ない南西側に差し掛かったところで何かを見つけた董白が走り出した。

 

「いけない…!」

 

ついて行って見てみると何者かに襲われている孫権さんがそこに居た。夕方の薄暗い中、あんなに遠くから目視できることが驚きだったが、その後の董白は早かった。

 

「僕は時間を稼ぐから李儒は応援を呼んで!彼女のお姉さんなら力になってくれるはず!」

「わ、わかった!」

 

彼が飛び出すのを見て、僕はここからほど近い女子寮へ急いだ。男子禁制だったが、バレたところで僕は女だ構うものか。

とにかく腕の立つ夏侯惇さんらが見つかれば良いと思ったが、入口から入ってすぐのところで目当ての人たちが見つかった。彼女のお姉さんである孫策さんとその友人たちだ。

 

「あら?ここは女子寮よ?」

「そんなことより孫権さんが危ないんです!董白が時間を稼いでくれてるから急いで!!」

 

血相を変えた孫策さんたちは凄い速さで駆けだす。全くついて行けない速度だったから困ったものの、その時、それを上回る人並み外れた何かが横を通り過ぎ、孫策さんらも追い抜いて行った。

 

「幼女ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「筋肉ぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううう!!!」

 

「春画ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!」

 

なるほど、さすが董白。馬鹿と包丁は使いようだね。

呆気に取られている孫策さんらになんとか追いつくと、現場はすでに拮抗状態となっていた。そのままの勢いで飛び出さなかったのは人質に取られないようにするためだろう。ならば僕の出番だ。

僕は気配を殺してそっと背後に回ると、首筋に軽く一刺し。そうすればあとは彼女らがなんとかしてくれる。

---side view 李儒 end

 

 

「大丈夫?」

 

少し距離を置いて遠慮がちに、董白は私にそう言った。彼をそうさせてしまったのは私。それなのに、方法はどうあれ彼は身を挺して私を守ってくれた。その事実が、私の中にすぅっと染み渡る。

 

「あの、これ…。」

 

そう言うと、彼はおずおずと二輪の雛罌粟をくれた。これはどういう意味だろう?なんでお花なんか…

 

「ごめんね?僕、君を怒らせちゃったみたいだから。」

「え…?」

 

そうか、私があんな態度をとっていたから彼は…こんなにも泥だらけにして私に…。

あんな酷いことを言った私なんかを助けてくれた嬉しさと、そんな彼を何度も傷つけてしまった後悔が混ざり混ざって、涙があふれてくる。

違うの、そんな顔しないで。悪いのは全部私なんだから。

 

「ごめん、ごめん、なさい…!」

 

やっと出せた言葉。今はそれしか言えない。

私は何度も謝って、しばらく泣き続けていたのだった。

 

「さ、帰りましょ?」

 

気が付くとすっかり日が沈み、姉さまたちに付き添われて寮まで帰る。泣いている私に気を遣ったのか、董白たちはいつの間にか姿が見えなくなっていた。握り締めていた雛罌粟も、少し萎れかかっている。

 

「それにしても、頼りになる旦那様じゃない。私、ちょっとあの子を見直しちゃったわ。」

「そうだな。割って入る豪胆さと機転…見事だった。」

「愛されてるね~!このこのっ!」

 

え?ちょ、ちょっと待って?だ、だ、だだ、旦那様…って?!

 

「いや~!母様から婚約を申し込んどいたって聞いたときは驚いたけど、あんな子ならあなたを任せても大丈夫ね!」

「ああ。雷火様もあの気骨を見れば合格点を下さるだろう。」

 

え?え?で、でもあの話は結局流れたんじゃ…?!ほ、本当にあの人が私の…?!あのあと正式に決まったの?!

それからというもの、より一層目が合わせられなくなった私は、彼との接し方がまた分からなくなったのだった。

 

「本当のところはどうなってるのよ~~~~~?!」

 

another story 孫権

『気になるアイツは旦那様?!』end

 

 

 

 

授業参観から二月ほどたった時のこと。期末試験も終わり、夏休みを直前に控えたこの日、劉備のこんな一言でそれは始まった。

 

「みんなでお肉食べよ!」

 

学食のおばさんから、夏休みを迎えるにあたって私塾と学生寮の食堂にある肉や野菜がかなり余ってしまっていることを聞き、急遽思いついたようだ。水鏡には話を通してあるようで、放課後の校庭で焼肉が催されることとなった。

商魂たくましい近所の肉屋『何肉本舗』からも差し入れがあり、それこそ大量のお肉が校庭に並ぶ。来年度に下の子が入学するための布石とも取れるかもしれない。そんなことはさて置き、一大行事を前に生徒たちもこぞって参加し、焼きあがるのを今か今かと待っていた。

 

「ちょっと華林さん!そこをお退きなさい!」

「…四年生のあんたがどうしてこっちに座るのよ。」

「おバカですわね~、董白さんに“あ~ん”てして差し上げるからに決まっているでしょう!」

 

校庭に並べられた学食の長い机、その椅子は基本的には学年ごとに分けられているのだが、袁紹は頑なに二年生のところつまり一刀の隣を欲しがり曹操と言い合いを始めていた。因みに席順はくじ引きで割り当てられ、牛輔、李儒、一刀、曹操、関羽、その正面は李傕、公孫瓚、孫権、劉備と並んでいた。本当は牛輔と李儒は逆だったのだが、李儒が光を一切感じない要するに“マジな眼”で牛輔を説得しこうなったのだった。

 

「袁紹さん、そんなことしてくれなくても僕は一人で食べられるよ?」

「そんなつれないことを言うのはおよしになって?わたくし貴方の面倒をみるのがもうクセになってて…なんだかこう…体が火照ってゾクゾクいたしますの!」

「大変!風邪でもひいたんじゃ…!」

「あ~んっ、もうっ!本当に可愛いんですから…!!」

 

目にハートマークを浮かべて一刀を抱きしめる袁紹。そんな姿をムッとした表情で見ているのは李儒と孫権だった。李儒は言わずもがなだが、この頃になると孫権は董白を意識せずにはいられなくなっていた。

母親が取り決めたらしい?婚約の話も誰に確認をとればいいかもわからず、歴史の担当教諭であり孫呉の重臣でもある雷火曰く、「孫家の姫たる者、第一夫人としてお子を生すべき」と随分先走った話をされた。という事はあの話は本当に…?とは思うものの、肝心の相手はそんなことおくびにも出さないものだから、どう付き合っていけばばいいのか迷ってばかりだった。それに加えて姉たちからはせっつかれて、照れと焦りばかり生まれてしまう。

 

「(でも、気がない女性に花なんて贈らないわよね?だとするとひょっとして彼は私のこと…!ま、まって!落ち着くのよ私!第一、私は彼をどう思ってるの?それは彼なら婚約者として不満はないというか、むしろ良いかなと思ったり……あれ?ひょっとして私…)」

 

思考に耽って悶々とする中、孫権はついに頭を抱えてしまった。

 

「あ~!私もやる~!」

「だ、だめ!!」

 

袁紹に混ざろうと立ち上がる劉備を止めようとしたが、思ったより大きな声が出てしまった。周囲の注目を集め、恥ずかしそうに俯く。そんな姿に「へぇ~?」と曹操がニヤニヤ自分を見ているのを感じ耳の先まで真っ赤になる孫権。きっとあの様子だと曹操は自分の気持ちなどお見通しなのだと察した。

因みに、女の子を怒らせてしまったかもしれないと一刀は曹操に相談しており、その相手が孫権だと知っている彼女はいたずら心で「花をあげれば?」と提案した。つまりこの現状は曹操の掌の上ということだ。

 

「華琳様!お肉をお持ちしました!!」

「…焼けたのを持ってきなさい。秋蘭、頼んだわよ。」

「はっ!」

 

夏侯惇を軽くいなしてそばに仕えた夏侯淵に指示を出す。夏侯惇に任せたら黒焦げか半生か、少なくとも美食家である自身の舌に適うほどよさは出てこないとわかっているからだ。

 

「あれ?李儒は取りにいかないの?」

「えっ?い、いや僕は…」

 

李儒には自分が取りに行けない理由があった。チラッと袁紹を見る。自分が立った瞬間、確実にこの席は取られてしまうだろうとわかっているから。

ちょうどそんな時、お皿に肉を盛った牛輔が戻ってきた。そのまま席へ座ると箸を片手に肉にかぶりつこうとする。

 

「美っ味そ~!いただきま~…あら、俺のお肉ちゃんが居なくなったぞ?」

「ありがとう牛輔、僕のために取ってきてくれたんだね。」

「へ…?」

「文句は…ないよね?」

 

反論しようとしたが、脇腹に小刀が突きつけられているのを感じて黙る。

 

「あとご飯と野菜と汁物と…それと飲み物もよろしくね?あ、ご飯は少なめで。」

「こんなの…あんまりだ~~~~~~……!!」

 

泣きながら食材の方へ走る牛輔。そのまま素直にせっせと野菜などを盆に載せているところを見ると彼はやはり良い奴なのだ。そしていつの間にか一刀も食材を取りに行ったようで、同じく盆に載せて戻ってきていた。ところがそこへどっかり腰を下ろしているのが袁紹で、戻ってきた一刀を見ると自らの膝をポンポンと叩き、

 

「さ、董白さん、こちらへ!」

 

と笑顔で促す。

 

「え、でもそれじゃあ袁紹さんが食べられないんじゃ…」

「わたくしの事などどうでもよろしいですわ!」

 

そんなことを言う袁紹に、隣の曹操はギョッとした。なぜなら自分が最優先でなくては気が済まないあの袁紹が、“自分のことなどどうでもいい”と言ったのだ。これはどう考えても普通じゃない。完全に母性に目覚めてしまっている。しかしそれ以外の要するに性的な感情も持ち合わせているから、言わばメロメロということだった。

そう言われて素直にちょこんと座ってしまう一刀に袁紹は熱いため息を漏らす。

 

「ん~!お肉美味しいね!」

「き、キミって動じないよねほんと…。」

 

ムカムカしてしまうのが馬鹿らしくなるほど幸せそうにお肉を頬張る姿に、李儒は乾いた笑いをこぼした。

 

「フハハハハ!!なんだ董白!お前はその程度しか食えんのか!」

 

そう言ってどんぶりに山盛りしたご飯の上に大量の肉を乗っけた夏侯惇がこれ見よがしにガツガツと貪る。

 

「どうですか華琳様!私は董白なんぞより多く食べられます!」

「…はいはい。どうでもいいから立って食べるのはよしなさい。」

 

そして目配せを受けた妹に窘められ席の方へ戻っていく。

一刀の正面に座る孫権は姉の孫策とその友人、太史慈らに何やら耳打ちされているようだ。

 

「ちょっと蓮華、良いの?アレほっといて。」

「そうだよそうだよ~?このままじゃ袁紹さんに取られちゃうかもよ~?」

「と、取られちゃうって私は別に…」

「とかなんとか言っちゃって~!あからさまにムスッとしてるわよ?」

 

自分では全く気が付いていないかったようだが、先ほどから食事が進まず一刀の方を見ていたようだ。

 

「ほら、さりげなくお肉をあげたりして気を惹かなきゃ!」

「で、ですが…!」

「い・い・か・ら!」

 

無理矢理立たせると、背中をぐいぐい押して一刀の方へと近付ける。孫権はお肉を載せた皿と箸を手にされるがままだった。

 

「と、董白!えっと、その…そ、それだけじゃ足りないでしょ?よければ私のお肉もあげるわ。」

「いいの?」

「ええ!この間のお礼…には全然ならないけど、あの…だ、だから…ね?」

「うん!」

 

一刀は笑顔で頷く。お肉が嬉しかったわけではなく、孫権がまた前みたいに自分と話してくれたのが嬉しかったのだ。一刀の皿に箸でお肉を掴みそっと乗せると、笑顔を見ていられなかった孫権はいそいそと席へ戻っていく。

 

「…あ、そういえば蓮華、そのお箸、使った?」

「え?それは最初の一口だけ…」

「…」

「…あぁっ?!」

 

気付いた時にはすでに遅し。それは一刀の口に放り込まれた後だった。状況をすべて見ていた曹操は嫌な笑みを浮かべて孫権を眺めており、李儒は素敵な笑顔で隣の牛輔を何度も箸で刺している。

 

「間接を狙うなんて、や~い蓮華のスケベ~!」

「~~~~~~っ!!」

 

茹蛸のようになってしまった自分の顔を隠すように両手で覆うが…

 

「お肉美味しかったよ~!ありがと~!」

 

これがトドメとなった孫権はついに駆け出してしまうのだった。




今回もお付き合いいただき、ありがとうございます!今回は7000字オーバーとちょっと長すぎましたかね…?次回は夏休みという事で一刀が帰郷します。皆さんお待ちかね?の恋と翠が登場!お楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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帰郷

一刀が帰ってくる。その知らせをうけ、蛮族対策に駆け回る夫を金城に残し一家総出で武威に急ぐ馬家の面々。中でも翠はえらい気合の入りようで、前の晩から服選びに精を出していた。

 

「お姉さま…こう言っちゃなんだけど、選ぶほど種類ないじゃん。」

「いや、この辺とかちょっと違うだろ?あと微妙に色が違ったり。」

「…どうでも良いけど、一刀さんを振り向かせたいならもうちょっと女の子らしい恰好しなきゃ。」

「Δ×ω〇Σμ▼?!!!

ば、馬っ鹿!たんぽぽ馬鹿!振り向かせたいとかそんなわけないだろ?!」

 

真っ赤な顔で力説しても全く説得力はなく、たんぽぽもあきれ顔で「あ~ハイハイ」と受け流す。誰がどう見ても一刀に気があることは明白なのだからもっと素直になれば楽なのにと思うのだが、本人には譲れない一線があるのだろう。馬を駆る今も頻りに髪形を気にしてはブツブツと「変じゃないかな」とか「あいつに会ったら…」とか呟く翠にこそっとため息をつくのだった。

 

ところ変わって水鏡を出発した一刀は、同じく涼州出身の李儒、牛輔、李傕、郭汜と旅路を共にしていた。そこから天水へ向かう李傕と郭汜とは山の麓で分かれ、三人で緩やかな山道を登っていく。因みに一刀の愛馬である白亜には荷物だけ背負ってもらい、手綱を引かれて歩いていた。すると暫くして、牛輔が何かを感じ取り草陰に隠れるよう指示した。それに従い息をひそめると、とんでもない大きさの熊と虎が闊歩しているのが見えてきた。

 

「ちょっ…!な、なにアレ…!?」

 

李儒と牛輔は息をのむ。あんな怪物に襲われてはひとたまりもなく、それこそ一撃で肉塊に変わることは間違いないのだ。戦慄する二人を差し置いて、一刀は「な~んだ」とあっけらかんと笑い草陰から顔を出す。

 

「馬鹿、何やってんだ!」

 

牛輔が止める間もなく、一刀は獣の前に躍り出てしまった。急に出てきた人影に驚いたのか、恐ろしい唸り声をあげる虎。それはそのまま一刀に躍りかかり、ついには完全にのしかかってしまった。

 

「董白…!!」

 

あまりの事態に飛び出してしまう李儒。「今助けるからね」と震える手でメスのような小刀を取り出し虎に向かっていくが、立ちはだかった熊が器用に爪で小刀だけを弾き飛ばす。恐怖心にへたり込んでしまう李儒。続いて牛輔がその前に立ちなんとか次の一撃から庇おうとする。が、熊はそれに見向きもせずに一刀の方へ近づいて行った。

 

「ごめん…ごめんよ董白…!僕、君を守れなかった…!」

「…っ」

 

涙を流す李儒と、悔しそうな表情を浮かべる牛輔。…だったが、一刀の笑い声が聞こえてきて顔を見合わせた。

 

「あは、あははははっ!ちょ、くすぐったいよ!」

「きゅ~きゅ~、ハッハッハッ…!」

「くるるる~…!」

 

恐る恐る近付いてみてみると、顔をよだれまみれにして楽しそうに笑う一刀がそこに居た。呆れたように深いため息を漏らす二人。その時、二人の背後から声が響いた。

 

「かずと!」

 

ボロボロの服を着た赤髪の少女は二人の間を通り過ぎると、虎から解放され起き上がり顔をぬぐっていた一刀にギュッと抱き着いた。そしてそのままペロペロ頬を舐められ頬ずりされる一刀。

李儒に衝撃走る。

 

「な…な…な…なあっ…??!!」

 

李儒が受けた衝撃たるやそれは想像を絶するものだった。

一刀に女の子が抱き着き、頬を舐め、頬ずりする。それどころか真名まで呼んでそれを受け入れているのだ。牛輔は「お~お~、隅に置けないねぇ」と笑っていたが、李儒からすればそんな程度の驚きではない。というより精神的な余裕は全くなかった。

 

「ちょ、お、お前!董白から離れろ!」

 

虎や熊への恐怖など忘れ、一刀に駆け寄って女を引きはがそうとする李儒。ところが女の力は凄まじく、非力な李儒が少し引っ張ったところでビクともしない。ついには「じゃま」と軽く押されただけで尻もちをついてしまう。

 

「このこたち、だれ?」

「前に少し話したでしょ?僕の友達の李儒と牛輔だよ。」

「よっっと、まあよろしく頼むわお嬢さん。」

 

李儒に手を貸して助け起こした牛輔は片手をあげてあいさつする。女は軽くうなずくだけでまた一刀に頬ずりを始めたのだった。

それから少し経って小休止すべく近くの小川に案内された一行は、手ごろな岩に腰かけて一休みすることにした。一刀は学食でもらってきた肉まんをレンにあげると嬉しそうにそれを頬張った。

 

「そ、それでさ…その子は一体誰なの?も、もしかして、その…恋人…とか?」

 

そっぽを向きながらも横目でチラチラ伺い見るように尋ねる李儒。

 

「レン、かずと、ともだち。だいすきな、ともだち」

「っ…!へ、へ~!そ、そうなんだ~…!」

 

無理矢理な笑顔を作ってそう言う李儒だったが、あからさまに目が泳いでいた。異性の大好きな友達で頬を舐めても平気ってそれはもう友達の範疇を超えている。この山の方に友達が居るとは聞いていたが、まさか女の子とは思わず李儒にとってはかなりの打撃だった。しかも自分はまだ許されていない真名を呼び合っていることに心中はあまりに複雑だ。無論、董白のことだから頼めば呼ばせてくれるのだろうが、すっかり機を逃してしまい今更どう言おうか迷っていたところにコレだったのでその打撃は精神的に凄まじい負荷を与えていた。

 

「んで、お嬢ちゃんは名前なんて言うんだ?」

「??

レンは、レン。」

「いやいや、真名の方じゃなしに。」

「あれ?そういえば…」

 

そう、出会ったときからに真名で呼び合う一刀は彼女の名前を知らなかった。それどころかどこに住んでいてどんな暮らしをしているのかも知らない。そう言うと、牛輔は「なんじゃそら」と不思議そうな顔をしていたが、李儒は逆だった。

 

「よし、勝った…!!!」

 

すっかりしょげて地面にのの字を書いていた李儒は拳を握り締めて元気になる。衣食住を共にし、お互いのことをよく知る李儒にとってその勝利は大事なものだった。

 

「爺は、呂布ってかいてた。ほら、ここ。」

 

そう言ってレンはボロボロの服の一部に刺しゅうされた文字を指さした。そこには不器用ながらに赤い糸で『呂布』と縫ってあり、すっかり色あせて年季を感じさせるものだった。

 

「へ~、爺さんと暮らしてんのか。こんな山奥で物好きな…」

「爺…ずっとまえ、しんじゃった。」

 

その言葉に、声をなくす三人。聞くところによると、それからは近くの山小屋で動物たちと木の実などを食べながら暮らしてきたらしい。それ以外に分かっているのは生前に自分のことを『レン』と呼んでいたことだけ。しばらく沈黙が続くと、考え込んでいた一刀が立ち上がった。

 

「レン、じゃあ僕の家においでよ!」

 

驚いた顔をする牛輔と李儒だったが、レンは一刀の家と聞くと目をキラキラさせた。

 

「僕も…拾われた子だけど、いっぱい愛情をくれた人たちだからきっと大丈夫!ね?」

「…いいの?めいわく、ちがう?」

「うん!驚くだろうけど、話せばわかってくれるから!」

 

レンは抱き着くとまた頬ずりをはじめ、一刀はくすぐったそうに笑う。ところがそれで収まりがつかないのは李儒だ。拳を握りながらプルプル体を震わし、もう我慢できないといった様子だった。

 

「…ずるい。」

「え?」

「ずるいずるいずるい!!その子ばっかりずるい!!」

「ど、どうしたの李儒?」

「玲!」

 

自分を指さしてそう叫ぶ。なんの事かわからずに聞き返す一刀だったが、また同じことを繰り返すだけだった。

 

「えっと…レイ?」

「~~~~~~~っ!!!」

 

嬉しさと恥ずかしさに両の頬へ手を当てながらクネクネする李儒こと玲。落ち込んでいたのが嘘のようにそれだけで気分は最高潮に達していた。

 

「あ、そういえば真名の交換してなかったね!僕のことは一刀でいいよ。」

 

その言葉を聞くと、飛び上がる李儒。「やったやった」とはしゃぐ声がやまびことなって何度も木霊した。

 

「ほんじゃ、その流れに乗って…俺は準。俺も真名で呼んでいいか?」

「もちろん!よろしくね、準!」

「よろしく、“牛輔”。」

「ヒドイわっ!!??」

 

李儒だけは牛輔と真名で呼ばず、あからさまな拒否に涙目になる。ところが実際そんなに堪えていないようで、「ほんじゃま、そろそろ行きますかね。」という準の一言で帰路を再開するのだった。

 

「呂布さんは左手で、僕は右手ね!」

「それだと白亜の手綱は…」

「白亜は牛輔、引いてあげて。」

「ついには御者扱いかよ?!…まあ良いけどね。俺、器大きいし。」

 

そう言って嫌な顔一つせず素直に手綱を握る準はやはり良い奴なのだ。だがそんな準にも気になったことがあった。それは明らかに一刀に恋する乙女だった先ほどからの李儒の態度。やきもちを焼いて、真名を呼ばれただけであんなにも嬉しそうにして…。

 

「…ハッ!」

 

そこで気付いてしまった。

 

「李儒…お前もしかして…」

「ぎくっ」

 

冷や汗をかく李儒。そして牛輔は嫌に生暖かい目をすると、肩に手を置いて

 

「お前、同性愛者だったんだな。安心しろ、俺は人の性癖には寛容だから。」

 

そう言った。その顎に強烈な一発をお見舞いされたのは言うまでもない。




今回もお付き合いいただきありがとうございます!ついに真名を交換できた李儒でした。そして牛輔の真名については…すみません、アレにはアレしかしっくりくるものが無くorzどうかご容赦ください。次回は一刀が武威に到着します。

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なんだか急にアクセスが増えたと思ったらランキングの10位に…!縁が無いものだと思っていたので嬉しいです!それもこれも評価点をくださる皆さま、そして読んでいただいている皆さまのおかげです!
今後ともお付き合いよろしくお願いいたします!


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新しい家族

another story ??

『レン』

 

昔々、あるところに、猟師のおじいさんがいたそうな。

それは雪の吹きすさむ夜のこと。老人は狩りによって調達した肉を町に卸し、すっかり日暮れとなった山へ帰路についていた。妻に先立たれ、老い先を指折り数えるだけの日々に嫌気がさすも空腹には勝てない。この日は木の実の粥と干し肉にしようかなどと寒さに忘れるべく空想を膨らませる。

そんな時だった。一頭の大きな熊が老人の前に立ちふさがった。老人は死を覚悟した。ところが、その熊は一向に襲い掛かろうとはしなかった。それどころかまるで、「ついてこい」とでも言う様に、背を向けて歩き出す。暫くついて行ってみると、赤子の鳴き声が聞こえてきた。老人の足は自然と急いでいた。やがてそこへたどり着くと、それはそこに居た。

何重にも布にくるまれ、竹籠に寝かされた一歳にも満たなそうな赤子だった。赤子を冷やさないためなのか、虎の子が一頭赤子に寄り添うように寝ていた。これはいけないと、老人は熊に礼を言うと赤子を抱え山小屋へ急ぐ。手早く火をおこし、お湯を張り、なんとか赤子を温めようとする。布地には「呂布」の文字。これはこの子の名前だろうか。

 

「…こんなものしかないが…」

 

老人はさらに細かくした木の実の粥を匙ですくって赤子の口の中へ。きっとお腹が減っていたのだろう。ぴたりと愚図るのをやめて一人前をきれいに平らげてしまった。

 

「お前の名前は何て言うんだ?え?」

 

老人の顔にきゃっきゃと嬉しそうに手を伸ばす赤子にそう語りかける。もちろん、言葉なんてわかるわけがない。

 

「ぇん…ぇ~ん!」

「なに?エン?フェン?」

 

露骨に嫌な顔をした。

 

「だったら…レンか?」

 

笑顔が咲く。それは冬に咲いた向日葵のようだった。それ以来、老人と赤子との奇妙な生活が始まった。いつしか老人は老い先を数えるのをやめていた。

ところが、寿命というのは誰にでも訪れる。老人もまた、それには抗えなかった。日に日に弱っていく己の体。この子を残して逝かねばならない悔しさ。床の間で最後の眠りにつく直前、それは訪れた。レンと出会ったときに現れたあの大熊である。

大熊は器用に戸を開けると、老人に寄り添った。それはまるで、あとは任せなさいとでも言っているように感じた。

 

「レン…達者で…な…」

 

それが老人の最後の言葉だった。これはレンがまだ五歳のことであった。

それから二年の月日が経った。物心ついたレンは大熊とまだ子供の虎といった摩訶不思議な相手と暮らしを共にしていた。一緒に遊び、一緒に寝て、時には兄妹のように接してきた虎と喧嘩もした。

 

「な、なんだ此奴?!こんなデカブツが居るなんて聞いてねぇぞ!!」

「ずらかれ!!」

 

時折、山小屋を根城にしようと小規模な賊がやってくることがあった。そんな時は決まって動物たちが蹴散らした。その頃、この山小屋を訪れた一人の男が居た。賊かと襲い掛かる熊だったが、この男には通用しなかった。力をいなす不思議な技で熊を手玉に取ったのだ。しかしその男は言った。

 

「ほほっ、良い友を持ったのう。」

「…とも…?」

「なんじゃ、言葉を知らんのか。まあ無理もない。」

 

それは九歳を迎える天の子を私塾へ入学させようと、自ら推薦状を届けに行く途中の水鏡だった。

 

「…どれ、わしも忙しい身ゆえ中々来れやせんが、ちと学を授けよう。」

 

こうして、少しだけだが言葉というものを覚えるのだが、男はこの少女に中途半端に介入すべきではないと感じた。少女には師でなく、親や兄妹といった家族が必要なのだ。だがそう呼ぶには自分は聊か歳を取り過ぎた。人をあたっても良いが、それでは必ずどこかで歪みが生じる。

 

「…お主に良き出会いがあらんことを。」

 

男がそう言い残し、パタリと来なくなってから数年。少女は十歳を迎えたある日、空腹に倒れた少女の目に映るのは、粽を差し出しながら柔らかい笑顔を浮かべる少年。それは男が願った、良き出会いとなるのだった。

 

another story ??

『レン』END

~~~

 

 

 

李儒こと玲らと途中で別れた一刀とレンは、天水までたどり着いていた。城門をくぐると、市場から様々な人が声をかけてくる。

 

「おっ!董白じゃないか!帰ったのかい?」

「あら董白ちゃん!ほれ肉まん持ってきな!お友達の分もあげるから!」

「やだ、ちょっと見ないうちに背が伸びたんじゃないかい?若いっていいわね~!」

 

一刀は一人一人と笑顔で言葉を交わしていく。隣のレンは最初こそ慣れない人込みと語りかけてくる人たちに警戒こそしたものの、一刀が笑顔でいるから害はないと判断したのだろう。市場を通り過ぎたころにはすっかり安心しているようだ。因みに、動物たちは山の方がいいという事で、元の住処の山小屋に残してきている。

市場を通り過ぎると町の中心部に差し掛かり、そこにはたくさんの飲食店などが並ぶ商店街。そこを左に曲がり、住宅地の方へ入ったところに一刀の家があった。

 

「ただいま~!!」

 

玄関を開けて元気にそう言うと、いつからそうしていたのか待ち構えていた夕陽が一刀に飛びつく。

 

「おかえりなさ~~~い!!!あぁ~、一刀ちゃん、一刀ちゃん、一刀ちゃ~ん!」

「母さん、く、くるしい…!」

「あらごめんなさいっ!…あら?こちらはどなた?」

 

元々表情に乏しいレンだったが、この時ばかりは誰が見てもわかるほど硬い表情をしていた。さもありなん、一人で森に棲んでいたレンにとって家庭というものを間近で見た経験が浅いのだ。特に母親の記憶というものは持っておらず、どんな態度をとればいいかも彼女はわからない。

 

「紹介するよ。僕の友達の呂布っていうんだ。」

 

中々上がってこないのにしびれを切らして玄と月が玄関まで来ると、レンの事情について一刀は語った。玄と夕陽は真剣な表情でそれを聞き、やがてお互い頷き合う様にするとレンに微笑みかけた。

 

「…私、三人も子が持てるなんて思いもしなかったわ!」

 

急に向けられた感じたことのないような、それでいてどこか懐かしいような視線に戸惑い、一刀の後ろに隠れてしまうレン。

 

「そうだな。

…ほら、上がってきなさい。今日からここは君の家…俺たちは家族だ。」

 

玄が差し出す手を見て、一刀を見て、夕陽を見る。そして再びその手を見ると、おずおずと手を伸ばした。

 

「私は夕陽よ。今日からさっそく“お母さん”って呼んでね!」

「俺は玄だ。まあなんだ…君の父親だ。」

 

伸ばした手を二人に取られると、そのまま強く抱きしめられるレン。ところがその瞬間、バッと距離を取ったかと思うと顔を片手でゴシゴシ拭いながら慌てたように一刀にしがみついた。

 

「ど、どうしたの?」

「…レン?」

「目が、へん!鼻が、ちくちく、した!」

 

それを聞くと、皆が笑った。それは涙って言うんだよ、と。

レンは自分が涙を流すことなんて記憶になく、それどころかここまで感情を揺さぶられた経験が少ない。だからそんな自分を襲った可笑しな現象に驚いたのだ。

 

「それじゃ、晩御飯にしましょ?月ちゃん、お皿を配るの手伝ってね?」

「へぅ!」

 

こうして、新たな家族を迎えた最初の団欒が始まった。その時も目が変になったとレンは騒いだが、夕陽と玄は温かい目でそれを見ていたのだった。

翌朝、いつもより一つ多い布団が敷かれた寝室に朝が訪れた。最初は背中がふかふかで驚いたレンだったが、ちゃんと寝付けたようだ。みんなと一緒に顔を洗い、朝ごはんを食べ、歯を磨く。レンにとっては新鮮すぎる朝の光景だった。

そうして午前はのんびり過ごすと、馬の嘶く声が聞こえてきた。馬一家の到着だ。翠らに会えるのを楽しみにしていた一刀は玄関に走った。

 

「おっす坊主、元気にしてたか~?」

「一刀さん、ひっさしぶり~!」

「蘭さん!たんぽぽ!」

 

およそ五ヶ月ぶりの再会。蘭はまだ小さい蒼と鶸を抱えて馬に乗っていたようで、疲れた肩をほぐすようにぐるぐると回している。たんぽぽは相変わらず元気で、馬から飛び降りると一目散に駆けて一刀にとびついた。

 

「ほら、お姉さま!」

 

そして問題は翠。会ったらまずこうしようとしていたことが一目見ただけで全て吹っ飛んでしまったようで、片足のつま先で地面に字を書くようにしながら俯いていた。一刀が近付いて真正面に立っても、目が泳いでなかなか目を合わせられずにいる。

 

「翠、久しぶり!」

「あ、えっと…その…」

 

目を合わせてくれず、それどころか返事をしようとしない翠を不思議に思ったのか、一刀は首をかしげる。そんな時だ、久しぶりに顔を合わせた時のレンの行動を思い出した。たしかレンは仲の良い友達とはこうすると言っていた。

 

「ぺろ」

「Δ×ω〇Σμ▼?!!!」

 

慣れていないので軽くだった故に、翠は口づけをされたと思い一瞬で耳まで真っ赤に染まり頭から湯気を吹き出した。

 

「お、お、おま、お前、今…?!」

「ただいま、翠!」

「…くち、くち…!………きゅぅ~」

 

そうして、沸点を大きく超えた翠はへたり込むのだった。




今回もお付き合いありがとうございます!今回は恋パートでした。次回は翠が…?お楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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目覚め?

一刀が帰郷してから数日が経っていた。

庭で駆け回る一刀らと、それをもじもじしながら見ている翠。あれ以来、一層目も合わせられなくなってしまった翠は、普段なら率先して一刀の隣で走っているのだがどうもそうはいかないようだ。話しかけられても真っ赤になって俯くだけで、まともに話すことすらまだ出来ていなかった。

一刀が私塾に入学してからというものの、会えない時間に想いを膨らませすぎてしまったのだろう。そんな翠を縁側から眺めているのは蘭だった。

 

「あの馬鹿娘…もっと素直になりゃ楽なのによ。ったく誰に似たんだか。」

「あら、絶対あなたよ?ほんと驚くほどそっくりなんだから。」

 

独り言をつぶやいたつもりだったが横から思わぬ反応が返ってきた。

 

「はあ?あたしなわけないだろ!」

「ふふっ、だってあなたが翔に告白する前だってあんなだったじゃない。」

「う、嘘つけ!あたしはもっとこう…ガツンとだな…!」

「嘘つきはあなたでしょ?私と玄をどれだけヤキモキさせたか…」

 

それは蘭が幼馴染である夫と正式に付き合う前の話。玄と夕陽を含めた四人の幼馴染だったのだが、それこそ翠と同じ年のころから片思いしていた蘭は中々切り出せずにいた。夕陽らはなんとか背中を押そうと努力したが、肝心の蘭が全く素直じゃなく、好機を棒に振ってばかりだった。まさに今の翠のような状態だったときもあったっけと夕陽は笑う。

 

「う、うっせ。」

 

誤魔化すようにがしがし頭を掻くと、ちらりと一刀の後ろを走るほどよく日焼けした赤毛の少女が目に入った。

 

「にしても…お前が子だくさんになるなんてなぁ…。」

 

ぽつりとつぶやく。その意味をわかっている夕陽は「そうね。」と返した。実の子は月だけだったが、十年前は三人も子宝に恵まれるなど想像すら出来なかったのだ。一緒に暮らし始めてからほんの数日だけだったが、もう既にレンが愛しくてたまらない。一刀が光を纏う大樹から見つかった時、自ら月を授かった時、レンが恐る恐る一刀の背から顔をだした瞬間はどれも遜色ない輝かしい出来事だった。

 

「あ、そうだ!」

 

レンの手を引く一刀を面白くなさそうに眺めている翠を見て、唐突に蘭は掌を打った。確か蘭が告白に踏み切ったきっかけはヤキモチ作戦だったのを思い出したのだ。あの時は玄と共謀して、(架空の)誰かが翔のことを狙ってるらしいと吹き込んで焦らせたのが一番効いた。血相変えて翔のもとへ急ぐ蘭のことは今でも思い出すたびに笑ってしまう。

夕陽は翠のもとへ歩み寄ると、こそっと耳打ちした。

 

「翠ちゃん、実はね?孫なんとかさんっておうちから、娘の婚約者に一刀をって話があるの。」

 

それは授業参観の時に玄から伝え聞いたひと騒動。目を見開いて夕陽を見る翠。

 

「でも…他に一刀ちゃんを好きな子が居たら可哀そうかな~って保留にしてあるんだけど…そんな子に心当たりあるかしら?」

 

言葉が出てこないのか、翠は冷や汗をかいて口をパクパクさせるだけ。反応まであの時の蘭とそっくりで思わず笑いそうになるがぐっとこらえた。

 

「居ないなら、この話受けちゃおうかな~?」

「い、いる!いるよ!」

「あら、いるの?でも誰かしら…出来れば一刀ちゃんといつも仲良く遊んでくれてる子が良いのだけど…あ、もしかしてレンちゃん?」

 

それを聞くと翠は大慌て。「遊んでくる!」と湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしながら一刀のもとへ走っていく。

 

「ふふっ、可愛い。」

 

夕陽はその後姿を、慈愛の目で見つめる。

やはり幼いころから一緒だったから、ひとたび遊び始めるともういつもの調子。一刀も前のように翠が遊びに加わってくれて嬉しそうだ。その日は日が暮れるまで子供たちは駆け回っていたのだった。

そして詠の家族も交えて全員で夕餉を済ませると、お風呂の時間。いつものように一刀が月と詠をお風呂に入れていた時のこと。

 

「へぅ~…」

 

髪を洗ってもらう間、気持ちよさそうに目を細める月と、そこへ新たにレンが加わってお風呂場は賑やかな湯気に包まれた。きっと牛輔がその場に居たら生きながら三回は成仏することだろう。

それはともかくとして、脱衣所には新たな人影があった。

 

「ほらお姉さま、昔はいつも一緒に入ってたんだから恥ずかしがってないで行こうよ!」

「で、でも…!」

「い・い・か・ら!というかほんと早くしないと蒼も鶸も風邪ひいちゃうから!」

「あっ…!」

 

勢いよく戸を開けると、止めるのも聞かずにたんぽぽが蒼らを連れてお風呂場に入っていった。全員が一糸まとわぬ姿で楽しそうに湯へ飛び込む中、翠だけは体に布を巻いていた。

 

「わぁ…!翠と一緒に入るのって久しぶりだね!」

「う、うぅ…あんまりこっち見るなよ!」 

「どうして?」

「ど、どうしてって…その…」

 

まるで気にする素振りのない一刀に戸惑う翠。チラチラと盗み見てしまうのは女の(さが)か。

 

「そうだ!昔みたいに洗いっこしよ!ほらそこに座って!」

「へ?!」

 

無理矢理正面に座らせると、一刀も正面に座って布を手にした。もう一つを翠に渡すと、翠の肩口からゴシゴシ洗い始める。

 

「ちょっ、一刀やめっ…!」

「ご~しご~し!」

「あ、そこは…あんっ…」

 

なんだかとんでもない声を出してしまった翠は、恥ずかしくなって勢いよく立ち上がると、のぼせたようにフラフラとお風呂から出ていくのだった。因みに、これが翠の性の目覚めとなるのだが、これ以上語るのは野暮だろう。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!翠の性の目覚めは洗いっこでした。皆さんの性の目覚めは何だったでしょうか?因みに自分はウォータースライダーで見知らぬお姉さんが着水したとき、ペロンと水着が捲れ上がった瞬間でした。さて、次回のお話は私塾に戻ります。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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目指せ定位置!

一刀が私塾へ戻ってから数日、玄は頭を悩ませていた。悩みの種は一刀を手元から失った夕陽の嘆き…ではなく、レンの事だった。数日観察してわかったのだが、彼女の運動能力は並ではない。いや、敢えてこういう言い方をすると、規格外なのだ。ただ腕力が強い、体力がある、跳躍力が良いという程度ではない。全てにおいて人のそれを凌駕している。

 

「もきゅもきゅ…」

 

こうして肉まんを頬張る姿からは想像もつかないが、とにかく天賦の才だけでは言い表せない凄さがある。ある時、一刀と同じように稽古をつけようと木刀を持たせて打ち込みをさせたが一合打ち合っただけで異常さを痛感した。

 

「化け物だなこりゃ。」

 

とは、玄から話を聞いて指南役を買って出た蘭のセリフである。

ここで玄はいくつかの選択肢を思い浮かべた。一つは、蘭の騎馬隊に預けること。しかしこれは自分たち家族から離れてしまうからレンにとっては良くないだろう。そして何より夕陽が嫌がる。

もう一つが自らが率いる警備隊に入れること。これならば家族のそばを離れないし、自らの手で育てられる。ただこの場合問題なのは、自分では教えられることが限られてくることだった。

そして最後、蘭と共通の知人である韓遂の道場に通わせること。これならばここからそう遠くなく、距離も無理はない。若く活きが良い門下生も多いと聞く。唯一の問題は彼女が相当変わり者ということだけだ。

涼州騎馬連合きっての才女ではあるのだが、正直者過ぎて朝廷から追い出された経歴を持つ。

曰く、

 

「天子がその調子では漢は転覆する。」

 

こう真正面から言い放ったのだから追放もやむを得ない。性格は実直で一本気なのだが、気に入らないことは歯に衣どころかオリハルコン装備で噛みつくから十常侍にとって邪魔以外になかった。涼州に戻ってきた彼女は騎馬連合の参謀を務める傍ら、強く正しい若者をと武威の近隣で道場を開いている。

 

「夕陽に相談してみるか。」

 

そう独り言ちて、玄は見回りを再開するのだった。

ところ変わって水鏡塾。そこでは二学期初日にひと騒動が起こっていた。その発端は他でもない、李儒だ。教室に入って早々、自慢げに一刀の真名を呼んで会話して皆を驚愕させた。

 

「ねぇ一刀~?」

「どうしたの玲?」

「ん~、呼んでみただけ~」

 

この調子で、真名を呼んでは呼ばれ、ただそれだけをひたすら楽しんでいた。男子(と皆は思っている)だからと一時は落ち着いたのだが、内心メラメラモヤモヤした者が居ることに念氣が使える李儒だけは気付いている。

その筆頭は孫権だった。因みに孫権は帰郷の時に母を問い詰めたが、結局婚約の話ははぐらかされてしまっていた。

 

「…ふんっ、真名が何よ。私だってあの話が本当ならそのうち…で、でも本当なのよね…?べ、別に本当であってほしいなんて思ってないけど…うぅ~、この気持ちは何なのよもうっ!せめて席が近ければもっと話したりして確かめられるのに…!」

 

ブツブツ呟く孫権だったが、そんな姿を曹操がニヤニヤ見つめていることなど知る由もなかった。

ところが、その好機はすぐに訪れた。

 

「それでは、新学期も始まったことですので今日は席替えをしたいと思います!」

 

教卓に立った皇甫嵩が宣言すると教室が沸いた。因みに今の席順は以下の通りだ。…席番のみの箇所は察して頂きたい。

 

      教卓

㊱公孫瓚  ㉖㉑  郭汜⑪  ⑥①

劉備㉜  関羽㉒   ⑰⑫  ⑦②

㊳㉝    ㉘㉓  趙雲張郃 ⑧孫権

牛輔㉞   ㉙李傕  ⑲⑭  ⑨④

董白李儒  ㉚㉕  曹操⑮  ⑩⑤

 

「それじゃ、男子から先にクジを引いてくださいね~!」

 

その合図で順番にクジを引いていく。

 

「一刀の隣一刀の隣一刀の隣一刀の隣一刀の隣一刀の隣一刀の隣…」

 

呪詛を唱えながら李儒が引き、続いて一刀の番。一刀が引いた番号は四十、つまり今と変わらない場所だった。ちなみに、李儒は見事一番を引いている。一刀の番号を見ると地面に両手をつきまさにこんな→orz姿。

男子が引き終わると次は女子の番だ。

 

「三十五をひくのよ私…天運を導くのは今この時をもって他に…ないっ!!」

 

手元の番号は六番だった。李儒と同じように崩れ落ちる孫権。

その後も順々に引いていき、教室を喜怒哀楽が包む。そしてついに…

 

「おや、三十五だ。」

 

その番号を手にしたのは公孫瓚と同郷で仲の良い趙雲だった。兵学科のため一刀とはあまり接点はなかったが、いつも飄々としていてそのかっこよさから女子から人気の高い生徒だ。文武において成績優秀だが、特に武においては同学年の関羽に引けを取らない実力者であり、その点からも羨望を集めている。

 

「アタシは三十九ね。」

 

ひらひらと揺らしながら紙を手にするのは張郃。彼女は侍従科であり、同年代とは思えないほど色っぽい肢体の持ち主で、紫が入った艶やかな髪としっかり目の化粧が特徴的。実はこの女子生徒、李儒が最も警戒を強める人間だった。李儒曰く、一刀を見る目が怪しいとのことだが実際のところはわからない。ともかくその容姿から男子からの好意を惹きやすいのは確かであり、男子生徒のみならずあらゆる男性から好意を向けられている。

 

「…ふ~ん、董白くんの前か…これは面白くなりそう!」

「張郃殿、ほどほどにな。」

「あらどうして?」

 

聞き返すと、趙雲はある方向へ顎をしゃくる。そこには…

 

「「あ゛ぁ~…」」

 

魂の抜けたような顔で張郃と趙雲の持つ紙を見つめる二人の姿があった。言わずもがな、席を移動し終えた李儒と孫権だ。因みに、席替えを終えた席順は以下のようになった。

 

        教卓

郭汜㉛  ㉖㉑   ⑯⑪  孫権李儒

㊲㉜   ㉗㉒   ⑰⑫  牛輔②

㊳㉝  公孫瓚劉備 ⑱⑬   ⑧③

張郃㉞  ㉙㉔   ⑲⑭   ⑨④

董白趙雲 ㉚㉕  李傕⑮  関羽曹操

 

遠くから眺める二人の少女を見ると、張郃は笑みを浮かべ自慢げに紙を掲げるとその豊満な胸に挟めて一刀に向き直る。そしてその胸ごと強調するように少し屈んで、「よろしくね、董白くん♪」と声をかけた。

 

「うん、よろしくね!」

「…んっと…アハハ~、君は相変わらずね…」

 

特にブランド志向の強い張郃は、女子生徒から人気のある男子を手に入れることに無上の喜びを感じる人間だった。そこで董白に目を付け時折こうして試みていたが、いつもこうしてさわやかな笑みで返され逆に戸惑うばかり。容姿には絶対の自信があるし、これまでこうして何人も恋に落としてきた張郃にとって、こんなある意味での無関心は初めての事だった。その上、常に李儒の目が光っているものだから隙をつくのも容易ではない。

 

「「あ゛ぁぁぁぁー…!!」」

「先生!!命の危機があるので席を変えてもらえ…って孫権、剣刺さってるゥー!良い子は絶対真似しちゃいけないことになってるゥー!」

 

むしろ違う意味で痛手を負っていたのは遠くの席の三人だった。死んだような目で牛輔に刃を向けひたすら刺しまくっているようだ。皇甫嵩は自分の手に余ると感じてか、見て見ぬふりを決め込んだ。

 

「うんうん、みんな仲良くて結構!」

「一瞬チラッとこっち見たよね?!間違いなく惨劇起こってるよね?!」

「それじゃあ、二学期も始まったことですし今学期の行事を説明するわね~!」

「ちょっとは人の話聞かんかい!!」

 

完璧に無視を決め込んだ皇甫嵩は続ける。なぜなら孫権から溢れ出る闘気が江東の虎にそっくりだったからだ。アレに触れてはならないと、皇甫嵩のゴーストがささやいている。

それはさておき、行事についての説明。二学期は行事が多く、中でも秋に行われる運動会は目玉だった。王学科の生徒が率いる軍団に分かれ、あらゆる種目をこなし頂点を目指す言わば模擬戦のような催しだ。どの軍団に入るかは生徒次第で、王学科の生徒にとっては求心力が試される。そしてその中で必ず行われる『私塾一武道会』と『侍従科選手権』は特に異様な熱気に包まれる。参加者にとっては、うまく行けば観戦に来る父兄や豪族に名が売れて就職が有利になるし、何より誉れでもある。

だがこれには他の特典があり、兵学科であれば優勝者は洛陽で開かれる『天下一武道会』への参加権を得られ、侍従科にとっては原則的に王学科の生徒であれば専属の侍従となれる特権がある。因みに、王学科の誰も現在は専属が居ない理由は、入学以来三年連続で四年生の孫乾が連覇しており、その孫乾も希望しなかったためだ。ところが今年はその最強すぎる侍女が不参加を表明したため、今が好機という機運が高まっていた。

 

「…専属の、侍従者!」

 

李儒は今の今まで忘れていた。なぜなら去年は初戦で孫乾と当たってしまい敗退となったため印象が薄かったのだろう。しかし今年は違う。何より確固たる目標がある。

 

「優勝すれば一刀の…!」

 

今この瞬間、李儒は優勝へ向け猛特訓を決意するのだった。




今後ともお付き合いいただきありがとうございます!新キャラが三人ほど出ました。とりあえず私塾の方は、現在のところ通っている主要なキャラは全員出揃ったと思います。後日どこかでステータス等をまとめたキャラ紹介をアップしますので、そちらもご参考にお楽しみください。
それでは、皆様のご感想お待ちしております!


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いざ道場へ

※後半はキャラクター紹介になります。


道場へ入門の日、董家ではいつもと変わらない朝を迎えていた。

朝ごはんをみんなで食べ、レンが皿を運び、月が台に乗って洗い物をし、その間に親たちは仕事へ向かう準備を済ませている。

 

「ん~…そろそろ従者さんでも雇おうかしら…」

 

頭を悩ませるのは家族が加わったことによって増した家事のことだ。夕陽らはそれなりの地位にいるため生活自体は豊だった。しかし人を雇っていなかった理由は偏に完璧に公私を分ける夕陽の性質に他ならない。

 

「そう言えば、一刀ちゃんの私塾って侍従科があったわよね?」

「あるにはあるが…まだ卒業生が居ないだろ。最年長は四年生だからな。」

「そっか~…誰か良い子捕まえてこないかしら。」

 

顎に人差し指を当てて思案する。

 

「考えてても仕方ないわね。…レンちゃ~ん!そろそろ行くわよ~!」

 

居間に声をかけると、トテトテ歩いてくるレン。今日のために買ってもらった真新しい服と、手には着替えなどを詰めた風呂敷を下げていた。少し崩れた襟元を夕陽が直してあげると、薄く微笑むレン。もはや誰が見ても家族の光景だった。

 

「ん、そういやレンは馬には乗れるのか?」

 

道場は武威から金城に向かう途中の林の中にあり、徒歩ではさすがに時間がかかりすぎる。彼女の運動神経なら造作もないだろうが、玄は気になって聞いてみたのだ。

 

「…うま、のれない」

「マジか。どうすっかな…」

 

予測が外れた玄は頭を掻く。レンは困らせてしまったと思ったのか、少し慌てた様子で「これ、なら!」と指笛を吹いた。すると商店街の方から悲鳴が聞こえ、それは次第にこちらへ近づいてくる。ただ事じゃないと玄も警戒して剣を抜くが、現れたのは手に余ることこの上ないほど大きな虎だった。

 

「へ…?」

 

余りのことに言葉をなくす玄。レンはそんな様子もお構いなしにトテテと虎に近付くと、ひと撫でしてそれに跨った。

 

「うま、だめ。この子、のれる」

 

普段から表情に乏しいレンだが、この時は少しどうだと言わんばかりに胸を張っていた。しかし玄は固まり、ちょうど玄関から出てきたところの夕陽もまた同じだった。褒めてもらおうと思っていたレンはそんな反応に戸惑い、首をかしげる。

 

「ちょ、れ、レン?それは一体…」

「この子、赤虎。かずとが字、くれた」

「せ、せきとちゃんって言うの~…そ、そう…」

「くちが、あかいから、せきとって」

「それ何かを食した後だよね?!完全に血の味知ってるよね?!」

「せきと、おにく、すき」

「大丈夫なのそれ?!本当に大丈夫なんだよね?!」

「ともだち」

 

レンが撫でると、赤虎は嬉しそうに唸る。

 

「いってきます」

 

そう言うと、固まった両親と大騒ぎとなった街を尻目に道場へと向かうのだった。無論、到着した道場でも騒動が起こったのは言うまでもない。

以降、董家には天の子と虎の子が居るとより一層武威で神聖視されるようになるのだが、幸せな家庭であることは疑うべくもない。

 

 

=================================

 

 

↓↓↓後半はご要望がございましたオリキャラの紹介を行います。↓↓↓

 

※氣に関してですが、こちらは第9話「おしえて☆水鏡先生」にて説明があります。簡単に言えばハンターハンターのような感じと思っていただければわかりやすいかと思います。あそこまではぶっ飛んでいませんが、この要素なくては某魏の将の氣弾やらドリルやら萌将伝で見せた一撃やらが扱い難しくなるので本二次創作で加えた要素となります。

 

名前:牛輔 10歳♂

真名:準

ステータス:統率67 武力80 知力74 内政79(ロリが絡むとALL99)

得意な氣:破氣=得意な効果:総合力の底上げ

特徴:無類の幼女好きで女性陣から嫌煙されているが、実際は面倒見が良く頼れる少年。

背が高く、スキンヘッドが特徴。武器は六角昆で棒術の使い手。

幼女が絡んだ戦闘では武力が跳ね上がる。

 

~~~

 

名前:李儒 10歳♀

真名:玲

ステータス:統率33 武力41 知力89 内政90

得意な氣:念氣=得意な効果:色として感情を見抜く

特徴:家庭(父)の事情により男のふりをしているが実は女の子。

ショートカットで纏めた金髪に小柄な体。最近は膨らみ始めた胸に困っている。

武術はからっきしだが、親譲りの医療の知識で様々な毒を用いたりツボに鍼をうつのが得意。

武器はメスと鍼。

 

~~~

 

名前:郭汜 10歳♂

真名:刘(リウォ)

ステータス:統率71 武力38 知力88 内政83

得意な氣:操氣=得意な効果:呪を描いた紙を自在に操る

特徴:サラサラヘアーで煌びやかな服装をした王子様のような出で立ちだが、絵しか愛せない特殊な性癖の持ち主。

引きこもりがちなため10mも走れば息が上がるほど体力がない。

操氣により紙を操るが、いつの日か絵を書いた紙を動かし嫁にしたいという夢がある。

 

~~~

 

名前:李傕 10歳♂

真名:吴然(ウーラン)

ステータス:統率57 武力85 知力3 内政2

得意な氣:破氣=得意な効果:攻撃を受ければ受けるほど力を増す

特徴:筋骨隆々で短く刈り込んだ髪と見た目はアメリカ軍人のよう。自らの筋肉を育てることが生き甲斐。

勉強は苦手で、水鏡塾馬鹿四天王の一角。父が将として名をはせたが、息子の将来を心配してコネでなんとか水鏡塾に入れられた。

武器は己の体で、組み合いになれば最強クラスだが距離を取られると何もできない。

 

~~~

 

名前:馬騰 ♀

真名:蘭

ステータス:統率96 武力90 知力74 内政70

得意な氣:破氣=得意な効果:様々な力の向上(腕力、脚力など)

特徴:極度のめんどくさがり屋でズボラ。基本適当なところもあるが、気分が乗れば涼州最強の武人。

見た目は翠をそのまま大人にしたようでかなり似ている。

夫の翔と董家夫妻とは幼馴染で親交が深い。

 

~~~

 

名前:張郃 10歳♀

真名:俊熙(チュンシー)

ステータス:統率84 武力84 知力81 内政80

得意な氣:操氣、念氣=得意な効果:一度手にすれば武器の使い方を理解する

特徴:10歳とは思えないほどグラマーな体つきで、綺麗な顔立ちにファンが多い女子生徒。

侍従科にもかかわらず存外に武闘派で、兵学科の生徒とも遜色ないが当人はモテるからと侍従科を選ぶ。

普段から化粧は欠かさないが、死んでもスッピンは見せないと語っている。

 

~~~

 

名前:成公英 9歳♀

真名:宇航(イュハン)

ステータス:統率69 武力66 知力68 内政69

得意な氣:操氣=得意な効果:集中力向上

特徴:セーラー服と黒髪を纏めた三つ編み、そして眼鏡がチャーミングな委員長スタイル。

能力は平凡でそれを自覚しているため努力家を惜しまない。弓騎の扱いはそこそこ。

羌族との共住村の生まれで、孤児として行き倒れていたところを韓遂に拾われる。

 

~~~

 

名前:韓遂 ♀

真名:李(リー)

ステータス:統率86 武力80 知力85 内政89

得意な氣:操氣=得意な効果:集中力向上

特徴:曲がったことが大嫌いな一本気な性格。

服装からもそれは滲み出ていて、黒縁メガネとバインダーが似合うキャリアウーマンのような恰好。

朝廷を追い出されてからは故郷に戻り自らの後進育成のために道場を開いている。

弓騎の扱いは蘭とその夫である翔に次いでトップクラスの実力者。

 

~~~

 

名前:閻行 10歳♀

真名:旻深(ミンシェ)

ステータス:統率67 武力89 知力57 内政52

得意な氣:操氣=得意な効果:相性の良い武具を自在に操る

特徴:自身を「わっち」と呼ぶなど特徴的な言葉遣いで、ボサボサな赤毛とそばかすが特徴的。

とある喧嘩から翠とは道場のライバル関係となり、いつでもやり合っては韓遂に怒られている。

夢は道場の師範代。手投げ斧や円刃などクセのある武器と氣の相性が良く、それらを自在に操って戦う。

 

~~~

 

 




今回もお付き合いいただきありがとうございます!後半はキャラクター紹介でした。ステータスなどは以前、名前#任意の文字列さまよりアドバイスいただいたコーエーシリーズ的なステータスとなります。次回は私塾編です!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!

~~~
すみません!性別を記載しておりませんでした!


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李儒はゆずれない

運動会が近くなるにつれ、水鏡塾はその活気を増していた。各軍の積極的なスカウティングにより組み分けもほぼ終わり、その情勢も明確になってくる。

まず、豪族の子息女が多いこの私塾においてやはり袁家の影響力は凄まじく、全学年百六十名に対し四十名もの生徒が参戦する袁紹軍。そして普段から付き従う親族はいずれも能力が高く、まさに精鋭といった曹操軍。この二つは優勝候補と目されていた。そして自身の姉妹と軍を別つ孫家は妹孫権がやや押され加減で、苦しい立場になっているようだ。劉備軍はトップの劉備がその広い交友関係で人数、質ともに良好で大会の大穴を開けるのではと専らの噂だ。

しかしここで問題なのは董白軍だった。李儒をはじめとした涼州出身で仲の良い連中と、『董白くんを見守る会』会員の数名が参戦し軍としての体裁は整ったものの、やはり入塾して半年ほどの一刀にとっては顔の広さがモノを言うスカウティングは苦戦を強いられていた。

 

「悪ぃ董白、入ってやりたいのは山々なんだけど…親の都合で、な。ほんとスマン!」

 

「董白くんの頼みなら聞いてあげたいけど、ごめんね?どうしても袁紹さんのところじゃなきゃ駄目みたいなの…」

 

「ごっめ~ん!親が曹操さんのところで務めててさ~…他の事なら何でもするから!本当に何でも、ね?本っ当~に、何でもするから…ちょっ李儒くん何を」

 

声をかけるとみんな話は聞いてくれるものの、親同士の繋がりなどには勝てず。結局、全軍最少の十五名に留まってしまった。

 

「はぁ~…」

「もうっ、元気出してよ一刀!僕らが居るじゃん!」

「そうだぞ。そう気を落とすな。」

 

珍しく落ち込んだ様子の一刀に寄り添う涼州出身の仲間たち。だが一刀にとっては負けることによりも、それで皆の将来が左右されてしまうかもしれないことが気がかりだった。もちろん負けるのは嫌いだし、負けと決まったわけではないが、幸先は良いとは言えない現状にため息をつく。

しかしそんな時、一人の少女が近寄ってきた。

 

「董白様、こちらにいらっしゃいましたか。」

「あなたは…孫乾さん?」

 

いつものようにメイド服を着て背筋を伸ばした孫乾が、学食で机を囲んだ一刀らのもとへやってきたのだ。

 

「早速ではございますが、私を董白様の軍に加えてくださりませんか?」

 

聞き耳を立てていた食堂の全員を驚きが包む。侍従の種目では負けなしの最強すぎる侍女こと孫乾が参戦を求めてきたのだからそれも仕方がないだろう。驚いたのは一刀らも同じだった。

 

「ほ、本当に?!本当に入ってくれるんですか?!」

「はい、宜しければ。」

「ぜひお願いします!でも、どうしてですか?孫乾さんならたくさんお誘いがあると思うのですが…」

 

嬉しいのはもちろんだったが、一刀が気になったのはその理由だ。侍従科選手権には不出場とはいえ引く手あまたであろうことは想像に難しくない孫乾が、なぜ最下位候補である董白軍に加わりたがるのか、それが疑問だった。

 

「董白様のことが気になっていましたから。」

 

それはまごう事なき本心だった。一刀が入塾した日、孫乾は彼に何かを見、感じ取ったのだ。それは水鏡も同じであり、それ以来、水鏡の命で彼を影で観察するようになった。

見ていると面白い、そして何より彼には二心が無い。楽しいときは笑い、悲しいときは悲しむ。それがどれだけ難しいことか彼女はよく知っている。だからこそ気になったのだ。彼女はこの機に董白というその人を近くで見てみたいと思った。

突然の爆弾宣言に食堂が今度は阿鼻叫喚に包まれる。

 

「私の董白くんが…!」

「あ、あの氷の女王が?!こうしちゃ居られねぇ!」

 

反応は様々だったが、中でも李儒に与えた打撃は相当なものだった。

 

「き、き、気になってるって…?!気になってるってどういうこと?!ねぇどういうこと?!」

 

念氣を使えば簡単なのだが、怖くてそれさえできずに牛輔の胸倉をつかんでガクガク揺らす李儒。

 

「俺に聞かないで本人に聞けよ?!」

「違うよね?!そういう意味じゃないよね?!」

 

半狂乱になって取り乱す李儒にされるがままになっている牛輔だったが、当の一刀は意味が分からなかったようで首をかしげる。その反応を見てクスリと薄く微笑むと、孫乾は「それではよろしくお願いいたします」と一度丁寧に頭を下げ学食を後にするのだった。

こうして、運動会の組み分けが大方出揃った。やはり勝ち馬に乗りたい生徒たちから袁紹軍の人気は高く、多くの生徒が集まる。張郃も袁紹軍に入ろうと考えていたが、先日の一件により良いからかい相手とみて孫権軍に参戦を決めたようだ。

大まかな組み分けは以下の通りとなった。

 

◇袁紹軍 四十名

主な将:田豊、顔良、文醜

 

◇曹操軍 二十八名

主な将:夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹純、曹洪、陳登

 

◇孫策軍 二十五名

主な将:周瑜、太史慈

 

◇孫権軍 二十一名

主な将:張郃

 

◇劉備軍 二十八名

主な将:関羽、公孫瓚、趙雲

 

◇董白軍 十六名

主な将:李儒、牛輔、李傕、郭汜、孫乾

 

この大会を制するのはどの軍か、一足早い群雄割拠が巻き起ころうとしていた。

 

 

~~~

another story 玲

『そこはゆずれない!』

 

去年行われた侍従科選手権は、正直よく覚えていない。というより、よくわからないまま終わってしまったと言ってもいいかもしれない。

あのころの僕は目についてしまう色が気になって、とてもじゃないけど行事を楽しむ気になれなかった。初戦の料理対決で当たった孫乾さんは、それはもう鮮やかな手つきで美味しそうな料理をいくつも作り、僕と言えば普通の炒飯をやっと作れただけ。実食するまでもなく惨敗だった。でもその時はこれで部屋に帰れると喜んでいたんだ。

 

「今年は…」

 

絶対に優勝する!だって優勝したら一刀の専属になれるんだから!

 

「よし、やるぞ~!」

 

寮にある食堂の厨房で先日からこっそり始めた特訓のために、ビシッと前掛けをつける。でもなんで僕はこんなに頑張っているんだろう?一刀とはいつも一緒にいるし、真名も交換し合って既にかなり仲がいいのは確かだ。だからわざわざ専属なんかにならなくても…。

 

『董白様のことが気になっていましたから。』

「っ…!」

 

孫乾さんのあの言葉が頭をよぎってズキリと胸が痛む。また、この感じだ。

近頃こういうことがあると決まって僕の胸は酷く痛くなる。自分でも制御できない焦燥感に駆られて我を失ってしまうんだ。

 

『董白様のことが気になっていましたから。』

 

あれはどういう意味だったんだろう。やっぱりそういう意味だったんだろうか。だからと言って気にする必要は全くないはずなのに、何でこうまで複雑な気持ちになるんだろう。

呂布と出会ったときも、幼馴染の話を聞いているときも、孫権さんと彼が仲良く話しているときも、僕は決まってこうだ。本当にどうしてしまったんだろう。

 

「浮かない顔ですね。」

 

突然、背後から声をかけられる。そこに立っていたのは孫乾さんだった。

 

「えっ?!ちょ、ど、どうして?!ここは男子寮ですよ?!」

「忍び込みました。」

 

あっけらかんと言い放つ彼女に、唖然としてしまった。

 

「では私もこう言いましょうか。どうして?ここは男子寮ですよ?」

 

息をのむ。

 

「どうしてわかった…などの確認は不要です。そして心配も無用です。口外する気はございませんから。」

 

念氣を使って探っても、それが本心であることはわかるが不気味なまでに相手の意図が読めない。

 

「近頃李儒の左手には料理人がよく作るマメができていましたから、練習しているのだろうと思いこちらに伺いました。しかしどうやらあまり捗っていないようですね。」

「う…」

 

その通りだった。だってさっきみたいにどうしても一刀のことが頭をよぎってイマイチ集中できないから…。こんなことではいけないと気を張ってみても、それは変わらなかった。それに、いくら作り方通りに作っても、なんだか物足りなさが残る。ちゃんと計って入れてるのに、美味しいとは感じられなかった。

 

「では私から少し助言を…」

「助言?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()に作ってみてはいかがでしょうか?」

「なっ?!ど、どどど、どうして一刀が?!」

「だって、お好きなのでしょう?」

 

---好き。

幾度も自分の心の中で反芻してみては、違う、違う、と思っていた感情。こんな気持ちは一刀の一言で舞い上がって勘違いしただけで、男として育った僕が男の子に恋なんかしているはずがない。だってそれじゃあまさに変態のそれだ。

 

「べ、別に…好きとかそういうんじゃ…。」

「ふむ…」

 

孫乾さんは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「因みに…専属になれば×××(ピー)▲▲▲(ピー)して◇◇◇(ピー)なこともできるかもしれませんね。もしくは★★★(ピー)なども…」

「…!!」

 

えっ?!か、一刀とそんなことを…?!しかも★★★(ピー)なんて凄いのを…!でも一刀が相手ならそれも悪くないというか、むしろアリ!!大いにアリ!!だって★★★(ピー)だよ★★★(ピー)?!ああでも◇◇◇(ピー)も捨てがたい…!!って違う違う!!

 

「そ、そそそ、そんなの、どどどどどどーってことないし…!」

「随分目が泳いでいらっしゃいますね?おまけに腰をクネクネされて…本当に興味ありませんか?」

「…ない。」

「でしたら、私が董白様の専属に立候補しても」

「それはダメ!!」

 

僕はつい大声を出してしまう。理由を促す孫乾さんに、何と言っていいかわからず頭を最稼働させる。

 

「えっと、その、一刀にそういうのは早すぎるっていうか、初めては譲れない…じゃなくて!えっと、えっとね?だから…!」

「殿方の初めてをいただくのは女の浪漫ですからね。」

「だから違うってば?!」

 

理由をいくつもあげようとするも、自分でもわかるほど支離滅裂。孫乾さんは見透かすように笑みを浮かべていて、もう恥ずかしくて声も小さくなってきてしまう。真っ赤な顔をなんとか誤魔化そうと俯き、手持無沙汰な両手の人差し指を突き合わせてそれでも何とか言葉にしようとしたが、どんどん泥沼にハマっていく気がした。

 

「あ、あの…どうして急に一刀のことを?」

 

なんとか冷静さを取り戻したのはそれから少し経ってからだった。そこで僕は彼女に気になったことを聞いてみた。僕が知る限り、一刀と孫乾さんが接しているところを見たことがない。なのになぜ今になって…。

 

「董白様とは入塾初日にお会いしてから観察していたのです。」

 

観察?それってどういうことだろう…。確かに見ているだけで癒されるし、可愛いなと思うこともって違う違う。でも袁紹さんのように遮二無二可愛がっている様子もないから意図が分からない。

 

「だから一刀の軍に…?」

 

すると薄く微笑み、

 

「あの方はああ見えて負けるのがお嫌いでしょう?」

 

と言った。確かに彼は負けず嫌いなところがあるけど、僕がした質問とは少しズレている気がする。運動会には侍従科の種目があるから孫乾さんが居ればそれだけ勝利には近付くけど、なぜだかそれだけとは思えなくて…。

 

「董白()()が負けて落ち込んでいるところを見たくありませんから。…そこを慰めて差し上げるのも一興ですが。」

 

怪しくふふっと笑って、孫乾さんは食堂を後にする。残された僕は茫然とするしかなかった。

だって侍従科以外の生徒には必ず様付けして呼んでいるのに、いま董白くんって…それに慰める?!慰めるってナニを…じゃなかった、どこを?!ってこれじゃ意味が変わらない!

 

「ひょっとしてあの人…」

 

新たな強敵出現の可能性に、僕は乾いた笑いを漏らしながら茫然とするのだった。

 




今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回の舞台は道場に移ります。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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韓遂

対峙するごとに火花が飛び散る。

飛来する飛び道具を打ち落とし、猛烈な突きを放つも空を斬り、背後から迫る円刃を柄で払う。まさに一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

「ヌシ、わっちの攻撃を掻い潜るなんてやるのう!」

「ちっ…!こんの~、ちょこまかと!」

 

なかなか決定打をうてない翠は歯噛みする。四方八方から襲ってくる飛び道具は厄介で、隙を見つけたと接近するもそれも罠。翠にとってこれほど戦いにくい相手は初めてだった。これならまだ人間離れした力で攻めてくる呂布を相手にした方がまだマシだ。

 

「これで終いじゃ!!」

 

両手に三枚ずつ手にした円刃に氣を込め、放つ。それはまるで意思を持ったように翠に飛び掛かった。

 

「馬鹿の一つ覚えだな!!」

 

槍を巧みに操りそのすべてを打ち落とそうと構えるも、視界の端に七つ目の影があることに気付いた。しかし気付いた時にはすでに遅い。

 

「本命はこっちじゃボケ!」

 

投げた円刃の影に走りこんだ閻行が一気に距離を詰め懐にもぐりこんだのだ。勢いそのままに掌底を叩きこむ閻行。そして、「一本!」の声とともに試合に決着がついた。

こうして行われていたのは韓遂道場の門下生による組手。他にはたんぽぽと成公英が戦っていたが、こちらもやはり先に入門していた成公英が勝利する形となっていた。因みにレンは組手よりも基礎を学ばせようと木人への打ち込みを命じられたが一撃で粉砕してしまったため木陰で眠っている。

 

「ふむ…馬超、あなたは相手の攻撃に惑わされ過ぎね。その速さと強さは大したものだけど、それを活かすならもっと回避を身につけなさい。」

「お、押忍…。」

「それから馬岱は体力不足。一撃で決める打力が無いのならもっとじっくり攻めるしか道はないわ。なら相手より先にバテちゃダメ。」

「はい…。」

 

手にしたバインダーで二人の頭をポンと叩いていく。

 

「で、閻行?」

「ぬ?なんじゃいお師匠、わっちは勝ったゾ?」

 

翠たちにしたよりも強くたたかれる。

 

「遊びすぎ。組手と言えど実戦のつもりでやれといつも言っているはずよね?」

「うぐ…」

「精神修養が足りないわ。一刻ほど座禅して頭を冷やしなさい。」

「…押忍。」

 

続いて成公英に向き直ると、

 

「鍛錬の成果、出ていたわね。」

 

そう一言こぼし、踵を返した。成公英にはその一言で充分だったようで、顔を紅潮させて「はい!」と返事。自分を引き取り育ててくれた母の韓遂に褒められたのがよほど嬉しいのだろう。普段は真面目を絵にかいたような母譲りの鉄仮面を崩して破顔させていた。

その後は座禅を言い渡された閻行を除いた面々で自主鍛錬を行い、風呂場で水浴びをして着替える一幕。

 

「はぁ~…」

「元気出しなよお姉さま!まだまだこれからじゃん!」

「そうは言うけど…はぁ~…」

 

先ほどから肩を落として落ち込む翠。手も足も出ずに負けたのがよほど悔しかったのだろう。その上、遊ばれていたことも知り、誇りはズタズタだ。

 

「わっちは閻行~♪ガキ大将~♪」

 

そこへご機嫌そうに歌いながら閻行が更衣室に入ってきた。裸で肩に手拭をかけ大股で歩く姿に、翠はある一点が気になった。身長は同じくらいだが細身の体の至る所に傷が目立ち、背中から脇腹にかけて酷い火傷の跡があったのだ。

 

「ん?ヌシ、こいつが気になっちょんか?」

「あ、ああ、すまん。」

 

気を悪くしたかと目を逸らすが、閻行はあっけらかんと笑ってその跡を見せつけた。

 

「んにゃは!わっちは元々親に売られた子じゃ!」

 

重すぎる話も、笑い飛ばすように明るく話す。翠らはどんな顔をしたらいいのか分からず、言葉をなくしてしまった。

 

「そんれがまた売られた先が極悪でのう。気に入らぬことがあれば煮え湯をかけるわ鞭を振るうわで大変じゃったわ!んにゃはは!」

「笑いごとじゃないでしょう?

…たまたまそれを知った母様が家に乗り込んで家人を半殺しにして、別のおうちに預かられることになったのよ。」

「そうじゃ!今のかーちゃんも好きだが、わっちはお師匠が大好きじゃ~!」

 

そこで語られたのは衝撃の事実だった。

朝廷を追放されてからというもの、地元の涼州に帰ってきた韓遂は金城の役人に収まった。涼州はかつて侵攻してきた朝廷の軍を蹴散らした経歴があり、そこの役人に彼女が就こうとも誰も口出しできなかったのだ。そうして着任した金城で、たまたま目にしたボロボロの服を着ていた少女。生真面目な韓遂は視察として裏道までくまなく見て回ったことで偶然それを見つけられたのだ。少女は男女の親らしき人に殴られ、それでも健気に笑っている姿に居ても立っても居られなかった。

事情を聴こうと近付くと、相手は役人だと分かったのか媚びへつらう様にして家に引っ込んでいく男と女。その晩、韓遂はまたその裏路地を訪れていた。聞こえてきたのは耳を塞ぎたくなるような少女のくぐもった悲鳴。そこへ隣人と思わしき男が近寄る。

 

「お役人さん、こんなこと言うのは間違いかもしれないが…あの娘、どうにかならんもんか?」

「…ここの人はどういう人なの?」

「最近越してきたんだが、何やら洛陽で商売に失敗して、そん時に給仕として買っとった娘をああやって痛めつけてるみてぇでさ。もう聞いちゃいられねぇ。でもあの男は腕が立ちそうで、一介の商人のおいらにゃ…」

 

言葉を切って辛そうに顔を伏せる男。

 

「陳情は出さなかったの?」

「出したさ!でも警備隊が来てもあいつらはうまく誤魔化しやがるんだ!ここの城主様に言えば片付くだろうが…アレだろう?おいらの家まで壊されちまう。金城の警備隊は武威のほど洗練されてないしな。」

 

馬騰の気質は良く知っている。確かにこの一件を知ったら奴は間違いなく加減を知らずにブチのめしてしまうだろう。このような長屋では隣近所まで被害が及ぶことは必然だった。

 

「…私に知らせてくれてありがとう。だが、多分私の方が奴らにとっては最悪だろう。」

「は?」

 

意味深な発言をすると、韓遂は家の戸を開け放った。

 

「な、なんだテメェは!!」

「あんた、この人はさっきの役人だよ!」

 

突然の来訪に男は血色ばむが、妻の一言で冷静さを取り戻したようだ。慇懃無礼な笑みを浮かべて取り繕うその足元には、煮え湯をかけられたのか酷い火傷跡をおさえて蹲る少女が居た。転んだだけだの何だのと言い訳を続ける男女に、「黙れ」と一喝すると、般若と化した女がそこに居た。誤魔化しが効かないと見たのか、腹を括って剣を取る男だったが…

 

「あ、あんた…!」

「お、おぉ…俺の…俺の腕が…!!」

 

剣を取ったはずの腕は宙を舞っていた。

 

「なに、私には言い訳を聞く気もなく、目の前にいるのは外道だけ。ならば為すべきことは一つだろう。」

「ヒィ…!!」

 

片腕になった男と、それに縋りつく女に絶望が降りかかる。

 

「悪、即、斬とは言うが…私は優しい。即、というのは許してやろう。」

 

剣を鞘から抜いたかと思うと、その瞬間男女の両手足が飛ばされていた。

 

「泥沼でもがくその少女の苦しみを知れ下郎ども。」

 

そう言い残し、少女を火傷が痛まぬようそっと抱き上げる韓遂。こうして、閻行は別の家へ引き取られることとなった。引き取られたのは隣の家屋に住んでいたあの男の家だ。古物商を商っている夫婦で子がなく、それ故に不憫な少女を気にかけていたのだ。この一件を馬騰に報告すると、なぜ自分に知らせなかったと怒ったが、理由を聞くと夫からの窘めもありなんとか留飲を下げた。形としては外道を放っておいた償いとして、小さいながらも空き家を用意しそこを閻行と新たな養父母の住む家として提供する事で落着した。

だがここで韓遂は気付く。あの隣人の男は、何故あの下郎どもが“洛陽で商売に失敗して”いたこと、“娘をその時に買っていたこと”まで知っていたのか。それに何より、着任してまだ間もない自分が役人であると一目で見抜いていた。

 

「なるほど、間者か。」

 

だからこそ、無用な騒ぎを生まぬために自らが手を出せなかったのだろう。役人である自分に声をかけることだって出来うることなら避けたかったはずだ。

 

「正義感溢れる間者も居たものね。」

 

思わず笑ってしまう。何より正義、大いに結構。きっと洛陽から遣わされたのだろうが、この手の輩を韓遂は好む。男の名は程銀。数年後、この間者は韓遂に取り立てられ、旗本八旗に名を連ねることになるのだが、詳細はこの者によって伏せられている。

因みに暴力を振るっていたあの男女はその後、何者かに蹂躙され尽くして亡くなっていたのがわかった。アレをやったのが誰なのかは、調べないことにしたのだった。

 

「いや~!あんときは助かったのう!にゃはは!」

 

母の武勇伝を語る成公英は誇らしそうで、片や閻行は頭をガシガシ掻きながら笑う。

一見冷静そうに見える韓遂と、底抜けに明るい閻行の意外な一面を知った翠らは神妙な顔をしていた。

 

「それにしても馬超よ~!馬岱から聞いちょるぞ~?ヌシ、好いた男がおるそうじゃな~?」

「Δ×ω〇Σμ▼?!!!」

「好いた男って…そ、そんな破廉恥な!」

「た、たんぽぽお前~~!!」

 

まずいと思ったのか、たんぽぽは手早く着替えを済ませてさっさと出て行ってしまっていた。それからはそういった話に興味津々な閻行からありとあらゆる質問攻め。生真面目な成公英は「は、破廉恥!破廉恥です!」と言いながら一語一句漏らすまいと聞き入っているようだ。結局、外で翠が出てくるのを待ち惚けしていたレンとたんぽぽがしびれを切らすまで、恋バナが繰り広げられていたのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!道場と韓遂のお話でした。次回は運動会に話が進みます。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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水鏡塾運動会~武道会とテクニシャン編~

秋晴れに恵まれた日、運動会が始まった。

保護者をはじめ、投資をした豪族たちも観戦に訪れ水鏡塾は活気に満ち溢れていた。当然董一家も特等席を陣取り開幕を今か今かと待っている。

 

「え~っと、開会式のあとは…」

 

配られた運動会のしおりを手にカリキュラムを確認する夕陽。その内容は以下の通りだった。

 

第一種目:私塾一武道会

参加者:袁紹軍代表=文醜、曹操軍代表=夏侯惇、劉備軍代表=関羽、孫策軍代表=太史慈、孫権軍代表=張郃、董白軍代表=董白

対戦形式:勝ち抜き戦、第一試合は文醜対夏侯惇、第二試合は関羽対太史慈、第三試合は張郃対董白、第四試合は一回戦勝利者三名による同時対戦とする。

規則:模造武器による決闘で、一本を取られるか規定場外に出る又は武器損壊で敗退。一回戦突破で所属軍に五十点、優勝者所属軍に百点が与えられる。

優勝賞品:天下一武道会参加権

 

小休止中:下級生による合同演武

 

第二種目:借り物競争

規則:指令書の入った箱まで走り、一枚とって書いてある指示のものを探して終着点までそれを持ってくること。最後に審判員が指示書を確認し、指示通りなら終了そうでなければやり直し。六組ずつ行われ、それぞれ一等所属軍に二十点、二位に十点、三位に五点、四位に二点、五位に一点、最下位は得点なし。

 

昼食休憩

 

第三種目:侍従科選手権

参加者:侍従科所属の生徒

規則:一回戦の早縫い、二回戦の料理対決、三回戦の洗濯対決、それらすべての高得点者が優勝。ただし、同点の場合くじ引きで対戦内容が決まり直接対決とする。最終結果により所属の軍に得点を加算。

優勝賞品:専属侍従権

 

第四種目:模擬戦

参加者:全軍

規則:本陣に棒を立て、それが倒されると負けとなる。対戦相手にあらゆる攻撃が可能で、審判員に戦闘不能を言い渡されると退場。なお、各軍大将が戦闘不能になっても負けとする。くじ引きで軍師が一名選出され、校舎の二階から伝令で指示を出すことが出来る。

 

総合優勝賞品:水鏡券(水鏡が望みを一つだけ叶えてくれる権利。※ただし公序良俗に反するものは却下)

 

「へ~、色々あるんだな。お、一刀武道会出るのか!そいつぁ楽しみだ!」

 

横からのぞき込んでいた玄も、催しに心躍っているようだ。子供の運動会ならそうなるのも仕方がないと言えるが、夕陽は横断幕まで作ってえらい気合の入りようだった。

 

「あ!一刀ちゃんが入場してくるわ!」

 

楽団の軽快な音楽により、各軍がそれぞれ行進して入場を始めていた。我が子を見つけて沸く保護者たち。

 

「あら~?うちの子どこに居るのかしら…白蓮ちゃ~ん!どこ~?」

「いま目の前通ってるだろ!?」

 

「玲~!!お父さん応援に来たぞ~~!!」

「…っ」

「お父さんに中指立てないでね~~!!」

 

「オラ雪蓮!!蓮華!!テメェら優勝しなかったらタダじゃおかねぇぞ!!」

「それじゃどちらかが必ずシメられるじゃん…」

 

保護者からの声に、一部を除いて子供たちは気恥ずかしそうにしていた。それは董家ご一行も例にもれず、横断幕を掲げて大騒ぎ。一刀が笑顔で手を振ると一層の盛り上がりを見せた。

 

「相変わらず愛されてるな~。」

「えへへ、うん!」

「…あれだけ騒がれて動じねぇのは流石だよ大将。」

 

そうして綺麗に整列を進め、壇上には水鏡が登る。生徒には全力を出し切ることを求め、そして保護者には怪我をしても五斗米道の協力の元、万全の体制が整っていることを知らせた。

会場の準備もつつがなく完了し、運動会は始まるのだった。

 

「さあ始まりました水鏡塾運動会!実況は私、孫呉の歌姫留賛がお送りします!」

 

実況席で声を張り上げるショートボブが似合うフリフリ衣装の女性の姿に反応したのは孫家所縁の面々。

 

「ちょ、あの人何してるの?!」

「あやつめ…大殿となにやらコソコソしとると思うたら斯様なことを。」

 

教師の一人であり孫呉に仕える宿将の張昭は渋い顔を見せるが、観客席の孫堅が煽るものだから留賛もノリノリで実況を続けている。

 

「さて、それでは解説の方もご紹介します!荊州が誇る美しき将!最近結婚を発表され、荊州男児の夢を打ち砕いたご存知この人!黄漢升さんです!」

「よろしくお願いいたします。」

「左手の指輪が眩しい!!…というわけで始まった第一種目の武道会ですが、一試合目からまさかの瞬間決着!いや~これは驚きましたね~!」

 

第一試合は文醜対夏侯惇の対決だったが、合図と同時に猛烈な勢いで突っ込んだ夏侯惇の攻撃をなすすべなく受けた文醜が場外にはじき出され敗北。開幕戦にふさわしいド派手な決着に、観客は大いに沸いた。曹操軍にとってもこの上ないスタートダッシュと言えた。そして豪族たちはあの子を自身の軍に引き入れようと側近の者と相談する姿が目立ち、水鏡塾の武道会らしい一面も垣間見える。

 

「そして始まった第二試合ですが…こちらはどう見ますか黄忠将軍?」

「そうね…実力拮抗といった素晴らしい試合です。力、技、速さ、どれをとっても両者かなりの才をお持ちのようね。」

「将軍べた褒め!!!それだけ学生とは思えない熾烈な戦いが繰り広げられています!!」

 

関羽対太史慈の戦いはまさに一進一退だった。両者とも洗練された技で何合打ち合ったか数えようも目が追い付かないほどだ。ところが、半刻ほどが経過しようとした時、試合はついに動いた。

 

「おぉっと!これはどういうことだ!?関羽選手突如膝をついた!!」

「…体力負けね。」

 

学年にして二年の違いがあるのはこの年頃にとって大きな差だった。腕そのものにそう差はなかったが、やはり体力が追い付かなかったのだ。審判員から勝者太史慈という声が上がると、関羽は悔しさを滲ませるが会場は拍手喝采。学生離れした技の応酬に、生徒も保護者たちも大変な盛り上がりをみせた。特に関羽の父は娘の成長ぶりと悔しさに感涙し、興奮のあまり青龍偃月を振り回して職員たちに注視されていた。何はともあれ両者とも数えるのが馬鹿らしくなるほどの手数を出しているものの、有効打はお互いなしというのが彼女らの才を感じさせる。

 

「続いてはこの対戦!孫権軍からは給仕に参謀に戦闘に何でもござれ!一人(よろず)の張郃選手!!」

 

名前が呼ばれると、張郃は胸を強調するように屈んで観客席に投げキス。男子生徒たちから歓声があがり、如何に彼女のファンが多いか知るところとなった。

 

「お相手は~…なんと大将が参戦だ!!涼州の愛すべき少年!!事前に行われた学生間投票では“養いたい男子”第一位!私もちょっと好みです!董白選手入場~!!」

 

いつものように笑みを浮かべて観客席に手を振る一刀。今度は女子生徒から歓声があがる。しかし中でもやはり夕陽の応援が断トツで届いていた。用意した横断幕も、なぜか保護者数名が加わって大きく掲げられている。

 

「董白さん!お怪我はされないでくださいまし~!!」

「おう小僧ー!!勝ったら蓮華をくれてやるぞ~!!」

「頑張って~!それから~!娘をよろしくね~!」

「が、がんばって~…手伝うのだから便宜を図ってくださるのよね?」

 

袁紹の母は心配そうに、孫権の母はゲラゲラ楽しそうに、劉備の両親はニコニコと、曹操の母は何やら玄に耳打ちしながら声援を送り、一刀はそれを見て嬉しそうに大きく手を振っていた。ところが審判員の「用意!」の合図で一気に引き締まった表情へと変わる。

張郃はレイピアのような細身の剣を抜き、対する一刀は普段使いの剣を模した小剣を握り締める。張郃はその特殊な氣によりあらゆる武器を使いこなせるが、この大会のルールによりレイピア一つだけを選択していた。しかしこれが彼女の誤算だった。

 

「はじめ!!」

「「…っ!!」」

 

合図と同時に突っ込んだのは一刀。先手を取ろうと思っていた張郃は予想以上の速さに後手を踏んでしまう。元来張郃の武器は打ち合いには向かず、速攻からの突きで勝負を決めるものだ。それを知ってか知らずか、一刀は距離を取らせず真正面から上段、下段と基本に忠実な攻撃を繰り出していた。張郃にとってはこれが一番厄介だった。

 

「くっ…!」

 

一度距離を取ってタメを作ろうとしても、そこは一刀。持ち前の俊敏さで一気に距離を詰めてくる。

 

「おぉっとこれは凄い!!まさに一方的!!どうですか黄忠将軍?」

「素晴らしいですね!しっかりと基礎鍛錬を積んだ賜物でしょう!」

「それに見た目も可愛い!ボク~、勝ったらお姉さんが()()()()教えてあげるね~!!」

 

その発言に会場は大ブーイング。李儒が冷たい笑顔で小刀を手に実況席へ向かおうとするのを牛輔が必死に止めていた。と思えば袁紹軍でも似たようなことが起こっており、孫権軍では大将が自らの椅子を真っ二つに叩き割っていた。

しかしそんな時、試合は動く。

 

「これは…!」

「まあ…!」

 

会場が驚きに包まれる。

距離が取れないならばと張郃が逆に距離を詰め、一刀に接近したのだ。空いた手で頭を抱え、剣を振れないようにぴたりとくっついた。

 

「んな…?!」

 

…とも取れるが、どう見ても抱きしめている。豊満な胸に顔を埋めさせ、抱擁していた。なんとか離脱を試みようともがっしり抱きしめられているようでそれもかなわない。それどころか…

 

「あんっ♪もう董白くんったら大胆ね。私の弱点そんなにしちゃいやん♪」

 

いろんな意味で張郃を喜ばせる形となってしまい、形勢は明らかに変っていた。女子生徒は寝取られたような悲痛な叫びを上げる。なかでも相当なダメージを受けた女子生徒も居たようで。

 

「ふんっ!!ふんっ!!」

「ちょっと孫権さん!椅子が!椅子が無くなっちゃう!」

 

孫権陣営では孫権が手当たり次第に椅子を真っ二つにして暴れまわり、仲間が羽交い絞めにしながら止めに入るも暴君と化した彼女は止まらない。

 

「お…おい、その太い針どうする気だってんぎゃあああああああああああ!!!」

 

董白陣営ではおよそ人に使うとは思えない、天幕設営に使うような針…というより杭を手に牛輔へ襲い掛かる李儒。こちはらいつもの事なので周りは遠巻きに見ているだけだった。

 

「一刀ちゃんが…!私の一刀ちゃんが…!惑わされないで!あなたのおっぱいはココよ~~!!」

「いやお前一刀に乳やってないだろ。」

「あらあら~?董白ちゃんはおっぱいが好きなのね~?よかった~、うちの桃香ちゃんもおっきく育つわよ~?たぶんいっぱい出るわよ~?」

「だからなに?!」

「…わたくし、まだ出るかしら?」

「あんたは何やってんだ!」

 

ある意味で各陣営よりも混迷を極め、一人でツッコミを担う玄は大忙し。もはや観戦どころではなくなっていた。

ちょうどそんな時、なんとか間合いと空気を得ようともがいた一刀がより激しく動いたことで状況は動いた。理由は張郃が自分で言っていた“弱点”、いや、もう言ってしまえば“性感帯”だ。

 

「ちょ、だめっ…そんなに激しく…!」

 

顔を振ってみたりして抜け出そうとしているのだろうが、傍から見ているとどう見ても愛撫させられているようにしか見えない。だめと言いながらも張郃はこんな役得を逃したのくないのか一層力を込めて抱きしめる。どうやらいろんな意味で効いているようだ。

 

「んむーー!!んーー!!」

「あっ、ほんとキちゃう…!」

 

この世界の女性にとって、男子に()()()()()のはたまらないシチュエーションなのだ。

気をやってしまえば氣は使えない。小刻みに体を震わせ、張郃は腰砕けになったかと思うと、か細く「参った」と宣言。こうして女子の夢を乗せたテクニカルノックアウト勝利で一刀は一回戦を突破したのだった。

よくわからないうちに勝ってしまった一刀は鳩が豆鉄砲を食ったような顔が治らないまま陣営へと戻っていく。戻った先では李儒が頬を膨らまし、孫権はすねたように唇を尖らせ、袁紹は火照った表情で待ち構えていた。

 

「ぼ、僕だって実は…その…ちゃんとあるんだからね!」

「私だって!こ、こっちはまだまだだけど…お、お尻なら!」

「董白さん、お胸がお好きだと仰ってくれればわたくしいつでも差し上げますのに…それにしても良い腕をお持ちで。わたくしもあんなにされたら…ぽっ」

「三人とも…えっと、どうかしたの?」

「お気になさらず!さあさ、わたくしのお胸に…」

「「それはダメ!!!」」

 

自身らの大失言に気付かず袁紹の前に立ちはだかる李儒と孫堅。謎の勝利と三人の仕草に、頭に「?」を浮かべる一刀だったが、背後から忍び寄る影に気付いていなかった。玄と教師陣の静止を振り切った夕陽である。夕陽は思い切り一刀を抱きしめると、その決して大きいとは言えない胸で一刀を包み込んだのだった。

 

「いや~!凄い対決でした~!」

「そ、そうね~…。最近の子は進んでるのね…。」

「さて、小休止を挟んだ次は三つ巴の決勝戦!!その間は下級生による合同演武をお楽しみください!」

 

入場の合図と同時に行進してきた一年生が一斉に演武を披露する。子供たちの姿に保護者達はうっとりそれを眺め、極一部の生徒は血走った目で凝視していた。一年生の中で目立っていたのは曹操の妹分である曹仁だ。動きこそハチャメチャなのだが身体能力の高さ故かなかなか見事なキレ。曹純、曹洪は練習通りになんとか熟しているようだが、そのたどたどしさが逆に可愛さをあおる。“董白くんを見守る会”と並ぶ影の組織“あなたを守り隊”にとって曹純のそんな姿はタマラナイもののようだ。特に「えいっ!やあっ!」と剣の重さに振り回されてしまう動きに隊員たちは奇妙な声をあげていた。

そんな中、多くの保護者に隠れるように見守っているのが陳珪…今まさに演武を披露している陳登の母である。親子仲がうまくいないのだろう、心の中では応援していてもやはり少し距離を置いて眺めていた。

演武が終わると、ついに決勝戦が始まる。その土俵には勝ち上がった三人。

 

「いや~!一年生可愛かったですね~!」

「そうですね!あれを見てしまうと私も早くお子を授かりたいと思ってしまいます。」

「これ以上荊州男児の心を抉るのやめてあげて!…とまあそれはさておき、決勝戦に進んだのはこの三名だ!!

まず一回戦はまさに瞬殺!唯一の特待生は伊達じゃない!夏侯惇選手!

そして先ほど素晴らしい打ち合いを演じてくれた太史慈選手!

さあ女子の諸君お待ちかね!いろんな意味で“技巧派”なところを見せてくれた董白選手です!」

 

土俵の中央で審判員の話を聞いている三人に、大きな声援が飛ぶ。中でも一刀はいくつものねっとりとした纏わりつくような視線に困惑を隠せないようだ。しかしそれよりも間近にいる夏侯惇からの鋭い視線が突き刺さり、ごくりと唾を飲み込む。夏侯惇としては徒競走などで負けを重ねてしまった分、ここで何とか勝利を拾いたのだろう。だがこれを見てニヤリと微笑む太史慈の様子に、気付くことはなかった。

 

「最後まで立っていたものが勝者となるわけですが…この対決はどう見ますか黄忠将軍?」

「そうねぇ…学年的なものと技量も含めて太史慈選手が一枚上手のようですが、彼女は一回戦でだいぶ体力を消費しましたから。その点で言えば夏侯惇選手が優勢なのではないかしら?」

「なるほど~、確かに!では我らが天使董白くんはどうでしょうか?」

「董白選手も面白いと思います。何より基本が出来ているのが素晴らしいですね。ただ…やはりこの二人を相手にするとなると、厳しい戦いが予想されます。」

 

解説の黄忠が話すように、下馬評ではやはり一刀の劣勢は変わりないようだった。人気こそ高いが兵学科の特待生と武芸の天才と謳われる太史慈を相手にするのは荷が重いと見られていた。

 

「さあそろそろ開始の合図がかかるようです!三者距離を取って…」

「はじめ!!」

「始まった~~~!!!」

 

大方の予想通り、夏侯惇は一目散に一刀の方へ駆け出す。そのままの勢いで一撃、二撃と重い斬撃を繰り出し、一刀は防戦一方。太史慈はそれには加わらず、剣を肩に乗せて体力回復を優先しているようだ。

 

「フハハハハハ!!どうした董白!!攻撃してこぬか!!」

「ぐっ…!」

 

なんとか後退しながら捌いていくが、一つ一つの重さが尋常ではなく、牽制すらままならない。なんとか打開しようと試みるもののそれを許す夏侯惇ではなかった。見る見るうちに土俵際まで追い込まれ、あと一歩というところで鍔迫り合いとなる。

 

「華琳さま!見ていてください!今こそこやつに引導を…」

「馬鹿!後ろを見なさい!」

 

曹操が叫ぶが熱くなっている夏侯惇は聞こえない。ここを押し込めば勝ち…というところで、夏侯惇は彼女の存在を忘れていたのだ。「今!!」という声が聞こえたかと思うと猛然と背後から体当たりを浴びせる太史慈。

 

「はれ…?」

 

完全に重心が土俵の外に向いていたおかげで、夏侯惇はなすすべなく外に押し出される。太史慈はこの瞬間を待っていたのだ。一刀しか目に入っていなかった夏侯惇の隙をついたまさに頭脳勝ちだった。すんでのところで横に躱した一刀は土俵に残り、目下優勝候補だった夏侯惇が先に敗北。予期せぬ番狂わせに観衆は沸いた。

 

「ちぇー、キミも一緒に落ちてくれたら楽だったのに。」

 

そう言いながら改めて剣を構える太史慈。なんとか踏みとどまった一刀だったが、土俵際に追い込まれているのは変わりはない。背水の陣で攻撃に転じようとするものの、技量が違い過ぎた。まるで稽古でもつけられているかのように攻撃は全ていなされ、有効打を与えられない。それどころか土俵際から逃れようとしても見抜かれているようで的確な斬撃でまた戻されてしまう。手も足も出ないとはこのことだ。

 

「じゃ、私もここで体力使いたくないし…これで終わり!」

 

繰り出されようとしている斬撃に備えようと構える一刀。

 

「な~んてね!」

 

ところが斬撃は来ない。かかとに重心が乗ってしまったのを見て、肩をポンと押され場外へ出されてしまった。

 

「き、決まったーーーー!!優勝は孫策軍代表、太史慈選手に決まりました!!これにより太史慈選手には天下一武道会の出場権、そして孫策軍には百点が加算されます!」

 

こうして、第一種目は孫策軍が勝利する形で終わった。戦った選手たちには改めて大きな拍手を浴びせられ、皆それぞれ手を振りながら各陣営に戻っていく。夏侯惇は不服そうにしていたが、曹操に窘められしゅんしながらも「董白め…!」と何故か自分を押し出した太史慈よりも目の敵にしていたのだった。

 




今回もお付き合いくださりありがとうございます!運動会、まだまだ続きます!次回は借り物競争から!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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水鏡塾運動会~愛ある借り物競争編~

「発走しました!…さあ各走者良い飛び出し!おっとその中でも牛輔選手速い速い!!発走直後から突き放して早くも指令所までたどり着きます!」

 

流石は兵学科で好成績をおさめている牛輔。スタートからの約100メートルでほかの組を大きく離してクジ箱までたどり着いてしまった。穴に手を入れ紙を一枚掴むと、一度頷きゴール地点に走り出す。借り物を持っていないにもかかわらずゴールへ走る姿に会場はざわついた。

 

「ちょ!あの馬鹿なにしてんの!」

 

李儒が叫ぶ。董白軍の面々は気が気じゃなかった。他の走者たちは紙を握り締めて目当てのものを探しているようで、早い人は既に手に入れてゴールへ向かっている。

紙だけを持った牛輔は今ゴールしたようで審判である盧植に審査を受けていた。

 

「…これはどういうことかしら~?」

「だから!俺の借り物はあんただっての!」

 

牛輔が引いた借り物の紙。そこには『ババア』と書いてあった。表情こそ笑顔のままだが盧植のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「私、まだ二十代になったばかりなんだけど…?」

「もう腐ってるじゃねぇか。ほら、一着の旗渡せ。」

「牛輔選手、失格。」

「なん…だと…?」

「それから反省文を竹簡五本分書いて来週中に提出しなさい!!はい次の人!!」

 

盧植の怒りは相当のものだった。まだうら若いにもかかわらず年寄り呼ばわりされたのでは仕方ないと言えるがそもそもそんなお題があること自体悪意を感じる。因みに、お題の紙を用意したのは体育教師の厳顔。酒でも飲みながら適当に決めたのは確認するまでもなく、教職員用の天幕に居る厳顔を盧植は睨みつけると冷や汗をかいて目をそらすのだった。

結局この組は最下位で得点なし。失意のまま戻ってきた牛輔は李儒に何度も踏みつけられているようだ。

 

「安心しろ、次は俺だ!」

「…李傕!」

 

続いての董白軍走者は李傕。李儒は彼の走力を知っている。

予想通り、スタート直後から周囲を突き放しクジ箱までたどり着いた。そこで一枚手に取ると、今度も真っ先にゴールへ向かう。

 

「あら、速いわね。お題は?」

「先生!これは何て読むんだ!?」

 

董白軍は思い切りズッコケる。彼はそもそもお題が読めなかったのだ。結局大幅に時間を浪費してしまった李傕は最下位が決まり、戻ってくると李儒より「李姓の恥」と書かれた札を首に下げられ正座を命じられていた。

 

「次は私か…フッ、任せていただこう!」

「郭汜、いけるのね?」

「無論だ。そこの馬鹿どもとは違う。」

 

ぼろ雑巾のようになった牛輔と膝に重しを乗せて正座している李傕を顎でしゃくると、自信ありげにスタート地点に赴く。そしてすぐに発走の合図が鳴った。しかし…

 

「…む、無念…ぐはっ!」

 

10メートルも進んでいない地点で膝をつき、今にも死にそうな呼吸をしていた。基本引きこもりの彼はとことんまで体力が無いのだ。結局、お題にたどり着くまでに最下位が確定してしまった。

 

「死ね!!お前もうそのまま死ね!!」

 

担架に乗せられて戻ってきた郭汜を担架ごと蹴り飛ばしてひっくり返す李儒。せっかく第一種目で一刀が五十点を獲得してくれたにもかかわらず今のところ借り物競争は無得点の現状に李儒は頭を抱えた。

第一種目を勝利し百点を獲得していた孫策軍はこの種目でも苦も無く得点を積み重ね、初戦で躓いた袁紹軍と劉備軍もここではじわりじわりと得点を獲得。孫権軍に関しては人材難もありこの種目でも芳しくない様子だ。しかしこの種目でも目を引いたのは曹操軍だった。相手走者の強弱で作戦を立て、得点を取りやすいところとそうではないところを精査し走者を抜粋しているようで、高得点を狙える場面は取りこぼしなく獲得していった。

 

「もういい!僕が行く!」

 

業を煮やしたのか李儒がスタートへ向かう。走るのは得意ではないが三馬鹿のようなことにはならない自信があるのだろう。スタート地点には孫権の姿も見えた。彼女もなかなか得点を得られずやきもきしている一人だ。

スタートの合図が鳴ると一斉に走り出す。運動が苦手な李儒はやや離されたが痛手というほどのこともなく、クジ箱までたどり着いた。その横では神妙な顔で箱を見つめる孫権。祈りを込め、ほぼ同時に箱へ手を入れる二人。

 

「お願い…!席替えは駄目だったんだから、このクジくらいは簡単なのを…!」

「僕だって…!!」

 

中の一枚を掴み、目が光る。

 

「「うぉぉぉおおおおおお!!!こ・れ・だああああああああああああ!!!」」

 

天高く掲げられた紙。李儒の手には『愛する人』、孫権の手には『旦那様』と書かれた紙が握られていた。

 

「「 orz 」」

 

まさにお悩みど真ん中なお題を引いてしまい膝をつく二人。無論、お題の意図としては家族であったり誰かのお父さんを連れてくれば解決するのだが、彼女らは真っ先に思い浮かんでしまった一人の男子の顔で思考は完全に終着してしまった。

 

『ば、馬鹿な…!よりにもよって愛する人って!僕はいま男の子なんだ!一刀を連れて行って紙を見られたりしたら…へ、変態だと思われちゃうじゃない!!でも一刀しか思い浮かばないし…』

『なんなのよもうっ!!私が何かしたとでも言うの!?旦那様だなんてそんな…これで彼を連れて行ったら求婚してるようなものじゃない!で、でも婚約しているかもだし、正解は彼しか…!』

 

視線を移すと、他の走者はお題へ向けて走り回っているようだ。このままでは負けてしまう、そう思った彼女らは意を決して立ち上がった。

 

「一刀!!」

「董白!!」

 

董白軍の天幕まで走ってきた二人はほぼ同時にその手を取る。

 

「…二人ともお題が僕だったの?」

 

二人は赤くなりながら顔を背けると小さくうなずく。よくわかっていない一刀は言われるがままゴール地点に連れていかれ、盧植の前に立った。二枚の紙を確認した盧植は困ったような顔をする。

 

「ん~…二人ともこれは…だって李儒くんは男の子だし、孫権さんも年齢的に…」

 

二人に配慮してか、紙の内容を一刀に知られないよう窘める盧植。断固たる決意をもって彼を連れてきたにもかかわらず難色を示され、ショックを受け隠しきれない彼女ら。説明しようとするも横に一刀が居るのでなかなか伝わらない。そこへ盧植が答えを出さないのを心配してか、水鏡が現れ紙を見、また一刀を見た。

 

「ほほ、まあええじゃろ。“性別”も“時”も指定されとらんようじゃしのう。」

「塾長がそう仰るなら…。では二人とも、同着一位を認めます。」

 

まさかの助け船による勝利に二人は飛び上がった。しかし飛び上がった拍子に彼女らの手から紙が舞う。それは一刀のもとにひらひら落ちていき…

 

「し、しまっ…!」「やだっ…!」

「??このお題って…」

 

思い切り見られてしまった。意図してない告白に何を言われるか分からず怖くなってギュッと目を瞑る二人。その顔は真っ赤で、穴があったら入りたい心境とはこのことだろう。ところが、

 

「えへへ、僕も愛してるよ玲!ありがと~!」

「うがっ…!」

 

つうこんのいちげき

李儒にクリティカルヒット。胸部に重大なダメージ。

 

「孫権さん僕と結婚してくれるの?嬉しいな~!」

「はぅ…?!」

 

つうこんのいちげき

孫権にクリティカルヒット。胸部に重大なダメージ。

 

「おう、結果はどう…ってどうした李儒!」

「孫権ちゃん、結果は…何してるの?」

 

それぞれの陣営に戻った二人は、頭から湯気を吹き出しながらひたすら穴を掘り続けたのだった。

そんな彼女らをよそに、借り物競争は続いていく。どこから聞きつけたのか一刀と孫権のやり取りは噂となり、女子がお題をひくと決まって一刀のもとへ来るようになってしまっていた。噂というものは尾ひれがつくもので、今や「今なら董白くんへの告白は大成功間違いなし」とまで言われているようだ。必ずしもお題で色恋的なものが出るとは限らないのだが、例えば『犬』というお題では「私は彼の」以下割愛。『椅子』というお題では「私の上に」以下割愛。『将来の夢』以下割愛。『子供』以下割愛。というように、あらゆる方向から無理矢理なアプローチが続いた。いつも立ちはだかる李儒は無力化されているためやりたい放題。

度々言うが、やはりこの世界の女性は性に旺盛なのだ。中には『お皿』というお題で自分の上にお弁当を乗せて以下割愛した袁紹もいたが、最後の方になると急遽追加ルールで『董白禁止』のお触れが出て事態は終息した。

 

「えっとお題は…『涼州出身で名前に“白”が付く男の子』…ってコレ董白禁止なら誰が居るんだよ!!」

 

と、運の悪すぎる公孫家のご令嬢も居たそうだ。

結局、すべての走者が種目を終え総合一位は孫策軍のまま、二位に躍り出た曹操軍、第一種目の遅れを取り戻した袁紹軍と劉備軍が三位と四位につけ、五位に董白軍、六位に孫権軍という並びとなり昼食休憩を迎えた。

相変わらず李儒と孫権は「放っておいて」と顔を覆って座しているだけだったが、何が起きたのか知らない者たちは皆ワイワイとお弁当を囲んでいた。

 

「あれ?お母さん、お箸は~?」

「あらやだ忘れちゃったわ~!」

「え~~っ!?」

「あ、そうだ!お箸が無ければ董白くんに食べさせてもらえばいいじゃない!」

「それもそっか~!」

 

どこの変則マリーだろう。劉備一家はいつも通りのほほんと。

 

「あら董白さん、お昼はそれだけで足りますの?」

「お食事ならわたくしがご用意した満漢全席がございますから!さあどんどんお食べになって~!お~っほっほっほっ!!」

「さすがお母様ですわ!お~っほっほっほっ!!」

 

袁紹一家は豪勢に騒がしく。

 

「董兄ぃ~!汗かいちゃったから一緒に脱ぐっす~!」

「ちょっと姉さん?!」

「私、男の裸なんて見たくありませんわ!」

「栄華さんもそういう問題じゃないから!」

 

母児揃って脱ぎだそうとする一家も居れば…

 

「満漢全席ね…それでは運動で不足した栄養素が適切に吸収されないわ。さあ董白くん、南方から取り寄せた果物があるからそちらを召し上がりなさい。」

「…お母様、董白に甘すぎない?」

「良いのよ。これくらいしてあげれば将来ご両親もこちらを無碍には出来なくなるでしょう?」

 

曹家一同は一部腹黒いが大人数で賑わって。

 

「飯なんざどうだって良いんだよ!おら董白、呑め!未来の婿殿に乾杯~ってな!」

「董白~、ひっく…お姉ちゃんって呼んでくれても良いのよ~?ほらほら呼んでみて~!ひっく」

「あたしもあたしも~!ほら恥ずかしがらずに~!」

「…すまんな董白。ところで私も姉と呼んでくれて一向に構わんぞ。」

 

塞ぎこんだ娘が一人居るがお構いなしに孫呉一同は酒盛りを。

 

「ほら白蓮!グズグズしてると地味~な私塾生活になっちゃうわよ!ここらで人気者なイケてる彼氏を捕まえて人生に花を添えなきゃ!」

「母さん、話しかけてるそれ私違う。」

「あらお弁当箱と間違えちゃったわ!」

「何と間違えてんだよ!せめて人と間違えろよ!」

 

公孫瓚一家はいつも通りに。

ところが、そんな状況に待ったをかけた人間が居た。もはや説明不要なまでに子を溺愛する母、夕陽である。

 

「もうっ!!皆さん、いけません!!一刀ちゃんは絶対絶対絶~~~~対、誰にも渡さないんだから!!一生私たちと暮らすんです!!」

 

涙目で一刀を後ろから抱きしめながら周囲を威嚇する夕陽。

 

「いや、それはちょっとかわいそうな気が…」

「あなたなに言ってるのよ!一刀ちゃんにもし恋人が出来たりしたら私絶対いじめちゃうわ…!指でつつつ~ってやって掃除不足を事細かに指摘しちゃうもん!料理の味付けだってほんの少し濃いだけで一刀ちゃんに泣きついちゃうもん!稼ぎが少ないだけでいびり倒しちゃうもん!」

「一気に一刀の将来が心配になったぞオイ!」

 

そんな一刀はニコニコ楽しそうに膝に乗せた月にご飯を食べさせていた。家では一人で食べられるのだが、兄の前だと急に食べられなくなるらしい。この娘、策士である。因みにその横ではレンが黙々と満漢全席を平らげているようだ。

そんなこんなで賑やかな昼食を済ませると、第三種目である侍従科選手権へと続くのであった。

 

「愛してる…愛してるって…うへへ…うへへへへへ~…もう一刀ったら~♪…うへへへへへ~」

 

「今日から彼のこと、あなたって呼んだ方がいいのかしら…そ、それとも旦那さま?こ、ここ、子供は何人くらい欲しいのかしら…って子供?!私ってばなんてことを…!で、でもでも、結婚するのだからそういうのも…」

 

この二人は、再起不能かもしれない。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は再起不能?に陥った李儒が侍従の頂点を目指します!お楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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水鏡塾運動会~侍従科選手権編~

運動会の第三種目、侍従科選手権。

この私塾で侍従者としての頂点を目指す、侍従科生徒にとっては重要な一戦だ。偏に家事の腕といってもその奥は深く、如何に素早く丁寧に仕上げられるかだけでなく礼節も求められ、万事において万能であることが重要とされる。生徒たちの年齢的にも完璧に整っている孫乾は稀な例で、やはり得手不得手、知識不足などはあるが目指すところはそこなのだ。

大会に目を戻すと、一回戦の刺繍対決。これは服や寝具、装備などの修繕に欠かせない技術であり、正確さと速さが求められる。しかし速いからと言って針を手に刺してしまっては布に血が付着してしまいその時点で減点対象となる。ここで頭角を現したのは李儒だった。

 

「こ、これは…!」

 

実況も観衆も息をのんだ。同時に何本もの針を操ってあっという間に今回の課題である手袋を仕上げていった。その一つ一つの動作も非常に正確で、ほつれの一つも見受けられない。

普段から鍼を得意とする李儒にとっては朝飯前の所業だが、特に氣を使用していないにもかかわらず行われている神業に全員が見入ってしまっていた。

しかしなぜ、つい先ほどまでポンコツ…いや失礼、再起不能と思われた李儒がこうまで覚醒しているかというと、あるやり取りを目にしたからに他ならない。それは侍従科選手権に出場する生徒たちの控室での一幕。

 

「先輩!優勝したら誰の専属になるんですか?」

「やっぱり三年生の張任先輩?それとも四年生の朱霊先輩?」

「ん~…確かにあの人たちもカッコイイと思うけど…」

 

持ち前のセクシーさで下級生の女子に慕われている張郃が他愛もない恋バナを繰り広げていた。あの人が良い、この人が良いと話に桃色な花を咲かせているのを横目に、李儒は一刀の“愛してる”がひたすら頭の中を駆け巡って心ここに非ずだった。

 

「私としては…董白くんかな。」

 

しかしそんな一言で一気に引き戻された。張郃の周囲では「私も狙ってたのに」とショックを受けた様子の下級生が何人か居たようだが、一番ダメージを負ったのは間違いなく李儒だった。

 

「だって彼可愛いじゃない?それに純粋で…ああいう子を閨で鳴かせるのは女の浪漫よね~!」

「わかる!すっごくわかりますそれ!」

「それにあの子、案外床上手よ?武道会の時は危うくマジイキしちゃうとこだったし…」

 

女子たちはラッキースケベが羨ましいらしく、黄色い悲鳴をあげる。張郃は舌なめずりしながら「今度はこっちの番でしょ!」と宣言したその時、

 

「そ、そんなのダメ!!」

 

反射的に叫んでしまった李儒。何事かと一斉に振り向かれ、二の句が告げなくなってしまった。

 

「なんでダメなのよ?李儒くんも彼と仲良しなんだから協力してよ~!」

「い、いや、だって…僕はその…」

「??ま、良いわ。なら実力で掴み取るまで!待ってなさい董白くん、今晩は寝かせないんだから!」

「…~~~~~っ!!」

 

そんなわけで、李儒には絶対に負けられない理由が出来てしまった。少なくとも彼女だけには優勝を許すわけにはいかない。他の何物でもない、ただ一刀の貞操のために。

 

「できた!!」

 

他の生徒はまだ形が見えてきたくらいにもかかわらず、李儒の手元にはお題の手袋が出来上がっていた。終了の合図とともに、今度は審査員からのチェックが入る。審査員を務めるのは侍従科科目の担任である王粲だ。

事のついでに、彼女のことを少し話しておこう。彼女の家は大変貧しかったらしく、幼少のころから奉公にだされ侍女をしていたため、まだ若くしてその道を究めたと言っていいかもしれない。メイド服に身を包んだ綺麗な黒髪の眼鏡美人だが、その指導は大変厳しいと聞く。人格の形成期に妥協の許されない環境に身を置いてきたからこそ、完璧を求めるのだ。

そんな王粲に出来上がった手袋をじっくりと観察され、思わずつばを飲み込む李儒。

 

「…ふむ。素晴らしいですね、減点なしです。」

 

会場が沸く。これまで減点なしの評価を受けたことがあるのは二大会前の孫乾以来。三十点満点という最高の成績で李儒は一回戦突破を決めた。次に突破を決めたのは無類のお洒落好きで知られる曹操軍の曹洪二十五点、続いて孫権軍の張郃と袁紹軍の顔良が二十三点で同三着入り、ここでは孫策軍と劉備軍は苦戦を強いられたようで一回戦突破の枠になんとか滑り込んだ形だった。

 

「凄い!凄いよ玲!」

「うっ…そ、そう?」

「うん!かっこよかったよ~!」

 

その一言に少し苦笑いの李儒。しかし孫乾が一刀にそっと何かを耳打ちした。

 

「…董白様、そういう時は“可愛い”と言って差し上げた方が喜ばれますよ。」

「そうなんですか?…えっと、可愛かったよ玲!」

「ずはっ?!」

 

案の定爆発する。反応を見て孫乾はほんの少ししてやったりと微笑む。ただでさえ借り物競争の一件で浮ついている李儒に逆効果なのではないかと思われるかもしれないが、孫乾にはある考えがあった。それは得意の隠密行動で手に入れた情報…二回戦の料理対決でのお題は「恋人への手料理」だと知っているからだ。因みにこういった行ないは情報戦の一環として黙認されている。だからこそ李儒を大いに浮つかせて料理対決に臨ませようとしているのだった。

 

「~♪」

 

孫乾の目論見通り、幸せそうな笑みを浮かべながらフラフラと特設の調理台へ向かう李儒。水鏡によるお題発表も耳に入っていないようで、チラッと一刀へ目をやっては手を振られ真っ赤になりながらも振り返すという何とも恋人同士のようなやり取りを続けているようだ。

これならいけると孫乾は思う。

 

(…あの子、もしかして)

 

…張郃が李儒を何か思うような視線を向けているとも知らずに。

 

「始め!」

「うぉぉぉおおおおおおお!!!」

 

合図とともに目に炎が灯り、凄まじい速度で泡だて器を振るう李儒。他者を圧倒する気迫に会場は大盛り上がりだ。

 

「おぉっと李儒選手!これは凄まじい気合だー!!」

「ふふっ、きっととても大切な方がいらっしゃるのね。こういうのを見ると私も出会った頃を思い出しちゃうわ。」

「サラッと荊州男児につうこんのいちげきぃ!!」

 

見る見るうちに豪勢なお菓子を作り上げていく李儒だったが、先に作り終わった生徒が一人。孫権軍の張郃だ。彼女は元来の男好きもありその手の料理は作り慣れている。審査台には回鍋肉に青椒肉絲と食欲のそそるthe男向け料理のラインナップが出来上がっていた。

 

「ここで最初の審査のお時間がやってきたー!女子生徒の料理を審査するのはこの方たちだ!!」

 

審査台についたのは塾長である水鏡と五斗米道の若頭華佗、洛陽から招かれた十常侍張譲、謎の美食家貂蝉と卑弥呼の以上五名。箸を手に一品ずつ吟味すると、点数が書かれた札を手にする。そして…

 

「結果が出たようです!え~、九点、十点、七点、八点、八点!合計四十二点!なんと一品目から高得点が出たぁ!!」

「ふふふっ、当~然♪」

 

当然だが暫定一位につけ大きく胸を張る張郃。その拍子に胸のボタンが弾け、ファンサービスも忘れない余裕っぷりだ。

 

「では感想を聞いてみましょう!まずは華佗先生から、いかがでしたか?」

「そうですね、ガッツリしていて男性受けするんじゃないでしょうか。味も素晴らしかったです。」

「模・範・解・答ぅー!!では続いてこの中では一番評価が低かった張譲さんはいかがでしたでしょうか!」

「ん~…味は良いのだがこうも脂っこいと胃が…歳は取りたくないのう。」

 

このコメントを聞いて、生徒たちは手を動かすスピードを上げた。なぜなら空腹は最高の調味料、すなわち後になればなるほど不利という事が分かったからだ。次々と審査台に料理が運ばれて行き、順位が埋まっていく。予想通り、後になればなるほど順位が下がる傾向にあるようだ。

この現状に、未だ料理を続ける李儒を心配そうに見つめる董白軍の生徒たち。目に見えてもう完成と言ってもいいほどの物が出来上がっているのだが、李儒は手を止めなかった。因みに男に手料理を食べさせたくないという理由で曹洪はリタイアしている。

そしてついに最後となった李儒は大皿を審査台に乗せた。審査員たちはそれを口に含み…

 

「「「「「 甘~~~~~~い!!! 」」」」」

 

作り上げたのはまるでパフェのような甘くてとろける一品。観戦する女子生徒たちもこれには興味をそそられているようだ。何しろ匙が二本刺さっており、「あんなのを二人でつつき合いながら楽しみたい!」と思わせるそんなお菓子が出来上がっていたのだ。

 

(やっぱりね…)

 

それを見て、張郃の疑いは確信に変わる。考えが正しければ、前々から気になっていた薄黄色の羽織物の説明もつくと。

 

「わ~素敵~♪男の子とは思えない素晴らしい料理です!」

「そうね~!あんなのを用意されたら女の子はイチコロね!」

「気になる点数は…九点、十点、六点、十点、十点の四十五点!!最後で不利と思われたがなんと、単独首位に躍り出たーー!!」

 

会場は拍手喝采。因みに男子生徒の料理を審査するのは皇甫嵩、盧植、張譲、貂蝉、卑弥呼の五名。十常侍には要するに生殖器官を失っているため張譲が選ばれたわけだが、彼以外は感激しているようだ。

 

「今回も感想を聞いてみましょう!ではまず謎の美食家、貂蝉さん、いかがでしたか?」

「んもうっ!こんな漢女…じゃなかった、乙女心を揺さぶる最高の料理を食べられるなんてワタシ感動よっ!胸にギュンギュン来ちゃったわ~!!」

「ですよねですよね~!あ~、私も食べてみた~い!ところでこの中では最低点をつけられた張譲さんは…」

「ん~…味は良いのだがこうも甘いと胃が…歳は取りたくないのう。」

「お前何しに来たんだよ!!!…っと失礼しました。さあでは、見事十位以内に入り二回戦を突破した生徒諸君、三回戦の洗濯勝負へ行ってみよう!!」

 

一部を除いて絶賛され首位に立った李儒はそのまま洗濯対決に進む。

ところが、優位に立って居たかに思えた次のお題で、彼女は窮地に立たされた。洗濯対決の内容はそれぞれ布につけられた血や泥などの汚れをいかに綺麗に素早く落とせるか。薬剤に詳しい李儒にとって楽なお題に見えた…が、張郃が動いたことでそれは一転する。

張郃は馬鹿ではない。むしろ頭はキレる方だ。まだ十歳にして恋愛経験豊富で同性から相談もよくのることから、男女の心の機微には誰よりも聡いと自負している。それをふまえた上で、李儒のあの言動…ひょっとしたら彼は、いや“彼女”は女の子なのではないかと。近頃、李儒は膨らみ始めてしまった胸をなるべく隠そうとダボっとしたパーカーを羽織るようにしていた。そんな様子からも、張郃はヒントを得ていたのだ。そしてそれは全て繋がり、先ほどの料理で確信へと変わった。男子から恋人にというお題としては大正解だがアレは女子の願望そのものであり、男子生徒がそこまで夢を突き詰めたものを作れないと張郃は分かっているから。

 

「…ねえ李儒“くん”。」

 

目立たないように李儒の横へ来ると、わざとらしくため息をつく。

 

「このお題って、女の子有利よね~。」

「どうして?」

「だって、女の子の日に朝起きたら血がついちゃってた~なんてよくあるでしょ?そういうの慣れてる女の子の方が有利じゃない。だからきっと李儒“くん”はあれ大変そうね~!血ってなかなか落ちないもんね~!」

 

李儒に動揺が走る。その様子を見ていた孫乾もやられたと苦い顔をした。

李儒は既に初潮を迎えており、その手の減少には慣れもあったがその慣れを勘付かせてはならないという精神的な足かせが出来てしまった。そしてそんな足かせを利用しない張郃ではない。動揺する李儒を尻目に、彼女は慣れた手つきで素早く汚れを処理していった。

 

「これはすごい!!張郃選手、一番乗りで審査に入ったーー!!」

 

審査する王粲から合格を貰い、暫定首位に立つ張郃。このままでは負けてしまう。そう思ったとき、李儒の足元に一枚の紙がひらりと落ちてきた。それは郭汜の操氣によって飛ばされた紙で、中に書いてある文字を読むと目つきが変わる。

 

“専属、諦めるの?”

 

董白軍の陣を見てみると、孫乾がじっとこちらを見つめていた。その横では彼女に頼まれたのだろう、郭汜が氣を込めて紙を手元に戻しているようだ。このままでは外部からの助言と疑われてしまうから。

李儒は孫乾と一刀を交互に見て、強く頷く。

 

「負ける…もんか!!」

 

自らの知識をフル動員して完璧に汚れを落としていく李儒。それまで動きを止めていた李儒の猛追に、観客は沸いた。その手際の良さもなかなかのもので、完璧に汚れを落としていく。結果、先に仕上げていた張郃、顔良らからだいぶ遅れる形で種目を終わらせたのだった。

 

「結果発表~~~~!!!」

 

侍従科選手権の全三種目を終え、総合点の発表に移る。三回戦までたどり着けたのは侍従科生徒全四十名のうちわずか十名。実況席の留賛が十位から順に名前を読み上げていた。

 

「第三位は袁紹軍、顔良選手!」

 

上々の結果に、顔をほころばせる顔良。袁紹は不服そうだが、三位というのは誇れる結果だろう。

そして運命の二位の発表。李儒はここで名前を呼ばれてしまったら専属の夢が破れることとなる。顔の前で両手を合わせ、祈る。

 

「第二位は…ん?これって…」

 

中々発表されないことにざわつく会場。手元の点数表を見て何やら教師陣に確認を取っているようだ。李儒は焦れに焦れて生きた心地がしないようで、体が小刻みに震えている。

 

「失礼しました!え~っと、第二位ですが…居ません!張郃選手、李儒選手の点数が同点だったため延長戦に入ります!」

 

前代未聞の決勝再試合に沸く観衆。張郃はここで決めておきたかったのか悔しそうな表情を浮かべた。

 

「え~、再試合ですが、種目はこのクジ箱から選ばれた一つで行われます!」

 

クジと聞いて李儒の顔が青ざめる。なぜならここ最近、席替え然り借り物競争然りクジでいい結果を引けた例がないのだ。見ようによっては借り物競争はいい結果と言えなくもないが、危うく大惨事になりかねなかったのも事実。

 

「それでは水鏡先生、クジをお願いします!」

「うむ。…ところで留賛ちゃん、今度ワシとお茶でも」

「お断りしまーす!さっさと引いてくださーい!」

「とほほ塩対応…」

 

しょんぼりしながら水鏡の手によって箱から一枚の紙が取り出された。張郃、李儒だけでなく、各陣営、保護者までもが息をのむ。

 

(クジの神様お願い…!今度くらいは…)

 

李儒は先ほどよりも強く祈る。

 

「延長戦は…一騎討ちに決まりだーーー!!」

「クジ神死ね!!もう二度と頼んねえよ!!」

 

焦りをあらわにする李儒とは対照的に、張郃は微笑んだ。なぜなら彼女は兵学科にも劣らないほど武芸には自信がある。武道会では一刀に後れを取ったが本来の力を発揮できれば運動神経並以下の李儒に劣ることはあり得ないからだ。今回は武道会のように武器は一つという縛りはないため、万全を期して数種類の武器を選択し土俵へと上がる張郃。遅れて小刀を握り締めてそれと対峙する李儒。会場は独特の緊張感に包まれていた。

分かる人が見れば、十中八九張郃の勝ちは目に見えている。立ち合いの審判を務める厳顔もまた、あまりに一方的になるようならすぐ止める所存だった。

 

「ふふっ、頑張ろうね。李儒“ちゃん”」

「っ…!」

 

両者にらみ合い、合図を待つ。

 

「両者、準備はよいな?それでは…」

 

武器を握る手が白むほど力がこもる。

 

「始め!!」

「「っ…!!」」

 

大方の予想通り、いきなり突っ込む張郃。なるべく痛めつけないよう、一撃で決めてしまおうという大振りの斬撃。

 

「ひゃぁ…?!」

 

そのあまりの迫力に尻もちをつきそうになるも、なんとか堪えて斬撃を受け止める。受け止められたのも全くの偶然。たまたま構えたところに斬撃が来ただけ。とてもじゃないが次は受け止められないだろう。厳顔もこれは無理だと止めに入ろうとするが…

 

(…む?李儒め、目が死んどらんな。)

 

弱々しいながらも、その目は生きていた。

 

「ちっ、あまり手間をかけさせないでよね!」

 

土俵の中を円を描くようにめちゃくちゃな腕の動きで走り逃げようとする李儒に悪態をつく張郃。しかし逃げる相手をやみくもに追うようなことはしない。広い土俵をこうも走り回っては息が持たないことは明白だからだ。案の定、その足はすぐ止まった。膝に手をつき、乱れた息を必死に整えようとしている。

剣を手に、ゆっくりと李儒へ向けて歩き出す張郃。

 

「あなたの代わりに董白くんは私が可愛がってあげるわ。」

 

そう言って張郃は剣を振り上げる。

 

「これで終わ…っ?!」

 

突如張郃が膝をついた。

観衆は何が起きたのかとざわめく。

 

「五斗米道が居るなら、こういうのも大丈夫ですよね。」

 

先ほどとは打って変わって余裕の笑みを浮かべる李儒。

 

「あ、あんた何を…!」

 

李儒は掌に隠された鍼を一本見せつける。

 

「特性の痺れ毒だよ。一本でも掠ればと思ったけど、その感じだとどこかに刺さってるみたいだね。あ、命に別状はないから安心して。」

「なっ…!」

 

そうか、と張郃は思いつく。土俵を逃げ回る時のあのめちゃくちゃな腕の動きはこれを投げていたのだ。目に見えないような細い鍼を何本も…

 

「最初の一撃は肝が冷えたけど…アレを凌げば僕の勝ちだった。」

「こ、こんなの卑怯よ!」

「それは僕も思うけど、武器の縛りはないはずでしょ?」

「ぐっ…!」

 

毒が回ってきたのか、ついに剣を取り落とす張郃。ゆっくりと歩を進める李儒。

 

「…それに君が僕に勝てない理由はね、」

 

そう呟きながら小刀を鞘におさめる。張郃は薄れゆく意識の中、李儒の声だけが聞こえていた。李儒は拳を大きく振りかぶり、ビッと張郃を指さした。

 

「君は主な攻略対象じゃないからだよ!!!」

「ちょっ、それを言うなや…!…がくっ」

 

勝者李儒、その声が高らかに宣言された。駆け寄ってきた董白軍の面々から祝福され、浴びる大歓声に優勝を実感する。張郃は華佗によって介抱されているようだ。「元気になあれ!」の鍼一刺しで元気になったところを見ると、あの華佗もたいがい化け物だがそれは今はいいだろう。

こうして、侍従科選手権は董白軍、李儒の優勝で幕を閉じた。総合得点は顔良が選手権で三位に入った袁紹軍が一位に上がり、二位に孫策軍、三位に曹操軍、そして四位に董白軍が食い込み、五位に孫権軍、最下位に劉備軍という順位で最終種目の模擬戦へと移っていくのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!せめて名前だけでもと好きな武将を何人かねじ込んでいます。次回はついに水鏡塾運動会終幕!一位の座は誰の手に…?
それでは、皆さんのご感想お待ちしております!


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水鏡塾運動会~模擬戦編~

「一刀、ほらこっち向いて!…えっと、これをこうして…あ、これもか」

「なあ李儒。」

「なに牛輔、今忙しいんだけど!」

「そんなに鎧付けたら一刀が動けないんじゃないか?」

「そんなこと言って万が一怪我でもしたらどうするんだ!ハゲはあっち行ってて!」

 

水鏡塾運動会の最終種目である模擬戦前、董白軍の陣地では李儒が一刀に鎧の着付けを行っていた。ところが一刀が心配な李儒は全身を甲冑で覆い、これでもかと大きな盾を持たせてさながらどこぞの暗黒騎士のような格好になっていた。

 

「…にしたってこれは…」

「ん~、関節のところがまだ足りないな。」

 

既に一刀の鎧包みになっているが、それでもその上から麻布や鎖帷子を巻き、今や暗黒騎士を通り過ぎてジャガーノートのようになってしまった。

 

「李儒くん、中華鍋持ってきたから使って!」

「一刀のお母さま!ありがとうございます!」

 

背中に中華鍋を括りつけてようやく完成した姿は、僅かな視界と通気口だけを確保したなんだかよくわからない塊だった。李儒と夕陽はひと仕事やり終えたように汗をぬぐうと満足げに微笑んだ。

 

「よし、完成!」

「これなら完璧ね~♪」

「完璧じゃねぇよ!こいつは何かの繭か何かか?!こっから何か生まれんのか!」

「一刀ちゃんが生まれるの…楽しみね!」

「趣旨間違ってんだよ!これからやんのは模擬戦だぞ!」

 

愛が深すぎる侍従と母のおかげで、模擬戦の緊張感が全くない董白陣営。少なくとも全軍に対して数が少ない董白軍はそれなりに策をたてなければならないが、それよりも一刀の安全が第一とされてそれどころではなかった。董白軍には“董白くんを見守る会”会員も数名紛れ込んでいるため致し方ないと言える。

とりあえずそんな人たちは横に置き、軍学科である郭汜が作戦の陣頭指揮を執ることとなった。この模擬戦では軍師を一人選び校舎の二階から伝令を使って指示を出すことができる。その役を一刀から任されたのだ。

 

「聞けい!!」

 

郭汜が声をあげると、董白軍の面々が注目する。

 

「諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が大好きだ。

諸君、私は戦争を…地獄の様な戦争を望んでいる!

諸君、私に付き従う大隊戦友諸君!!

君達は一体何を望んでいる?更なる戦争を望むか?情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争を望むか?

 

よろしい、ならば戦争だ。

 

我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。だがこの汚らしい三次元の中で堪え続けてきた我々に、ただの戦争ではもはや足りない!!

…大戦争を!!一心不乱の大戦争を!!

我らはわずかに一個小隊、十六人に満たぬ敗残兵にすぎない。だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。

ならば我らは諸君と私で総兵力一万と1人の軍集団となる。

天と三次元のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる。

第一次董白作戦、状況を開始せよ!

征くぞ諸君!」

 

董白軍の士気が一気に高まる。特に李傕は響くところがあったようで涙を流しながら敬礼していた。遠くの方では曹操までもが感心しているようだ。

フッと満足そうに笑う郭汜だったが、後頭部にハリセンが炸裂した。

 

「長ぇよ!!それに模擬戦って言ってんだろうがいい加減シバくぞゴラァ!!」

「も、もうシバいてると思うんだが?!」

「うるせぇ!…あ~、いいかお前ら、さっきの危ない発言は忘れろ。とりあえず状況を説明すっから集まれ。」

 

業を煮やした牛輔が模擬戦のルールを改めて説明する。模擬戦は全六軍からなる戦闘で、それぞれの陣は正六角形の角に立った丸太大の太い棒を陣の要とし、その棒を倒されるか大将が討ち取られれば負けとなる。大怪我や死人が出ないよう、矢尻や刃が潰れた模造武器を使用し、怪我をした時点で審判から退場が告げられる仕組みだ。

そして各陣地は以下のように配置され、開始を今か今かと待っていた。

 

    曹操軍二十八名     劉備軍二十八名

 

 

孫権軍二十一名              孫策軍二十五名

 

 

 

    袁紹軍四十名     董白軍十六名

 

やはり袁紹軍の数の多さは目に付き、一筋縄ではいかない物量は圧巻の一言。曹操軍は指揮系統も行き届いているようで綺麗に隊列し、先頭の夏侯姉妹は眼光鋭く敵陣を睨む。孫策軍も同じく見事な隊列だったがこちらは総大将の孫策が先頭に立っていかにもウズウズと。劉備軍は先頭に関羽、趙雲、公孫瓚と兵学科でも有能な生徒を並べ、対する孫権軍は負けが込んでしまったため挽回しようと意気込む張郃が先陣を切る構えだ。

 

「…手筈通りに行くわよ。」

「ええ、承知しておりますわお姉さま。」

 

「ねえ雪蓮、ほんとに良いの?」

「あったりまえじゃない!あの子の成長のために、ね!」

 

二人の王は不敵に笑う。

 

「猪々子さん、斗詩さん、わかっておりますわね?」

「おう!」「はい!」

 

袁紹軍は何やら考えがあるようで。

 

「おや白蓮殿、劉備軍に何の御用で?」

「お前らあたしで落とさなきゃ気が済まないのか?!」

 

公孫瓚はいつも通りに。

水鏡が鳴らす銅鑼の音で、決戦の火ぶたが切って落とされた。

まず動いたのは孫策軍。孫策を先頭に対岸の孫権軍に向け突撃した。来るだろうと予見していた孫権は張郃を中心に防備を固め、この第一波をなんとか凌ごうと奮戦する。それに対して不気味なまでに動きを見せないのが曹操軍だった。孫策の突撃は曹操の想定内だった上にそれで孫権軍が混乱をきたせば一小隊で横撃しようと考えていたが、そううまくはいかなかったので静観し標的を見定めているようだ。

 

「そう何度も負けられないのよ!!」

「へ~、意外とやるわね~♪」

 

戦場の中央で切り結ぶ孫策と張郃。影の私塾最強と謳われる孫策を相手に善戦しているのだから彼女の武芸もかなりのものだ。

 

「ど、どうしよう…!曹操さんの方行った方がいいのかな?それとも孫策さんの棒を…?あ~ん、どうしたらいいの~?!」

「桃香さま落ち着いて!ここはやはり曹操の軍を叩いて後顧の憂いを断った方がよろしいかと。」

「いや待て愛紗、孫策軍は陣が手薄だ。曹操軍には注意を払いながらそちらを先に討つべきだろう。」

 

大将の劉備が優柔不断なためか、一向に戦略がまとまらない様子の劉備軍。これといった軍師不在なのが劉備らにとって何よりも痛手だった。そしてそんな隙を見逃すほど、彼女は優しくない。

 

「ほらほら退いて退いて~!!退かないと痛い目みせちゃうよん!!」

「なっ…?!た、太史慈殿?!」

 

隣の劉備軍が纏まりに欠けると見るや否や、陣をほぼ空にして劉備軍の棒めがけて突撃をかけてきたのだ。そしてこれは周瑜の策でもあった。両隣が好戦的ではないと分かっているゆえの総攻撃。特に数の少ない董白軍が横の大軍勢を前にして攻勢に出られるはずもなく、まさに地の利を活かした電撃作戦だ。

 

「くっ…このままでは…!」

「おい愛紗!持ち場を離れるな!」

 

若さ故か、先ほど負けてしまった悔しさか、太史慈の突撃に釣られて動いてしまう関羽。それを見た曹操はニヤリと微笑む。

 

「春蘭、秋蘭!今よ!」

「「はっ!!」」

 

背後をつくように劉備軍を襲う曹操軍。数は多かったのだが、あれよあれよと棒を倒されてしまい、劉備軍の敗北が決まってしまった。曹操軍の用兵は大したもので、退却していく太史慈に深追いすることなく落とした陣地も利用して広く展開する。こうも硬くされたのでは太史慈も手出しは出来ないようだ。そして、太史慈、周瑜の誤算はあり得ないと思ったところからもたらされた。

牛輔、李傕が少数を率いて陣に攻め込んでいたのだ。この二人が相手となると、わずかに置いてきた棒の護衛など物の役にも立たない。

 

「孫策軍、敗退!」

「えっ、ちょっと何で?!」

 

審判の声に張郃と未だ切り結んでいた孫策は不満の声をあげる。しかし自陣を見てみると見事に棒は倒されていた。校舎の二階からその様子を見ていた周瑜は唇をかむ。

こんなこと、あり得ない。そう思うも仕方ないと言える。隣に大軍勢が居る董白軍がなぜ攻勢に出られたのか。それを可能にしたのが他でもない、その大軍勢の袁紹だった。

 

「皆さんよろしくて?董白さんをお守りするのよ!今こそ“董白くんを見守る会”会長であるワタクシの正念場ですわ!!」

「応!!!」

 

会長、お前だったのか。誰もがそう思っただろうが周瑜は悔しさを滲ませてこめかみに手をやった。袁紹軍をよく見てみると、自陣の棒から董白軍の棒まで自慢の物量でぐるりと囲み完全防備を為していた。

 

「…あの馬鹿、模擬戦の意味わかってるの?」

 

半ば呆れながらも、曹操軍にとっては隣の孫権軍を討つ好機に他ならない。すぐさま陣形を整え、整然と押し込んでいく。孫権軍が落ちるのも時間の問題だった。

 

「お~っほっほっほっ!!華琳さん!今こそ年貢の納め時ですわ!」

 

孫権軍が瓦解すると、大軍を持ってじりじりと間を詰める袁紹軍。一騎当千の将こそ居ないものの、やはりその物量は脅威だ。しかし袁紹軍に“董白くんを見守る会”が居るのなら、こちらには曹純の“あなたを守り隊”…通称虎豹騎が居た。すなわち、ファンクラブ同士の衝突だ。出来るだけかっこよく言えば守るべき者のために戦う戦士たちの決戦。睨み合う両者たちの間に、ウエスタン映画さながらのアレがコロコロと転がっていく。

兵学科の特待生にして一撃で文醜を倒した夏侯惇が居るが、そこは牛輔。幼女枠の曹純が絡んでいるのならば彼の戦闘力は以下省略。

 

「ああ…かわいそうに曹純ちゃん。こんな戦いがあるせいで争いに巻き込まれて…許さん!絶対に許さん!俺はその幼女の身元受け渡しを要求する!!」

「馬鹿を言うな!!お前のような変態に曹純ちゃんを渡してなるものか!!」

 

理解したくない舌戦が繰り広げられている。

そんな均衡状態を打ち破ったのは、奇妙な音だった。ガシャコン、ガシャコン、と思い何かが落ちるような音が響く。袁紹軍を割って進むその何かに、全員が目を奪われた。

 

「董白さんいけませんわ!そんなに前に出ては…!」

「なに?!董白だと?!」

 

あの奇妙な塊が董白だと知った夏侯惇がそれに切り込む…が、一撃を当ててもビクともしない。さもありなん。呼吸すら心配になるほど重武装されたら攻撃なんて通すはずもない。

 

「な、なんだこれは…!!」

 

あまりの頑強さにしり込みする夏侯惇。

 

「なにあれ可愛い~!!」

「…桃香さま、可愛いですか?アレ?」

 

―――女の子というものは往々にしてよくわからないものを可愛いという習性がある。

                         ニーチェ(大嘘)

 

冗談はさて置き、その奇妙な物体(一刀)は攻撃をものともせずに突き進んでいく。曹操は悔しさを浮かべた。あんなワケのわからない物体(一刀)に陣がガタガタにされたのだから。

それからは両軍入り乱れての大激戦が始まった。夏侯姉妹の両エースがなんとか物量をさばいていくが、隣に居るのが敵か味方かもわからない混戦状態に自慢の大剣も満足に振るえない。重い音を鳴らしながら物体(一刀)は曹操軍の棒めがけて一歩ずつ詰め寄っていく。

 

「そんな厚着しちゃダメっす~!わたしと一緒に脱ぐっす~!」

 

一緒に脱ぐ必要はないのだが、物体(一刀)によじ登って必死に止めようとするも結局それは棒にぶつかるまで止まることはなかった。

審判が曹操軍敗退を告げる。優勝候補と目されていた曹操軍が破れたことで、方法はどうあれ会場は盛り上がった。大勝利に沸く袁紹軍と董白軍。模擬戦も忘れて両者抱き合って喜んでいるようだ。しかし、忘れないでほしい。いや、忘れてしまった方はちょっと上まで戻って一刀の状態を確認してほしい。

一刀は僅かな視界と空気を入れる通気口だけ…つまり周りの声は一切聞こえないのだ。勝利に沸く生徒たちを前にまたガシャコン、という音が響く。

 

「え、え~っと…董白さん、ちょっとお待ちになって?ワタクシたちは勝ったのですよ?」

 

聞こえるはずもない。

ガシャコン、ゆっくりとだが一直線に袁紹軍の棒めがけて突き進む一刀。

 

「姫ぇ!!早く董白軍の棒を倒さなきゃ!!」

「い、いけませんわ!“董白くんを見守る会”会長であるワタクシが彼に剣を向けるなんて…!」

「じゃあどうするんですか?!」

 

いつの間にか白装束に身を包んだ袁紹は茣蓙の上で正座し、刀を自らの腹に向ける。

 

「…介錯、頼みますわ。」

「そんな文化ないから!!」

「というか早くしないと董白くんが…!!」

 

そんな馬鹿なやり取りをしているうちに、袁紹軍の棒は見事倒されたのだった。これにより模擬戦は董白軍の勝利に終わり、総合得点も全軍を一気に抜き去って一位に立つ。つまり…

 

「決まったーーーー!!董白軍、まさかまさかの大逆転優勝だーーーー!!!」

 

こうして水鏡塾運動会は最下位候補と言われた董白軍の優勝で幕を閉じた。個人種目では孫策軍の太史慈に武道会の優勝賞品を、そして董白軍の李儒に侍従科選手権の優勝賞品を贈られ、最後に優勝した軍の代表一刀に大きなトロフィーが渡された。保護者達が見守る中、盛大な拍手に包まれて閉会となるのだった。

 

「義母様…!一刀を僕にください!!」

 

専属従者を示す腕章を手にそんなことを言いながら地面に頭をつける子が居たそうだが、それはまた別のお話。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!運動会ついに閉幕です。次回は李儒パートをアレに乗せてお送りします。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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李儒の情熱大陸

李儒が一刀の専属になってから、はや半年が経過していた。彼らも三年生となり、今日はそんな平凡な一日を情熱大陸のBGMを流しながら見ていこう。

 

専属従者の朝は早い。まだ薄暗い中、のそのそと二段ベッドを這い出る姿があった。仕切りという名のカーテンを開け、梯子を下りていく。まずは朝一の大事な仕事、寝顔チェックの時間だ。

 

「おはよ、一刀。ふふっ、今日も可愛い~…」

 

これも主の体調管理として大切なことだと李儒は話す。それからしばらくベッドの柵に肘を置いて眺めていると得もいえぬ幸福感を得られるというのだ。

 

「つ~んつん♪あぁ、そっち向いちゃだ~め。」

 

あくまでも主のためだと李儒は言う。

外が明るくなってくると、彼女は手早く着替えを始める。さらしをしっかりと巻き、袖があまるほどぶかぶかなパーカーを着こむと部屋干ししていた洗濯ものを片付ける。主の一刀は最初の方こそ悪いから自分でやると言っていたが、土下座までして手に入れた大事な仕事だ。

 

「あ、この下着ちょっとほつれちゃってる…。」

 

彼女はプロフェッショナル。誤ってかぶったりしたのは最初の三回だけだ。あくまでも誤っただけだと彼女は言う。「仕事で誤りはつきものだが、人の道を誤ってはいけない」彼女はキリっとした表情でそう語ってくれた。しっかりと汚れが落ちているのか匂いまで確認するのは、プロとしての拘りに他ならない。

 

「一刀~朝だよ~。起きて~。」

 

小声なのはいきなり大声を出してしまっては勿体無い…ひいては主の目覚めをよくするためだという。

 

「起きないと…ちゅ、ちゅーしちゃうぞ?」

 

時に脅しも必要だと彼女は語る。本当にやらないのはあくまでも優しさであり、自分がプロであることの現れだ。こうしてまさに紙一重の極々至近距離まで唇を近付けることが出来るのも訓練のたまもの。それが頬に少し触れてしまったこともあるらしいのだが、曰くそれは主が寝返りをうつという不測の事態が起こったため。これを業界ではご褒美と言うらしい。

目覚めた主人の着替えを一切邪な眼で見ることなく手伝い、精神力の鍛錬も欠かさない。私塾への道すがらしっかりと手を握る様子はプロとしてあるべき姿だ。

 

「ねぇねぇ李儒~、最近はどうなの?もう犯った?」

 

教室に入って早々そう聞いてくるのは彼女は同業者、すなわち同学科の張郃。水鏡塾ではこうして市場の動向に目を光らせるプロたちがごろごろしているため気が抜けないと李儒は言う。しかしこちらも仕事人。そのすべてを教えない強かさも一流の侍従者に求められる資質だそうだ。

 

「し、しないよ?!」

「え~?ちょっと奥手過ぎじゃない?ちゅーくらいはしたんでしょ?」

「そ、それは…その…不可抗力というか…ごにょごにょ」

「いや不可抗力でちゅーとか狙ってなきゃできなくない?」

 

こうして時折鋭い視点で切り込んでくるのも張り合いがあると李儒は語る。そこは勿論毅然とした態度で臨むのが李儒流だ。

 

「だって急に一刀が寝返りうつから…!ちょっと頬に触れちゃったというか…その…」

「…完全に寝込み襲ってるじゃない。」

「違っ…!」

 

同業者同士のやりとりは非常に盛んだ。ちょっとした隙も見逃さず、質疑は時折後手に回ることもあるらしい。

 

「じゃあアレは?男の子の日はもう来た?」

 

そこは流石に現場なだけあり、専門業者のみがわかる隠語が飛び交う。男の子の日というのはこの世界の女性たちが一生に一度は拝みたいと夢見る“現象BEST3”、第一位の夢精だと後にこっそりスタッフに教えてくれた。都市伝説的に語られる幻の現象だという。因みにこのランキングはそれに朝勃ち、精通と続くらしい。

教室に教師が入ってくると、敵情視察は終わり知識を深める時間になる。先ほどとはうって変わって遠くの席に座る主人を横目で何度も確認する一流侍従の顔に切り替わっていた。

 

(目、合わないかな…)

「こら李儒くん、よそ見しない!」

(真面目に授業受けるのも良いけどちょっとくらいこっち見てくれても…)

「…ねぇちょっと聞いてる?」

(でもそんな表情も…きゃっ♪)

「おーい………も、もういいです。」

 

学年が変わったことで座席の様相も一変していた。席替えという一大イベントは生徒たちにとって今後の生活を左右する重要な一戦らしい。李儒曰く誰もが身を清めて一か月も前から入念な準備を怠らない。望みの番号をひこうと蓬莱由来のお守りを手にした生徒も少なからずいるという。そんな紆余曲折を経て以下のようになっていた。

 

        教卓

郭汜㉛  ㉖劉備 李傕⑪  ⑥①

㊲㉜   ㉗趙雲  ⑰⑫  ⑦②

孫権㉝  ㉘㉘ 董白公孫瓚 ⑧③

㊴㉞   ㉙㉔   ⑲⑭  ⑨牛輔

㊵曹操 関羽㉕   ⑳⑮ 張郃李儒

 

お守りは爆破された。

それはさておき、このところよからぬ輩が蔓延し始めたと語ってくれたのは最上級生の袁紹だ。彼女は“董白くんを見守る会”会長を務めており、同会の副会長である李儒の上司にあたる。

 

「ねえ李儒くんお願い…アレが…アレが欲しいの…!」

 

気候が暖かくなるにつれこういった輩が増えてくるのだという。李儒のもとにひっきりなしに訪れるこういった不届き者の報告は、度々会員内で議題となっていた。それは物品の闇取引。正式な手順を踏んだ品は会の中でオークションにかけられるが、そうでない物も出回ってしまっていると李儒は警鈴を鳴らす。専門家によればよく見ると偽物だとわかるのだが、それに引っかかる生徒もいるのが実情で、中には他人製の紛い物も出回っているようだ。

通常、仕入れを担当する李儒は主人に頭を下げて品を手に入れるのだが、それはあくまでも小さくなって着れなくなった衣服や毛が草臥れた筆、穴の開いた風呂敷などが定番。下着類は李儒が厳重なセキュリティーの元、責任もって焼却処理している。その一枚を持っているという袁紹に特別に見せてもらい偽物と比較すると、サイズ違いが目に付く。偽物の方は腰回りが太く、“収める”ところが小さいという。

 

「えぇ、これは由々しき事態ですわ。」

 

下着を握り締めながらそう話す袁紹は会長として偽物廃絶、闇取引根絶の正式な表明を出したが効果は芳しくないようだ。今も専属である李儒のもとに、先のような輩が下着を譲ってくれと頼みに来ているのだと話してくれた。しかし袁紹会長がなぜそれを持っているかとスタッフが切り込むと、彼女は取材を打ち切ってしまった。去り際にただ一言、

 

「天祐ですわ!私は天祐を授かったのです!」

 

そう言って足早に去っていく。水鏡塾の闇は深い。

そうした暗部の動きとともに、侍従者が警戒するのはライバルの存在。隙を見せれば寄ってくる魑魅魍魎との戦いもまた侍従の仕事の一環だと話す李儒。その眼光は鋭い。

 

「と、とと、董白?その…よければ一緒にお茶でも…今度の休日とか…」

 

目下最も警戒を強めるのは褐色肌の美女孫権。明確に好意を示しており、彼女のお尻は主人を目覚めさせてしまうかもしれないと危機感を覚える。あわよくば正妻の座に就こうと目論むその魂胆を一流侍従の彼女が見逃すはずはない。

 

「あ~ちょっとその日は駄目ですね。というか事務所を通してもらえます?」

「~~~っ!いつもいつもなんなのよもうっ!」

「専属です。」

 

キリっとかけてもない眼鏡を持ち上げる仕草をする。そんなやり取りを眺めてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる者もいるが、雑音を気にしていたらキリがないと徹底して務める姿はプロの鏡だ。

 

「ねえ関羽、私たちも楽しみましょうよ。こう何度も席が隣り合うのは運命だわ。」

「け、結構だ!」

「あらつれない。」

 

つまりこういった会話は彼女の管轄外。好意が彼に向いていないのならそこは彼女にとってセーフゾーンであり、サンクチュアリなのだ。しかし、誰も彼もが彼に好意を向けるわけではない。明確な敵意も存在すると取材の合間に李儒はポツリと漏らしていた。

単純に男性を忌み嫌う下級生の曹洪のような例もあれば、先日入学してきた荀彧という少女もまたそうだった。たまたま曲がり角でぶつかってしまった一刀に対し、あろうことか罵詈雑言を浴びせるという事態に発展した時のことを李儒は赤裸々に語ってくれた。

 

「ど、どこ見て歩いてるのよ!」

「ごめんね!怪我はない?」

「触らないで汚いわね!感染るでしょ!」

 

こうして罵る荀彧だったが、後に彼女はその時のことをこう話す。罵った相手の背後には修羅が居たと。

 

「僕の一刀が汚い…?」

 

光を感じない瞳で見つめられ、どす黒いオーラを発した少女の姿に小さく悲鳴を漏らす少女。メスを片手ににじり寄るその姿に、また別の物も漏らしてしまった。鼻をつく液体が床を濡らし、それを見た主人が慌てたことで正気を取り戻したという。主人はこのような時に放っておけない性質であるから、この後の展開は予想できたと振り返った。

 

「大変…!」

 

放心状態の少女を抱えてお姫様抱っこという夢の体勢で駆けだす主はそのまま保健室に入っていき、手早く少女のカプリパンツと下着を脱がした。

 

「ちょっ…?!な、ななななぁ…??!!」

「風邪ひいちゃうからこれ巻いて!」

 

主人には年の離れた妹がおり、お風呂に入れたりおねしょの処理をした経験から脱がすのも着せるのも手慣れているのだと補足してくれた。そのお手並みは二日酔いでベッドに寝ていた保健室の先生程普も感心していたほどだと言う。しかし何より問題だったのは彼は男女の区別がまだついていないことだ。これも距離感を誤った幼馴染たちのせいであるらしい。

真っ赤な顔でわめき続ける少女を他所に、桶に張った水で躊躇なく衣類を洗い始める。李儒が職務を思い出し替わると言い出した時には手慣れた様子で干し始めたあとだった。

 

「ごめんね、僕のせいで服を汚しちゃって…。君の同室者は誰かな?良ければ人に頼んで代えをもってきてもらうけど。」

 

少女はへたり込んだまま返事が出来ないでいる。するとそこへ李儒の先輩従者である孫乾が現れた。手には少女の物と思われる衣類があり、事の発端を偶然見ていた孫乾が同室者を探し出し持ってきたのだという。この時ばかりは超一流といわれる侍従の腕に畏怖を覚えたと李儒は恥じらいながら答えた。

 

「失礼いたします。こちら、同室者の周泰さまの許しを得てお持ちしました。」

 

少女をベッドに押し込んでカーテンを閉めると、そのまま着せ始める。出てきた少女はまだ赤い顔で主人を睨みつけていた。

こんなことがあってから、どこに行くにも影から「許さない許さない許さない…」という呪詛が聞こえてくるようになってしまった。このエピソードは今回の収録にあたり、初めて取材陣の前で語ってくれたものだ。

 

時は少し過ぎて夜。夕飯を済ませた後はお風呂の時間となる。さすがにお風呂について行って背中を流すというのは欲求を我慢する自信がない…いや、これは謙遜だろう。ともあれ彼女は一人銭湯へ向かっていた。今日一日の疲れを癒す大切な時間だ。

 

「~♪」

 

鼻歌を歌いながら時折何かを思い出して頬を染める姿は、従者ではなくただの女の子の姿だった。

寮の部屋に戻り日記をつけると、明かりを消して就寝する。二段ベッドの下ではすでに主は寝静まっているようだ。

 

「一刀~…寝てるよね…?」

「zzz」

 

寝ていることを確認すると、そっと布団を剥がしてもぐりこみピタリと寄り添う。専属従者にのみ許された特権だ。しかしこれはあくまでも主の体温を確認しているだけであり、やましい行いではないと説明する。首元ですんすんと鼻を鳴らすのも何かの確認であることは確かだ。辛抱たまらなくなっても鋼の自制心を持ち合わせている彼女は誘惑に打ち勝つことも可能だと、これまで取材を続けてきてわかった。

ある程度堪能…いや、確認を終えると脚をモジモジしながら梯子をのぼる。これは誘惑という三千世界の鴉を打ち破った証だ。仕切りを閉めて服をはだけた後の手の動きはただの“日課”なのである。

最後に、取材陣は彼女に問う。

 

―――あなたにとって、侍従とは?

 

「誘惑に負けないこと、ですかね。」

 

こうして専属侍従、李儒の夜はふける。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!誘惑に惑わされない清廉潔白な侍従のお話でした。彼女はプロフェッショナルですね。次回はもう一人の乙女についてのお話です。
それでは、皆さんのご感想お待ちしております!


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結婚とは、芽生えとは、

夏が過ぎ、冬を迎え、雪がちらつく寒空の下懸命に槍を振るう少女の姿があった。

冬に一度帰省した一刀の姿にときめきを覚えて束の間、ある出来事が起こったことで、以来少女はモヤモヤした気分を晴らすことが出来ずにいた。

 

「わっちと勝負せい!!」

 

一刀が帰省中、突然遊びに来た閻行が一刀に試合を申し込んだ。きっと一刀の鍛錬しているのを見て我慢が出来なくなったのだろう。そして、一刀は自身がまだ一度も勝てていない閻行を破ってしまった。

私塾では武術の授業もあると聞いていたが、間違いなく彼は凄い速さで成長している。良い競い相手も居るのだろうと翠は推測した。さもありなん、兵学科との合同授業では毎度あの夏侯惇に挑まれているのだから。性格に似合わず攻撃一辺倒なところは相変わらずだったが、それがかえって飛び道具主体の閻行と相性が良かったのかもしれない。とにかく何かをする隙すら与えないほど接近、攻撃を繰り返しあの閻行を圧倒する。

 

「馬鹿の考えや住むに似たり、よ。」

 

師である韓遂の言葉が翠の脳裏に浮かんだ。速さで攪乱しよう、相手の隙を探ろうなどと考えては惨敗を繰り返していた自身を恥じた。彼のようにただ真っ直ぐに、自分の体躯を信じて戦えば道は開けると分かったから。

すぐ横では付き添いで来ていた韓遂や成公英まで感心したように一刀の立ち合いを見ている。特に努力家の成公英からしてみればさぞ眩しく映っただろう。その剣は基本に忠実、そして剛毅。才の上に奢らず一つ一つ積み重ねてきたまさに理想の姿だ。

何度やろうとも、閻行は一刀に勝つことはなかった。しかしモヤモヤの原因はこれではない。戦績こそ互角だが自身よりも一刀の方が強いのはわかっていたから、むしろ彼が勝ったことは誇らしい。問題はこの後。

仰向けに大の字になって荒い呼吸を繰り返す閻行は起き上がると、キラキラした目で一刀を見た。それこそずっと欲しがっていた玩具を目の前にしたような表情で、一刀に詰め寄る。

 

「ヌシ!!わっちと結婚しろ!!」

 

翠は自身の頭が真っ白になるのを感じた。

 

「結婚って男の子と女の子が仲良くなることだよね?」

「そうじゃ!!」

「ごめんね…僕、母さんとしか結婚しちゃいけないんだって。」

「なんじゃと?!」

 

驚いたのは閻行だけではない。韓遂もまた大口を開けていた。

一刀は以前、借り物競争で旦那様という札をひいた孫権に連れられたことがある。旦那とは自身の父のような人、という言葉の意味は知っていたからこそ結婚という連想は出来たが、そもそも結婚とはどういう事なのかを彼は知らない。だから宿で両親に尋ねたのだ。すると…

 

「け、けけけ、結婚?!そ、そんなのまだ早いわ!私が生きてるうちは絶対ダメよ!!」

「いや、いくら何でもそれはどうなんだ?」

「…いい、一刀?結婚はね、好き合う男女がもっと仲良くなることなの。そして…お母さんがするものなの。」

「そうなの?」

「言葉の意味は絶妙に間違ってないが情操教育ほんとにそれでいいのか?!」

「良いんだもん!!…ねぇ、一刀はお母さんと結婚したくない?」

「ううん、結婚したい!」

「キターーーーーーーーーーーーー!!

お母さん的息子に言ってもらいたい台詞第一位の“お母さんと結婚したい”キターーーーーーーー!!」

 

そんなこんなで、完全に間違った情操教育を施された一刀は偏った知識を植え付けられていたのだ。縁側に座って一刀の試合を観戦していた夕陽を、韓遂が睨む。夕陽は気まずそうに眼をそらすと下手な口笛を吹いて誤魔化していた。

 

「董白くん、結婚というのはね、好き合う男女があなたのお父様とお母様のようになることなのよ。」

「そうなんですか?」

「ええ。子供を授かって家庭を築くという大切な行いなの。」

 

口を挟もうとした夕陽を睨みつけて黙らせ、本来の意味を教える韓遂。

 

「子供ってどうやって授かるの?」

「あ…えっと、そ、それは…」

「気持ちいいってことだけを考えて天井のシミを数えていたらコウノトリが運んでくるって友達(李儒)は言っていたけど本当?」

「…あなた、付き合う友達は選びなさい。あと、良い子なのはわかるけどお母さんの言葉を鵜呑みにしちゃだめ。」

 

涙目で一刀を抱きしめ、これ以上余計な知識は与えないでと懇願する夕陽を無視して続ける韓遂。愛情深いのは良いことだが、行き過ぎは立派な虐待だと。

 

「そっか…そういえば私塾に通ってる孫権さんっていう女の子も、僕と結婚してくれるんだって!」

「なんじゃい、わっち以外に目を付けた奴がおるのか。じゃが一番槍は譲らんぞ!」

「お母さんだって譲らないんだから!!」

「あなたは黙っていなさい!!」

「はい…」

 

この世界では息子を溺愛し過ぎる母というのは珍しくもないが、このままではあまりにも教育に悪すぎると韓遂は毅然とした態度を取った。しかし一連のやり取りで最もショックを受けていたのは間違いなく翠だろう。まずもって目の前で一刀が結婚を迫られている光景も衝撃的だったが、他にもいたというのは翠の体から魂を離脱させるに足る出来事だった。

 

「お姉さま!ほぼ逝きかけてる場合じゃないって!」

「…はっ!すまん、なんか悪い夢を見ていたみたいだ。一刀が誰かと結婚して子宝に恵まれているなんてそんなこと…」

「それ現実になりそうなの!だからグズグズしないで気持ちを伝えなきゃって言ってたのに…私だって順番守って待ってるんだからね!」

「うぅ…」

 

このままでは一刀を取られてしまうかもしれないと本気で思えたのはこの時が初めてだった。なんだかんだとずっと一緒に居られると、そしてゆくゆくは…そんな甘い考えを目の前の現実は容易く破壊する。目の前では「ガルルルル…!」と夕陽と閻行が睨み合っており、一刀をよじ登った月がその頭を抱えて「へぅ!!」と徹底抗戦の構えだ。詠もまた脚にしがみついて「ボクの…!」と睨んでいる。

こんなことがあってからというもの、翠の胸には曇りがかってしまっていた。いつだって気持ちを伝えなきゃと思っていても、怖くてその一歩を踏み出せない。関係が壊れてしまうんじゃないか、自分のことはただの友達と断られるのではないか、良くない考えが頭に浮かんでは伝えたい言葉が口から出ることはなかった。

こうして今日もただ黙々と槍を振る。胸に立ち込めた雲を払うために。女として劣っていても、せめて武では閻行や彼を見染めた人間に負けないために。

 

 

 

年が明けてまだ厳しい寒さが残る水鏡の街。

張郃の手助けを得て李儒の隙をつき、ようやくこぎつけた逢引を前に、孫権はソワソワしながら女子寮の前で一刀が来るのを待っていた。

 

「今日こそちゃんと…!というか今日を逃したらもう機はないわ。絶対決めるのよ私!」

 

そうまでして約束を取り付けたのには理由があった。もはや自分の気持ちは疑いようがない。間違いなく彼が好きだと言える。誤魔化しきれない胸の高鳴り、気付くと目で追っている自分がいた。そして止まない空想…それは多少不適切なことまで。

 

「昨日の夜あんなに練習したんだから…!」

 

あとは彼の気持ち次第だ。結婚についても肯定的?だったところを見ると、脈はある…と思う。だからこそハッキリさせなくては。折角の機会を棒に振りたくはない。

そんなことを考えながら、しきりに髪を気にしたり服装チェックに余念がない様子は見ていてほほえましい光景だった。

 

「蓮華ったら乙女な顔しちゃって…我が妹ながら可愛いわね~!」

「…放っておいて差し上げたらどうだ?蓮華様とて見られたくはないだろう。」

「あらいいじゃない。こういうのは全力で冷やかすのが孫家の作法なのよ。」

「どうして翆玲先生まで…」

「硬いこと言いっこなしよ♪」

「あ、董白くん来たみたいだよ!」

 

こっそりのぞく孫家所縁の面々が、遠くから小走りで近付く一刀の様子を見つけ物陰に隠れる。孫権も一刀を見つけると、パッと笑顔が華やいだ。

 

「ごめん、待たせちゃったかな?」

「い、いいえ、私も今来たところよ。」

 

真っ赤な嘘。本当は小一時間はこうして待ち惚けていた。「じゃあ行こう!」と一刀が何食わぬ様子で手を握ると…

 

「へあ?!」

「大変!手が冷たくなっちゃってる!」

「え、あ、て、ててて、手ぇ…!」

 

この寒空の下にずっと立っていたのだから当たり前だが、その手は完全に冷え切っていた。本当は随分待たせてしまったのかもと一刀は慌てていたが、孫権は全く別の意味で慌てる。まさかいきなり手を握られるなんて思ってもみなかったのだ。もちろん、昨晩から夢想していた計画では帰り際に雰囲気を作ってどうにかこうにか手をつなごうと考えていたが、出会いがしらの僥倖に思考が追い付かなかった。一刀としてははぐれないようにという育ちを感じる行為なのだが、乙女的には痛恨の一撃だ。

 

「~~~~~!!」

 

顔が綻んでいるどころではない。乙女的にアウトなまでに蕩けきった顔を見せまいと明後日の方向を向きながらも、空いた手を握り締めてガッツポーズ。

 

「…あれ?もうあったかくなってきた。」

 

頭からぷすぷすと蒸気が出ているのだから暖かいにきまっている。

 

「きゃー!手をつないだわ!蓮華ったらあんなに真っ赤に!」

「ちょっと雪蓮、聞こえちゃうって!」

「ごめんごめん、なんだか私までドキドキしてきちゃって…!」

「気持ちは分かるけどねん!」

「…やれやれ。」

 

物陰から手をつないで歩く二人の様子を見つめる野次馬たちだったが、通りの反対側の物陰には別の集団が居た。“董白くんを見守る会”の役員とその他一名だ。

 

「全く…李儒さん!あなたが付いていながらこの状況はなんですの?失態ですわよ!」

「返す言葉もありません…」

「それから…そこの一年生!さっきからちょっとうるさいですわ!」

「許さない許さない許さない…!私の…を見ておきながら他の女と仲良くするなんて…許さない許さない許さない…!」

 

荀彧は例の一件で得た恨みがなんだかおかしな方向に向いてしまっているようだ。先ほどから「責任」という言葉を挟みながら許さないと連呼していた。

そんな人間たちの存在を知る由もなく、二人は露店街へと入っていく。ここは人形劇の屋台が出ていたり、食べ歩きするにはうってつけの食べ物や二人飲みのジュースなどが売っていて、逢引を楽しむ生徒たちがよく訪れる所謂デートスポットだ。二人も例にもれず、そんな街の様子を楽しんでいるようだ。

 

「さっきの劇面白かった~!」

「ふふっ、そうね!」

 

出し物を見ては笑い合い、

 

「お願い、め、目を瞑ってて…!」

 

一つの容器に二本刺さったストローに孫権が照れてなかなか口にできなかったり、

 

「ん~…こんなの似合うかしら…」

「わあ!すごくかわいいよ!」

「店員さんコレください!!!」

 

服屋に入れば試着した服を褒められて即購入を決めたりと楽しそうな逢引が続く。

 

「…なるほど、董白さんはあのような服装が好みと。李儒さん、きちんと書き留めましたわね?」

「はい、会長!」

「許さない許さない許さない…!」

 

因みに、水鏡塾ではこちらの世界で言うところの所謂アルバイトが認められている。家が裕福な生徒が多いため従事している人は少なく、一刀も裕福な家庭であることは違いないのだが家に負担を駆けたくないと何肉本舗水鏡店で時折店先に立ったりして駄賃を稼いでいた。そこにいる二人の姉妹も油断ならないと袁紹は会員たちに警戒を呼び掛けている。

 

「ってあの二人どちらに行かれますの?!だってそちらは…!」

 

いつの間にか二人は露天街を通り抜け、宿場通り…所謂ラブホ街にたどり着いていた。無論、孫権としてはこんなところに来る予定はなかった。なんとなく歩いていたら辿り着いてしまっただけだ。稀によくある逢引あるあるだが、まさか自分がこんなお約束をするなんて思ってもみなかった。

 

「わ~、宿屋さんがいっぱいだね!…ご休憩って何のことだろう?一休みさせてくれるのかな?」

「し、知らない!」

「孫権さんも疲れたら言ってね?あそこで休憩できるみたいだから!」

「良いの?!…じゃなくて!その…い、行かない。」

 

真っ赤になって「だってまだ…」と呟く孫権は足早に通り抜けようとするが、一刀は物珍しいのかキョロキョロと見回している。

 

「あ、おもちゃ屋さんだって!あそこ見てみる?」

 

指をさすそこには確かにおもちゃ屋があった。ただし、“そういう”おもちゃ屋だ。ごてごてした張り型が店先に並ぶのを見て、孫権は手を強く引っ張って速度を速める。

 

「ちょ、ど、どうしたの?」

「…わ、私たちにはまだ早いから!」

 

言っている意味が分からないようで、一刀は首をひねった。

 

「あ~、あそこね。品揃え良いのよ~?」

「そうなんだ!…ねぇ冥琳~♪」

「駄目だ。」

「ちぇ、ケチ。」

 

 

「あぁぁ~…破廉恥ですわ…破廉恥ですわ…!ワタクシを差し置いてこんなところに董白さまを連れ込んで…!」

「「許さない許さない許さない…!」」

「ちょっと一人増えてますのよ?!」

 

このような不慮の事態もあったが、逢引は終始とても楽しいものだった。

夕暮れが二人の影を伸ばす寮への帰り道。もちろん、手はつないだままだ。もうこの頃になると孫権も照れより状況を噛みしめるように手を絡めていた。

取り留めのない会話をしながら、孫権はまだ着かないでと祈る。しかし残酷にも女子寮はもう目と鼻の先だ。

 

「今日は楽しかったね!」

 

彼女は返事を返せない。楽しかった、なんて言ってしまっては、もうその時間は終わりを告げるようで嫌だった。だからこれはせめてもの抵抗。急に立ち止まってしまった孫権を不思議そうに見つめる一刀。その口が何かを言っているようだが耳に入ってこなかった。

これを逃すと彼と二人きりになる機会は当分来ない。またあの悶々とした日々が訪れる。心の中では何度だって好きって言えた。練習もしてきた。だから大丈夫、ちゃんと伝えられる。

 

(好き…好き…好き…よし、いける!)

 

しかし、体というのは時に思考を凌駕する。

孫権はかかとを浮かせ、彼との距離を無くしていた。思いを募らせ過ぎて孫権の体は気持ちを通り越してしまったのだ。

物陰から声にならない悲鳴が響くが、二人の世界には届いていなかった。一刀はレンに舐められたり齧られたりしていたが、なんとなく、これはそれとは違うものだと認識した。初めて味わう種類の胸の高鳴り。頬に感じる不思議な感触。

 

「そ、孫権さん?」

「…ハッ!わ、私ったら何を…!ご、ごめんなさい!」

 

我に返ってバッと離れる。無意識にしてしまった頬への口づけに、相手の反応を見るのが怖くてギュッと目を瞑り立ちすくむ。体は小刻みに震えているようだ。

 

(さ、最低よ私…気持ちも確かめ合ってないのにこんなこと…)

 

いくら気の優しい彼と言えど、気分を害したに違いない。いきなりこんなことされたんじゃ嫌われたって文句は言えない最低な行動だ。せっかく楽しい逢引だったのに…いや、楽しい逢引だったからこそ舞い上がってしまったのだろう。取り返しのつかない事態に涙がこぼれそうになった。

 

「その…ありがとう。」

 

しかし孫権は信じられない言葉を聞いた。どうしてお礼なんかと驚きに目をひらいて彼を見ると、これまで見たことが無いくらい真っ赤な顔をした彼がそこに居た。目が右へ左へさまよい、視線が定まらないようだ。ひょっとして彼は照れているのだろうか。

 

「よくわからないんだけど…えっと、ありがとうって言いたくなって…あの、だから、その…ってわわっ!て、手つないだままだったね!ごめん!」

 

後半早口でまくしたてるようにそう言うと、慌てて手を離し後ろを向いてしまう一刀。

 

「じゃ、じゃあ僕行くから!えっと…あ、明日また教室で!じゃあね!」

 

そうして全速で駆けていく一刀を見て、孫権は胸に手を置いた。そしてその手を握り締めると、天高く突き上げる。渾身のガッツポーズだ。

 

「あ、あ、ありがとうってことは嫌じゃなかったってことよね?!それにあんな風に照れたりして…!」

 

まさかの逆転劇。あの反応は完全に是だった。

女子寮の前で一人舞い上がる孫権だったが、そこへ予期せぬ客人が来襲した。ずっと影から見守っていた孫家所縁の面々だ。

 

「見たわよ見たわよ~!やったじゃない蓮華!」

「お、お姉さま?!それにみんなも…!み、見てたの?!」

「おめでとうございます、蓮華様。これで孫家も安泰ですね。」

「お、お姉さんから見たらちゅ、ちゅーなんて珍しくもないけど…これで董白くんもメロメロだね!」

 

メロメロかどうかはわからないが彼女に手応えはあった。口づけを嫌がらなかったのならそれは脈があるという事…即ち、勝利への第一歩に他ならない。あの反応を思い出すだけでにやけ顔が治まらないようだ。覗いていたことを怒ってみても、語尾がだらしなく伸びてしまう。このままではいけないと逃げるように寮の自室へと飛び込み、枕に顔を突っ伏す。

 

「やっちゃった~!やっちゃった~!!」

 

足をバタつかせながら喜びを爆発させた。

ところ変わって男子寮では、同じように枕に顔を突っ伏した一刀が居た。李儒は緊急会議とやらで出払っているため、ひとり今も頬に残る感触と胸の鼓動にどうしたらいいか分からないようで帰ってきてからずっとその調子だった。あの時の彼女の様子を思い出しただけで顔から火が出るようで、味わったことのない動悸が止まない。その後も、夕食がのどを通らず、宿題すら手につかない。廊下でハリネズミになっていた牛輔にも気が付かない有様だった。

そしてこれが、一刀が女子を意識するようになった最初のきっかけとなる。余談だが、それ以来翠らはもちろん母や妹ともお風呂を一緒にしなくなったらしい。ある日お風呂で玄の背中を流しながら何かを相談したようなのだが、それは男同士の秘密だ。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!二話に分かれていた予定の物を一つにまとめた結果、少し長くなってしまいました…。私塾のみんなもお年頃ですね。
さて、次回は袁紹が卒業し一刀たちも四年生になります。そろそろ私塾パートも終わりに近付いてきました。後々、回想的に挟む予定ですが、ひとまずはあと2、3話くらいで終わるかと。その後はとあるイベントを経て既存ルートに入ります。少しぶっとんだお話になりますが、あらすじの「星を捕まえた少年の不思議なお話」として楽しんでいただけたらと思います。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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恋せよ乙女、国の臣、そして演習

※後書きにお知らせがあります。


「ぽけ~…」

 

この魂が抜かれたような顔をしているのは、武威では知らない人が居ないほど有名な天の子だ。先日の一件以来、こうして窓の方を眺めていることが多くなった。袁紹らが緊急会議を開き、可及的速やかに一刀の心を他に向けようと努力するも結果は芳しくなかった。

なぜなら彼は窓の外を見ているようで、窓際の席に座るとある女子を見ているのだから。その女子生徒も一刀のことをチラッと見ては目が合い、慌てたようにお互い目をそらす。こんなことを一日に何度も繰り返していた。

 

「先生!命の危険を感じるので帰っていいですか!」

「何を言っているの牛輔くん。もう今日の最後の授業なんだから我慢しなさい。」

「先生!背中がもう血だらけなんです!」

「…ツバつけとけば治るわ。」

「うっせぇババア!!よく見ろ!!こちとらもう針鼠なんだよ!!おい一刀俺と席変わってくれもう耐えらんねぇ!!」

 

その発言に歓喜したのは李儒。これが叶えば一刀が自分の前の席になるのだから、牛輔よくやったとばかりに背中を叩く。

 

「うぎゃあああああああ!!奥まで!!奥まで来てるゥ!!完全に致命傷なってるゥ!!」

 

鍼だらけの背中を叩かれたのだからさもありなん。しかし、発言に対抗する者もいた。それは窓際の席に座る孫権だ。彼女からすればこれ以上席を離されてはたまったものじゃない。その上、真横の位置から離れてしまえば、時折目が合う嬉しい事態も失われてしまう。

ツカツカと牛輔の席まで歩み寄ると、孫権は躊躇いもなく抜刀した。

 

「ハイ俺の机真っ二つゥ!!もう勘弁してくれ~!」

「牛輔くん、さっきからうるさいですよ。」

「だから見ろよ!!なに都合の悪い事があるとこっちに背を向けてんだこの野郎!!」

「…イジメはありません。」

「ぶっ殺すぞババア!!」

 

こんな喧騒の中でも、一刀と孫権はお互いをチラチラ見ては顔を赤くしていた。

それを見た曹操が嫌な笑みを零しても、それすら気にならないようだ。もう二人に甘酸っぱい世界が出来上がっている。

一刀は、女子というものを生まれて初めて意識するようになっていた。いつものように袁紹が抱きしめてその豊満な胸に顔をうずめさせたり、劉備が甘えて抱き着いてきたり、いままで当たり前だったことに不思議なほど慌ててしまう。それは性的なというより、なんだか照れるものとして。性というのは本質をまだ理解できていないのだ。

あんなことがあったのだから、そんな中でも孫権を意識しまうのは仕方がないことだろう。

 

「一刀…!僕が必ず正気に戻してあげるから…!」

 

そう言って張り切る李儒だったが、うまくいくはずもない。男子のような見た目を作ってはいても中身は女性。つまりはそんな時期の男子の気持ちなんて理解できるわけがないのだ。「もういっそのこと犯っちゃえば?」という悪魔(張郃)の囁きは論外として、男の子のふりをしながら彼の目を自分に向ける術なんてあるわけがない。とは言え自分が女だと宣言してしまえば校則違反で退学も十分あり得る。そしてこれまで女子と知らぬまま部屋を共にしていたことに、彼が嫌悪してしまうかもしれない。自分の想いか平静か…李儒にとって、決断の時が迫っていた。

かたや幸せ絶頂なのは孫権だ。授業の合間にすまし顔で誰も居ないところまで来ると飛び跳ねんばかりに感情を炸裂させる。

 

「ああもうっ!こんなの胸が押しつぶされて死んじゃうわ…!だってあんな子犬みたいな目で…ひゃぁ~!」

 

真っ赤な頬を手で覆ってくねくねと不思議な踊り。こうして立派に育ったお尻をふってもぞもぞする姿を見れば一刀も一発で目覚めるだろうに、目の前ではキリっとしていようという彼女にとって最後の矜持があった。

 

「私は孫呉の姫なのだからしっかりしないと。劣情に流されては…」

 

とは言いつつも、部屋に帰っては次の逢引を夢想して枕を相手に一人練習を始める始末だ。同居人曰く、不気味過ぎて声もかけられず気付かないふりをして他の部屋に逃げるそうだ。最初のうちは面白がっていたのだが最近はあまりにもあんまりな桃色空想をおっ始めるので聞いていられないらしい。

 

「張郃が言うには手をつなぐよりも腕を組む方が良いのよね。えっと、こ、こうかしら?え、うそ、これで街を歩くの?!だってこれじゃ胸が…!………アリね。全然アリ!この大勢ならまたく、口づけだって…!」

 

この有様である。同居人が枕相手に口づけの練習を始めれば、逃げ出すのも必然なのだ。

二人の関係はこうして徐々に近づきつつあったのだった。

 

ところ変わって、都洛陽ではある会談が行われようとしていた。宮廷内とは思えないほど質素な造りをした、十常侍が詰める執務室。そこには帝に付きっきりの趙忠を除いた十常侍の面々が顔を突き合わせていた。人払いは済ませているが、これからする話は誰の耳にも入れるわけにはいかない。

 

「…なに?帝を?」

 

聞かされた話に張譲は耳を疑った。

 

「ならん!断じて許すわけにはいかん!」

 

老体ゆえに自らの剣幕でせき込むほど、怒りを露わにしていた。彼は若くして自らの精道を断ち、以来漢に仕えてきた誠の臣。漢のために生き、全てを漢に捧げてきた。だからこそ、聞かされた話を黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ。

陰の者を一人呼び寄せると、何かを耳打ちする。

 

「良いか、絶対に気取られるでない。粛々と事を運ぶのだ。」

「はっ」

 

命を下された男は部屋を飛び出していく。

 

「おのれ…謀りおったな…!」

 

ぎりり。口から血がこぼれるほど強く噛みしめる。

張譲は国のためなら何でもする男だ。それが例え、帝のどちらかを殺すことになったとしても国のためであれば簡単にやってのける。彼は忠臣、国奴なのだ。国の転覆を謀る者は決して許しはしない。

 

「霊帝様、儂はそなたを…!」

 

かくして、張譲はある計画を打ち立てる。それが国のためなのだから。

時を同じくしてその頃涼州では、騎馬隊と警備隊の合同訓練が行われていた。合同訓練とはいえ規模が規模なためさながら軍事演習といった眺めだ。

紅に馬の旗印、涼州騎馬隊大将馬騰の旗だ。その横に龐徳、韓遂が並ぶ。馬騰の夫である翔は演習には参加せず、異民族に備えて留守を任されている。その名代として選ばれたのが、まだ年若い張遼だった。齢十三にして隊を任されるほどの新鋭だ。その武のみならず判断力にも優れ、彼女が将となることに反対するものは誰一人として居なかった。

 

「あ~…怠い。頭~、こんな演習とっとと終えて飲みに行きやしょうよ~。いくら屈強な武威の警備隊っつても騎馬隊にゃ敵いませんって。」

「うっせ馬鹿。あたいだってそうしてぇよ。」

「…二人とも、演習の大切さは先ほど説明しましたが…もう一度最初から説明しますか?」

「「結構です!!」」

 

だらけている馬騰と龐徳は韓遂の一言で背筋を伸ばす。早く終わりにしたいのに彼女の説明という名の説教が始まったら堪らない。

この演習はあくまでも警備隊の強化が主目的である。騎馬隊を賊などに見立てて、その対処方を学ばせるのだ。あの手この手で攻め手を変えて襲い来る賊を、警備隊を率いる玄が流石の采配でいなしていた。

 

「お~、あのおっちゃんやる~!」

「あいつ、腕っぷしも悪くはないけど、それ以上に…」

「ええ、動じないわね。肝が据わってるというか、あそこまでどっしり構えられると攻める側はキツイわ。」

「あの馬鹿が慌てたとこなんて一刀が降ってきた時くらいなもんだ。」

「…降ってきたって、なんすか?」

 

思わず言ってしまった発言に「やべっ」と口を閉ざす。武威の民はそれこそ皆知っているが、これはあまり口外しないという暗黙の掟があるのだ。馬騰の様子に首をかしげる龐徳ら。

 

「んなことより、あの張遼って娘っ子やるな~!お前らもウカウカしてらんねぇんじゃねぇの?」

「そうね。まだまだ荒いけど鍛えがいがあるわ。」

「…俺は根っからの頭脳派なんで。」

「お前はちっとは鍛えろ、このモヤシ野郎!」

 

馬騰の暴言にもケロッとしている龐徳。彼は参謀の韓遂と同じく頭脳役だが、主に策略を担っている。歳は二十歳、黒髪のくせっ毛でいつもだらんとした服を着た一見だらしなさそうに見える風貌とは裏腹に、その軍略の才は涼州随一と言われている。

 

「頭~、ていうかいい加減馬超ちゃんと結婚させてくれよ。」

「あん?だからアイツにゃ相手が居るって言ってるだろ。」

「そこをなんとか!!」

「出来るかアホンダラ!」

 

鉄拳を食らい、蹲る龐徳。彼は度々こうして馬騰にお願いしてきたが、いつもこうしてバッサリ斬られていた。

「好みの女性は頭が悪い女!」と公言する癖のある男で、以前金城にて押して開く扉を必死に引いている姿を見て馬超に一目惚れしたそうだ。口説こうと声をかけたが何故か幼馴染である董白についての恋愛相談が始まってしまい断念。終いには惚気話にまで発展して退散したようだ。

 

「貴方も懲りないわね。」

「だって馬鹿って可愛いじゃないっすか!」

「誰の娘が馬鹿だって?」

 

もう一度鉄拳を食らい悶絶した。家としては悪い縁談ではないのだが、そこはガサツに見えて内面超絶乙女の馬騰だ。乙女の気持ちは誰よりもわかる。こんな縁談を組もうものならそれこそ家を飛び出して駆け落ちでもしかねないのだ。それに何より、夫の翔が「一刀くんはいつ婿に来てくれるのか」と何年も前から心待ちにしているのだから彼に微塵の勝ち目もないだろう。

 

「さて、そろそろ終いかな。」

 

戦況を眺める馬騰はポツリとこぼす。

 

「ええ、東門の防備が瓦解し始めてるわ。これで勝負はついたわね。」

 

ホッとしたようにバインダーへ何かを書き込んで居る韓遂。その横では殴られた頭をおさえて涙目になりながらも龐徳はドヤ顔をしている。しかし馬騰はそんな彼らを見て「馬鹿かお前ら。」と一言。

 

「よく見てな。」

 

韓遂の見立て通りに瓦解した東門。そこから雪崩れ込めば終わりのはずだった。しかし、雪崩れ込んでも勝鬨が一向に聞こえてこない。それどころか…

 

「はぁ?!なんで西門から敵が!?」

「…やられた。」

 

それは警備隊ならではの戦術。敵の数が優勢と見るや極致に誘い込み、数を無力化させる。町を模した訓練施設には家に見立てた建物や路地などがきちんと整備されている。路地や家々の間では槍や騎馬など盾を持った兵団の前ではたちまち不利になった。涼州警備隊は騎馬対策として2m近い地面に刺すことが可能な盾を持った防衛部隊がおり、まずそれで騎馬を抑える。あとは狭い場所を利用した集団戦法で着実に敵を鎮圧していくのだ。

 

「にしたって、西から出てきた一団は何さ!」

「だからよく見ろって。」

「…総大将?!」

 

驚くのも無理はない。警備隊を率いる玄自らが防衛部隊を除いた本隊を総動員して打って出たのだ。瓦解寸前の東門を囮としてそこに攻撃を集中させ、あとは手薄な個所を突破。意表をつかれた騎馬隊は反転する間もなく討ち取られ勝負あり。今回の攻撃部隊を率いていた張遼は悔しさを浮かべるが、玄は健闘を称えるように頭を撫でていた。きっと彼も攻撃の淀みなさに彼女の才を痛感したのだろう。

 

「演習は私たちの負けね。」

「糞…!」

「玄の野郎…流石は警備隊長ってか。恐れ入ったよ。」

 

龐徳は悔しさに地面を蹴るが、馬騰と韓遂は参ったとばかりに苦笑い。

 

「なんだ龐徳、いっちょ前に悔しがってんのか?」

「…俺ぁ負けんのは嫌いなんすよ。」

 

警備隊を労いながら、剣を交えた騎馬隊の者たちと握手を交わす玄を忌々しいように睨みつける龐徳。

 

「一つ良いこと教えてやるよ。」

「なんすか。」

「アイツに負けるのはな、こっちの努力が足りないからだ。あの馬鹿は誰よりも努力する。昔から変わりゃしねぇ。積み重ねってのは土壇場で生きてくるもんなのさ。」

 

龐徳は神妙な顔で話を聞いていた。この手の輩を好む韓遂は感心したようにバインダーへ花丸を書き記しているようだ。

 

「さて、撤収だ野郎ども!」

 

その合図で、今回の演習は幕を閉じた。

皆が帰り支度をする中、龐徳は未だ遠くの警備隊を射殺さんばかりに睨みつけている。正確には警備隊ではなく、その中心で談笑している張遼と玄を。

 

「馬鹿な女は大好物だが、使えねぇ女は嫌いなんだ。」

 

そう呟きながら。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!頑張れ李儒!という事で次回は袁紹と李儒のお話です!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!

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※お知らせ
度々、ご感想への返信で最終学年は五年生と書いてしまっていましたが、正しくは六年生が最終学年です。一刀のみ途中編入により五年間しか通わないため、誤って記載しておりました。申し訳ございません。訂正してお詫び申し上げます。
これに懲りず、今後ともお付き合いくだされば幸いです。何卒宜しくお願い致します。


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女子トーク(猥談)

「お姉ちゃん!」

 

その一言に、袁紹は雷を浴びた。

事の発端は何でもない教室でのやり取り。袁紹はこれまで一刀の入学以来、それこそ人が変わったように世話を焼いてきた。昔からその人柄を知る曹操からすれば信じられないほどだが、自身よりも一刀のことを優先させる姿は日常の風景となっていた。食事中に一刀が「これ美味しい!」と喜べばそれが自分の好物だとしても彼にあげた。普段なら疲れたり気分が乗らなければ授業終わりを待たずに寮へ帰って昼寝をしだすのに、彼が少しでも疲れたそぶりを見せたら自らの膝枕で休ませる。実家の財力を最大限に活かして彼を持て囃そうともした。無論これは一刀が固辞したが、それほどまでに一刀を可愛がっていた。

それなのに孫権ばかりを意識する一刀に対し思考錯誤の末もその気を紛らすこともできず、つい単刀直入に問いただしたのだ。

 

「董白さんは…わたくしのことはどう思っていますの?」

 

ヤキモチだったのだろう。唇を尖らせ、少し責めるような目線を一刀に送る様子は初めての事だった。一刀は顎に手を当てて少し考えると、

 

「袁紹さんって、お姉ちゃんみたい!僕にお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな~って。」

「おっ…お姉っ…?!」

 

その時、歴史は動いた。

頭が真っ白になったのか、仰け反るような恰好で固まる袁紹。彼の可愛さに何度もキュンとさせられてきたが、これほどまでに衝撃を受けたことはない。むしろこの瞬間、人生の意味を悟った。

 

「お~っほっほっほっ!!そうですわ!!わたくしは貴方のお姉ちゃんですわ!!」

 

そう高らかに笑って強く抱きしめる。この頃になると女子に対して照れが生まれていた一刀だったが、あまりに慈愛に満ちた抱擁だったためか振りほどこうとはしなかった。一刀も小さいころから翠を除けば下の子の面倒を見る機会が多かったから姉や兄といった存在に憧れがあったのだろう。

 

「…も、もう一度お呼びになってくださいまし。」

「お姉ちゃん?」

「はぁ~~~…!」

 

ウットリして乙女がしてはいけない顔になる袁紹。

遠くの方では牛輔の悲鳴が聞こえてきたが、これについては李儒がしたことではない。李儒は袁紹を会長と呼んで慕っており、同盟者だからだ。では誰がと言うと、もう一人しか居ないだろう。

と、こんな事があったのは半月ほど前である。いま彼女らは休日を利用して袁家の別荘へ小旅行へ来ていた。一刀の愛馬である白亜が牽く荷馬車などに乗って、洛陽からそう遠くない避暑地へ有志一同が招待されたのだ。面子は袁紹らと無理矢理連れてこられた曹操と近しい者たち、劉備とその友人ら、孫家の人間も来ており、あとは一刀の友人と某会の会員が何名かだ。

 

「ふぃ~、お腹いっぱいだよ~!董白くん、おんぶ~!」

「あー!劉備っちダメっすー!董兄はあたしと脱いで駆けっこするっすー!」

「姉さん、それ脱ぐ必要はないんじゃない?!」

 

夕飯を終え、いつものように姦しく騒ぐ乙女たち。姉という無二の位置を獲得した袁紹は一刀にウットリしながら「あ~ん」と繰り返し、李儒もおこぼれに授かり口元を拭ったりして満足を得ているようだ。もうこの頃になると、李儒を怪しむ視線が多くなっていたのだが本人は知る由もない。そして後に大事件に発展するのだが、また別のお話だ。

一刀の周りに目を戻すと、荀彧までもが「あんたのためじゃないんだからねっ!」と言いつつ飲み物を注いでいる。これに気が気じゃないのは孫権。隙を窺って自分も世話を焼こうと試みるも鉄壁過ぎて近寄れずすっかり拗ねてしまっていた。趙雲、張郃、そして孫家の面々はそれとメンマを肴にチビチビと。曹操に至っては関羽を本気で口説きにかかっているのだろう、太ももをさすりながら耳元で愛をささやいているようだ。

兎にも角にも、皆思い思いの夕飯を楽しみ、やがてお風呂の時間がやってきた。この別荘には贅沢にも温泉が湧いており、男女の時間を分けて入ろうという流れになった。先に女子の時間…ここでお約束を果たさんと息巻く一人の男が居た。言うまでもなく牛輔だ。

 

「諸君、今こそ幼女の園に赴こうぞ。」

 

この牛輔、末路はわかりきっているのに懲りない男である。しかしここに来ている男子は牛輔を除けば董白、郭汜、李傕、李儒の四名。そしてもちろんその李儒の中身は女だ。そうとは知らない牛輔は語る。

 

「いいかお前ら、今あの風呂には荀彧ちゃんとか曹純ちゃんが居る…!これを覗かずにして何が男か!」

「牛輔あんた…」

「三次元の裸なんぞに興味はない。」

「…女の裸を見て筋肉が育つのか?」

 

予想通りこんな反応だ。乗ってこないと分かっていたのだろう、彼は董白一点に絞ってささやいた。

 

「なぁ一刀~、お前~、孫権の裸見たくないか?」

「っ?!」

 

ぼふんっ、という音を立てて真っ赤になる一刀。つい想像してしまったのか茹蛸のようになってフラついていた。この時初めて、女子の裸というものを強く意識した。何かムズムズとしたものを感じ、下半身に違和感が起こる。こんな性の目覚めになるとは誰が予想しただろうか。

 

「牛輔…」

 

牛輔の影にゆらりと黒い氣を纏った李儒が立つ。その後彼がどうなったのかはお分かりいただけるだろう。

一方のその頃お風呂では、女子たちが乙女らしい話に花を咲かせていた。

 

「あら蓮華、またお尻が育ったんじゃない?」

「ちょっ、お姉さま何を…!」

「このお尻で董白くんをメロメロにしちゃう感じ~?」

 

「ひぅっ…!さ、触るな!」

「あら?関羽あなた、随分敏感なのね。ならこれはどうかしら?」

「んぁっ、ちょ、な、何故だ…!防御が掻い潜られる?!あ、そこは…!」

 

しかし最初の方こそ一部を除いて恋バナや体形についての女子トークだったのだが、話は段々危ない方向へ逸れていき、今では「男子との理想のやりとり」について思い思いに語る一幕となっていた。

 

「理想の逢引?う~ん…私は手をつないだり、その…公園でゆっくりしたりとか…」

「軟弱な。それでは鍛えられんだろう!ていうか貴様誰だ!」

「公・孫・瓚、だよ!!…ていうか鍛えるってなんだよ?!」

「ふふん、良いか、男とのやりとりと言うのはだな…」

 

以下、夏侯惇回想---

 

『フハハハハハ!まだまだ打ち込みが足りん!そんなんで私に勝とうなど片腹痛いわ!』

『天下無双の夏侯惇将軍にどうやって勝てば…!』

 

断崖絶壁で二人は死闘を繰り広げる。

勝った方が華林様の従僕になれる大事な一戦…私は目の前で膝をつく男に剣先を突きつけた。

 

「おいなんか始まったぞ。」

「姉者…」

 

男は諦めたように剣を置き、頭を垂れた。

 

『僕は絶対無敵のあなたに勝てません!どうか弟子にしてください!』

『そうか董白!なら私とあの夕陽まで走るぞ!ついてまいれ!』

『ははーっ!』

 

こうして私と奴は駆ける。全ては華琳様の御為、私の足元にも及ばない董白を従えるのだった。

回想終わり。

 

「相手まさかの董白だったよ?!」

「…姉者は武芸の一騎打ち以外では奴に負けを重ねているからな。」

「にしても以外ね。あの子、彼を部下にしたいと思っているということじゃない。てっきり首を刎ねたいのかと思っていたわ。」

 

回想は終わっているのだが高笑いを続けて一刀との一人芝居を続けている夏侯惇を生温かい目で見つめる。

 

「よせ董白~、私が最強だなんて本当のことを言うな!ほれ、肉まんでも食え!フハハハハハ!」

 

きっと本人が思っている以上に彼を気に入っているのだろう。

 

「えへへ~、私はね~…」

 

続いては劉備が語る。

以下、劉備回想---

私の名前は劉備!どこにでもいる普通の女の子!でも私には誰にも言えない秘密があって…

 

『出たわね!怪獣ソーソー!今日こそあなたの悪事を止めてみせます!』

 

「…あの子、喧嘩売ってるわよね?」

 

『きゃ~~~!は、離しなさい!触手なんて卑怯よ!』

 

「あっさり捕まったよ!何しに出てきたんだよ!」

「触手か…」

「華琳様、閃いたような顔をなさらないでください。」

 

触手さんが私の体を締め上げて絶体絶命の危機…!そんな時、一人の男の子が颯爽と現れ怪獣ソーソーを倒してしまいました!その日から、その男の子トーハクと共に悪を討つ日々が始まったのです!

ある時はキノコみたいな怪獣と戦って…

 

『いや~~~!白いネバネバ飛ばさないで~!!』

『はい、手ぬぐいで拭いてあげる!』

『えへへ~、ありがと~!』

 

またある時は緑黄色野菜との対決!

 

『いや~~~!苦いお野菜こんなに食べられない~!!』

『僕が代わりに食べてあげるよ!』

『えへへ~、ありがと~!』

 

そして戦いに疲れた私は…

 

『いや~~~!もう歩けない~!!』

『おんぶしてあげる!』

『えへへ~、ありがと~!』

 

こうして、私とトーハクの戦いは続きます!世界が平和になるその時まで…まる

回想終わり。

 

「終始董白に甘やかされてる絵図だけだったぞ?!」

「董白に面倒見てもらうのが理想ってわけね。」

 

夏侯惇と同じく、回想を終えても一人芝居を続ける劉備。もはや戦いとかの設定すら失われ、ただ膝枕されたり頭を撫でられたりする光景をだらしない顔で語っている。学友ですらああも堕落してしまうのだから、彼の妹の将来が酷く心配になる曹操だった。

 

「ちょっと華林さん!わたくしを置いておいて何を楽しそうな話をされていますの?」

 

続いては袁紹が語りだす。

以下、袁紹回想---

夜、わたくしがお風呂に浸かっていると、恐る恐ると言った感じで戸が開く。そこに居たのは最愛の弟、董白さん。少し遠慮がちに「一緒に入っていい?」と聞く弟の言葉に、駄目と言えるだろうか。否!言えるはずもない。わたくしは笑顔で招き入れると、洗いっこを始めるのです。ただし、大事な弟の体に少しの傷でも入ってしまったら…そう思うとわたくしは手ぬぐいなど使う気にもなれません。だってわたくしにはもっと柔らかいものが付いているのだから。

 

「おい危ない話になってきてるぞどうすんだコレ。」

「ごくり…」

「梨晏、いま生唾飲み込まなかった?」

「そ、そんなことないよ?!」

 

わたくしがお背中を洗って差し上げていると、なにやら足をすり合わせてモジモジしているご様子。

 

『あら、どうかなさいまして?』

『お、お姉ちゃん…僕、あそこが変なんだ…』

『まあ…!』

 

「まあ…!じゃねぇよ!誰かこいつを止めろ!」

「続けて!(〇権)」「続けろ!(夏〇惇)」「続けてください!(〇純)」「…ごくりっ(太〇慈)」

「お前らの何がそこまで引き付けたんだよ?!」

 

それからわたくしは弟にしっかりとした知識を身に着けていただくべく、丁寧に掌で×××を××して、×××を導いて差し上げました。最初は恥ずかしがっていた弟も、蕩け切った顔でその××を受け入れます。これでもう立派な男の子です。

 

「…参ったわね。麗羽にこれほどの才があったなんて。」

「ほ、本書いてもらいたいね…!」

「何の才だよ!どんな本だよ!」

 

しかし困ったことに、それ以来弟は毎日お風呂を一緒したくなってしまいました。そしてついには…

 

『お姉ちゃん…』

『あら、どうかなさいまして?』

『その…ムズムズして一人じゃ眠れなくて…』

 

くすりと笑って、わたくしはお布団に招き入れます。添い寝すると、太ももに硬いナニかが触れました。そう、×××です。すっかり男の子の域を飛び出た×××がそこにはありました。彼をこうしてしまったのはわたくし…ならば責任を取らねばなりません。

 

『さあ、おいでなさいませ。』

 

そう言ってわたくしは…わたくしは…

回想終わり。

 

「ちょ、ちょっと!こんなところで終わらないでよ~!」

「り、梨晏…あんた入り込みすぎ…。」

 

急に話を終えてしまった袁紹を非難が包む。そうまで彼女たちの心をわしづかみにしたと言えるが、やはり興味津々なお年頃なのだろう。

回想を終えても少し危ない顔で固まる袁紹に、曹操は目の前で手をひらひら振って覚醒を試みる。

 

「麗羽、あなたひょっとしてのぼせたの?」

「…はっ!い、いえ…そういうわけでは…」

「どうかなさいました?」

 

曹純が心配そうに声をかけると、袁紹はちらりと下を向く。そして前に向き直り…

 

「興奮してしまいましたわ!」

「ただちに湯船から上がりなさい!!」

 

こうして、女子の長すぎるお風呂が終わったのだった。因みに、あまりにも遅かったため李傕、郭汜、そして牛輔は近くの小川で水浴びを済ませてしまっていた。そこに董白と李儒が加わっていないのは、李儒が自分は行かないと断ったため一緒に残った形だ。

 

「あ、女の子終わったみたい!じゃあ玲、行こうか!」

「へ?!」

「お風呂行かないの?」

「い、いや…僕は…その~…!」

 

ここにはいつもの逃げ道である銭湯なんて無い。かと言って水浴びで済まそうとすれば誰に見られてしまうか分からない。李儒を予想だにしない危機が訪れた。

 

「お風呂ちゃんと入らないとだめだよ~!ほら、行こ!」

「あ、ちょ…!?」

 

そのままズルズルと手を引かれてお風呂場まで連れていかれてしまう李儒。彼女の胸はもう手ぬぐいなどで隠せるものではなくなっている。サラシをきつく巻いて、ぶかぶかの服を上から着るなどしてなんとか誤魔化せるくらいなのだ。お風呂になど一緒に入ってしまえば一刀であろうと気付くだろう。

しかし無情にも、考えを巡らせているうちに脱衣所まで来てしまった。

 

「あの、僕はやっぱり…って!なに脱いでるんだ!」

「なにって、お風呂入るんだから脱がないと。」

「は、はが…はぅあ…!」

 

目の前には一糸まとわない一刀の姿。ダメだと思っていてもつい目が行ってしまう。

 

「お、おっきぃ…!」

「…どうしたの?」

「な、なんでもないでござる!!」

 

硬直してなんだかよくわからない言葉遣いになっていた。不思議そうに首をかしげる一刀。

 

「ほら、早く脱いでお風呂行こ?って玲どこ行くの?!」

 

脱兎のごとく駆け出す李儒。

 

「ご、ごご、ごめんなさ~~~~~~ぃ…!!」

 

そう叫びながら李儒は冷たい小川に頭から飛び込むのだった。この日から、某会の情報に一つある項目が付け加えられた。これは特秘事項として封ぜられているが、ただ一言、“彼のは凄い”という謎の文言だった。この情報を持ち帰った事により、某会会長の袁紹より賞状と記念品が贈呈され、盛大に持て成されたのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!今回は清純極まりないお話でした。次回は李儒の騒動をお送りします!お楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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李儒の判決

その日、水鏡塾では職員たちが学長室に集まり、ある議題について話し合っていた。誰もが困ったような顔を浮かべ、いつも冗談じみた発言を繰り返す水鏡もこの時ばかりは真剣な様子だ。

 

「…では、説明を聞こうかの。李儒くん…いや、李儒ちゃんか。」

「はい…。」

 

議題は時折噂になっていた李儒の性別について。何となく気が付いていた友人らは気付かぬふりをしてきたが、噂というものは違和感一つで大きく広まる。ついには職員の耳にまで入り、教師たちとしても見過ごすわけにはいかない理由があった。

最も問題なのは寮だ。学則では男女の寮に異性が踏み入ることは道徳的観点から禁止されており、にも関わらず四年もの間そこに住んでいた。最初の一年こそ同室者は居なかったが、二年生に上がった頃から董白という同室者が出来てしまう。

しかしなぜそんなことをしていたのか。教師たちはそこが疑問だった。

促された李儒は包み隠さず生い立ちを話し始める。父の意向により、生まれてからこれまで男として生きてきたことを。

 

「なるほどのう…。」

「しかし、知らないうちに異性と同室で寝ていたのじゃから、董白とて心穏やかではないのではないか?無論其方がそのようなヒドイ事しない人間だと信じておるが、間違いが起こった可能性も否定できまい。」

 

一部同情的な意見も出たが、張昭は問題点を冷静に判断していた。

男女の力差がやや女性優勢となっているこの世界では、男性が性的暴行にあう事件も多発している。知っての通り李儒の父も被害者であるが、一刀の父である玄も結婚のきっかけは夕陽の夜這いだったことは誰にも知られていない。しかしそれがこの世界の男女のバランスなのだ。優秀な種を得ようと群がるこの世界特有の女性の性に起因していた。一夫多妻の家庭も存在するのはそのためだ。

 

「あの孺子が気にするとは思えんのだがのう。」

「そうよ、それに若いんだから間違いなんてあって然るべきじゃない?」

 

兵学科の講師厳顔と保険の程普は異を唱える。しかし、軍学科の教師でもあり生活指導を請け負う張昭は頑なに罰則の姿勢を崩さなかった。

 

「馬鹿者。今は節度云々の話などしておらん!学則を破り続けてきたことが問題なのじゃ!理由はどうあれこのような違反を見逃しては示しがつかぬだろう!」

「それはそうですけど…」

 

李儒の今後を決める会議は、熱を帯びていた。李儒はやや青ざめた表情で立ちすくんでいる。校則違反により退学も十分あり得るのだが、それ以上に彼をだまし続けてきたことを痛感して。もう友達として受け入れてくれないかもしれない。そのことが後悔してもしきれなかった。本当なら一人の女の子として彼の隣にいたかったのに、そんなことを彼女は何度考えただろう。でもそれはきっと叶わない。こんな酷いことをして、いくら優しい彼と言えど思うところはあるはずなのだから。

 

一方その頃、一刀の部屋では李儒が重大な校則違反により部屋を移るという事だけを聞かされており、その荷造りが進められていた。衣服などは食堂の寮母らの手を借り、一刀は衣類以外の梱包作業を手伝う。何か悩みがあってそれを気付いてあげれなかったのかもしれない自戒しながら。

思えば、最近李儒の様子が変だったことは気付いていた。挙動不審なところがあったり、夜中にごそごそ動き回ったりして不思議に思っていたのだ。同室者でもあり大事な友人の悩みを聞いてあげられなかったことが、一刀にとって悔しいことこの上なかった。もちろんそれは色んな意味で彼女の問題なので気にするだけ野暮なのだが、そこが一刀らしさなのだろう。

 

「まあそう気を落とすな董白。」

 

そう言うのは梱包を手伝っている郭汜。彼もまた詳しい事情までは聞いていなかったが、落ち込む一刀を気にかけていた。

 

「そうだぞ董白よ。…しかし本というのは中々に鍛えられるな。フンっ、フンっ!」

「使い方間違ってるぞ。」

 

本を束ねて何度も持ち上げている李傕。当然そんなことをしていたら本の山も崩れるのは当然の事だ。折角片付けた部屋も教科書や医学の参考書などで足の踏み場もないような惨事になってしまった。

 

「ったく!手伝いてぇんだか散らかしてぇんだかハッキリしろ!」

「す、すまん…」

「…あれ?」

 

その中で、一刀は表紙に何も書いていない本が目に付いた。いつも夜寝る前に隠れるように李儒が書いていたものだ。よほど大切なものなのだろうか、本は鍵のついた鎖がまかれていたが、落とした衝撃でそれが外れてしまっていた。

 

「…大変!」

 

中身に破損がないか表紙をめくってしまったのは、偶然の事故。そしてその中身を見て、一刀は駆けだしたのだった。

 

「お、おい一刀!」

 

学長室に場面は戻る。

それぞれ意見は出尽くしたのか、静寂が包んでいた。水鏡が軽く咳払いをすると、細く皺がれた目で李儒を見やる。いつもの穏やかな目とは違う、その奥にある鋭い眼光。長年国を支えてきた男だと痛感させられる威を感じさせた。

 

「…李儒よ、何か申し開きはあるか。」

 

その声は静かだったが、まるで剣を突きつけられているかのような恐怖を覚える。しかし李儒は一瞬たじろいだものの、その目を見返した。

もう嘘に嘘を重ねるのはよそう。そう思って彼女は口を開く。

 

「ありません。お話した通り、僕は女です。それに…僕は彼に恋をしています。だからこの先間違いを犯す可能性も否定できません。」

 

職員たちはどよめいた。厳顔と程普は「おぉ!」と色めき立ったが、正直に話したことにより張昭は毒気を抜かれたのか、ひと睨みしただけでそれ以上の追及はしなかった。教室での様子を知っている皇甫嵩は「やっぱり…」とため息をつき、盧植もまた困ったように水鏡を見た。

 

「なるほど…。あいわかった。」

 

李儒の言葉を聞いて気持ちが固まったのだろう。水鏡は一つ間を置くと、ジッと見つめて裁定を告げる。

 

「お主への処分は…」

「玲!!!」

 

その時だ。扉を蹴破るようにして一刀が飛び込んできた。その手には、錠が外されたあの本を手にして。

 

〇月▲日

今日、とうとう僕にも同室者が出来た。色々不安だけど、なんとなく彼とならやっていけるかもしれない。でもバレないようにしっかりしなきゃ…とりあえず部屋を仕切って、あとは絶対に私物を触られないようにと言っておいた。素直な子で良かった。

 

〇月◇日

お父さんの言いつけで男として生きてきたけど…こんなんでやりきれるだろうか。今朝も着替え一つで心臓バクバクだったし、お風呂に誘われたりするたび誤魔化すのが大変だよ…。女だってバレたら僕どうなっちゃうんだろ。

 

〇月×日

董白は本当に不思議な子。言葉も、行動も、仕草も、全てがまっすぐで嘘がない。僕は彼の色を見るのが好きだ。こんな念氣嫌だって思ってたけど、彼みたいな人がいるなら悪くないかも。友達になれるといいな。

 

◇月〇日

今日はお休みだったけど、一刀はどこに行ったんだろう。一緒に遊ぼうと思ったんだけどな…。彼はたまにこうして休みの日になると朝からどこかへ出かける。危ないことしてないかちょっと心配…。

 

▲月◇日

もうあったまきた!三年生の夏侯惇さん、董白に負けそうだからって転ばせることないじゃない!おかげで彼が膝を擦りむいて怪我を…僕の友達になんてことするんだ!明日あいつの飲み物に腹下し入れてやる!

 

▲月▽日

僕の董白は今日も元気!彼が笑っていると胸がポカポカしてこっちまで嬉しくなる。侍従科の授業で作った焼き菓子をあげたらすごく喜んでくれた。また作ってあげようかな…あくまで練習のためにね!喜んでほしいからとかじゃなくて…あ~もう!なんだかよくわかんない!おしまい!

 

▽月×日

なんだか筆がのらない。さっき食堂で男の子たちが好きな人について話してたんだけど、董白が僕のことが好きって…もちろん僕が女だって知らないから友達としてだろうけど。それからなんだか頭がぼ~っとしちゃう。

 

☆月▽日

ここ最近、ずっと董白のことを考えてる。つい目で追っちゃうし、彼に名前を呼んでもらうだけで嬉しくなっちゃう。これが真名だったらいいな~なんて思うけど、さすがにそこまでは望みかな。

 

☆月〇日

聞いて聞いて!!董白と…いや、一刀と真名を交換したの!呂布っていう変な子と仲良くしてたのはちょっと複雑だったけど、真名を貰えるなんて…!これからずっと一刀って呼べるんだよね?一刀、一刀、一刀、一刀~!

 

〇月〇日

僕、やっぱり彼のことが好きみたい。彼のためなら何でもしてあげたくなっちゃう。でも同じ教室の孫権さんもなんだか彼に気があるみたいで…彼は絶対渡さないんだから!

 

◇月▽日

好きな人がすぐそこで寝てるって勝ち組だと思ってたけど…これは生殺しかもしれない。だって無防備なんだよ?少しくらい触ったって…いやダメダメ!でも先っぽだけなら…ああ、明日も寝不足かも。

 

▼月×日

あ~子供欲しい。彼の専属になってからもうずっとこんなこと思ってる。僕、やっぱりお母さんの子だな…。可愛い顔で寝てる彼をめちゃくちゃにしたい。僕もう無理ぽ…

 

△月☆日

××したい!!

 

△月〇日

昨日の僕はどうかしてた。冷静になろう。冷静になって一刀との未来予想図を空想しよう。子供は一個小隊くらい欲しいかな…真っ白な家に芝生の生えた庭…いや、大事なのは寝室よね。お母さんも「家なんて布団一枚あればいい」って言ってたもん。

 

☆月×日

一刀好きだーーーーーーーーーーーーーー!!

 

想いが詰まった日記。本当は中を見るべきではなかったのだろう。しかし、それを見てしまったから一刀は駆けたのだ。今彼女が置かれている状況を“一部”理解して。

 

「こら董白。今は会議中じゃぞ!」

「玲…!」

「か、一刀、それ…?!」

 

李儒は急に飛び込んできた一刀に驚いたが、それ以上に彼が抱えていたものに衝撃を受けた。

 

「ごめん、僕…全然気付いてあげれなかった。」

 

錠が外れているところを見ると、きっと中身は読まれてしまっただろうと思う。李儒は青いのか赤いのか判断に迷う顔色で固まっていた。

茫然とする李儒に日記を渡し、一刀は教師たちの間を縫って水鏡の目の前まで歩く。張昭が止めに入ろうとするが程普に肩に手を置かれて様子を見ようと窘められたようだ。眼前に来た一刀に水鏡は問う。

 

「董白や、どうやらその様子じゃと知ったようじゃな?」

「はい。」

「それでお主はどうするつもりじゃ。」

 

水鏡にはわかっている。きっとこの少年が友のために頭を下げるだろうと。しかしそれで何事もなく許しては今後の私塾運営に関わる問題だ。それ故にお咎めなしというわけにはいかない。

 

「水鏡先生。」

 

水鏡は身構える。そして一刀は頭を下げ…ることはなかった。バンと目の前に差し出された一枚の紙きれ。

 

「運動会でもらった水鏡券、使えますよね?」

 

それは運動会の総合優勝を得た大将に贈られる権利。水鏡が可能な限りの願いを一つ叶えてくれるという券だ。その可能性も考えていたが、まさか本当に使うとは思ってもみなかった。

大抵の人間は都への口利きや将来的な利に使うものだ。昨季に優勝した孫策は誰の入れ知恵か都で保管されている台帳の写しと地図を欲し、今季は曹操が卒業後に許昌を寄こせと言った。つまりはそれくらい叶えてもらえる権利なのだ。それをただ友のために…。

 

「どうか玲…李儒を許してあげてください!」

「…ほっ!」

 

水鏡は笑みを堪え切れなかった。初めて見たときの見立て通り、彼はただのヒトだった。万よりも一を欲す。未よりも現を取る。とても王たる資質ではなかったが、しかし水鏡にはこれほど嬉しいことはない。彼はこの私塾で曲がらずに育ってくれたのだから。

誰しも王となれば欲が出る。自らの域を出ようとする。ヒトは王には成れない。しかしヒトであれば英雄になれる。彼は必ずやその道を辿れるだろうと。

 

「よう言うた!」

「まさか、そのままお許しになるとでも?」

 

張昭は不服そうに尋ねる。

 

「これを出されては致し方ないじゃろ。此度の一件を以て、学則をちょちょいと変えれば済む話なんじゃから。ほほっ…それにしても李儒よ、お主は良きヒトを得たのう。」

「…はい!」

 

少し涙ぐみながら李儒は答えた。彼をこれまでだまし続けてきたのに、そんな自分のためにここまでしてくれた。嘘がわかってもまだ自分と友達でいてくれた。その事実が李儒の心に深く染み渡る。

水鏡が言う「良きヒトを得た」。彼女にとってそれは広い意味を持つ。彼女は念氣でヒトの心を覗いてしまう。だから生まれてからこの方、ヒトが嫌いだった。社交性はある方なので上辺には出さなかったが、小さな嘘すら見てしまう自身の氣に心はどんどん荒んでいった。

そんな時に現れた、不思議なヒト。どんな感情を示していてもその色は真っ白で、つまりは嘘がないのだ。この色に虜になるまでそう時間はかからなかった。彼は初めて恋したヒト、荒んだ心を癒してくれたヒト。もし彼が居なければ自分はどうなっていたのだろうか。見たくもないものを見せられる自らの氣に心が圧し潰されていたかもしれない。きっと今のように笑って過ごすことなんてなかっただろう。

それなのに自分は彼に嘘をつき続けてきた。

 

「一刀…!ごめん…、ごめんなさい…!」

 

涙が止まらない。

 

「僕の方こそ、もっと気遣ってあげればよかったんだ。玲、ごめんね?」

 

そう言う彼もどうしてか涙を流している。違う、違うよ、君は悪くないんだ。そう言いたいのに出てくるのは涙だけ。そんな二人を、教職員たちは温かい目で見つめていたのだった。

そうして、今回の騒動は幕を閉じた。

 

全員が退室してから、張昭は学長室に残って小言を言いながらも手続きのために書類を片付けていた。

 

「本当に良いのですか?これでは示しがつきませぬぞ。」

「お堅いのう張昭ちゃん。」

「ならば保護者にはどう説明せればよろしいか!大事な子息女を預かる身として間違いが起これば責任問題ですぞ!」

「男女の触れ合いもそこまで過保護にすることはなかろうて。」

 

やはり張昭は納得がいかないのか猛反発しているが、水鏡の心が決まっているのを見て次第に落ち着けていった。

その日から、男女寮において異性の立ち入り禁止が解かれ、李儒は専属特権として同室が許されることとなった。この発布は若い男女にとって喜ばしいことであり、特に恋する乙女たちは歓喜した。女子寮は寮母も兼任する張昭の目が厳しいことから、女子は気になる男子に部屋へ招かれることが憧れの一つとなる。ちなみに、女子寮の「水鏡立ち入り禁止」は解かれることがなく、水鏡は人知れず涙を流していたが学生から署名運動までされたのだから諦めるほかない。

 

「これが最後の確認ですぞ。本当によろしいのか?」

「うむ、何ら問題もないと思うがのう。何か心配事でもあるか?」

 

張昭は腕を組んでムスッとした顔をする。

 

「心配事は尽きませぬが…第一に奴の母君が女子の同室者など許して納得されますか?」

 

ピシっと水鏡が固まる。どうやら彼女の存在を完全に忘れていたようだ。こんなことを知られては息子を溺愛しすぎている彼女が殴り込んでくるのは必定。血の気がサッと引くのが張昭にも伝わった。

 

「…私は知りませぬぞ。」

 

水鏡の頭にある日の光景が浮かぶ。忘れもしない授業参観の日、一刀の宿への外泊を認めるよう迫ってきて、そのまま「はい」と言うまでマウントポジションで笑顔のまま殴り続けられたあの日の惨劇。

 

「先生~、フッ!一刀を~、フッ!泊めても~、フッ!良いでしょ~、フッ!」

「はがっ?!じゃ、じゃから問題ないと…へぶっ!?言うておるブヘっ!!」

 

アレを繰り返してはならない。今度こそ確実に抹殺される。こうして自らの命を守るべく、水鏡は口止めに走るのだった。

 

そんなことを露知らず、皆への報告を終えた李儒は部屋へと帰る。察していた者たちは別段驚かなかったが、孫権は魂の抜けたような顔をしていた。突然の恋敵登場に加えて同室というアドバンテージが重くのしかかって思考が止まってしまったようだ。予想外だったのが袁紹で、怒り狂うかと思いきや理解を示し、その上硬く握手を交わしていた。きっとナニかで手を打って結託したのだろう。

 

「「「 へ~。 」」」

 

牛輔らはこんな反応。余りの興味の薄さにイラっときて針鼠にされていた。

そうこうしているうちに日は暮れ、一刀の部屋にて。日記を読まれてしまった恥ずかしさもあるが、それ以上に日記を見てもそれを受け入れてくれた彼に思いの丈をぶつけるべく意を決した李儒。お礼というのはもうアレしかない。決して自分のためではなく、あくまでもお礼だと何度も言い聞かせながら服を脱ぐ。

バスタオル一枚纏った李儒はベッドに横になってウトウトしていた一刀の横へ立った。

 

「玲?そんな恰好してると風邪ひいちゃうよ?」

 

これからしようとしていることを彼は分からないのだろう。真顔でそんなことを言う彼に愛おしさが生まれる。日記を見ても許してくれたという事は、つまりこういうのもアリという事だと思う。いやそうに違いない。

 

「その…い、良いんだよね?」

「良いって何が?」

「だから、あの…こ、子供…」

「子供?」

 

アレを読んだのだとしたら察しはつく筈なのに何故だか伝わっていない。

 

「え?」

「え?」

「…。」

「…。」

 

時が止まる。

 

「日記読んだんだよね?」

「うん…ごめんね、日記だとは思わなくて…」

 

申し訳なさそうな顔をする一刀。そんな顔にすら李儒はときめきそうになるが、今の問題はそこじゃない。日記には確かに彼への想いを書き連ねているはずだ。どれだけそういった感情に疎くても、さすがにアレを見れば分かると思う。

 

「だ、だから…僕の気持ち、わかったでしょ?」

「うん、本当はバレちゃいけなかったんだよね?」

「え?」

「え?」

「…。」

「…。」

 

また時が止まる。

 

「…日記ってどこまで見たの?」

「えっと、夏侯惇さんに腹下しを入れるって…だから夏侯惇さんあの時何度も厠に言ってたんだね!」

 

そこでようやく李儒は合点がいき、がっくりと項垂れた。つまり彼は肝心なところまで読んでおらず、実は女だったという事まで分かると、それを今回の騒動の原因とみて罰を軽くしてもらおうと走ったのだ。一緒に住んだり気持ちを許容することまでは確かに一言も言っていなかった。

 

「それより玲、そのままだと体冷えちゃうよ?ちゃんと寝間着着なきゃ。」

 

だから当然こんな反応になるだろう。しかしかと言って李儒も後には引けない。もうこの際だからハッキリさせよう。そう思って李儒は一刀を真っ直ぐ見つめた。一刀はそんな様子に「?」を浮かべながら首をかしげる。

李儒は一度大きく息を吸い込むと…

 

「す、す、す…」

「す?」

「…………くしゅんっ」

 

くしゃみをした。

 

「ああ、ほら!早く着替えて暖かくしよ?」

「え、ちょっ!」

 

そう言うと一刀は体に巻かれたバスタオルを脱がす。彼女は文字通り一糸まとわぬ姿になったが、気にすることなく脱いであった服に着替えさせていく。そんな反応を見て、李儒は恥ずかしさよりもあることが気になった。

彼はもう女性に対してある程度の意識が生まれている。それは悔しながら孫権を見る態度で分かっていた。それなのに自分の裸には何の反応も示さない。つまり一刀は…

 

馬超=幼馴染!

袁紹=お姉ちゃん!

孫権=ドキドキする…

李儒=お友達!

 

「…」

 

ででんっ

李儒=お友達!

 

「ば、馬鹿なぁ…!」

 

察するに、実は女の子だったという事実を知ってもなお李儒を性の対象として認識していないという事。

 

「一刀!僕女の子だよ!」

「うん!あ、ごめん、こういうことは男の子がしちゃいけないんだっけ?見ないようにしておくから早く着替え済ませちゃお?」

 

これはマズイ。非常にマズイ。

例えばこれが孫権であれば彼は真っ赤になって慌てふためくだろう。しかし今の一刀を見てもそんな様子は微塵もない。股間をまじまじ見るが形態変化した様子もない。それ即ち…

 

“李儒=お友達!”

 

「一刀!好きだ!!」

「うん!僕も大好きだよ~!」

 

李儒は目の前が真っ白になった。

 

「ほ、ほら一刀、おっぱいだよ~!」

 

中々に育った乳を強調しても…

 

「ふざけてないで服を着なきゃ!本当に風邪ひいちゃうよ!」

 

素で怒られた。

まだ肌寒い季節に裸同然の恰好で突っ立っていたのだから当然と言えるが、その後は見事に風邪をひき、一刀に看病されることとなった。李儒の前途多難な恋路はまだまだ先が長そうだ。

 

「なんでこうなるの~~~!…くしゅんっ」

 




今回もお付き合いくださりありがとうございます!とうとうバレちゃいました。次回はラブコメです!李儒vs孫権の戦いをどうぞお楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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李儒VS…?

起きるにはまだ少し早い、日出過ぎ。男子寮の廊下では、ある人影が毎朝の光景となっていた。

各寮の男女の行きかいが解禁されてからというもの、朝になると扉の横にその人影はあった。学生鞄を抱えて手持無沙汰に部屋の主を待つその人物。扉にはいつの間にか作ってあった「董白と李儒」と書かれたハートマークの表札。

 

「一刀~、好き~」

「「zzz」」

 

中から微かに聞こえてくるいつもの声。扉の横で待つ人影は、イライラを隠せずにいた。ムスッとしながら踵をトントンさせる少女の名は孫権。しかしなぜこうして待ち惚けしているかと言うと、彼と一緒にいたいという想いのほかにすべきことがあるからだ。

それは毎朝のように繰り広げられる李儒の暴挙を食い止めることに他ならない。今はまだ一刀が寝ていることを良いことに何やら危ない発言を繰り広げているだけだが、決まって彼女は辛抱たまらなくなって…

 

「ほ~ら一刀~、おっぱいだよ~。一刀は僕のおっぱい大好きだもんね~?」

「むにゃむにゃ…zzz」「zzz」

 

ありもしないことをでっち上げながらこっそり一刀に覆いかぶさる。

 

「あんっ、息がかかってくすぐったい~♡そんな悪い子には~…」

 

次第にエスカレートしていき、

 

「むちゅ~~~…」

「李儒!あなた何してるの!」

 

孫権はたまらず扉を開け放った。予想通り、一糸まとわぬ姿で寝ている一刀に唇を押し付けようとしていた。

 

「げぇっ、孫権…!」

「げ、じゃないわよ!寝ている彼にそ、そんなこと…!」

「これは違いますぅ~!専属従者として朝の体温検査してるだけですぅ~!」

 

どう見ても違うのは明白なのだが、李儒は唇を尖らせてそんなことを言う。

 

「そんなの嘘よ!全部聞こえてたんだから!そんなことより早くそこを退いて服を着なさい!」

「君の方こそ!勝手に部屋に入ったりしてきて!一刀に何するつもりだったのさ!」

「わ、私はただ一緒に登校しようと思っただけよ!そんな…な、ナニするなんて…考えてないというか…その…」

 

次第に尻すぼみになっていく孫権。

 

「ほらイヤらしいこと考えてるじゃん!お尻モジモジさせちゃってさ!」

「も、モジモジなんてしてないわよ!いいからそこ退きなさいってば!」

「い~や~だ~!」

「離、れ、な、さ、い…!」

「イ、ヤ…!」

 

李儒の腕を引っ張って無理矢理引きはがそうとするも、ベッドの柵にしがみついて離れようとしない。いつの間にやら寝ている一刀の横では裸族と王族の取っ組み合いが始まっていた。

 

「もう一刀とくっついちゃってるから離れないの!」

「意味わからないこと言わないで!」

「「zzz」」

「本当にくっついちゃってるから…ってあれ?」

「誤魔化そうとしても無駄なんだから…!」

「い、いや、ちょっと待って?なんか…」

 

しばらくそうしていると、違和感のようなものが二人に生まれる。

 

「「zzz」」

 

最初から感じてはいたのだが、寝息が二つ聞こえている。二人はそれに気付いてそっと一刀の布団をめくりあげると、そこには一刀にしがみつくようにして寝ている袁紹が居た。寝間着をしっかり着込んで爆睡しているところを見ると、昨夜からここに居たのかもしれない。

 

「董白さん…おち〇ち〇のことはお姉ちゃんにお任せくださいまし…zzz」

 

際どい寝言を言いながら幸せそうに眠る。二人はそっと布団を戻した。

 

「…」

「…」

 

そして再び顔を合わせると、

 

「離れなさいってば…!」

「い、や!」

 

見なかったことにしたのか再び争いを始める。

着替えの準備をしようとしては服選びでぶつかり合い、一刀が起きる頃には一刀の下着を引っ張り合う地獄絵図と化していたのだった。そのうちに袁紹を起こしに来た顔良らも合流し、騒がしい朝ごはんを終えると私塾へと向かう。その道すがらも、どちらが手をつなぐかで牽制し合って結局どちらも繋げないまま私塾へ着いてしまった。

 

「許さない許さない許さない…!」

 

物陰から除く猫耳フードが居たことには誰も気付いていないようだ。

この猫耳フードの少女こと荀彧は、あの一件以来一刀の行く先々で偶然を装いつつ彼との接触を図っていた。彼の一挙手一投足を手帳に書き込んでは趣味嗜好を入念に調査しているようで、廊下の曲がり角や教室の出口で待ち伏せてはわざとぶつかろうとしたり、学食では彼の好物を独り占めしようとしたり、何かにつけて接点を持とうとしている。

これが純粋な片思いなら可愛いものなのだが、そうは問屋が卸さないようで…

 

「玲、そんなにくっついたら歩きにくいってば。」

「だ~め!足の付け根を怪我したんだから、僕がこうして肩を貸してあげないと…ね?」

 

肩を貸すよ言うよりもただ体に抱き着いているだけなのだが、それを止める人間(孫権)は今ここには居ない。どうやら孫策らと昼食という名の作戦会議をしているようで、目を離した隙に李儒はやりたい放題出来るというわけだ。

 

「それにしても夏侯惇め…また一刀を怪我させて!今度は腹下しどころじゃ済まさないんだから!」

「いや、さっきのは僕が悪いんだよ。お昼休みに鍛錬に付き合ってもらったんだけど、やっぱり回避が苦手でね。反応が遅れちゃって…」

「もうっ、一刀は優しんだから!そういうとこも大好き♡…あいつは殺すけど。」

「だ、駄目だって!」

 

そんな会話をしながら彼らは保健室まで辿り着く。

 

「程普先生~!…あれ、いない?」

 

保健室には誰もおらず、机の上には「私用中。怪我したなら唾でもつけといて。」という書置きがあるだけだった。

 

「天啓…!!!ほら一刀、下脱いで!!唾つけるから!!…じゅるり」

「え、ちょっ、駄目だってば!男の子は女の子の前で裸になっちゃいけないって母さんが…」

「大丈夫!ちょっと咥え…じゃなかった、これはあくまでも治療だから!…ハァハァ」

「治療なら大丈夫なの?」

「そう!大丈夫なの!だから、僕に任せて…ごくり」

 

危ない目をしながら一刀のズボンを下ろそうとしたその時、保健室の扉が勢いよく開いた。そこに立っていたのは真っ赤な顔で腕組みをして仁王立つ荀彧だ。

 

「あ、あああ、あんたら!何やってんのよ!」

「何って…ナニ?」

「え、治療じゃ…」

「そ、そう!治療!これは治療なの!」

「何の治療よ!」

「実は脚の付け根を怪我しちゃって…多分打撲だと思うんだけど。」

 

脚の付け根、つまりそこには…

 

「だから程普先生に軟膏を貰おうと思ったんだけど居ないみたいでさ。そしたら李儒が唾つけるって…」

「脚の付け根にツバ?!」

「そうなの…これが最善の治療。元気に、そして気持ちよくしてみせるから安心して!」

「安心できないわよ!…そ、その役目、私が代わるわ!」

 

何故か口元を拭いながら荀彧はにじり寄り、服を一枚ずつ開けていく。李儒もまた「その挑戦受けた」とキャストオフ。今この保健室で、後の魏vs涼州の一戦が先んじて繰り広げられることとなる。

しかし何故こうも彼女が張り合おうとするのか、それは前に失禁してしまったことからすべては始まる。失禁してしまっただけでもかなりの辱めなのだが、それどころか一刀に下を脱がされ処理までされた。以来、恥辱を与えられたり虐めを受ける快感に目覚めてしまったのだ。どんなに自分で慰めても、あの時の快楽を超すことが出来ずにいた。

だからこそ今回彼の脚に唾をつけるという最上級の好機を逃すわけにはいかなかった。

 

「いざ尋常に…」

「「勝負!!」」

 

まず先手を取ったのは李儒。粘り気のある透明な液体を桶に用意し、お風呂にあるような椅子を床にセットした。

 

「…お客さん学生でしょ?こういうとこ来るの初めて?」

「いや、何度も来てるけど…」

「強がらなくていいの。お姉さんに任せて?」

 

秘儀、“夜店遊戯(ソープスタイル)”発動。

 

「うん、任せるけど…そんな格好してるとまた風邪ひくよ?」

 

しかし当然一刀は意味が分からないようで首をかしげるだけだった。

 

「ぐはっ…!な、中々やるわね。それなら私は…」

 

服をところどころ破り、懐に忍ばせていた縄とギャグボール、目隠しなどを取り出し自ら「よよよ」と崩れ落ちた。

 

「こ、こんなことで私は屈しないんだから…!体を弄ばれても、心までは堕ちないわ!」

 

秘儀、“自発的女騎士(くっ殺スタイル)”で反撃。

 

「…着替え、ちゃんと持ってきてる?」

 

しかし一刀は破れた服を心配するだけだった。

一連の攻撃を披露した二人は、どう見てもスコアレスドローにも関わらず満足そうにフッと笑いあった。

 

「あなた…名前は何て言ったっけ?」

「荀彧よ。」

「…覚えておくよ。でも、この場は引いてもらう。だってあなた、彼の事好きってわけじゃないでしょ?」

「ふんっ、好きなわけないでしょ。だってこいつは…」

 

意味の分からない惨状を放っておいて戸棚にあった軟膏を一人塗っている一刀を顎でしゃくる。すると次第に真っ赤になっていき、

 

「私を目覚めさせたんだから!!」

 

と叫んだ。

 

「あの時味わった恥辱…忘れもしないわ!あんなの味合わせたくせに他の女まで手にかけようとするなんて許せない!責任取ってもっと私だけを辱めなさいよ!」

「僕が言うのもなんだけど君も相当だね。」

 

これまたどこから出したのか牛追い用の鞭を一刀に渡して四つ這いになる荀彧。

 

「ほら!す、好きにすればいいじゃない!はぁはぁ…!」

 

そんな時、またも保健室の扉が開け放たれた。そこに立っていたのは孫権をはじめとした王学科の面々。

 

「あ、あ、あ…あなた達なにしてるの!!!」

 

裸同然の二人の少女に、怒りが爆発した孫権が叫ぶ。劉備は側近の関羽によって目をふさがれていた。

予期せぬところで裸族vs王族の第二ラウンドが始まる。全裸で一刀の影に隠れようとする李儒を孫権が引き離そうとするが…

 

「な、なんでこんなにヌルヌルするのよ!」

「ふっふっふ…今の僕は無敵だ!」

 

粘性のある液体を李儒が使っていたおかげでオイルレスリングさながらのもみ合いに。もちろんスカートでそんなことをしていれば下着もモロ見えになってしまい、それに気付いた一刀は真っ赤になって顔を背けていた。片や素っ裸の李儒には反応を示さないところを見ると、彼のストライクゾーンはかなりシビアだ。

 

「こ、の…淫乱!」

「なんだとこのデカ尻め!」

 

罵り合いながら取っ組み合いを続ける二人を他所に、曹操が一刀に歩み寄った。

 

「うちの春蘭が少しやり過ぎたと聞いたから様子を見に来たけど元気そうね…ってあら?」

 

曹操は四つ這いになっている猫耳フードの少女を見た。

 

「…私好みのがいるじゃない。」

「…え?ちょ…」

「ほら、せっかく四つ這いになっているのだからやりやすいでしょう?綺麗になさい。」

 

そう言って自らの生足を差し出す曹操。

いずれ王佐の才と呼ばれることとなる少女と出会いを果たす曹操だが、こんな出会いになるとは誰が想像しただろうか。

 

「な、なにこの感じ…!逆らえない…というか逆らいたくない…!」

「ふふっ、良いわね貴女。飼って欲しければ懸命になさい?」

「は、はい…!」

 

こうして、次の授業の開始を告げる鐘が鳴るまで保健室は阿鼻叫喚の様相と化していたのだった。

 

 

 

 

涼州警備隊。

涼州の主要な都市にそれぞれ隊員が配備され、今や涼州ならではの一大部隊だ。一刀の父である玄が頭を務めているが、各地方にはそれぞれ独立した指揮系統を持たせている。今日はその地方ごとに警備隊を任された頭目たちが集って合同会議が行われていた。

これまで月一程度で騎馬隊の幹部も交えて金城にて開かれていたが、この日は新たに天水地区を任されることになった張繍の就任あいさつを執り行うこととなった。

 

「皆様、よろしくお願いいたします。」

 

そう言って恭しく頭を下げる和服を着た女性。髪は真っ直ぐな黒髪を後ろで束ね、手にした扇から除く色白な肌が良く映える。

 

「張繍さんは少し病弱なところもあるが内政にかけては実績十分だ。元々は都で尚書令を務めていたんだったか?」

「嫌ですわ、董君雅さま。それは昔の話です。わたくしは今や天水地区のしがない代官に過ぎません。」

 

この世界の女性には珍しくお淑やかに微笑む。各地区の代官を担う男性陣も美しさに骨抜きにされているようだ。

蘭は気に食わなそうに「ケッ」とそっぽを向いてしまい、そのそばに控える韓遂はにこやかに挨拶をして回る張繍を訝しむように見ていた。

韓遂からすれば都の尚書令の地位を捨てて僻地での代官の座に着いたことが怪しく思えて仕方がないのだろう。本人は体調の悪化につき、故郷に戻りたかったと話していたが俄かには信じられない。

 

「…ふふっ」

 

そんな視線に気づいたのか、韓遂に笑みを向ける。

 

「…失礼。」

 

背筋を走った寒気を誤魔化すように、韓遂は会議室を出た。

彼女もまた都での従事経験があるが、張繍という名を聞いたことがない。多くの人間が務めていたから関りがなかっただけとも思えるが…直感が告げる。彼女には必ず裏があると。

 

「あ~あ~、韓遂先輩もあの女気に食わない感じっすか?俺もなんすよね~…ああいう頭よさそうな女は嫌いっす。」

「…そうね。」

 

先に退室してしまっていた龐徳の軽口に付き合うことなく、そのまま城外へ足を向ける。自然とその足は急いでしまっていた。

過去に涼州と都とでは諍いがあったが停戦に持ち込んでおり、その条約はまだ生きている。偵察程度ならこれまで何度も受けてきたが何か今回のものは違和感があった。一体あの女は何を企んでいるのか…。

 

「およ、師匠?」

 

考えを巡らせてたどり着いたのは門下生である閻行の養父母の家だ。そこの主人であり、密偵と思われる程銀という男にどうしても会っておきたかったのだ。

 

「…来る頃かと思っておりましたよ。旻深、中に入っていなさい。」

「な、なんじゃい、おとん!わっちは仲間外れか?」

 

不満を漏らしながら家の中に戻っていく閻行。

 

「さて、どうやら私の正体もわかってしまっているようですが…どうなさいます?」

「どうもこうもないわ。私はあなたに聞きたいことがあるの。」

 

程銀は「ふむ」と顎髭に手をやると先を促した。

 

「…都で今、何が起こっているの?」

 

男の表情が強張る。それを見ただけで韓遂は察した。この先に何か良くないことが待っているかもしれないと。

だからこそ、この男に知っているだけのことを話してもらう必要がある。たとえどんなことをしても。

韓遂は腰にした剣を抜き放った。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は一気に飛んで袁紹らの卒業式から始まります!
皆さんのご感想お待ちしております!


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お姉さま方の卒業式

洛陽、そこは帝がおわす国の中枢。まだ幼さの残る霊帝はいつものように城下を眺めながら、十常侍の一員であり側仕えの趙忠と談笑をして過ごしていた。

 

「ご飯がなければお菓子を食べればいいじゃない。」

 

これを素で発言するまでに浮世離れした育ちをしてしまったのも、この国の暗部と言えるかもしれない。しかし裏を返せば、まだ幼い時分に国の頂を任せることとなり、その小さな体には重すぎる責任を負わせまいと十常侍を筆頭に奮闘した結果でもある。特に最も歳が近かった趙忠からしてみれば、姉代わりとしてやり過ぎなほどに穢れから保護してきた。

そうして国を治めるものとしてはあまりにも足らないことが多すぎる帝となってしまっても、子を持つことを許されない十常侍らにとっては、孫代わり娘代わりとして目に入れても痛くない存在なのだ。

 

「これでよい。我らがお守りしていけば済む話なのだから。」

 

こう言うのは十常侍筆頭の張譲。

水鏡がまだ洛陽に居た頃はよく教育について衝突もしたが、友であるからこそ水鏡は彼らの気持ちを汲んで「後のことは頼む」と去ったのだ。水鏡が書いた『天の子』という著書はそんな水鏡の思う天という願望だったのかもしれない。

 

「爺ぃじ、おいたは、だめ」

 

まだ幼少の霊帝がこう言って水鏡の処刑を止めた時、彼は涙した。感謝だったのか、それとも後悔か…その涙の理由は彼にしかわからない。

ともあれ以来水鏡は帝とは袂を別つこととなった。目と鼻の先に私塾を建てたのも、十常侍らへ教育の大切さを示す抗議の意味もあったのかもしれない。そして国を捨てきれない気持ちの表れでもあった。

時折お忍びで張譲が水鏡を訪ねてくることもある。友というのは捨てようとして捨てきれないものだ。

しかし、それらが綻びる時も刻一刻と近付いてきていた。

 

「…陰の者は何と?」

「はっ、それがどうにも掴みきれていないようです。」

「急げ。時はそうない。」

 

張譲は苛立ちをみせて男を睨みつけた。

老体とは思えない威圧に震えあがる男は汗を拭いながら部屋を飛び出していく。その行く先は涼州。かつて不戦の条約を結んだ、今や半独立国家とも言える騎馬民族の地。

そこに放った密偵からの報告が、ある日を境に途切れつつあった。あの地に手を出すのは慎重に事を運ばなければ痛い目に合うのは経験から分かっているが、そうは言っていられない事情が張譲にはあったのだ。

 

「なんとしても…儂の目が黒いうちはなんとしても…!」

 

願うのはただ一人、帝のため。思うのはただ一つ、国のため。

我が子でなくとも、子というのは良きものよと水鏡は言った。それは痛いほどわかる。だからこそ為さなければならないのだ。

かつて運動会という催しに招待されたときに目にした光景を思い出すたびに心が軋むが、いずれ胸の鼓動など止まるもの。そんなことで足を止めるわけにはいかない。

希望に満ちてキラキラと輝く瞳、真っ直ぐな姿勢。いつも思い返すのは表彰台に立って満面の笑みを浮かべるあの男子生徒だ。学友たちにもみくちゃにされて嬉しそうにはにかむあの姿。

 

『…主上様もただの娘であれば、ああして学友に囲まれ過ごしていたのだろうか。』

 

ふと頭によぎってしまったことを今でもハッキリ覚えている。

それから張譲は私塾に寄り付かなくなった。自らの想いをこれ以上育てないために。そしていずれ国を盛り立ててくれるであろう、あの屈託のない笑顔を浮かべていた男子の健勝を祈りながら。

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

「で、ヌシは董白とどこまで進んどるんじゃ?」

「はぁ?!」

 

道場の更衣室で着替えをしている最中、唐突に繰り出された質問に翠は振り向いて棚に背を当てた。

 

「何を驚いとんじゃい。あれほど良き男と幼馴染っちゅうんじゃから子を作る算段なんぞ付いとるんじゃろ?」

「Δ×ω〇Σμ▼?!!!ば、馬っ鹿、きゅ、急に何言いだすんだよ!!」

「なんと…!ヌシ、まだ何もしとらんのか!」

「あ、当たり前だろ?!だって…その…あいつとは…まだ付き合ってるわけじゃないというか…」

 

真っ赤になりながら俯く翠だったが、「まだ」と言ってしまっている以上そういった考えはあるのだろう。それに気付いた成公英はくすりと笑った。

 

「それは良い事を聞いた!それならわっちが初物貰える可能性もあるわけじゃな!」

「な…!」

「ほんと、お姉さまったら奥手なんだから。女子なら誰だってそのくらい考えるでしょ?」

 

見るからに狼狽する翠とは対照的に、素っ裸のまま仁王立ちして満足そうに笑う閻行。彼女とて自分より強い男を婿に貰うという夢を叶えたいのだ。むしろこの世界においてこうまで奥手過ぎる翠は珍しい部類だと言える。今度帰ってきたら伝えようとしているうちに、渡せず終いの恋文は束になってしまっていた。

 

「そういえば、詠ちゃんも告白しようか悩んでるみたいだよ。お姉さま、先越されちゃうよ?」

「なんだって?!」

 

考えてみれば、もうそろそろ詠らもお年頃。月なんかは特に歳を重ねるごと兄にべったりになっていくし、詠との膝上争奪戦は激しさを増している。鶸から伝え聞いた話によると、一時期喧嘩してギスギスしていたが、ある話し合いを以て結託したらしい。兎にも角にも、翠の恋路は障害が増えていくのだった。私塾での一刀を考えればその壁はさらに高まるのだが、今の翠は自分の気持ちに精一杯で知る由もなかった。

 

そうしてかれこれ一年の月日が過ぎた。桃の花が咲き誇り、紅白の垂れ幕がぐるりと囲む水鏡塾。

そこでは初めてとなる卒業生を送る式典が行われていた。卒業証書を水鏡から一人ずつ受け取り、あるものは達成感を、またあるものは寂しさを浮かべながらそれを手にした。これからは守られた立場から守っていく立場へと変わるのだ。人によっては、すぐにでも兵として前線に出ることもあるだろう。国の中枢で働く者もいるかもしれない。もちろん地元へ戻り家業を手伝う生徒もいる。しかしここで培われた知識や経験は必ず糧となる。水鏡はその為に、私塾をひらいたのだから。

 

「校歌斉唱!」

 

卒業生も在校生も一斉に立ち上がると、音頭を合わせて高らかに歌いだす。

 

遥かに仰ぎ、大樹山

 希望を抱く、わが友よ

  並び通いし、白き学び舎

   ああ我らの、水鏡塾

 

涙を流す者もいる。よく見てみると、保護者や教師の一部も泣いているようだ。成長を喜ぶ半面、その物悲しさもあるのかもしれない。

最後に、卒業おめでとうという水鏡の言葉を受けて、卒業生たちは誰からともなく帽子を天高く放った。舞い散る桃の花びらに、その光景は良く映えた。

 

「董白さん、その…わ、わたくしが居なくても大丈夫ですの?わたくし、貴方のことが心配で…何か困ったことがあればすぐに仰ってくださいまし?わたくし何処からでも駆けつけますわ!お手紙もたくさん書きますから!」

「ありがとうございます!」

 

最後にギュッと抱きしめると、慈しむように頭を撫でた。傍らでは李儒も涙ぐんでいるようだ。会長、副会長の間柄だが、その絆はだいぶ強固に築きあがっている。

 

「会長…いえ、麗羽様。後のことは任せてください。」

「玲さん…!そうね、今日からあなたが会長…董白さんの事をよろしくお願いしますわ!」

「はい!」

 

いつの間にやら真名まで交換し合うほどの間柄になっていたらしい。二人は固く握手を交わすと微笑み合った。

 

「董白さん、今更ですが…わたくしの真名、麗羽と申します。中々勇気が出ず授けられなかったのですが、受け取っていただけますか?今日を逃せば機会はいつになるかわかりませんから。」

「では僕のことは一刀と。故郷へ帰ってもお元気で、麗羽姉さん!」

「…っ!ありがとうございます。もう心残りはありませんわ!」

 

そう言うと涙をぬぐい、踵を返す。

 

「斗詩さん、猪々子さん、真直さん!行きますわよ!」

「「「はい!!」」」

 

花吹雪の中を颯爽と歩むその姿を見て、一刀はあんなカッコイイ人になれたら良いなと思ってしまうのだった。自身の資質からすれば方向性がまるで違うのだが、得てして人はそういったものに憧れを持つものだ。

少し離れたところでは同じく卒業を迎える孫策、周瑜、太史慈が孫権に一時の別れを伝えているようだ。孫権は気丈に振舞ってはいるが内心寂しいに違いない。そんな様子を察してか、母である孫堅に乱暴に頭を撫でられていた。

 

「あ~あ!在学中に天下一武道会獲るはずだったのにな~!」

「ふっ、毎年決勝まで進んだのだから良しと思え贅沢者。」

「しかも三度も同じ相手に…!あ~もう、悔しい!」

 

水鏡塾運動会で獲得した天下一武道会の出場権。それは三年前から太史慈が継続して獲得していた。翌年の大会には孫策も出たがったが、塾内での太史慈との決勝戦で決着がつかず引き分けという事で太史慈が権利を保持したのだ。喜び勇んで参加した太史慈は三年連続で決勝まで勝ち進んだが、決勝の相手…関羽の父に敗れ、三年連続で準優勝となっていた。年齢の垣根を越えた大会でその成績であれば十分誇れるのだが、やはり彼女はそれで満足するタマではないのだろう。

 

「…伯符、いつまで木の上で飲んでるんだ。そろそろ行くぞ。」

「もうちょっとだけ~」

「ダメだ。」

「ちぇ。」

 

卒業にあたって親より授けられた字。これも彼女たちが大人になった証だ。

ぶーぶーと文句を言いながらスルスルと木から降りてくる孫策。教師の隙を見ては授業を抜け出し、こうして木の上で寝ていた彼女にとってはここが思い出の場所なのだろう。

 

「…ありがとね。」

 

そう言って一度幹に手を当てて、彼女は振り返った。その目は、一人の将とならんとするギラギラしたものへと変わっていた。後に、江東の麒麟児と呼ばれることとなる孫伯符の顔に。それを見た孫堅は満足そうに大きく笑うと、彼女らを連れて私塾を去っていくのだった。

月日は巡る。皆、私塾に入学したのは九才のころ。最終学年である六年生の生徒たちはもう一五才を迎える。この世界では立派に大人だ。これから先、卒業生たちがどんな運命を辿るのかは誰も知りえない。しかし私塾の教えが糧となり果てのない暗い道を先陣斬って歩もうとも、それは灯りとなるはずだ。

 

「良きかな良きかな。」

 

水鏡は自室で一人呟いた。

 

こうして月日は過行く。

一刀らも五年生になり、少しずつ大人へと近付いていく。相変わらず朝は李儒と孫権がやり合って、私塾では物陰からねっとりとした陰湿な視線が向けられ、休み時間には夏侯惇から絡まれるという相変わらずの日々を送っていた。

 

「董白くん、お口拭いて~」

「もう、しょうがないなあ。」

「えへへ~」

「…かたじけない、董白殿。」

 

劉備は日に日に甘えん坊へと成長し、

 

「董白、これについて貴方の意見を聞きたいのだけれど。」

「ああ、えっと…僕ならそっちの街道は通らないかな。」

「それはどうしてかしら?安全面を考慮すればこちらのほうが行軍に最適なはずでしょう?」

「そうなんだけど、多分、その道はきっと相手も警戒してると思うんだ。だから僕ならこう迂回して…」

「ふむ…」

 

曹操とはあらゆる面で切磋琢磨、

 

「ねぇねぇ董白く~ん、私とお茶でもどう?」

「張郃殿、馬に蹴られるぞ。先ほどから孫権殿が怖~い顔で睨んでいる。」

「ふふっ、それが面白いんじゃない♪」

「…ふっ、わからんでもないが。どれ董白殿、それでは私と逢引でもどうだ?」

 

学友たちとは仲を深め、

 

「皆さ~ん!先日の試験の答案を返していくわよ~!まずは…公なんとかさ~ん!」

「公、孫、瓚だよ!!だからなんであたしで落とそうとするんだ!」

 

公孫瓚は相変わらずの様子で。

皆も(一部を除いて)成長を続けながら、私塾での生活を謳歌していた。その頃になると、一刀と孫権の関係も変化を見せ始めていた。

始めの方こそお互い照れもあったが、今では二人の空気感は恋人同士のそれに近いものとなっていた。無論、気持ちを打ち明けているわけではないが、それでも笑い合いながら話す二人の間に友情以上のものがあるのを周囲も見て取れるほどに。

 

「あの…これ。」

「あっ…!え、えっと…う、うん。」

 

二人とも赤らんだ顔でそっぽを向きながらこっそり本を渡しているのは、今ではお馴染みとなった光景だ。

いつの間にか始まっていた交換日記。きっかけは王学科の授業で、一刀の隣に座った孫権が教師にバレない様に竹簡の端に文字を書いた。

 

『この間は朝から騒いでごめんなさい。』

 

それを見た一刀が、

 

『平気だよ。いつも一緒に私塾に通えてうれしい。』

 

それを見た孫権が悶絶。

結局、突然机に顔を突っ伏して足をバタバタし始めた孫権のおかげで教師にバレて叱られてしまったが、その後も授業ごとに竹簡の交換といった形でひっそりと筆談は続けられた。それは次第に形を変え、今では交換日記という形で今に至る。

 

「ふぉぉ~~~っ!!」

 

今日も今日とて、夜の女子寮に姫のものとは思えない声が轟くのだが…最も迷惑を被っているのは同居人だろうことは間違いない。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!とうとう袁紹たちも卒業です…ここから一刀らの卒業まで駆け足気味になりますが、私塾編は後に回想という形でも登場しますのでご安心ください。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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拉致と陰謀

「馬超ちゃ~ん、今晩あたり飯でも行こうよ~!」

「うっさい!どっかいけ!」

 

金城で行われた騎馬隊の定例会議。そこではいつものように翠に声をかけては邪険にされる龐徳の姿があった。この男、なかなかめげないタイプだ。最後には蹴り飛ばされて終わるのだが、それはこの日も同じようだ。

 

「ふふふっ、龐徳さまは面白い方ですね。」

「…そうね。」

 

その姿を微笑みながら見つめているのは張繍。警備隊の天水地区を新たに任されることとなった彼女は、この日は何故か金城に視察へ訪れていた。

 

「…。」

 

韓遂はそんな彼女に警戒心をあらわにする。

 

「…韓遂さま、そう警戒しないでくださいまし。私はしがない代官ですから。」

 

その言葉が嘘であることくらいは分かる。韓遂は既に絆されてしまっている警備隊の連中とは違い、独自の情報網をもって彼女を調べ上げたのだ。

調べでは涼州出身であること、そして都にて尚書令を務めていたことは本当のようだ。しかしこちらへ転属してきた理由までは探れなかった。とてもじゃないが体が弱いなどという理由を鵜呑みにするわけにはいかない。あの女には必ず裏がある。

 

「おう李、おめぇあの女から目ぇ離すなよ。」

 

馬騰の野生の勘はよく当たる。珍しく真名で呼んだ彼女がそう言うだけでも警戒を強める理由になるのだ。

 

「勿論好きにはさせないわ。」

 

韓遂は僅かだが自由にできる手勢を持っている。今は出来うる限り敵情を知り、いずれ来るであろう混乱に備えることとするのだった。

一方その頃、ある女が涼州の西方へと赴いていた。そこは羌族が住まう漢から言わば異民の地。普段から漢との領土争いに熱を帯びる敵地だ。自らを鄒と名乗るその女は、帯刀すらせずに族長との面会を迫り、半ば捕らえられるようにして謁見の間へと通された。

 

「…女、漢の雌が何用か。」

 

低く響く声が女に突き刺さる。勇猛な羌賊を一人で束ねるその男の威圧は凄まじく、なるほど涼州の騎馬民族と言えど苦戦するわけだと鄒は思った。この世界では珍しく男が長である事にも納得せざるを得ないほどの器だ。

 

「私めは言伝と提案に参りました。どうかお聞き届けくださりませんか?」

 

鄒は恭しく首を垂れた。

これまで漢の人間からこうも低頭にされた記憶のない族長はそんな様子に興味を持ったのか、先を促す。

 

「私めの主よりの言伝は一つ。こちらの合図に乗じて決起せよとのお達しです。」

 

族長は見え見えの罠だと鼻で笑う。

 

「ここからは提案です。こちらを承諾していただければ、向こう十年の食事情は私どもが支援いたします。決起の際の軍馬も武具もこちらで用意いたしましょう。」

 

謁見の間に居た羌族たちは驚きを隠せない。羌族の食事情は芳しくなく、場所によっては飢餓もある。それを十年も工面するという。しかもそれだけでなく戦準備まで面倒を見るというのだ。

これには族長も顎髭を撫でながら考え込んだ。これが罠であるとしても、食事情が解決するのなら悪くない。罠であれば食い破れば済むことだ。しかしこれをただ鵜呑みにするだけにはいかない。それを示すために、いくつかの条件を出すことにした。

前金として食糧の提供や軍馬の手配など条件は多々あれど、要するに保証を寄こせという事だ。

 

「承知いたしました。」

 

女はそれすらもにこやかに飲んだ。族長は笑みを隠し切れない。漢の考えは読めないが、タダ同然で漢の地を蹂躙できるのだ。

 

「それと…保険というわけではありませぬが、私めを族長様の配下にお加えください。」

「ほう…漢の雌ともなればここではいい扱いは受けぬぞ?」

「構いませぬ。私は武の心得こそありませぬが、容姿には自信があるのですよ。」

 

鄒はしなを作るように妖艶にほほ笑む。

絶世の美女とも過言ではない女にそうも言われれば、男と言えど悪い気はしないのだろう。それを好き放題扱えるのであれば尚更、今までの鬱憤も晴らせるというものだ。

 

「漢の雌に閨など期待せぬが、そうまで言うのであれば壊れるまでこき使ってやろう。」

 

羌族の女たちは露骨に嫌な顔をしたが、鄒にとってはどうでも良い。むしろこの時点で彼女の思惑は全て成しえたと言える。あとは主上からの合図を待つ間耐えればいいだけの事。

柔らかな笑顔の下に隠されているものを羌族の者が気付くことはなかった。

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

「う~ん…何かしら…」

 

幽州は南皮。豪勢を極めた部屋の真ん中で、袁紹は頭をひねって歩き回っていた。そんな様子を卒業後は近衛兵の一員となった顔良らが首をかしげて見守っている。

いつもなら机にかじりついて政務二、手紙八の割合で励んでいるのだがこの日はずっとその調子なのだ。

 

「姫~、どうかしたんすか~?」

「いえ、なんだか胸騒ぎがして…もしかして一刀さんに何かあったのでは…?!こうしちゃいられませんわ!猪々子さん、馬を出して!」

「ちょ、ちょっと姫落ち着いて!」

 

こう見えて極稀に勘の鋭いところがある袁紹がそう言うのだから何か感じているのだろうとは思うが、ここから水鏡塾まではかなりの距離がある。道中の安全や宿の手配、旅支度などを考慮すると少なくとも馬を出しての一言で済む話ではないのだ。

 

「こうしている間にも一刀さんに何かあったらと思うと、わたくし居てもたってもいられませんわ!」

 

騒ぐ袁紹と宥める顔良らを横目に、田豊だけは全く別のことを考えていた。

それは先日の式典の事。河北の雄である袁紹の母、その娘である袁紹は卒業と同時にまだ下級なれど官位を賜った。式典は南皮で行われ、洛陽からの使者を招いたのだが気になることを話していたのだ。

 

『ところで…ここ幽州での話ではないのだが、近頃漢の転覆を企む輩がいると小耳にはさんでな。何か心当たりは?』

『なんですって?!それは一大事ですわ…!!』

『その様子だと知らぬようだな。何か気になることがあれば逐一報告を頼む。』

『ええ!もちろんですとも!この三公を輩出した名門袁家が必ずやお力になってみせますわ!!』

 

漢の転覆とは穏やかではない。しかし、そこまでの事を成せる勢力など知る限りでは一度官軍に討ち勝った涼州の騎馬連合や益州荊州に封ぜられている劉性の者たちくらい。前者は不戦の条約が結ばれておりその後の関係も良好と聞くし、後者はそもそも覇権争いなど考えもしない日和主義の者。では賊や異民族かとも考えるが、流石にそこまでの力は持っていないだろう。主の胸騒ぎと何か関係があるのだろうか…。田豊は幽州一とも評される頭を最稼働させて考え込むのだった。

 

「さあ、行きますわよ!」

「駄目ですってば姫!」

 

袁紹は戦準備さながらの甲冑を着込んで準備万端と言った様子だ。言い出したら聞かない性格だと知っている顔良らは諦めかけるが、そこへ袁紹の母が何の騒ぎかと顔を出した。なんとか止めてもらおうと事情を話すと…

 

「ぬぁんですってぇ?!未来の息子の危機?!こうしちゃ居られませんわ…!一個大隊で事に当たりなさい!」

「話す人間違えた?!」

 

ところ変わって水鏡塾は五年生の教室。そこでは鼻の下をだらしなく伸ばした牛輔が一刀の肩に顎を乗せてしなだれかかっていた。

 

「なあなあ一刀~、一年生の教室行こうぜ~。別に他意はないけどな。でもとりあえず行こうぜ~?」

「準、一年生に知り合いでもいるの?」

「馬鹿、それを作りに行くんだろ?友達は多いに越したことはない!そう思わんかねキミ!」

「なるほど…うん、いいよ!」

「良くない!!!」

「んだよ李儒!邪魔すんじゃねぇ!!」

 

言わずもがな、李儒の鍼によって串刺しにされるもこの頃になると既に耐性がついてビクともしない牛輔。驚くことにあまりに日常から攻撃にさらされ続けた彼はあらゆる毒や裂傷が効かなくなっていた。今も常人なら正気でいられない程に針鼠状態なのだがピンピンしているのだ。

 

「くっ…!こいつ…熊でも倒れる痺れ毒が効かないなんて…!」

「まず、だ…んなもん気安く人に使うんじゃねぇ!!」

 

またいつものように言い合いを続ける二人に、苦笑いの一刀。大抵はこんな隙にひっそりと孫権が一刀を連れ出してまたひと騒動へと繋がるのだが、この日は違った。

校庭の方へ目を向けると、孫権が数名の教師陣に連れられて校舎を出る様子が見えた。

 

「孫権さん、どうしたんだろ?」

 

ポツリと呟くと、そこへ珍しく息を切らした孫乾が訪れた。彼女は卒業後もここ水鏡塾に残り、私塾の侍従者として働いている。彼女にとってはここが最も経験が積める場なのだろう。

 

「…董白さま、少々よろしいでしょうか?」

「はい、どうしました?」

「実は…以前に孫権さまが何者かに拉致されそうになったのを覚えておいでですか?」

「それはもちろん。」

「先ほど、私塾内で不審な人影がいくつか発見されました。今は警戒線を引いて警護に当たっています。どうか皆様お一人での行動を控えてくださいませ。」

 

それだけを伝えると孫乾は足早に去っていく。きっと狙われそうな者たちに伝えに走ったのだろう。

話を聞いた牛輔らは咄嗟に一刀を囲むようにして陣形を作った。一刀からすれば見慣れない生徒もいたが、彼女らは見守る会の会員たちだ。

 

「えっと…僕は狙われないと思うんだけど…」

「馬鹿言え、お前は俺たち涼州組の大将だろ?」

「そうだよ!牛輔の命に代えてでも一刀だけは守るんだ!」

「オイ、そこはてめぇの命にしろや。」

「「「牛輔の命に代えてでも!」」」

「おめぇらは何なんだよ?!」

 

鍛えられすぎな会員たちを他所に、曹操の周りにも夏侯姉妹らが控え万全の体制を整えていた。そこにはもちろん曹純の“あなたを守り隊”が詰める。劉備の周りにも同様に関羽をはじめとした友人らが警戒に当たっているようだ。

まさにそんな時、窓から数名の女が乗り込んできた。黒ずくめのその女たちは手近な生徒を引っ張り込むと首筋に刃を突き立てた。

 

「子供たち、そう怖がることはない。」

「…怖がってはいないわよ。あなたたちの目的はなにかしら?」

 

教室を数度冷え込ませるほどの覇気が周囲を包む。曹操が冷ややかな目線を長と思わしき女に浴びせて対峙したのだ。

 

「さすがにここの生徒たちは威勢が良いわね。」

「隊長~、ここの坊やたち食べちゃってもいいかしら?」

「…後にしろ。」

 

遠くからも悲鳴が響くところを見ると他の教室にも同様に侵入者が居るのだろう。

創立からこうした事態は初めてのことで、少なくとも洛陽の目と鼻の先にあるこの私塾に賊が目をつけても旨味などは薄く、リスクを考えればそうそう起こりえないことだ。もちろん、孫家の姫である孫権を攫おうとしたりと身代金目当ての拉致は考えられるが、ここまで堂々侵入して何を得たいのかが分からなかった。ただ惨殺したい異常者ならこんなに悠長に話してはいないだろう。

 

「ここに劉性の者はいるかしら?」

 

若さ故か、反応してしまう生徒たち。関羽は薙刀を握り締めた。

 

「…ここが当たりね。」

 

女はニヤリと笑うと教室を見回した。

 

「さて、どの子が劉性の子かしら?」

 

警戒を強める関羽の後ろでは、劉備が微かに震えて身を縮めていた。どうしてこうなったのかも分からないのに、自らを探している暴力的な者たちが目の前に居るだけでもその恐怖は計り知れない。

 

「…出てこないのなら一人ずつ首を刎ねていくだけよ?こんな風に…」

「ひっ…!」

 

刃を当てられていた生徒に剣が振り下ろされる刹那、劉備が口をひらこうとした。

 

「わ、」

「僕が劉性です!」

「一刀?!」

 

あろうことか、彼女をかばう様に自分が劉性の者だと宣言し前に歩み出た一刀。“妹を守れるような強い人間になりたい”と願う一刀にとってはじっとして居られなかったのだろう。

賊らしき者たちは一斉に目を向けた。そして品定めするようにいやらしく観察する。

 

「…へ~、こいつは楽しめそうね。」

「おほっ、可愛い子じゃないすか!犯っちゃいましょうよ頭!」

「引っ込んでなさい!…私が先よ。」

 

賊たちはその言葉を聞いて歓喜した。つまりは後になってもこの少年と犯れるということだ。李儒はひっそりと鍼を手に取り牛輔らも前に出て守ろうとするも、手練れだと見て取れる彼女らに敵うかどうかは定かではない。特に頭と思われる女は只者じゃない氣を感じる。それが分かっているからこそ、腕自慢の生徒たちも手出しを躊躇っているのだ。

教室の端では劉備を護衛する関羽が悔しさを滲ませながら目で謝意を示す。

 

「でもおかしいわね。ここに通う劉性の者は随分甘ったれだと聞いていたのだけど…あなた本当に劉性?」

「はい。僕は劉…白です。」

 

こんな事態にもかかわらず、「お兄ちゃんができたみたい」と端に居る劉備はまんざらでもないような表情を一瞬浮かべたが、すぐに居住まいをただした。

 

「そう…、でもあなたしっかりしてそうじゃない。甘ったれには見えないわ。」

 

訝しむ女を見て、曹操は一刀にひっそりと耳打ちした。

 

(ほら、成り済ますなら真似くらいなさい!)

(あ!そうか!)

 

「え、えっと…ふ、ふぇぇ~、口に餡子ついちゃった~!拭いて~!」

「ぶっ…!!」「ぐはっ…!」

 

(あれ~私そんなんかな?!)

 

モノマネをされた劉備はあからさまにショックを受けるも、彼女を知っている者たちは肩を震わせて笑いをこらえているようだ。あの関羽までも顔の端が奇妙にヒクついている。

しかし甘えん坊バージョンの一刀がツボにハマったのか、李儒は鼻血を吹き出して口元を手で押さえていた。賊の女たちも胸を撃ち抜かれて無意識化に手ぬぐいを取り出して我先に彼の口を拭ってあげようとしている。

 

「ふ、ふむ…悪くない。どれ、私が拭いてやるからこっちに来なさい。あ、それと何か食べたいものあるかしら?それとも服でも仕立てて…」

「頭、何言ってんすか!…あっしも混ぜてください。」

 

恐るべきは一刀の女殺しか。あっという間に賊たちは骨抜きにされていた。話は変わるが、正史においても傾国の美女は何人も存在する。貂蝉然り‎妲己然り、いつの世も綺麗、可愛いは理性を狂わせる猛毒なのだ。かの正史における曹孟徳も幾人の女に溺れかけた。

閑話休題。

ひとまず頭を撫でたり膝枕したりで満足したのか妙にツヤツヤした女たちは咳ばらいをすると当初の任務に戻った。ニヤケ顔が治っていないのは致し方ないだろう。

 

「この少年は貰っていく。あとは貴様らに用はない。死にたくなければ大人しくしていることだな。」

「彼をどうする気?」

 

先ほどの感じを見ると殺すことはないだろうが、何をされるかわかったものじゃない。曹操としても自らの認める男を易々とくれてやるつもりもなく、それは夏侯惇らも同じようで徹底抗戦する構えのようだ。

 

「皆、大丈夫!きっと話せばわかってくれると思うから!」

 

殺気立つ皆を心配してそう言う一刀だが、事はそれだけで済む話ではない。同じ学び舎で過ごす友人をみすみす連れ去られては彼女らの矜持が許さないのだ。

 

「私が居るこの私塾に手を出したのが間違いなのよ。誰に喧嘩を売ったのか…わからせてあげないとね。」

 

不敵に笑う曹操はゆらりと大鎌を手に取ると賊の眼前まで歩を進めた。その両脇には夏侯姉妹を始めとした兵学科の生徒たち。目の前の賊は決して雑兵ではない。それどころか歴戦の兵のように感じる。それでも彼女らの腕をもってすれば勝負になる。戦士の気配に賊たちは真剣な表情を取り戻し得物を握り締めた。

 

「…まだまだ餓鬼ね。なんの策もなしに飛び込んだと思ってるの?」

 

賊は一斉に頭巾を被ると、地面に何かを叩きつけた。その瞬間、教室を煙が包み視界が奪われた。

 

「煙幕?!」

「糞!!小癪な真似を…!!」

「春蘭、やめなさい!!」

 

こんな狭いところで視界も保てないまま彼女に剣を振るわれてはこちらの身も危うい。扉を開け放ち冷静に煙が薄まるのを待って、曹操は窓に駆け寄った。彼を背負っているのだからそう遠くには行けないはずと、目を凝らして辺りを見渡すとやはりそれはあった。少年一人を背負っているのだから当然色濃く足跡はつくし、それは注意深く見ればわかる。

 

「皆の者聞け!!今は慌てずに侍従科の者は直ちに他の教室を見て回って残党が居ないか、怪我人は出ていないかを調べなさい!軍学科の者は教師たちと連携を取って出来ることをなさい!兵学科の者は私と共に追撃に移るわよ!我らの学友を取り戻したくば冷静に事を運びなさい!」

「「はっ!!」」

 

流石に王学科で最優秀な成績を残す曹操。周囲にそつなく指示を飛ばすと、教室の混乱はピタリと治まる。他の教室に侵入した賊たちも一様に撤退したようで、数名の教師陣は対処に追われていた。

そして塾長室では頭を抱えた水鏡の姿があった。

 

「…やられたのう。」

 

孫家の姫を囮に使われ、各教室に一斉に飛び込む計画性の高さ。自身の部屋にもまた数名の賊が押し寄せた。この分だと職員室にも囮役が牽制のために飛び込んでいるだろう。しかしそうまでして何をもっていきたかったのか…。

 

「塾長…!ご無事で!」

「うむ、被害報告は如何ほどじゃ?」

「全貌は確認中ですが、五年生の董白が攫われたそうです!」

「なんじゃと?!」

 

こうして、私塾を挙げた一斉捜索が始まるのだった。

一方、一刀は縛られ担がれたまま、東の森へと連れ去られていた。百戦錬磨の教師陣指導による追撃部隊も迫ってきてはいるが、こうも鬱蒼とした森の中では捜索も困難を極める。ただ無事を祈って馬を駆る曹操らも焦りの色を浮かべていた。一刀の愛馬である白亜に跨る孫権もまた沈痛な面持ちだ。

 

「無事でいなさいよね…。」

 

一人呟く曹操。周りには夏侯姉妹をはじめとする兵学科の有志たちや一部の教師陣、そして李儒や孫権までも血眼になって痕跡を探っていた。ああいった連中に攫われた男子などどんな目に合っているか想像するだけで辛い。慰み者にされているか、悪ければ殺されているかもしれない。しかし彼女らもあきらめるわけにはいかないのだ。

 

「董白殿…!必ず助け出してみせます!」

 

劉備を庇って自ら歩み出た董白を思う関羽は悔しさをあらわにする。あの時、刺し違えてでもあのような連中を仕留めておくべきだった。連れ去られた後、劉備が泣きじゃくりながら助けてあげてと乞う姿が頭から離れない。

実際、頭と思われる女性を除けば何とか勝負にはなったはずなのだ。しかしあの女性の立ち振る舞いは並の相手ではない。だからこそ夏侯惇とて曹操のそばを離れようとしなかった。

すぐそばでは今にも死にそうなほど憔悴しきった李儒の姿。彼女もまた心から彼の無事を願う一人だ。専属従者にもかかわらずみすみす主を連れ去られてしまったのだからその心地は死んだ方がましだと言うほどに沈痛なものだった。

 

「一刀…ごめん、ごめんね…!」

 

もう何度目かもわからない謝罪の言葉を口にする李儒。

その頃一刀はと言うと…

 

「わ~!これも似合う~!」

「次!次はこれ着てっす!」

「うほっ、これはたまらん…!」

 

皆の心配も他所に着せ替えごっこの玩具にされていた。どこから取り出したのか医師のような白衣やら迷彩服やらを代わる代わる着せられては歓声を浴びるという、不思議な状況になっている。

 

「ほら、のど乾いたでしょ?お水飲みなさい。」

「あ!頭ずりぃ!それあっしがやりたいっす!」

「お待ちなさい!…今なら母乳出る気がするわ。ふん…!」

「息めば出るものじゃないからね?!」

 

虜囚どころか完全にちやほやされて、これではむしろどっちが虜か分からない状況だ。

 

「みんな男日照りだもんね…。ね、ね、次はこれ着てみてくれないかな?かな?」

 

五十人ばかりの隠密家業を生業とした、女だけで成り立っているこの謎の部隊にとって、若い男と触れ合えるまたとない機会なのだろう。完全に舞い上がっていた。

 

「それより、僕皆さんのことが知りたいです。どうしてこんなことをしたんですか?」

「「「う゛…」」」

 

一様に目をそらす女性たち。その中でひと際バツが悪そうに真っ赤な髪をぼりぼり掻きながら頭は話し出した。

 

「し、仕事なんだよ…。私らは傭兵やってるんだけどさ、ちょっと金に困って今回の話に飛びついたんだけど…。」

「仕事って?」

「…私塾に居る劉性の生徒を攫って、情報を引き出したら殺せって。なあ君、本当に帝を殺して自分が成り代わろうなんて考えてたんか?なんだかそんな大それたこと言いそうにないんだけど。」

「へ?み、帝を殺すって、そんな事考える子じゃ…じゃなかった、そんな事考えるわけないよ!」

「だよな~…完全に担がれたよな~私ら。」

「あの依頼者、やけに羽振り良かったっすもんね。あっしは怪しいと思ってたんすよ?」

「嘘こけ!目が金になって飛びついてたじゃねぇか!」

 

どうやらある依頼者によって事を起こしたようで、暗殺の嫌疑がかかる劉性の生徒を攫って来いとの依頼だったようだ。しかし攫ってみれば人違いではあるのだが、そもそもそんな事を考えもしなさそうな人畜無害な生徒が一人。

 

「あっしらは焔陣営っていう傭兵集団なんすよ。斥候、戦闘何でもござれの正義の味方!…だったんすけど」

「…どう考えてもこれ正義じゃないよな~…はぁ~」

「と言っても連れて帰らなきゃお金も貰えないし…」

「「「はぁ~…」」」

 

焔陣営と名乗った彼女らはため息をつくのだった。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!
近頃更新ペースが落ちてきてしまってすみません。普段の仕事はスマホゲームやPCゲームなどにおけるシナリオライターをしているのですが、来年度に向けて駆け込みの依頼が増えてきてしまいました…。(特にスマホ許すまじ)
次回は焔陣営が…お楽しみに!
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!


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董白と二重の依頼

昔々、あるところに、王に恋をした男がいました。

男は王様が宮殿の上から見下ろすその姿に目を奪われてからというもの、なんとか彼女のそばに居ようと懸命に努力します。

男の努力はやがて認められ、着々と王様のそばまで行けるようになりました。

王様も頑張り屋の彼のことはよく気にかけ、何事も彼の言葉に耳を傾けます。

しかし、男の恋は実を結ぶことはありません。なぜなら王様は既に伴侶がおり、それはそれは身分の違いが大きく第二夫を望むことさえ不敬とされるほどだったのです。

男は選びます。このまま気持ちを抑えたまま彼女のそばに居るか、それとも打ち明けてそばを離れるか。

男は迷わずにそばに居ることと決めました。

これ以上そばの位に就くためには、国の決まりで子を作れない体になる必要がありましたが、想い人は手の届かぬ只一人とそう決めたのです。

それから王様に子が生まれ、やがてもう一人と跡継ぎができました。

男が一生手にできない宝をその手に抱かせてもらったとき、男は決意しました。

“この子を命を賭してでも守っていこう”と。

そんなある日の事、王様は病にかかり命を落としてしまいます。伴侶もまた、後を追うようにこの世を去ってしまいました。

残された二つの宝。

男は彼女らを守るために、十常侍という組織を作ります。たとえ老いても十人で宝を守り育むために。

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

水鏡の街から北東。鋭くそびえる峠を越えた先にある密林に、焔陣営のアジトの一つがある。国中を活動領域とする傭兵団の、いわば秘密基地という住処だ。

連れ去れた一刀は何故か大歓迎をもって迎えられていた。女性しかいない傭兵団の兵士たちは鼻息荒く天幕にちょこんと座る一刀を覗き見ているようだ。

 

「頭、パネェ…!」

「あの子、うちらの好きにしていいの?!ほんとに?!」

「馬鹿、誰がそんな事言った!この子は大事な人質。…まだ手出しは駄目だぞ。」

「「「 ま だ と な !? 」」」

 

焔陣営の頭こと高順はボサボサな赤髪の跳ねを直すように掻きながら一刀のそばに座していた。依頼者のもとへは任務成功と早馬を走らせて伝えてあり、今はその依頼者の到着を待っている場面だ。

 

「あっし…こんな子と手をつないで逢引するのが夢だったっす!」

「あちきはやっぱりお馬さんごっこかな…夜の。」

「夜のって付けると大抵スケベっぽく聞こえるっす…!」

「…夜の水浴び。」

「おほっ」

「…夜の槍磨き。」

「…あっし、ちょっと厠に行ってくるっす!」

 

そんなことを話していると、天幕の外が騒がしくなってきた。何事かと高順が叫ぶと同時に天幕に転がり込んできた傷だらけの兵士が一人。依頼者の元へ伝令で走った女性だ。

 

「頭…!謀られました!」

「ちっ、やっぱりか。」

「奴らはじめっからウチらごとあの子を殺るつもりです!ウチも襲われやしたけど何とか逃げて…」

「そうか、ご苦労。今は休め。連中は?」

「追手がすぐそこまで…とんでもない数です!」

 

天幕の外では敵襲を知らせる声が轟く。

 

「すんません頭…うまく撒ければよかったでやすが。」

「構わん。どうせ初めっから凡の位置も見当ついてるんだろ。いつもの通りやるだけさ。」

 

そう言って不敵に笑う高順。囚われの身の一刀は事態を把握できずに首をかしげるだけだった。

 

「にしても君は本当に動じないな。こんなわけわからん状況で落ち着いて座ってられるかね普通。」

「あはは、よく言われます。」

「…笑ってるし。ねぇ君本当に劉性の甘ったれ?もうこの状況だと君をどうこうしても無駄だから白状してくれ。」

「えっと…嘘ついてごめんなさい。本当は僕、劉性じゃありません。」

「やっぱりか。」

 

高順は眉間に手を当ててやれやれとしつつも、困ったような笑みを浮かべていた。

 

「でも、これだけは言えます。本当の劉性の子も、帝の暗殺なんて酷いことを考える子じゃありません。」

「…そっか。まあ今となってはそれすらもどうでも良いけどな。」

「それより、たくさん敵が来てるんですよね?何もしなくて良いんですか?」

 

そう聞くと、高順はまだ余裕の笑みを携えたまま「まあ見てな」と呟く。

天幕の外からは幾多もの男の悲鳴。因みにもう一度言うが、この焔陣営には男性は居ない。つまりは悲鳴の元は敵のものということ。

 

「よう、数どんくらいだっけ?」

「千は居たと思いますが…」

「なるほど、なら何人かは抜けてくるか。」

 

面倒そうに立ち上がると高順は頭巾を被り、鎖鎌を取り出し天幕を出て行った。

 

「あの…本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫っす!ここら一体はあっしらしか知らない秘密の道以外を通ると罠、罠、罠、の雨あられっす!多い敵は点じゃなく面で殺れ!があっしらの心情っす!

だから坊やはお茶でも飲んでくつろいでいてくださいっす~!」

 

ニカっと笑った副官の女は外からの悲鳴に目もくれずただ一刀を眺めていたのだった。そして高順が出て行ってからほんの数分後、その高順が一人の男を捕らえて戻ってきた。えらく体格がよく風来坊といった出で立ちの男は、攻めて込もうとしたはずがあっという間の壊滅という惨劇に困惑しているようだ。

乱雑に男を放り投げると、ぐしゃりと踏みつけた。

 

「…年増の男には興味ないので悪しからず。」

 

踏みつけられた男は恐怖に固まる。高順は髪を掴むと寝そべる男の顔を強引に一刀の方へ向けた。

 

「ほれ、お前さんらが言ってた大罪人とやらだ。」

 

男は明らかに人畜無害そうに見える一刀を見て狼狽する。この反応を見るに、男も相手がどんな人間かも知らずに動いていたのだろう。

 

「で?お前さんらは大軍率いてここに何の用だ?」

「お、俺は知らなかったんだ!ただ罪人を匿っている賊どもが居るから殲滅せよと…!」

「なるほど。」

 

高順は思案する。言っていることに嘘はなさそうだ。考えうるに自分たちの口封じが目的だろう。それに加えて罪人とされる少年も紛れて殺してしまえば一件落着という寸法だろう。男たちの身なりを見るにこちらは戦働きに特化した傭兵団。対して自分たちはただその罪人を攫って情報を吐かせて殺せと雇われた、言わば万事屋稼業の傭兵団。こうも何重に事を運ばせる理由はどこにあったのか…。

 

「お前、依頼者の顔を見たか?」

「お、俺は契約した期間だけを請け負うただの用心棒だから…雇われたときにチラッとだけだ。髪の長い老婆だった。」

「ふむ…。」

 

どうやら依頼者も違う。自分たちの時は恰幅の良い男だった。

 

「お前、名前は?」

「…楊秋。涼州は金城出身の傭兵だ。」

「涼州!」

 

その言葉に反応したのは同じく涼州出身の一刀だ。人懐っこい笑みを浮かべて男に近寄る。

 

「お、おい、あまり近くに…」

「僕も涼州出身なんだ!それとごめんなさい。本当は僕、劉性じゃなくて董白っていうんだ。」

「董…」

 

見ず知らずの男に自己紹介まで始めてしまった一刀に頭を掻く高順だったが、年相応の無邪気な態度に怒れずいるようだ。

しかし、名前を聞いた男はみるみる青くなっていく。あらゆる罠を目にして憔悴しきっていた時よりも数段青ざめている。

 

「と、董白くんのお母様はもしかして…池陽君さまでは…」

「母さんを知ってるの?!」

「ずびばぜんでじだ!!!!!」

 

顔を地面に擦り付けて頭を下げる男に、焔陣営の女たちは困惑した。

 

「ど、どうしたんだお前!」

「どうか!!私が!!あのお方の!!大事なご子息に!!剣を向けようとしたことを!!黙っていてはいただけないでしょうか!!!」

「え、い、言わないよ!大丈夫だから顔をあげてください!」

「ありがとうございます!!」

 

突然の事態に思考が追い付かない高順ら。涙を流しながら懇願している姿を見るに、彼の母親が何かヤバい人なのは分かるが…。

 

「おい、お前らこの子を攫ったんだろ?悪いことは言わないから早く帰してあげろ!それにまさか手を出したりしてないだろうな?!」

「だ、出してない!…まだ。そ、それに、すぐに返すつもりだったし。」

「それが本当なら命拾いしたな。」

「ていうかこの子の母ちゃんどんな人なんだ?」

 

聞くと、男はすぅっと目の光を消して話し始めた。

昔、街に男児を付け狙う小児性愛者の女が出たそうだ。その女は言葉巧みに子供を騙しては悪戯をする性犯罪者で、自らも愛する子がいる役人は事態を重く見て警備隊と合同で捜査したらしい。街を挙げた大捜査の末、見事に捕まった犯人は相応の刑に処されると思ったが、自らの子を次に狙うはずだったと知ったその役人は…その内容はあまりにも残虐で、副官の女は思わず一刀の耳を覆ったほどだ。兎に角、伏字だらけになるほどの仕置きを実行したらしい。

話を聞き終えると、焔陣営の皆も完全に青ざめてしまっていた。

 

「…その、なんだ。董白くん、帰ろっか!すぐに帰ろう!な!」

「良いんですか?」

「も、ももも、もちろんっすよ!ささ、早く学校に帰りましょ~っす!…×××に×××ぶち込んで×××されたくなんてないっす…。」

 

ほっと一息ついたのも束の間、天幕から出てきた一刀らだったが、男たちが来た方向とは逆、つまりアジトがある密林の東側から突如として金ぴかな装備を着込んだ一団が現れた。先頭に立つのは先日突然嫌な予感に見舞われて南皮を発った袁本初と親衛隊たちだ。

 

「ちょっ…!あれ?!罠は?!」

 

見るからに数百人が森から姿を出しており、そんな人数を通れるほど甘くはない罠の海が広がっているはずなのだがまるで無傷な兵士たちに驚く。

 

「か、か、か…一刀さん!!」

「麗羽姉さん?!」

 

目ざとく一刀を見つけた麗羽は駆け寄って抱きしめる。

 

「なんだか嫌な予感がして…心配してたんですのよ?どうしてこんなところに…というかこのケッタイな連中は一体何ですの?」

「この人たちは…その…と、ともだち!」

「あら、そうでしたの。ちょっと変ちくりんですけどお友達が多いのは良いことですのよ!お~ほっほっほっほ!」

 

高笑いをする麗羽はその豊満な胸に一刀を包み込んで嬉しそうに撫でていた。庇われた高順らは顔を見合わせて苦笑い。

 

「でも麗羽姉さん、この辺りって罠がいっぱいあるみたいなんだけど…どうやって抜けてきたの?」

「そ、そうよ!ここら辺はそんな人数が無事に抜けて来られるほど甘くない罠が張り巡らされているはずよ?!」

「罠?そんなものありましたの?」

 

焔陣営の参謀は驚きを隠せないようだ。するとそこへ、麗羽の副官である顔良が歩み出た。

 

「麗羽様は…運がすごく強いですから…あはは…」

「う、運って…」

 

確かに麗羽の運の強さは常人のそれとは比較にならないほど強い。豪運の持ち主と言っても過言ではない。私塾時代は記号問題だけは全問正解するし、戦技盤という机の上で駒だけを操って争う遊びでは負けそうになると晴れていても盤上に雷が落ちるなど、むしろこれは氣の一種なのではないかと疑われるほど豪運なのだ。

つまりは数百人がちょうど罠を踏み抜かずに歩を進めるという天文学的な確率を踏破して辿り着いたということだった。

 

「あ、ありえねぇ…!ていうか君の周りはそんな人ばっかなのか?」

 

この様子だと本気を出せば国の転覆を謀れてしまうのではと思ってしまう高順。

兎にも角にも、既に場所が割れてしまったアジトなど必要はなくなり、アジトごと撤収準備を済ませて一行は水鏡の街へと戻っていくのだった。

ところ変わって、アジトから西にある峠の麓では、賊の痕跡を辿って董白捜索隊が歩んでいた。途中から合流した水鏡が陣頭指揮を執り、懸命に董白を探しているようだ。

 

「探せい!!草の根分けて何としても探し出すのじゃ!!」

 

水鏡は必死だ。

当然、子を預かる責任ある立場ゆえに、生徒を攫われてしまったのだから必死にもなるのだろうが攫われてしまった生徒がまたマズイ。こんなことがあの絶対無敵難攻不落七転八倒池陽君に知られてはまず明日の朝日は望めない。悪魔に魂を輪廻の先まで明け渡しても見つける必要があるのだ。

 

「…この辺り、なんだか痕跡が増えておるな。」

「別動隊でしょうか?」

「いや、それにして数が多い。」

 

百戦錬磨の教師陣たちも微かな痕跡を頼りに跡を追っていたが、突如として増えた痕跡に首をかしげる。

 

「よもや戦にでも巻き込まれてないとよいが…」

 

その時だ。先の偵察に志願した生徒の一人が戻ってきた。

 

「なんじゃと?!周泰、それは本当か!」

「はい!金ぴかな集団がこの先一里ほどのところで野営を組んでおりました!」

「数は?」

「五百人くらいでしょうか…でもその中にあの黒ずくめの連中も居て周辺を警戒してるみたいでそれ以上近付けませんでした!ごめんなさいです…」

「よい!でかしたぞ周泰ちゃん!花丸あげちゃうぞい!」

 

金ぴかな集団というのが何なのかわからないが、あの連中も一緒に居るとなれば董白もそこに居るかもしくは居場所を知っているだろうと踏んで、一行は先を急いだ。

どうか無事でいてくれと願うのは水鏡だけではなく、この行軍に参加した者、私塾で吉報を待つ者も皆同じなのだ。

すっかり日が暮れて暗くなった夜道を急ぐ捜索隊がその場所に辿り着いたのは夜が明ける頃となっていた。

 

「姫!姫、起きてくださいってば姫!」

「んぅ~…一刀さん、そこはもっと激しくしてよろしいですわ~…むにゃむにゃ」

「際どい寝言言ってないで!水鏡先生たちが来てるんですってば!董白が攫われたらしいんです!」

「文ちゃん、それだと誤解を招く気が…」

「ぬぁんですってぇ?!一刀さんが?!こうしちゃいられませんわ!大部隊でけちょんけちょんに懲らしめなさい!!」

「ほら…。」

 

まさしくあの母あってこの子あり。寝間着姿のまま剣を持つと天幕の外へと飛び出してしまった。

外では再会を果たした一刀と李儒らが抱き合って喜んでおり、その横では五十人ばかりの黒ずくめの集団が正座していたのだった。

 

「なんですのこれ?」

 

こうして、董白奪還は幕を閉じた。

因みに、正式に謝罪して一刀を返した焔陣営はというと、一刀の助言もあってこの先水鏡塾への無償労働を条件にお咎めなしという裁定を下されたのだった。

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

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↓↓↓後半はご要望がございましたオリキャラの紹介を行います。↓↓↓

 

※氣に関してですが、こちらは第9話「おしえて☆水鏡先生」にて説明があります。簡単に言えばハンターハンターのような感じと思っていただければわかりやすいかと思います。あそこまではぶっ飛んでいませんが、この要素なくては某魏の将の氣弾やらドリルやら萌将伝で見せた一撃やらが扱い難しくなるので本二次創作で加えた要素となります。

 

名前:高順 18歳♀

真名:焔(ほむら)

ステータス:統率93 武力86 知力70 内政62

得意な氣:操氣=得意な効果:鎖を自在に操る

特徴:赤髪のウルフカットがトレードマーク。

女性だけしか居ない焔陣営の頭にして、団員同様に男日照りで美少年好き。

副官や参謀を含めてクセのある集団を束ねており、カリスマ性は高い。

 

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名前:龐徳 19歳♂

真名:静(ジン)

ステータス:統率81 武力32 知力92 内政84

得意な氣:なし=得意な効果:なし

特徴:この世界の男性にありがちな氣の扱いが苦手な人物。

ボサボサなくせっ毛でだらしない服装をしてはいるが、実は努力家で頭脳はピカイチ。

負けず嫌いでプライドの高い一面も。

馬鹿な女が好みで、歳は離れているが馬超に恋焦がれている。

 

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今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は私塾編終盤のお話になります。騒動が起こるのはその一つ先になるかと。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!


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