お姉ちゃんだけど妹みたいな人 (岸雨 三月)
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7月7日の夜に
私にとって大事な人が目の前から消えるのは、いつも突然のことでした。
お母さんのこと。
うさぎになってしまった、おじいちゃんのこと。
夏の始まりのこの日が来るたび、私はいなくなった人に思いを馳せてしまいます。
天の神さまに引き裂かれた星同士は、それでも1年に1度は会える訳だけれども。
人の世界と星の世界に隔てられたら、もう二度と会うことも出来ません。
悲しみから明けたあの春に、風のように突然現れたあの人。
私にとって隣にいるのが当たり前になりつつある、あの人も――
いなくなる時は突然なのでしょうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えっ? ココア、七夕のお願い事、したことがないのか?」
じんわり汗ばんで制服のシャツが肌に貼り付くような、7月のある日のことです。私がいつものように学校を終えてラビットハウスに帰ってくると、ココアさんとリゼさんが何やら話をしていました。
「うん、私の実家のほうでは、七夕の習慣ってあんまり無かったからねー。テレビで見たことしかないや。たしか、短冊に願い事を書いて、魚の頭を枝に刺したやつにぶら下げて家の門の前に飾るんだっけ?」
「まてまて、違うイベントと混ざっておかしなことになってるぞ……。短冊は竹にぶら下げるんだよ。本当に、七夕やったことがないんだな。でもココアは去年もこの街にいただろ? 去年はやらなかったのか?」
「……ココアさんは去年は期末テストの追試に追われていてそれどころじゃなかったんですよ」
「おうふっ! どこからともなく現れたチノちゃんからの鋭いツッコミが!」
「いつの間に帰ってきてたのか、チノ。おかえり」
聞くと夏の恒例イベントの話をしている、ココアさんとリゼさんです。思わず、「ただいま」の挨拶をする前に会話に割り込んでしまいました。ココアさんは数学や物理が得意だったりと意外な特技もあるのですが、文系科目は壊滅的で、去年の今頃は、国語の追試対策に追われていたりしたのでした。
「でも今年は千夜ちゃん達に勉強教えてもらったおかげで、追試にならなかったよ! 七夕参加できるよ!」
「良かったな。それで、テスト何点だったんだ?」
「うーん、平均点から20点ほど下だったけど、何とか追試は免れたから大丈夫! ちょっと先生から追加の課題を出されたりしたけど!」
「大丈夫じゃねえ! それどっちみち赤点の救済措置じゃないか! 千夜も今頃泣いてるぞ!」
「ココアさんは1年経っても相変わらずですね……」
思わず、やれやれ、という感じのため息が出てしまいます。私の姉を自称する割には、肝心なところではいつもお姉ちゃんぽくない、ココアさんなのでした。
木組みの街的には、七夕の後に来る花火大会と夏祭りの方が、観光客もたくさん集まる大イベントなのですが、去年は雨で中止だったのでココアさんはそちらにも参加していないことを思い出しました。ココアさんは大事なイベントには参加し損ねるような星の巡り合わせなのでしょうか。
「で、でも課題の提出までは少し時間あるから、七夕参加できるのは本当だよ! みんなで願い事、飾りに行こうよ!」
「まあそれはいいけど……ココア、そもそも七夕が何のお祭りなのかは知ってるのか?」
「それは流石に知ってるよー。確か、天の川を挟んで引き裂かれた織姫と彦星?が、1年に1度だけ、出会えるのがこの日なんだよね」
「ああ、そうだな。織姫と彦星は、元々恋人同士で愛し合っていたんだ。でも天帝の怒りを買ってしまい、引き裂かれてしまった……。悲恋の物語だな。もちろん、本当にあったお話じゃない。昔の人が、ベガとアルタイルの二つの星を、織姫と彦星に見立てたんだ」
「好きな人と1年に1度しか会えないなんて辛すぎるよ……。もし私がチノちゃんと引き裂かれちゃって1年に1度しか会えなくなったら、悲しすぎてお姉ちゃん泣いちゃうよ!」
「ココアさん、ただでさえ今日は暑いのに、余計暑苦しくするのやめてください……」
ココアさんがぎゅーっと私に抱きついてきます。外を歩いてきたので結構汗ばんでるけど、ココアさん気にならないのかな……。
「しかし、確か恒星の寿命って凄く長いんだろ。10億年とか。1年に1度しか会えないとしても、人間の感覚で言えば結構会ってそうだな」
「うーん、人間の寿命を100年で計算すると、ざっと3秒に1回は会ってくらいにはなるね」
「会いすぎだろ!? 少しは自分の時間が欲しくなるレベルだな! てか、その計算パッと出来るのも凄いな……」
「私はチノちゃんとだったら3秒に1回でも何の問題も無いよ! 3秒でもふもふ~♪」
「それは私のほうが問題です……。というか3秒でもふもふって何なんですか意味分かりません」
意味の分からない言葉を発しながら相変わらず抱きついてくるココアさんを、流石に暑いので無理やり引き剥がします。ココアさんはめげずにこう続けます。
「じゃあ、今日の仕事が終わったら早速みんなで願い事飾りに行かない? 確かマルシェのある広場に、笹竹飾られてたよね」
「いいんじゃないか? あそこなら誰でも飾れるしな。あっそうだココア、願い事書いた短冊、うさぎに取られないよう気をつけろよ」
「えー? リゼちゃん、さすがの私でも短冊をうさぎに取られるとか、そこまでぼーっとしてないよー?」
「いやいや、今のは本気で文字どおりの意味で言ったわけじゃなくてだな……。この街の七夕ではこういう都市伝説があるんだ。短冊をうさぎに取られるとその願い事は叶わない。織姫彦星の代わりにうさぎが願い事を持っていってしまったんだ……ってね」
「へぇー、うさぎがいっぱいのこの街らしいと言えばらしいけど……。でも、この街のうさぎさん大人しいし、短冊を取っていくなんて、そんなに起こりそうもないけどなぁ。それとも、うさぎって短冊を食べたりするのかな?」
「ヤギじゃないんだからそれは無いと思うけど……。でも誰か取られた奴がいるから、そういう言い伝えが出来たんだろうな」
「了解! じゃあ、うさぎの妨害工作に気をつけながら、七夕作戦を決行するであります! サー! チノちゃんも一緒に来るよね?」
「わたしは……」
七夕。うさぎ。
――私の記憶の中から、数年前のある七夕の日のことが蘇ります。
「わたしは……行かないです」
反射的に、そう答えました。
「えー、何でー? チノちゃんとも一緒に行きたいよ!」
「そ、そもそもココアさん、七夕なんて行っている場合じゃないのでは……? 追加課題だってちゃんとやらなきゃ留年してしまいますよ」
「うっ、それを言われると返す言葉が無いけど……」
「だいたいココアさんは、私のお姉ちゃんを自称する割に、お姉ちゃんらしくないです。お姉ちゃんだったら、ちゃんと良い成績取って、お姉ちゃんらしくしてください!」
バタン。そのまま勢いでドアを開け、更衣室のほうへ行ってしまいました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヴェアアア……、チノちゃんから嫌われた……、それにお姉ちゃんらしくないって……」
「ああいう不機嫌なチノを見るの、最近珍しい気がするな。あの様子だと多分何か行きたくない事情があるんだろ、あまり気にし過ぎるなよ」
「本当? リゼちゃんにそう言ってもらえると少しは気が休まるけど」
「成績のほうは気にした方がいいと思うけどな」
「うっ……、追加課題はちゃんとやるよ! じゃあリゼちゃんと二人でも良いから、願い事飾りに行くの付き合ってよ」
「付き合うけど、帰ってきたらちゃんと課題やるんだぞ。ところで、ココアの願い事って何なんだ?」
「私? 私の願い事はね……」
新作です。ごちうさです。ココチノです。
6~7話くらいの中編になると思います。
過去作と異なり書き溜めが一切ありませんので、投稿ペース遅いです。
気長にお待ちください。
過去作も全てごちうさですのでよろしければどうぞ
https://syosetu.org/?mode=user&uid=239269
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記憶の引き出しから
更衣室で着替えて店内に戻ると、バータイムでもないのに父が一人でカウンターに立っていました。リゼさん、ココアさんは七夕の短冊飾りに行ってしまったので、その間父が店を預かることになったようです。父はおかえり、と一言言っただけで、私が七夕に一緒に行かなかったことについては、特に何も言いませんでした。
店は父一人で引き受けてくれるようだったので、私は私服に着替えて自分の部屋に戻ってきました。期末テストも終わった後の時期で特にやることもなく、ぽっかりと暇な時間が出来てしまいましたが、ココアさんの誘いを強く断ってしまった手前、今さらココアさん達に合流する訳にも行きません。
――七夕の誘いを断ったの、ちょっと子供っぽすぎるわがままだったかな……。
ココアさんに八つ当たりにも近いことを言ってしまったのを少し後悔しながら、机の引き出しを開けます。一番上には、この前みんなで行った山のキャンプの写真。下にいくほど古い思い出がしまわれている引出しの奥を漁っていくと、そこには、何年か前の七夕で飾った後から、ずっと入れっぱなしになっていた短冊がありました。それを見た途端、私の記憶の引き出しも、同じように開かれていきました――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「チノや。おいで。今日はこれに願い事を書く日なんだ。わしと一緒に書こう」
その日のおじいちゃんは、たっぷりとした白ひげをたくわえて、お気に入りの蝶ネクタイにベストの格好で、人間だった時のいつもどおりの姿でした。ただいつもと違っていたのは、手にカラフルな紙と細長い棒状の枝のようなものを持っていたことでした。思い出すと、短冊も笹竹も実際に間近で見たのは、この時が始めてだった気がします。
「どうした親父……。七夕なんて珍しいじゃねえか。いつもは、『こういうイベント事はわしの店には似合わん!』とか言ってる癖に。というか竹とかどこから調達してきたんだ」
すると父が店に入ってきました。こちらはラフな格好で、外に出かけていたようです。『隠れ家的な喫茶店』を目指していて、普段はイベント事を使った集客などにはあまり興味を示さない、硬派な経営理念を持つおじいちゃんの気変わりには、父も驚いたようでした。
「近くのホームセンターで買って来た安物じゃがな。まあ、たまには良いじゃろう。こういう時だから、気分転換は必要じゃ」
それから、店のテーブルで3人で願い事を書くことになりました。3人の願い事を何にするかは、決まりきっていたことでした……、というより、おじいちゃんも元よりそのつもりで竹を買ってきたのだと思います。
『『『お母さんが元気になりますように』』』
その後、流石に短冊が3枚だけでは寂しいので、一人一つに限らずいくつか願い事を書きました。書き終わった後、竹は店の入り口の外に飾ることになりました。
「……それで、あやつの容態はどうじゃったんだ」
「今日は比較的落ち着いてはいた。行った時はすやすや眠っていたが、寝顔がチノにそっくりだったよ……て、逆が正しいのか。だが、依然として予断を許さない状況だと、医者が」
「……そうか」
「……??」
私は飾りつけ作業をしながら話し込んでいるおじいちゃん達の後ろに、灰色の塊のようなものがいるのに気がつきました。何だろう……? 思わず近づいて行くと、……ドンッ!! 灰色の塊に体当たりされました。
「!?!?!?」
灰色の塊はうさぎでした。地面にしりもちをつき、勢いで短冊が手から離れてしまいます。
「あっ……」
止める間もなく、灰色うさぎが短冊をくわえて走り去ってしまいました。呆然と見つめていると、逃げる灰色の塊の後ろを、猛然と追いかける白い塊が現れました。
「ティ、ティッピー!!」
灰色うさぎを追いかけてティッピーもどこかに行ってしまいました。思い出すと、(少なくともおじいちゃんが中に入る前は)大人しい気性だったティッピーが、こんなに機敏に動いたのを見たのは、この時だけだった気がします。
「大丈夫じゃったか!? チノ!?」
「た、短冊が……」
「転んだみたいだけど、どこか痛いところとか、擦りむいたりはしてないか? 打ち身やあざは?」
「わ、私は大丈夫ですけど、短冊が、うさぎに持っていかれて……」
「怪我がなくてよかった。短冊はまた書けばいいよ、チノ」
それから30分ほどして、申し訳なさそうな顔(に、私には見えました)で帰ってきたティッピーの口には、ボロボロに千切れて半分だけになった短冊がくわえられていました。
「うさぎって短冊を食べたりするんじゃろうかのう……」
「ヤギじゃないんだから、それは無いだろ親父……」
ティッピーを見つめながらこう呟く二人でした。おじいちゃん達はまた書けばいいとフォローしてくれましたが、お母さんが元気になりますようにと、大事な願い事を書いた短冊が真っ二つに千切れた姿には、何となく良くないものを感じてしまったのでした。
――母が亡くなったとの知らせを受けたのは、その出来事から遠くない日のことでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「んぅ……ふぁ……」
昔のことを色々思い出しているうちに、椅子に座ったまま眠ってしまっていたようです。太ももに冷たいものが零れ落ちる感触で、自分が眠りながら泣いていたことに気づきました。
下を見るといつの間にか、ブランケットが体にかけられていました。父がかけてくれたのでしょうか? そういえば引き出しの中の短冊の位置も変わってるような……これも父が見ていたのでしょうか。
「チノや。夕食が出来たそうじゃぞい。ココアが怪しい隠し味を入れていたから味はどうなってるか分からんがの」
おじいちゃん(ティッピー)が呼びに来たので、慌てて頬を伝う涙を拭き、私の思考は中断されました。立ち上ってくるシチューの匂いは、匂いだけならとても美味しそうです。下りていってココアさんと顔を合わせた時は、さっきのこともあってちょっと気まずい感じがしましたが、
「チノちゃん、お姉ちゃん特製シチューの味はどうかな? 千夜ちゃんから教えてもらった隠し味、『母なる海の息吹混ざりし暗黒素(ダークマター)』を入れてみたんだけども」
「隠し味のネーミングが不穏すぎるのですが……。でも匂いは美味しそうですね。いただきます。もぐもぐ……、!!!!」
「どう、美味しい?」
「くっ、悔しいですが私の作るシチューよりも美味しいです。隠し味はだし醤油だったんですね。コンソメ味の後からほのかに上品な和風の香りが香ってくるのがいいアクセントになってます。洋風のシチューと和風のだし醤油を組み合わせるとは、まるでラビットハウスと甘兎のコラボメニューのような斬新さ、考えましたね……」
「えへへ~、チノちゃんに褒められちゃった! 私だってちゃんと上達するところは上達してるんだからね!」
「じゃあこれから毎日食事当番はココアさん一人に任せてしまって大丈夫そうですね」
「うえっ!? そ、それは、……チノちゃんのお料理も食べたいし、チノちゃんと一緒にお料理もしたいよ~!」
……こんな感じでココアさんがいつも通りだったので、特に七夕のことには触れることなく今日の食事は終わり、私もこの日の出来事はしばらく思い出すことはありませんでした。
――そう、ココアさんが行方不明になってしまう事件の起こった、あの日までは。
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ココアの失踪
「……ココアさんの帰り、遅くありませんか?」
「確かに、この時間に帰ってないのは珍しいかもな……、きっとココアのことだから、どこか寄り道でもしてるんだろ」
その日は朝から憂鬱な天気が続く日でした。雨は止まないのに、気温が下がる気配はなくて、砂利が蒸されるようないやな臭いが街には立ち込めていました。そんな日なのに、ココアさんは用事がある、と言って出かけてしまい、お店の営業が終わる時間になっても戻らないのでした。
「ココアさん、明日は新作のパンをお店で出すって言ってたのに、忘れてるのかな……」
ココアさんは今日はシフトの入っていない日だったので、どこかで遊んでいたとしても、責められる筋合いはありません。が、新作メニューの「ココア特製もちもちロールパン」を明日お店にデビューさせる、と宣言していたのは、他ならぬココアさんなのです。パンをお店に出すには、前日から生地の仕込みが必要ですし、新メニューともなれば仕込みにも時間がかかるのは明白でした。そろそろ帰ってきて仕込みを始めないと間に合わなくなるはずなのですが。
「おーい、ココア、いるー?」
マヤさんの声と、ラビットハウスの扉が勢いよく開かれる音が私の思考を中断させました。
「ココアならまだ帰ってないぞ」
「ココア、帰り遅くね? これ、道に落ちてたから届けに来たんだけど」
「こ、これは……」
そう言ったマヤさんが差し出したのは、ココアさんがいつもつけている、花の髪飾りでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フルールにも居なかったわよ……。千夜、学校の方は?」
「こっちにもいなかったわ……。学校は職員室以外、どの教室も完全に戸締りしたって」
モカさんとお揃いだといって、ココアさんが大事にしていた髪飾り。決してココアさんが外すことのなかった髪飾り。その髪飾りが道に落ちていたというのは、ただならぬ事態を予感させるには十分でした。千夜さんやシャロさんはじめ、一通りみなさんに声をかけたのですが、誰もココアさんの行方を知らず、街に出て探し回っているのでした。
「ココア……、何か事件に巻き込まれてなければ良いけど」
髪飾りが見つかったというのは木組みの街でも人通りの少ない路地裏でした。ココアさんが用事のあるようなところには思えません。ココアさん、まさか誘拐されてしまったのでは……? いやいや、いくらココアさんでも、知らない人に着いて行ったりすることはあり得ません。でも、たとえば複数の男の人に囲まれて無理やり車に乗せられたとしたら? ……次々と湧いてくるネガティブな想像を、頭を横に振って打ち消そうと努力します。
「ところでマヤさんは何でそんなところにいたんですか?」
「自分では行ってないよ、青山さんが拾ったらしいんだけど小説のネタ探しの続きがあるから、ってことで私が預かったんだ」
「青山さんは街の色んなところに出没してるイメージがありますからね」
「とにかく、髪飾りが見つかった場所を中心に、もう一度手がかりがないか探してみましょう」
こんな時でも冷静なシャロさんの指示の下、もう一度ココアさん探しを始めます。が、8時、9時……どんなに探し回ってもココアさんは見つからず、時間ばかりが過ぎて行きます。メールも電話も、つながらないままでした。
「もう一度、情報を整理してみましょう。まずチノちゃん、ココアの部屋に書置きとかの類は無かったのよね?」
「はい、ありませんでした。ココアさん、明日は新作のパンをお店に出すって言ってたのに、自分からいなくなるとは思えないです……」
ココアさんが戻ってないか確認するのも兼ねて、私達は一度ラビットハウスに戻ってきていました。やはりココアさんが戻ってくる気配はなく、私の部屋で、シャロさん指揮の下、ココアさん捜索会議が行われることになったのでした。
「次に千夜、今日一日のココアの行動だけど……、学校で何か変わったこととか、ココアにとって嫌なことが起こったりはなかったのよね」
「何も無かったと思うわ。ココアちゃん宿題忘れて先生に怒られたりとかはしょっちゅうあるけど、今日はそれも無かったし、様子に変わったところも無かった。やっぱり、自分からの家出ではないと思うの」
「宿題忘れるのがしょっちゅうあるのはどうかと思うけど……、とにかく分かったわ。じゃあ最後に、リゼ先輩。たぶんココアに最後に会ったのがリゼ先輩なんですけど、出かける時にどこに行こうとしてるのかは教えてくれなかったんですよね」
「ああ。何か行き先は内緒と言ってたけど、こんなことになるなら無理にでも聞いておけば良かったな……」
「まとめると、ココアの用事が何だったのかは分からないけれど、明日のパンの仕込みがあるから普通に戻ってくるつもりはあったってことになるわね……。考えたくはないけど、やっぱり何かの事件に巻き込まれた可能性も……」
重苦しい沈黙が部屋を包みました。いつだったか、大雨の日のお泊り会や、マヤさんメグさんがお泊りに来たときよりも、多くの人が集まっているというのに、いるべきただ一人の人がいない、それだけのことが、部屋の雰囲気を大きく変えていました。
「ココア……本当にどこに行ったんだよ……」
リゼさんがポツンと呟いた一言が、みんなの気持ちを代弁していました。
「チノちゃんごめん……私そろそろ帰って来いって、お母さんからメールが」
「ごめんチノ、私もだ……もし明日の朝まだココアが戻ってなかったら、学校休んで一緒に探してあげるからさ」
「メグさん、マヤさん……。いえ、むしろこんな時間まで付き合ってもらってしまって、本当にありがとうございました。帰り道くれぐれも気をつけてください、マヤさんメグさんまでいなくなってしまったら私どうしたら良いか……」
そこまで話した時、部屋のドアがノックされ、父が部屋に入って来ました。
「話は聞かせてもらったよ。二人は私が家まで送っていこう。こんな状況だし、夜の暗い中を二人だけで帰らせるのは二次災害になりかねない。シャロ君、千夜君も送っていくから今日は引上げるように。リゼ君は、お父さんが迎えに来るそうだからそれまではここで待機しててくれ」
何か言おうとしたリゼさんを制して、父は有無を言わさない様子でこう続けました。
「ココア君のことは、本来ホームステイ先である香風家が責任持って対処しなければならない話だ。ここからの事は大人達に任せて欲しい。既にリゼ君のお父さんには協力を依頼して、部下達が捜索に動いてるし、学校にも一報を入れてあるので、朝までに戻らなければ先生達の力も借りることになる。当然その次には、警察に捜索願を出すという話にもなってくる。ココア君を心配する気持ちはあるだろうが、みんなを危険な目に会わせてまで動いてもらうことは出来ないということは分かって欲しい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「チノ……」
みんなが帰ってしまった後のがらんとした部屋で、ティッピーが私に話しかけますが、今は何も答える気にならないというのが正直な気持ちでした。
既に時計の針はてっぺんを回っています。最後まで残っていたリゼさんは、天々座家の人間として自分も捜索に協力する、と言い張り、階下でリゼさんのお父さんとだいぶ言い合いになっていたようでしたが、最後には諦めて家に連れて帰られたようです。
リゼさんがお父さんと言い合いになった気持ちは、少し分かるような気がしました。こういう時、何も出来ずに待つしかないというのが一番辛いのです。夢中で手や足を動かしている間はせずに済んだ良からぬ想像が、することが何も無くなった途端に、次々と湧き起こって来てしまうのでした。私の頭の中では、警察、捜索願といった、父の口から発せられた非現実的な言葉がぐるぐると駆け巡っていました。ココアさんは本当に、……本当にいなくなってしまったのでしょうか。
「ココアさぁん……」
クッションに顔を埋めたまま、その人の名前を呼びます。
悲しみから明けたあの春に、風のように突然現れたあの人。
私にとって隣にいるのが当たり前になりつつある、あの人も――
いなくなる時は突然なのでしょうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
頬を流れる自分の涙の冷たさで目が覚めました。どのくらい時間が経ったんだろう? 1時間? 2時間? 慌てて時計を見ると、眠っていた時間は15分くらいでした。
階下で電話のベルが鳴る音がしていました。3回ほど鳴った後に、父が電話を取ったようです。
「もしもし、香風ですが、……えっ? えっ? はい、すぐに伺います!!」
ガチャ。電話の切れる音とともに、父が階段を駆け上がってくる足音が聞こえ、ノックもなしに私の部屋のドアが開かれました。
「チノ! ココア君が見つかったぞ!」
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深夜のプールにて
10分後。父の車に乗せられて向かったのは、私も何回か行ったことのある温泉プールでした。中世の宮殿のような綺麗な建物は、夜の闇の中だととても威圧的で、私の心まで押し潰そうとしているかのように見えました。何でこんな深夜、こんなところにココアさんが? 考える間もないまま、父と私は真っ暗の受付ホールを通り、医務室に案内されました。
内装全体がゴシック調の建物の中で、医務室だけは唯一現代的な真っ白な内装でした。室内に通された私が見たのは、――ベッドに横たわり、彫像のように動かなくなっているココアさんの姿でした。
「ココアさん、嘘ですよね、ココアさん……!!??」
ベッドに駆け寄り体を揺さぶりますが、反応がありません。まさか、まさか……!!
「そんな、ココアさん……!!」
明日、新作のパンをお店に出すんだって張り切って材料を買い込んでいたのに。買い込み過ぎてリゼさんに怒られて、ロングヒット商品になれば材料は使い切れるよ、って言い訳してたのに。数時間前までは元気で、ちょっとしまりの無い笑顔で私に笑いかけてくれていたのに。こんな、こんなことって。今日何回目になるか分からない涙が、私の目から流れました。
……流れた涙がココアさんの頬に落ちたその時。それまでピクリとも動かなかったココアさんの口元が動き、はっきりとこう聞こえました。
「むにゃむにゃ……パンが焼けたらラッパで知らせてね……」
「えっ……、えっ……!!!???」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラビットハウスを騒がせたココアさん失踪事件から数日。ココアさんも無事戻ってきて、表面上はラビットハウスは平和を取り戻していました。医務室のベッドの中で動かないココアさんを見たときには不覚にも取り乱してしまいましたが、まさかただ熟睡しているだけだったとは……。
改めて、あの日起こった出来事を振り返ってみます。
あの日のココアさんが出かけていた用事は、泳ぎの練習でした。私も知らなかったのですが、あの温泉プールの中には、レジャー用の温泉プールのほかに競技水泳用の本格的なプールもあって、そちらで練習をしていたそうです。が、あまりにハードな練習をし過ぎて、ココアさんはプールで溺れてしまった。幸い、監視員さんにすぐ助けられたのですが、過労の影響か、ココアさんは運び込まれた医務室のベッドでそのまま泥のように眠り込んでしまったそうです。
「意識を失ってる訳ではないしただ眠り込んでるだけ、そのまま寝かせておいたほうがいい」というお医者さんの判断もあってそのままにされていたのですが、2時間、3時間経ち、結局深夜まで目覚めませんでした。プールの職員さんも、閉館時間を過ぎても眠り姫のように眠り続けるココアさんにはほとほと困り果てたようです。しかし、ココアさんは身元の分かるものを何も持っていなかったので、家の人に連絡することも出来ませんでした。結局、職員さんの一人が搾り出すように思い出した、「この娘、どこかの喫茶店で顔を見たような……」という一言から、何とかココアさんの身元を特定して、あの電話になった、ということでした。
そして謎だった、路地裏に落ちていた髪飾りですが、問題の路地裏は、街のスポーツショップから温泉プールまで向かう道の近道になっていて、そこを通った時にココアさんが落とした、ということのようでした。スポーツショップには、本格的に泳ぐ用の競泳水着とスイミングキャップを買うために立ち寄ったそうですが、キャップを試着した時に取った髪飾りの付け直し方が甘く、歩いているうちに落ちてしまった……というのが真相だったようです。
ここまでは、ココアさん失踪事件のあったその日のうちに分かったことです。ですが一つだけ、分からないことがありました。それは、ココアさんがそこまで本気で泳ぎの練習をしようと思った「動機」です。
ココアさんに問いただせば良い話なのですが、あの日以来、何となく私とココアさんの間に気まずい空気が流れていて、聞けずにいるのでした。あの日、目覚めたココアさんは、寝ぼけていてしばらくは状況が理解できていなかったようですが、状況が分かると真っ青になり、「チノちゃんごめんね!? 本当に心配かけて、ごめんね……、大切な家族に心配かけて、私……」と、いつもの「ヴェアアア」も封印して、流石に本気で凹んでいる様子だったのでした。
私はというと、ココアさんに泣き顔を見られたのが恥ずかしいやら、私たちの心配も知らずにすやすや眠っていたココアさんが腹立たしいやらで、文句の一つでも言いたかったのですが、あまりにココアさんが凹んでいるので、どう声をかけていいか分かりませんでした。しかもその後はココアさんを探してくれたみなさんへの連絡やら、学校やココアさんの実家への顛末の報告やらで周りが慌しくなってしまって、何となくちゃんと話が出来ないまま、数日が経ってしまったのでした。
――ココアさんと、一度ちゃんと話をしないと。でもどうすれば、何かきっかけがないと……。
トントン。ぐるぐるとそんなことを考えていた時、私の部屋のドアがノックされ、父が部屋に入ってきました。
「チノ、モカ君からまた手紙が届いていたよ」
「モカさんから……?」
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モカからの手紙
モカさんが以前ラビットハウスに泊まって以来、私とモカさんは定期的に文通をする仲になったのでした。当初はココアさんには内緒で、ということで始まったものの、すぐにばれてしまいましたので、最近は堂々と続けています。
なので、モカさんから手紙が届くのは別におかしくないのですが、この前モカさんから手紙が届いたばかりで、今度は私が返す番だったような? 首を傾げつつ、手紙を開きます。
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チノちゃんへ
ハーイ! 暑くなってきてるけど、チノちゃんは元気にしてるかな? 私の家のあるところは木組みの街に比べると暑いし、最近はパン屋のお客さんがなぜか増えているから、正直、私は夏バテ気味です! ここのところ毎日、また木組みの街に行くことを考えています。
そういえばココアから聞いたんだけど、七夕祭りをやったんだって? 私の家の周りではあまりやらないから、羨ましいなぁ。チノちゃんもお願い事を短冊に書いて飾ったのかな?
さて、前回のお手紙を送ったばかりなのにまた手紙してしまったのは、そのココアのことです。お母さんから、ココアが夜遅くまで帰ってこなくて、みなさんにご迷惑をかけたと聞きました。チノちゃんもとても不安だったろうと思います。もちろん私も、話を聞いてとても心配に思いました。ココアにも直接電話と手紙送ったんだけれど、あまりに心配なので、今こうやってチノちゃんにも手紙を書いています。
ココアは元々、四兄妹の末っ子で、甘えん坊で泣き虫な子でした。そのくせ妙に頑固だったり、自分で言い出したことは必ずやり遂げるようなところもあって、姉の私から見てもちょっと変わった子だと思います。なので、ココアが木組みの街の高校に行くと言い出した時は、凄くびっくりして、一人でちゃんとやっていけるのかなぁ、と心配になると同時に、多分これ止めても無駄なやつなんだろうなぁ、私やお母さんが何を言ったとしても、絶対曲げずに、木組みの街に行ってしまうんだろうなぁ……と思いました。
今回のこと、ココアの一番近くにいるチノちゃんが一番心配だったと思うし、私は姉としてココアの代わりに、心配かけたことを謝らなくちゃいけない立場なんだろうなあとも思います。でも、それは分かった上で、チノちゃんにさらに迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、お願いしたいことがあるのです。
――ココアの、お姉ちゃんになってあげてください。
チノちゃんにこんなことお願いするのは、変なんだけれど、ココアはやっぱり時々はお姉ちゃんが必要なんだと思うんです。あの子は、見守ってくれる人がいないとすぐに無茶するから……。知ってる? ココアったら、五歳の頃、三輪車で山越えしようとしたことがあったのよ。当時、自転車で色々出かけてた私のことが羨ましかったらしくって……。って、この話は長すぎるから、またの機会にするわね。
ココアがまた無茶したり、危ないことに巻き込まれないか、本当は近くで見守ってあげたいんだけど、ここから木組みの街は遠すぎるから。別に、四六時中毎日お姉ちゃんでいてください、とは言いません。ココアが必要なときは、お姉ちゃんでいてあげて欲しいの。チノちゃんは、それが出来る子だと思うから。ラビットハウスのお姉ちゃんの座は、チノちゃんに預けたよ! なーんてね!
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モカさんの手紙を読み終わって、呆れつつも、ちょっと笑ってしまいました。ココアさんより年下の私を捕まえて、いきなりお姉ちゃんになれ、だなんて。むちゃくちゃすぎるのが、ちょっとココアさんに似ていて、あの二人は間違いなく姉妹なんだな、と思って笑ってしまいます。でも、モカさんの言おうとしていること、私には何となく、分かってしまうのでした。
あと半年もすれば、私も、ココアさんがこの街に来たのと同じ学年になります。その頃の私には、高校生はすごく大人びて見えたけれど。ココアさんはじめ、千夜さんやシャロさん、リゼさんとも深く関わるようになって分かったのは、高校生も私達と変わらないということ。故郷の街を離れ、知らない土地で暮らしているココアさんが、普段は全然平気な様子をしているけど、家族を恋しく思う気持ちは、私と同じだろうというのは、ここ最近になって分かるようになってきたことです。(そういえばココアさんは、こっちに来てから今まで一度も、海の近くの山の中にあるという実家に帰ったことがないのでした)
でも、ココアさんのお姉ちゃんになるなんて、いきなりすぎてどうすればいいのか。モカさんみたくなれればいいのでしょうが、私とモカさんの「お姉ちゃん力」には天と地ほどの差があります。考えながら、私の足は無意識のうちに更衣室に向かっていました。クローゼットの中には、ココアさんの制服が一つ。これを着れば、お姉ちゃんになれる?
(……って、何で私、モカさんみたくなろうと思いながら、ココアさんの制服を着ようとしてるんですか!)
自分でも説明のつかないちぐはぐな行動に、顔から火が出そうになります。今のところを誰かに見られなくて良かった、そう思いながらココアさんの制服をクローゼットに戻そうとした瞬間、何かが制服のポケットからひらひらと落ちました。床に落ちたのは、紙――?
(……!!!)
「それ」を見た瞬間、私は考えこみ、そしてしばらくすると、私の中で全ての疑問が解けました。ココアさんが急に泳ぎの練習をしに行った理由。そして私がココアさんのために何をしてあげられるのかも、おぼろげながら分かってきました。こうしてはいられません。さっそく私は準備のため、更衣室を後にしました。
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チノお姉ちゃんからのサプライズ
(はあ……この前のこと、学校で先生に怒られちゃった)
(医務室で目覚めたとき、チノちゃん泣いてたよね……)
(結局チノちゃんにちゃんと謝れてないし、忙しさにかまけて、あの夜のことちゃんと説明する時間も取れてないや……)
(私、チノちゃんのお姉ちゃん失格なのかな……?)
その夜。ココアさんは一人でお風呂に入っていました。ココアさんとお話しするには、またと無いチャンスです。私は意を決してお風呂場のドアを開けました――
「コ、ココアさ……、ココアちゃん!!」
「そ、その声は……チノちゃん!? で、でも『ココアちゃん』って……」
「きょ、今日は私がお姉ちゃんです。妹のココアさ……、ココアちゃんの体を洗いにきてあげました。わ、私のことはチノお姉ちゃんと呼んでください!!」
「え、ええ!? えーーっ!?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「チノちゃ……憧れのチノお姉ちゃんに体を洗ってもらえるなんて、でへへ~、私しあわせだよぉ~」
「ココアさ……ココアちゃん、笑い方がなんかやらしいです……」
最初は顔から火が出るほど恥ずかしくて、どうなることかと思いましたが、ココアさんが思ったよりもノリノリのおかげで、「今日は私がお姉ちゃん大作戦」は成功しつつありました。
「ココアちゃん、次は前を洗いますからこっちを向いてくださいね」
「えっ……、さ、流石にそれは、恥ずかしいよ……」
「お姉ちゃんに対して見せて恥ずかしいところなんてないはずです。一人で洗えないココアちゃんのためにわざわざお姉ちゃんが洗ってあげてるんですから、おとなしく言うことを聞いてくださいね」
「うぅ……、チノお姉ちゃんはなんだか厳しいよ……」
たぷん。もちっ。ココアさんが振り返るとともに、ふたつのふくらみが露わになります。お姉ちゃん役になったはいいものの、体型では私のほうが負けています。私の胸もいつか大きくなるかと思ったら、そろそろ出会った頃のココアさんと同じ学年になるというのに、その頃のココアさんの大きさに追いつく気配もありません。そのココアさんも、モカさんや千夜さん、リゼさんの大きさには敵わないですし、いったい何を食べればそんなに大きくなるのでしょうか……。
「ひゃん! お姉ちゃん、そ、そこは敏感だから……」
「……あっ! コ、ココアちゃんごめんなさい」
考え事をしながらココアさんの体を洗っていたら、ココアさんのふたつの突起を強くこすりすぎてしまいました。集中しなきゃと思うのですが、集中すると、ココアさんの白いうなじ、程良い胸のふくらみ、そのふくらみの頂点にあるツンと上向きで桜色の突起、お胸からおへそへのきゅっとしまったライン……それらが目に入って、なんだか変な気分になってきてしまいます。
「お、お姉ちゃん、そこから下は自分で洗うから大丈夫だよぉ……」
またまたぼーっとしながら洗っていたら、いつの間にかココアさんのお腹も洗い終わり、その下の大事なところにまで手が伸びてしまっていました。ココアさんが顔を赤らめて、何だか変な雰囲気がふたりの間に漂います。
「ココアちゃんの身体、すごくきれいです……」
変な雰囲気を壊すために何かしゃべろうと思ったら、思わず考えていることが口に出てしまいました。
「チノお姉ちゃんの身体も、すごくきれいだと思うよ?」
「むぅ……、私の身体の話はしないでください……」
「褒められたから褒め返しただけなのになぜか不機嫌になったよ!? 理不尽!!」
そういえば、胸は人に揉んだり触ってもらうと大きくなると千夜さんから教えてもらったことがあります。これはひょっとしてさりげなく触ってもらうチャンスなのでは……?
「ココアちゃん、お姉ちゃん命令です。次は私の体を洗ってください」
「サー、イエッサー! お姉ちゃんを洗いまくってあげちゃうよ!」
「ココアちゃん、お胸のあたりを念入りに……ってひゃっ! くすぐったいです! や、やめ……、ぷ、ぷぷっ、は、裸の時にくすぐるのは反則です!」
ココアさんの手が私の胸や脇やお腹や、身体のあらゆるところに伸びてきます。
「さっきお姉ちゃんに色んなところ触られたからね、お返しだもん~♪」
「そんなにめちゃくちゃくすぐったりはしてませんよ……、こうなったらこっちもくすぐり返しです、反抗的な妹にはお仕置きが必要なんです」
「ちょ、くっ、ぐへ、ぐふふへへ、お姉ちゃん、そこは私弱いから、反則だって~」
「先に反則をしたのはココアちゃんの方です」
二人、顔を見合わせて笑ってしまいます。そういえば、私がココアさんと最初に会った日の夜も、ココア風呂とか言って二人でお風呂に入ったっけ。あの時はどんなお話をしたんだったでしょうか。二人の距離は、あの夜よりも今夜のほうがずっと近いような気がします。(もちろん、お互い身体を触りまくったので物理的な距離も近いのですが……)
「そろそろ上がりましょうか、ココアちゃん。お姉ちゃんからのサプライズは、まだまだ終わりませんよ」
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お姉ちゃんだけど妹みたいな人
お風呂から上がると、いよいよ「今日は私がお姉ちゃん大作戦」のメインイベントです。私が腕によりをかけて作った晩ごはんを、ココアさんの前に並べました。
「料理は普段から私の方がよく作ってますし、新鮮味が無いかと思って、レシピの方をひと工夫してみました。どうでしょうか、食べてみてください」
「うん、じゃあ、遠慮なく」
テーブル上に所狭しと並べられた料理のうち、どれから食べるか迷っていたようですが、メインディッシュのハンバーグのところでココアさんの目が止まりました。ココアさんがハンバーグに箸を入れ、口に運びます。
「こ、これは、この味は……」
その時。ココアさんの目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちました。
「ど、どうしましたか。泣くほどまずかったですか……? それとも、胡椒を効かせすぎた……?」
「ううん、そうじゃないの。この味、お姉ちゃんが昔作ってくれたハンバーグと全く同じ味だったから、何だか懐かしくなっちゃって……。お姉ちゃんが、あっ、モカお姉ちゃんのことだけど、この前こっちに来てくれた時にも結局食べる機会が無かったから、すごく久しぶりだなって……。あれ、私泣いてた? おかしいな……」
料理をココアさんは気に入ってくれたみたいで、メインのハンバーグをはじめテーブルに並べられた、トマトと山羊チーズを添えたリーフサラダ、オニオングラタンスープ、厚切りベーコンを使ったナポリタン・スパゲッティ、木いちごとブルーベリーソースのヨーグルト、それらの料理は次々と無くなっていきました。
「あー、美味しかった……。ごちそうさま。なんだかチノお姉ちゃんが本物のお姉ちゃんに見えてきたよ」
「さ、さぷらーいず、成功です。モカさんから電話でレシピを教えてもらって、モカさんの味を再現してみたんです」
「でもどうして私がお姉ちゃんのハンバーグが食べたかったって分かったの? 誰にも話したこと、あったような無かったような」
――いよいよ、ネタばらしの時間が来たようです。私はポケットから1枚の紙を取り出しました。
「悪いとは思いましたが……、ココアさんの部屋に入って、『これ』を見させてもらいました」
「これは……、七夕の願い事の短冊?」
「ココアさんも私の部屋に入って短冊を取っていきましたよね。制服のポケットに入ってるのを、偶然見つけてしまいました。……ココアさん、私に泳ぎを教えようと思って急に泳ぎの猛特訓してたんですね。短冊に、『泳げるようになりたい』って書いてあったから」
「あはは、バレちゃったか。チノちゃん、七夕祭り来なかったから、私がお願い事叶えようと思ってね。部屋まで行ったんだけど、チノちゃん寝ちゃってたから、勝手に見させてもらったんだ」
「でもあの短冊、今年のお願い事じゃないですからね。あの短冊はずっと昔書いたやつで、しかも結局飾らなかったやつです。そりゃあ確かに今も泳げないですし、キャンプの時にはココアさんにも心配かけましたけど……、今の私だったら、もっと大人っぽいお願い事をします」
「うぇっ!? そうなの? でも、チノちゃんが見た私のお願い事『お姉ちゃんのハンバーグが食べたい』も、結局飾らなかったお願い事だからね。だって本物のお願い事を書いた短冊は飾りに行っちゃったからね。勘違いはおあいこだね!」
「あっ……、た、確かに……」
「私だって本物のお願い事はもっと大人っぽいもん~♪」
「ココアさんの本物のお願いって何だったんですか?」
「それは秘密! そういうチノちゃんこそ、本当のお願い事って何なの?」
「それこそ、ココアさんには秘密ですよ……。ココアさんに教えたら、また無茶をしでかしそうですから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここにいたんですね、ココアさん」
お皿を洗い終わって自分の部屋に戻ると、窓から身を乗り出して外を見ているココアさんがいました。
「えへへ、また勝手に入っちゃってごめんね? でも、チノちゃんと一緒に星を見ようと思って。七夕は過ぎちゃったけど、天の川見れるかなって。でも木組みの街の空は私の実家と違って明るいから、あんまり星見えないね……。東があっちの方だから、あれがベガかな?」
「どうなんでしょう……、私もあまり星に詳しくはないので」
「チノちゃんは都会っ子だからなぁ」
「木組みの街を都会なんて言ったら、もし本当の都会の人に会うことがあったら怒られますよ」
私の部屋の窓から外を見るココアさん……そういえば前にも似たようなことがあったような気がします。あれは確か、ココアさんが初めてこの街に来た日の夜のことだったでしょうか。
「あっ、アルタイルが見つかったよ。てことは、あのへんに天の川があるんだね」
そういえば、私のお母さんも、よくこの窓から星を見ていたのを覚えています。お母さんの回復を祈った七夕の夜からもう何年も経ちますが、夜空の眺めは、やっぱりあの夜と変わらないのでしょうか。
「お姉ちゃんやお母さんも、今頃こうやって星を見てたりするのかな……」
「あ、あの」
「?」
ココアさんに伝えたいこと、お話しなくちゃいけないと思っていたこと。今なら伝えられるような、そんな気がして、私は話し始めました。
「前にも話しましたけど、私はココアさんがこの街に来て良かった、そう思っています。ココアさんがこの街を気に入ってくれたことも、嬉しく思ってます。でも、ココアさんは、無理して24時間毎日お姉ちゃんらしくする必要はないと思うんです。ココアさんが寂しいと思ったときは、私だってお姉ちゃん、ちゃんと出来るんですから。――だ、だって今日の私は、ちゃんとお姉ちゃん出来てましたよね?」
――口下手な私だけれど。言いたいこと、ちゃんとココアさんに伝えられたかな?
しばしの沈黙が流れた後、ココアさんが私を抱き寄せました。そして、ココアさんの口から出た言葉は……
「チノちゃんが年下なのにお姉ちゃんだと私は年上なのにお姉ちゃんで、チノちゃんが妹なのにお姉ちゃんで私も妹なのにお姉ちゃんで、でも私はお姉ちゃんの妹でもあって……、あ、頭こんがらがってきた!?」
「あ、あんまり伝わってないー!? よ、要は無茶するのやめてくださいって言いたかったんです!!」
「でも、チノちゃんが一日お姉ちゃんしてくれるの楽しかったけど、まだ大事なことをやってないよね?」
「大事なこと?」
「お姉ちゃんと一緒のベッドで寝るの! 今日はチノお姉ちゃんを抱き枕にしちゃうぞ~」
「姉を抱き枕にする妹がどこにいるんですか……。それを言うなら逆です。ココアちゃんは大人しく私の抱き枕にされてください」
「よし、じゃあどっちが起きてられるか競争だよ! 先に寝ちゃったほうが抱き枕にされちゃうの!」
「望むところです。私は絶対に妹に抱き枕にされたりしませんので」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、初夏のラビットハウスに突如起こった、ココアさん行方不明事件は無事に解決したのでした。どこか空回りすることも多いココアさんのために、私がお姉ちゃんになる……、モカさんの手紙から受け取ったこのアイデアが、ちゃんとこなせたかは分からないですけれど。この事件の数日後には、今度はモカさんからココアさん宛てに手紙が届き、ココアさんは本当の「お姉ちゃん」のもとに、1年と数ヶ月ぶりの帰省をすることになったのでした。
ココアさんのいない間、ラビットハウスは平和と静けさを取り戻す……かと思いきや、張り切ったリゼさんの過密特訓スケジュールが組まれたり、みんなを花火大会に誘ったり、お泊り大会しながらうさぎのぬいぐるみを作ったり、夏祭りの最後には戻ってきたココアさんが現れたり……、と、色々なことが起こったのですが、それはまた、別のお話――。
Continue to "Dear My Sister" ――
お読みいただきありがとうございました。
本作はコミックマーケット95(2018冬コミ)でサークル「Fragile Rain」から頒布した同人誌「お姉ちゃんだけど妹みたいな人」に収録した内容と同一となります。
受かれば夏コミでもまたごちうさ小説同人誌を出しますので、何卒よろしくお願いします。
当落や頒布物は日が近づいたらまた活動報告でお知らせします。
同人誌版「お姉ちゃんだけど妹みたいな人」も既刊として少し持っていく予定です。
(本作のほか、書き下ろし短編「チノマヤが木組みの街の胸囲の格差社会に挑む話」を収録しています)
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