AIBO (モアニン)
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第零話:乙女変生

 

―――――女の話をしよう。

 

儚く現実に敗れた乙女の、愛を知った結末(はなし)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

私が食事に手を付け痛苦に喘いで助けを請うた時、皆が嗤った。

私は悟った、此処に私の味方はいない。

 

私が髪を掴まれ姦通されるに至って泣き叫んだ時、誰も来てくれなかった。

私は知った、哀れんでくれる人は此所にいない。

 

外に出ても不幸面の私に声を掛けてくれる人はいない。

私は気付いた、この世に自身を気にかけてくれる人すらいないのだと。

 

叔父さん、姉さん、お父さん、お母さんも誰も助けになんて来ない。

死にたくても死ねなかった、死ぬ間際に来ると体が必死に生きようとする。それを押さえ付ける程の勇気が私にはなかった。

 

頭皮から四肢の指先、余す所無く体表を這う節足動物のさわさわとした鳥肌の立つ感触。尊厳が辱しめられる感覚。唇を押し開けて口腔に、顎が外れそうな程の弾力と(ぬめ)りのある()が入ってくる。

あらゆる身体接触から生じる心の働きからひたすら目を背けた。

台風が過ぎ去るのをじっと待つように縮こまる。私には風雨から身を守る物も術も備えも何もないけれど、反抗しなければもっと酷い目に会わなくて済むのだから。

全てが惰性の延長線上だった。

何もかもを諦めた。

刺激だけが空っぽの頭に消えかけの電灯みたく明滅する、それだけが私の半生だった。

この世はそう言うものだと受け入れて幾日と経った。桜の花弁(はなびら)が散った季節の、訪れた回数を数えるのも億劫になったある日のこと。

 

髪の毟られる様に散っていく桜も、私と同じく意識も無いままに感覚だけが機能しているのだろうか。

式を終えて親しい誰かから祝辞を受け取り、学校のネームプレートを背に撮影する、程度の差はあれ笑顔の衆人から抜け出す。用もなく私がいたって迷惑だろう。

幽霊の如く離れ、桜並木で私と同じ植物を眺めていた所に声を掛けた突飛な人がいた。

 

「もし?そこの貴女」

 

「……私ですか?」

 

「マキ…間桐の屋敷が何処か教えて頂けますか?」

 

私とは比べるべくもない。生気を宿した、好奇心に溢れていてこの世界に希望を抱いている、そんなぱっちりと見開いた瞼に煌めく瞳。

卑屈さすら感じる程に隔たりのある、人種すら違う存在だと直感する。

 

キャップを被っていた彼女は私に再度聞き質した。

感情らしい感情を覚えたのは何時ぶりだろうか、猛烈な焦りに(ども)りつつも返事をした。

 

「こ、こっちです。着いて来て下さい」

 

無視すれば良かったのに。気まずさを感じた私は退屈をこの人が感じていないか大いに心配になった。

しかし話そうにも話せず、やがて彼女の目的の場所が目に入り、私はやっと口を開くことが出来た。

そこで私は気付く。名前も聞いていなかった、どう呼べば良いのだろう、と。

 

 

「……私がどうして間桐の人間だって分かったんですか」

 

もっと言うべき事があっただろうに、私は阿呆かと自分を罵った。

彼女が上に向けた人差し指で日よけを押し上げると、隠れていた前髪がはらりと落ちて露になった。

 

「こう言うコトです」

 

絶句した。

何れから言おう。何れを言ってはならないのか。処理能力を超える疑問の数々に口が開け放たれたままになる。

 

「お姉ちゃんが守っちゃいますからね?」

 

有り触れた笑顔の出来る彼女が私には不思議に思えて仕様がなかった。

 

―――――――――――――――

 

冥府の扉が開かれる。

憚ること無く足音で来訪を告げた彼女は慣れない名前を口にした。

 

「マキリ、邪魔するぞ」

 

間桐の魔術師修練場に繋がる階段の方へと一直線に歩む彼女の前に、室内の影から滲み出たヒトガタが立ちはだかる。

お爺様だ。

 

「…変わったな、マキリ」

 

「…御主は変わらぬな」

 

「私はまたも間に合わなかったのだな」

 

「……」

 

顔を上げた女性、彼女の視線からお爺様は顔を逸らした。

 

「マキリ、話がある」

 

「…」

 

(だんま)りを決め込むお爺様に見える様、彼女は顎で虫蔵を指した。

 

「異存があるなら彼処でも私は構わんぞ」

 

「…此方(こなた)へ来い、桜は戻れ」

 

 

 

人を人とも思わないお爺様の、あの態度。

故にこそ、束の間だったが、際立って奇異に見えた彼等の関係性。

そして彼女の物言い。

一滴の希望(猛毒)から沸く前に思考を切り捨てた。

私には関係ない、と。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキリ、私は貴様を仕置きに此処へ出向いたのではない」

 

「……」

 

応接間の長椅子に腰掛け向かい合う。

 

「私とて、孫娘が祖父を諭す様な真似は晒したくないが」

 

「重ねた年月(としつき)でなら逆であろうに…慎二か、入れ」

 

中等生となって日の浅い少年は心臓が跳ね上がる思いだった。

ノックを仕損じた彼は入室するも、既に居た堪れず。

 

曾孫(ひまご)玄孫(やしゃご)来孫(らいそん)昆孫(こんそん)仍孫(じょうそん)雲孫(うんそん)…それとも…」

 

「知らぬ。とうにその単位は用をなさぬでな」

 

代を重ねて幾百年。

裏の当主も最早知らぬ存ぜぬ頓着せぬ。

彼にとっては一族の存続と比べるまでもない、つまりは些事なのだ。

 

「慎二」

 

臓硯から催促を受けて慎二少年は声を振り立てた。

 

「まっ、間桐慎二!…です」

 

目と胸元を往復する相眸に緊張の意味を見て取った見知らぬ女性。彼女は勝ち誇った表情を隣の老人へと向けた。

 

「私は現役らしいぞ、御老体」

 

「口付の触りも知らぬ行き遅れがか?」

 

あぁ、始まった、お爺様の悪い癖が。

飛び火を恐れた慎二は引っくり返されるだろう、火種だらけのおもちゃ箱から離れる事にした。

引っ掻き回して後は放置、滅茶苦茶にされた方は不幸だが、その被害者と最初に顔を合わせた人間も被害者になる。最後に哄笑するのは決まってお爺様。

これまでの経験が瞬時に弾き出した予想に従って彼は退室した。

 

「…私の真価を計れぬ輩が多いだけのことだ」

 

「お主は人類史上最長の売れ残りよ、今更奇特な(おす)を見付けようが其れは変わらぬ」

 

「……私の事を()も捉えていたのか、貴様は」

 

ぎねす級は間違い無かろ。

心臓に打ち込まれた釘を金槌で叩く所業に、彼女の(おもて)から人間らしい要素が削げ落ち、真子(まなこ)に黄金の光が灯る。

暗室に現れた双子の太陽に、影に生きる者は角膜を貫かれ眩む。無い筈の心の臓をつつ、と指先に触れられた。余りに非現実的で生々しい、心胆が縮み上がる感触に枯れた汗腺から冷や汗が吹き出す 。

今しがたの感覚は全て錯誤だ。核は此処にはなく、虫の集合体である彼には形だけ模した器官しか存在しない。彼はそう断じた。

 

「……」

 

「…私の心にも痛覚はあるのだぞ」

 

「――呵呵(カカ)、これは失敬失敬」

 

嘆声を上げると彼女は述べ立てた。

 

「用事が出来た、個室を借りるぞ」

 

彼女が下見に出向いてみれば、目の前の男の性根が腐りつつあるのが観取出来た。

様子見する猶予はない。

彼女に出来るのは腐敗の順延(じゅんえん)が関の山だからだ。

 

「それとだ、マキリ、私にも虫を寄越せ」

 

「…ぬ」

 

「当初よりかはマシになったのだろう?私にさっさと献上しろ。加齢臭の酷さに鼻が曲がる」

 

腐敗の進む魂に連れられ、半世紀に一度の肉体の交換を、今や度々に急かされる彼は、己の思惑を正した。

過去に贄を厭忌(えんき)した彼女が代案を提言した時も似た応酬があったのだ。

 

「…お主、見たな(ヽヽヽ)?」

 

「…見たさ、その上で問おう」

 

上意下達を強要する、四の五を言わせぬ暴力的な神気の颶風(ぐふう)

此処で煙に巻かれては困る。

彼には己の原点に自ずから立ち戻って貰わねばならない。

取り返しがつかない度合いに到って悔悟の涙を流しては遅いのだ。

けれど豎子(じゅし)に躾と称して頬を(はた)くに等しい行為に、彼女は自罰的にならざるを得なかった。

 

「マキリ、何を求める」

 

決まっている。

 

「不老不死よ」

 

「…マキリ、何処に求める」

 

知っている。

 

「聖杯よ、決まっておろう」

 

「マキリ、何処を目指す」

 

 

「…………知れたことよ…―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――全人類の進化のその先、恒久的平和の実現した世界だ」

 

冬木の地で試験的に執り行われた英霊の召喚。

実験段階にあった術式の対象は強大無比の霊的存在。

座にアクセスする為のエネルギー源であり、媒体でもある大聖杯、冬の聖女、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが一介の人造人間(ホムンクルス)であった頃。大聖杯という魔術陣が敷設される前。

地球上の何処か、ではなく、座に死後祀られた英雄がいるとすら知らなかった遠坂家初代当主、遠坂永人には確信があった。

設定通りなら適当に見知らぬ英霊が釣れるだろう、と。

付き添いの男、マキリ・ゾォルケンは傑出という表現の生温い魔術師。遠坂永人本人は武術を手段に根源に至ろうと試みた超武闘派魔術師。

 

勝てる(?)。

 

かの宝石翁に買われたポジティブ男は、誰に相談することなく、絶対の自信をもって構築した召喚術式を作動し、果たしてソレは正しく稼働した。

彼自身の性格だけでなく、魔術師という――成果を明かさない――種族の習性が災いしたのだろう。論を述べ合う事など彼らの脳内に端から存在し得なかったのだ。

結果、現存する神霊が降臨した。

 

(たちま)ちオドが枯渇し、卒倒した遠坂永人に代わり、そこはかとなくアクシデントを予期していたマキリは、誰何から始まった質疑応答を受け持つこととなった。

 

「ソレが私を呼び寄せた理屈か」

 

「そうだ」

 

風に吹かれて揺蕩う青雲、綿菓子の様に甘く儚い夢想。

(あまね)く少年少女が卒業する(割り切る)、そんな夢語(ゆめがたり)

落葉の様に掃いて捨てられるそれ等はしかし、彼女にとっては逆鱗であった。

 

虚言であれば(つゆ)の情けも与えはしない。

()じる確証欲しさに彼女は眼前の男の胆魂(きもだま)を垣間見た。

点在する黒点(腐蝕)を覆い隠す程に灼光を放つ、輝かんばかりの魂。

彼より優等な肉体を持つ者は幾らでもいた。等身大を遥か上回る、地形の一部と言われた方が納得出来る規模の魂の持ち主もいた。

しかし恒星の如き心魂、彼に匹敵する魂魄は、英雄と称えられた人間の一人にも見取れたことは無かった。

 

「甘い…甘い夢だ」

 

叶いっこない、そんな胸が焦がれる程の理想(ユメ)を齢200余りの大人が生真面目に嘯いている。

私は賭けてみたくなった。

私がとうに投げ出してしまった夢物語を諦めない彼に。

 

「貴公の切願に応じ、召致を承伏する。此れにて我が槍は汝の運命と共に在り、御身に降り掛かる(つゆ)の一切を払おう」

 

「……ならば、私は、私の全てが朽ち果てるまで、この望みの具現に尽力することを、誓う」

 

 

ある時ひねくれ者の友人が教えてくれた。

それは恋だと。

夢見る心とは恋なのだから、と。

 

彼は言った。相思相愛だが一生成就することのない横恋慕だと。

 

「ちゃんちゃら可笑しな話だな?馬乳女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔のお前ならば即答した筈だ。あの誓言は法螺だったのか?」

 

「…違う」

 

「なら、見果てぬ夢の続きを、誰でもない、お前が」

 

私に魅せてくれ。

 

果たして、伸ばされた手は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





初めて触れた型月系映像作品が空の境界、遊んだのはExtra系列でした。
童話作家をすこれ。
キャス狐も愛でろ。(火種撒き)

どう?皆さん情報足りてる?まだ足りない?書かせて頂きますよ?


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AI☆BO

「アルトリア・オルタになりたい」

 

 

 

僕という人間は磨り潰された。

 

 

 

表面的にしか物事を見なかったからだろう。

 

 

最初は細やかな望みだったかもしれない。

だが英雄たる彼らが最終的には如何な大望を懐き、その実現にどれ程の努力を費やしたのか、体験も出来なければ欠片も想像も共感も叶わない。

きっと原動力の一つであるその願いの重さを推し量れはせども体感、或いは実感することなぞ不可能だ。

 

そも衆人の羨望を集めるどころか他人が敬意を覚え、又は評価してくれる、それだけでもとてつもない事だというのに。

突っ走ってきただけかもしれない。余人の評価なんて副産物、いつの間にか付いてきた、その為に努力してきた訳じゃないかもしれないし、そういう人もいるだろう。

 

 

僕が憧れた人は他人の為に身を粉にする人だった。

 

 

 

卑近な例を上げれば卓球を僕を含めた四人が遊んでいた。一つしかない卓球台の隣で一人、手持ち無沙汰に、けれどやりたいという思いを滲ませて佇む子がいる。

きっと彼には懊悩たる思いがあったのだろう。コイツはこのコミュニティで幅を利かせている。嫌われ弾かれ一人になったらどうしよう、恐い。

皆と比べて運動音痴。自分の下手な所が浮き彫りになる、下手くそだと、そう思われるだろう。その瞬間を想像するだけで腰が引ける、恥ずかしい。

僕は愚物だ。だから共感出来た彼にその場を譲れた。

だが僕は愚物だ。それを幾度と重ねても彼らに沿った助言も出来ず、終いには抑えられなかった不機嫌を露にして空気を悪くした。

彼女だって人間関係で失敗はあったことだろう。でも群体である国のために人であることを止め、機構の一部として自らを捧げ続け、詰られ、謗られ、蔑まれ、報われぬ最後が訪れる事を実感を伴って予期出来る所に差し掛かってもその人は止めなかった。

 

 

 

僕が憧れた人は他者の為に己を殺し続けた人だった。

 

 

 

僕は努力した。

でもそれは僕なりにであって、名のある所に行った人達からすればどりょくのどの字にも満たない。

弱かった僕は片端から周りの物や人に依存して人生の多くを無駄にしてきた。

でもそんな僕だからこそコミュニケーション能力が上達した…と思いたい。僕よりも上手い人なんてざらにいたけれども。

けれど己と真摯に向き合って生きてきた人よりずっと浅薄な生き方をしてきた。

自制を拒んで目を逸らした、逃げてきたのだ。

これだけ文明に囲まれた社会の中でも温室的な空間に原始的ですらない堕落した獣がいる。

黎明に囲まれた凄惨とも言える過酷な環境下に英雄とすら謳われた理性の極致、人がいた。

 

 

 

近くにいるだけで自己嫌悪で腹が膨れる。

私の生き様の非道さをまざまざと見せつけられるようだった。

目に入れたくもない。

しかしだ。

曙光が瞼を刺せば只々鍛練に勤しみ、星をまぶした夜闇の帳が落ちれば夢魔と人の混血児から座学を叩き込まれ甘受し続ける。

アダルトチルドレンでさえ、だからこそだろうか、聞けば顔を真っ青にする幼少期だった。

そう、ひた向きであり続けた彼女の魂はむくむく、ぐんぐん、ずんずん、でかでかと規模を増大し続け、元々比肩する事すら烏滸がましかった彼女の魂は、目の前にすれば麓から朧げな山頂を覗こうとする登山家の気分にさせてくれる。

彼女に上から潰される前から、生きていく内に体躯に相応しく矮化させていった僕とは偉い違いだ。

新しい発見というのは何時でも晴れやかな気分にさせてくれるものだ。

僕を再構成してくれた彼には感謝しなければならないだろう。

 

「助かったよマーリン」

 

「礼には及ばないよ、赤子よりも小さい魂の修繕なんてチョチョイのチョイさ」

 

「マーリンせんせい、ここはどういう事です」

 

「はいはい?ここはねぇ…」

 

「…」

 

同じやり取りを繰り返してきたアルトリアがじとりと表情を変える。

 

「あっはっは、ごめんねぇ。私は文学には疎いんだ」

 

「単語の読み書きと意味意外さっぱりですね貴方は。人の心の理解にもう少し努めたら如何ですか」

 

マーリンの識字能力凄いのになぁ。

 

「これは手厳しいなぁ、手厳しい。痛いとこを突かれた」

 

「リアクションなんてどうでも良いですから早く」

 

「……最近冷たくない?」

 

「えっ、そうですか…?」

 

前は人並みに出来てた英語も5世紀のソレとあってはまるで役に立ってくれない。

現代文が読めるからといって古文が解読出来るのか、それと似たような事だ。

僕も貸し受けているがさっぱりだ。何時か読めるようになるだろうから出来るようになるまで読むだけの話だけれども。

僕がこうして毎日続けていられるのは隣の小さくて大きな女の子がとても努力家だからだろう。

小さな時から頑張っているのに僕はという意地がある。

そして一緒にいて自分一人だけ怠けるようでは僕は気を病む。

それにだ、彼女には年齢もあるかもしれないが意欲のある前向きな姿勢もあって躓くことはあってもめげず、水を撒いた砂浜の如く教えられたものを文字通り血肉にしていく。

目の前にすると月並みだが驚異的と言う他ない。

実際僕が要領悪く努力していようがしていなかろうが関係ないだろう。

只自分に恥じ入り彼女と話せなくなっては困るのだ。

人間は社会の中で生きる生物。所属欲然り、一言で表すのは面倒だが色々と他者との繋がりで得られる恩恵があるのだ。

勿論それによって被る害は避けられるよう鍛える必要がある。

関わる人物は選ばないが付き合う人間は選ぶ、それに必要な選人眼を磨く為に結局は人と付き合う、と言うように。

徒労に終わればそれで構わない。

いや、未練は多少残るだろうが必要な事態、窮地に追い込まれなければそれで良い、それが良いのだが、もしそんな時に役に立てたらなと僕はこの娘にしがみついており、しがみつかせて頂いているのだ。

 

「―――た、オルタ」

 

「んん、うん?なに」

 

「……」

 

アルトリアがまたじとりとねめつけた。

 

 

「聞いてなかったわ、ごめん」

 

「説明するからちゃんと聞いてくださいよ、自分の名前もお忘れですか」

 

「ごーめーん、ごめんて」

 

 

 

 

僕の名前はalternative(もう一人のワタシ)

 

 

 

縮めてオルタ、だ。

 

 

 

 

 





もう一人のボクにしたかった


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ゴッデスモジョと妖怪蟲爺

短編ですから書きたいとこだけ書きます。

要望とかある?(届かぬ声)


「マキリ、もう止めにしないか」

 

彼と私が出会ってもう500年も経つ。

見目はお互い変われども、とはいかなかった。彼の魂は今も危機に曝されている。

死にたくないという気持ち、生物として人として他者を食い物にしてでも生きたいというその思いは当然の事だ。

しかし人の身にしては永すぎる年月に渡って侵され続けた果てに彼のソレは妄執と化した。

平和を志した彼は己に残された余生では足りぬとその尊い願いの為に延命術に手を伸ばした。

延命に延命を重ね、強すぎる妄執に蝕まれた彼はしかし、貴いことにその切望を未だ失わずにいた。

 

 

 

「五月蝿い、儂はまだ諦めとらんぞ」

 

「其れはどちらだ」

 

ただ、器の底に澱んだ積年の執念が、彼の純粋な願いを濁らせようとする程に夥しく洪大なのだ。

それこそ目的が手段にすげ替えられてしまいそうな程に。

 

「……寄生虫めが」

 

上腕の皮膚下を這い回る虫を見せびらかす様におどける私。

慣れたが痛いものは痛いのだ。

 

「それはお相子だぞ…貴様、まさか冗句のつもりか」

 

冗談にしてはかなりコレはキツい。それもお互いにだ。

伽椰子の代役が務まりそうなヤツはしたり顔で言う。

 

「ふふ、最新の蟲じょーく、じゃ」

 

「諧謔があっても妖怪爺は妖怪爺だぞ、飾り立てようと油虫は油虫だ」

 

表情には出ないが些か不服そうなマキリが弁明を図る。

 

 

「これでも儂は外面の良さには自信があってな、慎二と桜の通う学園ではPTA会長の座に就いとる。

年末の学園パーティーにも顔を出しての」

 

 

「ほう、それで無辜の民が集う場で貴様は何と嘯いた」

 

 

普段には無い、恐らく今生二度と見られない快活さでマキリは輝く貌に負けじ劣らじの笑顔を浮かべた。

 

 

「勉学に励めよ若人よ! 学を修めれば人生の選択肢も豊かになろう!」

 

 

「今世紀絶頂の戯言だな、参った。私の返しなど貴公の洒落に比べれば児戯に等しい。認めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……冗談だろう」

 

「嘘ではないぞ」

 

 

又も口を開こうとすると珍しく怒りを湛えたマキリに閉口する。

 

 

「紛らわしい生き方をするな。窮するだろう」

 

「――ク、愉快愉快」

 

相変わらず白い歯を見せた臓硯に嘆息する。

天井を仰いでこの小憎らしい蟲野郎に言う。

 

「では私はサクラの様子でも見に行こう」

 

「それではな」

 

「失礼する」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

私服姿のシンジと黒いセーラー服に身を包んだサクラが見えた。

玄関に続く壁沿いの階段を下りつつシンジの方を睥睨する。

驚愕に次いで反抗心を薄らと浮かべた罰の悪い顔のシンジに話しかける。

 

「どうしたシンジ、可愛い妹に悪い虫が付いたか」

 

「なっ、ちがっ」

 

こういう時だけでなく基本正直な彼は裏表がなく付き合い易い分好ましい。

 

「余りサクラを弄ってくれるな、厭がられると堪えるぞ」

 

「今のは別にそう言うんじゃない、ただ……」

 

「好きなのだろう、分かっているとも」

 

「だーかーら!ちがうってぇ……」

 

サクラを見て最後まで言わずに尻すぼみになっていくシンジ。

まだ春の到来は早い筈だが。

春の訪れた海中の景色、その遷移とは如何なモノだろうか。

 

「シンジ、貴方には沢山良い所がある。運動が出来る、学業に於ては優秀、人付き合いが上手く(婦女子の)友人は沢山いる。ありきたりに聞こえるがここまで出来る者は俗人にそうはいまい」

 

「んだよ…」

 

「魔術についてはそう…まぁ端から見れば屑共の中でも下賤を究めているのだ、操ればお前の風評に傷が付くぞ」

 

 

ぶちぶちと音を立てて稲妻の様に激痛が走り抜ける。

異物感に嫌悪感と、脂汗が額に滲んでくる。

 

「お前…」

 

頭に血を昇らせたシンジにサクラが反射的に後ずさる。

怒号を上げるのだろう。

申し訳ないが今は余裕がない

 

「違う、哀れんでいるのではァッ―!」

 

体内を這いずる刻印虫――少々特別な――ソレ等を魔力で塵芥にする。

衝撃が体外に洩れ出ると轟と風が吹く。

 

「ぉぅわっ!?」

 

「きゃぁっ!」

 

 

「…慎二、私も自分を他者から良い様に見てもらいたい気持ちはある。であれば何故貴方は自らを陥れようとする」

 

「ソレは…」

 

「ここは社会不適合者の最高峰、一握りだ。ここでの価値観など一歩外に出れば蛆を蛆たらしめる美点程役に立たないでしょう」

 

 

「うわぁ…」

 

 

嵐を予感したサクラが私を死者を見る目で見つめてくる。

……一寸言い過ぎたかもしれない。気は重いがマキリも気にしているだろう。

 

「……ときに思い出したが私はサクラに会いに来たのです」

 

「私ですか?」

 

「そうだ、ここはほやほやの懸想人の話でも」

 

「…えっ、えっ」

鎌をかけたら一発である。

 

「お前それやっぱえみ」

 

「ここからはガールズトークだぞ、退けシンジ」

 

必殺ガールズトーク。大体の野郎共はこれで退く。

貴様等はお呼びでないのだ、しっしっ。

 

「貴様もだぞ、マキリ」

 

 

足元にいた蟻ほどの虫を魔力放出で吹き飛ばす。

 

 

 

「ぬぅっ、ぬかったわ」

 

 

「ふっ」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

町中を歩きながらサクラの懸想するおのこについて聞き出す。

 

 

「この前は先輩から衣服の畳み方を教わったんです」

 

「ふむ、そうか」

 

 

やけに嬉しそうである。

間桐家以外の場所が出来てそこに足繁く通っているのだと彼女の話から分かる。

彼女に幾日空けて話し掛ければ話題に衛宮某が出てくる、というか彼だけである。

「私もお邪魔してしまおうか、その先輩邸とやらに」

 

「え、何でですか?」

 

サクラが不意打ちとばかりに固まった表情で聞き返してくる。

 

「飯が旨いのだろう、それだけで千金の値がある。」

 

「…オルタはご飯好きですもんね」

 

「サクラ、私は貴女の思い人を盗ったりはしない」

 

「あっ、ぇえと…」

 

当たってしまった。

サクラは本当に彼が大好きなのだ。故にこの分かり易さなのだろう。

 

「しかし何故そう思うのだ、サクラ」

 

隣で同じく前を見る桜の視線を顔で塞ぐ。

仲間外れは寂しいぞ。

 

ビクついて身を引いた桜がおずおずと言う。

 

「オルタは綺麗だから……」

 

「サクラ、侮辱は良くありませんよ」

 

自惚れだが私にもそう思う時期があった。否、今でも割合信じたい。

鏡を見て悦に入る事もあったがオギャアと泣いて1500年の間、彼氏が出来た事なぞない。

信ずるのは憚られたが15世紀の間喪女で有り続けた人類など凡そ存在しないだろう。喪女・オブ・喪女、クィーン・オブ・喪女とは私のことだ。

ドキドキした異性との接触は、最新の記憶ではマキリの嗄れた掌をにぎにぎして存外に大きいと感嘆したぐらいだ。

あれ、ちょっと涙出てきた。

 

 

「そ、そんなことありません。オルタは美人さんです」

 

 

身内贔屓だとしても世辞で喜ばない者はいない。

サクラをぎゅうと抱き締める。

 

「サクラは優しい、やはりこれは愛すべきは野郎ではなく娘子なのだという思し召しなのですね」

 

はぁ、なんて愛しい、愛愛しいのでしょう。

正に灯台下暗し、レイヤー違いの(次元を隔てた)理想郷。

苦節1500年の末、私は既に妖精郷に辿り着いていたのですね。

 

「――タ?オルタ」

 

「はい?何でしょう」

 

いじらしく可憐に、上気させた耳を覗かせ、頬を私の体に添えた桜が言った。

 

「恥ずかしいので――」

 

「くぅっ――!?」

 

 

―――これが胸キュン

 

 

心の臓が絞られ締め付けられる感覚。

胸を押さえた私に集中線が殺到する様を幻視する。

 

 

 

「オルタ?大丈夫ですか」

 

 

「えぇ、今の私は頗る好調だ。貴女のお蔭ですよ、サクラ」

 

「?、それなら、良いんですけど…」

 

桜が言外に帰ろうと促してくる。気付けば空は綺麗な茜色に染まっていた。

冬至を過ぎたとは言えまだまだ寒い時頃。彼女が病に冒されぬ内に戻るが吉か。

 

「寒いだろうに、気遣ってくれたのですね、サクラ」

 

「いえ、全然構わないんですけど…」

 

「ままー、あれなにー」

夕陽の染み込む程に透けた彼女の肌が紅味を帯びる。

 

「仕方ないですね」

 

とは言え名残惜しい。

体を離すと瞬きする間に距離を取ろうとする彼女の手を掴む。

 

「では、帰りましょう」

 

「……はい」

 

 

 

やはり人は愛しい。

私という存在に意義があるとすれば、彼等を見守る事だろうと心から思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキリ、早く虫を遣わせ」

 

「お主も物好きじゃな、ほれ」

 

 

過去に私が零した罵倒によって錠剤サイズ程に縮小された虫々が掌に乗せられる。

 

 

「私から魔力を賜るのだ、もう少しまともな体貌はないのか」

 

 

控えめに言って醜猥である。マキリを見ると実に嫌らしい笑みを浮かべていた。

 

 

「儂なりの返報じゃ」

 

 

「冬に春情を催すとは壮健なことだ」

 

呆れた。齢500にしてこれだけ色欲旺盛であれば心配無用だったやもしれない。

言いつつ頂き物を頬張り飲み下す。

小さい分かさが増えてしまうのが難点だ。

 

「して、良いのか」

 

私が彼にするように、彼が私にする問答がある。コレは互いを人に戻そうとする儀式、明け透けに言ってしまえば悪足掻きだ。

勿論私の答えは――

 

「無論だ、彼女はここに居る。体面した時に私がワタシであった者を忘れては笑い話にもならん」

 

 

「…要するにだ。今は構うから構ってくれという話だ」

 

「御主一人匿うとあっては儂も本腰を入れねばな」

 

 

 

 

 

 

マキリが重い腰をあげて窓際の方へ歩く。

 

暗闇の中雨粒が窓を伝っていく。

 

透き通る傘を差して菫色が遠ざかるのが見えた。

 

 

互いの隣に立った私と彼は柳洞寺の方を静かに、けれど熱を籠めて見詰めた。

 

 

 

 

 

 

「世話を焼かせるな、マキリ」

 

 

「持ちつ持たれつ昔の誼というヤツでな、はは」

 

 

 




「マキリが言った事は真実なのですか、サクラ」



「お爺さまなら確かにそう仰ってました」



「……えぇ」


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あかいあくま と きいろいすけべ + おまけ


博多ラーメンすこ、イケメンは○す(挨拶)


本日の献立はシリアスのバンズとほんわかパティのハンバーガーとなっております。

品数が少ない?無茶言うな。




○追記
デザートをご用意致しました。



「シンジ、貴方の卒業に祝辞を贈ろう」

 

「やめろって仰々しい、一々大袈裟なんだよ、オマエ」

 

「何を言うか、児が脆弱な時を健やかに終えられたのだ、一昔には無かったことなのだぞ」

 

彼の祖父母の世代では(たね)を一人後世に残すために何人も生んだというに。

「そういうとこだよ」

 

「呵々、恥ずかしがるでないぞ慎二。一世に二度ない祝言となるでな」

 

「……御爺様まで乗っかるのかよ」

 

普段しないことに口を噤んで言いあぐねていたシンジを助けたのは、間桐の家の者にとっては渦中の男その人だった。

 

「おーい、シンジー」

 

「あ~、ちょっと行ってくる」

 

渡りに船とは正にこの事だろう。シンジは尻尾を振る犬の如く彼の方へと行ってしまった。

「衛宮の小倅か」

 

「……何と見定める」

 

無聊(ぶりょう)の慰みに彼を見ていたらしいマキリ。彼は淀みなく衛宮の小僧に対する評価を述べた。

 

「良識はある。勇気は十分。才気は未詳。だが将来性がある」

 

「ほう」

 

長久を生きる魔術師がここまで褒めちぎるのはほぼ無い。

しかしマキリはまぁ、と繋げた。

 

「勝負師としてという注釈が付くでの。儂らの畑を任せても不毛よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……サクラをやる気はないのか」

 

 

「恋狂いめが、婿として歓待するつもりは無いと言うておる」

 

「口を慎めよ子煩悩」

 

「どの口が宣う」

 

「フフ」

 

 

皆祝福する親族や学友に囲まれてはにかんでいる。

普段は落ち着いている様な子もこの時ばかりは空気に当てられて歯が浮き立つ様子。

「少し暇を頂くぞ、マキリ」

 

「?」

 

だからだろうか、人波の向こうに沈んだあの娘が目についたのは。

どちらの自分が私を突き動かしたかは知れない。

気付けば話し掛けていた。

 

「お父様とお母様は」

 

そう問い掛け凝視していると数拍置いて側頭に一対の豊かな髪を結わえた娘が私に向く。

 

「私、ですか」

 

頷くと黙りこくってしまった。

返事を待っていると顔を背ける様に俯いては僅かながら嗚咽を漏らし始めた。

 

「ちょっと向こうに行こうか」

 

「…でも」

 

彼女が周りを見渡す。私を何処ぞの母親かと思っているのだろう。

 

「お爺ちゃんが面倒見てくれてる。大丈夫だよ、行こう」

 

手を引いて校門とは校舎を挟んで逆、校庭の端に行く。

正面に立って屈み、目を合わせる。

 

「御両親はどうしたの」

 

改めて問うがやはり返事はない。下を向いたままだ。

…まさか

 

「……辛い思いさせちゃったね」

 

ぶんぶんとかぶりを振る女の子。

うーん、気丈で優しい娘だ。

 

ここは理ではなく情に訴えよう。

 

潤んだ目の彼女をきつめに抱き締める。温もりが伝わるように。

寮かと一瞬考えて、否定する。

 

「お家におかあさんとおとうさんは」

 

「…いない」

 

「おじいちゃんもおばあちゃんも」

 

「いない、みんな」

 

「頑張ったんだね?一人で」

 

何れが琴線に触れたかは分からない。

彼女が嗚咽を噛み殺そうとするのが強ばる体越しに伝わる。

これかな

 

「一人で頑張ったんだねぇ、偉いぞぉ、偉い」

 

この娘がどんな御両親かは分からない。だから当たり前の事しか言えない。

更にぎゅうと抱きすくめて伝える。

 

「我慢出来るのは凄い事だ、偉い偉い」

 

ぽんぽん背中を叩いてでもねと続ける。

 

「ケガは我慢するものじゃない、泣いて私達に教えるものなんだ。じゃないと何処が痛いのか分からないし、ずっと治せない。」

 

「…」

 

「もう我慢しないで。辛そうな貴女をずっと見るのは私も辛い」

 

この娘の優しさにつけ込む言い方は忍びないが、これを境に彼女はぽつぽつと脈絡なく語り始めた。

泣いて欲しい訳ではなかったが、それほど信頼を得られなかったと感じる故か、不甲斐ないというか、悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路に着きながら彼女と私は家族に(まつ)わる思出話に花を咲かせていた。

 

「ほう、私にも妹がいますよ」

 

「そうなの?」

 

「貴女みたいな大変な努力家で頑張り屋さんでした。私にとっての誇りです」

 

「へぇ…」

 

凜は思う。私はそこまでじゃない。

果たして自分は今は亡き両親にとって誇り足り得るだろうか。

答えは決まっている。もっと頑張るのだ。

 

「あ、ところで彼女の名前は何と」

 

「妹の事?桜よ、桜。養子に行っちゃったから名字は変わっちゃったけど」

 

「サクラって、あのサクラですか」

 

「なに!?桜を知ってるの」

 

気分につれて空気がワッと盛り上がる。

奇縁も有るものだなぁと感じる。

 

「桜はどう?元気」

 

瞼を大きく開いて前のめりに、声量とトーンを上げて聞いてくる。

随分と興奮している。

今や唯一の家族だからか。

 

「えぇ、想い人が出来たみたいですよ」

 

「えぇ!?桜に」

 

楽しい、熱の入る時間というのはあっという間だ。これは悠久に変わらない真理なのだろう。

彼女が洋風の豪邸の前に着くとここが自分の家だと私に告げた。

この時代、この国では中々拝見できない規模の家だ。

 

「大きいですね…」

 

「でしょう?私達がずっと受け継いできたのよ」

 

「掃除、大変じゃありませんか」

「……それは、ね」

 

恐らく使用人はいないのだろう。他国には中流家庭であれば雇って当然というのもあるが、ここのお国柄ではいないのかもしれない。

掃除に纏わるアレコレは、メイド文化がない国では立派な家を持つ人間に共通する悩みだろう。

 

「今度サクラを連れてお邪魔しましょう」

 

浮かない顔を浮かべる凜。沈鬱な表情に掃除関係でないことを何となく察する。

取り上げてきた話題を顧みると…候補数が膨大過ぎて分からないぞ。

恐らくデリケートな問題なのだろうが―――

 

「サクラと一緒に貴女とコイバナ?をしに『私が』行きたいのです」

 

「むぅ…」

 

何に葛藤しているのか。其れを問い質しても大体返ってこないのが常だ。

ならば

 

「きっと楽しいですよ?多少のリスクは…えー、あれです。余裕を持て、優雅を垂れろ、でしたっけ」

「常に余裕を持って優雅たれ、よ!……はぁ」

 

ここいらが潮時だろうか。

 

「リン、ではまた」

 

「ええ、じゃあね…」

 

彼女は私の名前に言い淀む。

そう言えば教えていなかったか。

 

「オルタ、オルタと申します。以後お見知り置きを、リン」

 

「Alter?Jr.(ジュニア)みたいね、変わった名前だわ」

 

「でしょう?覚え易くて気に入ってます」

 

ニッコリ笑って返す。

 

「私は楽しみにしていますよ、リン」

 

「…ホントに来るの?」

 

嫌そうな、或いは面倒そうな色を滲ませた声を上げるリン。

ここでの撤退は下策というものだ。

 

「そうだ、電話番号をお教えしますから後で連絡下さいね、リン」

 

「電話………?えぇ、分かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

後日、私とサクラはアポも無しに彼女の家を訪問することになる。

今現在を生きる人々たる大衆と、過去を見詰めて突き詰めるが生涯の魔術師との違いを私は実感することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンと別れて暫し。

付き纏う不躾な視線に心中穏やかでいられなくなった私は胸中のもやを吐き出す。

 

 

「……その下卑た視線を収めろ」

 

 

「ほう、見えていたのか」

 

黄金の気配を漂わせる男が顕れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アレ、誰だコイツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その容貌は美丈夫そのもの。

女が黄金とこの男を見比べたらどちらを取るだろうか。

だが触れれば恐らく冷たい金属のような男なのだろう。ひやりと硬質な雰囲気がする。

しかしハートの底まで見透かし貫いて来る様な紅い眼力がとってもクール。

 

 

 

 

控え目に言って超抜筆頭(ちょうばつひっとう)イケメンである。

 

 

 

 

 

 

彼は気が付くと唇が触れるかと思う距離にいた。

 

 

「ホァ〝ア〝ア〝ッ〝――!?」

 

 

 

爆ぜる心臓に意識を取り戻し、反射的に飛び退いた私は突として不安になる。

髪をいじいじ整えつつ私は訊いた。

 

「貴様、なに者だ!」

 

 

声が上擦(うわず)った。

死にたい。

 

 

「ふむ、知音(ちいん)に瓜二つだったのでな。許せ、生娘(きむすめ)

 

……コイツ今なんつった。

 

 

「貴様の謝辞は受け取ろう。その上で(ただ)す。貴様は、何者だ」

 

 

「当世の衆愚は余程不学と見える」

 

 

大気が私を圧し挽こうとする。

胸三寸(むねさんすん)で破裂しそうな程に拍動する心臓を握り潰されそうな感覚。

古今東西諸国の臣民に扮した経験が過程を飛ばし、至った結論に直感が警鐘を鳴らす。

 

コイツは王だ。

しかも圧政者、暴君に相違ない。

 

 

「この面貌(めんぼう)拝謁(はいえつ)する栄誉を賜り、膝を折る事すらせず知らぬと申すか」

 

 

汗が頬を伝って行くのがわかる。

 

 

「……随分と余裕が無いな、金色の王」

 

「手慰みに貴様を余興としても良いのだぞ?だが我は寛大だ。二度目は無いぞ」

 

―――――()()ね。

 

 

血を四肢の末端から凍り付かせる様な瞳が私の反抗を封ずる。

 

コレがこのヒトの在り方なのだ。

叛逆者には末期を想わせる視線一つで応える。

……彼等の目に私は()く映ったのだろうか。

問答無用でないだけこの王は情けがあるとは言えるのかもしれない。

 

「その瞳が気に食わん。この我を裁定するか、雑種。いや――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――貴様、(すで)に人ならざるモノに身を(やつ)したな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…失礼する」

この場から一刻も早く立ち去りたかった。

それまではこの感情の発露を抑えねばならない、何としてもだ。

 

 

「気が変わった。女、名を(そう)せ」

 

 

歩みを止めて踵を返さず流し目に敵愾心(てきがいしん)を露にする。

 

 

「貴様に名乗る名など無い。その不埒極まる目をやめろ」

 

 

彼が呟くも関わらず私は振り返らずに歩き去った。

 

 

「催しを開くも王の務めか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ話:絶対破壊の一撃

 

 

 

 

 

 

 

ここが天王山。

この戦を納める者がブリテンを治めるだろう、そんな大一番になる筈だった。

 

二つに割れた円卓。

一方は父上が、一方は母上が。

あの毒婦を擁した母上はあろうことかソイツを黒い駿馬、ラムレイの背に乗せ軍を率いて現れた。

戦場のど真ん中にだ。

明らかな挑発だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、両雄共に戦場の中央、先陣の先頭にいた。

異例中の異例、気を違えた所業だ。

だが両軍ともに異を唱える者は現れる筈もなく。

何故か?

答えは両者が掲げた。

 

 

「この身は(びょう)。最果てに御座(おは)す尊台の影法師。貴台の与えた(たも)ふた安寧を(やぶ)る者に聖罰を乞ひ(たてまつ)る―――――

 

 

昼夜の逆転を錯覚させる程に息苦しく重く厚い曇天を刺し、太陽に代わり、光輝の塔がブリテンの人々を(あまね)く温かに照らす。

 

卑王に似つかわしくない光を認めた騎士王が、聖剣から戦場に(あまね)く集う兵共に夢を魅せる。

騎士達を鼓舞するが如く足元から燐光が立ち昇る。

 

 

「束ねるは星の息吹―――――

 

 

 

―――13拘束、全開放――――

 

 

 

 

 

 

―――輝ける命の奔流――――

 

 

 

―――空を裂け――――

 

 

 

 

 

 

 

―――『討つは星の仇敵』―――

 

 

 

―――『地に突き立て』――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――受けるが良い―――

 

 

 

―――『喰らえ』―――

 

 

 

 

 

 

 

 

――約束された勝利の剣(エクスカリバー)――!」

 

 

 

――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)――!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空前絶後な規模の極光が瀑布の如く溢れ出す。

 

視界を埋め尽くし目を焼き付かさんとする程の眩さと熱量に星の爆発を想起させた。

 

とっくに卑王は呑み込まれたものだと誰もが思う光景だった。

星の咆哮そのものに敵う人間などいる訳がない。

 

だが世界を諸手(もろて)で支える神ならどうだろうか。

 

 

 

 

「――――――――――ッ!!」

 

 

 

 

 

己の(たけ)りなど星のソレと比べたらみみっちいものだ。出した傍から掻き消される。

けれど、安っぽいが、ここで押し負ける訳にはいかない。

雄叫びを上げて全身から魔力を絞り出せ―――――

 

 

 

「ッ――――――――――!?」

 

 

 

 

 

星の体温に炙られて赤熱していた大地が溶け出す。

 

 

熱に強い筈だった竜鱗の具足は灼光を放ち、その隙間に溶岩が滑り込む。

 

 

足元で輝く泥濘に足を取られまいとする。

 

 

乱れる体幹を立て直す。ソレだけでもこの場においては神業に他ならない。

だがその間に捌ききれなかった余熱と余波に兵士達の足元が、大地が、地層が捲れ上がっては瞬時に燼滅(じんめつ)していく。

最早この場に五体満足で済む者はいない。

だが身動きの取れる者もいない。

一帯の地表が衝突点を中核に星の血潮と化しては星の轟く咆吼によって辺り全体に飛び掛かり、押し寄せるからだ。

目蓋を開けば眼球が干上がるどころではない。

故に何人たりとも原初の風景を拝むことは許されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝具の衝突に大口を空けた空が裂けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空から現れた白磁が誇張抜きに空を覆い尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覗かせた顔だけでも茫漠過ぎる大きさに全容を測れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリテン島の最端、雲の上の遥か先、成層圏の彼方、そこに羽ばたく幻想種だけが把握出来たのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗚呼、あれこそが最果ての塔――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オルタ「あなただあれー?」


金ぴか「うわー、しょじょだー」


オルタ「は?」



金ぴか「おまえもおれのこと知らないの?バカじゃね、殺すわ」


オルタ「」



金ぴか「こっちみんな、あっちいけ」


スタスタ





いじめかな?



○追記
最後と言えど神代に生きた人間は頑丈です。
だから溶岩浴びたぐらいじゃ死にません(震え声)



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(音が聞こえない) + extra

ヌッ!フッ!フッ!



はぁ″ぁ″あ″あ″あ″あ″ぁ″ぁ″ぁ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″ぁ″ぁ″ぁ″ぁ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″

ピタッ



○追記
おまけ追加しました


桜は(とう)うに散り、しかし蝉は未だに大人しい。強い湿気に混じって揮発性の若葉の香りが感じ取れる、初夏の季節。

 

サクラと私はリンの家に来ていた。

「オルタ…さっきからどうしたの?」

 

「…助兵衛(スケベ)です、以前此所らで会敵しました」

 

桜が首を傾げる。

理解できないのも仕方ない。

視るだけで自分という存在の秘部や恥部が(つまび)らかにされるのだ。

頭の中に留めてさえいれば良いのに、少し待たせる間に片付けると言うに無遠慮に部屋に押し入っては黙々と観察され、男児諸君であればメディア媒体の履歴から性癖の赴くままに閲覧したデータの子細を目の届く所で堂々と()られる気分になるだろう。

つまり私が過去に演じてきた失態、総じて墓場まで持っていきたい過去も公にされる恐れがある訳で……

私の醸す剣呑な空気に何時とはなしに桜が脅えていた。

「ちょっと恐いです」

 

「…彼は総毛立(そうけだ)つ様な視姦(しかん)魔なのですよ」

 

「でもオルタが不審者みたいで…」

 

愛すべき天使から真っ直ぐに放たれた矢がハートにクリーンヒット。

ぐっさりである。

心が痛い。

 

「承知しました、致し方ありません」

 

とは言えこの国にはある(ことわざ)がある。

人の口に戸は立てられぬ、と。

教えてくれたのは行き付けの店主や同い年、年下の友人等々…

ふと思った。

私の秘密、軽くね?

でも、しかしだ。

悩みの類いの秘密は打ち明ければ縁の結びを固くする。

ポジティブなだけの関係よりもネガティブを混ぜた方が互いの絆を強く感じさせるものなのだ。

よって方針は以後も変わらじ、以上。

 

「…サクラは私の秘密を触れ回らないで下さいね」

 

「えっ?……えー、あはは…」

 

サクラは正直、何て()い娘なのでしょう。

分かりますとも。他人と話す時、話題に困るとネタにしたくなりますよね。

秘密だからと念押しされるからでしょうか。

 

「ううう、サクラぁああ~~」

 

「…ごめんね、オルタ」

 

よよよとサクラに撓垂(しなだ)れ掛かり、いいえと答える。

 

「サクラがごめんなさいを言える娘に育って私は嬉しい。さぞや言いづらかった事でしょう、私は嬉しい!」

 

「家の前で何やってんのよアンタ達…」

 

「…あはは」

友人に家族劇場を目撃されて面映(おもは)ゆいだろうサクラは私を突き放さない。

やはりサクラは情け深い。

「ほら、入って」

 

 

「行こう」

 

「ええ」

 

入館を促すサクラから離れて共に

敷居をまたぐ

 

 

 

瞬間―――――

 

 

 

 

 

 

―――――サクラ!!」

 

 

 

私達の死角、頭上から鎖を連れて幾本もの(くさび)が飛来する。

ロンの槍を振り払い様に手中に()び出す。

初撃の後は馬上槍の特徴であるその円錐の様な形状で只管(ひたすら)に逸らし続ける。

噛み砕かんと降り下ろされた牙が獲物の余りの硬さに()れ落ち、地に突き立てられる。

咲き乱れる火花。

耳障りでけたたましい擦過音(さっかおん)と轟音、相応に視界を塞ぐ程の粉塵。

 

「――――っぐ」

 

 

私の用いる武器に選択肢があったとすればコレは間違いなく悪手だ。

室内でこれだけの長得物(ながえもの)は取り回しに支障が生じる。

加えて足下にはサクラがいる。

楔に穿(うが)たれでもしたら頭蓋でも吹き飛ぶだろう。

 

「なに!?なに?なんなのよ」

 

そうだ、リンは無事か。

視界が阻まれて無傷かどうか判別出来ないものの疳高(かんだか)な声が聞こえる。

良かった、元気そうだ。

 

視界の端で(きら)めきがチラついた。

 

意識の隙を突かれたと悟った時には既に遅かった。

渦を描いて数多に浮き漂う鎖が私に絡み付き縛り上げた。

 

 

「リン!サクラ!隠れて」

 

 

 

「「!」」

 

 

好ましくないが神威(しんい)を叩き付けて彼女達を従わせる。

「がっ」

 

すると錯覚か、巨大な(かいな)が私を絞め殺さんと力を籠めた、気がした。

角を曲がって姿が見えなくなると静かに声を荒げた。

 

無沙汰(ぶさた)だったな、暴君」

 

何処からともなく声がする。

 

「では、問おう。雲の上人(くものうえびと)が地に満ち這う(ケダモノ)を訪ねる道理とは何だ」

 

 

「……貴様の器量は零細規模なのだな」

 

自尊心があるのは結構な事だ。無ければ(かえ)って本人が困るというものだが、このヒトは気位が(いささ)か以上に高い。

大方その欠点を補って余りある敏腕っぷりだったのだろう。

 

ところでこのヒトは理由がないと人と話さないのだろうか。

そう(かんが)えていると眉間に皺を寄せた男が外套を剥いで自らを曝け出した。

俗に言う透明マントをお持ちらしい。

 

「ちょっとぉ!?ギルガメッシュ!アンタ何してくれてんの」

 

 

家の惨状に悲鳴を上げ、真っ青になった顔を鬼の赤に染め上げて暴君に突っ掛かるリン。

 

 

微動だにしないが彼に本気で殴りかかる様は、時代が時代なら庶民を(さぞ)かし奮わせた事だろう。

かく言う私も涙が零れそうな程に心震わせている。

リン!そこです!いけー!

 

「…愛する父母の遺品を損じ、息女を眼前に感ずる所はないのか、悪鬼め」

 

「問題などあるまい」

 

「大アリよッ!!」

 

間髪入れずにリンが怒鳴り散らし、双手(もろて)を振り上げては怒りを叩き付ける。

 

「桜が来るからっ、ずっとっ、準備、してきたのにッ、アンタのせいでっ!桜がっ、桜にッ……ぅあ″あ″あ″あ″あ″~」

 

 

「……」

 

くしゃくしゃの泣き顔に大粒の涙をぽろぽろと流すリンに、痛ましげな表情のサクラがそっと寄り添う。

 

リンの(なお)も泣きじゃくり蹲る、何時にもない姿にショックを受けたサクラは毅然と仕立て人を睨み付けた。

 

「あなたみたいなヒト、嫌いです。姉さんの前から消えてください」

 

 

「……」

 

 

「消えて!」

 

 

リンに感化されたのか、体を突き動かす激情が薄れて恐怖が先立ち始めたか。

私としてはハラハラモノだ。私ではなく彼女等が生きた心地がしない。

彼が気を取られてか、(ゆる)んだ鎖の拘束を破る。

ソレに気付いた彼は露骨に舌打ちした。

 

「……興が削がれた、此度(こたび)は此処までとする」

 

 

蝶番(ちょうつがい)から外れた戸、(れき)(ちり)が散乱し、見る影もない玄関へと去る際の彼が指を鳴らした。

とたん、家屋全体が揺れ始める。

 

「な、なに…」

 

「……」

 

「サクラ!リン」

 

不安げに戸惑うリンを緊張した面持ちで抱き寄せるサクラ。

二人に被せる風王結界(インビジブル・エア)の準備を急ぎ駆け寄る。

 

 

 

震えが収まっていくと全てが元通りになっていた。

物を見る目はないので判然としないが修復された部分が心なしか良くなっている…気がする。

具体的には新品ぽいぐらいとしか分からない。調和が保たれているせいか際立つ事がないのだ。

 

 

 

(やしき)の隅々から金色(こんじき)の粒子が浮かび上がり、男の隣の虚空へと波紋を立てて姿を消していく。

 

 

 

外に出た彼は此方を振り返って太虚(たいきょ)を掴み、引き下ろした。

どうも家を包んでいたらしい金色の膜を取り払ったようだ。

彼に付き添い漂う鎖がソレを(まと)めて(くる)み、例に漏れず消える。

 

 

「貴様宛に幕引きの贈呈品だ、向後(きょうご)(つと)めよ」

 

 

「え、私」

 

 

珍事に次ぐ珍事に茫然とする私達。

豪奢に包装された、ご多分に漏れず金色の手提げケーキバッグがぽんとリンの差し出した両の手の平に置かれる。

 

 

「其れは我が蔵に()って今一度納める。(きよ)らに()するのだぞ」

 

 

 

返事も聞かず彼は悠然と立ち去った。

 

 

 

「ちょ、ちょっと!待ちなさいアンタ」

 

「何だ、小娘」

 

 

勢いのまま家を飛び出たリンが男を呼び止める。

 

「アンタが私達の為に色々と尽くしてくれたのは分かったわ。だから…その…」

 

羞恥に汗顔(かんがん)する彼女は思い切ったのだろう。

顔に表れた通りに決然と彼に宣告した。

 

 

「……謝りたいの!後パーティーに参加しなさい!功労者を(ないがし)ろにしては遠坂の名が廃るわ」

 

紅潮した頬、腫れた目元に(めもと)

寧ろその為に若干16の若当主はとても、とても貴く見えた。

 

 

過ぎた不遜、不尊に彼は伏し目になり、そして―――――

 

 

 

「……ククク

 

 

「…」

 

 

「フフフ…」

 

「……?」

 

 

「ハァッーーッハッハッハッハ!!」

 

 

「うわっ」

 

 

これ以上に愉快、痛快なことがあるだろうか。

爽快に笑う彼はボディランゲージを交えて高らかに喚声を上げる。

 

(まなこ)におが屑が詰まっていたのは(オレ)の方だったか!良い、良いぞ、小娘。その殊勝な気構(きがまえ)に我が宝物を以て(むく)いようではないか」

 

 

「!」

 

 

相好(そうごう)を崩して喜色を隠そうともしないリンにサクラと私は顔を見合わせ、眉根を下げて破顔した。

 

「……と行きたい所だが」

 

「……」

 

折悪(おりあ)しくも我は忙中(ぼうちゅう)の身でな」

 

肩を落として急転直下の心情を(あらわ)にしたリンに、慈しみを多分に含ませて男は語りかけた。

 

「そう項垂(うなだ)れるな、我は再び(まみ)える時節(じせつ)(こいねが)っているぞ」

 

「じゃ、じゃあ」

 

「ああ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無念…!」

 

 

「もう、ダメです…」

 

 

 

「あの性悪金ぴかぁ…!」

 

 

リンの部屋、小さな食卓を囲むように突っ伏した三名各々の手元。

断面から煮沸(しゃふつ)するマグマを滴らせた中華まんがあったという。

 

挿されたチョコプレートには可愛らしいロザリオの意匠が施され、「復縁おめでとう」とチョコペンで記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハハハハハハ!!」

 

 

 

「ふははははは」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

○おまけ:Another round table

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

19XX年、紛争地帯にて

 

間隔の短い発砲音。

エコーを残す破裂音、爆撃だろう。

抵抗する兵士は残念にも召されてしまったのか。

思い違いだったのか銃撃が再開される。

しかし先程と比べると豆鉄砲のような弱々しさを感じる。

設置された機銃から逃げ出しては涙ぐましい特攻に生き急いだか。

悉く睡魔を粉砕する悪魔共の貢献により意識の断絶の縁をさ迷う俺、間桐雁夜はにっくきあの臓硯に積まされた金に目が眩み、遂には此処まで来てしまった。

金の誘惑に負けた?いや、違う。いや、違わないが俺はソコまで卑しい男ではない。

単純にアレだけの金を費やすほどに、あの外道老獪間桐臓硯が個人に対して価値を見出だしたというのが大いに好奇心を煽ったのだ。

決してライター生活が苦しかった訳じゃないぞ、あんなトコいるよかマシだ。

 

話を戻そう。

俺は臓硯からの情報を元に南アジア、某国へと足を運び、文明の残り香を臭わせるコンクリートジャングルを行き交う銃弾の中、ようやっと彼女の元へ辿り着いたと言うわけだ。

初対面はダットサイト越しだった。

極小の死神が飛び交う中で命の危機に固まる俺はさぞや間抜けに写っただろう。

瞬きした後には彼女の顔が視界一杯に映り、サイレンが響かすドップラー効果の様な背中の痛みに、俺は押し倒されたのだと理解した。

第一印象は『きっと美人なのだろう』だった。当たり前だがここは先進国ではなく、また衣食住と平穏を大多数が享受出来る国ではない。

満足に食事は取れず、体は清潔に保てず、微かな音に飛び起きれば倦怠と苦痛に哀哭する全身を推して生存を全てに代わり優先させなければならないのだ。

肌は女性と言えど荒れ、埃を被って縒れた髪は脂ぎって頬に貼り付き、臭いは据えた汗、老廃物の混じった油に脂、血、砂塵、硝煙、糞尿、全てが雑ぜられていた。

しかし女を魅惑的に見せる香りだけは別にしたのだから女性という生き物は不思議である。

千年の恋も冷めると言うが、正に此れが当てはまる。

臓硯が俺を寄越したのはまさか彼女に幻滅したくなかったから…ではないだろう。

 

 

長期に渡って甚大に過ぎる精神的、身体的負荷に晒される兵卒未満たる彼らの苦労は如何ほどだろう。

そんな中、仲間と集う時彼女は時折くしゃりと笑う。

優雅でも美しくも洗練されてもいないが、暗く罅割れた心に沁み入り爽やかな風を窓口から呼び込む、皆が皆周りを照らす発端となる笑顔だ。

 

ある時同行して契機を伺い続ける俺に危うさを覚えたのだろう。

こんな所まで命を張って来たのだ。

ルポライターとしての魂に火がついてしまったのだ。

 

国境紛争が小康状態を迎えるのを狙い、彼女は私のインタビューに答えてくれた。

 

彼女が前にポツリと俺にこぼした、空を馳せ回った事があったのだと。

その舞台は未だ嘗て、これからも歴史に綴られる事のない国境を巡った大戦争―――――

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

私は手始めに、椅子に深く背を曲げ座り、狙撃銃を抱いた彼女の話に出てきた彼について訊いた。

お喋りな彼女はその後もするすると語りだした。

 

Uh, him?

 

Yeah, I know him.

 

It's going to take a while.

 

It happened years ago.

 

 

塵埃すら幻想的に照らす光の指す窓越しに(たたず)む、名も知れぬ女神像を彼女は肩越しに見詰める。

昔を懐かしむといつもこうだ。

彼女が籍を置いていたという空軍が属する国と関係があったのだろうか。

 

 

 

Did you know? There are three kinds of aces.

 

数々のエースと相対し、相棒と盡くを墜としてきた彼女は省みて彼らを三つに大別する。

 

Those who seek strength.

 

彼女は横に親指を立てる。

 

Those who live for pride.

 

次に人指し指を。

 

Those who can read the tide of battle.

 

最後に中指を。

 

Those are the three.

 

And her?

 

照れ臭そうにはにかみを見せた彼女は決して私に言わんとした己の異名を口にした。

 

She was a fighter pilot they called '' sorrow wing pixy ''

 

This girl was his buddy.

 

誇らしげに、されど自嘲する様に語る彼女は胸元のポケットから写真を取り出した。

比翼の鳥の様に飛翔する一対の戦闘機を、操縦席から撮ったモノクロのソレは切り取られたフィルムを思わせた。

 

He is the man I seek.

 

It was a cold and snowy day.

 

 

彼女が再び戦火に身を投じる所以の一つになった彼、円卓の鬼神と謳われしその人。

彼とのランデヴーに至るフライトの数々が、廻転し、色彩を鮮明に取り戻して蘇る。

 

そう、あれは雪の降る寒い日だった――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「因みに今申し上げた事は虚偽だ」





「へぇっ?」








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嘘つきハリセンボン

自分語りは生きる上で必須。
国外で心理学を修めた人が言ってた。

だから皆もしよう、ね?(同調圧力)
人とも仲良くなれるんだ、悪いことじゃあない(暗示)


「それで?この前は見逃したけど結局貴女何者なのよ」

 

「……リンも私を辱しめるのですか」

 

リンがすっとんきょうな声を上げる。

 

「はぁ…それで、貴女は私と桜の間にしこりを残したいのね」

 

「い、いえ、言います」

 

確認するかのような口調。

その言い方はズルいと思う。

ときにコレはサクラにも言っていなかったか。

 

「私は女神です、世界を流浪する身にて―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――は?」

 

 

「リン、コレは虚辞ではないのです、どうか傾聴して頂きたい」

 

 

「ふぅん…じゃあ聞かせて貰おうかしら」

 

 

「えぇ、では――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は女神、人造の女神。

人間の手による被造物としてこの世に産み落とされた物。

現代ではクローンと(たと)えられる。

定められた用途、存在意義の遂行の為私は急速に成長し、自然と短命になるよう設計された。

当時私が帰属していた国家は民草をも戦火へと()り出す様な、修羅の国でした。

けして絶えぬ侵襲。

得るのは生傷だけの賭場に命を賭する日々。

月が昇れば飢えを誤魔化す為に床に沈む。

昨日の友は(ささ)やかながらも私達を(ぬく)めた笑顔を怨念にゆがませ、怨讐(おんしゅう)の果てに命を散らしては今日の友が悲哀と怨恨という疫病(えきびょう)に冒される。

勇気を振り絞り打ち解けた新しい朋友(ほうゆう)達は、出来た側から洟垂(はなた)れに(もてあそ)ばれる小さな命のように死んでいく。

 

あるのは掛け値無しの地獄。

 

 

友朋(ゆうほう)も極限を迎えていたのだろう。

だが私も限界だったのだ。

私は力を欲した。誰にも犯すことの出来ない程の絶対的な力を。

心の平安が欲しかったのだ。

私の出自故に何等か特徴的な魂に利用価値を見出だした魔術師、私の母胎代わりとなった彼女が返礼を条件に協力してくれた。

私の故国は最後の神代。神代が収束する地、故に最果てはソコにあった。

無神論者だった私はしかし、目と鼻の先で神秘的に屹立(きつりつ)する塔に救いを見出だした。

涙を滂沱(ぼうだ)の如く流しては祈った。

ただでさえ日常の苦難に心身を磨り減らされていたのだ、旅を経て磨り切れ、自ずと必死に、無心に(おも)っていた。

どうも私は信者第一号だったらしい。

私の祈念(きねん)によって生まれた神としての彼女は、私がそうあれかしと願ったからこそ慈悲深い性格を持ち得たらしい。

彼女は私を依代にし、私の内側から御前の力を注ぐ事で死の淵にいた私を御手で救い上げてくれた。

急速に神に近付いた私は肉を持ちながらも現代の法則に抗う事が出来るようになったのだ。

奇跡の報答(ほうとう)として、私は彼女の責務、その一助となることを宣誓した。

祖国に帰還し力を振るい、兄と共に机に齧り付いた。

しかし状況は悪化の一途を辿った。

何も変わらなかった。

強いて言えば変わったのは私がいた事で救えたかもしれない彼等が指の隙間から溢れ落ちただけ。

卑しき王に打ち()った。

蛮族を絶滅させた。

そうして外敵がいなくなれば敵は内から湧いた。

爆発する程の不満は共感できた。

良くぞ今まで耐えてくれたと思った。

殺したくなかった。

違う、もう親しい人すら死んで涙するのはもうイヤだった。

 

だから割れた二つの一方を私は(にな)った。

喚き叫んだ、隠していた血縁を錦の御旗として。

最愛の妹、彼女の完璧だった王政を侮辱した、反乱分子を全て纏め上げる為に。

積み上げてきた屍、兄に手解きを受けて培った政治手腕、草の根運動と対話で育んできた民衆と騎士の信頼と温情。

全て利用した。

私について来てくれた大事な人達を信用させる(騙す)ために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲しく、惨たらしく、ありもしないユメ(栄光)

業火めいた誘蛾灯に皆が縋り付く様に手を伸ばしては身を投げ入れていく。

 

 

戦争があるから争いが絶えないのだ。

 

騎士なんて偶像があるから…

 

 

故にこそ暴虐として君臨した。

街中を散策すれば人っ子一人外に残らず窓を閉めるよう民衆を教育した。

 

憧憬を浮かべ走り寄る幼児(おさなご)を初めて蹴りつけた記憶は、烙印の様に今も目蓋の裏に焼き付いている。

 

騎士には強さだけを絶対的な価値として、王となったその日から体に徹底的に叩き込んだ。

 

刃向かう者がいれば恐怖を刷り込んだ。

団結して反抗する者がいれば独りで蹴散らし舌を抜いた。

力を誇示しようとする魂胆が見え隠れした輩は自負心を手折(たお)り親指を切り落とした。

毒を盛った者は魔術で特定し、彼等の側にいた人間の畏れを煽った。

獣欲を昂らせて飛び掛かる者は椅子に縛り付け、(あぶ)った一物を良く噛んで(のど)を通らせた。

政治で私に抗する程能が有るものがいないのは幸いだった。識字率が極めて低く、誰も彼もが見て見ぬフリをしていたのだから自明であるが。

 

いずれの悪虐も私に罪悪を抱かせたのは最初の数度だった。

 

 

そんなある日、(かつ)て打ち倒した竜の生まれ変わりだと見なされ、『卑王』、そう呼ばれているのを知った。

 

 

 

私は暗君ではなかったが、騎士王ですら『ああ』だったのだ。塞き止められた濁流に堰が切れるのも問題だった。

 

 

だからあの日、槍を愛しい人に向けたあの時、二重発動した宝具で猫も杓子も欺いた。

そして大地に穿ち立てた塔で私の国を最果ての地とし、神代に跳ばすことに成功した。

 

 

後処理を終えた私は現代に慮外(りょがい)にも残ってしまった幻想種を導く手伝いを続け、その都合で国々を周り今に至る――――――――――

 

 

 

 

 

――――――という訳です」

 

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

二人とも黙ったままだ。

こんな話をされても反応に困るだろうに。

 

「ハァ…」

 

辟易した様な表情のリンが溜め息を吐く。

 

 

 

 

「アンタ、アタシ達に哀れんで欲しいの?辛かったねって」

 

 

慚愧(ざんき)に顔が沸騰する。

気恥ずかしさの余り口が窄んで顔は茹で蛸だろうに青息吐息である。

 

 

そ…そうです…構って……欲しかったんです…

 

 

「……」

 

 

顔も見れずに足下に視線を固定した私を誰かがそっと抱いてくれた。

 

「はいはい、辛かったわねー…どう?これで満足した」

 

随分とおざなりだったがソレが有り難かった。

胸のつっかえが取れた気がしたのだ。

離れるリンに目を合わせると照れ臭そうにそっぽを向いた。

 

「コレはあの時のお礼よ。…後、アンタ実はあんま気にしてないでしょ」

 

その通りだ、1500年も経てば記憶も薄れるほどには癒えている。

頬が緩み、目尻が勝手に下がり、口角は上がる。

 

「フフ、バレてましたか?話したくて堪らなかったのです」

 

安堵と呆れが綯い交ぜになった態度でリンは大きく息を吐き出した。

 

「誰彼も大なり小なり悩みを抱えているものよ。その中でもアンタは悲劇のヒロインタイプね」

 

「…自覚はしていましたが…」

 

耳にしたくない程胸に突き刺さる言葉だ。背が冷える。

負け惜しみの様だが誰かに言われると大層堪えるものだ。

 

「それで、アンタは噂の槍は持ってるワケ」

目を輝かして尋ねてくるリン。

少々申し訳無いが嬉しくも案じてくれたサクラもこの時ばかりは好奇心が見え隠れしていた。

 

「サクラもこちらへ」

今や魂と殆ど一体化したロンの槍を、()まったパズルのピースの様に取り外す。

私と言う鞘の胸元から光の柱の柄を掴み、引き抜いた。

一目でこの世の物ではないと納得させる光景に彼女達は食い入る様に見詰めた。

 

「あの時は一瞬しか見れなかったけど…アンタの話、嘘じゃなかったのね」

 

「信じて無かったのですか」

 

唖然とする。そんな気はしていたけれども

 

「綺麗…」

 

飾らないサクラの賛辞に恥じらうも得意満面の笑みになってしまった私は得意気に語る。

 

「一昔前までは私もこの方とブイブイ言わせていたものです」

 

「ブイブイ……?神体、でしょ、ソレ」

 

「いいえ、まぁ子機の様なモノですが……あの御仁そのものです」

 

もう何も言うまいという表情のリンに対し、サクラは純粋に思った事を口にしてきた。

 

「良いんですか?大事なヒト…?、なんですよね」

 

「……まぁ、私達は一心同体ですから」

 

リンの言いたかった事はそれかと今更ながらに勘付き彼女から目線を外した。

15、6の子女が呆れ果てるという事実に目下私の心は針の(むしろ)である。

 

 

 

 




前回の元ネタ気づいた人いる?


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柱列石

此所は間桐邸、テラスのある客間。日の光が浴びたいと強請る私に臓硯が不承不承付いて来た形だ。

 

「定着率はどうなっておる」

 

「あれから幾年(いくとせ)掛けたと(おも)う」

 

「愚問だったか」

 

「貴様の思慮深さは美徳だがな、(やや)待ち草臥れたぞ」

 

「…今般(こんぱん)の聖杯戦争、お主はどう見る」

 

「 棚からぼた餅、というヤツだ。今日日(きょうび)誰しもが聖遺物を求めて奔走している筈」

 

ゆくりなく笑ってしまう。

御三家は(すくな)くも、一般の参加者は怱怱(そうそう)たる事だろう。

 

「…生憎、儂も可也(かなり)の物は用意しとらん」

 

 

「何と」

 

渋るような表情のマキリが言う。

珍しいがマキリと言えばマキリらしい。

私の想像以上に乗り気でないのだろう。

60年の間隔を空けて行われる冬木の聖杯戦争。

ソレが前回からたかが10年で挙行(きょこう)と来た。

彼の願いへかける思いの丈は知っている。

500年と言う個人の生にあるまじき年数がその証だ。

慎重に慎重を期したいと言うのは当たり前なのだろう。

それならば―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキリ、私はユスティーツァを殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

冬の聖女ユスティーツァ。

彼女と魂の繋がりがある者を討ち果たす。

確実を期すために。

 

 

「……貴様も長くはないだろう」

 

魂が腐ると言うのはどんな感覚なのだろう。

自身は人間という自覚を持ちながらも、肉体は蠢く蟲でしかない矛盾。ソレは一体何れだけの苦痛が伴うのか。

私の様な凡下には想像も及ばない。

 

「先ずは不老不死だ。それからじっくりと当たれば良い」

 

 

「……」

 

 

 

私と彼の合間にある卓上の携帯を一つ取る。

魔術師は絶望的な迄に機械に疎い。

私が独自行動を取る都合上、覚られない連絡手段が必要と考えた結果だ。

別れの挨拶に返辞がない事に背後を振り返ると、私に背いて射し込む陽光に身を置くマキリがいた。

珍しいこともあるものだ。

 

―――――――――――――――

 

 

 

自室のベッドの上で指を弄ぶ。

見詰めるのは先輩に気取られない様包帯を巻いた手甲。

考えるのは今日行ってしまうヒトのこと。

私が悲嘆に暮れていた時傍に居てくれたあの人。

特別なことはしていない。けれどお爺様すら含めた私達を取り巻く空気は、彼女が此処を初めて訪れたその時から確かに明るくなった

数年の付き合いだった。

幼少の思い出に抱いた切なさが充たされていく、そんな日々。

思い出が一つ一つ泡沫のように浮かんでは消えていく。

怖がりな私に話すことで心は晴らせるのだとオルタが身を以て教えてくれた時。

私から始まって、歩み寄ってはすれ違った兄さんと他愛も無いことをぎこちないながらも話し合えた時。

 

学校であったことへの所感へわからないだろうに共感してくれたオルタやお爺様。

テストで良い点を取ってきた時は費やしてきた努力や姿勢をオルタが誉め、お爺様が鼻が高いと仰ってくれた時。

食卓を皆で囲んだ時。

 

オルタが持ち寄ったUNOやトランプで兄さん達と興じた時。

オルタと私で兄さんを煽った時。

逆に彼らが結託して私をからかったのを怒った時。

何をせずとも一緒に居てくれた時。

日頃から目につく所を共に指摘し始めて喧嘩に発展した時。

姉さんと共通の話題で盛り上がった時。

 

……そして兄さんが私に告白してきた時。

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜ぁー」

 

っはい!

 

「何変な顔してんだ、さっさと行くぞ」

 

「今行きます」

 

 

扉の隙間から引っ込んだ兄さんの後を小走りに追う。

前の背中をちらと見ると今でもヘンな気分になる。

 

 

「桜」

 

「はい」

 

「衛宮のこと、今も好きか」

 

「…はい」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お爺様とオルタのいる玄関へ私達はやって来た。

 

 

「主賓を待たせるとは良い心掛けですね。シンジ、サクラ」

 

「兄さんが懲りずにアタックしてくるから…」

 

そう言うと兄さんは弾かれたかのように私を見て叫ぶ。

 

「ハァ!?バッ、サクラお前!」

 

「『懲りずに』、ですか」

 

そもそもオルタには兄さんの激白を打ち明けた事は無かった。

必ず根掘り葉掘り知ろうとするだろうから。

 

「いや!今回のは違うんだぁって」

 

「ほぉ、因みに前回は何と」

 

掘った墓穴に嵌められた兄さんは喋れば悪い方向に進むと考えたのだろう。

憤りをお腹の内に収めてだんまりになってしまった。

 

「――――っ!…ハァ…」

 

オルタが私に好奇心丸出しで窺ってきたので私は論無く返答した。

 

「……内緒です。ね、兄さん」

 

「…全然内緒になってないからな、ソレ……あー、もう」

 

身を引いたオルタ。

驚いたことにあっさりと真実の追求を諦めたと思えば今度はお爺様に問い掛けに出た。

 

「マキリはご存知でしたか」

 

「慎二の声は全く良く通る。今からでも演劇部に入らぬか」

 

「クソー!」

 

やっぱりお爺様には全て筒抜けだったらしい。

予想はついていたが、私が恋を叫んだのではないのに恥ずかしくなって下を見てしまう。

「…前戯(ぜんぎ)はここまでにしましょう、もう時間です」

 

「前戯ってお前…」

 

「慎二」

 

異存のある様子の兄さんに改まってオルタが向き直る。

別れの挨拶だろう、切り換えた兄さんは静かに聞く姿勢をとった。

 

「……何だよ」

 

「一度で諦めてはなりません。男を磨いてリベンジですよ」

 

「もうその話はいいっつってんだろ!」

 

兄さんには悪いけれど私にはこうと決めた人がいるのだ、きっとその努力が別の形で実を結ぶことを(いの)っています。

オルタは次にお爺様の方を向いた。

 

「大事なことですから…それとマキリ」

 

「ふむ」

「シンジやサクラに余り意地悪してはいけませんよ」

 

「いやはや、蟲の耳にもタコが出来そうだわい」

 

「もう、私は真面目にですね」

 

「聞いとる聞いとる。刻限が迫っているのだろう、桜にもはよう言やれ」

 

「私の心髄ごと潰してしまいますよ」

 

ぞんざいな態度のお爺様にそう言うと彫像の様に固まってしまった。

私の見ない所では二人は何時もこうなのだろうか。

 

「…サクラ」

 

(いよいよ)私の番だ。

どんな忠言が飛び出るか分からない、背筋が伸びる。

 

「はい」

 

「赴任期間を終えたら必ず帰って参ります、くれぐれもご自愛ください」

 

「…」

 

赴任。

きっとソレは嘘なのだろう。

包帯の上から左手で隠した令呪を見る。

部活からの帰宅途中、迎えに来ていたオルタや一緒に帰路にいた兄さんと巫山戯ていたある日のこと。

ソレが私の手の甲に、焼き印が押し付けるれるようにして現れた時、打ち抜けにオルタが黙り込んでしまった。

少しの間だった、だけど表情の削げ落とされた彼女の有り様は異様だった。

まるで人間じゃないような…

 

「サクラ?サクラ、どうしましたか」

 

「はい?…いえ、そう言えばオルタは女神様だったなぁと」

 

「はぁ?何いってんだオマエ」

 

「お主、言うたのか」

 

信じられんといった様子で驚嘆したお爺様に兄さんが面食らう。

割りとトップシークレットだったのかもしれない。

その事実に優越感が湧く。

 

「なに、マジなの?カミサマ?コイツが」

 

「不敬ですよシンジ~」

 

「あだだだだ!頭が割れる」

 

頭を拳で挟まれ米神にぐりぐりと押し当てられた兄さんが悲鳴を上げる。

 

「冒涜者にも罰を落とした事ですし、私はこれにて、では」

 

「いってぇな…じゃあな」

 

「またの」

 

「またね、オルタ」

 

「えぇ…また」

 

キャリーケースを引くオルタ、彼女が自身の姿が見えなくなる迄手を振るので、捕まえた兄さんと一緒に振り返し続けた。

オルタらしい。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

お爺様の好む暗がりに満ちる間桐の領域。

私達が踏み込んだ戸口、水平線に沈みかけた陽に唯一照らされたその場所。

先頭で夕陽に身を包むお爺様が脈絡無く言った。

 

「慎二、桜。お前達に話がある」

 

 

「「?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

地震の起きたその晩、お爺様曰く聖堂教会がこう発表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『狂戦士を孕む陣営が脱落した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の朝、テレビで災害の特集が組まれていた。

震源地から津波が発生していたらしく、国外の湾へとソレは届いていた、というモノ。

冬木町では一直線上にあった家屋、その全ての屋根が風に煽られた紙のように吹き飛んだ。そしてその線上に出来た、薙ぎ倒された木々の道の先、真新しい土台だけの古城の廃墟が見つかったそうだ。

歴史学者がそのちぐはぐさにある筈がないと、そう唸っていたのが印象に残った。

 

 

 

 

 

 



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登板

オ「初恋の人殺すわ」

虫「」

~夜~

聖「バーサーカー脱落」

虫「」


~一方~

海藻「桜ァ!お前h」

桜「駄目です」

藻屑「」


今二人の男が真っ赤に燃える。
たぶん。





素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師ゾォルケン。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する

――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

伽藍洞になった蟲蔵に吹き荒れる風が収まっていく。

お爺様と兄さんの見守る手前、成功した事実にホッとする。

お爺様の拵えたエルトリエの神殿にあった鏡、触媒から呼び出されたのは、妖艶でありつつも馴染みのある聖らかさを持つ女性だった。

ラベンダー色の髪を凡そ170あるだろう高さから地面スレスレにまでストレートに伸ばし、両目を覆う巨大な眼帯が印象深い彼女。

 

「サーヴァント、ライダー。貴女の願いに応じ、推参しました」

 

魔術の知識が乏しい私にも分かった。強烈に私達を圧す存在感とそこに内包される、一目で幻想と分かる絵画の様な現実感のなさと美しさ。これが神秘。

なるほどこれは病み付き(魔術師)になりそうだ。

 

「……貴女も物好きですね。こそばゆい、ですが悪い気はしません」

 

「す、すみません。ジロジロと」

 

初対面でしかもこれから一緒に戦ってくれる人になんて失礼を。

何時も自分に恥じ入ってばかりだなぁ、私。

 

「いえ、構いません。それよりも助けたい人がいるのでしょう」

 

「それだったら」

 

「僕から説明する」

 

落ち着きに欠けた私の前に兄さんが出る。これは前もって決めていた役割分担。

私が魔術で現場担当。

兄さんは参謀で後方担当。

お爺様からの情報を資材に策略を立ち上げたのは兄さん。だから青写真を見ただけの私よりも、大まかな構造から細部に至るまで説ける兄さんがここは適任なのだ。

 

「―――――上手くいかないなら軌道修正は現場で見聞きするヤツに任せる。まぁ、こんなところだな」

 

「…では今晩は大人しくしていろと」

 

夜に参加者と出会(でくわ)せば必ず戦いに段階が進む。

ソレはダメ。先輩だけでなく姉さんとまで事を構えたくない。

「はい、だからライダーは私と来てください」

 

「?……はい」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

――――良くやった、慎二」

 

顎に肩から指頭、他全身の筋肉が解けていく。

大きく緊張を吐き出した慎二が所労を声に滲出(しんしゅつ)させた。

 

「これから美女と暫く一つ屋根の下か、心臓が止まっちゃうね」

 

「ク、儂も久々に生きた心地がしたわい」

 

「なに、お爺様も嫌われてんの」

 

「どうやら、な」

 

「なんでさ」

 

「知らぬ。大方生前の知り合いに似ている。そんな所かの」

 

「んだよ、ソレ……」

 

二人は桜よりも召喚の成否を一足早く認知していた。

召喚陣から迸る暴風。総身が凍て付き心胆を寒からしめんとする奔流。その害意の余りの濃さに、殺意が実体化したと脳が誤認識を引き起こしたのだ。

「あんなのを撒き散らしてんのがうじゃうじゃいるんだろ。物騒だね、聖杯戦争てのは」

 

「その甚だ物騒な争奪戦に、桜は当事者として身を投じる訳だがな、はてさて」

 

「……そうだね…そうさ」

 

軽口の叩き合いの途中で冷や水を浴びせられた慎二はしかし、義妹の置かれた状況が改めて意識された。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「でね、オルタってば可笑しいの。食べなくて良いから料理はしないんだって」

 

「はい」

 

「試したら100倍生きたオルタよりも姉さんの方が料理、美味しかったの。姉さんスゴいでしょ?」

 

「流石にそれは…」

 

「そう、そう言ったらね、オルタがすっごくいじけちゃって…」

 

「何と言うか、その…女神然としていない、人ですね」

 

「そう!そうなの、だから何でもハッキリ言っちゃって…」

 

マスターの私部屋に入室し、ベッドに腰掛け小一時間近くこのペースである。この()―――名はサクラ―――の弁舌は減衰する兆しを見せない。

昔から話すことの滅多になかった私は(かね)て限度を超えてしまった。

もう頭がぼーっとしてきている。

聞き手に徹していると考えることが少ないからだろうか。

 

「…大丈夫?ライダー」

 

「…えぇ」

 

「じゃあライダーの話を聞かせて」

 

「はい?私の、ですか」

 

「ライダーから聞きたいなぁって」

 

困った。

自分のことなんてどう話したら良いものやら。

しかし両姉様と腐るほど言葉を交わしたのだ。大丈夫、私の嗜好にドストライクな少女が目の前にいようとも私は揺らがない。

憶すな私、これはチャンスです。

……眼帯していた事に感謝せねば。

 

「私は……私には二人の姉がいました。上姉様と下姉様、ステンノとエウリュアレ」

 

私の生は常に彼女達と在った。だからこの二人を外すことは出来ない。

なら私達三姉妹の出自から。

黄金のリンゴを摂取することで老いを防ぐオリンポスの神々。一方、私達は不老不死を生得としていたので彼等に倣う必要は無かった、筈でした。

寸分違わず、同一の存在として生を受けた三姉妹の内、私にだけバグがありました。それは不老不死という概念の欠落。

図体を肥大化させていった私に比べ、何時までも幼気(いたいけ)で愛らしい上姉様と下姉様。

そう、姉様方は愛らしく――――

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「すごい、すっごく可愛いんだ、お姉さん」

 

「ええ、そうです、そうなのです」

 

三時間にも及んだ専守の末、私の精神は疲弊していた。

汲めども尽きぬライダーの上姉様と下姉様への歪んだ愛。偏らせたのはその姉様方だが、一言で表すと歪に尽きる。

私には少々刺激的に過ぎる愛情表現の数々。

特別強烈だったのは、付け始めの眼帯に嗜虐心を燃え立たせた上姉様、ステンノ、彼女が馬さんごっこで平手を用いた愛撫を股下のライダーに施したという話。蕩けた顔のライダーは魅力的というか…煽情的だった。

 

奥手かと思えば爛れた姉妹愛を滔々と紡ぐライダー。

相槌を打つもそれは淡白なものになりつつある。

思考に空白が時折生まれる。

切り上げたいという思いと邪険にして憂わしげにしたくないという思い、そして早く寝なきゃという育ててきた倫理観が手を取り合い、私の停まっていた頭脳は熱を宿してケイデンス(回転数)を引き上げる―――――!

枕元に寝転がった私が手に取り見るのは、そう、目覚まし時計!

 

「ねぇ、ライダー」

 

「はい?」

 

「明日もあるから、ね」

 

長針と短針が指すのは2の数字。

夜は深く、規則正しく生活をおくる子供達は寝静まるお時間なのです。

 

「サクラ!申し訳ありません、つい…」

 

薄々感じていながらも止め時を失っていた所だろうか。オーバーリアクションではない。

 

「ううん、ライダーが一杯喋ってくれて嬉しかった。ありがとう」

 

「いえ、そのようなことは…」

 

こうして腰が引けないよう次に繋げる。

自己満足だけど先に進んでいる、成長しているという充足感がある。

 

「私はこれから寝るけどライダーは?」

 

「私には睡眠は必要ありませんので…」

 

「四六時中立つの?」

 

「そういう事になりますね」

 

気を紛らわす物もないのに、これではとんだ拷問を強いてしまう。

 

「お布団持ってくるね」

 

「サクラ、要らぬ手間は…」

 

必要ないと言われて小癪に感じる。冗談まじりに弧を描いた口で言葉を投げ掛けた。

 

「じゃあ一緒に寝ます?」

 

「……」

 

ライダーがもじもじしてる。

もしやこれは攻め時では…?

謎の直感が私につつめく。

 

「ライダー、一緒に寝よう?」

 

「い、いえ、それでは礼を欠きます」

 

「私もライダーもしたいなら問題なしです」

 

「……し、失礼します」

 

風に吹かれた紫水晶の砂塵めいて消え去るライダー。

潮合いを誤ったかな、これは。

催された間の悪さに躊躇われるが念話を通して伝える。

 

『寝たくなったら来ても良いですからね、ライダー』

『……』

 

出来ることはした。果報は寝て待てと言うし、天井から垂れ下がる紐を引いて電灯の明かりを消す。

脳内に蓄積した程よい疲れが私を眠りに誘っていく。今晩は良く寝れそうである。

 

 

 

 

暗い瞼に浮かぶ残念を自己弁護で押し殺す。コミュニケーション中は不安を感じては相手に伝わってしまう。だから守りに入ってはいけないのです。空気がどこか不安定になってしまう。相手と楽しむ為にはその感情に蓋をするのだ。

 

……それにしたって初対面の相手にがつがつしすぎちゃったかも。

追われる側の気持ちもわかる身としてはライダーが引いてないことを祈るばかり。

反省、反省です。

反省は悪い事ではありません。悦ばしい未来を導く()める営みなのだから。

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平気で人を殺す、お前みたいなヤツに…!」

 

迫る赤槍。

己から流れ出した命を固めた様な穂先。

突然、青が視界に降りる。

 

「おわっ」

 

「ちっ」

 

吹き付ける突風、バブルピンクの花吹雪。掃除していた土蔵に引っさげられては瀰漫(びまん)した塵埃(じんあい)

体を震う轟音を認知し、(ついに)に何かが天井を突き破って落ちてきたのだと呑み込んだ。

心做(こころな)し乱暴な召喚ですが、宜しい」

 

立ち込める暗雲から見える一筋の光明が、朝焼けの奇跡を画いて黒雲を切り払う。

ついた土埃もそのままに、怜悧な相貌の少女がこちらを向く。

 

「問おう、貴方が私のマスターか」

 

 

 




NGネタ

「ほう。その剣、その眩耀、手前みてぇな小娘がかの騎士王とはな」

「これからその小娘の細腕に咽び泣くのだ。胸を張れ、英雄」

「…へぇ、漢気のある嬢ちゃんだ。気に入った」

「……ふむ、先程の非礼を詫びよう。私はブリテンの赤き竜、この剣を畏れぬなら掛かってこい」

「…アイルランドの万夫不撓、クランの猛犬だ。推して参る」




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ちちくりあい

~○前回のあらすじ~

騎「やっべこの娘超タイプ」

桜「えっちだ…」

―――――
士「誰だお前は!」

剣「自分召喚雑過ぎない?まま、ええわ」

士「あ、どうも」(かわいい)


「アーチャー、アレ宝具よね」

 

「そうでないことを切に祈る」

 

血相を変えたアーチャーに途中から抱き抱えられ、僅かな間に衛宮君の家が見えてくると、天まで(のぼ)る光の柱が消えては駆け昇るのを始めた。

 

「―――勝利の剣(カリバー)!」

 

「のわ―――っ!?」

 

漆喰壁と瓦、そして直撃を免れた槍兵が、共々に路上に投げ出されるのが見えた。

 

「バカ野郎!宝具ってのは魂みてぇなモンだ。そうバカスカと――――」

 

約束された(エクス)――――」

 

虚しく罵声を上げる彼と私達の目が合う。

一度しばたくとアーチャーの肩に手を置く彼がいた。

 

「アーチャー!良いところに来たな、助かったぜ!」

 

そう声を張り上げた槍兵はじゃあなと言うだけ言って、陸上部の手本足り得るランニングフォームで走り去った。

 

「―――嵌められた」

 

ここで思考が追い付いた。

 

「――む、新手ですね――」

 

上段に朝日を掲げた女性が衛宮邸の敷地から路上に現れた。

平時であれば見惚れる光景だが今はそんな場合ではない。

 

「ちょっと、アーチャー!?」

 

隣の男は我を忘れ木偶と化していた。

 

「アーチャァァアアアアア!?」

 

「セイバー!待ってく―――

 

「―――勝利の剣(カリバー)―――――!」

 

極光が視界に満ちる。

走馬灯の駆け巡った久遠の寸秒の後。

夜空が表れ、寒さを感じた体に自身の生存を知った。

 

「はへぇ」

 

変な声が漏れ出して座り込む。

何気無い星空が止事無(やむごとな)く感じられた。

 

「――坂、遠坂!」

 

「はっ」

 

級友の面前という実態にさながら幽体だった意識が戻り、曝した醜態に熱気を発する顔を背けてしまう。

 

「知り合いですか、マスター」

 

「あぁ、同級生の遠坂って言うんだけど…」

 

衛宮君の首の向きに連れ添う――間違いなく英霊だろう――が追従する。

 

「誰だ、アンタ。遠坂の知り合いか?」

 

「君は…」

 

「はい?」

 

衛宮君の問い掛けを無視して彼に付き従う英霊に食い入るアーチャー。

もう我慢ならない。

 

アアアアチャァアアア!!

 

出したことの無いような爆音が咥内を震わせた。

口を一文字に結んだアーチャーが私を向く。

ぜったい許さないから。

 

「何なのアンタ!?主人を見殺しにして早速新しい女に粉かけようってワケ!?」

 

「いや、そう言うわけでは…」

 

眉根と唇の上下の付近に筋肉が寄るのがわかる。私の形相は今どうなっているのだろう。

 

「じゃあさっきのは何?見蕩れてたとか抜かしてみなさいよ、その妙ちくりんな格好のまま警察に突き出すわよ?」

 

「妙ちくりん…」

 

「…」

 

「…な、なぁ遠坂」

 

ギッと衛宮君を穴が空くほどに睨み付ける。私に手を伸ばしていた彼が固まり、そっと引いた。

怒りを発散した私は途端に我に返った。

 

「あ…らぁ、端たない所をお見せしちゃったわね~」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

衛宮君と隣の彼女からの眼差しが痛い。

アーチャーが同じモノを向けてくるのが度し難いほどに気に障った。

 

 

「何よ?」

 

全霊の敵意と殺意にも届く怒りを視線に込める。

 

「………いや、すまない」

 

「『いや』ってなに?」

 

「…すまない」

 

消え入る様に霊体化したアーチャーに鼻を吹き鳴らして鬱憤を外に放出する。

 

「…なぁ遠坂」

 

「なぁに?衛宮君」

 

そうだ。衛宮君に用があって来宅したのだった。まさかこのお人好しが魔術師とは思わなかったが。

しかし、そうなると危惧が生まれる。

 

「ここじゃ何だし、(うち)に入れよ」

 

「いいえ、ここで結構よ。それよりも大事な話があるの」

 

心当たりの無さそうに振る舞う衛宮君。

 

「…なんだ?」

 

「桜のことなんだけど」

 

「…」

 

魔術の余香は学内ではしなかったが、ああも足繁く通っているのを聞くと勘繰ってしまう。

 

「魔術で誑かしてない?」

 

「するわけないだろ!」

 

心外といった態度の衛宮君。

だが魔術師とは往々にして外道である。皮を一枚剥いでやればどうなるか。

 

「へぇ、ふーん」

 

「遠坂、信用してないだろ…」

 

「だって魔術師よ?」

 

「それはこっちの台詞だ。まさか遠坂が魔術師だなんて…」

 

同好の士を見付けたと嬉しそうな衛宮君。

…私達の認識が食い違っている気がしてきた。

 

「ねぇ、衛宮君。魔術師の定義は?」

 

「魔術を使う輩じゃないのか」

 

「…聖杯戦争って、知ってる?」

 

「セイ、ハイ?何だそれ」

 

予想を上回る答えが返って来る。どうしたものかと頭を悩ませているとセイバーが衛宮君に水を差す。

流石英霊。聖杯からの知識は十全…

 

「恐らくHoly grailの事でしょう」

 

「ほーり…何?」

 

「…Christ…が晩餐に用いたという杯ですよ」

 

「くらい……て何だ?」

 

「お願いします、mu…ju」

 

「魔術師よ」

 

主従揃って何も知らないらしい。

セイバーに至っては長年海外に居着いた留学生並みの言語能力だ。

聖杯の不手際は御三家の不手際だ。私が責任を負うしかあるまい。

 

「…はぁ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

柳洞寺の山門へと続く階段を鋭い音色の足音を鳴らし、飛ばし降りる()があった。

人の背丈程もある打ち物、物干し竿と呼ばれる長刀。

半生を共にした相棒を棄て、武芸者であれば断じて許容できないだろう、礼節を失した半身への扱いに一瞥もしない男が頂の寺門にいた。

 

裡に産まれた違和感を知覚した時、己は手遅れなのだと悟った。

(はらわた)を圧し、肉を引き裂き、尚々膨れ上がる激痛。

体内から()り上がり、口腔へと溢れる血。

――――よもや、魔蠍蛇蠍(まかつだかつ)の類いとはな―――――

 

内側から心臓を圧し潰され、途絶えた血液に脳が停止した男は仰向けに倒れた。

やにわに腹が、指向性を与えられた空気の叩き込まれた風船が如く膨張する。

 

■■■■■■■■■――――!!

 

産声が上がる。生への悦喜に満ちた、総身の毛が逆立つ怪鳥の歓呼が甲走る。

雛鳥が殻を突付き破る様に顕れた黒()くめに血染めの男は、男の胎から這い出ると門の上に跳び乗った。

臓腑と血色(ちいろ)の上機嫌な髑髏(しゃれこうべ)は、辺りを見渡し地形を把握すると広大な敷地に明かりのついた一角を目指した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

嗅ぎ馴れた臭いがする。

平安その物のこの場に度を過ぎて相応しくない、異彩な臭いが。

 

「どうしたのですか、宗一郎?」

 

立ち上がり一成に言う。

 

「皆とここにいろ」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「アサシン、出てきなさい。アサシ…」

 

念話の通じなくなったキャスターは門口(かどぐち)に来る。

確かにアサシンはいた。

陰惨な手口を想わせる屍体と成り果てて。

一目で術式の概容と生唾を飲み込んだ。

此れは悪辣なやり口だ、しかもサーヴァントというシステムに詳しい者のソレ。

必然コレを仕掛けたのは聖杯戦争において手練れとなる。

 

(宗一郎様!)

 

念話を試みながら、結界を起動させると領域内に集団から離れて行動する、愛慕するあの人の魔力。

強大な反応はない。

ああなんてこと、よりにもよって―――――

 

 

目の前に振り翳された刃が有ろうとも構わない。

慕い人の元へ転移する。

やはり、いた。

 

 

――お前、本来のアサシンか!」

 

近くにいた宗一郎様を後ろ手に庇い防護壁を周囲に展開、壁の曼陀羅を背に、如何にも暗殺者然とした男へ魔砲を掃射する。

暗殺者を触媒に暗殺者を召喚された。

だが此方には未だ令呪があり、マスターとしての権利を持ち合わせている。

やることは一つ。煙幕が晴れぬ内に詠唱する。

 

「令呪を以て命ずる―――」

 

「良いのか、その男」

暗殺者の片言めく呟きに、反射で宗一郎様を見る。術中にいると判っていても。

 

 

「首を、切った」

 

「――――」

 

 

ぱっくりと口の開いた首から絶えず鮮やかな血を垂れ流し、表に見える襯衣(しんい)の襟を染め上げた宗一郎様がいた。

彼の虚ろながらも一本芯の通った立ち姿は揺らめいている。

 

 

 

「宗一郎!」

 

平衡感覚を失った上体を抱き支え、治癒魔術をかける。

月明かりの照らす、足元の藺草(いぐさ)は本来の色ではなく、接触した箇所は余す所無く濡れていた。

 

「いや…いや…」

 

冷たい御身体に涙が溢れそうになる。血を流しすぎた。もう助からないかもしれない。

落ち着いて判断する冷めた自分がこの上なく忌々しかった。

 

「誰か!誰か!」

 

どれ程の時を喉よ壊れろと皹が入る勢いで声を搾り上げただろうか。

坊主の一人が駆け付けた頃には、召喚されたアサシンは姿を暗ませていた。

 

 

 

 

 



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それぞれの戦い

不安が止まらなくなりそうだったので投稿しちゃいますね。
……不安だなぁ









物体が空を引き裂く轟音。

イヤホンを両耳に差していた会社帰りの男は驚いた。隙間を埋める密着型のソレで、最大音量の音楽を流していたにも関わらず耳を劈いたのだから。

人の疎らになった帰途で気晴らし途中だった所、気分を害された男は戦闘機乗りの不幸を願った。

それにしたって随分な低空飛行を試みる操縦士がいたものだ。

職場にでも墜ちねぇかなぁ。

サイレンを鳴らして横を通りすぎる救急車に男は合掌した。

 

 

 

新都のビル群の屋上で睨みを利かせる弓兵は気付いた。

背後に現れた人物こそがその騒々しさの主だと。

着地に遅れ、騒音を引き連れて飛来した者へ番えた矢先を向ける。

 

「……」

 

常であれば皮肉の一つも投げるものだが、今回ばかりは言葉を失った。

セピア調の砂嵐の内に不朽に輝く日々の記憶(ヽヽ)、ソレを引っ張り出す面構(つらがまえ)。そして信じ難い軽装、超常を匂わせない程に現代へ馴染んだ服装。

一般人?子孫?魔術師?伝承保菌者(ゴッズホルダー)?英霊?否、そんなことは関係ない。

排除する人種、その絶対の基準が揺れ動いた須臾を彼女は突き込んだ。

仇なすのならば容赦はしない。

背に広がる夜空へ飛び退き、身を投げ出した弓兵は、矢を引き絞り、放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「っはぁ、ハァ、ハァっはぁ」

 

足が上がるばかりで前に進んでくれない。胸の付け根は痛むし肋骨の裏辺りも呼吸の度に疼く。

服は肌に張り付き額を伝う汗もなく、咽頭は咳を吐き過ぎたみたい。

今すぐにでも歩みを止めてしまいたかった。

けれどそれは出来ない。間に合うものも間に合わなくなってしまうかもしれないから。

途中目が覚めてしまった私は、予行演習としての偵察を頼んだ結果、一時眼帯を外したライダーと視覚を共有する。

膨大な霊力の発露を感じ取ったライダーがそちらを見た。

英霊とは凄まじい視力の持ち主らしく、間桐邸の天井から柳洞寺から救急隊員と御坊さんに、担架で運ばれる葛木先生と、彼に付き添う素敵な人が見えた。

 

(あれは…恐らくキャスターですね)

 

(えっ)

 

葛木先生達と一緒に救急車に乗り込む、時代錯誤な格好の女性に焦点があたる。彼女は腫らした目許から涙を流していた。

 

(じゃあ……眼鏡の人は)

 

(マスター…でしょうか)

 

葛木先生は上級生に人気のある教師だ。反対に私達下級生には恐がられており、そうでもない。だから言葉をかける機会は職員室で挨拶するぐらい。

けれど日常的に顔を会わせる様な人間が死ぬだなんて、考え付かなかった訳じゃない、その時になって私は実感を伴ったのだ。

 

(サクラ、あれを)

 

新都の方で、小振りの花火が上がったのかと思った。

コンクリートジャングルを縦横無尽に駆け巡る大蛇の様に連続する閃光の付近には、人、だろうか。二つの粒が光に見え隠れしていた。

 

(あれって…)

 

(弓兵と…何者でしょうか、撃ち合ってますね)

 

あれは、あの方向には病院がある。

糸屑の様に絡まった感情が胸の内に湧く。

起きようとする体を引き止めた。戦争とはそういうモノなのだ、有志であれば尚更だ、自業自得、やむを得ない。

それなら、と浮かび上がる先輩と姉さん。

初見で特定できる、伝える特徴を考える。

 

(…赤毛短髪の男性と同年代の髪の長い二つ結びの黒髪女性、見つかる?)

 

(お待ちを……)

 

先輩には痣が浮かんでいた。

姉さんは御三家の内の一つ。

前者はとにもかくにも、後者はきっと参加しているだろう。いや、目をそらしちゃいけない、二人が参加している可能性を。

 

もし、もしそうでなくとも。

傷付いた葛木先生が浮かび出る。

死なないかもしれない。

でも死んでしまったら?

話したら二人は優しいから慰めてくれるだろう。けれど私が誰かを見殺しにする人間だと思われたら?その事を話さずとも、後ろ暗い思いを抱えずに二人と顔を会わせられるのか?

少なくとも私は絶対に、笑顔で誰かを見殺しにしたなんて言えない。

 

自分が嫌いになりそうだった。

 

胸の奥でつっかえるモノがあった。

葛木先生と睦まじいだろうあの女性。

別に感謝されたいのではない。

ただこうすれば良かった、ああすれば…。そう、後悔だ。後悔が早くも存在を主張していた。

まだ助けられるかもしれない。

何で助けに行かない?

 

 

余分な思考が生まれる前に体を勢い良く起こす。

寝巻きの上からカーディガンに袖を通すとスリッパから運動靴に履き替え外に出る。

 

「……寒いです」

 

冬木と言えどもこの季節の冷気に首筋がぶるりと震える。

走れば温かくなる、そう自分に言い含めて駆け出した。

……取り敢えず姉さんの家に行こう。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「サクラぁ!!」

 

懐かしいとすら言える怒声に体が反応する。気分は悪いことをして見咎められた子供のだけど。

 

「お爺様から聞いたぞ、何やってんだ!お前!」

 

自前の自転車をこいで追い付いてきた兄さん。

心配してくれているのだろう。

息を整えてもバツの悪さに言葉が出ない。

 

「……」

 

「……」

 

「帰るぞ、桜」

 

「ま、待って!」

 

言わなきゃ。

私の腕を掴んだ兄さんの手を握り返す。

 

「……」

 

「……」

 

何でもいい、出鱈目だって構わない。言え、言え!

 

「先生…」

 

「先生が?」

 

「先生が大変なの!助けなくちゃ!」

 

「……」

 

真剣な眼差しの兄さんはじっと私を見て何も言わない。不安がムクムクと膨れる。

自分の行いが親に駄々を捏ねる子供のソレなのは分かってる。やっぱり駄目だったのかな……

 

「ダメだ、その言葉が本当だったとしてもな」

 

背筋が冷える。見透かされてた…

 

「乗れ」

 

「……えっ?」

 

そっぽを向いた兄さんがぶっきらぼうに言う。

 

「行き先は?」

 

何で?どう言うこと?一体全体わからない。

混乱する私を兄さんが催促する。

 

「行き先は!?」

 

「新都の病院の方、です…」

 

「ふぅん…」

 

ほら乗れよと言うのでおずおずと兄さんの腰に手を回して二人乗りになる。

 

「とばすぞ、しっかりつかまれよ」

 

 

―――――――――――――――

 

兄さんの言葉通りの速度で坂道を駆け降りる自転車。

落ちたら只では済まないだろうし、バランスをソレで崩したら兄さんの身も危ない。

がっしり掴まっていると触れ合う体を媒介に前を向く兄さんの声が不意に聞こえた。

 

 

「なぁ、桜は何がしたいんだ」

 

「……?」

 

「……本当(ヽヽ)は、何がしたいんだ」

 

私は何がしたいんだろう。

兄さんの言う通りだ。感情の赴くままに出てきたけれど、冷静になるとどうして自分を突き動かす程の衝動が湧いたのか不思議だ。

 

 

「それは、先生を…助けたい、から…」

 

さっきと比べると勢いが明らかに衰えている。

 

「僕はね、お前はそこまで殊勝な奴じゃないって思ってる」

 

突然なその言葉に催した反感を口に出す。

 

「兄さん…」

 

「まぁ聞けよ。でもな、お前はそうあろうって奴だって僕は思う」

 

「……どういう、意味ですか?」

 

「お前は良い人間であろうって奴だってコト。先天性衛宮じゃない、後天性衛宮だ」

 

「何です?ソレ」

 

思わず笑いが溢れる。

 

「笑うな」

 

兄さんの言うことは違うけれど、全く外れてはいない。

 

「私は…兄さんの言う通りです。良いヤツでありたいんです。先輩や姉さんに顔向け出来るような」

 

「…それが先生にどう繋がるんだよ」

 

「さっき柳洞寺で葛木先生…多分キャスターのマスターが救急車で搬送されていくのを見たんです。ライダーの目を通して」

 

乾いた空気に良くブレーキの音は良く通る。急に止まった兄さんは私に振り返った。

 

「お前敵のマスターだぞ!?」

 

お前は自分の立場を弁えてそんなことを言っているのか。

そう問う兄さんに私は頷く。

 

「……でその先生は危険な状況下にいるって?」

 

「搬送先の病院付近で二人のサーヴァントが戦ってるみたいなの」

 

「ハァ!?馬鹿なのお前?」

 

お爺様にサーヴァントが如何なるモノかを聞かされた私達の認識はこうだ。

とびきりエゴの強い天災。

お爺様をしてこう言わしめるのだから会えば録な目に会わないだろう事は予想がつく。

しかし災害と災害はぶつかりあうのではなく、合併してより大きな災いとなる。被害を撒き散らす事だけに焦点を当てると、英霊とは正に厄災なのだ。

ライダーと言えどそんな場所に単身では危険だろう。

 

「ライダーだけじゃ心配だから姉さんや先輩に声をかけようかなって…」

 

「……待ってろ」

 

兄さんが電話を掛けるが空しくコール音が響くだけだ。

 

「家電繋がんねぇじゃねぇか。あークソ、衛宮の野郎…まぁ、いっか。帰るぞ」

 

手は尽くしたと言わんばかりに自転車を降りる兄さん。兄さんは考えを曲げたのではなかった、最初からこうだったのだとこの時気付いた。

 

「向き変えるから退け」

 

「…兄さん」

 

「……何だよ」

 

思い出すのはマスター(主人)サーヴァント(従者)を超えた関係を思わせる二人。

 

「…キャスターにとって葛木先生は大事なヒトみたいなの……兄さんはもし私が危険な目にあってたら、どう思う?」

 

「だから帰るんだよ」

 

どちらを天秤にかけるまでもないと即答する。私の問い方は卑怯だと思うが、兄さんの答え方もズルい。

黙るしかなくなった私が自転車を降りるとライダーから念話が来た。

 

(サクラの仰った御二人を見付けました。教会の近くに一人加えて三人でいらっしゃいます。

それとですが、弓兵と争っているのは馬上槍を所持する女性とお見受けします)

 

馬上槍、女性。

 

(ランサーかと思われますが…)

 

(ライダー、その人の髪色は…?)

 

 

 

 

 

 

(はい?……サクラと同じ、綺麗な(すみれ)色、ですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

実感がまるでない。

(たち)の悪い冗談とはこう言う事を言うのだろう。

 

(ライダーは戦況と二人の様子を私に報告して、私は先輩と姉さんの所に行きます)

 

念話を切ると兄さんを呼び止める。

 

「兄さん、新都の方で弓兵とオルタが戦ってる」

 

「……ホントか?」

 

「先輩と姉さんは聖堂協会にいるって」

 

「うわっ、新都の方の奥じゃないか…急ぐぞ、桜」

 

はい。

そう言おうとすると目の前に人が降り立った。

 

「その必要はございません。私はライダーですので」

 

「ええと…」

 

話が見えてこない。どうするつもりなのだろう。

 

「つまりですね…」

 

「おい!何すんだよライダー!」

 

ライダーに抱えられた兄さんがママチャリの篭にお尻からダンクされる。彼女は次に荷台を叩いた。

 

「こういうことです。お乗りください、サクラ」

 

「ふざけてんのお前?ねぇ?」

 

「私の騎乗はA+。例えママチャリだろうとWGP覇者に勝る走りをお見せしましょう」

 

「何ソレ?てかそういう問題じゃないんだけど!?」

 

お爺様に二人の見張りをお願いすると携帯を閉じてライダーに抱き着いた。

 

「お願い、ライダー」

 

「待って、マジでこれで行くの?」

 

「お任せを、サクラ」

 

ライダーのペダルに乗せた足がぶれる。瞬間、空気の壁に体を引き剥がされそうになる。

視界を流れる風景が闇色に融けてゆく。

 

「嘘だろぉぉぉおおおおお!?」

 

ごめんね、ありがとう。兄さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「どうしたんだ、遠坂」

 

「アーチャーと念話が繋がらなくて…?」

 

チリンチリン。教会を出た三人の元に鐘の音が届く。

 

「とぅっ」

 

目前の下り坂を跳んで来たのはママチャリに跨がる三人組だ。

月を背景に彼らの姿が目に入る。

自転車とは飛べる物だと言う錯覚を見る者に植え付けた一瞬だった。

 

「きゃぁぁあああああ!?」

 

「シンジ、オウチ、カエル」

 

ドリフト走行から車体を進行方向の垂直に傾けると、タイヤを押し当てられたタイルから黄色い声が上がり、黒い轍が出来上がった。

 

「…」

 

「…」

 

「シンジ、サクラ、御到着ですよ」

 

鉢から枯れた植物の様に、籠から手足を投げ出す慎二。

女性の背に押し付けた顔を呆けさせる桜。

一人だけ声に喜色を滲ませた色々妖しい女性。

 

騒然としたお出迎えだ。マスター共々と言うのは身を守る為か、それとも戦う以外の別の企図があるのか。凛は訝しんだ。

士郎は割りとそうでもなかった。級友と殺し合えと言われて躊躇い無く出来るか?出来たらソイツはきっと人間じゃない(魔術師だ)

 

「桜?慎二?大丈夫か?」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

全身の筋肉が疲労を訴え、吐き気に頭が冷める。

ライダーの運転は完璧だった。故に彼女に張り付けるギリギリのラインを攻められ続けた。責め苦とはこのことか。

ただ派手な登場の甲斐あって一触即発という空気でもない。今がチャンスだ。

二人に敵だなんて思われたくない。でもここまでライダーと来てしまった、後には退けない。兄さんだっている、私は一人なんかじゃないんだ。

何かあったらライダーが私と兄さんを守ってくれる。

お前は他人からの悪評と自分にとって替えのきかない人を天秤にかけるのか?

震える唇を噴き上がる心火で()じ開ける。

 

「…大丈夫です。それよりもです。姉さん」

 

姉さんの方を向く。

彼女の緩んだ表情が引き締まった。

此処に着くまで何を言ったら良いのか、どんな返事が来るのか、そしたら何と対応すべきなのか、ずっと思索してきた。

けど言うときになれば心臓の爆発に全部消し飛んでしまった。だから私が言えたのはこれだけ。

 

「オルタが…アーチャーに殺されちゃう…!」

 

助けてと請う。

対する姉さんの反応は芳しくなかった。

どうして?

不穏な未来への鬼胎が小山を覆う層雲の如く心を蝕んでいく。考えていると姉さんがしかめ面になった。

 

「ソイツ、私のサーヴァントなのよ。でも連絡がつかないの」

 

「それじゃあ…」

 

「今不利なのはアーチャーかもしれないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車道を挟んで建ち並ぶ摩天楼を並走する。

重機関銃めいた炸裂音を発する豪速の突きから飛翔する魔力の弾丸。

側面を矢で弾くことで悉くを撃ち落とす。

 

「弓兵に槍を持ち出すかね、それは傲慢というものだ」

 

「……」

 

絡繰りが読めてきた。

巧い、そう思う。

扱う技術は魔力放出と魔力凝縮、身体強化、シンプルなモノだ。

槍を砲身に、炸薬と弾丸を圧縮した魔力で補い、無理な出力から来るだろう反動を筋繊維の隙間すら通す魔力操作で損傷無く耐え、魔力放出で勢いを殺し切る。

地味だ、この上無く地味だ。魅せることを考慮しない、殺しに特化した技術は現代の兵器に通ずるモノがある。

だが調節された速度と威力、籠められた神秘の質量は英霊だろうと銃器を前にした一般の人間と変わらない。

 

(銀の弾丸という訳か…)

 

正面から衝突すれば矢も剣も打ち砕かれる。

空中に投影し、射出した剣総て迎撃に割いている。

怪奇な迄の彼女の狙いの良さがそうさせるのだ。意表を突いた動きにもぴったりと追随する彼女の様は退路を塞ぐ猟犬だった。

 

「根比べなら負けないがね…!」

 

相手の集中力、魔力、或いは体力が切れればこちらの勝ちだ。凜の魔力量は桁外れているが戦いを長引かせる理由にはならない。

陽動を試みれば追い込まれ、後手に回ればより追い詰められる。

なら正々堂々と奇襲してやろう。

 

――赤原を征け、緋の猟犬――

 

 

一様に役目を終えて落ちて行く中、弾の軌道を変えた赤原猟犬(フルンディング)は、当初に定められた目標へ喰らい付かんと減衰せず飛び掛かる。

速度は音速の六倍。

英霊だろうと駆けるだけでは逃げ切れんぞ。

 

迎え撃つ時間は与えない。

相手の気の逸れた所へ弾幕の密度を引き上げる。

対応に間に合わないと見て彼女は跳んで閃くと、白銀に赤のラインの鎧を身に纏い槍を構えた。

 

――風王結界(インビジブル・エア)――

 

彼女を目に荒れ狂う暴風が矢を藁のように端から吹き飛ばしていく。足許に展開した乱気流で赤原猟犬(フルンディング)をビルの屋上に押し留め、更に上へと勢い良く跳んだ彼女は変形(ヽヽ)した。シルエットは人から戦闘機に変わり、繰返し圧搾した魔力をバーナー代わりに後方へ噴かす(放出する)と、空気の膜を幾重にも破った。

瞬きの間の事だ。

(出鱈目だな)

 

だが失策だ、場当たりに過ぎたな。

何故ならソコは私の用意した檻の中だ。

 

 

―――全投影連続層写 (ソードバレルフルオープン)―――

 

 

そうして幾百もの刃が突き立てられた。

彼女の背後の空間に。

対象に向かう武器の軌跡を含めてケージなのだ、ソレをずらされては意味がない。

鷹の目を凝らせば見える。

光を歪ます不可視の渦が。

 

赤原猟犬(フルンディング)が彼女を追って雲丹(ウニ)に近付くと見事剣山の仲間入りを果たした。

ギチギチと音を立てるがそれだけだ。終いには無貌の闇が見える針の穴に吸い込まれてしまった。

 

(…吸収の魔術か!)

 

極々小規模とは言え光すら捉える魔術。英霊を一撃で血霧に変えるだろう殺傷力の高さ。彼女を高速戦闘機だとすると、英霊を一般人の歩行速度に変換可能な程にかけ離れた速力と、ソレを支える無尽蔵にも思える魔力の底の無さ。

とんでもない。尋常な敵ではない。だが…

 

「生憎だが、人並み外れた程度なら見慣れている」

 

霊長の守護者は人類全体を脅かす存在と相対する機会に恵まれている。

此の程度ならば常識の範疇に過ぎないのだ。

 

「それにだ、弓には自信があってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チートタグ追加します。
これぐらいしないとアーチャーの凄さが伝わんないかなぁって…

あとプレビューと編集時で改行のズレが頻りに起こるので可笑しい点があればご報告お願いします。


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すごく痛い

(小学生並感)



「…ちょっと休むか」

 

波立つ心を鎮める為に僕は寝転がる。

 

「おや、今日はもう終わりかい?」

 

「……集中出来ないんだ。少し、休ませて欲しい」

 

「御生憎様。そうしてやりたいのはやまやまだけどね、君の目標は夢に終わってしまうよ」

「……」

 

ささくれ立ってできた高潮を喉元で呑み込む。無い筈の胃がムカムカする。

僕が自分の都合で彼に指導を仰いだのだ。怒りを吐けば、ソレは恩を仇で返すのと変わらない。彼は僕を諭しているのだ、真実を突き付けることで。彼は私を否定しているのではない。

激情が沸き、彼に向かんとする矛先を下げる。

夢幻の体を起こすと手元に何の変哲もない木剣が掌中に顕れる。

 

「では座学は此処までにしよう。ボクにぶつけておいで。ただし型は忘れずにね」

 

痛いのは嫌いだ。恐い。

でも暗い思案に沈むことはなくなる。

 

木剣の柄を握り、立ち上がる。

声を張り上げてにじり寄ると彼が笑った。

 

「後ろ足が動いてないよ、恐いんだね?」

 

顔が茹で()がる様だった。

ここで闇雲に突っ込んでも刺すような鈍痛に苦しむ羽目に会うだけだ。

大きく息吹くと彼はその瞬間を突いてきた。

 

「……!」

 

力負けせず正中に構えた剣を握り締め、逸らして猶直撃コースの刺突を首を傾け避ける。

当たれば、最低でも眼窩骨折は確実だろう。

人体の脆さか、それとも武器によって底上げされた暴力のどちらに恐怖しているのだろう。

きっと両方だ。

固まる体が命の危機に突き飛ばされ、いっそ過敏なほどに動く。

何度目かなんて枝葉末節は忘れたが、これだけは僕はにも分かった。

此方が怯えようが敵はお構い無しなのだ。

そも敵とは命を脅かすからこそ敵と呼称されるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

助けたいという思いがあった。けれど彼女の成長を目の当たりにする度にそれは薄らいでいった。

同時に劣等感、焦燥感、対抗心に嫉妬心が育まれていった。

自己卑下に陥ったが、意欲の削がれていった僕はコレを利用すれば良いのだと思い直した。

そうでないと心が折れても身を粉にする彼女を嫌いになりそうだった。

小人(しょうじん)の僕は大人(たいじん)である彼女を羨む(妬まず)にはいられなかったのだ。

地に這う虫だった僕は、一等星の内でも格別な光輝を放つ彼女に憧れ、眼前にすれば手本にすることもなく、何故と思索することもせず、差だけを見ては嘆いた不満を薪炭に焼き餅を焼く。

彼女を認識すれば醜い自分を意識せざるを得ず、それで毛嫌いすれば新に、なし崩しに私は彼女に嫌悪を感じる様になってしまう。

だから(でも)僕は自分が嫌い(好き)だった。

 

そして僕は願った、彼女になりたいと。

彼女という高潔で曇りのない、貴石の鏡に映る自分の泥じみた醜悪さ。

例外を除いた、僕と彼女だけの奇妙な状況は、どうでも良い誰かがこれを僕に見せたかったのかもしれない。

 

結局直視に耐えかねた僕は、彼女を唾棄する様なろくでなしになりたくなくて、結果、私は克服する道を選んだ。

だから僕は彼女が覚醒している内もマーリンに指導を仰った。

僕が何かを理由につけめげると彼が奮い、起こさせた。

けれど霊魂だけの私だが、無い筈の肉体から生じる疲労に引っ張られる事が数多くあった。

現実に肉を持っていた事による害だろうか。

 

「まだ就寝の時間ではありませんよ、オルタ」

「…下着はみ出てるよ」

 

グイと体が起きる。

貫頭衣だから有り得る筈がないのだが。

まぁしかし、はっきりと醒めたが眠気とは寄せては引く波のようなモノ。

仮眠も録に取れなければ未だ波打ち際にいるのと変わりない。

「…」

 

早速睡魔のお出ましだ。

芯の抜けた意識は波にへにゃりと膝を折り、攫われ、飲み込まれる。

 

「ちょっと寝る、時間を浪費したくない」

 

そう言い捨て返事も受け付けずに私は机に突っ伏した。

床に脊を置くと熟睡してしまうのだが、生前授業中にやってたコレは効くのだ。

「…寝てしまいました」

 

「放って置きなさい。さぁ、続きだ」

 

近隣の人間にはそういう奴だと思われるのが中々に辛いのだが、コレで起きようと意識した結果、寝覚めが良くなるのだ。

とはいえ仮眠は所詮仮眠だ。

砂浜に砂城を建てても程度が知れている。

まとまった休息が何時かは必要になるだろう。

自己が蝋燭の灯の如く消失する。今生安らかに死ぬ事が叶えば、きっとこんな感覚なのだろう。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

目が覚めた。

けれど僕は夢を見ているのだろう。明晰夢 というヤツだ。

僕に肉はなく、よって脳味噌という臓器もない。

マーリンが見せているのだろう。

 

ベッドから上体を起こし、夜に目が慣れるのを待つ。

それにしたって寒い、みしみしと音をたてて芯の血液まで凍てつくようだ。

物の輪郭が掴めるまでに及ぶと邸内を散策する。

二度寝はしたくない主義だが、薄着でスキー場にいる気分だ。薄布の寝床に潜りたい。

粗末なサンダルを履く。申し訳程度の、獣臭いブランケットで身を包み、体を縮こませて寝室を出た。

この邸宅は、この時代においては随分と贅沢な作りをしているらしかった。この毛布も、これでも上等なのだろう。

先ず身体的に強くなければ生き残れない。平時からコレに晒されるとなると、幾多の赤子が風に煽られた綿毛の如く散っていくのも分かる。

軋みを上げて玄関の扉を開くと冷気が頬を突き刺す。

「……」

 

きらつく雪原が月明かりで辺りを照らしていた。辺りを雪虫がふわふわと漂泊している。

肺も氷る極寒の空気を吸い込む。澱んだ空気が消えて寧ろ空っ欠になった心持ちだ。

清爽な見晴らしだった。

嘆美に一息大きく吐くと足を踏み出す。意外と積もっていない。

足跡が映ずることの無い様に前方にのみ歩を進め、立ち尽くした。

久方ぶりの外界は言われ得ぬ絶景だった。

降り落ちては融けて行く思考の間に、ふと音が差し込んだ。

 

「…何してんだ、アル?」

 

「ケイ義兄さんこそ、どうしてここに?」

 

「珍しく月が出てたからな、お前は?」

 

「きっと同じ理由だよ」

 

「……そうか」

 

「今ばかりは不敬をお許しください、ケイ義兄様」

 

「そんなんじゃない、ちょっとびっくりしただけさ」

 

この人が誰だか僕は今知った、今まで意識したことが、認識したことがなかった。

目の前の人が何者であるかは――――恐らく持ち主は――――アルトリアの記憶野が教えてくれた。

彼女が身内に対しても敬う姿勢を崩さないことも。

と言うことは僕は夜更かしをしていることになる。

彼女に迷惑をかけたくはないし、ボロが出るとマズい。

僕は僕という人間でしかなく、他者を演じるのに不慣れな以上怪しまれること請け合いだ。目尻に皺の無いヤツが自然な笑顔を造れるのか?つまりはそういう事だ。

ここはさっさと体を休めに戻ろう。

 

暫くぶりの見知らぬ人間との邂逅に心を踊らせていたが、後ろ髪を引かれる思いで僕は戻ることに決めた。

正直気が気でない中で話すのでは楽しめないだろう。

 

「先に寝るよ、お休み。ケイ義兄さん」

 

「あぁ、お休み、アル」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

昨日見た安穏なアルとは真逆の、熾烈で(ごう)も容赦の無い剣撃。

女の子だからと手を抜いたある日の事を思い出す。

全く油断ならぬ妹だ。

あの時は想像の及ばぬ激しさに意表を突かれ、痛打を頂いた。今回はそうはいかんぞ。

 

「――――ふんっ!」

 

狙いの甘い一撃を鍔で受け止めつつ刃の根本で横に弾くと、思いきり振り抜いた剣に引っ張られアルの体勢が崩れる。

ガツッ。力を込めすぎて勢い余ってしまった。

厚布を巻いたとは言え、木剣は立派な凶器、最も真剣に近い武器なのだ。

側頭部に当たって倒れ伏すアルに駆け寄る。

 

「アル!大丈夫か?アル!」

 

「…えぇ、平気です」

 

差し伸ばした手に木剣で応じられる。体に染み付かせた動きで難なく防ぐが、腰の入っていない振りなのに異様に重い。

「ぅぉ・・・」

 

「そもそもですね、腕の長さが違うんですよ」

「・・・」

 

釈明を端から放棄していたアルが俺の体を指差してズルいと文句を垂れ始めた。

気遣いの返礼に対する不満が驚愕に上から埋められる。こんなことを考えてたのか。他者が周りにいた時と違う、壁の無い態度に、胸の隙間に充足にも似た何かがなみなみと注ぎ足される。

「槍ありませんか、槍?」

 

「あるけど・・・」

 

「貸してください」

 

「それでどうするのさ」

 

「同じ気持ちを味わって頂こうかなと」

 

「いや無理だろ」

 

「何でですか!」

 

ここは大人しく貸した方が面倒が少ないか。しょうがなしに槍を引っ張り出して戻ってくる。

 

「ほれ」

 

「槍でもこれは馬上槍でしょう」

 

何言ってんだアルは。

 

「槍は馬に跨がって突くもんだろ」

この場に馬はいないし、安定性と高い突貫力の為にランスというのは訓練用と言えども重い。俺らのオモチャとは違うのだ。

ただオトナな感じのするコレは何時だってワクワクさせてくれる。俺も何時かは試合で優勝し、騎士として召し抱えられるのだ、父さんの伽話に出てくる騎士の様に。

口を一文字に結んだアルが左手を添え、右手で柄を掴み、両手で持ち上げる。のろのろと持ち上げ切ると誇らしげな顔をした。

「・ぐ・・・ふッ」

 

「ほれ見ろ。マトモに動かせやしないだろ」

 

速度も狙いも拙いアルの突きが、何をするでもなく正中に構えた剣に逸らされる。

突いて、引く。

突いて、引く。

溜め息が出る。避け様に槍を握ってがっしりと固定すると

 

「やぁあ!」

 

風が吹いた。

 

耳鳴りの如く鼓膜を突き刺す甲高い爆風を背後に、アルが飛び込んでくる。驚きに声を上げる間もなく意識の灯火が吹き消され、視界が暗転した。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ごめんなさいは?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「宜しい」

 

恥ずかしい。この年になって(?)子供みたく叱られるとは。とは言え、再びの娑婆に子供みたくはしゃいだことが原因だからこそなのだが。

 

「じゃあ罰として右腕はそのままだね」

 

「えっ」

 

肩を基点にぷらぷらと揺れる右腕。偉大なるマーリンに彼女の体を(尻拭い)して貰えたが、ここでは僕の腕は治して貰えないらしい。

 

「それは困る」

 

書くにも体を激しく動かすにも支障が出る。と言うか凄まじく痛い。汗ぐっしょりになる所まで再現しなくて良いのにと頭の片隅に思う。

子供の神経は敏感だ。小さな頃に中辛のカレーを食べたことを思い出す。

 

「これを機会に両利きになれば良いじゃないか。」

 

そういう問題じゃない。痛みから転じた怒りにそう叫び散らしたかったが非があるのは僕だ。甘んずるしかあるまい。

 

やはりというか、間もなくして僕は音を上げた。

 

「ごめんやっぱこれ治して」

 

「だ~め☆」

 

 

 

 

 




魔力放出のし過ぎには気を付けよう!
痛み感じるんでしたよね?


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初顔合わせ

はきそう


近頃僕は夢を見る。豊かとは言えずとも笑みを浮かべて集う若人の夢。顔形も定まらぬぼかし絵のフィルムには、しかしくっきりと映るものがあった。収穫の喜びに周囲から上がる囃し声の中、焚き火に照らされ、フレアスカートの様なソレをふわりと舞わせて踊る女性。細く滑らかな五指。一本一本がきらめいて波打つべっこう飴の髪の毛。彼女は村一番の美人。名前は何だったか。

 

「アル」

 

「何です?」

 

飾りっけ絶無の、今の彼女には少し大きすぎる服。ごつごつとした、剣士として称賛されるべき手。枝毛だらけのぼさぼさの長髪。

 

「マーリン、櫛貸して」

 

「何をするんだい」

 

「んー、実験」

 

特別面白い事でなくとも構わない。刺激が欲しい。たまには何か別の事をしないとやる気が出ないのだ。

 

「アル、後ろ向いて座って」

 

「はぁ?」

 

櫛を通すと髪がぶちぶちと音を立てる。

 

「いたっ」

 

無心で彼女の髪を何度も梳かす。成果の出る様を視認できる単純作業はやはり良い。心が安らぐ。

ただ髪の毛は持ち主と同じく頑固だったようだ、栄養を取れている証拠である。まぁ毛先の跳ねが目立つ程度まで来れば上出来だろう。不思議となされるがままだったアルトリアの背中を叩く。

 

「はい、おわり」

 

「もう良いのかい?」

 

何故マーリンがソレを問うのか。

 

「此度はこれにて仕舞いでございますれば。あ、あと水鏡出して」

 

「・・・そぉれっ!」

 

この時代にはまだガラス鏡というのがまだ存在しない。

光源以外に何もない、距離感覚すら薄れる漠とした空間に湖面が地面と垂直に、空中に現れる。同時に彼女の髪がさらりとほどけ、金糸飴のように輝きを増し、中天から降る光に照らされてエンジェルリングが出来上がる。

多量の運動と若さによって老廃物の無いきめ細かな、相応の食物の摂取によって枯木を思わせぬ、血の通った肌。顔のパーツは揃っているが故に、後は髪を弄ればどうとでもなるのは当たり前の帰結だった。

髪型一つでも女の子は化けるものだ。逆を言えば如何なる貴石だろうと加工しない限りは輝くことは生涯無い。光ることはあってもくすんだ原石のままその短い賞味期限を終えるだろう。本当、悲しいくらいに短いのだ。

 

「やっぱ美人」

 

「うーん最高」

 

「・・・」

 

その美貌が憎い。賛辞を仕舞い込んでマーリンと共に鏡面上の彼女を背後から覗く。

気分転換を終えた僕は己の虚像を見詰める彼女を放って、夢幻の魔力で体を細やかながら補強し、これまた夢幻の馬上槍を構える。最初の失敗以後、拭えない程の恐怖心が少し薄らいだ気がする。受ける衝撃に意識が逸れれば、体内で行き場の失った魔力で爆発するには変わらないが。

気が変わらない内に仕掛けてしまおう。

 

「じゃあ稽古といきますか」

 

「なんだい、今日は随分と御機嫌じゃないか」

 

マーリンらしくないにやついた笑みに自分の心情が見抜かれたことを悟る。

 

「そっちこそ浮き足だってると足元掬われるぞ?」

 

だからこれは照れ隠しだ。

 

「あはは、ないない」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ねぇ、アル」

 

「はい?」

 

「村一番の美人のあの・・・」

 

「隣り村の、です。ネイグロム、でしたか」

 

「あぁ、その娘、綺麗な髪してるよね」

 

「そうですね」

 

「・・・羨ましくない?可愛いなとは感じたけど」

 

彼女と同調する自分の髪の房を持ち上げては眺める。自分が生前の姿であれば吐き気を催す発言である。

 

「羨ましくないとは言いません。ただ、私には期待される振る舞い方と装いがありますから」

 

「そ」

 

誰かに必要とされる。妬ましい事だ。けれど集団に属すると言うことは、その一員としての期待(重荷)を背負うことに他ならない。羨ましくないとは言えない。だがそれ以上に煩わしさが勝る時がある。僕は人と話す事が好きだ。しかし、毎日三食が好物となれば飽きを通り越して嫌いにすらなるものだ。少し寂しさを覚えるくらいが僕には調度良い。

但しそれ(彼女)これ()とは別である。時にはストレスを発散することも必要だ。他者を演じ続ける行為に可不可は関係なく、負荷がかかるものだから。

 

「で、試験対策は順調かい?」

 

「クソだよ、クソ」

 

漠然とこうする、明確に目標を決めるのとでは人間が発揮する力に大きな差が出る。生徒という立場にある以上は高い点数を取りたい、取る必要がある。そんな意欲や責任感は僕達を更に後押す。だからマーリンに具申したのだが、万力で首が絞まる思いだ。復習、つまりは記憶の定着と要点を抑える為にマーリンに紙束と筆記具を出して貰ったが、ノート術を思い出すには日を要し、加えて問題は重箱の隅をつつく嫌らしさがある。真剣に聞いて欲しい表れなのかもしれないが、試験も復習の一つ、貴重な問題欄を消費してまで覚えるべきは其処ではない。

毎日の会話が無ければ半泣きで講義を終えていたことだろう。満足とは言えずとも着いていける程には英語を鍛えて良かったとしみじみ思う。

 

「マーリン」

 

「はいはい?」

 

「こことここに穴空けて。それと…」

 

電源のコード程の太さに髪を摘まんで見せる。

 

「これ位の()り糸が欲しい。この紙束の穴に通し切れて結べる余裕のある感じの」

 

「ふむ?」

 

時系列の迷子を防いで整理したいというのもあるが、自己満足感でも兎に角報酬が欲しい。努力というのは長い目が必要だからだ。ゲームの様に僅かずつでも成果が目に見えてくれれば良いのだが、そうはいかないので自分で作ろうという次第である。それに結果が直ぐに出れば人間行動を繰り返すものである。やるべきことを羅列して、終った側から消していくのも言いかもしれない。そんなこんなでノートを作る訳なのだが。

 

「も少し穴大きくして」

 

「これぐらいかい?」

 

「っあぁ~…これぐらいで」

 

親指と人指し指で幅を作って見せる。

 

「こうかい?」

 

「んっんん~、オッケー」

 

細紐の両端をそれぞれの穴に通して結ぶ。枚数が多くバラけないか気を使っている内に教科毎に分けてしまおうと思い付く。その数は少ないがその方がスッキリする。

 

「マーリン、追加で糸頂戴」

 

「はいはい」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「げっ」

 

「ふふん、私の勝ちですね」

 

「次は勝っちゃるけぇのぉ?」

 

「どうぞ出来るのであれば」

 

「ぬぬ…」

 

勝敗は通算すると五分五分。僕の方がアドバンテージはある筈だのに遂に追い付かれてしまった。つまりこの間は黒星続きである。何故だ?

才能という単語が脳内に浮かぶ。かぶりを振って掻き消す。才能を腐らせる奴はごまんといた。僕のいた社会では効率良く努力することを学習し、積み重ねてきた人達も数多くいた。彼らに僕は教えられた。飛び抜けた才能を抱えた者は誇張無しに砂漠に混じる一粒の砂金と変わらない。だけども、金剛石の原石だろうと石ころに終わる人々がいた。十人並みの才能と言えど磨けば磨くほど耀きを増し、見る人を惹き付けるに至る煌めきを放つ人々だっていた。

僕の国の社会は概ね誠実で、公平だった。努力と同じだ。報われるかは分からないが、積んできた分は裏切らない。何もしなければまともな結果が出ないと言うのは誠実な事の裏返しである。

分かり易い例外はスポーツだ。成熟しきった選手間における体格の差こそが才能だと僕は考える。

アルトリアと僕が今競うのは勉学。私もそれなりに努力しているつもりだが、差が出るのであれば必ずカラクリがあるはずだ。

 

「・・・何ですか」

 

「観察」

 

なお見出だす際の難易度は考えないものとする。

また、参考に出来てもそれが丸切り肌に合うかは別問題になる。

まぁ、僕は才能という単語で何でも片付けたくないだけなのだ。広がる諦念に転がる不満だらけの人生なぞ欠片の面白味もない。シーツに寝小便で地図を描き上げる事に情熱を燃やす方がまだマシだ。人間逝くときはある程度納得して逝きたいだろう。あの社会で生きる為の動機付け、環境への適応の結果に過ぎないが、少なくとも僕は自分の人生に納得して死にたかった。それが死んでも死にきれない羽目に終わり、その上欲を出し、甘い汁を吸いたくて自分でもない誰かにと願った結果があれ(ペシャンコ)だ。これが自嘲せずにいられるか。

「マーリン」

 

「今度は僕かい?」

 

「違うって!」

 

だからこれ(今生)は、偉大なる魔法使いが僕に授けた機会(チャンス)だ。

 

「・・・ありがとう、あの時は助かったよ」

 

「何時の事だい?」

 

「俺がアルのウェイトに潰れた時さ」

「・・・」

 

「体重とは言ってないだろ、睨むなって」

 

「あなた死ぬまで一人ですね」

 

「な″っ」

 

言葉が詰まる。否定の言葉が咄嗟に出てこなかった。

人を(いたずら)に傷つけるのは止めようね!報いを受けるぞ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

薄暗く寒々とした曇天が、満ちる寂寥を逃すまいと蓋をしている。

立ち込める煙に、空気を求めて喘ぐ様な重苦しい感じ。そろそろだろうか。

木剣の素振りを中断して目を凝らすと、吐息の雲の合間から、ちらちらと雪が見えてきた。

予想に違わず、オルタが呼び掛けてきた。

 

『なぁ、アル』

 

『何ですか』

 

『外が見たい』

 

『・・・少しだけですよ』

 

『分かってる、ありがとう』

 

目の前の冬景色に呼応して、目蓋の裏の黒々としたキャンパスに、ぼやぁと灰色の心象が滲む。呼応して懐旧が湧き、一つの実感が決まりきった結論の如く生まれる。人は独りだ、誰も救えない。

意識と感覚のあるままに、思考が勝手に進み、体はソレに従って動く。最初は酷く心が騒がされたが、今ではどんな荒波だろうと僅かな間に凪となる。体を彼に委ね、感覚の隅々に意識を浸透させる。すると、全身で彼の存在が確認できる。私は独りじゃない、誰かと繋がっている。その痛感が私に絶対の安寧をもたらしてくれる。

オルタも私も何も言わないが、私に彼の感情や記憶が流れ込んでくる様に、彼の方にもそう言ったことがある筈だ。過去に一度、この体の主導権が勝手に入れ替わったのと時を同じくして、それよりも前からか、私達の間に繋がりが出来た、そんな感じがする。

 

『・・・気が済んだ、次も頼むわ』

 

『えぇ』

 

僅かな期待と割り切れない程の思いを残し、オルタが消えたことを呼吸のリズム、微細な筋肉の動きの癖を含めた全身の感覚から察する。次が渇求される程に胸中を焦がすこの思いが何なのかは知れない。けれどそんなに悪くはない、そう感じる。だって私の唇は弧を描いているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 









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物は言い様




人間は成功すればそれは自分の力に 由るものだと考え、失敗すれば周りの、環境に因るものだと信じる。実に聞こえが悪い。過ちを犯す度にあいつが悪いと宣う輩に、或いは他者の責任にしようとする醜い己に、ストレスを感じた僕は、どう言い聞かせれば納得できるかと試行錯誤していたある日に気付いた。

 

「適応できれば長らえる。出来なければ死ぬだけさ」

最初に言っていた言葉には、コレを一番に言い出した人によって、皮肉る様な悪意がまぶされている。コレを口にするだけで不快な気分になるのは、隠し味の毒気が原因ではないか。

周囲の環境に適応できればソレはその人の能力だ、違いない。出来なければその力は不足していた、ないしは状況がその者の及ぶところではなかった、それだけだ。つまりは適応できるか、出来ないかだ。

僕という水嵩を増していく汚水の受け皿は、今この時に比べて遥かに底が深かった。国という外敵から身を守る為の骨を持ち、制度によって免疫を強化し、臓器、又は筋肉である組織を構成する僕達は、互いが心臓であり、金の血を送り合い、生かし、生かされていた。僕達は一つの群体、国家として、その生の維持に貢献する代わりに守られていた。一つの失敗が生と死を隔てる分水嶺を一足に飛び越える原因になる事は決してと言って良い程無かった。全てを失うと言うのは、創業に失敗した人間が担保から始まり、連鎖的に家族なんかを失うといった状況だ。その人は失意と絶望の先に死を選ぶかもしれないが、最悪選択肢が残されている。

個人的には日本お得意の、脆い信頼に重きを置く姿勢が形になった担保制度は詐欺だと感じる。アレのどこが有限責任だと言うのか。会社が倒産すればその責任は社内で完結してこそ有限なのだ、それを個人の財産で賄えと言うのだから疑問が生じる。イメージでは、ドラマで差し押さえのシールがそこいら中の家財に貼り付けられ、不幸を体現した一家が淋しく出ていくモノだが、通じるだろうか。しかし巨額の金の回収が滞れば、銀行は僕達から信頼を失うのだから世知辛い。

路線を戻そう。あらゆる成功と失敗の境界は適応の可不可だ。けれど僕達は次のチャンスに恵まれるのか。狩猟採集に、その日の糧を得ることに失敗したとする。二日三日続けば餓死は免れない。農耕も同じだ。作物が採れなければ死ぬ。では飢えの中で人は何を思い付く。手っ取り早いのは略奪だ。命の危機を目前にし、村を襲撃した人間に良心の呵責は期待できるのか。何れにせよ、生きるにしろ死ぬにしろ、言い訳する余地は無くなるだろう。

そうは言っても、僕達の、あの社会においても原則は不変に存在していた。周囲の環境(社会)に適応出来れば人間らしい生活を享受し(生き)、出来なければ、究極的には死ぬ('')

今と未来の違いは汚水(失敗)の許容量だ。コップとダム程の。

――だから

 

「ほら頑張れー」

 

「い・・・っだぁ・・・」

 

化けたマーリンから落馬した位で僕は諦めない。

でも痛くて正直涙が出そうだ。泣いてこの鈍い痛苦を誤魔化したい。

 

「毎度思うけど何で痛覚を切らないの・・・?」

 

「痛覚?なんだいそれは」

 

人馬の姿になったマーリンが首をかしげる。

人間の体に手を加えるという発想がない時代の存在に、神経と言って通じるのか。感覚という言葉を理解して貰えるのだろうか。

 

「木剣で殴られると痛いって、感じるだろ」

 

「?、そうだね?」

 

彼の半身を構成する人間の部分を僕は信じる。信じるしかない。

 

「ソレがあるとこんな風に訓練に滞りが生じるだろ?」

 

「まぁ、そうだね」

 

「だからその痛いって感じを消してくれないか」

 

「嫌だね」

 

「えぇ?」

 

即答かよ畜生。なんでだ。

 

「股が擦れる痛みを経て、正しい乗馬の方法を人は学ぶ。戦場では痛みを抑え付ける耐性、身に付けたタフネスで人は一瞬先に命を繋いで行かねばならない――――」

 

氷の造花の花束が、僕に向けられる。

 

「――――適応出来れば長らえる。出来なければ死ぬだけさ。」

 

キミも例外じゃないんだよ。手を伸ばし、花弁に触れた指が切れる。

「いっ・・・」

 

視線を戻すと、氷剣の切っ先が目先に突き付けられていた。咲き誇る凍花(いてばな)の笑みを浮かべる彼は、成る程、偉大なる指導者であり、魔術師であり、夢魔と人の混血児なのだ。

生き(適応し)て見せるんだ、それがキミの夢への架け橋さ」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

万人が他者に、自身に望むような一貫性とは存在し得ない、そも根っこに誤認がある。人の気は移ろい易い事もあるが、僕がこの場で言いたいのはそれについてではない。内向的、外向的という人の性質を意味する言葉があるが、ソレ等はあくまでもその人の基軸を表す単語である。内向的な面もあれば外向的な面もある。矛盾するような側面を幾つも折り重ねた複雑な構造物が人間なのだ、論理的な筈の学者が己の学説を否定されて感情的になるように。だから、僕達の一貫性というのは、表面的に言えばぐちゃぐちゃとした所にある。三日坊主な自分を嘆く人はそれこそが一貫性であり、飽き性で次々と様々なものに手を伸ばすのも同じ事だ。深く見てみると、趣味が続かずころころと変転するのは、その時既に面白いとは感じない、刺激を常に求め続けているから、となるかもしれない。当人にとって心嬉しいかは兎も角、誰にも特有の一貫性があるのだ。

 

ある友達が僕に言った。

「二股された事があるから恐い」紳士的な受け答えだった、優しい人だとその人は僕の心に残った、迷惑だったろうに。

恋や愛なんてものはまやかしだ。健やかなる時も病めるときも、永遠の愛を誓い合った二人が別れるなんてのは珍しくなかったのだから。それに、男だった僕は、何様だと思うが、僕の中の一定のラインを超した人をアリだと感じる様な人間だった。僕の中の男という要素が女性に対して一様に魅力を感じる様に好意を掻き立たせていた。極端に言えば、僕は誰でも良かったのだ。その事に気付いた時、あの人はそんな事を含ませて言ったのではないだろうが、「あぁ、こう言うことか」と僕は納得した、出来てしまったのだ。ある人は結婚を、違うことを知ることだと言い、ある人は離婚を理解だと言った。

恋や愛は錯覚だ、この制御の効かない感情は思考を狂わせる質の悪い熱病なのだ。コレの厄介な所は僕達に多幸感をもたらす点にある。賭け事と同じ、その時の感覚を味わいたくて誘蛾灯に僕達を惹き付ける。相手を真に見ているのではない、恋に恋しているというヤツだ。けれどソレを弁えているからといって、人はそれが合理的であるかに関わらず、現状と殆ど変わらぬ、満足できる選択肢しか取らぬものなのだ。

 

「オルタ」

 

「なにさ」

 

その人に操を立てた訳じゃない、そんな大それた関係にまで漕ぎ着けた訳じゃない。だけど僕にとっては他の女性に魅力を感じるのはバツが悪い。

しかし拒絶すれば、された人間は僕の想像よりもずっと傷つくかもしれない。だけどそれは僕が正当化する理由にはならない。どうしたものか

 

「どうして距離を開こうとするんですか?」

 

「アル、人にはパーソナルスペースてのがあるの」

 

「パーソナルスペース、ですか?」

 

分からないから説明して欲しいと表情で語る彼女。誤魔化そうとして、浅慮にも開けかけた口を閉じる。その不誠実な行為を規範として彼女は振る舞う可能性があるから。

 

「・・・・・・人は無意識に距離を開けるんだ」

 

「答えになってませんよ、何故かを私は問うているのです」

 

都合の良くない子供である。将来は僕なんかより遥かに聡明な人となるだろう。

 

「・・・したs」

 

本当に親しい人に、心を開いている人にしか許せない、そう言おうとして、止める。初対面でもわりかしこの距離の人はいた。気味悪く思われるのは恐い。でもこのまま不誠実でいるのも快くない。なら僕がこうする理由は――――

 

――ヘンな気分になるから」

 

「ヘンな気分?」

 

そこそこの数の女の子と話してもそれはいつまでも変わらなかった。鼓動を早める程糖度の高い思いを味わう度に、苦い思いがテーブルクロスに溢した珈琲の様に滲み広がるのも。

この際だ、吐露してしまおう。

 

「僕はね、好意を寄せるのは得意だけど寄せられるのは苦手なんだよ」

 

「・・・?恐らく貴方が思っているのとは違いますよ」

 

「?」

 

風向きが変わった?違う、彼女は最初からこうだった。

 

「私が貴方に向けるのは親愛です」

 

僕はソレが出来ないから困っているのだが。性自認が男の女性はさぞかし生き辛い事だろう。思いを伝えたい、伝えられないジレンマに苦しみ続けるのだろうから同情する。肉体も男子の諸君は異性を意識する年齢で周りの女性が全て母親だと想像してみよう、獲得してきた道徳観が君達の精神を蝕むぞ!

「アル、本人がそのつもりだとしても、相手が違う受け取り方をすればその人にとってはそれが真実なんだよ」

 

「なら誤解を解いたので大丈夫ですね」

 

「そうだけど、そうじゃない」

 

「・・・嫌ですか?」

 

「違う、僕に好かれると面倒な事になるぞ。君にも好みがあるだろう?そうでもない野郎に付き纏われてみろ」

 

煩わしい、嫌だなんてなんて思われたくない。だから止めてくれ。

この手合いは前世で会ったことがない。何時も距離を詰める側だった、詰められる経験のない僕はこうした時はどうすれば良いのか全く目算が立たない。

 

「・・・そうですね」

 

「決して嫌なんかじゃない、決してだ」

 

アルの温情を否定しているのではない。僕はソレに慕情でしか報いることが出来ないのだ。二つには大きな違いがある、相手への理解と思いやりの有無だ。

 

「ん~、あまじょっぱいねぇ」

 

「マーリン・・・」

 

「・・・」

 

今ならあまじょっぱい程度で済む。僕は愛情を注ぐ人は報われて然るべきだと思う。けれど独善がりになった僕が返せるのは善報ではなく悪報だけだ。

じーと睨むとマーリンが察した様に言う。

 

「勿論最初から最後までさ」

 

「あーもうヤダ」

 

さて。マーリンが手を叩くと僕達二人を柔らかに睥睨して告げた。

 

「君達二人にこれから打ち合ってもらう。加減は無しだ」

 

 



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