漢方配達する青年と無愛想なイーブイの話 (ノクス*。)
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苦手だなと思った方はそっとブラウザバックしてやってください



 

読んでいただきありがとうございます。

まず始めに、このお話はのんびりと進んでいきます。

・頭脳戦を繰り広げるポケモンバトルやハラハラする冒険譚が好きな方にはおススメしません。これはポケモンを持たずに過ごしてきた主人公がたまたま出会ったポケモン達と過ごしていく物語です。

・キャラクターは22話の現時点でポケモン以外にほぼオリキャラしか出張りません。

・主人公はポケモン達の言葉がなんとなく分かりますが、「」は使いません。ただの鳴き声なのでポケモン達とお話したい方には物足りないかもしれません。

 

以上のことに注意して設定をご覧ください…!

 

 

 

 

世界観とキャラクター紹介

※キャラ紹介にイメージイラストがあります

1.世界観について

 

【世界観】

・今のところジョウト地方がメインとなっていますが、管理人の記憶の問題で金銀、クリスタル、HGSSが混ざったような仕上がりになりつつあります。

ですが一応HGSSを意識して書いているつもりです。

 

・ポケモン同士による捕食などがある、ということを前提に入れています。

 

・基本的に人間サイドは木の実やパンが主食でお肉は食べません。

ポケモンセンターさんがそのように言っていたそうなので食事風景などでお肉を食べさせるシーンはあえて避ける予定でいます。

そもそもなんのお肉なのか考えると眠れなくなりそうですからね。

あ、でも一応お魚はいる設定。

なので食べるとしたら木の実、小麦由来のパン、米、魚などなど。もしかしたらお肉に見たてたものならありそうですよね。

 

そんな感じでかなり自己解釈や設定も盛り込んでいます。

 

 

【ポケモンの技】

ポケモン達は技を4つ以上使えます。

公式バトルの時は4つという制限が付く。

秘伝技に関しては、普通に使えるんだけれども人間が関わる場合ジムバッジが免許証代わりになるという設定です。

(公式もそんな感じらしいですね)

 

 

【キャラ&キャラのポケモン設定】

・サイトの更新が遅すぎるせいで公式に成長したレッドさんが登場してしまったのでなるべくはそちらに添います。

しかし書いてみたら特に描写しないのでそもそもそうである必要がないと気づきました。

pixivレッドさんでも可です。お好きにご想像下さい…!

 

・キャラクターのポケモン…特にジムリーダー達のポケモンは6匹以上いる場合があります。

管理人の思い入れが強くて、HGSSでは手持ちにいなかったけれど諦められない!という理由から普段ジム戦にて使用するポケモンとプライベートのポケモンが別だったりする為です。

 

【モブキャラについて】

モブキャラについてかなり捏造しています。

話の流れ上、我が家のオリトレは各地のモブキャラと接触する確率の方が高い為、勝手に色々想像したりして書いてる部分が殆どだからです。

なのでイメージと違っていたらすみません。

 

【その他について】

・漢方薬についてはネット知識を元にした独学の為かなり捏造してます。

鵜呑みにしてはいけません!!

あまり突っ込まず軽く流していただけるとありがたいです。

 

 

 

2.キャラクター紹介

※絵は相方に描いてもらいました

 

主人公

名前:アッシュ

【挿絵表示】

 

コガネシティにてのんびりとフリーターをしている24歳の青年

髪は黒く、瞳は銀にも見える灰色

 

背は平均より高く顔も悪くないのだが、如何せん華がない為それもあまり目立たない。

興味あることは頑張るけど、ないことは頑張らないし頑張れないごく普通の二十代。現在コガネシティの自転車店でアルバイトをしている。

自身のポケモンを持ったことがなく、持たなくても問題ないので特に困ってはいない。実家には母親の手持ちのゴーリキーが居た。

何となくポケモンの言葉が分かる。

 

 

漢方屋の爺様

名前:カンポウ

年齢:不明

出身:コガネシティ

手持ち:ラッタ、???

気のいい目尻にシワがよった笑顔とはうって変わり、結構ちゃっかりものの爺様。中々使い勝手のいい…ではなく真面目なボランティアを見つけたので嬉嬉として働く現役漢方屋。家の中は漢方とその道具でいっぱいらしい。

 

 

自転車屋の店長

名前:サトル

年齢:38歳

身長:180cm台

出身 ハナダシティ 割といいところの次男坊

手持ち レアコイル

 

特徴

仕事時は丸眼鏡(普段はかけていない)

日焼けした茶髪に焼けた肌(パッと見サーファーにしか見えない)元スポーツマンなので体躯はしっかりしている

昔:自転車屋のバイトをしつつ、ロードレースに参加し好成績を残していた(優勝経験あり)

今:カスタム自転車専門の店を営んでいる

納得のいく自転車を目指し日々勉強(という名の放浪の旅に出ている)

アッシュがバイトを始めたのは、店の前で彼が迷子になっている時に声をかけたのがきっかけ

 

 

 

 

 

以上です。

※追加、修正する場合もあります。



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運気を上げるも下げるも自分次第

「……暇だな」

思わず零れた呟きに反応してこの店の店主のパートナーでもあるレアコイルが機械的な鳴き声を上げた。

客は1時間前に自転車の下見に来たという少年を最後にとんと現れない。

掃き掃除や片付けも一通り終えてしまい、バイト終了時刻までのあと数時間やる事もないアッシュはカウンター席で欠伸を噛み殺した。

ここの店主は元々カントーの自転車店にて経験を積んでいたらしいが、店を兄弟子が引き継いだのを機に独立したらしい。

独立後暫くして漸く仕事が軌道に乗りそろそろバイトでも雇おうかという頃、たまたまバイトを探してコガネシティへとやって来たアッシュがこの店の前で迷子になっていたのが始まりである。

それ以来ここでお世話になっているわけだが、ここはどちらかというとハイスペックな物を求める客層向きの店の為か、あまり人の出入りが少ない。

アッシュがバイトに入って結構経つが、直接店にて自転車を購入していく客はあまり多くないのだ。

とはいえ経営難ではなさそうなのはその後ろにある扉からはガチャガチャと工具を扱う音と共に響いてくる調子の外れた鼻歌が証明している。

 

「相変わらず楽しそうだな、店長」

 

以前自分は自転車を作る為に生まれてきたんだと言っていた通り、店の奥で自転車を弄っている店主はとても楽しそうである。

アッシュに同意したレアコイルもまた、店の奥を覗くように体をふわりと移動させる。

しかしそれ以上近づくことはせず、アッシュの側から中を覗くだけである。

というのも、レアコイルが店の奥に入ると工具やら何やらと色々なものを磁力で引き寄せてしまう為出入りを禁止されているのだ。

 

そんな暇を持て余した一人と一匹がダラダラとカウンターで過ごしていると、店の奥からひょっこりと顔を出した男性がずれた眼鏡を直しつつアッシュに声をかけた。

 

「アッシュくーん、この配達だけしてくれたらそのまま直接帰っていいよー」

 

人もこの時間あまり来ないしねーと朗らかに笑うこの男性がここの自転車店を商う店主である。

この時間というか、普段から人があまり来ないというツッコミはバイト先を失いかねない為喉の奥に飲み込む。言ったところで自転車を作ることで頭がいっぱいな彼なら笑って同意しそうではあるが。

 

「…分かりました。じゃあ、お先失礼します」

 

配達物らしい部品が入った包みとメモを受け取ったアッシュは店長とコイルに挨拶をして店を後にした。

 

よく自身でアレンジしているというお得意さんへの配達を終えた帰り道、近道しようとアッシュは普段あまり使わない地下通路を通ることにした。

あまり人がいない道を黙々と歩いていると、

 

「おうい、そこの青年よ」

 

こっちじゃこっちじゃ、とトンネル内にややくぐもった声が響く。

突然話しかけられたことに内心驚きつつもそっと声のする方を振り返ると、何やら色々な薬草らしきものを抱えた爺さんが手招きしている。

何だただの客寄せだったかとホッとしつつ、相手が齢のいった爺さんだったので何と無く近づいたのが間違いだったのかもしれない。

 

爺さんは御老体とは思えない程の握力でアッシュの腕をガシッと掴むと、シワが寄って見えなくなった人のいい目をして「ちと手伝ってくれんかの」と笑った。

頼んでいるようにも聞こえるが、もう既にこちらへ荷物を次々手渡し始めている。

有無を言わさぬ強制力がある様子に苦笑しつつ、まあ良いかで済ませてしまうアッシュはこくりと頷いた。

 

「良いですよ。何処までですか?」

 

バイトも終わり、特にこの後は用があったわけではないからまあいいかと軽く引き受けたのが後々まで付いてくることになるとはこの時のアッシュは考えもしていなかった。

 



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2

 

 

 

 

「ほうれ、今日はこれを頼むぞい」

 

あの日、まぁ良いかと騙されてしまった人の良さそうな笑みを浮かべた爺さん、カンポウはたくさんの袋を此方へ手渡してくる。

その手に一切の迷いはなく、ひょいひょいとまるでボール投げでもしているかのような勢いだ。それを慌てて受け取る自分も悪いのだろうということは分かっている。

 

 

結局その後腰が痛いだ何だと言いつつ毎回アッシュを頼るカンポウはとうとうバイト先にまで訪ねてきては荷物持ちをさせてくるようになった。

それを見た店長は心配するどころか「君は本当に性根が優しいんだね」とアッシュの行いを褒め称えるせいでカンポウもまた「本当に良い青年に出会いましたよ」なんて調子よく言うものだから断るに断れぬ事態に陥ってしまった。

しかもその行いに感動したからだとかでアッシュの時給を上げた店長にレアコイルも流石に苦笑を隠せない様子を見せていた。

自身も勿論なのだが、店長の行く末もまた心配になったアッシュである。

とはいえ、そこはパートナーであるレアコイルがどうにかしてくれる事だろう。

 

手渡された腕の動きに合わせて袋からふわりと漂ってくるのはツンと鼻腔を抜けていく苦味を帯びた香りだ。

昔は日曜日にしかやってなかった漢方屋だが、アッシュが手伝うようになった今ではその日以外にもこうして得意先に薬を運べるようになって馴染み客にも評判が良い。

それまでフリーターとしてぶらぶらしていた自分が行く先々で感謝される…それもまたアッシュが辞めるとなかなか言い出せない理由でもあった。

配達のボランティアをしている方が気分転換にもなるし、喜ばれるのは素直に嬉しいと気づいてしまうと辞める理由らしいものが見つからないのである。

そんなわけで今日も今日とてカンポウの手伝いをしていたアッシュであったが、その日渡されたリストはコガネシティ内のお得意さんに運ぶ見慣れた住所とは違っていた。

 

「なぁ、爺さん。これ、ヒワダタウンの住所?」

 

ヒワダタウンは34番道路の先にあるウバメの森を更に通り抜けた先にある小さな職人町だ。

 

ーーーポケモンと人が共に仲良く暮らす町

 

という看板がある通り、ポケモン…特に水タイプのヤドンが多く生息している。ヤドンの井戸なんて呼ばれる澄んだ水があるそこは居心地が良いのかもしれない。人とポケモンが仲良くするのは好ましい事だから勿論構わないのだが、問題はその手前にあるウバメの森にある。

 

「俺、ポケモン持ってないんだけど」

 

草むらに入れば野生のポケモンが飛び出してくる、なんていうのは小さな子供でも知っている当たり前の事だ。

道路は草が刈ってある場所もあるので構わないのだが、木々が生い茂る森の中はそうもいかない。

いつポケモンが飛び出してくるか分からないのでポケモンを持つ所謂ポケモントレーナーしか入ることが出来ないのだ。

それでも森を抜けたい人のために一緒に森を抜ける事を生業にしている人達もいるにはいるが、金はかかるし何より森を抜けるのに最低でも半日は潰れてしまうためあまり行きたくはない。

 

するとそれが顔に出たのか、

 

「あぁ、金は出さんで大丈夫じゃよ。ワシのポケモンを貸してやろう」

 

なんて有難いような、有難くないような申し出をしてくれた。

いや、そもそもあんたがお使いを頼まなければいい話なんだがと思いつつそのシワの寄った笑みに騙されたフリをしてアッシュは今日も荷物とポケモンを受け取ってしまった。

 



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3

 

カンポウに借りたポケモンはラッタで、この辺の草むらにも良くいるコラッタの進化系だ。

草むらから飛び出してくるまだ弱いポケモン達とは違い、長年カンポウと共に連れ添い良く育てられたそのラッタは圧倒的な威圧感で周囲にポケモンを寄せ付けない。

元々、漢方特有の苦味のある香りをポケモン達が好まない為あまり積極的に寄って来ないのだが、好奇心で近づいてきた、或いは縄張りを守りにきたポケモン達を容赦無く威嚇していくラッタはとても頼もしい。頼もしいのだが、

 

「ラッタ、そこは通らなくても良いんじゃないか?いや、そっちじゃなくてな…」

 

レベルが高すぎるせいか全くもってアッシュの事を聞いてくれない。

今も「いいから黙ってついてきな」みたいなことを言って、アッシュの胸元くらいまで伸びた草むらの中を勇んで突き進んでいっている。

はっきりとは分からないが、威勢が良いのと何と無く男っぽい口調なのは分かるので確認してないけれど多分オスなのだろう。

というかポケモンの性別など余程見目に差異がない限りアッシュにはよく分からない。

カンポウにはきっとよく懐いているのだろうが、アッシュはポケモンなんて一度も持ったことがないのでどうすれば良いのかよく分からない。

 

普通の少年ならば10代のうちにポケモンを貰い、ポケモントレーナーデビューを飾るのが恒例なのだろう。

現にアッシュの弟分とも言える年下の友人達もまた喜んで旅立っていった。

しかしアッシュはバトルも育成も興味がなく、極一部の人々がそうする様に学校へと進学する道を選んだ。20代を迎えた後もトレーナーになることはなくポケモンと触れ合う機会はあまりない。

そんなわけでカンポウに比べたら遥かに年下でポケモン達についてもあまり知らないアッシュはラッタに下だと思われているのだろうというのが容易に想像出来た。

 

「あー、でも家には母さんのゴーリキーがいたな」

 

ゴーリキーはアッシュに懐いてくれていたが、それは長年連れ添ってきた自分のパートナーの子供なのと産まれた時からアッシュのことを見ていてゴーリキー自身の母性本能がくすぐられたからかもしれないと思い返す。

 

「あいつ、メスだったしなぁ」

 

女っぽい仕草や話し方は母の影響だと思っていたが、まさか本当にメスだったとは思わなかった。知った時は大いに驚いた。

しかし、何で母は可愛らしい見た目のポケモンがいる中から一番最初のポケモンにワンリキーを選んだんだろうかと未だに疑問である。

 

「ラッッタ!!!」

「あぁ、すまんすまん!」

 

母とワンリキーの出逢いを想像していたら「早く来い」といったニュアンスの言葉でラッタに怒られてしまい、アッシュは慌ててそちらに意識を戻した。

ギリギリと威嚇紛いの歯ぎしりしていることからその考えは恐らく合っていると思う。

 

 

それから何度か威嚇に負けない野生のポケモンに遭遇したり、森の中にいたトレーナーに勝負を挑まれたりしたが、その全てにラッタは押し勝ってしまった。

アッシュの言うことなんて全て無視してガンガン推し進めていく勝負に、ポケモンもトレーナーも涙目である。

そして何より止めるアッシュの方も大変だったということもここに追記しておこう。

 



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4

 

 

ざわざわと森のポケモンたちがざわめく中を抜けると、それまで森で感じていたよりも強い香りーーー木々を燻した匂いが立ち込めてくる。

 

「ありがとうラッタ」

 

ずっと出していたラッタにお礼を言うと、おうとかそんな感じの男前な返事が返って来る。そのままラッタをボールの中に仕舞うと、木炭のけぶる町中を改めて見回した。

旧家らしい茅葺屋根の家が建ち並ぶ中を、たくさんのヤドン達が思い思いの場所でのんびりと日光浴や居眠りをしているのが目に入る。

コガネシティから出ずとも殆どのものが揃ってしまうので、ヒワダタウンに来るのはかなり久しぶりなことだ。初めて1人で訪れた時から穏やかな町の雰囲気は変わっていないらしい。

 

「……………………やあん?」

 

近くにいたヤドンを何と無く眺めていると、長い長い間の後にのんびりとした口調で疑問符を浮かべられた。言葉にするならなぁにー?とかそんな感じだろうか。何とも間伸びした口調である。

さて肝心のお客の家は何処だろうかとキョロキョロしているとすぐ近くに居た女性に声をかけられた。

 

「あなたもガンテツさんにボールを作ってもらいにきたの?」

「いや、俺は配達で来たんだ」

 

あら、そうだったの!ごめんなさいねと言いながら女性は恥ずかしそうに笑った。

ボールを作ってもらったことはないが、雑誌なんかでも見たことがあるためガンテツさんの事は知っている。女性によると、この町にはガンテツさんにボールを作ってもらおうとするトレーナーが良く訪れるらしい。

 

「へぇー…。ところで、この住所の家は何処だか分かりますか?」

 

忙しい人なんだなと思いながらもアッシュがついでとばかりに配達のリストを女性に見せると、覗き込んだ女性は「あぁ!炭職人さんのところね!この御宅ならこのすぐ先よ」と教えてくれた。

礼を述べるとカモネギがいるから見せてもらうと良いわよと言われ、カモネギってなんだっけなと首を傾げつつもその場を後にする。

ポケモンだったのは間違いないが、どんなポケモンだったかまでは思い出せない。

 

少し歩いていくと、蒔き木を脇に積み重ねた家が見えてきた。

煙突から白い煙が上がっているところを見るに、あれが配達先である炭職人の家らしい。すぐ横にあった看板を覗き込んで見ると、

 

「ここは炭職人の小屋。炭の材料探しはカモネギにお任せ!」

 

というキャッチコピーが書いてあった。

炭といえば炎タイプだろうかとも思ったが全くもって覚えがない為分からない。思い出せないもやもやした気持ちを抱えつつ中へと入ると、釜戸の中の火がごうごうと燃えておりそれ程近くでもないのに物凄く熱い。

その熱さを物ともせず、二匹の鳥ポケモンが楽しそうに小屋の中を走り回って居た。

 

「どちら様ですか?」

「漢方屋です。配達に来ました」

 

すぐアッシュに気がついた職人の一人がこちらへきたので、商品の中から頼まれたものを探し出して彼に渡す。お代を待つ間に走り回るポケモン達を見て、そういえば確かにこれがカモネギだった!と自分の中で合点がいったので漸く気持ちがスッキリする。

 

お代を受け取り、とりあえずカンポウに電話を入れようとポケモンセンターへ向かうと、入り口の所でセンターを後にしようとしていた人と鉢合わせした。

 

「すみません」

「いや、此方こそ」

 

相手の方が早かったので先に道を譲ると、丁寧に挨拶をして緑髪をなびかせながら相手がセンターを出て行く。声を聞くまで男か女か分からなかったが男だったのか。さすがにご本人には聞かせられないことを思いながら、アッシュもセンターの中に入って行った。

 

その後、無事届けた事やこれから帰ることを報告するとラッタを連れてウバメの森の入り口へと足を運んだ。すると通路にいた婆さんにぼそりと、けれどしっかりとした口調で声を掛けられる。

 

「森には神様がいるという……悪さをしたらいかんぞい」

「あぁ、分かりました」

 

悪戯するような歳じゃないけどなと思いつつ素直に頷いておくと、婆さんは満足そうに笑って「気をつけてお帰り」と小さく手を振った。

それに小さく頭を下げ、アッシュは森に足を踏み入れた。

 

「それじゃあラッタ、もう少し頼むよ」

「ラッタッ!」

 

勇ましく先頭を歩き出すラッタに続いて、アッシュは森を抜けるべくまたラッタを抑え込む役に徹することにしたのであった。

 



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5

 

ウバメの森を抜けてあと少しでコガネシティに戻る、という時になって少年が勝負を挑んできた。行きでは見なかった気がするが、よく考える暇もないままラッタは勇ましく飛び出していく。

俺まだモンスターボール投げてないんだけどなと小さな声で今日何度目か分からない呟きを零す。しかし全くもってラッタは聞いていないらしく、フンと鼻を鳴らして戦闘態勢に入っている。

半袖短パンという格好からして森にいた子供たちの様に虫タイプのポケモンを出してくるかと思ったが、予想に反して少年が出してきたのはフサフサの毛が愛らしい茶色のポケモンだった。

 

「いっけー!イーブイ!!」

 

おぉ!イーブイか!と内心感動していたのだが、勝手にバトルを始めてしまったラッタはこちらの感慨も無視して愛らしい姿をあっさり吹っ飛ばしてしまう。

 

「あぁ!!イーブイー!!」

 

せっかく飛び出した相棒を二秒で吹っ飛ばされた少年は今までのトレーナーと同じ様に涙目でイーブイへと駆け寄っていく。

これは、ずっと思っていたんだが子供相手に大人気ないヤツだと思われるんじゃないだろうかとアッシュは気が気でない。

今回の配達で年下の子達に何度泣かれたことか最早数えるのも疲れた。

 

「お兄さん、強いね…。そのラッタ何処で捕まえたの?」

 

目を回した相棒を抱きかかえたまま少年が聞いてきたので、アッシュは片手を胸の前で横に振った。

 

「いや、俺はトレーナーじゃない。こいつは借りてきたんだ」

「……そっか」

 

アッシュの言葉を聞いた少年はそのまま俯いてしまう。

何事かとアッシュは少年の隣にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。

 

なんでも、イーブイは父親がゲームコーナーで手に入れたらしいが少年には全く懐かないらしい。ゲームの景品なんて言われて渡された上に、そのまま息子に流されたのではそりゃあ懐かないだろうと思ったが、それこそ大人気ない発言だと思ったのでアッシュは口を閉ざした。言ったら今度こそ確実に泣かれる。

 

「そのうち懐いてくれるさ」

 

咄嗟に思いついた励ましの言葉は少年にとっては逆効果であったらしく、ムキになったように大声で叫んだ。

 

「やっぱりこいつと俺は合わないんだ!」

「いやいや、まだ懐いてないだけだろう」

 

そんなことないよ!だってもう半年以上もも一緒にいるんだよ!と少年は悔しそうに唇を噛む。

それは確かに懐かない理由がありそうだなと思わず黙り込む。

話しかけてもそっぽを向き命令なんて全然聞いてくれない、触ろうとすれば威嚇し、ご飯も見えない所へ移動しないと食べないのだと泣きそうに語る。

ぐすぐすと一通り泣いたあと、少年は決心したようにアッシュに向き直った。

正直、嫌な予感しかしない。

 

「兄ちゃん、こいつもらってくれない」

「……は?」

「次にバトルしてダメだったら、こいつは野生に返そうって思ってたんだ。でも兄ちゃんみたいに無言でも勝っちゃうような強いトレーナーとなら一緒にいても大丈夫だと思うんだ!」

「いやいや、俺がラッタに全く指示してないのは単にこいつが言うこと聞いてくれないだけだから!」

「大丈夫!イーブイだって言う事聞かないよ!」

「いや全然何も良くないだろう!?」

 

というか半年も一緒にいたのにあっさり捨てるのか、そもそも俺はトレーナーじゃないなどと色々言おうとした。が、その前にイーブイを戻したボールをアッシュへほぼ放り投げるようにして強引に手渡すと少年は走って行ってしまった。

 

「じゃあなイーブイ!元気でな!」

「元気でなじゃないだろ!おい!……あー!攣った!!いたたた!!」

 

慌てて少年を追いかけようとするが、中途半端に座っていたせいで筋肉が固まったのか足が攣りアッシュは不覚にもその場で蹲った。

日もだいぶ傾き、さらさらと揺れる草場に残ったのは早く帰れと言いたげに此方に歯ぎしりするラッタと、何も知らずにボールの中で目を回しているイーブイ。

そして足を押さえて唸るアッシュだけだった。

 



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6

 

「戻りました」

「おぉ!ご苦労じゃったな!」

 

コガネシティにあるカンポウの家に直接戻ると、座っていたカンポウがわざわざよっこらせと立ち上がって出迎えてくれた。

部屋の中を見渡せば、簡素ながらも和風な間取りとなっている。天井には吊るされ乾燥させている最中らしい薬草が束になってぶら下がっていたり、標本よろしく種類ごとに瓶詰めされずらりと並べられた薬草、そして恐らくそれらを加工するのに使うのであろうたくさんの道具にまみれている。

部屋の中は少々狭いが、少し日に焼けたい草の香りが鼻をくすぐり漢方独特の匂いと混ざって不思議と落ち着く香りがする。

 

近づいてきたカンポウに、とりあえず頼まれた薬の代金とモンスターボールを返すとはて?と首を傾げる。

何事かとアッシュも首を傾げると、「これは違うの」と先ほど渡したモンスターボールを返して寄越した。

帰ってきたボールをよくよく眺める。そこで初めて自分が渡したのがラッタのボールではなく先程少年に押し付けられたイーブイのボールだと気づく。

 

「え、何で分かるの?」

 

見た目はただのボールなのに何故と思っていると、カンポウは目を細め何処か穏やかに笑った。

 

「長年連れ添ってるとな、何と無く分かるんじゃよ」

 

そういうものなのかとポケモンとトレーナーの絆に少しばかり感動していると、「ところで、見たところ空ではなさそうじゃな。捕まえたのかい?」と尋ねる。

ラッタの活躍を想像してか、ワクワクしたような面持ちなのがアッシュとしては少々心苦しい。

確かにラッタの功績とも取れるがアッシュにとってそれが功績かと言われるとそうでもない。

少年に押し付けられた経緯を話すと、「そうかそうか…」とだけ呟いてにっこりと笑みを浮かべた。

それは初めて会った日から、お使いを頼まれる今日まで何度も見てきた人の良さそうな笑みである。さっき感じたばかりだが何度でも言おう。

 

嫌な予感しかしない。

 

「ならば育ててやれば良い良い」

「いやいやいや!俺ポケモンなんて育てたことないから!」

 

何歳になろうともきちんと登録さえすればトレーナーになることは出来るが、アッシュは旅とかポケモンリーグとかに心惹かれるものを感じない。

勿論、自分だけのポケモンというのに全く心惹かれなかったわけではないが、弟分達が旅立っていくのを見て思ったのは大変そうだなぁということが大半を占めていた。

一匹でも面倒……ではなく色々な世話がかかるというのに、ポケモンリーグに挑むには六匹全てのコンディションを揃える必要がある。

自分の世話ですら大変だと思うのに、全ての手持ちに気を配るなんて自分にはとてもじゃないが出来ない気がしたのだ。

かといってコンテストなども美に興味が薄い自分には向いていない。

それに、アッシュは指示を出すのが下手であまりバトルも好きではなかったので、コンテストであれトレーナーであれバトルに明け暮れるなど辛くて仕方ない。

そういうことは好きなヤツに頑張ってもらえばいいというのがアッシュの理屈であった。

 

それを簡単かつやんわりとカンポウに伝えたが、ただただ笑うだけで「とりあえずポケモンセンターに連れてっておあげ」と追い出されてしまう。

確かにいつまでも怪我をしたままボールに放置しているのは可哀想なので、アッシュはそれに素直に従い街中のポケモンセンターを目指して歩き出した。

 

 

 

 

「こんばんは、ポケモンセンターです……って、あら?アッシュさん?」

 

ポケモンセンターに着くと、カウンターにて丁寧に挨拶してくれたコガネシティのジョーイは不思議そうに小首を傾げる。

 

「あらあら、珍しいですね?あぁ!もしかしてラッタの回復かしら?」

 

カンポウのところでボランティアをしているのを知っているジョーイは合点がいったように笑ったが、アッシュは思わず曖昧な笑みを浮かべてしまった。

 

「いや、それが…」

 

事の詳細を簡単に説明すると、驚いたように目を丸くした後ジョーイは眉を下げ表情を曇らせる。

 

「その子なら、何度も此処へ来ていますよ。確かに懐かないとよく言っていましたけど…」

 

手元にあるイーブイのボールをそっと撫でると「でも、まずは回復が先ですね」とジョーイは持ち直したように言って、イーブイを回復機へ連れていくよう伝えてからラッキーへと手渡した。

任せといてとかそんな事を言って去っていくラッキーを何と無く見送っていると、ジョーイはいつの間にか何やら書類を出している。

 

「それは?」

「カードの手続き書類です」

「え、いや…俺はまだあいつを引き取るって決めたわけじゃ」

 

断るよりも先にジョーイは申し訳なさそうにしかしはっきりと告げた。

 

「事情はどうあれ、ここはトレーナーカードがないと本当は使えないんですよ。なので、とりあえずカードの手続きをしましょう!」

 

ね?と念を押されてジョーイさんもそれが仕事なのだから仕方ないと自分に言い聞かせ、アッシュは渋々ペンを手にとった。

 

「はい、登録完了です」

 

そしてジョーイにカードを手渡されたアッシュは、人生で初めて自分のポケモンを持つことになったのだった。



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気は長く余裕を持て

 

結局イーブイが入ったモンスターボールと新たに作ったトレーナーカードを渋々受け取った後、ポケモンセンターを後にした。

その帰りに、とりあえず何か買わなければと思い途中でショップへと立ち寄る。

夜でも明るいそこは昼間ほどではないが思っていたよりも沢山のお客で賑わっており、内心戸惑い通しなアッシュを気にする人ような人は勿論いない。そのことに幾分かホッとしつつ、ポケモン専用のコーナーを探した。

普段は行かないコーナーの為か少しだけカゴを持ったままうろうろとさ迷った後に、アッシュはポケモンフーズの棚を見つけ出す。

棚にはマルチタイプと書かれたどんなポケモンにも対応したものから水タイプ、炎タイプといったタイプ別にされたフーズまで様々なフーズが揃っていた。

 

「イーブイって確かノーマルタイプだったよな?」

 

ノーマルタイプの代表なのか、コラッタとラッタの絵が描かれた専用フーズを手にしながら一覧を確認する。

目が痛くなりそうな程細かいそこには表紙に載っているラッタは勿論、イーブイの名前もしっかりと書かれている。

間違えていない事を何度か目で追って確認し、アッシュはそこでようやく手にしたフーズをカゴの中へと入れた。

 

さて他に何が必要だろうかとその場で暫し考えてみるがフーズや水の皿は使っていない深皿でも良いだろうし、そんなに寒くないから寝床は適当にタオルケットでも大丈夫だろうと当たりをつける。

陳列棚にはポケモン専用のおやつも置いてあるが、何を食べるのか分からない。

幼体ポケモン用にだろうか、振り回したり出来そうな物から積み木のようなものまで様々なオモチャも置いてある。しかし果たしてこのイーブイは幼体なのか成体なのかアッシュにはそれすら危うい。

結局遊ぶのか分からないからとりあえず今日はこれだけで良いだろうと思い、フーズしか入っていないカゴを持ってレジへと向かう事にした。

 

 

 

自宅へ戻って電気をつけると、いつも通りのフローリングが広がっていて何と無くホッとした気分になる。

簡易キッチンを抜けると部屋の中には大きな本棚とベッド、それから小さなテーブルが置いてある。逆に言えばそのくらいしか置いていなかった。

色々問答しているとあれ、結局要らないのでは?となりなかなかものを買うに至らない。そんなわけでアッシュの部屋の中は必要最低限のものばかりの至ってシンプルな部屋なのである。

そんな部屋でも日常を過ごす憩いの場であることには変わりない。ホッとしたと同時に腹が減り、何か食べようと思い立つ。

とりあえずイーブイの入ったモンスターボールをテーブルの上に置き、朝作り置きしておいたご飯とおかずを冷蔵庫から取り出して来てレンジにかけた。

 

 

温めている間に一通り部屋の中を見回してアッシュの視界からは隠れられる、けれどアッシュを確認することが出来るような配置を探した。

あの少年の言うことが本当ならばイーブイは人をかなり警戒しているらしい節がある。恐らくアッシュに対しても警戒するであろうイーブイの為、安心出来る場所を作る必要があった。

部屋の中に適当な場所が無かったので部屋の奥に壁を背にして設置してある本棚を移動することにした。本棚を90度動かし、壁から垂直になるよう設置して死角を作る。そこに普段は使っていないタオルケットを用意した。

置く前に匂いがしない事を確認し、鳥ポケモンの巣を想像して適当に丸く敷くととりあえず寝床は完成である。

その後その近くにエサと水をスタンバイしてから、アッシュはテーブルに置いたモンスターボールを手にとって軽く投げた。

 

眩い光が小さなポケモン状に型取り、あっという間にあの茶色い毛並みのイーブイが出てくる。

不機嫌そうな顔をしたイーブイは一瞬自分が何処にいるのか分からないというような顔をしたが、すぐにまた警戒の表情へと戻った。

 

「イーブイ」

 

声をかけてもプイとそっぽを向いて此方を見向きもしないが、動揺しないその仕草はイーブイが自分の状況を全て分かっていることを示していた。

自分がトレーナーに手放されたのだとちゃんと分かっている。これでイーブイがたらい回しにされたのは景品として受け取られたことを含め3回だ。そりゃ人間不信にもなるだろう。

 

「そこが当分の間、お前の寝床だ。これがエサと水な」

 

そう言ってエサと水の皿をイーブイの目の前に置くが、先程と変わらず全く見向きもしない。

しかしアッシュは気にした風もなく、イーブイから見えるようにフーズを一つ摘み取るとひょいと自分の口へと放り込んだ。

クッキーよりも硬い食感とほんのりと甘い粉っぽさが口いっぱいに広がり思わず顔をしかめそうになる。

何とかそれ我慢しながら、そのまま隣の器に軽く指を入れるとそれも口に含んだ。

念の為の毒味というか、何も入ってないことのアピールである。

ここまでする必要があるのかと聞かれると甚だ疑問だが、念には念を入れるに越したことはない。

 

一連の動作をイーブイが横目で見ているのを確認した後、アッシュはゆっくりと立ち上がってそのまま背中を向けずに後ろへと下がった。イーブイが顔を動かさずにこちらの気配を追っているようだったが、見えないところまで来るとそれも止んだ。

そこまで行ってから、アッシュはやや冷め始めたおかずとご飯をレンジから取り出してそのまま簡単な夕飯にした。

アッシュが食事をしている間もイーブイは全く身動きをしている様子はなく、ただただ本棚の裏からそっと気配だけでアッシュの動きを確認していた。

息をひそめるという行為はひそめられる側にも何かしら感じ取れるものがあるのだと、この時になって初めてわかった。

しかしかといってそれに対しアッシュも何かアクションを起こすわけでもなく、普通に食事を食べ終え、いつも通りの時間に風呂へ入り、いつも通り身支度を整えて就寝したのだった。

 



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2

翌朝、アッシュがベッドから起き上がろうと大きく身動ぎをすると、イーブイが跳ね起きる様にして寝床から起き上がる気配がした。

慣れない場所で驚いたのだろうと思い、さして気にすることなくゆっくりと身支度を整え、移動する前にイーブイへ声を掛ける。

 

「おはようイーブイ」

 

その後で棚の裏へ顔を覗かせると、寝床からじっと見つめるイーブイと視線が合う。なるべく刺激しないように注意を払いながらフーズをやろうと近寄る。

イーブイは昨日と同じく相も変わらず不機嫌そうだったが、立ち上がることなくじっとこちらを見つめている。

さてどれくらい食べただろうかとフーズ入れ代わりの小皿を見やると、フーズが半分程減っている。

思ったよりも手をつけてくれたなと嬉しい気持ちになるがあまりそれを表に出さない様にしながら一度その場を離れる。

皿を洗ってまた新しくフーズを用意し、昨日と同じようにアッシュ自身がフーズと水に手をつけてからゆっくりと立ち上がると、自分の朝食を用意しに台所へと向かった。

 

そして昼間はイーブイを置いたままバイトや漢方配達に行き、帰ってくるとイーブイの食べた量や排泄量を確認するというサイクルを繰り返した。

たまに掃除がてら部屋の中も確認するが、物が動いている様子もないので恐らく自分のテリトリー付近からこちらへは一歩も動いていないらしい。

まだ触らせてくれる様な段階ではない為お風呂にも入れていないが、自分で毛繕いをしているのかそこまで汚れた様子は見られない。

そもそも、話しかけても此方を無視する徹底ぶりは凄まじく、ここへ来てからイーブイは一度たりとも鳴き声を上げることもないのだ。

多少心配ではあるが、フーズは相変わらず何とか食べてくれている為様子を見ようとその後もイーブイのテリトリーにはなるべく近づかずに自身の好きなことをして過ごす様にした。

 

そんなことを続けてちょうど一週間、イーブイはようやく用意したポケモンフーズを目の前で食べてくれるようになった。

此方を無視するのと警戒してなのか半分程残すのは相変わらずだったが、これは大きな進歩だろうと思う。

そこからアクションの仕方を変えることなく更に数日が経つと、イーブイの方も何となく態度が軟化した様子が見られた。

こちらに対する態度は相変わらずなのだが、首や足を今までより伸ばすなどややリラックスした様子を見せることが多くなったのだ。

 

そんなある日のこと、バイトも配達もなくベッドの上でアッシュはのんびりとポケモンの育て方という初心者向けの本をパラパラとめくっていた。買出し中、たまたま目について手に取ったのだが、初歩の初歩全てのポケモンにほぼ共通するだろう事が書かれている。

個体ごとに好きな物は違うのでその子の好きな物を探しましょうとか、具合が悪い時だけでなく定期的にポケモンドクターやポケモンセンターで様子を見てもらいましょうといった具合だ。

どうやらそこからタイプ別に書かれた冊子を買ってほしいというような内容であった。

今のところこれと言って参考になった部分はあまりないが、当たり前を知るのも大事なことだろう。

そう思うことで折り合いをつけていると、

 

「……ブイ」

 

イーブイがここに来て初めて鳴き声を上げたのだ。

それはおいとかなんとか、とりあえずぶっきらぼうな呼びかけであった様に思う。きっとイーブイからしてみれば意を決して声をかけてきたのだろうと思う。

 

「どうした?」

「……ブイブイ、ブイ」

 

アッシュは本を読んでいる態勢を崩すことなくイーブイに尋ねると、「喉が渇いた」的な返事を返してくる。

本をベッドの上へ置いて、取ってきたミネラルウォーターを水皿へと注ぐと静かにその場で飲み始めた。

その顔は相変わらず不機嫌そうであったが、目の前で飲んでくれたことに変わりない。

その日の晩御飯をイーブイは初めて全部平らげ、アッシュはようやく肩の力を抜くことが出来た。

 

 

それはイーブイがアッシュの家に来てから12日後の事であった。

 



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事前準備が鍵を握る

フーズを完食したその日を境に、イーブイはようやく本来の旺盛な食欲を見せるようになった。

皿に入れたら入れた分だけペロリと平らげるところを見ると、この二週間近くは食べるのをずっと我慢していたらしい。

そもそも一口食べたなら半分食べようが全部食べようが同じだろうと思うのだが、そこはまた別の問題らしい。

生き物とはそう上手くいかないものだと実感するアッシュであった。

これが野生であったなら、小さな小さな一つの油断が命取りになることも珍しくはないが、イーブイは不本意であれどもトレーナー持ちのポケモンである。

普通、人間に飼われてしまえばその野生の本能は形を潜めるものだが、それをこのイーブイはずっと忘れる事が出来なかったのだろう。

今まであの少年と暮らしていた半年間でさえイーブイにとっては野生と変わらず危険と隣り合わせな環境であったようだ。

しかし、一度警戒の幅を緩めたら自分に正直になったらしく、今ではブイブイと鳴いてはフーズを寄越せと催促をしてくる。良い変化だ。

 

その日も、寄越せ寄越せとうるさいイーブイにとりあえずフーズを与え、完食したのを見計らってからボールへと戻す。そのままイーブイをつれてカンポウの自宅へと向かった。

アッシュが来ることがわかっていたらしく、鍵が掛かっていない玄関を開けてカンポウへ声をかける。

 

「爺さん、アッシュだけど」

「おぉ!早ようお上がり!」

 

居間へと上がると、ラッタのブラッシングをしていたらしいカンポウはポケモン専用のブラシを持ったままこちらへと手招きした。

「お邪魔します」と声をかけてからカンポウの向かいに用意された座布団へと腰掛ける。

丁度テーブルを挟んだ向かい側にいるラッタを見やると、アッシュと一緒にいた時とは違ってとても嬉しそうな顔をしていた。

ヒクヒクと動く鼻の動きに合わせるようにして、ラッタの細い尻尾も左右に僅かだが揺れている。ブラッシングをされてとてもご機嫌なようだ。

 

「それで、どうなった?」

 

アッシュの腰にあるボールをみてイーブイを連れて来たと気づいたらしく、カンポウは楽しそうにこちらを見やった。

ちなみにこの腰のボールセットはカンポウが若い頃に使っていたという年期物である。

バイトの方に行っていた為、カンポウは知らないここ数日間の変化を伝えると、彼は満足そうにうんうんと頷いた。

イーブイを見せて欲しいというカンポウの要望に答えてイーブイをなるべく隅っこに出してやると案の定、険しい顔をしたまま辺りを見回しそこからなかなか動かない。

愛らしいはずのイーブイのクリクリとした目は釣り上がり、しかしやはりイーブイであるために男らしくとはいかない。

そんなイーブイを暫く観察してから、カンポウはにっこりと笑った。

 

「やっぱりアッシュはポケモンに好かれるんだのぅ」

 

ラッタには無視される、イーブイには威嚇されるこの状態をどう見たらポケモンに好かれると思えるんだろうかとアッシュは顔を引きつらせる。

しかしカンポウはうんうん、と頷きながら出てきたイーブイを和かに眺めていた。



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2

「時にアッシュや。お前さんバイトは入っとるのかい?」

「いや、しばらくは入ってないよ。店長が店休みたいって」

 

バイト先であるコガネ唯一の自転車店は現在、臨時休業となっていた。

というのも、今までよりも軽くて頑丈なフレームパーツが出来そうだという電話を受けていてもたってもいられなくなった店長がレアコイルを連れて飛び出して行ってしまったのだ。

その電話を横で聞いていたアッシュに「アッシュ君!鍵はポストへ入れておいてくれ!」とだけ言い残し、店長は本当に文字通り部品製造会社へと飛び出して行った。

さすがにいつ帰ってくるのかも分からない為ポストには入れず、パソコンへと預けている旨をメモした紙のみ入れている。

そんなわけで自転車店唯一の従業員であるアッシュは暫しの休暇をもらい、言ってみれば暇を持て余していたのだった。

 

「ついでじゃから、このままイーブイを連れて配達を頼もうかのぅ」

「……いや、それは」

 

さすがにまだ早いと思うと言う前に、カンポウはちゃぶ台の下からそそくさと配達リストと商品を取り出し、若草色のリュックに入れた。なかなか渋い色のリュックである。

それを「配達セットとでも言おうかのぅ」と遠足前の子供のようにウキウキした様子で言いながら、流れる様な動作でアッシュへと渡してくる。

 

何と用意周到な事だろうかと、アッシュはそっとため息を吐きながらも思わずそれを受け取った。

ニコニコとした笑顔を前にしてしまえば、受け取るしか選択肢が思いつかなかったのだ。

ちらりとイーブイを見れば、勝手にしろとばかりにそっぽを向いていた。態度はともかく、咎める声がないので承諾と受け取ろう。

 

さて、ちゃっかりとお使いを頼まれてしまったアッシュは、カンポウ宅を出たあと仕方なく手元にあるリストに視線を落とした。

住所を見るに、どうやら今回の行き先はエンジュシティのようだ。

エンジュシティに行くにはあの深いウバメの森を抜ける必要はないが、トレーナーの多い森沿いの道を延々歩かなければならない。

勿論森を抜けるよりは早いだろうが早朝に出かけたこの前とは違い、お昼過ぎの今から行ったのでは帰ってくるのは夜になってしまうだろう。

途中までは平気だろうがエンジュの手前の道はあまりよく覚えていない為、行きなれない分迷うかもしれない。

 

「確かあそこって焼けた塔とかスズの塔があるとこだよな」

 

そもそもエンジュシティにもあまり行ったことがないので、良く雑誌で紹介される神聖なそれをアッシュはきちんと見学したことがなかった。

この際だからポケモンセンターに一日泊まってゆっくり見学してくるのも良いかもしれない。

成り行きとはいえ、ポケモンセンターに泊まれるという初体験が出来る事だしと、カンポウが聞いたら喜びそうな事を思いながらアッシュは歩き始めた。

お金を払えば一般人でもセンターに泊まる事が出来るのだが、トレーナーカードを見せれば宿泊は無料になる上、センター内にある食堂も格安で食べる事が出来るのだ。

 

 

そうと決まれば早速準備するかと決意したアッシュは一度自宅へと戻り、途中のデパートで傷薬やら何やらと簡単な必要品を買い込むとそのまま35番道路へと繰り出したのだった。

 



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得手不得手人によりけり

いつもよりは少し長くなりました


湖が美しいと評判の35番道路は観光客も多いらしく、路面自体は綺麗に舗装されており草むらともしっかり分けられている。その為アッシュの様な草むらに慣れていないものでも歩きやすい道であった。

ずっとこうなら配達もスイスイ進んで楽なんだけどなと思うが、そう上手く行くものでは無いようだ。

ただ観光させてくれるというわけではないらしく、道のあちこちにはピクニックガールやキャンプボーイといったトレーナーたちがスタンバイしている。さながらアトラクションの様に次から次へと勝負をしかけて来る様子は気圧されるを通り越して最早圧巻である。

流石に手持ちがいなければ仕掛けてこないのだろうが、イーブイがボールに入らない為いるのが分かりきっているだけに断れない。

しかし、ここでよく思い出して欲しいのだが、アッシュはそもそもバトルが苦手である。その上不本意とはいえ譲り受けた形となったイーブイは全くもって懐いていない状態だ。イーブイからしても不本意なのは同じだろうが、その話は置いておくとして。この状況をどう打開したものかとアッシュはずっと考えていたが、名案などすぐ様思いつく筈もなくバトルになると案の定、

 

「イーブイ、たいあたり」

「……ブイ」

「イーブイ…おーい、」

 

ぷいとそっぽを向いたイーブイは全くもってアッシュの言うことを聞かずに首元を掻いている。何となく予想はしていたので苦笑するしかない。

 

相手も1度は拍子抜けといった表情をするのだが、これ幸いとばかりに攻撃を仕掛けてくる。流石に攻撃されると防衛本能からか、元々暴れることが好きなのか、はたまた今までストレスが溜まっていたのか、これでもかという程暴れ回って相手のポケモン達をノックダウンさせていく。まぁ多分後者だろう。

そして今知ったことだが、このイーブイ結構強いのかもしれない。勿論カンポウが長年連れ添ってきたラッタと比べれば劣るが、さっきから割と一発で相手をノックダウンさせている。もしかしたら少年のところで何だかんだ言いつつも育てられていたのかもしれない。

言うことを聞いてくれないながらも一緒にバトルをしようと試みる少年を想像するとやや悲しい思いがするが、そこは異種間のことなのでイーブイに思いが通じていなければただの独りよがりになってしまう。

とはいえ、人間側であるアッシュはどうしても少年のことを考えてしまう。それはイーブイにとってあまり良いことではないだろうから口には出さないが、生き物と心を通わすというのは難しい。

 

 

そんな訳でこの前のラッタ同様、アッシュは何もしないまま…というか出来ないままあれよあれよと言う間に勝ち進んでしまったのだった。

真面目にトレーナーとして戦っている相手方には悪いが、本当に何もすることなくイーブイの力のみで勝ち進んでいく。

途中、細い木が道を塞いでいたがうまく潜ることでそれも回避し、そのまま36番道路へと通り抜ける。

現在は塾帰りだという少年にバトルを申し込まれていた。

 

「むむむむむ。毎日5時間勉強してるのに……。教科書だけじゃ分からないこといっぱいあるね」

 

残念そうにため息をつく塾帰りの少年は仕方ないといった風でポケットから小銭を取り出すとアッシュに渡して来た。

あまり知らなかったが、このやりとりはトレーナー同士必ず行う礼儀らしい。渡すものはお金に限らず色々あるらしいが、受け取らないことは相手を下にみている証で侮辱に値するとのことだ。なかなかシビアな世界である。

ラッタを連れていた時、知らずに一度虫捕り少年に要らないと断ったら「子どもだからって馬鹿にすんなよ!」とこっ酷く叱られてしまった為、アッシュは断ることなくそれを受け取る。

貰った小銭を取り出した財布にしまっていると、「あ、」と思い出したように少年が呟いた。

 

「ねえねえ、お兄さんは何処行くの?」

「この先のエンジュに用があるんだ」

 

すると「この先はポケモンが邪魔していて行けないよ」と少年の方も財布をカバンに仕舞いながら律儀に教えてくれる。

 

「ポケモン?」

「そう!ウソッキーっていうんだ!」

 

バトルには負けてしまったが知っている事を教える事が出来て嬉しいらしく、少年は詳しくアッシュに教えてくれた。

そもそもウソッキーというポケモンは岩タイプなのだが木に擬態することが得意らしく、今はこの先の道で木に成りすまして通せんぼをしているらしい。

何でも前に一度トレーナーに負けて何処かへ行ってしまったらしいが、最近になってまた現れ始めたらしい。

余程そこが気に入っているのか、はたまた別の個体が前の個体同様にその場所が気に入ってしまったのかは分からないが何とピンポイントで邪魔な位置にいるんだろうかと思えてならない。ウソッキーは水が嫌いだとも教えてくれたが、水をかけられたウソッキーは狂暴性を増すため子供は近づくなと言われているともアッシュに教えてくれた。

 

「そうなのか…。色々教えてくれてありがとうな」

「僕は色々勉強してるからね!また教えてあげるよ!」

 

ふふん、と得意げな少年にまたよろしくと声をかけ、アッシュはイーブイを連れてウソッキーがいるという場所へと進んでいった。

 

一応気をつけてねーという少年の声が後ろから聞こえたので手をあげてそれに答えながら黙々と先を進んでいくと段々と木々が増えてくる。生い茂った木々で太陽が遮られ辺りが暗く感じ始めた頃、前方で何やら道をふさいでいるのが見え始めた。

 

「……あー、うん。こりゃあ通れないな確かに」

 

実際見てみないことには何とも言えないと思っていたのだが、ピンと手足を開いた状態で仁王立ちしているウソッキーはなかなかに邪魔である。

体長はアッシュの腰よりやや上と言ったところ。大型のポケモンもいる中でのそれはさ程大きくないのだろうが、イーブイと比べれば十分大きい。

怒るかなと思いつつもそっと触れてみると岩ポケモンらしく硬い身体とひんやりとした体温が伝わってきた。木になりきっているのか、怒るどころが微動だにする様子もない。これは木と間違えて攻撃すれば手酷いしっぺ返しがありそうだ。

 

そもそも何故ここの道は人一人通るのがやっとな程狭いのだろうか。

道を外れようとすると急な下りになっていて危なくて迂回する事も出来そうになかった。

かといってウソッキーに触れた感じからしてイーブイの攻撃はあまり効かないだろうと悟り、アッシュはどうしたものかと暫し腕を組んで考え込む。

その後カンポウから貰った鞄をごそごそと探ると、目当ての物を見つけたアッシュは音もなくそれをウソッキーの身体へと押し付けた。

 

「なぁ、どいてくれないか?一枝だけで良いんだけど」

 

家を出る際に持ってきた美味しい水を蓋を開けた状態で突きつける。傍目から見たらさぞや滑稽な図であろう。しかしアッシュは至って真面目に考えていた。そもそもイーブイしか手持ちにいない為、ウソッキーが自分から退いてくれる意外手立てがないのだ。迂回するという選択肢は面倒なので却下だ。

横にいたイーブイは一体何をやってるんだとでも言いたげな視線を送ってくるが、アッシュはそれに動じることなくウソッキーに語りかける。

 

「少し動いてくれたらそれでいい」

 

素知らぬ顔を続けるウソッキーだったがやはり多少思う所はあるらしく、その身体にじんわりとした汗が浮かび出すのが見えた。それでも余程動きたくないのか、身動きはせずそのまま通せんぼを突き通している。

このままいくとポケモン愛護団体にでも訴えられそうだが、これしか浮かばないのだから仕方ない。どうか人に見られませんようにと祈りつつ、そのまま美味しい水を押し付け続ける。

その状態でどれくらい経ったのか分からなかったがアッシュの腕が痛くて限界を迎えつつあるのは確かであった。

正直内心やはりこれでは無理だったか、一度戻った方がいいだろうかなどと色々思い始めたその時、

 

「……ッソッキー…」

 

ボトルの水が零れないようにそっと、しかしとても嫌そうにウソッキーが片腕を仰け反らせたのだ。

その表情は子供が嫌いな食べ物を自分の皿に入れられた時のような、苦手な事をやってみろと指示された時のような、要するに人間味を帯びた表情であった。何ともまぁ親近感の湧く表情だが自分のした事を思うとなんとも言えない。

 

「……ありがとう」

 

ウソッキーが開けてくれた所をくぐる様にしてアッシュとイーブイはその横を通過する。時間はかかってしまったがどうやら何とか成功した様なので特にバトルする事なくすんなり通る事に成功したアッシュ達であった。

 



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2

 

その後はそれまで鬱蒼と生い茂っていた木々が少しずつ減っていき、突然開けた場所に出た。

開けてすぐの場所には少女が2人並んで立っている。まだトレーナーになりたてと言った年齢だろうか。そっくりな顔を見るにどうやら双子らしきトレーナー達はモンスターボールを手に待ち構えている。

最初はアッシュの姿を見るなり意気揚々とバトルを申し込んできたが、一匹しかポケモンを持っていないと分かると特にバトルする事もなく大人しく引いてくれた。どうやら2人でバトルする事に拘りを持っているらしい。

ちなみにそれをダブルバトルというのだと教えて貰ったが、イーブイしか手持ちに入れるつもりは無いアッシュはそんなバトルの仕方もあるんだなとあっさりと聞き流したのだった。

 

良かった良かったと安堵したその矢先、今度は2人の女性トレーナーに捕まった。こちらは自分より年齢が上かと思しき2人組である。

てっきりこの2人もダブルバトルを希望かと思いきや、先程の双子トレーナーとは違い女性達はわざわざ1人ずつバトルを申し込んでくる。

バトルを挑まれたアッシュは乗り気ではなかったが、イーブイの方はかなりやる気満々だった為、渋々イーブイ一匹で何とかバトルを行うハメになってしまった。

 

「貴方って……将来なんて待たないでも良さそうね」

「……」

「貴方みたいに腕のいい人って久しぶりだわ」

「……どうも」

 

バトルが終わると同時に獲物を見つけたかのような視線を寄越す女性トレーナー達に前と後ろで挟み撃ちにされる。

あまりの近さにしどろもどろになりながらも何とかその場を切り抜けたアッシュは如何にかこうにか草むらへと入り込んだ。

腕がどうのと言っているが、同じトレーナーならばアッシュが殆ど指示出来ていないのは分かっているだろうからそんなものは口実だろう。逃がさないとばかりに向けられる視線に学生時代のトラウマが蘇る。

 

「…ブイ?」

 

ぞわぞわと背中をかける悪寒を消すように身震いするアッシュの様子を察したのか、普段はあまり話しかけて来ないイーブイがどうしたんだと疑問符を投げかけてきた。

 

「いや、ちょっと昔色々あってな…」

 

アッシュは旅に出ず進学する道を選んだが、当時進学といえばジョーイやジュンサーに憧れる女の子達ばかりでアッシュの様に男で進学の道を選ぶ者はあまりいなかった。

そのせいか学校は女性中心に回っている節が強かった。中心になった人間側とは強かになるもので、アッシュ達男性陣は割といい様にこき使われることが多かった。そんな状態だったので所謂女の恐ろしい面とやらをアッシュや極一部に該当した男子達は嫌でも知る事になったのだ。

勿論そうでない少女達もいたにはいたのだが、1度植え付けられた苦手意識なそうすぐに消えるものでは無い。

それ以来、アッシュにとって女性の視線は嬉しいものではなく寧ろ恐ろしいもので……要するにやや女性恐怖症気味なのだ。

 

 

そんな訳でアッシュはそそくさと逃げる様にして先を進む事にした。イーブイは面倒だと鳴いたので再びボール内へと戻っている。

足早に進んだ草むらの中には掲示板が立てられており、それによればこの草むらを抜けた先には目的地であるエンジュシティがあるらしい。

 

「……もう少しかぁ」

 

あと一息だと小さく息を吐き、更に一歩踏み出したところに突然何かが飛び込んできた。

咄嗟によろける様にして一歩下がると、体当たりする勢いで出てきたそれは踏ん張りを効かせて砂煙を立てながら止まると勢いよく吠え出した。

 

「ワウン!」

「おぉ、ガーディだ」

 

久しぶりに見たその姿に懐かしさを覚えて思わず種族名を漏らすと、向こうは更に身を低くして臨戦態勢に移行する。

どうやらここはこのガーディの縄張りらしく、ガーディは誰だとか出ていけとかそんな感じの事をまくし立てている。

ちらりとその先を見やれば、遠くに独特な瓦屋根が見えた。どうやら彼処がエンジュシティらしい。あと少し、五分もしない距離に見える街並みを見てしまうと怖さよりも面倒臭さが先に立ってしまう。

出ていけと言っていることだし、このまま突っ切ってしまいたい、いけるだろうかと思案していると実にタイミングの悪いことにイーブイが勝手に飛び出してきた。

 

出ていけと吼えるガーディに対し、喧嘩を売られた事が分かったらしいイーブイはぎりぎりと歯軋りするように唸りながら身を屈める。これは完全に応戦態勢である。そんなイーブイを見たアッシュの反応は早かった。

 

「用があるのはこの先だからな!」

 

戻しても出て来てしまうだろうと踏んだアッシュは今にも突進でも仕掛けそうなイーブイを問答無用でそのまま小脇に抱えると、ガーディの横をダッシュで駆け抜けたのだ。

言葉の意味を正しく理解したのか、はたまた立ち去って行く事が分かったからか、警戒は解かずともガーディが追いかけて来る事はなかった。

何とか草むらを抜け、無事にエンジュシティに入ったことを確認すると、アッシュは大きくため息を吐いた。

 

「何とかなった……っいで!」

 

余裕が出たことで小脇に抱えた存在がやたら固まっているなということに気づいたと同時に、今まで大人しく抱っこされていたイーブイがアッシュの腕を引っ掻く。その痛さに驚いて思わず手の力を緩めると、その隙にイーブイはひょいと隣へと着地する。

どうやらさっきまで大人しかったのはいきなり抱っこされて驚いていただけらしい。今になってイーブイは全身の毛が逆立っている。

 

「悪かった、悪かったって。とりあえずポケモンセンターに行こうか」

 

そう告げると面白くなさそうな表情をしながらもちょこんとその場に座った為肯定と受け取り、イーブイをボールへと戻すとすぐ近くのポケモンセンターへと向かったのだった。

 

 

 



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旅の縁は人の縁

ポケモンセンターに入ると、カウンターに立っていたジョーイにトレーナーカードを見せながらイーブイの回復と今日の宿泊を頼む。

コガネシティのジョーイとそっくりなジョーイはパソコンで手続きをした後、一室のキーをその場で渡してくれた。

個人情報は全てカードに入っているのであとは帰りに支払いを済ませればそれだけで良いらしい。

逆に言えばこれさえあれば個人情報が漏れてしまう可能性もあるわけだ。まぁ、写真付きなので余程そっくりでなければ使えないだろうが、髪を切ったりしたら意外と分からないのではと思う。

その辺りどうなのだろうかと疑問に思ったものの、財布は別なのだからまあいいかと呑気に思っただけで終わるのがアッシュである。

礼を述べて鍵を受け取ると、とりあえずイーブイのことは後で迎えにくることを告げる。回復している間暇になるので先に配達を済ませてしまおうと一度センターを出ることにした。

カンポウに貰った住所を見比べつつ、町の中を歩いていく。ヒワダタウンの時とは違い、直ぐに目当ての家を見つけたアッシュは立派な瓦屋根を見上げながらインターホンを押した。

エンジュシティの家々は皆重厚な作りで趣がある家ばかりだ。

 

「すいません、漢方屋です」

 

玄関に向かって声を掛けるものの、うんともすんとも返事がない。その後インターホンを何度か押してみたものの、相手方が現れる気配はなかった。

庭先をちらりと覗いてみたが、窓もカーテンも閉め切られており、いる様子はない。

何処に出かけたのかも分からない為、これは一度出直すしかあるまい。そう思いアッシュがくるりと後ろを向くと、軽い衝撃と共に金の髪が視界で揺れる。それが人間の頭部で、金色は髪の毛で、それが自分とそう変わらない背丈なので男性だ、ということを動揺しながらも頭の片隅ではじき出した。

そこまで理解出来た自分を褒めたいくらいであったが、頭は働いても体は咄嗟に言うことを聞かない。

かなりの至近距離に人が立っていた、という事実に目を見開きながら一拍遅れてから慌てて数歩下がることで距離を取る。向かいでは相手も同じように一歩下がるのが見えた。

 

「……すいません!」

「此方こそすまない。声を掛けようとしたんだけれどタイミングを見失ってしまってね。それより、そこの家がどうかした?」

 

「何だか困ってるみたいだったから」と言う青年を改めて見ると、頭に紫のバンダナを付けた垂れ目の青年――所謂イケメンが佇んていた。

何と無く相手方を観察しつつ、隠すこともなかろうとここへ来た理由を告げる。無意識に敬語が抜けたのは同い年くらいだなと思っていたせいだろうか。

 

「いや、ここのお婆さんに荷物を届けに来たんだけどいないみたいで…」

「あぁ、歌舞練場にいるよ」

「かぶれんじょう?」

「この先にある踊り場だ」

 

やけにハッキリと言い切った彼が指差した先は先ほどいたポケモンセンターの更に奥、青い屋根瓦の大きな建物を示していた。

言葉の意味が分からないのを察したのか、踊り場と言い直してくれて成る程、カブレンジョウとは踊り場の事だったのかと一人納得して頷く。

そちらにいるらしいことは分かったのでとりあえずそのカブレンジョウとやらに行ってみることにする。

 

「ありがとうございました」

 

気をつけてと手を振る青年へぺこりと頭を下げると、アッシュは言われた通り街の奥へと向かうことにした。

 

 

近づいて見るとポケモンセンターより大きいその建物は二階部分に橙に近い朱色の提灯が掛かっており、中から僅かに和風な音楽が流れていた。

ふと建物前に建てられていた看板を見やると、「ここはエンジュ踊り場。正しい呼び方は歌舞練場」と書かれている。そこで初めて言葉と漢字が一致し、ようやく先程の会話がしっくりと当てはまった。それだけで何だかスッキリした気持ちになる。

 

扉の前でもう一度上を見上げるようにして建物を確認すると、アッシュは場内に続く扉を開いた。

中に入ると一層大きくなる音楽に合わせ、ステージ上で舞妓が舞うのが見える。

畳が敷き詰められた部屋に座布団が幾つも置かれているが、練習場だからかあまり人は居らず若い男性が一人とポケモンを連れた高齢の男性、舞妓を見つめる高齢の女性がいるだけだった。

配達先は確か一人暮らしの女性だと聞いている為恐らくあの人だろうと的を絞り、アッシュはそっと近づく。

相手は本当に真剣な眼差して舞を見つめていた為、一瞬声をかける事が躊躇われ斜め後ろに控えるだけに留める。

しかし彼女の方はすぐ此方に気づいたらしく、ステージ上をみたまま独り言のように呟いた。

 

「舞妓はん、綺麗やの…。しかし人前に出るには厳しい仕来たりや修行を熟さないといかん!……まぁ、好きなら何でも出来るがな」

 

最後はにっこりと此方を向き、そしてまた視線はステージに立つ舞妓へと戻っていく。

この人は昔芸者だったのだろうか、それとも芸者になりたかったけれどなれなかったのだろうかと何と無く気になった。しかし、それはこちらが考えたところで羨望にも似た眼差しの本当の意味は本人にしか分からないだろう。

しばしの間、アッシュもまた彼女に習って座ると真っ白な白粉を叩いた少女が優雅に、そして可憐に舞う姿をそっと見やった。

 

 



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2

一通りの踊りが終了したらしく、見ていた人達に舞妓がぺこりと礼をしたところでアッシュは本題に移る事にした。話を聞いた老婆は目を見開く。

 

「あんれまぁ、漢方屋さんだったのかぃ。そりゃあ悪いことしたねぇ」

 

気にしないで下さいとアッシュは続けたが、のんびりとした様子で老婆はお代を取りに行くついでにお茶でもと誘って来る。

初めは断っていたが、実際家へと着いていくと玄関先で「婆さんの独り言に付き合っておくれ」と言われてしまい、そのままお茶会の席へと腰を下ろす。

あれ食べるかいこれ食べるかいと言われているうちにそのままずるずると居座ることになり、お茶どころか夕飯もご馳走になってしまった。

 

すっかり真っ暗になってしまった中、アッシュは足早にポケモンセンターへと戻る。中にいる人は疎らでカウンターでジョーイがパソコンを打つ音や、ラッキーが治療道具を持って行き来する音だけがやたらと大きく聞こえていた。

扉が開いた事でアッシュにすぐ気づいたらしいジョーイが挨拶だけ交わしてイーブイを連れて来る。ボールを乗せる盆にはボールから出たイーブイがどっかりと腰を下ろしていた。

その顔は物凄く不機嫌で、丸い筈の瞳は吊り上がり口許は力を入れているからか歪んでいる。とはいえ、このイーブイは元々良くいえばつり目、言い換えれば目付きが悪かった。が、今はそういう問題ではないのは重々承知である。

 

「すまんイーブイ。遅くなった」

 

明らかに怒っているらしい様子に一言声をかけるが、ぷいとそっぽを向いてしまいこちらを見もしない。

しかし怒っている事は主張したいらしく、ボールを掴むアッシュの手を尻尾でビシビシと容赦なく叩く。フサフサした毛自体はあまり痛くはないが、何度もされると手の甲が変にむず痒い。

それが分かっているのか、へっ!とあざ笑うかのようなあくどい笑みを浮かべてひたすらアッシュの手に攻撃をし掛けている。

地味に嫌な攻撃だなと思いつつも、避けると怒るので仕方なくそのままボールをかざす。しかしボールには入りたくないらしく、さっきからボールを向けるとすかさず尻尾でそれをはたき落とそうとする。

何度かトライするもその繰り返しでなかなか戻す事が出来ない。その攻防戦を見兼ねたジョーイがクスクスと笑いながらやんわりと止めに入った。

 

「お部屋ではポケモンを出しても大丈夫ですから、そのまま連れて行ったらどうかしら?」

「いいんですか?」

「えぇ」

 

流石に大きいポケモンは無理だけど、その子はまだ小さいから大丈夫ですよと告げられる。そういえば歌舞練場でもポケモンを出している人がいたなと思い出す。

ならばとイーブイを抱いて行こうとするとすかさず噛み付いてくるので慌ててその手を離すと、イーブイは空中で器用に身体を真横に捻る。しなる様にして半回転するとカーペットが敷かれた床へ華麗に着地した。

 

「あら!」

 

その様子に思わずといった様子でジョーイが呟くのとほぼ同じくして、アッシュも相変わらずの様子に小さくため息を吐いた。

とはいえまだ最初の頃に比べれば全然マシな方である。そう思うとよく感情表現してくれる様になったなぁと何だか感慨深い。

その後も相変わらずそっぽを向くイーブイと、疲れた様子のアッシュを見比べていたジョーイは思いついたように手を打った。

 

「あぁ!もしかして、漢方屋さんの方?」

「……まぁ、はい」

 

頷きながらも、何故今分かったのだろうかと疑問に思ったのが顔に出たらしく、ジョーイがにっこりと笑って見せた。

 

「親戚の…コガネシティのジョーイからよく聞いていたんですよ。漢方屋のお爺さんにイーブイを連れたお弟子さんが出来たって」

 

さも当たり前の事のように告げられ一瞬アッシュは疑問符を浮かべてしまったが、弟子になった覚えはないので慌ててやんわりと否定しにかかる。

 

「配達はしてますよ。でも、弟子になった覚えはないです。これもボランティアみたいなもんですし」

 

弟子ではないが、言われる理由など容易に想像つく。

歳を重ねた高齢のカンポウの所で、無償有償問わず働く若者が居れば後継者候補と思うのも自然な事だ。

実際、カンポウの目論見にそんなものが見え隠れする気がするのだ。

とはいえ、その気のないアッシュにとってそれは置いておいても良い問題である。それに関しては後で考えようと記憶の隅へと追いやった。

 

「あら、そうだったの?」

 

でも、トレーナーなら色々な薬草を知る事もこれからきっと為になるわよとジョーイはにっこり微笑んだ。

それにそうですねと当たり障りない言葉を返すと、「そうそう、遅い時間だったのでフーズあげています。もしまだ空いているようだったらまたあげてください」と思い出したように告げられた。

アッシュは回復とフーズの礼を言ってから、取っておいた部屋へと引き上げる事にした。

しかし抱っこさせてくれない為そのまま後ろからイーブイがトテトテとついて来る事となった。

これはこれで可愛い気がするがなんとも複雑である。

 



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3

※センター内ねつ造注意

 

 

センター内は思ったよりも広く、館内図をのぞき込むと宿泊部屋自体は地下にあるものが多くアッシュの部屋もまた地下にあるようだった。

エレベーターで下へと行き目的の部屋へと辿り着くと、鍵を使って扉を開ける。扉の近くにあった点灯スイッチを押すとぱっと明かりが着いた。

入ってすぐ左手に扉があり、その横を通り過ぎた奥に部屋が広がっているようだ。中に入ると、全体的に簡素ではあるが白で統一された清潔感ある部屋が広がっていた。

右奥にはベッドが一つ。横には小さな机と椅子が置いてある。

左手前には申し訳程度のキッチンがあり、よく見るとすぐ隣には小さな冷蔵庫もついていた。地下のため窓はなかったが、代わりにエンジュシティの写真が何枚か額に入って飾られている。

振り返るとイーブイが入り口に身を隠す様身を縮こませたまま様子を伺っていた。

 

「イーブイ、おいで」

 

なかなか入って来ないイーブイを呼ぶと、一瞬迷うような間があった後でトコトコと寄ってくる。へっぴり腰とまではいかないが、警戒した様子だ。

キョロキョロと周りを見渡し、そこが安全と理解したのかベッドの横に身体を押し付けるようにして座り込んだ。そのまま毛繕いを始める姿を見つつ、アッシュも少し戻って左手にあった部屋を覗き込んだ。そちらはトイレ、奥には仕切られたシャワールームがあった。

成程、水場が一つにまとまった構図なのだなと1人納得する。

とはいえこれだけあれば長期的にも生活出来てしまう。あの安い料金でこれが運営できるのだろうかと心配になってしまったが、バイトが休みの身としては正直とても有難かった。

というか店長がいつ帰ってくるのか分からない以上、今後のことを考えなくてはいけないかもしれない。今はなんとかやりくりし続けた分の貯金があるので良いが、それももたもたしていればすぐになくなってしまうだろう。

 

「やっぱ違うところ探さないといけないか…」

 

今のバイトは気に入っているが、長期休暇ともなればアッシュは別のところで働かなければ家賃も払えない。コガネシティは仕事が多い代わりに家賃もやや高いのだ。

とりあえず一度店長に連絡を取る必要があるなと思いながら、アッシュはイーブイに向き直った。

 

「イーブイ、腹は大丈夫か?」

 

とりあえずジョーイに言われた通り空腹の有無を聞いてみると寄越せ的な返事が返って来る。

部屋に設置されている簡易キッチンに置いてあったプラスチックの皿にフーズを入れてやると、近寄ってきたイーブイは早速皿へと頭を突っ込んだ。食欲旺盛なのは良いことだと安心して、アッシュはベッドに置かれていた真新しいタオルを片手にシャワールームへと向かった。

頭から熱いシャワーの湯を浴びながら、洗っていないイーブイのことを考える。流石にバトル続きで割と砂だらけだった気がするが、果たして毛繕いだけで落ちるのだろうか。

未だ抱っこさせてくれないのでとりあえず後で濡れタオルとかで軽く拭いてやろう。少しは汚れが落ちるかもしれない。

 

そんなことを考えつつ、身支度が終わったアッシュはそのままイーブイを捕まえると、先程考えていた通り濡れタオルを実行する。イーブイはというと、想像していたよりも大人しく拭かれていたのでもしかしたら次回はきちんと洗ってやれるかもしれない。流石にバトル続きで洗わないのも不衛生だ。

そのあとで持ってきたタオルケットをカバンから取り出すとイーブイの為の寝床を整える。いくら慣れてきたとはいえ、自分の匂いのしない寝床では寝ないかもしれないと思ってのことだ。イーブイはすぐ様そこへとダイブして行ったのでやはり持ってきて正解だったようだ。

 

それらを終えてからようやくベッドへ横になったアッシュは横になったまま思いっきり伸びをする。

伸びをした拍子に右手をベッドの縁にぶつけたが、久しぶりの遠出や誰かと一緒の食事に思ったよりも疲れが溜まっていたらしく、動く気にはなれなかった。

ごろりと横を向くついでにベッド下を覗き込むと、先程タオルケットで作った簡易スペースで丸くなるイーブイが視界に入る。

戦闘続きなのもあるだろうが、ぐっすりと眠っている姿にほっとする。

だがよく見るとその眉間には起きていた時と同じくシワが寄っていてアッシュは思わず笑みを零した。

思えばこんなに近くでイーブイ寝顔を見るのは初めてである。そして同時にこんなにもポケモンは懐かないものなのかと考える。

あいつらの相棒もそうだったのだろうかと、故郷の弟分達のことを考えながらイーブイを見ている内にアッシュは深い眠りへと落ちていった。

 



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4

翌朝、センター内にある食堂にイーブイを連れて朝食を取りにいくと、途中で書類を抱えたジョーイに出くわした。

 

「おはようございます」

「あら、おはようございます。お早いですね」

「えぇ、帰る前に焼けた塔を見ておこうかと思いまして」

「残念ながら危ないのであまり中に入る事は勧められませんが、外からなら見ても大丈夫ですよ」

 

ジョーイは壁に貼られたエンジュ内のマップを見せながら丁寧に教えてくれた。

無理に入るつもりは勿論なかったが、事前に教えてもらえると揉め事にならないのでとても有難い。

 

そのままジョーイとはそこで別れ、アッシュは食堂の一席についた。

センター内の食堂は基本A定食B定食という具合に分かれており、自分で取ってくる仕様だが、朝はトーストのセットが二種類あるらしい。

甘いものを好むアッシュはモモンの実を使ったジャムトーストを注文する。

イーブイはフーズと水用の皿を借りてきて足元に座る。

たっぷりかかったモモンジャムが気になるのか、イーブイがチラチラとこちらを見るので少しちぎって渡してやると、食べたイーブイの顔にシワが寄った。

 

「ブーイ!」

 

ポケモンも顔にシワが寄るのかと変なところで驚いていると、すぐさま水を要求されたので慌てて隣の器においしい水を入れる。

どうやら甘いものはお気に召さないらしい。それともモモンの実が苦手なのか。

味をかき消す様フーズにがっつくイーブイを見ながら、今度色々試して好きなものを探してみるのもいいなとアッシュもトーストに齧り付いた。

 

そんな風にしながら食事を終え、荷物を取りに行ってからチェックアウトする。ジョーイに教えられた通り街の奥へと進んでいくと何やら奇妙なにおいが漂ってくきた。

エンジュ内に蔓延する木板のにおいとは違う焼けたようなにおいと、それだけではない何か薬品でも混じっていそうなにおいがする。

そんなことを思いながら歩いて行くとすぐに黒くくすんだ建物が建っているのが見えてきた。

 

「……これが焼けた塔か」

 

塔のすぐ前に置かれた掲示板には、「この焼けた塔は謎の大火事で焼けました。危険な匂いがするのであまり近寄らないで下さい」と書かれている。

確かに、この付近には妙なにおいが充満している気がする。これは早々に立ち去らなきゃいけないだろうかと悩んでいると、すぐ近くにいた老人が声をかけてきた。

 

「おや、見学かい?」

「えぇ、この塔を見に…」

「これは正式にはカネの塔と言ってな、向こうにあるスズの塔とは対に作られたものなんじゃ」

 

向こう、と指したのはスズの塔へと続く関所と呼ばれる所らしい。

先ほどジョーイにマップを見せてもらった時に書いてあったのをアッシュは思い出す。

確か関係者以外立ち入り禁止となっていたような気がする。

すると老人は後ろ手に腰へ手を回したまま塔を見上げた後、ちと昔話を聞いていくかい?と聞いてきたので鼻の事は暫し我慢してそのまま話に耳を傾けることにした。

彼に向き直ると、老人はそのまま語り始める。

 

「昔……この塔が火事になった時、名も知れぬ三匹のポケモンが炎に包まれ死んでしまった。それを蘇らせたのが空より降り立った虹色のポケモンじゃ……」

「虹色のポケモン…」

 

アッシュが繰り返すように呟くと、老人はうんうんと神妙に頷いて見せた。

ポケモンの事はあまり詳しくないので知らないが、それも伝説と呼ばれるポケモンだろうか。虹色なんて如何にも伝説といった感じがする。

 

「そうじゃ。そして街の人々はこうしたポケモンの力を恐れ、暴力で抑えつけようとした。しかし、ポケモン達は人々に反撃することなくむしろ人間の行いに深い悲しみを覚え自らこの地を去った……」

 

これはエンジュのジムリーダーに古くから伝わる話じゃ、と呟いて老人は再び焼けた塔を見上げる。

しんみりとしたその様子を見て伝承も気になるが、それよりも更に気になることがありアッシュは思わず老人に尋ねた。

 

「ジムリーダーに伝わる…ということは貴方も?」

「わし?あぁ、わしも昔はジムリーダーだったのじゃよ」

 

むおっほっほっほ!と老人は笑うと、「話に付き合ってくれてありがとう」と笑みを浮かべてその場を去って行く。

その後ろ姿に礼を言ってから、アッシュはもう一度背にした焼けた塔を見上げた。

それからイーブイの入ったボールを何とはなしに見つめて、ポケモンが死んだポケモンを蘇らせるなんて事が出来るのだろうかと考える。

死ぬのは、瀕死の状態とは全く違い、その命が終わる瞬間の事だ。

もしそんなポケモンが居るならばきっともう人々の目に止まるようなことはしないのだろうと思いながらもう一度顔を上げると、何かが塔の近くを走り抜けて行くのが目に入った。

 

「すごい!きっと三匹のうちの一匹に違いないわ!」

 

すぐ近くに立っていた少女にも見えたらしく、興奮した様子だったので何の事かと尋ねると先ほど聞かせてもらった話に出てきた三匹はジョウト中を駆け巡っているとのことらしい。

厄災の中で生まれたポケモンが駆け巡る姿は何処か居場所を求めているようだとアッシュは物悲しさを覚えたが、彼女には神秘的に映る様だ。

どう思っているかなど当人にしか分からない。どう思うかも人それぞれというやつだ。

そんなことを思いながら、アッシュはコガネシティへと向けてエンジュを後にしたのだった。

 

ちなみにこの帰り道、あの草むらで再びガーディと対峙してしまいイーブイが飛び出してきてアッシュがあちこち手を焼いたことは余談である。

 



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何事もまずは挑戦

「いでででで!噛むなこら!」

 

尻尾に触られるのが嫌なのか、カーッ!という威嚇の声を上げながら振り返ったイーブイがアッシュの手に噛み付く。

普段そんな声聞いたことがないというのに、まるで他のポケモンの様に低い唸り声をあげている。

その際、イーブイの身体に付着していた泡が飛んできてアッシュの服にベタッと張り付いてシミになった。

 

 

 

 

――エンジュシティからの帰り道で起きたガーディとイーブイの激闘はなかなか終わらなかった。

縄張り内から追い出したいガーディと、吠えられても怯まずむしろ喧嘩を売るイーブイ。そしてさっさとこの場を切り抜けコガネに戻りたいが為、イーブイをボールに戻したいアッシュの奮闘といえばお分かりだろうか。

一番苦労したのは誰かとは最早問う必要もないだろう。

一瞬のすきをついてイーブイをボールへと戻したアッシュはそのままダッシュでガーディの前を駆け抜けたのだった。

まさか自分の手持ちポケモンの隙をついて行動しなければならない日が来ようとは誰が想像しただろうか。

その後はエンジュシティからカンポウの所へと戻り、そこから自宅へとまっすぐ帰宅したアッシュは到着するなりベッドへと倒れ込んだ。

もう暫く配達は行かないと心に決め、寝落ちたことは覚えている。

その際イーブイへフーズをやるのを忘れ、何度起こしても起きないアッシュに怒ったイーブイが部屋中を荒らし回ったのもつい数日前の事である。

 

死んだ様に眠りこけたアッシュの髪は、イーブイが起こそうとした跡なのか起きたらぐっちゃぐちゃになっていた。

その時イーブイはというと、暴れたのとリュックを漁った際に出てきたフーズを食べることで多少気が済んだのか、アッシュの服を何枚も下敷きにして眠りこけていた。出掛ける前に溜めていた洗濯物をとりあえず全て部屋干しした物だ。

洗濯は全てやり直しになる為後々頭を抱える事になるのだが、起きた当初は理解出来ておらず何も考えつかなかった。

アッシュからすれば目を覚ましたら部屋は荒れているわ、髪は逆だって違和感はあるわで何が何だか分からない状態である。

暫し当たりを見渡しながらも呆然としてしまった。

 

しかしいつもフーズ入れにしているイーブイの皿がベッドのすぐ隣にまで引っ張って来られていたのと、リュックから引きずり出されたフーズの空袋と残りカスが散乱していることで事態を把握したのだった。

空腹の時に悪い事をしたとは思いつつも、その代償に強制清掃へと駆り出されるのは少々腑に落ちない。

とはいえ、悪いことばかりでもなかった。

どうやらそれを機にイーブイの行動範囲も広がったようなのだ。

今まで本棚裏にある自身のテリトリー付近でしか行動しなかったはずが、あちこち部屋の中を歩き回るようになったのである。

そういう意味では結果オーライと言うべきか否か…。

気がつけば朝は必ずテレビの前にちょこんと座ってキマワリ天気予報を見ていたり、お腹が空けばアッシュの眠るベッドに乗って的確な鳩尾アタックをしかけてきたりするようになっていた。何とも活発である。

 

そんな事がありつつもしばらくは慣れない疲れを取る為に休日を満喫したものの、その間店長からの連絡は一切なかった。

見に行くだけならすぐに帰って来るだろうとたかを括っていたが、これは今回の休みは相当長くなるなとアッシュは早々に諦めることにした。

 

 

とりあえず前回考えた通りイーブイを洗うことにする。

ベッドでウトウトしているイーブイを、今がチャンスとばかりに浴室へと引っ張り込む。

最初はイーブイも抱っこされる事に驚いたものの案外大人しくしていたのだが、いざ洗い出すと触れる箇所が悪いのか逃げる逃げる。

それをなんとか浴室の隅に追いやって身動きが取れない状態にしてようやくまともに洗うことが出来たわけだが、今度はあちこち引っ掻くわ噛み付くわでアッシュの腕はボロボロだった。

それでも両腕を犠牲にしてどうにかこうにか洗い終わると、拭く前に今度はぶるぶると自分で身体の水滴を振り落とそうとするのでサッとタオルを頭から被せて止めさせる。

それから先は案外大人しく、特にドライヤーの時は気持ち良さそうに目を細めているのがこちらからも見えた。

どうやら洗われるのが嫌なだけで触られるのが嫌なわけではないようだ。

洗っている時には分からなかったが、やはりホコリ等がついていたらしくドライヤーが終わると今まで以上にふわふわとした触り心地に変わる。

それが自分でも分かるのか、イーブイはしきりに毛繕いをしては満足した様な様子であった。

腕はボロボロだが、満足そうな様子にこちらも満足である。

 

「さて、どうするかなぁー」

 

無事にイーブイのシャンプーをするという当初の目的は達成された。

しかも両腕の犠牲と引き換えだが、思ったよりはスムーズに済んだ。時計を見ると昼前で、既にやることもなくなったとアッシュは考え込む。

 

「んー、掃除も終わったし、買い物も食品以外は平気だけどそれは夕方行けばいいし……爺さんのところにでも行ってみるかなぁ」

 

ちらりとイーブイを見やると、興味なさそうにくあっと大きなあくびをしたところだった。

 

 

 



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2

イーブイと共にアッシュのアパートから5分程歩いた先にあるカンポウのところへと行く。

初めて訪れた時にはまさかこんな近くに住んでいるとは思わず驚いたものだ。

大通りからは離れているが、それなりに家賃は高いあたりコガネは都会なのだと感じさせられる。勿論、もっともっと栄えたところもあるのだろうが、生憎アッシュは地元の他にここくらいしか知らなかった。

さて、着いたのは小さな一軒家で庭先には様々な植物が植えてある。ぎゅうぎゅうに敷き詰めたといった印象の庭は見て楽しむ為のものではなく漢方薬に使うものばかりなのだろう。地植えのものだけでなく鉢植えのものが所狭しと並んでいる。

そんな庭をちらちら確認しつつも玄関でインターホンを鳴らすが、カンポウが出てくる様子はない。しかし不在ではないらしく、何か聞こえるとアッシュは耳をすませた。

 

「……あが…て……」

 

よく聞き取れずもう一度インターホンを押してみると、ようやく「上がってきてくれー」というか細い声を聞き取ることが出来た。

上がってこいということは鍵は開いているのだろうと思いカラカラと玄関を開けて入る。不用心だと思わないでもないが、高レベルのラッタがいるのでそうそう危険な目にあうこともないだろう。とはいえ、やはり不用心なのは確かなのできちんと閉めてほしいものだ。

玄関を開けてすぐにコガネでは珍しい襖戸があり、そこを開けると部屋へと続く様になっている。段差が高い為か、上がり框にはしっかりとした踏み台が置いてある。

襖を開けるといつもと同じ独特の漢方臭が鼻をつく。奥には大小様々な棚が敷き詰められており、いつか地震で倒れるのではといつも気が気でない。その上空いたところにはこれでもかと言うほど薬草やら何やらが置かれているのだ。

それだけでも窮屈な印象だというのに、今日はその部屋の中央に布団が敷かれカンポウが横になっていた。

その隣では困ったような表情のラッタがカンポウの顔を覗き込んでいる。

確か奥にきちんとした寝室があったはずだが、どうしたのだとアッシュは驚いて声をかける。

 

「どうしたんだ爺さん、風邪か?」

 

靴を脱ぎ、布団の中でもぞもぞと動くカンポウの近くへと座ると違うと首を横に振られた。

 

「いやぁ、ぎっくりやってしもうてなぁ」

「ぎっくり腰か!」

 

「そうなんじゃよー」とカンポウは案外元気そうに軽くため息を吐いて見せた。しかし痛いらしくモゾモゾと動くだけで起き上がる気配はない。

なんでも棚の上に釣ってある薬草の束を取ろうと無理をした際にぐぎっとやってしまったらしい。ベッドへ上がるのもしんどいので布団を敷いたのだとか。ちなみに敷いてくれたのはラッタらしい。

そういえば床だけでなく上にも色々干してあったなぁと思いながら改めて上を見上げると、確かに薬草が幾つか吊るし干ししてあった。

こうして改めて見てみると何だかこの部屋だけが別世界のようだ。

イーブイも薬草が気になるのか、ヒクヒクと鼻を動かしているのが見える。

 

「いつからなんだ?」

「二日前じゃったかのぉー」

 

腰が悪いなら言ってくれれば買い物だってしたのにとアッシュが告げると、「連絡も何も、お前さんポケギアは持っとるのかい?」と聞かれそういえば何処にやったっけと部屋の中を思い浮かべた。

弟分達が旅だった後、連絡が取れないからと押し付けられたものがあったのだが何処にやったのか思い出せない。

実家から持ってきたことは確かなので部屋のどこかにはあるはずだ。

ウンウン唸るアッシュを見てカンポウは呆れたようにため息を吐いた。

 

「そんなことだろうと思ったんじゃよ。ヒワダに使いを頼んだ時もポケモンセンターから連絡してきたからのぅ」

「あぁ、そういえばそうかも」

 

確かに連絡先を渡されたのに、普段使わないからその存在をすっかり綺麗さっぱり忘れてセンターのテレビ電話から連絡したような気がする。

 

「まぁ、そんなことはあとでも良い。ちと頼みたいことがあってな」

「またお使い?」

「いや、ぎっくりやった時に探してた薬草が切れてての、それを採ってきて欲しいんじゃよ」

 

得意先でのぅ。いつでもいいとは言っとったが乾燥させんと使えないんじゃよと言いつつ、その指はエンジュに行く際に持たされたカバンを指差している。

優秀なカンポウのパートナーであるラッタは素早くそれを持つと、こちらへ寄越してきた。

確かにバイトが休みなので時間だけは有り余っているが、あまりだらだらしていると自分の生活が危ないのも事実だ。

カンポウの容体を見るという名目で断ってしまおうかとアッシュが思案していると図ったように、

 

「自転車屋は休みらしいからの、今回はちゃんとしたバイトじゃよ。わしはラッタ達がいればなんとかなるからの」

 

安心しなさいと言いつつも、こちらを向いたことで腰が痛んだのかカンポウは小さく痛たたと呟いた。

 

「いや…、でも採ってこいって言われても薬草なんて区別つかないんだが」

「おぉ!ならこれを持って行くと良い!」

 

カンポウはラッタに指示して文机の引き出しを開けさせ何かを持ってこさせると、それをアッシュに手渡す。

紙の束を紐で括ったそれはかなり年季の入ったものらしく、長い年月が経った古い紙の感触と匂いを纏っていた。

 

「何だこれ?」

「ワシが若い頃使っとった薬草帳じゃ」

 

必要なものはそこに殆ど載っとるはずじゃよ、と言われて好奇心からそれをパラリとめくってみる。

 

「……爺さん、達筆すぎ」

 

筆のようなもので書かれたそれは古い続き文字な上に癖で崩されているせいでとてもじゃないが筆記体しか知らないアッシュには読めなかった。

ミミズののたうち回った様な、とまではいかないが文字と呼ぶには解読不可能なので読むのは難しい。

 

「なんじゃ、最近の若いもんは読めんのか!」

 

何とか目で追いながら考えてみたがやっぱり分からず、読めないと告げると「仕方ないのぅ。ほれ、教えるからペンを持ちんしゃい!」と起き上がってくる。

おいおい腰が痛かったんじゃないのかとツッコミしかけたが、その前にノートと筆箱らしきものを持ってきたラッタに遮られてしまい、大人しくカンポウに従うことになってしまった。

 



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覚えるより慣れろ

先に謝っておきます。きのこポケ好きさんごめんなさい。


カンポウの達筆解読講習会が始まってかれこれ数十分、読んでも書いても全くもって覚えられないアッシュは目頭を強めに揉みほぐした。

そもそも何故こんなに崩して書くんだと文句すら覚える。

マスターするにはまだまだ掛かりそうだと、軽く息を吐いて肩の力を抜いた。

慣れない字と格闘したせいで目と腕が疲れてアッシュは大きく伸びをし机にもたれ掛かった。その様子を見たカンポウが、仕方ないとばかりにいそいそと茶の準備をし出す。

腰はどうしたんだと二度目のツッコミを試みるが、その前に痛たたたと唸り出したのでそれは諦めてアッシュが代わりにお茶の準備をしに台所へと向かった。

ラッタは甲斐甲斐しくカンポウを布団へと案内している。それを横目で見つつ、イーブイの姿を探すとこちらは机のすぐ横で丸くなっていた。とはいえ、寝ている訳ではないらしく、ぴくぴくと耳をそばだてているのが分かる。どうやら何をしているのかはきちんと把握しようとしているらしい。

まだ慣れないようだが、最初の頃に比べれば随分と良くなった。そんな風に感慨深く思いながら、入れたお茶を飲み一息付いているとカンポウがアッシュを指差す。

 

「おや、アッシュや。その腕はどうしたんじゃ?」

「あぁ、イーブイ洗った時にちょっとね」

 

聞かれて自身の腕に目を移すと写作業をするのに腕を捲ったせいでボロボロの腕が晒されている。

そういえば地味に痛いんだよなこれ、と意識した途端に気になりだし軽く触れてみるとミミズ腫れのようになったそれらは熱をもっているようだった。

それを聞いたたイーブイはほんの少しだけこちらに首をもたげたが、その顔に申し訳なさは浮かんでおらず、どちらかというと読み取れるのは“お前が悪い”だった。通常運転過ぎて逆に安心する態度だ。

 

「なんじゃ!早く言わんか!これを使うと良い良い」

 

と救急箱の中から小さな軟膏を取り出すと、ぽいっと放り投げて寄越したのでアッシュは慌ててそれを受け取る。

 

「これ人間用なのか?」

「そうじゃよ。お得意さんにだけじゃが、たまに作るんよ」

 

市販の軟膏とは違い、クリーム状よりも柔らかく泥状に近い。そして何よりもその色はどす黒い紫色をしている。これ使って大丈夫何だろうかと不安になる色だが、これだけ漢方薬に囲まれて過ごしているのだから大丈夫だろうと、少しすくい取って腕につけてみる。途端に肌がピリピリと痛みを主張するがそれは仕方ないらしい。

塗りながら「へぇー」と相槌を打つと、それに気を良くしたカンポウは「うちの子は優秀じゃからな」と向かい側で満足そうに笑った。

うちの子、と聞いて疑問に思ったアッシュは塗っている手を止めてカンポウの方に視線を向ける。

 

「…え、ラッタが作るのか?」

「そんなわけなかろう!パラセクトじゃよ」

 

パラセクトってどんなポケモンだっけと疑問符を浮かべながら、そもそもカンポウはラッタ以外にもポケモンがいたのかと純粋に驚いた。カンポウ宅へは今まで何度か通っているがラッタ以外のポケモンは見たことが無い。

それが顔に出たらしく、

 

「言うてなかったからのう。今日は天気がいいからこっちにいるわい」

 

ほれと指さされた先には、薬草棚と普通の棚の間が空いており、たくさんのキノコ類が置いてあるエリアだ。

乾燥途中のものは上から吊るしてあり、既に乾燥している、もしくは粉にしているものが袋や瓶に入れられ床に積まれている。

まだ地元にいた幼少の頃、弟分達と読んだ魔女の絵本を唐突に思い出す。暗くてゴチャゴチャしていて、おどろおどろしい雰囲気と神秘的な雰囲気が交わったような空間だ。カンポウはそんな不思議な空間の更に奥を指さしている。

 

奥の方に視線を移すと、

 

―――他とは比べものにならない程大きなキノコが見えて思わず後ろに仰け反った。

 

「なん…っ!?」

「見たことないのかの?こやつのキノコから出る胞子が漢方の大事な原料になるんじゃよ」

 

ラッタと一緒でもう長年連れ添っててのうとカンポウは語っていたが、アッシュはそれどころではなかった。

アッシュ自身にも何が何だか分からないが、生気の感じられない目元に物凄い恐怖心が湧いてくるのだ。

思わず手足を駆使してそのまま更に1歩後ろへと下がる。

 

 

 

生き物というのは鳴き声を上げなくても何かしら感情のオーラというか、特有の雰囲気を持っている。人間でもこの人は活発そうだとか、ミステリアスであるとかそういったものだ。

ポケモンにもそれは当てはまり、イーブイならクールな印象があるし、ラッタならば逞しいというか漢気を感じさせられる。

アッシュは何となくのレベルでしか分からないが、ベテラントレーナーともなれば一瞬でその性質を見抜くらしい。

しかし、パラセクトはただひたすらに無言というかそのオーラそのものが感じられない。

生きて活動しているはずなのに生きてる感じがしない。

正気が感じられないというやつだ。

まさかこんな所でその言葉の意味を体感するとは思わなかった。

何よりパラセクトの真っ白な目線はどこにも向いておらずひたすら虚無感を感じる。

 

 

何故2匹目の存在に気づかなかったのだろうと疑問に思っていたが、今まで感じたことのないパラセクトの存在を確認してこれのせいかと何と無く納得してしまった。

 

「ブイッ?!」

 

何なんだこいつ!

怖い、なんか分からんけど怖い!

一瞬にしてパラセクト恐怖症に陥ったアッシュは近くにいたイーブイを引っ掴んだ。

 

 



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2

※きのこポケ好きな皆様ごめんなさい



イーブイを引っ掴んだのは殆ど無意識に恐怖心を紛らわそうとしての行動であった。藁にもすがる思いでこれでもかという程その茶色い身体を抱きしめる。

それに驚いたイーブイはうわっ!とかなんとか、兎に角驚きの声と共に文句らしき言葉を発していた。

しかし、軽いパニック状態にあるアッシュの耳には全くもって届かない。

 

「なんじゃ、大きいポケモンはダメなのかい」

 

アッシュの怯えようにカンポウはきょとんとした様子で声をかけてきたが、アッシュは怖さのあまりパラセクトから目が離せず、「いや、うん……その、」と適当に言葉を濁した。

棚の間から、気がついたらしいパラセクトがヒラヒラと片手を振っているが、いつものようにポケモンの感情が上手く伝わってこない。いつもなら何となくの喜怒哀楽や言葉が伝わってくるのだが、パラセクトに至っては虚無の瞳とただただ揺れるハサミが見えるのみである。

それもあってか、何だか幽霊でも見たような心地を感じる。

 

アッシュが身を固くしている間、離せ離せとイーブイはひたすら暴れていたが、こちらもまた絶対離すものかと力が入る。

アッシュのその異様な気迫が伝わったのか、はたまた諦めたのか、それとも苦しかっただけなのか兎に角イーブイはそのまま大人しくなった。

パラセクトも無闇に近づいてくる様子はなく、その場から動こうとしない。

イーブイが大人しくなったことで存分に抱きかかえることが出来、気持ちに余裕が出てくる。

そこでようやくパニックから回復してきたアッシュが腕の力を少し緩めると、イーブイの方も息が楽になったらしく何か悪態らしきものをついているのが伝わってきた。

しかしアッシュとしては今は兎に角手元の温もりを手放したくなかった為、完全無視することに決め込んだ。

 

「――そっちも頼もうと思っとるんじゃがどうじゃ?」

「どうって、まぁ兎に角その薬草を採ってくればいいんだろ?とりあえず行ってくるから!!」

 

その間にもカンポウの話は進んでいたらしく、何やら尋ねられていたようだが殆ど話を聞かないまま返事をして、薬草の写真やノートが入った鞄を掴み取ると「またあとで連絡する!」と言い渡してそそくさと退散した。

 

 

「…ポケモンって凄いな」

 

バタバタと慌ただしく逃げ出してきたアッシュは大きくため息を吐いた。

まさかあんなポケモンがいるとは思わなかった。そういえばポケモンの感情が上手く伝わってこなかったのは初めての事かもしれない。

その瞬間、パラセクトのあの白い目を思い出してまた鳥肌を立てたアッシュをイーブイは腕の中で呆れたように見上げていた。

しかし、よくよく考えてみればカンポウにとっては長年連れ添ってきた大事なポケモンなのだ。

怖いなどと余計なことを言わなくて良かったと思うと同時に少し失礼な態度だったかなと気になりだすが、あの瞳を思い出すとやはり怖い。

お世辞を言ってもし触ってみるかなとど言われた日には卒倒しかねないのでこれで良かったのだという結論に至った。

何の落ち度もないパラセクトには申し訳ない気持ちもあるが、今は見ないふりをした。

さて、バイトをすると言って飛び出してきてしまった以上配達の仕事をやるしかないなと思い直し、どうしたものかと考える。

とりあえず一度家に帰って荷物をまとめて来ようと、アッシュはイーブイを抱いたまま家に向けて歩き出した。

何しろイーブイはまだアッシュの奇行を疑っているらしく、さっきから微動だにしないのだ。これ幸いとばかりにそのまま移動を開始する。

 

 

 

ようやくイーブイを部屋に解放してから改めてメモしたノートを見てみると、32番道路の岩肌に自生する薬草を採ってきてほしいらしいことが分かった。

カンポウが書いてくれたメモと鞄の中に入っていたマップを見比べると、経路としてはキキョウシティまで行ってそこから更に移動するルートと、ヒワダタウンから洞窟を通り抜けるルートがあるらしい。

素人が1人で洞窟に入るなどただの自殺行為でしかない。というか絶対迷子になる自信しかないのでこちらは却下だ。

 

とりあえずキキョウシティまで目指すことを目標に定める。

キキョウシティまで何とか1日で移動しそこから薬草を取って戻ってくるとして……2日では無理なのでもしかしたら何処かで野宿する可能性が無きにしもあらずである。

道順が分かったところで、鞄の中も再度確認すると移動資金らしきものと空のモンスターボールがいくつか、それから謎の袋が新たに追加されていた。

お金の方はあとできちんと残りを返さなければいけない為、自分のお金とは別にして財布に仕舞うことにする。

モンスターボールも餞別か何かだとして、一体この袋は何かと首を傾げる。

鼻を近づけると独特の香りが漂ってきた為、漢方薬かそれに必要な薬草だろうと当たりをつけてとりあえず開けなかった。

なかなかキツい匂いだが、イーブイは別に平気そうにしているのでもしかしたらこういう匂いが案外好きなのかもしれない。

前にモモンジャムを食べて嫌がっていたのもある。ならば苦いものの方が好きな可能性もあるだろう。色々ポケモン用品を見たときおやつとかも置いてあったはずである今度試しに味の違うおやつでも買ってみよう。

そんなことを考えながら、前回の残りの傷薬や携帯食、着替えを詰め込む。

全ての用意を終え、忘れたものはないか確認すると早速出発することにしたのだった。

 



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知らない事は案外多い

一度通ったことがある為、同じようにバトルをしつつも35番道路は難なく通過する。

再会した塾帰りの少年に手を振りつつ、アッシュとイーブイはあのウソッキーがいる分岐点へと案外早く到着した。

 

するとアッシュの顔が見えるや否や、ウソッキーはビクリと体を揺らし―――次の瞬間にはサッと身体を仰け反らせ、道をアッシュへと譲る動作をした。

何事かとその場で立ち止まり瞬きを繰り返すが、ウソッキーは動かない。

イーブイはというと、大きくため息を吐いていた。

これは通ってもいいということだろう。とはいえ、なんだか申し訳ない。

つい目元を覗き込むがウソッキーと目線が合わなかった。微動だにしていないのに目線だけは明後日の方向をキープしている。

表情から読み取る必要もない――さっさと行ってくれという事だろう。

 

どうやらあのおいしい水作戦は水の苦手なウソッキーにとって相当なプレッシャーだったらしい。

しかし、よくよく考えてみれば一歩も引かない辺りにこの場所は譲らないぞというウソッキーの強い意志も感じる。

この場所の何がそんなにウソッキー達を引寄せるのかいまいち分からないが、それぞれポケモンたちには好ましい場所があるのだろうと思考を完結させる。

何よりウソッキーの態度が必死だ。決してポケモンいじめをしようとしたわけではないと誰に言うでもなく言い訳をする。

 

「……なんか、ごめんな」

 

さすがにここまで嫌がられてしまうと楽だと思うよりも先に申し訳なさが先に立ってしまう。

アッシュはそっと声をかけると、微動だにしないウソッキーの複雑そうな視線を背中に感じながらイーブイを連れて東の方へと抜けることにした。

 

 

 

 

見晴らしの良い道路に出て歩いて行くと、暫くは広い林の様な道をただ歩いているだけだったが、そのうち右側に何やら看板が見え始めた。近寄ってみると「アルフの遺跡 北側入り口」と書いてあるのが目に入る。

近くにいた男性に聞いてみると、出土品なども発見されていて結構有名な所らしかった。そういえば雑誌か何かで見た事があるような気がする。

遺跡など見た事がないアッシュはついついそちらに心惹かれたが、キキョウシティはこの先だという事なので渋々諦めることにした。

そのままそこを後にしようとすると、先ほどまで話していた男が突然何かを押し付けてくる。

 

「中身は必殺いわくだき!キキョウジムのジムバッジがあればこのいわくだきで、ヒビだらけの石っコロなんぞ粉々でごわすよ!」

「……ど、どうも」

 

渡されたものはポケモンに使う技マシンだったらしい。技マシンはテレビで何度も見たことがあるので知っている。本当に不思議な話だが、ポケモンにかざすとその技をポケモンが覚えるという。

一体どういう仕組みなのかさっぱりだが、覚えさせたい技があるトレーナーにとってはとても都合が良いだろう。

しかしアッシュは今のところ特に必要としていない。

どうやらこうしてキキョウシティを目指すトレーナー達に技マシンを配るのが彼の日課らしい。つまりはジムに挑戦するトレーナーと間違えられたわけなのだが、いちいち訂正するのも面倒なので有難く貰い受けることにする。

最後に技マシンの注意書きを長々言っていたが、それも面倒になったアッシュは礼を言って無理やり切り上げその場を後にした。

要はジムバッジがないのに使っちゃダメだよということらしい。なら配るなよと思わんでもないのだが、もらった手前そんなことは言わない。

それでも男は気を悪くする事もなく気をつけて行けよー!と手を振って来た為アッシュも頭を下げてから先に進んで行った。

 

 

 

 

「やっと、やっとついたか!」

 

あれからただひたすら真っ直ぐに進んで行くと途中から日も暮れ始め、キキョウシティに続くゲートを抜ける頃には真っ暗になっていた。

ウソッキーのいる分岐点から考えれば恐らくエンジュと同じくらいの道のりだったのだろうが、代わり映えのない一本道をただひたすらに歩くのは体力は勿論だがそれよりも精神力が削れていく。

とはいえ何とか野宿する事なくキキョウシティに到着することが出来た。

紫の屋根瓦が特徴的なキキョウシティはエンジュとはまた違う古風な雰囲気が漂っている。

暗くて良くは見えないが水独特の匂いがするのですぐ近くに湖でもあるのだろうか。

しかしクタクタに疲れきったアッシュ達はキキョウシティ探索をする元気もなく、そのまま一目散にポケモンセンターへと直行した。

 

 

イーブイをキキョウシティのジョーイに預け、回復している間にアッシュも食事をしたいと覗いてみたがあいにくと食堂は既に閉まっていた。

仕方なくアッシュは部屋で大人しく持ってきた携帯食を食べる羽目になる。

空腹時に味気ない携帯食では腹は満たされても気持ちは満たされない。食べた気にならないと思いつつも我慢していたのだが、その後戻ってきたイーブイはすっかり回復した上にジョーイに貰ったらしいフーズでお腹もいっぱいになっていた。

腹が膨れれば眠くなるもので、例に漏れず眠くなったイーブイはアッシュが用意したイーブイ用のタオルケットに包まるとさっさと眠ってしまった。

何だかんだでイーブイも大分家以外で眠ることに慣れてきたという事だろう。

良かったと安堵しつつ、お腹いっぱいで眠るイーブイを羨ましくも思いながらアッシュも就寝することにしたのだった。

 

 



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2

キキョウシティに着いた翌朝、ポケモンセンターの一室にてアッシュはいつものようにお腹を空かせたイーブイの奇襲で目覚めた。

突然腹部への衝撃と痛みに文字通り飛び上がる。膝を折り曲げて唸っているとすぐそばで鼻を鳴らすイーブイがいたのでそこでようやく奇襲されたのだと理解した。

 

「痛たたた…」

 

頭突きを食らったらしいお腹を気休めに擦りつつ、アッシュはベッドから起き上がる。

さすがに歩き通しだった為やや疲れが残っているが、歩き回れない程ではない。昨日は見る余裕がなかった為、改めて部屋の中を見渡す。

ポケモンセンターの宿泊内は地下か地上かの違いはあるものの、何処の街でも配置や家具はだいたい同じであるらしい。

 

足元には昨夜イーブイが寝ていたタオルケットが転がっていた。

イーブイはタオルケットの中でその後も大人しく寝ていたらしいのだが、朝になってもなかなか起きないアッシュに痺れを切らしたらしい。

ベッドへと上がるとアッシュの鳩尾へとダイブしてきたのだ。

おかげでアッシュの腹は盛大に赤くなった上に、前日殆ど食べてないせいか何となく気持ち悪いような重さが感じられる。

なんだろうか、なんとなく胃もたれに近い感じだ。それが空腹のせいなのかタックルされたせいなのかいまいち判断がつかない。

とはいえ、これ以上暴れられては堪らない為、イーブイと共にセンター内の食堂へと向かう事にした。

 

 

起こすことに成功したイーブイはとても満足したらしく、上機嫌に尻尾を左右に揺らしながらアッシュの先頭を歩いていく。

腹部の痛さに怒る気も失せてしまい、アッシュは大人しくイーブイの後を追うようにして廊下を黙々と歩いていく。

食堂へと到着すると、二人がけ用の小さなテーブルへと腰を下ろす。

足元のイーブイには小皿を貰っていつものフーズを入れてやり、アッシュ自身は甘酸っぱい木の実と甘さを控えたクリームを使ったサンドイッチとサラダを注文する。食欲がないと言ったが、アッシュは朝から甘いものでも美味しく食べれる人種である。

弟分達に言わせれば有り得ないらしいが、甘党のアッシュはむしろ甘くなければ元気のない朝に何かを食べるのは無理、くらいの気持ちである。

 

 

暫くして運ばれてきたサンドイッチは予想以上にボリュームがあり、食べる前から辟易しかけた。しかし一口齧ってみると果肉が多く入っており噛みごたえがある上にクリームにはヨーグルトが混ぜ込んであるらしくとても美味しい。一口、もう一口と口に入れるうちに案外食が進み、結局食べ切ってしまった。 美味しかったので食後の飲み物と一緒に昼用のサンドイッチを注文することにしよう。

アッシュがそんなことをホクホク顔で考えていると、イーブイの方はまたそんなものを食べているのかと言わんばかりのげっそりとした顔だったが、それも最初だけで今は自分の分のフーズを食べ終え満足そうである。

 

その後毛づくろいを始めたイーブイを見つつ、丁寧に包まれたサンドイッチと一緒に運ばれてきた食後のカフェオレをのんびりと飲む。

こちらもミルクが濃くて美味しい。ふと隣を見るといつの間にか一人の男性が同じように座ってコーヒーを飲んでいるのに気づく。

 

「やぁ、おはよう」

「おはようございます」

 

トレーナーさんかい?と聞かれたので色々思う事はあったが大人しくはいと頷くと、彼はニコニコと笑いながら話を振ってきてくれた為、暫くそのまま談笑を続けていた。

すると途中で思い出したように、

 

「3年ほど前の話だよ。ロケット団という奴らがポケモンを使って悪いことばかりしていたのだよ。だが…」

 

彼はそこでコーヒーを一口飲むと少年の様な顔でにかっと笑顔を浮かべた。

 

「必ず悪は滅びる!ある少年の活躍で解散させられたのだよ!」

「確かに、彼らは見なくなりましたね。…ところで、その少年はその後?」

 

あぁ、確かにそんな話してたなと思い出しながら疑問に思ったことを聞いてみると、残念ながら誰も知らないらしいと教えられる。

 

「そうですか」

「ところでトレーナーさんはこれから何処へ?」

「ちょっと32番道路の方へ用事がありまして」

 

すると男性は道路の手前は誰が通っても平気だが、洞窟の方へはキキョウのジムバッジが通行証かわりになるんだと教えてくれた。

成る程、洞窟内は危ないから未熟なトレーナーや一般人が遭難しない為のものなんだろうとアッシュは納得する。

「色々ありがとうございました。楽しかったです」と礼を言って立ち上がる。彼もこちらこそありがとうとにこやかに笑みを浮かべて、食堂を去るアッシュ達を見送ってくれた。

 

 

その後ポケモンセンターを後にすると、キキョウシティの北側のゲートから32番道路へと通り抜ける。

すると確かに一人の男性が立っているのが遠目で確認出来、あの人がさっき話に上がっていた通行確認の人なんだろうとアッシュは1人納得する。

 

「イーブイも、あっちへは行けないから行かないようにな」

「ブーイ」

 

言葉にするなら軽く流された感じだったのではいはい、とかそんなところだろうか。実行してくれるかは兎も角、とりあえず返答があったのであとはイーブイに任せるしかない。

イーブイがそちらへ行かないように注意しながら、草むらの少し先にある岩場の方へと近寄ると薬草について写したノートを見る。

どうやら目的の植物はこの岩山の日向になるところに自生しているらしい。

ちなみに原本は持って来てもまだ読めない為、大人しくカンポウ宅へと置いて来ている。

今度は貰った写真を見ると、苔のような変わった形をしている。岩肌に自生しているとの事だったので見ればすぐ分かるだろうと思い、同じ草はないか調べ始めたのだった。

 

 



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3

イーブイは最初からそれに参加する気はないらしく、適当にその辺の草むらをザクザクと進んでいる。

「あんまり遠くへ行くなよ」と言うと、はいはいとかそんな乱雑さたっぷりの返答が再び返ってきた。

適当ではあるがまだ返事をしてくれるようになっただけマシであろう。それに新しいところへ来るといつもとは違うポケモン達のにおいがするらしく、それを確かめている最中のようだ。

ポケモンにとって人間や他のポケモンのことを知ることは自分の身を守る上で大切なことだ。なるべくなら刺激せず好きにさせてやりたい気持ちもあるにはある。なのでイーブイのことはひとまず置いておいて、アッシュの方も薬草探しに専念することにした。

 

暫くは目的の薬草を探して岩肌を覗き込んでは似たような植物を探し、写真と見比べることを続ける。すると苔状のものがそんなになかったのもあり、すぐに見つけることが出来た。別種の可能性は少ないらしいのでほぼこれで間違いないだろうと思い、幾つか摘み取ると鞄へと仕舞う。

立ち上がり膝の土を払い落とすと、イーブイは何処へ行っただろうかと見渡すが草木に隠れてしまったのか茶色い身体は見当たらない。

 

「おーい!イーブイ!……いないなぁ」

 

すぐ近くにいるだろうと声をあげて探してみるが返事はない。その辺りの岩陰や長い草むらの中をガサガサと歩き回り探すが、いくら探しても見つからない。

足を伸ばし、念のため洞窟管理の人にもイーブイを見かけなかったか声を掛けるが首を横に振られた。もし通ったら教えてほしい旨を伝え、その後も探し続けたがやはり見つからない。

これは完全にはぐれたのかと思わずため息をついたところで件のイーブイがひょこひょこと帰ってきた。

 

「こら、遠くへ行くなって言ったろ」

 

するとイーブイはぴたっと立ち止まり一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐにプイとそっぽを向いて背中をかき始める。

やれやれと思いながらよくよくイーブイの身体を観察すると何やら所々傷が出来ていることに気づいた。

 

「イーブイ、その傷どうしたんだ?」

「ブイブイブイ!」

 

聞かれたイーブイはふふんと胸元のクリーム色の毛を膨らませると何やら得意げに鳴いた。よく分からなかったが勝ったと言ったのは理解出来たので野生のポケモンとバトルしていたらしい。

そんな音全くしなかったのにこいつは一体何処まで行ってたんだと呆れつつ、カバンを一度下ろして傷薬スプレーを探した。

 

「凄いな。でも危ないからあまり離れるな。見つからないと心配する」ともう一度注意しながら見つかった傷薬スプレーを体全体にかけてやった。するとあっという間にイーブイの傷は治っていく。いつ見ても不思議な光景だ。

それに対してイーブイはちょっとだけ不満そうだったが、今度は驚いた顔も不満そうな顔もしていないので心配していることは理解して貰えたようだ。

指摘するとまた騒ぎになるので何も言わずにいそいそと使い終わったスプレーを鞄へと仕舞い、さて戻るかと立ち上がったところで道に看板があることに気がついた。

どうやら行く時に見たアルフの遺跡の東口ゲートがあるらしい。

 

 

「イーブイ、遺跡に寄ってみよう!」

「ブイー?」

 

遺跡に後ろ髪引かれていたアッシュは今がチャンスとばかりにうきうきとイーブイを振り返ったが、えぇー?とか何とかとても嫌そうな顔をされる。

そんなイーブイに気づく事なくアッシュがゲートへと向かうと諦めたのかトテトテと後ろからついて来た。

 

 

 

遺跡はアッシュが思ていたよりもしっかりとした形で残っており、静かに佇んでいた。人が住んでいる気配のない建物というのはこうも静かで重苦しい気配があるものなのか。初めての経験に思わず目が輝く。

しかも所々に池があり、それがまた遺跡の神聖さを醸し出していた。

 

「凄いな」

 

イーブイはそれに対してはあまり同意出来ないらしく、何も言わずにくぁっと大きなあくびをしている。

所々に設置された看板を読みつつ遺跡内をあちこち歩き回った後、アッシュは出土品を見せてもらえないかと研究所と銘打ったところへと入って行く。

まさかそこまで行くとは思っていなかったイーブイはこれは長くなりそうだとしかめっ面をしていたが夢中なアッシュにはそんなもの見えていない。

スタッフ達もまた若者が自分達の研究に興味を示してくれたと喜んでアッシュに出土品を見せながらその詳細を教えてくれる。

その中でスタッフの一人がふと思い出したように尋ねた。

 

「ところでアッシュ君はアンノーンを知っていますか?」

「アンノーン?」

 

壁画に描かれた絵と同じポケモンなんですよと言いながら、スタッフはファイルを取り出すと写真を見せてくれる。そこに写っていたのは何やら形の違うたくさんの黒いポケモン達だった。

 

「とある少年が何匹もアンノーンを捕まえてくれたおかげで、アンノーンには幾つかの種類があることが分かっています。それがおそらく古代文字として使われたらしいんです」

「どういった形で古代文字として使われ始めたのかも調べたいところです」

「僕は儀式用に使われたのが始まりではないかと踏んでいます。ポケモンとは一部神聖なものとして扱われていましたからね。神のお告げに使われていたのではと」

 

スタッフ達は遺跡についてやアンノーンについて入れ代わり立ち代り自分達の推論を教えてくれた。

一つ一つにうんうんと頷いていると、飽きたイーブイがボールへ入れろと催促してくる。

 

「ブイブイ」

「あぁ、ごめんな。ありがとう、ゆっくり休め」

 

帰りたいと言わないあたりにイーブイの優しさを感じる。イーブイをボールへと戻すとイーブイの好意に甘えてその後も彼等の話を聞くに徹したアッシュは非常に充実した時間を過ごすこととなったのだった。

 




次回は新しいポケモン登場です


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4

「だいぶ長居したなぁ」

 

ぐっと伸びをして空を見上げると、来た時とは違って太陽が真上をとっくに通り過ぎていることに気づいた。

サンサンと輝いていた太陽は白い雲に時々隠れては顔を出している。随分と雲が増えたようだ。

その様を見ていると初めて腹の虫がくぅっと音と立てて主張してくる。

ついお腹をさするとようやく空腹を実感する。考えてみれば早朝に食べてから何も口にしていない。

流石にお腹が減ったアッシュは遺跡群からやや離れた森の入り口で草むらに腰掛けると、イーブイのフーズと今朝食堂で包んでもらったサンドイッチを用意して遅い昼食にすることにした。

ボールから出したイーブイは小さく尻尾を振ってフーズ皿に顔を突っ込んだ。

それを見つつ、自分も昼食に目を向ける。

用意してもらったのはぴりっとした辛味が特徴の木の実を使ったサンドイッチで、一緒に挟んであるスライスした野菜や魚の油漬けと絡まると味が緩和されてとても食べやすい。

アッシュがモソモソとサンドイッチを楽しんでいる横であっという間にフーズを平らげたイーブイは口の周りの毛づくろいを始める。

 

「ブイブイ」

 

胸元まで毛づくろいを終えるとそのまま眠くなったらしく、ボールに戻る的な事を言って自分からボールへと戻っていった。前足でポンとボールを叩いて戻る姿のなんと器用なことか。

食べ終わったアッシュは暫し遠くから遺跡の眺めを堪能していたが、片付けを済ませるとそろそろコガネの方に戻ろうかと立ち上がる。

振り返ってゴミが落ちていないことを確認すると歩き始めた。

来る時に北口ゲートがあったからそちらから出ようと決めそちらへと向かうと、すぐ横の池で何かがパシャンと音を立てた。

振り向いた時には水面が揺れているだけで何がいたのかはわからない。何だろうかと好奇心で近づき池の中を覗いてみる。

すんだ水面がゆらゆらと揺れている。じっと見つめていると一箇所色がじんわりと変わっていくのに気づいた。何かいるようだ。

更に観察していると水色の頭がひょっこりと覗く。目があったそれはアッシュに興味を示したのかスイスイと近づいてきた。ぴょんと勢いよく水から上がった姿は見たことのないポケモンだった。

全体が淡い水色で、左右に薄紫色の触角が二本生えており、両腕はなく二本足で立っている。角のない丸い形の尻尾もついている。

 

「ウパー?」

 

何か惹かれるものがあったのか、そのポケモンはペタペタと足音を立てて近寄ってくる。バランスを取るためか、平たい尻尾がゆらゆら揺れるのが可愛らしい。

そのままアッシュの周りをくるくると回りながら観察したり、クンクンと匂いを嗅いで確認しているような様子だ。随分と人懐こい個体らしく、怖がる様子もなければ警戒する様子もない。

縄張り争い以外で野生のポケモンが近づいてくることがあまりない為一体何事かと身構えたが、そう警戒しなくても良さそうだ。

くるくる回っていたポケモンはそのうちカンポウから貰ったリュックの前で止まりクンクンしきりに匂いを嗅ぎ始めた。そういえばカバンの中に薬草が入っていたのだった。

 

「薬草の匂いだよ」

「ウパ?」

「――ブイブイ!!!」

 

疑問符を浮かべたポケモンに返事を返そうとしたその時、眩い光と共にイーブイがボールから突然出てきて相手のポケモンに唸り声をあげる。突然寄ってきた相手に警戒しているらしい。

しかしポケモンは全く気にせず尚もクンクンと匂いを嗅いで回っており、匂いの元がリュックだと気づいて不思議そうな顔をしていた。

 

「ウパパ!」

「ブイ!?」

 

大元を発見したことで自分の欲求が満たされたのか、今度はイーブイにじゃれかかって行くがイーブイは嫌そうに顔を歪める。

イーブイよりもポケモンの方が大きいのでややイーブイが押されているようだ。

遊べ遊べと相手が寄ってくる為、うっとおしかったのかそのまま体当たりを仕掛けようとするがそれを避けたポケモンは嬉しいそうに鳴き声を上げた。

どうやら遊んでくれると勘違いしたらしい。

 

「ブイブイブイ!!」

「ウパ?」

 

それにイーブイがキレて何するんだと文句を言っていたが、何故怒られているのか分からないらしくポケモンは始終首を傾げていた。

一体どうやって止めようかと戸惑っていると突然、

 

「ウパ!ウパパー!」

 

と嬉しそうに鳴くとポケモンは踵を返してそのまま水の中へ飛び込んで行ってしまった。いきなり全然違う単語が飛び出したのでアッシュも思考が追いつかなかったが、どうやらお腹が空いたから帰ると言ったらしい。

 

「…え?」

 

突然過ぎて反応し切れず、思わず水面を見つめるがポケモンが浮上してくる様子はない。どうやら行ってしまったらしい。

イーブイも流石にポカンとしていたが、怒りのぶつけどころがいなくなったと気づいて物凄く不機嫌になってしまった。

 

「えーと、とりあえず俺たちも帰ろうか…」

 

一体何だったんだと思わなくもないが、待っても戻ってくるわけではない。

変わったポケモンもいるものだと思いつつ、イーブイを見やる。

イーブイはギリギリと歯ぎしりをして苛立つ心と葛藤しているらしい。怒っているからか、尻尾の毛が膨れている。

アッシュは大きくため息を吐くと空を見上げた。先ほどよりも大分日が傾いてきている。まだ明るいが早くしないと日がくれてしまうとアッシュ達もそそくさと遺跡を後にすることにしたのだった。

 



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雨降って地固まる

「これは降りそうだな」

 

さて帰るかとアルフの遺跡北口から出たところで突然、真っ黒な雲が流れてきて一気に雲行きが怪しくなってきた。周りの空気も重い湿り気を帯びて肌にまとわり付くようだ。

 

「イーブイ、急ごう」

 

声をかけて数分、あっという間に土砂降りとなってしまいけぶる道を慌てて走り出す。

ひたすらバシャバシャと水たまりを踏みつけ走り続けると途中であのウソッキーがいつも立っていた分岐点に出た。しかし水が苦手なウソッキーは早々に避難したらしく辺りには誰もいなかった。

 

「イーブイ!こっからだとエンジュの方が近い!エンジュに行くぞ!」

 

そう言ってアッシュが北へ向かうと南下しようとしていたイーブイもすぐさま踵を返してエンジュの方へと走り出す。

以前いた双子の少女や二人の女性も流石にこの雨には退散したらしく、誰もいない草むらをアッシュ達は走り抜ける。

あともう少しでエンジュに着く、というところで足元に何かが飛び出してきた。思わず踏みつけないようたたらを踏みすっ転びそうになりながらもアッシュは何とか立ち止まった。

 

「ワゥン!!」

「お前…!」

 

飛び出してきたのは以前吠えかかってきたあのガーディである。

また来たとか何とか聞こえたがこんな土砂降りの中縄張りを見回ることはないじゃないか。しかしガーディにとっては重要なことらしくグルルと唸り態勢を低く整える。

 

全く引く様子が見られない。

 

それどころかイーブイも、先ほどのポケモンへの怒りが溜まっていて不機嫌だった為かすぐ様攻撃体勢へと移行してしまった。雨は尚も続いている。

どうせここまで濡れればそう変わりない。今にも飛びかかりそうな両者に諦めがついたアッシュは視界を遮る前髪をかきあげた。

 

「あーもう!イーブイ、体当たり!」

 

半ばヤケになってイーブイに体当たりを指示すると、イーブイはダッとガーディ目掛けて突っ込んで行く。珍しく言うことを聞いたと若干感動したが、そのスピードは体当たりよりも明らかに速く、衝撃音は重い。

どうやら体当たりではなく突進であるらしい。

 

「――やっぱ言う事聞かないわけね…!」

 

アッシュの呟きなど無視して、ガーディはイーブイの突進をひらりとかわすとそのまま地を蹴って斜めに飛び出してくる。こちらは体当たりのようだ。

当たったり外れたりしながらそのまま何度か体当たりの応酬になったが、このままではラチがあかない。

とはいえイーブイが何を覚えているのかアッシュにはさっぱり分からないので何を指示していいのかいまいち掴めていなかった。

兎に角何か違う技をと思い砂かけを指示する。すると今度は素直に足元の砂を水たまりごとガーディに浴びせ掛けるイーブイ。急に泥を浴びガーディが驚いて一歩後ろへと引く。

それを見逃さずイーブイは再び突進をしかけ、見事命中したガーディは後ろの木々にぶつかって動かなくなった。どうやら目を回してしまったらしい。

 

「ブイー!!」

 

バトルに勝ったイーブイは喜びの声を上げるが、アッシュはそんなイーブイには目もくれず、目を回すガーディを抱き上げるとすぐ様立ち上がった。

 

「うわ、重っ!!」

「ブイ!?」

「いいから行くぞ!」

 

突然ガーディを抱き上げたアッシュにイーブイが驚愕の声を上げるが、無視して腰ベルトからボールをひっ掴むとブイブイ文句を言っているイーブイをそのままボールに戻し再び走り出した。

ガーディを抱いているせいか先ほどよりもずっと足取りが重い。しかし止まない雨の中止まるわけにもいかずアッシュはエンジュのポケモンセンターへと転がり込んだ。

 

 

 

 

ポケモンセンターに着くと、ずぶ濡れのアッシュ達が入ってきたのに驚いたジョーイが立ち上がる。

 

「まぁ大変!」

 

ジョーイはすぐにラッキーに指示をしてタオルを持ってきてくれた。

急な雨に駆け込んでくる人はいたらしいが、その中でもアッシュ達は一際濡れていたらしくジョーイに事情を聞かれた為、ガーディの事を告げると二匹の回復をお願いする。

 

「あの子は旅のトレーナーが来るといつもそうなのよ。でも、その子に勝ったアッシュ君達は強いのね」

 

ジョーイがニコリと笑った為、疲れきったアッシュは曖昧に笑って返した。

もともと他人のポケモンなのでどの位育てられているのか知らないがバトルは殆どイーブイ任せな上、相変わらず言うことも聞いてくれない状態である。

今日までアッシュはバトルらしいバトルもしてこなかったというのに何故こうもイーブイが順調に育っているのか分からない。

唯一思いついたのはあの岩山付近での迷子くらいで他に理由は思いつかなかった。もしや自分でレベリングしているのか?

 

「へっくし!!」

 

ぶるりと寒気を感じたアッシュはとりあえず考えるのは後にしようと頭を切り替えると、今日の分の宿泊をお願いしすぐに部屋へ行ってシャワーを浴びることにした。

着替えを終えたアッシュは暫く回復に時間がかかるとみて先に夕食を済ませ、その後イーブイを受け取りに行くことにする。

迎えに行ってすぐ、ジョーイに連れられたイーブイが不機嫌な顔のまま出迎えしてくれた。何か言うわけではないが、じっとアッシュの顔を見続けている。目は口ほどに物を言うとはこのことか。

 

「この雨の中放り出すわけいかないだろ?」

 

責めるような視線に耐えられずにそう言うとイーブイは顔を歪めてプイとそっぽを向いてしまう。

突っかかられた相手だからなのか、勝利を無視して連れてくることを優先したからなのか他の理由なのかいまいち分からないが、イーブイはとても不機嫌である。今は何を言っても無理そうだ。

やれやれと思いながらガーディについて尋ねると、一応野生ポケモンなのでセンター内で預かり様子見したあと明日の朝一番で野生に返すとの事であった。

 

「一応アッシュさんにもきて欲しいのですが…」

「分かりました」

 

連れてきた手前断ることもせずアッシュは承諾するとイーブイを連れて部屋へと戻ることにした。

 



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2

翌朝、朝食もそこそこにイーブイを連れて受付カウンターへと顔を出しに行くとジョーイと一緒にあのガーディが待っていた。

 

「おはようございます」

「あぁ、アッシュさん。おはようございます」

「ワゥン!」

 

にっこりと笑顔を見せたジョーイと一緒に足元にいたガーディが一声吠える。

その様子に昨日の様な剥き出しの警戒心はなく、こちらに向かってパタパタと尻尾を振っていた。表情も穏やかで睨みつけるような様子もない。

 

「何だか随分昨日と違うような…」

 

あまりにも昨日と違う様子にアッシュがやや戸惑い気味に呟くと、ジョーイも不思議そうにガーディを見やった。

イーブイは一歩後ろで静かにその様子を伺っているが、表情は硬いままだ。

 

「それが、何だか負けた事で逆にすっきりしたみたいで。昨日目が覚めて暴れるかと思ったんですがそんなこともなく大人しくしてくれて」

 

アッシュがガーディの向かい側にしゃがみ込むとふんふんと鼻を寄せたガーディが近づいてきたのでアッシュも静かにそれを見守る。

するとガウガウ鳴いてお礼らしきものを言い、後ろへと下がった。

アッシュもうんと頷くと、イーブイが面白くなさそうにブイと一声だけ不服そうな声を上げた。どうやら急な変わりように気持ちがついていけないらしい。

 

「帰るのか」

「ガウ!」

 

アッシュが尋ねると帰ると答えたらしいガーディがパタパタと尻尾を振る。

 

「ラキー!」

 

それが聞こえたらしいラッキーが出入口にてここだと鳴いて知らせると、もう一度だけジョーイの方をじっと見つめた後あっという間にラッキーの横を通り抜けて走り去って行った。

 

「ふふ、お礼を言ってくれたのかしら」

 

一部始終見守っていたジョーイは微笑ましげにそう言う。アッシュは再度ジョーイに頭を下げた。

 

「野生ポケモンをむやみに連れてきてすみませんでした」

 

トレーナーのいるポケモンと違って野生ポケモンは警戒心が強い上に暴れてもボールに戻すことが出来ない。何かあれば大変な騒ぎになっただろう。

その事に部屋へ帰ってから気づいたアッシュは慌てて朝こちらへきたのだった。しかしジョーイは首を横に振るとにこりと笑った。

 

「いいえ。いざとなれば私もラッキーもそれ相応の対処は出来ます。その上でお預かりしたんですから構いませんよ。むしろ、トレーナー達から良く聞く子だったので気にしていたんです。ありがとうございました」

 

きっとこれからはもう少し落ち着いてくれるんじゃないかしら、と言うジョーイにアッシュもこちらこそタオルやら何やらありがとうございましたと礼を述べる。そこで話は終いとし、イーブイと一緒に朝ご飯を食べに食堂へと向かう事にした。

食後、そういえばカンポウへの連絡がまだだったと気づいたアッシュはとりあえずカンポウへ連絡を入れる為通信機の前へと移動する。

通信を入れると割とすぐに出たカンポウが早々呆れたような声を上げた。

 

「なんじゃい、まだポケギアに登録しとらんのか!」

「あー、」

 

そういえばそうだったとその時になって気づいたアッシュは誤魔化すように頭を掻きつつ、今度までにはしておくよと苦笑する。

帰ったら荷物の中から探しださねばならない。

 

「昨日薬草を採った後、大雨にあってそのままエンジュに来たんだ」

「おぉ!そうじゃったか!ならば丁度良い!鞄の中に薬草が入っとったじゃろ?」

 

言われてそんなものあったっけとよくよく思い返してみると、そういえば薬草らしきものが入った袋があったなと思いアッシュは頷いた。

遺跡で出会ったあのポケモンが気にしていた匂いの元凶である。

 

「言いそびれたんじゃが、それをエンジュのジムリーダーに届けて欲しいんじゃよ」

「ジムリーダー?」

 

元々頼むつもりだったんじゃがお前さんいきなり飛び出して行ったじゃろ?と言われ、アッシュはうっと言葉に詰まる。

確かになにか言っていた気がするが、パラセクト云々でそれどころではなかったアッシュは逃げ出したのだった。

しかも、何を話しているのか気になったらしく、画面の端ではラッタと共にパラセクトらしきキノコのカサが見え隠れしている。

どうやら昨日コガネでも雨が降ったらしく、今日はパラセクトも絶好調らしい。

わさわさとキノコを揺らす様子を見て初対面時の恐怖を掻き立てられたアッシュは無意識に身震いしそうになったが、それをぐっと堪える。

 

「エンジュのジムリーダーは知っているじゃろ?」

「いや、知らない…」

「トレーナーなのに知らんのか!」

 

驚いたカンポウは目を丸くして驚く。

そもそもアッシュはトレーナーになってあまり日が経っていないのだが、カンポウはそんなことお構い無しである。

 

「エンジュのジムリーダーはマツバというゴースト使いじゃ。ポケモンセンターにおるのならマップで確認すると良いじゃろう」

「……あぁ、分かった」

 

カンポウはそう言って長い髭をさするが、アッシュはそんな事よりもパラセクトが今にもひょっこり顔を出すのではないかと画面が気になって仕方なかった。ひょこひょこと揺れるきのこのカサに気が落ち着かない。

 

「――というわけじゃ!頼んだぞ!」

「え?あぁ。うん、分かった!」

 

思わず意識がそれている内に話が終わったらしく、これ幸いとばかりに電話を切るとふぅーっとため息を吐き出した。

一部始終を見ていたイーブイは呆れたような顔をしているが最早慣れたものだ。

 

「さっそくここのジムリーダーに配達だってさ。ジムリーダーを探しに行こうか」

 

アッシュは荷物を確認すると、イーブイを連れて早速エンジュジムへと向かう事にした。



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3

やっと…やっとキャラが出た…!!色々ねつ造注意


エンジュジムはエンジュシティの北側にあり、赤土色の屋根と紫のラインが特徴の建物だ。

古風な街全体の外観を損なわないよう他のジムよりも落ち着いた色に作られているらしい。とはいえ、アッシュはコガネのジムくらいしか知らないのだが。

 

 

「すみません!」

 

アッシュが大きなジムの扉を叩くと、一人の老婆がぬっと音もなく顔を出した。あまりにも音なく出てきた為驚いて思わず一歩後ろへと下がる。

 

「…!」

「…おや、ジム戦かぇ?」

「いえ、配達に来た漢方屋です。ジムリーダーのマツバさんはいらっしゃいますか?」

 

挑戦者と間違えたらしい彼女はアッシュの言葉を聞くと納得したのか、うんうんと頷いて従業員用らしい入り口に案内してくれる。

ここでお待ちを、と言われて畳部屋の客室らしきところでイーブイと大人しく待っていると何やらふわふわと寄ってくる気配がしてアッシュは顔を上げた。

するとすぐ近くに大きな目をしたガス状のポケモンがふよふよと浮かんでいる。

 

「え?」

「ゴースゴスゴス」

 

そのポケモンはアッシュの周りをぐるぐると回り楽しそうに笑っている。

誰だとか何とか言っている気がするが、兎に角周りを動き回るので目で追いきれない。

纏っている黒いガスは寒いという程ではないが、触れるとややヒヤリとしている。

 

「ブーイ!!」

 

降りてこいと怒るイーブイを慌てて捕まえ宥めにかかるが、ポケモンは面白そうに周りをグルグルと回るだけだ。

一体何事かと驚いていると、すぐに一人の青年が入ってきた。

 

「ゴース、ここにいたのか」

 

呼ばれたゴースというポケモンは青年を見るとようやくアッシュから離れ、くるくると回転しながら嬉しそうに青年へと寄っていった。

ゴースに手を添えるような仕草をするとゴースの周りのガスがふよふよと形を変える。どうやら喜んでいるらしい。

アッシュは相手が入ってきたことで一旦イーブイを離して立ち上がるとお辞儀をした。

 

「やぁ、君がアッシュ君だね。僕はここのジムリーダーをやっているマツバだ。このポケモンはゴース。ジムで使用しているポケモンだよ」

「あ、どうも。漢方屋から配達に来ました、アッシュです」

 

そんな2人を見ながらゴースもマツバの隣でお辞儀の真似をする。ぺこっと音がしそうなお辞儀はちょっと可愛い。

まあ座ってと促され、2人は向かい合わせに座り直すと、何故かゴースはアッシュの隣にぴったりと寄り添った。

と思ったら、すぐにイーブイがブイブイ!と文句を言い始める。

しかしゴースは気にした風もなくアッシュの周りを縦横無尽に飛び回り何かしら声をかけてくる。

その内容はどこから来ただとか、この匂いは何だとか、遊ぼうだとか様々だ。

人前なのでそれに応じはしないが、無視されてもゴースは気にした風もなく話しかけ続けている。

 

「アッシュ君は随分ゴースに気に入られているようだね」

「いや、なんでは分からないんですが…おい、イーブイやめろ!いたた!!」

 

面白そうに見学するマツバの前で困惑したアッシュは話をしようとするが、イーブイがゴースに飛び掛ろうとする為それどころではなかった。

とはいえ、ゴースに技が効かないのか全ての技が通り抜ける為その隣にいるはずのアッシュが痛い思いをするだけである。

 

「ゴース、ヨネコさんが呼んでいたよ」

「ゴースゴス」

 

見かねたマツバがそう声をかけるとちぇ、とか何とか残念そうに呟きゴースは部屋を出て行った。

 

「すまない、普段はここまではしゃがないんだけどね」

「いえいえ。あの、それより……前エンジュに来た時に会った人ですよね?あの時はお世話になりました」

 

先程は気づかなかったが、話しているうちに前回配達に来た際にお婆さんのいる所を教えてくれた彼だと気づいたアッシュは礼を述べた。

 

「覚えててくれて嬉しいよ。実は漢方屋の人だと聞いて話してみたいと思っていたんだ」

 

この街には若者があまりいないから、とマツバは続ける。

 

「確かに、ここは穏やかな所ですからね」

「まぁ、そんなところが気に入っているんだけれどね。やはり年の近い友人は欲しいものだよ」

 

良かったらこれから仲良くして欲しいと告げられれば特に断る理由もなく、いいですよと頷いた。

 

「でも、敬語はいりません」

「あぁ、そうしよう。アッシュ君も必要ないよ」

 

アッシュが分かったと言うとマツバはそうしてくれと満足そうに笑ったので、忘れないうちにと薬草を手渡す。

代わりに代金を受け取りながらマツバは思いついたように、

 

「ところでアッシュ君。君、ポケギアは持ってるのかい?」

 

良かったら交換して欲しいんだけどと言われて、つい先程カンポウと交わした会話を思い出して苦笑すると、不思議そうな顔をされた為あらかた説明した。

 

「そうだったのか。じゃあ見つけたらカンポウさんと一緒に登録しておいて」とアドレスが書かれたメモを渡される。

分かったと言ってそのメモを仕舞うと、マツバに「ついでにジム戦もして行くかい?」と聞かれたのでアッシュは即断った。

 

「たまたまトレーナーになっただけでイーブイしかいませんから」と言うアッシュにマツバは気が変わったらいつでも教えてほしいと言って笑う。

気が変わることはないだろうと思いながらも、その時はとだけ言ってアッシュはお暇することにした。

 

「さぁて、帰ろうか」

「ブイブイ」

 

ジムを出た後、ぐっと伸びをすると眉間にシワを寄せたイーブイがやっとかと言いた気に鳴くと先頭をトコトコと歩き出した。

 

 



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大体のことは急に決まる

エンジュを出たその後は特に何事もなく、トレーナー達にバトルを申し込まれたりしながらコガネへと到着した。

 

「やっと着いた……!!」

 

前回に引き続き久しぶりに他の町に泊まったりした為だろうか、見慣れた街が何だか懐かしく思える。

途中戦闘続きだったのはイーブイなので自分は何もしていない筈だが慣れ親しんだところに着くと肩の力がほっと抜ける。そこで初めて何だかんだ緊張していたんだと気づいた。

足元のイーブイを見ると、ブルブルと頭から尻尾にかけて身体を順番に震わせて道中着いた汚れや砂埃を払っている。

 

「あー、実家帰ったりしたらもっと懐かしいのかな」

 

そういえばどのくらい帰ってないんだろうかとふと考えてみたが、1年を越えたあたりで考えるのを止めた。

それよりもカンポウのところへ寄って早く部屋でゆっくりしよう、と考えていると後ろから「おーい」と声が聞こえた。

振り返ると、バイト先である自転車屋の店長がアッシュに向かって手を振っているのが見える。その後ろではふよふよとレアコイルが浮いているのが見えた。

だいぶ遠いところにいたように見えたのだがスポーツをやっていたと聞いていただけあり、あっという間に距離を詰めた店長はにこやかに笑った。

 

「なんて丁度いい所に!」

「一体どうしたんですか?」

 

そういえばいい部品とやらを取りに行っていたのではと首を傾げていると、レアコイルが言いにくそうな様子で機械音を鳴らした。

よく分からないがいつものやつと言っているらしい。いつものやつとは何だろうかと首を傾げていると、

 

「このパーツに最適の車体を探してくるよ!暫く休業するからその間のバイトはカンポウさんにお願いしたよ!」

「は?!」

 

何やら唐突に新しいバイトが決まっていた。

そうだ、店長は良いパーツが出来たと人づてに聞くとすぐに飛んで行く癖があるがそれだけじゃない。良いパーツがあればそれに見合うパーツを探さないと気が済まないひと(自転車オタク)だった。

お陰でアッシュがバイトを始めて何回か彼の店は臨時休業している。

すっかりそのことを忘れていたアッシュは思わず胃を抑えた。

 

「ちょっと長くなりそうだから、君も急に仕事が無くなったら困るだろうと思ってね」

 

と言われ確かに困るけどもと言葉に詰まる。しかしそれならばちゃんと色々説明して欲しい。主にバイト時間と日数と時給について詳しく!流石に無償ボランティアに毛が生えた程度の雀の涙ものだったら生活が出来ない。

割と死活問題だと危惧したアッシュが口を開こうとした時には「船の時間が!」と時計を見た店長がくるりと踵を返していた。相変わらず行動が早い。

 

「じゃあアッシュ君!また今度!」

「ちょ!店長?!」

 

鍵はまだ預かっててねー!と言いながら走り去っていくのをレアコイルもごめんとかそんな謝罪の言葉を鳴らしながら自分のトレーナーを追いかけていく。

来た時同様あっという間に見えなくなった彼らを追う余裕も体力もアッシュにはなかった。

嵐のように騒々しく去っていったあとは

「え…えぇー……」

 

何も言えず脱力したアッシュは暫しその場に立ち尽くしていたが、イーブイがどうするんだと鳴いたことで我にかえる。

立っていてもどうにもならない。とりあえずカンポウの家へ事情を聞きにいく事にしようと当初の目的通りカンポウ宅へと足を運ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

「戻りましたーっと」

「おぉ!アッシュか!ご苦労じゃったのぅ」

「あぁ。爺さん、あのさ」

「ん?」

 

入ってすぐにパラセクトの姿を探したが、どうやら今日はまだ外にいるらしく部屋の中にあの大きなキノコは見つからない。

それを察してか、足元にいたイーブイが呆れたようにため息をついたがアッシュは知らないふりをした。

そしてそのまま先程の嵐のように去っていった店長のことを話す。

 

「それならわしも知っておるよお前さんのバイトの話じゃろ」

 

あやつ話とらんかったのかとカンポウは呆れ気味な顔をしていたが、聞いた覚えがなかったので内心焦っているとカンポウはことの詳細を説明し始める。

それによるとアッシュは自転車屋のバイトを一時休職し、漢方屋で正式にバイトとして雇って働くというものらしかった。

バイト代も変わらずどころかむしろ場合によっては上乗せであるらしい。

二人で決めたことらしいがまずは自分を通してくれるのが道理ではなかろうか。とはいえ、新たなバイトを探す手間が省けるのは正直言って有難い。

有難いのだが、ここには苦手なパラセクトが存在している。それを思うと呑気に喜んでもいられない。

 

「いや、でも爺さんにも悪いし」

 

焦ったアッシュは上手い言葉が出てこず口籠る。そんなアッシュを知ってか知らずかカンポウはヒゲをさすりながら笑った。

 

「まぁ、あやつが休業するのはいつものことじゃよ。いいパーツを見つけるとすぐ何処かへすっ飛んでいくからのぅ」

 

ふと、目を輝かせて親指を立てる店長の清々しい顔が頭をよぎってアッシュはどっと疲れが出た。親指たててる場合じゃないよ早く帰ってきてください。

そんな幻覚を見つつも「うーん、」と悩むアッシュにカンポウは「別に悪い話ではないじゃろ?」と笑った。

確かにどちらにせよバイトを探さなければいけなかったのだから早く見つかる分結局は良かったのだろう。

訂正する意味がなくなった為、アッシュは落ち着くために一つ息を吐き出すとカンポウに頭を下げた。

 

「分かった。今日からよろしく…お願いします!」

 

ケジメなのでここはちゃんと敬語を使わなくてはと力んだのが分かったのか、カンポウが笑う。

 

「こっちこそ頼んだよ」

 

アッシュ達の横で何がなんだがよく分かっていないイーブイがしかめっ面をしている。明らかに説明を求める顔だが、アッシュが口を開くより早くカンポウのラッタが話しかけに行くのが見えた。

断片的にしか分からないがどうやら事のあらましを説明してくれているらしい。

ラッタなりに身振りをくわえているからか、フリフリと揺れる尻尾が割と可愛い。

 

本当に良く出来た奴だなぁと思いながらアッシュはカンポウと詳しいバイトの話をする為、いつもの定位置へと腰を下ろしたのだった。



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たまには息抜きも必要である

訂正:ノクスの記憶違いで石の表現が間違っておりました。大変失礼致しました。2/1


カンポウの所でのバイトが決まってからというもの、配達や薬草調達のバイトだけでなく、薬草の勉強……の前に旧字を読む練習をする日々が始まった。

勉強中もカンポウは時給を出すと言ってくれた。イーブイがいることで今まで以上に家計が嵩むようになったアッシュにはかなり有難い申し出である。

 

「うーん…」

 

ぱらりぱらりと古い薬草帳のページをめくりながら食い入るように見つめてみるが成果が得られず、いつの間にか止めていた息をふぅっと吐き出した。

最初の数ページは頭に入ってきているので手書きの絵や写真を見ればすぐに何が書いてあるかは分かってきていたが、それは暗記に過ぎず読めているわけではないのだ。

読めるようになるのは一体いつなんだろうな、とほうけているとバシンバシンと何かを叩く音が聞こえてきてそちらを見た。

 

「どうした?」

 

音はするものの、イーブイの姿は完全に棚の後ろに隠れてしまっていて何をしているのかイマイチ見えない。

その間にも続く不穏な音に棚裏を覗き込むと、イーブイはポケモン用の玩具のボールを尻尾や前足を使って器用に叩きつけていた。

それはここの所缶詰になっていることを気にしたカンポウが買ってきたものである。まだ数日前には新品だったはずのそれは年季の入った玩具に成り果てていた。要するにボロボロなのである。

 

バシン

バシンバシン

バシンバシンバシン――ゴスッ

 

「おいおい、一体どうした?」

 

あまりの物音に何事かとアッシュは驚いて声をかける。

しかしイーブイはそんなこちらを見向きもせず玩具をバシバシと叩いたり振り回したりして遊んでいる。

使い方としては合っている。

合っているのだが、それは子供が無邪気に遊んでいるというよりはどうしようもないストレスをどうにか発散しようとしているように見えた。

 

「あー、ちょっと出掛けようか」

 

流石にこもり過ぎたらしいと悟ったアッシュがそう声をかけるとイーブイはピタリと動きを止めてこちらを見やりった。

ツンと気を張るよう気をつけているようだが、ゆらゆらと心無しか尻尾が揺らいでいる。どうやら喜んでいるらしい。

さて何処へ行こうかと考えてみるが、明日にはまた配達のバイトが控えている為あまり遠くに行くことは出来ない。

アッシュがすぐ行けそうな場所はその辺りの草むらくらいしか思いつかなかった。

どうしたものかと首を捻ったところでそういえば35番道路の先にある自然公園には行ったことがないということに気づく。広い園内を通ると遠回りになってしまう為、アッシュは基本配達の時には道らしい道がない獣道を辿ることが多いのだ。

では早速自然公園へ行こうと準備をし、適当にいつもの上着を羽織り外に出た。

せっかくの散歩なのでイーブイはボールから出したままである。

 

 

 

自然公園に到着して早々、なにやらイベントが行われているらしく人が集まっているのが見えた。

 

「なんか騒がしいとこだなぁ」

 

アッシュがぽつりと呟くと、それに呼応するようにイーブイが鳴くのが辛うじて聞こえた。それくらい人がいてガヤガヤとしている。

人に比べて遥かに小さいイーブイが踏まれやしないか内心気にしつつ、周りを見渡す。

 

「何かやってるのか?」

「虫取り大会だよ!」

 

集団の外れにいた赤い上着の少年が振り返る。アッシュの呟きが聞こえていたらしく、そのまま丁寧に教えてくれた。

なんでも毎週決まった日に虫取り大会があるらしく、今日もそのために参加者はこうして登録をするらしい。

その間勿論園内は普通に開放されているので参加しない人達は思い思いに過ごすことが出来るとのことだった。

 

「そんなこともやってるのか」

「結構面白いぜ!優勝すると進化の石が貰えるんだ!」

 

俺はそれ狙いだよと言って少年は笑った。後ろ前に被った帽子が如何にも活発そうな様子だ。ボールベルトには6個きっちりついているのできっとこういった大会だけじゃなくバトルとかも好きなのだろう。

教えてくれた少年に礼を言い、勿論参加しないアッシュは入り口に向かおうと歩き出した。

 

のだが、途中で右足に負荷がかかる。

 

ズボンの裾に噛みつかれたのだと気づき、一度足を止めると、ゆっくりと下を向いて尋ねる。

 

「どうしたイーブイ」

 

見ればなんと珍しいことにズボンの裾を噛んだままキラキラした熱い視線を何処かに送るイーブイがいた。

え、こんな顔見たことないんですけども。

イーブイの向いている方を見ると、参加した際の賞品が飾られているようだ。

1番高いところで宝石のように輝く石が少年の言っていた進化の石というものなのだろう。

しかしイーブイの視線は更に下の石に注がれている。

何に使うものなのかは分からないが、見た目はただの丸い石のように見える。ちょっと艶があるかなというのは分かるがそれだけである。なぜ欲しいのか正直イマイチ分からない。

 

「ブイ!」

 

あれが欲しい!はっきりとそう告げたイーブイはグイグイとズボンの裾を引っ張る。だんだんイーブイの唾液で濡れてきたのか、何となく湿っぽい感触がする。

しかしそんなこと気にせずイーブイは尚も欲しいと目を輝かせた。

普段横暴な態度を取るイーブイだが、食事以外で何かをアッシュに強請る事はかなり珍しい。そのイーブイが欲しい欲しいと言っているのだからあの石を余程気に入ったのだろう。

まあそもそもイーブイの気分転換の為に来たのだからやりたいなら参加すべきだ。

 

「参加するならここに並ぶんだぜ!受付をするから名前を書くんだ!」

「あぁ、ありがとう」

 

状況を察したらしい少年が自分の後ろを指差す。頷いたアッシュは少年の後ろに並ぶことにした。

 



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2

※前話に出てきた石の表現を緑を帯びた丸い石→ただの丸い石に訂正しています。失礼致しました。


参加方法は簡単で、手持ちのポケモン一体でポケモンを捕まえるとそのポケモンが審査対象となるらしい。

待っている間に教えてくれた少年のアドバイスによるとストライクやカイロスの評価が高いらしい。また、あまり攻撃せずに捕まえるのがポイントだとも教えてくれた。

 

「色々教えてくれてありがとう」

「おう!お互い頑張ろうぜ!」

 

少年はそう言うと手持ちのモンスターボールを持ったまま草むらへと駆けていった。

さて、こちらのポケモンはというと勿論やる気満々のイーブイである。

というか、イーブイしかいないので参加してもらうしかない。

 

「ストライクかカイロスか……知らないんだよなぁ」

「ブイブイブイ!」

 

イーブイもその二体をよく知らないらしく眉をひそめていた。響き的にはとても強そうな名前だが見た目が想像つかない。

イーブイはとにかく捕まえるとか何とか言っているらしい。

 

「張り切ってるとこ悪いんだけど、優勝してもあの石は貰えないぞ」

「……ブイー?」

 

あれは二等賞だと言うとイーブイはあからさまに面倒臭そうな顔をした。

優勝を目指すよりある意味難しいことは確かなので何とも言えない。

結局よく知らないストライクかカイロスを捕まえるより、出てきたポケモンをあまり攻撃せずに捕まえる方が確率が高いと考え、とにかく草むらの中を探し回ることになった。

 

「……なんか、そもそもポケモンが出てこないんだが…」

「……ブイブイブイ!!」

 

何でだよとか何とかイーブイが喚くが、はたと動きを止めるとジト目でアッシュの方を睨んできた。

 

「ん…?え、――あぁ!」

 

何事かとアッシュは暫しその視線の意味を考えていたが、すぐにそれが自分から漢方薬のにおいがするからだと悟った。

 

「あー、そうだよなぁ」

 

ポケモンが嫌う匂いらしいからなと明後日の方を見て呟く。

足元からイーブイがギリギリと歯ぎしりするのが聞こえた。

よくよく辺りを見渡してみるといつの間にか周囲の人間は最初より格段に減っており、逆に開催テント付近に人が集まり出している。

最早絶望的とも言える状況にアッシュは困ったような表情を見せたが、イーブイの方は何かに気づいたらしく弾かれたように後ろの茂みを振り返った。

アッシュも何事かとそちらを振り返ると、大きな木の根元付近の茂みがガサガサと揺れている。

何かは分からないがとりあえず一匹は捕まえなければとボールを構える。

 

 

――出てきたのは小さなキノコのカサだった。

 

 

アッシュはズサッと数歩後ろへ下がる。既視感あり過ぎるフォルムに冷や汗が止まらない。

逆にイーブイはゆらゆらと尻尾を左右に揺らして低姿勢を構えた。

そんな中、キノコが尚もガサガサと揺れる。それが一番激しくなった時にひょっこりと姿を現したのは初めて見る姿のポケモンであった。

オレンジの身体に背負った2つのキノコは赤地に白の水玉模様である。

これまた見覚えのある姿にアッシュは顔を引きつらせかけたが、そのポケモンの瞳はくりくりと丸く色は澄んでいたため、そこまで拒絶反応を示すことはなかった。

しかしどう見てもパラセクトの進化前の姿であろうポケモンを前にしてアッシュの冷や汗が止まらない。

ここは一旦引いて違うポケモンにしようかと思ったが、イーブイはそんな事はお構いなしに飛び出して行った。

 

始めから攻撃は最小限にと決めていた為、アッシュの命令も待たずにイーブイはポケモンの周りをぐるぐると回りながら砂かけを仕掛ける。

驚いたポケモンが目を閉じながらふるふると小さなキノコのカサを揺らすと、何やら黄色い胞子が宙を舞う。

それに気づいたイーブイは一度身を引いてサッと距離を取ったが、すぐにパラパラと飛んでくる胞子ごと押し返すように先程よりも盛大に砂かけを続けた。すると胞子が土煙に混じるようにして、放ったポケモンの方へと流れていく。

ポケモンは最初の砂かけで目をやられてしまったらしく、見えないながらもわたわたと足を動かしながら慌てて避けようとしていた。

しかしその前に自分の放った胞子が掛かりプルプルと震えた後にぺたんと地面に足を投げ出す。

 

どうやらあの胞子は麻痺か何かの効果があったらしい。

アッシュはそれを確認した後、予め渡されていたボールをポケモンに投げつけた。

ボールの中心部分が赤く点滅しながらカタカタを数回ボールが揺れた後、光が消えて静かになる。

 

「よし、こいつでいいか?」

 

全く微動だにしないボールを見て無事ゲット出来たらしいことを悟ったアッシュは、横でどうしようかと悩んでいるイーブイを見やった。

 

「どうするよ?」

「ブイブイ…」

「いやー……うーん?」

 

石が貰えるかと聞かれても正直微妙としか言えない。

というか、何が優勝なのか分からないので何も言えないアッシュであった。

その後うんうんと悩んだものの、結局その一匹以外にポケモンが飛び出して来なかった為そのまま審査をしてもらうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二位!パラスを捕まえたアッシュ!」

 

一位はアッシュ達にアドバイスをしてくれた少年で、彼はカイロスを捕まえたらしい。

成る程、あれがカイロスかぁと少年の方を見ながら賞品を受け取ると、イーブイが早く見せろと足元でせっつくので屈んで見せてやると嬉しそうに目が輝いていた。

あまりにも喜ぶイーブイを見て、この石をネックレスにしてイーブイの首にかけてやろうとアッシュは今日の予定を変更したのだった。

 

 

 

 

 

 

ちなみにパラセクトの進化前であるらしいあのパラスは主催者側に持って帰るかと聞かれたので全力で公園内に逃がした。

 



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連絡は一方通行でも何とかなる

あれからどうにかこうにか苦戦しながらもなんとかカンポウの旧字体を読めるようになった時には既に2週間が経過していた。

その間近くへの配達をする以外は家に缶詰の日々である。

今日もこれが終わればウバメの森へ行く予定だ。

 

「ふぅ…おーわりっと!」

 

今日の課題としていたカンポウの薬草帳の写しを終了すると、ぐっと伸びをしてからすっかりぬるくなってしまった甘いコーヒーを飲み干す。

そういえばイーブイは何処に行ったのだろうと辺りを見回して見ると、何やら奥の棚をゴソゴソと漁っている後ろ姿を発見した。

たまにこうやって部屋の中を嗅ぎ回るのを見るが、イーブイがやると大抵周囲がぐちゃぐちゃになっていくのが多い。今も、前足で色々とものを引きずり出しては後ろ足でぺいっと蹴って邪魔な物をどかしている。

なかなか器用な光景だが、片付ける事を思うと気が滅入る光景だ。

とはいえ、なんだか楽しそうな背中(というよりふさふさの尻尾)なので止めるのも憚られる。

 

「あー、あんまり汚すなよー」

 

イーブイのそばへ行き少し後ろでしゃがみこむと、蹴り出してきたもの達が膝に当たる。それを避けて座り直しながら、出したもの達を一つずつ拾い上げていく。

片手がいっぱいになったなと思ったところで転がっていた中に探し物が混じっていた。

 

「あ、これ」

 

見覚えのあるそれは少し古くなったポケギアだった。

しまい込んでいたせいか、所々埃を被っている。イーブイは大丈夫だろうかとそちらを見るが、埃が付いている様子はない。

 

「……すっかり忘れてたなぁ」

 

カンポウにも先日会ったマツバにも言われていたのに頭から抜けていた。

思い返してみれば最初に一度探したものの、なかなか見つけることが出来ずそのまま諦めてしまったのだった。

イーブイはアッシュがポケギアを弄り始めたのを見て気がそれたようで、ちらりとこちらを見た後で掘り出す手を止めた。前足を突き出すようにグイッと体を伸ばす。

それがすむとそのまま今度は毛繕いを始める。その首元では丸い石がちらちらと揺れていた。

緑のワイヤーでぐるぐると巻いて作ったそれは何となくアクセサリーっぽく見える。

 

先日虫捕り大会の景品で手に入れたそれをアッシュは考えていた通りネックレスにしてイーブイに渡したのだった。

何の石なのかはよく分かっていなかったが、イーブイはそれからかなりご機嫌である。いつもより嬉しそうな様子なのでよしとしよう。

 

ちなみにこの穴掘りの様な行動は何度言っても無視されるので諦めている。

しつけしようと思えば出来るのかもしれないがそれもやめた。その分のストレスを解消させるための代案を出せるかも、実行してあげれるかも分からないからだ。

イーブイからすれば家に缶詰状態は暇なのだからお互い様だろう。

それはともかく、とりあえずポケギアを起動してみなくては。壊れてやしないだろうかとやや不安な面持ちでアッシュはポケギアの電源を入れてみた。

 

「……うわー」

 

かれこれ二年近くはほったらかしにしていたポケギアにはたくさんの着歴が残っているが、その殆どが弟分二人組からだ。母から来たのは2通だけである。

実の母親よりも多いとは一体どういうことなのだろうか。

そういえば母親自体気がつくとあちこち出歩く性分だった。息子が連絡を寄越さなくてもあまり気にしないのだろう。

以前半年程音信不通になったと思ったら手持ちのゴーリキーを連れてシンオウ地方へと旅に出ていた事があったくらいだ。

 

しかしとりあえず連絡は入れておくべきだろうと思い通信してみたが、どうやら留守らしく誰も出なかった。

また何処かへ行っているのだろうと思い、あまり気にせず留守電でそのうち帰る旨を伝えると通信を切る。

さて残るは弟分二人――故郷であるマサラタウンでは何かと有名なグリーンとレッドの二人組である。

連絡先を前にアッシュはどうしたものかと暫し考え込んだ。

グリーンの方は今電話を入れると母親以上に何をしてんたんだ今すぐ帰って来いと色々うるさい気がする。

ジムリーダーとは世話焼きな性分なのだろう。昔からよく相手を見ている子だった。

 

とりあえずグリーンは後回しにして何もせず、レッドにだけ通信をを入れてみることにする。

登録された名前にかけてみて、暫く待った後にようやくポケギアが繋がった。

 

「……?」

「レッドか?」

「…い……どこ……るの?」

「え、何?聞こえないんだけど」

 

とりあえず繋がったものの、やたらと電波が悪いのか雑音ばかりでレッドの声は殆ど聞こえない。

今や映像付きの通信機器が主流だが、アッシュのものは年代物なのでそんな大層なものは付いていない。なので声が聞こえない以上相手の様子はさっぱり分からない。

 

「俺は元気だよ。そのうちそっちにも顔出すから。電波が悪いみたいだからとりあえずまた掛けるな」

「――って……!……っ!!」

 

何やらまだ叫んでいるようだったが、一応生きているようだしまぁいいかと思い――アッシュは無情にも通信を切った。

多分また山にでもこもっているから電波が悪いのだろう。また下山したら連絡がくるかもしれない。――出るかは分からないが。

とはいえ、そのうち帰ろうと思っているのでどちらにせよ連絡は必要である。とりあえず連絡を入れたので今回はこれでよしとしようと誰に言うでもなく自分に言い聞かせた。

 

その後、カンポウとマツバの番号を登録し、マツバにも通信を入れるとこちらはすぐに繋がる。

 

「――はい」

「あ、マツバか?」

「その声はアッシュ君かい?」

 

 

 

そうだと伝えると向こう側で相手が笑ったのが伝わってきた。

 

「随分遅いから忘れらてれしまったのかと思ったよ」

「……悪い。ポケギアがなかなか見つからなくて」

 

イーブイが見つけ出すまですっかり忘れていたとは言えない。苦し紛れにそう言うと知ってか知らずか「気にしていないから」と笑われる。

なんだがいたたまれない。

後ろではポケモンが話を嗅ぎつけたらしく、誰だ誰だと寄ってきている声も聞こえてきた。多分この前会ったゴースだろう。

それをに対しマツバが「アッシュ君だよ」と伝えるとゴースは嬉しそうな声を上げた。

我がことながら何故そんなに好かれているのかよく分からない。

ゴースは一生懸命その後も話しかけてきていたが、マツバがやんわりと遮る。

 

「アッシュ君はこれからまたバイトかい?」

「あぁ。これからウバメの森にキノコと薬草を取りに行ってくる予定だ」

「そうか。じゃあ、気をつけてね」

 

またエンジュに来る時は連絡してよと言われたので分かったと伝えるとそこで電話は切れた。

これでやっておかなければならないことは終わった。

肩の荷が降りたアッシュはもう一度伸びをすると未だ向かい側で毛繕いしているイーブイを見やった。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

そう言うと、フンと鼻を鳴らしたイーブイがアッシュの横を通って玄関へと歩いて行く。

アッシュもまたいつもの鞄を持つと、ウバメの森へと向かう為玄関へと向かったのだった。



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とりあえず迷った時は道を聞け

※私生活多忙の為暫く投稿予約に頼って潜ります(コメント返信遅くなります)


「イーブイ、そう怒るなよ」

 

足元でイライラとした様子のイーブイにそう言うと、不機嫌さを隠しもせずプイとそっぽを向いている。

それにやれやれと肩をすくめ、正直困ったなとそのまま空を見上げて見たが、目に入るのは茜色の空が木々に縁取られた姿だけだった。

 

 

 

 

マツバに電話を入れた後、早速ウバメの森へ漢方薬の材料となる薬草やキノコを取りに来たアッシュ達だったが、あまり森に慣れていないアッシュとイーブイはすっかり迷子になってしまったのだ。

何とか目当ての薬草とキノコは手に入れたものの、その後森を出ようにも出られず延々歩き回っている状況である。

こんな事ならラッタを借りてくるんだったなぁとアッシュはぼやいてみたが後の祭である。

いつもなら虫取り少年など誰かしらが森にいるのだが、今日は運悪く誰にも会っていない。

たまたまいないだけなのか、正規のルートから大きく外れ過ぎて見かけないのかも分からない。

試しに大声をあげてみたが特に何も返ってこない。

こうなったら野生のポケモン達に聞いてみようと意を決してはみたが、どうやらアッシュには漢方の匂いが染み付き始めているらしく殆どポケモンが寄ってこなくなっていた。

 

あ、これヤバいヤツだなとアッシュも内心焦り始める。

 

それでも野生ポケモンを探してウロウロしているうちにすっかり体力を奪われてしまう。

歩き回っていても一向に改善の兆しが見えないからか、あまり気が長くないイーブイは苛々を周りにぶつけ始めていた。

ダンダンと後ろ足を地面に叩きつけるように踏み鳴らす様子にアッシュはため息をつく。

 

「とりあえずあの湖のそばで一度休もうか」

 

このままではまずいだろうと思い数メートル先に見えた湖を指差すと、イーブイはプイとそっぽを向きながらも湖の方へと歩いていく。

静かに水を飲み始めたイーブイに習ってアッシュも湖畔に片膝をつくと、湖の冷たい水をすくって飲んでみる。

思いの外バテていた身体ではひんやりとした水が喉を通っているのがはっきりと分かり、その爽快感でやっと一心地ついたような気持ちだった。

 

そのまま岸辺に座り込み、さてこれからどうしたものかと考え込む。ポケギアは持ってきているが、どうも調子が悪いらしく繋がらない。

森に入り込み過ぎたのか、機器自体のせいなのか。

また試してみるかとポケギアを探してポケットに手を突っ込んだところで、水面にゆらゆらポケモンの影が見えるのに気がつく。

もうこうなったらコイキングでも何でもいいので話しかけてみようと揺れる水の先をじっと見つめる。

するとぴょこんと青い頭が顔を出した。

 

「ウパ?ウパパ!」

「あ、お前遺跡の……ぶわっ!!」

 

何のポケモンだろうかと身を乗り出していたアッシュは、避けることも出来ずに正面から水鉄砲を浴びることになった。

 

「ウパウパー!」

 

びっくりして顔を拭くアッシュを見て、悪戯が成功したポケモンの方はやったやったと嬉しそうに水中を泳いでいる。

出会い頭に知った顔だ的なことを呟いていたのでどうやら遺跡でみかけたのと同じ個体のポケモンのようだ。

 

「ブイブイブイ!」

「ウパー?ウパパ!」

 

騒ぎに気づいたイーブイが寄ってきて件のポケモンに文句を言うが、ポケモンの方は怒られている自覚がない。寄ってきたイーブイを見て喜んだポケモンは陸に上がってくるとそのままイーブイを追いかけ始めた。

どうやら前回の続きをするつもりらしく、遊んで遊んでとせがんているのがかろうじて分かる。

只でさえ歩き回って疲れているのか、イーブイはやめろやめろと逃げ回っている。しかしポケモンの方はそんなこと御構い無しにイーブイを追いかけてはあれやこれやと話しかけている。

 

「お前なんでこんな所にいるんだ?」

 

ダダダダと走るポケモンにアッシュがそう問うと、イーブイを追いかけるのを一旦止めたポケモンは立ち止まったまま暫く考え込む。

 

「ウパ!」

 

どうやら散歩と答えたらしい。

その後は、くるくるとイーブイとアッシュの周りを走り回ってはあれやこれやと何やら話しかけてくるがすべては聞き取れない。

このポケモン自体がみなこんなに懐っこいのかは分からないが、この個体はかなり誰かと触れ合うのが好きなようだ。

それにしても散歩でこんなに遠くへとやってくるとは、ポケモンって恐ろしい。

そしてそんなことを思っているうちにアッシュにまとわりついていた筈のポケモンはいつの間にかまたイーブイを追いかけ回していた。

 

「ホント自由だなこいつ…」

 

思わず呟いたが、追いかけっこをしているポケモンは勿論のこと、追いかけられているイーブイも聞いている様子はない。

 

「あいつの種族名なんだろう…」

 

明らかに水タイプらしいことは分かるが、見たことがない為名前がわからない。

そんな事を考えているうちにイーブイとポケモンの追いかけっこは激しくなり、とうとうブチ切れたイーブイがポケモンに噛み付こうと飛び掛って行く。

噛みつかれたものの、すぐに体勢を立て直したポケモンも嬉しそうに水鉄砲をお見舞いしてきた。

 

どこまで行ってもこのポケモンにとっては遊びの延長のようだ。

 

「おいおい、お前たちそろそろ止め――あーぁ…」

 

次第に激しくなる攻防にどこに潜んでいたのやら、虫ポケモンや鳥ポケモンがどんどん逃げていくのが見える。

流石に止めなければとアッシュが声をかけた時にはイーブイの突進がポケモンに決まり、二匹とも背後の木に激突するところだった。

 

 



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2

「大丈夫か…っと!」

 

目を回した二匹に駆け寄ると、その間に何やら茶色いポケモンが落ちてきた。アッシュは驚いて咄嗟に一歩後ろへと身体を引く。

何だ何だと覗き込むと、丸いシルエットの鳥ポケモンが目を回してひっくり返っていた。

慌ててそのポケモンを抱き上げて怪我の有無を確認し、無傷なことにホッとした瞬間、

 

「どわぁっ!!」

「ホーッ!?」

 

カッ!と突然赤い目が見開かれたためアッシュが思わず驚いて声を上げると、今度はアッシュの声に驚いたらしい鳥ポケモンの方も盛大に鳴きわめいてプルプルとその身を震わせる。

 

「なんだよ…驚かさないでくれよ」

「ホー……ッ」

 

ごめんなさいと謝罪らしい言葉を言われたものの、余程驚いたらしく未だプルプルと震えている。なんだかポケモンが可哀想になってしまい、「ごめんな」と言って地面へ下ろそうとしたところでイーブイが物凄い形相で歩み寄ってきた。

イーブイは鳥ポケモンを見上げると、ガラ悪くブイブイと鳴いては降りて来いと文句を言っている。

しかし鳥ポケモンの方はそれにも怯えてしまったらしく、プルプルと震えながらアッシュの手に引っ付いていた。

どうやらこの鳥ポケモンはかなり臆病な性格のようだ。

 

プルプルするポケモンが可哀想になるアッシュとは対照的に、疲れていることもありイライラしてしまうらしいイーブイは噛みつこうとするため下ろすに下ろせない。

すっかり怯えてしまったらしい鳥ポケモンも飛んで逃げればいいのにそれどころではないらしく全く飛ぶ様子がなかった。その代わり何とかアッシュにしがみ付こうとバサバサと翼を広げて張り付いている。

 

「なぁ、お前この森は詳しいのか?」

 

先ずは遺跡にいた水ポケモンの方に尋ねてみるが、否と首を振られる。

次にプルプルと腕の中で震える鳥ポケモンに聞いてみると、「ホー…」と肯定の意味で鳴いた。

すかさず案内してくれないかと言うときょとんとしたあとでコクコクと頷いてくれた。

これで森を出られる。

 

――と安堵したアッシュだったが、そう上手くは事が運ばないらしい。

この鳥ポケモンがかなりの方向音痴だったらしく、グルグルと森の中を回り続けたが未だ抜け出る様子はない。

 

「ホ、ホー?」

「……ッブイブイー!!」

 

あれ?とか何とか鳴いた鳥ポケモンに切れたイーブイがアッシュの足元から物凄い形相で文句を言い、それに怯えた茶色い身体がびくりと震えた。

ごめんなさいごめんなさいと謝罪らしき言葉を紡ぐがイーブイの怒りは治まらず、アッシュの足に前足を掛けて登ってこようとする。

 

「…っいだだだ!!」

 

それに怯えた鳥ポケモンは慌ててアッシュの顔を踏み台にして頭の上に避難すると、イーブイは更に怒ってブイブイブイと鳴き続けた。

顔が痛みながらも、「なんで鳥ポケモンなのに飛ばないんだよ」とアッシュはツッコミを入れる。

それを聞いた水ポケモンはほうほうと感心でもするように頷きながら二匹の様子を面白そうに観察していた。

 

それにため息を吐きつつも、なんとかイーブイを宥めて歩みを進めるといつの間にかそこは祠の前だった。

 

「……これ、祠だよな?」

「ホー!」

「…ブイブイ」

 

そこまで来てようやく方向を把握したらしい鳥ポケモンは今までとは明らかに違う表情を見せると、アッシュの頭の上でバサバサと翼を上下させる。

それを少々疑わしげにイーブイが見るのを宥めつつ、アッシュら再度鳥ポケモンへと道を尋ねた。

 

「分かったのか?」

 

すると鳥ポケモンはホー!と鳴きながら水ポケモンが立っている方へビシッと音がしそうな勢いで翼を向ける。

翼を向けられた水ポケモンは不思議そうに首を傾げて自分の後ろを振り返っていた。

 

「まぁ、その前に祈願だな。……無事にコガネへつけますよーに!」

 

それを見ながらもとりあえず祠に手を合わせてアッシュが祈願すると、鳥ポケモンも真似して翼を合わせる。バランスを取る為に頭をがっしりと爪で掴まれて痛い。

しかし降ろすと騒ぎになるので諦めた。

 

その直後に祠の裏で何かがガサリと音を立てた気がしたが、顔を上げた時には何もおらず、早くしろとせがむイーブイに押されてアッシュは祠を後にしたのだった。

 

 

 

 

その後は順調に進んでいき、見慣れた道へと戻ると意外とあっさり入口へと戻ってきた。

 

「出れたー!!」

 

すっかり日は沈んでいたが、見慣れた景色にアッシュはホッとして両腕を広げると、水ポケモンも喜ぶようにしてぴょんぴょんと傍で飛び跳ねる。

 

「ありがとうな。お前のおかげで助かったよ」

 

アッシュがそう鳥ポケモンに告げると、きょとんとした後怖がりながらもホー!と鳴いてバサバサと翼をはためかせた。

その直後にブイブイとイーブイが文句を言ったためビクリと身体を跳ねさせるとすぐさまアッシュにへばりつく。

 

「ほら、もう大丈夫だから行けよ」

「ホー!」

「ありがとう」

 

苦笑してアッシュがそう告げると、鳥ポケモンはプルプルと嬉しそうに翼を震わせた後、森の中へと帰っていった。

 

「お前はどうするんだ?」

「ウパ、ウパー!」

 

去っていく鳥ポケモンの後ろ姿をひとしきり見送った後、水ポケモンにどうするのかと尋ねる。水ポケモンの方も帰るとか何とか言ってそのまま34番道路に隣接する海へと入って行っていった。

 

相変わらず自由だなぁと思いつつその姿を見送ると、「とりあえず、あいつらのこと爺さんに聞いてみるか」と言ってアッシュはイーブイと共にコガネへと帰ることにしたのだった。

 



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遠出の準備はしっかりと

コガネについた一行はそのままポケモンセンターへと足を運ぶ。

 

「こんばんは、ポケモンセンターです。……あら!アッシュさん」

「こんばんはジョーイさん」

 

挨拶を交わしながらプレートを受け取る。

イーブイがボールに入りたがらないので、そのままプレートに乗せてジョーイへと渡すのだ。この時だけはイーブイも素直に乗ってくれる。

何気に結構重いのだが、ジョーイは難なく受け取るとそのままラッキーへと手渡した。

 

「今日も何処かへ行かれていたんですか?」

「ウバメの森に行っていたんですが、迷ってしまって」

「まぁ!それは大変でしたね。イーブイの様子見ておきますね」

 

お願いしますと頭を下げると、今度はその足でカンポウの家へと向かう。腹も空くが、それよりも仕事を済ませてしまいたい。

 

 

 

 

「おお!おかえり、大丈夫じゃったか?」

出迎えてくれたカンポウに薬草とキノコを渡しながら、今日のことを話した。

その後ろからラッタもやってくる。どうやら遅いから心配してくれていたようだ。

迷ったと話しているとラッタに呆れられた。

道をよく見ろ、踏みしめてあるとこだけ通れ、草むらに入るなと注意される。

何だかこれでは最初の頃と逆である。

カンポウもラッタの言いたい事が分かるのか、「ラッタも心配していたようじゃ」とニコニコと微笑ましそうに笑っているがこちらは居た堪れない。

話の矛先を変えようと、アッシュは先ほど出会ったポケモン達について尋ねることにした。

 

話を聞いたカンポウはその特徴を聞きすぐに頷く。

 

「あぁ、それは多分ホーホーじゃのぅ」

「へぇ、ホーホーって言うのか」

「ホーホーは賢いヤツでの。地球の自転を感じ取っておるから正確な時間を常に把握しているんじゃよ」

 

だから時計代わりに持ち歩くトレーナーも多くてのとカンポウは付け加えた。

そして、ずっと気になっていた水ポケモンの方は鳴き声から判断するにウパーで間違いないだろうとのことだった。

ウパーは水と地面の混合タイプらしい。

 

「名付けた理由が分かり易いなぁ」

「ふぉふぉ!実際ポケモンは鳴き声から名付けられたものも多いようじゃよ。……しかしそれにしても、ウパーは昼間あまり陸上を歩きたがらないんじゃがなぁ」

 

余程歩き回るのが好きなんじゃろとカンポウは笑った。

ウパー達は粘膜に体を守られているらしく、それが乾かないよう水の中を好むものらしい。

「へぇ…」と相槌を打ちながら、今度会った時はウパーと呼んでやろうと密かに心に決めた。

 

とりあえず今夜は遅いのでもう帰ろうとカンポウ宅をお暇しようとすると、玄関先で呼び止められた。

靴を履きながら振り返ると、カンポウは近くまで寄ってくる。

 

「ちと次回は長くなる配達を頼みたいんじゃ」

「いいけど、どのくらいかかるんだ?」

「んー、お前さんの足でも1週間も掛からんと思うがのぅ」

 

それは今までに比べると随分と長旅である。

次来た時にはその為の打ち合わせをし、準備を整えてから出発となる手筈のようだ。

お金は貰えることだし良いだろうと考えたアッシュははいはいと軽く頷くと、そのままポケモンセンターではなくデパートへと足を進めた。

 

そろそろ新しいフーズを買い足そうと思っての事だった。遠出をするのなら今のうちに買うのが良いだろう。

いつもの様にノーマルタイプ用のフーズを手に取っていると、フーズの横に何やら小瓶が並んでいるのに気がつく。

何だろうと思い一つ手に取ってみると、それはフーズ用の調味料のようなものらしかった。

 

「へぇ、こんなの売ってるんだなぁ」

 

確かイーブイは酸っぱい味が好きだったはずだなと思い、酸っぱい味付けの小瓶を手に取る。他にも甘い味や辛い味、渋い味というのまである。

ポケモンにも味覚があるのは知っていたが、渋い味が好きとは随分変わっている。イーブイはどんな顔をするんだろうと少しばかり悪戯心惹かれた。しかしその後が恐ろしいので思うだけに留め、アッシュは会計へと足を向けた。

 

中には木の実をブレンドしてそのポケモン専用フーズを作る人もいるらしいが、アッシュにその根気はない。

しかし、どうやって作るのかは気になるので一度見てみたい。それに自分で大量に作れればもしや経済的に浮くのではと打算的な事を考える。

とはいえ、今は作り方も分からない為「まぁ、まだいいか」とその件は先送りにすることにした。

 

その後イーブイを受け取りに行きようやく自身のアパートに帰宅する。

アッシュが鍵を閉めている間にイーブイが浴室と台所を通り過ぎて居間の方へ駆けていく。

どうやらお腹がすいているらしい。

棚から適当に皿を取り出してフーズを入れると、早速今日買ってきた調味料を試してみることにした。

イーブイはいつも通りフーズを食べているつもりのようだが、そのスピードはいつもよりも速い。尻尾もゆらゆらと揺れているので美味しいのだろうと察し、アッシュはこっそり笑みを浮かべた。

 

 

食後はいつも通りベッドの端に座って毛づくろいを始めたイーブイを見つつ、アッシュはも簡単に食事を済ませた。

それも終えてベッドへと上がると、何とは無しにイーブイの様子を眺める。

1人の時にはあまり感じなかったが、イーブイと一緒にいるとたまにこの部屋では狭いのではないかと思えてくる。

イーブイはポケモンでも小さい部類なので何の不都合もなく生活しているが、それでもやはりこの前のように暴れ回る姿を見るとこの部屋では狭い気がする。

今度カンポウに相談してみようと思いつつアッシュはそのまま寝てしまった。

翌朝それを発見した空腹のイーブイが無言の奇襲をかけたのは余談である。

 



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2

それから数日、アッシュは相も変わらずバイトのためにせっせと薬草帳に載っている写真や付けたしの手描き絵を見ていた。

実際に乾燥させた薬草とそれらを見比べ、その内容を頭になんとか叩き込もうとしているところである。

正直そこまでする必要があるのかだんだん疑問に思えてきたが、なかなかどうして出来ないとなるとやりたくなるのが人の性である。

それにカンポウの書いた薬草帳には走り書きのメモもたくさんあり、薬草自体の特徴や間違いやすい野草との見分け方が書かれているのだ。

ついそれらを読んでいると、現物の方もまじまじと観察してしまう。

そうしているうちに覚えていくのが大半であった。

 

イーブイはというと、勉強するアッシュを面倒くさそうに見つめてくぁっと大きな欠伸をしている。と思ったら身体を丸めてうとうとし始めた。

手書きの文字に関してはまだ完璧に覚えたわけではなかったが、それでも何とか記憶に残りつつある。

そんなわけで何とか覚えたそれらに実際の香りや見た目の感想を頭の中で付け足しながら自分なりに薬草の種類を覚えようとしていると、カンポウ宅の扉が開いた。

どうやら出かけていた家主が帰ってきたらしい。

 

「どうだった?」

「大分良くなったよ」

「医者ははなんて?」

「……骨には異常ないからあとは安静にと。全く、だから大丈夫じゃというのに」

と大きくため息をついた。

 

カンポウはなかなか病院へ行かないせいで何日も前から続いていた腰痛に未だ悩まされており、最近ようやく町医者の元へと通うようになったのだ。

まるで子供のように病院は好かなくてのぅと言っては通院を拒否する為、ならば医者に来てもらうかとアッシュが通信を開いて脅すと全力で拒否する。

ここに呼ぶくらいなら自分でいくとようやく文字通り重たい腰を上げたのだった。心配してついて行こうとするアッシュには、ラッタがヒスヒスと鼻を鳴らした。

どうやら自分が行くという事らしい。

勉強しろとしっかり釘を打っていくと、ラッタはカンポウの付き添いについて行ったのだった。

 

今も病院で貰ったらしい湿布薬を持ってカンポウの後ろをトコトコと付いて回っている。

 

「大きな怪我じゃなくて良かったよ」

「じゃから言っただろうに」

「それで、あとどの位かかりそうなんだ?」

「後1週間もすれば良くなるだろうと」

その後ろでラッタが鳴いて、もう一度来いと言っていたと追加する。

しかしそれを察したらしいカンポウははっきりと先回りして言い切った。

 

「一度は行ったからの。今度から自分で薬を作るわい」

「え」

 

思わずラッタの方を向くと、諦めたように首を横に振っている。

恐らくというか十中八九通院は今日で終了することだろう。

とはいえ、1度専門に診てもらえればこちらとしても何もしないでいるよりは安心である。

 

「それよりアッシュや、この前言っていた長くなる配達の件なんじゃがのぅ?」

「あぁ、それか。んで、何処まで行けばいいんだ?」

「今回はタンバシティまで行ってもらいたいんじゃ」

「タンバ?!」

 

タンバシティといえば、確か海を渡った先にある島であった筈である。

アッシュは勿論行ったことがない場所だ。雑誌等で何度か見かけたことがあるだけである。

予想外の発言に驚いていると、

 

「タンバにある薬屋は親戚での」

 

と更に予想外の発言が聞こえ、アッシュは目を丸くした。

タンバの薬屋といえば、何でも治るという噂のある秘伝の薬でその方面からは有名である。

それがカンポウの親戚であったとは、この爺さん侮れないなとアッシュは再認識したのであった。

 

そんなわけで多少驚く事は続いたものの、時間がかかる長旅では少し多めに給料を貰っているので特に不満はない。もはやバイトの域を超えつつあるアッシュであったが、貰える分には不満はない。

強いて言うなら家にいる時間が短くなったので家賃を払うことが惜しくなったことくらいだ。

そこまで考えて、ふとこの前今の部屋が狭く感じたことを思い出した。

そこでカンポウにその事を相談すると「任せておけ!」と何やらいつも以上に意気込み始めた為、アッシュは正直心配でしかない。

何だか物凄く心配だが行かないわけにもいかない為、アッシュは一抹の不安を抱えたまま大体の経路を聞くことにした。

タンバシティに行くにはまずアサギシティまで行き、アサギから出ている船でタンバシティへと上陸するらしい。

ジムバッジを持っていればポケモンの技で行くことが可能だが、勿論アッシュは持っていないので船一択である。

とりあえずエンジュで一泊してからアサギの方へ向かうのが良いだろう。

 

「準備出来た次第向かってほしい」

「分かった」

「これは準備金じゃ。百貨店で揃えるのが良かろう」

 

ほいと渡されたのはいつもの前金みたいなものだ。ここまでされるともう完全にあとあとカンポウが何を考えているのか見えているようなものだが、アッシュはまだ答えが出せずにいる。

今はまだ知らないふりをしてそれを受け取ると、イーブイに声をかけてコガネ百貨店へと向かう事にした。

 



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感じるものは人それぞれ

百貨店へ行ってすぐキズ薬や穴抜けのヒモなど、念の為必要なものを取り揃えていく。

特にイーブイはいつ自分でバトルをしにいくか分からないのでキズ薬類は必須だ。ついでに少なくなっていた簡易食糧を買い足す。

その辺りで人混みに嫌気がさしたイーブイは自分からボールへと戻って行った。

 

「あとは…」

 

何かあっただろうかと考え込んでいると、本コーナーのところでジム協会が監修するポケモントレーナー入門編という本が目に留まった。

つい立ち止まり、何となくパラパラとめくってみる。

 

「あ、」

 

めくった先はちょうどマツバの紹介が出ていたところだった。

紹介には、千里眼を持つ修験者というロゴが大きく書かれ、「ミステリアス」「美青年」など賞賛の言葉が並んでいる。

本当にジムリーダーだったんだなと改めて思うと同時に、ついでにマツバに顔を出そうと思い立ち手土産に美味しそうな菓子を買っていくことにする。

適当にコガネおススメナンバーワンとポップが貼られたものを手に取ると、会計へと向かった。

 

 

 

家に帰ると、早速イーブイはボールから出てきて自身のテリトリーであるベッド脇へと駆けていく。

ふんふんとタオルケットの匂いを確認し、座り込むといつもの毛づくろいが始まる。

その間にアッシュは旅仕度の為靴専用の収納ボックスを開ける事にした。

長旅とは言っても持ち物はいつもとそう変わらない。色の違うTシャツを幾つかと、乾きやすいメリープ綿毛素材のズボンを一本詰めるだけである。

メリープの綿毛は通気性が程よくある上に乾きやすいので旅行に適しているらしい。確かに乾きは早いのでとりあえず替え1つがあれば足りるだろう。ついでに同じメリープ綿毛のズボンへと着替えも済ませておく。

次に最近開けていない靴の収納箱を開け、目当ての靴を探すことにした。

アッシュは服には頓着がなく、どちらかというと靴の方が多いくらいだ。

母親が旅好きだったこともあり、子供の頃から如何に靴が重要であるか教え込まれて育っている。

1つの靴を履き潰すより、その場に応じた靴を選んで履く方がうんと長持ちする。普段から靴は少しずつ履き替えるようにしているが、それでもなかなか履かない靴というのもある。

というわけで今回は最近なかなか履かなくなった履きやすい靴を引っ張り出してくることにした。

これは幅がやや広めに作られており履き心地が良い。なのにしっかりと足底を固定してくれるので疲れにくいとおススメされた靴だ。

それから防寒というには少々心許ないいつもの上着を羽織れば家の中での準備は完了だ。

 

 

 

 

さて、時計を確認するとまだまだ時間がある。どうせ準備も出来たことだし、イーブイを連れて早速エンジュの方へ向かうことにした。

道中特に何事もなく順調に進み、途中であの双子の姉妹トレーナーと二人の女性トレーナーに会い、軽く談笑した後にエンジュシティへと到着する。

まだまだ日が高かった為、ポケモンセンターへの宿泊予約は別に後でも大丈夫だろうと後回しにし、マツバに会いに行くことにした。

 

「すいません、」

「おや、漢方屋の坊じゃないか」

 

アッシュの声がけにひょっこりと顔を出したのはジムトレーナーの一人であるイタコだ。

24歳にもなって坊扱いかと思わんでもないが、ベテランの彼女にとってはトレーナーとしても人間としてもまだまだ坊扱いなのであろう。

マツバはいるかと問うと今日はバトルがないので事務所でお前さんを待っているよと言われ、疑問に思いながらもアッシュはそちらに回ることにした。

 

「やぁアッシュ君、久しぶりだね」

「……久しぶり。よく分かったな」

 

突然行って驚くかと思っていたアッシュだったが、予想とは違ってマツバはアッシュが来ることが分かっていたかのように座って待っていた。

何だか逆に驚かされてしまった。

 

「千里眼と言って、時折遠くのことや未来が視えることがあるんだよ」と言われたアッシュは、そういえば本にも書いてあったなとデパートで見た内容を思い返す。

そんな事もあるのかとあっさり受け入れたアッシュはへぇー、と感心したようにほうけた顔をした。

その間にマツバのゲンガーがふよふよと此方へ寄ってきて、ケケケッと笑いかけてくる。

どうやら久しぶりと挨拶したらしいので、アッシュもコクリと頷いて反応を返した。

マツバもイーブイに久しぶりと挨拶していたが、イーブイは眉間にシワを寄せたままプイとそっぽを向いている。

 

「こら、イーブイ。ごめんな。――そうそう、土産を持ってきたぞ」

 

コガネで一番美味いらしいと告げると、ありがとうと言いながらマツバはお菓子を受け取る。

 

「そうだ、僕はもう今日の分はおしまいなんだけど、良かったらうちへ来ないかい?」

「いいのか?」

 

マツバはコクリと頷く。

 

「今日は置いてきているんだけれど、ゴースが君に随分会いたがっていてね。もし良かったら会ってやって欲しいんだ」

 

色々話も聞きたいしね、とマツバは付け足した。

成る程、そういえば通信の時もあれやこれや話しかけてきていたなと思い出す。

イーブイの方をちらりと見ると、少し顔をしかめはしたもののそこまで強く嫌がるそぶりはない。

むしろ気にしたのが伝わったのか態とらしく欠伸までしてどうでもいい

ですをアピールしている。これは別に行ってやっても良いぞということだろう。

 

「じゃあ、お邪魔しようかな」

「ありがとう」

 

せっかくイーブイがそこまでしてくれた事だしと、アッシュはマツバの誘いに頷いた。その後マツバの簡単な身支度を待った後、一行はマツバ宅に向かうこととなったのだった。

 



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2

お邪魔したマツバの家は最早屋敷と呼ぶに相応しく、塀の向こう側には趣きのある庭も広がっている。

すぐに床の間がある畳張りの客間らしき部屋へと案内されたアッシュは思わず周囲を見渡した。

開かれた障子張りの襖からは先程進んできた縁側が見え、その先には最初に見た美しい庭が覗いている。床の間にも何やら水墨画と生け花が飾られており、よく手入れされているようであった。

キョロキョロと部屋の様子を観察していると、突然後ろから冷っとした冷気を感じてアッシュは飛び上がる。

 

「ゴースゴスゴス」

 

驚いたアッシュを見て、いたずらが成功したのを確信したゴースは嬉しそうに空中で一回転して見せた。

隣にいるイーブイは物凄く嫌そうな様子であるが、ゴースの方は相も変わらず全くもって気にしていないらしい。

ゴースに元気かと聞かれたのでこくりと頷くと、足元でイーブイがケッとイーブイに有るまじき鳴き声を上げた。

どうやら技が効かないのが相当気に入らないらしい。

そんな事をしているうちにお茶を取りに行っていたマツバが戻ってきたようで静かに襖が開かれる。

 

「こんな感じで僕とゲンガー達しか住んでないからあまり硬くならず寛いでよ」

「あぁ。ありがとう」

 

どうやらマツバが出ていく直前に物珍しげに見ていたのはしっかり見られたらしい。それに気付いたアッシュは手渡されたお茶を飲んでごまかした。

アッシュが買ってきた菓子折りをお茶請けにして、離れていた間にどんなことがあったか互いに報告し合う。

その間、怒るのにも疲れたのかイーブイはアッシュの隣で丸くなって昼寝をし始めた。ゲンガーとゴースも飽きたのか何処かへ出かけてしまったらしい。

 

 

マツバは最近あったジムでの事を話し、アッシュはマツバが興味津々だった新しく学んだ薬草の事などを主に話した。

カンポウと話す以外で薬草の事を話すのは始めてだった為、思わず夢中になって話してしまう。後になって話しすぎた事に気づいたアッシュは誤魔化すように苦笑する。

気にしなくていいよと笑いながらお茶の追加を取りにマツバが席を外したのを機に、アッシュはふうっとため息をついた。

まさかこんなに仕事の話が楽しくなる日が来ようとは、地元を離れたあの時には思っても見なかったことである。

 

「案外、楽しいかもな」

 

今後あるだろう配達の仕事を思い、アッシュは少しだけ気分が上昇した。

それにより、マツバが戻ってくるのを先程よりも大分リラックスした気持ちで待てるようになる。のんびりと寛いで待っていると、廊下の方から足音がどんどん近づいてきた。

同じ男性でもスッと静かに歩くマツバのものとは明らかに違うしっかりとした重い足音である。イーブイも異変を感じたのか、首だけをもたげ襖の向こうを見つめた。

アッシュもそれに習って誰だろうかと顔を上げると、入ってきたのはどんよりと影を背負ったマント姿の青年であった。

その瞬間、毛を逆立てたイーブイがカーッというような威嚇の声を上げてアッシュの前に立つ。

 

「え、と……どちら様?」

「……、…、……」

 

アッシュにもイーブイにも見向きもせず、マントの青年は何やらブツブツと呟きながらすぐ隣で両膝を抱え出す。

 

「えー……、」

 

――どうしろと?

思わず言葉にできなかった疑問符を浮かべるが、マント姿の青年は膝下しか見ていないので全くこちらの様子に気づくことはなかった。

その間もブツブツと何事か呟いているが聞き取れない。

 

「あぁ、アッシュ君ごめんね。その人は僕の古い友人でね。ミナキ君と言うんだ」

 

どうしたものかと途方にくれていると、戻ってきたらしいマツバが彼に代わって紹介してくれた。

不審者でなくて何よりである。イーブイは尚も威嚇を続けているが。

 

「彼はあのスイクンを追っているんだけど、最近めっきり会えないらしくてね」

 

それで落ち込んでいるんだよ、と言われたがアッシュはそもそもスイクンがどんなポケモンなのか分からない為首を捻った。

 

「スイクンって?」

「スイクンを知らないだって?!」

 

それまで廃人のようにブツブツと呟いていたミナキがガバッと顔を上げてアッシュの両肩を掴んだ。

その瞬間、ミナキの突然の動きに驚いたイーブイがアッシュと同じようにビクリと固まったのが視界の端に見えた。

がばりと起き上がって此方に詰め寄ったままの勢いでミナキは焼けた塔の伝説は知っているかと聞いてきたので、アッシュは雰囲気に呑まれながらも何とか知っていると答えた。

以前焼けた塔の前で聞いたことがあるのを思い返す。

 

「蘇らせたポケモンはホウオウと言い、ホウオウに蘇えらせてもらったのがスイクン、エンテイ、ライコウの三匹だ」

 

あー、そんな話だったなと頷いていると他の三匹のことはそっちのけでそのままスイクンの素晴らしさを延々と説明されることになった。

突然の語りモードについていけず、思わずマツバを目で追う。

 

「ごめんね、こうなるとなかなか止まらないんだよ」

 

暫く付き合ってあげてと早々に見放された。酷い。

 

 

 

 

 

数時間後、マツバの「ご飯だよ」という声が掛かるまでアッシュはその状態のまま動くことが出来なかった。

動こうにもアッシュに詰め寄ったミナキは逃げる暇も与えない程延々スイクンの話をし続けていたのである。

マツバやイーブイは勿論途中で早々に退散していたので孤立無援である。

げっそりと何かが磨り減ったアッシュが食卓に着く頃には、いつの間にか帰ってきていたゲンガー達と共にイーブイはフーズを既に食べ始めていた。

視線が明らかに憐れなものを見る目だが、その口にはこれでもかというほどフーズが詰め込まれている。

食べるか憐れむかどっちかにしてくれ。

それを見て思わず笑ったマツバを恨めしげに睨むと「まぁまぁ、お詫びに今日は泊まって行くといいよ」と返される。

食事もどうぞ、と示されついと食卓に視線を移す。

根菜とキーの実を使ったらしい煮物にナナシのみの酢の物和え、その他にも美味しそうな食事が並んでいる。

 

「う……、」

 

色々言いたいことはあったのだが美味しそうな食事に釣られて結局アッシュは用意された席に大人しく座った。

部屋の予約も今からでは残っているか怪しいので泊めてもらった方が賢明である。

そう自分に言い聞かせるアッシュを分かってか呆れるイーブイ。しかしフーズを噛み砕くのに忙しくイーブイがそれを直接口に出す事はなかった。

 

 



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3

私生活多忙の為、この更新を最後に暫くお休み致します。


「いやぁ、スイクンの素晴らしさを知ってもらえて良かった!アッシュ、また会おうぜ!」

 

一方的なスイクン語りと美味しい食事に舌鼓を打ち、元気を取り戻したミナキはそう言って颯爽と去って行く。

 

「凄い人だな」

「昔からあんな感じだよ」

 

幼馴染みってやつになるのかなと言われ、先日久しぶりに声を聞いた自分の故郷の馴染み達の事を思い出す。

 

「俺も幼馴染みとは違うけど弟みたいなのが二人いるんだ。全然連絡してなかったんだけどこの前久しぶりに連絡したよ」

「それはいい事だね」

 

そう言ってマツバは笑いながら食後のお茶を差し出してきた。

イーブイ達はというと、とっくに食べ終え今は毛繕いをしたり追いかけっこをしたりと思い思いに過ごしている。

 

「それにしても、まさかジムでマツバが待っているとは思ってなかったよ」

 

世間話程度にそう言うとマツバは急に思い出したのか、そうそうそれなんだけれどと話を切り出した。

 

「君を待っていたのには理由があってね。ジムで僕には千里眼があると言ったのを覚えてるかい?」

「あぁ、覚えてる。本にもそう書かれてたな」

 

アッシュの言葉にこくりとマツバは頷く。

 

「いつも唐突に見えることが多いんだけど……先日、君が出先で誰かと揉める姿が見えたんだ。いつになるのかまでは分からないんだが、気をつけた方が良いと思ってね。一応伝えておこうと」

 

そうしたら今日になって君がここに来るのが見えたんだよとことの詳細を語った。

何とも不思議な話である。しかしアッシュもまた一般的とは外れた能力の持ち主と言えるかもしれない。

ポケモンの言葉が分かるなど夢のような話だが、誰しもが出来ないと分かっていることだ。それが出来ると声を大にしていえば最悪病気を疑われかねない。

 

未来が見える――まぁそんな事もあるだろうと案外すんなり受け入れたアッシュは素直に頷いた。気をつけるようにするよと了承の意を返すと、マツバも心なしかホッとしたようだった。

 

 

 

それから風呂を借りた後1度は部屋に入ったアッシュだったが、そこには布団の真ん中を占領してぐっすりと眠るイーブイがいた。

 

「おーい、イーブイ。お前はこっちだろう」

 

いつものタオルケットの方へと移動しようとするが、触られるのが嫌なのかげしげしと後ろ足で蹴られる。

そのうち無意識に噛み付いてこようとしたので移動させることは諦め、アッシュはそのまま縁側へと出る事にした。

もう既に外は真っ暗であるはずだが、思いの外明るいなとアッシュは上を見上げる。

弓のような形をした美しい月が浮かんでいるのが目に映り、アッシュはは近くの柱を背もたれにして腰掛けた。

時折吹く風はさらりとしていて気持ちが良い。

そういえばまだ野宿はした事がないが、こんなに良い風が吹く日ならそれもありだろうなと内心思った。

そうして暫く外の景色を楽しんでいると廊下の隅から足音が近づいてきた。

何だろうとそちらを向くと酒瓶と盆を持ったマツバが来るところだった。

 

「アッシュ君は飲めるかい?」

 

どうやら縁側を借りているのに気づいてわざわざ持ってきたらしい。大丈夫だと頷くとニコニコしながら猪口を渡されたので素直に受け取った。

マツバがそこへ並々と酒を注ぐと、鼻腔をくすぐる芳醇な香りがアッシュの周りを包んだ。

 

「いい香りだな。結構良いヤツなんじゃないか」

「シンオウ地方で作ってるお酒だよ」

 

あそこは寒い地方だから酒造りには持ってこいらしいからねと良いつつ、マツバは自分の分の猪口にも酒を注いでいる。

そうなのかと思いつつ口を付けると、あまり辛味はない。さっぱりとした味わいで飲みやすいが、他と比べてやはり香りが段違いだ。

飲み込んだ瞬間に鼻を突き抜ける香りはとても心地よい。

さり気なく飲みやすい酒を持ってくる辺り、食事の時に甘い煮物にばかり手をつけていたのを見られたのだろう。何だか悪いことをしたわけでもないのに首をすくめたくなる。

とはいえ、美味しい酒に罪などない。

喜んで付き合おうではないかと促されたアッシュは猪口を差し出した。

途中までは静かに月見を楽しみながら飲んでいたのだが、酒が入ったこともあってかアッシュは静かに口を開いた。

 

「……なぁ、ポケモンってのは死んだモノを蘇らせることが出来るのか?」

 

アッシュの疑問を聞いて、猪口に口を付けようとしていたマツバは付けずに顔を上げる。

 

「焼けた塔の伝説だね。僕も見たわけじゃないから肯定出来ない。けど、そう思えてしまうくらいに神々しいポケモンってのは確かに存在するんだ」

 

「それがホウオウだよ」と告げたマツバの瞳は、スイクンについて語る時のミナキにそっくりだった。

そこでようやくマツバとミナキが何故友人なのが分かった気がした。彼らは似た者同士というわけか。

そのままホウオウや伝説のポケモン達について話してもらう。

ホウオウの他にも三鳥、三聖獣、海の神、そして遠い地では湖の三神、海の化身、大地の化身、伝説のドラゴンポケモンというのもいるらしく、どうやらアッシュが知らないだけでポケモンにまつわる伝説というのはたくさんあるらしい。

 

 

「ポケモンって凄いんだなぁ。俺は正直、ポケモンと殆ど関わって来なかったから全然知らなかった」

「そうなんだ?随分珍しいね?」

「ポケモン育てられるような器量ないしな」

「でもイーブイと一緒にいるじゃないか」

「それは……」

 

そこからはアッシュがイーブイと出会うまでの経緯を話した。

マツバは猪口を傾けながら静かに、時折笑いながらもそれを黙って聞いている。

 

「……そんなわけでエンジュに来たんだ。そんで、マツバに会ったってわけ」

「へぇ、そうだったのか。てっきりポケモンに慣れてるものだと思ってたよ」

 

まさかそんな風に思われているとは思いもしなかったアッシュは思わず顔を上げる。ラッタには無視されたり、イーブイには噛まれたり体当たりされたり文句を言われたりなどなどいろんな事が頭に浮かぶ。

あれ、全然慣れてなくないか。

疑問が顔に出ていたらしく、マツバは言葉を探してうーん、と唸った。

 

「なんだが、ポケモンと意思疎通出来てるような感じがしてたから」

「そうか?」

「うん」

 

現にうちのゴースが懐いてるしね、とマツバは続ける。

 

「さっきもゴースの言葉に何か頷いてたように見えたし」と言うマツバの言葉をアッシュは考えた振りをすることで誤魔化す。

言いたくない壮大な理由がある訳ではないが、単純に面倒くさかったのだ。

ポケモンの言葉が分かるなど、面倒事しか舞い込む気配がない。

だからアッシュは今まで人前でそんな素振りを見せぬようにしてきたし、これからもそうするつもりである。

とはいえ、イーブイと配達する事になった今では大分助かっている部分は大きいのだが。

 

「ま、話はこれくらいにして。明日も早いだろうから」

 

誤魔化す気配を察したのかどうかは分からないが、マツバがそう言ったことで小さな酒盛りはお開きとなったのだった。



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