硝煙の先にあるものは (Allenfort)
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第1話

 ヘリの機内に蛍光灯なんて贅沢なものはありはしない。ハッチを閉じたなら、機内を照らすのは窓から差し込む光だけ。でも、今日はあいにくの曇りだ。だから、機内は仄暗い。隣の奴の姿を確認して、その奥は寝てるのか起きてるのかもわからない有様だ。

 

 隣の奴の肩の部隊章はかろうじて見える。ドクロと410の文字、それを消すような4本の白線。暗闇の中でもほんのりと見えた。我らが410小隊の部隊章。囚人服の代わりだ。

 

 森林用迷彩服にケブラーの防弾チョッキとヘルメット。鉄血人形相手に申し訳程度の防具だ。ぶっちゃけ、防弾チョッキ要らないんじゃないかと思ったことは一度どころではない。ヘルメットはヘリの機内でぶつけても平気なように被るけど。

 

「小隊長……プロセッサー49! LZまで5分!」

 

 隣に座っていた小隊陸曹が耳元で怒鳴る。ローター音がやかましいから、腹の底から声を出しても聞こえるのがやっとというくらいだ。

 

 だから、準備いいかの合図は拳のぶつけ合いと俺の小隊は決めてある。拳の小指側同士を隣の奴と打ち付け合い、反対側まで到達したらまた戻すという、伝言ゲームだ。

 

 拳はすぐに戻ってきた。手元の小銃を一度確認し、次に傍らの狙撃銃を確認する。大丈夫。行けるね。

 

 ヘリ後部のランプドアが開く。後部乗員が目視で着陸地点を確認しながら、ヘリは旋回して着陸地点へと接近する。もうすぐだ。

 

 次の瞬間、ヘリが大きく揺れた。地上からはいくつもの光。鉄血人形が対空射撃を始めたのだ。だから空挺降下にしようと言ったのに、あのクソッタレ上層部め。懲罰部隊だからって無茶苦茶しやがる。

 

「小隊、降下用意! 立て! 環掛け! 手袋はめ! 装具点検報告!」

 

 身振り手振りとともに号令を出すと、小隊員たちは手早くロープにカラビナをかけ、降下用の分厚いグローブを嵌める。だが、鉄血人形はそれを許そうとしない。

 

 激しい銃撃のうち、一発が後部乗員を捉えた。落下防止のためにスリングを掛けていた彼は、体の半分を吹き飛ばされ、下半身だけがランプドアから落ちずにそこにあった。

 

「落ちるぞ!」

 

 ヘリが急激に回転を始める。オートローテーションだ。嗚呼、墜落は免れないな。

 

「掴まれ!」

 

 トルーパーシートやロープ、その辺の取っ手と、掴まれるところに誰もが掴まり、運命の時を待つ。見えていた青空と草原が消え、目の前を暗闇が覆った。

 

 ※

 

 声にならない悲鳴をあげた。目の前はまだ暗い、日の出前の部屋だ。またあの夢を見ていたらしい。本当に寝覚めが悪い。

 

 腕時計を見ようとすれば、左腕が動かない。右腕もだ。動作確認の結果、動かないのは腕だけ。ならば、原因は大体予想がつく。まずは、首を左に向けてみる。

 

「……指揮官? 怖い夢でも見たの?」

 

「……45か。まあ……ヘリが落っこちる夢さ。何度見ても酷い話だったよ」

 

 茶鼠色の髪をサイドテールにまとめた少女、UMP45はゆっくりと目を開けて訊いてきた。左腕は彼女に抱き枕にされ、動かさなかったのだ。撫でてやりたい衝動に駆られるが、どっちの腕も動かないから仕方ない。

 

 そう思っていたら、UMP45の方から頭を撫でてきた。まるで、子供をあやすかのように。

 

「大丈夫よ。私と9(ナイン)がいるわ」

 

 右に目をやると、茶髪をツインテールにまとめたUMP45にそっくりの少女、UMP9も頭を撫でていた。にしし、と笑いながら。

 

「大丈夫だよ、指揮官」

 

 ——私たちがいるから!

 

 あの時と同じ、その言葉にどれだけ救われただろう。縋りたいと思っただろう。生きては帰れないと知っていながら、俺だけその救いに縋ってしまった罪悪感が拭えない。

 

 だから、それを忘れたくて、抱きつく2人を一度振り払い、自ら抱き寄せた。寝ぼけていたという事にして、この温もりに、優しさに、好意に、甘えてしまおう。

 

 2人も、少し驚いた後に笑って抱きついてくる。細やかな幸せを感じ、もう一度眠りにつこうか。今度は、きっといい夢が見れるはずだから。

 

 両耳から聞こえる少女の寝息は、まるでオルゴールのように、子守唄のように、心拍を、心を穏やかにして眠りに誘ってくれる。

 

 存在を抹消された(410 Gone)俺は、確かにここにいる。名前もなく、記録もない。それでも、彼女たちが、そう教えてくれるようだ。今は、甘えてしまおう。甘く、甘く、とろけてしまうほどに。

 

 ん、と声を漏らしてUMP45は姿勢を変える。足りない、とでも言いたげに頭を包み込むように抱きしめてきた。だけど、鼓動は聴こえない。当然か。戦術人形(アンドロイド)なんだから。

 

 少し残念に思っていたら、何故かトクン、トクンという規則正しい鼓動の音に、振動まで伝わってきた。UMP45の胸は正直言って仕舞えば貧相の部類ではあるが、鼓動は直接伝わりやすい。

 

 勝手に変なオプション付けたな? こんな事やらかす共犯者なんて、ペルシカさんくらいかと、白衣に何故か猫耳のついた研究員の顔を思い浮かべる。まあ、今度ばかりはグッジョブと心の中で賞賛しておこうか。

 

「しきか〜ん……ゆっくりお休み〜」

 

 絶対起きてるだろ。そんな野暮ったい言葉、言えるわけもない。甘えると決めたのだ。存分に甘えさせてもらおうか。

 

 起きてからUMP9がヤキモチを焼いた事については、また別の話だ。



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2話

本日、ようやくUMP9と誓約しました!

あのセリフは破壊力すごすぎるぜ……!


 民間軍事会社グリフィン&クルーガー。素性の知れない俺の次の仕事場だ。第3次世界大戦以降、鉄血工造製の機械歩兵が暴走した際に徹底抗戦を続けたPMC。現在ではIOP社製の2世代型戦術人形、簡単に言えば戦闘用アンドロイドを運用し、鉄血と戦っている。

 

 例えアンドロイドが進化しようとも、人間が指揮をとるのは変わらない。鉄血の二の舞を防ぐためだろうか。どうだっていい。正規軍じゃなかろうと、俺は戦場に居られるなら、それで十分なのだ。

 

「指揮官さま、お昼寝の後のお飲み物はいかが? 頭がスッキリしますわよ?」

 

 そんな可愛らしい声に意識が覚醒する。どうやら昼休みは終わりらしい。一つ伸びをして、隣の副官カリーナに顔を向ける。茶髪をサイドテールに束ね、着崩した服からいろいろ見えそうになっていたりする。気をつけろ、狙撃兵にはなんでもお見通しなんだぞ。ディテールまでも。

 

「じゃ、コーヒーを頼む」

 

「はーい! ところで、お膝のG11は起こしますか?」

 

 誰も使わない来客用ソファーで昼寝をした結果、いつのまにかG11に左膝を枕にされていた。

 

「いや。寝かせておいてやろう。今日は出撃なしだ。休めるときに休ませないと」

 

「指揮官さま〜、私もお休みが欲しいです!」

 

「カリンは俺と一緒に仕事だ。休みたいなら前日までに休暇申請を提出するように」

 

「そんな面倒なことしなくとも、ゆっくり休めますよ」

 

 そう言ったかと思えば、カリーナは空いている右膝を枕に、ソファーに寝転がる。昼休みは終わったというのに、マイペースな副官だ。まあ、いいんだけど。

 

「指揮官さま〜、部下の健康管理もお仕事のうちですよね?」

 

「……たまにはいいか。休んでおけ。あとは俺がやっておくから。だからせめて、書類をこっちに持ってきてくれないか?」

 

「さすが指揮官さま!」

 

 指揮官はため息を一つつくと、カリーナに必要な道具を持ってくるよう指示する。膝を占拠されて動けないのだ。このくらい頼んでもいいだろう。

 

 カリーナはすぐに書類を持ってきてくれた。そして、それをテーブルに置くなり、おやすみなさいと膝に頭を乗せて目を閉じる。膝を子猫と子犬に占拠された。

 

「指揮官、G11を……やっぱりここ?」

 

 HK416はG11の姿を見るなり、呆れたようにため息をつく。おまけに副官のカリーナまでこの有様だ。こうもなるだろう。

 

「寝かせておいてやろう。何かあった?」

 

「訓練」

 

「今日は整備の日にするぞ」

 

「もう……まあいいですけど。ところで、作戦報告書の作成ですか?」

 

「ああ」

 

 戦闘記録を書類にすることで、人形たちがそれを読み取り、学習するらしい。そのための記録作成だ。記録データがあるなら、それをそのまま読み込めればいいのに。全くもって不便なものだ。アップデートの必要がある。

 

「どうして手書き?」

 

「機械が鉄血の襲撃で壊されたって。俺が着任する前だな」

 

 着任前に基地が鉄血に襲撃されて、データセンターのプリンターが破損したため、手書きでやる羽目になったのだ。俺とカリーナの指にタコでも作る気か。早く修理をしてくれ。ぶっ壊れてから何ヶ月立ってると思っているんだ。ロストテクノロジーとか言われたら泣く。

 

「……懐かしいわね。プロセッサー49?」

 

「何のことだ」

 

「忘れないわよ。撃墜されたヘリから湧いて出てきたと思えば、生身で鉄血相手にあれだけ戦ってみせたんですから」

 

「……404小隊には及ばなかったけどな」

 

「これからは、生身の人間が人形に敵うと思わないこと。私たちが居合わせなかったら全滅していたんですよ」

 

「ある程度はやりあえるのに?」

 

 生身で鉄血の人形どもを何度もスクラップにしてきたのだ。それだけは覚えている。戦果はもはや数えていないから、どれだけ壊したかもわからない。スコープの向こうで、何も知らずに崩れ落ちていく人形の姿が、目から離れない。

 

「それは無謀と言うの。どれだけ損害だしたの?」

 

「0。410小隊は初めから全員死んでるからな」

 

 もう、とHK416は向かいに座る。仕事を手伝ってくれるようだ。とても助かる。自分がやるから指揮官はいい、というようにいつも仕事を取ろうとする。お飾りになるのはごめんだ。自分の存在価値が失われてしまう。

 

「資材在庫量、リストにまとめてくれるかい?」

 

「ええ。配給のレーションは有り余るほどあるのね」

 

「レーションか……冷え切ったのをそのまま食うのだけはやめとけ。酷い目にあった」

 

「脆弱な人間と一緒にしないで」

 

 だろうな。寒冷地で冷え切ったレーションを食って、作戦後に生き残った奴全員が3日ほど酷い腹痛に苦しめられるのは人間程度のものだろう。二度と加熱材を忘れたりしない。そう誓ったくらいなのだから。

 

 そんな他愛もない話をしながら書類作業を続けていても、さすがに集中が持たなくなってくる。眠気がやってくるのはもはや定めだろう。

 

「指揮官、わたしがいれば十分ですよ。少し休んでは?」

 

「部下に押し付けて昼寝って……そりゃちょっと気がひけるな。前線に出れないのに、この仕事まで取られたら俺の立つ瀬が無くなる」

 

「報告書を作ったことは?」

 

「記憶にはない。存在しない部隊だから、戦闘なんかしていないのさ。だから報告書もありはしない」

 

 肩をすくめて苦笑いを浮かべる。HK416は冗談じゃないといったように眉をしかめた。使えるのかこの指揮官とでも思っているのだろうか。

 

私たち(404小隊)と変わらないわね」

 

俺たち(410小隊)とじゃまた違うだろ。俺たちは配属されたその瞬間から戦死扱いされる。経歴は全て抹消されて、個人データもダミーの文字化けデータにすげ替えられる。逃げ出したとしても、死者に行き場なんてないのさ。カリーナが誰の差し金か探ってるけど、何も見つからないさ」

 

 俺たち410小隊(410Gone)404小隊(404NotFound)の何が違うか。生身の人間か人形か、特殊(懲罰)部隊か傭兵か、だ。410送りは即ち死刑を意味するとさえ言われる。

 

 そんな部隊にいた。終わることのない無間地獄に囚われていた。そんな地獄で足掻く俺を引き上げたのが、G&Kと言うわけだ。俺のように身分のあやふやな奴もいる。だが、厳しい選抜試験を乗り越えられれば、晴れてお墨付きをもらって採用される。俺のような名無しですらも。

 

「私たちが幽霊だとしたら、指揮官はゾンビの群れかしら?」

 

「あながち間違ってないな。ゾンビにしたら頭がキレて物騒な連中だが。鉄血人形に欲情するやつまで現れる始末だぞ?」

 

「……世も末ね」

 

「そいつは愛しい鉄血人形と仲良く爆発したな。最後まで笑ってやがった。ネジ飛んでたのかも」

 

「私たちがネジ1本くらいじゃ壊れないのに、ネジ1本飛んで狂うなんて、人間はやっぱり脆弱ね」

 

 よくカップルに向けられる爆発しろと言う怨嗟ではなく、文字通り爆発して道連れにしたのだ。HK416とて、あまりに壮絶な光景を思い浮かべれば顔色も青ざめると言うものだ。

 

「つまり、ここは天国のような場所ってわけさ。皮肉抜きにして」

 

「その膝も天国?」

 

「そろそろ地獄。痺れてきた」

 

 顔がひきつる。カリーナとG11の頭部重量が大腿部を圧迫し、足の血流が悪くなったのだろう。起き上がろうもんなら、足が一気に痺れる。嗚呼、こりゃ天国から地獄に堕ちるのも時間の問題か。

 

 そんな時、勢いよくドアが開いた。限界まで開き、壁に激突したドアは勢いそのままに跳ね返り——入室しようとしたUMP9の顔面を強襲した。

 

「痛っ!? もう……!」

 

「もう少し落ち着きなよ、9(ナイン)

 

 後ろのUMP45もやや苦笑いでそれをみている。なんて声をかけるべきかと迷っていたら、UMP9があーっ! と声を上げた。

 

「G11もカリーナさんもずるい! 私も膝枕されたいのに!」

 

「もう満員。というか散々布団に潜り込んでるのにまだ足りないの?」

 

「それとこれとは別! ね、45姉!」

 

「そうね。そろそろ交代するべきじゃない?」

 

 ただでさえ足がスパークリングしかけているというのに、これ以上はヤバい。それだけは本能的にわかるが、まるで獲物を狙うかのようなUMP姉妹の目からは逃げられないだろう。

 

「んぅ……指揮官さま?」

 

「……うるさい」

 

 騒ぎにカリーナとG11が目を覚まし、身を起こそうとする。止めようにも、もう無理そうだ。

 

「あ、待てまだ起きるな痛えっ!」

 

 せき止められた血液が一気に足の先にまで流れ込む。まるで油にぶち込んだ天ぷらか何かのように、バチバチと足中で何かが弾ける。あまりの痛みに、足がピンと伸びるほどだ。

 

 悲鳴をあげてのたうちまわる指揮官と、状況が読めないカリーナとG11、慌てて駆け寄るUMP姉妹に、呆れるHK416。そのあまりにもカオスな状況で、後方支援任務完了報告にやってきたM4A1がオロオロして、更に被害が拡大していく。

 

 多分、何も知らずにそんなヘンテコな状況に巻き込まれたM4A1が一番の被害者なのではないか。




冷えたレーションを食ってるとどうなるか? 酷い腹下しになる(実話)


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第3話

 指揮官というものは多忙なものだ。基地の運営に作戦指揮、やることは盛りだくさん。前線指揮も役目なのだ。

 

 ヘリコプターに揺られ、開け放ったドアから外を見る。S09戦区分屯地に下った新たな命令、敵施設の破壊に駆り出されたのだ。

 

 UMP姉妹とG11、HK416の404小隊メンバーが同乗するヘリの中、タブレット端末で状況を整理する。俺たちはこれからヘリの着陸地点を確保、保持。M4A1を隊長とするAR小隊が巡航ミサイルを誘導するためのビーコンを設置し、離脱するプランだ。

 

 ヘリが着陸地点に到着し、素早く展開する。破壊されたトーチカに隠れて無線機を準備し、M4A1との連絡を試みた。

 

「M4、聞こえる?」

 

『感度良好、間も無くLZです』

 

「よろしい。降下したら手筈通り頼む。あと、その辺りは正規軍の亡霊たちが彷徨って、敵の位置を逐次データベースに上げてくれてる。有効に使ってくれ。呼び出す時は、多分プロセッサー50だ」

 

『了解です』

 

 左手にバンドで固定した端末には、地図とアップロードされた敵位置が表示されている。ドローンからの映像と併用して、これで前線のAR小隊と連絡を取るのだ。

 

「こっちもやるぞ。G11、今ばかりは集中して見張り頼んだ」

 

 G11は普段は寝てばかりだが、ここぞという時には驚異的な集中力を発揮する。特に、HK416の指示ならバリバリ働いてくれるのだ。

 

 何もなく終わればいいのだが、そうもいかないのが戦場だ。どこからでも来い、鉄血どもめ。

 

「指揮官、その亡霊とやらのコールサイン、どうしてわかるんです?」

 

 HK416が質問する。デバイスでM4A1たちの状況を見るのに気を取られていたので、反応に少し遅れてしまったが、そんな簡単な質問だったのか。

 

「俺が抜けたからね。小隊長はプロセッサー、49の俺が抜けたから、この数ヶ月で土に還ってなければ50のはずだ。つまり、俺の前に48人はいたわけだ」

 

 また情報が更新された。どうやら、まだ俺を知ってる奴が生きていて、データリンクに潜り込んできているのだろう。よくやるものだ。

 

「M4、その先敵と激突するぞ。近くの森に身を隠して、通り過ぎる瞬間横っ面ひっぱたいてやれ」

 

『確認しました、お任せください』

 

 M4A1なら大丈夫。16Labの自信作なのだ。ペルシカさんが太鼓判を押すくらいの性能なのだから、上手くやってくれるだろう。

 

「しきか〜ん、私達への指示は?」

 

「待機」

 

 暇を持て余したUMP45が絡んでくるが、それどころではない。全体の指揮に、現地点での見張り、やること盛りだくさんなのだ。

 

「指揮官! いいもの見つけたよ!」

 

 UMP9はどうやら偵察中にスクラップを拾って来たらしく、嬉しそうにしながらやって来た。資源が限られていることもあり、戦場に落ちているスクラップパーツは回収して有効活用しているのだ。

 

 もし、尻尾があったならブンブン振り回しているだろう。ただでは引き下がらなさそうだから、喉のあたりを撫でてやる。前の駐屯地(監獄)にいた猫は、これで喜んだはずだ。

 

「ゴロゴロゴロ〜……じゃなくて! 猫じゃないから!」

 

「猫っぽいだろ?」

 

 何か空気が重くなったのを感じ、少し視点をズラしてみれば、目から光の消えたUMP45がこちらを見ていた。ブルータスよ、お前もか。そんな言葉を心の中で呟きつつ、UMP45の喉も撫でてやる。

 

「ん……」

 

 何だかんだ嬉しそうにしているが、前線までこの具合なのは勘弁して欲しい。やる時はやってくれるが、手が回り切らない。

 

 愛用の狙撃銃は壁に立てかけているが、愛用の小銃——89式小銃だけは手元から離さない。気休めにしかならないとは思うが。

 

 可愛らしい猫を構っている間も敵は来る。デバイスに新たな敵のアイコンが表示されたのだ。同時にG11も敵を見つけたと言っている。

 

「さてお仕事だ。暴れてこい!」

 

 それだけ指示を出せば十分だ。UMP45と9は前衛を受け持ち、HK416がその後方で射撃しつつ指揮、G11も応戦しつつ、周辺の警戒。404小隊は何も言わずにそう役割分担している。そして俺は……狙撃による支援だ。

 

 鉄血人形は探知できた4人から、最適な戦闘距離、陣形を算出して進んでくる。密集隊形で、正面を切っての撃ち合いだ。

 

 待ち続ける。相手が射程に奥深く入ってくるまで。トーチカの銃眼から見える景色、スコープの先にいるのは機械のみ。破壊目標だ。

 

 ここだ。いい距離に来た。もう一度覗き込むスコープの先にいる鉄血人形へと、一撃を放つ。遠距離からの一撃。まさか離れたところに単独で潜んでいるとは思うまい。

 

 スコープの先で、火花を散らして倒れる鉄血人形が見える。狙撃されたと認識するまでのタイムラグ、スナイパーが何処かにいると気付くまでのタイムラグ、データリンクで情報を共有し、最適な陣形を算出、陣形を組み直すまでのタイムラグ。

 

 その積み重なったタイムラグの間に、UMP姉妹が猛然と突進、距離を詰めて激しい弾幕を浴びせかける。傷口を作ったら、さらにそこをえぐって広げて行く。HK416も援護射撃で、次々敵を撃破して行く。俺の役目はもうなさそうだ。誤射が怖い。

 

 あとでご褒美をあげないとな。何をあげたら、喜んでくれるだろうか。

 

 ※

 

 その頃、M4A1は目標の施設に到着して、ビーコンの設置を始めていた。これを設置さえすれば、味方のミサイルがこの施設を粉々にしてくれるだろう。

 

 あたりに敵の姿はなく、一安心していた。何処かの誰かがアップロードしてくれている偵察結果にも、敵の情報はない。一体どこの誰なのだろうか。

 

 設置作業に集中するM4A1を援護するように、他の3人は囲むように護っている。その中で、M4SOPMODⅡが何かに気付いたようだ。

 

「何かいるよ?」

 

「いるよ、じゃなくているんだよ」

 

 そんな声とともに、茂みから人が現れる。5人、全員ドクロのバラクラバで顔を隠した兵士だ。全くその気配を見せない。特殊部隊か、咄嗟にAR小隊の全員が構えた。

 

「おいおい、俺たちゃやり合おうってわけじゃない。プロセッサー49に頼まれてた書類持ってきただけだ」

 

 1人の男がそう言い、封筒を差し出してきた。プロセッサー49、指揮官のコードネームだと気付くには少し時間がかかったが。

 

「なんの書類です?」

 

「さあな、プロセッサーもその上から頼まれたらしいからなんとも。で、ビーコン設置しなくていいのかい?」

 

 そうだった、とM4A1はビーコンを設置する。その間も、書類の事が気になって仕方なかった。

 

 ※

 

「以上が作戦報告になります」

 

 後日、プロセッサー49は上官であるヘリアンに報告書を提出した。作戦の成功と410小隊による偵察支援。ヘリアンは報告書に目を通し、一瞬だけチラリとプロセッサー49に目をやった。

 

「……お納めください」

 

「ご苦労。よく持ち帰ってくれた」

 

「それにしても、知ってる元同僚紹介しろって……懲罰部隊ですよ?」

 

 プロセッサー49の渡した封筒は、ヘリアンの頼みで410小隊と受け渡しをしているものだ。

 

「罪を被せられただけか、軽微なものならいいだろう。散々酷い目にあったようだからな。うん、いい男だ」

 

 合コンの連敗記録が絶えないと噂されるヘリアンは最終手段とばかりにプロセッサー49に対し、410小隊の良さそうな奴を紹介しろと詰め寄ったのだ。

 

 多分、うまく行ったらそいつをグリフィンに引きずり込んでちゃんとした立場を与えるつもりなのだろう。飢えに飢えた410小隊の男どもにとっては、ヘリアンのような美人にアタックするチャンスなのだ。見返りに作戦の手伝いをしてくれたりもするが……プロセッサー49にとっては胃が痛い。

 

 多分、封筒の中の写真には知ってるやつもいるだろう。ちゃんと、自分の名前を覚えている奴らが。それが、少しだけ羨ましく思えた。



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第4話

 指揮官が前線指揮のために不在している間、カリーナは基地のデータセンターに篭っていた。鎮座している旧式コンピュータに向き合い、カタカタとキーボードを叩く音だけがこだまする。

 

「またエラーかぁ……」

 

 調べても出てくるのは『410Gone』のエラーコード。意図的にページが消去されたことを示すエラーだ。

 

「やっぱりこのデータを修復するしかないのかな?」

 

 コンピュータに挿してあるメモリ。ヘリアンから託されたもので、データの復元を頼まれたが、なかなか上手くいかない。

 

 カリーナはもう一度メモリーを読み込み、ファイルを開く。文字化けしている、1人の兵士の個人記録。顔写真とKIA(戦死)の文字しか読めない、コードネーム"プロセッサー49"の個人ファイルだ。

 

 ヘリアンとペルシカで得られた彼の情報がこれだけ。他の手段をいくら駆使したとしても、たどり着くのは410のみ。唯一の頼みの綱は、この壊れたデータしかないのだ。

 

 何度解析ソフトを走らせたとしても、復元したデータも解読不可能。意味のない文字列にしかならないのだ。

 

 データが破損している割には、戦死だけは読めるというのがまた不可解。意図的にすげ替えられたのではないか。だとしたら、解析するすべはない。

 

 カリーナはため息をつき、コーヒーを啜る。もうお手上げとヘリアンに突き返してしまおうか。そうは思うものの、高額の報酬を提示されてしまった以上引き下がれない。それに、個人的興味が抑えきれないのだ。

 

 もう一度、解析ソフトを走らせてみるわそれでも現れるのは、意味をなさない文字列のみ。ただの文字化けでないのかすげ替えられたダミーかどうかの判別すら諦めたくなる。

 

 もう勘弁してくれ、そうヘリアンに言ってしまおう。そんな考えが思い浮かんだ。その時、端末に何やら着信がきた。画面をタップすると、ビデオ電話が起動し、ヘリアンとクルーガー、ペルシカが映った。

 

『カリーナ、進捗は?』

 

「お手上げです。いくら解析プログラムを使っても意味を成さない文字列にしかなりません。降伏します」

 

『降伏は認めない。死力を尽くしてもらおう』

 

「そ、そんな……」

 

 青ざめるカリーナを意にも介さず、クルーガーは端末越しに見えるコンピューターの画面に集中しているようだ。進捗が見えるように、カリーナが端末のカメラをコンピューターに向けているのだ。

 

『全くと言っていいほど意味のないデータだな。ペルシカ、何かないのか。あの指揮官を拾ってきた張本人だろう』

 

 それは初耳だったカリーナは飛びつくように画面に食い入る。配属当初は無愛想というより、感情そのものがなくなったかのような男だったとしか印象がなかった。普通に試験を受けて来たものだと思っていたのだ。

 

『野戦救護テントで半ば放置されてたところを拾って来たの。損傷具合がちょうどよかったからね。だから個人データの類は一切ないわ。ドッグタグすらも』

 

「損傷ですか……?」

 

『聞いてないの? 彼、左足が千切れたまま野戦救護テントに放置されてたのよ。死にかけでね。あの足は16LABで開発した新型の義足。そのテストケースになってもらってるの』

 

 ペルシカ曰く、コードネーム"プロセッサー49"の左脚は切断せざるを得ず、義足を装着されている。金属骨格と擬似神経を生きた細胞で覆ってある、試作モデルの義足であり、戦術人形の技術を応用したものである。

 

 そして、実地試験のために(元の戦闘能力の高さもあるが)ペルシカがグリフィンにプロセッサー49を売り込み、選抜試験なしで採用された経緯があるのだ。そうでもなければ、存在のない怪しげな男なんて前線指揮官になれるはずもない。

 

「それにしても、テントで放置されていたって……重傷者ですよね?」

 

『あのままなら助からないくらいだったよ。彼は本来戦場に置き去りにされるはずだったところを404小隊に救われたけど、結局置き去りにされるのは変わらなかったらしいね。懲罰部隊だから』

 

『彼と面接した時、最初はふざけているのかと思った。名前すら分からず、コードネームしか覚えてないなんて正気を疑うところだ』

 

 クルーガーは複雑な表情を浮かべている。自分の名前がわからないなんて、普通はあり得ないことなのだから。

 

「懲罰部隊……でもどうして名前を?」

 

『検査の結果、あまりに凄惨な経験をした影響による記憶障害の可能性が高いよ。話を聞く限り、410小隊は相当悲惨な戦場に送られていたようだからね』

 

「410小隊……?」

 

 カリーナは首をかしげる。それが、指揮官のいたという懲罰部隊だろうか。

 

『懲罰部隊、410小隊は正規軍内で特に罪の重い者、特殊作戦能力を有するものが送られる特殊部隊兼懲罰部隊だ。全員が戦死者と扱われ、身分を証明するものもなく、重傷者や戦死者は置き去り……捨て石同然で、送られたら二度と生きて戻ることはできないとまで言われているそうだ』

 

 ヘリアンが説明する。あまりにも悲惨な部隊。まるで生贄の羊ではないか。それにしても、どこからそんな情報を得たのだろうか。

 

「……ヘリアンさん、その情報源はどこからですか?」

 

『……トップシークレットだ』

 

「もしかして、指揮官さまに元同僚紹介してくれと頼んだんじゃ……」

 

『そんな事はないぞ!?』

 

『ヘリアン、最近正規軍から引き抜きたいと人を紹介しているのはまさか……』

 

『なんでもないんです!』

 

 ヘリアンはクルーガーにまで怪しまれ、完全に慌てている。もう白状したも同然ではないだろうか。

 

『ヘリアン、それなら何か指揮官のことについてわかったこともあるのだろう?』

 

『少なくとも、小隊長であったので士官である事は間違いない事と……410小隊の部隊章には罪の重い分だけ白線が引かれているという事は聞き出しました』

 

『罪線か』

 

『はい。410は大抵3本程度が多いとの事ですが……プロセッサー49の罪線の数は……5本だそうです』

 

 カリーナは目を見開いた。3本で死の部隊に送り込まれるというのに、5本だ。一体どれだけの罪を犯したというのだろうか。

 

「どんな大罪を犯したんでしょうか……」

 

『分かればいいんだがな』

 

 クルーガーがため息をつく。それと同時に聞こえる自動ドアの開く音に、カリーナはとっさに振り向いた。

 

 そこには、作戦から帰ってきた指揮官と、HK416が立っていた。

 

「ただいま、会議中?」

 

「は、はい! ちょっと次の攻撃目標について……」

 

「ふーん……わかったよ。代行ありがとう」

 

 指揮官はそう言って立ち去る。恐らく、使ったライフルの整備に行ったのだろう。残されたHK416は肩をすくめてみせた。

 

「指揮官のこと、調べてもわからないですよ。従軍記録も生体認証記録すらも。全て抹消されています」

 

「そこまで……指揮官、何をしたというんでしょうか……」

 

「わからないわ。唯一望みがあるとすれば……鉄血に占拠されている医療機関です。DNAの記録がデータベースに残っているかも知れないですから」

 

『……丁度、依頼を受けて医療機関の奪回作戦を考えていたところだ』

 

 クルーガーの声がデータセンターに響く。次の目標は決まった。



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第5話

 鉄血との最前線であるこの基地は、夜間に灯火管制が敷かれ、一部施設を除いて暗闇に包まれる。原初の闇の中、空には無数の星空が広がっていた。地上がどれだけ変われども、空の星は変わりはしない。

 

 果てしないと思われた戦闘、極寒の中で冷え切ってしまったレーションを食って、意気消沈していた時、ふと夜空を見上げたことがある。満天の星がきれいだった。

 

 綺麗だからなんだと言うのだ。それでも、吸い込まれてしまいそうな夜空を見ると、何もかもがちっぽけに見えてしまう。こんな戦争でさえも。

 

 変わらない夜空を見上げて、手を伸ばす。届かない。スコープでその景色を切り取ったとしても、手の届くことはないはるか空の彼方にあるのだ。

 

 屋上から見える空に、手が届くことなんてありはしない。

 

「あら、歩哨?」

 

 HK416の声。抑揚のないトーンにももう慣れた。機械のような話し方に見えて、時折激情を露わにする。少し人間臭い一面も見せてくれる、可愛いやつだ。

 

「ただの天体観測さ」

 

「そんなにロマンチストではないでしょ」

 

「バレたか」

 

 屋上にいるなんて珍しい。お互いがそう思っている頃だ。自分も416も、滅多に屋上になんて来ないのだから。

 

「で、俺でも探しに来たのか?」

 

「ええ、訓練計画に指揮官のサインが必要なので。完璧な私でも文書の偽造は流石に出来ないわ」

 

「処分もらったら完璧とは言えないもんな」

 

 HK416からバインダーに挟んだ書類を受け取り、サインする。正直、HK416のなら目を通さなくてもいいと思えるほどにしっかりした計画を作ってくれるのだ。本当によくできる奴だ。

 

 適当なところにもたれかかって、持っていた端末の光を頼りに目を通し、サインする。やっぱりしっかりしている。

 

 サインを書き終えると同時に、HK416が隣に腰掛けた。少し興味があって、頭を撫でてみる。404小隊は総じて猫っぽい。だから撫でたくもなる。

 

 怒られるかな? そんな予想に反して、HK416はん、と声を漏らしてすり寄って来た。やはり猫だ。顎のあたりを撫でたら、喉をゴロゴロ鳴らすんじゃないかと言うほど猫っぽい。

 

 可愛い。それに何だかいい匂いがする。シャンプー変えたか? 声をかけようにも、すりすりと甘えるように頭を肩にのせようとするHK416が可愛らしくて、別に言葉が思い浮かぶ。

 

「本当、普段と全然違うな」

 

「指揮官が言ったのよ。俺の前では完璧じゃなくてもいいだろうって」

 

「まあな。この変わりようは驚きだけど、これはこれで悪くない。猫好きなんだ」

 

「……猫じゃない」

 

 猫パンチを肩にもらった。やっぱり猫だ。白猫だ。それでも甘えるのをやめないあたり可愛らしいのだが。

 

「猫くらい肩の力抜いてくれれば、俺としてはやりやすいんだけどね」

 

「私は完璧だから、そうはいかないわ」

 

「おっと、皮肉かな?」

 

 記憶も名前もない。左足すらも、本物に見えるが精巧に作られた義足。欠落したものだらけの俺にとっては、皮肉にしか聞こえない。ただのプロセッサー(処理装置)でしかない俺には。

 

「ええ、指揮官はダミーリンクも使えないし、1発の被弾が即致命傷、挙げ句の果てには損傷したら修理もきかないの。兵器としては欠陥だらけよ。だから……」

 

 ——指揮官は何もしなくていいのよ。名前も記憶も、いずれ、私が取り返してあげるから。

 

 甘く、溶かすように耳元で囁かれた。まるで、恋人に愛を囁くかのように。こいつ、こんな一面もあったのか。

 

 片手でHK416をそっと抱き寄せる。人と変わらない。華奢な体で、普通なら死ぬような戦場を、よく戦えたものだ。

 

「俺は戦うよ。じゃなきゃ、俺の存在がわからなくなる。戦うことでしか、存在を証明できないから」

 

「……指揮官の記憶を取り戻せたら、変わるかしら?」

 

「そうだな……でも見つからない」

 

「見つけてみせるわ」

 

 HK416は自信ありげだ。片足を吹き飛ばされ、戦場に置き去りにされるはずだった俺を引きずって帰ってからというものの、何かと気にかけてくれる。

 

 それでもなお、戦うことでしか存在が証明できない、そんなあやふやな自分。名前もなく、生きていた記録すらもない亡霊。

 

 そんな自分を拾って、新しい足をくれたくれたペルシカ。404小隊に迎え入れてくれたHK416やUMP姉妹にG11、指揮官として迎え入れてくれたグリフィン。助けられてばかりだ。そこまでの価値があるのか、疑問に思えるくらいに。

 

 ※

 

 ぼんやりと基地内を歩いていても、何もわかりはしない。何も思い浮かばず、ただ時間が過ぎ去るのみ。

 

 何か飲んで寝ようか。そう思って食堂に入ると、M4A1が座っていた。カリーナは、少しだけ希望を持ってみることにした。

 

「M4ちゃん、ちょっといい?」

 

「あ、カリーナさん。どうしたんですか?」

 

「聞きたいことがあるんだけど……時間いい?」

 

「はい、何かあったんですか?」

 

「指揮官さまのこと……何か知ってるかなーって思ったんだけど……」

 

 カリーナはM4A1の正面に座ってそう問いかけ、答えを待つ。M4はM4で、指揮官との1番古い思い出を思い返しているようだ。メモリの隅に残る、わずかな記憶でも。

 

「……はっきり覚えているのは、ペルシカさんの指示で指揮官を回収に行った時です。野戦救護テントの隅に敷かれたシートの上で、無くした片足を粗末な止血だけされて死にかけていました……」

 

「懲罰部隊とは聞いていたけれども……酷すぎる……」

 

 410小隊は懲罰部隊であり、書類上は戦死者だ。そんな奴らに割くリソースはないとばかりの待遇。重傷者はもはや捨て置かれるのが常だったのだ。

 

「そうですね。ペルシカさんから損傷がひどいから気をつけて、って言われていたので、最初は人形かと思いました。行ってみたら生身の人間で、あまりの酷さに16姉さんも目を背けたくらいですから」

 

 M4A1は懐かしそうに、その時のことを話し始めた。初めて"プロセッサー49"の素顔を見た、その時のことを。



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第6話

 その日。AR小隊は野戦救護テントの前で待機命令を受け、ペルシカからの連絡を待っていた。拍手を合図にテントに突入し、"プロセッサー49"を回収しろとの指示だ。

 

 ペルシカが興味を示すのなんて戦術人形くらいだ。どんなエリート人形のコードネームなのだろうか。M4A1は待機しつつ、思案を巡らせる。

 

 渡された抗生物質と鎮痛剤の自動注射器を眺めて思う。プロセッサー49は本当に人形なのだろうか。人形なら、運ばれるべきは野戦救護テントではなく修理施設のはずだし、痛覚をシャットアウトできるから鎮痛剤も要らない。アンドロイドだから、抗生物質も必要ないはずなのに。

 

「M16姉さん、目標って何者なの?」

 

「多分人間だろうけど……ペルシカさんが興味を示すのは珍しいな。モルモットにでもされるんじゃないか?」

 

 姉であるM16A1はそう答える。それにしても正規軍の野戦救護テントで、正規軍の兵士を引き抜こうとでも言うのか。

 

 AR-15は退屈そうに佇み、SOPMODⅡに至っては戦利品である鉄血の部品を弄って遊んでいる。ただテント前で張り込みをして、人をさらってくるだけなんてAR小隊の仕事なのだろうか。

 

『へえ、君か……損傷具合もちょうどいいし、君に決めた』

 

 端末に映るペルシカと、話し相手であろう人物の顔も映し出される。男性だが、顔色がかなり悪い。損傷とペルシカが言っていたが、負傷兵だろうか。何がともあれ、鎮痛剤と抗生物質には合点がいった。

 

『君は見捨てられたわけで、このままだと死ぬ。私に協力してくれるなら君の事を助けるよ。どうかな?』

 

『……モルモットにでもするつもりだろ? わざわざ死体漁りをしているくらいなんだからな。使うなら使え。どうせ俺はもう用済みなのさ』

 

 吐き捨てる言葉には棘がある。自らを死体として、用済みとまで言い放つ。何もかもを諦めたかのような態度と目。何を考えているのか。これが、プロセッサー49なのか。

 

『その覚悟にはくしゅ〜……』

 

 合図だ。行こうぜ、とM16A1が顎をしゃくったのを合図にテントに突入する。並ぶ簡易ベッドを見回すが、あの男の姿はない。

 

 ここにいるはずなのに。ふと、M4A1はテントの隅に目をやると、適当な敷布の上に転がされている男が見えた。

 

 左足は大腿部より下がなく、止血帯で縛られ、断面を包帯で覆われているのみ。恐らく、患部は壊死を始めている。顔は痛みに歪んでいて、満足な治療すら受けられていないように見える。

 

 周りの負傷兵たちは、ちゃんと救護を受けているのになぜこの男だけが……

 

「M4、運ぶ前に止血剤と抗生物質を打ってやれ」

 

「は、はい!」

 

 M16の声で我に返ったM4は2本の注射を打ってから、右肩を担ぐ。M16が左肩を担ぎ、2人がかりで立たせた。右足しかないから、上手く立ち上がれないのだ。

 

 その時に見えた。右肩の部隊章が。ドクロと410の文字を、5本の白線が消していた。まるで、その存在をなかったことにするかのように。

 

 ※

 

「聞きしに勝る悲惨な状況ね……」

 

 カリーナは流石に表情を曇らせる。それはおおよそ人間に対する扱いではない。治療も受けられずに転がされているだけなんて、懲罰部隊としてもあまりにも酷いではないか。

 

「本当なら、戦場に置き去りにされるはずだったらしいです。それが、戦術人形に救出されて運ばれたらしいのですが……」

 

「結果は変わらなかったんだ……でも、運んだのって誰なんだろう……知ってる人かな?」

 

 少しずつ、点と点が繋がり始めた気がする。その指揮官を助けた戦術人形がどこの誰なのか。それは、指揮官が片足を吹き飛ばされる羽目になった原因を探らねばならないだろう。

 

 あの口の硬い指揮官が喋るとは思えない。410小隊のことだから、作戦記録なんて残っているわけもない。その先が、どうしても見えない。そんな時思い出したのは、ペルシカの言葉だ。

 

 この前の通信で言っていた。置き去りにされるはずだったところを404小隊に救われた。何か、分かるかもしれない。

 

 カリーナは勢いのままに食堂を飛び出していた。少しだけ、希望が持てる気がしたのだ。それにすがるしか、カリーナにはなかった。

 

 見当なしに飛び出しても、人形たちの集まる場所なんて自ずと限られてくる。まず見るべきは宿舎だ。宿舎は支給された家具で、カフェ風に改造されている。そこは集まる人形も多い。だから、いるとすればそこだ。

 

 ドアを開けてみれば、特徴的な水色のロングヘアに、ダークブルーのベレー帽や服装の、色白の少女がいた。ちょうどいいところに、カリーナにはそう思えた。

 

「ちょっといい?」

 

「カリーナ? 珍しいわね。何の用?」

 

「指揮官さまのこと、何か知ってるって聞いたから。教えてくれないかな、何者かを」

 

 416は表情を曇らせた。どこでそれを知ったとばかりの鋭い目つきでカリーナを睨むが、カリーナは動じることはない。

 

「……なにも知らない」

 

「本当に?」

 

「なんで自分が懲罰部隊に入れられてるかもわからない男よ? それを私が知ってると思う?」

 

 あまりの苦しさで過去を忘れ去ったほどなのだ。本人ですら何も知らないのに、どうして彼女が過去を知っているだろうか。それは、致し方ないことだ。

 

「それならそれでいいよ。だから、知っていることを教えて」

 

「……相当狂ってる。それだけなら知ってるわ。まるで死に急ぐようで、自らの生存もあっさり諦めちゃうような大馬鹿野郎の話ならばね」

 

 根負けした416は、知る限りのことを話し始めた。




止血帯は血が止まるほど巻くとマジで痛いです、肉を巻き込んだ日には悲鳴あげます(体験談)


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第7話

 404小隊を乗せたヘリはある場所へ向かっていた。今回は敵施設に潜入し、データを回収する任務。そして、どうやらクライアントのヘリアンが強力な助っ人を用意してくれたらしい。

 

 どうやら重要なデータらしく、高い機密保持能力と狙撃能力を持ち合わせた人材を投入すると言う。それも正規軍に賄賂を渡して、そんな人物を貸してもらったのだとか。果たして信用できるのか、416は疑問に思っていた。

 

「45姉、助っ人ってどんな人なの?」

 

「ヘリアンは亡霊としか言ってなかったわね。そろそろ通信に出るかな」

 

 UMP45は無線周波数を合わせ、呼び出してみる。人形だろうか、416は少しだけ興味を持っていた。

 

「こちら45、聞こえるかしら?」

 

『プロセッサー49より45、スピア9と共にランデブーポイントにて待機中』

 

 無線から聞こえたのは男の声。プロセッサー49とスピア9、それが助っ人のコードネームのようだ。男性型の人形なんて、聞いたことはない。

 

「了解、もうすぐ着くから準備して」

 

『了解。おいスピア、鉄血とやりあえるからって興奮すんな』

 

 本当に大丈夫だろうか。そんな不安がよぎる。頭がおかしそうな奴が来るというのだけはよくわかった。ハズレくじを引いたようだ。慣れっこだけど。

 

 ヘリはどこかの駐屯地のヘリパッドに着陸した。正規軍駐屯地にしては、地図にも記されていない。秘密基地とでも言うのだろうか。

 

 ヘリのドアを開けると、2人の男が乗り込んできた。顔をドクロのバラクラバで隠した男で、狙撃銃を背中にかけた男と、観測用の単眼デバイスを持った男の2人1組だ。

 

「あんたらが雇い主?」

 

 狙撃手の方が45に声をかける。2人は防弾チョッキを着ていない。チェストリグだけの身軽な姿だ。人間は脆弱だと言うのに、なけなしの防具すら捨てて、身軽さを取ったのだろうか。

 

 肩の部隊章はドクロに410の文字。それを消すかのように白線が引かれていた。狙撃手の方は白の5本線、スポッターは3本のうち2本が赤黒く染められていた。

 

「そうよ。よろしくね」

 

「ああ、任務内容は?」

 

「私たちはこれから鉄血の拠点を攻撃する。あなたたちは見えた敵を片っ端から狙撃する。簡単でしょ?」

 

「余裕すぎる任務だな。行き先は?」

 

「少し黙りなさい。行き先を聞いて何ができるの?」

 

 あれこれ聞き出そうとする狙撃手をにらみつけ、黙らせようとする。機密を引っ張り出そうとでもしてるのか。よく口の動く狙撃手だ。

 

「何ができる? 戦争が出来るぜ」

 

「それもスクラップと肉片しか残らねえ地獄みたいなのだな」

 

 プロセッサーもスピアも、そんなことを平然と言い放って笑っている。おおよそ、今まで見た人間の行動パターンとは大きくかけ離れた行動だ。なんでヘリアンはこんなイかれた狙撃手を送って寄越したのだろうか。

 

「45、なんでこんな奴と任務なのよ。狙撃なら11にやらせた方がまだマシに思えてきたわ」

 

「腕を見る前から? あの2人、送ってきたのはヘリアンだけど、グリフィンじゃないわ」

 

「どう言うこと?」

 

 グリフィンのヘリアンがよこした人員だと言うのに、グリフィンの人間じゃない。それならどこの所属だと言うのだろうか。

 

「正規軍の特殊部隊。懲罰部隊の方があってるかな」

 

「懲罰部隊? なにやらかしたの」

 

「分かったら苦労しないわ。まあ、腕は効くんじゃない? 金積んで引き抜いたんだろうし」

 

 やっぱり不安だ。何をやらかしたかわからない奴を狙撃手として配置するなんて。大方、敵前逃亡でもしたのだろう。それにしては、覚悟が決まりすぎているような言葉だ。

 

 なんなんだろう、この人間は。

 

 ※

 

 施設の破壊とデータの回収は何とか完了した。プロセッサーとスピアは45が適当な山の中に下ろして狙撃させている。施設から逃げ出したら鉄血がお待ちかねと思ったものの、綺麗に掃除されていたのだ。

 

 それもすべて頭部。データリンクで狙撃されていることや位置を共有されないよう、中枢部を狙い撃ちにしたのだろう。500mはある距離だというのに、鮮やかなものだ。G11より正確な腕前ではないか。

 

『45、スピアだ。入り口付近はクリア。追いかけてくるの狙撃するから当たるなよ』

 

「了解、ちゃんと当ててよね」

 

 追いかけてくるのは鉄血のハイエンドモデル、デストロイヤー。その名に恥じず、二丁のグレネードランチャーを装備した、幼い見た目に合わない破壊力を持つタイプだ。データは奪って、施設も壊したから面目丸つぶれで怒っている。

 

『プロセッサー、あの入り口に照準合わせて待機。距離目測で500』

 

『オーケー』

 

 私たちは施設の出口を飛び出す。でも、昇順補助用のレーザーどころか、スポッターの距離測定用レーザーすら感知できない。レーザー測遠機無しでどうやってこんなに正確に狙撃しているのだろう。

 

 僅かに遅れて、デストロイヤーが飛び出して来た。風切り音が響き、鈍い金属音が遅れて響いた。デストロイヤーは狙撃を予想していたのか、手に持った武器で弾丸を弾いたのだ。この時も、一瞬だけ使うと思ったレーザーは全く使っていなかった。

 

『野郎、防ぎやがった!』

 

『目測バッチリだったのによ! プロセッサー、次弾諸元そのまま、頭がダメなら胴体に撃て!』

 

 もう1発、頭がダメならと胴体狙い。今度は命中したようだが、傷が浅い。

 

 スピアの悪態の中から得られた情報だと、レーザーを使わずにスコープや単眼鏡のレティクルを使って距離を計算していたようだ。旧世代的なローテク。だけどもレーザーを使わないから鉄血に感知されることもない。

 

 デストロイヤーが狙いを変えた。目の前の私たちではなく、明後日の方向にグレネードランチャーを向けて、その顔には凶暴な笑みを貼り付けていた。

 

『やばい、こっち向いた! 逃げるぞスピア!』

 

『45、スピアとプロセッサーは移動する!』

 

「そのまま合流地点に、3分で来なさい!」

 

『訓練の方がマシだな! スピアアウト!』

 

 逃げる私たちを尻目に、デストロイヤーは2人のいる位置にグレネードを撃ち込む。装備にあたって押されたのか、マイクが時々オンになるが、聞こえてくるのは爆音と悪態ばかりだ。

 

 なんとか回収地点にたどり着くが、2人の姿はない。遅刻したのだろうか。そんな時、無線からまた声が聞こえて来た。

 

『45、こちらプロセッサー49。もういい、置いて行ってくれ』

 

 あまりにも弱々しい声。まるで、全てを諦めたかのような。咳き込む声が混じり、呼吸音もおかしい。デストロイヤーに追いつかれたのだろう。

 

「45姉、今なら間に合うよ!」

 

「待ちなさい、本気?」

 

 UMP9が助けに行こうとばかりに急かす。正直間に合うとは思えないが、命じられたのは完璧な任務遂行。もし放置して帰ったとなれば、それに傷がつきそうで嫌な気もする。

 

「仕方ないわね。迷子を探しに行くわよ」

 

 UMP45の鶴の一声で、私は眠いと騒ぐG11の襟首をつかんで引きずることになってしまった。

 

 ※

 

 木々の生い茂る道無き道を突き進む間も、2人の無線が状況を教えてくれる。聞こえる銃声は抵抗を示し、まだ生きていると教えてくれた。

 

『スピア……お前この負傷で3本目か……?』

 

『そういうこった……つまり、罪を赦されてあの世で自由になれるのか……あながち噂は間違いじゃねえや』

 

 意味のわからない会話。何が3本目で、罪が赦されるとはどういうことか。何かの暗号だろうか。今はよそう。あとで問い詰めればいい話なのだ。

 

『プロセッサー、デストロイヤーがそっち行ったぞ……』

 

『天使のお迎えってわけだな……』

 

 無線が途切れた。捕捉されたのだ。会話からしてみれば、おそらくプロセッサーはダメだとしてもスピアはまだ助けられるかもしれない。そんな打算的な事を考えていたら、また無線が聞こえて来た。

 

『結婚しようぜデストロイヤーちゃん!』

 

『ちょ、何言ってるのよ!?』

 

『おいスピア!』

 

 何を言っているんだ。そして、聞こえる雑音は鉄血が群がる音だろうか。何が起きているのかわからない。誰もが首を傾げていた。

 

『もちろん、あの世でな!』

 

『あんた、まさか……!?』

 

『スピア! スピア……! 時村ァァァァァァァ!』

 

 それを遮るように爆音が響いた。煙が見える。そして、無線から聞こえる爆音が聴覚を破壊しようとするかのように響き、咄嗟にインカムを外した。恐らく、スピアのマイクスイッチが何かに当たって聞こえていたのだろう。

 

「45姉、これって……」

 

「自爆……? 急ぐわよ」

 

 スピアの最後の抵抗は狼煙のように煙を上げ、位置がよくわかる。もう迷うことはないだろう。一直線にそこに向かえば、鉄血人形と倒れたまま銃を向けあう男の姿が見えた。バラクラバをしていない、その素顔を晒して。

 

 咄嗟に銃を構え、鉄血人形の頭を撃つ。1発だけでなく、次から次へと射撃を浴びせて確実にその動きを止めてやる。

 

 倒れる鉄血人形を呆然と見る男は左足を殆ど失っていた。負傷であちこち血だらけで、足の断面からの出血がひどい。止血帯でも上手く止血できていない。

 

「……何勝手に死のうとしてるのよ」

 

「……おいて行けって言ったはずだ。スピアは逝った。俺も、漸く赦されたようだしな」

 

 その声はプロセッサーだった。顔は青白く、出血の多さを物語っている。目は虚ろで、死へのカウントダウンが始まっているかのようにも思える。

 

 力の入らない指先で傷口の血を掬い取り、部隊章の白線を一本、血で染める。スピアの赤線はこうやって血で染めたものなのだろう。一体なんの儀式だというのか。

 

「何言ってるか分からないけど、これ以上勝手に死なせないわよ」

 

 悔しかった。完璧な任務遂行のはずが、戦死者1名。さらにもう1人は死にかけている。とんだ番狂わせだ。だから、これ以上恥の上塗りをしたくない。それだけだ。

 

 それだけで、私はプロセッサーを担いでいたのだ。そんなプライドだけで、彼をヘリまで運んだのだ。全く、どうしてしまったことだろう。

 

 置いていけとうるさいこの男を無理矢理運ぶなんて、どうにかしてしまったとしか思えない。とりあえず部隊に引き渡せば治療はしてもらえるだろう。まあ、足はどうにもならないけど。

 

 ヘリは私たちを乗せて離脱する。その間45は何処へやら連絡を取っていた。

 

「足の切断です。ええ……はい。では彼をテストケースに?」

 

 どこへの無線かはわからない。いつもとは別の周波数なのだろう。連絡が終わると、45は注射器を取り出し、プロセッサーの千切れた足にモルヒネを注射した。

 

 プロセッサーはゆっくりと目を閉じるように意識を失い、倒れこんできた。膝に頭を乗せるなんて、G11のようなことをされたが、とりあえず今はこうさせてやろう。そんな気持ちになっていた。

 

「待ってて、迎えに行くから」

 

 45は意味深にそう告げると、プロセッサーの傷口に止血剤を塗り、包帯を巻く。死なせられない理由ができたようだ。

 

 痛みが緩和されたのか、少しずつ表情が穏やかになりつつ彼の頭を、私はなぜかそっと撫でていた。



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第8話

 話し終えた416はグラスを傾け、喉を湿らせる。カフェオレだろうか。カリーナはそれを見守るしかできない。言葉に出来ない。

 

 相棒の死、鉄血のハイエンドと生身で交戦して1人の命を犠牲に倒したなら結果的には圧倒的勝利ではあるが、1人の人間にとっては失ったものが大きすぎる。

 

 そして、目測と単眼鏡のレティクルを用いたミル計算式による距離測定、それを基にした精密射撃。あまりにも高い戦闘センス。いったい、なにが2人をそこまで高みに登らせたのだろうか。経歴がない以上、どうしようもない。

 

 プロセッサーは記憶もなく、スピアは戦死。何か使える情報はないか、考えたところで見つからない。

 

 そんな時、ドアが開いて指揮官——プロセッサー49がその姿を現した。まさに、話の中心人物たる男だ。

 

「416、ここにいたのか。カリンも一緒とは珍しいな」

 

「ちょっと用事があったので。指揮官さまは?」

 

「暇つぶしさ。適当になんか飲もうかなって」

 

 プロセッサーはそう言ってカリーナの隣のイスに腰掛ける。酒が飲めない体質なようで、飲むのはただのカフェオレだ。

 

「お酒もタバコも嗜まないんですね」

 

「どっちも体が受け付けねえ。M16に付き合わされたがビールジョッキ半分でノックアウト、タバコは咳き込むし居場所バレるから吸わねえ。どんなにキツくても逃げるな、目を背けるなってことかもな」

 

 自嘲的に笑うプロセッサーをカリーナは見ているしかなかった。416やM4から聞かされた悲惨な過去。片足を無くし、苦しみながら死んでいくはずだった彼を拾って、新しい足を与えてここに放り込んだペルシカは何を思ったのだろう。彼は、何を思っているのだろう。カリーナの疑問は絶えない。

 

「指揮官さま、辛くないですか……?」

 

 なんのことだ? とばかりにプロセッサーはポカンとした顔をする。

 

「別に、ここは居心地いいぞ。まるで楽園だよ。ヴァルハラにでも来ちまったかと思うレベルにな」

 

「もう、ヴァルハラじゃ死んでるじゃないですか」

 

「死んださ。死んだことにされたし、スピアの馬鹿野郎、俺を囮にとっとと逃げりゃよかったのによ……」

 

 ——そうすりゃ、今頃ヴァルハラにいたのは俺の方だ

 

 まるで、そう言いたかったかのようだ。それをごまかそうと、プロセッサーはカフェオレを飲む。416の話にも出て来たスピア。彼の相棒。そこの場面を思い出し、カリーナは何か引っかかるものを感じた。

 

 そういえば、スピアが自爆したであろう時に聞こえた無線で"時村"と呼んでいた。もしかして、スピアの名前を覚えているのだろうか。

 

「どうした、カリン」

 

「その……ですね……」

 

 あなたの過去を聞きました、そう切り出してしまおうか、一瞬迷う。意を決して言おうとしたまさにその時、416がカリーナを押しのけた。

 

「指揮官……にゃん」

 

 にゃん? そのおうむ返しはカリーナかプロセッサーか、はたまた同時だったのか。訳がわからない。思考が止まる。しかも、416の目が座っている。

 

「指揮官、いつもG11にばかり膝枕ずるい……私にもするべき……」

 

「待て416、ステイッ、ステイッ」

 

 プロセッサーは止めようとするが、416は全く聞かずに膝を占拠する。カウンター席で膝枕が無理と判断したのか、膝に腰かけたのだ。

 

 416は嬉しそうに足を振る。なんでこんなことになった、プロセッサーは困惑しつつも416を撫でている。こんなことになる理由は一つだ。

 

「カリン、酒飲ませた?」

 

「え? カフェオレしか飲んでなさそうでしたけど……まともに話していたし……」

 

「ちょっと貸して」

 

 プロセッサーはカリーナから416のグラスを受け取ると、一口口をつけた。間接キスかとカリーナが想像して顔を赤らめている横で、プロセッサーはそのカフェオレの味を吟味し、やっぱりかとため息をついた。

 

「カリン、こいつはカフェオレじゃない。酒だ。カルーアミルクだよ」

 

「カルーアミルクって……カクテルですか?」

 

「そう。コーヒーリキュールので、牛乳と混ぜると甘めのコーヒー牛乳風になるんだけど……間違えるわけがない。こいつ、自分で作ったな……?」

 

 プロセッサーはにゃあにゃあ鳴いて甘える416に目をやる。何がしたかったんだこいつはと思いながらも、求められるがままに甘やかすのは優しさか。

 

「肩の力を抜きたかったのかもしれませんね」

 

「かもな……カリンやみんなにはいつも世話になりっぱなしだし、息抜きくらい好きにさせてやりたいところなんだけどね……」

 

「じゃあ、息抜きさせてもらいます」

 

 カリーナはそう言うと、416が飲み残していたカルーアミルクを一気に飲み干す。プロセッサーが止める間もなく、カリーナは顔を赤く染め始めていた。

 

「えへへ、指揮官さま〜」

 

「まったく……」

 

 酒の勢いに任せて甘えてくるカリーナと416。プロセッサーはため息をつきながらも、2人の頭を撫でる。こんなことで安らぐというならそうさせてやろう。自分のようにならないよう、安心させられるならそれでいい。

 

 そんな可愛らしい2人は、今度は逆にプロセッサーの頭を撫で始めた。まるで子供をあやすかのような手つき。カリーナはいつも通りの笑顔を、416は珍しい笑顔で手を動かしていた。

 

「指揮官、私がいるのだから何もしないでゆっくりしていていいのよ」

 

「指揮官さまは頑張ったんですから、休んでください。ね?」

 

 まるで、心を甘く溶かそうとするかのような囁き。お前は十分戦った、赦されてもいいのだ。そう言われているかのようだ。

 

 まだ罪線を染め切れていないのに、赦されてもいいのか。そう躊躇うかのようなプロセッサーの頬に、柔らかく暖かい感触がした。左右からの同時攻撃だ。

 

 えへへ、と笑う2人を見たら、もうどうでもよくなっていた。今は、この2人に甘く溶かされてしまおう。きっと、明日にはまた立ち上がれる。そう信じて。



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第9話

 基地のヘリポートは動きが慌ただしい。とうとう医療施設の奪還作戦が決行されることとなり、AR小隊と404小隊、そしてプロセッサーが出撃用意を整えていたのだ。

 

 ブーツの紐を締めるプロセッサーにAR-15が近寄る。それに気付いたプロセッサーは顔を上げ、AR-15に声を掛けた。

 

「コルト、どうした?」

 

「指揮官の武器、もしかして……」

 

 プロセッサーの装備はいつも通り、マルチカム迷彩のコンバットパンツとチェストリグに、袖をまくった黒のコンバットシャツとニット帽。

 

 持っている武器は89式小銃と、今日に限って持っていたライフルはAR-15だったのだ。いつもはボルトアクション式のM24を使っているというのに、なんの心境の変化だろうか。

 

「至近戦になりそうだし、セミオート式のライフルにしたんだ。民生用だから予備部品が手に入りやすいし、なんだかんだ使いやすくてね」

 

 どうやら、見かけることが少ないだけで昔から使ってはいるようだ。黒いレシーバーに描かれた5本の白線(罪線)が、彼のものだということを物語る。

 

 自分と同じ銃。それに、AR-15は少しだけ嬉しさを感じていた。認めてもらえているのだと感じたのだ。もちろん、銃の方だが。

 

「いい銃ですね」

 

「コルトのヤツ、シルバーのレシーバーの方がかっこいい気がするがな。俺のは罪線入りだぞ?」

 

「なら、その罪線を私に分けてもらえますか?」

 

「お前にはまだ早い」

 

 そう言って薄く笑みを浮かべるプロセッサーを見ていると、なんとなく安心感を覚える。プロセッサーとこれだけ話せているのを、UMP姉妹どころかM4A1までもが羨ましそうに見ていた。

 

「指揮官さま! ヘリが間も無く到着します!」

 

「よし、全員行くぞ。カリン、留守は頼んだ」

 

「お任せください!」

 

 プロセッサーはその手でカリーナの頭をわしゃわしゃと撫で回す。カリーナは嬉しそうに目を細めていた。

 

 ミステリアスな指揮官。それでも、なんとなく好感が持てる。生存を重視した戦術、その戦闘能力の高さ。それ以外にも見え隠れする素の魅力。

 

 右肩にグリフィンの部隊章、左肩に404の部隊章。そして、胸のアドミンポーチのベルクロに貼り付けられた410の部隊章。5本の罪線を胸に抱き、また彼は戦地へと還っていく。

 

 振り返らずにヘリに乗り込んでいくプロセッサーを、カリーナはヘリが飛び去るまで見守り続けた。いつが最期になるかわからない綱渡りを繰り返すプロセッサーの姿を、後悔なきようにとこうして見送った回数は幾たびか。

 

「……さて、調べなきゃ。スピア9、時村が手掛かりね」

 

 もしかしたら、名前が判明した彼ならば何かプロセッサーに繋がるものがあるかもしれない。カリーナは自らの任務を果たそうと、データセンターへと駆け込んだ。

 

 旧式PCに向き合い、まずは判明している情報を整理する。

 

 判明しているプロセッサーの出自として、人種はモンゴロイド系、日本人である可能性が高いことだ。ペルシカによる義足の搭載手術の際に採取したDNAサンプルと、会話可能な言語からそう結論づけられている。

 

 そして410小隊がどこの軍に所属していたのか。これは根気よく情報を集めるしかなかった。各国正規軍の作戦記録になんとかアクセスして解析。その結果、ロシア軍の作戦報告に不符合がいくつも見つかったのだ。

 

 そして、ヘリアンが人材派遣要請をして、賄賂を渡した相手。ロシア軍の士官。そこから410所属のプロセッサーとスピアが送られて来たことから、ロシア軍の隷下と見るのが妥当だ。

 

「でも、わからないなぁ……」

 

 ならばなぜ日本人の2人がロシア軍にいるのか、そこが不可解なのだ。推測するならば、第三次世界大戦で核攻撃を受けた都市から難民としてロシアへ流れた日本人の元に生まれたというところだろうか。これは推測の域を出ない。

 

 だから、あの手この手を使って手がかりを探して、漸く新しい手掛かりにたどり着いたのだ。

 

 どこかに綻びがあるはずだ。ただでさえ第三次世界大戦の影響で国家が衰退しているのだ。そして、汚染地域だらけとはいえ広大な国土を持つロシア、EMPで破壊された既存の通信網。どこかに綻びがある。カリーナはそう信じていた。

 

 スピア9、時村、この単語から何がなんでも手繰り寄せてみせる。もう、ヘリアンの頼みなんてどうでもよかった。名前を取り返して、罪から解き放ってやりたい。そんな想いが、カリーナを突き動かす。

 

「うん、これって……?」

 

 カリーナの見つめる画面。従軍記録の中には、2人の時村が候補として表示されていた。似た顔の2人で、どっちがスピア9なのか。カリーナにはわからない。

 

 時村慶一郎と時村勇吾。どちらが目的の人物か。カリーナはコーヒーに口をつけ、一度落ち着こうとする。やっと手掛かりを見つけたのだ。カリーナは一歩を踏み出すかのように、2人のデータを閲覧することにした。



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第10話

大型建造、皆さんはいかがでした? 自分は爆死を繰り返し、パーツが1000を切りました(゜∀。)ヴェェー


 一方、ヘリの中では416が赤面して俯いていた。昨日、酔っ払った挙句に指揮官にデレデレしているところをM16に撮影されていたようで、それをネタにイジられていたのだ。

 

「ほほう、完璧なHK416は指揮官を誘惑するのも完璧かな?」

 

「う、うるさい! その写真寄越しなさいよ!」

 

「そうはいかないね」

 

「この……! あと11はいつまで指揮官の膝占拠してるのよ!」

 

 G11はプロセッサーの膝を枕にしてスヤスヤと眠っていた。プロセッサーはまるで猫を撫でるかのように、癖のある銀髪を撫で回している穏やかな光景がそこにあった。

 

「416が指揮官の膝独り占めしてるから寝られなかったんだよ? だから今は私の番……」

 

 眠たげなG11はもう一度寝てしまい、M4A1がそれを羨ましそうに眺める。尚、UMP姉妹は両肩を確保しているため、今はおとなしい。

 

「というか16、現場見てたの?」

 

「ああ、晩酌しようと思ったらにゃあにゃあ猫の声が聞こえてきたものでね。カリーナさんはともかく416は」

 

「わー! わー! わー!」

 

 416は大声を上げて阻止しようとする。頬にキスしたなんて言われた日には416のイメージは崩れ去るだろう。とっくに完璧な416のキャラは崩れ去っている気もするが、言わぬが花だ。

 

「指揮官、にゃん!」

 

「しきか〜ん、にゃあ」

 

 お前たちもか、プロセッサーは猫の真似をするUMP姉妹に目をやり、くすりと笑う。G11は何も言わずとも膝で丸くなっているから十分猫だ。

 

 悪くない、楽しい時間だ。何やらSOPが撫でて撫でてと目を輝かせ、M4A1は羨ましそうに、AR-15も気になるようにチラチラと見てくる。やってくれと言うのか。

 

 ちなみにM16は416をイジって遊んでいた。いつも通りだ。そんな時、パイロットの声がインカムに響く。

 

『降下3分前!』

 

「3分前! スタンバイ!」

 

 指揮官の指示で機内は緊張感に包まれる。いよいよ投入だ。目標の病院には敵が存在する可能性が高い。着陸前に撃墜される危険もあるのだ。

 

 だから、少し離れたところに降下する。選んだのは目標から約500m離れた、開けた森の中だ。ギャップと呼ばれる森林の中のぽっかり空いた空白地に、ロープで降下する。

 

『目標到達、降下しろ!』

 

 パイロットからの指示で、プロセッサーは降下用ロープをハッチから垂らし、降下を開始する。人形たちもそれに続き、次々と地面へと降り立って行く。その地に足を下ろすと、それが初めてではないような感覚がした。

 

 呆然と立ち尽くし、辺りを見回すプロセッサーを人形たちは不審がる。目はその場を見ているようで、そこを見ているわけではない。

 

 そんな時、SOPが近くに残骸を見つけた。大型ヘリコプターの残骸で、機銃を食らったのか穴だらけになっていた。まだ新しく、火がくすぶっている。

 

 操縦席にはパイロットと思わしき遺体がある。中の乗員も同じだろうか。そのパイロットスーツの肩には、あの410の部隊章が縫い付けられていた。

 

「指揮官! これ見てよ!」

 

 SOPに呼ばれてプロセッサーはその残骸に駆け寄る。呼ばれてすぐにその理由は理解した。410の隊員を乗せたヘリだったのだ。

 

「先に来てるようだな。ハッチが開いてるし、何人か乗り込んでるかも……俺たちも行こう」

 

 410が投入されているなんて寝耳に水だ。これは聞いてみたほうがいいかもしれない。プロセッサーは無線を使い、カリーナへの連絡を試みた。

 

「プロセッサー49よりHQ、410小隊(亡霊部隊)投入されている模様、情報はないか、オーバー」

 

 無線は何も返ってこない。カリーナめ、何か探し物をしてモニタリングをすっぽかしているのか? 無線感度は良好なはずなのに。

 

「プロセッサー49よりHQ、応答されたし」

 

「何もこないわね。やることは変わらないわ。行きましょう」

 

 416に促され、指揮官は頷く。誰が居ようと構わない。頼れる人形たちがいるのだ。もうあの時とは違う。まずは援護だ。丘に陣取り、AR小隊と404小隊の前進を援護する。但し、416はスポッターとして隣にいてもらうことにした。

 

 二脚を立て、地面に伏せる。スコープの先がよく見える。今の所、敵の気配はない。

 

「416……君とだとあの時を思い出す」

 

「片足吹き飛んだ無様な時のこと?」

 

「言ってくれるね。俺が援護してたんだぞ?」

 

「……もう。死なないで」

 

「わかった」

 

 役目がなく、手持ち無沙汰な左手を416に握られた。指先をカットしたグローブだから、指先から416の手の感触が伝わって来る。

 

 完璧な416は落ち着かせるのも完璧ということか。抱きしめてやりたい気分だが、今は任務の最中だ。そうはいかない。今はプロセッサー(処理装置)なのだから。

 

「合図よ。行きましょう」

 

 スコープの先では9が手を振りながら跳ねている。猫かと思えばウサギのようで、可愛らしい。隣で45が指で拳銃を作り、こちらをバーンと撃ってきた。居場所がバレてるとでも言いたいのか。楽しそうに笑っている。

 

「じゃ、俺たちも行こう。お待ちかねのようだ」

 

「ええ、デートはおしまいよ」

 

「416が冗談言うなんてね」

 

 今は主力に合流しなければ。89式小銃に持ち替えた指揮官は、416とともに医療施設入口へと走り出していた。



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第11話

 医療施設内部へ突入した一行は内部を慎重に進んでいた。今のところ何も聞こえない。銃声ひとつ、響いてこないのだ。

 

 先頭を行くUMP姉妹は警戒を解かないが、何も出てこない。全て死に絶えたかのように。静寂がその場を支配する。

 

「左側方、クリア」

 

 曲がり角を確認した指揮官はそう伝え、前進を促す。単暗視装置の向こうに、鉄血一体いない。それが逆に不気味でたまらなかった。

 

「前方、サーバールーム確認。指揮官、あれが目標よ」

 

「早く確保して、早くおさらばしよう」

 

 416の報告にM16が軽口を付け加える。キッと睨む416の頭をそっと撫でて、その場をなんとか収める。よしよし、あとで可愛がってやるから。

 

「指揮官……なんか怖いよ……」

 

「おいおい11、暗い病院とかホラーとかダメなタイプ?」

 

「もうやだ、帰りたい……」

 

「じゃ、さっさと終わらせて帰ろうか」

 

 指揮官は今度はG11の頭を撫でてやり、なんとか落ち着かせる。G11はメンタルをやられ易い。指揮官が404の指揮をするようになってからというものの、指揮官と書いて精神安定剤と読まれている。

 

「ドア破るから9、閃光弾頼む。AR小隊は後方警戒、行くぞ」

 

 指揮官はドアノブに手をかけ、UMP9は閃光手榴弾のピンを抜き、構える。いつでも突入可能だ。

 

 さあ、行こう。指揮官がドアノブを回して扉を蹴り、UMP9が閃光手榴弾を投げ込む。響く爆音を合図に416とUMP45が突入。遅れて指揮官とUMP9が入り、G11は後方を警戒する。

 

「左、敵2つ!」

 

 416は目についた鉄血人形へ即座に射撃、先に撃破する。いつも通り完璧な腕前だ。

 

「ナイス」

 

「私は完璧よ」

 

 他に敵がいないことを確認し、指揮官はコンソールに向き合う。データを基地に送るのだ。何故かは知らないが、カリーナが必要としているらしい。

 

「よし、サーバールームを制圧したし、あとは転送を待って施設の掃討に」

 

 そこまで言ったところで、突然サーバールームに人影が侵入して来た。咄嗟に戦闘態勢を取るが、それは鉄血人形ではなかった。

 

「動くな!」

 

「こっちはグリフィンだ、銃を下ろせ!」

 

 目の前の武装集団には見覚えがある。それでも、油断すれば撃たれるのだ。プロセッサーは銃を構える。相手は、肩に双頭の鷲のエンブレムを貼り付けていた。

 

 ロシア正規軍特殊作戦コマンド。410小隊ではない、存在する正規軍だ。それも特殊部隊。まさに一触即発。お互い閉所戦で気が立ってるところにこれだ。

 

「……銃を下ろせ、味方だ」

 

「よし、下ろせ」

 

 指揮官がゆっくり銃を下ろすよう合図すると、相手もゆっくり銃を下ろした。ここでやり合うつもりはないのはお互い様と言うことだ。

 

「ここはグリフィンの担当のはずだ。正規軍がどうしてここに?」

 

「ELIDの目撃報告があった。グリフィンの手に余るだろう?」

 

「ELIDが?」

 

 正規軍側の指揮官から得た情報は、予想の斜め上を行く。

 

 かつて、地球上で相次いで発見された遺跡。そこに残されていたコーラップス崩壊液と呼ばれる物質。

 

 そして、2030年に起きた北蘭島事件。埋め立てられたはずの北蘭島遺跡にて大規模なコーラップスの流出が発生。破滅的な大爆発を起こした上、成層圏まで舞い上がったコーラップスはジェット気流に乗り、世界へ広まる。

 

 高濃度のコーラップスに感染した者は即座に死に至る。だが、低濃度の場合は即死には至らず、変異を起こし、俗に言うゾンビのようなものに変貌してしまう。この広域性低濃度放射感染症こそが、E.L.I.Dであり、この汚染による生存圏の減少が第三次世界大戦のトリガーとなった。

 

 そして、衰退した国家と鉄血への対処を請け負い、台頭し始めたのがグリフィンをはじめとするPMCというわけだ。

 

「まだ弱いやつだ。お前らの武装でも対処できるが……先に突入した410は全滅したようだ。5本線」

 

 正規軍指揮官はプロセッサーの胸を見て5本線と呼んだ。何か知っているというのか。416は耳聡く反応した。

 

「……あんた、その5本線について何を知っているの?」

 

「本人から聞いたらどうだ?」

 

「記憶喪失なのよ」

 

「……元スペツナズ随一と呼ばれた狙撃手、後にも先にもこいつだけの5本線、それに……」

 

 ——3本線を背負って消された(410Gone)、兄貴のバディだった男だ

 

「待って、貴方は……」

 

 416だけではない。404小隊の全員の記憶が呼び起こされた。プロセッサーのバディ、デストロイヤーに挑み、死んでいったであろう男。あの姿が。

 

「コードネーム"スピア10"時村慶一郎の弟、時村勇吾。久しぶりですね、くろさ……」

 

 漸く、待ち望んだ名前を聞ける。筈だったのに、目の前を横切るこの金の弾体はなんだというのだろう。40mm榴弾が、プロセッサーとスピアの間を飛んで行く。

 

 ——指揮官!

 

 届かない、伸ばした手はプロセッサーに届くことはない。416も、9も、45も11も、AR小隊でさえも、その手は届かず、過ぎ去った榴弾は壁に命中、炸裂した。

 

 コンクリートの破片が飛び散る。爆風か、破片が襲ってくる。プロセッサーが、スピアが、正規軍兵士が吹き飛ばされる。人形たちも近くのものは吹き飛ばされ、床に打ち付けられた。

 

「クソッタレ!」

 

 スピアはヘルメットとプレートキャリアが破片を防ぎ、致命傷は免れた。だがプロセッサーはニット帽如きに頭を守れるわけもなく、防弾プレートのないチェストリグもやすやすと破片が突き抜けたようだ。

 

 頭部に当たったコンクリ片が意識を奪う。飛んで来た榴弾の破片が体に突き刺さる。そして、崩れた壁は、彼の上に降り注ぎ、埋めてしまう。

 

「指揮官!」

 

 悲鳴をあげたのは自分が、他の全員か。416は咄嗟にプロセッサーに駆け寄り、他の全員は榴弾の飛んで来た扉に銃口を向ける。スピアたちが出て来た扉だ。

 

「おいグレネード撃ったのどこの誰だ、味方だぞ!」

 

『誰も撃っていない、そのセクターに行ったのはスピアだけだ。待て、コンタクト!』

 

「ELIDか?」

 

『違う! 鉄血の襲撃だ!』

 

 無線から漏れ聞こえる悲鳴は、誤射ではないことと鉄血の襲撃を知らせる。そして、廊下の向こうに浮かび上がる幼いシルエットに不釣り合いなグレネードランチャー2挺を装備した姿、デストロイヤーが見え始めていた。

 

「よくも、指揮官を……!」

 

 珍しく怒りをあらわにするM4、全員が、怒りをあらわにしていた。

 

「まず指揮官さえ潰せばあとは雑兵ね。あの時のお返しよプロセッサー……」

 

 そして、デストロイヤーは驚愕の表情を浮かべた。視線の先にいたのはスピア10。時村勇吾だ。

 

「スピア……死んだはずなのにどうして!」

 

「……お前が、兄貴の仇か」

 

「……そう。なら、あんたも送ってあげるわ!」

 

「ここは私と45姉がやるから、みんな早く指揮官を掘り出して逃げて!」

 

 UMP9が叫ぶ。ここでグレネードランチャーを持った相手と戦うのは不利だ。だから、指揮官を救出して逃げるのが先決。M4も頷く。

 

「任せました!」

 

 UMP45が時間稼ぎに発煙手榴弾を投げる。それは、まるで狼煙のようだった。



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第12話

クソ忙しくて先週投稿できませんでした……警衛はもう嫌だ……


 UMP45が時間稼ぎに炊いた煙幕が通路を覆い尽くす。スプリンクラーなんてとうの昔に壊れているから、今更反応なんてしない。

 

 しばらくデストロイヤーは狙いを定められないだろう。この間に指揮官を救出すべく、戦術人形たちは瓦礫に集まり、掘り起こし始めた。

 

 着弾したグレネードは壁を崩した上に、天井の崩落まで起こしたらしい。鉄筋が見える。指揮官は生きているだろうか。そんな不安がよぎる。

 

「指揮官……嫌だよ、死んじゃって……」

 

「こら11! 縁起でもないこと言わないで掘り起こしなさい!」

 

 416は叱りつけながらも必死に瓦礫を動かす。1番大きい瓦礫で、1人ではどうにも持ち上がらない。この下に指揮官がいる。なんとしてでもどかさなければ。

 

「手伝います!」

 

「合図で動かすぞ!」

 

 そこに、M4とM16が手助けする。普段あまり仲の良くない相手ではあるが、指揮官を助けるためだ。断るわけにはいかない。416は頷く。

 

「せーの!」

 

 瓦礫が動く。その下に、他の瓦礫がいい具合に積み上がって空間ができていた。指揮官は動かない。

 

「見つけた、早くどかして!」

 

「わかってる! AR-15は基地に連絡して救援ヘリを呼べ!」

 

「ええ、HQ、こちらAR-15。プロセッサー重傷、至急救援を要請します!」

 

 無線からの応答はない。そう言えば来る時も指揮官からの無線にカリーナが反応しなかった。余所見しているのかと思っていたが、違ったのだろうか。

 

「無線が通じない!」

 

「どこかにジャマーでもあるんじゃないの!?」

 

 416は瓦礫をどかしながらやけっぱちになって叫ぶ。それに反応したのはスピアだった。

 

「そうだ、この病院の最上階にジャマーが設置されてる。俺らはそれをぶち壊しに来たんだ。病院内で短波無線使う分には問題ねえけど、外はダメだ。通じねえぞ」

 

「早く言いなさいよ! つまり、それを壊せばいいのね?」

 

「少なくともそうすりゃ通じるはずだぜ! 先に黒坂を掘り出してやれ!」

 

「それか、名前?」

 

 416は必死に瓦礫をどかしながら聞き返す。何言ってるんだこいつは、そういう顔で時村は416を見た。

 

「名前、知らないんだったな。こいつは黒坂零士。それが名前だよ……!」

 

「レイジ……」

 

 瓦礫をある程度払いのけ、G11は零士の頬を叩く。だが、なんの反応もない。まさか、嫌な予感がした。チェストリグを外し、胸に耳を当てるが、なんの音も、鼓動も感じられない。心停止だ。

 

「416、指揮官の心臓動いてないよ……」

 

「嘘でしょ!?」

 

 416は零士に飛びつき、鼓動を聞こうとする。だが、何も聞こえない。何も伝わらない。本当に止まっているのだ。

 

 救出は一時中断し、蘇生を優先する。幸い、硬い床の上だから胸骨圧迫の効果は高まる。416は即座に胸骨圧迫を開始し、M4は気道を確保、人工呼吸を始める。

 

「起きなさい! 何勝手に死のうとしてるのよ!」

 

「指揮官……! 起きて! 嫌……嫌!」

 

 その間にも他の戦術人形たちは瓦礫の撤去を続ける。だが、そろそろUMP姉妹だけでデストロイヤーを相手するのも限界だろう。爆音が響き、援護していた特殊部隊員たちも次々と蹴散らされている。

 

「クソ、こっちは全滅かよ!」

 

「スピア、お前はここにいてくれ。SOP! AR-15! 出番だ!」

 

「うん!」

 

「ええ……M4、指揮官をお願い!」

 

 M16は銃を取り、2人を引き連れてUMP姉妹と交代に向かう。2人には404小隊で屋上のジャマーを破壊してもらうのだから、こんなところで消耗されては困る。

 

 その間にも416は蘇生を試みる。迫る死を遠ざけるように、必死に胸骨圧迫を続けるが、なかなか目を覚まさない。

 

「なんで、なんで起きないのよ! やり方は完璧なのに……!」

 

「諦めないで! 指揮官はまだ死んでいないわ!」

 

「わかってるわよ!」

 

「416、これ使えない?」

 

 そんな中でG11が見つけたのは、グレネードで破壊された天井から垂れる配線。電力供給用のケーブルが2本垂れていた。コンソールの電力を供給していたのだろう。もしかしたら、電気ショックに使えるかもしれない。

 

「よく見つけたわね。離れなさい、試すわ!」

 

 M4は指揮官の体から離れる。G11が服を脱がせ、416は胸と脇腹にケーブルを当て、電気ショックを与える。指揮官の体が海老反りになり、電気は心臓に届いた筈だ。

 

 胸に耳を当てる。それでも、まだ動いていない。早く、早く戻ってきてくれ。416は祈るように、もう一度ケーブルを構える。

 

「漸く、名前を取り戻したの。あなたを罪から解き放ってあげられるのに……こんな終わりは許さないわよ!」

 

 再度、電気ショック。それでも、まだ心臓は動かない。M4とG11の悲鳴が、嘆きが聞こえるが、416はまだ諦めない。この男は、また立ち上がる。

 

 存在を、名前を、居場所を奪われ、戦場を彷徨う亡霊。不遇な404小隊との出会いは、傷の舐め合いだったのかもしれない。

 

 それでも、いつだって一緒だった。グリフィンの前線指揮官という表の顔とともに、404小隊長という裏の顔。任務に出る時は、いつしか彼が一緒にいることが当たり前となった。

 

 404小隊(404NotFound)を見つけてくれた男。今更、今生の別れなんて認められない。さよならの一言も言えずに終わるなんて、認めるわけにはいかない。

 

「戦績も評価も、何もかも……居場所も、名前でさえも、私が、私たちが用意してあげる。だから、だから……」

 

——私たちのために生きて!

 

 タトゥーではない、涙が落ちる。祈るように、3度目の電気ショックを与える。この残酷な世界に、もし神がいるのだとしたら……この先何があってもいい。彼となら乗り越えられる。だから……どうか連れていかないで。

 

 刹那、閉じていた目が開いた。電気ショックに遅れて見開かれた目。そして、激しい咳。それは、蘇生を意味した。

 

「4……16……?」

 

 咳き込みながら名前を呼ぶレイジを、416は涙を流しながら抱きしめていた。



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第13話

404とグリフィンのワッペンを買ってしまった…!コミケでつけていこうかな?


「おい、感動のところ悪いが時間がねえ。とっととずらかるぞ!」

 

 時村はやや早口に416を急かす。零士が蘇生したものの、敵がいるということには変わらないのだ。早く逃げなければ。

 

「そうね。立てる?」

 

「右足が動かねえ、潰されてやがる……おまけになんかぶっ刺さってるんだ……!」

 

 ここへ来て新たなトラブルが発生した。左足は動かせている。金属骨格はかなり頑丈だ。だが、右足の骨はそうはいかなかった。瓦礫で骨折した上に、剥き出しになった鉄筋に貫かれ、釘で打ち付けられたようになっているのだ。

 

「嘘でしょう!?」

 

「指揮官! もう時間がないのに……!」

 

 ようやく助けられるのに、416は悔しそうに顔を歪め、9はなんとか引き抜こうとするが、鉄筋に残るコンクリートの破片が大きすぎてどかせない。

 

「膝下か……仕方ねえ、足を切る!」

 

「何言ってるのよ!?」

 

 しかし零士は自ら止血帯で膝下を縛り、激痛に耐えながらバーを回して止血する。左肩に逆さまに固定してある銃剣を抜き、416へと差し出す。

 

「骨は砕けてる。後は肉と服を切るだけだ。やってくれ」

 

「でも……」

 

「指揮官のお膝……私の枕が……」

 

 そんな膝の心配をするG11を416が小突くが、当の零士は笑っていた。少しだけ余裕ができた。

 

「切るのはふくらはぎだから膝枕に影響はねえよ。でも、治療が遅れて壊死したら左と同じ運命だぞ?」

 

「……頑張る」

 

「頼む、416」

 

 416は震える手で銃剣を受け取る。自ら、想い慕う彼を傷つけるのか。考えるだけでも失神しそうだが、そうしなければ助からない。聞こえるM16たちの悲鳴が、時間がないことを知らせているのだ。

 

 そんな416からM4が銃剣を奪う。お前には無理だ、そう言うかのように。

 

「それじゃあ、私たちにはとって代われないわ。おとなしく見ていて」

 

 416は拳を握りしめ、悔しさに歯噛みするが、その通りだから仕方ない。その間にもM4は床と足の間に銃剣を入れ、切る準備を整えた。

 

「ごめん、汚れ役やらせちゃって」

 

「いえ、指揮官のためですから。我慢してくださいね」

 

「ああ、あの時に比べりゃ……」

 

 そんな零士の手をG11が握る。泣きそうなのを我慢して、励ますように。そして、416は零士の頭をしっかりと抱きしめ、胸元に寄せた。

 

「いきます……!」

 

 M4が銃剣で一気に足を切断する。同時に悲鳴が上がり、身体中がこわばる。戦術人形のG11でさえ痛いと感じるような手の力。悲鳴を上げる零士を、416はただ抱きしめることしか出来ない。

 

 ふと、力が弱まる。痛みのあまり失神したのか、がくりと項垂れてしまう。

 

「安心しろ、このクソ野郎はしぶとい。死にはしないさ。それより脱出しよう」

 

 時村は零士を引きずり、瓦礫から出してやる。血が赤い線を引いていく。それが、痛々しくて見ていられない。

 

「データアップロードも終わってるし、ヘリを呼ばなきゃね。404は屋上のジャマーを破壊するわ。その間にスピアとM4は回収地点に指揮官を運んで」

 

 戻ってきたUMP45はそう指示する。片足をまたしても無くした零士の姿に、姉妹で悔しそうな顔をするが、感傷に浸る時間は残されていなかった。

 

「ええ、M16姉さん!」

 

「聞こえてる! 撤退するぞ!」

 

 M16が閃光手榴弾を投げ、遅れてUMP45が援護のために煙幕を張る。それを合図に、撤退作戦が始まった。

 

「待っていてね、レイジ。私が必ず助けるから」

 

 416は別れ際に、気を失っている零士の頬に軽く唇を当てる。危険な任務に赴くのだ。それくらい餞別代わりに許されるだろう。

 

 ようやく、罪から解き放ってあげられる。だから、ミスするわけにはいかないのだ。

 

「行こう、いつデストロイヤーが動き出すかわからねえ」

 

 時村は零士を担ぎ、片手で拳銃を構える。AR小隊はそれを囲むようにして援護態勢をとり、出口に向けて進む。

 

「M4A1とか言ったな、俺とこいつの命はお前次第だ。援護頼んだ」

 

「了解しました。SOP、何か見える?」

 

「前は何もいないよ。このまま行こうよ!」

 

「了解、前進します!」

 

 未だ目覚めぬ零士を担いだ時村はM4たちに守られながら前進する。無線はノイズを吐くばかりで何も伝えてくれない。きっと、ジャミングでドローンもこの施設に接近できないだろう。

 

 それで異常に気づいてくれるのが1番だが、そうはいかないのが戦場の常だ。頼みはあの404小隊のみ。上手くいってくれと願うことしかできない。

 

 ※

 

 その頃416は屋上へと急行していた。デストロイヤーに見つかる前にジャマーを破壊する必要がある。だが、行く手を鉄血が阻んでいた。やはり重要目標をやすやすとは渡してくれないか。

 

「9、11とそこの廊下を回って側面から叩いて。416は私と射撃支援」

 

 UMP45は遭遇した敵に対し、的確に判断して反撃する。腹の底で何を考えているかわからない彼女だが、今だけはよくわかる。

 

 UMP45以外もだ。UMP9も眉間にしわを寄せているし、あのG11もパッチリ目が覚めている。指揮官をあそこまでやられて怒っているのだ。

 

 416とて、いつもならばM4とM16に重要なことを自ら託すなんてことはしないだろう。だが、今はそれを上回るだけのものがあった。

 

 指揮官の悲鳴が耳からまだ離れない。記憶領域をその感覚が占めてしまい、どうしても消去できない。頼む、と託されたのに出来なくて、M4に任せてしまった。

 

 そうしないと助からないと、わかっていたのに。それなのに、躊躇った。胸の中で悲鳴をあげるあの姿が痛ましくて……2度も脚を失う姿を見るのが怖くて、目を背けた。

 

「……これは、罪滅ぼし」

 

「なら、生きて帰らないとね。寂しがりの指揮官泣かせちゃうわよ?」

 

 UMP45もどうやら腹の読めない笑顔ではあるが、目が笑っていない。こっちも相当怒っている。まあ、そうだろう。

 

『45姉! いくよ!』

 

 無線から聞こえるUMP9の声。同時に、側面からの攻撃で目の前の鉄血人形は一気に殲滅された。1体を残して。

 

 2挺のグレネードランチャーをぶら下げたデストロイヤーが、まるで死神のように立ちはだかっていた。



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第14話

そろそろ終わる予定のはずが、全く終わる気配がない…!


 逃走を続けるAR小隊だが、建物から出た途端に敵に捕捉されてしまった。窓から銃撃が降り注ぎ、適当な塀に身を隠して応戦している。

 

 時村も零士を地面に転がして応戦するが、敵が多い。この馬鹿野郎が起きていれば狙撃で片付けて貰えたのに。そう悪態づきながら必死の応戦をする。

 

「おいM4! 2班に分けて、相互に援護しつつ後退するぞ!」

 

「了解! SOPとAR-15はスピアと組んで!」

 

 M4の素早い指示で2班に分かれる。零士は担いで運ぶ以上目標となりやすい。素早く移動しつつ、火力支援が必要だ。

 

「行くぞ!」

 

 時村は零士を担ぎ、走り出す。SOPとAR-15は後ろ向きに走り、撃ちながら後退。頼む、当たらないでくれ。そう願うばかりだ。

 

 だが、願いは早々届かない。時村は足に被弾してしまい、転倒した。投げ出された零士は地面を転がる。

 

 このままではまずい、匍匐で逃げようにも遮蔽物まで少し距離がある。死んだ、そう確信した時村だが、SOPが襟首を掴んで引きずり、なんとか物陰に隠してくれた。

 

「指揮官のこと知ってる人なんだから、まだ死なないでよ!」

 

「悪い、しくじった!」

 

 なんとか応急処置を施しつつ、零士を見るが、既にそこにはいない。AR-15によって物陰に運ばれたようだ。

 

 さあ次の手は? そう思ったところに、軽い銃声が響く。

 

 AR-15の銃と同じ、大型のサウンドサプレッサーと高倍率スコープ。だが、レシーバーに刻まれた5本の白線がよく目立つ。罪の跡を表すかのような、5本の爪痕。零士の銃だ。

 

「クソが、そっと下ろせよな」

 

「うるせえ、いつまで寝てんだ馬鹿野郎」

 

「416に絞め落とされたんだよ。デカめの胸で窒息死とか」

 

 そこまで言った零士の頭をAR-15が思い切り引っ叩き、パチンといい音が響く。410にいた頃並みに口が悪くなっているが、ちゃんと目覚めたようだ。

 

「いって!」

 

「指揮官、女性の前で下品なことは……!」

 

「わかったわかった、状況を」

 

 これ以上痛む頭を叩かれたらたまらないと即座に降伏宣言しつつ、状況把握に努める。なんで404小隊がいないのかがわからないのだ。

 

「屋上のジャマーを壊しに行っています」

 

「カリンが応答しないのはそのせいか。居眠りかと思ってた」

 

「多分、両方では?」

 

「あとでお仕置きだな」

 

 零士は立ち上がろうとして盛大に転ぶ。右足がなくなったのを忘れていたのだ。まだ、そこに足があるような感覚があるというのに。

 

「……幻肢感ってやつか」

 

 ため息をつき、しゃがんだ姿勢で狙撃を始める。その間に、M4とM16も後退してきた。

 

「指揮官……! 目が覚めたんですね!」

 

「どこぞの阿呆に放り投げられたからな。頼みがある。着陸地点近くの丘に連れて行ってくれ。404を援護する」

 

「相変わらず無茶するねぇ。M4、行くかい?」

 

「はい、AR-15は指揮官を連れて丘に。残りは着陸地点に離脱します」

 

「ええ、行くわよ、指揮官」

 

 AR-15は零士を担ぎ上げ、走り出す。M4は大丈夫と自分に言い聞かせ、着陸地点へと急行する。大丈夫、指揮官ならなんとかしてくれる。そう思っていた。

 

 ※

 

 404小隊は追いついてきたデストロイヤーと交戦する羽目になっていた。相手の火力は圧倒的だが、屋上への階段を塞がれた以上、倒す他ない。

 

「っ! やっとここまで来たのに!」

 

「急いでよ416、指揮官のお膝が壊死しちゃうから……」

 

「じゃあアンタも戦いなさいこの寝ズミ!」

 

「榴弾がポンポン飛んで来てるのに?」

 

 全く豪勢なものだ。UMP姉妹も制圧されて手も足も出ない。やれることと言えば、煙幕で狙いをつけられなくすることくらい。あと一つ上だというのに。

 

「9、ザイル持ってる?」

 

「うん、持ってるけどどうするの?」

 

 どうやら、UMP45がいつも通り打開策を見つけたらしい。フック付きのザイルでやることと言えば一つしか考えつかない。

 

「煙幕が効いてるうちに、そこの窓からザイル投げて上に上がれる?」

 

「やってみる!」

 

 UMP9は窓を開けると、屋上へとザイルを投げる。上手く手すりに巻きつき、フックが引っかかって固定された。

 

「9と11は上に上がってジャマーを壊して!」

 

「うん! 行ってくるね!」

 

「高いところ怖いけどお膝のため、指揮官のお膝のため、お膝でお昼寝……」

 

 UMP9はスイスイと登り始め、G11は何やら念仏を唱えながら登り始めた。聞かなかったことにしよう。いつものようにビビって擬似人格を出してないだけまだマシだ。

 

 でも、膝に一番乗りするのは私だと、416は心の中で対抗心を燃やしていた。

 

 UMP9が屋上に上がってみると、そこは破壊された鉄血人形がそこかしこに転がっている。どれも、頭に小さな穴が空いている。狙撃だ。データリンクで位置を知られないように、コンピューターの中枢がある頭部を正確に狙い撃っていた。

 

「これって……!」

 

 思い浮かぶのはあの丘。目をやると、キラリと光って見えた。スコープの反射光。それで、モールス信号を送っていたのだ。

 

「アンシン……シロ、マモッテル……」

 

 G11が読み解いた内容を呟く。やはり零士だ。生きているのだ。そして、狙撃で守ってくれている。

 

 UMP9は込み上げてくる涙をぬぐい、手を振る。目視出来ないが、きっと振り返してくれているだろう。ならば、やることを済ませるばかりだ。

 

「手伝って!」

 

「うん……!」

 

 2人で爆薬の設置を始める。背後から物音がしても無視して。その度に聞こえる銃声が安心させてくれる。ちゃんと、守っていてくれているのだ。

 

 ずっと見てきた、正確無比な狙撃能力。足がなくなっても、それは色褪せない。いつも、どこかから守ってくれる。亡霊の名にふさわしい、そんな心強い味方。

 

 ジャミング装置にようやく爆薬を仕掛け終えて振り返ると、破壊された鉄血が増えていた。ありがとう、そう心の中で呟き、ザイルを伝って下に戻る。あとは、起爆すればいい。

 

——ありがとう、指揮官

 

 UMP9はそう呟くと、起爆スイッチを押した。遅れて響く爆音とともに、ノイズしか聞こえなかった無線が急にクリアになり、声が聞こえた。

 

『こちらHQ、聞こえますか!? 救援ヘリを向かわせています!』

 

 カリーナの声。それと共に聞こえるヘリのローター音が、まるで天使の声にも聞こえていた。



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第15話

昨日が土曜日だと思ってた…


 ヘリのローター音が響き渡る中、零士は寝転がり、空を見上げた。大型ヘリの救助が来たのだ。404小隊がやってくれたのだ。

 

「愛してるぞ404!お前たち最高だ!」

 

 込み上げてくる笑いとともに叫ぶと、なにやら不満そうなAR-15に蹴られた。それに関しては少々不服だが、助かった。

 

「プロセッサー49から404、誰か聞こえるか? ジャマー破壊を確認した」

 

『こちら416、目が覚めたの!?』

 

「ぶん投げられたからな。撤退できる?」

 

『デストロイヤーに足止めされてるわ!』

 

「援護する」

 

 建物の窓を狙う。416たちが走っているのが良く見える。それを追いかけるデストロイヤーの姿もスコープに映った。時村をやった、あの時と同じ容姿だ。

 

 発砲。だが、手応えがない。引き金の重みとは違う、当たったという確信がない。スコープの向こうでは、狙ったところとは違う窓が割れていた。

 

「……おかしいな」

 

 外した。当たったはずなのに。もう一回。レティクルにデストロイヤーを捉え、もう一度。耳をつんざく銃声が、視界の先で砕ける窓ガラスが、遠い。

 

「指揮官、外れてるわ! しかも大きく!」

 

「ごめん……」

 

 振り向けば、止血したはずの足から出血が止まっていなかった。そこには、血溜まりができている。

 

「膝下で止まらない……もうちょい上に……」

 

 血管は切断されると弾力で引っ込むことがある。そのせいで止血が不十分になることもあり、傷口から10cm離して止血帯を巻くようになっている。

 

 少し足りなかった。もう一本の止血帯を巻こうとするが、思うように動けない。失血で思考も鈍り始めたのか。視界が、霞んでいく。

 

 アドレナリンも切れた。痛みがないのは、脳がエンドルフィンを放出しているからだろうか。そこにあるはずの足から出血している。

 

 AR-15の呼び声も、無線からのカリーナの叫び声も、ヘリの音も。何もかもが遠く、遠く——

 

 ——少しだけ、寒いね

 

 ※

 

 砕け散る窓ガラス。あの人の銃声。それなのに、どうして当たっていないのか。416は疑問に思っていた。彼が狙撃を外したところなんて見たことない。

 

「ねえ! なんでさっきから指揮官の狙撃外れてるの!?」

 

「分からない! 9、ちょっと無線で連絡してみて!」

 

 この間にもデストロイヤーの攻撃は止まない。高笑いで制圧射撃を繰り出してくるのが、狂気を感じさせる。

 

「もう死んじゃってるよ! 一緒のところに送ってあげる!」

 

「うるさい! 指揮官が死ぬわけないじゃない! ゴキよりしぶといんだから!」

 

 もう少し他の例えがあるだろうとG11が抗議するが無視。応戦しながらも、UMP9はしきりに指揮官を呼ぶが応答がない。

 

『こちらAR-15! プロセッサーのバイタル低下! これより収容します!』

 

 その報告は、あまりにもショッキングだった。傷を、痛みをこらえてまで狙撃で支援してくれたのに、とうとう限界だと言うのか。

 

「ほら、これでどう?」

 

 デストロイヤーの言葉に、底知れぬ嫌な予感がする。止めろ、416は身を乗り出してグレネードランチャーをデストロイヤーへと発射する。

 

 それは間に合わず、デストロイヤーはグレネード弾を数発発射していた。300m先、丘に着陸しようとしていたヘリコプターへと。

 

 止めろ、そんな416の悲鳴は爆音にかき消された。二つのメインローターのうち、一つを破壊されたヘリコプターは火の手が上がっていた。

 

 ※

 

 やっと、助かると思ったのに。AR-15は森の中に身を隠していた。ヘリに乗っていたカリーナもなんとか脱出し、AR-15と共に身を潜めている。M4たちが向かってきているが、それまで見つからないで済むだろうか。

 

「指揮官さま……なんていたわしい……」

 

 カリーナは持ってきていた救急キットで指揮官へ手当を施す。止血をやり直し、断面を包帯で巻いて輸血をしてなんとかバイタルを安定させる。

 

 横たわる指揮官は未だ目覚めない。気絶してすぐにヘリが来たのだが、デストロイヤーの攻撃で破壊されてしまった。

 

 クレーターのようなくぼみの残る森の中は、まるで古戦場。戦いが、昔あったようだ。

 

「……名前、わかりましたよ。元同僚を保護して、教えてもらいました」

 

「元同僚……?」

 

「時村勇吾。スピア9の弟で、コードネームスピア10。指揮官が410小隊に送られる前に一緒に戦った仲だそうです。指揮官の名は、黒坂零士」

 

Rage(憤怒)……それが、指揮官さまの名前……ようやく、取り戻しましたよ……」

 

 ——だから、また生きて

 

 そんな願いも言葉にできず、カリーナは零士の手を取り、その胸に顔を寄せる。泣いているのだろうか。無理もないことだ。

 

「カリーナさん!」

 

 木々の間から出てきたM4たちは指揮官を見て言葉を失う。まるで、昼寝をしているかのようだ。落ち葉の積もる地面で、木漏れ日を浴びて。輸血の管が繋がっていなければ、片足が、なくなっていなければ。

 

「……アレ、不吉なものがあるな」

 

 M16が何かに気付いたようで、木の向こうを指差す。そこにあるのは、銃剣で地面に突き立てられた89式小銃。イチョウの落ち葉の中、ヒャクニチソウで作られた花冠が掛けられた、バトルフィールド・クロス(名も無き兵士の墓標)

 

 誰のものだろうか。分からない。まるで、指揮官の死を暗示するかのようなそれは、不吉にも思える。

 

 3本線が刻まれた89式小銃にくくりつけられているのは、3本の罪線を全て染めた410のエンブレム。

 

「そう、ここが……」

 

 カリーナは思い出す。416から聞いた、零士との出会いの話。ここで散った、彼の相棒。ここにたどり着いたのは、運命か。

 

 ——お願い、まだ指揮官さまを連れて行かないで……!

 

 祈るように、カリーナは零士の手を握る。その手が握り返されたのは、勘違いだろうか。それとも……



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第16話

意外と人気のあったスピア9こと時村慶一郎。その最期が、ようやく明らかに


「ここが、兄貴の墓か」

 

 遅れて現れた時村はバトルフィールドクロスに歩み寄り、跪く。兄は、ここに眠っているのだ。零士を守って。

 

 遺体の回収を許されない410は、その地に眠る他はない。零士によって建てられたバトルフィールドクロスの他に、彼を弔うものはありはしない。

 

「スピア……それは、あなたのお兄さんの……」

 

 M4が問いかけると、時村は縦に頷いた。時村慶一郎、零士と共に410へと消えた兄の消息が、ここにある。

 

「兄貴の死に際を見たのは黒坂だけだ。410に送られる前に会ったきりだから、死に際はまだ聞けてない。だから、死んでもらっちゃ困る」

 

「……まだ死なねえよ。勝手に殺すな」

 

 弱々しい声。それでも、零士の声だ。覚醒したのだと、その場にいた全員が駆け寄る。カリーナの手当てが功を奏したのだ。

 

「教えてくれ、黒坂。兄貴はどうやって死んだ?」

 

 ※

 

 零士と共に慶一郎、スピア9は森の中を疾走していた。デストロイヤーに狙撃を防がれ、居場所を特定されたのだ。鉄血人形が追いかけてくる。

 

 あの戦術人形——UMP45に3分で回収地点に来いと言われたが、そりゃ無理な話だ。脆弱な人の身であるから、たかだか100mの疾走でも体は悲鳴をあげて息は切れる。

 

 お互い援護射撃しながら後退しても、鉄血の追撃は止まない。木に身を隠して呼吸を整え、落ち着く。こうなれば数を減らすまでだ。

 

 半身を物陰からだし、小銃を構える。それと同時に、1発のグレネード弾が飛んできた。それはスローモーションのように見え、左足へと命中。炸裂と共に爆風で体が吹き飛ばされる。

 

 激しい痛み、息苦しさ。脳を警報が埋め尽くす。飛び散る肉片と骨片は足のものか、何であんな遠くにブーツがあるんだ? 俺のブーツ、変な方向に曲がってやがる……

 

 その間にも、周囲にグレネードが降り注ぎ、スピアの悲鳴も聞こえる。奴もやられたか。

 

「スピア……お前この負傷で3本目か……?」

 

「そういうこった……つまり、罪を赦されてあの世で自由になれるのか……あながち噂は間違いじゃねえや」

 

 スピアは傷口から血をすくい、白線を染める。一回の負傷ごとに罪線を血で染め、全て染まった時罪が許される。そんな言い伝えだ。

 

「プロセッサー、デストロイヤーがそっち行ったぞ……」

 

「天使のお迎えってわけだな……」

 

 失血で意識が薄れる。歩いてくるデストロイヤーは笑っている。まるで、死神が迎えにきたかのようだ。漸く、このクソ溜めのような世界から、救い出してくれるというのだろうか?

 

「人間にしてはやるじゃない。でも、これで終わりね」

 

 やるならさっさとやればいい。機銃がゆっくりとこっちを向くのが、わざと恐怖を抱かせるためにやっているとわかるが、あいにく恐怖なんてものは忘れてしまった。見ているしかできない。

 

 そんな時、デストロイヤーの体から火花が散る。何か命中したのか。なら、聞こえる爆音は銃声か。そんなことをするのは、スピカしかいない。

 

「ああもう! ウザい!」

 

「振り向いてくれたな! 結婚しようぜデストロイヤー ちゃん!」

 

「おいスピア!」

 

 そんなバカなことを叫びながら突進したスピアは、デストロイヤーに正面から抱きつくように、しがみついた。武装を全て封じ込めるように。

 

「アンタ、何言って……!」

 

「もちろん、あの世でな!」

 

 覚悟を決めたスピアはもはや笑っていた。その手には起爆スイッチが握られている。プレートキャリアの中に抗弾プレートではなく、爆薬を仕込んでいたようだ。

 

「まさか……!? 離れろ変態!」

 

「アディオスアミーゴ!」

 

「スピア! スピア……! 時村ァァァァァァァ!」

 

 ——先、行くぜ

 

 晴れやかな笑い顔。響く爆音と、眼前を覆う爆炎。一瞬意識を失い、次に目が覚めた時には血の雨が降っていた。跡形も無くなってしまったスピア。落ちていた89式小銃を地面に突き立てるのが、やっとだった。

 

 じきに、俺も逝くだろう。先に待っててくれ、時村。

 

 その近くの木にもたれると、爆風を食らってボロボロの鉄血人形が立ち上がり、歩み寄ってきた。射撃管制システムを損傷し、近寄って攻撃するつもりなのだろう。

 

 むけられる銃口を、ぼんやりと眺めていた。実感の湧かない死がやって来た。漸く、眠れるようだ。

 

 銃声がこだまする。安らかな眠りを妨げた少女の姿が、霞む視界の先に見える。なんと、美しいのだろう。

 

「何勝手に死のうとしてるのよ」

 

 ※

 

 助けに来た416の姿が、今も目から離れない。どうやら、今となってはそれが恋慕というに等しい感情になりつつあるくらいだ。

 

「そうか。兄貴は赦されて自由になったのか……」

 

「ああ。勇敢だった。俺を囮に逃げればいいものを……」

 

 その死を覚えているものは自分のみ。ここで死んだとしたら、自分の中にいるあいつも消えてしまうのだろうか。それでこそ、410Goneの通りだ。

 

 胸が、苦しい。俺もこうして消滅していくのだろうか。自己存在が、消えていく。

 

「みんな、俺が死んで次の指揮官が来たら、忘れちゃうんだろうなぁ……」

 

 追加要員なんていくらでもいる。俺は、元より使い捨て。身分も何もが分からない怪しい人物。死んだところで、ヘリアンかクルーガーの机の書類の山に埋もれるばかり。

 

『バカなこと言わないで!』

 

 無線から416の怒鳴り声が聞こえてくる。聞いていたというのか。404は戦闘中なのに、どうしてわざわざ。

 

『そいつらは忘れるかもしれないわよ。でも、私が! 私たち404が忘れるとでも思うの!?』

 

「416……」

 

『私たちは泣くわよ。零士、あなたとの任務は楽しかったわ。あんなの知ったら、あなた無しでクソみたいな任務に戻れるわけないじゃない!』

 

 手放しかけた意識が徐々に覚醒する。泣いているのか?416は、まだ待っているというのか。

 

『私が戦績も何も用意してあげるし、片脚にだってなってやるわ。でも、まだあなたの過去を取り戻していない。それに、私たちに必要な人だから……だから、生きて!』

 

 無線を聞いていたカリーナは何も言わずに注射器を取り出し、それを零士へと打つ。

 

「アドレナリンです。少しなら戦えると思いますが、どうされますか?」

 

 カリーナはM24を差し出す。ヘリで持って来ていたのだ。これがあれば、あそこから404を援護出来るかもしれない。

 

 今度こそ、上手くやってやる。仕返しだ。



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第17話

 漸く撤退ルートが確保できた。デストロイヤーの猛攻をなんとか抑え、撤退を開始した。それでも416の残弾は弾倉2本に榴弾1発。心許ない量に減っていた。

 

「416とG11は先に。殿は私と9がやるわ」

 

 UMP45はUMP9と共に制圧射撃をしながら後退する。416とG11は耐久力に劣るため、2人を盾にするようにして撤退する。

 

 向かう出口は、まるで誘導されているとしか思えない。よりにもよって、あの時と同じ出口なのだ。そして、あの時と同じくデストロイヤーに追いかけられている。

 

 嗚呼、嫌な記憶がまた思い浮かぶ。全員が同じだろう。1人は死んで、もう1人は瀕死。人間のあまりの脆弱さに、なんと表現すればいいか分からなかった。

 

 今度は、誰を失うと言うのか。

 

 壊れた扉を通り抜け、光が差し込む。一瞬くらむような光が見えた。レーザー警報もない、反射光も見えない。それでも、なぜか分かった。

 

 ——そこにいる

 

 9と45が飛び出したのに遅れて、デストロイヤーがその姿を現した。あの時と同じように。もし、本当にあそこにいるのだとしたら、何をすべきか。それを知っている。あの時こうしていればと、何度も悔しがっていたのだから。

 

「伏せなさい!」

 

 振り向き、グレネードランチャーを構えて叫ぶ416。察した9と45はその場に伏せ、射線を開ける。狙うは、デストロイヤーの腕。どっちでもいい。榴弾でガードを崩す。

 

 最後の1発。外せない。外すわけにはいかないそれを、撃つ。私は完璧。だから、外さない。そう信じて。

 

 全てを賭ける気持ちで撃った榴弾はデストロイヤーのグレネードランチャーから露出していた弾帯を捉え、その弾薬に誘爆した。爆風がデストロイヤーの姿勢を大きく崩し、ガードを崩す。

 

 ——よくやった

 

 まるで、そんな褒め言葉のように銃声が響く。7.62mm弾の銃声。サプレッサーに減音されているが、確かに聞こえる。

 

 ※

 

「ここであっていますか?」

 

「ああ、下ろしてくれ」

 

 M4に運ばれ、漸く零士は狙撃地点にたどり着いた。あの日、デストロイヤーに狙撃を防がれ、追いかけられる羽目になった場所。ここで、あの時と同じように狙撃する。

 

 あの時は防がれた。また防がれないという保証はない。例えそうだとしても時間を稼げるのであればそれでいい。なんだってここにはAR小隊もいるのだから。

 

「誰かスポッターやれるか?」

 

「私が」

 

 M4は単眼式デバイスを手に取るが、零士はそれを制した。レーザー測遠機が付いているため、敵に居場所を知られてしまうのだ。

 

「こっちを使って」

 

 代わりに渡したのは、アナログな双眼鏡。メモリが刻まれているだけの何の変哲も無い昔ながらの双眼鏡。時村慶一郎の遺品である。

 

「了解、目測で計測します。あの出口に狙いを合わせるんですね?」

 

「そうだ。飛び出した瞬間ズドン、これに限る」

 

 ちょうど今の時間。出口から出た瞬間、薄暗い廊下から光差す眩しい外に変わる。その一瞬の目のくらみ。それが、狙撃するチャンスだ。それを逃したら、おしまいだろう。

 

 アドレナリンによる心拍の増加。それは照準のブレという副次効果をもたらしてしまう。二脚を立ててしっかり地面に固定し、なんとか軽減してやる。

 

 十字が見える。M4の教えてくれる諸元の通りにメモリを見て、照準をズラす。

 

 持ちこたえてくれ、俺の体。みんなが来るまで、奴を狙撃するまででいい。その瞬間まで、持ちこたえてくれ。

 

 トリガーに指をかけ、その瞬間を待つ。もうすぐだ。きっと、もう来る。あの時みたいに。

 

 ほら、見えた。G11と416の姿が見えた。UMP姉妹もすぐに来る。その後ろには、奴がいるはずだ。だって焦って逃げてるから。

 

 416は振り向き、遅れて飛び出してきたUMP姉妹が伏せる。何をする気か。考える前に、416は榴弾を撃った。デストロイヤー を狙って。

 

 デストロイヤーのグレネードランチャーに誘爆し、デストロイヤーは大きく姿勢を崩す。あの時と違って、ガードの出来ない無防備な状態。絶好のチャンス。

 

 ——よくやった

 

「撃って!」

 

 M4の声と、トリガーを引いたのはほぼ同時だった。反動が肩に痛みを、銃床に押し付けていた頬ぼねに殴られたような痛みをもたらす。

 

「命中です!」

 

 M4の声。当たった。ようやく、これで……

 

『デストロイヤー が止まった、回収地点に向かうわ!』

 

 UMP45の声が無線から聞こえてくる。嗚呼、あの時の仕返し、ようやくできたのか。

 

「じゃ、3分で来い」

 

『意趣返し?』

 

「デストロイヤーに仕返ししたついでにね」

 

 零士は笑う。移動を開始した404小隊を見送り、スコープのキャップを閉じる。目が霞み始めた。思いの外早く、アドレナリンが切れてしまったようだ。

 

「お疲れ様でした、指揮官」

 

 M4はぐったりとした零士を抱き上げる。片足分かるくなってしまったその体は、まだ生きている。死なせないために、M4たちはやや早足で回収地点へと向かった。




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第18話

 これは夢だろう。なんで夢ってわかるかって?

 

 隣に死んだはずの相棒がいるから。それだけで全ては事足りる。この薄暗い不気味な施設でも、こいつが、時村がいてくれれば怖くはなかった。

 

 ——零士、こりゃヤバいぜ

 

 ——鉄血人形め、装甲持ちまで出してきやがった

 

 鉄血工造のマークがあちこちに描かれたこの施設は、工場だろうか。これは、俺の記憶? 埋もれている記憶の1つなのだろうか。

 

 410のワッペンはない。ドクロのバラクラバもない。あるのは、使い慣れた89式小銃とM24、アルファ部隊のワッペン。

 

 フロントヘビーな89式は構えてると左腕がキツイ。大体の銃はストックのあたりに重みが来るのに、こいつはハンドガードあたりにズシリとくる。おかげで反動は小さいが腕が持たない。

 

『こちらスピア10、奴らの抵抗激しく、損害甚大! 退却する!』

 

『認められない!』

 

『ふざけるな! 全員死んじまうぞ!』

 

 無線から漏れ聞こえる声が危機を伝える。何がヤバいのか、思い出せない。俺たちはどうして、ここにいる? なんのために、ここに送られた?

 

 思い出せ、ここがどこで、俺は何をしている。そして、聞こえてきた無線はなんのことだ。なんで、鉄血のマークが書いてある施設にいるのか。

 

『アルファの威信にかけて奪回しろ! 機械とテロリストごときに何を手間取っている!』

 

 テロリスト、機械、鉄血。何か繋がりそうだ。点と点が揃い、線で繋がり始める。まるで星座のように、記憶が繋がり始める。

 

『敵前逃亡は許さん、仮にも小隊長の貴様が!』

 

「零士!」

 

 いくつもの声が、選択肢が溢れかえる。この通路の向こうで拳銃を抜く男の姿が見える。そして、その拳銃の先にいるのは勇吾だった。

 

 ——撃て!

 

 慶一郎の声が、なぜかはっきり耳に残っている。なぜ、視界に十字のレティクルが浮かんでいるのか。何を、撃てというのか。誰に、その十字を合わせているのか。

 

 俺は、何をした……?

 

 ※

 

 体が揺れている。誰かに担がれているのか。アドレナリンが切れて、倒れたのだろうか。ファイアーマンズキャリーと呼ばれる担ぎ方で、両肩で保持する担ぎ方だから、その横顔がよく見える。

 

「M4……」

 

「気が付きましたか?もうすぐヘリに着きます」

 

 華奢な両肩。それでもやはり力強い。片足がないとはいえ、大の大人1人担ぎ上げてここまで運んできたのだから。届かない。やはり、人の身は脆弱だ。

 

 カリーナが注射してれた鎮痛剤のおかげか、だいぶ時間が経っても阻血痛はない。でも、そろそろ神経周りに壊死が起きていてもおかしくはない。多分、膝から下は切除することになるだろう。

 

 本当に嫌になる程弱い。それでも、様々な武器への対応が可能と言う利点はある。それだけだが。

 

 2機のヘリは着陸して待機していた。周辺には、先にたどり着いた404小隊が散らばって警戒している。AR小隊は自分を担いで、人間のカリーナもいるから、行軍ペースが遅かったのだろう。

 

 ヘリに乗せられ、トルーパーシートに寝かされる。乗っていた衛生兵が酸素マスクを顔に取り付け、生理食塩水の点滴を始める。

 

 このまま運ばれて、緊急手術だろう。薄れ行く視界の中、404小隊のメンバーが隣のヘリに乗るのが見える。何か言っている。けど、もう聞こえない。416が、泣いているように見えたのはタトゥーのせいだろうか。

 

 ※

 

 飛び立ったヘリの機内。404小隊は沈んでいるようだ。指揮官の負傷がよっぽどこたえたのだろうと思われ、敢えてそれに言及するものはいないが、真相は違った。

 

 狙撃を受けて行動不能になったデストロイヤーが最期に発した言葉が、どうしても頭を離れない。何故知っているのか、何があって、そうなったのか。

 

 眠る零士、失った記憶のかけら。それが、こんなところにあるとは思わなかった。しかし、それを知るのはあまりにも残酷すぎた。

 

 ——アイツ、懲罰部隊にいたでしょ? 私たちがそうしてやったのよ

 

 ——味方を撃った、その情報を鉄血だと気付かれないようにリークしてね

 

 ——あんたたちも、後ろから撃たれないよう気をつけなさい

 

 そんな耳障りな言葉を黙らせるために放った最後の1発が忘れられない。マンティコアから一撃貰ったかのように、心は揺らいでいた。

 

 G11も、少し怯えているのか、警戒しているのかよくわからない。45と9は、見た限り相変わらずだ。

 

 時村は、何か知っているのだろうか。5本線の理由を、何か。

 

「RPG!」

 

 けたたましい警報が鳴り響く。パイロットの叫び声は、ミサイル接近を意味する。森から登る白煙、ヘリがばらまくフレア。その直後、テールローターに対空ミサイルが命中。機体が安定を失い、回転し始めた。

 

 あれは、指揮官の乗るヘリ。それは、回転しながら森に横倒しになって墜ち、機体が大破するのが見えた。遅れて、破損した燃料タンクから爆発が起きる。

 

 全てを包み込む紅蓮の炎。AR小隊と指揮官が乗っていたヘリは、残骸になって燃えている。

 

 嘘だ、これは夢だ。そう信じたい。G11が狼狽える。それをいつもは撫でるなり抱きしめるなりして落ち着かせていた指揮官はもういない。45と9の叫ぶ声が遠く聞こえる。

 

 416は、燃える残骸をぼんやりと見つめていた。それは悪夢であると、信じたかったかのように。



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第19話

 404小隊は墜落地点から最寄りの開けた場所にファストロープを使って降下する。ヘリはすぐに空域を離れ、給油して戻ってくるだろう。

 

 ここに来るまでにグリフィンに連絡はした。応援を寄越してくれるかは不明だが、今はやるしか無い。捜索救難活動。それが出来るのは、今のところ404だけなのだから。

 

「11、いつまで狼狽えてるの。行くわよ」

 

「だって、416も見たでしょ? 指揮官、今頃こんがりジューシーに焼かれちゃってるよ……」

 

「チキンみたいに言わない!」

 

 いつも狼狽えるG11を上手いこと宥めすかしてくれるなかなか便利な指揮官はいない。彼が来る前はやっていたことだ。それなのに、どうして何か足りない気がするのだろうか。

 

 早くしなければ鉄血も集まってくる。AR小隊はともかく、指揮官は奪還したい。あの悪運強い男は、きっと生きている。

 

 もし死んでいたとしたら、その時はこの手で弔ってあげたい。回収を禁じられ、遺棄されるしかなかった無数の410の死体の中に、彼を放り込みたくなかった。

 

 壮絶、としか言いようのない経歴。記憶を失うほどの凄惨な戦場へ送り込まれ、心をすり減らし、記憶すらも無くしてしまう。その失くした記憶は、パンドラの箱なのだろうか。

 

 それをどう判断するとしても、見つけなければ。生きていると信じて。鉄血どもが集まってくる前に。ミサイルを撃ってきたということは、どこかにいるということなのだから。

 

 森の中に足を踏み入れると、そこは鬱蒼と茂り、暗く、少し寒い。人が減って、居なくなった土地にはこうして新しい命が芽吹く。そのひとつが、この森なのだろう。

 

「何かある」

 

 45は銃を構えて、その何かに近寄る。戦闘服と錆だらけの小銃、白骨化した遺体がそこに落ちていた。頭蓋骨には穴が開き、肩には2本の白線を引かれた髑髏のワッペンが縫い付けられていた。

 

「かなり昔にここで死んだのね」

 

 416はその遺体の腰にあった銃剣を錆びた小銃に取り付け、地面に突き立てる。埋めてやる時間はない。骨はいつか風化して還っていく。だから、墓標だけ建てておく事にした。体は土に還っても、小銃は朽ち果ててなおここにあり続けるだろう。

 

 こいつは何をやらかしたのか。それは、今となってはわからない事だ。こうして、記憶は消えていく。サーバーにバッグアップすることも出来ない、脆弱性。

 

 どうして、それをサルベージしようとしているのか。どうして、あの指揮官に固執するのか。416には分からない。それでも、生きていて欲しいと願う。なんのバグだろうか。

 

 ※

 

 墜落地点では危機一髪、としか言えない状況になっていた。ヘリが横倒しになったのを幸いに、側面のドアを開けて脱出。零士をM4が、カリーナをM16が抱きかかえて飛び降り、時村は覚悟を決めて生身で飛び降りた。木がクッションとなってくれたおかげで爆発に巻き込まれずに済んだのだが、衛生兵とパイロットはダメだったのだ。

 

 衛生兵は飛び降りたはいいが、遅かったようで爆発に巻き込まれてしまった。木に引っかかって、回収は難しい。

 

「マズイなM4、鉄血が追いかけてくるかもしれないぞ」

 

「ええ、ですが指揮官を動かしていいのか……」

 

 零士は意識を喪失している。この状況下でよく寝ていられるものだと時村は悪態をついているが、状況は好転するわけでもない。

 

「仕方ねえ、ここを防衛しよう。ヘリが燃えて狼煙がわりになるから、味方が気付くだろ。敵もだけどな」

 

 戦術人形は指揮官なしに複雑な作戦の立案は不能だ。それが今ここでできるのは16Labの特殊な戦術人形であるM4と、特殊部隊員である時村、後方幕僚のカリーナの3名。

 

「指揮官さま、少しだけお借りしますね」

 

 カリーナは零士の89式小銃とチェストリグを取る。89式はあちこち塗装が剥げて銀色の下地が目立つ。歴戦の証のようにも思えた。

 

 彼の魂が宿っているかのような小銃。不思議と、それがあれば大丈夫だという気分になる。まるで、何か守り神がいるかのように。

 

「404小隊が回収部隊より先に来ると思います。それまで持ちこたえられれば……」

 

 だが、電波を探知される危険もある。ヘリの墜落で全滅したと思ってくれれば一番いいのだが、電波を出したら生存者がいるのは確実だと判断され、敵がくる。

 

「ほうら、おいでなすった。わんちゃんが来てるぜ!」

 

 時村が叫ぶ。ダイナーゲートという四足歩行型のアンドロイドが機銃をマウントした尻尾を振り上げ、群れをなして突っ込んで来ていた。すぐさまSOPがグレネードランチャーで榴弾を撃ち込み、一掃する。

 

 ダイナーゲートはたいして装甲はない。機動性に特化したのだろうか。その機動を生かされると厄介極まりない。平地ではどこから来るかわからないから、群れで来られると対処が厄介だ。

 

 だがここは森。木々によって指向されたこいつらは大規模な群れで突っ込むことができない。一度グレネードを撃ち込まれたら一気に殲滅できる。

 

 だから、ここでの脅威はダイナーゲートよりも、盾とサブマシンガンを装備した重装甲兵、ガードだ。そんな奴を見つけてしまった日には、一抹の不安がよぎる。

 

「ガードを集中狙いにして! 姉さん、フラッシュバンありますか!?」

 

「あるけど最後の1つだ!」

 

「構いません、ガードを止めてください!」

 

 M4は的確に指示をする。AR小隊の誰が何を装備して、何が得意で不得意か、全てを知り尽くしている。時村は余計なことは言わず、彼女たちの援護にいつの間にか回り始めていた。

 

 無言のうちに連携が生まれる。だから、カリーナは零士の救護に回ることができた。

 

「全く、チェスの駒にでもなった気分だぜ!」

 

「そういう事言っている間に撃ちなさい!」

 

 軽口を叩き、AR-15に窘められる時村。それでも、人の心は案外脆弱だ。こうして軽口一つ言っておかないと恐怖に飲まれる。それを防ぐために。

 

 来るかわからない援軍が来ると、信じながら。



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第20話

明けましておめでとうございます! コミケでドルフロ公式グッズと薄い本にかなりの額をぶっ飛ばして金欠生活しております(涙目)

それにしても、まさか秋葉原駅コラボキャンペーン当たるとは…


 銃撃戦が始まった。404小隊は音でそれに気付く。聞こえる銃声の中にあの7.62mm弾の音はない。零士が狙撃せずに小銃を使っているだけか、失神したままなのか、死んでいるのか。少なくとも、誰か生きているのだけはわかった。

 

「11、誰がこんがりジューシーって?」

 

「うう、本当にそうだと思ったんだもん。指揮官、悪運強いけど人間だよ?」

 

 416に睨みつけられたG11は即座に降伏宣言する。UMP姉妹はどこか安堵したかのような表情だ。わかっている。404を率いたあの指揮官なら、きっと生きている。

 

「真正面から加勢するより、横合いから殴る方が良さそうね。行くわよ」

 

 UMP45は即座に指示を出す。絡まった糸を解くにも、喧嘩の加勢をするにも闇雲に力を入れればいいというものではない。搦め手を使うのが肝心なのだ。横合いからの一撃が時に戦況をひっくり返すのだから。

 

 404Not Found、見つからないページの名を冠した自分たちならばきっとやれる。相手の知らないジョーカー、一撃で役をひっくり返す切り札。

 

「45姉、行こうよ! 家族を助けに!」

 

 指揮官は、私たちを家族と思っていてくれるのだろうか。大丈夫。例え仲間に死なれ、寂しさの末に縋った先がこの404だったとしても、きっと今なら、そういうのを抜きに想っていてくれるはず。

 

 亡霊(410)狩り作戦。こう呼ぶことにした。

 

 ※

 

 その頃。防衛戦を展開するAR小隊は少しずつ追い詰められていた。弾薬を消費する一方なのに、敵は減らない。戦力も何も足りないのだ。

 

「クソが、イェーガーが出てきやがったぞ! 頭を上げるな!」

 

 叫ぶ時村のヘルメットが吹き飛んだ。衝撃で転倒した時村は頭から血を流していた。

 

「スピアがやられたぞ!」

 

「勝手に殺すなよ姐御! 掠っただけだ!」

 

 勝手に死んだと思われた時村はM16に文句を言いつつ身を起こす。ヘルメット表面を掠ったらしく、ヘルメットが吹き飛んで、貫通した弾丸に頭皮を切られた程度のようだ。

 

「ならいいや、AR-15! イェーガーを狙えるか!?」

 

「木の隙間から撃ってきてる、どれがどれだか……!」

 

 AR-15は高倍率スコープを搭載して狙撃仕様にはしているが、本来の分類はアサルトライフル。本当の狙撃銃相手には分が悪い。木々の隙間を、針穴を通すような隙間を撃ってくる敵を正確に狙撃する事はできるが、一撃で仕留めるのは難しい。

 

 零士のM24を使おうにも、戦術人形はコードネームと同じ銃を使った際にその真価を発揮する。ASSTは本当に融通が利かない。

 

 人形と銃に特別なつながりを持たせることでその強力な戦闘能力を引き出す反面、設定された銃にしか効果がない。

 

 こういう時、人間の歩兵は強い。脆弱でありながら訓練次第ではどんな銃にもその適応性を持つ。零士とて、狙撃兵でありながら小銃手としても類い稀な戦闘能力を誇る。ただ、1発の銃弾で戦闘不能になってしまうのがやはり大きく劣る点か。

 

 文句を垂れても仕方ない。AR-15はイェーガーを相手にカウンタースナイプする。木々の向こうとはいえ、大した距離じゃない。森の中は木が邪魔で、狙えても50mがいいところだ。木の隙間から狙うとしても、それが限界だろう。

 

 問題なのは、一撃で仕留めるには威力が足りず、移動されてしまうことだ。零士のM24なら一撃なのに。

 

 もどかしさを感じながらも、AR-15は狙撃をやめない。移動させるだけでもその間は射撃が止まる。問題は、その移動先を早く見つけなければやられるということだ。

 

 木漏れ日の中、キラリと光る何かが、そこにいると教えてくれる。照準を合わせる暇がない。伏せるしかできない。

 

「カリーナさん、伏せて!」

 

 カリーナは咄嗟に手当て中の零士を押し倒すようにしてその場に伏せる。遅れて木の幹が弾け飛び、木片を散らした。狙われていたのだ。

 

 地面に思い切り倒れた零士はまだ動かない。それどころか、側頭部が少し抉れて出血していた。被弾したのだ。頭蓋骨の一部が持っていかれて、脳が見えるのではないかと思える。

 

 カリーナが庇わなければ間違いなく眉間を撃たれていた。それでも、重傷には変わらず、カリーナは伏せたまま応急処置にかかる。

 

「指揮官さま! しっかり! 指揮官さま!」

 

 誰が呼びかけても、届かない。意識のないまま、血液だけを零している。

 

 ※

 

 夢を見ていたのだろうか。そうだ、これは夢だ。そうじゃなきゃ死んだはずの相棒がここにいるわけがない。

 

 頭がぼんやりして、霞がかったかのようだ。眠いのかもしれない。そんな俺の方を慶一郎は掴み、強めに揺すった。

 

「おい相棒、まだ寝るのか?」

 

「暫く寝かせろ」

 

「残念だがもう時間だよ」

 

 車高の低い装甲車の中は薄暗く、相棒の顔を見るのがやっとだ。俺は、どこへ向かうと言うのだろう。作戦の詳細を知らないままだ。

 

「あのクソ指揮官め、車両内で命令下達って抜かしてどれだけ経ったよ。俺たちに何をさせるつもりだ?」

 

「さあな、俺にもわからん」

 

 ここに記憶が眠っているのだろうか。この行き着く先が、俺の410にいた理由なのだろうか。まだ俺も相棒もアルファ部隊(スペツナズ)のワッペンだけで、410の悪趣味な部隊章は付けていない。

 

 BTRの中で時間だけがすぎていく。運命とも言える、その時間を目指して。回る時計の針が、カウントダウンを示すかのようだ。

 

『総員聞け。3時間前、鉄血工造の製造工場でテロ事件が発生、内部にて戦闘が展開されている。監視システム、通信は全てシャットダウン。これより鎮圧作戦を実行に移す。人間の歩兵が役に立つことを証明する機会だ。心してかかれ』

 

 鉄血工造、テロ事件。一つだけ思い浮かぶ記憶があった。アーカイブで読んだ、あの事件。

 

 鉄血工造の戦術人形が暴走、人類の殺戮を開始した運命の分かれ道、蝶事件。零士はまさにその最中の記憶を追体験していたのだ。



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第21話

 突っ走るBTR。俺の心も何もを置き去りにするかのように速度を増していく。一気呵成に突入、展開を狙っているのだろう。体を動かそうにも動かない。まるで、勝手に動いているかのように。

 

 この時を生きた黒坂零士の体に、精神だけ取り替えたようだ。夢なのだ、仕方ない。

 

「冗談じゃねえ、BTRで突っ込むのかよ!?」

 

 ふざけるのも大概にしてもらいたい。こんなので突入するなんて、棺桶に入れられて火葬場にぶち込まれるようなものだ。対戦車榴弾でも食らえばあの世行きだぞ。

 

 ほら、なんか嫌な音が響き始めた。大口径砲の音で、どんどん近くなる。BTRのガンナーも搭載している砲で応戦しているが、どうなることやら。兵員待機室にだけは当たらないでくれよ。

 

 そんな願いはなかなか通じるものではない。いきなり前方が爆発し、爆煙が兵員待機室を襲う。何が起きた、それを理解するには時間がかかった。空が見えたのだ。

 

 丸ごと車体前面が吹き飛んでいる。テロリストがこんな大火力持っているとはどう言うことだ。とは言え、早い所逃げなければ。こんなの鉄屑、ただの棺桶だ。

 

 ハッチを開け、叫び声が響く。吹っ飛んだ前面から出ようとすれば、まだ狙っているであろう敵に粉微塵にされる危険があるのだ。ハッチから出る方がまだ安全だ。

 

 ハッチが開いた、同時に砲塔が吹き飛び、爆風で外に放り出される。雪の上に叩きつけられて転がり、咳き込む。目の前では慶一郎がなんとか受け身をとって体を起こして射撃姿勢を取るが、驚愕に目を白黒させていた。

 

「嘘だろう……」

 

 その視線の先には、鉄血の四脚無人歩行戦車"マンティコア"が鎮座していた。BTRの頭をまるごと吹き飛ばして、今度は降りてきた歩兵を狙うつもりか。

 

 今手持ちの武器では対応しきれない。逃げるしかなかった。起き上がって一目散に建物の陰に逃れる。BTRの残骸が今度こそスクラップにされ、中に隠れていようなんてバカな考えをした数人が血煙に成り果てる。

 

「誰かRPG持ってないか!?」

 

 勝手に叫んでいるのは、これが記憶だからだろう。小銃なんかでマンティコアは倒せない。対戦車火器がいる。

 

「デミトリの野郎が持ってた!」

 

 だが、当のデミトリはさっきBTRの中にいてまとめて吹っ飛ばされた哀れな奴の1人だ。つまり、対戦車火器も丸ごと吹っ飛んだわけだ。

 

「使えねえな! テロリスト相手だって聞いてたのに!」

 

 最悪なのは、マンティコアの火力支援の下、歩兵型のまで出てきたことだ。マンティコアを潰さなければおちおち反撃もできない。

 

 背中のライフルケースを下ろし、M24を取り出す。狙撃銃だからといってマンティコアを撃破できるわけではない。それでも、潰すことはできる。

 

 狙うは前方センサー。アレを破壊すれば照準を狂わせられる。狙撃銃を使うまでもない近距離。それでも、精密射撃ならこれを使うのが一番だ。

 

「距離75m、風速西から1m! やっちまえ!」

 

 慶一郎の観測を元に照準を調整。射撃。

 

 その感触も、心拍も何もかも、今まさに戦闘が繰り広げられているかのように感じられる。針穴に糸を通すかのような精密射撃。それは見事にセンサー部に命中し、破片が飛び散るのが見えた。

 

 即座にボルトを引いて次弾装填。もう1発、今度はレーザー測距装置を狙って1発くれてやる。これも命中。奴はまともに照準できまい。

 

「奴の目を潰した! 雑魚を狩れ!」

 

 慶一郎が叫ぶと、隠れていた隊員たちが周りの歩兵へ射撃を始める。普段からELIDを相手にしている特殊部隊員にとって、鉄血のアンドロイド如き話にならない。装備さえ整っているのであれば。

 

 今あるのは小銃と機関銃くらいで、数少ない対戦車火器は失い、後続のBMPも次々撃破されている。あまりに不利。テロリストではなく鉄血の戦闘アンドロイド相手となれば、装備も作戦も見直す必要がある。

 

『総員、敵を振り切って施設に突入せよ!』

 

 あのクソ指揮官、何もわかっちゃいない。思わず無線機を投げ捨てようかと思った。この初手をミスしてなお突撃しろだと?

 

 安全なところから見てるからってふざけやがって。とはいえ中の研究員の救出をしなければならない。なんとか鉄血人形の目を盗んで建物に取り付く。

 

 こんな時にAR小隊や404小隊がいてくれたなら、そう思っても無駄だ。まだこの時には結成すらされていないのだ。

 

「黒坂、こっちは俺たちだけか?」

 

 施設に取り付けたのは自分と慶一郎だけ。他はどこかで交戦してるか、やられたのだろうか。

 

「他の隊は?」

 

「別のとこに勇吾の隊がいると思うぜ。俺たちゃ狙撃班にでもなるか?」

 

「そうだな。引っ掻き回してやろう」

 

 慶一郎のアサルトバッグから壁破壊用の爆薬を取り出してセット。扉でもなんでもない壁を破壊して突入する。よもやそんなところから来ると思わなかったのか、側面を晒していた鉄血人形を小銃射撃で仕留める。

 

 この時、まだ知らなかった。既に中は地獄と化して、手遅れに近い状況だったこと。今頃アルファを投入したところでどうこうなる問題では無かったのだと。



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第22話

メインで書いてるオリジナルやら、大賞用に書いているやつやら数作同時並行の上にアーキテクトにイジメられていたので時間がかかりました…
とりあえずアーキテクトはそこへ直れ、お仕置きじゃ!


 何度目だろうか。血溜まりを踏んだのは。

 

 絶命した研究員から流れ出た血液があちこちに流れて川を作っていた。乾き始めたものや、まだ新しいもの。どうあれ、既に命は零れ落ちた。その事実が広がるばかりだった。

 

 何体の鉄血人形を仕留めただろうか。いくら探しても生存者は見つからない。ブーツの底についた血が、床に足跡を残していく。最早、思うことはなくなった。

 

「もう、さっさと引き上げて戦略爆撃機(ブラックジャック)にやらせた方が早いかもな」

 

「Tu-160? あんなもん第3次世界大戦で全滅したんじゃないか?」

 

「時代遅れのアナログだしな」

 

 軽口でも言っていないとやってられない。無線から聞こえるのは味方の悲鳴。救援を求める声に応じようと奮闘したが、地の利がある鉄血相手に苦戦して、合流も側面からの奇襲も阻まれてしまう。

 

 隔壁を使って閉じ込めたり、防衛設備を使ってきたり、なんとか切り抜けてきたがもうそろそろ自分たちの番が回ってくる頃だろうか。

 

 一際大きめの研究室に突入する。ルームクリア。あるのは、白衣を血に染めて倒れた研究員だけだ。血がなければ、疲れて座っているだけに見えるだろう。

 

 首筋に指を当てる。指先に伝わるかすかな鼓動。生きている。だがもう虫の息で、この出血量では助からない。残念だが、見捨てる他ない。

 

「……すまねえ、もう助けられねえ」

 

「……つた……えて……」

 

 彼女は微かな声で何かを伝えようとする。ヘッドセットを外して口元に耳を寄せる。彼女の最期の言葉を、聞き漏らさないためにも。それが、せめてしてやれる葬いだろうか。

 

「ペル……シカに……」

 

「……わかった」

 

 そう頷くと、彼女は安心したように表情を緩ませ、そのまま眠るように息絶えた。安堵して、そのまま逝ってしまったのだろう。

 

 血染めのネームタグには"リコリス"と記されている。ペルシカ、それが誰のことかは分からないが、会ったら伝えよう。何かしらの手段をもって。

 

「黒坂、行こう。もうここは陥ちた」

 

「そうだな」

 

『残存部隊、A-02地区へ集結せよ』

 

 無線のノイズに混じって聞こえた声はあのクソ指揮官ではない。慶一郎の弟、勇吾の声だ。残存部隊を集結させて再編成するのだろうか。

 

「勇吾だな」

 

「黒坂、あいつの言う通りに合流するか?」

 

「弟を信じてやれ。少なくともクソ指揮官よりマシだろ?」

 

「贔屓目に見てもな」

 

 文句を言っても始まらない。こんなところはさっさとおさらばしたい。そして、爆撃機が全てを吹き飛ばせば、全て終わるはずなのだ。

 

 次の瞬間、側面の壁が吹き飛んだ。IEDでも仕掛けられていたのか、破片と化した壁が飛び散り、俺は慶一郎と一緒に吹き飛ばされ、廊下を転がる。

 

 プレートキャリアに刺さった破片を引っこ抜いて忌々しいとばかりに投げ捨てる。ヘルメットを被っていないせいでぶつけた頭が痛い。視界が揺れている。土煙の向こうには人のシルエット。グレネードランチャーと長いツインテール。嗚呼、ここから因縁が始まったというのか。

 

 片足を、のちに両足を奪っていった、デストロイヤーとのファーストコンタクトだと言うのか。

 

 考える前に撃つ。考えていたらもう1発飛んでくる。そんな確信があったから、俺も慶一郎も無我夢中で撃ちまくった。弾幕を張って、その場から離脱を図る。

 

 あちこちに榴弾の雨が降り注ぐ。爆風に体を殴られながらも、走り続ける。足を止めるな、止まったら死ぬぞ。ここで死んでも、意味はない。

 

「あのロリっ子、なんて物騒なもの持ってやがる!」

 

「黙れ時村! さっさと走れ!」

 

 ロールアウトしたばかりでFCSの初期設定が出来ていないのか、榴弾はこれでもかとばかりに外れている。だが、当たらずとも破片が、崩れた壁が行く手を阻み、この体を傷つける。

 

 時折物陰に隠れては応戦するが、効いている様子がない。他の人形とは違う、ハイエンドモデルなのだろう。耐久性能も桁が違うようだ。このままでは倒すより先に一撃貰ってしまう。

 

 蜂の巣をつついたような騒ぎだ。幸運なのは、前方で味方が隔壁を閉めようとしている事。巨大な隔壁は閉まり切るまで時間がかかる。後方から降り注ぐ榴弾には目もくれず、2人で閉まりかけの隔壁の中へ飛び込み、デストロイヤーを閉じ込めた。

 

 呆気ない終わりだ。少なくともこの場では。この武装でやりあえる相手ではないし、少し先の未来、こいつに苦しめられることになる。それを知っていると、やはり複雑なものはある。

 

「おい、あんたの弟の無線聞いたか? エントランスに集合だとよ。あのクソッタレ指揮官に比べたらマトモそうだな」

 

 隔壁を閉めた隊員たちはあちこち負傷していた。鉄血相手に苦戦していたのだろう。対人用装備だから、装甲付きの相手に遭遇したのかもしれない。

 

「俺の弟だぞ? でも、勇吾が再編成してどうにかするつもりだろう」

 

「小隊長だし、なんか策でもあるんだろう。またはあのクソッタレ司令官が戦死して指揮を引き継いだとかな」

 

「だったらいいんだがな……」

 

 隔壁から爆音が響く。デストロイヤーがグレネードを撃ち込んでいるのだろう。いつまで持つかわからない。逃げるなら今だ。

 

「先行け! 俺と時村で後衛やってやる!」

 

「すまねえ、任せた!」

 

 逃げる味方を守るように、2人で隔壁の前に立ち塞がる。だが、音はパタリと止んでしまった。弾切れだろうか。どの道助かった。早く合流しなければ。

 

『聞こえてるやつはいるか? ここから撤退する。ここで死んでも意味はない。生きて、この先の反撃に活かせ』

 

 無線から勇吾の声が聞こえてくる。部隊を集めて、ここから撤退するのだ。むしろ判断が遅すぎた。指揮官の間抜けがここの奪還にこだわり続けたのだ。そいつが死んだか負傷して、勇吾が指揮を引き継いだのだろうか。

 

『認められない! 戦闘を継続しろ!』

 

 あの指揮官、まだ生きていたのか。勇吾はクソッタレの指揮官を無視して部隊を指揮しようとしていたのだ。もはや泥沼と化した戦場から、部隊を逃す。明日に繋ぐために。その為に軍法会議を覚悟して撤退の指示を出したのだ。

 

『ここで死んでも意味はない。生きて、この戦いで得たものを明日に活かせ。アルファ、撤退!』

 

『貴様!』

 

「黒坂、あれ!」

 

 慶一郎の指差す先。この直線の通路の向こうで、無線機を握る勇吾とそれに拳銃を向ける指揮官の姿があった。抗命で射殺するつもりか。

 

 咄嗟に89式小銃を構えていた。迷いが生じる。ここで撃てば勇吾は助かる。だが、上官殺しで自分も銃殺は免れまい。親友の弟を助けて、自分の命を捨てられるか。

 

 この照準器の向こう、引き金を引けばいつも通りに相手が倒れる。それだけのはず。それでも、指が重い。

 

 そこへ、天井を破って鉄血人形が降りてきた。ナイフを装備した近接戦闘型「プルート」だ。指揮官狙いだろう。

 

 慶一郎も小銃を構える。お互いセレクターは3に合わせた。敵が照準へ入れば指が軽くなる。トリガーを引くのに躊躇いはなかった。

 

 発砲はほぼ2人同時。1発目の反動で照準がブレ、やや左へずれた。それを右へ修正しようとする間に2発目が銃口を飛び出す。プルートと触れ合う距離にいた指揮官の顔が照準器の中にあった。

 

 3発目は無駄になった。そこにターゲットはもうなかったから。1発目はプルートを、2発目は指揮官を撃ち抜いていた。どっちの弾かはわからない。2人で撃った。それだけだ。

 

 飛び散った血液はダットサイトの赤い光点と重なってわからなかった。嗚呼、やってしまったのか。少なくとも事故だと言い訳は立つ。見ていたであろう仲間たちは狼狽えているように見える。

 

 上官殺しをしたのだ。間違い無く、この手でやった。



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