7月の中旬 本業に行き詰まった私は気分転換に屋上から町並みを眺めていた。
初めてここに来た時とは比べ物にならない茹だる様な暑さはどうにもし難いものではあるがグツグツに煮詰まった私の脳を冷やすにはこの考えるのも嫌になる日光も悪くはない。
再開発で随分と様変わりした街並みは、ここに居ついて随分と長い事経ったと実感させる。
何年だ? 初めて会ったマナお嬢様と会ったのは小学生、だったか。今では高校生。その事実だけで随分経ったのぎ良くわかる。
もう、巣立って行きそうなマナお嬢様。対して私は未だ本業で自立は難しい。
長い事続けている経験からか以前に比べて売れる本は掛けたがそれは売れるという一点のみで残念ながら私が書きたい話はあまり評判は良くない。そもそも、売れると言っても借金を返済して出ていくなんて夢のまた夢の程度。残念ながらまだここに居続ける事になるだろう。
「ふう」
ほんの数分だが汗も吹き出てくる。事務所に戻るか。頭も冷えた。『副業』の用事のないうちに構想を練らないといつ駆り出されるかわからない身。時間は有功に使わないといけない。
アイスコーヒーでも飲んでもう一度ゆっくり題材を考えよう。きっといい案浮かぶハズだ。
「何をしているんですか? マナお嬢様」
「あ、よかった。ミツルさんがどこにも居ないから探したんですよ」
事務所に入ると私の雇い主の一人娘 両儀 未那が制服姿のままバタバタと走り回っていた。
制服といえば入学まで礼園女学院にでも行くと思っていたが市内の公立に行ったのには驚いた。しかし、理由を聞くと納得したのを覚えている。『パパとお母様が出会った学校を見てみたかったんです! 』そう強く言ったマナお嬢様の顔は今でも覚えている。
しかし、嫌な予感がする。制服姿からして下校から直行してきたのだろう。そして咲き誇った大輪の向日葵のような笑み。正しく夏に相応しい爽やかさを感じさせるが私にとっては悪魔の微笑みにしか思えない。
彼女がこの事務所に現れるのは日常だがその時折の理由があるがそそっかしいというか猫みたいな気質は何歳になっても変わらない。いや、むしろ行動範囲が広がって手がつけれない様になっている気がする。
しかも今回はかなりの厄ネタらしい。でなければあれ程の笑みは早々浮かべられまい。
詰まるところ彼女の持ってきた厄ネタを解決するのが私の役割という事だ。
「そのまま見つからなくても構わないが、まあ、見つかったからには要件は聞かしてもらうさ」
「やった、ミツルさんの聞き分けの良い所、私好きですよ」
「そうかい、それはよかった。残念ながら私はこんなに素直になりたくはなかったよ」
「むー、私、ミツルさんのそういう所嫌いです」
「結構、別に私は君に好かれる為にここにいる訳ではない。それで、今日はどういったご用件で、マナお嬢様。猫の里親探し? 下着泥棒の御用? それとも観布子市の美化問題かな? 」
「違います! ミツルさんは私を何だと思っているんですか」
──禍災
とは言うことは出来ないので飲み込んで曖昧に笑い誤魔化す。彼女がそれをどう受け取ったのか分からないが目を細めてカバンから一枚の紙を取り出し、ほうづえしている私に差し出してきた。
「何かなこれは? 」
「何ってバイトの募集用紙ですよ」
「それは見れば分かるが──」
そう、見れば分かる。
しかし──
人理継続保障機関フィニス・カルデア、国連直属のNGOで君も未来を救おう!
連絡は○○○-○○○-○○○まで
日本支部ハリー・茜沢・アンダーソン
怪しい。怪し過ぎる。控えめに言ってFXやネズミ講のチラシの方が幾分信用できる程度に信用できない。しかしながらマナお嬢様は違うらしい。高い考察、推察を繰り広げる理知的な瞳は溢れんばかりの輝きを放っている。
「学校の近くに来てた献血車で献血してたら誘われたんです、それはもう必死に。私も世界を救うってとっても素敵な事だと思って頷いたんですけどお母様もパパも中々許可してくれなくて──」
「……まさか、私に説得に加われというのか? 」
それは難儀な事だ。恐らく私が興信所のどの仕事より厄介なものに違いない。そもそも両儀家の一人娘がバイトをする道理も意義もないのだから。
「いえ、違います。それはもう取ってます。苦労しましたけど、パパを説き伏せたらお母様も許してくれたんです」
意外だ。てっきりいつもの様に頼み込んでくるものだと思っていたが──あ、気がついてしまった。両親の許可を得て弾丸のように飛び出して行きそうな彼女がわざわざ来たのは──
「私、ミツルさんの察しが良い所、好きですよ。さあ、行きましょう」
「いや、しかし、アルバイトに同伴というのは──」
「大丈夫です! 連絡したら大丈夫だって、ミツルさんも一緒に働けますよ」
「──っ」
こうなったが最後、残念ながら私に断るという権利は喪失する。
「マナ君、私は君の人を振り回すのに躊躇がない所が嫌いだよ」
──そうですか
そう屈託なく、心底会話を楽しんでいる笑顔を浮かべたマナの手をとった。
◇◇◇
──塩基配列 ヒトゲノムと確認
──霊器属性 善性・中立と確認
ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。
ここは人理継続保障機関 カルデア。
指紋認証 声紋認証 遺伝子認証 クリア。
魔術回路の測定……完了しました。
登録名と一致します。
貴方を霊長類の一員である事を認めます。
はじめまして。
貴方たちは本日 最後の来館者です。
どうぞ、善き時間をお過ごしください。
……そうか、ついに死んでしまったか。いきなり雪山に放り込まれて生きている方がおかしい。
思えば短い人生だった。いや、倉密メルカとして右目を切られたときに死んでいてもおかしくはなかった。そう考えると余命宣告から倍は生きていることになるのだろうか。大往生言ってもいいかもしれないな。
「きゃ、ダメ、止めて」
「フォー、フォウフォフォウフォー」
「…………」
「ミツルさんも早く起きてくだい」
「生きている」
マナの声に促されて目を開けて上体を起こす。一寸先がホワイトアウトしておらず先までを人工光が照らし、猛烈なブリザードもなく優しい気流が流れている世界。間違いなく人工物の中だった。どうやら死んだというのは個人的な妄想の産物で無事たどり着けていたらしい。
マナの方を見ると猫か犬か分からない白い謎生物と格闘中のようだ。私と違って既に耐寒服を脱いで見慣れた黒い高級志向のブラウスなっていた。今更だが耐寒服を上から着ているだけであの寒さを防いだいたのはおかしい気がする。
「じー」
「何か用だろうか? 」
先程から意図的に無視してきたが流石に限界というモノがある。右手にいたマナ、左手には右目を桜色の髪で隠したメガネの少女が何故か擬音を発しながら覗いていた。
ありていにいってかなり不気味だ。容姿が整っているだけにこういった理解し難い行動は子気味悪いものがある。
「ハッ、すいません。男性の寝顔を間近で見るのははじめての経験だったのでつい、反省します」
「ああ、そう。それで──」
「マシュちゃんです」
「フォゥ〜」
どうも既知らしいマナな言葉の詰まった私の疑問に答える。マナの手の中にはバンザイをさせられた謎生物が悲しげに助けを求めているが私も似たようなものなのでそんな目で見られても困る。
「はい、マシュ・キリエライトです。マナせ──」
「ちゃん」
「あ、はい、マナ、ちゃんとは瓶倉光溜さん起きる15分ほど前に面識を持ちました」
どうやらこの少女も既にマナの軍門に下っているらしい。
「おや、マシュ、マシュ・キリエライト。ここにいたのか」
次いで話を聞こうとすると廊下の向こうから新たに人が現れる。緑のスーツに同色の長いシルクハット。長い茶髪の人の良さそうな笑みを浮かべている。
「そこの2人は──」
「はい、私の名前は両儀未那です。アルバイトの募集で来ました」
「これは元気な挨拶どうも、私はレフ、レフ・ライノール。ここカルデアでそうだな技術者をさせてもらっている。よろしく」
「はい、よろしくお願いします。世界を救う為に頑張ります! 」
「こうも屈託のない挨拶を交わしたのはいつ以来だったかな? そちらの方は──」
「瓶倉光溜です。マナの付添として来させて頂きました。よろしく」
「よろしく」
握手を交わすが何だろうか。……このレフ・ライノールという人物に好感を抱けない。別段、嫌いになる要素はない、だが昔の自分を見ている様に気がしてならない。もちろん、あの時の私ほど人間味が無いようには見えない。こうして会話していても悪いようにも思えない。だが不思議と嫌悪感が湧き上がる。
「ああ、そういえばそんな話もあったな。幸い適正があるらしいが──」
「適正? 一体何を言っているんだ」
「ふむ、その話について話したいが、マシュ、もうすぐブリーフィングの時間だ。君たち2人も参加しないといけない」
「え、本当ですか? ミツルさん急がないと」
「勿論。ブリーフィング場所まで案内がてら掻い摘んでカルデアについて説明させて頂こう」
「それは助かる」
◇◇◇
「はあ」
「ダメですよ、ミツルさん。ため息をつくと幸福が逃げていっちゃうんですよ」
「もう十分逃げてるさ」
頭を抱えられずにいられない。
この状況下は失敗だらけの私の人生の中でも最悪の15歳の夏に匹敵する状況なのは確定だ。
──魔術、人類史の消失、カルデアス、シバ、ラプラス、フェイト
この世が信じられない物ばりなのは生まれた時から理解しているつもりだったがこうも雪崩のように告げられると頭も抱えたくなるというものだ。
国連とは高校生のバイトと高を括っていたがそうも言っていられないくなった。
仮にマナに何あったら飛行機ごと撃ち落とされる。
「うわー」
横目にマナを見るがもはや私に止める事は不可能と言っていだろう。あそこまで爛々と輝かせて感嘆の声を漏らしている所なんて数える程しか見たことがない。
どうしたものかと考え込んているとカツカツと靴の音が前方から聞こえてくる。俯いていた気持ちを押し込めて前方に目をやる。
レフ・ライノールの言葉がただしければこれから現れるのはここの所長オルガマリー・アニムスフィアらしい。
同じ所長の肩書を持っていてもこうも抱える人員が違うと嫉妬も起きない。もっとも私が所長という肩書になんの後腐れもない事が大きいのだろうが。
「結構、全員きちんと集まっているようね」
思わず目を見開いてしまった。これほどの組織を束ねる長がどれほどの人物かと思ったが、まさか私より年下と思える少女だとは思いもしなかった。
「これから皆さんには──はあ? 」
高圧的な様子な様子は変わらず御高説を続けようとしたが呆れたと言わんばかりの表情に変わり止まってしまう。
こういった気の強い女性は苦手なので私に原因があってほしくないが明らかに私と隣の席を見て固まっている。そして、間違いなく私と目が合っている。意識しない様にしていたが座っている他の参加者からも視線を集めていた。他の参加者は皆一様に似た制服を着ているので私服姿の私達が浮いているのは当然と言えるだろう。
「ちょっと貴方たち、制服はどうしたの? ブリーフィングなんだから着て来て当たり前でしょ」
「いや、私たちは──」
「はい! 私たちはさっき来たので制服も支給されてないんだと思います」
気圧された私に対しさっと手を上げ立ち上がるマナ。あの母親の下で育てられるだけあって全く物怖じというものをしない。むしろ、他者の懐に飛び込んでいく。ここまでくればある種の天性の才能と言えるだろう。
「……ちょっと、レフ。どうなってるの? 」
『一般枠の人員らしいが色々手違いあったらしい。彼女たちが言っているのは正しいよ』
「はあ、そこの2人、名前は? 」
「両儀未那です。よろしくお願いします」
「付き添いの瓶倉光溜です」
「では退出して下さい。あなた達のミッション参加は2次、3次ミッションからとします」
「え、待って下さい。私たちは──」
「退出」
◇◇◇
「ヒドいわ。少しくらい話を聞いてくれてもいいのに」
「諦めるんだな。私も君も魔術の魔の文字すら知らない素人だ。危機管理からいって真っ当な選択だ。私達も何が起きるか分からないモノから開放されて助かったんだ」
廊下を歩きながら文句を垂れ流すマナをなだめながらも心底良かったと思る。このままマナと私が関わる前に人理修復だか何だか知らないが終わってくれる事願うとしよう。
そうなればおもちゃを取り上げられたマナをなだめる作業がまた必要になるが彼女の身の安全に比べたらなんてことない。
「別にミツルさんに正論を言ってほしい訳じゃないのに。あ、ここみたい」
渡されたIDカードと掲げられたプレートを見比べてマナが止まる。
追い出された私たちはいくつかの教材と制服を渡された後に割り当てられた部屋に向かうように言われた。そういう訳でマナが見つけた部屋はマナの仮の住まいというわけだ。
そして、私に割り当てられた部屋もすぐ隣に見つけてしまう。
単純に割り振っているのだろうがマナと隣になるというのは気が気でならない。
「やった。隣ね、ミツルさん」
「ああ、そうだな」
どれだけ私が気落ちしているか知らないとはいえこうも屈託のない笑みを浮かべられるとばつが悪い。
「着替えたら私の部屋に来てくださいね。私、魔術っていうの早く使ってみたいんです」
「それがどうして私が君の部屋に行く理由になるんだ? 」
「だって一緒に勉強した方が楽しいじゃないですか」
「そうですか。マナお嬢様の仰せのままに」
「むう、ミツルさん、そういう呼び方は止めて下さい」
疲れた。マナの部屋に行くのは少しゆっくりした後でいいか。今日というかここしばらく激しく行動し過ぎた。少しの間ゆっくりしてもバチは当たらない筈だ。
「きゃっーー! 」
そう思ったのも束の間、劈くような悲鳴が聞こえる。
「どうした!? マナ!!!」
部屋から飛び出してマナの部屋に入るとビックリして荷物を取り落しているマナ。そして、ベットの上で胡座をかいている男の姿があった。
「待ったァ! 待ったあぁァ! ボクはただここでサボっていただけでって、いやそれもマズイけど!? 」
ロマニ・アーキマン──このような出会いをした男が私の生涯において最も共感した人間になろうとはこの時の私は思いもしなかった。
続かないよ
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2話
「本当に申し訳ない」
「全くだ」
この男、ロマニ・アーキマンは空き部屋でサボっていただけらしいのだが、それが偶然マナの部屋だったらしい。
全くもって紛らわしい。大声を出した私がバカみたいではないか。
「そう落ち込まないで下さい。私もよく習い事を抜け出しているので気持ちは分かります」
「え、本当かい? いや〜、嬉しいなあこういった抜け駆けに仲間が出来るなんて思ってもなかったよ。あ、これ温泉まんじゅう。2人ともどうかな」
「わあ、ありがとうございます」
「いいって事さ。同士の記念で」
「15と同じでいいのか……」
「グフッ!? 」
大げさに胸を抑えて打撃を受けているロマニ・アーキマン。どうやら厄介な先輩と似ているのは声だけらしい。
「アーキマン先生は忙しくないんですか? 」
「ん? なんの話だい? それとロマンって呼んでくれ。みんなそう言うからね」
「ブリーフィングの事だろ。ファーストミッションのブリーフィングをさっきから始まっている。医療チームの統括がこんな所で油を売っていていいのか? ロマン」
「ああ、うん。そう、その事」
今度は視線を揺らし頬を掻きはじめた。
「いや、マリー、所長にね。『貴方がここにいると空気が緩む。ミッションが安定段階に入るまで来るな』って言われちゃってね」
「ヒドい。そんな事で追い出ししまうなんて」
「いや、いいんだ。事実だし。所長、見ただろ。家柄のせいで若いのに色々不相応な重責を背負って緊張しているんだ。少しでも彼女にやりやすい様にしてあげないとね。それに僕もこうしてサボれてwin-winさ」
「信頼してるんですね」
「まあ、それなりの付き合いだからね」
信頼、か。なるほど確かにロマンは追い出されたとには明朗とした表情で、ちょうど私が両儀未那という人間に対して向けるものと近いものを感じる。少しの間しか会話、と言ってもいいかわからない程度しか会っていないがあの高圧的なお嬢様にこんな感情を向ける人間がいるとは驚きだ。
あの有り様が必死に今日を生きてきた結果とするなら、私が好感を持てる類の人種なのかもしれない。だとしても口に出すことはないだろう。
「そんな訳で暇だから君たちに手違いが起きた理由でもの調べてこようかな」
「できるのか? 」
「もちろん。これでも統括だから権限がそれなりに付与されている。サボってばかりじゃなくてきちんと働いているところも見せておかないと、またマリーにどやされちゃうからね。まあ、君たちはゆっくり待っていてくれ」
そういう事なら自分の部屋でゆっくりと待っておくとしよう。ようやく休める。さっきの悲鳴のせいで精神的また疲れてしまった惰眠を貪っても文句は言われまい。
「……何かな? マナお嬢様」
そそくさと出ていこうとした私の腕はマナによって止められてしまった。
「ミツルさん、どこ行くんですか? 」
「疲れたんだ。分かるだろ? 飛行機に乗せられて数十時間、その後は雪山登山ときた。君と違って幾分ひ弱なものでね」
「じゃあ、私の部屋でゆっくりと勉強しましょう」
「マナ君、私は──」
──ピピピピピピ
私が反論しようとすると部屋の中に無機質な機械音が部屋に響く。音源に顔を向けるとロマンが気まずそうに頬を引きつらせていた。
「ごめん、連絡が来たみたいで……出てもいいかな? 」
「構いませんよ。ミツルさんも疲れているみたいなので静かにしようかと思っていましたし」
「はあ」
マナはソファーに座ると私に隣に座るように促してくる。
口論していても仕方がないので諦めて座る。そもそもマナは私の弱点をつくのがうまい上、私はマナの弱点をつけた試しがない。詰まるところ私にとってマナとの諍いに勝つ算段はまるでないということだ。
私ができる小さな反抗といえばため息をつくくらいだろうか。
そんな私たちに頭を下げてロマンが通信に出る。
「はい、こちらロマン。何か問題でも? レフ」
『大した事はないと思うがBチーム以下数チームでメンタルパルスが不安定だ』
「そのくらいなら大丈夫じゃないかい? 緊張で気が張ってるんだよ」
『ああ、だから大した事はないって言っただろう。しかし、ファーストミッション、万全に万全を重ねるに越したことはない。始まる前には来てくれ』
「りょーかい」
『今は医務室かな? 』
「え、ああ、うん」
『なら3分くらいか。遅れないように』
通信が終わるとロマンは再び申し訳なさそうにこちらに向き直る。言いたい事は大体想像はつく。
「えー、そういう訳で君たちの件に関してはまた後でと言う事に、はは……ごめん」
「大丈夫です。ロマン先生が本来やらなくちゃいけない事ですし、先に行っている人たちの為に頑張ってください」
「うん、ありがとう」
マナ以外が口にするとなんとも薄っぺらく感じる言葉だが事彼女の口から出ると不思議と信じたくなってしまう様になっている私はかなりこの美少女に毒されてしまっているのかこの少女にそれだけのものがあるのか、残念ながら私には分からない。
「だが、いいのか? 」
「うん? 何がかな? 」
「さっき医務室いると言ったがここは違う。さっき地図を見たが、どう考えても倍はかかる筈だ」
「ああその事か。いいさ、走れば間に、あ──」
ロマンが時計を見たのにつられて私も時計を見る。
「あと1分で3分ですね」
私の腕時計を覗き込んだマナがそう言うと固まっていたロマンが再起動したてのPCのように忙しない動きで立ち上がる。会話をしていた私が言うことではないがなぜこの男は早く向かわなかったのだろうか。
「うわああぁぁああ!! い、急がないとサボっていたのがバレてしまう! じゃ、ボクは行くけどくれぐれも内密にしていてくれ!! 」
遑遑として去っていこうとするロマンを呆れながらも見送ろうとしたが事態が一変する。
「きゃっ!? 」
「な、なな何だ!?!? 」
「マナッ!? 」
今度叫びは笑って済ませられるようなものではなかった。2,3度大きな振動と遠くから爆発音や何かが崩れる様な音が聞こえ施設全体から低く鈍い軋む音が絶え間なく続く。
それはさして長いものではなかったが生命の危機を感じさせるには十分なもの。
しかして、幸いにもその破壊が収まるまで私も、引き寄せたマナも、そしてドアにもたれ掛かったロマンにも何事もなかった。
「ロマン!? 一体何がっ!?」
「わ、分からない、カルデアは外部からの侵入は不可能だ。こんな事が──」
『緊急事態発生。緊急事態発生。
中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。繰り返します──』
けたたましいサイレン、機械的なアナウンスが私の疑問に答える。根本的な原因は分からないがすべき事は見える。厄年なんてものじゃない。厄週と言えるくらいには厄介事に恵まれているらしい。
「君たちは第2ゲートに行くんだ。避難灯の指示に従えばすぐに着く」
次の行動を考え倦ねていた私にロマンが指示を出す。その表情は先程まで情けない顔をしていた優男のそれではなくなっていた。
「分かった。行こう、マナ」
「待って下さい。ロマン先生はどうするんですか? 」
手をとって走り出そうとした私をいつも以上に力強く止めた。思いもしなかった行動に焦燥が高まる。そして、私は心臓を掴まれた気分になった。そうだ、この男どこに行くかなんて分かりきっていた。それなのに私は意図してそこから意識を反らしていた。
そんな私の弱さを暴けだされるような強さを持っているの少女こそが両儀未那なのだ。
「ボクは管制室に行く。その責務があるからね」
「じゃあ、私も行きます」
だからといって次の言葉をさらに予測できるわけじゃない。昔の私でも出来ないだろう。
「マナ!? 何を言って──」
「そうだぞ。何が起きているか分かったもんじゃない!? 」
「管制室ってブリーフィングがあった部屋のすぐそばですよね? 」
「え、ああ。そうだけどッ、危険だ!? 」
私たちの静止も聞かずロマンに虚を突いた質問に答えを得られるとあっさりと私の手から逃れて走り出した。
「なんでそんなっ──」
「御託はいい。追うぞ」
数拍子おいて私達も走り出す。
何か見落としているのか? 確かにブリーフィングにいた人員は大した関わりのないがマナの性格を考えれば心配するのも理解できる。しかし、それだけじゃない気がする。マナは人を振り回す──自己中心的な性格なのは間違いない。だからといって思慮分別が出来ないなんてことはない、むしろ一般的な同年代に比べ理知的で人の心の機微には鋭い。そんな彼女が私たちの心配を振り払ってでも行きたくなるような理由があるとすれば──
「マシュ・キリエライトか! 」
「なんでその名前を!? 」
並走するロマンが驚きの声を上げる。当然といえば当然だが既知らしい。混乱させたままも良くないので手短に説明する。
ブリーフィングには彼女も参加していた。私の目覚める前に交流があったようだし、レフから話をしていた時も親しそうにしていた。すでに友達と言っていい間柄だ。そんなキリエライトが危険にさらされていておとなしく引き下がるマナではない。自分の手で助けようとするだろう。
感情が昂ぶってコントロール出来なかったのだとしてもせめて一緒に行動してほしかった。このような状況で危険なのはキリエライトだけではないのだから。自分の身も心配されているという事よくよく理解してほしい。
私が目的の部屋の前に着くと見えたのは部屋の中に入っていくマナの後ろ姿だった。自動ドアは意味をなさず部屋の中は熱気と瓦礫で埋め尽くされていた。
「マズいッ、カルデアスの火が消える。すまない、ボクは中央発電室に行かせてもらう。無茶はしないでくれよ」
「ああ分かった」
唇を噛み締め苦渋の決断といった様子だがこの場に二人いたのが彼の決断を促したのだろう。
素人の私がここに設備について分かるはずもない、なら行動は決まっている。私がマナを追い、ロマンが設備を見に行く。
ロマンは言い終えると別の方角に走り去ってしまった。組織としてそれは正しく、私は個人的な都合を優先させれてちょうどいい。
「暑っ」
事務所の屋上の暑さと比べ物にならない熱さが身を包む。手を口に当てながら進むが思いの外厄介な事になっていた。瓦礫の山で先に行ったマナの姿が見えない。これでは探しようがない。
「マナーー!! どこだ!? 返事をしろ!! 」
返事もなし。様々な音が四方八方から生成され埋め尽くしている空間では人間の声の大きさなんていうものは誤差の範囲でしかないようだ。
参った。私に火災現場での救助経験などあるはずない。ここで取るべき行動が見えない。
「フォウ! フォウ、フォーーウ、フォウ!! 」
手をこまねいていると、どこからか謎の生物──フォウが私の周りを一周した後、少し離れた場所で飛び跳ねながら鳴く。
そういえばブリーフィングに向かう途中キリエライトが世話をしていると言っていた。
「信じているぞ」
今はこの生物を信じて進むしかない。なんとも自分勝手なものだが、今はこんな頼りないものでしか進めない自分が恨めしい。
「いたっ」
こういった賭けになる行為をほとんど信用していなかったがまさか本当に見つかると夢にも思っていなかった。
「マナっ! 」
「ミツルさん!? 良かった、マシュちゃんがッ」
近づくと今にも泣き出しそうなマナの表情がハッキリと見える。こんな表情を今まで一度たりとも見た事はない。
だが、その原因も近づくと自ずと分かった。
「これは──」
見覚えがある桜色の髪のが地に伏せ大きな血の海を築いている。下半身は落下してきたであろう構造片に押し潰されている。弱い呼吸音がかろうじて未だ生物を感じさせているがそれもいずれ止まる。
マナが握っている手もいずれ滑り落ちるだろう。
──カラカラと乾いた音が遠くから聴こえる
「冗談じゃない! 」
「瓶倉……さん? 」
こんな、こんな──
「まだだ、まだ何か、手段があるはずだ」
『中央区画に重大な損傷を確認しました』
「止めて、くだ、さい。早、くマナちゃんと、逃げて」
『レイシフトの中断ができません。システム──』
「諦めるな! 未来は決まっていないッ!! その瞬間まで決して確定的なものなんかじゃない! 」
『──最終調整に入ります』
「ふふ、」
『中央区画の機能復旧に失敗しました。区画の隔離に入ります』
「何を笑っている。受け入れるな──」
『人類の 生存 を確認できません。人類の未来は 保証 できません』
「違、うんです。とっても人間だなって思ったんです」
「────」
振り絞る様に告げたそれは機械として生きなくなった私にどれだけ意味のある言葉か少女は知らない。その意味を知るのは私ただ一人。
「マナちゃんは危険も顧みず来てくれました。光溜さんは出来もしない事をしようとしました」
「何を──」
「ここにそんな事、しようとする人はほとんどいません。こんな人間みたいな人がいるなんて何だか嬉しくて、だから生きてください」
『間もなく隔壁が降下します。職員は速やかに退避してください』
…………
「……行くぞ、マナ」
キリエライトの手を持ったマナの手を握って強く引く。ここに残っても私に出来ることは何もない。
「ダメです」
この娘はこの期に及んで何をっ!?──
「マナ! 言うことをきかないか!? 出来ることは何もない」
「ダメッ! ここで引いたらミツルさんはきっと胸を張れなくなってしまうから」
──車椅子の車輪の音が聴こえた
「ふ、」
「ふふふ」
笑い声が出てしまう。それにつられてマナも笑みを零す。そこにさっきまでの涙を貯めた瞳はなかった。そうだ私は人間だ。人間なのだから諦めてなるものか。
「な、にを笑、って……るんですか? は、やく」
どうやら立場が逆転してしまった様だ。
「マナ、割れ目を探すんだ」
「はい」
元職業的爆弾魔──倉密メルカとして構造物の弱い部分さえ見つければ助け出すのも不可能ではない筈だ、私のそれは決して人を殺すための技術ではなかったのだから。
『アンサモンプログラム スタート。霊視変換を開始します』
「え? 」
私とマナが探っているとキリエライトの呆けた声が響いた。別段大きなものではなかったが何故か私とマナの耳に残ったらしく同時にキリエライトの方を見る。
「どうした、何かあったか? 」
「レイシフトが始まってる」
周囲の物体、いや私自身から黄金の光の粒子が溢れ出る。
『全行程 完了。ファーストオーダーの実証を開始します』
「くっ、」
教えられた知識が脳裏を走り、急いで私と2人の手を握った。そこで私の意識は青い渦に吸い込まれる様に途切れた。
仮に続くなら30手前のミツルが15歳のヒロイン二人を持つという終局的犯罪
なお、公式
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3話
「来るな、来るなっー! 」
苦し紛れに放り投げた石に効き目なんてあるはずもなくカラカラとあざ笑うような軽い音を立てながら何体もの骸骨が追いかけてくる。
廃墟となり灯をなくした近代建築の山。それは全くのミスマッチの骸骨たち。どこからか手に入れた弓や剣を振り回しながら私に近づいてくる。そうなればどうなるかなど分からないほど馬鹿じゃない。
幸い足は早くないが、スタミナは無限の様でジリジリと距離が縮まっている。
「くそっ」
ふざけるな死んでたまるものか。だが、この状況をどうにかできるような打開策は思い浮かばない。そして、そのまま時間だけだ過ぎていく。もう10m程で追いつかれるもはやどうしようもない。そう思った時だ。
「見つけた!? マシュちゃん、お願い」
「はい、光溜さん! 動かないで下さい」
声の方を振り返るとマナとキリエライト、そしてアニムスフィア所長が居た。マナの姿はここに来る前の姿と変わらないがキリエライトの方はずいぶんと様変わりしていた。紫の鎧のような姿を身に纏い、身の丈ほどの大きな十字の円を合わせた盾のようなものを軽々と持っている。線の細い彼女が持っているとアンバランス、不釣り合いに見えるはずがこれと云った違和感を感じさせない。そんな彼女の姿がブレる。私まで100mはあろうかという距離は一瞬で詰め、私を追っていた骸骨をその巨大な盾でいともたやすく吹き飛ばし粉々にする。
「良かった、間に合いました。今度はわたしが助ける番です」
そう言うと彼女はまたも姿がブレるほどの速度で残っていた骸骨を粉砕していく。あれが魔術というものなのだろうか。その姿にあっけにとられていると残りのマナとアニムスフィア所長がやってくる。
「……何か勘違いしているみたいだけどあの子は特別よ。普通の魔術師が魔術でできることは高が知れてるわ」
「そうなのか? 」
「ええ、普通はこのくらい」
アニムスフィア所長は私に手をかざし何か唱える。するとアニムスフィア所長の手から出た緑の光が私の中に入り疲労がなくなる。限界まで走って疲労困憊だったのが嘘のようだ。足が軽くなり身体中から吹き出していた汗はピタリと止まる。このくらいというが十分すごいと思う。しかし、アニムスフィア所長は眉間にシワを寄せて不機嫌そうだ。
「マシュちゃんは生まれながらにサーヴァント──英霊の力を宿していてそれのおかげだそうですよ。レイシフトでその力に目覚めたとか──マシュちゃんにさっき教えてもらったんです」
窮地に眠っていた力に目覚めるとは考えられないご都合主義だ。だが、その力に助けられたなら感謝するしかない。しかし、なぜそんな力を持っていたのだろうか。アニムスフィア所長を見やると目をそらされる。何か裏があると考えるべきだろうが今は追求しても仕方がない。ここで仲間割れになるなんて考えたくもない。それよりこの場を乗り切るために団結しなければならない。そんな事を考えていると敵を殲滅したキリエライトが帰ってくる。多少息が乱れているが全くの無傷な事を考えるとサーヴァントの力というものは凄まじいらしい。
「マシュ・キリエライト、戦闘を終了しました」
「助かった。ありがとう」
「マシュちゃんお疲れ様」
「いえ、大したものではマスタ、──あ」
口に手を当てて固まるキリエライト。マスターと言う単語に疑問を抱くが
「マ~シュ~ちゃん」
「あ、いえ、今のはつい。サーヴァントの性といいますか。わあ!? ちょ、やめて下さい。こしょばいです。あはは」
「ダメ。マスターの命令を破ったサーヴァントには罰を与えないと」
慌てて弁解するがマナには通じそうにもない。オモチャを見つけた子猫の様にキリエライトに抱きつき乱暴に頭を撫でる。今のキリエライトの力なら簡単に払えそうだがすでに構築された上下関係には逆らえないのだろう。それにキリエライトの表情も困惑の色はあるが嫌のものは混じっていない。むしろこのじゃれ合いを楽しんでいる風でもある。
とはいえ、このままでは話が進まないので止めないといけないだろう。
「はい、そこまで」
私と同じ考えの人間がいたらしい。しかし、私より急いいるらしい。イライラしているのがよくわかる。
「これから山手に存在する霊地に行って、そこでカルデアとラインを繋いで帰還を目標とします。異議は? 」
「ないが、色々と説明してほしい」
ここに来ていくつもの新しい言葉が出てきた。流石に説明なしでは困る。
「あー、またね。マシュ説明しといてちょうだい」
「分かりました」
いかにも面倒くさいとばかりに適当に役割を振る。もうマナにも説明して面倒くさくなったのかもしれない。説明してもらえるなら構わないがこうも露骨に顰められると言いたいこともあるが、機嫌が悪い女に余計なことを言うと大変な目に合うのは身に染みて味わっている。
「じゃ、行くわよ」
◇◇◇
「……」
「あの、どうかしました? 」
「いや、別に」
山手──深山町に向かう途中、アニムスフィア所長とマナが先行する中少し後ろで掻い摘んで説明をキリエライトから受けていた。ここが2004年の地方都市の冬木市だったことや、英霊やサーヴァントの正体は受け入れる他ないものとして飲み下すことができる。しかし、マシュ・キリエライトの正体についてはそうはいかない。
デザイナーベイビーこのカルデアの運営のためだけに生み出された存在だと聞かされれば話は別だ。確かに私はマシュ・キリエライトとその中に宿された英霊に助けられた。しかし、私、生まれ持った瓶倉光溜がもっとも嫌悪すべきものの一つのはずだ。なのに私は今、それに抗議することが出来ない。
当然だ。私の生きている理由は先程言った様にキリエライトのおかげだ。ならばそれにケチをつけるのは私の今の生、そしてキリエライトの行為の否定にほかならない。そもそもとして、キリエライトが現状に怒りを覚えていないとしたら私という赤の他人が声を上げるのは甚だお門違いと言うしかないだろう。なにより抗うことの出来ない私自身の力のなさが怨めしい。
「どうかしたのか? 」
今度はこっちが聞き返す番になった。キリエライトはこっちの顔を興味深げに覗き込んでいた。まさか考えが顔に出ていたのだろうか。
「その、マナちゃんと話していて聞いたのですが絵本作家を生業にしているとか」
「ああ、確かにそうだが」
どうやら違うらしい、と言っても私にとってあまりよろしい話題でなさそうだ。
「実は読書が趣味でしてできれば読ませていただきたいと思いまして」
「……別に構わないが、
「はい! 」
気恥ずかしそうに返事をするキリエライトは年相応の少女にしか見えなかった。それがまた私の胸を突く。
後に厄介な読者2号が生まれることになるのだがこの時の私は知る由もなかった。
「そういえば、メガネはどうしたんだ? 」
「あります。疑似サーヴァントになって必要なくなったのでしまってます。それがどうかしましたでしょうか? 」
「いや、さっき気がついたが私のメガネを無くしてしまった。よかったら貸してもらえないだろうか」
「構いませんが度が合わないかもしれません」
「構わん。メガネならそれでいい」
念には念をだ。使えないかもしれないがあるに越したことはない。
◇◇◇
「次はあの橋を渡るわよ」
河口近くの橋に向かって歩いていると違和感を感じた。
「マナ」
「わかってますよ」
キリエライトもアニムスフィア所長も気を張って周囲を見渡している。骸骨意外人っ子一人見当たらなかったがここは精気が満ちている。だが、骸骨も人間も居ない。
「ひっ」
声を上げたのは先頭を歩いていたアニムスフィア所長だった。
「これは……っ!? 」
「ヒドい」
遅れて後ろを歩いていた私たちも気がつく。
人の像だ。
もちろんただの彫像ではない。苦痛と恐怖で顔を歪め苦悶のまま人としての生を終えたであろう人間たちの末路。それが何百と乱立している。
心臓の鼓動が早くなるのがわかる。侮っていたのではない。勘違いしていた。サーヴァントというものの力を見たはずだ、教えられたはずだ。なのに私はわかっていなかったこれほどの恐ろしいことがなされているなんて想像だにしていなかった。
「マシュ!? 」
「はいっ! 」
アニムスフィア所長が叫び応えるようにキリエライトは前に出て守るように構える。
「あら、可愛らしい獲物だけかと思ってたけどまだ見ていないサーヴァントがいるなんて」
「え? 」
脳を溶かすような艶美な声、それが私のすぐ隣、耳元から聞こえた。
反射的に振り返ると黒いフードをかぶった長身の女性が居た。フードのせいでよく見えないがその顔は人間離れしたではなく人間から逸脱した存在だと思わせるほどの美しさだった。少しでも気を緩めれば簡単にフラフラと近寄ってしまいそうになるが堪える。なにより14の夏と同じかそれ以上の濃密な死の気配を放っている。
その瞳は私を、このにいる全員をオモチャのようにしか見ていない。結果に決まった狩りに挑む猛獣のそれだ。手に持った鎌は少し引くだけで簡単に私の身体をバラバラに引き裂くに違いない。エモノから聞いた限りではランサーのサーヴァントに違いないだろう。
「瓶倉さん!? 」
「うおっ!? 」
一歩遅れて気がついたのキリエライトは女に向かって風を裂きながら盾を振るうが安々と避けられる。
「怖い怖い。ゆっくりと苦しませて殺してあげましょうか」
クツクツと笑いながら言う。その顔には余裕な表情を浮かべている。
「マシュちゃん、負けないで」
「任せて下さい。全力で倒します。だから下がっていてください、マナちゃん」
「ふふ、その威勢いいですね。石にせず嬲り殺しましょう」
対してキリエライトの表情はかなり焦りの色が見える。それはこれから始まる戦いの優劣を端的に表していた。
「きゃ!? 」
「あらあら頑張るわね」
戦いが始まって5分はたっただろうか。戦局は一方的なものになっていた。防戦一方で辛うじて致命傷を防ぎ大きな傷こそないもののゆっくりと追い詰められているのは傍から見ていてもよくわかる。
時折反撃しても分かっていたかのように軽々と避けられている。能力が足りていないとは思わない。ただ経験が絶対的に不足している。いくら英霊の力があっても使いこなせてなくては意味がない。自転車に乗れるようになったばかりの子供にロードレーサーが使うような自転車を与えてもうまく使えるはずがない。
「ミツルさん」
「分かっている。どうにかするさ」
不安げな様子でこちらを見るマナに頷く。マナも友人の危機に気がついているのだろ。マナに出来ないことの大抵のことは私に出来ないだろう。だが、できるかもしれない事はある。
確証はない。だが、やるしかない。そっと受けっとたメガネを胸ポケットから出す。
「はああ」
マナの顔がほころぶがこれだけじゃ足りない。
「おい」
「─でこんな目に私が」
「おい。アニムスフィア所長」
「な、なによ? 」
「……」
爪を噛んでいたのに冷静を装っても無駄だと思うが指摘しても面倒なので目をつむる。
「アンタはあの戦いが見えているのか」
「目を強化してるから見えてるわ。言っとくけど出来ることなんてないわよ。割って入っていったら粉微塵なるだけ、祈るしかないわ」
「いや、介入する必要はない。その魔術、私にもかけれるのか? 」
「……出来るわ。見てもしょうがないわよ」
「ただ眺めるつもりはない。もう一つ聞きたいが私とキリエライトの間に念話のような事はできないか? 」
「それも出来るわ」
よし、どうやら前準備は大丈夫そうだ。
「何よ? 何する気? 」
「祈るよりは幾分建設的な事だ」
「そうですよ。メガネをかけた
この場にそぐわない朗らかな声でマナが言うがやめてほしい。確実にどうにかなるという保証は全く無いのだから。
「分かったわ。何をするか知らないけど貴方の言う通り指をくわえているよりましね。目を閉じなさい」
「分かった」
私は元職業的爆弾魔。
「どう、見えるかしら? 」
私の右目はすでに何も映さない。
「ああ、大丈夫だ」
しかし、かつてミライを見た。
「次は両儀と手をつなぎなさい」
それは今に公式を当てはめ作り出した。
「マナと? 」
そのミライは確実だった。
「そう、その子はマシュとパスを結んでいるからその子を通して貴方にもパスを繋げるわ」
右目が死んだ私に2度と見ることは出来ないだろう。
「大丈夫ですよミツルさん。私はミツルさんがやる時はやれるひとだって知ってますから」
だが──
「分かった」
その真似事くらいは出来る。
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