もしも彼が生きてたら (憧れのまつたんぼ)
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予感

かなり短いです

まだまだ先のストーリーも考えてないので


 

「はぁ、なんか最近つまらないなぁ。何か面白い事件でも起きればいいのに」

 

 

小柄な小学生の身には少々大きな椅子の背にもたれながら、余りに不謹慎な愚痴を漏らすのは

 

 

ランキング〈S級5位〉のヒーロー"童帝"

 

 

トップヒーローである前に子供である彼は、年相応に退屈な時間を憂いていた。

暇つぶしに怪人情報を眺めている時ーー

 

 

 

 

 

ピーーーーーピピッピーーーー…!

 

 

 

けたたましく響く通信機、それは普段滅多に鳴ることのない"彼"からの通信を伝える音だった

 

 

「どうしたんです急に?メタルナイト」

 

 

ランキング〈S級6位〉メタルナイト

数々の兵器を搭載したロボットで怪人を蹂躙するヒーロー

その軍事力は協会すら把握しきれておらず、また本人の姿を直接見た者はいない

 

 

『童帝、悪いが事は一刻を争う。ーーーー私が研究していた実験体が逃走した』

 

「なんっ…だと…!!」

 

 

実験体の逃走、普段であればさして動揺することでもないフレーズだが、今回は事情が違う

ーーーかの偉大なる研究者、メタルナイトが態々昔の助手に一報を入れたのだ。それも"一刻を争う"状況で

 

 

 

『以前A市に飛来した謎の飛行物体、その解析を進める中で生体反応を検知したのだ。…それが今回逃した実験対象、私は仮に"一つ目の細胞"と呼称していた。』

 

「戦艦の中に生き残りがいたんですか!?』

 

 

A市に現れた飛行物体と言えば、S級2位"戦慄のタツマキ"によって跡形もなく破壊されたはず、直後の調査では生体反応など確認されていなかった

 

 

『ともかくお前も注意しろ。私の方でも捜査を進めていくが、彼がどのように動くか興味もある。暫くは泳がせて状況を見る』

 

「泳がせてって…本気ですか?このこと協会にも伝えますよ」

 

『好きにしたまえ、事によっては私も動く。…しかし生半可な戦力で手出しするなよ。奴の推定災害レベルは…ーー

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「急にどうしたんだ童帝くん、君の方から我々に収集をかけるとは…」

 

「あぁごめんね皆、急に集まってもらっちゃって」

 

 

A市・ヒーロー協会本部。全国に散らばるヒーロー支部の総本山であり、ヒーローを統括・育成する機関である

今回はS級ヒーロー直々の緊急会議ということもあってか、ほぼ全ての役員が出席し、童帝の話を待つ。

その議題はもちろんメタルナイトの元から逃げた実験体について、彼は知り得る全ての情報を公開した

 

 

 

 

 

 

「そんな馬鹿な…!何をしているのだあの狂科学者は!!」

 

「文句を言っても仕方がない。彼は様子を見ると言ってたけどそうもいかないだろう。ーー僕達の手で止めるしかない」

 

「しかしどうやって!?その"一つ目の細胞"とやらの災害レベルは…竜なんだろう!!

 

 

災害レベル・竜

狭義では幾つもの街が機能を停止するほどの大災害とされ、これに認定された怪人は何れもS級ヒーローの戦力を大きく上回る

現在正式に災害レベル・竜に指定された怪人は過去数体程度であり、退治されるまでに人類史に残る被害を出している

 

 

「うん、それも先の闘いで大きく弱体化したことも鑑みて、メタルナイトは言い切った。これはヒーロー協会始まって以来の大仕事になるかもね」

 

 

童帝の発言に一同は沈黙し、かつてない危機の到来を実感しつつあった

 

 

「…いまから言うヒーローを呼んでくれ、緊急だ。相手の戦力がわからない以上いたずらに人数を割くべきじゃない。一旦敵の様子を見て、作戦はそれからだ」

 

発言したのはヒーロー協会幹部のセキンガル、数々の怪人退治に協力し、その功績を認められ幹部に就任した。

彼の意見ということもあり、他の幹部もそれに同意する

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「なんで私がこんな面倒なことを…!」

 

「そういうな、タツマキ。これも俺たちの仕事だ」

 

 

童帝の情報を元に送り込まれたのは何方もS級

不死身の男と、無敵の女だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「久しいな、この星の空気も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続くはず


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出立


彼は一体誰でしょう。名前出すタイミングが難しい


永く、夢を見ていたようだ

 

どんな夢だったか定かではない

 

虚空を漂うように神経は鈍り、無意識の海へ沈む

 

次第に感覚は目を覚まし

 

そして気付けば、俺は夢から醒めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「フン…身体は動く、頭も冴え渡っている。さて俺はどれだけの時間眠っていたのか…」

 

 

灰色のローブに身を包んだ大柄な男は、自分の状況に疑念を抱いていた。

何故自分はここにいるのか、何故自分はーーー生きているのか

 

確かな記憶は一つだけ、遠い異星で見つけた極上の獲物に挑み、そして負けたこと。その戦いの壮絶さは失った左腕が痛ましく物語っている。

 

 

 

「考えても解らん。兎に角、進むしかないか」

 

 

実際には何処に進めばいいのかも定かではないが、仲間を失い1人になった彼は、今の状況を大いに楽しんでいた。

最強の男たらんとするプライドも、覇者としての責任も、彼には何一つ残っていない

そんな孤独に、この上ない自由を感じていたのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「童帝からの情報を元に奴の移動ルートを幾つか予想してきた。これで居場所もかなり絞られるはずだ」

 

「やっぱり面倒ね。こんなみみっちい事は他のヒーローに任せればいいのよ」

 

 

ランキング〈S級2位〉"戦慄のタツマキ"

ヒーローとしても希少な超能力者であり、非常に強力な念力を操る

完全自由主義のS級1位"ブラスト"を除けば実質の最強戦力であると言える

 

 

(確かにタツマキは諜報向きではない…つまり今回の標的はそれほど危険視されている、ということか

流石にタツマキが負けることは考えにくいか…?いやしかし油断は出来ない。…気を引き締め直す必要がありそうだ)

 

 

ランキング〈S級8位〉"ゾンビマン"

不屈の闘志と不死身の肉体で怪人を追い詰め、勝利をもぎ取るヒーロー

戦闘力はさほど高くないものの、その耐久力を生かし数々の怪人を討ち取ってきた

 

 

S級ヒーローの中でもそれぞれ諜報力・戦闘力に秀でたヒーローであり、未知の怪人調査に置いてはこれ以上ない布陣だろう

協会も様子見に留まらず、これで決着だと楽観視する者も少なくなかった

ーーー彼らからの報告を受ける、その時までは

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「まずはそうだな…街にでも降りてみるか」

 

 

外見を隠すため羽織ったローブを頭まで覆い、歩き出した。彼は見た目こそ人間離れしているが背丈は怪人として比較的小柄であり、街に出ても怪しまれることはないだろう

 

 

街に降りると彼はひたすらに歩いた。

駆け回る子供たち

見たこともない料理を扱う店

そこに争いなどなく、みな平和に日々を過ごす

それら全てが彼にはとても新鮮で、興味深かった

 

 

 

(闘い以外に関心を持つのは初めてかもしれないな…)

 

 

彼自身も、自分が少しだけ高揚しているのを感じていたのだ

全宇宙を支配下に置いた覇者は、こうした平和な日常につくづく縁がない

 

 

「キャー!!怪人よーッ!!」

 

 

そんな穏やかな時間を崩したのは、一体の怪人だった。

10mは優に超えるかという巨体に加え、二股に別れた尻尾を持つその怪人は地面を突き破って現れるやいなや、瞬く間に人々を蹂躙した

 

 

「ぎゃーはっはっは!!!オイラの名はハガネマッスル!!力自慢はいねぇかあ!!」

 

「誰かヒーローを呼んでくれ!!怪人が出たぞ!!」

 

 

 

ヒーロー、怪人

彼は思考する。聞いたこともない単語が飛び交い

見たこともない生物が人々を蹂躙している

彼は知らない。この星において彼自身も、紛れもない怪人であるということを

 

知らないからこその行動と言えるだろう

彼は自分自身も理解出来ない行動をとる、それは…ーー

 

 

 

 

 

「失せろ、カイジン」

 

 

 

 

 

突如鳴り響く轟音、そして衝撃波

駆け付けたヒーローすら何が起きたか分からなかったという

現場に残されたのは焼き付いたアスファルトと、粉微塵になった怪人の死骸だけ

 

 

ーーー灰色のローブの男は、姿を消していた

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「ハガネマッスル…災害レベルは鬼に分類される未退治の怪人だ。その所以はS級ヒーローでさえ歯が立たなかった強靭な筋肉、それをここまで粉砕するとは…」

 

「戦った奴が弱かっただけでしょ。このくらい私でもよゆーよ」

 

 

 

ゾンビマンは、これを件の"一つ目の細胞"によるものと睨んでいた。確定的な根拠はないが、直感でそう感じたのだ

S級でも苦労する怪人を、恐らく一方的に倒したのだろう。状況から察するに一撃で

彼は畏怖していた。もしや自分たちは途轍もない化け物を追っているのではないかと

 

 

 

「……タツマキ、これをやったのが今俺達が追っている怪人だとすれば、どうだ?…お前は勝てるか?」

 

「少なくとも、あんたは勝てないでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

タツマキから帰ってきた答えに、ゾンビマンは黙るしかなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たぶん…続く


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散歩

まだ会わない


ゾンビマンが最初に考えたのは、先日討伐されたハガネマッスルとの関係性だった。

突発性の高いことの多い怪人において無関係の生物を襲撃することは珍しくないが、ゾンビマンは少ない情報の中から敵の居場所を特定するため躍起になっているのだ。ーーそれは言わば、敵に早く辿りつかんとする焦りの現れだった。

 

 

 

「タツマキ、お前はこれからどうするんだ?ツーマンセルで行動するよう言われたが…まだ敵の影も見えない状況だ。暫くは俺といても退屈だろう。」

 

「んー…そうねぇ…でもアイツらにこの任務が終わるまで他の仕事はするなって言われたし…いいわ、もう少しあんたに付き合ってあげる。」

 

 

 

普段は例え協会の幹部だろうと指図は受けないたちのタツマキだが、今回ばかりは協力的な姿勢を見せている。ヒーロー最強と謳われるタツマキですら、今回の相手は強敵と見定めているのだ。

 

S級ヒーローすら戦慄させる件の怪人は、そんな事はいざ知らず。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「…全く、この星の生物は随分と知能に難があるな。そこらを飛び交う羽虫の方がまだマシだ。」

 

 

 

生半な怪人では絶望を隠せないようなヒーローに追われていることも知らないこの男は、悠々と異星観光に勤しんでいた。

しかし悩みの種が1つ、観光を楽しもうにも邪魔者が余りに多いのだ。ほかの星では挑む者すらなかったというのに、怪人も歩けば棒にあたる、命知らずの馬鹿が次々に攻撃してくる。

始めこそ闘争者としての血が滾ったが、これでは最早作業に等しい。

この星の日常風景も見たいというのに、これでは一般人はまず街に残っていないだろう。

 

(それに先程から香る敵の匂い…いかんな俺も、敵の存在に気づいていながら場所の特定も出来んとは情けない。やはりやつとの戦いの影響か…)

 

実際には例え天地がひっくり返るような偶然で、この男に不意打ちを仕掛けられる者がいたとしても…かすり傷1つ負わせられないのだろうが。それでも彼は自身の索敵能力の大幅な弱体化に不安があった。

なぜなら、彼を下したのは、この星の住人なのだから。

 

 

 

「とにかく一度街を離れるか。山奥ならば多少は静かに過ごせるだろうからな。」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

おちょくられている、ゾンビマンはそう感じた。

進むべき道を示すように粉々になった怪人の死骸たち、それはまるで誘っているかのような光景だった。

 

(これでは見つけてくださいと言っているようなものだ…!何故こんなにも不用心な真似を…?おちょくってるのか、それとも……俺たちに全く関心がないのか。)

 

 

 

「タツマキ、俺は一度この死体の道に従って進んでみる。…奴と出くわした場合、恐らくお前の力が必要だ。…頼めるか?」

 

「誰にものを言ってるのよ。頼まれなくとも気に食わない奴だったら叩きのめしてあげる。」

 

 

ゾンビマンにとっても、協会にとってもこれ程頼れる味方が他に居るだろうか。

いや居ない。断言できてしまう。この女に倒せない敵は、即ち人間には倒せない魔王であると。

慎重なゾンビマンでさえそう思わされる実力は、知らず知らずのうちにヒーロー協会に"慢心"を齎しているのだが、それは直ぐに身をもって痛感することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

男は隠れない。

ーーー何故なら、隠れるメリットが無いから

 

男は本気で闘わない。

ーーー何故なら、本気を出す必要が無いから

 

男は油断しない。

ーーー何故なら、自分より"強い敵"を知っているから

 

 

故にこそだ。

 

意図して起こった訳ではない。

 

災害とは常に意識とは無関係の因果で引き起こされる。

 

全て、無意識に撒き散らされた偶然の数々。

 

自己防衛という名の圧倒的蹂躙。

 

それはまさに

 

竜ならぬ"神"の所業である。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾンビマンは戦闘に秀でた特技を持たない。それは彼自身も自覚していることであり、他のS級に対し劣等感はあるものの、嫉妬する程でもなく現状を受け入れている。

その理由には自分の役割が決まっている事が大きいだろう。そして、その役割は現時点ではゾンビマン以外に務まらない。

 

諜報活動

 

それが彼の得意分野であり、そこらの警察より遥かに優秀であることはこれまでの実績が語っている。

そんな彼にとって今回の調査対象「一つ目の細胞」は非常に楽な仕事だった。何せ相手には隠れる意思が無かった。

しかしそれ故に警戒した。レベル鬼の怪人を倒し歩けばS級が動く可能性が高まる。それがわかっていて何故堂々と痕跡を残すのか

 

その理由は直ぐに解った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様が"一つ目の細胞"だな?」

 

 

灰色のローブに身を包む大柄な人物…いや怪人が振り向く。

 

 

「はて…?"魔神" "雷の化身"などと呼ばれることはあったが、その呼び名は初めてだな。

間違いでなければ俺の名はボロス。全宇宙の覇者…だった者だ。」

 

 

「貴様の正体などこの際どうでもいい。…タツマキ、悪いが仕事だ。」

 

 

瞬間、空気が揺らめく。

揺らめきはやがて木々を巻き込む暴風へと姿を変え、肌を切るような"タツマキ"が現れた。

その様子を表情1つ変えずに見る人物が2人、突風の元凶「戦慄のタツマキ」と相対する怪人ボロスだ。2人は無表情で睨み合い、そして戦いが、始まる。

 

 

「…面倒な仕事は一瞬で片付ける主義なの。文句は…ないわねッ!!」

 

 

全ての風が線を描くように収束され、ボロスへと向けられる。

しかし彼は尚、表情を変えず…否、笑みをこぼした。

 

 

「文句などあろうはずが無い。…タツマキと言ったか、見事な"曲芸"だな。」

 

 

「なっ…!!」

 

 

暴風は防がれなかった。生半な怪人であれば塵一つ残らない残忍な攻撃は確かにボロスの全身を襲い、そしてーーー…

打ち砕かれた。

 

 

(無傷…だと…!?今の攻撃は明らかに殺意があった!タツマキは、間違いなく奴を殺す気で放った攻撃だ…!それを無傷で…)

 

 

 

「成程…強力だな。物体を用いず空気圧のみでこの威力か。」

 

 

 

「ッ…!!」

 

 

 

間髪入れず追撃するが、手応えはない。タツマキは超能力の応用で相手の生体反応を見られるため、ダメージの度合いを正確に感知できる。

しかし今回限りは自分の能力を疑いさえしていた。何故なら相対する"一つ目の細胞"の生体反応は、まるで揺籠に揺られているかのように凪いでいるのだ。

 

 

 

(これ以上風や石をぶつけても埒があかないわね…!)

 

「ゾンビマン!!今すぐ離脱しなさい!!死にたくないならね!!」

 

 

 

上空に輝く星の一つが、ゆっくりと輝きを増していく。



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激動

(半径20km圏内に生体反応がないことは確認済み…。ゾンビマンもちゃんと離脱したみたいね。まあアイツの場合直撃しても死にはしないだろうけど…)

 

 

 

直径は30〜40m程度の隕石を選別。被害範囲を可能な限り制御するため破砕分裂しないよう念力で表面を固定する。

"一つ目の細胞"の強度を鑑みてもノーダメージでは済まないだろう。

タツマキにとっても隕石は非常にコストパフォーマンスの良い攻撃手段である。地表の岩石と異なり、大気圏に突入させてしまえば僅かな軌道修正のみで弾道ミサイルに匹敵する火力を生み出せる。

災害レベル竜を記録するような怪人すら木端微塵となるだろう。

 

 

ーーしかしそれは、直撃した場合の仮定(・・・・・・・・・)に過ぎない。

 

 

 

「大気圏外まで念力を伝えられるのか。素晴らしい。

ーーー若かりしゲリュガンシュプを思い出す。」

 

 

 

おもむろにボロスが人差し指を立てると、そこにゴルフボール程度の小さな光球が浮かび上がり、ゆっくりと上昇していく。

徐々に速度を上げ、肉眼では捉えられなくなった瞬間、

 

強烈な爆発音が、タツマキの耳を劈いた。

 

 

 

「なっ…によ、これーー…!」

 

 

 

5月、黒く濡れたアスファルトが、渇く間も無く雨に降られるこの季節に、ぽっかりと青空が顔を出した。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「隕石と謎のエネルギー弾が衝突…。恐らくあの怪人が放ったものだな。」

 

 

 

安全圏に離れたゾンビマンは、目の前で繰り広げられる超次元の戦いを冷静に観察していた。

先ほど対敵した際にも感じたことだが、離れていても尚感じる違和感、ボロスを名乗る怪人"一つ目の細胞"には全く敵意がなかった。

タツマキの猛攻にも反撃どころか防ごうともしない。恐らくタツマキ自身も思っているだろう。

単純な破壊衝動ではない。

戦いが目的なら反撃しない理由が不明。

他に目的があるのか?

何にせよこの怪人の行動原理がなんなのか見当がつかないのだ。

 

 

 

ジジッ『タツマキ、聞こえるか。これ以上は無駄に地形を変えるだけだ。一旦引こう。』

 

 

「ちっ…わかったわよ!」

 

 

2人の判断は正しかっただろう。これ以上戦ったとしても得るものはなく疲弊していくのみ。

一度体制を立て直し、確実にこの怪人を討てる算段をつけるべきだと。

 

その様子をボロスは静かに窺った。実際には彼に目的などなく、異星観光を適当に楽しんだ後、母星へと帰還する予定だったのだが。

しかし、先の戦いで全ての部下を失ったボロスは、タツマキのと戦闘である目的を得たのだ。

 

 

(…帰る前に、部下の一人でも居らねば格好つかんな…)

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

会議室の空気は重く、静まりかえっている。

タツマキは早々に帰ってしまったため報告者はゾンビマンのみ。彼の口から余りに残酷な状況を打ち付けられた。

 

 

 

「…タツマキはヒーロー協会の最高戦略だぞ…!それを子供のように遇らうなどッ…!」

 

 

「……まぁある意味予想していた結果ではあるかな。そう簡単に事が済むなら、あの人は態々僕に声はかけてこない。」

 

 

 

S級5位"童帝"は会議の場であることを弁え、冷静に振る舞っているが、内心では大いに焦っていた。

同時に子供の前ですら焦燥を隠せない大人たちに辟易しながらも、今後の対応について考える。

 

(取り敢えず積極的に人を襲うタイプではなさそうなのが、せめてもの救いかな…。あとは目的がわからないのが問題か。)

 

 

 

「ゾンビマンさん、申し訳ないんですけど、引き続き"一つ目の細胞"の監視をお願いできますか?」

 

 

「…了解だ。そういえばヤツはボロスと名乗っていた。"一つ目の細胞"では少し長い。今後の報告ではこの名前で統一させて貰う。

…ヤツはタツマキとの戦闘では全く本気を出している様子ではなかった。災害レベル竜との見立ては間違いないが、場合によってはそれ以上も考えられる」

 

 

 

童帝にばかり頼り切るなよ、と言い残し、ゾンビマンは会議室を後にした。

 

 

 

 



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群雄

ストーリー考えずに書いてくと訳わからんくなってくるな…


その日、ボロスは街に降りることなく森の中で夜を明かした。

肉体的に疲れていたわけではないが、新鮮な経験の数々に目を回していたのかもしれない。この夜、夢は見なかった。

 

厚い雲に覆われていることもあり、まだ薄暗い明朝に目が覚める。彼は本来食事を必要としないが、適当な野生動物の腑を頬張りながら昨日のことを思い出していた。

 

 

 

あの男(・・・)だけではない…。この星にも強力な生命体がそれなりにいるようだ。

昨日の反応から鑑みるにニンゲンとカイジンは敵対しており、俺は奴らの言うところのカイジン…簡単ではないな。」

 

 

 

思えば自ら仲間探しをするのは初めてかもしれない。これまでは圧倒的な強さに魅せられ、あるいは屈服し追従してきたものを配下としていた。

しかしこの星では、何故か殆どの生物が彼の内在エネルギーを見抜けないのだ。恐らく強さの判断基準が宇宙の常識と著しく異なっているのだろう。

 

昨日の戦闘を経て、彼の目標は決まっていた。

新たな配下を獲得し、再び全宇宙の覇者として返り咲くこと。

それはつまり、最強(サイタマ)との再戦を意味する。

 

 

 

「今の俺では到底ヤツに及ばん。策を弄するか…人数で押し切る手もあるな……

 

クク…片腹痛いわ。」

 

 

元・全宇宙の覇者"ボロス" 彼の名を出せば赤子は泣き止み、星を呑む大怪獣すら小水を撒き散らして退散する。

そんな男の闘いに、選択肢などないのだ。

 

 

「正面から一対一で勝つ。それ以外にはない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー同刻

 

 

 

湖の畔には、もう誰も住んでいない洋館があった。

洋館の主人は明治の終わりに死んでしまい、遺されていたのは丑三つ時を指し示したまま止まったホールクロックと、錆びついた西洋甲冑。

 

およそ100年、風の吹き抜ける音と、雨粒が床に跳ねる音しかなかった空間に、金属の擦れる不快音がぎしぎしと響き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駄菓子チョコレート界に革命を起こした超人気商品「にゃんにゃんチョコ」

その売上は鰻登りでとどまることを知らず、株式会社TIXの看板商品として、低迷しつつあった駄菓子業界を大いに盛り上げた。

しかし発売から6年後、原材料の価格高騰の影響により10円値上げ、更にライバル企業が同系統の商品を「にゃんにゃんチョコ」の半額程度の価格で売り出したことにより急激に売上を落とす。

その影響は全社に波及し、大規模なリストラを敢行するも却って社会的イメージを失墜させ、あっという間に倒産に追い込まれた。

 

取締役社長のコレートは記者会見当日、会場には現れず行方不明となり、現在も居場所が分かっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー女王。本当に、行ってしまわれるのですか…?」

 

 

 

普段はピンと立っている彼女の耳が、恭しく伏せてしまっている。

その様子に心を痛めつつ、少し愛らしくも感じてしまう。

 

 

 

「あぁ、すまない。私はもっと広い世界で、自分が何を成すべきなのか見定めたいのだ。無責任だと思っている。だがーーーー

 

案ずるな。君なら彼らを導ける。あとの事は任せたぞ。」

 

 

 

うむ、やはり君の耳は天に向かっているべきだ。

元女王の私は心より君を応援しているよ。

目の周りを腫らしながらも真っ直ぐに私を見つめる彼女の瞳には、確かな覚悟が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未確認飛行物体X、と呼ばれる船には正確には名前があった。

「テラフォーマー・ノア」

それが船の正式な名称であり、乗船していたのは全宇宙の覇者ボロスを船長とする、宇宙海賊ダークマターの船員達。

 

彼はその師団長の一人である。

 

 

 

災害レベル "鬼"

 

闇討ちヘッドカッター

 

 

 

「ボロス様…何処へ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る家に、取り残される妹の夢を見る。

その度に確認するんだ。大丈夫、大丈夫。俺は確かに彼女を助けたんだ。

変わってしまった(・・・・・・・・)俺は、二度と彼女と話せないけど、後悔はしていない。

燃えろ、燃えろ。あの時の炎より大きな大火で、肉の一片まで燃え上がれ。

 

 

 

 

 

 




ボロスさんが仲間集めをします。


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剣豪

 

八百万の神とは、この世全ての物には神が宿っているという教えであり、根底にあるのは現代の消費社会とは真逆の意識づけだという。

仮に本当に神が宿っているならば、

 

例えばそれが消耗品であれば、己の役目と割り切り、寛大な心で許してくださるのかもしれない。

 

例えばそれが長年に渡り大切にされていた物であれば、突然の不遇な扱いに、遺憾を示すこともあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は怒っていた。意識が目覚めた瞬間から怒気が込み上げてきたため、具体的に何に怒っているのかすら判然としないが、腕の関節を黒く染める錆を見るたび、「絶対に許さない」という感情が身体を暴走させる。

 

彼の身体には全身に広がる錆のほかに、大きな傷が一つあった。

胸元に開いた10cmほどの穴だ。

丁寧に施された装飾を引き裂くように開いたその穴は、数百年前まで彼が実際に使われていた事の証明でもある。

 

 

 

彼が初めて使われたのは600年前のこと。

当時の主人は、歴史に名を残すことはなかったが、周辺他国から恐れられる偉大な騎士だった。

晩年まで祖国のため数々の戦場を駆け、生涯に斃した敵兵の数は実に1万。最期は1000人からなる敵軍を相手に1人、殿を務め壮絶な戦死を遂げたという。

 

それから何人かの主人の元を渡り、甲冑として本来の使い方をされることはなかったが、とても大切にされてきた。

 

100年、彼にとってはそれ程長い時間ではない。人が100年も生きられない以上致し方ないことだと自分に言い聞かせ、雨風を耐え忍んだ。

 

 

しかし、限界は訪れた。

 

 

何事もなければあと1000年はここで静かに眠っていただろう。

引金を引いたのは、近くの村に住む4人の童子。彼らは錆びれた西洋甲冑にちいさな石をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強烈な鉄の臭いを感じ、来てみたが…」

 

 

 

ボロスは落ち着いた様子で廃墟となった洋館の中を見廻した。

ドス黒く乾いた夥しい血痕。悲痛の表情のまま転がる童子の頭が、ここは地獄かと錯覚させる。

 

「人間の幼体…絶命した後にも攻撃しているな。よほど恨みを買ったか

、或いは生死の判別も付かん獣畜生か」

 

実際には何れも正解である。実害の大きさはどうであれ、きっかけを作ったのは彼らだ。

そして童子たちを虐殺した甲冑には"怒り"しかない、その他の感情も知性も全く働いていないだろう。

 

 

 

 

 

ボロスはこの惨状の元凶に興味を抱いた。

意思疎通が図れるのなら配下として従わせようと目論み、早速捜索に乗り出た、が。

洋館から外に出た瞬間、鈍い痛みが首筋に奔る。

 

 

 

「ッ…!やはり索敵能力の回復は急務か…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

推定災害レベル " 竜 "

 

       ーーーー「錆びた剣」

 

 

 

 

 

 

黒く傷んだ関節部を無理矢理動かしている影響で、一挙手一投足に不快な金属音を伴い、

彼には「口」が無いため声には出さないが、全身に明らかな"怒気"をまとっている。

 

 

 

(凄まじいエネルギーだな。昨日の小娘には及ばんが、"点"の破壊力では此奴に軍配が上がるか。…一瞬で修復するとはいえ、この程度の攻撃で外殻を斬られたのでは先が思いやられるな。)

 

 

 

"錆びた剣"が大きく踏み込むと、軸足が地面に減り込み、同時に全身の関節が軋む。

納刀したまま腰を捻転させた。この姿勢から繰り出される攻撃を、

日本では「居合」と呼ぶ。

 

超音速で振り抜かれた斬撃は、周囲の山を二つ程更地にしながらボロスを3km先まで吹き飛ばす。

追撃すべく駆け出すが、脚をかけられ大きく転倒。ボロスは1秒かからず元の場所へ戻っていた。

倒れた姿勢のまま再び「居合」を構えるが、今回は未然に塞がれる。

 

 

(エネルギー弾で攻撃すれば殺すことになるな…意思疎通が出来るとは思えんが、戦闘力はグロリバースにも匹敵する。是非、欲しい。)

 

 

 

"錆びた剣"は「居合」をブラフに空いた左手に渾身の力を込め、ボロスの顔面目掛けて打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこれは…!」

 

ゾンビマンは目の前に広がる光景に絶句した。

見渡す限りの荒野、ここには雄大な山々が連なっていた筈だが見る影もない。

ボロスを見失ってからまだ2時間程しか経っていないと言うのにこの有様だ。恐らく何者かと闘ったのだろう。

 

「クソッ!やはり俺では追いきれないか…。」

 

 

ボロスの監視を再開してから1週間経過しているが、既に5回は見失っている。奴が何かに興味を示すと音速に近い速度で移動を始めるため、ゾンビマンの身体能力ではとても追いつかないのだ。

 

「…タツマキとは連絡が付かない。他のS級に応援を要請するか…?」

 

 

世紀末のような光景の中、再び歩き出す。

ーーーその足元に、大量の遺体が埋まっているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなものか」

 

 

 

鉄屑のように転がる怪人を前に、ボロスは腰掛ける。

"錆びた剣"が放った渾身の一撃はいとも容易く相殺され、最後はボロスの平手打ちによって決着が付いた。

 

(殺さぬために仕方がない事と言え…、此れでは我が子を叱りつける母親のようだな)

 

 

 

 

「名も知れん怪人よ、これでお前は俺の配下だ。」

 

 

 

 

 

 




オリ怪人ばっかだとつまらんから、ヒーロー出したい


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彼等

 

「……………」

 

 

痛々しくヘルメットを窪ませた怪人は、眼前の男を見やる。

正確に言えば「目」がないため顔を向けているだけだが、じっと見つめたまま静止している。

 

 

 

「…何か伝えたい事でもあるのか、

せめて文字書き程度の知能が有れば良いが……脳が無いのではどうする事もできんな」

 

 

彼がボロスの配下になる事を認めたかは不明だが、先刻のように暴れることもなく展示品の如く佇んでいる様子を見るに、少なくとも攻撃対象とは認識していないのだろう。

 

 

薄暗い雲がぽつぽつと地面を濡らす。

これもまた、ボロスにとっては新鮮な光景だった。彼の故郷には「雨」というものが無い。

すると"錆びた剣"が徐に立ち上がり、何かを探し始めた。ボロスはその様子を黙って見ていたが、ふと彼が錆を気にしていたことを思い出し、辺りに散乱している丸太を組み、簡素な屋根を造る。

 

 

「そこで大人しくしていろ。お前は貴重な幹部候補だ。こんなことで死なれては困る。」

 

 

"錆びた剣"は、再び命が抜けたように静止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気配も隠さず近づいてきたのは、長髪を束ねた無精髭の男。

腰に刀を携えた出立ちは、まさに侍そのものである。

 

 

「どっちが噂の一つ目なんちゃらだ?」

 

 

S級4位ヒーロー「アトミック侍」

全身から立ち登るオーラは自信の表れであり、災害レベル"竜"に認定される特級の危険生物に対する最大の警戒だ。

化物揃いのS級においても攻撃力だけ取れば最強の一角である。

 

本来は童帝、タツマキ、ゾンビマン以外のS級には「一つ目の細胞」に関する情報は共有していない筈だが、彼は独自のルートで情報を仕入れていた。

 

 

 

「ほう、これは強そうな個体だな。

恐らくお前が探しているのは俺だろうが……丁度良い。

甲冑の怪人よ、この男を蹴散らせ」

 

 

 

丸太で出来た雨除けの中から、怒りに満ちた鈍い金属音が響き渡る。

アトミック侍はその禍々しい怒気を瞬時に察知し、臨戦態勢をとった。

 

次の瞬間、鼻が触れるかという距離に急接近した"錆びた剣"は、アトミック侍の喉笛に鋒を突き立てる。

が、すんでのところで身を捩って躱された。

 

 

 

「ッ…!!またやばいのが出たな…!!」

 

 

"錆びた剣"の戦闘力は生前の持ち主の強さに依存する。そのため彼の戦闘は一般的な怪人とは根本から異なるのだ。

アトミック侍は普段、圧倒的な巨体と膂力に任せて暴れ回るような怪人と闘うことが多く、この手の人間的な戦い(・・・・・・)をする怪人には慣れていない。

 

(想像してた相手と違ったなァ…というかコイツ後ろの怪人の手下か?じゃあアイツはこれより強いって事かよ…!)

 

"錆びた剣"だけならば、強敵ではあるがアトミック侍にとってそれほど分が悪い相手ではない。勝てる可能性はあるだろう。

ただ、そもそもこの怪人は当初の目標でないのだ。アトミック侍にしてみれば乱入者に等しい。

後に控える怪人の強さを考えれば、劣勢どころか無謀な闘いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から20分程、一進一退の攻防は続いていた。

完全に互角に打ち合う両者には、決定的に異なる点がある。

 

"錆びた剣"には、体力の概念がないのだ。

 

この怪人を斃すためには身体を完全に破壊する必要がある。

しかし、錆でボロボロに見えても怪人化により甲冑の強度は非常に高く、並大抵の攻撃では傷一つ付けられない。

 

 

「ハァ…!ハァ…!!まったく、じゃじゃ馬野郎が…!」

 

 

徐々に圧されるアトミック侍。完全に劣勢に持ち込まれ、斬撃の応襲の中で一瞬の隙を作ってしまう。

次の瞬間には、アトミック侍が腑を撒き散らして斃れる。

ボロスにすらそう思わせる演技(・・)は、やはり研ぎ澄まされた剣法家なればこそ成せる技か。

 

"錆びた剣"が渾身の居合を繰り出すため剣を引いた時、既に攻撃は完了していた(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「アトミック一文字斬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"錆びた剣"には3つの傷があった。それは、全身に広がる錆と胸に空いた穴。ボロスに凹まされたヘルメットの右頬。

 

彼の運命が決まるとき、必ず何処かに傷を負う。

 

胸に穴が空いた時には、最愛の主人を失った。

 

錆びた腕を眺めていたら、いつの間にやら自我が芽生えた。

 

頬を叩かれた時には、新たな主人に出会った。

 

残念ながら彼とともに過ごした時間はほんの僅かだったが、悪い物ではなかったと思う。

 

 

そして今日、袈裟掛けに走った一文字の傷は、

怒りと焦燥に満ちた、短い夢を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




思ったより早く退場してしまいましたね。


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訥々

またしても復活。いつまで続くか…


 

 

 

「ハァ…ハァ……クソッ…」

 

 

 

視界が霞む。手足の感覚が殆どない。

闘っていた時間はそれ程長くないが、コンマ一秒の遅れで命が吹き飛んでしまうような、壮絶な闘いだった。

肩から切断された"錆びた剣"は、今にも立ち上がってきそうな程の強い怒気を纏っている。

 

 

 

「そうか……少しこの星を過小評価していたな。

ーーー良い。甲冑の怪人を失ったのは痛いが、収穫はあった」

 

(あとはこの男が人間社会に於いてどの程度の位置付けなのかが問題だな…

前回闘った人間…あの念動力使いには到底及ばんが、そこらの有象無象とは比較にならん。)

 

 

 

アトミック侍は眼前の怪人"ボロス"を睨みつけるが、はっきり言って限界だった。

災害レベル"竜"との連戦など、S級であっても自殺行為である。

それこそ、タツマキやキングなどの例外を除いて。

 

しかし、震える脚に鞭を打って立ち上がる。

諦念も絶望もしない、何故なら彼は、ヒーローだからだ。

 

 

 

 

(こんな格好悪い姿、イアイ達には見せられねぇよな)

 

 

「…よォ化物、待たせた。次はお前だ。」

 

 

 

ボロスは相手の生命エネルギーを視認できる。

アトミック侍がどれだけ見栄を張ろうが、とうに限界を超えていることは隠しようがない。

ゆっくりと近づく男を暫く見つめ、張り詰めた口角を緩める。

 

 

 

「…仇討ちという気分でもないな。お前の気迫に免じて今回は見逃してやる。」

 

 

 

くるりと背を向けた怪人を呆然と眺めるアトミック侍。

やがてその背中が見えなくなったとき、糸が切れたように倒れる。

 

「…へっ、逃げやがったか…」

 

彼が去った時、情けなく安堵した自分を隠すように、強気な捨て台詞を吐いて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アトミック侍さん、起きられますか」

 

 

聞き覚えのある子どもの声に、重い瞼を持ち上げる。

身体が動かない。何かで縛られているのかと思ったが、直後に鈍い痛みが襲ってきた。

 

「…そうか…なんとか生き延びたな…」

 

 

彼の顔を覗き込む少年は、ほうと安堵の息を漏らした。

 

 

「まったく…アトミック侍さんは貴重な戦力です。あまり無茶をして死なないで下さいよ」

 

 

「へっ大した事じゃねぇよ。

…しかしあいつは何なんだ?結局戦えず終いだったが、並大抵の怪人じゃねぇだろ」

 

 

童帝は手元のタブレットに資料を映し出す。

そこにはヒーロー協会の上層部しか知らされていない情報が並んでいた。

 

 

「ヒーローでこの資料を閲覧できるのは僕とゾンビマンさん、あとはメタルナイトだけです。…アトミック侍さんにはまだ見せる予定ではありませんでしたが、こうなっては仕方がない。」

 

 

アトミック侍が如何にして"一つ目の細胞"の情報を得たのかは、あえて追求しなかった。

おおかた協会幹部の誰かが、軽い口を滑らせたのだろう。

タブレットには、脱走したサンプル「ボロス」の解剖データや生物学的知見から予想される彼の弱点などの情報が羅列されているが、童帝はすぐに画面を暗転させる。

 

 

「このデータはあくまで数値上の話です。あまり当てにならない。

…実は、戦慄のタツマキが既にボロスに敗れています。」

 

 

アトミック侍は目を見開いた。

 

「タツマキは、生きてるのか…?」

 

 

「安心してください。一緒にいたゾンビマンさんの報告では特に外傷もなくピンピンしていたそうです。

…ただ、彼女が勝てない相手となると、僕らも机上の空論ばかり練っているわけにもいかない。

…アトミック侍さん、協力して頂けますか」

 

 

ボロボロの身体をゆっくりと持ち上げ、不敵な笑みを零すアトミック侍。

彼は是非を口にしなかったが、その顔が答えを表していた。

 

 

「…心強いです。」

 

 

 

 

地球人類の反撃が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…集落ごと消し飛ばしたのか…!」

 

そこはボロスと"錆びた剣"が出会った荒野。

元々は50人ほどが暮らす静かな村だったが、今や見る影もない。

遺体が見つかっている数名の子どもを除き、村民全員が行方不明者に登録されているため、おそらくは全滅したものと考えられる。

 

荒野に一人立つ女は、いわゆる怪人であった。

家猫として生涯を終えた彼女は、木板が立てられただけの質素な墓より復活を果たし、ヒトの体と超常的な怪力を得たのだった。

そうして復活した元・猫たちは、すべて楽園に集結する。

その楽園の名は「ネコカン王国」。

怪人化、彼女らは神格化と呼んでいるが、Z市よりはるか辺境に構える怪人たちの巣窟である。

 

彼女はかつて、この地で生まれ、そしてこの地で一度目の生涯を終えた。

故郷にも等しい拠り所を失った怒りと悲しみは、彼女を奮い立たせる。

 

 

「絶対に見つけ出すぞ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

災害レベル「鬼」

 

   ーーー女王アマゾネコーーー

 

 

 

 

 

 

 

 



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復讐

 

 

「残されたエネルギーの残滓は3つ…。移動しているのは2つか。」

 

 

アマゾネコはそれぞれの"臭い"を記憶して追うこととした。

彼女の嗅覚は犬のおよそ300倍、雨に流されて殆ど消えてしまった痕跡すら逃す事はない。

 

始めに彼女が向かったのはA市、即ちヒーロー協会の総本山である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フードを深く被った大柄な男は、繁華街を抜けてとある占いの館に来ていた。

 

 

「この手の占い師は、何処の星にも居るものなのだな…」

 

極力顔が見えないように俯き、館のドアを開ける。

そこには暗い紫色のネオンにランタンを模したライト、占いと聞けば誰もが想像する空間が広がっていた。

入口から3mほど先に、黒いローブを纏った壮年の女性が座っている。

 

 

「…いらっしゃい。こっちへおいで」

 

 

嗄れた声に誘われ、ボロスは彼女に対面する椅子に腰掛ける。

 

 

「俺はいま配下を集めている。

かつて共に宇宙(ソラ)を駆けた者たちは、全て消え去った。

俺を楽しませる極上の配下を得るために、何処へ向かい何を成せば良い。」

 

 

 

占い師は少し間をあけて、小さく頷くと

 

「…お安い御用さ。どれ、お前の"気"を見させてもらうよ」

 

 

 

そう言うと占い師はボロスの胸の近くに手をやり、何やら唱え始める。

暫くすると占い師は目を見開き、ふつふつと額に汗を滲ませた。

彼女の顔から血の気が引いていく様子を見て、ボロスは深く被っていたフードからゆっくりと顔を出す。

 

 

 

「お…お前っ…人間じゃあないのか…!!」

 

 

ボロスは無意識に口角を緩めた。

この女は"気"とやらを見ただけで彼が人間でない事を見抜いた。つまり占い師としての能力は本物だと言える。

 

 

「いかにも、見ての通り人間では無い。であればどうする…?

ヒーローを呼ぶか、それとも自力で対処してみるか?」

 

 

 

 

占い師は震えながらも真っ直ぐボロスと向き合い、そして小さく顔を伏せ言葉を返す。

 

 

「…いや、お前からは殺意を感じない。

こんな老婆を殺しても旨味はないと、お前自身がわかっておるのだろう。」

 

 

 

「であれば、どうする」

 

 

 

占い師は再びボロスの胸に、震える手を近づけると

尋常でない量の汗を滴らせながらも彼の「運命」を見定める。

壁掛時計の秒針の音だけが響くなか、ついに占い師は口を開いた。

 

「この先……お前が求めずとも仲間は集まるだろう…。しかしそれは長くは続かん。

お前が再び悪の帝王として動き出した時、お前を脅かす男が現れるだろう」

 

 

嘘はない。老人の様子からボロスはそう判断した。

この状況で嘘をつく程、肝の据わった人物ではないと。

 

 

 

「俺を脅かす男…か。成程、それが聞けただけでも収穫だ」

 

 

ボロスはフードを深く被り直し、踵を返す。

自身が滅ぼした村で拾った金をテーブルに置き、不敵な笑みを浮かべたまま、館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………行ったか」

 

占い師は深い息を吐き出すと、ぽつりとつぶやいた。

 

「全然足りないね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けたたましい警報音が協会中に響き渡る。

職員たちが慌ただしく現況確認に走るなか、落ち着き払っている男が3人いた。

いずれもS級に数えられるスーパーヒーロー達だ。

 

 

「アトミック侍さんは重症で動けない。…ゾンビマンさん、2人で出ましょう。」

 

 

ボロスを見失い本部に戻っていたゾンビマンは、童帝に言われるまでもなく、すでに鉈と銃を握りしめていた。

 

 

「悪いな…俺が動ければ直ぐ片付けたんだが…」

 

 

「みくびらないで下さいよアトミック侍さん。

…警報音が鳴ってから1分以上経ったが、ようやく一階のセキュリティを突破した程度です。災害レベルは虎〜鬼くらいかな…」

 

 

 

 

 

 

そのまま2人が治療室から出た一瞬のこと

 

勢いよくドアが閉まると、内側からロックされてしまった

完全に油断していた2人は瞬時にドアを破壊しようと試みるも、堅牢を極めるメタルナイト製のセキュリティシステムは生半な攻撃では歯が立たない

 

 

 

「なんなんだよッ!!報告ではまだ一階にいるはずだろ!!」

 

「童帝落ち着け。騒いでも仕方がない。お前は今すぐ管制室に行ってセキュリティを解除してこい。

ドアが開き次第、俺が突入する。」

 

 

 

 

 

 

 

 

外の2人を尻目に、侵入者は悠々とベッドに近寄る。

アトミック侍は小さく舌打ちした。

いつもなら入浴時すら手放さない愛刀が手元に無いのだ。恐らくは童帝が他の荷物と一緒にしているのだろう。

万全の状態ならば丸腰でもレベル鬼と渡り合える超人だが、重症を負い満足に走れもしない身体では分が悪過ぎる。

 

焦りと痛みから呼吸を乱すアトミック侍に、侵入者は言葉をかける。

 

 

 

「…まさか戦うまでもなく死に体とは…。まぁいい、お前には聞きたいことがある。」

 

 

「あぁ?怪人と話すことなんざねぇよ」

 

 

落ち着き払った侵入者の態度に、ますます気が張り詰める。

昨日戦った甲冑の怪人ほどではないが、相当な実力者であることは間違いない。

 

 

 

 

 

「お前に話す気があるかは、関係ない。

一つだけだ。……村を滅ぼしたのはお前か」

 

 

 

 

侵入者ーーー女王アマゾネコは、怒気を露わに質問を投げかけた。

 

 

 

 

 

 



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衝突

 

 

 

「アトミック侍!無事か!」

 

 

童帝の合図で勢いよく部屋に入ったゾンビマンは、真っ先にアトミック侍が寝ているベッドに駆け寄る。

 

 

 

「あぁ…ゾンビマン、大丈夫だ。」

 

 

ベッドの上で胡座をかくアトミック侍は、表情を曇らせながらも頷く。

侵入者は既に退去していた。

 

 

 

「何があった…?相手は怪人か?」

 

 

 

 

女王アマゾネコは怪人である。

極めて人間に近い姿だが、二股に分かれた尻尾や猫耳、何より人外の五感を備えている。しかしー…

 

 

 

「…解らん。怪人の割には随分人間臭いやつだったが…

話聞く限りじゃあ故郷の村を吹き飛ばされたらしい。…犯人が俺じゃねぇと解るやいなや、天井のダクトから出ていきやがった。」

 

 

 

すると突然、廊下から機械音が鳴り響く。

ゾンビマンは新たな敵かと身構えるが、そこには鬼の形相をした童帝がフル装備の状態で息を切らしていた。

 

 

 

「はぁ…はぁ…あれ…?もうゾンビマンさんが倒しちゃったんですか…?」

 

 

すでに臨戦体制を解いているゾンビマンとアトミック侍を見て、童帝の顔が緩む。

 

 

 

「いや逃げられた。この本部を自由に出入りできるとなると、今から追っても手遅れだろうな。」

 

 

その予想通り、A市全域をリアルタイムで監視しているセキュリティは、既に「異常なし」を示していた。

一階のガードも破壊されずにすり抜けている事から、センサー類にも難なく対応するほど知能が高いことが窺い知れる。

 

ボロス以降、S級ヒーローすら対応しきれない怪人が立て続けに現れる状況に、3人は危機感をつのらせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超音速の脚が止まる。

人の目には到底捉えられない彼女を、誰かが見ている。

 

不自然なほど周囲に人の気配がない。

まるで人類が滅び去ってしまったかのように、静けさに包まれていた。

 

 

 

 

「おまえ、何を追っている?」

 

 

静寂を破った声の主に目を向ける。

 

人間ならば眼球が備わる位置から歪に伸びた双角と金属質な尾、不気味な外見と不釣り合いなビジネススーツにロングコートを羽織った怪人は、首まで裂けた口で語りかけた。

 

 

 

「貴様には関係のないことだ。少なくとも……こうも躊躇なく人を殺せる者と語らう道理はない。」

 

 

 

アマゾネコは瞬時に悟った。この町の住人は全てこの怪人によって殺されたのだと。

 

 

 

「……ずっとお前を観察していた。お前と、我が主を。

主は新しい配下を探している。お前がそれに相応しいか否かと考えていたんだ。

なんの手土産もなしに今更ボロス様(・・・・)に顔向け出来んからな。

 

…だが辞めだ。解っているぞ女王アマゾネコ。

お前はボロス様に仇なす敵だ!!」

 

 

 

頭部の角が大きく、そして鋭利に研ぎ澄まされる。

これまでの知的な雰囲気をかき消すかのように、獣の如き咆哮で戦闘の火蓋が切られた。

 

 

 

 

   災害レベル「鬼」

    ーーーー闇討ちヘッドカッター

 

 

 

「あぁ良いだろう、お互い怪人。言葉を交わすのはガラじゃない」

 

 

 

 

 

先に仕掛けたのはヘッドカッター。アマゾネコ目掛けて回転しながら飛びかかるが、すんでの所で躱された。

 

彼の武器は名前の通り頭部から生えた角。触れるだけで深い傷を与える危険な代物だが、アマゾネコの移動速度は音速を超える。ヤマ勘頼りに当てられるほど甘い相手ではない。

 

しかしそれはアマゾネコも同様。先ほどから回避のたびに打撃しているが、強靭な皮膚に阻まれダメージを通せずにいた。

 

 

 

 

「甲皮の強度だけで言えば、私は最上位戦闘員の御三方にも引けを取らん。

そして、ボロス様より"羅刹"の異名を賜るこの双角に…斬れぬ物など無いのだ!!!」

 

 

 

次の瞬間、アマゾネコの脇腹に深い裂傷が刻まれた。

ヘッドカッターは眼ではなく皮膚で周囲の状況を感知している。自身より速い敵にも、時間さえあれば適応できる。

 

 

 

 

「ッ…!悪いが…私はこんな所で死ぬわけにはいかんのでな…!」

 

 

 

アマゾネコは地面を大きく蹴り込むと、それまでより更に加速。一気にヘッドカッターの懐に入り、鋭利な爪を突き立てる。

 

重傷を与えたことで勝利を確信していたヘッドカッターは一切反応できず、彼女の攻撃は甲皮の隙間を貫通した。

 

 

 

 

 

 

 

ヘッドカッターは呻き声をあげながら膝をつくが、追撃はない。

アマゾネコもまた、激痛で動けずにいる。

 

相手と息を合わせるように呼吸を整える両者。僅かでも"読み"を違えれば、次の瞬間には(はらわた)をまき散らすこととなるだろう。

 

 

 

 

 

(…"神速"はそう何度も使えない。ましてこの怪我では精々…あと一回が限度だ。

 

…問題ない、次で決める)

 

 

 

アマゾネコが立ち上がると、それに呼応してヘッドカッターも再び咆哮を上げる。

彼ももう限界が近いのだろう。強烈な殺気を飛ばしながらも、膝が笑っている。

正真正銘、最期の勝負。

 

両者見合って、いざー………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニャンニャンニャン」

 

 

 

 

 

2人を襲ったのは、超音速でも鋭利な角でもない。

街を埋め尽くす、大質量のチョコレートと

 

 

 

「ふはははッ!巫山戯(ふざけ)た怪人だ!」

 

 

 

星を滅ぼす、光の矢だった。

 

 

 

 

 

 

  災害レベル「竜」

   ーーーー元社長コレート

 

 

 

 

 

 

 



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霹靂

 

 

 

しとしとと降り注ぐ雨を、窓ガラス越しに観察する少女が一人。

暫くすると、きゅっと眉間にシワを寄せて振り返る。

 

 

「おかーさーん!また雨だよー!」

 

 

 

不満そうに頬を膨らます少女に、背を向けたまま家事をこなす母は

 

 

「そうねぇ、なら昨日買った傘持って行きなさいね」

 

 

と、宥めるように答える。

 

母はそそくさと食器を片付けながら、横目でテレビを眺めていた。

 

大手菓子メーカーの社長が失踪して2年ー…

無機質な声色でニュースを伝える真顔のキャスターと、今や懐かしい「にゃんにゃんチョコ」の写真が、どこか不釣り合いな組合わせだ。

 

興味なさげな母は、そろそろ出掛ける支度をせねばとテレビを消す。

 

 

 

 

ニュースでは語られない、いかにも怪しい噂がある

 

なんでもその噂によると

 

行方知れずの社長は、怪人になってしまったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは…!ボロス様!?」

 

 

 

混乱を隠せないヘッドカッターだが、兎も角すぐに離脱した。

ボロスの闘いに巻き込まれれば肉片すら残らない。この宇宙に住む者であれば常識である。

 

しかし、この地球は宇宙の中でも辺境の地。

ボロスが何者かなど知る由もなく、まして彼女は復讐者。

…ーー止まれるはずもなかった。

 

 

 

 

「なんだとッ!!…では奴が我が故郷の仇か!!」

 

 

 

 

脇腹の出血を気にも留めず駆け出すアマゾネコ。

標的はまだ彼女を認識していない。超音速の彼女にとって千載一遇のチャンスだ。

 

 

(あの双角の男を従える程だ、恐らく正面から挑んでも勝ち目はない。私の"武器"を最大限に活かして、()る!!)

 

 

 

 

ボロスまであと300mほどまで近づく。まだ少し距離があるが、認識されては何の意味もない。アマゾネコはここで勝負に賭ける。

足場の超硬質チョコレートに大きなクレーターを作りながら蹴り上げると一息に接近し、そしてーーー……

 

 

 

 

 

 

 

「ん?何だお前は。」

 

 

「はッッッ!!??」

 

 

 

 

当然の如くこちらに顔を向けたボロスは、弾丸より速く放たれた彼女の手刀を払い除けると、

彼女の眉間めがけて中指を弾いた。

 

 

いわゆる、デコピンである。

 

強烈な衝撃を受け、たちまち意識を失ったアマゾネコは、

チョコレートで出来た谷底へ落ちていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のは一体…?まぁいい」

 

 

 

ボロスはすぐに正面を向き直す。

 

彼の眼前には、パンツ一丁の中年男性が可愛らしいネコの被り物をしたユニークな怪人が居た。

腹には大きく「にゃん」と書かれており、飲み会の余興で大失敗したサラリーマンがそのまま出てきてしまったような外見である。

 

 

 

 

 

 

推定災害レベル"竜"  元社長コレート。

 

 

 

菓子好きが高じ、大学在学中に企業。そのまま国内シェアNo.1の大手メーカーへと昇り詰めたが、ライバル企業の台頭や度重なる失策により倒産に追い込まれた無念の社長は、そのショックから怪人化してしまった。

 

彼は、殺人的な硬さを誇る「にゃんにゃんチョコ」を彷彿とさせる超硬度チョコレートを無尽蔵に放出する。

 

 

 

 

 

「にゃんにゃにゃん。にゃにゃん」

 

 

 

 

「……何を言っているのか解らんが、これも何かの縁だ。

お前は是非頂いておこう。」

 

 

 

ボロスの仲間集めはまだ始まったばかりだ。

全宇宙の覇者として返り咲く為には、優秀な部下は必要不可欠である。

前回はアトミック侍の妨害によって失敗に終わったが、今回は是非とも成功させたい。

 

 

 

 

コレートが両腕を広げると、足元から溶けたチョコレートが噴出。

それは瞬時に角張った攻撃的な形を成し、密度を高める。

もともとは真夏でも溶けにくいようにと改良された特性が、今や彼の"暴力"を増強していく。

 

 

 

「芸のないことだ。力任せに暴れるだけで、このボロスが斃せると思うか」

 

 

対してボロスは次々に迫り来る濃茶色の壁を、光線で薙ぎ払う。

しかし、その余裕とは裏腹に決定打は撃ちあぐねていた。

 

 

コレートには"錆びた剣"と違い高い知性がある。

ボロスの言う「お前を頂く」との発言は、現時点で自分を殺害するつもりがない事を示している。

怪人としての実力を考慮すれば、ボロスのエネルギー光線を防ぎきれないコレートに勝ち目は薄い。

 

だが相手に殺意がないのなら、逃げ方はいくらでもある。

 

 

 

 

 

(先ほどから不自然に広範囲攻撃が多いが……此奴逃げようとしているな…。

どうしたものか、殴って気絶させようにも…この能力は邪魔すぎる。)

 

 

 

コレートの狙い通り着実にボロスとの距離は開いていく。

索敵能力の大部分を失ったボロスは、これ以上離れられると追跡出来なくなる。しかしこのまま逃す手はない。

 

程なくして、彼は一つの大きな決断をした。

 

 

 

「…やむを得まい。

 

さて、この身体で保つかどうか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の街に、轟音と共に光が迸る。

 

 

光柱の中心にはヤツがいる。

 

 

"全宇宙の覇者"たる怪物。

 

 

霹靂の申し子が、顕れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……メテオリック・バースト。」

 

 

 

 

 

 

 



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灯籠

 

 

 

 

(呼吸が乱れる。手脚の感覚が1秒ごとに消えていくようだ。

やはり不完全なこの身体では無理があったか…!)

 

 

 

 

圧倒的な熱に晒され、山脈の如く積み上がっていた超硬質チョコレートは跡形もなく溶け失せている。

 

その中心には、別人のように変貌したボロスが膝をついていた。

元来メタオリック・バーストは負荷が大きく、万全の状態ですら滅多に使わない切り札。

現状を把握するためのテストの意味もあったとはいえ、コレートの様な格下(・・)に使う技ではない。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ…ハァッ…こんな時に…!」

 

 

 

 

 

息を切らしながら背後に迫る気配に苛立つ。

索敵能力は減衰したものの、一度闘った"強者"の気配を見逃すはずなどなかった。

 

A市、ヒーロー協会のお膝元であるこの地でレベル竜同士が暴れたのだ。

ーー当然、彼女はやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね、なんだか白くなったかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けたたましいサイレンが鳴った時点で、彼女は既に動き出していた。

到着が遅れたのは思わぬ邪魔が入った為だ。

カボチャ頭の怪人に遭遇し、ついでに殺しておこうかと手を出してみれば、事のほか相性の悪い能力を有していた。

 

 

 

(一応動けない様に四肢はもいでおいたけど…、あいつらちゃんと後処理してなかったらタダじゃおかないわよ…)

 

 

 

 

彼女、戦慄のタツマキにはサイレンから少し遅れて緊急招集がかかっている。

しかし凶暴な怪人をそのまま放置するわけにもいかず、近隣の家屋ごと捻じ切る(・・・・・・・・・・・)というかなり手荒な方法で戦いを終えた。

 

このひと月ほど、彼女はかつてない程に強い怪人とばかり戦っている。とはいえ全て無傷で処理出来ているが、ストレスは溜まるばかりだ。

 

何故ならまだ、大本命の怪人を斃せていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メテオリック・バーストを解くと、左肩から胸部にかけて亀裂が走る。

膨大なエネルギーの放出に耐えきれなかったのだろう。失った左腕の断面から劣化が始まったのだ。

 

これはボロスにとって深刻な問題だった。この形態を維持出来ないとなれば、全宇宙の覇者など夢のまた夢

ーーーあの男(・・・)に挑むことすらままならない。

 

 

ふと顔を上げると、そこには先日戦った念動力の娘が1人。

元社長コレートの姿は見えない。

 

 

ゆっくりと息を整えると、ボロスは一つの提案を持ちかける。

 

 

 

 

 

「……小娘、今日のところは仕切直さないか。

 

貴様も万全でない俺を殺したところで面白くもないだろう。」

 

 

 

 

 

 

タツマキは彼の吐いた台詞に目を見開く。

 

施設(・・)を出て20年間、彼女は負けたことなど一度としてなかった。

凡ゆる怪人、犯罪者、テロ組織を無傷で捻り潰してきた彼女を、初めて下した敵。

 

ボロスの吐いた台詞は、まるで命乞いの様だったのだ。

 

 

 

 

 

「…………すこし混乱してるわ。あんた本当にあの時の怪人かしら。

見た目が同じだけで、実は全く別人じゃないの……。

 

………ッ!そんな弱い言葉を使うな…あんたに負けた私が惨めになる…!」

 

 

 

徐々に語気が強くなる。自分でもよく分からない感情だった。

あるいは"裏切り"と表現できるかもしれない。

タツマキは、とうにこの男を認めていた。だからこそーーーー

 

 

 

「…いや、もう良いわ。

つまらない奴に拘わっても私の人生がつまらなくなるだけ。

 

ーーー死になさ…」

 

 

 

 

彼女の言葉を遮るように、強烈な光と轟音が周囲に響き渡る。

足元を見やると、地の底が見えないほど、深く深く穿たれていた。

 

直ぐにボロスへ向き直す。

思えば先ほどから様子がおかしかった。自己顕示欲の塊の様だった男が、彼女を見るなり降参ともとれる言葉を投げかけてきた。

並の怪人ならばいざ知らず、ボロスは一度タツマキを下している。

 

 

 

「三度目は無いぞ。…この勝負は持ち越しだ。

 

今の俺には、お前に手加減できるほどの余裕はない…!」

 

 

 

 

先刻までの様子と違い、明らかに余裕を失っている。

ボロスは依然として弱々しく膝をついているが、そこに一切の隙は無かった。

 

彼が纏う絶対的強者のオーラに一瞬たじろぐが、タツマキは一歩も引くことなく言い放つ。

 

 

 

 

「みくびられたものね…!手加減なんか要らないわよ

全力で掛かってきなさい!!!」

 

 

 

 

 

 

ボロスは噴き出す汗を拭うと、真っ直ぐタツマキを見据える。

痛々しくひび割れた胸の裂目に、絶望の光が灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町中の建物や地面が、真っ黒に焼け焦げている。

爆心地に近づくにつれ黒煙が濃くたちこめる。中心には深いクレーター、そして芋虫のようにされてしまったカボチャ頭の怪人が転がっていた。

 

彼の周囲に、数名のヒーローがにじり寄る。

A市にて災害レベル"竜"同士の争いを収める為、緊急招集のかかっているタツマキに代わり怪人の後始末を請け負ったA級ヒーロー達だ。

既に瀕死とは言えS級2位のスーパーヒーローを苦戦させるほどの怪人、生死の判断も慎重さが求められる。

 

 

 

 

 

「…大丈夫そうじゃないか?どう見ても死んでるだろアレ」

 

 

 

緊張した空気の中、最初に口を開いたのはA級11位のスティンガーだ。

愛槍タケノコを片手に、文字通り一番槍として怪人に近づいていく。

 

 

 

「…念のためとどめは刺しとくか」

 

 

 

スティンガーは槍の先端を地へ向け、怪人の胸をひと突きすると、足早に離れる。

この手の怪人は死ぬ時に爆発したり溜め込んだ熱を放出する事がある為だ。

しかし終ぞ怪人はぴくりとも動かずーーー。

 

彼の死亡を確認したスティンガーは仲間に合図を送り、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

死骸は協会の処理班に引き継ぎ、ヒーローたちが持ち場の市へ帰ろうとしたころ。

 

 

 

 

 

半年はやいハロウィーンの訪れを告げる火が、ジャックオランタンの眼窩に灯った。

 

 

 

 

 

 

 



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