半端者が創造神となる日 (リヴィ(Live))
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第零章 鳥籠の中の姫
一話 半端者


 ──────かつて世界が神秘に包まれていた頃。

 

 数多の妖怪が跋扈し、殺し合い、恐怖による徹底支配が行われていた時代。

 その時代の妖怪の頂点────『夜の支配者』たる吸血鬼。

 夜行性と言える吸血鬼は、夜になれば圧倒的な不死性を有し、力のままに蹂躙し、瞬く間に支配地を広げていった。

 

 その筆頭であった吸血鬼の王族、スカーレット家に跡継ぎが生まれた。

 

 両親の眷属はそれを泣いて喜んだと言うが、それも束の間。

 

 ─────その子供には、吸血鬼の象徴たる翼がなかった。

 

 吸血鬼の特徴である翼は、身分と己の力を示し、大きければ大きいほど強大という、いわば一種の権力そのものだった。

 

 だが、その子供には他の吸血鬼とは人智を超えた能力があった。

 

 

『万物を創造する程度の能力』。

 

 

 その身一つでありとあらゆるものを創造する、正に神話に登場する『創造神』の権能そのものをその身に宿した子は、その危険性から『半端者』のレッテルを貼られ、幽閉に近い形で過ごしているという────。

 

 その子供の名は、リリス・スカーレット。

 

 ─────いずれ『理想世界』創り上げる強大な魔神となる吸血鬼である。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 私の名は、リリス・スカーレット。

 

 この時代───妖怪が世の中を統べる時代に頂点にたった吸血鬼、その王族であるスカーレット家の『出来損ない』の長女、それが私。

 

 吸血鬼の象徴たる翼がない私は、お父様の眷属からは半端者と見られ、メイド達からもあまり良くは思わない視線を向けられる。

 

 ─────私は、こんな時代に飽き飽きしていた。

 

 強い者が生き残り、弱い者は殺され、無残に死に逝く、弱肉強食の時代。

 私だって、スカーレット家に生まれたからいいものの、ほかの家系に生まれれば即殺されているだろう。

 

 一度、お父様達が戦う所を見たところがある私は、あの時の光景を思い出す。

 

 ─────家族を守ろうとする者を殺し、抵抗しない者達も無残に引き裂かれ、肉塊となっていく。

 

 何故、弱者ばかりが死ぬ?

 

 それは、強い者がいるからだ。

 

 強い者の中には、必死になって家族を守る、所謂善人もいる。しかし、今の世の中に蔓延る強い者は悪魔のような者ばかり。

 

 ───────私は思う。

 

 

 

 なら、『誰も傷つかない理想世界』を創ればいい。

 

 私の力なら、それが出来る。

 

 強くなって弱い人たちを救いたい。

 

 その為には、この時代を生き抜くために必要な『力』が必要だ。

 皆を守れる、強大な力が。

 

 その為にはまず、私が強くなくてはならない。

 

 何年、何百年かかってもいい。

 

 私はどれだけ時間を費やそうが、誰も傷つかない理想世界を創る。

 

 

 ─────『誰も傷つかない理想世界』。

 

 唯それを夢見て、少女は走り始めた─────。

 




どうだったでしょうか。

感想などお待ちしております。


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二話 鍛錬、そして妹の誕生

【リリス】

 

 

 あの日から、私はこのひ弱な体でひたすら運動をしていた。

 何事にも基礎から。篭もりっきりのこの身体は運動神経が著しく低下している。まずはそれを正さなければならない。

 

 みんなが寝静まった時にこっそり外に出て館周辺をランニングしたり。

 

 暇がある時は腹筋と腕立て伏せをやったり。

 

 取り敢えず基礎を上げるためにひたすら汗を流して、ご飯食べて、ひたすら汗を流しての繰り返し。

 

「……ふぅ、こんなものかな」

 

 今までの日々を振り返っていれば、いつの間にかランニング十キロは終わっていた。早いものだなと思いながらこっそり部屋に戻って作り置きしてくれたご飯を食べる。

 

 ─────そろそろだろうか。

 

 そろそろ基礎体力も並の吸血鬼にはなってきたし、そろそろ魔力の使い方と能力の使い方もマスターしないと。

 

 幸い、私のこの狭い部屋にも魔導書は置いてある。半端者の私はどうせ読んでもわからないとでも思ったんだろう、そういう魔導書関係の本はある。

 

 取り敢えず目を通しておくか。そう思った私はそのうちの一冊、『魔法・初級』のわかりやすい本を取った。

 

 その本を開き、『魔力の使い方』についての項目を開く。

 

 

 ─────魔力とは。

 

 かつて神界から下った天使の名残と言われる。その名残を強く受け継ぐのは、人外───即ち、妖怪である。

 基本的に魔力は己の中に眠っている。それを目覚めさせるには、身体強化魔法を習得するのがいい。

 

 ─────へぇ、魔力ってかつて地上に降りた天使の力の名残なんだ。

 

 思わぬ所で知識を得たことに驚きつつ、その先を読み進めていく。

 

 

 身体強化魔法は、己の中に眠る魔力を身体に纏い、身体能力を飛躍的に上昇させるものである。

 まず、魔力を目覚めさせるには、極限に集中し、自分の中に眠る魔力を引き出すこと。それが出来れば自然にコツをつかみ、自由に魔力を扱える。

 

 

 なるほど………わかりやすいな。

 極限まで集中か───恐らく、周囲の音が聞こえなくなるくらいに自分の事に集中する、ってことかな。

 

 そう思った私は、一応ダメ元で集中する。

 

 ──────ダメだ、まず集中が出来ない。

 

 疲れているからだろうか………。

 取り敢えず、一度寝てリセットしようと考えた私は、ベットに身を放り投げた。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 目を閉じる瞼に、月の光が差し込み、私の目を覚ましていく。

 

 ─────よく寝た。

 

 今日もいい月だとそう思った私は、作り置きされた食事を食べる。

 

 ふと、その食事が置いてあった所に、書き置きのような何かがあった。なんだろうか、現状報告のような何かだろうか。

 

 私はそれを手に取り、目を通した。

 

 ─────愛する娘、リリスへ

 

 先日、貴方の妹のレミリアが生まれました。

 貴方に似て元気一杯です。喋れるまで成長したら、貴方に合わせたいと思います。

 

 こうして手紙でしか伝えることしか出来ないこと、本当に申し訳なく思います。

 眷属達は貴方を嫌っているけれど、私と夫は貴方を愛しているわ。

 

 

 ────母、サリーより。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっそだろぉぉぉおおおっ!!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段の私とは思えないほどの絶叫を上げた自分に驚きながら、自分を落ち着かせるために胸に手を当てた。

 

 お母様には申し訳ないけど──最後の文章の眷属達は~の部分が頭に全く入ってこない。

 

 それほど、私は妹が生まれたという事実が私に衝撃を与えた。

 

 衝撃すぎて、いつものようにサイドテールにしようとしても手が震えて全く出来ない。

 

「…なんか…もう……はぁ」

 

 私はこの衝撃だけで一日分トレーニングしたような錯覚を覚える。

 もうほんと……こういうのは心臓に悪いなもう。

 

 深呼吸をして、自分の心を落ち着かせる。

 

 まだあわてるような時間じゃない………。

 

「ふぅ………それにしても、妹かぁ」

 

 レミリア。恐らくこの書き置きの文章を見る限り、半端者がどうのこうのは書いていないことを思うと、レミリアは正常───つまり

 正式な次世代スカーレット家当主となるだろう。

 本来、それは私であるが、こうして半端者として幽閉されているし、スカーレット家の跡取りとは考えていないはず。

 

 ──まぁ、そんなことは置いておいて、だ。

 

「どんな子だろう……会うのが楽しみだな~♪」

 

 ──────どんな子か、楽しみで仕方ない。

 

 私に似てるのだろうか?お父様かお母様どちらに似ているのだろう?

 

 

 ────後日、メイド達の報告では、この日一日リリスは腑抜けた顔をしていたという。



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三話 私のお姉様。そして理想

ようやくレミリアが登場します。



【レミリア】

 

 私はレミリア・スカーレット。お父様やお母様、その眷属からスカーレット家の次世代当主として期待されている。

 

 そういった期待の目を向けられる日々のある日、ふと、お母様があることを私に言った。

 

 ───貴方には十一個上のお姉さんがいる。

 

 即ち、私の姉となる存在───スカーレット家の長女がいるということである。

 初めは驚いた。何せ、今までの姿を見たこともないし、存在すら初めて知ったからだ。

 

 なぜ姿を見せないのか、お母様に問うと、お母様はとても悲しそうな顔をして言った。

 

 ───ある理由で幽閉されている。

 

 その理由を何度も聞こうとしたけれど、お母様はとても苦しそうな顔ではぐらかした。

 

 何故、お姉様は幽閉されたのだろうか。

 

 いてもたっても居られなくなった私は、お父様に問い詰めた。

 

 お姉様はなんで幽閉されているの?と。

 

 その時のお父様も、お母様と同じ苦しそうな顔をしていた。

 そして、震える声でお父様は言った。

 

 ────翼が無い半端者だったから。

 

 そんなことで幽閉したのか。

 そう問い詰めようとした時、お父様の瞳から雫がぽたぽたと腕に落ちているのがわかった。

 

 そこで私は察した。

 

 もしかして、幽閉せざるを得なかったのでは?と。

 

 そこで、直接本人に聞くためにお姉様のお部屋へ案内してほしいとお父様に頼んだところ、許可を貰った。

 

 そして今───私はお姉様のお部屋の前に居る。

 

 初めてお姉様と会う喜びと幽閉されている理由の虚しさがごっちゃになって、なんとも言えない気分になる。

 

 早く会ってはお話がしたい。

 

 その気持ちがごっちゃごちゃした気持ちを埋めつくし、私の脳が自然にドアに向かってノックをしていた。

 

『どなた?』

 

 帰ってきたのは、聞いたこともない声。

 でも、どこか優しげな雰囲気を出していた。

 

「レミリア・スカーレット…です」

 

 緊張して声が震えているのがわかる。お姉様に情けないと笑われないだろうか……。

 

『レ、レミリア!?ちょ、ちょっと待っててね!?今片付けるから!!』

 

 すると、私が来ることを予想してなかったのか、お姉様の部屋からドタバタと忙しい音が聞こえ始める。

 

 ────やっぱり、急に来たのが悪かったのかな。

 

 しばらく忙しい音が聞こえ、その音が消えた後。

 

『ごめんね、入っていいよ』

 

 と、入室の許可を許した。

 

 私の手が、ドアノブに触れる。少し、震えているのがわかる。

 

「失礼、します………」

 

 そのドアを開くとそこには───。

 

 

 

 

 白銀の長引く髪の左上にサイドデール、赤い衣を纏い紅い瞳でこちらを見る美少女がいた。

 

 

 私を見た瞬間、花のような笑顔となり───。

 

「初めまして!貴方がレミリアね?私はリリス・スカーレットだよ!」

 

 私に近づいてニッコリと笑って名前を名乗った。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 私は今、魔導書に書かれた魔力の引き出しの練習をしている。コツを掴みつつあるし、それなりに魔力の引き出しは可能となった。まだ全開放は叶わないが……。

 

 私が鍛錬の間休憩していると、メイド達やお父様、お母様とは違う幼い声がドアの向こうから聞こえた。

 

「どなた?」

 

 誰だろう?食事はさっき済ませてメイド達が持って言ったはずだし、好き好んで私の部屋に来る人達もいないし───。

 

 もしかして、妹のレミリアとか?

 

 いや、流石にないか。恐らくお父様かお母様が近寄るなとか釘を刺してそうだし────。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レミリア・スカーレット…です」

 

 

 

 

 

 

 

 ────ふぉおおおおおおうっ!???

 

 え、ちょ、マジで言ってるのかいドアの向こうのレミリアちゃん?

 本物?本物だよね!?待って!部屋の整備してないのぉおおお!!

 

「レ、レミリア!?ちょ、ちょっと待っててね!?今片付けるから!!」

 

 鍛錬しっぱなしで部屋をまともに片付けていなかった私は、整理中に深呼吸しながら心を落ち着かせる。

 

 ───まだあわてるような時間じゃない(汗。

 

 散らかっていた本を全て片付け、お出迎えの準備をする。

 

「ごめんね、入っていいよ」

 

 ───あぁ、心臓止まるかと思った。

 

 本当にだらしない所を見せてしまった(聞かせてしまった?)。

 レミリアが───

 

 

『お姉様ってだらしないのね(笑)』

 

 

 

 

 とか言ったら私泣くよ?本当に心真っ二つに折れるよ?ハートブレイクするよ?

 

 表情には出さずに心の中で大パニックを起こしている私をよそに、レミリアはドアを開けて、姿を現した。

 

 

「失礼、します……」

 

 

 現れたのは、子供だった。

 青みがかかった髪の毛にナイトキャップを被って、ピンク色の衣に身を包み、パタパタと翼を羽ばたかせる可愛らしい女の子。

 

 ────彼女が、レミリア・スカーレット。

 

 

 率直に言おう────

 

 

 

 

 

 

 

 貴方は天使様ですか?そうですか(萌死。

 

 

 

 

 

 

 

 何この超弩級にクッソかわいい妹。なんなの?ねぇ、マジなんなの?私を殺す気?(著しい語彙力低下

 

 一瞬、私を迎えに来た天使なのかと本気で錯覚した後、私はすぐ正気に戻るが、いてもたってもいられなくなった私はすぐさま駆け寄り、自己紹介をした。

 

「初めまして!貴方がレミリアね?私はリリス・スカーレットだよ!」

 

 近くで見るともぅマヂ無理………。

 この子が妹とか最高過ぎない?もう私死んでもいいわ。

 

 ─────いや、死んじゃだめだろ。

 

 私には『誰も傷つかない理想世界』を創る夢があるんだ。ここで死ぬわけにはいかない。

 

「は、はい……」

「そんなに緊張しなくていーよ、ほら、リラックスリラックス」

 

 私がリラックスするように促すと、少し緊張がほぐれたのか、頬張っていた顔が緩くなった。あぁんもうかわいい。

 

「落ち着いた?」

「う、うん」

「そう、なら良かった!入って!」

 

 あぁ、早く話がしたい。レミリアと至高のひとときを楽しみたい!

 

 レミリアを椅子に座らせ、私が向かい合う形で座る。月夜に照らされて顔が赤くなっている。まだ緊張してるのかな?

 

「え、えっと……私のお姉様、でいいの?」

「うん、正真正銘、血の繋がった姉妹だよ」

 

 まぁ、普段出てこないからレミリアは私の存在自体が初めてなのかな?何の話をしようかと話題を探していると、レミリアからある言葉が出てきた。

 

「お姉様、私、聞きたいことがあるの」

「?なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、お姉様は幽閉されているの?」

 

 

 

 

 

 ──────はて。

 

 私はいつ、どこで幽閉されていることを言っただろうか。

 この会話に至るまでの短い会話でも、そんなことは一言も言ってない。

 

 

「──誰に聞いたの?」

「お母様とお父様から」

「……」

 

 

 おいぃ………機密情報の意味ぃ……。

 

 私が幽閉されているということを知っているのは、両親と一部の眷属のみ。他の眷属は私のことは死んだと認識させている。

 いくら身内だからって、そう簡単にばらすものなのか?

 

 まぁ、知られたからには仕方ないか。

 

「…そうだね。少し長くなるけど、いい?」

 

 レミリアは強く頷き、私の瞳をじっと見つめる。

 

 

 

 

「わかった。それじゃあ、話すよ」

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【レミリア】

 

 ─────どうして、お姉様は幽閉されているの?

 

 そう言った瞬間、お姉様の笑顔が崩れ、目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

 

「───誰に聞いたの?」

「お父様とお母様」

「……」

 

 お姉様は少し頭を伏せ、なにか呟いたあと、私を見て言った。

 

「…そうだね。少し長くなるけど、いい?」

 

 私は強く頷き、お姉様の瞳をじっと見つめた。

 

 

 

 

「わかった。それじゃあ、話すよ」

 

 

 

 お姉様はゆっくりと、話し始めた。

 

 

「スカーレット家長女として生まれた私は、欠陥品だった。見ての通り、吸血鬼の象徴たる翼がなかったから」

 

 

 ────ふと、お父様が言っていたことを思い出してお姉様の背中を見る。

 

 確かにない。吸血鬼のシンボルの翼がない。

 

 

「それと私の能力。私の能力は『万物を創造する程度の能力』。私がイメージしたものを一切の魔力を使用せずに現界させる能力。だからこそ一つの世界さえも創りかねない《神代の権能》を持って生まれた私を恐れた」

 

 

 

 ────《神代の権能》、別名、アンティーク・ラグナロク。

 

 人が生まれて間もない頃──《神代》に始まったという、神話戦争《ラグナロク》により神々は争い、多くの神はその戦いにより死んだ。

 その死んだ古代の神々の権能───強大すぎる神の力は転生せず、意志を持ってさまよっているという。

 これらを地上の民は《神代の権能》と呼ぶらしい。

 希に地上の人間がその力を宿して生まれることがあると言う。恐らくお姉様はそれに重なったのだろう。

 

 

 

「そして吸血鬼の翼は、自分の強さと身分を表す。それがない私は半端者の烙印を押され、半ば強制的にここに幽閉させられた」

 

「でもお父様とお母様は──」

 

「そう、お母様は幽閉を反対した。けれど、お父様は半端者である私の存在が一族に揺らぎを与え、士気の低下に繋がると考えた。だから幽閉という手段を取らざるを得なかった」

 

 お姉様のことを語っていたお母様とお父様の顔が浮かぶ。

 

 ────苦しそうに語る、二人の顔が浮かんだ。

 

「結果、私は生まれてまもない頃からここに幽閉されることになったけど、この日々は私にとっていい経験になった」

 

「え……?」

 

 幽閉が、いい経験になった?

 

 訳が分からず頭を傾げていると、それを見たお姉様が説明してくれた。

 

「これで私は目標を立てれたし、誰にも邪魔されず目標に向かって力をつけることが出来た。」

 

「目標………?」

 

 お姉様は私の目を真剣に見つめ、口を動かす。

 

「今の時代は正に弱肉強食。弱い者は殺され、奪われ、強い者だけが生き残る。私はその弱肉強食に従って力なき弱者として幽閉されたんだって理解した」

 

 確かに、今の時代はお姉様の言う通り、『弱肉強食』。

 強い者が生き残り、弱い者は屠られる。

 

「──私は思ったんだ。なんで弱い者ばかりが奪われるんだって」

 

 お姉様の目はより真剣になる。

 

「だから私は考えた。その弱き者達が安らぐ、誰も傷つかない最高の世界────《アヴァロン》を創り上げるってね」

 

 ────お姉様の能力は、『万物を創造する程度の能力』。

 お姉様はイメージしたものを魔力を使わずこの世に現界させる能力といった。

 

 《神代の権能(アンティーク・ラグナロク)》──創造神たる強大な能力を持つお姉様なら、一つの世界を創り上げるのは可能なのだ。

 

「その為には絶対的な力が必要。弱い者達を守る為に、私は強者にならなければならない」

 

 ─────お姉様が語る夢。

 私にはとても出来ない、誰も傷つかない理想世界を創り上げる。

 

 

 

 

「私の目標は《アヴァロン》の創造。それに伴う絶対的な力の習得だよ」

 

 

 お姉様の瞳は本気だ。本気で一つの世界を創ろうと思っている。

 

「──凄い目標だね、お姉様」

「大人に言ったら『ガキは夢見てろ』とか言いそうだからね…こうして計画を話したのはレミリアが初めてだよ」

 

 そう笑うお姉様は、本当に楽しそうだった。

 まるで、恋をした少女のように、夢を語っていた。

 

 ───なら。

 

 妹である私が出来ることは───。

 

「私も」

 

「え?」

 

 

 

 

「私も、その夢を手伝わせて」

 

 

 

 

 

 お姉様は拍子抜けたような表情をする。まるで予想外とでも言いたげな顔だった。

 

「…笑わないの?」

「素晴らしい目標だと思うよ、私じゃ到底出来ない。だからこそ」

 

 

 ────だからこそ、お姉様の力になりたい。

 

「……ありがとう、レミリア」

 

 お姉様は笑顔で、私の頭を撫でる。

 

 ───ちょっと擽ったいけど、嬉しい。

 

 

 

「レミリアは、私の自慢の妹だよ」

 

 

 

 そう、お姉様はニッコリと花のような笑顔で言った。




補足

《ラグナロク》
人類が生まれて間もない《神代》と呼ばれる時代に起こったとされる神話戦争。その時の文献はほとんどなく、起こったことしか未だハッキリしていない。

《神代の権能》
別名、アンティーク・ラグナロク。
《ラグナロク》により死んだ古代の神々の強大すぎる力が死後、転生せず意志を持ちさまよっているとされる神々の力。
希にその力を宿した者が現れると言う。

《アヴァロン》
リリスが目指す『誰も傷つかない理想世界』。
名前の由来は『アーサー王伝説』に登場する妖精郷、アヴァロンから。


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四話 《輝ける黒き宝石(魔剣グラム)》と《全を貫く紅槍(スピア・ザ・グングニル)

夜中のテンション入って眠れないでござる。




【リリス】

 

 あの日───レミリアと最初に会った日から数日。

 

 私は最初信じられなかった。子供でもふざけていると分かっているほど馬鹿げた私の理想を、否定せず、それどころか協力すると言い出したレミリアに。

 

 あの時はなんとか堪えていたが、泣きそうだった。初めての理解者が出来た気がして───嬉しくて、仕方なかった。

 

 その日を境に、レミリアは私の部屋にちょくちょく遊びに来るようになった。外に出れない私の代わりに外の状況について教えてくれたり、私が欲しい本を持ってきてくれたり、とても協力的だ。

 最初はこうやって使い魔みたいなことをする気は無かったのだけれど、レミリアがどうしてもというので、こうしてもらっている。

 

 今は、レミリアが持ち込んできてくれた本を頼りに、魔法や能力の使い方などを学んでいる。

 

「───武器ってどうしよ」

「どうしたのお姉様」

「いや、お父様とか武器を使って戦うじゃん?私もなにか創ろうかなって」

「なるほど……じゃあ、私も創るわ!」

「じゃあ、どういう武器にしようかな」

「これとかどう?」

 

 

 ふと、お父様か戦っていた姿を思い浮かべ、武器を使っていたことを思い出した。お父様達がそうしているのなら、私達もそうしたい。

 

 どうやらレミリアも武器を持っていなかったようで、なら一緒にということで、神話などを読みながら参考になりそうな武器を探す。

 

 ふと、目に映ったのは《北欧神話》。

 

 北欧神話の中の有名な物語の一つ、《ニーベルングの指環》という物語の由来となった物語、《ヴォルスンガ・サガ》。

 

 そう、主人公シグルドが持つ、魔剣グラム。

 

 ノルド語では《怒り》を意味し、物語ではファフニールを殺すために与えられた武器。

 

 竜という強大な存在を殺す武器。

 

 弱い人達を助けるには必ずしも、己より強大な存在と対峙することになる。

 

 私はその強大な存在を《竜》と例えるとする。シグルドと私とするならそうなるだろう。

 

 いずれ嫌でも強大な存在と戦うことになるなら、こういう武器が一番いい。

 

 ────うん、私にぴったりの武器だ。

 

「よし、これがいいな」

「お姉様、決まったの?」

「うん。少しの間集中するから、見ていていいよ」

「わかったわ」

 

 

 私はそのグラムを元に、自分好みの剣をイメージする。

 

 イメージするのは、黒を基準とした白の装飾が着いた細剣かな。

 

 

「────創造、開始(デザイン・スタート)

 

 目を瞑り、精神を集中させていく。

 

 大切なのはイメージ。イメージさえ崩さなければ、時間はかかろうとも必ず出来る。

 

 

 

 

 その後も私はイメージを続け、極限まで全精神を集中させる。

 

 

 

 

 あと、少し─────。

 

 

 

 

「─────完了(コンプリート)

 

 

 

 目を開けば、私の手にはイメージ通りの、黒を基準とした白の装飾の、真っ黒の細い刀身を輝かせるグラムがあった。

 

 

 輝く黒い宝石のように思えた私は、こう名付けた。

 

 

 ────《輝ける黒き宝石(魔剣グラム)》と。

 

 

「思ったよりも上手くいったかな?」

「凄いわ!お姉様!」

「ふふ、ありがとう」

 

 

 私のグラムに目を輝かせるレミリア。すんごい可愛い。

 

「レミリアはどうするの?」

「これにする!」

 

 レミリアが指さしたのは、北欧神話の本。

 その指さす先を見ると、かのオーディンが持っていたとされる全てを貫く最強の槍、《グングニル》だった。

 

「わかった。それじゃあ、そのグングニルを頭にイメージして?」

「イメージ……」

 

 レミリア目を瞑り、集中を始めたようだ。

 

「うん、イメージできた」

「なら、それを保ちながら魔力を回して。そうすれば自然と形が出来てくるから」

 

 私の場合は能力による創造で簡単に出来たが、本来、武器を作る際は魔力で形を構成する必要がある。レミリアにそう伝えると、レミリアの魔力が溢れ、槍の形を作っていく。

 

 

 ────しばらくすれば、そのレミリアの魔力で出来た紅い槍は本とそっくりになっていた。

 

 ────《全を貫く紅槍(スピア・ザ・グングニル)》。

 

 原典の伝承を見る限り、名前的にこうなるのだろうか。

 

「おぉ……凄いじゃん!」

「やったー!」

 

 無事魔力による武器生成を成功させたレミリアは嬉しそうに跳ね上がる。うっへぇ超可愛い。

 

「これで武器の方は大丈夫そうだね」

「うん、これで私もお姉様と同じだね!」

 

 あぁん、やめて。その笑顔は私には効果抜群よ(萌死

 

 私のグラムとレミリアのグングニル。

 

 ───互いに北欧神話の武器。

 

 リリスは《輝ける黒き宝石(魔剣グラム)》を。

 

 レミリアは《全を貫く紅槍(スピア・ザ・グングニル)》を。

 

 二人はお互いの武器を見合って、笑いあった。



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五話 七色の翼

ようやくフランが出てきます。




【リリス】

 

 あの日───私が鍛錬を始めた日から数年経つ。

 あの地道な基礎運動から魔力の使い方まで、何から何まで行き当たりばったりだったけど、レミリアが手伝ってくれたおかげで、鍛錬はこの上なく順調だ。

 

 私の魔力は能力のせいか、お父様の二、三倍以上の魔力を持っている。だから全開放するには苦労した。いつまで経ってもそこが見えない私の魔力に私が怖くなったことがあったけど、今はもう息ひとつでポンッて出来る。

 

 レミリアが持ってきてくれた魔導書もあらかた習得した。

 基礎の身体強化魔法から、召喚魔法、精霊魔法とか、そういうのはあらかた覚えた。

 

 それ私にはグラム───《輝ける黒き宝石(魔剣グラム)》もあるし、並の妖怪は倒せると思う。

 

 ─────だが、私は鍛錬をして強くなったわけであって、実戦を経験している訳では無い。

 

 要は臨機応変の対応が戦場で出来るかどうか。今の私は見えない相手に武器を振るって強くなっているも同然だ。

 

「…今度レミリアに実戦頼もうかな」

 

 正直不安で仕方ない。多分このまま見知らぬ相手と戦ったら負ける自信がある。

 

 

「お姉様!!」

 

 

 そう噂をしていれば、レミリアか慌てふためいて私の部屋に入ってきた。

 

 何かあったんだろうか?

 

「どうしたの?」

「───れた」

「え?」

 

 

 

 

 

 

「妹が生まれたの!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「───ぇえええええええッ!?」

 

 

 

 ─────ふぉい!?聞いてないよ!?

 

 私は妊娠したことすら知らないため、こんな反応になってしま

 ったが─頭の中も大パニックである。

 

 レミリアの時よりは幾分か落ち着いているが、それでも衝撃が大きい。

 

「ぇ、ちょ、ホント!?」

「うん!フランドールって言うの!」

 

 ─────ようこそ我が家へフランドールちゃん!!

 

 内心そうやって生まれた喜びをぶちまけていると、レミリアは私の手を引いて───。

 

 

「行こ!お姉様もフランに会いに!」

 

「う、うん……!」

 

 

 

 ────そういや出禁だったなぁ。

 

 これに気づくのは、数時間後のことだった。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

【レミリア】

 

 先日、妹のフランドール・スカーレットが生まれた。

 とっても可愛くて、綺麗な七色の羽を持つ女の子。

 

 嬉しい。私に妹が出来たという喜びでいっぱいだった。

 

 ────お姉様も、私と会った時そうだったのだろうか。

 

 そこで、そうだと私は思いつき、お姉様の部屋へと足を運ぶ。

 

 ────お姉様に報告しなきゃ!

 

「お姉様!!」

 

 勢いよくドアを開けると、そこには魔導書を読んでいたお姉様がいた。きょとんとした顔で、私を見ている。

 

「どうしたの?」

「──れた」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹が生まれたの!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ぇえええええええッ!?」

 

 

 

 妹が生まれた。

 それを聞いた瞬間、お姉様は飛び上がり、大きな声を上げた。

 

「ぇ、ちょ、ホント!?」

「うん!フランドールって言うの!」

 

 お姉様はキラキラと目を輝かせている。かく言う私も、そうなっているのだろうが。

 

 私はお姉様の手を取り、お姉様を部屋から連れ出した。

 

「行こ!お姉様もフランに会いに!」

「う、うん……!」

 

 廊下を走って、お母様の部屋へと入る。

 

「レミリア、少し落ち着い……て………?」

「……どうしたの?お母様」

 

 お母様は私を注意しようとしたみたいだが、どうも言葉がつっかえっかえになり、固まってしまった。

 

「……リリスなの?」

「……うん、正真正銘のリリス・スカーレットだよ、お母様」

「よかった……元気そうでなによりだわ!」

 

 そういえば、お姉様は幽閉されているからお母様とお父様は生まれた時にしか会ってないんだっけ?

 

 あれ?幽閉されているのに連れ出しちゃってもよかったのかなぁ…。

 

 ──ま、いっか!

 

「お姉様!お母様が抱えてる子が、フランだよ」

 

 私はお姉様の手を引いて、お母様の元へと向かう。

 

 お姉様はお母様の腕の中で眠るフランをじっと見つめた。

 

「──七色の、翼」

「そうなのよ。とても綺麗じゃないかしら?」

「…そうだね」

 

 ………?

 お姉様は顔を見た時は凄い嬉しそうだったのに、急に翼を見た瞬間、お姉様は暗い顔になってしまった。

 

「ごめん、ちょっとトイレに行ってきていいかな?」

「え?うん」

 

 お姉様はその暗い顔のまま、部屋を出て行ってしまった。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 私のフランの第一印象は、とても可愛い子。

 レミリアに似て、ものすごく可愛い。私も誇らしい限り。

 

 でも、私はフランの翼を見た瞬間に、思ってしまった。

 

 

 ────どうしてそんなに綺麗な翼を持っているの?

 

 

 私には吸血鬼を象徴する翼がない半端者。フランの綺麗な七色の宝石の翼を見た瞬間、私は姉にあるまじき気持ちを持ってしまった。

 

 ────どうして。

 

 ────なんで私はないの?

 

 私も欲しかった。その綺麗な七色のような翼が。

 

 

 別に、フランの翼が気持ち悪いという訳では無い。むしろ凄く綺麗だし、この子にぴったりのとっても美しい翼だ。

 

 だからこそ、なんだと思う。

 

 ─────綺麗すぎて、私は見た瞬間に劣等感を感じてしまったのだ。

 

 なんであの子はあるのに私はないの?

 

 私の中に蠢くこの感情、人はこれを『嫉妬』と言うのだろう。

 

 フランに劣等感を持ってしまったこと。

 

 フランに嫉妬してしまったこと。

 

 あの子は悪くないのに、こんな、憎悪にも似た気持ちを抱く私はとても姉とは呼べまい。

 

 

「…私は…最低だ……っ」

 

 

 私は、生まれたことの嬉しさと劣等感による憎悪にも似た嫉妬がごちゃごちゃになり、堪えきれなくなった雫を垂らした。



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六話 熾天使(セラフィム)の翼

【リリス】

 

 フランが生まれて数年。

 私の中の劣等感は未だ消えない。フランを見る度に、それは肥大化していく。

 

 ────レミリアとフランは立派な翼があるのに。

 

 ────私だけ、ない。

 

 その差を自覚していくにつれ、劣等感が肥大化していくにつれて、自分が一人ぼっちになる気がして。

 

 そうなって行った私は、いつの間にか無意識に二人を避けていた。

 

 

「……とりあえず、気晴らしになにか創ろ」

 

 

 こうなっては仕方ないので、とりあえず何かをして気を紛らわすことにした私は、何を創ろうかと悩んでいた。

 

 

 

 ────その時、私の頭にある思考が走った。

 

 

 

 

 

 

 ………創る?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼がないなら、創ればいいじゃない!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それだっ!!!」

 

 

 

 なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだろうか。気付いていなかった過去の私を殴りたい。

 

 

 ふと、そんなことを思っていると、開いていた本のページにある人物の絵が目に入った。

 

 

 ─────三対六翼の翼を持つ熾天使、セラフィム。

 

「おぉ……!」

 

 それを見た私は見とれてしまい、すぐさまこの翼を頭の中でイメージする。

 

 私は吸血鬼だ。あまり天使の羽は似合わないだろう。

 

 なら、天使の羽のような悪魔の翼───それをイメージする。

 

 

「────創造、開始(デザイン・スタート)

 

 

 

 

 

 

 ゆっくり、慎重に、イメージを組み立てていくと同時に、背中の異物感が大きくなっていく。

 

 

 

 

 

 案ずるな、イメージし続けろ。

 

 

 他のことなど気にするな。今はただ、考えるんだ。

 

 

 

 

 

「─────完了(コンプリート)

 

 

 ─────イメージはし終えた。背中の大きな異物感もある。

 

 あとはそれを現実に反映できているかどうか。それが問題だ。

 

 私はその状態のまま、鏡に向かって足を進め、身を移した。

 

 

 

 ────左右対称に並ぶ三対六翼。

 

 真っ白に輝くそれは悪魔の翼の形だったが、その白さ故に天使のような翼だと錯覚してしまう。それにうっすらと模様のようなものが見える。

 

「やった………出来たんだ…ッ!」

 

 あまりの嬉しさに飛び上がる私。

 

 やったぞ!これで私も対等になれる!!

 

 

 

「お姉様~、入る………よ……?」

 

 

 

 私が鏡の前でぴょんぴょん兎のように跳ねていれば、私の部屋に入ってきたレミリアが私を見るなり絶句した。

 

 ─────だからね、そういう反応が一番困るのよ。

 

 

「え……お姉様………翼……」

 

 

 驚きすぎてもう後ずさりしてませんかレミリアさん。

 

「凄い……凄いわ!天使様みたいで綺麗で、お姉様にピッタリの翼だよ!」

「フフ、ありがとう」

 

 目をキラキラと輝かせて、私の翼を見つめるレミリア。

 どうやら、本当に上手くいったようだ。

 

「ちょ、ちょっとフランとお父様とお母様に報告しなきゃ!」

「え、あっちょ」

 

 私が静止しようとしたが、レミリアはそれを気にもせず部屋を勢いよく飛び出していった。

 

 ────まぁ、多分、半端者の称号は外れるだろうなぁ。

 

 この部屋、結構愛着あったんだけど……出れるならいいか。荷物とかは明日まとめればいいし。

 

 

「リ、リリス!?翼が生えたって本当か!?」

 

 

 

 一目散に私の部屋に入ってきた男性を見て、私は目を見開いた。

 

 ────数十年ぶりの再開となるか。

 

 あの時と何も変わっていない。その優しい瞳も、その中に秘める強大な魔力も。

 

 ────セラド・スカーレット。私の実の父親。

 

 

「…お久しぶりです、お父様」

「おぉ……凄いじゃないか!なんて立派な翼だ…!!」

「リリスお姉様!!」

 

 私にすがるように抱きしめて翼を見つめるお父様。そしてその間を縫って飛びついてきたのは、愛しい妹、フランだった。

 

「わぁ~………綺麗……」

「ありがとう」

「あぁ……リリスに立派な翼が……」

 

 レミリアが連れてきたお母様は、私の部屋のドアのところですすり泣いている。

 

 ────凄い、恥ずかしいです。

 

「すまない……お前を半端者という建前で幽閉してしまって……」

「いいのです。私は今までも充分幸せです」

「しかし…」

 

 ─────あぁ、そんな顔をしないでくれ、お父様。

 かりにも吸血鬼のトップにたつお方が、娘一人でここまで変わるんだと思うと、彼もまた一人の父親なのだと初めて思った。

 

 

 

「愛する妹にも恵まれ、私を愛してくださるお母様とお父様がいる。それだけでも、充分幸せですよ」

 

 

 ────これは紛れもない本心だ。

 

 自分をお姉様と慕う優しくて愛しい二人の妹。

 幽閉はされていたけれど、愛を注いでくれていたお母様とお父様。

 

 これ以上に、何を望めというのだ?

 

「だから、顔を上げてください、お父様」

「……わかった、お前がそこまで言うなら」

 

 お父様は立ち直ったのか、私の頭を撫でてくれた。

 

 ───頭を撫でられるなんて、何年ぶりだろうか。

 

 恥ずかしいけど……とても、気持ちいい。

 

「よし!今日は記念にパーティーを開くぞ!」

「やった!パーティーだって!」

 

 ─────あぁ、私は幸せ者だ。

 

 こんな私のことを思ってくれる家族が居て。

 

 ──────だからこそ。

 

 だからこそ、私の夢は実現させなければならない。

 

 《誰も傷つかない理想世界(アヴァロン)》の為に。

 

 大切な家族を守るために。

 

 

 ─────今日、鳥籠の中の小鳥は、夢に向かって羽ばたいた。




リリスの白翼

【挿絵表示】

彼女がこの翼に付けた名前は《熾天使(セラフィム)》。
グラム同様、彼女が創ったものなので出し入れが可能。本人は能力発動時に顕現するようにしている。
由来は神話に登場する三対六翼の熾天使、セラフィムから。




神綺様の二段階目の翼そのまんまです。
この段階の翼本当にすこ。




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人物紹介

今回は人物紹介です。

レミリアとフランの能力は自己解釈とかオリジナルが少し混ざっているので注意してください。


『鳥籠の中の姫、翼を得る』までの人物紹介

 

 

リリス・スカーレット

 

吸血鬼の王族であるスカーレット家の長女として生まれた吸血鬼。

しかし生まれた時から、吸血鬼の象徴たる翼がなく、その世界ひとつを創りかねない強大な力も相まって、半端者として幽閉される。

そしてその中で弱者が奪われていく世界を変えようと決意し、『誰も傷つかない理想世界』、《アヴァロン》を創造することを目標に鍛錬を始める。魔力も並の吸血鬼を凌駕するほど膨大な量を持つ。

 

性格は非常に明るく、何事も前向きに捉える性格。ただし時に冷酷な一面を見せることがあるが、それは決まって家族が傷つけられた時のみ。

 

能力 『万物を創造する程度の能力』

 

己がイメージしたものを魔力を使用せずにそのまま現界させる能力。リリスはまだ未熟なため街一つくらいしか創れないが、完全に制御するようになれば、世界一つを指一つで簡単に創り出すことが出来るという超強力な能力。リリスはこれを用いて翼を創った。

古代の神々の生きた権能、《神代の権能(アンティーク・ラグナロク)》の一つ。恐らく創造神の力だと思われる。

 

友好関係

 

セラド……私が誇る最高の父親であり、憧れ。

サリー……私が誇る最高の母親。

レミリア……最も守るべき対象、何より天使。

フラン……最も守るべき対象、何より天使。

眷属達……惨たらしく死ね。

 

 

レミリア・スカーレット

 

スカーレット家の次女として生まれた吸血鬼。リリスの妹、フランドールの姉に当たる。

リリスとは違い翼があるので、正当なスカーレット家の次世代当主として期待されている。リリスと出会ってからは彼女を『お姉様』と慕い、リリスの《アヴァロン》創造のサポートをしている。ちなみに、リリスはレミリアにスカーレット家の当主を継がせるつもりであるらしい。(理由は『めんどくさいし計画の邪魔』)

 

性格は少し控えめ。それは建前であって本当は非常に明るい年相応(?)な性格をしている。眷属達にはクールにふるまっているが、本当は甘えん坊。

 

 

 

能力『運命を操る程度の能力』

 

あらゆるものに存在する行く末、『運命』を糸として捉え、操る能力を持つ。万物に死があるように、『運命』も万物に共通するらしく、レミリアはそれらすべての運命を見ることが出来るが、レミリアは完全に制御しきれていないため、運命の糸の干渉は難を極める。

 

友好関係

 

セラド……私が誇る最高のお父様。

サリー……私が誇る最高のお母様。

リリス……なんでも出来てとっても優しい最高のお姉様。何より憧れ。

フラン……守るべき対象であり、互いに切磋琢磨し合う中。

眷属達……お姉様への接し方がクズ同然なので死ね。

 

 

フランドール・スカーレット

 

スカーレット家に生まれた三女。リリスとレミリアの妹に当たる。

七色の宝石のついた翼を持ち、一度リリスと同じように周りからは異端視されたものの、その美しさ故、幽閉までとは行かなかった。

リリスを『リリスお姉様』、レミリアを『レミリアお姉様』と慕う。

ちなみに、スカーレットはナイトキャップにサイドテールをしているが、ナイトキャップはレミリアを真似して、サイドテールはリリスを真似したものらしい。

 

能力『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』

 

フランにはものの壊れやすい『目』が見え、それを潰すことで対象を木っ端微塵に破壊することが出来る。リリスとは正反対の能力だが、《神代の権能(アンティーク・ラグナロク)》では無い。

本人は制御が効かないので、自分が理解しうるものしか破壊は出来ない。

 

性格は非常に明るく好奇心旺盛。そして何より甘えん坊。まさにリリスとレミリアを足したような性格をしている。

 

友好関係

 

セラド……とっても優しいお父様。

サリー……とっても優しいお母様。

リリス……能力を恐れず妹として接してくれる憧れのお姉様。

レミリア……能力を恐れず妹として接してくれるお姉様で、ライバル。

眷属達……基本的に普通だけど一部に嫌われているためあまり良くない。

 

セラド・スカーレット

 

現スカーレット家の当主であり、リリス、レミリア、フランの実の父親。

数千年を生きる吸血鬼で、その力は大陸随一を誇る。

リリスが生まれた際、翼が無いリリスを妻のサリーとどうにかして庇おうとしたものの、眷属達を抑えることが出来ず、幽閉させることにした。これについてセラドは負い目を持っており、毎晩うなされていたと言う。

 

能力 なし。

 

彼に能力はない。だが純粋な種族の力は圧倒的に高く、己の力のみで頂点にたった辺り、さすがと言えよう。

並の吸血鬼を10とするなら、セラドは500以上

ちなみにサリーは500、リリスは400、レミリアは150、フランは130。

………スカーレット家どんだけ並外れてんねん。

 

性格は厳格で、非常に厳しい。しかし、娘や妻の前では非常に優しい父親として振る舞う。

 

友好関係

 

サリー……今でも愛する最愛の妻。

リリス……血を分けた守るべき娘。

レミリア……血を分けた守るべき娘。

フラン……血を分けた守るべき娘。

眷属達……良好だが、リリスの件で一部とは良くない。

 

 

サリー・スカーレット

 

スカーレット家の当主、セラドの側近。リリス、レミリア、フランの実の母親。

セラド同様に数千年を生きる吸血鬼で、《緋色の吸血姫》という名を轟かせるほどの実力者。セラドとは本気で殺し合い、本気で戦うセラドに惚れたのだとか。

非常に慈悲深く、娘と夫を愛してやまない。幽閉されていたリリスに手紙を送るなど、その愛は相当なもの。

 

能力『血を操る程度の能力』

 

自分の血に限らず、相手の血をも操ることが出来る能力。発動条件は、『触れるだけ』であり、触れるだけで血液を逆流させたり、その血液で武器を作るなど汎用性が非常に高い能力。

 

性格は大人しく、慈悲深い。戦いを嫌うが、セラドによると『昔は今と比べ物にならないほど冷酷で、戦闘狂だった』という。

 

友好関係

 

セラド……最愛の夫。

リリス……最愛の娘、守るべき宝。

レミリア……最愛の娘、守るべき宝。

フラン……最愛の娘、守るべき宝。

眷属達……リリスの件でよく思っていない。

 



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第1章 世界を知る姫
七話 秘めたる闇


アンチヘイトあり。

今回はリリスがキャラ崩壊を起こします。


【リリス】

 

 私が幽閉から解放されて数日。この数日だけでも私はかなり堪能している。

 そう、何せ出禁だったから、こうして外に出るなんて、秘密で外に出て鍛錬した以来なのである。なによりその時は鍛錬に夢中で外の光景には興味なかった。

 

 何もかもが新鮮。外の世界はこんなにも満ち溢れていたのだ。

 

 まぁ、流石に年中外にいるわけにも行かないので、今は室内にいるが。

 

 それはそうと────。

 

 先日、お父様が真剣な表情で私たち姉妹に、明日の昼間に部屋に来るように言われたのだが……何かあったのだろうか。

 今私はレミリア、フランと一緒にお父様の部屋に向かっている最中。

 

「どうしたんだろう、お父様」

「さぁ…ただ、良くない知らせってのは分かるけどね」

 

 フランが呟いた言葉にそう返しておいた。

 

 あの顔を見ればわかる。あの顔はどう見ても宜しくない顔だ。

 

 そんなことを考えていれば、いつの間にかお父様の部屋の前に着いていた。

 

 一言断り、許可を得て入室する。

 

「来たか…」

「……どうしたんです?お父様」

 

 私がそう言えば、お父様は苦しい顔をしながら事情を話し始めた。

 

「今、我々スカーレット家は大陸の大半を占めているのは知っているな?」

「えぇ、それはもちろんです」

「我々がまだ治めていない領地……そこの支配者が、我々に一対一の決闘を申し込んできたのだ」

 

 ─────よくある話である。

 領地を欲しいがために、強者に挑み、領地を奪う者達。

 

 しかし、大きく出たものだ。

 

 仮にもこちらは大陸の大半を占める、言わば一個の国同然の戦力をもつスカーレット家。

 それに決闘を申し込む……どういうことだろうか。なにか嫌な予感がする。

 

「しかも条件付きのな。私とサリーの参戦不可。つまり三人のうち一人が出ることになる」

 

 ────なら、私が言うべきことは一つ。

 

「………私が、出ます」

「お姉様!?」

 

 ────私は、傷ついて欲しくない。

 

 レミリアとフランの二対一による実践演習は何回もしている。実力を確かめたいというのもあるが──

 

 私の愛する妹達が傷つく様を、見たくない。

 

 それが私の本心だった。

 

「いいのか?」

「はい。相手もこちらを把握しての決闘でしょうし、それなりの腕はあるかと思います。故、姉妹の中でも一番強い私が出るべきかと」

 

 だからこそ、遊びとはいえ二人を相手にとって圧勝できる私が出る。

 万が一、この子達に何かあるかもしれないから。

 

「…わかった」

 

 ────優しいお父様のことだ。きっと娘を戦場に出すことを悔やんでいるのだろう。

 

「大丈夫です。私はスカーレット家長女、一族の名誉を汚すような真似は決してしません」

 

 ────強者たる者、優雅たれ。

 小さい頃……まだ幽閉されていない頃にお父様が口に出していた言葉だ。

 

「…そこまで言うなら」

「ありがとうございます」

 

 

 ────しかし、どうも嫌な予感がする。

 

 何なのだろうか。この胸騒ぎにも近い感覚は。

 

 私は二人の手を引き、考えながら部屋を出て廊下を歩く。

 

 

 

「おい、あれって──」

「あぁ、翼がねぇ半端者だよ」

「なんで出てるんだよあいつ」

 

 

 ─────慣れたものだ。

 もうイラつくのさえ疲れる。こうも通る度にされてはいちいち反応するのも疲れるのだ。

 

 さっさと通り抜けよう。そう考えた時───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの七色の翼の奴……」

「あぁ、破壊する力持ってる異端者だ」

「それにろくに制御出来ないんですって」

「ホントか?近寄らねぇほうがいいな」

「あぁ、やっぱり半端者の妹は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────私の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 一瞬──瞬きの出来事だった。

 

 リリスは二人の手を離し、噂をしていた眷属達に一瞬で近寄り、そのうち一人を首を掴んで壁へと思いっきり吹き飛ばした。

 

 

 理解できない眷属達は反論しようと威圧的な態度で言おうとしたが。

 

 

 

 

「な、何しやがる……ッ!」

 

 

 

 

 

 

黙れ(・・)

 

 

 

 

 

 ────────殺すぞ。

 

 

 

 

 まるで『黙らなかったら殺す』とでも言いたげなその瞳。その殺気に眷属達は怯え始める。

 

 ─────刹那、リリスの背後から真っ白な三対六翼の翼が現れる。

 

 

 そして、眷属の体に衝撃が走り、壁に擦り付けられる。

 

 

「───撤回しろ」

「か……は………っ」

「───聞こえないのか?撤回しろと言っている」

 

 

 眷属達はその殺気により腰を抜かし、擦り付けられる男は息さえも途絶え途絶え。

 

「が……っ…ご……め……」

「───おい。お前、ふざけてるのか?」

 

 そしてその男の頭を片手で掴み、床へと思いっきり叩きつける。

 

 

「ご………っ!?」

「その減らず口でフランを罵った言葉を撤回しろと言っているんだよ。お前の頭は烏頭のそれか?それ以下か?」

 

 男の頭を掴むそのリリスの手に、より一層力が入り、ミシミシと音を立てる。

 

「お前にフランの何がわかる?一生懸命私達に追いつこうとしているあの子の何がわかる?」

 

 男は必死に抗おうとするが、その圧倒的な殺気と力の前にひれ伏すしかない。

 

「お前はあの子が一生懸命能力を制御しようとして何度も挫折し泣いたところ見た所があるか?お前らのような奴に異端者と呼ばれ傷ついて泣いているあの子を見たことがあるか?」

 

 リリスは、淡々と語る。

 

「フランのことを何も知らないお前達がフランを語るな」

 

 リリスが帯びる殺気が、さらに膨れ上がる。

 

「有像無像の吸血鬼風情が思い上がるなよ」

 

 そう言いながら手を離し、レミリアとフランの元へ戻っていく。

 

「もう一度私の妹達を侮辱するような言葉を言ってみろ。

 

 

 

 

 

 

 

 次こそこの世から無残に残酷に消し飛ばしてやる」

 

 

 

 

 

 そう言って、リリスは二人の手を引いて戻って行った。

 




はい、リリスのマジギレ回でした。

ちなみに怒った理由は、フランを異端者と罵ったことについてにです。

セリフ

「この世から無残に残酷に消し飛ばしてやる」

このセリフの元ネタは、東方緋想天における八雲紫vs比那名居天子の戦闘前、紫が放ったマジギレセリフ「美しく残酷にこの大地から往ね!」を参考にしました。


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八話 狂気の決闘

【リリス】

 

 

 ──────暑いよ。

 

 季節は夏となり、暖かいというか暑くなってきた。だから一応袖をなくした服……いわば夏服というものを着ているのだが、暑い。

 

 それも、馬車の中だから余計暑いよ。

 

 そう、今日はお父様の言っていた決闘の日なのである。何やらコロシアム?に向かうとか。それにしてもね、家族五人が一つの馬車に乗ってると暑い。機密だから閉めっぱなしだから余計。

 

「暑い……」

「暑いよぉ…リリスお姉様助けてぇ」

「それはこっちもだよ……あかん、ほんまめっちゃ暑い」

 

 死ぬ。決闘する前に死ぬんだけどこれ。

 私を始めレミリア、フラン、お母様やお父様も汗ダクダクなんだよ。魔法使って涼しくしたいけど決闘前だから使うのは控えたいから。

 

「つ、着いたぞ」

 

 死にかけのような声でお父様が言う。やっと外に出れるよォ。

 

「「「死ぬかと思った……」」」

 

 思わず私たち姉妹は同じことを口にした。いやほんとに暑かったんだって。

 

「……ここが」

 

 ─────思ったより大きい。

 神殿のような造りだが、どうやら強力な魔法がかけてあるようで、恐らくそう簡単には壊れなさそうだ。

 

 案内役に連れられて控え室へと入る。

 

「………さて」

 

 そこで軽く準備運動。

 

 スカーレット家の名に恥じぬ戦いにしなくては。

 

 

「問題なし。あとは実戦で倒せるかどうか」

 

 

 未知なる相手………。

 こういった戦いは初めてなので、正直勝てるわからないけれど、頑張らなくちゃ。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【レミリア】

 

 お姉様と離れて、案内役の吸血鬼に専用席へと案内される。

 

 そこへ座り、私は周りを見渡した。

 

 未だざわついているが、視界すべてに入る人型は、全て吸血鬼だった。

 

「それにしてもすごい数ね……」

「そうだね……」

 

 思わず息を呑んでしまう。

 

『身内以外の人は、基本的に敵と思いなさい』

 

 お姉様がよく言っていた言葉を思い出す。それに従ってこの数敵とすると………思わず、寒気がする。

 

 お父様やお母様、お姉様はまだしも、私達二人…私とフランは手も足も出ずに終わるだろう。

 

「……レミリアお姉様」

「なに?フラン」

「…リリスお姉様、大丈夫かな…?」

 

 フランはものすごく心配そうな顔で私に聞いてきた。

 

 ────確かにものすごく心配で仕方がない。

 

 いくらスカーレット家よりは戦力は劣るとはいえ、真っ向勝負を挑んできたのだ。正直、どんな力を持つのかさっぱりわからない。

 

「…ねぇ、フラン」

「なに?」

「お姉様が、負けると思う?」

 

 けれどこれだけは言える。お姉様は決して負けない。

 

 能力、魔力、頭脳───どれをとってもお父様達と同格レベル。

 

 私達とは比べ物にならないほど、リリス・スカーレットは完成されているのだから。

 

「それに、私達を同時に相手にして手加減してもらっても圧勝されたのよ?負けるはずがないわ」

「!……そうだよね!」

 

 大丈夫。

 

 お姉様はきっと─────。

 

 私は観客の拍手が始まったと同時に、舞台へと現れたお姉様を見守った。

 





【挿絵表示】


リリスの夏服です。

もっとこう……可愛く、描きたいなぁ。


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九話 未知なる力

ここで旧作キャラが登場します。

──────いざ、倒れ逝くその時まで。


【リリス】

 

 ─────おぉおぉ、観客が賑わってらっしゃること。

 

 支度などを全て整え、舞台となる戦場へ足を踏み入れた私は、多すぎる吸血鬼の量にすこし恐怖を覚えたが、今は目の前の男に集中せねば。

 

「よぉ嬢ちゃん。随分可愛らしい見た目してんな」

「舐めてくれるね。こう見えて私、スカーレット家の一番推しなのよ?」

「ハッ、翼がねぇのによくほざくなぁ」

 

 ──────言ったな?

 

 私は少しにやけながら、ゆっくりと背中の白翼を展開させた。

 私の三対六翼の翼を見た男を始め、観客からも感嘆の声が漏れる。

 

 

「…こりゃ驚いた。見た目も相まって、天使かと思ったよ」

「それはどうも。でも本業は悪魔なので」

「ごもっとも……それじゃ、自己紹介と行こうか」

 

 男はゆっくりと剣を構えながら、名を名乗った。

 

「ヴァルキリアス・ブリュンスレッド。我が剣、その身に刻むが良い」

 

「リリス・スカーレット。我が神たる力、その身で味わうがよい」

 

 互いに名乗りを上げ、私はすこし浮遊した。

 

 そして、私はかつて創った《輝ける黒き宝石(魔剣グラム)》を創り出し、その右手に握る。

 そして、複数本グラムを創造し、私の傍に浮遊させる形で待機させる。

 

 駆けて来たのはヴァルキリアス。その剣を私の心臓に突き刺そうとするが、そんな見え見えな攻撃など簡単に躱すことなんて朝飯前。

 

「ッ!」

 

 その隙を狙い、右手に握るグラムを振りかざすが、その男の剣により防がれる。しかし防ぐヴァルキリアスに迫るのは待機させていたグラム。それらが追撃を行いヴァルキリアスを追い詰めていく。

 

 ─────あの数を剣一本で……なかなかのやり手か。

 

「なら───」

 

 私は一歩、足を踏み入れる。

 

 刹那、踏み入れた足元からヴァルキリアスに向かって鋼の棘が一斉に突き出す。能力の応用である。

 

 流石に無数のグラムにこれは予想外だったのか、ヴァルキリアスはすこし掠り傷をおい、距離を離した。

 

「へぇ……なかなかの能力だな」

「ん?今のでわかったの?」

「何となくな。大方創る能力だろ?魔力が込められてないのにあの練度、大したもんだ」

 

 ─────戦術眼もなかなか。

 

 どうやら、箱入り娘ならぬ箱入り野郎、という訳では無いようだ。まぁ箱入り娘は私なのだろうけど。

 

「是非とも欲しいよ、貴方みたいな人」

「そりゃどうも」

 

 半分本気の半分冗談をかますと、ヴァルキリアスはその剣を振るい、斬撃を飛ばしてくる。私はそれを能力によって作った鋼の盾で防ぐ。

 

 ──────魔力が篭っていない。能力か?

 

「…断定するにはまだ早いか」

 

 そう考えていれば、いつの間にか背後に回ったヴァルキリアスが切りかかってくる。

 

 それをグラムで捌いていくが………剣術では向こうの方が上か。

 

 そこで、私は待機させているグラムを、私が振るうグラムに合わせて追撃するようにして、ヴァルキリアスを追い詰めていく。

 

 ──────それでもこの剣術。

 

 このままでは埒が明かない。とはいえ、最大の切り札を切るにはまだ早い。さて、どうしたものか。

 

 手始めに、今度は身体強化魔法をさらに上げて、さらに速度を上げて攻撃を仕掛ける。

 

「ぐっ………」

 

 そして、先程から私に掠ろうとするゼロ距離で放たれる斬撃。やはりその斬撃には魔力は乗っていなかった。

 

 ──────さながら『飛ばす程度の能力』と言ったところか。

 

 

「──ッ!」

 

 

 私は一度距離を離して浮遊し、私は能力で数え切れないほどのグラムを創造する。

 

「照射────」

 

 そして、私が手を振りかざすと同時に、グラムが雨のように降り注がれる。

 

 一撃一撃が致命傷になりかねないその死の剣の雨が降り注ぐ中、ヴァルキリアスは必死にその剣一つで的確に弾いていく。

 

 更には降り注ぐグラムを取り、二刀流で剣を弾くなど、その剣術は見惚れるものばかりだった。

 

 ────やるな。

 

 けれど、これで終わりだ。

 

 私は手を掲げ、最大の切り札を切る。能力と魔力を上乗せした私が用いる最強の攻撃────の、最小版。

 

「堕ちろ────ッ!」

 

 

 

 

 ───────《星落とし》。

 

 

 その一一人ほどの大きさの球体がヴァルキリアスのそばに落ち、舞台をその球体の大きさには似合わない大きな魔力拡散(マイクロバースト)を起こし、大爆発を起こした。

 

 

「………」

 

 その大爆発が止み、私は酷く抉れたクレーターの爆心地へと舞い降りる。

 

 そこには、ボロボロになって倒れるヴァルキリアスがいた。

 

「やった、みたいね」

 

 私がそうほっとしていたその時─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァルキリアスから吸血鬼とは思えない、膨大な何か(・・)が放たれ、場を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

「なに────っ!?」

 

 

 私が勢いよく振り向けば、そこには力なく立ち上がるヴァルキリアスがいた。その目に光は宿っていない。

 

 ──────違う、これはヴァルキリアスでは無い…!!

 

 

「まずい……ッ!」

 

 

 このままではまずいと思った私は、取り敢えず浮遊して距離を取る。

 

 ヴァルキリアスは力なく腕を上げ─────。

 

 

 

 

 振りおりしたと同時に、その振り下ろした先がなんにも無くなっていた。

 

 

「何よ今の───まるで」

 

 

 ──────かき消したみたいに。

 

 

 いや、これはかき消したと言うより、その何かによって破壊された、の方がいいか。

 

 振りかざした瞬間、暴風のようにその何かを纏った魔力がバズーカのように放たれてああなったのだ。

 

 ─────とにかく、あの何かは、人や人外すらも持ちえない力。

 

 恐らく───《神代の権能(アンティーク・ラグナロク)》の一種。

 

 その影響か、ヴァルキリアスは制御出来ていない。

 制御出来ていないうちに、さっさと片付けなければこちらが負けるな。

 

 ─────なら、私がすべき事は一つ。

 

「──アレを使われる前に潰す!」

 

 すぐさま複数のグラムを創造し、最大の身体強化魔法をかけて切りかかる。

 

 あまりの速さに着いてこれないのか、ヴァルキリアスはただただ切り刻まれるのみ。

 

「──理性がある方が歯ごたえがあったよ」

 

 私はなすがままのヴァルキリアスを蹴り飛ばし、ヴァルキリアスに向けて指をさす。

 

 その指先に魔力が充填されていき────

 

 

 

「消えろ」

 

 

 

 

 超高密度の魔力砲撃が放たれた。

 

 

 その砲撃に飲み込まれたヴァルキリアスは、砲撃が消えたあとにはコロシアムの壁にめり込んでいた。

 

 

 今度こそ、これで終わりだ。

 

 

 

 そう思って帰ろうと思った時────。

 

 

 

 

 

『さすが《神代の権能(アンティーク・ラグナロク)》の所持者、創造主の片割れを担う者だな』

 

 

 

 

 

 私の頭の中に聞いたことがない女の声が響く。

 

 

 

「誰だ───っ!?」

 

 

『我が名は《死の天使》サリエル。お前と同じく《神代の権能》の所持者であり、尚且つ貴様と同じく創造主の片割れだ』

 

 

 片割れ?何を言っているのかさっぱり分からない。

 

 

 ただこれだけはわかる。

 

 

 ──────あの力の根源はこいつだ。

 

 

『そう警戒するな。私はお前に会いたいのだ』

 

「……ちなみに、理由は?」

 

『興味を持ったから。あとはそうさな……同じ力を持った者同士』

 

「私は興味無い」

 

 

 きっぱりとそう断った。正直、こいつと絡むと嫌な予感しかしない。

 私の反応を見たサリエルは、不敵の笑を浮かべた。

 

『……そうか、それは残念だ…………犠牲を出さずに済ませようと思ったのだが』

 

「───何だと?」

 

『……貴様の宝────無闇な殺生は好まないのだが』

 

「……お前まさか……」

 

 ───────なるほど。

 

 サリエルの要求に答えれば何もしないし、断れば────レミリア達が、死ぬ事になる。

 

 ───────私に選択権はない。

 

「…わかった」

 

『請け負った。ならお前の頭の中に魔界への入口の座標を教えてやる』

 

 ──────私の中に知らない座標が入り込んでいく。

 

 つまりここに転移魔法を置けばいいのか。随分と手際がいいな、まるで前々から計画していたようだ。

 

『楽しみにしているぞ』

 

「────そう」

 

 そこで私の中に響く声は途絶え、倒れふすヴァルキリアスを置いて控え室へと戻った。

 

 

 ───────この戦いを気に、リリスは《吸血の熾天使(ヴァンパイア・セラフィム)》の名を轟かせることになる。




ヴァルキリアスの『ブリュンスレッド』は、型月に登場する『ブリュンスタッド』のから。

リリス最大の切り札は───察しがいいお方ならわかるかと。

ヴァルキリアスがグラムの雨のなか、グラムを取って二刀流で防いだ一面はFate/Zeroにおけるアーチャーが放った宝具の雨をバーサーカーが降り注ぐ宝具を手に取り一本で全て防ぎったシーンを参考にしました。(分かりにくかったらすみません)


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十話 その名、恐怖の体現

【リリス】

 

 あの決闘から数日。

 

 私はお母様とお父様の前で、事情を話そうとしていた。あの力の正体くらいならば、二人も見抜けていはずだから。

 

「どうしたんだ?」

「……二人は、《死の天使》をご存知ですか?」

「「!?」」

 

 私は彼女(彼?)が言っていた名前────その渾名である《死の天使》を口にした瞬間、二人の顔色は急変した。

 

「まさか、あの力の正体は」

「えぇ、恐らくヴァルキリアスに憑依した際に放ったものかと」

「まさか…《死の天使》が」

 

 ────二人は知っているようだが、サリエルとは何者なのだ?

 私がそうやって首を傾げていると、お父様は恐れを含んだ顔で話し始めた。

 

「…《ラグナロク》からの神々の衰退時に、月を任され支配していたという堕天使だ。月の支配は本来神がすべきこと。それを奴は任されたのだ」

 

 ────月の支配者。

 吸血鬼の象徴の一つである月を支配した堕天使。決闘で見たのは憑依とはいえ、あの力を易々と使いこなすサリエルを想像すると、少しゾッとしてしまう。

 

「…リリスはサリエルと何か話したのか?」

「……はい」

 

 ────そのサリエルに、私は気に入りられた。

 

 あの友好的でもない声。おそらく良くない方で気に入られている。

 

「奴は私を気に入っています。魔界への招待をされました」

「…断ったか?」

「……いえ、選択権はありませんでした」

 

 ────断れば、私の大切なものが失われる。

 

 そう、本能が理解してしまったのだ。そして、あいつなら本当にやりかねないと、思ってしまったのだ。

 

「……………」

「そこで、私からお父様達にお願いがあります」

 

 私はお父様たちに深々と頭を下げた。

 

「……私が魔界へ行っている間、レミリア達をよろしくお願いします」

「しかし、お前をサリエルの元へ行かせるわけには…」

「アイツは行かなければ私ごとここを滅ぼすでしょう。それは決してあってはならない」

 

 ──────要は、頭の考えだ。

 

 被害は最小限の方がいい。私含めた全員が死ぬより、私一人が死んだ方が被害が少ないのも確か。

 

 ………確かに、恐い。

 

 正直、勝てるかすらわからない。勝負になるかすらも怪しい。けれど、大切な家族を守るためなら、私はどんな相手でも命を懸ける。

 

「──お願いお父様、お母様。レミリアとフランを守ってあげて」

「リリス…貴女…」

「……わかった」

 

 ──────ありがとう、お父様。

 

「ありがとう。私は貴方達の元に生まれて本当によかった」

「……」

「幽閉や、辛いことはあったけど……私を愛してくれる妹や貴方達と過ごして、幸せというものがなんなのか教えてくれた」

「……」

「だからこそなの。だからこそ、私を幸せにしてくれた貴方達を守りたい。それが私ができる唯一の恩返し」

 

 ──────あぁ、そんな顔をしないでくれ。

 

「私は、確かに死ぬかもしれない。でも、ただでやられるつもりは毛頭ないよ。ここで帰ってくるつもりでいるから」

 

 ──────あぁ、ただでやられるつもりは毛頭ない。

 

 天使の象徴たる翼を全部へし折るくらいの抵抗はしてやる。でも死ぬつもりは無いし、私はあいつを倒す気でいるから。

 

「…お前は、わがままを言わなかった…誕生日に何が欲しいと言っても、今の幸せで十分だと言った」

「………」

「私達はお前に何も───」

「なら、このお願いはその誕生日分全てのお願い。だから」

「…わかった」

 

 ──────ありがとう。

 

 こんなにも私を愛してくれる最高の家族が居て。

 

 だからこそ。

 

 私を愛してくれたこの人達を守る。

 

 その為なら、私は夢だって捨てる。

 

 

 

 ────いざ、命散る逝くその時まで。



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十一話 その運命を変えるために──

 

 

【レミリア】

 

 私はいつものようにお姉様の部屋へと足を運ぶために廊下を歩いていた。ルンルン気分で歩いていると、お父様の部屋を通りかかった時に、三人の声が聞こえた。

 

 ─────お父様、お母様と……お姉様だろうか。

 

 少し会話に興味が湧いた私は、少し耳を傾けた。

 

『…私が魔界へ行っている間、レミリア達をよろしくお願いします』

 

 魔界………?

 確か、この世界とは別に存在する、悪魔を初めとした種族が住む魔境世界だったか?

 

 お姉様は、なぜそんな魔界へ………?

 

『アイツは行かなければ私ごとここを滅ぼすでしょう。それは決してあってはならない』

 

 ─────滅ぼす?

 

 お姉様ごと、ここを滅ぼす?ありえない、そんな人間は……妖怪は、決して存在しない。

 

『──お願いお父様、お母様。レミリアとフランを守ってあげて』

 

 ……………なんだろう、この胸のざわめきは。

 

 まるで、お姉様が居なくなるかのような………そんな言葉は。そんな雰囲気の言葉は。

 

 

 

 

『ありがとう。私は貴方達の元に生まれて本当によかった』

 

『幽閉や、辛いことはあったけど……私を愛してくれる妹や貴方達と過ごして、幸せというものがなんなのか教えてくれた』

 

『だからこそなの。だからこそ、私を幸せにしてくれた貴方達を守りたい。それが私ができる唯一の恩返し』

 

『私は、確かに死ぬかもしれない。でも、ただでやられるつもりは毛頭ないよ。ここで帰ってくるつもりでいるから』

 

 

 

 

 ────────お姉様か死ぬ?

 

 それほどの相手なのか?お姉様が勝てるかすらわからない相手で……。

 

 私には『運命を操る程度の能力』がある。万物全てに共通する運命を糸として見ることが出来き、尚且つ多少の干渉を可能とする。

 

 私の勘と能力が示している──────。

 

 

 お姉様の─────無残な姿を。

 

 

 はっきりとは見えない。けれどお姉様の糸はそこで途切れているのだ。まるで引きちぎられたかのように。

 

 …………このまま魔界へ行けばお姉様が無事では済まないことくらいは、幼い私でもすぐにわかった。

 

 私ではまだこの運命を変えられるほど力はない。

 

 私は失いたくない。大好きなお姉様を失いたくない。

 

 どうすれば──────。

 

「どうしたの?レミリアお姉様」

 

 私が考えながらさまよっていた時、フランが現れた。

 

 ──────そうだ。

 

 可能性は低いけれど──────やってみる価値はある。

 

「フラン、お願いがあるの」

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 私はお父様の部屋を出て、大図書館へ向かう。

 お父様とお母様の前ではああは言ったけど、正直情報が少なすぎる。これでは死にに行くようなものだ。少しでも情報を集め、勝利の確率を1%でも上げるため対策を練らなければ。

 

 お父様は元月の支配者と言っていたが………。

 

 それにあの力も気になる。魔力、妖力、そして人間の持つ霊力にも当てはまらない力……。

 

 だが、あの力を見て、思ったことがあるのだ。

 魔力、妖力、霊力に当てはまらない力で、尚且つそれを含まない力。

 

 ───そう、私の『万物を創造する程度の能力』と仕組みが似ているのだ。

 

 私の能力は、魔力、霊力、妖力を一切使用せずにイメージしたものをこの世に現界させる能力。

 現界させる時に、イメージしたものを具現化する力───あれは三つの力のどれにも当てはまらない。

 

 なおかつ、腕を振り下ろして、その場所から砲撃でも放たれたかのように地面がえぐれる………。

 

 

 ─────仕組みは全く同じであり、在り方は真反対。

 

 私がそれを用いてものを創り、サリエルはそれを用いてものを破壊する。

 

 サリエルが言っていた『創造主の片割れ』。

 

 創造主は天地創造の儀で世界を創り、天地開闢の儀で天と地を切り開いた。そしてその管理者として神々を創り出した。

 

 ──────天地創造、即ち『創造の力』。

 ──────天地開闢、即ち『破壊の力』。

 

 破壊と創造は表裏一体。創造の後に破壊があるように、破壊の後に創造があるように。

 

 ──────なら、サリエルの持つ能力はただ一つ。

 

 

 

 

 創造の力、『万物を創造する程度の能力』と対を成す破壊の力……。

 

 

 

 

 

 

 ──────『万物を破壊する程度の能力』。

 

 

 

 

 

 

 

 私と同じく創造主の力を持つ、対極の存在。

 

 少なくともその力の規模はフランの持つ『あらゆるものを破壊する程度の能力』とは比べ物にならないだろう。仮にも天地開闢を担った力。この世界にあるものだけしか破壊できない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)程度の力では次元が違う。

 

 まぁ、あくまで憶測に過ぎないが……。

 

「破壊を止めるには創造しかないか」

 

 破壊の後に創造がある。その逆も然り。

 レミリア風に言うのなら、これは運命なのかもしれない。

 対極の力を持つ私、リリスとサリエルがぶつかるのは必然なのかもしれない。

 

 私は考察による考えをまとめながら、図書館へ向かおうとしていたその時。

 

「お姉様」

 

 不意に、私の背後から可愛らしい子供の声が聞こえた。

 この声の持ち主など、見なくてもわかる。私は振り向きながら、声の主をみて、やっぱりと思った。

 

「…どうしたの?レミリア」

 

 ──────何故だろう。

 今のレミリアは、どこか余裕が無い。いつもはニコニコしていて、ものすごく可愛いのだが………今回に限っては、非常に真剣な顔つきだ。

 

「少し、付き合ってくれる?」

「ん、いいよ」

 

 たとえそんな状態であっても、妹の頼みは断れない。

 私はレミリアについていく。案内されたのは────。

 

 

 ─────館の外。そしてレミリアに案内された私を、レミリアと同じく真剣な表情で見つめるフランドールだった。

 

 

「…お姉様」

「なに?」

 

 

 

 

 

 

「………私達は、お姉様を止めるために決闘を申し込むわ」

 

 

 

 

 

 



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十二話 《幼き二つの紅い月(スカーレット姉妹)》vs《吸血の熾天使(ヴァンパイア・セラフィム)

【レミリア】

 

「私達はお姉様を止めるために決闘を申し込むわ」

 

 お姉様を館のその外へと誘導し、私は言った。

 

 ──────お姉様を止める方法。

 

 まず私一人では勝ち目はない。私の力なんてお姉様の足元にも及ばない。けれど、二人なら、希望は見える。

 ………二対一、たしかに卑怯だけれど、お姉様を危険に晒すよりはマシだ。

 

「──ちなみに、理由は?」

 

 お姉様は私の言葉に驚いた後、すぐさま冷静になり聞き返してきた。

 

「魔界へ行くんでしょ?……それも、物凄く危険なやつに会いに」

「…どこでそれを」

「……たまたま部屋を通った時に」

 

 お姉様の瞳が細くなる。私達はそれでも怯まず、問いかけた。

 

「…私の能力で、お姉様の糸はちぎれていた。その意味くらいは、分かるでしょ?」

「───なるほど。レミリア達はそれを回避したいんだね?」

 

 ──────行かせたくない。

 このまま行かせてしまえば、私……いや、私達はきっと後悔することになる。もう元の生活に戻れなくなる気がする。

 

 だからこそ、止める。

 

 あらゆる手段を使おうと、止めなければならない。

 

 ─────私達の大好きなお姉様を、死なせたくないから。

 

「──確かに、レミリアの言う通り、それが運命なら起こりうるんだろうね」

 

 お姉様は顔を伏せ、淡々と話し始める。

 

「なら、私はその運命を覆す。愛する妹達が待っているのだもの」

「…やめて、お姉様」

 

 ──────私の本能が行っている。

 行かせてはならない。行かせたら取り返しのつかないことになる。

 

「…私は進む。貴方達を守るために進まなきゃいけない。でも、それを邪魔するなら───」

 

 

 

 ─────たとえ守るべきものでも、私は容赦はしないよ。

 

 

 

 お姉様から莫大な魔力が放たれる。そして、お姉様の象徴たる熾天使の翼が現れ、三対六翼の翼は月日に照らされより一層輝きを増す。

 

「…フラン、行くわよ」

「…うん、レミリアお姉様」

 

 私は魔力を回し、《全を貫く紅槍(スピア・ザ・グングニル)》をその手に構える。フランはそれに対し、昔に教えた具現化を使い、炎の剣……《全を焼き尽くす紅剣(レーヴァテイン)》を構える。

 それを見たお姉様は、《輝ける黒き宝石(魔剣グラム)》をその手に創り出し、さらに数本を浮遊させる形で待機させる。

 

「────」

 

 お姉様は自然な形で一歩踏み出す。

 

 その踏み出した足から、私達に向かって大量の氷の刃が地面から牙を向く。それを浮遊する形で回避し、切りかかった。

 

 グングニル、レーヴァテインがお姉様のグラムとぶつかり、火花を上げる。お姉様それでも顔色一つ変えずに、私達の武器による攻撃を防御していく。

 

「──創造、開始(デザイン・スタート)

 

 お姉様は創造のための詠唱を唱え始める。それを必死に止めようとしても、周りのグラムが私たちの攻撃を止めてしまう。

 

「──模倣(レーヴァテイン)

 

 そう呟くと、フランの持つレーヴァテインと全く同質の炎の剣がお姉様の手に現れ、私達を振り払う為に猛威を振るう。

 

「ッ……まだ!」

 

 それでも、私達は怯まず攻撃をしていく。さらに身体強化の魔法をかけ、速度を上げていく。フランも同様に、お姉様を攻撃した。

 

「─ッ」

 

 やっとお姉様は苦しそうな顔をし始めた。

 

 ────確実に、追い詰めている。

 

 このまま─────。

 

 

「───甘い」

 

 

 そう思った時、お姉様から膨大な魔力の衝撃波が放たれ、私たちは吹き飛ばされる。

 

「───《滅光(ホーリー)》」

 

 浮遊して飛び上がったお姉様がそう呟くと、お姉様の背後に数え切れない無数の小さな魔法陣が描かれる。

 

 そして、お姉様の手が振り下ろされ、その無数の魔法陣は光の砲撃を放つ。その光の砲撃たちは彗星の如く降り注がれる。

 

 その余りの密度に何度も掠り傷を負う。それでも諦めるわけには行かない。フランと共にその光の雨を切り抜けるために必死に回避していく。

 

 ────このままでは埒が明かない。

 

 どうすれば─────。

 

 

「!────フラン!レーヴァテインに全魔力を注いで!!」

 

 

 フランは驚きつつも、私の言うとおりにレーヴァテインに魔力を回し、その炎の激しさを増していく。

 

 私はグングニルに魔力を回し、フランに合図を送った。

 

 その最大限魔力を回したレーヴァテインを、フランは大きく振りかぶる。

 

 そのレーヴァテインと光の雨はぶつかり合い、大きな爆発を起こした。その爆発はお姉様を覆う。

 

 ────目くらまし。

 

 

 そのまま私はお姉様の背後に回り、グングニルを突き刺そうとする。

 が、お姉様はその手に持つグラムで私のグングニルを防いだ。その手の持つグラムで防ぐあたり、相当焦っているのだろう。

 

 ───今よ、フラン。

 

 刹那、私の攻撃を防ぐお姉様の背後から、最大限解放したレーヴァテインをお姉様に振るおうとするフランが現れる。

 

 それに気づいたお姉様は咄嗟に周りのグラムで防ごうとするが、あまりの魔力の密度にグラムは悉く砕け散る。

 

「っ───」

 

 レーヴァテインがお姉様を切り裂こうとした時─────。

 

 

 

 

「───《凶星乱舞》」

 

 

 

 

 お姉様はそう呟いた瞬間、これまでとは比べ物にならない魔力の衝撃波が放たれ、再び私達は吹き飛ばされる。

 

 そして、お姉様に振り向けば───。

 

 先程とは比べものにならないほど巨大となった六翼か広がり、背後には魔力の塊と思われる球体が、待ち構えていた。

 

 ───────間違いなく、お姉様は本気だった。

 

 

 

「偽りの星よ────滅ぼせ」

 

 

 

 

 その嘆きとともに、その球体は隕石のように降り注がれる。

 

 止められなかった。

 

 

 悔しい。

 

 ────────私達の意識は、そこで途切れた。




bgm……やっぱ神話幻想ですかね


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十三話 魔界へ

少し短いです。

次回からは魔界編へ突入します。


【リリス】

 

 予想外の連発、とはまさにこの事だろう。

 レミリアに声をかけられ、外に案内されたかと思えば、決闘を申し込まれた。理由を聞けば、私がお父様達に話していたことを聞いていたようだった。

 

 ─────そして、決闘。

 

 あそこまで食らいつくとは思いもしなかった。舐めていたのはこちらだったのかもしれない。あの滅光の雨を逆手にとるとは───。

 

 私も本気で相手をしたが、少しやり過ぎただろうか。前の決闘で出した、私の最大の切り札の最小版の《星落とし》をめっちゃ乱発した《凶星乱舞》を放ったのだが、流石にそれは避けきれなかったようだ。

 

 現在、私は二人を寝室に運んでいる最中。

 

 ─────ごめんね二人とも。こんなに心配かけて。

 

 あぁ、私は今どんな顔をしているだろうか。こんなにもボロボロになるまで私を心配して、止めようとして……。

 

 そんなに心配して止めてくれたこの子達を傷つけて。

 

 もうどうすればいいのかも分からない。けれど、やるべき事は変わらない。

 

 ────私は守らねばならない。

 

 全てを破壊する死の天使から、私は守るんだ。この命に変えても、アイツは絶対に止める。

 

「………」

 

 私は二人を部屋に連れていった後、私は一人図書館へと向かい、座標を混ぜた転移魔法陣を書いていく。

 

 ───────出来た。

 

 あとはこれに魔力を注ぐだけ。そうすれば勝手に回って目的地へと送るはずだ。

 

「────」

 

 

 ─────ここに来て迷っているのか。私は。

 

 なんてだらしないんだろう。お父様とお母様の前で決意を表明し、止めてくれたレミリアとフランの制止も振り切り。

 

 ここまで来て、迷っているというのか私は。

 

 

 今更帰って来れなくなるかもしれないという思いが込み上げてくる。ここに来て………ここに来て、なぜ。

 

 

 魔法陣に魔力を流そうとする手が震える。震えて魔力を回すことが出来ない。

 

 視界が滲んでいく。ぼやけて何も見えない。瞳から頬を伝い、暑い何かが床に落ちる。

 

「………っ…」

 

 ─────止まらない。

 

 震えを止めようとしても、流れ落ちるものを何度拭っても、それは何度も何度も繰り返される。

 

「なんで……なんで……っ」

 

 ダメだ………何度やっても繰り返される。

 

 私は両手で顔を抑えてしまう。ここまで来てしまったらダメだ。

 

「うぅ……っ」

 

 ───────怖い。

 

 もう家族に会えないという可能性が。大切な家族と生きれないという可能性が。妹達の成長をこの目で見れない可能性が。

 

 怖くて、怖くて…………たまらない。

 

 ……………けれど。

 

 それでも前に進まなきゃ。

 

 覚悟は出来ている。死ぬ覚悟も、アイツを倒す覚悟も。

 

 アイツを倒すことだけを考えろ。私に出来ることはそれだけだ。

 

 そう考えていると、手の震えが自然と止まり、涙も止まった。

 

 ─────大丈夫、まだ、私はやれる。

 

「──────転送、開始」

 

 その魔法陣に魔力が回り、光り始める。私の身体を光が包み始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────皆、行ってきます。

 

 

 

 



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第2章 再現されし神話戦争
十四話 魔界と地獄の入口


今回は戦闘に入る前なので短いです。


【リリス】

 

 ─────目を覚ますとそこは、薄暗い洞窟だった。

 

 目を開けば、私はどこか薄暗い場所にいた。閉ざされた空間……洞窟とでもいえようその空間に私は一人いた。

 目の前にあるのは、先が見えない真っ暗闇の洞窟。後ろを見ても、真っ暗な闇。

 

 ─────そして、奥に漂う二つの異界の雰囲気。

 

 ………間違いない、ここは魔界への入口だ。

 

 私はそう直感し、足を進めていく。

 

 ザッ、ザッと私の足音が洞窟内に響いていく。あまりの静寂の中、私の足音が響く様に少し恐怖を覚えながら、私は確実に一歩、一歩と踏み出していく。

 

「──待て」

 

 ふと、足音だけだった静寂の洞窟に、私以外の声が響く。

 

 ────まるで男と女の声が融合したような声。

 

 声のした方へ向くと、そこには複雑な模様が入った白と赤の球体が浮かんでいた。

 

「人間界の者がここに何の用だ?」

「私はリリス・スカーレット。魔界に行くサリエルへと会いに行くために来たわ」

「───魔界だと?」

 

 その球体から響く声に、私の発した言葉に疑問を覚えたのか、呆れたように言った。

 

「貴様、それをどんな行為か分かってのことか?」

「えぇ、私が会いに行く相手は本当の化け物級だもの」

「───そうか、だが通すわけにはいかん」

 

 球体はだんだんと回りながら浮遊していく。

 

「我は魔界の神と地獄の主に門番を任されたものだ。そう易々と通すわけにはいかん」

「?その言い草だと、ここは地獄の入口でもあるの?」

 

 私が思ったことを言うと、球体は答えた。

 

「そうだ。ここは魔界と地獄の入口。私は地獄の主、矜羯羅童子様と魔界の神、神綺様にここを守るよう言われているのでな」

「………」

 

 ─────矜羯羅童子。

 確か東洋の神話………それに登場する不動明王に使える五人の童の一人だったか。ということは、こっちで言う天使──東洋でいう仏に当たるのだろうか。

 

 しかし、神綺というのは聞いたことがないな……。

 てっきり、サリエルが魔界の神かと思っていたのだが。

 

 つまり、魔界へ行こうと地獄に行こうと、結局のところイバラの道を通ることは同じということか。

 

 片や、地獄の主の仏の一角。

 

 片や、魔界の神じゃないとはいえ、あらゆるものを破壊する死の天使。

 

 

 

「ともかく、貴様を通すわけにはいかぬ。行くのなら───」

 

 

 

 ふよふよと浮かんでいた球体は高速回転を始め─────。

 

 

 

 

「「私達を倒してから行け」」

 

 

 

 

 

 分離をし、白い衣を着た男と、赤い衣を着た女が現れた。

 

 

 

 

 

 ─────vs《陰陽(The Positive and Negative)ShinGyoku(シンギョク)




はい、ここから靈異伝《魔界編》となります。

私自身、東方第1作目である靈異伝が大好きでして、どうしても靈異伝のキャラが出したかったのでこうなりました。


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十五話 The Positive and Negative

この話は、東方靈異伝のShinGyokuのテーマ《The Positive and Negative》を流しながら聞くといいかもしれない。多分。




【リリス】

 

「うぉ……!」

 

 男は氷、女は炎の弾幕を放ち、それが混ざり密度の高い弾幕へと変化し、私を襲う。

 私はそれを創造したグラムと身体能力を生かして弾いたり避けたりしていなしていく。

 

 すると男はいきなりパンッ!と手を合わせ───。

 

「《龍殺陣》」

 

 そう言った瞬間、私の足元にも大きな術式が現れた。すぐさまその場を離れるため、六翼を使い浮遊して回避する。

 私が回避した瞬間にはその術式から霊力が吹き出し、巨大な柱となり地面を抉っていた。

 

 ─────退魔の力?

 

 

「《陰陽宝玉・滅陣砲殺》」

 

 

 私がそう考えていれば、今度はその他からを使った砲撃が私を襲う。それを横に避けて躱していく。

 

 ─────これもさっきと同じ力。

 

 あの男の術者はそういう系の男か────。

 とはいえ、こっちもやられている訳にも行かない。私は魔法陣を展開して、魔法を二人にはなった。

 

「《滅光(ホーリー)》」

 

 その光の雨が二人を襲おうとした瞬間。

 

「───《陰陽結界》」

 

 その術式が展開され、白と黒の術式の結界が現れてその光の雨を防いだ。そしてその隙に、女の方が───。

 

「《炎陣》」

 

 炎の巨大な球体を、こちらへと飛ばしてきた。

 

 ────なかなか隙のない連携だ。さすが門番と言うべきか。

 

 ならこちらも、少し切り札を切るとしよう───ッ!

 

 私はグラムを無数に展開し、そしてその展開されたグラムにある能力(・・・・)を創って付与し、そのまま雨のように降らした。

 そのグラムの雨は、炎の球体をかき消し(・・・・)結界を消滅(・・)させた。

 

 それを見た二人はすぐさま球体となり、全速力でその場を離れ、被弾を避ける。

 

 ──────へぇ、今のを初見で避けるんだ。

 

 けれど、まだ終わらない。私は身体強化の魔法をかけ、先程の能力を付与し、グラムで切りかかった。それを見た球体はまた男と女になり、男が結界を張るがそれは大きな音を立てて崩れ落ちる。

 

 そして今度は、女が炎の弾幕を出してきた。流石に近距離で食らうのは避けたいので私は遠距離からの攻撃に変更し、魔法を駆使しして二人にダメージを与えていく。

 

「《陰陽宝玉・封魔針》」

「《滅炎》」

 

 男が退魔の力を込めた札を針へと変え、女は爆炎の火柱を放ってくる。柱はともかく、針を食らうのは避けたい。

 

 しかも柱は一発一発大きく、しかも洞窟なため回避場所が限られる。そこに小さい針の雨が降ってくるのだから打ち落とすしかない。私はフランが決闘でやった方法を思い出し、すぐさまそれを実行した。

 

 ─────ごめんフラン、あなたの武器、使わせてもらうよ!

 

「──模倣(レーヴァテイン)

 

 そしてフランがそうやったように思いっきりレーヴァテインを振りかざし、針と柱にぶつかり、大爆発を起こした。

 

 そしてそれによって発生した煙幕を利用し、気配を探して二人の背後へと回る。そして私は近距離でレーヴァテインを振るい、二人を吹き飛ばす。

 

「「《陰陽深淵結界》」」

 

 体制を立て直した男と女は、術式を展開した。男が私を囲うように結界を貼り、暗闇が発生して視界を闇が支配する。

 そして、女が放ったであろう炎の弾幕が迫る。それを感覚で避けていくが、それも時間の問題。

 

「───《憤怒(グラム)》」

 

 だから、壊す。

 

 私はグラムに魔力を回し、尚且つ先程創った能力を付与して、レーヴァテインのように振るう。その余波により弾幕は愚か、暗闇、そして結界も破壊した。

 

 ─────これで、トドメ……ッ!

 

 怯んだ二人にすぐさま近づき、私はグラムを振りかざし、二人にトドメをさした。

 

 

 トドメをさし、肩で息をする二人は、私に疑問をぶつけた。

 

「なぜ、私達の術を行為とも簡単に──」

「私の能力だよ。その力とやらをかき消す能力を付与して、攻撃しただけ」

 

 ────まぁ、一筋縄では行かなかったけれど。

 

 思ったよりやるなと感心していた。門番だからそこまで強くないだろう程度だったのだが、思ったより強かったため、私は感心していたのだ。

 

「…完敗だ。私達は敗者だ、進むがいい」

 

 私は門番の二人にそう言われ、私は魔界への入口を開いた───。




戦闘描写ムズいよぉ………


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十六話 幽玄の眼と悪霊の法

 

 

【リリス】

 

門番を倒し、魔界への門をくぐって数分。

辺りには不気味な雰囲気が広がり、紫を基準とした暗い雰囲気が漂う。その雰囲気に同化されるのが怖いのか、少し私の手が震えているのがわかる。

 

──────覚悟は出来ている。

 

アイツを倒すために必要な覚悟も。死の覚悟もとうに出来ている。

今更引き返すことは許されない。私は、ただ突き進むのみだ。

 

確かに、あの死の天使を相手に渡り合うのは骨が折れるし、普通の人間では相手にならない。それでも立ち向かわなければならない。

 

─────愛する妹達を守るために。

 

「……だれ?」

 

その声が聞こえた瞬間、目の前が陽炎のようにぼやけ始める。

やがてその陽炎は収まり、収まった頃には、先程の門番の男と同じような服を着た少女がいた。

 

「魅魔じゃない……見たことない人」

「私はその魅魔って人じゃないよ。私はリリス・スカーレット」

「…聞いたことない……でも、貴方…神綺様にそっくり」

 

────いや、魅魔ってだれ?

 

目の前の少女は驚いた表情で、しかし静かな声で喋る。

 

「魔界の神?」

「うん。神綺様と……ほんと、瓜二つ」

「……なんか嫌な予感してきたよ」

 

あれじゃない?これ魔界の神と誤解されて色々贔屓されてそれで御本人登場によるご制裁が待ってるパターンでは?

 

私やだからね?嫌だよ、死の天使ならまだしも魔界の神なんて絶対に勝てないよ。──いや、死の天使も相当やばいけど。

 

 

「侵入者が来たと思ったら魔界か───警戒したあたしが馬鹿みたいじゃないか」

 

 

「あ、魅魔!」

 

 

後ろからの突然の声に、私が振り向くと、そこには学生?のような服装を来た日本の短刀を持つ幽霊だった。

 

────彼女が、この少女のいう魅魔か。

 

「おぅ、マガンか。元気にしてたかい?」

「うん」

 

────なんだこれ、魅魔って人が来た瞬間このマガンって子すごい元気になったんだけれども。

私が微笑ましくしている光景を見ていることに気がついたのか、魅魔は私の方に向かって、警戒心丸出しで言った。

 

「─あんたがシンギョクの言ってた侵入者ねぇ。門の近くだから良くわかるんだが……魔界の創造神にそっくりだね」

 

────シンギョク、というのはあの男と女の球体の門番だろうか。

 

私のことを知っているのなら話は早い。そう思った私は事情を説明すべく、口を動かした。

 

「私はリリス・スカーレット。魔界にいるサリエルに用があってきた」

「サリエルゥ?あんた正気かい?」

 

サリエルの名を聞いた瞬間、魅魔は信じられないという顔で言った。

 

「あんたのような存在をサリエルが気に入ったってのかい…?にわかには信じ難いね」

「脅し文句かけられてるの、こっちはね」

「…なるほど、それでねぇ」

 

全容は理解していないだろうが、とりあえず私がサリエルに用事があってきたということは承知したようだ。

 

「しかし、あんたは仮にも侵入者。不法侵入した奴はお断りさ」

「……ですよねぇ」

 

──────だって、門番がああだったから戦うしかなかったんだもん……。

 

私が内心しょんぼりしていると、魅魔とマガンはまた話を始めたようだ。

 

「ほれ、不法侵入したら奴を叩くのは本来あんたの役目だろ?」

「…魅魔も手伝って」

「…はぁ、わかったよ」

 

─────え?まさかの二対一?

 

ちょっと待ってください。私貴方達と戦ったことないのよ?貴方方の実力知らないからどれくらい強いか分からないよ?二対一とかレミリアとフラン以来だよ?

 

しかし、そう嘆いても時すでに遅し。二人は戦闘態勢には入り始めた。

 

魅魔はゆっくりと浮遊し、背中に大きな魔法陣を描く。

 

マガンはその体がゆっくりと半透明になっていき、輪郭だけになった。そして体から現れた五つの瞳が私を見つめている。

 

────やるしかないかっ!

 

私もそれに負けじと六翼を広げ、私含めた三人は戦闘態勢へと移行した。

 

 

 

────vs《災いの目(EvilEyes)YuugenMagan(ユウゲンマガン)

久遠の夢に運命を任せる精神(RevengefulGhost)Mima(ミマ)





はい、次回はリリスvsユウゲンマガン&魅魔ペアです。
魔界ルートのキャラだけでも良かったのですが……地獄行く予定ないから出しちゃえ!ということで。

魅魔の二つ名なのですが、私的には《久遠の夢に運命を任せる精神》の方がしっくりきたので、これにしました。


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十七話 天使伝説

今回は《天使伝説》聞きながら読むといいかもしれない…多分。

魅魔が靈異伝なのにバリバリ魔法使いしてます。


【リリス】

 

 

「《幽玄乱舞》」

 

 

 そう魅魔が宣言すると、四方八方に無差別にばら撒かれる弾幕が放たれる。それをサポートしつつ、魔眼による弾幕を次々とマガンは出してくる。

 

 ─────要は、避けにくいったらありゃしない。

 

 どちらを先に落とすべきか────マガンのサポートもかなり厄介だが、主な攻撃となる魅魔の弾幕の方が厄介だな。

 

 私は一度迫る弾幕の中浮遊し、魔法陣を展開した。

 

 

「《滅光(ホーリー)》」

 

 

 私が放ったホーリーにより魅魔の無差別弾幕は飲み込まれ、魅魔に直撃する───と思いきや、魅魔はいつの間にか防御結界をはり身を守っていた。

 

 ─────一筋縄じゃ行かないってことね。

 

「《ネクロハート》」

 

 今度は針の弾幕。その弾幕から放たれるシンギョクと同じ力…退魔の力と似たような力が放たれていることに気がついた私は、すぐさま魔法を駆使してその弾幕を相殺しつつ、離れていく。

 

「《邪視・千眼乱舞》」

 

 そこに私のことを忘れないでと言わんばかりにマガンによる援護射撃が加わる。流石にこの密度は回避に集中しないとまずいな。

 

 私はそこらを飛び回り、ひたすら被弾を回避することに集中する。

 

「おいおい、逃げてばかりかい?」

 

 ────二対一で鬼畜弾幕出しててよく言うよ。

 

 さらに弾幕は激しくなり、威力も強くなっていく。流石に避けるのが難しくなってきたのでグラムを二本創造し、私に迫る弾幕を相殺していく。

 

 少し余裕が出来た。反撃と行こうか。

 

「──《憤怒(グラム)》」

 

 私はさらにグラムを複数創造し、シンギョクに使ったかき消す能力と魔力を込めて一斉にグラムから真っ黒な斬撃を放った。

 

 その斬撃はマガンと魅魔の弾幕を打ち消して進んでいき、二人に直撃した。

 

「ちっ…思ったよりやるね」

 

 しかし、魅魔は別の魔法陣を解放し、傷の治療を始めた。

 

 ───────マガンと魅魔の傷は、一種で癒えてしまった。

 

「また振り出し……勘弁してよ」

「それほど効いてるってことさね」

「……そう言えば聞こえはいいけどさ」

 

 魅魔はまた魔法陣を展開した。

 

「…だが、埒が明かないのはこちらも同じ。こっちも本気で行くよ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───《本気》でね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 魅魔の展開する魔法陣がさらに魔力が帯びる。そして、魅魔の背中に生えた、自分が悪霊であると主張する真っ黒な翼。

 

 ──その魔力は、全開放をしてないとはいえ私でさえ凌駕するかというほどの量だった。

 

「…うわぁ」

 

 思わず面倒の溜息混じりの嘆きを吐いた。

 

 ────絶対に面倒くさいな。

 

「私も……魅魔が本気なら私も本気で行く」

 

 そして、マガンの放つ魔力が強くなり、五つの瞳はさらに魔力を帯び真っ赤に充血した瞳を最大限開いている。

 

 ────サリエルと戦うから本気でやりたくないんだよね。

 

 できるだけ魔力は温存したい……でもそんなこと言ってる場合じゃない。

 

 なので─────

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

 ────使い切る前に全力で潰す。

 

 私の全開放による魔力波が響いたのか、二人の顔が驚愕に染まっている。

 

「《コンプリート・ダークネス》」

 

 正気に戻った魅魔が私に小さな球体を投げる。当たる寸前にそれは破裂し、周りには真っ黒な霧が立ち込める。うん、何も見えないね。

 

 私は魔力を全身に纏って身体強化魔法をかける。これにより身体能力が向上するため、気配の察知や聴力などが飛躍的に上昇する。

 

 ────要は、真っ暗だけど感覚だけで避けるくらいはできるようになる。

 

 でも、いずれ感覚だけで避けてると絶対に当たるので───

 

 

「───《憤怒(グラム)》」

 

 

 ────暗闇ごと全部切り裂く。

 

 かき消す能力は、魔力で作られたものなら基本的になんでもかき消す、又は打ち消すことが出来る。それを付与して切り裂いただけである。

 

「《トワイライトスパーク》」

 

 そして、放たれた魔力が集結し、巨大な砲撃となって私を襲う。

 

 確かに、あれを喰らえばたとえ吸血鬼でも灰になるだろう。あれはそれほどの威力を持っている。

 

 ─────そう、ただそれだけ。(・・・・・・)

 

 そんなもの切り裂いてしまえばいい。当たらなければどうということはないのだ。

 

「────《憤怒の斬撃(グラム・スラッシュ)》」

 

 能力が付与されたグラムが魔力を帯び、勢いよく撃ち出される。

 そしてその砲撃とぶつかり合い──

 

 

 

 グラムと砲撃が相殺され、大爆発を起こした。

 

 

 

 

「ここまでの相手とはね…正直、舐めてたよ」

「…早く終わらせたいんだけど」

「……そうさね、なら、私も終わらせるとしよう」

 

 

 

 そして、魅魔の魔力が膨れ上がり────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《リーインカーネイション》」

 

 

 

 

 

 

 

 ─────宣言された。

 

 それぞれの色を持つ四つの玉が、杖を投げたと同時に撃ち出され、弾幕を放っていく。

 

 ブーメランのように戻っていくように、玉も戻り始める。それと同時に超密度の弾幕が発生する。

 

「なんて密度だよ……っ!!」

 

 これほどの余力を残していたのかという驚きが私の中に渦巻いていく。

 

 ───この技術、魔力。

 

 間違いない、魅魔は私が知りうる中で、最強の魔法使いだ……ッ!

 

 

 しかし、はいそうですかとやられるほど私は優しくない。

 

 私は能力と魔力を混ぜ合わせ、様々な形の球体を創り出す。

 

 

「────《凶星乱舞》」

 

 そして、その超密度の弾幕とぶつかり合い────。

 

 

 

 

 

 

 魔界を震わす爆発を起こした。

 

 




なんかものすごくマガンちゃんのハブられ感───。

魅魔様は強い、はっきりわかんだね。


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十八話 地獄の月と悪魔の星

今回はあのお方が登場します。

一言、言わせていただきますと───。

娘さん!!お母さんをくださいっ!!


【リリス】

 

 ────やりすぎた。

 

 それが私が戦闘を終わった際に思ったことだった。別に二人を完膚無きまでに倒そうとしたのはいい。そこはやりすぎたとは思っていないし、やられたらやり返すのが私のモットーであるから。

 

 ────言い換えれば熱を入れすぎた、だろうか。

 

 たかが二人にここまで魔力を消費するとは、正直思ってもいなかった。まだ前哨戦だと言うのに、ここまで魔力を消費するなんて……。

 

 まずい、このままサリエルと戦えば間違いなくやられる。

 

「…ここまで、とはね」

「私を本気にした貴方も大概だよ……」

 

 倒れふすマガンと魅魔。魅魔が吐いた言葉に私も言い返す。正直、ここまでやれるとは思いもしなかった。

 

「あんたは勝者、あたしらは敗者。そら、先に進め」

 

 魅魔が指す方向に、新たなゲートのような空間が現れる。

 

 ────ここより薄暗い、まるで廃墟のような場所。

 

 それが、ゲートの先にある世界の第一印象だった。

 

「っと、その前に…そらっ」

「うわっと、と」

 

 魅魔が思い出したようにポケットを漁り、何か小瓶のようなものを取り出してこちらに投げてきた。慌ててそれを受け取ると、その小瓶に入っているピンク色の液体……これには、なにか魔力に似たものが含まれているのがわかった。

 

「あんたも魔力を消費してるはずだ。それは魔力を増幅させる薬。飲んどいて損は無いよ」

「……ありがとう」

 

 なんだが、魅魔はハッキリしているような気がした。

 こいつはこいつだからこうしよう、あいつはあいつだから大丈夫。そう切り替えているような気がして、なんだかすごいなぁと子供のような感想を抱いた。まぁ、吸血鬼からすれば私は見た目子供同然だが。

 

「…というか、魅魔は魔法使いになった方がいいんじゃない?」

「ん~……確かに魔法は自己防衛程度に嗜んでいたんだが、本格的にそっちの道に行くのもいいねぇ」

 

 ──────自己防衛程度であれか。

 

 この魅魔という悪霊、底知れぬ魔法の才能の一端を見た気がして、少し肩が震える。……ほんとに自己防衛程度であれとか本当に洒落にならないんだけど。

 

「ま、頭の片隅に入れとくとするよ。それじゃ、また縁があったら会おう」

「うん、またね」

 

 私は魅魔に手を振って、そのゲートへと進んで行った。

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 ─────とある魔界の一角(世界の果て)

 

 どこまでも続く夢幻の回廊。その最奥に、二人の影が見える。

 

 片方は、赤い衣と白銀の髪、髪をサイドテールにしている女性。

 片方は、赤いメイド服に身を包む金髪の女性。

 

 魔界の住人ならば誰もが知る、二人の存在。二人の存在はこの魔界において絶大であり、更には赤い衣の女性がいなくては魔界は存在しない。

 

 何せ────

 

 

 

 

 魔界の全てを創造した魔界神と、彼女自らが創った最強の魔界人なのだから。

 

「…シンギョク、マガン。そして地獄の悪霊もやられました。残るはエリスのみです」

「報告ありがとう、夢子ちゃん」

 

 淡々と報告を述べる、夢子と呼ばれたメイドは、彼女の隣に立ち、世界を見守る。

 

「…ほんと、私にそっくりなのね」

「はい。身長と中身を除けば、神綺様と本当に瓜二つかと」

 

 

 

 

 二人が見つめる万華鏡の先にいる人物─────。

 死の天使に会いに行くため、シンギョク、魅魔、マガンと門番達を次々と倒していく、その万華鏡に映る吸血鬼。

 

 

 

 

「リリス・スカーレット。彼女なら、魔界を取り戻せるかもしれない」

 

 

 

 

 

 ──────現在、魔界は大きく揺らいでいる。

 数年前まで平和だった魔界が、何故こんなにも警備を固め、地獄の門と統括し、殺伐としているのか。

 

 きっかけは、ある人物だった。

 

 匿ってほしい。そう言われた神綺は、深い事情があるのだろうと彼女の言う申し出を快く引き入れた。

 

 しかし、それが間違いだった。そこから彼女は魔界でその力を使い一斉に勢力を伸ばした。今や、魔界の創造神たる権限も彼女に奪われつつある。

 

 最初のうちは部下達で対処していたものの、肥大化する勢力は押さえつけることが出来ず、挙句の果てには夢子と神綺が出張った始末。

 

 しかし、結果は惨敗。こちらは為す術もなく、ただただやられるだけだった。しかし何としてでもこの魔界全体を見通す千里眼が管理されている《世界の果て》は守護することは出来た。

 

 謹慎状態になった二人は出ることも叶わない故、こうして見守ることしか出来なかったが、こうして、目の前の幼い吸血鬼が、彼女を倒してくれる可能性を示している。

 

「どうなされますか、神綺様」

「─おそらくエリスの所にはキクリもいるでしょう。この二人を撃破したら動くわ」

「承知しました」

 

 彼女は微笑む。

 

 魔界を救おうとしてくれるかもしれない幼い子供同然の吸血鬼が、母同然の気まぐれで与えた試練を乗り越えてくれることを信じて。

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 ─────さて、この廃墟同然の場所を歩いてきたわけだけど。

 

 なんだろうか、この違和感は。

 先程飲んだ魅魔がくれた魔力増強剤に毒が含まれていたという訳では無い。なんというか………見られているような、そんな気がする。

 警戒して周りを見てみれば廃墟のみ。人影など全く見当たらない。

 

「──どなたかしら?」

 

 私が周りを警戒して進んでいると、上空から少女の声が私に向かって向けられた。その声に反応して上を見れば、そこにはほっぺたに星のタトゥーを入れた悪魔の少女と、私をじっと見つめる鏡のような女性がいた。

 

「私はリリス・スカーレット。サリエルに会いに来たの」

「ふふ、幼い吸血鬼さんが?あの悪魔のような天使に?」

 

 ─────どことなくだが、この少女、フランと似たような気配がするな。

 この小悪魔的な、悪戯の意味を含んだ微笑み。フランが悪巧みする時とそっくりだ。

 私がそう思っていると、少女は私を見透かしたようにじっと見つめ、思ったことを言った。

 

「…面白い能力ねぇ。寄りにもよってサリエルと対極なんて…つくづく運がないわね」

「──やっぱりね」

「あら、気がついてたの?」

「いや、薄々。憶測に過ぎなかったけど、貴方の言葉を聞いて確信に変わったよ」

 

 ─────やはり、サリエルは私と対極の存在。

 

 まだ能力名はハッキリとはわからないが、私の想像している『万物を破壊する程度の能力』と変わらないだろう。というか、それだろう。

 

「っと、自己紹介が遅れたわね。私はエリス。こっちは地獄のコンガラの部下、キクリよ」

「───」

 

 エリスと名乗った少女は、相変わらず小悪魔的な笑みを浮かべこちらを見つめる。キクリは何も喋らず、ただこちらをじっと見つめている。

 

「何故ここにいるかは、吸血鬼さんも分かるでしょ?」

「あ~……そうですか」

 

 そう私が頷くと、二人は戦闘態勢に移行した。

 

 エリスとキクリは高く舞い上がり………激しく素早い弾幕を繰り出した。

 

 

 

 

 

 ──────vs《無邪気な悪魔(Innocent Devil)Elis(エリス)

 &

 《地獄の月(Hellish Moon)Kikuri(キクリ)



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十九話 魔鏡

今回は魔界verの《魔鏡》を流すといいかもしれない。


【リリス】

 

「いきなりか……ッ!」

 

 エリスとキクリが放つその弾幕の密度は、魅魔とマガンのそれと同等か、以上のものだった。流石に避けることが出来ない私は、グラムを創造して回転するように私の周りを舞う。

 

 それでは埒が明かないとわかったのか、エリスは弾幕をやめてこちらに瞬間移動の如く突進し拳を突き出す。あまりの速さに私はギリギリ移動魔法を使い転移することで躱したが、エリスの拳は私の後ろにあった廃墟の壁を悉く粉砕した。

 

 ────あれが、悪魔か。

 

 魔界の主力を担うという悪魔。彼女はそのトップクラスに入るのだろう。それに吸血鬼も元を辿れば悪魔がルーツとも言われている。

 悪魔のような真似事しか出来ない吸血鬼風情(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)では、純粋な悪魔であるエリスには敵わないだろう。

 

 ────さて、どうする。

 

 おそらく戦いの才能や種族能力も含め、私よりエリスの方が優れている。このまま真っ向から戦えばこちらのボロがすぐに出て負けてしまうだろう。

 かといって、あの強大な力を持つエリスをそっちのけにしてキクリを倒すわけには行かない。おそらくエリスが妨害に入り、キクリを倒すことが難しくなる。しかし、支援攻撃を行うキクリも放っておくわけには行かない。

 

「考えている暇があるのかしら?」

「っ!?」

 

 そう考えていれば、隙を突いたエリスが私に格闘戦を仕掛けてくる。一撃一撃が致命傷になりかねない拳を躱しながら、隙あらばとグラムで攻撃。

 

 ガキィン!!

 

 そんな鈍い音を立てているのを見れば、エリスはその細いステッキ一つでグラムを受け止めていた。

 

「うそ…っ!?」

「あら、悪魔なんてこんなものよ?」

 

 それでも攻撃を続ける。それらをエリスは最小限の動きで避け、その動きに連動し拳と魔法を繰り出していく。

 

 ダメだ、接近戦じゃこっちがやられる────ッ!

 

 私は勢いよく魔力の衝撃波を前方に噴出させてエリスとの距離を離す。そして、そこで思いっきり魔法を放った。

 

「《滅光(ホーリー)》───ッ!!」

 

 無数の魔法陣から放たれる光の雨がエリスを飲み込み、そこらの廃墟を巻き込んで爆発を起こす。更にそこに追撃を仕掛けるためグラムを複数創造し、中身を改造して一つ一つがミサイルと化したグラムを一斉に撃ち出し、さらに爆発を起こした。

 

 

「乱暴なのね、吸血鬼さん」

 

 

 立ち込める土煙の中、エリスは多少の掠り傷を追いながら土煙を払って歩いてくる。

 

 ─────これを食らっても掠り傷程度。

 

 流石は悪魔、と言ったところだろうか。ホーリーによる光の雨とミサイルグラムの雨を食らってもなお、こうして嗤っているのだから。

 だが、掠り傷程度でも傷を追わせただけでも大きい。塵も積もればなんとやらだ。

 

「─────《地獄の月》」

 

 キクリは私の前に移動し、姿を消して鏡が光り出す。僅かだが、妖力のようなものを感じる。

 そして、鏡から二つの手が現れる。

 

 私は知っている。その手を。私の最も知る最愛の妹達──。

 

 レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットだった。

 

 しかし、その瞳は黒ずんでおり、理性がないように見える。

 

「…なるほど、記憶の写し身ってわけね」

 

 おそらくだが、キクリは私の中の記憶の《最も戦いずらい》敵を鏡の特性を使い具現化させたのだろう。地獄の月であり浄瑠璃の鏡であるキクリは、地獄の使者ならではの使い方をしたのだ。

 

「ごめんね……ッ!!」

 

 私は理性のない狂戦士のように振るうレミリアとフランの隙だらけの攻撃を掻い潜り、すぐさまグラムを二本創造して撃ち出し、それぞれ二人の体を撃ち抜く。虚像とはいえ、愛しい妹を傷つけるのは心が痛んだが、今はそんなことを言っている場合では無い。

 

「いつまで虚像程度に構ってるつもり?」

 

 そんなことを思っていれば、エリスがこちらに近づき零距離による砲撃を行った。すぐさま避けるが、少しその砲撃が掠り、血が垂れる。

 

 ────全く気が抜けない。

 

 エリスは戦闘では私を上回る。単純な力押しもエリスの方が上。強いて言うならば魔法しか勝つ方法はない。

 キクリは私の記憶に眠る者を具現化する能力を持ってる。さっきは失敗したのか全く歯ごたえのないレミリアとフランだったけど、二回目はそうはいかない。お父様でも出されたらそれこそ勝ち目がないのだ。

 

 魔力が回復したばっかりだけど───本気でやるしかない。

 

 私は魔力を全開放し、手を掲げた瞬間に無数のミサイル構造のグラムを廃墟の空を覆うように展開する。

 その魔力量に驚いたか、それとも技量に驚いたか……どちらにしろ、エリスとキクリは驚愕の顔を浮かべていた。

 

「降り注げ───ッ!!」

 

 手を勢いよく振り下ろした瞬間、その展開されたグラムが雨のように降り注ぐ。ミサイル構造のグラムは着弾した瞬間に小爆発を起こし、廃墟をボロボロにしていく。それを見たキクリがエリスを庇うように前に出て、結界を貼った。

 

 このまま押し切るのもいいが───念の為、かき消す能力を付与したグラムを補充しておこう。

 

 降り注ぐミサイルグラムの中に能力付与のミサイルグラムが混ざり、悉く結界を壊し、直撃する。

 

 そして、小爆発が小爆発を誘発し、大爆発を起こした。

 

 戦場全体を覆う土煙が舞い、視界を覆い隠す。この状況で奇襲なんてされたらたまったものじゃないので、警戒心を最大まで引き上げて戦場を見る。

 

 土煙が去り、二つの影が見える。

 

 そこには、エリスを庇ったであろうキクリがボロボロになって倒れていた。当人のエリスはキクリを寝かせ、じっとこちらを見て嗤う。

 

「…魔力に能力。恐ろしいわね…キクリもやられちゃったし」

 

 ────この状況で嗤うのか、あの悪魔は。

 

 まだまだ余力がある……そう思わせる笑みは、私を戦慄させる。グラムの雨を見て驚愕の顔を浮かべていたにも関わらず、キクリが庇ったとはいえ彼女はこうして無傷。

 

 何より───彼女の魔力は、未だ全開放ではない。

 

「正直、舐めていたわ。けれどここからは一対一。本気でやる」

 

 ─────そして、私の魔力と同格の莫大な量を放った。

 

 大きすぎる私の魔力とエリスの魔力がぶつかり、魔力の火花を散らしているのがわかる。チリチリと伝う互いの魔力が、互いが本気であるということを示している。

 

 しばらく見つめ合った後、エリスは地面を蹴り砕いて浮遊している私に向かってかけた。そのスピードの余波か、地面は砕け散っているのがわかる。

 

 瞬きの瞬間で私に迫ったエリスが、身体強化の魔法をかけた拳を突き出す。それをかろうじて避けるものの、私の耳元でパァンッ!!という空気の爆ぜる音が聞こえた。

 

 これが、悪魔の本気。

 

 しかし、やられっぱなしでは性にあわない。私はグラムを手に取り能力を付与して切りかかる。しかしそれを空気を蹴る(・・・・)ことで体を浮かせて回避したエリスは、その姿勢を保って蹴りを繰り出す。その蹴りを回避し、今度はエリスを囲うようにグラムを展開し、串刺しにしようと撃ち出す。

 

 それをエリスは魔力の衝撃波──魔撃──により周りのグラムを吹き飛ばし、身を守った。その衝動波に吹き飛ばされそうになるも、私は六翼で何とか姿勢を保つ。そしてその衝撃波を促進力に変え、さらに身体強化の魔法をかけてグラムを数本創造し、浮遊させたグラムと共に手に持つグラムを振るう。

 

 エリスはグラムの攻撃をステッキで防ごうとするも、身体強化された私の腕力によるグラムと追撃のグラムが、悉くステッキを粉砕する。

 接近では無理と判断したのか、エリスは距離をとって闇の砲撃を放ってきた。

 

 その砲撃を能力を付与したグラムでかき消しつつエリスへと近づきながら、光の魔法であるホーリーを放ってエリスにダメージを与えていく。

 

 エリスは結界を貼って身を守りつつさらに距離を取り、今度は自身の魔力で作った巨大な星───彗星を次々と作り上げ、流星群の如く私に向かって落ちてくる。

 

 それを見た私は、すぐさま能力と魔力を混ぜ合わせて代償様々の星を作り、彗星を防ぐために放った。

 

 

 

「───《彗星乱舞》ッ!!」

「───《凶星乱舞》ッ!!」

 

 

 

 

 彗星と星がぶつかり合い、核爆発も否やというほどの全てを飲み込む大爆発を起こした。

 




今回は描写頑張った………。

エリスの強さなのですが、東方において悪魔は強大な力を持つということで、幻月クラスの実力者ということにしました。
ぶっちゃけた話、単純な戦闘能力ならサリエルを上回ります。しかし能力はなく、セラド同様戦闘能力全振りのぶっちぎりトップの種族値を持ってます。


【挿絵表示】


平熱クラブ様から主人公であるリリスちゃんを描いていただきました!本当にありがとうございます!!

このような作品ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。


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二十話 対決者

今回は神綺様(通称お母様)と夢子、そして地獄ルートのあのお方が登場します───。

──悲しき人形、神話幻想。そして、星幽剣士。

…東方旧作神曲多すぎか!


【神綺】

 

 

「到着しました、神綺様」

「ご苦労様、夢子ちゃん」

 

 この魔界にはヴィナの廃墟と呼ばれる場所がある。魔界全土に置いて最も瘴気が濃い場所であり、外の世界…人間界の妖怪はまだしも、人間はここに入った瞬間即刻死ぬだろう。元々はここも建物が建っていたのだが、瘴気の異常発生により人が立ち入らなくなり、崩壊して廃墟となってしまった場所である。

 

 ─────その廃墟だった(・・・・・)場所は、地盤や大地が大きく抉れ、建物も無残に…もはや建物とは呼べぬほどボロボロになっていた。

 

「力を測るためとはいえ…まぁ、よく暴れてくれたわねぇ…」

「…まさかこれ程とは」

「幸い、戦闘の影響で瘴気は漏れてないみたいね」

 

 私はこの有様を見て、呆れた声を出してしまった。いくら力を測るためとはいえ、ここまで派手に暴れるとは思ってもみなかったのだ。まぁ、二人とも…というか、彼女と倒した敵は全員私の真意を知らないが。

 

「…ともかく、条件は満たした。とりあえず彼女らを私の館へ」

「かしこまりました」

 

 メイドである夢子に、そこに倒れている二人の保護を頼んでおく。

 母の気まぐれ程度にやった試練を見事達成した彼女に嬉しさを覚えながら、地形さえボロボロのヴィナの廃墟をどうしてくれようかと悩む神綺であった。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 ────知らない天井だ。

 

 目を開いた第一感想はそれだった。紅魔館とは違うすこし黒みを含んだ赤色の天井。なぜ私が倒れているのか……こんな所にいるのか、目覚めたばかりの頭をフル活用して記憶を掘り起こす。

 

「確か、エリスとキクリと……」

 

 そうだ、あの後エリスの彗星攻撃と私の星攻撃が大爆発を起こして、気絶してしまったんだっけ?

 それにしても強かったなと思う。単純な力と魔法、さらには魔力量まで私と同格かそれ以上なんて……あんな相手を見たのはお父様以来だ。

 

「ん?起きたでござるか」

 

 私がそうやって記憶を掘り起こしていると、男性のような女性の声が聞こえる。すぐ近くだったのでそっちに向くと、そこには刀を持もつ赤い衣の和服に身を包んだ、細く赤い角を持つ中性的な人がいた。

 

「あ…えっと…」

「あぁ、申し訳ない、拙者はコンガラ。しがない地獄の仏でござるよ」

「……え、仏?」

 

 待って、待ってくださいよ。

 今この人コンガラって言ったよね?しかも地獄の仏だよね?

 つまり、この人が地獄の主の矜羯羅童子ってことになるよね?

 表情筋を抑えながら内心パニックになっている私に気がついたのか、コンガラは微笑みながら言った。

 

「安心するでござる。そなたに危害を加えるつもりは無いでござるよ、拙者はただ協力者として呼ばれただけの事」

 

 ────きょ、協力者?

 

 私のパニックだった心は、ある疑問によって一瞬にして冷えきった。

 そもそも、なぜ地獄の主である仏が、地獄そっちのけで魔界にいるのか。そして、協力者とはなにか。様々な疑問が私の中に溢れてくる。

 

「取り敢えず、合わせたいお方がいるでござる。呼んでくるでござるよ」

 

 そう言ってコンガラは私が横たわる部屋を立ち去って言った。

 

 ───訳が分からない。

 

 なぜ魔界に地獄の主がいるのか。協力者とはなにか。そしてここはどこか。合わせたい人とは……?

 様々な疑問が私の中に溢れ、頭を起こしていく。

 

 そこで、ガチャ、と扉を開ける音が聞こえた。

 

「こんにちは、可愛い吸血鬼さん」

 

 その声に振り向いてみれば、そこには私に瓜二つの顔つきとその従者であろう赤いメイド服を着た金髪の女性、そして先程までいたコンガラがいた。

 

 ────私のそっくりさん。

 

 もしかして、この人が────

 

「初めまして、リリス・スカーレット。私は神綺。この魔界の創造神よ」

「神綺様の従者、夢子と申します」

「改めて、地獄の主の仏、コンガラでござる」

 

 ────やっぱり。

 

 そっくりさんとは言われていたが、実際見ると本当に似ている。唯一違うとすれば服と、瞳の色だろうか。なぜかそれだけなのに無駄に親近感を覚えていたが、疑問がそれを打ち消す。

 

 ───なぜ、教えてもいないのに私の名前を知っている?

 

 その疑問を問おうと思った時、神綺は私を制するよう、しかし優しいに言った。

 

「色々聞きたいことがあるでしょうけど、話を聞いてくれないかしら?それで分かることもあるだろうから」

 

 ───正直、なんのつもりだと思ってしまう。

 

 魔界の創造神、その直属の従者、さらには地獄の主までが、侵入者である一介の吸血鬼に過ぎない私に構う理由。それが怪しすぎて、なんのつもりだとつい思ってしまう。しかし、彼らの話を聞いて分かることもあるだろう。

 

 私はしばらく考えて、彼女らの話を聞くことを選択した。

 

 

「ありがとう。それじゃ、話させてもらうわ」

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【神綺】

 

「お願いします、匿ってください───ッ!!」

 

 始まりは一人の天使だった。三対六翼の翼を持って、なにかに怯えるようにこちらに助けを乞う天使。私は深い事情があるのだろうと匿うことにした。

 

 その人は優しい人だった。まさに天使とも言える振る舞いを見せる彼女は、まさに魔界に咲いた一輪の花のような存在だった。

 

 そんな平和な日々が続いたある日─────。

 

 

 

 

 魔界は異物とも言える化け物に覆い尽くされた。

 

 

 

 人の形を留めることを知らず、ギィギィと泣きながら、なおかつ理解不能の言葉を吐くその化け物は、人々の四肢を切り裂き、殺戮を楽しんでいた。更にはそいつは一体一体の学習能力が人間の学習能力を上回り、瞬く間にカタゴトではあるが喋れるようになっていた。

 

 さすがの異常事態に私も対応を急いだ。四方八方雨のように降り注がれる化け物は、やがてこちらの戦力を上回り、瞬く間に首都を奪っていった。

 

 

 

 

 

 

 そこに、一人の天使が舞い降りた。

 

 その天使は笑っている。燃え上がる首都を見て。

 

 その天使はワラッテイル。悲鳴を上げる人を見て。

 

 ソノ天使ハワラッテイル。弱者ヲイタブリ魔界ヲ蹂躙スル化ケ物ヲ見テ。

 

 

 

 

 

 その化け物をばらまいた張本人……それが、私が助けた魔界の一輪の花だった存在。

 

 ─────《死の天使》サリエル。

 

 私達は彼女に踊らさていたのだ。きっと、お人好しなバカどもと私達を罵りながら魔界を蹂躙しているに違いない。

 

 私が魔界の神となって初めてだった。

 

 こんなに自分の無力さを呪ったことは無い。

 

 こんなに相手を憎いと思ったことは無い。

 

 私が創った愛するモノを全て憎たらしい相手に奪われた。

 

 私はそんな気持ちを抱えながら、夢子ちゃんと一緒にかろうじて別荘に逃げることが出来た。情報を打開する策を考えていた時、彼が現れた。

 

 そう、地獄の主のコンガラである。彼も心底憎いという顔をしていたのを覚えている。

 

 地獄も、あの化け物の襲撃を受けたのだ。地獄は元々魔界より強いものが多いため被害は最小限に抑えているものの、長くは持たないとのこと。

 

 そこで私とコンガラが提案したのは、協力。

 

 今回ばかりは魔界神の尊厳などどうでもいい。あの天使から奪い返さなければならない。私の愛するモノを奪い返さなければならない。

 

 魔界の神たる者が私情で動くのはもってのほかだが、そうも言ってられない。

 

 私はその日から、サリエルに関する資料など全て調べ尽くした。

 

 サリエルが《ラグナロク》以降による神の衰退の代わりに、月の支配権を与えられ、支配をしていたこと。

 そして、その支配権を返上して堕天したということ。

 

 そして────《神代の権能(アンティーク・ラグナロク)》の創造主の片割れの力を持つことも。

 

 だから、あなたを待っていた。

 

 破壊の力と対を成す創造の力を持つ人を。

 

 それが、リリス・スカーレット。

 私達の光となる存在の名前だ。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 

 ────そんなことがあったのか。

 

 あの死の天使が、皮をかぶって魔界に降り、蹂躙の限りを尽くしている。ありえないと思っても、あの力を見た後だと本当にやりかねないと内心で肯定してしまう。

 

 何より、そんなに苦しそうな表情で言われれば尚更。

 同情するならなんとやらなのだが、今回ばかりは気の毒に思ってしまった。だが同情するよりも、わかったことがある。

 

 一つは、なぜここに連れてきたのか。

 恐らく、私という存在が唯一サリエルの打開策になると考えたんだろう。神綺様が言っていた能力も、私が考えた能力とほとんど同じ。

 二つは、なぜコンガラ様がいるか。

 先程の会話からすると、コンガラの統括する地獄もサリエルから生み出された化け物の襲撃に襲われたのだろう。互いの敵は同じ、ならば協力する他ない。

 

 互いに私を求めていたということだ。地獄の主のと魔界の神がこちらがに回ってくれるのは心強いことこの上ない。

 

「…事情はわかりました。利害も一致していますし、協力関係を組みましょう」

「ありがとう」

 

 神綺様は安心したような笑を浮かべる。私もああやって微笑むのだろうかと思ってしまった。

 

 

 かくして、死の天使を倒す手段は整った。

 

 《魔界の創造神》と《星幽剣士》。そして《吸血の熾天使(ヴァンパイア・セラフィム)》。

 

 二人は、己の世界のために。

 一人は、家族のために。

 

 それぞれの信念を胸に、死の天使に戦いを挑んだ。




うーん…最後がなんかなぁ。

コンガラの口調ですが、なんか仏なのに侍っぽいなぁということで。

魔界と地獄に現れた魔物は……fgoのトラウマであるラフムをイメージして頂ければ。


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二十一話 the Grimoire of Alice

お待たせしました。




【リリス】

 

 あの日から数日。

 各々がサリエルとの決戦に向けて着々と準備を進めている。そんな暇はない、と思ったのだけれど、ここは魔界の時間から切り離されているため館の外の時間は進んでいないらしい。それを聞いて安心した私は、ゆっくりと確実に準備を進めている。

 

 まずは魔力の底上げだろうか。ここには我が家紅魔館と同量かそれ以上の大図書館がある。それらの魔導書を見て自分の魔法を改良したり、効率的な魔力の底上げなどの魔導書をみて実践してみたり。

 

 今自分が出来ることを出来る限り実践しているのだが───

 

 

「……?」

 

 

 なんだか最近、誰かにつけられている気がする。

 なんというか、神綺やコンガラのような強大な存在ではなく、しかし夢子のような強者特有の雰囲気というものない。後ろを見ても誰もいないし、魔法を使って隠れているなら私がまず気づくはず。

 

「えっと、どなた?」

 

 ダメ元で私を見つめる誰かに声をかける。いい加減この視線も辛いので、そろそろはっきりさせてもらいたいのだけれど──。

 しばらく経って、やっぱりダメかと思った時、物陰から一人の少女が現れた。

 

 レミリアとフランと同じくらいだろうか。金髪に白と青を基調とした服を着た少女。

 

「…貴方、吸血鬼?」

「ん、そうだけど……貴方は誰?」

 

 私が吸血鬼だということを知ると、少女は驚いたように目を見開いた。まぁ、吸血鬼なんて確かに貴重な生物だし強大な妖怪の一種だからね。

 

「私はアリス。魔界人よ」

「アリスって言うんだね。私はリリス・スカーレット。気軽にリリスって呼んでくれると嬉しいな」

 

 アリスと名乗った少女は、その手からどこかりともなく大きな本を取り出し、一歩前へに踏み出し宣言した。

 

「貴方、私と勝負しなさい!」

「………ぇ?」

 

 アリスが言ったことに理解が追い付かない。

 

 え?勝負?なんで?なんか悪いことした?

 そんなことを考えていると、アリスが分からないのかと言う表情で言った。

 

「勝手に魔界に乗り込んで、勝手に暴れて……勝手に家に乗り込んで!」

 

 ─────あぁ、そういうことか。

 

 彼女はきっと、自分の庭……もとい魔界で好き勝手した私が許せないんだろう。それはそうか。自分の世界を荒らされて普通は黙ってられないよね。

 だけど、こちらにも事情がある。いつもなら懲らしめられるべきなんだけど、今回は勝手が違う。少し鍛錬に付き合ってもらうとしよう。

 

「わかった。そういうことなら相手になるよ」

「…ず、随分さっぱりしてるのね」

「負ける気なんてないし、少し鍛錬に付き合ってもらうかと思っただけだよ」

「っ!馬鹿にして……ッ!!」

 

 どうやら今の言葉がアリスには気に食わなかったらしい。顔を真っ赤にして怒っている。不意にその姿がレミリアとフランに重なったが、今は気にすることではない。油断はできない。

 

 何せ、アリスの持つあの魔導書は────。

 

「見てなさい!これに書いてある究極の魔法で、コテンパンにしてやるんだから!」

 

 ─────グリモアール。

 

 人間界、魔界、天界……様々な世界が存在するこの世に散らばる有象無象、八百万の如く存在する魔導書の原典とされる魔導書、それがグリモアール。かつて神代の頃の原初魔法───五大要素(エレメンタル・ファイブ)が記されている。そこらの魔導書の五大要素なんてグリモアールに記されているものの劣化品に過ぎない。

 かつて、原初の始まりを示した原初の五つ。その原点をアリスが持っているのだ。

 相手の技量が分からない分、不安要素が拡大する。更にその手に持っているグリモアールがさらに不安要素の拡大を加速する。

 

「行くわよ!!」

 

 ─────しかし、そんな不安要素に構っている暇はない。

 

 アリスは私を封殺するかのように炎の柱、そして弾を撃ち出す。威力はそこそこ……なおかつ密度もなかなか。それらを見込んで魅魔以下と言ったところか。とはいえ、グリモアールの影響かそこらの魔法使いよりは断然強い。油断したらやられる程度。

 

 その龍のごとく迫る炎の弾幕が、逃げる私を追いかけていく。さらに私を狙った弾幕が次々と放たれ、火柱が私の退路をかき消す。

 

 流石にこのままではまずい。私はグラムを二本創造し、私に迫る弾幕をかき消して退路を切り開いていく。少し反撃の余裕が出来た。

 

 

 さぁ、反撃(パーティー)の時間だ!

 

「《滅光(ホーリー)》」

 

 私はグラムを盾に回し、魔力を回して無数の魔法陣を展開して光の雨を降らす。その光の雨が炎の弾幕を打ち消し、そのまま勢いを保ちアリスへと向かうが、アリスは結界で防ぐなどの手段で身を守っていく。鍛錬のおかげか、最小限の魔力で発動することが出来るようになった。

 

 これで埒が明かないと判断したのか、アリスは炎から氷へと切り替えた。

 

 細かい氷の針が放たれ、躱す隙間さえ埋めて襲いかかってくる。それらをグラムで防ぐものの、次は巨大な氷の塊が二つ三つと回転しながら近づいてくる。

 思ったよりやるなと思った私は、その手に魔力を込め───

 

「───模倣(レーヴァテイン)

 

 フランのレーヴァテインを作り出し、薙ぎ払う。氷の針に塊と、灼熱の炎の剣がぶつかり、蒸発して視界が一瞬にして悪化した。

 そこで、私はアリスの気配を探って新技を一つ披露した。

 

「───《二つの紅い影(セカンドアカインド)》」

 

 私は魔力と能力を併用し、自分の分身を作り出す。

 この原理は私の最大の切り札や凶星乱舞と同じで、能力に魔力を上乗せしてオリジナルに近いものを生み出すもの。この分身はオリジナルと感覚を共有することで指示を出せる。

 

 私はその分身を利用して、悪化した蒸気の視界の中へ入り込んだ。

 

「っ…どこに…っ!?」

 

 視界が悪化する中、アリスは必死に私を探そうとしているのか周りをキョロキョロとしている。よし、作戦通り。

 

 そこで、私はアリスの背後に忍び寄り、グラムを振りかざした。

 

「フフ……無駄よ!」

 

 しかし、ニヤリと笑ったアリスの手に書かれた魔法陣が展開され、私はその氷の刃に貫かれて─────

 

「なっ……」

 

 ────その()は消えた。

 

「残念」

 

 そして驚いたアリスの後ろに、本体の私が現れ、グラムを振りかざした。

 そう、アリスが串刺しにしたのは分身の私。作戦は分身で陽動し、本体の私が攻撃を与えるというシンプルなもの。アリスがああいうことを見越して用意していたというのは、蒸気が発生して視界が悪化したときに魔力の流れを見てわかった。

 だからこそ、一度その罠を受けて、手薄になったところを倒す。

 

「どう?降参する?」

「う~……まだ三つの究極の魔法があるのにぃ~……」

 

 既のところでグラムを止めて降参するかどうか聞くと、アリスは敵わないと悟ったのか、渋々と言った顔で両手をあげた。

 

「強すぎる~……」

「まだまだだよ。もっと強くなきゃ……アレは倒せない」

「……アレって、サリエルのこと?」

 

 なぜアリスがサリエルのことを知っているのか聞こうと思ったが、それは聞く前に理解した。アリスは魔界人だ。魔界の状況くらい、こんな子供でも理解出来ているのだろう。こんな子供が理解せざるを得ない状況下にあるということも心苦しいが。

 

「神綺様とか侍さんと一緒に倒しに行くの?」

「そうだよ。そのために魔界に来たんだ」

「…なんか、ごめんなさい」

 

 自分の勝手で味方を傷つけてしまったと思ったのか、アリスは頭を下げた。

 

「いや、私も有意義な時間になった。鍛錬の成果もわかったし」

「…そう」

 

 私がそう言うと、アリスはニコッと笑った。またレミリアとフランに重なったが、それよりも魔界住みの人達はなぜこうさっぱりしてるのか、それが疑問になってしまった。

 

「ねぇ」

「ん?」

「…神綺様たち、大丈夫だよね?」

 

 さっきまで強気だった表情が一変し、不安でいっぱいな顔になって聞いてきたアリス。それもそうか、神綺はこの魔界の全てを創り上げた創造神。言い換えればアリスも神綺の創造物……娘のような関係になる。アリスの思うその気持ちは親を思う気持ちそれだろう。

 

 ────正直わからない。

 

 相手は元月の支配者であり、一夜にして地獄と魔界を蹂躙の限りを尽くした死の天使。今までの相手とは格が違うし、生きた年代も異なる。ありとあらゆる力が格上なのだ。

 

 けれど──。

 

「大丈夫。私がみんなを守るから」

 

 ────誰も傷つかせないのは変わらない。

 

 相手がどれだけ強かろうが関係ない。守れるものは守る。必ず。

 私はそういう決意でこの戦いに身を投じているんだ。神綺やコンガラ、私の家族(レミリアとフラン)は絶対に守り抜いてみせる。

 

 私がそう言うと、アリスは安心したのかそのまま駆け足でどこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ────Until she is no longer with her, after one day.

 




最後の英語はGoogle先生に翻訳してもらったものです。



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二十二話 the Legend of KAGE

さぁ、とうとうサリエル戦前の会話です。




【リリス】

 

 ─────魔界の最果て。

 

 ただ暗闇。暗闇のみが場を支配する。明かりとなるのは、暗闇に浮かぶ青い星のみ。それらを辿って、ひたすら歩く。

 歩く度に、その先に見える強大な力は増していく。

 

 

 曰く、あらゆるものに死を与える邪眼を持つ。

 曰く、月を支配した。

 曰く、地獄と魔界を蹂躙した。

 

 ───曰く、創造主の破壊を担った。

 

 それらが真実で、私たちが戦う敵がそれならば、常人は愚か、名のある妖怪さえ尻尾をまいて逃げるだろう。それほどまでに、死の天使は強大な力を持つ。

 

 けれど、私達は引くわけには行かない。

 

 神は、愛する魔界を取り戻すため。

 仏は、愛する地獄を取り返すため。

 

 ────吸血鬼は、愛する家族を守るため。

 

 それぞれ信念は違えど、対する敵は同じ。たったそのために立ち向かう勇者たち。

 

「……来たか」

 

 ────そしてソレは現れる。

 

 長引く青いスカートに、胸には独特の風車のような紋章が刻まれ。

 アルビノのような白い肌に紅い瞳。そして長引く白髪の髪。それだけならば美少女とも呼べる女性だろう。しかし、次に目を引くのはその巨大な六つの白翼。神の使いである天使の象徴であるそれが六つということは、彼女は天使の中でもトップクラスの実力を持つ熾天使ということになる。

 

「…なんだ、貴様らも来たのか、仏に神よ。私はそこの吸血鬼に用があるのだが?」

「貴方がなくても私達はあるのよ」

「あぁ、魔界を取り返しに来たのか」

 

 その事情を察したサリエルか嗤う。

 

「ククク……勇者様気取りか?そこの吸血鬼はまだしも、貴様らがいい年をしてなぁ…」

「笑うなら笑え。俺たちは止まらんぞ」

「結構。なら、その死を持って喜劇を悲劇に変えてしんぜよう」

 

 神二人を相手にしても笑う余裕がある、という事実が私に恐怖を与える。これが、破壊の神となった天使の力か。戦う前とはいえ、ここまで差を感じるとは思いもよらなかった。

 

「怖いか吸血鬼。だがこれは運命だ。貴様が善に回るのなら私は悪に付く」

 

 ────私が善につくのならサリエルが悪に回り。

 ────サリエルが善につくのなら私が悪に回る。

 

 表裏一体の存在である私とサリエル。創造と破壊が対立する限りそれは変わらない。何せ元々は一つなのだから、元に戻ろうと相見えるのは当然の摂理。

 

「…私は月で力を酷使した。罪と判断した私は自ら堕天し、青く輝く憧れの星であるこの地に落ちた」

 

 サリエルは語る。

 

 

「だがなんだ。この青く輝く美しい世界とは裏腹に、世界は堕落し、人は驕り、殺し合う。こんな世界など罪そのものなのだ」

 

 ─────サリエル。

 それは、あらゆる罪を測り神の名において裁きを与える名。その名前(命令)に従い、彼女は世界の罪を測り、罰を与えようとしている。

 

「私はサリエル(神の命令)において実行しようとしているだけだ。貴様らに邪魔される筋合いはない。あったとしてもそこの吸血鬼だけだ」

 

 確かに、今の世界は腐っていると思う。

 弱者が食われて、強者が生き残り驕る支配時代。その世界を正そうとしているだけだとサリエルは主張する。

 

 ────けれど。

 

 

 

 だからと言って、みんながみんな悪人なわけがない。

 

 無差別殺人という神罰が許されるのなら、この支配時代も許されるのだろう。だが、そんなのは決してあってはならない。

 だから目指すんだ。誰も傷つかない、最高の理想世界を。

 

 

 

 

「……よかろう。それほどまでに死にたいのなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────倒れ逝くその時まで罰を下してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────vs《死の天使(Angel of Death)Sariel(サリエル)

 

 

 今ここに、破壊と創造の神話の戦い(ラグナロク)が幕を開ける。




さて、次回はvsサリエルです!!

次回はかなり気合を入れるつもりです。少し間隔が空くかもしれないので、ご注意ください。


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二十三話 いざ、倒れ逝くその時まで

はい、サリエル戦、前編でごわす。


【リリス】

 

 最初に駆けたのはコンガラだった。コンガラは巻き込むように刀を振りかざし、魔力を込めて振りかざした際に生じる衝撃を操り、巨大な紅い竜巻を発生させた。その竜巻はサリエルを呑み込まんと迫るが──

 

 それは、サリエルの指先ひとつで破壊(・・)された。

 

 

 パァンッ!!という風船が割れる音よりも強烈な破裂音とともに竜巻は砕け散り、纏っていた紅い風が散り散りとなる。さらにサリエルは二つの球体を作り出し、一つ一つが万物を破壊しうる力を持つ魔力弾が群れをなして放たれる。私をはじめとした三人は浮遊することでそれを避けるが、私たちが地に立っていた場所は轟音を立てながら何十個もクレーターを作り出していた。

 

「──《憤怒(グラム)》」

 

 私はその弾幕をくぐり抜けて、グラムを複数創造して切りかかる。そしてそれに気づいたサリエルが浮遊して弾幕を放つ球体をリリスの前に寄せ付け、ゼロ距離で弾幕を放たんとするが──。

 

「「邪魔よ(邪魔だ)」」

 

 コンガラと神綺がその球体を叩き落とし、地面に激突した球体が轟音をあげた。そしてがら空きになったサリエルにグラムが迫る───。

 

 

 

 

 

 

 

「甘いぞ小娘」

 

 

 

 

 

 

 ────だが。

 

 その杖に魔力を込め、大きな魔力剣を作り出したサリエルがその杖剣をゼロ距離で振りかざした。自動的に防ごうとする周りに浮遊するグラムが私に迫るその魔力剣を防ごうとするものの、破壊の力により触れた瞬間にグラムが砕け散る。その魔力剣から離れようとブレーキをかけるが時すでに遅し、その魔力剣が私の胴体に直撃し、血飛沫を飛ばす。

 

 

 

 

 

 

「───甘いのは貴方だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その血飛沫を飛ばした私の体(・・・)は影の如く消え失せた。そう、私は一筋縄では行かないと分身を創り出し突進させて、本体である私は隙を伺い背後に回っていたのだ。

 

 

「《憤怒の鉄槌(グラム・モルガン)》──ッ!!」

 

 

 私は振りかざした際に生じる隙をついて、魔力をグラムに込めて、真っ黒な魔力を纏い大剣となったグラムをサリエルに振るった。

 

 

 

 

「舐めるなよ」

 

 

 

 

 しかし、サリエルは振るった際に生じた余った勢いを利用し、そのまま身体を一回転させてその魔力剣をグラムとぶつけ、魔力の火花をあげる(・・・・・・・・)

 

「(──ほう、なかなか考えるな)」

「ぐぅ───ッ!!」

 

 そう、火花をあげたのた。触れた瞬間、破壊されずに。

 

 その理由は単純明快。触れてすぐ破壊されるなら、破壊する速度を上回る速度で魔力を補充し続けて再生し続ければいい。力でダメならば数で押し切る、という極めてシンプルなものだった。

 しかし、これにはある欠点がある───

 

「(ダメ、こっちが持たない……ッ!!)」

 

 それは、その魔力消費の激しさだ。

 ただでさえグラムに妖怪ですら一撃で葬れるような魔力を纏わせて、さらに再生による魔力の消費はとても無視できるものでは無い。雑魚ならばまだしも、相手は月の支配者であり一夜にして魔界と地獄を蹂躙し尽くした死の天使。長期戦が予想されるこの戦いでは、魔力を消費したくないのだ。

 

 私はこのままではまずいと判断し、サリエルの魔力剣をグラムで受け流す形で攻撃を反らせ、その隙に距離を取った。

 

 入れ替わる形でコンガラと神綺と交代し、コンガラは刀に魔力を纏わせ、神綺は無数の槍を投影し斬りかかった。

 

「《不動明王の倶利伽羅剣(ふどうみょうおうのくりからけん)》」

「《穿つ紅槍の雨(ゲイ・ボルク・クリード)》」

 

 紅い神力を帯びた刀と神力を帯びた真紅の槍の雨がサリエルに降り注ぐ。サリエルはその降り注ぐ槍の量より多く破壊の球を創り出し、全て槍へと命中させ相殺させた。しかし休む暇を与えんとコンガラの真っ赤な神力を纏った断罪の剣をサリエルは魔力剣を振るうことでその剣を破壊する。その勢いに載せ、サリエルは魔力剣を大きく振りかぶり、鞭のように振るわれた。

 

 私達はそれらを見て散り散りに回避し、鞭のように打たれた場所が轟音をあげて崩れ落ちていく。あれはたとえ破壊の力を含んでいなくとも当たれば即死亡確定のものだということを示していた。

 

 私はもう一度グラムに魔力を纏わせて、大剣と成しその振るわれる魔力剣の隙間を縫って行く。当たりそうになった魔力剣をそのグラムと相殺したりするなど、自分の身を最優先に考えて。

 こういうのはやはり命を大事に、というやつだ。死んではこいつを倒そうも何も無い。命あってのなんとやらという諺があるように、死んでは元も子もないのだ。

 

 そうしているうちに、私はサリエルの懐に潜り込んだ。私はグラムではなく、魔力を纏わせた長い爪を使い、その魔力剣を吹き飛ばすために振るった。吹き飛ばすために触れた際、破壊の力が発動するも、それは纏った魔力が防御膜となり、破壊の力を相殺する。そして勢いは殺しきれず、その魔力剣となった杖は吹き飛んだ。

 

 ─────好機だ。

 

 私は無防備となったサリエルの腹を一閃するために、そのグラムを振るう。サリエルは咄嗟の結界を張るが、破壊の力には及ばないとはいえ圧倒的破壊力と再生力をもつグラム・モルガンをそう簡単に防げるものではなく、その防御結界は悉く砕け散り、そしてサリエルの上半身と下半身を両断した。

 

「やった────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とでも思ったか間抜けが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───っ!?」

 

 しかしその両断されたサリエルの体は闇に溶け込むかのように消え失せ、背中にザシュッ!という音と共に痛みが走った。その痛みを抑えながら、状況を整理した。

 

 この技は─────

 

「貴様の真似事だ。なかなか面白い技だな」

「くっ…───ッ!!」

 

 私はグラムをもう一度握りしめ、サリエルを両断すべく力一杯に振るう。しかしサリエルは先程のように魔力剣を作り出し、私のグラムと火花を散らす。あまりの予想外に脳が追いついていないのか、力もうまく入らず、魔力剣に押し切られ───

 

「っあァ……ッ!?」

 

 私の胴体に直撃し、私の胸から血飛沫が飛び出した。あまりの痛みに悶絶しそうになるも、なんとか体勢を整えようとするも、サリエルはその時間さえ与えず、私を破壊の力を乗せて思いっきり蹴りとばした。

 

 流れる景色などほんの僅か。すぐさま壁に激突し、背中、胸、腹の痛みが一気に流れ、意識さえ朦朧としていた。

 

「ゴフッ…っ!?はァ……は…ぁ……ァ…」

 

 背中は壁に激突した痛みと斬りつけられた痛みだが、胸は肺の器官を切り裂かれたのか、痛みとともに息がうまくできない。それどころか息を吸うのすら器官に激痛が走り、吐き出そうとすれば己の血が吐き出される。腹は破壊の力と蹴られた痛みによる、細胞が一つ一つ確実に死滅していく感覚がじわじわと迫る。

 

 

 

 

 

 ────私はここで、死ぬ?

 

 

 

 

 

 

 

 ────まさか、ここで終わるとでも?

 

 

 

 

 

 

 ────私は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなところで終わる訳にはいかない──ッ!!

 

 

「ウゥ……ッ!!」

 

 私は思考が定まらない脳に鞭を入れ、能力を使い一つ一つ細胞を一から創り出し、傷口を再生させていく。

 斬りつけられた背中、切り裂かれた肺、さらには死滅の進んでいた腹の細胞も全て一から創り出すことで再構築させた。

 

「ほぅ…細胞を一から創り出すとはな……だが、その細胞を残さず塵にしてくれよう」

 

 サリエルは先程とは比べ物にならない程の巨大な魔力剣を出現させ、私に振りかざした。まずい、今は能力の反動で動けない。

 

 どうすれば────

 

 

 

「──そうはさせん」

 

 

 

 私がそう考えているうちに、その魔力剣は何者かによって防がれた。

 互いに魔力を纏った剣が火花を散らし、その何者かは私が先程やったように受け流す形で攻撃を逸らした。先程まで魔力剣の光でよく見えなかったが、その赤い衣に身を包む赤いツノをもつ人物、それはコンガラだと判断するには大して時間もいらなかった。

 

「コンガラ…」

「無理はしないでくれ」

「…ありがとう」

 

 コンガラの救援により体勢を立て直した私は、もう一度浮遊する。

 

「くだらん友情ごっこか…虫唾が走る」

 

 サリエルはイラついたような表情で手を掲げる。そしてその六翼もバサッと羽根を伸ばし、その背後に無数の青い魔法陣が現れる。そして、サリエルは一言呟いた───

 

 

「《破滅(ホーリー)》」

 

 

 その一発一発が地を揺るがし、抉り取る破壊の弾幕が雨のよう降り注ぐ。流石にこの数はすこし気が引いたものの、そんなことを言っている場合ではないと体に鞭を打ち、私もサリエル同様、手を掲げて無数の魔法陣を展開する。

 

「《滅光(ホーリー)》ッ!!」

「《アイン・ソフ・オウル》ッ!!」

 

 それを見かねたのか、神綺も加わり、私と同じく破壊の雨を止めるべく魔法を放つ。神綺の魔法が壊されないよう、神綺に肩を預ける形で触れて流れる神綺の魔力に私の能力を付与し、迫る破壊の雨をひとつ残らず相殺していく。

 

 やがて相殺を超え、破壊の雨を押し切り、サリエルに隕石の雨の如く弾幕が降り注がれる。

 

 その弾幕の雨がサリエルに直撃せんとした時──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────魔眼(バロール)、解放」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その弾幕の雨は掻き消されたように死んだ(・・・・・・・・・・・・)

 




───サリエルさんなんかチート化してません?


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二十四話 死なばもろとも

サリエル戦、後編です。




【リリス】

 

 ─────唖然、というのはこのことを指すのだろう。

 

 サリエルが放った弾幕を神綺と共に相殺し、押し切ってサリエルへと弾幕の雨が直撃するや否や────

 

 

 

 

 

 まるでかき消されたかのようにその弾幕が消えた。

 

 

 

 

 

 そう、何も音を立てず、さらには一瞬で消えた。

 その事実を受け取れられないのか、私をはじめ、コンガラや神綺も驚愕の表情に染まっている。

 

 それもそうなのだ。あの弾幕にはサリエルは触れていない(・・・・・・)。今までの動作を見るに、破壊するにはあの弾幕雨全てに触れる必要があるはずだ。まぁ、それでもサリエルのモノに触れればいいという、自分のモノならば魔力でもなんでも触れていればなんでも破壊できるという反則的な能力であるが。

 あの時のサリエルは、最初に放った魔力よりも弱く、極限と言っていいほど魔力がなかった。まるで、何かを溜めていたように(・・・・・・・・)

 

 そして、弾幕の雨がかき消された瞬間、溜め込んでいたのであろう長膨大な魔力が膨れ上がる。

 

 私、コンガラ、神綺の三人の合計魔力、または神力と同等かそれ以上。そのあまりの量に私は戦慄してしまう。我に返ってサリエルを見てみれば───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ黒となった六翼を広げ、先程まで閉じられていた瞳を開眼させ、左眼を禍々しく輝かせるサリエルがいた。

 

 

 

 

 

「…私にこれを使わせたことは褒めてあげるわ。けれど──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────それは、同時に貴方達の『死』を意味する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────サリエル。

 

 神の命令の名を持つ大天使であり、邪視の始祖とされる『死を司る天使』。万物の象徴たる月を支配し、ありとあらゆるものを神の名において罰してきた。

 

 邪視───それ即ち、『死』。

 

 人間界で言う魔眼の一種であり、サリエルはその始祖とされる。死の天使の異名はここにあり、その膨大すぎる魔力を持って、あらゆるものを一睨みで死に至らしめる。

 

 人間は言うにも及ばず、大気、意思、時間。時には概念や未来さえ。

 

 

 万物の死を与える死の天使。それこそがサリエル。

 

 

 万物の破壊と死を司る天使に、私は初めて恐怖した。神話の存在が、目の前にいるということを改めて認識させられる。

 

「…ッ」

 

 手足が震える。本能が警笛を鳴らしている。

 あれには勝てない。あれは我々を見下ろす天上の存在だと私の中の何かが叫んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────このままでは死ぬぞ。

 

 

 

 

 

 

 ─────それで?(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 死んだからなんだ。死ぬからなんだ。

 私には仲間がいる。守るべきものが居る。目を背ければ、それらは全て崩れ去る。

 

 それは、死ぬことより怖いことだ。大切な人達が目の前で助けを乞い死んでいく中、私は何も出来ないなんて絶対に嫌だ。

 

 それならばここで木っ端微塵に砕け散り、こいつと相打ちになった方が、数千倍もマシだ────ッ!!

 

「…まだ抵抗するのね。愚かな吸血鬼と神々達───」

 

 サリエルは呆れを含んだ表情で言った。その言葉にハッと気づいて二人を見れば、二人も私と同じように何かを決意したような表情をしていた。

 

「…それ程までに死にたいのなら───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───貴方は念入りに、死なせて(殺して)あげる。

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【神綺】

 

「二人共、しばらく注意を引いて」

 

 それはリリスの一言だった。何か打開策があるのだろうかと思った私達は、コンガラと共にリリスから注意を引くためサリエルに攻撃を仕掛ける。

 コンガラは初撃にはなった紅の竜巻を、私は魔力によって作った無限捕食器官の銀河を作り出し、サリエルに放つ。

 しかしサリエルはそれらの攻撃を怯まず、竜巻を手で破壊し、銀河を瞳で死なせた(殺した)

 

「──《プロメテウスの炎》」

「──《矜羯羅梵呪(こんがらぼんじゅ)》」

 

 しかし攻撃はやまない。私はサリエルの足元に魔法陣を出現させ、コンガラは梵字を使った呪術を駆使し、サリエルを拘束。そして、魔法陣から超特大の爆炎の火柱がサリエルを呑み込んだ。

 

 しかし、それでもサリエルは火柱を破壊し、飛び上がる。

 

 そして次はサリエルが無数の魔法陣を展開し、破壊の力を上乗せした《破滅(ホーリー)》を放つ。それらを相殺すべくコンガラと私は同じく魔法陣を展開し、降り注ががれる弾幕を相殺する。流石に一対二の弾幕では密度に差が出たのか、サリエルの弾幕は押し切られた。

 

 しかし、それも先程と同じように死なせられる(殺される)

 

 しかし、私は変わらず弾幕を放ち、サリエルに弾幕の処理に集中するように攻撃を仕掛けた。コンガラはその隙にサリエルの背後に回る。

 

「──『慧』・『光』・『阿』・『指』・『烏』・『清』・『制』」

 

 それぞれの梵字が、主を同じくする七人の童へと変化し───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《 童 子 切 安 綱 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八大童子のあらゆるものを断つ八つの斬撃がサリエルを襲った。

 

「っ──」

 

 私から放たれる弾幕の処理に集中し、背後のコンガラに気づかなかったサリエルはコンガラの攻撃の対処に遅れ、背中を切り裂かれる。

 

「──?」

 

 そう、切り裂かれたのだ。さっきまでなら触れた瞬間に破壊されるはずが。

 それにだ。弾幕の処理に集中していたあの時も、サリエルは死の瞳どころか、破壊の力さえ使ってこなかったのだ。破壊の力さえ使えば私の弾幕の雨など一網打尽に出来はずなのに。さらには、心無しか魔眼を見せた時よりも、魔力がかなり減っている。

 

 ───あの魔眼はかなりの魔力を消費する代物なのではないか?

 

 破壊の力さえ使えないほど消耗しているとすれば、こちらに勝ちがある。勝利は目前だ────ッ!!

 

 

 そう思った時、上空に超膨大な魔力の塊が現れた。

 

 

 バチバチと中で何千回も魔力拡散(マイクロバースト)を起こし、超圧縮されたその魔力の球体。たとえサリエルであろうとあれは受け止められまい。さらには奴は消耗している。これならば────

 

 

 

「偽りの月よ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《 月 落 と し 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚像の月が、大天使に落とされた。

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 魔界全土を揺るがし、滅亡を呼ぶような超轟音とともに超強力大規模な魔力拡散を起こす。あの中心地は超高密度の魔力の渦。たとえ大天使であろうと中に入れば一瞬で塵になるであろう。

 サリエルを倒すために造り上げた、超巨大の虚像魔力の月を創り、相手に向かって落とすという、私の用いる最大の切り札《月落とし》。

 

「兎に角、これで───」

 

 

 

 

 

 

「終わりとでも思った?」

 

 

 

 

 

「───っ!?」

 

 

 

 安心もつかの間、何者かに首を掴まれて、魔力拡散による底の見えない大穴に、サリエルと共に落ちる。

 馬鹿な、あれを受けて無事でいられたとでも言うのか──ッ!?

 

「分身か──ッ!!」

「ご名答、けれど、この体も長くない。だから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────若々しい貴方の肉体を貰うとするわ」

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?ぁあああああああッ!!!?」

 

 

 サリエルの意識が入り込んでくる。破壊の意思が入り込んでくる。

 私が、私で、無くなる感覚が───

 

 

 

「さぁ!受け入れなさい!!」

「ぁああ……ッ!!」

 

 

 

『さぁ、破壊しろ!』

『さぁ、殺せ!』

 

『お前の本能のままに!!』

 

 

「黙れッ!!」

 

 

 私は残り少ない意識を振り絞り、首を掴むサリエルの腕を掴む。

 

 これで───オマエハ逃げられナイ!

 

「っ!何を──」

 

「一体化が、オ望みナンデショ?なら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ワタシと共に眠レ、死の天使……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、二人が落ちていく大穴が、眩い光に包まれた───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【???】

 

 あぁ、人手が足りない。

 それが、賢者たる私の悩みだった。私の世界は理想には程遠い。巫女も仕事しているものの、あれでは気休め程度にしかならない。

 

 式たる九尾も動いているものの、私を含め三人ではとても人手が足りない。

 

 そう私が思いながら境界を開くと、そこはえぐり取られたかのようなボロボロの大穴の底だった。微かに、遥か彼方の天井へ光が見える。

 

 そして、目を下ろせば、落ちてきたであろう少女が。

 

 まだ十五にも満たない見た目の白髪の少女。ボロボロだったが、妖怪であるということはすぐにわかった。

 

 ならば、丁度いい────

 

 

「貴方を、新しい式として迎えましょう───」

 

 

 

 

 

 

 幻想郷へようこそ、名も知らぬ幼い妖怪さん────。

 




はい、ここでリリス視点の物語は一旦終わります。

これからは幻想郷編へと突入しますよ──!!


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第3章 殻を破るその時まで
二十五話 Re:start


はい、幻想郷編突入でございます!!

時間軸的には原作より数十年前、と言ったところですね。


 人々を始め、この世界に存在するあらゆるものは生きている。

 例え肉体が消え失せようが、それらを知る人物の心に刻み込まれる限り、それらは生きている。歴史上に名を残す人物などがその例だろう。

 

 ならば、逆は?

 

 

 ─────忘れ去られた(・・・・・)者達はどうなる?

 

 

 

 簡単な事。例え肉体があろうと、存在を刻まれることを拒まれれば、それは人に限らずあらゆる万物の死を意味する。拒まれることはなくとも、幻想の彼方へと葬られれば、それは死同然。

 

 ────だが、それらが安らぐ最後の楽園があったとしたら?

 

 忘れ去られた過去の者達が集い、人間はもちろんかつて世界に名を轟かせ人々の幻想となった妖達。そして書物の中でしか語られぬ神話の存在である神々達を始め、数多の幻想が集う最後の楽園。

 

 

 ───ありとあらゆるものを受け入れる理想郷。

 

 

 

 忘れ去られた者達は、それを『幻想郷』と呼ぶ───。

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【紫】

 

 この幻想郷の現状に私、八雲 紫は頭を抱えていた。

 長年の悲願である忘れ去られた者達の保護、そして『人と妖怪の共存』を目的とした幻想郷の創造は達成した。しかし、それ以降からその内政………人と妖怪の関係について何百年と頭を抱えている。

 

 その悩みの種は主に妖怪であり、自分を始め妖怪はかなり厄介な性質がある。それはその存在意義に相当するものだ。

 

 ────それは、『畏れ』である。

 

 古くから妖怪は人を襲い、人々に畏れを与えてきた。それは妖怪として必要不可欠であり、それが妖怪の糧となる。

 だが、人と妖怪の共存が目的であるこの幻想郷ではそうはいかない。人間が外の世界の技術や力を持ちすぎれば、妖怪の立場をなくし『畏れ』が無くなって存在そのものが危うくなる。だが妖怪のトップに立つ存在……妖怪の山に居たという鬼の四天王や花の妖怪が暴れればあっという間に人々が滅ぶ。

 

『畏れ』を無くさず、かつ人間と妖怪の均等を保つというのは難しいものであった。

 

 そこで、私は考えたのだ。

 

 ─────妖怪と人。二つの立場を持つものが必要だと。

 

 これは極端な話、半妖でも構わない。半妖だって人と妖怪のハーフであり、人間と妖怪の狭間にいるどちらでもある存在。

 この現状でも、妖怪側の人間もいるし人間側の妖怪もいるのも確か。

 

 だから、私は試作として人間の妖怪(・・・・)を創ることにした。

 

 もしこれが成功すれば、人と妖怪の両視点からの意見は参考になるだろうし、二つの立場と言う臨機応変な対応が可能となる。

 

 

 

 

 

 

 

 ───八雲 空。

 

 

 

 

 この子が、幻想郷の希望となることを信じて─────

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【空】

 

 私の名前は八雲 空。この幻想郷に生きる人間(・・)であり、最強の妖怪である妖怪の賢者、八雲 紫様の式神だ。

 式神でありながら人間?というのはいまいち私でも理解できない点があるが、紫様が『そういう風にしたのよ』と言ったからそうなのだろう。うん。

 

 なぜ式神になったか…それは私の過去にある。

 

 実は私、紫様に拾われて式神になる以降の記憶が全くないのだ。

 

 その八雲 空という名前も紫様とその従者であり最強の式神、八雲 藍様が共に与えてくれた名前。本当の名前ではない。とはいえ、今の私は【八雲 空】だ。別に過去の事なんてどうでもいいし、今を生きれればそれでいい。

 

「あんたさぁ…いつも来てるけどやめてくれる?妖怪神社なんて言われたらたまったもんじゃないんだけど」

「いいじゃないですか。何か問題を起こしたら貴方が私を退治すればいいですし」

「それはそれで面倒って言ってんのよ……」

 

 私は今、この幻想郷の最東端にある博麗神社と呼ばれる神社に来ている。ここは古く───幻想郷が造られる前から存在し、外の世界…人間界と幻想郷を隔てる結界の管理を行う重要な場所だ。

 そして今私が話している巫女………幻想郷の人間解決者にあたる博麗の巫女、博麗 霊奈は、歴代最高のスペックと実力を持つ武闘派(・・・)の巫女だ。

 

 ────そう、超絶武闘の。

 

 代々、博麗の巫女は妖怪を収める人間側の守護者としてその地位を確立し、その役目を果たしてきた。しかし、妖怪と人では圧倒的な力の差がある。そこを霊術や妖術といったもので埋めて、解決してきたのだ。

 

 他がこの巫女……霊奈は違う。

 

 そう、この巫女はそういうのにはからっきしなのだ。霊術も使えなければ妖術も使えない。巫女としては大失格もいいところの。

 

 しかし、この巫女は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なら夢想封印(物理)で殴ればいいじゃない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 とかいう女に有ってはならない脳筋思考で妖怪を駆逐し始めたのだ。これには私達八雲一家も騒然とした。だって生身の人間が妖怪を素手で嬲り倒してるんですよ?立場逆転してるじゃないですか。しかもこの人身体能力に全振りしたかのようなスペックなので本当に人間なのかと思ってしまうくらいヤバい人。うん。

 

 極めつけは『ひん曲がれっつってんだよオラァ!』とか言っちゃうヤクザ系脳筋、それがこの歴代最強の博麗の巫女、博麗 霊奈なのである。

 

「なんか無礼な事考えてない?」

「いえ全然」

「絶対考えてたわねあんた…潰すわよ」

 

 もうやだこの巫女怖すぎる紫様藍様助けてぇ…(泣

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【???】

 

 ────幻想郷の一角。

 

 誰も近寄らないであろう薄暗い場所に、二人の物陰が見える。片方は翼のようなものを持ち、片方はメイド服のようなものを着ている。

 

「奴の様子は?」

「未だ覚醒の予兆は全く」

「……フフ、孵化が楽しみね」

 

 そう笑う天使は、どこか何かを楽しんでいた。

 

 

 

 

「貴方には呑み込まれてもらうわ………空。いえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───貴方の中に眠る本当の自分にはね」

 





【挿絵表示】


辛魂 BON! 様から八雲 空の支援絵を頂きました!!
虚ろな感じが出ててとてもいい……本当に彼女の的を得てらっしゃる!

これからもよろしくお願いします!


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二十六話 妖怪退治

【空】

 

 式神、というのはいわば契約した英霊のようなもの。主の命令は絶対であるし、式神とのパスを通じて主の魔力等を補給したりなど、その多様性から愛用するものも多い。かく言う私も妖怪の賢者たる紫様とその式神である妖獣の王、九尾の藍様の二人の式神である。

 

 実をいえば、主従関係というよりは家族関係に近い。紫様は私を女性なのに父親目線のような感じで接してくれるし、藍様に関してはそのまんまお母様とでも呼べるほどてある。とはいえ、主従関係であることには変わりない。もちろん役目もある。

 

 紫様は幻想郷全体の統括。藍様は幻想郷全体の結界管理、そしてその補佐。そして私は臨機応変に妖怪、人間の対応。

 

 博麗の巫女と共に妖怪の退治に出かけることも多い故、博麗の巫女の霊奈とは仲がいい。同じ立場というか似たもの同士というか、共通することがいくつかあるからだ。

 

 で、私は今単独で人里を襲っている妖怪達を処理するために人里に直行中なのだが───。

 

「…あれですか」

 

 あぁ、これはいけない。まだ被害は出ていないが、明らかに人里に住む人間を食い殺そうとしている。これはいけない。

 私は獲物を殺すことに夢中な妖怪の前に仁王立ちした。すると私に気がついたのか、神妙な顔で私について聞いた。

 

「んだァ?テメェよ…」

「ただのしがない人間ですよ。貴方達を殺すことを任された空という者です」

「あァ?人間風情が妖怪の俺らに敵うとでも思ってんのかァ!?ぶち殺すぞ糞餓鬼!」

 

 どうやら、私の言葉が癇に障ったらしい。短気じゃこの先、生きていけないってば。

 私はそう思いながら、迫る妖怪の拳を最小限の動きで避け───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────逆手で刀を持ち、抜刀とともにその妖怪の胴体を切り裂く。

 

 

 念は念を、ということでさらに切り裂かれて分裂した上半身と下半身をそれぞれ一回ずつ切り裂いて、上半身を滅多切りにした。

 

 

 

「……は?」

「弱いですね。この弱さじゃ私で十分です」

 

 

 

 子供の私が目の前の妖怪を滅茶苦茶に切り殺したことを受け入れられないのか、動揺したままの妖怪を好機と捉えた私は、地面を蹴って妖怪達との距離を一瞬にして縮め、右脇腹から左肩に向けて思いっきり刀を振るって血飛沫をあげる。そして足で地面に叩きつけ、その顔面を滅多切りにした。

 

「呆気ないですね。それでも妖怪ですか?」

 

 て、聞こえるはずないか。

 

 そう思いながら周囲を見渡し、さらに気配を探る。どうやら侵入した妖怪はこいつらだけだったようだ。

 

「後処理は頼みましたよ、慧音さん」

「あぁ、いつもすまないな」

「いえ、これが仕事ですからね」

 

 もう何度目かわからない程のやり取りをして、服についた血を拭き取る。ちょっと残っちゃったな…後で藍様に言っとこ。

 

 彼女は上白沢慧音。半妖で、普段は人里に住む人間の子供の教育……つまり、寺子屋を営んでいる。この人里に存在する強力な守護者の一人だ。しかし、彼女は満月でないと存分に力を発揮できない。こういう昼間などにはめっぽう弱い故、こうして私が昼間を担当し、夜を慧音さんが担当している。

 

「あれ?あの人は?」

「あぁ、彼女なら負傷した住民の治療だ」

「なるほど」

 

 私と慧音の会話の中で出た彼女というのは、藤原妹紅という不老不死の人間のことだ。慧音とともに人里を守ってくれる数少ない強者。

 だが、二人だけでは人手が回らないこともある。そのための私なのだけれども。

 

 まぁ、それはそれとして───

 

「それじゃ、あまり長居はしたくないので」

「あぁ」

 

 私の身体能力ゆえ、人間じゃないんじゃないかと思う人里の人達もいるのだ。それが大半。だからこそそんなに化け物を見るような目はもう鬱陶しくてたまらない。もううんざりなのだ、もう半端者(・・・)として見られるのは。

 

 

 

 

 ───半端者(・・・)

 

 

 

 

 

 私はいつから────いや、どこでそんなことを言われた?

 

 ズキッと頭が痛む。それらを考えようとする度に、それを拒絶しようと頭が金槌にでも打たれたかのような衝撃に襲われる。

 

 なんなんだ、この気持ちは。

 

 なんなんだ、この痛みは。

 

 

 それらを抱え、私は八雲家の家へと帰っていった。



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二十七話 忘れ去られたモノ

 ───────ねぇ───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────私を・て──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────・さ・・で───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────お願い───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────私を………──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───私 を 呼 ん で(見て) 、 ソ ラ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

【空】

 

 

「ッ!!」

 

 その恐怖が目覚ましとなり、私は夢から覚める。そして寝ぼけることなく周囲を見渡すと、目が冴えていたのか八雲家だといつ事もわかった。

 

 ここ最近夢見る私を呼ぶ誰かの夢。それだけならいい。けれど、その声に応えた瞬間、私が私でなくなる気がして怖くて仕方がない。私が【八雲 空】ではない誰かになってしまう気がして。

 

「どうした?顔色が悪いぞ空」

「あぁ、藍様」

 

 私がそう思いながらテーブルへ向かっていると、私の顔色を見た藍様が私を心配していた。

 この人は、八雲 藍様。紫様の式神であり、妖獣の王たる九尾の狐の玉藻の前その人であり、国を傾けたという妖怪の中の妖怪。

 いくら能力の相性があったとはいえ、単純な妖怪としての力は紫様を凌駕する。鍛えてもらった時はその力に驚くばかりだった。

 

「最近良くない夢を見まして…あまり寝起きが宜しくないのです」

「…あまり無理をするな、空」

 

 私にとって藍様は、私を娘のように可愛がってくれる母親像そのものだ。実際、藍様には甘えたい時は甘えるし、藍様も藍様で可愛がってくれる。私は子供だからね、特権だよ。

 そんなことを思いつつ、私は食卓に並ぶご飯を食べて、仕事の支度をして八雲家を後にした。

 

 

 ~少女移動中~

 

 

 たまには散歩を、ということで私は距離が離れている博麗神社をてくてくと歩いていた。空飛んでばかりじゃ身体能力まで影響するかもしれないからね。

 そんなことを思いつつ、てくてく歩いていると、そこの茂みからガサガサっ!という音が鳴って、一人の子供が転けて姿を見せた。

 

「………」

「………」

 

 何やら絶望した顔でこちらを見ているのだけれど……。出会い頭にそれは失礼じゃないかな?

 

「よ、妖怪……?」

「いえ、私は人間ですがなにか」

「あっ……えっと」

 

「おいゴルァ!!」

 

 人間の子供がオロオロしていると、また茂みから怒鳴り声が聞こえた。そしてその茂みをガツガツと歩いてくる大男……その姿からして、妖怪だというのは一目瞭然だった。

 

 そこで私は結論に達する。この子はあの妖怪に襲われていたのだ。出会い頭に私がいればそりゃ警戒するよね。

 

「うるさいですね……もうちょい音量下げれないんですか貴方」

「うるせぇんだよクソアマ!こちとら飢えてんだよ!大人しく食われろやゴルァ!!」

「ひっ……」

 

 あぁあぁ、怯えちゃってるよこの子……大人として恥ずかしくないですかね?どうやら私も標的になっているようですし…素直にドンずらした方がいいかなこれ。

 今の私は武装してないし……刀も持ってない。要は素手なのだ。大妖怪を素手で嬲り倒すような巫女ではないし、戦力の差は歴然。

 

 さて、どうしたものか────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『力なら、ココニあル』

 

 

 

 

 

 

 

 

『私を使エバこんな奴一瞬ダよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だカら、私ヲ────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────知るか。

 

 私は私の力で倒す。貴方には頼らない。惑わされない。

 私は(八雲 空)だ。貴方じゃない。

 

 こいつは───

 

 

「私の力だけで、倒す」

 

 

 私は身体強化の魔法をかけ、一瞬で妖怪との距離を詰めつつ印を結ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前』

 

『在』

 

『裂』

 

『陳』

 

『皆』

 

『者』

 

『闘』

 

『兵』

 

『臨』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《 霊 撃 》

 

 

 

 

 

 

 退魔の九字を結び、私の中に眠る霊力を九字と共に放つ。代々博麗の持つ術の一つであるそれは、対妖怪と言っても過言ではない威力を持つ。それをもろに食らった妖怪は吹き飛び、そのまま帰ってくることは無かった。

 

「派手に吹き飛びましたね〜これは」

「あ………」

 

 その様子を唖然として見ていた子供は、気が付いたかのように腑抜けた声を出した。

 どうするんだろうかこの子……。

 

「で、どうするんです?妖怪は退治しましたけど」

「え……と」

「…保護者でも呼びますかね?」

「いや!」

 

 私がそう言うと、その子供は食い気味に否定してきた。なんだ?親にやっちゃいけないことを言われるのが嫌なのか?

 私はそんなことを思うと、その子は言った。

 

「わたしは、魔法使いになるために家出したんだ!」

「……はい?」

 

 ─────魔法使い。

 

 それはこの世界に存在する神秘を具現化して扱う者の名称。己の中に眠る魔力を鍵に、それらを具現化して駆使する。しかし、その魔力を鍵として扱うには困難を極めると言う。

 

「…やめておいた方が」

「いや!わたしは魔法使いになるんだ!!」

 

 あ、これ絶対曲げないやつだこれ。

 こういう根性は認めるけど、こういう時に遺憾無く発揮されるのは本当に宜しくないなぁと思いながら、私はどうしたものかと考えていた。

 

 

「…ん~、とりあえず博麗神社行きません?そこでちょっと話しましょうか」

「え、うん」

 

 

 

 ~少女移動中~

 

 

「霊奈、いますか?」

「あら、空じゃない……って、誰その子」

「妖怪に襲われたところを」

「なるほど、取り敢えず上がりなさい」

「感謝します」

 

 

 霊奈に案内され博麗神社の横に並ぶ家へと案内される。やはりいつ見ても境内は綺麗だ。霊奈が綺麗好きというのもあるが、あの人達(・・・・)がうるさいから、というのもあるのだろう。かく言う私もうるさいが。

 

「あ、空ねぇだ!」

「こんにちは、霊夢」

 

 私を見るなり直ぐに抱きついくる子供。この子は霊夢、数年前の妖怪退治の時に発見した孤児であり、その素質から霊奈は育てることを決めたらしい。頻繁に訪れる私を『空ねぇ』と呼ぶとても可愛らしい子供である。

 

「で、その子はなんなのよ」

「魔法使いになりたいそうです」

「………はぁ、アイツに任せる気?」

「はい、魔法の腕でしたら間違いなく幻想郷最高クラスですし」

 

 そう言うと霊奈はあの人を呼ぶために神社の方へと向かっていった。あの人なら魔法の心得をしっかり覚えているだろうし、何より信頼してるからね。

 

 

 

 

「やれやれ、人が眠ってるところを叩き起されるとはねぇ…」

「貴方人じゃなくて祟り神でしょう、魅魔(・・)

「生前は人間さ。今は悪霊兼祟り神だがね」

 

 

 

 

 

 霊奈が連れてきたのは、ふよふよと浮かぶ緑の衣を着た幽霊。

 

 彼女は魅魔。この神社の悪霊兼祟り神であり、かつて『博麗の家系のみ扱える陰陽玉の力を手に入れ全人類に復讐する』という目的を持っていたが、どうでも良くなってこの神社に憑いてる魔法使い。

 魔法使いとしての腕は正に『大魔法使い』クラス。その腕は紫様さえ認める幻想郷が誇る最高戦力の一人であり、最強の大魔法使いだ。実際遊び半分で魔界に乗り込み創造神と渡り合ったとかいう訳の分からないことまでしてしまう精神、それが魅魔という魔法使いだ。

 

「で、弟子入り願望がいると聞いたんだが」

「は、はい!」

「へぇ、あんたかい。まぁ素質はあるようだね」

 

 魅魔が物を見定めるような目付きでその子供を見つめる。子供は魅魔の目線に耐えきれないのか目線を逸らしていた。

 

「あんた、名前は?」

「あ、えっと、霧雨魔理沙です」

「魔理沙、あんたに聞きたいんだが───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───魔法使いになる覚悟…それはあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魅魔の纏う雰囲気が魔法使いのソレへと変わる。覇気とも取れるそれに、魔理沙は怯えそうになるも、必死に耐える。

 

「あんたは私と違い人間だ。それも生身のね。魔法使いとなるということは人間の道から外れることと同意義。魔法使いになればあんたは人間の道を外れることになるのさ」

「……」

「……もう一度聞く。あんたには魔法使いになる覚悟はあるかい?」

 

 その覇気が一層濃くなる。品を見定める魅魔の瞳は、今ばかりは獲物を見抜く戦いの瞳に見えてしまう。魔理沙でもこの圧には耐えきれないだろうと思っていた刹那───

 

 

 

「うん。わたしは魔法使いになる」

 

 

 

 ハッキリと、魅魔の眼を見つめて言い切った。常人ならば一目散で逃げるような覇気を魔理沙は逃げることなく耐え、その上宣言したのだ。

 

「──わかった、魔理沙。お前を弟子にしてやる」

「え、ほんと!?」

「あぁ、でも明日からだ。今日はゆっくり休みな」

「ありがとう……えっと」

「魅魔だ。これからは師弟関係、私のことは魅魔様と呼びな」

「うん、魅魔様!」

 

 一時はどうなることかと思ったが、結果として良いことになった。まぁ、魅魔の事だ、すぐに魔理沙をダメにするようなことはしないはずだし、ちゃんと養育はするだろう。

 

「…それじゃ、私はこれで」

「ん?もう帰るのかい?」

「はい、二人が心配しますから」

「やれやれ、あんたも大変だねぇ」

「そんなことは無いですよ?私のことを思ってくれる大切な家族ですから」

「………」

 

 それじゃ、と私は博麗神社を後にする。気づけば昼だったので神社でご飯食べればよかったなぁと思いつつ、私は八雲家へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、忘れちまったってのかい……?■■■」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魅魔が放った言葉は、私の耳には届かなかった。




一応、書き終わりましたが…ここからは活動報告で書いたように少し時間を開けます。詳しくは活動報告の方を。


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二十八話 吸血鬼異変

お待たせしました。


【紫】

 

 微々たるものだが、幻想郷が少しづつ理想へと近づく状況に私は安堵すると同時に、これから起こることには危惧していた。

 ようやく落ち着いてきた幻想郷に、新たな妖怪が入り込んでくるとの情報を掴んだのだ。別に侵略するのは構わない、こちらには劣るとも勝らない戦力は充分揃っているし、最悪は私が出向けば良い話だ。

 

 しかし、問題はその相手だ。相手はかつてこの幻想郷がある日本と呼ばれる島国の外───中世の大陸を支配していた強大な吸血鬼、スカーレット家だ。

 スカーレット家はただの吸血鬼ではない。その実力、格、種族としての力……そこらにいる有象無象の吸血鬼達とは訳が違う。

 

 ただそれだけならば良い、だがこちらには彼女がいる。

 

 なんとしても、スカーレット家と彼女を会わせてはならない。既に彼女の中の『彼女』が目覚め始めている。下手に刺激をして呼び起こしてしまえば、『彼女』自身が創った封印が砕かれ『天使に飲まれた彼女』が出てくる可能性があるからだ。

 最悪、空を殺さなければならない(・・・・・・・・・・・・)状況になる可能性まであるのだ。下手に会わせるわけにはいかない。

 

 ズゥン……という音と共に強大な妖力が幻想郷を覆う。

 

 ─────来たか。

 

 私は我が愛しい式神のことを考えつつ、戦力を集めるべくスキマを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────後に『吸血鬼異変』と呼ばれるこの異変が、彼女を大きく動かすことになるのは私も予想外だった。

 

 

 

【空】

 

 何やら重いような物が落ちたような音と共にこれまでにない強大な妖力が幻想郷全体を被ってるんですがそれは。

 ピリピリと肌に触れる妖力の質は、主である紫様や藍様と同格。つまりトップクラスの妖怪てあるというのは間違いない。大方基地ごと転移魔法かなにかで移動してきたのだろう。

 

「空、お前は人里の防衛に回れ」

「承知しました、藍様もお気おつけて」

「あぁ」

 

 軽くやり取りをして、指定された人里の守護をするべく私は人里へ向かう。紫様達のことが気になるが、心配することは無いと自分でその思考を切る。何せ幻想郷創造者と最強の式神がいるのだ、負けるはずがない。

 

 そんなことを考えていると、既に人里が眼下に映り始める。よく見ると既に人々は避難し、気配は消えうせて満月の影響か慧音は二つの角が生えた状態となり、その隣にいる妹紅は既に準備万端と言ったところだった。

 

「来たか」

「そちらも準備万端のようでなによりです」

「えぇ、これまでにない強敵ってのはこの妖力を感じれば明らかだしね」

 

 いつもの侵略ならば私と藍様で対処するが、この放たれた妖力は紫様と藍様と同格クラスのものだ。私では当然手に負えないだろう。更にいえば今日は満月、妖怪達が最も力が溢れる時期と重なってしまった。それも相まって、妖力の質は重く、高密度なものだった。

 とはいえ、満月と言えどこの質は異常だ。衝撃波でもない普通に放たれた妖力が建物をミシミシと軋ませる(・・・・・・・・・・・・)なんてありえない。

 

 ────妖怪とはいえ、満月の影響を受けるのには個人差がある。しかし、その影響には必ずしも影響があるかないかで戦力が大幅に変わる一族が存在する。

 

 そう、吸血鬼だ。吸血鬼はかつて大陸で『夜の支配者』の異名を持つ、妖怪の中でもトップクラスの種族。そして満月の影響を最も受けやすい種族であり、満月となれば元々高い不死性が極めて不死に近くなり、吸血鬼によっては弱点である銀や流水のダメージさえ上書きするほどの再生力を持つ者もいるという。

 

 この漂う妖力が今回の相手は吸血鬼、というのを示しているようなものだった。

 

「……来たわね」

「吸血鬼……想像通りですね」

 

 ぞろぞろとこちらに向かってくるその軍団。軍団から漏れる妖力が、その種族を指し示す。吸血鬼だけではない、恐らく既に死んだ者達を無理矢理蘇生させた屍鬼が大半を占めている。

 血肉と悪臭をまき散らしながら確実にこちらへと歩み寄ってくる吸血鬼と屍鬼の軍団を見て、後片付けが大変だなぁと呑気なことを考えながら、私は腰に携帯していた刀を逆手に持ち、スラリという音を立てて刀を抜いた。

 

 

「─行きますよ」

 

 

 身体強化の魔法をかけ、私は地面を蹴りその軍団に突っ込んでいく。眼前に迫った一体の屍鬼を切り裂いたことで戦いの合図はなった。

 

 一、二、三────

 

 テンポよくあらゆる行動を次の行動につなげ、無駄なく、確実に屍鬼を切り裂いていく。そして背後に迫る気配を刀を縦に振るった反動をそのままに体重を乗せて回転し、下から真っ二つに切り裂く。そこで足を地面に置くことで反動を殺し、再び前進するために踏み込んだ足を再び蹴り、突撃していく。

 途中で吸血鬼が混ざりこんでくるものの、私は博麗の力を駆使し再生をさせる前に心臓と頭を吹き飛ばし、また同じ動作に戻る。

 そしてしばらくそれを繰り返した後、ガキィン!という金切り声が聞こえ、顔を上げると私の刀を受け止める一人の吸血鬼がいた。

 

「おぉおぉ……暴れてんなぁ」

「…誰です?」

「さぁね、自分が自分でわかんねぇよ」

 

 短いやり取りを行い、互いの武器を弾いて距離を取る。私の不規則な動きを見抜き、なおかつその攻撃を辞めさせるなんて……相当の手練か。

 

「そうですか…じゃ、わからないまま私達のために倒れてください」

「そいつァお断りだなっと」

 

 私が言ったことを否定しつつ、その吸血鬼は私の攻撃を交わして剣を振るう。一つ一つの太刀筋に迷いはなく、私を殺さんと吸血鬼は剣を振るう。明確な太刀筋が私を襲うが刀でそれを防いでも、流れるように次、次と攻撃が降り注ぐ。

 

 

「しま──」

 

「それじゃ、さいならさんっと」

 

 

 優勢であった私の位置はだんだんと追い込まれていき──

 

 

 私の胴体を吸血鬼の剣が切り裂いた。

 

 

「かハッ……」

「しぶといなぁお前、はよ死ねや」

 

 そして吸血鬼の脚力を持って、傷口を思いっきり蹴り飛ばして建物にぶつかり、大きな音を立てて崩れ落ちる。

 

 痛い、痛い。

 

 死が迫るのがわかる。

 

 痛い、痛い。

 

 死が、目前に迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『弱いネ、ソラ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ド ク ン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓が、跳ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『このままジャ負けチャうヨ?キミの大切ナ人も、殺されちゃう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分かってる、でも────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………力が欲しい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰か、私に───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守るための、力を───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私を使って、ソラ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「私が、守る」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その紅き瞳とともに、彼女の翼が現れる─────



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二十九話 失っても尚──

お待たせしました。

こんなに期間が空いたくせに短いです。申し訳ありません…。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【???】

 

 俺が見た光景は、かつて決闘で見た彼女のそれだった。

 先程まで青色の瞳だった人間の瞳は、右眼のみ(・・・・・)彼女が持つあの真紅の瞳に変化し、オッドアイのような状態。右側の背中からば彼女が持っていた天使のような翼が現れ、片翼となっている。

 

 まさか────

 

「ァァアアアッ!!!」

「ッ!」

 

 彼女は先程とは比べ物にならない速度で俺との距離をつめ刀を振るう。それを辛うじて防ぐも、これもさっきとは比にならない腕力がかかっており、弾かれてしまう。

 それをチャンスと見たのか、その三つの片翼はまるで刃のように変形して俺を貫かんと迫る。弾かれた影響で体制が崩れた俺は為す術もなく貫かれる。

 貫かれたまま天高くほおり投げられた俺は、その痛みを味わいつつ再生を試みる。だが、いつものように一瞬の再生とはいかなかった。

 

 ───打ち消す力。それに限らずあらゆる生み出すことが出来るのは、俺が知る中でもただ一人。

 

 そうやって頭を回していると───

 

 

 

 俺の眼科には、無数に俺に向かって刃をむくあの黒い竜殺しの魔剣が。

 

 そして、彼女の合図とともにそれらは動き出し、為す術もない俺はただただ串刺しにされるのみ。

 そして力なく俺は地へと叩きつけられ、視界もぼやけてくる。そんな俺にザッ、ザッと彼女の足音が近づいてくる。

 

「…あぁ」

 

 あの決闘の後、俺は一族から出来損ないと呼ばれ、一族を追放された。各地を放浪しているうちに、彼女の実家であるスカーレット家に拾われた。

 そこで、俺は母親と妹達からあのお嬢ちゃんの過去を知った。

 

 

 生まれつき吸血鬼としての翼はなく。

 

 それによる同族嫌悪による幽閉。

 

 両親の片方からは蔑まれ侮辱され。

 

 そして翼を得てようやく家族と共に歩き始めたと言うのに。

 

 俺に取り付いたものの主に、記憶を飛ばされて。

 

 

 彼女は、何もかも優しかった。いくら蔑まれても、侮辱されても優しかった。決して誰かを恨むことなんてなかった。

 

 母親が、妹達が泣きながら話してくれたのを覚えている。

 

 ────ホントに、どこまでいっても救われねぇのな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリス嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【空】

 

 

 ──────リリ、ス?

 

 

 その言葉が、私の頭に、心に、重くのしかかって響く。

 

 誰だろうか。この名前は。

 知らないはずなのに。赤の他人の名前のはずなのに。

 

 どうして、こんなに胸が苦しいの?

 

 私はこの名前を知っている?否、知っているはずがない。その人の顔なんて見た事ない。聞いたこともない。

 

 それなのに────

 

 

 

 

 

 

 

 ─────この溢れ出す記憶はなんなの?

 

 

 誰もいない赤を象徴とした部屋にぽつんと佇む、赤い衣に身を包んだ少女が月を見ていた。十代前半だろうか、その背中はとても幼く見えるが、大きく大人びているようにも見えた。

 

 

 

 場面は代わり、今度は手紙を読んだ少女が何やら大きな声を上げて喜んでいる。そしてその数年後、少女の妹を名乗る少女が現れて、自分の夢を語る。

 

 ────《■■■■■■■■■■■》。

 

 その部分はノイズのようなもので遮られて聞こえず、そこで記憶がとだえてしまう。

 

 ────この記憶は、知らないはずだ。

 

 赤の他人の記憶のはずだ。見たことが無いはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのに────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの映像に写った少女の気持ちが手に取るように分かる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ、あの部屋にただ一人になっていた少女の、『寂しい』という気持ちがわかる?

 

 なぜ、妹が生まれたという知らせを受け取った少女の『嬉しさ』という気持ちがわかる?

 

 なぜ、少女の理想を手伝ってくれると言ってくれた妹への『喜び』という気持ちがわかる?

 

 

 あの少女は、誰なんだ?

 

 

 それの姿を知る私は、誰だ?

 

 

 必死に考えようとしても、頭が回らない。血が足りないのか、それとも、力を不必要に消費してしまったからか。

 

 私はその少女の姿を見つめながら、意識を手放した。

 





因みに、???くんが語っていたある一文に、後半で明らかになる設定の伏線があります。

ヒント
───両親の愛は、真のものだったか?


………ではでは。


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三十話 すれ違うもの

 ◆❖◇◇❖◆

 

【空】

 

 ───目が覚めれば、そこは私がよく見なれる天井がそこにあった。

 

 なぜ私がこうして横たわっているのか。それらの理由を探るべく私は目覚めたばかりで寝ぼけている頭をフル回転させてその答えを導く。

 

 ─────強敵の吸血鬼との遭遇。

 

 ─────圧倒され、何か溢れ出した力で圧倒し。

 

 ─────その吸血鬼に、『リリス』と呼ばれ、記憶が混乱したこと。

 

 あぁ、なるほど。まぁ、意識が飛んでしまった理由は、その呼ばれたことに対して考えていたら、血とか肉体的疲労で意識が飛んでしまったのだろう。というか、私の体に巻いてある包帯を見ればそれは一目瞭然だ。

 

 ─────そこで、あの言葉がもう一度フラッシュバックする。

 

『リリス』。あの吸血鬼は、見間違えたという訳でもなく、間違いなく、ハッキリと私の目を見すえ、確信した目で言った。まるで私がその『リリス』という名前だということを訴えているように。

 

 そして、それを聞いた瞬間に浮かび上がった、知らないはずの映像。でもそれらは、どこか私に懐かしい感覚を覚えさせ、さらに映っていた少女の気持ちが手に取るようにわかった。

 

 赤の他人のはずなのに。

 

 会ったことがないはずなのに。

 

 どうして、そこまであの少女のことが手に取るようにわかる?

 

 ──────分からない。

 

 あの少女は誰なのか。そして、それを知っている私は誰なのか。

 

「起きたか」

 

 そんなことを考えてれば、私の様子を見に来たらしい藍様が扉を開けて私に声をかけた。

 

「はい、今さっきですが」

「…そうか。お前が無事で何よりだ」

 

 ────そこで、私はさっきまでの思考でたどり着いた疑問を、藍様に言ってみようと思った。

 特に意味は無い。どうせ言ったところで、返ってきた返事は気休め程度にしかならないのは知っていたから。

 

「藍様」

「どうした」

 

 

「───私は、誰ですか?」

 

 

 藍様はその質問を聞いた瞬間目を見開いたが、ハッとしたようにいつものように冷静さを取り戻す。

 

「…お前は八雲 空だ。紫様と私の式神であり、義理の娘だ」

「………そう、ですよね」

 

 ─────そう言われるだけでも、私のぐちゃぐちゃになった心が落ち着く気がした。

 

 私は、八雲 空。今まで通り、振る舞えばいい。

 

「ありがとうございます」

「あぁ、何かあったら声をかけてくれ」

 

 そう言うと、藍様はいつもの足取りでこの部屋を後にした。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【紫】

 

 幻想郷を襲った、吸血鬼の異変。通称『吸血鬼異変』。

 その内容は、私が想像していたものとは掛け離れていた。

 私の予想ならば、最も激戦となり、それこそ私や藍、魅魔のような賢者クラスの実力者が動き出さなければならないような、大異変を予想していたのだ。

 

 しかし、蓋を開ければこの始末。

 確かに吸血鬼達は屍鬼を連れて人里を襲った。しかしその数は想定よりも遥かに下回り、さらにはその襲撃場所はそこだけだった(・・・・・・・)

 そしてその本拠地。吸血鬼の王たるスカーレット家の城は、私にはとても弱々しく映った。まるでここに来る前になにかに襲われたかのように、手負いという言葉が正しいと言わんばかりにボロボロだった。

 そしてその館内も。舘と内装がいくら紅色とはいえ、ひどく血の匂いが染み付いている。それも、新しいものばかり。

 

 これだけならば良かった。だか、予想外はそれからだった。

 そしてその当主。スカーレット家現当主であるセラド・スカーレットは、そこにはいなかった。そこに居たのは、その妻と名乗るサリー・スカーレットとその娘と名乗る二人の吸血鬼。しかし彼女らはとても戦意なんてものは感じず、吸血鬼としての威厳なんてものはそこにはなかった。

 

 そこで私は気がつく。今までの誤算を正すため、超人的頭脳と長年の知恵を生かし答えを導く。

 そう、彼女らは侵略しに来たのではない。逃げてきた(・・・・・)のだ。吸血鬼を圧倒する何かに逃げながら。

 確かに、最初は侵略するつもりだったのかもしれない。しかし、その直前でその得体の知れない何かに襲われて戦力が枯渇し、残ったのは僅かな吸血鬼とその眷属のみだとすれば、話は通じる。

 大方、あの人里を襲った軍勢は単独行動の集まりだろう。まぁ、主が不在の上その血族が戦意喪失してしまっていれば、手柄を取りたくなる気持ちは分からなくもないが。

 

 だが、私はさらにそこで新たな脅威が生まれたと推測する。

 スカーレット家は大陸を統べる吸血鬼の王。そのスペックはほかの吸血鬼とは比べ物にならず、満月による影響も並の吸血鬼の数倍。そこに圧倒的な不死性が加われば、まさに向かうところ敵なしと言える。

 そんなスカーレット家を圧倒し、館の大半の戦力を削ぎ落とすという行為を成すことが出来る人物。私にも一人、心当たりがあった。

 

 しかし、そうだとすれば、『彼女』の中に眠る『アレ』の正体が分からない。その人物は数年前に『彼女』が道ずれにしたはず。その証が、あの子に眠る『彼女と同化したアレ』なのだろう。

 

 そう、そうなるとその人物は二人存在する事になるのだ。そんなことはありえない。いくら常識に囚われてはならない非常識の塊である幻想郷でも、さすがに起こりうる可能性はゼロに近い。

 

「(……彼女に聞いてみた方が早いかもしれないわね)」

 

 そう、その人物を倒そうと『彼女』と共に戦った一人は、私の友人。何せ『彼女』と彼女は瓜二つなのだから、印象的すぎるのだ。

 実際に現場にいなかった私より、体験者の話を聞いた方が早いのは確実だ。

 その思考を参考に今後のスケジュールを立てていると、私の背後に藍が現れた。しかしその顔はどこか暗いものだった。

 

「あら、どうしたの藍」

「……空の、『彼女』が目覚め始めました」

「!」

 

 ────何だと?

 

 私は空の『彼女』が目覚めないように、できるだけスカーレット家から避けていたのだが、何故?まさかあの軍勢の中に『彼女』を知るものが居たのか?

 私は現場にいた訳では無いので詳しくは分からない。目覚めた始めた『彼女』が、『アレ』に同化されたものなのか、それとも、『彼女』自身なのか………それは定かではないものの、こうとなればあまり時間の猶予もない。

 

 早く対策をねらねば、もっと多くの人が犠牲になる。それだけは避けなければならない。私が愛した幻想郷を、終わらせたりはしない。

 

「(考えるよりは行動を起こした方がいいわね)」

 

 そう考えた私は、早速彼女と会うために支度を始めた。

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 ────────とある異界にて。

 

「順調だ。あの吸血鬼の血族諸共滅ぼしてやろうと思ったが、それが良い警告になったようだな」

 

 その目の前に移る映像を眺めるその天使は、天使とは思えない悪に充ちた嗤いを響かせる。

 

 この時を待ち侘びたと言わんばかりに。

 

「───あの吸血鬼も目覚め始めた。よい、何もかも順調だ。このまま手はず通りに行けば───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───私は真にこの世界の破壊者となれる」

 

 

 

 

 

 死を体現する天使は、高らかに嗤う。

 

 





私隠すのが下手だから分かる人もいるんじゃないかな……?


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三十一話 彼女が残したモノ


連続投稿です。
今回、わかりずらい描写が多々あるかと思いますが、大目に見て下さると幸いです。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【紫】

 

 ─────今は一刻の猶予もない。

 

 吸血鬼異変の首謀者に起きたあの惨劇。それを巻き起こした人物の存在。そして、目覚めつつある『彼女』。

 いっその事ならば、空に眠る『彼女』を強力な封印式で封じてしまえばそれで終わりだが、仮にも『彼女』は空を形作る大事な要素の1つ。それを封印すれば空にどんな影響を及ぼすかは計り知れない。下手に手を出せば『彼女』が出てきてしまう恐れさえある。

 別に『彼女』の目覚めを恐れているのではない。『彼女と同化したアレ』が同時に表面化されれば終わりなのだ。『彼女』だけ目覚めてくれるのならばこちらとしてはとても嬉しいのだが、『彼女』と共に『アレ』が空の中に眠っている以上、可能性はないとは言い切れない。

 

『彼女』は『アレ』を封じるために自らの存在と記憶を封じた。『アレ』と対峙出来るのは対の能力を持つ『彼女』しかいない。

 しかし、『彼女』は『アレ』を封じるために眠っている。『アレ』が『彼女』を取り込んでしまえば終わりなのだ。

 だからこそ、今は少しでも空の負担を減らしつつ、戦力を集めなければならない。

 

「───」

 

 目の前に広がるのは紅。内装すら紅く染まった館。

 戦力を集めるのもそうだが、今はまず空の負担を減らすことが最優先事項。『彼女』を知る彼女らには、少し事情を知ってもらわねばならない。

 

「妖怪の賢者………」

「吸血鬼異変以来ですわね、サリー嬢」

 

 サリー・スカーレット。

『彼女』を知る数少ない実力者。精神的な負荷が大きいのかやせ細り、弱々しい姿だが、これでもかつて自分と同じく世界に名を轟かせた強者の一人。戦力には申し分ない。

 

「少しお話がありまして。幻想郷の未来に関わる出来事です」

「それで?私には関係──」

 

 

 

 

 

「───貴方の娘が関わっている。となれば話は別でしょう?」

 

 

 

 

 そこで、サリーは顔色を変えた。かつて吸血姫として名を轟かせた頃の鋭い殺気のような目付きが私を射抜く。

 

「──あの娘が関わっている?」

「えぇ、正確には私が制御下に置いている、と言った所でしょうか」

 

 さらにサリーの放つ魔力と殺気は膨れ上がり、その全て針のように紫にぶつけられる。

 

『娘を返せ』

 

 そういう意思が含まれているのは、明らかだった。

 

「さらに的確にいえば、『彼女』自身が施した封印式を私が保っている状況です」

「……封印式?」

「あの『アレ』を抑えるための、唯一の封印式。『彼女』の存在と記憶を掛けて封印した術式を私が保っている状況です」

 

 そこでサリーはハッとしたような顔をした。

 

「つまり、あの娘は記憶を……?」

 

 私は肯定に意志を示す。それを見たサリーは少し残念そうな顔をしていたが、すぐさまそれは消えうせ、瞳の光が少し強まった気がした。

 

「あの娘が生きていた。母親としてこれ以上に嬉しいことはないわ」

 

 ────今のサリーは、まさに子を思う母親そのもの。

 それだけあの子のことを思っている。それは空を愛する者として私としても同感出来るものもあった。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 時は移り、場所は魔界。

 魔界とは、幻想郷や外の世界にも当てはまらない無限に拡張する世界。特徴としては、普通の人間は霊力を宿すのに対し、魔界人は魔力を宿すことが多く、その分体も丈夫に出来ており、寿命も長い。

 

 しかし、驚きなのは無限に拡張する魔界を作りあげた神は、一人。たった一人で造り上げた。

 

 それにはある理由があるのだが────

 

「久しぶりね。紫」

「えぇ、あなたも元気そうでなによりよ、神綺」

 

 私の目の前に現れたのは、『彼女』と瓜二つの顔を持つ女性。雰囲気は『彼女』のそれとは子となり、大人びた美人といったところだろうか。

 

 彼女の名は神綺。無限に広がる魔界を作りあげた唯一の魔界神その人であり、かつて世界を作りあげた創造神の妹に当たる。

 そう、かつて『彼女』が『アレ』を封じた時に共に戦っていた一人だ。

 

「…それで、なんの用?」

「天使についてよ」

 

 そう、他でもない『アレ』の事だ。あの天使に対抗できるのは天使の上位種である神か、対の能力を持つものだけ。神綺は神の中でも上位に食い込める程の権力と実力を兼ね備え、創造神の妹なだけあって物を創り出すことに対しては右を出るものはいない。その産物がこの無限に拡張する魔界と言えるだろう。

 

「……貴方の気持ちは分かるわ。でも、悔やんでばかりでは始まらない」

 

 神綺は自分の実力不足のせいで『彼女』を封じてしまったと考えている。神綺が赤の他人であるはずの『彼女』にそこまで突っかかるのか、それは神綺の過去にある。

 

 さっきも言ったように、神綺は創造神の実の妹である。創造神と神綺は同格の存在だった。

 だが、それは一瞬にして変わる。神々の戦争、ラグナロクの発生により創造神と神綺はその座を奪われ、創造神は神綺を庇ってその身を犠牲にした。以来、神綺は自分が何も出来ないことを誰よりも呪い、強くなると決意したのだ。

 

 そして魔界創造後、創造神と神綺を神の座から突き落とした張本人が魔界と地獄を同時侵略。支配されてしまった魔界をどうにかして取り戻さんと考えていたところに、兄の能力を持つ『彼女』が現れた。

 

 だからこそ、『彼女』を失った時の喪失感が、神綺にとってのトラウマを呼び起こしたのだ。

 

 また、兄を失ってしまったと。

 

「……そうね。兄様も、そうなることを望んでいるはず」

 

 しかし、神綺は入れ替えたように私の話を聞いた。

 

『彼女』が記憶を失っていること。

 

『彼女』が『アレ』を封じ込めていること。

 

「…情けないわ。あの子があんなに頑張ってるのに、年上の私がこんなになんてね」

 

 …………しっかりしろとは言わない。

 

 それは今の彼女にとって酷だろう。何せトラウマをもう一度目にしてしまったのだから。愛する兄とその力を持つ幼い子を、目の前で失ってしまったのだから。

 

 大切な人を失う喪失感は、失った者しか分からない。私と妖怪として長い年月生きて、人というのがどれほど脆いか、命がどれだけ儚いものなのかというのを理解した。

 

 大切な人を守れなかった。

 

 それは、神綺も私も同じ。だからこそ、今度こそ。

 

「それに応えるのが大人ってモノでしょ?」

「…フフ、それもそうね」

 

 やっと笑った。やはり追い詰めてばかりの顔は神綺には似合わない。そうやって花のような笑顔が、神綺には一番似合うのだ。

 

「そう言えば」

 

 そんなことを思っていると、神綺はふと思い出したかのように言った。

 

 

 

 

 

「あの娘とアレが落ちていった時、その底には二人共いなかったのよ(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 ─────いなかった?

 

『彼女』の回収は私が行った故、『彼女』がいないことはわかるが……『アレ』の肉体が存在しなかった?

 

 普通、肉体……つまり、人柱にものを封印するのには条件がある。

 一つは、その人柱の強さだ。例えば、普通の人間を人柱として、ある国を滅ぼした邪龍を封じ込めるとしよう。当然、その邪龍の魔力に人間の体が耐えきれず、体は朽ちていく。故、人柱の人選というのは重要事項の一つ。これは人柱に限らず、封印術全般に言えることだ。

 

 二つは、その肉体。人柱に入るのはあくまで『意志と力』のみ。そこに肉体は含まれない。つまり人体を人柱に封印した場合、抜け殻が残るはずなのだ。

 

 今回のケースでは、二つ目……抜け殻が存在しない。

 

 ────吸血鬼異変の首謀者に起きた惨劇は、まさか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────抜け殻に芽生えた意識が、抜け殻を操り襲撃を仕掛けた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だとすれば、『アレ』が二人存在する辻褄が合う。

 

 本体が『彼女』を、取り込んでいるあいだ、抜け殻は力を蓄えその手始めとして自分に仇なすスカーレット家を襲撃。そして、私に本体が二つ存在すると錯乱させるのが目的。

 

 ────幻想郷の大きな戦力低下と錯乱による創造主不在。

 

 それが目的だとすれば…………ッ!!

 

「ごめんなさい、事情が変わったわ」

「……なら私も行くわ。あの時の落とし前、付けておかないとね」

「!……ええ、行くわよ!」

 

 私達はすぐさまスキマを開けて幻想郷への入口を開き、足を踏み入れる。

 

 そこに広がっていたのは──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を上げ逃げ惑う人々とかつて魔界と地獄を蹂躙した化け物の群れが、幻想郷を覆い尽くしていた。





悲劇、幕開け。


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三十二話 面影

 ◆❖◇◇❖◆

 

【空】

 

 ─────今、私の頭の中は砂嵐に等しかった。

 

 今までの過去が作りあげた私と、知りえない記憶を持つ私。その二つが互いに混ざりあって、ごちゃごちゃになって自分が自分で分からない。

 

 私は何者?

 

 妖怪の賢者の式?それとも、得体の知れないあの少女?

 

 

 

『私を見て、ソラ』

 

 

 私の中の『彼女』が呼びかけていた声が頭の中で不思議に響く。私は、もはや自分という存在の理由さえ見失いかけている。

 

 もし、仮にあの少女が私だとしたら、今までの私は?今の今まで……紫様と藍様に拾われてからの幻想郷の生活は、全て嘘だったの?

 

 怖い。

 

 私の中で必死に私の名を呼ぶ『彼女』が怖い。

 

『彼女』を受け入れて私が消えてしまうのが怖い。

 

「………あ」

 

 私は宛もなく漂っていたが、いつの間にか、目の前には真っ赤な紅色の館が目に入った。そして、また私の知らないはずの映像が蘇る。

 

 ────紅い月に照らされた、紅の館を見下ろす少女とその二人の妹が。

 

 

 

 

「…『紅魔館』…ッ」

 

 

 

 

 その映像を見た瞬間、その名前が無意識に浮かんで口に出される。知らないはずの映像から、この知らないはずの紅の館の名前まで口に出てしまう。

 

 ズキン

 

 頭が痛む。この紅い館を見る度に。

 私の中の、『彼女』が暴れるかのように。

 

 ───『彼女』の叫びが、衝撃となって頭に響く。

 

 

 

 ガサガサッ!!

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

 でも、頭痛による意識障害の中でも、今の音は聞き取るには十分すぎた。

 

 ガサガサ、ガサガサ

 

 1匹ではない。アリのように進軍する何か。でも、その茂みから発せられるその気配だけは分かる。

 

 ───人でも妖怪でもない、全てに当てはまることのない(・・・・・・・・・・・・・)瘴気に近いモノ。

 

「───っ!?」

 

 そこで、私が見たものは──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キキッ!ギィィィイイイイイイッ!!!!」

 

 

 見た事ない蜘蛛のような形をした、奇声を発する化物の群れだった。

 

 一匹、二匹────十五匹は優に超える。

 

 そしてそれらから発せられる良くないモノ………。肌に触れるだけでも、これに触れればヤバいということは、本能的にも理解している。

 

 生き物の本能的な恐怖が私を支配する。しかし、この数を逃げ切れるとは思えない。茂みから出てくるスピードから見ても、全速力で逃げたとしても追いつかれるのが関の山。

 

 ─────なら、導かれる答えは一つ。

 

「………倒す、か」

 

 ─────こいつらの数を減らし身の安全の確保をする。

 

 冷や汗をかきつつも、私は腰に携帯している刀に手をかけ、ゆっくりと引き抜く。そしていつでも駆れるよう、身体強化の術を体に張りめぐらせる。

 

 気を抜くと死ぬのはどの戦いでも同じだが………今回のこいつらは格が違うらしい。

 

 相手は正体不明の化物。どう出てくるかは分からない。だから最初は様子を────

 

 

「ギィィィイイイイイイッ!!!!」

 

 

 ────見る暇はなさそうだ。

 

 針のように鋭い四肢が私を貫かんと迫る。そしてそれにも瘴気は含まれており、さっきからするとてつもなくまずい感じはいっそう鋭くなっていた。それをすぐさま理解した私は防ぐことはせず潜り込む形でそれを避けて、刀をがら空きの下半身から切り裂く───

 

 

 ガキィンッ!!

 

「嘘……ッ!?」

 

 ───ことは無かった。

 

 刃すら食い込むことはなく、まるで鎧にぶつかったかのような感触が刀越しに伝わる。その見かけによらず鉄以上の硬さを持つこの化け物たちはそれを好機と見なして一斉に襲いかかる。

 

 まずい、動けな─────

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その化け物達は轟音とともに吹き飛ばされた。

 

「えっ……?」

「大丈夫ですか!?」

「え、あ、はい」

 

 それを吹き飛ばしたのは格闘の構えを向ける中華風娘。頭には龍と彫られた星型のプレートが着いた帽子を被る彼女は、私に敵意を向けることなく化け物を見るとすぐさま構え直した。

 

 私に敵意はない。それだけはハッキリしていた。

 

「この紅 美鈴、手伝いますよ」

「感謝です……私は八雲 空」

 

 美鈴と名乗った女性は私の名前を聞くと少し目を見開いた。

 

「八雲の式ですか。にしては………主と似てますね(・・・・・)

「………?」

「いえ、今は戦闘に集中しましょう」

 

 美鈴が放った言葉に疑問を覚えた。

 似ている………?主とは紫様や藍様のことだろうか?それとも……

 

 しかし、そのあとに放たれた言葉で無理矢理思考を切りかえて戦闘に意識を向ける。戦場で敵は待ってくれないし、今は考えている場合ではないな。

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【美鈴】

 

 あの異変以来、我々紅魔館の恐ろしさが身にしみたのか、幻想郷の住民は追い出せだの出ていけだのの文句は飛んでくることはなくとても平穏な日々だった。門番を任されている私ですら、居眠りしてしまうほど。

 

 そして、ふと前を見れば…………少女が得体の知れない化物の群れと戦っていた。

 

 こう見えて私は妖怪の端くれ。武術を収める者としても、あの化け物達はよろしくないものであるというのは確信していた。

 その化け物達を吹き飛ばす形で少女を救出した。そこまでは良かったが、その少女が発するその雰囲気は、我が主と酷似していたのだ。

 

 無類のカリスマを誇る我が主、レミリア・スカーレットとその母、サリー・スカーレットに。

 

 レミリアお嬢様はまだ当主になって日が浅い故、まだ子どもとしての幼い面が残る。その幼い面に何度助けられたことか。

 

 

 

 ……何が言いたいか。それは……

 

 

 

 

 サリー様の面影を残し、なおかつレミリアお嬢様のような優しさ溢れる雰囲気を醸し出しているのだ。

 

 そこで、私はお嬢様が話していたことをふと思い出す。

 

 この紅魔館を収める一族、スカーレット家。私がこの館に来る前に、サリー様と主の間の娘は、三人(・・)存在していたということ。

 

 現在紅魔館には彼らの娘は二人。姉のレミリア・スカーレットとその妹、フランドール・スカーレットである。妹様はとある事情で幽閉されているが、そこはまぁいいとしよう。

 

 私が昔メイド長兼門番をしていた頃、掃除していた際に家系図なるものを見つけた。そこには、サリー様と主の名前、そしてそれに連なる三つの子の名前。

 

 その家系図はお嬢様の前……兄か姉にあたる存在はまるでかき消されたかのようになっていた。それを見た私はお嬢様に聞いたのだ。

 

 そこで私は、彼女らに姉が存在することを知った。

 

 名前までは聞かなかったが……いや、行くことが出来なかったか。何せ、あんな嬉しさと哀しさが滲んだ瞳で話されたら、踏みとどまってしまう。

 でも、あの話をするお嬢様はとても嬉しそうだった。『私の憧れのお姉さま』と、自慢するように語っていたのを思い出す。

 

 …………つまり、だ。

 

 その現在不在である姉に当たる存在。それが彼女なのではないかと思ってしまった。

 直接あったことは無いし、話に聞いただけだが……これだけそっくりな要素を持つ彼女が、本当にそうなのではないかと思ってしまう。

 

 名を名乗る際には、八雲 空と名乗っていたが………。

 

 いや、今は一旦それを考えるのはよそう。今は戦闘、気を抜けばやられる。

 

 のだが………。

 

「……?」

 

 さっきから思うが、何やら化け物達の動きがおかしい。空さんを襲う時にはとても攻撃的なイメージだったのだが、私が参戦してからは、慎重に……まるでこちらの動きを掻き回すような動きを繰り返しているのだ。

 単に知能が高いといえばそれまでなのだが……それにしてもおかしすぎる。

 

 まるでこちらに気を引かせるような(・・・・・・・・・・・・・)………?

 

 

 

 

 

 

 いや、待て。気を引かせる………?

 

 まさか……!

 

 私はすぐさま館の方へと目を向ける。そこには、先程の群れの大半が門をぶち壊し、攻め入っていく様子が目に入った。

 

 しまった、戦闘と思考に集中しすぎて館の防衛が………ッ!!

 

 館に侵入する化け物達を食い止めようと走るが、それを超えて行く、蒼から真紅に変化した瞳(・・・・・・・・・・・)の彼女が目に映った。

 

「ちょ、空さん!?」

 

 全速力で空さんに追いつこうとしても、空さんはそれを上回る速度で館の門へ到達し、これも先ほどとは比べ物にならない速度で化け物を切り裂き、蹴散らしていく。

 

 私が門へ到達した時には、空さんは館内へ。

 

 あの目は…………まさか、本当に?

 

 私は館に侵入した化け物達を駆除するため、館の中へ足を踏み入れた。

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【空】

 

 走れ。走れ。

 

 一匹も逃すな。侵入させるな。入り込んだヤツらを皆殺しにしろ。

 

 ただそれだけの意思が無意識に私の体をつき動かし、館の中の化け物を蹴散らす。

 

 なぜこの意思が出てきたのかは分からないが………私の、中の、奥底で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『守る』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼女』が叫ぶ気がした。




………多分、もう分かってる方もいるよね。


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三十三話 現れたシ者

今回の化物騒動の首謀者、多分分かる人は分かると思う……。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【レミリア】

 

 ────あの日。

 

 死の天使の策略。あの決闘に介入した死の天使の影響だった。お姉さまは奴に気に入られ、魔界へ行かなければ皆殺しにすると言われていた。だから、お姉さまは私達を守るために魔界へと向かった。

 

 止めようとした。絶対に行かせてはならないと、私の本能が、能力が言っていた。ここで行かせれば後はないと。

 

 でも、止められなかった。フランと二人がかりでお姉さまを止めるために戦ったけれど、結果はお姉さまの圧勝。私達は手も足も出ず、お姉さまは別れの言葉も告げずに紅魔館を出た。

 

 多分、もう一度私達にあったら行けなくなってしまうと思ったのだろう。私ならば少なくともそうなる。でも、行かなくなってしまった方が私達は良かった。

 

 

 ─────お姉さまが魔界から帰ってこない日が何年と続いた。

 

 あの時止められていれば。あの時勝っていれば。

 これ程、後悔という言葉が身にしみたことは無い。未だに、私の能力によるお姉さまの運命は、あの日を境にプツンと切れたままで、先には何も無い。

 

 ─────それが意味することは一つ。

 

 受け入れたくなかった。けれど、受け入れざるを得なかった。その現実を否定したかった。何度見ても、その運命は途切れたままで。

 

 だから私達は誓った。

 

 もう誰も失わないために強くなると決意したのだ。家族を、守る為に。

 

 でも、それも間違いだった。

 

 ある日、私達は強力な使い魔を得るために召喚術式を使用した。使い魔は強ければ強いほど知能が高い。主の命令には絶対だし、ある意味一番信頼出来る者だ。

 

 でも、私達が召喚したものは違ったらしい。

 

 ───結果、その悪魔はフランに取り憑く形で憑依し、フランの心を蝕んで行っている。不安定な精神を制御するために地下へと幽閉するといつ苦肉の策を講じざるを得なかった。

 

 

 この幻想郷の移住の時もそう。あの決闘の一族が、まるで狂戦士のように怒り狂い集団で襲ってきたのだ。あの、死の天使の雰囲気を持ちながら。

 結果、お父様も私達を逃がすのに精一杯で、私達はお父様の護衛もあって無事に幻想郷へ到達したが、それ以来お父様は消息不明。

 

 ………私は何も出来なかった。守ると誓ったのに、お父様も、妹も……お姉さまも、何もかも守れなかった。

 

 大切なものを失う哀しみ。それの痛みをここ数年で痛いほど痛感した。

 

 私はどうすればいいのだろうか。

 

 

「……どうすればいいの………?お姉さま……」

 

 

 その今は亡き姉にすがるほど、レミリアの精神は擦り切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギィィィイイイイイイッ!!!!』

 

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

 しかし、その束の間の休息は正体不明の奇声の共鳴によって打ち切られる。

 

 ─────今の鳴き声は、なんだ?

 

 とても生物とは思えない奇声。それも今のは共鳴だ。それはその奇声を発する正体不明の敵が館内部に複数侵入しているということにほかならない。

 

 私はその奇声の正体を確かめため、その手にグングニルを握り部屋を出る。

 その左右を見渡すと、私は衝撃的な映像が映りこんだ。

 

 

 ─────数々のメイド妖精を血塗れで喰らう、四足の化物の群れが。

 

 

「6e!3qode5mkq@c@!」

「…っ」

 

 私を認識した化物が理解不能な言葉を発し、それを聞き取った周囲の化物が私に敵意を向けた。そして、その一体一体から放たれる瘴気のような吐き気をもようす良くないモノを放っている。

 

 あれは妖怪ではない。あの雰囲気は─────

 

「………死の、天使」

 

 ────決闘でお姉さまと戦った吸血鬼に憑依した際に放った時のモノと同質。

 そこで私はこの化物の正体を知る。いや、正確にはその化物の生みの親の正体を。

 

 お姉さまを追いやり、吸血鬼の軍勢をしむけお父さまを消息不明にさせ、挙句の果てにこの化物共を仕向ける。

 私の家族を奪った死の天使。その下僕が目の前にいる。

 

 ────私が取るべき行動は、もう決まっていた。

 

「殺す……ッ!!」

 

 私はただその殺意を胸に、全身に走る殺意のままに化物達に襲いかかった。

 私は全速力で化物達との距離を一瞬にして詰め、そのグングニルをもって切り掛る。

 だが、化物の皮膚は思ったより固く、グングニルは化物を貫くことは無かったが、深く深くその内部に突き刺さっていた。それを利用し今度は鈍器のように化物が突き刺さったグングニルを振り回し化物を吹き飛ばす。そして自分の周りの化物達を一掃した後、突き刺さった化物を放り投げた。

 

 ────この場の化物は一掃した。だが、私の部屋まで来ているとなると、到達するまでの過程で紅魔館全体に化物がいる可能性がある。

 

 このままでは皆が危ない。早く、倒さないと皆が死んでしまう。

 

「早く────」

 

 皆を守らねばと、私がこの場所を離れようとした瞬間───

 

 

 

「ギィィィイイイイイイッ!!」

 

 

 先程放り投げた化物が、満身創痍になりながらも背後から襲いかかってきた。

 

「えっ───ッ!?」

 

 予想外の出来事に動きを止めてしまう。しかしそれがロスとなり、化物との距離はゼロになり、私を切り裂かんと牙を振るう───

 

 

 

「(だめ、間に合わない───!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────

 

 

 

 

 

 

 

 

「(………?)」

 

 痛みが、来ない?

 

 先程まで化物は私に向かって刃を向けて喰らい尽くそうとしていた。それが数秒前。なのに、傷つけられる痛みが………肉を食いちぎられる痛みががいつまで経っても来ない。

 

 疑問に思った私はゆっくり瞳を開ける。

 

 そこには───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉さまと瓜二つの、蒼い瞳を輝かせる少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【空】

 

 私の中の『彼女』の叫びが、無意識に私の体を動かして紅い館の内部に侵入した化物達を、私の体なのに、いつもとは段違いの圧倒的な体術と刀捌きで蹴散らしていった。

 

 その意志に身を任せていると、私は『見覚えのある女の子』を見つけ、その子に襲おうとした化物を切り裂く。化物が死んだことに安堵したと同時に、少女の顔を見た。

 

 

 薄い青色の、癖の強いの髪の毛。

 ピンクの桃色のナイトキャップにスカート。そして背後に吸血鬼の象徴であるコウモリの翼。

 

 

 

 あの知らないはずの映像が蘇る。

 

 

 いつも、主人公となる少女の隣にいた女の子とそっくりで、少女と話している時はいつも明るい笑顔をしていた妹。

 

 

 

 

「…レミ、リア」

 

 

 

 

 知らないはずの映像に出てくる、名前も知らないはずの女の子の名前がふと、口に出された。

 

 

「………え?」

 

 

 レミリアという吸血鬼の少女はそのまま固まってしまう。それはそうか、見ず知らずの赤の他人に名前を呼ばれたら普通はそうなる。それを言えば、なぜレミリアという単語が出てきたのかも気になるのだが。

 

「…あぁ、敵ではないので安心してください……八雲の、使いです」

「!…そう」

 

 一応、敵ではないと言っておく。それを聞くと、レミリアは驚きつつ顔を伏せた。

 

「ここに来るまでの間に何体も倒しましたが……まだ、残党はいるようですね」

「…そのようね」

 

 まだ数十体はいるのか、周りからはあの気色悪い気配が残っている。この様子では、残党は内部のあちらこちらに散らばっているようだ。

 

 その残党を狩り尽くすため、足を前に出した瞬間───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い。実に面白いぞ小娘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───私の頭に、聞いたことのある声が響いた。




………もうここまで来たら分かるよね?


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三十四話 『彼女』


───目覚めの時は近い。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【空】

 

 ゾクリと背中に冷たい何かが通り抜ける。

 心臓がバクバクと音を鳴らして必死に血をめぐらせ、そのせいか冷や汗のようなものが垂れる。

 

 化物達とは比べ物にならないほどの『死』の気配。

 

 まるで『死』そのものが私の前に立っているような、そんな恐ろしい感覚が私を襲う。

 

「…久しぶり、といっても貴様は覚えてはいないか。小娘」

「…?」

「まぁ、本当の貴様は、その中に眠っているようだが」

 

 ………私の事を、知っている?

 

 どうやら、数年前にこの天使とは会ったことがあるようだ。こんな恐ろしい存在に数年前に会っていたとは……。

 今は私に過去の記憶は無い。私の知らない所で会っていた……?しかし、これ程の存在を、忘れる筈がない。

 

 なのに、どうしてこの天使は私の事を───?

 

 

「まぁいい。篭っているのならば無理矢理引き出せばいいことだ」

 

 

 そう天使が言った瞬間、私の体に衝撃が走った。

 壁に体を思いっきり打ち付けたのか、背中が痛い。その衝撃により肺の空気が一斉に吐き出され、また取り込もうと息を始める。

 

 しかし、天使は隙を与えることなく、私の首を掴み、持ち上げる。

 

「ぐ…ぁ……」

「弱いな。かつて私を道連れにしたとは思えない」

 

 私の首を掴む天使の手に力が入る。喉を締められ息が出来ない。意識が遠のいてくる。

 

 ────しかし、その死の天使の背後に、紅い影が現れる。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」

 

 天使が私に構っている間に、レミリアは天使の背後を取った。そして、真紅に輝く紅蓮の大槍が天使を貫く───

 

「温いな」

 

 ────ことは無く。

 

 その大槍を片手で弾き返し、その片手で体勢を崩したレミリアを私と同じように首を掴んで吊り上げる。

 

 天使はこちらを見るとニヤリと嗤い、私の首から手を離した──

 

 

 

 

 

 

 ──瞬間、私の手足に激痛が走った。

 

 何故と思ってその手足を見る。私の手足には杭のようなものが打ち込まれており、身動きが取れない状況だった。

 

「丁度いい。大切な者も忘れているのなら、それら死を持って思い出させてやる」

 

 私を離したことで空いた手で、床に落ちたレミリアのグングニルを拾い、掴みあげられるレミリアにその槍を向ける。

 

 

 

 

「やめろ……」

 

『やめろ』

 

「やめろ……!」

 

『やめろ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「やめろッ!!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 その場が一瞬にして魔力に包まれる。その重さと鋭さも相まって、館がミシミシと音を上げる。

 

「…ほぅ、どうやら半分は使えるようだな」

「…あれは…!?」

 

 サリエルとレミリアが目線を向ける先には、蒼かった瞳を右眼のみ紅く変色させてオッドアイとなり、片翼のみの真っ白な模様の描かれた三つの翼を広げる空が居た。それと同時に、館に広がる魔力も、彼女が要因ということも、二人は分かっていた。

 

「そうだ。その力だ。私が欲しいのはその力だ!」

 

 サリエルはこれを待ちわびたかのように嗤う。

 二人は異なる意味で、『懐かしみ』の感情を抱いていた。

 

 サリエルは、まるでやっとお前に会えたかのような感情。

 レミリアは、亡き姉と彼女が重なり、姉と過ごした日々を思い出すかのような感情。

 

「ぁああッ!!!」

 

 空は瞬きの間……一瞬にしてサリエルとの距離を詰め、サリエルを吹き飛ばす。空は逃がさないと言わんばかりに吹き飛んだサリエルを追い掛けて追撃を加えていく。

 

「!あれは……!」

 

 その光景をただ見つめるレミリアは、空の手に創られたあの剣(・・・)が目に映る。

 黒を基とした白い装飾が施された、あの人だけが扱う唯一無二の一振の魔剣。

 

 ───《輝ける黒き宝石(魔剣グラム)》。

 

 何故、空がその剣を扱えるのか。レミリアは、ただそれだけに頭を働かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれば出来るじゃないか。だが、昔の方がもっとキレがあったぞ?」

「ウゥ……ッ!」

「…何だ、もうバテたのか?」

 

 サリエルはその力に見惚れつつも、その力を扱う空の体が力についてこない様を見て、サリエルは少し呆れた表情をした。しばらく彼女の攻撃を受け続けていたサリエルだが、その身体は全くと言っていいほど無傷に等しかった。

 

 サリエルはパチンと指を鳴らす。その瞬間、空の首元に魔法陣が浮かび上がり、それは身体中に展開されて、締め付けられるように魔法陣が空の体を縛った。

 

「その程度の器か。やはり、その力はお前には合わない」

 

 サリエルはゆっくりと縛られて動けない空に近づきながら語る。

 

「元々私とお前は一つだ。お前は私に還るべきだ」

 

 サリエルは空の手が握る魔剣を奪い────

 

 

「故に───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前は私に還れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空の胸元を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【空】

 

 ───暗い。

 

 何も見えない。何も感じない。まるで海に投げ出されたかのような、冷たい水の様な感覚が私の体を襲う。

 

 こんなに暗いけれど、ゆっくりと落ちていくのがわかる。現に、体の感覚はもう無いに等しいし、だんだん冷めたくなっていくのが分かる。

 

 ……あぁ、もう私は死ぬんだ。

 

 今までの出来事が私の目に映る。

 

 紫様に拾われて、『八雲 空』という名前を付けられたこと。

 藍様に修行の稽古をつけてもらって、強くしてもらったこと。

 二人共、私を実の娘のように可愛がってくれたこと。

 

 ………この状況を覆すには、大きな力が居る。

 

 ここだけじゃなく、化物は幻想郷全体に広がっているのは見なくてもわかる。このままでは幻想郷は滅びるだろう。

 

 それを阻止するには、紫様も、藍様も、霊奈も─────あの二人(・・・・)を、全員守れるような、絶対的な力が必要だ。

 

 けれど、今の私(・・・)には、その力が無い。

 

 このまま、私は死んでいいのだろうか?何も守れないまま、何も出来ないまま……死んでも、いいのだろうか?

 

 

「…あれ?」

 

 

 ふと、体の感覚が戻ってくる。視界もはっきりして、さっきまでの冷たさは無くなっていた。

 

 はっきりした視界で辺りを見渡せば───

 

 

 

 

 

 

 

 空が映る水面が見渡す限りに広がる景色が広がっていた。

 

 

 

「ここは……?」

 

 急に現れたその世界に私は困惑する。さっきまでは紅魔館に居たはずなのに、こんな綺麗な場所に居るなんて。

 

 そんなことを思っていると、目の前の水面がボコボコと浮かび上がり、黒い影となって人の形を作る。

 

『力が欲しいのだろう?』

 

「…」

 

 なんとなくだが、この影が創り出す形は、私が先程まで戦っていた死の天使と酷似していた。

 

 死の天使の言いなりにはなりたくないが、彼女が言っていることは事実。

 

『ならば私を受け入れろ。そうすれば、全てを破壊してやる。お前に仇なす者を全てな』

 

「…」

 

 死の天使はゆっくりと私に手を差し伸べる。

 

 力が欲しい。守るための力が。

 

 ……なら、私が取るべき行動は。

 

『さぁ……』

 

「…」

 

 私は死の天使の手を取ろうとし、死の天使の顔がニヤリと嗤った瞬間───

 

 

 

 

 

 

 

 

 死の天使の胸元には、黒い剣が突き刺さっていた。

 

 

『…ほう?すっかりお前のことを忘れていたよ』

「…なら、そのままここから出ていってくれるかな?」

 

 

 私はその光景に目を見開く。

 

 死の天使に傷を与えたというのもあるが、その傷を与えた少女が、私が見た知らないはずの映像に出てくる主人公だったからだ。

 

 何故、その少女がここに居るのか。私の頭はその言葉で埋め尽くされた。

 

「貴方の力を使えば、確かに万物を破壊しうる。でもそれの結末は『孤独』だけ」

 

 少女の言う言葉が、私の頭に自然と入り込む。

 

「人は孤独では生きていけない。繋がりを断ち切れば人は死ぬ」

『……!』

「だから、貴方は消えて」

 

 死の天使は自分の体がその黒い剣に溶け込んでいることを目視で確認する。死の天使は驚いたような表情をしていた。

 

『…私を取り込む気か?』

「さっき、貴方の体は『元々私とお前は一つだ。お前は私に還るべきだ』と言った」

 

 ──なら、『貴方が私に還るべきだ』という選択肢も出てくるよね?

 

 だって、元々は一つなんでしょ?と少女は続ける。それを聞いた死の天使は小さく嗤う。

 

 まるで、私の負けだと言うかのように。

 

『一先ず私の負けだ。だが、お前は後に後悔することになる』

「……」

『私は『負の感情』そのものだ。意思も、力も全て』

「…何が言いたいの?」

『…いずれ分かる。私を取り込んだことに後悔する日が』

 

 死の天使の体は、ゆっくりと剣に溶け込み、姿を消した。少女はしばらくその剣を見つめていたが、考えても無駄と判断したのか、少女は剣を少し乱暴に仕舞った。

 

「さて、ようやく話せるね。ソラ」

「貴方は…」

 

 一体目の前の少女が何者なのか。そして、何故私の名前を知っているのか。その疑問を問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はリリス。リリス・スカーレット。記憶を失う前の貴方だよ」

 




…たぶん、この展開は分かっていた方も多かったのでは?
私隠すのが下手っぴですので……(汗

一応、この話にも伏線は貼ってあります。わかる人はわかるんじゃないかな……?


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三十五話 夢ノ終ワリ

 ◆❖◇◇❖◆

 

【空】

 

 リリス・スカーレット。

 

 そう名乗った少女の言葉は、意外とすんなりと受け入れることが出来た。

 

 記憶をなくす前の私。

 

 元々は一つの存在だからか、知らないはずの映像を見て薄々気がついていたからか……私にもわからなかったが、特に動揺を見せることなく、そうかと受け入れることが出来た。

 

「…その様子じゃ、薄々気がついてた?」

「何となく、ですけど」

 

 リリスは私の反応に少し驚いたのか、関心気味に私に聞いた。

 あの知らないはずの映像は、リリスの記憶だ。かつて私が『リリス・スカーレット』として生きていた頃の、過去の私の記憶。

 

「それじゃ、どうしてあなたが生まれたのか…それはわかる?」

「え……?」

 

 リリスの質問に、私は言葉を詰まらせて、疑問に気づく。

 

 リリスが記憶をなくして私が生まれた。現に私はリリスと同一人物なのに、リリスの記憶を持ってない。記憶をなくして私が生まれたことに対しては何も疑問はない。

 

 だが、その原因だ。なぜ、リリスが記憶をなくし私が生まれたのか。

 

 私も知りえないその真実。知らない私はリリスの質問に答えることが出来なかった。その反応を見たリリスはそれはそうかと苦笑いし、静かに語り始めた。

 

「数年前、私は家族を…妹を守るためにある人物と決着をつけに魔界に向かったの」

「…その人物って」

「そう、死の天使サリエルだよ」

 

 リリスの口から死の天使…サリエルの名前が出てきたことに少し驚いたが、すぐさま受け入れることが出来た。サリエルが私のことを知っていたということは、それで辻褄が合う。

 

「私は魔界の神と地獄の仏の力を借りて、道連れという形で倒した」

「道連れ…?」

「そう、サリエルをこの心象世界に封じ込めたの。私の全てを掛けてね」

 

 でも、とリリスは続ける。

 

「サリエルの力は強大だった。だからどうしても内側から抑えるものが必要だった。サリエルを抑えられるのはこの私しかいない」

 

 流れ込んだ記憶の中にあった、一つの情報が浮び上がる。

 リリスは創造、サリエルは破壊。この二つは元々ひとつであり、破壊を抑えられるのは創造だけ。その逆も然り。

 サリエルの強大すぎる力を抑えられるのは、リリスの力のみ。つまり、リリスは自分ごとサリエルと共に封印したのだ。

 

「私がサリエルを抑えている間は表に出れない。表に出れない私の代わりとして、私は一つの人格を創った」

 

 ───それが。

 

「それが、(八雲 空)なんですね」

「そういうこと」

 

 ───リリスが裏でサリエルを抑えている間、表で仮の人格を創り振る舞わせる。

 つまり、私はリリスが復活するまでの仮の人格。偽りの人形(レプリカント)とも言えるだろう。だって、私の意識や記憶は、与えられたものなのだから。すべて、仮初のものなのだから。

 

「とはいえ、私は貴方を一から創った訳じゃない。私のある部分を具現化して、人格という型にはめ込んだだけ」

「……それは?」

「『負の感情』よ」

 

 人は、多種様々で一人一人の個性がある。だがそんな人間でも共通する点はある。

 それは、人に芽生える心だ。自我とも言えるそれは、己の意思。その意思は大きく二つに分かれる。

 

 一つは、喜びや嬉しさ、温もりや優しさを与える光。

 一つは、怒りや憎しみ、恨みや殺意を与える闇。

 

 自我はその中立にあり、外の変化を受けてどちらかに傾く。それによって起こる己の変化も、これもまた多種様々。

 その傾きは性格によって左右される。性格とは自我の根本にある『自分の本能』だ。例を挙げるとすれば、心優しく純粋な性格ならば、光に傾きやすく、いたずら好きで邪な思いを持つ性格ならば闇に傾き安い。

 

 リリスの言葉と重ねるのならば、リリスは心の光と闇を分断し、闇に人格という器を与えたのが私ということになる。

 

「サリエルは闇そのもの。一億も超える時を生きたせいで、世界への憎しみや恨み、探究心が大きくなりすぎて闇に染った存在。私に闇があれば、隙あらばと乗っ取ってくる。だから、分断したの」

 

 けれど……とリリスは続ける。

 

「私の抱え込んでいた(・・・・・・)闇を与えたせいで、逆にサリエルが貴方を狙おうとしてしまったわ」

 

 私の頭の中に聞こえたあの声。つまり、あの声は私を乗っ取ろうと考えたサリエルが、私を支配しようと声をかけてきたのだ。

 

「貴方が強かったから乗っ取られることは無かったけれど……」

「…私が、強い?」

「…えぇ、まぁ、育ちがいいというのもあるけどね」

「育ちが、いい?」

「そう、貴方を拾ってくれた妖怪達はあなたを愛した。だから、闇だけだった貴方に光が芽生えた。それがサリエルを拒絶したの」

 

 今思えば、私は拾われた当初は何も考えることが出来ず、何もされても嬉しくはなかった。どれだけ名を呼ばれ、愛されても喜ぶという感情は沸きあがることはかなった。

 けれど、記憶を辿ったことでようやく理解する。だんだんと、藍様や紫様に両親のような感情を向け、嬉しいことも嬉しいと感じることができるようになっていく私が浮かんだ。

 

 その感情が光。闇だけだった私に芽生えた、唯一無二の光。

 

 だからこそ、その光を与えてくれた人達を守らねばならない。

 

「…でも、貴方がサリエルを抑えたということは……」

「………」

 

 サリエルを抑え込んだリリス。リリスがサリエルを抑え込んでいる間の仮面が私ならば、抑え込んだ時点で私の役目は終わり。

 

 つまり………回帰。

 

 元々は一つ。光と闇は同じでなければならない。同一でなければならない。()は、リリス()に還らなければならない。

 

「……貴方の記憶は、私の中に残る。貴方の残したものは、私が死なない限り消えることは決してない」

 

 それが怖かった。リリスに還れば、私は消える。

 それと同時に、私が残した絆や記憶も、全て無になってしまう気がして。全部無駄になるのが怖い。

 

 けれど───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大切な人達が居なくなるのは、もっと嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が還ることで皆が救われるのなら。

 私が消えることで皆を守れるのなら。

 

 

 私は、構わない。

 

「…後は、任せました」

「…うん、任された」

 

 リリスが、私をそっと抱きしめる。全く瓜二つの顔が目の前に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、体の感覚が消えていく。視界が霞む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、手足も、動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう私は、何も出来ない。だから、お願い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──私の幻想郷(タカラモノ)を、守って──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、分かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢はもういい(おやすみ、ソラ)




なんか某王国心と喰種系漫画みたいですね………。
ですが、あの心のくだりは、今後重要な部分になってきます。

次回は……まぁ、言わなくてもわかるか。


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三十六話 覚醒、相見エル時

今回は三人称視点です。
何気に初めてなので、わかりずらい点もあるかと思いますが、大目に見てくださればと。


 ◆❖◇◇❖◆

 

「死んだか」

 

 そう言いながら空を貫くグラムを抜き、放り投げ捨てるサリエル。

 サリエルにとって、空自体は別に計画において重要ではない。空の中に眠る彼女とサリエル自身の本体である。

 あの時、彼女を取り込もうとしたサリエルは、それを利用され本体を封印された。おかげで残りカスの意識を集めて自我を再形成するのに手間がかかったものの、こうして生きている。

 

 だが、封印されたなら好都合だ。内側からじっくり、頂くことにしたのだ。

 

 いずれ彼女とサリエルは一つになる運命にある。破壊と創造は表裏一体。彼女の力は今後どうしても必要だ。

 

 今、空は死んだ。ならば、内側からリリスを取り込んだサリエル(・・・・・・・・・・・・・)が表として出てくるはず。

 

「ククク………」

 

 ピクリ、と空……いや、空だった肉体が動き出す。

 

 

 念願の時が来る。そうして手を差し伸べたサリエルは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その手を、腕ごと切断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の事に理解が追いつかないサリエル。切り落とされた左腕から吹き出す赤い血を浴びながら、身の安全の確保のために距離を取った。

 

 そして、空には─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使のような真っ白な三対六翼を広げる、姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか………馬鹿なッ!?」

 

 

 

 

 予想外の出来事に理解が追いつかないどころか身体すら動かないサリエルを気に、彼女は地面を蹴りサリエルとの距離を一瞬にして詰め、新たに創り出された魔剣グラムを持ってもう片方の腕を切り裂く。

 

 切り裂く寸前に退避したため、切り落とすまでにはならなかった。

 

「…貴様………お前は…」

 

 ただ一つだけ、結論を導き出したサリエルは彼女に向かって問う。

 彼女は、何者なのか。

 

 八雲 空か?

 

 サリエルか?

 

 答は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…考えれば、分かるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、無機質な声で返された。

 

 そこで、サリエルは己の過ちに気がつく。

 

 何が吸血鬼だ!?

 

 よく良く考えれば、創造の力を与えられる時点で普通の吸血鬼では無い。それを創造の力を持つ普通の小娘として見下していた己を酷く悔やむ。

 

「…おのれ……吸血鬼風情がぁッ!!」

 

 サリエルは怒りのままに、独特の紋章が描かれた球体を無数召喚し、そこからこれでもかと言うほどの超大量の弾幕が、音を超える速度で放たれる。

 

 迫る弾幕を彼女は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くだらない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔剣の一振で、すべて壊した(・・・・・・・)

 

「ッッ!?」

 

 その光景にサリエルは絶句する。いくら本体より弱いとはいえ、いまのサリエルは幻想郷を問題なく単体で滅ぼせるほどの実力者であることには変わりはない。『万物を破壊する程度の能力』はあらゆるものに適応されるからだ。

 

 その破壊の力を乗せた弾幕を、たった一振の動作で全て壊したという事実にサリエルは絶望する。

 

「まさか…本体を取り込み破壊の力を引き出したというのか!?」

 

 間違いなく、弾幕を壊した衝撃波から発せられたあの力は『万物を破壊する程度の能力』と同質。それを扱えるのはサリエルのみである。

 

 つまり、それを扱える彼女は本体のサリエルを取り込んだということになる。

 

 

 

『万物を創造する程度の能力』と『万物を破壊する程度の能力』。

 

 それの一体化とはつまり───

 

 

 

 

 

 

『万物の破壊と創造を司る程度の能力』。

 

 

 

 

 

 

 

 その一体化はサリエルが成す筈だった。しかし、サリエルはそれをするどころか逆に追い込まれ、絶望している。

 

 計画の破綻。

 

 絶望を与えるはずが与えられる側に回る。

 

 そして、目的である一体化を彼女に宿らせてしまう。

 

 サリエルにとって、この状況は絶望という言葉では表せきれないほどのものだった。

 

「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇぇえええッ!!!!」

 

 もはや自暴自棄になったサリエルは千切れそうな腕を支えつつ、ステッキに魔力を込め巨大な魔力剣を創り出し、ゆっくりと近づくリリスに向けて振るう。

 

 それを、またくだらないと嗤うかのように魔剣一振りの動作で破壊する。

 

 本能的な恐怖が、サリエルを襲う。今まで感じたことの無い圧倒的な存在が目の前にいることを理解し、これまでにない恐怖が体を硬直させる。

 

「吸血鬼風情が私を見下す気か!?人、ましてや妖より遥か上位の存在である天使を見下すか!?」

 

 ゆっくりと顔を伏せておぼつかない足取りで近づいてくる彼女に罵倒を投げるサリエルはまさに負け犬そのもの。それを醜いと思ったのかは定かではないが、彼女はその様を見て──

 

「黙れないの?」

 

 グラムでサリエルの肩を突き刺し、そのままズルズルと壁に擦り挙げる。

 

「ヒッ……た、頼む………助けてくれ…」

「……」

「お願いだ……お願いだから………命だけは………!」

 

 瞳に涙を浮かべるサリエル。かつて魔界と地獄を蹂躙した魔王のような威厳は、その姿には見られなかった。

 その様を、彼女は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで私がお前みたいなゴミを救わないといけないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嗤う。

 

 

「ぁ………」

 

 無慈悲に、その断末魔すら切り払う無慈悲な刃がサリエルの首を切り裂いた。そして吹き出す血潮を浴びながら、彼女は静かに魔剣を仕舞う。

 

 そして、ちらりと後ろを見やる。その先からは、走ってくるあの子の魔力が感じられる。焦っているのだろうか、その魔力はすこし波打っていた。

 

「……」

 

 ────今は、会う時ではない。

 

 そう考えた彼女は、戦いによって穿たれた天井に登り、そこから見渡す自分の我が家を見渡す。もう少し感傷に浸っていたかったが、あの子と会う訳にも行かないため、彼女は消えるように紅魔館から立ち去った。

 

 

右の瞳から垂れる、赤い血を落としながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 その姿を見つめる賢者は、どこか険しい顔をしていた。



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三十七話 変化

短いです。

次回からは靈異伝を除いた旧作に入っていきます!


 ─────────

 

「………」

 

 とある幻想郷の一角にて、二人は見つめ合う。二人から発せられる雰囲気は、とても温厚なものではなかったが、殺意というものは感じられなかった。品定め、というところだろう。

 

 妖怪の賢者は、問う。

 

「…今の貴方は、どちらかしら?」

 

 賢者の瞳には、どこか焦りを感じさせる。それを見た彼女は──

 

「…どちらでも」

 

 どこか自信が無いように、無機質な声で賢者の問を返す。

 

「…そう」

 

 パチン、と口元を隠していた扇子を閉じ、賢者の素顔が顕となる。彼女はその行為を見慣れたかのように、顔色一つ変えずに見つめる。

 

「…幻想郷へようこそ。そして、おかえりなさい」

「…どうも」

 

 彼女は微笑みながら賢者に背を向け、立ち去る。賢者にはその姿がかつての式と重なったものの、それとは全く異なる『孤独』の背に見えた。

 

 どちらでも、とは言ったものの、主な人格は彼女なのだろう。かつての式のような雰囲気は無く、どこか他人を突き放すような、冷たい雰囲気を纏っている。

 

 それは、賢者にはとても脆く、刃を向けるものなのだと思った。

 

 ──────────

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 今の私はどちらか。それは安易に答えることは出来ない。

 今の私は過去の私ではない。今の私は過去の私が溜め込んできた闇(・・・・・・・・)を受け入れた、『本当の私』。

 過去の私があってこその私があり、どちらかという選択肢よりは、誰だという選択肢の方が合う気もする。

 

 だから、私は空でも無い、リリスでも無い。それらを礎として作り上げられたリリス・スカーレットだ。

 

 今の私は昔のように……愛しい妹達と過ごしていた純粋な私では無い。

 

 かつて私は、心の光と闇に壁を創り、切り替えていた。けれど、それがサリエルに乗っ取られかける原因となってしまった。

 

 周りの変化により心の変化もする。感情というのは一度に発散しなければ溜まる一方だ。

 つまり、あの時の私は光を受け入れて、闇ばかり溜め込んでいた。単にその闇で他人を傷つけるのが嫌だったからか……それはもう覚えてはいないが。

 

 だがそれは制御できない時に限っての話。その闇を制御さえすれば、その闇を力として振るい、大切な者達を守ることが出来る。

 

 この力さえあれば、みんなを守れる。

 

 みんなが笑顔で、傷つくことの無い理想の世界が創れる。

 

「大丈夫……私は、私だ」

 

 私の悲願。みんなが……家族が、笑って過ごせる理想の世界の創造の実現は、もうすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の大切な人達を傷つける奴らは─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆殺しだ。

 




リリスの変化、気づいた方もおられるかな?


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第4章 償いの紅い霧
三十八話 紅き霧


大変お待たせいたしました。ひっさしぶりの投稿です。

あらすじにも書いてある通り、旧作ではなく原作に入っていきます。旧作はいずれ番外編として出すつもりですので、ご安心を。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 とある一室。派手な装飾はなく、ただ服が収めてあるタンスや布団のみが存在感を放つ殺風景な部屋に、私はいた。

 マヨヒガと呼ばれるここは、幻想郷とは隔離されたどの世界にも属さない『異界』。外の現代世界の影響はもちろん、幻想郷からの影響も受けにくい。

 ここに入れるのは、主であった(・・・・・)八雲 紫が認めた者のみ。厳密にいえば、八雲 紫に通ずる、幻想郷の守護者達のみだ。

 式である九尾、八雲 藍やその式である橙。博麗の巫女に冥界の女主人。そして、元式である私。

 

「……」

 

 こんな殺風景な部屋ではあるが、ここは私……厳密にいえば、八雲 空が使っていた部屋。この部屋を空として使うのは、今日が最後になるだろう。

 というのも、それには訳がある。

 

 新たな時代の到来……言わば、世代交代である。

 

 これまでの異変は、博麗の巫女を初めとする幻想郷の守護者が、幻想郷の平穏を守るために起こる異変を全て武力で無理矢理抑えてきた。

 その大半の異変の首謀者は妖怪であり、幻想郷を我がものとする輩ばかり。そういった不穏分子を徹底的に排除するために、容赦なく無慈悲に妖怪を下してきた。

 

 だが、それにも限界はある。その武力行使をよく思わない者も当然いる訳であり、武力が武力を呼ぶ結果となってしまう。つまり、そういった連鎖が幻想郷を脅かすことになるのだ。

 

 そこで、先代と当代の博麗の巫女と、妖怪の賢者達の間で作られた新たなルールが生まれた。

 それは、これまでの異変解決を根本的に覆すものであった。武力でもなく、最も平和的に、そして誰も傷つかない解決方法。

 

 

 それこそが、スペルカードルール……所謂、弾幕ごっこである。

 

 

 これまでの武力行使ではなく、互いの弾幕を見せ合い、美しさを競い合う、誰も傷つかない美しき戦い。かつての異変で飛び交う、断末魔や血肉が飛び交うことの無い決闘方法。

 今回は、その本格的な導入として、ある異変が起こされる。私は、その異変の首謀者(・・・・・・)に用があるのだ。

 

 特に、このスペルカードルールの本格導入について思うことは何も無い。試作的な実用にあたっての異変でも特に問題は起こることはなかったし、私自身もそれはとてもいい案だと思っていたからだ。

 

 だが、今回ばかりは空としてではなく(・・・・・・・・)リリスとして動く(・・・・・・・・)。いや、動かなければならない(・・・・・・・・・)

 

 これまでの異変は八雲の使者として、その異変の結末を見届ける者として動いていた。特に異変で思うことも無く、私自身もそれしかやることが無かったというのもある。

 

 だが、この異変はそうではない。今回起こされる異変は、私にとっては意味が全く違う。

 

 これは贖罪(・・)だ。数百年前に残してしまった、私の罪をここで償わなければならない。家族を傷つけてしまった罪深い業を、この異変で償わなければならない。

 今思えば、それはいつでも出来たのかもしれない。サリエルを倒した時に、することは出来た。でも、出来なかった。

 

 怖かったのだ。家族を傷つけた私が、今更家族に許しを乞い、許してもらうなんて出来なかった。家族に会う資格などないと。家族に拒絶されるのが、どうしようもなく怖かったのだ。

 

 ────もう、罪から逃げるのはやめよう。

 

 いつまでも逃げていては、彼女達に辛い思いをさせるばかりだ。それだけは私も嫌だ。

 だからこそ、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 この異変で、終わらす。終わらせなくてはならない。

 

 かつての罪を、この異変で償う。

 

 ────それが、この紅霧異変における私の思いだ。

 

 

「……これを着るのも、久しぶりだな」

 

 

 引き出しのタンスから手に取ったのは、赤い衣の服。私が小さい頃から着ていた、リリスの服だ。

 魔界での戦いでボロボロになってなくなってしまったと思っていたが、どうやら藍が直してくれたらしい。ボロボロだったであろう箇所も、隅々まで元通りとなっている。

 

 私は今着ている八雲の服を脱がし、その赤い衣を身に纏う。胸元のリボンと腰の大きいリボンをギュッと縛ると、懐かしい感覚が身体に伝わってきた。

 そして、かつての私のように伸びた髪の毛の一部を縛り、右側を髪留めでとめてサイドテールにしあげる。この髪の感覚も、さっきのように懐かしい感覚が伝わる。

 

 

「…よし、行こう」

 

 

 そうして、屋敷の庭に私は姿を表した。

 

 隔離されたマヨヒガに通じる者達は、独特の移動手段を持っている。それぞれに似合った術で組上げた、『異界と異界を繋ぐ』術式。それを発動し、幻想郷へと繋げる。

 すると、輪っかのようなものが浮かび上がり、その中には、血のように紅い霧に覆われた幻想郷の空が映し出された。

 

 恐らく向こう側の守護者達は動き出しているだろう。博麗の巫女と友人の魔法使いを筆頭に、解決に向かっているはずだ。

 心配はしていない。弾幕ルールの試験的運用時の異変で、彼女達は成長した。実力も申し分ない。余程の想定外(イレギュラー)が現れない限り、倒れることは無いだろう。

 

 私も遅れる訳には行かない。そう思いその扉に足を踏み入れ用とした刹那──

 

 

「……行くのね」

 

 

 不意に、背後から声をかけられた。

 

 その声の主など、見なくともわかる。記憶を無くした私を導いてくれた、恩師にも等しい人。

 

「…はい。もう、ここに戻ってくることは無いでしょう」

「…そう」

 

 思い残すことは無いと、そう思いながら私は声の主に振り向く。そこには、扇子で口元を隠して表情を読み取らせまいとするも、その瞳には微かに哀しみが滲む幻想郷の妖怪の賢者、八雲 紫がいた。

 

「寂しく、なるわね」

 

 ────彼女には、返しても返しきれないほどの恩がある。

 

 記憶を無くした私を導いてくれたことから始まり、右も左も分からない私を本当の娘のように可愛がってくれた。私自身、彼女に母親に向ける感情を向けていたのは確かだ。

 

 この行為が、恩を仇で返す行為と同じ事なのは百も承知。けれど、今ここで引き返せば、また逃げることになる。それだけは嫌なのだ。

 

 

「…貴方にはお世話になりました。返しても返しきれないほどのことを、私にしてくれた」

 

 

 彼女だけではない。彼女の式である藍も同じだ。家事全般や武術などの手ほどきをしてもらったこともある。彼女らは、それほどまでに私を可愛がってくれた。

 

「けれど、今逃げてしまったら、きっと後悔してしまう。逃げるわけにはいかないんです」

「……わかってる。貴方がこの異変にどんな思いを寄せているのかは、重々理解してるつもりよ。」

 

 けれど、と震える声で彼女は言う。

 

「…やっぱり、娘の旅立ちは、親にとっては辛いのよ」

「……」

 

 ────もう、八雲には戻れない。

 

 それはつまり、紫の手を離れることと同意義だ。私が彼女らを親のように思っているように、彼女らもまた私を娘のように思っているのは、私も分かっているから。

 

 彼女にとって、私の行動は娘の巣立ち当然なのだろう。誰だって、愛する娘が自分の手を離れるのは、嬉しくもあり悲しくもあるのだから。

 

「けれど、せっかくの娘の旅立ちだもの。笑顔じゃなきゃ、貴方が心配になってしまうでしょ?」

「…!」

 

 その口元を隠す扇子をしまい、笑顔で私を見つめる紫。

 

 ───あぁ、敵わないな、この人には。

 

 私の思いよりも、彼女の方が重い。彼女が私に対する思いの方が、何倍も重いのだと、ここで痛感する。

 今思えば、その思いは前々からあったのかもしれない。それに気が付かなかった私は、まだまだだなと思う。

 

「…行ってらっしゃい」

 

 なら、応えることはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────はい。行ってきます。お母様(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私も、母親に笑顔を向けることだ。

 



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三十九話 帰還

筆が乗ったので。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 空一面に広がる、高度の魔力を帯びた紅い霧。

 それは妖怪達を狂気に晒すと言われる赤い月と同レベルの力を持つであろうほどの、魔性に帯びた霧。まるで紅い月をそのまま霧状にしたような、そんなものだった。

 これ程の魔力濃度ならば、人間は愚か、力の弱い妖怪にも悪影響を及ぼしかねないだろう。人間がこの魔力に当たれば吐き気などを催すだろうし、力の弱い妖怪なら力に溺れ暴走する。

 だが、それほどの魔力を秘めた霧を幻想郷全域に広めさせることの出来る魔法使いは、そう居るものでは無い。魅魔ならば朝飯前とか抜かして余裕でしそうなものだが、それは彼女が例外なだけであり、普通の魔法使いはこれ程の大魔術を発動するには数日かかるし、維持も簡単なものでは無い。

 

 それほどの力を持つ大魔法使いがいるということならば、気を引き締めなければならない。博麗の巫女ならばまだしも、友人である魔法使いは格上を見るとすぐ勝負を仕掛けたくなる好戦的な性格をしている。無茶はするなと念を押してはあるものの、心配は心配だ。

 

 今代の博麗の巫女、博麗 霊夢は、類を見ない天才だ。武術、霊術共に最高峰のスペックを持ち、あの紫でさえ、あの天才ぶりには驚いていたほどだ。

 あれが妖怪ならば、間違いなく紫を凌駕する最強の妖怪となっていたことだろう。彼女が人間であることに安堵すべきである。

 

 そして次に、その友人である魔法使い、霧雨 魔理沙。彼女は霊夢とは違い平凡な普通の女の子であったが、魔法使いになりたいと魅魔の元で修行し、持ち前の根性による努力で、霊夢と肩を並べるほど強くなった。

 

 スペルカードルールの試験的な実用での異変でも、二人は特に何も問題なく異変を解決して見せた。恐らくいつも通り、二人ならば問題なく異変解決に望めるだろう。

 

 

「……見えた」

 

 

 そんなことを思いながら空を飛んでいると、森を抜けて、白い霧に包まれた大きい湖が目に映る。そしてその奥には、うっすらであるが、紅い霧の発生源であろう紅魔館が見える。

 

 ───ここまで来た。

 

 もう引き返すことは出来ない。ここまで来たのだから、やることをしなければならない。

 数百年前の罪を、ここで償う。その決意をもう一度確かめ、館に向かって飛ぼうと思った刹那───

 

 

 

「あーもう!!悔しい!!!」

「落ち着こうよチルノちゃん…」

「大ちゃんは悔しくないの!?あんな人間達に負けて!」

 

 

 

 と、幼い子供たちの声が耳に届いた。

 その声が聞こえた方向に向いてみれば、何やら悔しそうな表情を浮かべる水色の髪の毛の女の子と、緑の髪の毛の女の子が何やら言い合っていた。

 大方、あの人間達というのだから、霊夢と魔理沙のペアに負けたのだろう。あの二人は弾幕勝負に置いて頂点に立つレベルの実力者なので、負けるのは無理もないと思うが……

 

 

「ぐぅ~……あ!そこのおまえ!」

「ち、チルノちゃん!指さしちゃダメだよ…!」

 

 

 どうやら、目をつけられてしまったらしい。

 

 

「……私?」

「そうだ!お前だ!」

 

 

 出来れば違って欲しかったが、その願いはあえなく砕け散り、八つ当たりのモルモットとして選ばれてしまったらしい。

 

 

「あたいはさいきょーの妖精、チルノ!お前なんかより何倍も強いんだ!」

「あわわ……」

 

 

 妖精、という言葉に私は耳を傾けた。

 よく見れば、吸血鬼のそれとは及ばないものの、小さな翼がある。チルノと呼ばれる妖精は氷のような針が私の翼のように三対六翼で浮かんでおり、緑の子は透き通った羽をしている。

 

 

「(…この冷気……もしかしてこの子が?)」

 

 

 そして次に耳を傾けたのは、最強の妖精という単語。

 

 以前にもこの『霧の湖』には何度か来たことがあるが、こんなに空気が冷たく感じる(・・・・・・・・・)のは初めてだ。今は夏の真っ最中だし、そんなことが起こることはまずない。あったとしても、それは妖怪などの人工的なものによるだろう。

 そして、明らかにその冷気の発生源はこの子。チルノの周りには、視認出来る程の氷の小さな粒が霧のように舞っているのがわかる。

 つまり、この子の最強の妖精という言葉には嘘偽りはないということなのだろう。妖精にしては力を持つ部類に入るのは間違いない。

 

 だからだろうか……私の胸の中で、何かに火がついた気がした。

 

 

「あたいと勝負しろ!」

 

 

 そして予想通り、八つ当たりが目的なのであろう勝負をチルノは仕掛けてくる。

 ならこちらもちょうどいい。ウォーミングアップとして、少し肩慣らしをしておくのも悪くは無い。

 それに───

 

 

「…わかった。相手になってあげるよ」

 

 

 私の心についた燻りを、どうにかしなければ。

 

 私の言葉にチルノはニヤリと不適の笑みを浮かべ、カードを高く掲げて宣言した───

 

 

「氷符『アイシクルフォール』!!」

 

 

 そして現れたの氷の針のような弾幕。一件、避けるのに苦労しそうな弾幕だが───

 

 

「…嘘でしょこれ」

 

 

 ────その弾幕は、あまりにもスキがありすぎた。

 

 スペルカードルールというのは、どれだけ難易度を上げ、その難易度を保ちつつどれだけ美しくできるかによる。つまり弾幕の難易度や美しさの両立を意識しなければ、弾幕ごっことは呼べない。

 

 だがこの弾幕は………あまりにもスキがありすぎる。

 

 何より───自分の目の前が抜け穴(・・・・・・・・・・)とは、これ以上にスキがある弾幕があるだろうか。

 

 私は最小限の動きでその弾幕すれすれでチルノに近づき、スペルカードを取り出して宣言する────

 

 

「魔剣『憤怒の鉄槌(グラム・モルガン)』」

 

 

 そのカードが私の相棒たるグラムへと変化し、魔力を帯びて超巨大な魔剣と化す。

 遠距離ならばまだしも、この距離は完全に私の距離だ。普通のグラムならば避けられるかもしれないが、このグラムは魔力を帯びて巨大化した魔力の渦そのもの。いくら弾幕ごっこ用に改造したものとはいえ、この零距離で食らえば────

 

 

「ああぁぁ負けたあぁぁぁぁぁ───…………」

 

 

 もちろん避けられるはずもなし。チルノはそれを何故か防ぐこともせずにそのままくらって落下していった。

 

 最強の妖精だというものだから、つい熱が上がってしまったのだが……ウォーミングアップの肩慣らしにもならないことに、少し落胆してしまった。

 

 

「あ、えっと…その…」

「!」

 

 

 そういえば、とチルノと一緒にいた女の子の存在を思い出す。

 戸惑っていることから、状況を飲み込めないのか……それは定かではないものの、チルノの身を案じているのは分かる。

 

 

「あぁ、手加減はしてあるから、特に大した怪我はしてないと思うよ」

「あ、良かった…」

 

 

 私がそう言うと、緑の髪の毛の女の子は安心したような顔をしていた。まぁ、あのスペルカードも見た目だけ見れば塵も残さないレベルのものだから仕方ないといえば仕方ないのだが。実際本気で放てばそうなってしまうし。

 

 

「謝罪は異変が終わってからする。今は急いでるから、ごめんね」

「はい……その、すいません」

「大丈夫だよ、それじゃ」

 

 

 流石にやりすぎたなと思いつつ、私は霧の湖を離れて紅魔館へと向かう。

 

 近づくにつれ、霧の魔力がだんだんと濃くなっていく感覚が身体に染み渡ってくる。吸血鬼だからか、その魔力は嫌という程馴染んでいた。

 そして、館の門の前へと辿り着く。ゆっくりと降り立つと、そこには少しボロボロになっていた美鈴が佇んでいた。

 

 

「…空さん。いえ、今はリリスお嬢様でしょうか」

「……その呼び方、久しぶりだから擽ったいな」

 

 

 リリス、という呼び方をされたのは本当に久しぶりだ。それどころか、お嬢様付きなんて本当に帰ってきたのだと実感する。

 その家族を出迎えるような温かみを含む笑顔をする美鈴の姿から察するに、既に霊夢や魔理沙は内部に居るようだ。

 

 

「負けた……って言わなくてもわかるか」

「えぇ……紅魔館の門番を任されておきながら、お恥ずかしい限りです」

 

 

 と、苦笑いをする美鈴。無理もないだろう。基本的にあの二人はいろんな意味で勝負には全力だから、ボロボロにされるのは仕方の無いこと。むしろ、この程度で済んだ美鈴の実力を褒めるべきだろう。

 それに、美鈴はこの手の勝負は苦手だろう。彼女は武術を極めた武人だ。霊術や妖術にはからっきしだろうし、霊術等にはてんでダメな霊奈よりは出来るだろうが、霊夢や魔理沙と比べてしまえば、基礎しかできない程度の術しか持たないのだから。

 

 

「私は彼女達の勝負に負けました。貴方と戦うほどの余力もありませんし、折角ですから一緒に行きます?」

「そうだね……じゃ、よろしく美鈴」

「はい、お任せ下さい」

 

 

 さて。

 もうすぐ、もうすぐ会える。

 

 待っててね、レミリア。フラン。

 

 

 今、助けるから。



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四十話 紅い館にて

 ◆❖◇◇❖◆

 

【魔理沙】

 

 私は、元々この幻想郷では有名な家に生まれた。霧雨店という、幻想郷の人間に知らない人など居ないくらいの、有名な店主の娘として生まれた。

 

 お前は私の娘なのだから、私の店を継げ。

 

 何故、この人は私に押し付けるのだろう。娘というただの親子関係なのに、なんで私に全て押し付けるのだろうか。

 

 いつもいつも私に責任を押し付けて、気に食わなかったら手をあげて。

 私はこの退屈で、何も無い日々にただただ絶望して、言われたことをこなす人形のようになっていた。

 そんな時だった。私が店の倉庫を漁っていた時、ふとそれが目に入った。

 それはどこにでもある絵本のようなものだった。主人公が恋人を助けるために、魔法(・・)を駆使して戦う、どこにでもある勇者の物語だった。

 

 でもその本に描かれた勇者に、私はなぜか心を惹かれた。

 

 自由奔放で、素直で、自分の道を真っ直ぐ進むその勇者の姿に、私は心を打たれた気がした。

 その自由さに、私は憧れに近いものを抱いた。絵本に出てくる勇者だと言えばそこまでかもしれないが、それ程までに、その勇者の姿はあの時の私からすれば、太陽にように眩しかった。

 

 だから、私はこの勇者のようになりたいと思った。

 

 流れ星みたいに、己が道を迷わずに真っ直ぐ進む、星のようになりたいと思った。

 

 そして私は、その本を持って家を出た。あの両親に対する感情というのはもうない。それは今でもそうだ。わたしは意地でもあそこには帰らず、絶対に魔法使いになってみせると誓った。

 

 

『魔法使いになる覚悟…それはあるかい?』

 

 

 あの人の言葉が、今でも私の頭に残っている。

 

 あの人の私を見定めるような鋭い目付きに、私は後退りしかけた。まるで全身に刃でも突きつけられたかのような、冷たくて鋭い気配は、今でも身体に残る。

 でも、絶対に退いてはいけない(・・・・・・・・・・・)と思った。ここで退いてしまえば、絶対に後悔する。

 

 何より、私は魔法使いになると決めた。

 

 魔法使いになるということがどれほど過酷かは、小さかった私も理解はしていた。どれほど苦しくて、どれほど辛いかは、想像しなくてもわかる。

 

 だけど、退いてはいけないと、踏ん張った。

 

 

『魔法使いになる』。そう宣言した。

 

 

 そして、あの人の元で修行を始めた。魔法使いになるための、過酷な修行が行われた。

 何度も諦めかけた。何度も挫けそうになった。何度も挫折しそうになった。

 

 でも、諦めなかった。私は、魔法使いになると決めたから。

 

 

 そして数年の時が過ぎた後………私はアイツと出会った。

 

 博麗 霊夢。幻想郷の調停者である博麗の巫女を任された少女。あらゆる面で天才の技量と頭脳を持ち、まさに天に恵まれたかと錯覚してしまうほどの天賦の才を持っていた。

 私が数週間かけて習得した魔法も、たった一日で使いこなし、努力して努力して、ようやく身につけた技も、あいつの前では通用しなかった。

 

 その才能には、嫉妬していた。私とは違って、あいつは天才だから。私には才能がないから。だから、あいつの持つ才能が妬ましくて妬ましくて仕方なかった。

 

 

 だから、『見返してやろうと思った』。

 

 

 今までの何倍も努力して、時間をかけて、あいつと肩を並べるために、私は努力した。

 あいつという天才を超えるには、努力しかない。諦めなければ、絶対にあいつと肩を並べることが出来るはず。

 

 そうやって切磋琢磨していき、私達は親友兼ライバルとなった。霊夢も私を相棒として認め、私もあいつを相棒として認めている。

 

 肩を並べることが出来た。なら次は、『追い越す』。

 

 私はそうやって付け足していって、霊夢に勝とうと何度も何度も弾幕勝負をやっているが、何回も何回も引き分けに終わってしまう。小さい頃の私は弾幕勝負にすらならなかったから、成長した方だと思う。

 でも勝てなきゃ意味が無い。どれだけ勝負の質が良かろうと、勝てなくては意味が無いのだ。だから、私は何事にも全力で取り組む。

 

 今回の異変だってそうだ。この異変は霊夢という博麗の巫女の初陣。初舞台だ。何度か異変解決をしたが、これが正式な異変解決となるだろう。

 

 肩を並べる私は、霊夢の恥にならないように、いつも通りに己が道を突き進めばいい。

 

 

「でっかい図書館だな……」

 

 

 そうやって館の中を散策しているうちに、何やら巨大空間に出てしまった。

 そこには見渡す限りの本棚に、数え切れない程の膨大な魔導書があり、私に限らず魔法使いにとっては、まさに研究の場所にもってこいの場所だった。

 

 

「…とんだネズミが入り込んだものね。外で物音がしたと思ったら、まさか古めかしい魔法使いが侵入していたなんてね」

 

 

 声が響く。その声に驚きながら、周りを見渡していると、上からゆっくりと浮遊し本を展開しながら降りてくる、紫の衣に身を包んだ女がいた。

 

 

「お、門番に続いて住居者発見したぜ…この霧はお前の仕業か?」

「えぇ。といっても、霧は頼まれたから出しただけよ。だから私は協力者であって首謀者ではないわ」

「そうか。でも協力者なんだな」

 

 

 彼女が纏うその魔力は、まさに正統な魔法使いそのもの。熟練の魔法使いが醸し出すその強者の雰囲気は、私の闘争心を燻り、戦いたくて仕方がなくなってくる。

 

 

「えぇ。そういうことを聞くなら、貴方は異変解決に来たのかしら?」

「正確にはその解決者の連れだな。私は霧雨 魔理沙。普通の魔法使いだぜ」

「パチュリー・ノーレッジよ。ここの大図書館の管理をしてるわ」

 

 

 パチュリー・ノーレッジ。

 恐らくあの人に次ぐ魔法使いであろう名前を、脳にしっかり刻み込む。相手は熟練の魔法使い。弾幕ごっことはいえ、気を抜けばすぐにやられてしまうだろう。

 

 

「んじゃ、始めようぜ!」

「…血の気が多いわね……早死するわよ」

「私は死なないぜ!こう見えて危機感には敏感なんだ!」

「…そういう意味じゃないのだけれど…まぁいいわ」

 

 

 互いに得物を構える。私は箒に跨り、八卦炉を右手にいつでも弾幕を打てるように。彼女は魔導書を展開し、いつでも魔法が打てるように。

 

 

「行くぜ!弾幕勝負のはじまりだぁ!!!」

 

 

 ───そして、両者の魔法が激突する。

 

 

 

 

《普通の魔法使い》霧雨 魔理沙

 vs

 《動かない大図書館》パチュリー・ノーレッジ

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 私は今、懐かしい雰囲気に酔いしれていた。

 所々装飾がされ、血のように赤いカーペットが敷かれた廊下を、美鈴と共に歩く。その一歩一歩が、我が家に帰ってきたことを実感させる。

 何せ数百年ぶりに帰ってきたのだ。それほどの長い時間外で過ごしていれば、我が家が恋しくなるというのも無理はない。

 

 

「やっぱり、懐かしく感じますか?」

「うん。でも、なんにも変わってない。あの頃から、なんにも」

「それは良かったです。住んでいた貴方に何か言われたらどうしようって思ってたところですよ」

「?美鈴は門番じゃないの?」

 

 

 美鈴の言い方だと、この館を美鈴が掃除しているように聞こえる。美鈴の仕事は門番ではないかともう一度確認を兼ねて聞いてみる。

 

 

「はい。メイド長の咲夜さんの手伝いで、よく館内の一部を任されるんです」

「へぇ~…他にメイドはいないの?」

「妖精がいますが……ちょっと……」

「あぁ………昔は結構いたのになぁ」

 

 

 昔は至る所にメイドがいたと思うのだが、なぜ今は妖精にな寄らねばならないほど人数が不足しているのだろうか。私がいなくなってからの間に、何かが起きたと思われるが……私がいなくなってからの館なんて、憶測に過ぎないため、やはり当事者に聞かねば分からない。

 

 そう話題を出そうとした時、美鈴から口を開いた。

 

 

「…襲撃です。かつて幻想郷に現れたあの忌々しい化け物の軍団が移住前に現れ、大半のメイドと御館様……セラド様が」

「……そう」

 

 

 忌々しい化け物。その言葉が示す生き物など、サリエルが創り出した気色悪い蜘蛛と人を混ぜ合わせたような生き物のことだろう。かつて幻想郷はサリエルが率いるその化け物の軍団に襲われた。そしてかなり昔になるが、魔界や地獄もその化物の襲撃を受け、一晩で支配されたという。

 

 だが、サリエルの目的は私のはずだ。私不在の館を襲う理由が存在しない。なぜ襲撃を行ったのか、その理由はハッキリしないが……。

 

 

「着きましたよ、ここです」

「…ありがとう。ちょっと待っててもらえる?」

「わかりました」

 

 

 と、そんなことを考えていると、私は目的の一つである部屋が目の前にあった。

 会うのも数百年ぶりだろう。わがままでいなくなってしまった私を、あの人は叱るだろうか。

 どんな顔をすればいいのかわからない。でも、会わなければ始まらない。

 

 そしてコンコン、とドアをノックをした。

 

 

『……どなた?』

 

 

 ────やはり何年経っても、この声は落ち着く。

 そんなことを思いながら、私はドアを開け───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかりやせ細り、ベットに横たわる愛しい母の姿を目に移した。

 

 

「…リリ……ス?」

「…ただいま、お母様」

 



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四十一話 その異変の意味

お ま た せ 。

少しスランプ気味になってしまい、一ヵ月近く投稿が遅れてしまったこと、この場で謝罪します。申し訳ありません。

他作品も含め投稿が遅くなる場合がありますが、決して未完で終わらせる気は無いのでご安心ください。今投稿している作品だけでも完結させるつもりですので。

こんな作者を暖かい目で見守ってくだされば幸いです。それでは、どうぞ。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 

「……ただいま、お母様」

 

 

 私の目に移るのは、痩せこけてベットに横たわる弱々しい母の姿だった。けれど何年経とうが変わらない焼き付いた母の顔は、全く鈍ることなく私を見つめている。

 

 ───あぁ、ここで私はようやく自覚する。

 

 ようやく、母の元へ帰ってこれたのだと。生まれ育った我が家に帰ってこれたのだと、今度こそ自覚した。

 

 一歩、一歩と横たわる母へと歩み寄る。

 私が譲り受けたアルビノのような白い肌に白い髪。そしてルビーの宝石のような真っ赤な瞳。痩せて弱々しくなっても尚、私には母の姿が数年前から何も変わっていないように見えた。

 

 

「あぁ……あ…あ……!」

 

 

 ポツ、ポツと母の顔から雫がベットにこぼれ落ちる。段々と母の顔は歪んでいき、手で顔を覆う。

 ────無理もない。死んだと思っていた娘に会えたなら、誰だってこうなるだろう。

 

 

「良かった…ほんとうに、よかった……!」

「…うん」

 

 

 私は罪深いことをした。サリエルを倒すために魔界へ行くなどという命を投げ捨てることと同意義なことをした。残された人達の苦しみを知らず、そんな馬鹿な真似をした。

 事実、私は一度死んで『ソラ』として生まれ変わり、『ソラ』という犠牲があって今の私がある。

 

 ───だがら、今ここに戻ってきた。

 

 残してしまった人達の苦しみを受け止め、癒すため(・・・・・・・・・)にここに戻ってきた。

 

 母、サリーはもちろん、愛しい妹達───レミリアと、フランも。

 

 

「でも、ごめんなさい。今は感傷に浸っている場合じゃないの」

「…え?」

「…今、レミリアとフランはどうなってる(・・・・・・)?」

 

 

 薄々、気がついていたのだ。

 私が不在になった間に起きた出来事……サリエルの部下達による襲撃。父の失踪。そしてこの赤い霧。

 この異変も、日を覆うのなら、普通に霧を出せばいい。日が大地に降り注ぐことがないほど分厚い雲のような霧を貼ればいいのだ。

 けれど、この霧の濃度は正直異常だ(・・・)。人里の人間に影響が出かねないほどの高密度な魔力の塊、なおかつ、土地そのものの魔力を吸い上げている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 何故そんなに魔力を集める?集めたところでどこに使い道があるというのだろうか。

 

 首謀者であるレミリアがそんな無駄なことをするとは思えない。そんな集めたところで無意味な魔力を無駄に集めるなんて絶対にしないだろう。

 それをするということは、それほどの事態が起きているということ。つまり、その膨大すぎる魔力の使い道があるという事だ。それほどの力を使う事態など、決して隠密に済む問題ではない。

 

 その答えが示すのは、ただ一つ。レミリアとフランの身に、何かが起きたと言うこと。

 

 

「…貴方がいなくなった後、レミリアとフランは私に内緒で悪魔を降ろしたわ。今と同じ手段でね」

「…悪魔?」

「えぇ、とても強大な悪魔を。けれどそれは二人にはとてつもなく大きすぎる力だった」

 

 

 ───悪魔。

 それは魔界を中心に動く妖怪。日本の妖怪とは少し種別が異なる魔界の鬼。その大半は人には余るほどの力を有し、その力を持って魔界の門を守っているとされている。

 私もかつて上位悪魔であるエリスと戦ったことがある。エリスが規格外というのもあったが、彼女と同格の悪魔が魔界にはいるということの事実は、今でも寒気を覚えることだ。

 

 

「結果、悪魔はフランに取り憑いた。力の制御を失ったフランをレミリアは幽閉する形で封印した」

 

 

 ───大きすぎる力は身を滅ぼす。

 まさにこの言葉が当てはまるだろう。力が欲しいがために力を欲し、溺れ、制御を失い自滅する。話を聞いた限りでは自滅まで行かなかったようで、私は内心安心していた。

 

 ふと、私はひとつの想像が頭に過った。

 

 

「……まさか、この異変は…」

「…えぇ、レミリアはもう一度悪魔を自分に降ろして、フランを救おうとしているのよ」

 

 

 ───なるほど。

 力の制御を失い、暴走する力はとても手に負えたものでは無い。それがもし上位悪魔なら尚更だ。街ひとつを更地にしかねない強大な力が制御を失い暴走すれば、誰も手をつけられなくなり、たちまち国ひとつさえ潰れてしまう。

 

 だからこそ、目には目を、歯には歯を。

 暴走する強大な力には、同じ強大な力をぶつけ相殺しあえばいい。

 そのためには、その強大な悪魔を下ろすだけの穴を開ける膨大な魔力と、自らの身に押し留める強靭な精神と魔力が必要だ。

 土地の隠された魔力は神と同格だ。その土地の魔力を吸い上げ、召喚に全てつぎ込めば、上位悪魔どころか最上位──神の領域まで達した悪魔さえも呼びかねない。

 

 もし顕現してしまえば、私でさえどうなるか……三つの神の力(・・・・・・)を使えば勝てるかもしれないが…

 一刻も早く阻止をせねばならない。そうなれば、幻想郷どころか外の世界まで顕現の影響が出る可能性もある。

 

 

「…わかった。お母様はここで休んでて」

「…駄目」

 

 

 私がその部屋を後にしようと背を向けた時、母の手が私の腕を掴んだ。それに気がついた私は母に振り向くと、母は今にも泣きそうな顔で私を見つめていた。

 

 ───きっと、怖いのだろう。

 

 こうしてもう一度背中を見送ってしまえば、また私が消えるのではないかと。今度こそ帰ってこないのではないかと。

 

 

「…大丈夫だよ。確かに前は失敗したけど、今回は違う」

 

 

 そう、言わばこれはただの姉妹喧嘩。道を違えた妹を正すのは、姉たる私の務め。故にこれは殺し合いではなく、ただの喧嘩だ。

 

 ───決して、どちらかが居ない結末なんてありえない。

 

 

「妹に喝を入れてくるだけだから、安心して」

「…本当に?」

「うん。約束するよ」

 

 

 ───それじゃ、ちょっと大喧嘩してくるね。

 

 私は母にそう言って、妹の元へ向かった。



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四十二話 悪魔

お待たせしました。

たまたま筆が乗ったので…


 ◆❖◇◇❖◆

 

【レミリア】

 

 ────あの日。

 

 私達の愛しいお姉様、リリスお姉様が魔界へと旅立った日。私はあの運命を帰るために、妹であるフランと一緒にお姉様を必死に止めようとした。

 私の能力『運命を操る程度の能力』は、ありとあらゆる運命を見ることが出来、ものによって私自らがその運命に修正を加え、別の結末に書き換えることも出来るという、言ってしまえば未来視の力。

 

 魔界へ赴くお姉様の運命は、キッパリ途切れていた。まるでハサミで切られたかのように、綺麗に途切れていたのだ。途切れていたという運命がどういう事なのか、私は理解するのに数秒もいらなかった。

 けれど、全力で挑んでもお姉様は私達の上を行き、止めることが出来なかった。

 

 だから、私達は力を求めた。誰にも負けることの無く、お姉様を守れるような強大な力を欲した。その結果たどり着いたのは『悪魔の召喚』。

 悪魔は魔界の鬼。吸血鬼の起源ともいわれる存在であり、少なくとも私達より強大な力を持つのは間違いなかった。その力を手に入れるために、私達はお母様に内緒で、この異変のように魔力を集め、召喚の儀式を開始した。

 

 

 ────でも、それが間違いだった。

 

 

 確かに召喚自体は成功した。なんも支障もなく、無事召喚できたと言えよう。だが、その悪魔は私達にはあまりにも強大すぎた。

 手が付けられないと判断した私達を見た悪魔は、形を得るためにフランに取り憑いた。元々持つフランの破壊の力の影響もあり、全く手が付けられない状況だった。

 異変を感じたお母様がすぐさま駆けつけ、地下室に幽閉する形で封印を施した。

 

 それから間もなくして、紅魔館に謎の魔物達が襲撃。その数は万を超え、まさに蟻の大軍とも言えるほどのものだった。

 私は逃げることしか出来ず、結局お父様の命を捨てた魔術攻撃により大軍は致命的なダメージを受け、消え失せて行った。

 

 私は何も出来なかった。お姉様の時のように、妹すらも守ることも出来なかった。私を愛してくれた父も、私の前から消えてしまった。

 

 もう、何も失いたくなかった。だから、私はもう一度力を求めた。

 

 

 ────みんなを守れるほどの力を。

 

 

 私はそれ以降外に出ては野良の妖怪を蹴散らし、ひたすら力を求めて妖怪を皆殺してきた。あの吸血鬼異変も、力を求めるが故に起こした異変だ。

 結果はあの忌々しきサリエルによって失敗に終わったが、その失敗が私の無力さを再び認識させた。私はどうなっても力を手にしなければならない。もう何も失いたくないから。

 

 だから、もう一度……フランに取り憑いた悪魔よりも強大な悪魔を呼び寄せる。

 そして、その悪魔を自らのものとし、フランを救う。フランの中に潜むあの悪魔を消し去る。

 

 そのためには、あの時の儀式よりも大規模なものを作り上げなければならない。あの悪魔より強大な悪魔を呼び寄せるのなら、魔力もそれ相応に跳ね上がる。

 故に、私は土地の魔力に目をつけた。魔法使いであるパチュリーによれば、土地の魔力は神々のものと同格の濃度を誇り、その土地に住まう者達が強ければ強いほど、土地の魔力は増大していくらしい。

 その土地の魔力を召喚に回せばどれほどの強大な悪魔が顕現するのか、想像も容易い。

 

 そして、今に至る。私の魔力を元にパチュリーは血のように赤い霧を幻想郷全体へばら撒き、幻想郷の土地の魔力を徐々に吸い上げている。霧が徐々に魔力を帯び始め、紅い電も走り、雲のように分厚くなってきている。

 

 ───あと少し。

 

 あと少しで、念願の時が来る。フランを救い、みんなを守れる力がもう少しでこの手に………

 

 

 けれど、その前に。

 

 

 もう一つ、仕事がある。おそらくこの異変は管理者である八雲紫にも届いているだろう。だとするのなら、彼女から何らかの刺客が来てもおかしくないという事だ。

 

 

 そして───私の前には、紅白の巫女が一人。

 

 

 さぁ、総仕上げだ。

 この戦いの敗者を、悪魔への生贄としよう────

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【魔理沙】

 

「…なかなかやるなあんた」

「…えぇ、私も貴方がここまで粘るとは思いもよらなかったわ」

 

 パチュリーと呼ばれる魔法使いの実力は、やはり自らの勘の言う通りだった。経験、魔法の質共に最高クラスであり、私の師匠と同格の格であるのは間違いなかった。

 何より、その魔力───紅い霧を発生させつつもあんな滅茶苦茶な魔法を扱うことの出来る器用さと魔力の多さ。大地を砕くかのような雷や、万物を焼き尽くす地獄の炎など……正直、師匠と本気の殺し合いをしている気分であった。

 

 

「けれど、貴方も限界のようね」

「…あぁ、否定はしないさ。でもあんたも限界が近いんじゃないか?」

「…えぇ、正直、霧を維持する魔力が無くなりそうよ。戦えるだけの魔力は、そう多くない」

 

 

 もうお互いに限界が近かった。私は魔力というか体力面で疲れているのだが。

 何せあんな隙のない魔術を向けられたら、避けるのに精一杯で反撃しようがなかった。けれどそこは持ち前の反射神経と回避能力で反撃の隙は何度か有り、その間に攻撃を与えることも出来た。

 厳密に言えば、私は魔力はあるが体力面で限界なのだ。おそらく私の十八番を打てたとしても体が持たないだろう。

 

 でも、相手は大魔法使い。そう悠長なことは言ってられない。

 

 私は八卦炉を構え、パチュリーに向ける。お互いに最後の一撃になると察したのか、パチュリーも先ほどとは比べ物にならないほど濃い魔力を纏っている。

 

 そして、両者の力が激突しようとした時───

 

 

 

 

 

 館全体が震えた。

 

 

 

 

 

「っ!?なんだ!?」

「…まさか」

 

 

 パチュリーは顔を顰めた。私はこの館の人間ではない故、何が起こっているのかはさっぱり分からない。

 けれど、決して良いものではないというのは、パチュリーの雰囲気からしてもわかっていた。

 

 

「パチュリー様!」

 

 

 すると、小さな翼の生えた赤髪の少女がパチュリーに駆け寄ってきた。おそらく使い魔の類で、種別は小悪魔なのだろう。下位悪魔の大半を占める小悪魔は使い魔には最適だ。

 

 

妹様(・・)が……」

「…やっぱりね。嫌な予感が当たったわ」

「?なんなんだぜ?」

「…走りながら説明するわ。着いてきなさい」

 

 

 パチュリーは先程とは違い、余裕が無い顔で私に着いてくるように指示を出した。私はその言葉に従い、パチュリーを追った。

 

 ────ここからが、異変の真骨頂なのだと、その時の私は知る余地もなかった。



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四十三話 矛先

お待たせしました


 ◆❖◇◇❖◆

 

【レミリア】

 

 館に響いたのは、爆発音。

 それは、決して私と人間の戦いで生じたものでは無い。かと言って、友であるパチュリーが起こしたものでもない。もっと、圧倒的な力に砕け散ったかのような、力ずくのものだった。

 

 ────嫌な予感が湧き上がる。

 

 

「…何よ、今の音」

「…勝負はあとよ、私のそばに来なさい」

 

 

 人間は私の言葉に渋々と従い、私の隣へと姿を近づかせた。

 その破壊音は、徐々にこちらへと近づいてきている。それと同時に、まるで制御できていないかのような魔力の重圧が広がってゆく。

 

 次の瞬間、屋根が爆発の轟音と共に瓦礫となって吹き飛ぶ。それと同時に、こもっていたであろう魔力がその穴から溢れ出し、空を満たす。

 

 ────その嫌な予感は、見事に的中していたのだ。

 

 

「…アレは…」

「…死にたくなければ、できるだけ離れてなさい」

 

 

 その姿を見るのは何年ぶりだろうか。その姿を見る度にあの時の後悔と憎しみが溢れ出てくる。力がなかった頃の、弱い私の姿が見え隠れする。

 

 ───金髪に色違いのナイトキャップ。七色の羽に、赤いチョッキにミニスカート。

 

 私が──私達が愛してやまない最愛の妹。

 

 

「……フラン」

 

 

 ────フランドール・スカーレットが、そこにいた。

 

 

「……あはッ」

 

 

 フランは私を見るなり狂気的な笑みを浮かべ、その右手に赤い球体を出現させた。フランはさらに顔を歪めて、握り潰そうとしている。

 私はそれを知っている。だからこそ、それを発動させるわけにはいかない。

 

 ───発動すれば最後、私の死は免れない(・・・・・・・・)

 

 

「『ミゼラブルフェイト』ッ!!」

 

 

 私はすぐさまそれを阻止せんと、溢れ出す魔力から鎖を創り出しフランの右手を絡みとり、鎖を使いこちらへと引き寄せた。力の込められた鎖にバランスを崩したフランは為す術なく私に引き寄せられる。

 

 それを確認した私は、空いている左手にグングニルを創りフランを貫かんと放つ。

 

 

「……はッ」

「ッ!?」

 

 

 グワンと視界が揺れ、身体が浮く。だがそれと同時にフランが何をしたのかを一瞬で理解する。フランは引っ張られ身体が浮いているにもかかわらず、その体勢のまま鎖を引っ張り私の体制を崩したのだ。フランは嗤いながらその手に悪魔の尻尾のようなステッキを呼び出し、先端に魔力を集中させ高密度な魔力の剣──レーヴァテインを創り出す。

 

 

「ッ!」

 

 

 このままでは身体を引き裂かれて終わりだ。たとえ吸血鬼の再生能力があったとしても、あれを喰らえばタダでは済まない。それを理解した私はその鎖を握り砕き、翼に魔力を込めギリギリでレーヴァテインを回避する。

 

 

「『封魔陣』ッ!!」

 

 

 しかし、不意にフランは高密度の霊力の中へと飲み込まれた。何事かと思えば、先程まで私と対峙していた人間が発動したものであった。

 

 

「…なんの真似よ」

「あんた一人じゃ、あれはムリでしょ?なら二人でやった方がいいわ」

「…ふん、気を抜いてると死ぬわよ」

「それはわかってる」

 

 

 数少ない会話を交わしたあと、フランに向き直る。あの高密度の霊力に飲み込まれたのにも関わらず、フランには傷一つついていない。おそらくダダ漏れの魔力が防壁代わりとなったのだろう。本当はフランを傷つけたくはないが、そんな悠長な事は言ってられない。

 何せ相手はフランであってフランではない(・・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 

 恐らく、人間も理解しているだろう。今のフランには私たち二人だけでは傷一つつけられないことくらいは。

 

 ────まだ悪魔降臨の儀式まで時間がかかる。

 

 まだ十分な魔力が溜まっていない。今呼び出してしまえば中途半端な悪魔が呼び出されてしまい、無駄な魔力を使うことになる。

 やるのなら完璧にしなければ、アレには勝つことは出来ない。

 

 

「霊夢!!」

「…!」

 

 

 不意に後ろから声が響いた。振り返れば紅白の人間の仲間なのであろう白黒の魔法使いとパチュリーがこちらに向かって飛んできている。

 

 ───この状況下で来てくれるのはありがたいが、まだ足りないだろう。

 

 ただでさえフランの能力は危険だというのに、そこに強大な悪魔がフランを乗っ取って好き勝手加減もなく能力を発動させている今、下手に近づけば木っ端微塵に砕けるのが関の山。あの能力をどうやって掻い潜り、更には近づいて致命傷を与えることが出来るのは私しかいない。

 

 

「そこの白黒には事情は話してあるわ。分かってるわね?魔理沙」

「おう!」

「…わかったわ。パチェ、人間とサポートをお願い」

 

 

 パチュリーは頷き、すぐさま魔法陣を展開させ私に強化魔法を付与する。先ほどとは比べ物にならないほどの力が溢れ出して来るのがわかる。けれど、これでもあれを倒せるかといえば首を振れる。この強化は気休め程度だろう。ないよりはマシ、と言った程度ではあるが、これの有無で戦況が変わる一手になるのも事実。

 

 

「霊夢!こいつの援護だ!」

「えぇ、わかったわ」

 

 

 そこの人間──霊夢と魔理沙もそれぞれ得物を構え、いつでもいいと目線を飛ばす。

 

 私は、そっと息を吐き出して────思いっ切り、空を蹴った。

 

 

「フフッ」

 

 

 フランは先程のように右手に赤い球体を出現させる。喰らえば即死のその能力攻撃に私はひるまず真っ直ぐに駆ける。

 そしてそれを阻止するかのように、炎と氷の大魔術が降り注ぎ、フランはその球体を描き消した。さらにそこに星のような輝く弾幕が雨のように降り注ぎ、フランに直撃していく。それでもフランはビクともしない。

 

 土煙がフランの姿を隠す。しかしパチュリー達の攻撃を諸共せずに、フランは私に向かって高速の弾幕を放つ。

 だが、それが私に当たることは無かった。弾幕は複雑な術式が描かれた札によって全て防がれ、跳ね返されてフランに返っていく。

 

 ここまでほんの数秒。だが、これからが本番だ。

 パチュリー達の魔法による支援攻撃、霊夢の弾幕結界。これらにより私を完全に見失ったであろうフランの懐に入り───

 

 

「『スピア・ザ・グングニル』……───ッ!!」

 

 

 私の全魔力を込めた槍を放ち、フランに直撃───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

することは無かった(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あハッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな──」

 

 

 私の全身全霊をかけて放った紅蓮の槍は、直撃する直前でフランの片手により掴まれ、砕かれる。そして先ほどとは比べ物にならないほど高密度で巨大なレーヴァテインが一瞬にして創り出され──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薙ぎ払われると同時に私諸共、皆を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か………くっ……」

 

 

 

 咄嗟に発動した防御術式も触れた瞬間に破壊され、各々の体に致命的な傷を負わせた。零距離でアレを食らった私がこうして意識があるのが奇跡とも言えるほど。

 全身がやけるように痛い。息もまともに出来ず、出てくるのは唾液混じりの血と、刻まれた傷から垂れる血。

 

 ───動かなければ。

 

 もう何も出来ないのは嫌だ。かつての決意が私の体を動かす。関節が悲鳴をあげ、今にも意識が飛びそうな程の痛みを噛み締める。

 諦める訳にはいかない。このまま妹を───お姉様が命をかけて守ってくれた命を捨てる訳には行かない────ッ!!

 

 

「……つまンないなァ」

 

 

 そしてやっと立ち上がったその時、フランは見下すように私を見下ろし、レーヴァテインを振り上げた。

 

 

「あ──」

「さよなら、お姉様」

 

 

 そしてレーヴァテインが私を飲み込もうと肌に触れる瞬間───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弾かれるような魔力の金切り声と、フワッと抱えられる浮遊感が私を襲った。

 

 

「え………?」

 

 

 

 恐る恐る瞳を開ける。ボヤけていた視界が徐々に鮮明になっていく。

 

 目に映ったのは────アルビノのような白い肌と髪。そしてルビーのような宝石の真紅の瞳。赤い衣。

 

 

「…う、そ」

 

 

 涙が溢れる。それを抑えようとする気力すら起きない。それほどまでに、私を抱える人物の姿は衝撃的なものだった。

 だってその姿は───その剣は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅くなってごめんね」

 

 

 

 

 ─────レミリア、と。

 

 私の大好きなお姉様が、そこにいた。



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四十四話 救済と贖罪

注意

今回リリスがこの上なくキャラ崩壊、なおかつラスボス化してますので気をつけてください


 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 ────間に合ってよかった。

 

 私がお母様の部屋を後にした時、館全体が爆音とともに震えた。その瞬間感じられたのはただならぬ殺気と重い魔力。エリスと同格かそれ以上とも受け取れるそれの出現は、悪魔に取り憑かれたフランの目覚めことを示していた。

 

 

「………美鈴、咲夜さん、レミリア達の手当をお願い」

「はい!」

「分かりました」

 

 

 私と一緒に来て貰った美鈴と、メイド長である十六夜咲夜にそう指示を出し、さらに被害が出ないよう、傷ついたみんなを囲うように結界を何重にも重ね、簡易的な重結界を張っておく。これならば、多少の攻撃が来ても大半は防げるはず。

 

 

「…どう…して……」

 

 

 状況が理解できないのか、レミリアが私の顔をじっと見ている。無理もないだろう。死を覚悟し、しかし助けられ、助けて貰った人が亡き姉なんて、すぐさま理解出来る方がおかしい。

 

 

「少しの間、待っててね」

 

 

 あやす様にレミリアの頭を撫でながら、結界が張ってある場所に転移させる。これで、全員の避難は完了した。

 残るは───

 

 

「……久しぶりだねフラン。見ない間に随分変わったね」

「…うそだ」

 

 

 フランは脱力したように身体を竦め、体を震えさせる。心做しか、場を満たしてい魔力の重さも軽くなっていく様な気がした。

 

 

「うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ!!!」

 

 

 レミリア同様、私という存在がいることに理解できないのか、ひたすらに同じ言葉を並べるフラン。

 

 ───それはそうだろう。何せ、私の存在そのものが今の彼女の在り方を崩しているようなものなのだから。

 自分の力不足でいなくなってしまった姉。そのような犠牲を二度と生まないために、レミリア達は悪魔を呼び出した。結果はフランに取り付き幽閉する形での封印という最悪の結果になったが。

 私という犠牲があってこそ、今のレミリアとフランがある。逆をいえば私という存在が今の彼女たちの存在意義を崩しているのだ。

 

 

 

「うぁ……ぁぁぁああああああっ!!!!!」

 

 

 情緒不安定となったフランの力が暴走する。魔力がこれまでにない暴風雨となって建物や大地を削り取っていく。安定性のない台風のようなものだ。このままではいずれ魔力が無くなり、自滅する。

 だがその暴風はさらに激しさを増し瓦礫を飲み込んでいく。このまま暴走する一方かと思われたが、やがてだんだんと安定性を取り戻してゆく。

 

 暴風雨のような魔力の乱気流は完全に落ち着き、人の形をとっていく。

 

 そして完全に安定した頃には───

 

 

 

 

「…ようやくか」

 

 

 

 

 金髪だった髪の毛を白銀に輝く髪に染め上げ、黄金色の瞳を輝かせるフランの皮を被ったなにかが居た。

 間違いない。あれこそがフランの中に取り憑いた悪魔。名も無き怪物。

 

 

「感謝するぞ吸血鬼。貴様という存在が持ち主の心を乱した。その隙を突き、無事こうして肉体を得ることが出来た」

「……」

 

 

 ────本来なら、今頃抱きしめているところだろう。

 何せ数十年も放置していたのだ。レミリアやフランが私を恋しくなるのもわかるし、何せ私もレミリアとフランが恋しくてたまらなかった。会ったら抱きしめてあげようと、そう思っていた。

 

 けれど───

 

 その前に、邪魔者(・・・)を排除しなくては。

 

 

「皮肉なものだな?愛すべき妹を助けまいと来た結果、貴様の存在が妹を陥れたのだから」

「……そうね」

 

 

 ─────否定はしない。言い返しもしない。

 むしろこれは私が招いた悲劇。私の存在の有無によってあの子達の運命を乱し、陥れたことに違いはない。事実、レミリアに重責を押し付け精神を消耗させ、、フランは悪魔に蝕まれるという惨劇に至ったのも私のせいだ。

 

 

「私という存在がこの子達の運命を歪めたのは事実。認めるよ。全部私のせい」

「ハッ、そうだ、貴様という存在はこの世に必要ないのだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが何(・・・・)?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なに?」

 

 

 だからなんだと言うのだ。それは百も承知、私という存在が彼女らを狂わせたのは事実だ。私がこの世界とってどれほど半端者(イレギュラー)なのかは生まれた頃から知っている。

 

 ────私は、それ相応の覚悟を持ってここに来た。

 責任として、彼女らの犯した罪を、全て私が背負うという贖罪の為にここに来たのだ。いまさらそんなことを言われた程度で私は怯まないし、この決意が揺れることも無い。

 

 そして何より───

 

 

 

 

お前という存在が気に食わないわ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「…っ!」

 

 

 ────お前という存在が不愉快だ。

 

 私はあくまで原因を作っただけだ。それがどんな結末だろうと原因を作った私に責任があるのも事実。

 だが、それをいい事に私の妹達を切り裂いたお前という半端者(・・・)が何より許せない。

 

 

 

 

「肉体を奪わなければ生存できない悪魔の欠陥風情が」

 

「宿主を利用し他人の力でしか力を示すことしか出来ない魔界の恥晒しが」

 

「ただ見下し傷つけることしか出来ない愚者が」

 

 

 

 抑えていた感情が溢れ出す。まるでそれを受け止める器が壊れたかのように溢れ出し、私の体を支配していく。

 怒りや憎しみが血液のように全身をかけめぐり、魔力が溢れ出す。その魔力と抑えきれぬ殺意が場を塗り替える。

 

 

 そしてその怒りが頂点へと達した時────彼女は白から黒へと変色した六つの翼を広げながら言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくも─私の家族を傷つけたな」

 

 

 

生き物らしく死ねると思うなよ

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 空気が震える。まるで絶対零度の中にいるかなような寒気と、抑えきれぬ圧倒的な殺意と魔力が場を満たす。

 本来の人間ならばこれだけでも死ねるだろう。尋常ではないほどの殺意と魔力が場を満たしているこの戦場は、まさに紀元前、神が人とこ交流が盛んに行われていた神の時代、神代そのもの。

 神代は神秘により、高密度の魔力が漂い現代人ならば喉と肺を焼かれ、すぐさま死に至る。戦場を満たしている魔力は、この神代に匹敵するものであった。

 

 

「なんなのだ…貴様はなんなのだ!!」

 

 

 その圧倒的すぎる魔力と殺意動揺した悪魔は問いただす。

 怒りに満ち溢れているとしても、この魔力と殺意は異常なものであった。それこそ、生物が宿していいレベルのものでは無いほど。

 それほどまでに今の彼女は怒りに充ちている。という証明でもあった。だがそれと同時に、『死ぬ』という結末が悪魔を襲う。

 

 リリスがゆっくりと手を掲げる。その瞬間リリスの背後から眩い光が溢れ出し、悪魔は目を覆う。そしてその光が収まれば───

 

 

 

 

 そこには、数千万にも及ぶグラムが悪魔に矛先を向けていた。

 

 

「な……」

 

 

 そしてそれらはリリスの手が振り下ろされると同時に、悪魔に向けて高速一斉放射される。悪魔はレーヴァテインを創り出し弾かんとするも、あまりにも多い物力と速さにより凌ぎきれなくなり──

 一本、二本、三本と次々に身体を串刺しにしてゆく。

 痛みに苦しむ悪魔は、その痛みの現象(・・・・・)に気がつく。

 

 

「(まさか……我のみを!?)」

 

 

 そう、悪魔の身体はフランのもの。実際にグラムが体を貫いたのなら、腕の一つや二つは簡単に切り落とされているハズだ。

 だが、このグラムによる攻撃は腕を切り落とされるどころか(・・・・・・・・・・・・・)血の一滴すら吹き出していない(・・・・・・・・・・・・・・)

 それなのに、自分には激痛が走るという現象。つまり宿主に攻撃を与えずに悪魔のみ致命傷を与えているということ。

 

 リリスが、自分を完全に殺すつもりでいる。

 それを示すには、充分すぎるほどのものだった。

 

 

「おのれぇ……吸血鬼風情がぁぁぁああああああッ!!」

 

 

 上位悪魔である自分がたかが吸血鬼の子供に遅れをとっている。そしてそれを覆すことが出来ないという自分の無力さと状況に怒りを覚える悪魔。リリスはそれを見下すように見つめる。

 我を忘れた悪魔はレーヴァテインを創り出し、怒れるままにリリスに向かってレーヴァテインを振りかざす。

 

 

「がハッ!?」

 

 

 しかしそれは空を切り、逆に自分の背後が切り裂かれたという痛みが悪魔を襲う。振り向きさまにレーヴァテインを振るうも、それもまた空を切る。

 そしてもう一度背後に振り向いき、悪魔の目に映ったのは、レーヴァテイン以上の高密度の魔力を纏わせたグラムを振り下ろさんとするリリス。

 

 

「おぉぉぉぉおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 怒りのままに悪魔はレーヴァテインを振り下ろす。それと同時に魔力を纏ったグラムも振り下ろされ、高密度の魔力同士が激突しあい反発し、大きな魔力拡散が起きる。

 しかし、だんだんとレーヴァテインが押され、悪魔の顔にレーヴァテインとグラムが迫る。

 

 

「馬鹿な…ッ!何故だァァァ!!!」

 

 

 その事実を受け入れられない悪魔が叫ぶ。リリスは顔色一つ変えず、慈悲するどころか更に魔力を強め、悪魔を消しさらんとグラムに力を込めた。

 結果、拮抗していたレーヴァテインは砕け、魔力拡散により悪魔はリリスとの距離を大幅に離した。

 

 

「(!今ならば───!!)」

 

 

 悪魔は能力を駆使し周囲の紅魔館の部位を破壊し、その瓦礫操りをリリスへと放った。更に自らの魔力から作った高密度の弾幕を張り、避けられまいと確信した悪魔はニヤリと嗤った。

 

 

 

 

 

 ───だが、その程度ではリリスは止まらなかった。

 

 

「何ッ!?」

 

 

 リリスはグラムの一振でその弾幕と瓦礫を全て破壊し、その余波が悪魔に降りかかる。空気の振動が魔力の衝撃波とともに悪魔へと響く。

 

 

「ッ……!?」

 

 

 グワンッと悪魔は身体の体制を崩した。そして、世界が逆転したように横に叩き落とされる。そう、まるで重力が反転したように(・・・・・・・・・・)

 

 

 

「まさか…重力を操ったとでも言うのか!?」

 

 

 

 重力を操るなど、最高神でもない限り不可能だ。重力は地球にとって必要不可欠であり形を保つ術。それを歪ますということは世界の破滅にほかならない。

 世界が横に反転し、やっと体勢を建て直した悪魔はリリスの規格外さに驚きつつもレーヴァテインを構える。そしてその場でレーヴァテインを振るい、斬撃としてリリスに飛ばした。

 だが、その斬撃も先程のようにグラム一振で消え去り、またも衝撃波が悪魔に響く。

 

 

「!あれは……!」

 

 

 土煙で覆われていたリリスを見るなり、悪魔は戦慄した。

 そう、リリスの右眼が真紅ではなく、虹色(・・)に光り輝いていたのだ。

 ただ虹色に輝くだけならば良かっただろう。だが、虹色に輝く瞳など世界のどこにも存在しない。ならば、あの虹の瞳の正体は見るも明らか。

 

 ────かつて、この星を想像したと言われる創造神が、虹の瞳によって世界の理を決めたと言う。

 その名は『神眼』。最高神たる創造神のみが持つとされるあらゆる邪視の原典。世界を歪め、己が基準を絶対とさせる神の瞳。

 もしリリスの持つあの虹色の瞳がそうならば、この重力反転も納得のいくもの。それほどまでにリリスは規格外なのだということを改めて悪魔は理解する。

 

 

「っ!」

 

 

 リリスはその手に炎を纏わせ、球体として悪魔に放った。それは悪魔に当たることは無かったが──

 

 

「なっ───!?」

 

 

 紅魔館に直撃した瞬間、巨大な炎の柱となって悪魔を焼き尽くす。悪魔はそれを辛うじて避けるが、次々とその炎の球が打ち出され、着弾する度に巨大な炎の柱となっていき、悪魔の足場は段々と炎の柱に奪われていく。

 

 

「図に乗るなァァァッ!!!!!」

 

 

 悪魔は見に秘めていた魔力を全開放し、リリスと同じようにレーヴァテインを複数創り出し、その炎の球をレーヴァテイン達で弾きつつ離れた距離を詰めてゆく。

 だが、それ以上近づかせまいとリリスはグラムを無数に創り出し炎の球と共に打ち出していく。容赦ない猛攻が悪魔を襲うが、悪魔はさらにレーヴァテインを創り出し、炎の球とグラムを弾いていく。

 

 そしてリリスと悪魔の距離が零となろうとした時───

 

 

「ゲホッ……ッ!」

「ッ!貰ったァァッ!!」

 

 

 リリスは口を抑え、血を吐いた(・・・・・)

 

 それを好機と見た悪魔は全てのレーヴァテインを振り下ろす。悪魔は勝利を確信し、全力でレーヴァテインを振り下ろす。

 だが、悪魔のレーヴァテインが振り下ろされることは無かった。悪魔にもう一度浮遊感が襲い、横に叩きつけられる。リリスは咄嗟に重力を元に戻したのだ。

 

 

「何度も何度も……ッ!!」

「……」

 

 

 再び体勢を立て直した悪魔はリリスを睨みつける。リリスの口からは血が垂れ、心做しか息が荒い。それほどまでに、能力の使用に負荷がかかっているということは、誰が見ても明らかだった。

 

 

「だが……これで────」

 

 

 もう一度レーヴァテインをリリスに向け振りかざそうとした刹那、上空からとてつもない程の魔力の重圧が感じられた。

 悪魔はすぐさま上を見やる。それを見るなり、悪魔は無意識にレーヴァテインを落とし、後退りをしていた。

 何故ならば────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血のように紅い月が、自分に向かって落ちてきているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そんな……馬鹿な……あぁ………!」

 

 

 自らに真っ直ぐ墜ちてくる紅い月に絶句し、絶望する悪魔。ありえない絶望を叩きつけられた悪魔の身体に、リリスの手が入り込んだ。

 

 

「…捕まえた……」

「(こいつ……我を直接……!?)」

 

 

 そう、今リリスが掴んでいるのはフランではない。フランの中にすぐう悪魔そのものを掴みあげているのだ。

 そして一刻と迫る紅い月を見た悪魔は、さらに青ざめて絶望する。

 

 

「…よせ……やめろ………!」

 

 

 リリスがやろうとしていることに気がついた悪魔は必死に叫ぶ。まだ死にたくないと、必死にリリスに命乞いをする。

 その姿は、かつてリリスが葬った死の天使の死に際に酷似していた。その姿を重ねたリリスは静かに語る。

 

 

「…私の妹の心踏みにじっておいて…死にたくない…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるのもいい加減にしろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッ………ッ!」

 

 

 リリスが放つ殺意と憎悪、そして魔力に悪魔は本格的に恐怖を感じ、小さな悲鳴をあげる。そして徐々に、フランの心から悪魔のみを剥がしていく。自らの死が迫る感覚に恐怖する悪魔。

 

 

「やめてくれ……!頼む、やめてくれ……!!」

 

 

 そしてリリスはフランの心から悪魔のみを引きずり出し、黒い魔力がフランの胸から飛び出す。そして黒い魂となった悪魔を上空へと浮遊させ───

 

 

 

 

「やめろぉおぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

 

 

 落下する紅い月と接触し、眩い光が幻想郷を覆った。




はい、イラスト等の眼の伏線は『神眼』。魔界での決戦時にサリエルが使用していたものです。
わかる人はわかっていたのでは……?

にしてもラスボス化えげつないなぁ…()


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四十五話 言いたかった言葉

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 

 ──紅霧異変から約1日が経過した。

 レミリアとフランは未だに眠り続けている。レミリアは悪魔に取り憑かれたフランに重症を負わされ、フランは取り憑いていた悪魔の影響でまだ眠っている。

 とはいえ、命に別状がある訳では無い。あと数分とすれば目覚めるだろう。元々吸血鬼は再生能力に長けた一族。通常なら致命傷な傷も一瞬でも回復してしまう。

 ──けれど、そんな再生能力をもつ吸血鬼でも、心の傷は癒せないのだ。

 零れ落ちた心の悲鳴が、人というのを殺していく。渦めく感情の暴走、精神崩壊…種類は様々だが、その心故に人は死んでいく。

 私達姉妹は繋がりを絶たれ、それぞれの茨の道へ進んで行った。決して無傷では済まない険しい道を。

 

 一人は怨敵を打ち倒したと同時に寄生され、記憶を失い偽りの人生を歩み。

 一人は力を欲した結果悪魔に取り憑かれ、幽閉という形で封印を施され。

 一人は繋がりを絶たれた二人の肉親の重責を背負い、運命に抗った。

 

 ──そんな姉妹が再開したところで、すれ違わないはずがない。

 私は少なくともそう思っていた。きっと彼女らはいまさら(・・・・)助けに来た私を酷く恨んでいることだろう。私は事実、妹を見捨ててしまったのだから。

 

 

「我ながら最低な姉ね…」

 

 

 ──そんな私が、姉として彼女らの前にいていいのだろうか。

 私だって、昔みたいにレミリアとフランと仲良く過ごしたい。もう一度抱き締めたかった。

 でも、こんなことをしておいて……私にそんな資格はない。レミリアとフランの姉であるという資格なんてないんだから。

 

 

「失礼します」

「…どうぞ」

 

 

 そんなことを思っていれば、部屋のドアをノックし許可を求める声が耳の中に入った。

 私は自然と低い声で許可をすると、ドアを開けて入ってきたのはレミリアが従えていた人間の従者…十六夜 咲夜だった。

 

 

「お嬢様達がお目覚めになられました」

「…そう。わかった」

「…リリスお嬢様」

 

 

 その発声からか、今の私が気が沈んでいるということに気がついた咲夜は私を呼び止めるように声をかけた。

 ──恨み言だろうか。

 レミリアの従者として、主を見捨てた私を問い詰めるつもりだろうか。

 でもそれは……───

 

 

「…ありがとうございます」

 

 

 ───……意外にも、感謝の言葉だった。

 

 

「え…?」

「お嬢様達を助けてくれてありがとうございます。貴方がいなければ、私達は今頃妹様の手で葬られていたことでしょう」

 

 

 予想していない言葉を発した咲夜に、私は思わず戸惑った。

 だからだろうか。つい─……

 

 

「…憎くないの?」

「はい?」

「…レミリアとフランを見捨てた私が、憎くないの……?」

 

 

 私の心情が表に出てしまった。

 主であるレミリア達を追い詰めたのは他でもないこの私。きっと従者として問い詰めたくて仕方が無いはずなのに。

 どうして、私なんかに──……

 

 

「はい。私にとっては、お二人を救って頂いた恩人ですから」

「……」

「…だから、そう思い詰めないで下さい。少なくとも私や美鈴は、貴女に感謝しています」

 

 

 ──私がしたことは、許されることではない。

 姉妹の繋がりを絶つことになったのも、私のせいなのだ。私があんな無謀なことをしなければきっと2人は苦しまずに済んだ。

 もっと最良の選択肢があったはずなのに、私はそれを選ばなかった。ただ、私のエゴ(・・・・)で二人を苦しませた。

 遺された人の苦しみなんて容易に想像できるのに。私はその方法を選んでしまった。

 

 ──私が、2人を歪ませたのだ。

 

 

「では、失礼します」

 

 

 咲夜はそう言うと手早く部屋を去っていった。

 残された私はどうしようもない感情が渦巻き、どうすればいいのか分からなくなってしまった。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【レミリア】

 

 

「…そう。分かったわ」

「では」

 

 

 ──私が目覚めてまだ数時間。

 異変の集結や状況は咲夜が全て教えてくれたおかげで、私はどういう経緯で眠っていたのかが検討ついていた。

 咲夜によれば、フランに取り憑いた悪魔はお姉様が払ったらしい。そのあとの紅魔館復旧や怪我人の手当などはお姉様が私の代わりにしてくれたようだ。

 ──思い詰めている。

 咲夜は、お姉様が一連の出来事で負い目を感じていると話していた。

 

 私達が力を欲してフランが取り憑かれてしまったこと。

 私に姉としての重責を負わせてしまったこと。

 

 私はお姉様にそんなことを思わせてしまっている自分を強く恥じた。

 

 

「レミリアお姉様…」

「大丈夫よ。きっと、昔みたいに仲良くいられるわ」

 

 

 安心するように言いつつ、心配する妹の頭を優しく撫でる。

 ───直ぐに元の関係に戻れる、という確信はなかった。

 私達は姉妹とはいえ、数百年もの間別の道を歩み、身も心もボロボロだった。そんな姉妹が再開したところで、今まで通りの関係を築けるとはとても思えなかった。

 でも、いずれ面と向かって話さなくては互いにすれ違ったまま。せっかく会えたのにすれ違ったままの姉妹なんて、私は死んでも嫌だ。

 

 

「…失礼します」

「どうぞ」

 

 

 ───こうして面と向かって顔を見たのは、何年ぶりだろうか。

 私が憧れた愛すべき人。私が最も尊敬し、愛する最愛の人物。

 

 …───リリスお姉様が、そこにいた。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 

「お姉様…」

「…おはよう、二人とも。調子はどう?」

 

 

 ──こうして面と向かって話すのは何百年ぶりだろうか。

 あの時よりも二人は一回り大きくなったような雰囲気をしていた。そして二人が背負っていたものが見え、私の胸を締付ける。

 そんな心情で、どうやって声をかけるべきか冷静な判断さえ出来なくなっていた。

 

 

「ええ、こうして喋れるくらいは大丈夫よ」

「…そう」

 

 

 ──本来なら、こうして話すことさえ許されない。

 私の身勝手な行動が二人の心と人生を歪ませ、繋がっていた姉妹がバラバラになってしまった。私の(エゴ)が、二人を苦しませた。

 今更姉として彼女達と共に生きるなんて、許されないことなのだと、私は思っていた。

 

 

「…ごめんなさい。私の勝手な行動が貴女達を苦しませた」

「…」

「私が身勝手な行動を取らなければ貴女達に酷な重責を負わせずに済んだ」

「お姉様…」

 

 

 ──謝って済むのなら、どれほど良いだろうか。

 許されないであろう返事を私はじっと待ち続けた。私にはその時間は恐ろしいほど長く思えて仕方がなかった。

 そして、レミリアはゆっくりとベッドから立ち上がり、私に歩み寄り………───

 

 

 

 

 

「そんな顔をしないで、お姉様」

 

 

 

 

 

 その瞬間、私の身体が暖かい感触に包まれた。

 

 

「え……?」

 

 

 抱き締められた、というのはわかっていた。けれど、それを理解するには私の心が理解出来ていなかった。

 私の罪悪感が理解を遅らせたのだ。

 

 

「お姉様は私達を守ろうとしてくれたんでしょ?謝るのは私達の方よ」

「そんな──」

 

 

 ──そんなことはない。

 そう反論しようと口を開こうとしても、レミリアの言葉でそれは遮られる。

 

 

 

「力が足りなかった。あのとき止められていれば、お姉様は記憶を失わずに済んだ」

 

「私の力が足りなかったから、お姉様は身を呈して私たちを守ってくれた。だから今の私たちがある」

 

「でも、お姉様を土台にして生きている私が許せないの」

 

 

 

 ──ごめんなさい。

 

 レミリアは涙ぐんだ声で私に謝った。私はどうすることも出来ず、すっかり立場が逆転してしまったと心の中で思っていた。

 ここまで思い詰めてさせているのは、他でもないこの私。私が1番悪いのに、それでもレミリアは自分が悪いと頑なに謝る。

 

 

「…辛かった。フランも失っちゃうんじゃないかって…怖くて怖くて、仕方なかった……!」

「……」

「記憶をなくしたお姉様に会った時は、夢じゃないかって思った。でも、私がわからなくなってもお姉様は私を守ってくれた!それが、どんなに嬉しかったか……!」

 

 

 ──館にサリエルが創り出した謎の魔物が襲撃した時。

 記憶がなかった私は、ただがむしゃらにサリエルに立ち向かった。

 理由が無いわけではない。でも、それは理由とは呼び難く本能に近いものだった。

 

 ──この子だけは何としても守らなきゃいけない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 レミリアという存在の記憶が無い私の本能がそう叫んでいた。偽りの人格であっても、私は何としても彼女のことを守りたかった。

 

 

「…もう、失いたくないの……だから、お願い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう私の前から消えないで…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あぁ。やっぱり、苦しんでいたんだ。

 レミリアとフランが私の要のように、レミリアもまた、私とフランを要としていたんだ。私はそんなことも考えず姿を消し、支えを失ったレミリアはずっと苦悩していたんだ。

 大切な人を失う悲しみと焦り。それはレミリアが一番わかっている。いや、わからざるを得なかった。

 

 だって、一度(大切な人)を失ってしまったから。

 

 

「…お姉様ぁ!」

 

 

 耐えきれなくなったフランがベットから飛び出し、私に抱きついてくる。フランも涙で顔がぐしゃぐしゃで、酷く顔を歪めて私の身体に顔を埋めていた。

 ──彼女達の数百年にも及ぶ孤独を癒せるのは、私だけだ。

 せめて、彼女達に寄り添って孤独を癒せるのは私だけだ。リリスという姉としての務めであり、罪の償い。

 

 

「…うん。もう、貴女達の前から消えたりしないよ」

 

 

 ──視界がぼやける。

 瞳から暑い何かが零れているのが分かる。それと同時に、私が抑えていた数々の感情が溢れ出す。

 会いたくて仕方なかった。もう一度、貴女達の温もりを感じたかった。

 

 同時に、私達はもう一度昔みたいに仲良く居られるのだという安心感が、私の涙を強くさせた。

 

 

「辛かったよね…苦しかったよね…っ」

「うぅ…ぐずっ…」

「お姉様……お姉様ぁ…!」

 

 

 数百年間も抑えていた感情が涙となって溢れ出る。

 

 ──私達は泣き止むまでずっと、強く抱き合っていた。




やっとここまで来れた…()


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