機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 (ファルクラム)
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《オーブ共和国》

 

ヒカル・ヒビキ

ハーフコーディネイター

16歳      男

 

乗機:セレスティ

 

備考

キラとエストの息子。ヒビキ家の長男。誰に似たのか、やや直情的な性格で、周囲の話を聞かずに突っ走る傾向がある。しかしその反面、誰よりも友達や仲間を大切に思っている。ふとした事情から北米統一戦線のテロに巻き込まれ、たまたま乗ってしまったセレスティのパイロットとなる。

 

 

 

 

 

カノン・シュナイゼル

ハーフコーディネイター

14歳      女

 

備考

ラキヤとアリスの娘。母親に似てアクティブで天真爛漫。どこにでも首を突っ込んで行きたがる姦しい性格。特に幼馴染のヒカルやクラスメイトのレミルの事はとても大切に思っている。

 

 

 

 

 

リィス・ヒビキ

コーディネイター

26歳      女

 

乗機:リアディス・アイン

 

備考

オーブ共和国軍一尉。ヒカルの姉。キラとエストの長女。カーディナル戦役の折に2人に拾われて養女となった。フリューゲル・ヴィント所属のパイロットだが、北米統一戦線の襲撃事件の際、護衛として現場に居合わせた。自分にも他人にも厳しい性格だが、それは誰よりも大切な人を守りたいと思っているが故。

 

 

 

 

 

ミシェル・フラガ

ナチュラル

20歳      男

 

乗機:リアディス・ツヴァイ

 

備考

ムウとマリューの長男。オーブ共和国軍中尉。父親に似て細かい事には拘らない性格だが、いざと言う時には頼れる兄貴分的な存在。ヒカルとは子供の頃からの知り合い。

 

 

 

 

 

ナナミ・フラガ

ナチュラル

17歳      女

 

備考

ムウとマリューの娘で、ミシェルの妹。父譲りの順応性と明るさ、母譲りの繊細さを併せ持つ少女で、ややアクティブな性格。補充要因として大和の操舵手になる。

 

 

 

 

 

 

シュウジ・トウゴウ

ナチュラル

29歳      男

 

戦艦大和艦長

 

備考

オーブ共和国軍三佐。オーブ宇宙軍の創始者、ジュウロウ・トウゴウ元帥の孫にあたる人物。実直な性格で、どこか冷徹な印象を受けやすい。

 

 

 

 

 

カガリ・ユラ・アスハ

ナチュラル

38歳      女

 

備考

ヒカル。リィスの伯母で、旧オーブ連合首長国最後の代表首長だった女性。オーブの共和制移行に深くかかわり「建国の母」と呼ばれている。昔の苛烈な性格は鳴りを潜め、だいぶ丸くなった印象がある。三児の母。

 

 

 

 

 

シン・アスカ

コーディネイター

36歳      男

 

備考

かつては「オーブの守護者」と呼ばれたエースパイロット。数々の戦争を戦い抜いた英雄であり、今尚、現役のパイロットとして最強の座にあり続けている。妻、リリアとの間に男の子供がいる。

 

 

 

 

 

ムウ・ラ・フラガ

ナチュラル

50歳      男

 

備考

ミシェルの父親。元オーブ軍最高司令官。現在では無役だが、その影響力は大きく、また能力も高い事から、オーブ軍の顧問のような役割を担っている。性格は、相変わらず飄々として、面倒見が良い。

 

 

 

 

 

サイ・アーガイル

ナチュラル

38歳      男

 

備考

オーブ軍技術総監を務める男性で、ヒカルやカノンの両親とは古い付き合い。その勤勉で虚心な性格と技術力は、軍内外において高い信頼を得ている。セレスティ、スパイラルデスティニーの駆動系や武装の開発にも携わった。

 

 

 

 

 

ラキヤ・シュナイゼル

ナチュラル

38歳      男

 

備考

カノンの父親。元オーブ軍の軍人だったが、現在は退役して喫茶店を経営している。穏やかな性格で、ヒカルやカノンをいつも優しく見守っている。

 

 

 

 

 

アリス・シュナイゼル

コーディネイター

35歳     女

 

備考

元軍人だが、不肖により退役した。現在は夫と共に喫茶店を切り盛りしている。カノンの母親で、朗らかな性格で誰とてでも打ち解けやすい性格は、娘に遺伝している。

 

 

 

 

 

 

 

《北米統一戦線》

 

レミリア・バニッシュ(レミル・ニーシュ)

ナチュラル

16歳      女

 

乗機:スパイラルデスティニー

 

備考

北米統一戦線所属のテロリスト。ボーイッシュで気さくな性格だが、自分が女である事は、仲間内でもごく一部の者以外には秘密にしている。世話焼きだが、どこか抜けている所があり放っておけない。共和連合軍が開発した新型機動兵器(スパイラルデスティニー)奪取の為に、「レミル・ニーシェ」と名乗り、性別と身分を偽っていた。ヒカルとはクラスメイトで親友同士。

 

 

 

 

 

アステル・フェルサー

ナチュラル

17歳     男

 

乗機:ストームアーテル

 

備考

北米統一戦線所属のテロリスト。あまり多くの事をしゃべろうとしない寡黙な性格。しかし任務には忠実で仕事が確実な為、若いながら仲間内では信頼が厚い。レミリアの性別を知る人物の1人。

 

 

 

 

イリア・バニッシュ

ナチュラル

23歳      女

 

備考

レミリアの姉で、北米統一戦線に所属する戦士。性格はやや過保護で、いつも危険な任務に駆り出される妹を心配している。砲撃戦型の機体を好み、戦場では主に支援砲撃を担当する。

 

 

 

 

 

クルト・カーマイン

ナチュラル

37歳      男

 

乗機:ジェガン

 

備考

北米統一戦線のリーダーを務める人物。謹厳さ性格で部下にも自分にも厳しいが、その分、父親のような愛情も持っている。まだ若いレミリアやアステルの面倒をよく見ている。レミリアの性別を知る数少ない人物。

 

 

 

 

 

《プラント》

 

アンブレアス・グルック

コーディネイター

42歳     男

 

備考

現プラント最高評議会議長。ラクスから続いて、2代後の議長となるが、彼が就任すると同時にプラントは再び軍拡、対外強硬路線に政策を転換、手始めに北米をプラント統治下に置くべく兵力を送り込んでいる。その剛腕ぶりはプラントの新たなる指導者として支持を集めている。

 

 

 

 

 

アラン・グラディス

コーディネイター

27歳     男

 

備考

タリア・グラディスの息子。プラント評議会下院議員。まだ年若いが、母親に似て気骨のある性格で、言うべき事はハッキリ言う人物だが、普段の物腰自体は柔らかく。人当たりが良い。

 

※名前、年齢に関しては、正確な資料が無いので独断です。

 

 

 

 

ルイン・シェフィールド

コーディネイター

35歳      男

 

乗機:ハウンドドーガ

 

備考

ザフト軍シェフィールド隊隊長。かつてはジュール隊の新人パイロットであったが、今では一方面軍の隊長を任されるまでになっている。大人らしく落ち着いた性格であり、実績と経験を積み、ザフト軍内でも有数な実戦的指揮官となっている。

 

 

 

 

 

アビー・ウィンザー

コーディネイター

36歳     女

 

備考

ザフト軍北米派遣軍に所属する女性。性格は冷静沈着で、上司からも部下からも信頼が厚い。隊長となったルインの指揮下に入り、五大湖の戦線を支える。

 

 

 

 

 

ディジー・ジュール

コーディネイター

16歳     女

 

乗機:ハウンド・ドーガ

 

備考

イザーク・ジュールの娘。父親に似て気まじめな性格の委員長タイプ。ジェイクとは幼馴染だが、そのいい加減な性格には毎度振り回されており、気苦労が絶えない。

 

 

 

 

 

ジェイク・エルスマン

コーディネイター

16歳     男

 

乗機:ハウンド・ドーガ

 

備考

ディアッカ・エルスマンの息子。やや女好きで軽い性格。一見すると不真面目に見えるが、父親譲りで要領が良く、何でもそつなくこなす天才肌。

 

 

 

 

 

ノルト・アマルフィ

コーディネイター

15歳     男

 

乗機:ハウンド・ドーガ

 

備考

音楽業界で最高峰とも言われるピアニストを父に持つ少年。性格は温厚で控えめ。アクの強いメンバーに振り回されがちだが、生来マイペースな面がある為、割とそつなく仲介役をこなす事が多い。

 

 

 

 

ディアッカ・エルスマン

コーディネイター

38歳     男

 

備考

ザフト北米派遣軍参謀長を務める男性。ジェイクの父親。かつては軽薄でひょうひょうとした性格だったが、歳を重ねる事で年齢相応の落ち着きと知性を持つようになった。旧クライン派の軍人という事で、軍内部では肩身の狭い思いをしている。

 

 

 

 

 

イザーク・ジュール

コーディネイター

38歳      男

 

備考

ザフト軍部隊長や最高評議会議員を歴任した元高官。性格は堅気で頑固。とにかく曲がった事が嫌いで、割と不機嫌そうに見える事が多いが、その内実では仲間思い。クラインは大粛清の際に議員を退任した。

 

 

 

 

 

クーヤ・シルスカ

コーディネイター

18歳      女

 

備考

ザフト軍に所属する少女。並みのコーディネイターを遥かに上回る戦闘力を持ち、若輩ながら次期エースとして期待されている。性格的には責任感が強いタイプであり、自分がコーディネイターである事、プラントを守る軍人である事に強い誇りを抱いている。その性格と技量故に、アンブレアス・グルックの信頼も厚い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《北米解放軍》

 

ブリストー・シェムハザ

ナチュラル

52歳      男

 

備考

テロ組織と化した現在のブルーコスモス指導者。元はムルタ・アズラエルのもとで幕僚を務めていた。武等派で、軍事指導者としても高い能力を持っている半面、コーディネイターに対する憎しみはだれよりも強い。

 

 

 

 

 

オーギュスト・ヴィラン

ナチュラル

40歳      男

 

備考

北米解放軍の前線指揮官を操る人物。軍人らしく上の命令には忠実な性格で、かつ自身も緻密な戦略家。勝利の為なら多少の犠牲は厭わないが、常に犠牲に見合う戦果を挙げる事を目指す合理主義者。

 

 

 

 

 

ジーナ・エイフラム

ナチュラル

34歳      女

 

備考

北米解放軍所属の兵士。オーギュストの副官。彼の右腕であり、その作戦には欠かせない存在。オーギュストの事を誰よりも理解して支えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ユニウス教団》

 

アーガス

コーディネイター

45歳      男

 

備考

「全ての人類はカラを脱ぎ捨て、唯一神のおわす高みへと至るべきである」という教義を広め、おもにヨーロッパを中心に信徒の数を爆発的に増やしている。来る者を決して拒むような真似はしない、寛容で慈悲深い性格。

 

 

 

 

 

聖女

 

備考

全てが謎の存在。常に顔の上半分を覆う仮面を被っている為、表情を伺う事ができない。ただ、声を聞いた事がある人間の話では、まだ年若い少女のようようだったと言う。教団の象徴のような人物で、多くの人々から支持を受けている。

 

 

 

 

 

《その他》

 

エバンス・ラクレス

45歳      男

 

備考

月面パルチザンを束ねるリーダー格の男。落ち着いた性格で、皆からも頼りにされる。億米統一戦線ともつながりがあり、宇宙での活動拠点が無いレミリア達を快く受け入れた。

 

 

 

 

 

ダービット・グレイ

38歳      男

 

備考

月面パルチザンに所属する男性。粗野な性格でやや乱暴な言動が目立つが、根はやさしく仲間思い。

 

 

 

 

 

レオス・イフアレスタール

ナチュラル

20歳      男

 

備考

デンヴァーの戦いの後、ヒカル達が保護した青年。性格は気さくで温厚であり、ヒカル達ともすぐに打ち解ける。妹のリザを大切に思っており、目の中に入れても痛くない程可愛がっている。

 

 

 

 

 

リザ・イフアレスタール

ナチュラル

14歳      女

 

備考

レオスの妹。やや小柄で発育不足な感があるが、それを感じさせない程、好奇心旺盛で明るい性格。カノンとは同い年と言う事もあり仲良しになる。

 

 

 

 

 

クーラン・フェイス

 

 

備考

素性は誰も判らないが、凄腕の傭兵と言う事で、業界では有名な人物。プロの傭兵らしく無駄な事を嫌う一方、必要ならば残虐な行為に走る事も厭わない。ただ粗野なだけでなく、頭も切れる。

 

 

 

 



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メカニック設定

メカニック設定

 

 

 

 

《オーブ共和国軍》

 

RUGM-X001A「セレスティ」

 

武装

ビームライフル×1

アクイラ・ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

ピクウス機関砲×2

 

パイロット:ヒカル・ヒビキ

 

備考

「エターナル計画」の一環として開発された機体。ロールアウト直前にレトロモビルズの襲撃を受けて機体は大破。既存の部品を組み合わせる事で応急修理して戦線に投入された。各部位にハードポイントが備えられ、アタッチメント方式で様々な武装を装備する事ができる。動力に関しては核動力と新型デュートリオンのハイブリットを採用しているが、損傷によって核動力が停止状態にある為、現在はバッテリーエンジンのみを使用して稼働している。

 

 

 

 

セレスティS

 

武装

ビームライフル×1

アクイラ・ビームサーベル×2

ティルフィング対艦刀×1

ウィンドエッジ・ビームブーメラン×2

アンチビームシールド×1

ピクウス機関砲×2

 

備考

セレスティの接近戦武装形態。大型対艦刀ティルフィングを装備する等、かなり高い接近戦能力を誇る。

 

 

 

 

 

セレスティF

 

武装

バラエーナ・プラズマ収束砲×2

クスィフィアス・レールガン×2

ビームライフル×1

アクイラ・ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

ピクウス機関砲×2

 

備考

セレスティに砲撃用の武装を追加した状態。ある意味、もっとも機動性と攻撃力のバランスが取れた形態でもある。ほぼ初代フリーダムに近い状態になるが、核動力が使えない為、かつてのフリーダムほどには派手な戦い方はできない。因みに「F」は「Freedam」ではなく「Full Barst」の意。

 

 

 

 

 

セレスティL

 

武装

ビームライフル×1

アクイラ・ビームサーベル×2

155ミリ・ロングレンジスナイパーライフル×1

ピクウス機関砲×2

 

備考

セレスティの狙撃戦形態。レールガンを使用したスナイパーライフルと、視覚照準補正用のバイザーを装備する事で、大気圏内でも450キロ超(計算上)の狙撃が可能となった。開発当初はビーム、もしくはインパルス砲タイプの狙撃銃にする案もあったが、減衰を考慮して、大気摩擦が少なく、かつ低弾道で射程の長いレールガンに変更された。

 

 

 

 

 

セレスティHM

 

武装

ビームライフル×1

アクイラ・ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

ピクウス機関砲×2

スクリーミングニンバス改×1

 

備考

セレスティの高機動戦形態。背部、肩部、腰部、脚部に追加の高出力スラスターを装備するする事で、ひじょうに高い機動力を実現した。反面、消耗が激しく、稼働時間は通常の半分近くにまで低下している為、今後の改良が期待される。

 

 

 

 

 

セレスティM

 

武装

フォノンメーザーライフル×1

6連装魚雷ランチャー×4

対装甲実体剣×2

アクィラ・ビームサーベル×2

スクリュー兼用アンチビームシールド×1

機関砲×2

 

備考

水中戦を行う為に用意されたセレスティ用の武装。通常の武装は殆ど持たず、魚雷やフォノンメーザー砲などを装備、更に水中用スラスターも装備し、水中であっても高い機動力を発揮できる。魚雷は全て超高速魚雷を採用。更に自発装填機構を完備し、最大で48発の魚雷を撃つ事ができる。水中戦用機動兵器の開発にはあまり積極的ではなかったオーブが、今後の試金石として投入した装備でもある。

 

 

 

 

 

 

MBF-M1R「リアディス」

 

武装

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

12・7ミリ自動対空防御システム×2

アンチビームシールド×1

対装甲実体剣×2

オーブ型ストライカーパック(イエーガー ブレード ファランクス)

 

「ReFain Astray Defense Integrate Striker(全てを守り貫く為に邪道へと回帰した者)」の略。原点に返る形で、オーブ軍が開発したアストレイ級機動兵器。各種オーブ製ストライカーパックを搭載できる仕様で、様々な戦線で活躍する事ができる。3機建造され、それぞれアイン、ツヴァイ、ドライの番号が振られた。装甲色はアインが青、ツヴァイが赤、ドライが緑

 

 

 

 

 

MVF-M15A「イザヨイ」

 

武装

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

ビームガトリング×1

アンチビームシールド×1

12・5ミリ自動対空防御システム×2

 

備考

オーブ軍の伝統とも言うべき可変機動兵器。シシオウやライキリが速度重視の機体で会ったのに対し、イザヨイは初期のムラサメのように機動力、旋回性能を重視し、量産型の機体としてはかなり高い空中戦能力を誇る。

 

 

 

 

 

大和

 

225センチ3連装高エネルギー収束火線砲ゴットフリート×3

110センチ3連装リニアカノン・バリアント改×2

12・5ミリ対空自動バルカン砲塔システム×32

艦尾大型5連装ミサイルランチャー×6

魚雷発射管×12

陽電子破城砲グロスローエングリン×1

 

艦長:シュウジ・トウゴウ

 

備考

オーブ軍が建造した巨大戦艦。近年、高速中型戦艦が主流になっている中、大規模化する紛争への新たなる対応が迫られた共和連合は、それまでの路線を捨てて「大型高速戦艦建造計画」を推進した。その第一号となるのが本艦である。かつての大型戦艦群に匹敵する巨体でありながら、小型護衛艦並みの機動性を有している事から、攻防走のバランスが取れた新世代型の戦艦である。

 

 

 

 

 

 

 

 

《北米統一戦線》

 

RUGM―X42B「スパイラルデスティニー」

 

武装

ミストルティン対艦刀×2

ウィンドエッジ・ビームブーメラン×2

高出力ビームライフル×2

アクイラ・ビームサーベル×2

バラエーナ改3連装プラズマ収束砲×2

クスィフィアス改連装レールガン×2

パルマ・フィオキーナ掌底ビーム砲×2

アサルトドラグーン×8

ビームシールド×2

 

パイロット:レミリア・バニッシュ

 

備考

エターナル計画によって建造されたデスティニー級機動兵器。しかし、完成直後、北米統一戦線のテロリストに奪取される。多数の接近戦用装備に加えて、地上でも使用可能になったアサルトドラグーンを装備。火力面でも大幅な強化が成され、接近戦、遠距離戦双方で存分に実力が発揮可能。デスティニー級の代名詞である残像機能は更に強化され、立体感のある虚像を複数作り出して敵を攪乱する事もできる。現状、間違いなく世界最強の機体であり、レミリアの操縦の元、猛威を振るう事になる。武装等の機体特性としてはむしろ、デスティニーよりも準同型機のクロスファイアに近い形になっているが、デュアルリンクシステムは搭載していない為、デスティニー級に分類されている。

 

 

 

 

 

GAT-09「ジェガン」

 

武装

ビームカービンライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

連装グレネードランチャー×1

12・7ミリ自動対空防御システム×2

ストライカーパック各種

 

備考

北米統一戦線が実戦配備したダガー系列の新型機動兵器。各種ストライカーパックの搭載は勿論、機動力や防御力にも重点が置いた設計がなされ、単なる量産型の枠に収まらない性能を誇っている。ただし、かなり高価な機体となる為、北米統一戦線では充分な数を確保できないのが難点。

 

 

 

 

 

GAT-X119A「ストームアーテル」

 

武装

ヴァリアブル複合兵装銃撃剣レーヴァテイン×1

ビームサーベル×2

ビームガン×1

対装甲ナイフ・アーマーシュナイダー×1

ビームシールド×2

12.5ミリ自動対空防御システム×2

 

パイロット:アステル・フェルサー

 

備考

ユニウス戦役時に地球連合軍の旗機的存在であったストームの改良型。「武装を減らした上での機動力向上」と言うコンセプトを踏襲し、その象徴とも言うべきレーヴァテインも健在。ドラグーンを搭載して火力面を強化する案もあったが、機動力が落ちる事を嫌ったアステルの要望で、搭載を見合わせた。

 

 

 

 

 

《ザフト軍」

 

ハウンドドーガ

 

武装

ビーム突撃銃×1

ビームトマホーク×1

ハンドグレネード×6

アンチビームシールド×1

各種ウィザード、シルエット

 

備考

ニューミレニアムシリーズの後継である「ニュージェネレーションシリーズ」の一環として、ザフト軍が実戦配備した機動兵器。ザフトの設計らしく、手堅く、大出力高機動が売りの機体。

 

 

 

 

 

《北米解放軍》

 

GAT-X135「クリムゾンカラミティ」

 

武装

グレムリン分離型アサルトドラグーン×2

トーデスブロック改ビームバスーカ×1

シュラーク連装高エネルギー砲×2

複列位相砲スキュラ×1

ケーファーツヴァイ×1

ビームサーベル×2

 

備考

カラミティの後継機。Nジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載し、事実上、無限に起動する事ができる。カラミティのコンセプトである火力は徹底的に強化され、特に分離型のアサルトドラグーンであるグレムリンは、12門の砲を備えた大型ドラグーン1機と、小型ドラグーン8基によって1ユニットを構成し、全力展開すると80門と言う、過剰としか言いようがない火力を実現した。

 

 

 

 

 

GAT-X253「ヴェールフォビドゥン」

 

武装

フレスベルク誘導砲×1

ニーズヘグ重刎首鎌×1

エクツァーン・レールガン×2

ビームキャノン×2

イーゲルシュテルン×2

ゲシュマイディッヒパンツァー×2

 

パイロット:ジーナ・エイフラム

 

備考

フォビドゥンの後継機となる機体。Nジャマーキャンセラーを搭載する事で、稼働時間はほぼ無限と言って良くなった。本来のコンセプトであるミラージュコロイドを利用した戦術を得意とし、分身、視覚攪乱、ビーム偏向等、各種トリッキーな戦術が可能となった。

 

 

 

 

 

GAT-X371「ゲルプレイダー」

 

武装

ツォーン・エネルギー砲×1

破砕球ミョルニル×2

シュベルトゲベール対艦刀×2

ビームガン×2

ビームキャノン×2

ビームシールド×2

ビームクロー×2

 

パイロット:オーギュスト・ヴィラン

 

備考

レイダーの後継機。他の2機同様、Nジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載している。レイダーの特性である機動性を徹底的に強化。更に同機の欠点であった接近戦能力を向上させている。

 

 

 

 

 

ジェネラル・マッカーサー

 

武装

225ミリ高エネルギー連装砲ゴッドフリート×10

レールキャノン・バリアント×2

10連装ミサイル発射管×6

イーゲルシュテルン自動対空防御システム×24

 

備考

かつて地球軍が建造したガーティ・ルー級戦艦を地上でも運用可能なように改装した戦艦。ただし、かつてのガーティ・ルーはミラージュコロイドを使用した特殊作戦艦としての色合いが強かったが、ミラージュコロイドの地上での運用が効率が悪い事を考慮してオミット、代わりに火力を最大限強化した。

 

 

 

 

 

《ユニウス教団》

 

UOM-X01G「アフェクション」

 

武装

高出力ビームライフル×2

ビームキャノン×4

ビームサーベル×2

スプレットビームキャノン×1

リフレクトドラグーン×12

ビームネイル×10

対空機関砲×2

 

パイロット:聖女

 

備考

教団が使用する旗機モビルスーツ。最大の特徴は、ヤタノカガミと同質の装甲を持つリフレクトドラグーンで、独立機動が可能な砲塔であると同時に、光学攻撃を反射する盾として使用する事もできる。聖女はこの性質を利用し、自機から放ったビームを故意に乱反射させる「リフレクト・フルバースト」と言う攻撃を得意とする。

 

 

 

 

UOM-04「ガーディアン」

 

武装

ビームライフル×1

ビームバズーカ×1

ビームハルバード×1

ビームシールド×2

前部自動ビーム防盾×1

 

備考

ユニウス教団が使用する、主力機動兵器。武装面では平凡だが、防御力に優れており、熱い装甲を持つ他、両腕のビームシールドと、更に胸部にもシールド発生装置を備え、大抵の攻撃は防ぎ止める事ができる。

 

 

 

 

 

 

 

《不明》

 

 

SESF-X4「インフェルノ」

 

武装

アウフプラール・ドライツェーン×2

ツォーンmk-V×1

4連装スーパースキュラ×1

5連装スプレットビームガン×2

スーパーヒュドラ・ビームキャノン×2

12連装ミサイルランチャー×6

超大型ビームサーベル×2

各種ウェポンラック×12

 

 

備考

Strategy Extermination  Stratosphric Fortress(戦略型高高度殲滅要塞)史上初となる航空機型への可変機構を有するデストロイで、大気圏内における機動性と言う意味では、過去のデストロイ級を大きく上回る。重武装もさることながらデストロイ級特有の防御力は健在で、高高度では小型機の機動性が低下する事も考慮すると、無敵とも言える性能を実現している。

 

 

 

 

 



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国家・組織設定

 

 

 

 

 

共和連合

 

元は地球連合に対抗する為、ラクス・クライン提唱の元、連合非加盟国が参加する形で結成された国際組織。当初の主要参加国はプラント、オーブ連合首長国、スカンジナビア王国、南アメリカ合衆国、大洋州連合、西ユーラシア解放軍等であったが、スカンジナビア王国と西ユーラシア解放軍はカーディナル戦役の際に崩壊した為、現在は加盟から外れている。地球連合の弱体に伴い世界最大の組織となったが、ラクス・クラインの死後、プラントが強硬路線に転換し、更にその事に対して構成各国が非難する等、組織の形骸化が始まっている。

 

 

 

 

 

オーブ共和国

 

プラントと並んで、共和連合の主要構成国。主に専守防衛を国是としていたが、地球連合をはじめとした強大な外敵に対抗する為、一部では外海や宇宙空間における機動戦力を有している。保有兵力は決して多くないが、質的には世界最強と言っても過言ではない。ただし近年、穏健派が政権を握った事もあり、膨張政策を取るプラントの動きを掣肘できずにいる。

 

 

 

 

 

オーブ共和国軍機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィント

 

元はオーブ軍所属の特殊部隊だったが、共和連合軍の権限強化に伴い、所属が格上げされた。現状、共和連合軍における最強部隊であり、主に治安維持やテロ組織壊滅等を主な任務にしている。ハワイに本拠地を置く。これまで幾度となく結成、再編、壊滅、再結成を繰り返してきた歴史を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

プラント

 

共和連合の盟主国。長らく穏健派による統治が続いていたが、ラクス・クラインの死後、対外強硬派であるグルック派が急速に台頭、主に紛争続く北米大陸の覇権を物にすべく行動中。表向きは「北米大陸の治安維持」と称しながらも、モントリオール政府に対する大規模な武器供与を行い、更に進駐軍の増援を行うなど続々と兵力を送り込み、支配権を既成化しようとする動きがある。

 

 

 

 

 

プラント保安局

 

アンブレアス・グルックが地球圏の「治安を維持する」という名目の元、新たに開設した組織。純粋な国防軍であるザフトとは異なり、秘密警察めいた色が強い。主な任務は思想犯や反共和連合組織の捜査、鎮圧にあるが、プラントの強大な軍事力を背景にした強引な捜査、取り締まりは問題にもなっている。

 

 

 

 

 

北米中立自治区

 

16年前のカーディナル戦役の折、主要都市の大半が壊滅した大西洋連邦は、その3年後、国体を保つ事ができず崩壊した。その後、一時期は20以上の自治区に分かれていた北米だが、近年、いくつかの大きな勢力に統合されている。一応、モントリオール自治政府が統合する形で統治しているが、プラント寄りの政策を行っているせいで、多くの北米人の反発を生み、事実上の内戦状態にある。

 

 

 

 

 

北米統一戦線

 

北米大陸北西部を中心に主な活動を行う組織。北米の武装組織の中では小規模で、ゲリラ的な戦い方が主流となっている。「北米人の手で北米を統一する」事を目的に活動している為、当然、プラント寄りの政策を行っているモントリオール政府とは敵対関係にある。

 

 

 

 

 

北米解放軍

 

北米大陸を再び統一するために活動する武装組織。構成人員はかなりの数にのぼり、単独では北米最大の組織である。しかし近年、末端構成員による虐殺や略奪が横行しており、統率がとれなくなりつつある。

 

 

 

 

 

北米モントリオール政府

 

北米で唯一、公式に認可されている政治組織。親プラント派であり、モントリオールに置かれた総督府が、事実上の中央政府の役割を担っている。しかし、もともと敵対国家だったプラントの支援を受ける事に関して反発する北米住民は多数にのぼり、その事が発端で北米内戦は勃発する。

 

 

 

 

 

ユニウス教団

 

「全ての人類は、唯一神の庇護の下に己のカラを脱ぎ捨てて、新たなる天へと目指すべきである」という教義の元、世界中に信者を持つ新興宗教。アガス教祖は慈悲と寛容の精神を持って、絶大な支持を受けるに至っている。その内情については殆ど分かっていないが、自衛と称して、一国の軍隊を遥かに上回る自警組織を有している事は知られている。

 

 

 

 

 

レトロモビルス

 

世界中で活動するテロ組織。主にヤキン・ドゥーエ戦役時におけるザフト軍の機体を使用している事から、この名前で呼ばれる。その性質上ザフトの関与が疑われているが、プラントは今のところ、その事実を否定している。

 



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第1部 CE93
PHASE-01「魂を継ぐ者」


「Illusion」「Fate」「ロザリオ」「南天」と続いて、5作品目になるSEED物です。

正直、我ながら「ダメ押し」感が無くもないのですが(汗

とりあえず、残されたネタを全部つぎ込み、余力を残さない勢いでやりたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。


 

 

 

 

 

 コズミックイラ87

 

 今、プラントの一角で、1人の女性が静かな眠りを受け入れようとしていた。

 

 ラクス・クライン

 

 いまだ30代前半という若さながら、この激動続く戦乱の時代に、螺旋のように渦巻く世界と常に正面から向かい合い、それでも常に平和を目指す精神を忘れる事なく、己の戦いを続けてきた人物である。

 

 元は「プラントの歌姫」という異名で呼ばれたトップシンガーでありながら、16年前に起こった戦争では、一軍を率いて戦場に身を投じ、のみならず自らもモビルスーツという兵器を駆って雄々しく戦った。

 

 軍を辞して政治家になった後も、彼女は精力的な活動を続け、常に世界をリードし続けてきた。

 

 プラント最高評議会議長、共和連合事務総長、共和連合軍事最高司令官、共和連合安全保障問題担当官等、様々な重要な役職に就き、多くの紛争の場にあって彼女なりの戦い方を続けてきた。

 

 今や、ラクス・クラインの名前は道行く子供ですら知っているほどだった。

 

 しかし、現代を生きる女性の代表とも言うべきラクスも、自身に課せられた寿命と言う名の枷には抗する術がなかった。

 

 ベッドに横たわり、静かな呼吸を繰り返す彼女の様子はいつも通り穏やかで、とても、これから死にゆく者の顔には見えない。

 

 しかし、今こうしている間にも、ラクスの命の炎はゆっくりと消えようとしていた。

 

 ラクスはため息にも似た息を静かに吐くと、少し難儀そうに瞼を開いた。

 

 揺らぎの少ない瞳には、憂いとも諦念ともつかない光が宿っているのが見える。

 

「・・・・・・・・・・・・10年」

 

 言葉は静かに紡がれる。

 

「いえ、せめてあと5年、わたくしに時間があれば・・・・・・・・・・・・」

 

 弱弱しく紡がれる言葉からは、にじみ出るような悔しさが伝わってくる。

 

 ラクスには分かっているのだ。今、自分が死ぬ事によって世界がどうなるのか、という事を。

 

 しかし、それでもこればかりは、如何ともしようがなかった。

 

「ラクス・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに立った女性が、そっと名を呼ぶと、手を握り締める。

 

 驚くほど細い手。

 

 この細く華奢な手で、今まで世界を支えていたと言うのは、とても信じられない事である。

 

 かつては戦場を駆って、並みいるエース達に劣らぬ活躍を見せた女性も、寿命には逆らえないと言う証であろう。

 

 女性は、今にも死に行こうとする存在を引き戻そうとするように、ラクスの手をしっかりと握りしめる。

 

 傍らに立っている女性の夫も、何もできない自分自身の不甲斐なさに唇を噛みしめている。

 

「エスト・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスはそっと、女性の名を呼ぶ。

 

 女性の名はエスト・ヒビキ。ラクスが妹とも娘とも思って可愛がってきた人物である。

 

 そして、

 

 ラクスは、彼女の夫にも目を向けた。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 キラ・ヒビキ。

 

 常にラクスが率いる軍の先鋒を務め、「ラクスの剣」として多くの戦場に身を投じてきた青年もまた、死に行く女性へかける言葉が見つからず、ただ立ち尽くす事しかできないでいる。

 

「・・・・・・キラ・・・・・・エスト・・・・・・申し訳ありません。2人には、本当にこれまで、多くの苦痛を与えてしまいました。私は、罪深い女です」

「ラクス、そんな事は・・・・・・」

 

 自罰的なラクスの言葉に、エストは否定の言葉を述べる。

 

 2人は知っている。ラクスがいかに、今ある平和を維持する為に努力を惜しまなかったかを。

 

 カーディナル戦役の終結から10年。世界は大きな紛争を経験する事無く、一応は平和な時を過ごしてきている。

 

 勿論、細かな紛争はいくつか巻き起こってはいるが、ラクスはそれらの紛争に関しても、早期終結の為に身を削るような努力を行ってきた。

 

 しかし、エストの言葉に対して、ラクスは弱々しく首を振る。

 

「いいえ。わたくしがもっと、しっかりとあなた達の事を気に掛けていれば、あのような事にはならなかったのです」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスの言葉に、エストも黙り込む。

 

 彼女が何の事を言っているのか判ったからだ。

 

「ラクス、もうそれくらいで」

 

 キラは労わるようにして話しかける。こうして話している間にも、ラクスの体力は徐々に擦り減っていく。少しでも安静にしていないと、今にも意識は落ちてしまいそうな雰囲気だった。

 

 しかし、やんわりと制しようとするキラに対して、ラクスは全身の力を振り絞るようにして尚も話し続ける。

 

「いいえ、キラ。まだです」

 

 この10年。常に世界を支え続けてきた女傑は、残った命を一瞬で全て燃やし尽くそうとするかの如く、強い口調で言う。

 

「キラ、エスト、これからわたくしは、わたくしの生涯において、恐らく最も残酷な事を言います。よって、受けるのも拒否するも、お二人の自由です」

 

 ラクスの言いように、キラもエストも怪訝な様子で顔を見合わせる。

 

 しかし2人の中には、ラクスに対する絶対の信頼が存在している。たとえどんな事であろうと、ラクスが示す道こそが自分達の道であると信じていた。

 

 決意に満ちた2人の表情を見て、ラクスもまた己の中で決断を下す。

 

 ラクス・クライン、その生涯最後にして最大の策を託すに足る者は、目の前にいる2人しかいない、と。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 目を閉じ、ラクスは静かに言葉を紡ぐ。

 

 そしてゆっくりと目を開いた時、その瞳には往時に勝るとも劣らぬ強い輝きが宿っていた。

 

 とても、これから死に行く者の目ではない。明らかに、戦場に赴く戦士の顔だ。

 

「キラ、エスト・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスは厳かな声で言い放った。

 

「お二人には、これから死んでもらいます」

 

 

 

 

 

 ラクス・クラインと言う巨星の死は、まさに世界を支える柱が燃え尽きた瞬間であった。

 

 彼女の死を待っていたかのように、世界中に潜む多くの武装組織が蠢き出した。

 

 まず手始めに戦火が上がったのは、北米大陸であった。

 

 北米大陸にはかつて、大西洋連邦と言う地球圏最大の国家が存在していたが、CE78、武装組織エンドレスが行った大規模核攻撃の影響で各主要都市が壊滅。あらゆる経済とインフラが崩壊し、国家としての体を保つ事ができなくなった。

 

 大西洋連邦はCE81年8月15日をもって解体、それ以後北米大陸は、いくつもの自治体が乱立する地へと変貌していた。

 

 しかしラクスの死後、プラント政府が行った発表が行き渡った瞬間、事態は誰もが予想しなかった方向へとなだれ込んだ。

 

 曰く「モントリオール政府を今後、北米大陸における唯一の公的政治形態とする」。との事だった。

 

 モントリオール政府とは、カーディナル戦役の以後、共和連合によって北米大陸の統治を任された政府組織であり、大西洋連邦政府が解体された後、事実上、北米の代表とも言える組織であった。

 

 しかし近年、プラント寄りの政策を行う事が多くなったことで、北米住民の反感を買うようになっていた。

 

 元々、北米大陸の住人は大西洋連邦時代からプラントに対して好感情を持っていない。その不満が、爆発した形であった。

 

 まず「北米解放軍」と称する軍事組織が北米南部の都市ヒューストンで蜂起、モントリオール政府、及び駐留するザフト軍に対して武力による攻撃を開始した。

 

 更に翌年には「北米統一戦線」を名乗る新たな武装組織が、北部の街アンカレッジで活動を開始、北米大陸に更なる混迷の嵐が吹き荒れる事となった。

 

 転じてユーラシア大陸に目を向ければ、ユーラシア連邦、東アジア共和国を中心に未だに余喘を保っていた地球連合が、沈黙しながらも地下では武力を集め、共和連合に対して捲土重来を目論んでいると言う噂が流れている。

 

 その地球連合が密かに、かつてのブルーコスモス強硬派の残党を集めて活動していると言う噂もあるが、真偽の程は定かではない。

 

 更に近年になって、世界規模でテロ活動を行う組織もある。

 

 「レトロモビルズ」と呼ばれる彼等は、ヤキン・ドゥーエ戦役時における機体を多数所有している。機体の性能こそ古いものの、数は相当に上り、共和連合軍が行った数度にわたる掃討作戦もかわし、しぶとく生き延びていた。

 

 更に近年になり、急速に勢力を伸ばしている組織があった。

 

 「ユニウス教団」と名乗る宗教団体は、戦乱で壊滅した欧州を中心に勢力圏を拡大、徐々に信徒の数を増やしていると言う。すでに北米大陸にまで活動の範囲を広げつつある。彼等は今のところ目立った動きは見せていないが、それが却って、不気味な沈黙となって人々の動揺は広がろうとしている。

 

 そのような最中であった、ラクス・クラインが死んだのは。

 

 時にコズミックイラ87 10月3日

 

 奇しくもこの日は、ユニウス戦役の発端となったユニウスセブン落下事件「ブレイク・ザ・ワールド」が起きた日であり、やがて来る戦乱の時代を暗示しているようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、ラクス・クラインとは何者であったか?

 

 後世の者達はそれぞれ、以下のように語っている。

 

「彼女こそが、真の意味で平和を目指した得難き存在であった。CE78からの約10年間、奇跡とも言える平和は、ラクス・クラインと言う稀代の政治家がいたからこそ実現し得た物である。我々は彼女の死を悼み、彼女が目指した平和な世の中を作り上げて行かなくてはならない」

 

「彼女はかつて『プラントの歌姫』と呼ばれたトップシンガーだった。しかし、時代の流れは彼女の歌手としての人生よりも、軍人として、あるいは政治家としての人生を望んだ。それがラクス・クラインにとって幸せであったか不幸であったか、それは判らない。しかし、逆境の中にあって尚、自身が描く平和への道を走り続けたラクスの姿勢は、万民の目から見ても偽り無い物だった事は疑いない」

 

 肯定的な意見を述べる者達の言は、概ねこんな感じである。

 

 こうした意見はおおむね、共和連合関係者や、その恩恵にあずかった者達から出されている。

 

 続いて否定的な意見を見て見ると、こんな感じである。

 

「現代に現れた聖女、平和の体現者、不屈の求道者、そのような認識が強いだろう。だが忘れてはいけない。ラクス・クラインが築いた『平和』の足元にある地面には、無数の死体が埋まっていると言う事を。彼女の手も、また歩いてきた足も血で真っ赤に汚れているのだ。我々はラクス・クラインと言う輝かしい虚像が齎す偽りの平和に目を晦ませるべきではない。口では偉そうに平和を謳っている彼女自身こそが、歴史上最悪と言っても良い大量殺戮者なのだから」

 

「確かにラクス・クラインは平和を作り出しただろう。だが、果たしてそれが誰の為の平和だったのか? 結局のところ、平和な世界とそうでない世界とは、表裏一体となっている。一方を救えば他方を救えないのは道理である。ラクス・クラインは、確かに彼女自身に味方する者へは平和をもたらしたかもしれない。しかし、所詮それは、『救われなかった他方』を切り捨てた上での箱庭の平和に過ぎないのだ」

 

 これらは皆、地球連合や、その他、ラクスの政治姿勢に反対の立場を取った者達の意見である。彼等にとってラクス・クラインと言う存在がいかに目障りであったか、と言う事を示している。

 

 また、あくまで「自身は中立たらんと」欲する者達の意見はこんな感じである。

 

「ラクス・クラインは歴史上において『死ぬべき時ではない時に死んだ』者の1人であろう。彼女さえあと僅かに生き残っていれば、その後に起こる戦乱は避けられた公算が高い。故人の死にまで、当人に責を問うのは筋違いではあるが、彼女が今少し長く生きていたら、と思わずにはいられない」

 

 等々、ラクスに関する事では、遥か後世に至るまで、その議論のネタは尽きる事は無い。

 

 賛否を含めて、それだけ多くの歴史家の研究対象となる事から考えても、ラクスの存在がいかに巨大であったかは推し量る事が可能だろう。

 

 だが、そのラクスも、もはやいない。

 

 やがて、彼女によって押さえられていた多くの勢力が、満を持して動き出そうとしていた。

 

 そして6年後、コズミックイラ93・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電子音が、室内に木霊する。

 

 それが朝を告げるシグナルであると言う事は、頭のどこかで理解しているが、それでも覚醒を待たない脳は、主に感情の面において事実を否定しようとしている。

 

 曰く、もう少し寝ていたい。

 

 そう考えるのは、至極自然な流れであると言う事は、誰に対してもご理解いただきたいものである。

 

 そう考えた為、本能に対して忠実であるべく腕を伸ばす。

 

 手探りで目覚まし時計を探し当てると、上の部分に付いているボタンを指で押し込む。

 

 アラームが止まったのを確認すると、スルスルと手を布団の中へと戻す。

 

 このまま至福の二度寝と洒落込もうか。

 

 そう思った次の瞬間、

 

「はいそこ、さっさと起きようか」

 

 涼やかな声と共に、亀の甲羅のように被っていた布団は、容赦なくはぎ取られた。

 

 途端に吹き込む外気が、強制的な目醒めを誘発してくる。

 

 うっすらと開く瞼。

 

 そこには、見慣れた相棒の姿があった。

 

 白い肌とやや釣りがちの大きな瞳、更に通った鼻立ちに小さな唇。やや長い髪は頭の後ろで縛ってある。

 

 これで男だとは、冗談だと思いたいくらい「美人」な少年。

 

「・・・・・・・・・・・・レミル」

 

 自身に目醒めを強要した少年に対して、恨みがましい視線を向ける。

 

 しかし相棒はと言えば、そんな少年の様子にも慣れているようで、涼しい顔をして笑っている。

 

「さあ、起きてよ。朝食の準備はできているから」

「・・・・・・・・・・・・」

「また遅刻したら、ボク達まで連帯責任になるんだから」

「・・・・・・・・・・・・判ったよ」

 

 ぶっきらぼうにそう言うと、少年は二度寝したい欲求をどうにか振り払う。

 

 自分1人に罰則を掛けられるくらいなら何とも思わないが、仲間達まで巻き込むのは流石に心苦しかった。

 

「リビングで待ってるよ。支度ができたら来てね」

 

 そう言うと、レミルと呼ばれた少年は、後頭部で縛っているやや長めの髪を翻して部屋から出て行く。

 

 その後ろ姿を見送ると、少年はようやくベッドから起き上がった。

 

 実際問題として、これ以上遅刻すれば流石にまずいと言うことくらいは少年にも判っていた。

 

 手早くパジャマを脱ぎ、レミルが用意しておいてくれた制服に袖を通す。

 

 白地に青いラインが入った制服は、オーブ共和国軍の制式軍装に手を加えた物である。

 

 姿見で不備が無いか確認してから、鞄を手に取る。

 

 ふとそこで、視線はサイドボードの上にある写真へと向けられた。

 

「・・・・・・じゃ、行ってくる」

 

 そう言うと、

 

 ヒカル・ヒビキは、少し急ぎ足で部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下ラボにある格納庫では、最終チェックの項目確認が行われていた。

 

 昨今、世界中で多くの組織が蠢動し、北米大陸では今尚、大規模な紛争が続いているのが現状である。

 

 そのような最中である為、共和連合としても新たな戦力の開発、実戦配備は急務であると言えた。

 

 ここハワイでは、その一環として開発中の機体の最終調整を行う事になっていた。

 

 視界の先にあるメンテナンスベッドに横たわる2体の鉄騎は、共和連合軍が技術の粋を掛けて開発した新型の機動兵器である。

 

 どちらも、これまでの常識を打ち破る程の新技術を盛り込んだ機体ではあるのだが。

 

「ベータの方は予定通りに仕上がりそうですが、アルファは・・・・・・」

「仕方ないですね」

 

 整備班から声を掛けられた女性士官はため息交じりに、向かって左側に立つ機体に目をやる。

 

 アルファと呼ばれた機体は、一見すると何の問題も無く完成を目前にしているようにさえ見える。

 

 しかし残念ながら、それは見た目だけの話となってしまった。

 

 実は本来、アルファの機体は数か月前にロールアウトを終えているはずだったのだが、ある理由で今まで延期してしまった。

 

 と言うのも今から2か月前、アルファがほぼ9割がた完成したところで、共和連合軍の新型機動兵器開発の情報を聞きつけたレトロモビルズにラボを襲撃され、開発スタッフの大半が殉職、更にはアルファ自体も大破すると言う大損害を被ったのだ。

 

 すぐに残っているスタッフをかき集めて修復を行ったものの、死亡したスタッフの中にはエンジン関係や武装関連のスペシャリストも多数おり、それらを失った現状、とても短期間でアルファを元通りに修復する事は不可能だった。さりとて、戦況は新型機を一から作り直している時間的猶予を与えてくれない。

 

 窮余の策として、アルファは機能停止状態の部分をバイパスし、更に失った部位については別の部品を付け替えるという応急処置的な対策を施す事で、辛うじてロールアウトにこぎつけた訳である。

 

 因みにベータの方は、その時にはまだ工廠の奥で組み立て作業中だった為、辛うじて難を逃れたのだ。

 

 そしてこの程ようやく、アルファとベータは揃ってロールアウトにこぎつける事ができた訳である。

 

「機体の性能を落とし、名前も変えて完成した機体。これではアルファが可哀そうですよ」

「そうでしょうか?」

 

 嘆く整備兵の言葉に、女性士官は少し楽しげに言葉を返す。

 

 ボロボロに傷つきながらも、その体を引きずって立ち上がろうとする姿は、女性士官には輝かしいほどに雄々しく映っていた。

 

 とは言え、軍上層部がアルファのロールアウトを急がせた理由も頷ける。

 

 軍の工廠にまでテロが及ぶようになっているのが現状だ。それを考えれば、優秀な機体は一刻も早く前線に送りたいと思うのは当然だろう。

 

 幸いにして、応急完成にも関わらず、アルファのスペックは現行量産機を遥かに上回る物となっている。それを考えれば、多少のスペックダウンは問題にはならなかった。

 

「とにかく、OSの最終調整を。それが済み次第、起動テストに入ります。リアディスの方も、予定通りに船へ積み込んでください」

「了解です」

 

 指示を受けて、駆け去って行く整備兵を見送ると、女性士官は感慨にふけるように、鎮座する2機を見上げる。

 

「・・・・・・ようやく・・・・・・ようやく、ここまで来たよ」

 

 低い声でささやかれた声は、誰に聞き咎められる事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 教室へ入ると既に、幾人かの同期生たちは登校していた。

 

 彼等との軽い挨拶を済ませると、ヒカルは自分の席へと座る。

 

 今日は朝の3時限が座学で、昼前に実技講習がある。

 

 空腹な昼前に実技と言うのはある意味拷問に近い。いかに座学の間に体力を温存してから実技にはいるかが、昼間での課題となるだろう。

 

 窓際であるヒカルの席からは、外の風景が一望できる。

 

 オーブ共和国領ハワイ諸島。

 

 かつては旧大西洋連邦が太平洋に保有する重要な根拠地であったこの中部太平洋に浮かぶ群島は、今はその所有権を変えて存在している。

 

 南にはオーブ、西には東アジア共和国、ユーラシア連邦と言った国々が控えている関係から、それらへの抑えとして、往時には多数の地球軍戦力が駐留しており、オーブ、プラントをはじめとする多数の反地球軍国家に対する示威的存在だった。

 

 しかしコズミックイラ77にオーブ共和国軍の攻撃を受け陥落。その後、一度は復興したものの、大西洋連邦は北米大陸復興の予算繰りを行う為にハワイ諸島の利権放棄を決定。それをオーブが買い取ったのだ。

 

 そして現在、再びかつてのような、風光明媚な観光地としての地位も取り戻していた。

 

 同時にハワイは、重要な戦略拠点としての価値も失っていない。特に昨今、世界中の動静が危うくなっている現状にあっては特に、大艦隊が停泊可能な泊地を持ち、更に複数の国に対して48時間以内に兵力展開できるハワイの戦略的価値は計り知れない物があった。

 

 オーブ軍はここに、国防軍所有の大規模な士官学校を建設し、次代を担う若き力の育成に励んでいる。

 

 ヒカル・ヒビキとレミル・ニーシュも、そうした士官候補生の一員である。

 

 ヒカルが士官学校に入ろうと思ったきっかけは、実に単純な理由である。

 

 まず、両親が軍人だった事が大きい。

 

 ヒカルの両親は特に、オーブ軍内では伝説とまで謳われた英雄であり、今では各国で主力兵器の座を獲得しているモビルスーツの黎明期から使用していたとの事だ。更に技術者としても有名であり、オーブ軍が標準的に使用しているOSの雛型を作ったのもヒカルの両親だったらしい。

 

 もう一つに理由としては、ヒカルの姉が現役の軍人であると言う事だ。

 

 今は特殊部隊に所属し、各地の治安維持活動を行っている姉だが、幼い頃から父と一緒に戦っていた関係で、20代中盤と言う若さながら、既にオーブ軍でも歴戦の勇士となっていた。

 

 家族がそのような経歴にある為、ヒカルもまた、軍の道へと入るのは至極当然の流れであった。

 

 そこでふと、

 

 ヒカルは窓を眺めながら、ある事を思い出していた。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつも生きていたら、軍に入っていたのかな?」

 

 その脳裏には、先程、出発前に自宅で見た写真が思い浮かべられる。

 

 家族で撮った写真。

 

 その中で、自分と並んで笑っている少女の姿が、ヒカルの頭の中から離れようとしない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 首を振って、頭の中の幻想を追い出そうとする。

 

 未練だった。

 

 あいつはもういない。そう何度も言い聞かせても、ヒカルの脳裏では苦い記憶となって残り続けていた。

 

「どうしたの?」

 

 そこで、友の苦しそうな形相に気付いたのだろう。レミルが怪訝そうな顔で尋ねてくる。

 

 レミルとしては、一時限目の授業の確認をしたくて来たのだろう。手には教科書が何冊か抱えられている。

 

「な、何でもないッ」

 

 ぶっきらぼうに言いながら、慌てて顔をそむけるヒカル。

 

 親友とは言え、変な顔をしている所を見られるのは気分が良い物ではなかった。

 

 レミルの方も、そんなヒカルの想いを察したのだろう。それ以上何も聞かず、教科書を机の上に置いて、ヒカルの前の席へと座った。

 

「あのさ、ヒカル。ここの所なんだけど、ちょっと答え合わせがしたくて・・・・・・」

 

 言いながらレミルは、さっさと自分の要件に入る。

 

 そんなレミルを見ながら、ヒカルは僅かに顔を綻ばせた。

 

 レミルは何も知らない。ヒカルは自分の事情を何も話していないから。

 

 しかし何も言わずとも気遣ってくれる親友のこうした性格には、ヒカルも深く感謝していた。

 

「ああ、これなら、昨日授業でやった問題を応用してだな・・・・・・」

 

 と、説明しようとした矢先の事だった。

 

「あ、いたいたッ おっはよー!!」

 

 突然、「けたたましい」としか形容のしようがない声が、教室いっぱいに響き渡った。

 

 その大音声たるや、一種の音波兵器なのではと思える程の威力で教室中を蹂躙する。

 

 突然の強襲に、教室内にいた全員が動きを止める。中には朝食代わりに飲んでいたドリンクを吐き出す者やら、椅子から転げ落ちる者までいる程だった。

 

 御多分の例にもれず、ヒカルとレミルも顔を顰めている。もっとも、レミルの方は苦笑交じりではあるが。

 

 ある意味「恒例」となった毎朝の強襲には、誰もが慣れを感じている今日この頃と言ったところである。

 

「カノン・・・・・・・・・・・・」

 

 恨めしげに、駆け込んでくる少女を見るヒカル。

 

 そんなヒカルの視線など知らぬげに、少女は弾むような勢いでヒカルとレミルに近付いてきた。

 

「おはようッ ヒカル!! レミル!! あのさ、今日ね!!」

 

 まくし立てようとする少女。

 

 しかし、

 

「テイッ」

「あ痛ッ!?」

 

 ズビシッ と言う音が聞こえそうなほど鋭いヒカルのチョップが、少女の額に炸裂する。これもまた、毎朝の恒例行事と化している。

 

「あうー ひどいよ、ヒカル~」

「どっちがだッ お前はいい加減、学習しろっての!!」

 

 毎度毎度、大音声を上げて教室へ入ってくる少女に、そう説教を垂れる。

 

 カノン・シュナイゼルと言う名を持つこの少女は、青みかかった髪をショートヘアにした、見るからに快活そうな雰囲気を持つ少女である。

 

 ごらんのとおり、炸裂弾が服を着て歩いているような少女ではあるが、これでもヒカル達より2歳年下ながら、同じクラスの仲間である。つまり飛び級で士官学校入学が認められた才媛なのである。

 

 ・・・・・・・・・・・・まかり間違っても、そうは見えないが。

 

 ヒカルにとっては子供の頃から一緒にいる幼馴染である為、なかなか放っておく事ができないと言う個人的な事情もあったりした。

 

「まあまあ、2人とも。今日の所はそれくらいで・・・・・・」

 

 苦笑しながら2人をたしなめるレミル。この光景も、いつもの事である。

 

 全てがいつも通りの出来事。

 

 いつも通りの日が、いつも通りに始まり、いつも通りに過ぎて、いつも通りに終わる。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 それが、始まるまでは・・・・・・

 

 そしてそれは、これから始まる長い戦いの幕開けでもあった。

 

 

 

 

 

PHASE-01「魂を継ぐ者」     終わり

 



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PHASE-02「親友の素顔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群れを成して泳ぐ魚の大群を追い立てるように、黒々とした影が深海を進んで行く。

 

 一見するとクジラのようにも見えるが、明らかに自然物とは違う表面の光沢が、その影が人工物である事を示している。

 

 闇に包まれた深海を音も無く進む姿は、まるで太古の眠りから目を覚まそうとする魔獣を連想させる。

 

「現在、オアフ島の沖合、30キロの地点。海上の波浪は軽微。北東の風、微風。浮上展開に問題は無し」

「機関主力、30パーセントまで下げ、速力10マイナス」

「格納庫より報告。間も無く発艦準備完了との事」

 

 次々ともたらされる報告が、来たる大作戦に対する高揚感を否が応でも高めていく。

 

「定時連絡は?」

「今朝の時点ですでに。合図があり次第、行動を開始するとの事です」

 

 艦長からの質問に、副官は淀み無く答える。

 

 今のところ、オーブ軍の哨戒部隊がこちらに気付いていている様子はない。このままなら、問題なく作戦を発動できるだろう。

 

 艦長は眦を上げると、腕を振って命じた。

 

「浮上開始。カタパルトを展開次第、モビルスーツ隊を出せ」

「了解、メインタンクブロー。浮上を開始します!!」

「カタパルトデッキ、起動準備完了。パイロット各位は発艦に備えて待機してください」

 

 やがてタンクから排水される音が聞こえ、ゆっくりと艦が浮上を始める。

 

 これから始まる作戦によって、多くの犠牲者が出る事だろう。だが、それも全て必要な犠牲なのだ。

 

「全ては、祖国統一の為に」

 

 低い呟きとほぼ同時に、艦は浮上完了した。

 

 潜水艦特有の黒々とした船体が、水面上に姿を現す。

 

 同時に上部甲板が観音開きになり

 

 地球連合のダガー系の流れを組むと思われる機体は、細い四肢とバイザーのような頭部カメラを備えた鋭角的な機体である。背部の装備が違うのは、それぞれ自分達のバトルスタイルに合ったストライカーパックを装備しているせいである。

 

 数は4機

 

 やがて、発進許可が下りると同時に艦載機部隊は次々とカタパルトから打ち出されていく。

 

 その向かう先には世界有数の観光名所が、陽光の下にもたらされる平和な日常を過ごしているのが見えた。

 

 

 

 

 

 突然の事態に、ハワイ基地の管制塔はパニックに近い形になっていた。

 

 5分前に突如、所属不明の機体がオアフ島の北方海上に現れたかと思うと、オーブ軍が敷いた防衛ラインをすり抜ける形で接近を開始したのだ。

 

 そのあまりの速度に、対応が追いつかない。

 

「所属不明機に告げる。こちらはオーブ軍オアフ島基地。貴編隊はオーブの領海を侵犯している。直ちにこちらの誘導に従われたしッ 繰り返す!!」

 

 オペレーターの必死の呼びかけにも、相手は進路を変える気配はない。

 

 断固たる意志を示そうとするかのように、真っ直ぐに向かってくるのがレーダー上でも確認できる。

 

「目標、進路、速度共に変わらず!! このままではあと10分で上陸します!!」

 

 オペレーターが悲鳴じみた声で報告する。

 

 誰もが「まさか」と思う。

 

 この共和連合の一大根拠地であり、オーブ共和国の北部防衛の要として鉄壁の防御を誇るハワイに攻撃を仕掛けて来る者がいようとは、誰もが予想できない事であった。

 

 だが、現実には確かに、ハワイに向けて迫ってくる「敵」の姿がハッキリと捉えられている。

 

「スクランブル機に発進命令を!! それから全島に避難命令を発しろ!!」

 

 矢継ぎ早に命令が下される。

 

 カーディナル戦役の終結から16年。その間、オーブの国土が大きな紛争に巻き込まれる事は殆ど無かった。

 

 しかし今、その神話は脆くも崩れ去ろうとしている。

 

 それがすぐ、間近にまで迫ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 彼方で一瞬、何かの閃光が起こったかと思うと、ついで地響きのような轟音が大気を伝わって士官学校の教室にまで響いてきた。

 

 それが戦闘による破壊の衝撃だと理解できた人間は、教室内ではほぼ皆無である。

 

 ただ全員が、突然の事態にそれまでしていた作業の手を止め周囲を見回す。

 

「な、何だ!?」

 

 突然の事態に、思わずヒカルは、見ていた教科書から顔を上げて叫ぶ。

 

 ヒカル自身、これまで感じた事の無いような衝撃に戸惑っている。

 

 しかも、振動は最初の一回だけではない。尚も断続的に続いているのだ。

 

「これは、いったい・・・・・・」

 

 レミルも戸惑った調子で窓の外を見ている。

 

 「女よりも美人」と称されるその顔も、今は得体の知れない恐怖を前にして青褪めているのが分かった。

 

 目を転じればカノンもまた、突然の事態に何がどうなっているのか判らず戸惑っているのが見て取れる。

 

「ヒカル、これって・・・・・・・・・・・・」

 

 恐怖の為に小さな体を強張らせ、声を震わせるカノン。

 

 無理も無い。いかに飛び級で士官学校に入学するのを許されたとは言え、カノンはこの中では最年少の14歳。突然の事態に怖くない筈が無かった。

 

「俺、ちょっと事情を聞いて来る。レミルはカノンを頼む!!」

 

 そう言って、ヒカルが立ち上がろうとした時だった。

 

 天井に備えられたスピーカーから、非常用の警報と共に声が響いてきた。

 

《校内にいる候補生各位に告げる。ハワイは現在、所属不明の敵対勢力による攻撃を受けている。各位は退避マニュアルに従い、速やかに最寄りのシェルターへ退避せよ。これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない》

 

 その放送を聞いて、誰もが愕然とした表情を浮かべる。

 

 攻撃を受けている? このハワイが?

 

 ハワイはオーブ軍が管理を任されているとは言え、共和連合軍の一大根拠地でもある。そこへ大胆にも攻撃を仕掛けてくる輩がいるとは思いもよらない事だった。

 

 だが、現実に起こっている遠雷のような轟音と、僅かに伝わってくる振動が、警報が真実である事を告げている。

 

 緊張が走る。

 

 カノンは不安そうな顔をしているし、普段は割と冷静な事が多いレミルも、緊張の為に厳しい顔をしている。

 

 だが、逡巡してばかりもいられない。「これは演習ではない」の一文通り、現実に今、すぐ近くで実際の戦闘が起こっているのだ。

 

 ここでグズグズしてたら最悪、戦闘に巻き込まれてしまう

 

「とにかく、今はまず、シェルターへ向かおう。あそこなら安全だッ」

 

 レミルの提案に、一同も異存はない。

 

 そもそも士官学校の規定で、万が一襲撃を受けた場合のマニュアルはしっかりと存在している。それによると、候補生は速やかにシェルターへ退避すると明記されている。

 

 実戦経験の無い候補生を、戦場に放置しておくわけにはいかないと言う事だ。

 

 一同は頷くと、揃って部屋を出て行く。

 

 しかし、

 

 その中で1人だけ、

 

 僅かに目を細め、鋭く眼差しを光らせている者がいる事には、誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それらの機体は、ハワイ基地に侵入すると同時に攻撃を開始。手にした携行火器を存分に振るい、周囲に破壊と炎をまき散らしていく。

 

 明らかに連合系のフォルムを持った機体は、見るからに俊敏そうなフォルムをしており、更に背中には、伝統とも言うべきストライカーパックを装備している。

 

 GAT-09「ジェガン」

 

 ダガー、ウィンダム、グロリアスと続いている、正当な系列機である。

 

 とは言え、かつてこの系列の機体を主力にしていた大西洋連邦は既になく、主装備とした組織もまた、違っている。

 

 北米統一戦線

 

 「北米を北米人の手で統一する」と言う理想を掲げて戦う彼等は、少数ながらも旧大西洋連邦軍の兵士が多数参加している事から、高い士気と戦力を誇り、北米大陸における脅威の一つとなっている。

 

 これまでも、少数勢力であるが故の隠密性と機動性を駆使して、共和連合に対してゲリラ的なテロ活動を続けて来ていた。

 

「各機、散開しつつ攻撃を続行!! とにかく派手に暴れて敵の目を引き付けろ!!」

 

 部隊を率いるクルト・カーマインは、自身もジェガンを駆って前線に立ちながら鋭く指示を飛ばす。

 

 30代も半ばを過ぎたこの男だが、かつては軍に所属していた経歴があり、その作戦指揮能力には定評がある。少数戦力での戦いを常に余儀なくされている北米統一戦線にとっては、要とも言うべき人物である。

 

 クルトのジェガンは、手にしたビームカービンライフルを振り翳し、手近な格納庫に銃口を向けてビームを撃ち放つ。

 

 銃身を短くして取り回しやすさを追求したビームライフルは、しかし同時に他のタイプのライフルよりも、中距離以上での威力に欠ける。

 

 しかし今回の任務は敵との交戦ではなく、あくまで敵の攪乱。故に武器の低威力は問題にはならなかった。

 

 炎を上げた破壊される格納庫。

 

 完全破壊には至っていないが、それでも入口を潰して中に格納されている機体が出られないようにすれば、一撃で10機前後の機体を撃墜したのと同じような効果が得られる。

 

 元々、少数での奇襲を行うのが今回の作戦の骨子である。故に攻撃は手際よく、効率重視で行かなくてはならない。その為には、敵機は格納庫にいるうちに潰すのが最も有効である。どんな強力な機体も、パイロットが乗り組む前に潰しておけば無害である。

 

「とは言え、相手は共和連合の主力部隊だ。この戦いもいつまで続けられるか」

 

 滑走路に向けてライフルを放ちながら、クルトはぼやくように呟く。

 

 ビームの着弾によって滑走路には大穴があき、更に周辺に置かれていた器材も吹き飛ばされて炎上する。

 

 クルトとしては、敵が体勢を整える前に少しでも損害を与えておきたいところである。

 

 ジェガンの性能は高く、並みの量産型モビルスーツが相手なら複数と同時に対峙しても勝てる自信がある。

 

 しかし、ここは共和連合軍主力が駐留する場所だ。そいつらに大挙して出てこられたなら、防ぐ事は難しい。

 

「・・・・・・頼むぞ、急いでくれ」

 

 燃料タンクに攻撃を仕掛けるクルトのジェガン。

 

 そのコックピットの中で、ここにはいない人物へと語りかけた。

 

 

 

 

 

 女性士官は、臍を噛みたい心境だった。

 

 ロールアウトを間近に控えた新型機動兵器の護衛として派遣されてきた自分。

 

 間もなくその任務も終わろうと言う時に、この襲撃騒ぎだった。

 

 フリューゲル・ヴィントから一個小隊を護衛に回せば、敵は恐れをなして襲撃を諦めると言うのは上層部の判断であったのだが、結果の程はごらんのとおりと言う訳だ。

 

 既に敵の奇襲によって、ハワイ基地の被害は拡大しつつある。いかに精鋭部隊とは言え、一個小隊で敵の攻撃を防ぐなど不可能だ。ましてか奇襲と来れば、事前情報が無いとほぼ無力に近い。

 

 現場を知らない人間が、机上で計画を立てるからこんな事になる。

 

 上層部の判断の甘さには皮肉の一つもぶつけたくなるが、それでも今の女性にはそんな余裕すら無い。

 

 先のレトロモビルズの襲撃の件もあった為、警戒しておいたのは間違いではなかったが、しかしそれでも、自分達がいて尚、敵の襲撃を受けたと言う事実には忸怩たる物を感じずにはいられなかった。

 

 手早く、待機させておいた自分の機体に乗り込んで、OSを立ち上げていく。

 

 切り替えは素早く。軍人としての鉄則である。

 

 愚痴っていても状況が好転するわけではなく、保守に走れる状況でもない。

 

 ならば打って出て、自ら勝機を引き寄せるしかない。少なくとも自分はそうやって生き残ってきたのだ。昔も、そして今も。

 

《大尉》

 

 バッテリーが各部位にエネルギー供給をし始めたところで、艦長から通信が入った。

 

 引き締まって細められた瞳と、この状況下でも一切取り乱した様子が無い落ち着いた声音が、歴戦の雰囲気を作り出している。

 

《ラボから連絡が入った。アルファとベータの運び出しには、まだしばらく時間がかかる見通しだそうだが、それまで何とか時間を稼げるか?》

「敵が誰で、どの程度来ているのか判らない現状、味方部隊の援護が無いのは少しきついです」

 

 戦場において敵の正体が見えないのは致命傷に近い。それによって、敵がどの程度の戦力を投入し、何を狙っているのかがハッキリしない為、多くの事柄に注意を注がなくてはならなくなる。必然的に、本命への警戒も薄くなると言う訳である。

 

 とは言え、

 

「時間は稼ぎます。その間に何とか、艦の方に積み込んでしまってください」

《判った、頼むぞ》

 

 通信を叩き付けるようにして切ると、既に暖気が完了している機体に向き直る。

 

 オーブ軍が開発した型機は、特に精鋭部隊であるフリューゲル・ヴィントを中心に配備が始まっている。

 

 エターナル計画(プロジェクト)と呼ばれる、次期新型機動兵器開発計画の一環として建造された機体は、本来なら三機一組での運用を想定しているのだが、今は1機のみ稼働可能な状態である。

 

 そのコックピットの中で、発進準備は着々と進められていく。

 

「お父さんとお母さん、みんなが力を合わせる事で築いてきた平和。それを壊そうって言うなら、絶対に許さない!!」

 

 リフトアップと同時に、スラスターにエネルギーを供給。推進剤に点火する。

 

 発進のゴーサインが下る。

 

 同時に、スロットルを全開まで開いた。

 

「リィス・ヒビキ、行きます!!」

 

 

 

 

 

 駆ける足は自然と速くなる。

 

 騒音に急き立てられるように、子供達は必死に走り続けている。

 

 初めて経験する戦争と言う現実を前にして、恐怖を感じない者などいない。それが、やがて軍人となる事を約束された士官候補生であっても同じ事である。

 

 いや、なまじ知識があるからこそ、却って恐怖心は無限に膨らむものである。

 

 とにかく、一刻も早くシェルターへ。

 

 そう思う足がもつれそうになるのを必死に抑えて走り続ける。

 

 周囲には、やはりシェルターエリアに駆け込もうとする候補生たちの姿が見える。どうやら朝の登校前だった事が幸いし、それほど数は多くない様子だ。

 

 これなら、シェルターの上限人員からあぶれる事は無いだろう。

 

 シェルターは完全地下方式で作られており、硬い岩盤を利用した強固な物である。モビルスーツどころか戦艦の砲撃を喰らってもビクともしない。

 

 そこまで逃げれば安全だろう。

 

 そう思って、ヒカルは背後を振り返る。

 

「もうすぐだぞッ がんばれ!!」

 

 そう言った時だった。

 

 思わずヒカルは、動きを止めて周囲を見回すような仕草をした

 

「ヒカル? どうし・・・・・・」

「おい、レミルはどうした?」

 

 訝るカノンの声を遮るように、ヒカルは尋ねる。

 

 振り返れば、今の今まで後ろからついてきていると思っていた少年の姿が、どこにも無かった。

 

「あ、あれ? レミル、たしか、あたしの後ろに・・・・・・」

 

 カノンも戸惑った様子で周囲を見回すが、見慣れた少女顔の少年の姿は無かった。

 

 どこかではぐれたか?

 

 一瞬、嫌な予感が走る。

 

 この状況ではぐれる事は致命傷に近い。攻撃が迫っている今、最悪の場合、二度と会う事ができなくなるかもしれない。

 

 逡巡している暇はない。こうしている間にも、騒音と振動は大きくなっている。徐々に戦場が近付いているのだ。このままここで立ち尽くしていたら、いずれ攻撃に巻き込まれてしまう事だろう。

 

 ヒカルの決断は早かった。

 

「俺はレミルを探してくるッ カノンは先にシェルターに入ってろ!!」

「あ、ヒカル、待って!! あたしも行くよ!!」

 

 ヒカルは今来た道を戻り出すと、それに続くようにカノンも走り出す。

 

 学校が戦火に見舞われるのも、時間に問題と思われる。もしそれに親友が巻き込まれるかもしれないと思うと気が気ではなかった。

 

「あのバカ、無事でいろよな!!」

 

 人の波に逆らうように、ヒカルは全速力で走りだす。

 

 とにかく、一刻も早くレミルを連れ戻さなくてはならない。

 

 走るヒカル達の足は、自然と早くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ラボではアルファ、ベータと言うコードネームで呼ばれている新型機動兵器の搬出作業で大わらわになっていた。

 

 この2機は共和連合軍が、混沌とした現状を打破する事を目的に建造した切り札でもある。こんな所で破壊されるわけにはいかなかった。

 

 幸い、この機体の母艦となる船が既に入港している。そこまで運んでしまえばあとは安全だった。

 

 とは言え、

 

「搬出には13番通路を使えッ そこが一番早く港に着ける!!」

「アルファの方は装備の持ち出しも忘れるんじゃないぞ!!」

「馬鹿野郎ッ それはそっちじゃねえッ ベータと一緒に運ぶんだよ!!」

 

 殺気立った整備員達の怒号や、足音がけたたましく交錯する様は、さながら、地上とは別の意味で戦場と化している感すらある。

 

 皆の脳裏には、以前起こったレトロモビルズのテロ事件の事があった。あの事件により、ロールアウト寸前だったアルファは大破し、開発は後退する事になった。

 

 もしまた、同様の事が起これば、戦局及ぼす影響は計り知れない物となる。

 

 誰もがその事を分かっているからこそ、必死になって作業に取り組んでいた。

 

 しかし、突然の事態に翻弄されながらも、どうにか作業を滞りなく進めている辺り、この場のスタッフ達がいかに優秀であるかを伺う事ができる。

 

 部下達の作業風景を見ながら、整備班長は苦い顔のまま頷く。

 

 敵の攻撃がますます苛烈さを増していると言う状況の中、作業は混乱を来しながらも、取りあえず順調に進んでいる。この分で行けば、こっちはどうにかなるだろう。聞けば、オーブ軍の精鋭も出撃していると言うし。

 

 後は搬出後に敵に捕捉されなければ上出来だった。

 

 そう思った時だった。

 

「ちょっと、すいません。宜しいでしょうか?」

 

 この喧騒の中にあって、いっそ場違いなほど、涼やかな声が響いた。

 

 振り返る視線の先。

 

 そこには、男性用士官候補生制服を着た「少女」が立っていた。

 

 なぜ、こんな所に候補生がいるのか?

 

 そう思って、整備長が誰何しようとした。

 

 次の瞬間、

 

「ごめんなさい」

 

 短い言葉と共に、少女の手が跳ねあげられる。

 

 その手に黒い物が握られている事を認識した瞬間、オレンジ色の光が瞬き、鈍い銃声が響き渡った。

 

 一瞬の静寂の中、誰もが動きを止めて視線を向ける。

 

 それまでの喧騒がうそのように静まり返る中、

 

 胸の中央を銃弾に撃ち抜かれた整備班長は、そのまま力が抜けて床に前のめりに倒れ伏した。

 

「班長!!」

 

 他の整備員達が異常に気付いて声を上げた瞬間には、

 

 レミルは既に動いていた。

 

 もう1丁の拳銃を抜いて2丁構えると、突然の出来事に立ち尽くす事しかできない整備員達を次々と撃ち殺していく。

 

 整備員達は、レミルのあまりに俊敏な動きを前に、対応が全く追いつかない様子だ。無理も無い。彼等の仕事は機体の整備であって、戦闘に関しては素人なのだから。

 

 その間にもレミルは、正確な射撃を繰り出し、整備兵達を1人ずつ無力化していく。

 

 その射撃の腕も手際の良さも、とても士官学校に入りたての少年とは思えない、熟達した物である。

 

 殆どの整備員達が血溜の中に倒れ伏して動けなくなるまでに、そう長い時間はかからなかった。

 

 周囲は、まるで地獄のような光景である。

 

 いや地獄なら、今こうしている間にも地上で繰り広げられている。北米統一戦線のモビルスーツ部隊が、ハワイ基地に対する破壊活動を絶賛継続中である。

 

 しかし、レミルが作り出した地獄は、地上のそれとはまた次元の異なる代物であった。

 

 そこら中に散らばった死体と、吐き気を催すような血の匂い。

 

 モビルスーツによる破壊によってもたらされる地獄もまた地獄には違いないだろうが、視覚や嗅覚と言った五感に直接訴える地獄は、人間にとって原初の恐怖を想起させるものがある。

 

 では、その地獄に1人立つレミルは、さしずめ醜悪な悪魔と言うべきだろうか?

 

 どのみち、この場に平然と立っていられる時点で、普通の精神の持ち主でない事だけは自覚できた。

 

 暫くの間、その場で立ち尽くすレミル。

 

 だが、すぐに気を取り直して、メンテナンスベッドに横たわっている機体を見上げた。

 

 整備兵達が「ベータ」と呼んでいたこの機体こそが、レミルの本来の目的でもある。

 

 その為だけに、レミルはこの地獄の演出を行ったのだ。

 

「全ては、僕達の目的の為に・・・・・・・・・・・・」

 

 低い声で、宣誓にも似た呟きを洩らす。

 

 その為に全ての犠牲が許されるとは思わない。全てが終わった後、自分自身が地獄に落ちても構わない。

 

「でも、今は・・・・・・戦い続けるだけ」

 

 決意の呟きと共に、コックピットへ上がるタラップに手を掛けるレミル。

 

 その時だった。

 

 生き残っていた整備兵の1人が、突如、レミルに襲い掛かってくる。

 

 手にしているのは作業用と思われる大ぶりなナイフである。

 

 その銀色の光がレミルの目を射た瞬間、

 

 少年は大きく体をひねり込ませ、旋回によって得た力をそのまま蹴りに変換して繰り出す。

 

 振り向きざまに、銃口が向けられる。

 

 交錯する両者。

 

 次の瞬間、放たれた弾丸は整備兵の眉間を真っ直ぐに貫いた。

 

 今度こそ、整備兵が完全に絶命したのを確認して、銃口を降ろすレミル。

 

 改めてベータに向き直り、タラップに足を掛けようとした。

 

 その時

 

 パラッ

 

 布が捲れるような音と共に、レミルは自分の胸元が妙に涼しくなっている事に気付いた。

 

「ッ!?」

 

 息を呑むレミル。

 

 そこには、鋭く斜めに切り裂かれた制服の胸元があった。

 

 しかし、痛みは無い。どうやらナイフは服だけを切り裂くにとどまり、紙一重でレミルの体には傷を付けなかったらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・危なかった」

 

 冷や汗交じりに呟きを漏らす。

 

 そのレミルの胸元は、制服だけでなく、その下に着ているTシャツまでもが切られている。あとちょっとずれていたら、レミルの命も相打ちで失われていたかもしれない。

 

 しかし

 

 ある意味、今驚くべきはそこではないかもしれない。

 

 手で押さえたレミルの胸元。

 

 そこには、「少年」であるはずのレミルには、本来ならあるはずの無い二つの膨らみが、僅かに見て取れた。

 

 無言のまま、胸元を合わせるレミル。

 

 その時だった。

 

「レミル!!」

 

 よく聞きなれた声による突然の叫びに、レミルは思わず手を止めた。

 

 ある意味、この場では最も聞きたくない相手の声だ。

 

 胸を押さえながら振り返るレミル。

 

 その視線の先には予想通り、レミルにとって相棒とも言える親友の少年が立っていた。

 

「お前・・・・・・何やってんだよ? これは、どういう事だよ・・・・・・」

 

 カノンと共にレミルの捜索に来たヒカルだったが、途中ではぐれてしまい、1人でこの場所に辿り着いたのだ。

 

 しかし、そこで見たのは地獄の光景のように、無数に転がる死体と、この状況を作り出したであろう、殺戮者の姿だった。

 

 周囲に転がる死体。

 

 そして、今まさに開発中と思われる機体に乗り込もうとしている親友。

 

 その様子から、ヒカルは瞬時に理解していた。

 

 この地獄を現出したのが誰なのか・・・・・・

 

 そして、自分の相棒が何のためにここにいるのか、を。

 

 だが、頭でわかっていても、心のどこかでは事実を否定してほしいと言う気持ちでいっぱいである。

 

 何かの冗談であってくれ。

 

 あるいは、全部夢であってほしい。

 

 そう強く願う思いは、レミルの発した言葉によって遮られる。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめんね、ヒカル」

 

 低い声で囁くレミル。

 

 次の瞬間、レミルは左手で胸元を押さえたまま、右手に持った銃を跳ね上げた。

 

 鋭い轟音と共に、放たれる銃弾。

 

 放たれた銃弾はヒカルの顔のすぐ脇を通り抜けて行った。

 

「レミル・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない面持ちで、親友を見るヒカル。

 

 自分を撃った?

 

 レミルが?

 

 まさか、と思う。

 

 目を見開いたまま、動けなくなる。

 

 あまりにも想像外の事態が連続して起こりすぎている為、ヒカルの中で何がどうなっているのか全く分からなくなっていた。

 

 対してレミルも、苦しそうに表情を歪めながら、ヒカルへと銃口を向け続けている。

 

「僕はね・・・・・・テロリスト、なんだよ」

 

 囁くように言った瞬間、

 

 レミルはタラップを素早く駆けあがる。

 

「レミル、待てよ!!」

 

 ヒカルが制止する声が聞こえたが、もはやレミルは立ち止まらなかった。

 

 滑るようにコックピットに飛び込むとハッチを閉鎖。慣れた手つきで機体を立ち上げて行く。

 

 この一年間で、内偵はほぼ完ぺきに行っている。この機体についても、自分で解体整備ができるくらいに調査を終えていた。

 

 OSが起動、エンジンに火が入り次々と各部位が立ち上がっていく。

 

 さすが、共和連合軍が期待を掛けるだけの事はあり、想像を絶するほどの出力だ。今までレミルが乗って来たどんな機体よりも強力なのは間違いないだろう。

 

 モニターに灯が入る。

 

 その視界の端では、見慣れた親友が尚も信じられないと言った顔つきで、こちらを見上げているのが見えた。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、その名を呼ぶ。

 

 しかし、もう後戻りはできなかった。

 

 メンテナンスベッドから機体を起こす。

 

 その操縦桿を操るレミルの目には、もはや迷いの色は全く存在しなかった。

 

 一方、出口に向かって歩き出した機体を見て、ヒカルは尚も信じられない面持ちを隠せなかった。

 

 レミルがテロリスト?

 

 この状況もあいつが作り出した?

 

 全てが悪い冗談だと思いたいくらいである。

 

 だが現実に、ヒカルの親友は多くの整備員を殺害し、そして新型機を奪って行ってしまった。

 

「どうする・・・・・・・・・・・・どうしたら良いんだ・・・・・・・・・・・・」

 

 頭をフル回転させる。

 

 レミルは確かに親友だ。

 

 しかしだからこそ、何としても、あいつを止めなくてはならない。

 

 だが、モビルスーツで出て行ったあいつを、どうやって止める?

 

 思考するヒカル。

 

 その視界の先には、メンテナンスベッドに鎮座するもう1機の機体が存在していた。

 

「仕方がない!!」

 

 ヒカルの決断は素早かった。

 

 機体に駆け寄ると、飛び上がるようにしてタラップを上がり、そしてコックピットに滑り込む。

 

 幸い、操縦システムは共和連合軍で統一された物と酷似している。これなら授業で何度も使っているので問題は無かった。

 

 機体を立ち上げ、発進準備を整える。

 

 その時、ラボの天井の一部が崩れ、炎が吹き込んでくる。

 

 どうやら、戦闘はすでにラボの間近にまで迫っているらしかった。

 

 しかし、それにも構わず、ヒカルは起動作業を続ける。

 

「待ってろよ、レミル!!」

 

 吹きあがる炎。

 

 その炎を押し割るように、

 

 巨大な鉄騎が、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

PHASE-02「親友の素顔」      終わり

 




主人公機の登場は、次回に持ち越しです(爆


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PHASE-03「天を目指す翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜水母艦アドミラル・ハルバートンは、北米統一戦線が所有する潜水艦であり、同組織が持つ唯一の機動戦力である。

 

 基本的に地上戦闘がメインであり、海上戦力を必要としない統一戦線にとって海軍は不要な存在なのだが、それでも万が一の際の移動手段として重宝されていた。

 

 現に今回も、ハワイ攻撃を行う部隊を作戦海域まで輸送するのに、大いに役立ってくれた。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役中に宇宙艦隊を率いてザフト軍を相手に奮戦し、地球軍最初のモビルスーツとなった6機のG兵器、所謂「Xナンバー」を開発推進した提督の名前から命名されたこの潜水艦は、乏しい戦力しか持たない統一戦線にとって、貴重な「足」でもあった。

 

「気に入らないな」

 

 そのハルバートンのブリッジで、アステル・フェルサーは鋭い眼差しを引き絞るようにして呟く。

 

 やや銀色掛かった掛かった癖のある髪に、少しあどけなさが残る顔が特徴の少年である。

 

 まだ10代後半ながら北米統一戦線内ではトップクラスの撃墜数を誇るエースパイロットであり、中尉と言う階級を持つアステルは、今回の作戦では後詰の任務を負っている。襲撃部隊に万が一の事があった場合、その掩護と撤退支援が任務である。

 

「作戦に時間がかかりすぎている。予定なら、もうとっくに帰還信号が出ているはずだ」

「確かにな」

 

 傍らに立っていた艦長も、腕に嵌めた時計を確認しながらアステルの言葉に同調する。

 

 作戦の指揮はクルトが取っている、彼が指揮する以上、ミスは無い物と信じたいところだったが、しかし相手は共和連合軍の主力部隊である。作戦の遅延は考慮に入れてしかるべきだろう。

 

 それに潜入中の工作員の事も気になる。

 

 彼女の能力も信頼しているが、しかしそれでも、1年以上会っていない事もあって、その間に何があったのか判らない以上、不確定要素は拭いきれなかった。

 

 踵を返し、ブリッジの出口へと向かう。

 

「出るのかね?」

「その為の俺だ」

 

 艦長の問いかけに対して、アステルは短く答える。

 

 元々、口数が少ないせいもあって、必要最低限の事しかしゃべらないアステル。他のメンバーもその事は熟知している為、特に不快感を示すような事はしない。

 

 とは言え、状況が遅延している以上、外部から梃入れを行う事に関して異存は出なかった。

 

 出て行くアステルを見送ると、艦長は頷いてマイクを取るって格納庫を呼び出した。

 

「格納庫。フェルサー機の発進準備をしろ!!」

 

 

 

 

 

 クルト・カーマインは今年で37歳となる。

 

 基本的に体力勝負となるパイロットと言う職業をやるには、聊か年齢が高めだが、若い頃から大西洋連邦軍の兵士として鳴らした肉体は未だに衰えるところを知らず、最前線に立つ事を可能としていた。

 

 そのクルトにとって、今使っているジェガンと言う機体は、人生の中で最高と言って良い性能を持っていた。

 

 長いパイロット人生の中で、花形とも言うべき特機のパイロットになる事は無かったクルト。勢い、乗り継いできた機体は量産型が中心となる。ストライクダガー、シルフィードダガー、105ダガー、ダガーL、ウィンダム、グロリアス。歴代の主力機はほぼ乗り尽くしたと言っても良い。

 

 そんな彼にとっても、ジェガンと言う機体は満足のいく性能を持っていた。

 

 量産型ながら高い機動性を誇り、ストライカーパックの採用により武装面も充実している。更にPS装甲の採用によって防御力も高い。

 

 問題はコストが高すぎて、北米統一戦線には充分な数の機体確保がままならない事だが、それでも、強大な共和連合軍と戦うのに、この機体が非常に頼もしい事は確かだった。

 

 ジェガンを操りながら、ハワイ基地に対する攻撃を続行していたクルトが、自分に向かって接近してくる機影の存在に気付いたのは、間もなく作戦終了時間になろうとしている時だった。

 

 既に基地施設への被害は増大し、周辺の共和連合軍戦力は壊滅状態に等しい。

 

 次の目標に向けて移動しようと思っていた、その矢先の事だった。

 

 センサーが自身に向かって急速に接近してくる機影がある事を察知し警報を鳴らす。

 

「このタイミングで、新手だと!?」

 

 振り仰ぐ先。

 

 そこには、早急を高速で飛翔しながら接近してくる人型の機影の姿があった。

 

「オーブの新型ッ 完成していたのか!?」

 

 一瞬で相手の正体を看破し、クルトは迎え撃つ体勢を整える。

 

 しかし、内心では舌打ちを隠せない思いである。

 

 海洋国家であるオーブ共和国軍が最も力を入れている分野は、戦闘機型のモビルアーマーに変形可能な機体である。彼等は国土を防衛する為、広大な海域を迅速にカバーする事ができる、戦闘機型の機体を重宝しているのだ。

 

 特に近年、彼等はそれまで主力機であったシシオウに次ぐ、新たな可変機動兵器「イザヨイ」を実戦配備している。

 

 しかし今、クルトのジェガンを目指して接近してくる機影は、そのイザヨイではない。明らかに可変機構を排した機体であり、背部にはエールストライカーから派生したと思われる高機動武装パックを装備している。

 

 目を細めるクルト。

 

 未だに熱紋登録もされていない新型機のようだが、それだけに侮る事は出来なかった。

 

 一方、接近する機体の中で、リィスもまた自身の目標を見定めていた。

 

「隊長機・・・・・・あれね!!」

 

 猛る心を解き放つように言いながら、更に速度を上げる。

 

 この機体は、現在オーブ軍主導で進めている「エターナル計画(プロジェクト)」と呼ばれる次期新型機動兵器開発計画の一環として建造された機体であり、従来型の武装換装システムを導入しているのが特徴である。

 

 MBF-M1R「リアディス」と命名されたこの機体名は「ReFain Astray Defense Integrate Striker」の頭文字を取って命名された。その名が示す通り、オーブ軍にとって初の国産モビルスーツとなったM1アストレイの正当後継機であり、更にかつては「ストライクA」が使用していたオーブ製ストライカーパックへの武装換装を可能にした機体でもある。

 

 3機建造され、それぞれアイン、ツヴァイ、ドライの番号が割り振られているが、リィスの機体はその中で1番目に当たるアインだった。

 

 現在の装備は高機動型のイエーガー。エール装備のクルトとは、同じ機動力重視型の機体同士による対決となる。

 

 接近するリアディスに対して、クルトのジェガンもまた、エールストライカーのスラスターを吹かして飛び上がる。

 

 上昇接近しながらビームカービンを放つジェガン。

 

 しかし、リィスもまた、見開いた双眸でジェガンを見据える。

 

「遅い!!」

 

 殆ど最高速度に近い状態から自機の軌道を逸らし、ジェガンの攻撃を回避するリィス。

 

 同時にリアディスは空中で跳ね上がるような機動を行うと、クルトの視界から外れるようにして、ビームサーベルを抜き放つ。

 

 急降下と同時に、剣はジェガンに振り下ろされる。

 

 縦に一閃する光刃。

 

 対して、リアディスの剣をクルトのジェガンはシールドで受け止める。

 

 両者、一瞬の間を置いて遠ざかりつつ互いを睨みつける。

 

「強いな!!」

 

 空中で高速起動しながらジェガンの攻撃を回避、更に速度を落とさずにクルトの刺客からの斬撃と、リアディスの動きに一切の無駄は無い。

 

 その為、クルトはリィスをかなりの強敵であると判断したのだ。

 

 リアディスのビームサーベルをシールドで弾くと、自身もビームサーベルを抜いて接近戦の構えを見せるクルト。

 

 空中で剣を構え、対峙するリアディスとジェガン。

 

 両者、同時にスラスターを点火。互いに斬り込みを掛ける。

 

 交錯する光刃。

 

 刃を盾で防ぎ、そのまますれ違うように交差。切っ先を向け合う。

 

 互いに無傷。単調な斬撃では、相手を傷付ける事は叶わない。

 

 その動きの中で、クルトは少しずつ焦慮を深めていく。

 

 既に作戦開始から大分時間が経っている。敵の目をこちらに引き付けておける時間も残りわずかだというのに、尚も今作戦における本命が姿を現さない事に苛立っているのだ。

 

 腐っても、ここは敵の本拠地である。

 

 時間が経てば共和連合軍も体勢を立て直してくるだろう。増援が大規模で来られたら、少数戦力で攻勢を仕掛けている北米統一戦線に勝ち目はない。

 

 作戦失敗か?

 

 嫌な予感が、脳裏をよぎる。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、地上から強烈な爆発が起き、中から1機のモビルスーツが姿を現した。

 

 その機体は地上から一気に駆け上がってくると、手にしたビームサーベルを一閃、リィスのリアディスに斬り掛かる。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、機体を後退させるリィス。

 

 その間に、現れたモビルスーツは空中で体勢を整え、背中のスラスターから炎の翼を展開、全てを睥睨するように見下ろしてくる。

 

「ベータ・・・・・・やっぱり敵の狙いは・・・・・・」

 

 カメラアイ越しにリィスはその姿を見て、悔しそうに呟く。

 

 敵の狙いが、共和連合が開発した新型の破壊、もしくは奪取である事は攻撃を受けた時点で予想していたが、それを防ぐ事ができなかった事が悔しかった。

 

 対してクルトは、口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ようやくお出ましかよ。待たせやがって」

 

 その呟きには、会心の想いと共に多大な安堵に満ちていた。

 

 現れた機体は、全身に施された武装と、背中から発する炎の翼により、流麗さと禍々しさを同居させた、一種の堕天使の如き凶悪な美しさがある。

 

 昔、まだ子供の頃、リィスが父と共に駆ったクロスファイアに外見は似ているが、そうではない事をリィスは知っている。

 

 RUGM-X42B「スパイラルデスティニー」

 

 エターナル計画の一環として建造されたモビルスーツであり、開発段階で「ベータ」のコードネームで呼ばれていた新型機動兵器である。ユニウス戦役時にザフト軍が戦線投入したデスティニー級機動兵器をベースに「遠距離、中距離、近距離にそれぞれ対応した武装を搭載する事で、あらゆるレンジにおいて圧倒的な戦闘力を発揮する」と言うデスティニーのコンセプトを限界まで極大させる形で完成した機体である。

 

 その性能は現状、間違いなく世界最強。

 

 その鮮烈な美しさを目にして、臍を噛むリィス。

 

 あれがテロリストに奪われる事になるとは。

 

 そのコックピットには、奪取作戦の直接担当となった、レミル・ニーシュの姿があった。

 

 否、作戦が成功した以上、その名は既に相応しくない。

 

 レミリア・バニッシュ。それが、レミルの本名である。

 

 そして、切り裂かれた制服の胸元には、男としては不自然なくらい大きなふくらみがあるのが目につく。

 

 そもそもからして、男性士官候補生レミル・ニーシュと言う人物は、その名も、存在も本来ならあり得ない。

 

 レミリアは、生物学的には紛う事無き女だった。

 

 スパイラルデスティニーのコックピットでは、レミリアが操縦桿を握ったまま、自らが奪った機体の性能に驚愕していた。

 

「技術の進歩は恐ろしいね。こんな機体が作れる時代になるなんて・・・・・・」

 

 1個艦隊に匹敵するほどの火力と、比類無き機動力、複数の敵をも圧倒できそうなほどの接近戦能力。

 

 かつて、これ程の性能を持った機体は、そうはいなかったように思われる。

 

 その時、高速でこちらに向かってくる複数の機影がある事に気付いた。

 

 恐らく、体勢を立て直した共和連合軍が、ようやく邀撃機を上げてきたのだろう。複数の戦闘機型機影はオーブ軍の物である。

 

 MVF-M15A「イザヨイ」

 

 シシオウに次ぐ新たなオーブ軍の主力機動兵器であり、伝統とも言うべき戦闘機形態への変形を可能とした機体でも。

 

 シシオウ、ライキリでは直線速度を重視した設計がされたが、このイザヨイでは初代可変機であるムラサメの設計を踏襲し、速力よりも旋回性能を重視、より空中戦における機動力向上に努めた。

 

 そのイザヨイが、スパイラルデスティニー目がけて突っ込んでくるのが見える。

 

 その動きを見据え、

 

「行くよ」

 

 レミリアはスパイラルデスティニーの搭載武装を展開する。

 

 背中の3連装バラエーナ・プラズマ収束砲、両手のビームライフル、腰の連装レールガン。

 

 かつてのデスティニー級からは想像もできないくらいの重武装振りである。

 

 合計12門による一斉攻撃。

 

 大気その物が虹色に染まったような光景が現出される。

 

 圧倒的な火力。

 

 光の奔流は全てを飲み込み、そして焼き尽くす。

 

 空中に爆発が連続し、接近しようとしていた共和連合軍の機体は一斉に吹き飛ばされる。

 

 反撃すら許さない無慈悲で圧倒的な攻撃。

 

 直撃を喰らった機体は、現状を認識する暇すらなく、大気へ塵となって消えて行く。

 

 生き残った機体も、スパイラルデスティニーの圧倒的な火力を前にして一瞬の怯みを見せる。

 

 その隙をレミリアは見逃さない。

 

 スラスター全開。炎の翼を羽ばたかせながら、運命の堕天使は翔ける。

 

 レミリアの双眸が鋭く光る中、距離は一気に詰まる。

 

 そのあまりの高機動を前に、共和連合の兵士達はスパイラルデスティニーの動きを目で追う事すらできない。

 

 腰からミストルティン対艦刀を抜き放つと、空中で動きを止めていた機体を、すれ違いざまに次々と斬り捨てていく。

 

 共和連合側の機体も、ただちに反撃を開始する。

 

 空中にあるスパイラルデスティニーを包囲するように、イザヨイが四方八方から迫ると、手にした武器を掲げる。

 

 しかし、

 

「ダメッ そいつに不用意に近付いちゃ!!」

 

 状況を察したリィスが、オープン回線で叫び声をあげる。

 

 しかし、遅かった。

 

 次の瞬間、スパイラルデスティニーの翼を構成する上下のカバーユニットが外れたかと思うと、それぞれが独立した機動で空中を飛翔し始めたのだ。

 

 攻撃位置に着くデバイスユニット。その数は全部で8基。

 

 次の瞬間、デバイスに取り付けられた砲門から、一斉にビームが発射される。

 

 1基に付き5門。合計40門のビーム砲による一斉攻撃を前に、スパイラルデスティニーを包囲しようとしていたイザヨイは、1機の例外も無く直撃を受け吹き飛ばされる。

 

 圧倒的な光景だった。

 

 全ての機体が、直撃を受けて空中に爆炎の花を咲かせている。

 

 後に残ったのは、爆炎を背景に立ち続けるスパイラルデスティニーのみだった。

 

 それを見たリィスが、焦慮を滲ませて叫ぶ。

 

「これ以上好き勝手にはさせないわよ!!」

 

 リアディスのスラスターを吹かしながらスパイラルデスティニーへ接近を試みようとするリィス。

 

 いかに最新鋭機のリアディスであっても、スパイラルデスティニーが相手では分が悪いだろう。

 

 しかし、この場にあって、あれに対抗できそうなのはリィスくらいの物である。ならば尻込みしている暇はなかった。

 

 ビームサーベルを手に、斬り掛かろうとするリィス。

 

 しかし、

 

 その進路は、下方から吹き上げる複数のビームによって遮られた。

 

「邪魔をッ!?」

「やらせんぞ!!」

 

 苛立たしげに呟くリィス。

 

 それに対してクルトは、スパイラルデスティニーを背中に守るようにしてリィスと対峙する。

 

「クルトさん!!」

《上手く行ったようだな、レミル!!》

 

 笑みを含んだ声が聞こえてくる。

 

 1年間と言う長い潜入任務を無事に終えた仲間に、賞賛と労いの言葉を掛ける。

 

 共和連合軍が新型の機動兵器開発を行っている事を知ったのは、今から1年前の事。その調整をハワイで行う事も、北米統一戦線では掴んでいた。

 

 完成した機動兵器は、内紛続く北米の治安維持に投入されるであろう事は容易に想像できる。

 

 現在、北米ではモントリオール政府軍、北米解放軍、北米統一戦線の三勢力がしのぎを削っているが、その中では統一戦線が最も戦力的に厳しい戦いを強いられている。そこに来て新型機動兵器など投入された日には、真っ先に叩き潰されるであろう事は明白だった。

 

 何とかして工作部隊を派遣し破壊する事も検討されたが、どうせなら奪って自分達の戦力にしてしまおうと言う意見が統一戦線内部、特に上層部で多くなった為、今回の作戦が実行されたのである。

 

 奪取の実行役になるレミリア・バニッシュ(レミル・ニーシュ)は、まだ10代の子供でありながらコーディネイターをも上回る程の身体能力の持ち主で、統一戦線内のエースでもある。彼女ならば問題なく、目標を奪取してこれると考えたのだ。

 

 結果はごらんのとおり、レミリアは見事に目標を奪取し、1年ぶりに仲間との再会を果たしていた。

 

《引き上げるぞ。長居は無用だ!!》

「判りました!!」

 

 クルトの言葉に、レミリアは頷く。

 

 長時間の戦闘で、クルトの機体にしてもバッテリーが心もとなくなりつつある。これ以上の戦闘は味方が不利になるばかりだった。

 

 レミリアがスパイラルデスティニーの火力を駆使して援護しつつ、全軍に引き上げを命じる。

 

 そう言うプランを頭の中で立てた瞬間だった。

 

 突如、地上で再び爆発が起こった。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、操縦する手を止めるレミリア。

 

 基地内での爆発。

 

 しかしそれは、統一戦線の攻撃によるものではない。

 

 となると、

 

 そう思った瞬間、炎の中から機影が飛び出してきた。

 

 その機体は上空まで舞い上がると、クルリとターンをする形でスパイラルデスティニーに向き直り、そこで背中に負った4対8枚の蒼翼を雄々しく広げた。

 

 スパイラルデスティニーとはまた違った意味で美しい機体である。背中の翼と相まって、まるで天使のような外見をしている。

 

 かつての戦いを知っている者が見れば、誰もが「フリーダム」と答えるだろうが、しかしかつての歴代フリーダムに比べると、武装がかなり貧弱である。頭部の機関砲を除けば、武器と言えるのは手にしたビームライフルとアンチビームシールド、そして腰にマウントしたビームサーベルくらいであろう。

 

 しかし、

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 呻き声を上げるレミリア。

 

 長く潜入し、共和連合軍の新型については一通りの調査を終えている。当然、レミリアはあの機体の事も知っていた。

 

 かつてのフリーダム級をベースに建造した機体だが、レトロモビルズの襲撃を機に改装を施された機動兵器。

 

 コードネーム「アルファ」

 

 RUGM-X001A「セレスティ」

 

 一度大破した機体を即興で補修した機体である為、戦闘力その物はスパイラルデスティニーに及ばない。

 

 しかし、レミリアを驚かせているのは機体その物ではなかった。

 

 レミリアの予想が正しければ、あの機体に乗っているのは・・・・・・・・・・・・

 

《レミル!!》

 

 果たして、予想通りの人物の顔が、強制的にコックピットのサブモニターに現れる。

 

 飛び立ったスパイラルデスティニーを追う形で、ヒカルはすぐそばに待機していたセレスティに飛び乗って追いかけてきたのだ。

 

《お前、いったい自分が何やってんのか、判ってんのかよ!!》

「生憎だけど、説教を受けなくても判っているつもりだよ」

 

 激昂するようなヒカルの言葉に、レミリアは涼しげな調子で言葉を返す。

 

 そう、北米統一戦線のテロリストであるレミリアにとって、この行動は必然であり、狂気とは縁遠い事なのだ。

 

 ただ、それでもヒカルやカノンの事を思えば決して心穏やかでないのは確かである。

 

 だからと言って、自分の成した事を今さらやめる事はできなかった。

 

「君と話している時間は無い。悪いけど、行かせてもらうよ」

《待て!!》

 

 飛び去ろうとするスパイラルデスティニーの背を、ヒカルは慌てて追いかけようとする。

 

 その時、

 

《時間を稼ぐ!!》

《今の内に離脱してください、隊長、レミル!!》

 

 2機のジェガンが、セレスティ目がけてライフルを放ちながら向かってくるのが見える。

 

「このッ!!」

 

 デスティニーを守るようにして立ち塞がるジェガン。

 

 それに対してヒカルは8枚の蒼翼を広げると、ビームカービンから放たれる閃光を回避、あるいはシールドで防ぎながら、尚もデスティニーを追いかけようとする。

 

 その前に立ちふさがるジェガンが2機。あくまでも、味方の撤退を掩護しようと言う腹積もりである。

 

 しかし、

 

「邪魔だァ!!」

 

 雄叫びを上げるヒカル。

 

 ジェガンの激しい攻撃を持ってしても、蒼翼を羽ばたかせて向かってくるセレスティを捉えられない。閃光はむなしく蒼穹を掛け抜けて行く。

 

 次の瞬間、ヒカルはセレスティを操ってジェガンの正面に躍り出ると、1機をシールドで殴り飛ばし、もう1機を蹴り飛ばした。

 

 バランスを失い落下していく2機のジェガン。

 

 その様子を見て、クルトが動く。

 

「こいつ、ふざけんなよ!!」

 

 ライフルの銃口を向けて放とうとするクルトのジェガン。

 

 しかし、その前にヒカルは動いた。

 

 セレスティの手にしたビームライフルを構えて斉射。クルトのジェガンを狙い撃つ。

 

 その閃光を見て、とっさに機体を傾け、回避行動を取ろうとするクルト。

 

 しかしかわしきれず、ジェガンは右腕を吹き飛ばされた。

 

《クソッ!?》

「クルトさん!!」

 

 バランスを崩すクルトのジェガンを見て、思わず声を上げるレミリア。

 

 その隙にヒカルは、ジェガンの脇をすり抜けてスパイラルデスティニーへ迫る。

 

「レミル!!」

 

 伸ばした手が、デスティニーに迫る。

 

 次の瞬間、

 

 振り向きざまに繰り出されたデスティニーの蹴りが、セレスティの胸部を捉え弾き飛ばした。

 

「グアッ!?」

 

 呻き声を上げるヒカル。

 

 セレスティはと言えば、蹴り飛ばされたショックでバランスを崩し、そのまま地上へと落下していく。

 

「・・・・・・ヒカル、ごめんね」

 

 レミリアはその姿を悲しげに見つめると、ヒカルは損傷したクルトのジェガンを庇うようにして、その場から離脱していく。

 

 その姿を、

 

 地上に落とされたヒカルは、薄れ行く意識の中で、ただ黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和連合軍が反撃の準備を始めた事で、北米統一戦線は撤退の準備を始めている。

 

 既に彼等はスパイラルデスティニーの奪取と言う目的を達している。であるならば、これ以上1秒たりともハワイに留まる理由は無かった。

 

 しかし一方にとっては引き上げ時であっても、他方にとってはそうではない。

 

 北米統一戦線が徐々に後退を始めたのを機に、逆に共和連合軍はここぞとばかりに追撃する態勢に入っている。

 

 中部太平洋における最大の拠点を攻撃された上に、新型機まで奪われたとあっては面目は丸つぶれである。

 

 いきおい、追撃の手は厳しくなる。

 

 それらの攻撃は、しかしレミリアがスパイラルデスティニーを駆って殿に立っている為、殆どが撃退されて終わっている。

 

 北米統一戦線の損害は、撃墜機に限って言えば皆無。唯一、隊長のクルトがセレスティの攻撃によって機体を損傷させただけである。

 

 このまま戦闘は収束し、後は事後処理だけになる。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 「それ」が現れるまでは。

 

 北米統一戦線を追撃しようとしていた共和連合軍部隊の横合いから、突如として嵐のような攻撃が投げかけられた。

 

 突然の攻撃に対応する事ができず、次々と破壊されていく共和連合軍機。

 

「あ、あれは!?」

 

 驚きながら振り返ったパイロットの1人が、空中を飛翔して向かってくる1機のモビルスーツがいる事に気付いた。

 

 異様な機体だった。

 

 引き絞った漆黒の装甲を持ち、背中のスラスターからは翼のような赤い炎が迸っている。

 

 手にした長大なビームライフルが火を噴くたび、共和連合側の機体は確実に閃光に貫かれ、数を減らして行った。

 

「こちらアステル。これより掩護する。ただちに撤退しろ!!」

 

 アステルは言いながら、機体の手の中にあるロングビームライフルを振り翳す。

 

 彼の駆る漆黒の機体。

 

 GAT-X119「ストームアーテル」

 

 かつてユニウス戦役時に地球連合軍が実戦投入したシルフィード級機動兵器の発展型であるストーム。同クラスの中では最も完成度が高いと言われるそのストームを、北米統一戦線は現代の技術を利用して復元、ブラッシュアップした機体である。

 

 スラスターを全開にして、ビームライフルを構えるイザヨイに急接近するアステル。

 

 同時に、手にしたロングライフルは内筒部分が伸長、更にグリップが後方に倒れると同時に銃身下面にビーム刃が展開される。

 

 ヴァリアブル複合兵装銃撃剣レーヴァテイン。

 

 オリジナルストームにも搭載されていた、遠近両用の武装は、この機体にも健在である。

 

 接近と同時に一閃。

 

 ストームアーテルの機動力に追随できず、空中で立ち尽くしていたイザヨイのボディを真っ二つに切り裂く。

 

 踊る爆炎。

 

 そこに来てようやく、他のイザヨイもストームアーテルに対して攻撃を開始するが、それに対してアステルは、スラスターの噴射角度を巧みに変化させて攻撃を回避。逆に急接近すると、容赦なく敵機を斬り捨てていく。

 

 圧倒的な戦闘力を見せ付けるアステル。

 

 しかし、共和連合軍は次々と増援を送り込んでくる。

 

 万が一にも追撃される事を避けるために、それらは何とかここで食い止める必要がある。

 

「やるしかないかッ」

 

 低い呟きと共に、アステルは接近してくる編隊を見据えて、再びレーヴァテインを構えた。

 

 

 

 

 

 遠くからがなり立てるような声で叫ばれた気がして、ヒカルはコックピットの中でゆっくりと目を覚ました。

 

 墜落のショックで体中が痛んでいる。おまけに、落下時前後の記憶が一部飛んでいるように思えた。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ、俺、どうしたんだっけ?」

 

 確かデスティニーを奪って出て行ったレミルを追いかけて、そこで戦闘になって、それから・・・・・・

 

 そこまで考えた時だった。

 

「ヒカル!!」

「うわッ!?」

 

 すぐ脇でいきなり声を掛けられ、ヒカルは思わず飛び上がるようにして体を起こす。

 

 振り返ると、すぐ目の前によく見慣れた少女の顔がアップになってあった。

 

「か、カノン、お前、どうして・・・・・・」

「『どうして』はこっちのセリフだよ、馬鹿!! 撃墜されたって聞いたから・・・・・・」

 

 カノンは少し怒ったような口調で、未だに寝ぼけた調子のヒカルに言葉をぶつける。

 

 そこで、ヒカルはようやく、自分の身に起きた事を思い出した。

 

 レミル(レミリア)の駆るスパイラルデスティニーを捕まえようとして、そのまま蹴り飛ばされてしまったのだった。

 

「良かった、ヒカルが無事で・・・・・・」

 

 そう言うとカノンは力が抜けたように、その場にへたり込んだ。

 

 彼女はレミルを追ってヒカルとはぐれた後、一足違いでヒカルがセレスティに乗り込むとおころを目撃したのだ。

 

「で、レミルは?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねてくるカノンに対し、ヒカルは無言のまま首を横に振った。

 

 結局、連れ戻す事はできなかった。否、あの様子ではどのみち、どうあっても説得は失敗したであろう事は目に見えている。

 

 恐らくレミルは初めから、この日の為に士官学校へ潜り込んでいたのだ。

 

 その時、土を踏む音が聞こえた為に、ヒカルは振り返る。

 

 そこで、思わず絶句した。

 

「本当、相変わらず無茶ばっかりするわね、あんたは」

 

 腰に手を当てた女性が、苦笑とも微笑とも取れる笑みを含んだ声を掛けて来る。

 

 その視線の中、

 

「り、リィス(ねえ)!?」

 

 ヒカルは久方ぶりに会った姉に対して、呆然とした言葉で声を掛けた。

 

 

 

 

 

PHASE-03「天を目指す翼」      終わり

 







《人物設定》

ヒカル・ヒビキ
ハーフコーディネイター
16歳      男

乗機:セレスティ

備考
キラとエストの息子。ヒビキ家の長男。誰に似たのか、やや直情的な性格で、周囲の話を聞かずに突っ走る傾向がある。しかしその反面、誰よりも友達や仲間を大切に思っている。ふとした事情から北米統一戦線のテロに巻き込まれ、たまたま乗ってしまったセレスティのパイロットとなる。





レミリア・バニッシュ(レミル・ニーシュ)
ナチュラル
16歳      女

乗機:スパイラルデスティニー

備考
北米統一戦線所属のテロリスト。ボーイッシュで気さくな性格だが、自分が女である事は、仲間内でもごく一部の者以外には秘密にしている。世話焼きだが、どこか抜けている所があり放っておけない。共和連合軍が開発した新型機動兵器(スパイラルデスティニー)奪取の為に、「レミル・ニーシェ」と名乗り、性別と身分を偽っていた。ヒカルとはクラスメイトで親友同士。




カノン・シュナイゼル
ハーフコーディネイター
14歳      女

備考
ラキヤとアリスの娘。母親に似てアクティブで天真爛漫。どこにでも首を突っ込んで行きたがる姦しい性格。特に幼馴染のヒカルやクラスメイトのレミルの事はとても大切に思っている。





リィス・ヒビキ
コーディネイター
26歳      女

乗機:リアディス・アイン

備考
オーブ共和国軍一尉。ヒカルの姉。キラとエストの長女。カーディナル戦役の折に2人に拾われて養女となった。フリューゲル・ヴィント所属のパイロットだが、北米統一戦線の襲撃事件の際、護衛として現場に居合わせた。自分にも他人にも厳しい性格だが、それは誰よりも大切な人を守りたいと思っているが故。





アステル・フェルサー
ナチュラル
17歳     男

乗機:ストームアーテル

備考
北米統一戦線所属のテロリスト。寡黙で、あまり多くの事をしゃべろうとしない寡黙な性格。しかし任務には忠実で仕事が確実な為、若いながら仲間内では信頼が厚い。




クルト・カーマイン
ナチュラル
37歳      男

乗機:ジェガン

備考
北米統一戦線のリーダーを務める人物。謹厳さ性格で部下にも自分にも厳しいが、その分、父親のような愛情も持っている。まだ若いレミリアやアステルの面倒をよく見ている。レミリアの性別を知る数少ない人物。






《機体設定》

RUGM-X001A「セレスティ」

武装
ビームライフル×1
アクイラ・ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
ピクウス機関砲×2

パイロット:ヒカル・ヒビキ

備考
「エターナル計画」の一環として開発された機体。ロールアウト直前にレトロモビルズの襲撃を受けて機体は大破。既存の部品を組み合わせる事で応急修理して戦線に投入された。各部位にハードポイントが備えられ、アタッチメント方式で様々な武装を装備する事ができる。動力に関しては核動力と新型デュートリオンのハイブリットを採用しているが、損傷によって核動力が停止状態にある為、現在はバッテリーエンジンのみを使用して稼働している。





MBF-M1R「リアディス」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
12・7ミリ自動対空防御システム×2
アンチビームシールド×1
対装甲実体剣×2
オーブ型ストライカーパック(イエーガー ブレード ファランクス)

「ReFain Astray Defense Integrate Striker(全てを守り貫く為に邪道へと回帰した者)」の略。原点に返る形で、オーブ軍が開発したアストレイ級機動兵器。各種オーブ製ストライカーパックを搭載できる仕様で、様々な戦線で活躍する事ができる。3機建造され、それぞれアイン、ツヴァイ、ドライの番号が振られた。装甲色はアインが青、ツヴァイが赤、ドライが緑





MVF-M15A「イザヨイ」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームガトリング×1
アンチビームシールド×1
12・5ミリ自動対空防御システム×2

備考
オーブ軍の伝統とも言うべき可変機動兵器。シシオウやライキリが速度重視の機体で会ったのに対し、イザヨイは初期のムラサメのように機動力、旋回性能を重視し、量産型の機体としてはかなり高い空中戦能力を誇る。





RUGM―X42B「スパイラルデスティニー」

武装
ミストルティン対艦刀×2
ウィンドエッジ・ビームブーメラン×2
高出力ビームライフル×2
アクイラ・ビームサーベル×2
バラエーナ改3連装プラズマ収束砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2
パルマ・フィオキーナ×2
アサルトドラグーン×8
ビームシールド×2

パイロット:レミリア・バニッシュ

備考
エターナル計画によって建造されたデスティニー級機動兵器。しかし、完成直後、北米統一戦線のテロリストに奪取される。多数の接近戦用装備に加えて、地上でも使用可能になったアサルトドラグーンを装備。火力面でも大幅な強化が成され、接近戦、遠距離戦双方で存分に実力が発揮可能。デスティニー級の代名詞である残像機能は更に強化され、立体感のある虚像を複数作り出して敵を攪乱する事もできる。現状、間違いなく世界最強の機体であり、レミリアの操縦の元、猛威を振るう事になる。武装等の機体特性としてはむしろ、デスティニーよりも準同型機のクロスファイアに近い形になっているが、デュアルリンクシステムは搭載していない為、デスティニー級に分類されている。





GAT-09「ジェガン」

武装
ビームカービンライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
連装グレネードランチャー×1
12・7ミリ自動対空防御システム×2
ストライカーパック各種

備考
北米統一戦線が実戦配備したダガー系列の新型機動兵器。各種ストライカーパックの搭載は勿論、機動力や防御力にも重点が置いた設計がなされ、単なる量産型の枠に収まらない性能を誇っている。ただし、かなり高価な機体となる為、北米統一戦線では充分な数を確保できないのが難点。





GAT-X119A「ストームアーテル」

武装
ヴァリアブル複合兵装銃撃剣レーヴァテイン×1
ビームサーベル×2
ビームガン×1
対装甲ナイフ・アーマーシュナイダー×1
ビームシールド×2
12.5ミリ自動対空防御システム×2

パイロット:アステル・フェルサー

備考
ユニウス戦役時に地球連合軍の旗機的存在であったストームの改良型。「武装を減らした上での機動力向上」と言うコンセプトを踏襲し、その象徴とも言うべきレーヴァテインも健在。ドラグーンを搭載して火力面を強化する案もあったが、機動力が落ちる事を嫌ったアステルの要望で、搭載を見合わせた。



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PHASE-04「闇の微笑」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カノンが運転してきた武装運搬車両にセレスティを横付けすると、早速作業に取り掛かった。

 

 着陸状態では4対8枚の翼は折り畳まれている為、まるで羽を休める鳥のような姿になっている。

 

 専用の作業機械を搭載した運搬車は、内部からアームを伸ばして次々とセレスティに武装を取り付けていく。

 

「機体各部のコネクタに、アタッチメント方式で武装を取り付ける、か。確かにストライカーパックとかよりも効率は良いかもしれないけど、稼働時間は短くならないか?」

「今はデュートリオン送電装置とかもあるし、大出力のエンジンがあるなら、わざわざ追加バッテリーとかも必要無いしね。それなら武装だけの換装の方が比較的簡単にできるだろうって事よ」

 

 ヒカルの言葉に、リィスは相槌を打つように返事をする。

 

 姉弟としては久方ぶりの再会となる2人だったが、今は悠長に話している時間が無いのも現状だった。

 

 こうしている間にも、北米統一戦線の攻撃は続けられている。その為、一刻も早い戦線復帰が急務である。

 

 しかし、ここで問題が発生した。何あろう、セレスティとヒカル、カノンの事である。

 

 セレスティはロールアウト前の新型機であり、当然、その存在は軍機の塊である。たとえ士官候補生とは言え、勝手に触れていい代物ではない。

 

 本来なら、対象は即時に拘束して査問委員会へ出廷させる必要がある。

 

 しかし、リィスにとっては非常に頭が痛い事に、拘束しなければならない「対象」2人が、共にリィスにとって縁の深い人物たちであったと言う事だ。

 

 勿論、関係者だからと言って手心を加えたり、依怙贔屓をする事は許されない。リィスとて、根本においてその考えを変える気は無い。

 

 無いのだが・・・・・・・・・・・・

 

 やはり、弟とその幼馴染を査問委員会の場に引きずり出すのは、何とも気の重い話である。

 

 それに、もう一つ重要な問題が残されている。セレスティ自体の事だ。

 

 2人をこの場で拘束するとなると当然、その間セレスティは、この場に置きっぱなしと言う事になる。

 

 そうなると統一戦線の攻撃で破壊されるか、最悪、セレスティまで鹵獲される可能性もある。

 

 スパイラルデスティニーが敵に奪われた以上、今やセレスティは唯一の希望と言って良い。

 

 代替のパイロット呼んでいる暇も無い。

 

 考え抜いた末にリィスが出した結論は、セレスティはこのままヒカルに操縦させ、安全圏まで自分が監視(と言う名の護衛)していくと言う方法だった。

 

 その際、カノンの方はリアディス・アインのコックピットに乗せてリィスが連れて行く事にした。

 

 更に、セレスティはこのままでは、機動力以外は通常の量産型と変わらない貧弱な武装しか持っていない。そこで、ラボに残っていた武装の中から比較的無事な物を引っ張り出して使う事にしたのだ。

 

 コックピットに入ったヒカルは、シートに座って機体を立ち上げていく。

 

 セレスティのコンセプトは、先程の会話にあった通り、機体各部に設けられたコネクトに、武装をアタッチメント方式で取り付ける事ができる事にある。これにより、ストライカーパック、ウィザード、シルエットと言った各種換装系の機体よりも幅広い戦場で活躍する事ができると言われている。

 

 それをリィスから聞いて、ヒカルは成程と納得していた。どうも初期武装が少なすぎると思っていたら、そう言う事だったのだ。

 

 やがて、武装の換装も終えたセレスティが、ヒカルの操縦の元でゆっくりと立ち上がる。

 

 先程までのノーマルの状態と違い、肩には追加装甲が設けられ、更に背部には大型対艦刀を背負っているのが見える。

 

 若干機動力を犠牲にして接近戦を強化した形態である。他にもいくつもの武装バリエーションがあるが、リィスはあえて、なるべく省電力で稼働させる事ができる接近戦用の武装を使用する事にしたのだ。

 

「どう、ヒカル、いけそう?」

《ああ、何とかなりそうだよ》

 

 スピーカーからは、ヒカルの声が響いて来る。流石にマニュアル無しで一度操縦しているだけの事はあり、かなり手際が良い。

 

 これも血筋のなせる技なのだろうか、とリィスはちょっとだけ考えた。

 

「じゃあ、私の誘導についてきて。カノンは私の機体で連れて行くから」

《判った。頼むリィス姉!!》

 

 答えながら、ヒカルは上空を警戒するように、カメラアイを振り仰ぐ。

 

 既に、いつ敵の攻撃が来てもおかしくはない状態である。警戒はし過ぎて損をすると言う事は無い。

 

「さ、カノン。ついてきて。一緒に連れて行ってあげるから」

「うん、お願いリィちゃん!!」

 

 手招きするリィスに、カノンは元気よく頷いて後に続く。

 

 その時だった。

 

《接近反応!! リィス姉ッ カノンッ 気を付けろ!!》

 

 鋭く発せられる、ヒカルからの警告。

 

 次の瞬間、死神のうなり声にも似た風切り音が、リィスとカノンの耳にも届いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、オアフ島の地下では、巨大な影が、ゆっくりと動き出そうとしていた。

 

 まだ水を張っていないドッグに横たわる巨大な影は、さながら目覚めの時を待つ大海獣を思わせる威容を誇っている。

 

 長大な艦首に、滑らかに隆起するような艦橋ブロック。そして大出力による高速航行を可能とする巨大なエンジン。

 

 想像を絶するような巨大戦艦の姿が、そこにはあった。

 

 その艦橋にある艦長席では痩身の艦長が、目深に被った帽子の下で目をつぶり、腕組みをしたまま報告を聞き入っている。

 

「ハワイ基地、地上施設はほぼ壊滅状態です!!」

「北米統一戦線部隊、Dエリアへ移動中。このままでは民間居住区に到達されます!!」

「ヒビキ大尉、リアディス・アインより入電。《セレスティの確保に成功。これより帰投する。尚、その際、士官候補生2名を伴う》との事!!」

 

 報告を聞きながらも、艦長は身じろぎしない。

 

 状況は最悪の更に下を行こうとしている。特にまずいのは、統一戦線の部隊が民間居住区へ迫っている事だ。

 

 事態は一刻を争う。このままでは民間人が戦闘に巻き込まれる可能性がある。それだけは何としても避けなくてはならない。

 

 北米統一戦線は今のところ、軍事施設以外を目標にした事は無いと言われている。しかし、それでも何が起こるか判らないのが戦場だ。万が一、流れ弾が居住区の方に1発でも飛んで行けば、それだけで大参事は免れなかった。

 

 眦を上げる艦長。

 

 既に駐留していた共和連合軍の部隊は壊滅状態に等しい。ハワイ基地司令部も、早急な状況の立て直しは不可能だろう。

 

 ならば、こちらから取れる手段は限られていた。

 

「全艦に通達。本艦はこれより出航準備に入る。既に地上では戦闘が展開され、尚も敵軍の猛攻が続いている。本艦も出航すれば、すぐに戦闘になるだろう。しかし各位、恐れずに自分の仕事をしてもらいたい」

 

 短い演説を終えると、艦長は再びシートに座り直して、オペレーターに目配せを送る。

 

 それに対して合図を受けたオペレーターも頷きを返すと、正面に向き直った。

 

「出航用意!! サブエンジン始動!!」

 

 艦長の声に弾かれるように、ブリッジクルー達は動き出す。

 

 サブエンジンの回転と共に、出力は向上、徐々にエネルギーが艦内各部署へと行き渡る。

 

「サブエンジン、定格起動を確認。出力安定!!」

「コンジットオンライン、バイパス繋げ!!」

「バイパス、繋ぎます!! エネルギー回路、メインエンジンへ!!」

 

 急速に各部署の回路がオンラインとなり、待機状態だった艦内に灯が燈っていく。

 

「ドッグ、注水開始」

 

 低く命じられる艦長の声。

 

 それに伴い、艦内からの操作でドッグ内の弁が開かれて海水が流入していく。

 

 海水は艦艇を浸し、甲板を覆って艦橋にまで上がってくる。

 

「注水率、100パーセントを確認!!」

「船体ロック、外せ!!」

 

 ドッグ内が海水に満たされると同時に、船体を拘束していた最終ロックが外され、僅かに浮き上がるような感覚が来る。

 

 これにより、この戦艦は全ての拘束から解き放たれた事になる。

 

「メインエンジン、エネルギー臨界!!」

「エンジン始動!!」

 

 唸り声がさらに強くなる。

 

 サブエンジンよりも大きなメインエンジンに灯が入った事で、艦の出航に必要なエネルギーが回り始めたのだ。

 

「ドッグ注水率、100パーセント確認!!」

「ゲート開け!!」

 

 艦前方のメインゲートが開かれ、その先には魚も泳ぐ海底の光景が広がる。

 

 出航準備完了。発進可能。

 

 その様を受け、

 

 艦長はゆっくりと、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 作戦は成功した。

 

 共和連合軍が開発した新型機動兵器を奪取する目的でハワイまでやって来た北米統一戦線。

 

 この時の為に、一年前から工作員を潜入させ、実行の時を待っていたのだ。

 

 そして彼等は成し遂げた。

 

 共和連合が開発したスパイラルデスティニーの奪取に成功した。あとは撤退するだけである。

 

 少数戦力で奇襲を掛けてきた北米統一戦線にとって、行動の素早さはそのまま生命線に直結する。一撃当てて一瞬で離脱する。時間を掛ければ掛けるほど、彼等の不利は確実な物となる。

 

 本来なら、用が済んだらさっさと帰るに越した事は無い。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 今しも撤退しようとしている彼等の前に、極上とも言える獲物が出現した。

 

 共和連合軍がスパイラルデスティニーとともに開発した、もう1機の機動兵器。これを奪取する事ができれば、自分達の戦力がさらにアップする事は間違いなかい。

 

 そう考えた2機のジェガンは、地上に佇んでいるセレスティに対して攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 ジェガンのパイロット達は獲物を見つけて群がる狼のように進路を変えて、セレスティに向かっていく。

 

 急降下しながらビームカービンライフルを放ってくるジェガン。

 

 それに対して、セレスティを操縦するヒカルは、シールドを掲げて防御に徹している。

 

 カメラを足元には、リィスがカノンを庇うようにして胸に抱いた状態で蹲っているのが見える。

 

 本来ならリィスも、すぐに機体に戻って反撃したいところである。しかし、不意に戦闘が始まった為、駐機してあるリアディスに戻れなくなってしまったのだ。

 

「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 焦慮がヒカルの口を突く。

 

 防御に徹する事しかできないセレスティに対し、容赦なく攻撃を仕掛けてくるジェガン。

 

 このままでは如何に最新鋭機とは言え、実力を発揮する事ができずに撃破される。そうなれば、足元にいるリィスとカノンの運命も確定するだろう。

 

「俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 飛んできたビームを、シールドのラミネートが弾く。

 

 その光景を、苦しい眼差しでヒカルは見詰める。

 

「俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 少年の脳裏に浮かぶのは、幼い日に見た凄惨な光景。

 

 爆発によって巻き起こった炎。

 

 周囲に散らばる無数の死体。

 

 そして、

 

 巻き込まれ、炎の中に消えた、掛け替えの無い・・・・・・妹。

 

 

 

 

 

 俺はまた・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 大事な人を、失うのか?

 

 

 

 

 

 何もできずに?

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルは眦を上げた。

 

「そんなのはダメだ。絶対に!!」

 

 言い放つと同時にセレスティの右手を肩に回すと、ハードポイントからウィンドエッジ・ビームブーメランを抜き放つ。

 

 機体を大きくひねりながら投擲。

 

 急旋回しながら飛翔するブーメラン。

 

 次の瞬間、ジェガン1機の装甲を斜めに切り裂き内部のエンジンを破壊、爆散させる。

 

 思いがけない反撃により仲間の死にざまを見たもう1機のジェガンは、一瞬動きを止める。

 

 その一瞬の隙が、完全に命取りになった。

 

 ヒカルは8枚の蒼翼を広げてスラスターを全開、セレスティを一気に空中に飛び上がらせる。

 

 ジェガンのパイロットも、すぐに対応しようとシールドとライフルを掲げる。

 

 しかし、セレスティの速度には敵わない。

 

 接近。同時に背部からティルフィング対艦刀を抜刀するセレスティ。

 

 袈裟懸けの一閃。

 

 長大な刃がジェガンの肩に食い込み、一気に斬り下げられる。

 

 統一戦線兵士は反撃どころか、対応する暇すらなかった。

 

 斜めに真っ二つにされたジェガンは、そのまま空中で二つの爆炎を迸らせて四散する。

 

 後には、大剣を振り切った状態のセレスティが、美しい蒼翼を広げた状態で滞空しているのみだった。

 

 そのコックピット内部で、ヒカルは荒い息をとめどなく吐き出している。

 

 人を、殺した、初めて。

 

 操縦桿を握り締めたヒカルの手が、緊張で汗ばんでいるのが分かる。

 

 モビルスーツの手を介してではあるが、まるで本当に人を斬った感触が残っているかのようだった。

 

 チラッと、地上にカメラアイを向けると、そこには不安げな表情でセレスティを見上げているリィスとカノンの姿があった。

 

 ヒカルは操縦桿を握ったまま、ホッとため息をついた。2人が無事だったのは幸いだった。

 

 しかし、

 

 事が終わったことを認識した瞬間、ヒカルは自分の心に言いようのない重しが乗せられたような気がして息を詰まらせた。

 

 目に浮かぶのは、爆炎を上げながら散華した2機のジェガンである。

 

 カノンとリィスを守る為に無我夢中に機体を操った結果、ヒカルは2人もの人間の命を奪ってしまったのだ。

 

「・・・・・・これが・・・・・・戦争」

 

 込み上げる苦い物を噛みしめるように、ヒカルは呟く。

 

 もし自分が軍人としてやっていくなら、これからもこんな事を続けて行かなくてはいけないのだ。

 

 その過程で慣れていくのか、それともプレッシャーに耐えかねて潰れてしまうのか、果たして・・・・・・

 

 その時だった。

 

 接近警報と同時に、ロックオン警報がコックピット内に響き渡る。

 

「新手ッ 速い!?」

 

 ヒカルがシールドを掲げるのと、相手の攻撃が着弾するのはほぼ同時だった。

 

 敵のビーム攻撃をシールドで防ぎながら、改めてティルフィングを構え直すヒカル。

 

 その姿を、ストームアーテルを駆るアステル・フェイサーは、冷ややかな双眸で見詰めていた。

 

「共和連合軍の新型か」

 

 低く抑えたような口調で言いながら、ライフルモードのレーヴァテインのトリガーを絞る。

 

 迸るビーム。

 

 その一撃をシールドで防ぎながら、ヒカルは斬り込む距離を測ろうとする。

 

 そうはさせじと、スラスターをいっぱいまで吹かし、高速で機動しながらライフルモードのレーヴァテインを連射するアステル。

 

 しかし、速力ならセレスティもストームに負けていない。旋回しながら接近を図ろうとするセレスティを、アステルの攻撃はなかなか捕捉できないでいる。

 

 互いに旋回しながら、間合いを計っているセレスティとストーム。

 

「・・・・・・動きが素早いな・・・・・・ならば!!」

 

 低い声で囁くと同時に、アステルはストームの左腕を持ち上げて、ビームガンによる攻撃を行う。

 

 レーヴァテインに比べればビームガンは威力がだいぶ劣るものの、その分チャージサイクルによって、より速い連射が可能となっている。

 

 その特性を活かし、セレスティを追い詰めていくアステル。

 

 一方のヒカルは、連続して襲い掛かってくるストームの攻撃を前に、徐々に回避パターンが限定されていくのが分かった。

 

「クソッ このままじゃ!?」

 

 苦しげに言葉を吐くヒカル。

 

 ついにセレスティは、速射力の高いストームの攻撃を前に、完全に動きを止めて防御に回ってしまった。

 

 ベテランパイロットであるなら次の一手を見据え、攻撃の一瞬の隙を突いて機動力で突破する手段を選んだだろう。

 

 あるいは、シールドを掲げて強引に距離を詰めるのも有りである。そうすれば、アステルは嫌でも牽制攻撃をやめ、接近戦に応じざるを得なくなる。

 

 しかし悲しいかな。今日の今日まで士官候補生に過ぎなかったヒカルに、そこまでとっさの対応を選ぶ事はできなかった。

 

 シールドを掲げたまま、動きを止めたセレスティ。

 

 そこへアステルは、レーヴァテインを対艦刀モードにして斬り掛かっていく。

 

 刃の出力をいっぱいまで上げる。これなら、シールドの上からでもダメージを与える事ができるはず。

 

 そう考えたアステルの意志に従い、大剣を振り翳すストームアーテル。

 

 しかし、その攻撃は突如として強制的に中断される事になる。

 

 横合いから放たれた複数のビームが、空中に立ち尽くしているセレスティを守るように、ストームに射かけられたのだ。

 

「何ッ!?」

 

 振り返るアステル。

 

 そこには、自分に向かって飛翔してくる青い機体の姿があった。

 

 リィスはヒカルが孤軍奮闘している隙に、カノンを連れてリアディスに戻り援護に駆け付けたのだ。

 

 リアディス・アインから放たれるビームを、アステルはビームシールドを展開しながら防御する。

 

「流石に、これでは不利も否めないか・・・・・・」

 

 低い呟きを放つアステル。

 

 操縦には自信があるアステルでも、共和連合軍の新型2機を相手に戦えるとは思っていない。

 

 その間に、体勢を立て直したセレスティも、ティルフィング対艦刀を構えているのが見える。

 

 状況はアステルにとって1対2と、やや不利となりつつある。

 

 しかし、それでも尚、引き下がるつもりはなかった。

 

 2機を同時に相手にするべく、慎重に距離を取りながらレーヴァテインを構えるアステル。

 

 まさに、その時だった。

 

 突如、視界の彼方にある海面に、巨大な水柱が打ち立てられた。

 

「何ッ!?」

 

 これには、アステルも驚いて声を上げる。

 

 その視界の先では、立ち上った水柱を割るように、黒々とした物が海面下から姿を表そうとしていた。

 

 一瞬、クジラか何かかと思ったが、違う。その物体は、推定でもクジラのゆうに10倍以上の巨体がある事が分かった。

 

 高い艦橋に、艦全体をハリネズミのように覆う砲塔群。

 

 戦艦だ。

 

 それも、かなり巨大な。

 

「艦首回頭、面舵30。主砲、1番、2番、攻撃準備」

 

 その巨大戦艦の艦橋で、艦長の低い声が命令となって飛ぶ。

 

 カーディナル戦役の終結から16年。

 

 戦艦の技術に関しては低速重防御の大型戦艦よりも、高速の中・小型戦艦が主流となっていた。

 

 その理由としては、戦場にいち早く部隊を展開させる機動性が求められたが故である。1隻の大型戦艦よりも、小型で高速の戦艦2隻の方が好まれるようになったのである。

 

 しかし近年、テロ組織の巨大、凶悪化に伴い、戦艦もより強力な物が求められるようになった。

 

 ようは大型戦艦のネックと言えば速力だけであり、それさえクリアすれば問題は何も無いと言う事になる。

 

 より多くの兵力を、素早く戦場へ送り込む上では、小型戦艦を2隻動かすよりも、大型戦艦1隻の方が効率もコストも良いという事である。

 

 上記のような理由により小型高速戦艦よりも大型高速戦艦が再び主流となり始めた訳である。

 

 その為、オーブもまた、自国製の巨大戦艦を建造すると同時に、この艦の復活を決定した。

 

 かつて、ヤキン・ドゥーエ、ユニウス、カーディナルと言った三大戦役を戦い抜き、常にオーブ軍の象徴的な存在としてあり続けた1隻の巨大戦艦。

 

 最後の戦いとなったエンドレス戦では、敵要塞艦に対して見事な艦砲射撃を成し遂げた後、壮絶な爆沈を遂げた宇宙戦艦。

 

 その名は、戦艦大和

 

 オーブの旧主である国の、旧国名から取った栄光ある艦名。

 

 まさに、国を守り外敵を打ち払う誇りある船の為に用意された名前である。

 

 その大和の艦橋で、艦長はゆっくりと眦を上げていた。

 

 シュウジ・トウゴウ三佐。

 

 かつてヤキン・ドゥーエ戦役の折に初代戦艦大和を指揮し、その後、オーブ宇宙軍創設にも関わったジュウロウ・トウゴウの孫にあたる青年は、かつて偉大なる祖父が指揮したのと同名の艦を指揮し、今、戦場に立っていた。

 

 大和は右に旋回しながら、主砲は左へと旋回。照準はセレスティ、リアディスと対峙しているストームアーテルへと向けられる。

 

「照準良し!!」

「エネルギー臨界!!」

「敵機、本艦主砲の軸線上に乗りました!!」

 

 旋回した2基6門の主砲が、まっすぐにストームアーテルを捉えた。

 

 次の瞬間、

 

「撃てェ!!」

 

 シュウジの声と共に、6門の主砲が咆哮する。

 

 迸る閃光。

 

 モビルスーツの火力を遥かに上回る砲撃は、大気を切り裂いて迸る。

 

 狙われたストーム。

 

「チッ!?」

 

 迫る閃光を前にして、アステルは舌打ちすると同時に機体を傾けるようにして降下。

 

 それとほぼ同時に、ストームの頭上を閃光が駆け抜けて行った。

 

 間一髪。判断が後、コンマ何秒か遅かったら直撃を受けていたかも知れなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・これまでか」

 

 アステルは低い声で呟いた。

 

 敵部隊に加えて、戦艦まで出てこられたのではアステルの勝機はかなり薄いと言わざるを得ない。このままズルズルと戦闘を継続していては、最悪の場合、離脱も難しくなる可能性があった。

 

 決断すると、行動は素早かった。

 

 機体の踵を返し、スラスターを全開にして離脱しに掛かる。

 

 共和連合軍は追撃するようにストームの背後から砲撃を浴びせてくるが、ストームを捕捉する物は一発もない。

 

 悠々と撤退して行く北米統一戦線。

 

 そして、戦力的に壊滅状態の共和連合軍にそれを追撃するだけの力は残っておらず、ただ呆然と見送る以外に取るべき手段も無かった。

 

 こうして、北米統一戦線によるスパイラルデスティニー強奪から始まった一連のハワイの戦闘は、終結したのだった。

 

 

 

 

 

 深い闇。

 

 一寸先すら見通す事ができないような闇の中で、

 

 くぐもった笑いが、静かに木霊していた。

 

「・・・・・・・・・・・・ハワイにおける共和連合軍は壊滅、北米統一戦線は剣を得て勢いが増した訳だ」

 

 妙に張りがありながら、それでいて不自然に抑揚を欠いたようなその声は、幼い子供のようにも、それでいて熟年の老人のようにも聞こえる。

 

 いずれにせよ、闇の中にあって姿が見えない為、何者であるか判別する事ができない。

 

「・・・・・・いよいよ面白くなってきたじゃないか、僕達の世界も」

 

 再び、くぐもった笑いが響き渡る。

 

 どこまでも続く闇に溶けるように、陰々として、

 

 深く、沈み込みながら・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

PHASE-04「闇の微笑」      終わり

 







《人物設定》

シュウジ・トウゴウ
ナチュラル
29歳      男

戦艦大和艦長

備考
共和連合軍三佐。オーブ宇宙軍の創始者、ジュウロウ・トウゴウ元帥の孫にあたる人物。実直な性格で、どこか冷徹な印象を受けやすい。





《機体設定》

セレスティS

武装
ビームライフル×1
アクイラ・ビームサーベル×2
ティルフィング対艦刀×1
ウィンドエッジ・ビームブーメラン×2
アンチビームシールド×1
ピクウス機関砲×2

備考
セレスティの接近戦武装形態。大型対艦刀ティルフィングを装備する等、かなり高い接近戦能力を誇る。





大和

225センチ3連装高エネルギー収束火線砲ゴットフリート×3
110センチ3連装リニアカノン・バリアント改×2
12・5ミリ対空自動バルカン砲塔システム×32
艦尾大型5連装ミサイルランチャー×6
魚雷発射管×12
陽電子破城砲グロスローエングリン×1

艦長:シュウジ・トウゴウ

備考
オーブ軍が建造した巨大戦艦。近年、高速中型戦艦が主流になっている中、大規模化する紛争への新たなる対応が迫られた共和連合は、それまでの路線を捨てて「大型高速戦艦建造計画」を推進した。その第一号となるのが本艦である。かつての大型戦艦群に匹敵する巨体でありながら、小型護衛艦並みの機動性を有している事から、攻防走のバランスが取れた新世代型の戦艦である。



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PHASE-05「迷走の眼差し」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和連合軍ハワイ基地壊滅。

 

 その情報は、早くも世界中を駆け巡ろうとしていた。

 

 青くなったのは、共和連合軍関係者であろう。ハワイ基地は太平洋における容積であると同時に、地上においてはジブラルタルやカーペンタリアに匹敵する一大拠点である。それが壊滅的な損害を被った事は、彼等の心胆を寒からしめるに十分だった。

 

 更に驚かされたのが、その作戦を実行したのが、それまであまり重要視されていなかった北米統一戦線だと言う事である。

 

「知っての通り、現在北米では大きく分けて3つの勢力が鎬を削っている」

 

 スクリーンの前に立って、まるで講義を行うように説明しているのは、戦艦大和艦長であるシュウジ・トウゴウ三佐である。

 

 彼のオーブ軍創設の立役者にして、初代戦艦大和の初代艦長でもあったジュウロウ・トウゴウ名誉元帥の孫にあたるシュウジだが、祖父のような貫禄のある凄味は流石にまだ無い。それ以前に、やや細身の外見からは軍人と言うよりも、どこか事務方のような印象を受ける。

 

 元々、両親を早くに亡くし、祖父も軍人で家を空ける事が多かった関係から親戚の家に引き取られた彼だったが、そのような事情があるだけに、軍人である祖父への憧憬は子供の頃から強かった。

 

 祖父と共に過ごせた時期は、シュウジにとってそう多くはない。しかし、その短い時間の中で、祖父はシュウジに深い愛情を注いでくれた。

 

 故に、成人したシュウジが、軍人としての道を歩むのはごく自然な流れであった。

 

 そして今、シュウジはオーブ軍三佐という階級と共に、かつて祖父が艦長を務めた最後の艦と、同じ名前の戦艦の艦長としてこの場に立っていた。

 

 ここは大和のブリーフィングルームである。

 

 ここに今、ヒカルとカノン。そしてリィスが集められていた。

 

 得々と説明を行うシュウジの様子に、ヒカルとカノンは神妙な調子で聞き入っている。

 

 何だか軍のブリーフィングと言うよりは、学生の講義のようで、傍らで見ていたリィスは思わず吹き出してしまう。

 

 そんなリィスの様子に気付かないまま、シュウジは説明を続けた。

 

「南部およびメキシコ湾周辺の島々には北米解放軍がいる。これが、現在の北米における最大の武装集団だろう」

 

 北米解放軍は、北米紛争初期から存在する大型組織であり、中には旧大西洋連邦の軍人を含めて多数の人員が参加している。活動もかなり積極的で、北米で起きる戦闘の6割以上に、北米解放軍が関わっているとさえ言われていた。

 

 過激な作戦行動を行う事でも有名な組織であり、時には民間人に多大な被害を出す事も厭わないとされ、北米における最大の恐怖となっている。

 

「次いで、モントリオール政府。一応、共和連合が認めている、北米における唯一の政治団体だが、近年では事実上、プラントの傀儡政府となっている感がある」

 

 ラクス・クラインの死後、北米における影響力を強めようとする動きが見られるプラント政府は、ザフト軍の主力を北米に派遣すると同時に、モントリオール政府軍に対する武器供与も行っている。その為、一応「治安維持軍」として体裁は整っている。

 

 しかし、北米解放軍をはじめとする反共和連合組織が活発に活動している為、なかなかその役割を果たせていないのが現状だった。

 

 そもそも、北米における反共和連合勢力の活動が活発になったのは、モントリオール政府がプラント寄りの政策を行うようになったことが大きいとされている。

 

 元々、北米大陸は大西洋連邦の本拠地があった場所である。対プラント感情はお世辞にも良好とは言えず、そのプラントにすり寄るような政策を行うモントリオール政府に反発する動きが出るのは、ごく自然な流れであった。

 

「そして最後に、北部、アラスカ近辺で活動する北米統一戦線だ。あまり目立った動きを見せず、これまでも散発的にゲリラ戦を仕掛けて来るだけだった連中だったが、知っての通り先日、連中の工作員によってスパイラルデスティニーが強奪されている」

 

 シュウジの言葉を聞いて、ヒカルは僅かに顔を顰めた。

 

 レミル(レミリア)がスパイラルデスティニーを奪って逃走した事は、ヒカルにとっても苦い事実である。親友が北米統一戦線のスパイであったことを、1年間も一緒にいて見抜けなかった事も含めて。

 

 シュウジは説明を続ける。

 

「北米統一戦線がスパイラルデスティニーを得た事で、北米のパワーバランスはまた崩れる事になる」

「何しろ、あれ1機で一軍とも戦えるって言われているくらいだしね」

 

 シュウジの言葉を聞き、リィスも切歯扼腕するように発言する。

 

 本来なら自分達の象徴的な存在として活躍するはずだった機体を敵に奪われ、そして自分達にまで牙をむくのは、想像するだけで背筋が寒くなる事態である。

 

 おまけに、今や唯一の頼みの綱となったセレスティは、ロールアウト前に大破した関係で、大幅に性能ダウン状態した状態である。

 

 現状、共和連合軍には単機でスパイラルデスティニーに対抗可能な機体は存在しない。

 

 とは言え、戦慄している暇はない。事がこうなった以上、事態は早急に決着を付ける必要があった。

 

「今回の事態を受けて、常任理事会は共和連合軍部隊による北米増派を決定した。その中に本艦も含まれる事になる」

「あの~・・・・・・・・・・・・」

 

 恐る恐ると言った感じに手を上げたのは、それまで黙って説明を聞いていたカノンだった。

 

「事情は大体判ったんですけど、何でその事を私達に説明しているんですか?」

 

 今更、と言う気もするが、同時にもっともな質問だった。

 

 事情が事情である為、一時的に大和に収容されたヒカルとカノンだが、本来なら機密漏洩の咎で独房に拘束されてもおかしくはない。それがされないばかりか、こうしてブリーフィングめいた説明を受けている事の意味も分からなかった。

 

「それはね・・・・・・」

「俺から説明しよう」

 

 リィスの言葉を遮るようにして、シュウジは前に出て説明に入った。

 

「知っての通り、先日の戦いでハワイはほぼ壊滅に近い損害を被った。軍の被害もさることながら、民間人にも多数の死傷者が出ているらしい」

 

 シュウジはため息交じりに説明を続ける。

 

 ハワイの壊滅に伴い、共和連合はその対応に追われている。被災者の救出、街の復興、部隊の再編、拠点の再構築。やる事は多岐に上り、とてもではないが一朝一夕での体制立て直しは不可能である。

 

 共和連合常任理事会から出された北米派兵にも、応じる事はできないと思われた。

 

 しかし、奪われたスパイラルデスティニーと、その下手人たる北米統一戦線、更には、より大きな脅威として存在する北米解放軍を放置する事は出来ない。何とかこれらに対抗するための戦力を、早急に北米大陸に送り込む事が求められる。

 

「そこで、本艦に白羽の矢が立ったわけだ」

「でも艦長、派遣と言っても、今ある戦力だけじゃ、ちょっと・・・・・・」

 

 リィスは苦しい表情で反論する。

 

 現在、大和にはリィスのリアディスの他に、彼女の部下であるフリューゲル・ヴィント所属の機体2機が収容されている。

 

 フリューゲル・ヴィントはオーブ軍所属の特殊部隊で、その創設はユニウス戦役時にまでさかのぼる。当時、敵対関係にあったザフト軍に対抗する為に、精鋭を集めて結成されたのが始まりである。

 

 ユニウス戦役後、多くのメンバーが昇進や除隊によって去った為、一度は解隊されたのだが、その後、カーディナル戦役の勃発に伴い再結成され、武装組織エンドレスの壊滅にも大きな役割を果たした。

 

 現在に至るまで、オーブ軍最強部隊として有名である。

 

 編成は、1個小隊3機編成で、3個小隊で1個中隊を形成。更に3個中隊27機が総数となる。

 

 リィスもまた、そのフリューゲル・ヴィントで1個小隊を任される身である。

 

 しかし、いかに最強部隊と言っても、たった3機のモビルスーツと母艦だけで、小規模とはいえ反政府組織を相手に戦うのは無謀であるように思えた。そもそも、大和の艦載機定数一杯すら満たしていない状態だった

 

 他にももう1機。リアディスの同型機が格納庫に収容されているが、これはまだ最終調整が終わっておらず戦力に数える事は出来なかった。

 

 と、

 

「まさかッ」

 

 そこまで考えたリィスだったが、ある考えに思いいたって思わず声を上げた。

 

 それはリィスにとって、予想だにしなかった事である。しかし、現在の状況を考えるに、それ以外に手段があるようには思えなかった。

 

「その、まさかだ」

 

 事も無げに言いながらシュウジは視線を、訳が分からないと言った感じでキョトンとしている少年へと向けた。

 

「そんな、艦長!! ヒカルは・・・・・・・・・・・・」

「戦闘データは見た。充分行けるレベルだと判断したし、何より既に一度、実戦を経験した事は大きい」

 

 勢い込むリィスの言葉を遮ると、シュウジは改めて正面からヒカルに向き直った。

 

「ヒカル・ヒビキ候補生」

「は、はいッ」

 

 いきなり名前を呼ばれ、恐縮した体で直立不動になるヒカル。

 

 そんなヒカルに対して、シュウジは重々しい口調で告げた。

 

「本日より貴官を准尉待遇に認定する。正式にRUGM-X001A『セレスティ』のパイロットに任じ、同時にリィス・ヒビキ一尉の指揮下で、本艦のモビルスーツ隊所属とする」

 

 

 

 

 

「納得がいきません!!」

 

 ブリーフィングが終わるとすぐに、リィスは艦長室に怒鳴り込んだ。

 

 ブザーを押すと相手の返事も聞かずに扉を開け、そのまま執務デスクに座っているシュウジに詰め寄る。

 

「いくら実戦を経験したって言ったって、ヒカルはまだ候補生なんですよ。それなのに、いきなり実戦に投入するだなんて!!」

「だから、充分に検討した結果だと言ったはずだ。あいつの実力なら問題はない」

 

 剣幕溢れるリィスの抗議に対してシュウジは、返事は最初から決まっていると言わんばかりに、素っ気ない言葉で返す。

 

 その様子に、リィスは唇を噛むしかない。

 

 大切な弟を戦場に送りたくない。そう思うのは姉として当然の感情である。

 

 勿論、ヒカルが士官学校に入ると聞いた時から、いつかは実戦の場に出るであろう事は予想していた。

 

 しかし、その時がこんなに早く来てしまったのは、リィスにとっては完全に計算外の事だった。

 

 ヒカルの実力はリィスも間近で見ている。

 

 統一戦線所属の機体を相手に2機を撃墜。更にその後、エース機を相手に互角の戦いを演じたヒカルの実力は、確かに非凡な物があるのかもしれない。

 

 しかしそれでも、納得できない物はできなかった。

 

「現実問題として戦力の不足は解消のしようがないだろ。本音を言ってしまえば、使える物は何でも使いたいってのが偽らないところだ」

 

 そう言って、シュウジは肩を竦めた。

 

 本来ならシュウジとて、経験不足の士官候補生をわざわざ前線に出したくはない。まして、それが将来有望な士官候補生とくれば、こんな所で使い潰したくは無いと言う思いが強かった。

 

 それ以前に、戦力不足の大和が北米に赴く事自体、あまり関心できる事とは思えない。

 

 しかしハワイ駐留戦力の壊滅に伴い、急場の戦力増強が望めなくなった以上、ヒカル程の逸材を使わない手は無かった。

 

「だったら、私がセレスティに乗ります。それで・・・・・・」

「それでも、使える機体はセレスティ1機と、君の部下2人のみ言う事になる。戦力の低さは否定できない」

 

 即座に切り返されたシュウジの言葉に、リィスは言い返す事ができない。

 

 リィスもシュウジの言が正しいのは理解している。どうあっても、戦力不足は否めない。ならばえり好みをしている場合ではないだろう。

 

 しかしそれでも対象となっているのが自分の弟なのだ。情において納得できないのは如何ともしがたかった。

 

 そこでふと、シュウジは表情を緩めて笑みを作った。

 

「そう、深刻に考えるな。さっきも言ったが、あいつの戦闘データは見せてもらった。初めてであれだけできれば、充分すぎるくらいだろう」

 

 訓練と実戦は違う。

 

 訓練で良好な成績を収めた人間が、いざ実戦の場に出た瞬間、一瞬で命を落とすなどと言う事はざらにある。その点で言えば、ヒカルは2機撃墜の戦果まで挙げて、何より生き残っているのだから即戦力としては必要充分であろう。

 

 一度実戦を経験して生き残った者は、一万回模擬戦闘で勝利した候補生に勝る。これは戦場における常識と言っても良い。今のヒカルなら、セレスティを任せて実戦投入しても大丈夫とシュウジは判断したのだった。

 

 もしこれで、ヒカルの実力が大した事無いと判れば、シュウジもこんな無茶は言い出さなかっただろう。

 

 しかし、尚それでもリィスは食い下がる。

 

「だからって・・・・・・ヒカルは、まだ16歳なんですよ」

「俺の記憶が正しければ、16年前にカーディナルを討ち取った女の子は10歳だったと思ったが?」

 

 これにはリィスも、ぐうの音も出なかった。他でもない。「カーディナルを討ち取った10歳の女の子」とは、リィス自身なのだから。

 

 リィス本人は、父が駆る機体の後席に座ってオペレーターをしていただけなのだが、あの時あの瞬間、リィスが歴史の最前線に立ち、そしてエンドレスを打ち倒す事に大きく貢献した事は疑いようの無い事実であった。

 

 いずれにしても、年齢方面で実力を否定する事はできそうに無い。

 

 結局、リィスの抗議は何一つ実る事に無いまま終了したのだった。

 

 

 

 

 

「完全に悪役だな・・・・・・」

 

 リィスが乱暴な足取りで艦長室を出て行ったあと、シュウジは自嘲気味に笑いながら呟いた。

 

 事情が事情とはいえ、子供をモビルスーツに乗せて戦場に駆り出し、抗議に来た身内に対しては権威を笠に着て追い返す。

 

 果たして、これが悪役でなくてなんだと言うのだろうか?

 

 だが、シュウジとて29歳と言う若さで戦艦の艦長を拝命した身である。クルー達に対して責任がある。ならば勝利し生き残る為に最大限の努力をする必要があった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 シュウジはシートにゆったりと腰掛けながら、ある事を思い出していた。

 

 それはシュウジが過去、まだ駆け出しの三尉だった頃に、一度だけ見た事があるモビルスーツ同士の模擬戦の事。

 

 元々、祖父が海軍、そして宇宙軍関係者だった事もあり子供の頃から軍艦乗りにはあこがれていたが、モビルスーツにはあまり興味が無かったシュウジは、その模擬戦も友人の付き合いで退屈しのぎに見に行っただけであった。

 

 だがそこで、シュウジは圧倒される事になった。

 

 1対10と言う圧倒的に不利な状況の中で、たった1機のモビルスーツが並みいる敵役を次々と薙ぎ倒して勝利してしまったのだ。

 

 その様は、それまでモビルスーツ戦にはほとんど無関心だったシュウジすら魅了してしまった。

 

 あとで知った事だが、その時のモビルスーツを操縦していた人物こそがヒカルの父親、キラ・ヒビキ少将(当時)だったそうだ

 

 ヒカルの操縦技術は、当時のキラに比べると大きく劣っている事は言うまでもない。

 

 しかし、初めて乗ったセレスティを操り、敵機を2機撃墜して見せたヒカルの中に、シュウジはある種の才能を見出していた。

 

「後は、俺次第というわけだ・・・・・・」

 

 ヒカルの才能を生かすも殺すもシュウジ次第。

 

 だからこそシュウジは、自らに課した責任から逃れるつもりは無く、ヒカル・ヒビキと言う未来の才能に賭けてみたくなったのだった。

 

 それに、もう一つ、シュウジには懸念する材料があった。

 

 今回の大和の北米派遣は、オーブ政府から正式に下された命令である。その為、シュウジとしても戦力不足を承知の上で出撃を決意せざるを得なかった。

 

 しかし、命令を下したのはオーブ政府でも、判断自体はより高い場所から送られてきたのではないか、とシュウジは考えている。

 

 ラクス・クラインが存命だったころには友好な関係を続けていたオーブとプラントだが、近年、ザフト軍の膨張と、それに伴うプラントの対外強硬路線への転換により、両者の関係は急速に冷却化されつつある。

 

 そのような状況での、スパイラルデスティニー強奪とハワイの壊滅である。オーブ側としては失点回復の為に躍起になっている、と言ったところだろうか?

 

「あるいは、プラント政府から直接的な圧力でも掛けられたか?」

 

 あり得ない話ではない。近年のプラントの強硬な姿勢に対して、オーブ政府は碌に対応が取れていないのが現状である。そこに来て、今回の失態を盾に強硬な姿勢で来られたら、そのままなし崩し的に言いなりになってしまう事も十分考えられる。

 

 ザフトとしても、自分達の戦力を温存しつつ、北米の勢力に対して圧力を掛けられるのだから一石二鳥である。

 

 そこまで考えて、シュウジは大きく息を吐いた。

 

 いずれの理由にせよ、前線で戦うこちらとしては甚だいい迷惑である。ましてそれが、まだ子供と言って良い年齢の者達を駆り出さなくてはならないと来れば尚の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の大戦以降、欧州は荒廃とした地と化していた。

 

 カーディナル戦役終盤に起こったスカンジナビア王国壊滅と、それに連動する共和連合軍の欧州戦線の崩壊に伴い、地球連合軍は彼の地において徹底的な掃滅作戦を行った。

 

 破壊、暴行、略奪、虐殺、あらゆる暴虐が肯定され、その結果、数千万単位で人命が失われたとさえいわれている。

 

 彼等はそうせざるを得なかった。そもそもカーディナル戦役の発端は、西ユーラシア解放軍を名乗る武装勢力が、「地球連合の支配から西ユーラシアを解放する」と言う名目のもとに始めた事である。

 

 西ユーラシア解放軍は戦力も装備も地球連合軍に比べて貧弱であったが、およそ士気と言うレベルで地球軍を大きく上回り、また地の利を得ていた事から欧州における戦役は泥沼化したまま長く続く事となった。

 

 このような事情がある為、地球連合軍は二度と欧州で反乱の目が起きないように徹底的な掃滅が必要と考えたのである。

 

 その結果、起こったのがCE77の欧州大虐殺である。

 

 戦後、大西洋連邦の崩壊に伴い、一時的に欧州はユーラシア連邦の管轄下に置かれていたが、そのユーラシア連邦も、戦時中の戦費増大と賠償金問題に耐えかねて利権を放棄した事から、その後は特定の政体を持たない中立自治区のような様相になっていた。

 

 中立自治区と言っても、中心組織を持たない事実上の無政府地帯である。

 

 そのせいもあるのだろうが欧州一帯は、一部では犯罪者の潜伏先としても大いに活用され、治安の低下は目を覆いたくなるほどであった。

 

 戦後、早くから復興支援が開始されたスカンジナビアは、それでもまだ比較的平和の内にあったが、欧州本土の治安は目を覆いたくなるレベルにまで低下していた。

 

 カーディナル戦役における講和条約の結果、この地域には共和連合、地球連合共に戦力を駐留させる事ができない事も、治安の低下を助長していたのだ。

 

 見捨てられた地。

 

 欧州に残って生活する者達は、自分達の済む場所に最大限の皮肉を込めて、そう告げていた。

 

 しかし近年、欧州で活動をする者達がいる事は、密かな噂となって世界中に伝わっていた。

 

 その者達は国家ではなく、また公式には武装勢力でもない。

 

 故に共和連合にも地球連合にも属さない事から、大手を振って欧州で活動できる訳である。

 

 彼等は、戦乱とその後に続いた犯罪者の跳梁によって荒廃した欧州の人民を救済し、更には困窮した生活を送る欧州住人に対して大々的な施しをして回っていた。

 

 彼等の名は「ユニウス教団」

 

 長く続く戦乱の世を憂い「今こそ唯一神の威光でもって人々を救済する」と言う教義を謳う者達である。

 

「本日この場に集まりし、崇高なる思いを持つ者達よ」

 

 壇上に立った男は、両手を大仰に広げながら、そのように話し始める。

 

 50代程と思われる大柄の男は、純白のゆったりとした服装に大きな帽子をかぶった出で立ちで、どこか浮世離れしたような印象がある。

 

 髭の下から向けられる微笑は、常に優しさを象徴するように湛えられていた。

 

 ユニウス教団教主アーガス。それが男の名前である。

 

「皆はこれまで、多くの困難に直面し、そして大切な物を奪われ続けてきた。戦争で、犯罪で、困窮で、病で。それはとても悲しい事である」

 

 話を聞き、中には泣き出してしまう者達までいる。

 

 欧州に住む者達にとって、死とは常に自分と隣り合わせにあり続けて来た物なのだ。

 

 カーディナル戦役における大量虐殺を生き延びた後も、様々な困難が人々を襲い、その度に尊い命が奪われていった。

 

 暗く寒い、闇の道を歩き続けた彼等にとって光とは、手を伸ばしても決して届く事に無い幻想のような物だった。

 

 そんな彼等にとって、ユニウス教団はまさに救いと言って良かった。

 

 ユニウス教団は独自の警備組織を有しており、欧州で活動を開始すると同時に、潜伏しているテロリストや犯罪者のアジトを捜索、その大半を壊滅させていったのだ。

 

 人々の支持がユニウス教団に集まるのは、自然の流れと言える。それは、目の前に集まった数万に達するほどの民衆を見れば明らかだった。

 

 感謝、崇拝、陶酔。

 

 男を見上げる人々は誰もが、壇上で演説を振るう男に心酔しきっていた。

 

「しかし、それももう終わりだ。皆の献身的な努力を持って、この欧州は立派に立ち直った。今日この日は、欧州に住まう全ての人々にとって、奇跡を目撃した記念すべき日となったのだ」

 

 もう、欧州は犯罪者によって荒される事は無い。

 

 そしてそれを成す事ができたのは、ユニウス教団の威光あったればこそだった。

 

「地球連合はかつて、この欧州に殺戮の嵐を振りました。諸君らの父を、母を、恋人を、息子を、娘を理不尽な理由で奪って行った。そして勝者となった共和連合もしかり。地獄の中で苦しむ諸君たちを見捨てて、自分達の繁栄のみを貪った。これらは許されざる事だ!!」

 

 アーガスの言葉に、人々から同調する声が上がる。

 

 誰もが、地球連合と共和連合、双方に対する憎しみを募らせていたのだ。

 

「故に我等は、我等自身の足で立ち上がり、我等自身の手で道を切り開く事を選び、それを成し遂げたのだッ 我々はもはや、誰の助けもいらない。自分達だけの力で、自分達が生きる世界を選び取る事ができるのだ!!」

 

 大歓声が巻き起こる。

 

 誰もが酔っていた。

 

 自分達自身に、

 

 自分達が住むべき世界に、

 

 そしてユニウス教団の存在に。

 

 大観衆の声は、まるで津波のような勢いでアーガスに向けられる。

 

 質量を伴っているかのような大歓声を前に、アーガスもまた満足したように頷く。

 

 アーガスは僅かに後ろを振り返ると、場所を譲るように横に移動する。

 

 すると、

 

 アーガスの大柄な体に隠れるように、その後ろに立っていた人物が、替わって前に出た。

 

 アーガスと違い、かなり小柄な人物である。

 

 顔の上半分だけを仮面で覆っている為、表情を窺い知る事はできない。短く切り揃えた美しい金髪や、僅かに見える白い肌、細いあごのラインを見れば、年若い少女のような印象を受ける。

 

 聖女

 

 本名は知らない。

 

 ただ、人々からはそう呼ばれている、教団の象徴的な人物である。

 

「絶望を打ち払った皆さん・・・・・・」

 

 聖女は良く通る、涼しげな声で語り始めた。

 

「私達は、常にあなた方と共にあります。あなた方の苦しみは私達の苦しみであり、あなた方の喜びは私達の喜びでもあります。共に歩み続けて行きましょう。いつか、世界中が私達と共にあり、平和を掴むその日まで」

 

 次の瞬間、今までにないくらいの大歓声に包みこまれた。

 

 聖女と呼ばれる、この少女の存在は、ある意味教祖アーガスよりも人々にとっての希望となっている。その事を象徴する光景がそこにあった。

 

 ユニウス教団。

 

 戦後、あらゆる艱難辛苦に苛まれ、闇の中を歩き続けてきた欧州の人々にとって、その存在は紛う事無き希望の光に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港の中で、戦艦大和は艦首と艦尾の補助スラスターを吹かしながら、ゆっくりと回頭していく。

 

 なけなしの物資搬入を終え、これから大和は北米大陸目指して出航する事になる。

 

 目標は北米に展開する友軍の支援。

 

 しかし、何もかもが足りない中での出撃である。

 

 物資、人員、そして機体。

 

 オーブ本国への増援要請は出してあるが、それを待っている余裕も無い、慌ただしい出撃である。

 

 徐々に回転していく風景を眺めながら、シュウジはリィスとのやり取りを思い出していた。

 

 彼女に言われるまでも無く、自分の決断が無謀の塊である事をシュウジは理解している。

 

 しかし、戦力不足である現状は如何ともしがたい。それでいて、時間が待ってくれないであろう事も、シュウジは理解していた。

 

 当面の主敵となる北米統一戦線は勿論、より強大な敵として控えている北米解放軍の存在もある。

 

 正直、これらと戦っていくうえで、大和の戦力が少なすぎる事は否めなかった。

 

 戦艦1隻とモビルスーツ4機だけで戦うには、相手の戦力は強大すぎる。

 

 しかし、

 

「・・・・・・やってみるさ」

 

 低く囁かれたシュウジの言葉に、気負いは全くない。

 

 自身の積み上げてきた実績と経験、クルー達の練度、兵器の性能。そして何より、パイロット達への信頼。それら全てが、シュウジにとって最大の武器だった。

 

「艦長、出航準備完了しました。いつでも出れます」

 

 オペレーターが報告してくる。

 

 見れば、ブリッジの一同もまた、揃ってシュウジに振り返り命令を待っている。

 

 シュウジは頷くと、立ち上がってマイクを取った。

 

「艦長より、総員へ達す。本艦はこれより、北米大陸へ向けて出撃する。諸君の中には強大な敵勢力と対峙するに当たり、恐怖を覚える者もいるだろう。道は険しく、また先を見通す事も出来ない。しかし、テロリストを放置すれば、いずれその災禍はオーブにも及ぶ事になるのは疑いない事である。よって、本職は諸君にお願いする。どうか恐怖を乗り越え、己の本分を尽くして戦ってほしい。道は必ず、我々の前に開ける。我々の大切な人達を守る為に、この大和と共に戦ってほしい。以上だ」

 

 マイクを置くと、シュウジはシュウジに向き直った。

 

「補助スラスター点火。微速前進」

「了解、補助スラスター点火。大和、微速前進」

 

 かすかな振動と共に、巨艦が前へと進みだす。

 

 シュウジは前方に視線を向け、鋭い眼差しで、これから自分達が進む事になる海原を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 前へと進み始めた大和の展望室に立ち、ヒカルは遠ざかっていくハワイの光景をじっと眺めていた。

 

 昨日までの事が、まるで嘘のようだ。

 

 いつものように学校に行き、友達と馬鹿騒ぎをしながら授業を受け、そして帰りに少し遊んでから帰る。

 

 そんな当たり前だと思っていた日常は、ほんの一瞬で崩されてしまった。

 

 そして、他でもない、その日常を壊した張本人は、

 

「レミル・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、親友の名を呟く。

 

 このような事態になった今でも、ヒカルはまだレミルを親友だと思っている。

 

 なぜ、あいつがこんな事をしたのか? 本当にテロリストなのか?

 

 それらを確かめない事には、どうしても気が済まなかった。

 

 けど、

 

 ヒカルは、己の中に一抹の不安が芽生えている事を自覚していた。

 

 会って、話して、そしてそれからどうする?

 

 今さら、レミル(レミリア)がテロリストであったと言う事実は消えない。それは何より、ヒカル自身が目の当たりにした事実によって証明されてしまっている。

 

 テロリストは許す事はできない。

 

 だが、レミル(レミリア)と対峙した時、果たして自分は引き金を引く事ができるだろうか?

 

 ヒカルにはまだ、その答えが出せないでいた。

 

 

 

 

 

PHASE-05「迷走の眼差し」      終わり

 



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PHASE-06「鏡の中の少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米大陸北部都市ジュノー

 

 太平洋に面したこの都市は、CE78に起こった武装組織エンドレスの手による北米同時多発核攻撃の標的からも外れていた為、かろうじて往年の姿を留め続けている数少ない北米都市である。

 

 かつて高度な経済成長で発展し、旧世紀にはオリンピックの会場にもなった大都市の面影はなく、大西洋連邦が崩壊した現在、ただうら寂れた田舎都市と言った風情を醸し出し、失われたかつての栄華をしのばせているのみである。

 

 北米に展開するザフト軍は、ここに監視用の大規模な拠点を置いていた。

 

 北米統一戦線がアラスカ一帯で活動を開始してから、同組織によるものと思われるテロ行為が、北米北部を中心にして頻繁に確認されている。

 

 この事を憂慮したプラント政府は、統一戦線を封じ込めるために、ジュノーに大規模な軍事拠点を設け、テロ行為に対する抑えとしたわけである。

 

 しかし元々、北米統一戦線は少数勢力であり、活動自体もあまり活発とは言えない。

 

 どちらかと言えば、南部の北米解放軍の方が脅威であるとする考えがザフト軍内部では多数を占めている関係から、戦力や軍事費も南部に優先的に送られ、ジュノー基地に置かれた戦力もそれほど多くは無かった。

 

 それでもザフト軍は、ゲルググ・ヴェステージ、ザク・ウォーリア、グフ・イグナイテッドと言った伝統ある機体の新型をこの基地に配備し、北方への守りを強化している。

 

 テロリストは沈黙しているからと言って安心はできない。むしろ沈黙は不気味な存在感を醸し出す事になる。

 

 現につい先日も、ハワイ基地を統一戦線の部隊が強襲したと言うニュースはジュノーにも届いている。それを考えれば、手放しに安心はできなかった。

 

 今日も、哨戒用の機体が出撃していくのが見える。

 

 背部のフライトユニットを広げたグフ2機が、滑走路を滑るように加速しながら、揚力を受けて徐々に舞い上がっていく。

 

 いつも通りの定時パトロール。

 

 アラスカ近辺に目を光らせ、異常がない事を確認する任務である。

 

 いつもと何も変わらない光景がそこにはあった。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突如、飛行を開始したグフの正面から、鋭い閃光が射かけられた。

 

 回避する暇は、無い。

 

 真正面からビームの直撃を受けたグフが、炎を上げて吹き飛ばされる。

 

 基地全体に吹き付ける熱風。

 

 誰もが唖然とする中、

 

 禍々しくも美しいモビルスーツが、大気を切り裂くようにして飛翔してきた。

 

 背中に負った炎の翼をいっぱいに広げると、トップスピードまで一気に加速、基地上空へと斬り込んで行くモビルスーツ。

 

 速い。

 

 その速度を前に、ザフト軍の警戒機は一切反応が追いつかない。

 

 どんな機体であろうとも再現不可能な機動力を前に、ザフト軍の防衛ラインは一瞬で突破された。

 

 基地上空に占位するモビルスーツ。

 

 その全砲門が一斉に開放される。

 

 放たれる二桁に上る閃光は、直撃する度に基地施設をところ構わず破壊し、炎を巻き上げていく。

 

 巻き上がる炎が、天を覆わんばかりに吹き上がる。

 

 まさに、悪夢の如き光景だった。

 

 戦闘開始から僅か5分。

 

 たったそれだけの間に、ジュノー基地は壊滅的な損害を被ったのだ。それも、たった1機のモビルスーツによって。

 

 その頃になって、ようやく体勢を立て直したザフト軍の機体が、不埒な襲撃者を討ち取ろうと向かってくるのが見える。

 

 接近しながら火器を振り上げるザフト軍機。

 

 しかし、放たれた閃光は、その全てがすり抜けるかのように目標の機体を捉える事は無かった。

 

 恐るべき機動性と言うべきか?

 

 否、よく見れば機体がブレるように、いくつもの虚像を生み出しているのが見える。視覚とセンサーを攪乱し、照準を無効化する機能が搭載されているのだ。

 

 焦ったように放たれる砲撃も、モビルスーツを捉える事は無い。複数の虚像を前に、ザフト兵達はどれが本物なのか見分けがつかないのだ。

 

 分身残像機能の強化版であるが、その虚像の完成度は、過去の装備機に比べて格段に向上している。それ故、ザフト軍はどれが本物なのか見分けがつかなくなっていた。

 

 その間にモビルスーツは、腰から対艦刀を抜き放って斬り込んで行く。

 

 対艦刀と言えば、長い物で15メートル。更に巨大になると20メートルクラスの物もあると言うが、そのモビルスーツが双剣のように両手に構えた剣は、それよりも短く、恐らく12メートルクラスと思われた。威力を若干落としても、取り回しを重視したタイプである。

 

 放たれるザフト軍の攻撃を、持ち前の機動力と虚像を織り交ぜた動きで回避、一気に剣の間合いに持ち込む。

 

 閃光が数度、縦横に瞬いた。

 

 次の瞬間、複数の機体が刃によって切り裂かれ、爆散する。

 

 炎を背に、禍々しい翼を広げ、手にした剣を振るう機体。

 

 その姿は、正に現代によみがえった魔王、とでも称するべき物だろう。

 

 圧倒的な性能差の前に、誰も太刀打ちする事ができない。

 

 ザフト軍機の中で無事な機体が無くなるまで、そう時間はかからなかった。

 

 ジュノー基地は完全に炎に包まれ、周囲にはモビルスーツの残骸が散乱している。

 

 少なくとも当面は、この基地が何の脅威にもなり得ない事は明白だった。

 

 立ち上る炎の忠臣に立つ、翼を持った機体。

 

 それは先日、ハワイから強奪されたスパイラルデスティニーだった。

 

「こちらレミル。任務完了。これより帰投します」

 

 レミリアはマイクに向かってそう告げると、炎を上げる空にスパイラルデスティニーを飛び立たせた。

 

 

 

 

 

 スパイラルデスティニーの奪取は、北米統一戦線にとって大きな転機となった事は間違いない。

 

 それまでの統一戦線の活動と言えば、少数戦力を散発的に繰り出した上でのゲリラ戦を行う事がせいぜいだった。

 

 彼等が所有する主力機動兵器ジェガンは、地球軍内では伝統的だったダガー系列に連なる優秀な機体であり、共和連合軍の主力機と対峙しても互角以上に戦えるとされている。事実、モビルスーツ隊隊長であるクルト・カーマイン少佐は、ジェガン操縦中に3機のザフト軍機に囲まれたが、2機を撃墜して離脱する事に成功した事もあった。

 

 ジェガンそれ自体は、特機にも匹敵する性能を持った機体である事は間違いないが、絶対数の少なさが完全に泣き所であった。

 

 元々、北米解放軍に比べて、後発組織である統一戦線の戦力は少ない。その為、パイロット適性のあるメンバーも限られてくる。

 

 更に言えば、ジェガン自体が大変高価な機体である事も影響していた。

 

 素体のままでも飛行型機動兵器に迫る機動力に加えて、戦場を選ばない武装選択、更にPS装甲やストライカーパック用のコネクトまで備えている。

 

 一応、統一戦線の背後にもバックアップとなる組織は存在しているらしいが、それでもこれ程の高性能機を取りそろえる事は簡単な話ではない。

 

 そのような諸事情により、折角の高性能機動兵器も必要な数をそろえる事ができず、その余波を受けて北米統一戦線の活動も小規模にならざるを得なかったと言う訳である。

 

 しかし、それも昨日までの話である。

 

 共和連合が威信にかけて開発した新型機動兵器。

 

 1機で1軍を壊滅させる事も不可能ではない性能。

 

 スパイラルデスティニーの存在そのものが、北米におけるパワーバランスを崩し、それまで小規模な抵抗運動しかできなかった統一戦線が、積極的な軍事行動に出る事もできるようになった訳である。

 

 今回の作戦は、北部における共和連合軍最大の拠点であるジュノーを壊滅させる事にあった。

 

 しかし。実はこれは囮である。

 

 同時並行で行われた作戦により、北米統一戦線は北部の穀倉地帯を確保。長期自給体制の確立を行う事に成功したのである。

 

 ゲリラ組織にとっても、自前の補給地帯がない事は致命傷である。その為、足場を固める意味でも穀倉地帯の確保は重要だった。

 

 北米統一戦線の補給ルートは、寒冷地であるアラスカは北部にある関係で必ずしも豊かであるとは言い難い。

 

 それでも、カーディナル戦役において主要都市の大半が壊滅した事で情報の統制も破たんした事から、テロリストの潜伏先としては最適だったのだが、補給の目途が立たない事には、早晩断ち枯れるのは目に見えていた。

 

 しかし、今回の作戦成功により、北米統一戦線は長期自給体制の確保に成功したわけである。

 

 そんなわけで、作戦を成功させて基地へと帰還したレミリアは、スパイラルデスティニーをハンガーに駐機してから地面に降り立つと、それを待っていたように周囲から歓声の嵐が沸き起こった。

 

「よくやったぜ、レミル!!」

「流石だよ、われらのエース!!」

「また頼むぜ!!」

 

 もてはやす声に、レミリアは手を上げて笑顔で答える。

 

 彼等はレミリアにとって、掛け替えの無い仲間達であり、共に戦い続けてきた戦友である。その仲間達の喜ぶ顔が見れるのは、レミリアとしても嬉しい事である。

 

 勿論、今までの戦いでは多くの仲間を失ってきた。守れなかった仲間も数多い。故にこそ、今生き残っている者達は皆、レミリアにとって大切な存在だった。

 

 その時、

 

「レミル!!」

 

 男達をかき分けるようにして、女性が声を上げて走ってくるのが見えた。

 

 やや背の高い、短く切った金色の髪の女性である。よく見れば、顔立ちがどこか、レミリアに似ているような気がする。

 

 その女性の姿を見て、レミリアは顔を綻ばせた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 駆け寄ってきた女性に、笑顔を向ける。

 

 一方で、レミリアから姉と呼ばれた女性は、少し困ったような顔でレミリアの両肩に手を置いた。

 

「どこか、具合悪くない? 怪我とかは、えっと・・・・・・」

 

 忙しなくレミリアの体をチェックする女性を見て、当のレミリアは苦笑とも微笑ともつかない笑いを向けた。

 

「大丈夫。この通り、ボクは無事だから」

 

 イリア・バニッシュ

 

 北米統一戦線の兵士の1人であり、両親を過去に失ったレミリアにとってはたった1人残った姉でもある。

 

 髪はレミリアと違い、ベリーショートに短く刈っており、どちらかと言えば小柄なレミリアと比べると、背も体付きも大人びている印象がある。

 

「だから言っただろ。そいつの力なら大丈夫だってよ」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 呆れ気味に言いながら肩を竦めて見せたのは、イリアの背後からやって来たクルトだった。

 

 今回の作戦、発案から実行まで指揮を取ったのはクルトである。スパイラルデスティニーの性能とレミリアの実力をもってすれば作戦の成功は充分に可能であると判断した上での実行であった。

 

 結果は、クルトの判断は正しかった事になる。北米統一戦線は貴重な補給源を手に入れ、陽動を行ったレミリア自身も無事に帰還したのだから。

 

 しかし、実施前の段階でイリアから猛烈な反対があった事は言うまでもない。イリアとしては、そんな危険な任務に大切な妹を1人で行かせる事に、不安を感じていたのだ。

 

 下手をすると、スパイラルデスティニーは撃墜され、レミリアが戦死、もしくは捕虜になってしまう可能性もあったのだから。

 

 敵に捕まった女性兵士の末路は悲惨である。

 

 およそ、女に生まれて来た事を後悔する程、筆舌に尽くしがたい凌辱に晒される事になる。大抵の者が自殺するか廃人になる科の二者択一である。

 

 ただ処刑されるだけなら、まだマシなくらいだった。その事を思えば、イリアの心配も的を射た物であると言える。

 

 しかしレミリアは成し遂げ、ふたたびイリアの前へと戻ってきた。

 

「とにかく、よくやってくれた」

「はい、隊長」

 

 そう言ってレミリアは、クルトに対して敬礼をする。

 

 今回の作戦は特に、スパイラルデスティニーの性能をテストする意味合いもあったのだが、その試みは充分に達成されたと言える。

 

 1機で敵基地を壊滅させる事ができたのは上々だった。

 

「さ、レミル。疲れたでしょ。こっち来て休みましょう」

 

 そう言うと、イリスはレミリアの肩を抱くようにして、彼女を宿舎のある方へと誘って行った。

 

 

 

 

 

 レミリアはパイロットスーツを脱ぎ、部屋の中で下着姿となる。

 

 あらかじめ、部屋の窓はスモークで目張りし、更に厳重にカーテンも引いている為、外から覗かれる心配はない。

 

 そっと、胸を覆っていた布を取り去る。

 

 すると、それまで押さえつけられていた2つの膨らみが、若干の質量を伴って解き放たれる。

 

 途端に、レミリアの中で僅かな解放感が解き放たれる。

 

「・・・・・・・・・・・・また、少し大きくなったかな?」

 

 年相応に膨らんだ胸を見ながら、そんな風に呟きを漏らす。

 

 普段は厳重にサラシを撒いている為に判り辛いが、それでも成長に伴って大きさを増した胸は、その頂を僅かに上向かせながら、確かな存在感となってレミリアに自己主張していた。

 

 北米統一戦線に入隊する際、自らを男であると偽ったレミリア。

 

 そのレミリアの性別に関しては、未だに大半の人間は気付いていない。

 

 姉であるイリスと隊長のクルト、そして幼馴染のアステルのみ。あとは皆、レミリア・バニッシュの事を「レミル・ニーシュ」と言う少年だと思っている。

 

 これはイリアの意見でもある。もし女と判れば、どんな災厄が降りかかるか判らない。ならば予め男と言う事にしておけば、そう言ったリスクも減らせると考えたのだ。

 

 クルトとアステルは元々知り合いであり、事情を話すと快く引き受けてくれた。

 

 レミリアの性別が今まで周囲にばれなかったのは、クルトとアステルが協力してくれた事も大きい。特に、モビルスーツ隊長として周囲から一目も二目も置かれているクルトが味方をしてくれることは、この上なく頼もしかった。彼等のおかげで窮地を逃れられた事も一度や二度ではなかった。

 

 加えて、幸いな事に北米解放戦線の兵士達は皆、気の良い連中ばかりであった事も大きかった。自分達の立場故か、誰もが他人の事に深く踏み込まないようにしている。その為、その輪の中にレミリアも普通に入って行く事ができた訳である。

 

 とは言え、入隊当時はまだそれほどの大きさではなかった胸が、こうして目に見えて膨らみ始めている事から考えて、これからも今まで通りに隠し通す事ができると言う保証は無かった。

 

 それに、

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、名前を呼ぶ。

 

 ハワイの士官学校で、相棒とも呼ぶべき関係にあった親友の少年。彼もまた、レミリアの事を未だに男だと思っているだろう。

 

 別れる際に一瞬、切り裂かれた胸元を見られてはいるが、恐らく気付かれてはいないだろうと思っている。

 

 彼はきっと、自分を恨んでいるだろう

 

 どこまでもまっすぐで、いっそ不器用なくらい頑固な性格を持った少年。

 

 そんな彼の性格を、レミリア自身は決して嫌ってはいなかった。

 

 自分の立場故にヒカルを騙してしまった事について、レミリアの中で、一つの大きな後悔となって残っていた。

 

 ヒカルの友情、ヒカルの信頼、ヒカルの想い。

 

 その全てを、レミリアは踏み躙ってしまったのだ。

 

 そっと、自分の胸に手を当てる。

 

 ヒカルの事を思い出すだけで、レミリアは自分が平静ではいられない事を自覚せざるを得なかった。

 

 自分はテロリスト。彼は共和連合の士官候補生。初めから立場は真逆の存在であったが故に湧き上がる後悔に、レミリアは苛まれていた。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・もう、終わった事だよね」

 

 そっと、自分に言い聞かせるように囁く。それが欺瞞であるとわかっていても、レミリアはそうせずにはいられなかった。

 

 もうヒカルに会う事は無い。これから先、自分は北米が統一されるその日まで、兵士として戦い続けて行く事になる。

 

 そんな自分がヒカルに会う資格なんて、ある訳が無かった。

 

 否、そう割り切らなければレミリア自身、これからも続く事になる戦いに生き残っていく自信が持てないのだ。

 

 しかしそれでも、胸の内から沸き起こる虚無感だけは、どうしてもごまかしようが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元来、ヒカル・ヒビキはアクティブな性格である。

 

 ジッとして時間を過ごすと言う事には耐えられるようにできておらず、暇があれば体を動かしていたいと言う欲求が強くなる。

 

 そうした性格が幸いし、士官学校ではそれなりに優秀な成績だったのだ。元々、知能は人よりも高い方なので、学業の方もそれなりの高さをキープしてはいたが、そうでなければ前述の性格の事もあり落第判定を喰らっていた可能性もある。

 

 因みに相棒のレミル・ニーシュ(レミリア)は身体能力の高さもある事ながら、学力においても優秀な成績であり、学年トップの成績を誇っていた。

 

 そんな訳であるから、ヒカルは現在、ひどく退屈な状況に放り込まれていた。

 

「・・・・・・・・・・・・暇だな」

「・・・・・・・・・・・・そだね」

 

 同調するように返事を返したのは、幼馴染のカノン・シュナイゼルだった。彼女もまた、関係者の1人と言う事で大和に同乗していた。

 

 電極に例えればプラス同士の2人。この持て余し気味の状況に対して、今にも爆発しそうな不満を内にため込んでいた。

 

 ここは既に敵の勢力圏。いつ敵襲を受けてもおかしくはない状況である為、パイロット各位には待機が命じられている。

 

 同じく、パイロットでは無い物の、やはりする事が無くて暇なカノンも含めて、無聊を囲っている訳である。

 

「はあ・・・・・・」

 

 そんな状況で、カノンは大きくため息を漏らした。

 

「パパとママ・・・・・・きっと心配してるんだろうな・・・・・・」

 

 カノンの両親も昔、軍にいてヒカルの両親とは戦友だったらしい。今は2人とも退役し、オーブ本島で喫茶店を経営している。

 

 2人ともカノンを目の中に入れても痛くないくらいに溺愛している為、巻き込まれる形で戦場に行く事になったカノンを心配しているであろう事は想像に難くなかった。

 

 一応、軍の方から説明に行ってくれるとの事だが、カノンとしては落ち着いたら、どうにかして自分から連絡を入れたいと考えていた。

 

「そうだよな。2人とも、結構心配性だったから」

 

 ヒカルもまた、カノンの言葉に同調するように頷く。

 

 幼馴染の関係でヒカルもカノンの両親とは面識がある。その為、2人が今頃、カノンの事で機を病んでいる事は想像できた。

 

 と、

 

「あ・・・・・・ごめん、ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 ある事に気付いて、カノンは慌てて口に手を当てた。

 

 その仕草が可笑しくて、ヒカルはつい、吹きだしてしまった。

 

「おいおい、今さらだろ。それに、いつも言ってるだろ。気にしてないって」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 あっけらかんと笑うヒカルに対して、カノンは尚もばつが悪そうに恐縮している。

 

 カノンが恐縮している理由。それは、カノンが両親の話を切り出したからに他ならなった。

 

 ヒカルとリィスの両親は、5年前に他界していた。

 

 乗っていた飛行機が太平洋上に墜落した事が原因だった。現場の海域は当時、台風の影響で大荒れになっていた為、1週間後にようやく派遣された救助隊が発見したのは、辛うじてそれと判る、飛行機の破片のみだったと言う。

 

 妹も、その数年前に他界している。

 

 その為、ヒカルにとって家族と呼べる存在は、もはや姉のリィスだけだった。

 

 もっとも、両親の死後、リィスは親代わりとなって一生懸命にヒカルを育ててくれたし、カノンの両親を始め、周囲の人間は皆ヒカルの事を気に掛けてくれた為、今日までヒカルは性格的にねじれる事も無くやって来れたわけである。

 

「今度オーブに帰ったら、俺も挨拶に行くよ。久々に、おじさんが焼いたケーキも食いたいし」

「ヒカル、パパが焼いたケーキ好きだもんね」

 

 話していて少し気分が紛れたのか、2人はそう言って笑いあう。

 

 何にしても、未来に目標を持つ事は良い事である。戦場では、ほんの少しの気分の差が生死を分ける事がある。その為には未来を見据え、そこを目指して全力で駆ける事も、生存率向上に貢献する事になる。

 

 大和は現在、北米大陸を目指して北上している。

 

 元々が高速戦艦として設計されただけの事はあり、大和の速力は各国の最新鋭戦艦と比べてもかなりの速さである。

 

 ハワイを出航してから3日。本来なら既に北米大陸の海岸線に到達していても良い頃合なのだが、大和は未だに広い海原を航行している最中であった。

 

 比較的速力を押さえて水上航行している事も原因ではあるが、どちらかと言えばそれ以外の要因の方が大きかったと言える。

 

 艦長のシュウジとしては、北米の敵組織が大和の動きを警戒して待ち構えている事を危惧したのである。

 

 いかに大和が最強の戦艦であっても、大兵力を相手にするには戦力的に心もとない。使用可能な機動兵器がセレスティとリアディス・アイン、そしてイザヨイが2機しかない状態で、正面から挑んで行くのは無謀の極みであった。

 

 そこでシュウジは、韜晦運動を行って偽装航路を使う事にした。

 

 大和はハワイ出航後、いったん進路を南に取り、約24時間に渡って航行を続けた後、改めて針路を北に向けたのである。

 

 大和の動きを監視しているであろう敵に、「大和はオーブ本国に退避した」と錯覚させる事が狙いだった。

 

 その狙いは的中したらしい。

 

 ハワイを出航して以来、しつこいように大和に付きまとっていた潜水艦の反応があったが、暫くすると、諦めたように反応が無くなったのだ。

 

 その報告を受けてシュウジは、敵のマークを外す事に成功したと判断し、改めて大和の艦首を北へと向けたのだった。

 

 

 

 

 

 しかし、

 

 その大和の動きを、海中から光る眼が監視している事には、この時まだ、誰も気付いていなかった。

 

「・・・・・・共和連合軍の最新鋭戦艦か。計画していた新型機を搭載して北米へ向かっている最中だろうな」

 

 オーギュスト・ヴィランは潜望鏡に映る巨艦を眺めながら呟きを漏らす。

 

 北米統一戦線が3日前にハワイを強襲した事は、オーギュストも掴んでいる。しかしまさか、こんな場所で共和連合軍の最新鋭戦艦に出くわすとは思わなかった。

 

「どうするの、オーギュスト?」

「無論、叩く」

 

 尋ねる副官の女性に対して、オーギュストは躊躇う事無く返事を返した。

 

 ここで共和連合軍の最新鋭戦艦を撃沈する事は、自分達にとって大きな宣伝材料となるだろう。そうなれば、多くの資金援助を受け、更に活動を活発化させる事も不可能ではない。

 

 遭遇は突発的な物である為、戦力的には厳しい物がある。

 

 しかし、それは戦力の運用次第でいくらでも挽回は可能であると判断できる。

 

「モビルスーツ隊発進準備ッ 目標、共和連合軍の大型戦艦。浮上と同時に発進を開始せよッ!!」

 

 オーギュストの命令を受けて、艦内が慌ただしく動き出す。

 

 タンクから排水が始まり、船体が持ち上がっていく。それと同時に、格納庫では次々と、機体の発進準備が進められていった。

 

 

 

 

 

 その反応が突如として現れた瞬間、オペレーターは驚愕に満ちた表情で艦長席を見上げた。

 

「海上にモビルスーツ反応多数ッ 本艦に向けて急速接近中!!」

 

 その報告を受けて、艦長席のシュウジは僅かに目を細める。

 

 敵の目を晦ます為に偽装航路を使ったが、結局のところ捕捉されてしまったのかもしれない。そう感じたのだ。

 

「・・・・・・全艦、第1戦闘配備。モビルスーツ隊発進準備、離水、並びに敵の識別急げ」

「ハッ」

 

 シュウジの指示を受け、俄かに動き出す大和の艦内。

 

 程無く、解析を終えたオペレーターが顔を上げてシュウジを見た。

 

「敵識別完了ッ これは・・・・・・」

 

 自身の解析結果を受けて、オペレーターは驚愕の表情を顔に張り付けた。

 

「敵は統一戦線ではありませんッ 北米解放軍です!!」

 

 

 

 

 

PHASE-06「鏡の中の少女」      終わり

 




《人物設定》

イリア・バニッシュ
ナチュラル
23歳      女

備考
レミリアの姉で、北米統一戦線に所属する戦士。性格はやや過保護で、いつも危険な任務に駆り出される妹を心配している。砲撃戦型の機体を好み、戦場では主に支援砲撃を担当する。


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PHASE-07「英雄の面影」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コズミックイラ70

 

 地球連合軍によるプラントへの核攻撃、所謂「血のバレンタイン」を契機に勃発したヤキン・ドゥーエ戦役の最中、人類は初めて人型の巨大機動兵器、モビルスーツを目の当たりとする事となる。

 

 彗星のごとく登場し、全ての戦場を制したモビルスーツの存在は革命的と言って良かった。

 

 戦闘機並みの機動性、戦車を凌駕する装甲、戦艦に匹敵する火力。

 

 モビルスーツは正に、それまで主力を成してきたあらゆる機動兵器を凌駕し得る性能を持った次世代型の兵器であった。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の期間中だけで、実に多岐に渡る種類のモビルスーツが開発され、そして戦場の露と消えて行った。

 

 特に、戦争初期からモビルスーツの開発、運用を行っていたザフト軍は実に多種多様なモビルスーツを開発して戦場へ送り込む事で当初、戦局を優位に進めた。しかし、やがて地球軍も独自のモビルスーツを開発する事に成功し、両軍による激しいモビルスーツ開発合戦が繰り広げられ事になる。

 

 結果、中には原形を留めないまでに改造を施された機体も存在したくらいである。

 

 カーディナル戦役後、崩壊した大西洋連邦が開発、所有していたモビルスーツや、その他の兵器の大半は回収され破棄されたと言われている。

 

 しかし、それはあくまで表向きの事である。実際には多くの機体や戦艦が闇に隠匿され、北米解放軍の蜂起と同時に彼等の元へと流れたのだった。

 

 そして今、それらの戦力を駆使して膨張した北米解放軍は、同大陸における一大勢力となり、共和連合軍を相手に互角以上の武力闘争を行っている。

 

 彼等の目的は「一刻も早い北米の解放」である。その為ならあらゆる手段が肯定されるとし、時には形振り構わない行動に出る場合も少なくない。民間人殺傷を組織的に行った事も一度や二度ではなかった。

 

 同じ北米における反体制武装組織でありながら、北米統一戦線はあくまでも攻撃目標を共和連合軍所有の軍事施設に限定している関係から民間人に被害が出る事は少ない。それを鑑みれば、両者の違いは一目瞭然である。

 

 北米解放軍と北米統一戦線。目指すところは同じでありながら、その毛色は180度と称して良いくらい違っていた。

 

 そのような状況である為、オーギュスト・ヴィラン率いる解放軍部隊が大和を捕捉し攻撃を開始したのは、図った上での物ではなく偶発的な要素が大きかった。

 

 

 

 

 

 突如、群青の海面に白い泡が浮き立つ。

 

 視認した瞬間、それは致死の槍衾と化して迫ってきた。

 

「右舷90度より魚雷接近ッ 数6!!」

 

 オペレーターから悲鳴交じりの報告が齎される。

 

 水上航行する艦船にとって、最も脅威となる攻撃が魚雷である。

 

 魚雷の命中を許せば内部の機構やシステムを破壊されるだけにとどまらない。もっと恐ろしい被害、浸水を引き起こす事になる。

 

 浸水で艦内が浸されれば、当然艦は重くなって速力は低下するし、海水に浸かった計器は故障を起こす。更に片舷に集中して浸水が起これば最悪、船はバランスを崩して転覆してしまう恐れもあった。

 

 勿論、これらは命中すればの話である。

 

「回避、離水上昇急げ」

 

 シュウジの落ち着いた声が、大和の艦橋に響く。

 

 それを待っていたかのように、大和は推力を上げて長大な船体を水中に持ち上げた。

 

 水しぶきを上げて、長大な船体が空中に舞い上がる。

 

 こうなれば、水の中を疾走する事しかできない魚雷など何ほどの脅威にもならない。ただ空しく眼下を通り過ぎていくだけである。

 

「接近中の機影確認ッ ウィンダム3、グロリアス1ッ マーク10、ブラボー!!」

「更に水中から、フォビドゥンと思われる機影2ッ 急速接近中!!」

 

 魚雷の回避に成功した直後、オペレーターから次々と報告が齎される。

 

 ウィンダム、グロリアス、フォビドゥン。どれも旧大西洋連邦が開発し、今では北米解放軍が主力機にしている機動兵器である。

 

 武装換装型のウィンダムとグロリアスがジェットストライカー装備で空中から接近し、フォビドゥンの制式仕様型であるフォビドゥンヴォーテクスが、海中から大和を狙って接近してくる。

 

「モビルスーツ隊、発進準備どうか?」

「ヒビキ大尉以下3機、発進準備完了との事ッ ヒビキ准尉も既に搭乗機で待機。発進許可を待っています!!」

 

 シュウジの問いかけに、発進担当オペレーターが言葉を返す。

 

 ヒカルとリィス。どっちも姓が「ヒビキ」だから、階級付きで呼ばないと混乱してしまう。

 

「ただ、水中戦用装備は調整が間に合わなく、使用不可との事です。それに、ドライの方も・・・・・・」

「無い無い尽くしで戦争とは、泣けるな」

「戦争はいつだってそんな物だ」

 

 通信担当が思わず放ったのボヤキに、シュウジは低い声でたしなめる。

 

 いつだって、万全の状態で挑めることは少ない。

 

 足りない人員に足りない装備、お粗末な戦略になけなしの補給。それらを駆使して闘って行かなくてはいけない。そうでなくては生き残れないのだ。

 

「モビルスーツ隊発進ッ 迎撃開始!!」

 

 シュウジの命令と共に、大和は接近する北米解放軍を迎え撃つべく動き出した。

 

 

 

 

 

 ジェットストライカーを装備したグロリアスを駆って、オーギュストは部隊の先頭に立っている。

 

 カーディナル戦役時には地球軍の兵士として戦ったオーギュストにとって、グロリアスは慣れ親しんだ機体の1つである。

 

 既に実戦投入から20年以上が経過し4世代ほど前の機体ではあるが、中身は徹底的にブラッシュアップを施し、新型機と戦っても互角以上に戦えると言う自負があった。

 

 加えてオーギュスト自身が積み上げてきた、パイロットとしての経験もある。この二つの要素が合わされば、どんな敵が来ても勝つ自信があった。

 

 それに関しては、遼機を務めるウィンダムも同様である。彼等も、オーギュスト自身が信頼を置く部下達である。背中を任せるには充分な実力を備えていた。

 

 欲を言えば、対艦戦闘を行う事を考慮し、より高速で重武装を施す事ができるレイダーがあれば良かったのだが、さすがに急場の戦闘で無い物強請りは出来なかった。

 

《オーギュスト》

 

 大和を見据えて飛行するオーギュストの耳に、スピーカーから響くジーナ・エイフラムの声が聞こえてきた。

 

 ジーナは今、フォビドゥンを率いて水中から大和に向かっている筈である。

 

《第一波攻撃は失敗よ。魚雷は全弾はずれたわ》

「ダメだったか・・・・・・」

 

 ジーナの報告に、オーギュストはやや落胆した調子で答える。

 

 あわよくば先制の一撃で敵艦の足を止め、包囲した上で殲滅すると言う作戦を立てていたのだが、オーギュストの目論みはシュウジの機転によって回避されてしまった。

 

 オーギュストは歴戦の兵士かもしれないが、シュウジもまた、新鋭戦艦を任されるだけの実力を備えた艦長である。単調な攻撃を許すほど甘くはない。

 

「仕方がない、波状攻撃に切り替えるぞ。ジーナ、お前は海中から敵艦を攻撃してくれ。俺は敵の機動兵器を押さえる」

《了解!!》

 

 ジーナとの通信を終えた直後、大和のカタパルトからモビルスーツが発進する様子が見えた。

 

 先頭を進んでくるのは8枚の蒼翼を広げた機体と、水平スタビライザーの先端にブースターを装着した機体。セレスティと、イエーガーストライカーを装備したリアディス・アインだ。

 

 更にその後方からは、2機のイザヨイが戦闘機形態で続行しているのが見える。

 

 しかし、オーギュストの目はイザヨイには向けられていない。

 

「共和連合の新型かッ そんなオモチャで俺達を止められるとは思わない事だ!!」

 

 セレスティとリアディスを睨みつけて言い放つオーギュスト。同時にスラスター出力を上げて斬り込んで行く。

 

 オーギュストのグロリアスは、カーディナル戦役後、まだ国体が健在だったころの大西洋連邦が、僅かな戦力で国防を行うべく徹底的に機体性能の底上げを図った物である。その為、大戦中に開発された初期型よりも諸性能が向上していた。そこに加えて、技術向上に即したブラッシュアップも行っているのだから、その性能は折り紙つきであると言える。

 

 一方、迎え撃つヒカル達も、オーギュスト達の出方を伺って速度を上げる。

 

《いい、ヒカル。その装備は強力だけど、あんたの機体にはバッテリー限界があるってことを忘れないで。あまり派手な戦い方は避けてね!!》

「了解、判った!!」

 

 セレスティは今回、背部にはプラズマ砲を装備し、更に腰部にレールガンを装備した砲撃戦寄りの武装を装備している。

 

 F型と呼ばれるこの武装形態に換装したセレスティは、ちょうど初代フリーダムと似たような形である。

 

 しかし核動力だったフリーダムと違いセレスティにはバッテリー要領による活動限界が存在する為、歴代フリーダム級のような派手な戦い方はできないのが難点だった。

 

 散開するヒカル達。

 

 そこへ、北米解放軍の機体が突っ込んで来た。

 

 ウィンダムが2機、セレスティ目がけて向かってくる。

 

 手にしたビームライフルを放つウィンダム。

 

 2機がかりで速射を仕掛け、セレスティを追い込もうとしているようだ。 

 

 対してヒカルは、放たれたビームの内1発をアンチビームシールドで防ぎ、もう1発は蒼翼を羽ばたかせて回避した。

 

 閃光に追われるように、下方へと降下しながら攻撃を回避するセレスティ。

 

 同時に、背中のバラエーナ・プラズマ収束砲を展開。砲撃を仕掛ける。

 

 放たれた閃光はウィンダムが回避行動を取った事で、蒼空を駆け巡るだけにとどまる。

 

 その間に、翼下に搭載したミサイルを放ちながら、ウィンダムは高速で再接近を図ってくる。

 

「このッ こいつ!!」

 

 ヒカルは飛んでくるミサイルを回避。同時に体勢を立て直しつつビームライフルを構えて射線を取ろうとする。

 

 そこへ、ウィンダムはセレスティの動きを見透かしたように、翼下に搭載したミサイルを放ち、動きを封じ込めようとしてくる。

 

 しかし、

 

「やらせるかよ!!」

 

 ヒカルはセレスティ頭部の機関砲でミサイルを迎撃する。

 

 弾丸を弾頭部分に浴び、内部から弾け飛ぶミサイル。

 

 空中に拡散する爆炎。

 

 同時に、目の前で炎を見たウィンダム2機は一瞬の怯みを見せる。

 

 そこへ、

 

「もらったァ!!」

 

 動きを止めた敵に対して、ヒカルは斬り込んだ。

 

 8枚の蒼翼を広げて接近、同時に腰からビームサーベルを抜き放って横薙ぎに振るわれる一閃。

 

 居合いのような攻撃を前に、ウィンダムのパイロットは反応が追いつかない。

 

 光刃がウィンダムの左腕を斬り飛ばした。

 

 一瞬の攻撃を前に、ウィンダム2機は動きを鈍らせる。

 

「行ける!!」

 

 自身の攻撃に手ごたえを感じ、ヒカルは更に斬り込もうと、機体を振り返らせながらビームサーベルを構え直した。

 

 その時、

 

 突如、上方からセレスティの動きを遮るように、閃光が降り注ぐ。

 

「やらせはせんよッ それ以上はな!!」

 

 オーギュストのグロリアスは、仲間を守るようにしてヒカルの前へと立ちふさがる。

 

 ビームサーベルを抜き放って、斬りかかるグロリアス。

 

 対してヒカルは、辛うじて機体を後退させることでグロリアスの攻撃を回避する。

 

 セレスティの胸部装甲をかすめる光刃。

 

 しかし、

 

「それで逃げているつもりかッ!!」

 

 ぎこちない動きをするセレスティを嘲るようなオーギュストの言葉。

 

 次の瞬間、グロリアスの装備したジェットストライカーからミサイルが射出される。

 

 バランスを崩した状態のセレスティに、真っ向から迫ってくるミサイル。

 

「まずいッ!?」

 

 どうにか回避しようと、アクセルペダルを踏んでスラスターにエネルギーを叩きこむヒカル。

 

 しかし、遅い。

 

 間近に迫るミサイル。

 

 スラスターが噴射を開始した時には、既にミサイルは至近にまで迫っていた。

 

 命中すると思われた、しかし次の瞬間、セレスティを守るように放たれた閃光が、2基のミサイルを撃ち飛ばした。

 

《ヒカルッ!!》

 

 ビームライフルを構えたリィスのリアディス・アインが、グロリアスに向けて砲撃を仕掛けている。

 

 この奇襲攻撃を前にしては、さしものオーギュストもセレスティの攻撃を諦めて後退するしかなかった。

 

「リィス姉、悪い!!」

《油断しないでッ まだ来るから!!》

 

 言いながら、牽制の射撃を仕掛けるリィス。

 

 しかし、北米解放軍側の対応も素早い。

 

 すぐに3機のウィンダムが、リアディス・アインを取り囲むように動く。その中には、ヒカルの攻撃で腕を斬り飛ばされた機体もある。

 

 更に、そこへ体勢を立て直してオーギュストが、再度セレスティへ向かっていく。

 

《分断する気ね!?》

 

 リィスが敵の意図を察して動こうとするが、既に状況は手遅れに近い。

 

 攻撃を回避しながら向けた視線の先では、互いに剣と盾を構えて斬り結ぶ、セレスティとグロリアスの姿がある。

 

 弟を援護に行きたいが、今のリィスには敵を振り切る事ができない。

 

 ウィンダムはヒカル外相手にしていた2機に加えて、更にもう1機も加わってリアディスを包囲してきている。

 

 さしものリィスも、1対3では少々分が悪い。

 

 ジリジリとした焦燥感は、否が応でもリィスの中で増大し始めていた。

 

 

 

 

 

 戦況は刻々と、大和の艦橋にも齎されていた。

 

 しかし、それはどう考えても良好とはいえない状況だった。

 

「リアディス・アイン、敵に囲まれています!!」

「セレスティ、敵隊長機と交戦中!!」

 

 敵は自分達の長所を存分に活かした戦術で、こちらを翻弄している。

 

 機体の性能的には劣る北米解放軍だが、数の差で押しているのだ。

 

 実力が高いリィスには3機で掛かり、機体の性能が良くても実力が伴っていないヒカルには隊長機が張り付いている。

 

 このまま行けば、まずヒカルが撃墜される事になるだろう。

 

 そこへ更に、今度はリィスも危ない。いかに彼女でも、隊長機を含む4機に囲まれたら無事では済まない。

 

 そうして丸裸になった大和を、集中攻撃で沈めると言うのが敵指揮官の狙いであると思われた。

 

 大和は現在、2機のイザヨイがガードしているが、それでも防衛戦を突破されればどうなるか分からない。

 

「艦長、掩護射撃を!!」

 

 火器管制担当が堪らずに進言してくる。

 

 このままズルズルとじり貧に陥るよりも、艦砲で掩護して状況を打開すべきだった。

 

 しかし、敵と味方が入り乱れて戦っている状況である。掩護しようにも、戦艦の砲を撃てばヒカル達を巻き込んでしまう可能性もある。

 

 いっそのこと、直掩についているイザヨイを掩護に向かわせた方が良いか?

 

 そう思った時だった。

 

「敵、水中モビルスーツ、本艦の直下ッ 来ます!!」

 

 オペレーターが叫んだ瞬間、フォビドゥンヴォーテクス2機が水面から顔を出すと、カブトガニのようなリフターの先端部分に備え付けたフォノンメーザー砲で砲撃を仕掛けてきた。

 

 この攻撃を前に、大和の方では一瞬対応が遅れる。空中の戦闘にばかり気が取られていて、足元が完全に疎かになっていたのだ。

 

 狙われたのは、空中警戒をしていたイザヨイ2機。

 

 ほぼ奇襲に近い攻撃に、精鋭の特殊部隊員と言えども回避が追いつかない。

 

 吹き上げるような閃光の直撃を食らい、イザヨイは爆炎を上げて吹き飛ばされてしまった。

 

「イザヨイ、フジワラ機、イシイ機、シグナルロスト!!」

 

 オペレーターの悲痛な叫びが、ブリッジ内にこだまする。

 

 この海上で、しかも戦闘中にシグナルロスト。それが意味する事は、パイロットの命が失われた事に他ならない。仮に脱出に成功していたとしても、戦闘中に救助する事は不可能である。

 

 しかし、大和のクルー達に、彼等を悼む暇は無い。直掩機を排除したフォビドゥン2機が、大和に対して直接攻撃を開始したのだ。

 

 海面から顔を出すと同時に、空中の大和に向けてフォノンメーザー砲を放ってくるフォビドゥンヴォーテクス。

 

 直撃。

 

 艦体表面を覆うラミネート装甲のおかげでダメージは無いものの、フォビドゥンの方もすぐさま海面下に下がってしまった為、反撃が追いつかない。

 

 鈍重な艦砲では、俊敏なモビルスーツを相手に旋回が追いつかないのだ。

 

 シュウジは、スッと目を閉じる。

 

 直掩機を初撃でやられたのは痛かった。大和にも下方に向けて放つ火力はあるが、俊敏に動くモビルスーツを追えるほどではない。加えて海中はセンサーが利きづらく、深いところまで潜られると探知不能になってしまう。フォビドゥンのパイロット達も、その事が分かっているからこそ、深海から一気に海面に躍り出て、一撃加えたら再び潜る、と言うヒットアンドアウェイに徹しているのだ。

 

 かつてヤキン・ドゥーエ戦役の折、伝説の不沈艦アークエンジェルは、水中から攻撃を仕掛けてきたモビルスーツに対して、通常なら戦闘機のアクロバット技であるバレルロールを行って射線を確保すると言う奇抜なやり方で危機を脱したと言う。

 

 とは言え、大和のクルーもシュウジが信頼を置けるくらいに熟達はしているが、それでもいきなりバレルロールは無理があるだろう。

 

 考えた末、シュウジは次善の策を取る事を決めて、受話器を手に取った。

 

「艦長より格納庫・・・・・・・」

 

 いくつかの命令を下した後、シュウジは受話器を置いて火器管制官に命じた

 

「後部ミサイルランチャー。全門、スレッジハマー装填。尚、信管は全て触発式に設定せよ」

「ハッ しかし、この状況でスレッジハマーを使っても・・・・・・」

 

 シュウジの意図を測りかねて、火器担当者は問い質すように聞き返す。

 

 大気圏内用ミサイルのスレッジハマーは、水中には効果を及ぼさない。この状況でそんな物を使用して、どうしようと言うのか?

 

 だが、

 

「急げッ」

 

 有無を言わせないシュウジの語気を前にして、火器担当者はそれ以上聞き返す事もできずに命令を復唱する。

 

 その間にもフォビドゥンは、相変わらず海面からゲリラ的に顔を出しては、大和に対して砲撃を浴びせていく。

 

 無論、大和の側からも反撃の砲火が放たれるが、その攻撃が届く前にフォビドゥンは海面下に姿を消して攻撃を回避してしまう。

 

 神出鬼没とも思える攻撃を前に、大和は砲塔の旋回が間に合わず、全く対処できていない有様だ。

 

 しかし、

 

《格納庫より艦橋。準備完了、いつでも行けます!!》

 

 待ちわびた報告に、シュウジは鋭く顔を上げた。

 

「面舵20、エンジンフルスロットル、加速15秒。加速と同時に、後部ミサイルランチャー、スレッジハマーを全門、ゼロマイナス軌道で射出せよ!!」

 

 シュウジの命令に従い、クルー達は大和を動かしていく。

 

 操舵手が舵輪を回すと長大な艦首が大きく右に回り、同時にエンジン全開で加速を開始した。

 

 同時に、シュウジが迸るように叫ぶ。

 

「スレッジハマー、撃てェェェェェェ!!」

 

 後部のランチャーから一斉発射されるミサイル。

 

 弧を描いたミサイルが、一斉に海面へと向けて落下していく。

 

 着弾。

 

 同時に触発式に設定されていた信管は起動し、全てのミサイルを一斉に爆発させた。

 

 狂奔する海面。

 

 水柱は飛行する大和の艦橋よりも高く立ち上り、瀑布となって再び元の位置へと戻っていく。

 

 そして当然、こうなると海中もただでは済まない。否、むしろ海中は衝撃波が増幅されて伝わる為、空中よりも被害は大きいと言える。

 

「やってくれるわね!!」

 

 舌打ちしながらジーナは、叩きつけられた衝撃波の影響によって荒れ狂う海の中で、フォビドゥンの操縦桿を操ってバランスを保とうとする。

 

 随分と無茶をしてくれる。

 

 水の中の衝撃波と言うのは馬鹿にならない。船ならば、それだけで浸水を引き起こす可能性もあるし、もし人間が漂流していたら五体をバラバラに引きちぎられていたところだ。

 

 ジーナのフォビドゥンヴォーテクスも、今の攻撃によってセンサーを潰され、更にカメラも損傷している。機体内の駆動系にも異常が出ていた。

 

 フォビドゥンヴォーテクスの強みである、水中での機動性は、ただの一撃で失われたに等しい。

 

 しかしジーナは、卓抜した操縦技術でどうにか衝撃波をやり過ごす事に成功していた。

 

 機体は中破したものの、尚も航行は可能。しかし戦闘継続は、かなり困難だった。

 

 危地を脱したジーナ。

 

 しかし、彼女の僚機は、そうはいかなかった。

 

 ミサイル着弾のショックで、海面上に打ち上げられてしまった僚機のフォビドゥン。

 

 慌てて体勢を立て直し、潜航しようとする。

 

 しかし、パイロットが行った努力も、その数秒後に無意味な物と化した。

 

 突如、降り注いだ閃光が、フォビドゥンのボディを貫いた。

 

 爆発するフォビドゥン。

 

 その様子を、

 

 大和甲板上に陣取った機体が見下ろしていた。

 

「目標撃破。任務完了しました!!」

《ご苦労。しばらくそのまま待機してくれ》

 

 通信機からの声を聞き、コックピットに座ったカノン・シュナイゼルは満足そうに体の力を抜いた。

 

 同時に、彼女が乗る機体もライフルを持った腕を下ろす。

 

 リアディス・ドライと呼ばれるこの機体は、リィスの乗るリアディアス・アインの同型機で、その3号機に当たる。特徴的にはほぼアインと同じだが、胸部装甲のカラーがアインの青に対して、ドライは緑と言う違いがある。

 

 調整が間に合わず、大和に収容した後も急ピッチで作業が行われていたが、この急場にあって、どうにか間に合ったのだ。

 

「ヒカル、リィちゃん!! こっちはもう大丈夫だよ!!」

 

 

 

 

 

「よっしゃァ 行くぞ!!」

 

 カノンの声を受けて、ヒカルが動いた。

 

 今まで散々に翻弄してくれた隊長機を見据えて、セレスティを上昇させる。

 

 叫ぶと同時に、全武装を展開して照準を行うヒカル。

 

 セレスティが装備した5門の砲がエネルギーチャージし、照準をグロリアスへ向けた。

 

「あれはッ まずい!!」

 

 状況を理解したオーギュストが、とっさに回避行動を取ろうとする。

 

 そこへ、セレスティの放った5連装フルバーストが殺到した。

 

 オーギュストはジェットストライカーのスラスターを全開まで吹かし、とっさに機体を飛び上がらせて回避しようとする。

 

 そこへ駆け抜ける閃光。

 

 回避しようとするグロリアス。

 

 しかし、無理だった。

 

 掠めた閃光により、グロリアスの両足は膝から下が消失する。

 

 空中でのバランスを保てず、海面に向かって落下していくグロリアス。

 

「クソッ!?」

 

 急速な落下感に包まれるコックピットの中で、オーギュストは悪態を吐き捨てる。

 

 このままでは海面に叩き付けられるか?

 

 そう思った瞬間、

 

《隊長!!》

 

 部下の呼び声と共に軽い衝撃が走り、グロリアスの落下は止まる。同時に機体が緩やかに水平飛行に入るのが分かった。

 

 見れば味方のウィンダムが、飛行不能になったグロリアスを抱えて飛んでいる。どうやら墜落寸前で受け止めてくれたらしい。

 

 ウィンダムも数を1機減らしている。リィスが撃墜したのだ。

 

 その様子を見て、オーギュストは嘆息する。

 

「負けだな・・・・・・完全に・・・・・・」

 

 悔しさを滲ませてオーギュストは呟く。

 

 相手は共和連合軍の新型。戦力が整わないうちにと思って仕掛けたのだが、結果は散々な物だった。

 

 となれば最早、オーギュスト達に打てる手は一つしかなかった。

 

「撤退する。ジーナは?」

《フォビドゥン1機を喪失するも、離脱に成功したとの事です!!》

 

 向こうも上手く行かなかったらしい。

 

 ある意味、初手で躓いた時点でこの結果も予想の範疇ではあった。やはり、急場の作戦がうまくいく事は少ない。戦うなら、充分に準備をしてからでないと、いたずらに犠牲を増やすだけだと言う事だ。

 

 飛び去って行く機体の中で、自分達を撃退した青い羽根付きのモビルスーツを見やる。

 

 今回は負けを認めよう。

 

 だが、次はこうはいかない。必ず奴を仕留めて見せる。

 

 オーギュストは心の中でそう呟くと、徐々に小さくなるセレスティをにらみ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 ヒカルがセレスティを操って大和に着艦するとすぐに、今回の功労者が機体から降りてくるのが見えた。

 

 姉の機体とは色違いの同型。

 

 だが、そのコックピットから降りてきた少女は、ヒカルにとってもよく見知った人物だった。

 

「まさか、お前まで戦うなんてな」

「えへへ」

 

 どこか照れたように笑みを見せるカノンに対して、ヒカルは呆れ気味に肩を竦める。

 

 実際、大和の援護射撃の下とは言え1機撃墜。これは純粋に誇るべき物である。

 

 カノンの両親も軍人でパイロットであったことを考えれば、その血脈は確実に娘へも引き継がれていると思われた。

 

「2人とも、よくやったわ」

 

 リアディス・アインから降りてきたリィスが笑いながら話しかけてきた。

 

 相変わらず、その表情には複雑さが隠せないでいる。たぶんまだ、弟やその友人が戦火に巻きこまれて行く事に納得ができない部分があるのだろう。

 

 殊更にリィスが過保護と言う訳ではない。肉親なら、誰だって抱いて当然の感情である。たとえ自分が軍人であったとしても、年少の家族にまで同じ運命を辿らせたいと思う者は少ないだろう。

 

 それが偽善だと判っていても、否、判っているからこそ、そうせずにはいられないのが親心と言う物である。

 

「大丈夫だよ、リィス(ねえ)

 

 見れば、ヒカルが自信に満ちた笑みをリィスに向けて来ていた。

 

「俺達は大丈夫。だから、そんなに心配するなって」

 

 その言葉に、

 

 リィスはフッと笑みを浮かべた。

 

 子供だと思っていた。

 

 自分が守らなくてはいけないと。

 

 しかし、10歳も歳の離れた弟は、いつの間にか大人の顔をするようになっていた。

 

 その横顔にはどこか、亡き父、キラの面影を見るかのようだった。

 

 だが、

 

 ふと、ヒカルは、今や自分の「愛機」と呼んでも差し支えが無い存在となったセレスティを見やる。

 

 今回の敵は、確かにうまく撃退する事ができた。

 

 しかし、これがもし、相手がレミル(レミリア)だったら? 果たして今回と同じように、躊躇い無く引き金を引く事ができるだろうか?

 

 その答えは、まだヒカルの中で見出す事ができないままだった。

 

 

 

 

 

PHASE-07「英雄の面影」      終わり

 




《人物設定》

オーギュスト・ヴィラン
ナチュラル
40歳      男

備考
北米解放軍の前線指揮官を操る人物。軍人らしく上の命令には忠実な性格で、かつ自身も緻密な戦略家。勝利の為なら多少の犠牲は厭わないが、常に犠牲に見合う戦果を挙げる事を目指す合理主義者。





ジーナ・エイフラム
ナチュラル
34歳      女

備考
北米解放軍所属の兵士。オーギュストの副官。彼の右腕であり、その作戦には欠かせない存在。オーギュストの事を誰よりも理解して支えている。




《機体設定》

セレスティF

武装
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
クスィフィアス・レールガン×2
ビームライフル×1
アクイラ・ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
ピクウス機関砲×2

備考
セレスティに砲撃用の武装を追加した状態。ある意味、もっとも機動性と攻撃力のバランスが取れた形態でもある。ほぼ初代フリーダムに近い状態になるが、核動力が使えない為、かつてのフリーダムほどには派手な戦い方はできない。因みに「F」は「Freedam」ではなく「Full Barst」の意。


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PHASE-08「原初の中に消えた妹」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 活力に溢れた人物とは、このような存在を言うのだろう。

 

 30代後半にして見上げるような長身を持つその男は、全身から迸るような存在感を持って、円卓に居並ぶ一同を見渡している。

 

 アンブレアス・グルック現プラント最高評議会議長は、ラクス・クライン亡き後、暫くしてプラントの政権を掌握した人物である。

 

 その剛腕ぶりは就任当初から如何無く発揮され、プラントの勢力拡大、ザフトの軍備増強を政策の骨子として掲げ、失業率の低下にも繋げている。

 

 ラクスと言う光を失ったプラントに、新星の如く登場したヒーロー。次代を導くに当たって必要不可欠な存在。再び混迷をもたらした時代の中にあって、グルックこそが、プラントと言う国家をリードするのに相応しい人間であるように思える。

 

 そのグルックは最高評議会の円卓に居並ぶ閣僚達を見回しながら、重々しく口を開いた。

 

「やはり、事をオーブに任せたのは失敗だったようだな・・・・・・」

 

 手元の資料を見ながら、そのように発言する。

 

 本日の議題は、ようやく事後報告書がまとまった、先の北米統一戦線の手によるハワイ基地襲撃事件に関する事だった。

 

 この戦いで共和連合軍はハワイ駐留戦力の内、実に8割を喪失。1割も何らかの損傷を受けて、すぐには戦力化できないと言う有様だった。

 

 更に住民にも多大な被害が出た事から、ハワイの基地機能は完全に失われてしまった。復旧には恐らく、かなりの時間がかかると思われる。事実上、太平洋における制海権を失ったに等しい共和連合にとって、この事態は深刻だった。

 

 もっとも、失った戦力は全てオーブ共和国が所有する戦力であり、ザフト軍の戦力は聊かも失われたわけではない。そう言う意味でグルック達にとっては、不幸中の幸いであったとも言える。

 

 それでも、居並ぶ議員達が問題視しているのは、仮にも共和連合所属の基地が襲撃を受け、あまつさせ最新鋭の機体まで強奪された事だった。これでは、共和連合の権威は地に堕ちたに等しい。たとえしくじったのがオーブ軍であっても、問題がプラントの方にも波及する事は充分に考えられた。

 

「そもそも、私は反対だったのだ!!」

 

 閣僚の一人が、声を荒げながら立ち上がる。

 

「いかに高い技術力を誇るとはいえ、オーブなどに新型機開発を任せるなどと!!」

「然り。彼等とは10年以上前、地球連合と言う共通な敵があった時だからこそ、これまで協力体制を維持してきました。しかし、その地球連合も著しく弱体化した今、むしろオーブの存在は邪魔にすらなっています」

「軍制改革を断行し、大幅な軍備拡張が成った今のザフト軍なら、単独でも地球連合如き圧倒できる。なにも無理に共和連合の体制の維持に躍起になる事もあるまい。ましてか、今回の相手は国家ではなく、取るに足らないテロリストだ。我がザフトの精鋭なら、苦も無く勝てる相手だろうさ」

 

 他の閣僚達からも同調する声が上がる。誰もがオーブを格下に見下し、自分達こそが世界をリードする存在であると疑っていない様子だ。

 

 それらを眺めながら、グルックは顔の前で組んだ手の裏で、密かな笑みを浮かべた。自分が蒔いた種が予定通りの成長を見せている事に満足しているのだ。

 

 グルックが議長に就任してから、まず手始めに行った事は、旧クライン派議員の粛清だった。

 

 亡きラクスの意向を受け、共和連合同士の結束と融和を訴える彼等を、グルックは政界から追い出したのである。

 

 クライン派議員たちは、ラクス亡き後もしばらくの間は政権中枢にあり続け、共和連合構成各国との連携を重視する政策を維持し続けた。

 

 しかし、グルックの考えは違った。

 

 既にプラントは強大になったザフト軍の下、単独でも充分に国防を行う事ができる。のみならず、今よりもより強いプラントを目指す事も不可能ではない。そうなれば、オーブを始め他の同盟国の存在は足を引っ張られるだけで、邪魔になるだけと考えたのである。

 

 その為、グルックの議長就任から僅か3か月で、クライン派に連なる議員たちは、軒並み職を追われて野に下る事となった。

 

 そうして空いたポストには、「グルック派」と呼ばれる自分の子飼いの議員達を座らせていった。彼等はみな、グルックの掲げる富国強兵論に賛同し、今こそ「強いプラント、強いザフト」を夢見る者たちである。

 

 誰もが、自分たちならばそれも可能であると、固く信じていた。

 

 本来であるならば、次期主力機開発計画もザフト主導で行いたかったのだが、オーブがハワイの工廠提供と、技術の開示を条件にしてきたため、今回はプラントが折れる形になったのだが、その判断が仇となった形である。

 

 しかし、

 

「そう、悲観ばかりもする事は無いさ」

 

 余裕を持たせたような態度で、グルックは激高する一同を制するように言った。

 

「確かに、スパイラルデスティニーを奪われたのは痛手だったかもしれない。しかし奪っていった北米統一戦線。彼の組織が脆弱である事は、諸君も知っている事と思うが?」

 

 単一の兵器では「戦場」を支配できるかもしれないが、それだけで「戦局」を覆す事は出来ない。それは幾多の歴史が証明している。

 

 小規模勢力に過ぎない北米統一戦線が、奪ったスパイラルデスティニーを使ってできる事は、せいぜいテロ活動の拡大くらいの物だ。それで北米に駐留するザフト軍やモントリオール政府軍を壊滅させる事など不可能である。

 

「子供が出来の良い玩具を自慢げに振り回している程度の事に、いちいち考えても仕方あるまい」

 

 グルックの言葉に、幾人かの議員が失笑を漏らした。

 

 子供、つまり北米統一戦線如き矮小な存在に、大国を主導する自分達が慌てる必要は一切ないと言う訳だ。

 

 と、

 

「しかし議長。つい先日、ジュノー基地が統一戦線の攻撃を受けて壊滅したばかりです。今少し、警戒を強めてもよろしいのではないでしょうか?」

 

 まだ年若い、恐らくは20代後半ほどと思われる議員が、見計らったように発言した。

 

 一部の議員達は胡散臭げに、その青年へと視線を向ける。

 

 誰もが統一戦線の攻撃によってジュノー基地が壊滅した事を苦々しく思っている所である。青年議員の発言は、その痛いところを容赦無く突いた形だった。加えて、そう何度もあのような失態をザフトがするはずもない、という思いもある。

 

 自然、議員達が青年に向ける視線は厳しい物となる。

 

 しかし、青年議員の方はと言えば、居並ぶお歴々を前にしながら、平然として座り、身じろぎすらしていない。

 

 この青年、名をアラン・グラディスと言う。

 

 ユニウス戦役の時に活躍した戦艦ミネルバの元艦長にして、現在はザフト士官学校の校長を務めているタリア・グラディスを母に持つアランは、母の強気な資質を受け継いでおり、逆境に対しても物怖じしない性格として周囲に知られていた。

 

 そんなアランの発言に、他の議員達は激昂しかける。

 

 しかし、意外なところから、アランに対する援護射撃が行われた。

 

「君の言う事はもっともだと思う、グラディス議員」

 

 グルックは深く頷きながら、アランの顔を見る。

 

 その様子に、他の議員達の間に動揺が走った。まさかグルック自身が、消極策に対して賛意を示すとは思っても見なかったのだ。

 

 そんな彼らに納得させるように、グルックは更に口を開く。

 

「必要以上に恐れる必要はないが、油断しすぎて足元を掬われたくもない。ボヤはボヤの内に消しておかないと、いずれは全てを撒きこむ大火になりかねないからな。加えて、彼の大陸にはより大きな脅威として、北米解放軍が存在している。そちらの方もの対応も急ぐ必要があるだろうな」

「では議長、モントリオール総督府から寄せられた例の件を?」

 

 グルックが発言した内容を聞き、議員の1人が確認するように尋ねる。

 

 それに対して、深く頷きを返すグルック。

 

 北米の統括維持をプラントから任されているモントリオール政府から、近いうちに北米解放軍が実効支配する領域に対して大規模な軍事行動を起こす作戦案が上げられてきている。この際だから、そちらの作戦を実行し、禍根を一気に断とうとグルックは考えているのだ。

 

 ユニウス戦役が終結しラクス・クラインがプラントの政権を掌握して以降、長くクライン派が政権中枢を占めてきた事は、先にも話した通りである。

 

 カーディナル戦役が起こっていた頃は、それでもプラントはザフト軍に対して優先的に予算を振り分け、それが軍の強化へとつながったが、しかし、カーディナル戦役が終結した途端、ラクスは軍事予算を一挙に削減して軍縮を行った。

 

 戦争が終わり、軍が必要無くなったのだから、軍事費を削減するのは当然だと彼女は判断したのだろうが。それは大きな間違いであったと言わざるを得ない。

 

 ザフト軍が軍備縮小を行った結果、彼女が死んで世界中の反共和連合組織が一斉に蜂起した時、殆ど有効な対応をする事ができなかった。

 

 結局のところラクスが行った軍縮政策が連中を突け上がらせ、現状のように多くの勢力が乱立する状態を生んだのだと、グルックは考えている。

 

 だからこそ今、「強いザフト」を実現する為に、武威を示す時だった。そして全世界はコーディネイターの下に統治されるべきなのだ。

 

 全ては、恒久なる平和な世界の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆然、と言う表現しか浮かばなかった。

 

 周囲には瓦礫と化した施設が散乱し、そこかしこにモビルスーツの残骸と思われる物が散乱しているのが見える。

 

 北米ジュノー基地。ほんの数日前、北米統一戦線の攻撃を受けて壊滅的な被害を蒙った基地である。

 

 元々は北米統一戦線への抑えとして北方のアラスカ近郊を警戒する為に建設された基地だったが、攻撃を受けて以後は少数の哨戒機を飛ばすのが精いっぱいの状態にまで、活動レベルは落ち込んでいた。

 

 入港を予定していた大和も、港湾機能が破壊された為に港に入る事ができず、仕方なく付近の入り江に艦を停泊させると、上陸予定人員はそこから艦載車両に乗って1時間かけて基地へ向かうと言う手間を取らざるを得なかった。

 

「ひどいもんでしたよ」

 

 やって来たシュウジ達に対して、対応した基地司令はため息交じりに、呟いた。

 

 北米統一戦線の攻撃によって、基地駐留戦力の9割を喪失。そして基地司令自身も負傷し、シュウジと対面している今も、額と腕に包帯を巻いているのが分かる。

 

「我が基地が、たった1機のモビルスーツにここまで破壊される事になるとは・・・・・・」

 

 悔しさを滲ませた基地司令の言葉を聞きながら、シュウジはその1機と言うのがスパイラルデスティニーであると直感した。

 

 北米統一戦線の所有する戦力の中には、1機でザフト軍基地を壊滅させられるだけの戦闘力は他にない。

 

 そうなってくると、ハワイでの敗北が完全に痛恨だった。あの時の戦いが、どこまでも尾を引いてしまう。

 

「それで、今後の作戦行動についてですが・・・・・・」

「残念ですが・・・・・・」

 

 尋ねるシュウジに対して、司令官は力無く首を横に振った。

 

 本来であるならこの後、ジュノー基地に駐留する戦力を糾合して、統一戦線に対する掃討作戦を実行する予定だった。大和もそのためにジュノー基地に入ったのだ。

 

 しかし、基地も戦力も壊滅した今、掃討作戦は無期限の延期を余儀なくされていた。現在ある戦力をかき集めても、スパイラルデスティニーを擁する北米統一戦線と戦うのは厳しすぎた。

 

「だが、貴艦がこの時期に来てくれたのは幸いだった」

「どういう事でしょう?」

 

 訝るように尋ねるシュウジに対して、基地司令はパネルを操作して、メインモニターに画像を呼び出した。

 

 出て来たのは北米大陸の地図。特に西海岸付近一帯を俯瞰的に撮影した物である。

 

 ジュノーより下。つまり南に位置する一点に、赤いマーカーがある事がすぐに判った。

 

「今年に入ってから、北米解放軍の活動が活発化している。連中は、復興支援が行き届いていない西海岸一帯を中心に自分達の勢力範囲を広げ、こちらの勢力圏を脅かしているんだ」

 

 司令の言葉に、シュウジは腕組みをしたまま僅かに頷いて見せる。

 

 大和も、ジュノー基地に向かう途中で解放軍の襲撃をうけた身である事を考えれば、彼等が太平洋沿岸で勢力圏を伸ばしていると言う話には信憑性があった。

 

「モントリオールから陸路を使い、基地再建の為に資材が送られてくる予定なのだが、その為の輸送部隊も解放軍の襲撃を受けて壊滅している。このままでは、我々はここで干乾しになるのを待たねばならない」

 

 敵の補給線に負担を掛けるのは、戦略の基本である。

 

 壊滅したとは言え、ジュノー基地は北部への押さえとして欠かす事ができない拠点である事に変わりはない。ザフト軍、ひいては共和連合軍としては早期の復興が望ましいのだが、しかし基地を復興する為には当然、相当な量の資材や失った物資の補給が早急に必要な訳である。

 

 北米解放軍はその泣き所を的確に突いてきた形だった。「干乾しになる」と言う司令の言葉は、全く持って正しい物だった。

 

「では、我々の任務は?」

「敵拠点を陥落してくれとは言わんが、せめて襲撃部隊だけでもどうにかしたい。やってくれるか?」

 

 同じ共和連合所属の部隊とは言え、ザフト軍の司令はオーブ軍のシュウジに対して直接命令する権限はない。その為、「要請」と言う形で頼んでいるのだった。

 

 それに対して、シュウジも深く頷きを返す。

 

 どのみち、このジュノー基地が再建されない事には、本来の敵である北米統一戦線と対峙する事も出来ないのだ。ならば先に北米解放軍を叩き、補給線を確保すべきと言う司令の意見に、シュウジも異存はなかった。

 

「了解しました。これより戦艦大和は、南部に展開する北米解放軍を排除する為に出撃します」

 

 

 

 

 

「ったく、何で俺がこんな事しなくちゃいけないんだよ」

 

 ヒカルはやる気のない手つきで操縦桿を動かしながら悪態を吐く。

 

 大和は今、ザフト軍の輸送車両に横付けされ、中から荷物が運び込まれている。

 

 統一戦線の攻撃によって基地施設に壊滅的な被害を受けたザフト軍だったが、大和が南部の鎮圧に赴くに当たり、なけなしの物資の中から融通を効かせてくれたのだ。

 

 もっとも、港に停泊していた船舶は壊滅状態である為、現在のように輸送車両で基地から陸路を使って大和が停泊している入り江まで運んでいる状態である。

 

 尚、当然ながらただの入り江にはガントリークレーンやリフト等の荷積み用の設備も無い。そこで艦載機を使い「人力」で積み込み作業を行っている訳である。

 

 ヒカルもセレスティを操縦して、ザフト軍が運んできてくれた物資を積み込んでいる。

 

 セレスティのいる場所からは見えないが、リィスとカノンも、それぞれリアディスを使って積み込み作業を行っているはずだった。

 

 と、

 

《ヒカルーッ ブー垂れてないで手ぇ動かしてよ!!》

「ヘイヘイ」

 

 通信機越しにカノンに怒鳴られ、ヒカルは渋々作業に戻る。

 

 もっとも、ヒカルとしても戦うに当たって物資が必要なのは理解している。だから、先程の不満にしても本気で言っている訳ではなかった。

 

 ただ、ままならない現状に、不満の一つも吐き出さない事にはやってられなかった。

 

《・・・・・・・・・・・・ね、ヒカル》

 

 暫く作業をつづけた頃だった。

 

 カノンが、どこかオズオズと言った調子で、ヒカルに話しかけてきた。

 

「ん、どうした?」

《やっぱさ、残念だよね。レミルの事・・・・・・・・・・・・》

 

 レミルの名前が出た瞬間、ヒカルは僅かに顔を歪ませた。

 

 既に作戦の決定は全クルーに伝えられている。だから、カノンが何を言いたいのかは、ヒカルにも判っている。

 

 せっかく北米大陸まで来て、いざ、レミル(レミリア)がいる北米統一戦線との戦闘に入ろうとした矢先に、まさかの遠回りをさせられる事態となったのだ。正直、ヒカルも忸怩たる思いがあった。

 

 手を伸ばせば届きそうなところにレミルがいる。なのに、直前でその手は大きく引き離されてしまった。そう思えば尚更である。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・言うなよ、その事は」

 

 少し不機嫌そうに、ヒカルはカノンをたしなめた。

 

 今ここで言ったとしても仕方がない事である。南部への移動はザフト軍からの正式な要請であり、艦長であるシュウジが同意した以上、ヒカル達にはどうしようもない事であった。

 

 本音を言えば、今すぐにでも艦長に直談判して来たに向かいたいところである。と言うか、士官学校にいた頃のヒカルならとっくにそうしていただろう。

 

 しかし、今それをやればリィスにまで迷惑を掛ける事になる。姉を悲しませるような事を、ヒカルはしたくなかった。

 

 いかに成績優秀とは言え、カノンはヒカルよりも年少者である。ならば、年上の人間として、ヒカルはみっともない所を彼女に見せる訳にはいかなかった。

 

《ごめん・・・・・・・・・・・・》

「いいさ。それより、さっさと終わらせて飯でも食いに行こうぜ」

 

 一転して明るい調子で言うヒカルに、カノンは苦笑する。

 

 悲しそうな顔をしていたかと思えば、こうして一転して楽しげな表情をする。

 

 まったく、この年上の幼馴染の思考回路は、単純なんだか複雑なんだか、長い付き合いのカノンにも良く判らない事が多すぎた。

 

 

 

 

 

 作業に戻ったカノンの様子を眺めながら、ヒカルは脳裏で別の事を考えていた。

 

 確かに、レミル(レミリア)の事は気になっている。早く何とかしてケリを付けたいとも。

 

 しかし、それ以上にヒカルを動かしている感情は、強い怒りの心であった。

 

「・・・・・・・・・・・・テロリスト、か」

 

 通信マイクは既にオフにしてあるので、その呟きはカノンに聞かれる事は無かった。

 

 しかし、口調からも苦い物が混じって吐き出された言葉は、ヒカルにとって原初とも言える風景から滲み出た物だった。

 

 ヒカルがまだ小学生だった頃、オーブで大規模なテロ事件に巻き込まれた事があった。

 

 その時ヒカルは、双子の妹であるルーチェと共に、両親に連れられて遊園地に遊びに来ていたのだ。

 

 事件は、その遊園地で起こった。

 

 突如、鳴り響いた園内放送。

 

 爆弾が仕掛けられていると言う内容の放送と共に、園内は大パニックに陥った。

 

 慌てて逃げようとする人々の波の押され、ヒカルとルーチェは両親からはぐれてしまった。

 

 後で知った事だが、その時、警察当局が派遣した爆発物処理班が、必死になって爆弾解体作業を行っていたらしい。

 

 しかし、そんな努力をあざ笑うかのように悲劇は起こった。

 

 轟音と共に炎が巻き起こり、衝撃波が周囲一帯を薙ぎ払う。

 

 まだ逃げ遅れている人々がいるにもかかわらず、それらも巻き込んで蹂躙されていく。

 

 ヒカルも例外ではなかった。

 

 まだ幼く、小さな体は爆風に翻弄され、空中に大きく投げ出された。

 

 遊園地の惨劇として、今もオーブでは悲しみと共に語り継がれているこの事件だが、ヒカルにとってはもう1つ、人生において忘れる事の出来ない痛恨事として脳裏に焼き付いている。

 

 爆風で吹き飛ばされたヒカルだったが、たまたま植え込みの中に体が落下した為、軽傷を負う程度で命は助かった。

 

 起き上がったヒカルが見た物は、まさに地獄の現出と言っても過言ではない光景だった。

 

 それまで華やいだ楽しげの雰囲気であった遊園地の光景は一変し、炎と破壊とによって薙ぎ払われていた。

 

 来客者に楽しさを提供する為の遊具は軒並み破壊され、瓦礫の山と化している。

 

 そして、その周囲には折り重なるようにして倒れている人の群れ。

 

 大人も、子供も、倒れている者達はピクリとも動かない。

 

 その時のヒカルには判らなかったが、後に、あれらの人間の命が、既に失われていたのだと言う事が分かった。

 

 ヒカルが初めて「人の死」に直接触れた瞬間であり、同時に初めて見た地獄の光景だった。

 

 そして、

 

 気が付いた時、しっかりと手を握ったはずの妹の姿がどこにも無かった。

 

 ヒカルは必死に周囲を探し回ったが、ルーチェの姿はどこにも無かった。

 

 やがて、さ迷い歩いていたヒカルを見付けた母が駆け寄ってきて抱きしめてくれたが、それすら気付かない程、その時のヒカルはただルーチェのみを追い求めていた。

 

 やがて、ルーチェは爆発の衝撃に巻き込まれて死んだと言う事にされ、ヒカルも両親からそう聞かされた。

 

 遊園地の爆破テロ。

 

 そしていなくなった妹。

 

 その2つの事柄が、ヒカルの中で大いなる感情の渦を形成し、その事がテロリストに対する憎しみを醸成していた。

 

 だが、そんなヒカルでも、親友がテロリストであったと言う事には複雑な感情を抱かずにはいられない。

 

 騙されていた、裏切られたと言う怒りはある。

 

 しかしそれでも、士官学校にいた1年間、レミル(レミリア)と共にあった友情を、偽りの物だとは思いたくないと思っている自分がいる事に、正直なところヒカルは内心でひどい驚きを感じていた。

 

 この1年間。レミル(レミリア)とは、本当にうまくやれていたと思っている。多少の意見の違いからぶつかり合う事はあったが、親友として、そして相棒として、誰よりも互いを信じあえたと思っていた。

 

 今、ヒカルの中で、テロリストに対する憎悪と、親友に対する友情と言う矛盾した感情がせめぎ合い、相克し合っている状態だった。

 

 だからこそ、もう一度レミル(レミリア)に会って、事の真偽を確かめようと思っている。そうでなければ、ヒカルは己の中にある矛盾に耐え切れず、いずれ押し潰されてしまう事だろう。

 

 それが今、ヒカルを突き動かしている最大の原動力と言っても過言ではなかった。

 

 大和への物資搬入作業は、その後もしばらくの間続けられたが、やがて予定の物資を搭載し終えてザフト車輛が基地に戻るのを確認した後、大和もエンジンに灯を入れ、ゆっくりと入り江を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その報せが北米統一戦線の司令部にもたらされたのは、彼等が次の作戦行動について協議を重ねている時だった。

 

 ジュノー基地を叩いた事で、当面の安全と補給線の確保に成功した北米統一戦線は、今後の作戦方針について、2つの意見が出されていた。

 

 1つはこのまま防御に徹し、力を蓄える。スパイラルデスティニーを奪取したとは言え、北米統一戦線が寡兵である事に変わりはない。無理な力攻めは避け、防御に徹する事で状況の変化を待つと言う物。

 

 これは、確実さと言う面で考えれば上策であると言える。一定以上の戦力を保持しし、敵軍に対して脅威であり続ける事で、自らの存在感を誇示し続ける事は立派な戦略の一つである。

 

 ただし、この策にはいくつか欠点があって、まず長期的に防御に徹すると言う事は、組織内でも厭戦気分が蔓延し、士気が低下する恐れがある。兵士の士気と組織内の綱紀を維持するには、出戦する事も必要なのである。

 

 そしてもう一つは、単純に戦力差の問題。

 

 時間が経てば、共和連合軍が増援を呼ぶ事は目に見えている。統一戦線も少しずつ戦力の増強は行っているが、それでもザフト軍が本気でつぶしにかかって来ればひとたまりも無かった。

 

 では逆に、積極的な攻勢に出ればいいかと言われれば、それも懐疑的にならざるを得なかった。

 

 戦力的に劣る統一戦線には正面切って共和連合軍と戦うだけの戦力は無い。現状では首都モントリオールまで攻め込む事は不可能に近かった。

 

 やはりここは、従来通りのゲリラ戦で対応していくしかないか、と思われた。

 

 考えが覆ったのは、その報告が齎されてからだった。

 

「・・・・・・ザフト軍が大規模増援部隊の降下揚陸作戦を画策中、か」

 

 報告分を読んだクルトが、苦い表情のまま沈黙した。

 

 この場には他にも、レミリア、アステル、イリアが顔を連ねているが、どの表情にも明るい色は無い。それだけ、事態は容易ならざるものであると言えた。

 

 敵は宇宙からやって来る。これは完全に、クルト達の予想外の事だった。てっきり、敵は地上から来ると思っていたのだ。

 

 報告によれば、敵の大規模増援部隊は直接アラスカ近傍に降下、その後は北米統一戦線に対して掃討作戦を実施するとの事だった。

 

「作戦開始は、いつ?」

「もう間もなくだそうだ。既に月基地には、ザフト軍の大艦隊が集結中らしい」

 

 レミリアの質問にクルトは答える。

 

 もし敵の降下を許せば、その時点で北米統一戦線の壊滅は確定してしまうだろう。大兵力を至近に展開されては、防ぐ手だではなかった。

 

「何とか、宇宙にいるうちに叩く。それしか無い」

 

 壁に寄りかかったまま聞いていたアステルが、断定するように呟いた。

 

 地球に降下されてからでは遅い。ならば、宇宙にいて相手が油断している隙に叩いてしまおう、と言う訳だった。

 

「でも、そう簡単に言うけど。うちの戦力じゃ、宇宙での作戦は無理よ」

 

 イリアがやんわりと、アステルの意見を否定する。

 

 北米統一戦線は一応、独自のシャトル発着拠点を押さえている為、宇宙と地上の往来自体は可能である。しかし、それで送れる積み荷の量はごく少数であり、とても、ザフトの大艦隊を迎撃するだけの戦力を展開する事はできない。

 

 完全に袋小路だった。

 

 どうあっても、ザフト軍の侵攻を阻止する手立てが思いつかない。

 

 最悪、現在の拠点を放棄して逃走するしかないか?

 

 そう考えた時、レミルは眦を上げてクルトを見た。

 

「ボクが行く」

「レミル?」

 

 レミリアの発言に、隣にいたイリアが驚いたように顔を上げた。

 

「ボクがデスティニーで宇宙に上がって、ザフト軍を押さえる。その間にみんなは、地上で防御陣地を構築して」

 

 スパイラルデスティニーの性能なら、攻め寄せてくるザフトの大艦隊とも互角に戦えるはず。と言うのがレミリアの考えだった。

 

 どのみち、少数の戦力しか送れないのなら、最強戦力を送るしかない。その間に防御陣地の構築ができれば、再度のザフト軍侵攻にも耐えられるだろう。

 

「確かに、それなら抑えられるかもしれないが・・・・・・」

「ダメよ、そんなの!!」

 

 アステルの言葉を遮るように、イリアがレミリアに詰め寄った。

 

「1人で艦隊を押さえるなんて、そんな無茶な事、あなたにさせられないわよ!!」

 

 両親がすでに他界しているせいか、レミリアに対してはいささか過剰とも言える保護欲を発揮するイリアは、そう言って強硬に反対する。

 

「でも、お姉ちゃん・・・・・・」

「何か、他に方法がある筈よ。レミルが、そう何でもかんでも1人で背負い込む必要なんて無いわ」

 

 決めつけるように言って、イリアはレミリアの意見を封じようとする。

 

 確かに、先のジュノー基地襲撃作戦にしても、レミリア1人が基地に突入して敵を壊滅させている。

 

 最強戦力だからと言って、毎回のようにレミリアに負担ばかりかける事はクルト達にとっても本意とは言えない。

 

 しかし、だからと言って代替案などそうそう転がっている訳でもない。

 

 一同は頭を抱えたまま、その後も延々と議論を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 その日も、彼等にとっては楽な任務を送るだけの筈だった。

 

 司令部から受けた命令は、モントリオールからジュノーへ向かう共和連合軍の補給部隊の捕捉、撃滅だった。

 

 荒野で待ち伏せて、偵察班から連絡があり次第出撃。そして徹底的に破壊し尽くした後は、そのまま退避行動を取る。と言うのが一連の流れである。

 

 正直、これほどスリルがあって、かつ面白い任務は他にない。

 

 敵は無力な補給部隊。勿論、護衛は付いているがそう多くはないのが常だ。せいぜい、射的ゲームのモブキャラぐらいの脅威にしかならない。

 

 護衛を排除した後は、お楽しみの狩りの時間となる。

 

 逃げ回る敵を圧倒的な戦力で追い回してたっぷりと恐怖を味あわせた後、一息に吹き飛ばしてやる。

 

 少し焦らして、希望を見せてやるのがポイントだ。

 

 「もしかしたら助かるかもしれない」と考えれば考える程、獲物は生にしがみつこうとして必死になる。

 

 そうして希望が見えかけた瞬間を狙って、ライフルで吹き飛ばしてやる瞬間は、正に快感と言って良かった。

 

 この日もそうだった。

 

 既に護衛のモビルスーツは排除し、残っているのは輸送物資を満載したトラックのみ。これを撃滅すれば任務完了となる。

 

 輸送トラックは右に左にと目まぐるしく進路を変え、どうにかして難を逃れようとしているのが見える。

 

 失笑してしまう。あんな動きでモビルスーツから逃げられると、本気で思っているのか?

 

 まあ良い。そろそろ、苦しみから解放してやろうじゃないか。死と言う解放感と共に。

 

 そう思い、照準を合わせた。

 

 次の瞬間、

 

 突如、閃光が斜めに駆け抜けて行った。

 

 驚く一瞬。

 

 次の瞬間、聞き慣れない警報と共に、コックピットパネルの一部が赤く明滅しているが見えた。

 

 部位欠損。ライフルを持っていた右腕が、いつの間にか肘から先が無くなっている。

 

 驚きと共に振り返る。

 

 最後に見た物。それは、視界いっぱいに広げられた8枚の蒼翼だった。

 

 次の瞬間、長大な剣が袈裟懸けに繰り出され、機体を真っ二つに斬り裂いて行った。

 

 踊る爆炎。

 

 同時に、セレスティはティルフィング対艦刀を構え直し、その長大な刃を振り翳す事によって、他の解放軍機を威嚇する。

 

「これ以上、好きにはやらせないぞ!!」

 

 そのコックピットの中で、ヒカルは敢然とした叫びを上げた。

 

 

 

 

 

PHASE-08「原初の中に消えた妹」      終わり

 




《人物設定》




アンブレアス・グルック
コーディネイター
42歳     男

備考
現プラント最高評議会議長。ラクスから続いて、2代後の議長となるが、彼が就任すると同時にプラントは再び軍拡、対外強硬路線に政策を転換、手始めに北米をプラント統治下に置くべく兵力を送り込んでいる。その剛腕ぶりはプラントの新たなる指導者として支持を集めている。





アラン・グラディス
コーディネイター
27歳     男

備考
タリア・グラディスの息子。プラント評議会下院議員。まだ年若いが、母親に似て気骨のある性格で、言うべき事はハッキリ言う人物だが、普段の物腰自体は和ら悪人当たりが良い。

※年齢に関しては、正確な資料が無いので独断です。


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PHASE-09「深淵に芽吹く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5つの砲が閃光を放つ度、大気が鋭く切り裂かれる。

 

 赤茶けた大地の上を8枚の蒼翼が霞めるように疾走し、旋風を巻き起こす。

 

 頭を上げ、急激に上昇すると同時に5つの砲門を展開、放たれた閃光が敵機を渦の中に絡め取っていく。

 

 北米に来てからの出撃は、これで10度目になる。

 

 セレスティの扱いにほぼ慣れて来たヒカルは、大和から先行する形で突出すると、補給線襲撃を行っている北米解放軍の部隊に先制攻撃を仕掛ける形で襲い掛かっていた。

 

 北米解放軍は旧大西洋連邦製の機体を多数所持しており、それらの武力を背景にモントリオール政府軍や、それを支援するザフト軍を相手に互角以上の戦いを続けている。その規模は一国家の軍隊を遥かにしのぐほどである。

 

 北米統一戦線の攻撃によってジュノー基地が壊滅した事を知った彼等は、大陸北部の補給線を叩く事で、基地再建作業を妨害する作戦を実行したのである。

 

 壊滅したとは言え、ジュノー基地は共和連合軍の拠点であり、いまだに多くの兵士が駐留している。ならば、共和連合軍には彼等を支援する義務が生じる事になる。つまり、共和連合側の事情としては、ジュノーを放棄する訳に行かず、尚も維持し続ける必要があるのだ。そしてその為には、基地機能の再建は急務である。

 

 解放軍の作戦は、共和連合のウィークポイントを的確に突いてきた物だった。

 

 問題は補給ルートだが、ハワイが壊滅して輸送隊の中継基地としては機能せず、更に言えば宇宙空間から物資を揚陸するのもコストがかかる。となれば、ジュノーに対する補給ルートは必然的にモントリオールから陸路を使った、長距離輸送1本に限られる事になる。

 

 そこまで判れば、襲撃するのは簡単だった。

 

 北米解放軍は、小規模な高速部隊を複数用意してモントリオールとジュノーを繋ぐライン上に配置、共和連合軍の補給線を徹底的に襲撃、壊滅させていった。

 

 このまま行けば、ジュノー基地が干上がるのも時間の問題だろう。

 

 誰もがそう思い始めた頃、状況を一気に覆すような事態が起こった。

 

 北米統一戦線追撃の為にジュノーに駐留していた大和以下のオーブ軍部隊が、補給路の護衛に投入されたのである。

 

 大和とその艦載機であるセレスティ、リアディス・アイン、ドライの3機は、解放軍の襲撃部隊を次々と捕捉し、これを撃破していった。

 

 ハンターキラー作戦と呼ばれるこの戦法は、通商破壊戦対策に有効な戦法である。本来なら守るべき補給部隊を囮に使って敵を引き寄せ、その上で強力な護衛部隊で撃破する物である。

 

 この作戦が功を奏し、北米解放軍の部隊の多くが撃破されていた。

 

 今も、セレスティ1機を相手に、複数の解放軍機が撃破されている。

 

 地上にはヒカルが撃破した機体の残骸が、多数転がって煙を上げているのが見える。

 

 対してセレスティは全くの無傷。それだけでも、両者の戦力差は明らかである。

 

 だが多くの味方を撃破されながら、尚も解放軍側は攻撃をやめようとしない。

 

 ウィンダム5機が、上空を舞うセレスティに対して盛んにビームライフルによる応戦を行ってくる。

 

 吹き上がるように飛来するビームの軌跡。

 

 その様子を、ヒカルは冷ややかに見つめつつ余裕の動きで回避する。どうやら解放軍機は損傷のせいで照準器に狂いが生じているらしく、殆どの攻撃が微妙に逸れる形で放たれている。

 

 どうあっても、彼等に勝ち目など無い。

 

 しかし、それでも解放軍兵士達は攻撃をやめようとはしなかった。

 

「上等だッ」

 

 低い声で、ヒカルは呟く。

 

 元より、こいつらを見逃す気なんて毛頭無い。全て、叩き潰すのみである。

 

 同時に、ヒカルは動いた。

 

 双眸は眼下のウィンダムを睨みつける。

 

 飛んでくる火線を、急降下しながら回避。

 

 セレスティは地上へ落着する直前で8枚の翼を広げて制動、同時に水平飛行に移りながらスラスターを全開にして距離を詰める。

 

 解放軍兵士達は、急激すぎるセレスティの動きに対応する事ができない。

 

 低空を飛翔しながら、ヒカルはセレスティに腰に装備したビームサーベルを抜き放った。

 

 迫る両者。

 

 ウィンダムからの攻撃は、高機動で接近するセレスティを捉える事すらできないでいる。

 

 急速に、視界の中でウィンダムの姿が拡大していく。

 

 その姿が、

 

 ヒカルには一瞬、スパイラルデスティニーと重なって見えた。

 

「クッ」

 

 僅かに、舌打ちを漏らすヒカル。

 

 こうして戦っていればいつか、自分はレミル(レミリア)と対峙する日が来るかもしれない。そうなった時、果たして自分は(かのじょ)に銃口を向ける事ができるか?

 

 駆け抜ける一瞬、セレスティの剣がウィンダムを斬り裂く。

 

 実戦投入から20年経過したウィンダムだが、外見こそ建造当時とあまり変わらないが、エンジン等の内部機構は最新の物に替わり、ほぼ新型と変わらない性能を有している。

 

 本来であるなら、たとえ相手が新型であっても、そうそう苦戦するような存在ではない。

 

 しかしセレスティは建造当初よりも性能が大幅にダウンしているとは言え、共和連合が開発した期待の新型機である。ウィンダムの最新型と比しても、その性能が上回っているのは言うまでもない。

 

 セレスティの剣に斬り裂かれ、爆散するウィンダム。

 

 残った4機のウィンダムは、仲間の機体が上げる炎を背景にして、セレスティに対し砲撃を浴びせてくる。

 

 尚もあきらめない姿勢は見事と言うべきだろうか?

 

 もっとも、反政府勢力は捕縛されれば、殆ど一方的な裁判に掛けられた後、処刑されると事になる。それを考えれば、大人しく投降するよりも一縷の望みを賭けて抵抗した方が得策と考えているのかもしれないが。

 

 ウィンダムから放たれる攻撃を、ヒカルは空中でシールドを翳しながら防御、体勢を立て直すまでの時間を稼ぐ。

 

 それを好機と見たのだろう。ウィンダム達は更に攻撃の手を強めようとした。

 

 次の瞬間、横合いからビームによる攻撃を受け、1機のウィンダムが吹き飛ばされた。

 

 目を転じれば、水平スタビライザーの翼端にスラスターを装備した青い機体が、真っ直ぐこちらに向かってくるのが見える。

 

 それを見て、ヒカルは微笑を浮かべた。

 

「リィス姉、遅い!!」

《アンタが速く行きすぎなのよ!!》

 

 ヒカルの不満の声に対して、リィスはピシャリとした声で言い返した。自分達を置いて先行した弟に対して

 

 ウィンダムに対して、手にしたライフルで攻撃を浴びせるリィスのリアディス・アイン。

 

 そして更に後方からは、カノンの駆るリアディス・ドライも続行してきた。こちらは高機動型装備のアインと違い、かなりの重装備である。

 

 ファランクス・ストライカーと呼ばれるこの装備は、両肩にビームガトリングを装備し、腰にはビームキャノン、肩の張り出しと脚部にミサイルランチャーを装備した砲撃戦形態の機体である。

 

「行っけェェェ!!」

 

 カノンの叫びと共に、一斉攻撃を開始するリアディス・ドライ。

 

 その圧倒的な攻撃力を前に、ウィンダムは一方的に押されていく。

 

 そこへ更に、セレスティとリアディス・アインの攻撃も加わり、火力の密度は更に増していく。

 

 最早反撃どころではなくなったウィンダム。

 

 その隙を逃さず、ヒカルが動いた。

 

「これで!!」

 

 セレスティの持つ全ての砲を展開、フルバーストモードへと移行する。

 

 その様子を、ウィンダムのパイロット達も気付いていたが、最早どうにもならなかった。

 

 5つの砲口から、閃光が迸る。

 

 その光の中で、ウィンダムは次々と討ち抜かれて爆散していった。

 

 

 

 

 

 大和へ帰還したヒカルは、セレスティをメンテナンスベッドに固定すると、その足でロッカールームへと向かう。

 

 ふらふらと、体が揺れているのを感じる。それを見たクルーが、不審な目をヒカルに向けて行くが、それに構う余裕すら、今のヒカルには無かった。

 

 足取りが妙に重く感じる。

 

 撃っても撃っても、次々とわいてくる解放軍部隊。

 

 その全てを殲滅し帰還する度に、ヒカルはいつものように、己の内から湧き上がるどうしようもない不快感に苛まれる。

 

 敵わないと判っていても、降伏勧告に従わない彼等の存在は、ヒカルの精神を容赦なく締め上げ、削り取っていた。

 

 それに、言うまでもなくレミル(レミリア)の事もある。

 

 もしレミル(レミリア)ともう一度対峙した時、果たして自分が(かのじょ)を撃つ事ができるのかどうか? その問いに対して、ヒカル自身が未だに答えを出せていない事も大きかった。

 

 己の内に矛盾を抱えたまま、それでも戦い続けなくてはならない現実が、ヒカルの心を常に抉り続けているのだった。

 

 着替えを終えたヒカルは、その足で自室へと向かう。

 

 食堂に行って食事をしても良かったのだが、今は何を食べても胃が受け付けない気がした。

 

 自室に着くと壁に備えた高感度通信型のラジオを掛け、そのままベッドの上に倒れるようにして横になった。

 

 高ぶった神経を宥めるようにして、両目を閉じる。

 

「・・・・・・あいつら、いったい何なんだよ」

 

 テロリストの思考回路を、正直ヒカルは掴みかねていた。

 

 確かに北米解放軍は強大な敵だ。一息に壊滅に追い込むのは難しいかもしれない。

 

 しかし、それでも、こんな抵抗がいつまでも続く筈が無い。現に北米での戦いは5年以上にわたって続けられているが、北米解放軍は未だに南部に押し込まれたまま、それ以上北へは一歩も進めないでいる。

 

 彼等の闘争には、終わりなど無いのではなかろうか?

 

 解放軍相手に戦い始めて、ヒカルが感じた事はそれだった。

 

 ならばどうするのか? 彼等はどこを目指して進んでいるのか?

 

 ただ闇雲に戦っているだけなのだとしたら、それは単なる無軌道な破壊と言う事になる。それが敵国の領土で行うならば、立派な戦略の一環として見る事も出来るのだが、戦場となっているのは彼等の国土である。つまり、破壊の結果失われる物も、彼等の「財産」と言う事になる。

 

 いくら考えても、答は出ない。

 

 無論、ヒカルの中には、テロリストに対する憎しみは存在している。

 

 かつて、大切な妹の命を奪って行ったテロリスト。

 

 彼等の存在を許すつもりは、ヒカルには無い。当然、彼等と戦う際に手心を加える気も無かった。

 

 だが、彼等を許さないと言う事は、すなわちレミル(レミリア)と対峙した時、(かのじょ)に対しても銃口を向けなくてはいけないと言う事になる。

 

 レミル(レミリア)は良いのに、解放軍はダメ、と言うのはあまりに理屈に合わないだろう。

 

「クソッ」

 

 悪態を吐きながら、ヒカルはゴロっと寝返りをうつ。

 

 北米解放軍と本格的に戦端を開いてから、ヒカルの中にある矛盾はさらに大きくなろうとしている。

 

 妹の命を奪ったテロは許せない。

 

 しかし、レミル(レミリア)の事はまだ、心の中では信じたいと思っている。

 

 その真っ向から反発しあう思いを抱えたまま、ヒカルは目を閉じる。

 

 点けたラジオからは、ヘルガ・キャンベルの歌声が聞こえてくる。

 

 最近になってデビューした、プラント所属の新人歌手であり、最近のヒカルのお気に入りでもあった。

 

 「プラントの女帝」と言う異名で呼ばれる大物歌手の娘であり、今後の躍進が期待されている。

 

 ヘルガの澄んだ歌声を聞きながら、ヒカルの意識はゆっくりと眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 ヒカルの変化には、周囲の人間も既に気付き始めていた。

 

 ヒカルと同じく艦に帰還したカノンとリィスは、着替えを終えると、その足で食堂へと向かった。

 

 ハンターキラー作戦が開始してから、正式に隊員登録されたカノンだったが、彼女はヒカルほどには状況を悲観的に捉えていないようで、取りあえず食欲も普段通りにある。

 

 彼女生来の明るい性格が功を奏しているようで、現状におけるストレスは見られない。

 

 案外、この職業に向いているのはヒカルよりも、むしろカノンの方であるのかもしれない。今も、カウンターから運んできたカレーライスをうまそうにパクついていた。

 

 一方のリィスはと言えば、こちらは子供の頃から戦場にあるせいか、既に戦争についてある程度の割り切りを見せている。

 

 どうにもならない事はどうにもならない。ならば「自分」と言う核をしっかり保ちながら、歩き続けるしかない。それが、リィスが自分なりに長い戦場生活で培ったスタンスだった。

 

 こうして、既に環境への順応を始めている女2人だったが、当然の事ながら、それを他人にまで強要する事はできない。

 

「やっぱり、レミルの事が大きかったんだね」

「ああ、例の、士官学校の同期の子だよね」

 

 皿の中のサラダを突きながら、リィスはカノンの発言に反応する。

 

 リィスはレミル(レミリア)の事を、実はよく知らない。と言うより会った事すら無い。ヒカルはほとんど話してくれないので、カノンから伝え聞く程度の情報しか無いからだ。

 

 しかし、士官学校の中でヒカル達と最も親しかった友人であると言う事くらいは分かっていた。

 

「カノンも仲良かったんだよね?」

「うん、まあね。けど、あたしよりも、どちらかと言えばやっぱりヒカルの方が仲良かったと思う」

 

 何と言うか、2人の事を傍で見てきたカノンの目から見て、ヒカルとレミル(レミリア)の仲の良さは屈指の物だった事が分かる。ヒカルとは幼馴染の関係にあるカノンですら、2人の間に割って入るのが手まら割れる事が合ったほどである。

 

 と、

 

 そこで何やら、リィスは深刻な顔をしてカノンに顔を近づけた。

 

「あのさ、カノン。一つ確認するけど、その、レミルって子は男の子だよね?」

「うん、そだよ。それが?」

 

 あっけらかんと尋ね返すカノン。

 

 レミルが、実はレミリアと言う名前の女の子である事は、殆どの人間に知られていない。当然、カノンもヒカルも、全く気付いていなかった。

 

 その事を聞き、リィスは更に顔を近づけてくる。

 

「じゃ、じゃあ、一つ聞きたいんだけど・・・・・・」

「ちょ、リィちゃん、顔、近い近い」

 

 グイグイと近付いてくるリィスを、カノンは辟易した調子で押し戻そうとしている。

 

 しかし、そんなカノンの様子に構わず、リィスは真剣な表情で話を続ける。

 

「まさかと思うけど、ヒカルの奴・・・・・・」

「いや、だから近いって」

 

 腕力ではリィスに敵わず、カノンは徐々に椅子からずり落ちそうになっている。

 

「そっちのケがある訳じゃ、ないよね?」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 あまりにも予想の斜め上を行く話に、思わず動きを止めて目を丸くするカノン。

 

 要するにリィスは、ヒカルと「レミル」が「男同士の禁断の関係」になっているのではなにのか? と危惧しているのだ。

 

 本来なら「まさか」と一笑に付す所である。しかし、当のリィスはと言えば、真剣そのものの表情で詰め寄って来ていた。

 

「た、たぶん、大丈夫、なんじゃないかな?」

 

 真実の確認しようがないカノンとしては、そのように答えるしかない。実際の話、2人が「そういう関係」だったとしても、レミル(レミリア)の性別の事を考えれば、別段何の問題もないのだが。

 

「そう、なら、良いんだけど」

 

 カノンの話を聞いて、ようやく安心したようにリィスは離れた。

 

「何て言うかさ、お姉さん的には心配なんだよね。ほら、私は軍の仕事で忙しかったから、ヒカルとは最近、殆ど会ってなかったし。その間に性格が歪んじゃったりしたらどうしよう、とかさ」

「いやいやいや、無い無い無い」

 

 リィスの心配を笑い飛ばすように、カノンが手をパタパタと振る。

 

 士官学校の様子を思い起こしてみても、ヒカルは女子とも普通に話していたし、特に浮ついた感じもしなかった。何より、2人が何らかの関係になっていたとしたら、一緒にいたカノンが気付かない筈が無かった。よって、リィスの心配は杞憂だろう。

 

 と、

 

「いずれにしても、早いうちに何とかした方が良いだろうな」

 

 いきなり横合いから声をかけられ、カノンとリィスは振り返る。

 

「うわッ 艦長だ」

「いつからいたんですか?」

 

 ギョッとして調子の女2人の反応を無視して、いつの間にか彼女達の隣のテーブルに座っていたシュウジは、ラーメンをすすりながら言った。

 

「パイロットのメンタル管理は、艦の命運にも直結する重大事だ。何とかしてやりたいのだが、どうした物かな?」

 

 問いかけるようなシュウジの言葉に、誰も応える事ができない。

 

 事は心の問題である。簡単に踏み込んで良い事ではないし、下手な手出しは却って藪蛇になりかねない。

 

 一番いいのは、ヒカルが自ら答えを出して乗り越える事なのだが。

 

 しかし妹のルーチェを殺したテロリストを憎む気持ちと、一番の親友がテロリストだったと言う事実を前に、僅か16歳の少年が、そうそう割り切って考える事ができるはずも無かった。

 

 そこで、

 

 ふとカノンは、全く場違いな事ながら、ある考えに至って動きを止めた。

 

 ヒカルは、勿論男である。

 

 そしてレミル(レミリア)も男である(と思われている)。

 

 性別が同じ2人であるから、2人が友達以上の関係になる事などあり得ないと考えていた。

 

 しかし、思い起こしてみればレミル(レミリア)は、女子と見紛わんばかりに美しい容姿をしていた。

 

 そのレミル(レミリア)の容姿が、万が一、ヒカルの好みにドストライクだったとしたら?

 

 先程、リィスが口にした阿呆らしい妄想も、現実性を帯びてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・まさかね・・・まさか・・・・・・アハハハハハハ」

 

 妙に乾いた笑い声を上げるカノン。

 

 本当に「まさか」と思いたいところである。

 

 しかし、

 

 一度浮かんでしまった疑惑は、そう簡単には消えてくれそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間を航行する金属のクジラの群れは、音も無く粛々と進んで行く。

 

 周囲を威圧するように進む船の群れの周りでは、その1000分の1以下の質量をもつ小型のモビルスーツが多数飛び交っているのが見える。

 

 CE93の現在になっても、ザフト軍はヤキン・ドゥーエ戦役で主力であった、ナスカ級高速戦艦やローラシア級戦闘母艦を艦隊の中核に据え、運用を行っている。

 

 その理由としては、ザフト軍の主力はあくまでモビルスーツであり、戦艦、特に量産を前提にした艦に関しては、実用性を重視した物で充分である、と言う認識がある為である。

 

 勿論、見た目はそれほど変わらずとも、内部の機構には最新の物が取り入れられ、速力、攻撃力等の性能は向上している。以前はクルー達に不評だった居住性も、若干ではあるが解消されていた。

 

 しかし、その中でも目を引くのは、中央を航行している3隻の箱型の巨艦だろう。

 

 長方形の船体の各所にハッチが設けられ、周囲には若干の武装も見られる。

 

 武装的には貧弱な印象があるその艦は、しかし大きさ的にはナスカ級戦艦の3倍近いボリュームがあり、下部には多数の降下揚陸ポットが牽引されていた。ちょうど、何かの生物が腹の下に無数の卵を抱えているような印象を受ける。

 

 この艦はカーディナル戦役終結後にザフト軍が建造した降下揚陸母艦で、多数の揚陸ポットを運ぶ事ができる。言わば強襲揚陸母艦の宇宙版である。

 

 艦隊は、この降下揚陸母艦を中心に据えて構成されている。

 

 彼等は今、地球へと向かって航行している、

 

 とは言え、実際に艦隊が地球に降下するのではない。そもそも、ナスカ級やローラシア級に大気圏突入する能力は無い。

 

 今回の目的は、降下揚陸部隊の護衛である。

 

 ジュノー基地が壊滅した関係で、北米統一戦線への押さえが弱くなっている。その為、北米北部へ増援部隊を送る事が目的である。

 

 今回増援として送る戦力なら、寡兵の北米統一戦線など一息の内に打ち破れるだろうと思われた。

 

 粛々と進んで行く艦隊。

 

 間もなく、降下予定ポイントまで達しようとした。

 

 その時、

 

 前路警戒に当たっていたゲルググ数機が、突如、縦横の軌跡を描いて飛来した複数の閃光に貫かれ、一瞬の内に爆炎を上げて吹き飛ばされていった。

 

 一瞬にして、動揺がザフト艦隊に蔓延する。

 

 その中で、奇襲をかけた機体が、彼等の前に立ちはだかるようにして悠々と、深紅の炎の翼を広げて見せた。

 

「ここから先には行かせない。絶対に!!」

 

 スパイラルデスティニーのコックピットで、レミリアは迫るザフト艦隊を威嚇するように叫び声をあげる。

 

 ザフトの増援部隊に対する対応を協議する上で、結局代替案が見つからなかった北米統一戦線は、「スパイラルデスティニー単独による、ザフト増援部隊迎撃案」を採用。シャトルを用いて、レミリアとスパイラルデスティニーを宇宙に送り込んだ。

 

 その際、当然と言うべきかイリアは猛然と反対した。大切な妹を1人で危険な宇宙に行かせるなどもっての外だと、彼女は考えたのだ。

 

 しかし、結局代替案は見つからず、レミリアの宇宙行きは確定した。

 

 ただちに反撃を開始するザフト軍。

 

 モビルスーツ隊は接近しながら携行火器を放ち、艦隊からも支援砲撃が行われる。

 

 しかし、レミリアはそれらの攻撃を全て回避、変わりに両手のビームライフルと背部の3連装バラエーナ砲を展開して砲撃を仕掛ける。

 

 たちまちの内に、迎撃に付こうとしていたザフト軍機多数が、直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 更にレミリアは、8基のアサルトドラグーンを引き寄せると、自機の周辺に取り囲むようにして配置。更に、スパイラルデスティニーの固有武装であるビームライフル、3連装バラエーナ砲、クスィフィアス改連装レールガンを展開する。

 

「行けッ!!」

 

 短い叫びと共に、解き放たれる52連装フルバースト。

 

 圧倒的な火力は、一瞬にして展開するザフト軍を壊滅させるのに十分だった。

 

 爆炎を横目に見ながら、スパイラルデスティニーは駆け抜ける。

 

 レミリアの瞳は、既に彼等に向いていない。

 

 目指すは、中央に位置する揚陸母艦。あれさえ潰す事ができれば、仲間を守れるのだ。

 

 艦隊から撃ち上げられる対空砲を高速ですり抜け、邪魔になる艦に砲撃を浴びせて撃破。更に前へ、奥へと進む。

 

 こいつらを行かせる訳にはいかない。

 

 レミリアの脳裏にクルトの、アステルの、イリアの、そして仲間たちみんなの顔が浮かぶ。

 

 彼等を守る為に、彼等が守りたいと思う北米を守る為に。

 

 一瞬、

 

 レミリアの脳裏に、なぜかヒカルの顔が浮かんだ。

 

 少年の笑った顔、怒った顔、楽しそうな顔。それらによって、レミリアの脳裏が埋め尽くされる。

 

「ッ!?」

 

 歯を食いしばって、その顔を打ち消す。

 

 今は余計な事を考えるな。ただ、仲間達の為に敵を倒す事だけを考えればいい。

 

 接近してきたザクを、とっさに抜き放ったアクィラビームサーベルで胴切りにして撃墜、更に、別のグフに対しては左掌のパルマ・フィオキーナを起動して、コックピットを握りつぶす。

 

 集中する火線。

 

 それらを、虚像を用いた分身で攪乱して回避。吹き上がる閃光を尻目に速度を上げる。

 

 ただ1機。

 

 支援する味方の無い単独での戦いは、ただそれだけでレミリアの神経を容赦なく削り取る。

 

 向かってくる敵の数を数えるだけで発狂しそうである。

 

 それでも進む。前へ。

 

「・・・・・・・・・・・・もっと」

 

 少女を突き動かしている者はただ一つ。仲間達を思う心に他ならない。

 

「・・・・・・・・・・・・もっと」

 

 自分が姉を、友達を、仲間を守る。

 

 その想いだけで、レミリアは前へと進む。

 

「もっと・・・・・・もっと強く、だァ!!」

 

 叫ぶレミリア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その脳裏で、SEEDが弾ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアになる視界。

 

 倍加する感覚。

 

 あらゆる事象が、今のレミリアには停止して見える。

 

 砲撃をすり抜け、邪魔する機体を斬り飛ばし、戦艦を吹き飛ばしながら前へと進むレミリア。

 

 そしてついに、

 

 螺旋する運命の名を冠した機体は、ザフト軍艦隊の護衛を突破、中枢へと踊り込んだ。

 

 目の前にあるのは、3隻の強襲降下母艦。これらが搭載する戦力が地上に降りれば、その時点で北米統一戦線は死命を制される事になる。

 

 だから、

 

「やらせないッ 絶対に!!」

 

 8基のアサルトドラグーンを射出するレミリア。

 

 大きくターンして目標へと向かうドラグーンを見送りながら、レミリアは両手に持ったライフルを連結。ロングライフルモードにして構える。

 

 解き放たれる、大口径の閃光。同時に、猟犬の如く散って行ったアサルトドラグーンも、各5門の砲で砲撃を浴びせる。

 

 降下母艦の方でも、自前の対空火器を撃ち上げてスパイラルデスティニーを迎撃しようとするが、そんな物はレミリアにとって蟷螂の斧でしかない。

 

 貧弱な攻撃を全て回避、砲撃を続行する。

 

 こうなると、戦艦に比べて攻防性能が劣る降下母艦は無力に等しい。

 

 一撃で貧弱な装甲が破壊され、粒子が艦内を席巻する。

 

 艦体下部に牽引した揚陸用ポットにも、アサルトドラグーンの砲撃が浴びせられ、次々と弾けるように撃破されていく。

 

 容赦はしない。こいつらを少しでも逃せば、いずれ再び自分達の前へ立ち塞がる事になる。

 

 だからこそ、ここで叩き潰すのみだった。それも、徹底的に。

 

 1隻の降下母艦が、スパイラルデスティニーの砲撃をまともに浴びて吹き飛ぶ。

 

 内部から弾けるように破壊された母艦は、内部の弾薬庫を直撃された様子である。

 

 更に、別の1隻はアサルトドラグーンの集中攻撃を受け、下部の揚陸ポットが激しく炎上している。

 

 更に、最後の1隻。

 

 これさえ撃破すれば、敵の戦力は壊滅するはず。

 

 そう考えたレミリアは、そちらの方向へスパイラルデスティニーを向けた。

 

 その時だった。

 

 突如、強烈な閃光がスパイラルデスティニーの進路を遮るように放たれ、レミリアは攻撃を断念して後退せざるを得なくなった。

 

「何がッ!?」

 

 機体の体勢を立て直しながら、アサルトドラグーンを引き戻して翼のカバー部にマウント。同時にレミリアはビームが飛来した方向を振り仰ぐ。

 

 そこには、スパイラルデスティニーを標的と見定め、編隊を組んで飛翔してくる4基のモビルスーツがいた。

 

 全体的にザクに似たフォルムをした機体だが、ザクよりもややずんぐりしたような印象がある。どこか、鎧を着た人間のような印象がある。

 

 先頭の隊長機と思われる機体はスラッシュ・ウィザードを装備、他の3機の内、2機はブレイズウィザードを、残る1機はガナーウィザードを装備している。

 

「ザフトの新型ッ もう実戦投入されてたの!?」

 

 叫び声をあげながら、レミリアはスパイラルデスティニーを振り返らせる。

 

 それに合わせるように、4機のザフト機も速度を上げてきた。

 

 ZGMF-2000「ハウンドドーガ」

 

 ザフト軍が推進した「ニュージェネレーションシリーズ」と呼ばれる主力機動兵器開発計画の一環として作り出された機体で、ザク、ドム、グフ、ゲルググと言った機体の後継機として期待されている。

 

 その性能はザフトの設計らしく手堅い物で、「重装甲、大出力」というシンプルなコンセプトを基本とし、武装に関しては伝統のウィザードシステムを取り入れる事で強化を図っている。

 

「あれがハワイで奪われた機体か」

 

 先頭を進む隊長は、迎撃態勢を取るスパイラルデスティニーを見据えて呟く。

 

 ルイン・シェフィールドと言う名の隊長は、周囲の惨状を見回しながら、スッと目を細める。

 

 いかにもベテランパイロットらしく、取り乱すような真似はしない。しかし、怒りに震える瞳は、真っ直ぐにスパイラルデスティニーに向けられる。

 

 ルインは本来、降下揚陸部隊の護衛任務にあったわけではなく。たまたま反政府勢力制圧任務を終えて帰投する途中に、艦隊が襲撃を受けたと言う急報を受け、部隊を引き連れて駆け付けたのである。

 

 しかし一歩遅く艦隊は壊滅し、揚陸部隊も三分の二が破壊されてしまっていた。

 

 自分達がもっと早く到着していたら、と思わないでもない。

 

 しかしこうなった以上、後悔ばかりをしていても始まらない。せめて敵を倒し、散って行った同胞たちへの手向けとしなくてはいけなかった。

 

「ディジー、ジェイク、ノルト。散開しつつ攻撃を開始しろ。油断するんじゃないぞ!!」

《《《了解!!》》》

 

 年若い兵士達の元気な声を聞きながら、ルインはフッと笑みを浮かべる。

 

 かつては新米の兵士として戦っていた自分が、今はこうして隊長として、かつての上官の子供達を率いて戦っている。

 

 全く持って、人生とは先が読めず、そして面白い物だった。

 

 

 

 

 

 ルインからの命令を受け、ディジー・ジュールは青く塗装した自機の速度を上げて、スパイラルデスティニーへと向かっていく。

 

 そのすぐ隣には、同様にブレイズ・ウィザードを装備した黒いハウンドドーガが続く。

 

《なあ、ディジー。ちょっとばかり賭けでもしないか?》

「はあ? こんな時に何言ってるのよ!?」

 

 緊張感を欠いた同僚の発言に、思わずディジーは眉を顰める。いったい、今から戦闘を始めようとしている時に、何を寝言みたいな事を言っているのか?

 

 しかし、ジェイク・エルスマンは、そんなディジーの反応を楽しむようにして続ける。

 

《俺が奴を仕留めたらデート1回でどうだ?》

「お断りよ」

 

 けんもほろろ、とはこういう事を言うのだろう。ディジーはジェイクの言葉を一言の下に切って捨てる。

 

 ジェイクとは長い付き合いだが、彼のこういうところは子供の頃から全く変わっていない。まったくガキのままなのだ。幼馴染としては、少しは緊張感を持ってほしかった。

 

 と、

 

《2人とも、無駄口はそこまでです。来ますよ!!》

 

 後方から生真面目な声でくぎを刺される。

 

 ガナーウィザード装備のハウンドドーガを操るノルト・アマルフィは、ディジーやジェイクよりも1歳下になる。しかし、温厚な性格ゆえか、2人が諍いを起こした際には仲裁役に回る事が多かった。

 

 ディジーとジェイクとノルト。

 

 全くキャラクターが違う3人だが、これで妙にウマが合い、戦闘中は高度な連繋を見せるのだから、世の中色々と判らなかった。

 

 しかし、ノルトの言うとおりだった。

 

 視線の先では、全武装を展開して砲撃体勢に入っているスパイラルデスティニーの姿があった。

 

「散開!!」

 

 叫ぶディジー。

 

 スパイラルデスティニーがフルバースト射撃を敢行するのは、それと同時だった。

 

 吹き荒れる強烈な閃光の嵐。

 

 しかし、ディジーの判断が一瞬速かったおかげで、3人は砲撃の有効範囲から逃れる事に成功した。

 

 目を剥いたのは、レミリアである。

 

「外した!?」

 

 まさか、と思った。

 

 先制の砲撃で敵を一網打尽にしようと考えていたレミリアは、初手から計算が狂った事になる。

 

 その動揺を見透かしたかのように、ディジー機とジェイク機が距離を詰めてくる。

 

「そら、墜ちろッ!!」

 

 ファイアビー誘導ミサイルを一斉発射するジェイク。

 

 飛んでくるミサイルをライフルで迎撃していると、今度はビームトマホークを翳したディジー機が突っ込んで来た。

 

「貰った!!」

 

 振りかざされるビームの斧。

 

 しかし、刃が届く前に、レミリアは体勢を入れ替えて、腰の連装レールガンを跳ね上げる。

 

 放たれる4発の砲弾。

 

 その攻撃を、ディジーは辛うじてシールドで防御する。

 

 しかし、

 

「この、威力は!?」

 

 思わず、息を詰まらせるディジー。

 

 彼女のハウンドドーガは、レールガンの直撃を受けて大きく吹き飛ばされた。

 

 更に追撃を掛けようと、レミリアはビームライフルの照準をディジー機へと向ける。

 

 しかし、

 

「やらせませんよ!!」

 

 ノルトの叫びと共に、彼のハウンドドーガが持つオルトロス長射程ビーム砲が火を噴く。

 

 並みのビーム兵器を上回る攻撃を前にして、レミリアはとっさに翼を羽ばたかせてその場から回避する。

 

 そこへ、ジェイク機が突撃銃を放ちながら距離を詰めてくる。

 

「ッ 邪魔を!!」

 

 ジェイクの攻撃をシールドで受け流して回避するレミリア。

 

 しかし、その間にディジーは体勢を立て直してしまった。

 

 更に、

 

《遠距離から徹底的に攻撃を仕掛けろ。不用意に近付くな!!》

 

 それまで状況を見守っていたルインも攻撃に加わり、3人にそう指示を飛ばす。

 

 相手の戦闘力を前に、不用意な接近戦は却って命取りになる。それよりも、遠距離から徹底的に削って行く事にしたのだ。

 

 ルインの命令に従い、ディジーとジェイク、そしてルインは突撃銃を放ち、ノルトはオルトロスを撃ち放つ。

 

 その連続攻撃を前に、さしものレミリアも反撃のタイミングがつかめず、回避に専念するしかない。

 

 しかし、同時にレミリアは、これ以上戦闘を続ける事への無意味さも感じていた。

 

 元々レミリアは、ザフト軍の揚陸作戦を阻止する為にここに来た。

 

 チラッと艦隊の方へと目を向ければ、ザフト艦隊は沈んだ艦のクルーを救助するのに躍起になっている。あの様子では、降下揚陸作戦を行うどころの騒ぎではないだろう。

 

 レミリアがここに来た目的は、ほぼ達成されたとみて間違いない。ならば、これ以上乱痴気騒ぎに付き合う言われはなかった。

 

「悪いけど!!」

 

 レミリアはスパイラルデスティニーのスラスターを全開。ディジー機に狙いを定めて急接近する。

 

「こいつッ 来るなら!!」

 

 対して、突撃銃とファイアビー誘導ミサイルで応戦するディジー。

 

 しかし、その攻撃も、紅炎翼を羽ばたかせて急接近してくるスパイラルデスティニーを捉える事はできない。

 

 抜き打ちのように、ミストルティン対艦刀を抜き放つレミリア。

 

「通らせてもらうよ!!」

 

 言い放つと同時に、斬り上げるように一閃するレミリア。

 

 その一撃で、ディジーのハウンドドーガは、左肩を付け根から斬り飛ばされてバランスを崩す。

 

「クッ!?」

 

 コックピット内で呻き声を漏らすディジー。

 

 その隙にレミリアは、彼女の機体を蹴り飛ばして包囲網を脱する。

 

 ジェイクとノルトのハウンドドーガが、尚も背後から攻撃を仕掛けて来るが、フルスロットルまで加速したスパイラルデスティニーを捉える事はできない。

 

 その間にレミリアは、離脱コースに向けて一散に駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

PHASE-09「深淵に芽吹く」      終わり

 




《人物設定》

ルイン・シェフィールド
コーディネイター
35歳      男

乗機:ハウンドドーガ

備考
ザフト軍シェフィールド隊隊長。かつてはジュール隊の新人パイロットであったが、今では一方面軍の隊長を任されるまでになっている。大人らしく落ち着いた性格であり、実績と経験を積み、ザフト軍内でも有数な実戦的指揮官となっている。





ディジー・ジュール
コーディネイター
16歳     女

乗機:ハウンド・ドーガ

備考
イザーク・ジュールの娘。父親に似て気まじめな性格の委員長タイプ。ジェイクとは幼馴染だが、そのいい加減な性格には毎度振り回されており、気苦労が絶えない。





ジェイク・エルスマン
コーディネイター
16歳     男

乗機:ハウンド・ドーガ

備考
ディアッカ・エルスマンの息子。やや女好きで軽い性格。一見すると不真面目に見えるが、父親譲りで要領が良く、何でもそつなくこなす天才肌。





ノルト・アマルフィ
コーディネイター
15歳     男

乗機:ハウンド・ドーガ

備考
音楽業界で最高峰とも言われるピアニストを父に持つ少年。性格は温厚で控えめ。アクの強いメンバーに振り回されがちだが、生来マイペースな面がある為、割とそつなく仲介役をこなす事が多い。





《機体設定》

ハウンドドーガ

武装
ビーム突撃銃×1
ビームトマホーク×1
ハンドグレネード×6
アンチビームシールド×1
各種ウィザード、シルエット

備考
ニューミレニアムシリーズの後継である「ニュージェネレーションシリーズ」の一環として、ザフト軍が実戦配備した機動兵器。ザフトの設計らしく、手堅く、大出力高機動が売りの機体。


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PHASE-10「冥府に葬列を成す亡者」

 

 

 

 

 

 

 

 その日、アラン・グラディスの姿はプラント首都アプリリウスワンにある、最高評議会議事堂にあった。

 

 普段から若さが漲るその表情だが、今は見るからに緊張によって硬直しているのが分かった

 

 地方選出の若手議員として政権与党に名を連ねるアランだが、現在のグルック派のやり方に対して、必ずしも絶対的な支持をしている訳ではない。

 

 プラントの権威拡大を目指すグルック派のやり方は、確かに国を強くする方針である事は間違いない。そう言う意味では、決して間違っているとは言い難いだろう。

 

 しかし、それは同時に危険なやり方である事は、これまで存在する数多の歴史が証明してきている。

 

 強すぎる力は、必ず災いを呼ぶ。そして災いは己の身をも焦がす事になる。

 

 グルック派の議員たちは、自国の繁栄ばかりに目が良き、そう言った歴史の暗部を忘れているのではないか、とさえ思っていた。

 

 アラン個人としてはむしろ、数年前に他界したラクス・クラインの思想に共感を覚えている。

 

 エンドレスとの戦いが終結した後は、力ではなく融和によって、繁栄と平和を目指したラクス。そして彼女は、その理想的な世界に手が届くまで、あと少しと言うところまで来ていたのだ。

 

 その偉大性は、亡くなった今でも多くの信奉者がいる事から伺う事ができるだろう。

 

 しかし、今のプラント政府内では、ラクスの事を支持するのはご法度と言って良い。それは、アンブレアス・グルックが政権を握った際に、全てのクライン派議員が放逐された事から見ても明らかだった。

 

 故にアランとしては、ラクス・クラインに対する己の信奉は、取りあえず内に秘める以外には無かった。

 

 そんなアランの目の前に、今、現プラント最高評議会議長アンブレアス・グルックが、悠然と腰掛けて対峙していた。

 

 その圧倒的な存在感を前に、若いアランは完全に委縮してしまっている。

 

 つい先日の議会の場にあって、アランはグルックの唱える方針に対して異を唱えている。その事について、何らかの懲罰があるのではないか、と内心で恐々としているのだ。

 

 そんなアランの心情を見透かしたように、グルックはフッと笑って見せた。

 

「そう緊張する事もあるまい。私は何も、取って食おうと思って君を呼んだわけではないのだよ」

「は、はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 アランとしては、そう答えるのがやっとの状態だった。

 

 緊張するな、と言うのがそもそも無理な話である。下級議員に過ぎないアランが、最高議長から直々に呼び出されて緊張しない方がおかしかった。

 

「今日、来てもらったのは他でもない。君にやってほしい仕事があるからなのだよ」

「仕事、ですか?」

 

 グルックの言葉に、アランは怪訝そうに首をかしげる。

 

 グルックには子飼いの議員が掃いて捨てる程居るのに、直接的なつながりの薄いアランに仕事を回す事の意味を図りかねたのだ。

 

「まずは、これを見てほしい」

 

 そう言ってグルックが差し出してきた書類を受けとり、アランは一読する。

 

 それは、何かの作戦計画書のようだった。軍事関係には疎いあアランだが、北米において大規模な軍事行動が計画されている事は知っていた。恐らく、その為の書類なのだろうと思われる。

 

「モントリオールの総督府からあげられてきた北米南部侵攻案に対し、参謀本部が具体的な作戦案を提示した物だよ」

 

 グルックの説明を聞きながら、アランは読み進めていく。

 

 現在、北米解放軍の本拠地はフロリダ半島にあると思われる。しかし、そこに至るまでにはかなりの数の防衛ラインが用意されている。

 

 北部には巨大要塞群が建設されてザフト軍の南下に備え、南部の海上には艦隊と水中用モビルスーツの大部隊が目を光らせ、水も漏らさぬ体勢を築き上げている。事実上、これらを攻略しない事には解放軍の本拠を突く事は不可能だった。

 

 そこでザフト軍参謀本部は、今回の作戦に当たって大規模な囮作戦を展開する事を提案してきた。

 

 まず、同盟軍である南アメリカ合衆国軍がフロリダ半島の対岸に集結して、北上の構えを見せる。ただし、これは囮である。装備も規模も劣る南米軍では、解放軍とまともに戦う事はできない。

 

 しかし、重要なのは南米軍の大軍が、すぐに解放軍に対して攻撃できる位置に展開する事だった。

 

 北米解放軍が南米軍へ目を向けた隙を突き、北米駐留ザフト軍、並びにモントリオール政府軍から成る共和連合軍主力が解放軍の要塞群に攻撃を仕掛けて突破、一気に解放軍の本拠地へ雪崩込むのが作戦である。

 

「お話は分かりました。しかし、これで私に何をしろと?」

 

 アランは先を促すようにして尋ねた。

 

 これ程の大作戦が展開するのは久しぶりの事だが、軍事について素人のアランが呼び出された理由がイマイチ判らなかった。

 

「現在、北米でオーブ軍の戦艦が活動しているのは、君も知っているね?」

「はい、大和の事ですね」

 

 オーブ軍所有の最新鋭戦艦である大和が、解放軍と抗争を繰り広げているのはアランも知っている。が、グルックの口から大和の話題が出て来たのは予想外だった。

 

「今度の作戦だが、大和にも参加してほしいと思っている。君には彼等に、我々の意図を伝達する連絡官として赴いてほしいのだよ」

 

 グルックの言葉に、アランは愕然とした。

 

 確かに、これまで一切連繋の無かった他国の部隊と意思の疎通を図るためには、直接連絡官を派遣する事は必要だろう。しかし、まさか政治家の自分にその話が来るとは思ってなかったのだ。

 

「しかし議長、私は軍事的な事は・・・・・・・・・・・・」

「彼のラクス・クラインも、政界に入るまでは軍に所属して活躍している。それに、今は引退していると言うが、オーブ連合首長国の最後の代表であったアスハ女史も、かつては軍に身を置いていた」

 

 アランの言葉を遮るようにして、グルックは己の言葉を続けた。

 

「これからの強いプラントを担っていくのは、君達のような若い人材だ。その為に、多くの経験を積んで学んでもらいたいのだよ」

 

 そう言って、グルックは笑みを向ける。

 

 対して、所詮は下級議員に過ぎないアランに逆らう術は無かった。

 

 

 

 

 

「あなたも、随分と人が悪い」

 

 アランが退出し、グルックだけになった部屋に、別の人物の声が響き渡る。

 

 面白くてたまらないと言った感じの声に対して、グルックもフッと笑って答える。

 

「私が言った事は真実だよ。彼にはより多くの経験を積んでほしいと思っている。その事は確かさ」

 

 グルックの言葉に、相手が苦笑するのが分かった。何を白々しい事を言っているのか、とでも思っているのだろう。

 

「それで、彼が死んじゃったらどうするつもりなのさ?」

「それなら、彼はその程度の男だったと言うだけの話だ。ラクス・クラインの信奉者が減る。そう考えれば、我々の懐は一切痛む事も無い」

 

 グルックはそう言って肩を竦める。

 

 実際、彼はアランの命など歯牙にもかけていない。自分の子飼いの議員ではない彼を、いわば「最前線送り」にした事からも、それは明らかだった。

 

 ラクス・クライン的な物は全て否定されなくてはならない。彼女に対する信奉者も、またしかり。

 

 彼女の軍縮政策に反対するグルックにとっては、それは絶対的な事だった。そう言う意味で、機会があればどんな些細な事でも利用するつもりだった。

 

 笑みが聞こえる。

 

 しかし、それに対してグルックが、何かを応える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その基地の規模を見れば誰も、そこがゲリラの秘密拠点だとは思わないのではないだろうか?

 

 そう思わせる程に構造はしっかりとした造りをしており、集積された物資も莫大な量に上っていた。大国の持つ軍事拠点であっても、これほどの規模の物はそうそうあるまい。

 

 偽装された滑走路からは、時折モビルスーツが離陸していくのが見える。

 

 行先は北か? それとも南か? どちらかにいる敵の攻撃へと向かうのだ。

 

 北米南部には、このように要塞化された拠点群がいくつも存在している。彼等には、それらの兵力を整えるだけの莫大な資金源が存在するのだった。

 

 特にアパラチア山脈沿いに建設された「バードレス・ライン」と呼ばれる巨大要塞群は、地下構造を利用した強固な防御陣地として存在し、あらゆる攻撃を跳ね返し、かつ集積した物資と後方整備体制の恒久的な確立により、外部から一切の補給を受けずとも2年は持ち堪えられるとさえ言われている。

 

 北米解放軍は、北米の武装組織の中ではもっとも初期から活動していた組織である。

 

 事実上の母体とも言える大西洋連邦体が莫大な物量を有していた事もあり、その戦力は国家規模を遥かに凌駕している。北米解放軍は、かつて大西洋連邦が、崩壊前に所持していた資金、戦力、物資をそのまま継承して発足したという経緯がある為、これほどまでに強大な勢力を短期間で築く事ができたわけである。

 

 その気になれば北米南部に新たな国家を名乗る事も不可能ではない彼等だったが、敢えてそれを行わない理由は二つあった。

 

 まず敵対している共和連合が、彼等を正式に国家として認めない姿勢である事が大きい。

 

 北米を統治するのは、あくまでモントリオール政府と、その中心である総督府であり、それ以外の政体は一切認めない、と言うのが共和連合側の主張である。また、解放軍領土の南方に領土を持つ南アメリカ合衆国も、解放軍が国家として成立するのには強い反対の意を示している。南米側からすれば、自分達に敵対する勢力が、自分達と隣り合わせになるのはどうあっても容認できない事だったのだ。

 

 また、もう一つの理由としては彼等自身の主張にある。北米解放軍の目的があくまで「北米全土の解放」にあった事もある。彼等にしてみれば、北米大陸の一部を手に入れたところで満足する訳にはいかないのだ。

 

 そのような事情があり、現在、北米解放軍では北方にモントリオール政府軍、並びにザフト軍。南方では南米軍と対峙した状態で戦闘を続けていた。

 

 リーダーの名はブリストー・シェムハザ将軍。

 

 かつては地球連合軍の高官だったらしい彼は、その卓抜した指揮能力と大規模な兵力を駆使して、共和連合軍を相手に一歩も退かずに戦い続けてきた。

 

 同時に、今では壊滅状態にあると言われているブルーコスモスともつながりがあったとされる彼だが、真偽の程は定かではない。

 

「これで、いくつ目だ?」

 

 オーギュスト・ヴィランは、ため息交じりに数字を読み上げ、ガックリと肩を落とした。

 

 目の前の資料には、ここ数日の味方部隊の損害状況が書き記されている。わずか1週間で、被害が1か月前までと比べて3倍近くに上っているのが分かる。

 

「共和連合が新たな部隊を投入したみたいね」

「ああ。みたいだ」

 

 コーヒーを持って来てくれたジーナ・エイフラムに答えながら、オーギュストは苦い顔を作る。

 

 北米解放軍の規模からすれば、今のところまだ、損害は致命的と言えるレベルではない。

 

 しかし問題なのは、被害の殆どが北方に繰り出している遊撃部隊に集中していると言う事だった。

 

 先日の北米統一戦線の攻撃によってジュノー基地が壊滅したニュースは、解放軍でも掴んでいた。そして、同基地が北米北部の押さえとして重要な事も判っている。

 

 恐らくモントリオール政府軍は、ジュノー基地再建の為に動くだろうことも予測できた。ならば、その資材輸送を行う部隊を狙って通商破壊戦による封鎖作戦を仕掛ければ、少数の労力で敵に多大な損害を与える事も不可能ではないと判断されたのだ。

 

 北米解放軍と北米統一戦線は、連携して動いている訳ではない。それどころか状況が進めば、いずれは対決する事も互いの視野の内に入っていた。解放軍はあくまで、自分達の手で北米を開放する事を目指しているし、統一戦線の方でも、解放軍の強引すぎるやり方には賛同できないはずである。

 

 しかし将来の事はともかく、今は状況を最大限に利用しない手はないとオーギュスト達は考えた。

 

 そんなわけで、北米解放軍はジュノー基地の封鎖作戦を行っていた訳であるが、その封鎖を行う為に派遣した部隊が、次々と連絡を断っている訳である。

 

 調査に赴いた部隊の報告によれば、ウィンダム等の機体の残骸を見付けたと言っている事から、何らかの敵の襲撃を受けた事は間違いないのだが。事実上、生存者は皆無である為、何が起きたのかは全く分からない状況だった。

 

「このまま敵の攻撃が続けば、士気の低下にも影響しかねないな」

 

 簡単だと思われた北部の襲撃任務は、今や死と隣り合わせの危険な物となっている。早急に手を打つ必要性に迫られていた。

 

「その事なんだけど、これちょっと見て」

 

 ジーナはそう言うと、1枚の写真をオーギュストに示してきた。

 

 撃墜されたウィンダムの内、辛うじて生き残っていた頭部のカメラデータから抜き取られた物である。

 

 そこには、青空をバックに8枚の蒼翼を広げた機影が映り込んでいた。

 

 見覚えのあるその姿を見て、オーギュストは思わず目を細めた。

 

「これは・・・・・・あいつかッ」

 

 つい先日、太平洋上で交戦した共和連合軍の新型機。つまり、敵は例の戦艦と言う事になる。

 

 厄介な敵である。

 

 オーギュストは舌打ちする。確かに連中が相手では、少数で、しかも輸送隊相手に油断していた襲撃部隊はひとたまりも無かっただろう。

 

 だが、

 

「ジーナ、戦力を集めてくれ。それから、ジェネラル・マッカーサーは、もう使えるな?」

「ええ、技術班から、予想以上の仕上がりだって言ってきているわ」

 

 ジーナの返事に、オーギュストは面白そうに口の端を吊り上げた。

 

 狩られる側の者が、いつまでもそのままでその地位に甘んじていると思ったら大間違いである。

 

 戦場における攻守の立場など容易く逆転する物である。それはテーブルの上のカードをめくるよりも簡単に。

 

「さあ、始めるぞ。猟犬狩りを・・・・・・」

 

 そう呟いて、オーギュストは凄味のある笑みを口元に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞろぞろと、長い列を成して歩く人の群れ。

 

 その誰もが虚ろな目をして、重い足を引きずるようにして歩いている。

 

 その長蛇の列が構成する人の波は、複数の流れを作って、それぞれ自分達の目的地へと歩いて行く。

 

 彼等の目に希望は無く、彼等の歩む先に未来はない。

 

 ただ只管、絶望が口を開けて待っているだけである。

 

 彼等はこれから、船に乗り込む事になる。

 

 行き先は誰も知らない。

 

 ただ、僅かなりとも事情に精通している人は、口をそろえて言う。

 

 「地獄、らしい」と。

 

 彼等はこれから、どこかの隔離されたコロニーへと送られる事になる。そこで何をされるのかは分からない。ただ、一つだけ言える事は、生きて帰って来た者はいない、と言う事だけだった。

 

 まるで、亡者の群を連想させるような光景である。

 

 そんな彼らを取り囲むようにして、銃を持った兵士達が周囲を監視するようにして立っているのが見える。

 

 威圧的な兵士たちの姿は、歩く人々を委縮させるのに十分である。

 

 時折、倒れ込む人の姿も見られるが、そうした人たちに兵士は駆けより、腕を掴んで無理やり立たせ、列へと戻している。

 

 その様子を、物陰から見つめる人影があった。

 

 その人物は、上はTシャツを着込み、下は短パンを穿いている。更にキャップを目深にかぶり、薄手のコートを着込むことで、傍からは顔を確認されにくいような格好をしていた。

 

 流れて行く人の列を見やって、僅かに唇をゆがめる。

 

 その手は、ゆっくりとコートの裏側に差し込まれ、中から黒光りする拳銃を引き抜こうとした。

 

 次の瞬間、

 

 思いっきり首根っこを掴まれ、強引に物陰へと引っ張り込まれた。

 

「わわッ!?」

 

 驚いて振り返ると、そこにはよく見知った少年の顔があった。

 

「ちょッ アステル!?」

「馬鹿な事を考えるな」

 

 抗議交じりのレミリア・バニッシュの言葉に、アステル・フェルサーは素っ気無い調子で返した。

 

 そのままアステルは、レミリアの首根っこを捕まえたまま、ズルズルと引きずるようにしてその場から離れて行く。

 

「ちょッ 放してってばッ 痛い!!」

 

 強引にアステルの手を振り払うレミリア。そこでようやくアステルも立ち止まって、頬を膨らませているレミリアへ振り返った。

 

「あそこで、お前が暴れても何の解決にもならなかったぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アステルの指摘に、レミリアは言い返す事が出来ずに黙りこむ。

 

 アステルの言う通りだった。いかにレミリアでも、1人であそこにいた全員を助ける事など不可能である。最悪、レミリア自身も捕まってしまう可能性の方が高かった。

 

「ここで俺達ができる事は何もない。一刻も早く地球に戻る事が先決だろう」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 ことさらに冷静な口調のアステルに対し、尚も言いつのろうとするレミリア。

 

 しかし現実的な問題として、今の自分達に彼等を救う手段は無く、また救う事への意味もないと言う事は明白だった。

 

 

 

 

 

 アステルがレミリアの支援の為に合流したのは、軌道上でのザフト軍との戦闘があってから2日後の事だった。

 

 ザフト軍の降下揚陸部隊を撃破し任務を達成したレミリアだったが、その後のザフトの追及が厳しく、即座に地球へ戻る事が困難になった。そこで、事前に取り決めがされていた、月面中立都市コペルニクスへと進路を取る事にした。万が一の時は、ここに身を隠すように決まっていたのだ。

 

 そこで支援の為にやって来たアステルと合流したレミリアは、支援組織に匿われる形で、ザフト軍のマークの目が外れるのを待っている状態だった。

 

 アステルはレミリアの幼馴染であるし、何より彼女が女である事を知っている。さらに言えば戦闘力も、モビルスーツ戦闘、対人格闘共にレミリアと同等以上である数少ない人材だ。アステル以上の適役は北米統一戦線にいなかった。

 

 港を後にしたレミリアとアステルは、そのまま人の目を避けるようにして裏路地を縫いながら走り、指定された廃屋へと駆け込むと、そこから地下へともぐった。

 

 ここは支援組織がアジトに使っている地下施設への入り口を偽装した物で、一見すると路地裏でうち捨てられた廃屋にしか見えない為、当局の目を欺くには最適だった。更に、地下から直結するように、今は使われていない古い物資搬入口がある。そこに、スパイラルデスティニーと、アステルのストームアーテルが隠してあった。

 

「よう、戻ったか」

 

 2人が部屋の中へと入ると、中にいた男が手を上げて迎え入れた。

 

 エバンス・ラクレスと言う名前のリーダーは40代後半ほどと思われるナチュラルで、若い頃には軍隊経験もあったと言う精悍な顔つきの人物である。ベテラン兵士としての雰囲気は、どこかクルトと相通じるものがあるように思われた。

 

 月面におけるパルチザン組織を束ねるリーダーで、北米統一戦線とは協調関係にある為、今回、ザフト艦隊を襲撃した後に月へと逃れたレミリアの受け入れと補給を引き受けてくれたわけである。

 

 そんなエバンスの前に、アステルは粛然と、対してレミリアは憮然とした表情で腰かけた。

 

 そんな2人の対比に、エバンスは訝るように首をかしげた。

 

「どうかしたか?」

「どうもこうも無いですよ」

 

 レミリアは、ムスッとしたままエバンスに答える。

 

「港に行ってきました。あれはいったい何なんですか?」

 

 怒りをこめた調子のレミリアの言葉で、エバンスはようやく状況を察し、得心したようにうなずいた。

 

「見たんだな、あれを?」

「見ました。あれはいったい何なんですか?」

 

 強い口調で言うレミリアの脳裏には、先程見た光景が思い出されている。

 

 希望も無く、ただ機械的に足を動かして船へと乗り込んでいく人々。

 

 それを追いたてるようなザフトの兵士達。

 

 なぜ、中立都市のコペルニクスで、ザフトがあのような捕虜輸送のような真似ができるのか? 正直、そこからして分からなかった。

 

「保安局の連中だよ」

 

 そんなレミリアをなだめるように、エバンスはことさら冷静な口調で言った。

 

 保安局。

 

 聞き慣れない単語が出た事で、アステルは訝るようにして顔を上げた。

 

「保安局とは?」

「新設されたザフト軍の部署・・・・・・いや違うな。プラント内部における、まったく新しいタイプの警察機構と言って良いかもしれん。直接の命令系統は最高議長直属で、主な任務はああして、思想に問題がある連中を逮捕、連行する事だ」

 

 元々、ザフト軍は「プラント国防軍」としての色合いが強く、機能的にも軍事組織と言って差し支えが無い。

 

 しかし、今聞いた限りでは、保安局は警察、それも秘密警察的な色合いが強いように思われた。

 

「じゃあ、あの捕まった人たちはみんな、思想に問題がある人たちなんですか?」

「んな訳無いだろうが!!」

 

 尋ねるレミリアの発言に対して、返事は別の方向から返された。

 

 見れば、エバンスの仲間と思われる男が、入口の戸を開けて大股で部屋に入ってくるのが見えた。

 

 かなり大柄な男で、逆立てた髪をまとめるようにバンダナを額に巻いている。目つきは剣呑で、今にもこちらに殴りかかってきそうな勢いだ。

 

「戻ったかダービット。どうだった?」

 

 尋ねるエバンスに、ダービット・グレイは、面倒くさそうに手を振って見せた。

 

「だめだ。第15区のアジトは壊滅。メンバーは殆ど保安局に捕まったと見ていいだろう」

 

 そう言って、ダービットはがっくりと肩を落とす。

 

 警察組織として高い情報網を誇る保安局が相手では、彼等のような地下組織は対抗する事が難しい状況である。

 

 しかし、

 

「でも、何でですか? ここは中立都市ですよ。それなのに何で、プラントの組織が活動しているんです?」

 

 レミリアは先ほどから気になっていた質問をぶつけてみた。

 

 コペルニクスは国際条約で認められた、れっきとした中立都市である。本来なら、いかなる事情があろうとも大ぴらな軍事活動を行う事は許されない。例外的に一時的な港の使用等は認められているが、思想違反者狩りのような過激な行動は絶対に許可されないはずだった。

 

 と、

 

「ケッ これだから地上でぬくぬくやってる連中は、事情も何も知らないってんだ」

 

 嘲るようなダービットの発言に、レミリアはムッとしたような視線を向ける。

 

「よせダービット。地球の方には、まだ保安局は進出していないからな。知らないのも無理は無いだろ」

 

 そんなダービットをたしなめながら、代わってエバンスが説明に入った。

 

「保安局は現プラント最高議長アンブレアス・グルックが新たに作った組織だよ。君が言った通り、コペルニクスは確かに中立都市だ。しかし連中はお構いなしさ。グルックが政権を握ってからと言う物、共和連合、特にプラントのやり方を止める奴は誰もいなくなってしまったのさ」

 

 そう言って、エバンスは肩を竦めて見せた。

 

 その言葉に、レミリアは愕然とした。

 

 地上にいたのでは、確かに判らない事が多すぎたかもしれない。

 

 アンブレアス・グルックがプラントの政権を握って行こう、その強硬な政治姿勢によって、ザフト軍が大幅に増強された事は知っている。

 

 しかし、中立都市でまで強引な取り締まりをしていようとは。

 

 しかもエバンスの説明を聞けば保安局のやり方はあからさまに強引で、僅かでも思想に違反があると「疑わしい」とされた人物は、問答無用で連行されると言う。

 

 そして何より恐ろしいのは、そんなプラントの政治姿勢を、誰も非難する事ができない事である。

 

 今やプラントは、間違いなくかつての大西洋連邦をもしのぐ世界最大の国家である。その莫大な戦力を背景に行われる強硬路線は、脅威以外の何物でもない。

 

 共和連合のもう一方の雄、オーブ共和国は近年、穏健派議員が政権に着いた事もあり、プラントの強硬路線を掣肘する事ができないでいるのだ。

 

 事実上、世界はプラントの天下であると言って良かった。

 

「せめて、ラクス・クラインが生きていりゃ、ここまでひどくは無かったんだろうが」

「馬鹿言うな。あの女が今の世界の温床を作ったんだろうが。結局のところ、俺に言わせればプラントに住んでるやつは、どいつもこいつも同じ穴のムジナだよ」

 

 ため息交じりのエバンスの言葉に、ダービットは苛立ったように返事を返す。

 

 そんなやり取りを聞きながら、レミリアはスッと目を細めた。

 

 ラクス・クラインという女性がかつており、多くの紛争を終結に導いた英雄である事は、レミリアも話に聞く程度なら知っている。

 

 そのラクスも、死後は支持者と批判者によって全く別の顔を覗かせるようになっていた。

 

 ラクスの支持者は彼女を「平和の体現者」と称える一方、批判者は「稀に見る大量殺戮者」とけなす。

 

 果たして、どっちの「ラクス」が本物なのか、実際に会った事が無いレミリアには判断のしようがない。

 

 ただ、全く対照的な考えを持つらしいエバンスとダービットを見詰めながら、ある種の決意にも似た思いが、男装少女の中で浮かび上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

「何を企んでいる?」

 

 当てがわれた部屋に戻ろうとした時、不意にアステルに背後から声を掛けられ、レミリアは足を止める。

 

 振り返れば、アステルは揺れの少ない瞳でジッと、レミリアの方を見ていた。

 

 普段表情を変える事の少ないアステルだが、レミリアには判る程度に、僅かに眉間にしわが寄っていた。

 

 明らかに疑惑の眼差しを向けてくるアステルに対し、レミリアはやや目線を下に下げながら笑みを浮かべる。

 

「企むって、人聞きが悪いよ。ボクは別に、何も・・・・・・」

「嘘だな」

 

 レミリアの言葉を、アステルはバッサリと斬り捨てた。

 

 あまりにも素早くカウンターを返された事で、さしものレミリアも、とっさに反論が追いつかず言葉を詰まらせる。

 

 とは言え、流石に付き合いが長いと、こちらの考えも筒抜けになってしまうようだ。

 

「お前の事だ。どうせ、ろくでもない事を考えているんだろ?」

「うわ、ひどッ それじゃあ、まるでボクが、いつも無謀な事ばっかりしているみたいじゃん」

 

 口を尖らせるレミリア。

 

 それに対して、アステルは僅かに目を細めて睨みつける。

 

「ハワイに潜入する時、自分1人でやると言い張ったのは、どこのどいつだった?」

「うぐ・・・・・・・・・・・・」

 

 余計な護衛やら何やらにゾロゾロとついて来られたら却ってやりにくかったので、そう言った物を全部断って、身一つでハワイ潜入をやったのは、他ならぬレミリア自身である。

 

 完全に、反論の余地は無かった。

 

 そんなレミリアの様子を見て、

 

 アステルは軽くため息を吐くと、改めて顔を上げた。

 

「それで、何を考えてるんだ?」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 どこか諦念を滲ませたようなアステルの声を聞き、レミリアも顔を上げる。

 

「どうせ、お前の事だ。止めたって勝手にやるつもりなんだろ。話くらいは聞いてやる」

 

 普段は冷静なようでいて、思い込むと猪突する癖があるレミリアの事。下手をすると自分1人で何かをやらかしかねない。それよりだったら、あくまでこちらの制御下で突っ走らせた方が得策だとアステルは考えたのだ。

 

 そんな幼馴染の様子に、レミリアは微笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地平線の砂ほこりが、どこか平和じみた印象を見せる。

 

 沈みかけた夕日に照らされるように、徐々にその姿も、地面の陰に消えてなくなろうとしていた。

 

 安寧を取り戻した輸送路を辿り、物資や兵力がジュノー基地への道を走っていく。

 

 ここ一連の戦闘で、北米解放軍の襲撃部隊に対し、ほぼ壊滅的な打撃を与えたと判断した大和は、進路を北に向け、ジュノー基地への帰還を目指していた。

 

 基地に戻れば、やがて来るザフト軍との増援部隊と合流する。そうなると、いよいよ北米統一戦線が根城にしているアラスカ近傍への侵攻作戦が始まる事になる。

 

 その事を考えヒカルは、尚も積る複雑な心を持て余していた。

 

「・・・・・・レミル」

 

 アラスカ近傍へ攻め込むと言う事は即ち、いよいよ親友との直接対決を迎える事になる。

 

 果たして自分は、あいつに勝つ事ができるのか?

 

 否、そもそもからして、戦う事自体できるのか?

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ」

 

 力いっぱい、壁を殴りつけるヒカル。

 

 分かっている。あくまでレミル(レミリア)が敵になるなら、自分はあいつを撃たなくてはならない。そうでなかったらカノンやリィス。そしてシュウジを始め大和のクルーにも犠牲を強いる事になる。そんな事は絶対に許されなかった。

 

 多くの戦場を掛け抜け、数多の敵を薙ぎ倒してきた勇者であっても、自身の心の隙を突かれて敗北する事は往々にしてある。戦場における心理とは、それだけ戦いに影響を及ぼす物なのだ。

 

 ヒカルはいよいよ、自らの心に決断を強いられるところまで来ていたのだ。

 

 その時だった。

 

 突然、艦がゆっくりと艦首を回して回頭を始めた。

 

 その動きのせいで、僅かに傾ぐ床の上で、ヒカルはどうにか体重を移動してバランスを保とうとする。

 

「何だ?」

 

 明らかに進路を変えている大和。今まで西に向かっていたのに、今は完全に南へと艦首を向けている。

 

 それが何を意味しているのか、今のヒカルには知る由もなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-10「冥府に葬列を成す亡者」      終わり

 




《人物設定》

エバンス・ラクレス
45歳      男

備考
月面パルチザンを束ねるリーダー格の男。落ち着いた性格で、皆からも頼りにされる。億米統一戦線ともつながりがあり、宇宙での活動拠点が無いレミリア達を快く受け入れた。





ダービット・グレイ
38歳      男

備考
月面パルチザンに所属する男性。粗野な性格でやや乱暴な言動が目立つが、根はやさしく仲間思い。


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PHASE-11「熾烈の砲火」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同をブリーフィングルームへと集めたシュウジは、パネルに北米大陸の地図を呼び出すと説明に入った。

 

 この場にいるのは、他にリィス、ヒカル、カノンの3人。つい先日、ジュノー基地への帰還を目指して針路を北に取っていた大和が突如、大きく南に舵を切ったのは、新たな作戦を発動する為だった。

 

 突然、予定の無い事態に放り込まれ、パイロット3人の表情も険しい。

 

 しかし、状況はそれだけひっ迫しているとも言えた。

 

「当初、我々は敵の襲撃部隊を殲滅した後、ジュノー基地への帰還を目指す予定だったが、聊か事情が変わってしまった」

 

 出だしにそう言いながらシュウジは、パネルの中にある地図の一部を拡大投影して指し示す。

 

 その地図上に一点だけ、点滅する光が燈っているのが見える。ロッキー山脈の東側に位置するその場所には、「デンヴァー」と言う地名が振られていた。

 

「このデンヴァーと言う地名の場所には、かつて近隣で最大規模を誇る都市が存在した。しかし知っての通り、CE78に起こった北米同時多発核攻撃の際に、同都市もエンドレスの攻撃を受けて壊滅。以後しばらくの間は無人の状態が続いていたが、ここ最近になって、少数の住民が寄り合って、集落を形成していた」

 

 カーディナル戦役の後も、北米には多くの人々が住んでいた。しかしエンドレスが行った核攻撃のせいで政治、流通、経済、情報は壊滅し、地方は愚か都市部にまで物資が行き渡らない場所が増えて行った。

 

 その結果、多数の餓死者が出る事態になったのである。

 

 かつては地球圏最大の国家を名実共に謳われ、飛ぶ鳥を落とす勢いだった大西洋連邦が、何とも惨めな話だった。

 

 そんな中、どうにか辛うじて「人が暮らせるレベル」にまで生活水準を復活させる事に成功させた人々は、比較的機能が残存しているかつての大都市跡に寄り集まり、部落を形成する事で共同生活を送っていた。

 

「そのデンヴァー部落が、北米解放軍の襲撃を受けた」

 

 シュウジの説明に、一同の間で緊張が走った。

 

 そのような部落を、なぜ北米解放軍が狙っていると言うのか?

 

 現在、北米にはモントリオール政府、北米統一戦線、北米解放軍の他にろくな武装勢力は存在しない。当然、襲われた部落の側も、戦力と呼べる物は持っていないはず。解放軍の襲撃を受けたりしたらひとたまりもないだろう。だが逆を言えば、そのような非武装の部落を解放軍が襲う意図が理解できなかった。

 

 しかし襲撃が事実であるなら、捨て置く事もできなかった。

 

「じゃあ、あたし達は、その救援に行くのが目的ですか?」

 

 手を上げて質問するカノンに、シュウジは頷きを持って応じる。

 

「そうだ・・・・・・と言いたいところなんだが」

 

 言い淀むシュウジ。その表情には、どこか難しい問題に挑む研究の徒のような印象が受ける。

 

 シュウジには今回の救援要請が、どこかタイミングが良すぎるような気がしているのだ。

 

 大和が補給線襲撃部隊に対する攻撃を終え、帰還しようとした矢先を狙ったかのような救援要請。まるで、こちらが帰還に動くタイミングを見ていたかのようである。

 

 端的に言えば、罠の可能性がある。

 

 大和がデンヴァーの救援に動けば、敵が巡らした罠の中にみすみす飛び込んで行く事になりかねない。少数の戦力しか動かせない現状、それは危険な賭けだった。

 

 それに、小規模とは言え、既に数度の戦闘を経験して、物資の積載も乏しくなりつつある。ジュノー基地への補給路確保が完了した以上、これ以上大和が戦場に留まる必要性も無いのだが。

 

 現在、オーブ本国から送られる予定の増援部隊が、大和との合流を目指している。せめてそれと合流できれば、より作戦の成功度は上がるのだが。

 

 しかし北米解放軍は、過去に何度も無抵抗の住民を虐殺した記録がある。今回の作戦行動がどのような目的の下で行われているのかはわからないが、デンヴァーからの救援要請がブラフであると確認できない以上、最悪のケースは想定しておいてしかるべきだった。

 

「あの」

 

 それまで黙っていたヒカルが手を上げて発言した為、シュウジは思考を止めて顔を上げた。

 

「デンヴァーには、どれくらいの人が住んでいるんですか?」

「正確な所は判らないが、1000人ちょっと、てところらしい。多いようにも聞こえるかもしれないが、最盛期には200万以上の人間が住んでいたらしいからな。これでもかなり減った方だろう」

 

 それがどうかしたか? と尋ねるシュウジに答えず、ヒカルは瞳を細めるようにして鋭い眼差しを作る。

 

「ヒカル?」

 

 尋ねるように声を掛けるリィスにも応えず、顔を上げると、ヒカルはシュウジを真っ直ぐに見た。

 

「やりましょう、艦長」

 

 迷いの無い声で告げる。

 

 自分達の助けを必要としている人達が少しでもいるのなら、行く事を躊躇うべきではない。ヒカルの幼さの残る瞳は、そのように語っていた。

 

 

 

 

 

「ヒカル、ちょっと待ちなさい」

 

 会議が終わって部屋を出て行こうとするヒカルを、リィスは慌てて追いかけて引き留めた。

 

 作戦は結局、ヒカルの一言がきっかけで可決され、大和はデンヴァー救援の為に赴く事となった。

 

 作戦としてはまず、足の速いセレスティとリアディス2機が先行する形でデンヴァーに赴き、そして戦場上空の制空権確保を行う手はずになっている。小回りが利きやすい機動兵器をまず繰り出し、その上で罠の有無を確認しようと言うのがシュウジの考えだった。

 

 少数戦力での出撃だが、機動力の高さを活かせれば、今のヒカル達なら、たとえ敵が大軍であっても充分に戦う事ができるだろう。と判断された上での作戦である。

 

 しかし、作戦以前にリィスには心配な事があった。

 

 このところのヒカルは、どこか様子がおかしい。1人でいる時も誰かがそばにいる時も、どこか上の空のような印象がある。

 

 何かを考えているかのようにぼうっとしているかと思えば、戦闘時になればリィスも驚くぐらいに苛烈な活躍ぶりを見せる。

 

 なにやらリィスの知らないところで、ヒカルの二面性が発言したような印象さえあった。

 

 それが、レミルと言う親友に関する事だと言う事は、リィスにも判っている。それに、死んだルーチェの事もあるだろう。

 

 レミル(レミリア)の事も、妹の事も引きずったままの状態では、ヒカルは自身の感情に足を引っ張られて自滅してしまう事になりかねない。姉として、何としてもヒカルをそのような目に合わせる訳にはいかなかった。

 

「ヒカル、あんたはまだ、ルゥの事、引きずってるんだね」

 

 「ルゥ」と言うのは、ヒカルとリィスの妹、ルーチェの愛称である。

 

 父、キラに似て、ややくすんだ茶色の髪をした少女の姿は、今はもう、ヒカル達の記憶の中にしか存在しない幻となってしまっていた。

 

「あれはあんたのせいじゃないって、何度も言ってるはずでしょ。それを・・・・・・」

「そうじゃない」

 

 言い募るリィスに対して、ヒカルは低い声で否定の言葉を継げた。

 

「そうじゃないんだ、リィス(ねえ)

「ヒカル?」

「あの時・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは自分の掌を、憎しみをぶつけるようにして睨みつける。

 

 今も残るルーチェの手の感触は、ヒカルの心を縛り、今尚苛み続けているのだ。

 

「あの時、俺が手を離しさせしなければ、ルゥは・・・・・・・・・・・・」

 

 妹を失った悲しみ。兄として、彼女を守ってやれなかった苦しみが、今もヒカルの心を縛り続けている。

 

 そこに来てレミル(レミリア)の存在も加わり、ヒカルの心は押し潰されそうなくらいになっている事は容易に想像できた。

 

「俺はただ、テロが許せないだけだよ。テロで犠牲になっている人がいるなら、できるだけ助けてやりたい。それだけだよ、リィス姉」

 

 ヒカルは再び踵を返すと、そのまま部屋を出て行く。

 

 後には、掛ける言葉も見つからずに立ち尽くす、リィスの姿があるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見上げれば、蒼翼を広げたF装備のセレスティと、それに追随するリアディス・アインの青い姿が見える。

 

 飛行能力が無いリアディス・ドライは、ホバー走行を駆使して地上から追走している形である。

 

 作戦通り、大和に先行する形でデンヴァーへと向かっている。予定では、間も無く作戦区域に入る筈だった。

 

 それにしても、

 

「何だかなあ・・・・・・」

 

 コックピットの中で、カノンはぼやくような呟きを漏らす。

 

 リィスの心配はもっともだと思う。彼女は姉として、ヒカルの精神状態が不安定なままである事を危惧しているのだ。

 

 その点に関しては、カノンも想いを共有するところである。

 

 士官学校にいた頃に比べて明らかに口数が減り、人との交流も避け気味になったヒカルの事は、カノンも心配していた事である。

 

 何か、レミル(レミリア)の事を吹っ切れるような出来事が、あればいいのだが、とも思う。

 

 しかし、現状では殆ど何も思いつかなかった。

 

 とにかく今は、ヒカルから目を離さないようにするしかない。僅かな変化も見逃さず、何かあればフォローしてあげよう。

 

 カノンがそんな事を考えている内に、センサーは人工の構造物が進行方向に立ち並んでいる事を探知して告げてくる。どうやら、目的地であるデンヴァーが近付きつつあるようだ。

 

 パネルに拡大投影すると、廃墟と化した巨大ビル群が半ば以上朽ちた姿をさらしているのが映し出される。

 

 かつて華やかな文化が存在し、多くの人々が住んでいた筈の街は、既に風化が始まった太古の遺跡の如き様相を見せている。

 

 かつての栄華が大きかっただけに、その退廃振りには哀愁が漂っているのが分かる。

 

 だが、今はその事を気にしている時ではない。既にここは戦場、それも敵地なのだから。

 

 カノンがそう考えて、気を引き締め直した。

 

 その時だった。

 

 突如、街中で爆炎が上がったかと思うと、こちらに向かって飛翔してくる複数の物体をセンサーが感知した。

 

「砲撃ッ よけて、ヒカルッ リィちゃん!!」

 

 言いながら、カノンもリアディスに回避行動を取らせるべく操縦桿を操る。

 

 ホバー走行しながら、地面を滑るように回避しにかかるリアディス。

 

 そこへ、次々と砲弾が飛来して地面に落着。爆発と同時に砂塵を巻き上げていく。

 

 一方、上空を飛んでいたセレスティとリアディス・アインも、機体を翻して回避行動を取っているのが見える。

 

 やはり事前に予測したとおり、今回の事は北米解放軍の罠だったらしい。どうやら彼等は廃墟と化したデンヴァーの街中に身を隠し、カノン達が近付いて来るのを待ち構えていたのだ。

 

 更に飛んでくる砲弾。どうやら、相当な数の敵が廃墟の中に潜んでいるらしく、砲弾は雨霰と振ってくる。

 

 これでは、攻撃を回避するのが精いっぱいで、反撃に転じる事ができない。どうにか突破口を開かないと。

 

 そう思った時、

 

《俺が!!》

 

 鋭い、ヒカルの声が響き渡る。

 

 同時にセレスティは砲撃を回避しながら上昇、マルチロックオンを起動して全武装を展開する。

 

 バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガン、ビームライフルを構えるセレスティ。

 

「なら、こっちも!!」

 

 負けてられないとばかりにカノンも、ビームライフル、ビームキャノン、ガトリング、ミサイルランチャーを展開してセレスティに追随する。

 

 2機のモビルスーツから、砲撃が一斉に放たれる。

 

 向かってきたミサイルは、その一撃を浴びて見事に全て消し飛んだ。

 

 一瞬、デンヴァーからの砲撃が止む。

 

 その隙を突く形で、今度はリィスが動いた。

 

 イエーガー・ストライカーの全スラスターを全開まで上げて突撃。向かってくる火線をすり抜けるようにして、敵陣へと斬り込んだ。

 

 接近すると、物陰に隠れるようにして砲門を向けてくる敵の姿が見えてくる。

 

 潜んでいる解放軍の戦力は、やはりグロリアスとウィンダムを主力としているようだ。それぞれ、物陰に隠れながら、接近しようとするリアディスに攻撃を仕掛けている。

 

 しかし、

 

「当たらない!!」

 

 無数とも言える攻撃をすり抜け、リィスはライフルを振るう。

 

 空中からの正確な射撃の前に、たちまち数機の機体が物陰の中で直撃を受けて爆発した。

 

 解放軍部隊から放たれる攻撃は、上空を自由に飛び回るリアディスを捉えられないのに対して、隙を見て放たれるリィスの攻撃は的確に、物陰に隠れて身動きが取りにくい解放軍の機体を排除していく。

 

 解放軍部隊は物陰に隠れる事で、防御力を上げる事を狙ったのだろうが、その事が却って裏目に出ている感がある。

 

 一方的な状況に業を煮やしたのだろう。焦れたように物陰から飛び出してくる機体もある。

 

 しかし次の瞬間、

 

 8枚の蒼翼が、高速で舞い降りた。

 

 駆け抜けると同時に、腰からビームサーベルを抜き放つセレスティ。

 

 一閃された光刃は、グロリアスのボディを斬り捨てて爆砕する。

 

 慌てたように放たれる砲火。

 

 しかし、それらをヒカルは冷静に見据え、的確に翼とスラスターを操って回避していく。

 

 逆に、セレスティの放つビームライフルが、近付こうとする解放軍の機体のエンジン部分を捉え、撃破する光景があちこちで展開される。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 敵機を次々と撃破していく様に、思わずリィスも見惚れて声を漏らした。

 

 姉としての視点を差し引いても、ヒカルの成長速度には目を見張るものがある。

 

 ついこの間まで、士官学校の学生だったとは思えない程、ヒカルはセレスティの操縦に習熟していた。

 

 これが実戦を経験する、と言う事なのだろう。リィス自身にも覚えがある事である。シュウジがヒカルをセレスティの専属パイロットにすると言い出した時には猛反対したリィスだが、今となってはシュウジの判断は正しかったと言わざるを得なかった。

 

 その時、デンヴァーの街の中で、巨大な爆炎が躍るのが見えた。

 

 カノンのリアディス・ドライが、解放軍の陣地目がけて、搭載したミサイルを一斉発射したのだ。

 

 着弾の衝撃で、廃墟全体が崩壊を起こすのではないかと思える程の爆発がまき散らされる。

 

 その攻撃に巻き込まれ、解放軍部隊も吹き飛ばされていく光景が見えた。

 

 少数ながら、圧倒的な攻撃力で解放軍部隊相手に戦いを有利に展開するヒカル達。

 

 このまま、敵を押し込む事ができるか?

 

 そう思い始めた時だった。

 

 「それ」が、現れたのは。

 

 突如、コックピット内にけたたましく鳴り響くロックオン警報に、思わずヒカルは息を呑んだ。

 

 次いで撃ち上げられた激しい砲撃が、空中にあるセレスティを絡め取るように迫ってくる。

 

「ッ!?」

 

 驚愕の為に、短く息を吐くヒカル。

 

 一瞬早く、その攻撃に気付いたヒカルは、とっさに翼を翻して回避。同時に、カメラを砲撃が飛来した方向へと向ける。

 

 立ち上る煙が齎すベール。

 

 その遮る視界が晴れた特、赤いカラーが特徴の機体が、そこに存在した。

 

 肩から突き出した長大な砲身や、胸部の砲門、両手にも大型の砲を備えている。更に肩部と腰裏に、張り出した装甲も見られる。

 

 禍々しいまでに過剰な火力を施した機体は、ヒカル達を威圧するように、その場に鎮座していた。

 

 GAT-X135「クリムゾンカラミティ」

 

 かつて地球連合軍が戦線投入したカラミティの発展型となる機体である。同機の特徴であった砲撃戦能力は更に徹底的に強化され、フリーダム級をも凌駕する超火力型の機体に仕上がっていた。

 

 スラスターを吹かし飛び上がると、一気に距離を詰めてくるクリムゾンカラミティ。

 

 同時に、肩と腰部から大型アサルトドラグーン・ユニット「グレムリン」4基を射出。内部搭載の小型アサルトドラグーンを展開して一斉砲撃を浴びせてくる。

 

 グレムリンは大型のデバイスに12門の砲を備え、更に小型デバイス8基を分離稼働させる事ができる。

 

 カラミティ本体が持つ火力と統合すると、実に86門の一斉砲撃が可能となる。

 

 その圧倒的な火力は、あのスパイラルデスティニーをも上回る程だった。

 

「こんな機体を隠していたのかよ!?」

 

 クリムゾンカラミティから放たれる嵐のような攻撃を回避しながら、ヒカルは吐き捨てるように呟く。

 

 隙を見て反撃しようとライフルを構えるが、その時には複数のドラグーンが攻撃位置に着いている為に、断念して回避と防御に専念せざるを得なくなる。

 

 セレスティがどうにか射程外に逃れ反撃を行おうとすると、それを見透かしたようにドラグーンが先回りしてくる。

 

 素早く、かつ隙のない攻撃である。

 

 アサルトドラグーンの技術自体は、既に珍しくも無い一般的な武装であると言える。

 

 そもそも「大気圏内において使用可能なドラグーン」と言う発想自体は、20年前のユニウス戦役の時代には既に存在していた。しかし、小型且つ高性能な姿勢制御スラスターや、OS、コントロール関係の問題が山積していた事で、なかなか実用化には至らなかった。

 

 更に、長く続いた戦乱が、却って開発にブレーキを掛けていた感がある。

 

 戦場における兵器の有用性は、まず第一に「兵の蛮用に耐えうる」事である。性能が良くても信頼性の低い新兵器よりも、性能が低くても信頼性の高い旧式兵器の方が兵士達には好まれる物である。その観点から言えば、「信頼性の低い新兵器」であるアサルトドラグーンは長らく開発促進されなかった事も頷ける。

 

 しかし、カーディナル戦役の終結により軍縮が進む中、「性能の低い機体を多数保有するよりも、1機の機体により高い戦闘力を付加する」と言う思想が強まり、開発が促進、実用に至った訳である。

 

 クリムゾンカラミティが搭載するグレムリンは正に、そのアサルトドラグーンの運用をより高度化した物であると言えた。

 

「このッ こいつら!!」

 

 自分にまとわりつくように群がってくるドラグーンを、悪態を吐きながら迎撃を行うヒカル。セレスティの全砲門を展開して向かってくるドラグーンの迎撃を行う。

 

 5つの砲門から、迸る閃光。

 

 放たれた砲撃が、包囲体勢に入っていた複数のドラグーンを一斉に吹き飛ばした。

 

 一時的に、セレスティに対する攻撃が密度を薄くする。

 

 しかし、それも一瞬の事だった。

 

 何にしろ数が多すぎる。1機のドラグーンを撃墜すれば、その爆炎の陰からまた別のデバイスが飛び出して来て包囲網を再構築してしまう有様である。

 

 カラミティが姿を現すまで戦闘を優位に進めていたヒカル達だったが、今や攻守は完全に逆転していた。

 

 リィスのアインとカノンのドライも、向かってくるドラグーンの砲撃をかわすが手一杯で、とてもヒカルを掩護する余裕はなかった。

 

 セレスティとアイン、ドライは、それぞれドラグーンに追い立てられ徐々に距離を引き離されていく。

 

 このままでは分断され、相互支援を行う事も出来ない状態に陥ってしまうだろう。

 

 そこへ更に、生き残っていた解放軍部隊も攻撃に加わってくる。

 

 先程のヒカル達の攻撃でかなりの数の機体が破壊されたようだが、それでもまだ充分な戦力を残してたらしい。次々と廃墟の物陰から姿を現し、攻撃に加わるのが見える。

 

 これこそが、解放軍の罠だったのだ。

 

 解放軍はデンヴァー基地を襲撃すると見せかけて、大和をおびき出し、新型機を含む部隊で待ち伏せを行ったのだ。

 

 罠がある事は予め予期していたヒカル達であるから、ある意味で予定調和と言うべきだろうが、1機のモビルスーツに自分達3人が圧倒されるのは完全に予想外だった

 

「クソッ!!」

 

 ヒカルは悪態を吐くと、スロットルを全開にして急降下する。

 

 空間を交錯するように迸ったドラグーンからの攻撃を頭上にやり過ごすと、スラスターの角度を調整し、低空を這うようにして飛翔する。

 

 この状況でいちいちドラグーンを相手にするのは、効率が悪いどころの騒ぎではない。それよりも、カラミティ本体を攻撃する事で攻撃を鈍らせる事を期待した方が良い。

 

 そこまで一瞬で計算したヒカルは、一気にカラミティとの距離を詰めに掛かる。同時にビームライフルを牽制の為に撃ち放ち、カラミティに動きを封じに掛かった。

 

 対抗するように、クリムゾンカラミティも機体に装備した全砲門を開いて応戦。セレスティの接近を阻もうとしてくる。

 

 肩部のビーム砲や胸部の複列位相砲、更に、手に装備したビームバズーカにシールドに備えた砲まで総動員してセレスティに砲撃を浴びせてくる。

 

 真正面から放たれる強烈な砲撃が、容赦なくセレスティに襲い来る。

 

 これには、流石のヒカルも敵わない。接近を断念すると、シールドを掲げて攻撃を防ぎつつ後退するしかなかった。

 

 リィスとカノンも、どうにかドラグーンの嵐をすり抜けて攻撃を浴びせているが、クリムゾンカラミティのパイロットはかなりのレベルが高いらしく、2機の攻撃を次々とすり抜け、ドラグーンによる包囲を狭めてくる。

 

 これでは勝負にならない。

 

 セレスティにもアサルトドラグーンの装備案が出てはいるが、まだ実用段階に入ってない。そもそも仮に装備しても、これ程の規模の火力にはならない。そう言う意味で、クリムゾンカラミティの性能と、それを自在に操る事の出来る敵パイロットの存在は脅威であると言えた。

 

 何とか、打開策を考えださねば。

 

 焦慮の中で、そう考えた時、リィスのリアディアス・アインに、大和からレーザー通信が入電した。

 

「・・・・・・これは・・・・・・しまったッ」

 

 電文を読んで、リィスは思わず臍を噛む。

 

 大和が襲撃を受けている。どうやらヒカル達を追う形でデンヴァーへ進撃する途中、戦艦を含む部隊に横合いから奇襲を受けたらしい

 

 解放軍の作戦は、初めから2段構えだったのだ。

 

 初めにデンヴァーに機動兵器を引き付け、その間に大和を別働隊が襲撃する。こちらは完全に、その罠にはまってしまっていた。

 

 閉じた罠の中で、更に激しく攻撃を仕掛けてくるクリムゾンカラミティ。

 

 焦慮がピークにまで湧き上がる。このままでは自分達が撃墜されるか、大和を撃沈されるか、最悪の二者択一しかない。

 

 母艦を失えば、仮に機動兵器が無事でも意味はない。補給ができずに立ち枯れになるばかりである。

 

 苦悩の末、リィスは決断した。

 

「ヒカル、あんたは大和に戻って!!」

《リィス姉!?》

 

 驚いた声を上げるヒカル。この状況で、自分だけ戻れと言うのは、ヒカルにとっては理不尽のように思えたのだ。

 

「命令よ!!」

 

 断固として有無を言わせない口調でリィスは告げる。

 

「ここは、あたしとカノンで抑えるからッ 3人で戻るよりも、セレスティ1機の方が身軽に動けるでしょ!!」

《ッ・・・・・・・・・・・・》

 

 リィスの言葉に、ヒカルは反論する事が出来ずに唇を噛む。

 

 立場上、リィスはヒカルの姉であると同時に上官でもある。その命令は絶対だった。

 

 そこへ、ファランクスストライカーをパージして身軽になったカノンも通信を入れて来る。

 

《ヒカル、ここはあたしとリィちゃんで何とか持たせるから。ヒカルは大和の方をお願い!!》

《カノン・・・・・・・・・・・・》

 

 ヒカルの顔に苦渋が満ちる。

 

 確かに、ここで戦っても、状況は良くはならない。ならば、この中で最も高い機動力を持つセレスティが大和の援護の為に戻った方が得策だろう。

 

《判った。2人とも、大和を援護したら戻ってくるから、それまで頑張ってくれよ!!》

 

 言い放つと同時に、ヒカルはセレスティの蒼翼を翻す。

 

 不安はある。しかし今は、リィスの判断に従うのが最善だろう。ならばヒカルにできる事は、2人を信じて任せる事だけだった。

 

 グレムリン数機が追撃を仕掛けて来るが、それらをビームサーベルで斬り捨てると、スラスターを全開にして飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和は対空砲火を振り上げて敵機の接近を拒む。

 

 時折、着弾の衝撃が巨大な船体を襲うが、分厚い装甲は揺らぐ事無く全てを受け止める。

 

 今のところ、大和の装甲は敵の攻撃を完璧に受け止め、損害を軽微の内に納めている。

 

 しかし、包囲網は狭まり、四方八方から攻撃を受けている状況である。いつまで持ちこたえる事ができるか予断は許されない。

 

 北米解放軍を指揮するオーギュスト・ヴィランは、補給線襲撃部隊が次々と撃破された時点で、この作戦の実施を視野に入れていた。

 

 現在、北米で積極的に活動している共和連合軍部隊は大和のみである。他の部隊、特にモントリオール政府軍や、駐留ザフトの主力部隊は北米北部の拠点にあって防備を固めている為、滅多な事で出張ってくる事は無い。

 

 そして、唯一の機動戦力というべき大和も、艦載戦力が少数である事は既に分かっている。

 

 ならば、そこを突けばいい。

 

 囮を用いて機動戦力を引き離し、その隙に母艦を攻撃する。多くの物量を有する側としては、堅実な戦法であると言えるだろう。

 

 地上に展開したドッペルホルン装備のグロリアスが、全速で回避運動を行う大和に対して砲撃を加え、上空からは対艦ミサイル装備のレイダー部隊が迫る。

 

 空と陸からの挟撃に、大和の艦橋は対応に追われる。

 

「新たな敵、航空部隊。南東方向より急速接近。レイダー10機!!」

「地上の敵部隊、攻撃を行いつつ後退。後続隊と入れ替える模様!!」

 

 オペレーターからの報告を聞きながら、艦長席のシュウジは身じろぎせず、作戦を組み立てる。

 

 敵の罠に飛び込んだ上で、これを撃破する。ここまでは、そもそも予定通りの行動である。

 

 では、ここからどう巻き返すかが問題となる。

 

「ヒビキ一尉たちから連絡は!?」

「はいッ 今、入電しましたッ セレスティをこちらに戻すとの事です!!」

 

 オペレーターの通信を受けて、シュウジは頭の中で素早く計算する。

 

 現在の大和の位置から計算すると、セレスティが仮に全速力で戻ってくるとして、合流するまで10分強。それまでの間、敵の攻撃から持ち堪える必要がある訳だ。

 

 その時、正面に陣取ったレイダー部隊が、大和めがけて接近してくるのが見えた。どうやら、このまま対艦攻撃に移行するつもりのようだ。

 

 シュウジの判断は素早かった。

 

「主砲2番、並びに前部副砲照準。目標、正面の敵部隊。砲撃用意!!」

 

 指示に従い、第2砲塔と前部副砲が旋回、合計6門の砲を前方へと向ける。

 

「撃てェ!!」

 

 放たれる閃光は、一撃で複数の機体を直撃して吹き飛ばす。

 

 残った機体も、大和の砲撃力に恐れをなしたように、次々と翼を翻して退避していく。

 

 放たれたミサイルもロックが甘く、ある物はコントロールを失って明後日の方向へ飛んでいき、また他のミサイルも対空砲にて撃ち落とす。

 

 砲撃力の高さにより、一時的に優位に立つ大和。

 

 しかし、尚も湧き出るように迫ってくる解放軍部隊の砲火は、弱まる気配を見せなかった。

 

 そして、

 

「6時の方向、大型の熱源接近ッ 戦艦クラスです!!」

 

 悲鳴じみたオペレーターの声に弾かれるように、顔を上げるシュウジ。

 

 モニターには確かに大和に艦首を向けて、真っ直ぐに向かってくる大型の戦艦の姿がある。

 

 飛行型の戦艦であるのは一目瞭然だが、船体には大口径砲を多数装備し、砲撃戦において強大な威力を発揮するであろう事は一目瞭然だった。

 

 戦艦ジェネラル・マッカーサー

 

 かつて地球軍が宇宙での運用を考慮して建造した、ガーティ・ルー級戦艦を地上でも運用可能なように改装を施した艦である。

 

 大和は現在、マッカーサーに向けて艦尾を向ける格好になっている。このままでは第3砲塔と後部副砲しか使用する事ができない。

 

「艦首回頭、機関最大にしつつ取り舵一杯!! 第3砲塔は直ちに砲撃を開始。当たらなくても良いから応戦しろ!!」

 

 矢継ぎ早に放たれるシュウジの指示を受けて、応戦を開始する大和。

 

 その間にもマッカーサーは、大和の後方に占位しつつ砲撃を浴びせてくる。

 

 互いに旋回を繰り返しながら、2隻の戦艦は大口径の主砲を放ち続ける。

 

 しかし、立ち上がりを制されたせいで、大和の不利は否めない。

 

 次第に照準が正確になる敵戦艦からの砲撃を前に、大和は徐々に追い詰められつつあった。

 

 

 

 

 その頃、大和への帰還を目指すヒカルは、推進剤とバッテリーの消費量も考えずスラスター全開でひた走っていた。

 

 とにかく急ぐ必要がある。いかに大和が攻防において最強クラスの戦艦であっても、敵から集中砲火を喰らったのではそうそう持ち堪えられる物ではない。

 

 ヒカルの意志を受け、全速力で飛翔するセレスティ。

 

 既に行程の半分は走破した。間も無く戦闘の状況もリアルタイムで観測できるはず。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、セレスティの進路を遮るようにして閃光が飛来した。

 

「なッ!?」

 

 驚愕と共に振り返る視線の先。

 

 そこには、セレスティ目指して真っ直ぐに向かってくる2機のモビルスーツの姿がある。

 

「予定通りだな。やはり来たか《羽根付き》!!」

 

 オーギュストはコックピットの中で、歓喜に満ちた叫びを上げる。

 

 作戦は最初から、三段構えだった。

 

 モビルスーツをデンヴァーに誘い出し、その間に戦艦を含む部隊で母艦を襲う。そうすれば敵は機動兵器を、それも一番足の速い機体を戻そうとするだろう。そこを叩くのだ。

 

 「羽根付き」

 

 それは最近になって、解放軍の前線兵士の間で呼ばれるようになったセレスティの通称である。

 

 命名基準は見た通り、象徴とも言うべき背中の4対8枚の蒼翼を基にしたのだが、同時にその名前は解放軍の恐怖として蔓延しつつあった。

 

 襲撃部隊をいくつも叩き潰したセレスティの事は、もはや解放軍内でも無視できない存在となりつつある。

 

 だから潰す。今日ここで、確実に。

 

「ジーナ、右からまわり込め。俺は左から挟み込む!!」

《了解!!》

 

 オーギュストとジーナが操る機体は、上空で警戒する態勢を取るセレスティを、挟み込むようにして動く。

 

 オーギュストが駆る機体はGAT-X371「ゲルプレイダー」

 

 空戦型の機体であるレイダーの後継機で、同機の欠点であった接近戦能力を上昇させた機体である。

 

 一方のジーナの機体はGAT-X253「ヴェールフォビドゥン」

 

 こちらもフォビドゥンの後継機であり、ミラージュコロイドを使用した各種の戦術を得意としている。

 

 セレスティを目指して、機体を急上昇させるオーギュスト。

 

 同時にゲルプレイダーは両腕のビームガンと肩のビームキャノンを展開、セレスティに砲撃を仕掛けてくる。

 

「喰らえ、羽根付き!!」

 

 放たれるビーム砲。

 

 それをヒカルは、機体を急降下させて回避する。

 

「こいつッ!! 急いでるってのに!!」

 

 悪態を吐きながら、地面すれすれまで降下しながら体勢を立て直すヒカル。そこで、ビームライフルを構えて、ゲルプレイダーへ向けて放つ。

 

 大気を斬り裂いて飛翔するビームの閃光。

 

 しかし、その攻撃がゲルプレイダーを捉える事は無かった。

 

 その前に立ちはだかったジーナのヴェールフォビドゥンが、機体両脇に張り出したゲシュマイディッヒパンツァーを展開。偏向機能を利用してセレスティの攻撃を逸らしてしまった。

 

 その光景に、ヒカルは思わず息を呑む。まさか、そのような形で攻撃を防がれるとは思っていなかったのだ。

 

 一瞬、空中で動きを止めたセレスティ。

 

 そこへ、ゲルプレイダーとヴェールフォビドゥンは同時攻撃を仕掛けてくる。

 

「奴に息を吐かせるな、ジーナ!!」

《了解ッ 判ってるわ!!》

 

 通常の攻撃に加え、フォビドゥン級機動兵器特有の「曲がる」ビーム攻撃は、ヒカルの想定外の攻撃となって、ジリジリと追い詰めてくる。

 

「クソッ 何とか反撃しないと!!」

 

 呟きながら、ヒカルの目はバッテリーメーターに向けられる。

 

 既に残量は3割を切ろうとしている。このままでは、ヒカルのジリ貧は目に見えていた。

 

 どうにかしてこの場を振り切り、大和の救援に行きたいところなのだが、まとわりつく2機のせいで、それも許されない状況である。

 

 そして、ヒカルが一瞬気を逸らした隙を、オーギュストは見逃さなかった。

 

「そらッ これでどうだ!!」

 

 2基の鉄球、ミョルニルを両手で振り回すと、時間差をつけてセレスティに向けて投げつける。

 

「ッ!?」

 

 その動きに、一瞬ヒカルの反応が遅れる。

 

 それでも、辛うじて1発は、翼を翻して回避する事に成功した。

 

 しかし、もう一発を回避する事はできなかった。

 

 飛んできた鉄球に対して、辛うじてシールドを翳して防御するも、それだけでは何の意味も無い。

 

 PS装甲でも防ぐ事ができない衝撃で、大きく吹き飛ばされるセレスティ。

 

「ウワァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 そのまま地面へと叩き付けられる。

 

 コックピットの中で、ヒカルの意識も一瞬吹き飛び、僅かな間、操縦不能になる。

 

 そこへ、ヴェールフォビドゥンが好機とばかりに接近してきた。

 

「これでトドメよ!!」

 

 レールガンと誘導砲を展開して構えるジーナ。

 

 それに対して、地面に倒れ伏したヒカルには最早、回避する事も防御する事も出来ない。

 

 フォビドゥンから砲撃が放たれる。

 

 これで終わりか?

 

 そう思った次の瞬間。

 

 射線上に割り込んで来た機体が、セレスティに向けて放たれた攻撃を、シールドで受け止めて見せた。

 

「なっ!?」

 

 驚くジーナ。

 

 その機体はセレスティを守るように立ちはだかると、腰から2本の対艦刀を抜き放ち、威嚇するように掲げて見せる。

 

 そのコックピットの中で、パイロットは不敵な笑みと共に名乗りを上げた。

 

「こちらオーブ軍、フリューゲル・ヴィント所属、ミシェル・フラガ二尉。これより、掩護する!!」

 

 

 

 

 

PHASE-11「熾烈の砲火」      終わり

 




機体設定

GAT-X135「クリムゾンカラミティ」

武装
グレムリン分離型アサルトドラグーン×2
トーデスブロック改ビームバスーカ×1
シュラーク連装高エネルギー砲×2
複列位相砲スキュラ×1
ケーファーツヴァイ×1
ビームサーベル×2

備考
カラミティの後継機。Nジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載し、事実上、無限に起動する事ができる。カラミティのコンセプトである火力は徹底的に強化され、特に分離型のアサルトドラグーンであるグレムリンは、12門の砲を備えた大型ドラグーン1機と、小型ドラグーン8基によって1ユニットを構成し、全力展開すると80門と言う、過剰としか言いようがない火力を実現した。





GAT-X253「ヴェールフォビドゥン」

武装
フレスベルク誘導砲×1
ニーズヘグ重刎首鎌×1
エクツァーン・レールガン×2
ビームキャノン×2
イーゲルシュテルン×2
ゲシュマイディッヒパンツァー×2

パイロット:ジーナ・エイフラム

備考
フォビドゥンの後継機となる機体。Nジャマーキャンセラーを搭載する事で、稼働時間はほぼ無限と言って良くなった。本来のコンセプトであるミラージュコロイドを利用した戦術を得意とし、分身、視覚攪乱、ビーム偏向等、各種トリッキーな戦術が可能となった。





GAT-X371「ゲルプレイダー」

武装
ツォーン・エネルギー砲×1
破砕球ミョルニル×2
シュベルトゲベール対艦刀×2
ビームガン×2
ビームキャノン×2
ビームシールド×2
ビームクロー×2

パイロット:オーギュスト・ヴィラン

備考
レイダーの後継機。他の2機同様、Nジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載している。レイダーの特性である機動性を徹底的に強化。更に同機の欠点であった接近戦能力を向上させている。





ジェネラル・マッカーサー

武装
225ミリ高エネルギー連装砲ゴッドフリート×10
レールキャノン・バリアント×2
10連装ミサイル発射管×6
イーゲルシュテルン自動対空防御システム×24

備考
かつて地球軍が建造したガーティ・ルー級戦艦を地上でも運用可能なように改装した戦艦。ただし、かつてのガーティ・ルーはミラージュコロイドを使用した特殊作戦艦としての色合いが強かったが、ミラージュコロイドの地上での運用が効率が悪い事を考慮してオミット、代わりに火力を最大限強化した。


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PHASE-12「守り抜いた小さき花」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白を基調とし、胸部には燃えるような赤い装甲を持つ機体が、両手に装備した対艦刀を掲げ、倒れ伏しているセレスティを守るように立ち塞がっている。

 

 リィスやカノンの駆るリアディスと同型機で、その2番目に当たる機体。

 

 リアディス・ツヴァイ

 

 駆り手の名は、ミシェル・フラガ。元オーブ共和国軍最高司令長官ムウ・ラ・フラガ大将の長男にして、自身も既にエースパイロットとして認定を受けている青年である。

 

 20歳と言う若い年齢が齎す双眸からは、父親譲りの自身に満ち溢れた眼差しが光っているのが見える。

 

「・・・・・・ミシェル(にい)?」

 

 墜落のショックからようやく立ち直ったヒカルは、朦朧とした意識を振り払うようにして、自分を助けてくれた者の名を呼ぶ。

 

 親同士に縁があった事もあり、ヒカルはミシェルの事も良く知っている。昔から面倒見がよく、ヒカルにとって兄貴分のような人物だったが、まさかこんな、故郷から遠く離れた戦場で助けられるとは思っていなかった。

 

 そんな事を考えていると、リアディス・ツヴァイからセレスティに通信が入ってきた。

 

《ヒカル、まだ動けるか!?》

「へ?」

 

 突然の問いかけに、思わず間抜けな声を上げるヒカル。

 

 どうやら既に、ヒカルがセレスティの正式なパイロットに認定した事は、軍の中でも周知であったらしい。その為、ミシェルは迷う事無く、スピーカー越しに声を掛けてきたのだ。

 

 声に弾かれるように、慌ててヒカルは計器のチェックを行う。

 

 突然ミシェルが現れた事には驚いたが、今は戦闘中。呆けている場合ではない。

 

 バッテリー残量は、辛うじてまだ3割。推進剤は充分な量残っている。もう一会戦分としては充分である。

 

「大丈夫ッ まだ!!」

《よし、なら、こいつらの相手は俺がするから、お前は大和の方の救援に行け!!》

 

 言いながらミシェルは、両手に構えたムラマサ対艦刀を振り翳して斬り掛かって行く。

 

 ブレードストライカーと呼ばれるこの装備は、9メートル級対艦刀であるムラマサを主装備とした、接近戦強化型の形態である。火力ではファランクスに、機動力ではイエーガーにそれぞれ劣るが、その分、接近戦能力では最高クラスと言っても良い性能を実現している。

 

 スラスターを吹かし、地を蹴る赤き機体。

 

 手にした双剣は、陽光に反射して鋭い光を発する。

 

 ミシェルはリアディス・ツヴァイの両手に把持した対艦刀を振るい、ヴェールフォビドゥンに斬り掛かった。

 

 その機動力を前にして、ジーナは思わず目を剥く。

 

「こいつッ 速い!?」

 

 交差させるように振るわれた剣閃を、ジーナは辛うじて後退しながら回避。同時に誘導砲と腰のビームキャノンを展開してリアディス・ツヴァイへ撃ち放つ。

 

 近接状態。事実上ゼロ距離から放たれた三連の攻撃は、

 

 しかし、ミシェルは余裕すら感じさせる動きでもって機体を横滑りさせて回避する。

 

 驚くジーナ。

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーで射線偏向まで行った攻撃を回避された事に、愕然とする。

 

 不可能ではないにしろ、簡単に回避できる距離ではなかったはず。それをミシェルは、いともあっさりと回避して見せたのだ。

 

 対照的に、ミシェルは不敵な笑みを口の端に刻む。この程度の芸当は、彼にとっては余技の一つ。別段、驚くには値しない事だった。

 

「これで、どうだ!!」

 

 旋回するように振るわれる斬撃が、ヴェールフォビドゥンへと迫る。

 

 洗練された剣閃が、鋭く迫る。

 

 それに対して、ジーナの迎撃は追いつかない。

 

 横なぎに振るわれた刃は、確実にフォビドゥンを斬り裂くかと思われた。

 

 しかし次の瞬間、リアディス・ツヴァイの振るった斬撃は、高空から急接近した機影によって阻まれた。

 

「そこまでにしてもらおう!!」

 

 急降下してきたゲルプレイダー。

 

 オーギュストはリアディス・ツヴァイを見据え、ツォーン、ビームガン、ビームキャノンによる一斉攻撃を敢行する。

 

「チッ そう言えばもう1機いたな。忘れてたぜ!!」

 

 舌打ちするミシェル。

 

 しかし、流石に特機クラス2機を同時に相手にするのは不利である。

 

 仕方なく、後退して距離を置こうとするミシェル。

 

 その瞬間を逃さず、オーギュストとジーナは攻勢に出た。

 

 ゲルプレイダーが背部に備えた2本のシュベルトゲベール対艦刀を抜き放ち、リアディス・ツヴァイに斬り掛かる。

 

 対抗するように、ミシェルもまた、回避行動をやめて足を止めると、ムラマサを斬り上げる。

 

 長さ的にはシュベルトゲベールの方が長いが、ムラマサはその分、小回りの利いた攻撃が可能となる。

 

 振るわれる斬撃。

 

 剣閃が交錯し、互いに機体を刃が霞める。

 

《行けッ ヒカル!!》

 

 レイダーとフォビドゥンを牽制するように剣を振るいながら、ミシェルが叫ぶ。

 

 その声に弾かれるように、ヒカルは倒れたままのセレスティを立ち上がらせた。

 

 ミシェルの言うとおり、フリーになった今の内に、大和へ戻る必要があった。

 

 8枚の蒼翼を広げ、機体を飛び上がらせるヒカル。

 

「行かせるか!!」

 

 そのセレスティに対し、背後からフレスベルクを放つジーナのヴェールフォビドゥン。

 

 閃光が、蒼翼を吹き飛ばすべく伸びていく。

 

 しかし

 

「やらせないっての!!」

 

 それを読んでいたかのように、機体を滑り込ませたミシェルは、掲げた盾でフォビドゥンからの攻撃を防ぐ。

 

 その間に戦場を離脱してひた走るセレスティ。

 

 それを見届けると、ミシェルは両手の双肩を改めて構え直す。

 

「さてと、こっからは仕切り直させてもらうぜ」

 

 不敵に言い放つミシェル。

 

 それに対して、オーギュストとジーナは苦々しい視線をリアディス・ツヴァイへ向ける。

 

「よくも邪魔をしてくれたな!!」

 

 オーギュストが咆哮を上げながらツォーンを斉射。同時にシュベルトゲベールを振り上げて斬り掛かって行くゲルプレイダー。

 

 その攻撃を、ミシェルは上昇しながら回避。同時にビームライフルを抜いて放つ。

 

 伸びる閃光は、真っ直ぐにゲルプレイダーへと向かう。

 

 しかし命中の直前、射線上にヴェールフォビドゥンが横滑りで割り込むと、ゲシュマイディッヒパンツァーを展開、リアディス・ツヴァイの攻撃を明後日の方向へと逸らしてしまった。

 

 その様子に、ミシェルは舌を打った。

 

「こりゃ、遠距離攻撃は無理があるなッ」

 

 ビームライフルをハードポイントに戻しながら、ミシェルは改めて抜いたムラマサを構え直す。

 

 元より、リアディス・ツヴァイは接近戦用にカスタマイズされている。遠距離攻撃が防がれても、何も問題は無かった。

 

 双剣を構えて向かっていくリアディス・ツヴァイ。

 

 それに対抗するように、ゲルプレイダーがシュベルトゲベールを、ヴェールフォビドゥンがニーズヘグを構えて迫る。

 

 互いの剣戟を交わしながら、3体の鉄騎が激しい攻防を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 尚も激しい砲撃を行うクリムゾンカラミティを相手に、リィスとカノンは自分達が追い詰められつつある事を自覚せざるを得なかった。

 

 反撃によって、いくらかのドラグーンを叩き落とす事に成功しているものの、その成果も微々たる物でしかない。現に、飛来する攻撃は聊かも衰える事無く吹き荒れている。

 

 数は力である。圧倒的な量を誇るグレムリンの数を前にして、リィスとカノンはいよいよ追い詰められつつあった。

 

 既にファランクスストライカーをパージしたリアディス・ドライは攻撃力を大幅に減じ、リアディス・アインもスラスターの一部を破損して機動力が低下している。

 

 やはり、甘い考えだったか。

 

 コックピットの中で、リィスは舌打ちする。

 

 いかに最新鋭の機体を擁しているとは言え、自分達だけで解放軍の主力部隊を相手取るには、物量が圧倒的に足りなかった。

 

「カノン、アンタだけでもどうにか逃げて!!」

 

 ビームライフルでなけなしの応戦を行いながら、リィスは叫ぶ。

 

 ドラグーンが、また1機破壊されるが、次の瞬間には3倍から4倍の火力が返されてくる。まさにじり貧だった。

 

 このまま2人で足を止めて戦っていても勝てる見込みは少ない。ならば、どちらか一方だけでも助かる道を選択する必要がある。

 

 ならば、リィスは迷う事無く自分がこの場に残って敵を足止めする道を選ぶ。

 

 カノンはまだ若い。彼女を、こんな異郷の地で散らせたりしたら、彼女の両親にも、そして死んだリィスの両親にも申し訳が立たなかった。

 

 しかし、

 

《リィちゃん1人、置いて行けるわけないでしょ!!》

 

 予想通りの言葉が、少女の口から放たれた。

 

 カノンなら、多分こう言ってくるだろうと言う予想があった。彼女の両親もかつては軍人で、戦場においては勇敢に戦ったと言う。そんな両親の気質を、カノンもまた受け継いでいる事は疑いない。そんな彼女が、リィス1人を残して撤退する事を承服する筈が無かった。

 

 しかし、状況が聊かも改善されていない事には、何ら変わりはない。このままではいずれ押し切られてしまうだろう。

 

 ドラグーンだけではなく、生き残った解放軍機も次々と戦線に加わり、リィス達に攻撃を仕掛けてきている。

 

 圧倒的な火力に押しつぶされる前に、いっそ斬り込んで活路を見い出すべきか?

 

 そう思って、リィスが背部のビームサーベルに手を伸ばしかけた、

 

 その時。

 

 突如、展開する解放軍部隊の真ん中で爆炎が踊り、吹き飛ばされる機体が相次ぐ。

 

 動揺が広がり、一瞬、解放軍の砲火が乱れる。

 

 そこへ、高空から複数の機体が急接近してくるのが見えた。

 

「あれは、イザヨイ!?」

 

 戦闘機型のモビルアーマーへ変形できる可変機構は、オーブ軍特有の物である。中でも今、解放軍に攻撃を仕掛けているのは最新鋭機のイザヨイに間違いなかった。

 

 驚いて声を上げるリィス。まさか、このような所で味方が来てくれるとは思っていなかった。

 

 戦闘機形態のイザヨイ、は急降下で解放軍の隊列に上空から接近すると、翼下のハードポイントに搭載したミサイルを発射、その勢いのまま急上昇する、と言う攻撃を繰り返して解放軍部隊を撃破していく。

 

 たちまち、戦場に炎が躍る。

 

 同時に、今まで良いようにリィス達を攻撃していた解放軍の機体が、次々と爆発、撃破されていった。

 

 予期していなかった攻撃を前に、大混乱に陥る解放軍。

 

 10機近いイザヨイは、一糸乱れぬ機動を行って解放軍を翻弄している。

 

 その千載一遇の好機に、リィスが動いた。

 

 残された推進剤を全てぶち込むようにしてスラスターを全開。尚も猛威を振るい続けているクリムゾンカラミティ目がけて突撃する。

 

 カラミティのパイロットも、突撃してくるリアディス・アインに気付いたのだろう。残ったグレムリンを全て引き寄せる形で自機の前面に展開、砲火を集中させてくる。

 

 しかしリィスは、集中される砲撃をシールドで防御しながら接近。いくつかの砲撃が霞めるのも構わずゼロの距離まで入り込むと、不要となったシールドを投げ捨てて背部に手を伸ばす。

 

 抜き放たれる2本のビームサーベル。

 

 一閃された光刃は、カラミティの手にあったビームバズーカを切り飛ばした。

 

 とっさにビームバズーカを放り投げ、距離を置こうとするカラミティ。

 

 しかし

 

「もう、一回!!」

 

 更に追撃を掛けるべく、ビームサーベルを構え直すリィス。

 

 しかし、そうはさせじと、カラミティも胸部の複列位相砲をほぼゼロ距離から発射する。

 

「クッ!?」

 

 とっさに機体を傾けて回避行動を取るリィス。

 

 カラミティの一撃は、イエーガーストライカーの翼端を削り取って行った。

 

 リアディスはバランスを崩してよろける。

 

《リィちゃん!!》

 

 それを見て援護に入るカノン。

 

 リアディス・ドライは後方からビームライフルを放ち、クリムゾンカラミティを牽制する。

 

 対してクリムゾンカラミティにパイロットは、リアディス・ドライからの攻撃をシールドで防御しながら後退していく。

 

 どうやら増援も来た事で、これ以上の交戦は不利と判断したのだろう。残った全火力を開放しながら、急速に後退していくカラミティ。

 

 それを追撃する事は、消耗著しいリィス達には不可能だった。

 

 

 

 

 

 ジェネラル・マッカーサーから連続して放たれる砲撃を、大和は回頭する事で辛うじて回避する。

 

 数発が装甲を直撃するが、全てラミネート装甲に弾かれて四散するのが見える。

 

 お返しにとばかりに、大和の方もマッカーサー目がけて前部6門の主砲を撃ち放つ。

 

 動きながらの砲撃である為、なかなか直撃弾を得られないが、それでも牽制の役には立っているらしく、どうにかこれまで致命傷を受けずに来ている。

 

 だが、大和にとって厄介なのは戦艦よりも、むしろモビルスーツの方である。

 

 グロリアス、ウィンダムを中心とした地上部隊は、相変わらず大和を取り囲むようにして並走しながら砲撃を加えてきているし、高速で飛来するレイダーの対艦ミサイルが装甲を叩いていくのが分かる。

 

 今のところ、モビルスーツの攻撃で装甲が貫通される事は無いが、対空砲やセンサーなど、一部の弱い部品には被害が出始めている。

 

 このままでは、大和は嬲り殺しにされてしまうだろう。

 

 そしてモビルスーツにばかり気が取られていると、その隙を突くようにマッカーサーが仕掛けてくる。

 

「敵戦艦正面、本艦を射程に捉えた模様!!」

 

 オペレーターの悲鳴じみた声に、シュウジが顔を上げる。

 

 そこには、主砲を大和に向けてくる敵戦艦の姿があった。

 

「回避、取り舵!!」

 

 シュウジの命令に従い、操舵手が舵輪を回す。

 

 しかし、間に合わない。

 

 大和が艦首を振り、左へと旋回し始めたところで、複数の閃光が直撃して装甲を叩く。

 

「イーゲルシュテルン、3番、5番損傷!!」

「右舷ラミネート装甲、排熱限界まであと20パーセント!!」

 

 オペレーターからの報告は、大和の損傷が確実に高まっている事を告げる。

 

 そこへ更に、高高度からレイダーが迫ってくる。どうやら、急降下で対艦ミサイルを浴びせ、そのまま勢いを殺さず離脱するヒット・アンド・アウェイを仕掛けるつもりのようだ。

 

「対空砲火ッ 撃ち落とせ!!」

 

 上部甲板上の対空砲が、唸りを上げてレイダーを撃ち落とすべく放たれる。

 

 1機のレイダーが、大和の攻撃を浴び、バランスを崩して墜落していく。

 

 しかし、残りの機体は怯む事無く迫ってくる。

 

 高速で迫るレイダーに対して、大和が空中に張り巡らせる弾幕は、殆ど用を成していない。

 

 このまま行けば、大和は上空から雨のように対艦ミサイルを浴びる事になりかねない。そうなると、撃沈までは至らずとも、相当な被害を蒙る事になるだろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 突如、横殴りの砲撃が飛来し、大和に対して急降下を仕掛けようとしていたレイダーの大半が一撃の元に吹き飛ばされる。

 

 その様に驚く間も無く、オペレーターの歓喜に満ちた声が響いた。

 

「セレスティです!! ヒビキ准尉が来てくれました!!」

 

 その言葉通り、フルバーストモードで砲撃を行うセレスティの姿が、モニターに映し出されている。

 

 ミシェルの援護で戦線を離脱する事に成功したヒカルは、フルスピードで駆けつけてきたのだ。

 

 解放軍の側でもセレスティの存在に気付き、慌てて目標を変更しようとしているのが見える。

 

 しかし、ヒカルの動きは彼等よりも速かった。

 

 解放軍がセレスティを目標にすべく反転する間に、次々と正確な射撃を浴びせ、撃ち抜いていく。

 

 更にヒカルは、腰からビームサーベルを抜き放つと、一気に低空まで舞い降りて地上から大和に砲撃を浴びせているグロリアスやウィンダムを片っ端から斬り飛ばしていく。

 

 端から重たい対艦装備を施して出撃してきた解放軍は、機動力を犠牲にしている状態である。そこにきて軽快な機動性で斬り込んでくるセレスティが相手では、ひとたまりも無かった。

 

 セレスティの振るう光刃を前に、次々と斬り裂かれていく。

 

 ものの数分で、戦闘力を残している解放軍機は殆どいなくなってしまった。

 

 それを受けて、シュウジは動いた。

 

 敵の機動兵器はヒカルの活躍で壊滅状態に陥り、大和を攻撃する余裕はなくしている。仕掛けるならば今だった。

 

「艦首回頭30ッ 本艦はこれより、敵戦艦に対して艦首固定砲を用いた対艦砲撃を敢行する!!」

 

 シュウジの命令に従い、大和は動き始める。

 

 長大な艦首を巡らし、ゆっくりと敵戦艦に向き直る。

 

 その間、尚も執拗に攻撃を仕掛けてくるモビルスーツは、ヒカルのセレスティが排除。その間に大和は砲撃準備を進める。

 

「エネルギー充填率120パーセント!!」

「薬室内良好。回路異常無し!!」

「陽電子チャンバー開け!!」

「チャンバー開きます。粒子加速器、全システム、オールグリーン!!」

「メインハッチ、解放!!」

 

 大和の艦首部分が開き、中から巨大な砲身が迫り出す。

 

 陽電子破城砲「グロス・ローエングリン」

 

 かつて初代大和が搭載していたバスターローエングリンに更なる改良を加え、砲身部分を倍に延長、粒子チャージャーも効率化し、事実上、ある程度なら「連射」も可能になった。口径も増大し、1発の威力も上がっている。

 

 グロス・ローエングリンの発射体勢に入る大和。

 

 その状況に気付き、敵戦艦は退避行動に入ろうとしているが、もう遅い。巨大な質量を誇る戦艦は、一度軸線に捉えてしまえば、そうそう逃げられる物ではない。

 

 その動きを、シュウジは冷静に見据えて立ち上がった。

 

「グロス・ローエングリン、発射ァ!!」

 

 次の瞬間、解き放たれる閃光。

 

 巨大な剣が大気を斬り裂いたと錯覚するほどの一撃が、敵戦艦へと降り注ぐ。

 

 閃光は、退避行動中だった敵戦艦の右舷装甲を掠めて通り過ぎていく。

 

 しかし、ただそれだけで敵艦の装甲は抉れ、内部機構にも被害をもたらしていく。

 

 煙を噴き上げて傾斜する敵戦艦。

 

 大和のグロス・ローエングリンの砲撃は、たった1発で敵戦艦に大破の損害を与えたのだ。

 

 それでも、撃沈だけはどうにか免れたらしく、よろけるように艦首を巡らせて退避していくのが見える。

 

 それに対して、シュウジも追撃は命じなかった。

 

 こちらも、あまりにも損害を喰らい過ぎてしまった。機動兵器の消耗も激しいし、万が一敵が更なる伏兵を用意していたら、下手な追撃は藪蛇になりかねない。

 

 ここは、敵の追撃よりも、味方の収容を優先すべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、大和は着陸して損傷個所の修理と、機体の収容を行っている。

 

 「あえて敵の罠の中に飛び込み、これを打ち破る」と言うコンセプトのもとに発動した作戦だったが、結果的に試みが成功したとは言え、かなり危ない橋を渡った事は否めなかった。

 

 解放軍の戦力は思った以上に大きく、かつ作戦も周到だった。

 

 ミシェルが増援を率いてくるタイミングがあと少し遅ければ、大和以下部隊は全滅していたかもしれない。

 

 それを考えれば、作戦が成功したとは言え、今後に課題が残ったとも言える。

 

 そのような状況の中で、増援部隊の存在はありがたかった。

 

 今後、本格的に解放軍との戦いが行われていくに当たり、大和の現有戦力だけでは力不足である。いかにセレスティやリアディスと言った新鋭機を有しているとは言え、数の差は覆す事ができない。

 

「そんな状況だから、君達の事は手放しで歓迎したいな」

「恐れ入ります」

 

 シュウジの言葉に、ミシェルは苦笑で返した。

 

 フリューゲル・ヴィント1個中隊を引き連れてきたミシェルは、今日から大和のモビルスーツ隊所属となる。もっとも、彼は中隊を臨時に指揮して来ただけであり、以後の指揮はリィスが取る事になるのだが。

 

「それで、本国からは何か?」

 

 シュウジは、今一番気になっている事を尋ねてみた。

 

 増援を得たとは言え、尚も状況的に厳しい事に変わりはない。大和がこのまま戦い続けるにしても、何か具体的な作戦案を示してほしいところだった。

 

「それなんですが、どうやらザフト軍の方で、何か大規模な作戦を予定しているみたいなんですよ」

「ザフト軍が?」

 

 ミシェルの説明を聞いて、シュウジは訝る。

 

 正直、ザフト軍、と言うよりもプラント政府に対して、シュウジはあまり良い印象を持っているとは言い難い。それは、最近の強引な膨張政策から来ているのだが、そのザフトが動くと言う事自体に、シュウジは不安を感じずにはいられなかった。

 

 しかし、北米の管理と治安維持はプラント及びザフトの領分でもある。その観点から行けば、ここ最近、活動が活発化している北米の反共和連合勢力に対して、ザフト軍が何らかの行動を起こすのはごく自然な事なのだが。

 

「それで、本国の方からは大和に対して、現状維持とザフト軍の指揮下に入って、彼等を支援するようにとの指示が来ています」

「・・・・・・成程な」

 

 やや諦念を滲ませた嘆息をシュウジは吐き出す。

 

 今回の決定について、シュウジは正直、歓迎すべき点を見出す事ができない。ザフト軍の支援と言う事は、ようするに彼等の下につけと言う事だ。

 

 北米で活動する以上、ザフト軍と共同戦線を行うのは当然だが、オーブ軍所属の大和が、ザフト軍の指揮下で動かなくてはならない理由は無いはずだ。

 

 シュウジには、オーブはプラントの決定に引きずられているような気がしてならなかった。

 

「この件に関して近々、プラント本国から連絡役の文官が来るとの事です」

「・・・・・・厄介な奴でなければいいがな」

 

 シュウジが嘆息気味にそう呟いた時だった。

 

《艦長、お話し中失礼します》

 

 艦橋からの直通通信が入り、2人の会話は中断された。

 

《デンヴァーの調査に当たっているヒビキ一尉から連絡が入りました》

「どうかしたのか?」

 

 リィスは今、部隊を率いてデンヴァー内部の調査に当たっている。もしかしたら敵がまだ潜んでいる可能性がある。その残敵掃討を行う必要があったからだ。

 

 掃討作戦が終了したので帰還すると言う報告でも入ったのかもしれない。

 

 そう考えたシュウジだったが、実際にオペレーターから発せられた言葉はシュウジが予想した物ではなかった。

 

《それが、その・・・・・・生存者がいたそうです。民間人の》

 

 

 

 

 

 重たい扉をこじ開けると、中にいた三桁に上る虚ろな目が一斉に向けられてきた。

 

 その視線を受け、ヒカルとリィスはウッと、思わず息を呑んだ。

 

 まるで幽鬼を連想させるような無数の目には、およそ規模や輝きと言った物は感じられない。

 

 誰もが生きる事に絶望し、ただ自分達の運命を機械的に、あるいは惰性的に受け入れている。そんな感じの目だ。

 

 デンヴァーの旧繁華街と思われる地区。その一角にある建物の地下にかすかな生命反応を感知したヒカル達は、護衛の兵士達を伴って地下へとやってきたのだ。

 

 そこで見た物は、鍵のかかった地下のホールで、寄り添うように座り込んでいる多数の民間人達だった。

 

「共和連合軍の者です。皆さんの救出に来ました」

 

 そう、声を掛けるも反応は薄い。

 

 幾人かの者達が、開け放たれた扉から差し込む光を見て、眩しそうに首を動かす程度だ。

 

 その反応に、ヒカルもリィスも戸惑いを隠せない。

 

 傍らの兵士も同様らしく、困り顔を見合わせていると、不意に低い声を投げ掛けられた。

 

「・・・・・・・・・・・・どうして、もっと早く来てくれなかったんだよ?」

「え?」

 

 振り返ると、40代くらいの男が、こちらに向かって睨みつけて来ていた。

 

 明らかに込められているとわかる感情は「憎しみ」。

 

 それにつられるように、複数の人間が憎悪に満ちた視線をヒカル達に投げつけてきた。

 

 いったい何を?

 

 そう問いかけようとした時、それを制するように、しわがれた声が聞こえてきた。

 

「ここにいる者達は、皆、この街に住む、ほんの一部分じゃ」

 

 視線を向けると、杖を突いた老人がよろけるようにしてヒカル達の前に出て来た。

 

 それを見て、数人の男達が飛び出してくると、口々に「長老」と呼びながら、老人の体を支えようとする。

 

 それらを制して、老人はヒカル達の前に歩み出た。

 

「他の者は、みんな殺されてしまった。親も、兄弟も、子供も・・・・・・」

 

 老人の目が、真っ直ぐにヒカル達へ向けられた。

 

「殺した解放軍の連中は、無論憎い。しかし、それと同じくらい、早く来てくれなかったお主らの事も、儂たちは憎いのじゃ」

 

 その言葉に、ヒカルもリィスも、返す言葉が見つからず立ち尽くす。

 

 自分達にも事情があった。ここに来るまでに多くの解放軍部隊と戦い、すぐに駆けつける事ができなかった。

 

 しかし、そんな物は彼等にとって単なる言い訳に過ぎない。死んでいった者、そして大切な人達を失った者に対しては、如何なる言い訳も無意味だった。

 

 一気に険悪化する場の空気。

 

 その状況を一変させたのは、まだ幼さの残る声だった。

 

「もうやめて!!」

 

 悲痛な叫びを上げながら、小さな女の子が飛び出してくる。その背後からは、彼女の兄と思われる人物も走り出てくるのが見えた。

 

「リザ!!」

 

 名前を呼ぶ兄を振り切るようにして、リザと呼ばれた少女はヒカル達を庇うようにして、両手を広げて長老たちの前へと立ちはだかった。

 

 年の頃は、まだ10代中盤くらい。カノンと同じくらいのようにも見える。赤み掛かった短い髪と、意志の強そうに吊り上った印象的な少女である。

 

「この人たちは、私達を助けに来てくれたのよ!! それなのに・・・・・・」

「リザ、よさないか!!」

 

 兄が怒ったような口調で言うのを無視して、リザはヒカルの方へと向き直った。

 

 その顔に一瞬、気圧されるように後ずさるヒカル。

 

 しかし、少女は笑顔を浮かべてヒカルの手を取った。

 

「助けてくれてありがとう。お兄ちゃん」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 どこか、狐につままれたような顔で少女と見つめ合うヒカル。

 

 そんなヒカルの様子を、少女は明るい笑顔で見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

PHASE-12「守り抜いた小さき花」      終わり

 




《人物設定》

ミシェル・フラガ
ナチュラル
20歳      男

乗機:リアディス・ツヴァイ

備考
ムウとマリューの長男。オーブ共和国軍中尉。父親に似て細かい事には拘らない性格だが、いざと言う時には頼れる兄貴分的な存在。ヒカルとは子供の頃からの知り合い。


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PHASE-13「漆黒の解放者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受話器の向こうの相手が、恐縮した体で話してくる声が聞こえる。もう引退して久しいと言うのに、こういうところは全く変わっていない。

 

 未だに自分を慕ってくれる人間がいる事に対して、素直に喜べばいいのか、それとも呆れればいいのか、話をしている女性としては本気で悩むところである。

 

「・・・・・・そうか。じゃあ、フリューゲル・ヴィントは無事に合流したんだな? ああ・・・・・・ああ・・・・・・成程。物資も同時に補給してくれたわけか。すまない、助かるよ」

 

 それから二言三言と言葉を交わしてから、女性は受話器を置いた。

 

「・・・・・・やれやれ」

 

 大きく息を吐く。

 

 本来なら、こういう権力の使い方は彼女の好むところではないのだが、何しろ今回は急を要したのだ。背に腹は代えていられなかった。

 

 女性、カガリ・ユラ・アスハは、昔より僅かに伸ばした金髪を揺らしながら、自分の椅子に座り直した。

 

 そんなカガリの様子を見ながら、向かい側に座っている男性が笑みを含んだ声で話しかけてきた

 

「時々、アンタが敵でなくて本当に良かったと思うよ。戦闘で勝てても、別の意味では負けそうだからな」

「茶化すなよ。私だって、できればこんな事はしたくないんだから」

 

 そう言って苦笑する友人に対して、カガリは苦い顔で返事を返した。

 

 男の名はシン・アスカ。現在はオーブ軍の准将を務め、オーブ宇宙軍アグレッサーチーム隊長を務める。

 

 カガリにとっては20年来の友人であり、ヤキン・ドゥーエ戦役から一貫して最前線に立ち続けている数少ない人物である。

 

 カガリが先ほど電話で話していた相手は、オーブ軍参謀本部の高官であり、古くからアスハ家とは縁がある人物であった。カガリは彼に「お願い」して、特殊部隊フリューゲル・ヴィントの1個中隊を、北米で転戦している大和隊の増援として送り届けたのである。

 

 カガリは既に、全ての公職から引退して久しい。カーディナル戦役の後は事後処理や国政の立て直しで、尚数年の間は閣僚の座にあり続けたが、やがて1人目の子供を懐妊したのを機に引退を決意。今は家庭の主婦へとおさまっている。日常生活上は、夫でありオーブ国防大学で教鞭を取っているアスラン・ザラ・アスハの収入があるので問題は無かった。

 

 しかし、かつては「獅子の娘」「建国の母」という異名で呼ばれ、旧オーブ連合首長国最後の代表首長を務めたカガリ。多くの戦役の中でオーブの舵を握り続けてきた彼女の事を慕う人間はオーブ国内に未だに数多い。その為、今回のような無茶な頼みでもできる訳である。

 

 大和には甥のヒカルと姪のリィス、それに友人夫婦の娘であるカノンも乗り込んでいる。その事を知ったカガリは、無茶を承知で、増援の要請を軍司令部に掛けあったのである。

 

「この事、ラキヤとアリスには?」

「知らせた。2人とも居ても立ってもいられないって感じだったからな。近いうちにハワイの方に行ってみるとか言ってたな」

 

 大和の母港はハワイである。戦闘が終了したらオーブ本国よりもハワイへと戻る可能性が高い。その事を見越しての行動だと思われた。

 

「だが、無事だといいんだけどな」

 

 シンは、やや渋みを滲ませた表情で呟いた。

 

「今、北米はひどくキナ臭い感じがする」

「北米解放軍と、北米統一戦線か?」

 

 懸念の意を示すシンに対して、カガリは北米の二大反体制勢力を挙げて見せる。

 

 それらの組織が、大々的な抵抗運動を行っている事は新聞でも取り上げられている為、カガリも良く知っている。

 

 だが、シンは頷きつつも、話を続けた。

 

「それだけじゃない。例の噂、カガリも聞いてんだろ?」

 

 例の噂、と言う言葉を聞いてカガリはスッと目を細める。シンが何を言わんとしているのか察したのだ。

 

「国際テロネットワーク、か?」

 

 カガリの問いに、シンは無言のまま頷きを返した。

 

 それは、大西洋連邦が崩壊して暫くしてから、まことしやかに囁かれている噂である。

 

 旧大西洋連邦の高官、特にブルーコスモス派に属する議員や軍人が大量に地下へ潜伏し、世界中のゲリラ組織と密かに連携し、テロ支援等の活動を行っている。との事である。

 

 北米解放軍が短期間で戦備を整え、国家をもしのぐ規模に膨張したのも、そのネットワークの存在が大きかったと言われている。

 

「今の共和連合には、カーディナル戦役の頃のような勢いはない。もし、国際テロネットワークに所属する組織が一斉に攻勢に出たら、防ぎきれるかどうか・・・・・・」

「その事を考慮した上での、今回の侵攻作戦なんだろうけどね」

 

 ザフト軍が中心となって、北米解放軍の支配地域へ侵攻する作戦を計画していると言う話は、カガリも知っていた。何かと情報に事欠かないのは、元代表首長、元閣僚と言う肩書の賜物だろう。

 

 「敵の体制が整う前に」と言うのは、戦略を立てる上で基本の一つではあるが、それにしても今回の侵攻作戦は、拙速すぎるような気がしないでもなかった。

 

「オーブの方に参戦要請は来ていないのか?」

「正式には無いらしいな。ただ、北米にいる大和隊には、何らかの形で接触があるかも、って話だが・・・・・・」

 

 実際の話、参戦要請が正式に来たとしても、オーブ軍が北米に派兵している余裕はない。

 

 オーブではまず、上げられた事案に対して政府による閣僚会議が行われ、事の是非について話し合う事になる。同時に部隊の編成も行われる事になり、派兵案が可決されると同時に出撃する事になる。しかし、現在のオーブ共和国政府は穏健派によって占められているため、派兵については否定的な意見が多数に上るだろう。その議題が問われている時点でタイムリミットを迎える事は目に見えていた。

 

 時間的に間に合うとしたら、現在すでに北米にいる大和くらいの物だろう。

 

 そう言う意味でも、フリューゲル・ヴィントを送り込む事ができたのは僥倖だった。これで、万が一の場合でも対応が可能である。

 

「さて」

 

 カガリは声を上げると、立ち上がって傍らの手提げバッグを手に取った。

 

 その様子を、シンは怪訝な面持ちで見詰める。

 

「どっか行くのかよ?」

「ああ、そろそろ下の子の幼稚園が終わる時間だからな。迎えに行ってやらないと」

 

 カガリはこれでも、3人の子持ちである。1番上の女の子は13歳、2番目の男の子は8歳、そして一番下の男の子は4歳になる。

 

 因みに、シンにも男の子が1人おり、その子はカガリの長女と同い年である。

 

「何て言うか、大変だよな。家庭の主婦ってのも」

「どうって事無いさ。モビルスーツに乗ったり、政治家相手に腹黒い話をする事に比べたらな」

 

 ぼやくシンに、カガリはそう言って肩を竦める。

 

 その姿には、かつて軍や政治の一閃に立っていた頃のような鮮烈さはないが、それでも充分な幸せを掴む事ができた女の姿があった。

 

 

 

 

 

 葬列を連想させる船団が、漆黒の宇宙空間を粛々と進んでいく。

 

 そう連想させる根拠は、その群の様子に希望という言葉が一切見出せないからかもしれない。

 

 扁平な船体を持つ大型の輸送船が、舳先を連ねて航行している。

 

 中に収められているのは人間である。

 

 反逆罪、もしくは思想に問題有りとして、コペルニクスを始め月面各諸都市にて逮捕、拘束された者たち。その数は数万にも上る。

 

 その大半が、実のところ罪状が曖昧であったり、あるいは冤罪の者達である。

 

 しかし「疑わしきは罰せよ」のスタンスを持つ側にとって、罪状の有無など関係の無い話である。そんな物は後からいくらでも付け足す事ができるのだから。

 

 彼等はこれからプラントの一角へと護送される事になるが、行き先が分かっているのはそこまでである。

 

 そこから更に、船を変えて別のコロニーへと送られる。

 

 その場所がどこなのかは、誰にも分からない。先に待っている運命まで含めて。

 

 一つだけ分かっている事は、彼等には最早、希望を持つ権利すら無いと言う事だけだった。

 

 収容先のコロニーから戻って来た者は、1人もいない。故に、そこに送られると言う事は人生の終わりをも意味していた。

 

 新設部署であるプラント保安局は、強大な国力と軍事力を背景として、コペルニクスをはじめとした中立都市内部においても治安維持活動を展開している。その動きを掣肘で着る存在は、もはや地球圏には存在しなかった。

 

 護送船団を守るように、ナスカ級戦艦やローラシア級戦闘母艦、更に複数のモビルスーツが護衛している。

 

 いずれもプラント保安局に所属する部隊だが、機種はザフト軍が使っているザク、グフ、ゲルググで占められている。最新鋭機のハウンドドーガこそいないものの、収監された人々を護送する為の戦力としては、聊か過剰とも言えた。

 

 それらの機体が、巨大な輸送船の周りをゆっくりと飛び交いながら警戒を行っている。万が一、脱走者が出た場合には、彼等は猟犬の如く飛んで行って、不遜な者達へ徹底した見せしめを行う事になる。

 

 もっとも、今までそのような事は殆ど無かったのだが。

 

 囚人の側からしても、多数のモビルスーツが監視している中で脱出が可能であるとは思っていない。それ故に、船倉に閉じこもったまま震えている事しかできなかった。

 

 護送船団は、間もなく月とプラントの中間地点にまで差し掛かる。行程も残り半分である。

 

 そろそろ母艦に戻り、護衛役を後退しよう。

 

 直掩隊の指揮官がそう思って、帰還信号を発しようとした。

 

 次の瞬間、

 

 突如、縦横に撃ち放たれた閃光が闇を切り裂き、複数の機体を貫いて爆散した。

 

「な、何ィッ!?」

 

 動揺する保安局員達。

 

 まさかの襲撃。このような事は、当然ながら初めての事である。

 

 自分達に攻撃を仕掛けてくる愚か者が、まさかいるなどとは誰も思っていなかったのだ。

 

 そんな彼らの前に、

 

 炎の翼を広げたスパイラルデスティニーが、悠然と姿を現した。

 

「奇襲成功だよ。アステル、そっちをお願い!!」

《任せろ》

 

 弾むようなレミリアの声に、アステルが低く応じる。

 

 同時にもう一枚、炎が形成する翼が闇を切り裂いて飛翔する。

 

 アステルが駆るストームアーテルは、スラスター全開で突撃すると、レーヴァテインを対艦刀モードにして構え、立ち尽くすゲルググ2機を一刀の元に切り捨てる。

 

 ただちに反撃を開始しようとする保安局の機体が、距離を詰めながら砲門を開くのが見える。

 

 相手はたったの2機。数に任せた攻撃で押しつぶそうと群がってくる。

 

 その動きを見据え、レミリアはスパイラルデスティニーが持つ全火砲を展開する。

 

 バラエーナ改3連装プラズマ収束砲、クスフィアス改連装レールガン、ビームライフル2丁、そして8基のアサルトドラグーン。

 

 放たれる52連装フルバースト。

 

 その一斉射撃を前に、いかなる回避も防御も無意味と化す。

 

 正確、かつ高速の射撃は、並みいる保安局の機体を1機残らず吹き飛ばしてしまう。

 

 元々、保安局は自前のモビルスーツによる機動戦力を持ってはいるが、その任務はモビルスーツ同士の戦闘よりもむしろ、暴動の鎮圧や思想違反者の逮捕、摘発、更には間諜や防諜である。その為、対モビルスーツ戦闘のスキルは本職のザフト軍に比べてかなり低かった。

 

 アサルトドラグーンを引き戻して機体の翼にマウントすると、レミリアはビームサーベルを抜いて斬り込んで行く。

 

 残った機体が焦ったように下方を向けて攻撃を仕掛けて来るが、高機動と虚像を織り交ぜたスパイラルデスティニーに追随する事は叶わない。

 

 あっという間に距離を詰められ、次の瞬間には閃光の如き剣によって切り裂かれ爆散する。

 

 スパイラルデスティニーが飛び去った時、複数の機体が炎に包まれて爆散していた。

 

「アステル!!」

 

 更にザク1機のボディををビームサーベルで袈裟懸けに斬り捨てながら、レミリアが叫ぶ。

 

 それに答えるように、漆黒の嵐が駆け抜ける。

 

《判っている!!》

 

 アステルはスパイラルデスティニーに負けない程の機動力を発揮して加速。同時にストームアーテルの右手には対艦刀モードのレーヴァテイン、左手にはビームサーベルを抜いて構える。

 

 狙うは、船団前方を航行しているナスカ級戦艦。

 

 その前に立ちはだかったザクが2機、ゲルググが1機、ストームアーテルの存在を認めて砲火を集中させてくる。

 

 しかし、アステルは冷静な眼差しで攻撃を見詰め、最小限の動きで飛んでくる攻撃を回避していく。

 

 一切の無駄を省いた動きは、華麗さこそ欠けるものの、熟練めいた物を感じさせる。

 

 アステルはレミリアのように無限の動力を持った機体に乗っている訳ではない。節約できるところは、極力節約する必要がある。

 

 レーヴァテインを振るい右のザクを斬り裂き、左のザクはビームサーベルでコックピットを潰す。

 

 怯むゲルググ。

 

 その隙を逃さず接近。両手の剣を振るい、交差させて斬り捨てた。

 

「相変わらず、やるなァ アステル」

 

 鬼神の如き圧倒的な戦闘力で敵を薙ぎ払うアステルの様子を、レミリアは横目で見ながら感嘆している。

 

 レミリアの戦闘実力は、北米統一戦線内では「最強」と言われている。しかし、そのレミリアの目から見れば、アステルの戦闘力は「最凶」と言っても良かった。

 

 正直、まともに戦ったらレミリアでも、アステルに勝てるか自信が無い。

 

 更に、高速で進撃するストームアーテル。

 

 その段になって、ようやくナスカ級戦艦の方も自分達が危険に晒されている事に気付いたのだろう。遅ればせながら対空砲火を撃ち上げ始める。

 

 しかし、反応は圧倒的に遅い。

 

「これで終わりだ」

 

 アステルはブリッジ前まで機体を進めると、低く呟きながら大上段にレーヴァテインを振りかぶった。

 

 一瞬の間すらおかず、振り下ろされる大剣は無防備なブリッジを一瞬にして斬り裂き吹き飛ばした。

 

 離脱するアステル。

 

 そこで、残敵掃討を終えたレミリアのスパイラルデスティニーと合流した。

 

「やったね、アステル」

《ああ》

 

 喜びの色を隠そうとしないレミリアに対し、アステルは素っ気ない調子で返事を返す。

 

 アステルが感情を見せる事は少ない。そのせいで、初対面の人間には難しい性格の持ち主だと誤解される事もあるくらいである。付き合いが長いレミリアからすれば決して素っ気ないと言う訳ではないのだが。

 

 レミリアとアステルがそんな会話を交わしていると、輸送船の方から連絡が入った。

 

《こっちの制圧は完了した。よくやってくれた、ボウズ達!!》

 

 通信は、制圧部隊を指揮している、月パルチザンのエバンス・ラクレスだった。

 

 レミリアとアステルが敵の護衛を排除し、その間にエバンス達が輸送船を拿捕、逮捕された人々を奪還する作戦を提案したのはレミリアだった。

 

 コペルニクスで不当に逮捕され、連行されていく人々を見たレミリアは、どうしても見過ごす事ができず、北米に戻る前に彼等を救出する作戦を立案したのだ。

 

 作戦はシンプル。まずレミリアとアステルがモビルスーツで奇襲を掛けて敵の護衛を排除。その後、待機していたエバンス達が突入部隊として輸送船を制圧する、と言う流れだった。

 

 作戦は、立案したレミリア自身が驚くほどスムーズに運んだ。

 

 保安局の護衛部隊はスパイラルデスティニーとストームアーテルの奇襲で全滅。輸送船もパルチザンが制圧完了した。

 

《こっちも制圧完了だ》

 

 別の輸送船を制圧していたダービット・グレイからも通信が入った。どうやら、向こうも制圧作戦が終了したらしい。

 

《その・・・・・・なんだ、世話になったな》

 

 少し照れくさそうに、ダービッとは躊躇いがちに言ってきた。

 

 コペルニクスでは、レミリア達に辛辣な態度を取っていたダービットだが、どうやら今回の作戦を通して、その内面に変化が起きたらしい事が伺えた。

 

 本来なら、自分達の本筋とは関係ない救出作戦に手を貸してくれたレミリアとアステルに感謝の念が湧いているようだったが、やはり、この間は大人げない事をしてしまったと言う思いもあり、どこか照れくささもあるようだった。

 

 そんなダービットの様子に、レミリアもクスッと笑って頷きを返す。

 

 今回の作戦成功により、北米統一戦線と月パルチザンとの間の信頼、協調関係はより強固な物となったはず。これは今後も活動を進めていくうえで、必ず大きな力になる筈だった。

 

《俺達は、取りあえず月に戻って潜伏生活を続けるが、また何かあったらいつでも頼ってくれ》

「判りました。ありがとうございます」

 

 月の状況は北米大陸に比べても遜色無いくらい悪い物であると言う事が分かった。これからエバンス達はさらに苦しい戦いを強いられる事になるだろう。

 

 だが、彼等ならきっと、その苦しい戦いを生き抜いていくに違いないと感じた。

 

《さて、帰るぞ、レミル》

「うん、そうだね」

 

 アステルの言葉に頷きを返すと、レミリアは機体を反転させる。ここから先は、パルチザンが輸送船の護衛を引き継ぐことになる。2人はこのまま、待機させていたシャトルと合流して北米へ帰還する事になる。

 

 輸送船に背を向けて、飛び去って行くスパイラルデスティニーストームアーテル。

 

 しかしこの時、レミリアも、そしてアステルも知らなかった。

 

 自分達が帰るべき北米で、今、予想だにしなかった事が起きている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小気味よい重機の音が遠くから聞こえてくる。

 

 どうやら、再建作業は既に始まっているらしい。

 

 港の中をゆっくりと進む大和の甲板で風を浴びながら、ヒカルは近付いて来るジュノーの街を見詰めてそう呟いた。

 

 襲撃部隊の撃滅、そしてデンヴァー救援を終えて、大和はようやくジュノー基地へと帰って来た。

 

 ヒカル達の活躍によって北米解放軍の部隊を殲滅した事で、共和連合軍はようやく、モントリオールからジュノーまで続く連絡線の再構築に成功し、物資や戦力を展開する事ができた。

 

 物資を基地に下ろした事で、基地の再建や戦力の展開が早速行われている。

 

 どうやら、港は最優先で修復が行われたらしく、もう既に大型船舶が停泊できるくらいの機能は回復していた。

 

 吹き抜けてくる風に身を委ねながら、ヒカルはこれからの事に思いを馳せていた。

 

 北米解放軍の襲撃部隊を排除し、ジュノー基地の再建も続いている。

 

 当初の任務が完了した以上、次はいよいよ北米統一戦線との戦いになるだろう。そうなると、当然、レミル(レミリア)との直接対決も避けられない物となる筈。

 

 しかし、

 

「・・・・・・俺は、本当に戦えるのか、あいつと?」

 

 レミル(レミリア)とのわだかまりが、未だに心の中で整理の付かないヒカルは、これから先に確実に起こる対決に対する不安が消えないまま残っていた。

 

 戦う以上、恐らくレミル(レミリア)は手加減抜きで掛かって来るだろう。それはハワイ基地でスパイラルデスティニーを強奪した時の強引な手口から考えても間違いない。

 

 それに対して、内面に不安を抱えたままの状態で、果たしてかつての相棒と戦う事ができるかどうか。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自身の弱気を振り払うように、ヒカルは首を振る。

 

 こんな気分で戦場に赴く事なんてできない。もっとしっかりしないと。

 

 そう考えた時だった。

 

「どうしたの?」

 

 不意に声を掛けられ、ヒカルは顔を上げる。

 

 するとそこには、怪訝そうな顔でこちらを覗き込む少女の姿があった。

 

 リザ・イフアレスタールと名乗る少女は、あのデンヴァーで保護された民間人の1人である。

 

 あの後大和は、デンヴァーに残っていた民間人全員の保護を決定して艦内に収容、このジュノー基地まで護送してきた。

 

 あのままデンヴァーに居続けたら、報復として北米解放軍に何をされるかもわからない。それならばいっそ、ジュノーに収容した方が得策であると判断したのだ。

 

 住民たちは住み慣れた土地を捨てる事には抵抗を示したが、実際に自分の家族や友人が虐殺された現実を直視しては拘泥する事もできず、結局、ジュノーへの移住を決定したのであった。

 

 その中にリザと、彼女の兄の姿もあった。

 

 自分よりも小さな女の子に心配される事に対して、若干の気恥ずかしさを感じたヒカルは、慌てたようにリザから目を逸らした。

 

「な、何でもねえよ」

 

 ぶっきらぼうに、そう言うヒカル。

 

 しかし、リザはなぜか、尚もヒカルに視線を向けたまま首をかしげている。

 

「・・・・・・泣いてるの?」

「べ、別に・・・・・・」

 

 何だか、心の中を見透かされたようで、ヒカルは一瞬動揺してしまった。

 

 泣いていた訳ではない。ただ、ある意味泣きたい心境であるのは確かである。リザにはまるで、その事が分かっていて話しかけて来たかのようだった。

 

 その時、

 

「リザ、ここにいたのか」

 

 リザの兄が2人の姿を見付けて歩み寄ってきた。

 

 ヒカルよりも少し年上のこの兄は、レオス・イフアレスタールと言う。リザとは若干年が離れているためか、あまり似ている印象は無い。

 

 しかし、性格は気さくで、デンヴァーからの旅の中でヒカルとも打ち解けていた。

 

「悪いな、リザの面倒見てもらって」

「いや、俺は別に。どうせ今は非番だし」

 

 言いながら、ヒカルは笑顔で応じる。

 

 レオスたちはこれから一度、ザフト軍の当局に引き渡される事になる。そこで簡単な検査と事情聴取を受けた後、新たに市民権を発光されてジュノーの街で暮らす事になっていた。

 

 身寄りのない兄妹の事を思うと、これから先土地勘の無い場所で暮らして行く事に不安はあるだろうが、それでも、あのままデンヴァーに居続ける事に比べたら、こちらの方が幸せに思えるのだった。

 

「・・・・・・良い街だな、ジュノーは」

 

 遠くに見えるジュノーを眺めながら、レオスはポツリと呟いた。

 

 つられるように、ヒカルも再びジュノーを見やる。

 

 良い街、と言うレオスの発言には、ヒカルは全面的に賛同できるわけではない。オーブに行けば、ここよりも良い所はたくさんあるからだ。

 

 見慣れたオーブの街から比べれば、ジュノーは良く言って「寂れた漁村」と言った感じである。

 

 しかし核攻撃で壊滅し、その後もしばらく放置されていたせいで廃墟と化していたデンヴァーと比べれば、多少寂れているとは言え、街並みが整っているジュノーは確かに良い所なのかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・俺がまだ子供だった頃」

「え?」

 

 突然、何かを思い出すように話し始めたレオスを、ヒカルは怪訝な瞳で見つめる。

 

 その視線の先で、レオスはどこか寂寥感を宿したような瞳でジュノーを見詰めながら語った。

 

「本当に小さかった頃、空から火が落ちてきて、この大陸を焼いて行った」

 

 それはCE78に起こった、武装組織エンドレスによる北米同時多発核攻撃の事だろう。

 

 当時ヒカルはまだ、妹のルーチェと一緒に母のお腹の中にいた為、その時の記憶は無い。しかし、今ではさまざまなメディアで取り上げられ、教科書にまで乗っている大事件である為、触れる事の出来る情報には事欠かない。

 

 当時、スカンジナビア王国の陥落と欧州戦線の決着により、戦局を優位に進めていた地球連合軍は、その余勢を駆ってオーブを滅ぼすべく大規模な侵攻作戦を行った。しかし、その作戦はオーブ軍と、同盟関係にあったザフト軍の手痛い反撃にあい失敗。地球連合の攻勢は一時的に頓挫する事となった。

 

 その直後だった。

 

 大西洋連邦軍を構成する一部の部隊が突如、「武装組織エンドレス」を名乗り反旗を翻したのは。

 

 彼等は大量破壊兵器オラクルと、それに搭載されたミラージュコロイド対応型核ミサイル・メギドを用いて北米各都市を壊滅に追いやったのだ。

 

「俺と、俺の家族は、辛うじて被害を免れた。その後、2年してリザが生まれたが、良かったのはそこら辺までだったな」

 

 その後、大西洋連邦は崩壊。それまで一等国としての地位をほしいままにしていた国が、国としての体すら成せず、様々な自治体が乱立する無政府地帯へと転落する様は哀惜も浮かぶ。

 

「俺達の家族は、野党やゲリラを避けて大陸中を転々とした。そんな中で、親父が事故で死に、おふくろも病気で・・・・・・」

 

 その後、レオスは幼いリザを抱えて北米中を旅し、ようやくの思いでデンヴァーに辿り着いたのだった。

 

 しかし、その安住の地も北米解放軍に奪われてしまった。

 

「けど、お前等のおかげでこうして、もっと安全な場所に来る事ができた。ありがとう。感謝してるよ」

「レオス・・・・・・」

 

 笑顔を浮かべるレオスを見て、ヒカルも顔を綻ばせる。

 

 自分の行動が正しいかどうか悩むヒカル。

 

 しかしこうして、イフアレスタール兄妹を助けられた事だけをとっても、自分達のやった事には意味があったのではないかと思えた。

 

 その時だった。

 

「ねえねえ、何か来るよ!!」

 

 リザに促され、ヒカルとレオスは指差した方向に目を向ける。

 

 そこには、停泊して投錨した大和を目指して走ってくる、一台のジープの姿が見えた。

 

 

 

 

 

 プラント政府派遣特別連絡官アラン・グラディス。

 

 そう名乗った青年を、シュウジ達はいぶかしげな視線で見詰める。

 

 大和の艦長室には他に、リィスとミシェルの姿もある。プラントから連絡役の人間が来る事は事前に知らされていたので、責任者の2人にも同席するようシュウジが命じたのだ。

 

 それにしてもてっきり、連絡官と言うから来るのは武官だと思い込んでいた。

 

 しかし、実際に来たのは、どう見ても文官風の、線の細い青年だった。

 

 無論、コーディネイターである為、外見で能力を判断する事は難しい。一見すると線の細い人間であっても、一騎当千の実力者である事は珍しくない。

 

 とは言え、仕立ての良いスーツを着たアランの格好は、どう見ても軍人ではない事だけは確かだった。

 

「今後、共同作戦を行うに当たり、プラント政府との連絡役は全て私が勤めさせていただきます。どうぞよろしく」

 

 丁寧に挨拶して頭を下げるアランには、悪印象を受ける要素は見られない。

 

 しかし、居並ぶオーブ軍人3人は、尚も残る不信感をぬぐえなかった。

 

 同盟関係にあるとはいえ近年、オーブとプラントの外交関係は冷却傾向にある。それを考えれば、このタイミングで連絡官を寄越すと言う事態には、聊かの勘繰りを無しとはしなかった。

 

 アランが何らかの密命を帯びて大和にやってきた可能性も否定できない。そうでなくても、アラン自身に知らされていないプラント政府の思惑があると考える事もできた。

 

「それで・・・・・・」

 

 口を開いたのはリィスだった。

 

 とにかく、追い返すわけにもいかない。どんな思惑があるにせよ、アランがここに来た目的を聞かない事には話は始まらなかった。

 

「プラント政府としては。今後、どのような作戦を考えているのですか?」

「はい。それにつきまして、皆さんに説明する為に、わたしが派遣されました」

 

 そう言うとアランは、持って来た鞄を開いていくつかの資料を3人に手渡した。

 

「ご存じの通り、現在の北米において最も警戒すべき勢力は北米解放軍です。彼の軍は、最近になって大規模な軍備拡張を行い、更に戦力が増大していると見られています。そこで我々としましては、解放軍がこれ以上膨張する前に彼等の本拠地である北米南部の拠点群を叩き、治安回復に努めたいと思っています」

「しかし、治安回復と言っても、連中の拠点は殆ど判っていないんじゃないですか?」

 

 発言したのはミシェルである。

 

 北米南部は、長く北米解放軍が実効支配し続けている状態である為、その実情に関しては殆ど情報が無い状態である。そこへ攻め込んで行くのは、いかにザフト軍と言えど無謀の極みであるように思えたのだ。

 

「それに、北米統一戦線の方はどうするんです? こっちも無視はできないと思うんですけど」

 

 リィスは自分が感じた疑問をぶつけてみた。

 

 北米解放軍を討伐するのは結構だが、その為には大半の戦力を南部に振り分けなくてはならない。当然、その間に北米統一戦線は野放しに近い状態になり、彼等の跳梁を許してしまう事になりかねない。

 

 それらの質問に対して、アランはやや困ったような顔をしながら口を開いた。

 

「私は軍事関係について本職ではないのですが、ここに来る前にモントリオールの総督府に寄って、事情を聞いてきました。それによりますと、南部地域に孫公に際しては、現地の協力者を雇い、道案内をお願いするとの事です。あと、統一戦線に対しては、一部隊を派遣して押さえにする、とか」

「・・・・・・場当たり的な作戦にも思えるんだが」

 

 シュウジは懐疑的な口調で、アランの言葉を聞き入る。

 

 ザフト軍は先日、宇宙空間で北米統一戦線の襲撃を受けて、北米に送る予定だった増援部隊に壊滅的な被害を受けている。その為、戦力の主力はモントリオール政府軍と現地駐留のザフト軍と言う事になるのだが、それだけの戦力で南部に攻め込むのは無謀なように思える。北米解放軍がどの程度の戦力を有しているのか、正確には殆ど判っていないのだから。

 

 恐らく、その戦力補充の為に、大和にも参加してほしいと言うのだろうが、話を振られたこちらとしては俄かには首肯しかねる話だった。

 

 そもそも、自分達の主敵はあくまで、スパイラルデスティニーを強奪した北米統一戦線であると言う認識が強い。それを考えれば、ここに来て再び北米解放軍を相手にするのは、不要な回り道の要にも思えるのだった。

 

 とは言え、これが共和連合として正式な要請であるなら、無碍に断る事も出来ない。

 

 ただ、その前途に感じる暗雲は、いかようにしても拭う事ができなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-13「漆黒の解放者」      終わり

 



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PHASE-14「蒼穹の射手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローターが巻き上げる砂塵が盛大に視界を塞ぐ中、1機のVTOL機が舞い降りてくる。

 

 かつては主力機動兵器の座に君臨していた航空機は、モビルスーツが主流化した現在、一線では殆ど使われなくなったが、輸送用の機体などは積載量や信頼度には定評があり、今でも後方の輸送部隊や要人の移動用に使われる事が多い。

 

 オーギュストやジーナを始め、整然と並んだ北米解放軍の幹部達が厳粛に見守る中、開かれたハッチからやや初老と思われる男性が降り立ってきた。

 

 ブリストー・シェムハザ将軍。

 

 大西洋連邦時代は地球連合軍の高官を務め、常に最前線で戦い続けた武闘派であり、北米解放軍の指導者として、開戦から一貫して同組織を指揮してきた人物である。

 

 顔の彫りの深さと、頭髪を覆う白髪が、男が歩んできた過酷な半生を物語っているようである。年齢に比して、引き締まった印象がある体躯は健康そのものと言った感じの印象である。

 

 老いてなお衰える事を知らない存在感は、ある種の凄味と威厳、そしていような不気味さとを兼ね備えているのが分かる。

 

「お待ちしておりました、閣下!!」

 

 VTOLから降りてきたシェムハザに向かって、一部の隙もない敬礼をするオーギュスト。

 

 それに倣い、ジーナ以下、居並ぶ兵士達も自分達の偉大な指導者に対して敬礼を行う。

 

 反政府組織と言えば所謂「民兵」によるゲリラ的な存在を連想してしまうが、北米解放軍に限って言えば、その限りではない。それは目の前の統率された行動が何より証明していた。

 

 その整然とした光景は、いかにも精強な軍隊を連想させる。どこかで、旧世紀の交響楽団が奏でる重厚な音程が聞こえて来そうな雰囲気すらあった。

 

「うむ、ご苦労」

 

 シェムハザが、一同を見回して重々しく頷く。

 

 ただそれだけで、空気の質量が増したような緊張感が場を支配する。

 

 己の目指す信念を決して曲げない、巌の如き存在。それこそが、強大な共和連合軍を相手にしながら、北米解放軍と言う一大組織を率いてこれた最大の要員でもある。

 

 オーギュスト自らが案内役を務め、シェムハザを執務室へと案内すると、早速とばかりにシェムハザの方から声を掛けてきた。

 

「話には聞いているぞ」

 

 執務室のソファに腰掛けたシェムハザは、傍らに立つオーギュストを睨みつけるようにして話し始めた。

 

 ただそれだけで、オーギュストは背中に冷や汗を浮かぶのを押さえられなかった。

 

 北米解放軍において、シェムハザの存在は神をも上回っている。それは崇拝の対象のみならず、恐怖の面においても同様である。

 

 シェムハザが何らかの理由でオーギュストを見限れば、その瞬間、オーギュストの人生には幕が下ろされる事になる。

 

 これまで、シェムハザの意向に逆らった幾人ものメンバーが粛清の憂き目に遭っている。オーギュストが生き残って来れたのは、自身が常にシェムハザの信頼を勝ち得るだけの成果を上げて来たからに他ならない。これがもし万が一、オーギュストが自身の部下として不適格であるとシェムハザが考えれば、オーギュストは即座に処刑場行きになる事は疑いなかった。

 

 力による恐怖もまた、巨大組織を束ねる上で重要な要素である。

 

 そんなオーギュストの内心など知らぬげに、シェムハザは話を続ける。

 

「たかが1隻の戦艦に苦戦し続けるとは、貴様らしくも無い醜態だな」

「は、申し訳ありません。閣下の御顔に泥を塗るが如き振る舞い。万死を持ってしても償えぬものと心得ます」

 

 そう言って、ただ平伏するオーギュスト。

 

 まるで王と従者の如き光景だが、この北米解放軍においては、これが当たり前の光景である。

 

 絶対者であるシェムハザは至高の上にこそある。他の者は、ただそれに従えば良い。

 

 その事が徹底しているのである。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ良い」

 

 暫くした後、シェムハザは鷹揚な調子でオーギュストに許しを出した。

 

「苦戦したとは言え、一定の戦果を挙げたのは事実。それを鑑みれば、貴様の作戦にも意義があったと言えよう」

「ありがとうございます」

 

 内心の冷や汗を拭いつつ、喜色を浮かべて顔を上げるオーギュスト。どうやら、自分の首が皮一枚の所で繋がった事は自覚できた。

 

 しかし、シェムハザの方でも釘を刺してくるのを忘れなかった。

 

「ただし、次は無いと心得よ」

「・・・・・・ハッ」

 

 再び平伏するオーギュスト。

 

 暗に「代わりは幾らでもいる」とほのめかすシェムハザに、オーギュストは生きた心地がしなかった。

 

 一連のやり取りを終えると、シェムハザはオーギュストを着席させて本題に入った。

 

 ここ数カ月の間、シェムハザはユーラシアの方へ足を運んでいたのだが、それが急に帰国したのには理由があった。

 

「共和連合軍が、我が軍に対して大規模な軍事行動を起こす事を画策しておる」

「・・・・・・何ですって?」

 

 シェムハザの言葉に、オーギュストも緊張が増したのを感じた。

 

 これまでも何度か、ザフト軍主導で共和連合が解放軍の支配地域に侵攻を掛けてきたことがあったが、その全てを撃退する事に成功している。

 

 今回も、それらの延長にあるのか? それとも何がしかの切り札を用意しての事かは、今のところ判別とはしないが。

 

「国際テロネットワークの方から連絡を寄こしよった。連中のキャッチした事ならば、恐らく間違いではあるまい」

 

 言いながらも、シェムハザが僅かに顔を歪めたのを、オーギュストは横目で見ていた。

 

 世界中のテロ組織を支援する国際テロネットワークの存在は、CE以前の旧世紀から確認されているが、現代の彼等も北米解放軍を始め、多くの組織を支援している。

 

 現状、彼等の存在があってこそ、共和連合軍に対抗し得ているという状況が、シェムハザには苦々しい物として映っているのだろう。

 

 しかし、今回のように敵の情報を逐一もたらしてくれる事を考えれば、決して存在を軽視できる物ではなかった。

 

「来ると言うのなら是非もありません。全力で迎え撃つのみです」

「無論だ。今の我が軍は戦力的に充実している。たとえ共和連合軍全軍が相手であったとしても、勝利は容易かろう」

 

 シェムハザの言葉は、決して誇張ではない。現に北米解放軍は近年になって増強の一途をたどり、大規模な会戦においては、その殆どに勝利している。彼等の自信は実績によって見事に裏打ちされているのだ。

 

「北米大陸の解放は、我らに課せられた使命であり義務だ。その道を妨げようとする者は、たとえ誰であろうと許されない」

「その通りでございます」

 

 厳かなシェムハザの言葉に、オーギュストは恭しく頭を下げて答える。

 

 絶対君主と、それに忠誠を捧げる家臣団。それこそが、北米解放軍の在り方であると言える。上意下達と言う形はある意味、組織の運営上、最も望ましい物であるとも言える。

 

 そんな彼等にとって、北米解放とはまさに、悲願以外の何物でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 補給と整備、そして若干の休息を置いた後、戦艦大和は再び征途へと着いていた。

 

 しかし、その戦う相手は、またも北米解放軍であると言う事実に、クルー達の間には戸惑いを覚える者も少なくなかった。

 

 自分達の目的はあくまでも、ハワイを襲った北米統一戦線であると言う認識を持っているものが大半である。そんな中にあって、幾度にも渡る遠回りには、辟易させられる者も出始めていた。

 

 とは言え、軍人である以上、多少の不満は押し殺して命令に従わなくてはならない。

 

 現状、大和の艦載機戦力は、セレスティ、リアディス・アイン、ツヴァイ、ドライ、イザヨイ8機の、合計12機。部隊としての戦力はそれなりである。

 

 しかし、やはりそれだけで北米解放軍の支配地域に攻め込むのは、無謀を通り越して自殺行為であると言わざるを得ない。

 

 その事を鑑みて、部隊長を兼任するシュウジは、作戦はあくまで同時進撃するザフト軍、およびモントリオール政府軍と歩調を合わせる形で行うと決めていた。

 

「既に、モントリオールと、その周辺基地からは味方の部隊が出撃している。明朝を期して、北米解放軍が大陸南部に築いた要塞群に総攻撃を掛ける事になる」

 

 壇上に立ったミシェルは、そのように説明を始める。

 

 ミシェルは大和において、モビルスーツ隊副隊長の立場にある。こうしたブリーフィングにおける説明を行うのも彼の役目だった。

 

「敵はニューメキシコ、オクラホマ、ミズーリ、テネシー、ケンタッキー、ヴァージニアのラインを繋いで、《バードレス・ライン》と呼ばれる防空要塞群を形成、防衛ラインを形成している。ここが厄介な存在で、コイツを突破しない事には南部への侵攻は不可能と言われている」

「バードレス・・・・・・あ、『鳥も飛ばない』って意味か」

 

 カノンが納得したように手を打った。

 

 そのような物騒な名前の要塞を作るくらいだから、その防衛力には絶対の自信があるのだろう。事実、ザフト軍の機体が幾度となくハードレス・ライン以南の偵察に出ているが、無事に帰還し得た機体は、その中のごく一部であると言う。

 

 加えて地上に展開する部隊の事も考慮に入れなくてはならない。事実上、要塞を完全に制圧する事は不可能に近い。

 

「俺達が目指すのは、ここだ」

 

 そう言うと、ミシェルは地図上の一点を差した。ロッキー山脈の南端に近いその場所には、北米解放軍が築いた要塞の一つが存在している。

 

「敵の防衛ラインぎりぎりを突いて突破しようって言う訳ですか?」

「そう言う事。ここなら、敵が多少、多めの戦力を配備していたとしても、他の要塞との連絡が遅れるだろうからな」

 

 敵の要塞陣地の弱い部分を突いて突破。一気に敵中枢へ迫ろうと言う作戦らしい。

 

 そこで、ミシェルはヒカルの方に向き直った。

 

「尚、今回、セレスティには作戦上、重要な役割を担ってもらう事になる。よろしく頼むぞ」

「あ、ああ、判った」

 

 突然指名されて、ヒカルは面食らったように目を丸くする。

 

 ミシェルとは子供の頃からの付き合いで、よく遊んでもらった記憶があるが、そんな相手に命令を受けるのは、何だか可笑しな気分だった。

 

 そんなヒカルの気持ちを察したのだろう。ミシェルはニヤッと笑って見せる。

 

「そう緊張すんなって。今までの戦いと違って、お前を掩護する人間はたくさんいるんだ。気楽に行け、気楽に」

「そうそう。あんまり緊張しすぎるとハゲるよ、ヒカル」

「ハゲるか!!」

 

 調子に乗ったカノンがそう茶化すと、ヒカルはついムキになって反論してしまった。

 

 気心が知れた幼馴染故の反応なのだが、その反応がよほど可笑しかったのだろう。ブリーフィングルーム内の他のメンバー達からも爆笑が起こった。

 

 それに釣られるようにして、ミシェルも笑みを浮かべる。

 

 上層部の判断によって、さんざん振り回されている自分達だが、部隊としての士気は決して低くはない。これならば、作戦の方も上手く行く可能性は充分にあった。

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に聞きたいんですけど」

 

 廊下を歩きながら、リィスは自身の隣を歩く青年へと視線を向けた。

 

 戦艦のクルーとしてはふさわしくないスーツ姿の青年は、やはり軍人らしからぬ線の細い顔つきをしている。

 

 プラント政府から連絡官としてやってきたアラン・グラディスは、尋ねられた事に対して首をかしげるようにして返す。

 

「何でしょう? 僕に答えられる事なら、何でも聞いてください」

「じゃあ、ザフト軍は、今回の作戦に際して、どの程度、敵の情報を把握しているんですか?」

 

 率直に、リィスは自分が思っている疑問をぶつけてみた。

 

 リィスの質問は、これから作戦開始するに当たって当然の質問であった。北米南部へ侵攻するのは良いが、その作戦に参加する予定の大和には、ほとんど何も情報が下りてきていなかった。

 

 これでは、目隠しをされたまま戦いに赴くような物である。モビルスーツ隊の指揮官として、最低限の敵情報くらいは把握しておきたかった。

 

「まず、どの程度の敵戦力が展開していると思われるのか、お聞きしたいんですけど?」

「・・・・・・すみません」

 

 質問するリィスに対して、アランは少し申し訳なさそうに困った表情で謝った。

 

「それは、お教えできないんです」

 

 当然だが、その答えはリィスが望んだ物ではない。

 

 ムッとした表情を作ると、リィスは言い募るように更に質問を重ねた。

 

「じゃあ、要塞群より南部にある敵の拠点情報や、具体的にはどういう作戦で進めるのか、そこら辺は? それくらいは聞かせてもらわないと、こちらとしても動きようがありません」

「すいません・・・・・・」

 

 またも、アランの口から出て来たのは謝罪の言葉だった。

 

 これには、リィスも腹に据えかねる物があった。

 

「あのッ」

 

 リィスは堪らず足を止めると、口調を荒くしてアランに向き直る。

 

「は、はい?」

「機密保持の観点は理解できますけど、同盟軍の事をもっと信用しても良いんじゃないですか? 必要最低限の情報すら回してくれないんじゃ、戦う事なんてできませんッ」

 

 驚くアランに、リィスはそう言ってまくし立てる。

 

 これは最早、機密がどうとかいう話のレベルではない。こうまで何もかも教えてくれないのでは、同盟軍を信用されていないとしか考えられなかった。

 

 そもそも、今回の作戦はザフト軍の要請で参戦が決まった物である。だと言うのに、アランの態度は不誠実にも程があった。

 

 だが、

 

「違うんです」

 

 慌てたように、アランはリィスの前で手を振って見せた。

 

「お教えしないんじゃなくて、教える事ができないんです。僕は今回の作戦発動について政府の代表としてこの艦に乗艦しましたが、作戦の内容や情報については何も聞かされていないんですよ」

 

 言ってから、少し考え込んでアランは言った。

 

「・・・・・・いや、もしかすると、ザフト軍の誰も、南部の状況について正確に把握している人なんていないんじゃないかな」

「・・・・・・どういう事ですか?」

 

 取りあえず、いったん自分の中の苛立ちを引っ込めて、リィスは問い返す。どうやらアランにはアランなりの事情を抱えているらしい事を察したのだ。

 

 それに対して、アランは少し深刻さを滲ませるような口調で言った。

 

「これは、ここだけの話なのですが、どうも今回の作戦は、モントリオール政府の独走なのではないか、と言う噂があるんです」

 

 アランの説明によれば、こうだった。

 

 元々、モントリオール政府とはプラントから派遣された総督府によって運営されている。この総督直属の軍が、所謂「モントリオール政府軍」となり、北米における治安維持の中枢を担う事となる。

 

 問題なのは、この総督府が北米内部においてはある程度の独自行動も許可されていると言う事である。つまり、総督が必要であると判断すれば、独断で軍を動かす事もできるのだ。

 

「今回のように南部地域へと侵攻する作戦は、より慎重な行動が必要であると軍内でも意見が出ていたのです。ところが、最近になってモントリオール政府から作戦を行う旨が本国の方に届いたのです。それで本国の作戦本部は、その要請に従い軍を動かす許可を出しました」

「でもそれじゃあッ」

 

 声を上げかけて、リィスは途中で言葉を止めた。

 

 敵の情報が何もない状態で戦場に赴く事に危険性を、リィスはよく理解している。これでは目隠しされて戦うに等しかった。

 

 とは言え、ここでこれ以上、アランに言い募っても無駄な事は、既に分かった。彼もまた、今回の作戦については不審な点があると思っている一人なのだ。

 

 リィスはこれから始まる大規模な戦いを前にして、湧き上がる不安を押し殺す事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この男ほど、軍歴が長い人間はザフト軍にもそうはいないだろう。

 

 何しろ、初陣がヤキン・ドゥーエ戦役にまでさかのぼる訳だか。当時を知る人間は、既に大半が退役しているか戦死しているかのどちらかである。

 

 しかし今、ディアッカ・エルスマンは渋い表情で、目の前に立って自信たっぷりな人物を見詰めていた。

 

 かつてはエースパイロットとして鳴らし、数多くの紛争で活躍したディアッカは現在、北米派遣軍の参謀長としてここにいた。

 

 主な任務は、治安維持に当たる軍の統率だが、今回の南部侵攻に当たっては、司令官の補佐として同行していた。

 

「・・・・・・で、あるからして、勇敢なるザフトの兵士諸君。我々の敵、天にも逆らう事を厭わず、歴史を逆行させ、世界に悪の種を撒こうとしている北米解放軍は許されざる敵である。奴らの存在は、塵のひとかけらまで消し去らねばならず、その罪は子々孫々まで思い知らさなくてはならないッ それができるのは、諸君ら勇敢なる兵士のみであると、私は信じている!!」

 

 彼は今回の侵攻作戦における指揮官である、デニス・ハウエル隊長が得意絶頂と言った感じに演説しているのを、ディアッカは逆に冷めた瞳で見つめている。

 

 何とも、聞けば聞く程に、興が削がれる演説である。

 

 そもそも「天に逆らう~」と言うのは、昔のブルーコスモスがコーディネイター批判をする時の常套句ではないか。かつての敵が使っていた台詞を兵士達の鼓舞に使っている辺りが、ディアッカには低俗に思えるのだった。

 

 否、それ以前にディアッカ自身、今回の作戦には反対の立場を取っている人間の1人である。

 

 理由は単純。あまりにも無謀すぎるからだ。

 

 若い頃は、その有り余る活力と、若さゆえの盲目故に敵を侮る事が多かったディアッカも、年齢を重ねるにつれて、年相応の落ち着きを身に着けていた。

 

 そのディアッカの目から見ても、今回の作戦はあまりにも無謀だった。

 

 まず、敵がどの程度の戦力を有しているのか、全く分かっていない。

 

 次いで、敵の拠点の規模と場所が分かっているのは、共和連合との支配地域が隣接している要塞群まで。それより南に何があるのか、誰も分かっていない。

 

 本来なら作戦はいったん延期して、徹底した敵情偵察に努めるべきところである。

 

 しかし、今回の作戦は北米総督リチャード・カーナボンが押している作戦であり、ハウエルも強く賛同している。ディアッカ1人が反対したところでどうにもならなかった。

 

 加えて、リチャードとハウエルはグルック派。ディアッカは旧クライン派と言う立場の違いもあり、ディアッカ自身、このリチャードたちから疎まれていると言う事もある。

 

 近年、グルック派の台頭に伴い、その影響力は軍にまで影響し始めている。軒並み、粛清、追放の対象となったクライン派は殆ど孤立無援に等しく、その勢力は今や完全に少数派である。

 

 当然、北米派遣軍内部におけるディアッカの存在も軽視される傾向にあり、会議の場にあっては意見を問われる事も少ない。中には、露骨に侮蔑の表情を見せる者もいるくらいだった。

 

 ハウエル司令部はディアッカ以外の全員がグルック派で占められている。ディアッカ自身は、殆ど居場所が無いに等しい状態だった。

 

 演説を終えたハウエルが、振り返ってディアッカを見た。

 

「参謀長、準備はどうか?」

「はあ・・・まあ、全部完了していますが」

 

 やる気の欠いた調子で、ディアッカは答える。そもそもからして反対していた作戦に、自身の士気も上げようが無かった。

 

 その事はハウエルの方でもわかっているだろう。一つ、これ見よがしに鼻を鳴らすと、それ以上はディアッカを見ようともしなかった。

 

「さあ、行くぞ諸君。我らに逆らう不遜な者達に、正義の鉄槌を下そうではないか!!」

 

 得意絶頂と言った感じ宣言するハウエルの後ろで、ディアッカは密かに肩を竦める。

 

 司令官本人の士気が高いのは結構な事だが、どうにも頭の方に手足が伴っていないように思えてならない。

 

 最大限好意的な見方をすれば、昔の相棒に性格が似ていない事も無い、かも? と言うくらいの物だが、それとて「あいつ」に対して失礼なので、ディアッカは慎ましく頭の中で呟くだけにしておいた。

 

「何にしてもこいつはそろそろ、腹の括り方について真剣に考えておいた方が良いかもね」

 

 ため息交じりに呟きながら、ディアッカは得意絶頂のハウエルから視線を逸らすのだった。

 

 

 

 

 

 ザフト軍が進撃を開始した頃、大和もまた、目標作戦区域へと到達していた。

 

 既に全艦に戦闘態勢が発令し、攻撃開始の時を待っている。

 

 目の前には、解放軍が築いた大型の要塞が存在している。それを突破し、ザフト軍との合流を目指す事になる。

 

 しかし、戦力が限られている現状で、無駄な消耗は避けなくてはならない。

 

 そこでシュウジは一計を案じ、特殊な方法を用いる事で、最小限の労力で要塞の無力化を図る事にした。

 

 その為の装備は、既に完成してセレスティに搭載している。

 

 万全、とは言い難いかもしれない。

 

 連戦の疲れも出始めているし、何より北米と言う慣れない土地での長期遠征は、クルーに対する大きな負担となっている。

 

 大和のクルー達を支えているのは、偏に連戦連勝の誇りだけである。

 

 そろそろ、リフレッシュが必要な時期に来ている。今回の作戦が終了したら、一度ハワイに戻る事も検討した方が良いかもしれないとシュウジは考えていた。

 

 その為にも今回の戦い、何としても戦い抜く必要があった。

 

「モビルスーツ隊、発進せよ」

 

 厳かな命令と共に、開戦のベルが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 セレスティのコックピットに座り、ヒカルは前方に開ける視界を真っ直ぐに見据える。

 

 指はパネルのボタンを操作し、発進準備の最終シークエンスを進めていく。

 

 しかし、その瞳は快活な少年らしからず、不快に細められている。

 

 正直、自分は何をしているのだろう、と言う思いはあった。本来の敵である北米統一戦線を追わず、ただ回り道ばかりを繰り返す事に苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

「・・・・・・何やってるんだろうな、俺は」

 

 脳裏に、レミル(レミリア)の事が浮かぶ。

 

 あいつにもう一度会って、事の真偽を確かめるためにここまで来たと言うのに、いまだにそれを成せず、ただ時を浪費しているかのような日々は、ヒカルの徒労感を否が応でも増していた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 首を振って、意識を戦いの方向へ向ける。

 

 今は戦いに集中しないと。

 

 今回のヒカルとセレスティは、作戦の要である。ヒカルの活躍如何によって、作戦の成否がかかっていると言っても過言ではなかった。

 

 レミル(レミリア)の事は、いったん頭の隅へと寄せる。とにかく、今回の作戦を成功させれば、次こそは・・・・・・

 

 シグナルが灯り、発進準備が整った。

 

 今回、セレスティは背部に大型の砲を1門装備している。バラエーナとは違い、砲身は3つに畳まれ、かなりの大型砲である事が伺える。更にツインアイにも照準補正用のバイザーが装備された。

 

 L装備と呼ばれるこれらは、今回の作戦に間に合わせる為に、大和の整備班が急ピッチで組み上げた物である。

 

 眦を上げるヒカル。

 

 今はただ、何も考えずに戦うだけだった。

 

「ヒカル・ヒビキ、セレスティ行きます!!」

 

 急激な加速感と共に、カタパルトから打ち出される。

 

 蒼穹に飛び上がると同時に、その特徴とも言える8枚の蒼翼が広がられた。

 

 

 

 

4

 

 

 

 

 

 共和連合軍動く。

 

 その報告を受け、北米解放軍各部隊は俄かに動きを活発化させていた。

 

 北からはモントリオール政府軍。並びに駐留ザフト軍が空を埋める勢いで迫り、南からは南米軍が展開し、北上の機会を虎視眈々と狙っている。

 

 その状況で、北部における各要塞群に迎撃の指令が出され、同時に司令本部のあるフロリダ半島一帯に点在する基地には警戒の為の部隊が展開している。

 

 北と南、双方を敵に囲まれている状況にあっては、さしもの北米解放軍も苦戦を免れない。

 

 そこで、オーギュスト以下司令部が迎撃案の立案を行った。

 

 まず、敵の主力となるのは、北から来るザフト軍と思われる。そこで、北部は要塞を利用した地の利で対抗し、その間に南から来る南米軍を撃破。しかるのち、全兵力を北部へと振り向けることになった。

 

 問題は迅速な兵力移動であるが、その点に関して、所有する母艦や輸送機に頼る一方、主力部隊が反転してくるまでの間、要塞駐留部隊が耐え忍んでくれることに期待するしかなかった。

 

 アトランタ。

 

 かつては北米南部の街として栄えたこの街も、武装組織エンドレスが引き起こした核攻撃で破壊され、長く廃墟として放置されていた。

 

 アパラチア山脈に隣接するような形で存在する旧アトランタ市に、北米解放軍の要塞陣地は存在した。

 

 この場所は、本拠地の存在するフロリダ半島のちょうど真北に位置している。その為、特に多くの兵力が駐屯していた。

 

 強固なべトンによって補強された地下基地の内部には、およそ200機近いモビルスーツが収容できる施設が存在している。

 

 それらが今、共和連合軍進撃の報を受けて、迎え撃つべく基地上空へと飛び上がっていた。

 

 これだけの大兵力を展開すれば、いかに兵力に勝る共和連合軍と言えど、簡単には突破できないはず。要塞の地の利を生かせば、勝利は容易い物と思われた。

 

 時間は解放軍の味方である。籠城を続け時間を稼ぐ事ができれば、南部に展開する主力部隊が援軍に駆け付けるはず。そうなれば解放軍の勝利は間違いなかった。

 

 誰もがそう思って、楽観していた。

 

 その瞬間までは。

 

 突如、閃光の如く飛来した砲弾が、上空を警戒するように飛んでいたウィンダムを直撃し、これを吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされ、爆炎を残して散って行くウィンダム。

 

 解放軍兵士達の間に、動揺が走る。

 

 敵が来た!?

 

 まさか!?

 

 そう思っている間にも、攻撃は続く。

 

 1機、

 

 また1機

 

 続けて1機

 

 更にまた1機

 

 誰もが呆然としている中、解放軍の機体が次々と撃破、破壊されていく。

 

《超遠距離からの攻撃だ!! 警戒しろ!!》

 

 隊長が叫んだ瞬間、

 

 その、当の隊長が操縦するグロリアスが、コックピットを正確に撃ち抜かれて撃墜した。

 

 大きくなる動揺。

 

 見えない敵への恐怖は、加速度的に解放軍部隊へと蔓延していった。

 

 その恐怖を司る者は、

 

 8枚の蒼翼を広げた状態で長大なライフルを構え、右往左往する北米解放軍をスコープ越しに睨みつけていた。

 

「第1波攻撃完了、続けて行く!!」

 

 セレスティを操るヒカルは、力強い調子で言い放った。

 

 スコープを覗く目を、しっかりと見開く。

 

 セレスティは現在、腰に砲身長15メートル以上の大型砲を構えている。更に顔のツインアイ全体を覆うように、ゴーグルのような装備が取り付けられている。こちらは視覚照準補正用である。

 

 L装備と呼ばれるこれらは、長距離狙撃用の特殊装備である。メインとなる155ミリ狙撃砲は、レールガン方式を採用する事で大気圏内に置いては、事実上450キロ超の狙撃が可能となる。射撃時の機体高度を上げれば、その距離はさらに伸びる事になる。

 

 ただし、当然それだけの極大射程では、目標は地平線の下に隠れてしまい直接照準は不可能になる。更に、ヒカルは狙撃の素養がそれほど高い訳ではない。射程距離に関してはあくまで計算上、弾丸が届く範囲である。

 

 それらの諸問題を解消する為に、ツインアイに装着したバイザー型の照準補正装置が活躍する事になる。これは形の通り、モビルスーツのカメラ機能を外付け的に補強する物であり、これによって、ある程度レベルの低いパイロットでも、安定した狙撃が可能となる訳である。

 

 トリガーを絞るヒカル。

 

 一瞬にして放たれた砲弾は大気を斬り裂いて飛翔、目標へ着弾すると同時に吹き飛ばす。

 

 一発で戦艦の主砲にも匹敵する砲弾を受けては、いかなるモビルスーツであっても耐えられる物ではない。仮にPS装甲を装備していたとしても意味はないだろう。装甲が耐えられても、レールガンの超加速を前に、内部骨格が着弾の衝撃で圧壊する事は間違いない。

 

 スコープの中では、右往左往する解放軍の様子がハッキリと映し出されている。

 

 突然、すぐ横にいた味方が撃墜されると言う事態に動揺した彼等は、ただ闇雲に動き回る事しかできない。どちらの方角から、どのような攻撃が来ているのかすら把握できないらしく、防御姿勢もバラバラである。

 

 そこへ、ヒカルは容赦なく砲撃を浴びせる。

 

 戦場においてスナイパーとは、恐怖の対象である。

 

 「得体が知れず」「姿も見えない」。この2つの要素が齎す相乗効果は、実際に目に見える被害以上に効果がある。

 

 シュウジが立案した作戦は、敵のモビルスーツをヒカルが狙撃で片付け、その間に部隊主力でもって要塞を陥落させると言う物だった。これにより、最小の労力で防衛線の突破を図るのだ。

 

 既に要塞上空に展開した解放軍の機体は、セレスティの狙撃によって大半が撃墜されている。残った敵も殆ど脅威にはならないくらい

 

 散漫になった防衛ラインを見て、ヒカルは通信機のスイッチを入れた。

 

「こちらヒカル。敵前衛部隊の排除に成功しました」

 

 その報告を受け、

 

 待機していた大和が、フルスピードで突撃を開始した。

 

 その様子に、アトランタ要塞内の司令部は大混乱に陥った。

 

「敵大型戦艦、急速接近!!」

「迎撃急げ!!」

「ダメですッ 稼働可能機体、先の攻撃で2割にまで減少ッ 代替機の発進を!!」

 

 司令本部内も浮足立ち、怒号と悲鳴が交錯する。

 

 自分達自身が建造し、無敵と信じていた要塞に、まさか敵が侵攻してくるとは思っても見なかったのだ。

 

「落ち着け!!」

 

 司令官が声を裂かんばかりに怒鳴る。

 

「この要塞は無敵だッ 今まで如何なる攻撃にも耐え、全ての敵を撃退してきたのだぞッ 共和連合軍如き何する物ぞ!! 諸君はただ、落ち着いて敵が自滅するのを待てば良い!!」

 

 そう叫ぶ司令官自身、自分の声が震えている事に気付いていない。

 

 今回は今までの敵とは何か違う。

 

 今までの敵は、大兵力を活かして力押しで攻めて来る者がほとんどだった。だから解放軍は、要塞の地形的優位を活かして勝利できたのだ。

 

 しかし今回の敵は、まず迎撃の為に上がったモビルスーツ隊を排除してから、戦艦が突撃してきた。明らかに、これまで敵が行った戦術とは一線を画している。

 

 更に、高速で突進してくる戦艦の異様にも圧倒される。

 

 あれほど巨大な戦艦は、解放軍内にもそう何隻もいるわけではない。もし、あれの攻撃が要塞の壁を破壊したら・・・・・・・・・・・・

 

「陽電子リフレクターを展開しろッ とにかく、敵の要塞内への侵攻だけは防ぐんだ!!」

 

 旧地球軍が開発し、ビームシールドの基にもなった陽電子リフレクターは、このアトランタ基地も装備している。あらゆる攻撃を防ぐ事が可能で、かつ電力も地下の大出力発電機を使用できるため。事実上無限に稼働させる事もできる。アトランタ基地が難攻不落を誇ったゆえんである。

 

「リフレクター発生装置展開ッ 照射、開始します!!」

 

 地下に格納されていたリフレクター照射装置が迫り出し、上空に向けて展開用レーザーの照射を開始する。

 

 その様子を見て、司令官は内心の冷や汗を拭うように息を吐いた。

 

「これで良い・・・・・・これで・・・・・・」

 

 これでアトランタの防衛は強固な物となった。あとは南に向かった本隊が増援として到着するまで持ちこたえる事ができれば任務は達成できる。

 

「我々の勝ちだ」

 

 ニヤリと、笑みを浮かべた。

 

 しかし、

 

 その様子を、遥か彼方から猛禽の如く見詰める瞳があった。

 

「目標確認、これより第三次攻撃を開始します!!」

 

 通信を入れると同時に、ヒカルは再びスコープを覗きこむ。

 

 同時にセレスティの腕が動く。狙撃ライフルからマガジンを排出し新たに再装填。そして脇のボルトを引いて射撃体勢を整える。

 

 今回、ヒカルに与えられた任務は二つ。一つは敵機動兵器の排除。

 

 そして、もう一つは敵要塞が展開する防御用兵器の破壊である。

 

 バイザーによって解像度が強化されたセレスティのカメラアイは、今にも陽電子リフレクターを展開しようとしている装置の姿がハッキリと映し出されていた。

 

「行けッ」

 

 トリガーを引き絞ると同時に、砲弾が電磁波に乗って放たれる。

 

 殆ど一瞬で、目標へと到達すると、リフレクター発生装置を直撃、これを破壊する。

 

 ヒカルの攻撃は、それでは終わらない。

 

 次々と狙撃を敢行し、他のリフレクター発生装置も破壊していく。

 

「発生装置、6割を喪失!! 出力低下!! リフレクター強度、維持できません!!」

 

 今回の作戦に先立ちシュウジはアランを通じて、これまでザフト軍やモントリオール政府軍が行ったアトランタ攻略作戦の報告書を取り寄せて、その詳細をつぶさに研究したのだ。その為、要塞守備側の行動は完全にシュウジの掌の内と言っても良かった。

 

 確かに多数のモビルスーツや、陽電子リフレクターの展開を許せば大和であっても、攻略は困難になる。

 

 しかし、それらが来るのを判っていれば、対処もたやすいと言う訳だ。

 

 それらの情報を統合してシュウジが立てた作戦は、「機動兵器」「リフレクター発生装置」「要塞本体」を各個撃破する作戦であった。

 

「敵大型戦艦。更に接近しますッ 司令!!」

 

 オペレーターの悲痛な声も、聞こえていないように、司令官は呆然としたままモニターの中で迫り来る大和の様子を眺めている。

 

「大丈夫・・・・・・大丈夫だ・・・・・・・・・・・・」

 

 他ならぬ自分自身に言い聞かせるように、うわ言のような呟きを漏らす司令官。

 

 この要塞は無敵だ!! 陥落する事など絶対にありえない!!

 

 そのはずだ!!

 

 司令官や解放軍の兵士が見守る中。

 

 大和は、長大な艦首に備えた巨大な砲門を要塞へと向ける。

 

「陽電子チャンバー、出力臨界!!」

「単発発射設定良し。余剰出力格納閉鎖良し!!」

「照準補正完了。誤差、0.001パーセント以内!!」

「総員、対ショック、対閃光防御完了!!」

 

 全ての準備が整い、シュウジは立ち上がると同時に、右腕を水平に振り抜いた。

 

「グロス・ローエングリン、撃てェ!!」

 

 次の瞬間、閃光が迸る。

 

 艦載砲としては世界最強の陽電子砲が、その有り余る出力をアトランタ要塞へと叩き付ける。

 

 次の瞬間、

 

 全てが崩壊した。

 

 閃光が要塞内を狂奔し、そこにあるあらゆる物を飲み込んで原子レベルへと分解していく。

 

 あらゆる防御手段を失っては、いかに強固な要塞と言えども無力だった。

 

 分厚いべトンはあっさりと崩壊し、巨大な瓦礫となって地下へとなだれ込んで行く。

 

 人も、モビルスーツも、等しく閃光やがれきに飲み込まれ、押し潰され、分解していく。

 

 その中に、司令官以下、要塞司令部の面々がいる事は言うまでもない事である。

 

 やがて、閃光が止んだ時、最前まで威容を誇っていた要塞の姿は無く、ただ無惨に黒煙を噴き上げるだけの無惨な瓦礫がそこにあるだけだった。

 

 上空にはまだ、ヒカルの狙撃から生き残った解放軍のパイロット達が滞空し、既にその役目を果たす事の無くなった自分達の要塞を、呆然とした瞳で見つめている。

 

 そこへ、突然、複数のビームが射かけられて爆発する機体が続出する。

 

 見ると、大和から発艦した艦載機部隊が、リィスのリアディス・アインを先頭に突き進んでくるのが見えた。

 

「第1小隊、わたしに続いて攻撃開始!! ミシェル君は第2小隊と第3小隊の統率!! カノンは支援砲撃宜しく!!」

《了解だ!!》

《まっかせて!!》

 

 地上を疾走するリアディス・ドライが、全砲門を開いて攻撃を開始する中、リィスのリアディスはビームライフルを振り翳してウィンダムを撃墜する。

 

 更に、ミシェルのリアディス・ツヴァイも、ムラマサ対艦刀を抜いて続く。

 

「おっしゃ、行くぜ!!」

 

 振りかざされる双剣が、逃れようとするレイダーの翼を切断して撃墜。更に次の目標へと剣を向ける。

 

 勇敢に斬り込んで行くオーブ軍の各機。

 

 それに対して、司令部と言う「頭脳」と、要塞と言う「家」を同時に失った解放軍は、あまりにも脆かった。

 

 突き崩される防衛ライン。

 

 浮足立った彼等に、勢いに乗るオーブ軍を止める手段は無かった。

 

 

 

 

5

 

 

 

 

 

 作戦を終えた大和に、次々と艦載機が戻ってくる。

 

 その中に、ヒカルのセレスティの姿もあった。

 

 機体を所定のメンテナンスベッドに固定すると、整備兵に後を託してコックピットを出る。

 

 同時に感じるめまいには、やや辟易したような仕草を見せた。

 

 今回は「狙撃」と言う、いままでやり慣れていない任務をこなしたため、掛かった疲労も半端な物ではなかった。

 

 とは言え、ここでへばっている時間は無い。

 

 ようやく敵の防衛ラインに風穴を開けたとは言え、戦いはまだ始まったばかりなのだ。

 

 とにかく、少し休もうか。

 

 そう思って足を進めた。

 

 次の瞬間。

 

「ヒっカルー!!」

「どわァ!?」

 

 突然、背後から体当たりを掛けられ、ヒカルは格納庫の床に顔面からダイビングした。

 

 グワンッ

 

 かなり景気の良い音が鳴り響き、作業班が手を止める中、背後からカノンに抱きつかれたヒカルが身動きできずに床に頭をぶつけていた。

 

「お疲れヒカル。てか、大丈夫?」

「んな訳あるか!!」

 

 怒り心頭、と言った感じでヒカルは頭を起こす。

 

 戦闘後で疲れている所に来て、姦しさ人三倍のカノンの相手までしなくてはいけないとなると、疲労は否応なく相乗効果を現してヒカルにのしかかってくる。

 

「とにかくどけッ 重い!!」

「ムッ ヒカルのくせに失礼な。あたし、そんなに重くないもん!!」

 

 そう言ってカノンは、馬乗りになったヒカルの上からどこうとしない。

 

 と、

 

「お前等、じゃれるのも大概にしとけよ。まだ作戦はこれからなんだからな」

 

 2人の様子を見ていたミシェルが、苦笑交じりに言うと、周囲の隊員達も、つられて笑みを浮かべる。何やら、じゃれ合う2匹の子犬を見守るような微笑ましい光景である。

 

「ちょ、笑ってないで誰か助けて!!」

 

 そう言って手を伸ばすヒカルだが、誰も手を差し伸べる者はいない。

 

 だって、見てる方が面白いし。

 

 困難な作戦を終えたばかりだとは思えない陽気さが、そこにはあった。

 

 

 

 

 

PHASE-14「蒼穹の射手」      終わり

 



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PHASE-15「緋の刃、穿つ戦場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アトランタ突破作戦を無事に終え、部隊を収容した大和は再び、その艦首を南へと向けていた。

 

 アトランタを陥落させたことで、北米解放軍が誇る大要塞群「バードレス・ライン」の一角を突き崩す事に成功した。これにより、北米解放軍も防御陣地の再構築を迫られる事になる。

 

 事前の偵察情報では、解放軍の本拠地はメキシコ湾の入り口に突き出したフロリダ半島のどこか、と言う事になっており、事実として、過去にフロリダ半島上空を偵察した機体は1機も戻ってこなかったと言う事情もある。

 

 偵察衛星を用いて軌道上から撮影された画像によれば、かなり大規模な迎撃陣地が集中しており、これを地上からの侵攻で陥落させるとなると、かなりの犠牲が伴う事が予想された。

 

 そこで共和連合軍、と言うよりも主戦力を担うザフト軍は、今回の作戦において地上部隊で敵の攻撃を引き付ける一方で、衛星軌道上から降下揚陸部隊を確認されている敵拠点へ直接降下させ、これらを一挙に制圧すると言う作戦を撃ちだしていた。

 

 降下揚陸部隊の活用はザフト軍の18番であり、これまで多くの戦いを制してきた必勝戦法である。いかに解放軍が戦力が多く、かつ地の利を得ていたとしても頭上を押さえられたのでは如何ともしがたいはず。

 

 しかも今回、フロリダ半島周辺の解放軍拠点は手薄になっている事が確認されている。事実、戦闘開始と同時に、フロリダ半島から大規模な部隊が南へ向かうのが確認されている。恐らく、東アジア諸島付近に展開した南米軍の迎撃を行う為に出撃したと思われた。

 

 加えてバードレス・ライン防衛用の戦力も裂かなくてはならない。それを考えれば全軍を統括するハウエル司令部の判断は、あながち的外れとは言えなかった。

 

「それで、グラディス連絡官」

 

 航行する艦を指揮しながら、シュウジは傍らのアランに尋ねた。

 

 アランは同盟相手とはいえ他国の民間人。本来なら艦橋のような重要な場所へは立ち入る事ができないのだが、大和へはプラント本国やザフト軍との意思疎通を行う橋渡し役として来ている。その為シュウジは、円滑な意思伝達を行う為、特別にアランが艦橋に入る事を許可していた。

 

「これから、我々はどのように行動するのですか?」

 

 基本、ザフト軍からの命令はアランを介する形でシュウジへ伝達される。その為、アランにはザフト軍の作戦命令書を開封する権限とコードが与えられていた。

 

 艦橋には今、先のアトランタ戦における報告を行うべくやって来たリィスの姿もあった。

 

「それなのですが・・・・・・・・・・・・」

 

 促すシュウジに、アランは少し言いにくそうに口を開きながら、開封した命令電文をシュウジへと渡した。

 

「オーブ軍戦艦大和は、現在位置を死守。そのまま待機しつつザフト軍本隊の到着を待て、とあります」

 

 アランの言葉を聞きながら、シュウジは目を細めて電文を見やる。

 

 確かに、アランの言うとおり、電文には大和に待機を命じる旨が掛かれている。しかも、ザフト軍北米派遣軍司令官デニス・ハウエル総隊長の署名入りである。正式な書類である事は間違いなかった。

 

「そんなッ」

 

 納得いかない調子で声を上げたのは、傍らに立っていたリィスだった。

 

「要塞陣地突破に成功した以上、私達はより深く敵陣へと進むべきじゃないんですか?」

 

 言い募るリィス。

 

 確かに、彼女の言うとおり、大和がこの場にて待機するのは最上とは言えないだろう。敵が敷いた防衛ラインを突破する事に成功したのだから、その機動力を活かした後方攪乱や、艦載機を用いた威力偵察等、できる事は幾らでもある。

 

 勿論、下手に突出し過ぎれば敵中に孤立してしまう事も考えられたが、今回の場合、解放軍にも多くの予備戦力があるとは思えない関係から、より奥地へと進んだ方が得策であるように思えた。

 

「いったいザフト軍は何を・・・・・・」

「それくらいにしておけ、ヒビキ一尉」

 

 尚も言い募ろうとするリィスを制したのはシュウジだった

 

「グラディス連絡官の役割は作戦の立案ではなく、立案された作戦を我々に伝える事だ。彼を責めても仕方がない」

 

 実際にはシュウジ自身、ザフト軍司令部の連中に行ってやりたい事は多々あるのだが、それでも、その程度の節度は弁えているつもりだった。この場にあってメッセンジャー以上の役割を与えられていないアランを責めるのは、お門違いも甚だしかった。

 

「とにかく、待機を命じられた以上、我々としてはどうする事もできん。この場で次の命令を待つ事になるが、その間の警戒は怠らないでくれ」

「・・・・・・了解しました」

 

 尚も不承不承と言った感じのリィスだが、部隊長であるシュウジがそう決断したからには、従う意外に無かった。

 

 型通りの敬礼をして、艦橋を出て行くリィス。

 

 その彼女の背中を、アランが慌てて追いかけていく。

 

 そんな2人の背中を見送るとシュウジは前方に向き直って、人知れず口元に笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・・・・・・・若いな」

 

 何やら年寄り臭い事を言うシュウジ。

 

 しかし実際のところ、彼自身、リィス達とは3歳しか違わない年齢であるのだが、どうにも苦労を背負い込む事が多いせいか、一回りは年長に思えるのだった。

 

 

 

 

 

「ヒビキ一尉、待ってください!!」

 

 足取りも荒く1人でズンズンと先へ行ってしまうリィスに、アランは慌てて追いつき引き留めようとする。

 

 すると、リィスはいきなりクルッと振り返り、やや釣り上げた瞳をアランへと向けてきた。

 

「何か?」

 

 先程のやり取りのせいもあるのだろう。少し険のある声を出してしまう。

 

 女性士官の齎す迫力に対してアランは若干身を引きながらも、気を取り直してリィスへと向き直った。

 

「その・・・・・・・・・・・・さっきは、すみませんでした」

「・・・・・・はい?」

 

 予想していなかったアランの言葉に、リィスは怪訝な表情を作る。わざわざ追いかけてきたのだから、文句の一つも言われるかも、と身構えていたのだが、完全に拍子抜けだった。

 

「その、我が軍が割に合わない作戦を立ててしまった事、プラントを代表してお詫びいたします」

「そんな事・・・・・・」

 

 リィスは、少し面食らってしまった。

 

 そんな事をわざわざ言う為に、自分を追いかけてきたアランは、どうやら思っている以上に義理堅い性格であるらしいと言う事が分かった。

 

「さっき艦長も言った通り、これがザフト軍主導の作戦である以上、命令には従いますよ。私だってオーブの軍人ですから。それくらいの事は弁えています」

「でも、あなたは納得していない。そうでしょう?」

 

 杓子定規な返答を返すリィスに対して、アランは尚も言い募ってきた。

 

「だから、あなたに謝りたくて・・・・・・その・・・・・・」

 

 何やらしどろもどろに話すアラン。

 

 それに対して、リィスは深くため息をついて言った。

 

 アランが人一倍、誠実で義理堅いな性格をしていると言う事は良く判ったし、今回の件が彼にとってどうにもならない事だと言う事も理解した。

 

 だからリィスとしても、これ以上この件をネチネチと引っ張る気はなかった。

 

「もう良いです。あなたのせいじゃない事は、私にも判ってますから」

「ほ、本当ですか!?」

 

 勢いよく顔を上げるアランに、今度はリィスが引く番だった。

 

 一瞬、リィスを射るアランの視線。

 

 それを見返すリィスはと言えば、どう反応して良いのか困惑している。あまりにも視線が真っ直ぐに向けられた為、出かかった言葉を思わず飲み込んでしまったのだ。

 

 そんな2人の様子を、

 

「何あれ?」

「さあ?」

 

 ヒカルとカノンが見つめ、互いに顔を見合わせて首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 CE93年4月8日

 

 後に「第1次フロリダ会戦」の名で呼ばれる事になる戦いは、共和連合軍の戦線攻撃によって始まった。

 

 フロリダ半島北部を塞ぐように建設された「バードレスライン」は、解放軍が威信かけて建造した強固な要塞陣地群であり、事実上の交戦状態にあるモントリオール政府軍、並びにザフト北米駐留軍の攻勢を支え続けてきた。

 

 強固な防御陣地と無数の砲台、そして多数の駐留兵力を前に、共和連合軍も攻めあぐねていたのが実情である。

 

 しかし今回、共和連合軍は徹底した陽動戦術で解放軍の戦力を拡散する事に成功した共和連合軍は、一挙に攻勢に出たのだった。

 

 

 

 

 

 前線から次々と報告が齎される様子を、北米解放軍の指導者であるブリストー・シェムハザは身じろぎせずに聞き入っている。

 

 トップと言うのは、その組織において象徴的な意味合いを持つ。トップがぐらつけば、組織がぐらつく。組織がぐらつけば戦いに敗れる。全ては連鎖的につながっているのだ。

 

 逆を言えば、トップがどっしりと構えてさえいれば、たとえ負け戦であったとしても組織の屋台骨が崩れる事は無い。一定の磐石を維持できると言う訳だ。

 

 故に、シェムハザは例えいかなるときであろうと、自身が動揺した姿を見せる事は許されなかった。

 

 入ってくる戦況は、解放軍にとって決して芳しいとは言えない。

 

 戦線各所で攻勢を仕掛けてくる共和連合軍。

 

 それに対して主力を欠いている北米解放軍は完全に防戦一方と化し、敗走と壊滅を繰り返している。

 

 解放軍自慢の要塞線「バードレス・ライン」はズタズタにされつつある光景が、モニターからは見て取れた。

 

 主力を成すのは駐留ザフト軍とモントリオール政府軍。特にザフト軍は、今や質、量ともに過去にない充実を見ており、名実ともに「世界最強の軍隊」と言う呼び名もある。それ故に凄まじい進撃で解放軍が展開する前線部隊を駆逐している。

 

 流石はザフトの精鋭部隊、と言うべきだろう。

 

 戦力的には解放軍も決して劣ってはいないのだが、怒涛の如く攻め寄せてくるザフト軍を前に、今まで無敵を誇ってきた要塞も成す術が無かった。

 

 それもこれも、戦闘第一段階におけるアトランタの陥落が大きく響いていた。

 

 シェムハザは、視線をモニターの一角に向ける。

 

 アトランタは開戦第一撃の、僅か数時間の間に陥落してしまい、それに伴い、解放軍の戦線は壊乱状態に陥ってしまった。

 

 強固な壁程、一角でも穴を開けられれば脆いものである。ちょうど、洪水時に堤防が決壊するような物だ。

 

 アトランタを陥落させられた事で、共和連合軍が後方遮断に出る事を危惧した前線指揮官の幾人かが、司令部からの指示を待たずに要塞を放棄して後退してしまったのだ。その為、解放軍の前線は壊乱状態に陥ってしまった。

 

 現在、要塞を放棄した部隊はクラークヒル湖沿岸の旧オーガスタまで後退して部隊を再編成し、共和連合軍の更なる南下に備えている。

 

 再編成は順調に進み、間も無く戦闘準備も完了すると言う報告がシェムハザの元にも届けられている。

 

 奇妙な事に、バードレスラインを陥落させた共和連合軍は、その後の動きを鈍らせている。詳しい理由は不明だが、これは完全に解放軍にとって好都合であった。おかげで、作戦開始当初に起こった計算違い解消されたに等しい。

 

 しかし旧オーガスタは殆ど起伏の少ない平面な地形の上にある。強固な要塞に拠っても敵の進撃を防ぐ事はできなかった事を考えると、まともな戦闘で敵の進撃を食い止めるのは難しい。

 

 やはり、作戦は当初の予定通り運ぶ必要があるだろう。

 

「南米軍に、その後の動きは?」

「特にこれと言った物は。カリブ海南岸部からパナマ基地に掛けて戦力を展開しているが、北上の動きはありません」

 

 オペレーターからの返事を聞き、シェムハザは自分の考えが間違っていなかった事を確信した。

 

 どうやら、南の南米軍は囮か牽制の役割を担っているのだろう。解放軍の主力を南に引き付け、その間に北から来る共和連合軍主力部隊が解放軍領土に突入する為に。

 

 そこまでは、シェムハザにも判っていた。

 

 ではなぜ、敢えて敵の策に乗って主力部隊を南へと振り向けたのか?

 

 そこには、攻め寄せてきた共和連合軍を一網打尽にするために、シェムハザが張り巡らせた壮大な罠が隠されていた。

 

 その為の布石は全て打ち終えている。あとは共和連合の間抜け共が、そうとは知らずにノコノコとやって来るのを待つだけだった。

 

「さあ、来るが良い。貴様等に本物の戦略とはいかなるものか、たっぷりと教育してやる」

 

 そう呟くとシェムハザは、凄味のある笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 何とも、まどろっこしいやり方に思えてならない。

 

 ディアッカは進軍するザフト軍の中にあって、人知れず嘆息しながらそのように考えていた。

 

 ハウエル司令部は、バードレス・ラインを事実上陥落させたのち、各地に散っていた部隊を集結させたのち、改めて何かを開始すると言う方策を打ち立てていた。

 

 その為、散開した部隊が再集結するのに2日、更に部隊を再編するのに1日の時間を費やしてしまっている。

 

 先行偵察機からの報告によれば、既にバードレス・ラインを放棄した北米解放軍は、オーガスタ近郊で再集結を終え、こちらを迎え撃つ体勢にあると言う。自分達はまんまと、敵に息を吐く時間を与えてしまったのだ。

 

 共和連合軍は、再集結などと言う悠長な事を考えず要塞突破の勢いに任せて、波状攻撃的に一気に攻め立てるべきだった。そうすれば、敗走中の敵を追い打つ理想的な追撃戦ができたのに。

 

 しかし、ディアッカ自身がそれを主張しようにも、孤立気味のハウエル司令部の中にあっては、意見が通る可能性はマイナス以下でしかない。事実、これまでも幾度かディアッカが意見を言った事はあったのだが、全て却下され続けてきた。

 

 人知れず、ため息を吐く。

 

 これまでディアッカはザフトの軍人である事に誇りを持ち、そして軍人と言う職業に面白みを感じて過ごして来た。

 

 しかし、それもままならなくなりつつある現実に、どうやら直面しているらしかった。

 

「さあ、進め、ザフトの勇敢なる戦士たちよ!! 我等が栄光を、後々の世代にまで刻み付ける為に、その軍靴を鳴らすのだ!!」

 

 司令席に座ったデニス・ハウエルが、高揚した面持ちで兵士達を鼓舞している。

 

 いい気な物だ、とディアッカは冷めた目でハウエルを見やる。

 

 確かに、これだけの大兵力を動員したハウエルの手腕は、非凡ではあるだろう。しかしディアッカに言わせれば、大軍を指揮する人間なら、この程度の事はできて当たり前の事である。

 

 バードレス・ラインより南の拠点情報は、殆ど無いのが現状である。そのような状況にあって、ここから先にどうやって攻め込むのか、具体的には殆ど決まっていないに等しい。更に、ここに来るまで共和連合軍の備蓄物資は大半を消耗している。これ以上南へ攻め込むなら、せめて補給線を確保する必要性があった。

 

 しかし、ハウエルはそこら辺の事を聊かも考慮していないように思える。そう言った細々とした事は、誰かほかの奴がやってくれるだろう、くらいにしか思っていないようだ。

 

 ハウエルのみならず、彼の子飼いの幕僚達についても同様である。

 

 情報処理や補給確保と言う仕事は、作戦立案や部隊運用など「花形」の仕事に比べれば、いかにも地味で「裏方」的な意味合いが強い。手柄を求める者や、華々しい武勲を求める者ほど、やりたがらない傾向にある。

 

 しかし軍隊の運用において、もっとも重要なのは実はその2つである。

 

 補給が無ければ戦艦もモビルスーツも動けないし、敵がどこにいるのか判らなければ、戦う事はできない。

 

 しかし、この場でその事を理解している人間は実質、ディアッカ1人と言って良かった。

 

 実のところ、長く軍務を担ってきたクライン派軍人多数を粛清、放逐してしまった事で、ザフト軍全体の技量は、数年前と比べて大幅に低下していると言って良かった。

 

 クライン派が持っている部隊運用や作戦立案のノウハウなど全て、グルック派軍人は碌な引継ぎをしていない状態である。これでは、実際の戦闘になった場合、どんな弊害が出るのか見当も付かなかった。

 

 その時、

 

「オーブ軍、戦艦大和、接近します!!」

 

 オペレーターからの報告に、ハウエル以下の幕僚達は訝るように顔を上げた。

 

「何の事だ? なぜオーブの戦艦がこのような場所にいる?」

「いえ、隊長。ジュノー基地に駐留していたので、作戦参加要請を出していた筈です。アトランタ要塞を陥落させたのも、あのオーブ戦艦です」

 

 幕僚からの説明を受けてハウエルは、ようやく思い出したように頷きながら苦い表情を作った。

 

 アトランタ基地はバードレス・ラインの中で最も早く陥落した解放軍拠点である。つまり、そう言う意味では大和以下のオーブ軍部隊の戦闘力は、今回参加した共和連合軍部隊の中で随一であると言っても過言ではない。

 

 グルック政権の元、「強いプラント」「強いザフト」を目指して軍備増強を目指してきたグルック派ザフト軍人にとって、「格下」と思っている同盟軍に負ける事など、耐え難い屈辱であるらしい。

 

 その感情を隠そうともせず、ハウエルは吐き捨てるように命令を伝えた。

 

「連中には、後方で待機するように伝えろ!!」

「ハッ」

 

 何とも露骨な兵力配置である。ハウエルは目障りな大和を後方待機させ、戦線へ加えないつもりなのだ。

 

 見かねたディアッカは、若干躊躇いながらも、声を掛けてみる事にした。

 

「隊長、連中の戦力は強大です。ここは前線に出して活用した方が良いんじゃないですかね?」

 

 ディアッカはそう言いながらも、内心では恐らく無駄だろうと考えていた。

 

 ハウエルが自分の意見を採用する事などあり得ないし、何より自軍の優位を信じているハウエルが、大和の直接参戦を認める公算は限りなく低かった。

 

 案の定と言うべきか、提案したディアッカに対して、ハウエルは不審人物を見るような目を向けて口を開いた。

 

「その必要は無い。要塞を陥落させた以上、既に戦いは制したような物だ。この上が、オーブ軍の支援など不要である」

 

 言下に決めつけるように、ハウエルは言い放った。

 

 その強硬な態度に辟易しつつも、ディアッカは尚も抗弁を試みた。

 

「味方の損害を僅かでも減らす事も重要だと思いますが?」

 

 戦場では何があるか判らない。故に切り札は多いに越した事は無い。いざと言う時の為に、大和とその艦載機はすぐに参戦できる場所に待機させておいた方が良いのでは、とディアッカは言っているのだ。

 

 しかし、そのニュアンスはハウエルには伝わらなかったらしい。ディアッカの言葉を聞くと、明らかに不機嫌そうな表情を作った。

 

「我が軍が損害を被る事などあり得んよ。敵は既に壊滅状態だ。残っているのも敗残の連中ばかり。これでは精強なる我が軍を押しとどめる事などできはしないだろうさ」

 

 自信満々にハウエルは言い放つ。どうやら完全に、解放軍との戦闘は終わったものと考えている節すらあった。

 

 見れば、他の幕僚達も、侮蔑に満ちた表情でディアッカを見ている。

 

 「お飾りの参謀長の癖に」「役立たずは黙ってろよ」「無能者が」

 

 そんなニュアンスが含まれているのは確実だった。

 

「とにかく、君の意見は却下する。我が軍は現隊形を維持したまま進撃を続行する」

 

 断を下すように言うと、ハウエルはそれ以上、ディアッカへ興味を失ったように視線を外す。

 

 対してディアッカは、結局徒労に終わった意見具申に嘆息するしかなかった。

 

 

 

 

 

 指定されたとおり、大和を隊形の最後列に着けると、シュウジはエンジンの出力を落として微速で高度を維持するように指示を出した。

 

 ザフト軍の自分達に対する扱いには露骨な物を感じている。しかし、その根底にある考えはディアッカとは異なっていた。

 

 元々、ザフト軍からの要請に従って参戦した今回の作戦だが、実際の話、勝ってもオーブには何の得も無い。せいぜい、北米解放軍が将来的にオーブに進出する可能性の芽をつぶしておける、と言う程度の物である。

 

 ならば、無駄な戦いを避けられれば、人も機体も損耗を避けられる、と言う訳である。

 

「良いんですかね?」

 

 傍らに立つミシェルが、面白くなさそうに言った。

 

 パイロットである彼にとって、出番が無いと言う事は退屈極まりない事である。ましてか、友軍が戦っている現状で自分達が待機を命じられるのはあまりにも面白くなかった。

 

 対して、シュウジは肩を竦めて見せた。

 

「我々が望む戦場はここではない。避けられる損害なら、避けるに越した事は無いだろう」

 

 既にアトランタを攻略すると言う、当初の作戦要請は達したのだ。ならばオーブ軍として、同盟軍への義理は果たしたと言える。

 

 シュウジとしては、これ以上の損害は極力抑える方針だった。ザフト軍が、自分達を必要無い存在だと言うなら、それは幸いな事である。こちらはせいぜい、戦力の温存に努めるだけだった。

 

「ま、その考えには賛成ですがね。俺達が頑張って命張って、得をするのがザフトの連中じゃ、完全にくたびれ儲けだ」

 

 そう言って大きく体を伸ばすミシェルを、シュウジはフッと笑って見やる。

 

 彼の父親で、現在はオーブ軍最高顧問の地位にあるムウ・ラ・フラガ大将も、あまり上下関係に捉われないフランクな性格である事で有名だが、その気質は確実に息子のミシェルに受け継がれているようだった。

 

「戦場では何が起こるか判らん。最後まで気を抜かないように頼む」

「了解です」

 

 崩れた調子で敬礼すると、ミシェルは艦橋を出て行く。

 

 戦況は共和連合軍が有利に進んでいるが、万が一の可能性としてザフト軍が敗れる可能性も考えられる。

 

 それに、

 

 シュウジには一つ、気になっている事があった。

 

 大和がアトランタを攻略してから、共和連合軍は破竹の勢いで進撃をつづけている。その事自体は喜ばしい事である。

 

 しかしシュウジの目にはどうにも、事態が順調に進み過ぎているように思えるのだ。

 

 今まで数年に渡って強固に共和連合軍の進撃を阻んできたバードレス・ラインが、これまでにない規模での攻勢を受けたとは言え、あっさりと陥落し、尚且つ、解放軍の部隊は尚も後退を続けている。

 

 事態が、あまりにも上手く運びすぎているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・考えすぎか」

 

 自分の中に浮かんだ考えを、シュウジは頭を振って否定する。

 

 自軍が有利なのは、それだけで喜ばしい事である。他に特に考える必要も無いだろう。

 

 間もなくザフト宇宙軍の降下揚陸作戦も開始される事になる。それが成れば、敵は地上と宇宙から挟撃されて更なる後退を余儀なくされるだろう。

 

 そうなれば最早、勝ったも同然だった。

 

 

 

 

 

 その頃、フロリダ半島上空に展開したザフト軍宇宙艦隊が、大気圏上層部へと接近して、次々と艦底部に備えた降下揚陸ポットを切り離していく。

 

 ザフト軍が伝統としている降下揚陸作戦のパターンは、ヤキン・ドゥーエ戦役の頃から特に変化は無い。

 

 地上部隊が攻勢を掛け、その間に降下部隊が上方を占位して攻撃を仕掛ける。

 

 これまで、多くの戦いをザフト軍は、この戦法を用いる事で制してきたのだ。まさに必勝のパターンであると言える。

 

 大気圏を突破したザフト軍の降下ポッドが一斉に弾け、内部からモビルスーツ部隊が射出される。

 

 雲を抜けた先、眼下に広がるのは北米の大地。北米解放軍の拠点があるフロリダ半島である。

 

 ここを制圧すれば、共和連合軍の勝利は動かない。

 

 現在、北米解放軍の主力は北と南に散開して、フロリダ半島周辺は手薄になっている。今なら確実にここを叩く事ができるはずだ。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 やがて、地上が近付いて来る。

 

 視界一杯に大地が広がり、全てを包み込むように迫ってくる。

 

 次の瞬間、

 

 ザフト兵士達の視界は、突如出現した強烈な閃光によって満たされた。

 

 一体何が!?

 

 その質問を発する事もできず、閃光は網膜を破壊し、周囲を高温にして包み込んで行く。

 

 やがて、新たなる閃光が吹き上がる。

 

 その閃光が、自分の機体が爆発した事によって起こった事も理解できないまま、パイロット達は一気に焼き尽くされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対空掃射砲ニーベルング。

 

 ユニウス戦役時、地球連合軍が実戦投入した対空型の大量破壊兵器である。

 

 ヘブンズベース攻防戦の際に威力を発揮し、その際にはたった1基のニーベルングが、ザフト軍の降下揚陸部隊を全滅させている。

 

 そのニーベルングを、北米解放軍は各拠点に1基ずつ、合計で20基も配備していたのだ。その一斉掃射を前にしては、如何なる抵抗も無意味だった。

 

 降下揚陸部隊全滅。

 

 もし、ヘブンズベースでの戦いに参加した経験豊富なザフト兵がハウエル司令部にいたら、無茶な降下揚陸作戦の実行に対して警鐘を鳴らした事だろう。

 

 しかし、クライン派軍人の大粛清によって多くの人材が軍を去った中、新たにトップに就任したグルック派軍人では、そのような過去の戦訓をつぶさに分析している者は皆無と言って良かった。

 

 その結果が、降下揚陸部隊全滅と言う無残な結果へとつながっていた。

 

 ニーベルングによる強烈な掃射軌跡は、離れた場所に布陣しているザフト軍本隊からも確認できた。

 

 同時に、揚陸部隊のシグナルが途絶した事も伝えられる。

 

 その報告に、ハウエル以下の司令部幕僚は思考停止し、誰もが呆然自失状態に陥っていた。皆、一様に目を見開き、視界の彼方で暴虐の限りを尽くす閃光を見詰めている。

 

 自分達が必勝の作戦と信じていた揚陸作戦が、一瞬にして瓦解したのだか。信じられない無理も無い話である。

 

 しかし、現実に今、あの閃光の中では彼等の戦友たちが断末魔の悲鳴を上げて消滅して言ってるのだ。

 

 ハウエル達の動揺は、前線部隊にも波及する。

 

 司令部が思考停止状態に陥った為、前線部隊は次の行動をどうすれば良いのか判らず、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

 そこへ、容赦なく襲い掛かる者達が現れた。

 

 突然、撃ちかけられた無数の砲撃によって、次々とザフト機が撃破されていく。

 

 疾風の如く駆け抜けた機影が、手にした対艦刀やビームガンでザフト機を鮮やかに屠る。

 

 黄色の装甲を持つレイダー級機動兵器。

 

 ゲルプレイダーはザフト軍部隊の間を駆け抜けると同時に、クルリと反転して人型へ変形。両腕のビームガンと肩のビームキャノンを展開して撃ち放つ。

 

「敵を追い落とすチャンスだッ 一気に攻勢を仕掛けろ!!」

 

 ゲルプレイダーを駆りながら、オーギュスト・ヴィランは味方を鼓舞するように声を上げる。

 

 同時に、両手にはシュベルトゲベール対艦刀を装備、向かってくるゲルググを一刀のもとに斬り捨て、更に返す刀でグフ1機を胴切りにする。

 

 そんなゲルプレイダーに続くように、次々と機体が飛来し、ザフト軍機に砲火を浴びせていく。

 

 その数は、ゆうに数百機にも上る。

 

 それは正に、北米解放軍の主力部隊に他ならなかった。

 

「馬鹿なッ 連中の主力は南に行ったんじゃなかったのか!?」

 

 指揮官の1人が、呆然とした表情で呟きを漏らす。

 

 次の瞬間には、指揮官もゲルプレイダーの放ったミョルニルを直撃され、機体を粉々に粉砕されてしまった。

 

 北米解放軍の主力部隊は、南方のカリブ海に展開した南米軍と対峙している。そのような前提で臨んだのが、今回の作戦である。

 

 しかし現実に、解放軍の主力部隊は目の前にいて、次々とザフト軍の機体に攻撃を仕掛けていた。

 

 シェムハザの作戦は完璧だった。

 

 そもそも、北米解放軍の主力が南に向かった事自体が、目的を隠匿する為の欺瞞だったのだ。

 

 あくまでも主目標は北から来る共和連合軍の主力部隊であり、南米軍くらいなら、多少暴れたところで大した痛痒にはならないと考えたのだ。

 

 フロリダの基地を進発した解放軍主力部隊は、いったん南に行くと見せかけて進路を大きく迂回し、進撃する共和連合軍の側面を突ける位置で待機していたのだ。

 

 そしてニーベルング砲台群がザフト軍の降下揚陸部隊を撃破したのを合図に、一斉攻撃を開始したのである。

 

 バードレス・ラインが陥落したのも最初から計算の内であった。

 

 そこに強大な要塞があり、一定以上の戦力が駐留していると判っていれば、誰だって最優先で攻略しようとするだろう。しかし、共和連合軍が攻略を開始した時点で、既に要塞内には最低限の人員と侵害を務める防空部隊を除いて、全要員の退避が完了していたのだ。唯一、大和が迅速に侵攻したアトランタ要塞のみが、退避が間に合わず犠牲になった形である。

 

 つまりシェムハザは初めから、自慢の要塞をカムフラージュに利用して、共和連合軍を自分達のテリトリーに引きずり込む作戦を考えていたのだ。

 

 そして今や、その作戦は完全に成功したと言っても過言ではなかった。

 

 頼みの揚陸部隊が全滅された上に解放軍の主力部隊までもが現れた為、共和連合軍、特にその主力となるザフト軍の士気は地の底にまで落ちてしまっていた。

 

 更なる攻撃を行い、戦火を拡大する北米解放軍。

 

 その先頭には、ジーナ・エイフラムの駆るヴェールフォビドゥンも有り、その火力を駆使してザフト軍機複数を同時に撃破している。

 

 接近すれば巨大な大鎌が振り回され、容赦なく斬り捨てられる。さりとて離れれば、軌道が変化する砲撃によって絡め取られ、成す術も無くやられてしまう。

 

 動揺を来したザフト軍に、ジーナの間の手から逃れるすべはない。

 

 先程まで、意気揚々と進撃していた大軍の威容は完全に失われている。今や攻守は完全に逆転し、北米解放軍の大部隊がザフト軍を駆逐し始めていた。

 

 更なる攻勢を強めようとする北米解放軍。

 

 しかし、その攻勢の前に、蒼翼を羽ばたかせて飛来した機体が立ちはだかった。

 

 F装備で出撃したセレスティ。同時にフルバースト射撃を仕掛け、意気揚々とザフト軍に攻撃を仕掛けている解放軍機複数を、同時に撃墜する。

 

 その、セレスティのコックピットの中で、ヒカルは苦い思いを隠せなかった。

 

「俺達をのけ者にした結果がこれかよ!!」

 

 複数のモビルスーツが同時に弾ける。

 

 初手からフルバースト射撃を叩き付けながら、ヒカルは醜態をさらすザフト軍に文句を叩き付ける。

 

 吹き飛ばされるウィンダムの部隊の間を駆け抜けながら、セレスティはビームライフルを斉射。飛行形態で接近を図ろうとしていたレーダのコックピットを撃ち抜いて撃墜する。

 

 降下揚陸部隊の壊滅と解放軍主力部隊の到着により、共和連合軍の戦線崩壊が確定的となった時点で、シュウジはハウエル司令部の指示を待たずに独断で戦線に介入する事を決定、ヒカル達に発進を命じたのだ。

 

 ザフト軍の陣形は散々に乱れ、軍団としての体を成していない。最早、完全に邪魔者と言って良かった。

 

 その様子に、ヒカルは舌打ちする。

 

 こんな事なら、アトランタを陥落させた時点でさっさと自分達を先に行かせればよかったのだ。そうすれば、解放軍も再編成する余裕が無かったのに。

 

 グロリアス放たれる攻撃をシールドで弾きながら後退、同時にヒカルはセレスティ腰部のレールガンを展開して発射。砲弾は、自身を攻撃したグロリアスを直撃して吹き飛ばす。

 

 既にカノン達のリアディスや、イザヨイなど、大和に搭載されている他の艦載機も発艦し、ザフト軍の援護を行っている。

 

 しかし、尚も混乱状態にあるザフト軍は、交戦どころか撤退もままならない状態である。いかにヒカル達が奮戦しようと、彼等を守って戦うのは容易な事ではない。

 

 それでも、どうにかザフト軍が体勢を立て直すまで、戦線を維持する必要があるだろう。

 

 更に敵軍に攻撃を仕掛けようと、セレスティを駆って前に出るヒカル。

 

 しかし次の瞬間、鋭い砲撃が放たれ、進路を遮られた。

 

「あれは!?」

 

 とっさに翼を翻してセレスティを急停止させ、振り仰ぐヒカル。

 

 そこには、ビームガンとビームキャノンを構えて接近してくる、ゲルプレイダーの姿があった。

 

「見つけたぞ、《羽根付き》!! 今日こそ貴様の首を取る!!」

 

 言い放ちながら、ミョルニルを放ってくる。

 

 飛んでくる2つの鉄球を回避するヒカル。同時にスロットルを開いて急加速。接近と同時にセレスティは腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

「黄色いレイダーッ この前の奴か!!」

 

 相手は先のデンヴァー攻防戦で交戦したゲルプレイダーであると瞬時に見抜いたヒカル。

 

 セレスティはスラスターを吹かしながら、ゲルプレイダーとの距離を詰めに掛かる。

 

 接近と同時に、セレスティの剣が横薙ぎにゲルプレイダーに斬り掛かる。

 

 しかしそれよりも一瞬早く、オーギュストは機体をモビルアーマー形態に変形させ、スラスターを全開にして回避。上空に占位すると同時にセレスティに対してビームキャノンによる一斉攻撃を仕掛ける。

 

「喰らえ!!」

 

 放たれるレイダーからの攻撃。

 

 対してヒカルは、舌打ちしながらセレスティを後退させて回避する。

 

「そうこなくてはなッ」

 

 オーギュストは、自分の攻撃を回避したセレスティを見てニヤリと笑う。この程度でどうにかなるような相手では、自分が今まで苦戦してきた甲斐が無い。せいぜい頑張ってもらわない事には。

 

 2本のシュベルトゲベールを抜き放つオーギュスト。

 

 対抗するようにヒカルも、シールドとサーベルを構え直す。

 

 接近と同時に互いの刃が風を斬って振るわれ、斬撃の軌跡が縦横に交錯する。

 

 ヒカルとオーギュストは、互いの剣を振り翳しながら、尚も混迷する砲火を避けるように激突を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 一方、リィス、ミシェル、カノンの駆るリアディス3機は、大和に向かおうとするヴェールフォビドゥンを発見すると、その進路を塞ぐようにして立ち塞がる。

 

 青、赤、緑。それぞれの胸部装甲を持つリアディスは、フォーメーションを組みながら、手にしたライフルを構える。

 

「こいつを大和に近付けちゃダメよ。ミシェル、カノン!!」

《おう!!》

《判った!!》

 

 3人は同時にライフルを放ち、鋭い火線をヴェールフォビドゥンに集中させる。

 

 しかし、

 

「無駄!!」

 

 3機を相手取るジーナは、ゲシュマイディッヒパンツァーを展開、真っ向から閃光を迎え撃つ。

 

 その結果、放たれたビームは全て、ヴェールフォビドゥンに命中する前に明後日の方向へと逸らされる。

 

 ミラージュコロイドの偏向システムを前に、殆どのビーム攻撃は無力と化す。ビーム兵器全盛の昨今においては、誠に有効な武器であると言えた。

 

「なら、これで!!」

 

 言い放つと、カノンはリアディス・ドライを駆って地上を疾走。射程に入ると同時にミサイルを一斉発射した。

 

 放物線を描いて迫るミサイル群。

 

 しかし、その全てが、ヴェールフォビドゥンを捉える事無くすり抜ける。

 

「嘘っ!?」

 

 驚くカノン。

 

 同時に、カノンの目の前にいた筈のヴェールフォビドゥンは、蜃気楼のように消えてしまう。

 

 彼女が本物と思っていたのは、ジーナが作り出したフォビドゥンの虚像だったのだ。

 

 その間に、大鎌を振り上げたヴェールフォビドゥンが、視覚を攪乱してリアディス・ドライの前へと躍り出た。

 

「死になさいッ!!」

 

 振り下ろされる大鎌。

 

 カノンは回避しようと機体を後退させようとするが、もはや間に合わない。

 

 ミシェルとリィスが目を剥くが、2人が援護する暇も無い。

 

 次の瞬間、

 

《やめろォ!!》

 

 上空から駆け下りてきたセレスティが、手にしたビームサーベルを一閃し、ヴェールフォビドゥンに斬り掛かった。

 

 ゲルプレイダーと激しい空中戦を繰り広げていたヒカルだったが、カノンの危機を察知して駆け付けたのだ。

 

 これには、流石のジーナも迎撃が追いつかなかった。

 

 セレスティが振り下ろした剣を後退する事で回避する。

 

「チィッ あと少しだってのに!!」

 

 舌打ちしながらフレスベルク誘導砲を発射。追撃を掛けようとビームサーベルを構えるセレスティを牽制する。

 

 対してヒカルは、屈曲するビームを前に苦戦し、距離を取って回避するしかない。

 

 その一瞬の隙を突き、上空からゲルプレイダーが迫る。

 

「まさか、この俺を無視するとはなッ その代償は大きいぞ!!」

 

 シュベルトゲベール2本を構え、背後からセレスティに斬り掛かろうとするオーギュスト。

 

 しかし、その前にビームライフルを構えたリアディス・アインが立ち塞がった。

 

「弟の背中くらい守ってやらないと、姉の立つ瀬が無いでしょ!!」

 

 冗談めかすように言いながら、ゲルプレイダーの動きを牽制するリィス。

 

 同時に、今度はムラマサ対艦刀を構えたリアディス・ツヴァイがゲルプレイダーに斬り掛かる。

 

「かせぐ時間が決められていないってのはきついが、それでもやるしかないか!!」

 

 旋回して斬り掛かるミシェルの攻撃に、さしものオーギュストもセレスティへの攻撃を断念せざるを得ない。

 

 後退するゲルプレイダーを追って、更に斬り込むミシェル。

 

 目を転じれば、セレスティとリアディス・ドライがヴェールフォビドゥン相手に奮戦しているのが見える。

 

 カノンが援護してヒカルが斬り込むと言うフォーメーションで戦う2人は、徐々にではあるがヴェールフォビドゥンを追い詰めつつある。

 

 行けるかもしれない。

 

 指揮官2人を拘束された事で、解放軍は動きを鈍らせている。このまま行けば、撤退の時間を稼ぐのも不可能ではないかもしれない。

 

 誰もが希望を抱き始めた。

 

 その時、

 

 突如、降り注いだ無数の閃光が上空より降り注ぐように放たれ、複数の機体が撃ち抜かれて爆砕する。

 

「なッ!?」

 

 その場にいた誰もが、絶句して動きを止める。

 

 敵も、

 

 味方も、

 

 誰もが上空を見上げて息を止める中、

 

「あ・・・・・・あれは・・・・・・」

 

 呟きを漏らすヒカル。

 

 その視線の先には、

 

 深紅に染まる炎の翼を広げた、堕天使の如き美しさを持った機体がある。

 

「そんな・・・・・・まさか・・・・・・」

 

 そんなヒカル達を見下ろしながら、

 

「何で・・・・・・何で、お前がここにいるんだよ、レミル!!」

 

 スパイラルデスティニーは、ゆっくりと戦場へ舞い降りた。

 

 

 

 

 

PHASE-15「緋の刃、穿つ戦場」      終わり

 



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PHASE-16「激発する意思は閃光となりて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は、共和連合軍が北米南部へ侵攻する数日前へ遡る。

 

 その日、北米統一戦線が拠点としている施設内部は、ひどく張りつめた空気で満たされていた。

 

 外では子供達が走って遊ぶ声が聞こえ、長閑な空気が流れているのが分かる。

 

 だと言うのに部屋の中は、いっそ空気で肌が斬れるのでは? と思える程に重苦しく包まれていた。

 

 皆の視線が、上座に座っているクルトに集中している。

 

 重い・・・・・・・・・・・・

 

 少し離れた場所に座りながら、レミリアはあまりにも重い空気に首を竦めていた。

 

 宇宙空間での任務を終えてから戻って数日、まさか組織内がこんな事になっているとは思わなかった。

 

 目を転じてみれば、すぐ傍らの壁に寄りかかる形でアステルが立っている。もっとも、こちらはレミリアと違って、この張りつめた空気の中でも平然としているのだが。

 

 ため息を吐くレミリア。

 

 幼馴染の少年の性格が、時々羨ましくなる。こんな時にでも自分のスタンスを崩さない当たり、アステルが大物である事は間違いなかった。

 

「・・・・・・どういうつもりなんだ、クルト?」

 

 兵士の1人が、泰然と腕組みをしているクルトに対して食って掛かった。

 

 今ここに集まっているのは、北米統一戦線の幹部達である。

 

 北米解放軍と違い、「軍」としては最低限の体裁しか整えていない北米統一戦線は、正しくゲリラ組織と言って良く、また幹部と呼ばれる者達はクルトを始め、皆、最前線で戦うプロである事を要求される。

 

 つまり、この場にいる者は皆、一騎当千のエース達であると言っても過言ではなかった。

 

 中には、レミリアの姉であるイリアの姿もある。彼女もまた、これまで数々の戦いで多くの功績を残してきた幹部の1人であり、戦場においては支援砲撃部隊の指揮権を預かる人物である。

 

 普段は、割と陽気である事が多い北米統一戦線の首脳陣が、殺気まで滲ませたような空気を放っているのには訳があった。

 

 これは、レミリアとアステルが宇宙に行っている間に決定した事なのだが、北米統一戦線は北米解放軍に対する支援作戦を行う、との事だった。

 

 共和連合から侵攻を受けようとしている解放軍から支援の要請があり、クルトはそれを受けようと考えている訳である。

 

「ふざけるな!!」

 

 兵士の1人が、掌で思いっきり、テーブルを叩く。

 

 思わずレミリアが肩を震わせる中、兵士は舌鋒鋭くクルトを睨む。

 

「今まで散々、俺達を無視してきた連中が、今さらどういう風の吹き回しだ!?」

「まさか、俺達に解放軍の軍門に降れってのかよ!? そんな馬鹿な話がってたまるか!!」

 

 北米解放軍と北米統一戦線では、目指す所は一緒でも、その手段は大きく異なる。

 

 あくまでも北米人の手による北米の統一をめざし、無用な破壊や戦闘はなるべく避けようと言う方針を貫いている北米統一戦線に対して、北米解放軍は一刻も早い北米解放を謳い、その為ならあらゆる手段が肯定されるとして、無差別テロも辞さない。

 

 そのような両者である為、互いの戦略が噛み合う筈も無く、今日に至るまで共闘すると言う話が持ち上がる事は一切無かった。

 

 だが、ここに来てクルトは、共和連合軍の総攻撃を受けようとしている解放軍を支援すると言い出したのだ。

 

 誰もが、納得できる筈が無かった

 

「聞け」

 

 それまで沈黙していたクルトは、皆の想いを受け止めるようにして口を開いた。

 

「お前達が解放軍に対して良い感情を持っていない事は理解している。本音を言えば、俺だってこんな事はしたくないさ」

 

 だがな、とクルトは続ける。

 

「もし、解放軍が敗れるような事にでもなれば、次に潰されるのは俺達と言う事になる」

 

 その言葉には、誰もが沈黙せざるを得なかった。

 

 クルトの言うとおりである。北米解放軍の脅威がなくなれば、共和連合軍は次の目標として北米統一戦線の殲滅を狙ってくるだろう。そうなれば、寡兵の統一戦線はひとたまりもない。

 

 いかに最強戦力であるレミリアやアステルがいたとしても結果は変わらない。敵の大群に飲み込まれ、押し潰されるのは目に見えていた。

 

 クルトはそうなる前に、解放軍を支援する事で共和連合軍の矛先を彼等に向け、自分達から逸らそうと考えていたのだ。

 

「レミル、お前はどう思う?」

 

 幹部の1人が、突然レミリアに声を掛けてきた。

 

「言っちゃ何だが、俺達の要はお前だ。お前がやれると言うなら、俺達は全力でお前をサポートする」

 

 誰もが理性では、クルトの言の正しさを認めている。今、自分達が立たねば、いずれ潰されると言う事を。

 

 しかしそれでも、納得できない部分に関して、レミリアの決断を聞きたいと考えたのだ。

 

 いわば、自分で自分の背を押す最後の決断を、レミリアに託したのである。

 

「・・・・・・・・・・・・ボクは」

 

 皆の視線を浴びながら、レミリアは低い声で口を開く。

 

 正直、怖い。

 

 自分の決断一つで、仲間の命の多くが失われる。そう考えて、怖くない訳が無かった。

 

 声帯が否応なく震え、歯の音が鳴るのを必死に抑える。服の下では嫌な汗がとめどなく流れていた。

 

 と、

 

「恐れるな」

「ッ!?」

 

 傍らのアステルに突然声を掛けられ、思わず振り仰ぐレミリア。

 

 相変わらず無表情を張り付けた少年は、素っ気ない口調で幼馴染の男装少女に先を促す。

 

「ここにいる連中は全員、お前の言葉に従うと言ってるんだ。当然だが、お前がどんな決断をして、その結果、自分達の命が失われたとしたって、それでお前を恨むような奴等じゃない」

 

 アステルの言葉に促され、顔を上げるレミリア。

 

 見れば皆、一様にレミリアに笑いかけてきている。

 

 心配するな。お前は1人じゃない。

 

 そんな声が聞こえるようだった。

 

 仲間達の熱い視線を受けて、レミリアは眦を上げて心を決めた。

 

「行こう、解放軍を支援する為に」

 

 自分達の力が、小さなものであると言う事は初めから判っている。だから、それを踏まえた上で、最も生存率が高い選択肢をレミリアは選んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 炎の翼が駆け抜ける。

 

 上空に占位していたレミリアは急降下と同時に、スパイラルデスティニーの腰からミストルティン対艦刀を抜刀、凄まじい勢いで斬り込みを掛ける。

 

 抜き打ちのように、交差させながら振り抜かれる2本の対艦刀。

 

 その斬線が軌跡を描いた瞬間、複数の機体が斬り飛ばされ爆炎を上げる。

 

「なッ!?」

 

 その様子に、思わずヒカルは絶句する。

 

 あまりの速度に、反応がほとんど追いつかなかった。

 

 しかし、それはヒカルばかりではない。

 

 リィスも、ミシェルも、そしてカノンも皆、スパイラルデスティニーの急激な加速の前に全く反応できず、ただ棒立ちになったまま見送る事しかできなかった。

 

 その間にもレミリアの攻撃は続く。

 

 2本の対艦刀が振るわれ、更には展開状態を維持したアサルトドラグーンがビームを吐き出す度、共和連合軍の機体は確実に数を減らしていく。

 

 ザクが斬り飛ばされ、グフが撃ち抜かれ、ゲルググが爆散する。次々と斬り飛ばされ、

 

 正に、成す術も無いと言った感じである。

 

 更にもう1機、スパイラルデスティニーを追う形で戦線に加わる機体があった。

 

 スパイラルデスティニー同様、炎の翼を持つ、嵐の名を冠した機体。

 

 アステルはストームアーテルを駆り、手にした対艦刀モードのレーヴァテインを容赦なく振るって、ザフト軍機を斬り捨てる。

 

《はしゃぐのはほどほどにしとけよ。目的は解放軍を掩護することだってのを忘れるな》

「判ってるってば!!」

 

 釘を刺すようにレミリアに言いながら、アステルは近付こうとしたグフをビームガンで撃ち抜いて撃墜、更に腰からアーマーシュナイダーを抜くと、その横にいたゲルググのコックピットに突き立てる。

 

 淀み無い動きでザフト軍機を倒していくレミリアとアステル。

 

 統一戦線の象徴とも言うべき2人が参戦した事の結果は絶大と言って良い。盛り返しかけていた共和連合軍の勢いは、今度こそ完膚なきまでに粉砕されてしまった。

 

 逃げまどい、あるいは闇雲に反撃するしかない共和連合軍。

 

 当然だが、そうした微々たる抵抗は、すぐに炎に飲まれて無意味と化して行く。

 

 最前線で暴れまわる、スパイラルデスティニーとストームアーテル。

 

 そのレミリアとアステルの後方からは、統一戦線が主力機として装備しているジェガンの部隊が続行してくるのが見えた。

 

 先頭にあってエールストライカーを装備しているのは、クルトのジェガンである。

 

「全機攻撃開始。散会しつつ敵を討てッ イリア、支援砲撃任せる!!」

《了解!!》

 

 命令を下すと同時に、クルトもエールストライカーのスラスターを吹かして速度を上げる。

 

 距離を詰めると同時に放ったビームライフルによって、1機のグフを撃墜。その爆炎を突き破る形で、更に次の機体へと向かう。

 

 クルトに続いて突撃していく統一戦線の部隊。

 

 エールストライカーを装備した機体は、高機動で敵を攪乱しつつ攻撃、ソードストライカーを装備した部隊は、接近するとシュベルトゲベールを抜き放って斬り込んで行く。

 

 少数精鋭の統一戦線ならではともいえる、一点突破型の強襲である。

 

 その攻撃力は圧倒的であり、狙われた共和連合軍の部隊は防衛陣形の構築もままならない。

 

 ジェガンの持つ機動力の前に対応できず、炎を上げて撃墜される機体が続出する。

 

 更に、その後方ではイリアが率いる砲撃支援部隊が続く。

 

 ランチャーストライカーを装備したジェガンが、インパルス砲アグニを駆使して強烈な砲撃を行い、壊乱しているザフト軍に容赦のない砲撃を浴びせる。

 

 戦闘終盤。それも既に戦線崩壊が確定的になった状態で戦線に介入してきた統一戦線を前に、共和連合軍の各部隊は完全に恐慌状態に陥っていた。

 

 そこには最早、精強を誇った部隊の姿は無い。

 

 ただ己の身を守る為だけに、めいめいバラバラに動いているだけの烏合の衆がいるだけだった。

 

 そこへ、統一戦線部隊による一斉砲撃が直撃する。

 

 イリアもアグニの砲撃によって、ゲルググ1機を撃墜。更なる砲チャージに入る。

 

「レミリア1人だけを戦わせはしない。あの娘は、私が守らなくちゃ!!」

 

 チャージと同時に砲門を上げるイリア。

 

 放たれるアグニは、退避に移ろうとしていたグフを背後から撃ち抜き破壊する。

 

 妹を守らんとする姉の意志は、閃光となって迸った。

 

 勿論、その間もアステル、レミリアの両エースは猛攻を続ける。

 

 2人だけで、瞬く間に20機以上の共和連合軍機を屠ってしまっていた。

 

 現状、世界最強の機体であるスパイラルデスティニーと、その性能を十全に引き出す事ができるレミリアは、正に無敵の存在であると言える。

 

 そしてアステルも、機体性能ではレミリアに劣っているものの統一戦線内では並ぶ者のいない実力者であり、純粋な実力的にはレミリア以上と言われている。

 

 この2人が揃った時、その進撃を阻める者は誰1人として存在しなかった。

 

 チャージを終えたアサルトドラグーンを射出するスパイラルデスティニー。

 

 放たれた8基のデバイスは縦横に戦場を駆け抜け、合計40門の砲門を開いてザフト軍機を血祭りに上げていく。

 

 その間にストームアーテルは、両手にレーヴァテインやビームサーベルを構えて切り込みを掛ける。

 

 飛び込んだ先でアステルは、両手の剣を鋭く旋回させ、手当たりしだいに斬り捨てて行く。

 

 レミリアとアステル。この2人の進撃を阻める者は誰もいない。

 

 そう思われた。

 

 次の瞬間、

 

 閃光が駆け抜ける。

 

 数は5つ。

 

 スパイラルデスティニーの最大火力の10分の1以下でしかないが、それでも強烈な閃光となって牙を剝く。

 

「ッ!?」

 

 とっさにビームシールドを展開して砲撃を防ぐレミリア。

 

 その視界の中で、

 

 8枚の蒼翼が躍った。

 

「レミルッ お前ッ!!」

 

 叫ぶ少年。

 

 その雄叫びに答え、

 

 セレスティはビームサーベルを構えて、スパイラルデスティニーへと斬り掛かった。

 

 

 

 

 

 その頃、共和連合軍を束ねるザフト軍司令部は、大混乱に陥っていた。

 

 切り札の降下揚陸部隊はニーベルングの一斉掃射で全滅。

 

 更に、南に向かったと思っていた北米解放軍の部隊が出現した事で、戦線は完全に崩壊してしまった。

 

 前線の部隊は既に壊滅。戦闘は中衛部隊にまで及んでいるが、それももう、幾らも保たないであろう事は確実だった。

 

「第8機甲師団、通信途絶!!」

「第101偵察小隊より救難信号!!」

「戦艦トールスに爆炎確認ッ 弾薬庫被弾の模様!!」

「右翼、壊乱状態っ 撤退の許可を求めています!!」

「とにかくご指示をッ 隊長!!」

 

 オペレーターからは悲鳴その物の声が、ひっきりなしに投げ掛けられてくる。

 

 それに対して、ハウエル達司令部幕僚は一切のリアクションを起こそうとはしなかった。

 

 ただ呆然として、流れゆく状況に翻弄され、意識を乖離させていた。

 

 圧倒的な兵力でもって敵本拠地へと侵攻。長年の宿敵である北米解放軍を打倒して最大の栄誉を手にする。

 

 そんな夢想を想い描いていた彼等にとって、目の前の事実は受け入れがたかった。

 

 こうしている間にも前線で、そして彼等が見ているモニターの中で、次々と味方の兵士達が死んでいく。

 

 しかし、それを見てもハウエル達は何も動こうとはしなかった。

 

 彼等は何も見ていなかった。

 

 モニターの中で炎を上げる戦艦も、悲鳴を上げて絶命する兵士も、壊滅していく味方の部隊も、何もかも、彼等の目には映っていなかった。

 

 彼等が見ている物はただ一つ。積み上げてきた「自分達の栄光」が戦場の炎の中に崩れて消えて行く様だけだった。

 

 このまま司令部が自分達の責任を放棄し続ければ、共和連合軍は文字通り全滅する事になるだろう。

 

 その時だった。

 

「砲撃支援を絶やすなッ 通信手は前線部隊との連絡を保ち続けろッ 彼等に司令部が健在である事を示し続けるんだッ!!」

 

 重く鋭い声が、旗艦のブリッジ内に響く。

 

 司令部幕僚が雁首揃えて自己憐憫に浸っている中、

 

 ただ1人、正気を保ち続けた男がいる。

 

 見れば、それまで殆ど口を開く事が無かった参謀長が、陣頭に立って鋭い指示を飛ばしていた。

 

 ディアッカ・エルスマンは、呆然としているハウエル達を押しのけて、直接指示を飛ばす。

 

 この光景には、ハウエル達のみならず、旗艦のブリッジ要員達も唖然とした視線を向けてきた。

 

 「無能なナンバー2」「お飾りの参謀長」。今までディアッカを、そのように思っていた者は大多数を占めている。

 

 しかし今、この最大級の危難の中にあって、ただ1人、気を吐き続けたのは、ディアッカだけだった。

 

「急げッ 何してる!!」

 

 ディアッカに叱咤され、オペレーター達は慌てて自分達の仕事へと戻る。

 

 それを横目で見ながら、ディアッカはチラッとハウエル達に目をやる。

 

 信じられない物を見るような目でディアッカを見詰めるハウエル達。しかし、今は彼等に構っている暇はない。

 

 本来なら全員を殴りつけてでも正気に戻し、指揮を継続させたいところである。と言うより、かつてのディアッカの相棒なら確実にそうしているだろう。

 

 しかし、今は無駄な事に時間を使っている暇はない。今は一分一秒でも早く戦線の再構築を行い、速やかに撤退する事が先決である。

 

 本来なら参謀長が総隊長を押しのけて部隊を指揮するなど、越権行為も甚だしいのだが今は非常時である。連中が役に立たない以上、自分がやるしかなかった。

 

 ディアッカはそれ以上、ハウエル達から意識を逸らし、再び全軍の指揮に集中した。

 

「予備部隊、準備まだかッ!? でき次第出撃して、撤退中の友軍支援に当たらせろ!! 戦艦部隊は支援砲撃の継続ッ 無理に当てなくても良いから、とにかく弾幕を張って敵を牽制しろッ 時間さえ稼げればそれで良い!!」

 

 軍歴20年以上に達するディアッカの指示は的確に飛び、撤退の為に必要な措置が取られていく。

 

 それは、実戦経験の薄いグルック派軍人には、誰一人として真似できない。歴戦のディアッカだからこそできる、いっそ芸術的とも言える指揮振りだった。

 

「全ての情報は俺に集めろッ 良いかッ 助けられる奴は1人でも多く救出するんだ!!」

 

 

 

 

 

 蒼翼を羽ばたかせ、斬り込む先に佇むのは、深紅の炎の翼を負った禍々しくも美しき機体。

 

 友の駆るスパイラルデスティニーを正面に見据え、ヒカルはセレスティを突撃させる。

 

 同時に、右手に把持したビームサーベルを、大きく振りかぶる。

 

「レミルッ これ以上やらせねぇぞ!!」

 

 袈裟懸けに振るわれるビームサーベル。

 

 その斬撃を、レミリアはビームシールドを展開して防御する。

 

 剣と盾が接触し、互いのスパークが目を射る。

 

「レミルッ」

《その声ッ まさか・・・・・・ヒカル!?》

 

 接触回線で声が聞こえた相手のパイロットが誰であるか察し、レミリアは驚愕の声を上げた。

 

 ヒカル・ヒビキ。

 

 ハワイの士官学校では一番の親友であり、1年間、苦労を共にした相棒。

 

 その2人が今、戦場と言う舞台で再びめぐり合っていた。

 

 一方は共和連合軍の兵士として、そしてもう一方はテロリストとして。

 

《クッ!!》

 

 短く息を吐きながらレミリアはシールドでセレスティの機体を押し戻し、同時に距離を置こうとする。

 

 しかし、

 

「逃がすかよ!!」

 

 ヒカルは蒼翼を広げて崩れかけた姿勢を強引に戻し、距離を置こうとするスパイラルデスティニーに追いすがる。

 

 振るわれるセレスティの光刃を、レミリアは紅炎翼を羽ばたかせて上昇し回避。同時に、腰の連装レールガンで牽制の射撃を浴びせる。

 

《どういうつもりヒカル!? なぜ、君がまだそれに!?》

「それは俺のセリフだ!!」

 

 デスティニーから放たれた4発の砲弾を旋回して回避しながら、ヒカルは逆に肩のバラエーナで砲撃を仕掛ける。

 

 太い閃光が急激に迫る中、レミリアは更に高機動を発揮して回避。セレスティから距離を置こうとする。

 

「お前ッ いったい何のつもりなんだよッ!? こんな事して!!」

 

 だがヒカルは、そうはさせじと、更に距離を詰めようとする。

 

 連続して襲い掛かってくる光刃を、レミリアは紙一重で回避する事に専念している。

 

 レミリアの実力をもってすれば、既に幾度か反撃の機会はあったのだが、あえてそうせずに、回避のみを行っている。

 

《・・・・・・・・・・・・ボクの事は、あの時話した筈だよ、ヒカル》

 

 殊更突き放すように、レミリアは冷たい声でヒカルに告げる。

 

 あのハワイの地下格納庫で、既にヒカルに自分の事は話してある。ならば、これ以上伝える事など何も無かった。

 

「だから、それが信じられないって言ってるんだ!!」

 

 言い放つと同時にヒカルは、ビームライフル、バラエーナ、クスィフィアスを一斉展開、5連装フルバーストを叩き付ける。

 

 閃光は強烈な一撃となってスパイラルデスティニーに迫る。

 

 対してレミリアは紅炎翼を羽ばたかせて急降下、セレスティの攻撃を回避する。

 

 すかさず、それを追うヒカル。

 

 セレスティも急降下しつつビームサーベルを腰から抜いて構える。

 

 自身の背後から迫る蒼翼を見て、レミリアは舌打ちする。

 

「やるしか、ないか・・・・・・」

 

 囁くように言いながら、スパイラルデスティニーの両手を腰に回し、ミストルティン対艦刀を抜き放つ。

 

 できれば戦いたくはない。

 

 しかし、向かってくるなら座視もできなかった。

 

 ヒカルとレミル(レミリア)

 

 かつては親友として、互いに友情を交わした2人が、今再び予想外の戦場にて対峙する事となった。

 

 先制したのはヒカルだ。

 

 セレスティの手に装備したビームサーベルを袈裟懸けに振り下ろす。

 

 しかし光刃は、一瞬早くスパイラルデスティニーが上空に飛び上がった為に、目標を捉える事は無かった。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 同時に振り仰いだ視線の先で、双剣の対艦刀を構えたスパイラルデスティニーが炎の翼を広げて迫ってくる。

 

「それなら!!」

 

 とっさに背部のバラエーナを跳ね上げ、迫るスパイラルデスティニーに砲撃を浴びせるヒカル。

 

 しかし、閃光が直撃した瞬間、スパイラルデスティニーの機影は幻の如く消え去った。

 

「外した!?」

 

 ヒカルが声を上げた瞬間、

 

 正面に突然現れた機体が、腰の連装レールガンを展開しているのが見えた。

 

 レミリアはヒカルの攻撃を読み切り、虚像を囮にして回避。その間に距離を詰めて来たのだ。

 

 零距離からの砲撃。

 

 殆ど、回避する時間すらなかった。

 

 腹部と胸部に直撃すると同時に、セレスティは大きく吹き飛ばされる。

 

 PS装甲のおかげでダメージは無い。しかし、それでも体が分裂しそうな衝撃がヒカルに襲い掛かる。

 

「ま、だだ!!」

 

 とっさに蒼翼を広げつつ、スラスターを全開まで振り絞って衝撃に耐えるヒカル。

 

 しかし、バランスを崩したセレスティを見て、レミリアは一気に勝負を掛けるべくミストルティンを構えて斬り込んでくる。

 

 対抗するようにヒカルも、強引に姿勢を戻しながらビームサーベルとシールドを構えて斬り込んで行く。

 

 レミリアの双剣が旋回して斬り掛かって来るのに対し、ヒカルはその斬撃をシールドで受け流して、反撃の光刃を斬り上げる。

 

 蒼と紅。

 

 2種類の翼が交錯する戦場は、互い以外の要素を完全に排除したかのように繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セレスティとスパイラルデスティニーが交戦を開始した頃、リィスはリアディス・アインを駆って、撤退する味方の支援に当たっていた。

 

 北米解放軍の罠にはまり、壊乱状態に陥った共和連合軍は、未だに全部隊の掌握もできず、撤退もままならない状況である。

 

 北米解放軍は、その機を逃さず全面攻勢を展開、右往左往している共和連合軍の機体を片っ端から撃破していった。

 

 イエーガーストライカーのスラスターを全開にして最前線に飛び込むとリィスは、殺戮に酔いしれているかのように暴れまわる解放軍の機体に対して痛烈な反撃を浴びせて行った。

 

 ウィンダム1機をコックピット破壊して撃墜すると、更にビームサーベルを抜いて、対艦ミサイル発射体勢に入っていたレイダーを斬り捨てる。

 

 踊る爆炎が、戦場を赤々と照らし出す。

 

 その炎を背に負いながら、ふとリィスは、父の事を思い出していた。

 

 かつて、名実ともに最強のパイロットと呼ばれたキラ・ヒビキ。

 

 彼は、自身の後継者とも言うべき存在を残す事は無かったと言われている。

 

 しかし、もし仮に彼の「弟子」として、その卓抜した技術を受け継ぐ存在がいるとすれば、それはかつて共に戦った娘、リィス以外にはありえなかった。

 

 もっともキラは余程の事情が無い限り、決して敵機のコックピットやエンジン部分を狙わず、戦闘力を奪う戦い方を貫いていたが、流石にあれを真似する事はリィスにはできない。

 

 一度だけ父に、聞いた事がある。「なぜ、そのような効率の悪い戦い方を、敢えてするのか?」と。

 

 そんなリィスに対して、キラは苦笑しながら答えた「悲劇を終わらせるためだよ」と。

 

 撃ったから撃ち返し、撃ち返したから、また撃たれ、そうして際限なく拡大していくのが戦争だ。だからキラは、その悲劇に終止符を打つ為に、不殺と言う戦いを続けるのだ、と。

 

 勿論、キラに敗れて生き残った人々は、キラを恨む事だろう。だが、キラはそれで良いと言った。怨嗟も憎しみも、全て自分が背負って戦い続けるのだ、と。

 

 不殺と言う一見すると偽善とも言える行為は、キラ・ヒビキと言う人間の持つ、高い技術力、不屈の信念、そして圧倒的なまでの優しさがあって初めて可能なのだ。

 

 それを真似できるとしたら、リィスの知っている中ではキラの友人であるシン・アスカ、アスラン・ザラ・アスハの両名くらいではないだろうか? あとは、現役軍人時代のラクス・クラインもできたらしいが、リィスは彼女がモビルスーツを操縦しているところを見た事が無いので何とも言えなかった。

 

 彼等のように戦う事はできない。

 

 しかし、彼等のように大切な物を守る為に戦う事なら、今のリィスにだってできた。

 

 飛んでくる砲火を全て紙一重で回避するリィス。

 

 スラスターは全開。

 

 殆ど地面に激突するような勢いで飛び込み、グロリアスを斬り捨てた。

 

 しかし、そこで一瞬、リアディスの動きが止まる。

 

 それを幸いにと、解放軍は砲撃をリィスの機体へと集中してきた。

 

 だが、既にリィスはその事を見越して、次のアクションを起こしていた。

 

 飛んでくる火線を、リィスは後退しつつ巧みに回避していく。

 

 同時にビームライフルを構えて照準器を起動、リアディスを射撃体勢に入れる。

 

 その時だった。

 

 攻撃を開始しようとしたリアディスのすぐ脇を、太い閃光が駆け抜けて行く。

 

「ッ!?」

 

 とっさにスラスターを起動、弾かれるように上昇して攻撃を回避するリィス。同時に、センサーが捉えた目標に目を向ける。

 

 アグニ装備のジェガンが、その砲門を真っ直ぐに向けてきた。

 

「敵の隊長機ッ ここで討つ!!」

 

 ランチャー・ジェガンを駆るイリアは、言い放つと同時にトリガーを絞り、リアディス・アイン目がけてアグニを放つ。

 

 迫る閃光。

 

 対してリィスはシールドを掲げて防御する。

 

 ラミネート仕様のシールドがビームを弾く中、リィスはビームライフルを放ちながら突撃を仕掛ける。

 

 対抗するように、イリアも再びアグニを放ってリアディスの接近を阻もうとする。

 

 だが、リィスはジェガンからの火線を正確に読み切り、機体をひねり込ませるようにして回避。同時にビームサーベルを抜き放つ。

 

「クッ 速い!?」

 

 連射の利かないアグニでは、リィスの動きに対応できないと感じたイリアは、とっさに巨大な砲身をパージし、空いた手でビームサーベルを抜き放つ。

 

 リィスは斬り下ろすようにサーベルを振るい、対抗するようにイリアも光刃を斬り上げる。

 

 リィスとイリア、2人の姉達は、互いに年下の弟妹を守る為に、激しく斬り結んでいた。

 

 

 

 

 

 予想はした事である。

 

 当初こそ、勢いに任せて戦いを優位に進める事ができたヒカルだったが、今では追い詰められ、殆ど防戦一方の状況に陥っている。

 

 無理も無い話である。これまで少なくない実践を経験し、急速に成長しているヒカルだが、それでもレミリアの力には遠く及ばない。

 

 当初こそ予想外の親友の出現に動揺していたが、一度レミリアが本気になれば、ヒカルを圧倒する事は容易かった。

 

 ヒカルも徐々に、自分が追いこまれている事を認めざるを得なかった。

 

 当初は勢いに任せて激しく攻め立てていたヒカルだったが、今や攻守は完全に逆転し、スパイラルデスティニーから放たれる攻撃を、やっとの思いで回避している。

 

 8枚のアサルトドラグーンが縦横に位置を変えながら、回避運動を行うセレスティにビームを射かけてくる。

 

 それらの攻撃を辛うじて回避すると、今度は正面に占位したスパイラルデスティニーから2丁のライフルを向けられた。

 

 とっさにシールドを掲げて防御しようとする。

 

 しかし次の瞬間、反応は背後からもたらされた。

 

「ッ!?」

 

 振り返る暇も無く、ヒカルは回避を選択する。

 

 一瞬の間をおいて、フルバーストの閃光が薙いで行った。

 

 レミリアは予めアサルトドラグーンの攻撃でセレスティの動きを牽制しつつ、更に虚像を用いてヒカルの視覚を攪乱し、その隙に背後へと回り込んでいたのだ。

 

 回避には成功したものの、大きく体勢を崩すセレスティ。

 

 すかさずレミリアは、スパイラルデスティニーの肩からウィンドエッジ・ビームブーメランを抜き放ち投げつける。

 

 旋回して飛翔してくるブーメラン。

 

「クソッ!?」

 

 舌打ちしながらヒカルは、その攻撃をシールドで防御する。

 

 戻ってくるビームブーメラン。

 

 それを空中でキャッチするとビーム刃を伸長してサーベルモードにして、更に左手でもう一本のウィンドエッジを抜き放つ。

 

 レミリアの目には既に、詰み手は見えている。

 

 勝負が決するまで、あと三手。

 

 まず、アサルトドラグーンで牽制の攻撃を仕掛け、セレスティの動きを限定する。

 

 そこへウィンドエッジを構え、一気に接近を図る。

 

 ヒカルは当然、レミリアの斬撃をシールドで防ごうとするだろう。

 

 対してレミリアは斬り上げでセレスティのシールドを持つ左腕を切断、更に返す刀でコックピットを斬り裂く。それで終わりだ。

 

 一瞬、ヒカルの笑顔がレミリアに脳裏によぎる。

 

 しかし、それは本当に一瞬の事だった。

 

 自分は北米統一戦線の戦士だ。ならば、個人的な感情は捨てなくてはならない。

 

 全ては、祖国統一の為に!!

 

 共に闘うみんなの為に!!

 

 斬撃のモーションを見せる。

 

 それに対応するように、セレスティも防御姿勢に動いた。

 

 全てはレミリアの予想通り。

 

 これで終わる。何もかも。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、割り込むようにしてビーム横合いから放たれ、セレスティのシールドを直撃した。

 

「なッ!?」

 

 驚いて動きを止めるレミリア。

 

 その視界の中で、黄色い翼が躍るのが見えた。

 

《その羽根付きは俺の獲物だッ 横取りはやめて貰おうか!!》

 

 そう言い放つと、オーギュストの駆るゲルプレイダーがシュベルトゲベールを構えてセレスティに斬り掛かって行くのが見える。

 

 対して、ヒカルは絶望的な気分に足を取られかけていた。

 

 スパイラルデスティニーだけでも厄介なのに、そこに来て解放軍の黄色のレイダーまで来たのでは、ヒカルの勝機は完全にゼロと言って良かった。

 

 更に加えて、

 

 チラッと、ヒカルの視線が手元付近のメーターに行く。

 

 既にバッテリーは危険域に差し掛かりつつある。今すぐにでも帰還して補給を受けなくてはいけないと言うのに。

 

 しかし、ゲルプレイダーを駆るオーギュストは、いよいよ攻勢を強めている。

 

 それを追うようにして、スパイラルデスティニーが迫ってくるのも見える。

 

「レミル・・・・・・・・・・・・」

 

 親友の偽名を、苦しげにつぶやく。

 

 自分はここで終わりなのか?

 

 あいつに真実を確かめる事もできず、妹の仇を取る事もできず、無様に戦場に消えるのか?

 

 そんな事が、

 

「で、きるかァァァァァァ!!」

 

 咆哮するヒカル。

 

 その声にこたえるように、

 

 セレスティのモニターに「Eternal」の文字が躍った。

 

 コックピット内部が光に満たされ、同時に尽きかけていたバッテリーメーターが、一気にフルゲージに達する。

 

「何ッ!?」

 

 目を剥くオーギュスト。

 

 彼の前の前で今、セレスティが赤い光に包まれていたのだ。

 

 追い詰めて、正にとどめの一刀を振り下ろそうとしていた瞬間の事だった。

 

 閃光が、駆け抜ける。

 

 凄まじい速度で接近してきたセレスティが、ゲルプレイダーに体当たりを仕掛けたのだ。

 

「ぬおっ!?」

 

 とっさに、機体をひねって回避しようとするオーギュスト。

 

 しかし、避けきる事はできず、ゲルプレイダーは巻き込まれる形で弾き飛ばされてしまった。

 

 そのままセレスティは、後方にいたスパイラルデスティニーへと迫る。

 

「ッ!?」

 

 息を呑むレミリア。

 

 とっさにシールドを掲げて防御姿勢を取る。

 

 そこへ衝突するセレスティ。

 

 2機はそのまま、もつれ合うようにして彼方の地表目がけて落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

PHASE-16「激発する意思は閃光となりて」      終わり

 



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PHASE-17「セイレーンの誘い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に「第1次フロリダ会戦」の名前で呼ばれる事になる、共和連合軍による北米南部侵攻に端を発した一連の戦いは、北米解放軍、及び北米統一戦線連合軍の勝利で終わった。

 

 作戦に参加した共和連合軍は、全軍の実に4割にも上る損害を出し、残った戦力も2割が廃棄処分せざるを得ない程の損傷を負っている有様である。

 

 作戦参加したザフト軍、並びにモントリオール政府軍は壊滅状態に陥いった。

 

 これに伴い、全軍を統括するザフト軍ハウエル司令部は、作戦の中止を決定。残存戦力を集結させ、北米北部へと撤退していった。

 

 因みにこの時、南方に展開した南アメリカ合衆国軍は比較的無傷であった事もあり、当初は南米軍を主軸に作戦を組み直し、再侵攻を行う案も出された。しかし結局のところ、二線級の戦力しか持たない南米軍のみではザフトの主力部隊を破った解放軍の精鋭には敵わないと判断され、再侵攻案は却下された。

 

 却下したのは、ディアッカ・エルスマンである。

 

 予期せぬ敗北によって思考停止状態に陥ったハウエル司令部の中にあって、ただ1人正気を保ち続けたディアッカは、これ以上、グルック派軍人の虚栄心に付き合う事への意義は見いだせず、無益な事で貴重な兵を損なうより、速やかな撤収による損害の極限を選んだのだ。

 

 共和連合軍は一敗地にまみれた。

 

 それは、カーディナル戦役以来、数多くの戦いにおいて勝利を収めてきた共和連合の「無敵神話」が崩壊した瞬間でもあった。

 

 この一大不祥事を受け、プラントは綱紀粛正を名目にしたザフト軍の人事刷新を断行。作戦に関わった駐留軍司令部の人員は勿論、本国参謀本部上層部も軒並み更迭され、大幅な改革が断行された。

 

 それと同時に、北米へ新た戦力の派兵が検討されている。

 

 ともかく、当面必要な事は、北米解放軍、および北米統一戦線の抑え込みである。

 

 今回の戦いにおける敗北により、北米における反共和連合勢力が活性化する事は目に見えている。当面、攻勢に出る事は不可能になった共和連合だが、せめて体勢を立て直すまでの間、北米の敵対勢力を抑え込んでおく必要があった。

 

 とは言え、それはまだ先の話になる。

 

 今はただ、傷ついた身を引きずって、敗走の道をたどるしかなかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・以上です」

 

 全ての報告を終え、リィスは消沈した様子でシュウジに一礼した。

 

 北米南部の戦場を辛くも脱出する事に成功した大和は、現在、ジュノー基地へ帰還する針路を取っている。

 

 しかし、言うまでも無く足取りは重かった。

 

 艦載機の内、イザヨイ3機が撃墜され、更にセレスティも行方不明と言う状況は、大和艦内の空気を重くするのに十分すぎた。

 

 イザヨイのパイロットの死は確認された。

 

 本来なら遺体を回収して遺族の元へ届けたいところではあったが、混戦の状況ではそれも敵わず、仕方なく、彼等の認識番号を表示したタグと遺品のみが箱に詰められて、後日、後送される予定である。

 

 しかし、もう1人、リィスの弟でありセレスティのパイロットでもあるヒカル・ヒビキの行方は杳として知れなかった。

 

「それでは、失礼します」

 

 そう言って、シュウジの前から退出して踵を返すリィス。

 

 と、

 

「ヒビキ一尉」

 

 そんなリィスを、シュウジが背中越しに呼び止めた。

 

 足を止めて振り返るリィスに対して、シュウジは振り返る事無く、固い口調で言った。

 

「諦めなければ希望はある。気を落とすなよ」

「・・・・・・はい、ありがとうございます」

 

 そう言うと、リィスは今度こそ艦橋を出て行った。

 

 どうにも、現実離れしているように思えてならない。

 

 ヒカルがいなくなった。そう思うだけでリィスは、自分の心が肉体から乖離してしまいそうな感覚に陥る。

 

「ッ!!」

 

 苛立ちと共に、壁に拳を思いっきり叩き付ける。

 

 痛みが電流のように全身に伝播するが、そんな物は苦にもならないくらい、今のリィスは感覚がマヒしていた。

 

 ヒカル

 

 今やリィスにとって、たった1人の家族となってしまった弟。

 

「あの子まで失ってしまったら、私は・・・・・・・・・・・・」

 

 そう考えただけで、リィスは絶望の淵に突き落とされたような気分になった。

 

 こんな事なら、ヒカルをセレスティに乗せるのではなかった。

 

 シュウジが何と言おうと、強硬に反対するべきだった。

 

 いや、もっとそれ以前に、ヒカルが士官学校に入学すると言ってきた時点で反対しておけばよかったのか?

 

 先に立たない後悔だけは、とめどなくあふれ出てくる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一通り浮かんだ考えに対して、リィスはその全てに首を振った。

 

 そんな事は偽善であり、リィスの独りよがりに過ぎない。

 

 リィスにとってヒカルは大切な弟だが、たったそれだけの理由で、あの子の意志をないがしろにするわけにはいかない。

 

 結果は結果だ。

 

 今こうした事態に陥ったのは、全てなるべくして起こった結果の産物なのだ。

 

 ならば、受け入れなくてはならなかった。たとえそれが、最愛の弟の死であったとしても。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 不意に、目の前から声が聞こえ、リィスは足を止める。

 

 顔を上げるとそこには、心配そうな顔で見詰めてくるアラン・グラディスの姿があった。

 

「あ、ヒビキ一尉・・・・・・その・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・何ですか?」

 

 アランの躊躇うような態度に苛立ちを覚え、リィスはつい強い口調で言葉を返してしまう。

 

 たぶん、もうヒカルの事はアランの耳にも入っているのだろう。もしかしたらアランは、リィスを慰めようとしてここに来たのかもしれない。

 

 しかし今のリィスには、そんな慰めすら負担でしかなかった。

 

「失礼します」

 

 そう言って、アランの脇をすり抜けようとするリィス。

 

 だが、

 

「待って!!」

 

 そんなリィスを、アランは呼び止めた。

 

 億劫そうに、振り返るリィス。

 

 対して、アランは意を決したように口を開いた。

 

「そのッ ・・・・・・気を落とさないでくださいッ」

 

 やはり、予想した通りの言葉がアランの口から放たれ、リィスは人知れず嘆息する。

 

 弟を失って、気を落とさない姉がどこにいると言うのか? よくもまあ、そんな無責任な事が言える物だ。

 

 これ以上、この場にいたらアランに殴り掛かってしまいそうな気がしたリィスは、強引に会話を打ち切って離れようとした。

 

 しかし、次にアランが口にした言葉は、どうにも看過のしようが無かった。

 

「ヒカル君の事は、大変でしょうけど・・・・・・・・・・・・」

 

 アランがそう言った瞬間、

 

 リィスの瞳に、不可視のスパークが走った。

 

 殆ど挙動を見せずに振り返ると、アランの襟首を掴んで壁へと叩き付けた。

 

「グッ!?」

 

 息を詰まらせるアラン。

 

 そんなアランを、リィスは怒りに満ちた眼差しで睨みつける。

 

「・・・・・・・・・・・・あなたに、いったい何が分かるって言うんですか?」

 

 絞り出すような低い声は、そのまま焔となってアランを焼き尽くさんとしているかのようだった。

 

 今のリィスならば、視線だけでアランを殺してしまう事も可能なように思えた。

 

 不意に、力を緩めるリィス。

 

 床に崩れ落ちたアランは、痛む喉を押さえて咳き込む。

 

 そんなアランを放っておいて、リィスはそのまま足早に去って行く。とにかく、一刻も早く、アランの元から去りたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・最低だ、私・・・・・・」

 

 アランの姿が見えなくなったところで立ち止まり、リィスはポツリと、自責の呟きを漏らす。

 

 アランはただ、傷ついて消沈している自分を励まそうとしてくれただけだ。

 

 それなのにリィスは、そんな彼に暴力まで振るってしまった。

 

 弟を守れず、

 

 その苛立ちを他人にぶつけてしまった。

 

 リィスは今の自分が、堪らなく惨めに思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと天井は無く、満天の星空が広がっていたとしたら、それはひどくロマンチックな状況なのではないだろうか?

 

 近代化が進み、自然の中で生きる事はある種の贅沢となりつつある現状、満天の星空を生で見られる事自体が少なくなってきている。

 

 その贅沢をヒカルは今、ほぼ独り占めに近い状態で満喫していた。

 

 無論、本人が望んでそうなったのか? と言う事については別問題であるが。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ・・・・・・俺、どうしたんだっけ?」

 

 ようやく絞り出した声に反応するように、意識が覚醒していくのが分かる。

 

 何やら、長い夢を見ていた気がする。

 

 体を起こす。

 

 節々に痛みを感じるが、動けない程ではなかった。

 

 立ち上がると、パサッと言う軽い音と共に、体に掛けられていた毛布が地面へと落ちた。

 

 ふと、誰が掛けてくれたのだろう? と言う疑問が沸き起こった。

 

 ヒカルは砂地に横たえられていた事から見ても、誰かに運ばれたのだと思うのだが。

 

 首を巡らせて、周囲を見回す。

 

 どうやら、どこか戦場近くの森の中だったらしい。周囲には鬱蒼とした森林地帯が広がっているのが見える。そのせいで、奥の方まで見通す事ができなかった。

 

 耳を澄ますと、遠くで何かの獣の声のような物が聞こえてくる。

 

 しかし、砲撃や爆撃の音が聞こえる事は無い。どうやら戦場からは距離が離れているらしかった。

 

「・・・・・・参ったな」

 

 舌打ち交じりの呟きを漏らす。

 

 ここはどこなのか? そもそも自分は、いったいどうやってここまで来たのか?

 

 不意に、どうしようも無い不安に襲われる。

 

 見知らぬ土地に一人投げ出され、帰る道も判らない。

 

 まるで幼い子供が迷子になったような気分に、ヒカルは襲われていた。

 

 その時だった。

 

 ふと、自分が寝ていた場所とは少し離れた場所に、巨大な影が佇んでいるのが見えた。

 

 明らかに人工物と思われるその陰に近付いて見て、ヒカルは驚いた。

 

「・・・・・・・・・・・・デスティニー」

 

 膝を突いて羽を休めている機体は、間違いなく戦場で相まみえたスパイラルデスティニーだった。

 

 そのデスティニーの傍らには、ヒカルの乗機であるセレスティの姿もあった。こちらは、力尽きたように地面に横たわっている。

 

 それにしてもデスティニーがここにある、と言う事は、自分をここに運んできたのは、あえて消去法を使わずとも、レミル(レミリア)と言う事になる。

 

 慌てて周囲を見回すが、それらしい人影は見られない。

 

 しかし、デスティニーがここにあるなら、そう遠くに入っていないはずなのだが。

 

 と、その時、ヒカルの耳に何かが聞こえてきた。

 

 切れ切れに聞こえてくるその音は、風や獣の音とは違う、もっと耳に心地いいものであるように思えた。

 

 その音に誘われるように、ヒカルは足を進めてみる。

 

 しばらく進んで行くと、水が流れる音も聞こえてきた。

 

 近くに水場があるのなら、ありがたい事である。何しろ、出撃してから何も口にしていないのだ。いい加減、喉が渇いて仕方が無かった。

 

 そう考えた時、不意に視界が開けた。

 

 そこは、岩場にできた小さな滝で、ちょうど学校のプールくらいの広さがある水たまりができている。ヒカルが聞いた水の音は、これだったらしい。

 

 月明かりに照らされる滝の情景は幻想的で、まるで御伽の国にでも着たような錯覚が、一瞬、ヒカルの脳裏によぎった。

 

 だが、次いで目に飛び込んで来た物を見て、ヒカルは更に驚いた。

 

 水の中に、1人の少女がいる。

 

 月明かりでも判るくらい白く輝く肌は美しく映え、解かれた髪を指で掬い上げる様に梳いているのが見える。

 

 綺麗だ。

 

 ヒカルは何のためらいも無くそう思った。

 

 目の前で沐浴をする人物は、恐らくヒカルと同じくらいの年齢で、10代中盤くらいと思われる少女だ。

 

 その口元からは、気持ち良さそうに歌声が紡がれている。ヒカルが聞いた音は、彼女の歌声だったのだ。

 

「・・・・・・これって」

 

 聞き覚えのあるメロディに、ヒカルは思わず足を止めて聞き入る。

 

 あれは確か、ずっと小さい頃に聞かせてもらった曲だ。

 

 ヒカルも聞き覚えのある歌を、水の中の少女は静かに口ずさんでいる。

 

 確か古代の伝説に、水辺に澄む魔物の言い伝えがあったはず。美しい歌声で旅人を誘い、そして殺してしまうと言う恐ろしい魔物。

 

 もしかしたら彼女は、その魔物なのだろうか? 自分もここで死んでしまうのだろうか?

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ヒカル?」

 

 不意に、魔物の方から声を掛けられ、意識が戻る。

 

 水の中の少女と、目が合った。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 呆けたような表情を作るヒカル。

 

 なぜ、目の前の少女は自分の名前を知っているのか?

 

 そこで、

 

 記憶にある「とある人物」と、目の前の少女の姿が重なり合うように一致した。

 

「れ・・・・・・・・・・・・レミル!?」

 

 一体何がどうなっているのか?

 

 とにかくにもヒカルとレミリアは、あのハワイでの最悪の別れ以来、久方ぶりの再会となった訳である。

 

 

 

 

 

 ヒカルとレミリアは、呆然としたまま見つめ合う。

 

 特に驚いたのはヒカルだろう。未だに、目の前の光景が現実の物とは思えない程だった。

 

 目の前にいるのは確かに、親友のレミルで間違いない。流石に、短い期間で親友の顔を忘れる程ボケたつもりはない。

 

 しかし今の今まで、と言うよりも現在進行形で男だと思っていた親友の胸には、本来ならあるはずの無い膨らみが存在している。

 

 女性の象徴とも言うべき胸の双丘は、取り立てて大きいと言う訳ではないのだが、それでも適度な張りと形を保ち、先端の突起と相まって初々しい膨らみを形成していた。

 

 と、

 

「~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 声にならない悲鳴を噛み殺し、レミリアは両手で胸を押さえ、水の中にしゃがみ込んだ。遅ればせながら、自分があられもない格好をしている事を思い出したのだ。

 

 その動きに、ヒカルの意識もようやく現実へと復帰を果たした。

 

「あ、そのッ ごめ、じゃなくて、えっと、あの・・・・・・」

 

 ここは素直に、女の子の裸を見れた事を喜ぶべきか?

 

 はたまた、親友の正体が女だった事を驚くべきか?

 

 それとも、目の前の人物をテロリストとして、今すぐ拘束すべきか?

 

 あまりに理解不能な事が一時に起こりすぎて、ヒカルの頭の中は大混乱に陥っていた。

 

 そんなヒカルに対し、レミリアは水の中にしゃがみ込みながら、見上げるようにして告げた。

 

「その・・・・・・上がりたいから、後ろ、向いててくれないかな?」

「あ、ああ・・・・・・ごめん」

 

 そう言うと、ヒカルは慌てて後ろを向く。

 

 ややあって、控えめな水音と共に、レミリアは水から上がって着替えを置いてある場所へと歩いて行った。

 

 暫くすると、衣擦れの音がヒカルの耳に聞こえてくる。

 

 その間にもヒカルの脳裏では、先程見た光景が焼き付いて離れようとしなかった。

 

 淡い月明かりの下、一糸まとわぬ姿となったレミル(レミリア)の姿は、紛れも無く女の物だった。

 

 前々から女のような顔つきをしているとは思っていたが、まさか本当に性別を偽っているとは思っても見なかった。

 

 それにしても・・・・・・・・・・・・

 

 ヒカルは、自分の頬が赤くなるのを認識する。

 

 同年代の女の子の裸なんて、子供の頃にルーチェと一緒に風呂に入った時くらいしか見た事が無い。

 

 一度だけ、リィスが着替え中に部屋に突入してしまった事があったが、その時の事は良く覚えていない。なぜなら、その直後に記憶が無くなるまで、しこたまぶん殴られたから。

 

 だから先程見たレミル(レミリア)の裸は、ヒカルにとって鮮烈な印象となって残っていた。

 

 そうしている内に、背後からレミリアが声を掛けてきた。

 

「・・・・・・・・・・・・終わったよ」

「あ、ああ、判・・・・・・ブッ!?」

 

 振り返り、

 

 そこで思わず、ヒカルは吹きだしてしまった。

 

 目の前にいたレミリアは、上は水色のTシャツを着こんでいるが、下は純白のパンツ1枚しか穿いていなかったのだ。

 

 パンツから延びるほっそりと白い足が、眩しくヒカルの目を射る。

 

 正直、思春期真っ盛りの少年には、ある意味、真っ裸よりも刺激が強すぎる光景である。

 

「お、おまッ ・・・・・・何て恰好ッ」

「だって、しょうがないでしょ、着替えなんて何も持ってないしッ てか、あんまり見ないでよ。ボクだって恥ずかしいんだから!!」

 

 顔を真っ赤にしたレミリアは、Tシャツの裾を必死に引っ張ってパンツを隠そうとしているが、残念ながらTシャツの長さでは全く隠す事はできず、月夜にもはっきりと、少女の艶姿が浮かび上がっていた。

 

 そんなわけで正規軍の少年とテロリストの少女は、何とも間の抜けた羞恥心を抱えたまま、互いの顔もまともに見る事ができずにいるのだった。

 

 

 

 

 

 とにかく、いつまでもコントじみた掛け合いをやっている訳にもいかない、と言う事は2人の一致した見解である。

 

 ヒカルとレミリアは共同作業で火を起こすと、その火を挟んで向かい合う格好をしていた。

 

 比較的南部にいるとは言え、北米の夜は寒い。野宿するのに、日は絶やせなかった。

 

 とは言え、正面に座っているせいで、レミリアの姿は否が応でもヒカルの視界に飛び込んでくる。その度に、ヒカルは炎以外の要素で顔を赤くしてしまうのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・どこ見てるの?」

「・・・・・・別に」

 

 咎めるようなレミリアの言葉に、ヒカルはそう言ってそっぽを向く。

 

 そこで、話題を変えるようにして口を開いた。

 

「て言うか、女だったのかよ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 今度はレミリアの方が沈黙する番だった。

 

 テロリストだった事に加え、女である事も隠していたレミリア。これでは、二重の意味でヒカル達を騙していた事になる。

 

 その事について、申し訳ない気分になっていた。

 

「・・・・・・その、ごめん」

 

 謝罪は、自然とレミリアの口から出て来た。

 

 自分がした事に対する後悔は、レミリアの中では無い。

 

 しかしそれでも、結果的にとは言えヒカルを騙してしまった事の罪悪感は消せなかった。

 

「何で女なのに男の格好して、男の振りなんかしてるんだよ? 意味判んねえよ」

「それは・・・・・・・・・・・・お姉ちゃんが、こうしないと、ボクの身が危ないからって・・・・・・」

 

 言いかけて、レミリアは言葉を止めた。

 

 確かに、レミリアが男装をしているのは、イリアの発案によるものだ。その理由と言うのが、レミリアが女であると判った場合、周りの男達がレミリアに対して暴行を加える可能性があるから、との事だった。

 

 しかし、考えてみれば、これは奇妙な話である。なぜなら、北米統一戦線の仲間達は皆気さくな性格であり、女性に暴行するような者達はいない。

 

 これは小規模なゲリラ組織である事による利点と言うべきだが、北米統一戦線は結束力が硬く、いわば構成員一人一人が家族みたいなものなのだ。逆を言えば、家族に暴行するような者は仲間ではありえなかった。

 

 更に言えば、イリアを始め、多くの女性構成員も存在しているが、当然ながら、彼女達は男装をしておらず、男達から暴行を受ける事無く生活している。

 

 正直、今まで深く考えた事は無かったが、イリアがレミリアに男装を理由は根拠が薄いと言わざるを得なかった。

 

 だが、レミリアがそれ以上何かを考える前に、ヒカルの方から口を開いた。

 

「それにお前が、テロリストだったって事も・・・・・・正直、今でも信じられねえよ」

 

 吐き捨てるように、ヒカルは言った。

 

 実際に対峙した今でも、ヒカルは心のどこかで信じられない気持ちがあった。

 

 親友がテロリストだと言う事実を受け入れられないのだ。

 

 だが、そんなヒカルの弱い心を見透かしたように、レミリアは冷たく言った。

 

「ヒカルがどう思おうと勝手だけど、事実は事実だよ」

 

 可憐なその瞳は、親友の少年を真っ直ぐ見据える。

 

「ボクは北米統一戦線に所属する戦士、ヒカル達の立場から言えば、立派なテロリストだよ」

 

 揶揄するような口調は、殊更にヒカルの神経を刺激する。

 

 少年はスッと目を細めると、睨みつけるような視線を投げ掛ける。

 

「判ってんのかよ? お前の・・・・・・お前等のせいで、いったい何人の人間が死んだと思ってるんだ?」

 

 レミリアがハワイでスパイラルデスティニーを奪ってから、

 

 否、それ以前から、彼女が北米統一戦線の一員として、奪ってきた人命の数は、計り知れない量に上る。それは、決して無視して良い物ではない。

 

 だが、次にレミリアの口から出た言葉は、ヒカルの予想を完全に裏切る物だった。

 

「知らないよ」

「ッ!?」

「ボク達は、ボク達の戦いで犠牲になった人の事は考えない事にしている。それを考えてしまったら、ボク達はもう戦えなくなってしまうから」

 

 自分達のしている行為が、如何に反社会的な事であるかは充分に理解している。しかしだからこそ、自分達の理想を目指して戦う上で、それを「敢えて考えない」事も必要だった。

 

 道義や倫理を考えた時点で、テロリストとしては死んでいるのだ。

 

 次の瞬間、

 

「お前ッ!!」

 

 激昂したヒカルが、炎を飛び越える形でレミリアに襲い掛かった。

 

 その突然の行動に、レミリアはとっさの対応が追いつかなかった。

 

 ヒカルはレミリアを地面に押し倒すと、馬乗りになって肩を押さえつける。

 

「グッ!?」

 

 倒れた拍子に背中を打ち付け、呻き声を上げるレミリア。

 

 しかし、そんな彼女に構わず、ヒカルは冷めぬ怒りをぶつけるようにして言葉を紡ぐ。

 

「ふざけんなよッ 人間なんだぞッ みんな生きてたんだぞッ 笑ったり、泣いたりしてたんだぞ!!」

「あっ グッ ひ、ヒカル・・・・・・!?」

「それなのにッ それなのに!!」

「放してッ」

 

 隙を見て、レミリアはヒカルの腹に膝蹴りを叩きこんだ。

 

 途端に強烈にむせ込み、ヒカルの体から力が抜け、その間にレミリアは彼の腕から抜け出した。

 

 双方とも無言のまま、荒い呼吸を繰り返している。

 

 どれくらいそうしていただろうか?

 

 やがて、ようやく呼吸も整ったヒカルの方から声を掛けた。

 

「・・・・・・俺には、双子の妹がいた」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 突然話し始めたヒカルの言葉を聞きながら、レミリアはふと思い出していた。

 

 そう言えば士官学校時代、ヒカルの部屋に何度も足を運んだ事がある。そこに飾られていた一枚の写真には幼い頃のヒカルと、彼の両親、それに姉の女性に加えてもう1人、ヒカルと同い年くらいの女の子が映っていた。恐らく、あの女の子がヒカルの妹なのだろう。

 

 ヒカルはキッと、レミリアを睨みつける。

 

「けど、もういない。子供の頃、一緒に遊びに行った遊園地で、テロに巻き込まれて死んだ」

「ッ!?」

 

 思わず、レミリアは息を呑んだ。

 

 今まで考えた事も無かったのだ。自分の周りにいる人間が、テロ被害者であるかどうかなど。

 

 だが、考えてみれば当たり前の事だった。自分達が戦えば犠牲が出て、それによって身近な人間を失う者も増えて行く事になる。

 

 そうした被害者の家族たちが、いつか自分達の前に現れて恨みをぶつける事は、ある意味で必然であった。

 

 勿論、ヒカルの妹が死んだテロ行為に、レミリアは加担していない。しかし、そう言う問題ではない。

 

「俺は妹を・・・・・・ルーチェを守ってやる事ができなかった。兄貴なのに・・・・・・ずっと仲良かったのに・・・・・・」

 

 そう言って、ヒカルは自分の手を見詰める。

 

 もう何年も前の話だと言うのに、今も握っていたルーチェの手の感触を覚えている。それはある意味、ヒカルにとっては自分に課せられた呪いと言っても良かった。

 

 ヒカルは生きている限り、妹を守れなかったと言う事実に苦しみ続ける事になる。

 

 だからこそ、テロと言う行為を許す事はできなかった。

 

「・・・・・・じゃあ、ボク達はどうすればよかったって言うの?」

 

 やがて、ポツリとレミリアは尋ねてきた。

 

「テロが許されないことくらい、ボク達にだって判っている。けど、ボク達には、他に方法が無かったんだ」

 

 告げるレミリアの顔を、ヒカルはそっと見つめてみる。

 

 少女の顔は苦しそうに歪められ、決して現在の自分達の在り方を肯定している訳ではない、と言う事を主張しているかのようだった。

 

「ボクが生まれた頃、北米は戦争で壊滅してしまった。それでも初めの内はどうにかなっていたんだけど、やがて食べる物とかの配給も無くなり、少なくなった物資を巡って争いが起こるようになったんだ」

 

 その頃の事を、レミリアは良く覚えている。

 

 世間ではカーディナル戦役における核攻撃は地獄のようだった、と言われているが、戦後の北米を生きてきたレミリアにとっては、自分の子供時代こそが、紛れも無く地獄だった。

 

 人々は日々の糧を得る事にも困難を重ね、大量の餓死者が大地を埋めた。

 

 ほんの一握りの米や、コップ一杯の水を巡って争いが起こる事も珍しくは無かった。

 

「ヒカルはさっき、遊園地でテロに巻き込まれたって言ったけど、この北米で戦後に生まれた子は、殆どが遊園地に行った事すらない。勿論、ボクもね」

 

 レミリアの両親は、それでもレミリアやイリアを食べさせるために、自ら体を張って地獄に耐え抜こうとした。

 

 しかし、そんな両親も、食料を求めて家に押し入った強盗に殺されてしまったのだ。

 

 やがて、プラント政府がモントリオールに総督府を設立した事をきっかけに、内戦が勃発し、幼いレミリアも否応なく巻き込まれて行く事となる。

 

「ボク達には、テロ以外に戦う方法は無かった。他に方法なんて、何も無かったんだ」

「レミル・・・・・・・・・・・・」

 

 テロを憎む少年と、テロしか知らない少女。

 

 ある意味、この時代の対極と言って良い位置に2人は立っている。

 

 互いの道は、ある意味で交錯している。

 

 しかし、それは思いでは無く、炎と刃によってである。

 

 それ以外の道は、2人の間には用意されていなかった。

 

 それから暫くの間、2人は互いに無言のまま、一言もしゃべらず、ただ火が燃えるのに任せて過ごしていた。

 

 どれくらい、そうしていただろう?

 

 沈黙に耐えられなくなったヒカルの方から声を掛けた。

 

「そう言えば、さっきお前が歌ってた歌・・・・・・」

 

 顔を上げるレミリアに、ヒカルは続ける。

 

「ラクス・クラインの『静かな夜に』、だったか?」

「う、うん、そうだけど・・・・・・良く知っているね」

 

 レミリアは、素直に驚いていた。

 

 「静かな夜に」はラクス・クラインが歌姫時代に出した名曲であり、もう20年以上前の古い曲だ。ヒカルやレミリアが生まれる前の曲である。

 

 それをヒカルが知っていた事が意外だったのだ。

 

「ラクス・クライン、好きなのか?」

「好き、とは違うかな。ただ、興味があるんだ」

 

 歌姫、軍人、政治家と、多彩な顔を持つラクス・クラインは、その実像を語る者によっては捉えどころがない人物であると言う印象を持たれる事が多い。

 

 だが、そんなラクス・クラインと言う個性の強いキャラクターだからこそ、レミリアは心知れず興味をひかれているのだった。

 

「俺には単に、いっつもポワンポワンしている、おばさんに思えたんだけどな」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 一瞬、ヒカルが何を言っているのか判らなかったレミリアは、ポカンとした顔つきでヒカルを見る。

 

「ヒカル、ラクス・クライン知ってるの?」

「ああ、おばさん・・・・・・ラクス・クラインとうちの両親って、何か古い友人とかでさ、うちにもちょくちょく遊びに来てたんだ。歌は、その時に聞かせてもらった」

 

 次の瞬間、

 

 レミリアは殆ど炎を飛び越える勢いで、ヒカルに迫ってきた。

 

「ど、どんな人だった? 性格は? 好きな食べ物は? 趣味は? ロボットのペット、たくさん飼ってたって本当?」

「え、え~と・・・・・・・・・・・・」

 

 ものすごい食いつきだった。

 

 正直、ちょっと怖い。

 

 その後ヒカルは、根掘り葉掘り聞いて来るレミリアに付き合わされ、結局一睡もしないまま、夜が明ける羽目となった。

 

 

 

 

 

 一夜明けた森の中に、スラスターの駆動音が木霊する。

 

 スパイラルデスティニーを起動したレミリアは、機体の具合を確かめる。

 

 駆動系に若干の損傷があるが、動きには何の問題も無い。万が一戦闘になった場合でも、充分に切り抜ける事が可能だった。

 

 その様子を、ヒカルはデスティニーの足元に立って見上げていた。

 

 本来のヒカルの立場からすれば、今すぐにでもレミリアを逮捕してスパイラルデスティニーを奪還しなくてはならない。

 

 しかし、セレスティがバッテリー切れで起動不能な現状では、戦っても勝ち目がない事は明白だった。

 

 それに何より、昨日のレミリアとのやり取りがヒカルの心に制動を掛けていた。

 

 レミリアにはレミリアの立場があり、譲れない思いがある。その事が分かってしまった今、ヒカルはどうしても彼女と争う事ができなかった。

 

 勿論、ヒカルにも判っている。ここでレミリアを見逃せば、彼女は必ず再び災禍を振り撒く事になる。

 

 しかし、それが分かっていても彼女を止める事ができなかった。

 

「ヒカル!!」

 

 そんな事を考えていると、コックピットから顔を出したレミリアが声を掛けてきた。

 

「東の方から何か接近してくるみたいッ うちのビーコンじゃないみたいだから、もしかしたらヒカルの仲間かもよ!!」

 

 セレスティの救難信号は、昨夜の内に出してある。もしかしたら、それを拾って救助に来てくれたのかもしれなかった。

 

 だが、そうなると当然、レミリアとはここで別れなくてはならない。

 

 一瞬、互いに名残惜しい視線が交錯する。

 

 ハワイで別れて以来、ようやく話ができる機会ができたと言うのに、共にいられた時間はあまりにも短かった。

 

 もっと話がしたい。もっと相手の事を知りたい。そう思い始めていたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・名前」

「え?」

 

 ヒカルが不意に、何かを思いついたように言った。

 

「名前、教えろよ。レミル・ニーシュってのは、偽名なんだろ? お前の本当の名前をさ」

 

 その言葉に得心が言ったように、レミリアは笑顔を浮かべた。

 

 正体を知られてしまったから、と言うもあるが、何となくヒカルには、話しても良いと思ったのだ。

 

「レミリア・・・・・・レミリア・バニッシュ。それが、ボクの本当の名前だよ」

 

 そう言うと、レミリアはコックピットハッチを閉じて、機体を立ち上がらせる。

 

 名残は惜しいが、ここにいつまでもいてヒカルの仲間と克ち合いになるのだけは避けなくてはならなかった。

 

 スラスターを吹かして、上空へと舞い上がって行くスパイラルデスティニー。

 

 その背中を、ヒカルはいつまでも見つめていた。

 

「レミリア、か・・・・・・・・・・・・」

 

 初めて聞いた、彼女の本当の名前。

 

 それは、何とも新鮮な響きとなって、ヒカルの中を満たしていくかのようだった。

 

 やがて、スパイラルデスティニーが飛び去った空に、別の機影が姿を現す。

 

 それが、リィスの駆るリアディス・アインだと判った時、ヒカルは大きく手を振って姉に合図を送った。

 

 

 

 

 

PHASE-17「セイレーンの誘い」      終わり

 



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PHASE-18「楽園への帰還」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人は整った身なりと紳士的な物腰でありながら、もう1人はいかにも戦争屋と言った感じに、くたびれた軍服を着崩している。

 

 似たような立場でありながら、2人は全く違う毛色を見せている。

 

 1人は北米解放軍の指導者ブリストー・シェムハザ。そしてもう1人は、北米統一戦線のリーダー、クルト・カーマインである。

 

「この度の救援には、感謝する」

 

 重々しい声で、シェムハザは告げる。

 

 とは言え、口では「感謝する」などと言いながらも、その目は鋭くクルトを睨み据えている。

 

 外面はともかく、シェムハザが内面において、今回の北米統一戦線の介入を快く思っていない事は明白だった。

 

 それが分かっているからこそ、クルトも肩を竦めて見せた。

 

「なに、俺達は俺達で、自分らの敵を撃っただけだ」

 

 別に、アンタ等を助けたかったわけじゃない。と言う事を言外に含めて言う。

 

 この2人、最終的な目的は同じながら、その立ち位置においては水と油と称して良いほど違っている。

 

 故に、どれだけ掛け合わせようとも、決して混じりあう事はあり得なかった。

 

「これから、アンタ達はどうするんだ?」

「無論、奴らを徹底的に殲滅する」

 

 尋ねるクルトに対して、シェムハザは一瞬も迷う事無く言葉を返した。

 

 今回の勝利は、北米解放軍の結成以来、最大の勝利と言っても過言ではない。

 

 この機会を逃すつもりは、シェムハザには無い。ここで一気にモントリオールまで攻め上り、共和連合をこの北米の地から叩き出してやるつもりだった。

 

「北米解放の日は、そう遠くない将来やって来るだろう。もし君達が望むのなら、共に栄光の日を見ようじゃないか?」

 

 要するにこれからは、北米統一戦線は北米解放軍の傘下に入り、以後は自分達の指示で動け、と暗に言っているのだ。

 

 それが分かっているからこそ、クルトは口元に笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「いや、折角だが、我らは我らの道を行くのみ。それが、アンタ等の道と克ち合わない事だけは祈っているよ」

 

 それは、事実上の決別宣言でもあった。

 

 これまで解放軍と統一戦線は、非公式的に互いの存在を認めてはこなかったが、その方針はこれからも変えるつもりはない、と言う事を確認したのだ。

 

 北米解放軍と北米統一戦線。

 

 目指すべき未来は同じだと言うのに、その進むべき道はあまりにも違っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し熱いくらいな陽光の下、海面が青く澄み渡って行くのが見える。

 

 暗い色をした北の海ばかりを見てきたためだろう。ここが「楽園」と呼ばれている理由が、何となく判る気がした。

 

「帰って来たァァァァァァァァァァァァ!!」

「うるさいぞ、カノン!!」

 

 傍らで万歳をするように大声を上げている年下の幼馴染を、ヒカルはしかめっ面でたしなめる。

 

 そんなヒカルに構わず、カノンは思いっきり自分の体を伸ばし、南国の陽気を堪能していた。

 

 とは言え、彼女の感動はヒカルにも理解できる。

 

 共和連合軍はハワイ基地。

 

 大和は今、この場所に戻ってきた。

 

 戻ってきた、と言うが、凱旋の高揚は一切無い。あるのはただ、敗れて敗走した惨めさだけだった。

 

 北米南部での戦いは、明らかに共和連合軍の敗北であった。

 

 大和隊の損害は軽微な物だったが、それでも連戦の疲れは否めず、シュウジは一旦ジュノー基地に帰還した後、ザフト軍から簡単な補給を受けてハワイへ帰還する進路を取ったのだった。

 

 消耗した戦力と疲労したクルーでは、解放軍はおろか北米統一戦線とも戦う事はできない。早急に大規模な補給と整備、そして休息が必要だった。

 

 今回の大和の帰還には、そのような意味合いがあった。

 

 ヒカルはふと、大和の後方へと目を向ける。

 

 最早見る事の出来ない視界の彼方にある北米大陸。ヒカルはつい先日まで、そこにいて戦っていた。

 

「・・・・・・まだ戦ってるのかな。あいつは、あそこで」

 

 ヒカルはふと、レミル、否、レミリアの事を思い出した。

 

 実は女だった親友。

 

 あの淡い月光の下で見た、彼女の裸身は、今もヒカルの脳裏から離れない。

 

 あの一晩で語り明かした事は、ヒカルの中で新たなる重しとなってのしかかっていた。

 

 今までヒカルは、テロと名の付く物を全て無条件で憎んで来た。軍に入り、テロリスト達と戦うようになった後も、その考えは変わらず、むしろ当然の事として受け入れてきた。

 

 しかし改めてレミリアと話し、そして彼女の抱える事情を知った時、ヒカルは自分の中で価値観が大きく揺らぐのが分かった。

 

 レミリアにはレミリアの戦うだけの事情があり、想いがある。それらを抱えて戦っている彼女の事を、ただ自分の都合だけで否定する事はヒカルにはできなかった。

 

 無論、テロを憎む気持ちは今も変わらずある。

 

 しかし、ただ闇雲に憎み続けるだけでは、結局のところ何も変わらないのではないだろうか? と思うようになっていた。

 

 もっと、話してみたかった。

 

 ヒカルはごく自然と、そう思っていた。

 

 もっといろいろと話して、彼女の事をよく知りたいと思った。あの一晩だけで語った事だけだは、あまりにも少なすぎた。

 

 そうすれば、今は見えない、もっと別の何かが見えてくるかもしれなかった。

 

 と、

 

「ヒーカールッ!!」

「うわっ!?」

 

 突然、横合いからカノンに大声で呼ばれ、ヒカルは体をのけぞらせた。

 

 振り返れば、カノンが少し怒ったような顔でヒカルを見上げて来ていた。

 

「な、何だよ?」

「『何だよ』じゃないでしょッ 何回呼んでも返事してくれないんだからッ」

 

 頬を膨らませて怒りの表情を見せるカノン。

 

 そんなカノンを見て、ヒカルはフッと笑う。

 

 この少女の底抜けな明るさを見ていると、何だか自分がウジウジと悩んでいる事がどうでも良くなってくる気がする。

 

「あ、何が可笑しいのさ!!」

「別に」

 

 ブー垂れる少女に対して、ヒカルは肩を竦めて見せる。

 

 実際、北米での旅路の中で、カノンの明るさに救われた事は一度や二度ではなかった気がする。彼女がそばにいてくれなかったら、自分はきっとどこかで壊れていたかもしれない。

 

 そう言う意味で、ヒカルはいつもそばにいてくれたカノンに感謝している。

 

 もっとも、それを本人に言えば付け上がる事は判り切っているので言う気はないが。

 

 ポカポカと肩を叩いて来るカノンをいなしつつ、ヒカルは話題を変える。

 

「そう言えば、お前、何か言いたい事があったんじゃないのか?」

 

 先程は、何か言う事があったから話しかけてきたはずだった。

 

 その事を思い出したのだろう。カノンはヒカルを叩くのをやめて、舷側に目を向けた。

 

「あ、そうだった。ヒカル、あれ見て!!」

 

 そう言って、カノンが指差す方向。

 

 徐々に近付いて来る岸壁の方向に目を凝らすと、多くの作業員たちが、大和の接岸に向けて作業しているのが見えてくる。物資や機体を搬出する為の重機も姿を見せている。

 

 そんな港の風景に混じって、こちらに向かって手を振っている人影がある事が分かる。

 

 その姿を見て、ヒカルは顔を綻ばせる。2人の姿に見覚えがあったのだ。

 

「あれって、おじさんとおばさんじゃないか?」

 

 ヒカルの言葉を肯定するように、カノンは口元に手を当てて頷く。

 

 そんな少女の瞳には、いつもなら見られない光が溢れている事を、ヒカルはそっと目を逸らして見ないようにした。

 

 

 

 

 

 船が接岸すると同時にタラップを転がるように駆け降りると、カノンは少しよろけながら、真っ直ぐに2人の下へと向かう。

 

 向こうもカノンの姿に気付いたのだろう。手を大きく広げて娘を迎え入れる。

 

「パパッ ママッ!!」

 

 カノンは迷う事無く父の胸へと飛び込むと、その大きな手に優しく包んでもらう。

 

 傍らの母親も、娘の髪を愛おしそうに撫でている。

 

 カノンはと言えば、そんな両親の温もりを感じながら泣きじゃくっている。

 

 普段は強気な面の強いカノンだが、その内面ではやはり、気を張り詰めて戦っていたのだろう。それが、両親の顔を見たとたん、プッツリと切れてしまったのだろう。

 

 無理も無い。いくら優秀とは言え、カノンはまだ14歳の女の子だ。戦場と言う異常な空間に長くいて、何も感じない筈が無かったのだ。

 

 今のカノンは最前線で雄々しくモビルスーツを駆るパイロットではない。どこにでもいる、1人のか弱い少女だった。

 

 ふと、カノンを抱いている父親が顔を上げると、ヒカルの方を見て微笑んだ。

 

「おかえりヒカル。今までよく、カノンを守ってくれたね」

「おじさん・・・・・・いえ、俺は別に・・・・・・」

 

 その言葉に、ヒカルは少し照れたように顔を俯かせる。

 

 カノンの父、ラキヤ・シュナイゼルは、今は退役しているものの、かつてはフリューゲル・ヴィントの総隊長も務めていた軍人であり、ヒカルの父、キラとも肩を並べて戦った戦友である。

 

 ヒカルはラキヤを見ると、いつもホッとするような安心感を感じる。穏やかな性格と物腰にはどこか、亡き父、キラの面影に似た物を感じているからかもしれない。

 

 そして、そのラキヤの傍らには、カノンの母、アリスの姿もある。

 

 こちらはラキヤとは対照的に朗らかな性格をしており、カノンの快活な言動は、母親譲りであるところが大きい。

 

 アリスも元は軍人だったらしいのだが、彼女が戦っている所をヒカルは見た事が無い。その理由は、アリスの右腕にあった。

 

 過去の戦いで右腕を失う重傷を負ったアリスは、パイロットとしての生命を完全に断たれて引退を余儀なくされたのだ。

 

 2人は今、オーブ本島で喫茶店を経営している。それがハワイにいると言う事は、取りも直さず娘を心配して駆け付けたと言う事だろう。

 

「ありがとうね、ヒカル」

 

 そう言って、アリスもヒカルに優しく微笑む。

 

 その笑顔を見ると、ヒカルも少し照れくさそうに頬を赤くする。

 

 両親と妹を失い、姉もなかなか一緒にいる時間が少なかったヒカルにとって、幼馴染の両親で、よく面倒を見てくれたラキヤとアリスは、育ての親と言っても良い存在だった。

 

 この2人だけではない。ヒカルの両親の友人達は皆、何くれとなく便宜を図ってくれることが多いありがたい存在である。

 

 彼等の応援があったからこそヒカルは、両親を失った後も生活してこれたのだった。

 

「さ、積もる話もあるだろうけど、疲れただろう。2人とも、許可は取ってあるから、今日はゆっくりしなよ」

 

 そう言って、ラキヤはヒカルとカノンを促す。

 

 そこでふと、何かを思い出したようにラキヤは足を止め、ヒカルに向き直った。

 

「そう言えば忘れるところだった。ヒカル、君に会いたいっていう子達を連れて来ていたんだ」

「え?」

 

 促されるまま、ヒカルはラキヤの視線の先を見る。

 

 そこで、驚いて目を見開く。

 

 ヒカルが見て居る視線の先には、特徴的な赤みのある髪をした2人の兄妹が立っていたのだ。

 

「レオスッ リザ!?」

 

 それは、あのデンヴァーの戦いの後、ヒカルが保護したイフアレスタール兄妹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こいつは、およそ上機嫌でいる時など無いのではないだろうか?

 

 ディアッカ・エルスマン元北米駐留軍参謀長は、久しぶりに戻った自宅のリビングで、そんな事を考えつつ嘆息を漏らしていた。

 

 テーブルを挟んだ向かい側には、彼の長年の友人がソファに腰掛けている。

 

 の、だが、先程から何やらお冠の様子で、怒りを周囲に発散していた。

 

「納得いかん!!」

 

 イザーク・ジュールは、いかにもな調子で怒りの表情を見せている。

 

 ディアッカとは20年来の腐れ縁になるこの友人は、かつては軍人としてディアッカととともに戦場を駆け、ユニウス戦役の後は政界に入り、最高評議会議員となって辣腕を振るった。性格は、とにかく曲がった事が嫌いで、良く言えば一本気質、悪く言えば超が付く頑固者で、政治家になった後も、その性格は如何無く発揮され、不正の摘発に大いに貢献した。

 

 クラインは政権時代には国防委員長も務めたイザークだったが、寄る世情の波には逆らえず、アンブレアス・グルックの台頭と共に政界を追われ、今は縁故の有った一般企業の相談役に収まっていた。

 

「どうして、お前まで解任なんだッ? お前は撤退戦の折に立派な指揮で全軍の崩壊を防いだのだろう!!」

「そう、がなるなって。ほら、お茶でも飲め」

「茶など飲んでる場合か!!」

 

 イザークが怒っているのは、失敗に終わった対北米解放軍掃討作戦後におけるディアッカの処遇についてだった。

 

 予想していた事ではあるが、処分は相当に厳しいものだった。

 

 ディアッカも含めて、ハウエル司令部の幕僚達は全員更迭。中には予備役編入まで言い渡された者までいた。

 

 ディアッカも、予備役に編入された一人である。

 

 元々、無謀な戦いだったのだ。

 

 無謀な作戦を無責任に行って、予想通りの結果になった。それだけの話である。前線に立って死んでいった兵士達には申し訳ないが。

 

「作戦遂行を止められなかった責任は俺にもある。文句は言えんさ」

「お前は、最初から作戦には反対だったのだろう。それを、失敗したからと言って更迭するのは筋違いも甚だしい」

 

 少し落ち着いたらしく、イザークは苛立ちまぎれにソファに座り直した。

 

 そんなイザークの様子に、ディアッカもフッと笑みをこぼす。

 

 友人の、こうした真っ直ぐな気性はディアッカにとっても好ましい所である。お固いイザークと、どちらかと言えば飄々とした印象の強いディアッカ。本人達も良く判らないのだが、全く性格の違う2人が、これでうまくやって来れているのだから不思議である。

 

 もっともイザークと違って、ディアッカにとっては今回の自分自身の予備役編入も含めて、ある意味予想の範囲内ではあった。

 

 理由はディアッカが元々、プラント内ではクライン派に属する軍人である事が大きい。

 

 かつて、政界におけるクライン派を徹底的に掃討したグルック派は、その矛先をザフト軍内にも向け始めてきている。

 

 噂によると、アンブレアス・グルック肝いりの新規部隊創設も進められていると言う。

 

 そんな彼等にとって、旧クライン派軍人の中で、比較的「大物」と称して良いディアッカを放逐する理由は何でも良かったのだ。そう言う意味では、今回の敗戦も彼等にとって政治的権力拡大の道具にすぎないと言う訳だ。

 

「それより、お前も噂は聞いてるんだろ?」

 

 これ以上不毛な愚痴り合いをしていても始まらないので、ディアッカは話題を建設的な方向に転換する事にした。

 

 ディアッカが何を言おうとしているのか察したのだろう。イザークも神妙な顔つきで話題に応じる。

 

「北米再侵攻、か? 無謀な事を考えるものだな」

 

 これはディアッカの予備役編入が決定される直前に聞いた話なのだが、アンブレアス・グルックは、北米大陸の解放軍拠点に対して再度の侵攻を画策していると言う。もっとも、噂程度の話なので、真偽としてはどこまで信用していいのか疑問だが。

 

 作戦実施期限や、参加戦力の規模の程度になるのか、など具体的な事は何もわかっていないが、先の戦いであれだけ手痛い敗戦を経験したと言うのに、尚も北米に固執するとは思わなかった。

 

 グルック派としては、腹の虫が収まらない、と言ったところではないだろうか?

 

 今や名実ともに世界最大最強の国家となったプラントが、多少規模が大きいとは言え反乱軍如きに後れを取るなど許されない。

 

 これはプラントにとっての恥辱であり、ひいてはそれを主導するグルック派の汚点となる。

 

 拡大膨張路線を推し進めるグルック派の人間が、そのように考えるであろう事は容易に想像できた。

 

「止めようにも、今や完全に奴らの天下だからな」

「まったく、嘆かわしい事だ」

 

 公職を追放された今の2人には、グルック派の強硬路線を止める事はできない。

 

 ただ、現状を憂いてため息を吐くばかりだった。

 

「それで、この後お前はどうするつもりなんだ?」

「別に、暫くは悠々自適に暮らすさ」

 

 尋ねるイザークに対して、ディアッカはそう言って肩を竦めて見せる。

 

「幸い、貯金は充分にあるしな。何もしなくても数年くらいなら大丈夫だよ。せがれの稼ぎもあるしな」

「ジェイクか。あいつらも上手くやっているらしいな」

 

 イザークの娘であるディジーや、ディアッカの息子のジェイクも、ザフト軍に入って活躍している。

 

 彼等が所属する部隊の隊長は、かつてイザークの部下だったルイン・シェフィールドが勤めている。ルインはイザークが信頼する部下の1人であり、彼に任せておけば問題ないと思うのだが。

 

「ディジーから俺の所に、ジェイクの素行が悪いと言って毎日のように苦情が来ているんだが?」

「ハハ、流石俺の息子だろ?」

「ああ、あらゆる意味でな」

 

 苦笑するディアッカに対して、イザークは皮肉気味に嘆息する。

 

 今頃、愛娘も似たような苦労をしているであろう事は、イザークには容易に想像できるのだった。

 

 

 

 

 

 何とも、奇妙な事になった物である。

 

 リィスは大和から搬出された機体を見ながら、難しい顔で首をかしげていた。

 

「世の中不思議な事には色々接してきたつもりだったけど、こういう事もあるんですかね・・・・・・」

 

 難しい顔で尋ねるリィスに対して、モニターを眺めていた男性は、振り返って笑顔を向ける。

 

「俺なんかは、そこらへんの感覚はもう麻痺してしまってるしな。いい加減、何があっても驚く事もないかな」

「いや、それはそれで嫌なんですけど」

 

 能天気な返事に、リィスは嘆息交じりに返事を返した。

 

 男の名前はサイ・アーガイル。

 

 オーブ共和国軍の技術総監を務める男性で、リィスは子供の頃から機体の整備、開発でお世話になっている。リィスの父であるキラとは学生の頃からの付き合いであるらしかった。

 

 2人が今話している事は、ヒカルの乗機であるセレスティについてだった。

 

「ロックしていた機能が勝手に起動するなんて、考えられるんですか?」

「まあ、普通に考えればあり得ないよな」

 

 2人は今、セレスティのシステム面を映しだしたモニターを、難しい顔で睨んでいる。

 

 セレスティが、本来のロールアウト前にレトロモビルズのテロを受けて大破、その時の影響で核エンジンが使えず、性能は本来のスペックよりも大幅にダウンしている事は既に述べた。

 

 しかし先の戦闘中、本来ならシステムダウンの影響に伴い眠らせているはずのシステムが、勝手に動いていた形跡が見つかったのだ。

 

「単純に考えれば、戦闘中にシステムがショートして、ロックが外れたって事だろうな。そのせいで、スリープ領域に電流が入ってしまった為、システムが動いたってところか?」

 

 結局のところは単なる事故。それが、サイの見解であるらしい。

 

 イレギュラー的な事は可能な限り排除はしているが、それでも送るべくして起こる事は有り得る。

 

 それが結果的に功を奏したのだから、今は原因の追求よりもシステムの見直しを進めるべきと判断したのだ。

 

 そこでふと、リィスは思い出して尋ねてみた。

 

「この機会に、セレスティを元の姿に戻す事はできませんか?」

 

 今のセレスティは、本来の性能の半分も発揮できない状態にある。この際だから、セレスティを本来の設計通りに戻せないか、とリィスは考えたのだ。

 

 しかし、問いかけに対してサイは、芳しい返事は用意できなかった。

 

「それは難しいな。そもそもの問題はエンジン部分の異常な訳だし。俺は専門分野が駆動系だから、エンジンは簡単な整備くらいしかできないんだ」

 

 モビルスーツを敢えて人間に例えるなら、OSは脳、駆動系は筋肉や骨格、装甲は皮膚、センサーは感覚器、各種回路は血管や神経に相当する。そしてエンジンは心臓だ。

 

 整形外科の医者に心臓の手術ができないように、専門分野外の事に関わる事は難しい。勤勉家のサイは、エンジン部分に関しても多少の知識はあるのだが、それでも最新技術の塊である核エンジンに触れる事は躊躇われた。

 

「今、リリアが本国でセレスティの改修案の検討をやってくれている。今回、新装備もいくつか持って来たから、どうにかこれで頑張ってくれ」

「判りました」

 

 モビルスーツ隊長として責任ある立場のリィスとしては、現状において不安を感じずにはいられないのだが、事整備に関して誰よりも信頼できるサイがそのように言っているのだから、この場でセレスティを完全修理するのは諦めざるを得なかった。

 

 しかし、今はハワイまで後退した事で、敵の追撃から逃れられているが、近々、必ずまた北米での戦いに赴く事になると予想できる。

 

 ならば、それまでにどうにか、必要な戦力を整えておく必要があった。

 

 

 

 

 

 その後、整備のスケジュールに関してサイと2~3打ち合わせてから、リィスは格納庫を後にした。

 

 割と気楽な立場にあるヒカルやカノンと違い、モビルスーツ隊隊長であるリィスには、色々とやらなくてはならない事務仕事が溜まっている。それらを片付けない事には、休憩を取る事もできなかった。

 

 廊下を歩きながら、書類に目を通していると、前の方から誰か歩いてくるのが気配で分かった。

 

 とっさに右によけようとして顔を上げ、

 

 そこでリィスは固まった。

 

 なぜなら、前から歩いて来たのはアランだったからだ。

 

「あ、おはようございます、ヒビキ一尉」

「ウッ・・・・・・・・・・・・」

 

 朗らかに挨拶するアランとは対照的に、リィスは思わず声を詰まらせてしまった。

 

 気まずい、どころの騒ぎではない。

 

 つい先日、ヒカルがMIAになりかけた時、気分がナーバスになっていたリィスは、心配して声を掛けてくれたアランに対して、逆ギレ気味に暴力をふるってしまった。

 

 後になって冷静になり、とんでもなく落ち込んだ物である。

 

 もし、あの事をアランが問題にしたりしたら、下手をするとオーブとプラントで外交問題にも発展しかねない。

 

 否、それ以前に、せっかく心配して声を掛けてくれたというのに、とんでもなく失礼な物言いをしてしまった。

 

 何とか謝るタイミングを待っていたのだが、ハワイまでの行程の間はリィスもアランも忙しすぎて、すれ違う事が多く、それも果たせなかったのだ。

 

「あ、あのッ」

 

 勢いを付けるように、リィスは思いっきり頭を下げる。

 

「この間は、すいませんでした!!」

「え? え?」

 

 突然の事態に、目を丸くして平頭するリィスを見つめるアラン。

 

 目の前の女性が、何故自分に謝罪しているのか分からない様子である。

 

「せっかく、心配してもらったのに、私、あなたにすごく失礼な事をしてしまって・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 そこでアランは、思い出したようにポンと手を叩いた。どうやら、本気で忘れていたらしい。

 

「仕方ないですよ。あの時の一尉は気が立っている様子でしたし、不用意に声をかけた私も無神経でした」

「いや、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 まさか、逆に謝られるとは思っていなかったリィスは、戸惑って次の言葉が出てこない。正直、罵声を浴びせられ、軽蔑されても文句は言えないと思っていたのだが。

 

 そこでふと、何かに気付いたようにアランは、口元に笑みを浮かべてきた。

 

「ただ、まあ、ちょっとそれだけだと、お互いに禍根も残るでしょうから、一尉には罰を受けてもらいましょうか」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やはり来たか、とリィスは身構えた。

 

 しかし立場上、アランが何を言ったとしても反論はできない。どんな理不尽な事でも受け入れるしかなかった。

 

 だが次の瞬間、アランは微笑みながら言った。

 

「今度、僕とお茶に付きあってください」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 リィスの目が点になった事は、言うまでもない事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに食べた家庭の味は、心に染み渡るようだった。

 

 外食をしても良かったのだが、ラキヤが久しぶりだから自分で作って食べさせたいと言ったので、ホテルの厨房を借りて作った料理が出された。

 

 喫茶店を経営しているだけあり、ラキヤの料理の腕はホテルのシェフにも引けを取らないくらいだった。

 

 シュナイゼル一家にイフアレスタール兄妹、そしてヒカルを加えた6人で食事をした後、ヒカルはレオスを誘ってホテルのラウンジに出た。

 

「まさか、ハワイに来てたなんてな。それに、おじさんやおばさんと一緒に現れたのも驚いたよ」

「結局のところ、ジュノーにも俺達の居場所は無かったって事さ」

 

 そう言うとレオスは、自嘲気味に笑って見せた。

 

 一応、デンヴァーから脱出してきた住民たちを、ジュノーの方で一度は受け入れたのだが、結局のところ、ジュノーも最前線の街である。彼等を長期間養っていくのは無理がある。そこで、後方で、より安全度の高いハワイへと移送されたわけである。

 

「そこで、ラキヤさんとアリスさんに会ってさ。ヒカルやカノンの知り合いだって言ったら、良くしてくれたんだ」

「成程な」

 

 ラキヤもアリスも、世話好きな性格をしている。異郷の地で放り出され、行くあても無い兄妹を見て、放ってはおけなかったのだろう。

 

 そこでレオスは、何かを思いつめたような表情になった。

 

「俺は、こんな所で何をしているんだろうな?」

「レオス?」

 

 何か内に秘めた物を吐き出すように語り始めたレオスを見て、ヒカルは訝るように視線を向ける。

 

「北米じゃ、今も戦争で多くの人々が死んで行っている。今日、食べる物に事欠いて死んでいく子供だっている。それなのに俺は、こんな幸せな事で・・・・・・」

「余計な事、考えるなよ」

 

 レオスの言葉を遮るように、ヒカルは少し強い口調で言った。

 

「今はまず、自分とリザが助かった事を喜ぶべきだろう。特にリザは、お前が守ってやらないでどうするんだ?」

 

 そう言うと、ヒカルは視線をホテルのホール内へ向ける。

 

 そこではカノンとリザ、そしてアリスの3人が、何やら楽しげに談笑してる風景が見て取れた。

 

 つられて目を向けたレオスが、少し目を細めて3人を見詰める。

 

 自分が守るべき存在であるリザ。彼女の幸せの事を思えば、確かにここに留まるべきなのかもしれないが。

 

 と、その時、レオスが見ている事に気付いたリザが、ガラスの向こうで一生懸命手を振ってくるのが見えた。

 

 その微笑ましい姿に、ヒカルとレオスは顔を見合わせて苦笑する。

 

「ちょっと、行ってくるよ」

「ああ」

 

 ホテル内へと戻って行くレオス。

 

 それを見送ると、入れ違うようにしてラキヤがやって来るのが見えた。

 

 ラキヤはすれ違う時にレオスと少し言葉を交わすと、ヒカルに歩み寄ってきた。

 

「ヒカル、少し大きくなったね」

「え?」

 

 笑いかけてくるラキヤに対して、ヒカルは訝るような顔をする。

 

 ヒカルの背は、1年前からさほど伸びてはいない。なのに、ラキヤが言う「大きくなる」の意味が測りかねたのだ。

 

 そんなヒカルに構わず、ラキヤは横に並んで話し始めた。

 

「人間的な意味でね。1年前とは大違いだよ。きっと、色んなことがあったんだろうね」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ラキヤの言葉に、ヒカルは短く言葉を発する。

 

 確かに、色々な事があった。

 

 士官学校での生活。セレスティに乗っての戦闘、そして、レミリアの事。

 

「友達の事も、聞いてるよ」

 

 ヒカルが何を考えているか見透かしたように、ラキヤは言った。

 

 ラキヤは退役軍人だが、現役時代は将官にまでなっている。その頃のコネを活かせば、軍内の情報を入手する事も不可能ではない。その力を活かして、ヒカル達の情報も入手できたのだ。

 

「それで、ヒカルは今後、どうしたいの?」

「俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかけるラキヤに対して、ヒカルは言葉を詰まらせる。

 

 レミリアに会いたい。会って、もう一度話がしたい。そう思っている自分を、押さえる事ができない。

 

 しかし、その為にはもう一度、彼女がいる戦場に赴き、彼女と刃を交えなくてはいけない。

 

 相克するかのような矛盾を内に秘めたまま、ヒカルは己の中の出口がどこにあるのか、未だに見極める事ができないでいた。

 

 

 

 

 

PHASE-18「楽園への帰還」      終わり

 



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PHASE-19「光闇の選択肢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石、元将官ともなれば、高級ホテルのスイートを借りれるくらいの金額を、気軽に出せるらしい。

 

 しかし、それに付き合わされる方は却って気を使ってしまい、あまり眠れなかったように思える。

 

 のそのそとベッドから起き出したヒカル・ヒビキは、壁に掛けておいた軍服に手を伸ばそうとして、ふと動きを止めた。

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば、休暇中だった」

 

 寝ぼけ眼のまま苦笑を漏らす。毎日の習慣とは、なかなか消える物ではないらしい。

 

 大和がハワイに寄港し3日間の休暇を得たヒカル達は、合流したカノンの両親であるラキヤとアリス、それに予想外にも居合わせたレオス、リザのイフアレスタール兄妹と共に、充実した休暇を過ごしていた。

 

 昨夜からはヒカルの姉、リィスも休暇に合流し、ますますにぎやかな様相を呈している。

 

 しかし、

 

 部屋着に着替えながら、ヒカルは改めて部屋の中を見回す。

 

 落ち着いた感じの壁紙に、趣味の良い調度品。ベランダからの眺めはハワイの海を一望できて最高である。

 

「場違いだよな・・・・・・」

 

 若干、肩を落とし気味にヒカルは呟く。

 

 こんなスイートルーム、自分には一生縁が無いものと思っていた。

 

 しかし、ラキヤ・シュナイゼルと言えばカーディナル戦役で活躍した英雄であり、戦後も数々の紛争鎮圧に参加して、最終的には少将にまでなった「大物」である。退役こそしているものの、実力的な衰えは往年時から一切見られないとさえ言われているほどだ。

 

 そのような大物が、なぜに退役後は喫茶店のマスターに収まっているのかが謎だが、本人はこれで悠々自適な感があるので、周囲も何も言えない訳だ。

 

 と言うような事情がある為、ラキヤには充分な貯えがあり、こうして高級ホテルのスイートを借りる事も簡単なのだった。

 

 着替えてリビングの方に行くと、アリスが朝食を運んでくるところだった。

 

「あら、ヒカル君、おはよう。早いね」

 

 アリスは片腕で器用に2つの皿を運びながら、ヒカルに笑顔を向けてくる。こうした当たりに慣れている様子が見られる。

 

 アリスも昔は軍人だったらしいのだが、それはヒカルが生まれるよりもずっと前の話だったらしく、詳しい事は何も聞かされていない。これに関して、アリスもラキヤも他人に話す気はないらしい。恐らく、娘のカノンも知らないはずだ。ただ聞いた話によれば、アリスの失われた右腕と深いかかわりがあるらしい。

 

 しかし、ヒカルの知っているアリスは年齢より若めの、どこにでもいる「お母さん」と言った風情だった。

 

「あ、ヒカル君、悪いんだけど、カノン起こしてきてくれないかな。あの子、まだ寝てるのよ」

「あいつ・・・・・・・・・・・・」

 

 アリスの言葉に、ヒカルはやれやれとばかりに頭を押さえる。

 

 戦場から帰ってきて気が抜けたのは判るが、ちょっとダレ過ぎである。

 

「お願いね。パパの朝食も、もうすぐ全部できるから、早く支度しなさいって」

「判った」

 

 ヒカルは頷くと、その足でカノンの部屋へと向かう。

 

 既に備え付けの厨房からは良い匂いが漂い始めている。連動するかのようにヒカルの胃も鳴り始めている。カノンの寝坊のせいで食事にありつくのが遅くなったりでもしたら目も当てられなかった。

 

「おい、カノン、起きろ。朝だぞ」

 

 ドアをノックしながら声を掛けるヒカル。

 

 しかし、返事はない。

 

 更に2度、同じことを繰り返してみるが、やはり結果は同じだった。

 

「まだ寝てんのか? 仕方ないな、カノン、入るぞ」

 

 呆れ気味に呟くと、ドアノブを回して中へと入る。

 

 当然だが、室内の構造はヒカルの部屋と同じである。開けっぱなしの大きな窓からは心地よい風と温かい陽光が入り込んできている。

 

 壁際にはセミダブルのベッドが二つ置かれ、二人分の寝息は左側のベッドから聞こえて来ていた。

 

「あれ?」

 

 見れば、カノンとリザが、お互いを抱き合うような格好になって寝息を立てていた。

 

 同じ14歳なのだが、体格的にはカノンの方が若干大きい。そのせいで、カノンがリザを包み込むような格好になっていた。

 

 何だか、こうして見ると本当の姉妹のようで微笑ましかった。

 

 このままずっと、2人の様子を眺めていたい気もするが、しかし、それはそれとして、朝食に間に合わせる為にもそろそろ起きて貰わないといけなかった。

 

「おい、カノン。朝だぞ。起きろって」

 

 そう言ってヒカルが手を伸ばした。

 

 次の瞬間、

 

 殆ど同時に、カノンが寝返りを打った。

 

 と、同時に彼女の肩を揺すろうとしていたヒカルの手は、目測を誤ってあらぬ場所へと導かれる。

 

 ムニュ

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルの掌は、寝返りを打ったカノンの右の胸を、事もあろうに鷲掴みにしてしまった。

 

 硬直するヒカル。

 

 掌から感じる心地よい感触が、温暖の機構に関係なく体温を上昇させる。

 

 普段は小柄な印象が強いカノンだが、掌に伝わってくる感触は、とても柔らかいものである。どうやら幼馴染の体は、ヒカルが思っている以上に成長をしていたらしい。

 

「っと、こんなことやってる場合じゃ・・・・・・」

 

 我に返ったヒカルは、手を放そうとする。

 

 万が一、目の前でカノンが目を覚ましたりしたら大変な事になる。

 

 しかし、破滅は予想外の方向からやって来た。

 

「ヒカル、アンタ何やってんのよ?」

 

 背後から声を掛けられ、ビクッと体を震わせるヒカル。

 

 首だけ振り返り背後を確認するとそこには、朝のトレーニングを済ませて来たらしい姉、リィス・ヒビキが汗を流した姿で立っていた。

 

「り、リィス姉!?」

 

 突然の姉の登場に、ヒカルはモロに狼狽する。

 

 そう言えば、この部屋にあるベッドは二つ。しかし現在、使用されているのは一つだけ。ならばもう一つは? と単純な消去法で考えた場合、その答えは自ずと簡単に出るはずだった。

 

 ヒカルはどうにか、リィスに現在の状況を説明しようとする。

 

 しかし、眠っている幼馴染の女の子に覆いかぶさり、あまつさえ胸に手を当てている少年(16歳)。そんな状況に、効果的な言い訳などある筈が無かった。

 

 一瞬にして、リィスの目がつり上がってヒカルを睨む。

 

 姉はいつも、こんな目をして敵と戦っているのだろうか?

 

 そんな、割とどうでも良い考えが頭に浮かんだ瞬間、

 

 ヒカルはリィスから、思いっきり頭をぶん殴られた。

 

 グーで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室で机に向かっているレミリアは、愛用の拳銃に弾丸を込めながら、つい先日の事を思い出していた。

 

 ヒカル・ヒビキ

 

 戦いの後、図らずも久しぶりに顔を突き合わせての再会になったハワイでの親友。

 

 そんなヒカルから聞かされた、彼の妹の死。

 

 テロで死んだと言うルーチェ・ヒビキの存在は、レミリアの中で複雑に絡まった棘となって存在していた。

 

 今までレミリアは自分がしているテロと言う行為に対して、罪悪感を持った事はあっても、疑問を持った事は無かった。

 

 自分達は祖国統一と言う崇高な使命の下に戦っている。テロはその為の手段に過ぎない。

 

 勿論、それによって多くの人々が犠牲になるし、その事を無視するつもりも無い。しかし、テロの犠牲者の事については、敢えて考えない事にしていた。

 

 これは、何もレミリア達が無責任だと言う事ではない。

 

 あの夜にヒカルに話した通り、もし犠牲者の事を考えてしまえばレミリアはもう、そこから先、戦って行く事はできないだろう。

 

 忘れる、と言う事は、レミリア達にとっては必要な儀式でもあるのだ。

 

 だが、レミリアは知ってしまった。親友の妹が、テロに巻き込まれて死んだと言う事実を。

 

 勿論、ルーチェが死んだ時の事件は、レミリアとも北米統一戦線とも無関係である。しかし、テロリストと言う、いわば「同業者」が引き起こした事件であるが故に、無関心ではいられなかった。

 

 それに、レミリアの心をかき乱している原因が、他にもあった。

 

 そっと、手を胸に当てる。

 

 ヒカルに知られてしまった。自分が女である事を。

 

 普段から男装しているレミリアの性別を知るのは、姉のイリア、幼馴染のアステル、そして上官のクルトだけだ。ヒカルで4人目になる。

 

 それだけでなく、裸まで見られてしまった。

 

 その事を思い出した瞬間、レミリアの顔は一瞬で、耳まで真っ赤になってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・どう思ったかなヒカル、ボクの事」

 

 柄にもない、とは自分で自覚している。

 

 だが、今まで同年代の男の子に接する機会が少なかったレミリアとしては、ヒカルの反応がどうしても気になって仕方が無かった。

 

 ヒカルの事を考えるたび、レミリアは胸の奥に痛みを感じてしまう。

 

 しかしレミリアは不思議と、その痛みを不快な物だとは感じていなかった。

 

 

 

 

 

「相変わらず、か?」

 

 テーブルの上に並べられた食事を摘まみながら、アステルは部屋の中に入ってきたイリアに尋ねる。

 

 対してイリアは、力無く首を振る。

 

 部屋の中には他に、クルトの姿もあり、心配そうな眼差しをイリアに向けていた。

 

「やっぱり駄目。私にも何があったか話してくれないなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言いながら、イリアは脱力したように自分の席に座る。

 

 話題は、他ならぬレミリアの事である。

 

 あの戦いの後、レミリアは一時的にMIAになりかけた。幸いにして、翌日には無事な姿で戻って来たものの、その間に何があったのかは誰にも話そうとはしていない。それは、彼女が最も信頼しているであろう、この場の3人に対しても、である。

 

 特にイリアは、レミリアがMIA、事実上の戦死と認定しかけた時には、殆ど半狂乱に近い形で探しに行こうとしたくらいである。そうまでして助けようとしたレミリアが、自分にまで隠し事を持つ事が、彼女にはショックであるらしい。

 

「戦場に錯誤は付き物だからな。俺達の見ていないところで、レミリアに何かあったとしても不思議ではない」

 

 ジョッキのビールを煽りながら、クルトはイリアを宥めるように言った。

 

「それを無理に探ろうとすれば、却って心を閉ざす事だって有り得る」

 

 もしかしたら、くらいの予想はクルトの中にもあった。

 

 見ていた奴の報告によれば、レミリアのスパイラルデスティニーは、オーブ軍の新型、スパイラルデスティニーの兄弟機に当たる「セレスティ」とかいう機体と一緒に飛び去って行ったと言う。

 

 もし、そのセレスティのパイロットが、ハワイ時代のレミリアの顔見知りだったとしたら、2人の間に何かあったとしてもおかしくは無かった。

 

 とは言え、レミリアの事を過保護なくらいに尊重しているイリアに、その事を伝える事はできない。

 

 イリアは本来、戦い向けの性格はしていない。それについてはレミリアも同様なのだが、イリアの場合、戦場にいる最大にして唯一の理由が「レミリアを守る」為に他ならなかった。

 

 最悪の場合、レミリアを守る事さえできれば北米統一戦線が、否、北米そのものが消滅したとしても構わないとさえ考えている節がある。

 

 だからこそ、イリアが造反するような事態は避けたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・そんなの駄目よ」

 

 当のイリアから、暗い声音でそのような言葉が漏れてくる。

 

 クルトとアステルが視線を向ける中、イリアは思いつめたように声を絞り出す。

 

「あの娘の事は私が守らなくちゃいけないの。たとえ、どんな事があっても・・・・・・誰が相手でも・・・・・・」

 

 思いつめたように呟くイリア。

 

 そんなイリアの様子を、クルトは嘆息交じりに、アステルは興味なさそうに眺めているだけだった。

 

 

 

 

 

 シクシクシクシクシクシクシクシクシクシク

 

 何やらそこだけ、「どよ~~~ん」という擬音が聞こえて来そうな雰囲気がある。

 

 壁に向かって体育座りしたヒカルが、いじけた調子で目の幅涙を流している。

 

 さっきから「わざとじゃないのに」「リィス姉の馬鹿ァ」などと呟きが漏れてきている。

 

 朝から、欝な空気が垂れ流しになっている。

 

「ね、ねえ、もう許してあげたら? てか、ぶっちゃけウザいんだけど、アレ」

 

 そう言って指差したのは、当の被害者であるカノンだった。

 

 目が覚めたら、ヒカルがリィスに折檻されており、しかも罪状が、寝ている自分の胸を、エロい手付きで揉みしだいていた(間違い)事だと言う。

 

 しかし、眠っていたカノンには、その時の記憶が全くない為、イマイチ、ピンとこなかった。

 

「ま、まあ、ヒカル君もお年頃だし」

「気持ちは判るって」

 

 フォローになっていないフォローを送るイフアレスタール兄妹。

 

 そんな一同の助命嘆願(?)を受けて、執行人たるリィスは深々とため息をついた。

 

「全く、変な所ばっかり、お父さんに似るんだから・・・・・・」

 

 妙な心当たりがあるリィスとしては、ヒカルの将来に一抹以上の不安を感じずにはいられなかった。

 

「ま、良いわ。これからは気を付けなさいよね、ヒカル」

「・・・・・・・・・・・・あい」

 

 全く持って釈然としないが、これ以上、この件で引きずるのも嫌だったので、ヒカルは頭を下げる事にした。

 

 まあ、その後の過程はどうあれ、カノンの胸を触ってしまったのは事実だし。

 

「その、カノン、ごめんな。悪気はなかったんだ」

「あ、ううん、いや、別に何とも・・・・・・」

 

 謝罪を述べるヒカルに対し、カノンは慌てて手を振る。

 

 自分でも記憶にない事で謝られても、正直困るだけだった。

 

「それに・・・・・・」

「それに?」

「あ、いや、何でもないッ 何でも無いよ!! 何でも無いッ うん!!」

 

 出かかった言葉を、カノンは慌てて飲み込んだ。

 

 「それに、ちょっと嬉しかったし」と、言いかけたのだ。

 

 姦しい性格や小柄な体つきのせいで、実年齢よりも年下に見られる事が多いカノン。事実、ヒカルですらカノンの事を妹的な視線で見ている事が多い。

 

 しかし当のカノンとしては、もう少し「オトナの女」のように見られたいわけである。

 

 全く持って、女心は難しいと言わざるを得ない。

 

 そう言う意味では今回、ヒカルが自分の胸を触っていたと言う事は、ヒカルも少しは自分の事を女として意識してくれているのでは、とカノンとしては期待している訳である。

 

 勿論、事実は完全なる事故なのだが。

 

 一方のヒカルはと言えば、先程(あくまで事故で)触ってしまったカノンの胸の感触を、頭の中で反芻していた。

 

 結構、デカかったかも。

 

 そんな事を、脳内で呟く。

 

 小柄な体とアンバランス的に、カノンの胸は意外と大きかった。勿論、腹回りがキュッと締まっているので、それと対照的に大きく感じている、と言うのもあるのだろうが、触った時の感触は、「柔らかい」と感じる事ができる程度には大きかったと思う。

 

 いつも子供だ子供だとばかり思っていたカノンだが、いつの間にか、幼馴染のヒカルも知らないうちに、女らしく成長していた訳だ。

 

 と、

 

「ヒ  カ  ル」

 

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

「イダダダダダダダダダダ!?」

 

 突然、リィスに思いっきり耳を引っ張られ、涙目になるヒカル。そこへ、リィスは低い声でくぎを刺してくる。

 

「アンタね、執行猶予中だってことを自覚しなさいよ」

「わ、判ってるよ!!」

 

 どうやら、何を考えていたのかモロバレだったらしい。

 

 ふと、カノンに視線を向けると、タイミング良く彼女の方もヒカルに視線を向けてきた。

 

 と、次の瞬間、カノンは顔を赤くして、視線をそらしてしまった。

 

 そんな様子を見て、ヒカルは首をかしげる。

 

 今までのカノンからは、想像もできないような行動パターンである。それだけに、ヒカルも彼女の内面を掴む事ができないのだった。

 

 その時、リィスが傍らに置いておいた携帯電話が着信を告げた。

 

 食事の手を止めて開いてみると、液晶に浮かんでいる名前に、僅かな驚きを見せる。

 

「あれ、ミシェル君?」

 

 怪訝な顔付になりながらも、リィスは取りあえず電話に出る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中へと入ると、同様に呼ばれていたらしいシュウジ・トウゴウとミシェル・フラガの姿があった。

 

 そしてもう1人、執務机に腰掛けた人物が、入って来たヒカル達の姿を見て、気さくに手を上げるのが見えた。

 

「よう、来たか。まあ、楽に座ってくれ」

 

 司令部の一室とは思えないくらいラフに声を掛けてきた人物は、雰囲気的に飄々としながらも、重ねてきた年月を思わせる深い色の瞳をしている。顔の半分に付けられた古傷が、歴戦の戦士を連想させた。

 

 ムウ・ラ・フラガ大将

 

 元オーブ軍最高司令官であり、第1期フリューゲル・ヴィントの総隊長を務めた人物である。かつてはヒカルやカノンの両親の上官でもあった人物であり、幼い頃から慣れ親しんだ人物である。

 

 今日では、オーブ軍最強の精鋭部隊として地位を確立しているフリューゲル・ヴィント。その創成期において指揮を取ったのが、このムウ・ラ・フラガである。

 

 フリューゲル・ヴィントの歴史は、一言で表せば「変遷」と言った良かった。

 

 そもそもの結成理由は、ユニウス戦役時、戦力で勝るザフト軍に対抗する為、精鋭を集めて結成されたのが始まりである。

 

 結成当初の主要メンバーは、ネオ・ロアノーク一佐(ムウ)、キラ・ヒビキ三佐、ラクス・クライン三佐、ライア・ハーネット一尉、シン・アスカ二尉、エスト・リーランド二尉、マユ・アスカ三尉等である。

 

 一部の戦史研究家によれば、数こそ少ないものの、この時期のフリューゲル・ヴィントが歴代最強だったと主張する者もいる。

 

 ユニウス戦役後、役目を終えた事で解隊されたフリューゲル・ヴィント。

 

 しかし、その後に勃発したカーディナル戦役において、地球連合軍の特殊部隊ファントムペインの猛攻に手を焼いたオーブ軍は、フリューゲル・ヴィントを再結成し、戦線に投入した。

 

 第2期フリューゲル・ヴィントは、第1期結成当初に比べれば質的に低下した事は否めなかったが、カーディナル戦役の決戦時には、アスラン・ザラ准将、キラ・ヒビキ一佐、ラキヤ・シュナイゼル二佐、シン・アスカ三佐、リィス・ヒビキ三尉等が名を連ね、結成時の栄光が蘇ったようだった。

 

 しかし、度重なる激戦で消耗を重ねたフリューゲル・ヴィントは、終戦時には既に壊滅状態に陥っていた。そこで、新たな隊長となったラキヤ・シュナイゼル、副隊長のシン・アスカ主導で再結成されたのが、現在の形である。

 

 以来、フリューゲル・ヴィントはオーブの、そして世界の守りとして活躍を続けてきた。

 

 言わばムウは、オーブ軍最強部隊の基礎を築いた人物であると言えた。

 

 現在、ムウは軍事参議官と言う役職にある。これは、肩書きこそ立派だが、要するに無役に等しく、階級が高い人物を収容しておく為の役職である。

 

 しかしムウは、未だにその卓抜した作戦立案能力や、指揮能力においては定評があり、オーブ軍の「顧問」のような役割を担う事も多かった。

 

 そんなムウの傍らでは、やれやれと肩を竦めて父親を見ているミシェルの姿もあった。

 

「まあ、大体の事情はトウゴウと、うちのドラ息子から聞いて把握している。何つーか、お前さん達も災難だったな」

「ドラ息子は余計だっての、クソ親父」

 

 辛辣な応酬を行うフラガ親子。

 

 何やら剣呑なやり取りのようにも思えるが、これでこの2人、それなりに馬が合う親子として有名である。どうやらこれも、父と息子のスキンシップの一環であるらしい。

 

 一通りのやり取りを終えたムウは、本題に入るように身を乗り出した。

 

「お前等が北米から帰ってくるまでの間に、本国でも状況がだいぶ動いた。まあ、日和見決め込んでいた議会の連中も、尻に火がついて慌てて腰を上げたって感じだな」

 

 そう言ってムウは、どこか可笑しそうに肩を竦めて見せる。歴戦の英雄の1人であるムウにとって、昨今のオーブ政府の消極的な態度には歯がゆいものを感じていたところだったのだ。

 

 専守防衛は結構だが、それも時と場合によりけり、である。

 

 共和連合軍を打ち破った事で、北米解放軍の勢いはいよいよ増しつつある。下手をすればオーブ本国にまで戦火が飛び火しかねない勢いだ。

 

 そうなる前に、何か手を打っておこうと言う声が、オーブ政府議会の間で上がるようになったらしい。

 

「現在、フリューゲル・ヴィントを中心に、複数の精鋭部隊を編制中だ。勿論、大和隊にも参加してもらう。目的は北米大陸上陸を目指す主力部隊から敵の目を逸らす為の囮だが、その為に敢えて、限定的な攻勢に出てもらう」

 

 ムウの説明に、一同は息を呑んで見守る。

 

 先の第1次フロリダ会戦の以後、北米解放軍は攻勢を増しつつある。

 

 戦闘終結から僅か3日後にはバードレスラインは奪還され、要塞は再び解放軍を守る巨大な盾と化した。

 

 北部へと撤退した共和連合軍だったが、解放軍はそれを追うように北上し、現在先頭集団は五大湖の南岸付近に迫っているとか。

 

 再編成を終えたザフト軍はオタワ、ボストンのラインで防衛線を形成しモントリオールを死守する構えを見せているが、勢いに乗る解放軍を押さえる事ができるかは疑問視されている。

 

 今回の事態を憂慮したオーブ政府は、ついに北米派兵を可決したわけだが、その為に主力部隊上陸掩護をめざし、複数の囮部隊を北米に展開する作戦に出たのである。

 

「そこで、だ」

 

 ムウはヒカルを、そしてカノンを見ながら言った。

 

「ヒカル・ヒビキ准尉、カノン・シュナイゼル准尉。2人はこれまで、よく戦ってくれた。北米の苦しい戦いを勝ち抜き、そして生き残った君達は、もはや立派な軍人であると言えるだろう。それを踏まえた上で、軍は君達2人に2つの道を用意した」

 

 言ってからムウは、傍らに立つシュウジに目をやった。大和隊に所属するヒカルとカノンの上官に当たるシュウジから、以後の説明を差せようと言う事らしい。

 

「一つは、このまま再度、戦場に赴く大和に同乗する形で精鋭部隊の所属となる事。北米で充分な戦果を挙げたお前達には、既にその資格がある」

 

 オーブ全軍を見回しても、今のヒカルやカノンほどの活躍をした軍人は、そうはいないだろう。そう言う意味で2人の作戦参加は歓迎すべきところである。

 

「そしてもう一つは、士官学校に戻り本来の学業へ復帰する。そうなった場合でも、軍は君達を全力でサポートする事を約束する」

 

 偶発的な要素が重なった事で大和に乗り組み、最前線で戦っていたヒカルとカノンだが、本来の身分は士官学校の候補生である。戦いが一段落した今、必要な手続きを踏んだうえで士官学校に戻るのは、ある意味で当然の流れである。

 

「どちらを選ぶのも、お前達の自由だ。勿論、学校に戻る場合は、ある程度の守秘義務は守ってもらわなくちゃならないが、それくらいなら、入学した当初から判っているだろ?」

 

 目の前で手を組みながら、ムウが補足説明をした。

 

 一連の説明を聞き、ヒカルとカノンは互いに目を合わせた。2人とも正直な話、急にそんな事を言われても困る、と言った感じである。

 

「迷う事は無いのよ、2人とも」

 

 そんな2人の心を見て取ったリィスが、優しく声を掛ける。

 

「2人はもう、充分に戦ったわ。これ以上、危険な戦場に出る事なんてない」

「リィス姉・・・・・・・・・・・・」

「後は、私達に任せて学校に戻りなさい。アンタ達が活躍する場は、これからきっと、いくらでもあるだろうから」

 

 その言葉に、2人は無言のまま返事を返す事ができない。

 

 ただ、リィスが心から自分達の事を思って、そのような事を言っているのだけは理解できた。

 

 士官学校に戻って、候補生としての活動を再開し、そしていずれは制式に軍に入隊する。

 

 確かにそちら方が本道であり、より安全な道である事は間違いない。誰も好き好んで戦場に行く事は無い。学校に戻る事が賢い選択だろう。

 

 しかし、ヒカルもカノンも知ってしまった。戦場の真実を、守りたい者を守る為に戦う意思を。

 

 故に、突きつけられた選択に対し、2人とも容易には答えを出す事ができなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 不吉な影がゆっくりと、南国の楽園を目指して接近している事には、まだ誰も気付いていない。

 

 ただ、迷いを心に抱えた少年と少女の頭上にも、漆黒の翼が舞い降りようとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-19「光闇の選択肢」      終わり

 



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PHASE-20「地獄からの使者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不安定な空と言う物は、いつ見ても気分が悪くなる。

 

 分厚い雲に覆われた空を飛翔しながら、輸送機の操縦桿を握る機長は、そんな事を考えていた。

 

 進路前方に存在する巨大な積乱雲が、凶悪な巨人が立ちはだかっているように迫ってくるのが見える。

 

 オーブ本国からハワイまで物資を積んで飛行するのが彼の任務だが、いくら慣れ親しんだ航路であっても、荒天下での飛行は可能な限り避けたいところである。

 

 暫く考えた後、機長はレーザー通信機を立ち上げてハワイのオアフ島基地を呼び出した。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役時の負の遺産、世界中に電波障害をもたらし、多くの人々を死に追いやったニュートロンジャマーは、大戦終結から20年以上経た今尚、多くが現存状態にあり、深刻な電波障害を齎し続けている。

 

 わざわざ通信を行う為にレーザー通信の打電を行わなくてはならないのは不便の極みではあるが、それも長年の事で慣れた物である。

 

「オアフ基地コントロール、こちら本国輸送隊、第801号。荒天の為、到着には約10分の遅れを来す見込み。以上」

 

 通信を終えて、システムを切ると、機長は操縦桿を倒して機体に旋回運動をさせる。わざわざ荒天の雲の中に突っ込む気はない。安全に飛行する為にも回避を選択するのだ。

 

 不快ではあるが、この程度の遅延はよくある話である。

 

 輸送機の操縦桿を握り続けて30年近くになるベテラン機長は、副操縦士にサポートを任せながら、輸送機を安全圏へと導いていく。

 

「予想より風が強いな。流されないように注意しよう」

「了解」

 

 まだ20代と年若い副機長は、尊敬すべき先輩の言葉に従い的確にサポートしていく。

 

 この副機長は、機長にとって息子も同然と思っている人物である。彼が士官学校を卒業してから、一貫してバディを組み、学校では教える事ができない実践の勘と言う物を叩き込んで来た。

 

 先日、彼が長年付き合っていた女性と婚約したと言う話を聞いた時、機長は我が事のように喜んだものである。この任務が終わり、本国に帰ったら結婚式を挙げる事になっている。勿論、機長も招待されて出席する予定だ。

 

 その為にも、何としても任務を無事やり遂げないといけなかった。

 

「乱雲の回避航路、算出できました。遅延は12分の見込み」

「了解した。オアフ基地コントロールに、その旨を打電する」

 

 輸送機は更に旋回しながら、大型の積乱雲を迂回してハワイ諸島へと近付いていく。

 

 多少の遅延はあるものの後は予定通り。基地に着陸して積み荷を降ろすだけになる。

 

 そう思っていた。

 

 次の瞬間、

 

 けたたましい警報が、コックピット内に鳴り響いた。

 

「何事だ!?」

「判りません、今、確認します!!」

 

 弾かれたように計器を操作し、警報の原因を探る副機長。

 

 ただの計器の故障か、それとも?

 

「熱紋センサーに感っ 大きい!! 雲の中に何かいます!!」

 

 副機長が叫んだ瞬間、

 

 雲を割るようにして、それが姿を現した。

 

 大きい。輸送機の倍はありそうな巨体である。航空機のような形はしているが、イザヨイが戦闘機なら、これは完全に重爆撃機の類だった。

 

 だが、驚くのはまだ早かった。

 

 重爆撃機の機首が開き、更に後半部分が回転すると同時に、折り畳まれていた後部スラスター部分が伸びる。

 

 「腕」に当たる部分が展開して、砲身が肩から前へと張り出された。

 

「モビルスーツ・・・・・・だと?」

「いや・・・・・・でも、サイズが・・・・・・」

 

 2人が呆然と呟いた。

 

 次の瞬間、強烈な閃光と共に、輸送機は炎を上げてバラバラに砕け散った。

 

 

 

 

 

 報告を受けたムウは、足早に指令室へと駆けこんだ。

 

 その背後からは、同時に居合わせたシュウジ、リィス、ミシェル、そしてヒカルとカノンの姿もあった。

 

「いったい、何があった?」

 

 険しい表情で、ムウは問いかける。

 

 ムウのいた執務室に緊急事態を告げる連絡があったのは数分前、それから急いで駆け付けたのだが、指令室の中はハチの巣を突いたような大騒ぎだった。

 

「これはフラガ参議官。ご足労頂いて恐縮です」

 

 基地司令が、ムウの姿を見付けると足早に駆けてきて頭を下げる。

 

 基地司令でさえムウに対しては敬意を払うのだから、その存在が持つ権威は絶大であると言える。

 

 しかし今は、そうした時間すら惜しかった。

 

「挨拶は良い。それより、状況を説明してくれ」

「ハッ」

 

 基地司令も弁えているらしく、すぐに要点の説明に入った。

 

 それによると、今から約5分前、オーブ本国からハワイへ物資を運ぶ途中だった輸送機が突如、消息を絶ったと言う。当初は事故の可能性も考えられたのだが、しかし輸送機が最後に送ってきたレーザー通信の内容は、何かに接近される様子が書かれていたと言う。

 

「現在、スクランブル機が現場空域へ急行しています。間も無く・・・・・・」

 

 司令がそう言いかけた時だった。

 

「スクランブル機が現場に到着ッ 光学映像、出ます!!」

 

 オペレーターの声に弾かれるように、一同が視線を向ける。

 

 そこは、かなりの荒天下にあるらしく、分厚い雲に覆われている様子が見て取れた。

 

 スクランブル発進した3機のイザヨイは、その雲を縫うようにして進んで行く。

 

「スクランブル機、ブルー1、報告してください。何か反応はありますか?」

 

 オペレーターがマイクの向こうの隊長機に、状況報告を求めた。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、雲を割って無数の閃光が、イザヨイ1機を飲み込む形で吹き荒れた。

 

 一同が息を呑む中、モニターの中でイザヨイが爆発する。

 

 残った2機が旋回する中、

 

 それが、姿を現した。

 

 通常のモビルスーツの3倍はありそうな巨体。規模だけなら10倍以上はあるだろう。全身に配備された火砲が、より凶悪な印象に拍車を掛けている。

 

「デストロイ・・・・・・だと?」

 

 かつての戦争で対戦した経験があるムウは、その姿を見て愕然と呟く。

 

 デストロイ級機動兵器は、ユニウス戦役中に地球連合軍が戦線投入したモビルスーツ型の大量破壊兵器で、当時、連合からの離脱を表明していたベルリンを含む北欧4都市をたった1機で壊滅に追いやっている。

 

 更にその後のカーディナル戦役では、より機動性と運用性を強化したジェノサイドや、宇宙空間での運用を目的として、ドラグーン多数を積み込んだカタストロフが戦線投入され、スカンジナビア陥落や欧州大虐殺に猛威を振るった。

 

 今、モニターの中に映っている機体は細部こそ違うものの、間違いなくデストロイの系譜に連なる機体と見て間違いなかった。

 

 そうしている内にも、モニターの中で状況が動く。

 

 胸部に装備した4連装複列位相砲を展開したデストロイが、どうにか距離を置こうとしているイザヨイに一斉攻撃を仕掛けた。

 

 たちまち、1機のイザヨイが避けきれず飲み込まれる。

 

 仲間の死を目の当たりにした最後のイザヨイのパイロットは、それでも勇気を振り絞るようにして戦闘機形態から人型へ愛機を変形させると、手にしたビームライフルで攻撃を仕掛ける。

 

 しかし、すぐにそれが意味のない事だと判断される。

 

 放たれたビームは全て命中する前に弾かれてしまった。

 

 デストロイ級機動兵器の特徴である、陽電子リフレクターは健在である。

 

 次の瞬間、反撃を喰らったイザヨイが吹き飛ばされた。

 

 映像は、そこで途切れた。

 

 呆然とする室内。

 

 突如、現れた圧倒的な脅威に、誰もが魂を抜かれたように呆然としている。

 

「・・・・・・ちょっと、やばいよね、これ?」

 

 ややあって声を発したのはカノンだった。

 

 普段は快活な少女も、あまりにも強大過ぎる「怪物」の出現に、顔を青褪めさせている。

 

 実際には「ちょっと」どころの騒ぎではない。かつて無い敵が、このハワイへ迫っているのは確実だった。

 

「何をボサッとしている。すぐに体勢を整えるんだ!!」

 

 鋭い声を発したのはムウだった。

 

 誰もが呆然自失する中、流石は歴戦の将と言うべきだろう。いち早く事態を把握したうえで、周囲の人間を奮い立たせていた。

 

 その声に弾かれたように、指令室の中もにわかに動き出す。

 

「そ、そうですね・・・・・ただちに、迎撃機の発進を・・・・・・」

「やめておけ。相手がデストロイ級なら、闇雲に物量を投入しても無駄に犠牲を増やすだけだ」

 

 指示を飛ばそうとした司令官を、ムウは鋭い声で制した。

 

 ムウの今の立場は軍事参議官。肩書きこそ大層な物だが、実際の権限は皆無に等しい。それでも、この場にあって豊富な実戦経験と戦略眼は、皆が信頼を寄せるには充分だった。

 

 この場合、ムウの判断は正しい。

 

 デストロイ級の弱点は、懐に飛び込まれた場合、小回りが利きにくい事であるが、その弱点を突ける程の度胸と技量があるパイロットはきわめて少ない。大抵は、その威容に恐怖して立ち竦んだところを、絶大な火力に絡め取られて撃墜されるのが落ちである。

 

 さて、どうするか?

 

 相手はデストロイ級。攻防性能において厄介なのは言うまでもない。

 

 加えてムウは、モニターの中の新型デストロイが持つ、もう一つの強みを見抜いていた。

 

 それは、飛行高度。

 

 これまでのデストロイ級機動兵器の内、デストロイは飛行自体は可能だが、低空での運用が限界だった。ジェノサイドは、初めから飛行機能を諦め、ホバー機能を用いた地上走行に重点を置いていた。

 

 しかし、モニターの中の機体は明らかに高高度を飛行している。

 

 通常のモビルスーツは、高高度での運用は適さない。気圧が低くなるせいで持ち前の機動性が著しく低下してしまうからだ。

 

 しかし、目の前のデストロイ級は初めから高高度での運用を想定しているらしく、悠然と飛行している。

 

 あの機体を相手に、通常のモビルスーツを繰り出しても好餌を与えるだけだろう。

 

 ムウが思案していた時だった。

 

「あの、宜しいでしょうか?」

 

 声がした方へ振り替えると、いつの間にやって来たのか、つなぎ姿のサイが立っていた。恐らく緊急事態発生の報告を受け、事情を確認する為にやって来たのだろう。

 

「技術班から提案があります。恐らく、この状況を打開できるかもしれません」

 

 確信に満ちたサイの発言を聞き、ムウは口元に笑みを浮かべた。

 

「持つべき物は頼れる戦友だな」

 

 サイとムウは、かつて戦艦アークエンジェルで共に戦った盟友でもある。それ故に、ムウはサイに対して高い信頼を寄せている。

 

 サイが自ら言い出した事であるならば、きっと信用できるに違いなかった。

 

「セレスティ用の新型強化装備を使用します。それならば、高高度でも機動性を失う事は無いはずです」

「成程な。て事は・・・・・・」

 

 ムウがそう言うと、一同の視線は壁際に所在無さそうに立っているヒカルへと向けられた。

 

「え?」

 

 戸惑う少年に、否応なく期待が集められていた。

 

 

 

 

 

 男の容貌を見た物は、野性を剥き出しにした獣を連想するのではないだろうか? あるいは、その獣を虎視眈々と狙うハンターを思い浮かべるだろうか?

 

 いずれにしても、内からにじみ出る好戦的な雰囲気は、如何に落ち着いた様子でも隠しきれるものではない。

 

 仲間内からはクーラン・フェイスと呼ばれる男は、自身が駆る機体の性能について、一定の満足を示しながらも、それでも不満が皆無と言う訳ではないようだ。

 

 SESF―X4「インフェルノ」

 

 デストロイ級機動兵器でありながら、航空機型への可変機構を持つ事で高い機動性を誇り、更に亜成層圏までの単独上昇が可能と言う、いわば「重爆撃機」のような性質を持つ機体である。

 

 圧倒的な火力と、大抵の攻撃なら弾く事ができる防御力は確かに魅力的ではあるのだが。

 

「しかし、どうにも、この鈍重さが頂けねえ」

 

 ぼやくような呟きを漏らす。

 

 インフェルノは従来のデストロイ級の中では機動力は高い方ではあるが、それでも通常サイズの機体には比べるべくも無く、鈍重さはぬぐえない。

 

 本来なら高速機動による電撃戦を好むクーランとしては、なかなか馴染めない物があった。

 

 だが、今回の作戦は共和連合軍が敷いた防衛ラインを突破してハワイへ強襲を掛ける事にある。ならば、通常の機体では難がある。その点インフェルノなら、迎撃を受けにくい高高度から接近する事ができる為、並みのモビルスーツでは迎撃が難しいと言う利点もある。

 

「ま、これも上からの命令だってんじゃ仕方ねえか。まったく、宮仕えは辛いねえ」

 

 クーランがぼやくように言った時だった。

 

「隊長。ハワイの防空識別圏に入りました。間も無く攻撃へのアプローチに入ります」

 

 パイロットからの報告に、クーランは意識を戦闘へ向け直した。

 

 インフェルノはジェノサイド同様、操るには搭乗員が4人必要となる。操縦、及び近接戦闘を担当するパイロット、火器管制担当のガンナー、レーダー及び通信担当のオペレーター、そして全てを統括するコマンダー。

 

 クーランは今、コマンダー席に座っている。

 

「このまま高高度から攻撃を仕掛けるぞ。高度を落とさず、目標が軸線に乗り次第、爆撃開始だ」

 

 クーランの指示を受け、他のクルーも動き出す。

 

 現在インフェルノは、爆撃機形態でハワイへと接近している。到着次第、ウェポンラックを開放して絨毯爆撃を仕掛ける手はずになっている。

 

 共和連合軍に反撃の隙を与えるつもりはない。連中は遥か頭上を見上げながら爆死する以外に他、運命は無いのだ。

 

 クーランは口元に獰猛な笑みを浮かべる。

 

 個人的には少々物足りないが、これも戦争のやり方としてはありだろう。何より、共和連合に大打撃を与える事ができるなら、任務を嫌う理由は無かった。

 

 機首をハワイ島上空へと向けるインフェルノ。

 

 間もなく、南国の楽園が地獄に飲み込まれる事になる。

 

 その時の光景を夢想しクーランは笑みを強めた。

 

 その時、

 

「隊長ッ 下方より接近する機体有り。速い!!」

 

 オペレーターの緊迫した報告に、クーランは一瞬目を細めた。どうやら、何事も予定通りとはいかないらしい。

 

「共和連合軍は余程、無駄なあがきが好きみてぇだな。まあ良い、さっきみたいに吹き飛ばしてやれ」

「了解!!」

 

 ただちに、下方へ発射可能な4連装スーパースキュラにエネルギーが充填される。これは、モビルスーツ形態では胸部に装備される武装だが、爆撃機形態では下方に位置し、対地攻撃や下方から迫る敵への迎撃に用いられる。

 

 放たれる閃光。

 

 空から光が落ちるが如き光景が、瞼を射る。

 

 しかし、次の瞬間、

 

「かわした、だと!?」

 

 オペレーターは驚きの声を上げた。

 

 モニターの中で、閃光に包まれて撃墜したと思った機体が、ありえない程の高機動を発揮してインフェルノの攻撃を回避したのだ。

 

「敵機正面ッ 来ます!!」

 

 叫んだ次の瞬間、

 

 雲を突き破り、8枚の蒼翼を広げた機体が躍り出てきた。

 

「これ以上、行かせないぞ!!」

 

 セレスティのコックピット内で、迫る巨大な影を相手に吼えるヒカル。

 

 その姿を見て、クーランは笑みを浮かべた。

 

「ほう、面白い・・・・・・」

 

 どうやら、共和連合も切り札を出して来たらしい。

 

 退屈だと思っていた任務に多少の張り合いが出た事が、クーランにとっては楽しくて仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュウジが艦橋に入ると、すぐに状況確認に移った。

 

 港内は大混乱に陥っている。いかに強力な性能を持つ軍艦であっても、停泊した状態では素晴らしく大きな的である。

 

 全滅を避ける為にも、一刻も早く脱出する必要があった。

 

「状況はどうなっている?」

「セレスティがたった今、作戦空域に到達しました。現在、敵機と交戦中!!」

 

 オペレーターからの報告を聞き、シュウジは僅かに目を細める。

 

 ヒカルは今たった1人で、かつてない敵と戦っている。

 

 またも、あの少年に頼る事になってしまった自分達には、情けなくなってくる。

 

 ヒカルの奮戦を無駄にしない為にも、一刻も早い退避が必要となる。特に大和のような巨艦は目立つから、敵の目を引きやすい。

 

 それに万に一つの可能性だが、大和に目を奪われた敵が、目標をこちらに変更してくる可能性も有り得る。そうなると必然的にハワイは守られるし、それに大和の攻防性能なら、デストロイ級への対抗も可能だった。

 

 いずれにしても、一刻も早く出航しなくてはならないだろう。

 

「出航準備、既に完了しています」

 

 聞き慣れない女性の声が凛と響き、シュウジは顔を上げる。

 

 見ると、操舵手席に見慣れない少女が座っているのが見えた。

 

「お前は?」

「ハッ 申し遅れました!!」

 

 操舵手の少女は立ち上がると、シュウジに向かって敬礼する。

 

「本日付で戦艦大和操舵手を拝命いたしました、ナナミ・フラガ三尉であります。以後、よろしくお願いいたします!!」

 

 元気な声で自己紹介するナナミを見ながら、シュウジは怪訝な面持ちになる。

 

 「フラガ」と言う名前の持ち主には、2人ほど心当たりがあるが、その関係者か何かだろうか?

 

 しかし、そうした細かい些事は、取りあえず後回しにしなくてはならない。

 

「ただちに出航用意だッ 港外に出ると同時に全艦戦闘配備ッ 敵はかつて無いほどの強敵だッ 心して掛かれ!!」

《了解!!》

 

 一同がシュウジの言葉に唱和すると同時に、オペレーターが振り返って来た。

 

「艦長、格納庫、ヒビキ一尉より連絡ですッ メインスクリーンに出します!!」

 

 程無く、メインスクリーンにリィスの顔が大きく映し出された。どうやら既に準備は完了しているらしく、パイロットスーツを着こんで、脇にはヘルメットを抱えている。

 

《艦長、私達も出撃します。ヒカル1人に重荷を背負わせるわけにはいきません》

 

 既に大和隊の一同は戦闘準備を完了しているらしく、待機している様子が見える。

 

 しかし、それを見てもシュウジは首を横に振った。

 

「ダメだ、許可できない」

《艦長!!》

 

 リィスが抗議するも、シュウジは考えを変える気はなかった。

 

 ヒカルがセレスティで出撃する事ができたのは、サイが用意した追加武装が高高度戦闘にも対応可能であると判断されたからだ。残念だが、リアディスやイザヨイでは、あのデストロイ級機動兵器には敵わないだろう。

 

 それにもう一つの懸念材料として、別働隊がいる可能性もある。あのデストロイ級が囮で、戦力が出払った隙に別働隊がハワイに上陸する作戦である事も否定できなかった。

 

 と、

 

《あー 艦長、ちょっと良いですか?》

 

 リィスに割り込むようにして、ミシェルがモニターに顔を出した。

 

《自分に考えがあります。どうか、ご一考いただけませんかね?》

 

 そう言って、自分の考えを披露した。

 

 

 

 

 

 放たれる砲撃に対し急激な機動力を発揮して回避しながら、セレスティは徐々にインフェルノとの距離を詰めていく。

 

 操縦桿を握るヒカルは、嵐のように飛んでくる火線を凝視しながらスラスターと翼の角度を変え、どうにか攻撃をやり過ごしていく。

 

「このッ ・・・・・・随分きついな!!」

 

 高出力のスラスターが唸りを上げ、ヒカルの意志に従ってセレスティを飛翔させる。

 

 HM装備と名付けられたこの装備は、セレスティの高速機動戦形態である。背部、肩部、腰部、脚部に追加装備されたスラスターにより、在来機を遥かに凌駕する機動性を実現している。

 

 欠点としては、武装がノーマル状態と変わらない点。そして、スラスターの出力が高く、操縦桿がかなり過敏になっている事だろう。

 

 それ故ヒカルは、いつもと感覚が違う愛機の機動に戸惑いを隠せないでいるのだった。

 

 それでもどうにか、インフェルノから放たれる砲撃を悉く回避。距離を詰める事に成功する。

 

「喰らえよ!!」

 

 放たれるビームライフル。

 

 しかし、それを呼んでいたようにインフェルノは陽電子リフレクターを展開、セレスティの攻撃を弾いてしまった。

 

 その様子に、ヒカルは舌打ちを漏らす。

 

 出撃前、ムウから対デストロイ戦の基本をレクチャーされていた。

 

 

 

 

 

『いいか、ヒカル。デストロイは強力な防御装置を持っている。並みの攻撃でコイツを破るのは不可能だろう。だが、リフレクターはいつまでも張っていられる物じゃない。たとえば、攻撃の時とかは解除するはずだ。その時、奴の懐に飛び込む事ができればこっちのものだ』

『でも、それって、すごい難しいんじゃ・・・・・・』

『まあな。この基地の中でも、できる奴はそういないだろう。だが、俺はお前ならできる思っているよ』

『え?』

『お前はあの、キラの息子だ。あいつなら、それくらいは鼻歌交じりでもやってのけたからな。お前は奴の血をしっかりと受け継いでいるんだ。だから自信持てよ』

 

 

 

 

 

 目の前でインフェルノが、人型への変形を開始する。どうやら、本気でセレスティを迎え撃つつもりらしい。

 

 その瞬間を逃さず、ヒカルは全てのスラスターを全開にして突撃を開始する。

 

「父さんにできた事だ・・・・・・」

 

 全砲門を開くインフェルノ。

 

 その火線を、

 

「俺にできないはずが、無い!!」

 

 セレスティは、全速力ですり抜けた。

 

 同時に、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 一閃、

 

 懐に飛び込んだヒカルの剣が、インフェルノを斬り裂く。

 

「・・・・・・・・・・・・何ッ」

 

 その予想だにしなかったセレスティの動きに、クーランは一瞬目を剥く。

 

 セレスティのビームサーベルが、インフェルノを斬り裂く。

 

 しかし、

 

「浅いッ!?」

 

 踏み込みが甘かったらしく、ヒカルの攻撃はインフェルノの装甲を僅かに斬り裂くにとどまってしまった。

 

 次の瞬間、インフェルノから反撃の砲火が放たれる。

 

「やってくれるじゃねえかッ そらッ 今度はこっちの番だ!!」

 

 向かってくる砲撃に、ヒカルは堪らずセレスティを後退させる。

 

 砲火に対してシールドを掲げて防御するヒカル。

 

 同時にビームライフルを取り出すと、インフェルノに向けて放った。

 

 しかし無駄だった。再び展開したリフレクターの前に、セレスティのビームは弾かれてしまう。

 

「なら、もう1回接近して!!」

 

 再びビームサーベルを抜き、接近を試みるヒカル。

 

 しかし、その動きをクーランは読んでいた。

 

「阿呆がッ 何度も同じ手が通じるかよ!!」

 

 クーランが言い放つと同時に、インフェルノの手首から巨大なビームソードが出現した。

 

 対艦刀、などと言うレベルの物ではない。刀身長は優に30メートルはありそうである。

 

 それが大気を斬り裂いて迫る様は、まるで断頭台のギロチンを連想させた。

 

 とっさに蒼翼を翻して巨大な刃を回避するヒカル。同時に手に持ち替えたライフルで反撃を行うも、全て陽電子リフレクターに阻まれてしまう。

 

 対するインフェルノはと言えば、肩のアウフプラール・ドライツェーンや指部スプラッシュビームキャノン、胸部4連装スキュラ、脚部ヒュドラ・ビームキャノン、口部ツォーン、各種ミサイルランチャーを全力展開し、セレスティ目がけて一斉砲撃を仕掛けてくる。

 

 対してヒカルは、もはや応戦する事も敵わず、徐々に追い込まれて行ってしまう。

 

「下方に追い詰めろッ 全火力で奴の動きを封じてやれ!!」

 

 セレスティの動きが鈍ったのを見て、クーランははやし立てるように言い放つ。

 

 もう一息で、追い込めるところまで来ていると言うのに、クーランの目は獰猛に、かつ冷静に戦況を見据えている。

 

 追い詰められた敵ほど怖い。その事をクーランは、長い戦場での生活で知っている。

 

 故に、攻撃の手を緩める事無く、一気に追い詰めるのだ。

 

 一方のヒカルも、自分が追い詰められつつある事を自覚していた。

 

 高度も徐々に下がっている。高高度での戦闘は、通常以上にバッテリーと推進剤を食う。おまけにHM装備はスラスター出力が通常よりも強化されている為、その分、消耗も激しかった。

 

 あと1回、アプローチできるかどうか、と言ったところだろうか?

 

 しかし、今のセレスティの武装では、インフェルノにダメージを与えるのは難しい。何とか、敵の中枢を叩く事ができれば。

 

 その間にもインフェルノは、セレスティとの距離を詰めてくる。

 

 対抗するようにビームサーベルを抜いて構えるヒカル。この状況ではビームライフルは何の意味も無い。何とか接近して白兵戦に持ち込まないと。

 

 その時だった。

 

 センサーが、接近してくる機影があるのを捉えた。

 

「下ッ 何が!?」

 

 ヒカルが呟いた次の瞬間、

 

 雲を割るようにして、緑色の装甲を持つ機体が駆けあがってきた。

 

《ヒカルッ!!》

「ドライ・・・・・・カノンか!?」

 

 背部に大型のブースターを背負う形で飛び上がってきたのは、カノンの駆るリアディス・ドライだった。

 

 これが、ミシェルの案だった。

 

 リアディスでは高高度まで上がっても、大した機動力は期待できない。そこでミシェルは、本来なら大気圏外撃ち上げ用に使うブースターを改良してリアディス・ドライに取り付け送り込んだのだ。

 

《これッ 受け取って!!》

 

 そう言うと、カノンは持って来た長い物体をセレスティ目がけて投げつける。

 

 回転しながら飛翔するそれを受け取った瞬間、ヒカルは歓喜に目を見開いた。

 

「ティルフィングか!?」

 

 セレスティの接近戦用武装であるティルフィング対艦刀。カノンは、これを届けに来てくれたのだ。

 

 同時に、推進剤の尽きたリアディス・ドライが落下を始める。どうやら、本当にヒカルに武装を届けるだけで精いっぱいだったようだ。

 

 しかし、カノンはダメ押しとばかりにブースターをパージすると、ドライ自前のスラスターを全力噴射する。

 

 落下を完全に食い止める事はできないが、それでも一瞬だけ、姿勢を制御する事に成功した。

 

《これでェェェェェェ!!》

 

 ビームライフルを撃ち放つリアディス・ドライ。

 

 その予期せぬ攻撃を前に、直撃を受けたインフェルノは体勢を崩す。

 

 インフェルノの巨体からすればダメージは微々たる物だが、しかしそれでも、一瞬の隙を作り出すにはそれで充分だった。

 

「姿勢戻せ!!」

 

 焦りが見え始めた部下を押さえつけるように、クーランは冷静さを保ったまま、大音声を発する。

 

 何も焦る必要などない。状況はなお、自分達が有利。予期しなかったアクシデントに躓いただけの事だ。体勢を立て直して、改めてトドメを刺せばいい。

 

 そう思った次の瞬間、

 

「敵機、直上!!」

 

 オペレーターの声が、クーランの思考に重なる。

 

 振り仰いだ先。

 

 太陽を背に広げられた8枚の蒼翼が、光を受けて照り輝く。

 

 手にした大剣を大きく振りかぶりながら、セレスティが一気に急降下してくるのが見えた。

 

「行ッけェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 叫ぶヒカル。

 

 同時に斬り下げられたティルフィングが、インフェルノの胸部を大きく斬り裂いた。

 

「胸部スキュラ損傷!!」

「エネルギー回路切断。ダメージコントロール、入ります!!」

 

 直ちに損傷回復のシークエンスを始める搭乗員たち。

 

 その様子を眺めながら、クーランは口元に笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・・・・・・・やってくれるじゃねえか」

 

 成程、共和連合軍にも大した連中がいるようだ。それは認めてやろう。

 

 だが、所詮は無駄なあがきだ。インフェルノは確かに損傷を負ったが、まだ致命傷と言うほどではないし、戦闘力も維持できている。今からでもハワイ攻撃は十分可能だった。

 

 そして、さんざん自分達を邪魔してくれた、あの羽根付きも、もう限界だろう。これで、自分達の行く手を遮る物は何も無くなった。

 

「ダメージコントロール急げ。準備でき次第、ハワイへの最終アプローチへと入る」

 

 クーランがそう命じた時だった。

 

「隊長!!」

 

 オペレーターの悲鳴が、クーランの意識を引き戻した。

 

 

 

 

 

 その光景を見た者は、誰もが唖然とするだろう。

 

 何しろ、長大な船体を持つ戦艦が、艦首を持ち上げる形で上を向いているのだから。

 

 大和は艦首を60度近くまで持ち上げた状態を維持して航行している。艦尾スラスター部分などは、既に海面に没しているほどだ。

 

 艦内では、クルー達がバランスを取るのに必死になっている様子が目に浮かぶ。

 

「か、艦長、きつい、です!!」

「耐えろ!!」

 

 悲鳴を上げるナナミに、シュウジの叱咤が飛ぶ。

 

 今、彼女の細腕には、大和の全自重が掛かっていると言っても過言ではない。このバランスの悪い状態を維持するだけでも、相当な苦心が伴っているはずだった。

 

 この状態を維持できるのも、あと数秒と思うべきだろう。

 

「ビーコン確認!! 敵、デストロイ級機動兵器、本艦の軸線上に乗りました!!」

 

 オペレーターから、待ちに待った報告が飛び込む。

 

 それを受け、シュウジの双眼がカッと見開かれた。

 

「グロスローエングリン、撃てェェェェェェ!!」

 

 次の瞬間、大和の艦首に備えられたグロスローエングリンから閃光が迸る。

 

 これは、シュウジの考えた策だった。

 

 シュウジはミシェルの作戦に一考を加え、カノンにはヒカルへティルフィングを届けてもらうと同時に、敵機へビーコンを打ち込んでもらったのだ。

 

 そのビーコンからの信号を頼りに、シュウジは大和の艦首を持ち上げた状態でグロスローエングリンを発射すると言う奇策を実行したのだった。

 

 閃光が、空を斬り裂いて飛翔する。

 

 その攻撃には、インフェルノ側も反応ができなかった。

 

 直撃する閃光。

 

 それでも、辛うじて展開が間に合った陽電子リフレクターが、閃光を受け止める。

 

 拮抗する一瞬。

 

 しかし次の瞬間、リフレクターの一部が衝撃に耐えきれず消失する。

 

 同時に、インフェルノの右腕に当たる部分が吹き飛ばされた。

 

 その様子を眺めながら、クーランは改めてシートに座り直した。

 

「・・・・・・どうやら、これまでだな」

 

 独り言のように呟く。

 

 損傷し、全力発揮が不可能になったインフェルノでは、ハワイに到達したとしても、到底、任務を全うする事はできないだろう。最悪、撃墜される可能性もある。

 

 少々癪ではあるが、ここは撤退するしかないだろう。

 

「進路反転。帰るぞ」

「隊長ッ しかし・・・・・・」

「ここで死んでもつまらんだけだ。まずは生き延びる事を優先するぞ」

 

 隊長であるクーランにそう言われたのでは、他の者は従うしかなかった。

 

 反転して行くインフェルノ。

 

 そのコックピット内で、クーランは最後にもう一度、セレスティに視線を向ける。

 

「・・・・・・奴はいったい・・・・・・・・・・・・いや、しかし、まさかな・・・・・・」

 

 低い声で囁かれたその呟きは、誰に聞かれる事もなかった。

 

 

 

 

 

 一方のヒカルはと言えば、急速に襲って来た落下感の前に、成す術もないまま急落していた。

 

「くそっ もう、バッテリーが!?」

 

 高高度の戦闘が祟り、セレスティのバッテリーは限界を迎えてしまったのだ。

 

 ゲージはEmpty表示となり、同時に電圧を保てなくなったPS装甲がダウン、機体は無機質な鉄灰色に戻ってしまう。

 

 このままでは、セレスティは成す術もなく海面に叩きつけられてしまうだろう。そうなれば、コックピット内のヒカルもひとたまりもない。

 

 どうにかしようにも、バッテリーが無くなった機体では如何ともし難かった。

 

 その時、

 

《ヒカル!!》

 

 聞き慣れた少女の声が、まだ辛うじて稼働していた通信機から聞こえてきた。

 

 同時に軽い衝撃がコックピットに走り、落下速度が僅かに緩む。

 

 見れば、リアディス・ドライがセレスティの機体を抱えるようにして支え、スラスターを全開に吹かして落下を食い止めようとしていた。

 

「馬鹿ッ 放せ!! お前も一緒に墜落するぞ!!」

《放す、もんかァァァァァァ!!》

 

 自分自身が踏ん張るようにして、カノンが叫びを上げる。

 

 主の気合に答えるようにし、更に噴射を強めるリアディス・ドライ。

 

 しかし、落下を完全に食い止める事は出来ない。

 

 ヒカルは決断する。このままカノンまで巻き込む事は出来ない。ならばいっそ、機体を振り切って自分だけ落下すれば、カノンは助かるはず。セレスティに残っているバッテリーを使えば、それも可能だろう。

 

 決断して、機体を動かそうとしたヒカル。

 

 しかしその時、下方から巨大な反応が接近してくるのに気がついた。

 

 視線を下へと向け、

 

 そして歓喜した。

 

 まるで2人を迎え入れるかのように、大和の巨大な甲板が迫ってくるのが見える。

 

 大和の艦内でも、寄り添うようにして降下してくるセレスティとリアディス・ドライの姿を見付け、大歓声が上がっている。

 

 やがて、今回の戦いにおける最功労者の2人は、ゆっくりと生還への道へ足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-20「地獄からの使者」      終わり

 



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PHASE-21「新たなる舞台」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、被害が最小限で抑えられたのは僥倖以外の何物でもなかった。

 

 突如、ハワイ諸島を襲った可変航空機型のデストロイ級機動兵器は、大和隊所属のヒカル・ヒビキ准尉、そしてカノン・シュナイゼル准尉の活躍により、撃墜にこそ至らなかったものの、重大な損傷を与え撃退する事に成功した。

 

 これによりオーブ軍は、ハワイへの被害は事実上ゼロに抑える事に成功した。

 

 もっとも、初めに犠牲になった輸送機の搭乗員や、迎撃に出て撃墜されたイザヨイ3機のパイロットなど、被害が完全に無かった訳ではないのだが。

 

 しかし、先の北米統一戦線襲撃時に比べれば、蒙った被害が格段に小さい事は事実である。

 

 それが、まだ幼さの残る2人の少年少女によってもたらされたと言う事実は、ある意味で衝撃とも言うべき事実として、ハワイ中に広まろうとしていた。

 

 だがそんな中、ムウは1人、苦い表情で状況を見詰めていた。

 

「俺が、連中を呼び寄せてしまったのかもしれないな」

 

 消沈したように、ムウは低い声で呟いた。

 

 戦闘終了後、ハワイへ寄港した戦艦大和に乗り込んで来たムウは、自分なりに状況を分析して、そのように結論したのだ。

 

「どういう意味だよ、親父?」

 

 訝るように尋ねたのは、息子のミシェルである。

 

 人並みには家族に対する愛情と、両親に対する敬意を持っているミシェルにとって、父の口から弱気な発言が出たのが意外だった。

 

「連中が何者かは判らんが、今、ハワイに奇襲を掛けてくる理由は、それ以外には考えられない」

 

 実のところムウには、今回襲ってきた相手が誰であるかは大体の所で見当を付けていた。

 

 ムウはオーブ軍北米派兵の推進者である。その事を考えれば、ムウを殺す事によって、敵が作戦の遅延、あわよくば凍結を狙ったとしても不思議はなかった。

 

 その時、部屋のブザーが鳴り、来客が告げられた。

 

 ムウが促して扉が開かれると、今回の戦いの功労者であるヒカルとカノンが並んで立ち、ムウに向かって敬礼していた。彼等の背後にはリィスの姿もあり、こちらもやはり敬礼している。

 

「おう、来たか。まずはご苦労だったな」

 

 そう言って2人を労うムウ。

 

 今回の戦い、2人の存在が無かったらハワイは再び壊滅的な被害を受けていたかもしれない。もしかしたら、敵の思惑通りムウが死んでいた事も考えられる。

 

 そう考えれば、ムウとしても2人には感謝したい気持ちでいっぱいだった。

 

 立派に成長した物である。

 

 ムウは感慨深げにヒカルとカノンを見詰める。

 

 2人とも、ムウにとっては戦友の子供達である。特にヒカルの両親であるキラとエストとは付き合いも長い。

 

 何となく、キラの若い頃に似た面影を見せ始めたヒカルに、ムウは懐かしさにも似た感情を抱いていた。

 

「それで、今後の事なんだが・・・・・・」

「その前に、フラガのおじさん」

 

 ムウの言葉を遮るように、ヒカルが発言した。

 

「俺の方から、おじさんに伝えたい事があります」

 

 真っ直ぐにムウを見詰める少年の目には、何か固い決意のような物が見て取れる。

 

 ムウは、こうした目を持つ人間を何人か知っている。抱えていた悩みを吹っ切った、強い心を持つ者だけができる目だ。

 

「何だ? 言ってみろ」

「はい、話ってのは、俺とカノンの今後の事についてです」

 

 戦闘前にムウが2人に提示した選択肢が、敵の襲撃によって未だに宙ぶらりんのまま残っていた。

 

 このまま軍に留まるか、それとも士官学校に戻るか、と言う選択肢。どうやら、それに答えが出たらしい。

 

 ヒカルは真っ直ぐに、ムウの目を見詰めて言った。

 

「決めました。俺もカノンも、このまま軍に留まって戦います」

 

 半ば、予想した答えではある。

 

 彼等の両親、キラ、エスト、ラキヤ、アリスは皆、英雄と称して良い戦士たちだった。そんな偉大な両親の血をしっかりと受け継いでいる彼等が、自分達に課せられた運命を途中で投げ出すとは思えなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・良いのね?」

 

 そんな彼等に、背後から厳しい口調で問いかけられた。

 

 リィスは振り返る少年と少女を鋭く睨みながら。改めるようにして問い質す。

 

 たとえ姉と言えど弟の行動を縛る権利はない。しかしそれでもリィスは家族として、そして彼等の上官として、もう一度彼等の気持ちを検める必要があった。

 

「本当に、良いのね? ヒカル、それにカノンも、アンタ達が選んだ道は辛い道よ。でも、選んだ以上はもう、逃げる事も投げ出す事も許されない。その覚悟がアンタ達にあるの?」

 

 ムウもミシェルも、リィスの問いかけに対するヒカル達の答えを待っている。

 

 こういう事はやはり、姉の役目だろう。他人が口を出して良い問題ではない。

 

 ややあって、口を開いたのはヒカルだった。

 

「リィス姉が言う覚悟って言葉を、軽々しく使うつもりはないよ」

 

 ヒカルは、姉の顔を真っ直ぐ見据えて言う。

 

「けど、俺達はもう、関わってしまったんだ。この戦争にさ。途中で投げ出す事なんてできない」

「あたしも・・・・・・」

 

 ヒカルの後から、カノンも発言する。

 

「あたしもヒカルと同じ気持ちです。こんな中途半端な所で投げ出すなんてできないよ」

 

 2人はまだ未熟な存在である。パイロットとしての腕はリィスやミシェルの方が上であるし、考え方も、周りの大人たちに比べれば多分に幼さが残っている。

 

 しかし、それでも、かつて綺羅星の如く存在した英雄達と、同じ輝きを見せ始めているように思えるのだった。

 

 故に彼等は進もうとしている。自分達が切り開いた道の上を、自分達の足で踏みしめて。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 ややあって、納得したようにリィスは頷いた。

 

 幼い頃、地獄のスカンジナビアで、母、エストに命を救われ、その後は父であるキラの背中を見ながら戦ったリィスには、今のヒカルの中に両親の面影を見出しているようだった。

 

 そしてカノンもまた、ヒカルと同様の輝きを放とうとしているのが分かる。

 

 英雄の子として生まれた時点で、この2人には戦う事が運命付けらているのかもしれない。そのようにリィスには思えるのだった。

 

「アンタ達2人がそう考えるんだったら、私は反対しない。何かあった時は、あんた達2人の事は私が全力で守るから」

「リィス姉・・・・・・」

「ありがとう、リィちゃん」

 

 英雄は歩み始めた瞬間から、その行く道を止める事は誰にもできない。

 

 ヒカルとカノンは、その事を自ら証明しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂な湖面が、突如、唸り上げて波打つさまが眼下に展開される。

 

 目を転じて上に向ければ、純白のストレーキと共に、時折、花開く爆炎が禍々しく踊っている。

 

 ここは北米大陸五大湖、オンタリオ湖上空。

 

 今はここが、共和連合軍と北米解放軍との主戦場と化していた。

 

 共和連合軍は当初、北米解放軍の進撃ルートとして五大湖の東側のラインを想定し、そちらに主戦力を集中させていた。五大湖の東側は比較的広い平野部が広がっている事から大兵力の展開が容易であり、更にはモントリオールまで最短距離での進軍が可能となるからだ。

 

 しかし、その予測は見事に裏切られた。

 

 北米解放軍指導者ブリストー・シェムハザは、共和連合軍の動きを読み切ると、全軍の進路を、五大湖中央を突っ切る形に変更した。

 

 共和連合側がこの動きに気付いた時には既に、クリーブランド、デトロイト、シカゴ、ミルウォーキー等、五大湖南側の拠点はほぼ無血で陥落、更に解放軍の勢力は五大湖北岸にまで迫ろうとしていた。

 

 万が一、五大湖北岸への「上陸」を解放軍に許せば、もはやモントリオールは丸裸に等しくなる。そうなると、共和連合軍の勢力は完全に北米から駆逐される事になる。

 

 この状況を受けプラント政府は、北米大陸への増派を決定し、両軍は五大湖を主戦場に一進一退の戦いを繰り広げている。

 

 とは言え、戦況は明らかに解放軍が有利である。

 

 先の第1次フロリダ海戦の勝利によって勢いがある北米解放軍。そこに加えて数でも勝っているのだ。

 

 だが、もはや後が無い共和連合軍も必死である。特に北米の利権を守る立場にあるザフト軍は、精鋭を中心とした部隊を五大湖の戦線へと派遣、北米解放軍と激しく干戈を交えていた。

 

 その圧倒的不利な戦況に投入された部隊の中に、シェフィールド隊の姿もあった。

 

 

 

 

 

 最新鋭機であるハウンドドーガを駆り、シェフィールド隊の若手3人は湖上を滑るように進んで行く。

 

 向かってくる北米解放軍の部隊はグロリアスとウィンダムが中心。

 

 既に10年以上前に建造された旧式な機体とは言え、徹底的なブラッシュアップの末、新型とも互せるほどの性能を確保していると言う。更に言えば、数もザフト軍の倍以上で攻めてきている。油断している余裕はなかった。

 

「数だけいたって、ねえ!!」

 

 先頭に出たジェイクのハウンドドーガが、ビーム突撃銃を撃ちながら、向かってくる解放軍部隊を牽制しにかかる。

 

 今回は空中戦と言う事で、3機ともそれに対応するべくフォースシルエットを装備してきている。武装は貧弱だが機動力は高く、ある程度どのような戦況でも対応が可能な装備である。

 

 もっとも、それは敵も同じ考えであるらしく、解放軍側の機体もエールストライカーやジェットストライカー装備の部隊が目立っている。

 

「敵の中央に穴を開けるッ ノルト、掩護お願い!!」

《了解しました!!》

 

 ノルト機がビーム突撃銃で射撃を行う中、ディジーのハウンドドーガは右手にビームトマホーク、左手にビーム突撃銃を構えて突撃していく。

 

 接近、同時に振るわれるビームの斧がグロリアスを叩き斬り、更に銃口を向けた突撃銃によってウィンダムをハチの巣にする。

 

 背後から接近しようとする機体にはノルト機から的確な掩護射撃が飛び、容易には撃たせない。

 

 その砲火の下を、更に突撃するディジー。

 

「どきなさいよ!!」

 

 突撃と同時に振るわれる斧が、更に解放軍の戦列を斬り裂く。

 

 かつて彼女の父イザークも、部隊長として常に先陣を切る事を好んでいたが、その気質は娘にも受け継がれているようだ。

 

 とは言え、今回は相手が多すぎる。

 

 次々と戦列に加わる解放軍部隊の前に、ディジー機は徐々に囲まれ身動きが取れなくなっていく。

 

 その時だった。

 

《あらよっと!!》

 

 調子のいい掛け声と共に、飛び込んできたジェイクのハウンドドーガが、手にしたビームトマホークで、ディジー機の背後に回り込もうとしていたグロリアスを斬り捨てる。

 

《俺の女を後ろから責めるとは、良い度胸じゃねえか!! こいつのお尻は俺の物なんだからな!!》

「ば、馬鹿ッ 何言ってんのよ!!」

 

 ジェイクのふざけた物言いに、顔を赤くして反論する勢いのまま、不用意に近付いてきたウィンダムを斬って捨てる。

 

 これが戦闘中でなかったら、それこそジェイクの尻を、プラントまで蹴り飛ばしそうな勢いである。

 

 局所的な戦闘ではパイロットの技量に分があるザフト軍が押している感がある。

 

 しかし、全体として見た場合、やはりどうしても数に勝る解放軍が優勢になりがちだった。

 

 ザフト軍の戦線は徐々に北へと押し上げられ、更なる後退を余儀なくされる。

 

 このままでは、上陸も許してしまう事だろう。

 

 そしてついに、先発した解放軍部隊がヒューロン湖の北岸を見るに至る。

 

 沸き立つ解放軍。

 

 ついに自分達はザフト軍の防衛ラインを突破したのだ。あとはモントリオールまで一直線である。

 

 そして、

 

 破滅も至極あっさりとやって来た。

 

 上陸目指して侵攻してくる解放軍を、冷静に見据える者がいた。

 

「今だ、やれ」

 

 ルインは短く命じる。

 

 次の瞬間、

 

 水面を割って、多数のハウンドドーガが姿を現した。

 

 その全てが、砲撃戦形態のブラストシルエットを装備している。

 

 ルインは解放軍が数で押してくることを見越し、ヒューロン湖の湖底に多数のハウンドドーガを伏せていたのだ。

 

 一斉砲撃を仕掛けるハウンドドーガ隊。

 

 この奇襲攻撃に、解放軍部隊は成す術が無かった。

 

 吹き飛ばされ、炎を上げて塵のように消えて行く解放軍各機。

 

 その様子を、ルインは満足げに眺めていた。

 

「後続の解放軍本隊。撤退していきます!!」

「よし、各部隊に通達。追撃の必要は無い。深追いせず、戻って部隊の再編成に努めるように言え」

 

 命令を下してから、ルインは大きく息を吐いた。

 

 元より、調子に乗って藪蛇を突く気はルインには無い。今は敵に損害を与える事よりも、味方の損害を押さえ、戦線を維持する事の方が重要だった。

 

「今回は、何とかなりましたね」

「ああ」

 

 背後からの声に、ルインも頷きを返す。

 

 背後に立った女性は、ルインが地上に降りた際に指定した旗艦の艦長である。

 

 アビー・ウィンザーと言うこの女性の戦歴は長く、初陣はルインと同じくユニウス戦役の時だと言う。今のザフトでは宝石よりも貴重なベテラン兵士と言う訳だ。

 

「だが、次も上手く行くとは限らん。早急に手を打たない事にはな」

 

 言いながらも、ルインは現有戦力ではいずれじり貧になる事を見抜いている。

 

 早急に補給を受けられなければ、自分達は力尽きて地面に倒れ伏したところを、総攻撃を受けて全滅と言う事になりかねなかった。

 

 

 

 

 

 

 アンブレアス・グルックは執務室の机に1人腰かけたまま、沈思するように虚空を眺めている。

 

 先の第1次フロリダ会戦における事後処理が、ようやく終わったところである。

 

 グルックにとっては不愉快な仕事ではあったが、最高議長として承認した作戦が失敗して多くの犠牲者が出た以上、無視する事もできなかった。

 

「もっとも、あなたにとっては今回の敗戦も、ある意味で計画通りだったんじゃないのかな?」

 

 突然聞こえてきた声に対し、グルックは振り返る事無く、ただ唇の端を持ち上げて微笑を返す。

 

「悲劇は拡大と拡散を繰り返し、人々の心には悲しみと憎悪の種が植えつけられる。人々は彼等と自分達とは決して相容れない存在である事を悟り、より多くの力を欲するようになる」

 

 子供のように溌剌として、しかし、どこか老人のような濁りがある不気味な声。

 

 聞く者によっては不快感を呼び起こしそうな声ではあるが、しかしグルックは身じろぎせずに口を開いた。

 

「どう思おうが、それは君の自由だ。しかし状況は常に動いている。それを完全に支配する事ができる者など誰もいないさ。君にも・・・・・・無論、私にもね」

 

 今回の戦いにおける敗北が、誰の思惑によって成され、誰のシナリオによって遂行されたかは問題ではない。

 

 重要なのは、肉親や家族を戦場で失ったプラントの一般大衆がテロリスト撲滅を叫び、より強大な軍拡に賛同するような流れを作る事なのだ。

 

 その為ならば、今回の敗戦における犠牲など些細な問題である。

 

「でも、過去には何人か、状況を自分の想い通りに支配できた人物がいたんじゃないかな、たとえば・・・・・・」

「ラクス・クライン、かね?」

 

 グルックは僅かに口調に苦みを含みながら、かつてプラントを率いた女性の名を呼ぶ。

 

 相手の方でも、グルックのそんな様子に気付いているのだろう。彼の様子を楽しむように含み笑いを漏らしてくる。

 

「彼女が齎した物は、確かに平和だった。多少いびつだったかもしれないが、そもそも完全な形での平和なんて誰も知らないし、誰も見た事が無い。そう言う意味でラクス・クラインは一つの答えに行き付いていたとも言える」

 

 僅か十年とは言え、大規模紛争の芽を完全に抑え込んだラクスの手腕は、彼女の信奉者のみならず、一部の反ラクス論者も認めている所である。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役、そしてカーディナル戦役と、僅か数年の間に3度も続いた戦乱を収めたのは、確かにラクスの功績が大きいだろう。

 

「では、そんな彼女を否定するあなたは、いったいどこへ向かおうとしているのかな?」

「決まっている。彼女が到達し得なかった高みだ」

 

 一瞬も迷う事無く、グルックは答えて見せた。

 

「ラクス・クラインが作った世界など、所詮はまやかしの平和、いわば箱庭の平和に過ぎない。彼女のやり方では、いずれ必ず大きな戦いが起きる事は避けられなかったのだ。ちょうど、今のようにな」

 

 戦争が終わり、大幅な軍縮を断行したラクス。当然、大きな反対もあった。

 

 大きな紛争が終わった直後である。未だ反対勢力が多い中、治安を維持する為にも共和連合は大きな力を保持するべきだ、と。

 

 だが、ラクスはあえて必要最低限のレベルまで軍備縮小を断行した。

 

 戦争が終わった以上、これからは戦いではなく、対話と融和で平和を目指したのだ。

 

「もう一人いたでしょ。歴史を動かそうとした面白い人が。ラクス・クラインとは、言わば対極に位置している・・・・・・・・・・・・」

「ギルバート・デュランダル、か」

 

 グルックは、ラクスの前任に当たる評議会議長の名を挙げた。

 

 ユニウス戦役時、誰よりも強いリーダーシップを発揮してプラントを、そして世界をリードしたデュランダル。遺伝子によって、その人物の役割を決定する「デスティニー・プラン」を提唱した人物としても有名である。

 

 オーブ軍との戦いに敗れて戦死したデュランダルだったが、戦後、ラクス・クラインの意向によってアプリリウスワンに彼の墓所が建てられ、今も多くの人々が参拝に訪れていると言う。

 

「あの男が作ろうとした世界こそ、より多くの戦力が必要だっただろうさ。反乱者狩り、敵対国への侵攻と制圧。いくらあっても足りないくらいだ」

 

 デュランダルが提唱したデスティニー・プランは、初めから行き詰まる事が約束されていたような物だ。

 

 仮にユニウス戦役におけるオーブ軍とザフト軍の勝敗が逆転していたとしたら、それこそ世界は破滅への道を転がり落ちていた可能性がある。多くの反対者を前にしてデュランダルは、「平和を守る為に必要な殺戮」を行わなくてはならない立場へと追い込まれていただろう。

 

 だが、その事を非難する気はグルックには無い。なぜなら、同じ立場なら自分は躊躇わずそうすると言う確証があるからだ。

 

「平和を維持するのに必要なのは、絶対的な強者が常に大きな力を持ち続ける事だ。その力と、人々へ齎す畏怖こそが、平和と秩序を維持するのに最も重要なのだと言う事を、あの女は全く理解していなかった。だからこそ、平和はかくも脆く崩れ去った」

 

 そう言うと、グルックは手元のコンソールを操作し、卓上のパネルにいくつかの画像を呼び出す。

 

 ザフト軍のロゴに続いて現れたのは、「DS」と言うロゴ。更にそれに続いて、いくつかの書き込みが続き、最後に新型機動兵器の設計図と思しき画像が出て来る。

 

 これらは皆、明日の世界を担う新たなる「力」である。

 

「世界の平和を維持するのは私だ。ラクス・クラインやギルバート・デュランダルなどと言う過去の亡霊ではない。この私なのだ。私が率いるプラントこそが、真に世界平和を実現し得る、唯一の存在なのだよ」

 

 自信に満ち溢れた声で、グルックは告げる。

 

「それよりも、頼んでいた件はどうなっているかね?」

「ああ、例のアレね」

 

 グルックの問いに、声の主は思い出したように手を打つ。

 

「ごめん、まだ判らないよ。どうやら、そうとう隠すのが上手だったらしくてね。こっちの情報網にもなかなか掛からないみたい。まったく、どこに雲隠れしたのやら」

「急げよ。これからの戦いに、アレの存在は絶対に必要なのだ。我らが、より高みへと導く為にな」

 

 そう言うとグルックは、画面に映し出された最後の画像へと目を向ける。

 

 そこには何か巨大な円盤状の構造物と、それに付随するコントロール施設のような物の画像が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミシェル・フラガは、少々呆れる思いで、目の前の少女と顔を突き合わせていた。

 

 ミシェルの目の前で、にこにこと笑いながら座っている少女はナナミ・フラガ。ミシェルの1つ下の妹に当たる。

 

 妹が士官学校を卒業して、本格的に軍務についた事は知っていたが、まさか自分と同じ艦に配属される事になるとは思っても見なかった。

 

「まさか、お前と同じ職場になるなんてな」

「またまた、照れちゃって、お兄。ほんとは可愛い妹と一緒に仕事ができて嬉しいくせに~」

「言ってろ馬鹿」

 

 兄をおちょくるように、ナナミはいたずらっぽい笑顔を向けてくる。対してミシェルは渋面を作って顔を逸らす。

 

 ムウに言わせれば「若い頃の母さんにだんだん似てきた」と言われる容姿を持つナナミ。

 

 確かに言われてみればナナミは最近、昔の子供っぽさが抜け、母譲りの美しさが現れ始めたように思える。体付きもモデルのよう、とまでは行かないものの健康的な魅力が出始めているのが、兄の目から見ても判る。

 

 しかしミシェルからすれば、ちょっとした仕草の中に子供っぽさが見て取れる妹の事を、放ってはおけないと言う気持ちもあった。

 

「出航時の操艦も、戦闘時における舵裁きも問題無い腕前だったこれからも宜しく頼むぞ」

「はいッ」

 

 そう言ったのは、居合わせたシュウジである。それに対して、ナナミも元気よく敬礼を返して返事をする。

 

 ナナミは操舵士として大和に乗り組む事になった。

 

 破格の大型艦でありながら、同時に屈指の高速戦艦でもある大和にとって操舵士の持つ役割と言うのは大きい。ナナミの存在が、今後の過酷な戦いを生き抜いていくうえでの鍵となるのは確実だった。

 

「任せてください。どーんと、大船に乗ったつもりで」

「いや、もともと『大船』だろうが」

 

 胸を張る妹の様子に、ミシェルはやれやれとばかりに肩を竦めて首を振る。

 

 初配属で最新鋭戦艦の操舵士を任されるのだから、ナナミの操艦の腕が非凡である事は間違いないだろう。

 

 流石は伝説にまで謳われている「不沈戦艦アークエンジェル」を指揮し、数々の激戦を生き残ってきた名艦長マリュー・フラガの娘と言うべきか。

 

 しかし、カノンに続いて2人目の姦し娘の登場、しかもしれが自分の妹だと言う事実に、ミシェルは頭痛を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 カノンとアリスが、視線の先で硬く抱擁を交わしているのが見える。

 

 その頃、ヒカルとカノンも、見送りに来ていたラキヤ、そしてアリスと別れの挨拶を交わしていた。

 

 敢えて、危険な戦場に戻ると言う、娘が下した決断に対して、ラキヤもアリスも複雑な思いを抱かずにはいられない事だろう。

 

 しかし彼等自身、10代の中盤にはもう軍人として戦場に立っていた身である。ならば、カノンの選択を否定する事はできなかった。

 

「カノンの事、頼むね」

 

 妻と娘の様子を眺めながら、ラキヤはヒカルにそう告げる。

 

「あの子、ああ見えて結構、気持ちが弱い所もあるから。それに、なんだかんだ言って、ヒカルの事頼りにしているみたいだし」

「ああ、判ってる」

 

 ラキヤの頼みに対して、ヒカルは深く飲み込みつつ頷きを返す。

 

 元より、共に戦うと決めた時点で、カノンの事は自分が守ると決めている。それは、共に戦うと決めた時点で、ヒカルが自らに課した責務でもあった。

 

 そんなヒカルだからこそ、ラキヤも、そしてアリスも、大切な娘を託せると考えたのだ。

 

 その時、

 

「ヒカル」

 

 背後から声を掛けられて、振り返る。

 

 するとそこには、レオスとリザのイフアレスタール兄妹が立っていた。

 

 だが、驚いた事に2人とも、オーブ軍の軍服に身を包んでいる。

 

「レオス、リザ、お前等、その格好!?」

 

 一瞬、何かのコスプレかと思ってしまったが、階級章とオーブ軍籍を表す徽章まで付けられている。間違いなく本物の軍服だった

 

「エヘヘ、どう、似合う?」

「あ、ああ、似合ってる・・・・・・じゃなくて!!」

 

 自慢げなリザの言葉に、思わず乗りかけるヒカル。

 

 確かに、小柄ながら整った容姿を持つリザは、軍服を着てもどこか人形のような可愛さがある。

 

 だが、今問題にすべきは断じて、そこでは無い。

 

「何で、お前等が軍服なんか着てるんだよッ 軍に入る心算なのか!?」

 

 ヒカルの口調は、どこか責めるような響きを含んでいる。

 

 自分達に何も言わず、いつの間にか軍に入る事を決めた2人に、苛立ちにも似た感情を持っていた。

 

「・・・・・・決めたんだ」

 

 そんなヒカルに対して、レオスは諭すように口を開いた。

 

「あの日、ヒカル達は俺達を守る為に戦ってくれた。だから俺達は生き残る事ができた。でもさ、そもそも北米は俺達の国だ。それを取り戻す為には、自分達も戦わなくちゃいけないってな」

「レオス・・・・・・・・・・・・」

 

 祖国を取り戻したいと思うレオスの気持ちは、故郷を失った事の無いヒカルには理解できない。

 

 しかし、その想いの強さはヒカルにも伝わってくる。なぜなら、ヒカル自身が強い思いを抱いて戦っているのだから。

 

 ヒカルとレオス。

 

 胸に秘めた思いは違えども、その魂に刻んだ決意の重さは、2人とも一緒だった。

 

「これはもう、後に引けないんじゃない。ヒカル?」

 

 振り返れば、いつの間に来たのか、カノンが覗き込むような仕草でヒカルを見上げてきている。

 

 少女の口元には笑みが浮かべられている。どうやら、ヒカルがどのような決断をするのか既に分かっていて、その答えを待っているようだ。

 

 見れば、ラキヤも、アリスも笑顔でヒカルを見詰めているのが見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 大きく息を吐くヒカル。

 

 そう、答など初めから決まっていたのだ。

 

 ならば、迷っている暇にも前に進まねばならなかった。

 

「判ったよ。全員纏めて俺が面倒見てやるッ お前ら全員、しっかりと俺に着いて来いよ!!」

 

 今、少年は新たなる空へ、大きく羽ばたこうとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-21「新たなる舞台」      終わり

 



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PHASE-22「交わらぬ瞳」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これでも、昔に比べればだいぶマシになった方であろう。

 

 音声のみの通信画像を見ながら、クーラン・フェイスは内心で苦笑を漏らしていた。

 

 Nジャマーの影響で、地球上はひどい通信障害を起こし、一時期は遠距離同士の通信は原始的な文書伝達に頼らざるを得ないときすらあったらしい。

 

 それに比べたら多少の制限があるとはいえ、無線による通信が復活しているのは大変な進歩だろう。

 

 もっとも今、クーランの通信相手が画面に顔を出していないのは、技術の問題ではなく、たんに向こうの都合によるものなのだが。

 

《じゃあ、攻撃は失敗した訳だ》

「ああ、残念ながらな。あのまま強行したとしても、こっちが無駄死にする事は目に見えていたからな。俺の判断で退かせてもらった」

 

 悪びれた様子も無く、クーランは相手に言った。

 

 先のハワイ攻撃において、デストロイ級機動兵器インフェルノを使用してハワイ基地を叩こうとしたクーラン。

 

 その目的は、オーブ軍のムウ・ラ・フラガ大将抹殺であった。

 

 オーブ軍の北米派兵推進者であるムウを殺害する事で、作戦の実行を遅延させようと言うのが狙いだったのだが、しかし結局、クーランの攻撃はオーブ軍の思わぬ反撃を受けて失敗してしまった。

 

《ま、仕方が無いね。他ならぬ君が言うんだから、撤退が妥当だったんでしょ》

 

 相手はあっけらかんとした調子で、クーランを許した。

 

 その様子に、クーランは苦笑する。持つべき物は、話に判る上司だろう。おかげでこちらは、それなりに楽しく仕事ができると言う物だ。

 

《それで、お願いしといた件はどうなった?》

「ああ、それなんだがな、朗報があるぜ」

 

 待ってましたとばかりに、クーランは話題を変えて説明に入る。

 

 ひとしきり説明した後、クーランは相手の様子を見るべく言葉を切った。

 

「・・・・・・てな感じなんだが、どうよ?」

《ふーん・・・・・・・・・・・・》

 

 ややあって、相手はポツリと言った。

 

《成程、北米統一戦線、か。これは確かに盲点だったね》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルが部屋のブザーを押すと、中からは談笑と共に返事が返って来たので、扉を開けて中へと入った。

 

 次の瞬間、

 

「うわっ 何だよ、これ!?」

 

 ヒカルは思わず声を上げた。

 

 部屋の中には、色とりどりの服が散乱し、目が痛くなるようなカラフルカラーになっていた。

 

「お前等、何やってんだよ?」

「あ、ヒカル」

 

 ベッドの上に座ったカノンとリザが、振り返ってヒカルに笑い掛けてきた。

 

 部隊編成を終え、ハワイを出航した大和は一路、その針路を北へと向けている。

 

 目的は、北米統一戦線への攻撃。当初の予定よりも大きく遅れる形になったが、大和隊はようやく本来の敵と対峙する事ができる訳である。

 

 勿論、その行動の本来の目的は囮である。

 

 現在、オーブ本国では主力軍の出撃準備が完了しつつある。その目的を隠匿する為の限定的な攻勢である。その支援の為に、大和隊を含む複数の小規模部隊が、現在も活動中である。

 

 オーブ軍、と言うより共和連合軍の目的は、あくまでも北米解放軍の撃滅である。

 

 因みに今回の出撃に際し、大和隊の面々は北米での功績により、全員が一階級昇進を果たしていた。

 

 これにより、部隊長であるシュウジは二佐、リィスは三佐、ミシェルは一尉、ヒカルとカノンは三尉になっていた。

 

 因みに新規編入のイフアレスタール兄妹は、パイロット適性を認められたレオスが三尉、オペレーター配属となったリザが二等兵となっていた。

 

 そんな中、カノンとリザは歳も同じと言う事で相部屋になっていた。

 

「見て見てヒカル。ママがね、あたしの服持って来てくれといたんだ」

 

 そう言ってカノンは嬉しそうに、お気に入りのワンピースを広げて見せる。

 

 流石は母親と言うべきか、アリスはカノンが欲しい物をよく把握しているようだ。

 

 制式に入隊が認められ軍艦の中にあっても、カノンも年頃の女の子である。自分を可愛く見せたいと言う欲求は一般人と変わらない。そこらへん、あまり着る物に気を使わないヒカルとは大違いである。

 

「どうでも良いけど、これ、ちゃんと片付けろよな」

「判ってる判ってる。あ、ザッチには、これとか似合うんじゃないかな?」

 

 ザッチ、と言うのは、カノンがリザに付けた渾名である。また珍妙なあだ名を付けた物であるが、当のリザ本人は、特に気にしている様子も無かった。

 

 そのザッチこと、リザ・イフアレスタールは、カノンの掲げた服を見て、首をかしげている。

 

「うーん、そうかも。けど、これ私には大きいような・・・・・・」

 

 ヒカルはそんな少女達のやり取りを見て苦笑しながら視線を逸らし、

 

 そして顔を赤くしながら、慌てて元に戻した。

 

 机の上に数枚の下着が、無造作に置かれているのが目に入ってしまったからだ。

 

 そんな物、目の付く場所に置いとくなよ!! と心の中で叫びながら、チラッと様子を伺うと、カノンとリザはヒカルの様子に気付く事無く談笑を続けているのが見えた。

 

「じゃあ、俺行くわ」

 

 本当は、暇つぶしにカノンとゲームでもしようかと思ったのだが、どうやら2人で遊ぶのに忙しいみたいなので遠慮する事にした。流石に女子2人の中に男が入って行くのは躊躇われたのだ。

 

 出て行くヒカルの後姿を、カノンは怪訝な面持ちで見送る。

 

「ヒカル、何しに来たんだろ?」

 

 てっきり、休憩時間だから遊びに来たとでも思ったのだが、来たと思ったらすぐに出て行った幼馴染の行動が、カノンには意味不明だった。

 

 そんなカノンの様子を見て、リザは首をかしげる。

 

「もしかして、私、お邪魔だった?」

「え、何で? 別にそんな事無いよ。それよりほら、着て見ようよ」

 

 そう言って服を手に嬉々とした表情を浮かべるカノンを、リザは不思議そうな眼差しで見詰めていた。

 

 

 

 

 

「まさか、あなたまでついて来るなんて・・・・・・」

 

 困惑と驚き、そして若干の非難も滲ませた声を、リィスは呟く。

 

 北米統一戦線との決戦に向かう大和の中にあって、リィスには聊か予想外の事が起きていた。

 

 なぜか艦内に、アラン・グラディスの姿があったのだ。

 

 プラントの連絡官として派遣されたアランは、本来なら第1次フロリダ会戦が終了した時点で任務完了となり、船を降りていなくてはならないはずである。

 

 しかしアランは、さも当然と言わんばかりに今回の航程にも同行していた。

 

「まだ、お茶の約束を果たしてもらっていませんから」

「それ、本気で言ってます?」

 

 肩を竦めて言うアランに対して、リィスはジト目になって尋ねる。

 

 対して、

 

「勿論、冗談ですよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 何事も無いかのように肩を竦めるアランに対し、リィスはガックリと肩を落とした。

 

 何と言うか、これまでアランに抱いていたイメージが、ガラガラと崩れていくようだった。

 

「私、グラディス連絡官は、もう少し真面目な方だと思っていたんですけど?」

「・・・・・・なかなかひどい言われようですね」

 

 リィスの物言いにげんなりしつつも、アランは肩をすくめて見せる。

 

「実際の話、これも本国からの指示なんです」

 

 アランとしては、リィスとお茶がしたいが為だけに、図々しくも大和に同乗した訳ではない(それも理由の一つではあるが)。

 

 ムウ・ラ・フラガ大将提唱による今回の作戦に際し、オーブ軍の動きと連動させる為に、プラントは再びアランを連絡官として大和に留任させたのだった。

 

「そういう訳なんで、今後ともよろしくお願いします」

「はあ・・・・・・」

 

 何とも拍子抜けした調子で、リィスは返事を返す。

 

 正直なところ大和の再出撃が決まった時点で、もうアランと会う事は無いだろうと考えていただけに、肩すかしをくらったような気分になっていた。

 

 その時、

 

《間もなく、作戦空域に突入します。パイロット各位は搭乗機にて待機してください》

 

 スピーカーから、オペレーターの声が聞こえてくる。

 

 どうやら、作戦予定空域へと大和は近付きつつあるらしい。ここから先は北米統一戦線の襲撃に備える為にも、パイロットは戦闘準備状態を維持する必要があった。

 

「では、私は行きます」

「はい・・・・・・あ、ヒビキ三佐」

 

 踵を返そうとするリィスを、アランは呼びとめた。

 

 振り返るリィス。

 

 そこで、ハッと動きを止めた。

 

 視界の先にいるアランが浮かべる柔らかい笑顔に、ふと目を奪われてしまったのだ。

 

「帰って来たら、お茶の約束、果たしてもらいますよ」

「・・・・・・は、はい」

 

 慌てて返事をすると、踵を返して足早にパイロット待機所へと向かうリィス。

 

 その頬は、何故か必要以上に熱くなっているような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラスカは、かつて地球連合軍の本拠地が置かれていた。

 

 JOSH-Aと呼ばれた地球連合軍本部は、完全地下構造になっており、硬い岩盤と分厚いべトンによって防護され、核攻撃を含む如何なる攻撃でも破壊は不可能とさえ言われていた。

 

 しかしCE71に起こったザフト軍の侵攻作戦「オペレーション・スピットブレイク」により壊滅、地下構造体を含む全ての施設が崩壊した。

 

 公式発表では、JOSH-Aの崩壊はザフト軍の新兵器によるものとされ、現在に至るまで、その定説は覆されていない。

 

 しかし実際には、ザフト軍の奇襲を事前につかんでいた地球連合軍が、大量破壊兵器サイクロプスを使用した自爆攻撃を敢行した結果である事は、ごく一部の生存者の中で知られている事である。

 

 同盟軍の部隊すら、事前通告も無しに囮に使用して行われた作戦は、長く大西洋連邦の機密文書として厳重に封印されていたが、連邦崩壊の混乱の中で保管記録も失われ、今や完全に歴史の闇の中へと埋もれてしまったと言って良かった。

 

 JOSH-A跡は現在、サイクロプス爆発の余波で巨大な空洞と化し、地下施設も崩れた岩盤の下に埋もれ、内部を調査するのは事実上不可能と言われている。

 

 そのような事情がある為、地球連合軍は、その2年後に起こったユニウス戦役時には既に、全ての司令部機能をアイスランドのヘブンズベースへと移し、そこで対ザフト戦争の指揮を継続した。

 

 戦略的な価値は薄く、ある意味、歴史から見捨てられた土地と言っても過言ではない旧アラスカ基地。

 

 だからこそ、武装組織の根城としては最適だったわけである。

 

 北米統一戦線は現在、このJOSH-A跡地に拠点を建設し、ベーリング海から太平洋北部にかけてのラインを警戒する監視所として使用していた。

 

 ただし、基地戦力はそれほど多いとは言い難い。

 

 元々が寡兵の北米統一戦線である。主力部隊の体裁を維持する意味合いでも、末端の部隊にはあまり多くの戦力を避けないのが実情だった。

 

 しかし、それでも、この旧JOSH-A跡地に建設された基地の重要度は、北米統一戦線にとって無視できない物がある。

 

 ここより僅かに北方へ行った場所には、北米統一戦線が唯一保有するシャトルの発着場も存在する。そこを失えば、統一戦線は宇宙との往来ができなくなってしまう。

 

 その事を考えれば、旧JOSH-Aの価値も無視はできないだろう。

 

 セレスティを中心とした大和の艦載機部隊は、そのJOSH-A跡へと迫りつつあった。

 

 そのセレスティは今回、F装備での出撃となっている。

 

 ヒカル的には、接近戦武装であるS装備に愛着を覚えているのだが、今回は部隊での出撃であるから、場合によっては味方の援護も行う必要がある為、砲撃力に優れるF装備は最適だった。

 

《ヒカル》

 

 通信機に、少年の声が聞こえてくる。

 

 相手は、セレスティの右前を飛行するイザヨイからだった。

 

「レオス、どうした?」

《何かあったら、掩護よろしくな》

 

 レオスは今回が初陣となる。

 

 テストでは高い適性を示したが、実戦となると訓練や試験の通りに行かない事が多い。それ故に不安もあるのだろう。

 

《レオス、君は俺の援護に着け》

 

 2人の会話を聞いていたのだろう。ミシェルがリアディス・ツヴァイを寄せて話に加わってきた。

 

 今回の作戦において、ミシェルは別働隊指揮官を担っている。リィスが率いる本隊が敵の目を引き付けている内に、ミシェルが敵拠点に突入するのが狙いである。

 

《俺がフォワードで突っ込むから、後方から射撃で掩護を頼む!!》

《了解です。じゃあヒカル、また後で!!》

「ああ、頑張れよ!!」

 

 そう言うと、ミシェルのイザヨイが後方に下がって行くのが見える。リアディス・ツヴァイを掩護できる位置に移動したのだろう。

 

 セレスティとリアディスが3機、そしてレオス機を含むイザヨイ6機。これが、大和の持つ全機動戦戦力である。

 

《各機に次ぐ!!》

 

 先頭を進むリアディアス・アイン、リィスから通信が入った。

 

《間も無く、攻撃予定地点に入る。全機、散開しつつ敵拠点への攻撃に移れ!!》

 

 リィスが命令を飛ばした瞬間、

 

 センサーが、こちらに向かって接近してくる熱紋を捉えた。

 

 海上を、こちらに向けて真っ直ぐに向かってくる複数の機体。

 

 鋭角的なフォルムが俊敏な印象を受ける機体は、北米統一戦線が主力機にしているジェガンに間違いなかった。

 

《各機、散開しつつ攻撃開始。ミシェル君、基地攻撃隊の指揮は任せる!!》

《了解ィ!!》

 

 リィスの命令を受け、大和隊は二手に分かれる。

 

 ミシェルのツヴァイと、カノンのドライを中心にした部隊は、大きく迂回する形で敵基地へと向かう一方、ヒカルのセレスティとリィスのアインを中心にした部隊は速度を上げて敵部隊へと向かう。

 

「行くぞ!!」

 

 先頭に躍り出たヒカルは、ビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開、5連装フルバーストを叩き付ける。

 

 たちまち、ジェットストライカーを装備した3機のジェガンが、直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 その掩護射撃の下、リィス達も突撃していく。

 

 仲間の死をも厭わず、突撃してくるジェガン。

 

 ビームカービンから放たれる火線を回避したリィスは、錐揉みするように機体を急降下させると、そのまま海面スレスレで引き起こし、スラスターを全開にする。

 

 立ち上る水柱を後方に見ながら、一気に距離を詰める。

 

 一瞬、怯んだ調子を見せるジェガン。

 

 その隙に抜き放ったビームライフルで、リィスは1機のジェガンのコックピットを破壊して撃墜する。

 

 ジェガン隊の一部は、側方を迂回しようとしているミシェル隊に追いすがろうとする。

 

 しかし、

 

「行かせるかよ!!」

 

 ヒカルのセレスティは、8枚の蒼翼を羽ばたかせて追いすがると、腰からビームサーベルを抜き放って一閃、ジェガン1機の胴を斬り裂いて撃墜する。

 

 セレスティの接近により、陣形を乱されたジェガン隊。

 

 そこへ、追いついてきたイザヨイ隊も攻撃に加わる。

 

 イザヨイ3機は、モビルスーツ形態に変形しながらビームライフルを構えて撃ち放つ。

 

 対抗するように、ビームカービンを振り翳すジェガン。

 

 しかし、立ち上がりを制されたせいで、ジェガン隊の攻撃は散発的になってしまっている。

 

 彼等は僅かな間に抵抗を示したのち、次々と討ち取られていった。

 

 

 

 

 

 一方、リィス率いる本隊から先行する形になったミシェル率いる別働隊は、ほとんど無人の海上を疾走して、統一戦線の基地へと迫っていた。

 

 前方には巨大なクレーター状の窪地があり、そこに海水が満たされる事で、一種の湖のようになっている場所がある。

 

 そこはかつて、地球連合軍本部JOSH-Aに通じるメインゲートが存在した場所である。

 

 奇しくもヒカルやミシェルの両親は、ここを戦場にして押し迫るザフトの大群と死闘を演じた。

 

 親たちが戦った古戦場に、その子供達が再び立っていると言う事には、ある種の歴史的皮肉を感じてしまう。

 

 だが、当のミシェルはそのようなこと知る由も無く、部隊の先頭に立って突き進んでいく。

 

 ミシェル隊が基地に接近すると、それを待っていたかのように海岸線から砲火が撃ち上げられてきた。

 

《チッ やっぱり待ち構えていたか!!》

 

 ミシェルは砲撃を回避しながら舌打ちを漏らす。

 

 北米統一戦線も馬鹿ではない。全部隊を迎撃に回して、基地の警戒を疎かにするような真似はしなかった。

 

 見れば固定の砲座に加えて、数機のジェガンの姿も見せる。皆、こちらを迎え撃つ為にランチャーストライカーを装備、射程の長いアグニで砲撃を仕掛けてくる。

 

「任せて!!」

 

 凛とした声と共に、カノンのリアディス・ドライが前へと出る。

 

 速度を上げたドライが、肩のビームガトリング、腰部ビームキャノン、右手のビームライフル、そして各種ミサイルランチャーを展開、一斉攻撃を仕掛ける。

 

 放たれたドライの攻撃は、次々と海岸線のラインに着弾して吹き飛ばしていく。

 

 統一戦線側の防御砲火に一瞬の隙が生じる。

 

 あまりに圧倒的な攻撃を前に、ジェガン部隊も動きを止めた。

 

 その隙を突き、ミシェルがムラマサ対艦刀2本を引き抜いて斬り込んだ。

 

「どりゃァァァァァァ!!」

 

 威勢のいい掛け声と共に、2本の刀を振り翳すミシェル。

 

 ジェガン隊も自分達に接近してくる赤い機体に気付いて、とっさに目標を変更しようと動く。

 

 しかし、ある程度まで接近してしまえば、砲撃よりも斬撃の方が機敏に動ける分優位となる。ましてや、彼等が装備しているアグニは、遠距離攻撃に主眼を置く武装である。砲撃戦では強いが、中距離以内で用いるには、その長砲身はデッドウェイトになりがちだった。

 

 ミシェルは砲撃を回避しながら飛び込むと、1機のジェガンを袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 慌てたように、機体を振り返らせようとするジェガンが右手に見えた瞬間、

 

「やらせるかよ!!」

 

 振り向きざまに剣を振り翳し、胴切りに斬り捨てた。

 

 上空では、レオスの駆るイザヨイがモビルスーツ形態に変形し、ビームライフルで砲撃を仕掛けている。

 

 その様子を見て、ミシェルはフッと笑みを漏らした。

 

 安堵の溜息である。どうやら当初の心配は杞憂だったようで、レオスは初めての戦闘にも臆することなく戦って見せていた。

 

 他のイザヨイも、基地上空に到着すると次々と対地攻撃用のミサイルを切り離し、施設に対して攻撃を開始している。

 

 燃料タンクが破壊されて炎上し、格納庫と思しき建物が吹き飛ばされる。

 

 そこへ更に、カノンのリアディス・ドライも加わって、基地施設へ攻撃を行う。

 

 基地を守るべき戦力が失われ、戦場の支配権は大和隊が握りつつある。

 

 このまま押し切る事ができるか?

 

 そう思った次の瞬間、接近してくる新たな機影を捉えた。

 

 かなり速い。それは探知範囲外から、一気に迫ってくる。

 

「こいつは・・・・・・デスティニー!? いや・・・・・・」

 

 ミシェルの視界に踊り込む炎の翼。

 

 しかし、その姿はデスティニーではない。炎の翼と言う共通点はあるが、四肢はすっきりとして武装もシンプルである。

 

「これ以上はやらせん」

 

 ストームアーテルのコックピットで、アステルは低い声で呟くと、リアディス・ツヴァイに向けてライフルモードのレーヴァテインを撃ち放つ。

 

 アステルの鋭い眼差しは、一瞬にしてリアディス・ツヴァイが指揮官機である事を見抜いたのだ。

 

 ミシェルはその攻撃を、シールドを翳して防御。逆にライフルで応射しつつストームアーテルの接近を阻もうとする。

 

 リアディス・ツヴァイとストームアーテルは、暫くの間、互いに旋回しながら激しい砲撃の応酬を繰り返す。

 

 しかし、砲撃の威力、連射速度共に勝るストームアーテルが、時間を追うごとに徐々に優位に立ち始めた。

 

「クソッ 砲撃戦じゃ分が悪いか!!」

 

 元々、ブレードストライカー装備のツヴァイは、砲撃力に優れると言う訳ではない。

 

 ミシェルとしては、どうにかして自分の有利な距離で戦いたいところだった。

 

 その時、

 

《掩護するよ、ミシェル君!!》

《こっちもです!!》

 

 カノンのリアディス・ドライと、レオスのイザヨイが、苦戦するミシェルを掩護するように、ストームアーテルに対して砲撃を浴びせる。

 

 2機分の火力を叩き付けられたせいで、さしものアステルも動きを鈍らせた。

 

「ありがとよッ 2人とも!!」

 

 2人が稼いでくれた時間を有効に活用すべく、ミシェルはムラマサを抜き放ってストームへと斬り掛かる。

 

 一方のアステルは、リアディス・ドライとイザヨイからの攻撃を、最小限の動きで回避しつつ、その双眸は向かってくるリアディス・ツヴァイをしっかりと見据えている。

 

「来るかッ」

 

 低く呟きながら、レーヴァテインを対艦刀モードにしてツヴァイを迎え撃つ。

 

 状況は1対3だが、アステルは一切怯む事は無い。ただ、ストームのスラスターを全開にして向かっていくのみである。

 

 突っ込んでいくミシェル。

 

 対抗するように、アステルは左腕のビームガンでリアディス・ツヴァイの動きを牽制しつつ、右手のレーヴァテインを振り上げる。

 

「クソッ!?」

 

 袈裟懸けに繰り出される大剣の一撃を辛うじて回避しつつ、舌打ちするミシェル。

 

 ストームアーテルからの攻撃で、僅かに体勢が崩れたツヴァイをどうにか立て直そうとする。

 

 そこへ、ストームアーテルがさらに踏み込んで斬り掛かってきた。

 

 アステルは、ここで一気にトドメを刺すつもりなのだ。

 

「回避は、ダメかッ!!」

 

 弾くように呟きながら、ミシェルはとっさにシールドを掲げてストームアーテルの攻撃を防御する。

 

 火花を散らす大剣と盾。

 

 ビーム刃がラミネートによって散らされ、スパークが一瞬、視界を白色に焼く。

 

「チッ しぶといな」

 

 アステルは舌打ちを漏らすと、激突の反動を利用して後退。同時にレーヴァテインを対艦刀モードにして構える。

 

 だが、アステルはトリガーを引く事ができない。

 

 その前に、レオスとカノンがミシェルの援護に入って砲撃を行ったのだ。

 

 2機分の火力が、ストームアーテルに襲い掛かる。

 

 しかし、それらの攻撃をアステルは、炎の翼を羽ばたかせ、苦も無く回避していく。

 

 一切の無駄を省き、必要最小限の動きで機体を操る様は、ある意味華麗ですらある。

 

 そのストームアーテルの姿に、対峙するミシェルは思わず口笛を吹く。

 

「やるじゃないのッ だがな!!」

 

 動きを止めたストームアーテルに対して、双剣を構え直して斬り掛かって行くミシェル。

 

 その口元には、不敵な笑みが浮かべられている。

 

 強敵との戦闘は胸躍る物がある。たとえそれが、戦争と言う過酷で残酷な環境にあっても。

 

 救いがたい性ではあるが、ミシェルの中である意味、矛盾を来す感情は確かに存在していた。

 

 対抗するように、アステルもレーヴァテインを再び対艦刀モードにすると、両手持ちで構え斬り掛かって行った。

 

 

 

 

 

 ミシェル隊がアステルとの交戦を開始した頃、

 

 リィス率いる本隊は、北米統一戦線が抱えるもう1人の「象徴」と対峙していた。

 

 蒼空に深紅の翼を広げて、真っ直ぐに向かってくる機体。

 

 言うまでもなく、スパイラルデスティニーである。

 

「レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 炎の翼を広げて降下してくるデスティニーを見据え、ヒカルは親友の本名を呟く。

 

 あの、第1次フロリダ会戦の後、一晩を共にして以来の接触となる。

 

 あの時ヒカルは、レミリアと腹を割って話し合い、多少なりとも互いの立場を分かり合えたと思っている。

 

 しかし今、再び少年と少女は敵同士となって戦場で対峙している。

 

 否、判り合えたからこそ、と言うべきかもしれない。

 

 互いの立場が分かったからこそ、ヒカルとレミリアは敵同士にならなくてはならなかったのかもしれない。

 

 次の瞬間、

 

 スパイラルデスティニーは、速度を上げて一気に襲い掛かって来た。

 

《各機・・・・・・・・・・・・》

 

 リィスが何かの命令を下そうとする。

 

 しかし、それを待たずにヒカルは動いていた。

 

 8枚の蒼翼を広げると、スラスターを全開。急上昇しながらスパイラルデスティニーへと向かっていく。

 

 その姿に、レミリアの方も気付いたのだろう。迎え撃つように砲門を開いて来る。

 

 両肩の3連装バラエーナ、腰の連装レールガン、そして両手に把持したビームライフル。

 

 アサルトドラグーンを除く、全火砲でもってセレスティの接近を阻もうとする。

 

 対して、ヒカルは巧みな機動でスパイラルデスティニーの砲撃をすり抜けると、バラエーナで牽制の砲撃を仕掛けながら同じ高度まで急上昇する。

 

 振り上げたビームサーベルを、勢いに任せて振り下ろすセレスティ。

 

 その光刃を、スパイラルデスティニーはビームシールドを展開して防ぐ。

 

《やっぱり来たんだ、ヒカル》

「レミリア!!」

 

 どこか諦念を滲ませたような呟きを洩らすレミリアに対して、ヒカルは苦渋をにじませた声で叫ぶ。

 

《できれば、ヒカルには来てもらいたくなかったんだけど、けど仕方ないよね》

 

 ヒカルはオーブ軍、レミリアは北米統一戦線。

 

 互いの立場はどこまで行っても平行線をたどり、決して交わる事は無い。

 

「剣を引け、レミルッ いや、レミリア!! 俺は、お前とは・・・・・・」

《それは今更だよ、ヒカル》

 

 レミリアの声は、殊更に冷たい。

 

 弾かれるように距離を置く両者。

 

 同時にレミリアは、翼から8基のアサルトドラグーンを射出。セレスティへと向かわせる。

 

《ボクは、君を撃つよ。ヒカル!!》

「レミリア!!」

《殺されたくなかったら、君も全力で来るんだね!!》

 

 アサルトドラグーンがセレスティを包囲。同時に光の檻を形成するように砲撃を仕掛けてくる。

 

 対してヒカルは8枚の蒼翼を羽ばたかせ、辛うじてドラグーンの攻撃を回避。同時にビームライフルを構えてスパイラルデスティニー本体を狙う。

 

 フルバーストを展開している余裕はない。ここは速射力に優れるビームライフルによる攻撃に専念するしかなかった。

 

 だが、そんなヒカルの窮状を見透かしたように、レミリアはビームシールドを展開してセレスティの攻撃を防御すると、連装レールガンと3連装バラエーナを展開して、10門による砲撃を加えてくる。

 

 その攻撃を、高度を急激に落としながら辛うじて回避するセレスティ。

 

 しかしレミリアは、ヒカルに息を吐かせるつもりはない。

 

 回避運動を行うセレスティに対して、更にアサルトドラグーンも再び近付いて来るのが見える。

 

《ヒカル。君個人の事、ボクは嫌いじゃないよ》

 

 砲撃を仕掛けながら、レミリアが語りかけてくる。

 

《別の出会い方をしていたら、もしかしたらボク達は、もっと判り合えたかもしれない》

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 レミリアの言葉に、ヒカルは次の言葉がつながらない。

 

 無意味な想定だと判っていても、考えずにはいられない。

 

 自分とレミリアが味方同士だったら?

 

 いや、そんな殺伐としたものでなくて良い。せめて、民間人で、普通の少年少女として出会えていたら、

 

 少なくとも、こんな場所で互いに銃口を向け合うようななかにはなっていなかったはずだ。

 

《けど、結局のところ、これがボク達の運命だったんだ!!》

 

 次の瞬間、レミリアの中でSEEDが弾けた。

 

 言い放つと同時に、ミストルティン対艦刀を両腰から抜き放つレミリア。

 

 同時に緋色の翼をいっぱいに広げ、スパイラルデスティニーはセレスティ目がけて突撃してくる。

 

「ッ!?」

 

 とっさにビームライフルを放って牽制しようとするヒカル。

 

 しかし、当たらない。

 

 レミリアは虚像を織り交ぜてヒカルの視覚を攪乱すると、そのまま滑り込むように距離を詰めてきた。

 

《だから、終わらせるッ 君とボク、交わった運命を、今日ここで!!》

「そんな、勝手な理屈!!」

 

 振るわれる双剣の斬撃。

 

 その連撃に対して、シールドを翳して防御するセレスティ。

 

 しかし次の瞬間、そのシールドが真っ二つに叩き斬られる。

 

 シールドの陰から、現れるスパイラルデスティニーの機影。

 

《これで、終わりだ!!》

「まだだ!!」

 

 とっさに、シールドをパージするヒカル。同時に左手で逆手にビームサーベルを抜き放ち、居合のように斬り上げる。

 

 振るわれる斬撃は、今にも振り下ろされようとしていたミストルティン1本を叩き折った。

 

 更に追撃を、

 

 そう思ってビームサーベルを構え直そうとするヒカル。

 

 しかし次の瞬間、スパイラルデスティニーの右掌が発光するのが見えた。

 

 パルマ・フィオキーナ掌底ビーム砲だ。

 

 セレスティに対し、更に距離を詰めるスパイラルデスティニー。

 

 距離は完全にゼロ。

 

 回避はできない。

 

 そして、シールドを失ったセレスティには防御の手段も無い。

 

 これで終わり。

 

 そう思った時、

 

《ヒカルは、やらせない!!》

 

 スラスターの噴射炎を引きながら、青い装甲の機体が割り込んで来た。

 

 リィスのリアディス・アインだ。

 

 スパイラルデスティニーが翳したパルマ・フィオキーナに対して、リィスはとっさにシールドで防御しようとする。

 

 ぶつかり合うデスティニーとリアディス。

 

 パルマ・フィオキーナの閃光が、ラミネートのシールド表面で拡散する。

 

 同時に後退する両者。

 

 リィスの眼差しは、新たな敵に対応する為に反転しようとするスパイラルデスティニーの姿が映っている。

 

 相手は北米統一戦線最強の存在だ。並みの力では返り討ちに遭うのは必定である。

 

 向かってくるスパイラルデスティニー。

 

 対抗するように、リィスもスラスターを吹かして向かっていく。

 

「・・・・・・・・・・・・この力、私は、お父さんやお母さんほどには、上手には使えないかもしれない」

 

 自身の内に眠る別の存在へと語りかけるように、リィスは言葉を紡ぐ。

 

「けどッ 今は大切な弟を守る為に、私はこの力を使う!!」

 

 言い放った瞬間、リィスの中でSEEDが弾けた。

 

 速度を増すリアディス・アイン。

 

 斬り込んで来たスパイラルデスティニーのミストルティンをシールドで弾き、逆に自身がビームサーベルを繰り出す。

 

「何だッ こいつ、急に!!」

 

 驚愕しつつ、機体を後退させようとするレミリア。

 

 しかし、

 

「遅い!!」

 

 一瞬の加速で追いすがったリィスは、リアディスのビームサーベルを一閃する。

 

 その一撃は、スパイラルデスティニーが把持する、もう一本のミストルティンを根元から斬り飛ばす。

 

「チッ!?」

 

 レミリアは舌打ちしながらミストルティンの柄をパージ。そのまま紅炎翼を羽ばたかせると、一気にリアディス・アインから距離を置く。

 

 それを追うリィス。

 

「逃がすか!!」

 

 フルスピードから、一気にビームサーベルを繰り出す。

 

 これで終わらせる。

 

 必殺の想いと共に繰り出されたビームサーベルは、立ち尽くすスパイラルデスティニーの胴を薙ぎ払い、

 

 そして手ごたえの無いまま通過してしまった。

 

「虚像ッ しまッ・・・・・・」

 

 リィスが気付いた時には、既に遅かった。

 

 リアディス・アインの背後から、パルマ・フィオキーナを翳したスパイラルデスティニーが迫る。

 

 光学虚像を使用してリィスの照準を攪乱したレミリアは、その間にリアディス・アインの背後に回り込んだのだ。

 

 殆ど反射的に、シールドを翳して防御するリィス。

 

 そこへ、スパイラルデスティニーのパルマ・フィオキーナが激突した。

 

 ビームはラミネート装甲に拡散され、激しくスパークをまき散らす。

 

 一瞬、拮抗する両者。

 

 しかし次の瞬間、

 

 あまりの威力に耐えかねたリアディス・アインのシールドが粉砕される。

 

「あっ!?」

 

 目を見開くリィス。

 

 バランスを崩すリアディス・アイン。

 

 その姿を見据え、

 

「よくも、邪魔を!!」

 

 レミリアは、スパイラルデスティニーの腰に装備したビームサーベルを抜き放つ。

 

 一閃される刃が、リアディス・アインへと迫る。

 

「リィス姉!!」

 

 ヒカルが悲痛な叫びを発する中、

 

 スパイラルデスティニーが振るった斬撃は、リアディス・アインの機体を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 踊る爆炎。

 

 赤々と立ち上る炎。

 

 その中で、

 

 リィスの意識は、強制的に断ち切られた。

 

 

 

 

 

PHASE-22「交わらぬ瞳」      終わり

 



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PHASE-23「偏愛の影」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、アンブレアス・グルックは、とある客の来訪を受けていた。

 

 もっとも、プラントの代表である彼にとって、客が来る事自体は珍しくない。自身が政権首座を務めるグルック派の閣僚や、政財界の重鎮など、スケジュールは5年先まで分刻みで埋まっている。

 

 それでも敢えて印象に残せるのは、今日の客が、あまりにも「奇妙」だったせいだろう。

 

 1人は、大柄な体格をした男性。年齢は50近く見える。顔の下半分を覆う濃い髭と、その下から見える爛々と輝く双眸が特徴的である。

 

 もう1人の方は、更に奇妙である。

 

 フード付きの外套で体をすっぽり覆い、顔の上半分を銀色の仮面で覆っている為、その表情を伺う事はできない。唯一、口元だけは見えている為、それで女性だと判るくらいである。

 

 2人に共通して言えるのは、両者とも、何かしら自身の中で悟った物を持つ「聖者」の如く、泰然自若とした態度を崩そうとしない、と言う事だった。

 

 遅れて部屋に入ってきたグルックは、2人を一瞥してから切り出した。

 

「それで、本日はどのような用件ですかな? ユニウス教団の幹部であるお二人が、わざわざ、お越しいただくとは」

 

 欧州全域を事実上の支配下としているユニウス教団の事は無論、グルックも知っている。

 

 正直なところグルックとしては、欧州に対する介入に関しては出遅れた事を認めざるを得ない。

 

 カーディナル戦役後、共和連合と地球連合との間で協定が締結され、欧州は完全非武装地帯に設定されていたのだが、そのせいで双方とも、大規模な兵力を常駐する事ができなかったのだ。

 

 それでも、最低限の監視部隊を置く必要があった為、ザフト軍はジブラルタルを、地球軍はスエズとウラル要塞基地を維持し続けていたのだが、その戦力を持って欧州を武力支配する事は、双方とも禁じられていた。

 

 その間隙を突いたのがユニウス教団であった。

 

 身動きが取れない2大勢力を尻目に、ユニウス教団はここ数年、欧州で爆発的に信徒の数を増やし、一大勢力にまでなり上がっている。

 

 相手が国家や軍事組織であるなら、共和連合も地球連合もその動きを掣肘する事に躍起になっただろう。しかし、相手が個人の自由である宗教となると、如何ともしがたく、膨張するユニウス教団の様子を、ただ指を咥えてい見ているしかない。

 

 今や欧州は、事実上、ユニウス教団の支配地域と言っても過言ではなかった。

 

 今、グルックの目の前にいる2人は、そのユニウス教団において象徴とも言うべき人物たちである。

 

 男の方は、教団の信徒全てを統括する総代教主のアーガス。女は「聖女」と呼ばれ、信徒達からあがめられる存在だった。

 

「議長閣下の御活躍は、かねがね伺っております。その手腕たるや、彼のギルバート・デュランダルにも勝る物があるとか」

「お褒めにあずかり光栄ですな」

 

 アーガスの言葉に対して、グルックは微笑で応じる。しかし、その目は一切笑っていない。つまらない世辞は聞き飽きているし、何より、この時期にユニウス教団のトップ2人がわざわざ会いに来たと言う事に、グルックとしても不穏な物を感じていたのだ。

 

 目の前の2人が、何の用があってわざわざプラントまでやって来たのか、グルックはその真意を探ろうとしているのだ。

 

 それはアーガスの方でもわかっているのだろう。髭の下の目をスッと細めて、再び口を開いた。

 

「聞けば、先日、お国の軍が北米にて大敗を喫したとか?」

 

 いきなり大上段から切り出して来たものである。

 

 確かに、先の第1次フロリダ会戦において、ザフト軍を中心とした共和連合軍が大敗を喫したのは事実だったが、まさか宗教関係者からその話がいきなりであるとは思っていなかった。

 

 グルックは、内心で苦笑しながら続きを待つ。

 

「もし、宜しければ、我が教団としてもザフト軍のお手伝いをできれば、と思いまして参上した次第です」

「いや、教主殿」

 

 グルックはそこまで聞くと、アーガスの言葉を遮って口を開いた。

 

「折角ですが、布教については間に合っておりまして。我が軍としても、まだ神への信仰に縋って敵を倒そうなどと大それたことを考えてはおりません」

 

 グルックとしては、アーガスがザフト軍へのユニウス教団の教義布教を推し進めようとしている事を疑ったのだ。

 

 しかし、そんなグルックに対して、アーガスは柔らかい微笑で応じた。

 

「いや、議長閣下は、なかなかセンスの良い話術をお持ちのようだ」

 

 皮肉にも全く動じた様子はなく、アーガスは更に身を乗り出した。

 

「ご安心を、閣下。我が教団といたしましても、そのような野暮をするつもりはありません。しかし、より重要な意味で、議長閣下をお助けできるものと確信しております」

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 そこでようやく、グルックは興味が湧いたようにアーガス達を改めて見直す。どうやら、何かしら有益な取引ができるかもしれない、と期待していた。

 

 グルックの気を引く事に成功したと確信したのだろう。アーガスも更に確信に入った。

 

「来たる、新たなる攻勢の折には、我が教団の戦力を戦列にお加えいただきたい。我が精鋭であるならば、必ずや閣下にもご満足いただける活躍ができるものと確信しております」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アーガスの言葉に、グルックは沈黙を返した。

 

 ユニウス教団は宗教組織としての傍らで、聊か過剰とも思える防衛戦力を保持している事は周知の事実である。

 

 確かに、グルックは北米解放軍の支配領域に対する再度の進行を画策している。オーブ軍の北米派兵と合わせて、ザフト軍の大規模増援部隊の編成も進めていた。

 

 更に、別の作戦も同時並行で進めている。これらの作戦が成功すれば、プラントの支配体制はより強固な物となるだろう。

 

 しかし、その為には、現状の戦力だけでは不安があるのも事実である。

 

 そこに来て、教団の持つ戦力は確かに魅力である。彼等が味方してくれれば、戦力の不足を補って尚、お釣りがくると言う物だ。

 

 しかし、

 

「意外ですな。あなた達のような宗教関係者が、好んで紛争に介入するなどと」

「戦争を終わらせ、平和な世を作りたいと言う思いは誰でも共有するところです。まして、相手はテロリスト。社会の敵であり、許されざる者達です。鉄槌を下す事に躊躇いを覚えるべきではない、と言う思いは、私どものような卑賎の身であったとしても共通する思いです」

 

 断固たる信念を騙るように、アーガスは言い放つ。

 

 その根底で何を考えているかはわからない。

 

 と、そこで、それまで黙っていた聖女が、口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・全ては、唯一神の導きあるがままに」

 

 グルックは、初めて口を開いた聖女を、意外な面持ちで眺めいる。

 

 良く通る、美しい声音だ。まるで耳を包み込むような心地よさが湧いてくる。

 

 その声を聞きながら、グルックは自身の頭の内で、どのような方策を取るべきか計算を進めて行った。

 

 

 

 

 

 オーブ軍による旧JOSH―A奇襲作戦は、戦略的にはオーブ軍の勝利と言う形で終わった。

 

 北米統一戦線の支配下にあった旧JOSH―A跡の拠点は、徹底的な爆撃によって破壊され、基地機能を喪失。更に駐留機動戦力も大半を破壊され、在伯艦船の多くも撃沈された。

 

 これにより、元々少なかった北米統一戦線の戦力はさらに低下。その勢力圏は、大きく北へと後退する事となった。

 

 一方、勝利したオーブ軍所属の大和隊も、無傷とはいかなかった。

 

 戦闘序盤こそ一方的な戦闘を展開した大和隊だったが、後半には北米統一戦線最強戦力である、スパイラルデスティニーとストームアーテルが戦線に介入したのだ。

 

 これにより共和連合軍はイザヨイ2機を喪失、更には隊長機であるリアディス・アインも撃墜された。

 

 モビルスーツ隊隊長が撃墜された事のショックは大きい。

 

 リィス自身は辛うじて救出され一命は取り留めたものの、重傷を負い、未だに意識が戻ってはいなかった。

 

 重苦しい空気が大和を包み込む中、ヒカルは医務室のベッドの傍らに腰掛け、姉の寝顔を眺めていた。

 

 人口呼吸器を取り付けられ、頭に包帯を巻いたリィスは静かな寝息を立てている。

 

 寝顔自体は安定した物で、特に苦しがっている様子も無い。

 

 しかし、自分のミスで姉に怪我をさせてしまった事は、ヒカルの心に重くのしかかっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 握った拳を、ヒカルは力無い瞳で見つめている。

 

 あの時、レミリアを撃つ事を躊躇った自分。そのせいで、大切な姉、リィスが重傷を負う事態になってしまった。

 

 いわば、ヒカルが間接的に、リィスに傷を負わせたような物である。

 

 では、逆だったら良かったか? リィスを助ける為に、レミリアを殺せばよかったか?

 

「・・・・・・・・・・・・いや」

 

 それも絶対に違う。

 

 自分がレミリアを撃つ、などと言う事態を、ヒカルはまだ容認できずにいた。

 

 結局、自分の中途半端な態度が、先のような悲劇を生んだのではないか、と思ってしまう。

 

 医務室の扉が開き人が入ってくる気配があったのは、その時だった。

 

「あ、ヒカル君。また来てたんだ」

 

 アラン・グラディスは部屋の中に入ると、ヒカルがいる事にもさして驚いた様子を見せず話しかけてきた。

 

 リィスが収容されて以降、アランは暇を見付けては見舞いに来てくれている。その為、ヒカルと顔を合わせる機会は多かった。

 

「ちゃんと休めてる? パイロットは体が資本なんだから、無理しちゃダメだよ」

「・・・・・・判ってます」

 

 アランの言葉に、ヒカルは低い声で応じた。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 その瞳は、眠るリィスを苦しそうに見つめる。

 

 そんなヒカルに、アランは掛ける言葉が見つからない。

 

 姉を負傷させてしまったヒカルは、今は自分を責める事で自分を保てている状態である。

 

 そんなヒカルには、どんな言葉を掛けても慰めにはならないと感じていた。

 

「リィス姉と、俺、実は血が繋がってないんです」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルがポツリと漏らした言葉に、アランは驚愕の思いに捕らわれた。

 

 そんなアランを横目に見ながら、ヒカルは続ける。

 

「リィス姉は小さい頃、うちの両親に拾われて、それで養子縁組したんだって聞かされました。だから、俺達は血のつながらない姉弟なんです」

 

 ヒカルの言葉を、アランは意外そうな面持ちで聞いていた。

 

 初めて会った時から、ちょっと歳の離れた姉弟だと思ってはいたが、まさかそのような事情があったとは露とも思わなかった。

 

「両親が事故で死んでから、リィス姉は俺を必死で育ててくれた。そのリィス姉がこんな事になってしまって・・・・・・・・・・・・」

 

 その後は、言葉が続かなかった。

 

 自分がレミリアとの戦いを躊躇ってしまったばかりに、リィスに重傷を負わせてしまった事が、ヒカルの心に重くのしかかっていた。

 

「・・・・・・確かに、ヒビキ三佐がこんな事になったのは、君にも責任があったかも知れないね」

 

 ヒカルの言葉を聞き終えると、アランは穏やかな口調で口を開いた。

 

「でも、君のお姉さんは、きっと君の事を責めたりはしないと思うよ。それどころか、安心しているんじゃないかな?」

「・・・・・・え?」

 

 アランの言葉に、ヒカルはうつむいていた顔を上げる。

 

 リィスがなぜ、今の状況で安心しているのか? それがヒカルには理解できなかった。

 

「だって、ヒビキ三佐は君を守る為に怪我をしたんでしょ。なら、彼女はちゃんと、自分の思いをかなえる事ができたんだ。満足していないはずがないよ」

 

 これがもし、リィスの救援が間に合わず、逆にヒカルが負傷していたとしたら、リィスはひどい後悔に苛まれていただろう。

 

 だからリィスはきっと今、満足しているはずだ。大切な弟を自らの手で守る事ができて。

 

 その時、医務室のドアが勢い良く開かれて、小柄な人影が飛び込んできた。

 

「あ、ヒカル、やっぱりここにいた」

「カノン?」

 

 飛び込んできた年下の幼馴染に、思わず目を丸くするヒカル。

 

 そんなヒカルに構わず、カノンは駆け寄って来た。

 

「ほら、早く来なよ。ブリーフィング始まっちゃうよ!!」

「お、おいッ!?」

 

 そう言うと、カノンは強引にヒカルの腕を取って立たせる。

 

 間もなく大和隊は、北米統一戦線に対する第2弾攻撃を開始する事になる。その為の作戦説明が行われる時間だった。

 

 カノンに引っ張られていくヒカル。

 

 そんなヒカルに対して、笑顔で手を振りながら見送るアラン。

 

 対してヒカルもまた、苦笑にも似た笑みを返すのだった。

 

 2人が出て行ったのを見送ると、アランは改めてリィスに向き直った。

 

 静かに目を閉じて寝息を立てているリィス。

 

 人工呼吸器がなければ、まるで眠り姫のような美しさがある。

 

「・・・・・・・・・・・・早く、目を覚ましてくださいね。そうじゃないと、みんなが悲しみますから・・・・・・勿論、僕も」

 

 そう囁くと、アランはリィスの前髪を、そっと撫でた。

 

 

 

 

 

 ヒカルがブリーフィングルームに入ると、既に主だったメンバーは勢ぞろいしていた。ヒカルは一番最後である。

 

「遅いぞ」

「す、すみません」

 

 壇上で説明待ちをしているミシェルから叱責され、ヒカルは慌てて謝りながら、手招きしているレオスの隣の席に座る。

 

 後から入ってきたカノンは、ヒカルの更に隣へと腰を下ろした。

 

 2人が座るのを確認してから、ミシェルは説明に入った。

 

 リィスの負傷、戦線離脱により、モビルスーツ隊の指揮は次席指揮官のミシェルが継承する事になっていた。今回は、その初となるブリーフィングである。

 

「では、これより作戦の説明をする。俺達は先の戦いで北米統一戦線に対して、一定以上の打撃を与え、連中を大きく後退させる事に成功した。しかし、今さら言うまでも無く、我々の任務は本隊が北米に上陸するまで時間を稼ぐ事にある。その為、更なる攻勢が必要であると言う結論に達した」

 

 そう言うとミシェルは、傍らに座っているシュウジをチラッと見た。

 

 対してシュウジは、特に口を挟む事無く頷いて見せる。この場にあっては、全てミシェルに任せると言う事だった。

 

 現在、大和隊の他にも、オーブ軍所属の小規模機動部隊が複数、北米周辺に展開して活動を行っている。その目的は、本国で出撃の時を待っている、オーブ軍主力の動きを察知させないための攪乱行動に遭った。

 

「敵は現在、ここ」

 

 ミシェルは言いながら、指示棒でパネル状に投影された地図の一点を指す。場所的には丁度、旧JOSH-A跡の真北に位置している。距離的にもさほど離れていない事から、旧JOSH-Aは、この拠点を守る意味合いもあったのだろう。

 

「この場所にある拠点を防衛する為に、戦力を集中している」

「そこには何があるんですか?」

 

 イザヨイパイロットの1人が挙手して質問する。

 

 そこまでして北米統一戦線が守ろうとしているのだ。何か重要な拠点であると見て間違いは無い。

 

 ミシェルも、頷いて説明する。

 

「良い質問だ。ここには連中が保有する唯一のシャトル発着場がある。つまり、連中が持っている、唯一の宇宙への脱出経路だな。統一戦線は、この拠点を使用して宇宙にいる協力勢力と連絡を取り合っていたと思われる」

 

 確かに、それなら北米統一戦線が死力を尽くして守ろうとしている事も頷ける。言わば、彼等にとっての最重要拠点なのだから。

 

 では、今回の攻撃目標は、その拠点と言う事になるのだろうか?

 

「と、思うだろうが、ちょっと違うんだな」

 

 少しおどけたように言うミシェルの後を引き継ぐように、今まで黙っていたシュウジが口を開いた。

 

「今回、我々は敵の拠点に対して直接の攻撃は行わない。その代わり、連中が持つ後方支援能力を徹底的に破壊しようと思う」

 

 シュウジはそう言うと、地図の一点を指した。

 

「我々が目指すのは、この地点だ。ここを攻撃する事で、敵の継戦能力を破壊すると同時に、動揺を誘う。この場所には、敵拠点への物資補給の中継拠点があると言われている。ここを叩けば、北米統一戦線の継戦能力は一気に瓦解する事になる」

 

 現状、大和隊の戦力は、決して充実しているとは言い難い。

 

 だからこそ、シュウジは正面決戦を避けて、機動戦術で敵をかく乱する作戦に出たのだ。

 

「ヒビキ三尉」

「は、はいッ」

 

 突然、シュウジから声を掛けられ、ヒカルは上ずった返事を返す。

 

「敵はまた、スパイラルデスティニーを繰り出してくる可能性が高い。その相手を君に託したいが、できるか?」

 

 正直、今のヒカルではレミリアの相手は荷が重い。実力的にも、メンタル的にも。

 

 しかしリィスが倒れ、ミシェルが部隊の指揮を行わなくてはならない関係上、レミリアの相手を出来るのはヒカル以外にはありえなかった。

 

 今度こそ、躊躇う事は許されない。たとえ、レミリアを討つ事になったとしても。

 

「・・・・・・・・・・・・やります」

 

 決意を込めた眦で、ヒカルは頷きを返す。

 

 その横顔を、隣に座ったカノンは、心配そうな眼差しで眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 JOSH-A跡の戦いにおける痛手、という意味では、北米統一戦線の受けた傷は、大和隊のそれよりも大きかったと言える。

 

 ただでさえ少ない戦力と、貴重な人材の喪失。

 

 特に、主力機であるジェガンと、それを自在に操るパイロットを多数失った事は大きかった。

 

 今回の敗北により、北米統一戦線は全戦力の実に2割に当たる戦力を喪失。更に重要拠点であるJOSH-A跡を失った事で、南部に対する警戒ラインが大きく北側に後退する事となった。

 

 北米解放軍と違い、潤沢な後方支援システムを持たない北米統一戦線にとって、今回の敗北は壊滅的と言っても良かった。

 

 戦力の補充は、すぐには叶わない。

 

 しかし、敵はすぐにもやってきそうな状況である。

 

 北米統一戦線は、なけなしの戦力をかき集めて防衛戦の再構築を行わなくてはならない状況であった。

 

 そのような中、統一戦線における象徴とも言うべき少女は、暗く沈みこんでいた。

 

 レミリアはベッドに座ったまま、床をじっと眺めている。

 

 壁際のプレイヤーからは、お気に入りのラクス・クラインの曲が流れてきている。

 

 しかし大好きな曲なのに、レミリアは今、それを聞く余裕すら無かった。

 

 何をするでもなく、ただ落ち込んでいくだけの気分は、男装の少女を絡め取って引きずり込んでいた。

 

 思い出すのは、先の戦いの終盤。

 

 ヒカルの駆るセレスティにとどめを刺そうとした瞬間、彼を守るようにして立ちふさがった機体。

 

 敵の隊長機と思われる青い機体は、流石と言うべきか、レミリアに迫るほどの実力を発揮して追いこんできた。

 

 スパイラルデスティニーに乗って以来だろう。1対1であそこまで追い込まれたのは。

 

 しかし、レミリアの最後の一撃が、機体を切り裂いた直後だった。

 

 ヒカルの悲痛な叫びが叩きつけられたのは。

 

『リィス姉!!』

 

 その叫びに反応し、レミリアは腕を止めたが、その時にはもう手遅れだった。

 

 敵の隊長機はレミリアが見ている目の前で爆散してしまった。

 

 中のパイロットが、生きているとは思えなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれが・・・・・・ヒカルのお姉さん」

 

 何度か写真で見た事がある女性。

 

 美人で、とても優しそうな雰囲気を持っている人物だったのを覚えている。

 

 そんな人物を、レミリアはその手に掛けてしまった。

 

「ボクが・・・・・・ヒカルのお姉さんを・・・・・・殺した・・・・・・・・・・・・」

 

 事実は、否応なく少女に圧し掛かる。

 

 それはもう、自分とヒカルがかつての関係には戻れない事を意味していた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 分かっていた。

 

 初めから分かっていたのだ。

 

 自分とヒカルは、住む世界が違いすぎる。

 

 ヒカルは、その名が示す通り光り輝く道を行く存在。それに対して自分が進むべきは、暗く重い、闇の道だ。

 

 互いに交わる時は、思いではなく剣で交わらなくてはならない。

 

 だと言うに・・・・・・

 

「・・・・・・何で、こんな事になっちゃったんだろう?」

 

 問いかけは、答える者がないまま虚空へと消えて行く。

 

 もはや後戻りは許されない。

 

 レミリアとヒカルは、対決を避けられないところまで、とうとう来てしまったのだ。

 

 その時、部屋のドアが開く気配を感じ、顔を上げた。

 

「まだ、落ち込んでいるのね」

 

 優しく声を掛けてきたのは、姉のイリアだった。

 

 イリアはレミリアの傍らに腰を下ろすと、そっと妹の頭を胸に抱く。

 

「可哀そうに。とっても悲しい思いをしてしまったのね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自分には無限とも思える優しさを向けてくれる姉。

 

 時に、過保護すぎると非難を浴びながらも、イリアはレミリアを守る行為をやめようとはしなかった。その様はまるで、たとえ自分の命が失われようとも、レミリアだけは守り通そうとしているかのようだった。

 

 北米という過酷な大地で、今日までレミリアが過ごしてこれたのは、間違いなくイリアのおかげと言って良かった。

 

「でも、安心して。あなたには私が付いていてあげるから。私は決して、あなたを裏切ったりはしないから」

「お姉ちゃん・・・・・・・・・・・・」

「あなたは、私の傍にいれば良いの。私があなたを守ってあげる。どんな邪悪な存在からも」

 

 そう言うと、イリアはレミリアを抱く腕を強くする。

 

 まるで、そうしていないと妹が、どこか遠くへ行ってしまう。そう思っているかのようだ。

 

「・・・・・・ありがとう、お姉ちゃん」

 

 まどろみに満ちた声で呟くと、レミリアは急速に自分の意識が遠のいていくのが分かる。

 

 プレイヤーからは、相変わらずラクスの歌声が聞こえてくる。

 

 その柔らかく澄んだ歌声にくるまれながら、傷心の少女は眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 レミリアを寝かしつけたイリアは、そっと扉を閉じて部屋を出た。

 

 傷ついた妹を見るのは、イリアとしても辛かった。

 

 レミリアはイリアにとっての全てであり、絶対に失ってはならない至宝と言っても良い。

 

 そのレミリアを傷付けた存在。

 

 オーブ軍の、セレスティという機体を操るパイロット。

 

 許せなかった。絶対に。

 

 暗い炎が、イリアの双眸に宿る。

 

「あの娘を傷付ける者は、例え誰であろうと、私が殺す・・・・・・・・・・・・」

 

 それこそがイリアの使命であり、存在理由だった。

 

 自分にはレミリア1人がいてくれればそれで良いし、レミリアにも自分だけがいれば他は何もいらないのだから。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、廊下の向こう側で誰かが立っているのが見えた。

 

「・・・・・・アステル?」

 

 妹の幼馴染で、レミリアと並んでエースパイロットを務める少年は、何故か鋭い瞳をイリアに投げかけてきていた。

 

 そんなアステルの様子を不審に思ったイリアが、何事か語りかけようとした時、アステルの方から口を開いてきた。

 

「お前の過保護は今に始まった訳じゃない事は知っていたが、流石に度が過ぎると思うんだが?」

 

 誰に対して不遜な態度を崩さないアステルの態度には、もはや慣れた物である為、その件に関して咎める気はない。

 

 だが、発言の内容に関して言えば、イリアとしても看過しかねる物があった。

 

「・・・・・・別に、姉がいも・・・・・・弟の心配をするのが、何か悪い事なの?」

 

 対外的には、レミリアはイリアの弟と言う事になっている為、慌てて言い直す。アステルはレミリアの秘密を知っているが、どこでだれが効いているか判らない以上、油断はできなかった。

 

 確かに、その主張の筋は通っているように思える。が、しかし、

 

「悪いとは言わん。だが、少々目に余るのも事実だ」

 

 言ってから、アステルはスッと目を細めてイリアを見る。

 

「イリア、お前は何を恐れている?」

「恐れるって・・・・・・別に・・・・・・」

 

 否定しようとするイリアだが、その声にかぶせるようにアステルは続けた。

 

「お前の態度は、何かに怯えて逃げているように、俺には見えるんだが?」

 

 鋭い眼差しが、イリアを射抜くように向けられる。

 

 それに対して、イリアは逃げるように目を逸らす。

 

「あなたの勘違いよ。変なこと言わないでくれる」

 

 そう言って、足早に去って行くイリア。

 

 その背中を、アステルは無言のまま睨みつける。

 

 その時だった。

 

 けたたましい警報が、基地中に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 先のJOSH-A跡での戦いに比べて、抵抗は非常に散発的であった。

 

 ミシェルのリアディス・ツヴァイに率いられたオーブ軍大和隊は、アンカレッジ郊外にある基地に攻撃を仕掛けていた。

 

 深紅の装甲を持つリアディスを先頭に、複数のイザヨイが基地上空へと突入すると、翼を翻しながら次々とミサイルや爆弾を投下、基地施設を破壊していく。

 

 その間にも、数期のジェガンが現れて、イザヨイに対して砲火を撃ち上げてくる。

 

 しかし、統一戦線側の反撃は如何にも散発的であり心細い。

 

 シャトル発着基地に戦力の大半を終結させてしまった統一戦線は、その他の基地には必要最低限の戦力しか配備できなくなっているのだ。

 

 大和隊は、その隙を突いた形である。

 

「今さら出て来たって!!」

 

 ミシェルはジェガン1機をビームライフルで撃ち抜くと、更に1機を対艦刀で斬り捨てた。

 

 ジェガンは確かに、北米統一戦線の主力機であり、量産型としては最高クラスの水準を誇っているが、しかし、オーブ軍でも有数の実力を持つミシェルが相手では分が悪すぎた。

 

 ジェガン2機が上げる爆炎によって、基地を覆う炎は更に大きさを増すのが分かる。

 

 この大和隊の攻撃を、北米統一戦線は完全に予想していなかった。

 

 攻撃開始から僅か10分後。アンカレジ基地に、稼働可能な統一戦線側の戦力は残されていなかった。

 

 そのまま攻撃を終了し、帰投に移ろうとした時だった。

 

《隊長ッ 東より急速接近する熱紋を感知ッ 恐らくデスティニーとストームと思われます!! その後方からも熱源複数!!》

 

 部下からの報告で、緊張が走る。

 

 予想はしていた事だ。

 

 こちらが基地を攻撃すれば、敵は救援の為に部隊を差し向けてくる。その為に部隊を迅速に移動させる事は必要だが、それ以外にも手は打ってある。

 

「ヒカル、カノン、頼むぞ!!」

《《了解!!》》

 

 ミシェルの声に、年少組2人は鋭く元気な声で返事を返した。

 

 

 

 

 

「してやられたか」

 

 エールストライカー装備のジェガンを駆りながら、クルトは臍を噛んでいた。

 

 シャトル発着基地の防衛を目指して戦力を集中させていた北米統一戦線だったが、その事が完全に裏目に出ていた。

 

 オーブ軍は持ち前の機動力を活かして遊撃戦を展開、もっとも防備が薄くなっているアンカレッジへと強襲を掛けてきたのだ。

 

 慌てて救援に駆けつけて見たものの、既に基地は壊滅。守備隊とも連絡が取れない有様である。

 

 ここに来て、小規模組織の弱点が露呈した感じである。

 

 北米統一戦線の戦力は少数であり、守りに入った場合、全部の拠点に充分な戦力を回す事ができない。

 

 更に航空航行が可能な戦艦を保有していない為、陸上での移動はトラックか、もしくは機動兵器が自ら飛んでいく以外に無い。

 

 必然的に、戦力の迅速な移動には無理がある。

 

 対してオーブ軍は戦艦大和を有している為、迅速な部隊移動が可能となる。その差が完全に表れた戦いだった。

 

「とにかく急ぐぞ。たとえ僅かでも、生き残ってる連中を救うんだ!!」

 

 クルトはそう言って、ジェガンのスラスターを全開まで吹かした。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した複数のビームとミサイルが、後続するジェガンの内、3機が吹き飛ばされた。

 

「何ッ!?」

 

 目を剥くクルト。

 

 向けた視線の先には、全火力を展開しているリアディス・ドライの姿があった。

 

 更に1機のジェガンが、砲撃を浴びて損傷するのが見える。

 

「クソッ」

 

 味方がやられる光景を見て舌を打つクルト。

 

 迂闊だった。オーブ軍は統一戦線がアンカレッジ救援に動く事を見越して網を張っていたのだ。その罠の中に、クルト達はまんまと飛び込んでしまった形である。

 

 更に、クルト達の上空に8枚の蒼翼が舞った。

 

 セレスティである。ヒカルもミシェルの命令を受け、接近する北米統一戦線を迎え撃つべく待ち構えていたのだ。

 

「喰らえ!!」

 

 ヒカルはS装備のセレスティを急降下させると、両手で把持したティルフィング対艦刀を一閃、退避に移ろうとしていたジェガンを斬り捨てる。

 

「こいつッ!!」

 

 大剣を構えるセレスティに対し、とっさにビームライフルを構えて放つ、クルトのジェガン。

 

 対してヒカルは、ティルフィングを右手で構えながら、機体を地表すれすれまで急降下、向かってくる火線を回避する。

 

 それを追って、距離を詰めるクルト。

 

 しかし、ジェガンが放つビームはセレスティを捉える事は無い。

 

 パイロットとしてはまだ未熟なヒカルだが、それでも成長速度は凄まじく、既にエース級相手でもある程度戦う事ができるようになっている。

 

 クルトの砲撃は、高機動を発揮するセレスティを全く捉えられなかった。

 

「このッ ならば!!」

 

 ビームサーベルを抜き放って斬り掛かるクルト。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィングを振り翳す。

 

「させるかよ!!」

 

 交差する互いの剣閃。

 

 斬り込む速度は、

 

 ヒカルの方が早かった。

 

 振り下ろされた大剣の一閃が、ジェガンの右腕を斬り飛ばす。

 

「なッ!?」

 

 目を剥くクルト。

 

 その一瞬の隙に、ヒカルはシールドを投げ捨て、セレスティの左手でビームサーベルを抜刀、逆手に持って斬り上げる。

 

 その一撃が、ジェガンの左腕を斬り飛ばした。

 

 更にトドメの一撃を。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 強烈な閃光が、セレスティに襲い掛かって来た。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちするヒカル。

 

 同時に攻撃を諦めて、回避行動を選択した。

 

 何が来たかは、考えるまでも無い。

 

 蒼穹をバックに、深紅の翼を広げた美しい機体が向かってくるのが見える。

 

「来たか、レミリア!!」

 

 言い放つと、腕を失って戦闘力を喪失したクルトのジェガンを蹴り飛ばし、ヒカルはスパイラルデスティニーへと向き直る。

 

 レミリアが強敵なのは今さら語るまでも無い。彼女が来たのなら、他の敵に構っている暇はなかった。

 

 一方のレミリアも、自分に向き直るセレスティの姿を睨みつけていた。

 

「・・・・・・・・・・・・ヒカル!!」

 

 既に、互いに引けない場所にいる事は判っている。

 

 故に、少年と少女は、剣を向け合う事を、もはや躊躇う事は無かった。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 セレスティの持ったティルフィングを振り翳すヒカル。

 

 対抗するように、レミリアはスパイラルデスティニーの腰からビームサーベル2本を抜いて構える。

 

 ミストルティンは先の戦闘で喪失し、補充もままならない状況である為、今回は装備しない状態での出撃となっていた。

 

 剣閃が交錯する。

 

 スパイラルデスティニーの双剣が軌跡を描き、セレスティの大剣が豪風を撒いて打ち下ろされる。

 

 両者の剣は、しかし互いを捉える事無く吹き抜ける。

 

 すれ違う両者。

 

 カメラ越しに、ヒカルとレミリアは視線を交錯させる。

 

 先に体勢を立て直したのは、レミリアだった。

 

「反撃の隙は与えない!!」

 

 8基のアサルトドラグーンを射出。ティルフィングを構え直そうとしているセレスティを包囲するように機動させる。

 

 対して、

 

「流石に、読めるっての!!」

 

 ヒカルは包囲網が完成する前に、セレスティのスラスターを吹かして強引に接近を図る。

 

 慌てたようにドラグーンが砲撃を仕掛けるが、セレスティの動きの前に目算が外れ、明後日の方向にビームを吐き出すにとどまる。

 

 しかし、

 

「それくらいなら!!」

 

 レミリアも負けていない。

 

 ビームライフル、3連装バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス改連装レールガンを展開、12連装フルバーストを、正面から接近するセレスティに叩き付ける。

 

 対してヒカルは、空中で跳ね上がるようにして機体を上昇させ、頭上から斬り込める位置にセレスティを誘導した。

 

「これでッ!!」

「まだ!!」

 

 上空からティルフィングを振り翳して迫るセレスティに対し、レミリアも再びビームサーベルを抜いて応じる。

 

 今度は、上空を押さえている分、セレスティの方が斬り込むのは早かった。

 

 振り下ろされる大剣の刃を見据え、レミリアは舌打ちする。

 

 とっさに回避は不可能と判断し、スパイラルデスティニーのビームシールドを展開。セレスティの刃を受け止める。

 

 一瞬の拮抗。

 

 飛び散る火花の中、

 

 衝撃を殺しきれなかったスパイラルデスティニーは、大きく吹き飛ばされた。

 

「クゥッ!?」

 

 体勢を崩したスパイラルデスティニー。

 

 その姿を見て、ヒカルは勝負を掛ける好機だと悟る。

 

「これで、とどめだ!!」

 

 レミリアは機体の制御で手一杯であり、反撃の余裕はないはず。

 

 スラスターを破壊して、スパイラルデスティニーの機動力を封じる。そうすれば、被害は最小限にとどめられるかもしれない。

 

 このタイミングで、今の自分ならそれができるとヒカルは確信していた。

 

 レミリアを殺さずに制圧できるかもしれない、千載一遇のチャンス。

 

 そこに全てを賭けるべく、ヒカルはティルフィングを振り上げた。

 

 次の瞬間、

 

 横合いから射かけられた閃光を前に、ヒカルはとっさに蒼翼を羽ばたかせて回避せざるを得なかった。

 

「レミリアは、やらせない!!」

 

 今にもスパイラルデスティニーに斬り掛かろうとしていたセレスティに攻撃を仕掛けたのは、イリアのジェガンだった。

 

 構えたアグニを、上空のセレスティに向けて放たれる。

 

 しかし、当たらない。

 

 高速機動を発揮して回避したヒカルは、千載一遇の好機を不意にした存在を、鋭く睨みつける。

 

「こいつ、よくも!!」

 

 言い放つと、ウィンドエッジ・ビームブーメランを抜き放ち、ブーメランモードで投擲する。

 

 刃を発振し、旋回しながら飛翔するブーメラン。

 

 その姿を見て、とっさに回避しようとするイリア。

 

 しかし、その前に迫ってきたブーメランが、ジェガンの右足を付け根付近から切断してしまった。

 

「キャアァァァァァァ!?」

 

 イリアの悲鳴が、スピーカー越しに響き渡る。

 

 轟音を上げて、大地に倒れ伏すジェガン。

 

 その姿を見て、ヒカルは戻ってきたブーメランを受け取るとサーベルモードへと変更、ティルフィングと合わせて変則的な二刀流を構える。

 

 レミリアを制する事ができるチャンスをフイにされ、ヒカルとしても憤懣を覚えずにはいられない思いである。

 

 両手の剣を構え、倒れ伏したジェガンを睨み据えるヒカル。

 

 だが、ヒカルはレミリア機に対して、それ以上斬り込む事はできなかった。

 

 急降下しようとしたセレスティの前に、スパイラルデスティニーが立ちはだかったのだ。

 

「お姉ちゃんは、やらせない!!」

 

 周囲にドラグーンを展開したスパイラルデスティニーは、全火力を叩き付けるようにして、52連装フルバーストを展開、セレスティの接近を阻む。

 

「クソッ!?」

 

 対してヒカルは、とっさに8枚の蒼翼を翻し、機体を旋回させる。

 

 強烈なスパイラルデスティニーの全力攻撃が相手では、さしものヒカルも敵わず、後退する以外に無い。

 

 その隙に、レミリアは翼を翻して、イリアのジェガンを回収。追撃が来ないうちに撤退を開始する。

 

 その背中を、ヒカルはただ見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-23「偏愛の影」      終わり

 



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PHASE-24「嘆きの空へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルト・カーマインは暗澹たる気持ちを抱えながら、自分が率いる組織の実情を再確認していた。

 

 現状は、一言で言えば絶望的である。

 

 先のオーブ軍との戦いで、補給拠点として重要な役割を担っていたアンカレッジ基地を始め多くの戦力を失った北米統一戦線の継戦能力は、著しい後退を来していた。

 

 戦端を開いてから、わずか数日でここまで追い込まれるとは、流石に予想外だった。

 

 小規模ゲリラ組織の泣き所だろう。一国の軍隊が本気を出せば、こんな物だった。

 

「どうにもならん」

 

 クルトが吐き出すように言った言葉を、一同は意外な面持ちで眺めていた。

 

 クルトはこれまで、常に先頭に立って北米統一戦線を率いていた。弱小組織である北米統一戦線がここまで戦ってこれたのは、クルトの豪胆な性格と緻密な作戦指揮に拠る所が大きい。

 

 そのクルトが弱気な発言をするところを、一同は今日初めて聞いたのだ。

 

「何言ってんだクルト。俺達はまだ負けてないぞ」

「そうだ。今、暴れている連中を叩き潰す事ができれば、まだ!!」

 

 口々に声を上げるメンバー達。

 

 確かに、敗れたとは言え北米統一戦線の戦力は、尚も充実している。象徴とも言うべきスパイラルデスティニーとストームアーテルも健在である。対して大和隊は少数。真っ向から戦えば、まだ勝機はあるように思える。

 

 しかし、クルトの危惧はそこでは無かった。

 

「確かに、今いる連中だけなら、俺達だけで倒す事ができるだろう。だが、連中に勝ったとして、その次はどうする? たとえ勝てても、俺達はその時点で終わりだぞ」

 

 仮に勝ったとしても、統一戦線側も少なくない損害を被り、多くの兵士を失うだろう。だが、オーブ軍はたとえ部隊が壊滅したとしても、更に後方から別の部隊を持って来ればいいのに対し、統一戦線側には早期に戦力補充を行う当ては無い。

 

 国際テロネットワークを仲介役にすれば、戦力補充自体は不可能ではないのだが、それでは遅すぎる。恐らく、戦力が整う前にオーブ軍の再侵攻を受け、それで終わりだろう。

 

「結局、オーブ軍が来た時点で俺達は終わりだったって訳だ」

 

 嘆息気味に告げられたアステルの言葉は、辛辣だが的確だった。

 

 少数とは言え一国家が運用する精鋭部隊が相手では、ゲリラ組織の戦力では如何ともしがたかった。

 

 クルトやアステルの発言の正しさを認めざるを得ない一同は、俯いて口を閉じるしかなかった。

 

「それでクルト、これからどうするの?」

 

 尋ねたのはイリアだ。

 

 先の戦いでは、ヒカルが駆るセレスティ相手に今一歩の所まで追い詰められた彼女だったが、妹の助けによって辛うじて生還を果たしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・皆にはつらい事だろうが」

 

 クルトは重々しく口を開いた。

 

「もはや、俺達の北米での闘争はこれまでのようだ。以後は身を隠しながら戦力を回復させる。これ以外に無いだろう」

 

 攻めても負け、守っても負け。それが確定した以上、残る手段は「逃げ」しかない。

 

 その言葉に、一部の幹部達は憤然と立ち上がろうとしたが、結局は何も言えず、再び座り直すしかなかった。

 

 もはや北米における抗争は難しいと判断せざるを得ない。

 

 だが、逃げるにしても、下手に逃げて追撃を喰らったりしたら、余計に損害を出しかねなかった。

 

「俺に、考えがある」

 

 そう言うとクルトは、自らの考えを披露した。

 

 

 

 

 

 続々と入ってくる情報を処理しながら、アンブレアス・グルックは、その全てに適切な指示を下して処理していく。

 

 今や地球圏最大の国家とも言うべき存在となったプラント。

 

 そのプラントの頂点に立つ最高評議会議長ともなれば、それは即ち世界の頂点に立つ事と同義でもある。

 

 当然、処理すべき案件も膨大な量に上る。

 

 しかし、だからこそ、大いなる責任とやりがいを感じるのだ。

 

 プラントをここまで大きくしたのは自分だと言う自負が、グルックにはある。

 

 ラクス・クラインが健在だったころは、軍縮や事業の縮小などが平然と行われる一方、他国の復興事業への支援は拡大していく一方だった。

 

 あれではプラントは、せっかく戦勝国になったと言うのに、その権利を放棄してやせ細る一方であった。

 

 権利は、行使してこそ意義があると言う事を、ラクス・クラインと彼女に連なる者達は全く理解していなかったのだ。

 

 だが自分は違う。

 

 自分なら、プラントをより大いなる高みへと誘う事ができる。誰もが夢見ながらなしえなかった、コーディネイターの理想郷を実現する事ができるのだ。

 

 その為の準備は、既に完了していた。

 

 グルックは、机の上の書類を一枚取り出した。

 

 書類は現状、最も憂慮すべき案件に関わる事だった。

 

「・・・・・・やはり、北米か」

 

 やや苦みを含んだ声で、呟きを漏らす。

 

 先の第1次フロリダ会戦において共和連合軍が敗れた結果、北米解放軍が勢いづく結果となってしまった。

 

 現在、ザフト軍は北上する解放軍を相手に、五大湖周辺で激しい攻防戦を繰り広げているが、状況は芳しいとは言えなかった。

 

 向こうは数が多いうえに勢いがある。ザフト軍も増援を送ってはいるが、今のところ戦線を維持するのに手いっぱいの状況だった。

 

 しかし、それももう、あと僅かの事だった。

 

「今は、つかの間の勝利に酔いしれているが良い。だが、最後に笑うのは、この私だ」

 

 北米解放軍は勢いに任せて、このままモントリオールに迫ろうとしている。

 

 だが、既に作戦の準備はできている。連中が良い気になっていられる時間は、間も無く終るだろう。

 

「かくして、君は北米を制して、また新たなる覇道へ一歩近づくと言う訳だ」

 

 笑みを含んだような揶揄する言葉に、グルックは僅かに顔を顰めながら応じる。

 

「よくも言う。白々しい」

「どうかした?」

 

 不機嫌さを隠そうともしないグルックに対し、声の主はわざとらしくおどけた調子で応じる。

 

「君だろう。あの宗教狂いの連中に次の作戦情報を漏らしたのは」

 

 グルックが言ったのは、先日会見したユニウス教団の教主アーガスと、その象徴たる聖女と呼ばれる少女の事だった。

 

 彼等はグルックに対し、来たる北米鎮定の際への軍事協力を申し出て来たのだが、本来なら最高軍事機密であるはずの作戦情報が外部に漏れる事はあり得ない。

 

 勿論、他の人間が漏らした可能性も否定できないが、数いる容疑者の中で最も怪しいのは、今話している声の主だった。

 

 対して、声の主はフッと笑みを漏らす。姿は見えないが、肩を竦めているであろう光景が、グルックには手に取るようにわかった。

 

「人聞きが悪いよ。僕は君が困っているだろうと思って協力しただけさ。何しろ、猫の手でも借りたい状況なんでしょ」

「・・・・・・ぬけぬけと」

 

 グルックとしては、自身の政権運営に協力する相手に対して利用価値を感じている一方、隙あればいつ裏切るとも知れない油断ならない相手であると認識している。

 

 利用価値がある内は結構。大いに利用してやるまでだが、同時にいつでも背中を刺されないように警戒しておく必要があった。

 

「そんな事より、今はもっと重要な事が他にあるんじゃない?」

「・・・・・・君に言われなくとも判っている」

 

 フンと不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、グルックは会話を打ち切った。

 

 北米に関する案件の中に、オーブ軍主力が北米への派遣を行うべく準備をしていると言う物があった。

 

 オーブは確かに、プラントにとっての同盟国であり、その強大な戦力は頼みになるだろう。

 

 だがしかし、同時にグルックにとっては目障りな存在となりつつあるのも事実だった。

 

「・・・・・・そろそろ、手を打つべき時かもしれないな、向こうの方にも」

 

 そう呟くグルックの目には、剣呑な鋭さが宿っているようだった。

 

「君は、作戦とは同時並行で、例の件を進めてくれ」

「例の・・・・・・ああ、あれね」

 

 グルックが言わんとしている事を了解し、声の主は頷きを返した。

 

 つい先日、グルックが長年にわたって探し求めて来た者の所在が判明したのだ。その奪還作戦の指揮に当たれと言う事だろう。

 

「必要な物は何でも使ってくれて構わない。何なら、私の子飼いの部隊も付けよう」

「それはありがたいかな。何しろ、向こうも一筋縄じゃいかないだろうし」

 

 そう言って声の主は笑う。

 

 全ての流れは、目の前の男、アンブレアス・グルックの描く通りに進もうとしている。そしてそれは、もう止めようの無いレベルに達していると言って良かった。

 

 世界が、再び動き出そうとしている。

 

 長年にわたって堰き止められてきた世界が、急激な濁流となって全てを押し流そうとしているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決着は、なるべく早期に付けた方が良いだろうな」

 

 一同を集めたブリーフィングで、ミシェルはそう言った。

 

 自分達の攻勢によって北米統一戦線を追い詰めつつある。その事は全員が自覚している事である。

 

 自分達は勝ちつつある。

 

 だが、まだ勝ってはいない。

 

 追い詰められた獣ほど凶暴になるように、追い込まれた北米統一戦線が何をしでかすか、誰も予想ができなかった。

 

 現在、北米統一戦線は残る戦力を、件のシャトル発着施設へ集結させている事は掴んでいる。

 

 施設を背景に最後の決戦を挑むのか? それとも戦力を宇宙へ脱出させるつもりなのか? それは判らない。

 

 一つ言えるのは、少なくともあと一回は、北米統一戦線と戦わなくてはならないと言う事だった。

 

「今度は小細工抜きだ。連中とは正面から決着を付けよう」

 

 ミシェルの言葉に、誰もが目を剥いた。まさか、そのような大胆な作戦案が提示されるとは思っていなかったのだ。

 

「しかし、統一戦線は、まだ充分な戦力を持っています。まともに戦ったら勝ち目は薄いんじゃ?」

「大丈夫だ」

 

 懸念の声を上げるレオスに対して、ミシェルは自信たっぷりに言い切った。

 

「統一戦線は今回、基地施設を守りながら戦うと言うハンデを抱えているのに対し、俺達は自由に動く事ができる。更に、前2回の戦いで俺達が奇策を使った事で、連中は今回も俺達の奇策を警戒する可能性がある。そこで正面から攻撃を仕掛ければ勝機は十分にあるだろう」

 

 ミシェルの言葉は、充分に説得力があるように思えた。

 

 戦力の低下した北米統一戦線が打って出る可能性は低い。戦いの主導権は、完全にオーブ軍が握っていると言って良かった。

 

 ミシェルの作戦説明を聞きながら、ヒカルは脳裏でレミリアの事を考えていた。

 

 あいつもきっと、最後まで抵抗する事をやめようとしないだろう。

 

 恐らく、今回が最後の戦いとなる。

 

 だが、もう手加減する事は許されない。レミリアも死にもの狂いで挑んでくるだろう。それに対して、実力的に彼女に劣るヒカルに、手を抜いて戦う余裕はなかった。

 

 最後に生き残るのは、ヒカルか? それともレミリアか?

 

 ヒカルの心には、悲壮とも言える覚悟が芽生えつつある。

 

 そんなヒカルの横顔を、カノンは憂色に満ちた瞳で眺めていた。

 

 

 

 

「ね、ヒカル」

 

 ブリーフィングが終わり部屋を出ると、追いかけてきたカノンが声を掛けてきた。

 

「ほんと、大丈夫?」

「大丈夫って、何がだよ?」

 

 怪訝な調子で、ヒカルが振り返ると、カノンは真剣な眼差しで見上げて来ていた。

 

 普段の姦しさが鳴りを潜めたような幼馴染の態度に、ヒカルは不審な思いを抱きつつもカノンの言葉を待った。

 

「レミルの事、ヒカル、まだ引きずってるんじゃないの?」

 

 その言葉に、ヒカルは軽い驚きを覚えた。

 

 カノンはレミル(レミリア)が女だと言う事を知らない。報告もしていないので、大和隊でその事を知っているのはヒカルだけである。

 

 だと言うのに、カノンは何かを感じてヒカルにそう尋ねてきたのかもしれない。だとしたら、「女の勘」などと言う馬鹿げた言葉も、あながち無碍にはできないだろう。

 

「ヒカル、あたしは真面目に!!」

「判ってるって」

 

 妙にニヤけていたのがばれたのだろう。食って掛かってくるカノンの頭をポンポンと軽く叩きながら、ヒカルは踵を返す。

 

「考えすぎだよ。あいつがまた立ちはだかるなら、今度こそ俺が倒す。それは約束するよ」

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 背中を向けて去って行くヒカルを、カノンは呆然と眺めて見送る。

 

 やがて、ポツリと呟きを漏らした。

 

「・・・・・・違うの・・・・・・違うんだよ、ヒカル」

 

 士官学校時代、ヒカルとレミル(レミリア)が仲が良かったのを、カノンは間近で見てきている。

 

 そんな2人が争わなくてはならないと言う現状に、カノンは憂いを覚えずにはいられないのだ。

 

 だからもし、僅かでもヒカルに迷いがあるなら、出撃を辞退してもらおうと考えたのだ。

 

 しかし、ヒカルはそんなカノンの想いなど知らぬげに、友との決戦の場に赴こうとしている。

 

 それがカノンには、堪らなく悲しかった。

 

 だが、今回の戦いに赴くに当たって、カノンにも役割が与えられている。それは、ヒカルとレミル(レミリア)との戦いに決着を付ける上で、とても重要な物である。

 

 好むと好まざるとにかかわらず、少女もまた、戦いの流れの中に引きこまれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 接近する反応が、地平線上に複数のぼるのを、監視員は見逃さなかった。

 

 空中を高速向かってくる機影は、間違いなくオーブ軍の物である。

 

「まさか、正面から来るとはな・・・・・・」

 

 クルトは舌打ち交じりで呟きを漏らす。

 

 少数戦力のオーブ軍だからこそ、前2回同様に奇策を使ってくる。と考えていたのだが、そのもくろみを外された形である。

 

 だが、

 

「これで、俺達の勝ちだ」

 

 不敵に呟くと、背後に振り返った。

 

「シャトルの発進準備を急がせろ。連中は速い。あっという間に攻め込まれるぞ」

 

 作業を急ぐ必要があった。

 

 現在、レミリアとアステルが殿部隊を率いて出撃しているが、それとていつまでも持ち堪えられる訳ではない。

 

 クルトとイリアは、先の戦いで乗機を失っている為、出撃する事ができない。今は作業を進めつつ、レミリア達の健闘を祈るしかなかった。

 

 一方その頃、シャトル発着基地へと迫りつつあるオーブ軍の方でも、迎撃の為に接近しつつある北米統一戦線を捉えていた。

 

 その先頭を進んでくるのは炎の翼を羽ばたかせる2体の鉄騎。スパイラルデスティニーとストームアーテルだ。

 

《来たぞ。全員、対デスティニー戦用のシフトを展開しろ!!》

 

 ミシェルの命令が鋭く飛ぶ。

 

 事前の協議で、対スパイラルデスティニー用の戦術を、ミシェルを中心にして構築完了している。その役割分担に従い、各人は素早く動いた。

 

 ヒカルはF装備のセレスティを駆って前へと出ると、フルバーストモードへと移行、5つの砲門から閃光を撃ちだす。

 

 案の定と言うべきだろう。迫る閃光に対して、スパイラルデスティニーが前に出てビームシールドを展開、防御しにかかった。

 

 弾かれる閃光。

 

 セレスティからの先制の一撃を防いだレミリアは、同時に8基のアサルトドラグーンを射出し、大和隊の面々に攻撃を仕掛けようとする。

 

 だが、

 

「やらせねえぞ!!」

 

 次の瞬間、一気に距離を詰めたヒカルのセレスティが、抜き打ち気味にビームサーベルを抜刀、セレスティに斬り掛かる。

 

 今回、ヒカルの任務は、初手からスパイラルデスティニーとの対決となる。敵の最強戦力を押さえ、本隊の進撃を支援するのが目的だった。

 

「ヒカル!?」

 

 一瞬、振り翳されたセレスティの剣をビームシールドで防御するレミリア。

 

 刃と盾が激しく接触し、火花を散らす両者。

 

 次の瞬間、セレスティとスパイラルデスティニーは、同時に弾かれるように離れる。

 

 タイミングを合わせたかのように振り向いた瞬間、

 

 ビームライフルの銃口が、互いを指向する。

 

 交錯する閃光。

 

 セレスティのライフルが1丁であるのに対し、スパイラルデスティニーは2丁。単純な火力戦ではセレスティはスパイラルデスティニーに敵わない。

 

 だから、

 

「これで!!」

 

 再びビームサーベルを抜いて、ヒカルはスパイラルデスティニーへ斬り込んで行く。

 

 火力で敵わないなら、接近戦で勝機を見出すしかない。

 

 しかし、それはレミリアにも読まれていた。

 

「させないよ!!」

 

 レミリアは8基のアサルトドラグーン全てを引き戻して、自機の周辺に配置、40門の一斉砲撃をセレスティに仕掛ける。

 

 吐き出された閃光は、スパイラルデスティニーに斬り掛かろうとしていたセレスティの進路を塞ぐように射かけられる。

 

 その様子に、ヒカルは舌打ちしながら機体に急制動を掛ける。

 

 これには堪らず、攻撃を中断するしかなかった。

 

 その間にレミリアは、体勢を立て直すことに成功する。

 

 クスィフィアス改連装レールガン、3連装バラエーナ・プラズマ砲、ビームライフルを構え、更に周囲に展開したアサルトドラグーンを加え、52連装フルバーストを叩き付ける。

 

 その攻撃に対し、ヒカルはセレスティの双翼を羽ばたかせ、辛うじて回避する。

 

 同時に腰部のレールガンで牽制の射撃を仕掛けつつ、再び斬り込んで行く。

 

 迎え撃つように、スパイラルデスティニーのビームサーベルを抜いて構えるレミリア。

 

 次の瞬間、互いの剣は蒼穹で交錯した。

 

 

 

 

 

 セレスティとスパイラルデスティニーが戦闘を開始すると同時に、両軍の他のメンバー達も動き始めた。

 

 ストームアーテルを駆るアステルは、レミリアのスパイラルデスティニーを掩護すべく速度を上げる。

 

 だが、その前に深紅の装甲を持つリアディスが立ちふさがる。

 

「行かせないっての!!」

 

 ビームライフルを撃ち放つミシェル。

 

 その閃光を回避すると、アステルはストームアーテルを上昇させつつ、ライフルモードのレーヴァテインを構えてトリガーを絞る。

 

「邪魔をするな!!」

 

 低い声で言いながら、アステルはレーヴァテインのトリガーを引き絞る。

 

 上方から飛来する閃光。

 

 対して、ミシェルはリアディス・ツヴァイを地上すれすれに疾走させながら回避する。

 

「やっぱ、簡単には行かないよな。ならッ!!」

 

 叫ぶと同時に、リアディス・ツヴァイのスラスターを全開にして飛び上がるミシェル。

 

 同時に、背部に装備したムラマサ対艦刀を抜き放って切り込んでいく。元より、リアディス・ツヴァイは接近戦装備の機体である。距離を開けての戦闘はミシェルの本意ではなかった。

 

 対抗するように、アステルもレーヴァテインを対艦刀モードにして迎え撃つ。

 

 ストームアーテルの大剣が風を巻いて旋回し、リアディス・ツヴァイの双剣は鋭く奔る。

 

 しかし、互いの剣は互いを捉えず、ただ空気を攪拌するだけにとどまった。

 

「チッ」

「やるねえ!!」

 

 アステルは舌打ちを洩らし、ミシェルは冷や汗をかきながら軽口を叩く。

 

 その間にアステルは、左手にビームサーベルを抜いて二刀流に構えると同時に、スラスター出力を上げて距離を詰めに掛かる。

 

「来るかよ!!」

 

 突撃してくるストームアーテルを交戦的な瞳で見据えると、ミシェルはリアディス・ツヴァイの腰をグッと落として迎え撃つ姿勢を取る。

 

 レーヴァテインが、真っ向から振り下ろされる。

 

 対抗するように振り上げられるムラマサ。

 

 2本の対艦刀が刃を交えた瞬間、

 

 ムラマサの刀身は中途から折れ飛んだ。

 

 剣閃の鋭さは、アステルの方が上回っている様子だった。

 

 舌打ちするミシェル。

 

 対抗するように、アステルは好機を捉え追撃を掛ける。

 

 左手のビームサーベルを、切り上げるようにしてリアディス・ツヴァイへ振るう。

 

 しかし次の瞬間、

 

「させるかよォ!!」

 

 咆哮と共にミシェルは腕部に装備した対装甲実体剣を抜き放ち一閃する。

 

 刃と装甲が火花を散らす。

 

 VPS装甲相手に実体剣の効果は薄いが、しかしそれでも衝撃が中のパイロットを襲う事は避けられない。

 

「グッ!?」

 

 詰まる息を噛み殺しながら、どうにか姿勢を保つアステル。

 

 しかし、その間にミシェルはリアディス・ツヴァイの体勢を立て直して再びストームアーテルと対峙する姿勢を見せる。

 

 その姿を見て、舌打ちを漏らすアステル。

 

 自分とレミリアがそれぞれ拘束されている隙に、オーブ軍の侵攻を許してしまっている。

 

 その間に、防衛線を潜り抜けたイザヨイが、次々とシャトル発着基地へと迫っていた。

 

 それに対抗するように、複数のジェガンが砲火を集中させる。

 

「これ以上行かせるな!!」

「何としても死守するぞ!!」

 

 ジェガンのパイロット達が、手にしたビームカービンライフルやアグニで火線を集中させてくる。

 

 1機のイザヨイが、直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 しかし、他の機体は防衛線を突破、基地への侵入を果たしていた。

 

 その中に、レオスのイザヨイもあった。

 

 レオスは機体を人型に変形させると、地面に着陸させ、手にしたビームライフルを撃ち放つ。

 

 たちまち、格納庫と思しき施設が爆炎を上げた。

 

 そこへ、ソードストライカーを装備したジェガンが、シュベルトゲベール対艦刀を構えて斬り掛かってくるのが見えた。

 

「んッ!!」

 

 吐く息を一瞬止めながら、抜き放ったビームサーベルを横なぎに振るうレオス。

 

 刀身が軽い分、動きはレオスの方が速い。

 

 次の瞬間、胴を薙ぎ払われたジェガンは爆炎を上げて四散する。

 

 その爆炎を背後に見ながら、レオスは更に基地の奥へと侵攻していく。

 

 北米統一戦線側の機体はほとんど見かける事は無い。どうやら、大半が前線に出るか、あるいは味方が撃破したらしかった。

 

 無人の野を行くように、レオスのイザヨイは基地内を進んで行く。

 

 やがて、その視界の中に、シャトルの発着場が飛び込んできた。

 

 しかし、その姿を見た瞬間、レオスは思わず息を呑んだ。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 白煙を上げるシャトルが、発進準備を整えている。

 

 北米統一戦線は、初めからこの基地を守るつもりなど無かった。彼等は自分達の戦力を撃宙へ脱出させる為に時間稼ぎをしていたのだ。

 

「レオスより各機へ。発進準備中のシャトルを確認した!!」

 

 叫ぶと同時に、レオスもイザヨイを駆って飛び出していく。

 

 そこへ、護衛に残っていた最後のジェガンが応戦してくるのが見える。

 

 対抗するようにビームライフルを放つレオス。

 

 敵が脱出を目指しているのなら、それを許すわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、セレスティとスパイラルデスティニーの激突も、白熱さを増しつつあった。

 

 追撃を掛けるセレスティに対して、スパイラルデスティニーは巧みに攻撃を回避しながら、隙を見て反撃に転じる戦いを繰り返している。

 

 両者、目まぐるしく位置を変えながら砲撃を繰り返している為、なかなか命中弾を得られない。

 

 だが、レミリアには作戦があった。

 

 ヒカルは笠に掛かって攻めているつもりだろうが、レミリアはその間、徐々にスロットルを絞って、互いの距離を気付かない程度に縮めている。

 

 そうしておいてセレスティを必中距離まで引きずり込み、フルバーストの一撃で仕留める。それがレミリアの考えだった。

 

 距離を詰めれば照準も正確さを増す。それなら、セレスティの戦闘力だけを奪う事も不可能ではないはず。

 

 両手両足を吹き飛ばした上で、推進器を破壊し、セレスティを戦闘不能に追い込む。それがレミリアの立てた作戦だった。

 

 その時、セレスティが速度を上げるのが見えた。恐らくヒカルは、一気に勝負を掛ける心算なのだ。

 

 レミリアの目が鋭く光る。

 

 仕掛けるなら今だった。

 

「行、け!!」

 

 翼にマウントした8基のアサルトドラグーンを射出するレミリア。そのままセレスティを包囲するように機動させる。

 

 その様子は、ヒカルの目にも見えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・レミリア、お前は確かに強いよ」

 

 8基のアサルトドラグーンが、セレスティへの包囲網を完成させるなか、ヒカルは真っ直ぐにセレスティをスパイラルデスティニーへ向かわせる。

 

「正直、今の俺じゃ、お前には敵わない。それは認めるよ」

 

 ドラグーンの砲門が光を帯びる。

 

「けどな!!」

 

 攻撃態勢に入ったドラグーン。

 

「俺にも、たった一つだけ、お前にアドバンテージがある!!」

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来したミサイルやビームが、攻撃配置に着いていたドラグーンを一斉に吹き飛ばした。

 

「なッ!?」

 

 驚くレミリア。

 

 今まさに、必殺の攻撃を繰り広げようとしていたドラグーンが、一瞬にして全て吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 その視界の先で、緑色の装甲を持つリアディス・ドライが全砲門を開いている姿があった。

 

「やらせないよ、レミル!!」

 

 鋭く奔るカノンの声。彼女が、ドラグーンを全て叩き落としたのだ。

 

「その声・・・・・・まさか、カノン!?」

 

 驚愕と共に、舌を打つレミリア。

 

 まさか、年下の友人である彼女まで、こうして戦場に来ているとは考えても見なかった事だった。

 

 だが、呆けている余裕は、レミリアには無い。

 

 必殺の一撃が回避された事で、一瞬だが無防備になってしまった。何とか体勢を立て直さなければ。

 

 そう思い、虚像を発生させながら距離を置こうとする。

 

 視覚をかく乱してしまえば、僅かでも時間は稼げるはず。

 

 しかし、そう思った次の瞬間、セレスティは幻像に惑わされる事なく、本物のスパイラルデスティニーめがけて突っ込んできた。

 

「逃がすかよ!!」

「ッ!?」

 

 息を呑むレミリア。

 

 セレスティが振るうビームサーベルの一閃を、後退する事で辛うじて回避する。

 

 しかし、逃げようとした方向へ、リアディス・ドライからの砲撃が降り注ぎ、回避ルートを限定されてしまう。

 

 これが、ヒカルの言う唯一のアドバンテージだ。

 

 確かにレミリアは最強の存在だ。ヒカル自身が認めた通り、1対1では勝機は限りなく薄い。

 

 しかしレミリアは、これまであまりにも、ヒカルに対して手の内を晒しすぎた。その為ヒカルは「対スパイラルデスティニー用」の戦術を、充分に構築する事ができたのだ。

 

 1対1で敵わないのなら、2人で掛かればいい。

 

 作戦を考えたのはヒカル自身である。

 

 ヒカルがフォワードで攻撃を担当し、カノンが後方で援護を担当する。そうしてレミリアが取れる選択肢を限局すれば、勝機はおのずと拡大すると言う物である。

 

 レミリアにとって状況が有利になれば、彼女はフルバーストを使って一気に決着を付けようとすると踏んでいたのだが、その読みも見事に的中していた。

 

 これで、ドラグーンを全て潰し、レミリアからオールレンジ攻撃を奪う事に成功した。あとはデスティニー本体のみである。

 

 追い詰められている。

 

 一方のレミリアも、そう感じずにはもいられなかった。

 

 まだまだ粗削りなようだが、ヒカルの技量は士官学校にいたころに比べて飛躍的に向上していた。

 

 まさか、性能に差がある機体で、ここまで自分が追い詰められるとは思っても見なかったのだ。

 

 しかし、

 

「だからって・・・・・・・・・・・・」

 

 言った瞬間、

 

「ボクも、ここで負ける訳には行かないんだ!!」

 

 レミリアのSEEDが発動する。

 

 次の瞬間、動きに鋭さを増すスパイラルデスティニー。

 

 一瞬にしてセレスティを振り切り、急降下する。

 

 同時に抜き放った2本のビームサーベル。

 

 目の前には、反応に追い付く事が出来ずに立ち尽くしているリアディス・ドライの姿がある。

 

「遅いよ、カノン!!」

「れ、レミル!!」

 

 尚も激しく攻撃し、カノンはスパイラルデスティニーの接近を阻もうとしてくるが、レミリアは余裕すら感じさせる動きで、全ての攻撃を回避してしまった。

 

 カノンの技量はヒカルに比べてだいぶ劣っている。その事をレミリアは既に見抜いていた。照準の速度も遅いし、機体の動きもセレスティに比べれば鋭さが足りない。

 

 その為、レミリアにとってカノンの攻撃を回避する事は容易だった。

 

 そして次の瞬間、スパイラルデスティニーは剣の間合いにリアディス・ドライを捉えた。

 

「あッ!?」

 

 恐怖にひきつるカノン。

 

 その一瞬の隙に、スパイラルデスティニーが振るったビームサーベルは、リアディス・ドライの両腕を肩から斬り落としてしまった。

 

「カノン!!」

 

 両腕を失い倒れるリアディス・ドライの姿を見て、思わず声を上げるヒカル。

 

 同時に、脳が焼き切れそうなほどに感情を爆発させる。

 

「レミリアァ!!」

 

 レミリアがカノンを傷付けた。その事実が、ヒカルの怒りに撃鉄を落とす。

 

 限界を超えてフル加速し、一気に斬り込んでいくセレスティ。

 

 対してレミリアも、スパイラルデスティニーを振り返らせて双剣を構え直す。

 

 斬撃を繰り出す両者。

 

 攻撃速度は、スパイラルデスティニーの方が速かった。

 

 振り下ろされた刃。

 

 対してヒカルも、シールドを掲げる事で辛うじて防御する事に成功する。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

 咆哮と共に、スラスター出力を全開まで上げるヒカル。

 

 セレスティは突撃の勢いそのままに、シールドでスパイラルデスティニーを殴りつけてしまった。

 

「グッ!?」

 

 凄まじい物理衝撃をまともに受け、思わず息を詰まらせるレミリア。

 

 そこへ、ビームサーベルを振りかざしたセレスティが斬りかかってくるのが見えた。

 

「やらせ、ない!!」

 

 既に、ビームサーベルを振りかぶる時間は無い。

 

 そう判断したレミリアは、とっさにスパイラルデスティニーが把持しているビームサーベルをパージ、パルマ・フィオキーナ掌底ビーム砲を起動して叩きつける。

 

 交錯する一瞬。

 

 次の瞬間、セレスティの肩装甲が直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 対してスパイラルデスティニーは無傷だ。

 

 すれ違う両者。

 

 振り返ったのは、スパイラルデスティニーが先だった。

 

 腰部の連装レールガンを展開し、砲撃を浴びせる。

 

 対して、シールドをかざして防御するヒカル。

 

 しかし、あまりの衝撃の前に、シールドが保たずに粉砕される。

 

 だが、

 

「ま、だまだァ!!」

 

 とっさにシールドの残骸をパージすると、ヒカルはビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスフィアス・レールガンを展開、5連装フルバーストをスパイラルデスティニーに浴びせる。

 

 その攻撃を、辛うじて回避するレミリア。

 

 否、とっさの事で回避が追い付かず、バラエーナの直撃を受けた左腕が吹き飛ばされた。

 

 バランスを崩すスパイラルデスティニー。

 

「そんなッ!?」

 

 コックピット内に鳴り響く部位欠損警報。

 

 まさか、自分がここまで追い込まれるとは思っていなかったレミリアは、驚愕で呻き声を上げる。

 

 そこへ、斬りかかってくるセレスティ。

 

「これで、とどめだ!!」

 

 ヒカルの咆哮と共に、振り翳されるビームサーベル。

 

 しかし次の瞬間、

 

 突如、両者の間に割り込んだ機体が、展開したビームシールドでセレスティに剣を受け止めた。

 

 漆黒の機体。ストームアーテルだ。

 

 ミシェルのリアディス・ツヴァイと戦闘を繰り広げていたアステルだったが、辛うじてその戦闘に勝利して駆け付けたのだ。

 

 敗れたミシェルはと言えば、自身は無事だったが機体は大きく損傷した為、後退するしかなかった。

 

「アステル!?」

《行け、レミリア!!》

 

 いつになく強い口調で、アステルは言葉を叩きつけてきた。

 

《ここは俺が引き受ける。お前は行け!!》

「で、でも!!」

《早くしろ!!》

 

 逡巡するレミリアを叱咤するように言うと、アステルはライフルモードのレーヴァテインでセレスティを牽制する。

 

 尚も逡巡を見せるレミリア。

 

 だが、セレスティと交戦を開始したストームアーテルを見て、機体を反転させる。

 

 アステルの言う通り、ここで倒れる訳にはいかないのだ。

 

 しかし、

 

「死なないで、アステル・・・・・・ヒカルも・・・・・・」

 

 尚も刃を交わし続ける男達にそっと告げると、レミリアはスラスターを吹かして飛び去って行った。

 

 そのスパイラルデスティニーの姿を見送ると、アステルは苦笑交じりにため息を吐いた。

 

「・・・・・・行ったか」

 

 まったく、世話の焼ける幼馴染を持つと苦労させられる。

 

 だが、これで良い。

 

 レミリアは北米統一戦線の象徴だ。彼女さえ生き残れば、まだまだ自分達は戦う事ができるのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・さて」

 

 低い声で呟くと、再びセレスティへと向き直る。

 

 自分の役目は果たした。あとは、最後の時間稼ぎをするだけだった。

 

「来い、相手になってやる」

 

 レーヴァテインを構え直しながら、不敵に呟くアステル。

 

 あと一歩で大魚を逸したヒカルは、冷めぬ怒りの瞳をストームアーテルへと向けてきている。

 

 ヒカルとアステル。両者とも消耗の激しい身ではあるが、もう一戦交えない事には互いに退く事もできなかった。

 

 レーヴァテインを両手で把持して構えるストームアーテル。

 

 次の瞬間、ビームサーベルを構えたセレスティが斬り込んで来た。

 

 

 

 

 

 一方その頃、セレスティの追撃を振り切ったレミリアは、後ろ髪を引かれつつも、シャトルとの合流を急いでいた。

 

 向かってくるイザヨイをビームサーベルで斬り捨て、更に1機を蹴り飛ばす。

 

 ここに来るまでに、多くの物を犠牲にしてしまった。

 

 だからこそ、生き残らなくてはならない。

 

 シャトルの周辺では、1機のジェガンが最後の抵抗を行っているのが見える。

 

 しかし、勢いがオーブ軍の側にある以上、その抵抗もか細いものとならざるを得ない。

 

 その最後の1機が、直撃を浴びて吹き飛ばされた。

 

 レミリアの目から涙が零れる。

 

 みんな、レミリア達を逃がす為に、犠牲になっているのだ。

 

《早くして、レミリア!!》

 

 通信機から、イリアの声が聞こえてきた。彼女は今、シャトルのコックピットで発進準備を整えているはずだった。

 

 姉の声に応えるように、更にスピードを上げる。

 

 スパイラルデスティニーの存在に気付いたオーブ軍が攻撃を仕掛けて来るが、レミリアは虚像を混ぜた機動で冷静に回避、開いたハッチへと飛び込む。

 

 それを確認したクルトが、横のイリアに合図を送った。

 

「良いぞ、出せ!!」

 

 言い放つと同時に、シャトルはスラスターから盛大に噴射して飛び上がって行く。

 

 途端に、体を突き上げる衝撃が襲いかかってきて、一気に上昇を開始する。

 

 その衝撃をその身で受けながら、クルトは会心の笑みを浮かべていた。

 

 これで良い。

 

 オーブ軍との戦闘では負けっぱなしだった北米統一戦線だったが、最後の最後で勝利する事ができた。

 

 クルトは敗北を免れ得ないと悟った時点で、「勝つ為」ではなく「負けない為」の作戦展開を行った。その為の手段として、レミリア、アステルを含む残存戦力で抵抗を行いつつ、シャトル発着場の防衛に当たった。

 

 ただし、これはあくまで囮である。

 

 抵抗空しく部隊は壊滅。生き残った少数の戦力のみが、辛うじて宇宙へ脱出した。とオーブ軍は思うだろう。

 

 だが今頃、把握されていない西部の海岸拠点からは、北米統一戦線の構成員が、潜水艦アドミラル・ハルバートンで脱出を行っているはずだった。

 

 彼等は地上に残って戦力の再建に貢献すると同時に、いずれ行う大陸での捲土重来に際し再び参集してもらう事になる。

 

 北米といつ戦線は確かに破れた。戦力も壊滅状態に陥った。

 

 しかし、最も肝心な「魂」の部分は、生き残らせる事に成功したのだ。

 

 シャトルが上昇する衝撃は、格納庫内で機体を固定するスパイラルデスティニー、そのコックピットに座ったままのレミリアにも感じる事ができた。

 

 機体が上昇する毎に、北米大陸が、自分の故郷が遠ざかって行くのが分かる。

 

「・・・・・・ボクは、必ず帰ってくる・・・・・・ここに必ず」

 

 流れ出る涙を拭く事もせず、レミリアは震える声で呟く。

 

 やがて、急激に上昇するシャトルが、成層圏を突きぬけていく。

 

 後には、ただ呆然と見上げるオーブ軍がいるのみだった。

 

 

 

 

 

PHASE-24「嘆きの空へ」      終わり

 



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PHASE-25「先を歩く者の背中に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密かに入港を果たしたシャトルは、ゆっくりと定位置まで行き停止する。

 

 激しい戦闘をくぐりぬけてきた事を示すように、そのボディのあちこちに、焼け焦げた跡が見受けられる。

 

「凄まじいな」

「ああ、これでよく、生き残ってこれたもんだよ」

 

 感嘆とも呆れとも取れる呟きを洩らしたのは、エバンス・ラクレスとダービット・グレイだった。月面パルチザンに所属し、かつて一時的に宇宙へ上がったレミリアとアステルを匿った事もある男達である。

 

 オーブ軍との戦いの末、北米の拠点を放棄して脱出した北米統一戦線。特に、その中核とも言うべきクルト、イリア、レミリアの3人は、統一戦線とは同盟関係にある月面パルチザンを頼って落ち延びて来たのだった。

 

 生き残ったとはいえ多くの仲間を失い、北米での活動領域も失った上での脱出は、惨めな敗走を思わせた。

 

 救いがあるとすれば、自分達の脱出と前後して、生き残ったメンバーの大半を潜水艦で脱出させる事に成功した事だろう。

 

 クルト自身、こんな事で北米統一戦線を終わらせる気は無い。いずれ必ず、祖国に戻って抵抗運動を再開するつもりだった。

 

「受け入れてくれた事、感謝する」

 

 シャトルを降りてパルチザンのアジトに招かれたクルトは、開口一番でそう言うと、深々と頭を下げた。

 

 この場にはクルト、エバンス、ダービッとの他にイリアも同席していた。

 

 とにかく、今後の方針を決める必要があった。

 

 壊滅したとは言え、組織としての北米統一戦線は未だに健在である。戦力の補充と、旗機であるスパイラルデスティニーの修理、地上に残った者達との連絡手段の確保と、やる事は幾らでもあった。

 

「我々も、前に助けてもらった。お互い様だよ」

 

 そう言ってエバンスは笑みを向けてくる。

 

 以前、保安局に連行されたコペルニクスの人々を奪還する際、レミリアとアステルが彼等に協力している。その為、エバンスは今回、レミリア達を受け入れる事を快く引き受けてくれたのだ。

 

「まずは、休む事を考えろよ。ここに居りゃ、取りあえず安全だからよ」

 

 粗野な印象のあるダービットも、そう言って慰めてくる。

 

 レミリア達が、自分達が想像もできないような激戦を潜り抜け、ようやくここまで辿り着いた事を、彼等は良く理解していた。

 

「そうですね」

 

 自身が疲れ切った調子でイリアは頷きながら、しかし意識は別の方向へと向いていた。

 

「休息が必要ね。特に、あの子には・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 シャトルから運び出されたスパイラルデスティニーが、リフトに乗せられて格納庫の方へと運ばれていく。

 

 まるで怪我人を担架で搬送するように運ばれる愛機の様子を、レミリアは立ち尽くしたまま見守っていた。

 

 凄まじい激戦だった。

 

 最後に戦ったヒカルのセレスティは、鬼神もかくやと言う勢いでレミリアを追い詰めて来てのだ。

 

 それでも、普通に戦っていればレミリアは負けなかっただろう。ヒカルとレミリアの間には、まだ歴然とした実力差が存在している。

 

 状況は絶望的だったが、あの時のレミリアは勝つ自信があった。

 

 その状況が覆されたのは、ヒカルとカノンが2機がかりで挑んで来た時だった。

 

 カノン・シュナイゼル。

 

 ハワイにあるオーブの士官学校に飛び級で入学した少女であり、レミリアにとっても大切な友人の一人だった。そんな彼女まで軍に入っているとは、レミリアの考えは及ばなかった。

 

 その一瞬の隙を突かれ、スパイラルデスティニーは主力兵装であるアサルトドラグーンを失い、更には呼吸を乱されたレミリアは、勢いに乗ったヒカルに追い込まれたのだ。

 

 レミリアが生き残れたのは、幼馴染のアステルが捨て身で掩護してくれたおかげだった。

 

 そのアステルも、地上に置いて来る羽目になってしまった。

 

 アステルの安否は、未だに判らない。彼の事だから簡単に死んだりはしないだろうが

 

 しかし、レミリアには他にも懸念する事があった。

 

 ヒカルは確実に実力を上げてきている。それは、何度も戦ってレミリアには判っていた。

 

「もし、今度ヒカルと戦ったら・・・・・・・・・・・・」

 

 自分は勝てるのだろうか?

 

 否、そもそも、自分は再びヒカルと対峙した時、彼に剣を向ける事ができるのだろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・ヒカル」

 

 会いたい。

 

 会って話したい。

 

 仲直りがしたい。

 

 この胸の内を、彼に伝えたい。

 

 テロリストとして、北米統一戦線の戦士として戦い続けてきたレミリア。

 

 そんなレミリアが、何かをこれ程までに渇望したのは、あるいは初めての事であったかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲火が吐き出され、彼方で爆炎が躍るのが見える。

 

 上空には多くのストレーキが描かれ、スラスターの炎が舞い踊る。

 

 かつては北米有数の工業地帯が軒を連ねた地は、炎と鉄が入り乱れる戦場と化していた。

 

 これまで大規模な戦闘は3回。小規模な小競り合いに至っては無数に起こっている。その全てに、ザフト軍は一応勝利して解放軍の北上を防ぎ止めてきた。

 

 そして今、五大湖周辺における攻防戦は、終局へと向かいつつあった。

 

 攻める北米解放軍は、南部拠点からの増援を受けて勢いを増し、今にもザフト軍とモントリオール軍が構築した防衛ラインを食い破ろうとしていた。

 

 一方のザフト軍も増援を受け必死の交戦を試みていたが、単純な戦力差以外にも、両者には決定的な差があった。

 

 地続きのフロリダから増援と補給を受けられる北米解放軍に対し、ジブラルタル基地から大西洋を越えた長距離輸送に頼らざるを得ないザフト軍は思うように戦力の補充ができず、戦線はやせ細る一方だった。

 

 そのような戦場の中、ザフト軍の中でも歴戦の将であるルイン・シェフィールドは、自身の部隊を率いて戦闘を続けていた。

 

 向かってくる解放軍の部隊を前にして、シェフィールド隊の4人、ルイン、ディジー、ジェイク、ノルトは敢然と立ち向かっていく。

 

「良いか、連携を崩すな。指揮はディジーに託す!!」

《了解!!》

 

 少女の快活な声が、ルインの耳へと帰ってくる。

 

 親譲りと言うべきか、3人の中ではディジーが最も指揮能力に優れている。彼女に任せて連携を崩さなければ、彼等はエース級にも劣らない活躍ができるだろう。

 

 その間、ルインは単独で動く。

 

 フォースシルエットを装備したルインのハウンドドーガは、解放軍の動きを冷静に見据え、自身にとって有利な場所を占位する。

 

「来るぞ!!」

 

 ルインは叫ぶと同時にビーム突撃銃を斉射。解放軍の隊列の先頭を進んでくるレイダーに砲撃を浴びせて撃ち落す。

 

 しかし、その程度で解放軍が怯むはずも無かった。

 

 爆炎を吹き散らしながら、レイダーやジェットストライカーを装備したグロリアス、ウィンダムが次々と向かってくる。

 

 その動きを見据え、ディジーが仲間2人に指示を飛ばす。

 

「ジェイク、ノルト、掩護してッ 私が突っ込む!!」

 

 言い放つと同時にビームトマホークを抜き放ち、斬り込んで行くディジー機。

 

 解放軍はたちまち砲撃を集中させようと、銃口を向けてくる。

 

 しかし、彼等が攻撃をする前に、ジェイクとノルトが援護射撃を開始した。

 

 たちまち、閃光を浴びて吹き飛ばされる解放軍機が続出する。

 

「ディジーはやらせませんよ!!」

「ほらほらッ 遅いってのッ それじゃハエが止まるぜ!!」

 

 ノルトとジェイクの援護を受け、ディジーのハウンドドーガが斬り込む。

 

 長大なトマホークを振り回し、群がる解放軍機を叩き斬って行くディジー。

 

 そこへ、ルインの機体も援護に加わる。

 

 ビームトマホークを抜き放ったルインは、自身のハウンドドーガを突撃させる。

 

 たちまち、3機の解放軍機が機体を斬り裂かれて爆散する。

 

 まさに一騎当千。基本的に個々の兵士の能力に優れるザフト軍ならではの光景である。

 

 しかし、いかにシェフィールド隊が奮戦したとしても、それで全ての戦線が守られるわけではない。防衛を行うザフト軍に対して、解放軍の数はあまりにも多すぎるのだ。

 

 シェフィールド隊が一方面を押さえている隙に、別の戦線が突破される。そうなると、最早どうにもならなかった。

 

 更に、シェフィールド隊にも緊張が走る事態が起こる。

 

《隊長、急速に接近する機影ありッ 速いです!!》

 

 ノルトからの警告に、ルインがその方向にカメラを向けた。

 

 そこには、翼を広げて飛翔する黄色のレイダーが近付いてきた。

 

 ゲルプレイダーだ。

 

「敵の防備が厚いとは聞いてきたが・・・・・・」

 

 操縦するオーギュストは、4機のハウンドドーガを鋭い双眸で見据える。

 

 相手は量産型とは言えザフト軍の新型。しかもエースが操縦する機体だ。いかに核動力の機体に乗っていても油断はできなかった。

 

 ビームガンで射撃を行うゲルプレイダー。

 

 狙われたのは、ディジーのハウンドドーガだった。

 

「レイダーの、特機!?」

 

 とっさにビーム突撃銃を放ち牽制しようとするディジー。

 

 しかし、張り巡らせた弾幕を、オーギュストは軽々と回避してしまう。

 

 更に接近を試みるオーギュスト。

 

 そこへ、

 

《下がれディジー!!》

 

 緊急事態を察したジェイクのハウンドドーガが、トマホークを振り翳して上方から急降下するようにゲルプレイダーに斬り掛かる。

 

 武骨な鎧を着こんだような外見のハウンドドーガが突撃する様は、それだけで周囲は威圧感を感じてしまう。まるで中世騎士の騎馬突撃を連想させる光景だ。

 

 しかし、対するオーギュストは、そんなジェイクの動きを冷静に見極めていた。

 

「甘い!!」

 

 抜き打つように振るうシュベルトゲベール対艦刀。

 

 その一閃が、ジェイク機の右肩を切断する。

 

《ジェイク!!》

 

 バランスを崩して地に倒れたジェイクを見て、声を上げるノルト。

 

 同時にケルベロス・ビーム砲を展開して砲撃体勢に移行。ゲルプレイダーを狙って照準を付ける。

 

 だが、

 

「遅いぞ!!」

 

 ノルトの動きを読んでいたオーギュストは、ミョルニル破砕球を容赦なく叩き付ける。

 

 これには、砲撃体勢に移行していたノルトは、回避する間が無かった。

 

《ウワァァァァァァァァァァァァ!?》

 

 悲鳴を上げて吹き飛ばされるノルト機。

 

 直撃を受けて肩から頭部は完全にひしゃげている。中のノルト自身が無事かどうかは、まだ判らなかった。

 

「ジェイクッ!! ノルト!!」

 

 仲間2人の惨状を目の当たりにして、声を上げるディジー。

 

 しかし次の瞬間、水面を割るような形で緑色の機体が飛び上がって来た。

 

「足元ががら空きよ!!」

 

 水飛沫を上げて飛び上がりながら、ジーナ・エイフラムのヴェールフォビドゥンは、巨大な鎌を振り翳す。

 

 それに対して、突然の奇襲を前に、ディジーの対応は完全に後手に回った。

 

「しまった!?」

 

 気付いた瞬間には、既にヴェールフォビドゥンは目前まで迫っていた。

 

 とっさに機体を捻らせて回避を試みるディジー。

 

 しかし、かわしきる事ができずに、ハウンドドーガは右腕を斬り落とされてしまった。

 

「そらッ これでトドメだよ!!」

 

 叫びながら、ニーズヘグを振りかぶるジーナ。

 

 しかし、その一撃は、ディジー達の危機を察して引き返してきたルインが、掲げたシールドで防ぎ止めた。

 

「隊長!!」

《退くぞッ これ以上の交戦に意味はない!!》

 

 叫びながらルインは、ビーム突撃銃でゲルプレイダーとヴェールフォビドゥンを牽制しようとする。

 

 しかし、ルインが放ったビームは全て、ヴェールフォビドゥンによって明後日の方向へそらされてしまう。ゲシュマイディッヒパンツァーを持つフォビドゥン級機動兵器が相手ではビーム兵器の相性は悪いのだ。

 

 その隙に、シュベルトゲベールを振り翳したゲルプレイダーが斬り掛かってくる。

 

 更に、その後方では北米解放軍の大部隊が、徐々に迫ってくるのが見えるに至り、ルインはヘルメットの下で大きく舌打ちした。

 

 最早、どうにもならない。

 

 敵のエース機の登場によって、ザフト軍の戦線は完全に破綻してしまっている。そこに来て、解放軍の本格的な総攻撃が開始されようとしている。

 

 ザフト軍は尚もか細い抵抗を続けているが、それもいつまで続くか判らない。戦線は最早、完全に破綻していると言って良かった。

 

 残る手段はただ一つ。味方の援護を受けられるうちに、退却するしかなかった。

 

《ディジーッ お前はノルトとジェイクを!!》

 

 ゲルプレイダーの剣を辛うじて回避しながら、ルインは指示を飛ばす。もはや一刻の猶予も無い。敵が接近して、包囲網が完成すればそれまでである。

 

 と、

 

《俺なら大丈夫だ!!》

 

 力強い声が、スピーカーから響いてきた。

 

 見れば、右腕を斬り落とされたジェイクのハウンドドーガが、残った左手に装備したビーム突撃銃を放って敵を牽制している。どうやら、機体は損傷したものの、ジェイク自身は無事だったらしい。

 

 その間にディジーは、中破したノルト機に近付いて抱え上げる。

 

 見ればノルト機はフレームはひしゃげているものの、腹部のコックピット付近はダメージが少ない。これなら、中にいるノルトは無事かもしれなかった。

 

 ディジーは何とか左腕だけで、半壊したノルトのハウンドドーガを抱え上げる。

 

《隊長、撤退します!!》

 

 スピーカーに向かって叫ぶと、スラスターを吹かして退却を始めるディジー。

 

 それを掩護するように、片腕のジェイク機も続く。

 

 撤退していく3機のハウンドドーガを確認すると、ルインもスラスター出力を上げてゲルプレイダーを振り切り、そのまま味方の勢力圏まで退却していく。

 

 そして、

 

 それは同時に、ザフト軍の敗北が決定的となった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 この日の戦闘で、ザフト軍の戦線は文字通り崩壊した。

 

 五大湖周辺のザフト軍防衛ラインは、北米解放軍の総攻撃の前にボロボロとなり、既に碌な戦力は残されていない有様である。

 

 残存する部隊はモントリオール手前のオタワに集結し、最後の抵抗を試みようとしているが、それがもはや何の意味も持たないであろう事は、火を見るよりも明らかだった。

 

 ザフト軍と北米解放軍の戦力差は決定的である。

 

 ザフト軍に残された手段は、もはや時間稼ぎ以外に無く、その間にモントリオール総督府を北米から脱出させる事くらいだろう。

 

 しかし、仮に総督府の用心を脱出させたとしても、捲土重来を期すことができるのがいつになる事か。下手をすれば、北米全土は「解放」され、ザフトの勢力は一掃されてしまうかもしれない。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 状況に変化が起こったのは、そのような最中だった。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 その日の作戦を終え、後方で総指揮を取るシェムハザに対して報告の通信を入れたオーギュストは、驚愕の表情でモニターの中のシェムハザを見ている。

 

 傍らに目を転じれば、オーギュストと共に帰還したジーナ・エフライムも同様の表情をしているのが見えた。

 

 今日の戦闘でザフト軍に決定的な損害を与える事に成功した北米解放軍。

 

 あと一突きすれば、ザフト軍の防衛ラインを完全に突き崩せるところまで来ている。そうなれば、あとはモントリオールまで解放軍の進撃を阻む存在はいなくなる。

 

 悲願である北米解放は、もうすぐそこまで来ているのだ。

 

 だと言うのに、シェムハザが出した命令は「撤退」だった。

 

「納得がいきません。いったいどういう事なのですか、閣下?」

 

 悔しさを滲ませるようにオーギュストは尋ねる。

 

 たとえシェムハザの命令であろうと、ここまで来て撤退など、受け入れられる訳が無かった。

 

 勝利が、栄光が、悲願達成が、もうすぐそこまで来ていると言うのに。

 

 だが、シェムハザは、オーギュストの抗議にも眉一つ動かさずに言った。

 

《西海岸に、オーブ軍の大部隊が上陸した》

 

 その言葉に、オーギュストとジーナは目を見開いた。彼等も、シェムハザがなぜ、この段階で撤退を命じたか、その意味を理解したのだ。

 

 現在、北米解放軍はモントリオールを陥落させるべく北上している。その関係で、フロリダ半島周辺の守りは手薄になっている。そこを、オーブ軍に突かれでもしたら、解放軍はひとたまりも無いだろう。仮にモントリオールを攻め落としても、フロリダが陥落すれば解放軍の負けだった。

 

 モニターの中のシェムハザは、表情に変化は見られない。

 

 しかし、それでも内心では忸怩たる物を感じずにはいられない様子だった。

 

《お前達の無念は判る。儂とて同じ気持ちだ。だが、ここは堪えるのだ》

 

 ここで撤退しても、戦力さえ残っていれば、モントリオールを再び攻める事ができる。しかし、ここで解放軍が壊滅してしまったら二度と北米解放は叶わない。無念ではあっても、ここは撤退する以外に道は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・承知しました」

 

 不承不承ながら、オーギュストはモニターの中のシェムハザに頭を下げた。

 

 通信を終えると、オーギュストはジーナに振り返る。

 

「できるだけ速やかに部隊を纏めてくれ。可能なら、今夜中に撤退作業を開始したい」

「判ったわ」

「後、防諜体制は完璧に頼む。万が一にも、ザフト軍に感づかれないように」

 

 現在、解放軍の本隊はザフト軍の勢力圏に近付きすぎている。もし、撤退の事をザフト軍に知られたら、熾烈な追撃を受ける事になりかねない。それだけは何としても避けなくてはならなかった。

 

 やがて、オーギュストの命令を受けた解放軍各部隊は、粛々と撤退を始めえていく。

 

 それに対し、オーギュストが危惧したザフト軍の追撃は行われなかった。

 

 陣形を可能な限り維持したまま粛々と撤退していく解放軍に対し、消耗を重ねたザフト軍は手出しする事ができず、ただ、南へと下がって行く解放軍の隊列を見送る以外に無い。

 

 こうして、五大湖周辺の攻防戦は集結し、モントリオール政府は辛うじて命脈を保ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米、カリフォルニア湾岸の東側に、多数の部隊が展開しつつある。

 

 元々、専守防衛を目的として設立されたオーブ国防軍は、対外侵攻作戦の研究がそれほど活発とは言えず、領土外での作戦行動は不得手とされてきた。

 

 事実、ユニウス戦役以降、幾度か行われた大規模海外派兵と、それに伴う紛争介入においては、芳しい戦果を挙げ得た物は少ない。

 

 しかし、カーディナル戦役における共和連合軍の勝利により、オーブが治安維持を担う地域は急速に拡大する事となった。

 

 これに伴い、当時のオーブ政府は対外作戦行動が可能な部隊の練成を急ぐとともに、必要な法整備を来ない、必要に応じた自軍の国外における作戦行動を容認した。

 

 ハワイ基地も、その一環として整備された物である。ハワイを基地として使用できる事により、オーブ軍は太平洋一帯における作戦鼓動が可能となったのだ。

 

 オーブ軍が今回、本国から離れた北米に軍を派遣する事ができたのは、そうした入念な下準備の賜物であると言えた。

 

「うわぁ すごいねー」

 

 入泊する大和の艦橋から、揚陸作業を行う大部隊を見て、カノンは素っ頓狂な声を上げた。

 

 カノンと共に、ヒカル、レオス達も艦橋に上がり、集結しているオーブ軍に目を向けている。その視界の先には、世界でも有数の戦闘力を誇る軍隊が、轡を並べて集結している様を見る事ができた。

 

 長年、国土を侵そうとした多くの敵対勢力と死闘を繰り広げ、今や世界最強とまで言われるに至ったオーブの精鋭部隊の姿が、そこにはあった。

 

 北米統一戦線との戦いに勝利した大和も、オーブ軍北米上陸の報を聞いて本隊への合流を果たした訳である。

 

「確かに、こいつは壮観だ」

「こんなにいっぱい・・・・・・見るの初めてかも・・・・・・」

 

 イフアレスタール兄妹も、口を開きっぱなしにして見入っている。2人からすれば、これ程の大群を目にする機会など、今までになかったはず。それだけに、かなりの衝撃を受けている様子だった。

 

「いよいよ、反撃開始って感じだな」

 

 いつの間にやって来たのか、ミシェルが同じようにオーブの大軍を眺めながら言った。

 

 負傷したリィスに代わりモビルスーツ隊を指揮し、見事に北米統一戦線との戦いを勝ち抜いたミシェルもまた、指揮官として大きな成長を遂げたと言える。

 

 と、

 

「今回の派兵、司令官は誰だった?」

 

 艦長席に座したシュウジが、オペレーター席のリザに声を掛けた。

 

 それに対してリザは、情報が流れているモニターを見てから顔を上げる。

 

 ハワイから補充兵として配属されたリザだが、幾度かの戦いを経て機器の扱いにも慣れ、ブリッジクルーとしての役割を充分にこなせるようになっていた。

 

「えっと・・・・・・カンジ・シロサキ中将、だそうです」

 

 その名前を聞いた時、シュウジは被った帽子の下で僅かに目を細めた。

 

 そんなシュウジの様子に気付いたのは、自動航法に切り替えて、舵輪から手を放していたナナミだった。

 

「どんな人なんですか? そのシロサキ中将って・・・・・・」

「優秀な人物だ」

 

 ナナミの質問に対して、シュウジは変わらず、淡々とした調子で答える。

 

「軍政関係の仕事を多くこなされてきたのだが、艦隊の運用にも定評があり、『実践に強い指揮官』と言う評価がある。だが・・・・・・」

「だが?」

 

 言い淀むシュウジに対し視線が集中する中、当のシュウジは更に険しい表情を作りながら続けた。

 

「性格はやや慎重すぎる傾向があり、積極性が欠けると評価された事がある。それが作戦に影響しなければいいんだが・・・・・・」

 

 戦場における慎重さは必ずしも美点であるとは限らない。慎重に行動し過ぎた結果、勝機を逸する事も有り得るからだ。

 

 ただ、先の第1次フロリダ会戦の折のように、総司令部の判断と作戦指揮が拙速すぎて敗北したケースもまた多い事を考えれば、慎重な人物の方が好まれる場合も多い。そこは判断の難しい所である。

 

 やがて大和は、指定されたブイへと、ゆっくりと船を進ませていく。

 

 その時だった。すごい勢いで扉が開き、スーツ姿の青年が艦橋に飛び込んできたのは。

 

「ヒカル君!!」

 

 入って来るなり、アランは大声でヒカルを呼ぶ。

 

 その尋常ならざる様子から、何かただ事ではない事が起きていると直感した一同に、否応なく緊張が走る。

 

 何か、良くない事が起きたのか?

 

 ヒカル達の中に不安が走る中、

 

 アランは荒い息を整える間も惜しむように口を開いた。

 

「ヒビキ三佐が!!」

 

 

 

 

 

「リィス姉!!」

「リィちゃん!!」

「隊長!!」

「ヒビキ三佐!!」

 

 一同が病室に駆け込む中、

 

 まるで位階を連想させるような白さを持つ医務室。

 

 その壁際にあるベッドに横たわったリィスは、静かに目を閉じながら、

 

「・・・・・・・・・・・・うるさいわね、病室では静かにしなさいよ」

 

 いかにも不機嫌そうに、声を上げた。

 

 暫く眠っていたせいで、かなり億劫そうではあるが、意識自体ははっきりしており、どう見ても命に別状はない。

 

 艦橋に飛び込んできたアランは、リィスの意識が戻ったのを伝えてきたのだ。

 

 途端に、一同は力が抜けたように安どの笑みを漏らす。

 

 カノンなどは、思わずよろけて倒れそうになり、傍らのナナミに支えられているくらいだった。

 

 兎にも角にも、リィスの意識が戻ったのはめでたい事である。

 

 落ち着きを取り戻した一同は、改めてベッドを囲んで話し始めた。

 

「大体の経過は、グラディス連絡官から聞いているわ。みんな、良く頑張ってくれたわね」

 

 そう言ってから、リィスは視線をヒカルへと向けた。

 

「特にヒカル。よく頑張ったわ。流石は、お父さんとお母さんの子供ね」

「リィス姉・・・・・・」

 

 笑顔を向けてくるリィスに、ヒカルははにかんだ様に顔を逸らす。姉が自分の事をほめてくれたのが、単純に嬉しかった。

 

 そんなヒカルをじっと見て、リィスは一同に言った。

 

「みんな、ごめん。ちょっとヒカルと家族だけで話したいから、席外してくれないかな」

「ああ、すまん隊長、気が付かなくて。ほらほら、みんな行くぞ。家族水入らずを邪魔しないようにな」

 

 ミシェルが手を叩きながら、一同を追い出すように部屋を出て行く。

 

 それを見送ると、ヒカルはベッドの上のリィスに向き直った。

 

「それで、リィス姉。話って?」

 

 尋ねるヒカルに対して、リィスは真剣な顔を向けてきた。

 

「ヒカル、あの子とは、話はできたの?」

「あの子って・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、ヒカルはリィスが何を言いたいのか判った。

 

 レミリア(レミル)の事は、既にリィスも知っている。リィスの言う「あの子」とは、彼女()の事を言っているのだ。

 

「レミリ・・・・・・レミルとは、まだ」

 

 言いかけて、慌てて言い直す。レミリアが女である事はヒカル以外には知らない事なのだ。

 

 そのヒカルの反応を見てリィスは、結局ヒカルは、自分自身の事に決着を付けられないままになってしまったと言う事を理解した。

 

 本来ならリィスは、モビルスーツ隊長として、迷いを抱えたまま戦おうとしているヒカルを叱咤しなければいけない立場にある。

 

 しかし、隊長であると同時に姉でもあるリィスとしては、頭ごなしにヒカルの行動を否定する事は憚られた。

 

 だから、少しだけ話題とアプローチを変えてみる事にした。

 

「ねえ、ヒカル。お父さんの事、覚えてる?」

「そりゃ、覚えてる・・・・・・けど?」

 

 突然、話題を変えて話し出したリィスに対し、ヒカルは訝りながらも応じる。

 

「お父さんが、軍人だったってのは?」

「知ってる。正直、イメージに合わないけど」

 

 ヒカルの記憶では、父はいつもニコニコと笑顔で穏やかな性格をしている事が多く、怒った所など、全くと言って良いほど記憶に無い。とても、荒事を行う軍人だとは思えなかった。

 

 そんなヒカルの反応に対し、リィスは「確かにね」と呟きながら苦笑する。

 

「お父さんも、あれで、若い頃からすごい苦労して来たらしいからね。あのスタイルは、ある意味お父さんが辿り着いた答えの一つだったのかもしれないわね」

 

 戦場がどんなに苛酷であっても、家族の前では明るさを失わないようにする。

 

 もしかしたらキラは、そのように常に心がけていたのかもしれない、とリィスは考えていた。

 

「そんなお父さんがさ、戦場でどんなふうに戦っていたのか、話した事は無かったよね」

「うん」

 

 ヒカルは父や母が、どんな軍人だったか聞いた事は無かった。ヒカルが積極的に聞きたいと言った事は無かったし、キラ達にしても、敢えて話そうとは思っていなかった節がある。

 

 そんなヒカルに、リィスはどこか懐かしむような口調で話し始めた。

 

「お父さんはね、よっぽどの事が無い限り、敵のコックピットとエンジンは狙わなかったの。狙うのは、武装か、あとカメラか推進器だね」

「・・・・・・は?」

 

 何だ、その出鱈目なやり方は。

 

 ヒカルは驚愕のあまり、目を丸くしてしまう。正直、姉の話であっても眉唾としか思えなかった。

 

「ま、信じられないのも無理ないわ。実際に見ていた私ですら信じられなかったんだから」

 

 だがキラは、どんなに困難であろうと、誰からどれだけ非難されようと、自分のやり方を変えようとはしなかった。

 

 それこそが、いずれ必ず憎しみを止める事につながると信じていたからだ。

 

「今のアンタじゃ、お父さんの真似はできないと思う。て言うか、誰でも真似できるような事じゃないしね、あんな事」

 

 でも、とリィスは続ける。

 

「アンタのお父さんは、憎しみを止める為に戦い続け、その答えを示した。その事だけは覚えておいて」

 

 そう言って、リィスはヒカルに笑いかける。

 

 確かに、そんな戦い方は今のヒカルには無理だ。キラと同じ戦い方をするには、キラと同じだけの技量を持ち、そして他人が向けてくる憎しみも怒りも、全てを受け止めるだけの覚悟が必要なのだ。

 

 今のヒカルには、そのどちらも欠けている。

 

 だが、

 

 同時に、強い憧れがあるのも、ヒカルは感じた。

 

 もし、そんな戦い方ができるのなら、戦場に起こる悲劇を、ほんの僅かでも減らす事ができるかもしれない。

 

 互いに相反する主張がぶつかり合う戦場の中にあって、その全てを受け止める事ができれば、その先には必ず争いを止める「答え」があるような気がした。

 

 それに、レミリア。

 

 今は敵と味方に分かれてしまっている彼女を、救い出す事もできるかもしれない。

 

 敵を殺すのではなく、制する為に戦い、それを成し遂げた父。

 

 ヒカルは、その背中に少しだけ、触れる事ができたような気がした。

 

 

 

 

 

PHASE-25「先を歩く者の背中に」      終わり

 



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PHASE-26「ただ一つの想いを胸に」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 短期間に揃えられる軍隊の規模としては、充分以上の物があるだろう。

 

 ザフト軍司令部から提出された編成表を見ながら、アンブレアス・グルックは満足そうに頷いた。

 

 周囲には補佐官たちが固唾を呑んで、グルックからの指示を待っている。

 

 間もなく、フロリダ半島にある北米解放軍拠点に対し、共和連合軍は二度目の攻勢を掛ける事になる。その為の軍勢の準備が整いつつあった。

 

 今回、主力となるのはジブラルタルから発するザフト軍主力部隊と、カリフォルニア湾岸に上陸したオーブ軍である。

 

 その他にも南アメリカ合衆国軍、ザフト北米駐留軍、モントリオール政府軍が、それぞれ主隊の援護に加わる。事実上、前回の倍近い兵力を投入した一大決戦だ。

 

「更に・・・・・・・・・・・・」

 

 短く呟いて、グルックはもう一つ付け加える。

 

 ユニウス教団軍。

 

 つい先日、代表2人がわざわざプラントまでやってきて参戦を表明したユニウス教団。彼等がどの程度の戦力を有しているかは不明だが、わざわざ自分達を売り込みに来た以上は、それなりに自信があっての事だろう。

 

 総勢で、機動兵器1300機にも達する大軍である。数においては、確実に北米解放軍を凌駕している。

 

 しかし、これだけの大軍を擁しながらも、不安は一切無しとはいかないのが現状だった。

 

 まず、大軍と言っても、その実態は寄せ集めの集団に過ぎない。各軍は殆どが合同訓練すらした事が無く、戦場でぶつけ本番の連携を求められる事になる。これがいかに困難な作業であるかは語るまでも無く想像できるだろう。

 

 更に、解放軍の情報が不足している点については、先の第1次フロリダ会戦と同様である。これまでの交戦で、幾ばくかの情報は入ってきており、作戦計画もそれに沿って作成されているが、それでも未だに情報が不足している事は否めなかった。

 

「あの、議長」

 

 少し躊躇うような口調で、補佐官はグルックに尋ねた。

 

「何だ?」

「はい、この編成についてですが、投入兵力の中に降下揚陸部隊が含まれているようなのですが?」

 

 先の戦いで、北米解放軍が多数の対空掃射砲ニーベルングを擁している事が分かっている。上空から接近しようとすれば容赦なく薙ぎ払われるだろう。

 

 降下揚陸部隊の投入などもっての外。恐らく地上が見えた瞬間、容赦なく薙ぎ払われるだろう。

 

 しかし、

 

「問題ない」

 

 グルックは言下に言い切った。

 

 そこに一切の躊躇は無く、己の選択に対して絶対の自信を持っている様子である。

 

「いえ、議長、それでは・・・・・・」

「私は問題ないと言ったぞ」

 

 尚も言い募ろうとする補佐官を、グルックは鋭い眼で睨みつけて黙らせる。

 

 その表情と強い語調に威圧され、補佐官はそれ以上、何も言う事ができなくなった。

 

 これまでグルックは、自身に反対する者を容赦なく切り捨ててきた。下手な発言は、現在の地位を失う事にもなりかねなかった。

 

「そう心配するほどの事でもない」

 

 そんな補佐官の懸念など気にした様子も無く、グルックは自信に満ちた口調で言った。

 

「降下揚陸部隊にはレニエントも同行させた。あれがあれば、たとえニーベルングがあろうとも何ほどの脅威ではないさ」

 

 グルックの言葉を聞いて、一同から感嘆の声が上がった。

 

「レニエントか・・・・・・」

「うむ、確かに、あれさえあれば何とかなるだろう」

 

 一度は不穏が広がった空気も、一転して楽観の色を見せ始める。それだけ、グルックの決断に対する一同の信頼は絶大であると言えた。

 

 その様子を、グルックは満足げに眺めている。

 

 先の戦いにおける敗北は確かに痛かったが、それが必ずしもマイナスにばかり働いたわけではない。グルックが当初から目論んでいた通り、北米解放軍の脅威が皆に伝わり、今回の大軍の派兵へと繋がったのだ。

 

 多くの兵士が犠牲になったが、それも些細な問題と言う物だ。こうして生き残った者の士気を大いに高める事ができたのだから、必要な犠牲だったとして割り切る事ができる。

 

 今度こそ、自分達は勝つ。そして、それは同時に、長年にわたって続いた北米紛争に終止符を打つ事を意味している。

 

 そして、

 

 北米の問題を片付けた後は、早急に次の問題を片づける必要があった。

 

「・・・・・・・・・・・・オーブ、か」

 

 地球上にある同盟国の名を、グルックは低い声で呟く。

 

 周囲にいる補佐官たちは誰も、その声を聞いた者はいない。

 

 ただ、鋭い眼光を放つグルックの双眸は、自身が歩むべき野望の道を見据えてぎらぎらとした光を放っているように思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍北米大陸上陸の報を受け、北米解放軍は北上中の軍隊を素早く撤収させた。

 

 このまま自分達がモントリオールに固執すれば、手薄になったフロリダをオーブ軍に攻められてしまう。現在、主力が北上している関係で、フロリダ周辺には最低限の守備部隊しか残っていない。とても、オーブ軍の主力に対抗できるものではない。

 

 多くの解放軍兵士達が無念を抱えたまま、それでも彼等は引き上げざるを得なかった。

 

 これに対して、対峙していたザフト軍とモントリオール政府軍は追撃を行うべく軍を派遣しようとしたが、もともと壊滅状態の軍に、まともな戦闘能力は残されておらず、結局、追撃部隊は編成されないまま、南に撤退する解放軍をただ見守る事しかできなかった。

 

 しかし兎に角、攻め寄せてきた北米解放軍を、ザフト軍が壊滅状態に陥りながらも撃退に成功したのは事実である。

 

 こうして、第1次フロリダ会戦から続いて生起した五大湖攻防戦は、戦略的には辛うじてザフト軍の勝利に終わったのだった。

 

 一方、撤収に成功した北米解放軍は、再びバードレスライン以南に立て籠もり守りを固めている。そうなると、もはや簡単には手を出す事はできなかった。

 

 とは言え、北米解放軍の危機的状況が、それで去った訳ではない。

 

「北にザフト軍駐留軍とモントリオール政府軍、西にオーブ軍、南に南アメリカ合衆国軍・・・・・・」

「更にジブラルタルにはザフト軍の別部隊が控え、軌道上には降下揚陸部隊まで用意されていると言う」

 

 シェムハザは厳粛な声で、現状をオーギュスト達に伝える。

 

 今や敵はフロリダ半島を完全に包囲しようとしている。このままでは解放軍は、四方から囲まれて叩き潰されかねない。

 

 バードレスラインが防御できるのは北から来る敵のみである。その他の方面から攻めてくる敵軍に対しては、あたら堅固な要塞群も意味を成さなかった。

 

「やられましたね。まさか先の戦いから短時間で、これ程の軍勢を揃えてくるとは」

 

 オーギュストも、唸るように呟く。

 

 現在、まだ包囲網は完成した訳ではない。ジブラルタルのザフト軍主力はまだ出撃していないし、北の駐留ザフト軍とモントリオール軍は、壊滅状態である。彼等はこれから部隊の再編成を行わなくてはならない。侵攻してくるのは、まだ先の話になるだろう。

 

 共和連合軍は全体的に、寄せ集めの感が拭えない。

 

 しかし、北米解放軍が兵力において、共和連合軍に大きく劣っている事は否めなかった。

 

「早急に、防衛体勢を確立しなくてはならない」

 

 シェムハザは、オーギュストとジーナを見ながら厳かに言う。

 

 とにかく解放軍側の戦略としては包囲網が完成する前に解囲を試みるか、さもなければ徹底的に防衛力を強化して状況を乗り切るしかない。

 

「解囲は、現実的じゃないですね」

「ああ、今回は時間が無さ過ぎる」

 

 ジーナの言葉に、オーギュストは頷きを返す。

 

 解囲を試みる場合、共和連合軍の最も戦力の薄い場所に攻撃を仕掛けるのが得策なのだが、それをやっている隙に手薄になったフロリダを攻められたら、解放軍の敗北はその時点で確定してしまう。

 

 そうなると、残る手段は防衛強化によって敵を撃退する以外に無い。

 

「北と南は、気にする必要は無いだろう」

 

 シェムハザは断定するように言った。

 

 北側から来るであろう、ザフト軍の駐留部隊とモントリオール政府の混成軍は、現在弱体化している。加えて、強固なバードレスラインも未だに健在である。彼等が激減した戦力で、あの鉄壁の要塞を打ち破れるとは思えなかった。

 

 南側の南米軍は戦力的な損耗はほぼ皆無だが、先の戦いからも判る通り、彼等が積極的な攻勢が出て来る可能性は低い。また、仮に攻撃を仕掛けて来たとしても、解放軍の現有戦力だけで撃退は十分可能だった。

 

「降下部隊への警戒も、最低限で良いと思います。先の戦いと同じ愚を犯す程、彼等も馬鹿ではないでしょう」

 

 発言したのはジーナだ。

 

 彼女の言うとおり、解放軍に対空掃射砲ニーベルングがあると判った以上、ザフト軍が積極的に降下揚陸作戦を用いてくる可能性は低いだろう。仮に来たとしても、また同じ手段で撃退は可能だった。

 

 恐らく降下揚陸部隊の出撃は、解放軍の戦力拡散を狙ったブラフだろうと考えていた。

 

「そうなると、残るは東と、そして西か・・・・・・」

 

 カリフォルニア湾に上陸したオーブ軍と、ジブラルタルに集結中のザフト軍の主力部隊が、解放軍にとって最も脅威度は高いと思われた。

 

「閣下。ここは、主力をオーブ軍に差し向け、ザフト軍は海上部隊を繰り出して阻止するのが適切と判断いたします」

 

 オーギュストの判断では、ザフト軍は大西洋を押し渡って来る事になる。ならば、これを海上で阻止している隙に、残る全軍でオーブ軍を撃破。しかる後、残存する敵軍を掃討してはどうか、と言う訳だ。

 

 確かに、これなら単純に自分達のテリトリー内で防備を固めて引き籠るよりも、上手く行けば損害も少なくて済むだろう。

 

「自信があるのだな?」

「勿論です、閣下」

 

 若干、気負った調子でオーギュストは答える。

 

 いかに共和連合軍が大軍を擁して攻めて来ようとも、必ずや撃退してごらんにいれます。

 

 オーギュストの芽は、そのように語っている。

 

 それに対して、シェムハザも暫くジッと考えるように沈黙した後、やがて深く頷きを返した。

 

 

 

 

 

 大軍を預かる司令部ともなると、その参加スタッフも莫大な物となる。

 

 特に今回、オーブ軍が北米に派遣したのは、モビルスーツ400機、輸送用航空機100機、後方支援スタッフを含めた総兵力は3万にも及ぶ。

 

 その全てを統括する司令本部だけでも、数100人規模の人間が詰めていた。

 

 今回、オーブ軍はカリフォリニア湾岸の橋頭保に司令部を置き、そこから全軍を統括する事にしている。

 

 かつて、ムウ・ラ・フラガ大将が指揮していた頃は、指揮官先頭が当たり前だったのだが、その「伝統」は継承されず、本来の形態である後方指揮型に戻されていた。

 

 もっとも、これは何ら批判されるべき物ではない。指揮官先頭型よりも後方指揮型の方が、司令部の生存性や命令伝達の確保には有利なのだ。ようは、ムウのやり方があまりにも特異だっただけで、誰もが彼のやり方をまねできる訳ではない、という訳だ。

 

 その司令部の中にあって、シュウジは北米派遣軍総司令官として赴任した、カンジ・シロサキ中将と対面していた。

 

 作戦開始に当たり、細部の詰めを行うためである。

 

「今回の作戦に当たり、ザフトの北米派遣軍は、あまり大々的な作戦行動はとれない」

 

 眉間に皺を寄せ、シロサキは言った。

 

 長く平和が続いたせいか、ザフト軍同様に、オーブ軍も全体的な技量低下が深刻視されている。現状、カーディナル戦役当時の戦力を維持できているのは、フリューゲル・ヴィントをはじめとする一部の精鋭のみと言えた。

 

 それは単純な戦闘力だけでなく、部隊を指揮する人間も当てはまる。

 

 シロサキは事務処理や部隊運用などで軍の内外から高い評価を受けており、決して無能な人物ではない事が伺える。

 

 しかし、実戦経験の薄さは否めず、一瞬の判断が要求される戦場において、適切な士気ができるかどうかが注目だった。

 

「連中は解放軍との戦いで消耗しきった状態だからな。出撃してもせいぜい、敵を牽制するので精いっぱいだろう」

 

 そう言って、シロサキは肩を竦めて見せた。

 

 全体的な戦力を比較すれば、共和連合軍と北米解放軍の戦力は共和連合軍が勝っている。

 

 しかし、

 

「こちらは寄せ集め。更にまだ、包囲網が完成した訳じゃありません」

 

 シュウジは自身の考えをぶつけてみる。

 

 戦いにおいて包囲した側が有利になるのは、籠城側よりも数が多い場合だ。同数以下の兵力では、各戦線に回せる戦力が少なくなり、結果的に各個撃破の好機を与えてしまう事になりかねない。

 

 加えて、包囲網は完成するまでが最も危険な状態である。大軍であっても各方面に部隊が散らばって手薄な状態になっている為、敵が万が一攻勢に出て来た場合、逆に撃破される事も考えられた。

 

「それについては、ザフト軍の方で、何かしら手を打っているらしい」

 

 答えたのはシロヤマだった。

 

「何か、とは?」

「詳細については聞かされていない。だが今回、彼等はかなりの自信があるそうだ」

 

 先の戦いにおいて手痛い敗北を喫したザフト軍が、いったいどんな切り札を用意したのか、気になる所である。

 

 ただ、ザフト軍の作戦を信じて、与えられた役割を果たすのみである。

 

「そこで、我々は東へ軍を進めつつ、敵本拠地に対する奇襲攻撃を敢行する予定だ」

 

 そう言ってシロサキは、作戦の説明に入った。

 

 既に、北米解放軍にもオーブ軍が上陸した事は知られているはず。だが、オーブ軍単独で解放軍と戦うには荷が重すぎる。そこで、奇策を用いる事になった訳である。

 

「まず、本隊で敵の攻撃を引き付ける一方、複数の高速機動部隊で、敵の本拠地であるフロリダ半島の拠点に攻撃を仕掛ける」

「なるほど、では本艦は奇襲部隊の方へ加わる訳ですね」

 

 シロヤマの説明を聞き、シュウジは納得したようにうなずく。

 

 奇策である事は間違いないのだが、作戦自体は手堅い物と言える。要するに大軍で敵の注意を惹きつけつつ、その間に敵中枢に奇襲攻撃を敢行する訳だ。

 

 本隊と別働隊とを分けて独立運用するのは古くからある戦術の一つであるが、鍵となるのは奇襲部隊のスピードだろう。

 

 本隊が敵の主力を引き付けている間に、いかに早く敵の本拠地を突けるかが問題だった。

 

「大和はこういう戦い方の為に作られた艦だと言って良いだろう。頼んだぞ」

「ハッ」

 

 期待の眼差しを向けて来るシロサキに対して、シュウジは敬礼を返す。

 

 元より、これまで単独行動で作戦を行う事が多かった大和隊である。本隊に組み込まれて大軍の一翼を担うよりも、自由に動ける遊撃部隊に位置付けられた方が、実力を十全に発揮できると考えている。そういう意味で、今回の措置はシュウジとしてもありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろ髪を引かれる思いはあるが、こればかりは仕方がない事である。

 

 車椅子に乗ったリィスは付き添いの女性兵士に押してもらいながら、居並ぶ一同に目を向ける。

 

 ミシェル、ナナミ、レオス、リザ、そしてヒカル。皆、リィスにとっては大切な人達である。彼等を残して行かなくてはならない事には、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

「それじゃ、みんな。悪いんだけど、後の事はお願いね」

 

 北米統一戦線との戦いで重傷を負ったリィスは、後送される事が決定したのだ。

 

 この後ハワイ基地へ移送され、そこでリィスは暫くの間、療養に努める事になる。

 

 隊長でありながら、決戦を直前に戦線離脱しなくてはいけない状況にはリィスとしても歯がゆい物を感じずにはいられないが、それも仕方がない事だった。重傷人を抱えて戦えるほど、今のオーブ軍には余裕は無いのだ。

 

「心配すんなよ、リィス姉」

 

 尚も心配そうな顔を覗かせる姉に、ヒカルは務めて明るい声で応じる。

 

 敬愛する姉の戦線離脱にはヒカル自身不安を感じずにはいられないが、それでもリィスの身の安全を考えれば、これが最善である事は理解している。後は自分達が、いかにリィスが抜けた穴をカバーできるかどうかという事が重要である。

 

 頼れる隊長がいないからと言って、無様な戦いをしたのでは、今まで多くの戦いを制してきた精鋭部隊の名が泣くと言う物だった。

 

 そんなヒカルに対して、リィスは無言のまま視線を向けてきた。

 

「何?」

「・・・・・・ううん、何でもない」

 

 怪訝な顔つきのヒカルに対して、リィスはフッと視線を逸らして首を振る。

 

 ヒカルはまだ、自分の中に迷いを抱えている。その事は、リィスにはよく分かっていた。

 

 親友であるレミル(レミリア)の事。(彼女)との決着を、ついに付ける事ができないまま終わってしまった事。それらの事が、ヒカルの中では重しになっているのだ。

 

 今のリィスにできる事は、ただ、弟に行く道を示してやることだけであった。

 

 だからリィスは、キラの事をヒカルに話した。ただ、これは必ずしも、ヒカルにキラのようになってほしいと願ってやった事ではない。ただ、父親がどういう軍人であったかを話す事によって、道を探る手がかりになればと思っただけである。

 

「ヒカル、これだけは覚えておいて。戦場では誰が正しくて、誰が間違っている、何て言う線引きは簡単にはできない」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスの言葉を聞き、ヒカルはかみしめるように沈黙する。

 

 リィスの言う事は良く分かる。

 

 ヒカルはレミリアと触れ合うまで、殆ど無条件でテロリストを恨み続けてきた。

 

 妹の命を奪ったテロリストを、自らの手で抹殺してやりたいとさえ思っていた。

 

 だが、レミリアと触れ合い、彼女には彼女なりの正義と想いがあると知った時、初めて、自分自身がこれまで確固として持ち続けてきた思いに疑問が生じるようになったのだ。

 

 勿論、今でもテロリストは憎い。

 

 しかし、自分とレミリア。その立場と主張を客観的に見比べた時、どちらが正義で、どちらが悪か、などという想定その物が分からなくなり始めていた。

 

 誰が正義で? 誰が悪か?

 

 そんな物は、その人物の立ち位置次第でいくらでも変わるものなのだ。そんな単純な構図を、今までヒカルは判らずに過ごして来た。否、敢えて考えてこなかったとも言える。

 

 ならば、自分はこれから、何を頼りに戦えば良いのか? 何を糧に敵に対峙すればいいのか?

 

 迷いを深めるヒカルに対し、リィスは諭すように優しく言う。

 

「だから、信じなくちゃいけないの。自分の正義を、仲間の信頼を」

 

 リィスの言葉は、ヒカルの胸に深く刻み込まれる。

 

 自分を見失った兵士は、もはや戦う事ができない。だからこそ、自分を信じ、仲間を信じて戦い続けろ。

 

 それこそが、自分自身の戦う信念と覚悟につながる。

 

 リィスはそう言っているのだ。

 

「リィス姉、俺は・・・・・・」

「大丈夫」

 

 不安を口にしようとしたヒカルに対して、リィスは優しく笑いかける。

 

「あんたは、世界最強とまで言われた、お父さんとお母さんの息子なんだから。アンタの中には、間違いなくあの2人の魂が宿っている。あの2人の戦いを間近で見た私が言うんだから間違いないよ」

 

 それだけ言うと、リィスは女性兵士に連れられて去っていった。

 

 後には、立ち尽くすヒカルだけが残される。

 

「・・・・・・・・・・・・自分を信じてて戦い続けろ、か」

 

 先ほどの、リィスの言葉を反芻する。

 

 確かに、あまりにも不確実な物が戦場には多すぎる。

 

 変わりゆく状況、不確実な情報、不明瞭な大義。人の命ですら不確定要素であり、1秒前に笑って生きていた人間が1秒後に骸になっている事すら珍しくない。

 

 隣にいる味方が絶対的に信頼できる人間であるという保証すら、十全ではありえないだろう。

 

 そんな中、たった一つ、確実に信じられる物があるとすれば、それは自分自身の心以外にはありえなかった。

 

 ただ一つ、強い信念を持ち続けて戦う。それこそが不確定な戦場の中にあって、ただ一つ、100パーセント確実に信じる事ができる物だった。

 

「すごい宿題、出されちゃったね」

 

 ふと、声を掛けられて振り返ると、カノンがからかうような笑みを浮かべて立っていた。

 

 先ほどのやり取りを聞いていたのだろう。ニヤニヤとした笑顔は、悪戯娘その物といった感じにヒカルへと向けられている。

 

 そんな幼馴染の様子に、ヒカルは嘆息を漏らす。

 

「立ち聞きか。下品だぞ、お前」

「んな!?」

 

 あまりと言えばあまりな物言いに、思わず絶句するカノン。

 

 対してヒカルは、ニヤッと笑みを見せる。どうやら、逆襲に成功したらしかった。

 

 その事に思い至ったのだろう。カノンは顔を真っ赤にして食いついてくる。

 

「コノォ!! ヒカルの癖にィ!!」

 

 殴りかかってくるカノンを、ヒカルはひょいひょいとかわしていく。

 

 幼馴染ゆえに、その動きは完全に把握している。年齢差から来る運動能力の差もあり、カノンの攻撃は全くヒカルに当たらなかった。

 

 そんな2人の様子を、苦笑交じりにフラガ兄妹が見つめている。

 

「元気だね~ あの2人は」

「まあ、落ち込まれるよりはいいんじゃないの」

 

 そう言って、ナナミは兄に対して肩をすくめて見せる。

 

 これから重大な作戦を行う前という事もあり、本来なら緊張してしかるべきだと言うのに、年少組2人は、今も子犬がじゃれあうようにしてはしゃぎまわっている。

 

 大物なのか、それとも単なる馬鹿なのか、あるいはその両方なのかは分からないが。まあ、確かに、ナナミの言うとおり落ち込むよりは百倍マシだが。

 

「お前はどうだ、艦の方にはもう慣れたのか?」

「うん、大丈夫。艦長達も良くしてくれてるし」

 

 そう言って、ナナミは笑顔を見せる。

 

 この順応性は、さすがはムウ・ラ・フラガの娘というべきだろう。

 

 先の北米統一戦線での戦いでは、終始、モビルスーツ同士による機動戦闘がメインだった為、大和は直接戦場に赴く事は無かったが、今度の敵はより強大な北米解放軍である。それ故、戦闘艦としての大和に求められる役割は、より大きくなるはずである。

 

「お兄も頑張ってよね。何てたって、モビルスーツ隊の隊長なんだからさ」

「ハッ 誰に向かって言ってんだよ」

 

 言ってから、ミシェルは不敵な笑みを向ける。

 

「俺は『不可能を可能にする男』だぜ」

 

 格好良く決め、瞳をきらりと輝かせるミシェル。

 

 対して、

 

 言われたナナミは、完全に白けきった目を兄へと向ける。

 

「お兄、それ、お父さんの決め台詞じゃん。パクリはカッコ悪いよ」

「うぐっ い、良いだろッ 親父はもう使ってないんだから!!」

「てか、それ、気に入ってたんだ」

 

 小さい頃2人は、父であるムウから自慢のように、そのセリフを聞かされて育ってきた。どうやら、ミシェルは、その口上を密かに気に入って愛用しているらしかった。

 

 これも、一種の「継承」と言えるのだろうか?

 

 もっとも、父親と違って、台詞とキャラがビシッと決まっていない辺りは、ご愛嬌と言うべきかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 一方、ヒカル達に見送られたリィスは、飛行艇型の輸送機が停泊している桟橋へとやって来た。

 

 ここから輸送機に乗り、リィスはハワイ基地へと向かう事になる。

 

 なるべくなら、早く戻ってきたいところである。

 

 ヒカルやカノンを始め、若いパイロットは順調に育っているし、指揮はミシェルに任せておけば問題なくやってくれるだろう。部隊全体の事も、シュウジがいれば安心である。

 

 しかし、やはり一番に心配なのは、弟のヒカルの事である。

 

 僅かな時間だがヒカルと話し、彼に道を示す手助けはできたと思っている。しかし結局のところ、どのような道を選ぶかはヒカル自身が決める事である。

 

 彼が道を自分で決めれるようになるまでは、自分が守ってやりたいと思っていた。

 

 と、輸送機に乗り込もうとしたリィスは、その手前に見覚えのある青年が立っている事に気が付いた。

 

「グラディス連絡官?」

 

 アランは、リィスが来るのを待っていたように、その姿を見ると歩み寄ってきた。

 

 リィスは車いすを押している女性士官に言って少し時間を貰うと、アランと2人だけで向かい合う形となった。

 

「お加減はどうですか、ヒビキ三佐?」

「はい、だいぶ良くなってきました。少し休めば、すぐに戻って来れると思います」

 

 強気な事を言うリィス。

 

 それに対して、アランはフッと笑みを浮かべる。

 

「安心しました。それくらい強気なら大丈夫でしょう」

 

 言ってからアランは、何かを思い出したように、リィスに顔を近づけてきた。

 

「お茶の約束も、まだ果たしてもらってないですからね」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 いかにも、今思い出したと言った感じに声を上げるリィス。

 

 そう言えば確かに、ハワイにいた時にアランとデートする約束をして、それを未だに果たしていなかった。撃墜してからは暫く昏睡状態にあり、目が覚めた後も体力の低下と、色々とゴタゴタした手続きがあってすっかり忘れていたが。

 

 そんなリィスを見ながら、アランはフッと微笑を浮かべて言った。

 

「楽しみにしていますよ。だから、早く帰ってきてください」

「それじゃあ・・・・・・私からも一つ、お願いがあります」

 

 何となく、言われっぱなしでは癪だったので、リィスは逆にひとつ、アランに要求してやる事にした。

 

「これからは、名前で呼んでくれませんか?」

「え・・・・・・・・・・・・」

「だって、『ヒビキ』じゃ、ヒカルと被ってるじゃないですか。階級込みで呼ばれても紛らわしいです。その代り、私もあなたの事を『アラン』って呼ばせてもらいますから」

 

 リィスの申し出に、一瞬、キョトンとした顔をするアラン。

 

 しかし、すぐに了解して笑みを浮かべる。

 

「判りました、ではリィス。また会える日まで」

「ええ、アランも、元気で」

 

 そう言うと、2人は互いの手をしっかりと握るのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-26「ただ一つの想いを胸に」      終わり

 



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PHASE-27「海龍の猟兵」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いの拠点の距離が離れている場合、攻撃の主体となるのは航空機と言う事になる。

 

 特に今回の場合、オーブ軍、北米解放軍双方に早期決着の意志がある。

 

 オーブ軍は、ザフト軍の進軍支援が本来の目的である事を考慮すると、早めに合流する事が望ましい。それ故に、どうしても進軍速度は速くなりがちである。

 

 一方の解放軍側の思惑としては、主攻撃目標として、オーブ軍よりもザフト軍の方に重点を置いている。そう言う意味で、対峙するオーブ軍の撃退を急ぎたいところである。

 

 お互いに時間は掛けていられない、と言うのが双方の奇妙に一致した認識である。

 

 そのような思惑のぶつかり合いから両軍の戦闘は、互いに飛行型のモビルスーツ多数を繰り出しての戦闘となっていた。

 

 入り乱れるストレーキが蒼穹に縦横の文様を描き、そこに時折、爆炎の花が開く。

 

 まるで巨大な白い大樹が空いっぱいに枝を伸ばし、炎の花を咲かせている家の如き光景である。

 

 両軍が激突したのは、旧テキサス州とルイジアナ州の境界線付近だった。

 

 進軍するオーブ軍の動きを察知した解放軍は、待機していた迎撃部隊を一斉出撃させていた。

 

 イザヨイが高速で駆け抜け、モビルスーツに変形すると同時に手にしたライフルを斉射、群がるウィンダムを撃墜する。

 

 かと思えば、数に勝るグロリアスが、旧大西洋連邦軍以来の伝統的な連繋戦術を駆使して1機のイザヨイを追い詰め屠っている。

 

 戦線を迂回してオーブ軍橋頭堡を狙おうとするレイダー部隊がいるが、そうはさせじと追いすがったイザヨイが食らいつく。レイダーは拠点攻撃用の重装備だったせいもあり、軽快な機動性で迫るイザヨイに手も無くひねられていく。

 

 互いに一歩も退かずに行われる激戦が、北米大陸上空で繰り広げられていた。

 

 その戦況の様子を、後方から指揮するオーギュストは冷静な眼差しで眺めていた。

 

「流石は音に聞こえたオーブ軍の精鋭。だが、まずは、こちらが有利と言ったところか」

 

 オーギュストの見たところ、オーブ軍も奮戦しているが、それでも「善戦」といったレベルである。戦場全体として見た場合、数に勝る解放軍の方が有利だった。

 

 ただ、楽観はできない。時間はオーブ軍の味方である。

 

 時間が経てばオーブ軍はザフト軍の援軍が期待できるのに対し、解放軍は包囲網が狭められてしまう。

 

 勝負を急ぎたいのは、むしろ解放軍の方だった。

 

「予備隊の投入を行いますか?」

「いや、まだ早い」

 

 幕僚の進言を、オーギュストは冷静に退ける。

 

 解放軍には、未だに潤沢な量の予備隊が存在している。それらを投入すれば、オーブ軍の三倍近い兵力となり、数で圧倒できるだろう。

 

 しかし今から予備隊を投入しても、戦力過剰となっていたずらに飽和状態を作り出してしまう。そうなると指揮にも混乱を来すだろう。そうなると、無駄に戦場を泥沼化させる事になりかねない。

 

 予備隊を投入するなら、もう暫く状況が動くのを待つ必要がある。

 

 いずれにせよ、戦況は解放軍優位に進んでいる。このまま行けば、現有戦力でも十分に押し切れるとオーギュストは計算していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは、ちょっとばかし、まずったかもな」

 

 ミシェルは父親譲りの癖のある金髪を掻き上げながら、舌打ち交じりに呟いた。

 

 彼の視線の先には、戦況を写したパネルが投影されている。

 

 既にオーブ軍本隊も解放軍との交戦を開始し、作戦は動き出している。

 

 にも関わらず、その作戦は初手から躓こうとしていた。

 

「連中の海上防衛網が、ここまで強固だったとは・・・・・・」

 

 ミシェルが向ける視線の先では、偵察機が持ち帰った画像が映し出されている。

 

 そこには、解放軍のおびただしい数の艦隊が映し出されている。

 

 大和は今、本隊から離れて、海上からフロリダ半島へ強襲を掛ける機を伺っているのだが、敵もさるものと言うべきか、海上にまで水も漏らさない防衛ラインを敷いて待ち構えていた。

 

 艦隊に加えて、モビルスーツも多数確認されている。とても、大和1隻の戦力でで強引に突破できる数ではなかった。

 

「我々を、というよりは、ジブラルタルから来るザフト軍の本隊を迎え撃つ為の兵力だろうな」

 

 壁際の椅子に座っていたシュウジが自分の意見を述べた。

 

 確かに、オーブ軍の大半はメキシコ湾沿岸を沿うようにして陸上を進軍している。海上を警戒する必要性は低いだろう。それよりも、ジブラルタルから来るザフト軍本隊を警戒している、と考える方が自然だった。

 

 解放軍はオーブ軍とザフト軍、双方を同時に相手取る為の布陣で挑んできたとも考えられる。

 

「じゃあ、連中を俺達の方に引きつけられれば、ザフト軍の進撃も容易になるって事じゃないですか?」

「だが、この兵力差だ。そう簡単にはいかんだろ」

 

 イザヨイ隊パイロットが発した発言に対し、ミシェルは難しい顔のまま答える。

 

 兵力差がありすぎる。ミシェルの言う通り、正面からぶつかれば、こちらが砕けるのは目に見えていた。

 

 しかし、このまま手を拱いていたのでは、遊撃部隊としての名折れである。ここはどうにか敵の防衛ラインを突破して、フロリダに肉薄したいところである。

 

 大和の防御力と火力を持って強引に突破する案も無くは無いのだが、それでは万が一、大和が重大な損害を追った場合、敵の包囲網を逃れる事ができなくなってしまう事になりかねない。現状ではリスクが大きすぎた。

 

 その時だった。

 

「あの、良いですか?」

 

 挙手をしたのは、最後列に座るヒカルだった。

 

「うん、何だ?」

 

 今は僅かでもアイデアが欲しいミシェルは、ヒカルの発言を許可する。

 

 それを受けヒカルは、隣に座るカノンとレオスが意外そうな眼差しで見上げる中、立ち上がって発言した。

 

「今回の作戦、ようは敵に奇襲をかける事ができれば良い訳ですよね?」

「まあ、そうだが・・・・・・何かあるのか?」

 

 いぶかしげに尋ねるミシェル。ヒカルが何を言い出すのか、興味が湧いて来たといった感じである。

 

 それに対してヒカルも、自信ありげな表情で頷きを返した。

 

「この間、ハワイに行った時に積み込んだセレスティの新装備。あれを使えば、もしかしたら行けるかもしれません」

 

 

 

 

 

 結局その後、特に代替案もないと言う事で、ヒカルの意見が採用となった。

 

 作戦はヒカルがセレスティで先発し、その後、ミシェルが率いる本隊が出撃、敵の目を引いているうちにヒカルが強襲を仕掛けると言う事になった。

 

 パイロットスーツに着替えたヒカルは、具合を確かめるとヘルメットを手に取る。

 

 初めの頃は体に密着するスーツの感触になかなか慣れなかったが、今では自分の体とほぼ同じように動かせる感触が体に馴染んでしまっていた。

 

 思えば、このスーツが着慣れるようになる程度には、戦い続けてきたという事だろう。つい数か月前までは、考えもしなかった事である。

 

 着替えを終えて格納庫に向かうべくロッカールームを出るヒカル。

 

 そこでふと、足を止める。

 

 扉をあけるとすぐ目の前に、壁に寄り掛かるようにしてカノンの姿があったからだ。

 

「どうしたんだよ、カノン? お前も早く準備しろって」

 

 怪訝な顔つきになって、ヒカルは幼馴染の顔を見る。

 

 作戦では、カノンは本隊の所属となる。特に彼女のリアディス・ドライは部隊の火力支援として重要な位置づけである。遅延は許されない。

 

 だが、カノンは真剣な眼差しでヒカルを見て言った。

 

「ねえ、ヒカル。やっぱりこんな作戦、危ないよ。やめた方がいい」

 

 普段は強気なカノンらしからぬ後ろ向きな発言に、ヒカルは一瞬、次の言葉に迷った。まさか、カノンからそのように言ってくるとは思わなかった。

 

「いや、もう決まった事だろ。今更やめられる訳ないだろうが」

「そうだけど」

 

 カノンは強い口調で言いつのってくる。

 

「何だかこれじゃあ、ヒカルにばっかり負担を押し付けてるみたいじゃん」

 

 そう言って、顔を伏せるカノン。

 

 対してヒカルは嘆息気味に苦笑を洩らすと、やや大げさに肩をすくめて見せた。

 

「おいおい、リィス姉がいなくなったと思ったら、今度はお前かよ。俺ってどんだけ頼りない訳?」

 

 リィスが姉として、弟の自分を心配してくれる気持ちは理解できたが、こんどはそれが幼馴染に伝染するとは思っても見なかった。

 

「ヒカル、あたしは真面目に・・・・・・」

「分かってるよ」

 

 そう言うとヒカルは、食ってかかろうとするカノンに笑いかけて制する。

 

「俺は大丈夫だから」

 

 そう言って伸ばした手が、カノンの頭を優しく撫でる。

 

「今までだって何とかなったんだ。今度だった、絶対うまくいくさ」

「それは・・・・・・そうだけど・・・・・・けど・・・・・・」

「けど、何だよ?」

「何だか、今回はすごく嫌な予感がするの」

 

 この言葉も、普段のカノンからは聞く事ができないような事である。

 

 自慢する訳ではないが、あの、北米統一戦線のハワイ襲撃以来、ヒカルとカノンは多くの戦闘に参加してきた。その量はオーブ軍の中でも有数と言って良く、そういう意味では2人とも「ベテラン兵士」と称して良いだろう。

 

 絶望的な状況も何度か切り抜けており、それは2人の中で確かな技術と自信に繋がっている。

 

 しかし、そんな中でカノンが感じる「不安」。

 

 それは、彼女自身が感じている、直感のような物なのかも知れなかった。

 

 そんな幼馴染の様子を見て、ヒカルは、

 

「ていッ」

「ふにッ!?」

 

 手を伸ばし、いきなりカノンの鼻を摘まんだ。

 

 突然の事で、間の抜けた声を発するカノン。それが可笑しかったのかヒカルは笑ってしまう。

 

「心配するなって。それより、お前の方こそ早く着換えろよ。早くしないとミシェル兄に怒られ・・・・・・」

 

 言いかけて、ヒカルはカノンがうつむいたまま、肩を震わせている事に気がついた。

 

 キッと顔を上げるカノン。

 

 怒りを込めた幼い瞳が、ヒカルを真っ向から睨みつける。

 

「ヒカルの、馬鹿ァァァァァァ!!」

 

 怒りの声と共に、その小さな体を跳躍させるカノン。

 

 次の瞬間、鋭いドロップキックを腰に受け、ヒカルは固い廊下へと撃沈された。

 

 

 

 

 

 リフトアップするセレスティ。

 

 その手には普段のビームライフルよりも大型のライフルが把持され、肩と腰にはランチャーが増設されている。

 

 脚部と背部にも大型の推進機が取り付けられている。背部の推進機は同時に鞘の役割も兼ねており、ハードポイントには対装甲実体剣が取り付けられている。

 

 M装備と呼ばれるこれらはハワイに寄港した際に受領したものだが、その特異性ゆえにヒカル自身、使う事はあまりないだろうと思っていた装備である。

 

 まさか、このような形で日の目を見るとは思っても見なかった。

 

 とは言え、今のヒカルの懸案事項はそこではない。

 

「イテテテ・・・・・・あいつ、本気で蹴りやがって・・・・・・」

 

 カノンに蹴られて痛む腰を、尚も抑える。

 

 出撃前だと言うのに、骨が折れると思ってしまった。これで作戦失敗でもしたら笑うに笑えないところである。

 

 とは言え、少しからかいすぎたと言う自覚もヒカルにはあった。

 

 カノンは本気でヒカルの事を心配してくれていたのだ。

 

 いつもは妹のように思い、子供だ子供だと思っていたカノンから心配されるという事態が妙に照れくさくて、あんなふざけた態度を取ってしまったが、彼女の気遣いには素直に感謝している。

 

 それに、カノンの「直感」も、あながち無視できない。

 

 これから始まるのはいよいよ、宿敵とも言うべき北米解放軍との決戦である。ヒカルとしても気持ちが高ぶるのを自覚出来ていた。

 

 ハッチが開き、カタパルトに灯が入る。

 

 眦を上げるヒカル。

 

 敵は北米解放軍。

 

 今こそ、北米における戦いにケリを付ける時が来たのだ。

 

「ヒカル・ヒビキ、セレスティ、行きます!!」

 

 コールと同時に、勢い良く機体は射出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジーナ・エイフラムは、解放軍水上艦隊を率いてメキシコ湾の警戒ラインを担当していた。

 

 普段はオーギュスト・ヴィランとコンビを組んで行動する事が多い彼女だが、今回は多方面から敵が来ていると言う事もあり、それぞれの敵に対応する為、オーブ軍本隊を迎え撃つべく出撃したオーギュストとは別に、ジーナは海上から接近を試みているオーブ軍の別働隊と、ジブラルタルから迫るザフト軍本隊に備えていたのだ。

 

 今一歩の所でモントリオール陥落を逃したジーナ達にとって、オーブ軍は忌々しい事この上なかった。

 

 念願とも言うべき祖国解放まで、指が掛かる所まで来ていたと言うのに、それを妨げられた事は痛恨以外の何物でも無い。

 

 正直、無駄な抵抗をする連中をさっさと排除して、早くモントリオールの戦線に戻りたい、と言うのがジーナの心境だった。

 

「オーブ軍戦艦、尚も接近してきます!!」

 

 オペレーターの報告を聞いて顔を上げると、見覚えのある戦艦が真っ直ぐに防衛ライン目指して進軍してくるのが見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・因縁って言うのは、こういう事を言うんでしょうね」

 

 自嘲気味に呟きを漏らす。

 

 オーブ軍の戦艦大和とは、これまで何度も激突を繰り返しながら、ついに双方とも互いを討ち取る事の出来ないまま、決戦の地であるこの場所まで来てしまった。

 

 ある意味、忌々しいオーブ軍の象徴とも言うべき戦艦である。

 

「モビルスーツ隊発進。迎撃開始しなさい!!」

 

 鋭い声で命じるジーナ。

 

 ある意味、ここでの相手があの戦艦であったことは、ジーナにとって僥倖だったかもしれない。これで思う存分、鬱憤を叩き付ける事ができるだろう。

 

「見ていなさいよ。このメキシコ湾を、あんたの墓場にしてやるわ」

 

 交戦の意欲を隠しきれない双眸は、モニターの中の巨大戦艦を真っ直ぐに見据えて離さなかった。

 

 

 

 

 

 発進した大和隊は、複数の編隊を組んで解放軍の艦隊へと迫って行く。

 

 その先頭を突き進むのは、赤いリアディス。ミシェルのツヴァイである。

 

 既にミシェル機も含め、北米統一戦線との戦闘で損傷を負った機体の修復は完了している。全力発揮には何の問題も無かった。

 

「良いか、俺達の目的は、あくまでもヒビキ三尉の作戦が成功するまでの時間稼ぎだ。各機共、無理せず自分の身を守る事に専念しろ!!」

 

 ミシェルの訓示が一同に飛ぶ。

 

 今回の敵は、少なめに見てもこちらの10倍近い。そこに突っ込んで行くのだから、無理な力攻めは即撃墜に繋がる。

 

 誰もが英雄になれるわけではないし、今は英雄を目指す時でもない。

 

 1人の英雄が戦局を変える時があれば、10人のプロフェッショナルが戦局を支える時もある。今必要なのは、確実に後者だろう。

 

 ならば自分達は、プロフェッショナルの軍人らしく与えられた任務を忠実にこなす必要がある。

 

《レオス、調子は大丈夫か?》

「はい。何とか慣れてきました!!」

 

 ミシェルの問いかけに、レオスはやや声を上ずらせながら答える。

 

 レオスは今回の出撃から、この間までリィスが使っていたリアディス・アインを任されて出撃している。

 

 青い装甲を持つ機体は、左右いっぱいに広げたスタビライザーに風を受けて飛翔している。

 

 大和隊の中では新参のレオスだが、その高い操縦技術を認められ、最新鋭機であるリアディスを使う事を一同が認めたのである。

 

 その時、水平線上に一斉に機影が浮かぶのが見えた。

 

「来るぞッ!!」

 

 ミシェルが警告の叫びを発した瞬間、

 

 大気を斬り裂いて無数の閃光が海面上を疾走してきた。

 

 散開する大和隊各機。

 

 同時にイザヨイは人型に変形して応戦、3機のリアディスもそれぞれの武装を抜き放つ。

 

 その中で緑色のリアディス、カノンの操るドライは、ホバー走行で海面を疾走しながら解放軍の防衛ラインへと迫った。

 

「行くよ!!」

 

 ビームガトリング、ビームキャノン、ビームライフル、ミサイルランチャーを一斉展開するリアディス・ドライ。

 

 火力だけならセレスティのF装備をも上回る武装で、一斉攻撃を仕掛ける。

 

 たちまち、直撃を受けたグロリアスやウィンダムが弾け飛び、炎に包まれる様子が見て取れた。

 

 その火力をすり抜けて、ドライに向かってくる機体もある。

 

 対してカノンは、その攻撃をシールドで防ぎながらライフルで応戦、コックピットを撃ち抜いて撃墜する。

 

「ヒカルを守る為なら、あたしだって!!」

 

 今も1人、潜航している幼馴染の事を思い、カノンはトリガーを引き続ける。

 

 その胸に、抱くほんの小さな思いにも気付かないまま。

 

 

 

 

 

「フラガ隊、戦闘を開始しました。現在までのところ喪失機無し。全機、健在です」

 

 リザからの報告を聞き、大和の艦橋に軽い歓声が起こる。

 

 作戦第一段目は、取りあえず成功と見ていいだろう。

 

「だが、問題なのはこれからだ」

 

 冷静な声で一同をたしなめるように発したのは、艦長席のシュウジである。

 

 まだ作戦の入口に手を掛けただけ。本当の作戦はここからである。

 

 全ては、ヒカルの働き如何に掛かっていると言っても良かった。

 

「よし、ヒビキ三尉にばかり負担を背負わせる事は無い。彼を支援し作戦を容易にするために、我々も前に出るぞ」

「了解!!」

 

 図体のデカい大和が前に出れば、敵の目を引き付ける効果が期待できるだろう。そうなれば、ヒカルもより動きやすくなる筈だった。

 

 シュウジの命令を受け、操舵手のナナミが艦を前進させるべく舵を取る。

 

 後部の大型スラスターを噴射し前進を開始する大和。

 

 案の定と言うべきか、その姿に目を付けた一部の解放軍部隊が大和を目指して群がってくるのが見える。

 

「敵ウィンダム、及びグロリアス多数、接近してきます!!」

 

 リザからの報告を受け、眦を上げるシュウジ。

 

「取り舵一杯!! 主砲、副砲、並びにイーゲルシュテルン、砲撃準備ッ 進路を北に向けつつ敵機を牽制しろ!!」

 

 シュウジの命令に、ナナミは舵輪を取り舵に切る。

 

 艦首を左に向ける大和。

 

 そこへ、敵機が殺到してくる。

 

 その姿を、シュウジは正面から見据える。

 

「全砲門、撃ち方始め!!」

 

 次の瞬間、上空に向けられていた大和の砲が、一斉に火を噴いた。

 

 北米統一戦線相手では、敵の戦力が少なすぎて戦艦としての出番は殆ど無かった大和だが、ここに来て久しぶりの戦闘参加である。

 

 唸りを上げる砲撃が、接近を図ろうとする解放軍機を捉え、弾幕に絡めて撃墜していく。

 

 敵の攻撃は、シュウジの指示を受けて的確に回避行動を行うナナミによって回避されて殆ど用を成さない。

 

 オーブ軍は少数ながらも、長い戦いで得た実戦経験を縦横に駆使して解放軍と互角以上に渡り合っていた。

 

 

 

 

 

 その頃、海中深く1機のモビルスーツが、戦場とは離れて先行していた。

 

 通常、水中用モビルスーツとは水の抵抗を極限する為、流線形を多用し丸みを帯びた形になるのが常である。

 

 しかしその機体は、通常のモビルスーツのようにしっかりとした人型をして、背中には明らかに飛行用と思われる翼まである。

 

 セレスティMは、水中戦を想定した装備である。

 

 武装はフォノンメーザーライフル1機と、両肩、両腰に計4基装備した6連装魚雷ランチャー、そして背中には接近戦用の対装甲実体剣を装備している。

 

 背中と脚部には水中用の推進器を備え、シールドにも小型の推進器が内蔵されている。これは方向転換用である。

 

「・・・・・・始まったか、急がないと」

 

 腕時計を見ながらヒカルは呟いた。

 

 今頃、本隊は戦闘を開始している頃だろう。

 

 ミシェル、レオス、リザ、ナナミ、シュウジ

 

 それぞれの顔が思い浮かべられる。

 

 みんなと戦っている時は、こんな心細さは感じなかった。

 

 無論、これから向かう戦いへの恐怖は、ヒカルの中には無い。

 

 だが、皆と戦っている時は互いをフォローし合い、助け合いながら戦った。

 

 だからこそ、強敵とも言うべきレミリア相手にも互角以上に戦う事ができたのだ。

 

「・・・・・・・そう言えば、あいつは無事かな?」

 

 自分達の追撃の手を振り切り、宇宙へとのがれたレミリア。その行方は未だにつかめていない。

 

 結局、判り合えないまま砲火を交え、そして離れ離れになってしまったヒカルとレミリア。

 

 もっと、話し合いたかったと言う後悔は、ヒカルの中にどうしても残ってしまっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 勢いよく首を振る。

 

 今は作戦行動中だ。余計な事を考えている場合ではない。

 

 それに、カノン。

 

 出撃前に見た、少女の珍しく弱気な態度が、どうしてもヒカルの中で強く印象として残っている。

 

 自分の身を案じてくれる幼馴染の為にも、何としても作戦を成功させ、生きて帰らなくてはならない。

 

 やがて、予定ポイントに到達する。

 

 頭上には洋上展開する解放軍艦隊。更に、それを護衛する水中用モビルスーツ、フォビドゥンの姿もある。彼等を急襲するのがヒカルの任務だ。

 

「行くぞ!!」

 

 叫ぶと同時に、ヒカルはフォノンメーザーライフルを持ち上げ、発射する。

 

 この攻撃を、解放軍側は全く予期していなかった。

 

 敵は空から来る。そう思い込んでいた彼等にとって、水中から奇襲を受ける事は、完全に想定外だったのだ。

 

 放たれたライフルが3機のフォビドゥンをたちまち貫き、水中で爆散させる。

 

 浅海面に布陣し、尚且つ油断していた事もあり、どの機体もゲシュマイディッヒパンツァーを展開していなかった事が完全に災いしていた。

 

 たちまち、吹き飛ばされる、水の中で衝撃波をまき散らして破壊される機体が続出する。

 

 更にヒカルは、両肩と両腰の魚雷ランチャーを展開、合計24発の魚雷を一斉発射する。

 

 航跡を引きながら海中を疾走する魚雷。その全てが、新型の超高速魚雷(スーパーキャビテーティング)である。

 

 いかに物理衝撃を無効化するPS装甲でも、内部まで無敵になる訳ではない。

 

 魚雷着弾の衝撃に耐えきれず、フレームがひしゃげる機体。更に、機体その物は無事でも、中にいるパイロットが衝撃で意識を失う者が続出する。

 

 その頃になって、ようやく反撃を開始する解放軍。

 

 フォビドゥンはゲシュマイディッヒパンツァーを展開しつつ、フォノンメーザー砲や魚雷をセレスティ目がけて撃ち放っていく。

 

 その様子を、ヒカルは正面から見据えて挑みかかる。

 

「来たなッ けど!!」

 

 増設された水中用スラスターを全開。攻撃を回避しにかかる。

 

 速い。

 

 従来の水中用モビルスーツを遥かに上回る機動性を発揮するセレスティ。とても、本来は空中戦型の機体であるとは思えない機動力である。

 

 反撃とばかりに、自発装填完了した魚雷を放っていく。

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーを展開された以上、フォノンメーザー砲は効果が薄い。それよりも、魚雷による攻撃を多用するべきと考えたのだ。

 

 放たれる魚雷が再びフォビドゥン部隊を襲い、多くの機体を爆散させていく。

 

 時折、機体を掠める程きわどい攻撃が襲ってくるが、そこは左手に持ったシールド内蔵型スラスターを噴射して急転回し回避する。

 

 解放軍の攻撃は、全くと言って良いほどセレスティを捉える事ができずにいる。

 

 水中の戦場は奇襲が功を奏し、完全にヒカルの独壇場と化していた。

 

 

 

 

 

 護衛部隊が壊滅的な被害を受けつつある事は、すぐに解放軍艦隊司令部の下にももたらされた。

 

 その報告には、ジーナも思わず目を剥く。

 

「そんな馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然とした呟きを漏らすジーナ。

 

 これまで、オーブ軍はあまり水中用機動兵器の開発に積極的ではなかった。彼等の主戦力は主に空と宇宙であり、海から来る敵も空からの攻撃で対応した方が有利、とオーブ軍では考えていたからである。

 

 当然、ジーナもその情報に基づいて迎撃計画を立てて、これまでのところ上手く運んでいた。

 

 それが、たった1機の水中用の機体によって破綻しつつあった。

 

 いったい、どんな機体が来たのか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

「敵機、浮上します!!」

 

 フォビドゥン部隊の掃討をほぼ終えた敵機が、水面下から姿を現した。

 

 同時に、不要になった水中用装備をパージ、8枚の蒼翼を広げて見せる。

 

「『羽根付き』ッ あいつが!!」

 

 解放軍内で通称となった「羽根付き」。セレスティが再び自分達の作戦を阻もうとしている事実に、ジーナは身が斬れんばかりの怒りをあらわにする。

 

 とっさに踵を返すジーナ。

 

 その間に、セレスティを操るヒカルは艦隊に対する攻撃を開始する。

 

 フォノンメーザーは、本来は水中で使ってこそ最大限の威力を発揮する武器だが、大気中でも使えない訳ではない。

 

 ライフルを振り翳して、セレスティが駆逐艦に照準を合わせる。

 

「俺はまだ、父さんのように戦う事はできない。だからッ!!」

 

 出撃の前、姉から聞かされた父、キラの戦いぶり。

 

 敵の命を奪わず、不殺を貫くような戦い方は、高い技術力と強い信念があって初めて可能になる神業である。残念ながら今のヒカルには、そのどちらも備わっているとは言い難い。

 

 だからこそ、今はただ、勝つ為に敵を殺さなくてはならない、と言う現実にあがきながら戦うしかなかった。

 

 発射したフォノンメーザーライフルが駆逐艦のブリッジを吹き飛ばす。

 

 撃ち上げられる対空砲火を回避しながら距離を詰め、更に攻撃を続行。イージス艦の船体に大穴を開ける。

 

 船体を食い破られたイージス艦は、ダメージコントロールの間も無く傾斜していく。

 

 程無く、浸水に耐えられず、船体は完全に横転してしまった。

 

 対空砲を、蒼翼を羽ばたかせて回避すると同時に、ヒカルはセレスティを急降下させる。

 

 空母の甲板に降り立つと同時に、背中から対装甲実体剣を抜き放って、飛行甲板に突き立てると、そのままスラスター全開で一気に斬り裂いてしまう。

 

 無惨にも真っ二つにされる飛行甲板。

 

 最後にヒカルは、2本の剣をブリッジに投げつけると同時に、甲板からセレスティを飛び立たせる。

 

 一瞬の間をおいて、大爆発を起こす空母。そのまま斬撃の線に沿って真っ二つに折れ沈んで行った。

 

 その時、セレスティ目指して高速で飛翔してくる機影をセンサーが捉えた。

 

「あいつはッ!?」

 

 振り返ったヒカルの目には、緑色のフォビドゥン級機動兵器が映っている。

 

 ヴェールフォビドゥン。ジーナの愛機である。

 

「好き勝手やってくれたわね!!」

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーによって偏向したビームを、セレスティ目がけて叩き付けるジーナ。同時に両脇のレールガンも放ってセレスティの動きを牽制しにかかる。

 

 対してヒカルは、ビームをシールドで受け止めつつ砲弾を回避、フォビドゥンと対峙する構えを見せる。

 

「タダででは帰さないわよ!!」

 

 火力に物を言わせて攻撃を開始するフォビドゥンに対し、ヒカルは機動力を発揮して攻撃を回避する事に専念する。

 

 今のセレスティは、武装の大半を消耗した状態である。特機相手にまともな交戦は危険と判断したのだ。

 

「逃がすか!!」

 

 言いながらジーナはゲシュマイディッヒパンツァーを展開、フォビドゥンの虚像多数を作り出して視覚を攪乱しながらニーズヘグを構えて接近戦を仕掛けていく。

 

 対して、ヒカルは舌打ちしながらフォノンメーザーライフルを取り出す。ゲシュマイディッヒパンツァーがある以上、ビーム攻撃は無効だが、攻撃すれば牽制くらいにはなるだろう。

 

 現在、目に見える限り、4機のヴェールフォビドゥンがセレスティに向かってくるのが見える。勿論、その中で本物は1機だけ。後は虚像である。

 

 虚像を織り交ぜた攻撃は、来ると判っていても防げないから厄介である。

 

 セレスティから放たれた攻撃は、虚像を貫いて通過する。

 

 その間に距離を詰める、本物のヴェールフォビドゥン。

 

 振り下ろされる鎌の一撃。

 

 その攻撃を、ヒカルは直前で見切ってシールドで防御する。

 

 火花を上げて、刃を防ぐ盾。

 

 しかし、勢いまでは殺しきれずに、高度を落とすセレスティ。

 

「クソッ!!」

 

 バランスを崩しながらも、ヒカルは手にしたライフルで反撃を試みる。

 

 しかし、閃光は全てゲシュマイディッヒパンツァーによって偏向され、用を成さなかった。

 

「貰った!!」

 

 逆に、ビームによる攻撃を行うジーナ。

 

 その攻撃はセレスティの手から、ライフルを吹き飛ばしてしまう。

 

 だが、その一瞬をヒカルは見逃さなかった。

 

「今だ!!」

 

 8枚の蒼翼を広げると同時に、スラスター全開で急上昇を掛ける。

 

 その急激な動きに、ジーナの対応が一瞬遅れた。

 

 次の瞬間、ヒカルはセレスティの腕からシールドを投げ捨てると、両腰からビームサーベルを抜いて二刀に構える。

 

 反撃の体勢を取ろうとするジーナ。

 

 しかし、

 

「遅い!!」

 

 振り下ろされた光刃が、ヴェールフォビドゥンの両脇のゲシュマイディッヒパンツァーを斬り裂いた。

 

「なッ!?」

 

 ジーナがたじろいた隙に距離を詰めるセレスティ。

 

 一刀が鎌を持つフォビドゥンの右腕を斬り飛ばす。

 

 更にもう一刀が、甲羅状の装甲の先端にある砲門を斬り裂いた。

 

「クッ!?」

 

 頼みのゲシュマイディッヒパンツァーを破壊された以上、勝機は薄いと判断したのだろう。ジーナは踵を返して撤退に移る。

 

 それに合わせて、眼下の解放軍艦隊も反転していくのが見える。どうやら、ジーナが敗れた事で、自分達に勝機は無いと判断して撤退に移ったようだ。

 

 その様子をヒカルは、大きく息を吐き出しながら見守っていた。

 

 

 

 

 

 その頃、異変はオーブ軍と北米解放軍が戦う戦線の、遥か北方で起こっていた。

 

 フロリダ半島北部、アパラチア山脈に沿う形で北米解放軍の一大要塞群である、バードレスラインが設けられている。

 

 山岳地帯と言う天然の要害を利用したこの要塞群は難攻不落であり、先の第1次フロリダ会戦において、解放軍の戦略的撤退によって一時的に放棄されたこと以外には、一度として敵の手に委ねられた事は無かった。

 

 同要塞に対する北米解放軍上層部の信頼は絶大であり、誰もが、この要塞が陥落する事などあり得ないと考えている。

 

 今回の戦いにおいて、北米解放軍はバードレスラインに、あまり大きな戦力は置いていない。

 

 北から来るザフト北米駐留軍とモントリオール政府軍は弱体化しており、正面から攻めたとしても、バードレスラインを突破する事は不可能だと考えられているからである。

 

 要塞内部には、少数の駐留戦力のみを残し、主力はオーブ軍と、ジブラルタルから海を渡ってやって来るザフト軍本隊に当たっていた。

 

 しかし今、そのあり得ない事が起こっていた。

 

 要塞が燃えている。

 

 難攻不落と思われた巨大要塞群。その大半が、炎に包まれて落城しようとしているのだ。

 

 その炎を上げる要塞群を、

 

 多数のモビルスーツが、編隊を組んで見下ろしている。

 

 かなりの大軍である。解放軍首脳部の誰もが、ありえないと思っていた光景が、そこにはあった。

 

 その大軍の戦闘を進む、白銀の機体。

 

 天使を思わせる流麗な四肢と、美しい翼を持つ機体の中で、

 

「全軍、前へ。罪深き者達に、神の慈悲を」

 

 仮面の少女は、良く通る美しい声で命じた。

 

 

 

 

 

PHASE-27「海龍の猟兵」     終わり

 



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PHASE-28「雷火の剣閃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況が、これまでにないくらい加速度的に動こうとしている。それをあらゆる感覚が体感していた。

 

 後に「第2次フロリダ会戦」の名で呼ばれる事になる、共和連合軍と北米解放軍の事実上の最終決戦は、その提唱者であるオーブ軍大将ムウ・ラ・フラガの思惑通りに事が運ぼうとしていた。

 

 フロリダ半島を包囲するように展開した共和連合軍は、東からはジブラルタルを出撃したザフト軍の本隊が海上を押し渡って北米大陸上陸を果たしている。

 

 北からはバードレスラインを越えて、ザフト軍の別働隊が迫ってきている。こちらは長引く戦いで多くの戦力を消耗しているが、その不足分をユニウス教団の戦力で補っていた。

 

 南側には南アメリカ合衆国軍が、フロリダ半島の対岸付近に陣取っているが、こちらは動き出す気配が無い。敢えて大兵力の展開を見せ付けた上で、先の戦い同様、解放軍の動きを牽制するのが目的である。

 

 そして西側には、北米解放軍主力との戦闘を辛くもしのぎ切ったオーブ軍が、ザフト軍主力との合流を目指して東進していた。

 

 先の戦いとは違う。今度は、共和連合軍も万全の布陣を整えた上での進軍だった。

 

 対して北米解放軍は、フロリダ半島の北部、ジャクソンヴィルに戦力を終結させ、共和連合軍との対決姿勢を見せている。

 

 共和連合軍が北米解放軍を追い詰める形になってはいるが、未だに戦局は予断を許されない状況である。

 

 北米解放軍は、長年にわたってフロリダ半島の要塞化を進めて来ており、盤石な体制を確立している。

 

 対して、共和連合軍は大兵力を擁しているとは言え、フロリダ周辺のデータは必ずしも完全とは言い難い。それ故に、大兵力を投入した上での短期決戦が望むところであった。

 

 解放軍の側としては、できるだけ戦いを長引かせたい、と言うのが心境だった。戦いが長引けば、大兵力を擁する共和連合軍は兵站に無理が生じるようになり、身動きが取れなくなる。更に士気の低下も来す可能性もある。それらの事を考えれば、できるだけ長引かせた方が、解放軍としては有利と思われるのだった。

 

 そのような最中、オーブ軍とザフト軍は、アトランタの西にあるバーミンガムにて合流、いよいよフロリダ半島を、その攻撃圏内へと納めようとしていた。

 

 

 

 

 

 壮観、と言っても過言ではなかった。

 

 機動兵器だけで、軽く1000機を越える軍隊の集結風景は、それだけで心躍る物を感じずにはいられない。

 

 上空には警戒中のモビルスーツが飛び交い、地上では、輸送や補給などの各種車輛が走り回っている。陸上戦艦も、何隻か姿を見せていた。

 

 世界中の軍隊が集まって来たのではないか、と思えてしまうような光景がそこにはあった。

 

「ゲルググに、グフにザク、それに・・・・・・お、あれがザフト軍の新型か。確か、ハウンドドーガとかいったか?」

 

 居並ぶザフト軍の機体を順番に見ながら、ミシェルは口元をゆるめて説明していく。

 

 傍らにはヒカル、カノン、レオス、リザの姿もある。他国の機体が間近で見れる良い機会だと言う事もあり、一同は揃って大和の甲板に上がり、外の光景を眺めていた。

 

 視界の先では、ザフト軍が長年にわたって蓄積した技術の粋を結集して建造した、巨大機動兵器群が姿を見せている。

 

 その昔、世界に「モビルスーツ」と言う兵器の存在を初めて示し、ライバルであった地球連合軍を相手に互角以上に戦って見せた、伝統の系譜に連なる機体達である。

 

「何か、うちのイザヨイとかに比べると、ずんぐりむっくりしたのばっかだねー」

 

 身も蓋も無い感想を言ったのはカノンである。

 

 確かに、始まりの機体であるM1アストレイ以来、シャープな外見の機体を設計してきたオーブ軍の機体と比べると、ザフト軍の機体は重厚な外見の物が多い。元々、ヤキン・ドゥーエ戦役時にザフト軍主力機動兵器であったジンの設計が引き継がれている結果なのだろう。

 

 イザヨイに比べると「鈍重」なイメージがどうしても出てしまうが、その分、重厚で堅実な設計である事が伺える。

 

 そこで、ふと何かに気付いたリザが声を上げた。

 

「ねえねえ、あれは?」

 

 少女が指差した先には、ザフト軍の機体と肩を並べるようにして、別系統の機体が複数、佇んでいるのが見える。

 

 機体の四肢が太く、重厚な作りや頭部カメラがモノアイ仕様であると言う点はザフト軍機と似通っているが、こちらは脚部を覆うスカート部分が長く、脚部の膝関節付近までを覆っている。防御力を重視していると言う事は、見た目だけで十分理解できた。

 

 それが、視界に収まるだけで10数機、整然と並ぶ形で佇んでいる。

 

「何だあれ、見た事が無い機体だな」

 

 ヒカルも首をかしげて、それらの機体を眺める。今まで出会ったどんな機体とも、系列が違うように思えるのだ。

 

 見れば、ミシェルも眉を顰めて、その機体を見詰めている。どうやら彼にも見覚えが無い機体のようだった。

 

 と、

 

「彼等はユニウス教団所属の機体だよ」

 

 背後から掛けられた声に振り返ると、シュウジがこちらに向かって歩いてきている所だった。

 

 合流後、シュウジは司令部に赴いて作戦会議に参加していたが、それが戻って来たと言う事は、どうやら作戦が決定したらしかった。

 

「ユニウス教団って、あの宗教の?」

 

 怪訝な顔付でレオスが尋ねる。

 

 ただの宗教団体が、共和連合軍の戦列に加わっている事に不信感を感じずにはいられなかった。

 

 それに関してはヒカル達も同様であり、説明を求めるような目をシュウジへと向ける。

 

 対するシュウジも心得ているようで、一同を見回して頷いた。

 

「これから作戦を説明する。ブリーフィングルームへ集まってくれ」

 

 

 

 

 

 作戦はシンプルだった。

 

 もっとも、事がこの段階まで推移した以上、下手な小細工は却って藪蛇になりかねない。

 

 策を巡らして相手の隙を伺うよりも、陣形を組んで正面から当たった方が得策と言う物である。

 

 それに関しては解放軍の側でも同様の判断らしく、事前の偵察では多数の機動兵器をジャクソンヴィル周辺に展開して待ち構える解放軍部隊の姿が確認されていた。

 

 対する共和連合軍はバーミンガムを発した後、大きく2つの集団に分かれて南下、フロリダ半島を目指す事になる。その際、左翼はザフト軍が担当、右翼がオーブ軍担当となる。

 

 主力軍を形成するザフト軍が、ジャクソンヴィルから北上してくるであろう解放軍主力と対峙する事となる。

 

 一方の右翼のオーブ軍は搦め手担当となる。進軍するザフト軍を側面から援護する事が任務だ。

 

「尚、諸君も既に知っているかもしれないが、ザフト軍本隊にはユニウス教団の戦闘部隊が同道し、今回の作戦に参加、協力する事になっている。その事を留意するように」

「どういう事ですか? なぜ、宗教関係者が作戦に参加するんです?」

 

 イザヨイパイロットの1人が、挙手をして質問した。

 

 ユニウス教団は、現在の地球圏における最大の宗教組織であり、独自の戦闘部隊を有している事も知っていたが、それがまさか、このような形でお目に掛かれるとは思っても見なかったのだ。

 

「詳しい話は何も降りてきてはいないが、プラントと教団、双方の上層部において何か取り決めがあったらしい」

 

 シュウジの説明を聞いても、一同は尚も不信感をぬぐえないでいる。

 

 プラント政府としては、どうしても不足する戦力を、教団戦力を戦列に加える事で補おうとする意図が見られる。

 

 しかし、では逆に教団側は何のメリットがあって参戦して来たのか? それが分からないのだ。

 

「連中の思惑はどうあれ、その戦力を利用しない訳にはいかない」

 

 シュウジは断言するように言った。

 

 現状、共和連合軍は教団の戦力を糾合する事で、ようやく解放軍の戦力を上回っている状況である。好むと好まざるとにかかわらず、教団に頼らない訳にはいかなかった。

 

「更に、俺達が攻撃を仕掛けるのと相前後して、ザフト軍の降下揚陸作戦が行われる事を伝えておく」

 

 そのシュウジの説明には、全員が首をかしげざるを得なかった。

 

 先の第1次フロリダ会戦において、敵には対空掃射砲ニーベルングが多数配備されている事が発覚している。あの大量破壊兵器がある以上、降下揚陸部隊の投入は、貴重な戦力をどぶに捨てるに等しい行為である筈。

 

「これも詳しい説明は無かったが、ザフト軍は今回、何らかの対抗策を講じる用意があるらしい。何を企んでいるのかは知らないが、今は信じるしかないだろう」

 

 シュウジの説明を聞いて、ヒカルは眉を顰めずにはいられなかった。

 

 教団との連携と言い、ニーベルングへの対抗策と言い、ザフト軍には不透明な秘密主義が過ぎる部分があった。

 

 先の戦いであれだけの大敗を喫したと言うのに、同盟軍であるオーブ側に殆ど情報を降ろしてこない態度には、不信感を抱かずにはいられなかった。

 

 あくまでも情報を秘匿し続けるザフト軍。

 

 ヒカルはその奥に、何か得体の知れない不気味な物が潜んでいるような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 一方、北米解放軍側も、迫り来る未曾有の状況に対して、迎え撃つ準備を着々と整えつつあった。

 

 最前線のジャクソンヴィルには、ほぼ全軍が終結し、眦を上げて共和連合軍を待ち構えている。

 

 しかしそれでも、敵の大軍に比べては見劣りする事は否めなかった。

 

「まさか、ユニウス教団が敵に回るとは。あの宗教狂い共めッ」

 

 オーギュストは吐き捨てるように呟きを漏らす。

 

 その傍らには、メキシコ湾から撤退してきたジーナの姿もある。

 

 ヒカルの活躍によって防衛線を破られた彼女だったが、その後は部隊を再編成し、オーギュストが率いる本隊に合流したのだ。

 

 現状の北米解放軍と共和連合軍の戦力差は、4対6と言ったところである。解放軍が戦力的に劣ってはいるものの、まだ対抗が不可能な数字ではない。加えて、共和連合軍はザフト軍、オーブ軍、モントリオール政府軍、南アメリカ合衆国軍、そしてユニウス教団の混成部隊、要するに寄せ集めである。その事を鑑みれば、解放軍側の勝機は十分にあるように思えた。

 

 しかし、オーギュストは現状を楽観視していなかった。

 

 先の第1次フロリダ会戦から、さほど時を置かずして再侵攻してきた共和連合軍。その疾風迅雷とも称すべき軍事行動の裏には、何か現状を打破し得る切り札が隠されているのではないか、と睨んでいるのだ。

 

「既に、各拠点に配備されているニーベルングは稼働体制に入ったわ。万が一、敵が降下揚陸作戦を仕掛けて来ても、対応は十分可能よ」

 

 ジーナの報告に、オーギュストは頷きを返す。

 

 上空に対する守りは、これで鉄壁と言って良いだろう。

 

 しかし問題なのは、敵の切り札が何であるのか不明だと言う事だ。それが分からない事には、思わぬところで足元を掬われる事になりかねない。

 

 ここは用心し過ぎるくらいに用心しておくに越した事は無い。

 

 北米解放軍の前線部隊を率いるようになってから、オーギュストは積極的に攻勢に出る事も辞さないと言う評価を周囲から受けているが、慎重に動くべきところは心得ている男である。

 

 そして、その積極さと慎重さを併せ持つ性格が、彼を北米解放軍の実働部隊トップにまで押し上げたのだ。

 

「ジーナ、お前は一隊を率いて、閣下の警護に回れ。いざと言う時は、閣下を守ってフロリダから脱出するんだ」

「何を言っているの、オーギュストっ」

 

 突然の指示に、思わずジーナは声を荒げる。

 

 まるで自分達が負けるかのような物言いをオーギュストがした事が信じられなかったのだ。

 

 対してオーギュストは、あくまで冷静に諭すように言う。

 

「落ち着け。あくまでも、万が一の時に備えた措置だ」

「万が一なんてありえないわ。今回も私達が勝つ。それで終わりよ」

 

 いささかも自分達への自信を揺るがせる事無く、ジーナは言い切った。

 

 確かに共和連合の大群は脅威だが、解放運とて万全の状態で迎え撃つのだ。ならば、地の利を得ている自分達の方が有利と考えるのは当然だった。

 

「聞け、ジーナ」

 

 そんなジーナに対し、オーギュストはあくまでも言い含めるように言う。

 

「ここで解放軍が壊滅したとしても、閣下の御身が無事なら、捲土重来は幾らでも可能だ。だが、閣下にもしもの事があれば、俺達の命運はそこで終わりだぞ」

 

 ブリストー・シェムハザは北米解放軍の精神的支柱である。彼を失えば、解放軍は空中分解してしまう事は目に見えている。

 

「誰かが閣下を守らなくてはならん。だが、誰でも良いと言う訳でもない。だから、お前に頼むんだ」

 

 信頼するジーナだからこそ、シェムハザの護衛と言う最重要の任務を任せるのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・判ったわ」

 

 ややあって、ジーナは難い声と表情で頷きを返した。

 

 彼女自身、オーギュストの言葉が正しい事は理解しているのだ。

 

「ただし、一つだけ条件があるわ」

「何だ?」

「お願いだから、死に急ぐような真似だけはしないで」

 

 その言葉に、オーギュストは一瞬、驚いたように目を見開く。

 

 目の前の女性が、頼もしい戦友ではなく、どこにでもいそうなか弱い女性に見えたからだ。

 

 正直、ジーナとの付き合いは長いが、そのような事を言われたのは初めてだった。

 

「当たり前だ。こんな所でくたばるつもりはないさ」

 

 そう言って、オーギュストは笑いながら肩を竦める。

 

 バーミンガムに集結した共和連合軍が動き出した。と言う報告が舞い込んだのは、それから程無くの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーミンガムを発した共和連合軍はついに、長年の宿敵、北米解放軍との雌雄を決すべく行動を開始した。

 

 攻撃の主力を成すザフト軍は、真っ直ぐにジャクソンヴィルを目指して南下するのに対し、支援役のオーブ軍は、やや西寄りに迂回気味の進路を取って、同じくジャクソンヴィルを目指している。

 

 空を圧して、大軍が北米解放軍の拠点を目指していく。

 

 だが、進撃して暫くすると、各軍に所属する兵士達は、怪訝な思いを抱くようになり始めた。

 

 敵が、出てこない。

 

 てっきり、解放軍による激しい抵抗がある物と予想していた彼等だったが、とうの北米解放軍は、ただの1機も姿を現そうとしない。

 

 一体何が起こっているのか?

 

 あるいは、敵はこちらに恐れをなして逃げ去ったのか?

 

 そんな思いが、兵士達の間で飛び交うようになり始めた。

 

 やがて、目指すジャクソンヴィルが視界の中に入り始める。

 

 この分なら、無血での占領も有り得るか?

 

 誰もが楽観的にそう思い始めた時。

 

 突如、ジャクソンヴィルから延びてきた巨大な閃光が、ザフト軍の隊列を斬り裂いて行った。

 

 驚く間も無く、複数の機体が空中で吹き飛ばされる。

 

 やがて、地下構造となった格納庫の中から、巨大な悪魔が姿を現す。

 

 通常も機動兵器よりもはるかに上回る巨体を誇る機影。

 

 その機体各所には、多数の砲門が突き出ているのが見える。

 

「で、デストロイ・・・・・・・・・・・・」

 

 震えを含んだ誰かの声が、通信に乗って聞こえてくる。

 

 その頃になってザフト軍はようやく、自分達が罠の中に誘い込まれたのを悟る。

 

 しかし、もはや手遅れだった。

 

 

 

 

 

「まさか、デストロイ級まで隠し持っているとはな」

 

 モニターの中の映像を見ながら、シュウジは唸るように呟く。

 

 そこでは、突如現れたデストロイ級の高火力を前に、蹂躙されていくザフト軍の姿が見える。

 

 成程、これが最終決戦と言うだけの事はある。敵も味方も、持てる力を振りしぼって投入しているのだ。

 

「正確には、X-2「ジェノサイド」です。数は8機。その後方から解放軍本体も接近中です!!」

 

 ジェノサイド。

 

 16年前のカーディナル戦役で大西洋連邦が戦線投入したデストロイ級機動兵器。飛行機能と可変機能を初めから諦め、ホバー走行による機動性確保と火力の増強に重点を置いた機体だ。

 

 特に欧州戦線で猛威を振るい、その圧倒的な攻撃力はスカンジナビア王国を崩壊に追い込み、共和連合軍の欧州派遣軍をも壊滅させた恐るべき機体である。

 

 それが8機。

 

 元々、北米解放軍の前身とも言うべき大西洋連邦軍が開発した機体である為、彼等が持っていたとしても不思議はない。

 

 骨董品と馬鹿にすることもできないだろう。恐らく、解放軍が使う他の機体同様、徹底多岐なブラッシュアップが施され、現代でも通じる性能に強化されているはずだ。

 

 現に、群がるザフト軍は、ジェノサイドの威容に圧倒あれ、殆ど抵抗らしい抵抗は何もできずに撃破されていく。

 

 やはり、以前ムウがハワイで言った通り、デストロイ級を相手に下手な物量投入は、却って混乱と被害の拡大を招くだけのようだった。

 

 デストロイを撃破する手段はただ一つ、精鋭部隊の集中投入以外にありえない。

 

「艦長、司令部からの命令が来ましたッ 読みます。『大和隊はただちに艦載機を発進、敵、デストロイ級機動兵器を撃滅せよ』!!」

 

 リザの声を聞き、シュウジも深く頷きを返す。

 

 オーブ軍司令部の方でも、あのデストロイ級が脅威である事は認識しているらしい。

 

 シュウジとしても、その判断に異論はなかった。

 

 

 

 

 

 背中に巨大な剣を背負ったセレスティが、開ける視界の向こうを凝視しながら発進の時を待っている。

 

 コックピットの中でヒカルは不思議と、落ち着き払った気分でいる事に気付いた。

 

 敵はジェノサイドが8機。規模としては間違いなく、過去最悪の敵である。

 

 にも拘らず、ヒカルの中では恐ろしいと思う心は全くなかった。

 

 これまで多くの実戦を経験し、その全てに生き残って来たヒカル。その実績が、ヒカルの中で大きな自信へとつながっているのだ。

 

 と、

 

《ヒカル君ッ》

 

 サブモニターに、オペレーターをリザの幼さの残る顔が映った。

 

「リザ、どうかしたのか?」

《うん、あのさ、ノンちゃんの事なんだけど、ヒカル君、あの子の事ちゃんと見ていてあげてね》

 

 ノンちゃん、と言うのはリザが使っているカノンに渾名である。初めに聞いた時は、また珍妙なあだ名を付けたものだと呆れてしまった。

 

 ヒカルは首をかしげる。なぜ、リザがいきなりそんな事を言いだしたのか、理解できなかったのだ。

 

「別にかまわないけど、急に何だよ?」

《何でも良いからッ 約束だからねッ じゃ、頑張って!!》

 

 そう言うと、一方的に通信は切られてしまった。

 

 あとには、怪訝な顔付のヒカルだけが残される。

 

「・・・・・・何だったんだ、いったい?」

 

 まあ、リザに言われるまでも無く、カノンの事はしっかり守ってやろうと決めている。それが、ハワイを出航する時にラキヤと交わした約束でもある。

 

 やがてカタパルトに灯が入り、発進準備が整えられる。

 

 眦を上げるヒカル。

 

 そうだ、自分はカノンを守り、仲間を守り、そして再び勝利してここに帰ってくる。

 

 それが、この部隊における自分の役目だった。

 

「ヒカル・ヒビキ、セレスティ行きます!!」

 

 弾けるような加速と共に、セレスティの機体は蒼空に打ち出される。

 

 PS装甲に灯が入り、8枚の蒼翼が雄々しく広げられる。

 

 次の瞬間、ヒカルはスラスターを吹かして、砲火飛び交う戦場へと身を躍らせて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル達が戦場に到着すると、そこは既に圧倒的な光景が展開されていた。

 

 数に恃んで攻勢を仕掛けようとするザフト軍に対し、ジェノサイドはその圧倒的な砲撃力で迎え撃っている。

 

 ザフト軍の攻撃は、全てジェノサイドのリフレクターに阻まれるのに対し、ジェノサイドの攻撃は容赦なくザフト軍機を薙ぎ払っていく。

 

 3機のハウンドドーガが、ジェノサイドの後方から攻撃を仕掛けるべく接近していくのが見える。

 

 しかし次の瞬間、ジェノサイドの背中に無数に開いた「眼」が瞬き、吹きだした閃光がハウンドドーガを一瞬で吹き飛ばしてしまった。

 

 イーブルアイと呼ばれるこの対空用の武装は、他のデストロイ級機動兵器には無い装備であり、背後から接近を試みる敵を返り討ちにするための物である。

 

 高い地上走行能力に加えて死角が無い砲配置こそが、ジェノサイドの特徴である。

 

 このままではザフト軍は、ジェノサイドの相手をするだけで戦力を消耗し尽くしてしまう事になりかねない。

 

「下がれ!!」

 

 ヒカルはオープン回線で吠えると、セレスティをフルスピードまで加速させる。

 

 同時にティルフィング対艦刀を抜刀、ジェノサイドに斬り込んで行く。

 

 ジェノサイドの方でもセレスティの接近に気付くと、左手を振り上げて指先の5連装スプリットビームガンを向けてくる。

 

 だが、

 

「遅い!!」

 

 叫ぶと同時に駆け抜けたセレスティは、放たれる5本のビームを捻り込むような機動で回避する。

 

 同時に振るわれたヒカルの剣が一閃、ジェノサイドの腕を斬り飛ばした。

 

 その段になって、ジェノサイドの側もセレスティが容易ならざる敵であると気付いたのだろう。ホバー機能で距離を置きながら、迎え撃つ体勢を整えようとする。

 

 しかし、

 

「逃がすか、よ!!」

 

 8枚の蒼翼をいっぱいに羽ばたかせたセレスティは追撃を掛ける。

 

 一気に距離を詰めると、ティルフィングを横なぎに一閃。ジェノサイドの装甲を真横に斬り裂く。

 

 ジェノサイド側は、迫るセレスティから必死に逃げようと後退を掛けているが、既に遅い。

 

 ヒカルはフルスピードで距離を詰めると、構えたティルフィングでジェノサイドの胴を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 その一撃で、ついに動きを止めるジェノサイド。

 

 やがて、その巨体は炎を上げて崩壊していった。

 

 

 

 

 

 3機のリアディスはフォーメーションを組むと、ジェノサイド目がけてビームを撃ちかける。

 

 放たれる閃光は、しかし陽電子リフレクターに阻まれ弾かれる。

 

 並みの遠距離攻撃では歯が立たない事は、既に数多くの戦訓によって実証済みである。

 

「なら、これで!!」

 

 元気な声と共に、カノンはリアディス・ドライが持つ全武装を展開する。

 

 火力においてはセレスティF装備をも上回る攻撃だが、やはりジェノサイドが相手では分が悪く、放った砲撃はリフレクター表面で花火のように空しく弾けるだけだった。

 

 だが、元よりカノンも、ここまでは承知の上で攻撃している。

 

「本命は、こっちってな!!」

 

 言い放つと同時に、ミシェルはセレスティの両手にムラマサ対艦刀を構える。

 

 同時にスラスターを全開にして、ジェノサイドへ飛びかかって行く。

 

 リアディス・ツヴァイの接近に気付いたジェノサイドが、首を回して睨んでくる。どうやら、後部のツォーンを用いて迎撃するつもりらしい。

 

 しかし、それはできなかった。

 

 その前に飛来した閃光が、一撃でジェノサイドの頭部を吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 見れば、高機動を発揮したレオスのリアディス・アインが、攻撃の為に解除されたジェノサイドのリフレクターの隙間を縫うようにして、ライフルによる攻撃を敢行したのだ。

 

 チャージ中のエネルギーがフィードバックし、内部が大きく損傷するジェノサイド。

 

 その隙に、ミシェルは距離を詰めた。

 

「喰らえ!!」

 

 振るわれる双剣は、ジェノサイドの胸部装甲を交差するように斬り裂く。

 

 深々と斬り裂かれた傷跡から爆炎が踊る。

 

 やがて、ジェノサイドの機体はゆっくりと崩れ落ちて言った。

 

 

 

 

 

 経験と言うのは、やはり大きかった。

 

 ヒカルは一度、ハワイで航空可変型のデストロイを打ち破っている。

 

 それ故に、飛んでくる多数の火線をものともせずに突き進む事ができるのだ。

 

 セレスティを駆るヒカルは1機目のジェノサイドを倒した後、蒼翼を羽ばたかせて次の機体へと目標を移していた。

 

 ジェノサイドの方でも、ありったけの火力を集中してセレスティの接近を阻もうとしている。

 

 しかしヒカルは、セレスティの蒼翼を羽ばたかせて全ての攻撃をすり抜けると、肩からウィンドエッジビームブーメランを抜き放ち、ブーメランモードで投擲する。

 

 旋回しながら飛翔するブーメラン。

 

 その刃は、ジェノサイドの肩から突き出したアウフプラール・ドライツェーン2門を一緒くたに斬り捨てる。

 

 戻ってくるブーメラン。

 

 それをヒカルはキャッチすると、刃を伸長してサーベルモードにする。

 

 右手のティルフィング対艦刀、左手のウィンドエッジで、変則的な二刀流を構えるセレスティ。

 

 残った砲門を開こうとするジェノサイドに、ヒカルは一気に接近した。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 鋭い気合いと共に、ヒカルはティルフィングを一閃、ジェノサイドの装甲を斬り裂く。

 

 更に、返す刀で今度はウィンドエッジを一閃、内部機構に致命傷を与える。

 

 爆炎を上げて倒れていくジェノサイド。

 

 その炎を背にしながら、ヒカルは近付こうとしたグロリアスを、振り向きざまに一閃したティルフィングで斬り捨てる。

 

 どうやら、ジェノサイド隊の不利を見越した解放軍の本隊も、慌てて掩護に駆け付けたらしい。複数の機影が向かってくるのが見える。

 

 しかし共和連合側も、ヒカル達の活躍によって体勢を立て直して反撃に移っている。

 

 複数の機体がジェノサイドに取り付き、その他の部隊は解放軍本隊の権勢に当たっている。

 

 状況は一進一退。

 

 共和連合軍と北米解放軍は、互いに一歩も譲らないまま対峙を続けている。

 

 その一方で、ジェノサイド部隊の残る5機は、損傷を負いつつも一カ所に集結しようとしている。そこで火力の集中を図るのが狙いのようだ。

 

 デストロイ級に火力を集中されると、流石に厄介である。

 

「そうはさせるかよ!!」

 

 敵の意図に気付き、ヒカルは機体を反転させる。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、

 

 無数の閃光が天空から降り注ぎ、集結しようとしていたジェノサイドを撃ち抜いていく。

 

 ジェノサイドの方でも、突然の攻撃を前にして成す術がない。次々と撃ち抜かれ、爆炎を上げて破壊されていく。

 

 圧倒的、

 

 と言う言葉すら、どこかに置き去りにしたような光景に、誰もが言葉も出ないでいる。

 

 そんな中で、1機のモビルスーツが、場を圧倒するようにゆっくりと舞い降りてくる。

 

 白銀の装甲と翼を持った美しい機体は、あれだけ圧倒的だったジェノサイドを全て、一瞬で破壊し尽くし、周囲を睥睨している。

 

「これより、戦闘に加入。共和連合運を掩護します」

 

 そのコックピットに座したまま、

 

 仮面の少女、

 

 ユニウス教団では「聖女」と呼ばれている少女は、低い声で呟いた。

 

 

 

 

 

PHASE-28「雷火の剣閃」      終わり

 



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PHASE-29「決意のSEED」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 並び立つ機体が一斉に武器を構える様は、神聖にして静謐。そして圧倒的と言うべきだった。

 

 重厚な装甲で通常サイズのモビルスーツよりも、やや大柄な外見が印象的な機体は、腰回りから足の膝部分までを覆う長めのスカートガードが特徴で、ふとすると大柄な僧兵が隊列を成しているようにも見える。

 

 UOM-04「ガーディアン」

 

 ユニウス教団が装備する主力機動兵器である。

 

 今まで秘密のベールに包まれ、一切が謎とされてきたユニウス教団の戦闘部隊が、今、一同の目の前に姿を現していた。

 

 ザフト、地球連合、オーブ、どの陣営の系列とも異なるデザインの機体は、戦場において異様な雰囲気を齎す。

 

 そして

 

 ユニウス教団軍の先頭に立つ白銀の機体は、他とは違い四肢やボディがほっそりとしており、逆に華奢な印象がある。

 

 背中にある6枚の翼があり、外見的にはガーディアンと一線を画しているが、スカート部分が長い事だけは、他の機体と一緒である。僧兵的な重厚感があるガーディアンとは異なり、どことなく女性的な印象を感じられるフォルムである。

 

 UOM-X01G「アフェクション」

 

 教団の象徴的存在、「聖女」と呼ばれる、教団の象徴とも言うべき少女専用として建造された機体である。

 

 性能は、5機のジェノサイドを一瞬にして屠って見せた事で、既に充分すぎるくらい証明できていた。

 

 そのアフェクションが、一同の見守る前で高々と振り上げる。

 

「・・・・・・何を、する気だ?」

 

 様子を伺っていたヒカルが、セレスティのコックピットで呻くように呟く。

 

 突如、現れたユニウス教団の部隊に、ヒカルもまた圧倒されてしまっていた1人だった。

 

 アフェクションの腕が、勢いよく振り下ろされる。

 

 次の瞬間、戦場が怒涛の如く動いた。

 

 整列したユニウス教団軍の兵士達は、雪崩を打つように北米解放軍の隊列へと襲い掛かる。

 

 慌てたように、砲門を開く解放軍。

 

 しかし、ガーディアンはその巨体からは想像もできない高い機動性を発揮して砲火を掻い潜ると、距離詰めると同時に攻撃を開始する。

 

 ガーディアンの手にしたビームライフルやビームバズーカが次々と火を噴く。

 

 直撃。

 

 成す術も無く吹き飛ばされる解放軍機。

 

 広がる動揺の中、ユニウス教団は進撃を続け、解放軍の隊列深くへ攻め込んで行く。

 

 放たれる砲火に絡め取られ、次々と炎に包まれる解放軍機。誰もが、突然現れた機体に翻弄され、成す術も無い状態だった。

 

 中には、反撃を試みる解放軍機もある。

 

 1機のグロリアスが勇敢にも教団軍の攻撃を掻い潜り、手にしたビームライフルを放ちながら接近して行くのが見える。

 

 そのビームが、1機のガーディアンを真正面から捉えた。

 

 しかし次の瞬間、命中したはずのビームは機体の正面で弾かれてしまった。

 

 逆にガーディアンが放つ攻撃は、容赦なく解放軍機を撃ち抜く。

 

 同様の光景は、そこら中で展開されていた。

 

 解放軍の攻撃は全くと言って良いほどガーディアンを傷付ける事はできないが、逆にガーディアンの攻撃はいとも簡単に解放軍機を直撃し破壊していく。

 

 よく見れば、攻撃を受ける直前、ガーディアンの前面に光の幕が展開しているのが見える。

 

 ガーディアンは、その最大の特徴として、機体胸部からビームシールドを展開する事ができるのだ。これにより、前から来る攻撃は大半を受け止める事ができるのである。

 

 一方的な展開が巻き起こる。

 

 圧倒的な攻防性能を誇るガーディアンの前に、北米解放軍の機体は無力に等しかった。

 

 そして、その中でも一際、群を抜いて暴れまわる機体がある。

 

 白銀の装甲を持つ美しい機体は、いっそ可憐とも思える姿で戦場を駆け廻る。

 

 聖女の駆るアフェクションだ。

 

 聖女はあえて解放軍の隊列の中へと飛び込むと、両手に装備したビームライフルを駆使して、次々と解放軍機を血祭りに上げていく。

 

 四方を取り囲んだ解放軍も、どうにかアフェクションを仕留めようと砲火を集中させるが、その全てに対し、聖女は圧倒的な機動力を発揮して回避していく。

 

 解放軍の攻撃は、直撃はおろか、掠める事すらできない。

 

 次の瞬間、聖女は動いた。

 

 翼と腰、脚部に装備していたアサルトドラグーンを射出する。

 

 機体同様、白銀の外装を持つドラグーンは、北米解放軍を包囲するように空中で展開した。

 

 同時にアフェクションの両手にあるビームライフル、両肩のビームキャノン、胸部のスプレットビームキャノンが展開される。

 

「・・・・・・リフレクト・フルバースト・・・・・・あなた方に、神の慈悲を」

 

 囁くような呟きが漏れた瞬間、

 

 閃光が、空を斬り裂いて迸った。

 

 駆け抜けた閃光が、空中に展開したドラグーンに命中する。

 

 次の瞬間、鏡に当たった光が反射するように、全ての閃光が乱反射を起こし、一斉に解放軍機へと襲い掛かる。

 

 リフレクトドラグーンと呼ばれるアフェクションの持つ12基の独立浮遊デバイスは、かつてオーブ軍が開発したヤタノカガミ装甲と同質の装甲で覆われており、自身に受けた光学兵装を反射する事ができる。

 

 勿論、1基に付き砲門が1門装備されている為、攻撃を行う事も可能。正に、攻防一体の万能兵器である。

 

 そして、プログラミングに従って空中に展開したリフレクトドラグーンに敢えてビーム当て乱反射を促すと、無限に広がる光の檻が広がり、内部に敵機を閉じ込める事が可能となる訳である。

 

 そこに、一切の慈悲は無い。

 

 否、あるいは逆に、聖女本人が言ったように慈悲に満ちた物であるのかもしれない。

 

 なぜなら、光の檻に閉じ込められた上で攻撃を受けた解放軍機は、1機の例外も無く一瞬にして焼き尽くされたからだ。

 

 中にいたパイロットの運命も語るまでも無い。痛みを感じる暇すらなかった事だろう。

 

「すげ・・・・・・・・・・」

 

 圧倒的な光景を目の当たりにして、ヒカルは呆然とした呟きを漏らす。

 

 今まで謎に包まれていたユニウス教団の圧倒的とも言える戦力を前に、言葉を失っている状態だった。

 

 と、

 

「おっとッ!?」

 

 突然、飛来した攻撃を前に、とっさにセレスティの蒼翼を翻して回避するヒカル。

 

 反撃に放ったビームライフルの一射が、攻撃したウィンダムの肩を撃ち抜いて吹き飛ばす。

 

「油断している場合じゃ、ないな」

 

 呟くと、ヒカルは味方と合流する為に機体を反転させる。

 

 戦いはまだ終わっていない。呆けている暇は、ヒカルには無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、解放軍の前線本部も、大混乱に見舞われていた。

 

 これまで殆ど実態らしい実態が見えていなかったユニウス教団。

 

 その教団が秘密のベールを脱いだ時、そこには圧倒的な戦力を誇る先頭集団が出現したのだ。

 

 オーギュストが切り札として用意していた8機のジェノサイドは既に撃破され、無残な躯の如き巨体を大地に転がしている。

 

 他にも、前線部隊がユニウス教団の集中攻撃を受け、短時間の内に壊滅寸前の損害を受けている。

 

 このままでは、戦線の崩壊も考えられる。

 

 一度、後退して体勢を立て直す必要があるだろう。

 

 次々と飛び込んでくる報告を聞きながら、オーギュストは冷静にそう考えていた。

 

 ただでさえ、ジェノサイド部隊が壊滅した事で兵達の士気も下降を辿っている。現状の体制を維持したまま戦ったとしても勝機は限りなく低いと言わざるを得なかった。

 

 どこか、後方の拠点まで後退して、そこで次の手立てを考えよう。

 

 そう、オーギュストが決断した。

 

 その時だった。

 

「観測班より報告ッ 軌道上にザフト軍の大艦隊を確認ッ どうやら降下揚陸作戦を仕掛けてくる模様!!」

 

 その報告に、オーギュストは驚いて出しかけた命令を引っ込めた。

 

 馬鹿な、と思う。

 

 ザフト軍が降下揚陸部隊を投入するの可能性は、限りなく低いと言うのが当初の解放軍上層部、オーギュストを含めた全員の見解だった。

 

 先の戦いでニーベルングの存在を知ったザフト軍が、危険な任務に降下揚陸部隊を作戦に投入する危険性は低いだろう、と。

 

 しかし現実に、フロリダ半島上空の軌道上にザフトの大艦隊が接近しつつある様子が映し出されていた。彼等は本気で降下揚陸部隊を降ろすつもりなのだ。

 

 その様子に、オーギュストはほくそ笑む。

 

 逆にこれはチャンスだ。降下揚陸部隊をニーベルングで焼き払えば、それは大きな戦果となる。そうすれば、崩れかかった解放軍の士気を盛り返す事も可能だった。

 

 そう言う意味では、敵に感謝すらしたい心境である。

 

「ザフト艦隊、降下軌道に乗りました!!」

 

 オペレーターの報告を聞き、オーギュストは勝利への確信と共に頷きを返した。

 

「全ニーベルング砲台に通達。敵部隊を射界に納め次第、全門砲撃開始。ザフト軍を薙ぎ払い、我が解放軍の武を世界に示せ!!」

 

 

 

 

 

 オーギュストの命令はただちにニーベルングを有する拠点全てに伝達され、準備がスムーズに行われる。

 

 山岳地や地下に偽装されたカバーが取り払われ、対空型の大量破壊兵器であるニーベルングが、その擂鉢状の姿を堂々と現わしていく。

 

 対空型という使用法を限定された武器ではあるが、その威力は絶大であり、その射線上に入れば、あらゆる物を焼き尽くす事が可能である。

 

《ニーベルング照射、一分前。作業員は危険区画より待避せよ。繰り返す・・・・・・》

 

 オペレーターのアナウンスが始まり、発射の最終フェイズが始まる。

 

 間もなく、ザフト軍の降下揚陸作戦が始まる。

 

 しかし次の瞬間には、全てが終わる事になる。

 

 宇宙から来るザフト兵達は、誰1人として地上に降り立つ事なく焼き尽くされる運命にあるのだ。

 

 北米解放軍に所属する誰もが、その未来予想図を疑っていなかった。

 

「ザフト艦隊、降下体勢に入ります!!」

「よし、ニーベルング発射準備!!」

 

 指揮官が発射の為の照準を合わせるよう指示を出した。

 

 次の瞬間、

 

「こッ これは!?」

「どうした!?」

 

 オペレーターの驚愕に満ちた声に、指揮官は思考を中断され顔を向ける。

 

 だが、追加の報告がなかなか上がってこない。いったい何が起きているのか?

 

 指揮官は焦れたように声を荒げる。

 

「報告をしろッ いったい何が・・・・・・」

「大型の熱源が、突然、軌道上に出現しました!!」

 

 突然の事態に、指揮所内は大混乱に陥ろうとしている。

 

 いったい、ザフト軍は何をしようとしているのか?

 

 指揮官が何かを命じようとした瞬間。

 

 光の奔流が、指揮所全体を包み込む。

 

 何が起きたのか、理解駅る者はただの1人も存在しない。

 

 ただ、自分達の意識が、膨大な光によって飲み込まれて行く事だけが、唯一認識できた。

 

 やがて、崩壊の時が訪れる。

 

 急速に膨れ上がった熱が基地全てを飲みこみ、そして焼き尽くしていった。

 

 

 

 

 

「ニーベルング、4番から22番まで信号途絶!! 基地からの通信も途絶えました!!」

 

 突然の事態に、オペレーター達の間にも動揺が広がっていく。

 

 いったい何が起きたと言うのか?

 

 あまりにも予想外の事態に、オーギュストもとっさに次の対応を取る事ができずに立ち尽くしていた。

 

 今にも降下しようとしているザフト軍部隊に対し、攻撃を開始しようとしていた対空掃射砲ニーベルング。

 

 解放軍が、全部で24基保有するニーベルングの大半が、一瞬にして破壊されてしまったのだ。

 

 映像で見ていた限りでは、天空から巨大な光の柱が降り注いできたように見えた。

 

 その光がニーベルングに命中した瞬間、全て焼き払われてしまったのだ。

 

 北米解放軍の切り札であり、フロリダ防衛の要とも言うべきニーベルング砲台群。

 

 そのニーベルングの守りが、殆ど一瞬にして失われてしまった。

 

 いったい、ザフト軍はどんな兵器を使ったのか? 複数あるニーベルングの大半、それも20基近い数を一撃で破壊してしまう兵器など尋常ではない。

 

 そこまで思考して、オーギュストは頭を振った。

 

 ザフト軍が何をやったのかは知らないが、いま重要なのは真相を究明する事ではない。

 

 こうしている間にも、共和連合軍の主力部隊は前進を続けている。更に、ニーベルングが失われた以上、敵は上からもやってくる。北米解放軍は今や、地上と宇宙から挟撃を受けようとしているのだ。

 

 オーギュストの決断は早かった。

 

 事この段に至った以上、もはや戦線を維持する事の意味はなかった。多くの兵を救い、更にシェムハザを守る為にも、速やかな戦線縮小こそが重要である。

 

 それは事実上、北米解放軍の敗北を意味している。

 

 しかし、事この段に至った以上、他に取りうる手段など存在しなかった。

 

「全部隊に通達。これより戦線を放棄して後退せよ。その後、ポイントM3にて合流し、部隊の再編を行え」

「いや、しかし司令!!」

 

 幕僚の一人が、オーギュストの命令に困惑したように言いつのった。

 

「撤退と申しましても、現状、我が軍は共和連合軍と交戦中です。今から撤退命令を出したりしたら、後退中に背後から追撃を受け、我が軍は壊滅しかねません!!」

「分かっている」

 

 幕僚の指摘に対し、オーギュストは頷きを返す。

 

 オーギュストとて、今この段階で撤退命令を出す事の危険は理解している。

 

「しかし、今撤退なければ、我が軍は敵に包囲されて全滅、そして解放軍は敗北し、我らの悲願である北米の解放は、より遠のく事になりかねない。そうなる前に、1人でも多くの兵を逃がすしかない」

 

 今のオーギュストに課せられた使命は2つ。1つはシェムハザの身の安全を確保する事。これは、護衛に就いているジーナに任せておけば問題はないだろう。

 

 もう1つは、解放軍の戦力を可能な限り維持する事だ。

 

 仮にシェムハザが生き残っても、指揮すべき兵がいなければ、北米解放の為の戦いを続ける事は出来ない。だから、たとえわずかでも戦力を残しておく必要があった。

 

 そして、その為の手段は、オーギュストには一つしかなかった。

 

「俺が部隊を率いて前線に立ち、共和連合軍の追撃を断つ。その間に可能な限り部隊を収容するんだ!!」

 

 そう命令を下すと、オーギュストは自身も出撃する為、司令部を足早に出て行く。

 

 そしてそれは、事実上、北米解放軍の敗北が確定した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は、完全に共和連合軍有利に傾いていた。

 

 ユニウス教団の参戦、そしてザフト軍新兵器によるニーベルング砲台群の壊滅と、その後に行われた降下揚陸作戦により、ジャクソンヴィルに展開している北米解放軍主力部隊は完全に包囲される形となった。

 

 更に、降下したザフト軍の別働隊は、フロリダ半島の内陸へさらなる侵攻を行う構えを見せている。

 

 長きにわたって北米解放軍が実効支配し、一切の侵攻を許さなかったフロリダ半島が今、共和連合軍の前に、ほぼ無防備にその姿を晒していた。

 

 もっとも、この事態に北米解放軍側も手をこまねいている訳ではない。

 

 ただちに前線の部隊を収容すると、その進路を南方へと向けさせて包囲網の解除を試みる一方、その撤退を援護すべく、一部の精鋭部隊が共和連合軍主力の前へ立ちはだかろうとしていた。

 

 ユニウス教団の部隊をはじめとして大軍を有する共和連合軍だったが、北米解放軍が今まで温存していた精鋭部隊の登場という事もあり、これまで以上の苦戦を強いられ、その前進も妨げられていた。

 

 ヒカルの駆るセレスティも、その砲火交わす最前線にいた。

 

 ジェノサイド部隊を壊滅させたヒカルは、その後いったん大和へ戻り、休養と補給を行った後、再び出撃してきていた。

 

 先の戦闘では接近戦用のS装備だったが、今度は砲撃戦用のF装備での出撃である。

 

 8枚の双翼を羽ばたかせて飛翔するセレスティ。

 

 その眼下には、ホバー装甲で追随するリアディス・ドライの姿もあった。

 

「カノン、俺が突っ込むから、お前は援護頼む!!」

《分かった!!》

 

 カノンの元気な声を聞きながら、ヒカルはスピードを上げる。

 

 そう言えば出撃の直前、リザが妙な事を言っていたのを思い出す。

 

 カノンの事を、ちゃんと守ってやれ、と。

 

 正直、ヒカルの目から見て、カノンの成長はかなりのスピードだと思う。愛機であるリアディス・ドライを充分に使いこなしているし、単独戦闘でも支援攻撃でも充分な戦果を挙げている。

 

 わざわざヒカルが守ってやる必要は無いと思うのだが。

 

 いったい、リザは何を言いたかったのか?

 

 首を傾げるヒカルだったが、思考するのもそこまでだった。

 

 視界の中で、複数の解放軍機が向かってくるのが見える。

 

 流石は、今まで温存されていた精鋭部隊だけあり、なかなかの粘り強さを見せている様子だ。圧倒的な戦闘力を見せつけたユニウス教団も手を焼いている様子で、一時的にせよ共和連合軍の進撃は停滞している。

 

 その真っ只中に、ヒカルとカノンは飛び込んでいった。

 

「行くぞ、カノンッ!!」

《オッケー、いつでも!!》

 

 カノンの返事を聞くと同時に、ヒカルはセレスティのビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスフィアス・レールガンを展開、5連装フルバーストを解き放つ。

 

 同時にカノンも、リアディス・ドライの持つ全武装を展開、一斉に撃ち放った。

 

 とたんに、接近しようとしていたグロリアスやウィンダムが吹き飛ばされる。

 

 更にヒカルは、フルバースト状態を維持したまま、全砲門で速射を仕掛ける。

 

 弾幕に近い砲撃の嵐を受け、接近を図ろうとする解放軍機は次々と破壊、爆炎を上げていく。

 

 だが、それでも解放軍の兵士達は、仲間の屍を乗り越えてやってくる。

 

「こいつら・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を見つめ、ヒカルはうめき声を上げる。

 

 彼等も必死だ。

 

 既に解放軍にとって負けが確定しつつある戦いだが、それでも尚、自分達が信じる物の為に戦おうとしている。

 

 たとえ今日、自分の命が失われようとも、明日、祖国が解放されるなら本望。

 

 そんな思いが、爆散する機体から伝わってくるようだった。

 

 レミリアの時もそうだったが、味方は味方なりに、敵は敵なりに想いを背負って戦っている。だからこそ、自分達は相対しなければならない。

 

「どうしてだ・・・・・・」

 

 尚もトリガーを引きながら、ヒカルは自問してみる。

 

「何で、ここまでして戦う?」

 

 戦うべき時には戦わなくてはならない。それはヒカルにも分かる。

 

 だが、既に解放軍にとって、この戦いは無意味な物になりつつある。戦線は崩壊し、もはや奇跡が起こったとしても、状況が逆転する事などあり得ないだろう。だと言うのに、尚も向かってくる彼等の思考が、ヒカルには全くと言って良い程理解できなかった。

 

 その時、

 

《ヒカルッ 上!!》

 

 カノンからの警告に、ヒカルはカメラを上に振り仰ぐ。

 

 そこには、黄色の翼を翻して急降下してくるレイダー級機動兵器の姿があった。

 

「あいつッ!?」

 

 放たれたビームキャノンとツォーンの攻撃を、ヒカルはとっさに後退して回避、同時にビームライフルで応戦する。

 

 対してゲルプレイダーを駆るオーギュストは、命中の直前で回避すると、ゲルプレイダーを人型に変形させてセレスティと対峙する。

 

「やはりいたか、《羽根付き》!! 今日こそ貴様を、狩る!!」

 

 言い放つと同時に、手にしたミョルニル2基を放ってくる。

 

 時間差を置いて向かってくる2つの鉄球。

 

 それをヒカルは、機体を上昇させて回避する。

 

 同時にヒカルは、セレスティ腰部のレールガンを展開、ゲルプレイダーに対して牽制の射撃を仕掛ける。

 

 レールガンの砲撃を回避する運動を取るレイダー。

 

「こいつも、まだ来るってのか!!」

 

 それに対してヒカルは、腰からビームサーベルを抜き放って斬りかかっていく。

 

 対抗するようにオーギュストも、シュベルトゲベール2本を構える。

 

「喰らえ!!」

 

 ヒカルの叫びと同時に、ビームサーベルを袈裟がけに振り下ろすセレスティ。

 

 その剣閃は、しかしゲルプレイダーがとっさに後退した為、空を切る。

 

「速いなッ だが、まだ甘い!!」

 

 言いながらオーギュストは、ビームキャノンでセレスティの動きを牽制する。

 

 ゲルプレイダーからの攻撃を、横滑りしながら回避するヒカル。

 

 しかし、オーギュストはその瞬間を見逃さず、スラスターを全開にして追撃、剣の間合いまで斬り込んできた。

 

「もらった!!」

 

 振り下ろされるシュベルトゲベール。

 

 その斬撃は、一瞬早く動いたセレスティのシールドと接触して火花を散らす。

 

「負けるか、よ!!」

 

 8枚の蒼翼を広げ、セレスティのスラスターが全開まで吹かされる。

 

 そのまま押し返そうとするヒカル。

 

 しかし、先に動いたのはオーギュストだった。

 

「やらせんぞ!!」

 

 ヒカルが力押しを掛けてきたのを見越し、ほとんどゼロの距離から蹴りを繰り出し、セレスティを弾き飛ばすオーギュスト。

 

 衝撃でバランスを崩して、錐揉みするセレスティ。

 

「ウワァ!?」

 

 ヒカルはどうにかバランスを取り戻そうと、躍起になって操縦桿を動かす。

 

 しかし、セレスティが安定を取り戻す前に、オーギュストは砲撃態勢を整えてしまった。

 

「これで終わりだなッ 《羽根付き》!!」

 

 全ての砲門を一斉に開こうとするオーギュスト。

 

 ゲルプレイダーの持つ全武装が火を噴こうとした。

 

 しかし次の瞬間、

 

「ヒカルは、やらせない!!」

 

 凛とした声と共に、地上からレイダーめがけて砲撃が襲いかかった。

 

 その攻撃に対しオーギュストは舌打ちしつつ攻撃を諦め、後退して回避する。

 

 ヒカルの窮地を見たカノンが、援護射撃を行ったのだ。

 

 回避行動を取るゲルプレイダーに対し、尚も執拗な攻撃を繰り返すカノン。

 

「おのれッ よくも邪魔を!!」

 

 その様子に、オーギュストは激高して、翼の向きを変える。

 

 そのままゲルプレイダーを駆って急降下、シュベルトゲベールを抜き放つと、地上で砲撃を行っているリアディス・ドライに向けて斬り込んでいく。

 

 リアディス・ドライに迫る刃。

 

 だが、

 

「させるか、よ!!」

 

 一瞬早く、両者の間に割って入ったセレスティが、横薙ぎにビームサーベルを振るってレイダーの接近を拒んだ。

 

《ヒカル!!》

「サンキュー、カノンッ 助かったぜ!!」

 

 ヒカルは安堵のため息をつきながら、幼馴染の少女に礼を述べる。

 

 本当に、危ういところを助けてもらい、カノンには感謝である。

 

 ここにいたり、ヒカルは確信していた。

 

 やはり、リザは間違っていた。

 

 ヒカルとカノンの関係は、どちらか一方が他方を守ると言う、一方通行な関係ではない。

 

 互いが互いを助け合い、足りない部分を補って戦う。そんな相互的な関係こそが、ヒカルとカノンには望ましい。

 

 ヒカルも、カノンも、未だに未熟な存在である。1人では決して敵わない強大な敵も数多い。

 

 しかし、どんな強大な敵であったとしても、2人で力を合わせて戦えば、決して敵わない事はないと思った。

 

 ヒカルは、尚も斬り込むタイミングをはかっているゲルプレイダーに目を向ける。

 

「カノン、あいつに勝つぞ。援護頼む!!」

《任せて!!》

 

 頷き合う、ヒカルとカノン。

 

 2人は同時に動いた。

 

 セレスティはビームサーベルを抜いて切り込み、それを援護するように、リアディス・ドライが砲撃を開始する。

 

 対してオーギュストは、ゲルプレイダーのミョルニルを回転させ、そのチェーン部分をシールドにしてリアディスからの砲撃を防御する。

 

 そこへ斬り込んでくるセレスティ。

 

 振るわれる光刃に対し、オーギュストは後退しながらシュベルトゲベールを抜き放ち、迎え撃つ体勢を取る。

 

「逃がすか!!」

 

 吼えるヒカル。

 

 後退するゲルプレイダーを見逃さず、更に一歩踏み込んで斬りかかる。

 

 袈裟懸けに振るわれるビームサーベル。

 

「ぬッ!?」

 

 一瞬、驚きの表情を見せるオーギュスト。

 

 セレスティの剣は、ゲルプレイダーの胸部装甲を僅かに削って通り過ぎた。

 

 僅かだが、ヒカルの踏込が浅かったのだ。

 

「やるなッ だがまだ甘い!!」

 

 言いながら距離を置くオーギュスト。同時にレイダー頭部のツォーンで牽制の砲撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を、僅かに機体を傾ける事で回避するヒカル。そのせいで、僅かに動きを鈍らせる。

 

 オーギュストは、更に追撃を仕掛けようとする。このまま一気に押し込んでしまおうと言う腹積もりだ。

 

 しかしそこで、機体周囲に無数の爆炎が躍った。

 

「なにッ!?」

 

 驚くオーギュスト。

 

 ヒカルを援護すべくカノンは、リアディス・ドライに残っていた全ミサイルを発射したのだ。

 

 ミサイルは全て、近接信管をセットされて発射している。命中による直接的なダメージではなく、近接爆発の衝撃波によって、オーギュストに隙を作り出すと同時に、爆炎によって一瞬でも視界を塞ぐ事が目的だった。

 

 バランスを崩す、ゲルプレイダー。

 

 そこへ、ビームサーベルを構えてセレスティが斬り込んできた。

 

「どうしてだ!!」

 

 一閃する刃。

 

 セレスティの鋭い一撃が、ゲルプレイダーのシュベルトゲベールを一本叩き折る。

 

 更に、ヒカルは刃を返して斬りかかる。

 

「どうして、あんた達はまだ戦おうとする!!」

 

 ヒカルは自身が抱いた疑問を、剣と共に相手へとぶつける。

 

 戦いその物を否定する気はない。主義主張が違えば、互いに剣を交えなくてはならない時だってあるだろう。

 

 しかし、既に負けの見えた戦いに尚も固執する敵パイロットの思考が、ヒカルには全く理解できなかった。

 

 意外な事に、

 

《驚いたな》

 

 答えが返って来た。

 

《動きから察するに、若いパイロットだろうとは思っていたが、声からすると、君はまだ子供じゃないか》

「それが、どうした!?」

 

 付き放つと同時に、ビームライフルで牽制の射撃を仕掛けるヒカル。

 

 対抗するように、オーギュストも両手のビームガンをセレスティに放ってくる。

 

 互いにビームを放ちながら旋回する、セレスティとゲルプレイダー。

 

 放つ攻撃は、相手を直撃する事は無い。

 

《子供が戦場に出て戦争ごっこか。共和連合も随分、酔狂な事をやるものだな》

「関係あるのかよ!!」

 

 セレスティが振り翳すビームサーベルを、オーギュストは機体を上昇させて回避。同時にビームキャノンで反撃する。

 

 対してヒカルは、レイダーからの攻撃をシールドで防御、更に距離を詰めようとする。

 

「この戦いはもう終わったようなものだッ なのに、なぜアンタはまだ、無意味に戦おうとする!!」

《意味ならある!!》

 

 ヒカルの剣閃を振り払い、オーギュストは叫ぶ。

 

《私は、北米解放という大義の為に戦っているッ その為ならば、この命など惜しくはない!!》

「ッ!?」

 

 振るわれたシュベルトゲベールの一撃を、ヒカルはシールドをかざして防御する。

 

《逆に問おう少年ッ 君は一体、何の為に今、戦っているッ? 君の戦いに意味はあるのか!?》

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 オーギュストの問いに、ヒカルは言葉を詰まらせる。

 

 何のために、自分は戦っているか?

 

 そう聞かれれば、確かに、ヒカルは自分が何のために戦場に立っているのか考えた事はなかった。

 

 勿論、友人や仲間、カノン達を守りたいと言う思いはヒカルの中にある。しかし、それはヒカルが戦う理由にはなっても、戦場に立って敵を倒す理由にはならない。

 

 戦場で戦う以上、求められる大義。それがヒカルの中では決定的に欠落している。

 

 それを見透かしたかのように、オーギュストは攻勢を仕掛けてくる。

 

《大義も知らず、理想も知らない!! そんな子供が戦場に立つ事の、何と愚かしい事か!!》

「くっ!?」

 

 放たれる砲撃を、辛うじて回避するヒカル。

 

 オーギュストは尚も、攻撃の手を緩めようとしない。

 

《私は、この北米を解放する為ならば、いかなる手段も厭わないッ たとえ、この身が滅びようとも、祖国を取り戻すまで戦いをやめるつもりはない!!》

 

 真っ向から振り下ろされる大剣。

 

 その剣閃は、

 

 セレスティが振り上げた光刃によって、真っ向から斬り飛ばされた。

 

「なにっ!?」

 

 驚愕するオーギュスト。

 

 それに対して、ヒカルはビームサーベルを振り切り、大きく腕を上げた状態のまま滞空している。

 

「・・・・・・・・・・・・それが、あんたの掲げる大義かよ?」

《何?》

 

 静かに問いかけるヒカルに対して、オーギュストは訝るように動きを止める。

 

 そんなオーギュストに対し、ヒカルは不自然なくらい押し殺した声で語る。

 

「国を取り戻す為なら、どんな手段でも使う。その為なら全てが許される。あんた、それを本気で思っているのかよ?」

《無論だ。北米を解放する為なら、全てが肯定されて然るべきだ!! なぜなら、それこそが我らの悲願なのだから!!》

 

 自信に満ちた声で言い放つオーギュスト。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルは眦を釣り上げた。

 

「だけどッ アンタの言う大義で血を流すのはアンタじゃないッ アンタ以外の力の無い奴らだ!!」

「ッ!?」

 

 ヒカルの言葉に、オーギュストは一瞬言葉を詰まらせた。

 

 この時、ヒカルの脳裏にはレオスとリザが思い浮かべられていた。

 

 北米解放軍の作戦で住む場所を追われたレオスとリザ。

 

 オーギュストの掲げる「大義」とやらが、死血山河の上に空しく翻っているように、ヒカルには見えた。

 

《大義無き人は家畜と同じだッ 人は大義があってこそ、生きて行く事ができる!!》

「綺麗事をぬかすな!! 結局アンタ達は、そうやって自分達を自己正当化したいだけだろうが!!」

 

 放たれたミョルニルを、翼を翻して回避するヒカル。

 

 更に、もう一方のミョルニルがセレスティに迫る。

 

 次の瞬間、

 

 光速で振るわれたビームサーベルが、ミョルニルを繋ぐチェーンを両断してしまった。

 

「ヌッ!?」

 

 驚愕しつつ、体勢を立て直そうとするオーギュスト。

 

 それに対して、ヒカルは、静かに言い募る。

 

「あんた、さっき言ったよな。俺は何のために戦うのかって」

 

 眦を上げるヒカル。

 

「俺はアンタみたいなやつらを止める為に戦い続けるッ それが、俺の戦いだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルのSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その気迫の前に、オーギュストは明らかに気圧され、とっさに後退しようとする。

 

 しかし、それは叶わなかった。

 

 ゲルプレイダーの逃げ道を塞ぐように、カノンのリアディス・ドライが、空間を薙ぎ払うように砲撃を浴びせたのだ。

 

 動きを止めるオーギュスト。

 

 その間に、ヒカルは攻撃準備を整える。

 

 フルバーストモードへ移行するセレスティ。

 

 その5つの砲門が、容赦なく解放される。

 

 それに対して、オーギュストができる抵抗は、もはや何も無かった。

 

 ゲルプレイダーの頭部が、腕が、足が、翼が吹き飛ばされていく。

 

 全ての戦う力を奪われ、大地へと落下していく黄色の翼。

 

 その様を、勝者となった蒼翼の天使は、静かに見下ろしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-29「決意のSEED」      終わり

 



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PHASE-30「悪意の声」

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わった戦場に、雨が降りしきる。

 

 まるで、戦いによって大地に流れ出た血を、天が悲しみの涙で洗い流そうとしているかのようだった。

 

 共和連合軍と北米解放軍の事実上の決戦となった「第2次フロリダ会戦」は、共和連合軍の大勝利で終わった。

 

 敗れた北米解放軍は、指揮官クラス多数を含む戦力の大半を喪失。更にフロリダ半島北部の拠点を軒並み失った。

 

 北米最大の反共和連合組織はこれにより、事実上壊滅状態に陥ったのだ。

 

 生き残った部隊もある程度は存在しているが、彼等は既に組織的抵抗を諦め、散り散りになりながら後退していった。

 

 これに対し、勝利した共和連合軍は戦力を再編成した後、更なる奥地へ侵攻する構えを見せている。

 

 主力は掃討したものの、未だに北米解放軍の残党が各地に散らばった状態で生き残っている。さらに、指導者であるブリストー・シェムハザ将軍の身柄確保も、未だに達成されていない。

 

 共和連合軍が更なる進軍を企図するのは、当然の流れであると言えた。

 

 この勝利を、より完璧な物と成す為に。

 

 しかし、

 

 この状況を満足げに眺めている目が、戦場から遠く離れたプラントにあった。

 

 報告を受けたアンブレアス・グルックは、秘書をさがらせると、口元を隠すようにして机の上に肘をついた。

 

 その掌の陰には、密かな笑みが浮かべられている。

 

「これで、北米解放軍の脅威は、ほぼ無くなったと見ていいな。ブリストー・シェムハザをたとえ逃したとしても、失った戦力を再建し、再び北米で闘争を起こすには相応の時間がかかるだろう」

 

 それまでの間に、ザフト軍はより強大な軍へ進化し、新たな戦力も続々と戦列に加わる事になるし、それに伴い北米の軍事力増大も同時並行で行われるだろう。

 

 仮にブリストー・シェムハザが捲土重来を画策したとしても、その頃には、彼我の戦力差は歴然とした物となっている事は間違いない。

 

 北米解放軍による北米奪還は、これで永久に不可能となった訳だ。

 

「全てが、予定通りと言う訳だ。まったく喜ばしい限りだね」

 

 また、あの声が聞こえてきた。

 

 子供のように溌剌としながら、それでいて老人のように濁った響きのある声。

 

 その声に対し、グルックは顔を動かさずに答える。

 

「そうだ。今こそ、我々の時代が来るのだ。我等コーディネイターにとっての輝かしい、繁栄の時代がな」

 

 高揚した声で、グルックは言葉を紡ぐ。

 

 シーゲル・クライン、パトリック・ザラ、アイリーン・カナーバ、ギルバート・デュランダル、そしてラクス・クライン。

 

 今まで多く存在した為政者が志し、そして誰1人としてなしえなかった新しき世界。

 

 それが今、手を伸ばせば届く所まで来ている。

 

 他でもない、このアンブレアス・グルックが、掴み取るのだ。

 

 この時グルックは、まるで祭りを前に高揚する、子供のような気分を味わっていた。

 

「さあ、お膳立てはしてあげたんだ。行ってきなよ」

「無論だ」

 

 頷いて、立ち上がる。

 

 歩き出すグルック。

 

 その目指す先には、彼が望む世界が確実に広がっているのだ。

 

 やがて、グルックは執務室を出て行く。

 

 その背中を、声の主は冷笑を浮かべて見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦大和は今、オーブ軍の本隊と合流し、その雄姿を友軍に囲まれていた。

 

 進路は南。戦場を離脱した北米解放軍の残党を追撃する構えである。

 

 北米解放軍と正面から激突し、ジェノサイド部隊等の攻撃をまともに受けたザフト軍とは異なり、側面支援が任務だったオーブ軍の損害は比較的軽微で済んでいる。その為、追撃部隊の先鋒を任されていた。

 

 あわよくば、指導者ブリストー・シェムハザの捕縛、ないし抹殺も作戦内に組み込まれている。オーブ軍の役割は重要だった。

 

 解放軍の双翼とも言うべきゲルプレイダー、ヴェールフォビドゥンは撃墜、撃破したものの、デンヴァー攻防戦の際に姿を現した赤い機体、クリムゾンカラミティが姿を現していない事も気になる所ではある。

 

 とは言え、既に主力軍を失った解放軍が死に体である事は火を見るよりも明らかである。仮に残った戦力が攻撃を仕掛けて来たとしても、抵抗は散発的な物に終始するだろう。未だに多くの戦力が健在な共和連合軍の陣営を破る事は難しいはず。

 

 それ故、楽観的な雰囲気が、全軍に蔓延するのも無理からぬことだった。

 

 オーブ軍も例外ではない。大方の部隊は、既に戦闘は終わったものと判断し、気楽な雰囲気が出始めていた。

 

 現在、ミシェルが1個小隊を率いて部隊の直掩に当たっているのみであり、ヒカルやカノンを始め、他のパイロット達は艦内で機体を整備しつつ待機していた。

 

「でも、なんかすごかったね。ユニウス教団の部隊って」

 

 溜息のように感想を漏らしたのはカノンである。

 

 少女の脳裏には、先の戦いで見たユニウス教団の戦力、特にアフェクションやガーディアンの姿が思い浮かべられていた。

 

 オーブやザフトの機体と比べても一線を画する姿と性能を誇る機体達は、その圧倒的な力で持って解放軍の精鋭達を駆逐していった。

 

 今回の戦い、最功労者は間違いなくユニウス教団だった。

 

「いずれ、同盟軍同士で技術の交流があるだろう。そうすれば、もっと色々な事が分かる筈だ」

 

 レオスがドリンクを飲みながら答える。

 

 これまで謎のベールに包まれていたユニウス教団の戦闘を目の当たりにできた事で、カノンもレオスも興奮した様子である。

 

 そんな中、ヒカルは1人、別の事を考えていた。

 

 もし、あいつらと戦う事になったら、自分は勝てるのだろうか?

 

 ヒカルの脳裏にはそんな、事実無根で物騒な思いが浮かべられていた。

 

 圧倒的な防御力で全ての攻撃を防ぎ止めたガーディアン。そして、埒外とも言うべき火力と光学反射戦術で解放軍を一切寄せ付けず、一方的な殺戮を見せつけたアフェクション。

 

 それらと戦った時、自分は果して勝てるだろうか?

 

 ユニウス教団は今や共和連合の同盟軍だ。今後、彼等と戦う可能性は低いだろう。だが、どうしてもヒカルの中では、彼等と対決する未来が現実のものとなるような気がしてならなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・まさかな」

 

 自分の馬鹿げた考えを振り払うように、ヒカルは苦笑した。

 

 ユニウス教団は味方だ。ともに北米解放軍を打ち倒した仲間だ。今後、彼らと戦う可能性は限りなく低いと言えるだろう。

 

 そんなヒカルに、隣に座っていたリザが怪訝そうな視線を向けてきた。

 

「何が『まさか』なの、ヒカル君?」

「・・・・・・いや」

 

 リザの頭をクシャッと撫でてやりながら、ヒカルは言葉を濁した。正直、自分でも馬鹿げていると思う想像を、仲間達に話す事はできなかった。

 

 

 

 

 

 ヒカル達が待機室で談笑している頃、大和のブリッジでは、シュウジの指揮の下、進撃するオーブ軍本隊と歩調を合わせていた。

 

 艦橋の窓から見える風景は、ゆっくりと後ろへと流れて行く。

 

 そんな中シュウジの目は、油断なく進路前方を見据えていた。

 

「敵軍の情報は何か入っていないか?」

「今のところは何もありません」

 

 シュウジの質問に答えたのは、オペレーターである。リザが現在休憩中である為、交代要員のオペレーターが配置に着いていた。

 

 現在、オーブ軍は北米解放軍の前線基地があったジャクソンヴィルを越え、地図上で言えばフロリダ半島の中ほどにまで差し掛かりつつある。

 

 ここに至るまで、敵の抵抗は皆無である。

 

 予想通りと言うべきか、先の戦いで主力を失った北米解放軍には、もはや共和連合軍の進撃を止める力は残されていない、と言う認識は、どうやら間違いではないらしい。

 

 だが、シュウジは尚も警戒を緩めるつもりはない。ここはまだ敵地、それも、開戦前までは殆ど情報らしい情報も無かった土地なのだ。警戒しすぎて困ると言う事は無い筈だ。

 

「でも、敵が出てきても、これだけ味方がいるんだから安心ですよね」

 

 気楽な事を言ったのは、舵輪を握っているナナミだった。

 

 幾度かの戦いを経て、ナナミは大和の操舵手として高い信頼を周囲から得ている。シュウジもまた彼女の操舵手としての腕を認め、全幅の信頼を寄せていた。

 

 北米解放軍との死闘を、大和がほぼ無傷に近い形で切り抜ける事ができたのは、ナナミの天性ともいうべき手腕によるところも大きい。

 

「オーブ軍の味方は勿論、後ろにはザフト軍にモントリオール政府軍、それにユニウス教団まで控えているんですから。正直、これ以上何が来たってへっちゃらって気がします」

 

 そう言って笑うナナミ。

 

 だが、彼女の言葉を聞いた瞬間、シュウジは己の中で小さな疑念が沸き起こった事を自覚していた。

 

 現在、オーブ軍は共和連合軍の先鋒を務める形で進撃している為、他の部隊よりも突出している。ザフト軍やユニウス教団の部隊は、ナナミが言った通り後ろからついて来る形だ。

 

 これが一体、何を意味しているのか?

 

 言い知れぬ不安が、シュウジの中で湧いてくる。

 

 その時だった。

 

「艦長!!」

 

 オペレーターの鋭い声が、シュウジを現実に引き戻した。

 

 オペレーターの表情は、見るからに緊迫しているのが分かる。どうやら、何か不測の事態が起こったことが予測できた。

 

「どうした?」

「プラント議長のアンブレアス・グルックが、全世界に向けて会見を行っています!!」

 

 その報告に、シュウジも目を剥いた。

 

 なぜ、このタイミングでプラントの議長が会見を行うのか? 勝利宣言を行うならフロリダ半島の完全制圧を確認してからの筈。タイミングとしては聊か気が早いように思えた。

 

「映像、出ます!!」

 

 オペレーターの操作に従い、メインスクリーンに見覚えのある壮年の男性が姿を現した。

 

 40代前半の眼光鋭い人物であり、政治家としてはまさに脂が乗ったと言った感じの雰囲気がある男である。

 

 どこか、野心家めいた印象がぬぐえないが、それでも政治家というある種の怪物じみたキャラクター性が求められる存在である事を考えれば、人間性は別にして何らかの頼もしさは感じられるようだった。

 

 そのアンブレアス・グルックが、焚かれるフラッシュに身を任せながら壇上に立っている。

 

《皆さん。私は、プラント最高評議会議長、アンブレアス・グルックです。本日は皆さんに、重大なお知らせがあります》

 

 グルックの会見は、そんな出だしで始まった。

 

《本日、我がザフトの精鋭をはじめとした共和連合軍は、北米大陸の戦いにおいて、長年の宿敵である北米解放軍を打ち破る事に成功しました!!》

 

 高揚したグルックの声と共に、画面には「北米解放軍撃破」と言うテロップが大見出しで映し出される。

 

《今さら私の口から言うまでも無く、北米解放軍とは、長年にわたって北米大陸の一部に対し不当な実効支配を行い、同大陸における騒乱の火種を巻き続けてきた悪辣なるテロ組織であります。彼等の残虐性、非道性は、今更私の口から語るまでもないでしょう。その組織の命脈が断たれた今日と言う日は、誠に喜ばしく、後世に残る記念すべき日となりましょう。これらは全て、我がザフトの精強なる兵士達の活躍と、そして死んでいった英霊達の尊い犠牲があったからこそ実現できたものであります!!》

 

 その言葉を聞いて、シュウジは僅かに顔を顰める。

 

 相手はプラントの議長であるから、自国の軍の事を褒めるのは仕方がない。しかし、まるでザフトのみが必死で戦って勝利を掴んだかのような言い方には不快感を覚えずにはいられなかった。

 

《今日と言う誠に良き日、良き日和に、しかし私は同時に誠に残念なお知らせを、皆さんにお伝えしなくてはなりません》

 

 グルックの発言が変わったのは、そこからだった。

 

 いったい何を言い出すのか?

 

 世界中の人間が注目する中、グルックは重々しく口を開いた。

 

《まだ、皆様の記憶にも新しい事と思いますが、我が軍はつい先ごろ、一度、北米解放軍に対し大敗を喫しました。卑劣なる解放軍の姦計に嵌り、多くの将兵の命、皆様の家族や大切な人達の命が失われた事は、誠に悲しい事であります。しかし今日の戦いで、憎き北米解放軍は打倒され、仇を討つ事ができました。残るは、彼等に協力した卑怯な共犯者を討つ事こそが、我々に残された最大の使命であります》

 

 共犯者、とはいったい誰の事を言っているのか?

 

 プラント議長が突然言い出した事に、誰もが首をかしげる。

 

 北米解放軍に協力した組織としては、その背後で様々な支援を行ったとされる国際テロネットワークが存在している事は、一部の人間の間では周知である。

 

 しかし、国際テロネットワークの実体は未だに片鱗しか見えておらず、存在自体があやふやな物だ。言ってしまえば「都市伝説」の域を出ず、とても今すぐに討伐対象にできるものではない。

 

 では、グルックの言う「共犯者」とはいったい誰の事なのか?

 

 一同が固唾を呑んで見守る中、グルックは衝撃的な発言を行った。

 

《その、憎むべき共犯者こそ、幾年にも渡って我々の友人としての仮面を被り、我々を欺き続けた者達。足は共に道を歩みながら、目は違う道を見続けて来た者達、水面下でテロリストと手を組んでいた唾棄すべき裏切者。オーブ共和国に他なりません!!》

「何だとッ!?」

 

 聞いていたシュウジは、思わず驚愕の声を上げた。

 

 スクリーンの中の男は、いったい何を言っているのか?

 

 オーブが北米解放軍に共犯?

 

 そんな事実がある筈が無い。現にこうして、自分達はザフト軍と軍列を並べて戦い、北米解放軍の撃滅に貢献したではないか。

 

 グルックの言っている事は、こちらからすれば支離滅裂な妄想と言って良かった。

 

 今まで、オーブと解放軍が同盟を結んでいた、などと言う事実は一切上がってきていない。なのになぜ、今になってそのような話が何の前触れもなく唐突に出て来るのか?

 

《オーブと北米解放軍との関係を示す証拠は、既にいくつも上がってきており、そのどれもが信憑性の高い物である事を、100パーセントの確信を持って証明できます。彼等が我が軍の情報を故意に解放軍に流した事が、先の戦いにおける我が軍の大敗へと繋がり、多くの犠牲を出す結果になったのですッ 現に、彼の戦いにおいて、オーブ軍は一切参加していない事から見ても事実は明らかですッ 彼等は初めから負けると判っている戦いに、自国の軍を送る事を拒んだのです!!》

 

 これは、完全に事実無根である。

 

 戦いには大和隊が宣戦していたし、何より、オーブ軍の制式参戦を断ったのは駐留ザフト軍の方である。グルックは自分達に都合の良いように事実を捻じ曲げているのだ。

 

《オーブのやった事は、前線で必死に戦っていた兵士に対する裏切りであり、死んでいった英霊達に対する許しがたい、最大限の侮辱であります。彼等は我がプラントを始め、盟約によって硬く繋がっていた共和連合の信頼を、土足で踏み躙ったのですッ 果たして、これ程の裏切り行為を平然と行った恥知らずな国家が、歴史上存在しえたでしょうか? この私自身、身から湧き出る怒りを抑える事ができません!!》

 

 いかにも、怒りに絶えないと言った調子で、グルックは声を震わせる。

 

 やがて、それを無理やり抑え込むようにして顔を上げる。

 

《よって、わたくし、プラント最高評議会議長アンブレアス・グルックはプラントの名誉と、この地球圏に生きるコーディネイター全ての権利と、そして何より世界平和と正義を志す者達の代表として宣言しますッ ここに、卑劣なる裏切者、オーブ共和国に対し宣戦布告を行うと!! 今この時より、オーブと名のつく全ての勢力、そしてオーブと協力関係にある全ての存在に対し、ザフト軍の全ての戦力で持って、無制限の攻撃命令を下すこととします!! これは彼等の裏切りに対する正当なる報復であり、一切の慈悲を与える必要は皆無であります!!》

「馬鹿なッ!!」

 

 今度こそ、シュウジは声を荒げた。

 

 横暴にも程がある。いや、そんなレベルの話ではない。これはもはや、暴走と言っても良いだろう。

 

 そもそも、オーブが北米解放軍とつながりがあった、などと言う事実は聞いた事も無い。

 

 否、それが仮に事実だったとしよう。そしてグルックが示した「証拠」とやらが本当に信憑性が高かったとしよう。しかし、それですぐに戦端を開くと言うのは強引すぎると言う物だ。

 

 まずは双方の話合いを行い、事実確認を行った上で妥協の道を探るのが筋と言う物だ。

 

 もしグルックの言う「証拠」が真実であるなら、オーブにとってこの上なく不利な材料となるだろう。殆ど一方的に不利な協定を押し付けられる事も考えられる。しかし、それでも実際に戦端が開かれ、多くの人間が死ぬよりはましだ。

 

「旗艦と通信を繋げッ 司令部を呼び出すんだ!!」

 

 ともかく、手を拱いていても事態は悪化するだけだ。早急に司令部と談判し、次善策の構築を行わなくてはならない。

 

 そこでふと、シュウジは自分達の置かれている状況を思い出した。

 

 現在、オーブ軍が他の隊に比べて突出している事は先に述べた。

 

 それはつまり、背後を取られている事に等しい訳で・・・・・・

 

 その時、オペレーターの悲鳴じみた声が響き渡った。

 

「後方より、ザフト軍所属の機体、多数が急速接近中ッ 後衛の部隊に攻撃を仕掛けています!!」

「遅かったか・・・・・・」

 

 ギリッと歯を鳴らしながら、シュウジはモニターを睨みつける。そこには、こちらに向かって真っ直ぐに向かってくる機影が、はっきりと映し出されていた。

 

「そんな、何で、こんな急に!?」

「急じゃない」

 

 狼狽しているナナミの言葉を、シュウジは首を振って否定する。

 

 ザフト軍は初めから、この事態を予測してオーブ軍のみを突出させ、背後から強襲する態勢を整えていたのだ。自分達はそれに、まんまと嵌ってしまった形である。

 

「ザフト軍、更に接近します!!」

 

 オペレーターの悲鳴じみた報告が、絶望を告げる鐘の如く鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに寝転んだまま、レミリアはヘッドホンを耳に当てて、流れてくる音楽に聞き入っていた。

 

 ラクス・クラインの往年の活動を綴ったアルバム集。今ではなかなか手に入らない、レアな逸品である。レミリアの宝物の一つである。

 

 その澄んだ、天使のような歌声を聴いているだけで、日々の戦いで疲れ切った心が癒されていくような気がする。

 

 自分がなぜ、ラクス・クラインにこうまで惹かれるのか、レミリアには良く判らない。

 

 しかし、もう会う事の出来ない歌姫に思いを馳せる。ただそれだけで、レミリアはまるで、温もりに包まれるように心が安らぐのだった。

 

 現在、レミリア達は、表立った活動を極力控えている。

 

 もっとも実際には、戦いたくても戦う力が残っていない、と言うのが正しいのだが。

 

 アラスカ近傍の戦いでオーブ軍に敗れた北米統一戦線は、その後、一部の戦力のみを宇宙へと逃がし、他は潜水艦を使って脱出する道を選んだ。

 

 事実上の壊滅である。

 

 北米における勢力圏を喪失し、アステルをはじめとする多くの戦力を失った今、北米統一戦線が戦い続ける事は難しかった。

 

 宇宙に逃れたクルト、レミリア、イリアを中心とした幹部達は、取りあえず協力勢力がいる月を目指した。そこのパルチザンと連携を取り、取りあえず身を隠す事が目的である。

 

 アンブレアス・グルック政権下のプラントが膨張政策を行っている昨今、月周辺も決して安全地帯とは言えなくなってきていたが、それでもまだ、中立都市が点在する月面の安全度は、地上よりも高いと言えた。

 

 クルトとしては、ここで戦力の回復を待ちつつ、北米への捲土重来を図る予定であった。

 

 北米統一戦線は壊滅したものの、ある程度の戦力を残す事ができた。最強戦力であるスパイラルデスティニーも、中破したとは言え健在である。地上に残った者達と連携を図れば、北米に戻る事は充分可能だと思われた。

 

 クルトは直ちに各種の手配を行い、スパイラルデスティニーの修理を行うと同時に、国際テロネットワークに連絡を取り、戦力の補充を依頼していた。

 

 負けはしたが、自分達はまだまだ戦える。

 

 いずれ戦力を整え、再び北米に戻る日が来る。

 

 その日まで只管、隠忍の日々に耐え続けるの。耐えれば必ず、道は開けるのだから。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 やがて、アルバムの楽曲が、中盤に差し掛かろうとした時だった。

 

 僅かな振動を感じ、レミリアは顔を上げた。

 

「あれ?」

 

 不審に思いながら身を起こす。

 

 その時、荒々しい音と共に、部屋の扉があけ放たれた。

 

「な、何!?」

 

 見れば、見覚えの無い格好をした男が、足音も荒く部屋の中へと駆けこんでくるところだった。

 

 前進を黒っぽいスーツで覆っているその人物は、顔には覆面とゴーグルをかけ、手には大きなライフルを持っている。

 

 一瞬、パルチザンの人間かとも思ったが、雰囲気からしてどうも違うように思えた。

 

「目標を確認、これより確保します」

 

 そう呟くと同時に、男は手にしたライフルをレミリアに向けてきた。

 

「な、なに?」

「大人しくしろ!!」

 

 そう言ってレミリアに近付こうとした。

 

 次の瞬間、

 

 男の背後から銃声が鳴り響き、胸板から鮮血がほとばしる。

 

 呆然とレミリアが見つめる中、崩れ落ちる男。

 

 その背後から現れたのは、銃を手にしたイリアの姿だった。

 

「お姉ちゃん!?」

「レミリア、逃げるわよ」

 

 そう言うとイリアは有無を言わさず近付き、レミリアの腕を取って出口へと向かう。

 

 イリアは顔をこわばらせ、明らかに緊張している様子が見れる。何か、不測の事態が起きた事は間違いなかった。

 

「お、お姉ちゃん、いったい何があったの!?」

「保安局の襲撃よ。どうやら、ここの事が敵にばれたみたいなの」

 

 レミリアの手を取って銃を構えながら、イリアは慎重に廊下を進んで行く。

 

 そんな中、レミリアは愕然とする。

 

 以前、一度だけ月に来た際に、保安局に連行される人々を見た事があるし、その後、彼等を襲撃して囚人の解放に協力した事もあった。

 

 その保安局が、まさか自分達を嗅ぎ付けて来るとは思っても見なかった。

 

「あなたは、私が守るから・・・・・・絶対に、奴等なんかに渡さない」

「お姉ちゃん?」

 

 鬼気迫る様子の姉に、レミリアは首をかしげる。

 

 廊下のあちこちに、死体が転がっているのが見えるが、今はそれに構っている暇は無かった。

 

 その時、廊下の向こうから複数の足音が近付いて来るのが見えた。

 

 とっさに銃を構えるイリア。

 

 しかし、それがクルト、エヴァンス、ダービッとの3人だと判ると、ホッとして力を抜いた。

 

「2人とも、無事だったか!?」

 

 レミリアとイリアの姿を見て、クルトが駆け寄ってくる。

 

 3人とも、ここに来るまでに既に交戦したのだろう。その衣服は硝煙と返り血で薄汚れている。

 

「クルト、いったいどうして保安局がここを?」

「判らん。だが、既に被害は無視できない程にまでなっている」

 

 エバンスは悔しそうに答える。

 

 秘密警察組織である保安局は、モビルスーツ等の兵器同士の戦闘では弱いが、こと対人戦闘においてはかなり高い戦闘力を発揮する。パルチザン程度の戦力では、まともにやったのでは相手にもならない。ましてか、今回は奇襲を受けた形である。ひとたまりも無かった事は言うまでもない。

 

「クソッ いったいどうして、ここがばれたんだ!?」

 

 声を荒げるダービット。

 

 これまで月面パルチザンは、小規模な抵抗運動を繰り返す事でザフト軍や保安局の兵に対抗してきた。これは、あまり大きな戦力を持っていない為に仕方のない事だったのだが、それ故に、今まで見逃されてきた感もあったのだ。

 

 正直、これほど大規模な襲撃を受けたのは初めての事だった。

 

「詮索は後だ。考えても答えが出る訳じゃない」

 

 クルトは断定するように、ピシャリと言い放った。

 

 確かに、ここで「なぜ、ばれたのか?」などと議論をして時間を浪費するのは愚の骨頂である。

 

 敵はモビルスーツまで繰り出してきている。それに対し、こちらの戦力らしい戦力と言えば、先の戦いから応急修理を済ませただけのスパイラルデスティニーがあるのみである。

 

 パルチザンの残った戦力を脱出させるためにも、何とかして包囲網を破る必要がある。

 

 そして、その為の手段は一つしかなかった。

 

「レミリア、お前はデスティニーへ行って、外の敵を引き付けてくれ。ただし、絶対に無理はするなよ。その間に、俺達は生き残っている連中を纏めて脱出する」

 

 レミリアが外に出て敵の目を引き付けると同時に、敵戦力を減殺。その間にクルト達が残った戦力を集めて脱出するしかない。

 

 またも、レミリア1人に負担を押し付ける事になってしまい、クルトとしても心苦しい限りであるが、今回ばかりは他に手段が無い。

 

 イリアが抗議しようと口を開きかけるが、すぐに押し黙る。彼女自身、他に方法がない事は判っているのだ。

 

「頼んだぞ!!」

 

 そう言うと、クルト、エヴァンス、ダービットはそれぞれ、武器を手に駆けだして行く。

 

 残ったイリアはレミリアに近付き、そっと抱き締める。

 

「お姉ちゃん?」

「絶対に、死なないで。レミリア」

 

 声を震わせながら、イリアは妹に告げる。

 

「いざとなったらみんなも、私も捨てて、あなただけ逃げなさい」

「そんなッ!? そんな事できないよ!!」

 

 声を荒げるレミリアに対し、イリアは抱く腕に力を込める。

 

「保安局の狙いは、あなたなの。あなたさえ生き残る事ができれば、私は・・・・・・」

 

 そう言いながら、イリアはそっとレミリアを放す。

 

「良いわね、レミリア。外に出たら、まっすぐ自分だけ逃げなさいッ 絶対・・・・・・絶対生き残るのよ!!」

 

 そう言うと、イリアも銃を手に走って行く。

 

 後に残されたレミリアは、呆然とその姿を見送る。

 

 なぜ、姉があのような事を言ったのか? そしてなぜ、イリアには保安局の狙いがレミリアだと判るのか? その根拠が何なのか? 全てレミリアには判らないことだらけである。

 

 だが、レミリアには、自分だけ逃げる気は無い。必ずみんなも助けて脱出するつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大急ぎでパイロットスーツを着こんだレミリアは、メンテナンスベッドに固定したあった愛機のコックピットに体を滑り込ませる。

 

 先の戦いでヒカル・ヒビキの駆るセレスティと戦い、判定中破の損害を受けたスパイラルデスティニーは、その後、補充用の部品確保もままならないまま、代替品を用いた応急修理で間に合わせていた。

 

 切断された左腕にはジェガンのパーツを用い、シールドとライフル、ビームサーベルもジェガン用の物で代替している。

 

 失ったミストルティン2本と、アサルトドラグーン8基は補充すらできていない有様である。左腕が本来の物ではないから、そちら側はパルマ・フィオキーナも使う事ができない。

 

 全てが間に合わせ。本来の性能を大幅に落とした状態での出撃である。

 

 それでも、レミリアに躊躇いは無い。

 

 全ては仲間を、そして姉を守る為。

 

「レミリア・バニッシュ、スパイラルデスティニー行きます!!」

 

 鋭いコールと共に、スパイラルデスティニーは深紅の翼を広げて虚空へと踊り出す。

 

 その視線の彼方には、無数の軌跡を描いて接近するザフトの大群が映し出されていた。

 

 たちまち、向かってくる多数の機影が映り込む。

 

 集中される火線。

 

 それに対してレミリアは、デスティニー級機動兵器の代名詞とも言うべき分身残像機能を用いて敵部隊の視覚を攪乱、一気に接近を図る。

 

 慌てたように砲火を集中させる保安局の部隊。

 

 しかし、

 

「遅いよ!!」

 

 レミリアは、その全ての攻撃を難なく回避する。

 

 やはり、保安局の部隊の技量は、お世辞にも高いとは言えなかった。

 

 振り上げるビームカービンライフルの一撃がハウンドドーガのボディを貫き四散させる。

 

 1機撃墜。

 

 更にレミリアは、ビームカービンを腰のハードポイントにマウントすると、ビームサーベルを抜いて斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 その頃、イリア達は保安局員との交戦をしながら、どうにかシャトルのある区画へと急いでいた。

 

 いかにレミリアが奮戦しているとは言え、多勢に無勢である事は否めない。できるだけ早く脱出する必要があった。

 

「イリアッ」

 

 自身も銃を撃ちながら、クルトがイリアに話しかけてきた。

 

「レミリアには話したのか? あの事」

「・・・・・・いいえ」

 

 クルトの質問に対し、イリアは苦い表情を作って首を振った。

 

「結局、話せなかった。私の口から話すには、あまりにも・・・・・・」

 

 言葉を濁らせるイリア。

 

 その胸に抱えているものの大きさを想い、クルトもまた表情を曇らせる。

 

「そう自分ばかりを卑下するな。俺だって・・・・・・・・・・・・俺がしっかりしていなかったばかりに、お前達に今、こんな苦労を背負わせちまった。本当にすまない」

「そんなッ クルトが謝る事ではないわ!!」

 

 普段はレミリア以外の事は眼中に無いように見えるイリアだが、自分とレミリアを拾い、組織の一員として庇護してくれたクルトの事を、イリアは深く感謝している。もしクルトがいなかったら、自分達は北米大陸で行くあても無いまま野垂れ死ぬか、戦火に焼かれて息絶えていたか、どちらかだろう。

 

「さあ、行くぞ。これ以上時間を掛けていられないからな」

「ええ」

 

 頷くとイリアは、クルトに続いて駆け出そうとした。

 

 次の瞬間、

 

 1発の銃弾が、クルトの胸を貫いた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 崩れ落ちるクルト。

 

 その様子を、イリアは呆然と眺める。

 

 と、

 

「あはは、め~いちゅ~ やっぱ薄汚い鼠退治は手際よくやらないとね」

 

 状況を楽しむような声が聞こえてくる。

 

 少年のように溌剌としながら、それでいて老人のように濁りのある言葉。聞いているだけで例えようの無い不快感が湧き上がってくる。

 

「い、イリア・・・・・・逃げろ・・・・・・」

 

 力を振り絞って言葉を紡ぐクルト。

 

 しかし、イリアはそれに気づいていない。

 

 視線を前に向けたまま震えるイリア。

 

 その視界の中に、異様な出で立ちの人物が立っていた。

 

 赤、緑、黄色と言った派手な色と装飾に彩られた服を着ており、顔にもペインティングが施されている。

 

 一言で言えば「ピエロ」だろうか? この場にあって、ひどくふざけた格好である事は間違いなかった。

 

 そのピエロが、ゆっくりとイリアに近付いてきた。

 

「イリア・バニッシュ。僕と一緒に来てもらうよ。ああ、君自身には別に要は無いんだけど、君が大事に抱えている『お人形』が欲しいって言う酔狂な御仁が、この世にはいるからさ」

 

 悪意の塊のような言葉。

 

 それをイリアは、呆然とした調子で聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 すれ違いざまにビームサーベルを一閃して斬り裂き、離れた場所にいる敵機にはビームカービンを浴びせる。

 

 不用意に近付いてきたハウンドドーガをパルマ・フィオキーナで打ち砕く。

 

 編隊を組んでいる敵に向かって、容赦ない11連装フルバーストを浴びせる。

 

 それをも乗り越えてきた敵には、ビームブーメランを投げつけて斬り裂いた。

 

 レミリアの駆るスパイラルデスティニーは、鬼神もかくやと言わんばかりの奮迅さを発揮して保安局の部隊を近寄らせない。

 

 保安局部隊も反撃するが、もともと技量が低い事もあり、圧倒的な機動力を誇るスパイラルデスティニーを捉える事はできない。

 

「もう少し・・・・・・もう少しで、お姉ちゃん達が脱出できるはず。それまでは・・・・・・」

 

 ビームサーベルを居合気味に抜刀し、ハウンドドーガを斬り捨てるレミリア。

 

 敵の数はだいぶ減ってきている。これなら、切り抜ける事もできるかもしれない。

 

 そう思い始めた時だった。

 

 突如、上方から急速に接近する存在をセンサーが捉えた。

 

「新手、速い!?」

 

 振り仰ぐよりも先に、反応するレミリア。

 

 とっさに操縦桿を引き、後退を掛ける。

 

 そこへ、飛び込んできたハウンドドーガが、手にしたビームトマホークで斬り掛かってくる。

 

 間一髪で回避するレミリア。

 

「この動き、ただのハウンドドーガじゃない!?」

 

 警戒するようにシールドとビームサーベルを構え直すレミリア。

 

 一方、ハウンドドーガのパイロットも、奇襲攻撃を回避したスパイラルデスティニーを、鋭い目で睨みつける。

 

「今のをかわすって、どんだけよ!?」

 

 少女は舌を巻く思いを、ストレートに口に出した。

 

 クーヤ・シルスカと言う名前のこの少女は、本来は保安局所属ではないのだが、今回は最高議長命令により、保安局の援護に当たっていた。

 

 その主な理由は、スパイラルデスティニーの存在である。保安局のパイロット程度では、レミリアを押さえる事ができない事は、アンブレアス・グルックにも判っており、その為、クーヤの出撃が命じられたのだった。

 

「テロリスト風情が、生意気な」

 

 スパイラルデスティニーを睨みつけながら、クーヤは敵愾心を隠そうともせずに呟く。

 

 次の瞬間、クーヤが仕掛ける。

 

 彼女のハウンドドーガは一見すると、フォースシルエットを装備しただけの普通の機体だが、駆動系とエンジン出力をギリギリまで上げるようチューニングしてあり、事実上、通常の機体の倍近い機動性を実現している。

 

 現在のところ、この機体を十全に操る事ができるザフト兵は、クーヤ1人だけとさえ言われている。

 

 予想外のチャージアタックに、レミリアは思わず息を呑む。

 

「タダの機体じゃない!?」

 

 繰り出される斧の一撃。

 

 それをレミリアは、シールドを掲げる事で防御する。

 

 しかし、強烈な一撃はアンチビームコーティングを施した盾にもダメージを与え、表面がごっそりと抉られる。

 

 勢いのままにすれ違うクーヤ。

 

 その背後に向けて、レミリアはビームカービンを放つ。

 

 背中から放たれる攻撃。

 

 しかし、

 

 クーヤは、まるで背中に目が付いているかのような華麗さで、レミリアの攻撃を全て回避してしまった。

 

「狙いが甘い!!」

 

 機体を振り返らせるクーヤ。その体勢のまま、ビーム突撃銃を撃ち放つ。

 

 対してレミリアは残像を残しながら回避する。

 

「腐ってもデスティニーって訳ねッ でも!!」

 

 レミリアの虚像を見抜いたクーヤは、ビームサーベルを抜いて斬り込んでくる。

 

 対して、連装レールガンで牽制の射撃を仕掛けるレミリア。

 

 飛んでくる4発の砲弾を回避するクーヤ。

 

「そんな物が、当たるか!!」

 

 振るわれる光刃。

 

 その一撃を、レミリアはスパイラルデスティニーの右腕に装備したビームシールドで防御する。

 

 レミリアは舌を巻く思いだった。

 

 多少改造してある事は動きを見ればわかるが、それでもスパイラルデスティニーに追随してこれるとは思ってなかった。

 

 勿論、スパイラルデスティニーは先の戦いにおける損傷から、簡単な応急修理を済ませただけであり、万全とは言い難い。

 

 しかしそれでも、性能差はかなりある筈である。

 

 改めて、相手パイロットに対する戦慄を覚えるレミリア。

 

 その時、

 

「貰った!!」

 

 レミリアの注意が一瞬逸れた事を感じたクーヤが、一気に勝負を掛けるべくスパイラルデスティニーを蹴り飛ばす。

 

「あッ!?」

 

 バランスを崩すレミリア。

 

 そこへ、クーヤはビーム突撃銃の照準を合わせる。

 

「チェックメイトよ、テロリスト!!」

 

 そのトリガーが引かれようとした、次の瞬間、

 

「まだまだ!!」

 

 レミリアのSEEDが発動する。

 

 スラスターを強引に吹かして姿勢を制御。同時に虚像を残しつつ方向転換。クーヤの攻撃を回避する。

 

「外した!?」

 

 慌てて照準を合わせ直そうとするクーヤ。

 

 しかし、その時には既に、レミリアは攻撃態勢を整えていた。

 

 接近と同時に、振り翳されるビームサーベル。

 

 振り下ろされた光刃。

 

 その一撃が、ハウンドドーガの左腕を肩から切断する。

 

 とっさに機体を傾けて、致命傷だけは避けたクーヤの実力も流石と言うべきだろう。

 

 しかし、

 

「そんなッ!?」

 

 必殺と思った自身の攻撃が回避されたばかりか、反撃を受けて機体が損傷してしまった事実に、クーヤは驚愕する。

 

 一方のレミリアは、そのままクーヤを置き去りにして保安局本隊の方へと向かう。

 

 クーヤの相手に拘束されて時間を取られてしまったが、レミリアの任務はイリア達が脱出するための援護である。その為には、保安局の部隊を最低でも作戦行動不能なくらいにダメージを与える必要があった。

 

 既に保安局の部隊は、スパイラルデスティニーの攻撃によって大半が失われている。そこに加えて、エース機も撃破した。

 

 もうすぐだ。もうすぐ、脱出する事ができる。

 

 そう考えたレミリア。

 

 次の瞬間、

 

《レミリア・バニッシュ》

 

 突如、スピーカーから流れてきた声に、思わず動きを止める。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

《聞こえているかい、レミリア・バニッシュ?》

 

 相手の声だけが、スピーカーから流れてくる。

 

 聞き覚えの無い声である。ただ、聞いているだけで不快感を覚えるような悪意が、声の端端から滲み出るようだった。

 

「誰!?」

 

 とっさに尋ねるレミリア。

 

 果たして、相手はレミリアの声にこたえるように返事を返した。

 

《僕は、そうだね・・・・・・PⅡ(ぴー・つー)とでも名乗っておこうかな?》

「ぴー・・・・・・つー・・・・・・?」

《口さがない友人一同からは「誘拐犯」だとか「人浚い」だとか言われているけどね。ひどいよね。そんなケチ臭い犯罪に手を染めた事なんて、今まで一度も無いのに》

 

 戦場に似つかわしくない、妙にテンションの高い声。それがレミリアの不快感をさらに増していく。

 

《今日はね、レミリア、君にプレゼントがあるんだ》

「・・・・・・プレ、ゼント?」

《そう、とっても素敵なプレゼント。きっと気に入ってくれると思うよ》

 

 一体、何の事を言っているのか?

 

 そう思っていると、PⅡの方から口を開いた。

 

《ねえ、レミリア、君は、地上に残った自分の仲間達がどうなったのか、知っているの?》

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 恐らく、北米統一戦線の仲間の事を言っているのだろう、と言う事はすぐに理解した。

 

 彼等なら北米を脱出した後、安全な秘密拠点に潜伏しているはずだった。いずれ北米に再び帰る時まで、彼等は静かに、その時を待っているはず。

 

 しかし、そんなレミリアの様子に、PⅡは可笑しそうに声を上げる。

 

《あ、その様子じゃ、やっぱり知らないんだ。ふーん》

「だ、だったら何だっていうの!?」

 

 声を上げるレミリア。

 

 まるで自分が、常識も何も知らない無知な子供であるように言われ、レミリアは激昂する。

 

 しかし、スピーカーの向こうの相手は、レミリアの怒りなど知らぬげに、涼しい声でしゃべり続ける。

 

《だから、教えてあげるって言ってるの。親切な僕に感謝してよね》

 

 PⅡがそう言った瞬間、スパイラルデスティニーのサブモニターが、勝手に切り替わった。

 

 視線を向けるレミリア。

 

 そこで、

 

 思わず目を見開いた。

 

 そこには、無造作に地面に打ち付けられた杭に、後ろ手に縛り付けられる形でたくさんの人が立っている光景が映し出されていた。

 

 年齢や性別はさまざまである。既に老境に達していると思われる人物もいれば、かなり年若い人物もいる。性別も男女バラバラだ。

 

 皆が共通して言えるのは、全員が目隠しで顔を覆われている事くらいだろう。まるでそう、処刑場のような風景である。

 

 だが、レミリアには判った。

 

 判ってしまった。

 

 彼等が皆、北米統一戦線で共に戦った仲間達である事が。

 

「な、何を!?」

 

 レミリアが声を上げた瞬間、

 

 指揮官と思しき男が、振り上げた手を振り下ろした。

 

 次の瞬間、断続した銃声が鳴り響く。

 

 一瞬の間をおいて、画面を染め上げる血飛沫。

 

「ッ!?」

 

 その光景を見て、レミリアは声を上げる事もできずに悲鳴を発する。

 

 たった今、彼女の目の前で、仲間達が凶弾に倒れたのだ。

 

 更に画面が切り替わり、逃げ惑う人々の光景が映し出される。

 

 そこへ、容赦なく降り注ぐ銃撃の嵐。

 

 モビルスーツまで繰り出した徹底的な掃滅風景が映し出され、北米統一戦線の仲間達が、次々と轢き殺されていく。

 

 手を伸ばしたくても届かない。

 

 助けたくても助けられない。

 

 焦慮はとめようも無く、レミリアの心から容赦なく溢れだす。

 

「や、やめてッ・・・・・・・・・・・・」

 

 押し殺した声を上げるレミリア。

 

 更に、1人の仲間を、複数の兵士達がリンチに掛けている光景が映し出される。

 

 ある女性は、周りを敵兵に囲まれて裸に剥かれ輪姦を受けている。

 

「やめてッ!!」

 

 大きな穴が開いている。

 

 覗き込めば、そこには無数の子供達が生きたまま放り込まれているのが見える。

 

 やがてそこにガソリンがばらまかれ、容赦なく火が付けられた。

 

 音声は無いが、彼等の悲鳴がモニターから聞こえてくるようである。

 

「やめてッ やめてッ やめてェェェェェェ!!」

 

 悲鳴を上げるレミリア。

 

 大切な仲間達が殺されていく。

 

 なのに、自分はこんな離れた宇宙にいて、彼等を守ってやる事すらできない。

 

 その事実が、レミリアの心を無造作に傷付けていく。

 

 そんなレミリアに、PⅡが静かに語りかける。

 

《そんなにやめてほしい?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 囁かれる悪魔の言葉。

 

 レミリアが沈黙していると、PⅡは更に言い募ってくる・

 

《ねえ、どうなの? やめてほしいの? 仲間を助けたいの?》

 

 追い詰めるような言葉。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・しい、です」

 

 消え入るような言葉で、レミリアが言う。

 

《ん~ 聞こえないんだけど? ためしに、もう5~6人殺してみれば、もっと元気良くお返事できるかな?》

「イヤァァァッ やめてッ やめてほしいですッ 助けてほしいです!!」

 

 形振り構わず、慌てたように声を上げるレミリア。

 

 屈辱を受け入れる。

 

 それで仲間達が救えるなら、耐える事くらいなんでも無かった。

 

 そんなレミリアの想いが通じたのか、PⅡは少し声のトーンを下げた。

 

《うーん、そんなに言うんじゃ仕方ないね。可哀そうだから、これくらいにして・・・・・・・・・・・・あッ》

 

 言いかけて、PⅡは何かに気付いたように、言葉を止めた。

 

 顔を上げるレミリア。

 

 と、

 

《ごめ~ん、すっかり忘れてた。これ、ライブ映像じゃなかった》

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 涙に濡れた顔を上げるレミリア。

 

 そこへ、トドメを刺すように、PⅡが面白おかしく声を上げる。

 

《記録用の録画映像だよ。気付かなかった? つまり、彼等はと~っくの昔に死んでるって訳。はい、残念でしたー お疲れちゃーん》

「そ、そんな!?」

《何? まさかと思うけど、今さら「人権」だとか「法の保護」だとかを求められる立場だと思ったりしてるわけ? ドブネズミの分際で? だいたいさ、テロリストなんて、この世に生まれた瞬間から害悪でしかないんだし、消えてもらった方がみんなの為なんだよ》

 

 加速する悪意。

 

 レミリアは、再び流れ出した「処刑」の風景の前に、もはや言葉を発する事もできずにいる。

 

《僕はね、自分の部屋が散らかっているのは耐えられないんだ。いらなくなったオモチャはきっぱりと捨てて、綺麗なままにしておきたいんだよ。で、そんなゴミクズに過ぎない君の仲間は、僕にとって目障り以外の何物でも無いのさ。ああ、安心して良いよ、レミリア。君の事は生かしておいてあげる。まだまだ、君には働いて貰わないといけないからね》

 

 もはやレミリアは、PⅡの言葉など聞いていなかった。

 

「イヤ・・・・・・・・・・・・」

 

 ただ、自分の目の前で仲間達が殺されていく光景に釘付けになり、流す涙が視界を埋め尽くしていくに任せるのみだった。

 

 その視界が、朱に染まって行く。

 

 涙が血の流れと化し、少女の双眸を覆い尽くしていく。

 

「イヤ・・・・・・・・・・・・」

 

 自分は何もできない。

 

 彼等を助ける事も、何も・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 完全に音階の外れたレミリアの絶叫が、虚空に木霊する。

 

 そして、

 

 動きを止めたスパイラルデスティニーに、保安局の機体が徐々に距離を詰めてくるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-30「悪意の声」      終わり

 




機体設定(ここだけの公開)

スパイラルデスティニー・リペア

ビームカービンライフル×1
ウィングエッジ・ビームブーメラン×2
ビームサーベル×2
バラエーナ改3連装プラズマ収束砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2
パルマ・フィオキーナ×1(右手)
ビームシールド×1
アンチビームシールド×1

パイロット:レミリア・バニッシュ

備考
セレスティとの戦いで中破したスパイラルデスティニーを、間に合わせの部品と武装で補修した機体。欠損した左腕にはジェガンのパーツを取り付けて補修した。その為、そちら側のパルマ・フィオキーナ、ビームシールドは使えなくなっている。その他、失ったビームサーベル、シールドもジェガンの物を使っており、ライフルも取り回しやすいビームカービンを使用しているが、ミストルティン対艦刀やアサルトドラグーン等、補充が難しい武装に関しては未装備のままになっている。



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PHASE-31「絶望は雨中の涙滴と共に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破滅が始まった。

 

 怒涛の如く押し寄せてきたザフト軍、並びにそれに追随するモントリオール政府軍は、進軍するオーブ軍の後背から、容赦無く襲い掛かったのだ。

 

 それに対し、事態の急変に全くと言って良いほど追随する事ができなかったオーブ軍は、殆ど抵抗らしい抵抗もままならないまま、一方的に駆逐されていく運命にあった。

 

 無理も無い。訳のわからない内に反逆者扱いされ、つい先刻まで味方だと信じ切っていた者達に攻撃を受けているのだ。戦うどころか、事態を把握する事すら不可能な状態である。

 

 戦艦が次々と弾け飛び、モビルスーツが炎を上げて墜落していく。

 

 完全に機先を制された事に加えて、兵士1人1人の動揺、更には数においても大きく劣っている。

 

 何一つとして、オーブ軍が勝てる要素は無かった。

 

 後衛の部隊は、補給用の輸送隊を伴っていた事もあり逃げる事もできず、ほぼ一瞬で壊滅した。

 

 更に中衛の部隊もまた、抵抗らしい抵抗を殆ど見せる事ができずに壊滅的な損害を被るに至る。

 

 その段になってようやく、オーブ軍司令部も一戦交えずして事態の収拾は困難と判断。全部隊に対し迎撃命令を下す。

 

 しかし、それまでの間に無為に失った戦力はあまりにも多く、オーブ軍は碌な抵抗もできないまま、次々と無為に討ち取られていった。

 

 

 

 

 

 降りしきる雨は尚も勢いを増し、飛び交う鉄騎すら押し流しそうな勢いである。

 

 視界すら殆ど効かない状況の中、両軍は共に死力を尽くした戦闘を行っていた。

 

 とは言えその殆どが、ザフト軍が攻めてオーブ軍が一方的に屠られる、と言う内容の物ばかりなのだが。

 

 戦闘機形態から人型に変形し、ビームライフルによる迎撃を行うイザヨイ。

 

 しかし、次の瞬間には、そのイザヨイは複数の火線を同時に集中され、耐える事ができずに爆炎と化してしまう。

 

 どうにか敵の進行を阻もうと、小規模ながら防衛線の構築を行おうとする部隊もある。

 

 しかし、それとて怒涛の如き進軍を行うザフト軍を前にしては無力に過ぎなかった。

 

 彼等は自分達に数倍する戦力を叩き付けられ、僅かな間すら持ち堪える事ができず、戦場の露と消えて行った。

 

 ミシェルもまた、リアディス・ツヴァイを駆って戦場に立っていた。

 

 赤い機体は曇天の空の下を疾走し、手にした双剣で近付こうとする鉄騎を片っ端から斬り飛ばしていく。

 

「クソッ こいつら、最初から狙ってやがったな!!」

 

 右のムラマサ対艦刀でハウンドドーガ1機を斬り捨てながら、ミシェルは舌打ち交じりに呟く。

 

 斬っても斬っても敵は減らない。当然だ、敵はこの事態を予測して準備していたのだから。

 

 ミシェルは既に、今回の事態がザフト、ひいてはその上にいるプラント政府によってもたらされた陰謀だと確信していた。そうでなければ、ここまで圧倒的かつスムーズな作戦展開ができる訳がない。

 

 恐らくザフト軍の上層部は、初めから「オーブ軍が北米解放軍と繋がっている可能性あり」と政府から教え込まれていたのだろう。その上で、北米解放軍が壊滅し、アンブレアス・グルックが全世界に対して演説を行ったのを機に行動を開始した。

 

 流石に末端の兵士達まで情報が行き渡っていたとは思えない。そうであるなら、対解放軍戦の作戦は、もっと連携の欠いたちぐはぐな物になっていた筈。最悪の場合、解放軍に敗北していた可能性すらある。

 

 だが、兵士は上官の命令には絶対であると教育を受けている。彼等も「オーブ軍が敵に回った。殲滅せよ」と上官に言われれば、半信半疑の想いを抱きながらも、それに従うしかないだろう。

 

 ましてか、彼等の中では「オーブ軍と解放軍の共闘」が真実となっている。となれば、解放軍に対する積年の恨みがオーブ軍に転嫁し、攻撃する事に躊躇う必要すら感じない者もいるだろう。

 

 全てはプラントの、その頂点に立つアンブレアス・グルックの手の内にある。と言う訳だ。自分達はみな、あの野心家の議長の掌の上で踊らされていたのだ。

 

「チクショウ!!」

 

 一声吠えると、ミシェルは敵の隊列へと斬り込んで行く。

 

 敵。

 

 彼等は確かに敵だ。

 

 だが、ついぞ数時間前までは味方だと信じ、先日は共に肩を並べて戦った友軍だった。それは紛れもない事実である。

 

「それが、何でこんな事になるんだよ!!」

 

 言いながら、グフの頭部を斬り飛ばし、返す刀でゲルググを袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 こと性能面において、リアディスはザフト軍の量産機を上回っている。そこにエースパイロットであるミシェルの実力が加われば一騎当千となる。

 

 だがそれでも、相手を斬り捨てるたびに走る胸の痛みは如何ともしがたかった。

 

 その時、後退するザフト軍部隊の陰から、別の機影が姿を現すのが見えた。

 

「あいつらはッ!?」

 

 呻くミシェルの視界に映ったのは、ユニウス教団所属のガーディアン達だった。

 

 大柄の僧兵を連想させる機体が、前面にはビームシールドを展開し、イザヨイからの攻撃を防ぎながら真っ直ぐに向かってくるのが見える。

 

「厄介な時に厄介な連中が!!」

 

 ユニウス教団が敵にまわっている。その事実は、目の前の光景を見れば火を見るより明らかだった。

 

 思えば、ユニウス教団はプラント政府と密約を交わした上で今回の戦いに参加してきた。ならば初めから、この陰謀劇も承知だった可能性が高い。否、初めからこれを見越した上での密約だったかもしれない。

 

 いずれにしても、ミシェルには真実を確かめている余裕は無かった。

 

 イザヨイ隊の攻撃は、全くと言って良いほど効果を上げていない。このままでは、オーブ軍は北米解放軍と同様に蹂躙される運命になってしまう。

 

「この野郎!!」

 

 一声吠えると、ミシェルはリアディス・ツヴァイの両手に装備したムラマサを手に斬り込んで行く。

 

 一閃される双剣。

 

 しかし、効果が無い。

 

 ガーディアン前面に装備されたビームシールドが、刃を完全に受け止めてしまっていた。

 

 火花を散らしながら攻撃を防がれ、動きを止めるリアディス・ツヴァイ。

 

 そこへ、ガーディアンは手にしたビームバズーカを構えようとする。

 

 しかし、

 

「そう来る事は、」

 

 とっさに、両手のムラマサをパージするミシェル。

 

「お見通しだっての!!」

 

 言った瞬間、両肘に装備した対装甲実体剣を引き抜く。

 

 対装甲実体剣は刃部分にアンチビームコーティングを施してある。ビーム刃を形成するビームサーベルや対艦刀よりも、ビームシールドに対して効果は高いだろう。

 

 振るわれた刃はシールド表面を斬り裂く。

 

「喰らえ!!」

 

 叫びと共に突き立てた刃が、ガーディアンのコックピットを貫く。

 

 ミシェルが剣を引き抜いて後退すると同時に、ずんぐりした大柄な機体は炎を上げて爆発した。

 

 更に次の敵に向かおうと機体を反転させたミシェル。

 

 その時、

 

 視界の中には、多数のガーディアンが武器を構えているのが見える。

 

 その数を前に、舌打ちを洩らすミシェル。

 

 次の瞬間、一斉に砲撃が襲いかかって来た。

 

 視界全てを埋め尽くすような閃光を前に、それでもミシェルは機体を巧みに操って回避を続ける。

 

 しかし、ついに一発の砲撃がリアディスを捉えた。

 

「ッ!?」

 

 衝撃の為に息を詰まらせるミシェル。

 

 リアディスは左腕を肘から吹き飛ばされて損傷している。どうやら、無意識のうちに回避行動を取ったおかげで、辛うじて直撃だけは免れたらしい。

 

 しかし、

 

「クソッ」

 

 舌打ちしながら、機体を反転させるミシェル。

 

 今の装備では奴等には勝てない。

 

 ならば、勝てるだけの装備を持ってくる必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアディス・ツヴァイ、帰還しますッ 尚、損傷がある模様!!」

 

 交代してオペレーター席に座ったリザの報告が、悲鳴交じりに響き渡る。

 

 モニターの中では、よろけるようにして帰還コースに乗ろうとしているリアディス・ツヴァイの姿が見えた。

 

「お兄・・・・・・・・・・・・」

 

 舵輪を握るナナミが、心配そうに呟きを洩らす。

 

 兄が乗る機体が損傷を負って帰還したのだ。心配でないはずがない。飛び方も怪しい事を考えると、もしかしたらミシェル自身が負傷している事も考えられた。

 

「格納庫、着艦ネット、ならびに消火班を待機させろ!!」

 

 受話器に向かってどなると、シュウジは再び艦の指揮へと戻った。

 

 状況は、絶望的と言ってもまだ足りないくらいである。

 

 現在、大和も防衛戦に加わる事で、辛うじて敵の侵攻を阻止しているが、それとていつまで持ちこたえる事ができるか分かった物ではない。

 

 敵が大挙して押し寄せてくれば、いかにオーブ軍最強の戦艦と言えど、多数のモビルスーツに包囲されれば逃れる術はないだろう。

 

 グロス・ローエングリンで道を開こうにも、敵味方が入り乱れている状態である。そんなところで高出力兵器を使用することなどできなかった。

 

 現在、大和は全艦載機を発進させて迎撃行動を行っている。

 

 セレスティ、リアディス・アイン、そしてイザヨイは上空を舞いながら敵機の進行を阻み、リアディス・ドライは甲板上に陣取って移動砲台の役割を担っている。

 

 シュウジには、彼らが敵の侵攻を阻んでいるうちに、どうにかして打開策を打ち出す必要性が求められた。

 

 プラント政府からの連絡官として大和に同情していたアラン・グラディスの事は現在、自室にて軟禁してあり、その扉のロックは、艦長権限がないと開かないように設定してある。

 

 表向きの理由は、裏切ったプラント関係者であるアランを拘束する事だが、実際は逆である。激高したクルーがアランに危害を加える事を憂慮した為の措置だった。

 

 シュウジ自身、アランが今回の裏切り劇に関わっていたとは思っていない。もしそうであるならば、彼が大和に同乗して危険な場所に身を置く理由がないからだ。

 

 アランの身を守る為に、敢えて彼を拘束しなくてはならない。それがシュウジの考えである。

 

 とにかく、今回の件に関して弁明しようにも交戦しようにも、現状を打破しない事には如何ともし難かった。

 

 

 

 

 

 群がってくるザフト軍機が、一斉にミサイルを発射してくるのが見える。

 

 空中を航行する大和に向けて殺到するミサイル。

 

 しかし、それら全ては、目標を捉える事はない。

 

 全て、着弾前に吹き荒れた閃光が、薙ぎ払っていった。

 

 大和に迫るミサイルの群をフルバースト射撃で薙ぎ払ったヒカルは、そのままビームサーベルを抜いて切り込んでいく。

 

 8枚の蒼翼が羽ばたいた瞬間、さらなる攻撃を継続しようとしていたザク3機が一斉に斬り飛ばされた。

 

 狙ったのは、頭部、そして腕部。

 

 胴体部分は決して狙わない。

 

 ヒカルは、かつて父、キラがそうしていたように、敵機の戦闘力のみを奪う戦い方をするようになっていた。

 

 これには、ヒカル自身が「父のような軍人になる」という思いを強く持ち始めた事が大きい。

 

 かつて、戦場にあっても敵の命を極力奪わないように心がけた父。

 

 そんな父のあり方は、ヒカルにとって、ある種の憧れにも似た感情として広がり始めていた。

 

 とは言え、今回の戦いに限って言えば、それ以外の要素も加わっている。

 

 敵は、つい先ほどまで味方だった者達である。もし、ここで多くの敵を殺しすぎるような事にでもなれば、それこそ後々に大きな禍根を残すのではないか、とヒカルは危惧しているのだ。

 

 だからこそ、敢えてヒカルは困難な、不殺の道を歩み始めていた。

 

 近付こうとしたザクの頭部をビームライフルで破壊し、更にゲルググの右腕をビームサーベルで斬り飛ばす。

 

 この場を凌ぐだけなら、なにも撃墜する事はない。戦闘力を削いで後退させるだけでも十分な効果が望める。

 

 とは言え、

 

「きついな、これ・・・・・・」

 

 ただ撃墜するだけでも厄介なのに、戦闘力だけを奪おうと言うのだ。その難儀さはこれまでの想像を絶している。

 

 ヒカルは脳が焼き切れるのではないか、という錯覚を常時味わう羽目に陥っていた。

 

 父はよく、こんな事を平然とできたものだと改めて感心してしまう。

 

 だが、途中で投げ出す気はない。

 

 男が一度決めた事は、最後までやり通さなくてはならなかった。

 

 複数のハウンドドーガが、ヒカルの防衛ラインを抜けて大和に向かおうとするのが見える。

 

 だが、

 

「無視すんなよな!!」

 

 言い放つと同時に、ヒカルはセレスティをフルバーストモードへ移行させる。

 

 打ち出される5つの閃光。

 

 その全てが、大和に向かおうとするザフト機の手足、頭部を吹き飛ばす。

 

 目を転じれば、甲板上ではカノンが駆るリアディス・ドライが駆けまわりながら、砲撃を行っているのが見える。

 

 リアディス・ドライの高火力と機動性をもってすれば、移動可能な対空砲台としての機能が期待できる。四方から敵に囲まれようとしている大和にとっては力強い味方である。

 

 レオスのリアディス・アインも、上空を飛び回りながら敵の接近を拒んでいる。

 

 その間に、大和は対空戦闘を行いながら、必死に南を目指している。

 

 既にオーブ軍の指令系統は機能していないらしく、司令本部からの指示は全く入って来ない。その為、生き残っているオーブ軍各隊は、自分達の才覚で苦境を乗り切るしかない状況である。

 

 そんな中でシュウジが選んだのは、南へ針路を向ける事である。

 

 敵が北に陣取っている以上、南に向かって追撃を振り切る以外、生き残る道はないと判断したのだ。

 

「くっそォォォォォォ!!」

 

 叫びながらセレスティをフルバーストモードに移行、5つの砲門を開いて敵を薙ぎ払う。

 

 戦闘力を奪われたザフト機が、よろめくように後退していくのが見える。

 

 だが、それも焼け石に水だ。すぐに別の機体が乗り越えて向かってくるのが見える。

 

 対してこちらは、タイミング的にもう、フルバーストモードを使用している暇はない。

 

 ヒカルはセレスティの腰からビームサーベルを引き抜くと、光刃を発しながら斬り込んで行く。

 

 すり抜ける一瞬、ゲルググの頭部を斬り飛ばし、振り向きざまにザクの右腕を肩から切断する。

 

 ザフト軍機は尚も群がりながら、セレスティに攻撃を仕掛けてくる。

 

 それらの攻撃を、蒼翼を羽ばたかせながらギリギリで回避していくヒカル。

 

 雨で視界が効かない事も幸いしているのか、今のところ敵の攻撃がセレスティを捉える事は無い。しかし、それもいつまで保つか判らないだろう。

 

 バッテリーや推進剤が尽きれば、集中攻撃を受けてしまう。

 

 湧き上がる焦燥感と群がる敵機。双方と戦いながら、ヒカルはセレスティを操り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、大和の格納庫ではちょっとした騒動が沸き起こっていた。

 

 先の戦闘で被弾し、帰還したミシェルだったが、損傷したリアディス・ツヴァイで再び出撃しようとして、整備兵達と押し問答をしていた。

 

「だから、1機でも機体が惜しい状況だろッ 俺が行かないでどうするよ!?」

「無茶です一尉ッ 機体も、あなたも万全じゃないんですよ!!」

 

 整備兵の1人が、必死になってミシェルを押しとどめようとしている。

 

 ユニウス教団軍と戦い左腕を失ったリアディス・ツヴァイだが、ミシェルもまた無傷ではない。今も額には包帯を巻いた状態である。

 

 それでも、危地を脱したとは言い難い状況に、居ても立ってもいられないと言った感じだった。

 

「良いからどけって!!」

「あッ!?」

 

 整備兵を押しのけると、損傷したままの愛機へと滑り込む。

 

 バッテリー残量も、推進剤も補充しないままでの出撃であるが、取りあえず短時間でも戦線に加わる事ができれば、それで充分だった。

 

 後は武装の問題だが・・・・・・

 

「こいつは元々、セレスティ用の武装だが・・・・・・問題無い。まあ、何とかなるだろ」

 

 軽い調子で言うと、慣れた手付きで機体を立ち上げる。

 

「何たって俺は、《不可能を可能にする男》、だしな」

 

 父親の口癖だった決め台詞を呟きながら、ミシェルは操縦桿を握る。

 

 左腕を失ったリアディス・ツヴァイだが、装備した武装を上手く使えれば、最悪、両腕が無くても問題無かった。

 

「ミシェル・フラガ、出るぞッ 踏み潰されたくなかったら道を開けろ!!」

 

 物騒なコールをしながら、ミシェルは愛機をカタパルトデッキへと進ませた。

 

 

 

 

 

 海まで逃げれば、あるいはどうにかなるかもしれない。

 

 オーブ軍側の認識としては、そんなところだった。

 

 今回の戦いにおいて、ザフト軍が投入した戦力は、その大半が地上戦力である。海上まで逃げる事ができれば、否が応でも追撃の手は緩むはずだった。

 

 だが、そこに至るまでに、纏わり付く敵を排除しながら進まねばならない。

 

「これは、なかなかやばいね・・・・・・」

 

 冷や汗を流しながら、レオスは苦しげに呟く。

 

 彼自身、この段になるまでに二桁に達する敵機を撃墜している。ヒカルやカノンの戦火と合わせれば、三桁に届きそうな勢いですらある。

 

 しかし、それでも尚、向かってくる敵を押しとどめるには至っていない。

 

 既に体力は限界に近く、神経は秒単位ですり減っていく。

 

 このままでは、機体よりも先にパイロットの方が限界を迎えそうだった。

 

 だが、

 

「ここで倒れる訳には、行かない!!」

 

 言い放つと同時に、肩からビームサーベルを抜刀、すれ違いざまにハウンドドーガを袈裟がけに斬りおろした。

 

 レオスは、妹のリザの事を思う。

 

 自分がここで倒れれば、妹はどうなる? 誰が守ってやる?

 

 その思いが、疲れ切った体に活力を漲らせる。

 

 次の敵に向かおうと、リアディス・アインを振り返らせるレオス。

 

 その時だった。

 

 突如、それまでとは別系統の機体が多数、大和に向かってくるのが見えた。

 

「あれは、ユニウス教団か!?」

 

 通常よりも大柄なシルエットを持つ機体は、ユニウス教団のガーディアンである。

 

 絶対的な防御力を誇るあの機体は脅威である。何とかして大和に取りつかれる前に撃破しないと。

 

《レオス、合わせろ!!》

「ヒカル!?」

 

 リアディス・アインのすぐ横に、セレスティが8枚の蒼翼を従えて舞い降りると、全砲門を展開してフルバーストモードへと移行する。

 

 同時にレオスも、ビームライフルを構える。

 

 打ち放たれる閃光。

 

 それを受け、大和の方でも教団の接近を防ぐべく、指向可能な全砲門を向ける。

 

 しかし、それらの攻撃は、一瞬後には全て無意味となった。

 

 全てのガーディアンが、前面にビームシールドを展開して攻撃を阻んだのだ。

 

 ヒカル達が放った攻撃は、全て空しくはじかれてしまう。

 

 大和の放った砲撃のいくつかは敵機を直撃し、吹き飛ばす事に成功したが、モビルスーツが持つ火力程度では、ガーディアンの防御を破るのは難しいのだ。

 

 更に接近を試みるガーディアン。

 

「駄目かッ!?」

 

 レオスが絶望しかけた。

 

 その時、

 

 突如、複数のガーディアンが、あらぬ方向から飛来したビームを同時に受けて爆散した。

 

「えッ!?」

 

 レオスが驚愕して見守る中、

 

 深紅の装甲を持つ機体が、大和を守るようにしてユニウス教団軍の前に立ちふさがった。

 

《待たせたな、お前ら!!》

 

 スピーカーから響く、力強い声。

 

 左腕を失い、機体を損傷しながらも、不屈の意思と共に戦場に立つリアディス・ツヴァイの雄姿がそこにあった。

 

 だが、装備が違う。

 

 通常、リアディス・ツヴァイは接近戦用のブレードストライカーを装備しているが、今は4本の突起が飛び出したバックパックを背負っている。

 

 D装備と呼ばれるこの武装は、本来ならセレスティ用に開発された武装であり、アサルトドラグーンの使用を可能にしたものである。

 

 先の戦闘で左腕を失い戦闘力が低下したリアディス・ツヴァイだったが、ミシェルはセレスティ用のD装備を引っ張り出して再出撃したのだ。

 

 使用可能なドラグーンは、バックパックに取り付けられた4基。このドラグーンは、スパイラルデスティニーが装備した機動兵装ウィングとは別物で、砲門数は1基に付き1門のみとなっている。

 

 計画ではセレスティが装備した場合、両肩、両腰、両脚部にもドラグーンを装備し、合計10門の高火力が使用可能になる予定だったが、リアディスには背部以外にアタッチメントが無い為、火力は6割減となっていた。

 

 更にOSも即興で調整しただけなので、完全とは言い難い。

 

 とは言え、高度な防御力を誇るガーディアンが相手なら、空中を自在に飛び回るアサルトドラグーンは、ひじょうに有効な武装である事は間違いなかった。

 

「行け!!」

 

 4基のドラグーンを射出するミシェル。

 

 対してガーディアンはビームシールドを展開して防ごうとする。

 

 しかし、

 

「甘いぞ!!」

 

 ミシェルの叫びと共に、ドラグーンはシールドを展開するガーディアンの背後へと回り込む。

 

 推進器がある関係で、背後には絶対にシールドを張る事ができない。ミシェルはその事を看破してドラグーンを回り込ませたのだ。

 

 背後から放たれるビームに貫かれ、ガーディアンが爆散する。

 

 それに喚起する間も無く、ミシェルはドラグーンを操り続ける。

 

 そこかしこで、攻撃態勢に入ろうとしていたガーディアンが、ドラグーンの攻撃を受けて爆発、撃墜していく。

 

「行けるぞ!!」

 

 ミシェルの参戦に奮起したヒカル達は、それぞれの愛機を駆って前へと出る。

 

 向かってくるガーディアン。

 

 確かに、防御力は高い機体である。

 

 しかし、

 

「スピードは、それほどでも!!」

 

 ヒカルはセレスティを駆ってガーディアンの背後に回り込むと、クスィフィアス・レールガンを展開、ガーディアンの両腕を吹き飛ばす。

 

 更にビームサーベルを抜き放ち、別のガーディアンへと向かう。

 

 振り向く暇は与えない。

 

 一閃するビームサーベルは、ガーディアンの首を斬り飛ばした。

 

 セレスティに続いてレオスのリアディス・アインや、イザヨイもガーディアンの背後に回り込みながら攻撃を行っている。

 

 対処法さえ判れば、決して勝てない相手ではない。

 

 オーブ軍は機動力を活かした戦術で、ユニウス教団に対抗しようとしている。

 

 そして、それは徐々に成功しつつあった。

 

「海岸線まで、あと15です!!」

 

 大和の艦橋で、リザの声が歓喜に満ちて響く。

 

 ヒカル達を始め、多くのパイロットの奮戦もあり、大和は離脱地点に達しつつある。

 

 もう一息だった。

 

 

 

 

 

 そんな大和の様子を、上空から静かに見つめる目が会った。

 

 聖女はアフェクションのコックピットに座したまま、仮面越しに注ぐ静かな瞳で、南へと急ぐ戦艦を見詰めている。

 

「・・・・・・・・・・・・悲しいです」

 

 少女の澄んだ声が、コックピットに響く。

 

 雨の降りしきる戦場にあって、大和の上げる対空砲火の様子は、聖女の目にもしっかりと捉えられていた。

 

「唯一神は無限の慈悲を与えてくれると言うのに、それを敢えて拒もうとする人がいるなんて」

 

 淡々とした調子で紡がれる少女の言葉。

 

 ユニウス教団の教義では、己の全てを唯一神に捧げし者は、その恩恵にあやかり、あらゆる苦痛から解放されるとある。

 

 だが今、聖女の目の前では、その唯一神の意志に逆らってまで苦行の道へ行こうとしている者達がいる。その事が、聖女にはたまらなく悲しかった。

 

 だから、教えてあげなくてはいけない。

 

 全ての人が、慈悲を受ける権利があるのだと言う事を。

 

「たとえわが身が滅びようとも、我が魂は、我が神の下へ」

 

 呟いた瞬間、

 

 聖女のSEEDが弾けた。

 

 急降下するアフェクション。

 

 初めにその存在に気付いたのは、大和の甲板上で対空戦闘を継続していたリアディス・ドライ、カノンだった。

 

「あれはッ!?」

 

 急降下してくる白銀の機体を見て、少女は驚愕の声を上げる。

 

 ユニウス教団の旗機。5機のジェノサイドを一瞬で屠り、多数の解放軍機を撃墜した恐るべき機体。

 

 あんな物に出てこられたら、たとえ大和であってもひとたまりもないかもしれない。

 

「来るなァ!!」

 

 全武装を一斉に解き放つカノン。

 

 その段になって、前線のヒカル達も接近するアフェクションの存在に気付き、引き返してくるのが見える。

 

 しかし、聖女はその前に動いた。

 

 翼部、腰部、肩部、脚部に装備したリフレクトドラグーンを一斉に射出すると、リアディス・ドライからの砲撃をかいくぐるようにして向かわせる。

 

 カノンも必死になって砲撃を行うが、そのどれもがドラグーンを捉える事は叶わない。

 

 攻撃配置に着くドラグーン。

 

 一斉に放たれたビーム攻撃が四方八方からリアディス・ドライに襲いかかる。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 甲高い悲鳴を上げるカノン。

 

 飛来した閃光は、リアディス・ドライの腕を、頭部を、足を胴を貫き破壊して行く。

 

 姿勢を保つ事ができず、衝撃と共に甲板上に転がるリアディス・ドライ。

 

 中にいるカノンの安否は分からない。コックピット付近にも被害が入っている為、最悪の可能性も考えられた。

 

「カノンッ クソッ!!」

 

 いち早く駆けつけたレオスは、大和へ攻撃を行っているアフェクションめがけてビームライフルを放つ。

 

 更に、追いついて来た3機のイザヨイも含めて、集中攻撃を聖女へ加える。

 

 しかし、牽制の意味を込めて放った攻撃は、全くと言って良い程効果はなかった。

 

 閃光はアフェクションへ着弾する前に全て、展開したリフレクトドラグーンに阻まれる。

 

「そんなッ!!」

 

 焦って砲撃を強行するレオス。

 

 しかし、その全てがドラグーンに阻まれてアフェクションまで届かない。

 

 リフレクトドラグーンは、言わば空中を独立機動する盾だ。これほど厄介な物はないだろう。

 

 攻めあぐねるレオス達。

 

 対して、聖女は2丁のビームライフル、ビームキャノン、胸部スプレットビームキャノンを展開すると、尚も抵抗しようとするオーブ軍へと向ける。

 

「慈悲を・・・・・・」

 

 短い呟きと共に、放たれる閃光。

 

 次の瞬間、リフレクトドラグーンに当たったビームが乱反射し、光の檻を形成する。

 

 撃ち抜かれる3機のイザヨイ。

 

 リアディス・アインも、左腕と右足を吹き飛ばされてしまう。

 

「・・・・・・何て奴だ」

 

 レオスは吐き捨てるように呟く。

 

 精鋭である大和隊の機体が、こうもあっさりと撃墜されていくとは、誰も想像できなかった事だろう。

 

 その時だった。

 

《レオス、下がれ!!》

 

 鋭い声と共に、駆け抜けていく8枚の蒼翼が見えた。

 

 前線でユニウス教団の部隊に拘束されていたヒカルだったが、ようやく駆けつける事ができたのだ。

 

 その後方からは、ドラグーンを装備したリアディス・ツヴァイの姿も見える。

 

 しかし、2人が駆け付けた時にはすでに、部隊は壊滅状態に陥っていた。

 

「何て奴だ・・・・・・・・・・・・」

 

 たった1機の敵に、味方が壊滅的な損害を被ってしまった事が、ヒカルには信じられなかった。

 

 そこへ、ミシェルから通信が入る。

 

《ヒカル、俺が援護する。お前が突っ込んでくれ!!》

「了解!!」

 

 ミシェルからの指示を受け、セレスティの速度を上げるヒカル。

 

 羽ばたく蒼翼。

 

 それを迎え撃つように、白銀の翼が雨中に光を反射して舞いあがった。

 

 

 

 

 

PHASE-31「絶望は雨中の涙滴と共に」      終わり

 




機体設定



リアディスD

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
12・7ミリ自動対空防御システム×2
アサルトドラグーン×4

パイロット:ミシェル・フラガ

備考
戦闘によって左腕を損傷し、武装も大半を消耗したリアディス・ツヴァイに、セレスティのD装備を無理やり搭載した状態。元々がセレスティ用の装備である為、完全に装備する事ができず、ドラグーンの数はバックパックに装備した4基のみで、火力は6割減となっている。しかし、その変幻自在な武装は、ミシェルの実力も相まって高い戦闘力を発揮する。

因みに、下が本来の用途によるD装備





セレスティD

武装
アサルトドラグーン×10
ビームライフル×1
アクィラビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
機関砲×2

備考
セレスティのドラグーン装備状態。バックパックの4基の他に、両肩、両腰、両脚部にもドラグーンを装備、ビームライフルと合わせると合計11門となり、火力においてはセレスティの全武装中最強になるはずだった。ただし、パイロットであるヒカル自身のドラグーン特性は未知数である為、十全に機能させる事ができたかどうかについては不明。当初はスパイラルデスティニーと同系統の多砲門型ドラグーンを装備する案もあったが、バッテリーの消耗が激しくなると判断され見送られた。


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PHASE-32「止まない雨は無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最早、一刻の猶予すらない。

 

 それは、ヒカルとミシェル、双方が共通して抱いている想いだった。

 

 ハワイを出航して以来、幾多の戦場で戦い生き抜いてきた大和隊は、今やオーブ軍内部でも屈指の精鋭と言って良い。

 

 世界最強の特殊部隊との呼び名が高い、フリューゲル・ヴィントと比較しても遜色は無いだろう。

 

 その大和隊も、ユニウス教団の部隊との戦いで、壊滅的な被害を蒙っていた。

 

 もはやまともに動く事ができるのは、ヒカルのセレスティとミシェルのリアディス・ツヴァイのみと言って良かった。

 

 辛うじて生き残っていたレオスのリアディス・アインや数機のイザヨイは、損傷を負って既に帰還している。

 

 そして大和の甲板上では、カノンのリアディス・ドライが無惨な残骸となって転がっていた。

 

「カノン・・・・・・・・・・・・」

 

 幼馴染の身を案じ、ヒカルは悔しそうに呟きを漏らす。

 

 成績優秀で、更に兵士として経験を積み大きく成長したとは言え、カノンはまだ14歳の女の子だ。本来なら戦場に出るような年齢ではない。

 

 安否が気になるが、今はヒカルもそれどころではない。

 

 聖女の駆るアフェクションは、尚も攻撃の機を伺っている。カノンの事は、取りあえず無事を祈る以外に無かった。

 

「よくも・・・・・・」

 

 ヒカルの双眸が、上空で白銀の翼を広げているアフェクションを睨みつける。

 

 対してアフェクションを操る聖女は、仮面越しに冷ややかな視線をセレスティに向けて来るのみで、一言も言葉を返そうとはしない。

 

 その様に、ヒカルは激発する。

 

「絶対に、許さねえぞ!!」

 

 言い放つと同時に、ヒカルはセレスティをフルバーストモードへ移行させ、5つの砲門を駆使して砲撃を開始する。

 

 5連装フルバーストが迸る中、その砲撃の全てが、アフェクションを守るように展開したリフレクトドラグーンに阻まれてしまう。

 

 やはり、と言うべきか、遠距離攻撃は用を成さない。独立機動する盾を前にしては、並みの攻撃では、完全に役者不足だった。

 

《どけ、ヒカル!! 俺がやる》

 

 ミシェルの鋭い声が、ヒカルの耳に飛び込んでくる。

 

 同時に翼を翻して高度を落とすセレスティ。

 

 そこへ4基のドラグーンが、アフェクションに向かっていくのが見えた。

 

 ミシェルがドラグーンを飛ばし、アフェクションに攻撃を開始したのだ。

 

 元々はセレスティ用の武装だったD装備だが、ミシェルはそれを上手く使いこなしているように見える。

 

 ミシェルの父であるムウも、ドラグーンや、その前身に当たるガンバレルによる戦闘を得意としていたが、あるいはミシェルも父の資質を受け継いでいるのかもしれなかった。

 

 アフェクションのドラグーンは12基。対してリアディス・ツヴァイのドラグーンは4基でしかない。単純な数の力では、ミッシェルの不利は否めない。

 

 しかし、

 

「俺の事、忘れるなよな!!」

 

 ヒカルの鋭い叫びと共に、ビームサーベルを構えたセレスティが上方よりアフェクション目がけて斬り込んで行く。

 

 その動きに、聖女も一瞬早く気付いた。

 

 真っ向から振り下ろされる光刃。

 

 対してアフェクションは、後退する事でセレスティのビームサーベルを回避する。

 

「逃がすかッ!!」

 

 更にスラスターの角度を変更して急激に方向転換すると、ヒカルは切り返しを掛けて追い込む。

 

 鋭く迸る剣閃。

 

 尚も回避行動を取るアフェクションを、セレスティの剣が捉える事は無い。

 

 ヒカルの攻撃を、余裕すら感じさせる動きで回避していく聖女。モビルスーツの美しさもあり、いっそ華麗とも思える機体裁きである。

 

 だが、その隙にリアディス・ツヴァイへの警戒が一瞬逸れた。

 

 そこへ4基のドラグーンが、防御をすり抜けて包囲するようにアフェクションに接近する。

 

 四方から放たれる砲撃。

 

 だが、着弾よりも一瞬早く警戒を取り戻した聖女は、全ての攻撃を紙一重で回避しつつ、ドラグーンの包囲網からの脱出を図る。

 

 尚も追撃を掛けようとするヒカルとミシェル。

 

 対して聖女は、ドラグーンを自機の周辺へと引き寄せて防御態勢を整える。

 

「防御の間なんて!!」

 

 ヒカルはビームサーベルを構え直すと、再び斬り込んで行く。

 

 ミシェルのリアディス・ツヴァイは左腕を欠損している為、接近戦は不利である。だからどうしても、ヒカルが前衛を務める必要があった。

 

 8枚の蒼翼を羽ばたかせ、アフェクションに接近するセレスティ。

 

 その手にあるビームサーベルが振り翳される。

 

「いい加減に、墜ちろ!!」

 

 ヒカルの叫びと共に振り下ろされるビームサーベルは、

 

 しかし、一瞬早く、アフェクションが展開したビームシールドによって防がれる。

 

「チッ!?」

 

 刃と盾が激突する事で弾ける火花に目を焼かれながら、ヒカルは舌打ちを漏らす。

 

 外見のイメージは全くと言って良いほど異なるが、やはりアフェクションもユニウス教団の機体と言うべきだろう。その防御力には舌を巻きたくなる。

 

 おまけに聖女自身の操縦技術も間違いなく世界最強クラス。あのレミリアですら、まともにやれば互角に持ち込めるかどうか、と言うレベルに思える。

 

 正直、今のヒカルでは荷が重いだろう。

 

 その時、

 

《そのまま押さえてろッ ヒカル!!》

 

 ミシェルの鋭い声。

 

 見ればいつの間にか接近した4基のドラグーンが、セレスティと対峙するアフェクションを、背後から半包囲している。ちょうど、扇状に取り囲む形だ。

 

《もらったぜ!!》

 

 勝利への確信と共に、一斉砲撃を仕掛けるミシェル。

 

 しかし、狙った通りの光景は起こらなかった。

 

 ドラグーンが放った砲撃は全て、その前に割り込んで来たアフェクションのリフレクトドラグーンによって防がれてしまったのだ。

 

《クソッ!?》

 

 舌打ちするミシェル。まさか、動きを止めたところで必殺を狙って放った攻撃が、こうもあっさりと防がれるとは思っても見なかったのだ。

 

 危機を脱した聖女は、鍔競り合いをしていたセレスティを蹴り飛ばして距離を置くと、アフェクションの両手にビームライフルを装備し、更に肩越しにはビームキャノンを展開する。そして胸部のスプレット・ビームキャノンにエネルギーを充填した。

 

 既にリフレクトドラグーンは、セレスティとリアディス・ツヴァイを取り囲むように展開を終えている。2人に逃げ道はなかった。

 

「あれはッ!?」

《まずいぞヒカルッ よけろ!!》

 

 声を上げるヒカルとミシェル。

 

 次の瞬間、

 

「リフレクト・フルバースト・・・・・・」

 

 低い呟きと共に、聖女は全砲門を開放する。

 

 放たれる閃光。

 

 それらは空中に浮遊するドラグーンに命中すると、一斉に向きを変える。

 

 形成される光の檻。

 

 その中に、ヒカルとミシェルは完全に閉じ込められてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄くなった防空網はあっさりと破られ、敵の攻撃は大和に及び始めていた。

 

 複数のガーディアンが、シールドを展開しながら、右舷から接近してくるのが見える。

 

「ユニウス教団のガーディアン、右舷90度から接近します!! 数8!!」

「対空砲、弾幕展開。敵機の進行を阻止しつつ振り切れ!!」

 

 ミシェルの鋭い指示と共に、大和のエンジンが唸りを上げて速度を上げる。同時に右舷側で生き残っている対空砲は盛んに砲火を撃ち上げる。

 

 しかし、並みの機体ならあっという間にハチの巣にできる大和の砲撃も、機体前面にシールドを張る特性を持ったガーディアン相手では分が悪かった。

 

 全ての砲撃がシールドで防がれてしまう。

 

 だが、それもいつまでも続く物ではない。

 

 攻撃の為に、一瞬、シールドを解除するガーディアン。

 

 そこへ大和の対空砲火が殺到した。

 

 たちまち、3機のガーディアンが炎を上げて墜落する。

 

 しかし、残る5機は大和への砲撃を続行した。

 

 たちまち、砲撃は大和の装甲に命中し、センサーや対空砲など、防御の弱い部位を破壊する。

 

 大和の船体自体にはダメージは無い。全て、分厚い装甲板が阻止している。

 

 しかし、このままでは大和は、比較的脆い上部構造物を破壊され、戦闘力を喪失してしまう可能性がある。

 

「敵機、尚も接近しますッ 数10機!!」

 

 リザの報告が悲鳴交じりにもたらされる。

 

 状況は絶望的だ。

 

 味方はほぼ壊滅。大和の周りは敵に包囲されているに等しい。

 

 生き残っているヒカルとミシェルもアフェクションを拘束するのに手いっぱいで、大和を掩護するどころではない。

 

「第8銃座に直撃弾ッ 砲塔全滅!!」

「機関、出力回復。速度維持可能!!」

「第3区画、火災発生ッ 自動消火装置、作動します!!」

 

 次々ともたらされる報告。

 

 その中で、シュウジはゆっくりと顔を上げる。

 

 嘆いていても状況が改善されるわけではない。ここを抜けるには、こちらから動く必要があった。

 

「フラガ三尉。艦をこの場に固定しろ。対空戦闘はそのまま継続。敵機を可能な限り近づけないようにしろ」

 

 シュウジの命令に、誰もが目を剥いた。

 

 敵中のど真ん中で戦艦が足を止めるなど、それではまるで自殺するような物である。

 

 だが無論、シュウジに自殺願望がある訳ではない。この状況を打開する、唯一にして最後の策を実行するのだ。

 

「グロス・ローエングリン発射準備。奴らの隊列に穴を開けると同時に機関最大。一気に振り切る!!」

 

 

 

 

 

 辛うじて危機を脱し、リフレクト・フルバーストの包囲から逃れたセレスティ、リアディス・ツヴァイとアフェクションの戦いは、互いにもつれ合うような機動を繰り返しながら、尚も継続していた。

 

 往生際悪く4基のドラグーンを射出して攻撃に向かわせるリアディス・ツヴァイ。

 

 同時にセレスティは5つの砲門を構えてフルバーストを仕掛ける。

 

 ドラグーンが包囲攻撃を展開する中、セレスティがフルバーストを炸裂させる。

 

 しかし、その全てが、直後に意味の無いものへと変じた。

 

 アフェクションを操る聖女は、リフレクトドラグーンを前面に展開して砲撃を防ぎつつ、レールガンの砲弾は機体を操って回避する。

 

 お返しにと放ったビームライフルの攻撃が、リアディス・ツヴァイのドラグーン2機を撃ち落とす。

 

《クソッ 俺達が2人で掛かっても仕留めきれないのかよ!!》

 

 残った2機のドラグーンを引き戻しながら、ミシェルが舌打ちを漏らす。

 

 思いはヒカルも同じである。

 

 これだけ激しく攻め立てていると言うのに、いまだにアフェクションに一撃も与える事ができないでいる。

 

 圧倒的と言える実力差が、そこには存在した。

 

「どうすれば・・・・・・」

 

 ヒカルは、大和の方にチラッと視線を向ける。

 

 未だに対空砲火を撃ち上げて、健在ぶりを示している大和。しかし、敵に包囲された状況では、それもいつまで続けられるか判らない。

 

「・・・・・・せめて、あの力をもう一度使う事ができれば」

 

 焦慮にも似た感情を、ヒカルは吐き出す。

 

 先の戦いで、レイダー級機動兵器を仕留めた時の、あの感覚。

 

 全ての感覚がクリアになり、事象のあらゆる事が手に取るように判った、あの時の力。

 

 アレを使う事ができれば、あるいはこの状況を打破できるかもしれないのに。

 

 その時、操作パネルの一部が明滅し、レーザー通信の受信を継げてきた。

 

「何だ・・・・・・大和から?」

 

 大和からの通信は、支援砲撃を行った後、全速力でこの空域を離脱する。砲撃を合図に戦線を離脱、帰投せよ。とあった。

 

 その文面を見て、ヒカルも事情を察する。

 

 どうやらシュウジも、じり貧の状況を甘んじる気はないらしい。

 

《ヒカルッ!!》

「判ってる!!」

 

 ミシェルの合図に、ヒカルは頷きを返しながらアフェクションへと向かっていく。

 

 大和が作戦を行うまでの間、時間を稼ぐ必要がある。それまでアフェクションを拘束しておくのだ。

 

 残った2基のドラグーンを射出するミシェル。同時にビームライフルで牽制の射撃を仕掛ける。

 

 それを迎え撃つべく、聖女はアフェクションの全火力を開放する。

 

 それを見越したように、ヒカルが動いた。

 

 8枚の蒼翼を羽ばたかせて、ビームサーベルを構えたセレスティがアフェクションに迫る。

 

 対して聖女も、仮面越しの瞳でそれを見据えて動く。

 

 腰からビームサーベルを抜いて、セレスティに斬り込んで行く聖女。

 

 先に仕掛けたのは、聖女の方だった。

 

 手にした光刃を横なぎに振るう。

 

 対してヒカルは機体を上昇させて剣閃を回避、逆に大上段から斬り込みを掛ける。

 

 迫るセレスティの剣。

 

 聖女は、とっさにビームシールドを展開して、振り下ろされる光刃を防御する。

 

 一瞬の反発から、互いに同時に制動をかけ、距離を置きに掛かるヒカルと聖女。

 

 離れると同時に、セレスティはクスィフィアス・レールガンを、アフェクションは肩のビームキャノンを構えた。

 

「行けェ!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 互いに、同時に放つ砲撃。

 

 しかし、互いに高速で機動しながらの攻撃である為、双方ともに相手を捉えるには至らなかった。

 

 その間に聖女は、アフェクション胸部の砲門にエネルギーを充填する。

 

「クソッ まだかよ!!」

 

 アフェクションが放つスプレッとビームキャノンを回避しながら、ヒカルは大和の方へと目を向ける。

 

 相変わらず対空戦闘を継続している大和。その動きに変化は見られない。

 

 更に、視線はバッテリーのメモリーゲージへとやる。

 

 メモリは残り3割を切り、徐々に危険領域に近付きつつある。もう、そう長い時間戦ってはいられない。

 

 機体だけではない。自分もミシェルも限界は近い。

 

 脱出するなら、早くしてもらいたかった。

 

 

 

 

 

「核融合エンジン、定格起動中!!」

「本艦、姿勢維持、良好です!!」

「対空戦闘継続中ッ 現在まで弾幕、65パーセントを維持!!」

 

 大和の艦橋では、報告が次々ともたらされる。

 

 足を止めた事で、敵は大和を四方から包囲している状態である。

 

 今は強靭な装甲と対空砲火だけで凌いでいる状態であるが、それももう、幾らも持たないであろう事は間違いない。

 

 既に敵の攻撃はいくつも大和を直撃している。装甲が破られるのも時間の問題だった。

 

「艦長!!」

 

 操舵手席からナナミの怒鳴り声が聞こえてくる。艦を自在に走らせる事が仕事の彼女からすれば、足をわざと止めて敵の集中砲火を喰らっている現状にはもどかしいものがあるだろう。

 

 だが、シュウジは待っていた。そのタイミングが来るのを。

 

「敵、大編隊ッ 前方より急速接近してきます!!」

 

 リザの悲鳴に近い報告。

 

 敵は大和の前方に陣取り、逃げ道を塞ごうと画策している。

 

 このままでは、包囲され、押し包まれてしまうのは火を見るよりも明らかである。

 

 だが、

 

 絶望的な状況の中にあってシュウジは殊更ゆっくりと、顔を上げる。

 

 この状況こそ、シュウジが待ち望んだ物だった。

 

「グロスローエングリン発射準備ッ 陽電子チャンバー開け!!」

 

 大和の艦首に装備された陽電子破城砲グロスローエングリンにエネルギーが充填され、砲撃準備が整えられていく。

 

 そうとは知らず、袋の口を閉じるように接近してくるユニウス教団とザフト軍の混成部隊。

 

「照準良し!!」

「エネルギー充填完了!!」

「グロスローエングリン、発射準備完了!!」

 

 次々と、報告が上がってくる。

 

 その様子を真っ向から鋭い視線で見据え、

 

 シュウジは真っ直ぐ、水平に腕を振るった。

 

「グロスローエングリン、撃てェ!!」

 

 次の瞬間、大和の艦首から凄まじい閃光が迸る。

 

 艦載砲としては世界最強と称して良い、戦艦大和のグロスローエングリン。通常の数倍に達する陽電子回路と、長さが倍以上に達する粒子加速部位により、埒外の破壊力を実現した閃光が解き放たれた。

 

 それに対するザフト軍やユニウス教団軍の存在は、無力以下でしかなかった。

 

 大気を焼き尽くすかのような砲撃は、蒼穹を一瞬で駆け去り、前方に布陣しようとしていた敵部隊を飲み込んで焼き尽くす。

 

 一瞬の抵抗すら許されない、無慈悲な一撃。

 

 彼等は皆、ただそこに存在する事すら許されず、一瞬で焼き尽くされていく。

 

 だが、彼等の破滅はそこで終わりではなかった。

 

「続けて行けッ 第二射、撃てェ!!」

 

 シュウジの鋭い命令が、大和の艦橋に響き渡る。

 

 次の瞬間、大和の艦首陽電子砲が、再び火を噴いた。

 

 誰もが予想する事すら許されなかった2度目の閃光に、対応が全く追いつかず、飲み込まれていく機体が後を絶たない。

 

 まさか、陽電子砲を連射してくるとは思わなかった敵部隊は、完全に虚を突かれる形となったのだ。

 

 だが、

 

「手を緩めるなッ 第三射、撃てェ!!」

 

 まさかの三斉射目。

 

 先の二射を辛うじて回避できた者も、これには全く反応できなかった。

 

 生き残った機体も、3度に渡って大気を斬り裂いた閃光の剣を前に、抗する術を持たない。

 

 大和のグロスローエングリンは、設計段階でこれまでの陽電子砲とは一線を画する性能を織り込まれていた。それは、単純な威力の上昇だけにはとどまらず、陽電子砲としては世界で初めて「連射」が可能となった点だ。これにより、飛躍的に威力と命中率が上昇した。

 

 今や、大和の前方に布陣していた部隊は完全に消滅し、進路が開いている。

 

「フラガ三尉、機関最大ッ 現空域を離脱する!!」

「は、はい!!」

「フラガ一尉、並びにヒビキ三尉に連絡。《我に続け》!!」

 

 シュウジの命令が矢継ぎ早に飛ぶ。

 

 機関が唸りを上げ、スラスター全開で離脱を図る大和。

 

 その巨体が高速で駆け抜ける様を、包囲していたザフト軍やユニウス教団の兵士達は、ただ呆然と、黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 聖女と抗戦を続けていたヒカルとミシェルの下にも、大和からの撤退命令は伝わっていた。

 

 2人とも、限界はとうに超えて戦っている。

 

 リアディス・ツヴァイは既に、ドラグーンを全て失い、今は辛うじてビームライフルのみで応戦している状態である。

 

 セレスティは今のところ無傷に近いが、装甲のあちこちに破損があり、更にバッテリーも危険領域へ迫っている。

 

 対するアフェクションは全くの無傷。エース2人が束になって掛かっても、聖女には掠り傷一つ負わせる事ができなかったのだ。

 

 ならば、長居は無用である。撤退命令が出た以上、これ以上留まる意味は無かった。

 

《離脱するぞヒカルッ これ以上の交戦は必要無い!!》

「判ったッ」

 

 言い放つと同時にヒカルは、セレスティのビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開し、砲門をアフェクションに向ける。

 

 ヒカルはフルバーストで牽制の射撃を仕掛けながら、ミシェルの離脱を掩護する。損傷の大きいリアディス・ツヴァイを先に離脱させるのだ。

 

 一斉に放たれる5連装フルバースト。

 

 セレスティの砲撃を受け、防御しつつ動きを止めるアフェクション。

 

 それを見据えながら、ヒカルは叫ぶ。

 

「ミシェル兄、今の内に!!」

《すまんッ お前も早く離脱しろよ!!》

 

 掩護射撃を行うセレスティの脇をすり抜け、大和へ戻ろうとするミシェル。

 

 このまま一気に駆け抜ける。

 

 そう思った、

 

 しかし、次の瞬間、

 

 高機動を発揮したアフェクションは、セレスティの砲撃をすり抜ける形で駆け抜けると、背中を向けたリアディス・ツヴァイへと一気に迫った。

 

「なッ 速いッ!?」

 

 慌てて照準を修正しようとするが、あまりの速度に、ヒカルの反応が一瞬遅れる。

 

 その隙に聖女は、リアディス・ツヴァイに背後から迫った。

 

《クソッ こいつ!!》

 

 アフェクションの接近に気付いたミシェルは、とっさに機体を振り返らせて右手に持ったビームライフルを構える。

 

 しかし、それよりも一瞬早く火を噴いたアフェクションのビームライフルが、リアディス・ツヴァイのライフルを撃ち抜いて吹き飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 チャージ中のエネルギーがフィードバックで爆発する中、舌打ちしたミシェルはとっさにパージすると、替わってビームサーベルを抜き放つ。

 

 しかし、その時には既にアフェクションは、ミシェルのすぐ目前まで迫っていた。

 

 アフェクションは、抜き手のようにそろえた指を、リアディス・ツヴァイへ繰り出してくる。

 

 その全ての指先から、

 

 短いビームサーベルが発振された。

 

「何ッ!?」

 

 驚くミシェル。

 

 ビームネイルと呼ばれるこの武装は、デスティニー級機動兵器のパルマ・フィオキーナと似ており、射程が短く隠し武器としての要素が強い。しかしそれだけに、完全に状況に嵌った際の威力は絶大と言って良かった。

 

 回避する術は、既にない。

 

 迫る聖女の指先に、顔を引きつらせるミシェル。

 

 次の瞬間、アフェクションのビームネイルが、リアディスのボディを真っ向から貫いた。

 

 直撃したのはエンジン部分。完全に致命傷である。

 

 ゆっくりと、アフェクションの腕が引き抜かれる。

 

 激しくスパークを上げるリアディス・ツヴァイ。

 

 ダメージはコックピット内にも及び、衝撃がミシェルをも負傷させた。

 

「く・・・・・・そ・・・・・・」

 

 辛うじて声を絞り出すが、もはやミシェルにできる事は何も無かった。

 

 ただ、朦朧とした領域に堕ちていく意識が、最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。

 

「・・・・・・・・・・・・親父・・・・・・不可能を可能に、て・・・・・・案外、むずいのな・・・・・・・・・・・・」

 

 目を閉じるミシェル。

 

「・・・・・・・・・・・・お袋・・・・・・ナナ・・・ミ・・・・・・」

 

 すまない。

 

 そう言おうとした瞬間、ミシェルの意識は闇の中へと急速に落下していった。

 

 爆炎に包まれるリアディス・ツヴァイ。

 

 その様を、ヒカルは呆然と眺める。

 

「そんな・・・・・・ミシェル兄・・・・・・・・・・・・」

 

 ミシェル・フラガ。

 

 ヒカルにとっては良き兄貴分であり、子供の頃から仲が良かった年上の友人。

 

 そのミシェルが今、炎の中に消えて行こうとしている。

 

 自分はまた、助けられなかった。

 

 あの時、

 

 あの幼い時、妹を助けられなかった時と同じように、

 

 また、大切な人を守れなかった。

 

 蒼空に燃え上がる炎。

 

 その陰から、白銀の翼が姿を現す。

 

 迸る爆炎に照らし出され、ひときわ輝きを見せるアフェクション。

 

 そのコックピット内では、聖女が仮面の奥で何事も無かったかのように、静寂の瞳をセレスティに向けて来ていた。

 

 僅かに見える瞳には、何の感情も見受けられない。ただ邪魔者1人を排除した。それだけの事である、と言っているかのようだ。

 

 そこには感情も無く、死者に対する哀悼も無い。単に、必要な作業を終えただけ、と言った風すらあった。

 

 その様を睨み付け、

 

「テメェ・・・・・・・・・・・・」

 

 湧き上がる衝動、

 

 迸る殺意を、

 

 ヒカルは抑える事ができなかった。

 

「よくもォ!!」

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルのSEEDが弾けた。

 

 8枚の蒼翼を広げ、ビームサーベルを振り翳して突撃するセレスティ。

 

 同時に、アタッチメント装備していたバラエーナ・プラズマ収束砲とクスィフィアス・レールガンをパージする。

 

 どのみち絶対防御を誇るアフェクションが相手では砲撃用の武装は殆ど用を成さないし、それにバッテリーの消耗を考えれば、これ以上フルバーストを使う事はできない。ならばいっそ、デッドウェイトの武装を排除して、機動力を上げた方が得策だと判断したのだ。

 

 凄まじい勢いで斬り掛かって行くヒカル。

 

 対抗するように、聖女はリフレクトドラグーンを自機の周囲に引き寄せ、更にビームライフル、スプレッとビームキャノン、ビームキャノンを展開、フルバースト射撃を敢行する。

 

 奔流のように襲い来る閃光。

 

 対して、

 

「それが、どうしたァ!!」

 

 ヒカルは全く勢いを緩める事無く、斬り掛かって行った。

 

 振りかざされる剣閃。

 

 その一撃を、聖女はとっさにビームシールドを展開して防御する。

 

「まだまだァ!!」

 

 ヒカルはすぐさま斬り返しを図る。

 

 機体を沈み込ませるように機動すると、今度は下から斬り上げるように剣を繰り出す。

 

 その一撃を、上昇して回避する聖女。同時にドラグーンを全て引き戻してハードポイントにマウントすると、自身もビームサーベルを抜き放ってセレスティと斬り結ぶ。

 

 セレスティの剣をアフェクションのビームシールドが防ぎ、アフェクションの剣は、セレスティが蒼翼を羽ばたかせて後退し回避する。

 

 距離が離れたところで、スプレットビームキャノンで拡散攻撃を仕掛ける聖女。

 

 それに対してヒカルはセレスティのシールドを掲げ、強引に防御しながら距離を詰めに掛かる。

 

 この時、ヒカルの中では不殺を誓った自身の決意も、相手の事を思いやる心も全て忘れ去られていた。

 

 ただ、目の前の憎き敵を排除する。

 

 その為だけに、がむしゃらに剣を振るい続けていた。

 

「お前だけはッ お前だけは、今日ここでッ」

 

 激情を迸らせるヒカル。

 

 主の想いに応え、ビームサーベルを振り翳すセレスティ。

 

「殺す!!」

 

 その剣が、真っ向からアフェクションに振り下ろされる。

 

 対して、

 

 聖女は自身に向かってくるセレスティを冷ややかに見据えると、

 

 短く息を吐いた。

 

《何とも醜いですね》

「何ッ!?」

 

 突然、オープン回線で話しかけられた声に、目を剥くヒカル。

 

 いきなり、相手のパイロットが話しかけて来るとは思っても見なかった。しかも、声の調子からすれば、相手は女。それも、自分とそう年齢が変わらないようにも思える。

 

《あなたの戦いには、人間性を全く感じる事ができません。まるで獣そのものと言ったところですね》

 

 静かに語れる聖女の声は、透き通るように美しいものでありながら、同時にどうしようもないくらい不気味に響いて来るのが分かった。

 

 驚くヒカルを余所に、聖女は、尚も静かな声で語りかけてくる。

 

《本来であるなら、あなたのような人にこそ、神の慈悲は必要なのです》

「何を言いやがる!!」

 

 ミシェル兄を殺しておいて、何が慈悲だ!!

 

 そう叫ぼうとするヒカルを制して、聖女は動いた。

 

《よって、神に成り代わり、私があなたに慈悲を与えます。全ては、唯一神の意志があるままに》

 

 言った瞬間、

 

 聖女は強烈な蹴りを繰り出して、セレスティを弾き飛ばす。

 

「グッ!?」

 

 息を詰まらせながら、それでもどうにかスラスターを噴射して堪えようとするヒカル。

 

 しかし、その間に聖女は、全てのドラグーンを射出させてしまった。

 

 ヒカルが気付いた時には、既にドラグーンがセレスティを包囲するように展開を終えていた。

 

 そこへ、搭載する全火砲を構えるアフェクション。

 

 対してヒカルはとっさに、シールドを掲げて防御する構えを見せる。

 

 放たれる砲撃。

 

 しかしそれらはセレスティを直撃せず、いったん、展開したドラグーンに命中して反射、背後から襲い掛かった。

 

「ッ!?」

 

 とっさに機体を傾けて回避しようとするヒカル。

 

 しかし間に合わず、セレスティの翼の内、左側の4枚が直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「クソッ まだ!!」

 

 OSが自動でバランスを回復させる中、どうにか体勢を戻そうとするヒカル。

 

 しかし、それを黙って許す聖女ではない。

 

 一気に距離を詰めて来ると、未だに体勢を立て直しきれていないセレスティに、再度の蹴りを繰り出す。

 

 とっさにビームライフルを抜いて構えようとするヒカル。

 

 しかしその銃身は、アフェクションのビームネイルに切断されて破壊される。

 

 動きを止めるセレスティの顔面を、容赦なく蹴り付ける聖女。

 

 センサーの半分が一気に蹴り潰され、コックピットの映像が激しくノイズする。

 

「このッ!!」

 

 残ったセンサーを頼りに、ビームサーベルを繰り出すヒカル。

 

 しかし、聖女はその動きを余裕で回避して見せる。センサーが半壊したせいで、距離感が掴み辛くなってしまったのだ。

 

 対して聖女は、余裕すら感じさせる動きで攻撃態勢を整える。

 

 殆ど至近距離から発射されるスプレットビームキャノンが、セレスティ表面の装甲を容赦なく焼いていく。

 

 更にドラグーンが、セレスティの背に残った右の翼も吹き飛ばす。

 

《これでトドメです。あなたに、慈悲を》

 

 聖女が静かに囁いた瞬間、繰り出された2本のビームサーベルが、セレスティの両肩を根元から切断してしまった。

 

 全ての戦闘力を失い、空を飛ぶ羽根も奪われて落下していくセレスティ。

 

 その無残な姿を見据え、

 

 聖女は全砲門をセレスティへ向ける。

 

 これで終わり。

 

 墜ちた蒼翼の天使に対し、僅かな憐憫すら抱かずに睨み据える聖女。

 

 残骸と化したセレスティが、地面に轟音を上げて落下する。

 

 その姿に、聖女はもはや何の感慨も湧かせられなかった。

 

 あの機体はもう、終わったのだ。あのパイロットが借りに生きていて、再び自分に再戦を挑んだとしても、余裕で倒せる自信が聖女にはあった。

 

 踵を返すアフェクション。

 

 代わって、複数のガーディアンがセレスティに向かっていくのが見える。どうやら、聖女に替わってトドメを刺すつもりらしい。

 

 それを制する気は、聖女には無い。

 

 信徒たちは聖女にとって、もっとも大切な人々であり、そして彼等の献身を止める心算は毛頭無かった。

 

 信徒たちがセレスティにトドメを刺すのなら、それに任せるだけだった。

 

 倒れたセレスティに、殺到しようとする複数のガーディアン。

 

 彼等が各々の武器を振り上げた、

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、鮮烈なる光が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き飛ばされるガーディアン。

 

 その全てが、武装や手足、メインカメラを吹き飛ばされ、戦闘力を喪失しているのが判る。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま振り返る聖女。

 

 その仮面から広がる視界の中では、這う這うの体で撤退していくガーディアンたちの姿が見える。

 

 そして、

 

 そんな彼等の視界の陰から、「それ」は姿を現した。

 

 見るからに異様な機体である。

 

 両手にはビームライフル、腰にはレールガンと思しき大砲を装備した機体。

 

 しかし、その全身は頭頂から膝まですっぽりと、濃紺色のマントに覆われているのだった。

 

 僅かに見える四肢はやや細めで、機体自体の印象も、それほど大形には見えない。

 

「・・・・・・・・・・・・間に合った」

「辛うじて、ですが」

 

 そのコックピットに座する2人の人物は、僅かな悔恨を滲ませた声で呟く。

 

 本当は、もっと早く戦線に介入する予定だった。

 

 しかし、情報収集の段階で後手に回った事、また、この機体の調整に手間取った事で聊か出遅れてしまった。

 

 そのせいで、取り返しのつかない物を失ってしまった。

 

 だが、

 

 それでも尚、最後の一線にだけは間に合ったのだ。

 

「行くよ」

「いつでもどうぞ」

 

 尋ねる前席の男性の声に、後席に座った女性が静かな口調で答える。

 

 次の瞬間、

 

 謎の機体は背に負った白い炎の翼を広げる。

 

 同時に背中に装備した2本の対艦刀を抜き放つと、ユニウス教団軍の中へと斬り込んで行った。

 

 謎の機体の接近に気付いたガーディアン複数が、その進行を阻もうと、一斉に火線を集中させてくる。

 

 しかし、

 

「遅いよ」

 

 男性の低い呟きと共に、加速する謎の機体。

 

 火線は全て空しく空中を薙ぎ払い、用も成さずに大気に消えて行く。

 

 その間に距離を詰めた謎の機体は、両手の対艦刀を振るい、複雑な軌跡を描く。

 

 一瞬、

 

 ただの一瞬で、4機以上のガーディアンが戦闘力を奪われて撃墜する。

 

 動揺が走る。

 

 突如現れた正体不明の機体が、それまで無敵に近い戦闘を展開していたユニウス教団軍のガーディアンを、ほぼ一方的に蹂躙しているのだ。

 

 更に、新たな敵を目がけて斬り込んで行く謎の機体。

 

 そこへ、更なる火線が集中させる。

 

 しかし次の瞬間、白かった翼が、突如、迸るような深紅へと変わる。

 

 集中される火線。

 

 その火線が謎の機体を捉えたと思った。

 

 次の瞬間、その姿は霞のように消え去ってしまった。

 

 デスティニー級と同様の、分身残像機能だ。

 

 慌てたユニウス教団軍は、機体前面のビームシールドを展開して敵の接近に備えようとする。

 

 しかし、その時には既に、謎の機体は彼等のすぐ傍にまで接近を果たしていた。

 

 鋭く繰り出される蹴りの一撃が、自身より一回り大きな巨体を誇るガーディアンを容赦なく蹴り飛ばす。

 

 バランスを崩すガーディアン。

 

 そのまま姿勢を保てずに墜落していくと、その落下方向にいたもう1機のガーディアンをも巻き込んで地上へ叩き付けられた。

 

 圧倒的な光景である。

 

 並みのパイロットでは、否、エース級ですら、この機体と、それを自在に操るパイロットを倒す事は不可能だろう。

 

「ならばッ!!」

 

 信徒たちでは埒が明かないと判断した聖女は、アフェクションを駆って謎の機体と対峙する。

 

 12基のドラグーンを一斉に射出する聖女。

 

 方向転換したドラグーンが、一斉に謎の機体を包囲するように布陣する。同時に聖女は、アフェクションが持つ全武装を展開した。

 

「リフレクト・フルバースト」

 

 淡々とした声で呟くと同時に、一斉に放たれる砲火。

 

 その閃光全てが、ドラグーンに反射して謎の機体へと向かう。

 

 あらゆる敵を全方位から攻撃する、聖女の必勝の布陣。

 

 その閃光を受け、

 

 あろう事か、謎の機体はその全てを回避してのけた。

 

「ッ!?」

 

 この戦いが始まって初めて、聖女の仮面の下に警戒が走る。

 

 リフレクトフルバーストは、これまで殆どの敵を屠って来た必殺の攻撃であり、回避はほぼ不可能に近い。

 

 だと言うのに、謎の機体はただの一発すら食らう事無く回避してのけた。装甲どころか、羽織っているマントにすら掠めてはいない。

 

 聖女が一瞬、攻撃する手を鈍らせる。

 

 その隙を突き、謎の機体は動いた。

 

 翼の色が深紅から、目が覚めるような蒼に変化する。

 

 同時に両手にビームライフルを構えると腕を左右に広げ、対角線に布陣したドラグーンに向けて撃ち放つ。

 

 たんに弾かれるだけ。

 

 そう思った次の瞬間、直撃を受けたドラグーンが吹き飛ばされた。

 

「馬鹿なッ!?」

 

 可憐な声で驚愕を顕にする聖女。

 

 だが、彼女が見ている光景は幻でも何でも無い。その証拠に、次々とドラグーンが撃ち抜かれ、数を減らしていく。

 

 謎の機体は、ドラグーンの砲門部分を狙い撃ちする形で撃ち落としているのだ。

 

 神業、としか称しようがない技量である。いったい如何にすれば、このような真似ができると言うのか?

 

「ならば!!」

 

 ビームサーベルを抜き放ち、聖女は謎の機体へと斬り掛かって行く。

 

 反撃の隙など与えない。一気に距離を詰めて斬り裂いてやるつもりだ。

 

 対して、謎の機体もアフェクションの接近に気付き、ビームライフルをハードポイントに戻している。

 

 だが、対艦刀を抜く時間はもう無いはず。

 

 貰った。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 ビームサーベルを持ったアフェクションの右手首が、一瞬にして斬り飛ばされた。

 

「なッ!?」

 

 仮面の奥で驚愕を強める聖女。

 

 一体何が起きたのか? なぜ、自分の機体が損傷しているのか?

 

 考える前に、体が動く。

 

 残ったアフェクションの左腕からビームネイルを発振、それを抜き手のように突き込む。

 

 だが次の瞬間、アフェクションの左腕は肩から斬り飛ばされてしまう。

 

 そして、

 

 謎の機体の両掌には、いつの間にかビームの刃が出現していた。

 

「・・・・・・・・・・・・手の平から、ビームサーベル」

 

 全く予期しなかった攻撃を前に、呆然とするしかない。

 

 その時、

 

《聖女様、お下がりください!!》

《後は我々が!!》

 

 聖女の危機に気付き、ガーディアン数機が砲撃を浴びせながら、謎の機体へ向かっていくのが見える。

 

 それに対し、聖女は悔恨を滲ませながらも機体を後退させるしかなかった。

 

 どのみち、戦闘力を失ったアフェクションでは、あの恐るべき敵に対抗する事はできない。

 

 後はユニウス教団の敬虔な信徒たちが、無事に戻ってきてくれることを祈るしかなかった。

 

 それにしても、

 

「あの機体は・・・・・・いったい・・・・・・」

 

 ユニウス教団軍と交戦を再開する謎の機体に目を向け、聖女は呆然と呟く。

 

 あの序の視界の彼方で、全身をすっぽりマントで覆った謎の機体は、炎の翼を羽ばたかせ、尚も圧倒的な戦闘力を見せ付けているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、世界は整った」

 

 PⅡは1人、闇の中で笑みを浮かべたまま呟きを漏らす。

 

 北米解放軍、北米統一戦線は壊滅し、更にオーブも力を失った。

 

 そして、世界はアンブレアス・グルックの思い描いた通りに動き出そうとしている。

 

 しかし、

 

「果たして上手く行くかな? そう簡単には、ね」

 

 笑うPⅡ

 

 可笑しい。

 

 可笑しくて仕方が無かった。

 

 世界は彼にとって、この上なく笑劇に満ちた劇場だ。

 

 だからこそ、いつまでも見ている事ができる。

 

「愚かな鼠。笛の音に導かれるまで、死ぬまで踊り続ければいい。ただ、観客を楽しませる。それだけの為にね」

 

 そう言うと、

 

 PⅡの手は、闇の中で眠り続ける少女の頬を、優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PHASE-32「止まない雨は無い」      終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED   永遠に飛翔する螺旋の翼    第1部 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場を離脱する事に成功した大和の艦内は、まるで通夜のように静まり返っていた。

 

 通夜のよう、と言うのは実に的確な表現だろう。

 

 あらぬ汚名を着せられ、味方から追い立てられると言う地獄のような状況の中、多くの仲間が犠牲になった。

 

 大和は今、単独で大西洋を南下。敵の目を晦ましながら、オーブ本国への帰還を急いでいる。

 

 しかし、そこに昔日の雄姿は無く、ただ敗残した者の惨めな姿があるだけだった。

 

 精鋭部隊として名を馳せていた大和隊も多くのパイロットやクルーを失い、事実上、壊滅状態に陥っていた。

 

 帰らなかったものの中には、モビルスーツ隊隊長ミシェル・フラガ一尉、そして若手ながらエースとして期待されていたヒカル・ヒビキ三尉の名もあった。

 

 シュウジは艦長席に腰掛けたまま、一言も喋る事無く黙り込んでいる。

 

 それは、他の皆も同様だ。

 

 ナナミとリザの姿は、ここには無い。

 

 兄の死を知ったナナミが半狂乱になって泣き崩れた。その為、任務続行は不可能とシュウジ判断し、リザに命じて医務室に連れて行かせたのだ。

 

 あまりにも多くの物を失った。

 

 否、過去形で語るのは早過ぎる。

 

 恐らく、プラントは更なる厳しい追及の手を、オーブに向けて来るだろう。場合によっては、再び戦火が巻き起こる可能性も否定できない。そうなると今後も犠牲は増え続ける事になるだろう。

 

 暗澹たる気持ちを抱えて息を吐いた時、艦橋のドアが開く音が聞こえた。

 

 振り返ると、頭に包帯を巻き、右腕をギプスで釣った、痛々しい姿のカノンがそこに立っていた。

 

 アフェクションの攻撃で撃墜されたカノンだったが、辛うじて救出する事に成功した。彼女が生きていた事だけが、この絶望的な状況の中にあって唯一の救いだった。

 

 だが、

 

「あの・・・・・・・・・・・・ヒカルは?」

 

 弱々しく問いかける少女。

 

 弔鐘のように、艦橋内に響くカノンの声

 

 その問いに答える言葉を、シュウジは持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 緊急用のバッテリーで起動し、どうにか外へと転がり出る。

 

 痛む体を引きずるようにして立ち上がると、ヒカルは空を見上げた。

 

 そこは、既に戦場ではない。

 

 ただ、降りしきる雨と、分厚い雲だけが見える。

 

 白銀のアフェクションも、後から現れた謎の機体も姿は見えなかった。

 

 見回せば、そこかしこから煙が上がり、残骸になりはてたモビルスーツが、無残な姿をさらしているのが見える。

 

 不思議な事に、人の気配は全くない。恐らくみな。死んでしまったのだろう。

 

 地獄

 

 一瞬、ヒカルの脳裏に、そんな言葉が浮かび上がる。

 

 人の気配は全く無く、ただモビルスーツの残骸が死体のように転がっている光景は、まさに地獄と言って良かった。

 

 ふと、背後に倒れているセレスティを見やる。

 

 翼をもがれ、両腕も失った無残な姿。

 

 セレスティ(天を目指す者)の名を冠しながら、地獄に堕とされた天使。

 

 その姿に、ヒカルは知らずに涙を流す。

 

「・・・・・・・・・・・・・ごめん」

 

 結局、自分は何もできなかった。

 

 仲間も救えず、

 

 カノンも守れず、

 

 ミシェルの仇すら討てなかった。

 

 ただ怒りに身を任せ、盲目に突っかかって行き、そして返り討ちに遭った。

 

 無様だった。

 

 この上なく、自分と言う存在が矮小に思えてならなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめん」

 

 まだ熱の残る装甲に手を当て、骸と成り果てた愛機に謝る。

 

 俺じゃ、お前と一緒に、天を目指す事はできなかった。

 

 そう呟いた時、

 

 突如、雨がやむ。

 

 ヒカルが呆然とする中、雲が晴れ、差し込んだ光がセレスティとヒカル、双方を照らしていく。

 

 その幻想的とも言える光景を前に、

 

 ヒカルは呆然と、セレスティを見上げる。

 

「・・・・・・・・・・・・歩き続けろ、そう言いたいのかよ、お前?」

 

 そんな筈はない。

 

 と言う考えは、今のヒカルの中には無かった。

 

 ただ、もはや飛ぶ事も敵わなくなった愛機が、弱気になった自ら背を、最後の力を振り絞って押してくれている。そんな風に思えるのだった。

 

 眦を上げるヒカル。

 

 倒れても良い、また立ち上がれば良い。何度でも。

 

 心が負けない限り、英雄は何度でも立ち上がる事ができる。

 

 なぜなら、ヒカルもまた、英雄の息子なのだから。

 

 少年はゆっくりと歩き始めた。

 

 傷ついた体を引きずって、ゆっくりと、

 

 それでも確実に・・・・・・・・・・・・

 



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第2部 CE95
PHASE-01「奇妙な2人」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は、アンブレアス・グルックの思い描いた通りに進もうとしていた。

 

 長年の宿敵とも言うべき北米解放軍、並びに北米統一戦線の打倒に成功したプラント政府は、ここに北米紛争の終結を宣言。長引く戦乱に終止符を打った。

 

 抵抗勢力が一掃された北米は、かつての宿敵であるプラントの統治の下、完全に、その傘下に組み入れられたのだった。

 

 北米解放軍指導者ブリストー・シェムハザ将軍は、辛くも追及の手を逃れて北米大陸を脱出。未だに地球連合の影響力が残っているユーラシア連邦へと落ち延びて行った。

 

 しかし頼みとした指揮下の大軍を失い、事実上の「亡命」に等しい逃避行は、彼の敗北を世界中の人間に印象として刻み付けるのに十分だった。

 

 ブリストー・シェムハザ、ひいては北米解放軍は、もはやプラントにとって何ほどの脅威でもなかった。仮に彼等が再び兵力をかき集め捲土重来を期すとしても、それには10数年の歳月が必要と言われており、その間にザフト軍もより強大化するであろう事を考えれば、再度対決の形を取ったとしても、勝敗がいずれに帰すかは火を見るよりも明らかだった。

 

 敗れた解放軍の兵士達は、大半は戦死した。捕縛され生き残った者達も中にはいたが、ザフト軍にとって彼等は「北米を騒乱に導き、多くの同胞を殺したテロリスト」である。裁判に掛けられる事も無く、即日、処刑される運命にあった。

 

 ごく少数ながら戦線離脱に成功した者達もおり、彼等は北米各地に潜伏して抵抗運動を続ける事になる。

 

 しかし、北米解放軍と言う大きな後ろ盾を失った彼等にできる事は小規模なテロ行為がせいぜいであり、やがて行われたザフト軍主導による一斉掃討作戦により、虱潰しに撃破されていった。

 

 こうして、北米紛争を収める事に成功したプラント。ひいてはその最高議長であるアンブレアス・グルックが、次に標的としたのは、彼等にとって頼りになる同盟国だったはずのオーブ共和国だった。

 

 オーブには北米解放軍と共謀し、共和連合軍の作戦情報を故意に流していたと言う嫌疑がかけられている。

 

 勿論、オーブ政府側は事実は無根であるとし、交渉と再調査をプラント側に申し出た。

 

 それに対するプラント側の回答は、ザフト軍によるオーブへの侵攻だった。

 

 北米派遣軍、並びにカーペンタリア駐留の部隊も出動し、オーブ領海内に侵入、オーブ本国を構成する各島に対し砲門を向け、無言の圧力をかけた。

 

 これに対し、北米大陸で主力軍の大半を失ったオーブに対抗する術は無かった。

 

 オーブ政府は戦わずして降伏宣告を受諾。プラント政府が提示する全ての条件を受け入れた。

 

 ここに、カーディナル戦役を勝利した共和連合は、事実上崩壊した。

 

 プラントはオーブに対し、降伏の条件として「戦争犯罪人の引き渡し」「賠償金の支払い」「領土割譲」「軍備縮小」を要求した。

 

 本条約は、締結された場所から「カーペンタリア条約」の名前で呼ばれる事になる。

 

 内容を具体的に言うと、戦争犯罪人とは北米解放軍に協力したとされる人物の身柄を要求した。これについては、北米紛争を具体的な形で終わらせる物として必要な措置だった。

 

 賠償金には当初、30億アースダラーを要求されていたが、これについてはオーブの国家予算のみで支払う事は不可能と判断され、交渉の末、5億アースダラーに減額された。もっとも、それでも敗戦による不況にあえぐオーブにとっては高額なのだが。

 

 領土に関してはオーブが委任統治するハワイ諸島、軍事拠点であるアカツキ島、更に宇宙港とマスドライバーのあるカグヤ島の割譲に加え、宇宙における全拠点の引き渡しも盛り込まれた。これは、世界最大の宇宙ステーションと言われている「アシハラ」も含まれる。

 

 軍備縮小については、ザフト軍が指定する艦艇、兵器等の引き渡し。軍事企業モルゲンレーテが有する兵器データの全供出。その他、宇宙軍の解体、保有兵器数の削減等が謳われていた。かつて「質においては世界最強」とまで謳われたオーブ軍の威容は、これで完全に失われ、僅かに内海警備隊程度の戦力が残るのみとなった。

 

 これらの条件を呑む代わりとして「国体護持」のみは認められ、「オーブ共和国」と言う国家と国名だけは残された。

 

 確かに、国としてのオーブは残された。国民への被害も殆ど無きに等しかった。だが、オーブと言う国は、それ以外の全てを奪われたのだった。

 

 オーブを形骸化、事実上併呑する事に成功したアンブレアス・グルックは、残る最後の敵にして、かつてのプラントのライバルである地球連合に対し、その矛先を向けた。

 

 まことにもって皮肉としか言いようのない成り行きだが、北米紛争と共和連合同士の内ゲバが続く中、唯一健在なまま勢力を伸ばし続けたのは、かつてカーディナル戦役で敗れ、勢力を大幅に縮小した地球連合だった。

 

 流石に、相手が強大化してかつての勢力を取り戻しつつある地球連合が相手では、強硬な姿勢を貫くグルックと言えども簡単には手を出せず、東欧地方を境界線にして睨み合いと小競り合いが続いていた。

 

 そのような最中、アンブレアス・グルックは、ザフトの新たな戦力として「最高議長特別親衛隊」の設立を宣言。ザフト軍の中から、特に精鋭を集め、計12隊から成る精鋭部隊を設立した。

 

 「ディバイン・セイバーズ」と名付けられたこの部隊は、ザフト軍の指揮系統とは切り離され、最高議長であるアンブレアス・グルック直属の部隊となった。その内実としては新造戦艦やモビルスーツなど新型の器材を優先的に割り振られ、後方支援部隊も合わせると兵員数万にも及ぶ大部隊となった。勿論、構成員は全て、グルック派の人間から選び出された事は言うまでもないだろう。

 

 更にディバイン・セイバーズの編成と同時にグルックが進めたのは、既存の組織であった保安局の強化だった。

 

 北米の制圧とオーブの勢力圏縮小に伴い、今後、プラントの統治が必要な土地は大幅に増える事になる。それを受け、治安維持に必要な戦力も多くなると言う訳だ。

 

 保安局はその活動領域毎に方面隊司令部が置かれ、その組織は大きく「捜査隊」と「行動隊」に分かれる。捜査隊と言うのは、その名の通り反プラント的思想を持つ者達を捜査し逮捕する事が任務である。一方の行動隊と言うのは、より大規模なテロリスト集団の摘発、殲滅が任務となる。その為、モビルスーツを含む軍隊規模の戦力を有しているのが特徴だ。

 

 これらの措置によって大幅に権限と規模を拡大された保安局は、これまで宇宙空間のみに限定されていた活動領域を地上にも拡大。反プラント的な思想を持つ者。あるいは反動的な活動をしたと思しき者達を次々と捕縛し、収容コロニー送りにしていった。

 

 こうして、己の地歩を着々と固めつつ、世界に対する進出を推し進めていくアンブレアス・グルックは、正に世界最強の指導者であると言えるだろう。

 

 一見すると、世界は最早、彼一色へと染まり、殆どが彼の存在を認めざるを得なくなっているかのように見える。

 

 だが、ほんの僅かではあるが、未だにしぶとく、か細い抵抗を続けている者達が存在していた。

 

 そして2年の歳月が流れた。

 

 コズミック・イラ95

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連中は、数だけは多いから厄介である。

 

 デブリの群れを縫うようにして愛機を飛翔させながら、アステル・フェルサーは心の中でそう呟く。

 

 既に敵は指呼の間に迫っているはずなのだが、生憎とセンサーが全くと言って良いほどあてにならない為、操縦は殆ど勘頼みとなっている。

 

 もっとも、それすらできないようではモビルスーツのパイロットとしては失格以下である。

 

 2年前から変わらず、アステルの愛機であり続けているストームアーテルは、炎の翼を背に負いながら飛翔を続けている。

 

 その視界の中に、目標となる敵の姿が見えてきた。

 

 スッと、目を細めるアステル。

 

 レトロモビルズと呼ばれる彼等は、主にヤキン・ドゥーエ戦役からユニウス戦役に掛けてザフト軍によって開発された機体を好んで使う。古い機体を好む事から、その名が付けられたのだ。

 

 今向かってくる敵も、ジン2機に、シグー2機、そしてゲイツが1機だ。

 

 古いからと言って侮る事はできない。

 

 まず、先に言った通り数が多い。加えて、大抵の機体は何らかの改造が施されている為、予想外の高性能を発揮する者もいる。更に、機体は古くてもパイロットは一騎当千である事がある。

 

 これらを勘案すれば、レトロモビルズが単に乱痴気騒ぎが好きな一発テロ屋ではなく、明確な意思を持った、ある種の軍隊のような性質がある事が伺えた。

 

 しかし、

 

「それでも、俺の敵じゃないがな」

 

 低く呟くと、アステルはライフルモードのレーヴァテインを振り翳して構える。

 

 銃口から迸る閃光は2回。

 

 その攻撃で、シグー1機とジン1機が、直撃を受けて吹き飛ぶ。

 

 だが、仲間の死も織り込み済みなのだろう。残った機体は、迷わずにストームアーテルへと向かってきた。

 

 レーヴァテインを対艦刀モードにするアステル。

 

 すれ違いざま、シグーの胴を横なぎに一閃して斬り捨てる。

 

 爆発するシグーを尻目に、アステルは更に、向かってくるジンをビームガンで牽制しつつ、もう1機のゲイツへと向き直る。

 

 次の瞬間、ゲイツの両腰が輝きを帯びた。

 

 一瞬の判断と共に、炎の翼を羽ばたかせてその場を飛び退くアステル。

 

 ゲイツはユニウス戦役時に開発されたRタイプではなく、どうやらヤキン・ドゥーエ戦役時に開発された初期型であるらしい。腰に装備したエクステンショナルアレスターから、そのように判断できた。

 

 だが、

 

「この程度か!!」

 

 ストームアーテルの左手でビームサーベルを抜き放つと、弧を描くように一閃。エクステンショナルアレスターを結ぶワイヤーケーブルを切断してしまう。

 

 そのまま接近するアステル。

 

 レーヴァテインを肩から斬り下ろすと、ゲイツを一刀両断する。

 

 残ったジンが、手にした突撃銃を放ちながら後退しようとしている。

 

 しかし次の瞬間、そのジンは、突如飛来したビームによって頭部を撃ち抜かれた。

 

 その様に、アステルは舌打ちしつつも、デブリの陰から現れた新手に向かっていく。

 

 新たに現れ、ストームアーテルと共にレトロモビルズと対峙しているのは、アステルにとって見慣れた機体であるジェガンだった。

 

 その鋭角的なシルエットは、2年前から変わっていない。

 

 しかし、背部のコネクタに装備しているのは、ノワールストライカーと呼ばれる複合装備で、それ一つで機動力、接近戦能力、砲撃力全てを強化する事ができる物だ。

 

 ジェガンは両手に装備したビームライフルショーティを連射し、向かってくるジン2機の頭部と武装を吹き飛ばす。

 

 更にジェガンはフラガラッハ対艦刀を抜き放つと、その湾曲した刀身に刃を発振し斬り掛かって行く。

 

 慌てて重斬刀を抜き放とうとするシグーがいる。

 

 しかしジェガンはその前に接近すると、右手のフラガラッハを一閃。シグーの右腕を肘から斬り飛ばす。

 

 慌てて後退しようとするシグー。

 

 しかしジェガンは、その前に拘束で接近すると、フラガラッハを横なぎにしてシグーの頭部を斬り飛ばした。

 

 シグーの戦闘力を奪ったところで、ジェガンに向かって横合いから攻撃が仕掛けられた。

 

 振り返ると、ゲイツが1機向かってくるのが見える。

 

 ゲイツがビームライフルで仕掛けてくる攻撃を、対してジェガンはシールドを掲げて防御。同時にグレネードランチャーを放って牽制する。

 

 更に接近して、エクステンショナルアレスターを放とうとするゲイツ。

 

 しかし、その前にジェガンの方が動いた。

 

 ビームライフルショーティを放って、ゲイツの腰にあるエクステンショナルアレスターを破壊。

 

 慌てたゲイツが、シールドからビームクローを展開しようとする。

 

 しかし、その前に接近したジェガンが、2本のフラガラッハを縦横に振るい、ゲイツの両腕と頭部を斬り飛ばして戦闘力を喪失させてしまった。

 

 ものの数分間で、レトロモビルズの戦闘部隊は壊滅的な損害を被っていた。しかも、それがたった2機のモビルスーツによってもたらされた被害だと言うのだから驚きである。

 

 全てが終わり、戦場に静寂が齎される。

 

 そんな中、アステルはジェガンの方へ機体を寄せていく。

 

「お遊びは終わりだ。うるせえ連中が嗅ぎ付けて来る前に、とっととずらかるぞ」

 

 スピーカー越しに、ジェガンのパイロットに呼びかける。

 

「・・・・・・ヒカル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル・ヒビキとアステル・フェルサー。

 

 かつては互いに異なる陣営に属し、数度にわたって砲火まで交えた2人が、ともに共闘戦線を張るようになったいきさつについて、一筋縄ではいかなかったであろう事は想像に難くない。

 

 北米統一戦線が壊滅してから、アステルは北米に残った各集落を転々としながら、慎重に足跡を消して行動していた。

 

 今や北米大陸は、完全にプラントの統治下に置かれている。

 

 北米解放軍、そして北米統一戦線と言う二大反抗勢力が潰えた事で、誰もが「祖国解放」と言う夢を抱く事さえできなくなったのだ。

 

 夢を抱いて未来に馳せるよりも、現実に今日を生き抜く事の方がよほど大事だった。

 

 その日も、アステルは場末の酒場で一杯やりながら、次の目的地を思案していた。

 

 北米紛争の終結から1年以上が経過し、最近では解放軍残党のテロ行為も収束に向かいつつある。

 

 しかし紛争から遠ざかりながらも、人々の心は穏やかな物とは程遠かった。

 

 紛争によって多くの人々は心に傷を負い、中には負傷して日々の生活にすら支障をきたす者も少なくない。

 

 更に、紛争終結後に進出してきた保安局の存在も大きかった。

 

 保安局員は、反プラント的な活動を行う者達に対して徹底的な弾圧と逮捕を行った。

 

 解放軍や統一戦線に関係があった者達は勿論、「関係があったと思われる」と保安局に疑いを掛けられた者達も、容赦のない取り締まりの対象となった。

 

 事実上、秘密警察と同じ権限を持つ保安局は、自分達自身で取締りを行う事は勿論、一般人に多くの協力者の確保を行って対テロリスト捜査を容易にすると同時に、更には密告も推奨した。

 

 密告者にはある程度の報償金も出る為、貧困にあえぐ北米住民達の中には、かつての敵国に尻尾を振る者も少なくなかった。中にはプラントに対し、ちょっとした不満を述べただけで密告者の餌食になった者までいたほどである。

 

 「疑わしきは罰せよ」の言葉が示す通り、そうした活動の末に逮捕された者達の運命は、誰も知る事が無い。彼等は皆、どことも知れない収容コロニーへと送られ、そして二度と帰って来なかった。

 

 そうした環境が、人々の心を荒んだ物へと変えていったのである。

 

 気が付くと、手にしたグラスは空になっていた。

 

 懐から金を取出し、カウンターに置こうとした時だった。

 

「元北米統一戦線構成員、アステル・フェルサーだな?」

 

 背後から声を掛けられ、アステルは動きを止めた。

 

 同時に、懐の拳銃をいつでも抜けるように身構える。

 

 自分の元の身分に加えて名前まで知っているとなると、相手は自分を逮捕しに来た保安局の人間と見るのが妥当だった。

 

 迂闊だった。酒を飲んでいたとはいえ、こうまで敵の接近を許すとは。恐らく、この場所の周囲は既に、保安局によって包囲されているだろう。

 

 警戒を強めるアステル。

 

 だが、思案に反して、背後に立った人物はいつまで経っても襲い掛かってくる気配が無い。

 

 訝りながら振り返るアステル。

 

 そこで驚いた。目の前にいたのは、自分と同い年か、あるいは年下くらいの少年だったのだ。着ている服もみすぼらしい物で、とても保安局の人間には見えなかった。

 

「アンタを探していた」

「・・・・・・何の為にだ?」

 

 取りあえず、相手が保安局員じゃない事は判った。しかし、アステルは警戒を緩める事無く、目の前の少年に尋ねる。

 

 相手が何者かは知らないが、自分を元北米統一戦線と知って近付いてきた以上、何か碌でもない思惑がある事は間違いないと見抜いたからだ。

 

「アンタの協力が欲しい。奴らと戦う為に」

 

 主語を欠いた発言からは、相手の意図を読み取る事はできない。だが、アステルにはそれだけで十分だった。

 

「断る、帰れ」

 

 目の前の相手が単なる死にたがりの馬鹿か、それとも御大層にも「世直し」の旗を振ろうとしている阿呆かは知らないが、無益な事に協力する気はアステルには無かった。

 

 金を置いて立ち上がるアステル。

 

 北米統一戦線は壊滅し、今やアステルは何の後ろ盾も無い状態である。

 

 いかにアステルが一騎当千の実力者であろうと、所詮は組織の持つ力には敵わないのだ。

 

「待てよ、話くらい・・・・・・」

「どこの馬の骨とも判らん奴に協力する気はない。そんなに死にたきゃ1人で死ね。他を巻き込むんじゃない」

 

 そう言うとアステルは、少年に背を向けて出て行こうとする。

 

 すると、

 

「どこの馬の骨・・・・・・か」

 

 少年の自嘲気味な言葉を聞いて、アステルは足を止める。

 

 振り返るアステルを、少年は真っ直ぐに見据えて言った。

 

「俺は、元オーブ軍大和隊所属、ヒカル・ヒビキ三尉だ」

 

 言ってから、思い出したように付け加えた。

 

「お前等が《羽根付き》って呼んでた機体のパイロットだ、て言えば、もっと判りやすいか?」

 

 羽根付き

 

 それは、北米紛争後期において猛威を振るったオーブ軍の機体。

 

 フリーダム級機動兵器の機体を基に、様々な武装形態を駆使してあらゆる戦場を戦い抜いた。

 

 北米統一戦線とも数度にわたって交戦し、アステルも何度か交戦している。

 

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 低い呟きを漏らすアステル。

 

 次の瞬間、

 

 電光の如く抜き放たれた銃が、ヒカルの鼻先に突き付けられた。

 

 見ていた周囲の人間が驚愕の声を上げる中、銃口は真っ直ぐにヒカルへと向けられる。

 

 対してヒカルは無言のまま佇み、真っ直ぐにアステルを睨み返している。

 

「テメェ その名前を俺に名乗る事が何を意味しているのか、知らない訳じゃないだろうな?」

 

 剣呑な雰囲気を滲ませて、アステルはヒカルに言葉をぶつける。

 

「お前には多くの同胞を殺された。つまりテメェは、今ここで俺に殺されても文句は言えない訳だ」

「やりたきゃやれよ。俺だって、それくらいは覚悟の上で来てるんだ」

 

 ヒカルは臆することなく、真っ向から言い返す。

 

 自分の元の身分を名乗った時点で、こうなる事は覚悟の上である。しかしそのリスクを冒しても尚、今のヒカルにはアステルの協力が不可欠だった。

 

「俺だって、お前にたくさんの仲間を殺されたんだ。その恨みは俺の中にもある。自分だけが被害者みたいな顔してんじゃねえよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言い返すヒカルに対し、アステルは無言。

 

 ただ、その両目を真っ直ぐ見据えたまま、銃口は一瞬たりとも逸らさない。

 

 しばし、無言のまま睨みあう両者。

 

 どれくらいそうしていただろう?

 

 次の瞬間、

 

 一瞬にして銃口をヒカルから外したアステルが、躊躇する事無くトリガーを引き絞った。

 

 放たれる弾丸はヒカルのすぐ脇を駆け抜け、

 

 その背後に座っていた男に命中した。

 

 胸を撃ち抜かれ、絶命する男。

 

 驚くヒカルを無視して銃を収めると、アステルは無言のまま男の死体に歩み寄り、その懐をまさぐった。

 

 取り出したパスケースの中を確認すると、それをそのままヒカルに放って寄越す。

 

 そこには、男の顔写真と、プラントの徽章が掛かれた身分証明書が入っているのが見える。

 

「こいつは保安局の人間だ。どうやら、潜伏して情報を探る諜報部員と言ったところか」

 

 見た目は殆ど、一般人にしか見えない男が保安局のスパイだとは、誰も思わないだろう。

 

 保安局の恐ろしさは、こう言ったところにある。実際の戦闘力は、ザフト軍や、新設されたディバイン・セイバーズには敵わないが、こうしてカメレオンのように周囲の風景に溶け込み、自らの存在を秘匿してしまえば、すぐ隣にいたとしても存在に気付く事は無い。下手をすると、気付いた時には背後から刺されている事も考えられた。

 

「移動するぞ。ここじゃうるさくて、落ち着いて話もできん」

 

 そう言うとアステルは、顎をしゃくってヒカルを外へと促した。

 

 

 

 

 

「で?」

 

 街外れまで移動したところで、アステルは改めてヒカルに話を切り出した。

 

「なぜ、敵だった俺にわざわざ協力を求める? お前はいったい、何をやろうとしているんだ?」

 

 ほんの僅かだが、アステルの中でヒカルに対する興味がわいてきていた。

 

 先程、アステルが銃口を向けた時、ヒカルは全く怯む事無く睨み返してきた。相当な覚悟が無ければできない事である。

 

「この世界を変える。プラントによって支配された世界を変えて、奪われた国を取り戻す。それが俺の目的だ」

 

 ヒカルの答えを聞いて、アステルはやれやれとばかりに嘆息する。どうやら「死にたがりの馬鹿」ではなく「世直しの旗を振る阿呆」の方だったらしい。

 

 だが、取りあえず話くらいは聞いてやることにした。

 

「簡単に言うがな。今のこの状況を、どうやってひっくり返すつもりなんだ?」

「それは・・・・・・判らない・・・・・・」

「仲間は? お前の他に誰が賛同している?」

「誰も。あんたで1人目だ」

 

 話にならなかった。

 

 これで世界を変えようなどと、まるで風車に立ち向かう騎士道オタクである。

 

「じゃあな」

「おいッ!!」

 

 踵を返すアステルに、抗議の声を上げるヒカル。

 

 対してアステルは、背中越しに肩を竦めて見せる。

 

「阿呆の妄想に付き合う気は無い。やりたきゃ1人で勝手にやってろ」

 

 そう言って去ろうとするアステル。もうこれ以上、ヒカルに付き合う気は無かった。

 

 だが、

 

「じゃあ、あんたは今のままでいいって言うのかよ?」

 

 ヒカルが投げかけた質問に対し、しかしアステルは足を止めようとはしない。耳を傾ける事すらバカバカしく思っているのだ。

 

「あんたはこのまま世界が、プラントのアンブレアス・グルックに支配されたまま、オーブも、北米も、奴らの良いようにされても良いって言うのかよ!?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、アステルは足を止めた。

 

 ヒカルは更に畳みかける。

 

「俺は、この世界を変えたいッ そして奪われた祖国を取り戻したい。でも、それは俺一人じゃだめなんだよ!!」

 

 ヒカルは足早に近付くと、アステルの正面に回り込んだ。

 

「でも、アンタみたいに強い奴が仲間になってくれれば、きっとやれるッ そりゃ、方法はこれからだけどさ」

 

 ヒカルはアステルの腕を掴んで詰め寄る。

 

「でも、誰かがやらないといけないだろ!! どんなに困難でも、誰かが最初の1歩を踏み出さないと、後には誰も続かないんだよ!!」

 

 どんな困難でも、歩む道を諦めない。

 

 そんな決意が、ヒカルの双眸からは見て取れた。

 

 恐らく、ここでアステルが断ったとしても、ヒカルは本当に1人でもやりかねなかった。

 

 祖国を取り戻したい。その想いは、アステルにも共通している事である。だが、その方策が見つからずに、こうして無為に時を過ごしていた訳である。

 

 そもそも、今や敵地となった北米大陸に、今もってこうして居座り続けている時点で、アステルの中にも未練があるのは確実だった。

 

 もう一度、ヒカルを見る。

 

 どんな困難な道であったとしても、誰かが最初の一歩を踏み出さないと始まらない。

 

 確かに、ヒカルの言うとおりだった。

 

 この手の馬鹿を、アステルは約一名知っている。

 

 今はもういない、かつての幼馴染。

 

 あいつも、祖国を統一する為なら、どんな困難な道でもでも突っ走って行った。それこそ、周囲の迷惑も顧みずに。

 

「・・・・・・・・・・・・良いだろう」

 

 しばしの沈黙の後、アステルは頷いた。

 

 もし本当に、祖国が解放されるなら、それはアステルにとっても願ってもない事である。勿論、今のところは天文学並みの可能性だが。

 

 逆に万が一、敗れる事があったとしても、ただ無為に過ごすよりは、理想的な死に場所を得られそうだった。

 

 こうして、元オーブ軍のヒカルと、元北米統一戦線のアステルが共闘する運びとなった訳である。

 

 

 

 

 

 ヒカルとアステル。そして彼等の愛機であるジェガンとストームアーテルを乗せた輸送機が、デブリの中を進んでいく。

 

 メインパイロット席に座るヒカルと、コパイロット席に座るアステル。

 

 互いに会話らしい会話も無いまま、ただ流れゆく周囲の状況のみを目で追っている。

 

 宇宙に上がって既に半年。かつては互いに異なる陣営に属し、刃を交わした2人は、各地を転戦しながら奇妙な共闘関係を築くに至っていた。

 

 とは言え、かつてはモビルスーツで殺し合いを演じた者同士。共闘戦線と言うよりも、どちらかと言えば「呉越同舟」的な趣が強かった。

 

「・・・・・・おい、ヒカル」

 

 不意に、センサーに目を向けていたアステルが、ヒカルに声を掛けた。

 

「お前、いつまであんなバカみてぇな戦い方を続ける気だ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 横目で睨んでくるアステルに対し、ヒカルは無言のまま操縦桿を握り続けている。

 

 アステルの言う「馬鹿な戦い方」とは、ヒカルが今まで行ってきた戦い全てに当てはまる。

 

 ヒカルの戦い方は、決して敵機のコックピットやエンジン部分を狙わず、武装や手足、カメラの破壊に留める「不殺」に徹していた。

 

 なぜ、ヒカルがそのような戦い方をしているのかは、アステルには分からないし興味も無い。だが、見ていて苛立たしい物である事は間違いなかった。

 

 共闘を始めた当初、その事が元で殴り合いにまで発展した事がある。

 

 しかし、結局ヒカルが戦い方を諦める事は無かった。

 

 今ではアステルは、ヒカルのやり方について口出しする事は殆ど無くなっている。とは言え、それはヒカルのやり方を認めたから、ではなく、呆れて物も言えなくなったからに他ならなかった。

 

「俺の勝手だろ。別に迷惑もかけていないし」

 

 ヒカルの返事を聞いて、アステルは鼻を鳴らした。

 

 確かに、不殺の戦い方をしたからと言って、ヒカルがアステルに迷惑を掛けた事は一度も無かった。

 

 戦闘力を奪われた敵は、それ以上脅威にはならないし、それによってアステルの戦いに支障を来した事も皆無である。

 

 それに万が一、それでヒカルの身に何かあった時には、アステルは容赦なくヒカルを切り捨てる気でいる。それを考えれば、好きにさせておくのが一番だった。

 

「それより、そろそろ予定宙域だろ。何か反応は無いのかよ?」

 

 ヒカルは話題を変えて尋ねた。

 

 2人は今、事前の調査で得た情報を基に、あるポイントへと向かっていた。

 

 自分達の戦いを始めて半年。未だに拠るべき組織を持たないヒカルとアステルにとって、急務となるのは、早急な「地盤の確保」だった。

 

 母体となる組織の確立。あるいはそこまで行かずとも、自分達の活動を支持してくれる支援者を確保する必要がある。できれば、共に戦ってくれる仲間も欲しい。

 

 現在、2人は傭兵稼業によって資金を稼ぎながら、自分達の本来の活動であるプラントに対する調査も行っている。

 

 今回も、その一環だった。

 

 組織形成のための手段として、アステルはヒカルにある提案を示した。

 

 数年前からアンブレアス・グルックは、保安局を使って反プラント的な活動をした人物を捕縛し、どこかのコロニーへ強制収容していると言う噂がまことしやかに囁かれていた。

 

 実際に2年前、アステルはレミリアと2人で、逮捕された人々を護送する艦隊を襲撃し、彼等を解放した事がある。それを考えれば、この噂もあながち眉唾ではなかった。

 

 アステルの考えでは、この収容先の施設を襲撃し、そこにいる人々を解放してはどうか、との事だった。

 

 解放した人々の中から、2人に協力しても良いと言う者達が現れるかもしれない。

 

 そこまで行かずとも、解放に成功すれば、それがヒカル達の「実績」となり、人々を集約する為の見せ金の役割を果たしてくれることも期待できる。

 

 試してみる価値は充分にあるだろう。

 

 しかし、

 

「また空振りじゃなきゃ良いがな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皮肉交じりのアステルの言葉に、ヒカルは睨み返しながらも黙り込む。

 

 これまで、情報を得た複数のポイントに足を運んだことがあったが、その全てが空振りだった。

 

 プラント側は相当入念に情報の秘匿を行っているらしく、いくら情報を集めてみても、収容施設の場所は杳として知れなかった。

 

 果たして今度はどうか?

 

 と、考えている時だった。

 

「前方に、接近する熱紋あり。左右からも来ているな」

 

 アステルが警戒心をにじませた低い声で告げてくる。

 

 対してヒカルも、ため息交じりに肩を竦める。

 

 どうやら、今回も「ハズレ」は確定的となったらしかった。

 

 

 

 

 

PHASE-01「奇妙な2人」      終わり

 




機体設定


ヒカル専用ジェガン

ビームライフルショーティ×2
アンチビームシールド×1
連装グレネードランチャー×1
12・7ミリ自動対空防御システム×2
ノワールストライカー装備

パイロット:ヒカル・ヒビキ

備考
ヒカルがアステルの伝手で手に入れたジェガンに、ノワールストライカーを装備した機体。基本はノーマルのジェガンと変わらないが、ノワールストライカーを装備した事で、機動力、接近戦力、砲撃力が格段に上昇している。


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PHASE-02「永遠に羽ばたく翼」

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 閃光が漆黒の空間を迸る。

 

 命中を受けたシャトルは、虚空に爆炎の花を咲かせた。

 

 直前、辛うじて脱出する事に成功した2機の機体は、シャトルが上げる炎を背に受けながら、各々迎撃の構えを見せている。

 

 正体不明機の接近を探知した時点で、ヒカルとアステルはシャトルを捨てて発進を決意。迎え撃つ事に決めたのだ。

 

 移動する為の足が無くなってしまったが仕方がない。ここは命あっての物だねと思うべきだろう。

 

「全方位から来るぞッ ザクに、グフ、ゲルググが多数!!」

《こっちもだ。随分といやがるな》

 

 舌打ち交じりに言葉を交わす、ヒカルとアステル。どうやら待ち伏せされていたのは確実であるらしい。

 

 ジェガンとストームアーテルは、互いの背中を守るように布陣。武器を構えて迎え撃つ体勢を取る。

 

《来るぞ!!》

 

 アステルが叫んだ瞬間、

 

 デブリの陰から複数のザフト機が飛び出してきた。

 

 先頭を進んで来たブレイズ・ウィザード装備のザクが、ストームアーテルのレーヴァテインを浴びて吹き飛ぶ。

 

 更に、ヒカルのジェガンが2丁のビームライフルショーティを向けると、速射に近い射撃で近付こうとするグフ・イグナイテッドを撃ち抜いていく。その全てが、狙うのは手足や頭部である。

 

 一級の戦闘能力を誇る2人は、ザフト軍の攻撃を全く寄せ付けない。たちまち、周囲には残骸と爆炎が広がっていく。

 

 だが、今回は数が多かった。

 

 デブリ内で視界があまり効かないと言う事も手伝い、敵機は次々と距離を詰めてくる。相手の姿を視認した時には、既に至近距離まで迫られている事が常である。

 

 たちまち射撃戦では対応が難しくなってしまう。視認してから照準を合わせていたのでは間に合わないのだ。

 

 アステルはレーヴァテインを対艦刀モードにすると、ビームトマホークを振るうザクを、胴斬りで返り討ちにしてしまう。

 

 ヒカルも2本のフラガラッハ対艦刀を抜き放つと、近付いてきたゲルググ・ヴェステージが突き出したビームサーベルを回避、相手の両腕を切断して戦闘力を奪う。

 

 そのゲルググの背後から、3機のザクがビーム突撃銃を放ちながら向かってくるのが見えた。

 

 連射によって放たれる光弾。

 

 その攻撃を、ヒカルはその場から飛びのいて回避すると同時に、彼等の鼻っ面にグレネードランチャーを叩きこむ。

 

 爆発による目くらまし。

 

 一瞬、視界を奪われたザクのパイロット達は、その場に立ち尽くして動きを止める。

 

 その隙に距離を詰めたヒカルは、両手のフラガラッハを振るってザクの戦闘力を奪う。

 

 決して命を奪うような戦い方はしない。

 

 それは、不殺と言う戦い方を貫いた父への憧れであると同時に、自分自身への戒めと誓いでもある。

 

 以前、ヒカルはこの誓いを忘れ、ユニウス教団の聖女に殺す気で挑みかかって行った。

 

 しかし、その結果は無残な物であった。良い兄貴分だったミシェル・フラガを死なせ、その仇を討てないばかりか、一矢すら報いる事ができずに返り討ちに遭ってしまった。

 

 だから、誰に何を言われようがヒカルはこのやり方を改める気は無い。

 

 戦場で不殺を行うと言う事は、生き残った敵の想いや憎しみを、丸ごと背負う事を意味している。それがいかに困難で、難しい道である事は語るまでも無い。

 

 だが、ヒカルはやり遂げると決めた。

 

 戦場で人を殺す事が覚悟なら、人を殺さない事もまた覚悟だった。

 

 接近してきたグフが、スレイヤーウィップをジェガンに向けて伸ばしてくる。

 

 その攻撃をヒカルは、機体を上昇させて回避。逆に抜き放ったビームライフルショーティで、相手の右腕を撃ち抜いて撃墜する。

 

 ジェガンは良い機体だ。乗ってみてそれが良く判る。複数の敵機に囲まれながらも、戦闘を優勢に進めている事から考えても間違いない。

 

 無論、曲がりなりにも特機であったセレスティには様々な面で劣っているが、単純な量産機としては、他と一線を画する高性能振りと言って良かった。

 

 今更ながら、北米統一戦線は随分と贅沢な機体を使っていたのだと感心してしまう。

 

 1機のゲルググの頭部を斬り飛ばし戦闘力を奪ったところで、ストームアーテルが近付いて来るのが見えた。

 

《どうやら、俺達は完全に嵌められたようだ》

「みたいだな」

 

 アステルからの声に短く答えながら、ヒカルは打開策を頭の中で模索する。

 

 既に、周囲の宙域は十重二十重に囲まれている事だろう。脱出は容易ではないはず。しかもこちらはシャトルまで失っているのだ。

 

 状況は、いよいよ予断を許されなくなりつつある。

 

 そして、どうやら考えている時間すら、敵は与えてくれない様子だった。

 

 デブリの陰から、更なる機体が飛び出してくるのが見える。しかも、

 

「今度はハウンドドーガかよッ!?」

 

 ザフトの新型の出現に、緊張感は否応なく高まる。

 

 ジン以来の伝統とも言うべき重厚な機影を光学映像でとらえると同時に、ヒカルとアステルは同時に散開した。

 

 一方、ザフト軍の増援部隊を指揮するディジー・ジュールの目にも、散開する2機の姿ははっきりと映っていた。

 

「目標確認。北米統一戦線の残党。これより、殲滅を開始します!!」

 

 言い放つと同時に、ディジーは部隊の先頭に立って突撃を開始した。

 

 北米紛争の終結から2年が経過し、ディジーの立場も大きく変わっていた。今ではザフト軍で一個部隊を率いる隊長職である。

 

 大した出世と言えるだろう。

 

 とは言え、それを素直に喜べないでいる自分がいる事に、ディジーは戸惑いを隠せないでいた。

 

 あの頃共に戦ったジェイク・エルスマンとノルト・アマルフィとは、それぞれ別の部隊に配属されてしまった。

 

 そして、当時の隊長だったルイン・シェフィールドは、五大湖攻防戦における味方軍壊滅の責任を問われ更迭されてしまった。

 

 理不尽だと思う。あの状況ではどう戦ってもザフト軍に勝機は無く、むしろオーブ軍の北米上陸まで戦線を保つ事ができたルインの功績は大きいはず。称えられこそすれ、罰せられる言われは無いはず。

 

 しかしカーディナル戦役以前からの軍人であり、クライン派寄りの思想を持つルインの事をプラントトップは以前から快く思っておらず、それが結果的にマイナスに作用してしまっていた。

 

 ザフトは変わってしまった。

 

 否、変わったのはプラントが、と言うべきかもしれない。

 

 グルック派がプラントのトップを独占し、保安局の権限強化、更には議長親衛隊であるディバイン・セイバーズの設置に伴い、国防軍であるザフトの権限は大幅に縮小されてしまった。

 

 同時にクライン派ザフト軍人の殆どが放逐か閑職への移動となり、軍内もまた、グルック派で統一されつつある。

 

 クライン派軍人を父に持つディジーやジェイクが、未だに軍に留まり続けているのが不思議なくらいだった。

 

 とは言え状況がどうあれ、任務に手を抜くつもりはディジーにはない。

 

 しかも相手がかつて北米を混乱に陥れた北米統一戦線の残党と来れば、願っても無い状況であると言えた。

 

 突撃銃を撃ちながら接近するハウンドドーガ。

 

 しかし次の瞬間、

 

 ストームアーテルが、対艦刀モードのレーヴァテインを振るってハウンドドーガを袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 更にアステルは刀を返すと、別の1機を胴切りにして撃破した。

 

 一方のヒカルはと言えば、ビームライフルショーティで敵機を牽制しつつ、着実に相手の戦闘力を奪っていく。

 

 通常のビームライフルよりも銃身が短く、射程も短いビームライフルショーティだが、反面、取り回しやすさにおいては抜群であり、奇襲を掛けようとデブリの陰から出て来る敵機にも十分対応できる。

 

 だが、それでも全てを防げるものではない。

 

 デブリの陰から次々と姿を現す敵を前に、ヒカルは後退しながら応戦する、と言う行為を繰り返す。

 

 アステルのストームアーテルとも、徐々に引き離されつつあった。

 

 そこへ、スラッシュウィザードを装備した青いハウンドドーガが、ビームトマホークを手に斬り掛かってくる。

 

「北米統一戦線のテロリストが、今さらノコノコと!!」

 

 ディジーは叫びながらトマホークを振るう。

 

 対してヒカルは、舌打ちしながら後退して斧の一撃を回避。同時にフラガラッハ対艦刀を抜き放つ。

 

「速いッ エース機か!?」

 

 ヒカルは叫びながら、ハウンドドーガの追撃を振り切り、ジェガンの両手に装備した双剣を構える。

 

 そこへ、ハウンドドーガが斧を構えて斬り込む。

 

 交錯する両者。

 

 ジェガンの剣はハウンドドーガの肩装甲を斬り裂き、ハウンドドーガの斧はジェガンの胸部を掠める。

 

 互いに舌打ちしながら、ヒカルとディジーは通り抜ける。

 

 振り向くのも同時。

 

 互いのビームライフルショーティとビーム突撃銃が火を噴く。

 

 ヒカルはディジーの攻撃を回避し、ディジーはシールドで防御する。

 

 一瞬、動きを止めるディジー機。

 

 その一瞬の隙を突き、ヒカルは距離を詰める。

 

「貰った!!」

 

 抜き打ち気味に繰り出す、フラガラッハの一撃。

 

 これをディジーは、辛くも後退する事で回避する。

 

 その瞬間を逃さず、ヒカルは更に前へと出た。

 

「逃がすかよ!!」

 

 同時に、今度はもう一方のフラガラッハを斬り上げるようにして繰り出す。

 

 これで終わり。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 出し抜けに背後から放たれた砲撃が、ヒカルのジェガンの左腕を吹き飛ばしてしまった。

 

「何ッ!?」

 

 驚愕して振り返るヒカル。

 

 そこには、黒いカラーのハウンドドーガが複数、突撃銃を手にしながら向かってくる光景が見えていた。

 

「保安局の連中・・・・・・余計な事を・・・・・・」

 

 その様子を見ていたディジーが、苦りきっていた調子で呟いた。

 

 黒いカラーで統一されたハウンドドーガは、保安局行動隊の所属機である事を現している。

 

 元々今回の作戦は、ザフト軍と保安局の共同作戦だった。

 

 プラントの政策に探りを入れている連中がおり、そいつらがプラントに対して反抗的な姿勢を示していると言う情報を掴んだのは保安局である。その上でザフト軍と共同で偽情報を撒き、この場で待ち構えていたのだ。

 

 恐らく、保安局の戦力だけでは不安があった為、ザフト軍に共同戦線を持ちかけたのだろう。

 

 しかし、今の今まで保安局の部隊が姿を現さなかったのは、先にザフト軍をぶつけ、敵が弱ったところで自分達の戦力を投入して手柄をかっさらおうと言う魂胆が透けて見えていた。

 

 一方のヒカルは、それどころではなかった。

 

 既にザフト軍との戦闘でかなりの消耗を来したところに来て、更に敵が倍に増えたのだ。

 

「これは、本格的にまずいか・・・・・・」

 

 残った右手にフラガラッハを構え、接近しようとするハウンドドーガの頭部を斬り捨てる。

 

 しかし、シールドは左腕ごと失っている。消耗に加えて損傷もある機体では、いくらも戦う事はできないだろう。

 

 対して、完全にヒカル機を包囲した保安局は、まるで嬲り者にするように攻撃を行う。

 

 ヒカルのジェガンは砲撃を喰らい、まず右足が吹き飛ばされ、ついで推進器に直撃を受けて出力が低下した。

 

 残ったスラスターを吹かしながら、懸命に回避運動を試みるヒカル。

 

 しかし、そんなヒカルを嘲笑うように、保安局部隊はジェガンの行く手を遮るように砲撃を浴びせてくる。

 

 行き足が止まったところで、接近したハウンドドーガが残ったジェガンの右腕をビームトマホークで斬り落とした。

 

「ヒカル!!」

 

 嬲り者にされるジェガンの様子に、声を上げるアステル。

 

 しかし、気を逸らした一瞬の隙に砲撃が着弾し、ストームアーテルは右腕ごとレーヴァテインを吹き飛ばされてしまった。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら、残った左手でビームサーベルを引き抜くアステル。

 

 しかし、保安局側はストームアーテルにも複数の機体を張り付けると同時に、残った者達はヒカルのジェガンにトドメを刺すべく近付いて来る。

 

 それに対してヒカルは、もはやその場所から動く事すらできない。

 

「これまで・・・・・・なのかよッ」

 

 悔しさを滲ませてヒカルは呟く。

 

 結局、自分は何もできなかった。

 

 世界を変える事も、祖国を取り戻す事も、

 

 そして、

 

 仲間達と生きて、再び会う事さえ。

 

 接近してくるハウンドドーガ。

 

 もはやこれまでか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 出し抜けに起こった爆発が、ジェガンに接近しようとしていたハウンドドーガの行く手を遮った。

 

「・・・・・・え?」

 

 驚くヒカル。

 

 顔を上げるとそこには、青い装甲を持つ機体がビームサーベルを手に、保安局に斬り込んでいる姿があった。

 

「リアディス・アイン・・・・・・そんな、何で?」

 

 かつて共に戦った仲間の機体が、突如現れて自分を救ってくれた。

 

 その事態が、ヒカルにはひどく現実味の欠いた状況に思えるのだった。

 

 その時、更にもう1機、ヒカルのジェガンを守るように取り付いた機体がある。

 

《ヒカルッ!? ヒカルだよね、そこのジェガン!!》

 

 接触回線のスピーカーから聞こえてきたのは聞き覚えのある、そしてひどく懐かしさの感じる元気な少女の声。

 

「カノン・・・・・・お前、カノンか!?」

 

 2年ぶりに聞く幼馴染の声は、相変わらず弾むように騒々しく、それでいて聞いているだけで心が落ち着くような気分になれた。

 

《良かった・・・・・・ヒカル、生きてた・・・・・・》

 

 スピーカー越しにも泣いているのが判る、カノン・シュナイゼルの声。それが、今までにないくらいヒカルに安らぎを与えてくれる。

 

 と、そこで保安局と交戦していたリアディス・アインが、ビームライフルを撃ちながら2人を守るように後退してきた。

 

《カノン、積もる話は後にしよう。みんな待ってるから、今はまず切り抜けるぞ!!》

 

 レオス・イフアレスタールが、笑みを含んだような声で伝えてくる。どうやらリアディス・アインを操っているのは彼であるらしい。

 

 確かに援軍の存在はありがたいし、仲間の無事な姿が見られたのは嬉しいが、相変わらず多数の敵に囲まれている状況である。まだ油断はできなかった。

 

 レオスの言うとおり、再会を祝すのは、もう少し後にするべきだった。

 

「そうだな、アステル!!」

《・・・・・・・・・・・・判ってる》

 

 ヒカルの呼びかけに低い声で応じると、アステルも、ビームガンで敵機の動きを牽制しつつ後退を開始する。

 

 その姿を確認しながら、2機のリアディスに抱えられたジェガンは後退していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい巨艦が姿を見せた時、ヒカルは思わず落涙しそうになった。

 

 水上艦のような前後に長いフォルムと、多数の砲塔をその身に背負った戦艦は、虚空の中に戦う者の勇壮な姿を浮かべていた。

 

「大和・・・・・・そんな、何で・・・・・・」

 

 かつてのヒカル達の母艦であり、オーブ軍の消滅と共になくなったと思っていた巨艦が、今、ヒカルの目の前にあった。

 

 世界中の如何なる戦艦であろうとも、決して対抗できないであろう巨大戦艦は、威風堂々たる雄姿を虚空に浮かべている。

 

《軍縮の影響で、大和も解体かプラントへの引き渡しが決まっていたんだけどね。その前に書類偽造して、事故で沈んだって事にして隠しておいたんだ》

 

 少し得意そうに、レオスが説明してくれた。

 

 損傷して自力での移動が不可能になったジェガンを抱えたアインとドライ、そして右腕を欠損したストームアーテルが、順にハッチから着艦していく。

 

 すぐさま、整備班が着艦ネットに突っ込んだジェガンに対し、消火剤を吹きかけていく。

 

 その間にヒカルはコックピットから引きずり出され、懐かしい面々と対峙していた。

 

「ヒカルッ」

「ヒカル!!」

 

 レオスとカノンが駆け寄ってくるのが見える。

 

 その姿に、思わずヒカルは顔を綻ばせた。

 

 レオスの方は2年前からあまり変わっていない。だが顔つきは少し精悍になり、前よりもどこか大人びているように見える。

 

「驚いたよ。まさか、お前達が来てくれるなんて」

「それはこっちのセリフッ ヒカルが生きているなんて全然知らなかったんだから!!」

 

 カノンはヒカルの手を取ると、興奮した調子で声を上げる。

 

 カノンの方も、体付きはあまり変わっていないように見える。相変わらず小柄なままだ。髪型は、昔はショートカットに切りそろえていたが、今は少し伸ばしてショートポニーに結い上げていた。

 

 2年ぶりに幼馴染と再会が叶い、嬉しさもひとしおである。

 

 あの第2次フロリダ会戦の後、北米大陸に取り残される形となったヒカルは、日々行われるザフト軍による残党狩りから身を隠しながら逃避行を行っていた為、誰かに連絡する機会は全く無かった。ようやく残党狩りが落ち着いたころには、既にオーブ軍の解体が始まっていた為、連絡を取ろうにも、その手段が無かったのだ。

 

 その為、フロリダでの戦い以降、これが仲間達との再会となる。

 

「でも、本当に良かったわ。あんたが無事で」

 

 良く澄んだ声に振り返ると、ヒカルは顔を綻ばせる。

 

「リィス姉・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルにとって唯一の肉親である姉、リィス・ヒビキが、穏やかな笑みを向けて立っていた。

 

「ザフト軍の動きを探っている2人組がいるっていう情報を聞いてさ、もしかしたらって思って来て見たのよ。何にしても、間に合って良かったわ」

 

 そう言うとリィスは、ヒカルの肩をポンと叩く。

 

 2年会わなかった間に頼もしく成長した弟の姿に、リィスは以前には無い頼もしさを感じていた。

 

 そこでふと、メンテナンスベッドに固定されたストームアーテルから歩いて来るアステルの姿を見付け、リィスは尋ねた。

 

「ヒカル、彼は?」

「あー・・・・・・・・・・・・」

 

 さて、どう説明したらオブラートに包めるだろうか?

 

 ヒカルは頭を抱える。まさか、事実をそのまま伝える訳にもいかないだろう。そんな事をしたら、間違いなく混乱が起きる事は目に見えている

 

 ここは一旦、適当な事を言ってお茶を濁し、あとで落ち着いたらリィスに真実を話して対応してもらった方が得策だろう。

 

 そう考えたヒカルは、リィスに向き直った。

 

「ああ、こいつはさ・・・・・・」

「俺は、元北米統一戦線構成員、アステル・フェルサーだ」

 

 ヒカルが適当にごまかそうと口を開いた時、それを制するようにアステルは真実を話してしまった。

 

 次の瞬間、緊張が走る。

 

 元北米統一戦線構成員。しかも、アステルが乗っていたストームは、同組織の象徴だった機体である事が、今更ながら思い出される。

 

 途端に、カノンとレオスが素早い動きで銃を抜こうと動く。

 

 それに対して、

 

「ちょ、ちょっと待てよ!!」

 

 彼等の動きを制するように、ヒカルが割って入った。

 

「ヒカル、どういう事だ!? どうしてテロリストなんかと一緒にいる!?」

 

 レオスが舌鋒鋭く詰問する。

 

 無理も無い。オーブ軍が北米統一戦線と死闘を演じたのは2年前の話だが、まだ記憶が薄れるほど時間が経っているとは言い難い。

 

 レオス達が統一戦線の名を聞いて緊張するのは、当然の事だった。

 

「こいつは今まで俺に協力してくれてたんだッ みんなの気持ちもわかるけど、それだけは本当だ!!」

 

 叫ぶように言ってから、ヒカルはアステルに向き直った。

 

「お前も、何であんな事言ったんだよ!!」

 

 折角穏便に済ませる道を探そうとしていたのに、アステルのせいで完全に台無しである。

 

 対してアステルは、涼しい顔で返事を返す。

 

「ヒカル、こういう事は後々に回すと、却って傷口を広げる物だ」

「いや、それはそうかもしれないけどさ!!」

 

 快刀乱麻を断つ、と言うアステルの判断は間違っていないかもしれない。だがこの場合、下手をすれば激昂したクルーに殺されてもおかしくは無い。

 

 ヒカルが緊張して周囲を警戒していると

 

「銃を降ろしなさい」

 

 静かな口調で、リィスが一同を制した。

 

「ヒカルが信じるって言うなら、私はそれを支持する。それに、こっちに危害を加える心算なら、わざわざ機体から降りてきたりはしないでしょ」

「リィちゃん・・・・・・」

 

 リィスの鶴の一声が効いたのか、皆、警戒心を解いて武器を収める。皆、他ならぬリィスがそう言うのであれば、と言う顔をしていた。

 

 それを確認してから、リィスはヒカルに向き直った。

 

「その代り、ヒカルにはあとでちゃんと報告してもらうからね」

「ああ、判ってる」

 

 アステルの身の安全を確保するためだ。それくらいの労苦は厭わなかった。

 

 その時、艦内のスピーカーが鳴り響いた。

 

《ヒビキ副長、至急、艦橋までお戻りください。繰り返します。ヒビキ副長、至急、艦橋までお戻りください》

 

 その放送に、一同に緊張が走る。

 

 どうやら状況は、未だに終わったわけではないらしかった。

 

「て言うか、ヒビキ副長って?」

「あ、言ってなかったね。今は、私がこの艦の副長よ」

 

 言ってからリィスは、ヒカルとアステルを交互に見やった。

 

「アンタ達も一緒に来て。状況を確認してもらいたいから」

 

 

 

 

 

 久しぶりに入った大和の艦橋は、記憶にある配置と全く変わっていなかった。

 

 オペレーター席に座っているリザ・イフアレスタールが、ヒカルの姿を見付けて手を振ってくるのが見える。どうやら、先程の放送も彼女によるものだったらしい。

 

 操舵手席には、相変わらずナナミ・フラガが舵輪を握っている。2年前の戦いで兄を失った苦しみを乗り越え、彼女は戦場に立ち続ける道を選んだのだ。

 

 そして、

 

「よく戻ってくれた、ヒカル」

 

 艦長席に座ったシュウジ・トウゴウが相変わらず鋭い眼差しでヒカルを見詰めてきた。

 

 それに触発されたように、敬礼をするヒカル。

 

 対してシュウジは頷きを返しながら、視線をメインスクリーンへと向けた。

 

「再会を祝したいところではあるが、現状はそうもいかん。連中は未だに諦めていないみたいなのでな」

 

 投影されたメインスクリーンには、尚も接近を図ろうとしているザフト軍、並びに保安局部隊の姿が映し出されている。

 

「包囲網を完成させるつもりですね。今度こそ、こちらを捉えようとしているんでしょう」

「こちらも使える戦力は限られているからな」

 

 ボヤキにも似たシュウジの言葉を聞きながら、ヒカルは意を決したようにリィスに向き直った。

 

「リィス姉、今、この艦に余ってる機体とかは無いのか?」

 

 この状況に、ヒカルも手を拱いているつもりはないが、大破したジェガンでは流石に出撃する事はできない。もしイザヨイの1機でも搭載しているなら、それで出撃するつもりだった。

 

 対してリィスは、ヒカルの質問には答えず、何かを確認するように、シュウジへと目を向ける。

 

「艦長」

「うむ」

 

 リィスが何を言おうとしているのか、すぐに理解したのだろう。短いやり取りだけで、シュウジは頷きを返した。

 

 全て、リィスに任せる。と言う事である。

 

 それを受けて、リィスは弟に向き直った。

 

「ヒカル、アンタに機体をあげるわ。それも、とっておきの奴をね」

 

 そう言って、リィスはニコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 補給を済ませて再出撃したディジー率いるジュール隊は、保安局行動隊所属の部隊と並走する形で進撃していた。

 

 それにしても、

 

 操縦桿を握るディジーの手に、じんわりと汗が滲む。

 

 ただの不穏分子を掃討するだけの作戦だと思っていたのに、とんでもない大物が出てきてしまった。

 

 戦艦大和

 

 2年前の北米紛争に参加したオーブ軍の中にあって、もっとも活躍したと言っても過言ではない戦艦。

 

 かつてはオーブの象徴とも言うべき船の名を継いだ大型戦艦。

 

 記録によると大和は、カーペンタリア条約によってプラント側に引き渡される際、過去の戦傷が元で海難事故を起こし、そのまま沈没したとあった。

 

 しかし今、沈んだはずの戦艦が目の前にあり、自分達の前に立ちはだかっていた。

 

《何としても奴を沈めるぞ!!》

 

 保安局行動隊の隊長が声を嗄らしながらスピーカー越しに叫んでいるのが聞こえる。どうやら予想外の大物が現れた事で、興奮を隠しきれないでいるらしい。

 

《オーブ軍は虚偽の報告をしていたッ 事故で沈んだなどと偽りの報告をして戦艦を隠していたのだ!! それだけでも奴らの罪は明らかであるッ 薄汚い卑怯者には一切の情けを掛けるなッ あの戦艦はここで沈めるんだ!!》

 

 簡単に言ってくれる。

 

 ディジーは内心でため息を吐きながら、ヒートアップする保安局隊長の言葉を聞いていた。

 

 ディジー自身、大和の活躍を直接目で見た事は無いが、それでも報告書は読んでいる。

 

 正直、北米であれだけ粘り強い戦いを見せた戦艦である。考えているほど容易に勝てる相手ではない事だけは確かだった。

 

 その時、当の隊長機からディジーのハウンドドーガに通信が入った。

 

《連中への攻撃は、我々保安局が務める。ザフト軍は、その掩護に着け!!》

「・・・・・・了解」

 

 下された指示に対して、ディジーは低い声で了承の返事を返す。

 

 不満が無いと言えば嘘になるが、それは言っても仕方のない事だ。

 

 元々、今回の作戦は保安局主導の作戦である。ジュール隊の任務は彼等の支援となる為、掩護に回れと言うのならそれに従うだけだった。

 

 それにどのみち、予想外の大物が見つかったおかげで興奮している連中相手に何を言っても無駄だろう。それでなくても、権限を強化された保安局に対し、ザフトは下に見られる事が多いのが昨今の風潮である。ディジーにとっては腹立たしい事ではあるが、作戦直前でいらぬ波風を立てない為にも、ここは素直に従っておく方が得策だった。

 

「・・・・・・お父さんなら、こんな時どうしたかな?」

 

 父、イザークの顔を思い出しながら、ディジーは呟きを漏らす。

 

 イザークは軍人時代も政治家時代も、頑固者と言う評価を周りから受けていたらしく、周囲から煙たがられる事も多かったらしい。とにかく曲がった事が嫌いで、何に対しても筋を通そうとしたために、周りには敵も多かったと聞く。

 

 しかし、ディジーはそんな父を尊敬しているし、イザークもまた、娘の事をとても可愛がっている。

 

 そんなイザークであるなら、あるいはどんな状況であっても筋を通すべく行動していたかもしれなかった。

 

 その時、大和から2機の機体が発進し、こちらに向かってくるのが見えた。

 

 リアディス・アインとドライ。レオスとカノンである。

 

「掩護するから、レオス君、斬り込みお願い!!」

《判った、任せろ!!》

 

 砲撃力に勝るドライが援護に、機動力に優れるアインが斬り込み役を務める。典型的な布陣である。

 

 全武装を一斉に解き放つカノン。

 

 その砲撃を受けて、2機のハウンドドーガが吹き飛ぶのが見える。

 

 陣形を乱す保安局部隊。

 

 そこへレオスがビームライフルを構えて飛び込んで行く。

 

 卓抜したレオス機の攻撃を前に、たちまち数機のハウンドドーガが吹き飛ばされる。

 

 対モビルスーツ戦闘の実戦経験が少ない保安局員に対し、歴戦の兵士である2人の戦闘力は圧倒的と言って良いだろう。

 

 ハウンドドーガは次々と砲撃や斬撃を浴びて吹き飛ばされていく。

 

 しかし、それでも彼我の数は圧倒的に過ぎる。

 

 2機のリアディスの姿は、すぐに保安局の大軍に押し包まれて見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

 リィスに導かれ、格納庫の最奥部に連れてこられたヒカル。

 

 既にカノンとレオスは出撃し、保安局との戦端は開かれている。

 

 いかに2人が歴戦の兵士であったとしても、数が多すぎる。じり貧になるのは目に見えていた。

 

 早く、掩護に行ってやらないといけない。

 

 はやる気持ちを押さえ、ヒカルはリィスの後に続いて格納庫内へと入る。

 

 キャットウォークの上を中ほどまで来ると、リィスは足を止める。

 

 そこで、ライトが点灯された。

 

「これはッ!?」

 

 そこにあった物を見て、ヒカルは思わず声を上げる。

 

 鉄騎が、眠るように、視界の先で佇んでいるのが見える。

 

 それは暗闇の中で、ただ己を駆るに相応しい物が現れるのを待ち続けていたかのようだった。

 

 流麗な四肢と、背中に負った翼が、鋼鉄製の天使を想起させる美しい機体である。

 

 そして、ヒカルにはもう一つ、別種の感慨が湧き上がっていた。

 

「セレスティ・・・・・・・・・・・・」

 

 かつての愛機の名を呟く。

 

 今、目の前にあるのは、確かにかつて共に戦った、自分の半身とも言うべき機体と酷似していた。否、同一の機体であると言って良いほどに似ている。

 

 背部のバラエーナ・プラズマ砲や、腰横に備えたレールガンの他に、背中のハードポイントにはティルフィングと思われる対艦刀も装備している。唯一、腰裏に装備したビームライフルの数が、1丁から2丁に増えている事だけが、セレスティとは違っていた。

 

「の、完成形ね」

 

 少し可笑しそうに笑いながら、リィスは訂正する。

 

「あんたも知っての通り、セレスティは完成前にテロリストの襲撃を受けて破壊された。メインである核エンジンの出力を安定させる事ができず、武装や出力も制限せざるを得なかった。それを急遽、突貫工事で修理してロールアウトを間に合わせたのが、以前、アンタが乗っていたセレスティよ」

「なら、これが、その完成形って訳か・・・・・・」

 

 ヒカルは、本来の姿を取り戻した愛機の姿を、惚れ惚れと見つめる。

 

 かつて、北米で失ったと思っていた愛機。

 

 自由に天を舞うためのヒカルの翼が、今、目の前にあった。

 

 そんな弟の姿を、リィスは頼もしげに見つめる。

 

「さあ、行きなさい。あんた自身の戦いをする為に」

 

 姉の言葉を背に受け、

 

「ああ」

 

 ヒカルは、ゆっくりと、自らの機体へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 最終調整を行い、リフトアップをする間、ヒカルは機体の性能を確認していく。

 

 基本となる出力は、セレスティの5倍以上。武装に関しては、ヒカルがセレスティ時代に多用していたF装備とS装備を折衷したような形になっている。

 

 どちらかと言えば火力よりも機動力を重視しているのが、ヒカル好みの機体だった。

 

「・・・・・・・・・・・・また、頼むぞ」

 

 再び握る事になった操縦桿を、ヒカルは頼もしげに撫でる。

 

 2年ぶりに握った操縦桿のグリップは、寸分の狂いも無く手の平に馴染んでくる。まるで、ヒカルが帰ってくるのを、ずっと待っていてくれたかのようだ。

 

 この機体に乗っている限り、相手がどんな強大でも負ける気がしなかった。

 

 ハッチが開き、視界が開ける。

 

 同時に、カタパルトに灯が入るのが見えた。

 

 眦を上げる。

 

 ここに来るまで2年かかった。

 

 だが、全てはここからだ。

 

 ここから始まるのだ。

 

 奪われた物を、取り戻す為の戦いが。

 

 セレスティ。

 

 否、その名はもう、この機体に相応しくない。

 

 天空を目指す者(セレスティ)から、永遠に羽ばたき続ける者へ、

 

 生まれ変わった翼が、今、飛び立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒカル・ヒビキ、エターナルフリーダム、行きます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加速と共に、虚空へと撃ちだされる。

 

 VPS装甲に灯が入り、機体の色は蒼と白の鮮烈なカラーに染められた。

 

 背中に負った翼が広げられる。

 

 セレスティでは4対8枚だった蒼翼が、6対12枚に増えている。

 

 RUGM-X10A「エターナルフリーダム」

 

 かつてレトロモビルズの襲撃によって破壊され、不本意な形での完成を余儀なくされた機体が、今、真の姿を現し飛翔していた。

 

《何だ奴は!?》

《気を付けろッ 新型だぞ!!》

 

 エターナルフリーダムの接近に気付いた保安局のハウンドドーガが2機、突撃銃を向けて接近を阻もうとしてくる。

 

 その姿を見据え、

 

 

 

 

 

 ヒカルの中でSEEDが弾ける。

 

 

 

 

 

 

 飛んでくる火線。

 

 しかし次の瞬間、飛翔するエターナルフリーダムの前面に赤い光が覆ったと思った瞬間、放たれたビームは全て弾かれてしまった。

 

 スクリーミングニンバスと呼ばれるこの装備は、ビームサーベルと同じ性質の攻勢フィールドを展開する事で、敵の攻撃を防ぎながら同時に攻撃を行う事もできる攻防一体の盾である。

 

 全ての攻撃を防がれ、焦ったように攻撃を繰り返す保安局員。

 

 しかし、その攻撃も弾かれ、エターナルフリーダムには掠り傷一つ負わせる事ができない。

 

 ヒカルはその隙に、背中に装備したティルフィング対艦刀を抜刀すると、すれ違いざまに横なぎに一閃、2機のハウンドドーガの脚部を、一刀のもとに叩き斬る。

 

 ヒカルはそこから更に加速し、動きを止める事は無い

 

 尚もエターナルフリーダムに対し、包囲しつつ集中攻撃を仕掛けようとする保安局部隊だったが、相手の超加速には全く追いつく事ができないでいる。

 

 仕方なく背後から砲撃を浴びせてくるが、エターナルフリーダムは12枚の蒼翼を羽ばたかせて回避、保安局部隊の攻撃は全て、空しく空を切るばかりであった。

 

 エターナルフリーダムの12枚の翼はヴォワチュール・リュミエールを利用した推進と機動の兼用ユニットになっており、その加速力と機動力は従来のモビルスーツの常識をはるかに上回っている。並みの照準装置でエターナルフリーダムを捉える事は不可能に近かった。

 

 ティルフィングを収めたヒカルは、両手のビームライフル、両肩のバラエーナ・プラズマ収束砲、両腰のクスィフィアス・レールガンを展開。6連装フルバーストを叩き付ける。

 

 たちまち、武装や頭部を破壊され、戦闘力を失う機体が続出する。

 

 保安局行動隊の戦線は、今や完全に崩壊している。

 

 何とか抵抗を試みる者、敵わないと見て逃げようとする者、仲間だけは助けようとする者。行動が全てバラバラになっている。

 

 最前まで予想外の獲物に目を輝かせていた保安局員たちは、今や完全に攻守が逆転し、自分達こそが狩られる獲物に過ぎなかった事を自覚させられていた。

 

《おのれッ よくも!!》

 

 あまりの惨状に激昂した隊長が、ビームトマホークを振り翳してエターナルフリーダムに斬り掛かって行く。

 

 接近と同時に、上段から振り下ろされるビームトマホーク。

 

 しかしエターナルフリーダムが機体を振り返らせた瞬間、斧を持った右腕は肘から斬り飛ばされて消失していた。

 

 斬り掛かる直前、ヒカルはエターナルフリーダムの腰に装備したアクイラ・ビームサーベルを抜き打ち気味に抜刀し、ハウンドドーガの右腕を斬り飛ばしたのだ。

 

 隊長には、驚く間すら与えられない。

 

 更にヒカルは剣を振るい、隊長機の左腕、両足、頭部をも斬り飛ばしてしまった。

 

 ものの数分で、動ける保安局員の機体は1機もいなくなってしまった。

 

 撃墜された機体は無い。

 

 しかし全ての機体が戦闘力を奪われ、虚空に残骸を晒している。

 

 ただ1機、エターナルフリーダムのみが無傷を保ち、12枚の蒼翼を雄々しく広げ、戦場を支配するように佇んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・魔王」

 

 状況を見守っていたディジーが、ポツリとつぶやきを漏らす。

 

 あれだけいた保安局の部隊をたった1機で殲滅し、尚且つ自らは1発の被弾もしなかったエターナルフリーダム。

 

 その様は、まるで古の伝承に出て来る恐怖の存在。魔王その物と言って良かった。

 

 恐怖が、伝染する。

 

 誰も、声を上げる事すらできなかった。

 

 静寂のみが、存在を許される中、

 

 やがて、エターナルフリーダムは12枚の蒼翼を翻し、2機のリアディスを引き連れて大和へと戻って行く。

 

 その様子を、ディジーをはじめとしたザフト軍は、呆然と見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-02「永遠に羽ばたく翼」      終わり

 




機体設定

RUGM-X10A「エターナルフリーダム」

武装
ティルフィング対艦刀×1
アクイラ・ビームサーベル×2
高出力ビームライフル×2
クスィフィアス・レールガン×2
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
ビームシールド×2
スクリーミングニンバス改×1
12・5ミリ機関砲×2

パイロット:ヒカル・ヒビキ

備考
エターナル計画に基づく最終的なモビルスーツ。セレスティの本来の姿。セレスティの運用実績を踏まえ、「ヒカル・ヒビキにとって最適な形」で武装が組まれている。その為、火力よりも機動性、ハイマットモードの強化が徹底的に行われた。火力こそ、従来のフリーダム級機動兵器に比べると低いレベルだが、その代り、強化型ヴォワチュール・リュミエールを利用した推進システムは勿論、スクリーミングニンバスを前面に展開する事で、大気圏内では空気抵抗を極限、宇宙空間においてはデブリの排除を行う。これにより、他の機体では決して追随する事ができない超絶的な機動性が実現した。


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PHASE-03「行動可能」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議を終え、アンブレアス・グルックは、執務室にて各方面からの報告を受けていた。

 

 北米紛争における勝利から2年が過ぎ、プラントによる統治体制は着々と進んでいる。

 

 旧共和連合の構成国だったオーブ、南アメリカ合衆国と言った国々への浸透も順調に進んでいる。

 

 いずれ、全ての国々がプラントの統治下に置かれる事になる。その日は、そう長くないところまで来ていた。

 

 とは言え、そこに至るまでは未だに障害が多い事も事実だった。

 

 北米紛争で取り逃がした元北米解放軍指導者ブリストー・シェムハザは、戦後になって地球連合の勢力圏へと逃げ込んだことを確認しているが、現在の所在地については掴めていない。北米であれだけの闘争を繰り広げた相手だ。このまま楽隠居を決め込む筈が無い。必ず遠からず、動きを見せるだろう。

 

 その地球連合軍だが、現在はユーラシア連邦の旧東欧地方を基点にして、ザフト軍と対峙を続けている。

 

 既にかなりの数の大軍が集結するのが確認されており、その総数はザフト軍を大きく上回っている。

 

 ザフト軍も精鋭を中心に戦線を展開しているが、双方ともに決定打に欠ける為、大々的な激突は避けて偵察と小競り合いに終始しているが現状だった。

 

 その膠着した状態に、グルックは手を拱いていた訳ではない。大軍を突き崩す手段が、何も正面から激突ばかりであるとは限らない、と言う事だ。

 

 既に地球連合に対する工作は進んでいる。その成果が、間も無く実を結ぶことになるだろう。そうなるとユーラシア戦線は戦わずして決着を付ける事ができる。

 

 予想外だったのは、南米だった。

 

 北米紛争の後、南アメリカはプラントを支持する派閥と、反プラントを掲げる派閥とに分かれ内戦を始めたのだった。

 

 北が片付いたら今度は南か、と呆れてしまうところだが、プラント政府としては自分達を支持する南米正当政府支援の為に武器供与などの政策を実行している。

 

 これに対し、反プラント派は南部サンティアゴに臨時政府を樹立し、対決の姿勢を維持している。全体的にザフト軍の支援を受けている正当政府軍が優勢であるが、サンティアゴ政府軍には、南米正規軍多数が参加しており、伝統のゲリラ戦で対抗している為、正当政府軍も苦戦を強いられていた。

 

 その他、アフリカでも小規模な抵抗運動が勃発しており、予断は許されない状況である。

 

 だが、それらの事情を勘案しても尚、グルックは自分達の有利を疑ってはいなかった。

 

 確かに、こうして見れば世界各地で紛争が起こっている。それは事実だろう。

 

 しかし、それらは所詮、個々の勢力が別々に抵抗しているような物。纏まりも一貫性もあった物ではない。

 

 所詮は、正規軍を有するプラントの敵ではない。

 

 唯一、地球連合の勢力だけは脅威だが、それとて気にするほどではないだろう。

 

 今や世界は、完全にグルックの手の内にあると言って良かった。

 

「良い感じに、まとまって来たんじゃない?」

 

 楽しげな声が、響いて来る。

 

 PⅡだ。

 

 北米紛争の頃からグルックの協力者として仕えているこの人物は、常に傍らにあってグルックの覇道を助ける、いわば影の参謀役とも言うべきポジションに収まっていた。

 

「当然だ。ここまでの苦労を考えれば、そうであってくれなくては困る」

 

 傲然と胸を逸らしながら、グルックは答える。

 

 ここに来るまでの道のりは、確かに長かった。

 

 ラクス・クラインが築いた偽りと欺瞞に満ちた平和を打破し、真の意味での秩序と発展を実現した世界を目指す為、グルックはあらゆる手を尽くしてきたのだ。

 

 その成果が、ようやく手の届く所まで来ていた。

 

 今、グルックの目の前の机の上には、ある書類が置かれている。

 

 「地球圏統一構想」と銘打たれたその書類は、グルックが自身のスタッフに命じて作成させたものである。

 

 単純に言うと、そのタイトルの通り、地球圏に住むあらゆる国家、人種、思想、理念の垣根を取り払い、地球圏その物を巨大な一つの国家として纏め上げようと言う構想である。

 

 かつての地球連合や、旧世紀に存在した国際連合のような寄り合い所帯とは違う。真の意味で、地球圏を一つの国家にしてしまおうと言う訳だ。

 

 国家や理念の違いがあるから戦争が起こる。ならば、それらを全て取り払い、一つの国家にしてしまえば、戦争は無くせる。と言うのがグルックの考えだった。そして、その国家の上位に立ち、統治機構としての役割を担うのがプラントと言う訳である。

 

 まさに、グルックの目指す究極の理想国家が、すぐそこまで来ているのだった。

 

「その時こそ、全ての人々は真の平和を享受し、秩序ある世界に生きる事を許されるのだ」

 

 高揚した調子で呟くグルック。

 

 そんな彼の様子をPⅡは、冷ややかな目で見詰めている。

 

「・・・・・・さあ、果たして、そううまく行くかな?」

 

 低い声で呟いた言葉は、グルックの耳に届く事は無かった。

 

 グルックは、まだ知らなかった。

 

 不穏分子の捕縛に向かった保安局の行動隊1個中隊が、突如現れたオーブ軍残党の反撃にあって壊滅した事を。

 

 笑ってしまう。

 

 世界は、思っているよりも、グルックの描いた通りに進んでいる訳ではない。

 

 その事が、PⅡにはいかにも可笑しい物として感じられているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自由オーブ軍。

 

 それが、組織の名前だった。

 

 その名の通り、中核を成すのはかつてのオーブ軍であり、北米紛争後にプラント政府から破棄を命じられた戦力を密かに結集して作られた組織である。

 

「数はそれほど多い訳じゃない。せいぜい、かつての10分の1と言ったところだろう」

 

 シュウジはそう言って肩を竦める。

 

 保安局との戦闘を終え、ザフト軍の追跡を振り切った大和の艦橋で、状況の確認が行われている最中だった。

 

 この場に集まっているのは、ヒカル、シュウジ、リィス、レオス、カノン、リザ、ナナミ、そしてアステルの面々である。

 

 ヒカルとしても、自分がいなかった間にどのような事が起こっていたのか知りたいところだったので、説明してもらえるのはありがたかった。

 

 北米紛争の後、一方的な理由で侵攻してきたザフト軍に対し、オーブ共和国政府は殆ど抵抗らしい抵抗も示さないまま、提示された停戦条約を受諾、事実上の全面降伏を行った。

 

 当時のオーブ政府は、穏健派が議会の多数を占めており、更に主力軍が北米で失われた事もあって、プラント政府に対し恭順する空気が大半を占めていたのだ。無論、軍部を始め一部の強硬派は徹底抗戦を主張したが、結局のところ政府の意志には逆らえず、オーブは屈辱的な「カーペンタリア条約」を受け入れる事となった。

 

 その後、新たに発足した新政権は、事実上プラントの傀儡と言って良く、軍備縮小や領土割譲など、次々と提示された不平等な条約を、オーブは一方的に呑まされていった。

 

 もはやオーブは、かつての理念も、独立国としての権利や誇りも奪い去られ、事実上、プラントの一領土にされてしまったのだ。

 

 首都にはプラントの総督府がおかれ、『政権交代後の治安を維持する』と言う名目で保安局の支部とモビルスーツを含む大部隊が駐留する事になった。

 

 あらゆる不条理がまかり通り、理不尽が許容されるようになったオーブ。

 

 だが、全てが、彼等の思い通りに運んだわけではない。

 

 誰もが気付かない内に、風は僅かに逆方向に吹き始めていたのだ。

 

 一方的な状況に憤りを感じ、このままオーブと言う国が圧力と暴力の間に屈していく事を良しとしない一部のオーブ軍人や政府関係者、財界人達が結託して、プラント政府、そしてオーブ政府へ決別した。

 

 それこそが、自由オーブ軍である。

 

「大変だったのよ。プラント政府から破棄を命じられた兵器とかは書類偽装して、実際の破棄の現場にはプラントからの監視員とかも来るから、軍艦とかモビルスーツとかは、それっぽく偽装した中古船とかスクラップを爆破して見せてさ。兵器データの供出をしろって言われたから、一部は巧妙にごまかしたりして・・・・・・」

 

 その時の事を思い出したのか、リィスはやれやれと、ため息交じりに肩を竦めて見せた。

 

 そんな姉の苦労に苦笑で応じながら、ヒカルはシュウジに向き直った。

 

「じゃあ、これからプラントに対して反抗できるんですね?」

 

 期待に目を輝かせてヒカルは尋ねる。

 

 自分がこれまで苦労した事が、ようやく結ばれようとしている。自分がやって来た事は無駄ではなかったのだ。そう考えれば、ヒカルの悦びは当然の事だった。

 

 だが、そんな期待を裏切るように、シュウジは首を横に振った。

 

「残念だが、話はそう単純な物ではない」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに旗揚げはした。

 

 だが、自由オーブ軍の懐事情は、必ずしも潤沢とは言い難い。とてもザフトをはじめとする「プラント軍」の戦力と正面から戦える物ではなかった。

 

 オーブ軍の中で、特に宇宙軍は亡きシュウジの祖父、ジュウロウ・トウゴウが創設した軍であり、オーブの頭上を守る為に高い技量を持った兵士が集められ、更に一兵卒に至るまでオーブへの忠誠を叩きこまれている。その宇宙軍は、解体に伴いそっくりそのまま自由オーブ軍に参加している事は大きい。

 

 更に、規模こそ少数ながら、オーブ軍最強の精鋭特殊部隊であるフリューゲル・ヴィントも、全部隊揃って自由オーブ軍に参加している。

 

 質だけを見るなら水準以上の物を揃えていると言って良い自由オーブ軍。

 

 しかし、こちらが言わば流浪の海賊集団に等しいのに対し、相手は今や世界最大最強と言っても良いほどに膨張した主権国家である。数が違い過ぎるし、質においても自由オーブ軍に引けを取らない規模の物を用意しているだろう。

 

「まずは足場を固める必要がある。世界各地に散らばる抵抗勢力を結集し、プラントに対抗する勢力を整えるのだ」

 

 そう言うとシュウジは、メインスクリーンを切り換え、宙域図と世界地図を同時に呼び出した。

 

「現在、主な紛争地帯としては東欧、アフリカ、南米、月となっている。このうち、東欧ではザフト軍と地球連合軍が睨みあっている状態だから、ここは無視して良いだろう。介入しても敵に利するだけで、こちらには何の得も無い」

「残るはアフリカ、南米、月、だね」

 

 カノンが紛争地域を読み上げる。

 

 プラントに対する抵抗勢力が存在するとは言え、彼等の力も決して大きなものではないだろう。正直、それらを糾合したとしてもプラントに勝てるかどうか微妙な所だった。

 

「だが、やるしかない」

 

 シュウジは断言するように言った。

 

「俺達に残された手段がそう多くない以上、リスクが高くても実行する必要がある」

 

 たとえ小さな事であっても、こつこつと積み重ねるしかない。それがやがて、大きなうねりになると信じて。

 

「俺達はいったん、本隊と合流した後、その後の行動について指示を受ける事になる。そのつもりでいてくれ」

 

 シュウジの言葉に対して、一同が敬礼を返す。

 

 そんな中、

 

 ただ1人、アステルだけは壁に寄りかかり、無言のまま一同を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、ビックリしたよ。ヒカル君が無事だったって聞いた時にはさ」

 

 リザは、テーブルのはす向かいに座ったヒカルを呆れ気味に見つめながら、ため息交じりに呟いた。

 

 会議も終わり、ようやく休憩を取る事を許可された一同は、食堂に集まり、昼食をとりながら談笑に興じていた。

 

 周囲にはヒカル達の他に、話を聞こうと集まって来たクルー達の姿も見える。皆、ヒカルの話に興味がある様子だった。

 

 2年前に比べて、リザはだいぶ成長した印象がある。以前は慢性的な食糧不足の北米で育ったせいで発育不良が目立っていたが、今では手足も伸びて年相応な外見になっている。特徴的な赤い髪と相まって、女性としての魅力が花開いた感があった。

 

「全然連絡が無いから、死んじゃったと思っていたんだよ」

「仕方がないだろ。連絡手段なんて、本当に何も無かったんだから」

 

 そう言ってヒカルは、あの時の事を思い出す。

 

 何しろ、まともな通信手段すら無い北米大陸に一人で放り出されてしまったのだ。連絡するどころか、日々を生き残るだけで精いっぱいだった。

 

 糧を得る為に、物乞いに近い事までやった。

 

 やがて、途中で立ち寄った、とある小さな街が野党に襲われた際、これを撃退した事を契機に傭兵稼業を始めた事で、ある程度安定した収入が得られるようになった。

 

 皮肉な話だが、紛争が終わったとはいえ北米の治安は回復しているとは言い難く、傭兵稼業は戦闘技術さえあれば手っ取り早く稼ぐ事ができる最良の職業だった。

 

 こうしてヒカルの生活が安定した頃には、残念な事に既にオーブはプラントに対し屈伏してしまった後だった訳である。

 

「できればオーブに戻りたかったんだけど、プラントが渡航制限を掛けてたせいで戻る事もできなかったんだ」

「なるほど、それじゃあ仕方が無いね」

 

 ヒカルの身に起きた境遇に同情するように、レオスは頷きを返す。

 

 実際に自分達もプラントの強制介入と、それに対抗する偽装工作に奔走していたせいで、生きているかどうかも判らなかったヒカルを捜索するどころではなかったのだから。

 

「そんな事よりヒカル君」

 

 リザが、何やら神妙な顔つきで身を乗り出してきた。

 

「ノンちゃんとは、ちゃんと話したの?」

「カノンが、どうかしたのか?」

 

 ヒカルはキョトンとして聞き返す。

 

 そう言えば、カノンとはゆっくり話す事ができていなかった事を、今さらながら思い出していた。

 

「どうした、じゃないでしょッ ヒカル君がいなくなって、一番心配したのはノンちゃんなんだよ!!」

「うん、そうだね。ヒカルが死んじゃったんじゃないかって、部屋に閉じこもっちゃって、暫くの間は、俺やリザが声掛けてもなかなか出てこなかったんだ」

 

 その時の事を思い出して、レオスは痛ましげにため息を吐く。

 

 対してヒカルも、カノンの事を思い浮かべる。

 

 カノンが幼馴染として、自分の事を心配してくれた事への感謝と謝罪の念は、ヒカルの中にもある。

 

 確かに、これは一度、しっかりと話し合う必要があるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、アステルは1人、格納庫へ向かって歩いていた。

 

 ここを出る心算である。

 

 ここはオーブ軍の戦艦の中。アステルにとってはかつての敵地である。そのような場所に長居する事は好ましいとは言えない。ストームは先の戦いで中破しているが、起動して飛び立つだけなら問題は無い。用が済んだのならさっさと出て行った方が得策である。

 

 元北米統一戦線のテロリストとしては、このまま留まって破壊工作なり情報収集なりすべきところだろう。

 

 しかし、組織としての北米統一戦線が壊滅した以上、そのような行為には何の意味も無いし、何よりアステルにはそんな事をする気は一切無い。

 

 長居は無用だった。

 

 だが、格納庫へと続く廊下を歩いていると、その進路を塞ぐように人が立っている事に気付いた。

 

「やっぱり、出て行くんだ」

 

 まるでアステルの行動を見透かしたように、リィスが話しかけてきた。

 

 相手がヒカルの姉だとは聞いていたが、正直、あまり似ていない、と言うのがアステルの印象だった。もっともここを出て行くと決めた以上、それもどうでも良い事ではあるが。

 

 そんなリィスに構わず、アステルは歩き続ける。

 

「昔戦った相手とは、一緒に居づらい?」

「判り切った事を聞くな」

 

 尚も訪ねてくるリィスに、素っ気ない声で応じる。

 

 アステルがここに留まる事は、アステル自身にも、そしてヒカル達にとっても好ましいとは言えなかった。

 

「ここを出て、これからどうするのよ?」

 

 尚もしつこく尋ねてくるリィス。

 

 それに対し、アステルは煩わしそうに低い声で答えた。

 

「そんな事は俺の勝手だ。お前達には関係ない」

 

 そう言って、リィスの脇を抜けようとする。

 

 と、

 

「あなた、死ぬ気?」

 

 リィスが発した一言に、アステルは足を止めた。

 

 それを見ながら、リィスは続ける。

 

「だいたい判るのよね、死に急いでいる人って。今まで、そう言う人を何人も見て来たから」

 

 幼い頃、まだキラとエストに拾われる前、リィスは幼いながら傭兵稼業に身をやつしていた。その過程で、人を見る目は培われたと言って良い。

 

 死にたがっている人間は大抵、他の物を見ようとせず、真っ直ぐに自分の死地へと向かって歩いて行こうとする。まるで嗅覚で自分の死に場所がどこかわかるように。

 

 そんなリィスの目から見ても、明らかにアステルは死に場所を求めているように見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・それも、俺の勝手だ」

 

 敢えて否定せずに、アステルは返事を返す。

 

 そこまで見抜かれているなら否定しても仕方がないし、否定する事に意味も無いと感じたからだ。どのみち、元々敵だったアステルが死のうが生きようが、リィス達には関係ないはずである。

 

 確かに、アステルは死ぬ気でいる。北米統一戦線も今は無く、そしてヒカルに付き合って戦い続ける日々もこれで終わり。もはや、アステルにする事など残されていない。

 

 ならばあとは、この身の処分の仕方について模索するのみだった。

 

「なら、どうしてあなたは、半年もの間、ヒカルと一緒に戦ったの?」

 

 対してリィスは、話題を変えて話しかけてきた。

 

 アステルに向き直るリィス。

 

「本当に死ぬつもりだったら、あなたはヒカルに付き合う必要は無かった。ただ、自分1人で戦場に行けばよかったはずよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスの指摘に、アステルは沈黙したまま立ち尽くす。それは、リィスの言葉が正鵠を射ているからに他ならなかった。

 

 確かに、アステル自身、真に死に急いでいるのなら、ヒカルのような青臭い理想を掲げる馬鹿に付き合う必要は無かった。ただ、1人で危険な戦場に飛び込んで行き、そこで果てればよかったのだ。

 

 だが、アステルはそうはしなかった。否、できなかったと言っても良い。

 

 なぜか、と問われるまでも無く、アステル自身、その問いに対する答えを自覚している。

 

 アステルの心の根底には、死んでいったかつての仲間達への想いがあった。

 

 クルト、イリア、そしてレミリア、その他大勢の北米統一戦線の仲間達。

 

 彼等は北米の統一を夢見ながら、それを果たせないまま空しく死んでいった。

 

 そんな彼等の想いを、せめて果たしたい。それを成すまでは死んでも死にきれないと思っていた。

 

 そうした思いが、死へと向かおうとするアステルの足を、そのギリギリの縁で押し留めていたのだ。

 

「なら、私達に協力しない?」

 

 立ち尽くしたまま動こうとしないアステルに対し、リィスは誘うように言う。

 

「あなたの戦うべき戦場と、戦う為の力は私達が用意してあげる。だから、協力してほしいの」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、アステルにとっても決して悪い取引ではない。

 

 戦いたくても、その術を持たないアステルと、1人でも多く有力な味方が欲しい自由オーブ軍。利害は見事に一致している。

 

「・・・・・・・・・・・・俺は」

 

 アステルが何か言おうとした時だった。

 

 突如、警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄介な相手が出て来た。

 

 自分の斜め前方に立つ大柄な男を見て、ディジーは心の中で呟いた。

 

 腕組みをして前方を注視する男は、口元には不敵な笑みを浮かべ、獣のように吊り上った目からは好戦的な意思を感じさせる。

 

 歴戦の兵士を思わせる雰囲気を持った男の存在感は、いかにもベテランと言った雰囲気を出していた。

 

 クーラン・フェイスと呼ばれるこの男は、保安局の行動隊隊長を務めており、北米紛争以後に保安局行動隊で名を上げ始め、反プラント思想者狩りは勿論、武装勢力の掃討にも戦果を挙げている。

 

 弱卒の多い事で有名な保安局の中にあって、数少ない「武闘派」だった。

 

 デブリ帯における戦闘で大和を取り逃がしたディジーは、戦力の減った保安局を後方に下がらせる一方、自身は直率の部隊を率いて追撃に当たった。

 

 だが、程なく大和に追いつけると言うところまで来た時、保安局からの増援として現れたのが、このクーラン・フェイス率いる保安局の主力部隊だった。

 

 ナスカ級高速戦艦3隻、ローラシア級戦闘母艦2隻、モビルスーツ30機を率いて合流したクーランは、そのままジュール隊を配下に従えて、大和を後方から追撃する体勢を整えていた。

 

「それにしても、随分と大きな鼠が掛かってくれたもんだな、おい」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、クーランはさも可笑しげな声で呟く。

 

 多くの武装勢力を、まるで物ともせずに撃滅してきたクーランにとって、大和と言う戦艦も、自身を高揚させる「獲物」に過ぎないようだ。ましてか、相手が、2年前の戦いにおいて、北米で最も活躍した戦艦と来れば尚更だった。

 

 彼等の視界の中で、逃走を続ける大和の様子がハッキリと映し出されていた。

 

「部隊の状況はどうだ?」

「・・・・・・準備は完了しています。いつでも発進可能です」

 

 居丈高に尋ねてくる相手に対して、ディジーは憮然とした調子で答える。

 

 本来なら部署が違う相手に命令を受けるいわれは無いのだが、保安局はザフト軍よりも上位に位置し、更に行動隊の隊長ともなれば、ディジーなどよりもはるかに上の存在だ。逆らう訳にはいかない。

 

 そんなディジーの心境が判っているのだろう。クーランは口元に笑みを浮かべて命じる。

 

「全軍、攻撃開始。オーブの鼠をここで狩り取ってやるぞ!!」

 

 

 

 

 

 後方から迫り来る敵機に対し、大和も回頭しつつ主砲で応射。同時にカタパルトデッキからはモビルスーツが発進していく。

 

 と言っても、今、大和が搭載している機体で出撃可能なのは3機。リアディス・アインとドライ、そしてエターナルフリーダムのみだ。

 

 その中で、ヒカルはエターナルフリーダムを駆って前に出る。

 

「とにかく、離脱までの時間を稼ぐぞッ 2人とも、無理するなよ!!」

《了解ッ!!》

《判った!!》

 

 レオスとカノンの声を聞きながら、ヒカルはエターナルフリーダムをフルバーストモードへ移行させる。

 

 ビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開、6門の砲を駆使して、接近する敵に対し一斉射撃を仕掛ける。

 

 カウンター気味の攻撃を喰らったザフト軍部隊と保安局行動隊の機体は、たちまち、手足や頭部を吹き飛ばされ、戦闘不能に陥る機体が続出する。

 

 しかし、彼等は保安局の中でもクーラン・フェイス直率の者達である。その程度の損害で怯むものではなかった。

 

 エターナルフリーダムの攻撃を掻い潜りながら、尚も向かってくる保安局員たち。

 

 対抗するようにヒカルとレオスは、それぞれビームサーベルを抜刀して斬り込んで行く。

 

 カノンは後方に位置し、砲撃による掩護を行う。

 

 たちまち、互いの陣形が乱れる乱戦の様相を呈し始めた。

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせ、飛翔するエターナルフリーダム。

 

 ヒカルはビームサーベルを振り翳すと、近付いてきたハウンドドーガ2機の頭部を、あっという間に斬り捨てる。

 

 更にレールガンを展開、突撃銃を向けようとしているハウンドドーガの両腕を吹き飛ばした。

 

 レオスも負けていない。

 

 リアディス・アインの右手にはビームサーベル、左手にはビームライフルを装備し、遠くの敵には射撃を浴びせ、向かってくる敵は剣で斬り飛ばしていく。

 

 カノンも、強烈な砲撃を浴びせて2人の防衛ラインを突破しようとする機体を吹き飛ばす。

 

 少数ながらも、北米紛争以来の実戦経験を持つ3人を相手に、多少腕が立つ程度の保安局員たちでは勝負にならない。

 

 その中でも、やはりエターナルフリーダムの戦いぶりは、群を抜いていると言って良かった。

 

 12枚の蒼翼が駆け抜けるたび、保安局実働隊は確実に数を減らしていく。

 

 しかも、ヒカルは全ての攻撃でコックピットを狙っていない。相変わらず、武装化メインカメラのみを狙った攻撃に終始している。その事からも、ヒカルの技量の高さを彷彿とさせた。

 

 戦闘開始から10数分で、保安局行動隊とザフト軍は、半数近い戦力を失ってしまっていた。

 

 このままなら、切り抜ける事も可能か?

 

 そう思った時だった。

 

 突如、大和の進路前方から、急速に迫ってくる機影があることに気付いた。

 

「折角の獲物だッ そう簡単に逃がすかよォ!!」

 

 クーランは高速で大和に迫りながら、楽しげに叫びを上げる。

 

 本隊で包囲網を形成して敵を囲いつつ、敢えて一方向だけは開けておく。そこで、敵が進路をそちらに向けた時、精鋭部隊でこれを叩く。狩猟時代から伝わる、追撃戦術の一種である。

 

 クーランの駆る機体は、ハウンドドーガよりもやや大型で、腕が少し太くなっているのが特徴である。その分、武骨さも増している。

 

 ガルムドーガと呼ばれるこの機体は、ハウンドドーガの後継機として保安局が開発を進めている機体である。見ての通りハウンドドーガの設計を踏襲しつつ、アーム部分を強化、より強力な武装を装備したり、接近戦時の性能向上を目指している。

 

「オラッ 食らいやがれ!!」

 

 急速に接近を果たしたクーランのガルムドーガが、手にしたビームライフルで攻撃を仕掛ける。これも、ガルムドーガ用に新開発された武装で、威力は通常サイズのライフルの倍近い物を獲得している。

 

 着弾と同時に、大和の艦体が揺らぎ、悲鳴を上げるのが判る。

 

 一発の威力としては破格と言って良いだろう。このまま撃たれ続ければ、大和と言えども危ないかもしれない。

 

 更に2発目を撃とうと、クーランがビームライフルを構え直した時だった。

 

「やらせるか!!」

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせ、エターナルフリーダムが割って入ってきた。

 

 バラエーナで牽制の射撃を放ちながら、ガルムドーガを後退させるヒカル。

 

 対してクーランは、自身に向かってくるエターナルフリーダムの姿を見て、にやりと笑う。

 

「テメェかッ 会えて嬉しいぜ!!」

 

 あのハワイ襲撃戦の折、インフェルノを駆るクーランと対峙したオーブ軍の《羽根付き》。セレスティの後継と思われる機体。

 

 直感だがクーランの見立てでは、パイロットもあの時と同じように思えるのだった。

 

「楽しませろよ!!」

 

 叫びながらビームトマホークを抜き、斬り掛かって行くクーラン。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィング対艦刀を抜刀する。

 

 同時にヒカルはスクリーミングニンバスを展開、推進システムを全開まで上げる。

 

 超高速で駆け抜けるエターナルフリーダム。

 

 その動きに、

 

「ぬおッ!?」

 

 クーランは驚いたように機体をのけぞらせながらも、かろうじて繰り出された斬撃を回避する。

 

 歴戦のクーランの実力を持ってしても、エターナルフリーダムの超加速には追随できなかったのだ。

 

「速ェな、おい!!」

 

 エターナルフリーダムの持つ圧倒的な機動性能に、流石のクーランも舌を巻く思いだった。

 

「だがなァ!!」

 

 言い放ちながらビームライフルを連射。エターナルフリーダムへ撃ちかける。

 

 対してヒカルは回避行動を行い、全ての攻撃をよけていく。

 

 だが、それこそがクーランの狙いでもあった

 

 放たれたビームの影響で、エターナルフリーダムの回避ルートが限定されてしまう。

 

 そこへ、クーランは斬り込みを掛けた。

 

「貰ったぜ!!」

 

 ビームトマホークを振り翳して斬り込むクーラン。

 

 対して、ヒカルはとっさにビームシールドを展開、ガルムドーガの斧を防ぎにかかる。

 

「こいつッ!!」

 

 火花を散らす斧と盾。

 

 互いの視界を焼きながらとっさに後退を掛けるヒカルとクーラン。

 

 次の瞬間、

 

 一瞬早く体勢を立て直したヒカルが、クーランに先んじる形で動いた。

 

「喰らえ!!」

 

 12翼が展開。エターナルフリーダムはフルスピードで突撃する。

 

 振りかざされるティルフィング対艦刀。

 

 対して、流石のクーランも対応が追いつかない。

 

 一閃された大剣の刃は、

 

「クソッ」

 

 とっさに回避を試みたクーランのガルムドーガの、右足と右腕を同時に切り飛ばした。

 

 そのままヒカルは、ガルムドーガを蹴り飛ばすと機体を反転させる。

 

 カノン達は、大軍相手にまだ奮戦している。彼女達の援護へと向かうのが先決だった。

 

 飛び去って行くエターナルフリーダム。

 

 その背中を、

 

 クーランはいぶかしげな眼で見詰めていた。

 

 

 

 

 

PHASE-03「行動可能」      終わり

 




機体設定


ガルムドーガ

武装
ビームライフル×1
ビームトマホーク×1
ハンドグレネード×6
アンチビームシールド×1
各種ウィザード、シルエット

備考
プラントがハウンドドーガの設計をベースに開発し量産を開始している新型主力機動兵器。北米におけるハウンドドーガの実戦データをベースにしつつ、エンジン出力を強化。それに伴い、近接戦闘能力や装甲を強化し、機体は大型化、よりマッチョになった印象がある。


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PHASE-04「風の翼の誓い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体の調節を終え端末を閉じると、稼動状態にさせていたOSを閉じて行く。

 

「こんなもんかな」

 

 ヒカルは自分の仕事に満足感を覚えながら端末をしまい、コックピットを後にする。

 

 保安局の追撃を完全に振り切り、状況が落ち着いたところで、ヒカルはエターナルフリーダムの細部調整を行ったのだ。

 

 今までは時間が無かったせいで最低限の調節のみで間に合わせてきたが、これから戦いが激化する事を考えれば、自分の愛機の調節は完璧にしておきたい。

 

 ヒカル自身のパーソナルデータ認証、基本モーションパターンの最適化、更に2度の戦闘によって得たデータの反映と、やるべき事はいくらでもあり、ヒカルは戦闘終了直後だというのに、寝る暇もなく作業に駆り出される羽目になったのだ。

 

 しかし苦労した甲斐もあり、予定よりも早く調整作業は完了した。

 

 これにより、エターナルフリーダムは名実共にヒカルの愛機となったのである。

 

 作業を終えてコックピットから出るヒカル。

 

 と、

 

「お疲れ様。作業、終わったのね」

 

 キャットウォークの向こうから姉のリィスが、エターナルフリーダムの顔を見ながら歩いてくるのが見えた。

 

 エターナルフリーダムの頭部は、歴代のフリーダム級機動兵器と違い、額にある4本アンテナの他に、顔で言えば「頬」に当たる部分から、斜め上方に向かって張り出しのようなアンテナ部位が伸びている。そのせいで頭部はやや大型化しているが、アンテナ自体が羽根飾りのような形状をしているせいか、鈍重なイメージはなく、より引き締まったシャープな印象が見て取れる。また、その象徴とも言うべき蒼翼も、6対12枚になった事でかなり大型化していた。

 

 しかし、武装面から見て分かる通り、歴代のフリーダム級に比べると搭載武装の数は少なく、どちらかと言えば貧弱な武装と言う印象があった。

 

「ヒカル、あんたに話しておきたい事があるの」

「何だよ、改まって?」

 

 姉の神妙な口調に、ヒカルは怪訝そうな顔つきになる。

 

 いったい何の話をするのだろう、と待っていると、ややあってリィスは口を開いた。

 

「この機体ね、基礎設計はお父さんが考えたのよ」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスの言葉に、ヒカルは思わず言葉を失った。

 

 父が軍人だった事はヒカルも知っているが、それはあくまでパイロット、戦闘職としての話である。モビルスーツの設計、開発を行う技術職に関わりがあるとは思ってもみなかった。

 

「お父さんってさ、あれで結構、規格外なところがある人だったから。やろうと思えば、大抵の事はそつなくこなしていたのよね」

 

 そう言うとリィスは、苦笑しつつ肩を竦めて見せる。

 

 モビルスーツの開発に関しても、そうだった。

 

 実際、今現在、自由オーブ軍が使用しているモビルスーツのモーションパターン。その基礎となるOS開発にもキラは関わっているし、いくつかの武装開発もキラが担当していたのだ。

 

 そのキラは生前、兵器開発に関係する、とある論文を発表している。その中の一説にこうあった。

 

『究極的な答を出すと、「絶対的な操縦技術を誇るパイロット」「他者を圧倒するに足る機動力」。この双方をそろえる事ができれば、モビルスーツの搭載武装は、むしろシンプルな方が望ましい』

 

 との事だった。

 

 キラの考えでは、火力や攻撃力の差はパイロットの技術面で補うべきであり、また敢えて搭載武装を減らす事で、各戦況における武装選択の素早さを実現すべき、との事だった。

 

 この考えは一理ある話で、当然の話だが搭載武装を増やせば、その分機動力は低下する事になる。そして機動力の低下はパイロットの生存性にも直結する重大事項である。更に、あまり武装を積みすぎると、どの戦況でどの武装を使えばいいのか悩む事も考えられる。それを考えると、頷ける面もあるだろう。

 

 ただし、この説には反論も存在する。キラの考え方は「絶対的な技術を誇るパイロット」の確保が必要不可欠であり、そのようなパイロットの確保が難しい事を考えると、非現実的とまではいかずとも、実現はかなり困難なのではないか、と言う事だった。

 

 両者の意見には一長一短あり、どちらが優れているとも言えない物だった。

 

 そこで折衷案として考えられたのが「素体となる機体の搭載武装を減らして機動力を確保すると同時に、戦況に合わせて様々な武装選択が可能にする」と言う物だった。

 

「あれ、それって?」

「そう、セレスティのコンセプトよね」

 

 ヒカルの言葉に頷きを返すリィス。

 

 もしセレスティが予定通り、最初からエターナルフリーダムとしてロールアウトしていたら、「核動力を持ち、あらゆる戦局で、最適な武装選択が可能な機動兵器」が完成していたはずである。

 

「でも、エターナルフリーダムは、この武装形態で固定されているけど、それは?」

 

 特にエターナルフリーダムは、セレスティのように武装の付け替えが可能な訳ではない。勿論、付け替え自体は可能だろうが、それが必要なコンセプトではない。今のリィスの説明には当てはまらないと思うのだが。

 

「それはね、この機体が初めから、あんた専用に調節されたからよ」

 

 エターナルフリーダムは、ヒカルのセレスティ運用実績を踏まえ、「ヒカル・ヒビキにとって最も最適な形の機体」に仕上げたのだ。

 

 確かに、ヒカルは射撃戦よりも接近戦を好む傾向がある。恐らくフルバーストモードを残しつつもティルフィング対艦刀を同時に装備したのは、そういう事情だったのだろう。

 

 それにしても、

 

「父さんが作った機体、か」

 

 エターナルフリーダムを見上げて、ヒカルは呟きを洩らす。

 

 ヒカルにとっての憧れの対象である父、キラ。

 

 そのキラが作った機体に自らが乗っているという事に、ヒカルはある種の誇りにも似た感情を抱くのだった。

 

「しかし、よく、こんな機体、用意できたよな」

 

 ヒカルはエターナルフリーダムを見上げながら、感心したように呟いた。

 

 現状、地球圏において最強クラスの戦闘力を誇るエターナルフリーダム。このような機体を用意する事は簡単な話ではない。

 

 更には、旧オーブ宇宙軍が保有していた大規模な宇宙艦隊と、それらを維持するための拠点も設けているとか。それだけ大規模な戦力を整えるとなると、費用だけでも半端な物ではない筈だ。

 

 オーブが衰退した時に、何かしら手を打ったのかと思った。

 

 その質問に対し、リィスは少し考えてから口を開いた。

 

「ヒカルはさ、ターミナルって知ってる?」

「ターミナル?」

 

 首を傾げるヒカル。

 

 意味は、終着とか、端末とか、そう言う意味であったと思う。だが、リィスの言っている「ターミナル」が何の事を差しているのか、ヒカルには理解できなかった。

 

「昔、お父さんとかお母さんが活躍していた時代に、ラクスさんが運営していた秘密の諜報組織よ。クライン家と、その支援者の持つ資金力を背景に、世界中にスパイ網を張り巡らしているって言われているの」

「おばさんが?」

 

 ラクスがかつてプラントの最高議長であり、共和連合の初代事務総長を務めていた事はヒカルも知っている。そんなものすごい人に子供の頃から可愛がってもらい、今もって「おばさん」呼ばわりしている事に関しては、だいぶ後になってから恐ろしくなったものであるが。

 

 だが、政権運用と言う物は綺麗事だけでは済まされない部分も多い。特にラクスの時代には、地球連合と言う強大な敵も存在した為、それと戦う為に非常の手段を取る事も求められたのだろう。

 

 ラクスにとって、その手段の一つがターミナルだった訳である。

 

「ターミナルはラクスさんが亡くなった後も機能しているらしくてね。自由オーブ軍を始め、いくつかの組織は、その支援で動いているの」

「ふうん」

 

 ヒカルは納得したように頷く。

 

 ラクスは既に死んでしまったが、恐らく、その志を継ぐ誰かが組織を運営しているのだろう。そしてターミナルとしては、アンブレアス・グルックが独走している現状を看過する事ができず、その抵抗勢力である自由オーブ軍を支援している。と言う事だった。

 

 と、その時、

 

「あ、いたいた、ヒカル、リィちゃん」

 

 カノンが手を振りながら、キャットウォーク上を、無重力に任せて流れてくるのが見えた。

 

「艦長がさ、そろそろ時間だから、艦橋に来てくれってさ」

「ああ、判った。今行くよ」

 

 そう言ってヒカルが、カノンの方へ行こうとした。

 

 と、

 

「ちょっと待った」

「ぐえッ!?」

 

 いきなりリィスに襟首を掴まれ、ヒカルは思わず潰れたカエルのような声を出してしまう。

 

「何だよ、いきなり!?」

「あんた、カノンとはちゃんと話したの?」

 

 抗議するヒカルを無視して、リィスはそのように切り出した。

 

 そう言えば、リザからも先日、同じ事を言われたのを思い出した。

 

「・・・・・・いや、まだだけど?」

「ちゃんと、しっかり話しなさいよ。あの子が一番、アンタの事心配してたんだから、それに・・・・・・」

「それに?」

 

 リィスはエターナルフリーダムの方を振り返りながら言った。

 

「この機体だって、本当は私かカノンあたりが使えるように調整した方が良いんじゃないのかって話が出ていたのよ。けどカノンがさ『ヒカルは必ず帰って来るから、ヒカルが使えるようにしておこう』って言ったの。だから、アンタ専用の機体として調整されたんだよ」

 

 リィスの説明に、ヒカルは軽い驚きを覚えた。まさか、そんなやり取りが裏であったとは。確かに、自分専用の機体がいきなり用意されていた事には疑問に思っていたが。

 

 リィスは一足先に出口へと向かう。

 

「あの子はアンタの事、とっても大切に思っているわ。もしかしたら、私なんかよりもずっとね」

 

 その後ろ姿を、ヒカルは不思議そうに眺めて見送る。

 

 リィスはすれ違いざまにカノンの肩をポンとたたくと、そのまま格納庫の出口へと消えて行く。

 

 と、そこで、入れ替わるようにカノンが近付いてきた。

 

「何してんのヒカル? 早く行くよ」

「・・・・・・ああ」

 

 促されるまま、視線をカノンに向ける。

 

 2年間で、カノンの容姿はだいぶ成長した。以前は、どこか子供っぽさが残る体付きをしていたが、今は手足も伸び、ほっそりとした印象が強くなった。

 

 相変わらず背は低いが、以前からやや大きめだった胸と相まって、出るところは出て、引く所は引く、年相応の少女めいた外見になっていた。

 

 少女から大人へと変わる中間の段階、と言ったところだろうか?

 

 元々の素材が良い事もあり、カノン独自の魅力と言う物が出て来たような気がする。

 

「ん、どうしたのさ?」

「・・・・・・・・・・・・いや」

 

 とは言え、それを直接本人に言うのは、何とも照れくさい事この上ない。

 

 ヒカルは照れ隠しにそっぽを向くと、カノンの頭(ちょうど叩きやすい高さにある)を軽く撫で、入口の方へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、大和は味方艦隊との合流を果たし、補給と整備を受けている。

 

 今後の作戦としては、シュウジが話した通り、各地域における抵抗勢力を糾合し、プラント戦力に対抗可能な勢力を築き上げる事にある。

 

 その為には、各地で抵抗運動をしている味方と合流して宇宙と地上、双方で作戦を進める必要があった。

 

 ヒカルとアステルは合流前、保安局に連行された人々を解放し戦列に加えるか、それが叶わずとも、支持者を増やす事を主張していた。

 

 もしその作戦が成れば、自由オーブ軍は大幅な支持者増強が見込まれる。

 

 しかし現状、彼等がどこへ連れ去られたのか、と言う事は判明していない為、即座に実行する事は現実的ではないとされた。

 

 とは言え、2人の考えが魅力的である事は自由オーブ軍首脳人にも理解されている。その為、現状と並行する形で連行された人々の収容先の調査も進められる事となった。

 

 ヒカルとカノンが艦橋に入ると、既に主だったメンバーが集まっていた。

 

 そして、

 

「お、来たな」

 

 入ってきたヒカル達を見て、気さくな笑みを向けてきたのは、ナナミの父親であるムウ・ラ・フラガ大将だった。

 

 この未曾有の国難に当たって、自由オーブ軍は予備役に編入されていたムウを引っ張り出し、自由オーブ軍総司令官への就任を打診したのだった。

 

 対してムウは、この申し出を二つ返事で了承した。ムウとしても、現在の状況について歯がゆい物を感じずにはいられなかったのだ。

 

 そして勿論、志半ばにして散って行った息子、ミシェルの事もあるのだろう。

 

 軍人として、父親として、ひどい裏切りを行ったプラントに対し、ムウなりに一矢なりとも報いずにはいられないのだ。

 

 そして、もう1人。ムウよりも若い男性が並んで立っているのが見える。

 

「やっぱり生きていたか。さすがは、あの人の息子だよ」

 

 そう言って笑みを見せたのはシン・アスカ一佐だ。元々はベテランパイロットとしてアグレッサーチームの隊長をしていたが、現在は特殊部隊フリューゲル・ヴィントの隊長に復帰。数少ない精鋭部隊を率いて前線に立っている。

 

 そんなシンの言葉に、ムウは可笑しそうに笑う。

 

「ミスターMIAか。懐かしいねえ」

 

 ミスターMIAとは、昔、ヒカルの父、キラに付けられた通り名である。勿論、それが笑い話の類である事は間違いないが。

 

 だが名前自体が笑い話でも、その由来は笑い話ではない。

 

 キラは現役軍人時代や、その他、一時期傭兵をしていた時期、数度に渡ってMIA認定されている。ただ、キラの凄まじい所は、その全てにおいて、後に帰還を果たしている点だった。

 

 それ故、キラの「きょうだい」で、ヒカルの伯母に当たるカガリ・ユラ・アスハが、皮肉を込めて名付けたのが「ミスターMIA」と言う渾名だった。

 

 とは言え、こうしてかつての弟分を笑い話にしているムウ自身、ヤキン・ドゥーエ戦役の折に戦死と認定され、後に奇跡の生還を果たした、と言う過去があったりするのだが。

 

 英雄と呼ばれる程の人物は得てして、そのような修羅場をいくつも潜り抜けてきている物なのかもしれなかった。

 

 居並ぶ一同の列に加わろうとして、ヒカルは思わず動きを止めた。

 

 壁際に寄りかかるようにして、良く見知った人物が立っている事に気付いたのだ。

 

「アステル、お前、それ・・・・・・」

「何だ? 何か文句でもあるのか?」

 

 ヒカルの声に抗議しつつ、面倒くさそうにアステルはそっぽを向く。どうやら、説明するのも面倒くさいと思っているようだ。

 

 ヒカルが驚くのも無理はない。

 

 なぜならアステルは、ヒカル達と同様、白地に青いラインの入った、オーブ軍の制式軍装に身を包んでいたからだ。

 

 付けている階級章は三尉の物だ。

 

 アステルなりに思うところがあったのだろうか? 元テロリストでありながら、こうしてかつての敵軍に入隊するほどの何かが?

 

 しかし、当のアステルはそれ以上何かを語ろうとはせず、沈黙したままヒカルには目も向けようとはしなかった。

 

 だが、それ以上追及する前に、一同の前に立ったムウが話し始めた。

 

「さて、今後の作戦方針については、みんなも既に聞いていると思う」

 

 ムウの言葉に、一同は頷きを返す。

 

 そこから、シンが引き継いだ。

 

「俺達は一旦、月へと向かう事になる」

「月、ですか・・・・・・」

 

 ヒカルは確認するように尋ねる。

 

 現在、大和はデブリ帯の端を航行しているが、確かにこの位置からなら直接、月を狙う事も不可能ではないかもしれない。

 

「月は元々、中立都市が多数存在していたんだが、現在は殆どがプラント軍によって占領されて軍事拠点みたいになっちまっているんだ。駐留している兵力も馬鹿にならない」

 

 シンはそう言って、肩を竦めて見せる。

 

 プラントは宇宙空間における治安維持を名目に、月軌道艦隊の増強を行い、更に不穏分子取締りと称して保安局の進出も行っている。

 

 その戦力はザフト宇宙軍の約5割にも上り、とても手持ちの戦力だけで戦える相手ではない。

 

 その事を踏まえた上で、シンは説明を続ける。

 

「よって、今回は月の占領は視野には入れない」

 

 シンが言った言葉に、誰もが怪訝な顔付きになった。

 

 この戦いは自分達にとって反撃の一歩になる筈。その橋頭堡確保の為に、月攻略を行うと誰もが思っていたのだが。

 

 だが、シンの考えは違った。

 

 もし月を攻略するとすれば、予備兵力まで含めて自由オーブ軍の全軍を投入する必要がある。当然ながら今は、それをできる状況ではない。そんな事をしたら、他方面が手薄になるばかりでなく、下手をすれば少ない戦力をさらに消耗してしまう可能性が高い。

 

 全力投入するならば、その時は祖国を奪還する為に兵を挙げる時である。その時まで、悪戯に兵力を損耗する事態は避けたかった。

 

「占領しなくても、連中を一泡吹かせる事はできるさ。その為の、大和だろう」

 

 そう言ってムウは、シンの方に目配せをした。

 

 本題に入るなら、今がタイミングだろう、と無言で告げているのだ。

 

 それを受けシンは頷くと、自身の傍らに置いておいたトレーを取って前へ出た。

 

「今回の作戦に当たり、レオス・イフアレスタール三尉、ヒカル・ヒビキ三尉、アステル・フェルサー三尉、カノン・シュナイゼル三尉。お前達4人に、これを送ろうと思う。どうか受け取ってくれ」

 

 そう言うとシンは、トレーにかぶせておいた布を取り払う。

 

 そこに置かれていた物を見て、ヒカル達は目を見張った。

 

 2枚の翼を左右に広げた銀色の徽章。

 

 風の翼を象った輝くバッジ。

 

 オーブ軍精鋭特殊部隊フリューゲル・ヴィントの証を示す物である。

 

「今回の作戦に当たり、お前達4人をフリューゲル・ヴィントの特別作戦班に認定する」

 

 そう言うと待機していた女性兵士がバッジを手に取り、ヒカル、カノン、レオス、アステルの胸に、それぞれつけられていく。

 

 今、新たなるオーブの精鋭達が、誕生しようとしていた。

 

「フリューゲル・ヴィントはただの特殊部隊じゃない。オーブ軍にとっては勝利の代名詞だ」

 

 4人をそれぞれ見回しながら、シンは力強い口調で告げる。

 

「その『風の翼』を胸に抱いた以上、敗北は決して許されない。その事を忘れるな」

 

 シンの言葉に、胸に付けた徽章は否が応でも重みを増したように感じられる。

 

 その事を、ヒカルは改めて深く噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先のカーディナル戦役の折、ユーラシア連邦は共和連合軍の攻撃により、首都ブリュッセルを失い、東方への後退を余儀なくされた。その後、地球連合軍の総反抗によって共和連合勢力を一掃する事には成功したものの、欧州の地は荒廃し、非武装地帯と化した為、ユーラシア連邦としても欧州を奪回する事は叶わなかった。

 

 モスクワに首都を移したユーラシア連邦だったが、ザフト軍の攻撃によってモスクワも壊滅状態に陥った。

 

 戦力を取りまとめたユーラシア連邦は、ウラル山脈に建設された要塞を基点にして持久戦を展開、ザフト軍と睨み合いを続けている。

 

 ユーラシア連邦の戦力は単純な兵器や兵士のみではない。その広大な領土と、北半球特有の極寒の気候もまた、ザフト軍の足を鈍らせる貴重な戦力となっていた。

 

 仮にユーラシア連邦を完全占領するとなると、プラント側は莫大な戦力を投入する必要があり、現実的とは言い難い。

 

 要塞を基点にして持久戦を行う、と言うユーラシア側の戦略は、取りあえずの所成功していた。

 

 ウラル要塞から出撃してくるユーラシア連邦軍の前に、流石にザフト軍も攻めあぐねているのが現状だった。

 

 そのウラル要塞攻防戦に参加しているザフト軍の中に、ジェイク・エルスマンに率いられたエルスマン隊の姿もあった。

 

「世間じゃ、こういうのを左遷って言うんじゃないかね?」

《否定できないところがつらいよね》

 

 ぼやき気味のジェイクの言葉に応じたのは、シェフィールド隊以来の腐れ縁となるノルト・アマルフィだった。

 

 ジェイクは今、自分の隊を率いて東からやって来る地球軍の迎撃に向かっている。

 

 ノルトはエルスマン隊の副隊長として、同道しているのだった。

 

 2人揃って極寒の最前線に送られ、強大な敵と戦っている。

 

 ジェイクの言うとおり、状況的には殆ど左遷に等しい状況である。

 

「これでせめて、良い女でもいればな。ハァ・・・・・・ディジーの奴は宇宙だし」

 

 離れ離れになった幼馴染の事を思い、ため息を吐くジェイク。

 

 もっとも、並んで飛んでいるノルトからすれば、ジェイクと離れる事ができて、却ってディジーは羽を伸ばしているのでは? とか不遜な事を考えていたりする。

 

 一緒のチームにいる時には、ジェイクが問題を起こしてディジーが食って掛かり、ノルトがそれを仲裁する、と言うのが定番のパターンだった。

 

 その喧騒がない事はありがたいが、同時に寂しく思っている事も事実である。

 

 とは言えノルト自身も、このような僻地送りにされたせいで、遠くにある存在に対して想いを馳せずにはいられなかった。

 

 もっとも、隣を飛ぶ相方のように、女性関係の話ではない。それどころか、相手は人間ですらない。

 

 ピアノである。

 

 父親が世界的に有名なピアニストをしているノルトは、その影響で子供の頃からピアノに慣れ親しんで過ごして来た。

 

 スクールの初等科にいた頃、父がプレゼントしてくれたグランドピアノを、ノルトは今でも大事に使っている。そのピアノを戦場に出てからしばらく弾いていない事が、ノルトには気がかりだったのだ。

 

 とは言え、今はまだ、他の事に気をやっている余裕はない。

 

 飛翔する2人の前方に、黒い点のような物が多数見えてくる。侵攻してきた地球連合軍の部隊である。

 

 数は多い。

 

 ユーラシア連邦は元々資源に恵まれた大国である。かつての大西洋連邦程ではないにしても、かなりの戦力を有しており、数においてはザフト軍を圧倒している。油断はできなかった。

 

 やがて、両軍は入り乱れるように激突していった。

 

 攻める地球連合軍と、迎え撃つザフト軍。

 

 数の上では地球軍が勝っているが、精鋭を多く含むザフト軍は地球軍の浸透力を削ぎながら、鋭い攻撃でカウンターを返していく。

 

 数で攻める地球軍と、質で対抗するザフト軍と言う、過去の戦いに似た構図が、この局地戦でも展開されていた。

 

 そのような状況で目を引くのは、やはりエースの存在だろう。

 

 ジェイクの駆るハウンドドーガは、ビームトマホークを手に斬り込んで行くと、たちまち2機のグロリアスを斬り捨ててしまう。

 

 地球軍の方でも、複数の機体でジェイク機を取り囲んで動きを封じようとしてくるが、そこへノルトが援護射撃を放ち、ジェイクを包囲網から救い出す。

 

「サンキューな、ノルト!!」

《あまり無理はしないで!!》

 

 ノルトの声を聞きながら、ジェイクは苦笑をひらめかす。

 

 本来なら、先頭切って突撃するのはディジーの役割だった。しかし、そんな彼女が隊長職として転任して以来、先頭を張るのはジェイクの役割となっていた。

 

「ったく、柄じゃねえってのに!!」

 

 言いながら、不利向き様にウィンダムを斬り捨てる。

 

 本来のジェイクのバトルスタイルは「遊撃」だ。「前衛」のディジーが斬り込み、「後衛」のノルトが砲撃支援を行う中、ジェイクが側面からかき乱す。これが理想のパターンだった。

 

 しかし今、ここにディジーがいない以上、不器用ながらジェイクが前衛を務める以外に無かった。

 

「このッ いい加減諦めろっての!!」

 

 斧でウィンダムを一刀両断し、更に突撃銃でウィンダムをハチの巣にする。

 

 ノルトの支援砲撃も的確であり、一撃ごとに敵は数を減らしていく。

 

 全体としての戦況は、ザフト軍がやや優勢。少数ながら戦闘力の高い兵士を多数有するザフト。更に戦線には北米紛争経験者も多数含まれている為、相対的な戦闘力は地球連合軍を凌駕していた。

 

 このまま押し切れるか?

 

 誰もがそう思い始めた時だった。

 

《新たな敵の集団多数、西方より急速接近!!》

 

 悲鳴にも似た報告が齎される。同時に、報告を裏打ちするように、センサーは多数の反応が接近してくる様子を捉えていた。

 

「クソッ 奴等タイミングを見ていやがったな!!」

 

 その声に、ジェイクは舌打ちをする。

 

 地球軍は、ザフト軍が疲弊するのを待って、後方に待機させていた予備部隊を投入してきたのだ。もしかすると、戦線を膠着させたのもわざとの可能性がある。

 

 まずい状況である。

 

 現状を維持するだけでも精いっぱいだと言うのに、これ以上の戦力を投入されたら、ザフト軍の戦線は崩壊してしまう可能性がある。

 

 撤退

 

 その二字が、ジェイクの頭の中に浮かんだ。

 

 ここは一旦退き、味方が確保している領域で改めて戦いを挑んだ方が得策だった。

 

 撤退信号が出されるか?

 

 そう思った時だった。

 

「何だッ?」

 

 レーザー通信を介して一通の電文が齎されたのは、その時だった。

 

《これより戦線に介入す。ザフト軍は支援攻撃を行え》

 

 命令にはそう書かれていた。

 

 次の瞬間、接近しようと図っていた地球軍の部隊が、横合いから攻撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 陣形を大いに乱す地球連合軍。

 

 そんな彼等に、無数の翼を羽ばたかせた一団が襲いかかった。

 

 翼が閃くたび、地球軍はめいめいバラバラに応戦する以外に無かった。

 

《ジェイク、あれ・・・・・・》

「ああ、間違いねえ・・・・・・」

 

 ノルトとジェイクは、一方的に屠られていく地球軍の様子を見ながら、苦虫を潰したような声で呟く。

 

 ようやく量産体制の確立されたフリーダム級機動兵器を操る部隊。

 

 そんな物は、世界中を探しても他にはないだろう。

 

「ディバイン・セイバーズ・・・・・・・・・・・・」

 

 最高議長特別親衛隊。

 

 グルック派と呼ばれる軍人達の中から、特に技量の高い者達が選りすぐられ、最高の戦闘力と忠誠心を叩きこまれた精鋭部隊が、姿を現した瞬間だった。

 

 圧倒的な勢いで、地球連合軍を蹂躙していくディバイン・セイバーズ。

 

 それは古き時代を淘汰し、新たな世界を創造するのに足る力を誇示するのに十分だった。

 

 

 

 

 

 胸に付けた徽章を指で弄りながら、ヒカルは誇らしさと責任感を同時に噛みしめていた。

 

 第13機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィントは、オーブ軍最強部隊であると同時に、全将兵から羨望の眼差しで見られる、正に精鋭中の精鋭達の証である。そんなフリューゲル・ヴィントの一員として認められたのだ。嬉しくない筈が無かった。

 

 かつてはヒカルの両親、キラとエストも籍を置いていた時期があると言う事もまた、ヒカルにとって誇りに思えるのだった。

 

 だが同時に、大きな責任を背負わされたことも自覚していた。

 

 シンが言った通り、フリューゲル・ヴィントに所属した以上、負ける事は許されない。

 

 精鋭特殊部隊の役割は作戦を成功させる事は勿論だが、同時に「象徴」としての役割も担っている。つまり、勝利する事によって味方の士気を盛り上げるのだ。

 

 最強部隊が勝てば味方の士気は大いに盛り上がるだろう。しかし負ければ、士気はどん底まで低下する事になる。

 

 軍における「象徴」とは、そう言う物である。だからこそ、戦う以上、負ける事は許されない。常に勝ち続ける事が要求されるのだ。

 

 いずれにしても、困難な戦いになる事は間違いない。

 

 だが、

 

「やるだけやってやるさ」

 

 ヒカルは肩の力を抜いた調子で、しかしそれでも瞳には決意を込めて呟く。

 

 状況が困難だろうと、この作戦を成功させない事には、自分達に勝機など無いのだから。

 

 と、その時、廊下の向こうから見慣れた少女が、こちらに向かってくるのが見えた。

 

「あ・・・・・・」

「カノン・・・・・・」

 

 ヒカルとカノンは、互いに向かい合ったまま立ち止まる。

 

 ヒカルの脳裏では、リィスやリザに言われた事が思い出されていた。

 

 自分の事を思って、心配してくれた幼馴染。

 

 この2年間、顔を合わせる機会が無かった事もあり、こうして差し向かいで向かい合っていると、以前とは別種の感情が湧いてくるようだった。

 

 何か話さなくては。

 

 そう思ったヒカルが、口を開いた。

 

「あのさ、カノン・・・・・・」

 

 しかし、ヒカルは最後まで言い切る事ができなかった。

 

 なぜなら、その前にカノンが、ヒカルの胸の中に飛び込んで抱きついてきたからだ。

 

 衝撃を受け止めきれず、ヒカルの体は無重力に従って流れていく。

 

「か、カノン?」

 

 驚くヒカル。

 

 そんな少年に対し、カノンは目に涙を浮かべて言う。

 

「会いたかった、ヒカル・・・・・・無事で、本当に良かった・・・・・・」

 

 嗚咽を込めた声で、自分の想いを告げるカノン。

 

 対して、

 

 ヒカルはそっと、少女の髪を撫でる。

 

「ああ、ただいま・・・・・・カノン」

 

 そう言うと、ヒカルも優しく、カノンを抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-04「風の翼の誓い」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微睡から目覚め、眠い目を擦る。

 

 温かい日差しに身を委ね、気持ち良い眠りから目覚める瞬間は、至福の時でもある。

 

 だって、目を開ければそこには、

 

「起きた?」

「・・・・・・うん」

 

 大好きな姉が、笑顔で迎えてくれる。

 

 姉の膝枕で転寝しながら、少女は寝ぼけ眼で笑みを返す。

 

 対して、姉も優しく笑いかける。

 

 そして、いつものように挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、レミリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリアの優しい言葉に、レミリアは柔らかく頷いた。

 



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PHASE-05「月強襲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の好悪における感情は、仕事とは無関係である。

 

 自身がプロの兵士である事を自認しているクーランにとって、本来の雇い主であるPⅡの存在は、決して心を許せる相手だとは思っていない。

 

 何を考えているのか判らないような言動。それでいて、世界の全てを知り抜いているかのように振る舞う超越者の如き態度は、見る者に不快感を与えるには充分だろう。

 

 とは言え、クーランにとって現状が不満であるかと言えば、全くそんな事は無い。

 

 要は割り切りの問題である。他人に対する好悪は、仕事に差し支える物ではない、と言う訳だ。

 

《君にしては随分と苦戦しているみたいじゃない》

 

 PⅡの揶揄する言葉に、クーランは苦笑しながら肩を竦めて見せる。

 

「連中がしぶといのは今に始まった事じゃない。それはアンタだって判ってんだろ」

《確かに。鼠はしぶといものだってのは、昔からの決まりみたいなものだからね。その点に関しては同意するよ》

 

 PⅡもそう言うと苦笑で返す。

 

 先の自由オーブ軍との戦闘から数日、部隊の再編成を終えたクーランは、再び逃げたオーブ軍の追撃に入ろうとしていた。

 

 損傷した機体の修復に加えれ追加装備の受領を終え、戦力的には充実している。クーランのガルムドーガも強化され、量産型の機体でありながら特機クラスの戦闘力を発揮できるまでになっている。

 

 その矢先に入ってきたのは、PⅡからの長距離通信であった。

 

 間もなく、歴史は大きく動く事になる。その為の準備に、プラント最高評議会は大わらわだと言う。その関係でPⅡは現在、アンブレアス・グルックの補佐役として、プラント首都アプリリウスワンに滞在しているのだ。

 

 そのような事情の中、わざわざ長距離通信を使って連絡を寄越したと言う事は、PⅡの好奇のアンテナに、クーラン達の戦闘が引っ掛かったからなのだろう。そうでもなければ、快楽主義者のPⅡが、わざわざ直接通信を送って来る筈が無かった。

 

《何か不足している物とかある? あるなら、麗しき議長殿に頼み込んで融通してもらうけど?》

「持つべき物は話の分かる上司だな。じゃあ、酒を頼んでくれ。取りあえず年代物のワインでも10ダースほどな」

 

 おどけた調子のクーランの言葉に、PⅡも苦笑を浮かべる。

 

 見た目荒くれ者と言った感じのクーランだが、こと荒事に関する限り、この男ほど頼れる存在は他にいないだろう。だからこそPⅡ、わざわざ手を掛けて拾い、子飼いとして重用しているのだ。

 

 クーランもまた、そうしたPⅡの期待に答え、これまで多くの作戦を実行してきた。中にはハワイ襲撃時のように、秘匿性の高い汚れ仕事であっても文句を言う事無く引き受けていた。

 

《アンブレアス・グルックが、間も無く例の発表を行う》

 

 口元に笑みを浮かべたPⅡに対し、その言葉を聞いたクーランは目を細めて押し黙る。

 

 どうやら、時期が来たと判断したらしいグルックは、いよいよ自分達の世界を構築する為に動き出すつもりのようだ。

 

「そいつはまた・・・・・・忙しくなりそうだな」

《まあね。グルックにしてみれば、一世一代の晴れ舞台が整ったんだ。踊らずにはいられないってところだろうね》

 

 そう言ってPⅡは肩を竦める。

 

 本来なら彼等にとって、直接の上司に当たる筈のアンブレアス・グルックだが、PⅡとクーランの間には、彼に対する敬意と言う物がまるで感じる事ができない。まるで、舞台を演じる役者の演技を客席から批評している。そんな感じだ。

 

《鼠が躍りたいなら、踊りたいだけやらせておけばいいさ。力尽きるその瞬間まで、ね》

 

 PⅡの不気味な呟きに、クーランは苦笑しながら聞き入っている。

 

 クーランにしてみれば、何でも良いのだ。自分の才能を十全に発揮できる場さえ与えてくれるなら。そしてPⅡは、そんなクーランの期待に完璧に応え、数々の戦場と、そこに介入する為の立場を用意してくれている。

 

 手駒が必要なPⅡと、戦場が欲しいクーラン。見事なまでにニーズが一致していた。

 

 今回、保安局の行動隊隊長としての地位を用意してくれたのもその一環である。おかげでクーランは、気兼ねなく「反乱者狩り」を楽しむ事ができると言う訳だ。

 

 そこでふと、クーランは思い出したように話題を変えた。

 

「そう言えば、オーブ軍の中に1機、妙な奴がいたぞ」

《妙な奴? と言うと?》

「何のつもりかは知らねえが、そいつ、コックピットやらエンジンやらを外して攻撃してきやがった。おかげで、そいつと戦って死んだ奴はいねえが、どいつもこいつも戦闘不能で離脱する有様だ」

 

 クーランは対戦したエターナルフリーダムの事を思い出し、苦々しく舌打ちする。

 

 戦場において情けを掛けるなど、クーランからすれば馬鹿にしているとしか思えない。これが偶然の産物であれば別に良いのだが、流石に戦った全員が戦闘不能で生還するなどあり得ない。

 

 クーランの目から見ても、あの敵は明らかに、撃墜する事を避けて戦っていた。相手が敵であるにもかかわらずだ。

 

「ザフトの女隊長が、そいつの事を《魔王》とか言ってたっけな。何にしても、ふざけた野郎だよ」

《ふーん・・・・・・魔王、ね》

 

 クーランの説明に、PⅡは少し興味をひかれたように呟いた。

 

《それ、結構面白いね》

「何がだよ?」

 

 訝るクーランに、PⅡは楽しげな口調で告げた。

 

《この時期に魔王と称されるくらいインパクトのある敵が現れた。これはつまり、敵の姿が明確になったと言う事だ。宣伝材料にしろ、実際の実力であるにせよ、これは大きな指針になる。それに・・・・・・》

「それに?」

 

 PⅡは笑みを含んだ声で言った。

 

《昔からのおとぎ話とかで良く言うでしょ。「魔王を倒すのは勇者の役目」ってさ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルは子供の頃から、両親の仕事の関係で何度か宇宙に上がった事がある。

 

 最初の頃はシャトルの打ち上げや、感覚の違う無重力空間、更には地上に戻る時に生じる大気圏突入時の衝撃に耐えられず、妹のルーチェともども体調を崩したりしていたが、それも慣れて来れば、いつの間にか何ともなくなっていた。

 

「そう言えばルゥの奴、そう言う事は俺よりも先に慣れていたよな」

 

 ヒカルは同時に事を思い出し苦笑を漏らす。

 

 同じ双子なのに、当時のルーチェは活発、と言えば聞こえが良いが、敢えて言うなら「ガキ大将」みたいな性格で、いつもヒカルやカノン、さらにはナナミやミシェルまで連れ出して引っ張りまわしていた。

 

 もっとも悪戯をやり過ぎて、そのあとルーチェがリィスに大目玉をくらうのがいつものパターンだった。ただその際、たまにヒカルも巻き添えを喰らって怒られていたのは、今でも納得がいかないのだが。

 

 ヒビキ家では、躾は主にリィスの担当だった。キラは私生活においてはのほほんとしている事が多く、ヒカルやルーチェがいたずらしても笑って許してしまう事が多かった。一方のエストはと言えば、普段はぼうっとしている事が多く何を考えているのか判り辛かったが、やはり子供達の事を溺愛している様子で、ついつい甘やかしてしまう事が多かった。

 

 両親がそんなだから、いきおいリィスに掛かる負担は大きくなってしまった。ヒカルが今でも姉に頭が上がらないのは、そう言った事情もある。

 

 今では戻らない過去であるが、それでもヒカルにとっては大切な思い出である。

 

 大和は今、月に向けてゆっくりと接近している。そのまま予定のポイントまで行き、ヒカル達フリューゲル・ヴィント特別作戦班を出撃させる事になる。

 

 ただ、事が順調に運ぶのならそれで良いが、万が一、敵が作戦の妨害に出て来る可能性がある。ザフト軍や保安局の部隊も、自由オーブ軍の動静に神経をとがらせている事だろう。

 

 一応、ムウ・ラ・フラガ率いる艦隊が大和を護衛し、更にシン・アスカ率いるフリューゲル・ヴィント第1中隊も援護に入る予定ではあるが、それでも予断を許される状況ではない。

 

 そこでまず、ムウ率いる艦隊が大規模な陽動を掛け、その隙に大和が高速で目標の拠点へと突入、殲滅すると言う作戦が取られる事となる。

 

 今回の戦いで求められるのは一撃離脱である。その為に、可能な限りの速度で目標へ接近、その後、全速力で離脱する必要があった。

 

 自由オーブ軍は、未だに戦力的には充分とは言い難い。ここで無理する事はできなかった。

 

 パイロットスーツに着替え、待機室に入るヒカル。

 

 そこで、

 

「あ・・・・・・」

「ふぇ・・・・・・」

 

 既に待機していたカノンと、ばったり克ち合ってしまった。

 

 互いの間に流れる沈黙。

 

 ヒカルが遅ればせながら帰って来た挨拶をカノンにして、それに対して感極まったカノンがヒカルの胸に飛び込んだのはついこの間の事である。

 

 後になって冷静に考えれば、誰が見ているかもわからない廊下で、随分と大胆な事をしたものである。

 

 思い出すだけで、2人揃って赤面してしまうのは仕方のない事だった。

 

「よ、よう」

「う、うん、やっほ」

 

 それっきり、再び途切れる会話。

 

 何か話すべきなのだろうし、互いに幼馴染であるから他愛のない会話の話題には事欠かないはずなのだが、それがどうした訳か、顔を合わせると2人揃って沈黙してしまうのが最近のパターンだった。

 

 ヒカルはと言えば、あの抱き合った時のカノンの体の感触が、どうしても思い出されていた。

 

 相変わらず小柄で、抱き締めればすっぽりとヒカルの腕の中に納まってしまうカノンだったが、体付きはすっかり女っぽくなり、柔らかい感触がヒカルの中に残っている。

 

 と、

 

「邪魔だ」

「グハッ!?」

 

 いきなり背中から蹴り飛ばされ、ヒカルは声をあげながら吹き飛ばされる。

 

「アステル、お前な!!」

「入り口でボサッとしているお前が悪い」

 

 抗議するヒカルを無視して、アステルはさっさとソファに腰掛けてしまう。

 

「まあまあ、2人とも。それくらいにして」

 

 苦笑しながら入ってきたレオスが、宥めるように言う。

 

 ヒカル、アステル、カノン、レオス。

 

 この4人がフリューゲル・ヴィントの特別作戦班として、共に戦う事になるメンバーである。

 

 ぼやくように、ヒカルは呟く。

 

「果たして、上手く行くのかね」

 

 全くの不安無しとしないのが現状である。否、むしろ不安しか無いと言っても良い。

 

 特にアステルの存在がネックである。既に2年前のこととはいえ、アステルが所属する北米統一戦線と死闘を演じた記憶はまだ薄らいだとは言えない。大和艦内には、露骨ではないにしろ、アステルに不信の目を向ける者もいる。

 

 もっとも、当のアステルと言えば、そんな空気など意に介さず、いつも通り淡々とした調子で過ごしているのだが。

 

 とは言え、果たしてアステルを交えたこの4人で、上手く戦って行く事ができるかどうか?

 

 双方の事情を知るヒカルには、そこら辺の調整も期待されているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界いっぱいに、月の白い姿が広がって行く。

 

 旧世紀に書かれたとある物語では、無慈悲な夜の女王と称された月は、しかしその物騒な評価とは裏腹に、美しい姿を虚空に浮かべている。

 

 そんな月を、ムウは旗艦の艦橋から感慨深く眺めている。

 

「思えば、随分と遠くまで来たもんだ。って、これじゃあ、本当に親父になったみたいじゃないか」

 

 1人でそう言って、苦笑する。

 

 月はムウにとっても思い出ある場所である。

 

 かつて、まだ地球連合軍に所属していた頃、ムウは月を舞台にザフト軍と戦っていた時期がある。

 

 あの頃はまだモビルスーツも黎明期で、ザフト軍に対抗できるのはムウが所属していたガンバレル搭載型のメビウスゼロを装備した部隊くらいの物だった。

 

 あの時の戦いでムウは「エンデュミオンの鷹」と言う異名で呼ばれるようになり、名実ともにエースパイロットになったのだ。

 

 もっともムウは、思い出に浸る為にこの場所へ来た訳ではない。

 

「後方よりザフト艦隊接近。距離20!! モビルスーツらしき熱紋も多数、追撃してきます!! 更に前方からも反応有り!!」

 

 オペレーターの声が緊張を増して告げる。

 

 予想していた事だが、簡単には行かせてくれないらしい。

 

 後方から来るのは恐らくデブリ帯から追ってきた部隊だろう。どうやら、是が非でもこちらを仕留めないと気が済まないらしい。

 

「贅沢な歓迎、悼み入るじゃないの。なら、こちらも盛大に応えないとな」

 

 身を乗り出すようにして、ムウは不敵な笑みを浮かべる。

 

 元より向かって来ると言うのなら、こちらとしても望むところである。

 

 大気圏が近いが、そんな事は些細な問題である。準備は万端と言って良かった。

 

「モビルスーツ隊、発進開始ッ できるだけ連中の目をこちらに引き付けろ!!」

 

 ムウの命令が、鋭く走った。

 

 

 

 

 

 シン・アスカは虚空へ飛び出すと同時に部隊の先頭へと躍り出る。

 

 現在、彼の妻で自由オーブ軍開発担当に就任しているリリア・アスカが、シンの新たな機体の開発を行っているが、最終調整が間に合わず、今回の戦いには参加できていない。

 

 その為、今回は宇宙戦用に調整されたイザヨイでの出撃となる。

 

「いいか、無理に交戦する必要は無いッ できるだけ長く敵を足止めして時間を稼げ。その後は各自交戦しつつ離脱せよ!!」

 

 そう言うとシンは、自らフルスロットルで突撃を開始する。

 

 ザフト軍は自由オーブ軍の倍近い数を繰り出してきている。少数の側から行けば、防衛線の構築は難しい。そこら辺は、シンとムウの采配に委ねられる事になる。

 

 シンはイザヨイの戦闘機形態のままザフト軍の隊列の中へ鋭く斬り込むと、その中央で人型に変形する。

 

 先述したとおり、少数の側が受け身に回るのは却って危険である。ならば、機動力を駆使して飛び込んでしまい、後は縦横にかき回してやった方が得策である。

 

 シンの突貫に対し、慌てて向きを変えようとするザフト機。

 

 しかし、その時には既に、シンは動いていた。

 

 右手に装備したビームライフルを3連射するシン機。

 

 たちまち、3機のハウンドドーガが直撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 陣形を乱すザフト軍。

 

 更にシンはビームサーベルを抜き放つと、近付こうとする敵機2機を素早く斬り捨てた。

 

 かつては「オーブの守護者」と言う異名で呼ばれ、現在に至るまで「オーブ最強」の名で呼ばれ続けているシンである。たとえ100の兵士を束ねても対抗できる物ではない。

 

 シンが只者ではないと感じたザフト軍は、陣形を組みつつ包囲網を形成しようとする。

 

 しかし、その背後から容赦ない砲撃が浴びせられた。

 

 ザフト兵達がシンに気を取られている隙に、自由オーブ軍が背後から襲い掛かったのだ。

 

 特に、その中心となっているのは、シン・アスカ直属のフリューゲル・ヴィント第1中隊。オーブ軍の中でも精鋭中の精鋭部隊である。

 

 如何に数に勝っているとは言え、並みの兵士で対抗できる物ではない。

 

 たちまち、オーブ軍の攻撃を受け撃墜する機体が続出する。

 

 一部のザフト機は反撃に転じようと武器を構えるが、彼等の攻撃は標的を捉える事無く、逆に反撃を喰らって吹き飛ばされる。

 

「このッ これ以上はッ!!」

 

 味方が次々と討ち取られていく様子に業を煮やした隊長であるディジーが、突撃銃とトマホークを手に斬り掛かって行く。

 

 相手は隊長機。シンのイザヨイである。

 

 勢い込んで突撃してくるディジーのハウンドドーガに対し、シンは余裕の動きでもって回避。逆に砲撃を浴びせて牽制する。

 

「ッ 速い!?」

 

 シン機の攻撃の速度、正確さを前にしてディジーは舌を巻く。

 

 たちまち、鋭い火線の前に動きを封じられて後退を余儀なくされる。

 

 今はシールドを用いて攻撃を防いでいるが、防御から攻撃に転じる隙を見いだせず、じり貧に陥りつつあった。

 

 少数とは言え精鋭ぞろいのオーブ軍。

 

 ディジーがシンに拘束された事で、フリーハンドを得た自由オーブ軍が攻勢を強めていく。対してザフト軍も個々の戦闘力に委ねて反撃を行うも、その火力は微々たる物でしかなかった。

 

「こいつだけでも!!」

 

 ビームトマホークを振り翳して、シンのイザヨイに斬り掛かって行くディジー。

 

 既にディジーにも、シンが隊長機である事は判っている。

 

 自由オーブ軍の動きを読んで伏撃を掛けたつもりが、逆に待ち伏せていたザフト軍の方が追い詰められている。

 

 頭を潰す事ができれば状況の逆転は可能。と言うより、それ以外に、この状況を巻き返せる方法は既に無かった。

 

 だが、焦りを含んだ攻撃は、必然的に精度を低下させる。

 

 突撃の瞬間、一瞬、ディジーの注意が散漫になる。

 

 その隙に、シンは仕掛けた。

 

 一瞬の間にディジー機との距離を詰めるシン。

 

「あッ!?」

 

 ディジーが声を上げた時には、既に全てが終わっていた。

 

 ビームサーベルを二刀に構えたシンの剣閃が、ハウンドドーガの両腕を肩から切断する。

 

「良い腕だ。だが、まだ荒い」

 

 ディジーの腕を賞賛しつつ、それでも圧倒的な貫禄の差を見せ付けるシン。

 

 オーブ最強の名は決して伊達ではない。いかに相手が新進気鋭のエースパイロットとは言え、まだまだ世代交代を許す程、シン・アスカと言う存在は易くは無かった。

 

 味方機に曳航されて後退していくディジー機を見送ると、シンは踵を返して味方の援護に向かう。

 

 強襲作戦を成功させるには、まだまだ敵の目を引き付ける必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてアルザッヘルと呼ばれていた基地は、月面における地球連合軍最大の拠点であり、その駐留戦力だけで、ザフト全軍と渡り合う事ができるとさえ言われていたほどであった。

 

 だがカーディナル戦役の後、大西洋連邦が崩壊した事で宇宙軍を維持する余裕が無くなり、アルザッヘル基地も半ば放棄される形となった。

 

 そのアルザッヘル基地は現在、ザフト軍の管轄下に置かれ月軌道艦隊の本拠地となっていた。

 

 ディバイン・セイバーズや保安局の台頭によってかつての勢いを失いつつあるザフト運だが、その戦力は未だに侮りがたいものがあり、世界最強の軍隊である事は間違いない。

 

 当然だが、アルザッヘルに駐留する戦力もかなりの数に上っている。

 

 そのような基地に、

 

 まさか戦艦1隻で殴り込みを掛けてこようとは、誰が予測し得ただろう?

 

 慌てたように、危地から警戒のサイレンが鳴り響き、モビルスーツが引っ張り出される様子が映し出されていく。

 

 そんなザフト軍の様子を嘲笑うように、大和の艦長席に座ったシュウジはゆっくりと顔を上げた。

 

「全砲門開けッ モビルスーツ隊は直ちに発進せよ!!」

 

 

 

 

 

 アステルは機体を立ち上げ、発進準備を整える。

 

 なかなかハードなスケジュールである。

 

 北米統一戦線にいた頃もひどい戦場はいくつも経験してきたのだが、自由オーブ軍に入った途端、まさか戦艦1隻の戦力で敵の最大拠点に殴り込みを掛ける羽目になるとは思っても見なかった。

 

 アステルは今、自由オーブ軍から供与された機体に乗っている。

 

 ストームアーテルは先の戦いで中破し、今は大和の格納庫に収容されている。当然だが今回の作戦で使う事はできない。

 

 この予想だにしなかった事態に、聊か驚いているのは事実だ。

 

 まさか自分に、こんな機体の供給までしてくれるとは思っても見なかった。

 

 しかも・・・・・・・・・・・・

 

「随分と、似合わない機体を押し付けたな・・・・・・」

 

 貰った機体の性能は申し分ない。と言うより、これ以上を求めるのは贅沢すぎるだろう。

 

 問題は、名前だ。まったくもって気に入らない。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、言っていても仕方がないか」

 

 自分に求められるのは、この機体を使って勝利を得る事だけだった。機体に対する好悪はこの際、五の次くらいに棚上げするべきだろう。

 

 ハッチが開き、カタパルトに灯が入る。

 

 戦力差がありすぎる状況における戦闘。アステルに求められる物は多すぎる。

 

 しかし、だからこそ、自分が立つに戦場に相応しいと言える。

 

 眦を上げる。

 

「アステル・フェルサー、ギルティジャスティス、出るぞ」

 

 低いコールと共に、機体が打ちだされる。

 

 虚空にも鮮やかに染まる、深紅の装甲。

 

 RUGM-X09A「ギルティジャスティス」

 

 設計時期はエターナルフリーダムやスパイラルデスティニーと同じだが、開発が難航したせいで日の目を見るのが遅れ、自由オーブ軍がターミナルの協力を得て開発に成功した物である。

 

 重点が置かれたのは、ジャスティス級機動兵器の特徴であるリフターとの連携、及び素体部分の機動力強化である。

 

 近付いて来るハウンドドーガの攻撃を、高度を上げる事で回避するアステル。

 

 そのまま抜き放ったビームサーベルを一閃、一刀両断に叩き斬る。

 

 この半年、相棒のような存在だったヒカルは不殺の戦いに拘っているが、アステルがそれに付き合うつもりは毛頭ない。

 

 あいつが何のつもりで、そんな効率の悪いやり方を選んでいるのか知った事ではないが、アステルはアステルのやり方を貫くだけだった。

 

 リフターを分離すると、攻撃位置に着かせる。

 

 ギルティジャスティスのリフターは、接近戦よりも砲撃力の強化に重点が置かれ、インパルス砲1門、ビームキャノン4門、旋回式のビームガトリング2門を装備しているのが特徴である。両翼部にビームブレイドを装備しているのが、唯一の接近戦装備である。

 

 これは、ジャスティス本体の機動力強化によってリフターが接近戦を行う必要が低くなった事。更に、ジャスティスが接近戦を仕掛け、リフターが自動で掩護に入る、と言う戦術が理想であると判断された事が大きい。

 

 掩護位置に入ったリフターが砲撃を仕掛けてハウンドドーガを1機撃墜。

 

 更にアステルは砲撃によって開いた穴に機体を飛び込ませると、両手にビームサーベルを構えて斬り込んでいく。

 

 予期し得なかった突然の奇襲攻撃で、身動きが取れないザフト軍。

 

 そんな中、アステルは自在にギルティジャスティスを駆り、敵機を屠り続けていた。

 

 

 

 

 

 そしてカノンとレオスのリアディスに艦の守りを任せ、ヒカルは1人先行する形でアルザッヘルへ斬り込みを掛けていた。

 

 上がってくるザフト軍の機体に対してフルバーストで戦闘力を奪い、接近してきた機体にはビームサーベルで手足を斬り飛ばす。

 

 数に恃んで攻撃しようとするザフト軍だが、エターナルフリーダムの持つ圧倒的な戦闘力の前に、抗する事ができないでいる。

 

 それでも尚、武器を翳してエターナルフリーダムに向かってくるザフト機。

 

 対して、

 

「この程度!!」

 

 ヒカルは機体前面にスクリーミングニンバス改を展開、更に12枚の蒼翼を広げると、ヴォワチュール・リュミエールを最大発振して機体をフル加速させる。

 

 エターナルフリーダム最大の武器は、フルバーストモードでも、ティルフィング対艦刀でもない。ハイマットモードを徹底的に強化した、この超絶的な機動性にある。

 

 飛んでくる火線は、エターナルフリーダムに追いつく事すらできない。

 

 すれ違う一瞬、

 

 たちまち、複数のザフト機がビームサーベルで手足を斬り飛ばされて戦闘力を失う。

 

 更にヒカルは抜き打ち気味にティルフィング対艦刀を抜き放つと、鋭く一閃する。

 

 今にもエターナルフリーダムに斬り掛かろうとしていたハウンドドーガが、その一撃で左の手足を同時に切り飛ばされてバランスを崩す。

 

 ヒカルはそのハウンドドーガを蹴り飛ばすと、放たれる砲火から距離を置きつつ、後方から追随してきている大和に通信を入れた。

 

「ヒビキより大和へ、進路クリアッ 攻撃準備完了!!」

 

 ヒカルが敵の戦力を掃討しつつ、その間に大和がアルザッヘル上空へと突入、艦砲射撃を開始する。

 

 9門の主砲が唸りを上げ、閃光が基地施設へと降り注いでいく。

 

 たちまち、基地内からは爆炎が踊り、施設が吹き飛ばされる光景が現出する。

 

 こうなると最早、ザフト軍の混乱は収拾のつかないレベルにまで発展する事になる。

 

 ザフト軍側としては基地の防衛を優先するか、それとも火元を断つ為に大和へ攻撃を仕掛けるか、判断に迷うところである。ただし、前者を選んだ場合、大和による攻撃は続行され、後者を選んだ場合は、エターナルフリーダムをはじめとする、最高クラスの防衛ラインを突破しなくてはならない為、ひじょうに困難を極める事は間違いなかった。まさに地獄の二者択一と言って良かった。

 

 シュウジは炎を上げるアルザッヘル基地を見て、帽子を目深に被り直す。

 

 作戦は成功した。

 

 アルザッヘル基地は壊滅とまで行かずとも甚大な被害を蒙り、暫くは月方面のザフト軍の動きも鈍る筈。自由オーブ軍側としては、その隙を突いて次の作戦行動に移る事ができると言う訳だ。

 

「長居は無用だ。撤退信号を上げろ!!」

 

 目的は達した。自由オーブ軍の旗揚げを世界中に宣言するには、アルザッヘル基地襲撃は派手すぎるくらいである。

 

 この上は、敵の増援が来る前に撤退するのが得策だった。

 

 炎を上げる基地を背景に、ゆっくりと艦首を巡らせる大和。

 

 出撃していた4機の機動兵器も、めいめいに戻ってくるのが見える。

 

 だが、

 

 一方にとっては事態の収束であっても、もう一方にとっては未だに終わりを告げるのは早かった。

 

 大和が完全に回頭を終えた時だった。

 

「接近する熱源1!! 真っ直ぐこちらに向かってきます!!」

 

 リザの警告が鋭く走る。

 

 同時に光学センサーが、接近する機影を捕捉、メインスクリーンに投影する。

 

 その機体は、先にデブリ内で戦ったガルムドーガと形状が酷似している。

 

 しかし、その全身に鎧のような追加装甲を纏い、かなり「ごつい」印象がある。

 

 両肩に4門のガトリング砲を備え、腰にはビームキャノン、重量増加による機動力の低下は背部の大型スラスターで補っている。

 

「ハッ 人んちをぶっ壊しといて無傷で帰ろうとか、都合良すぎなんじゃねえの!!」

 

 クーランは、離脱に掛かろうとする大和を見据えて叫ぶ。

 

 自由オーブ軍がアルザッヘル基地襲撃に動いたと言う情報を得たクーランは、艦隊で行動したのでは間に合わないと判断し、自らの機体に追加装備を施し、単騎で追撃を仕掛けてきたのだ。

 

 アサルトシュラウドと呼ばれる鎧のような追加装甲は、攻撃力と防御力を同時に上げ、更には追加スラスターで機動力も強化する装備である。

 

 難点なのは攻防走の性能を同時に底上げし、当然ながら重量も増したせいでバランスが悪くなり、操縦性が極端に低下する事である。

 

 しかし、反応がピーキーになった愛機を、クーランは苦も無く操ってみせた。

 

「帰るんなら、御代はおいて行けってな!!」

 

 言い放つと、大和の艦橋に向けて専用ビームライフルを向けるクーラン。

 

 その銃口が火を噴こうとした。

 

 次の瞬間、

 

「させるか!!」

 

 事態に気付いたヒカルがエターナルフリーダムを駆って接近、ライフルの銃身を蹴り飛ばす。

 

 銃口を逸らされるガルムドーガ。

 

「チィッ お早いお出ましじゃねえか、魔王さんよ!!」

 

 クーランは舌打ちしながら後退。同時にビームトマホークを抜いて構える。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜いて斬り掛かる。

 

 交錯する両者。

 

 エターナルフリーダムの剣はガルムドーガの鎧の表層を斬り裂き、ガルムドーガの斧はエターナルフリーダムの頭部を掠める。

 

 離れると同時に、ヒカルは腰部のレールガンを展開、牽制の射撃を仕掛けてガルムドーガの動きを封じに掛かる。

 

 対して、クーランは飛んでくる砲弾をシールドで防御しつつ、肩の追加装備に備えられた4門のガトリングを斉射する。

 

 連撃で放たれてくるビームの弾幕。

 

 対してヒカルは12枚の蒼翼を羽ばたかせると、宙返りを打つような機動を見せて攻撃を回避。同時に上下逆になった視界のまま、バラエーナ・プラズマ収束砲を跳ね上げて砲撃を行う。

 

 ガルムドーガ目がけて伸びていく閃光。

 

 それをクーランは、紙一重で回避する。

 

「狙いすぎなんだよッ 逆に読みやすいぜ!!」

 

 再び斬り込みを掛けるクーラン。

 

 ビームトマホークの間合いまで、一気に距離を詰める。

 

 次の瞬間、

 

 カウンター気味に振るわれたエターナルフリーダムのビームサーベルが、ガルムドーガの頭部を斬り飛ばす。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちするクーラン。

 

 モニターにノイズが入り、視界が一瞬途切れる。

 

 とっさにビームガトリングとビームキャノンを展開して攻撃を加えるが、攻撃が命中したと言う手ごたえは無い。

 

 やがて、サブカメラに切り替わって視界が回復した時には、既にエターナルフリーダムは遠方に逃れ、先に離脱した大和と合流しようとしている所だった。

 

「クソッ また逃がしたかッ」

 

 悪態を吐くクーラン。

 

 先のデブリ戦に続いて、またしても仕切り直しになった事が、彼には不満でしょうがなかった。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・・・・・・・野郎・・・・・・舐めてやがんのか?」

 

 またしても自分にトドメを刺さず、戦闘力を奪っただけで撤退していったエターナルフリーダムの姿に、クーランは首をかしげる。

 

 あの瞬間、奴は確実にクーランにとどめをさせるタイミングだった。ガルムドーガは頭部を失い、動きを鈍らせていた。死角に回り込んでトドメを刺すくらいは何でもなかったはずだ。

 

 にも拘らず、それをせずに去って行った。

 

 これが意味するところは・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・クッ」

 

 その唇を歪んだ調子に吊り上げ、クーランは笑みを浮かべる。

 

「クックックックックック・・・・・・ギャーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 突如発せられる笑い声。

 

 ただ、自身の内からわき出る愉快な感覚に、クーランはとめどない笑いを発する。

 

「そうかそうか、そういう事だったのか!! テメェは、そういう事か!!」

 

 自身の内で、何かに納得するように笑い声を上げるクーラン。

 

 そんな彼の視界の彼方では、

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせて飛翔する、エターナルフリーダムの姿が、いつまでも刻み込まれていた。

 

 

 

 

 

 この日、アルザッヘル強襲と前後して、自由オーブ軍の旗揚げが世界中に大々的に宣言され、同時にプラント政府、ならびにその傀儡となっている、現オーブ政府に対して宣戦布告が叩きつけられたのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-05「月強襲」      終わり

 




機体設定



RUGM-X09A「ギルティジャスティス」

武装
高出力ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ウィンドエッジビームブーメラン×2
ビームシールド×2
グリフォン・ビームブレイド×2
グラップルスティンガー×2
ビームダーツ×6
12・7ミリ機関砲×2

リフター部分:
機首インパルス砲×1
ビームキャノン×4
旋回式ビームガトリング×2
グリフォン・ビームブレイド×2

パイロット:アステル・フェルサー

備考
自由オーブ軍がターミナルの協力を得て開発したジャスティス級機動兵器。元々はエターナルフリーダム、スパイラルデスティニーと同時期にロールアウトする予定だったが、開発が難航した為、今日までずれ込んだ。リフターの砲撃戦力強化に加えて、ジャスティス級の弱点だった素体部分の機動力強化を行った。これにより、その特徴である接近戦能力は格段に強化されている。




ガルムドーガAS

武装
ビームライフル×1
ビームトマホーク×1
ハンドグレネード×6
アンチビームシールド×1
ビームガトリング×4
ビームキャノン×2

パイロット:クーラン・フェイス

備考
ガルムドーガに新型のアサルトシュラウドを装備し、攻撃力、防御力、機動力を強化した機体。その為操縦性が極端に悪くなり、事実上クーラン専用機となっている。


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PHASE-06「闇視する先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蹂躙と言う言葉以外に、その状況を言い表せる言葉は見つからなかった

 

 本来であるならば、不穏分子の討伐などに精鋭部隊を派遣するなど、鶏を裂くのに牛刀を用いる最たる例と言えるだろう。下手をすると金の無駄遣いであると非難されてもおかしくは無い。

 

 しかし、宣伝と言うのも軍隊の中では重要な仕事である。

 

 特に新設の部隊と来れば、敢えて弱い敵にぶつける事で大々的な戦果を上げ、活躍を宣伝する事で、その存在と必要性を内外にアピールする場合もある。その際、部隊としての「慣らし」も同時に行われるのだが。

 

 最高議長特別親衛隊ディバイン・セイバーズも例にもれず、新設された部隊として前線に駆り出される事は多かった。勿論、本来の任務は議長の親衛隊として首都アプリリウスを守る事ではあるが、最強部隊を後方で寝かせておく余裕は、流石のプラントにもない。そこで、ローテーションを組んで、各中隊が前線と後方を交互に行き来している。

 

 ザフト、保安局、そしてディバイン・セイバーズと三極で構成された「プラント軍」の中にあって、ディバイン・セイバーズだけが実績が薄い新興の部隊である。その為、宣伝効果を上げる事を目的に、頻繁に出撃を命じられていた。

 

 ディバイン・セイバーズ第4戦隊は現在、宇宙戦線を担当し、跳梁する海賊や反乱勢力の殲滅を行っていた。

 

 虚空に白い翼が羽ばたくたび、反乱を目論んだ勢力は確実に数を減らしていくのが判る。

 

 赤い装甲に白い翼を持つ天使の如き機体は、現状、ディバイン・セイバーズのみが装備、運用しているフリーダム級機動兵器である。

 

 ZGMF-10A「リバティ」

 

 長く抑圧され続けてきたコーディネイター達の解放と躍進を約束した、次代を担う翼である。

 

《敵主力、マーク30アルファにて展開中。現在、2班が応戦中ですが、数が多くて苦戦しています》

「了解、掩護に当たります」

 

 第4中隊長を務めるクーヤ・シルスカは、オペレーターの誘導に従ってリバティを飛翔させながら、敵の最も多い場所を目指していく。

 

 戦闘を開始してから既に数度、敵と交戦している彼女だが、疲れなどは感じていない。まだ余力は充分に残している。

 

 むしろ心の中は、目の前の敵に対する憤りで溢れ、活力が漲ってくるようだ。

 

 許せなかった。

 

 今や世界は、グルック議長の下で統一へと向かおうとしている。プラントの持つ最高の技術と指導力で、人類は初めて人種も思想の垣根も超えた、真に統一された人種になろうとしている。

 

 だと言うのにいたずらに攻撃を仕掛け、統一の妨げとなる者達。

 

 そこに一縷の慈悲すら掛ける謂れを、クーヤは微塵も感じなかった。

 

 飛んでくる砲火の中へ、機体を踊り込ませる。

 

 そこに躊躇は無い。

 

 そして、慈悲も無い。

 

「議長の為に!!」

 

 吠えると同時に、クーヤは腰部に装備したビームキャノンとビームライフルで砲撃を仕掛ける。

 

 リバティの最大の特徴は、素体となる機体をベースに、様々な武装の付け替えが可能な点にある。ちょうど、オーブ軍が開発したセレスティ(当初のエターナルフリーダム)と同じコンセプトである。

 

 クーヤはと言えば、普段から火力よりも機動性を重視する傾向がある為、主な武装は元々の装備であるビームライフルとビームサーベル、ビームシールドの他、腰部にビームキャノンを装備しているのみで、後の余剰分は機動性の強化に回している。

 

 放たれたビームが、複数の敵機を容赦なく撃ち抜く。

 

 更にクーヤは、攻撃の手を緩めない。

 

 向かってくる敵を、的確な照準で迎え撃つクーヤ。

 

 たちまち、虚空に爆炎の花が咲き乱れる。

 

 まだ2年前。ディバイン・セイバーズが部隊として形を成していなかった頃から議長直属として戦場に立っていたクーヤにとって、調子に乗って反乱を起こした程度の連中など、物の数ではなかった。

 

 それでも反乱分子たちは諦めようとしない。どうにか、リバティの砲火を掻い潜って接近を試みてくる。

 

 クーヤ機に近付こうとする機影が4機。種類はストライクダガーだ。

 

 クーヤはそれに対してビームキャノンを格納してビームライフルをハードポイントに戻すと、ビームサーベルを抜刀、4対8枚の翼を広げ斬り込む。

 

 その圧倒的な加速力を前に、ストライクダガーは全く対応できなかった。

 

 接近と同時に振るった刃は戦闘の1機を切り飛ばし、更に引き抜く勢いで剣をフルスイング、背後で立ち尽くす1機を胴切りにする。

 

 その段になってダガーは反撃に転じようとするが、それを許すクーヤではない。

 

 1機を蹴り飛ばして隙を作ると、その背後にいたダガーを袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 最後の1機はバランスを立て直しながら逃走しようとするが、クーヤはそれ以上の速度でダガーに追いつくと、背中に剣を突き立てて撃墜してしまった。

 

 踊る爆炎。

 

 その炎に彩られ、白き翼の赤き天使が周囲を圧倒する存在感で睥睨する。

 

 精鋭ぞろいのディバインセイバーズの中にあっても、クーヤの実力は群を抜いていると言って良かった。

 

 残る反乱分子たちは僅か。

 

 しかしそれでも、彼等はなけなしの戦力を振り絞って向かってくる。

 

《祖国解放の為に!!》

《プラントの犬に鉄槌を!!》

 

 口々に叫ぶ反乱分子達。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・そんなに死にたいなら」

 

 クーヤは激昂と共に眦を上げる。

 

「どっかその辺で、自殺でもしていろォ!!」

 

 言い放つと同時に、クーヤの中でSEEDが弾ける。

 

 動きに鋭さを増すリバティ。

 

 その機動性に追随できる者は、敵味方双方を合わせても、1人も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現状の問題として、やはり、どの問題から先に取り掛かるのか、にあると思います」

 

 報告するに当たり、リィスはシュウジに対して、そう切り出した。

 

 現状、月への襲撃を終えた大和は、次の作戦行動に対して指示を待っている状態である。

 

 自由オーブ軍の戦力は、反プラント勢力の中では随一と言っても良く、それだけでも戦局をある程度有利に進める事は可能であると分析されている。

 

 しかしそれでも、闇雲に戦線投入して消耗を重ねるのは愚の骨頂である。

 

 何しろ、ターミナルの支援があるとはいえ、一度失われた戦力は簡単に補充できる物ではない。

 

 行動は慎重に、それでいて挙動は大胆に行かなくては、得る物も得られない。

 

「最終的にはオーブ本国を奪還するところを目指すべきだろうが、現状で必要なカードが、まだ揃っているとは言い難い」

 

 シュウジは難しい顔でそう言いながら、書類に目を落とす。

 

 現在ある戦力だけで、オーブ本国の奪還が可能か否かと問われれば、可能である、と言うのがシュウジの考えだった。

 

 奪還それ自体には問題ない。

 

 だが、奪還作戦を行って疲弊したところに、プラント軍の追撃を受けて袋叩きにされたのでは、何の意味も無かった。

 

「その為の第一段階として、まずはここの奪還を行うべきだろう」

「アシハラ、ですか・・・・・・」

 

 リィスは、シュウジがさした宙図の一点を見詰めて頷きを返した。

 

 そこには、かつてオーブが保有した世界最大の宇宙ステーション・アシハラが存在している。軍民兼用の大型宇宙港であり、デブリ帯の奥に建設されている事から、一種の要塞としても機能している。

 

 事実、ユニウス戦役の折には地の利を活かした戦略で侵攻してきたザフト軍を撃退していた。

 

 カーペンタリア条約によって、今はプラントの管理下に置かれているが、最終的にオーブ本土奪還を目指すなら、是非とも押さえておきたい拠点である。

 

 だが、それと同時にクリアしなくてはならない問題もまた、存在していた。

 

「それにはまず、アレをどうにかしない事には」

「ああ、判っている」

 

 リィスの言わんとしている事を察し、シュウジは頷きを返す。

 

 2年前の戦いで北米解放軍が保有していたニーベルング砲台群を殆ど一瞬の内に焼き尽くしたザフト軍の大量破壊兵器。

 

 未だに特性や性能はおろか、名称すら判明していないが、だからこそその存在は不気味な脅威となってこちらの動きに掣肘を与えている。

 

 アシハラを攻めても、その間に大量破壊兵器を撃たれたりしたら目も当てられなかった。

 

 と、その時、扉が開いて、操舵手のナナミが部屋の中に入ってきた。

 

「失礼します艦長。今後の航海計画についての報告書を持ってきました」

 

 第2次フロリダ会戦で兄を失い、一時は失意の淵へと落ちていたナナミだが、あれから2年経ち、立派に立ち直って、今尚、大和の舵輪を握り続けている。

 

 彼女の操舵術はかつてよりもさらに磨きが掛かり、今や大和の命運は彼のジョン双剣に掛かっていると言っても過言ではなかった。事実、先のアルザッヘル襲撃戦でも、見事な操艦を見せて大和を砲撃ポイントまで誘導していた。

 

 それに、

 

「あ、すいません副長。お取込み中でしたか?」

「ああ、良いの良いの。もうだいたい終わったから」

 

 そう言うとリィスは、自分の書類を手早くまとめて立ち上がると、すれ違いざまにナナミの肩を軽く叩いて部屋を出て行く。

 

「あ、あの、艦長、お疲れではないでしょうか? よろしかったらコーヒーを入れますが?」

「ああ、そうだな。では、すまないが頼もうか」

 

 そんなシュウジとナナミのやり取りを背中に聞きながら、リィスは廊下を歩き出す。

 

 最近になって気付いた事だが、ナナミはどうも、シュウジに気があるらしい。勿論、本人に確認した訳ではないので確かな事は言えないのだが。

 

 しかし、彼女の態度を見ていれば、何となく察しがついた。

 

 何にしても、悪い事ではないと思う。

 

 自分達は戦争をしているが、戦争期間中は恋愛禁止、などと言う軍規も無い訳だし。

 

 リィスの両親も戦場で出会い、大恋愛の末に結婚している。それを考えれば、むしろ羨ましいくらいである。

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば、彼、どうしてるかな?」

 

 ふとリィスは、ある人物の事を思い出す。

 

 2年前、ほんの一時期行動を共にしたプラントの青年。

 

 あれ以来一度も会っていないが、元気にしているだろうか?

 

 しかし、今やプラントと自由オーブ軍は敵対関係になってしまっている。簡単に会う事はできないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・それも、仕方ないか」

 

 フッと、寂しげに笑みを浮かべるリィス。

 

 これはリィス自身、自分で選んだ道である。ならば、運命を受け入れて突き進む以外に無い。

 

 たとえそれが、自分にとって不本意な道であったとしても。

 

 

 

 

 

 その少女を見た人間は、大半が己の息を一瞬顰めてしまう事だろう。

 

 今は洒落たハンチング帽とサングラスで顔を隠しているものの、その生来の美貌はその程度の偽装で隠しきれるものではない。

 

 年相応に成長を遂げた身体は、服の上からでも判るくらい均整のとれたプロポーションを見せ、仮に専門外のモデル業をやったとしても、充分に通用するように思われた。

 

 これこそ、あるいは血の成せる業かもしれない。「プラント芸能界の女帝」などと言う人物を母に持てば、否が応でも注目を引く存在になってしまう。

 

 VIP専用のシャトルと言う事もあり、内装、設備、サービス、どれを取ってもプラントで最高レベルの物が揃えられている。規模こそ小さいものの、高級ホテル並みに快適な空間である。

 

 もっとも彼女、ヘルガ・キャンベルは現在、自分自身が置かれている環境について、不満以外の感情を見出す事ができないのだが。

 

「いつまで膨れているつもり?」

 

 少し笑いを含んだ声が横合いから投げ掛けられるが、ヘルガはその声には答えずそっぽを向く。

 

 彼女の横に座った女性は、手にした雑誌に目を落としながら声を掛けてくる。

 

 対してヘルガは、不機嫌そうに女性を睨み付けるが、結局何も言わないまま視線を元に戻してしまった。

 

 ヘルガに声を掛けた女性の名はミーア・キャンベル。

 

 年間のCD売上数はプラント内でもトップを誇る「女帝」であり、かつては「ラクス・クラインの再来」とまで言われた存在である。

 

 そしてヘルガにとっては、何歳になっても頭の上がらない母親でもある。

 

 不満ありありな娘の心情を見透かしたように、ミーアは平然としたまま雑誌を読み進めている。母親であるが故に娘の扱いは慣れているようで、ヘルガの態度も全く気にした様子が無い。

 

 その、何もかもお見通しであるかのような母の態度が、ヘルガの不満をさらに助長させていた。

 

 きっかけは、出発前にいきなりマネージャーから聞かされたことだった。

 

 地方の公演ツアーに出発する直前。その予定がミーア側の予定とバッティングしている事が判ったのだ。

 

 ヘルガとしては、仕事絡みとは言え折角の地方旅行である。仕事が終わった後はゆっくり羽を伸ばして普段の疲れを癒そう、とか密かに考えていたのだ。

 

 にも拘らず、直前になって不意打ちのように聞かされたのがバッティング宣告である。これでは慰安旅行が研修旅行になってしまった気分である。ヘルガとしては、納得できるはずも無かった。母の事は好きだが、それでも自由になれる時間くらい欲しい、と思うのがヘルガの偽らざる心情である。

 

 その話を聞いた時には、思わずマネージャーに罵声を浴びせてしまった。なぜ、こんな事になったのか? なぜ、もっとちゃんと調べておかなかったのか? と。

 

 マネージャーは恐縮したまま、ただ只管ヘルガに謝り通していた。

 

 勿論、マネージャーは悪くない。ミーアは押しも押されぬプラントの「女帝」であるのに対し、ヘルガは新進気鋭とは言え、未だに駆け出しに過ぎない。ヘルガ側のマネージャーがミーアの予定を調べる事は難しいのだ。

 

 マネージャーをひとしきり怒鳴った後、自室に戻って自分のやった事にひどく後悔したヘルガだったが、無論の事、それで気が晴れるはずも無かった。

 

「いい加減に機嫌を直しなさい。だってしょうがないでしょ。この事は、ママだって知らなかったんだから」

「そんな事・・・・・・言われなくても判ってるもん」

 

 ふくれっ面のまま返事を返すヘルガ。

 

 ヘルガとて判っている。芸能界と言う場所で仕事をしていれば、ままならない事は幾らでも出て来る。それにいちいち腹を立てていても仕方がないのだと言う事が。

 

 ヘルガは立ち上がると、ミーアに背を向ける。

 

「どこ行くの?」

「トイレ!!」

 

 芸能人にあるまじき発言をしてから、ミーアはトイレのある方へと向かっていく。

 

 肩をいからせ、無重力じゃなかったらズンズンと言う擬音が聞こえて来そうな足取りの娘を見て、ミーアはクスッと笑みを浮かべる。

 

 そんなヘルガとすれ違うようにして、1人の男性がこちらに向かってくるのが見えた。

 

 男性はヘルガの方に目を向けた後、ミーアに向かって笑みを見せる。

 

「お姫様は、まだお冠ですか?」

 

 男の名はニコル・アマルフィ。プラントを代表するピアノ奏者であり、キャンベル母娘とは、とある友人を介して20年来の付き合いがある。

 

 人当たりが良い性格であり、ミーア自身、何かと頼る事が多い。

 

「まあね。放っておいていいわよ。どうせ、お腹がすく頃には機嫌も治っているでしょうし」

 

 流石は母親と言うべきか、不機嫌な娘の扱いには慣れた物である。こういう時は、暫く放っておいた方が得策である。

 

 そのミーアの言葉に、ニコルは苦笑する。

 

「ノルトがいてくれれば、少しは気も紛れたかもしれないんだけどね。ヘルガ、あの子のピアノが好きだったから」

「ノルト君、ザフト軍に入ったのよね?」

 

 ミーアは、少し意外そうな顔をしながら首をかしげる。

 

「何か、あの子の性格に似合わないわよね、軍人なんて?」

「・・・・・・・・・・・血、かもね」

「え?」

「いや、何でもないよ」

 

 自分の昔の事を思い出し、ふと苦笑いを見せるニコル。そんな彼を、ミーアは怪訝そうに眺めるが、ニコルがそれ以上、何かを語る事は無かった。

 

 やがて、ヘルガが戻ってくるのが見える。

 

 異変が起こったのは、その時だった。

 

 

 

 

 

 シャトルを操縦するパイロットは、前方から接近する複数の熱源がある事に気付いた。

 

「何だ?」

 

 やがて、光学映像が接近する機影を捉える。

 

 シャトルよりも小型で、より機動力の高い機体。特有のずんぐりした重厚な機影が見えてくる。装甲の黒が、闇から溶け出すようにして真っ直ぐに向かってくる。

 

 その姿に、パイロットは驚愕の声を上げた。

 

「ハウンドドーガッ!? しかも、あれは・・・・・・」

 

 黒いカラーリングの機体は、保安局所属である事を意味している。

 

 プラント市民にとっても、保安局は恐怖の対象である。所謂「秘密警察」に相当する保安局は、反乱分子と認定した相手に対する捜査、逮捕権を有しているのみではなく、場合によっては「制圧」も実行できる。もし疑いを掛けられたら最後、逮捕連行され、そして二度と戻って来る事は無い。

 

「なぜ、奴らがここに!?」

 

 急速に喉が渇く。

 

 対モビルスーツ戦闘のノウハウはディバイン・セイバーズやザフトに劣る保安局だが、非武装の民間シャトルにとっては充分すぎる脅威である。

 

 もし彼等が問答無用で攻撃を仕掛けてきたりしたら、一瞬と保たないだろう。勿論、逃げるなど論外だ。

 

 やがて、2機のハウンドドーガが突撃銃を向けてくる中、小隊長と思われる機体が、シャトルに向けて発光信号を送ってくる。

 

『停戦せよ。しからざらば攻撃する』

 

 従うより他に、方法は無い。可笑しな素振りを見せれば、その瞬間に向けられた銃口が火を噴き、そしてシャトルを木端微塵にする事だろう。

 

 停戦するシャトル。

 

 そこへ、保安局の揚陸艇が近付いて来るのが見えた。

 

 

 

 

 

 ファーストクラスのデッキの扉が開き、手に武器を持った複数の保安局員たちが雪崩込んでくるのが見える。

 

 途端に、乗客たちが悲鳴を上げる中、局員は目標の人物を見付けると、足早に駆け寄ってきた。

 

「・・・・・・・・・・・・ママ」

 

 自分に近付いて来る保安局員を見て、不安げな声を上げる娘を、ミーアはしっかりと抱きしめる。

 

「大丈夫・・・・・・大丈夫だからね」

 

 ミーアはそう言って、抱き締めた娘の頭を優しく撫でてやる。

 

 子供の頃には、ある理由で修羅場を持潜り抜けた経験があるミーアにとって、銃口を向けられる事への耐性は充分に培われている。しかし、その精神を、まだか弱い娘に求める事は不可能だった。

 

「何なんですか、あなた達は?」

 

 ヘルガをしっかりと抱きしめながら、ミーアは銃口を向ける保安局員たちを威嚇するように叫ぶ。

 

 相手は武器を持った兵士達。場合によっては発泡も許可されている。そんな相手に、ミーアは一歩も退く事無く対峙する。

 

 娘に少しでも危害を加えようものなら、絶対に容赦しない。

 

 ミーアの態度からは、断固とした意志がにじみ出ている。

 

 たとえ自分自身の命を投げ出す事になっても、ヘルガだけは守り通して見せる。ミーアは心の中で、固く誓う。

 

 そこへ、捜査隊の隊長と思しき人物が歩み出てきて、1枚の書類を突き出してきた。

 

「ミーア・キャンベル、並びにヘルガ・キャンベル。あなた達を国家反逆罪、並びに騒乱煽動罪で逮捕します。どうか、抵抗はしないように」

 

 慇懃にそう告げると、部下に拘束するよう命じる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 そんな彼等の前に、ニコルが立ちはだかった。

 

 ニコルは普段、温厚な性格として認識されているが、その印象をかなぐり捨てるように、保安局員に対して食って掛かる。

 

「こんな横暴が許されていいはずがない!! まずは明確な証拠を示していただきたいッ それからキャンベル母娘の顧問弁護士に連絡をッ これは正当な権利だ!!」

 

 毅然とした態度を見せるニコル。

 

 誠実な抗議は、しかし理不尽な暴力によって報われた。

 

 兵士の1人が、手に持ったライフルの銃座で、容赦なくニコルの頭を殴りつける。

 

「ニコル!!」

 

 ミーアが声を上げる中、ニコルは意識を失って昏倒する。

 

「この男も連れて行け。こいつらの仲間かもしれん。まったく、不穏分子ってのは油断も隙も無い。どこにどうやって潜んでいるか判らないから始末に負えんよ、まるでゴキブリだ」

 

 吐き捨てるようにそう言って肩を竦める兵士の言葉を、ミーアは強い眼差しと共に聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱いシャワーをその身に浴び、弛緩した体を引き締めると、心も一気に引き締まる思いである。

 

 少女らしい瑞々しさを感じる体は、小柄ながらスラッとした細さを保ち、バランスの良い肢体を湯に晒している。

 

 短く切りそろえた美しい金髪は水の流れに逆らわず、滴を伝わせて床へと向かう。

 

 ある種の神々しさすら感じるような姿は、神聖にして侵しがたい印象を受ける。

 

 やがて体を清め終ると、待っていた侍女に体と髪を拭かせ、用意された純白の衣装に身を包む。

 

 この衣装一枚だけで、平均的な欧州人の年収2年分にも匹敵する。それを惜しげも無く普段着にしている辺り、格差と言う物を真剣に考えざるを得ない。

 

 最後に、差し出されたトレイに恭しく乗っている仮面を取り、それを慣れた手付きで顔に装着する。

 

 ユニウス教団の象徴たる「聖女」は、全ての身支度を終えて禊の場を後にした。

 

 北米紛争において、共和連合軍、正確に言えばアンブレアス・グルック率いるザフト軍に加担し、北米解放軍、並びにその「共犯者」たるオーブ軍の殲滅に貢献したユニウス教団は、その後も交わされた密約によって存在を公的に認められ、勢力を拡大している。

 

 今や、教団の活動範囲は当初の本拠があった欧州のみならず、プラント領北米にまでおよび、年間の入信者数拡大につなげている。

 

 特に北米では、先年の紛争終結以来人心の荒廃が絶えず、それ故に教団に救いを求める者は後を絶たなかった。

 

 まさに、新たな勢力圏の拡大を行うには、北米と言うのは絶好の場所だった。

 

「遅くなりました」

 

 会議の場に入ると、既に教主アーガスを始め教団の幹部達が既に勢ぞろいしていた。

 

 ユニウス教団内部においてもいくつかの役割があり、それに応じた位階も決められている。

 

 司祭と呼ばれる者達は一定の教義を修得し、アーガスによって認められた者達である。彼等は一般信徒達への指導を行うほかに、事務等、実際に教団の運営にかかわる役割も与えられている。

 

 更に司祭達の中でも位階があり、階級の高い者は各方面の支部長を任され、その地方の信徒の行動、生活の一切を管理する責任がある。

 

 この他に、北米紛争終結に貢献した戦闘部隊があるが、これは教主アーガス直轄となる。

 

 それらの幹部達が今、この場に集まっていた。

 

「では、大会議を始める。本日の議題についてはまず、各支部からの報告から始めてもらいたい」

 

 議長役のアーガスに促され、各支部の支部長が順に起立して報告を行っていく。

 

 特に、最近になって勢力圏となった北米の各支部においては多くの問題を抱えており、目下のところ教団にとっては最優先の事案となっている。

 

 紛争が終結したとは言え、長引いた戦乱は人心を荒廃させるのに十分だった。それ故に野党の類が横行し、更には北米解放軍の残党が未だにテロリストと化して活動を続けている。それらが教団の不況を邪魔してくることは珍しくなかった。

 

 その為に戦闘部隊の増強は随時行っている。いざと言う時は、彼等が信徒を守る最後の盾となるのだ。

 

「僭越だとは思うのですが・・・・・・」

 

 北米支部長の1人が、恐る恐ると言った感じにアーガスに言った。

 

「戦闘部隊のみによる護衛だけでは、限界があります。ここは、プラント政府か、もしくは北米総督府に治安の強化を要請する事はできないでしょうか?」

 

 北米の治安維持は、当然ながら統括するプラントの役目だ。ならば、その主張は当然の物なのだが・・・・・・

 

 しかし、その言葉に対し、数名の幹部達は明らかな難色を示していた。

 

 確かに教団とプラントは同盟関係にある。しかし、たとえ相手が同盟者であったとしても、必要以上に借りを作りたくは無いと言うのは、どんな場合でも本音である。

 

 下手な要請は藪蛇を呼び、後日、教団にとって不利な要求をプラント側から突き付けられる事も考えられる。その為、今ここでプラント政府に対して借りを作る事は得策ではない、と考えている者は決して少なくない。

 

 だが、

 

「教主様、私からもお願いします」

 

 淡々とした口調で、仮面の少女がアーガスへと告げる。

 

「今こうしている間にも、信徒の皆さんに塗炭の苦しみを味あわせているのは事実。ならば彼等を守る為に手を打つべきと考えます」

 

 教団のトップはアーガスだが、聖女は教団の象徴であり、その立場は事実上、アーガスよりも上である。彼女が望めば、教主アーガスを始め全ての信徒にそれを実行する義務が生じる。

 

 聖女の方でもその事は弁えており、普段はあまり会議の場では積極的に発言せず、ただ確定した議題に了承を与えるのみなのだが、この日は信徒達の身に危険が及んでいると知り、敢えて沈黙を破ったのだ。

 

「・・・・・・承知しました」

 

 対して、教主は厳粛な調子で言って頭を下げる。

 

 聖女が望むならば、彼等に否やは無い。それがたとえ、教団にとってマイナスになる事であっても。

 

 だが、

 

 仮面の奥ですまし顔に戻る聖女。

 

 そんな彼女の横顔を、

 

 アーガスは細めた視線で見詰め続けていた。

 

 

 

 

 

「えー、結局それだけしかしなかったの?」

 

 部屋の中に、リザの不満げな声が木霊する。

 

 室内にいるのはカノンとリザだけ。2人とも、今は休憩中と言う事で部屋の中で休んでいた。

 

 そのリザはと言えば、今、カノンに食って掛かるようにして迫っていた。

 

 話の内容は、先日のヒカルとの会話についてである。

 

 リザとしてはてっきり、そのままヒカルとカノンが深い関係になるであろう事を期待していたのだが・・・・・・

 

「何でそこまで行っといて、チューぐらいしなかった訳!?」

「いやザッち、チューって・・・・・・あたしは別に・・・・・・」

 

 あまりのリザの剣幕に、思わずカノンはのけぞる。

 

 それまでの成長を取り戻すように、最近は成長著しいリザ。背も、1年以上前に既に抜かれて(カノン的には割とショックだった)おり、向かい合えばリザの方が見下ろす形になってしまっている。

 

 以前はカノンがリザを妹のように思って扱われていたが、今では立場的に逆転しつつあるように思えた。

 

 そんなカノンに対し、リザはあからさまにため息をついて見せる。

 

「ノンちゃんってさ、キャラに似合わず意外とヘタレだよね」

「へ、ヘタレ!?」

 

 ひどい言われようだった。

 

「だってさ、ヒカル君はあの通りの鈍感キングなんだから、もたもたしてたらこっちの気持ちなんて伝わんないよ?」

「う・・・・・・それは・・・・・・」

 

 思い当たる節が多々あるのか、カノンは言葉を詰まらせる。

 

 確かに、あのヒカルを相手に正攻法ばかり続けていたら、永遠に思いは届きそうにないような気がする。

 

 何かしらもっと、積極的な手に訴える必要性は、確かにあるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 女子2人が姦しいトークに興じている頃、ヒカル、レオス、アステルの男3人組は、格納庫に集まって機体の調整を済ませていた。

 

 正直、先の戦いで驚いたのは、ギルティジャスティスの存在だった。

 

 これまで全く存在を公表されていなかった機体である。それを、まさかアステルに託して出撃させるとは思っても見なかった。

 

「エターナル計画の一環でね、元々、エターナルフリーダムとスパイラルデスティニー、ギルティジャスティスをメインに、3機のリアディスがサポートする形を取られるはずだったらしいよ」

 

 レオスがそう言って説明する。

 

 計画を推進したオーブ軍としては、都合6機の機動兵器を前線に投入する事で、北米解放軍や北米統一戦線との戦いに、一気に決着を付けようとしたのだろう。

 

 しかし意に反しスパイラルデスティニーは北米統一戦線に奪取され、エターナルフリーダムはテロにあって大破。ギルティジャスティスは開発が遅れに遅れてしまい、計画は半ば以上完遂されないまま、北米紛争への介入を余儀なくされたと言う訳だ。

 

 おかげでオーブ軍は、エターナルフリーダムを突貫修理して間に合わせたセレスティの他は、本来なら支援機の筈のリアディスを主力として北米紛争を戦う羽目になったのだ。

 

 現在の主要戦力はエターナルフリーダムとギルティジャスティス。そしてリアディス・アインとドライの4機。

 

 スパイラルデスティニーは結局戻らず、リアディス・ツヴァイは北米で失われた形ではあるが、ようやく本来のエターナル計画に近付いた感があった。

 

 更にリアディス用の新装備も急ピッチで完成を目指している。それが成れば、更なる戦力の拡充が見込めるはずである。

 

 そこでふと、ヒカルが視線を巡らせると、アステルが自分の愛機となったギルティジャスティスを見上げて立ち尽くしているのが見えた。

 

 因みにアステルが前から使っていたストームアーテルは、自由オーブ軍の方で回収され後方の拠点へと送られていった。恐らく修復の後、再び戦線に加わる事になるのだろう。

 

 今やこのギルティジャスティスこそが、アステルにとっての唯一の剣となった訳だ。

 

「どうしたんだよ、アステル?」

「・・・・・・・・・・・・いや、別に」

 

 それだけ告げると、アステルは踵を返して去って行く。

 

 そのアステルの後姿を見据え、ヒカルはため息を吐いた。

 

 状況が変わっても取っ付きの悪さは相変わらずのようだった。おかげで仲立ちするヒカルの気苦労が絶えない。

 

「彼、相変わらずみたいだな」

「ああ、どうにかしてやりたいんだけど」

 

 同情気味に声を掛けてきたレオスに、ヒカルはやれやれと言った調子に答える。

 

 自由オーブ軍に合流して以来、アステルは以前に輪を掛けて無口になった感がある。そんな状況であるから、なかなか周囲に馴染めずにいるのだ。

 

 レオスなどは、あまりそう言った事を気にしていない様子で、よくアステルに声を掛けているのを見かけるが、逆に女性陣は、アステルの近寄りがたい雰囲気に押され、露骨に避けている感すらあった。

 

「まだ、戸惑ってるんじゃないかな彼? 自分の立ち位置にさ」

「立ち位置?」

 

 レオスの言葉に、ヒカルは怪訝そうに尋ね返す。

 

「つい2年前まで敵だった戦艦に乗って、一緒に戦っている。それは彼にとって、考えても見なかった異常な事なんだと思う。だからまだ、頭の中で混乱している状態なんだよ」

「混乱ねえ・・・・・・」

 

 あのアステルが混乱している所なんて、正直想像できないのだが、レオスが言っている事は理解できた。

 

 要するに、まだまだ時間がかかると言う事だろう。アステルがこの状況に馴染むのも。

 

 クスッと、ヒカルは微笑する。

 

 そう言う事なら仕方がない。面倒くさいが、もう少し付き合ってやるか。

 

 ヒカルがそんな風に考えた時だった。

 

《副長より達す。パイロット各位は、直ちにブリーフィングルームへ集合せよ。繰り返す。パイロット各位は、直ちにブリーフィングルームへ集合せよ》

 

 リィスの声がスピーカーから響き渡る。どうやら、状況に何かしらの変化があったらしい。

 

 ヒカルとレオスは、互いに頷き合うとブリーフィングルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 先のアルザッヘル襲撃戦は、自由オーブ軍としての旗揚げを世界中に印象付けると同時に、裏ではもう一つの目的が密かに遂行されていた。

 

 それはターミナルの連絡要員と合流する事である。

 

 ターミナルは元々、情報の収集伝達を行うスパイ組織としての一面が強い。その為、必要な情報を取得して自由オーブ軍に渡す事も、彼等の役割の一つだった。

 

 自由オーブ軍としても、次の作戦行動を練り上げる上で、ターミナルとの連携は必要不可欠だった。

 

 ヒカル達がブリーフィングルームに入ってしばらくすると、リィスが一人の女性を連れて入ってきた。

 

 年齢は30代から40代くらいで、軍服ではなく一般人の服装をしている所を見ると、彼女が連絡要員なのだろう。

 

 と、女性の方はヒカルと目が合うと、小さく手を振ってくるのが見えた。

 

 キョトンとするヒカル。

 

 どうにも、見覚えの無い女性である。しかしどうやら、向こうの方ではヒカルの事を知っているらしい。

 

 そんな事を考えていると、壇上に立ったリィスが語り始めた。

 

「みんな、揃っているわね。じゃあ、始めるわよ」

 

 そう前置きして、リィスは作戦の説明に入った。

 

「かねてから捜索していた、プラントが所有している『収容コロニー』の場所が分かったわ」

 

 その言葉に、一同の間に緊張が走る。

 

 プラントの政策により、保安局が逮捕した反乱分子を捕縛、収容する大規模なコロニーが地球圏のどこかに存在している事は、前々から囁かれていた事である。

 

 しかしプラント側が厳重に情報管制を行っている為、その位置を特定する事は今までできなかった。

 

「確かなんですか、その情報は?」

 

 尋ねたのはレオスである。

 

 その情報が間違いない物であるなら、自由オーブ軍にとって、この上ない目標となる筈である。

 

 それに対してリィスは頷きを返すと、スクリーンに宙図を投影し、その一点を指揮棒で差した。

 

「場所はここ。見ての通り、本来の航路からはだいぶ外れているわよね」

 

 確かに、そこは殆ど何も無い宙域と言って良かった。確かに、そのような場所に人工物があるとはだれも思わないだろう。

 

 だが、

 

 一同の間に緊張が走る。

 

 プラントの保安局が政治犯等を逮捕して、所在不明のコロニーに強制収容している、と言う話は聞いていたが、そのコロニーの場所がついに判明したのだ。

 

「説明は、こちらの方からしてもらうわ」

 

 そう言うとリィスは、ともに入ってきた女性を紹介した。

 

「フリーカメラマンのミリアリア・ケーニッヒさんよ。彼女は仕事柄、多くの地域を周る事が多いんだけど、その関係でターミナルの情報員も務めているの」

「よろしくね」

 

 そう言って、ミリアリアは気さくに手を上げて挨拶してくる。

 

 そこでヒカルは、ようやく挨拶する女性の正体を思い出した。

 

 確か、父の昔からの友人で、フリーカメラマンをしている女性だった。幼い頃に何度か会って、撮った写真を見せてもらった事がある。

 

 旦那さんの方はジャーナリストをしており、夫婦そろって世界中を飛び回る仕事をしているとか。

 

 そんな彼女が、まさかターミナルの構成員だったとは思いもよらない事であった。

 

「収容コロニーの戦力は、ほぼ保安局の部隊のみで、決して多くは無いって話よ。ただ、近くでザフト軍の部隊が活動してるって情報もあるから、もしかするとそっちの連中も出て来る可能性があるから気を付けて」

 

 ミリアリアの説明を受けて、ヒカルは考え込む。

 

 保安局の部隊のみであるなら、大した脅威にはならない。彼等の対モビルスーツ戦闘技術が低い事は、すでに実証済みである。

 

 しかし、もしザフト軍が増援として現れたりしたら、その時は少々厄介な事になるかもしれなかった。

 

「今回はターミナルとの合同作戦になります。既に向こうの工作員が動いているって話よ。ただ、聞いた通り、状況がいつ、どんな風に変化するのかは想像ができない。なるべく迅速に、そして確実に行動するように」

 

 リィスの言葉を受け、一同は気を引き締めて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ作戦を説明するだけなのに、この男はなぜこんなにも偉そうなのだろう?

 

 毎度の事にうんざりしつつも、レミリアはそんな事を考える。

 

 パイロットスーツに着替えた彼女は、ザフト軍の隊長から作戦の説明を受けていた。

 

 内容は不穏分子の殲滅。

 

 「宇宙解放戦線」などと大層な名を名乗る組織が、再起人になって活動を活発化させ、プラント所属のシャトルや輸送船を襲うようになったとか。

 

 レミリアに与えられた任務は、その宇宙解放戦線の捕捉、殲滅である。

 

「以上だ、何か質問はあるかね?」

「・・・・・・・・・・・・いえ」

 

 隊長の問いに、レミリアは低い声で答える。

 

 そんなレミリアに対し、隊長は露骨に不審な目を向けてきた。

 

 ここでのレミリアは、全くと言って良いほど周囲から信用されていない。無理も無い。元は北米統一戦線のテロリストだったのだ。それが議長の指示とは言え、今はプラント軍に編入されて戦っている。そんな人間を、誰だって信用できる筈が無かった。

 

 だが、それで良いのだ。レミリア自身も、彼等を信用している訳ではないのだから。

 

「では行きたまえ」

 

 居丈高な隊長の言葉を背に、レミリアは歩き出す。

 

 言われなくても行ってやる。

 

 その想いが、少女の中で呟かれる。

 

 もっともレミリアには、彼等の為に戦ってやろうと言う思いは微塵も無いのだが。

 

 今のレミリアにとって、姉と過ごせる時間が唯一、至福を感じる事ができる時だった。

 

 2年前の戦いに敗れ、そして囚われの身となったレミリアとイリア。

 

 本来であるなら、プラントに逆らったテロリストとして処刑されたとしてもおかしくは無かった。事実、アラスカを脱出した仲間の大半は、捕まって処刑されてしまった。

 

 だが、レミリアに関して言えば、そうはならなかった。

 

 それどころか、生活はプラント政府によって保障され、使用人付きの邸宅まで宛がわれている。日々の寝食に関して言えば、全く事欠かない。無論、監視はついているが。

 

 厚遇と言っても良いだろう。

 

 だが、姉妹にとってそれは上辺を繕っているに過ぎない。

 

 レミリアは決して、プラントに逆らう事ができない。もしそんな事をしたら、その瞬間にイリアの命は速やかに奪われる事になる。

 

 イリアにしてもしかりだ。レミリアの命を握られている以上、逆らう事はできない。

 

 言わば、お互いがお互いにとっての人質である。勿論、命を自分で断つ事も許されない。そうなれば生き残った方が、どんなひどい目に合うか判らなかった。

 

 レミリアとイリアは、お互いの体を強固な鎖でがんじがらめに縛られているに等しいのだ。

 

 それでも2人は、お互いがいればそれだけで幸せだった。

 

 今や、文字通り異郷の天地で天涯孤独と言っても良い2人。互いの存在のみが支えとなっているのだ。

 

 コックピットに入り、機体を立ち上げる。

 

 今や自分の体の一部と言っても良いくらいに馴染んだ機体は、レミリアにとっての剣であり、そしてイリアを守る為の盾でもある。

 

 姉を守る為だったら、どんな事だってやってやる。

 

 それがたとえ、自分の魂を悪魔に売るが如き行為だったとしても。

 

 眦を上げると同時に、レミリアはスロットルを開いた。

 

「レミリア・バニッシュ、スパイラルデスティニー行きます!!」

 

 勢いよく射出される機体。

 

 同時に深紅の翼は、虚空に雄々しく広げられた。

 

 

 

 

 

PHASE-06「闇視する先」      終わり

 






機体設定


ZGMF-10A「リバティ」

備考
プラントがディバインセイバーズ用に開発したフリーダム級機動兵器。特徴としては、パイロットの適正に合わせて機体の武装を自由に付け替える事が可能な点にある。その点、セレスティやエターナルフリーダムと似通っていると言える。核動力である事も相まり、単なる量産型機動兵器の枠に収まらず、特機クラスの戦闘力を発揮して戦場を支配する事になる。



クーヤ専用リバティ

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
ビームキャノン×2
頭部機関砲×2

パイロット:クーヤ・シルスカ

備考
クーヤの適正に合わせ、火力よりも機動力の強化に重点が置かれている。その為、機動性に関して言えば、プラント軍でも随一の性能を誇っている。





人物設定


ヘルガ・キャンベル
コーディネイター
17歳     女

備考
プラントで売り出し中の新人アイドル。その溌剌とした雰囲気と母親譲りの歌唱力で、徐々に人気を伸ばしている。ただ、私生活ではやや気の強い面が目立ち、それが周囲との軋轢になる事もある。





ミーア・キャンベル
コーディネイター
39歳     女

備考
プラントを代表する歌手で「女帝」と言う異名で呼ばれる。仕事でも私生活でも包容力がある性格により、多くの人から慕われている。亡きラクス・クラインとも親交が深かった。最近では、娘の教育方針で悩み気味。





ニコル・アマルフィ
コーディネイター
39歳      男

備考
ノルトの父親。プラント音楽界では名の知らぬ者のいないピアノ奏者。物腰の良い性格で、周囲の皆からも慕われている。彼もラクスとは浅からぬ縁があり、その関係でキャンベル母娘と知り合った。


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PHASE-07「獄門の巣穴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反プラント思想を掲げる軍事組織に「宇宙解放戦線」と名乗る一団が存在する。

 

 彼等の活動領域は、その名の通り宇宙空間がメインであり、活動としては主に、プラントが実効支配する月の解放を謳っている組織だった。

 

 規模としてはそれほど大きいとは言えないが、複数のモビルスーツを保有し、それを柔軟に運用する為の戦術ノウハウも持っている事から、現状の宇宙空間においては比較的、脅威度の高い組織であるとプラント側から認識されていた。

 

 とは言え、何かしら世間に対し政治的な活動を行っている訳ではなく、更には民衆の為に立ち上がると言う稀有な志がある訳でもなく、活動らしい活動と言えば、プラント所有のシャトルや輸送船を襲っては、満載した物資を強奪すると言う、いわば海賊の延長だった。

 

 この日も彼等は、ザフト軍が地球からプラントに物資を運ぶ輸送船団を襲撃して全滅させると同時に、大量の物資を強奪する事に成功し、意気揚々と自分達の本拠地へと戻ろうとしていた。

 

 奪ったシャトルを10機近いモビルスーツで取り囲み、意気揚々と自分達のアジトへと向かっている。

 

 勿論、シャトルのクルーは既に処刑済みで、操縦は乗り込んだ仲間が行っている。

 

 そんな彼等が、間も無く自分達のアジトが見える宙域に入ろうとした。

 

 まさに、その時だった。

 

 突如、彼等の目の前に深紅の翼が羽ばたいた。

 

 警戒するように武器を構える宇宙解放戦線のモビルスーツ。

 

 しかし、「それ」は気付いた時には既に、ありえない程の速度で距離を詰めて来ていた。

 

 慌てたように、宇宙解放戦線の機体は砲火を撃ち放ち、接近してくる機体に攻撃を開始する。

 

 相手はたったの1機。どれほどの性能かは知らないが、無謀も良い所だ。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 次の瞬間、赤い翼はいっそ華麗とも評すべき機動を見せ、全ての攻撃を回避して見せた。

 

「目標確認、これより攻撃します」

 

 スパイラルデスティニーを操るレミリアは、自身に向かって砲火を向けてくる敵を見据え、静かな声で呟くと同時に、深紅の翼を羽ばたかせ、更に機体を加速させる。

 

 接近と同時に、両腰から対艦刀を抜刀して刃を展開するスパイラルデスティニー。

 

 対して、宇宙解放戦線の兵士達は、その動きを認識する事すらできない。

 

 すれ違う一瞬。

 

 先頭を進んでいたザクが、首と胴を寸断されて爆砕する。

 

 その頃になって、宇宙解放戦線側も、ようやく相手が尋常でない事を把握したようだ。

 

 慌てて方向転換しようとする。

 

 しかしこの時、彼等は欲をかくあまり、致命的とも言えるミスを犯した。

 

 モビルスーツの内、半数をシャトルの護衛に残し、もう半数でスパイラルデスティニーと対峙しようとしたのだ。

 

 これは完全に悪手と言わざるを得ない。彼等はスパイラルデスティニーが現れた時点で、即座にシャトルを見捨てて逃げるべきだったのだ。それも、なるべく分散してバラバラの方向に。

 

 いかにレミリアでも、別々の方向へ逃げる複数の敵を、完全に殲滅する事は不可能である。勿論シャトルと、その中にいる仲間は犠牲になるが、それも必要悪と割り切るしかないだろう。

 

 彼等がそうしていれば、あるいは少数の犠牲で事態を逃げ切る事はできたかもしれない。

 

 だが、彼等はそうはしなかった。わざわざ部隊を二分する愚を犯した挙句、鈍重なシャトルを抱え込んだまま、最悪の相手に挑もうとしている。

 

 これを悪手と言わずに何と言おう?

 

 今まで海賊の真似事に終始し、護衛の無い輸送船やシャトルばかりを狙ってきたツケだろう。彼等はギリギリの戦いの場において何を取捨選択すべきか、全くと言って良いほど理解していなかった。

 

 そして、その対価は彼等自身の命で贖う事になる。

 

 折角手に入れた物資を手放したくはないと言う欲が働いたのだろう。その気持ちは判らないでもない。

 

 しかしスパイラルデスティニーは、そしてレミリア・バニッシュと言う稀代のエースパイロットは、片手間で相手にできる程、安い存在ではなかった。

 

 吐き出される砲火を、虚像を交えた機動で回避してのけるレミリア。

 

 精度の荒い砲撃は、スパイラルデスティニーを掠める事すら不可能である。

 

 レミリアは焦る宇宙解放戦線のメンバーを冷静な眼差しで見据えると、背中の翼から合計8基のアサルトドラグーンを射出した。

 

 慌てたように砲火を強めようとする宇宙解放戦線。

 

 しかし、

 

「遅いッ」

 

 レミリアの叫びと共に、アサルトドラグーンは前線部隊を飛び越えて、後方でシャトルの護衛についている部隊に襲い掛かった。

 

 8基のドラグーンから吐き出される40門の閃光。

 

 それは、シャトルを含めて彼ら全員を殲滅するのに十分すぎる火力だった。

 

 仲間達が操る機体が一瞬で全滅しただけでなく、折角奪ったシャトルまで、中身の物資事破壊されてしまった。

 

 怒りに震える宇宙解放戦線の、残りのメンバー達。

 

 だが、彼等が怒りの矛先を向けようとした時には既に、堕天使の少女は攻撃態勢を終えていた。

 

「これで、終わり!!」

 

 レミリアが叫ぶと同時に、全武装を展開するスパイラルデスティニー。

 

 両手のビームライフル、肩のバラエーナ改3連装プラズマ収束砲、腰のクスィフィアス改連装レールガン、そして8基のアサルトドラグーン。

 

 吐き出される52連装フルバースト。

 

 それは、一切の慈悲も、抵抗も許さない、凶悪な閃光。

 

 宇宙解放戦線を名乗る海賊たちは、その無慈悲の光を前にして、ただ己の運命が呑み込まれていくのを見守る事しかできなかった。

 

 全てを飲み込み、静寂を取り戻した深淵。

 

 そんな中にあって、スパイラルデスティニーはただ1機、佇んでいる。

 

 展開していたアサルトドラグーンを引き戻すと、翼にマウントする。

 

 周囲には、数秒前までモビルスーツだった残骸が浮遊しているのみ。

 

 レミリアはそれらを一瞥し、

 

 そして何の感慨も湧かさずに、踵を返した。

 

「・・・・・・帰ろう。お姉ちゃんが待ってる」

 

 レミリアの静かな呟きと共に、深紅の翼を広げるスパイラルデスティニー。

 

 そのコックピット内では、レミリアの好きなラクス・クラインの曲が掛けられている。

 

 今は亡き歌姫の声を聞いているだけで、戦闘で荒んだレミリアの心は癒やされていくようである。

 

 歌声に乗って、深紅の翼を持つ堕天使はゆっくりと飛翔する。

 

 その姿はやがて、深淵の彼方に溶けて消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのコロニーは、他のいかなるプラント群からも離れた場所に建設されていた。

 

 プラントを構成する所謂「砂時計型」が主流となっている昨今において、古めかしい「円筒型」の外見をしたコロニーは、その孤独性と相まって、どこか不気味な印象を見る者に与える。

 

 コロニー「コキュートス」

 

 聖書にある地獄の最深部に位置し、神に逆らった者達を生きたまま永遠に氷漬けにして苦しみを与えると言う恐ろしい場所の名を冠したこのコロニーからは、一切の希望を見出す事ができず、ただただ深い絶望のみが口を開けているようだった。

 

 このコキュートスは反プラント思想を掲げる活動家や、逮捕したテロリスト達を収容する為の物であり、その存在は一般には一切知らされていない。また、通常の航路からも大きく外れている事から、偶発的に発見される可能性も極めて低いと言える。

 

 ごく稀に、航路計算を誤ったシャトルや一般船籍の輸送船が付近を航行し、コロニーの発見に至ってしまうケースは存在する。

 

 しかし、そう言ったシャトルや輸送船は例外なく、翌日のニュースに置いて「事故で沈没」と言う報道が成される事になる。勿論その後、船やクルーが発見される事は絶対にありえない。

 

 真実は永久に闇に葬られたまま、誰に知られる事も無く消え去って行く事になる。

 

 このコロニーに収容された者達は、二度と外には出られない。まるで魔物の腹に飲み込まれたように姿を消してしまう。

 

 コキュートスの名は、決して伊達ではなかった。

 

 そのコキュートスの港口に、1隻の大型戦艦が入港していく。

 

 かつてのミネルバ級戦艦をベースにしたと思われるその戦艦は、全身を純白に染め上げ、甲板には多数の砲塔を備えてる。

 

 オリュンポス級の愛称で呼ばれるこのクラスの戦艦は、ディバイン・セイバーズが専属運用する戦艦であり、全中隊に1隻ずつ配備され、全部で12隻就役している。

 

 コキュートスに入港しようとしているのは、その内の3番艦に当たるアテナとなる。

 

 クーヤ・シルスカは艦を港に停泊させると、その足でコロニー統括本部へと向かった。

 

 執務室に入ると、踵を揃えてザフト式の敬礼を行う。

 

「失礼いたします。ディバイン・セイバーズ第4戦隊長クーヤ・シルスカであります。この度は本艦への補給を許可していただき、誠にありがとうございます」

 

 部屋の中は、およそ収容所の執務室とは思えない豪奢な物だった。

 

 壁一面に装飾が施され、家具は全て一流のオーダーメイド。調度品も年代物の逸品ばかりが、これでもかと飾られている。

 

 ただ、世代や国籍はバラバラで趣味が良いとはとても言えない。むしろ、部屋の主の悪趣味振りを垣間見たような気がして、クーヤは気付かれない程度に顔を顰めた。

 

 その主はと言えば、開け放たれた窓から続くバルコニーの縁に立ち、何やらライフルを構えてスコープを覗いているのが見える。

 

 いったい、何を?

 

 そう思って近づいたクーヤが見た物は、広い庭の中を逃げるように駆けていく2人の男だった。

 

 恐らく収容されている囚人と思われる男達は、必死の形相で自分達の運命から逃れようとしている。

 

 しかし、彼等の努力は無駄だった。

 

 庭は高さ5メートル以上の壁で覆われており、とても逃げ切れるものではない。更に、獰猛な狩猟犬が複数放たれており、徐々に壁際へと追い詰められていく。

 

 やがて、動きが止まったところで、ライフル立て続けに火を噴いた。

 

 眉間と胸。それぞれを撃ち抜かれて、男達は庭に崩れ落ちる。

 

 その様子を、クーヤは何の感慨も湧く事無く見つめている。

 

 やがて、ライフルを持った男はクーヤの方に振り返った。

 

「いや、お待たせしました。何しろ、日々の激務をこなすには、こうしてストレスを解消する必要がありますからな」

 

 そう言って、ヘラヘラとした笑みをクーヤに向ける所長に対し、クーヤは僅かに眉をしかめる。

 

 別にこの男のストレス解消法にとやかく言う気は無いし、殺された男も元々不穏分子だ。死んでくれて感謝こそすれ、悼む気持ちはまつ毛の先程も無い。

 

 しかし、こんな辺境の収容コロニーの所長などと言う暇なポストにいる人物が「激務」などと言う言葉を軽々しく口にする事が非常に癇に障るのだった。

 

 こうしている今も、ディバイン・セイバーズやザフト軍の者達は最前線に立って戦っているし、クーヤ自身、辺境部の不穏分子掃討を終えて帰投する途中である。

 

 収容コロニーは保安部の所属だが、その保安局にしたって、不穏分子狩りに活躍している。少なくとも目の前の肥満体男よりは忙しいはずだ。

 

 そんな暇人が、暇な仕事をさも大儀そうに語るのには多大な不快感を感じずにはいられなかった。

 

 とは言え、それを指摘する権限はクーヤには無い。所属が違う以上、この男の怠惰な仕事ぶりも、黙って見ている事しかできないのだ。

 

 クーヤの目の前にいる肥満体男。この収容コロニー・コキュートスの所長を務めるのは、デニス・ハウエル。

 

 かつてはザフト北米派遣軍の総司令官を務め、あの第1次フロリダ会戦における大敗を招いた指揮官である。

 

 あの戦いの後、一時的に閑職に追いやられたハウエルだったが、独自のコネを使って復権を果たし、今はこうして保安局所属となり、収容コロニーの所長の座に収まっている。

 

 収容コロニーの所長と言うのは、実のところかなり「おいしい」ポストである。

 

 何しろコロニー自体が戦線よりも後方に存在する為、敵と戦う機会は全くない。当然ながら命の危険に晒される事は殆ど無い。加えて先述したとおり、日々の業務も簡単な事務決済ばかりで簡単。それでいて高給取りと来ては、ある意味で理想的な職業と言えるだろう。

 

 しいて心配事があるとすれば、収容している囚人たちが反乱を起こす可能性だが、そうした不測の事態に備えて保安局の行動隊も駐留している為、不安は無かった。

 

 もともとグルック派で、政府上層にもコネがあったハウエルは、北米での敗戦の責任を全て、参謀長だったディアッカ・エルスマンに押し付けて、こうして返り咲いたわけである。

 

「補給の件は了承した。必要な物は何でも持って言ってくれて構わんよ」

「感謝します」

 

 鷹揚なハウエルの言葉に、クーヤは低い声で応じる。

 

 ハッキリ言って、一緒の部屋で共に空気を吸っていると言うだけで不愉快になってくる。こんな人間が、同じプラント所属かと思うと唾棄したくなる心境だった。

 

 そんなクーヤの葛藤など知らぬげに、ハウエルは火をつけた葉巻をくゆらせながら、揶揄するように言う。

 

「しかし、議長親衛隊と言えば聞こえは良いかもしれないが、新設の部隊も大変だね。あちこちの戦場に駆り出されるとは。同情するよ。まあ、せいぜい死なないように頑張ってくれたまえ」

「・・・・・・・・・・・・補給は感謝します。失礼しました」

 

 もうこれ以上、一秒たりとも、この男と共にいるのは耐えられない。

 

 そう思ったクーヤは、もう一度敬礼をして踵を返す。

 

 ちょうどその時だった。

 

 扉が開き、数人の兵士が室内に入ってくるのが見えた。

 

 その様子に、クーヤは訝る。なぜなら、男達に囲まれるように、1人の少女が硬い表情のまま歩いてきているのだ。

 

 あれは確か・・・・・・

 

 クーヤが、その少女に想いを巡らせようとした時、耳障りなダミ声によって思考を断ち切られた。

 

「おお、よく来たなッ ささ、こっちに来るのだ!!」

 

 そう言うと、ハウエルは少女の手を取って招きよせる。

 

 その様子を後ろに見ながら、クーヤは部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズキズキと痛む頭を押さえ、闇の中で顔を上げる。

 

 まったく、手加減無しでやってくれたものだ。荒事から長く遠ざかった身としては、かなり辛い。

 

 どうにか身を起こし、楽な姿勢を取る。

 

「・・・・・・取りあえずは、成功かな」

 

 頭を押さえながら、ニコルは痛みを堪えて呟く。

 

 捕まる時、兵士に殴られた頭はまだ痛みを発している。後遺症が出ないかどうか心配だったが、今は気にしても仕方がない。

 

 船が動いていないところを見ると、どうやら目的地に到着した事は間違いないらしい。

 

 作戦の第一段階は成功と言うところだろう。

 

「さて、この次は・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけた時、入り口で電子音が響き、扉がスライドする。

 

 差し込んで来た光に目を細めると、保安局員の服を着た人物が入ってくるのが見えた。

 

「悪いな、遅くなっちまって」

「いえ、時間通りですよ」

 

 そう言って手を差し出すと、兵士はニコルの手首に掛けられた手錠を外し、サブアームの銃を手渡す。

 

 トール・ケーニッヒは、ニコルの手を取って立ち上がらせる。

 

 ニコル・アマルフィ、そしてトール・ケーニッヒ彼等は二人とも、ターミナルに所属する諜報部員である。

 

 元々は亡きラクス・クラインが運営していた秘密情報組織ターミナルだったが、彼女の死後、活動を再開していた。

 

 目的は昨今、専横著しいグルック派に対する情報工作、及び同盟組織の支援となる。

 

 もしグルック政権下のプラントが、これまで通りのクライン派と同様の平和維持路線を貫くなら、ターミナルが動く事は無かった。恐らく歴史の闇の中にひっそりと埋もれ、そして消えて行った事だろう。

 

 しかし、グルックはそれまでの政策をかなぐり捨て、膨張と戦線拡大を行った。

 

 大西洋連邦の崩壊によって地球連合の勢力は大きく後退し、今やオーブも積年の力を失っている。

 

 このまま行けば世界はアンブレアス・グルックをはじめとした一部の特権的な者達によって運営されたプラントが、支配される世界になってしまう。否、それだけならまだしも、最悪の場合、強引な膨張を続けるプラントは、世界中を敵に回して孤立してしまう事も考えられる。

 

 そんな絶望的な未来を回避する為に、ターミナルは立ち上がる事を決断したのだ。

 

 元々、ラクスが長年かけて築き上げた情報網は健在である。更にターミナル独自の戦力拡充も行われつつある。

 

 グルック派と対決する姿勢は、着々と整いつつあった

 

 そのターミナルにとって、収容コロニーの特定と囚人の解放は急務だった。

 

 保安局が反プラント思想を持つ者達を逮捕し、隔離されたコロニーへ幽閉しているのは前から言われていた事だが、彼等を解放して自陣営に加える事ができれば、大きな前進になる事は間違いなかった。

 

 その為、「ニコル・アマルフィは反プラント思想の持ち主である」と言う情報を故意に流し、保安局の動きを誘導したのだ。

 

 作戦ではニコルがわざと逮捕されると同時に、一般客として潜んでいたトールが敵の護送船に乗り込む手はずになっていた。

 

 だが、ここで予想外のアクシデントが起こった。

 

 いったいどこで情報を取り違えたのか、保安局はニコルではなく、同乗していたミーアと、娘のヘルガに容疑を掛けて逮捕してしまったのだ。

 

 とっさのニコルの機転で潜入自体は成功したものの、キャンベル母娘を巻き込んでしまったのは、完璧な失態だった。

 

「とにかく、僕達も動きましょう。2人の身が心配です」

「だなッ」

 

 頷き合うと、ニコルとトールは足早に駆けだす。

 

「とは言え・・・・・・・・・・・・」

 

 トールは駆けながら呟きを漏らす。

 

 間も無く「向こう」も行動を開始するはず。その為に彼の妻が動いてくれているのだから。

 

 予定通りに事が運べば、現在の状況をひっくり返す事は充分可能なはずだった。

 

 

 

 

 

 アテナの艦内を歩きながらクーヤは、先程の執務室で見た少女が、プラントでも人気の高い新進気鋭のアイドル歌手、ヘルガ・キャンベルである事を思い出した。

 

 顔を見た時にピンと来なかったのは、クーヤが芸能活動に全くと言って良いほど興味が無いからである。それでもヘルガの顔くらいは知っていた訳だが。

 

 クーヤに言わせれば、芸能人などと言う存在は所詮、浮かれた大衆に媚を売って金儲けする娼婦みたいな存在だと思っている。今ある平和は誰が守っているかも考えようともせず、また、議長が描いている崇高な構想を考えようともせず、ただへらへらと笑ってテレビに出ている気楽な連中だ。

 

 ましてか、ヘルガ・キャンベルがここにいる理由も、クーヤには想像がついていた。

 

 こんな辺境の収容コロニーに一般人の、それも芸能人がいる理由などただ一つ。不穏分子として逮捕されたのだ。

 

 まったく、唾棄すべきとはこの事だった。ヘルガ・キャンベルは芸能人として大衆に媚売る裏で、反プラント活動を行っていたのだ。

 

 これは、とんでもない裏切り行為である。多くの国民が彼女の裏切りを知れば悲しむ事だろう。

 

 同時にクーヤは、戦慄にも似た恐怖を感じていた。

 

 ヘルガ・キャンベルはプラント内はおろか、外国にまで名の知られ始めているVIPである。彼女がもし、その知名度を最大限に生かして反プラントの煽動活動を展開すれば、多くの支持者を得る事も難しい話ではない。

 

 嘆かわしい話だが、世界は未だに統一されたとは言い難く、プラントの統治を受け付けない勢力も多い。それらの勢力を糾合するのに、ヘルガ・キャンベルの存在は格好の宣伝材料になるだろう。彼女に政治的知識があるかどうかなどは関係ない。彼女の存在そのものが一つのカリスマとなり、大きなうねりを生む可能性は充分に有り得る事だ。

 

 そう言う意味で、ヘルガ・キャンベルを早期に逮捕、収監できたことは大きかった。

 

 彼女はアイドル歌手と言う栄光の座から引きずりおろされ、これから一生涯、この収容コロニーの中で過ごし、朽ち果てて行く事になる。

 

 だが、それは自業自得と言う物だ。全て、彼女の愚かさが招いた事なのだから。

 

 ヘルガの事に対して結論付けたクーヤは、そのまま自室へと向かう。

 

 と、

 

「ヤッホー クーヤ!!」

「わッ!?」

 

 突然、背後から抱きつかれてつんのめる。

 

 見れば、同僚の女性が満面の笑顔と共に、クーヤの小柄な体を抱きしめていた。

 

「カレン、苦しいんだけど?」

「あ、ごめーん。抱き締めやすいから、つい」

 

 背中に当たる豊満な感触にうんざりしつつ、クーヤはカレンと呼んだ女性を引き剥がす。

 

 カレンの背後からは、金髪を逆立てた大柄な男性と、それより小柄で、眼鏡をかけた鋭い眼差しの男性が歩いて来るのが見える。

 

「お前等、相変わらず阿呆な漫才やってんじゃねえよ」

「頼むから、他のみんなに迷惑だけは掛けてくれるなよ」

 

 フェルド・マーキスにがやれやれと肩を竦めると、どれに同意とばかりに、眼鏡をけかた青年、イレス・フレイドが小さく頷きを返す。

 

 クーヤ、カレン、フェルド、イレス。この4人がアテナ隊に所属するモビルスーツ隊の中で、特に精鋭班を構成する4人である。

 

 その実力はプラント軍の中でもトップと称して良く、この4人が集まれば小国くらいなら軽く滅ぼせると言われる程の戦闘力を有していると言われている。

 

 文字通り、1人が一軍にも匹敵する実力者達である。

 

「つーかよ・・・・・・」

 

 フェルドがうんざりした調子で肩を竦めて言う。

 

「俺達って、いつまでここに居なくちゃいけない訳? こんな辛気臭ェ所、早いとこ出て行きてェよ」

「贅沢言わない。補給が完了しないと、帰る足も無いでしょうが」

 

 フェルドを窘めるカレン。そのまま性懲りも無くクーヤを抱きしめようとするが、今度は逃げられてしまう。

 

 実際の話、カレン自身、内心はフェルドと同意見である。

 

 反政府勢力の掃討に時間がかかりすぎ、帰路の補給が乏しくなったせいで、コキュートスなどに立ち寄る羽目に陥ったが、誰も好き好んで、このような不気味な場所に来たいとは思わないだろう。

 

 このコロニーからは何か、得体の知れない空気を感じずにはいられない。

 

 コキュートスは不穏分子を収容するコロニーであり、日常的に囚人の「処刑」も行われている。実際、執務室でクーヤが見たように、所長の趣味で殺される者さえいる。

 

 そうでなくても、劣悪な環境によって命を落とす者も少なくないと言う。

 

 そうして死んでいった者達の怨念が、コロニー内に充満しているように思えてくる。

 

 バカバカしいと思いつつも、そんな非科学的な考えが頭によぎってしまうのだった。

 

「心配しなくても、補給が終わればとっとと出て行くわよ」

 

 答えたのはクーヤだった。

 

 彼女自身、ここに収容されている囚人たちに同乗する気は微塵も無いが、あまり長居したくないと言う意見には同意だった。

 

 とは言え、その想いはカレンやフェルドとは異なる。

 

 クーヤは別に、このコロニーの雰囲気が嫌で出て行きたいと言っている訳ではない。

 

 こうして自分達が足踏みをしている内にも、前線では何かしらの動きがあってもおかしくは無い。

 

 世界の平和を守るのは自分達である事を自負するクーヤにとって、このような辺境で足踏みをさせられる事には我慢ならない。

 

 一刻も早く戦場に戻り、アンブレアス・グルック議長の目指す世界の構築に役立ちたいと、クーヤは願うのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、執務室ではハウエルが、ご満悦な様子で自分の隣に座っている少女を舐めるように眺めていた。

 

 ヘルガ・キャンベル。世界的にも有名なアイドル歌手で、プラント内でも多くのファンを持つ少女。

 

 歌がうまく、テレビに出ている時は活発さを前面に出すキャラクター性で人気を博している。何より美人と来れば、人気が出て当然だった。

 

 かく言うハウエル自身もヘルガファンの一人である。

 

 そのヘルガが逮捕され、このコキュートスに送られてくると知った時は文字通り小躍りした物である。

 

 彼女が来たら何をしようか、と想像を膨らませるだけで落ち着かない気分になった物である。

 

 そして念願かなって今、「生ヘルガ」が目の前にいる。これで興奮するな、と言う方が無理であろう。

 

「さあさ、恥ずかしがってないで、こっちに来たまえ。なに、安心して良いよ、悪いようにはしないから」

 

 そう言って、鼻息も荒くヘルガににじり寄って行く。

 

 控えめに言っても危ない人物にしか見えない。どう見ても「安心」などできるはずも無かった。

 

 そのハウエルの手が、ヘルガの白く美しい手を取ろうとした。

 

 次の瞬間、

 

「触らないでよ、この変態!!」

 

 甲高い罵声と共に、ヘルガはハウエルの手を振り払う。

 

 そのヘルガの様子に、一瞬動きを止めるハウエル。しかしすぐに、笑みを見せて再びにじり寄る。

 

「おうおう、元気があって良いね~ けど、少しは素直になる事も大切だよ」

 

 そう言うと、強引にヘルガの方に掴み掛る。

 

「嫌ッ 離して!! 離せって言ってんのよ!!」

 

 渾身の力でハウエルの手を振りほどくと、ヘルガはキッと睨み付ける。

 

「息が臭いのよッ このブタジジィ!! あたしの300キロ以内に近付かないでッ 空気が腐るから!!」

 

 とんでもない罵声を浴びせてくる。

 

 そこには、テレビで見るような活発な印象は微塵も見受けられない。否、活発は活発なのだろうが、どちらかと言えば「高飛車」と称した方が合っている。

 

「何で、あたしがこんな所に来なくちゃいけないのよ!? 仕事の予定だってたくさん詰まっているのに、これじゃあ、スケジュールが滅茶苦茶じゃないの!! ママはどこ!? いい加減あたし達を帰してよ!!」

 

 勢いに任せてまくし立てるヘルガに、ハウエルは呆然として見やっている。

 

 彼ならずとも、ファンが見ればあまりにもイメージと違うアイドルの「実像」に、ショックを受ける事は請け負いだった。

 

「とにかく、帰らせてもらうからねッ こんな所にこれ以上いるなんてまっぴらよ!!」

 

 そう言って立ち上がり、出て行こうとするヘルガ。

 

 だが、ハウエルは少女の腕を強引に掴んで引き留める。

 

「何よッ いい加減に・・・・・・」

 

 言いかけたヘルガ。

 

 その頬を、ハウエルは平手で張り飛ばす。

 

「あッ!?」

 

 床に這いつくばるヘルガ。

 

 顔が命のアイドルにとって、その顔を殴りつけられる事は致命傷を受けるに等しい。

 

 抗議しようと顔を上げた時、腹を思いっきり蹴り飛ばされる。

 

「グッ!?」

 

 胃の内容物が逆流しそうな感覚に襲われながら、ヘルガは今度こそ床に取れ伏す。

 

「人が優しくしてりゃ付け上がりやがって、この雌豚がァ!!」

 

 ハウエルは、ヘルガの髪を掴むと、強引に顔を上げさせる。

 

「い、痛い・・・・・・離して・・・・・・」

 

 涙目になったヘルガが抗議するが、ハウエルは手の力を緩めようとしない。

 

 それまで曲がりなりにも保っていた「紳士」としての仮面をかなぐり捨て、倒れたヘルガを下卑た目で見据えている。

 

「大人しく言う事聞いてりゃ、愛人にしてやるくらいの事は考えていたのにな。そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるんだよ」

 

 凄味を効かせたハウエル。

 

 それに対してヘルガは、今まで感じた事が無いような恐怖感に捕らわれ、震える事しかできないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コロニーの周囲を警戒するように飛翔していた数機のハウンドドーガが、突然、砲撃を浴びて吹き飛ばされた。

 

 一体何が起こったのか?

 

 閃光が迸るたび、保安局員たちに動揺が走って行く。

 

 更に、容赦ない砲撃は続く。

 

 武装やメインカメラを失った機体が、何事が起きたのか判らないうちに漂流する中、

 

 青い12枚の翼が虚空の中で雄々しく羽ばたいた。

 

 接近と同時に抜刀される光刃。

 

 保安局の機体は迎え撃つべく、ビームトマホークに手を掛けるが、その動きは欠伸が出る程に遅い。

 

 翻る剣閃。

 

 すれ違う一瞬で、瞬く間に3機のハウンドドーガが頭部や手足を斬り飛ばされた。

 

 敵襲。

 

 状況を認識した保安局は、直ちに迎撃の行動を取ろうとする。

 

 しかし、そこへ今度は深紅の甲冑が躍り込み、反転しようとしたハウンドドーガを、次々と斬り捨てていく。

 

 切り離したリフターが、最適な位置に着いて砲撃を行い、深紅の機体を掩護する。

 

 ヒカルのエターナルフリーダムと、アステルのギルティジャスティスが、保安局の部隊を片っ端から蹴散らしていく。

 

 保安局の部隊も反撃を行うが、地球圏でも最強クラスの性能を誇る2機を相手にしては、所詮は蟷螂の斧でしかなかった。

 

 保安局部隊の掃討を終えたヒカルとアステルは、そのままコキュートスコロニーへと向かっていく。

 

「まさか、こんな所にコロニーがあったとは・・・・・・」

《だからこそ、と言うべきだろうな。巨大な監獄としては充分すぎるくらいだ》

 

 ヒカルの呟きにアステルは、珍しく苦い口調で答える。

 

 かつては北米統一戦線としてプラントと戦ったアステルは、多くの仲間を失っている。その際、逮捕された者達はこのコキュートスに連行された可能性が高い。そう考えると、心穏やかではいられないだろう。

 

 ターミナルからの情報により、このコキュートスコロニーの存在を知った大和隊は、そこに収容されている囚人たちを解放するための作戦行動を行ったのだ。

 

 まず、足の速い2機、エターナルフリーダムとギルティジャスティスが先行して敵戦力を減殺。更に大和を中心とする本隊が突入を図る。と言うのが作戦の骨子だった。

 

 作戦支援にはターミナルが当たる事になっている。既に工作員がコロニー内に潜入すると同時に、解放した囚人輸送用のシャトルも手配済みであるらしい。

 

 大和隊の任務は、コロニーに駐留する敵戦力を掃討する事である。

 

 コキュートス駐留の戦力は、それほど強力では無い。と言うのが自由オーブ軍側の考えであった。このような一般航路から大きく外れた辺境にあり、敵襲の心配がほとんどない場所に、精鋭を配置しているとは思えない。せいぜいが、暴徒鎮圧用の部隊くらいだろう。

 

 もしプラント本国に救援要請が走ったとしても、実際にコキュートスに敵が殺到してくるまでには数日のタイムラグがあると予想される。その頃には、自由オーブ軍もターミナルも撤収を終えている、と言う訳だった。

 

 その目論みは的中した。

 

 突如、奇襲を仕掛けてきたエターナルフリーダムとギルティジャスティスに対し、駐留している保安局部隊もただちにモビルスーツ隊を発進させて迎撃行動に移ろうとしている。

 

 しかし、その動きはいかにも緩慢だった。奇襲を受けた混乱もあるだろうが、未だに陣形構築すらできていない有様である。

 

 対して、地球圏屈指の戦闘力を誇るヒカルとアステルは素早く散開すると、ふらつくような動きで向かってくる保安局の機体に容赦なく攻撃を浴びせる。

 

 エターナルフリーダムの砲撃を浴びたゲルググは手足を吹き飛ばされて行動不能に陥る。

 

 その砲撃を掻い潜り、テンペスト対艦刀を構えたグフが迫るが、ヒカルはそれよりも速く機体を接近させると、すれ違いざまに振るったビームサーベルでグフの頭部を斬り飛ばした。

 

 接近戦型の機体を操るアステルは、ヒカルよりも先行する形で敵へと接近すると、砲火を回避しつつリフターを分離させる。

 

 慌てた保安局員は、ジャスティス本体とリフターのどちらに砲撃をすればいいのか、一瞬迷ってしまう。

 

 その動きを鋭い眼差しで見据えたアステルは、身軽になった機体を躊躇無く飛び込ませた。

 

 掩護位置に着いたリフターが砲撃によってハウンドドーガを吹き飛ばすと、更にアステルはジャスティス本体を駆って斬り込み、両手に構えたビームサーベルでハウンドドーガ2機を一撃で斬り捨てた。

 

 踊る爆炎を背に、アステルはたじろく保安局の機体を睨み付ける。

 

 元々、対モビルスーツ戦闘のノウハウが低い保安局だが、ここに配属されている部隊は、それに輪を掛けて弱卒である。殆ど、二線級以下と言って良いだろう。

 

 このままなら、2人だけでも敵の全部隊を制圧できそうな勢いである。

 

 だが、そうはならない事は、すぐに判明する。

 

 ヒカルがハウンドドーガ1機をティルフィングで斬り捨てた時だった。

 

《前方から接近する機影あり。速いぞ》

 

 警戒するようなアステルの言葉に、ハッとして機体を振り返らせる。

 

 そこには、虚空に白い翼を羽ばたかせ、急速に接近してくる一団があった。

 

 その視界の先には、おっとり刀と言った調子で駆けつけてくる一団が見て取れた。

 

 確かに、アステルの言うとおり、かなりのスピードでこちらに向かって来ている。

 どうやら、油断できる相手ではないらしい。

 

 ヒカルの中の警戒心は、一気にレベルを上げた。

 

 

 

 

 

PHASE-07「獄門の巣穴」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自由オーブ軍がコキュートス・コロニーへ襲撃を掛けている頃、ターミナルが運営する拠点の一角では、驚愕すべき情報が齎されていた。

 

「これは本当なんですか!?」

《ああ、間違いない。確かな筋から得た情報だ》

 

 報告を受け、青年は臍を噛みたくなるような思いに捕らわれた。

 

 握り締めた拳に、自然と力が入る。

 

 目の前にあるモニターに映し出された報告には、絶望が形を取って書き記されていた。

 

『《レニエント》稼働を確認。照準・・・・・・・・・・・・』

 

 無言のまま、拳を叩き付ける。

 

 状況は最悪。既に自由オーブ軍は作戦行動を開始し、その支援の為にターミナルも動いている。

 

 今から作戦を中止する事はできないし、そもそも、その連絡手段が無い。

 

 どうする・・・・・・・・・・・・

 

 思考は鋭く回転し、現時点で取り得る手段を模索していく。

 

 ターミナルが直接動かせる戦力は、決して多くは無い。その中でもすぐに動かせる物で、状況を変えるとすれば、手段は限られてくる。

 

 青年は、自分に寄り添うようにして、心配そうな顔を向けてくる少女を、そっと抱き寄せる。

 

「・・・・・・行こう」

 

 短く告げると、少女も頷きを返した。

 

 長く連れ添ってきた2人の間に、長ったらしい言葉は必要無い。互いが互いの想いを受け止め、汲み取る事ができるのだから。

 

 2人は駆け出す。

 

 今度こそ、守りたい者全てを守る為に。

 




人物設定

ミリアリア・ケーニッヒ
ナチュラル
40歳      女

備考
フリーカメラマンをしている女性で、快活な性格。かつては軍に所属していた時期もあり、その為か度胸も据わっている。その仕事の傍ら、ターミナルの構成員も務めており、主に情報収集等の面で活躍している。





トール・ケーニッヒ
ナチュラル
40歳      男

備考
ミリアリアの夫で、職業はフリーのジャーナリスト。人一倍の行動力と責任感を併せ持ち、更に仲間思い。妻と同じくターミナルに所属している。モビルスーツの操縦もこなせるが、主な役割は情報収集にある。




クーヤ・シルスカ
コーディネイター
20歳      女

備考
ディバインセイバーズに所属する少女。高い戦闘能力を誇っており、プラント三軍の中では最強とも目されている。同時にプラントと、最高議長であるアンブレアス・グルックに高い忠誠を誓っており、グルックの理想を妨げようとする者を容赦なく斬り捨てる強い意志を持っている。




カレン・トレイシア
コーディネイター
20歳     女

備考
ディバインセイバーズアテナ隊所属のパイロットで、クーヤの同僚。どちらかと言えば固い性格のクーヤとは逆に、彼女はひどくフランクな性格の持ち主。何かと突っ込んでいく事が多いクーヤのフォロー役に回る事が多い。砲撃戦を得意とし、彼女の機体も、それに合わせて砲撃力が強化されている。





フェルド・マーキス
コーディネイター
21歳     男

備考
ディバイン・セイバーズのパイロット。クーヤの同僚。ややぶっきらぼうで粗野な印象を受けるが、その内実は仲間思い。喧嘩っ早く、それが戦いにも影響して、切り込み隊長を務める事が多い。





イレス・フレイド
コーディネイター
22歳      男

備考
クーヤ達の同僚で、仲間内では最年長。同時に計算高く落ち着いた性格で、事実上のリーダー格でもある。ドラグーン装備の機体を好み、緻密な計算で相手を追い詰めていく戦術を好む。


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PHASE-08「交差する剣戟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年は暗がりの中で顔を上げた。

 

 この収容コロニーに収監されてから1年近くなるが、雑居房の天井は相変わらず薄汚く、見ているだけで不快になってくる。

 

 闇の中で顔を上げたのは、いつもと変わらない風景の中にあって、なぜかいつもとは違う雰囲気を感じたからだ。

 

 房の外で、何かが忙しなく動いている。怒声が飛び交い、微かだが何かが爆ぜるような音もしていた。

 

「・・・・・・何が?」

 

 呟く声。

 

 それに反応するように、房の奥から声が返った。

 

「青年、何かあったのか?」

 

 声の主は、ここに収監されてから相部屋になった男の物だ。

 

 40歳前後の年齢と思われる人物で、どこか深みのある性格と外見をしている印象があった。青年とは世代が違うが、なぜか不思議とウマが合い、辛い収容所生活の中で互いに励まし合って頑張ってきた。

 

 名は互いに知らない。ここでは誰もが、全ての自由と権利をはく奪された囚人に過ぎない。名乗る事には何の意味も無かった。

 

 男も闇の中から這い出てきて、外の様子に耳を凝らす。

 

 ややあって男は、少し驚いたような顔を青年に見せた。

 

「こいつは・・・・・・銃声だな」

「銃声!?」

 

 驚いて声を上げる青年。

 

 直接的な戦闘とは縁遠いはずの収容コロニーで銃声とは、ある意味穏やかではない。しかも、その銃声は未だに断続的に続いているのだ。

 

「青年、こいつはひょっとすると、ひょっとするかもしれんぞ」

 

 男の言葉を、青年は聞くとも無しに聞いている。

 

 ここに収容されて以来、希望と言う言葉とは、およそ無縁の生活を強いられて来たのだ。故に、容易にはそれに縋る事ができないのも事実である。

 

 そんな青年の無感動な情動に対し、乾いた銃声は尚も断続的に鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 こいつらは、今まで相手にしてきた奴等とは違う。

 

 瞬時に判断したヒカルは、ビームライフルを構えて先制の攻撃を仕掛ける。

 

 エターナルフリーダムが右手に構えるビームライフルが、殆ど抜き打ちに近い形で放たれた。

 

 伸びる閃光。

 

 しかし次の瞬間、先頭を飛ぶ機体がビームシールドを展開、ヒカルの攻撃を弾く。

 

「ッ!?」

 

 先制の一撃を防ぎ止められ舌打ちするヒカル。

 

 そこへ、先頭の機体が突っ込んで来た。

 

「速いッ それに、その機体は!?」

 

 深紅の装甲に、白い4対8枚の翼。

 

 カラーリングこそ異なるが、間違いなくフリーダム級機動兵器である。

 

 プラント軍がフリーダム級機動兵器を量産し、それを新設された精鋭部隊に配備していると言う噂は聞いていたが、まさかここで遭遇するとは完全に予想外だった。

 

 敵の守備戦力は少なく、それ故に作戦遂行は容易、と言う自由オーブ軍側の前提条件は、これで完全に崩れた事になる。

 

 とは言え、

 

「上等!!」

 

 ビームライフル2丁を放って敵の動きを牽制しながら、ヒカルは不敵に呟く。

 

 どのみちプラント軍と戦う以上は、いずれぶつかる相手である。ならば早めに対決して威力偵察しておくのは悪い話ではない。

 

 勿論、命がけではあるが。

 

 一方、リバティを操るクーヤは、12枚の蒼翼を広げて回避行動を取り続けるエターナルフリーダムを、鋭い眼差しで見据える。

 

「生意気ッ テロリスト風情が!!」

 

 フリーダム級機動兵器は元々、プラントが開発した物である。それをテロリストごと気が使っているのが許せなかった。

 

 故に、

 

「破壊する!!」

 

 スラスターを全開にして距離を詰めに掛かるクーヤ。

 

 クーヤのリバティは機動性重視の武装と調整が施されている。たとえ相手が同クラスの機体であっても、勝つ自信は充分にあった。

 

 接近と同時に、ビームサーベルを抜き打ち気味に抜刀。横なぎに振り払う。

 

「喰らえ!!」

 

 剣閃は、

 

 しかし、それよりも一瞬早く、エターナルフリーダムがビームシールドを展開した為に防がれる。

 

 舌打ちしつつ、クーヤが距離を置こうとする。

 

 だが、その為の動きを、ヒカルは見逃さない。

 

 クーヤ機が後退しようとするのを見透かし、自身もビームサーベルを抜いて追いすがる。

 

 距離を詰めるヒカル。

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせ、ビームサーベルを構えたエターナルフリーダムがリバティに迫る。

 

 対してクーヤは、自身に迫る敵機の姿に舌打ちを漏らす。

 

「こっちの動きに、着いて来る!?」

 

 光刃が虚空を斬り裂いた。

 

 エターナルフリーダムが横薙ぎに振るった剣を、辛うじて上昇する事で回避するクーヤ。

 

 それを見たヒカルは、更に追撃を掛けようとスラスターを吹かす。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 その動きは寸での所で思いとどまった。

 

 今にも斬り込みを掛けようとするエターナルフリーダムの進路を遮るように、強烈な砲火が浴びせかけられたのだ。

 

「クソッ 新手かよ!?」

 

 悪態を吐きながら、砲撃の射線から機体を後退させて回避するヒカル。

 

 攻撃は、逃げるエターナルフリーダムを執拗に追いかけてくる。

 

 対してヒカルは急速に後退をかけつつ、よけきれない物はビームシールドを展開して防御。同時にカメラは、新たな敵機へと向ける。

 

 そこには、クーヤの機体と同じシルエットを持ちながら、大きく武装の異なるリバティが、エターナルフリーダムに向けて砲撃を行っている光景があった。

 

《クーヤ、あたしが掩護するから、今の内に!!》

「カレンッ ありがとう!!」

 

 仲間の援護を受け、体勢を立て直すクーヤ。

 

 対するヒカルも、舌打ちしながら剣を構え直す。

 

 相手はプラントの精鋭。流石のヒカルでも、1対2での戦いは苦戦が予想された。

 

 

 

 

 

 飛んでくるドラグーンによる攻撃を、舌打ちしつつも回避する事に成功したアステルは、自分に向かってくる2機を、改めて確認する。

 

 向かってくる2機は共にフリーダム級。

 

 しかし、その武装形態は大きく異なる。

 

 1機は砲撃用の武装をほとんど持たない代わりに、腰の鞘に実体剣と思しき剣を装備している。

 

 もう1機は背部と腰部、脚部に合計で10機のドラグーンを装備している。これが先ほどから執拗に、ギルティジャスティスに攻撃を加えて来ていた。

 

「イレス、俺が突っ込む。お前はその調子で奴の動きを牽制しろ!!」

《了解だ。僕の攻撃で奴を追い込む!!》

 

 後続のイレスに指示を飛ばしながら、フェルドは腰の鞘から斬機刀を抜き放つ。

 

 日本刀を模したこの剣は、通常の実体剣よりも格段に切れ味が勝る。勿論、PS装甲が相手ではダメージは入らないが、それでも打撃武器としても充分以上に有効である。

 

 フェルド機が剣を構えて突撃する中、それに追随するように、イレス機から10基のドラグーンが放たれ、ギルティジャスティスへと向かう。

 

 その動きを、ビームサーベルを構えながら見据えるアステル。

 

「正面から1機、接近戦型・・・・・・ドラグーンが少々厄介か・・・・・・」

 

 言いながらアステルは、ギルティジャスティスのスラスターを全開。フェルドのリバティに斬り込んで行く。

 

 その様子を、フェルドは笑みを含む瞳で見据えた。

 

「阿呆が、無謀にも程があるっての!!」

 

 言いながら、斬機刀を振り翳すフェルド。

 

 フェルド機の斬機刀はアンチビームコーティング処理が施されており、ビームサーベルとの斬り合いには優位に立てる。更にビーム兵器と違い、エネルギー消費も最低限に抑えられる。一見すると時代に逆行するような実体剣にも、充分すぎる利点があるのだ。

 

 真っ向から振り下ろされる質量を伴った刃。

 

 その剣閃を、

 

 アステルは、僅かに機体を横に傾けて回避する。

 

「うおッ!?」

 

 一瞬、動きをつんのめらせるフェルド。

 

 その隙にアステルは、脚部のビームブレードを起動、リバティのボディに向けて蹴りを放つ。

 

 そのまま行けば、アステルの攻撃でフェルド機は胴体から真っ二つに切り飛ばされていただろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 コックピットに鳴り響く警報に従い、アステルは攻撃を中断して飛び退く。

 

 そこへ、ギルティジャスティスを包囲するように展開していたドラグーンが、一斉攻撃を放った。

 

 縦横に駆け巡る閃光が、間断無くギルティジャスティスに襲いかかってくる。

 

 間一髪、アステルは一瞬早く飛びのいた事もあり、直撃を受ける事無く安全圏まで退避する。

 

 だが、

 

 安全圏まで逃れたところで、アステルはもう一度、対峙する2機に目をやる。

 

「・・・・・・少々、厄介か」

 

 1対1ならば、それほどの苦戦を強いられる相手ではない。

 

 だが、流石に1対2となると、アステルでも苦戦を免れない。

 

 向かってくる攻撃を警戒しながら、後退を掛けるアステル。

 

 そこへフェルドとイレスは、容赦なく追撃を掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハウエルは乱暴な手つきで、無抵抗の少女をベッドに投げ倒す。

 

 対してヘルガはと言えばすっかり射竦められてしまい、持ち前の活発さが完全に鳴りを顰め、濡れた子犬のように震えている。

 

 内面の欲望を、最早隠そうともしないハウエルは、悪意の塊と化している。

 

 ヘルガはこれまで、プラントのトップシンガー、《女帝》ミーア・キャンベルの娘として不自由のない人生を歩んできた。無論、アイドルとして険しい道は歩いているが、それでもむき出しの悪意をもろにぶつけられた事は皆無と言って良い。

 

 無論、こうした無意味とも思える暴力には、日常的に無縁であった事は言うまでも無い。

 

 しかし今、ヘルガの視界の中で、むき出しの恐怖が、彼女を嬲るように近付いて来る。

 

 耐性の無い恐怖を前にして、少女が竦み上がってしまうのも無理からぬ事だった。

 

「暴れても騒いでも無駄だよ。この部屋は完全防音だからな。でなければ、毎晩のように女囚人を連れ込む事もできん」

 

 さも自慢するように言いながら、ハウエルは思い出したように笑みを浮かべる。

 

 どうやら、この部屋が毎晩、頽廃と享楽の空間になっている事は明らかなようだ。

 

 最新鋭の膨張システムも、俗物の手にかかれば単なる証拠隠滅の道具に過ぎなくなる。と言う事だろう。

 

 とは言え、今のヘルガには、そんな事を斟酌している余裕は無かった。

 

「い、イヤッ 来ないでよ・・・・・・」

 

 弱々しい少女の呟きも、欲望の権化と化したハウエルには届かない。下卑た笑みを浮かべながら、震えるヘルガににじり寄っていく。

 

 却って、先程までの強気な態度から一変した少女の様子に、征服欲にも似た感情が湧き上がってきているようだった。

 

「さあ、大人しくするのだ!!」

 

 ハウエルはベッドの上で、ヘルガへと覆いかぶさる。

 

「イヤッ イヤッ やめてッ 許して!! お願い!!」

 

 必死に抵抗しようとするヘルガ。

 

 しかし、男の膂力には敵わず、ベッドに押さえつけられる。

 

 ハウエルはヘルガの胸元へと手をやると、一気に左右へと引っ張る。

 

 服のボタンが弾け飛び、年相応に成長した胸と、それを追おうピンク色のブラジャーが視界に入ってきた。

 

 新人アイドルのあられもない姿に、涎を垂らすハウエル。

 

 そのまま欲望の赴くままに、少女の体を貪ろうと顔を近づけた。

 

 次の瞬間、

 

 突然、勢いよく扉があけ放たれた。

 

「何ッ!?」

 

 驚いて顔を上げるハウエル。

 

 飛び込んできたのは、手に銃を構えたトールとニコルだった。

 

「テメェ 何やってやがる!!」

 

 激昂したトールは、ライフルを手にベッドの上のハウエルへと襲い掛かる。

 

 トールはナチュラルであるから、本来ならコーディネイターのハウエルには身体能力の面で劣っている筈である。

 

 しかしハウエルは長年の不摂生と運動不足で体力が衰えきっているのに対し、トールは仕事柄、体を鍛える事に余念がない。

 

 その為、殴り掛かってくるトールの攻撃を、ハウエルはまったく避ける事ができなかった。

 

 バキッ

 

「へぶらッ」

 

 珍妙な声と共に、吹き飛ばされてベッドから転げ落ちるハウエル。そのまま身動きを取らなくなる。どうやら、今の一発で気絶したらしかった。

 

 その間にニコルは、銃を片手に警戒に当たる。

 

 そして、

 

「ヘルガ!!」

 

 男2人に続いて、ミーアが血相を変えて部屋の中へと飛び込んでくる。ここに来るのに先立ち、トールとニコルは予めミーアを助け出しておいたのだ。

 

「ヘルガ、大丈夫? 怪我は無い!?」

「ママ・・・・・・ママァ!!」

 

 駆け寄ってきた母親に、感極まって抱きつくヘルガ。

 

 ミーアも、そんな娘を優しく抱きしめる。

 

 その間に、ニコルとトールは、予め取り決めておいた通りに行動する。

 

 トールは備え付けの端末に近付いて、監房のシステムへとアクセスする。捕らわれている囚人を解放するのだ。

 

 そしてニコルは、ベッドの上で抱き合っているキャンベル母娘へと近づいた。

 

「2人とも、無事で本当に良かったです」

 

 穏やかに声を掛けると、未だに泣きじゃくっているヘルガを抱きしめたまま、ミーアが振り返る。

 

「助けてくれてありがとう、ニコル・・・・・・けど、あなた達は一体・・・・・・」

 

 一連の行動は、明らかに彼女たちが知る「有名ピアノ奏者」の物ではない。流石に、ミーアが不思議に思う事も無理からぬ話である。

 

 ニコルもその辺は承知している為、頷いてから口を開いた。

 

「僕達はラクス・クラインに連なる者です。ただ、今回は手違いから2人を巻き込んでしまいました。本当に申し訳ありません」

「ラクス様の!?」

 

 ミーアは驚いて声を上げた。

 

 ラクス・クラインは、ミーアにとって特別な存在である。生前はミーアの私設ファンクラブ会長を務めていたし、同時に私生活においては掛け替えの無い友人でもあった。

 

 また今一つ、それ以外にも、ミーアはラクスに対して決して返す事の出来ない恩義がある。

 

 そのラクスが死んだ後も、彼女の意志を継ぐ者達がこうして活動を続けている事に、ミーアは感動を禁じ得なかった。

 

「積もる話は後だ」

 

 作業を終えたトールが、足早に近付いてきて告げた。

 

 対して、ニコルも頷いて振り返る。

 

「データの方はどうですか?」

「バッチリだ。まあ、中身は解析してみない事には判らんけどな」

 

 そう言ってトールは、データチップを翳して見せる。

 

 2人がここに来た目的は、囚人を解放する事に加えてもう一つある。それは、プラントがこのコロニーで何をやっているのか、その具体的な証拠を手に入れる事だった。

 

 それが今、トールの手の中にある。

 

 ならばあとは、長居は無用だった。

 

「行きましょう。僕とトールで、脱出ポイントまで誘導します。2人とも、遅れないでついてきてください」

「は、はいッ」

 

 そう言うと、ニコルが先頭に立って走りだし、ミーアとヘルガを挟んでトールが後ろから警戒しながら続く。

 

 そんな4人の耳に、怒涛のような唸り声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 雑居房の扉が、音も無く開いていく。

 

 同時に差し込んで来た光が、眩しく目を射た。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない光景に、思わず声を漏らす。

 

 だが、それも一瞬の事だった。

 

「ボサッとするな青年!!」

 

 状況を瞬時に理解した男が、立ち尽くす青年を押しのけるようにして雑居房の外へと飛び出す。見れば、他の雑居房からも囚人たちが溢れだすようにして出て来る光景があった。

 

 明らかに、状況は尋常ではない。

 

 しかし、これがこの、地獄のような状況から抜け出す事ができる、千載一遇のチャンスである事だけはすぐに理解できた。

 

 既に囚人達は思い思いの方向へと駆け出している。逃げるなら今だった。

 

「でも、ここは密閉されたコロニーですよ。逃げるにしたって、どこへ!?」

 

 男と一緒に駆け出しながら、青年は浮かんだ疑問を口にする。

 

 確かに、ここは言わば絶海の孤島だ。逃げ場などどこにも無い。仮に一時的に内部のどこかに身を隠したとしても、自給には限界がある。いずれはじり貧になる事は目に見えていた。

 

「なに、何とかなるさ。まずは身の安全の確保を図ろうや」

 

 そんな青年の不安を吹き飛ばすように、男は力強く請け負う。

 

 収容されて以来、青年は男の経験値の高さに何度も命を救われている。

 

 ここは、この男に従っておいて損は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カレン機からの砲撃を、ヒカルは機体を旋回させつつ回避。同時に、手にしたビームライフルを撃ち放つ。

 

 連射された閃光に対し、しかし、それよりも早くカレンは機体を翻して回避する。

 

 空を切る、ヒカルの攻撃。

 

 それと前後して前へと出たクーヤは、機体腰部のビームキャノンをエターナルフリーダムへと放つ。

 

 正確な照準の元で放たれる鋭い攻撃をビームシールドで防御しつつ、ヒカルはライフルで牽制する。

 

 そこへ、

 

「もらったわよ!!」

 

 クーヤ機の攻撃に気を取られた隙に、カレンはエターナルフリーダムの上方に回り込み、全火力を解放する。

 

 一斉に放たれる砲撃の嵐。

 

 しかし、当たらない。

 

 命中するよりも先に、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開、持ち前の超機動を発揮してカレン機の攻撃を回避したのだ。

 

 体勢を立て直したところで、ヒカルは12翼を従えて機体を振り返らせる。

 

「火力はこちらの倍近い。なら!!」

 

 スラスター出力を上げ、カレン機への接近を図るヒカル。同時にエターナルフリーダムの腰からビームサーベルを抜いて構える。

 

 砲撃重視のカレン気に対し、得意分野である接近戦を仕掛けるつもりなのだ。

 

 しかし、

 

「そう来る事はッ」

 

 その前に、クーヤ機が立ちはだかる。

 

「お見通しよ!!」

 

 抜き放ったビームサーベルでエターナルフリーダムに斬り掛かるクーヤ。

 

 その動きを見たヒカルは、とっさに攻撃を断念して後退。クーヤ機の斬撃を回避するが、クーヤは執拗に追いかけて剣を振るう。

 

「逃がすか!!」

 

 後退するエターナルフリーダムを見据え、更に斬り込もうと、ビームサーベルを振り翳すクーヤ。

 

 しかし、

 

「今だ!!」

 

 ヒカルはとっさにバラエーナを展開、接近を図るクーヤ機に正面から撃ち放つ。

 

 放たれた砲撃は、クーヤ機がとっさに展開したビームシールドを真っ向から直撃する。

 

「グッ!?」

 

 衝撃に、一瞬顔を顰めるクーヤ。

 

 その間にヒカルは、安全圏へと機体を離脱させる。

 

 そこへ、

 

「まだまだァ!!」

 

 ヒカルの動きを見越したように、カレンがビームライフルを撃ちながら向かってくる。どうやら、クーヤが交戦しているすきに、エターナルフリーダムの進路上に周り込んでいたらしい。

 

 攻撃を仕掛けようとするカレン。

 

 しかし、

 

 その視界から一瞬、エターナルフリーダムが消えうせた。

 

「なッ!?」

 

 次の瞬間、下から突き上げるような速度で接近してきたエターナルフリーダムが鋭い蹴りを繰り出し、カレン機の腹部を直撃した。

 

「キャァ!?」

 

 悲鳴を上げてバランスを崩すカレン。

 

 一方のヒカルも、コックピットで操縦桿を握りながら、荒い息を吐いている。

 

「・・・・・・やっぱ、簡単にはいかないか」

 

 相手はプラント軍の精鋭部隊。なかなか反撃の糸口を掴む事ができない。ふと油断すれば、あっという間に撃墜されてしまう事だろう。

 

「けど・・・・・・」

 

 勝算はヒカルにもある。

 

 もうそろそろ、作戦のメインが開始される頃合だ。

 

 それが成功すれば、無理に戦う必要も無くなる。それまで時間を稼ぐのに徹するのだ。

 

「さて、もう少し付き合ってもらうぜ」

 

 接近してくるクーヤとカレンのリバティを見据えながら、ヒカルは不敵に呟いた。

 

 

 

 

 

 コロニー外での戦闘が終結に向かいつつある中、内部での戦闘も徐々に収束しつつあった。

 

 潜入を果たしたターミナルメンバーの手引きによって解放された囚人たちは、警備の為に常駐していた保安局員たちを襲撃して殺害、武器を奪うと一斉蜂起に転じた。

 

 これに対して、保安局員たちは事態に全くと言って良いほど対応できなかった。

 

 こと対人戦闘に関する限り、保安局員たちは部類の強さを発揮する。本来なら暴徒鎮圧も彼等の仕事であるからだ。

 

 だが、辺境の収容コロニーと言う「平和」な任務地が、彼等の緊張感を極限までそぎ落とし、実力を低下させていた。

 

 しかも、相手は数万から成る人の波である。対して保安局員はせいぜい数百人。数人程度の鎮圧なら問題無いだろうが、一斉に蜂起されたりしたらとても抑えきれるものではなかった。

 

 突発的な事態に保安局員たちは、ただ右往左往する事しかできず、個々人の才覚によって僅かな抵抗を示したのち、怒涛のような人の波に飲み込まれて消えて行く運命にあった。

 

 そんな中、逃げ惑う者達の中に、所長のハウエルの姿もあった。

 

 彼は女物の服を羽織ってその贅肉塗れの体と顔を隠し、どうにか暴動をやり過ごそうと、コソコソと物陰に潜んでいた。

 

「な、何でだッ 何でこんな事になるんだ!?」

 

 悪態を吐きながら、地団太を踏むハウエル。

 

 ここにいれば安全だと思った。敵がこんな辺境に来るはずもないし、仕事は簡単。所長権限で贅沢な生活もできる。更に、刺激がほしければ適当な囚人をライフルで撃ち殺したり、女性囚人を慰み者にすればいい。

 

 何の不自由も無かった。ここは正に、ハウエルにとって「楽園」だったのだ。

 

 その楽園が今、暴徒の靴に踏み荒らされようとしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・あの女が悪い」

 

 低く呟くハウエルの脳裏には、先程まで自分が手籠めにしようとしていたヘルガ・キャンベルの顔が浮かんでいた。

 

 あと一歩の所で極上の花を摘みそこなった事への悔しさが、否応なく込み上げてくる。

 

「あの女さえ、素直に私の物になっていれば、こんな事には!!」

 

 論旨が完全に破綻しているが、今のハウエルにはそれに気付く余裕すら無かった。

 

 今のハウエルにとって重要な事は、仲間の保安局員が虐殺されている事でも、自分の任務地であるコキュートスが陥落寸前にある事でもなく、ヘルガ・キャンベルと言う高嶺の花を自分の物にできなかった事だった。

 

「見ていろ小娘ッ いつか必ず、お前を私の物にしてやるからなッ」

 

 息巻くハウエル。

 

 しかし、彼はそんな先の人生計画よりも、目の前に迫った運命の方に傾注すべきだった。

 

「おい、所長がいたぞ!!」

「ひィ!?」

 

 手垢にまみれた妄想の世界から現実に引き戻され、ハウエルは悲鳴を上げる。

 

 見れば、手に武器を持った暴徒たちが、鬼のような形相を浮かべて向かってくるところだった。そのどれもが返り血と思しき赤い液体を浴びた跡があり、既に数人を殺害しているであろう事は間違いなかった。

 

「仲間の仇だ!!」

「引きずり出してやれ!!」

「簡単に殺すな!! 嬲り殺しにしろ!!」

 

 口々に言い放ちながら、ハウエルに迫ってく暴徒たち。

 

 それに対し、ハウエルは震える手で慌てて銃を構え発砲。向かってくる暴徒1人を射殺する。

 

 しかし、その程度で波が静まる筈も無い。

 

 2発目を撃つ前に引きずり倒され、殴打の連打を浴びる。

 

 悲鳴を上げ、血飛沫をまき散らすハウエル。

 

 しかし、その声もやがて、肉を引き裂き、骨を砕く音に埋もれ消えて行った。

 

 

 

 

 

 縦横に走るドラグーンが、立ち尽くす事しかできないでいる保安局に所属する機体を撃ち抜いていく。

 

 蒼き翼を背に負った機体は、圧倒的な砲撃力を発揮して撃ち抜いていく。

 

 新装備を得た機体は、これまでとは一線を画する性能を見せ付け、敵をなぎ倒していく。

 

 中には攻撃をすり抜け、艦に近付こうとする機体もある。

 

 だが、防衛ラインは1枚ではなかった。

 

 もう1機、両手に装備した剣を振り翳し、艦に近付く機体を斬り捨てる機影がある。

 

《その調子だカノン。脱出までの間、どうにか時間を稼ぐぞ!!》

「了解だよッ」

 

 リアディス・ドライを駆りながら、カノンはレオスの呼びかけに答える。

 

 2人は現在、ヒカルとアステルがディバイン・セイバーズと交戦している宙域から、ちょうどコロニーを挟んで反対側の宙域で戦っている。

 

 彼女達の背後には、大和と、更にターミナルから派遣された3隻の輸送船の姿もある。

 

 この4隻に収容されている囚人達を乗せて脱出させる事が狙いだった。

 

 作戦はまず、戦闘能力の高いヒカルとアステルが先制攻撃によって敵を攪乱すると同時に、敵の目を引き付ける。

 

 その間に大和がコロニーに接舷、囚人を収容すると同時に、カノンとレオスが艦の護衛にあたる手はずだった。

 

 いかにヒカルとアステルでも、全ての敵を引き付ける事は難しい。

 

 案の定、自由オーブ軍の動きに気付いた保安局の行動隊が、大和や輸送船に攻撃を仕掛けようとしてきた。

 

 そこで、2機のリアディスには新装備が施された。

 

 レオスのリアディス・アインには、ヒカルがジェガンで使っていたノワールストライカーを修復して装備している。射撃、白兵、機動の全てをバランス良く上昇させる事ができるこの装備の有用性は、ヒカル自身が量産機で高い戦果を上げ続けた事から証明されている。

 

 一方、カノンのリアディス・ドライには、フリーダムストライカーと呼ばれる特殊な装備が施されている。

 

 このフリーダムストライカーは、今から20年ほど前、ヒカルの父、キラが設計した武装である。その名の通り、フリーダムのような翼と武装を持つ装備で、バラエーナ・プラズマ収束砲にクスィフィアス・レールガン、そして8基のドラグーン機動兵装ウィングを装備しているのが特徴である。内部には小型の核エンジンが積まれている事から、リアディス・ドライは事実上、核搭載機と同じ戦闘力を獲得した事になる。

 

 カノンはドラグーンを背部から射出して、接近を図ろうとする保安局部隊を砲撃。

 

 その間にレオスが、フラガラッハ対艦刀を構えて斬り込んで行く。

 

 ヒカル不在の間、大和隊の戦闘を支え続けてきた2人の戦闘力は今や一級と評して良く、弱卒の保安局員では相手にもならなかった。

 

 

 

 

 

 作戦は、自由オーブ軍にとって順調に進んでいる。

 

 ディバイン・セーバーズの登場と言う予想外のファクターはあった物の、それもヒカルとアステルと言う、頼もしい味方がしっかりと押さえてくれている。

 

「収容作業はどう?」

 

 大和のCICで、収容作業を指揮しているリィスが、オペレーターに声を掛ける。

 

 本来なら、少しでも護衛戦力を増やす為にリィスもモビルスーツで戦うべきところである。実際、格納庫にはリィス用のイザヨイも搭載されている。

 

 しかし、シュウジが艦の指揮に専念しなくてはいけない関係から、収容作業の監督はリィスが取らざるを得ないのだ。

 

 リィスの質問に対し、しかし返された質問は芳しいとは言えなかった。

 

「捗っていません。どうも、囚人達は看守達に対して報復するのに熱中しているらしく、ターミナルの誘導に従おうとはしないそうです」

 

 オペレーターの困惑気味の報告に、リィスは苦い表情で嘆息する。

 

 今まで理不尽な拘束に甘んじ、看守達から暴力を振るわれ、命の危険にされてきたのだ。彼等があふれ出る憤りから、報復行動に出る事も無理からぬことだろう。

 

 冷静に状況を見極めている人間は、どうやらごく僅かであるらしい。

 

「とにかく、もう一度ターミナル側に連絡して、収容を急がせるように言って。いくらヒカル達でも、そういつまでも大軍を押さえておく事なんてできないでしょうし」

「了解」

「それと、トールさんとニコルさんはどうなった?」

 

 先行してコロニーに潜入し、囚人の解放を担当した2人のターミナル要員の事を尋ねてみる。

 

 ニコルとトールは、何が何でも回収しなくてはいけない。これはリィス達にとっても至上命題である。

 

「大丈夫です。既に収容した旨、回収班から連絡がありました。2人とも、もう大和に乗っているそうです」

 

 その報告を聞いて、リィスはあからさまに胸を撫で下ろす。

 

 取りあえず、作戦の最低ラインは達成できたことになる。後は可能な限り、できれば全囚人を回収できれば作戦は完了である。

 

 そこまで考えた時だった。

 

「シュナイゼル三尉から連絡です。敵部隊が後退を開始しました!!」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 その報告にリィスは、思考するのをやめて顔を上げる。

 

 敵がこのタイミングで退く、と言う事態に、何か不審な物を感じたのだ。

 

 センサー用のモニターに目を走らせると、敵の数はまだ充分に残されている。どう考えても、損害大で撤退する様子ではない。

 

 不吉な予感が、リィスの中で走る。

 

 この感覚は昔、子供の頃にも、同じような物を感じた事があるような気がする。

 

 そう、

 

 あれは確か、

 

 陥落寸前のスカンジナビアでの事だったような・・・・・・・・・・・・

 

 そこまで考えた瞬間、リィスは傍らの受話器を取った。

 

「艦長へ、副長より具申!!」

 

 叩き付けるように叫んだ、

 

 次の瞬間、

 

 凄まじい光が、駆け抜け、狙い違わずコキュートス・コロニーを直撃した。

 

 

 

 

 

PHASE-08「交差する剣戟」      終わり

 




カレン専用リバティ
機体設定

武装
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
頭部機関砲×2
バラエーナ改3連装プラズマ砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2

備考
砲撃戦力を強化したカレン専用機。ドラグーン装備こそ施されていないが、屈指の法益力を誇り、殲滅砲撃や支援砲撃等で高い威力を発揮する。





フェルド専用リバティ

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
頭部機関砲×2
斬機刀×1

備考
フェルドの特性に合わせ、接近戦闘力を強化した機体。装備している斬機刀は日本刀の形状を模しており、PS装甲以外ならあらゆる物に対して絶大な威力を誇る。対多数戦闘よりも1対1の戦闘に適性がある機体。




イレス専用リバティ

武装
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
頭部機関砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2
アサルトドラグーン×10

備考
ドラグーンを装備した特殊な戦闘を得意とするイレス専用機。高い火力と柔軟なドラグーン運用によって、かなり強力な機体に仕上がっている。今後対戦する事になる敵のエース機に対して、高い戦闘力が期待できる。





リアディスF

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
頭部機関砲×2
アンチビームシールド×1
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
クスィフィアス・レールガン×2
アサルトドラグーン×8

パイロット:カノン・シュナイゼル

備考
カノンのリアディス・ドライに、フリーダムストライカーを装備した機体。これにより、かつてのストライクフリーダムと同等の戦闘力を得ると同時に、自由オーブ軍内では最強の火力を有するようになった。





リアディス・ノワール

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
頭部機関砲×2
フラガラッハ対艦刀×2
レールガン×2

パイロット:レオス・イフアレスタール

備考
リアディス・アインにヒカルから譲り受けたノワールストライカーを装備した機体。リアディスF程には劇的な戦力アップとはいかないが、それでも砲撃、白兵、機動の3項目が同時に底上げされ、今後の活躍が期待される。


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PHASE-09「敗走」

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きたのか、それをとっさに認識できた者は、1人もいなかった。

 

 視界の中で強烈に瞬いた閃光。

 

 質量を伴っていると錯覚するほどの光の束が出現したと思った瞬間、その光は一瞬にして、コキュートス・コロニーの外壁に巨大な穴を穿った。

 

 爆炎が踊り、建材がデブリとなって撒き散らされる。

 

 この老朽化しつつある収容コロニーが、タダの一撃で致命傷を負った事は、火を見るよりも明らかだった。

 

「緊急退避!! コロニーから離れろ、急げ!!」

 

 大和をコロニーに横付けして囚人収容作業に当たっていたシュウジが、切羽詰まった調子で叫びを上げる。

 

 今だ収容作業は殆ど完了していないが、それを気にしている余裕は無かった。

 

「い、今のは!?」

 

 舵輪を慌てて回しながら、ナナミが呆然として呟く。

 

 ゆっくりとコロニーから艦を離す大和。

 

 一方で、光の直撃を受けたコキュートスは、各所で火災を起こし、徐々に構造体が崩れ始めている。

 

 深刻なダメージを負った事は間違いない。このまま連鎖的に崩壊を起こす可能性すらあった。

 

「艦長ッ 今のって、2年前の!!」

 

 ナナミの言葉に、シュウジは苦い表情のまま頷く。

 

 この中にいる誰もが今の光景を見て、2年前のフロリダでの戦いを思い出さずにはいられなかった。

 

 あの、北米解放軍の下で猛威を振るい、一度は共和連合軍を壊滅の淵まで追い込んだニーベルング砲台。

 

 そのニーベルングを、一瞬で壊滅させたプラント軍が保有する、正体不明の大量破壊兵器が再び姿を現したのだ。

 

「艦長ッ 輸送船が!!」

 

 リザの悲痛な叫びに顔を上げてみると、ターミナルが派遣した輸送船がクルーや収容した囚人ごと爆炎に飲み込まれようとしているのが見えた。

 

 どうする事も出来ない。

 

 ようやく助かった囚人達も、ターミナルの協力者たちも、見殺しにするしかない。

 

 そして、それはコロニーの中にいる者達もである。急速に崩壊するコロニーに、今から艦を着けるのは危険すぎる。こちらも、見殺しにする以外に道は無かった。

 

 自分達は、あまりにも無力だった。

 

「味方ごと撃つなんて・・・・・・そんな・・・・・・」

 

 ようやく大和を安全圏まで退避させたナナミが、呆然とした調子で呟きを漏らす。

 

 あのコロニーにいたのは囚人だけではない。まだ多くのプラント関係者もいた筈。それを躊躇いなく撃つ事に憤りと戦慄を感じているのだ。

 

 必要とあれば味方も撃つ事も躊躇わない。

 

 自分達が戦っている相手はそう言う存在なのだと言う事を、改めて実感させられていた。

 

「・・・・・・・・・・・・ヒビキ三尉達に打電しろ」

 

 諦念を滲ませた声でシュウジが命じる。

 

「現時刻を持って本作戦を放棄、撤退する。モビルスーツ隊はただちに帰還せよ」

 

 それは、事実上の敗北宣言である。

 

 しかし、囚人収容が困難となった以上、現宙域に留まる事はあまりにも危険である。敵の攻撃の第二波が来る前に離脱する必要があった。

 

 

 

 

 

 帰還、撤退命令は、前線にいるヒカル達にもすぐに伝えられた。

 

 ヒカルもまた、コロニーを貫く閃光を目撃している。その直後から、コロニー構造体は脆く崩れ始めているのも判っていた。

 

 まかり間違えば、ヒカルもまた、あの攻撃に巻き込まれていたかもしれないと考えると、想像も及ばないような恐怖感が湧き上がってくる。

 

 ともかく、これ以上の交戦が不可能な事はヒカルにも承知できている。大和が健在なら、どうにか離脱を急ぎたいところである。

 

 しかし現実問題として、すぐに離脱する事は2つの事情から難しかった。

 

 一つは、崩壊したコロニーの破片が大量のデブリと化して漂い始めており、そのせいで大和までの帰還ルートが塞がれてしまっている事。

 

 そしてもう一つは、そのような状況になって尚、クーヤのリバティが執拗な攻撃を仕掛けてきているからだ。

 

 放たれるビームキャノンによる攻撃を、デブリを利用して回避するヒカル。

 

 リバティから放たれた砲撃は、エターナルフリーダムを直撃する事無く、デブリの表面を抉るにとどまる。

 

 それを見たヒカルは、飛び出すと同時にビームライフルで牽制の射撃を行い、そのまま離脱しようとする。

 

 が、

 

「逃がすかァ!!」

 

 飛んでくるデブリを避け、背後から急迫するクーヤ。

 

 対して、苛立たしげに舌打ちするヒカル。

 

「しつこいぞッ!!」

 

 叫びながらヒカルは、リバティが放つビームライフルの攻撃をシールドで防御すると、そのまま離脱を続行しようとする。

 

 しかしすぐに、エターナルフリーダムの進路上に巨大なデブリが現れ塞がれてしまう。

 

 この状況下では、真っ直ぐ飛行する事すら難しい。

 

 やむなく、別のルートを探して動きを止めるヒカル。

 

 そこへリバティが斬り込んでくる。

 

「貰った!!」

 

 ビームサーベルを振り翳すクーヤ。

 

 だが、振り翳した剣閃は、一瞬早くヒカルが飛びのいたため、その背後にあったデブリを斬り裂くにとどまる。

 

 その間にヒカルはリバティの上方に占位、腰部のレールガンを放つ。

 

 砲弾はリバティの胸部を直撃、衝撃がクーヤを襲う。

 

「クッ!?」

 

 砲弾直撃のショックで動きを止められるクーヤ。

 

 その隙にヒカルは、再びスラスターを吹かして離脱しようとする。

 

 だが、そこへ強烈な砲撃が吹き荒れ、エターナルフリーダムの進路を遮った。

 

「ッ!?」

 

 見れば、カレンのリバティが、全砲門を開いて砲撃を仕掛けてきている。どうやら、ヒカルとクーヤが交戦している隙に追いついてきたらしい。

 

 更に、一旦は引き離しかけたクーヤも、体勢を立て直して追いかけてくる。

 

「まずいな、こいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 デブリが多すぎて、エターナルフリーダム自慢の超機動も発揮しづらい状況である。包囲されれば厄介だった。

 

 ビームサーベルを振り翳して、クーヤ機が斬り込んでくる。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜き放つ。

 

 激突するヒカルとクーヤ。

 

 互いの剣をシールドで弾き、火花を散らしながら離れる両者。

 

 すぐさまヒカルはビームライフルを構えるが、そこへカレンから援護射撃が入り、ヒカルの行動を封殺する。

 

 舌打ちしながら後退するヒカル。

 

 接近しようとするカレン機をバラエーナで牽制しながら、間合いを取り直す。

 

 しかし、焦慮は確実に、ヒカルの足首に絡みつこうとしている。

 

 デブリのせいで最大の武器である機動性を殺されているに等しいエターナルフリーダムだが、同時にそのデブリが遮蔽物になってくれているおかげで、今のところエース2人を相手に戦闘力を維持できている。

 

 だが、既に撤退の信号はヒカルの元にも届いている。どうにか、この2機を振り払って大和へ戻らねばならない。

 

「どうすっかな・・・・・・」

 

 追い詰めるように砲撃してくるクーヤ機の攻撃を、デブリの陰に隠れて回避しながらヒカルは呟く。

 

 とにかく今は、相手の攻撃を回避しながら、状況が変化するのを待つ以外に無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙に浮かぶ巨大なヒトデ、とでも形容すべきだろうか?

 

 全長だけで1500メートルにも達する巨大な星形をした構造体は、数分前に中央付近の巨大レンズから放った閃光の余韻を残しながらも、次の攻撃に向けて準備を始めていた。

 

 光波収束照射衛星「レニエント」

 

 プラントが保有する、大量破壊兵器である。

 

 その形はちょうど絵に描かれた星のような形をしている。中央のユニットから五方向に突き出した巨大な突起は太陽光を集約する為の物であり、そうして貯め込んだ太陽光をエネルギーに変換し、中央ユニットに集積する事ができる。

 

 そして中央部分には直径300メートルにも及ぶ巨大なレンズがはめ込まれている。これが砲の役割を果たし、集積した太陽エネルギーを照射するのだ。

 

 太陽エネルギーは複数の大容量バッテリーにため込んでおく事ができ、それによって連射も可能となっている。勿論、連射回数に応じて、必要な充電時間も異なるが。

 

 しかし、太陽エネルギーは文字通り無限である。つまりレニエントは事実上、半永久的に稼働する事ができる訳である。

 

 現在、レニエントは、特別命令を受けて収容コロニーに対する砲撃を行っている。

 

 座標データを基に行った第1射は見事に命中を確認。その精度の高さを見せ付けていた。

 

「続けて、第2射用意だ」

 

 指示を飛ばす司令官は、口元に薄い笑みを浮かべて命じた。

 

「味方ごと撃つ、か。議長もむごい事をする」

 

 司令官の背後に立った人物は、低い声でそう告げた。

 

 がっしりとした体付きの、長身な人物である。

 

 巌の如き容貌を持つこの人物は、名をカーギル・ウィロッグと言う。

 

 プラント議長特別親衛隊の中で第1戦隊長を務めており、見た目は強靭さ鋭さを印象としている。

 

 精鋭ぞろいのディバイン・セイバーズの中にあって、第1戦隊の隊長を任されると言う事は即ち、カーギルは現プラント軍の中にあって最強の実力者である事を意味している。

 

 同時に議長に対する忠誠心も、最高の物を求められる。また、第1戦隊は他戦隊との合同作戦の際、統一指揮を任される事にもなる為、戦隊長は部隊統率の能力も求められる。

 

 まさに心技体、全てにおいて最高レベルの者だけが、最高の栄誉を得る事ができる訳である。

 

 アンブレアス・グルックは最重要兵器を守る為に、自身の子飼いの部隊の中で、最も信頼できる人物を差し向けた訳だ。

 

 そんなカーギルの物言いに関して、司令官は事も無げに肩を竦める。

 

「元々、あのコロニーにいたのは薄汚い囚人どもと、大して物の役にも立たん二線級の奴等ばかりだ。この際だから、敵と一緒に葬り去った方が得策であると、議長も判断されたのだろう」

 

 あのコロニーが存在する事は、プラント軍、ひいてはアンブレアス・グルック政権にとって都合の悪い。ましたか、その情報が自由オーブ軍の手に渡りでもしたら致命傷になりかねない。

 

 だからこそグルックは、あえて秘密兵器であるレニエントを用いてまで破壊してしまおうと画策したのだ。

 

 一応、偶然にも居合わせた第4戦隊にはレーザー電文で照射の事を伝えてある。彼等なら、その前に退避するなりの対策を講じるだろう。

 

 後は、証拠も残らない程にコロニーを破壊してしまえば作戦は完了である。

 

 対して、カーギルは何も告げずに、視線を元へ戻した。

 

 カーギル自身、司令官の意見に異を唱える心算は無い。

 

 議長の方針に異を唱えるような者など、いくら死んだところで心を痛ませる必要は皆無以下である。

 

 また、常駐していた部隊も同様だ。者の役に立たないような連中ならせめて、標的を引き付ける囮となって果てた方が、よほど為になると言う物。彼等も、自分達が議長の作る世界の礎となれるのなら、喜んで命を差し出す事だろう。

 

 その時、待っていた報告が上げられてきた。

 

「司令、第二射準備、完了しました」

 

 オペレーターからの報告に、司令官は笑みを浮かべながら頷きを返す。

 

「よし、直ちに照射開始。奴らを根絶やしにしろ!!」

 

 これで終わりだ。

 

 司令官が愉悦に浸る中、レンズ部分に集光されていく。

 

 太陽エネルギーを収集して爆発的に得た電力を一気に開放し、比類無い破壊力を実現した照射システムは、ジェネシスやレクイエムと言った、かつて存在した大量兵器群と比べても遜色無い存在感を持っている。

 

 収束したエネルギーがレンズから溢れ、周囲には太陽がもう一つ現れたような光が齎される。

 

「エネルギー臨界!!」

「目標、座標軸固定確認。誤差、0.000001パーセント未満!!」

「最終安全装置、解除確認!!」

「照射準備完了!!」

 

 報告を受け、カーギルは立ち上がると、腕を大きく振り上げる。

 

「よし、撃て!!」

 

 振り下ろされる腕。

 

 光は一気に強まり、

 

 そして次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、飛来した閃光がレンズ部分を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激震

 

 次いで溢れる閃光が炎となりて、レニエント自身を炎に包む。

 

 意気揚々と指示を飛ばした司令官も、思わずその場で転倒し、床へと倒れ込む。

 

 ただ、カーギルの方は両足を踏ん張り、倒れる事を頑なに拒んでいたが。

 

「な、何事だ!?」

 

 自失からいち早く立ち直ったカーギルは、叫ぶようにして報告を求める。

 

 レニエントの護衛についてから、このような事は今まで一度も無かった。いったい何が起きたと言うのか?

 

 程無く、状況を把握したオペレーターが振り返って報告してきた。

 

「中央ブロック大破!! エネルギーが暴発した模様ですッ 現在、消火作業中!!」

 

 愕然とする報告に、カーギルは思わず目を剥く。

 

 暴発、と言う言葉が、すぐに頭に浮かんだ。

 

 いったい整備員達は何をしていたのか!? この大事な作戦中に深刻な事故を起こすなど!!

 

 だが、すぐにそうではない事が判明した。

 

「マーク10チャーリーに未確認のモビルスーツを確認ッ 数は1!!」

「何だと!?」

「光学映像、出ます!!」

 

 モニターに映し出される映像。

 

 そこには、異様な姿をした機体が、長大なライフルを構えている姿があった。

 

 頭頂部からすっぽりと覆う外套のような布のせいで、シルエットは殆ど覆い隠されている。その為、どこの所属の機体なのか判然としなかった。

 

 しかし状況から考えて、あの機体がレニエントに攻撃を仕掛けて来た事は間違いなかった。

 

「馬鹿な・・・・・・たった1機で強襲を掛けてきたと言うのか? このレニエントに?」

 

 呆然とした呟きが、カーギルの耳に聞こえてきた。

 

 世界最大の兵器を相手に、単機で強襲を掛けてくる馬鹿がいるなど、いったい誰が予測できるであろう?

 

 だが、その馬鹿のおかげで、現実にレニエントは深刻な被害を受けてしまったのも事実である。

 

「再度の照射は可能か!?」

「ダメですッ レンズ部分を完全喪失!! 照射不能!!」

 

 その報告に、カーギルは唇が切れる程に噛みしめる。

 

 まさか、予期し得なかったたった1機のモビルスーツの強襲で、レニエントを傷付けられるとは思っても見なかった。

 

 特に、レンズ部分を失ったのは痛い。レニエントのレンズは巨大で、更に大出力のエネルギーを照射する為に特殊な材質を加工して作られている。簡単に変えが効く物ではない。修理しようにも、部品の調達から始める必要がある為、恐らく一年近くはかかるだろう。

 

 それだけの被害をもたらしたのが、たった1機のモビルスーツであると言う事実が、カーギルに否応なく屈辱を与える。自分が付いていながら、このような事態に陥った事が許せなかった。

 

 だが、事態はまだ終わりではなかった。

 

「敵機、来ます!!」

 

 オペレーターの報告と同時に、モニターの中のモビルスーツが動く。

 

 背部に白い炎の翼を広げ、一気に距離を詰めてくる。更なる追撃を掛ける心算なのだ。

 

 その様に、カーギルは憎しみを込めた視線を向ける。

 

「これだけの事をしでかしたのだ。ただでは帰さんぞ・・・・・・」

 

 立ち上がり命じる。

 

「全モビルスーツ隊は直ちに発進ッ 奴を撃ち落とせ!!」

 

 

 

 

 

 果たしてこの状況を僥倖と捉えるべきか、あるいは悔悟を持って当たるべきか。

 

 機体を操りながら、青年は自身の内にある感情をどちらの方向に振り分けるべきかで悩んでいた。

 

「取りあえず、最適のタイミングで仕掛けられた事を喜ぶべきか、それとも1射目に間に合わなかった事を嘆くべきか。どっちだろう?」

 

 視界の彼方では、激しく損傷して炎を上げているレニエントの巨大な姿がある。

 

 エネルギー充填を終え、臨界に達したところに攻撃を仕掛けた為、フィードバックしたエネルギーが誘爆を起こしたのだ。その為、当初考えていたよりも多大なダメージを与える事に成功したのだが、できれば第1射が照射される前に攻撃を仕掛けたかった、と言うのが本音である。

 

「『聖剣』が使えればもう少し楽だったのですが、言っても始まらない事です」

 

 後席に座った少女が、淡々とした調子で答える。

 

 言葉から感情の起伏を読み取るのは難しいが、悔しさを感じているのは少女の方も同様である。何しろ、レニエントの光が走った先には、2人にとって大切な者達がいたのだから。

 

 彼等が無事かどうかわからない。

 

 だが今は、無事であると信じて戦うしかなかった。

 

 向かう先から、多数の反応が接近してくるのをセンサーが感知する。レニエントが迎撃の為に、モビルスーツ隊を発進させたのだ。

 

「嘆くのはお互い、明日の事にしておこう。今は・・・・・・」

「ええ、勿論そのつもりです」

 

 青年の言葉の先を聞かず、少女は頷きを返す。

 

 元より、望むところ。戦火をより確実な物とする為には、再度の攻撃が必要だった。

 

 モビルスーツ1機で、あの巨大兵器を撃沈できるとは流石に思っていない。しかし、最低限の勝利条件として、行動不能くらいにはする必要がある。

 

 もし航行不能にまで追い込む事ができれば上出来。あとは味方、たとえば自由オーブ軍などに任せる事もできる。

 

 青年はモビルスーツを駆って加速する。

 

 ロングライフルモードにしておいたライフルの連結を解除、両手持ちに変化させると、向かってくる敵に対して速射で撃ち放つ。

 

 狙うのは手足、武装、メインカメラ。

 

 エンジンやコックピットは極力狙わない。

 

 それが2人にとって、戦うためのルールでもある。

 

 だが、それで充分だった。

 

 たちまち、直撃を受けて戦闘力を失う機体が続出する。

 

 武装や手足を失った機体は、たとえパイロットが無事でも、最早物の数にはならない。

 

 青年は更に、翼部のカバー部分にマウントしてあるアサルトドラグーンを射出して布陣、同時に両手のビームライフルと、腰部のレールガンを展開した。

 

 背中から噴出する炎の翼は、純白から目が覚めるような蒼へと変化する。

 

 解き放たれる24連装フルバースト。

 

 照準は精緻にして、攻撃は激烈。

 

 ザクが、グフが、ゲルググが、ハウンドドーガが、次々と直撃を受け、戦闘力を奪われていく。

 

 最新鋭のスパイラルデスティニーには火力で及ばないが、それでも並みの量産機では到底実現し得ない光景を前にしては、如何なる抵抗も無意味と成り果てる。

 

 プラント軍の前衛部隊は、ものの数分で全ての機体が戦闘力を失ってしまう。

 

 たった1機のモビルスーツが齎す、それは悪夢と評して良かった。

 

 だが、プラント軍は尚も、かなりの数の戦力を有している。

 

 レニエントのハッチからは、次々とモビルスーツが吐き出されてくる。どうやらレニエント側は、ほぼ全力を投入して迎撃行動に出ているらしい。それほどまでに、相手は油断ならないと言う訳だ。

 

 モビルスーツを、全方位から絡め取ろうとするプラント軍。

 

 対して次の瞬間、

 

 モビルスーツの背にある炎の翼は、蒼から今度は、迸るような深紅へと変化した。

 

 同時に動く。

 

 集中される砲火。

 

 しかし、当たらない。

 

 織りなす虚像が、全ての放火に空を突かせる。

 

 デスティニー級機動兵器の特性である残像分身システムを発揮した機体は、あらゆる攻撃をすり抜けながら背中に装備した2本の対艦刀を抜刀。斬り込みを掛ける。

 

 駆け抜ける一瞬。

 

 2本の対艦刀が虚空に斬線を刻んだ瞬間、手足頭部を斬り飛ばされる機体が続出する。

 

 幾重にも張り巡らせた防衛ラインは何の役にも立たない。

 

 大軍であっても、まるで紙の兵隊であるかのように薙ぎ払われていく。

 

 そのまま一気にレニエントまで斬り込むか?

 

 そう思った次の瞬間。

 

「接近を感知、上」

 

 落ち着いた声で警告を鳴らす。

 

 とっさに振り仰ぐ先では、白い8枚の翼を広げた深紅の機体が真っ直ぐに向かってくるのが見えた。

 

「フリーダム・・・・・・いや、リバティとかいう奴か・・・・・・」

 

 プラント軍が量産に成功したフリーダム級機動兵器の存在は、ターミナルでももちろん掴んでいる。その機体が唯一配属されているのが、精鋭部隊であるディバイン・セイバーズである事も。

 

 つまり、あの機体を駆るのは、これまでのような雑兵ではない。プラントが誇るエースと言う訳だ。

 

「迎え撃つよ。掩護よろしく」

「よろしくされました」

 

 頼もしい返事を背中に聞きながら、青年は2本の対艦刀を構え直してリバティと対峙した。

 

 一方、リバティを駆るカーギルは、苦虫を潰した表情で、向かってくる奇妙な機体を見据えていた。

 

 まるで正体を隠すように、頭頂部からすっぽりと外套を被った機体は、その奇妙さとは裏腹に恐るべき戦闘力を発揮していた。

 

 既に出撃したプラント軍の機体は、6割が何らかの損傷を負って戦闘不能となっている。

 

 しかも驚くべき事に、そのどれもが大破、撃墜された機体が無いと言う事だった。

 

 敵はわざと、撃墜する事を避けている。そう結論付けざるを得ない。

 

「舐めた真似を!!」

 

 どこの誰かは知らないが、その増上慢をたっぷりと後悔させてやる。撃墜の炎の中で。

 

 叫ぶと同時に、手にした武器を構える。

 

 それは戦国時代の武将が使っていた物を連想させる、長大な槍だった。

 

 柄の部分にはレアメタルを使用して強度を上げ、更にはビームコーティングを施してある為、単純なビームサーベルでは断ち切る事はできない。更に刃の部分には大出力のビーム刃が形成され、それだけでモビルスーツの上半身くらいの身幅がある。

 

 単なる趣味武器ではない。威力や取り回し等を考えれば、対艦刀に匹敵するほど強力な武装である。

 

「我が槍ロンギヌス、その身で受けよ!!」

 

 槍を真っ直ぐに構えて突貫するカーギル機。

 

 対して青年は、機体の残像機能を発揮しながら接近して行く。

 

 しかし、

 

「それは既に見切った!!」

 

 カーギルはモビルスーツが織りなす虚像に惑わされる事無く、槍を掲げて真っ直ぐに斬り込んで来た。

 

 その動きに青年は一瞬、目を見張る。

 

 まさか、こうもあっさりとこちらの動きを見切るとは思わなかった。

 

 だが、立ち直りも早い。

 

 振るわれる槍を上昇しながら回避。同時に翼を蒼に変化させると、対艦刀を背中のハードポイントに戻しつつ、ビームライフルとレールガンを構えて牽制の砲撃を加える。

 

 その砲撃に対し、カーギルはシールドを展開すると、踏ん張るようにして耐え抜く。

 

「その程度!!」

 

 逆にバラエーナで牽制の砲撃を加えつつ、相手が僅かに動きを鈍らせたところで再び突撃していく。

 

 対して青年は翼のカバー部分からアサルトドラグーンを射出。リバティを包囲するように展開、四方から一斉攻撃を仕掛ける。

 

 これには流石のカーギルも敵わず、機体を後退させるしかなかった。

 

 だが、青年の方でも、カーギルばかりに注意を向けていられなくなった。

 

 その頃になってようやく、ディバイン・セイバーズ第1戦隊に所属する他の隊員達も、それぞれのリバティを駆って追いついてきたのだ。

 

 彼等は隊長を掩護できる位置に配置すると、一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 

 その攻撃を巧みに回避する青年。

 

 ディバインセイバーズからの攻撃は、モビルスーツに掠りすらしない。

 

 逆に青年は、モビルスーツの腰からビームサーベルを抜き放つと、近付いてきたリバティの右肩を切り飛ばしている。

 

「何なのだ、奴は・・・・・・・・・・・・」

 

 謎のモビルスーツの動きを、一歩引いた場所から冷静に見つめていたカーギルは、不審な面持ちで呟きを漏らした。

 

 単騎で一軍に攻撃を仕掛けてきたのだから、かなりの性能と実力であろう事は予想できた。

 

 しかしあれは、そんな生易しい言葉で飾れる代物ではない。

 

 修羅、とでも称するべきだろうか?

 

 今も、超絶的な戦闘力を発揮して、カーギルの部下達を翻弄している。

 

 精鋭部隊であるディバイン・セイバーズですら、足止め程度にしかなっていないのだ。

 

 しかも、敵機はまるで、「こちらの動きが判っている」かのように、華麗且つ鋭敏な動きで全ての攻撃を回避し、的確に反撃を繰り出してきている。

 

 そんな事はあり得ない、と思いつつも、そう考えずにはいられなかった。

 

 その時、青年は一瞬の隙を突いてディバイン・セイバーズの包囲網を突破する。

 

 その向かう先には、

 

「いかんっ!!」

 

 声を上げるカーギル。

 

 モビルスーツが向かう先には、損傷して身動き取れないでいるレニエントの姿があった。

 

 モビルスーツは最大戦速でディバイン・セイバーズを振り切ると、背中から対艦刀を抜き放つと、並走連結させる。

 

 すると、連結部分から長大なビーム刃が発振され、それまでは12メートル級の対艦刀2本だったのが、一気に20メートル級対艦刀に早変わりしていた。

 

 超大型対艦刀を振り翳す先には、レニエントの巨大スラスター群が存在している。

 

 そこへ、真っ向から斬り込み、一気に斬り下げるモビルスーツ。

 

 レニエントはその巨体故に、推進する為には多数のスラスターを必要とする。もし一定数以上のスラスターが破壊されれば、航行不能になる恐れもあった。

 

 それが判っているからこそ、青年は真っ向から敵陣を中央突破する策を採用したのだ。

 

 爆発が連続して起こる。

 

 複数のスラスターが一気にビーム刃によって切り裂かれ、内蔵したエネルギーを暴発させているのだ。

 

「よし、やった」

 

 青年は荒い息のまま、会心の呟きを漏らす。

 

 流石に、単機で一軍に攻撃を仕掛けるのはきつかった。下手をすると、撃墜されていた可能性もある。

 

 しかし、それだけのリスクを犯した甲斐はあった。

 

 青年たちの見ている先で、レニエント本体は衝撃によって傾斜していく。明らかに、姿勢を保てていない。

 

 これで最低限、レニエントを航行不能状態にする、と言う目的は達成された事になる。

 

 後は、長居は無用だった。

 

「よし、逃げるよ」

「がってんだ」

 

 アグレッシブに請け負う相棒と頷き合いながら、機体を離脱させに掛かる。

 

 だが、

 

「させんぞッ!!」

 

 槍を振り翳したカーギルのリバティが、目の前に立ちはだかった。

 

「ここまでの事をしでかしたのだ。落とし前を付けさせてもらう!!」

 

 繰り出される槍の一閃。

 

 鋭いチャージングを前に、回避は追いつかない。

 

 次の瞬間、

 

 青年は機体を操って、羽織っていた外套をはぎ取ると、それをカーギル機に向けて投げつける。

 

「無駄な事を!!」

 

 ロンギヌスを振るい、投げつけられた布を振り払うカーギル。

 

 しかし次の瞬間、視界が遮られている隙にカーギル機に接近したモビルスーツが鋭い蹴りを繰り出してきた。

 

 回避する事ができず、吹き飛ばされるカーギル。

 

 それを背に見ながら、カーギル機を飛び越えるようにして飛び去る機体。

 

 カーギルが最後に見たのは、炎の翼を天使のように広げた、流麗なモビルスーツの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コキュートス・コロニーでの戦闘も、終焉を迎えようとしていた。

 

 コロニーは既に8割がたが崩壊。内部にいた囚人や、本来ならプラントの味方であるはずの保安局員たちの運命も、考えるまでも無かった。

 

 しかし、発生した大量のデブリの中、

 

 尚も戦いをやめようとしない者達がいた。

 

 ヒカルは、まとわりついて来るクーヤのリバティに辟易しながらも、どうにか離脱のタイミングを計っていた。

 

 既にカレンの機体は機位を見失ってはぐれてしまっていたが、クーヤはそんな事は一切斟酌せず、勢いを衰えさせぬまま、エターナルフリーダムへと向かってくる。

 

 双方、デブリの密度が増したせいで、射撃武器は殆ど用を成さなくなっている。その為、必然的に距離を詰めた接近戦にならざるを得なくなっていた。

 

「逃がすか!!」

 

 ビームサーベルを振り翳すクーヤ。

 

 その動きを、ヒカルは舌打ち交じりに睨み据える。

 

「しつこい!!」

 

 リバティの剣をビームシールドで防御。反発を利用して押し返し、その隙にどうにか離脱しようとする。

 

 しかし、それを許すクーヤではない。

 

「逃がさないと言った!!」

 

 リバティのスラスターを全開まで振り絞り、強引に追いすがってくる。

 

 クーヤには判っていた。相手が「魔王」と呼ばれる、自由オーブ軍の象徴的な存在である事を。

 

 何が魔王だ。ふざけるにも程がある。そんな趣味で戦争をやっているような連中が世を乱し、議長の目指す統一された世界の妨げになっている事が、クーヤには許せなかった。

 

 そんな存在は自ら打ち倒し、議長の障害となる存在をを排除しなくてはならなかった。

 

 議長は世界統一と言う崇高な使命の為に働いておられる。その障害を排除する事は、クーヤにとっては至上の使命だった。

 

 スラスターを全開にして、クーヤは一気にエターナルフリーダムに迫った。

 

「チェックメイトよ、魔王!! あんたは今日ここで、散れ!!」

 

 言い放つと同時に、SEEDを発動するクーヤ。

 

 鋭さを増すリバティ。

 

 デブリをよけながら、一気にエターナルフリーダムへと斬り込む。

 

 その剣閃が細かい粒子を斬り裂きながら、一気に振り下ろされる。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルもSEEDを解き放った。

 

「やらせるかよ!!」

 

 振り下ろされたリバティの剣閃を、機体を傾ける事で辛うじて回避。同時に12翼を羽ばたかせて上昇する。

 

 追いかけるクーヤ。

 

 しかし次の瞬間、ヒカルは鋭くターンを決めて、一気に斬り込んだ。

 

「なッ!?」

 

 驚くクーヤ。

 

 リバティの動きが、ほんの一瞬鈍りを見せた。

 

 その一瞬の隙に、間合いの中に斬り込むヒカル。

 

 次の瞬間、クーヤのリバティは、サーベルを持つ右手首を斬り落とされてしまった。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 機体の損傷警報を聞きながら、クーヤは呆然と呟いた。

 

 必殺と思っていた攻撃を回避され、反撃を喰らった事。

 

 正義を奉じる自分の剣が敗れ去った事。

 

 そのどちらも、クーヤには信じられなかった。

 

 飛び去って行くエターナルフリーダムの12枚の蒼翼。

 

 それをクーヤは、憎しみの籠った瞳で見据える。

 

「次は、倒す・・・・・絶対に・・・・・・絶対にッ」

 

 低い声で、少女は呟いた。

 

 

 

 

 

PHASE-09「敗走」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作成された収容者の名簿リストの中から見つけ出した時、リィスは思わず自分の目を疑った。

 

 次いで、同姓同名の別人だろうとは思ったのだが、実際に会って確かめずにはいられなかった。

 

 居ても立ってもいられずに赴いた、解放した囚人たちに宛がわれた部屋にいた青年を見た時、リィスは自分の考えが間違いではなかった事を悟った。

 

「・・・・・・・・・・・・やあ、久しぶり」

 

 そう言って、力無い笑みを向けてくる青年。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・どうして」

 

 リィスは呆然とした声で問いかける。

 

 だが、そこから先の言葉が続かない。まさか、と思っていた事が現実に起こり、思考がマヒしているのだ。

 

 だが、目の前にいる青年が、リィスのよく知る人物である事は間違いない。

 

 それが、リィス・ヒビキとアラン・グラディスの、2年越しの再会となった。

 




人物設定



カーギル・ウィロッグ
コーディネイター
36歳      男

備考
ディバイン・セイバーズ第1戦隊隊長を務める男。実直で、議長に対する忠誠厚い忠臣。議長に逆らう者を排除する事が、自身の至上の役割だと認識している。その為、アンブレアス・グルックからの信頼も高い。





機体設定



カーギル専用リバティ

武装
ロンギヌス超大型ビームランス×1
ビームライフル×1
複列位相砲×1
ビームサーベル×2
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
頭部機関砲×2

備考
カーギルの特性に合わせて、超巨大な槍を装備した機体。接近戦能力を大幅に強化されており、カーギルの戦闘力と相まって猛威を振るう。


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PHASE-10「天岩戸」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事は急を要すると判断したグルックは、ただちに善後策に対する対応を検討すべく、自身のスタッフに招集を掛ける。

 

 コキュートス・コロニー陥落の一報が、アプリリウスワンのグルックの元へも届けられたのは、今から1時間前の話であるが、なんにせよ、事は急を要すると判断されたのだ。

 

 会議は最高評議会の幕僚達をも遠ざけられ、グルックの腹心とも言うべき、一部の関係者のみを集めて極秘に行われた。

 

 思想違反者や反逆者を収監する為に建設された収容コロニーの存在は、一般的には全く知られていない。故に公の場で議題に上げる訳にはいかないのだ。

 

 報告によれば、自由オーブ軍の襲撃を受けたコロニーは壊滅。駐留していた保安局は所長のリチャード・カーナボンを含めてほぼ全滅したとか。

 

 事前にもたらされた情報を基に、レニエントを照射し、収容されていた大半の囚人達を、コロニーごと葬る事ができたのは僥倖だった。

 

 しかし、攻撃の隙を突かれ、当のレニエントまでが、敵の攻撃を受けて大破したと言う報告まで上げられている。

 

 勝つには勝った。囚人解放と言う自由オーブ軍の戦略目標を阻止したのだから、プラント軍の勝利と考えて間違いはない。

 

 しかし、その代償は決して小さなものではなかった。

 

「何たる事だ!!」

 

 苛立ちも顕に、グルックは怒鳴り声を上げる。

 

 幸いにして収容コロニーの存在が一般には知られていない事もあり、これが即、グルックの失態へとつながる訳ではない。

 

 コロニーを破壊してしまった事は良い。元々、老朽化した旧世代型のコロニーを再利用していたのだから。更に言えば、収容コロニーはコキュートスだけではない。充分に代えが効く存在である。

 

 収監されていた囚人を一掃できたことに関しては、むしろプラスの面が強いと言える。どうせ、生かしておいても何の価値も無い連中なのだから。いっそ死んでくれた事で、処刑する手間も省けたと言える。

 

 守備に当たっていた保安局員たちの命が失われた事も、歯牙に掛ける必要は無い。彼等の尊い犠牲が、後の世界を作るのに大きな役割を果たす事になるのだから。更に言えば、彼等の遺族には充分な額の一時金が支払われる事になる。気にする要素は何一つとして無かった。

 

 後は彼等の犠牲を自由オーブ軍の攻撃によるものとして宣伝すれば、国内の世論を対外強硬路線強化へより一層邁進させる事ができるだろう。

 

 だが、それにはどうしても力がいる。それも、相手が逆らう気すら無くすような絶対的な力だ。

 

 そう言う意味で、レニエントの存在は大きかったのだ。

 

 太陽光を集積してエネルギー変換し、照射するレニエントの存在は、まさに「強いプラント」の存在としてこの上ない宣伝材料であり、敵対する全ての勢力を威嚇するのに必要不可欠な存在だった。

 

 だが、そのレニエントは敵の攻撃によって大破、砲撃不能状態に陥っていると言う。これでは抑止としての効果は完全に失われたと言って良いだろう。

 

 更にもう一つの懸念材料として、本来なら位置を知られるはずもない秘密コロニーの存在を敵に察知され、あまつさえ後方深く侵入された上で襲撃を受けた事は大きかった。

 

 これでは、こちらの情報が筒抜けになっている可能性すら否定できなかった。

 

「情報部は何をやっていたのかッ!? 我が軍の機密情報を、こうまで敵に筒抜けにさえるなど、怠慢を指摘されても仕方ない状況だぞ!!」

「はあ、その点に関しては、調査を進めない事には何とも・・・・・・・・・・・・」

 

 言い訳気味に発言した幕僚を、グルックが怒気の孕んだ視線で睨み付けると、その幕僚はすごすごと言った感じに下がって行った。

 

 グルックの逆鱗に触れる事は、失脚、最悪の場合、死にも直結する重大事である。迂闊な発言はできなかった。

 

「この事に関する情報管制はどうなっているか?」

「万全です。コロニー自体の存在が世間に知られていない事が功を奏しました。おかげでさほど労する事無く情報を制御できました」

 

 幕僚の言葉に、グルックは頷きを返した。

 

 情報が流出する前にストップできたのは幸いだった。

 

 現在グルックは、「プラントを中心とした地球圏統一構想」の実現の為、関係各方面に手回しを行っている最中である。そのような中で、公に存在しない収容コロニーの存在が世間に発覚し、尚且つ敵の攻撃を受けて陥落したなどと知られれば、支持率低下にもつながりかねない。

 

 グルックは最高議長就任以来、軍拡路線を推し進めてきている。そのグルックが作り上げたプラント軍が負けるなど、あってはならない事だった。

 

「ターミナルって知ってるかな?」

 

 それまで沈黙を守っていた声が突然聞こえ、一同は振り返る。

 

 見れば、ソファに腰掛けたPⅡが、何かの雑誌に目を落としながら、視線もむけずに話に加わってきた。

 

 その様子に、幾人かの幕僚が渋い顔をする。

 

 PⅡの外見から察せられる年齢は、せいぜい20そこそこと言ったところである。ただでさえ若い人間がプラントの最高意思決定機関に加わり、あまつさえ意見までする事には我慢ならないと思っている者も少なくない。おまけにPⅡは、常にピエロのような派手な格好を好んでしている。その事も不快感を呼ぶ一因となっているようだった。

 

 とは言え、それを面と向かって文句を言う者は誰もいない。PⅡはグルックのブレーンであり、彼が最も信頼する側近である。PⅡを愚弄する事は、そのままグルックを愚弄する事を意味する。と言うのは、この場にいる全員の、暗黙の了解と言って良かった。

 

 以前、その事を弁えずにPⅡに対して暴言を吐いた幕僚がいたが、その幕僚は、翌日には家族ごと存在を抹消され、今に至るまで行方知れずになっていた。

 

「ターミナル?」

「昔、ラクス・クラインが使っていた情報組織だよ。特にユニウス戦役の頃には活発に活動していて、彼女が政権を獲得するのに多大な貢献をしたって話。知らない?」

 

 ラクス・クラインの名が出た瞬間、グルックは明らかに苦い顔を作った。

 

 ラクス・クライン的な物を全て否定する形で政権運用を行っているグルックにとって、その名は正に忌み嫌うべき物であった。

 

「今回のオーブ軍の襲撃だけど、裏では、そのターミナルが動いてたって話だよ。どうも連中、あっちこっちにスパイを潜り込ませているみたいだから、案外、こっちの行動は筒抜けなのかもね」

 

 そう言って、PⅡは呑気のテーブルの上の菓子を無造作に掴んで頬張る。

 

 一方のグルックはと言えば、PⅡの言葉を受けて、湧き上がる不快感を押さえる事ができなかった。

 

 ラクスの意志を受けた組織が賢しらに動き回り、自分達の行く道を阻もうとしている。その事がグルックにとって苛立たしく思えるのだった。

 

 とは言え、スパイが紛れ込んでいるのは看過できない。下手をすれば、自分の隣にいる人間すら、そうではないと言いきれないのだ。

 

 蟻の一穴が堤防を崩す事も有り得る。このまま連中の跳梁を許せば、グルック政権の根幹を揺るがす事も考えられた。

 

 ここは、徹底的に掃滅する必要がある。

 

「・・・・・・PⅡ。クーランを呼び戻せ」

「良いけど、鼠狩りを彼にやらせる気?」

 

 クーランは現在、部隊を率いて月方面の治安維持に当たっている。先の自由オーブ軍によるアルザッヘル襲撃の影響で、月面パルチザンの活動が活発化しているからだ。

 

 そのクーランをわざわざ呼び戻す必要があるのか、PⅡには聊か疑問だったのだ。

 

「やるからには、連中を徹底的に炙り出す。ターミナル如き、根こそぎにしてくれる」

 

 息も荒く言い放つグルック。

 

 そんな彼を見て、PⅡは手にした雑誌越しに冷笑を浮かべる。

 

 いよいよ、獲物が自分の張った罠の中に落ち始めている。

 

 そうとは知らずに気を吐き続けるグルックの姿が、PⅡには何とも滑稽に映るのだった。

 

 そもそも、今回の戦いでレニエントを出撃させる必要があったのか? そこからしてPⅡは疑問を挟まざるを得ない。

 

 オーブ側の意図を阻む事が目的なら、何もわざわざ運用が難しい大量破壊兵器を出す必要は無い。複数の部隊を繰り出して包囲してやれば済む話だったのだ。

 

 だが、グルックは、大量破壊兵器を投入しての一挙殲滅と言う、ある意味で最も安易な道を選んだ。

 

 恐らく、維持に手間と費用が掛かるレニエントを敢えて使用する事で、その有用性を実証しておきたかったのだろうが、その結果がこの体たらくである。

 

 そんなPⅡを余所に、議論は次の段階へと移っていた。

 

「次に、東欧戦線における戦況ですが、地球連合軍が後方から増援を受けて戦力が倍増した為、苦しい戦いが続けられています」

 

 プラントにとってのメインの戦場は、宇宙で活動する自由オーブ軍よりも、むしろ東欧で対峙を続けている地球連合軍の方であろう。

 

 地上におけるザフトのほぼ全軍を戦線投入しているプラントに対し、地球連合軍は尚も後方に予備兵力を残した状態である為、油断はできなかった。それに比べれば、祖国を失ってバックボーンの低い自由オーブ軍如きは、多少暴れさせておいたところで、大した痛痒にはならないと考えられていた。

 

 東欧戦線は、今はまだ辛うじて維持できているが、これ以上地球軍が戦線を押し上げてきたら、支えきれなくなる可能性もある。

 

「月方面のザフト戦力を増援として派遣しろ。可能なら、本国防衛軍から戦力を抽出しても構わん」

「議長、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 グルックのその言葉には、流石に複数の幕僚が難色を示した。そのような事をしたら、流石に自由オーブ軍の跳梁をますます増大させてしまうのではないか、と言う懸念が上げられたのだ。

 

 だが、グルックは自分の意志をゆるがせる事無かった。

 

「他にも増援の当ては付けてある。諸君等は気にせず、自分の役割を全うしてほしい」

 

 自信たっぷりな言葉に、誰もが口を挟む事をやめる。

 

 グルックはこれまで、間違った戦略を実行した事は無い。それだけに彼の言葉には、絶対な信頼と安心感があった。

 

「ヤキンの準備を急がせろ。レニエントの修理が完了するまで、本国の守りを手薄にするわけにはいかんからな。月のパルチザンへの抑え込みは、現地の保安局に一任する」

 

 果たして、それでうまく行くかな?

 

 指示を飛ばすグルックの言葉を聞くとも無しに聞きながら、PⅡはそっと呟きを漏らす。

 

 現状を鑑みれば、そのような場当たり的な戦略だけで対応できるかどうか。

 

「ま、僕としては、これはこれでアリなんだけどね」

 

 誰にも聞かれないようにそう呟くと、PⅡは薄く笑みを浮かべた。

 

 それに、PⅡ自身が蒔いた種は、既に充分な成長を見せ、世界中に絡みつくように蔦を伸ばしている。勿論、その中には自由オーブ軍も含まれている。

 

 全てが自らの手の内。

 

 皆が皆、PⅡの吹き鳴らす笛の音に合わせて、踊る事しかできない哀れで滑稽な鼠達に過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマノイワトは、自由オーブ軍が宇宙に用意した拠点の一つである。

 

 天然の大型デブリの内部をくり抜いて建造された拠点であり、周囲から見た程度では、それが人工物であると看破する事は難しい。

 

 それでいて、内部には1個艦隊程度の収容能力があり、更には対空砲塔や陽電子リフレクターなどの防衛用設備が充実している。

 

 建造自体はカーペンタリア条約の締結以前から行われていたが、その存在は一般にも秘されていた為、引き渡しや放棄の対象にはならなかった。

 

 自由オーブ軍は、ここを秘密基地のような役割を担わせているのだ。

 

 コキュートスコロニーでの戦闘を終えた戦艦大和は、このアマノイワトに入港していた。

 

 とは言え勝利しての凱旋とは、お世辞にも言い難い状況である。

 

 本来なら救う筈だった囚人の大多数を失い、支援に出てくれたターミナルにも少なくない犠牲者が出た。

 

 その上で助けられた囚人の数は、予定していた量の1000分の1にも満たない。

 

 まさに、紛う事無き大敗だった。

 

 だが、それでも悲嘆にくれている暇はない。こうしている間にも、プラントはじわじわと世界中に支配の触手を伸ばそうとしているのだから。

 

 自由オーブ軍、そしてターミナルは、息吐く暇も無く、次の戦いに向けての準備に入っていた。

 

 現在、大和隊は艦と艦載機の整備に取り掛かり、来たる新たな戦いに備えている。

 

 そしてトール、ミリアリア、ニコルと言ったターミナルの構成員は、コキュートスで得たデータを手に、いったんここで別れた。

 

 この後、データを解析して、プラント軍の動静について更なる探索を進める事になっている。

 

 彼等の活動が自由オーブ軍の支えになる。強大な敵に対抗していくためにも、今後一層、強固な連携が必要になるだろう。

 

 

 

 

 

 リィスはみすぼらしい格好のアランを連れて食堂まで行き、そこでコーヒーを淹れて一息つかせた。

 

 香ばしい香りを放つコーヒーを一口すすると、ようやくアランは落ち着いたような表情を見せる。

 

 そんなアランの様子を、リィスは戸惑いに満ちた顔で眺めている。

 

 救出された囚人の中にアラン・グラディスの名があった時、リィスは殆ど半信半疑であった。

 

 元はプラントの議員だったアランが、あのコロニーに収容される理由は何も無いはず。何かの間違いだろう、と。

 

 しかし、目の前にいる青年は、紛う事無き、アラン・グラディス本人であった。

 

 アランとは、リィスが北米統一戦線との戦いで負傷し、戦線離脱して以来の再会となるが、だいぶ雰囲気が変わったように思える。以前はエリート官僚のような、良い意味でスマートさが目立つ雰囲気を持っていたアランだが、今は何だか、如何にもくたびれきった様子を見せていた。

 

 そこで、リィスは切り出した。

 

「いったいどういう事なのアラン? なぜ、あなたがあのコロニーにいたの?」

 

 囚人服を着ている事から、アランが収監されていたのは間違いない。しかし、かつては曲がりなりにもプラント政府の要人でもあったアランが、なぜ、あのようなコロニーに収監されていたのか、リィスには理解できなかった。

 

 対してアランは、コーヒーカップを両手で握り締め、フッと笑みを浮かべる。

 

「フロリダでの戦いの後、僕はトウゴウ艦長の計らいでプラントへ戻る事ができたんだ」

 

 そこでアランはプラント政府に戻り、オーブの潔白の証明とカーペンタリア条約の撤回の為に奔走した。

 

 その行動は、アランからすれば当然の事だった。長く共に行動し、彼はオーブに非が無い事を知っている。だからこそ、行き違いによる不幸を解消しようと試みたのだ。

 

 だが、誠意ある活動は悪意の報復によって返された。

 

 誰も、アランの言葉に耳を貸そうとしなかったのだ。

 

 既に議会はグルック派によって独占され、オーブを擁護するアランの存在は、ただ煙たがられるだけだった。

 

 それでもくじけずに活動を続けていたアランだったが、ある日突然、保安局が踏み込んで来て、問答無用でアランを逮捕した。そして一切の裁判の開廷を認められないまま、収容コロニー送りとなってしまったのだ。

 

 家族がどうなったのか、アランには分かっていない。

 

 無事である、と信じたいところではある。特に、母は歴戦の軍人であり、ザフトの訓練校の教官も務めたほどの人物だ。そんな母だからこそ、逆境で生き残る術には長けているはずである。

 

 だが、それに比べた時の己の無力さに、アランは嘆かずにはいられなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・僕は何もできなかった・・・・・・オーブが裏切者の汚名を着せられるのを阻止するのも、祖国の軍隊が君の国を滅ぼしに行くのを止める事さえ・・・・・・」

「アラン・・・・・・・・・・・・」

「僕は、あまりにも無力だったんだ」

 

 悔しそうに俯くアランに、リィスは掛ける言葉が見つからなかった。

 

 きっと、リィスが与り知らないところで、アランは必死に戦ってくれていたのだろう。

 

 だが、個人の力ではどうにも覆しようの無いうねりに飲み込まれ、そして沈んで行ってしまったのだ。

 

 リィスがアランを見た第一印象として、くたびれた感じがしたのは、その為だったのだ。恐らく、この2年間の徒労と長い収容所生活のせいで、アランは気力と体力をすり減らして行ってしまったのだ。

 

「教えてくれ、リィス・・・・・・僕の祖国は・・・・・・プラントはいつからこんな風になってしまったんだ? 自分達の利益ばかりを見て他人を踏み躙り、偽りの真実を昂然と世に発表する。そんな事がまかり通るのが当たり前になってしまったのは、いったいいつからなんだ?」

 

 今のアランは、抜け殻のような存在だ。祖国に裏切られ、名誉も誇りも奪われ、彼の中では何も残っていないのだ。

 

 そんなアランに対し、リィスは意を決するように顔を上げて話しかけた。

 

「アラン、私達に協力して」

「・・・・・・え?」

 

 力無く顔を上げるアランに、リィスは真っ直ぐに見据えて話しかける。

 

「私達は、戦力はたくさんあるけど、政治的な知識がある人は少ない。けど、あなたが協力してくれれば、きっと大きな力になる」

 

 2年前の戦いでオーブが敗れたのは、戦力的な劣勢故ではなく、政治力の低さにあったと思っている。もしあの時、誰か1人でもアンブレアス・グルックの目論見に気付けていたら、あの悲劇は回避できたはずだったのだ。

 

 今のままでは、自由オーブ軍は世間的に見て単なる海賊集団に過ぎない。

 

 これを正当な物として世界各国に認めさせるには、自分達に大義がある事を示す必要がある。そしてその為には政治的知識が必要不可欠だった。

 

 アランは失脚したとは言え、元々はプラントの議員だった。更に、プラント政府が行っている非道な政策を、文字通りその身で体感している。政治的な協力者として、彼ほどの適役は他にいなかった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・僕に、祖国を裏切れって言うのかい?」

「・・・・・・だめ、だよね。やっぱり」

 

 落胆した調子で、リィスは呟く。

 

 協力を持ちかけたのは、あくまでオーブ側の都合であり、それを強要する事はできない。

 

 いかに自分が裏切られたとは言え、プラントはアランにとって祖国である。そこには両親を始め、多くの家族、友人、知人が暮らしている。簡単に割り切る事などできないのだろう。

 

「ごめん、忘れて」

 

 自分達の都合があるとはいえ、アランに大切な物を捨てさせる事はできない。

 

 そう考えてリィスは、立ち上がりかける。

 

 アランはこの後、解放され、その後は厳重な保護を受ける事になる。そうなれば、彼の身は安全なはずだった。協力を得られなかったのは仕方がないが、それも諦めるしかないだろう。

 

 だが、

 

「・・・・・・待って」

 

 立ち上がりかけたリィスを、アランは引き止める。

 

 振り返ると、アランの瞳は真っ直ぐにリィスを見詰めていた。

 

 先程と同様、どこかくたびれたような印象がある瞳。

 

 しかし、それでいて、何かを決意したような強い輝きが、青年の双眸には宿りはじめているように、リィスには思えた。

 

 それは2年前、まだ出会った当時の気鋭に満ちた頃のアランに戻ったような、そんな雰囲気があった。

 

「判った。やろう」

 

 穏やかに、しかし力強い口調で、アランは言った。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 逡巡するように、リィスは言い募る。

 

 祖国を裏切るが如き行為に、アランを巻き込みたくはない。その想いが、リィスに掣肘を与える。

 

 しかし、そんなリィスの想いを受け止めた上で、アランは決断を下した。

 

「確かに、祖国を裏切るのは辛い。けど、プラントがこのまま非道の道を歩み続ける事を看過する事も出来ない。もし、プラントを元の状態に戻す事ができるのなら、僕は君達に協力する事も厭わないよ」

 

 強い決意と共に言い放つ。

 

 2年間、青年の中で燻り続けていた燈火が、今、風を受けて燃え上がろうとしているのが分かった。

 

「判った。じゃあ、これから宜しく」

「ああ、こちらこそ」

 

 そう言うと、リィスとアランは、2年前の別れ際と同様、互いの手をしっかりと握りあうのだった。

 

 

 

 

 

 ヒカルがエターナルフリーダムのコックピットから降りると、整備を担当してくれた女性が端末に目を通しているのが真っ先に飛び込んできた。

 

「こっち終わりました。詳細はまとめておきましたんで」

「ん、ありがとう。ご苦労様」

 

 先の戦いにおけるデータを纏めて、OS最適化を行う作業を終えたヒカルは、データをまとめた端末を女性に渡す。

 

 特に、初交戦となった対ディバイン・セイバーズ用の戦闘データは、今後の戦いに必ず役立つはずである。戦闘マニュアルの確立も含めて、報告書の作成は急がれたのだ。

 

 女性の名はリリア・アスカ。

 

 フリューゲル・ヴィント隊長シン・アスカ一佐の妻であり、自由オーブ軍の技術副主任を務めている。

 

 エターナルフリーダム開発を含めたエターナル計画にも携わっており、オーブを支えた数々の機体達は、彼女の頭脳から生み出されたと言っても過言ではない。

 

 ヒカルにとっても、両親の友人と言う事で、子供の頃から何度か顔を合わせた事があった。

 

「それで、どう? エターナルフリーダム、乗り始めて暫く経つけど、乗っていて気になる所とか無い?」

「そうですね・・・・・・・・・・・・」

 

 生みの親としては、やはり乗り手の感想が気になるのだろう。身を乗り出すようにして尋ねてくる。

 

 対して、ヒカルは少し考えてから答えた。

 

「今のところは特に。けど・・・・・・」

「けど?」

「今後また、強い敵と当たった場合、現状を維持したままじゃ対応が難しくなるかもしれません」

 

 ヒカルの言葉に、リリアはふむ、と考え込んだ。

 

 確かにプラントは、今やフリーダム級機動兵器を量産するほどの技術と資源を獲得している。それを考えれば、エターナルフリーダムの持つ性能的アドバンテージは、いつ覆されたとしてもおかしくはない。

 

 こちらも機体の強化を行い、常に敵よりも先に進むようにしておかなくてはいけないだろう。

 

「いっそ、ドラグーンでも積んでみる? 元々は、そういう計画もあったわけだし。今からでも難しい話じゃないよ?」

 

 リリアは自分の意見を披露する。

 

 エターナルフリーダムの火力を限界まで引き上げる案として、ドラグーン搭載は当初の計画の中に入っている。加えて、武装は全てアタッチメントで付け替えができる。ヒカルさえ望めば、ドラグーンを追加武装として用意する事もできるのだ。

 

 しかし、

 

「ドラグーン、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 リリアの提案に対して、ヒカルはあからさまに難色を示した。

 

 確かにドラグーンは強力な武装だろう。加えて近年、アサルトドラグーンの実戦投入によって、大気圏内であっても使用可能になった事もあり、その存在性は飛躍的に向上している。

 

 しかし、ヒカルはこれまで、ドラグーンの使用経験は殆ど無い。そこに来て、慣れない武装を使用する事へ懐疑を持ったとしても不思議ではなかった。

 

 暫く考えてから、ヒカルは顔を上げた。

 

「あの、じゃあ、こういうのは、どうですか?」

 

 ヒカルはそう言って、自分の考えを打ち明けてみた。

 

 これまでエターナルフリーダムに乗っていて、自分なりに気付いた点を総合してみれば、いくつか改善すべき点が出て来るのも事実だった。

 

 話を聞いてから、リリアは納得したように頷く。

 

「成程・・・・・・飛躍的な向上じゃなく、底上げに近い形な訳ね」

 

 リリアは少し、意外な面持ちになっていた。

 

 キラならこの場合、たぶん、ドラグーンの搭載を選択したであろう。その息子であるヒカルもまた、同じ選択をすると思っていたからだ。

 

 だが、キラはキラ、ヒカルはヒカルだ。何が何でも息子が父親と同じ選択をしなくてはいけないと言う法は無い。ヒカルの答えもまた、一つの決断として尊重すべきだろう。

 

「判った。そう時間はかからないと思うから、何とか準備してみるよ。ちょうど、うちのパパの機体も仕上がったばかりだから、すぐに取り掛かるよ」

「お願いします」

 

 リリアに頭を下げてから、ヒカルはもう一度、エターナルフリーダムを見上げる。

 

 これからますます、敵の勢いは激しい物となるだろう。今回の改装で、それらの敵に対して完全に対抗可能になる訳ではない。

 

 しかし、敵が強くなるなら、それに合わせて、こちらも強くなるだけの努力をしていかねばならなかった。

 

 

 

 

 

 アステルは、目の前に座っている壮年の男を見て、深々とため息を吐いた。

 

 意外な再会と言う意味では、こちらはより深刻であると言える。何しろ、既にお互いの事を死んだものと思っていたのだから。

 

「まさか、お前が生きていたとはな」

「生憎、しぶとい事だけが取り柄なんでな。それに、お互い様だろう」

 

 元北米統一戦線リーダー・クルト・カーマインは、そう言って不敵な笑みをかつての同志に向ける。

 

 解放されたコキュートス囚人の中に彼の名を見付けた時、流石のアステルも驚いた物である。

 

 こちらもオーブ軍に追われてアラスカを脱出して以来、2年ぶりの再会となった。

 

「あの後俺達は月に逃れたんだが、そこで保安局の襲撃を受けてな・・・・・・・・・・・・」

 

 支援を受けていたパルチザンは壊滅。クルトも重傷を負ってしまった。

 

 制圧作戦終了の後、辛うじて息のあったクルトはアジトを脱出したのだが、その後の一斉摘発の網に掛かり逮捕。収監されたと言う。

 

「お前こそ・・・・・・」

 

 言いながら、クルトは涼しい顔で立ち尽くしているアステルを見やる。

 

「今はオーブ軍かよ。昔の敵軍にいるとはな」

「色々あってな」

 

 そう言って肩を竦めるアステル。とてもではないが、ここに至るまでの道筋を、一言で語る事は流石に不可能だった。

 

「しかし・・・・・・北米統一戦線も、今や俺とお前だけになったか・・・・・・」

 

 アステルは少し、遠い目をしながら言う。

 

 かつては少数ながら北米を席巻した北米統一戦線の残党が、今や2人だけだと言う事実には、寂莫を感じずには入れれなかった。

 

 だが、

 

「いや」

 

 そんなアステルの言葉を否定するように、クルトは首を振った。

 

「イリアは生きている。それに・・・・・・恐らくレミリアも」

「・・・・・・・・・・・・何だと?」

 

 看過し得ない言葉を聞いて、思わず身じろぎするアステル。

 

 その時、入口の方で物音がしたので振り返ると、そこには呆然とした調子で立ち尽くしている少年の姿があった。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 アステルが呼びかけるも、ヒカルは呆然とした瞳をクルトへ向けている。

 

「誰だ?」

「仲間だ」

 

 そう言ってから、アステルは少しして付け加えた。

 

「・・・・・・《羽根付き》のパイロットだよ」

「成程な。随分な因果だ」

 

 クルトはため息交じりに呟きを漏らす。

 

 彼自身、ヒカルのセレスティとは何度も交戦した経験があり、旧JOSH-A跡の戦いにおいては、乗機を大破させられてもいる。

 

 しかしどうやら、2年も前の事を蒸し返す気は無いらしい。

 

 ヒカルはヒカルの立場で、クルトはクルトの立場で戦い、そしてヒカルが勝利した。そこに遺恨が無いと言えば嘘になるだろうが、しかし、それも今さらだった。

 

「そんな事より、どういう事だよッ レミリアが生きてるって!!」

 

 ヒカルは言いながら、クルトに詰め寄る。

 

 一方のクルトはと言えば、少し戸惑った様子でヒカルを見て、次いでアステルに視線を送った。

 

 オーブ軍の兵士であるヒカルが、レミリアの存在を知っている事に驚いているのだ。

 

 対してアステルも、頷きを返す。

 

「面倒くさいから説明は省くが、ヒカルはあいつの事を知っている。ついでに言うと、なぜか性別の事もな」

 

 レミリアが女である事を知っているのは、クルトとアステル、そして彼女の姉であるイリアのみの筈だった。

 

 だが、事実はヒカルも知っているのだ。あの第1次フロリダ会戦の後、一晩を共にした時から。

 

「・・・・・・・・・・・・連中が、イリア・・・・・・レミリアの姉を連れ去るのを見た」

 

 その時の光景を思い出し、クルトは遠い目をする。

 

 クルトは撃たれて朦朧とする意識の中、兵士達に拘束されて連れて行かれるイリアを、ただ見ている事しかできなかったのだ。

 

「連中がイリアを連れて行ったのは、レミリアに対する人質に使うためだと考えられる。連中はイリアを確保する事で、レミリアに首輪を付けようとしてるんだろ」

「そう言えば、イリアは昔からレミリアに対いて妙に執着を見せていたな」

 

 クルトの説明を聞き、アステルは鋭い視線を投げ掛ける。

 

「その理由、お前は知ってるんじゃないのか、クルト?」

 

 クルトはアステル同様、バニッシュ姉妹との縁が長い。更に、北米統一戦線を立ち上げた際、何も言わずにレミリア達を受け入れている。

 

 何も知らない筈が無い。と言うのがアステルの考えだった。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・今は・・・・・・いや、俺の口から、その事を話す事はできん」

 

 ややあって、クルトは絞り出すような苦しげな口調で言った。しかし、その口ぶりは事実上、「レミリアには何らかの秘密があり、クルト自身もそれを知っている」と白状しているような物である。

 

 しかし、当のクルトは、この件に関してそれ以上口を開く事は無かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界の彼方で上がった炎が爆発的に広がったと思った瞬間、それは一気に襲い掛かって来た。

 

 大気を焼きながら伸びてきた閃光を回避しながら、ザフト軍は突撃していく。

 

 眼下には、戦火で壊滅した街並みの様子が見える。

 

 かつてはモスクワと呼ばれていたこの街は、地球連合軍とプラント軍との戦いで壊滅し、今は人の住む事の無い、廃墟の群れと化している。

 

 その昔、ロシア文化の中心とも言われ栄えた街は瓦礫の中に埋もれ、今や見る影を残す事は無かった。

 

「来るぞッ 散開しつつ迎撃開始!!」

 

 部隊の先頭に立って機体を駆るジェイク・エルスマンは、叫ぶと同時に自ら率先して敵陣へと斬り込んで行く。

 

 たちまち、密度の高い攻撃に晒されるザフト軍。

 

 中には、直撃を浴びて吹き飛ばされる機体もあったが、大半は砲撃をすり抜けて斬り込む事に成功した。

 

「数だけいたってねえ!!」

 

 言いながらジェイクは、ハウンドドーガを巧みに操って敵の攻撃を回避。同時に右手の突撃銃でグロリアスを撃ち落とし、左手のトマホークでもう1機を切り飛ばした。

 

 だが、それでも尚、向かってくる敵の数は減る事を知らない。

 

 むしろ戦えば戦う程に、敵の数が増えている感すらあった。

 

 ディバイン・セイバーズ2個戦隊の介入によってプラント軍優位に傾くかと思われた東欧戦線だったが、ここに来て再び激化の一途をたどっている。

 

 モスクワを中心にした北部戦線に加えて、最近になって地球連合軍は黒海方面への進出も始めている。その為、ザフト軍はただでさえ劣勢の戦力を、更に分割する必要に迫られていた。

 

 地球軍の戦略は実に単純で、それでいて理に適ったものである。彼等は持ち前の大兵力を背景にして、わざと戦線を拡大させ、ザフト軍の戦線を飽和状態にしようとしているのだ。

 

 少数ザフト軍は、たとえ判っていても敵の戦略に乗って戦力を南に割かざるを得ない。黒海方面の敵を放置したら、オデッサやクリミアと言った重要拠点が地球軍の手に渡り、東欧のザフト軍は東と南から挟撃される事になる。

 

 更に黒海の南にはスエズ基地がある。現在はプラント軍の支配下に置かれている同基地だが、かつては地球軍所属の基地であり、インド洋と地中海を結ぶ重要拠点である。

 

 プラント側としては何としても、地球軍の南進を阻止したいところであった。

 

 現在、ディバイン・セイバーズをはじめとする部隊が黒海戦線を担当し地球軍と対峙している事で辛うじて戦線を維持しているが、その分、手薄になった北部戦線が苦戦を強いられている有様だった。

 

 ジェイク達が戦っているのも、その北方戦線である。

 

 敵の数は倍以上。

 

 正直、かなりきつい。ジェイク達がベテランでなければ、あっという間に戦線は崩壊していただろう。

 

「クソッ こんな事だからッ」

 

 ジェイクの悪態は政府上層部。分けてもアンブレアス・グルックと、その取り巻きに向けられている。

 

 軍備拡張を推し進める一方、何かと理由を付けてクライン派の粛清を推し進めるグルック派は、いわば、その行動そのものが矛盾の塊であると言って良い。

 

 おかげでジェイク達は、強大化する敵を相手に苦戦を強いられている。

 

 結局のところ、プラント上層部は目先の事しか見えていないのではないだろうか?

 

 そんな考えが、ジェイクの脳裏に浮かぶ。

 

 軍備拡張、クライン派の粛清、治安維持、精鋭部隊の設立。

 

 それらは確かに必要な事なのかもしれない。だが、その先何を目指すのか、頭の中に描いている人間が、政府上層部の中に果たしてどれだけいるだろう?

 

 そんな事を考えている時だった。

 

 向かってくる地球軍の部隊が、砲撃を浴びて次々と吹き飛ばされていく。

 

 その様に、ジェイクはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 どうやら、ノルト率いる支援部隊が砲撃を開始したらしい。これで、いくらか楽になるかもしれない。

 

 そう息を吐きかけた。

 

 その時だった。

 

《敵機ッ 急速接近ッ!! ウワァァァァァァ!?》

 

 突然の悲鳴が、スピーカーから聞こえてきた。

 

 ハッとして振り返る。

 

 そこには、黒煙を背に飛翔してくる3機の機動兵器の姿があった。

 

「地球軍の新型か!?」

 

 舌打ちしながら、ジェイクは機体を回頭させる。

 

 この段階になって敵が新型機を戦線投入してくるのは、完全に予想の範囲外だった。下手をすれば、完全に戦線は崩壊しかねない。

 

 3機とも地球軍の機体らしく、シャープなシルエットをしている。

 

 1機は砲戦仕様らしく、大型の大砲を多数装備、その横を並走する機体は対艦刀2本を背部に装備している。

 

 最後の1機は、機体各所に多数の突き出しをしている。どうやらあれは、ドラグーン装備であるらしい。

 

 直ちに迎撃しようとして、陣形を組み替えるザフト軍。

 

 だが、新手の3機は、その砲火をものともせずに掻い潜って迫る。

 

 砲戦用の機体が一斉に砲門を開き、複数のハウンドドーガを一撃で吹き飛ばす。

 

 かと思えば、接近戦用の機体が対艦刀を抜き放ち、向かってくるザフト機を切り飛ばしている。

 

 最後の1機はドラグーンを一斉に射出すると、ザフト軍を包囲するように展開、一斉攻撃を仕掛けてくる。

 

 その圧倒的な戦闘力を前に、ザフト軍の戦線は次々と崩壊の憂き目にあう。

 

「このッ これ以上はやらせるかよ!!」

 

 味方の損害にたまりかねたジェイクが、ハウンドドーガを駆って斬り込んで行く。

 

 対して、迎え撃つように接近戦型の機体が、対艦刀を構えて向かってくる。

 

 相手は新型の、しかも特機。量産型のハウンドドーガでは、聊か分が悪い。

 

 だが、ジェイクは味方の窮地を救うべく、構う事無く斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 コキュートスから救出した囚人の中に、世界的にも有名なキャンベル母娘が知れ渡った事で、アマノイワト内は、ちょっとしたお祭り騒ぎの場と化していた。

 

 何しろ《女帝》とまで言われるプラントのトップシンガーと、その娘で現在売り出し中のアイドル歌手である。その威名はオーブにまで轟いてきている。

 

 クルー達がサインを貰おうと、長蛇の列を作るのも無理からぬことだった。

 

 とは言え、それほどのVIPを保護して何も手を打たないと言う訳にはいかない。

 

 取りあえず、直接的な保護に当たった艦長のシュウジが、ナナミを伴って面会する事となった。

 

「この度は、危ない所を娘共々助けていただき、本当にありがとうございました」

 

 そうミーアが言うと、キャンベル母娘は揃って頭を下げた。

 

 彼女達がどのような経緯で保安局から目を付けられたのかは不明だが、とにかく災難であったことは確かである。

 

「特に、娘は本当に危うい所を助けていただいて・・・・・・・・・・・・」

 

 ミーアは、ヘルガの方をちらっと見ながら言う。

 

 聞く所によれば、ヘルガは収容所の所長に凌辱されそうになった所を救出されたらしい。まさに間一髪だった。

 

「それで、これから、どうされるのつもりなんですか?」

 

 口を挟むような形で、ナナミは2人の今後の事を尋ねてみる。

 

 それに対して答えたのは、ミーアでは無くヘルガの方だった。

 

「もちろん、プラントに帰るわ。あたしの仕事の予定はたくさん詰まっているし、何より、あたしのファンはあたしが帰ってくるのを待っている。帰って、あたしの無事を彼等に伝えないと」

 

 強気で言うヘルガ。

 

 成程、確かに一理ある話ではある。と言うより、アイドルとしての彼女の立場を考えれば、それが最善である事は間違いない。

 

 ただし、それはあくまでも何の問題も無く、全ての事が運んだ場合の話である。

 

「残念ですが、それは無理でしょう」

 

 殊更に素っ気ない口調で、シュウジはヘルガの言葉を否定した。

 

 対して、少女が激昂するまで一瞬の間も必要とはしなかった。

 

「何でよッ!?」

「ヘルガ」

 

 立ち上がって、今にも掴み掛りそうな勢いの娘を、ミーアは慌てて制する。

 

 ヘルガと違いミーアには、どうやらシュウジが言わんとしている事が理解できているようだ。

 

 対してシュウジは、務めて冷静な口調で続けた。

 

「あなた方母娘は、プラントからお尋ね者として逮捕され収監された。そこに来て、渦中の人物が戻って来たとなれば、プラント当局も黙ってはいないでしょう。間違いなく、保安局によって再逮捕され、今度は恐らく、命を奪われる事になります」

「だから、それは誤解だって・・・・・・」

「相手は、そうは思ってくれないでしょう」

 

 激昂するヘルガの言葉に、シュウジは強引に言葉を重ねて伝えた。

 

 プラントの暗部とも言うべき、収容コロニーの存在を知ってしまったヘルガを、保安局は生かしてはおかないだろう。故に彼等がヘルガの生存を知れば、必ずや抹殺に動くはず。

 

「そんな事・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、口を閉ざすヘルガ。彼女にも、シュウジの言葉が正鵠を射ているのが理解できたのだろう。

 

 それを受けて、ナナミが慰めるように口を開いた。

 

「いずれ必ず、あなた方が大手を振ってプラントに帰れる日が来ます。て言うか、あたし達が必ず、それを実現して見せます。どうか、それを信じて、今は耐えてください」

 

 そう言って、頭を下げるナナミ。

 

 その姿に、ヘルガも最早、何も言う事ができなかった。

 

 ちょうどその時だった。

 

 部屋に備え付けられたインターホンが鳴り、基地内での通信回線が開かれる。

 

「どうした?」

 

 シュウジが出ると、相手は大和のオペレーターからだった。

 

《艦長、たった今、艦隊司令部から通信が入りました》

 

 どこか勢い込んだようなオペレーターの報告に、シュウジは僅かに目を細める。どうにも、何か動きがあったように思えたのだ。

 

 そして、その予感は間違いではなかった。

 

《ターミナルからの連絡で、敵の大量破壊兵器の位置が判明したとの事です!! 現在、ムウ・ラ・フラガ大将指揮下の艦隊が、攻撃に向かっているとの事です!!》

 

 絶望の中に今、僅かに希望が差し込んだような気がした。

 

 

 

 

 

PHASE-10「天岩戸」      終わり

 



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PHASE-11「太陽は虚空に堕ちる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野次馬が垣根を作る中、喧騒は時間を経るごとに度合いを増していく。

 

 周囲を包囲する青い回転灯が、不気味な雰囲気を否応なく演出していた。

 

 そこにあるのは、導火線に火のついた爆弾を見るような、そんな不安感。

 

 誰もが思う事は「またか」そして、「次は自分かもしれない」と言う恐怖だった。

 

 やがて、問題の家屋の中から、保安局員数名が出て来るのが見えた。そんな彼等に両脇から拘束されている男性は、恐らく家の住人だろう。その手には手錠を掛けられている事から、逮捕された事が伺える。

 

 顔には殴られたと思しき跡があり、額からは血が出ている。相当、乱暴に扱われたのだろう。

 

「お父さんッ お父さァん!!」

「あなたッ!!」

 

 家の中から、男性の息子と妻と思しき人物が飛び出してくる。

 

 あまりにも突然、保安局が押しかけて来たかと思ったら家族を逮捕されると言う事態に、完全に気が動転している様子だ。

 

「大丈夫だッ きっと何かの間違いだからッ 心配しないで待っていてくれ!! すぐ戻って来るから!!」

 

 屈強な兵士に両脇を拘束されながらも、男性は妻と息子を安心させるように必死に振り返って叫ぶ。

 

 迫る自分の運命に抗いながら、それでも家族への愛情を決して忘れる事は無い。夫として父として尊敬に値する。

 

 しかし、

 

「余計な事を言うんじゃないッ!!」

「さっさと歩けッ スパイめ!!」

 

 愛情あふれる光景は、暴力によって容赦なく蹂躙される。

 

 保安局員は、そんな男性を乱暴に殴りつけて引き立てる。

 

「お父さん!!」

「お願いッ 乱暴しないで!!」

 

 息子を抱きしめて必死に叫ぶ妻の言葉は黙殺され、男性は荒々しく護送車輌へと放り込まれてしまう。

 

 やがて、野次馬を蹴散らすような勢いで、護送車が発進する。

 

 捕えられた男が、愛する家族の元へと戻ってくる事は無い。このまま、どことも知れない収容コロニーへと送られ、存在そのものを抹消される事になる。

 

 そんな一連のやり取りを、離れた場所に停めてある車の中で見守る目があった。

 

 車のガラス越しに眺めながら、クーラン・フェイスはつまらなそうに大きく欠伸をすると、動き出した護送車輌を怠い瞳で見送る。

 

 ああいった光景は今、プラントの各都市で見る事ができる。正直、見飽きた感すらあった。

 

 先のコキュートス・コロニー陥落でターミナルの暗躍を知ったアンブレアス・グルックは、保安局に対して国内のスパイ一斉取り締まりを命じたのである。

 

 グルック直接の指名により、その指揮に当たっているがクーランと言う訳だ。

 

 とは言え、

 

「何だ、このクソつまんねえ任務はよ」

 

 クーランは吐き捨てるように、同乗者に告げた。

 

 本来はモビルスーツを駆って戦場を駆け、強敵を屠るのがクーランの仕事であり、同時に生き甲斐でもある。その為に命を賭ける事に何の躊躇いも無い。

 

 警察のような地道な捜査や、抵抗できない連中の取り締まりなど、退屈極まりない物でしかない。そんな物は他の三下に任せておけば良い物を。

 

 スパイが暗躍しようが、破壊工作が行われようが、そんな事はクーランには関係無かった。もっと言えば、被疑者が黒か白かさえ興味は無い。今連行されていった男にしたところで、殆ど碌な捜査も行わず、取りあえず怪しいと言う程度の根拠を基に逮捕を行ったくらいである。

 

 正しいか間違っているか、ではない。重要なのは命じたグルックと世間に対し、「スパイ狩りを徹底的に行っている」と印象付ける事だった。それさえできれば、後の事は適当で構わない。むしろ、大々的にやった方が、ターミナルへの牽制にもなって都合が良いくらいだった。

 

 だが、そのような簡単すぎる任務だからこそ、クーランにとっては不満極まりなかった。

 

「こんな事、誰だってできるだろうが。何で俺を呼び戻しやがった?」

「まあ、その意見には全く同意見なんだけど、何しろこれは、我らが麗しき議長殿たっての希望でね」

 

 PⅡはそう言うと、肩を竦めて苦笑する。

 

 これでは、「鶏を裂くのに牛刀を用いる」の典型であろう。PⅡ自身、クーランをこんな事に使うのは不本意極まりないのだが、グルックに命じられた以上は仕方が無かった。

 

「彼からしたら不安でしょうがないんだよ。理想とする世界まであと一歩の所まで来てるっていうのに、降って湧いたような連中に足元を掬われようとしているんだから」

 

 自由オーブ軍、そしてターミナル。

 

 いずれも、かつてのラクス・クラインに連なる者達であり、グルックにとっては忌まわしい事この上ない存在だろう。自棄になってスパイ狩りに狂奔する気持ちは理解できないでもない。

 

「もっとも、これもあんたご自慢の演出なんだろうがな?」

「さて。僕には何のことやら、さっぱりだよ」

 

 そう言っておどけて見せるPⅡに対し、クーランは鼻を鳴らした。こうして会話していてもPⅡは自分の心家で本音を語る事は殆ど無い。故に、聞くだけ無駄だと言う事は判っていた。

 

「まあ良い。この次は、俺を前線に出してくれよな」

「判ってる。必ずね」

 

 そう言って、PⅡは可笑しそうに、口の端を吊り上げて笑った。

 

「『彼等』の準備もできてるし。次はもっと面白い戦いができると思うよ」

「そいつは楽しみだ」

 

 クーランがそう言うと、運転手が車をスタートさせる。

 

 2人はもう、連行される人々に対して目を向ける事も無かった。

 

 

 

 

 

 目の前を、保安局の車が駆け去って行くのが見える。

 

 恐らくまた、スパイ狩りが行われたのだろう。

 

 苦々しい目で見詰めるが、今はどうする事も出来ない。自分達の持つ力だけでは、捕らわれた人々を救い出すだけの力は、まだ無かった。

 

 人目に付かないように扉を閉めると、手早く奥の部屋へと入り、床下から地下へと潜り込む。

 

 そこから更に進んだ場所にある扉を開けて中へと入ると、複数の視線が向けられた。

 

「どうだった、様子は?」

「ダメですね。連中、どうやら取締りの強化を徹底しているみたいです」

 

 尋ねられて、ルイン・シェフィールドは首を横に振る。

 

 部屋の中には他に、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、アビー・ウィンザーと言った面々の姿も見られる。

 

 アビー以外は全員、何らかの理由で軍を放逐、あるいは退役した者である。そのアビーにしたところで、港湾運営課の事務と言う閑職に回されている状態である。

 

 だが、そのような状態であっても、祖国への敬愛を忘れてはいない。

 

 だからこそ、現状のグルック政権のやり方は許容できなかった。グルックは自身の周りを清浄にする事で政権の安定強化を狙っているのかもしれないが、これでは国民の不信感が募るばかりである。

 

「この間の戦い以降、グルックはスパイの存在に過剰に反応してしまったらしい。今のこの状況は、その表れだろうな」

 

 イザークは苦々しく言い放つ。

 

 クライン政権時代には政府の高官を務めたイザークは、今でもある程度のコネを有している。その関係で情報を集めて来たのだろう。

 

「軍の方にも、保安局の査察が入り始めています。流石に、まだそれ程ではありませんけど」

 

 アビーが顔を俯かせながら言う。

 

 流石の保安局であっても、軍の方にまで査察の手を大々的に入れるまでには至っていないと言う事か。いくら何でも、軍内でスパイ狩りをやって戦力を低下させたりしたら本末転倒であると考えているのだろう。あるいは、流石に軍の権威には保安局も手を出しあぐねているか。ただ、それでもジワジワと手を伸ばしてきているようだが。

 

「こっちもあんまりのんびり構えている場合じゃないんじゃないの?」

 

 そう言ってディアッカが視線を向けた先には、もう1人の人物が腕を組んで話を聞き入っていた。

 

 深い知性を感じさせる瞳に、落ち着き払った態度をしたその男性は、一連の話を聞いて深く頷く。

 

「どうやら、俺達が考えていた以上に事態は深刻のようだな」

 

 アスラン・ザラ・アスハは憂色を湛えた瞳で告げる。

 

 自由オーブ軍に参加しているアスランは、かつてはザフト軍人であった経歴を活かし、プラント内部へと潜入していた。

 

 そこで情報収集に当たると同時に、かつての仲間達の中で心当たりのある者達にコンタクトを取った。

 

 それが、ここにいるメンバーな訳である。

 

 勿論、これで全員と言う訳ではない。他にも幾人かのメンバーがアスランの招集に答えて、情報収集やメンバー集め等で活動してくれていた。

 

「厄介なのは、これだけ派手な事をやっているのに、民衆の大半は未だにグルックを支持している事だろうな」

「逆を言えば、支持があるから、これだけ派手な事を平気で出来るって訳ですね」

 

 ルインがため息交じりで言う。

 

 民主制を取るプラントでは、最高議長も国民総選挙で決まる。

 

 グルックも当然、選挙で最高議長の座を獲得した訳である。つまり国民の大半は、現在のグルックが推し進める軍備拡張路線を、未だに支持していると言う事だ。

 

 恐らく、保安局に逮捕された者達も、反乱分子の一環と言う事で処理されてしまうだろう。その真偽の程はさておき。そして大多数のグルックを支持するプラント国民もまた、政府の発表を鵜呑みにする事になる。

 

 それができるだけの空気が、今のプラントにはあるのだ。

 

「この状況をひっくり返す方法は、やはり・・・・・・」

「戦って勝つ。それ以外にはないだろうな」

 

 アスランの言葉を受けて、イザークが難しい顔で頷きを返す。

 

 グルック政権は政策の第一に軍事力強化を掲げている。当然、予算配分も軍事面に大きく裂かれている。

 

 今やプラント軍は世界最大最強の軍隊であり、同時にグルック政権の広告塔であるのだ。

 

 最強の軍隊。正義の執行者。無敵の軍事勢力。

 

 グルックが政権獲得以降掲げ続けてきた「強いプラント」を、正に体現していると言える。

 

 それ故に、現状のプラント軍を正面から撃破して見せれば、グルックへの支持が急落する事は間違いない。

 

 プラント軍が壊滅的な損害を被れば、国民はグルックの政策を「税金の無駄遣い」と断罪する事になるだろう。

 

「とは言え、簡単には行かないぜ」

 

 肩を竦めるディアッカに、一同は頷いて見せる。

 

 今や世界最大最強の軍隊と化しているプラント軍を相手に勝利を得るのは、容易な事でない事だけは確かだ。仮に自由オーブ軍の全戦力を投入したとしても、勝つ事は難しい。双方の戦力差は、それほどまでに開いているのだ。

 

「大丈夫だ」

 

 そんな一同を安心させるように、穏やかな声で言ったのはアスランだった。

 

「今は新しい戦力も育ってきている。彼等の力ならきっと・・・・・・」

 

 そう言って遠い目をするアスランの眼差しには、遥か彼方で奮戦する遊軍の姿が思い浮かべられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これ程の大艦隊が集結を果たしたのは、いつ以来の事だろうか?

 

 宇宙空間を泳ぐ勇壮な艦艇の群れを見れば、人によっては感嘆を引き起こす事だろう。

 

 戦争と言う血腥い世界の中にあって、それでも軍列が整然と移動する様子は、それだけで高揚感が沸き立つ物である。

 

 オーブ軍第2宇宙艦隊の発足は、ユニウス戦役の頃まで遡る。

 

 当時の戦力は戦艦アークエンジェル、エターナルと言った名だたる艦が連なり、更に第1期フリューゲル・ヴィントの所属部隊でもあった事から、精鋭揃いのオーブ宇宙軍の中にあって、最強部隊である事は間違いなかった。

 

 時代の移り変わりと共に変遷を遂げたが、自由オーブ軍としてプラントに対して反旗を翻したのちも、屈指の精鋭部隊として、その存在を内外に轟かせている。

 

 その第2宇宙艦隊を指揮するのは、かつてムウ達と共に戦い、カーディナル戦役の折には艦隊を指揮して最前線に立ち続けたユウキ・ミナカミ中将。

 

 旗艦艦橋に立つユウキは、かつては優男然とした雰囲気が目立ったが、歳を重ねるごとに落ち着いた紳士のような雰囲気を身にまとっていた。

 

 ユウキに指揮されたオーブ軍第2宇宙艦隊は、プラントが保有する大量破壊兵器レニエント破壊の為、旗揚げ以来初となる大規模な軍事行動を起こした。

 

 現在、各拠点に分散、隠匿してあった宇宙艦隊を終結させた後、先のターミナルの攻撃によって損傷を負ったレニエントに対する追撃を行っている。

 

 報告によれば、レニエントはスラスター部分を大きく損傷し、動きを鈍らせているとか。

 

 その為、巨大な質量を考慮すれば、ターミナルが襲撃した位置から、そう遠くへ行けるとは思えない。艦隊による追撃を行っても、追いつく事は充分に可能と考えられた。

 

 更に砲門部分も損傷させたらしく、一時的に砲撃不能に陥っているらしい。襲撃を掛ける、まさに千載一遇のチャンスと言える。

 

 そして、その考えが正しかった事は、今まさに証明されつつあった。

 

 追撃を始めてから数日。進撃するオーブ艦隊の前方に、巨大なヒトデが姿を現したからだ。

 

 レニエントの周囲には、多数の小さな反応が取り巻いているのが見える。まだ距離がある為、光学映像では単なるデブリと見分けがつかないが、しかしそれが、護衛の戦力である事は言うまでもない。

 

 どうやらプラント軍の方でも事態を憂慮し、レニエント護衛の為に戦力を集中させたらしかった。

 

 しかし、この距離に入って尚、レニエントからの砲撃が無いところを見ると、肝心の砲門部分に修理も未だに終わっていないらしい。

 

「周囲の突起は、太陽光を集約、貯蔵する為のユニット・・・・・・そして中央のレンズで砲撃を放つわけだな」

 

 艦隊の指揮を取るユウキは、モニターに映ったレニエントの姿を見て、そのように評価した。

 

 出撃前に、レニエントについてのレクチャーは一通り受けていた。

 

 実に驚いた事だが、あのレニエントは、元々は兵器として建造されたわけではなかった。

 

 ラクスが健在だったころ、彼女はカーディナル戦役時の核攻撃で深刻なエネルギー不足に陥っていた北米大陸を救うべく、太陽光を集積し、地上へエネルギー供給を行うシステムの開発を命じていた。それがレニエントの前身である。

 

 しかしラクスが病床に倒れた事によって計画は一時頓挫。長らく工事が行われないまま放置されていたが、これを軍事転用する事を思いついたのがアンブレアス・グルックと言う訳だ。

 

 平和の為に作られた道具も、使用する者の考え一つで凄惨な兵器と化す。かつてのジェネシスも、本来は外宇宙航行用の推進システムとして開発されたにもかかわらず、後に兵器転用され、多くの悲劇を生み出したのだ。

 

 今のレニエントを、亡きラクスが見たら、果たしてどう思うであろうか?

 

 威力については説明するまでも無い。複数のニーベルングを破壊した事から考えても、想像を絶する威力に加えて、連射まで可能である事は間違いなかった。

 

 これまで存在が確認されてきた大量破壊兵器とは、明らかに一線を画する存在。ここで確実に仕留めないと、後日の禍根になる事は疑いなかった。

 

 ユウキは傍らの受話器を取り、格納庫を呼び出した。

 

「艦橋、ミナカミです。そちらの準備はどうですか?」

《おう、いつでも行けるぜ》

 

 頼もしい返事に、ユウキは頷きを返す。

 

 相手はムウだ。今回彼は、モビルスーツに乗って前線に立つ事になる。

 

 大したものだ、と、ユウキは称賛半分、呆れ半分にため息を吐く。

 

 もう50も過ぎていると言うのに、いまだにモビルスーツを乗りこなせるだけの体力があるムウには、ユウキも感嘆を禁じ得なかった。

 

 生涯現役、と言うべきだろう。彼のスタイルである「指揮官先頭」をあくまでも貫き通すつもりらしかった。

 

 ならば、ユウキの役割は、艦隊を指揮して彼の背中をしっかりと守る事だった。

 

「作戦開始!!」

 

 ユウキの鋭い声と共に、オーブ艦隊は動き始めた。

 

 

 

 

 

 格納庫からカタパルトデッキへと運ばれる機体の中で、ムウはそっと、手の中にある物を眺めた。

 

 それは中に写真を収める事ができるタイプの首飾り。

 

 中の写真には、愛しい家族の集合写真が収められていた。

 

 自分の傍らで椅子に腰かけているのは最愛の妻マリュー。そのマリューが膝の上に抱いているのは、まだ幼い頃のナナミ。

 

 そして、ムウが優しく肩に手を置いている少年は、今は亡き息子、ミシェルだ。

 

 遠い日に撮影した家族の肖像。

 

 今はもう、戻らない日々に想いを込めた一枚の絵。

 

 そっと蓋を閉じ、ムウは眦を上げる。

 

「見てろよ、ミシェル。戦いってのはこうやるもんだって、父ちゃんが教えてやるからな」

 

 呟くと同時に、カタパルトに灯が入った。

 

「ムウ・ラ・フラガ、ゼファー、出るぞ!!」

 

 鋭い叫びと共に、猛禽は飛び立つ。

 

 左右から大きな後退翼が張り出した戦闘機のような外見をした機体は、一見してモビルアーマーである事が分かるが、その左右上下に4つの大きな張り出しが見える。

 

 レニエント側でもオーブ艦隊の接近に気付いたのだろう。護衛の部隊が向かってくるのが見える。その数は、明らかにオーブ軍を凌駕している。

 

 しかしだからと言って、オーブ軍の誰1人として怯む者など居なかった。

 

 彼の兵器を破壊しない限り、自分達は前へと進めない。ならばそこに是非を論じる暇は無く、ただやるべき事をやるのみだった。

 

「全機、攻撃開始。俺に続け!!」

 

 歳を経て尚、意気盛んな鷹は、一啼きすると先陣切って突撃を開始する。

 

 接近するプラント軍。

 

 機体は、ハウンドドーガやザク、グフがメインとなっており、リバティや黒いハウンドドーガの姿は見当たらない。どうやらレニエントの護衛にはザフトが主体となって行っていたらしく、かなりの数の部隊が配置されているようだった。

 

 ムウは鋭い機動で機体を踊り込ませると、戦闘機形態から人型へと変形させる。

 

 同時に背部と下部に、合計で装備した4基のユニットが射出される。

 

 戦闘機形態では張り出しのような形をしている4基のデバイスユニットは、ドラグーンでもある。

 

 砲門2門を装備し、リフレクター展開装置を備えたドラグーンは、この機体のメイン装備でもある。

 

 ORB―07「ゼファー」

 

 オーブ伝統の可変機構を採用し、更にムウ専用機としてドラグーンの運用を前提とした設計を施されている。

 

 4基のドラグーンに備えられた合計8門の砲が一斉に発射されると、向かってくるザフト機2機が、コックピットやエンジンに直撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 向かってくる砲火をムウは、鋭くターンを決めて回避。同時に機体を振り向かせると、手にしたビームライフルを斉射して撃ち抜いた。

 

 ザフト軍の方でも、突出しているゼファーを格好の目標と認識したのだろう。一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 

 最低でも5機以上の機体が、ゼファーに攻撃を集中させてくる。

 

 しかし、ムウの鋭い双眸は、その攻撃が描く軌跡を、全て正確に読み取る。

 

 ムウは機体を戦闘機形態に変形させると、ドラグーンを引き戻して砲撃範囲から脱出させる。

 

 追いすがろうとするザフト軍だが、ゼファーの急激な機動を前に、追随する事ができないでいる。

 

 ムウはそれらの動きを見逃さない。

 

 再び人型に変形すると、ドラグーンを射出して攻撃展開する。

 

 そこへ、接近してくるザフトの機体。手にした武器からは、一斉に砲撃がゼファーへと向けられて放たれた。

 

 対してムウは、彼等の攻撃をドラグーンに備えられたリフレクターで防御すると、逆に機体に装備したビームライフルを浴びせて撃ち落していく。

 

 ある意味、ゼファーはムウの特性に合致した機体であると言える。

 

 元々ムウは、若い頃はモビルアーマー乗りとして慣らしており、更にはオールレンジ用武装の扱いにも長けている。

 

 それらの事を勘案すれば、このゼファーと言う機体をムウ以上に扱える者は存在しないだろう。

 

 ザフト軍の動きを巧みに牽制しつつ、鋭く反撃していくムウ。

 

 そしてムウがかき乱した敵の防衛網に、自由オーブ軍が突撃して更に傷口を広げる。

 

 少数であっても技量が高いオーブ軍を前に、ザフト軍も攻めあぐねている様子だ。

 

 しかし、それでもやはり、数は力だろう。

 

 ザフト軍はレニエントから次々と増援を送り出してくる。

 

 その圧倒的な物量差を利用して、自由オーブ軍を一気に叩き潰してしまおうと言う腹積もりのようだ。

 

 だが、

 

「そううまくは行かんよ。何しろ、こっちのカードは1枚じゃないんだからな」

 

 ムウはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 その言葉を証明するかのような光景が、最前線に展開されようとしていた。

 

 

 

 

 

 青い炎の翼が羽ばたくと同時に、巨大な剣が虚空を走る。

 

 複数の機体が同時に斬り飛ばされると、明らかな動揺が走る。

 

 ザフト軍増援部隊の前に立ちはだかった機体は、圧倒的な存在感と超絶的な機動力でもってザフト軍の動きに掣肘を加えようとしていた。

 

「お前等の相手は、俺がしてやる」

 

 断固たる決意と共に、シン・アスカは機体の手にある巨大な剣の切っ先を向ける。

 

 ORB-X42R「ギャラクシー」

 

 かつて。カーディナル戦役の頃にシンが愛機にしていたエルウィングを拡大発展させたものである。

 

 かつてのエルウィングはオリジナルであるデスティニー級機動兵器の設計をそのまま踏襲していたが、今度の機体は違う。オーブが開発したスパイラルデスティニーの設計をベースに、シンの特性に合わせた武装を施してある。

 

 メインの装備は今手に装備している対艦刀ドウジギリ。これはかつてのデスティニーが使っていたアロンダイト対艦刀をコピーし、材質にレアメタルを使う事で強度を飛躍的に上げた物である。そのような装備である為、数ある対艦刀の中でも特に重量級の武装になっていた。

 

 機動力の改修も徹底的に行われ、推進器兼視覚攪乱ユニットでもある背中の翼は、かつての1対2枚から2対4枚に増えている。それだけ高い機動力が見込まれている。

 

 かつてのエルウィングの、更に上を行く機体に仕上がっているが、並みの人間なら真っ直ぐ飛ばす事すら不可能なその超絶的な機動性と、最重量級の対艦刀装備も相まり、事実上「シン・アスカ以外には操縦不可能」とまで言われている。

 

 向かってくる砲火を、シンは高機動を発揮してすり抜けると、手にしたドウジギリを振り翳し、フルスイングの要領で横なぎにする。

 

 一閃

 

 それだけで、複数の機体が斬り飛ばされる。

 

 慌てたようにザフト軍は、ギャラクシーに砲撃を集中させようとする。

 

 しかしシンは、残像を残しつつその場を回避。再び剣を構えて斬り込んで行く。

 

 接近するギャラクシーに対し、1機のハウンドドーガは、シールドを掲げて防御しようとする。

 

 だが、

 

 シンは、接近すると同時に構わずドウジギリを振り下ろした。

 

 強烈な一撃。

 

 それだけだった。

 

 ただの一撃で、掲げたシールドは両断され、機体は叩き潰される。

 

 その攻撃力の前に、並みの防御は紙以下だと言う事だ。

 

 ギャラクシーの存在に圧倒され、ザフト軍は徐々に後退を始める。

 

 しかし、それを許すシンではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自由オーブ軍とザフト軍の戦闘は一進一退のまま推移しようとしていた。

 

 勢いの突破力を示して突き崩そうとするオーブ軍に対し、ザフト軍は数の力に任せてオーブの進行を阻もうとしてくる。

 

 一見するとオーブ軍が有利なようにも見えるが、ザフト軍が苦戦しつつも防衛線の大枠は確保し続けている。

 

 オーブ軍とて、シン、ムウの2大エースの存在があってこそ、初めて状況を拮抗できているようなものである。

 

 両軍ともに、最前線では膠着に近い状態が続いている。

 

 その間にレニエントの修理が完了し戦線離脱する事に成功できれば、ザフト軍の勝利だった。

 

「忌々しい限りだな」

 

 レニエントを預かる司令官は、苛立たしげに体を揺すりながら呟きをも漏らす。

 

 レニエントの特徴はジェネシス並みの砲撃力を誇る事もさりながら、自力航行が可能な点にもある。この点は先のカーディナル戦役の折、地球連合軍、そして武装組織エンドレスが用いたオラクルにも似ている。

 

 しかし先のコキュートス・コロニー砲撃の際、謎のモビルスーツの襲撃を受けて艦が損傷し、自力航行能力が低下し、更に太陽光を照射するレンズ部分も損傷してしまった事は痛かった。

 

 スラスターは現在、急ピッチで修理を進めているが、レンズ部分はどうにもならない。部品そのものを丸々交換する必要があるが、その直系だけで数10メートルもあるレンズを交換するのは容易な事ではない。当然、予備部品など存在しないので、一から作り直しと言う事になる。

 

 レンズさえ無事だったのなら、自由オーブ軍が襲撃を仕掛けてきた時点で返り討ちにできたかと思うと臍を噛みたくなる想いだった。

 

 更に、先の戦いで活躍した、カーギル以下、ディバインセイバーズ第1戦隊が不在である事も大きかった。彼等は議長特別命令に従い、襲撃を掛けてきたターミナル殲滅の為に、一時的にレニエントを離れていた。

 

 自由オーブ軍の襲撃は、正にその一瞬の間隙を突いてきたのだ。

 

 それ故に、苦しい戦いが続いていた。

 

 ともかく、これ以上その事に拘泥していても仕方がない。レニエントにできる事は、一刻も早くこの場を脱出する事のみだった。

 

「応急班より報告ッ 間もなくスラスターの修理が完了する見込みとの事!!」

 

 オペレーターからの報告に、司令官は安堵の溜息をもらす。

 

 これで良い。ここを離脱する事さえできれば、あとはどうとでも反撃はできる。

 

 そう考えた時だった。

 

「上方よりオーブ艦隊接近ッ 本艦に対して艦砲射撃を仕掛ける模様!!」

 

 悲鳴に近いオペレーターの言葉が響き渡る。

 

 その視線の先、

 

 モニターが映し出した映像の中では、

 

 オーブ艦隊が、レニエントに向けて砲門を開こうとしていた。

 

「馬鹿なッ いつの間に!?」

 

 呻き声を漏らす司令官。

 

 次いで、ハッと我に返って戦況を示すモニターに目を走らせた。

 

 現在、レニエントの防衛戦力は、二群に分かれて接近を図るオーブ軍に対応する為、レニエントから距離を開けた場所に布陣している。

 

 いわば、前後に分かれた戦線の中央で、レニエントは孤立しているに等しい状態だった。

 

 オーブ軍は、その間隙を突いてきたのだ。

 

 否、

 

 そうなるようにあらかじめ計算して、軍を動かしたのだ。

 

 ユウキはシンとムウに一軍ずつ預けて敵の防衛戦力を拡散させ、その間に自身は艦隊を率いて艦砲射撃が可能な位置まで艦隊を移動させたのである。

 

 そして今、レニエントはほぼ無防備に近い形でオーブ艦隊の前に姿をさらしていた。

 

「撃てッ」

 

 短いユウキの命令。

 

 同時に、オーブ艦隊から一斉砲撃が、ヒトデ型の大量破壊兵器目がけて放たれる。

 

 艦隊から放たれた無数の光の槍が、次々とレニエントに突き刺さって行く。

 

 それに対してレニエントは、あまりにも無力だった。

 

 各区画が破壊され、修理中のスラスターも引きちぎられる。

 

 炎が席巻し、あらゆる物を焼き尽くしていく。

 

 砲火は指令室にも及んだ。

 

 内部は一瞬で焼き尽くされ、司令官以下、全ての人間を飲み込んでしたっま。

 

 やがて、誘爆が始まる。

 

 集積したバッテリーエネルギーが暴走し、各所で爆発を起こしているのだ。

 

 爆炎はレニエントの装甲を引きちぎり、あっという間に呑み込んで行く。

 

 その炎はやがて巨大な構造体全てを包み込んで燃やし尽くしていく。

 

 かつては北米解放軍に大打撃を与え、北米紛争終結に大きく貢献した大量破壊兵器レニエント。

 

 太陽光を集積して時は立つ事ができる画期的な巨大兵器は、

 

 自らが太陽に逆らった事を罰せられるかのように、その身を炎に焼かれながら、漆黒の宇宙空間にゆっくりと消えて行った。

 

 

 

 

 

PHASE-11「太陽は虚空に堕ちる」      終わり




人物設定

アスラン・ザラ・アスハ
コーディネイター
40歳     男

備考
元ザフト軍、そしてオーブ軍に所属していた英雄。オーブ国防大学で教授職にあったが、カーペンタリア条約締結後、辞職。妻と共に自由オーブ軍に参加。かつての人脈と立場を駆使して、プラント内にいる反政府グループとの連絡、連携要員を勝って出る。





機体設定

ORB―07「ゼファー」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
近接防御機関砲×2
複合兵装ドラグーン×4

パイロット:ムウ・ラ・フラガ

備考
自由オーブ軍が、ムウ専用機として開発した機体。戦闘機型のモビルアーマー形態への変形が可能で、高い機動力を誇るほか、ムウの18番であるオールレンジ攻撃に対応する為、新型のドラグーンを装備。これは1基に付き2門のビーム砲を備えるほか、リフレクター発生装置も完備している。正に、ムウ・ラ・フラガと言う人間の人生を象徴するような機体である。





ORB-X42R「ギャラクシー」

武装
ビームライフル×2
ウィングエッジビームブーメラン×2
ビームシールド×2
近接防御機関砲×2
ドウジギリ対艦刀×1

パイロット:シン・アスカ

備考
シン・アスカがかつて乗機としていたエルウィングの後継機。設計のベースにはスパイラルデスティニーの物が使われている。エルウィング以来のメイン装備となるドウジギリ対艦刀に加え、推進器兼攪乱装置である翼は2対4枚になった事で、高い機動力と戦闘力を獲得した。反面、「暴れ馬」と称して良いほど操縦性はきつくなり、並みのパイロットでは真っ直ぐ飛ばす事すらできない。事実上「シン・アスカ以外には操縦不可能」とまで言われている。設計、開発は彼の妻、リリア・アスカが行った。


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PHASE-12「少女の矜持」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆炎が虚空に瞬くたび、操縦桿に添えた手がしびれる程にきつく握りしめられる。

 

 視界の中で閃光が瞬くたび、自分の身が切られるような痛みが発する。

 

 幾度となく血の涙を流したとしても、決して慣れる事ができない光景だ。

 

《第5中隊、壊滅!!》

《右翼部隊、音信途絶ッ 全員戦死の模様!!》

《敵部隊、前進してきます!!》

 

 またしても視界の彼方で閃光が瞬き、仲間の命が失われた事を伝えてくる。

 

 スピーカーから流れてくる戦況は、今や味方の不利が覆しえないレベルに達している事を如実に語っていた。

 

 月面パルチザンを指揮するエバンス・ラクレスは、悔しさで唇を噛み切りそうなほどに噛みしめている。

 

 先日、自由オーブ軍が、長らく存在を秘匿されていたプラント軍所有の大量破壊兵器レニエントを撃破した。

 

 これに伴いプラント軍は、月に残っていたザフト軍戦力の大半を引き抜き、本国の防衛強化と治安維持の為に転用した為、一時的に月周辺のプラント勢力は減衰する事となった。

 

 それを好機と捉えたパルチザンは、一斉蜂起を敢行。残ったプラント勢力に対して総攻撃を仕掛けたのだ。

 

 2年前には歩兵戦力のみであったパルチザンだが、その後、ターミナルの支援を受けて戦力を増強し、念願とも言うべきモビルスーツ部隊を保有するに至った。今回は、その切り札とも言うべきモビルスーツ部隊まで投入した乾坤一擲の大作戦である。

 

 この戦力をもってすれば、月のプラント軍を撃破する事も可能だと考えられていた。

 

 しかし、

 

 その甘い見通しは、痛烈な結果となって彼等に帰って来た。

 

 腐っても主権国家が保有する駐留軍である。戦力が低下したとは言え、技量の低いパルチザン如きに後れを取る筈も無い。

 

 意気揚々と出撃したパルチザンの各部隊は、待ち構えていたプラント軍の迎撃部隊に捕捉され、次々と撃破されていった。

 

 殆ど抵抗らしい抵抗を示す事もできず、一方的に屠られていくパルチザンの兵士達。

 

 その光景は、卵の殻をひき潰すが如くであり、この月の支配者が誰なのか、如実に表している光景だった。

 

 と、

 

《エバンス!!》

 

 迫る敵に対して、左手のドレウプニル・ビームガンで応戦しながら、1機のグフが近付いて来るのが見える。

 

 サブリーダーのダービット・グレイは、叩き付けるような声で叫ぶ。

 

《ここはもう駄目だッ 撤退して再起を図るぞ!!》

 

 普段は頼もしさを感じる相棒の声には、今は焦りの色が見えている。

 

 こと、戦闘に関する限りダービットは、基本的に参謀的な役割のエバンスよりも熟達している。その彼が駄目だと言う事は、本当にもう駄目なのだろう。

 

 唇を噛みしめるエバンス。

 

 悔しさはある。

 

 ここで撤退してしまったら、この戦いで死んだ多くの犠牲が、否、今まで積み重ねてきた犠牲者の魂、その全てが無駄となってしまう。

 

 しかし、それは所詮、エバンスの中にある未練に過ぎない。今までの犠牲を無駄にしたくないからと言って、ここでさらなる犠牲を上乗せするのは、リーダーとして愚の骨頂だった。

 

「・・・・・・・・・・・・判った。撤退しよう」

 

 エバンスはそう言うと、撤退用の信号弾を撃ち上げる。

 

 ここで負けても、生きてさえいれば、再起する事はできるはず。

 

 だから今は、屈辱に耐えるしかない。

 

 やがて、撤退信号を受領したパルチザンは、応戦を繰り返しながら徐々に撤退していく。

 

 しかし当然の事ながら、パルチザン撤退を目ざとく嗅ぎ付けたプラント軍の追撃も厳しく、背後から迫る攻撃は、更に激しさを増していくのだった。

 

 結局、この日の戦いでパルチザン側は、虎の子のモビルスーツ部隊に壊滅的な打撃を蒙り、乾坤一擲の蜂起に失敗。以後、単独での抵抗運動は非常に難しくなるのだった。

 

 

 

 

 

 PⅡは珍しく疲れた体を示し、やれやれとばかりに息を吐いた。

 

 その様子を、ソファでくつろぎながら酒を飲んでいるクーランは、不審そうな眼差しを向ける。

 

 昼間から酒を飲むなど不謹慎の典型的な見本と思えるが、しかしクーランの場合は並みの酒では殆ど酔わない体質らしく、殆ど茶を飲んでいるに等しい感覚である。その証拠として、既に彼の足元には空になった酒瓶が2本転がっているにも拘らず、飲んでいる本人は一向に酔っている気配は無かった。

 

「どうしたよ、大将?」

「ん・・・ああ、君か」

 

 まるで、今クーランの存在に気付いたと言わんばかりに、PⅡは顔を上げた。普段から飄々としているピエロ男からは想像もつかないダレ振りである。

 

「君も聞いてるでしょ。レニエントの件」

 

 先日、自由オーブ軍の攻撃を受けて破壊された大量破壊兵器レニエントの事で、プラント上層部は混乱状態に陥っていた。

 

 レニエントは、未だに多くの敵を抱えるプラント軍にとっては切り札である。更には統合を完了した後は、反乱を起こそうとする輩に対し睨みを利かせ、抑止の効果も兼ねていたのだ。

 

 しかし、それも宇宙空間に散り、構想は脆くも崩れ去ってしまった。

 

「別に、あのガラクタが壊れようが燃え尽きようが、僕にとってはどうでも良い事なんだけどね、ただ、今はタイミング的にまずかった」

 

 そう言ってPⅡは肩を竦める。

 

 現在地上では東欧戦線が激化の一途をたどり、地球連合軍が戦線を押し上げてきている。彼等は間も無く、黒海周辺の資源地帯に達する。そうなると、資源を得た地球軍はさらに勢いを増してプラント軍を押し返しにかかるだろう。そして、欧州に派遣したプラント軍には、最早その流れを押し返す力は残っていなかった。

 

 だからこそ、レニエントの存在は重要だったのだ。地球連合軍が地上で多少暴れたところで、レニエントが遥かな虚空からにらみを利かせていれば、いつでも殲滅は可能だったのだ。

 

「それを・・・・・・我らが麗しき議長殿の浅はかな思い付きで、全部台無しになっちゃったよ」

 

 そう言って、ピエロ男は嘆息する。

 

 コキュートス・コロニーへの砲撃は、必ずしも必要ではなかったとPⅡは考えている。それを手っ取り早く証拠隠滅を図りたいがために安易な選択をして、結果、それまで完璧に秘匿できていたレニエントの存在はターミナルに察知されるところとなった。

 

 それが最終的に、レニエントの陥落に繋がっていると考えれば、臍の一つも噛みたくなる。

 

「どうした、珍しく弱気じゃねえか?」

 

 クーランがからかうような口調で揶揄する。自分の雇い主が珍しく弱っている風な調子を見せているのが可笑しいのだろう。

 

 対して、PⅡはゆっくりと顔を上げてクーランを睨む。

 

「弱気? この僕が? 冗談でしょ」

 

 いつも通りの飄々とした口調に戻り、PⅡは語る。

 

「この状況はむしろ、僕にとっても望むところさ。まあもっとも、少しばかり計画を早める必要があるんだけど」

 

 言ってから、PⅡはフッと笑みを漏らす。

 

「そろそろ目障りになって来たよね、彼等」

 

 彼等、と言うのは自由オーブ軍の事である。

 

 多少暴れさせる程度なら放っておいても問題は無かったのだが、流石にここまで来ると捨て置く事もできなくなる。

 

「今回の件で、プラント軍だけじゃ、連中に対応できない事は良く判った。そこで・・・・・・」

 

 PⅡはクーランに人差し指を向ける。

 

「と言う訳で予定通り、次は君にも行ってもらう事にする。議長殿の方には僕の方から話を付けておくよ」

 

 PⅡの言葉に対し、クーランはグラスを傾けながら獰猛な獣のような笑みを浮かべた。

 

 元より、退屈なスパイ狩りに飽きていたところである。戦場に出る事はクーランにとっても望むところであった。しかもそれが、例の「魔王」がいるオーブ軍相手なら、尚の事であろう。

 

「俺も、ちょいと確認しておきたい事があるからな。自分の直感が正しいのかどうか。それを確かめるにはいいチャンスだろ」

 

 そう言って凄味のある笑みを浮かべるクーランの瞳には、既に魔王と対決する時の光景が鮮明に浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に嫌よッ そんな事!!」

 

 部屋の中から聞こえてきた罵声に、ヒカルとカノンは思わず足を止めた。

 

 緊張感は、日に日に高まって行っているのが判る。

 

 自由オーブ軍本隊がレニエントを撃破した事で、制宙権を無条件で握られ続ける事が無くなった事を踏まえると近日中には新たな作戦が発動され、ヒカル達も再び出撃する事になるだろう。

 

 自由オーブ軍は当初の予定通り、ターミナルの支援を受けている地球圏の各組織を統合し「反プラント勢力」を結成、グルック政権下にあるプラントに対し攻勢を掛ける事を最終的な目標としている。

 

 しかし、それをするにしてもまず、オーブ本国を奪還しない事には話は始まらない。

 

 そこで、まずは外堀を埋めて足場を作らなくてはならない。と言うのは、当初からの計画通りである。

 

 昨今、特にキナ臭いのが、月、南米、欧州だろう。

 

 欧州での戦いは、増援を受けた地球連合軍が勢力を盛り返し、徐々にプラント軍を押し返していると言う。主力はユーラシア連邦軍と北米解放軍の残党だが、その数は侮れないレベルにまで膨れ上がり、プラント軍主力のザフトは各戦線で後退を余儀なくされている。ただし、この戦闘はオーブとは直接的には関わりない為、当面は静観すると言うのが方針である。

 

 次に南米だが、こちらは政府軍と反政府軍に分かれ、広大なジャングルの中で激しい戦闘が繰り広げられていると言う。現在、プラントが支援する政府軍側が数で勝っており、戦況も優位に進めているらしい。南米はオーブにとって古くからの同盟国であり、現状、地球上における唯一の友好国と言って良い。よって、自由オーブ軍側としては、プラント勢力と敵対する反政府軍を支援するのが妥当である。との考えが強かった。

 

 そして最後に月だが、こちらはつい先日、駐留プラント軍と反プラント活動を行うパルチザンが大規模な激突を行い、パルチザン側が敗北したと言う情報が入ってきている。急を要すると言えば、一番の事案だ。

 

 大和隊が派遣されるとしたら、これらの内のどれかだろうと思われる。

 

 ところで、

 

 ヒカルとカノンが、恐る恐ると言った具合に部屋の中を覗いて見ると、中には複数の男女が何やら言い争っているのが見えた。どうやら、何かを話し合っている最中だったらしい。その話の内容が、トラブルの火種となったのだろう。

 

 とは言え、激昂しているのは中央にいる少女だけで、他の者は呆れ気味に少女を宥めているのが判った。

 

 中央でいきり立っている少女の名は、ヘルガ・キャンベル。

 

 崩壊したコキュートス・コロニーから辛うじて救出できた人物の1人であり、プラントでは名の知れたアイドル歌手でもある。

 

 かく言うヒカルも、彼女の歌のファンである。澄んだ歌声と、それに相反するようなアグレッシブな歌唱力が、彼女の魅力だった。

 

 しかし、この手の人種の特徴とでも言うべきだろうか? 私生活におけるヘルガひどく気の強い性格をしており、現在の自分自身の状況に対して苛立ちを隠せずにいる様子だ。

 

 そんな彼女の性格は、今まさに如何無く発揮されていた。

 

「何で私がそんなことしなくちゃいけない訳!?」

「ヘルガ・・・・・・・・・・・・」

 

 困り顔を覗かせているのは、彼女の母、ミーアと、そして同席しているリィスとアランだ。

 

 事情が分からないヒカルとカノンは、しきりに首をかしげながら互いの顔を見合わせる。どうにも前後の状況を見ていないせいか、話についていけない。

 

 いったい何事だろう、と伺っていると、ヘルガの激高はさらに熱を増していく。

 

「あたしに身売りしろって言うの!? 冗談じゃないわよ!!」

「ヘルガ、口が過ぎるわよッ」

 

 娘の言葉を鋭くたしなめるミーア。

 

 流石に母親の言葉には逆らえないらしく、ヘルガもいったんは舌鋒を収める。

 

 しかし、収まりきらない想いは、すぐに口を突いて出た。そもそも「身売り」などと言う物騒な言葉が出て来る時点で、何かしら状況が普通ではない事が伺えるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・そりゃ、助けてもらった事は感謝してるわよ。けど、あたしにだってプライドがあるわ!!」

「いえ、そうは言いますけど・・・・・・」

 

 控えめに発言しようとしたのはアランである。

 

 コキュートス・コロニーから救出され自由オーブ軍の政治顧問と言う立場に収まったアランは、体力が回復してから精力的に活動を行うようになっていた。

 

 今、キャンベル母娘と話している事も、そうした一環なのだろう。だとすれば、ヒカル達の今後の活動にも影響が出るかもしれない。

 

 もっと詳しく話を聞こうと、身を乗り出してみる。

 

 だが、静かな口調で言い募るアランに対して、ヘルガは完全にへそを曲げたようにそっぽを向き、視線を向けようとすらしない。

 

 アランは何とか叛意を促そうと、更に口を開きかける。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・判りました。この件はこれまでにしましょう」

 

 それまで黙っていたリィスが、ため息交じりに言ったのはその時だった。

 

「いや、リィス、それじゃあ・・・・・・」

 

 言い募ろうとするアランだが、それを制するようにリィスは首を振った。

 

「アラン。こういう事は無理強いしてどうにかなる物じゃないと思う」

 

 諦念を滲ませたリィスの言葉に、アランは少し逡巡を見せたが、やがて不承不承と言った感じに頷きを返すしかなかった。

 

 どうやら彼も、今のヘルガを動かす事は梃子でも難しいと思ったのだろう。ここで力押しを通しても、ろくな結果に繋がらないであろう事は目に見えていた。

 

「何、あれ?」

「さあ・・・・・・」

 

 そんな一同のやり取りを見ていたヒカルとカノンは、互いに顔を見合わせて首をかしげる。

 

 やはりどうにも、状況を把握できない。まるで推理ドラマの謎解き部分だけを見せられたような、そんなもどかしさがある。

 

 と、

 

「ヘルガ・キャンベルに協力を依頼したんだけど、どうやら駄目だったみたいだね」

 

 背後から声を掛けられてヒカルとカノンが振り返ると、そこには2人のよく知る人物が立っていた。

 

「パパ!!」

 

 笑顔を浮かべて、カノンは飛びつく。

 

 愛娘を優しく抱き留めると、ラキヤ・シュナイゼルはヒカルに向き直った。

 

「おかえりカノン。ヒカルも、今回はご苦労様」

 

 そう言ってラキヤの手は、カノンの頭を優しく撫でた。

 

 ラキヤの格好は見慣れた私服姿ではなく、ヒカルやカノンと同じくオーブ軍の軍服に身を包んでいる。そして襟には少将の階級章が付けられていた。

 

「復帰したんだ、パパ?」

「まあね。こういうご時世だから」

 

 ラキヤはそう言って苦笑する。どうも、久しぶりに着た軍服に、居心地の悪さを感じているようにも見えた。

 

 そもそも、ヒカルの父もそうだったが、ラキヤも大概、線の細い面立ちをしているせいか、お世辞にも軍人向きの外見とは言い難い。やはり、見慣れた喫茶店マスターとしての恰好の方が、違和感が無いのだろう。

 

 だが、見慣れない服装であっても、実際に見てみれば、どことなくしっくり来る物がある。これもまた、ある種の「着こなし」と言えるのかもしれなかった。

 

「それで、パパ。あの娘に協力って、いったい何を頼もうとしてたの?」

「一言で言えば、宣伝、かな?」

 

 娘の頭を優しく撫でてやりながら、ラキヤは説明する。

 

 自由オーブ軍はプラント軍に対して連戦連勝を続け、徐々に勢力を伸ばしつつある。

 

 しかし、それでも埋めがたい勢力の差は存在しており、それを覆すには、戦場での勝利だけでなく、何かしら政治的な手を打つ必要があった。

 

 そこに来て思わぬ好カードが舞い込んできた。他ならぬ、キャンベル母娘の存在である。

 

 彼女達の名声は、今や世界中に轟いている。それを利用して、プラントの横暴を世間にアピールしてはどうか、と言う作戦が出されたのだ。

 

 別段、珍しい作戦と言う訳ではない。古くから「宣伝」を利用した情報戦は戦時下において行われていた事である。

 

 偽情報によって相手の作戦を攪乱し、また戦意を落とす。そしてプロパガンダを用いて味方を鼓舞する。情報と言う目に見えない物を武器とする場合、基本的な戦術であると言える。特に、旧世紀と違って戦いは宇宙空間にまで進出し、かつての戦争から比べると、信じられないくらい広大になっている。だからこそ、情報の有用性は飛躍的に高まっていた。

 

「しかし、当の本人があれじゃあ・・・・・・」

 

 ヒカルはチラッと部屋の中に目をやると、ため息交じりに呟いた。

 

 話から察すると、にべも無く突っぱねられたであろう事は想像に難くない。

 

「まあ、仕方がない。彼女の協力は欲しいけど、どうしても絶対、と言う訳でもないからね。また別の手を考えるよ」

 

 ラキヤはそう言って肩を竦める。

 

「行こう。お腹すいたでしょ。何か好きな物作ってあげるよ」

「わ、やった。じゃあ、えっと・・・・・・」

 

 そう言うとラキヤは、カノンを伴って歩き出す。

 

 その後からヒカルも続くが、ふと、後ろを振り返って部屋の中に目をやる。

 

 だが、結局何の行動も起こさないまま、2人の後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 コトンと、低い音と共に、グラスがテーブルに戻る。

 

 手にしたひんやりした感触とは裏腹に、喉には熱い液体が流れていく。

 

 目を向ければ、目の前に座った男も同様に、グラスの中身を飲み干していた。

 

「まさか、アンタとこうやって話す事になるとはな」

「人生ってのは、一寸先すら見通せない物さ。もっとも、意外だっていうのなら、全くの同意だが」

 

 そう言うと、自由オーブ軍戦艦大和艦長シュウジ・トウゴウと、元北米統一戦線リーダー、クルト・カーマインは互いに苦笑をかわした。

 

 2年前、互いに異なる陣営の組織を率い死力を尽くして戦った2人。そしてシュウジ率いる大和隊は北米統一戦線を打倒する事に成功した。いわば2人は因縁の相手であると言える。

 

 スポーツじゃないのだから、戦いが終わったらオフサイド、とはいかないのが戦争である。互いに残る遺恨は計り知れない物がある。

 

 とは言え、今は互いに流浪の身。それも、成り行きとは言え、シュウジはクルトを救出した立場である。クルトとしても、その事を弁えており、過去を蒸し返すような真似をする気は無かった。

 

「それにしても、判らないんだが」

 

 シュウジは再びグラスに酒を注ぎ、ついでクルトのグラスにも注いでやりながら話を切り出す。

 

「我々は2年前の戦いで、北米統一戦線を破った物の、壊滅に追い込んだとは言い難い。なのになぜ、このような事になったのだ?」

 

 確かに大和隊は、2年前の戦いで北米統一戦線を撃破した。大半の戦力を殲滅し、北米大陸から追い出す事に成功した。

 

 だが、敗北が確定的となった時点で、クルトは戦略目標を「勝利」から「脱出・延命」に切り替えた。

 

 レミリア、アステルを含む精鋭部隊が大和隊を足止めする一方で、他の構成員は脱出し、捲土重来を図る事にしたのだ。

 

「だが、アンタ等は壊滅した。なぜだ?」

 

 一度は脱出に成功した北米統一戦線が、後にプラント軍の襲撃を受けて壊滅した、というニュースはシュウジも聞いて知っていたが、そこに至るまでの過程の情報が全くと言って良いほど伝わってこないのだ。

 

「・・・・・・正直、俺も詳しい事は判らん」

 

 悔しさを滲ませるように、クルトは答えた。

 

 あの時、クルトは潜伏先を保安局に襲撃されて重傷を負っており、動きたくても動けず、結局真相を突き止める間もなく収監されてしまった。

 

「だが、これだけは言える。俺達の潜伏先、そして他の奴等が脱出した先の情報が、殆ど敵に筒抜けだったのは間違いない。そうでなかったら、ああもあっさり、俺達が負けるはずないからな」

 

 北米統一戦線は、少数とは言え北米大陸を席巻したゲリラ組織である。本来の実力を発揮でできれば、どんな強大な敵であっても互角以上に戦えたはず。

 

 だがあの時は、殆ど抵抗らしい抵抗もできないまま、気が付いたら壊滅している有様だった。

 

「これは2年間、牢の中でずっと考えていた事なんだが、俺は内通者の存在を疑っている」

「内通者?」

 

 酒を飲む手を止めて、シュウジはおうむ返しに物騒な単語を繰り返す。

 

 対してクルトは、頷きながら続ける。

 

「ああ、見抜けなかった事に関しては、組織の長として恥ずかしい限りだが、内通者が俺達の情報を保安局に流したと考えれば、全ての事に辻褄が合う。逆に、それ以外の考えと言うのは、どう考えても浮かんでこないのさ」

 

 クルトの説明を聞きながら、シュウジは確かに、と口の中で呟いた。

 

 同時に、内心で戦慄も覚える。

 

 なぜなら、内通者の存在は、決して他人事ではないからだ。

 

 自由オーブ軍も、組織としてはそれなりの規模を誇っている。当然の事だが、構成する全ての人員に対して思想統一する事は不可能だし、そんな事に意味は無い。

 

 しかしだからこそ、万が一内通者がいた場合、それを見付ける事は困難を極める。

 

 北米統一戦線に降りかかった事は、自由オーブ軍にとっても、決して他人事ではなかった。

 

「ところで・・・・・・」

 

 クルトはそこで、話題を変えるように口を開いた。

 

「あんたら、今後の作戦方針について、定まってはいないらしいな」

「ああ」

 

 定まっていないのではなく、命令が下りてこない為に待機しているだけなのだが、似たような物なので、シュウジは取りあえず否定はしなかった。

 

 その答えを待っていたように、クルトは身を乗り出した。

 

「なら、月にしないか?」

 

 凄味の効かせた顔に真剣な眼差しでクルトは言った。

 

「月、だと?」

「ああ。あそこのパルチザンの連中とは顔馴染みでな。うまく連絡を取れれば、大きな力になる事は間違いない」

 

 クルトの考えを聞いて、シュウジは考え込んだ。

 

 確かに。月のパルチザンは、既に衰弱と称しても良いくらいに弱体化している。何らかの支援行動を早急に行わないと叩き潰されてしまうだろう。

 

 だが仮に、自由オーブ軍が月奪還の為に動けば、クルトの言うとおり、パルチザンの存在は大きな助けになる筈だった。

 

 月の存在価値は計り知れない。古くから地球連合軍とザフト軍が死闘を繰り広げて来た関係で、それ自体が一大軍事拠点となっているし、何より、地球が自転している関係で、月を全く見る事ができない場所は、地球上には皆無と言っても良い。つまり、将来的にオーブ奪還に動くなら、月は最重要の策源地となり得るわけだ。

 

 自由オーブ軍側としても、是非にも手に入れておきたい場所ではあった。

 

「判った。その件に関しては、俺の方から上層部に伝えておくよ。ところで・・・・・・」

 

 意味ありげな視線を送りながら、シュウジはクルトに言った。

 

「言った以上は当然、アンタも協力してくれるんだろうな?」

 

 そのシュウジの言葉に、一瞬呆気に取られたクルトだったが、すぐににやりと笑ってグラスを掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 複数のハウンドドーガが、編隊を組んで虚空を駆け抜けていく。

 

 その視界の先にあるのは、白亜の装甲を持つ、奇妙な形をした戦艦。

 

 その戦艦目がけて、ハウンドドーガはブレイズウィザードに装備したミサイルを一斉に放った。

 

 数にして100発以上のミサイルが戦艦へと向かって、弧を描いて迸る。

 

 次の瞬間、

 

 吹き抜けた閃光の嵐が、ミサイル群を全て薙ぎ払った。

 

 爆炎が晴れた時、無傷の戦艦が何事も無かったように姿を現す。

 

 直撃弾は一発も無い。全てのミサイルは、今の攻撃によって撃ち落されてしまった。

 

「チッ!?」

 

 その様を見てカーギルは、荒々しく舌打ちを放つ。

 

 自分達と対峙しながら、尚も味方を掩護するだけの余裕があるとは。

 

 その視界の先には、たった今、強烈な砲撃を放った機体。

 

 白い装甲に、青い炎の翼を背負ったそのモビルスーツ。

 

 トレードマークのようだった外套こそ無くなったものの、その機体がつい先日、レニエントを襲撃した憎むべき敵で間違いなかった。

 

 モビルスーツは、自機の周囲に展開していたドラグーンを引き戻して、翼のハードポイントにマウントすると、両手のビームライフルと腰のレールガンを放ち、尚も戦艦に対して攻撃しようとしているハウンドドーガを撃ち抜き、戦闘力を奪っていく。

 

 やはり、コックピットやエンジン部分は決して狙わない。頭部や手足を吹き飛ばす攻撃は、いっそ不気味ですらあった。

 

 一体なんの意図があって、あのような効率の悪い戦いをしているのか、全く理解できなかった。

 

 ただ、ここで倒さねば、今後幾らでも脅威になり得る事は間違いなかった。

 

「おのれッ これ以上は!!」

 

 叫びながらカーギルは機体のスラスターを全開まで迸らせ、同時にロンギヌスを掲げて斬り込んで行く。

 

 自身に突っ込んでくるリバティの存在に気付いたのだろう。モビルスーツはカーギルの方へ振り返った。

 

 次の瞬間、変化が起こる。

 

 装甲は深淵に溶け込むような黒へ、そして翼は不吉を思わせる紅へ。

 

 先程までは天使のように優美な外見であったが、今は一変し、まるで悪魔のように禍々しい姿になっている。

 

「姿を変えたところでッ!!」

 

 叫びと共に、槍を振るうカーギル。

 

 その鋭い一閃は、

 

 しかし、貫いたと思った瞬間、目の前のモビルスーツの姿は、霞のように消え去った。

 

「また、分身か!?」

 

 意識を切り換え、カーギルは機体を巡らせる。

 

 その視界の中で、両手に対艦刀を構えたモビルスーツが再度向かってくるのが見えた。

 

「来るかッ!?」

 

 迎え撃つように槍を繰り出すカーギル。

 

 対してモビルスーツは、残像を引きながらロンギヌスの一撃を捻り込むように回避。そのまま対艦刀を振り翳してリバティに斬り掛かってくる。

 

 だが、

 

「まだまだっ!!」

 

 自身の攻撃が回避されたと判断したカーギルは、槍を引き戻しながら、その穂先を相手に叩き付ける。

 

 命中。

 

 たとえPS装甲を持っていても、長大な穂先に遠心力の荷重を加えた強烈な一撃だ。機体は無事でも、中のパイロットにはかなりの衝撃が入る事になる。

 

 ロンギヌスの柄にはアンチビームコーティングが施されている為、ビームシールドでも防ぐ事はできない。

 

 槍の穂先が、モビルスーツを捉える。

 

 もらった。

 

 そう思った次の瞬間、しかし、モビルスーツは何事も無かったようにスラスターを吹かせると、急上昇しつつカーギルのリバティを蹴り飛ばし、その後方へと抜ける。

 

 モビルスーツは、ロンギヌスに殴りつけられる直前で機体をスウェーバックさせて衝撃を吸収するように減殺。打撃によるダメージを最小限にとどめたのだ。

 

 カーギルのリバティをやり過ごしたモビルスーツは、再び装甲と翼の色を変化させる。

 

 白い装甲と、蒼い炎の翼。

 

 同時に4基のアサルトドラグーンを射出すると、カーギル機の後方にいた、他のリバティへと襲い掛かった。

 

 慌てて迎え撃とうとするディバイン・セイバーズの隊員達。

 

 しかし、その行動はいかにも緩慢で遅かった。

 

 放たれる24連装フルバースト。

 

 その一撃は、リバティの腕や頭部を狙い撃ちするようにして破壊。戦闘力を奪っていく。

 

 歯噛みするカーギル。

 

 精鋭ぞろいのディバインセイバーズの中にあって、カーギルが率いる第1戦隊は、特に最強と言っても良いほど能力の高い者達である。

 

 その自分達が、たった1機のモビルスーツを仕留めるどころか、足止めすらできず逆に圧倒されている事態は、認めがたい事であった。

 

 1機のリバティが、長大な対艦刀を振り翳してモビルスーツの背後から迫る。

 

 戦艦の装甲すら一撃で斬り裂く事ができる対艦刀を喰らえば、いかなるモビルスーツでも、真っ二つになる事を避けられないだろう。

 

 しかし次の瞬間、

 

 モビルスーツはスラスターを逆噴射させるようにして、今にも対艦刀を振り下ろそうとしていたリバティの懐へ、一瞬にして潜り込んでいた。

 

 あれでは対艦刀を振るえない。

 

 カーギルがそう思った次の瞬間、モビルスーツはリバティの顔面を鷲掴みにすると、掌からビームサーベルが発振され、リバティの頭部を粉砕。戦闘能力を奪ってしまった。

 

 戦慄が走る。

 

 一体、奴は何者だと言うのか?

 

 ディバイン・セイバーズの精鋭ですら、まともに相手をする事ができない。辛うじて互角に戦えるのはカーギルくらいの物だ。

 

 カーギル機以外の機体を全て戦闘不能にしたモビルスーツは、そのままクルッと踵を返して、奇妙な形をした戦艦へと戻って行く。

 

 一瞬、カーギルはその後を追おうとするが、すぐに思い留まった。

 

 追っても勝てると言う保証は無い。それに、今は周囲で漂流する味方を助ける方が先決だった。

 

 奴を倒すには、こちらも万全の体制を整える必要がある。

 

「・・・・・・だが、見ていろ。いつか必ず、お前の首を、我が槍の勲としてくれる」

 

 戦艦に収容されようとしているモビルスーツを見送りながら、カーギルは決意の漲る声で、そう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 手にした銃が火を噴くたび、軽い衝撃が全身を通って足元から抜けていく。

 

 士官学校では必須科目の一つだった拳銃射撃は、この2年間で随分と上達していた。

 

 無理も無い。何しろ、2年間、あてども無い放浪を繰り返していたのだから。その間、自身の身を狙ってくる様々な存在を払いのける為に、自分も強くなる必要があったのだ。

 

 空になったマガジンを抜き取り、新しいマガジンを装填、再び構えを取る。

 

 ヒカルの瞳は真っ直ぐに、彼方にある的を見据えていた。

 

 カノン達との食事を終え、ヒカルはその足で射撃場を訪れ、今までずっと的を相手にして射抜いていたのだ。

 

 だが今は、引き金に指を掛けたまま、銃を構えたまま微動だにせずにいる。

 

 脳裏に浮かぶのは、先日、クルトから聞かされた事。

 

 レミリアは、生きている。

 

 この2年間、彼女の事は敢えて考えないようにしていた。

 

 レミリア・バニッシュ。

 

 かつて、ともに士官学校で学んだ親友にして、男装の少女。

 

 そして、敵でありながら一時、確かに心を通わせる事ができた存在。

 

 彼女に出会うまで、ヒカルはテロリストと言う存在について、無条件で悪のレッテルを張り、そして糾弾していた。それを当然の事として考え、疑おうともしなかった。

 

 しかし、彼女達には彼女たちなりの戦う理由があった。それこそ、命を賭けても惜しくないと思えるほどの。

 

 世界は、ヒカルが知っているだけの面で構成されている訳ではない。見る人の立ち位置が変われば、全く違う面が見えてきて当たり前なのだ。

 

 それを教えてくれたのが、レミリアだったのだ。彼女の存在が、ヒカルの中にある盲を開いてくれた。

 

 だから今、ヒカルはかつてとは180度違う立場になっても尚、戦う事ができるのだ。例え自身が、かつて蔑んだテロリストと成り果てようとも。

 

 だが、

 

 果たして彼女は、本当に生きているのか?そして、生きているなら、今、どこで何をしているのか?

 

 ヒカルの中にある焦燥は、否が応でも高まりを押さえられなかった。

 

 その迷いを象徴するかのように、放った弾丸は、まるで見当違いの場所へと命中した。

 

 

 

 

 

 そんなヒカルを、カノンは物陰に隠れるようにして眺めていた。

 

 父とヒカルと3人で食事を終えた後、銃の練習をすると言って別れたヒカルの事が気になり、後をつけて来たのだが、幼馴染の少年が背中から放つ、何か言い難い雰囲気に気圧されて、話しかける事ができないでいた。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 ここ数日、ヒカルが何かに思いつめていたのはカノンも知っていた。

 

 一応、それとなく聞き出そうとはしてみたのだが、いざ、話がその方向に行くと、ヒカルはそれを察するようにして話題を逸らしてしまうため、一向に進展は無かった。

 

 流石は幼馴染と言うべきか、カノンがヒカルの変化に気付いているように、ヒカルもまた、カノンのあしらい方を心得ているのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・あたしじゃ、ダメなのかな?」

 

 ヒカルを助けたい。彼の役に立ちたい。

 

 2年越しに再会してからと言う物、カノンは特にそのように思う事が多くなっていた。

 

 2年前に比べ、カノンも成長し、今や部隊の中核を担うまでに至っている。事戦闘面に関する限り、カノンはヒカルのサポート役としては、充分以上の能力を示していると言えるだろう。

 

 だがそれでも尚、ヒカルが時折、大事に抱えるようにして隠している心の内に、触れる事ができないでいた。

 

 気落ちするカノン。

 

 結局これでは、今までとなんら変わらないのではないかとさえ思ってしまう。

 

 と、

 

「おやおや、イケナイお尻だこと」

「キャァァァ!?」

 

 いつの間にか背後から近付いていたリザが、カノンのお尻を優しく撫でた為、思わず素っ頓狂な悲鳴をあげてしまった。

 

「な、ななな、何すんのさ、ザッち!?」

「アハハ、ごめんごめん。あんまりにも可愛いお尻があるからさ、つい、ね」

「何が『つい』だァ!?」

 

 ガオーと怒るカノンに対し、リザは肩を竦めて笑って見せる。

 

 そのリザはと言えば、射撃場の中を見て状況を察したらしく、意味ありげな笑みをカノンに向けてきた。

 

「な、何さ? 不気味な笑いなんかしちゃってさ」

「失礼な。てか、そんなに気になるんだったら、ヒカル君に直接ぶつかって見ればいいじゃない」

 

 カノンの煮え切らない態度は、リザにってはもどかしい事この上なかった。

 

 何か欲しい物があるなら、自分から飛び込んで行くべきだと思うのだが。

 

 しかしカノンはと言えば、少し躊躇うようにヒカルの方を見ながら、肩を落として答える。

 

「・・・・・・・・・・・・判ってるよ、そんな事。でも」

「でも?」

 

 何だか、ヒカルの「そこ」には、簡単に踏み込んではいけないような気がするのだ。

 

 踏み込めば、きっと傷ついてしまう。ヒカルも、そしてカノン自身も。

 

 だからこそカノンは、ヒカルが何に悩み、そして苦しんでいるのか、知りたいと思う反面、事実を知る事に対する恐怖感も感じているのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、暗礁地帯を越えて、アマノイワトへと接近する艦隊の姿がある事に、自由オーブ軍はまだ誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-12「少女の矜持」      終わり

 



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PHASE-13「闇の踊り手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一斉に闇の彼方で瞬いた光が、次の瞬間には一気に伸びてきた。

 

 虚空を斬り裂き、岩礁をかみ砕いて進む閃光は、まるで光の蛇を想起させる。

 

 目標となった巨大な岩塊に迫った光は、しかし命中の直前、張り巡らされた光の壁によって阻まれる。

 

 だが、閃光はそこで止む事を知らない。

 

 再び虚空を斬り裂くように光が放たれる。

 

 まるで息を吐かせない事を狙っているかのように、次々と飛来してくる。

 

 プラント宇宙軍による、自由オーブ軍拠点アマノイワト総攻撃は、まずは艦隊による艦砲射撃から幕を上げた。

 

 降り注ぐ戦艦主砲による射撃は、しかし、これを見越すように張り巡らされた陽電子リフレクターに遮られ、アマノイワト本体には掠り傷一つ付けられないでいる。

 

「敵攻撃、第五波来ます!!」

「リフレクター強度、現在98パーセントを維持ッ シールド発生に問題無し!!」

「マーク10、ブラボーにも敵艦隊!! こちらを包囲する模様!!」

 

 次々ともたらされる報告に対し、臨時基地司令を兼任するラキヤ・シュナイゼル少将は指令室で腕組みをしながら聞き入っていた。

 

「ひとまずは、攻撃を防ぐ事には成功したか。けど、問題はここからだろうね」

 

 呟いてから、僅かに顔を顰める。

 

 ラキヤの頭の中では既に、次に敵が打って来るであろう手段が読めていた。

 

 攻撃が艦砲射撃だけで済む筈がない。こちらの動きを抑え込んだ上で、次はモビルスーツ隊を繰り出して上陸戦を仕掛けてくるはずだ。

 

 それに対し、こちらはいつまでも引き籠って穴熊を決め込んでいる訳にはいかない。陽電子リフレクターの展開には莫大な電力を必要とする。いくら、開発当時に比べてエネルギー効率や電力事情が向上しているとは言え、いつまでも展開しておく事はできないのだ。

 

 幸いなのは、リフレクターのおかげで収容している艦隊が、未だに無傷でいる事だろう。艦隊さえ無傷なら、脱出する手段は幾らでもある。

 

 だが、

 

 アマノイワトはもう使えない。たとえ今、一時的に守り切ったとしても、この場所がプラント軍に察知された以上、また再度の侵攻が行われるだろう。そうなれば、今度こそ持ち堪える事はできない。

 

 発見されれば終わり。秘密基地とはそう言う物だ。

 

 だが、たとえ負けるにしても、幾ばくかの時間は稼ぐ必要がある。その為の戦力は必要だった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 人知れず呟きながら、ラキヤは大和の事を思い浮かべる。

 

 ラキヤの娘の母艦でもある戦艦は、自由オーブ軍にとっては今や切り札と言っても過言ではない。何としても守り通さなくてはならなかった。

 

「全部隊に出撃待機を命じろ。同時に脱出の為の必要なシークエンスを実行。データは確実に消去。試作機の積み込みも忘れるな。物資は、詰み込めない分は全て爆破、焼却するように。データの消去が間に合わなければ、そっちも爆破して構わない」

 

 ラキヤは必要な作業を思い浮かべながら、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 敵に与える物は、少なければ少ないほどいい。それは軍事上の常識である。その為、回収可能な物は可能な限り回収し、後は基地ごと爆破する、というのがラキヤの基本方針だった。

 

 その為、いざと言う時に必要な手順は、末端に至るまで既に行き渡っている。後はマニュアルに従い、全てを実行するだけだった。

 

 その時、オペレーターが振り返った声を上げた。

 

「敵、モビルスーツ隊の発進を確認。数、約30!!」

 

 来たか、とラキヤは口の中で呟く。

 

 30機と言う機体数は、部隊単位で考えた場合、決して多いとは言えないが、それでも暗礁地帯の中で行動するには、逆に聊か多すぎる数のようにも思える。プラント軍もそこら辺は織り込み済みで精鋭を送り込んできているはず。油断はできなかった。

 

 とは言え、だからと言って悲観的にも捉えていない。

 

 自由オーブ軍の旗揚げ以来、こうなる事は想定の範囲内だ。その為の準備もとっくの昔に済ませてある。

 

「モビルスーツ隊発進開始。迎撃せよ」

 

 静かに命じるラキヤ。

 

 その口元には、不敵な笑みが刻まれる。

 

 敵はこちらを追い詰めたつもりだろうが、それが間違いである。奴らは、オーブの底力を何も判っていない。

 

 かつて幾度となく敗亡の危機にさらされながら、その度に生き延び這い上がってきたオーブは、たとえその身を穢されたとしても、魂まで傷付ける事は叶わないのだ。

 

 それをプラント軍は、今から思い知る事になるだろう。

 

「後を頼むよ」

 

 副官にそう言い置くと、ラキヤは足早に指令室を後にする。

 

 目指すは彼自身がいるべき戦場。守りたい物を守る為に、彼もまた剣を取って戦うつもりだった。

 

 

 

 

 

 飛び出すと同時に、目くるめく閃光が視界を埋めるのが分かった。

 

 同時に、背中の翼を広げて、ヒカルは最前線へと踊り出す。

 

「俺とアステル、レオスが前に出る。カノンは掩護を!!」

《判った!!》

《了解だよ!!》

 

 レオスとカノンから、勢い込んだような返事が返ってくる。

 

 アステルからは返事は無いが、それでもエターナルフリーダムの背後から追随してくるギルティジャスティスの姿を見れば、意図は充分に理解できた。

 

 それにしても、随分とギリギリのタイミングであったように思われる。

 

 大和の補給と整備も完了し、間も無く出発すると言う時に敵の襲撃を受けて緊急出撃。正直、あまりに出来過ぎなように思えてならなかった。

 

 しかし今は考えている余裕はない。一刻も早く行動を起こす必要があった。

 

 既にプラント軍もモビルスーツ隊を出撃させ、こちらへと差し向けてきている。その数は現在、アマノイワトに駐留している部隊数を上回っている。しかもこちらは、脱出する部隊を掩護すると言う任務もある。油断はできなかった。

 

「来るぞ!!」

 

 ヒカルが叫んだ瞬間、

 

 デブリの陰から湧き出すように、多数の機影が、スラスター噴射炎を引きながら姿を現した。

 

 飛び出したプラント軍の機体が、弧を描くように進路変更しながら、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。

 

 それを視認すると同時に、ヒカルは機体をフルバーストモードは移行させ、一斉攻撃を仕掛ける。

 

 迸る虹色の閃光。

 

 その様に、プラント軍の先頭に位置する部隊が、たたらを踏んで急停止を掛ける。

 

 プラント軍は自由オーブ軍側が迎撃行動を仕掛けるタイミングを使も損ねたのだろう。

 

 碌な反撃もできないうちに、先頭を飛んできた機体が、直撃を浴びる。

 

 更に別の1機もレールガンの直撃で頭部を吹き飛ばされ、フラフラと戦線離脱していく。

 

 それを奇禍として、戦端が開かれた。

 

 カノンのリアディスFは8基のアサルトドラグーンを射出すると、デブリから湧き出てくるハウンドドーガを狙い撃ちにする。

 

 カノンの援護射撃を受けながら、接近戦能力の高いアステルのギルティジャスティス、そしてレオスのリアディスノワールは、それぞれの武器を手にデブリを縫うようにして斬り込んで行く。

 

 その間にも、戦線を飛び越す形で、プラント軍艦隊によるアマノイワトへの攻撃は続く。

 

 今はまだリフレクターが健在で全ての攻撃は防ぎ止められているが、それを維持できる時間は確実に減ってきている。

 

 ヒカルもまたティルフィング対艦刀を抜き放つと、エターナルフリーダムが持つ12枚の蒼翼を羽ばたかせ、進撃しようとするプラント軍の前へ立ち塞がる。

 

 リリアに開発を依頼した新装備は、つい先日、完成こそしたものの、換装する時間が無かったため、今回エターナルフリーダムは元の装備のままでの出撃となっている。

 

 その事が、ヒカルにとっては一抹の不安要素と言って良かった。

 

 あの装備が完成し取り付けられていたら、今回のような戦闘でも十分に役に立ったと思えば尚更である。

 

 だが、今さら嘆いても始まらない。ヒカルには今ある装備で最善を尽くす事が求められていた。

 

 デブリ内部での戦闘は、砲撃武装よりも接近戦武装の方が有効である事を、ヒカルは長い戦いで学んでいた。

 

 デブリをよけながらの戦闘はどうしても視界が効かず、交戦は出合い頭の物となる場合が多い。その際、射撃武装をいちいち構えて照準を修正している余裕は無い場合が多い。

 

 だからこそ、接近戦用の武装が物を言う訳なのだ。

 

 しかしどうやら、プラント軍側の方では、その手のノウハウが伝わっていないのか、接近するエターナルフリーダムに対して、ライフルの銃口を向けようとする者が多い。

 

 それらをヒカルは、片っ端から斬り飛ばしていく。

 

 接近しようとしていたハウンドドーガの右足と右腕を、袈裟懸けに振るったティルフィングで斬り飛ばし、背後から接近しようとしていた別の機体を、振り向き様に腰から抜き放ったビームサーベルを一閃して頭部を斬り捨てる。

 

 対艦刀とビームサーベルと言う変則的な二刀流に構えると、エターナルフリーダム目がけて砲撃を仕掛けてくるハウンドドーガに急接近し、両手の剣を真っ向から振り下ろす。

 

 両肩を斬り飛ばされたハウンドドーガは、恐れおののいたようにその場で反転して逃走に移った。

 

 どうやらこいつらは、保安局の部隊であるらしい。機体を漆黒に塗装している事からも、それは明らかだった。

 

 交戦開始からしばらくして、ヒカルはその事に思い至った。

 

 手ごたえが無さ過ぎる。まるで人形を相手にしているかのようだ。

 

 旗揚げ以来、自由オーブ軍は保安局の部隊をいくつも撃破してきた。その殆どが技量の低い連中だったが、そうした二線級の部隊ですら、今や保安局は事欠き始めているのかもしれない。

 

 ティルフィングの長大な刃が旋回してハウンドドーガの首を斬り飛ばす。

 

 すかさず、向けられた砲火を高機動を発揮して回避。同時にヒカルはエターナルフリーダム12枚の蒼翼を羽ばたかせ、自身に砲門を向ける機体へ急接近すると、相手に回避する間も与えずに斬り捨てた。

 

 数はオーブ軍の方が大きく劣っているが、技量は圧倒的に勝っているようだ。

 

 アステルは全身刃とも言うべきギルティジャスティスを駆り、近付こうとする敵機を片っ端から斬り捨てている。

 

 両手のビームサーベル。両脚のビームブレイドは縦横に軌跡を描きながら、自信に近付く敵機を斬り裂く。

 

 レオスも同様で、デブリの陰に隠れながら襲撃を仕掛けると言うトリッキーな戦術を駆使して敵を壊乱させている。

 

 両手に装備したフラガラッハ対艦刀は、刃が短い分、取り回しは最良である。その為、こうしたデブリ内での戦闘では特に威力を発揮するのだ。

 

 そして、カノンのリアディスFは、装備した火砲を駆使して、各機を掩護している。

 

 少数で多数を制する戦い方なら、ザフト軍とオーブ軍が世界で最もノウハウを得ている。数の不利は、この場では大した戦力差にはなりえなかった。

 

 このまま、切り抜ける事ができるか?

 

 そう思った時だった。

 

 突如、デブリから飛び出す形で、2つの機影がエターナルフリーダムに向かって

真っ直ぐに接近してくるのが見えた。

 

「ッ!?」

 

 機体を振り返らせ、迎え撃とうとするヒカル。

 

 しかし次の瞬間、思わず目を剥いた。

 

 

 

 

 

 その頃、アマノイワト内部では、脱出の為の準備が整えられつつあった。

 

 格納庫の中の試作機は全て脱出用の艦船に詰め込まれ、同時にデータはバックアップを取った上で消去、更に、集積されている物資については、爆薬を仕掛けて爆破準備を整えつつある。

 

 施設についても、既に爆破準備は完了している。全員の脱出を待ってシークエンスを実行する予定だった。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 脱出を急ぐ者達の列に混じって、ミーアとヘルガの親子の姿もあった。

 

 彼女達は特にVIPであり、本来なら自由オーブ軍とは何のかかわりも無い一般人と言う事もあって、停泊している艦船の中では最も強力な存在、すなわち大和に乗艦して脱出する事になった。

 

 しかし、当のヘルガと言えば、全身から迸るような苛立ちを隠そうともせずに不満をまき散らしていた。

 

「何で、このアタシがこんな目に合わなくちゃいけないのよ!?」

 

 保安局に理不尽にも逮捕され、送られたコロニーでは凌辱されそうになり、敵である筈の自由オーブ軍に連れ去られ(ヘルガの中では「保護」ではなく、「拉致」と言う認識が強い)そして今度は追われるように脱出行と来た。正直、ヘルガならずとも不満をぶちまけたくなる気持ちもわかる。

 

「ヘルガ、いい加減にしなさい」

 

 そんな少女を、強く窘めたのは彼女の母親だった。

 

 ミーア自身、その昔、修羅場を潜り抜けた経験からか、この程度のピンチで度胸が揺らぐ事は無い。

 

 しかしやはりヘルガには、何もかもが初めての事である為、すぐに慣れろと言う方が無理があるだろう。ましてかつい先日まで、アイドルとして華やかな道を歩いていたのだ。そんなヘルガからすれば、今の状況は地獄に堕ちたにも等しかった。

 

 とは言え、母親の言葉には素直に従うらしく、不満を顔に出しながらも大和の艦内へと向かっていく。

 

 その間にもプラント軍の攻撃は系臆され、時折、自身のように床が揺れるのが判る。

 

「急いでくださいッ ここも、いつまでも保つとは限らないッ」

 

 自由オーブ軍政治委員のアランが、2人を大声で促す。

 

 直接的な戦闘力の無いアランだが、それでもこの状況でできる事はある。それは、ヘルガとミーアを守る事だ。

 

 一度は断れられた、ヘルガによる対プラント宣伝の件だが、その事が完全に立ち消えになったとはアランは思っていない。折を見れば、ヘルガの気持ちも変わる時が来るかもしれない。その時まで、ヘルガを守り通す必要がある。

 

 ヒカル達もまた、その為にこそ戦っているのだから。

 

 それに・・・・・・・・・・・・

 

 アランは思いを馳せる。

 

 今頃、「彼女」もまた、自分達を守る為に出撃している頃だろう。

 

 

 

 

 

 プラント軍の攻撃に追われるようにして、アマノイワトからは自由オーブ軍の艦船が離脱していく。

 

 大型の輸送船には機材や機体が積み込まれ、その周囲を護衛艦が取り巻く形で進んで行く。

 

 正面から侵攻してきた部隊に関しては、ヒカル達フリューゲル・ヴィント特別作戦班を中心とした迎撃部隊が防ぎ止めている。今の内に、反対側の港口を使って脱出するのだ。

 

 いかにも「夜逃げ」のようで気が引けるが、これも致し方なしと言ったところだろう。背に腹は代えていられないのだ。

 

 しかし、こちらが考えるような事は、当然ながら敵も考えて然るべき、と言うのはある意味軍事作戦上の常識である。

 

 先頭の輸送船が爆炎に包まれると同時に、自由オーブ軍側に緊張が走った。

 

 デブリの陰から躍り出てくる、複数の機影が、獲物を見付けた猛犬のように勇んで向かってくるのが見える。

 

 プラント軍の作戦は、本隊がアマノイワト正面から攻撃を仕掛けると同時に、別働隊が、その反対側の宙域に布陣し、脱出してくるであろう自由オーブ軍を捕捉、殲滅すると言う物だった。

 

 数で勝るプラント軍だからこそ可能となる戦術である。

 

 このままでは、自由オーブ軍は脱出する先から捕捉され、殲滅されてしまうだろう。

 

 しかし、基地正面に布陣したプラント軍本隊にも戦力を裂かなくてはならない現状、脱出部隊に対する護衛も最低戦力にならざるを得ない。

 

 接近してくるプラント軍を阻む者は誰もいない。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 黄金の閃光が、駆け抜けた。

 

 今にも輸送船に取り付こうとしていたハウンドドーガ数機が、伸びてきた閃光に進路を阻まれ、踏鞴を踏むようにして後退を余儀なくされる。

 

 そんな彼等を追い払うように、2本のビームサーベルを構えた機体が立ち塞がった。

 

 眩いばかりの黄金の装甲を持つ機体は、2対のブレードアンテナの下からツインアイを光らせている。そして背中には鳥類を思わせる大きな翼を広げていた。

 

「ここは行かせない。私が相手よ」

 

 コックピットの中で、リィス・ヒビキは不退転の決意と共に呟く。

 

 ORB-01X「テンメイアカツキ」

 

 かつて、オーブ軍の旗機として活躍した名機アカツキを現代の技術でレストア、興かした機体である。

 

 その最大の特徴とも言うべきヤタノカガミ装甲は健在で、光学兵器であるならば戦艦の主砲であっても弾き返す事ができる。追加武装であるアマノハゴロモは、同じくヤタノカガミ装甲によって構成され、折り畳んだ状態では自機の正面を守る役割を果たし、展開状態では翼としての機能と同時に、左右の味方機を守る為の盾としても使用できる。

 

 まさに、何かを守り通す為に生み出された機体であると言える。

 

 その黄金の装甲は全ての物を守り抜く意思を表した、オーブと言う国の具現でもある。この機体を託されると言う事は即ち、オーブの未来を託される事に他ならない。

 

「行くわよ」

 

 静かな呟きと共に、リィスは黄金の光を引いて虚空を掛けた。

 

 プラント軍は、そのテンメイアカツキにめがけて、一斉に砲撃を浴びせる。

 

 機体が黄金である為、至極狙いやすいだろう。いくつかの砲撃が命中コースに軌跡を描く。

 

 しかし次の瞬間、命中した攻撃は全て明後日の方向へと弾かれる。ヤタノカガミは全ての光を撃ち返し、自らには掠り傷一つ負う事は無い。

 

 自分達の攻撃が明後日の方向に弾かれる異様な光景を見て、プラント軍の兵士達に動揺が走る。

 

 振るわれる黄金の剣閃。

 

 鋭い斬り上げによってハウンドドーガの首を飛ばし、更に返す刀で別の機体を腕を斬り飛ばす。

 

 勿論、装甲だけに自身の命運を託すリィスではない。

 

 テンメイアカツキを包囲しながら、攻撃を仕掛けてくるハウンドドーガ。

 

 対してリィスは、高機動を発揮して攻撃を回避。同時に、腰に装備した小型の対艦刀を抜き放つ。

 

 突撃銃を放ちながら接近してくる、3機のハウンドドーガ。

 

 次の瞬間、リィスは急旋回を掛けて斬り込んだ。

 

 と思ったら、一瞬にして対艦刀は倍近い長さに伸び、それまでは小剣程度の大きさだった剣が、一気に大剣のような姿となってしまった。

 

 ムラマサ改対艦刀は、伸縮自在型の対艦刀で、収縮モードでは取り回しのきく小剣として、そして伸長モードでは大剣として機能する。

 

 ブレードストライカーの主装備として使われていたムラマサ対艦刀を、リィス自身がアイデアを出して完成した武装である。対艦刀の長所である威力の維持と、取り回しの悪さと言う欠点の克服を追い求めた結果、リィスが出した結論が「間合いの切り替え」だった。

 

 黄金の軌跡と共に、袈裟懸けに斬り裂かれるハウンドドーガ。

 

 その残骸を蹴り飛ばすと、リィスはテンメイアカツキを駆って、更に敵陣へと斬り込んで行く。

 

 味方の数が少ない以上、防衛線を張り続けるのは無理がある。

 

 だからこそ、敢えて攻めに出る。

 

 敵を攪乱して、こちらに目を引き付ける事ができれば、味方が脱出するまでの時間を稼げるだろう。

 

「さて、あとはみんなが急いでくれれば、こっちが脱出する時間も稼げるんだけど」

 

 敵の攻撃をアマノハゴロモで防ぎながら、リィスは呟きを漏らす。

 

 操縦には自信があるリィスだが、それでも大軍相手に単機で戦線を維持し続けるのは難しい。

 

 何とか、こちらに余裕がある内に脱出作業を終わらせてほしい所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エターナルフリーダムに向かってくる2機の異様さは、一際目を引く物がある。

 

 1機はずんぐりした機体で、どこか水中用モビルスーツのゾノを連想させる。巨大な腕にはビームの鉤爪が装備され、その凶悪なフォルムを惜しげも無くさらしていた。巨大な腕と比して脚部は太く短い構造になっており、基本的に地上戦は想定していないように思える。

 

 もう1機の方は、ずんぐりとしたシルエットは1機目と似ているが、武装は大きく異なる。背中から長い首が伸び、獣の頭部のような武装が装備されている。ケルベロスウィザード呼ばれるバクゥ専用装備によく似ているが、頭部はより大型化し、むき出しの口には、牙状のビーム刃が不気味に並んでいる。

 

「あいつがボスの言ってたやつね、兄さん!!」

「ああ、間違いない、オーブの魔王。実力の程がどれほどか、見せて貰おうか」

 

 フレッド・リーブスとフィリア・リーブスの兄妹は嬉々として言葉を交わすと、エターナルフリーダム目がけて斬り込んで行く。

 

 2人は保安局所属部隊の中で、特にその実力を認められ、特別に機体を宛がわれていた。

 

 兄フレッドの駆る機体は、ZGMF-X3012A「テュポーン」。両腕を極限まで巨大化させ、同時に機構を最適化させる事で、接近戦能力をギリギリまで上げている。

 

 妹フィリアの駆るのはZGMF-X3012B「エキドナ」。かつてのケルベロスウィザードを大型化し、更に「鎌首」の量を倍の4本にした「ラドゥン多目的攻撃兵装」を背中に固定装備している事から、事実上、6本の腕があるに等しい外見をしている。攻撃力重視のテュポーンとは違い、こちらは手数で攻めるタイプのようにも見える。

 

 その2機が、エターナルフリーダムを挟み込むようにして対峙した。

 

「こいつらッ!?」

 

 その異様な外見に、一瞬にして警戒心を強めるヒカル。同時に2本のビームサーベルを抜いて構え、攻撃に備える。

 

 次の瞬間、仕掛けたのはフレッドのテュポーンだった。

 

 その巨大な両腕を振り回し、真っ向からエターナルフリーダムに殴り掛かってくる。

 

「さて、ボスですら苦戦するその力、我々に示してもらおうか!!」

 

 両手にビームクローを展開するテュポーン。

 

 その鉤爪がエターナルフリーダムに迫った。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを繰り出す。

 

 ぶつかり合う両者。

 

 しかし次の瞬間、エターナルフリーダムのビームサーベルが、火花と共に刃を散らしてしまう。

 

 その様に、ヒカルは思わず目を剥いた。

 

「これはッ アンチビームコーティングか!?」

 

 驚きながらも、相手の装備の特性をヒカルは一瞬で看破する。

 

 しかし、一歩遅かった。

 

 光刃を散らしながら突き抜けたテュポーンの腕が、エターナルフリーダムを直撃する。

 

「グッ!?」

 

 襲い来る激震に耐えながら、ヒカルはどうにか姿勢を立て直す。

 

 テュポーンの腕にはアンチビームコーティングが施され、ビームを無効化する処理がされているのだ。ビームサーベルでの単純な斬り合いは、ヒカルの方が不利である。

 

 そこへ、動きを止めたのを見透かしたように、今度は背後からフィリアのエキドナが迫った。

 

「ぼうっとしている暇は無いわよッ そぉれ!!」

 

 両手のビームクローと、背中のビームファングを同時に繰り出して襲ってくるフィリア。

 

 それに対してヒカルは、ビーム刃をシールドで防ぎながら、どうにか後退して距離を置こうとする。

 

 だが、

 

「逃がさんよ!!」

 

 そんなヒカルの動きを読んだ様に、回り込んだフレッドのテュポーンが、機体胸部のハッチを開き、その中に格納されていた8基のビームダーツを一斉射出した。

 

 放たれたビーム刃のナイフが、一斉にエターナルフリーダムへと向かう。

 

 その攻撃に対し、機体を横滑りさせながら回避するヒカル。

 

 同時にエターナルフリーダムのバラエーナ・プラズマ収束砲を展開。牽制を兼ねた攻撃を仕掛ける。

 

 並みの機体なら一撃で破壊できるほどの威力を秘めたバラエーナの攻撃は、しかしテュポーンとエキドナが、正面にリフレクターを展開した為、用を成さずに散らされてしまった。

 

 その様を見て舌打ちを漏らすヒカル。

 

 以前戦った事がある、ユニウス教団軍のガーディアンと一緒だ。どうやら、防御面にかなり力を注いだ機体であるらしい。それでいて、攻撃力に関しても侮れない為、ガーディアンよりも数段厄介な存在と言える。

 

「・・・・・・これは、本格的にやばいかもな」

 

 吐き捨てるように呟く。

 

 遠隔攻撃はリフレクターに阻まれ、接近すればアンチビームコーティングを施した武装により、ビームサーベルもビームシールドも役に立たない。

 

 せめて、例の新装備が使えていたら、もう少し状況は変わったはずなのだが、それを言っても始まらないのが戦場である。

 

 攻め手に迷うヒカル。

 

 視線を巡らせれば、仲間達の様子を見る事ができる。

 

 アステルのギルティジャスティスは、エターナルフリーダム同様に最重要の攻撃目標と定められたらしく、10機近いハウンドドーガに囲まれて集中砲火を浴びている。

 

 勿論、その程度で怯むアステルではない。今も脚部のブレードで蹴り上げ、敵機を容赦なく斬り捨てている。

 

 レオスのリアディスノワールも、前後を敵に挟まれる形で拘束を受けている。こちらは向かってくる敵が少ないせいで今のところ持ち堪えている様子だが、それでも掩護を期待できる状況ではない。

 

 そしてカノンのリアディスFは、アステルとレオスを掩護するだけで精いっぱいの状況である。ヒカルはリーブス兄妹と交戦した結果、仲間達から距離が開きすぎていた。

 

 何とか、独力で切り抜けるしかない。

 

 そこへ今度はフィリアが再び攻撃を仕掛けて来た。

 

「逃がさないッ と!!」

 

 肩越しの2基と、腰回りの2基、合計4基のラドゥンからビームファングを繰り出し、エターナルフリーダム喰らい付いて来るエキドナ。

 

 対して、ヒカルはとっさにスクリーミングニンバスを展開し、自身に迫ったビームファングを直前で防ぎ止める。

 

「往生際が悪いわよ!!」

「まだだァ!!」

 

 動きを止めたエキドナに、ヒカルは至近距離からレールガンの斉射を浴びせて弾き飛ばし、その隙に距離を取る。

 

 その背後から迫る、もう1体の異形。

 

「動きを止めたな。ならば、これで終わりだ!!」

 

 フレッドの声と共に、背後からテュポーンの鉤爪がエターナルフリーダムに迫る。

 

 同時にドラグーンを射出してエターナルフリーダムを包囲、一斉攻撃を仕掛けてくる。

 

 しかし命中する一瞬、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールを展開。高速機動を発揮してテュポーンを引き離した。

 

 すかさず、フレッドとフィリアも追撃を掛けようとする。

 

 対してヒカルは、自身に向かってくるテュポーンとエキドナを見据えて、6門の砲を展開する。

 

「行けッ」

 

 ヒカルの短い叫びと共に、6連装フルバーストを放つエターナルフリーダム。

 

 対して、フレッドとフィリアは、互いの機体を寄せ合うようにして対峙する。

 

《兄さん!!》

「OKだッ やるぞフィリア!!」

 

 互いに頷くと同時に、テュポーンとエキドナは搭載する全火砲を解き放つ。

 

 互いの閃光が同時に伸び、そして中間地点でぶつかり合う。

 

 次の瞬間、対消滅による強烈な爆光が周囲を明るく照らし出した。

 

 

 

 

 

 テュポーンとエキドナが、エターナルフリーダムに襲い掛かる様子を、クーラン・フェイスは僅かに距離を置いた場所から眺めていた。

 

 本国での不本意な違反者狩りをやらされていたクーランは、久々の戦場の感覚に満足を覚えていた。

 

 アマノイワトの情報は、彼の上司であるPⅡから齎された物である。

 

 相変わらず謎の情報網を持つPⅡは、本来なら秘匿されているはずの自由オーブ軍の秘密拠点すら、まるで夕刊の記事を読むようなノリで見つけてしまうから侮れない。

 

 まあ、そのおかげでこうして前線復帰できているのだから、クーランとしては何も文句を言う気は無いのだが。

 

「リーブス兄妹。連繋時における相性の良さは相変わらずだな」

 

 交戦するテュポーンとエキドナを眺めながら、クーランは満足そうに頷く。

 

 フレッドとフィリアの兄妹は元々、保安局行動隊の中では特にクーランが目を掛けていた2人である。

 

 弱卒揃いで有名な保安局行動隊の中にあって、クーランは直率する部隊だけは常に精鋭を揃えている。その中でも2人の実力はずば抜けていると言って良かった。

 

 そんな2人に、テュポーン、エキドナと言う新型機を与え対「魔王」特殊部隊を編制、自分の指揮下に置いたのである。

 

 結果、2人はクーランの期待以上の働きを示し、あの魔王を相手にして、優勢に戦いを行っていた。

 

「それに比べてな・・・・・・・・・・・・」

 

 クーランは、視線を巡らせながら嘆息する。

 

 リーブス兄妹の活躍と比べて、他の保安局員の戦いぶりは不甲斐無いの一言に尽きた。今も、自由オーブ軍相手に足止めすらできていない有様だった。

 

「まあ、それも無理ないか・・・・・・」

 

 何しろ連中の殆どは・・・・・・・・・・・・

 

 そこまで考えて、クーランは思考を止める。どのみち、今考えても仕方がない事である。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 改めて、クーランは視線を、12枚の蒼翼を羽ばたかせてエキドナからの攻撃を回避するエターナルフリーダムへと向けた。

 

 ヒカルは尚も、苦戦を続けている。

 

 リーブス兄妹の連携と、自身の攻撃の大半を無効化された状態での戦いである為、なかなか勝機を見いだせないのだ。

 

 普通に考えれば、あと数手で詰ませる事ができるはずなのだが・・・・・・

 

「お前が『あいつ』なら、この程度のピンチなんざ、物の数じゃねえだろ。そいつを、俺に証明して見せろや」

 

 どこか機体を掛けるような言葉でそう言うと、クーランは不敵な笑みを口元に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 リフレクターを解除した事で、プラント軍の攻撃はアマノイワト本体に及び始めていた。

 

 戦艦の主砲が着弾する度に、大型デブリを改装して建造された拠点には激震が走り、炎が区画を飲み込んで焼き尽くしていく。

 

 アマノイワトの命運は、もはや旦夕に迫っていると言って良かった。

 

 だが、そのような状況下でありながらも、脱出に必要な作業は粛々と進められていた。

 

 プラント軍の攻撃を受けて若干の被害を出しながらも、駐留していた部隊は次々と脱出。拠点放棄に必要な作業は完了していた。

 

 そんな中、最後まで港に残っていた大和が、ゆっくりと外へと這い出してきた。

 

 その巨体故に目立つ大和は、ただちにプラント軍の目を引く事となった。

 

 港正面に展開していたプラント軍艦隊が一斉に砲門を開き、大和に砲撃を浴びせて来た。

 

 対して大和もシュウジの指揮の下、艦を右に旋回させながら3基9門の主砲を旋回させ、果敢な反撃に転じた。

 

 モビルスーツのそれよりも数倍太い閃光が、虚空を押しのけるようにして伸びていく。

 

 たちまち、直撃を受けたローラシア級戦闘母艦が装甲を撃ち抜かれ、内部から膨張するように爆発する。

 

 ローラシア級はヤキン・ドゥーエ戦役の頃からザフト軍が使用しているベストセラー艦だが、量産を考慮して構造を簡略化している部分がある。その為、大和クラスの大型戦艦と本格的な砲撃戦を行うのは、明らかに不利だった。

 

 ローラシア級1隻を撃沈した大和は、更に砲門を、その前方を航行しているナスカ級へと向けて開く。

 

 対してローラシア級よりも船足の速いナスカ級は、巧みな緩急をつけた動きで大和の照準を狂わせる。

 

 その間にプラント軍の他の艦が大和へと砲撃を集中させる。

 

 たちまち、閃光が艦体を包み込むように発生し、艦内部に激震を生み出す。

 

 しかしそれでも、大和は重装甲で敵の攻撃を受けとめながら、果敢な反撃を繰り返す。

 

 やがて、戦艦同士の砲戦だけでは埒が明かないと判断したプラント軍は、次の手を打って来た。

 

 砲戦を続ける大和のブリッジで、センサーモニターを見詰めていたリザが顔を上げてシュウジを見た。

 

「敵モビルスーツ多数、敵艦の陰から来ます!!」

「対空戦闘、迎撃はじめ!!」

 

 リザの報告を受け、シュウジは素早く命じる。敵機に至近距離に取り付かれたら、如何に大和と言えども苦戦は免れない。

 

 対空砲が唸りを上げて撃ち放たれ、対空ミサイルがランチャーから射出される。

 

 たちまち、直撃を浴びて撃墜される機体が続出する。

 

 しかし、戦艦の火砲は威力が高い反面、どうしても機動力が落ちる。その隙を突いて、突入を図る機体が現れはじめた。

 

 ビームキャノンが艦体を掠め、ミサイルの直撃によって衝撃が起きる。

 

 そこへ更に、敵艦からの砲撃も加わって大和を攻め立てた。

 

 その様子を、カタパルトデッキに立つ機体のコックピットで、ラキヤ・シュナイゼルが静かに見つめている。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、胸ポケットからサングラスを取出して目に掛ける。

 

 ちょっとした気分の切り替えと言うか、昔からやっている癖は、こういう時に役に立つ者だろう。

 

「行こうかッ」

 

 力強い呟きと共に、カタパルトデッキに灯が入った。

 

 既にシュウジには、脱出後の行動について指示を出してある。後は彼が、独自に最善の方法を探って行動するだろう。

 

 となれば、ラキヤの残る役割は一つ。大和が脱出するための血路を開く事のみだった。

 

 この機体に乗るのは本当に久しぶりだが、大丈夫。まだ勘は鈍っていない。むしろ、自分がいるべき場所へ帰って来たと言う安心感すらあった。

 

「ラキヤ・シュナイゼル、ヴァイスストーム、出る!!」

 

 射出すると同時に、機体は白を基調に青と赤が入ったトリコロールに染まった。

 

 同時に、ラキヤの中で、ひどく懐かしい感覚が蘇るようだった。

 

 かつてアステルが使っていたストームアーテルを修理し、更にラキヤ好みにチューンナップし直したのが、このヴァイスストームである。VPS装甲がかつての黒から、トリコロールに変わっているのも、その一環である。

 

 数十年ぶりに握る操縦桿の感覚は、驚くほどラキヤの掌に馴染む。

 

 地球連合軍の士官であった頃、ストームを駆って戦場を縦横に駆け巡ったラキヤにとって、この機体に乗る事は、古き友との再会のような物だった。

 

 そのラキヤの視線が、鋭く虚空を走る。

 

 プラント軍の方でもヴァイスストームの存在に気付いて砲火を集中させようとしてくるが、その動きは歴戦のパイロットであるラキヤからすればいかにも遅いと言わざるを得ない。

 

 大和に取り付こうとするハウンドドーガ2機を、ライフルモードのレーヴァテインで撃ち抜いて撃墜。更に、背中に負った炎の翼を羽ばたかせると、プラント軍の隊列へ急接近する。

 

 飛んでくる火線を、急加速を掛けて回避しながら、同時にレーヴァテイン複合兵装銃撃剣の銃身部分を伸長し対艦刀モードへとチェンジ、フルスイングに近い形で正面の敵機を斬り飛ばす。

 

 大和に迫るの当面の脅威を排除したラキヤは、戦艦を守るようにして正面に立ちはだかると、手にしたレーヴァテインの切っ先をプラント軍へと向けた。

 

「さて、お決まり文句で申し訳ないんだけど、死にたい人から前に出なよ」

 

 大剣を構えながら、不敵なセリフと共に立ちはだかるラキヤ。

 

 その様子に気圧されたかのように、プラント軍は大和に近付く事すらできないでいた。

 

 

 

 

 

 エキドナから繰り出されるバジリスクの攻撃を、ヒカルは後退しつつ回避。同時にビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開、6連装フルバーストを仕掛ける。

 

 しかし、

 

「甘いわよッ!!」

 

 フルバーストモードへの移行からヒカルの意図に気付いたフィアナは、直前で機体を空上昇させて攻撃を回避。同時に、スラスターを全開まで吹かしてエターナルフリーダムへ迫る。

 

 肩越しと腰回り、4方向からラドゥンの首を伸ばし、エターナルフリーダムに食いつこうとするエキドナ。

 

 その牙が迫った。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルは抜き打ちに近い形で背中からティルフィング対艦刀を抜刀。エキドナに向けて叩き付ける。

 

「こんな物ッ!?」

 

 とっさに防御しようとするフィアナ。

 

 しかし、その前に大剣の刃は、エキドナの右肩から飛び出していたラドゥンの首を斬り飛ばした。

 

「このッ まだよ!!」

 

 とっさに体勢を立て直そうとするフィアナ。

 

 ラドゥンはまだ3基残っているし、エキドナ本体の戦闘力も健在である。戦闘は十分可能だった。

 

 残った砲門を開きながらエキドナを後退させるフィアナ。

 

 対抗するように、ヒカルもバラエーナを放って動きを牽制しつつ、もう1機の敵機、テュポーンに備えるように、ティルフィング対艦刀を構え直す。

 

 しかし次の瞬間だった。

 

 突如、宇宙空間で火山が爆発したような、巨大な閃光が躍った。

 

 目を転じれば、アマノイワトが巨大な炎に包まれているのが見える。

 

 脱出を完了した自由オーブ軍が、基地の各所に仕掛けた爆薬に点火したのだ。

 

 全てとはいかないまでも、予定通りの行動。

 

 敵に与える情報を可能な限り少なくする為の処置は、滞りなく実行された。ならば。もはや長居は無用である。

 

「みんな、撤退するぞ!!」

 

 言いながら、ヒカルは再びフルバーストを展開して牽制の射撃を仕掛ける。

 

 その間にまずアステルが先頭で退路を切り開き、続いてレオスとカノンも機体を翻す。

 

 行かせないとばかりに、フレッドとフィリアは追いすがるが、その前にエターナルフリーダムが立ち塞がる。

 

「どけェ!!」

 

 手にした大剣を振り払うように一閃。テュポーンとエキドナの進路を遮った。

 

「兄さん!!」

「クッ こいつッ!?」

 

 エターナルフリーダムの剣閃を回避した事で、動きに僅かな乱れを生じるフレッドとフィリア。

 

 対してヒカルにとっては、その僅かな乱れがあれば十分だった。

 

 急速に機体を反転させると、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開し、機体を振る加速させる。

 

 背後からテュポーンとエキドナが砲撃を仕掛けて来るが、それらがエターナルフリーダムを捉える事は無い。

 

 やがて、12枚の蒼翼を広げた天使は、瞬く間に虚空の彼方へ飛び去り、見えなくなってしまう。

 

 後には、味方の手によって爆破されて炎を上げるアマノイワトの残骸が残るのみだった。

 

 

 

 

PHASE-13「闇の踊り手」      終わり

 




人物設定

フレッド・リーブス
コーディネイター
20歳     男

備考
プラント保安局所属の青年。クーラン・フェイス直属部隊の一員であり、保安局内ではずば抜けて高い操縦技術を持つ。性格は冷静沈着。飛び出しがちな妹の抑え役でもある。





フィリア・リーブス
コーディネイター
20歳      女

備考
フレッドの双子の妹。兄と違い機が強く好戦的。しかしパイロットとしての腕は兄と同等であり、兄妹が揃うと高い連携力を見せる。





機体設定

ORB-01X「テンメイアカツキ」

武装
ムラマサ改対艦刀×1
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
近接防御機関砲×2
アマノハゴロモ広角防御装甲×2

パイロット:リィス・ヒビキ

備考
かつてのオーブ軍旗機「アカツキ」の設計データを基に開発した機体。その特徴とも言うべきヤタノカガミ装甲に加えて、前後に稼働する翼型の追加装甲「アマノハゴロモ」により、強靭とも言える防御力を獲得。自機、および僚機への支援防御態勢は、正に鉄壁とも言える性能となった。





GAT-X119V「ヴァイスストーム」

武装
レーヴァテイン複合兵装銃撃剣×1
ビームガン×1
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
アサルトドラグーン×6

パイロット:ラキヤ・シュナイゼル

備考
アステルが使っていたストームアーテルを修理し、ラキヤ専用に改修した機体。機動性をギリギリまで上げると同時に、未搭載だったドラグーンを装備して火力を向上させている。





ZGMF-X3012A「テュポーン」

武装
多目的攻撃アーム×2
大型ビームクロー×10
ビームキャノン×2
複列位相砲×2
4連装ビームダーツ射出機×2
アサルトドラグーン×8
小型リフレクター発生装置×3

パイロット:フレッド・リーブス

備考
プラント保安局が開発した特殊作戦機。特徴的な巨大なアームを装備し格闘戦に優れるほか、砲撃力、防御力にも秀でている。その特異な性能故に特殊作戦部隊(通称「対魔王戦部隊」)に配備される。





ZGMF-X3012B「エキドナ」

武装
多目的攻撃アーム×2
大型ビームクロー×10
ラドゥン多目的攻撃兵装×4
ビームファング×4
ビームキャノン×6
複列位相砲×2
4連装ビームダーツ射出機×2
小型リフレクター発生装置×3

パイロット::フィリア・リーブス

備考
テュポーンの兄弟機。こちらはケルベロスウィザードを強化改造した「ラドゥン多目的攻撃兵装」を主装備としており、より接近戦志向の高い機体となっている。テュポーンとの連携を重視して設計されている。


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PHASE-14「月の休日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報の胡散臭さに関しては、ハッキリ言って最高レベルと言っても良いだろう。本来であるなら、その手の情報は一顧だにする事無く斬り捨てるところである。

 

《でも、君達にはそれができない。もう余裕なんてないからね》

 

 不必要に楽しげな口調に、苦虫を噛み潰す。

 

 向こうはこちらの弱みを全て把握している。だからこそ、胡散臭い商品を高値で売りつけようとしているのだ。

 

 確かに、自分達にはもう後が無い。

 

 先のプラント軍との戦闘で主力部隊の大半を喪失してしまった。急遽、戦力の補充は行った者の、それでも万全とは言い難い。

 

 そのような状況下である。支援者から情報が齎されたのは。

 

 確かに、その情報の価値は計り知れない。うまくすれば、現状を打破する切り札となるだろう。

 

 しかし、当然の事ながら、切り札にはリスクも存在する。

 

 実行するか否か。

 

《迷っている余裕は、もう無いよね?》

 

 こちらを試すように、言葉が紡がれる。

 

 確かに、

 

 やるかやらないか、ではない。そこはもうとっくに通り過ぎて、あとは実行するにはどうするか、と言う段階まで話は進んでいる。

 

 どのみち、座して待てば自分達は緩やかに朽ちていくだけだ。ならばいっそ、死中に活を求めた方が利口という物だ。

 

 視線を手元の写真に向ける。

 

 そこには、ステージに立ってマイクに向かって歌っている少女が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 GAT-11「ソードブレイカー」

 

 地球軍が初めて正式に実戦投入する事に成功した量産型機動兵器モ「ストライクダガー」の正式な系譜に当たる機体であり、地球連合軍が長年にわたって使い続けてきたグロリアスの後継機に当たる。

 

 かつて北米統一戦線が主力機動兵器として使用していたジェガンとは、異なる経緯で開発された機体であるが、その特徴は非常によく似ていた。

 

 伝統のストライカーパック仕様は健在で、武装を換装する事であらゆる戦況に対応できる。正に、地球連合軍ならではと言える機体である。

 

 伝統の装備形態もさる事ながら、素体の性能も向上し、フライトサポートメカ無しでの単独飛行も可能となり、制空権確保に大きな役割を果たしている。

 

 ハウンドドーガ、ガルムドーガと言ったプラント軍の新型機動兵器にも十分対抗可能な、正に地球連合軍の期待の新星である。

 

 現在はまだ量産が始まったばかりであり、末端の兵士まではいき渡っていないが、それでもエースパイロットを中心に配備が進み、既に多大な戦果を挙げていた。

 

 その機体は、背部にドラグーンストライカーを装備し、出撃の時を今や遅しと待っている。

 

 既に機体の整備は万端整い、愛機は出撃の時を待っている。

 

 ゆっくりと歩みより、コックピットに腰を下ろす。

 

 システムを起動させると、モニターと操作パネルに火が入った。

 

 ふと思う。

 

 自分は、一体いつから、このモビルスーツという人型の兵器に乗って戦っていたのだろう?

 

 思い出せない。

 

 それすらも、記憶のかなたに忘却され、伺いする事も出来ないのだ。

 

 だが、それでも良い。

 

 今はただ、共に戦う仲間達の為に、自らも戦い続けるのみだった。

 

 眦を上げる。

 

 迫る敵軍は、かつての勢いこそ失っている物の、それでも脅威であることは間違いない。

 

 だが、それでも躊躇う理由は何もなかった。

 

「ミシェル・フラガ、ソードブレイカー出るぞ!!」

 

 コールと共に、機体は大空へ打ち出された。

 

 

 

 

 

 北米紛争を制したザフト軍は、逃げた北米解放軍の残党を追ってユーラシア連邦へと侵攻したが、その戦いは泥沼化の一途を辿った。

 

 少数精鋭主義、で高い攻撃力を誇るザフト軍に対し、地球連合軍は持ち前の物量と、ユーラシア連邦特有の広大な領土を利して対抗。ザフト軍の浸透力を押さえつつ、巻き返しを図っていた。

 

 ザフト軍は当初こそ勢いに任せてユーラシア連邦領を席巻したものの、やがて補給不足と北半球特有の寒波に足を取られて進撃は停滞。その間に体勢を立て直したユーラシア連邦軍を中心とした地球連合軍に押し返されていた。

 

 更に地球連合軍は、中東、黒海方面にも戦線を展開。同地方の資源地帯を掌握すると、東と南からザフト軍の戦線を圧迫。ついには押し返す事に成功した。

 

 現在、ザフト軍は、ミュンヘン、フランクフルトといった旧中央ヨーロッパの拠点まで戦線を押し戻され、そこで地球連合軍に対抗している状態である。しかし、当初の勢いは完全に失われ、今や本国から送られてくる増援を片っ端から投入して戦線を維持している状態だった。

 

 ミュンヘンを失えば、ヴェネチア、ジェノバと言ったイタリア半島周辺の補給拠点を失う事になり、戦線は再び大きく後退してしまう。

 

 それが判っているだけに、ザフト軍はなけなしの戦力を投入しての防戦に当たっていた。

 

 今回はユニウス教団に対する協力要請離されていない。あくまでザフト軍単独で戦線を支える事が求められていた。

 

 だが、地球連合軍は数で勝る上に、その中には旧北米解放軍のベテラン兵士が多数参戦している。ザフト軍の苦戦は必至だった。

 

 そして、戦線に加わった旧北米解放軍の陣列の中に、ミシェル・フラガの姿もあった。

 

 ミシェルはまだ、自分が何者で、どこから来たのか、思い出せずにいた。

 

 気が付けば、北米解放軍と言う名の組織が所有する戦艦の医務室で眠っていたのだ。

 

 自分を助けてくれた男には感謝している。彼は何も言わずに、ミシェルの身分を保証してくれた上、こうして軍に入って戦えるように手配までしてくれたのだから

 

 おかげで今、ミシェルは大切な仲間の為に戦う事ができるのだから。

 

「行くぜ!!」

 

 ミシェルが叫ぶと同時に、10基のアサルトドラグーンの一斉射出するソードブレイカー。

 

 接近しながら、ザフト軍が砲火をソードブレイカーへ集中させようとしてくる。

 

 しかし、

 

「遅いぜ!!」

 

 叫ぶと同時に、ミシェルは攻撃を開始した。

 

 攻撃位置に着いたドラグーンが一斉攻撃。接近しようとするザフト軍の陣列を斬り裂いていく。

 

 直撃を受けたハウンドドーガやゲルググ、ザクが火球を上げて大空に散華する。

 

 怯みを見せるザフト軍。

 

 そこへ、ミシェルは畳み掛けた。

 

 ドラグーンを左右上下に従えて突撃。斬り込みを掛けながらビームライフルを放つ。

 

 対して、ザフト軍の展開速度はあまりにも鈍い。

 

「欠伸が出るぜ!!」

 

 叫びながらミシェルはビームライフルを斉射。ビームガンを構えようとしていたグフのコックピットを撃ち抜いて撃墜した。

 

 ナチュラル離れしたミシェルの戦闘力を前に、ザフト軍は対抗できない状態である。

 

 しかしそれでも、自分達には後が無い事を彼等は自覚しているのだろう。次々と後方から増援を送り出しては、ソードブレイカーを突破しようと試みる。

 

「全力でぶつかろうっての? そう言うの、嫌いじゃないんだよね!!」

 

 言いながら、活動限界に達したドラグーンを回収。代わりにビームサーベルを抜いて接近戦に備える。

 

 ビームトマホークを翳して斬り込んでくるザク。

 

 対してミシェルはスラスターを全開まで吹かす。

 

 すれ違いざまに一閃される光刃。

 

 対して、ザクの斧はあまりにも振り下ろしが遅い。

 

 瞬く暇すら与えられず、ザクは肩から斬り落とされて墜落していく。

 

 ザフト軍の誰もが、ミシェルの動きについて行く事すらできないでいる。

 

 その間にミシェルはスラスターを吹かして前進。指揮官と思しき機体へ狙いを定める。

 

 迎え撃つように、ビーム突撃銃を構えるハウンドドーガ。

 

 その機体を駆るのは、ジェイク・エルスマンだった。

 

「またテメェか。ここで会ったが100年目だぜ!!」

 

 言い放つとジェイクは、ハウンドドーガの右手に装備したビームライフルを撃ち放つ。

 

 ジェイクは既に何度か、ミシェルのソードブレイカーと交戦した経験がある。それ故に、手慣れた者同士の対決と相成る訳だ。

 

 ジェイクのハウンドドーガは機動力を上げる為にフォースシルエットを装備している。その為、ミシェルのソードブレイカー相手でも、やり方次第で優勢に戦いを進める事も可能なはずだった。

 

 接近するジェイク。

 

 対抗するように、ミシェルもビームライフルを抜き放ち、高速で動きながらハウンドドーガを攻撃する。

 

 互いの放つ閃光が交錯する。

 

 両者、直撃は無し。互いに高速機動を行いながらの射撃である為、照準の修正が追いつかないのだ。

 

「なら、これだ!!」

 

 フォースシルエットに装備したビームサーベルを抜き放つジェイク。同時に、スラスターを吹かして速度を上げ、一直線に接近を図る。

 

 対抗するように、迎え撃つミシェルは、ドラグーンを一斉射出。その砲門を、接近してくるハウンドドーガへ向ける。

 

 ドラグーンから、一斉に砲撃が放たれる。

 

 交錯する閃光。

 

 しかし、

 

「オ、ラァァァァァァァァァ!!」

 

 射線の僅かな隙間を見極め、ジェイクはそこへ機体を飛び込ませる。

 

 閃光がすぐ脇を掠める中、それらを無視してジェイクはソードブレイカーに迫った。

 

「おらァ!!」

 

 振るわれる剣閃。

 

 対してミシェルは、舌打ちしながら回避。同時にドラグーンを引き戻して体勢を立て直そうとする。

 

 だが、

 

「逃がすかよ!!」

 

 ジェイクはとっさに、開いている左手でビームトマホークを抜き放つと、ビーム刃を展開して投擲する。

 

 回転しながら飛翔して行く斧。

 

 その攻撃を、ミシェルは降下して回避すると同時にビームライフルで反撃。ジェイク機の動きをけん制する。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 両者、再び斬り込むタイミングを計って牽制する中、ミシェルは手元の時計で時刻を確認する。

 

「俺の相手ばっかしている場合じゃないと思うんだけどな。うかうかしていると、足元が大火事で消滅、なんて事になりかねないぜ」

 

 聞こえない事は分かっているが、それでもミシェルは、不敵な響きを含めて相手に呼び掛ける。

 

 だが、その言葉を裏付けるかのように、ザフト軍の後方で異変が起こっていた。

 

 後方支援を担当する部隊が騒然としまま、錯そうする情報に翻弄されるように取り乱す。

 

 混乱は程無く前線で波及し、ザフト軍の動きは精彩を欠いた物になり始めた。

 

 尚もソードブレイカーに斬りかかろうとするジェイクの元に、支援部隊を率いている筈のノルトから通信が入ったのは、そんな時だった。

 

《ジェイク。退いてください。撤退命令が出ました!!》

「撤退だって? 冗談だろ!!」

 

 我が耳を疑うように、ジェイクは問い返す。

 

 ここに来てなぜ? と思う。

 

 苦戦しているのは分かっている。戦況が苦しい事も。

 

 しかし、ザフトにはもう後がない。

 

 ここを抜かれれば、中央ヨーロッパの戦線を維持する事は出来なくなり、否応なくジブラルタルまでの後退を余儀なくされるだろう。

 

 苦しくとも、ここを踏ん張らなくてはならないのだ。

 

 しかし、ノルトは苦渋を滲ませた声で言った。

 

《やられました。敵の別働隊が迂回進路を取って、ジェノバとヴェネチアを襲ったんです。こちらの橋頭保は壊滅。既に、他の部隊も後退を始めています》

「・・・・・・なん、だと」

 

 声が出なかった。

 

 この時、地球連合軍は戦線正面に展開した主力部隊でザフト軍を北方に引き付けると同時に、ジェノバ、ヴェネチア双方に5機ずつ、可変重爆撃機型デストロイ級機動兵器であるインフェルノを派遣し、徹底的な絨毯爆撃を敢行したのだ。

 

 高射砲も届かない程の高高度から降り注ぐ攻撃を前に、両都市の守備隊は成す術も無く、旧世紀には交易都市として栄え、また風光明媚な観光スポットでもあった両都市は、瓦礫と炎の中へと沈んで行った。

 

 そして、それは同時にザフト軍の戦線もまた、炎の中へと沈む事を意味していた。

 

 後方にある橋頭堡を失った今、ザフト軍の補給路はジブラルタルからの長距離輸送一本に限定されてしまう。それだけではとても、展開中の大軍を維持する事はできない。

 

 撤退は、今や唯一の選択肢だった。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 ジェイクは悔しそうに呟くと、機体を反転させる。

 

 惨敗である。

 

 一時は東欧を越え、ユーラシア領まで攻め込んだ事が、まるで夢の中の出来事に思えるくらいだった。

 

 撤退していくザフト軍を、ミシェルはただ黙って見送るにとどめる。

 

 目的は達したのだ。これ以上の深追いは無意味である。どのみち、欧州での戦いにおける地球軍の勝利は、これで確定したも同然であった。

 

 

 

 

 

 機体を滑走路へとアプローチさせる。

 

 周囲には既に、整備班が待機し、更には勝利を喜び合う兵士達の姿が多数見受けられる。

 

 ミシェルはソードブレイカーを所定の位置に停めてコックピットを下りる。

 

「よう、お疲れ。よくやってくれたよ」

 

 そこで、声を掛けられた。

 

 振り返れば、一組の男女が笑いながらミシェルに歩み寄って来るのが見えた。

 

 オーギュスト・ヴィランとジーナ・エイフラム。共に、旧北米解放軍の幹部であり、今は地球連合軍の前線部隊を預かる者達である。

 

 2人の姿を見て、ミシェルも笑みを向ける。

 

 この2人が、ミシェルの腕前を認め、現在の地位を与えてくれたのである。

 

 特にオーギュストは、戦闘で負傷して記憶も失っていたミシェルを保護してくれた人物でもある。

 

 もっとも、記憶を失っているミシェルには、そこら辺の事情がイマイチよく判らないのだが。

 

 そのような経緯がある為、ミシェルは2人に深く感謝していた。

 

「今回の戦いで、ザフト軍は大きく後退を余儀なくされるでしょう。本当に、よくやってくれたわ」

「そりゃ、2人だって同じだろ。あんたたちがいてくれたから、俺は何も考えずに前線で戦えたんだよ」

 

 オーギュストとジーナには、モビルスーツで戦う事の他にも、部隊を指揮すると言う役割がある。その為、いつでも最前線に出て戦えると言う訳ではない。

 

 いきおい、ミシェルが前線で戦う時間は長くなると言う訳である。

 

 だがそれで良いと思っている。

 

 何も考える事無くフリーハンドで戦場に出れる方が、何かと身軽で助かる場面があるのだ。

 

 記憶を失い、名前以外何も思い出す事ができなかったミシェルだが、もともと軍人だったのか、モビルスーツに乗って戦う事に関しては天才的とも言える能力を持っていた。

 

 特にドラグーンと呼ばれる独立機動型デバイスの扱いに関しては他の追随を許さず、地球連合軍の中でもトップクラスと言って良かった。

 

 その時、

 

「だが、今回の勝利は、あくまでも一時的な物であるに過ぎない。それを忘れるな」

 

 空気が重くなるような感覚と共に、低い声が発せられる。

 

 途端に、オーギュストやジーナを含む、その場にいた全員が居住まいを正して敬礼する。

 

 それに倣うミシェル。

 

 そんな一同の前に、既に初老の域に達していると言って良い人物が、それでも揺るぎない足取りで近付いてきた。

 

 ブリストー・シェムハザ将軍。

 

 かつては北米解放軍の指導者であり、ブルーコスモス系テロリストの現総帥。そして現在は、地球連合欧州方面軍の責任者でもある。

 

 北米紛争に敗れたシェムハザは、一時的に敗走し、ユーラシアや東アジアを転々としていたが、そこで地球連合の強大な物量を背景に軍勢を再建し、僅か2年で、再びプラント軍を相手に抗争を始めるまでに至っていた。

 

 まさに、強力な指導力とカリスマ性の賜物であると言える。

 

 シェムハザは、敬礼するミシェルの前まで来ると、力強い掌でその肩をたたいた。

 

「今回はよくやった、ミシェル・フラガ。貴様の働き、実に見事だったぞ」

「ハッ ありがとうございます閣下。光栄です」

 

 背筋を伸ばし、答えるミシェル。

 

 普段は飄々とした態度の目立つミシェルだが、このシェムハザと対峙した時には、どうしてもシャチホコバッタしぐさになってしまう。

 

 そうせざるを得ない、絶対的な格の差が両者の間には存在した。

 

「ソラのバケモノ共が差し向けた軍隊は、退ける事ができた。しかし、これが我々にとっての最終勝利ではない。北米解放は未だならず、我らの祖国は敵の手の中で虐げられ続けている。いつの日か、我等は北米へと戻り、かの地を取り戻す。その時こそ、真の意味で勝利を宣言し、皆に労も、散って行った多くの犠牲も報われる事になるだろう」

 

 一呼吸おいて、シェムハザは高らかに言い放った。

 

「青き清浄なる世界の為に!!」

『青き清浄なる世界の為に!!』

『青き清浄なる世界の為に!!』

 

 唱和が沸き起こる。

 

 コーディネイターを倒し、北米を取り戻す事への意欲が、溢れんばかりに迸っているのが分かった。

 

 だがそんな中、

 

 ただ1人、ミシェルだけは唱和に加わらず、冷めた目で彼等を見守っていた。

 

 なぜかは判らない。

 

 しかしミシェルはどうしても、彼等の輪の中に加わって行こうと言う気が起きないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマノイワト襲撃戦から数日が経過した。

 

 貴重な拠点を失った自由オーブ軍だったが、その後は追撃をかわす為に各隊がめいめいバラバラの方向に退避した為、被害を極限する事に成功していた。

 

 結局、プラント軍のアマノイワト総攻撃は、拠点を陥落させると言う当初の戦略目標こそ完遂したものの、自由オーブ軍主力は殆ど無傷のまま取り逃がしてしまった。更に言えば、自由オーブ軍は他にも艦隊を収容可能な拠点を持っている。要するに、アマノイワトは重要拠点には違いないが、それ自体が唯一無二と言う訳ではない。失って惜しい、と言うほどの物ではないのだ。

 

 結局のところ、プラント軍の作戦は、微々たる戦果と引き換えに、徒労と消耗ばかりが大きかった訳である。

 

 大和は今、月へと来ていた。

 

 この行動は、脱出前にラキヤから指示を受けた物である。万が一、味方との合流が叶わない場合、大和は月へと進路を取るように、と。そこで、プラント軍と対峙するパルチザンを支援するよう指示されていた。

 

 一応、目的そのものは達成し得た事になるが、結局、追撃の手が厳しくて他の部隊との合流は叶わず、大和単独で月に落ち延びる事になってしまった。

 

 大和は現在、コペルニクスの一角にある資材搬入用の港に、偽装を施して停泊している。

 

 月の大半はプラントの支配下に置かれているが、流石に全ての港を監視下に置く事はできない。ならばいっそ、こそこそと地方に隠れるよりも、コペルニクスのような大都市に居座った方が、敵の目を欺けるのでは、とシュウジは考えた訳である。

 

 現在、主要メンバーの大半は街中へと繰り出している。

 

 大和が月へ来た最大の目的はパルチザンの支援である。

 

 リィスとアランは、交渉役のアステル、そして偶然乗り合わせたクルトを連れて、パルチザンとの交渉に赴いている。

 

 アステルとクルトは、パルチザンの幹部とも面識がある。交渉をスムーズに進める為にも、妥当な人選だった。

 

 そしてヒカル、カノン、レオス、リザの4人は、気分転換を兼ねて、街へ散策に繰り出していた。

 

 遊んでいる場合ではない、と言いたいところではあるが、実際のところ、ヒカル達の休暇は必要な措置でもあった。

 

 何しろ、最近は連戦続きで、ろくな休みも与えられていない。

 

 いかに強靭な兵士であっても、休みも無しに戦い続ければいつかは壊れてしまう。

 

 メンタルを維持する意味でも、ここらでの休暇は必要だった。

 

 加えて、この休暇にはもう一つ、目的があったりする。

 

 きっと今頃、カノンとリザは振り回されて散々な目に在っているのではないだろうか?

 

 友人達の苦労を考えると、ナナミは少し同情的な気分になった。

 

「君も、行きたかったんじゃないのか?」

「いえ、私は・・・別に・・・・・・」

 

 隣の机に座って書類整理をしているナナミに、シュウジは尋ねる。

 

 騒がしい連中が纏めていなくなってくれたせいか、大和の艦内は、いっそ不気味に思える程に静まり返っていた。

 

 そんな中で、ナナミは艦に残ってシュウジの執務の手伝いをしていた。

 

「退屈ではないのか?」

「いえ、全然です。あ、コーヒー入れ直しますね」

 

 いそいそと立ち上がってコーヒーカップを手に取るナナミの背中を、シュウジは何の気なしに眺めて見送る。

 

 こんな日も悪くは無いか、と心の中で呟いた。

 

 実際、ナナミがいてくれるおかげで仕事は捗っている。艦の操舵手としての仕事の傍ら、まるで個人秘書のような扱いをするのはナナミに申し訳ないと思っていたのだが、彼女自身が自主的に手伝ってくれているのだから、わざわざ水を差す事も無いだろう。

 

「どうぞ、艦長」

「ああ、ありがとう」

 

 ナナミが淹れ直したコーヒーを受けとり、シュウジは再び仕事へと戻って行く。

 

 そんな姿をクスッと笑って眺め、ナナミもまた自分の机に座り直した。

 

 その姿を横目に見ながら、シュウジは難しい顔で手元の書類に目を通していた。

 

 先日のアマノイワトにおける戦闘の報告書ができた訳だが、何度も読み返してみても湧き上がる違和感はぬぐえないでいた。

 

 なぜ、厳重に秘匿されていた筈のアマノイワトの場所が、プラント軍に知られたのか?

 

 それまでそのような兆候は全く無かったと言うのに、プラント軍は殆どピンポイントでアマノイワトを直撃してきた。まるで、その正確な場所が初めから判っていたかのように。

 

 あらゆる主観と希望的観測を排し、可能性の中から最も高い物を選び出す。

 

「・・・・・・内通者、か」

「艦長?」

 

 呟いたシュウジの顔を、ナナミは訝るように見つめる。

 

 対して、シュウジは真剣な眼差しで顔を上げると、ナナミの方へ眼をやった。

 

「え、えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 少し、心臓の鼓動を速めながら、ナナミは次の言葉を模索するように視線を彷徨わせる。

 

 そんなナナミに対し、シュウジは構わず口を開いた。

 

「ここだけの話だが、俺は内通者の存在を疑っている」

「え、、な、内通者!?」

 

 一瞬にして現実に引き戻されたナナミが、物騒な単語をおうむ返しにする。

 

 内通者。すなわち、何者かが故意にアマノイワトの座標情報を流した事で、プラント軍の襲撃を招いたのでは、とシュウジは考えたのだ。

 

「まさか、そんなッ!?」

「無論、確証はない。だが、その可能性を視野に入れておかなければ、いずれ必ず足元を掬われる事になる」

 

 断定こそ避けたものの、シュウジは確固たる口調で言った。

 

 信じられないと言うナナミの気持ちは、シュウジにも判る。誰だって、自分達の中に裏切者がいるなどとは思いたくはないだろう。

 

 だがこの汚れ役は、誰かがやらなくてはならない事でもある。

 

 ならば、その汚れ役を、他の者に任せる心算は、シュウジには無かった。

 

 

 

 

 

 流石のプラントも、公共の娯楽施設にまで完全に支配の手を伸ばす事は不可能であるらしい。

 

 そもそもプラントにとって、コペルニクスは自分達と対立する勢力であっても、元は一定の条件のもとで自由な交易を許可する事で栄えてきた街である。その経済を完全に崩壊させてしまう事は、百害あって一利なしである。

 

 そんなわけで、公共のレジャー施設は往時と変わらない盛況を見せていた。

 

 ショッピングモール、フードコート、各種スポーツ施設、映画館、ゲームセンター等を複合した施設は、コペルニクスでも人気のスポットである。

 

 その中にあるプールに、カノン達は来ていた。

 

「うーんッ 何か、こう言うのって、ほんと久しぶりだよね」

 

 大きく体を伸ばすと、細い身に比して大きく育った胸が僅かに震える。

 

 カノンは今、白地に青い縁取りのあるビキニを着ている。お尻の部分に描かれた跳ねるイルカのロゴが、可愛らしいアクセントとなっている。

 

 一方、デッキチェアに寝そべっているリザも、ジュースのストローに形の良い唇を付けながら相槌を打つ。

 

「だねー、何か戦ってばっかで。こういうのもたまには無いとやってられないよ」

 

 リザは淡い青を基調とした同じくビキニタイプの水着を着ているが、彼女の場合は腰にパレオを巻いている。落ち着いた印象が、リザのスラリとした肢体にマッチしている。

 

 そしてもう1人。

 

 盛大な水飛沫と共に、プールから上がってきた少女が、笑顔でリザとカノンに手を振ってきた。

 

 ヘルガ・キャンベルである。

 

 陥落するアマノイワトから、大和に乗って脱出に成功した彼女は、急展開を見せる事態にいらだちを募らせていたのだが、最近になって、カノンやリザと仲良くなり、こうして一緒に外出するまでになっていた。

 

 因みにヘルガの水着は、彼女の激しい性格を象徴するように赤い色をしたビキニである。若干、リザやカノンよりも露出度は高い。

 

「ああ、気持ち良かった」

 

 2人の傍まで歩いて来ると、タオルで長い髪を拭きながらデッキチェアに腰掛けた。

 

 同時にカノンは、素早く警戒するように周囲を見回す。

 

 ヘルガ・キャンベルと言えば、地球圏で知らない人間の方が少ないほどの有名人である。そんな彼女が、このような場所にいると知られれば、聊か面倒な事態になりかねない。

 

 プラント軍に知られれば、当然ながら捕縛の手が伸びて来るだろうし、そうでなくても彼女のファンに見つかれば騒ぎになる事は必定である。自分達の身を隠すと言う観点から考えれば、本来ならこのような人目の多い場所に来るべきではないのだが、それでも今回は、ヘルガのリフレッシュ休養も兼ねている。その彼女がプールへ行きたいと言ったので、それなら護衛付きで、と言う条件で許可を出した訳だ。

 

 幸いにして、周囲からいくつかの視線が投げかけられるが、そのどれもが「興味」であって「猜疑」ではない。

 

 カノン、リザ、そしてヘルガと、綺麗所が3人もそろっているのだ。男達の目を引かない筈が無かった。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 サングラスをかけ直しながら、ヘルガは興味深い視線をカノンに向ける。

 

「な、何?」

「『脱いだらすごい』って言葉を、今日ほど実感させられた事は無いわ」

 

 何を言っているのか、とヘルガの視線を追うと、

 

 その矛先が、自分の胸に向いていると判った瞬間、カノンは思わず顔を赤くして、両手で胸を隠した。

 

「ちょッ ど、どこ見てんのよ!?」

 

 掌でも隠しきれないほどの大きさに実った胸の「果実」が、見た目にも柔らかい感触を見せる。

 

 普段、服の上からでは、それほどの大きさには見えないカノンの胸だが、こうして拘束から解放された状態では、普段の倍は大きく見える。

 

 女3人の中で、間違いなく大きかった。

 

「どうやったら、そんなに大きくできるのよ。ロリっ子のくせに」

「だよねー ロリっ子のくせに」

「ロリっ子言うな!!」

 

 所謂「トランジスタグラマー」と言うべきだろうか、体の小ささと比して、カノンは随分とスタイルは良い方だった。

 

 勿論、利ザヤカレンも年相応の成長を見せてはいるのだが、事、胸の成長に関する限り、軍配はカノンに上げざるを得ない。

 

 だが、そんなカノンをからかうように、リザは含み笑いをしながら目を細める。

 

「まあ、そんなご立派な武器(胸)もさ、肝心の持ち手がヘタレじゃ、宝の持ち腐れだよね~」

「え、なになに、どういう事?」

 

 リザの発言に興味をひかれたらしいヘルガが、ここぞとばかりに身を乗り出してくる。

 

 たとえアイドルであっても、こういうところは一般人と感性が同じであるようだ。

 

「実はノンちゃんね、ヒカル君の事が、フモグ!?」

「だァァァァァァ!! 言わなくて良いから!!」

 

 慌ててリザの口をふさぎにかかるカノン。

 

 それを見て、ヘルガも可笑しそうに笑っている。

 

 保安局に不当に逮捕されて以来、抑圧された日々を送ってきたヘルガだが、同年代の少女達と触れ合う事で、どうにか精神的に持ち直した様子だった。

 

 

 

 

 

 

 少女3人が姦しく騒ぐ様子を、ヒカルは少し離れた場所で呆れ気味に見ていた。

 

 プールに来るのはヒカル自身、久しぶりの事である。本来なら、戦闘での疲れを癒やすために、休日を満喫したいところではあるのだが。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 騒ぐ少女達を見ながら、ため息交じりに呟く。

 

 外出許可が下りたとは言え、あまり目立った事をするべきではないのに、いったい何をしているのか。

 

 と、

 

「ねえ、ヒカル」

 

 そんなヒカルに、傍らに立ったレオスが語りかけた。

 

 その眼差しは穏やかに、水着に身を包んだ少女達を眺めて囁かれる。

 

「生きてて、本当に良かったね」

「そのセリフ、今じゃなかったら、もう少しまともに聞こえたかもな」

 

 もう一度、ヒカルはため息を吐く。

 

 全く持って、どいつもこいつも・・・・・・・・・・・・

 

 思考が、そこで途切れる。

 

 何とも呑気な連中だ、と仲間達に呆れる反面、その輪の中に自分も入っている事に気付いたのだ。

 

 結局のところヒカル自身が、こうしてのんびりするのも久しぶりの事だったと言う訳だ。

 

 だが、

 

「ヒカルッ 何してんのッ こっち来て遊ぼうよ!!」

「お兄ちゃんもッ 早く!!」

 

 カノンとリザが、しきりに手を振っているのが見える。

 

 こうした時間を持てるのも、もう幾度も無いかもしれない。

 

 そう考えれば、今のこの時間がいかに貴重であるか実感できる。

 

 ヒカルはレオスと共に肩を竦めると、少女達の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 そんなヒカル達の様子を、離れた場所で見つめる目があった。

 

「目標確認、情報通りだな」

「確かに。胡散臭いと思ったが、まさか本当だったとは」

 

 居並ぶ男達の目が、デッキチェアに寝そべる少女へと向けられる。

 

「ヘルガ・キャンベル・・・・・・プラントのアイドルが、こんな所でお忍び旅行とはな」

「しかし、好都合であるのは確かだ。お前は、同志たちに連絡しろ」

「判った」

 

 暗い光を宿したような視線は、今にも牙をむいて、少女へ襲い掛かろうとしているかのようだった。

 

 

 

 

 

PHASE-14「月の休日」      終わり

 




メカニック設定

GAT-11「ソードブレイカー」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
近接防御機関砲×2
ストライカーパック各種

備考
地球連合軍がグロリアスの後継機として開発した新型主力機動兵器。ジェガンとは違う経緯で開発された機体。伝統のストライカーパック装備は健在であり、戦場を選ばない活躍が可能。プラント軍に対抗する切り札として、急ピッチで量産が進められている。


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PHASE-15「少女の立つべき戦場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが起こったのは、着替えを終えた直後の事だった。

 

 久方ぶりにプールで友人一同と遊び、気分もリフレッシュできたところで突然、ただならぬ気配を感じて、ヒカルは顔を上げる。

 

 ロッカーの中に残っていたジャケットに手を伸ばして袖を通した時、耳元に微かに聞こえてくる異音に気付いた。

 

 連続して聞こえる、乾いた炸裂音。

 

 そして、それに付随するように、折り重なる悲鳴。

 

 明らかに、状況は普通ではない。

 

「ヒカルッ」

 

 一緒に着替えていたレオスも、状況の異常性に気付いたのだろう。すぐに視線で相槌を送ってくる。

 

 炸裂音は、銃声である。

 

 スッと目を細め、緊張感を高めるヒカル。

 

 まるで、色彩鮮やかなグラデーションの中に、真っ黒なシミが徐々に広がっていくようなイメージ。

 

 間違いなく、平和なレジャー施設には似合わない要素である。

 

 頷くヒカル。

 

 同時に自分のロッカーに手を突っ込み、着替えと共に入れておいたリュックから、目当ての物を取り出す。

 

 拳銃のグリップを握ると、残弾を確認してスライドを引き、初弾を装填する。

 

 休暇とは言え、お尋ね者の自分達は、いつどこで、どんなトラブルに巻き込まれるか判った物ではない。念のためと思って持って来ておいたのは正解だった。

 

 幸いと言うか、周囲の人間も以上に気付きはじめているせいで、ヒカル達の動きに気付いている者はいなかった。

 

 拳銃をベルトに挟み込むと、ヒカルはレオスの方に向き直った。

 

「まずは状況を確認するぞ。何かヤバい事態が起きているなら、カノン達と合流して脱出しないと」

「了解。それにしても、俺達ってとことん、トラブルの種が尽きないよな」

 

 呆れ気味に肩を竦めるレオスに、ヒカルは苦笑を混ぜた頷きを返す。

 

 その意見には全くの同意だったが、だからこそ自分達らしいと言えない事も無い。とか思っている辺り、ヒカル自身、自分が救いがたい所まで来てしまっているのではと思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 流れてくる喧騒を逆流するようにして足早に移動しながら、ヒカルとレオスはプールのフロアまで戻ってきた。

 

 気配で分かる。騒動の中心は、恐らくプールのフロア。つまり、先ほどまでヒカル達がいた場所である。

 

 となると、騒動の原因について、ますます自分達自身を疑わざるを得なくなる訳だ。

 

 入り口のそばまで来ると足を止める。

 

 ヒカルはレオスに目配せすると、拳銃をすぐに抜けるように身構えた。

 

 何が待っているか判らない以上、ここから先は、一瞬たりとも気を抜く事はできない。場合によっては、出会い頭に戦闘になる事も充分に考えられた。

 

 ヒカルは素早く中を確認すると、体を低くして移動する。

 

 レオスも、足音を殺しながら、後に続く。

 

 物陰を縫うようにして動く2人。

 

 と、

 

「ッ!?」

 

 大きな鉢植えの影まで来ると、ヒカルは思わず動きを止めて身を隠した。

 

 ヒカルの立ち位置の正面。距離にして2メートルも無いような場所に、ライフルを持った男が立っていたのだ。

 

 汚れた緑色の野戦服で筋骨たくましい体躯を包み、瞳には殺気をぎらつかせている。口元は三角に折ったスカーフで隠している。

 

 手にした物騒なライフルを見るまでも無く明らかに、華やかなレジャー施設とは最も縁遠い人物である事が判る。

 

 素早く、視線を360度巡らせる。

 

 周囲には仲間と思しき男達。数にして、恐らく10人前後。正直、2人で制圧するには聊かしんどい数である。

 

 どう行動すべきか、迷っている時だった。

 

 ヒカルの視界に、とんでもない物が映り込んで来た。

 

 プールサイドの隅の方で身を寄せ合う3人の少女には、否が応でも見覚えがあった。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつら」

 

 顔を顰めて、ヒカルは呟きを洩らす。

 

 カノンにリザ、それにヘルガの姿もある。

 

 一足先に着替えを終えたヒカル達とは違い、彼女達はもうひと泳ぎしてから帰ると言ってたのを思い出す。そこで運悪く、この事態に巻き込まれたのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・運悪く?」

 

 ヒカルは、聞こえない程度の声量で呟きを漏らした。

 

 果たして、本当にそうなのだろうか? 自分達がここに来たその日にテロが起きた。それを果たして、偶然の一言で片づけても良いのだろうか?

 

 疑問に思うヒカルの心を見透かしたかのように、一人の男が前へと進み出た。

 

 手には拳銃を持ち、両脇にはライフルを持った兵士を従えている男。雰囲気からして、どうやら彼がリーダーであるらしい。

 

 ヒカルが考察していると、リーダー格と思しき男が口を開いた。

 

「諸君ッ 我々は悪辣非道、無知蒙昧なるプラントから月を解放する為に集いし正義の有志、憂国の志士たる『宇宙解放戦線』である。私はリーダーのアシュレイ・グローブである。本日は休日を楽しむ中、こうして我々に時間を頂き、本当にありがたく思う」

 

 アシュレイと名乗ったリーダーは、一方的な物言いと共に大音声で語り出した。

 

 アシュレイ・グローブの名前は、ヒカルも知っていた。

 

 本人の演説にあった通り、宇宙解放戦線という名前の反プラント組織のリーダーであり、かつてはザフトの正規軍人であったという噂もある。

 

 もっとも、近年の活動内容はよく言って海賊行為にすぎず、保安局や他のゲリラ組織からも盗賊の延長と思われていた節があるが。

 

 しかも、つい先日、宇宙解放戦線はプラント軍の攻撃を受けて壊滅的な損害を受けたという。それがなぜ、今頃になって月に姿を現したのか、意味が分からなかった。

 

 そんな事を考えていると、アシュレイの演説は続けられていた。

 

「我々は一刻も早い月解放の為に、日夜を問わずプラント軍との戦いに身を投じているッしかし、悪辣なるプラントは更なる軍備を増強して我らの前に立ちはだかろうとしているッ それ故、未だに月の解放は程遠い状況である。だが我々は諦めないッ いつの日か、この月が真の意味で平和を勝ち取る日まで!! その為に、ここにいる全ての人々から善意の協力を得られると確信している!!」

 

 酔っているな。

 

 アシュレイの独善的な演説を聞きながら、ヒカルは僅かに顔を顰めた。

 

 自分達はそうではない、と言い切れないところが誠につらい所ではあるが、何か事を起こそうとする人間は、そうした自分に酔っている場合が多い。目の前で大層な演説を叩く男が、正に典型であると言えた。

 

 絶対者への抵抗、月の解放、そして、それを率先的に成そうとしている自分。

 

 そうして出来上がったイメージに酔い、その勢いで事を起こそうとしている。

 

 その事自体が完全に悪いとは言わない。「酔った勢い」と言うのが時には必要な場合もある。戦争にしろ、男女関係にしろ。

 

 だが問題なのは、それに他人を巻き込んでいる事だった。

 

 独自の正義を掲げるのは結構だが、戦う力を持たない全くの第三者を巻き込んで事を成そうとするのは愚の骨頂であった。大義に酔うにしろ酒に酔うにしろ、他人に迷惑を掛けるのは阿呆と言わざるを得ない。

 

 冷めた目で、アシュレイ男を睨み付けるヒカル。

 

 少なくともヒカルには、アシュレイの主張に全く賛同できる点を見付ける事はできない。

 

 似たような立場のヒカルですらそうなのだ。まったく関係ない一般人が彼の主張に同調する事などあり得ないだろう。

 

 だが状況はヒカルにとって、予想だにしなかった方向へと、進もうとしていた。

 

 アシュレイは手にした銃口を、真っ直ぐ一人の少女へと向けたのだ。

 

 この場にあって、似つかわしくないと思える程、華やかな雰囲気を持った少女。

 

 プラント所属のアイドル、ヘルガ・キャンベルへ。

 

「ヘルガ・キャンベル。我々と一緒に来てもらおう。なに、大人しくしていれば、危害を加える心算は無い。安心したまえ」

 

 どうやら、ヒカルが考えている以上に、事態は最悪の方向へ流れているらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座ってくれ、と言う言葉に従い、リィス達は腰を下ろした。

 

 地下と言えば薄暗くじめじめした印象があるが、ここはそんな感じではない。どこか清潔感のある病院を連想させるような内装である。

 

 月面パルチザンとの会見に及んだ自由オーブ軍は、橋渡し役のクルトの案内に従い、パルチザンの本拠地へとやって来た。

 

 自由オーブ軍側からの出席者は、リィス、アラン、アステル、クルトの4人。

 

 対してパルチザン側からは、リーダーのエバンスとサブリーダーのダービットが顔を見せていた。

 

「まさか、主要都市の地下に本拠地があるなんて」

「『灯台下暗し』って言葉は結構バカにできないのさ。保安局もまさか、掃除を終えたはずの自分達の足元に反逆者がいるとは思わないだろうからな」

 

 エバンスはそう言って肩を竦めると、クルトに、そしてアステルに視線を向けた。

 

「まあ、アンタ等の今の立場の方が、俺達にはよほど驚きなんだがな」

「その手の反応はいい加減聞き飽きた。とっとと本題に入るぞ」

 

 興味無いとばかりに素っ気なく言い捨てて、アステルは先を促す。

 

 確かに、かつては北米統一戦線として戦っていた者が、今は敵であったオーブ軍人として現れれば、驚くのも無理は無いだろう。しかし、ここの来た目的は呑気に旧交を温める為の物ではない。

 

「早速ですが、そちらの現状について伺っても良いですか?」

 

 尋ねるリィスに、エバンスは頷きを返した。

 

 まずは味方、そして敵の戦力と現状について把握する。

 

 自由オーブ軍が提供できる支援戦力は大和1隻と、そこに搭載された5機の艦載機となる。これは1個部隊としては充分な戦力となるが、それでも月を丸ごと制圧するには全く足りない。

 

 リィスの考えとしては、大和隊が敵戦力の中枢を叩いて壊滅状態に陥れ、その間にパルチザンが蜂起して月の各拠点を奪還。その後の維持も、彼等に任せる。と言う物だったが。

 

 これに関しては、彼女の直属の上司であるシュウジも了承している作戦案である。故に自由オーブ軍の制式作戦と考えてよい。

 

 だが、

 

「現状は・・・・・・かなり苦しいな」

 

 リィスの存念を聞いて、苦しげに答えたのはダービットだった。

 

 パルチザンはコペルニクスのみならず、月面各諸都市に分散して潜伏しているが、その構成員は膨大であり、勢力としては小国の軍隊をも上回るだろう。更に近年ではターミナル経由で武装の強化も進み、モビルスーツを含むある程度の戦力を持つまでに至っていた。

 

 しかし、先の月面蜂起において戦力、特に虎の事も言うべきモビルスーツ部隊に大きな損害を被り、大規模な作戦行動を取る事は難しくなっているのだ。

 

「アンタ等が前にアルザッヘルを潰した時、すぐに来てくれていたらな」

「よせ、ダービット」

 

 不満を口にするダービットを、エバンスは窘める。

 

 確かに、アルザッヘル攻撃直後に自由オーブ軍が月侵攻を行っていたら、戦力の整ったパルチザンと連携して勝利を収める事はできたかもしれない。

 

 しかし、あの頃は自由オーブ軍も体裁が整っていなかったし、パルチザンとの連携体制も考えられていなかった。事実上、あの時点ではあれが限界だったのだ。

 

 何事も、必要な時に必要な状況を作り出せるとは限らない。補給能力に乏しいゲリラ組織であるなら尚更である。

 

 今回も、状況が万全とは言い難い。

 

 自由オーブ軍はレニエント攻略戦を行った直後である為、大規模な部隊運用はできない。加えてアマノイワトを失った影響による再編成もある。事実上、戦闘に参加できるのは大和隊のみである。

 

 そもそも不可抗力とは言え、大和隊が月に入る事ができた事自体、僥倖に近いのだ。

 

 とは言え、ここらで巻き返さないと、月の抵抗勢力は大きく後退を余儀なくされる。

 

 幸いと言うべきか、地球の東欧戦線の戦況悪化に伴い、プラント軍は月軌道艦隊所属の戦力も、大半を増援として地上に下ろしてしまっている。その為、アルザッヘル攻撃の頃に比べれば手薄になっているのは間違いない。戦い方次第では勝機は期待できる。

 

 仕掛けるタイミングがあるなら、それは今しかなかった。

 

「もちろん、タダと言う訳にはいきませんが」

 

 それまで黙っていたアランが、自分の出番を見極めて口を開く。

 

 彼は自由オーブ軍の政治委員である。その立場故に、交渉におけるアドバイザーとして同席していた。

 

 自由オーブ軍が戦力を動かす以上、そこには何らかの見返りが必要となる。戦争は字面の如く、慈善事業では無いのだから。

 

 その利益交渉の為に、アランはこの場に存在していた。

 

「こちらとしましては、月の奪還が成功した後、暫くは一部の港をオーブ艦隊の拠点として利用させていただく旨を希望します。勿論、自治権その他に関してはそちらに全て委ねますが、補給や整備に関しては、ご協力いただきたいと思っております」

 

 オーブ側にとって、月の奪還はあくまで最終目的の為の布石の一つである。いずれ、オーブ本国を奪還する際に、月は重要な策源地となるだろう。

 

 また、月に自由オーブ軍が陣取れば、プラントと地球の補給線を圧迫する事もできる。そう言う意味でも、月の戦略的価値は計り知れなかった。

 

「港の使用に関しては、どこを利用していただくかも含めて、今後の協議にて決定させていただく。そして、その際には補給と整備の件も間違いなく。ただ、こちらも全て、タダと言う訳には・・・・・・」

 

 最後の方の言葉を濁しながら、エバンスは言った。

 

 戦争の支援も慈善事業ではできない。特に月の諸都市としては、壊滅した経済を早急に復興させなくてはならない。そう言う意味で、手っ取り早く近場にいる大口の顧客、つまり自由オーブ軍を利用しない手は無かった。

 

 戦争は政治の延長と言うが、同時に経済の一環である事も間違いなかった。

 

 アランも心得た物で、淀み無く頷いて返事を返す。

 

「判っています。港の使用料、物資の代金、そして整備に携わった人々の給金に関しても、こちらで払わせてもらいます」

 

 そんなアランの横顔を、リィスは感心したように見つめていた。

 

 当たり前だが、戦争には金がかかる。

 

 オーブにとっては「他国」に相当する月を拠点として使用させてもらう以上、その為の料金を払う事は当然である。それを怠れば、自分達はプラント軍と同じく、月を武力で制圧した「支配者」となってしまう。

 

 一応、自由オーブ軍側も独自の財源確保は行っている。しかしそれは、ギリギリ黒字になるラインでしかない。

 

 一度でも大敗を喫すればそれまで。二度と巻き返しはできないだろう。否、それでなくても、時間を掛け過ぎれば、じり貧になるのは目に見えている。

 

 最早踏み出してしまった以上、後戻りはできない。これは、そうした類の戦いと言って良かった。

 

 そしてアランは、その事をよく理解した上で、オーブと月、双方に利益になるように動いているのだ。

 

 将来的にアランは、政治家になるよりも、案外商人になった方が向いているかもしれない。きっと、大富豪になれるのではないだろうか?

 

 そこまで考えてリィスは、「将来」と言う部分に思い至り、思考に僅かな修正掛けながら、同時に苦笑を漏らす。

 

 いったい自分は、アランと誰の「将来」を夢想したのやら。

 

 そんなリィスの目の前で、交渉は続いていく。

 

 自由オーブ軍もパルチザンも、双方の出す条件に不満は無いと言う事で見解は一致しつつある。

 

 後は今後の作戦方針について協議するだけだ。

 

 そう思った時、慌ただしい足音と共に、パルチザンの兵士が部屋の中へと駆け込んで来た。

 

「大変だ、エバンスッ 今入った報告だが、宇宙解放戦線の奴等、レジャー施設を占拠して暴れているらしい!!」

「何だと!?」

 

 報告を受けて、ダービットが叫び声を上げる。

 

 見ればエバンスも、深刻な顔で思案に耽っているのが見えた。どうやら、考えている以上に、状況は深刻であるらしい。

 

 一方で、リィス達は状況が判らずに、困惑の表情を見せている。

 

 特に、長く収監されていたクルトなどは、聞き慣れない組織名称に首をかしげている。

 

「何なんだ、その宇宙解放戦線ってのは?」

「反プラントを掲げる抵抗組織の一つです。北米紛争後に活発な動きを見せ始めた連中ですが・・・・・・」

 

 尋ねるクルトに、リィスは戸惑い気味に答える。

 

 リィスの知る限り、宇宙解放戦線は月の解放、独立を目的として発足した組織だったはずだ。

 

 プラントから月を解放する、と言う理念自体は月面パルチザンと共有するところである。ただし、戦闘の矢面に立って月方面軍の主力部隊と戦う事が多いパルチザンと違い、宇宙解放戦線の活動は、その大半が輸送船等を狙う海賊行為でしかない。それでも実際に、プラントに対して損害を与えているのだから問題は無いのだろう、と見る事もできなくはないのだが。

 

 しかし実際には、宇宙解放戦線はただ武器を振り翳して暴れるだけの野党と変わらず、その活動が月解放に向けて、何かしら具体的な方向性を示したことは一度も無かった。むしろパルチザン側としては、彼等と同一視される事によって自分達まで野党の類と思われてはたまらない、と思っている向きすらある。

 

「つい先日、連中はプラント軍の攻撃を受けて実働部隊に大損害を喰らったって話だ。そのせいで活動も下火になっていたんだが・・・・・・」

「それがまさか、こんな手段に出て来るとは」

 

 ダービットとエバンスは、完全に予想外の事態に嘆息するしかなかった。

 

 もっともリィスからすれば、話を聞く限りむしろ「だからこそ」と言えるかもしれない。

 

 宇宙解放戦線は追い詰められている。多くの犠牲を出し、壊滅寸前の状態にまで追い込まれ、もはや手段を選んでいられなくなっているのだ。それが今回の、レジャー区画襲撃に繋がっていると考えられた。

 

「おい」

 

 そこでふと、何かを思い出したようにアステルが口を開いた。

 

「そう言えばあいつら、今日はそのレジャー施設に行ってるんじゃなかったか?」

 

 アステルの言葉に、ハッとする。

 

 「あいつら」と言うのが、ヒカル達である事は言うまでもない。確かに、予定ではヒカル達は、休日を利用して遊びに行っているはず。

 

 リィスの顔が、一気に青褪める。

 

 ヒカル達がどうこうなるとは思っていない。何だかんだ言っても、彼等はもう立派な兵士だ。ゲリラを気取っているだけの野党に後れを取る事は無いだろう。

 

 だがヘルガだけは別だ。彼女は何の戦闘訓練も受けていない一般人である。戦闘に巻き込まれでもしたら、最悪の事態に陥る事も考えられた。

 

「行きましょうッ」

 

 立ち上がると、足早に駆けだす。

 

 とにかく、ややこしい事態になる前に、彼等を救いだす必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身を固くしたヘルガは、怯える目で真っ直ぐに銃口を見返す。

 

 昨今の一連の事態で、荒事に対して耐性が付きつつある彼女だが、それでもまだ、本物の銃口を向けられて平静でいられる、と言う訳ではなかった。

 

 しかも、問題はそれだけではない。

 

 周囲の人間も遅ればせながらヘルガの存在に気付いたのだろう。ザワザワと囁き声が漏れ出て来る。

 

「プラントのトップアイドルが、このような場所でお忍びの休暇とは。そうした迂闊な行動が命取りにもなる。覚えておきたまえ」

 

 余裕ぶった調子でアシュレイが告げる。

 

 一般人としての仮面が剥がされ、有名人としての素顔が白日の元へ晒される。

 

 そこにいるのは最早、「ちょっと見目の良い一般人」ではない。紛れも無くプラントのトップアイドルに他ならなかった。

 

 どうやら、ヘルガが反乱分子として逮捕された事は、一般人には知られていないらしい。恐らくプラント政府としては人気アイドルの醜聞は、そのまま国家の損失になると考え、情報規制を掛けたのだろう。

 

 おかげで周囲の人間は、アシュレイ達も含めて皆、ヘルガの事を「お忍びで遊びに来たVIP」程度にしか思っていないらしい。

 

 もっとも、その認識は事態の改善に聊かの寄与もしていないのは確かだろう。

 

 おかげでヘルガが一般人から奇異の目で見られる事は避けられているが、しかし正体が知られてしまった事は確かだった。

 

 カノンとリザは、互いに目配せを交わしながら、相手に飛びかかるタイミングを計る。

 

 水着姿で、しかも丸腰の2人だが最悪、ヘルガだけでも無事に逃がす必要があった。

 

 そんな2人の目の前で、ヘルガは緊張に身を固くしながら、それでも毅然とした口調でアシュレイと対峙する。

 

「・・・・・・・・・・・・あたしを、どうしようって言うのよ?」

 

 銃口を向けられた状態で、尚も毅然とした態度を貫く事ができるのだから、ヘルガの胆力も相当な物である。あるいはステージと言うある種の戦場に立つ人間として、あらゆる「敵」に負けまいとする矜持が、彼女にそうさせているのかもしれなかった。

 

 対してアシュレイは、その質問を予想していたように口を開いた。

 

「君を人質にして、プラント政府に対して身代金を要求する。一般人と違い、VIPの君ならプラントとしても無視する事はできないだろう」

 

 言葉遣いは丁寧だが、言っている事は完全に、テロリストと言うよりも街のチンピラのそれである。どうやら、形振りを構っていられなくなっている、というリィスの予想は当たっているらしい。

 

 だが、それだけに、何をしでかすか判らない危うさがある。腹を空かした狂犬が目の前にいるような者だった。

 

 その事は、素人のヘルガにも良く理解できていた。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 躊躇いの間を抜けてから、ヘルガは短く答えた。

 

 ここで拒否したり、暴れたりしても何の益にもならない。却ってアシュレイ達が暴発する口実を与えるようなものだ。

 

 その事を空気で感じ取ったヘルガは、大人しく従う事にしたのだ。

 

 それと同時に、自分の護衛に期待している面もある。

 

 ヒカル、カノン、レオス、リザ。自分と同じか、少し年上の少年少女達。

 

 彼等は自分とは違う世界に生き、多くの戦いを経験して来た者達だ。きっと、この状況を何とかしてくれるだろう。

 

 だからヘルガも、状況を自分のペースに引き戻す為に動く事にした。

 

「その代り、条件があるわ。ここにいる・・・・・・」

 

 ヘルガはカノンとリザを差して言った。

 

「あたしの友人2人と、このレジャー内の客全員、無傷で解放する事。それが約束できるなら、あたしはアンタ達に従う」

「もとより、用があるのは君だけだ。君さえ我々と共に来てくれるなら、無事に解放すると約束しよう」

 

 アシュレイは鷹揚に言ってのける。

 

 果たして、どこまで信用して良い物やら。相手は野党まがいの連中である。口約束の反故くらいは平気でして来そうな雰囲気がある。

 

 だが、今はそれを信じるしかないだろう。

 

 一方でカノンは、そんなヘルガの様子に感嘆の息をついていた。

 

 内心ではどうあれ、少なくとも表面上のヘルガは、アシュレイが向ける銃口に対して怯んでいるようには見えない。

 

 大した物だと思う。彼女は今まさに、壇上でスポットライトを浴びるアイドルそのものだった。

 

 アイドルの戦場が舞台なら、彼女の舞台は、今まさにこの場所と言って良いだろう。

 

 ならば脇役である自分達はせいぜい、この物語がハッピーエンドに持っていけるように駆けまわる必要があった。

 

 だが、どうする?

 

 このままではヘルガが連れて行かれてしまう。

 

 自分とリザは丸腰なのに対し、相手は全員武器を持っている。無論、素手での戦い方も心得ているカノンだが、ここにいる敵全員を、武機無しで制圧するのは不可能だった。

 

 どうする?

 

 もう一度、思考を再生しようとした時だった。

 

 そこでふと、カノンは視界の隅にある植え込みの陰で、こちらを伺っている人物がいるのを捉えた。

 

 視線で合図を送ってくるその人物は、見間違いようも無く、年上の幼馴染に当たる少年で間違いない。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 僅かな歓喜を滲ませて、カノンは呟く。

 

 好きな少年の姿を見て、少女の中では安堵が広がっていた。

 

 どうやら、事態を察して戻って来たらしい。と言う事は恐らく、姿は見えないがレオスも一緒なのだろう。

 

 あの2人が来てくれたのは心強い。何とか連携すれば、この場を脱する事も不可能ではないかもしれない。

 

 どうにかして、連中の気を引ければ、ヒカル達が仕掛ける隙も生まれるだろう。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・ねえ、ノンちゃん」

 

 どうやらリザも状況を察したらしい。何かを決意するように、話しかけて来た。

 

 何でも良い。この状況に楔を打てるならば、どんな手段でも厭わないつもりだった。

 

「先に謝っておくよ。ごめんね。あとでビンタの一発くらいは受けてあげる」

「はい?」

 

 何の事? と問い返そうとした時だった。

 

 シュルッ

 

 カノンの胸元から、衣擦れの音が聞こえると同時に、拘束が緩むような解放感が齎される。

 

 妙に涼しくなった胸元に導かれるように、カノンの視線が下がった。

 

 そこには、

 

 友達から「ロリっ子」呼ばわりされるくらい低い背丈とは裏腹に、女性らしくたわわに育った乳房が、水着のトップスによってもたらされていた封印を解かれ、今、赤裸々に白日の下へと晒されていた。

 

「・・・・・・・・・・・・えっと」

 

 何が起きたのか、理解できない。

 

 だが、たった一つだけ、理解できる事がある。

 

 それは、テロリスト達を含む、その場にいた全員の視線が、カノンの胸に集まっていると言う事だった。

 

 次の瞬間、

 

「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 悲鳴を上げるカノン。両手を交差させて胸を隠し、その場にうずくまる。

 

 何でもするとは言ったが、こういうのはやめてほしかった。

 

 と、カノンが抗議する前に、状況は動きを見せる。

 

 その瞬間を逃がさず、物陰に隠れていたヒカルとレオスが動いた。

 

 疾風の如く物陰から飛び出すと、手にした銃を閃かせる。

 

 轟く銃口。

 

 たちまち、テロリスト数人が、銃弾を受けてその場に倒れる。

 

 テロリスト側も反撃しようとするが、間抜けな理由で出足を制された事で動きが鈍り、その間にヒカルとレオスに打ち倒されていく。

 

 瞬く間に数を減らすテロリスト達。

 

 他の人質を威圧するようにライフルを構えていた者達は、奇襲を仕掛けたヒカルとレオスの正確な射撃の前に、あっという間に打ち倒され、残るはアシュレイと、側近2人だけとなっていた。

 

「クソッ」

 

 状況不利と悟ったのだろう。アシュレイの男は素早く踵を返して逃走に転じる。

 

 逃がさないッ

 

 ヒカルは追いかけながら、その背中に銃を向ける。

 

 だが、体勢を立て直した側近2人が、ヒカルにライフルの銃口を向けて引き金を引いてきた。

 

 飛んで銃弾のいくつかが、命中コースを辿ってヒカルへと向かう。勿論、それが致死の存在である事は語るまでも無い。

 

 回避は不可能。防御も無理。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルの中でSEEDが弾けた。

 

 鋭敏な感覚は全ての弾丸の軌道を読み切り、中枢神経が理解するよりも早く、ヒカルの足は床を蹴って宙に舞った。

 

 駆け抜ける銃弾を、ヒカルは空中で回転しながらやり過ごす。

 

 その場にいた全員、何が起こったのか理解できた人間はいない。

 

 気付いた瞬間、ヒカルは空中で体勢を戻し、手に持った拳銃をフリスビーの要領で投擲した。

 

 回転しながら飛んできた拳銃を顎に受け、側近の1人が昏倒する。

 

 残った1人が、戸惑うようにして動きを止める。

 

 そこへ、狙いを澄ましてレオスが拳銃を発砲。肩を撃ち抜いて昏倒させた。

 

 着地するヒカル。

 

 すぐに顔を上げて、リーダーであるアシュレイを探すが、既にその姿はどこにも無かった。

 

 舌打ちする。

 

 恐らく、こうなる事態も予測していのだろう。だから部下をあっさり切り捨てて逃走に転じた。

 

 外道だが、その判断力は確かなようだった。

 

 周囲には、ヒカルとレオスに倒されたテロリスト達が、呻き声を上げて転がっている。どうやら、死んだ人間はいないらしい。全員、急所は外して撃ったから。

 

 だが、これで事態が収拾できたとは言い難い。何と言っても、ヘルガの正体がばれてしまったのは痛かった。

 

 これ以上、ここに長居する事はできない。最悪、保安局に嗅ぎ付けられでもしたら、厄介処の騒ぎではない。

 

「おい、取りあえず、ここを離れるぞ。後はリィス姉達と合流して・・・・・・」

 

 そこまで言って振り返るヒカル。

 

 と

 

「わ、ちょ、ちょッ 見ないでよ馬鹿ァ!!」

 

 顕になった大きな胸を一生懸命隠そうとしながら、カノンが赤い顔で体を横に向けている。

 

 もっとも生憎の事ながら、少女の小さな手では完全に隠しきれていないのだが。

 

「わ、悪いッ」

 

 慌てて、ヒカルも後ろを向く。

 

 戦っている時には大して気にはしなかったが、やはりこうして見ると、意識せずにはいられない辺り、ヒカルもカノンも年相応の感性の持ち主であった。

 

 そんなカノンに、リザが自分ではぎ取った水着のトップスを差し出しながら、苦笑を漏らす。

 

「ほらほら、いつまでもイチャラブってないで。さっさと撤収するわよ」

「う~ あとでおぼえてろー・・・・・・」

 

 ひったくるようにして水着を受けとり、急いで付け直すカノン。

 

 その衣擦れの音を背中に聞きながら、ヒカルは無性に、もうひと泳ぎしたい気分になっていた。

 

 

 

 

 

PHASE-15「少女の立つべき戦場」      終わり

 



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PHASE-16「セブンスラッシュ・シックスファイア」

 

 

 

 喧騒に湧くレジャー施設から脱出する事に成功したアシュレイは、足早に地下通路を掛けながら、己に降りかかった運命に苛立ちをぶつけていた。

 

「クソッ クソッ クソォッ!!」

 

 いったい、なぜこのような事になったのか?

 

 プラント軍の攻撃で追い詰められた自分達にとって、今回の作戦が一発逆転を狙える最後の賭けだったと言うのに。

 

 国際テロネットワークから、ヘルガ・キャンベルがお忍びでコペルニクスに来訪していると言う情報を得た宇宙解放戦線は、彼女を人質にしてプラントから身代金をせしめる計画を立てた。

 

 普通の一般人なら、仮に人質に取ったとしてもプラント政府が動く事は無いだろう。せいぜい「政治的な判断」とやらで黙殺されるのがオチだ。

 

 しかし今回は違う。相手は世界的にも有名なVIPである。だからこそ、プラント側としても要求に対して無視はできないだろうと思ったのだ。

 

 それが汚い、などと思う事は無い。全ては悪逆非道なプラントを撃ち倒し、世の乱れを正す為。その為なら多少の犠牲は許容してしかるべきだった。

 

 だが、作戦は失敗した。まさか、あのような護衛がヘルガ・キャンベルに着いているとは思わなかった。

 

 おかげで自分達は、まるでヒーロー映画の間抜けな悪役のような役割を演じさせられる羽目になってしまった。

 

 とんだ道化である。

 

 このままでは収まりがつかない。受けた恥を、何としても雪がないと。

 

 男の中で暴走が始まる。

 

 今やアシュレイの存在はブレーキの壊れた自動車に等しく、ただ己の思い通りにならぬ物全てを叩き壊さねば気が済まなかった。

 

 プラントに、ヘルガ・キャンベルに、月に、この世界に、自分達の怒りを叩き付けてやらない事には、全てを終える事はできなかった。

 

「聞こえるか!!」

 

 通信機に向かって怒鳴り付ける。

 

「今すぐ、全部隊に出撃を命じろッ 俺もすぐそっちへ行く!!」

 

 通信を切ると、アシュレイは口元に酷薄な笑みを浮かべた。

 

 奴等は自分達の計画を止めた事で、全てが終わったとでも思っているだろうが、それがトン度も無い間違いであったことを、間も無く思い知る事になるだろう。

 

 切り札は一枚だけではない。

 

 勿論、穏便に事を済ませる事ができれば何の問題も無かったのだが、それは最早潰えた。ならば、セカンドプランを持って事に当たるしかない。

 

 全ては月の解放を行うため、コペルニクスには消滅してもらうしかない。

 

 アシュレイには最早、己の論理が破綻している事にすら気付かぬほど余裕がなくなっていた。

 

「燃やしてやるッ 何もかもを!!」

 

 まるで何かに取りつかれたように叫ぶアシュレイ。

 

 その表情には、これから起こる事への暗い愉悦が見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 人の目を避けるように、3人の少女は足早に移動しながら、雑踏の中へと溶け込んでいた。

 

 逃げる人々に紛れるようにしてしまえば、後は一般人と見分ける事は不可能だろう。

 

 と、

 

「うー・・・・・・」

 

 その中の1人、カノン・シュナイゼルは不満そうに唸り声を上げた。その頬は先ほどから真っ赤に染まって入り、羞恥心で熱を帯びているのは明らかだった。

 

「ザッチの馬鹿、変態、痴漢、痴女」

「いや、この場合、痴女はノンちゃんの方なんじゃないかな?」

 

 罵られていたリザは、そう言って肩を竦める。

 

 すると、カノンはますます顔を赤くして縮こまってしまった。普段は活発さを売りにしている少女からすれば、珍しい反応である。

 

 無理も無い。

 

 あんな衆人環視の中で強制ストリップショーをやらされて恥ずかしくない筈が無い。

 

 無論、そうした行為に快感を覚える人間も世の中に入るだろうが、カノンはまだ、そのレベルには達していない。と言うか達したくも無かった。

 

 何より、

 

「ヒカルにまで見られちゃったじゃないのさ!!」

 

 幼馴染であり、カノンが思いを寄せる少年にまで、トップレス姿をバッチリ見られてしまっている。

 

 恥ずかしかった。

 

 これからいったい、どんな顔でヒカルと顔を合わせればいいのか?

 

 そんなカノンに対し、リザはカラカラと笑いながら言った。

 

「大丈夫大丈夫。むしろ、ヒカル君も喜んでんじゃないかな? 好感度は上がってるって」

 

 確かに、トップレスのカノンを見て、ヒカルもどこか照れたような仕草をしていたのは覚えている。

 

 しかし、

 

「こんなんで好感度上げられても・・・・・・」

 

 商売女じゃないんだから、カノンとしてはもう少しまっとうな手段に訴えたいところである。

 

 とは言え、彼女の友人の考えは別にあるようで、

 

「ダメダメ、ノンちゃんはヘタレなんだから。これくらい強引にやらないと」

「・・・・・・誰がヘタレか」

 

 失礼な物言いに抗議するが、その声にはどこか精彩を欠いている。どうやら彼女自身、思うところが無いでもないらしい。

 

 とは言え、今のやり取りをカノンの母親であるアリスが聞いたら、恐らく苦笑してしまうだろう。まさか、娘まで昔の自分と同じ呼び名(ヘタレ)で呼ばれる事になるとは思っても見なかっただろう。

 

 と、そこでカノンは、後ろからついて来るヘルガが、先程から黙り込んでいる事が気になって振り返った。

 

 この場にはカノン、リザ、ヘルガの3人しかいない。ヒカルとレオスは、追っ手の目を誤魔化す為に別行動を取っていた。

 

 そんな中で、ある意味自分以上に快活さを持つ少女が黙っている事に首をかしげた。

 

「どうかした、ヘルガ?」

「う、うん・・・・・・・・・・・・」

 

 それっきり、ヘルガは再び黙り込む。

 

 顔を見合わせるカノンとリザ。ヘルガが示す態度の意味が分からなかった。

 

 と、そこでカノンは、ヘルガが僅かに体を震わせている事に気付いた。唇も良く見れば血色を失って青褪め、目は虚ろに彷徨っている。

 

 今さらながら、ヘルガは自分を襲った恐怖に打ちのめされているのだ。

 

 銃口を突きつけられ、拉致されそうになった。下手をすれば、激昂したテロリストに撃ち殺されていた可能性すらあった。

 

 一般人のヘルガにとって、まさに恐怖の瞬間だっただろう。

 

 だが彼女は戦った。逃げなかった。そして、見事に勝ったのだ。それだけで賞賛に値するだろう。

 

 カノンはヘルガに歩み寄ると、そっと抱き寄せる。

 

 カノンの方がヘルガよりも頭一つ分以上背が低い。それでも、少し無理矢理に抱え込むようにして、カノンはヘルガの頭を抱え込んだ。

 

「大丈夫・・・・・・もう大丈夫だよ。全部、終わったから」

 

 優しく語りかけるカノン。

 

 そんなカノンの温もりに包まれながら、

 

 ヘルガは安堵の嗚咽を、静かに漏らしていた。

 

 

 

 

 

 現場となったレジャー施設周辺では、避難してきた人々でごった返し、まっすぐ歩く事すら困難な有様である。

 

 そのような中で、他とは違う一団が、保安局員たちに交じる形で存在していた。

 

「応援に行けって言われて来て見れば・・・・・・・・・・・・」

 

 現場の喧騒を見て、クーヤ・シルスカは呆れ気味に呟いた。

 

「もう終わっているじゃないのよ」

 

 徒労に終わってしまった事態に、あからさまな嘆息を漏らす。

 

 アマノイワトでの戦いから数日。その前のコキュートス・コロニーでの戦いで整備と補給が終わっていなかった為、戦いには参加できなかったクーヤ達だが、その後命令を受け逃げた自由オーブ軍を追撃して月までやって来ていた。

 

 自由オーブ軍。特に、その中心戦力と思われる「魔王」がいる部隊が月近海に逃げ込んだと言う情報は、軍上層部から齎されている。因縁深い相手とあって、クーヤとしても勇んで月までやって来た次第であった。

 

 しかしそんな折、テロリストがレジャー区画で暴れていると言う報せを受けて駆け付けたのだった。

 

 もっとも、クーヤ達が到着した時には既に、事件は解決したテロリスト達は全員捕縛された後だった為、プラント自慢の精鋭部隊に出番は一切無かったのだが。

 

「これじゃ拍子抜けよ。いったい何のために来たんだか」

「まあまあ、楽に済んで良かったじゃん」

 

 相棒のカレン・トレイシアが、そう言って肩を竦めるのが見えた。

 

 ため息を吐くクーヤ。

 

 カレンのこうしたお気楽な様子は、時々本気で羨ましくなる時があった。

 

 今もクーヤ達の目の前で、捕縛されたテロリストが保安局の護送車輌へと移されようとしている。その多くが負傷しているようだが、不思議な事に、死体を入れた袋が搬出されて来る事は無かった。

 

 どうやらテロリスト達は全員、生きたまま捕縛されたらしい。

 

 クーヤはそこに違和感を覚えた。

 

 保安局が介入した以上、このような事態は決してありえない。テロリストは全員、裁判無しで射殺されるだろうし、下手をすれば一般人に死傷者が出てもおかしくは無い。それでも保安局側は「僅かな犠牲で違法者を排除し、平和と威信を守る事ができた」と強弁するだろう。恐らく一般人の犠牲者にしても「テロリストの非道な攻撃による犠牲者」として処理される事になる。

 

 だから、死者が1人もいないと言う事が、クーヤには奇異に感じられたのだった。

 

 と、その時だった。

 

 突然、反対側から歩いてきた人物と、クーヤは肩がぶつかってしまった。

 

 どうやら、お互いに余所を向いていたせいで、相手の存在に気が付かなかったようである。

 

 相手はとっさにクーヤを避けようとしたが、つい間に合わずにぶつかってしまった。

 

「あ、すみません、よそ見してたもんで」

「あ、いえ、俺の方こそ、急いでたから・・・・・・」

 

 そう言って、お互いに頭を下げる。

 

 相手はクーヤと同い年くらいか、そうでかったら、少し下くらいの年齢の少年だった。

 

 きっと彼も、今回のテロに巻き込まれたのだろう。よく見れば顔が緊張しているように怖がっている。無理も無い。テロにあった人間の反応など、こんな物だった。

 

「大丈夫? 怪我とかは?」

「はい、これくらいなら、何ともありませんから」

 

 気遣うクーヤに対して、少年は苦笑しながら答える。何と言うか、どこかしら微妙な表情をしているように見えるのは気のせいだろうか?

 

 だが、今のクーヤは、それ以上に苦にする事無く少年に笑いかけた。

 

「とにかく、まだテロリスト達が潜伏しているかもしれないから、気を付けて帰りなさい。なるべく人通りの多い場所を通ってね」

「はい、ありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げると、少年は踵を返し立ち去って行く。すぐにその背中は、雑踏に紛れて見えなくなってしまった。

 

 その背中を、クーヤは見送る。

 

 と、

 

「おやおや、逆ナンですか。クーヤも隅に置けないね~ お姉さんは悲しいわ」

「ブホッ!? ぎゃ、逆ナ・・・て、何言ってんのよアンタは!!」

 

 とんでもない事を言い始めるカレンに食って掛かるクーヤ。

 

 そんな風に友人と馬鹿なやり取りをしている内に、クーヤの中で、先程の少年の事は忘れ去られていった。

 

 

 

 

 

 一方のヒカルは、足早に人ごみを縫いながら歩いていた。

 

 深い雑踏の中に紛れ込んでから、冷や汗交じりの溜息を吐き出す。

 

 その間にも足は止めない。あくまでも自然を装う足取りを保ったまま、周囲の風景に溶け込むように歩き続ける。

 

 2年間の放浪の中で、モビルスーツの操縦や対人戦闘の技術以外にも様々な技術を身に着けたが、この歩方もその一つである。おかげで潜入や追跡の依頼を受けた時には大いに役に立った。

 

 先程、プラント軍士官の女性とぶつかった時は内心で焦ったが、慌てている様子を辛うじて見せなかった為、どうやらさして怪しまれる事も無かったようだ。

 

 ヒカルは今、レオスやカノン達とは別れ、それぞれ別々に大和への帰還を急いでいた。

 

 5人で動けば却って目立つ。それよりも男2人が別々に行動する事で、保安局や宇宙解放戦線の残党の目を晦ませることができるはず。ヘルガの直接護衛が2人になるのは不安だが、カノンとリザならうまくやってくれるだろう。

 

 それにしても・・・・・・

 

 ヒカルの脳裏では、先程バッチリ見てしまった、カノンの艶姿が思い浮かべられている。

 

 水着のトップス奪われ、あられもない姿になったカノン。

 

 随分と、育ったものである。

 

 前々から大きいとは思っていたが、実物は予想以上だった。

 

 ツンとした張りがあり、それでいて触れば柔らかそうな感じ。その頂点には、恥ずかしげなピンク色の突起が揺れていた。

 

 ぶっちゃけ「触ってみたい」とか思ってしまった事は、本人には永久に内緒にしておこう、と思った。

 

 次の瞬間、

 

 突然、ポケットに入れておいた携帯電話が着信を告げ、ヒカルは思わず肩を震わせた。

 

「な、ななな何でもない!! へ、変な事なんて考えてないぞ!!」

《ハァ? あんた何言ってんのよ?》

「へ? リィス姉?」

 

 相手はリィスからだった。どうやら、ヒカル達の様子が気になって連絡を寄越したらしかった。

 

《とにかく無事なのね? カノン達は?》

「ああ、みんな無事だよ。ちょっとヤバかったけど、どうにか切り抜けた」

 

 色々と、あとで報告しなくてはいけないが、取りあえず手短に状況と皆の無事だけは伝えておく。

 

 だが、対するリィスは、何やら深刻そうな声で告げてきた。

 

《ヒカル。悪いんだけどアンタ、すぐに大和に戻ってきて。ちょっと、まずい事態になったわ》

 

 リィスの言葉に、ヒカルの眼差しが鋭く細められる。

 

 何かが起きている。

 

 その事だけは、姉の口振りだけでも察する事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雑多な機種のバリエーションによって構成された一団のモビルスーツ群は、怒涛とも言える勢いで迫っていた。

 

 構成する機体の種類は実に雑多で、ジンやシグー、ゲイツ、月面仕様に改装されたバクゥと言った旧ザフト軍の機体から、ダガーやウィンダムと言った連合系の機体。果てはオーブ系のアストレイやムラサメまでいる。

 

 要するに、形振り構わずに何でもかんでも集めた結果がこれなのだろう。

 

 だが、数は馬鹿に出来ない。視界に入るだけでも100機以上。統制こそ取れていないものの、勢力としては小国の軍隊を凌駕する数だ。

 

 そんな彼等の中央には、異様なシルエットを持つゲルググの姿もあった。

 

 機体は間違いなくゲルググである。シャープな印象の頭部も、対照的に重厚さを感じさせるボディも、間違いなくゲルググの物だ

 

 だが、背部に装備している武装が、ある種のアンバランスを見る者に与えていた。

 

 武装は巨大な対艦刀に、同程度の砲身を持つビームキャノンがそれぞれ2基ずつ。そして、それを挟み込むように炎の翼が広げられている。

 

 デスティニーシルエットと呼ばれるこの装備は、名機デスティニーの前身で合体分離機構を採用したインパルスの専用強化武装として開発された物である。

 

 フォース、ソード、ブラストの各シルエット機能を一つに纏めて強化した装備は、後のデスティニーを上回る程の攻撃力が与えられている。

 

 しかし、あまりにも重武装過ぎる事が仇となって、インパルスの精密な機体特性にはそぐわず、また燃費も最悪と言って良いほどに悪化した為、後に武装を最適化し性能を向上させたデスティニーが開発、戦線投入される事になったいわくつきの武装である。

 

 しかし、一部では問題部分を改良し、辛うじて実戦投入できるレベルにまで仕上げたデスティニーシルエットも存在した。そのうちの一つが、これである。

 

「愚者共め、目に物見せてやるぞ・・・・・・」

 

 ゲルググのコックピットで、アシュレイは唸るように呟いた。

 

 このゲルググは、以前、国際テロネットワークを介して手に入れた物だったが、アシュレイはこの性能を大変気に入り、以後は自分の愛機として長く乗り続けてきた。

 

 この機体によっていくつものプラント軍のモビルスーツや輸送船が犠牲になっている。

 

 だが、真に驚くべきは、ゲルググの存在ではなかった。

 

 その後方には、ミサイルランチャーと思しき大型連装射出機2基を両肩に装備したウィンダムが追随している。

 

 地球連合軍で旧来から使用されているモビルスーツ用の大型ミサイルランチャーだが、その内部に収められているミサイルの腹には、恐るべきマークが描かれていた。

 

「聞けッ コペルニクスの蒙昧なる住人達よ!!」

 

 アシュレイは、スピーカー越しに叫び声をあげる。

 

「諸君等は我らの崇高な理念を理解しようとせず、あまつさえ協力を拒むと言う、ひじょうに愚かしい選択をしたッ 我々の慈悲を否定し、唾を吐きかけるが行為を、諸君は平然と個なったのだ!! よって、正しい行動に対する間違った答えには、正しき罰を下さねばならないッ それこそが、この世界を維持する上で、必要不可欠な事なのだ!! その全ての責任は、我々を理解せずに否定した、諸君等コペルニクス市民にある!!」

 

 言ってから、ゲルググのカメラを後方のウィンダムへと向ける。

 

「我等はこれより、コペルニクス市に対する核攻撃を実行する。間違った選択をした諸君は、核が齎す正義の炎に焼かれる事によって浄化され、正しき道へと戻る事ができるのだッ 無論、君達の犠牲は無駄にはしないッ 我々は今日と言う日を固く胸に刻み、いつの日か必ず、悪逆非道なるプラントから月を解放すると誓うッ さらばだ!! 諸君の魂が永遠に、この月の礎たらんことを願う!!」

 

 一方的な演説を行うと、一方的に通信を切った。

 

 

 

 

 

 その演説は、レジャー施設で事後処理に当たっていたクーヤ達も見ていた。

 

「冗談じゃないわよ!!」

 

 クーヤは周囲も顧みずに感情を爆発させて、叫び声を上げる。

 

 何が崇高な目的だ!? 何が正当な報復だ!? 何が正義の炎だ!?

 

 被害妄想に取りつかれ、一方的な理屈を他者に押し付けているだけではないか。これだからテロリストは度し難いと言うのだ。

 

 グルック議長が掲げる統一と言う理想も理解せず、ただ幼稚な理想論で戦火を拡大し続ける奴等。

 

 ああいった連中がいるから、世界はいつまで経っても平和にならないのだ。

 

 何が月の解放は。今ある月の平和を乱しているのは、自分達自身だと言う事に、連中は全く気付いていない。

 

 クーヤは断じる。

 

 議長の作る世界に、あんな奴等は必要無い。

 

 存在を根底から消滅させ、汚名と共に歴史に刻んでやるべきだった。

 

 駆け出すクーヤ。

 

 それに追随して、カレンも足を早める。

 

「ちょっとクーヤ、どうする気よ!?」

「決まってるでしょ」

 

 回頭を省いて、叩き付けるように言葉を返す。

 

 コペルニクスの港にはアテナが停泊している。当然、その格納庫には、彼女達のリバティも詰まれている。

 

 プラント最強部隊であるディバインセイバーズが出撃すれば、数だけが取り柄の「野党集団」など物の数ではない。

 

 しかし、

 

 クーヤよりも幾何かは冷静さを保っているカレンは、頭の中で素早く計算する。

 

 既にコペルニクスの至近まで迫っている宇宙解放戦線に対し、自分達は艦に戻るまでには相応の時間がかかる。

 

 果たしてミサイル発射の阻止限界点までに、こちらの体制を整える事ができるかどうか。微妙な所であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれッ」

《了解!!》

 

 アシュレイの短い命令と共に、核ミサイル搭載型のウィンダムが前へと出る。

 

 この核ミサイルも、国際テロネットワークを通じて入手した物である。Nジャマーキャンセラーを搭載した旧型のミサイルだが、それでも都市一つを壊滅させるには充分な威力がある。

 

 否、壊滅させる必要は、そもそも無い。少し外壁に穴を開けてやれば、後は連鎖的な崩壊を起こすのは目に見えている。要するに、23年前に起こった「血のバレンタイン事件」の再現である。

 

 頭に浮かんだ自分の考えに、アシュレイは陶酔したような笑みを浮かべる。

 

 歴史的な故事と、自身がこれから行う作戦イメージが重なり合い(ヒカルの言葉を借りれば)酔っているのだ。

 

 いっそ、今日が2月14日(バレンタイン)でないのが、残念なくらいだった。

 

 だが、アシュレイにとっては、それは些事に過ぎない。ようは自分自身が歴史を作り出すと言う事自体が、重要なのだった。

 

「今日と言う日は歴史に刻まれ、我々は栄光と共に語り継がれるであろう」

 

 身にあふれる昂揚感と共に、アシュレイは呟く。

 

 やがて彼が見ている前で、大軍から突出する形で、ウィンダムはミサイルの発射位置へと到達する。

 

 目の前には、無抵抗なコペルニクスがあるのみ。

 

 後はミサイルを発射するだけ。それだけで、歴史は正され、自分達の崇高な理念は達成される。

 

 今日の犠牲を無駄にせず、自分達はプラントに対し聖戦を挑む事になるだろう。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突如、

 

 虹を思わせる強烈な閃光が飛来し、今にもミサイル発射体勢に入っていたウィンダムの四肢を一緒くたに吹き飛ばした。

 

「何ッ!?」

 

 目を剥くアシュレイ。

 

 ウィンダムはバランスを保てず、月の低重力に引かれて落下していく。

 

 当然だが、ミサイル発射は不可能。またも、彼等の作戦は水際で防がれたのである。

 

 砲撃は更に続き、後方で待機していた宇宙解放戦線の機体が、次々と撃破されていく。

 

 頭部を吹き飛ばされるザク、両腕を破壊されるジン、脚部を失うグフが続出する。

 

「何が起こっている!?」

 

 陶酔を一瞬にして破られ、狼狽した叫びを発するアシュレイ。

 

 そんな彼等の前に、

 

 6対12枚の蒼翼を広げた、美しいモビルスーツが立ちはだかった。

 

 エターナルフリーダムである。その装備した6門の砲を縦横に駆使し、徹底した砲撃で宇宙解放戦線を狙い撃ちにしている。

 

 リィスから報せを受けたヒカルは、大急ぎで大和へと戻り、エターナルフリーダムを駆って宇宙解放戦線撃滅の為に出撃したのだ。

 

 そのエターナルフリーダムだが、記憶にあるシルエットよりも、若干異なっている。

 

 と言っても変わっているのは2カ所のみで、大きな変化とは言い難い。

 

 腰横のレールガンは若干大型化し、銃身が少し膨らんでいるように見える。その後部には、剣の柄のような把手が突き出ていた。ちょうど折り畳んだ状態では、把手が上に来る形である。

 

 また、両腕の形状も若干違っていた。

 

「容赦はしない。それだけの事を、お前等はしようとしたんだからな」

 

 静かに言い放つと、ヒカルは仕掛けた。

 

 フルバーストモードを解除すると、ビームライフル2丁を構えて突撃する。

 

 いくらかの機体が反撃の砲火を放ってくるが、照準が甘ければ弾幕も荒い。ヴォワチュール・リュミエールを使うまでも無く、ヒカルにとっては豆鉄砲以下の脅威でしかなかった。

 

 必中距離まで飛び込むと、居並ぶ宇宙解放戦線の機体へと射かけていく。

 

 たちまち、頭部や腕を吹き飛ばされ、戦闘力を失う機体が出る。

 

 地上に目を向ければ、バクゥが砲火を上げながら向かってくるのが見える。

 

 対抗するようにヒカルは、機体を後退させて砲撃を回避。同時にエターナルフリーダムのレールガンを展開して、地上を疾走するバクゥを砲撃する。

 

 回避行動を取ろうとするバクゥ。

 

 しかし、

 

「それも、計算済み!!」

 

 ヒカルは予めバクゥの回避行動パターンを予測して、先回りするように砲撃したのだ。

 

 頭部を破壊されたバクゥが動きを止め、足を吹き飛ばされた機体はつんのめって、月面にクラッシュする。

 

 そこへ、4機のグフが砲火を上げながら向かってくるのが見えた。

 

 他の部隊が寄せ集めの烏合の衆と言った印象があるのに対し、そいつらの動きは統制が取れているように見える。

 

 どうやら、アシュレイ・グローブ直属の部隊であるらしい。恐らく宇宙解放戦線にとっては、虎の子の精鋭なのだろう。

 

「いい機会だ」

 

 ヒカルは笑みを浮かべて機体を操作する。

 

 このエターナルフリーダムは、ヒカルの要望に合わせて、リリア・アスカがカスタマイズを施している。その新装備を試すチャンスだと思った。

 

 ヒカルはビームライフルを腰裏のハードポイントに戻すと、折り畳まれたレールガンを砲身後部から突き出すように増設された柄手に手をやった。

 

 次の瞬間、引き抜かれたエターナルフリーダムの手には、細身の剣2本がそれぞれ握られていた。

 

 新しいレールガンは、砲身が二重構造になっており、砲身上部に並走する形で実体剣の鞘が増設されているのだ。

 

 引き抜かれた剣が、微細な振動を放つ。

 

 かつて、ヘリオポリスで開発された6機のG兵器、所謂「Xナンバー」の内、GAT-X109「シルフィード」のメインウェポンだった高周波振動ブレードの進化版である。

 

 旧型よりも小型で取り回しやすくなり、更に鞘内で充電を行う事で手持ち状態でも起動が可能となっている為、遥かに使い勝手が良くなっている。

 

 刀身としては5メートル超程度。決して長いとは言えない。

 

 だが、

 

 接近し、エターナルフリーダムに斬り掛かろうとしていた4機のグフ。

 

 対してヒカルは、両手の剣を高速で振るう。

 

 紙よりも簡単に、正面に迫ったグフの両肩が斬り飛ばされた。

 

 ヒカルはそこで、動きを止めない。

 

 残った3機のグフに対して剣を振るい、次々と斬り捨ててしまう。

 

 実体剣である事を除けば、その切れ味はビームサーベルにも匹敵する。

 

 あっという間に、4機のグフを無力化してしまったヒカル。無論、大破させた機体は1機も無い。全て無力化に留めてあった。

 

「おのれェェェッ!!」

 

 自軍にもたらされた惨状に、アシュレイは火を噴かんばかりの怒りを見せる。

 

 デスティニーシルエットを装備したゲルググは、炎の翼を羽ばたかせてエターナルフリーダムへと突撃していく。

 

 ビーム突撃銃を斉射するゲルググ。その攻撃を、ヒカルがシールドで防御している内にビームキャノンを展開して砲撃を行う。

 

 砲撃を、ビームシールドで弾くヒカル。

 

 その間に、アシュレイは距離を詰めると同時に吼えた。

 

《我らの聖戦の邪魔をするな!!》

 

 ビームキャノンを放つアシュレイ。

 

 その閃光を、12翼を羽ばたかせてひらりと回避するエターナルフリーダム。

 

「邪魔だって!?」

 

 回避行動を取りながら、ヒカルは叫び返す。

 

「お前等、自分が何をやろうとしているのか、本当に判ってるのかよ!?」

《無論だ!!》

 

 アシュレイは、一点の迷いも無く言い返す。

 

《我々は、この月を、そして世界をプラントの軛から解放する為に戦っている。故に、我らの戦いは聖戦なのだッ それを邪魔すると言うなら、貴様は奴等に与する悪でしかない!!》

 

 エクスカリバー対艦刀を抜き放ち、真っ向から斬り込むゲルググ。

 

《そして、悪はここで倒れるべきだ!!》

 

 対してヒカルは、大ぶりな剣閃を後退しながら回避。同時にレールガンで砲撃を仕掛ける。

 

 だが、アシュレイもさる物。すぐにシールドを掲げてエターナルフリーダムの砲撃を防御する。

 

「それが何で、核で攻撃する事になるんだ!?」

 

 ビームサーベルを抜いて斬り込むヒカル。

 

 アシュレイもまた、対艦刀を振りかぶる。

 

《我らの正義を受け入れない者はすべからく悪だッ 悪は滅ぼさなくてはならない!!》

 

 斬り結ぶ両者。

 

 エターナルフリーダムは12翼を広げて距離を開き、ゲルググは炎の翼を羽ばたかせて追随する。

 

《よって、絶対的善である我らの行いは、全てにおいて肯定されるべきなのだ!!》

 

 振り下ろされる大剣。

 

 それに対して、

 

「ざけんな!!」

 

 怒りと共に叫ぶヒカル。同時にエターナルフリーダムの左腕が、高々と振り上げられた。

 

 その掌から発振されるビームサーベル。

 

 パルマ・エスパーダ掌底ビームソード。

 

 デスティニー級機動兵器の主力兵装であるパルマ・フィオキーナのビームサーベル版である。オリジナルに比べて瞬発的な威力では劣るものの、高い汎用性と攻撃範囲を誇っている。

 

 その一撃が、エクスカリバー対艦刀の刀身を叩き折った。

 

「クッ!?」

 

 後退を掛けるアシュレイ。

 

 しかし、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールを起動し、逃がさないとばかりに距離を詰めた。

 

 とっさに突撃銃で反撃しようとするアシュレイ。

 

 しかし、ヒカルの超加速を前に、照準が追いつかない。

 

 逆にビームライフルで、ゲルググの右足を吹き飛ばされる。

 

「核を撃って、多くの月の人々を殺して!!」

 

 尚も逃げようとするゲルググを、高速で追撃するエターナルフリーダム。

 

「それで月の解放だって? ふざけるな!!」

 

 放たれたビームキャノンの攻撃を捻り込みながら回避。すれ違う一瞬で抜き放った高周波振動ブレードの一閃が、その砲身を斬り落とす。

 

 見上げるようにして振り仰ぐゲルググ。

 

 アシュレイの反応は、ヒカルからすればあまりに遅い。

 

「アンタ達はただ、自分のミスを帳消しにしたいだけだろうが!!」

 

 作戦失敗と言うミスを消す為に、核まで持ち出した奴等。

 

 それを誤魔化す為に、大義だ報復だ聖戦だと喚いているような奴等。

 

 こんな奴等の為に失われていい命なんて、一つとしてありはしない。

 

 レールガンを放つヒカル。

 

 その一撃で、ゲルググの両翼が吹き飛ばされる。

 

 更にヒカルは、背中からティルフィング対艦刀を抜き放ち、一気に急降下する。

 

「そんな事は、酒場の隅ででも叫んでろ!!」

 

 最後の抵抗とばかりに、アシュレイも残ったエクスカリバーを抜き放つ。

 

 交差する両者。

 

 次の瞬間、

 

 ゲルググの手にあったエクスカリバーは根元から折られ、機体の右腕と右足も、同時に斬り飛ばされていた。

 

 更にヒカルは、トドメとばかりにパルマ・エスパーダを発振すると、ゲルググの頭部を斬り飛ばす。

 

 全ての戦闘力を奪われたゲルググは、物言わぬ残骸となって月面へと落下していく。

 

 その光景を見届けると、ヒカルは大きく息を吐き出した。

 

 

 

 

 

PHASE-16「セブンスラッシュ・シックスファイア」      終わり

 




機体設定

エターナルフリーダム強化案

武装
ティルフィング対艦刀×1
アクイラ・ビームサーベル×2
高出力ビームライフル×2
クスィフィアス改複合レールガン×2
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
ビームシールド×2
スクリーミングニンバス改×1
近接防御機関砲×2
高周波振動ブレード×2
パルマ・フィオキーナ掌底ビームソード×2


パイロット:ヒカル・ヒビキ

備考
ヒカルの要望に伴い、エターナル計画推進者で整備主任でもあるリリア・アスカが、武装の追加を行った状態。腕部は隠し武器兼接近戦武装であるパルマ・エスパーダに換装。更にレールガンは二重構造とし、改良されて取り回しが格段に向上した高周波振動ブレード搭載した。砲身上部は高周波振動ブレードの鞘になっており、これは同時に充電器の役割も担っている。この為、ブレードは手持ち状態でも起動できるようになった。
当初リリアは、ヒカルに対してドラグーン装備を提案したが、ヒカル自身がこれを拒否した。その為、フリーダム級機動兵器にしてはありえない程、接近戦に比重を置いた機体に仕上がった。
なお、エターナルフリーダムの推進システムはヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを用いた特殊な物である為、武装追加による機動力低下は、無視しても良いレベルにとどまっている。


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PHASE-17「帰らぬ心」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリア・バニッシュは、緊張した面持ちで扉を開いた。

 

 できれば行きたくないのだが、そうも言っていられないのが自分の立場なのだ、と改めて言い聞かせる事で、辛うじて足を前に動かす。

 

 最高議長の執務室は、その立場から想像できる通り趣味の良い調度品が置かれ、適度に落ち着く雰囲気が醸し出されている。

 

 奇妙な事だがレミリアは、この部屋の主が持つ趣味には好感を持てる気がした。

 

 もっとも、当の本人には全くと言って良いほど好感を持てないのだが。

 

「やあ、呼び出してすまないね」

 

 アンブレアス・グルックは、鷹揚に言いながらレミリアを迎え入れる。

 

 視線を巡らせれば、ソファに座ってこっちに手を振っているPⅡの姿も見え、あからさまに顔を顰めて見せる。

 

 かつて、レミリアが所属していた北米統一戦線を壊滅に追いやったPⅡ。そして、それを命じたアンブレアス・グルック。双方ともに、レミリアにとっては憎んでも憎み切れない相手である。

 

 だが、今の彼女には、彼等に逆らう事はできない。

 

 首輪を嵌められ、(イリア)と言う鎖を握られたレミリアは、彼等にとって体の良い飼い犬に過ぎない。逆らえば、次の瞬間にはその何倍もの苦痛がレミリアに与えられる事になる。

 

「それで、何の用?」

 

 ぶっきらぼうな調子で尋ねるレミリア。話を一切韜晦させる事無く、本題へと入るように促す。

 

 友好的な態度は一切示さない。それが、今のレミリアにできる唯一の抵抗であると言える。

 

 もっとも、グルックもPⅡも、レミリアのそうした幼稚めいた心の内はとっくに見通しており、ただ薄笑いを浮かべて見つめているだけだが。

 

 それを見てレミリアはムッと顔を顰めるが、それ以上は何も言わない。腹立たしい事この上無いが、それが彼女の限界だった。

 

 レミリアは勧められるままに椅子に座ると、グルックと対峙した。

 

「君も既に聞いていると思う。コペルニクスで宇宙解放戦線のテロがあった事」

「ああ、ニュースでやってた。それが?」

 

 無駄な事は一切省きたいレミリアとしては、先を促すように言葉を紡ぐ。

 

 この2人と同じ空間にいると思うだけで、レミリアとしては吐き気が催すのを止められなかった。

 

 もっとも、話題自体はレミリアにとって完全に無関係と言う訳ではない。

 

 少し前に、宇宙解放戦線の実働部隊を壊滅に追いやったのは、他ならぬレミリア自身である。それを考えれば、今回の事件の発端はレミリアにあると言う見方ができない事も無かった。

 

 そんなレミリアの心情を慮った訳ではないだろうが、グルックは本題へと入るべく口を開いた。

 

「奴等を鎮圧したのは、自由オーブ軍だよ」

 

 PⅡが無邪気に言った言葉に対し、グルックは苦々しい表情を作って、僅かに視線を逸らす。

 

 対してレミリアは、その言葉で意外そうな面持ちを作った。

 

 ニュースでは、鎮圧したのは保安局とザフト軍の合同部隊と言う事になっており、自由オーブ軍の名前は一行たりとも出てこなかったはずだが。

 

 そこまで考えて、レミリアは嘆息した。

 

 正直、またか、と言う思いがあるが、目の前の男達はまたしても、情報を捻じ曲げて発表したのだ。自分達の都合の良いように。

 

 もっとも、為政者が自分達の都合の良いように情報を管理、統制、改訂するのは彼等の常とう手段である。それはある意味、戦場で虐殺をする事よりも悪辣であり、歴史そのものを歪める危険性すらはらんでいる。

 

 為政者が自分達の都合の良い状況を作り出す為に情報を秘匿、改訂した結果、闇に葬り去られた歴史は、考える事すらバカバカしい量に及ぶだろう。

 

 だがまあ、今のレミリアにとっては歴史のお勉強などはどうでも良い事である。

 

 今はまず、一刻も早く用件を終えて、大好きな姉の元に帰りたかった。

 

 自由オーブ軍の事は、勿論レミリアも知っている。

 

 今はプラントの傀儡になっているオーブだが、一部の軍人達が、祖国と離反し、反プラントの旗を掲げて抗争をしている。

 

 つい先日も、何とかいう大学で軍事戦略を研究していると言う、何某とかいう良く判らない教授がテレビに出ていて、偉そうに演説をぶっていた。何でも彼が言うには、プラント軍の精強さをもってすれば自由オーブ軍如きは烏合の衆に過ぎず、また、彼等の資金源も、そう多くは無い。戦わずとも、遠からず彼等は自滅の道を辿らざるを得ないだろう。

 

 教授とやらの談話は、概ねそのような感じであったが、見ていたレミリアからすれば欠伸が出るくらいに呑気な考えとしか言いようが無かった。

 

 自由オーブ軍は強い。それはこれまで、ザフトや保安局、そして更には、精鋭中の精鋭である筈のディバイン・セイバーズとすら互角に戦ってきた事からも明白である。

 

 レミリアが特に気になっているのは「魔王」と呼ばれる存在だった。

 

 噂ではフリーダム級機動兵器を駆り、これまで多くのプラント軍を退けてきたと言う。決して侮れる相手ではないだろう。

 

「そこで、君には新規に編成された特別部隊に入り、月へ行ってもらう事になった」

「え?」

 

 思考していたレミリアはそこで現実に引き戻され、驚いたように顔を上げた。

 

 今までレミリアは(彼女自身は不本意の極みながら)議長直属の戦力として組み込まれ、何かしらプラント軍では対処が追いつかない問題が起こった場合にのみ、単独で出撃するのが常であった。

 

 レミリア・バニッシュとスパイラルデスティニーという組み合わせが、いわば1個の部隊として機能していたのだ。

 

 だが今、半ば常識と化したその事実を、目の前の議長自らが白紙にしようとしていた。

 

「何を驚いているの?」

 

 クスクスと笑いながら離しかけて来たPⅡを、レミリアは苛立ち交じりに鋭く睨み付ける。

 

 もっとも、睨まれた当の本人はと言えば、優雅に紅茶を飲みながら、少女の視線を受け流しているが。

 

「君の戦力は貴重なんだ。ならば、一番重要な所に送り込むのは当然じゃないか」

 

 正論ではあるが、しかし同時に不快でもあった。彼等の詭弁が、そしてそれに翻弄されるしかない自分が。

 

「でも、ボクは、お姉ちゃんが・・・・・・」

 

 無駄と判っていても、抵抗を試みる。

 

 今やレミリアの中にある唯一のアイデンティティは、姉のイリアであると言っても過言ではない。「姉を守る」と言う事実だけが彼女を支えていた。そのイリアと離ればなれになるような事態は、何があっても避けたかったのだ。

 

 だが無情な声は、少女の儚い想いすら容赦無く踏み躙る。

 

「勘違いしない事だ、レミリア。私は君にお願いしているのではない。命令しているのだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 グルックの言葉に、レミリアは黙るしかなかった。

 

 所詮は飼い犬の性。いくら吠え真似をしたところで、鎖を握る飼い主には敵わないのだ。蹴り付けられようが蔑まれようが、甘んじて受け入れるしかない。そして蹴り付けた相手は当然ながら、自らの行いを戒めようとは、露とも思っていない。

 

 無言のまま敬礼すると、レミリアは足早に執務室を出て行く。もうこれ以上、この男達と同じ空間にいる事は、一秒たりとも耐えられなかった。

 

 その行動がいかに幼稚じみているか、他ならぬレミリア自身が自覚しているが、そんな事に構っている余裕は、彼女には無かった。

 

 その背中を見送ると、PⅡはやれやれとばかりに肩を竦めて、グルックを見やった。

 

「それにしても意外だったね。君が、彼女を手放す事に同意するなんて」

「別に手放した訳じゃないさ。その為に、監視役も付けたのだろう?」

 

 PⅡの言葉に、グルックは苦笑で返す。

 

 レミリアの前線送りはPⅡが発案して、グルックが承認した物である。

 

 度重なるプラント軍の敗北と、先日の欧州戦線後退に伴い、大規模なてこ入れが必要と考えたグルックは、本国に留まっている戦力の中で、もっとも強力な戦力であるレミリアに目を付けたのだ。

 

「思い切った事をするよね。ま、考えたのは僕だけど」

 

 楽しそうにPⅡは、自らの「主」を見る。

 

「何しろ、レミリア・バニッシュは、彼女自身が未だに把握していない程の力を持っている。それを使えば、今の世界が一気にひっくり返るほどの力を、ね」

「そこまでにしておけ」

 

 鋭い口調で、グルックはPⅡを制した。

 

 いつに無く強い口調で発せられたグルック言葉に、流石のPⅡも口を閉ざした。

 

「それは最重要の機密事項だ。みだりに口にすれば、如何に君でも処分せざるを得なくなるぞ」

「ごめんごめん、迂闊だったよ」

 

 低い声で発せられるグルックの言葉に対し、PⅡは軽い調子で言葉を返す。どうやら本当に「ちょっと口が滑った」程度の認識でしかないらしい。

 

 PⅡは残っていた紅茶を飲み干すと、ソファから立ち上がる。

 

「そう言えば例の計画、そろそろなんじゃない?」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

 PⅡが言わんとしている事を悟り、グルックは頷きを返す。

 

 それは、グルックが長く構想を続けてきた地球圏統一計画の根幹を成す作戦であり、成功すれば長きに渡った戦乱に終止符を打つ事も可能となる。

 

 まさに、乾坤一擲とも言える大作戦である。

 

 それに比べたら、月戦線における苦戦など、ほんの瑣末事に過ぎない。自由オーブ軍如き、自分達が本気になればいつでも叩き潰す事が可能だった。

 

「成程ね」

 

 そんなグルックを見ながら、PⅡは薄い笑みを浮かべた。

 

「なら、そろそろ僕も直接動こうかな。ここで惰眠をむさぼるのも、いい加減飽きて来た所だし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙解放戦線のアシュレイ・グローブとの戦いを制し、ヒカルが帰還の途に着こうとした時だった。

 

 突然の攻撃に、とっさにヒカルは機体を振り返らせると、飛来した閃光をビームシールドで防御。同時に、攻撃した相手をカメラ越しに睨み付ける。

 

「あいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 赤いボディに、白い8枚の翼を広げた機体。

 

 ディバイン・セイバーズのリバティだ。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 厄介な奴らが出て来たものだ。

 

 リバティは腰のビームキャノンを連射して、エターナルフリーダムの動きを牽制しようとしてくる。

 

 対してヒカルは、後退を掛けながら、バラエーナ・プラズマ砲とレールガンを展開、牽制の砲撃を仕掛ける。

 

 甘い照準の元で放たれた攻撃を、クーヤは難なく回避すると、ビームサーベルを抜いてヒカルの懐に斬り込んだ。

 

「魔王が、余計な事を!!」

 

 怒りにまかせて、叫ぶクーヤ。

 

 振るわれる剣閃を、ヒカルは後退する事で回避する。

 

 だが、クーヤの動きはそこで止まらない。

 

 更に切り返して、光刃を振るう。

 

「アンタの出る幕なんか、ある物か!!」

 

 許せなかった。

 

 本来なら、宇宙解放戦線を止めるのは、クーヤの役割の筈だった。手柄を立てるのはクーヤの筈だった。テロリストを撃ち倒し、議長に称賛されるべきはクーヤの筈だった。

 

 それを、卑怯にも横からかっさらわれたのだ。

 

 目の前の、薄汚いテロリスト風情に。

 

 故にクーヤは、怒りの剣でもって斬り掛かる。

 

 迫る光刃。

 

 刃の一閃を、ヒカルはビームシールドで防御する。

 

 接触した互いの剣と盾が火花を散らす。

 

 次の瞬間、ヒカルはスラスターを全開まで吹かして、クーヤのリバティを押し返しにかかった。

 

「クッ!?」

 

 その圧力を前に呻き声を漏らすクーヤ。

 

 ヒカルはそのまま、盾のビーム面を押し付けるようにしてリバティを弾き飛ばす。

 

 バランスを崩して後方に流れるクーヤ機。

 

 しかしすぐに体勢を立て直して、エターナルフリーダムを追おうとする。

 

「逃がすか!!」

 

 背中を向ける相手に対し、ビームライフルを放って追撃する。

 

 対してヒカルは、それの相手をするのにも面倒を感じていた。

 

 そろそろ、長居は無用である。退けるうちに退かないと、敵の増援が雪だるま式に増える事になりかねない。

 

 とは言え、背後から迫るリバティは、簡単にはそれを許してくれそうにない。今も執拗に追いかけてくるのが見える。

 

 味方が来るまでヒカルを足止めするのが目的であると仮定してみたが、すぐにその考えを打ち消した。

 

 味方が来るまでも無く、自分が仕留める。

 

 クーヤの気迫からは、その意志がまざまざと見て取れた。

 

 そこへ更に、接近してくる反応があった。

 

 数は複数。恐らく保安局の機体であろう。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 保安局の機体だけなら切り抜けるのにわけないが、そこにクーヤのリバティが加わっているから厄介である。加えてこちらは宇宙解放戦線とやり合った直後で消耗もしている。長期戦は明らかに不利だし、戦術を構築している暇も無い。

 

 何とか、包囲網を形成される前に、最大出力で脱出を。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 突如、飛来した赤い翼が、次々とビームを吐き出して保安局の機体を狙撃していく。

 

 たちまち、陣形を乱す保安局。

 

 そこへ、両手のビームサーベルと、両脚部のビームブレードを構えたギルティジャスティスが斬り込んだ。

 

 機体を回転させるような動きで刃を繰り出し、2機のハウンドドーガを撃墜。更に、その遠心力を殺さずに回し蹴りを繰り出し、別の1機をビームブレードで斬り倒した。

 

 放たれる砲撃は、深紅の甲冑を纏った機体を直撃する事は無い。

 

 逆に、照準を合わせられないでいるうちに、距離を詰められて斬り飛ばされる。

 

 全ての敵機を沈黙に追い込んだ後、アステルはエターナルフリーダムに通信を入れて来た。

 

《いつまで遊んでいるつもりだ?》

 

 アステルの素っ気ない言葉が投げかけられたのは、その時だった。

 

《乱痴気騒ぎをやっている余裕はない。さっさと帰るぞ》

「判ってるよ」

 

 癇に障る言い方ではあるが、この2年間でそれにも慣れていた。

 

 それ故に、ヒカルも素直に従う。

 

 一方のクーヤはと言えば、尚もしつこく追い縋ろうとする。

 

「逃がすか!!」

 

 放たれるビームライフルは、しかし本格的に離脱行動を始めた2機を捉える事は無い。

 

 ヒカル達はそのまま2機を振り切ると、一目散に逃げて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、突然の事だった。

 

 人ごみを抜け、監視を避けるように移動していたカノン達が間もなく、合流ポイントに入ろうとした時の事だった。

 

 突如、激しい銃撃に晒されたのだ。

 

 とっさに、ヘルガを庇うリザ。その間にカノンは、銃を抜いて応戦する。

 

 とは言え、カノンの手持ちの武器は、彼女の手には聊か大きい外見の拳銃一丁のみ。

 

 おまけに、物陰から一瞬見た相手の外見に、カノンは舌打ちを漏らした。

 

「保安局、か・・・・・・まずいなぁ・・・・・・」

 

 漆黒の制服を着た人間が数名。間違いなく、保安局の捜索隊だ。

 

 モビルスーツに乗っていれば何ほどの連中でもないが、こと対人戦闘においては、これ程厄介な存在はいないだろう。

 

 カノンも勿論、対人戦闘の訓練は充分に積んでいるが、それでも多勢に無勢の感は否めなかった。

 

 と、

 

「ノンちゃん、それッ」

 

 慌てた調子でリザがさしたカノンの腕からは、一筋の血が流れている。恐らく、流れ弾が霞めたのだろう。

 

「大丈夫、ちょっとかすっただけだよ」

 

 強気に言ってから、血を拭う。

 

 実際、痛みはほとんど感じていない。恐らく、脳内麻薬の分泌によって、痛みを忘れている状態なのだろう。多少動きに使用はあるが、気にするほどの事でもなかった。

 

 それよりも今は、この状況の方が重要だった。

 

 相手は保安局。数も、恐らく10人以上。対してこちらは、ヘルガを頭数に入れる事はできないから、カノンとリザの2人だけ。しかもカノンは手負いだ。

 

 カノンは飛んでくる銃弾の音を壁越しに聞きながら、チラッとヘルガに目をやる。

 

 彼女だけは、何としても守り通す必要がある。絶対に。

 

 決断は素早かった。

 

 グズグズしていたら包囲網が完成してしまう。だが今なら、「2人」だけならば、ここを抜け出す事も不可能とは思えなかった。

 

「ザッち、ヘルガ連れて逃げて。ここはアタシが抑えるから!!」

「馬鹿言わないで、ノンちゃん!!」

 

 当然のように抗議するリザ。

 

 だが、現実は彼女達が考えるよりも、最悪の方向へ転がろうとしている。

 

 躊躇している暇は無かった。

 

「早く行ってッ!!」

 

 背中を押すように叫ぶカノン。

 

 目的はあくまで、ヘルガを逃がす事。そこへ逡巡を挟む余地も、余裕も無かった。

 

「カノン・・・・・・・・・・・・」

 

 ヘルガが、瞳を涙で潤ませながら、小柄な友人に声を掛ける。

 

 当初、彼女達に対して良い感情を抱いていなかったヘルガだが、ここ数日の付き合いを経て、その態度は随分と軟化されている。

 

 これまで、その立場故に対等の友人を作りにくかったヘルガだが、ここに来て「生涯の友」とも言える者達に出会えたのだ。

 

 その友が、自分を逃がす為に犠牲になろうとしている。

 

 その事が、ヘルガには耐えがたい物であった。

 

 対してカノンは、腕の傷を押さえながら、ニッコリと笑ってみせる。

 

「大丈夫だって。アタシもすぐ追いかけるから。先に艦に行って待っててよ」

 

 カノンがそう言うと、リザがヘルガの腕を引っ張る。

 

 本当にもう、時間が無い。ここで時を食いつぶして、3人とも倒れる事態になっては元も子も無かった。

 

 尚も後ろ髪を引かれる思いはある。

 

 しかし、それを振り切って、リザとヘルガは駆け出した。

 

 その後ろ姿を見送り、カノンは再び銃を構える。

 

「さて・・・・・・これは本格的にやばいかな・・・・・・」

 

 冷や汗交じりに呟く。

 

 だが、同時にこの時、カノンはまだ、冷静さを保てていた。

 

 その脳裏で考えていた事は、こうなった事への経緯。

 

 自分達の逃走経路は、厳密に設定していた筈。にも拘らず、保安局は自分達の行動を完全に読み切って待ち伏せしていた。

 

 この戦闘が偶発的な物だとは、カノンは考えていない。明らかに保安局は意図してカノン達を待ち伏せていた感がある。

 

 地形的に特殊だった為に包囲網に綻びが生じ、おかげでヘルガ達を逃がす余裕ができた事だけは幸いだったが。

 

 しかし、そうなるとなぜ、自分達の情報が敵に漏れていたのかが、気になる所である。

 

「・・・・・・まあ、今は考えても仕方ないか」

 

 あっけらかんと呟いて、意識を現実に向け直す。

 

 攻撃はいよいよ激しさを増し、カノンの運命は旦夕に迫っている事が伺える。

 

「・・・・・・いよしっ」

 

 覚悟を決めるカノン。

 

 軍人になると決めた時点で、こうなる事は自分の中で織り込んでいた。

 

 頭の中で、大切な人達を一人ずつ思い浮かべる。

 

「・・・・・・パパ・・・・・・ママ・・・・・・リィちゃん・・・・・・」

 

 そして、

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 幼馴染の少年。

 

 大好きな男の子。

 

 この想いを彼に伝えられなかったのは、残念でならない。

 

 けど、それも最早、叶わぬ願いでしかない。

 

 溢れる涙を、袖でグイッと拭う。

 

 怖くない筈が無い。

 

 けどそれでも、自分にだって軍人としてのプライドがあった。

 

「行くよ!!」

 

 一声吠えると、カノンは物陰から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルが帰還した時、大和の艦内は御通夜のように消沈しきっていた。

 

 何事かと訝ったが、すぐに事情を聞き出して駆け出した。

 

 飛び込んだ食堂で見た者は、険しい顔つきのリィスとアラン、ナナミ、どうにか追撃の手を振り切って戻ってきたレオス。

 

 そして、彼等に囲まれる形で消沈しているリザとヘルガだった。

 

「ヒカル君・・・・・・・・・・・・」

 

 虚ろな声でリザが呼びかける。

 

 それに対してヒカルは、よろけるようにして一歩踏み出す。

 

「・・・・・・・・・・・・カノンは?」

 

 尋ねる声に沈黙が帰る。

 

 それが、この場にいない少女の運命を、如実に物語っていた。

 

 カノンが、

 

 ヒカルにとって幼馴染の少女、

 

 守るべき大切な親友が

 

 戻ってこなかったのである。

 

 信じられなかった。つい数時間前、笑顔で別れたばかりである。それがまさか、このようなことになるとは。

 

「保安局に囲まれて・・・・・・ノンちゃん怪我して・・・・・・それで、あたし達だけ逃がすって・・・・・・」

 

 ヘルガの手を握りながら、リザが途切れ途切れに状況を知らせる。

 

 友達が身を挺している時に、何もできなかったのが悔しくて仕方が無かった。

 

 そして、それはヘルガも同様である。

 

 カノンは自分を守る為に犠牲になった。それを考えれば、悔悟の念で身を斬り裂かれそうになる。

 

「せめて、俺達がついていたら・・・・・・」

「いや、それでも結果は変わらなかったと思う」

 

 悔しそうに呟くレオスを、アランがやんわりと宥める。

 

 状況を聞く限り、仮にヒカルとレオスが直接護衛についていたとしても、保安局の奇襲には対応できなかっただろう。下手をすれば、全滅していた可能性すらある。

 

「クソッ」

 

 皆の話を聞いていたヒカルは、苛立ったように踵を返す。

 

 そのまま食堂を出て行こうと、足を速める。

 

「待ちなさいヒカル、どこに行く気よ!?」

「決まってるだろッ カノンを探しに行くんだよ!!」

 

 叩き付けるように返事を返す。

 

 控えめに言って、今のヒカルは冷静さを欠いている。

 

 カノンと言う大切な存在を失い、暴走しかけていると言っても過言ではなかった。

 

「馬鹿な事言わないでッ アンタが行ったって、できる事なんて何も無い!!」

 

 リィスは殊更厳格に言い放つ。

 

 既に情報収集に関しては、レジスタンスに依頼して動いて貰っている。土地勘皆無なヒカルがやるよりも、ずっと確実性が高い。むしろヒカルなど、彼等の足を引っ張るだけだろう。

 

 それに、実に言いにくい事だが、

 

 リィスの情とは別にある、兵士としての理性の部分は告げていた。

 

 カノンはもう、生きていないかもしれない。

 

 と、

 

 口にしたくも無い仮定だが、その可能性を視野に入れない訳にはいかなかった。

 

 だが、

 

 ヒカルはそんなリィスを無視して、食堂を出て行こうとする。

 

「ヒカルッ!!」

 

 制止しようとするリィス。

 

 だが次の瞬間、

 

 ドスッ

 

「・・・・・・か、はっ」

「馬鹿が。少し頭を冷やせ」

 

 口から唾液と呼吸を吐き出しながら、その場に崩れ落ちるヒカル。

 

 その陰から現れたアステルは、ヒカルの鳩尾に叩き込んだ拳を握ったまま、倒れた少年を冷ややかに見下ろしていた。

 

「ヒカル!!」

 

 床に倒れたヒカルを、リィスとアランが駆け寄って助け起こす。

 

 よほど強く殴られたのだろう。ヒカルの意識は完全に途切れ、瞳は固く閉ざされていた。

 

「暫く閉じ込めておいた方が良い。今のこいつは何をしでかすか判らんからな」

 

 素っ気なく言い捨てるアステルを、リィスは厳しい眼差しで睨み付ける。

 

 しかし、それ以上何も言う事はしなかった。

 

 この中で、もっとも冷静さを保ち得ているのがアステルであり、そして彼の言葉が全く正しい物であると認めざるを得なかったのだ。

 

 そんな中で、ナナミは一人黙り込んで、一同のやり取りを見守っていた。

 

 彼女の脳裏にあったのはただ一つ、艦長室でのシュウジとのやり取りだった。

 

 内通者。

 

 その存在を示唆したシュウジだったが、今となっては、その可能性も捨てきれなくなりつつある。

 

 そして、現在のところ最も怪しいのは、

 

 ナナミの視線が、ヒカルを殴り倒した青年に向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の自由オーブ軍による攻撃によって壊滅的被害を蒙ったアルザッヘルは、拠点としての機能をほぼ喪失し、今は廃墟の山と化している。

 

 無論、最重要の戦略拠点である為、復旧は急ピッチで進められてはいるが、優秀なプラントの技術力を持ってしても、その全ての機能を取り戻すには数カ月単位で時間が必要とされていた。

 

 代わって、プラント軍が拠点を置いたのは、アルザッヘルと同規模で、大軍の展開が容易なプトレマイオス基地だった。

 

 ここはかつて、ヤキン・ドゥーエ戦役時には地球連合軍の最重要拠点であり、プラント侵攻作戦「エルビス」の際には、宇宙艦隊の発進、後方支援基地としても使用された。

 

 もっとも、同作戦においてザフト軍が使用した大量破壊兵器ジェネシスの直撃を受け、基地は文字通り消滅。以後、長きに渡って放棄されてきた。

 

 それをプラント軍が再建し、現在使用している訳である。

 

 もっとも、プラント軍は、月周辺の指揮中枢を全てアルザッヘルに集中し、物資、戦力の集中もそちらが優先だった。その為、プトレマイオスの拠点機能は、規模こそ大きいものの、アルザッヘルのそれには遠く及ばない物だった。

 

 そのプトレマイオスに、今、1機の大型シャトルが入港してきた。

 

 港の桟橋に固定されたシャトル。

 

 その降り口で、基地司令がやや緊張気味の面持ちで、出て来る相手を待ちわびている。

 

 そんな彼の視界の中でハッチが開き、中から数人の次女に付き添われる形で、1人の少女が下りてきた。

 

 短く切った金髪に、服の上からも判るほっそりした体。

 

 顔の上半分を仮面で覆っていても、その少女の美しさと気品は溢れる程に伝わってくる。

 

「お待ちしておりました。ようこそ、我がプトレマイオス基地へ」

 

 やや上ずった声で、挨拶する基地司令。

 

 対して少女は、仮面から除く口元に、柔らかい微笑みを浮かべて会釈する。

 

「お世話になります」

 

 ユニウス教団の象徴。

 

 聖女と呼ばれる少女は、そう言うと、ゆったりした足取りで月に降り立った。

 

 

 

 

 

PHASE-17「帰らぬ心」      終わり

 



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PHASE-18「捕らわれし者達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな形で月に来る事になるとは、正直思っても見なかった。

 

 運命の神とやらが本当にいるのなら、背骨が複雑骨折しているのではないかと、本気で疑いたくなる。

 

 レミリアは己に降りかかった運命の悪戯を思い、密かに嘆息を漏らした。

 

 かつてはテロリストとして、そして今はプラント軍の士官として、

 

 全く正反対の立場で訪れた月は、その光景すらも変じているかのようだった。

 

 グルックに呼び出されて前線行きを命じられたレミリアは、スパイラルデスティニーと共に月面プトレマイオス基地へ移動、そこで既に先行して現着している筈の保安局特殊作戦部隊と合流する予定だった。

 

 それにしても、

 

 自分をわざわざへ関しなくてはならない辺り、プラント軍の実情はかなり厳しいのだろう、とレミリアは現在の状況を頭の中で反芻して見る。

 

 急速に勢力を増しつつある自由オーブ軍は、かつて「質においては世界最強」とまで言われた名声に恥じない戦いぶりを示し、数多くのプラント軍部隊を撃破するに至っている。

 

 特にその中で「魔王」と言う異名で呼ばれる存在に、レミリアは強く興味を引かれていた。

 

 数々の戦いで多くの将星を生み出してきたオーブ軍の中で、新星とまで言われている魔王の存在は、間違いなく、自分達にとって最大の障害となるだろう。

 

 実際に戦ってみない事には判らないが、レミリアが相手をするのに不足があるとは思えなかった。

 

 退く事は許されない。

 

 レミリアは何としても前に進み続ける必要がある。全ては、姉のイリアを守る為に。

 

「よう、お前さんが本国から来た増援か?」

 

 横合いから声を掛けられたのは、そんな時だった。

 

 振り返って相手の男の姿を見るとすぐに、レミリアはそれと気づかれない程度に顔を顰める。

 

 元テロリストと言う関係上、血腥い雰囲気を持った男は幾らでも見てきて慣れているつもりだったが、目の前の男は別だった。

 

 まるで戦場で流れ出た血が凝縮して、1人の人間を象っているかのような、そんな不快感。油断すれば、次の瞬間には喉笛を噛み千切られるような錯覚までしてしまう。

 

 目の前の男は、今までレミリアが対峙してきた、どんな人間よりも危険なにおいがした。

 

 そんなレミリアの怯えを敏感に感じ取ったのだろう。男は口の端を吊り上げて笑みを向ける。

 

「クーラン・フェイスだ。一応、お前さんの新しい上司って事になる。まあ、よろしくな」

「・・・・・・レミリア・バニッシュです」

 

 敬礼しながら簡潔に答える。

 

 親密なやり取りなど、自分も向こうも期待していないだろうし。

 

 案の定クーランは、それ以上のコミニケーションは不要だとばかりに、顎をしゃくってレミリアを促した。

 

「行くぞ。既にお歴々は全員集まっている。お前さんが最後だよ」

 

 そう言ってクーランは、レミリアを置き去りにするように歩き出す。

 

 レミリアも、その後に続いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 ブリーフィングルームへ入ると、クーランの言った通り、既に主立った人物は勢ぞろいしていた。レミリアが来たのは、本当に一番最後であったらしい。

 

 基地司令部の幕僚や、駐留軍の幹部。クーヤ達、ディバイン・セイバーズ第4中隊の面々も姿を見せている。

 

 そうそうたるメンバーである。

 

 しかし、室内に入ると同時にレミリアは複数の視線が自分に突き刺さり、同時に全てに敵意か懐疑か、あるいはその両方が含まれている事を察した。

 

 ああ、またか。

 

 レミリアは密かに嘆息する。

 

 プラント軍人が自分に向ける敵意の視線には、既に慣れてしまっていた。正直、気にしても仕方が無いし、元々はテロリストだった自分に対する、彼等の感情は理解できる。立場が逆なら、レミリアも似たような事をしただろう。気にするだけ時間と労力の無駄だった。

 

 そこでふと、部屋の隅に異質な一団がいる事に気付いた。

 

 全体的に白っぽい服装をしているが、軍服では無く、聖職者なんかが着る仕立ての良いローブみたいな感じだ。珍しい事に、彼等は自分に向けて敵意を向けている様子は無い。

 

 中でも、真ん中に座っている金髪の女性は、顔の上半分を仮面で覆っている。

 

 だが、下半分の顔を見るだけでもわかる。恐らくレミリアと同い年くらいの少女が、気品にあふれた美しさを持っている事を。

 

「おい、何をしている。サッサと座れ」

 

 ぞんざいな叱責が飛び、レミリアは意識を戻して自分の席へと向かう。

 

 そんなレミリアの様子に対して、参謀は胡散臭げな視線を向けて来るが、対してレミリアは丁重に無視する。先にも言ったが、気にしても仕方がない事だ。

 

 レミリアが着席するのを待って、参謀は説明に入った。

 

「まず、現状の説明をしますが、つい先日、宇宙解放戦線の残存部隊が蜂起し、コペルニクスに核攻撃を目論みました。その際、迎撃に現れた機体がこれです」

 

 参謀の苦々しい表情と共にスクリーンに映し出された機体は、辛うじて現場に間に合った保安局の偵察機が撮影した物である。

 

 思いのほか鮮明な画像の中では、12枚の蒼翼を広げた優美な機体が映し出されている。

 

 その姿に、レミリアは僅かに唇を震わせて見入る。

 

 フリーダム級機動兵器に間違いない。

 

 そしてかつて、

 

 2年前、彼女の親友である少年が駆った機体とひじょうに酷似している。

 

 無論、頭部や腕部の形状や翼の数、武装等の細部は異なっている。同一の機体ではないだろうし、パイロットもあの時とは違うだろう。気にする要素ではなかった。

 

「この機体は、我が軍の兵士の間で『魔王』と言う呼び名で呼ばれている物です。その戦闘力は、烏合の衆とは言え宇宙解放戦線の部隊を、たった1機で蹴散らしている事からも推測できます」

 

 厳密に言えば、宇宙解放戦線はエターナルフリーダム1機で蹴散らされた訳ではない。ヒカルが倒したのはリーダーのアシュレイ含めて全体の三分の一程度であり、残るは後から駆け付けたプラント軍が殲滅している。

 

 しかしそれでも、大軍の中に単騎で飛び込み、自らは掠り傷一つ負わずに敵の主力を壊滅させた胆力と戦闘力は脅威と見るべきだろう。

 

 と、そこで居並ぶ何人かの士官が、不機嫌そうにするのが見えた。どうやら、テロリスト如きの機体を「脅威」と称するのが許せなかったらしい。

 

 そんな彼等を、クーランやレミリアは冷ややかな目で睨む。

 

 自分達の力に自信を持つのは大変結構なことだが、敵を過小評価するような輩は早死にするだろう。

 

 参謀は続ける。

 

「魔王を中心とする自由オーブ軍の部隊が、この月、恐らくはコペルニクス近辺に潜伏している事は間違いありません。敵はパルチザンとの連携を目論んでいると思われ、近日中には攻勢を掛けて来ると思われます」

 

 パルチザンの戦力は、先の蜂起失敗の折に大きく減衰している事を掴んでいる。そしてそれは、自由オーブ軍においても変わらない。彼等は先にレニエントを破壊する為に大艦隊を派遣し、更には拠点を一つ失って混乱状態にある。とても、今すぐに大軍を月に派遣できるとは思えなかった。

 

 戦力的には間違いなく、プラント軍が有利の筈。

 

 だが、レミリア、クーラン、クーヤと言った歴戦の戦士たちは、その状況を甘んじて受け入れはしなかった。

 

 兵士などの雑兵はともかく、敵のエースは一騎当千揃いである。彼等は時に千軍をも覆す事があり得る。それは、幾多の英雄たちが証明していた。

 

「ユニウス教団の方々も、その方向で留意をお願いします」

 

 参謀の言葉で、レミリアは先ほどの異様な一団が、ユニウス教団の代表である事が分かった。となれば、あの仮面の少女は、教団の象徴である「聖女」なのだろう。

 

 ユニウス教団のカリスマであると同時に、同教団が自衛目的で抱える軍隊のエースパイロット。あの第2次フロリダ会戦では、北米解放軍やオーブ軍殲滅に大いに活躍したと言う。

 

 どうやら同盟関係にあるプラント政府の要望を聞き入れ、この月戦線を支援する為にわざわざやって来たらしい。

 

「異存はありません」

 

 聖女は涼やかな声で返事をした。どうやら、仮面を被っているからと言って、沈黙が好きと言う訳でもないらしい。

 

 ともかく、多少の軋轢はある物の、こちらの体制は充分に整いつつある事は判った。

 

「最後に一つ。先日の戦いに先立つ、宇宙解放戦線のテロに際し、我々は自由オーブ軍に連なるテロリストを1人、捕縛する事に成功しました。そいつはどうやら、実際に魔王に近しい人物であるようです。現在訊問中ですが、こちらが、その映像になります」

 

 参謀がそう言うと、スクリーンの映像が切り替わる。

 

 そこには手錠で椅子に拘束され、ぐったりとしている少女の姿がある。

 

 参謀は尋問と言ったが、行われている事が「拷問」である事は間違いない。

 

 反体制派に対する保安局の対応は容赦も呵責も無い。必要な情報を聞き出すまでは如何なる手段も肯定され、必要な情報を聞き出した後は、被拷問者の存在は平然と抹消される。

 

 恐らく、あの少女も遠からず、その運命を辿る事になるだろう。

 

 だが、

 

 その哀れな少女の姿を見て、レミリアは思わず目を見開く。

 

 なぜなら、彼女は拷問を受ける少女の姿を、良く知っていたからだ。

 

「・・・・・・・・・・・・カノン」

 

 小さく呟かれた旧友の名前は、誰に聞き咎められる事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦アークエンジェル。

 

 現在はターミナルの旗艦として密かに運用されているこの戦艦は、元々は旧大西洋連邦軍がヤキン・ドゥーエ戦役時、劣性の戦況に起死回生を掛けて開発した6機のモビルスーツ、所謂「Xナンバー」の母艦として建造した大型戦艦である。

 

 当初は、その運用の特異性から機動特装艦の名で呼ばれており、世界で初めて対モビルスーツ戦闘、及び運用を設計段階から考慮した戦艦だった。

 

 その後、味方に裏切られた事を機にオーブへ亡命し、以後はオーブ軍宇宙艦隊所属として長い年月を過ごして来た。

 

 多彩な武装と、建造当時としては最新鋭のアイディアを多数盛り込まれ、戦場を選ばない戦いが可能なアークエンジェルは、以後、20年近くに渡って現役で活躍し続け、内外から「不沈艦」の異名で呼ばれるまでになっていた。

 

 しかしやはり、艦齢の増加による経年劣化は避けられず、各区画の老朽化が進んだことから、近年には廃艦の話も上がった事がある。

 

 ただ、あらゆる戦況に対応した武装と、およそ戦艦とは思えない充実した居住性は兵士達から高い人気を誇っており、「ぜひ練習艦にしたい」と言う意見も多数上っていた。

 

 そのような最中、カーペンタリア条約の締結によってオーブ軍がほぼ解体状態になってしまった事もあり、その混乱のどさくさに紛れてターミナルが「奪取」した訳である。

 

 老朽化しているとは言え、かつてはあらゆる激戦を潜り抜けた歴戦の戦艦であり、その多彩な武装は未だに一線級と言って良いだろう。更には「一から新造艦を建造した方が利口」と言われる程の徹底的なオーバーホールの結果、最盛期に迫る性能をどうにか取り戻すに至っている。

 

 強力な武装に、長駆の航行性能、世界中の情報を取得できる通信能力、そして大型クルーザーに匹敵する高い居住性。

 

 アークエンジェルは正に、秘密情報組織ターミナルが移動司令部として運用するにはうってつけの艦であると言って良かった。

 

 勿論、バックアップとなる拠点は他に存在している。しかし、同時に移動して存在を秘匿しながら全体の指揮を取れる戦艦の存在は非常にありがたかった。

 

 これが無かったから、2年前のフロリダ戦役に介入した時は、暗礁地帯の拠点からモビルスーツで直接戦場まで飛んでいく羽目になったのだから。

 

 先のレニエント襲撃戦から時日が経過し、プラント軍の追撃も振り切ったアークエンジェルは、補給を済ませた後で、再び行動を起こしていた。

 

 本来ならアークエンジェルは、月のパルチザン支援に赴きたいところであるし、元々はその前提で行動していた。

 

 しかし、その状況が変化したのは、ケーニッヒ夫妻が共同で解析を進めていた情報の解析が終わった為であった。

 

「これは・・・・・・本当の事なの?」

 

 報告書を一読したリーダーの青年は、信じられないと言った面持ちで尋ね返した。

 

 年齢的には既に40に届いているのに、いまだに20代前半程度の外見をしたその姿は、ある種の神秘性と言うべきか、あるいは怪物じみていると言うべきか。

 

 とは言え、顔で組織のリーダーをやってるわけではないので、この場にあってリーダーの外見を追求する人間は1人もいない。

 

 報告は、トールがニコル・アマルフィと共にコキュートス・コロニーに潜入する事で取得してきた情報である。プラント軍の作戦や事情について、何かしら分ければと思って頼んでおいたのだが。

 

「出て来たのは、とんでもない物でしたね」

 

 金髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の青年が淡々とした口調で告げる。

 

 レイ・ザ・バレルと呼ばれるこの青年は、かつてはリーダーとは敵対する陣営に所属していたのだが、亡きラクス・クラインを介する事で共に戦う盟友としてこの場に立っていた。

 

 敵対していたと言えば、レイの横に立つルナマリア・ホークや、艦長席に座っているルナマリアの妹のメイリンにしても同様である。彼女達もまた、かつてのクライン派所属でアリ、現在はターミナルの幹部構成員である。

 

 トールが提出した報告書の内容は、プラント軍が戦備増強の為に裏で行っている事業について、ある程度の情報が羅列して書かれていた。

 

 技術力においては間違いなく世界最高レベルのプラント。事実彼等は、今こうしている間にも続々と強力な新兵器を世に送り出し続けている。

 

 だが、兵器があれば戦争ができる訳では、無論無い。それを扱う人間がいなければ、兵器もオモチャのガラクタ同然だった。

 

 だが、その人間の確保と言うのが、プラント軍にとって唯一最大の悩みの種であった。

 

 コーディネイターの出生率は、ナチュラルに比べて非常に悪い。20年前に比べれば、飛躍的と称して良いほどに改善されているが、それでも地球連合軍に匹敵するほどの軍を今すぐに創設できる訳ではない。まさか生まれてくる子供全てを軍に放り込むわけにもいかないだろうし。

 

 故にプラント軍は、早急に強大な軍を作り出す為に、ある手段に訴えた。

 

「それが、エクステンデット技術の流用・・・・・・・・・・・・」

 

 リーダーは、自分の傍らに寄り添う少女をチラッと見てから、更に読み進めた。

 

 エクステンデット

 

 旧地球連合が高い戦闘力を誇るザフト軍に対抗する為に生み出した狂気の技術。

 

 筋肉、血管、臓器、神経、精神など「遺伝子以外」の身体に外部から手を加える事で、並みのコーディネイターを遥かに上回る能力を獲得する技術。

 

 その代償として、被験者の人間性は失われるに等しく、その非道性故に今では完全に廃れたと思っていた。

 

 だが違った。

 

 よりにもよって、かつては地球連合の敵対国だったプラントが技術を接収し、あろう事か改良を加えて実戦投入していたのだ。

 

「奴等は捕えた捕虜に、エクステンデット技術を使って改造を施し、その上で戦場に送り出していたんだ」

 

 解析を担当したトールが、吐き捨てるように言う。

 

 しかし、それだけでは「兵士」として未完成である。いかに能力的に優秀であっても、元々の捕虜が素直に命令を聞く筈が無い。だからこそ、プラントはもう一つ、禁忌を侵したのだ。

 

「ロボトミー化? あるいは精神の剥奪・・・・・・」

 

 リーダーは信じられない、と言った感じに呟く。

 

 ロボトミーとは、外科的手術で脳の前頭葉を除去する事である。前頭葉は感情の発動を司っており、ここを失えば人間の情動は低下し、殆ど感情の動きが無くなると言う。古くは精神病の治療法として考えられていた事もある。勿論、それもまた廃れた治療法であるが。

 

 だが、単純なロボトミーでは、戦闘の際に必要なある種の「殺気」や「激情」と言った要素も失われてしまう。そこら辺を恐らく、技術で補ったのだろう。

 

 ここ数年で、プラント軍が急激な膨張を遂げた謎が、これで解き明かされた。同時に、唾棄するような裏の顔まで見えている。

 

 保安局が過剰とも言える違反者狩りをしていたのも、恐らくこれが狙いだったのだ。彼等は収容所から選別した捕虜たちを、随時、研究所送りにしていたのだろう。

 

 保安局の活動によって敵は減る。反比例して味方は増える。正に一石二鳥だ。

 

「どうします?」

 

 ルナマリアが、苦い顔で尋ねてくる。

 

 知ってしまった以上、座視はできない。

 

 研究がおこなわれているのは、プラントのセプテンベル市にある、セプテンベルナインと言うコロニーである。セプテンベルはプラントの創成期から遺伝子工学の研究を専門に行う市であり、現在のコーディネイターの大半が、セプテンベルを祖としていると言われている。

 

 だが同時に、月の救援が急務である事にも変わりは無い。

 

 現在、月にはターミナル系の有力な組織は殆どいない。唯一明るい要素は、オーブ軍の大和隊が行っている事だが、プラント軍の戦力もここ数日で増強されている。正直、勝機は薄いだろう。

 

 対して、セプテンベルの方も無視できない。下手をすれば、敵は雪だるま式に増えて行く事も考えられるし、そうでなくても、そのような非道な研究を放っておく事はできない。早急な対処が必要である。

 

 月とセプテンベル。両方叩く事は不可能。

 

 しばし考えてから、リーダーは顔を上げた。

 

「メイリン、進路そのまま、月へ」

「良いんですか?」

 

 アークエンジェル艦長を務めるメイリンは、確認するように尋ね返す。

 

 セプテンベルを放置すれば、いずれ取り返しのつかない災禍になる事を懸念しているのだ。

 

 だが、リーダーは頭の中で、最適とも言える策を既に構築していた。

 

「プラントに潜伏しているアスランに連絡して。今回得た情報と共に必要な措置を取るようにって。それで彼は動くはずだ」

 

 アスラン・ザラ・アスハは今、別働隊の工作班と共にプラントへ潜入している。目的は旧ザフト軍の反政府派と接触して協力関係を築く事だが、こうした作戦にもうってつけの人材だった。

 

 アークエンジェルでプラントに接近するよりも、このまま彼等に託した方が賢明で確実だろうと判断したのだ。

 

「僕達はこのまま月へ。パルチザンと自由オーブ軍を支援して、プラント軍を撃退する」

 

 ふと、リーダーは自分の傍らにいる少女へと目をやる。

 

 少女とは言っているが、彼女もまた、年齢的には30代後半となる。しかし、とある事情により10代前半で肉体の成長が止まってしまった為、未だに少女と称して良い外見をしている。

 

 そっと、頭の上に手を置いて、優しく撫でてやる。

 

 それだけで、少女は気持ち良さそうに目を細めた。

 

 彼女が何を考えているのか、リーダーには良く判っている。本音を言えば、リーダーも気持ちは同じだ。

 

 どうしても、機が逸ってしまう。

 

 一刻も早く月へ、あの子たちの元へ行きたい。

 

 そんな2人の気持ちが判っているからこそ、ターミナルは一丸となって戦い続ける事ができるのだ。

 

 リーダーの号令と共に、アークエンジェルはメインエンジンを点火する。

 

 既に老朽艦と呼んでも差支えが無いほどに古めかしい艦体だが、しかしそれでも尚、新造時に劣らぬ存在感でもって、大天使は飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、北米統一戦線所属であったレミリアは、単身でハワイにある共和連合軍の士官学校に潜入していた時期があった。

 

 目的はオーブ主導で行われているエターナル計画の調査。可能なら、その研究データ乃至実物の奪取にあった。

 

 だが、これ程の作戦、本来なら複数人の戦力を投入したチームで行うべきであるところ、北米統一戦線が投入したのはレミリア・バニッシュただ1人であった。

 

 これには理由がある。

 

 それは、単純にレミリアの高い能力をもってすれば、単独で潜入した方が効率が良いと判断されたからに他ならない。

 

 掩護の人間など、連れていくだけ彼女の負担になりかねない。それほどまでに、レミリアと他の人間との能力差は隔絶していると言って良かった。

 

 唯一、レミリアの幼馴染であるアステル・フェルサーだけは、レミリアと同等か、それ以上の能力を持っていた。

 

 しかしレミリアとアステルは旧北米統一戦線の2大エースである。その両者が戦線を長期にわたって離れる事には懸念が生じた為、レミリアが単独で潜入する作戦が組まれたわけである。

 

 レミリアは戦闘以外のスキルに関しても、高い能力を持っている。それこそ、彼女1人がいれば、この程度の基地は内部から陥落させる事も不可能ではないのだ。もちろん、やろうと思えばひどく骨が折れるし、彼女にとってはそんな事は無意味でしかないから、実行に移す気は無いが。

 

 それでも、どうしても見過ごせない事がある。

 

 カノン・シュナイゼル。

 

 ハワイの士官学校で知り合った年下の友人。

 

 彼女が自由オーブ軍にいた事には驚いたが、その彼女が捕まっている事にはさらに衝撃を受けた。

 

 このままでは、カノンは殺される。

 

 否、それ以前に、捕まった時点で女としては耐え難い恥辱を味あわされるだろう。恐らく、人としての尊厳を奪い尽くされ、生きていく気力すら無くすくらいに。

 

 逡巡は一瞬の間も無く、過去へと飛び去って行った。

 

 レミリアは動く。

 

 そう決めた以上、彼女の行動は素早かった。

 

 基地のシステムにアクセスして管理者権限を掌握。全ての監視モニターとセキュリティを支配下に置くと、静かに部屋を出た。

 

 今から3時間。この基地の監視モニターにはレミリアの姿は映らないし、あらゆるセキュリティは意のままに開錠できる。

 

 その間に、どうにかしてカノンを助け出すのだ。

 

 既に彼女の監禁場所と、そこに至る安全な経路、脱出に必要な手段まで用意してある。よほどのイレギュラーが起きない限り問題は無かった。

 

 カノンを救う。それは即ち、彼女を元居た場所へ返す事であり、明確な利敵行為に他ならない。

 

 だが、そんな事は、今は知った事ではなかった。唯一、自分の行動が姉に影響する事だけは懸念されたが、そうならない為の保険は三重にも四重にもしてある。無視して良い物ではないが、気にし過ぎる程の事でもないと判断した。

 

 足音を殺し、周囲を警戒しながら走る。

 

 基地内には見張りの兵も多数いるが、既にその配置と行動パターンは完璧に把握している。

 

 かつて警戒厳重なハワイ基地に潜入し、見事にスパイラルデスティニーを奪取してのけた元北米統一戦線テロリストの神業とも言えるスペックは、変わらず健在だった。

 

 素早く、そして静かに足を進めていく。

 

 順調である。

 

 あと少しで、監禁区画へとたどり着く。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 「余程のイレギュラー」が、レミリアに襲い掛かった。

 

 廊下の角を曲がった瞬間、出会いがしらに現れた人物とばったり向かい合ってしまったのだ。

 

「ッ!?」

 

 思わず、硬直するレミリア。

 

 どうする?

 

 相手と対峙したまま、思考は高速で回転する。

 

 無力化するか? それとも穏便に済ませられる可能性に賭けて、ここは手出しせずにやり過ごすか?

 

 一瞬の迷いを見せるレミリア。

 

 対して相手は、そんなレミリアを仮面越しに見詰め、静かにその倍佇んでいた。

 

 

 

 

 

 リィスは食事を持って、弟の部屋へと向かっていた。

 

 結局、レジスタンスに依頼したカノンの捜索は、大して成果も上げられずに終わった。

 

 戦闘後の彼女の行方は杳として知れず、その生死すらわからない有様である。

 

 代わって入ってきた情報は、プラント軍が戦力を増強して終結しつつあると言う事だった。

 

 決戦は近い。

 

 だがそんな中で、自分達の最大戦力であるヒカルが、未だに消沈している状態では、如何ともしがたかった。

 

 気持ちは判らないでもない。

 

 ヒカルとカノンは幼馴染だし、妹のルーチェが死んだあと、ヒカルはカノンを本当の妹のように大事にしてきた。そのカノンまで失ってしまっては、ヒカルが悲しみと絶望に沈んでしまっても仕方のない事である。

 

 だが、それでも立ち直ってもらわなくてはならない。

 

 自分達が勝利する為に。何より、ヒカル自身が前に進む為に。

 

「ヒカル、入るわよ」

 

 ヒカルの部屋の前まで来たリィスは、声を掛けてから扉を開く。

 

 返事は無い。

 

 部屋の中は薄暗いまま、ただ机の上に置かれた端末のモニターだけが、静かに点灯して部屋の様子を浮かび上がらせている。

 

「・・・・・・ヒカル?」

 

 呼びかける声に、返事はやはり帰らない。

 

 そして、

 

 部屋の主である少年の姿も、どこにも無かった。

 

 

 

 

 

PHASE-18「捕らわれし者達」      終わり

 




メカニック設定

アークエンジェル

武装
陽電子破城砲ローエングリン×2
225センチ連装収束火線砲ゴッドフリート×2
110ミリ単装レールガン・バリアント×2
ミサイル発射管×24
大型ミサイル発射管×16
自動対空防御システム・イーゲルシュテルン×16
4連装多目的射出機×2
魚雷発射管×10

艦長:メイリン・ホーク

備考
かつては大西洋連邦軍が建造した機動特装艦。紆余曲折を経てオーブ軍が運用するに至り、その後20年以上現役であり続けた。カーペンタリア条約締結に際しターミナルが「奪取」し、以後は徹底的な改装とオーバーホールを施した後、自分達の旗艦として活用している。





人物設定

レイ・ザ・バレル
コーディネイター


備考
ターミナル構成員。かつてラクス・クライン政権下では最高議長付き警護官を務めた冷静沈着な青年。クローン技術の問題により、年々身体能力は落ちているが、未だに一線を張れるだけの体力と技術は保持している。





ルナマリア・ホーク
コーディネイター
40歳      女

備考
ターミナル構成員。ザフト軍時代からレイと同僚だった女性。彼の相棒とも言える存在で年々、急速に体が衰えていく彼を傍で支え続けてきた。モビルスーツの操縦技術も高く、レイと比べても遜色無い。





メイリン・ホーク
コーディネイター
39歳      女

備考
ターミナル構成員。ルナマリアの妹。子供の頃から大人しいが、細部に気配りができるしっかりした性格。ザフト軍時代には多くの艦で館長を務めた実績があり、その事を踏まえ、改装、復活を果たしたアークエンジェルの艦長を託される。


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PHASE―19「繋がれし再会」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報せを聞いて駆け付けたアランとアステルが部屋の端末を操作している頃には、リザとナナミも部屋にやってきていた。

 

 大騒ぎになるといけないのでシュウジには報告を入れておいたが、ヒカルが部屋から消えた事に関して、情報は可能な限りストップしておいた。

 

 状況から考えて脱走などと言う事態はあり得ないだろうが、それでも見る者が見ればそう捉えられてもおかしくは無い状況である。事は穏便に済ませるに越した事は無いだろう。

 

 ややあって、

 

「これだね」

 

 端末を操作していたアランが、顔を上げて言った。

 

 覗き込む一同の目には、何かの情報の羅列が画面に映し出されているのが見える。これが、ヒカルが部屋を出る直前に見ていた情報らしい。

 

「これって・・・・・・」

 

 オペレーターを務めるリザには、それが何なのか一目でわかった。

 

 プラント軍、恐らく保安局の行動計画書だ。

 

 読み進めていくと、目的と思われる一文が見つかった。

 

『捕虜一名、プトレマイオス基地へ移送』

 

 間違いない。捕虜一名とはカノンの事だ。

 

 嘆息する。

 

 ヒカルは目を覚ましてから、恐らくカノン生存の痕跡と、その行方を必死に探し求めたのだろう。

 

 そして行き付いたのだ。目当てとなる情報へ。

 

 レジスタンスが総がかりで追っても行方を掴めなかった情報を、ヒカルは部屋から一歩も出る事無く探り当てたのだ。

 

 瞠目に値すると言える。

 

 今さらながらヒカルが、あの怪物じみたスーパーコーディネイター、キラ・ヒビキの息子だと言う事が思い出された。

 

 顔を顰めるリィス。

 

 こんな状況でなければ、手放しの賞賛を弟に送りたい気分である。

 

 もっとも、行動の手段に移行する際に単独で動いている時点で、評価は完全にマイナスなのだが。

 

 とは言え、カノンの生存と所在の確認ができた今、自分達も手を拱いている事は許されない。ヒカルが先行して動いている事も含めて、作戦を立てる必要がある。

 

「私と、レオス、アステルの3人で陽動を掛けて、プラント軍の目を引き付ける。ヒカルがどの程度まで行っているかはわからないけど、私達が出れば、敵の注意を引けるはずだから」

 

 とにかく、ヒカルが馬鹿な事をしでかす前に(既に手遅れの感もあるが)、状況をこちらのコントロール下に引き戻す必要があった。

 

「目的はカノンの救出。ヒカルの馬鹿は・・・・・・まあ、ついでに余裕があったら、そっちもお願い」

 

 指示を下すリィスをアランは痛ましげに、それでいて微笑ましげに苦笑しながら見つめる。

 

 本当は弟の事が一番に心配であろうに。自分の感情を無理やり押し込めて、リィスは望まない戦場に立とうとしていた。

 

 それが理解できるからこそ、アランもまた自分にできる事で彼女の戦いを支援しようと思った。

 

「なら僕は艦に残って、できる限り情報を集めるよ。リザ。君は僕のサポートを」

「は、はいッ」

 

 リザの頷きを聞きながら、アランはリィスに再度目をやる。

 

 アランの意図を察したのだろう。リィスも頷きを返す。アランとオペレーターであるリザがサポートについてくれるならありがたかった。

 

 と、

 

「あの、三佐・・・・・・」

「ん、何?」

 

 声を掛けてきたナナミに、振り返るリィス。

 

 だがナナミは、何かを言い淀むように口をつぐんだまま、僅かに俯いている。

 

 ナナミは迷っていた。内通者がいる可能性をリィスに伝えるべきか否か。

 

 しかも、その一番の容疑者に、最大戦力であるギルティジャスティスを預けても良い物なのか?

 

 出撃準備を進める為に踵を返すアステルを、僅かに睨み付ける。

 

 怪訝な面持ちになるリィス。

 

 だが結局、ナナミは何も言う事ができなかった。

 

 

 

 

 

 何で、こうなったの?

 

 レミリアは自問自答して見た。

 

 取りあえず、自分に起きた事態を整理してみる。

 

 月に来て、友人が捕まっている事を知り、助けようと動いて、発覚して、お茶を飲んでいる。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 うん、どう考えてもおかしい。特に最後の部分が。

 

 レミリアはテーブルを挟んで、自分の向かいに座っている人物に改めて目をやった。

 

「お口に合いませんか?」

 

 自身もティーカップを口に運びながら、仮面の少女は穏やかな声で尋ねてきた。

 

 それに対し、自分も慌てたようにカップの中の紅茶に口を付ける。

 

 レミリアは今、ユニウス教団の聖女と名乗る少女とテーブルを囲み、茶を飲んでいた。

 

 廊下でばったりと出会った2人だったが、聖女の方からレミリアを誘ってきたのである。

 

 唇をつけたカップから、湯気の立つ紅茶が、喉へと注がれる。

 

 芳醇な香りと、ほんのり甘い舌触りがレミリアの舌を流れていく。

 

 正直言って、お世辞抜きで、美味しかった。

 

「美味しい」

「良かったです」

 

 率直に言うと、聖女は口元に笑みを浮かべる。

 

 顔の上半分を隠している状態であっても、目の前の少女の美しさが伝わってくるようだった。

 

 勿体ない、と、レミリアは場違いにも思ってしまう。

 

 これだけ可愛いんだから、顔なんて隠さなければいいのに。

 

 まあ、そこら辺は何か、レミリアが知らなくても良い事情があるのだろう。ならば、あえて踏み込まない事も必要だった。

 

 ところでレミリアとしては、いつまでもこうしてお茶を飲んでいる訳にもいかない。どうにかして、ここを抜け出し、カノンを助けに行かないと。

 

「何か、事情が御有りなのですか?」

「え?」

 

 そんな事を考えていると、聖女の方から声を掛けてきた。

 

 顔を上げるレミリアに、聖女は更に言葉を紡いだ。

 

「先ほどから何か落ち着かない様子。もし何か、悩み事がおありなら、わたくしで良ければ相談に乗りますが?」

 

 面食らうレミリア。

 

 まさか、今日会ったばかりの人間から、そのような事を言われるとは思っても見なかったのだ。

 

 どうした物か、と思案する。

 

 相変わらず、仮面を被った聖女の顔からは表情を読み取る事が難しい。彼女が何を考えているのか、レミリアには分からなかった。

 

 罠の可能性が、脳裏をよぎる。

 

 万が一、彼女がレミリアを罠に掛ける為にこのような事を仕組んだだとすれば、迂闊な事をしゃべれば、その時点でレミリアの命運は確定してしまうだろう。

 

 だが一方で、少女の冷静な部分が、状況を緻密の分析していた。

 

 聖女には(ひいてはユニウス教団には)レミリアを陥れる事で得られるメリットは無い。少なくともレミリアには、そう思える。

 

 この基地の中、否、プラントと言う巨大な国家組織の中にあって、レミリアはどこまでも孤独な存在である。仲間と言える者は誰一人としておらず、唯一の味方である姉も、人質として軟禁されている。

 

 孤独は否応無く、少女の心を干上がらせていた。

 

 だからこそ、自分の進む道に、ほんの少しで良いから変化が欲しいと思った。

 

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 その想いが、レミリアに口を開かせる。

 

 自分の経歴。かつて負っていた任務。そこで出会った友人達。

 

 そして、その大切な友達が、今この基地で囚われ、命の危険に晒されていると言う事態。

 

 聖女はレミリアの言葉を、黙って聞き入っていた。

 

 相変わらず何を考えているのかはわからない。

 

 話を終えたレミリアは、伺うようにして聖女の顔を見ると、それに合わせるように少女の方でも顔を上げてレミリアに視線を合わせた。

 

「なるほど、お話は分かりました」

 

 否定されるだろう。

 

 そんな予感が、レミリアにはあった。

 

 レミリアを陥れるメリットが聖女には無いのは確かだが、同時に協力したり、見逃すメリットも無い。更に言えば、後者の場合においては、プラントと教団の同盟関係に齟齬が生じると言うデメリットも存在する。

 

 話したのは早計だったか。

 

 レミリアは心の中で、一瞬そう考える。

 

 かくなる上は、ここを強硬に脱してカノン救出に向かうか?

 

 そう思った時。

 

「では、行動はなるべく早い方が良いですね。必要な物は用意させましょう。あなたも、すぐに動けるように準備をなさってください」

「へ?」

 

 レミリアが間抜けな声を上げたのも、無理からぬことであった。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

「どうかしましたか?」

 

 怪訝な顔付でレミリアを見る聖女。

 

「えっと・・・・・・手伝って、くれるの?」

 

 目を丸くするレミリアに対し、聖女はクスッと笑う。

 

「時間が無いのでしょう?」

「あ、うん・・・・・・」

 

 そう言って率先して歩き出す聖女を、レミリアは慌てて後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 哀れな整備員は、自分に何が起きたのか理解する事もできずに崩れ落ちた。

 

 倉庫へと引きずり込んで作業服を剥ぎ取ると、素早く着込む。

 

 帽子を目深に被り整備員を拘束すると、ヒカルは倉庫を後にして外からカギを掛けた。

 

 暫く窮屈な思いをしてもらうが、そこは勘弁してもらう事にした。

 

 行き交う作業員に紛れるようにして歩き出す。

 

 既に奪った端末から基地のシステムにアクセスし、カノンが監禁されていそうな場所も特定してある。

 

 エターナルフリーダムは艦に置いてきた。Nジャマーの恩恵が得られる地上でならともかく、それが無い宇宙空間では却って、あの機体は目立ちすぎるのだ。敵からも、そして味方からも。

 

 リィス達に相談せずに単独で動いた事は、一応、ヒカルなりに考えあっての事である。

 

 カノンの生存を知れば、当然だがリィス達も救出の為に動くだろう。

 

 だが現在、自由オーブ軍とプラント軍の緊張は最高潮に達している。そこに来て下手な動きを見せれば、それを機に戦端が開かれてしまう可能性すらあった。だからこそ動きは最小に、それでいて最速で動かなくてはならない。その為には、ヒカルが単独で動くのが最適であった。

 

 加えて、ヒカルは内通者と言う存在を疑っていた。

 

 驚くべき事だが、シュウジが内通者の存在を疑うのと同様に、ヒカルもまた、自分達の中に裏切者がいるのでは、と考えていたのだ。

 

 考えてみれば、思い当たる節は幾らでもある。

 

 アマノイワトが突然、攻撃を受けた件もそうだが、それ以前にコキュートス・コロニー攻撃の際、敵がいち早くこちらの行動を察知して、レニエントによる攻撃を仕掛けて来た事も気になっていた。

 

 後から聞いた情報だが、レニエントは巨大な移動要塞とも称すべき威容を誇っており、その主砲は、コキュートスを一撃で崩壊させた威力を見ても、容易に規模を想像する事ができた。

 

 しかし当然の事ながら、それだけの兵器を思い通りに動かすとなると、莫大な時間と労力が必要となる。遥か離れた場所にある小さなコロニーの座標を特定し、発射体勢に持っていくとなると、並大抵の事ではなかったはず。

 

 ましてか、文字通り「味方撃ち」の要素まで含んでいる事である。それこそ、事前に正確な情報が無いとできない事である。さもなければ、レニエント発射は空振りな上に、ただ味方の戦力をいたずらに減らしただけに終わっていた筈だ。

 

 内通者は確実にいる。それも恐らく、大和の中に。

 

 それが判ったからこそ、ヒカルは単独で動く事に決めたのだ。

 

 敵がどこにいるか判らない以上、誰かを頼る事はできない。たとえ信頼する姉であっても、何がきっかけで敵に情報が漏れるか判らないからだった。

 

 目的の場所へ向け、ヒカルは足を速める。

 

「・・・・・・待ってろよ、カノン」

 

 口の中で小さく呟く。

 

 完全に風景の中へと溶け込んだヒカルの姿を咎める者は、基地の中で誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 驚かずにはいられなかった。

 

 まさか、ここまでスムーズに入り込む事ができるとは。

 

 聖女の協力を得たレミリアは、全くと言って良いほど何の妨害も無いまま、監房区画に入り込む事に成功していた。

 

 本来なら、巡回や歩哨の兵が随時、監房周辺に配置され脱獄に備えて見張りを行なってるはずである。しかし今、それらの姿は影も形も存在しなかった。

 

 一体どんな手を使ったのか、聖女はほんの僅かな時間で、それらを遠ざけ、レミリアが潜入する道を作ってくれた。

 

 決行前にレミリアが施したシステムの工作も、まだ生きている。まさしく、絶好のチャンスだった。

 

 しかし、この埒外の幸運の中にあってさえ、レミリアは自問する事をやめられなかった。

 

 聖女はいったい、何の為に自分に協力してくれているのか?

 

 未だに何か裏があるのでは、という疑いを捨てきれないレミリアだが、同時にあの仮面の少女の事を信じても良いのでは、とも思うようになっていた。

 

 彼女がいなかったら、事はここまで思い通りに進む事はあり得なかっただろう。

 

「それに、あの娘・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、レミリアは思考を止めた。と言うよりも、自分が何について考えているのかまとまらなかったのだ。

 

 聖女について、何かしら思うところがあるのは確かだが、それが何なのかレミリアには分からなかった。

 

 だが、考えるのはそこまでだった。

 

 聖女がどんな手を使ったのかは知らないが、そういつまでも時間があるとは思えない。事は早急に済ませる必要があった。

 

 カノンが監禁されている部屋の前に立つと、予め得ていたパスコードを打ち込んで開錠、素早く中に滑り込む。

 

 果たして、

 

 2年ぶりの再会となる少女は、備え付けのベッドに腰掛けたまま、突然現れた闖入者を見て、目を丸くしていた。

 

「えっと・・・・・・誰?」

 

 首を傾げるカノン。

 

 その姿を見て、レミリアは安堵する。

 

 拷問はまだ初期段階だったのだろう。思ったよりも元気そうである。顔が多少腫れているし、服から見える肌にも痣があるが、起きられない程衰弱していると言う訳ではなかったようだ。

 

「ボクだよ、カノン」

 

 2年越しに聞かせる声に、果たして反応してくれるかどうか不安だった。よしんば反応があったとして、裏切った自分を、目の前の少女が許してくれると言う保証も無かった。

 

 あのヒカルですら、再会した時にはレミリアを詰って掴み掛ってきたほどである。カノンもそうなるかもしれない。

 

 ややあって、レミリアの躊躇交じりの声は、捕らわれの少女の心に一気に染み渡り、その奥底に封印されていた苗床に水を与えた。

 

 苗床から延びた記憶と言う名の木は、一気に成長して大樹へと成長。カノンの中で花開かせる。

 

「え・・・・・・レミル?」

 

 カノンの口からついて出た言葉は、怪訝の要素に満ち溢れていた。

 

「え、何でここに? プラント軍? あれ、でもレミルって北米統一戦線だったんじゃ・・・・・・」

 

 矢継ぎ早に飛ばされる質問に、レミリアは苦笑する。何だか、再会した時のヒカルの事を思い出してしまった。

 

「てか、何でスカート穿いてるの?」

 

 カノンは最大の疑問を口にした。

 

 確かに彼女は、レミリアが「レミル・ニーシュ」としてハワイに潜入していた頃の事しか知らない。女の恰好で彼女の前に立つのは初めての事だった。

 

「女装?」

「違う」

 

 カノンの間違いを、レミリアはやんわりと否定した。

 

 取りあえず話が進まないので、手錠を外してやりながら、かいつまんで要点だけ説明する。自分の性別や、現在の状況についてなど。

 

「・・・・・・・・・・・・ふーん」

 

 話を聞いて、カノンは尚も懐疑の眼差しをレミリアに向けてくる。

 

 まあ、簡単に信じろと言うのも無理な話であるが、今は詳しく説明している暇はない。

 

「さあ、早くここから・・・・・・・・・・・・」

 

 レミリアが言いかけた時だった。

 

「えいッ」

 

 自由になった手を伸ばしたカノンが、レミリアのスカートの裾を摘まむと、思いっきり振り上げた。

 

 あられもなくめくれ上がったスカートの下から、白いレースの装飾が入った水色の可愛らしいデザインをしたパンツがカノンの視界に飛び込んできた。

 

「成程、本当に女の子なんだ」

「キャァァァ!?」

 

 慌てて後退しながら、スカートを押さえるレミリア。

 

「な、何するのいきなり!?」

「いや、本当に女の子か確かめようと思って」

「だから、女だって言ってるでしょ!!」

 

 何もこんな手段に訴えなくても良いだろうに。

 

 抗議したいところだが、おバカなやり取りをしている間にもリミットは迫っている。

 

「と、とにかく、早く逃げよう。案内するから、ボクについてきて」

「ん、判った、お願い」

 

 カノンは思いのほかあっさりと頷くと、レミリアに続いて立ち上がった。

 

 あまり細かい事を気にしないカノンの性格が幸いし、事情説明は思ったよりもうまく行った事に安堵するレミリア。

 

 とにかく、稼げる時間も残りわずかである。行動は慎重に、かつ迅速に行う必要がある。

 

 レミリアはなるべく気配を消したまま、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 異様な気配がする。

 

 そう思ってヒカルが立ち止まった瞬間、まるで藪から飛び出す獣の如く、相手は襲いかかってきた。

 

 それに対応して見せるヒカルもまた、野生の勘と称しても良い反応速度で相手に応じる。

 

 間もなく、問題の監房区画に達しようとした時、自身に向けられる僅かな視線を察した瞬間の出来事だった。

 

「ハッハーッ 今のをかわすかッ さすがだ、魔王様!!」

「クッ!?」

 

 放たれる銃弾を回避。同時にヒカルも隠し持っていた銃を抜いて構える。

 

 互いの銃口を向け合うと同時に、トリガーは引き絞られる。

 

 撃鉄が落ちる一瞬の元に銃弾は放たれた。

 

 額の脇を擦過する痛みを無視しながら、ヒカルは相手を睨み付ける。

 

 ヒカルが放った銃弾も、相手に命中していない。

 

 互いに姿勢を戻し、改めて対峙する。

 

 ヒカルの視界の先に、笑みを浮かべた男が立っていた。

 

 顔を顰める。

 

 男が発する危険なにおいを敏感に感じ取り、ヒカルの五感が激しく警戒を促す

 

 まるで「戦い」をそのまま削って人の形を作ったような人物。ヒカルがこれまで対峙した、どのような敵とも異なる、危険な雰囲気を持った男だ。

 

 戦うために生まれ、戦いの中で生きる事を至上とし、そして戦いの後に果てる事を無上の幸福とする。

 

 目の前にいるのは、そのような男だ。

 

 対して、クーラン・フェイスも、ヒカルを値踏みするように睨み据える。

 

「ほう、そこそこやるようだな、魔王様。御尊顔を拝し、恐悦至極って奴だ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 軽口に、ヒカルは無言で応じる。

 

 最近、自由オーブ軍の中で「魔王」と呼ばれる存在がおり、それがどうやら自分に対する呼び名であるらしいと言う事は、ヒカルも知っていた。

 

 それ自体は、別に悪い気はしていない。確かに、プラントと言う支配を打ち砕くべく抵抗を続ける自分は、ある意味魔王と呼ばれても仕方が無い。

 

 問題なのは、目の前の男が「魔王」であると知って、自分を待ち構えていた節がある事だった。

 

 やはり、動きが読まれている。そう断じざるを得ない。

 

 考えたくもない事だが、裏切者はヒカル達のすぐそばにいると考えるべきだった。

 

 反撃の為に応戦。そのまま物陰へと走る。

 

 だが、相手はまるで焦らすように、ヒカルに向けて銃を撃ってくる。

 

「ほら、逃げろ逃げろッ 無様にケツ振って逃げやがれッ 魔王様!!」

「チッ」

 

 挑発するようなクーランの言葉に、ヒカルは舌打ちしながら前方宙返りを打つ。

 

 視線が上下逆転する中、空中で照準を合わせるヒカル。

 

 身の軽さには自信があるヒカルならではの空中戦法は、相手の意表を突くようにして攻撃へと移行する。

 

 放たれる弾丸。

 

 しかし、クーランは床を蹴って跳躍。跳ねるようにしてヒカルへと迫ってくる。

 

「クソッ!?」

 

 更にトリガーを絞るが、放たれた弾丸は、アンバランスな状況で放った為、呆気無く回避される。

 

「低重力戦闘がヘタクソだな!!」

 

 距離を詰めるクーランが壁を蹴って勢いをつけ、ヒカルに回し蹴りを繰り出す。

 

 その爪先が、ヒカルの腕を捉え、銃を弾き飛ばした。

 

「グッ!?」

 

 痛みに顔を顰めるヒカル。

 

 その瞬間を逃さず、クーランは抜き放ったナイフをヒカルに突き付けて来た。

 

 とっさに、クーランの腕を掴んで受け止めるヒカル。

 

 互いの顔が、至近距離に迫って睨みあう。

 

「ほう・・・・・・」

 

 息がかかるくらいの至近距離でヒカルの顔を眺めたクーランは、感心したように声を出す。

 

「よく見れば、親父にそっくりだな。流石は親子だよ」

「何ッ!?」

 

 腕に掛かる重圧に耐えながら、ヒカルは問い返す。

 

「父さんを知っているのか!?」

「ああ、知ってるぜ。奴とはマブダチだったからな。まあ、別の言い方をすれば、『同じ穴のムジナ』って奴だよ」

 

 その言葉に、ヒカルは思わず愕然とする。

 

 父が、この男と同じだった?

 

 あの優しかった父が、目の前の危険極まる男と同類だなどとは、ヒカルにはどうしても想像できなかった。

 

 そんなヒカルの様子を見て、クーランは何かを察したように笑みを浮かべる。

 

「ああ、成程。パパの事は何にも知らない訳か、魔王様は」

「クッ!?」

 

 ヒカルの頭が、一瞬で沸騰する。

 

 自分の知らない父を、目の前の男が知っている。

 

 ただそれだけで、全身の血液が沸騰しそうだった。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 ヒカルの中でSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

 膠着状態を打破するように、クーランの腹を蹴り飛ばす。

 

 くぐもった呻きを漏らすクーラン。

 

 そのまま壁際まで弾き飛ばされながらも、歴戦で培った勘に従い体勢を立て直す。

 

 しかしその時には既に、ヒカルは次のアクションを起こしていた。

 

 手にした発煙手榴弾をクーランの鼻先に投げつけて起動する。

 

 一瞬にして、廊下を満たす煙。

 

 これには、流石のクーランも怯まざるを得なかった。

 

 その隙に、ヒカルはその場を離脱する。

 

 元より、目的はカノンの救出であって、この男と戦う事ではない。

 

 だが、

 

 ヒカルにはクーランが言った言葉が、まるで毒の蔦のように己の心を侵していくような気がしてならなかった。

 

 いったい父の過去に何があったのか。

 

 今、ヒカルはかつて無い渇望感を持って、父に対する興味を募らせていた。

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

 警戒しながら歩くレミリアに、カノンは後ろから声を掛ける。

 

 レミリアは周囲を確認しつつ、歩を先に進めていく。

 

 周囲に人の気配は殆ど無い。

 

 先程から何度か、巡回の兵士と行き会っているが、その度に物陰に隠れてやり過ごす事に成功していた。

 

「何?」

 

 振り返らずに尋ね返したレミリアは、ふと思い出す。

 

 今のカノンの声には、どこか躊躇うような口調があったように思える。2年前の記憶を掘り起こしてみれば、それが確か、カノンが何か言いにくい事を言う時のくせだったように思える

 

 ややあって、カノンは先を続けた。

 

「ヒカルは知ってるの? その、レミルが女だってこと・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、レミリアは動きを止める。

 

 予想通り、聞く方も答える方も、言いにくい内容であった。

 

 ここでヒカルの名前が出て来たのは、レミリアにとって聊か予想外だったが、同時にヒカルが、自分の性別の事を周囲に黙っていてくれた事も理解した。

 

 まるでヒカルと同じ秘密を共有できていたみたいな、奇妙な嬉しさがこみあげてくる。

 

 だが、それは同時に、カノンの心を乱す事態でもあった。

 

「知ってるんだ・・・・・・」

「う、うん」

 

 頷くしかないレミリア。

 

 カノンもまた、思いを寄せる幼馴染の少年が、寄りにもよって、これ程の重大事を自分にも隠していた事にショックを受けずにはいられないでいた。

 

 2人の間に、そのまま沈黙が流れ込む。

 

 その時だった。

 

 廊下の向こうから、人が翔足音が聞こえてきた。

 

 途端にレミリアは、警戒するようにカノンを庇いながら身を固める。

 

 立場上、レミリアは帯銃する事を許されていない。万が一、誰かに見咎められたときは、格闘戦で活路を見い出すしかなかった。

 

 果たして、

 

 廊下の向こうから駆けてきた人物は、2人にとって共通の知り合いとなる人物だった。

 

「「ヒカル!?」」

 

 クーランの追撃を振り切って、どうにかここまで辿り着いた少年は、突然名前を呼ばれて立ち止まる。

 

 その片方が、自分が助け出す為にここに来た少女だと知って、歓喜と安堵が混じりあった表情を現した。

 

「カノンッ」

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・レミリア」

 

 失ったと思っていた少女の名を、呟く。

 

 アラスカで対峙した時以来の再会。もっともあの時は、互いに交えた物は剣であり、友誼ではなかった。

 

 事実上、第1次フロリダ戦の後、一晩を共に過ごした時以来となる。

 

「生きてたんだ」

「それはこっちのセリフだ」

 

 そう言って、互いに笑みを浮かべる。

 

 だが、和んでいる暇は互いには無い。こうしている間にも、追っ手は指呼の間に迫っているのだ。

 

「さ、カノン」

 

 レミリアはそう言って、カノンの背中を押す。

 

 一応、カノンを逃がす為の算段は考えていたレミリアだが、ヒカルがこうして迎えに来た以上、彼に託すのが妥当と考えたのだ。

 

「う、うん」

 

 躊躇いがちに頷くと、カノンはレミリアの方を名残惜しそうに振り返りながら、ヒカルの所へと走る。

 

 真っ直ぐに少年の胸に飛び込むと、ヒカルもまた、カノンの小さい体を抱きとめた。

 

「大丈夫だったか?」

「うん、何とか」

 

 救出が早かったおかげで、拷問は軽い物で済んだ。しかし、愛らしさの残るカノンの顔には痣が浮き、体にも傷が残っている。

 

 いずれも、放っておいても治癒する程度の物だが、しかしそれを見ただけでヒカルは自身の沸点が上昇する思いだった。

 

 だが、その怒りを実際にぶつけるのは後日の事。今はまず、脱出を急ぐ必要があった。

 

 ヒカルは、もう1人の少女へと向き直る。

 

「レミリア、お前も・・・・・・」

「ダメだよ、ヒカル」

 

 しかしレミリアは、ヒカルが何を言うのかを予想していたように遮った。

 

 その瞳には、ある種の諦念が浮かべられ、自らの運命を受け入れた者特有の、悲しい覚悟が見て取れた。

 

「ボクは行けない。2人だけで行って」

 

 静かに、しかし断固とした調子で、レミリアは拒絶の意志を示す。

 

 所詮、彼等と自分は住む世界が違う。彼等には自由に空を飛ぶ事ができる翼がある。

 

 だが自分は鎖に繋がれ、一生、籠の中で生きるしかないのだ。

 

「そんな・・・・・・」

 

 愕然と声を詰まらせるカノン。

 

 対して、

 

「何言ってんだよッ 良いからお前も来いッ」

 

 そう言って、ヒカルは手を伸ばす。

 

「何か問題があるなら、俺が全部解決してやるッ お前が普通に生きるのを邪魔する奴がいるなら、全部俺がぶっ飛ばしてやるッ だから、来いよッ レミリア!!」

 

 レミリアは微笑を浮かべる。

 

 久しぶりに会ったヒカルは、本当に何も変わっていない。立場は変わっても2年前と同じくまっすぐで、どんな障害があっても前へ進もうとしているかのようだ。

 

 ふとすれば、本当に思ってしまう。

 

 ヒカルならあるいは、と。

 

 手を、彼に向かって伸ばしたくなる。

 

 だが、

 

 レミリアは微笑を浮かべ、黙って首を横に振った。

 

「ボクは、行けない」

 

 もう一度、同じ言葉を繰り返す。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。良く判ってるじゃん。自分の立場がさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PHASE―19「繋がれし再会」      終わり

 



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PHASE-20「父の真実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。良く判ってるじゃん。自分の立場がさ」

 

 突然、響き渡った言葉に、ヒカル、カノン、レミリアは警戒して振り返る。

 

 いったい、いつの間に接近を許したのか?

 

 最大限の警戒を怠ったつもりは無かったが、それでも突然の予期せぬ再会シーンと会って、僅かに気が削がれた事だけは否めなかった。

 

 向けられる三対の視線。

 

 そこには、

 

 ピエロのような派手な格好をした男が、気味の悪い笑みを浮かべて立っていた。

 

 ヒカルは目を細め、カノンは怯えるようにヒカルに身を寄せ、レミリアは悔しそうに唇を噛みしめている。

 

 三人三様に、目の前のふざけた恰好をした男が放つ、異様な雰囲気を感じ取っているのだ。

 

 そのPⅡの傍らには、先程ヒカルが戦ったクーランが、こちらも笑みを浮かべながら、それでいて油断なく銃口を向けていた。

 

「PⅡ・・・・・・・・・・・・」

「あ、駄目じゃないレミリア。こういう名乗りは、僕は自分でやるから面白いのに」

 

 勝手に自分の名前を呟いたレミリアに、的の外れた抗議をするPⅡは、その視線をヒカルへと向けた。

 

「困るんだよねえ。その娘を勝手につれて行かれちゃ。彼女は僕の物なんだから」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、レミリアを舐めまわすように眺めるPⅡ。

 

 対してヒカルは、親友を物扱いされている事に苛立ちを覚えつつも、2人をどうやって守るか頭の中でシュミレートする。

 

 相手は2人。うち1人の実力は完全に未知数だが、もう一方、クーランの方は先ほど戦って、その実力の程は理解している。全力を振り絞っても勝てるかどうか、と言ったところだ。ましてか、監禁と負傷で体力を消耗しているカノンを抱えていては、勝機など皆無に等しかった。

 

 どうやって、この場を切り抜けるか。

 

 深刻な思案をするヒカルを余所に、PⅡはレミリアに笑いかける。

 

「まあもっとも、この娘は自分の立場を、ちゃんと判ってるみたいだけど。ねえ、レミリア?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう、レミリアは決して、彼等に逆らう事はできない。

 

 最愛の姉を人質に取られている限り、少女の首にはいつでも不可視の鎖が嵌められているのだ。

 

 そして、その鎖の端を握っているのが、他ならぬPⅡだった。

 

「でもまあ、たまには放し飼いにしてみるのも面白いかもね。何しろおかげで、予想外に愉快な場面が出来上がった訳だし」

 

 ヒカルと視線を合わせるPⅡ。

 

 次の瞬間、ヒカルは己の中で、最大限の警報が鳴るのを聞いたような気がした。

 

 目の前の男は、何かが危険だと、ヒカルの中で告げている。

 

 たとえばあの、クーランとはまた別種の危険。まるで人食い蛇に足元に絡みつかれたかのような、そんな不快感だ。

 

 そんなヒカルに対し、PⅡは恭しく前へ出て名乗った。

 

「はじめまして、ヒカル・ヒビキ君。僕はPⅡ。まあ、色々な形で呼ぶ人はいるけど、今はそう覚えておいてね」

「PⅡ・・・・・・・・・・・・」

 

 悪意の底から這い出してきたようなピエロ男を、ヒカルは真っ直ぐに睨み付ける。

 

 直感で分かった。レミリアを何らかの理由で縛りつけているのは、この男だと。

 

 故に、ヒカルは敵意の籠った瞳で、ピエロ男を睨み付けるが、当のPⅡはと言えば、そんなヒカルの敵意などそよ風程度にも気にせずに笑い飛ばす。

 

「実は、前々から僕は、君に会いたかったんだよ」

「・・・・・・俺に?」

「そう、あの『ヴァイオレット・フォックス』キラ・ヒビキの息子。君のお父さんは僕の憧れでね。彼ほど、多くの人間を殺した者は他にいないさ。だから、その息子がどんなものか、一度見ておきたかったんだ」

 

 ヴァイオレットフォクス?

 

 一体なんの事だ?

 

 訝るヒカルに対し、クーランは侮蔑を込めた口調で、上司に忠告を入れる。

 

「無駄だ。そいつは親父の事は何も知らねえとよ。どんだけ頭ん中が幸せなんだか」

「あ、そーなんだ。そりゃ残念残念」

 

 肩を竦めるPⅡ。あからさまに小馬鹿にした態度を取る2人に、ヒカルは今すぐにでも殴り掛かりたい心境に駆られるが、全ての理性を総動員して自分を押さえる。

 

 ここで激発したら、奴らの思うつぼだ。

 

 あくまで冷静に、逆転の一手を模索する。

 

 ヒカルの手札はクズばかりだが、諦めるにはまだ早かった。

 

 その間にも、PⅡは独演するように語り続ける。

 

「世の中、君の父上ほど人を殺した人間はいないだろうね。『1人殺せば犯罪だが、1万人殺せば英雄』ってのは、誰が言った言葉だったかな? まあ、興味は無いんだけどね、そんな事には。それよりも、そんな狂気の沙汰を本当に実践してしまう人がいるだけで、本当にゾクゾクしてくるよ」

「テメェ・・・・・・」

「ヒカル、駄目!!」

 

 激発しないと誓ったばかりだが、父の事を言われ、ヒカルは自身の感情を抑えきれなくなる。

 

 そんなヒカルを、レミリアが制した。

 

 PⅡの底知れない不気味さを、レイリアは良く理解している。一見するとクーランのみの護衛で無防備に立っているだけにも見えるが、その裏で何を画策しているのか、判った物ではなかった。

 

 言っては何だが、ヒカルとは格が違い過ぎる。彼がPⅡに勝てるビジョンが、レミリアにはどうしても浮かばなかった。

 

 そんな緊張した面持ちの中、

 

 PⅡは肩を竦めて見せた。

 

「良いよ、逃がしてあげる」

「なッ!?」

 

 何の前触れもなく突然言われた解放宣言に、驚いて声を上げるヒカル。

 

 対してPⅡは大したことではないと言いたげに、ヒカルに向けて手を振る。

 

「今回は面白かったからね。出血大サービスのお礼だよ。まあ、こんな事は二度と無いだろうけどね。ほら、気が変わらないうちに行った行った。あ、レミリアは置いて行ってよね。念のために言っとくけどさ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは必死に模索する。

 

 自分とカノン、そしてレミリアが、この場を無傷で脱出するための方策を。

 

 この基地内にヒカルを掩護する者は誰もいない。ここに来て、単独行が完全に仇となっていた。

 

 3人とも死ぬか? それとも屈辱に耐え、カノンだけを連れて脱出するか?

 

 ヒカルに残された選択肢は、その二つだけだった。

 

「行って、ヒカル」

 

 逡巡を見せるヒカルに、レミリアは静かに言った。

 

 元より彼女は、自分の運命について既に諦念を付けてある。ここでヒカルやカノンと再会できたことは、いわば神の目溢しみたいな幸運だったと割り切る事ができた。

 

「・・・・・・・・・・・・悪い」

 

 そんなレミリアの気持ちを理解したからこそ、ヒカルにはどうする事もできなかった。

 

 カノンに肩を貸して歩き出す。

 

 と、

 

「また、会えるよね!?」

 

 未練を引きずるように、カノンが振り返って尋ねる。

 

 対してレミリアは、柔らかく微笑んだ。

 

「さあ、どうかな・・・・・・・・・・・・」

 

 それは最早、レミリアにとって望む事の出来ない願いでしかなかった。

 

 互いにすれ違う。

 

「必ず、助ける」

 

 それまで待ってろ。

 

 ヒカルはそう囁きかけて、レミリアとすれ違う。

 

 それに対して、レミリアは何も言わなかった。

 

 彼女の背後にいたPⅡとクーランは、約束通り何もせずにヒカルが通り過ぎるのを見逃す。

 

 ただ、すれ違う一瞬、互いの視線が鋭く交錯した。

 

 ヒカルは敵意と共に、

 

 クーランとPⅡは嘲弄を込めて。

 

 やがて両者は、何も言わずに互いに背中を向け合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戻ったヒカルを待っていたのは、リィスの容赦無い平手打ちだった。

 

 まあ、姉がそれくらいで許してくれた事には感謝するべきだったろう。下手をすれば、子供の頃にルーチェと一緒に味わった「お仕置きフルコース」を再現される可能性すらあった。あれは強烈であり、未だにヒカルの心には深いトラウマとなっている。正直、二度と味わいたくなかった。

 

 今回のヒカルの「罪状」は、それだけ重かったと言う事である。

 

 もっとも、一応のケジメはつける意味で、ヒカルには3日間の独房入りが命じられたが。

 

 その3日後、独房を出てシャワーを浴び、身ぎれいにしたヒカルが一番にした事は、得た情報の整理だった。

 

 机に座って端末を起動すると、すぐにひとつの単語を打ち込んでみた。

 

 ヴァイオレットフォックス。

 

 あのPⅡとかいうふざけたピエロ男は、父の事をそう言っていた。

 

 クーランと言う男は、キラの事を「同じ穴のムジナ」と言っていた。

 

 その事が、どうしても気になっていたのだ。

 

 だが、

 

 検索して、驚いた。

 

 ヴァイオレットフォックス

 

 CE60年代後半から、70年代初頭に掛けて活動していた反大西洋連邦派のテロリスト。

 

 従事したテロ活動は2ケタに上り、犠牲者の数は3ケタにまで達すると言われている。

 

 「最凶最悪のテロリスト」「狡猾なる暗殺者」「姿無き殺人鬼」「大量殺戮の使徒」「連邦に仇成す者」。これらは全て、ヴァイオレットフォックス1人に送られた異名である。

 

 空恐ろしくなる。

 

 これを自分の父が起こしたのだとすれば、背筋の震えが止まらなくなる想いだった。

 

 と、

 

「そんな事調べて、どうしようって言うの?」

 

 入口の方から声を掛けられ、ヒカルは振り返った。

 

 呆れ顔のリィスは、ゆったりした足取りでヒカルの方へと近付いて来る。

 

 対してヒカルは、すぐに視線をモニターの方へと戻し、それでも口だけを動かして問いかけた。

 

「リィス姉は知ってたのかよ。父さんの事?」

 

 父が、かつてはテロリストとして破壊活動に従事していた事。

 

 その過程で、罪の無い人間を殺戮した事もあった事。

 

 正直、ヒカルには全くピンと来ない。

 

 ヒカルの知っているキラはいつも穏やかで、人一倍優しかった。そんな父がテロリストだったなど、想像する事すらできない。

 

 だが、

 

「ええ、知ってたわ」

 

 ヒカルの希望的観測を打ち破るように、リィスは肯定の言葉を簡潔に述べた。

 

「私は前に、お父さんから直接聞いたから間違いないわ」

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 ヒカルは静かに頷いて、椅子に深く腰掛ける。

 

「ヒカルがまだ生まれてなかった頃ね、世界では今以上に、コーディネイターとナチュラルの対立が激しかったの。それこそ、ひどい時には街を歩いていただけで殺されてしまうくらいに。お父さんは子供の頃、コーディネイターを擁護するゲリラ組織にいたらしくて、そこで色々あったらしいわ」

 

 その時代を、リィスもまた経験してきている。

 

 リィスは自分の両親の顔を知らない。物心ついた時には既に戦場にあって銃を取っていたのだ。

 

 もし、あの地獄と化したスカンジナビアでキラとエストに拾われなければ、彼女もまた戦場で野垂れ死にしていた事だろう。

 

 ヒカルは嘆息する。

 

 自分だけが知らなかった。父の事を何も。

 

 その事が、まだ少年の域を出ないヒカルには、世界から取り残されたような感覚に捕らわれる。

 

「結局、俺が子供だったから、みんなは話してくれなかった、て事か」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 乾いた声で発せられる弟の言葉に、姉は肯定も否定もせずに無言を貫く。

 

 ヒカルの言った事もまた一つの事実であったことは間違いない。父や母が、幼かったヒカルには真実を話そうとしなかったからこそ、リィスもまた、両親の意志に倣ったのだ。

 

 まして、ヒカルはテロによって双子の妹を失っている身である。それ故、どうしても話す事が憚られたのだ。

 

「ヒカル、なのね・・・・・・」

「良いよ、リィス姉」

 

 言い募ろうとするリィスを、ヒカルは静かに制した。

 

 その瞳は静かな光を湛え、何かを悟ったようにリィスを見詰めている。

 

「父さんが昔何をしていたかは、問題じゃないんだ。結局のところ重要なのは、父さんが俺に何をしてくれたか、なんだと思う」

 

 優しかった父。

 

 その父は、ヒカルに多くの物を残してくれた。

 

 大切な姉、大切な友、大切な仲間、それらを守る為の力、そして他者を思いやる事ができる優しい心。

 

 だからこそ今、ヒカルは戦う事ができるのだと思う。

 

 そんなヒカルの様子を、リィスは眩しそうに見つめる。

 

 強くなった。

 

 以前のヒカルなら、事実を知ってしまったら、きっと打ちひしがれて何もできなくなってしまっていた事だろう。

 

 だが今、ヒカルは自らに課せられた鎖を振り払うように、大きく羽ばたこうとしている。

 

 それがリィスには、姉として、そして共に戦う戦友として、この上無く頼もしく思えるのだった。

 

 

 

 

 

「ねえ」

「はい、何ですか?」

 

 いつものお茶の席にあって、レミリアは聖女に対して質問をぶつけてみた。

 

 あれ以来、レミリアは頻繁に聖女の部屋に招かれるようになり、そこで彼女と他愛のないおしゃべりや、彼女が淹れてくれるお茶を楽しむのが日課となっていた。

 

 捕虜を逃がした事については、レミリアも何らかの処分がある物と覚悟していたが、拍子抜けするくらいあっさりと不問にされてしまった。恐らくPⅡが裏から何かしらの手を回したのだろう。

 

 もっとも、その件に関して、あのピエロ男に感謝する気は微塵以下も存在しないのだが。

 

 いったい、PⅡは何を考えているのか。

 

 否、あの男が考えている事を推し量れる者など、この世にいるとも思えない。

 

 まさか本当に「楽しかった」から、と言う訳でもないだろうに。

 

 何にしても、あの男の事など、レミリアにとっては考えるだけでも気分が悪くなるので、それ以上思考する事をやめてしまった。

 

 代わって頭の中に浮かんできたのは、目の前で同じように紅茶を飲んでいる仮面の少女の事だった。

 

「どうして、ボクを助けてくれたの?」

 

 率直に言って、聖女にはレミリアを助けるメリットは皆無の筈だ。にも拘らず、この少女は躊躇いなくレミリアを手引きしてくれた。

 

 その事が、どうしてもレミリアには疑問だったのだ。

 

「いけませんか?」

「いや、いけなくはないけどさ・・・・・・」

 

 言い淀むレミリア。

 

 確かに、聖女が助けてくれた事はレミリアとしてもありがたかった。彼女の助けが無かったら、事はあそこまでスムーズには運ばなかった事だろう。

 

 だが同時に、彼女の考えがレミリアには全く判らなかった。

 

 そう言う意味では正直なところ、聖女もPⅡも、レミリアにとっては似たような物であった。

 

「・・・・・・なぜでしょうね」

 

 カップをソーサーに戻しながら、どこか自嘲するように聖女が言った。

 

「捕らわれたあの少女の事を見たら、是が非でも助けなくてはいけない、そんな風に考えてしまったのです」

 

 聖女自身、自分がなぜ、そのような事を考えてしまったのかは判らない。ただ、衝動に突き動かされるような感情が湧き上がった事だけは確かだった。

 

 そんな時に、聖女の前に現れたのがレミリアだった。

 

 彼女の事情を聞いた時、聖女はレミリアを支援しようと考えたのだった。

 

 そこに迷いは無かった。ただ、己の魂から湧き上がってきたような意志が、彼女を突き動かしたのだ。

 

「それに、ちょっとだけ、下心もありましたから」

「下心?」

 

 口元に微笑を浮かべる聖女を、レミリアはいぶかしんで見つめる。どうにも「下心」と言う単語が、目の前の清楚な仮面少女には似合わないように思えたのだ。

 

 対して、聖女は少しはにかむようにして、レミリアと向き合う。

 

「実はわたくし、お友達と呼べる方がいなくて・・・・・・」

「は?」

 

 突然、予想していなかった事を言われ、目を丸くするレミリア。

 

 なぜ、いきなりそんな話になるのだろう?

 

 疑問に思うレミリアを見ながら、聖女は先を続ける。

 

「教団には同年代の子もたくさんいますが、彼女達は皆、わたくしの事を「聖女」として崇めてはくれますが、決してお友達にはなってくれません」

 

 無理も無い話である。教団内での聖女は、正に「神の使い」であり、「友達」などと言う対等な関係を望む事は、すなわち太陽を素手で掴むにも等しい愚行なのだ。

 

 当然、彼等が聖女に臨む態度は「敬意」であって「友情」ではない。

 

 そこに来て、レミリアと言う存在は聖女にとって、いわば「うってつけ」の人材だった訳だ。

 

「お願いしますレミリア。どうかわたくしの、お友達になってくれませんか?」

 

 それはレミリアにとって、ある意味どんな言葉よりも突拍子も無かった。

 

 同盟軍の代表であり、ある意味、神聖不可侵とでも言うべき立場と雰囲気を持った少女が、まさかテロリスト上がりの自分に、友情を求める事など、完全に想像外の事である。

 

 だが、その突然の出来事が、ある意味、新鮮な風となってレミリアの心の中に吹き込んだ。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 ややあって、聖女の意図を理解したレミリアは、頷きを返す。

 

 正直なところ、レミリア自身も孤独の中に埋没し、自分と言う物を見失いかけていたところである。その事を考えれば、聖女と友誼を結べることは、彼女にとってもありがたい事であった。

 

 ニコッと、笑みを浮かべてレミリアは聖女を見る。

 

「ただし、一つだけ条件かな」

「条件、ですか?」

 

 仮面の奥で、訝る表情を見せる聖女。

 

 そんな彼女に対し、レミリアは優しく笑いかける。

 

「名前を教えて。ボクは教団の信徒じゃないし、いちいち呼ぶときに『聖女さん』なんて言ってたら面倒くさい。第一、友達ならお互い、名前で呼び合うのが普通だと思うよ」

「なるほど」

 

 レミリアの言葉に納得した聖女は、頷いてから真っ直ぐに彼女を見据えて言った。

 

「では、わたくしの事は、アルマ、とでもお呼びください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦の機運は、高まりつつあるのは、誰もが感じている事であった。

 

 自由オーブ軍とパルチザンによる連合軍は、「第二次月面蜂起」に向けて着々と準備を進めつつある。

 

 だが、状況はお世辞にも芳しいとは言い難かった。

 

 先の蜂起失敗によってパルチザンは大打撃を受けており、その戦力回復は思うように進んでいない。

 

 一応、ターミナルや自由オーブ軍経由で、戦力の補充は行われているが、それは微々たる物でしかない。とてもではないが、正面からプラント軍に対抗できる物ではなかった。

 

 一方のプラント軍はと言えば、精鋭部隊を含めて続々と戦力の増強を行っている。今やその勢力は、第一次月面蜂起時の倍にまでなっているほどだった。

 

 更にここに来て、最悪とも言える報告が齎されるに至る。

 

 プラント軍は、本国から増援部隊を編成して月方面へ送り込んだと言う。ここで一気に月の抵抗勢力を根絶やしにし、支配権を確立してしまおうと考えているのだ。

 

 もし増援部隊が到着すればもはや、双方の戦力差は決定的であり、いかにオーブ軍が一騎当千のエースを抱えているとしても、逆転は難しいだろう。

 

 動くなら、今しかない。たとえ勝機が砂粒程度であったとしても、時間を掛ければそれだけ勝率も低下する。

 

 オーブ・パルチザン連合軍は戦力をかき集めて蜂起に備える。

 

 しかし当然ながら、あからさまな戦力の動きは、プラント軍が察知するところであった。

 

 反抗勢力は数日の内に行動を開始するだろう。ならば、自分達も丁重に出迎える必要がある。

 

 そう考えたプラント軍も、プトレマイオス基地に戦力を集中させて決戦に備える構えを見せる。

 

 両軍の機運は高まり、徐々に膨張しながら月全体を包み込んで行くかのようだった。

 

 

 

 

 

 少女はベッドの上に横たわったまま、自分を見下ろす少年を見詰めていた。

 

「ごめんね、手伝えなくて」

 

 カノンは申し訳なさそうに、そう言って謝る。

 

 ヒカルに救出されてから数日、カノンには絶対安静が言い渡されていた。

 

 短期間とは言え、捕まって拷問を受けた身である。体力的に消耗が激しい上に、怪我も負っている。絶対安静は妥当な判断だった。

 

 オーブ側としては痛い話である。決戦を前にして、主力であるパイロット1人を戦列から失ってしまったのだから。

 

 決戦に際し、かなり苦しい戦いになる事が予想された。

 

「・・・・・・ねえ、ヒカル」

「ん?」

 

 傍らに置かれたリンゴの皮を剥いてやりながら、ヒカルは首だけ動かしてカノンを見る。

 

「ヒカルは知ってたんだよね。レミル・・・・・・レミリアが女の子だって事」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 躊躇うように間を置いて、ヒカルは返事を返す。

 

 確かに自分は、二年前からレミリアが女であることを知っていた。無論、初めから知っていた訳ではないが、隠していたのは事実である。

 

 もっとも言い訳をさせてもらえば、ヒカル自身、つい先日までレミリアが生きている事を知らなかったという事情もある。その為、レミリアの性別について、今まで語る機会が無かったのだ。

 

 しかし、

 

 ヒカルは今、カノンにレミリアの事を隠していた件について、僅かな後ろ暗さを感じずにはいられなかった。

 

「ヒカルってさ・・・・・・」

 

 そんなヒカルに、カノンは更に問いかける。

 

「もしかして、レミリアの事が好きなの?」

「ハァ? 何でそんな話になるんだよ?」

 

 意味が分からず、ヒカルは問い返す。

 

 正直、今までレミリアの事を「親友」として見て来たが、それで彼女に対して恋愛感情を意識した事は無かった。

 

 勿論、女である事が分かってからは、性別について意識しなかった訳ではないが、それで彼女が好きかどうかと言われると、正確には答えられなかった。

 

 幼馴染のそんな様子に、カノンは嘆息する。

 

 ヒカルの鈍感キング振りは相変わらずのようだ。要するに、レミリアの件については、多少驚きはしたものの、カノンにとって決定的な敗北には至ってはいない、と考えていいだろう。

 

 結論を言えばプラマイゼロ。悲嘆するほどではないが、喜んでいい事態とも言い難い。

 

「ま、チャンスがあるだけマシかも」

「ん、何か言ったか?」

「何でもない」

 

 そっぽを向いて言い捨てると、ヒカルが差し出したリンゴを摘まんで口に運ぶ。

 

 とは言え、

 

 カノンはリンゴを咀嚼しながら、改めてレミリアの事を思い出す。

 

 元々、女の子のような顔だと思ってはいたが、まさか本当に女だったとは。

 

 神秘のベールを脱ぎ捨てたレミリアは、少女らしい可憐さと少年的な凛々しさを兼ね備えた、ある種の神秘的な存在感を持っていた。

 

 正直、同性のカノンですら、息を飲むような美しさだった。

 

 チラッと、ヒカルに目をやる。

 

 何でもないような事を言っているヒカルだったが、心の内ではレミリアに惹かれていたとしてもおかしくは無い。

 

 そんな少年の心の内を思うと、カノンはとてもではないが平静ではいられないのだった。

 

 

 

 

 

 ヒカルがカノンの部屋を出るとすぐに、壁に寄り掛かるようにして誰かが立っているのに気がついた。

 

 まるで自分が出て来るのを待っていたようなその人物の顔を見ると、ヒカルは少し驚いたように目を開く。

 

「アステル?」

 

 相手の名を呼ぶと、アステルは鋭い眼差しで顔を上げ、ヒカルを睨んできた。

 

 その視線のたじろくヒカルに、アステルは低い口調で話しかけた。

 

「レミリアが生きていたそうだな」

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 基地に潜入した際の報告は、既にあげてある。当然だが、そこにはレミリア・バニッシュの生存と、プラント軍への編入についても記載しておいた。

 

 アステルもそれを読んで、ここに来たのだろう。当事者であるヒカルから、より具体的な話を聞く為に。

 

 気にならない筈が無かった。アステルにとって、レミリアはかつての戦友であり幼馴染である。その彼女の生存が、2年越しに確認されたのだから。

 

 しかし、

 

「・・・・・・戦いにくいよな。やっぱり」

 

 ヒカルは少し言いにくそうに告げる。

 

 レミリアはヒカルにとって、今でも親友である。そんな彼女が敵にまわっているのは、やはりやり辛い物がある。

 

 ましてかアステルにとってレミリアは、かつてともに同じ組織で戦った戦友でもある。ヒカル以上に戦いにくい筈だった。

 

 だが、

 

「何故だ?」

 

 鋭い眼差しのまま、アステルはヒカルに尋ね返す。

 

 その瞳には一点の曇りすら無く、あらゆる弱さを削ぎ落したような鋭さがあった。

 

「いや、何故って・・・・・・・・・・・・」

「あいつが何であろうと、昔がどうあろうと、今のあいつが敵として立ちはだかるなら、俺は倒して通るまでだ」

 

 揺るがない信念と共に、アステルは言い放つ。

 

 味方を守り、戦い抜く。その為に必要なら、昔の中まであっても切り捨てる。重要なのは現在と未来であって、間違っても過去ではない。

 

 進むべき道を邪魔する者が現れたなら、その全てを倒して通るまで。敵であろうと、かつての味方だろうと、そして突き詰めれば、今の味方であろうとも。

 

 それが悲しいほどに研ぎ澄まされた、アステルの信念だった。

 

「忠告しておくぞ、ヒカル」

 

 更に鋭さを増した雰囲気を纏い、アステルは告げる。

 

「俺をこの戦いに引き込んだのはお前だ。そのお前が、途中で投げ出す事は、この俺が断じて許さん。お前には、最後まで戦い抜く義務があるという事を忘れるな」

「判ってるよ」

 

 アステルの言葉に、ヒカルは唇を噛み締めて言葉を返す。

 

 言われるまでも無い事だ。

 

 自分は祖国を取り戻し、貶められたオーブの名誉を回復する為に、最後まで戦い抜くと誓った。それを違えるつもりは無かった。

 

 そう、たとえ相手が親友であっても、戦うとなったら倒して通る。その想いは、アステルと同じくするところである。

 

 足音が聞こえて来たのは、そんな時だった。

 

「あ、ヒカル君、アステルも、こんな所にいたんだ」

 

 走って来たリザは、息を切らしながら2人の前で立ち止まる。

 

 その慌てた様子に、ヒカルとアステルは怪訝な面持になりながら振り返る。

 

「どうしたんだよ?」

「大変なんだよ!!」

 

 尋ねるヒカルに、リザは上がった息を整えてから言った。

 

「今、連絡があって、プラントと地球連合が、和解の方向で合意したって!!」

 

 その言葉に、衝撃が走るのを止められなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-20「父の真実」      終わり

 



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PHASE-21「崩れた大樹」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《・・・・・・繰り返します。先程、東アジア共和国の外務省を通じて発表された内容によりますと、「我が国は制式にユーラシア連邦との同盟関係を解消すると同時に、地球連合からの脱退を宣言する」との事であり、これは同時に今次紛争において、東アジア共和国が局外中立を宣言したに等しく、また同時に・・・・・・・・・・・・》

 

 モニターの中でアナウンサーが興奮してしゃべるのと反比例するように、会議室に座る誰もが、言葉を発する事無く、水を打ったように静まり返っていった。

 

 東アジア共和国が、ユーラシア連邦との同盟関係を解消し、プラントとの単独講和に踏み切ったと言うニュースは、電光の速さで地球圏を駆け巡った。

 

『今次大戦は、東アジアにとって聊かのかかわりも無く、また、他国の領土を守る為に我が国の有意ある若者を戦場に送り続ける訳にはいかない』

 

 それが、東アジア共和国政府の公式発表である。

 

 一見すると、もっともらしい事を言っているように見える。確かに、地球連合にとって主要な戦線は東欧から、現在は中欧付近にまで進出している。端的に言って、東アジア共和国は完全に蚊帳の外であり、ただユーラシアとの同盟関係に従って派兵しているに過ぎない。つまりは、殆ど自分達にはかかわりの無い、他人の庭の戦いと言う事になる。

 

 そう考えれば「戦場における無意味な損耗を避ける」と言う言い分も判らない事は無い。

 

 しかし、戦線は地球連合の有利に進んでおり、このまま行けばジブラルタルまで攻め込む事も時間の問題であろうとさえ言われていた。

 

 その矢先での、電撃的な離反劇である。裏が無いと思う方が無理がある。要するに今、現時点で、東アジア共和国が地球連合を脱退する理由は、全く無いと言って良かった。

 

 恐らくプラント政府は、内々に水面下で東アジア共和国政府と交渉を行い、今回の事態における下準備をしていたのだ。

 

 地球連合軍は戦略的には有利に進めてきた戦況を、言わば政略レベルでひっくり返された形であった。

 

 しかしこれは、自由オーブ軍にとっても由々しき事態である。

 

 ユーラシア連邦と東アジア共和国は大西洋連邦が崩壊した後、地球連合の言わば「両輪」として存在していた。

 

 カーディナル戦役が終結した後も、地球連合と言う組織が存続し得た理由は、その両輪が倒壊寸前の屋台骨をどうにか支え、回転し続けて来た事が大きい。

 

 だが、その片割れが、ついに脱落した。そして片輪だけで組織は維持できない。

 

 戦局が、

 

 否、歴史が、大きく動こうとしている。

 

 地球連合崩壊。

 

 それは、朽ちた巨木が倒壊する様を思わせた。

 

 約20年に渡って世界を二分し続け、幾度も世界を掌中に収める直前まで行った巨大組織が今、その歴史に幕を閉じ、過去と言う名の巨大な図書館の中へ、その存在を移そうとしていた。

 

「これは・・・・・・あまり良い状況とは言えないな」

 

 苦い表情をしたまま、シュウジは呟きを漏らす。

 

 会議室の中には彼の他にも、オーブ側からリィス、アラン、クルトが、パルチザンからはエバンスとダービットが、それぞれ顔を見せている。

 

 今回の東アジア共和国による地球連合脱退劇は、単なる政変の域にとどまらない。

 

 これまでプラント軍、分けても戦線の主力となるザフト軍は、地球軍に比べて決して多いとは言えない戦力を東欧地方に張り付かせる事で、辛うじて戦線を維持してきていた。

 

 しかし今、東アジア共和国が脱落し、ユーラシア一国のみでは脅威とは言えなくなった以上、プラント軍には余剰兵力が生じる事になる。

 

 その余剰兵力をどこに振り分けるか? 言うまでも無く自由オーブ軍討伐に差し向けられる事だろう。

 

 時間は、あまり残されていないと考えるべきだった。

 

 勿論、ザフト軍がすぐに再編成を終えて、対オーブ戦線に投入されるわけではない。負傷者の治療や機体の修理、部隊の再編、宇宙への移動には相応の時間がかかる筈。

 

 しかし最低限、それまでの間に月を解放、宇宙ステーション・アシハラを奪回して、本国奪還に向けて王手をかけておく必要がある。圧倒的な戦力差を前に、叩き潰される事になるだろう。

 

 だが、その第一歩目で、既に躓きかけているのが現状である。

 

 既にオーブ・パルチザン連合軍の方でも、プラント本国を発した増援部隊が月に向かっている事は察知している。

 

 物理的な戦力差を覆す事は事実上不可能である。

 

 だからこそ、その実情を踏まえて作戦立案を行ったのだが。

 

「ラクレス。作戦の準備はどうなっている?」

「8割がた完了している。現状でも、決行できない事は無い」

 

 シュウジの質問に、エバンスは資料に目を通しながら答えた。

 

 既にシュウジやリィス、アランはパルチザン上層部と協議を重ねて、第二次月面蜂起の根幹となる作戦立案を完了し、その為に必要な根回しも着々と進めている所であった。

 

 パルチザンの特性を活かした一大作戦である。この作戦が成功すれば、戦力比など微々たる問題でしかなくなるだろう。

 

 だが同時に賭けの要素も強く、危険を伴う作戦でもあった。

 

「非常に厳しいが、我々には他に方法が残されていない。我が軍主力の出撃準備が整ったとの報告も入っているが、それよりも先に敵の増援部隊が到着する方が早いだろう」

 

 シュウジは淡々と、状況を皆に説明する。

 

 指揮官の動揺は、全軍に波及する。

 

 指揮官は指揮官として戦場に立った以上、己の全てを捨てて作戦成功にまい進しなくてはならないのだ。

 

 そのシュウジの、冷静な頭脳が告げている。

 

 敵の増援が到着する前に、戦況に片を付ける必要がある。その為に仕掛けるタイミングは、今しかなかった。

 

 

 

 

 

 一方、プラント軍の方も、パルチザンがコペルニクス周辺に戦力を集中させていると言う情報を得て俄かに動きを活発化させていた。

 

 プトレマイオス基地には大量の物資が運び込まれて、集積されていく。その規模はパルチザンの比ではない。

 

 決戦への緊張が高まる中、しかし基地内にはどこか緊張の欠いた空気が流れていた。

 

 東欧戦線に多数の兵力抽出を余儀なくされたプラント軍だが、それでもオーブ・パルチザン連合軍に比べれば、兵力は3倍近い開きある。まともに戦えば、負ける事はまずありえないだろう。

 

 加えて、数日後には本国を発した増援部隊も合流する事になっている。そうなればより、勝利が確定的になる事は間違いない。

 

 多くの兵士達が、戦況について楽観視するのも無理からぬことであった。

 

 作戦としては、戦力の大半をプトレマイオス基地近辺に配置して戦力を集中させ、攻め寄せてくるオーブとパルチザンを迎え撃つと言う物だった。

 

 こちらからコペルニクス方面に攻め込む案も検討されたが、敵の別働隊が迂回路を使ってプトレマイオス基地へ攻め込んでくる可能性もあるとして却下された。

 

 プラント軍が最も警戒するのは、パルチザンやオーブ軍がゲリラ戦を仕掛けて消耗を誘ってくる事である。何と言っても、地の利はパルチザン側にある。下手な手を打てば、思わぬ事で足元を掬われないとも限らなかった。

 

 基地周辺に戦力を集中すれば、敵はゲリラ戦を仕掛ける余地も無くなり、否が応でも正面から相対せざるを得なくなる。そして、正面からの戦いなら、数に勝るプラント軍に分があった。

 

 その作戦会議が行われている席上で、気を吐いている少女がいた。

 

 クーヤである。

 

 彼女は居並ぶ基地の幕僚や、他の部隊の隊長達を前にして言い放った。

 

「先鋒は、我々が勤めさせていただきます」

 

 と。

 

 これには驚き、憤慨する者も多かった。

 

 クーヤ達の実力の高さは認めるが、彼女達はこの月では新参者の若輩に過ぎない。そんな連中に好き勝手にやられたのでは、面子も沽券もあった物ではない。

 

 しかし、彼女達は議長直属の特別親衛隊ディバイン・セイバーズである。いわば精鋭中の精鋭であり、プラント軍全命令権の上位に位置している。言ってしまえば、クーヤは月に駐留するプラント軍の中で、最高権力を持っていると言っても過言ではない。

 

 結局のところ、彼女の主張を受け入れた陣形の組み替えを行うよりほかに無かった。

 

 先鋒はディバイン・セイバーズ第4戦隊が務め、ザフト軍、保安局、そしてユニウス教団軍は、後詰として待機する。と言う方針に確定された。

 

 だが、当然の事ながら、クーヤの強硬な態度は外部のみならず内部からも疑問の声が上がるのを避けられなかった。

 

 会議を終えて部屋を出たクーヤを、カレン、フェルド、イレスと言った仲間達が追いかけて呼び止めた。

 

「おい、待てよクーヤ」

 

 大柄なフェルドが追いつくと、少女の肩に手を置いて引き留める。

 

 ややあって追いついてきたカレンとイレスも加わり、クーヤに詰め寄った。

 

「あのさクーヤ。逸る気は判らないでもないけど、どうしたのよ、あんな強引なやり方、アンタらしくないよ?」

「ナンセンスだ。あんな事をすれば、こちらの足並みが乱れる事になりかねないぞ」

 

 彼等は皆、これまでクーヤをリーダーとして認め、その下で共に協力して戦ってきた。

 

 彼等の中ではクーヤに対する絶対の信頼があり、クーヤもまた、彼等の信頼を裏切った事は無かった。

 

 だが、そんな彼等でも、クーヤが何を考えてあのような態度に出たのか測りかねているのだ。

 

「・・・・・・みんな、私達は何?」

 

 そんな3人に対し、逆にクーヤの方が問いかけるように、静かな声で言った。

 

「私達は、プラント軍の中で最高の栄誉と忠誠を持ったディバイン・セイバーズでしょ。そんな私達に課せられた使命は、議長に刃を向ける下賤な輩を倒し、議長の理想である地球圏の統一を成し遂げる事にある筈。それができるのは、他でもない、私達だけなんだから」

 

 それは、ディバイン・セイバーズなら、入隊した際に誰もが叩き込まれる誓いであり。

 

 議長を守り、議長を助け、議長の剣となりて、議長に刃向う全てを撃ち滅ぼす。

 

 それこそが、ディバイン・セイバーズの在り方であり、絶対に曲げる事の無い魂の誓いでもある。

 

「魔王を倒し、この月を平定するのは、私達でなくてはならない。それはみんなにも判っている事でしょう?」

「それは、まあ・・・・・・」

「クーヤの言うとおりだよね」

 

 断定するようなクーヤの言葉に、カレン達もそれぞれ頷きを返す。

 

 多少の程度の差こそあれ、親衛隊員として「英才教育」を受けた彼等は、「議長の理想実現の為に尽くす」と言う方針が叩きこまれているのだ。

 

 だからこそ、彼女達もまた、クーヤの言葉に一理以上の物を感じていた。

 

「議長が歩む栄光の道を切り開くのは、私達よ。得体の知れない保安局の隊長や、ましてかテロリスト上がりの薄汚い女なんかじゃない」

 

 そう呟くクーヤの脳裏には、先日、増援として本国からやって来たレミリア・バニッシュの事が思い浮かべられていた。

 

 テロリスト時代のレミリアと交戦した経験を持つクーヤは、常に彼女の事を敵意の眼差しで眺めている。ましてかこれまでのレミリアは、議長直属戦力として特別な位置づけをされ、単独での行動が許可されていた。その事が、クーヤには「自分達を差し置いて、議長に特別扱いされている」ように見えていた。

 

 冗談ではない。議長に最大の忠誠を誓っている自分達では無く、あのようなテロリスト上がりの女が特別扱いされるなど、あってはならない事である。

 

 勿論、真実は違う。実際にはレミリアには「特別」な事など何一つ無く、姉を人質に取られて戦場に立つ事を強要されているに過ぎない。単独行動を許可されているのも、これまで立場上、部隊単位に組み込む事ができなかったからに他ならない。

 

 だが、それはクーヤの預かり知らない事であったし、仮に知ったとしても、まつ毛の先程も同情を寄せる事はあり得なかっただろうが。

 

 だからこそ、手柄を立てる必要がある。

 

 邪魔者を完全に排除した状態で、誰にも(それこそグルック本人にも)文句のつけようがない手柄を立て、その上で自分達の存在を大々的にアピールする。

 

 そうすればグルックも、あんな女などよりも、自分達の方がいかに有用であるか理解するだろう。

 

 プラントを、ひいては議長を守るのは、自分たちなのだ。

 

 その思いを、クーヤは新たにして、決戦の地へと足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッチが開き、視界が開ける。

 

 視界の中に広がる虚空の彼方から、降り注ぐ星の光が視界に飛び込んでくる。

 

 何度目かは、既に判らないこの光景を前に、ヒカルは高ぶる気持ちを深呼吸で落ち着かせる。

 

 コックピットに座し、握ったグリップの感触を確かめると、大きく息を吸い込んだ。

 

「ヒカル・ヒビキ、エターナルフリーダム行きます!!」

 

 コールと同時に、機体は虚空へと射出される。

 

 PS装甲に灯が入り、白と蒼のカラーリングに染め上げられる。

 

 広げられる6対12枚の翼が羽ばたいた瞬間、エターナルフリーダムは一気に加速を開始した。

 

 オーブ・パルチザン連合軍の行動開始により、一触即発だった戦況がついに開かれた。

 

 後に「第二次月面蜂起」と呼ばれる事になる戦いの火蓋は、自由オーブ軍が、プラント軍の集結するプトレマイオス基地へ正面から攻撃を仕掛ける事で始まった。

 

 元より、オーブ軍に取れる選択肢は限られている。プラント本国からの増援が迫っている以上、時間を掛けた作戦を行う訳にはいかない。

 

 ならば一騎当千の実力を持つエース達の存在に賭けて、正面突破で基地を壊滅に追いやる以外に無かった。

 

 プトレマイオス基地を目指して飛翔するエターナルフリーダムの背後からは、パルチザンの部隊が追随してくる。彼等こそが、この戦いの主役となる訳だが、いかんせん、その戦力は正しく「微力」と称して良いほどに少ない。

 

 結局のところ、ヒカル達の働き如何に月の命運は掛かっていると言っても過言ではなかった。

 

 その時、エターナルフリーダムのセンサーが、前方から接近してくる反応を捉えた。

 

「来たか・・・・・・」

 

 ヒカルの視界の中で、白い翼を広げた深紅の装甲を持つ機体が向かってくるのが見える。

 

 リバティ

 

 ディバイン・セイバーズの正式装備機である。

 

 武装の形態を見極める。

 

 砲撃戦使用の機体が1機、長大な刀を装備した機体が1機、ドラグーン装備機が1機、高機動戦闘型が1機。

 

 間違いない。コキュートスで交戦した部隊だ。

 

 一方のクーヤ達もまた、自分達に向けて真っ直ぐに飛翔してくるエターナルフリーダムの姿を認識していた。

 

 クーヤは、その口元に僅かな微笑を浮かべる。

 

 好都合だ。魔王が先頭を切って突っ込んでくるなら、一気にその首級を上げてやるまでである。

 

「あいつをやるわよッ フォーメーション!!」

《《《了解!!》》》

 

 クーヤの指示に従い、4機のリバティは螺旋を描くような軌道を取りながらエターナルフリーダムへ接近。同時にビームライフルを放つ。

 

 捻り込むような軌道でかく乱しながら接近してくるクーヤ達の攻撃は、ヒカルの視覚を撹乱する。

 

「ッ!?」

 

 ヒカルは両手のビームライフルを構えて、迎え撃つようにして放つ。

 

 しかし、螺旋の動きをするクーヤ達の動きに、ヒカルの照準は追いつかない。

 

 放たれるビームは全て空を切り、虚空を薙ぐだけにとどまる。

 

 動きを止めるエターナルフリーダム。

 

 その隙を逃さず、イレスはドラグーンを一斉射出する。

 

 ヒカルもその動きに気付き、とっさに射撃を諦めて機体を後退させようとする。

 

 しかし、その時には既に、イレスの攻撃態勢は整っていた。

 

「僕の計算通りだッ 死ね、魔王!!」

 

 展開されたドラグーンが、エターナルフリーダムを包囲すると、一斉に攻撃を仕掛ける。

 

 縦横に放たれるドラグーンに対し、とっさに機体を上昇させるヒカル。

 

 軌跡を交錯させながら迸る閃光を足下に見て、ヒカルは機体の体勢を立て直す。

 

 そこへ、今度はフェルド機が斬機刀をかざして斬り込んできた。

 

「おらっ 喰らいやがれ!!」

 

 湾曲した優美な刃が、エターナルフリーダムめがけて虚空を旋回する。

 

 対してヒカルは、とっさに右手で腰から高周波振動ブレードを抜き放ち、対抗するように振るった。

 

 激突する互いの刃。

 

 ヒカルとフェルドが、飛び散る火花に一瞬目をくらました瞬間、衝撃が両者を後方に押し出して強制的に距離を開く。

 

 その時、頭上から迫る反応に、ヒカルはとっさに上を振り仰ぐ。

 

 そこには、全武装を展開して砲撃態勢に入っているカレン機の姿があった。

 

「動きを止めさえすれば、こっちの物よ!!」

 

 言い放つと同時に、カレンは全武装を解放してフルバースト射撃を仕掛ける。

 

 だが、

 

 一斉に放たれた閃光は、その前に立ちはだかった黄金の翼に遮られ、全て明後日の方向へと逸らされてしまった。

 

 リィスのテンメイアカツキである。

 

 カノンが負傷で出撃できない関係から、今回リィスは、愛機を駆って前線に出ていた。

 

 正直、敵がいきなるディバイン・セイバーズを先鋒として投入して来た事は、完全に想像外の事であったが、しかしそれでも、やる事に変わりは無い。

 

 是が非でもここを突破しない事には、オーブ・パルチザン連合軍に勝機は無かった。

 

「連携が高いのなら、それを崩せば良い。簡単な話よ!!」

 

 アマノハゴロモを最大展開する事で弟の窮地を救ったリィスは、ムラマサ改対艦刀を抜いて大剣モードにすると、フル加速でカレンのリバティへ斬りかかる。

 

 テンメイアカツキの鋭い斬り込み。

 

 対してカレンは、素早く砲撃武装を格納すると、逆噴射で機体を後退させて回避する。

 

「金ピカな装甲ッ!? そんなに自分を誇示したい訳!?」

 

 言いながら、連装レールガンを放ち、テンメイアカツキの動きを牽制しようとする。

 

 いかにヤタノカガミ装甲でも、実体弾による攻撃は防げない。

 

 やむなく、回避行動を取るリィス。

 

 その影響で、体勢を僅かに崩すテンメイアカツキ。

 

 その隙を逃さず、カレンは再びフルバーストモードに移行して一斉射撃を仕掛けた。

 

 放たれる強烈な閃光に、回避スペースは一気に狭められる。

 

 やむなく、リィスはシールドを掲げて防御を選択する。

 

 着弾の衝撃で、大きく後退するテンメイアカツキ。そのコックピットで、リィスは舌打ちする。

 

「さすがに、簡単にはやらせてくれないか!!」

 

 冷や汗交じりに呟きながら、再びムラマサ改を構え直す。

 

 相手はプラント軍最高の精鋭部隊。他の有象無象のように、簡単に倒せたら何の苦労も無い。

 

 だからこそ、自分達が何としても連中を排除する必要があるのだ。

 

 ムラマサ改を振り翳して、斬り込んで行くリィス。

 

 対抗するように、カレンも全火砲を展開して迎え撃った。

 

 

 

 

 放たれる縦横の砲撃。

 

 閃光の檻と称すべき光景は、その内部に閉じ込めた物一切を補殺する強烈な牙となる。

 

 漆黒の空間を彩る光の旋律。

 

 しかし、その内部に取り込まれた赤い機体は、その全ての軌跡を見切るようにして回避を続ける。

 

 アステルはギルティジャスティスを駆って前に出ると、自身の前に立ちはだかるイレスのリバティと対峙していた。

 

 接近戦主体の機体であるジャスティスで敵と戦うには、ある程度距離を詰める必要がある。

 

 その事を分かっているからこそ、イレスはなるべく距離を置いた状態で討ち取ろうと、ドラグーンによる遠距離射撃を仕掛けているのだ。

 

 だが、当のアステルは、機体を最小限に動かしながら、ぎりぎり紙一重のところでイレスの攻撃を回避し続けていた。

 

「ナンセンスだな!!」

 

 イレスは叫びながら、さらに攻勢を強める。

 

「ただかわしているだけじゃ、僕は倒せないぞ!!」

 

 リバティ本体の武装も加わり、更に包囲網を強化しに掛かるイレス。

 

 しかし次の瞬間、イレスが機体の操作に注意を向けた事で、僅かにドラグーンのコントロールが甘くなる。

 

 普通の相手であれば、気付く事すら不可能な僅かな綻び。

 

 しかし、その隙をアステルは見逃さなかった。

 

 腰のラックからビームダーツを抜くと、サイドスローの要領で投擲。攻撃位置に着くのがコンマ数秒遅れたドラグーンを見事に貫く。

 

 更にアステルはビームライフルを抜いて斉射。慌てて攻撃態勢に入ろうとしていたドラグーン2機を、更に撃ち落とす。

 

「クソッ こいつ、生意気な!!」

 

 焦って、攻撃の手を強めようとするイレス。

 

 だが、確実に薄くなった包囲網を、アステルは易々と突破すると、ギルティジャスティスの両手にビームサーベルを構えて斬りかかった。

 

 振るわれる斬撃。

 

 それをイレスは、辛うじて展開の間にあったビームシールドで防御する。

 

 追い込んでいた筈の状況が、一瞬で追い込まれている。

 

 その事に、イレスは歯噛みする。

 

「僕の計算を上回ったつもりかッ 生意気な!!」

 

 どうにか、距離を開いて自分に有利な間合いを確保しようとするイレス。

 

 しかし、それを許すアステルではない。

 

 離れようとするイレス機にピタリと張り付くように移動しながら、構えたビームサーベルを振るう。

 

「そうそう、都合の良い戦い方ができるとは思わない事だ」

 

 自身の剣を鋭く振るいながら、アステルは低い声で呟いた。

 

 

 

 

 

 クーヤのリバティが鋭い斬り込みを掛け、エターナルフリーダムへと襲い掛かる。

 

 迫る光刃は、しかし、それよりも一瞬早く、ヒカルが機体を後退させたために空振りに終わる。

 

 同時にヒカルはビームライフルでクーヤの動きを牽制しつつ、反撃の一手を模索する。

 

 そこへ、

 

「オッシャァッ 貰ったぜ魔王!!」

 

 威勢のいい掛け声と共に、斬機刀を振り翳したフェルドのリバティが斬り掛かる。

 

 その湾曲した刃の一閃は、しかし標的を捉える事は無い。

 

 ヒカルは斬撃の軌跡を読み切ると、機体を僅かに傾かせて回避。同時にカウンター気味に蹴りを繰り出してフェルド機を弾き飛ばす。

 

「おわッ!?」

 

 姿勢制御を失いバランスを崩すフェルド。

 

 そこへ狙いをすまし、ヒカルはビームライフルのトリガーに指を掛ける。

 

 しかし、その銃口が閃光を発する事は無かった。

 

 その前に、クーヤがビームライフルとビームキャノンを放ち、ヒカルの動きを妨害しつつ距離を詰めて来たのだ。

 

「アンタの相手は私よッ よそ見なんてさせない!!」

 

 振るわれる剣閃。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜き放って斬り込む。

 

 互いの剣をシールドで弾き、離れると同時に抜き放ったライフルを斉射する。

 

「「クッ!!」」

 

 両者、致命傷無し。

 

 互いのしぶとさに、舌打ちするヒカルとクーヤ。

 

 そこへ更に、体勢を立て直したフェルドのリバティも加わってエターナルフリーダムを包囲しにかかる。

 

「2対1、か」

 

 自身に向かってくる2機を真っ向から見据え、ヒカルは12枚の蒼翼を広げる。

 

 次の瞬間、エターナルフリーダムは比類無い加速力を発揮して、一気に2機を引き離す。

 

 慌てたようにクーヤとフェルドが追撃の砲火を放つが、その何れもがエターナルフリーダムを捉える事は無かった。

 

 砲火が途切れる。

 

 その一瞬を逃さず、ヒカルは機体を振り返らせると同時に全砲門を展開、6連装フルバーストを仕掛ける。

 

 虹を思わせるような一斉射撃を前に、砲撃力で劣るクーヤとフェルドは、回避に専念せざるを得なくなる。

 

 対してヒカルが放つ砲撃は、更に鋭さを増して虚空を奔っていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 戦闘を開始した大和隊とディバイン・セイバーズの様子を、クーラン達は後方から高みの見物を決め込んでいた。

 

 元々、先鋒となる事を言いだしたのはクーヤ本人である。ならば、彼女達のお手並み拝見と言った所である。

 

 モニターの中で目まぐるしく軌跡が動き、閃光が迸る様が映し出される。

 

 だが、

 

「・・・・・・フンっ」

 

 モニターを見ていたクーランが、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「どうかしましたか、ボス?」

 

 フレッドがいぶかしむように、クーランに尋ねる。

 

 戦闘時には苛烈な戦いぶりを見せる一方で、言動には常に思慮深さを見せるフレッドは、クーランの態度から、何か不満に思っている事があると察していた。

 

 案の定と言うべきか、クーランは不機嫌さを滲ませた声で返す。

 

「どうもこうもあるかよッ 偉そうにほざいて出て行ったと思ったら、あの小娘共。随分と手こずってるじゃねえか」

 

 クーランの目から見ても、ディバイン・セイバーズの苦戦ぶりは目に余る物があった。

 

 プラント軍最強を自負しながら苦戦していると言う状況もさることながら、大口を叩いて自分達を遠ざけておきながら、ろくに戦果を上げられずにいる状況がまた、苛立たしかった。

 

「ならさ、あたし等も行っちゃう?」

 

 フィリアが、まるでせかすような口調でクーランに言い寄る。

 

 彼女もまた、留め置かれている現状に対して不満を抱いている様子。何かきっかけがあれば、猟犬の如く飛び出して行く事だろう。

 

 そんな彼等の様子を、レミリアは少し離れた場所で見ていた。

 

 随分と、アクの強い連中である。

 

 レミリア自身、彼等との友誼を期待している訳ではないが、こんな連中の中に放り込まれて、正直戦っていく自信が揺れそうである。

 

 まったく、何の因果でこんな部隊に配属されてしまったのか。レミリアは己の運命を嘆かずにはいられなかった。

 

 ふと、視線をチラッと、泳がせる。

 

 そこで目が合った仮面の少女が、そっと手を振ってくるのが見えた。

 

 釣られるように、レミリアも手を振りかえす。

 

 聖女、アルマとはあれから何度か話す機会があり、すっかり打ち解ける事ができた。プラント軍の中にあって、常に孤独であり続けたレミリアにとって、アルマの存在が唯一のオアシスと言って良かった。

 

 流石に、こんな人目がある所で同盟軍の代表と私的な会話を交わす訳にはいかないが、それでも彼女が共に戦ってくれると言うだけで、レミリアの気持ちは随分と軽くなっていた。

 

「まあ、良いだろ」

 

 そんな事を考えていると、クーランは思考を打ち切るように言った。

 

「どのみち、連中があのザマじゃ、俺等の出番も近いはずだ。お前等もそろそろ準備しておけよ」

 

 元より、全てをディバイン・セイバーズに委ねる心算はクーランには無い。連中が当てにならないと言うなら、締めは自分達でやるしかなかった。

 

 その言葉を受けて、レミリアは握る拳に力を込める。

 

 いよいよだ。

 

 モニターの中では、今も彼女の親友が戦っている。

 

 その親友と、ついに同じ戦場に立つ事になる。かつてと同じように、異なる陣営の立場として。

 

 身を翻して歩き出す。

 

 既に彼女の中では、答は決まっている。

 

 何を守るべきか、優先すべきは何か、

 

 姉を守り、戦い続けると決めた時点で、レミリアは己の決断をゆるがせる事は無かった。

 

 

 

 

 

PHASE-21「崩れた大樹」    終わり

 



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PHASE-22「獣の嘲笑」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星の如く降り注ぐ砲撃を、クーヤとフェルドは互いにビームシールドを展開しながら防御する。

 

 火力に勝るヒカルは、2人を寄せ付けまいとするかのように砲撃の嵐を浴びせ掛ける。

 

 フリーダム級機動兵器の面目躍如と言うべきか、圧倒的と評して良い砲撃を前に、2機のリバティは完全に動きを縫いとめられている。

 

《クソッ これじゃ埒が明かねえぜ!!》

「あ、フェルド!!」

 

 クーヤの制止も聞かず、斬機刀を振り翳して斬り込むフェルド。

 

 防御に徹して閉じ籠るよりも、逆転の一手に賭けて斬り込む気なのだ。

 

 フェルドは巧みに機体を操り、飛び来る閃光を回避しながら距離を詰めていく。

 

 流石と言うべきだろう。その巧みな機体裁きによって直撃は一切無い。精鋭部隊の面目躍如である。

 

 行けるかッ?

 

 クーヤが固唾を呑んで見守る中、フェルドはエターナルフリーダムの正面に占位し、斬機刀を振り上げる。

 

《貰ったぜ!! これで終わりだ魔王!!》

 

 意気上げるフェルド。

 

 だが、

 

 ヒカルはフェルドが機動から攻撃に移る、一瞬のタイミングを見逃さなかった。

 

 ヒカルは無言のまま、モニターの中で攻撃モーションを取るリバティを睨み付ける。

 

 接近する事で、照準は正確さを増している。更にフェルドは攻撃に意識がシフトしている為、とっさの回避行動は取れない。

 

 相手がエースである時点で、闇雲な砲撃が意味を成さない事は明らかである。だからヒカルは、必中距離まで引き付けて撃つ事にしたのだ。

 

 フェルドはヒカルの張った罠に、まんまと嵌った形である。

 

 もはや、回避も防御も間に合わないのは明白である。

 

《く、そが・・・・・・》

 

 自分の現状を認識し、悔しそうに呟くフェルド。

 

 しかしその時には、全てが遅かった。

 

 放たれる6連装フルバースト。

 

 その一撃が、フェルドのリバティの両腕、両足、頭部を一瞬で吹き飛ばした。

 

「フェルド!!」

 

 クーヤが声を上げる中、完全に戦闘力を失ったフェルドの機体は、月の低重力に引かれて落下していく。

 

 彼の安否は判らない。

 

 しかし、確認している余裕も無かった。

 

 フェルドを倒したヒカルはと言えば、今度はクーヤに狙いを定めて向かってくる。

 

 その姿に、敵愾心を激しく燃やすクーヤ。

 

「よくもッ フェルドを!!」

 

 激昂しながら抜き放った光刃を振り翳して、エターナルフリーダムに斬り掛かって行くクーヤ。

 

 迎え撃つヒカルもまた、ティルフィング対艦刀を抜刀して構えた。

 

 

 

 

 

 カレン機は、黄金の翼を広げて迫るテンメイアカツキに対し強烈な砲撃を浴びせかける。

 

 対してリィスは、ビーム攻撃を装甲で弾きながら接近。ライフルによる反撃の砲火を浴びせる。

 

 互いの砲撃が交差する中、リィスはなるべく、カレン機の上方に占位するような位置取りに心がけて戦っていた。

 

 フリーダム級機動兵器の特徴として、プラズマ砲を肩に、レールガンを腰に装備すると言う形を取っている。つまり、腰のレールガンの射角は正面から下方をカバーする物であり、上方は狙いにくい訳である。

 

 その事が判っているからこそ、リィスは上方に位置取りしてプラズマ砲をヤタノカガミで弾きながら接近する戦術を取っている。

 

 そのようなリィスの動きを、カレンは苛立たしげな眼差しで睨み付ける。

 

「やりにくいわねッ この金ピカ!!」

 

 放つ攻撃は、全て装甲で弾かれるか、あるいは機動力で回避されてしまう。

 

 遠距離からの砲撃では埒が明かないと判断したカレンは、ビームサーベルを抜いて斬り掛かって行く。

 

 袈裟懸けに振るわれる光刃を、リィスはシールドで防御しつつ、小剣モードのムラマサ改を鋭く抜いて、横なぎに振るう。

 

 間合いの切り替えは、このような時に効力を発する。

 

 この剣のおかげでリィスは、接近戦において高いアドバンテージを獲得するに至っていた。

 

 リィスの剣閃は、カレン機の胸部装甲を僅かに抉り取る。

 

 とっさに、連装レールガンを跳ね上げ、至近距離から砲撃を加えようとするカレン。

 

 しかし、

 

「狙い通りね!!」

 

 その動きを先読みしたリィスは、鋭い蹴り上げでカレンのリバティを弾き飛ばした。

 

 強烈な衝撃に、思わず息を詰まらせるカレン。

 

 同時に放たれた4発の砲弾は、リバティが機体をのけぞらせたせいで、明後日の方向へと飛んでいく。

 

 まずい、早く体勢を戻さないと。

 

 そう思った時には既に、リィスはカレンの動きを先読みするように動いていた。

 

 放たれるテンメイアカツキのビームライフルが、リバティの右翼を吹き飛ばす。

 

「このッ!!」

 

 崩れるバランスの中、それでもどうにか攻撃を続行しようと、距離を開けに掛かるカレン。

 

 しかし、それは悪手である。

 

 カレンが充分に距離を開ける前に、リィスは攻撃を再開。放たれたライフルの一撃が、リバティの左足を吹き飛ばす。

 

 バランスを欠いた状態で、それでも尚、放たれる砲撃。

 

 しかし、照準が甘くなった状態では、砲撃を命中させる事は至難である。

 

 リィスはすり抜けるようにして全ての攻撃を回避しつつ、速度を緩めずに距離を詰めると、右手にムラマサ改、左手にビームサーベルを装備する。

 

「やばっ!?」

 

 顔を引きつらせるカレン。

 

 次の瞬間、間近に迫ったテンメイアカツキの剣が、リバティの両肩を斬り飛ばしてしまった。

 

 

 

 

 

 最後のビームダーツを抜き放つと、アステルは鋭い手つきで投擲。今にも攻撃態勢に入ろうとしていたドラグーンを破壊する。

 

 アステルとイレスの攻防は、当初こそ手数に勝るイレスが押していく形で推移していたが、アステルは自身を包囲するドラグーンを、隙を見ては破壊すると言うカウンター攻撃を繰り返す事で、包囲網にほころびを作り、徐々に裂け目を広げて行った。

 

 既にイレスが保持するドラグーンの数は3基にまで減っている。最早、包囲攻撃など望める状況ではない。

 

「まだだッ まだ、これから!!」

 

 尚もイレスは諦めず、3基のドラグーンを飛ばしてギルティジャスティスに挑む。

 

 既に計算など論外な展開であるが、それを考えている余裕すら、今のイレスには無かった。

 

 対して、逆にアステルは冷静さを保ちながら機体を操り、自信に向かってくるドラグーンの攻撃を的確に回避していく。

 

 その眼差しが、鋭くリバティを射すくめる。

 

「諦めない姿勢は嫌いじゃないが・・・・・・」

 

 冷たく言い捨てながらビームライフルを斉射。更に1機のドラグーンを攻撃開始前に破壊する。

 

 残る2基が諦めずに攻撃を仕掛けて来るが、10基のドラグーンでも仕留めきれなかったアステルを、たった2基で仕留められるはずもない。

 

 全ての攻撃を回避するアステル。同時に、今度はこっちの番だとばかりに背中のリフターを射出。イレス機を包囲するように背後へと移動させる。

 

「クソッ!?」

 

 状況不利と判断したイレスは、とっさに機体を後退させようとする。

 

 しかし、それよりもアステルの動きの方が早かった。

 

 回り込んだリフターの砲撃が、イレスのリバティを背後から捕捉する。

 

 ビームによる一撃が、イレス機の左翼を容赦なく吹き飛ばした。

 

 機動力が低下するリバティ。

 

 焦ったイレスは、どうにか機体を制御しようと躍起になる。

 

 そこへ、アステルは斬り込んだ。

 

 振りかざされるビームサーベルが、容赦なく振り下ろされる。

 

 とっさに機体を傾けて回避しようとするイレス。

 

 しかし、遅い。

 

 アステルの剣はリバティの左足と左腕を同時に斬り落とした。

 

 

 

 

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 エターナルフリーダムが振り下ろした大剣を振り払いながら距離を置くクーヤ。

 

 しかし同時に、視線はカメラが捉えた仲間達の惨状に向けられる。

 

 手足を捥がれて月面に横たわるフェルド、両腕を失いながらも、残った火器を駆使してどうにか戦おうとしているカレン、手足を1本ずつ失い逃げ回る事しかできないでいるイレス。

 

 無惨としか言いようがない光景である。

 

 そんな馬鹿な。

 

 精鋭である自分達が、

 

 プラントで最高の技術と忠誠を持つ自分達が、薄汚いテロリスト達を相手にこうまで追い込まれるなど、

 

「あって良いはずが!!」

 

 叫びながらスラスターを全開にするクーヤ。ビームサーベルを振り翳してエターナルフリーダムへ迫る。

 

 奴等はテロリスト。所詮は世界に何の貢献を残す事もできず、ただ破壊と悲劇のみを撒き散らす堕落した存在。

 

 それに対して、自分達は輝かしい栄光と矜持を持ったプラントの精鋭だ。

 

 その自分達が、こんな所で負ける筈が無い!!

 

 接近と同時にビームサーベルを横なぎに振るうクーヤ。

 

 対してヒカルはクーヤの剣を上昇して回避。同時に機体を旋回させると、勢いに任せてティルフィングを振るう。

 

 迫る長大な刃。

 

 対してクーヤは、とっさに回避する事ができず、やむなくビームシールドを展開して防御する。

 

 接触する刃と盾が火花を散らす。

 

 次の瞬間、押し出されるようにリバティの機体が後方に弾かれる。大剣の振り下ろされた勢いに、スラスターの出力が拮抗しきれなかったのだ。

 

 凄まじい衝撃と共に、錐揉み状態になって月面へと落ちていくクーヤ機。

 

 しかし墜落の直前、どうにか姿勢を戻してスラスターを噴射、落着だけはどうにか免れる。

 

「クッ」

 

 舌打ちしながら振り仰ぐ先では、エターナルフリーダムが12枚の翼を雄々しく広げて、悠然と見下ろしている姿が見える。

 

 その姿に、クーヤの苛立たしさは否が応でも増していく。

 

 仕留めきれない。

 

 どうしても、倒せない。

 

 負の想いが、螺旋のように頭の中で渦巻いているのが判る。

 

 魔王などと呼ばれていい気になっているだけのテロリストが、正義の軍である自分達に逆らい、尚且つ圧倒している状況など、あってはならない事である。

 

 地に這いつくばり、無様に逃げ回るのは本来、奴等であるべきなのに。

 

 平伏して、自分達に許しを請うべきは本来、奴等であるべきなのに。

 

 ままならない状況に、歯を噛み鳴らすクーヤ。

 

 その時だった。

 

 そんなクーヤ機の頭上を追い越す形で、複数の機体が飛び去って行くのが見える。

 

 異形とも言える3機のモビルスーツ。

 

 更に、その後から炎の翼を広げた美しい機体も続く。

 

 保安局特別作戦部隊の連中だった。

 

《お前等はとっとと後退しろ。邪魔だ》

 

 通信機からは、クーランの冷たい声が響いて来る。そしてそれは同時に、クーヤにとっては敗北宣告でもあった。

 

「待って、まだ!!」

 

 まだ戦える!! 自分達はまだ負けていない!!

 

 武威を示し、議長の剣として戦うといかった自分達が、ここで終わる訳にはいかない。そんな屈辱を甘んじて受ける訳にはいかない。

 

 だが、現実に仲間は傷つき、クーヤもまた魔王を倒すには至っていない。

 

 自分から先鋒を引き受けておきながら、この体たらくである。クーヤの言葉は、負けが確定した戦いに拘泥して駄々をこねているような物だった。

 

《テメェじゃ役不足だよ。もっとレベルを上げて出直してくるんだな》

 

 魔王を倒すにはレベルが足らない。

 

 まるでゲームになぞらえたような嘲弄に、クーヤは悔しさで唇を噛みしめる。

 

 その視線は、再度の交戦体制に入ろうとしているエターナルフリーダムへと向けられていた。

 

「・・・・・・・・・・・・全部、あいつがッ」

 

 憎しみの籠った視線は、それだけでエターナルフリーダムを焼き尽くしてしまいそうな勢いで睨み付けている。

 

 あいつが余計な抵抗などせずに、自分に討たれていれば、こんな屈辱を受ける事にはならなかったのだ。

 

 今に見ていろ。

 

 心の中で呟きを漏らす。

 

 魔王も、保安局の連中も、テロリスト上がりの女も、問題ではない。

 

 自分達だ。

 

 自分達こそが議長の理想を実現し、世界を平和に導く為の唯一無二の存在なのだ!!

 

 その事を、いつか必ず思知らせてやる、とクーヤは改めて誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーランは、月面で呆然と佇むクーヤのリバティを、侮蔑に満ちた目で追い越していく。

 

《フッ 無様だな》

《精鋭部隊のくせに、だっさ~い!! なっさけな~い!!》

 

 リーブス兄妹が、あからさまに嘲弄を込めた声で話しているのがスピーカーから聞こえてくる。

 

 しかし、本来なら窘めるべき立場にある筈のクーランは、彼等の言動に対して特に何も言おうとはしない。

 

 クーランもまた、リーブス兄妹と全く同じ心境であった。

 

 連中は健闘した。

 

 しかし、ただそれだけの話だった。

 

 結局のところ、彼等がやった事は何にもならない。ただ、悪戯に時間と戦力を消耗させただけに過ぎない。

 

 ただ、クーランにはそれで充分な話だった。初めから、手柄をディバイン・セイバーズに譲る気は彼には無い。

 

 大和隊の面々は、皆、ディバイン・セイバーズとの戦闘でバラバラになっている。今なら、充分に各個撃破できるはずである。

 

 それと同時に、クーランは彼等の後方に待機しているパルチザンの部隊にも目を付けた。

 

「フレッド、フィリア、お前等はあの有象無象共の相手をしてやれ。どうせ革命とやらに命を賭けている連中だ。望み通り派手にぶっ殺して、奴らの腸を街中に並べてやれ!!」

《了解した》

《殲滅戦っ 面白そう!!》

 

 勇んで飛び出していくフレッドとフィリア。

 

 次いで、クーランはレミリアに目を向けた。

 

「お前は俺に着いて来い。敵のエースどもを引き付けるぞ」

《・・・・・・了解》

 

 低い声で返事を返すレミリア。

 

 そんな彼女の心境を見透かしたように、クーランは笑みを浮かべる。

 

「残念だが、お前の相手は愛しい魔王様じゃない。変な手心加えられたんじゃ敵わんからな」

《そんなッ ボクは別に!!》

 

 言い募ろうとするレミリアを無視して、クーランは機体を加速させる。

 

「言い訳だったら、仕事をやってからほざくんだな。そらッ お前のお相手が向かって来てるぞ」

《ッ!?》

 

 息を呑むレミリア。

 

 そんな彼女の機体に、リフターを背負った深紅の機体が向かっていくのが見える。

 

 間違いなく、かつてのジャスティスの後継機だ。クーランにとっても、聊かの因縁がある機体である。

 

 まあ、何だかんだで、向こうは任せておいて問題は無いだろう。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 クーランは改めて、自分に向かってくる蒼と白の装甲を持つ機体に目を向ける。

 

「相手になってやるぜッ おら来いよ、魔王様!!」

 

 言い放つと同時に、スラスターを全開まで引き上げた。

 

 

 

 

 

 1機のガルムドーガが、自分に向かってくるのがヒカルにも見えた。

 

 だが、その姿には、思わず唖然としてしまった。

 

 ガルムドーガの大ぶりな手には、今まで見た事も無いような装備がある。

 

 例えるなら棍棒、否、金棒だろうか?

 

 言ってみれば巨大な鉄の塊である。

 

 見るからに無骨であり、それ以上でも以下でもない。

 

「何だ、あいつは!?」

 

 叫びながら、6連装フルバーストを解き放ち、一斉発射するヒカル。

 

 しかし、クーランは機体を上昇させてエターナルフリーダムの攻撃を回避すると、勢いそのままに金棒を振り翳して殴り掛かってきた。

 

「クッ!?」

 

 その異様な姿に圧倒されながらも、ヒカルは両腰から高周波振動ブレードを抜刀。刃を交差させて迎え撃つ。

 

 激突する剣と鎚。

 

 互いに火花を散らしながら、至近距離で睨みあう。

 

《よう、また会ったな、魔王様!!》

「お前はッ!?」

 

 息を呑むヒカル。

 

 その声の主が、プトレマイオス基地で対峙した、あのPⅡの傍らにいた男だとすぐに判る。

 

《相変わらず、絶好調な暴れっぷりじゃねえかッ パパと同じ大量殺人鬼になる決心はもうOKかよ!?》

「うるさいッ!!」

 

 ヒカルは叫びながら、両腕を振り抜いてガルムドーガを弾く。

 

 同時にスラスターを吹かして追撃。両手の剣を鋭く振り抜く。

 

 刀身は短いが、高速振動させる事でビームサーベルにも匹敵するほどの切れ味が持たされている。

 

 だが、

 

《どうしたッ 動きが鈍ってるぜ、魔王様!!》

 

 ヒカルの攻撃を沈み込むような機動で回避したクーランは、手にした戦槌カリブルヌスをエターナルフリーダムへ叩き付ける。

 

 一瞬の事で、防御が追いつかないヒカル。

 

 直撃の瞬間、一瞬意識が飛ぶほどの衝撃に襲われた。

 

 並みの機体なら、その一撃で全壊レベルに叩き潰されている所である。エターナルフリーダムが無事なのは偏に、PS装甲の恩恵に他ならない。

 

《そんなんじゃパパには追いつけないぜッ 奴なら、瞬きする間に5人は殺ってるだろうからなァ!!》

「ッ!?」

 

 クーランの嘲弄が、ヒカルの精神を容赦なく摩耗させる。

 

 一度始まった動揺は留めようが無く、水が布を浸すようにヒカルの心を侵していくのが判った。

 

 動きが鈍る。

 

 勘が精彩を欠く。

 

 ヒカルはどうにか立て直そうと躍起になるが、どうしても本来の調子に戻らない。

 

 そこへ、クーランは容赦無く追い込んでくる。

 

《そらそら、アンヨはお上手かってな!!》

 

 専用のビームライフルを構え、嬲るように攻撃するクーランに対し、ヒカルはどうにか体勢を戻し、ビームシールドで防御する。

 

 振り切ったつもりでいた。

 

 父の事を知って、それで尚、自分を保つように意識した。

 

 だが駄目だった。

 

 普段は良くても、こうして少しでも揺さ振りを掛けられれば、どうしても動揺してしまう。

 

 そこをクーランは、容赦なく突いてきた。

 

《おらよッ これで終まいにしな!!》

 

 そう言い放つと、ビームライフルの照準を再度合わせるクーラン。

 

 閃光が、無防備に立ち尽くすエターナルフリーダム目がけて放たれる。

 

 これで終わり?

 

 本当に?

 

 迫る閃光を眺めながら、そう思った次の瞬間、

 

 黄金の光が、閃光遮るようにして羽ばたき、クーランの攻撃を明後日の方向へと弾き飛ばした。

 

 割って入ったテンメイアカツキが、手にしたビームライフルでガルムドーガの動きをけん制しつつ、強制的に後退を促す。

 

「リィス姉・・・・・・」

 

 自分を助けた姉の機体を、ヒカルは呆然とした表情のまま眺める。

 

 ヒカルの窮状を見て取ったリィスは、とっさに割って入って弟を守ったのだ。

 

 テンメイアカツキの翼、アマノハゴロモを広げ、リィスは威嚇するようにクーランのガルムドーガを見る。

 

《ヒカル、ここは私が引き受ける。あんたはパルチザンの援護に向かって。プラント軍の本隊が向かったせいで、向こうも苦戦しているみたいだから》

「けどッ・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスの命令に対し、言い募ろうとするヒカル。

 

 父の事を悪く言われ、その存在まで穢された事、何より、その相手に対して一言も言い返せなかった事が、ヒカルには悔しかった。

 

 どうにかやり返したい。

 

 このままじゃ終わりたくない。

 

 いっそ子供じみた感情が、ヒカルの中でぐるぐると渦巻いている。

 

 だが、有無を言わせる気はリィスには無かった。

 

 彼女の目から見ても、ヒカルが目の前に男とやり合うには危険に思えたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 尚も悔しさを滲ませた声で、姉の指示に従うヒカル。

 

 だが、自身が頭に血が上りすぎている事は、ヒカルも自覚している事である。

 

 クールダウンを早急にやらない事には、思わぬところでミスを誘発する危険性があった。

 

 テンメイアカツキの肩越しに、反転していくエターナルフリーダムを見ながら、クーランは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

《何だ、今度は親玉の登場かよ》

 

 勝負に水を差された事が気に食わなかった。

 

 が、そこはそれ、すぐに意識を目の前の派手な機体へと切り替えてカリブルヌスを構え直す。

 

 相手が誰であろうと、楽しく戦争ができれば、彼は文句は無かった。

 

 

 

 

 

 赤い翼を羽ばたかせて斬り込むスパイラルデスティニーは、両手に構えたミストルティン対艦刀を交差するように振り翳す。

 

 迎え撃つギルティジャスティスもまた、両手にビームサーベルを構える。

 

 遠距離での迎撃は、初めから考慮に入れていない。

 

 アステルはかつて、レミリアのスパイラルデスティニーと共に戦った事がある関係から、あの機体の特性は良く理解している。

 

 分身残像機能がある以上、遠距離攻撃は視覚を攪乱され、却って状況を悪化させる要因になりやすい。

 

 それよりも、距離を詰めて探知能力を上げた方が戦えると判断したのだ。

 

 互いの剣をシールドで弾き、返す刀を回避すると同時に、スラスターを噴射して距離を取る。

 

 レミリアは後退しながらアサルトドラグーンを射出。ギルティジャスティスに向けて差し向ける。

 

 放たれる合計40門の砲撃は、しかし高機動を発揮して回避するギルティジャスティスを捉えるには至らない。

 

 逆に、包囲網をすり抜けるようにして斬り込みを掛けようとするアステル。

 

 対抗するように、レミリアはスパイラルデスティニー本体に搭載している火砲を全て展開して、ギルティジャスティスに対し真っ向から砲撃を浴びせる。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするアステル。これでは流石に、防御に回らざるを得ない。

 

 とっさにビームシールドを展開するアステル。

 

 しかし着弾の瞬間、強烈な威力に押し流されるように、ギルティジャスティスは大きく後退を余儀なくされる。

 

 これには、流石のアステルも息を呑まざるを得ない。

 

 味方であった時はあれほど頼もしかった機体だが、敵に回ればこれ程厄介だったとは。

 

 ギルティジャスティスが守りに入った隙に、ドラグーンを回収するレミリア。

 

 だが、レミリアはそこで動きを止め、何かを観察するようにギルティジャスティスをジッと見詰めている。

 

 これ幸いと、斬り込みを掛けるアステル。

 

 振るわれるサーベルの一閃を、レミリアはシールドで防御。火花が激しく飛び散って視界を遮る。

 

 と、

 

《その機体、もしかして、アステル?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 不意の問いかけに、アステルは無言のまま動きを止める。

 

 まさか、いきなり自分の事を言い当てて来るとは思っていなかった為、流石に虚を突かれた思いであった。

 

《ねえ、アステルなんでしょ?》

「・・・・・・・・・・・・よく判ったな」

 

 再度の問いかけに、アステルは低い声で応じた。

 

 互いに一旦離れ、距離を置いて向かい合う。

 

 かつてはともに戦場を駆けた戦友同士が、今や異なる陣営となった2人が、互いに剣を向けて対峙していた。

 

《判るよ。だって、君の動きは何度も見ているもん》

 

 成程。アステルがレミリアの特性を理解して戦術を組んだように、レミリアもまた、機体の動きからアステルである事を察知したのだ。

 

《てか、何でアステル、オーブ軍に?》

「それはこっちのセリフだ」

 

 お互い、北米を脱出した後に色々ありすぎて、何があったかなど一言で言い表せる物ではなかった。

 

《アステル、ボクは・・・・・・》

「敵と慣れ合う気は無い」

 

 言い募ろうとするレミリアの言葉を遮り、アステルはビームサーベルを構え直す。

 

 出撃前にヒカルに語った通り、相手が誰であろうと逡巡を加える気はアステルには無い。それが、たとえ相手が幼馴染であってもである。

 

 そんなアステルの様子に、レミリアは奇妙な可笑しさを感じて含み笑いを浮かべる。

 

《相変わらず素っ気ないね、君は》

 

 笑みを交えたレミリアの声に、アステルは僅かに目を細める。

 

 あるいは、相手がアステルと判った時点で、こうなる事はあるいはレミリアにも予測できていたのかもしれない。

 

 アステルの合理的かつ呵責の無い性格を、この世でレミリア程理解している人間は他にいないだろうから。

 

 合わせるように、レミリアも再びミストルティンを抜いて構え直す。

 

 互いの存在を知りながら、かつての友が剣を向け合う状況は悲劇的でありながら、どこか舞台の一場面を思わせる壮麗さがある。

 

 次の瞬間、両者は同時に駆けた。

 

 

 

 

 

 リィスはムラマサ改対艦刀を鋭く横なぎに一閃しながら、逃げようとするガルムドーガを追撃する。

 

 対してクーランはカリブルヌスを振るいながらテンメイアカツキの剣を弾き、同時に片のビームガトリングと腰のビームキャノンを放つ。

 

 迸る閃光は、しかし命中した瞬間には、全て明後日の方向へと逸らされてしまう。

 

 ヤタノカガミ装甲を前にしては、並みの光学兵器はこけおどし以上の物にはならない。

 

 その事を理解したクーランは、顔に凄然と笑みを浮かべる。

 

「ハッ なら、やり方を考えるまでの話よ!!」

 

 言い放つと、カリブルヌスを両手で構えて、テンメイアカツキへと斬り込んで行くクーラン。

 

 リィスもまた、大剣モードのムラマサ改を構えて迎え撃つ。

 

 振りかざされる大剣と戦槌。

 

 双方、激突を繰り返すたびに衝撃が操縦桿を通して、互いの体にまで伝わってくるようだった。

 

 リィスは激突の衝撃を逆用して後退。間合いを取りつつ、ビームライフルを構える。

 

 自身に有利な遠距離からの攻撃で仕留めようと考えたのだ。

 

 だが、

 

 守りに入ったリィスの思考を、クーランは敏感に感じ取り、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 テンメイアカツキがビームライフルを発射するのと、ガルムドーガが腰のハンドグレネードを掴んで投擲するタイミングは、ほぼ同時だった。

 

 ライフルの射線に重なるように投擲されたハンドグレネードは、光線に貫かれて爆発。大量の爆炎をまき散らす。

 

「そんな物で、何しようってのよ!!」

 

 とっさに、照準を合わせ直そうとするリィス。

 

 しかし次の瞬間、

 

 爆炎を突く形で、カリブルヌスを構えたガルムドーガが姿を現した。

 

「なかなかやるようだが、俺の相手じゃなかったなァ!!」

 

 クーランはハンドグレネードの爆炎を煙幕代わりに使う事で、リィスが目論んだ遠距離攻撃を封じ、その隙に距離を詰めたのだ。

 

「ッ!?」

 

 息を呑むリィス。

 

 すぐさま、腰のビームサーベルを抜刀して迎え撃つ。

 

 しかし、サーベルの光刃は、アンチビームコーティングを施した戦槌を透過してしまった。

 

 巨大な戦槌が、黄金の装甲を正面から直撃する。

 

「グッ!?」

 

 息を呑むリィス。

 

 同時にテンメイアカツキは、機体のバランスを崩す。

 

 大してガルムドーガは、素早く体勢を戻して追撃の態勢を整える。

 

「これで、終わりだ」

 

 低く呟くクーラン。

 

 同時に、ガルムドーガの手に握られたビームトマホークが、無防備なテンメイアカツキへと迫った。

 

 

 

 

 

PHASE-22「獣の嘲笑」      終わり

 



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PHASE-23「蜂起」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和の艦橋には、戦況についての報告が刻一刻ともたらされていた。

 

 はっきり言って、現状における不利は否めない。

 

 大和は現在、戦線から迂回するコースをたどりながら、プトレマイオス基地を強襲するコースをたどっている。

 

 戦線は両軍のモビルスーツが入り乱れる乱戦の様相を呈している為、大型戦艦が介入する余地がないのだ。無理にねじ込めば、その大火力が仇となり、却って味方を巻き込みかねなかった。

 

 その大和の艦橋では、臨時オペレーターとして席に座るカノンの姿があった。

 

 先日の拷問で心身ともに消耗したカノンは、今回はドクターストップにより出撃できず、代わりにブリッジの臨時要員として任務にあたっていた。

 

「パルチザン部隊、敵本隊とぶつかった模様ッ 現在苦戦中です!!」

「ヒビキ三佐達はどうした!?」

「敵のエース機とそれぞれ交戦中です!!」

 

 カノンからの報告に、シュウジはあからさまに顔をしかめる。

 

 悔しいが、連合軍の戦線維持はヒカル達の活躍如何に頼らざるを得ない。その彼等が拘束を受けている現状では、味方の苦戦も免れない状況であった。

 

「頼むぞ・・・・・・」

 

 シュウジは、今前線で戦っている者達の顔を思い浮かべながら、焦慮を振り払うように呟く。

 

 間もなくだ。

 

 間もなく、状況は逆転する。それまで持ちこたえる事ができれば、自分達の勝ちは確定したも同然だった。

 

 カノンもまた、祈るような気持ちでセンサーのモニターを眺める。

 

 パイロットであるカノンにとって、自身が戦場に赴く事ができずにいる事が何よりもどかしかった。

 

 特に、好きな少年が体を張って戦場に立っている事を思えば尚更である。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 誰にも聞こえないように、少年の名をそっと呟く。

 

 お願い、どうか、無事で。

 

 心の中で、祈りの言葉をささげる。

 

 そんな少女の純真な祈りは、虚空を越え、最前線で剣を振るい続ける少年の許へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 ディバイン・セイバーズが損害にたまりかねて後退した事で、両軍の戦線は大きく押し上げられる事となった。

 

 オーブ・パルチザン連合軍は枷が解き放たれたように前進、プトレマイオス基地へと肉薄していく。

 

 対して、プラント軍もまた、迎え撃つ為に基地前面に全軍を展開し、向かってくる連合軍に砲火を浴びせる。

 

 しかし連合軍側にとって、エターナルフリーダム、ギルティジャスティス、テンメイアカツキの主力3機が敵のエースに拘束されている事は痛かった。

 

 数と質、双方においてパルチザンを凌駕するプラント軍は、統制すらまともに取れているとは言い難いパルチザンの隊列を、容赦なく斬り裂いていく。

 

 エバンスやダービットと言った指揮官は、前線に立って味方の戦線維持に腐心しているが、しかしそれでも、プラント軍の猛攻の前に、櫛の歯が欠けるように戦線が脱落していく。

 

 既に、戦闘開始から2割近い損害が出ている。

 

 指揮命令系統の維持を考えるなら、これ以上の損害は押さえたいところである。加えて、損害が大きくなりすぎれば、脱落者が出る可能性も否定できない。

 

 寄せ集めの悲しさと言うべきか、戦況有利な時は調子に乗って強気だが、不利になった瞬間、一気に瓦解してしまう可能性もあった。

 

「とにかく、何としてもここを耐え抜くんだ!!」

 

 そう言って、エバンスは味方を鼓舞する。

 

 ヒカル達がいずれ、敵のエースを排除して戻ってきてくれるはず。そうなれば逆転の目もある筈だった。

 

 そのような中で1機だけ、他とは明らかに系統が違う機体が戦線を駆け抜け、味方を掩護しながら、押し寄せるプラント軍を牽制している。

 

 ジェガンである。

 

 そのコックピットには、元北米解放戦線リーダー、クルト・カーマインが姿もあった。

 

 クルトは自身に向かってくるプラント軍の機体にビームカービンライフルを向けると、素早く斉射。2機を撃墜する。

 

 更にビームサーベルを抜き放ち、不用意に接近を図った機体を胴切りに斬り捨てる。

 

「生憎、不利な状況での戦いは得意なんでね!!」

 

 おどけた調子で嘯くクルト。

 

 かつて、圧倒的に不利な状況下において組織を率い、北米各地を転戦したクルトにとって、この程度の不利は考慮に値すべき要因ではないのだ。

 

 彼のジェガンは、元々はヒカルが合流前に使っていた物をクルト用に設定し直した物で、背部にはエールストライカーを装備して機動力を高めている。

 

 戦線を駆け抜けて味方を掩護するには最適の機体と言って良かった。

 

 かつての愛機に久しぶりに乗り込み、クルトは開放感を存分に味わいながら、敵機と渡り合っている。

 

 クルトの熟練した操縦技術は、派手さこそない物の、堅実な戦いぶりでプラント軍の若い兵士を寄せ付けずにいる。

 

 だが、そんな彼でも対応しきれない事態が、すぐそこまで迫ってきていた。

 

 突如、

 

 折り重なるような悲鳴がスピーカーから流れてくる。

 

「何だッ!?」

 

 振り仰いだ先では、味方機が弾ける爆炎によって、一角が覆い尽くされている。

 

 その炎を蹴散らすように姿を現す、2体の異形。

 

《アハハハハハハ、何こいつらッ 脆すぎてお話にならないんですけどォ!?》

《所詮は烏合の衆。紙の軍隊と言ったところか。この程度でよくも大胆な事を考えられた物だな》

 

 テュポーンとエキドナ。

 

 それを駆るリーブス兄妹の嘲弄が、オープン回線を使って遠慮なく垂れ流されている。

 

 フィアナのエキドナは背中から突き出した4基のラドゥンと、掌底に仕込まれたビームキャノンを駆使して、四方八方に閃光を撒き散らし、パルチザンの機体を屠り潰していく。

 

 フレッドはテュポーンの大出力スラスターを使用して一気に距離を詰めると、その巨大な腕で殴り飛ばし、更に鉤爪で抉り飛ばす。

 

 圧倒的な光景である。

 

 兵器の持つある種の「優美さ」を徹底的に排した2機が、その有り余る戦闘力を如何無く発揮した場合、エース以下のパイロットなど問題になる物ではない。

 

 瞬く間に数を減らしていくパルチザン。

 

 それに合わせるように、プラント軍本隊も攻撃を再開する。

 

 叩き付けられる圧倒的な火力を前に突き崩されていくパルチザン。

 

 そこへ、鋭く斬り込んでくる機影があった。

 

「これ以上はやらせるかよ!!」

 

 リアディスノワール、レオスは味方の窮状を見かねて、救援に駆け付けたのだ。

 

 両手に装備したビームライフルショーティを連射。牽制の攻撃を仕掛けるレオス。

 

 対して、新手の存在を感知したフレッドとフィリアは、とっさに腕を前に掲げてビームを防御する。

 

 アンチビームコーティングによって弾かれる攻撃。

 

「クソッ」

 

 遠距離攻撃の効果が薄い事を悟ったレオスは、舌打ちしながら攻撃手段を切り換える。

 

 フラガラッハ対艦刀を抜き放ち、斬り掛かって行くリアディスノワール。

 

「アハ、面白そうなのが来た来た!!」

「少しは楽しませてもらえるのだろうな?」

 

 突っかかってくるリアディスノワールを見たリーブス兄妹は、嬉しそうにはしゃぎながら機体を反転させる。

 

 ラドゥンと両腕を持ち上げて砲撃を開始するフィリア。

 

 フレッドはドラグーンを飛ばしつつ、両腕の鉤爪を振り上げて殴り掛かる。

 

 対抗するように、レオスも両手の剣を振り翳す。

 

 飛んでくるビーム攻撃を、上昇しつつ回避するレオス。

 

 それを追って上昇してきたフレッドのテュポーンに対し、剣を振り下ろす。

 

 同時に両腕を掲げるフレッド。

 

 剣と剛腕がぶつかり合い、散らされたビーム刃が粒子を周囲にまき散らす。

 

 一瞬の拮抗。

 

 レオスはとっさに機体を後退させつつ、距離を開こうとする。

 

 だが、

 

 逃げた先にはもう1機の偉業が存在していた。

 

「はーい、通せんぼ!!」

 

 エキドナの背から延びたラドゥンの強烈な牙が、四方からリアディスに迫る。

 

 回避運動直後だった事もあり、レオスが意識を向けるのが数寸遅れる。

 

「しまったッ!?」

 

 驚いて声を上げた瞬間、リアディスの左足はラドゥンに噛み千切られた。

 

 バランスを崩すリアディス。

 

 レオスは必至にバランスの回復を図るが、それよりも先にフレッドのテュポーンが鉤爪を豪快に振るう。

 

 グシャリ

 

 という音が聞こえたような気がした。

 

 たちまちリアディスノワールは両腕を引きちぎられ、頭部を捻り潰されて大破する。

 

 コックピット周辺の損傷は少ないので、中にいるレオスが生きている可能性は高いが、その運命も旦夕に迫っていると言って良かった。

 

「さあ、これで終わりだ」

 

 静かな声と共に、大破したリアディスノワールの胴体を掴み上げ、掌のビームキャノンを押し付けるフレッド。

 

 光を帯びる掌底。

 

 次の瞬間、

 

「やめろォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 上空から、12枚の蒼翼を靡かせた機体が、一気に急降下してくるのが見えた。

 

 リィスからパルチザンの救援を言い渡されたヒカルだったが、レオスの危機を察知して救援に駆け付けたのだ。

 

 ヴォワチュール・リュミエールを全開まで展開しながら急降下。同時に抜刀した高周波振動ブレードを叩き付ける。

 

「ぬッ!?」

 

 直前でエターナルフリーダムの接近を感知したフレッドは、とっさに腕を振り上げて防御しようとする。

 

 しかし、

 

 剛腕と剣が激突した瞬間、テュポーンの左腕は紙のように斬り飛ばされた。

 

 驚くフレッド。

 

 ヒカルは更に追撃を掛けようと、もう一本のブレードを抜いて斬り付ける。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、フレッドはリアディスの残骸を放り捨てて後退。ヒカルの剣閃を回避する。

 

「ほう・・・・・・」

 

 対峙するエターナルフリーダムを見ながら、フレッドは感心したように呟く。

 

「装備を更新したか。面白い!!」

 

 そこへ、妹のフィリアも合流してくる。

 

「あはッ 来た来た来たァ!!」

 

 4基のラドゥンと、両腕の鉤爪を振り翳して斬り掛かっていくフィリア。

 

 そんな妹を掩護するように、フレッドも後方からドラグーンを飛ばして、エターナルフリーダムに包囲攻撃を仕掛ける。

 

 対して、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールを展開して一気に2機を引き離すと、高周波振動ブレードを鞘に納め、ビームライフル、レールガン、バラエーナ・プラズマ収束砲を展開、6連装フルバーストを解き放つ。

 

 虹を思わせる強烈な閃光が迸る。

 

 同時にパッと上下に分かれて、攻撃を回避するテュポーンとエキドナ。

 

 2機はそれぞれ、挟み込むようにしてエターナルフリーダムへと迫る。

 

 先行したのはフィリアだ。

 

「食われて消えなッ 魔王!!」

 

 ラドゥンと鉤爪を振り翳すフィリア。

 

 対抗するように、ヒカルも高周波振動ブレードを再度抜刀して逆撃を加えるように斬り掛かる。

 

 腕とラドゥンで間断ない攻撃を仕掛けるフィリア。

 

 対してヒカルは2本の剣を目まぐるしく動かして、その全てをさばいていく。

 

「アハハハハハハッ 2本で6本を裁くんだッ 凄い凄い!!」

 

 言いながら、ラドゥンの1本が鎌首を持ち上げて、砲撃体勢に入ろうとする。

 

 だが、ヒカルはその動きを見逃さない。

 

 とっさにレールガンを展開。ゼロ距離斉射でエキドナを吹き飛ばす。

 

 直撃を受け、両足を吹き飛ばされるエキドナ。

 

 そこへ、フレッドのテュポーンが迫る。

 

 先のヒカルの攻撃で、片腕を失っているテュポーンだが、操るフレッドの戦意は聊かも失われてはいない。

 

「喰らえ、魔王!!」

 

 ドラグーンを射出し、更には掌底のビームキャノンと腹部の複列位相砲を一斉発射する。

 

 迫る閃光。

 

 それに対してヒカルは、ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開、包囲網を抜けると同時に急反転してテュポーンへと向かう。

 

 慌てて照準を修正しようとするフレッド。

 

 しかし、元より機動力はエターナルフリーダムの方が早い。

 

 斬り込んでくる蒼翼の天使。

 

 対して異形の怪物は、自身の下僕たるドラグーンを引き戻して対抗する。

 

 放たれるビームは、しかし全てスクリーミングニンバスに弾かれて用を成さない。

 

 その事に気付き、攻撃手段を切り換えようとするフレッド。

 

 しかし、その前にヒカルは自身の間合いにテュポーンを捉える。

 

 複列位相砲がゼロ距離から発射されるが、ヒカルはそれをギリギリの所で回避。両手に構えた細身の剣を振るう。

 

 その攻撃で、テュポーンは残った片腕と両足を斬り飛ばされてしまった。

 

「アハハハッ やるじゃないのよ魔王様!!」

 

 先程の攻撃から立ち直ったフィリアが、テュポーンの惨状を見て激昂する。

 

 両足を無くしてバランスの悪い状態ながら、ラドゥンを振り翳してエターナルフリーダムに喰らい付こうとする。

 

 しかし、

 

 それよりも早くヒカルは機体を振り返らせると、旋回の勢いそのままに高周波振動ブレードを振り抜き、自信に迫ったラドゥンの首を斬り飛ばし、更にもう1本のラドゥンの口、つまりビームキャノンの砲口部分に切っ先を突き込んで破壊した。

 

 尚も諦め悪く、残った2基のラドゥンと鉤爪を繰り出して攻撃を続行しようとするフィリア。

 

 しかしヒカルは、その攻撃を上昇しつつ回避。同時にする度蹴り上げをエキドナに叩き付けて弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにもならない。

 

 自分に迫る斧の刃を見て、リィスは覚悟を決める。

 

 一撃貰うのは避けられない。

 

 問題はその後。

 

 如何にして損害を軽く済ませ、それでいて直後の反撃で相手に致命傷を与えうるか否か。

 

 全ての勝敗は、そこに掛かっている。

 

 一瞬でそこまでを計算したリィスは、全ての感覚を捨てて捨て身の反撃に意識を集中する。

 

《死ねやオラッ!!》

 

 オープン回線から、男の罵声が聞こえてくる。

 

 隠しきれない野生が滲んだような声に耳を傾けながら、カウンターの体勢を整えるリィス。

 

 しかし次の瞬間、

 

 縦横に駆け巡った閃光が、ガルムドーガの行く手を遮るようにして射掛けられた。

 

《ぬおッ!?》

 

 たたらを踏むようにして、攻撃を中止するクーラン。

 

 リィスもまた、何が起きたのか判らないまま、自分を助けるように放たれたドラグーンが戻る先を見る。

 

 そこには、

 

 蒼い炎の翼を広げ、全身にはすっぽりと外套を被った機体が存在した。

 

 その姿に、

 

《クハハハハハハハハハハハハハハハハッ》

 

 クーランは狂気の笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

《待ちくたびれたぜッ ようやく出てきやがったかよ!!》

 

 叫びながらクーランは目標を変更。カリブルヌスを振り翳して殴り掛かって行く。

 

 振るわれる戦槌。

 

 対して、謎の機体は後退しながら回避。同時に両手のビームライフルと腰のレールガンでガルムドーガに攻撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を捻り込むように回避しながら、カリブルヌスを振るうクーラン。

 

《テメェが生きてるって聞いた時の、俺の悦びが判るかよッ》

 

 対して、ターミナルのリーダーは驚いて声を上げる。

 

「あなたは・・・・・・生きていたのか!?」

《そいつはお互い様ってもんだぜッ なあ、兄弟!!》

 

 振るわれる巨大な戦槌を、リーダーは後退して回避。

 

 同時にビームライフルをハードポイントに格納して、背中の対艦刀を抜き放つ。

 

 翼の色は赤に、外套の下の装甲は黒に変化する。

 

 残像を残しながら接近。同時に剣を交差するように振るう。

 

 対抗するように、全てを粉砕するような戦槌が振るわれる。

 

《お互い、この地獄の釜の底でよく生きていたもんだよッ なあ、どうやら腐れ縁ってものは、死んでも断ち切れないらしいぜ!!》

「迷惑な話だッ」

 

 ガルムドーガの攻撃を、残像を残しつつ回避するモビルスーツ。同時に繰り出した剣が、ガルムドーガの肩を抉る。

 

 だが、クーランは怯まない。

 

 むしろ歓喜の戦意を持って向かっていく。

 

《そう言えば、テメェの息子に会ったぜ!!》

 

 その言葉に、

 

 リーダーよりもむしろ、後席の少女が大きく反応する。

 

 無理も無い。彼女にとっては、あるいは自分以上に彼は大切な存在だろうから。

 

《昔のテメェにそっくりじゃねえかッ イカレた戦い振りやら、反吐が出そうな甘さなんかが特になあ!!》

「安心しろ、あなたに理解してもらおうと思った事は一度も無い」

 

 リーダーが振るった斬撃を、後退しながら回避するクーラン。同時にビームキャノンとビームガトリングで攻撃を仕掛けて追撃を断つ。

 

 ガルムドーガの攻撃をシールドで防ぎながら、勢いを緩めずに斬り掛かって行くリーダー。

 

《つれねえ事言うなよッ 亡霊は亡霊同士、お互い仲良くしようぜ!!》

「断る。地獄に落ちたいなら、あなた1人で落ちろ!!」

 

 振るわれた剣を、ガルムドーガは沈み込むようにして回避。同時に切り上げた斧の一撃は、しかし一瞬早く上昇を掛けた為、モビルスーツの街頭すら掠めずに通り過ぎていく。

 

 両者、1歩も譲らずに対峙する両者。

 

 その激突の様子を、

 

 少し離れた場所から、呆然と見つめる瞳があった。

 

「そんな・・・・・・何で・・・・・・」

 

 リィスは、2機が戦う様を見ながら、魂が抜けたような虚ろな瞳で呟きを漏らす。

 

 彼女が見ている視線の先には、尚も双剣を構えて斬り込んでいく謎の機体がある。

 

「だって・・・・・・あの機体は・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然とした呟きは、誰に聞かれる事も無く、虚空の中へと溶け込んで行った。

 

 

 

 

 

 エバンスやダービット、クルトに率いられたパルチザンの兵士達と、プラント軍の兵士達が駆る機体が交錯しながら砲火を交わしていく。

 

 リーブス兄妹を辛うじてヒカルが抑える事で、状況は振出しに戻ろうとしていた。

 

 しかし、やはりと言うべきか、基本となる条件において劣勢のパルチザン側が苦戦すると言う状況には変化は無い。

 

 彼等は必死の抵抗を示してプラント軍の攻勢を押さえているものの、質と量、双方において大きな隔たりがある状況では劣性も止む無しといったところである。

 

 しかし、

 

 そこへ、新たな戦力が応援として戦線に加わる事で、状況は劇的な化学反応を起こす事となる。

 

 スマートな印象がある2機の機体。同じ系統の機体のようで、武装以外のシルエットは非常に似通っている。

 

 白銀の機体は背部から突起のようなドラグーンをいくつも突き出し、深紅の機体は、巨大な砲を背負っている。

 

「こちら、ターミナル所属機。これよりオーブ軍とパルチザンを掩護する」

 

 淡々とした声で告げると、レイ・ザ・バレルは背中に負ったドラグーンを解き放つ。

 

 同時に、彼の傍らではルナマリア・ホークが、巨大な砲を展開して掩護射撃を行いつつ、プラント軍の機体を遠距離から討ち取っている。

 

 TGM-X11「エクレール」

 

 2人が乗る機体である。

 

 初となる純ターミナル製の機体であり、設計のフレームにはかつてのインパルスの物を使用。扱いが難しい合体分離機構はオミットした代わりにビームシールド等の防御力を強化、ビームライフルとビームサーベルを常設し、更に両名に合わせて武装を特化してある。

 

 元より、戦闘要員の少ないターミナルと言う組織の事情を考慮し、コストは初めから度外視して、パフォーマンス重視の高性能機となった。

 

 本邦初公開となるこの戦いにおいて、その性能を如何無く発揮して敵を屠り続けている。

 

《近付いてくる奴等は、あたしが倒すッ レイはパルチザンの援護に集中して!!》

「たのむ」

 

 20年来の戦友に、レイは短い声で謝意を述べ、自身はドラグーンの操作に集中する。

 

 冴え渡るドラグーンの攻撃と、それを掩護するように放たれる砲撃は、的確にプラント軍の機体を排除していく。

 

 阿吽の呼吸を理解しているレイとルナマリアの連携攻撃は、いっそ華麗と称して良いほどに洗練され、なおかつ無慈悲にプラント軍の機体を撃ち抜いていく。

 

 こうなると最早、戦闘当初におけるプラント軍のアドバンテージは、完全に失われたと言って良かった。

 

 一騎当千のエース達によって、プラント軍兵士達は次々と討ち取られていく。

 

 彼等を守る筈のプラント軍側のエースは、既にその大半が無力化されているか押さえられている有様である。これでは、彼等を守る盾は無いに等しい状況であった。

 

 今や勝敗の天秤は、連合軍の側に傾きつつある。

 

 それでも尚、プラント軍の兵士達は自分達の勝利を疑ってはいない。

 

 いかに蟷螂の斧を振り翳して抵抗しようと、最終的に勝つのは戦力に勝る自分達だ。

 

 それは彼等にとって絶対の真理であり、確約された未来でもある。

 

 故に、戦況が不利に傾いて尚、彼等は楽観視していた。

 

 「それ」が起きるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この一戦に月の命運を賭けていると言う点では、連合軍もプラント軍も同じである。

 

 連合軍は当然、月の解放を謳って蜂起した訳であるから、最終的にはプラント勢力を完全に排除して、月の自治権を取り戻さなくてはならない。

 

 一方のプラント軍もまた、月は本国と地球を結ぶ重要な中継点であり、周辺航路を防御する為に必要な拠点である。当然、是が非でも確保しておきたいと言う事に変わりは無い。

 

 双方ともベクトルは違う物の、ある意味で目指すべき場所は一緒である。

 

 そして、連合軍もプラント軍も、その為に持てる戦力の全てを結集して決戦に臨んでいた。

 

 そう、

 

 正に重要なのは、双方ともに全ての戦力を振り絞っている、と言う一点にある。

 

 プラント軍は、この月での戦いに先立ち、多くの戦力を地球の東欧戦線に抽出してしまった関係から、戦線維持に必要な戦力が不足がちになっていた。

 

 そこで月のプラント軍上層部は、治安維持を目的に月面各都市に駐留している保安局等の戦力を抽出してプトレマイオス基地へと集中させ、連合軍の迎撃に充てていた。

 

 おかげで、どうにかプラント軍は連合軍を圧倒するに足る戦力を維持できたわけである。

 

 基本的に、その戦略は大きく間違っているとは言い難い。その決定があったおかげで、彼等はこれまで連合軍相手に戦闘を有利に進めてこれたのだから。

 

 だが、彼等には誤算があった。それも、致命的と称して良いほど大きな誤算が。

 

 その誤算が今、彼等の運命を大きく狂わそうとしていた。

 

 

 

 

 

 怒涛の勢い、と称する以外に形容する言葉は見当たらない。

 

 コペルニクスにある通りと言う通りは人で埋め尽くされている。

 

 彼等は皆、手に武器を持ち、狂騒の声を上げながら行進していく。

 

 武器、と言っても大層な物ではない。せいぜいが、そこら辺に転がって良そうな棒切れ程度である。

 

 しかし、その数は尋常ではない。

 

 数千、

 

 否、数万はいるかもしれない。

 

 彼等は皆、一つの意志を持って動いていた。

 

 すなわち、月を取り戻す、と言う大いなる意志を。

 

 断っておくと、彼等はパルチザンではない。紛う事無き一般市民である。

 

 だが、その一般市民が群衆となり、まるで巨大な一個の生き物であるかのように雪崩を打って駆けていく。

 

 彼等は行政府や保安局支部と言ったプラント政府の息が掛かった施設を見付けると、そこへ手当たり次第に殺到していった。

 

 度肝を抜かれたのは、襲撃を受けた側であろう。

 

 何しろ、突然大群衆が、怒涛となって自分達に押し寄せて来たのだから。

 

 彼等はたちまち、その中に飲み込まれ、もみくちゃにされ、最後には叩き潰されていく。

 

 施設は徹底的に破壊され、そこにいた職員は一人残らず引きずり出されて滅多打ちにされる。

 

 保安局支部の方は、若干ながら抵抗する動きがあった。

 

 常駐していた保安局員たちは、群衆が自分達の方へと迫って来た事を察知すると、武器を持って応戦に出た。

 

 しかし結局、それで倒す事が出来たのは、ほんの数人程度で、却って群衆の感情に火をつけただけに終わった。

 

 やがて、保安局支部もまた、怒涛の勢いを持った群衆に飲み込まれ、沈黙を余儀なくされた。

 

 生き残った者達は、這う這うの体で脱出していくしかない。

 

 それと同じ光景は、コペルニクスのみならず、月面の他の都市でも見られていた。

 

 どこの都市でも、何万と言う人間が織りなす人の波に抗いきれず、右往左往しながら逃げていくプラント関係者の様子が見られた。

 

 プラント軍は、確かに戦力的には連合軍を上回っていたかもしれない。

 

 だが彼等は、連合軍の「戦力」しか見ていなかった。その「戦力」を叩き潰す為に、月面中から自分達の戦力をかき集めてしまった。

 

 だが、パルチザンの構成員は月の各都市に無数に潜伏している。彼等は戦力的な要素は皆無だが、その浸透力は爆発的と称して良い規模を誇っている。

 

 シュウジ、アラン、エバンス等が中心になって立案された作戦は、このパルチザンの持つ特性を活かした物である。

 

 まず、自由オーブ軍とパルチザンから成る連合軍の実働部隊がプトレマイオス基地に攻撃を仕掛け、敵の目を引き付ける。

 

 当然、プラント軍は迎撃の為に戦力をかき集める事だろう。そうなると、必然的に各都市の守りは手薄となる。

 

 そこに、各都市に潜伏していたパルチザンのメンバーに煽動された住民達が、一斉蜂起を仕掛ければ、このような事態となる訳だ。

 

 勿論、僅かながら保安局等には戦力を残している事は予測されたが、それとて数万の群集を収められる物ではない。

 

 この報告は、直ちにプトレマイオス基地のプラント軍司令部にももたらされた。

 

 各都市に設置されたプラント行政府や、保安局の支部から悲鳴のような救援要請がひっきりなしに入ってくる。

 

 その量は尋常では無く、一部のオペレーターは戦闘管制そっちのけで、救援要請の対応に回さざるを得なくなったほどである。

 

 だが、現実的な問題として、プトレマイオス基地には彼等を救援に行く余裕などない。

 

 今まさに、連合軍の猛攻を受けている彼等には、戦力を他に割ける余裕などありはしない。圧倒的な数の優位を確保して、ようやく状況を拮抗させているのだから。

 

 戦術・戦略的に不利な状況を、政略レベルでひっくり返す。

 

 かつてプラントが幾度も行ってきたやり方を、アラン達は縮小先鋭化した形で再現したのが、今回の作戦である。

 

 その効果は、絶大と言っても良かった。

 

 兵を引けば群衆は収められるが、プトレマイオス基地は陥落して月のプラント軍は壊滅する。

 

 兵を引かなければ、戦線は維持できるかもしれないが、他の都市は全て失い、月におけるプラントの支配権は崩壊する。

 

 どちらに転んでも、プラントは敗北する。

 

 将棋で言えば、文句無しの「詰み」だった。

 

 

 

 

 

「ようやく・・・・・・か」

 

 月の住民達が上げる莫大な歓声を聞きながら、エバンスは感慨深く呟きを漏らした。

 

 彼等の苦難の道程が、今まさに実りを迎えようとしている。

 

 これまでプラントの支配体制に甘んじてきた人々が、その怒りを爆発させ、彼等に叩き付けているのだ。

 

 それは正に、月の住人が上げる魂の咆哮であり、そして再誕の産声であった。

 

 月は生まれ変わる。

 

 自分達の自治を取り戻し、再びかつての繁栄と活気を取り戻していくだろう。

 

 勿論、それはまだ、ずっと先の話ではあるが。

 

「だからこそ今、踏ん張らねばならん」

 

 さあ、もう一頑張するとしようか。

 

 そう呟くと、エバンスは再び機体を駆って最前線へと踊り込んで行った。

 

 

 

 

 

PHASE-23「蜂起」      終わり

 





機体設定

 TGM-X11「エクレール」

武装
ビームライフル×1
ビームシールド×2
ビームサーベル×2
近接防御機関砲×2

追加武装

レイ機:
アサルトドラグーン×8

ルナマリア機
長射程狙撃砲×1

備考
純エターナル製機動兵器。元々はインパルスの系列に連なる機体だが、扱いの難しい合体分離機構は排し、代わりに各パイロットの特性に合わせた武装にカスタマイズされている。元々、戦闘要員の少ないターミナルの事情を考慮し、コストは度外視した性能追及がされている。


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PHASE-24「決断の光」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月に増援を送る為に、プラント本国を発したザフト艦隊。

 

 彼等が月へと到着すれば、膠着した戦況を一気に覆す事も可能になった事だろう。

 

 仮に自由オーブ軍が奮戦をしたとしても、最終的には数の差に押し切られるのは目に見えている。

 

 正に、プラント軍の切り札とも言うべき増援艦隊。

 

 しかし、

 

 彼等が月に辿り着く事はついになかった。

 

 突如飛来した閃光が、先頭を行くナスカ級戦艦を貫き、爆炎の中へと叩き込んだ。

 

 それを奇禍とした強烈な砲撃を前に、護衛についていたモビルスーツが次々と討ち取られていく。

 

 何事か!?

 

 皆が一様に警戒心を高めた。

 

 次の瞬間、

 

 それは虚空を斬り裂くようにして現れた。

 

 深紅に燃える2対4枚の翼を広げた鋼鉄の堕天使は、彼等の行く手を阻んで大剣を振るう。

 

「ここは行かせない!!」

 

 肺から吹き出すが如く、シンは気を吐くと同時に4枚の翼を羽ばたかせてギャラクシーを走らせる。

 

 その圧倒的な加速力を、目視できる者はいない。

 

 何かが来る!?

 

 そう思った次の瞬間には大剣の刃が旋回し、機体を真っ二つにする。

 

 防御はできず、回避も許されない圧倒的な攻撃力と機動力は、まさに魔神の進撃とでも言うべきか。

 

 シンが駆け抜けた後には、斬り裂かれたモビルスーツの残骸のみが空しく転がっているのみであった。

 

 更に別の戦場では、縦横に駆け抜ける光が、瞬く間にプラント軍の護衛部隊の隊列を斬り裂いていく光景があった。

 

「子供達が頑張っているんでね。親父たちがここで気張らなと、立つ瀬無いでしょ!!」

 

 おどけた調子で叫びながら、ゼファーを駆るムウはドラグーンに攻撃命令を飛ばす。

 

 既に壮年の域に入ろうとしている鷹は、しかし若かりし頃から聊かの衰えも見せない技術の冴えを見せ付けて、目の前の敵を徹底的に打ち倒していく。

 

 どうにかムウの攻撃を掻い潜って、接近を試みる機体も存在する。

 

 しかし、そのような不遜な態度を、エンデュミオンの鷹は見逃さない。

 

 すかさず取って返したドラグーンによる砲撃を浴びせ、容赦なく撃墜していく。

 

 ヴァイスストームを駆るラキヤは、そのサングラス越しに自身の目指す敵を見据えると、鋭く斬り込んで行く。

 

「君達を月に行かせるわけにはいかないんだ。悪いけどね」

 

 静かな声と共にドラグーンを射出。同時に対艦刀モードのレーヴァテインを振るって斬り掛かる。

 

 ヴァイスストームの正面にいたハウンドドーガはその一撃で袈裟懸けに切り飛ばされ、ドラグーンの砲撃を受けた他の機体も、コックピットやエンジンを吹き飛ばされて炎を上げていく。

 

 かつての大戦で多くの功績を残し、今尚現役であり続ける最強のエース達を前に、如何にプラント軍の主力部隊と言えども、抗しきれるものではなかった。

 

 第二次月面蜂起に先立ち、出撃準備を完了した自由オーブ軍の主力艦隊だが、しかし準備完了した段階で、既に戦端は開かれる直前であった。

 

 このままでは、出撃しても決戦に間に合わない事は明白である。

 

 思案した自由オーブ軍の首脳部は、連合軍の後詰として、間接的な形で戦闘に寄与すると言う結論に達した。

 

 その時には既に、プラント本国から月へ向けて大規模な増援艦隊が出撃した事が察知している。これを叩き増援を阻止する事で、月の戦いを側面掩護しようと考えたのだ。

 

 少数精鋭による部隊編成を終えた自由オーブ軍艦隊は、根拠地を出て出撃。月とプラントの中間地点でザフト軍増援艦隊を捕捉する事に成功したのである。

 

 旗艦艦橋に座る女性は、メインスクリーンに映る戦闘状況をつぶさに見詰め、艦隊に指示を飛ばしている。

 

 若いころと変わらず、包容力のある美貌を宿した女性は、淀み無い手つきで艦隊を指揮している。

 

「司令、敵艦隊、左翼が突出しつつあります。こちらを包囲する模様!!」

「左翼に火力を集中。敵の頭を潰しつつ、こちらも回頭!!」

 

 マリュー・フラガ中将は、スクリーンとオペレーターから齎される情報を基に、艦隊の機動を組み立てていく。

 

 前線では彼女の夫を始め、オーブ軍の精鋭達が戦っている。

 

 ならば、それを支援する事が自分達の役割でもあった。

 

 かつては不沈艦と呼ばれた戦艦アークエンジェルを指揮し、数多くの困難な戦いを生き抜いてきた名指揮官の指揮ぶりは芸術的と称して良く、ザフト艦隊を一方的に撃ち減らしていく。

 

 と、

 

「アスカ一佐、突出します。敵艦隊に攻撃を仕掛ける模様!!」

 

 オーブ軍の機体の中で、シンのギャラクシーが最も高い機動性を誇っている。故に、誰よりも早く乱戦を抜け出して斬り込んだのだ。

 

「司令、このままではアスカ一佐が!!」

「大丈夫よ」

 

 オペレーターの心配を、マリューは微笑を交えて遮る。

 

 オペレーターは、突出する事でシンが集中砲火を浴びる事を懸念したのだろうが、シンに限ってその可能性はあり得ない。

 

 それは、20年来の戦友だからこそ言える事でもあった。

 

 果たして、

 

 マリューの読み通り、並み居る敵を斬り伏せ、あらゆる攻撃を回避して、シンの駆るギャラクシーはザフト艦隊の中枢へと迫ろうとしていた。

 

 掲げるドウジギリ対艦刀は怪しい輝きを秘め、多くの敵をその刃に賭けて来た事が伺える。

 

 凄まじい加速力で全ての攻撃をすり抜けて見せるギャラクシー。

 

 当然、コックピットに座すシンには強烈なGが掛かるが、シンは構わずフルブースとまで持っていく。

 

 ザンッ

 

 真空中ですら音が聞こえそうなほど強烈な斬り込みと共に、標的となったローラシア級戦闘母艦が真っ二つに切り裂かれた。

 

 そこでシンは、動きを止めずに機体をさらに加速させる。

 

 既にモビルスーツという守りを失っている艦隊は脆い。

 

 それは、ただ1機の特機に翻弄されている事からも明白であった。

 

 シンの赤い瞳が、1隻のナスカ級高速戦艦を見据える。

 

 その艦は、他の艦に守られるようにして艦隊の中央に位置し、まるでこちらを恐れるかのように、砲火を上げてきている。

 

「あれかッ!!」

 

 それが旗艦であると、一瞬で判断したシンは、炎の四翼を羽ばたかせて、急降下するように一気に突っ込んでいく。

 

 当然、ザフト艦隊もギャラクシーの接近に気付いて、可能な限りの迎撃砲火を上げて来る。

 

 しかし、シンはデスティニー級機動兵器の特色とも言うべき分身残像機能を展開、艦隊が打ち上げるあらゆる攻撃を回避して一気に間合いの中へと切り込んだ。

 

「これで、終わりだ!!」

 

 振り翳されるドウジギリ対艦刀。

 

 その剣閃を前にして、鈍重な戦艦が逃げられる道理はない。

 

 刃が一閃される。

 

 それで、全てが決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が、怒涛の如き大歓声を上げている。

 

 それは圧政からの解放を示す物であり、同時に彼等が自由を掴みとる為の戦いを始めた狼煙でもあった。

 

 ヒカルは、自然と顔を綻ばせる。

 

 無駄ではなかった。

 

 自分達が起こした行動は、彼等の胸にも届き、それが大きなうねりとなったのだ。

 

「どうだ、これが月の意志だ。この地に、お前達は不要って事だよ」

 

 対峙する2機、テュポーンとエキドナを操るリーブス兄妹に語りかける。

 

 この戦い、既に彼等の負けは確定したような物である。仮にここでの戦闘に勝利したとしても、彼等が月を取り戻す事は、もはやありえないだろう。

 

 勝負はあった。

 

 だが、

 

《キャハハハハハハハハハ!!》

 

 フィリアのけたたましい笑い声と共に、エキドナが鉤爪を掲げて襲い掛かってくる。

 

 既にラドゥン2基と両足を失っているエキドナだが、未だに戦う意思を捨てる気は無い様子である。

 

《バッカじゃないの!? バーカバーカ!! そんなの関係無いしー 全部ぶっ殺せばいいだけの話よ!!》

 

 叩き付けられる攻撃に対し、ヒカルは高周波振動ブレードを抜刀、右の鉤爪を斬り捨てる。

 

 そこへ、背後からドラグーンを飛ばしながら、テュポーンが突っ込んで来た。

 

《そう言う事だ、魔王よッ 貴様等の戯言に、我々が付き合わなくてはならない謂れはない!!》

 

 言いながら複列位相砲を斉射。同時にドラグーンからも攻撃を加える。

 

 対してヒカルは操縦桿を巧みに操って攻撃を回避すると同時に高周波振動ブレードを鞘に納め、代わってビームライフルを抜き放つ。

 

 自身に向かってくるドラグーンに対し、素早く射撃を加えてドラグーンを撃ち落とす。

 

 だが、その隙にテュポーンの本体が特攻を仕掛けて来た。

 

《君も我々と同じだよ、魔王!! 君は戦いの中でしか生きがいを見出す事ができないッ だからこそ、斧ような逆境を嬉々として受け入れているッ!!》

「違うッ 誰が!!」

《何も違わんよッ 君は我々の同類だッ だからこそ、今、この状況に胸躍らせている筈!!》

 

 フレッドの言葉が、否応なくヒカルの胸に突き刺さる。

 

 そんな事はない。

 

 そんな筈はない。

 

 万言を費やして否定する事はたやすい。

 

 しかし、それで自分の本質を語っていると、胸を張る事が果たして出きるだろうか?

 

 かつてヒカルは、自ら戦場に進む道を選んだ。

 

 この道を捨てる選択肢は、何度もあった。

 

 だが、ヒカルは楽になれる道を捨て、頑なに辛苦の道を選び続けた。

 

 それが果たして、本当に戦いを欲していなかったと言えようか?

 

《君もこっち側に来るのだなッ そうすれば楽になれる》

《キャハハハハッ 仲良くしましょ、魔王様!!》

 

 嘲笑する2人。

 

 対して、

 

「一緒に、すんじゃねえよ!!」

 

 叫ぶと同時にヒカルはエターナルフリーダムの全武装を展開、6連装フルバーストを解き放つ。

 

 一斉に放たれる閃光。

 

 対して、どうにかリフレクターを展開して防ごうとするリーブス兄妹だが、既にこれまでの戦闘で多くの発生器を破壊されており、防御もままならない有様である。

 

 エターナルフリーダムが放った光の矢を前に、残った四肢やスラスターが吹き飛ばされて月面へと落下していく。

 

《所詮、君は君の運命からのがれられんよッ》

《まったねー 魔王様―!!》

 

 捨て台詞とも取れるリーブス兄妹の言葉が、ヒカルの精神を否応なく削り取る。

 

 墜ちていく2機を見やりながら、ヒカルは自問自答する。

 

 果たして、本当に自分は戦いを欲していないと言えるだろうか?

 

 今のヒカルには、それを確かめるすべも自信も無い。

 

 武器を格納して、機体を反転させる。

 

 戦いはまだ続いている。

 

 ヒカルは味方のパルチザン掩護を再開すべく、その場から飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 損傷して戦闘不能に陥った仲間達の回収を味方に任せ、戦場に戻ってきたクーヤは、信じられない思いに捕らわれていた。

 

 月の全ての都市で起こった暴動は、プラント関連の施設を標的にして、更に拡大の様相を見せようとしている。

 

 判らない。

 

 クーヤには全く判らなかった。

 

 彼等はなぜ、こんな愚かしい事をしているのか?

 

 間もなく、世界は統一される。

 

 アンブレアス・グルックと言う空前絶後の偉大なる指導者の名のもとに、争いの無い平和と繁栄が約束された、光り輝く世界が訪れようとしている。

 

 だと言うのに、彼等はそんな崇高な理念に背くかのように反乱を起こしている。

 

 黙って待っていれば幸せになれると言うのに、なぜ彼等は苦難の道へ落ちようとするのか。

 

 堂々巡りを繰り返す思考は、やがて迷宮の如き螺旋を抜けて一つの答えを導き出す。

 

「・・・・・・・・・・・・アンタ達が」

 

 双眸が鋭く光り、不遜な者達を睨み付ける。

 

 パルチザン、そしてオーブ軍。

 

 奴等が善良なる月の市民達を惑わし、煽動する事で今回の事態を引き起こしたのだ。

 

 そうでなければ、このような大それた事態にはならなかったはず。

 

 全ては、奴らが悪い。

 

 奴等さえいなければ、このような事にはならなかったのだッ!!

 

 次の瞬間、

 

 クーヤのSEEDが弾けた。

 

「アンタ達なんかに、この世界は渡さない!!」

 

 言い放ちながら純白の8翼を広げ、一気に斬り掛かる。

 

 近付こうとする敵はビームキャノンやビームライフルで撃破。同時にスラスターは全開まで引き上げる。

 

 一直線に飛ぶクーヤ。

 

 パルチザン側も抵抗しようと砲撃を繰り返すが、あまりの加速力に照準が追いつかない有様である。

 

 そのクーヤのリバティが目指す先に、

 

 エバンスが駆る機体が存在した。

 

「まずいッ こいつに来られては!?」

 

 勝利を目前にした敵の強襲に、エバンスは愕然としながらも手にしたビームライフルで迎撃しようとする。

 

 だが、当たらない。

 

 クーヤの鋭い機動を前に、あらゆる攻撃が無意味と化す。

 

 その様子は、救援に駆け付けたヒカルの目にも見えていた。

 

 真っ直ぐに突き進むリバティ。

 

 その先に立つ、エバンスの機体。

 

「やめろ!!」

 

 ヒカルが叫ぶが、既に遅い。

 

 次の瞬間、リバティが振るった剣が、エバンス機の右腕を斬り飛ばす。

 

 とっさに、防御しようとするエバンス。

 

 しかし、それは不可能だった。

 

 コックピットに光刃が突き立てられる。

 

 それで、全てが完了した。

 

 今際の極

 

 そのような物があるなら、エバンスは今まさに、その瞬間にいるのだろう。

 

 彼の目には、プラントの放つ軛から解放され、皆が笑いながら行き来している月の光景が広がっている。

 

 ここまで来た。

 

 とうとう自分達は、ここまで来たんだ。

 

 そこへ、手を伸ばす。

 

 次の瞬間、

 

 エバンスの機体は、炎に包まれた。

 

 その光景を、一瞬遅く救援に駆け付けたヒカルは、呆然と見ていた。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルの目の前で、エバンスの機体が炎に包まれていくのが見える。

 

 殆ど、会話らしい会話を交わした訳ではない。せいぜい、すれ違った時に挨拶をした程度だ。

 

 だが、彼がいかに月の解放を悲願とし、その目的の為に戦って来たかは知っている。

 

 そのエバンスが、

 

 最も喜びをかみしめるべき人物が、

 

 悲願達成を目の前にして、炎の中へと消えて行った。

 

 ヒカルは脳裏で、ぼんやりと考える。

 

 エバンスは、自分の身を悲しんだだろうか?

 

 それとも、月の解放を成し遂げる可能性を見る事が出来て満足できただろうか?

 

 今となっては、それすらわからない。

 

 だが、

 

 ヒカルの中で、ある種の想いが駆け廻ろうとしていた。

 

 父がテロリストだったと知り、ヒカルはひどく動揺した。

 

 そして、自分が戦いを欲しているのかもしれないと思い悩みもした。

 

 だが、

 

 その全てが、今の一瞬でどうでも良くなった。

 

 父はかつて、テロリストとして多くの命を奪ったかもしれない。

 

 だが、それがどうしたと言うのだ?

 

 確かに、自分は戦いを好み、戦いを欲しているのかもしれない。

 

 だが、それがどうしたと言うのだ?

 

 父はいかなる時も、己の信念を持って戦い続けた。それは、父の戦いを知らないヒカルであっても、多くの人間が父を湛えている事からも明らかだった。

 

 そして、自分が戦いを好んでいるかどうかについては、今さら思い煩う事すら愚の骨頂だろう。

 

 自分は祖国を取り戻すために戦い続けると決めた。

 

 ならば、そこに迷いをさしはさむ余地など、薄紙一枚分もありはしない。

 

 迷っている暇があるなら、戦わなくてはならないのだ。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルのSEEDが弾ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の改装の際、リリア・アスカはヒカルにこう告げた。

 

『いい、ヒカル。これは確かに、使いこなせれば強力な武器になるかもしれない。けど、それができるかどうかは、アンタ次第だからね』

『俺、次第?』

『そう。本来なら、私の一存でこんな事をするべきじゃないのかもしれない。けど、あんたのお父さんやお姉さんは、昔、これを使って世界を救った。だからきっと、アンタにも使いこなす事ができる。そう信じているから、アンタに託すの』

『父さんと、リィス姉が・・・・・・・・・・・・』

『忘れないで、ヒカル。アンタの前には、アンタのお父さんやお母さん、お姉さんをはじめとした多くの英雄達がいる。その人たちが、必ずアンタの力になってくれるはずだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時に、今まで眠っていたシステムが、エターナルフリーダムの中で機動する。

 

『ExSEED System Activation』

 

 その文字がコックピットを覆った瞬間、

 

 エターナルフリーダムの機体を、赤い閃光が包み込んだ。

 

「あれはッ!?」

 

 クーヤがその姿を認識した、

 

 次の瞬間、

 

 12枚の翼は一気に駆け抜ける。

 

 何が起きたのか、

 

 視覚はおろか、理解すら追いつけない。

 

 気が付けば、リバティの両腕は肩から斬り飛ばされていた。

 

「なッ!?」

 

 驚愕に目を見開くクーヤ。

 

 その目の前で、大剣を構え直したエターナルフリーダムが佇んでいる。

 

 相変わらず、機体を包み込む閃光は健在。

 

 圧倒的な姿と戦力でもって、クーヤを睨み付けていた。

 

「ヒッ」

 

 短く悲鳴を漏らすクーヤ。

 

 これまでどんな敵と対峙しても、決して戦意を切らす事が無かったディバイン・セイバーズのエースが、初めて仇敵を前にして恐怖を感じていた。

 

 そんなクーヤの機体を守るように、複数のザフト機がエターナルフリーダムに向かっていくのが見える。

 

 だが、それがどんなに無謀な事かは、他の誰よりもクーヤが良く判ってた。

 

「ダメだッ そいつには近付くな!!」

 

 叫んだ時には、既に遅かった。

 

 彼等の視界からエターナルフリーダムの姿が消えた。

 

 と思った次の瞬間、

 

 攻撃を行っていた機体が、全て四肢をバラバラに斬り裂かれて月面へと落下していく光景が見えた。

 

 後には、両手のパルマ・エスパーダを構えたエターナルフリーダムのみが、その場を全て睥睨するように圧倒している。

 

 一瞬、

 

 瞬きすら許されない一瞬で、ヒカルは自身に攻撃を仕掛けて来たザフト機全てを、掌のビームソードで斬って捨てたのだ。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 クーヤの心を、絶望が縛り付ける。

 

 一体どのような事をすれば、あれほどの戦闘力を発揮できると言うのか?

 

 クーヤは恐怖の為、逃げるのも忘れてエターナルフリーダムを見ている事しかできない。

 

 そんな彼女の目の前で、機体を振り返らせるヒカル。

 

「ヒッ!?」

 

 ツインアイに睨まれた瞬間、思わず悲鳴を上げるクーヤ。

 

 その時だった。

 

 突如、縦横に降り注ぐ閃光が、エターナルフリーダム目がけて複数の閃光が一斉に降り注いだ。

 

 とっさにビームシールドで攻撃を防ぐヒカル。

 

 その視界の先に、

 

 白銀の装甲と翼を持つ、流麗な機体が滞空していた。

 

 その美しくも凶悪な姿に、思わずヒカルは息を呑む。

 

 UOM-X01G「アフェクション」

 

 2年前、フロリダ会戦で猛威を振るった、ユニウス教団の聖女が駆る機体である。

 

 ミシェルの仇であり、ヒカル自身も煮え湯を飲まされた因縁深き相手が、舞台をこの月に移して姿を現したのだ。

 

 警戒するように、アフェクションに向き直るヒカル。

 

 しかし、聖女アルマは、ヒカルを無視するようにクーヤのリバティに向き直った。

 

《これまでです。ここは撤退してください》

「何を偉そうにッ 今まで静観していた癖に!!」

 

 食って掛かるクーヤ。

 

 今の今まで指一本動かさずに事態の推移を見守っていただけの奴等が、最後の最後でしゃしゃり出てきて賢しらな事をするのが、彼女には許せなかった。

 

 だが、対してアルマは平然とした調子で言葉を返す。

 

《異な事をおっしゃいますね。わたくし達は言われたとおり、後詰として待機していたまで。介入したのも、あなた方の危機を察知したからです。その件に関して非難を受ける謂れはございません》

「それは・・・・・・」

 

 クーヤは抗議しようとするが、そこから言葉が続かない。

 

 確かに、独断専行する形で彼女達に後詰を押し付けたのは、他ならぬクーヤ自身である。

 

 ならばアルマ達の行動には一点の非も無い。この結果は全て、クーヤの独走が招いた結果である。

 

 自分達の力と立場を過信し、敵の実力や他の仲間を過小評価した結果が、今回の体たらくである。そのせいで、参戦したプラント軍はディバイン・セイバーズ、保安局、ザフト、その全てが壊滅的な損害を被ってしまった。

 

 防衛戦力は壊滅、月の各都市は一斉蜂起した市民によって大混乱に陥り、頼みの綱である増援部隊も到着する気配はない。

 

 最早、彼女達の負けは確定したも同然であった。

 

「クッ!?」

 

 悔しげに唇をかむが、最早どうにもならない事は明々白々であった。

 

 損傷した機体で、これ以上戦場にとどまる事も出来なかった。

 

 屈辱をかみしめながら、機体を反転させるクーヤ。

 

 しかし、その瞳は、尚も戦場にとどまり続けるエターナルフリーダムに向けられる。

 

 今に見ていろ。

 

 お前達の悪逆非道な振る舞いが許されているのも今のうちだ。

 

 この屈辱は、必ず晴らしてみせる。

 

 議長の理想を実現し、世界を守るのは、他の誰でもない、自分達であるのだから。

 

 遠ざかっていく自身の「敵」を見据え、クーヤは改めてそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント軍本隊が撤退を開始した事で、他の戦線もまた、後退を始めていた。

 

 そんな中、レミリアとアステルは、互いに数度の激突を繰り返しながらも、遂に互いに決定打を与えるには至っていなかった。

 

 とは言え、レミリアはドラグーン3基を失い、アステルも機体の装甲があちこち破損しているのが見える。

 

 旧北米統一戦線のエース同士による激突が、他の追随を許さないほどに激しい物であった事は間違いない。

 

 今もまた、アステルは勝負をかけるべく、スラスター全開で斬りかかろうとしている。

 

 両手にビームサーベル、両足のビームブレードを構えたギルティジャスティスが、スパイラルデスティニーに斬りかかっていく。

 

 対抗するように、スパイラルデスティニーは、ウィンドエッジ・ビームブーメランを抜き放って投擲する。

 

 旋回しながら飛翔するビームブーメラン。

 

 その攻撃を、アステルはビームサーベルで斬り払い、尚も速度を緩めようとしない。

 

 ブーメランを投擲した事で、今のスパイラルデスティニーの手に武器は無い。

 

 行けるか!?

 

 そう判断した次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 とっさにある事に気付き、アステルは機体を上昇させる。

 

 そこへ、レミリアはパルマ・フィオキーナを振りかざした。

 

 一瞬早く回避運動を行った為に、直撃を免れるアステル。

 

 同時に、舌打ちしつつ脚部のビームブレードを繰り出す。

 

 しかし、体勢を崩した状態での蹴り出しに意味はなく、ギルティジャスティスの攻撃は、悠々と距離を取るスパイラルデスティニーを掠める事はなかった。

 

 両者、距離を置いた状態で、再び対峙する。

 

 決め手は、完全に欠いている。

 

 と、

 

《今日は悪いんだけど、この辺で失礼させてもらおうかな。みんなももう、帰るみたいだし》

 

 どこかあっけらかんとした調子で、レミリアは告げる。

 

 だが、当然の事ながらアステルはそれを見逃すはずもなく、斬りかかるタイミングを計るように、両手のビームサーベルを構え直す。

 

「俺が、それを許すと思うか?」

《全く思わないね。だから、ちょっとだけ箔付けしてあげるよ》

 

 そう言うと、レミリアは残っていた5基のドラグーンを射出する。

 

 身構えるアステル。

 

 ドラグーンが攻撃態勢に入ろうとする瞬間を見計らい、ビームライフルで迎撃しようとする。

 

 だが次の瞬間、

 

 あろう事か、全てのドラグーンが、5方向からギルティジャスティスに突っ込んできたのだ。

 

 これには、アステルも意表を突かれた。

 

 PS装甲にぶち当たり、圧壊と同時に内蔵していたエネルギーによる爆発を起こすドラグーン。

 

 その衝撃で、機体が激しく振動し、大きく吹き飛ばされる。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながらアステルは、どうにか機体を制御して体勢を立て直す。

 

 しかし、

 

 その時にはすでに、スパイラルデスティニーの姿はどこにもなかった。

 

 やられた。

 

 ドラグーンを攻撃武装としてではなく、文字通り特攻武器として使用するとは。

 

 まさか、このような手段で離脱を図ってくるとは、アステルも思いもよらなかった。

 

 相手はレミリア。やはりと言うべきか、一筋縄ではいかなかった。

 

 とは言え、もはや追撃もままならない。アステルもギルティジャスティスも消耗が激しい身である。

 

 下手に追えば、却って藪蛇になる可能性もある。

 

「持ち越し、か」

 

 諦念に似た呟きと共に、アステルも武器を収める。

 

 どの道、月の市民に蜂起を促すという戦略的目的はすでに達している。敵が退くというのなら、こちらもこれ以上戦う意味はなかった。

 

 

 

 

 

 本来なら、この戦闘はもっと一方的に推移してもおかしくはなかった。

 

 だが、クーランの持つ獣じみた戦闘能力により、やや押され気味ながらも、状況はかろうじて拮抗したものとなっていた。

 

 とは言え、それもすでに限界に近い。

 

 ガルムドーガは片腕を失い、カリブルヌスも消失している。

 

 それと同時に、クーランの戦意も低下していた。

 

 既に味方の敗北が決まり、ここで戦う事に意味はなくなっている。

 

 性格は残忍その物で、戦う事に対して生きがいを持つクーランだが、こと「戦う」という事に関して、彼なりの哲学を持っている。

 

 彼にとって、犬死は死に方としては最低の部類に入る物だった。

 

《悪ィが、ここは退かせてもらうぜ》

「勝手な事をッ!!」

 

 追撃を掛けようとするターミナルのリーダー。彼等の機体はほぼ無傷に近く、途中から参戦した関係で消耗も少ない。戦闘続行は充分に可能であった。

 

 だが、その追撃を断つように、複数の機体がクーランのガルムドーガを援護する。

 

 とっさに剣を振るって複数の機体の戦闘力を奪うが、その間にクーランは安全圏へと離脱していく。

 

 こうなると、手出しする事は難しいと言わざるを得なかった。

 

《まあ、そう焦るなよ。お互い、この地獄の底で生き残った者同士、決着を付ける機会はいくらでもあるさ!!》

 

 そう言うと、クーランは部下を引き連れて退却して行く。

 

《じゃあなッ また会おうぜ「キラ」!!》

 

 捨て台詞と共に遠ざかっていくクーラン機。

 

 その様を嘆息しながら見送ると、手にしていた対艦刀を背部のハードポイントに納める。

 

 確かに、ここでこれ以上戦う事は無意味でしかなかった。

 

 それに「あの男」が生きていたと分かった以上、今後は今まで以上に慎重に動く必要があった。

 

「レイとルナマリアに連絡して。こちらも撤退するよ」

「え・・・・・・でも・・・・・・」

 

 青年の言葉に、後席の少女は躊躇うように言葉を濁らせる。

 

 分かっている。「あの2人」に会いたいのだろう。

 

 その思いは、青年もまた同じである。

 

 しかし、

 

「僕達の存在が公に晒される訳にはいかない。それはラクスにも誓った事でしょ」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 後ろ髪を引かれる思いは、なかなか振り切れない。

 

 無理もない。彼等は2人にとって、掛け替えのない子供たちなのだから。

 

 だが青年は、心を鬼にし、断固とした調子で告げた。

 

「生きていれば、また必ず会えるから。だから、今は我慢して」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 声を悄然とさせたまま、

 

 後席の少女、エスト・ヒビキは、彼女の夫であり、秘密情報組織ターミナルのリーダー、キラ・ヒビキに頷きを返した。

 

 

 

 

 

PHASE-24「決断の光」      終わり

 




要素を詰め込み過ぎた。
気が付けば最終決戦並みのボリュームに(汗


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PHASE-25「淡い想い、それぞれに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 靴音も荒く、多数の兵士が踏み込んでくるのが聞こえた。

 

 既に要塞内部の他の区画は制圧済みであり、残るは司令部を含む中央区核のみとなっている。

 

 この突然の奇襲劇に対し、対応できた兵士はほとんどいなかった。

 

 命令はシンプル「対象の捕獲。それ以外の徹底排除」のみである。

 

 基地内の廊下は、既に死体から流れ出る地でぬかるみと化している状態である。

 

 だが兵士達は怯む事なく、目標となる指令室の扉を見つけると、壁に張り付くようにして目配せを交わし合う。

 

 目標はこの中。場合によっては射殺も許可されている。それ程までに、この任務は重大であった。

 

 指揮官からGOサインが下される。

 

 同時に、扉が勢い良くあけ放たれた。

 

 なだれ込む兵士達。

 

 次の瞬間、

 

 彼等の視界は急速に膨らむ白色の光に包まれ、全て塗り潰されていった。

 

 

 

 

 

《基地内部において爆発を確認。各部隊は、ただちに行動を開始せよ!!》

 

 レーザー通信を介して、指示が全部隊一斉に送信される。

 

 同時に、要塞周辺に伏せていたモビルスーツ部隊が一斉に立ち上がり、手にした火砲を撃ち放った。

 

 この突然の攻撃に対し、要塞を包囲するように布陣していた部隊は、ちょうど攻撃に対して背中を向ける形でいた為に、ひとたまりも無く撃破されていった。

 

 襲撃を掛けた側はこの事態を想定していなかったのだろうが、襲撃を受けた側からすれば、ごくごく当たり前なほどに予想の範囲内だった。

 

 事の発端は、先日の東アジア共和国の地球連合脱退問題にある。

 

 地球連合構成国の中で2大勢力の片割である東アジア共和国が脱落した事で、地球連合は事実上の崩壊となった。

 

 残る反プラント勢力はユーラシア連邦のみ。だが、彼等だけで質、量ともに強大化したプラント軍に対抗する事は難しい事は明々白々だった。

 

 自然、強硬路線は下火とならざるを得ない。

 

 ユーラシア連邦首脳部は、プラントとの手打ちを模索し始めている。

 

 しかし、ただ手打ちと言っても、簡単にはいかないだろう。何しろ、つい先日まで実際に砲火を交わし、一度はプラント軍を壊滅寸前まで追い込んだのだから。今更停戦交渉を行うとしても、ユーラシア側はかなりの譲歩を迫られることは明白であった。

 

 手土産が必要である。それも、プラント側が是が非でも欲しがるような極上の物が。

 

 手土産はすぐに見つかった。それも、自分達の手の中から。

 

 すなわち、ブリストー・シェムハザを始めとした旧北米解放軍幹部の首である。彼らを逮捕、拘禁して交渉時の材料とできれば、この上ないカードになるはずである。

 

 仲間を売る事に対する抵抗感は、少なくともユーラシア上層部には無かった。

 

 シェムハザ等解放軍幹部は元々、旧大西洋連邦出身者が大半を占めている。

 

 元々、ユーラシア連邦と、旧大西洋連邦はお世辞にも友好的とは言い難い間柄であった。それでも彼等が地球連合と言う同じ屋根の下に収まっていたのは、プラント、または共和連合と言う共通の敵がいた事が大きい。ユーラシア上層部の中には、旧大西洋連邦が崩壊した今でも、同国に対する根強い不信感を持っている者は未だに少なくない。

 

 以上のような理由から、ユーラシア連邦にとって優先すべきは自国の安寧であり、シェムハザ等が掲げる「北米解放」など、殆どの者達が眼中に無いのだ。むしろ解放軍の存在を煙たがっている者すらいるくらいである。

 

 それでもユーラシア連邦が解放軍を受け入れてきたのは、プラント軍との戦端が開かれた以上、実戦経験豊富な彼等の存在が貴重であったことに加え、万が一、北米の奪回が鳴った暁には、シェムハザ一派を排除した上、自分達が北米に進出して勢力圏を広げ、同大陸における利権や政治権力を手中にしようという野心もあったからに他ならない。

 

 だが、東アジア共和国の地球連合脱退に伴い、その可能性も遠のいてしまった。

 

 今やシェムハザ達の存在は、ユーラシア連邦にとって百害あって一利も無い、完全なお荷物と言って良かった。

 

 つまり、旧解放軍幹部の存在を失ったところで、ユーラシア連邦からすれば痛くもかゆくもない訳である。むしろ、彼等を餌にプラントとの交渉を有利に進める事ができれば儲けものだった。

 

 ただちにモビルスーツ部隊を含む特別チームが編成され、旧北米解放軍が駐留するウラル要塞に強襲がかけられた。

 

 だが、シェムハザは、ユーラシア連邦上層部が考えているほど容易い相手ではなかった。

 

 ユーラシア連邦軍が自分達を捕縛する為の作戦を発動した事を察知したシェムハザは、いち早く要塞を引きはらい、ユーラシア連邦軍を迎え撃つ準備を整えた。

 

 ユーラシア連邦軍の特別チームは、その罠の中に知らずに飛び込んでしまった形である。

 

 基地内部に突入した部隊は、仕掛けられていた爆弾で文字通り全滅。

 

 更に、待機していたモビルスーツ部隊も、油断していたところに急襲を受けていた。

 

 

 

 

 

 オーギュスト・ヴィランは、愛機にしているソードブレイカーが装備するシュベルトゲベール対艦刀を振るい、振り返ろうとしたグロリアスを一刀のもとに切り捨てる。

 

「昨日までの味方を、掌を変えて討ちに来る。それがユーラシアのやり口か。呆れてものも言えんな!!」

 

 まるでトカゲのしっぽ切りのようなやり方に、怒りを覚えずにはいられない。

 

 これでは、道理も大義もあった物ではない。

 

 シェムハザの命を受けたオーギュストは、ウラル要塞攻撃に向かうユーラシア連邦軍の部隊を背後から強襲していた。

 

 今頃は、ジーナとミシェルも、それぞれ部隊を率いて攻撃を開始している頃だろう。

 

 こいつらに容赦は不要だ。先に裏切ったのはユーラシアなのだから。

 

 対艦刀を振るい、接近を図ろうとしたエール装備のグロリアスを叩き斬る。

 

 そこに、昨日までの友軍に対する遠慮は一切無い。ただ「敵」を切り捨てる事への信念があるのみだった。

 

 

 

 

 

 IWSPを装備したソードブレイカーが、搭載した火砲を一斉射撃して、慌てふためく敵機を容赦なく屠って行く。

 

 ジーナの動きがあまりにも速すぎて、反撃に移るタイミングすら掴めない有様だ。

 

「そらそらッ 遅いわよ!!」

 

 ビームガトリングで隊列に穴を開けながら、両腰の対艦刀を抜刀して斬り込むジーナ。

 

 鋭い剣閃は、隊長機と思しきグロリアスを一刀のもとに斬り捨てる。

 

 すかさず集中される砲火を、後退しながら回避。同時に肩のレールガンで反撃する。

 

 その機動性と的確な砲撃に、ユーラシア連邦軍の機体は全く追随できていない有様であった。

 

 全く相手にならない。

 

 今まで、殆どの戦線で最前線を張って来た北米解放軍の兵士達に比べると、お粗末としか言いようのない者達だった。

 

 周囲の敵機をあらかた片付けてから、ジーナは通信を入れた。

 

「ミシェル、そっちの様子はどう!?」

《順調です。閣下を乗せた艦は、既に戦場を離脱しつつあります》

 

 ミシェルは今、シェムハザの乗る戦艦マッカーサーを護衛している。

 

 ユーラシア連邦軍の裏切りが確実された段階で、マッカーサーの出撃準備を進めておいたのは正解だった。おかげで、敵の襲撃に際して慌てる事無く要塞を脱出する事が出来た。

 

 だが、問題はここからである。

 

 大型戦艦での脱出は、当然の事ながら目立つ。流石に、「隠密裏に」と言う訳にはいかなかった。

 

 身構えるように、攻撃準備を整えるミシェル。

 

 そのミシェルの視界の中で、複数の機体がマッカーサーを目指して向かってくるのが見えている。どうやら早速こちらの意図に気付き、脱出を阻止しようと向かってきたらしい。

 

 だが、

 

「悪いな、ちょっと遅かった」

 

 冗談めかした口調で言うと、ミシェルはソードブレイカーに装備したアサルトドラグーンを一斉射出し、向かってくる部隊に差し向ける。

 

 ユーラシア兵達もソードブレイカーがドラグーンを放った事を察知したのだろう。ただちに迎撃しようと散開を開始する。

 

 だが、

 

「言ったろ。もう遅いってのッ!!」

 

 ミシェルの言葉と共に、包囲すると同時に攻撃を開始するドラグーン。

 

 その縦横に奔るビームを前に、多少の抵抗は一瞬にして無意味と成り果てた。

 

 空中に浮かぶ複数の爆炎。

 

 ミシェルがただ1人で敷いた防衛網を突破できた者は、1人も存在しなかった。

 

 

 

 

 

「ヴィラン大佐、エイフラム中佐、フラガ少佐がそれぞれ交戦中。現在までのところ、敵戦力の4割を殲滅。2割に行動不能な損害を与えたと推定!!」

「要塞内部の爆発、全体の7割を超え、なおも継続中!!」

「全部隊、退避完了しました。後続の部隊も損害、ありません!!」

 

 オペレーターからの報告を聞きながら、マッカーサーのブリッジに座したシェムハザは、身じろぎせずにいた。

 

 一見するとシェムハザは、腕組みをしたまま泰然自若としているように見える。いつも通り冷静に、組織の長としてどっしりと構えているかのようだ。

 

 しかし、その内面では身を引き裂く程の怒りに震えていた。

 

 北米での戦いから2年。またしても、敵の策略に屈して逃亡すると言う惨めな立場に追いやられてしまうとは。

 

 前回も、そして今回も、8割がた勝利が確定していたと言うのに、敵の策略で押し返され、ついには逃亡者に身をやつす羽目に陥ってしまった。

 

 認めざるをえまい。敵は自分達よりも数手先を見通せるだけの力を持っているのだ。

 

 唯一の救いは、ユーラシア連邦軍の動きを事前に察知できた事で、最小限の損害で脱出するのに成功した事だろう。

 

 地団太を踏むユーラシア幹部の連中の顔を思えば、溜飲も多少は下がると言う物だ。

 

 これからユーラシア連邦は、プラントとの苦しい交渉に入る事だろう。「手土産」が何も無い状態では、相当厳しい条件を呑まざるを得なくなるに違いない。

 

 勿論、それについてはせいぜい、高みの見物を洒落込ませてもらうが。

 

 しかし、それでもシェムハザ自身、プラントに出し抜かれた事への屈辱は、聊かも劣化する事は無いのだが。

 

 これでまた北米解放の日は遠のき、青き清浄なる世界もまた、手の届かない場所へと行ってしまう。

 

 だが、

 

「まだだ」

 

 低い声で、シェムハザは呟く。

 

 まだ、自分達は負けた訳ではない。

 

 確かにユーラシア連邦からは見限られ、寄るべき拠点も失った。

 

 だが、まだこうして、多くの兵士達が付き従ってくれている。皆、たとえ最後の1人になったとしても、北米が解放されるその日まで戦い続けると誓った同志たちだ。

 

 ユーラシア連邦の弱卒などとはわけが違う。シェムハザが真に頼るべき者達だ。

 

 それに、戦いには敗れたが、切り札はシェムハザの手元に残った。

 

「ディザスターの調子はどうだ?」

「ハッ 既に最終調整を残すのみとの事。後の作業は艦内でも十分可能です」

 

 兵士の返事に、シェムハザは頷きを返す。

 

 自分達はまだ負けていない。「アレ」さえあれば、まだ巻き返しは十分可能なはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚空へ向けて、弔鐘の銃声が奏でられる。

 

 先の戦いで命を落とした多くの兵士達へのレクイエムが、乾いた音と共に鳴り響いた。

 

 プトレマイオス基地の戦いにおいてプラント軍を撃破する事に成功したオーブ・パルチザン連合軍は、その後、逃げる敵を追撃して壊滅状態に追い込む事に成功した。

 

 更に、月面各都市で蜂起した市民達の攻撃によって、プラント政府による行政は機能停止状態に陥った。

 

 ここに、プラントによる月支配の構図は崩壊し、事実上の自治権回復が成された事になる。

 

 その後、遅ればせながら到着した自由オーブ軍本隊も加わって徹底的な残敵掃討が行われ、プラント軍の残存勢力を掃討する事にも成功した。

 

 自由と独立を取り戻した月。

 

 だが、その代償はあまりにも大きかった。

 

 長くパルチザンのリーダーとして活動を続けてきたエバンスを始め、多くの兵士達が決戦に際して命を落として行った。

 

 彼等は皆、月の自由を取り戻す事を夢見て戦ってきた同志たちであり、これからの月の命運を担う貴重な人材たちであった。

 

 だが、彼等は最早、戻る事は無い。

 

 残った者達にできる事は、彼等の冥福を祈り、彼等の分も月を盛り立て発展させていく事のみだった。

 

 やがて鎮魂の式典も終わり、皆が三々五々、それぞれの持ち場へと戻る中、参列していたリィスも、自分の部屋へ戻ろうとしていた。

 

 だが、歩く彼女の表情はどこか茫洋として、心ここにあらずと言った様子を見せている。

 

 正にその通りと言うべきか、リィスは今、式典とは別の事を考えていた。

 

 あの戦いの終盤、危機に陥ったリィスを助けた謎の機体。

 

 後でターミナル所属の機体である事が判明したのだが、その外見は奇妙としか言いようが無く、まるで自らの正体を隠すように、外套で機体の頭頂から膝付近まですっぽりと覆っていた。

 

 だが、

 

 どんなに偽装したところで、リィスの目を誤魔化せるわけがない。

 

 なぜなら、あの機体はリィスの機体でもあったからだ。

 

「・・・・・・・・・・・・間違いない・・・・・・あれはクロスファイアだった」

 

 確信を込めて、そっと呟きを漏らす。

 

 ZGMF-EX001A「クロスファイア」

 

 子供の頃、リィスが父キラと共に駆った機体であり、18年前のカーディナル戦役の折、敵将カーディナルを討ち取り、更に地球へ落下しようとする大量破壊兵器オラクルを撃破して世界を救った機体でもある。

 

 ただ、オリジナルのクロスファイアは、戦後すぐにデータとメインシステムのみを残して解体されている。

 

 激しい戦闘で機体はボロボロになり、更にオラクルを破壊するために最強最後の切り札である「超高密度プラズマ収束砲クラウ・ソラス」を使用した反動から、内部機構も手の施しようがないほどに破壊し尽くされていた。いっそ、全く同じ機体を一から作り直した方が早いとまで言われていた事を考えれば、解体も止む無しと言ったところである。

 

 だが、あれがクロスファイアであった事は、他ならぬオペレーターであったリィスが言うのだから間違いない。

 

 現実的に考えれば、誰かがクロスファイアを復活させたと言う事なのだろう。

 

 だが、問題なのは、クロスファイアを復活させる意味は、それほど高くないと言う事である。

 

 クロスファイアの持つ特殊性は、他の機体の比ではない。並みの兵士はおろか、余程熟練したエースパイロットであったとしても、その性能は2割も発揮できないだろう。

 

 なぜならあの機体は、世界で唯一となる「完全SEED因子対応型機動兵器」であるからだ。

 

 かのギルバート・デュランダル曰く「宇宙へ進出した人類が、過酷な環境へ適応するために果たす進化の先駆け」であるSEED因子。発動すれば、あらゆる感覚が倍加し、思考速度もあり得ない程の上昇を見せる。

 

 今はまだ、殆ど認知されておらず、中には絵空事のように扱う人も多いSEED因子だが、人間が広大な宇宙空間へ乗り出していく上では、確かに必要不可欠な特殊能力であると言える。

 

 実際のところ、SEED因子が如何なるものであるか、詳しい事は一切何もわかっていない。

 

 ただ、遺伝子工学者時代のデュランダルは、その謎の一端に迫り、SEED因子を利用するシステムの基礎を作り出す事に成功した。そのシステムを発展させ、更に実戦投入可能なレベルに完成させた「エクシード・システム」を、クロスファイアは搭載しているのだ。

 

 因みにエターナルフリーダムにも同様のシステムが搭載されているが、こちらはソフト面を模倣し、ハード面は簡略化された代物である。

 

 つまり、あの機体のパイロットは、SEED因子でなければならない。その為、仮に復活させたとしても、適性のあるパイロットが確保できなければ何の意味も無いのだ。

 

 一体、誰が? 何の為に? あんな手間のかかる物を復活させたのか。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか、ね」

 

 「その可能性」に思い至り、リィスは苦い呟きを漏らす。

 

 そんな事はあり得ない。あり得るはずがない。

 

 そう思いつつも、心の中では「もしかしたら」と思ってしまうのは避けられなかった。

 

 と、

 

「リィス?」

 

 前から声を掛けられて顔を上げると、よく見慣れた男性が怪訝な表情をしてリィスを見ていた。

 

「アラン、どうかした?」

「いや、随分と深刻そうな顔をしていたから、どうしたのかなって」

 

 どうやら、考えていた事が顔に出てしまっていたらしい。

 

 とは言え、この件はここで悩んでも仕方が無い事である。今度、どこかでターミナルの構成員と接触した時にでも問い質してみた方が良いだろう。

 

 それよりもリィスには、色々と仕事が山積している。

 

 月を奪回した事で、自由オーブ軍の活動範囲はこれまでと比較にならない程に広大化している。

 

 それはつまり、いよいよ祖国奪還に向けて動き出す時が来たのだ。

 

 その為に、各拠点に点在している自由オーブ軍を結集し、戦力を整える必要があった。

 

「これから忙しくなるね」

「ええ」

 

 頷きを返しながら、リィスはアランを見やる。

 

 コキュートスから救出されて以来、アランは自由オーブ軍の政治委員として精力的に活動している。先の第二次月面蜂起においても、市民を一斉に蜂起させる策を考え、エバンス等と共に実行に向けて、全ての段取りを滞りなくこなして見せた。

 

 一般人である故、戦闘面において活躍する機会は無いが、その政治的知識を活かす場を与えられたアランは、今や自由オーブ軍にとって必要不可欠な存在となっていた。

 

 そんなアランを、リィスもまた頼もしく思っている。

 

「ああ、そう言えば・・・・・・」

 

 そんなリィスに対し、アランは何かを思い出したようにリィスを見た。

 

「まだ、デートの約束を果たしていなかったよね」

「デ、デーッ!?」

 

 サラッととんでもない単語を言ったアランに対し、リィスは顔を赤くして絶句する。

 

 確かに、前に一緒に食事すると言う約束をしたものの、その後色々な事がありすぎて有耶無耶になっていたが、まさかその話を、ここで蒸し返されるとは思っていなかった。

 

 そんなリィスの反応が面白かったのか、アランはフッと笑みを向ける。

 

「そっちも、楽しみにしているから」

「バカッ こんな時に!!」

 

 先に歩き出すアランを、慌てて追いかけるリィス。

 

 とは言え、その心の中では、どこか浮き立つような楽しさを感じているのも確かであった。

 

 

 

 

 

 ヒカルが食事をするために食堂に入ると、中に1人だけ先客がいる事に気付いた。

 

「あッ」

「おう」

 

 ヒカルとカノンは互いの顔を見合わせると、声を上げる。

 

 先日の戦いにおいては負傷により出撃できなかったカノンだが、おかげで隊長は完全に元に戻っており、出撃にも耐えられるだろうと判断された。

 

「もう、体は大丈夫なのか?」

「う、うん。もうバッチリだよ」

 

 そう言って、カノンは少し顔を俯かせる。

 

 正直、カノンはヒカルにどのような顔をして向かい合えば良いのか、測り兼ねていた。

 

 先日捕まった際に、レミリア(レミル)が女であった事を知り、しかもそれをヒカルが前々から知っていた事が判明して、カノンはひどく動揺した物である。

 

 一応、距離感と言うアドバンテージがある事を自覚してはいる。レミリアは今、敵軍の陣中にいるのに対し、カノンはヒカルの味方、同じ艦に乗っている。

 

 だが性格的にヘタレ(母親の遺伝子)のせいで、そのチャンスをどう生かすべきか、カノンには思い悩んでいる所であった。

 

「ん、やっぱ、まだ具合悪いんじゃないのか?」

「ッ!?」

 

 いきなりヒカルにおでこを触られ、思わず硬直するカノン。

 

 ふと見れば、驚く程にヒカルの顔が近くに見えた。

 

 うわっ 何かコイツ、ちょっと見ない間に随分と格好良くなってない?

 

 心の中でドギマギしながら、カノンはヒカルの顔を見詰める。

 

 その目が、一点に集中して注がれた。

 

 ヒカルの唇。

 

 それが今、カノンのすぐ目の前に晒されていた。

 

 ほんのちょっと、

 

 少しだけ背伸びすれば、届きそうな位置。

 

 いっそ、このまま、

 

 そう思って、顔を近づけようとした。

 

 と、

 

「あら、ヒカルにカノンじゃない。どうしたの?」

「キャッ!?」

「おっと」

 

 突然登場したヘルガの声に、動揺したカノンはバランスを崩してヒカルの胸の中へと倒れ込む。

 

「大丈夫か、お前?」

「う、うん。大丈・・・・・・ブッ!?」

 

 途中まで言った時点で、自分がどんな格好になっているか気付き、慌てて離れるカノン。

 

 とは言え、若干名残惜しそうな顔をしていたのは事実であるが。

 

 しかし、それに気づいたのは彼女の想い人では無く、第三者の方だった。

 

「あら、お邪魔だったかしら?」

「邪魔って、何の事だよ?」

 

 本気で意味が分からずキョトンとするヒカルに、ヘルガは嘆息し、カノンは恥ずかしさで顔を真っ赤にすると、足早に駆け去って行った。

 

「何だ、あいつ?」

 

 あっという間に去って行くカノンに、首をかしげて見送るヒカル。

 

 そんな少年に対し、ヘルガはあからさまなため息をついて見せる。

 

「カノンも苦労してるわね、こんなんが相手じゃ」

「どういう意味だよ?」

 

 ヒカルは、少しムッとした調子で尋ねる。

 

 昔はアイドルとしてヘルガに憧れを持っていたヒカルだが、こうして間近に接して見ると、遠くにいるアイドルと言うよりも、同年代の友人のように思えてくるのだった。

 

 アイドル特有の気難しさもあるヘルガだが、同時に少女特有の取っ付きやすさも兼ね備えている。その為、実際に付き合ってみれば、意外なほどあっさりとヒカル達の輪に溶け込んで来たのだ。

 

 勿論、今でも彼女の歌は好きだが、それはそれとして、ヒカルにとってヘルガは気兼ねなく話ができる友人になっていた。

 

「んー 教えてあげても良いんだけど・・・・・・」

 

 顎に指を当てて考えてから、ニンマリと笑みを浮かべる。

 

「やっぱ教えない。勝手に言ったら、あの娘に悪いしね」

「おいッ」

「自分で考えなよ。そうじゃないと価値が無いわよ」

 

 そう言うと、手をヒラヒラと振りながら去って行くヘルガを、ヒカルは唖然とした調子で見送る。

 

「・・・・・・何なんだ?」

 

 二人の少女が残した、歯に置く場が残るような状況に、ヒカルは意味が分からずに首をかしげるしかなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 月の地下に潜伏する形で、尚も存在し続ける者達があった。

 

 彼等は、自分達の象徴たる者の前へ立つと、恭しく膝を突く。

 

「お待たせいたしまた」

「先方との連絡は如何です?」

「滞りなく。全て、予定通りに事が運んでおります」

 

 報告を受け、

 

 ユニウス教団の聖女、アルマは頷きを返す。

 

 戦いは終わった。

 

 しかし、この場における自分達の役割は、まだ終わった訳じゃない。

 

 それを成す為に、ユニウス教団は戦力を残したまま月に居座り続けているのだ。

 

「では、参りましょうか」

 

 そう告げると、アルマはゆっくりとした足取りで歩き始めた。

 

 

 

 

 

PHASE-25「淡い想い、それぞれに」      終わり

 



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PHASE-26「獅子身中」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《君のやるべき事は、判っているよねぇ?》

「・・・・・・・・・・・・ええ」

 

 スピーカーから聞こえてきた不快感を誘う声に、一瞬顔をしかめるも、その事を相手に気付かれないように、務めて低い声で返事を返す。

 

 彼との会話は、自分にとって憂鬱極まりない事ではあるが、それは言っても始まらない事であろう。正直、今更であるし

 

 ならばこそ、果たすべき役割を淡々とこなすこと以外に、この状況における救いを見出す事はできなかった。

 

《もうすぐユニウス教団の方も動き出すと思うから。君の役目は、その支援だよ。ああ、僕が言わなくても充分判ってるか。何しろ、こういう事は君の十八番だもんね》

「了解しています」

 

 不必要と思えるくらいに明るい声に対し、陰気な返事を返す。せめてもの意趣返しのつもりだ。こんな事くらいしか抵抗の手段がない自分には、本気で泣きたくなってくる。

 

 だが、相手は気にした様子も無い。

 

 当然だろう、向こうはこちらの事など歯牙にもかけてはいないのだから。

 

《それじゃあ、せいぜい頑張ってね~ あ、別に失敗しても構わないから。我らが議長殿には適当に言い訳しておくし。ただし、仮にそうなった時は・・・・・・判ってるよね?》

 

 そう告げると、通信は一方的に切られた。

 

 それを確認してから、自身も隠し持っていた通信機を投げ捨てた。

 

 もう、これは必要無い。自分の任務は、これで終わりなのだから。

 

 ふと、物思いにふけるように考える。

 

 一体、いつからだっただろう、このような事になってしまったのは・

 

 正直のところ、もう思い出す事すらできない。

 

 ただ、「気が付いた時にはこうなっていた」と答えるのみである。

 

 笑うしかない。

 

 こんなあやふやな存在が、今の今まで「彼等」の輪の中に加わって今まで戦い、そして笑い合っていたのだから。

 

 あやふや

 

 そう、自分はとてもあやふやな存在だ。

 

 何者でも無く、

 

 そして結局のところ、何者にもなれない。

 

 ただ言われたままに行動し、忠実に与えられた役割をこなしながら、そして最後にはすりつぶされていく人形。

 

 否、彼の言葉を借りるなら「ネズミ」だろうか?

 

 いずれにせよ、碌な存在ではない事は自分でもわかる。

 

 せめて自分と言う存在に箔を付けようと、この名を名乗ってみた。

 

 これは、自分達の一族の中で、最も強かったとされる伝説の女性から頂いた名前だ。もっとも、アナグラムなどと言う迂遠な方法を使っている時点で、その後ろめたさも知れようと言う物だが。

 

 彼女の話は、まだ幼かった頃、両親から何度も聞かされて、その度に胸を躍らせた事を覚えている。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ああ、成程、これこそが「呪い」だった訳か。

 

 自分自身を縛り付け、その後の運命を逃れられない程に縛り付けた最悪の呪い。

 

 故にこそ、自分は今ここにいて、このような事になっている。

 

 だが、もうどうしようもない。全ては手遅れだ。

 

 「あいつ」は、この事を何も知らない。全ては、あいつがいない所で全てが決したのだから。

 

 さあ、行こうか。

 

 自分の運命に従って、あるべき道へと。

 

 

 

 

 

 カノンがリアディス・ドライのコックピットから這い出してくると、ちょうどレオスがこちらに向かってくるところだった。

 

 レオスの駆るリアディス・アインは、先の戦いで完全に大破してしまった。

 

 検討の結果、修復はほぼ不可能と判断され、廃棄が決定されている。

 

 当初は3機建造され、あらゆる戦場で活躍してきたリアディスも、今やカノンのドライ1機となってしまったわけだ。

 

 だが勿論、アインとツヴァイの犠牲は決して無駄ではない。それらで得られた技術はフィードバックされ、既に次代を担う主力機の開発は始まっている。それらがやがて、祖国奪還に際して大きな力を発揮してくれることが期待されていた。

 

「ああ、カノン、ちょっと良いかな。ちょっと、手伝ってほしい事があるんだ」

「え、何?」

 

 レオスに手招きされ、カノンはそちらへと足を向ける。

 

 だがふと、

 

 何かがおかしい、と一瞬だけ本能が告げた気がした。

 

 それがいったい何なのか、カノンには判らない。

 

 だが、すぐに気にも留める事は無くなり、カノンはレオスの方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 食堂で食事を終えたヒカルは、エターナルフリーダムの調節を行おうと、格納庫に足を向けていた。

 

 先日のプトレマイオス基地での戦闘で、新たに発動したエクシード・システム。

 

 設計主任であるリリア・アスカの言葉に拠れば、SEEDと呼ばれる特殊な能力者が、その力を解放した際の脳波パターンを感知して発動するのだとか。

 

 これまでいくつかのOSパターンを生み出してきたエクシード・システムだが、エターナルフリーダムに搭載されている物は、OS処理速度を上昇させると同時にスラスター出力を強化して機動性を爆発的に向上させる仕様になっている。

 

 元々、比類無い機動力を有していたエターナルフリーダムだが、これで更なる機動性向上が成されたわけだ。

 

 既に性能は、限界ギリギリまで引き上げられている所に来て、更なる性能向上が図られた訳でが、ここまで来るともはや、並みの人間では手に余る代物になってしまった事は間違いなかった。

 

 しかし、月を奪還して勢いに乗っているとは言え、未だに自由オーブ軍の劣勢は否めない。

 

 いよいよ戦況が厳しくなることを考えれば、これからのヒカルには、極限まで性能を絞り出したエターナルフリーダムを使いこなしていく事が求められる事だろう。

 

 格納庫に向かう廊下に差し掛かった時の事だった。

 

「ん?」

 

 ヒカルはふと、自分の前を歩く整備兵を見て足を止めた。

 

 その整備兵は、手に銃を持っている。

 

 いや、整備兵が銃を持つ事がおかしいとは言わない。大和は仮にも軍艦なのだから、整備兵と言えども、いざという時の事を考えて帯銃は義務付けられている。

 

 しかし今は非常時と言う訳ではない、にもかかわらず抜き身で持ち歩く事には違和感を感じざるを得なかった。

 

 それが1人か2人くらいであるなら、まだ話は分かるのだが、居並ぶ全員が持っているとなると話は変わってくる。

 

「おい、アンタ等、ちょっと」

 

 不審に思ったヒカルは誰何する。取りあえず、何事が起きているのか、事情を聞いてみようと思った。

 

 しかし次の瞬間、

 

 最後尾の兵士が、問答無用で腕を跳ね上げる。

 

 その手にある銃口が、真っ直ぐに向けられる。

 

 驚愕し、目を見開くヒカル。

 

 次の瞬間、容赦なくトリガーが絞られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月を奪回した事で、自由オーブ軍は次なる戦略に取り掛かろうとしていた。

 

 すなわち、悲願とも言うべき祖国奪還である。

 

 ようやくここまで来た、と言う感じではあるが、そこに至るまでにはまだいくつか、クリアしなくてはならない課題がある。

 

 まず、オーブが元々所有していた宇宙ステーション「アシハラ」の奪還を行う必要がある。ここを奪い返さないと、仮に本土を奪還できたとしても、常に頭上を押さえられたまま不利な状況に陥ってしまう事になる。

 

 更に、オーブを奪還するに当たって、その大義名分を明確にする必要がある。

 

 いかに自分達の国とは言え、自由オーブ軍は「祖国に攻め込む」側になってしまう。当然の事ながら、非常手段に訴える以上、それを正当化する言い訳が必要になる訳だ。聊か泥縄的な感は否めないが。

 

 とは言え、それに関して言えば全く当てがない訳ではない。

 

「やはり、アスハ家の方に出張っていただくのが一番だと僕は考えています」

 

 アランは、思案の末に、そう結論を下した。

 

 現在、大和の艦橋には彼の他に艦長のシュウジ、副長のリィス、操舵手のナナミとオペレーターのリザが顔を並べていた。

 

 その中で、アランの提案に一同は思案の顔を浮かべる。

 

「アスハ家、と言うと、やっぱりカガリさんでしょうね」

 

 リィスは叔母の顔を思い浮かべながら言う。

 

 現在、アスハ家の人間と言えるのは、カガリと彼女の夫であるアスラン、それにリィスにとって従兄弟にあたる3人の子供達だ。

 

 このうち、アスランは婿養子と言う形になる為、政治的旗印としては不適格だし、3人の子供達は、まだ幼いうえに知名度がゼロに等しい為、やはり担ぎ上げる象徴としては不適格だ。

 

 その点で言えば、カガリ以上の「神輿」は他にいないだろう。

 

 現在でこそ、公務の一切から身を引いているカガリだが、その実は《オーブの獅子》と謳われた名君ウズミ・ナラ・アスハの娘にして、今はもう過去の国となった「オーブ連合首長国」最後の代表首長。そして現在の「オーブ共和国」建国の母でもある。

 

 ユニウス戦役、カーディナル戦役と言う二大大戦においても強力な指導力、指揮力を発揮して自国を勝利に導いている。

 

 現在のアスハ家には政治的影響力は殆ど無く、よく言って「オーブの旧家」と行った所ではあるが、それでもその知名度とカリスマは健在である。

 

 現在、カガリは子供達と一部の友人達を連れて、ある場所に潜伏しているが、連絡自体はすぐ取れるように確保されている。協力を打診すれば、きっと応じてくれるだろう。

 

「だが、それだけで埒があくとは限らない。問題なのは、オーブ国民の感情だからな」

 

 いかに戦力を整え、神輿を担ぎ出し、大義名分を掲げたところで、オーブの国民が自分達を受け入れなかったとしたら何の意味も無い話である。

 

 オーブが半ば、プラントの統治に組み込まれてから2年近くになる。既にオーブ国民も、プラントによる支配を諦念と共に受け入れている可能性すらあった。

 

「その事なんですが、本土に潜伏している情報部員からの報告が入っています」

 

 発言したのはリィスだった。

 

 自由オーブ軍は前々から、多数の情報部員をオーブ本土、特に行政府のある首都オロファトや、軍事拠点であるオノゴロ、アカツキに潜伏させている。

 

 それはカーペンタリア条約が発行された瞬間からすでに始まっており、その時点でオーブは本国を奪還する為に動いていた訳である。

 

 勿論、プラント側としてもオーブのそうした動きは予測済みであり、保安局を中心とした取り締まりの強化が成されている。

 

 オーブ軍情報部と保安局捜査隊の間で行われた攻防戦は、目に見えないながらも、実際に戦場で交わされる砲火以上に凄惨で激しかったであろう事は想像に難くなかった。

 

「プラントはオーブに対し、殆ど一方的な政治的、経済的な要求を突き付けているそうです。関税の撤廃、プラント議員の議会への参加、税率に引き上げに賠償金の支払い。それらによってオーブの財政はひっ迫し、地方では困窮も始まっていると言う噂があります」

 

 リィスの言葉に、居並ぶ一同は怒りを隠せずにいた。

 

 一方的な言いがかりで自分達の国を乗っ取り、あまつさえ国民を苦しめ続けるプラントのやり方は、断じて容認できるものではなかった。

 

 しかし、これは同時にチャンスでもあった。

 

「成程。それなら、宣伝次第で国民がこちらの味方になってくれる可能性は大いにある訳だ」

 

 腕組みをしながら、シュウジは頷く。

 

 実のところ、オーブ奪還作戦における最大のネックは自分達の「オーブ侵攻」に対する「国民感情」だったのだが、これがある種の「解放戦争」としての意味合いを持たせる事ができれば、充分に国民を納得させる事ができるはずだった。

 

「では、こちら側の意見は、そう言う形でまとめ、司令部の方に送るとしよう。グラディス委員。君が主導して、話を進めてくれるか?」

「判りました。任せてください」

 

 シュウジの言葉に、アランも頷きを返す。

 

 アランは先の月面蜂起に際しても、市民の一斉蜂起を画策して見事に成し遂げ、月解放の決定打を放っている。事政治的要因に関しては、彼に任せておけば問題は無かった。

 

 これで会議は終了となり、皆が立ち上がった。

 

 その時だった。

 

 艦橋のドアが開き、カノンが入ってくるのが見えた。

 

 だが、その足取りはどこかよろけるようにふらふらとしており、明らかに尋常ではない様子が伺える。

 

「カノン、どうかした?」

 

 訝りながら尋ねるリィス。

 

 対して、

 

 カノンの陰から現れた人物が、彼女を突き飛ばすようにして放り出した。

 

「皆さん、動かないでください」

 

 静かに紡がれる言葉が、凶悪な意思でもって囁かれる。

 

 誰もが唖然とする中、

 

 レオス・イフアレスタールは、手にした銃を威嚇するように掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 異変は、一斉に起こっていた。

 

 艦内各所では、突然、クルー達が銃口を突きつけられて拘束され、大和の機能は急速かつ強制的に停止させられていく。

 

 まさに早業と言うべきか、電光石火の襲撃である。

 

 先の戦いで勝利した気の緩みもあったのかもしれない。

 

 しかし、それにしても、やはり不自然なほどに手際が良すぎるだろう。

 

 それもそのはず。彼等には「内通者」と言う最高のワイルドカードが備わっていたのだから。

 

 それは誰にも気取られないまま、2年もの間何喰わぬ顔で彼等の仲間面を続け、このタイミングを虎視眈々と狙っていたのだ。

 

 ある意味、驚嘆すべき忍耐力であろう。

 

 下手をすれば自分が死んでいた可能性は大いにあるし、実際の話、何度も危険な目に遭っている。

 

 しかし、当の本人はともかく、「仕掛けた側」の人間は、そのような事は一切斟酌していないだろう。せいぜい「上手く行ったら儲けもの。失敗してもそれはそれ」程度の事でしかないのだ。

 

 だが、事は予想以上に、順調に推移している。

 

 作戦開始から30分以内に、既に大和の艦内は7割近くが制圧されてしまっている。

 

 機関室や弾薬庫等、格納庫などの最重要区画は未だに無事だが、そこら辺も時間の問題であると思われる。

 

 だが、

 

 襲撃者の与り知らぬところで、事態は僅かな瑕疵を作り出していた。

 

 物陰からそっと顔を出し、アステルは周囲を伺った。

 

 艦内に尋常ではない雰囲気が現れた時点で、アステルは一旦身を隠し、状況が落ち着くのを待っていたのだ。

 

 何に付けても、情報を収集する必要がある。目隠し状態で戦っても勝ち目は無かった。

 

 隠れながら聞き耳を立てていたアステルだが、襲撃者が言っていたいくつかの単語から、ある程度敵の正体について当たりを付けていた。

 

「・・・・・・ユニウス教団、か」

 

 「聖女様」「唯一神の御為に」など、いくつか教団につながる言葉が聞き取れたことからも、恐らく間違いはないだろう。

 

 まるっきり意外と言う訳ではない。彼等は先日の戦いにも姿を見せていたし、現状、教団は自由オーブ軍とも敵対関係にある。

 

 彼等が地下に潜伏し、逆襲の機会を虎視眈々と狙っているであろう事は、想定してしかるべきだった。

 

 月の戦いは既に終わったと思っていたのだが、どうやら思わぬアンコールが掛かってしまったらしい。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 慎重に廊下を進みながら、アステルは自身が打つべき手を考える。

 

 このまま座せば、事態は最悪の方向へ流れる事になるだろう。そうなる前に何としても、艦を奪回する必要があった。

 

 腰の銃を抜き放ち、スライドを引いて発射可能な状態にする。

 

 その時、

 

 廊下の角から、誰かがこちらに向かってくる気配を察知した。

 

 とっさに、銃口を持ち上げるアステル。

 

 相手もアステルの存在に気付き、手にしていた銃を持ち上げる。

 

 と、

 

「あ・・・・・・」

「何だ、お前か」

 

 互いに、少し気の抜けたようなやり取りをする。

 

 廊下の角から現れたのは、ヒカルだった。

 

 潜入したユニウス教団の信徒達に発砲を受けたヒカルだったが、どうにか事無きを得て情報収集に当たっている内に、アステルに出くわした訳である。

 

「アステル、相手はユニウス教団だ」

「ああ、判ってる。クソッ 随分と手際よく動きやがる」

 

 ヒカルに相槌を打ちながら、珍しくアステルは悪態をついた。

 

 彼としても、ここまでものの見事に奇襲を受けるとは思っても見なかったのだろう。有効な反撃手段が見いだせない事に、いら立ちを募らせている様子だ。

 

「とにかく、まずはみんなを解放しようぜ」

 

 そう言って、駆け出そうとするヒカル。

 

 だが、

 

「ちょっと待て」

 

 その背後から声を掛けられ、ヒカルは駆け出そうとした足を止めて振り返った。

 

「何だよ?」

 

 少し煩わしそうに尋ねるヒカル。

 

 今は一刻を争う事態である。いたずらに時間を消費している暇はない。

 

 だが、アステルはあくまでも静かな口調で、ヒカルへと語りかける。

 

「今回の襲撃、あまりにも手際が良すぎると思わないか?」

「・・・・・・言われてみれば」

 

 疑惑を投げ掛けたアステルの言葉に対し、ヒカルとしても思い当たる節があるのか、僅かな思案と共に同意の頷きを返す。

 

 ユニウス教団がどのような手段を用いたのかは知らないが、襲撃から制圧まであまりにもスムーズに行きすぎている。いくら何でも、これは不自然過ぎた。

 

 そんな疑問を持つヒカルに対して、アステルは断定するように告げた。

 

「単刀直入に言うぞ。俺は、内通者の存在について疑っている」

「内通者・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に、ヒカルは思わず息を呑む。

 

 確かに、

 

 ヒカルも以前から、その可能性については考慮していた。これまで幾度か、こちらの動きが筒抜けになっているのではと思える事態があった事を考慮すると、内通者の存在感は否が応でも増してくる。

 

 その考えから行けば、内通者が潜伏していたユニウス教団を手引きして大和を乗っ取ろうとしていると考えれば辻褄が合う。

 

 となると、考えるべき事は絞られてくる。

 

「なら、そいつも合わせて見つけないとな。このまま野放しにしていたら、戦争なんてやってられないだろうしよ」

「判らないのか?」

 

 ヒカルの言葉を遮って、アステルは殊更に静かな声で言った。

 

「俺が、その内通者だって言う可能性もあるって事だろ」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 思わず、絶句して振り返るヒカル。

 

 その顔面に向けて、アステルは真っ直ぐに銃口を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異様な雰囲気の中、誰もが身動きできずにいる。

 

 その沈黙の発生源たる青年は、油断なく銃を構えたまま、一同を見据えている。

 

「動かないで下さいよ。俺としても、皆さんの命を奪うような真似は極力したくないので」

 

 銃口をカノンの頭に突き付けたまま、レオスは慇懃な調子で言う

 

 そこにいるのは、自分達の「仲間」ではない。明らかに異質な物を胸の内に抱えている存在だ。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 沈黙を破るように、シュウジは口を開いた。

 

「レオス・イフアレスタール、君が内通者か」

 

 シュウジの言葉に、一同は驚いて振り返った。

 

 これまで何度か、オーブ軍の作戦行動が敵に筒抜けになっていると思われる事態があり、シュウジはそこから内通者の存在を疑っていた。

 

 しかし、まさかそれが、これ程までに自分達の近くに存在しているとは思わなかった。

 

「あまり、驚かないのですね?」

 

 シュウジの態度が落ち着き払っている事に訝りながら、レオスは尋ねる。

 

 リィスはと言えば、その間にもどうにか飛び掛かるタイミングを探って入るが、レオスの銃口が油断無くカノンに向けられているため、それもできずにいた。

 

 そんな中、シュウジは平然と肩をすくめて見せた。

 

「君も、容疑者の1人だったからな。可能性は、一応は考慮に入れていた」

 

 シュウジもまたヒカル同様、以前から内通者の存在を疑っていた。その中には、シュウジの名前も挙がっていたのだ。

 

「なるほど。流石ですね。しかし、それにしては対応が杜撰だったみたいですが?」

 

 レオスの言葉に、シュウジは僅かに顔をしかめて見せる。

 

 確かにレオスの言うとおり、シュウジはこうなる可能性を考慮しながら、何ら対抗策を取る事ができなかった。これはレオスを容疑者の1人に上げながらも、確証を得るまでに至らなかったことが原因である。

 

 誰が敵で誰が味方なのか判らない状況下にあって、下手な手を打つ事で却って藪蛇となる事を危惧した結果であった。

 

「認めるよ。今回は私の負けだ」

 

 静かに告げるシュウジ。

 

 もっとも・・・・・・

 

 その脳裏には、1人の少年の姿が思い浮かべられている。

 

 今や大和隊のみならず、オーブ軍の中心にすら立とうとしているあの少年であるなら、決して自分達を裏切るような真似はするまい。

 

 そう言う意味で、もっとも信用できるのは彼であるのは間違いない。

 

 そこまで考えた時だった。

 

 艦橋のドアが開き、潜入していたユニウス教団の信徒達に銃を突き付けられ、女性が2人入ってくるのが見えた。

 

 その姿に、シュウジは思わず舌打ちする。

 

 拘束されて入ってくる2人の女性。

 

 それはキャンベル母娘。ヘルガとミーアだったからだ。

 

「これから大和は発進してもらいます。ただし、行先については、こちらの指示に従ってもらいますので、ご了承ください。断れば・・・・・・」

 

 そう言ってから、銃口をヘルガへと向け直す。

 

 ミーアがとっさに娘を庇ってその身を晒すが、対するレオスは意に介した様子も無く、無表情のまま銃口を構えていた。

 

 と、

 

「お兄ちゃん!!」

 

 たまりかねたように、リザが叫び声をあげる。

 

 彼女には、兄がなぜこのような暴挙に出たのか、全く理解できなかった。

 

 何かの間違いだと思いたかった。

 

 ずっと一緒に生きてきた兄が、仲間を裏切って敵に売ろうとしているなどとは思いたくなかった。

 

 そのまま、詰め寄ろうとするリザ。

 

 それに対して、

 

 レオスは銃口を向けると、躊躇する事無く引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 向けられた銃口を真っ向から捉えながら、

 

 ヒカルはアステルを睨み付ける。

 

「内通者? お前が?」

「客観的に見れば、最も可能性が高いのは確かだろ?」

 

 ヒカルの言葉に、アステルはそう嘯いて見せる。

 

 確かに、その言葉には一理あると言わざるを得ない。

 

 何しろ、2年前までは北米統一戦線の戦士として、オーブ軍と激しい攻防戦を繰り広げていたアステルだ。

 

 ヒカル自身、アステルとは何度も剣を交え、ついに決着をつける事ができなかった。

 

 かつての敵が味方の中にいる以上、そいつが内通者である可能性が高い。単純な計算問題であると言える。

 

 アステルが怪しいと言えば、確かにそう言う可能性もある。

 

 しかし、

 

「ハッ!!」

 

 銃口を向けられたまま、アステルの言葉をヒカルは鼻で笑い飛ばした。

 

 怪訝な面持ちになるアステルに対し、ヒカルは胸を張って言い切った。

 

「お前が内通者な訳ないだろ」

「何を根拠に言っている?」

 

 言いながら、アステルはヒカルに向けた銃口を逸らさない。

 

 対して、ヒカルも笑みを消さないまま続けた。

 

「これでも、結構付き合いは長くなってきてるからな。多少は、お前の事判ってるつもりだぜ」

 

 共に戦い始めてから1年以上。

 

 今やヒカルの中で、アステルは大切な仲間の1人に数えられている。

 

 だからこそ判る。アステルが裏切る筈がないと。

 

 対して、

 

 アステルはフッと笑い、銃口を下げた。

 

「まったく・・・・・・つくづくお前は、あの馬鹿(レミリア)によく似ているよ」

 

 一緒にいれば、細かい事など気にならなくなる明るさと、周囲の人間を引き付けるキャラクター性。

 

 かつてレミリアも、若輩ながら北米統一戦線の中心的存在として、多くの仲間の心を引き付けていた。

 

 そんなレミリアと、今のヒカルが、アステルには重なって見えたのだ。

 

 ヒカルもつられたように笑みを見せると、そのまま踵を返す。

 

「さて、そんじゃひとつ、ここらで反撃開始と行こうぜ」

「ああ」

 

 頷き合う2人。

 

 そのまま、猟犬の如く駆けだして行った。

 

 

 

 

PHASE-26「獅子身中」      終わり

 



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PHASE-27「浸食される心」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が無情に鳴り響く。

 

 いっそ、目の前の光景全てが夢であったなら、誰もが納得するのではなかろうか?

 

 しかし、現実に向かれた牙は、一同の心を容赦なく抉っていった。

 

 撃ったのはレオス・イフアレスタール。

 

 撃たれたのは、リザ・イフアレスタール。

 

 撃ったのは兄。

 

 撃たれたのは妹。

 

 現実味のない光景と事実は、しかし確かな現実として、目の前に存在していた。

 

 信じられない。

 

 そんな目をしながら、リザは背中から艦橋の床に倒れる。

 

「リザ!!」

 

 とっさに、近くにいたナナミが、倒れるリザを抱えて床に座り込む。

 

 普段は羽根に用に軽い少女の体が、全身の力が抜けてのしかかってくるのが判る。

 

 撃たれた肩から、リザの鮮血がとめどなくあふれ、抱きしめるナナミの軍服を真っ赤に濡らしていく。

 

 顔を見れば少女はきつく目を閉じられ、意識は現実から乖離している。

 

 まるでリザが自分の意志で、悪夢のような現実を見ないように、全てをシャットアウトしているかのようだ。

 

 そんな妹の様子を、レオスは無表情のまま見つめている。

 

 そこに一切の感情を見出す事は出来ない。

 

 ただ、自分の邪魔をしたから排除した。そんな感じである。

 

「どうしてよ!?」

 

 そんなレオスに対し、倒れた少女の代わりに、ナナミは感情を爆発させて叫んだ。

 

「どうしてこんな事するのよ!? たった1人の妹でしょうが!!」

 

 言葉は、直接殴りつけるよりも強い力で持って、レオスへ叩きつけられる。

 

 彼女はこの事態が起こるまで、レオスの事を毛ほども疑ってはいなかった。むしろ、元々は敵だったアステルの方こそが、内通者であると思いこんでいた。

 

 だが、現実は違った。

 

 その間にも、ナナミがしっかりと手で押さえている傷口からは鮮血があふれ、徐々にリザの命が流れ出ていく。位置的に急所は外れている様子だが、それでも早急に治療する必要があるだろう。

 

 だが、

 

 周囲にはレオスの他に、ユニウス教団の構成員達も油断なく銃を構えている。対してこちらは、ミーアやヘルガといった非戦闘員も抱えている。下手な真似はできそうにない。

 

「君は入隊した時・・・・・・いや、我々と接触した時には、既に敵側の人間だった。そう考えても良い訳だな?」

 

 静かな口を開いたのはシュウジだった。

 

 なぜ、今更になって、そのような意味のない質問をするのか?

 

 聞いていたリィスやアランは首をかしげるが、すぐに、目的が時間稼ぎである事を察した。

 

 この異常事態は、既にクルー達にも知れ渡っている事だろう。ならば、未だ拘束を受けていない者達が、反撃の準備を整えている可能性もある。

 

 彼等が艦を奪回するまで、どうにか時間を稼ごうというのだ。

 

 しかし、

 

「その手の時間稼ぎに応じるつもりはありませんよ」

 

 そう言って、銃口を修二へと向ける。

 

「さあ、早く出航の準備を。なるべく危害は加えたくありませんが、こちらもそれほど余裕があるという訳ではありませんので、絶対の保証はできませんよ」

 

 最後通牒のように告げられる言葉は、もはや後戻りができないところまでレオスが行ってしまっている事を示していた。

 

 このままでは、完全に彼の思う壺である。

 

「自由オーブ軍のエース部隊を、機体、パイロット、艦全て、そこにキャンベル親子まで手に入れる事ができた。これ以上の手土産は、多分無いだろうね」

 

 うそぶくレオス。

 

 だが、

 

「果たして、そううまくいくかな?」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 

 低い声で告げられたシュウジの言葉に、レオスは一瞬気が削がれていぶかしむ。

 

 次の瞬間だった。

 

 勢い良く、扉が開かれた。

 

 そこから飛び出してくる影。

 

 ヒカルだ。

 

 居並ぶユニウス教団の兵士達が、とっさに銃口を向けようとする。

 

 しかし、自体はそこで更に、もう一手加わる。

 

 天井に設けられた配電整備用の蓋が開き、そこからアステルが飛び出してきた。

 

 床に飛び降りたアステルは、両手に構えた銃を翻し、容赦無く発砲、慌てて踵を返そうとしているユニウス教団員達を撃ち抜いていく。

 

 ヒカルもまた、負けてはいない。

 

 手にした銃を的確に振るい、ユニウス教団の兵士達を攻撃、肩や腕を撃ち抜いて無力化する。

 

 その瞬間を逃さず、反撃のタイミングを見計らっていたリィスも動く。

 

 手近なところにいた兵士に裏拳を喰らわせて昏倒させると同時に、勢いを殺さずに体を回転させ、鋭い蹴りをもう1人の兵士に叩き込む。

 

 さらに、

 

「アラン、伏せて!!」

 

 リィスが叫びながら拳銃を抜くのと、アランが床に身を投げ出すのは同時だった。

 

 発砲音は2つ。ほぼ同時に鳴り響き、残っていた2人の兵士は昏倒した。

 

 そんな中、いち早く状況不利と判断したレオスは、踵を返して撤退に掛かる。

 

「待て、レオスッ!!」

 

 とっさに追おうとするヒカル。

 

 だが、入り口を出た瞬間を見計らい、レオスは手に持った何かを艦橋内に投げ込んだ。

 

 手の平サイズの大きさの、楕円形をした物体。

 

 手榴弾だ。

 

「伏せろッ!!」

 

 認識した瞬間、アステルが叫びを上げる。同時に、すぐ背後にいたミーアとヘルガを庇うようにして床に身を投げ出す。

 

 殆ど反射的に、ヒカル達も床に転がった。

 

 次の瞬間、強烈な閃光と衝撃が一気に襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル達は艦橋へ襲撃を掛けるのと時を同じくして、大和の艦内では反撃が開始されていた。

 

 元より、海賊まがいの事をやってきた手前、大和のクルー達は、敵が艦内に侵入した際のマニュアルも備えている。

 

 奇襲こそ許してしまったが、一度体勢を立て直してしまえば、数に勝る大和側の方が完全に有利だった。

 

 そこかしこで銃声が鳴り響き、弾丸が乱舞する。

 

 ユニウス教団側も徹底抗戦の構えを見せ、手持ちの火器で応戦していく。

 

 しかし、地の利は大和クルーの方にあるうえ、数でも劣っている。彼等が勝てる要素は、完全に皆無だった。

 

 そんな中、レオスは状況が不利になった時点で、全ての作戦に見切りをつける判断を下した。

 

 元々、今回の作戦は無茶だらけだったのだ。

 

 少ない情報に、連携した経験皆無のユニウス教団、それに準備期間も短すぎた。

 

 殆ど「彼」の思い付きで始めたような物である。指示を受ける際に彼が言っていたように、上手く行けば儲け物。仮に失敗したとしても、失う物は、少なくとも彼には何も無い。

 

 負けが確定した月戦線で、僅かでもオーブ軍に嫌がらせができればそれでいいと言う訳だ。

 

 自嘲が漏れる。

 

 結局、自分は何者にもなれなかった。

 

 伝説にある「彼女」のように、勇敢に戦い抜く事はできなかった。

 

 それに、リザ。

 

 レオスにとって、たった1人の掛け替えの無い妹。

 

 そんなリザを、レオスは手に掛けてしまった。

 

 もう、後戻りはできない。墜ちる所まで墜ちる以外、レオスに道は残されていないだろう。

 

 所詮、自分は鼠だ。

 

 ならば、鼠は鼠らしく、最後まで汚らしく行き足掻くしかない。

 

 喧騒に包まれた艦内を、行き交う兵士達とすれ違うようにしてレオスは走る。

 

 幸いな事に、レオスが内通者だと言う事はまだ知れ渡っていない様子だ。恐らくシュウジ達も、まだそこまで体勢を立て直していないのだろう。今の内に脱出できれば、生き残るチャンスもある筈だった。

 

 脱出の為に必要な手段も、既に確保していた。

 

 レオスは迷わず格納庫に駆け込むと、真っ直ぐにある機体の方へと駆け寄った。

 

 その動きに気付いた整備員が駆け寄ってくる。

 

「イフアレスタール三尉!?」

「敵の一部が艦内に逃げた。追撃するから、手伝ってくれ!!」

 

 用意していた言葉を叩き付けるように言い終えると、開いていたコックピットに滑り込む。

 

 それは、カノンのリアディス・ドライだった。レオスは、この機体で脱出するつもりなのだ。

 

 本音を言えばエターナルフリーダムかギルティジャスティスを奪って逃げたいところではあるが、あの2機はヒカルとアステルの生体認証で厳重にロックされている。簡単には奪えない。

 

 その点、リアディス・ドライなら、レオスの愛機であるリアディス・アインと構造は全く同じである。OSパターンをレオス用に調整し直すだけで、問題なく起動できる。

 

 手伝ってくれた兵士達が若い奴等だった事も幸いだった。彼等は自分がカノンの機体を動かす事について、何の疑問も持たなかったのだ。

 

 やがて、起動を完了したリアディス・ドライは、専用装備であるフリーダムストライカーを装備し、カタパルトデッキへと向かう。

 

 だが、通常の動きはそこまでだった。

 

 突如、レオスはビームライフルを掲げると、躊躇することなく発砲、ハッチを吹き飛ばしてしまった。

 

 周囲にいる整備兵が驚いて床に伏せ、あるいは衝撃で吹き飛ばされるのを尻目に、レオスは機体をカタパルトデッキへと進ませる。

 

 後々の事を考えれば、格納庫と機体は破壊しておくに越したことはない。しかし、時間を掛け過ぎてオーブ軍の他の部隊が来てしまったら、脱出もままならなくなる。今は念を入れている時ではなかった。

 

 外に出たレオスは、カタパルトに頼らず機体を飛び立たせる。

 

 今は、これが精いっぱいだった。

 

 そのまま港の通路を抜け、一心に外へと向かう。

 

 ここから離れてしまえば、あとはこっちの物だ。待機している味方と合流して逃げる事は難しくない。

 

 港のハッチを吹き飛ばし、強引に外へと飛び出すリアディスF。

 

 抜け出た瞬間、月特有の、白い大地と黒い天が視界を埋め尽くす。

 

 そのままスラスターを全開。逃走に入る。

 

 大和はまだ、混乱の収拾に奔走している筈。今の内に距離を稼ぐ事ができれば、逃走の可能性は高いはずだった。

 

 だが、

 

 それがいかに甘い考えであるか、レオスは程なく思い知らされる事になる。

 

 センサーが突然警告を発し、後方から急追してくる反応を捉えた。

 

「このスピードは!?」

 

 驚愕と共に発した呻きが、程なく形となって現出する。

 

 虚空にも鮮やかな、12枚の蒼翼を広げた美しいモビルスーツ。

 

 その正体が何であるか、考えるまでも無い。

 

 そもそも、ぜんそくで逃げる自分にあっさりと追いつける機体など、他にある訳がない。

 

 味方であったなら、この上無く頼もしい存在であったはずの「魔王」。

 

 ヒカルのエターナルフリーダムが、まっすぐに追いかけてきていた。

 

《止まれ、レオス!!》

 

 オープン回線を通じて、かつての友が声を上げてくる。

 

 エターナルフリーダムはいったんリアディスを追い抜くと、そのまま反転し、進路を塞ぐようにしてビームライフルを向ける。

 

 だが、

 

「どけ、ヒカル」

 

 レオスは、殊更に冷たく言い放つと、自身もビームライフルを抜いて構える。

 

 元より、事この段に至った以上、止まるつもりはレオスには無い。ヒカルの制止は全くの無意味だった。

 

《レオス!!》

「問答無用だ!!」

 

 言い放つと同時に、先制するようにビームライフルを放った。

 

 

 

 

 

「クソッ!?」

 

 とっさのビームシールドを展開して、ヒカルはリアディスの攻撃を防御する。

 

 まさか、こんな事になるなんて。

 

 ヒカルは臍を噛みたくなる想いで、自身を攻撃してくるリアディスを睨み付ける。

 

 前々から、内通者の存在は考慮していたヒカルだったが、しかし、それがまさかレオスだったとは、思いもよらなかったのだ。

 

 先にアステルと対峙した時、真っ向から彼の言葉を受け止めて、それでも信じとおしたヒカル。

 

 本音を言えば、レオスの事も信じたい。こうして対決するに至った今ですら、何かの間違いであってほしいとさえ思っている。

 

 しかし、現実にレオスはユニウス教団を手引きして大和を乗っ取ろうとし、あまつさえ自分の妹まで撃っている。

 

 もはや疑う余地は無かった。

 

 背中から8基のドラグーンを射出するリアディスF。

 

 ドラグーンはエターナルフリーダムを包囲するように展開すると、一斉に攻撃を開始した。

 

 その様に、ヒカルは舌打ちしながら回避行動を展開、射線をすり抜ける。

 

《やるな、さすがだよ、ヒカル》

 

 レオスの低い声に振り返ると、リアディスFが搭載火器を全て展開して照準を合わせているのが見えた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに回避行動を取るヒカル。

 

 それと、レオスが5連装フルバーストを発射するのは、ほぼ同時だった。

 

 吹きすさぶ虹の如き閃光。

 

 対してヒカルは、とっさに翼を翻して回避。同時にビームライフルで牽制の射撃を行う。

 

「何でだ!?」

 

 トリガーを慎重に引きながら、ヒカルは叩き付けるように叫ぶ。

 

「何で、お前がこんな事!?」

《お前には関係の無い事だ》

 

 冷たく言い放つと、レオスはドラグーンを自機の周りに配置し、今度は全力のフルバーストを仕掛ける。

 

 先程の攻撃に倍する閃光が、エターナルフリーダムに襲い掛かる。

 

 対して、

 

 次の瞬間、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールを展開。高速機動を発揮して射線からすり抜けると、一気に接近を図る。

 

 その動きは、レオスの目にも見えていた。

 

《甘いぞ!!》

 

 直ちにドラグーンを飛ばして、迎撃しようとするレオス。

 

 対してヒカルは、スクリーミングニンバスを展開してドラグーンからの波状攻撃を防御しつつ、一気に接近。同時にビームサーベルを抜刀する。

 

 横なぎに一閃される刃。

 

 その攻撃をレオスはシールドで防御する。

 

 ラミネート装甲のシールド表面が悲鳴を上げる中、どうにか耐え忍びつつ、レオスもビームサーベルを抜いて対抗する構えを見せる。

 

 真っ向から斬り掛かるヒカル。

 

 対してレオスは、エターナルフリーダムの剣閃を上昇しつつ防御。同時に掬い上げる様にしてビームサーベルを振るう。

 

 だが、ヒカルはその剣閃を、のけぞるようにして紙一重で回避する。

 

 すれ違った一瞬、カメラ越しに視線が交錯するヒカルとレオス。

 

 ヒカルは素早く機体を返すと、逃がさないとばかりにリアディスに追いすがる。

 

 対してレオスは、ドラグーンを引き戻してエターナルフリーダムの進路に弾幕を張り巡らせる。

 

 とっさに後退して攻撃を回避するヒカル。

 

 レオスは更にドラグーンを乱射する事で、ヒカルの動きを封じに掛かる。

 

 回避スペースを限定されたヒカル。

 

 その隙を逃さず、レオスはフルバーストモードへ移行。一斉射撃を叩き付ける。

 

 堪らず、ビームシールドを展開して防御するヒカル。

 

 しかし、衝撃を殺しきれず、エターナルフリーダムは大きく吹き飛ばされる。

 

「こいつッ!?」

 

 視界を染め上げる閃光を見ながら、ヒカルは呻き声を上げる。

 

 後退するエターナルフリーダムに、レオスは間断無い攻撃を仕掛けて反撃の隙を与えない。

 

 距離を置いたところで、ヒカルは反撃に転じようとする。

 

 だが、そうはさせじと、レオスは執拗にドラグーンを追撃させる。

 

 展開したドラグーンが矢継ぎ早に攻撃を放ってくる。

 

 その動きは的確で、エターナルフリーダムの退避経路を巧みに塞ごうとしてくるのが判る。

 

 ヒカルはドラグーンの攻撃を何とか回避しながら、どうにかして機体を安全圏へと持っていこうとする。

 

 だが、

 

 そんな中、ヒカルは奇妙な違和感を自分の中で感じ取っていた。

 

 その正体が何かはわからない。

 

 しかし・・・・・・・・・・・・

 

「こいつ、何か・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くヒカル。

 

 その間にもドラグーンから、そしてリアディス本体から激しい攻撃が降り注ぎ、ヒカルの思考的余裕を削いでいく。

 

 考えようとするたびに、閃光が脳裏を塗りつぶしていく。

 

 舌打ちしつつヒカルは思考を切り換え直す。

 

 今は余計な事を考えている場合ではない。

 

 ヒカルは、一気に反撃に出る事にした。

 

 ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開するエターナルフリーダム。

 

「行、けッ!!」

 

 超機動を発揮して、攻撃を防御しながらフル加速。一気に距離を詰めに掛かる。

 

 対して、レオスはエターナルフリーダムの突然の加速に対し、照準を修正しようとする。

 

 だが、

 

 ドラグーンの攻撃をすり抜け、リアディスの攻撃をスクリーミングニンバスで弾いて一気に接近を図った。

 

 目を剥くレオス。

 

 次の瞬間、ヒカルは高周波振動ブレードを抜刀、鋭く振るってリアディスの右手首を斬り飛ばす。

 

 とっさに後退しながら、レールガンを展開して反撃しようとするレオス。

 

 しかし、ヒカルはそれを許さない。

 

 左手のパルマ・エスパーダを展開、リアディスの首を斬り飛ばす。

 

 視界が一時的に不能になったコックピットの中で呻き声を発するレオス。

 

 何とかヒカルの攻撃から逃れようとして、機体を後退させようとするレオス。

 

 しかし、ヒカルはそれ以上の速さで追いつき、更に左手でビームサーベルを抜き放つと、リアディスの左肩を斬り飛ばした。

 

 完全に戦闘力を奪い去られたリアディス。

 

 最後の鋭い蹴りを放ち、月面へ叩き付ける。

 

 轟音と衝撃を上げて、月面へ墜落するリアディス。

 

 その姿を、ヒカルは上空に留まったまま眺めている。

 

 荒い息を放ちながら、ヒカルは墜落したリアディスを、何とも言えない表情で眺めていた。

 

 どうしてこんな事になったのか? 今でもヒカルには判らなかった。

 

 レオスは確かに、自分の仲間だった。

 

 何かの冗談であるのなら、今すぐに現実に戻りたい気分である。

 

 だが、

 

「お前を連行する。話は、そこで聞くよ」

 

 リアディスのマイクが生きているかどうかは判らないが、構わず、ヒカルは呟くように告げる。

 

 かつての仲間を裁きの場に引きずり出す事に、躊躇いが無いはずがない。

 

 しかし、ここで躊躇えば、後々に悔いを残す事になる。

 

 ヒカルは、ゆっくりとリアディスに近付こうとした。

 

 その時だった。

 

 突如、エターナルフリーダムの行く手を遮るように、閃光が迸った。

 

「何っ!?」

 

 とっさに、機体を後退させて回避するヒカル。

 

 その視界の中に、

 

 こちらに真っ直ぐ向かってくる、白銀の装甲と翼を持つ細身の機体が映り込んだ。

 

「あいつはッ!?」

 

 間違いない。ユニウス教団の聖女が駆る、アフェクションだ。

 

《そちらの方を渡していただきます》

 

 静かな宣言と共に、アルマは攻撃を開始する。

 

 プラントからの要請により、今回の襲撃作戦に参加したユニウス教団だったが、アルマは万が一の為の撤退支援の為に待機していたのである。

 

 結果、交戦しているエターナルフリーダムとリアディスを発見して掩護に入った訳である。

 

 アフェクションの背後から、2機のガーディアンが現れると、損傷して動けなくなっているリアディスを抱え上げるのが見えた。

 

「クソッ!!」

 

 その動きに事態を察したヒカルは、舌打ちしながら追いかけようとする。

 

 しかし、その前にアルマは動いた。

 

 12基のリフレクトドラグーンを射出すると、エターナルフリーダムの進路上に展開。一斉攻撃を仕掛ける。

 

 対して、ヒカルは臍を噛むような思いと共に機体を後退させ、どうにか直撃を回避する。

 

 そこへ、アルマは執拗な追撃を続ける。

 

 ドラグーンに加えて、胸部のスプレットビームキャノンや腰部ビームキャノン、ビームライフルを駆使してヒカルを追い詰めに掛かる。

 

 アフェクションからの攻撃を、高機動を発揮しながら回避行動を続けるヒカル。

 

 どうにか機体を安全圏まで逃してから、振り返らせる。

 

 しかし、その間にリアディスを抱えたガーディアンは遠ざかって行く。

 

 そしてアフェクションは、尚も執拗に進路を塞ぎに掛かっていた。

 

「クソッ!!」

 

 舌打ちしながら、ヒカルはアルマの攻撃を強引に掻い潜ろうとする。

 

 だが、

 

《行かせません》

 

 オープン回線でささやかれた言葉は、殊更静かにヒカルの耳朶を打つ。

 

 同時に、アルマは自分の中でSEEDを弾けさせると、攻撃速度を上げてヒカルに襲い掛かる。

 

「クソッ!?」

 

 鋭さを増したドラグーンの攻撃は、ヒカルに反撃の猶予を与えない。

 

 次々と掠めていく砲撃を横に見ながら、ヒカルはただ後退するしかなかった。

 

 追撃を掛ける聖女。

 

 対してヒカルも、ビームサーベルを抜刀しながら反撃の構えを見せる。

 

 元より、遠距離からの砲撃戦では不利な事は、2年前の激突で判っている。

 

 ならば、強引にでも距離を詰めて接近戦に持ち込んだ方が、まだしも勝率は高かった。

 

 その間にアルマは、全てのドラグーンを、エターナルフリーダムを包囲するように配置、同時にアフェクションの搭載全火器を解き放つ。

 

 放たれた砲撃。

 

 その全てが、ドラグーンの表面に当たって反射、角度を変えた閃光が別のドラグーンに連鎖反射しながら光の重囲陣を築き上げていく。

 

 2年前のフロリダで猛威を振るった、リフレクト・フルバーストである。

 

 全方位から、迫りくる閃光。

 

 対して、

 

 ヒカルの中でSEEDが弾ける。

 

 同時にエクシード・システムが起動。エターナルフリーダムのスペックが急激に跳ね上がる。

 

 迸る閃光。

 

 縦横に駆け抜けた光は、

 

 しかし標的を捉える事無く、虚空に掻き消える。

 

《あっ!?》

 

 声を上げるアルマ。

 

 そこへ、フル加速でエターナルフリーダムが突っ込んで来た。

 

 横なぎに振るわれる剣閃は、振るう腕が霞むほどの速度で迸る。

 

 とっさに、ビームシールドでヒカルの剣を防ぐアルマ。

 

 そこへ、

 

「いつもいつも!!」

 

 ヒカルが言葉を叩き付ける。

 

「何で、お前は俺の前に立ちはだかるんだ!!」

 

 離れると同時に、レールガンを展開して砲撃を叩き付けるヒカル。

 

 対してアルマは、ドラグーンを引き戻すと、陽電子リフレクターを展開、エターナルフリーダムの砲撃を防いだ。

 

 その姿に、ヒカルは喉を鳴らして睨み付ける。

 

 フロリダで

 

 そして今回も

 

 聖女は常に、ヒカルの前に立ちはだかって来た。

 

 一体彼女が何者で、なぜ、こうも自分と因縁があるのか、ヒカルには全く判らなかった。

 

 その一瞬、僅かにヒカルの気が削がれた。

 

 その隙を逃さず、アルマはドラグーンの砲門を「自分」へと向ける。

 

 一斉に放たれる砲撃。

 

 それらはアフェクションの本体に命中した瞬間、装甲に反射して弾かれる。

 

 そして、その先には尚も斬り掛かろうと剣を構えるエターナルフリーダムが存在していた。

 

「クッ!?」

 

 全く予期できなかったアフェクションの攻撃を前に、ヒカルはとっさに攻撃機動を諦めてシールドを展開、防御に徹する。

 

 吹き飛ばされながらも、どうにか姿勢を維持しようとするエターナルフリーダム。

 

 だが、その隙にアルマはドラグーンを引き戻すと、翼を翻して撤退していく。

 

 既に作戦の失敗は確定的となった。しかし、だからこそ、こんな所で終わる訳にはいないのだ。

 

 去って行くアフェクション。

 

 その姿を、ヒカルは黙したまま見送る。

 

 元より、偶発的な戦闘であった為、ヒカルもエターナルフリーダムも万全とは程遠い。藪蛇を考慮すれば、相手が逃げる以上、追わない方が得策だった。

 

 しかし、

 

 ヒカルの中で、忸怩たるものが消える事は無かった。

 

 レオスの裏切り発覚と交戦。そして聖女の介入。

 

 どれもが、ヒカルの心を掻き乱すには充分すぎる内容だった。

 

 今回の戦いで自由オーブ軍、特にその尖兵たる大和隊には、消える事の無い傷が残ってしまった。

 

 これから激しくなる戦いにおいて、あるいは致命傷となってしまう程に。

 

「・・・・・・・・・・・・今は、良いか」

 

 ヒカルはそう呟くと、エターナルフリーダムを反転させる。

 

 今は余計な事を考えるのはやめよう。どうせ、先の事など判らないのだから。

 

 それよりも、カノンや、みんなの事が心配だから、艦に戻る方が先決である。

 

 しかし、

 

 これからの前途について、ヒカルはうそ寒い物を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-27「浸食される心」      終わり

 



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PHASE-28「勇者の剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 両者の格は、あまりにも違い過ぎた。

 

 片や傲然と胸を逸らし、片や恐縮した体で俯いている様子を見ると、それは明らかだろう。両者の力関係を如実に表していると言える。

 

「返答や如何に?」

 

 追い詰めるような口調で強硬に迫り、シェムハザは相手の返事を待つ。

 

 先のユーラシア脱出以来、各地で転戦を続けるシェムハザの事を、プラント軍やユーラシア連邦軍、果てはユニウス教団軍まで加わり、躍起になってその行方を追っていた。

 

 しかし、逃亡中とはいえシェムハザ派には未だに多くの戦力が健在である。優秀なパイロットやデストロイ級をはじめとする強力な機体を有している事からも、追撃は思うように効果を上げていなかった。

 

 しかし、シェムハザ達にもまた、如何ともし難いウィークポイントが存在した。

 

 拠るべき拠点の有無である。

 

 如何なる強大な戦力であっても、それを維持するには整備された環境が必要な事は語るまでも無い。

 

 一応、小規模な拠点はいくつか確保しているが、それで全軍を賄うには無理がある。

 

 そこでシェムハザは自分達の拠るべき地を、新たに模索する事を目論んでいた。

 

 シェムハザ達には、プラントの脅威を排除して北米を解放すると言う悲願がある。それを考えれば、ここで朽ち果てる事は許されなかった。

 

 そうした中、シェムハザ派は誰もが予想だにしなかった場所に姿を現したのだった。

 

 18年前の大戦で荒廃したその場所は、未だに殆ど人が住める場所ではない。

 

 しかし、同時にプラントも地球連合も長年にわたって見逃してきた土地であり、自分達に対抗する勢力が皆無である点は非常に魅力的でもある。

 

 この場所で力を蓄え、再び勢力を盛り返して北米への捲土重来を果たすのだ。

 

「返答を」

 

 シェムハザは低い声で、さらに追い詰めるように言い募る。

 

 対して目の前の人物は、僅かな身じろぎと共に、シェムハザの発する圧力に耐えている。

 

 相手はプラントや地球連合ですら手を焼いている、一大軍事勢力のトップ。背景にある軍事力は一国を滅ぼして余りある。

 

 それに対して、男は何の力も無い、無力な一庶民に過ぎない。抵抗する事は即ち、存在を根底から消滅させられる事につながる。

 

 男が抵抗する力を持っていない。それが判っているからこそ、シェムハザは殊更に強気な態度に出ているのだ。

 

 そこで、フッとシェムハザは笑みを浮かべて相手を見る。

 

「あなたは、また誤った判断を下す事で、今一度、自分の国を滅ぼそうと言うのですかな?」

「それはッ!?」

 

 シェムハザの言葉に、男は息を呑む。

 

 しかし、それが事実である以上、言い返す権利は男には無い。

 

 事実、男は過去に過ちを犯して国を滅ぼし、その際に掛け替えの無い家族や多くの国民を死に追いやっている。

 

 あの悲劇を再び繰り返す事はできない。

 

 もし、シェムハザを受け入れれば、プラントもユーラシア連邦も黙ってはいないだろう。再び戦火を呼び込む口実になるのは確実である。

 

 だが、自分が無力であり、目の前にいるシェムハザに対して何の対抗手段も持ち得ていない事もまた事実である。

 

「そちらにとっても、決して悪い話ではないと思うのだが?」

 

 男を追い込むように、シェムハザは言葉を続ける。

 

「非道なるプラント軍や、旧態依然たる地球連合軍、更に昨今では自由オーブ軍などと名乗る低俗な海賊もどきまで幅を利かせ始めている。そう言った現実的な脅威から、あなた方を守って差し上げようと言うのだ」

 

 自分達が「脅威」の範疇に入っていないと言っている辺り、恩着せがましいにも程があるのだが、そうした事も計算に入れた上で、シェムハザは追い込みを掛けている。

 

 どのみち、目の前で萎縮する男には、選択肢を選ぶ余地などありはしない。

 

 シェムハザ達からすれば、そう難しい話ではない。ようは奪って土地を手に入れるか、あるいは相手からの提供によって土地を手に入れるかの差だ。どちらにしても、自分達の望む結果が転がってくるのだから。

 

 そんな男に対して、シェムハザは最後通牒のように言い放った。

 

「ご自分がどう選択するのが最適か、よく考えるが良い、元王太子殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月での戦いが完全にひと段落した頃、プラントは欧州戦線における事後処理がほぼ完了していた。

 

 結果的に地球連合軍に対して勝利と言う形で幕を引く事に成功したプラント軍だったが、やはりその損害は軽い物ではなかった。

 

 特に、主力であるザフト軍は投入戦力の5割に届く損害を被っており、再建には相応の時間がかかる事が予想されていた。

 

 精鋭であるディバイン・セイバーズや、戦線には参加しなかった保安局は比較的無傷であるが、彼等のみで戦線を維持する事は難しい。

 

 取り逃がしたシェムハザ以下旧北米解放軍や、自由オーブ軍と言った脅威が現実的に存在している以上、すぐにでも防衛体勢を進めたいところではあるのだが、そのような事情がある為、作業は遅々として進まず、未だに再編待ちの部隊が多くある状態であった。

 

「そんな中での作戦だった訳だけど、案外と上手く行って良かったよ」

 

 PⅡはそう言って肩をすくめて見せた。

 

 月での戦いの後、撤退するプラント軍に付き従う形で本国へ戻ったPⅡは、その足で事の次第をグルックに報告する為、プラントに来た訳である。

 

 今、この部屋にはグルックの姿は無い。彼は今、別の用事でラボの方へ行っている。

 

 代わって、PⅡには馴染のある、2人の人物が顔をそろえていた。

 

 確かに、戦いはプラント軍の敗北で終わり、月はプラントの統治を離れて独立する運びになっている。

 

 だが、彼等にとってある意味本命と言うべき自由オーブ軍は、当面の間、身動きが取れなくなることが予測された。

 

 自由オーブ軍の本隊が到着し、月戦線の維持が困難と判断した時点で、PⅡは事前に用意していた策を実行する事にしたのだ。

 

 PⅡが、この忙しい時期に、わざわざ時間を割いて月にまで出かけたのは、その作戦実行の為でもあった。

 

 おかげでいらない残務処理が随分と溜まってしまったが、掛けた投資分の成果は上げられたと思っていた。

 

 まず、2年前からオーブに潜入していた工作員に連絡を取り、行動を開始するように指示を出した。

 

 ついで、先のプトレマイオス会戦の後も戦力を維持する事に成功していたユニウス教団に連絡を取り、オーブ軍に襲撃を仕掛けたのだ。

 

 襲撃が成功するかどうかは、この際問題ではない。ようは自由オーブ軍に「自分達の中にスパイがいて、それを使えばプラント側はいつでも襲撃を仕掛ける事ができる」と心理的に思わせる事が重要なのだ。

 

 これで自由オーブ軍は、暫くの間、疑心暗鬼に陥ってまともな作戦行動を取れないだろう。その間に体勢を立て直したザフト軍の主力を呼び戻せれば、月の奪還も充分に可能である。

 

「しかし、今回は聊か泥縄的ではありましたな」

 

 鷹揚な口調でPⅡに言ったのは、ゆったりとした白い衣装を着た大柄な男である。

 

 ある種の貫録と、底知れない不気味さを併せ持ったその人物は、ユニウス教団の教祖アーガスである。

 

 プラントとの協調体制確認の為に来訪していた彼は、この機会にPⅡと接触する機会を持っていた。

 

 そんなアーガスの、少し皮肉を効かせたような言葉に対しも、PⅡは余裕の態度を崩す事は無い。

 

「何事にもイレギュラーは付き物さ。鼠はどうしたって、こっちの思い通りには動いてくれない。しかし、だからこそ面白いとも言えるし」

 

 そう言って、PⅡは肩をすくめて微笑を浮かべる。

 

 しかし、この光景は誰が見ても奇異な物と映るだろう。

 

 片や地球圏最大の宗教団体のトップ、片やプラント議長補佐官。その両者が、互いに同じ部屋で談笑している光景を、奇妙と言わずに何と言おう。

 

 だが、この光景とて、PⅡの持つ「力」の全てから考えれば、ほんの氷山の一角であるに過ぎない。

 

 連綿ともいえるネットワークを地球圏全体に張り巡らせているPⅡは、様々な場所、組織の情報を収集する事ができる上に、人脈も多く確保している。

 

 PⅡは、そうして形成された人脈やネットワークを駆使して、無数の組織を自分のコントロール下に置いているのだ。

 

 彼の手に掛かれば、人一人どころか、一国の運命すら手玉に取る事はたやすい。

 

 たとえばプトレマイオス会戦に先立って、コペルニクス襲撃を図った末、オーブ軍の「魔王」に撃破された宇宙解放戦線。あの組織もまた、PⅡの傘下にあった存在である。

 

 もっとも、劣勢に追い込まれていた宇宙解放戦線は、あの時既にその勢力は暴走を始める寸前まで行っていた。それでは、自暴自棄的な自爆行為の末に全滅するのは目に見えていた。

 

 PⅡとしても、宇宙解放戦線に対する興味はとっくの昔に冷めており、早々に廃棄処分にしようと考えていたくらいである。

 

 しかしそこで一計を案じ、どうせ全滅する運命であるなら、ついでに廃品利用でもしてやろうと思い立ち、核ミサイルといくつかの武装、機体を提供し、更にコペルニクスにヘルガ・キャンベルが潜伏している事も伝えて、彼等を送り出したのである。

 

 結果として、彼等はPⅡの期待通りの働きを示してくれた。

 

 ヘルガ誘拐を行おうとして失敗した挙句、最後はPⅡが用意した核ミサイルを使用したテロまで実行しようとしてくれた。

 

 結果的に彼等は全滅した訳だが、PⅡ的には彼等の見事な玉砕振りが実に痛快だった。正に上出来すぎるコントを見せられた気分であり、この上無いくらいに満足感を覚えていた。

 

 勿論、宇宙解放戦線だけではない。様々な組織がPⅡの傘下、あるいは監視下に置かれている。

 

 その中に、アーガスと、彼の傘下にあるユニウス教団も含まれていた。

 

 2年前の戦いで、ユニウス教団が共和連合側について参戦し、その後はまるで図ったようにプラント軍と協力してオーブ軍殲滅を行っているが、その背景にはこうしたカラクリがあった訳である。

 

「だが、『奴』が生きていたのは、流石にあんたも計算外だっただろう?」

 

 そう尋ねたのは、2人の会話を聞きながら、今まで沈黙していた人物である。

 

 PⅡの護衛と言う名目で、クーラン・フェイスもまたプラントへ戻ってきていたのだが、保安局行動隊を率いる身でありながら、同時にPⅡの腹心とも言うべき立場の彼もまた、この会見の場に同席していた。

 

 だが、

 

「クーラン・・・・・・おっと、もう、その名前を名乗るのはやめたんだっけ?」

 

 少しおどけた調子で尋ねるPⅡに対し、男もニヤリとした笑みで応じる。

 

「まあな。あいつが生きているのが確認できた以上、もうチャチな偽名に意味はねえからな」

 

 そう言うとクーラン・フェイスは、

 

 否、

 

 かつて、クライブ・ラオスの名前で名乗っていた男は、再び掲げた己の名前と共にニヤリと笑って見せた。

 

「キラ・ヒビキ、ですか・・・・・・確か、3度の大戦で名を上げたオーブの英雄でしたな。特にカーディナル戦役の折には、首謀者を討ち取り、更に巨大兵器の破壊までやってのけたとか」

 

 唸る声で、アーガスが言う。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 かつてクライブとは浅からぬ縁があったあの男が、長きに渡る潜伏を脱して活動を開始したのは2年前の事だ。

 

 しかし、生存が明確に確認できたのは、つい先日、月での戦いの折だった。

 

 それまでキラは、巧妙かつ慎重に自分の痕跡を消しながら行動し、PⅡが張り巡らせた情報網ら掻い潜って、地下に潜伏し続けたのだ。

 

「まさか、本当に生きていたとはな。だが、これで奴の死が偽装だった事は間違いないって訳だ」

「あの男は不愉快だよ。何しろ、この2年もの間、殆ど僕に尻尾を掴ませなかったんだから」

 

 珍しく不機嫌そうに呟いたのはPⅡだった。

 

 この2年間、PⅡも手を拱いたわけではない。グルックの政権強化に手を貸す一方で、キラ達の行方を八方手を尽くして探して回ったのだ。

 

 しかし、元々がサバイバル能力に長けている上に、ラクス・クラインがその生涯を賭けて築き上げたネットワーク網を駆使して活動しているらしく、流石のPⅡもキラには手を焼かされていたのだ。

 

「もっとも、正体さえ判れば、あとはどうとでもなるよね。何しろ、こっちには切り札がある訳だしさ」

 

 そう言うと、PⅡは、アーガスの方をチラリと見る。

 

 対して、その視線の意味を理解しているのだろう。アーガスもまた、髭の下から凄味のある笑みを返した。

 

「お任せください。万事、滞りなく済ませます」

 

 そう言って、頭を下げるアーガス。

 

 その様子にPⅡが満足そうにうなずいた時だった。

 

 PⅡがテーブルに置いておいた端末が、何かの情報を受信して起動する音が聞こえた。

 

「おっと、来たか」

 

 かねてから探らせていた情報をキャッチした事を察し、端末に飛びついた。

 

 画面の中では、多くの文字がスクロールし、世界中が集められた情報を伝えてくる。これら全てが、世界中のネットワークを介して送られてくる情報であり、PⅡの活動を支える重要なファクターであった。

 

 その中で、PⅡは自らが求める情報を見付けて手を止める。

 

 それは、ユーラシア連邦量を脱出して姿を消したシェムハザ派、旧北米解放軍の動向に関する物であった。

 

 しかし、

 

「え、嘘・・・・・・これ、マジで?」

 

 画面を眺めていたピエロ男は、僅かな驚愕と共に呻き声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーヤ・シルスカにとって、現プラント議長アンブレアス・グルックは上司であり、親代わりであり、そして神にも等しい存在だった。

 

 そもそも、クーヤは親の顔を知らない。

 

 物心付いた時、最初の記憶はガラスケースの中に満たされた液体の中で、ぼんやりと浮遊する感覚に包まれていたのが、もっとも古い記憶である。

 

 揺らめく視界の中で、白衣を着た数人の男女が、何かの資料を見ながら話しあっているのを、液体に揺られながら、何の感慨も持たずに見つめていたクーヤ。

 

 そんなクーヤが液体の中から出された日、初めに迎えてくれたのがグルックだった。

 

『私には君の力が必要だ。どうか、私の為に戦ってくれないか?』

 

 そう言って差し伸べた手を、クーヤはオズオズと掴んだのを覚えている。

 

 その日以来、クーヤにとって、グルックこそが己の全てとなったと言っても過言ではなかった。

 

 グルックがする事は全てにおいて正しく、グルックに逆らう者は無条件で悪だった。

 

 グルックが望むなら、その全てを叶え、支える事がクーヤの使命であり、願いでもあった。

 

 自分こそがグルックの剣であり、第一の忠臣であると言う自負もあった。

 

 グルックの為に戦い、グルックを仇名す全ての物から彼を守り、グルックの進むべき道を切り開く。

 

 グルックこそがこの世界を統一して平和と繁栄をもたらす絶対的な存在であり、彼の為に戦う自分達は正義なのだ。

 

 故にこそ、自分達は最強であり、常勝無敗であり続けなくてはならなかったのだ。

 

 しかし、クーヤは敗れてしまった。

 

 月での戦いにおいて、オーブ軍の「魔王」が持つ圧倒的な力の前に敗れ、最後はユニウス教団の聖女に掩護されながら、無様に背中を見せて退却する羽目になった。

 

 許せなかった。

 

 勝てなかった自分が、

 

 そして、自分に敗北を舐めさせた魔王が。

 

 叶うなら、もう一度奴と戦い、今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやりたかった。

 

 だが、その前にクーヤには、乗り越えなくてはならない関門が存在している。

 

 今、クーヤはグルックから直接の呼び出しを受け、基地内の一室へと向かっていた。

 

 正直、怖い。怖くない筈がない。

 

 もし、役立たずの烙印を押されたらどうしようか?

 

 そんな思いに捕らわれてしまう。

 

 グルックに見限られたら、クーヤはおしまいである。他に行く場所など無いし、生きていく術の見当すらつかない。ただ野垂れるのを待つしかないだろう。

 

 世界が終わる直前のような絶望感に捕らわれながら、クーヤはグルックの待つ部屋の前に立った。

 

「・・・・・・・・・・・・失礼します」

 

 低い声と共に、扉を開くクーヤ。

 

 果たして、

 

 部屋の中にいたグルックは、

 

「やあ、よく来てくれたね。ご苦労」

 

 優しげな笑顔で、クーヤを迎え入れた。

 

 その様子に、思わずクーヤはキョトンと目を丸くした。

 

 厳しい眼差しで、先の敗戦における責任を問われ、叱責される事を覚悟してきたクーヤだったが、ふたを開けてみれば、いつもと変わらぬグルックがそこにいた為、完全に毒気を抜かれた思いであった。

 

「先の戦いではご苦労だったね。まあ、結果的に負けてしまったわけだが、あまり気にする事は無いよ。一度や二度の敗北で揺らぐほど、プラントは弱くは無いからね」

「あの、議長ッ」

 

 たまりかねたように、クーヤはグルックの言葉を遮る形で声を上げた。

 

 対してグルックは、自分の言葉を遮った少女に対して、少し怪訝そうな顔つきになりながら振り返る。

 

「うん、どうかしたかね?」

「あの・・・・・・私はてっきり、戦いの責任を問われる物だと・・・・・・」

 

 声を小さくしながら答えるクーヤ。

 

 実際の話、クーヤは独断で現地の作戦を掻き乱した挙句、何の戦果も挙げられないまま部隊を壊滅させ、自らも敗れると言う三重の失態を犯している。問責されても文句は言えない立場である事は間違いない。

 

 にも拘らず、叱責どころか逆に労いの言葉を掛けられた事が意外だったのだ。

 

 それに対して、グルックは優しい笑みを向けて行った。

 

「確かに、今回は君らしくない失敗が続いたのは確かだ。だが、一度の失敗は、一度の成功で補えば良い。何も難しい話ではないよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「それに、君はこれまで、多くの功績を残して私を手助けしてくれたじゃないか。その事を考えれば、今回の件を不問にしてもまだお釣りがくるくらいだよ」

 

 その言葉を聞いて、ようやくクーヤは安堵の微笑を浮かべるに至った。

 

 そうだ。他の有象無象な連中とは違って、議長はちゃんと判ってくれている。

 

 自分達は議長の剣。議長の意志を体現する唯一無二の存在だ。だからこそ、自分達は議長に尽くし、議長もまた自分達を認めてくれる。

 

 自分の立場を明確に再確認できた思いがして、クーヤは充足した安心感に包まれていた。

 

 そんなクーヤを、愛しい娘を見る父親のような眼差しで見ていたグルックは、やや厳しい表情を作りながら口を開いた。

 

「しかし、君に屈辱を与えた魔王を始め、今だ世界には多くの脅威が存在している。これは事実でね。よって、君には今よりさらに躍進してもらわなくてはならない」

「当然です」

 

 自身を取り戻したクーヤは、溌剌とした声で返事を返す。

 

 議長が自分を認めてくれた以上、最早何物も恐れる必要はない。ただ自分は、彼に従って戦い抜くだけだった。

 

 そんなクーヤの様子に、グルックもまた満足げに頷きを返す。

 

「よく言ってくれた。君と言う存在が傍にいてくれた事を、私は頼もしくも誇りに思うよ」

 

 言いながらグルックは、コンソールに指を走らせて何事かを操作していく。

 

「だからこそ私も、君の信頼にこたえる為に、微力ながら力を貸す事にしよう。気に入ってくれるとうれしいのだが」

 

 そう言うと、部屋奥のガラスにライトが点灯するのが見えた。

 

 視界から見えない場所では意外なほど広い空間が存在していた事に驚いたクーヤだが、更に驚く事態が待ち受けていた。

 

 部屋の奥に、1機のモビルスーツが佇んでいる。

 

 PS装甲をオフにしてあるために、今は無機質な鉄灰色をしているが、背中には大きな1対の翼を有し、巨大な一振りの対艦刀を、両翼の間に設けたハードポイントに装備している。腰横にはフリーダム級と同じレールガンを装備し、腰裏のリアスカート部分には大きな張り出しがある。どうやらこれも、何らかの特徴であると思われた。

 

「ZGMF-EX78《ヴァルキュリア》。私が君に送る、最強の機体だ。どうか、この力で、世界の統一と平和の為に戦ってほしい」

 

 優しい言葉で告げるグルックに対して、クーヤは目を輝かせる。

 

 無論、彼女に否やはある筈がない。これこそが、彼女が最も望んでいた事なのだから。

 

「ありがとうございます議長。この上は、議長の剣として、これまでよりも一層、あなたの行く道を切り開く為に頑張って行きます!!」

 

 そう言って意気揚々と敬礼するクーヤの表情は、これまでにないほどに晴れやかな物だった。

 

 

 

 

 

「これで良い」

 

 嬉々としてヴァルキュリアの調節に取り掛かるクーヤをガラス越しに眺めながら、グルックは一人、静かな呟きを漏らした。

 

 クーヤ・シルスカの力は、グルックにとって大変有用だ。

 

 高い実力に加えて比類ない忠誠心は貴重な物である。

 

 だからこそ、彼女の失態を不問にして、更に新たな機体も与えた。あのヴァルキュリアなら、オーブの魔王や、昨今噂されているターミナルの機体にも負けはしないだろう。

 

 彼女には勝ってもらわなくてはならない。

 

 グルックが目指す、地球圏統一構想実現の為に、これからも勝ち続けてもらわなくては困る。

 

「魔王を倒すのは勇者の役目。そして、こちらの勇者は、準備が整った」

 

 ニヤリと、笑みを浮かべるグルック。

 

 その視線の先で、彼の忠実な道具が、彼の理想となる世界を実現させる為に、嬉々として作業に励んでいる光景が見える。

 

 そんな少女の様子を、グルックはいつまでも、冷めた視線で見詰め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先のユニウス教団の襲撃における大和の被害は、実際のところ、小規模ながら無視し得ない程に深刻なレベルであった。

 

 レオスが最後に使った爆弾によって艦橋は小破。修復自体は可能だが、機器の入れ替えやデータの復旧にはそれなりの時間がかかる。

 

 更に死傷者も少なくは無い。

 

 アステルは艦橋爆破の際、すぐ近くにいたキャンベル母娘を守って軽傷を負っている。

 

 そして、

 

 実の兄によって銃撃されたリザは、早急な治療によって辛うじて一命は取り留めたものの、未だに意識は戻らず、今も治療室でチューブに繋がれている状態である。

 

 貴重な戦力であるリアディス・ドライが持ち去られた事で、戦力的にも低下している。

 

 だが、それ以前に、目に見えない場所に深刻な事態が起こっていた。

 

 今回の一件、自分達の中から内通者が出て、それが原因で無視し得ない損害を被っている。しかも内通者の正体は、精鋭部隊である大和隊のパイロットであった事を考えれば、他に誰か、内通者がいないと言う保証はどこにも無かった。

 

 レオスは逃亡し、彼の妹であるリザの意識が戻らない以上、細かい事情は何も分からないに等しい。

 

 当面、自由オーブ軍は組織清浄化に奔走せざるを得なくなり、作戦行動ではなくなってしまった。

 

 祖国解放に王手をかける直前での、まさかの足踏みである。

 

 まさに、PⅡの目論み通りとなってしまったわけである。

 

 だが、その数日後、座してスパイ狩りをやっている場合ではなくなる事態が起こってしまった。

 

 場所は、欧州の更に北。

 

 かつてオーブの盟邦が存在した場所。

 

 現在は雪と氷と汚染された土壌に閉ざされ、人々に忘れ去られた国にあって、重大な事態が起ころうとしていた。

 

 

 

 

 

「まさか、スカンジナビアとはね・・・・・・」

 

 苦りきった調子で、ムウは呟きを漏らした。

 

 月を奪回し、当初の予定通り拠点として間借りできるようになった関係で、自由オーブ軍は、その策源地を月に移している。

 

 これにより、自由オーブ軍の行動範囲は飛躍的に向上する事になる。

 

 いよいよここから、オーブ本国奪還に向けて動き出すと言う時に、まさかの内通者、そしてユニウス教団の襲撃である。

 

 とんだ足止めを喰らってしまい歯噛みしている所に、更に事態が混迷する情報が舞い込んできた。

 

「まさか、シェムハザ派の連中が、スカンジナビアに目を付けるとは」

 

 ユウキ・ミナカミが、苦い調子で言う。

 

 情報では、ユーラシア連邦から姿を消したブリストー・シェムハザ以下、旧北米解放軍が、旧スカンジナビア王国国境付近に集結しつつあるとの事だった。

 

 スカンジナビア王国は、18年前のカーディナル戦役の折、地球軍の総攻撃と同時多発核攻撃を受けて各都市が壊滅。国家としても滅亡している。

 

 現在、復興事業が行われ、ようやく一部の地域が、人が暮らせる程度に回復してきていると言う。

 

 そこに来て、北米解放軍の侵攻である。

 

 今のスカンジナビアには、碌な戦力は残されていない。侵攻に対して抵抗する力は皆無である。

 

 加えてさらに、もう一つ無視できない事実があった。

 

「スカンジナビアには、カガリやライア達がいる。何とかして助けないと」

 

 そう告げるユウキの顔には、焦慮が浮かんでいる。

 

 カガリはオーブがプラントの統治下に組み込まれると判った時に、子供達の身を案じて密かに知己のあるスカンジナビアに脱出していたのだ。

 

 そしてライア・ミナカミはユウキの妻である。若い頃はパイロットとして鳴らした彼女は、戦争で半身不随になり戦う事が出来なくなっている。そんな彼女も、同行者と言う形でカガリについて行っていた。

 

 まさに、事態は最悪である。

 

 だと言うのに、自由オーブ軍は彼等を助ける為に動く事ができない。

 

 内通者がいるかもしれない状況で、大部隊を派遣する事はできないし、何より、今軍を動かしてスカンジナビアに向かわせてしまうと、本命であるオーブ奪回作戦を実行する段階で支障が出るのは明白である。

 

 正に八方塞がりであると言えた。

 

「ならば・・・・・・」

 

 一同が頭を抱える中、タイミングを見計らったように発言したのはシュウジだった。

 

 大和の損傷、修理によってしばらく動けない身ではあるが、作戦会議に際して求められ、この場に出席していた。

 

「取りあえず、少数精鋭の部隊を送り込むと言うのは如何でしょうか。それによって、スカンジナビアを守る。これ以外に方法は無いように思われます」

 

 

 

 

 

 高速輸送機に、3機の機体が積み込まれる。

 

 テンメイアカツキにギルティジャスティス、そしてエターナルフリーダム。

 

 大和隊の主力を構成する3機の機動兵器である。

 

 そのパイロットでヒカル・ヒビキ三尉、アステル・フェルサー三尉、部隊長を兼任するリィス・ヒビキ三佐。

 

 このたった3人のフリューゲル・ヴィント所属機が、スカンジナビア救援の部隊となる。

 

 他に、サポート要員としてカノン・シュナイゼル三尉が、政治委員としてアラン・グラディスが同行する事になる。

 

 現状の自由オーブ軍、これが早急に割ける最大限の戦力である。

 

 だが、彼等は皆、今や一騎当千と称して良い存在に成長している。必ずや期待に応え、スカンジナビアを守り通してくれると考えられていた。

 

 これで守りきれると言う保証はどこにも無い。むしろ、ここで負けてしまえば、自由オーブ軍は本戦前に貴重な戦力を失う事になりかねない。

 

 しかしそれでも、スカンジナビアを救わない訳には行かなかった。

 

 だが、出発する彼等の顔に悲壮感はない。

 

 ただ、自分達の運命を切り開く事を誓う、強い意志だけがにじみ出ていた。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 告げるヒカルに、皆が手を振りかえした。

 

 

 

 

 

PHASE-28「勇者の剣」      終わり

 



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PHASE-29「涙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはかつて、スカンジナビア王国の名前で呼ばれ、華やかな北欧文化をCE時代に継承する、優雅さと質実さを併せ持った国だった。

 

 しかし、CE77。敵対関係にあった地球連合軍が、スカンジナビア王国に対し大挙侵攻を開始した事で、この国の運命を司る歯車は徹底的に破綻してしまった。

 

 精強を誇ったスカンジナビア騎士団は壊滅し、戦火に飲み込まれて多くの国民が命を落とした。

 

 戦いの最中、王国の象徴的存在であった国王と第一王女も命を落とした。

 

 更に地球連合軍は、大量破壊兵器オラクルを使用して、スカンジナビア王国の各都市に対して、同時多発核攻撃を敢行、これによりスカンジナビアはありとあらゆる物を破壊し尽くされたのだった。

 

 人、物、文化、誇り。

 

 スカンジナビア王国と言う国を形作っていたありとあらゆる物が、根こそぎ奪い尽くされていったのだ。

 

 戦争が終わった後、かつてスカンジナビア王国と呼ばれた場所には何も残っていなかった。

 

 そうして荒れ果てた荒野を、残っていたスカンジナビアの人々は少しずつ少しずつ復興の道を築いていき、昨今ではようやく放射能の除染も進み、人が住めるエリアも広がろうとしていた。

 

 そんな矢先での、北米解放軍の侵攻である。

 

 まさに青天の霹靂とでも称すべき事態であり、スカンジナビアにとっては絶望が形となって自分達に襲い掛かって来たに等しかった。

 

「何たる事だ・・・・・・・・・・・・」

 

 フィリップ・キルキスは、自分達に押し迫る運命に対し嘆息し、頭を抱えるしかなかった。

 

 ここは旧スカンジナビア王国領ムルマンスク。

 

 18年前の戦いでほとんどの都市が壊滅したスカンジナビアの中で、唯一、攻撃を免れたこの街が、今はスカンジナビア行政の中心を担っていた。

 

 スカンジナビア中立自治区の代表として、復興支援の指揮を執るフィリップは、事実上、スカンジナビアのトップであると言える。

 

 とは言え、その地位に自分が相応しいと思えた事は、フィリップにはこれまで一度も無かった。

 

 18年前、旧スカンジナビア王国の王太子と言う立場にありながら、敵の甘言に乗って父と妹を死に追いやり、国が滅亡するきっかけを作ったのが、このフィリップである。

 

 戦後、復興支援を行うNGO団体を立ち上げ、精力的に活動してきたフィリップだが、己の犯した罪が、それで償えたなどとは毛ほども思ってはいない。

 

 王家の証であるシンセミアの名を捨て、一庶民として先頭に立って復興事業を推し進めてきたフィリップは、この18年間、大国の干渉をどうにか排除しながらやってきたのだ。

 

 だがここで、予期しなかった大きな壁が、彼等の前に立ちはだかる事になった。

 

「旦那様・・・・・・」

 

 心配する妻を安心させるように、フィリップはその肩を優しく叩く。

 

 フィリップの妻、ミーシャはかつて、フィリップの妹であり、非業の死を遂げた故ユーリア王女付きのメイドをしていた女性である。

 

 戦後、ミーシャと結婚したフィリップは、あえてシンセミアの名を捨てて、市井の中に身を投じる決断をした。虚栄心から父や妹を死なせ、国を滅ぼした自分に、王家の名を名乗る資格は無いと思ったからである。

 

「それで、この後どうするのです?」

 

 尋ねたのは、同席していたカガリ・ユラ・アスハであった。

 

 カーペンタリア条約の後、スカンジナビアに身を寄せ(事実上の亡命)ていたカガリは、危急の事態と言う事で、フィリップから呼び出しを受けていた。

 

 秘密裏の亡命と言う事で、表立って動く事の出来ないカガリだったが、亡命後は非公式にスカンジナビア支援の為に動いている。

 

 今でこそ公務から引退しているが、元々は一国を率いた代表である。その政治的影響力は未だに大きい。

 

 実際、カガリの直接的な助力でフィリップたちが得られた物は大きく、この2年で復興もこれまでにないほどに進んでいた。

 

 しかし、今回の事態は、流石のカガリでも対応できる範疇を越えていた。

 

「向こうの要求は、土地の一部借用でしたね」

「はい。部隊が駐留する為の基地建設に使いたいとの事でした」

 

 フィリップの返事を聞き、カガリは黙考する。

 

 恐らく、相手の要求はそれだけではないだろう。否、今はそれだけであったとしても、基地を作った後はそれを既成事実として、あれこれと要求を追加してくるのは目に見えている。

 

 そして当然、そうなるとプラントやユーラシア連邦も黙ってはいない。「スカンジナビアはシェムハザ派と手を組んで反旗を翻したと」判断し(あるいはそのようにこじつけて)、兵をあげる事だろう。

 

 そうなると、事は18年前の再現となる。ただし、今回はスカンジナビアには碌な戦力は残されていない。勝率はゼロどころかマイナスであった。

 

 つまり今回の要求は、受け入れた時点でスカンジナビアの負けは確定する訳である。

 

 しかし、受け入れなければ、今度はシェムハザに侵攻の口実を与える事になる。彼等もまた、圧倒的な戦力を有している事を考えれば、侮れる相手ではない。

 

 一応、スカンジナビアにも戦力はあるが、それは微々たる物であり、かつて精強を誇ったスカンジナビア騎士団とは比べるべくもない。とても一軍を相手に戦える物ではなかった。

 

「残る手段は、逃げるしかないな」

 

 苦りきった調子でカガリは言った。

 

 戦って勝てないなら、逃げるしかない。

 

 幸いと言うべきか、先日の月の戦いで自由オーブ軍が勝利し、コペルニクスをはじめとする月の各都市は自治を取り戻すに至っている。何とか地球を脱出して月に行くことができれば、命を長らえる事ができるだろう。

 

 しかし、

 

「折角ですが、カガリさん。私は逃げる気はありません」

 

 きっぱりとした調子で、フィリップは言った。

 

 その表情に見て取れるのは、明らかなる悲壮感と共に、どこか諦念を滲ませたような感じである。

 

「旦那様、それは・・・・・・」

 

 心配そうな顔をする妻を制し、フィリップはカガリに向き直る。

 

「ここで逃げたら、結局のところ18年前の繰り返しです。私はもう逃げない。スカンジナビアが復興するその日まで。そう、父と妹に誓ったのです」

 

 不退転の意志を、胸を張って告げるフィリップに、カガリは感嘆を感じずにはいられなかった。

 

 かつて、虚栄心から国を滅ぼしたフィリップを知っているカガリからすれば、この変化は驚くべき物であると言える。

 

 時が人を変えると言うが、フィリップに限って言えば良い方に変化したのは間違いなかった。

 

「カガリさん。あなた方は脱出してください。伝手はあまり多くありませんが、シャトルが使える施設にいくつか心当たりがあります。そこから月へ・・・・・・」

「いや」

 

 フィリップの言葉を遮り、カガリもまた決意を固めた顔で向き直る。

 

「機体を借りるぞ、私も出撃させてもらう」

 

 颯爽と言い放つカガリ。

 

 事こうなった以上、一戦交える事は避けられない。

 

 引退したとは言え、カガリもかつては戦場に立ち、モビルスーツを駆って戦った身である。

 

 勿論、自分1人で押し寄せる大軍を防ぎきれるとは、カガリも思ってはいない。

 

 しかし、既に事の次第はターミナルを介して自由オーブ軍に送ってある。もしムウやユウキが事態をすれば、どうにかして援軍を送ってくれるはず。

 

 それまで持ちこたえる事ができれば充分なはずだった。

 

 

 

 

 

 気が進まない。

 

 愛機のコックピットに座しながら、ミシェル・フラガは呟きを漏らした。

 

 自分が軍人であると言う事に誇りと自負を持つミシェルにとって、戦う事はある意味、人生の一部であると言える。

 

 現在、北米解放軍はコラ半島のキーロフスクに布陣して、ムルマンスク侵攻の機を伺っている。

 

 命令があり次第、すぐさま進軍を開始する手はずなのだが、そんな中でもミシェルは不満を隠しきれなかった。

 

 強大な敵と戦う事を、ミシェルは決して恐れはしない。

 

 勿論、そうした感情は一般人の目から見れば、狂気にしか映らない事だろう。褒められた物でない事は確かである。

 

 しかし「武人」としての誇りと矜持を持つミシェルにとっては、戦うと言う事自体が、生きがいと言っても良い。その結果として命を投げ出す事になったとしても、それはそれでミシェルには本懐でもあった。

 

 しかるに、今回の任務はミシェルにとって、徹頭徹尾、納得のいかない物であった。

 

 拠点建設に最適な土地を得る為に、スカンジナビア中立自治区へ侵攻する。

 

 確かに、ユーラシア連邦領を脱出した北米解放軍は、現在のところ根無し草に近い。保有戦力こそ強大だが、それを支える為に必要不可欠な後方支援体制が貧弱すぎた。

 

 早急な拠点の確保が必要であると言う、考え方には賛同できる。

 

 しかし、今のスカンジナビアは碌な防衛戦力の無い、裸の国である。否、国ですらない。今はただ、荒れ果てた荒野を持つだけの「未開地」だ。

 

 そのような場所へ、圧倒的な武力を持って侵攻する。

 

 話にならない。これでは子供のイジメではないか。否、大の大人が子供の物を力ずくで奪おうとしているに等しい。いずれにしても、見ていて気分の良い物ではなかった。

 

 その事を考えると、ミシェルは再び嘆息してしまう。

 

 仲間の為に戦うと誓った心に偽りはない。今も、オーギュストやジーナ、更にはシェムハザの為に戦い抜こうと思っている。

 

 しかし、このような一方的な殺戮を予定した作戦に駆り出されるのは、ミシェルの本意ではなかった。

 

 とは言え、任務は任務である。命令をたがえる心算もまた、ミシェルには無かった。

 

 更に言えば、自分達には早急に拠点となる地が必要なのも確かである。ならば、えり好みをしている時ではないのも事実だろう。

 

 現在、ミシェルは全軍を預かる立場となって戦線に立っている。

 

 本来なら彼の上官であるオーギュストやジーナが、この役割を担う筈なのだが、2人は今、新兵器の調整を行っている最中である為、戦線には加わっていない。

 

 だが、ミシェルの配下には、ジェノサイドやインフェルノと言ったデストロイ級機動兵器を始め、多くの戦力がある。

 

 命令が下れば、これらが一気にスカンジナビア領へ雪崩込む事になる。

 

 鶏に牛刀どころか、蟻一匹潰すのにロードローラーを使用するような物であった。

 

「さっさと降伏してくれりゃ、それに越したことはないんだがね」

 

 自分の希望的観測を呟いて、深くため息を吐く。

 

 もっとも、スカンジナビアにはスカンジナビアなりの矜持があり、言い分もあるだのだろうから。

 

 実際のところミシェルは、自分の希望がかなえられる可能性は、ほぼ完全に絶望視しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分も前線部隊に配属されたわけだから、あちこち盥回しにされる事については、既に考慮に入れていた事である。

 

 もっとも、いきなり地球に行けなどと言われた事については、流石に面食らわずにはいられなかったが。

 

 地球へと向かう艦の中で、手にしたカップを口に運びながら、レミリア・バニッシュは密かに嘆息した。

 

 つくづく、自分が飼い犬である事を意識せずにはいられない。

 

 それともグルックやPⅡは、自分の所有権を主張する為に、敢えてレミリアを使い走りさせているのだろうか? だとしたら、随分と陰険な話である。

 

 いくら考えても答えが出る訳ではないし、答が出たところで却って忸怩たる要素が増えるだけなのだが、それでも考えずにはいられない辺り、レミリア自身、既に状況にがんじがらめにされている事を現していた。

 

「どうかしましたか、レミリア?」

 

 そんなレミリアの不審な態度に、向かいに座ったアルマが小首を傾げて問いかけてくる。

 

 今回、向かう先が地球と言う事で、アルマを始めユニウス教団の信徒達も、ザフト艦に同乗していたのだ。

 

 レミリアとしては嬉しい限りである。

 

 何しろ、軍内に味方のいないレミリアにとって、アルマは唯一の友達である。そんな彼女が傍らにいてくれる事で、レミリアの精神的負担は格段に軽くなっている。

 

 特に、愛する姉と引き離されて久しい状況にあっては、尚更、アルマが齎してくれる心の充足は計り知れなかった。

 

「ん、ちょっとね。いや、何でもないんだ。ちょっと考え事してただけ」

「・・・・・・そうですか」

 

 どこか言い訳めいた形で会話を遮断するレミリアを不審に思いながらも、仮面の少女はそれ以上追及してくることは無かった。

 

 友達とは言え、踏み込んではまずい一線と言う物がある。それを弁えているからこそ、アルマは深く踏み込もうとはしなかったのである。

 

 そこでアルマは、話題を変えるようにしてレミリアに改めて向き直った。

 

「それにしても、残念です」

「ん、何が?」

 

 テーブルの上の焼き菓子に手を伸ばしながら、レミリアはキョトンとしてアルマを見返す。

 

 対してアルマは、嘆息しながらいかにも残念そうに言った。

 

「折角、地球に行くんですから、レミリアをもっと色々な場所に案内できたら、と思っていたのですけど」

「いや、そもそも遊びに行くわけじゃないんだけど・・・・・・」

 

 そう言って、やれやれと肩を竦めるアルマに対して、レミリアは思わず苦笑してしまった。

 

 彼女達が地球に向かっているのは無論、物見遊山の為ではない。

 

 ユーラシア連邦を脱出して、各地を転戦していたシェムハザ派、要するに北米解放軍が、スカンジナビア中立自治区の境界線付近に集結しつつあると言う情報を得た為である。

 

 目的は恐らく、中立自治区の占領にあると考えられた。

 

 現在、急いで再編成を終えたプラント軍の一部が、これを追撃すべく北上しているが、何しろ欧州戦線で大打撃を受けた直後である為、僅かな部隊しか派遣できないのが現状である。

 

 更に本国もまた、先の月戦線における敗退が尾を引き、新たなる増援を送る事ができない。

 

 そこで、レミリア達特殊作戦部隊に、同盟軍としてプラントに逗留していたユニウス教団軍が増援部隊として出撃した訳である。

 

 そんな訳で、アルマが言うように遊び歩いている暇はないのである。

 

「こっそり抜け出せば、何とかなるのでは?」

「いや、無理だって。てか、いつもそんな事してる訳?」

「はい。退屈な時は教義を抜け出したりしています」

 

 割ととんでもない事を、アルマはさらりと言ってのける。

 

 こんなのが象徴で、ユニウス教団は大丈夫なのだろうか? と、レミリアは他人事ながら割と本気で心配してしまう。

 

「もっとも、時々見つかって、教祖様に叱られる事もありますが」

「そりゃ、そーでしょ」

 

 天下に名だたるユニウス教団の聖女とは思えない腰の軽さである。と言うか、こっそり外出するとき、あの仮面のまま外に出るのだろうか? とか疑問に思ってしまう。

 

 思わぬ友人の能天気さに触れ、レミリアは知らずに溜息をついた。

 

「ボク、アルマはもうちょっと真面目で大人しい娘だと思ってた」

「・・・・・・なかなか失礼ですね、レミリア」

 

 仮面の下でムッと、唇を尖らせるアルマ。

 

 そう言えば、出会いからしてぶっ飛んでいた事を、レミリアは今さらながら思い出す。何しろ、出会ったばかりのレミリアに手を貸して、カノンの脱獄に協力してくれたりもしたのだから。

 

 勿論、その事に関してはこの上なく感謝しているが、外見の清楚さに、完全に騙されていたことは否めなかった。

 

「ところで・・・・・・・・・・・・」

 

 紅茶を飲み終えたアルマは、ふと思い立ったように、レミリアの傍らを指差して尋ねた。

 

「レミリアはいつも、何を聞いてらっしゃるのですか?」

 

 アルマが指差したのは、レミリアがいつも持ち歩いているポータブル・プレイヤーである。型は一昔前の古い物であるが、使い込んで手入れもしてあるため、今でも問題なく使う事ができる。

 

 レミリアは嬉しそうにプレイヤーを持つと、ヘッドホンをいじりながら説明した。

 

「ラクス・クラインの歌だよ。知ってるでしょ、ラクス?」

「ラクス・クラインと言えば・・・・・・少し前に共和連合の事務総長をされていた方ですよね。その前はプラントの議長をなさっていたとか。そのような方が、歌を?」

 

 キョトンとするアルマ。

 

 どうにも会話が噛みあっていない事に首を傾げるレミリアだが、すぐにハタと思い付いて、補足説明に入った。

 

「そっかそっか、ファンじゃないとあんまり判んないよね。ラクス・クラインはさ、10代の頃に芸能界で活躍していたんだよ。その頃は《プラントの歌姫》なんて名前で呼ばれててさ。あ、DVD、もあるんだけど・・・・・・しまった、家に置いてきちゃった。でも、すごく可愛いくてさッ・・・・・・」

 

 途端に、マニア魂に火が付いたように、流水の如き怒涛の説明に入るレミリア。

 

 対してアルマは、にこにこと笑いながら、レミリアの説明を聞き入っている。

 

 正直、これまでラクス・クラインが芸能活動をしていたなどとは知らなかったアルマからすれば、彼女に対する興味など皆無なのだが、これ程までに嬉々としたレミリアは初めて見る為、ついつい自分まで楽しくなってしまうのだった。

 

 ひとしきり説明した後、レミリアは「そうだッ」と呟いて、ヘッドホンをアルマの方に差し出した。

 

「はい?」

「聞いてみてよ。ボクが下手な説明するよりも、直接聞いた方が早いと思うから」

 

 確かに、一理ある話である。

 

 アルマはヘッドホンを受け取ると、耳に装着する。

 

 それを確認すると、レミリアは再生ボタンを押した。

 

 セットしてあるCDは、ラクスの代表曲「静かな夜に」だ。アップテンポ調の物ではなく、初期に発売されたスローテンポバージョン。レミリアは、こちらの方が好みである。

 

 既に活動時期から四半世紀近い時が過ぎ、その名を知る者も少なくなったとはいえ、聞こえてくる澄んだ歌声は、心に直接染み渡るように響いて来る。

 

 レミリアも聞くたびに、まるで母親の腕に抱かれているような安心感を覚えるのだった。

 

 と、

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 アルマが急に、驚いたように声を上げた。

 

 釣られて顔を上げるレミリア。そこで、思わず絶句してしまった。

 

 アルマの仮面に包まれた瞳が、涙を流している。

 

 勿論、仮面の上から、彼女の瞳を見る事はできない。しかし、その瞳は確かに涙を流していた。

 

「ど、どどど、どうしたのアルマ、急に!?」

「す、すみません・・・・・・」

 

 慌てたように、アルマは顔を逸らし、僅かに仮面をずらして涙をぬぐう。

 

 一方のレミリアは、完全に動揺していた。まさか、歌を聞かせて泣かれるとは思っても見なかったのだ。

 

 暫くして、落ち着きを取り戻したアルマが顔を上げる。

 

 仮面越しである為、相変わらず表情は読み取れないが、僅かに頬が紅潮している事からも、彼女が確かに泣いていた事が伺えた。

 

「どうしたの、急に。その・・・・・・かなり、ビックリしたんだけど」

「ごめんなさい」

 

 小さな声で謝るアルマに、レミリアは嘆息する。

 

 確かに、突然泣き出してしまった事には驚いたが、別にそれで攻めている訳ではない。ただ、急な事だったので理由が聞きたかったのである。

 

 しかし、

 

「判りません・・・・・・」

 

 尋ねるレミリアに、アルマは力無く首を振った。

 

「ただ・・・・・・・・・・・・」

「ただ?」

 

 促すレミリアに、アルマは少し迷うような口ぶりで告げる。

 

「・・・・・・何だか・・・・・・とても、懐かしい。そんな気がしたんです」

 

 その感覚の正体が何なのか、アルマにも判らない。

 

 ただ、しいて言うなら、自分の記憶の奥底にある何かが、歌を聞く事によって僅かに揺さぶられた。そんな気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに着たパイロットスーツの感触が、気持ちを否応なく引き締めている気がした。

 

 カガリは自身の戦闘準備を整えると、ヘルメットを持ってロッカールームを出る。

 

 現役は引退して久しいカガリだが、一応、パイロット免許は維持している。今でも時々、コネを使って機体を操縦している。家庭の主婦に収まっているカガリにとっては、数少ない趣味であった。

 

 後は現役時代の腕前が衰えていない事を祈るばかりである。

 

 と、扉を開けた時、そこには見知った数人の人間が立っている事に気が付いた。

 

 杖を突いた女性が1人と、その前に並んで子供が3人。

 

 長年の友人と、カガリにとって掛け替えの無い子供達である。

 

 その姿を見て、カガリは顔をほころばした。

 

「ライア、みんなの事を頼んだぞ」

「任せてよ。今の私にできる事なんて、これくらいだし」

 

 そう言って、ライア・ミナカミは微笑を返す。

 

 かつての腹心であるユウキ・ミナカミの妻であるライアは、カガリにとっても20年来の友人である。

 

 昔の負傷でパイロットとしての生命は立たれた彼女だが、それでも尚、彼女に対する友情と信頼はカガリの中で健在である。

 

 だからこそ、子供達を彼女に託すことができる。

 

 カガリは長女に目を向ける。

 

「シィナ。弟達の面倒はお前に任せるぞ」

「はい、母様も、お気をつけて」

 

 しっかり者の長女は、神妙な面持ちで頷きを返す。

 

 年長者の彼女は、父親に似て責任感が強い性格をしている。いざという時には、他の2人を守ってくれることだろう。

 

 次いでカガリは、長男に目をやる。

 

 こちらは姉に比べると随分とやんちゃな性格をしており、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうのが、カガリにとっては頭痛の種だった。

 

「ライト。姉の言う事をよく聞けよ。お前は長男だ。いざという時にしっかりしないとだめだぞ」

「わ、判ってるよ。母さんも、さっさと帰ってこいよな」

 

 彼なりに、気を使ってくれているらしい。

 

 ぶっきらぼうに言うライトの言葉に、カガリは苦笑する。

 

 どうやらこの子は、昔の自分に似てしまったらしい。何だか、鏡を見ているような気がして、少し可笑しかった。

 

 と、

 

 まだ幼い次男がトコトコと歩いて来ると、カガリの腰にヒシッと抱きついた。

 

 カガリもまた、甘えん坊の末っ子を抱きしめる。

 

「リュウ。お姉さんやお兄さんの言う事を、ちゃんと聞いて、良い子にしてるんだぞ」

「母様、行っちゃやーだ」

 

 駄々をこねるリュウに、カガリは苦笑する。

 

 できれば、自分だって行きたくはない。

 

 しかし、この子達を守れるのは、自分しかいないのだ。

 

「カガリ、そろそろ」

 

 ライアに促され、カガリは名残惜しそうにリュウの体を離す。

 

 すかさずシィナが、尚も未練を残しているリュウを抱き寄せてカガリから引きはがした。

 

 そんな子供達を、カガリはじっくりと眺め渡す。

 

 シィナ、ライト、リュウ。

 

 カガリにとっては、掛け替えの無い子供達。

 

 この子達を守る為なら、どんな敵と戦う事も恐れはしなかった。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 カガリは力強く告げると、踵を返して歩き出す。

 

 その颯爽とした態度は、代表首長として国を率いていた頃、否、それよりもわずかに前、軍人として戦場に立っていた頃と変わらない、溌剌とした雰囲気に包まれているようだった。

 

 

 

 

 

「時間、か」

 

 時計を見ていたミシェルは、諦念と共に呟いた。

 

 スカンジナビアに提示した回答の刻限は、たった今過ぎた。

 

 これまでのところ、自治区統制部からの制式回答は無し。つまり、スカンジナビア側は、北米解放軍からの要求を無視した事になる。

 

 そして、それは同時に、現段階での平和的解決の道は絶たれた事を意味している。

 

 愚かで、それでいて誇り高い選択でもある。

 

 これで、スカンジナビアは、自分達の意志を貫き通した事になる。

 

 しかし、同時に彼等は、彼等自身の手で死刑執行書類にサインしたのだ。

 

 既に、スカンジナビアの自警部隊が、展開しているのは確認している。

 

 旧スカンジナビア騎士団の構成員によって成り立っている自警部隊の存在は予め知っていたが、しかし、その軍備は決して高くは無い。せいぜい、野党狩りくらいにしか威力を発揮できないような連中だ。北米解放軍にとっては物の数ではなかった。

 

「進撃、開始」

 

 低い声で、ミシェルは命令を下した。

 

 同時に、展開していた全部隊が轟音を上げてスカンジナビア領へと進軍を開始する。

 

 モビルスーツがスラスターの唸りを上げて飛び立ち、待機していたジェノサイドがホバー駆動音をとどろかせる。

 

 後方の基地からは重爆撃機型デストロイ級であるインフェルノが、今ごろ離陸を開始している頃だろう。

 

 今日、スカンジナビアは再び終わる事になる。

 

 そして、迫る破滅を止め得る者は誰もいない。

 

 そう思った、

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 突如、

 

 

 

 

 

 天空から虹を思わせる閃光が降り注ぐ。

 

 閃光は、まるで光の槍のように飛来すると、先頭の部隊を次々と直撃して戦闘力を奪っていく。

 

「何だ!?」

 

 その光景に、思わず唸りを上げるミシェル。

 

 大破した機体は無い。全て、武装やメインカメラを破壊されただけである。

 

 だだ、それだけに、突然の襲撃者が、恐るべき技量の持ち主である事が伺えた。

 

 振り仰ぐ先、そこには、

 

 12枚の翼を広げた鋼鉄の天使が、ゆっくりと舞い降りてくるところであった。

 

 

 

 

 

PHASE-29「涙」      終わり

 




キャラクター設定





フィリップ・キルキス
ナチュラル
40歳     男

備考
スカンジナビア中立自治区の代表。旧スカンジナビア王家最後の生き残りであり、かつて国を滅ぼす原因を作った男。戦後は復興支援事業を立ち上げ、精力的に働いて来た。自身が王家の名を名乗る資格はないと考え、ミーシャとの結婚を機に、かつての名前であるシンセミアを捨てた。




ミーシャ・キルキス
ナチュラル
34歳     女

備考
かつてはフィリップの妹である、ユーリア付きのメイドだった女性。戦後、フィリップと結婚した後、復興支援事業を行う夫を支えている。





ライア・ミナカミ
コーディネイター
39歳      女

備考
ユウキの妻で、かつてはザフト軍、オーブ軍のエースパイロットだったが、負傷によって引退している。現在、戦場に出ているユウキとは離れて暮らしているが、夫の身は常に案じている。ユウキとの間に子供が1人生まれている。





シィナ   ライト   リュウ
ハーフコーディネイター
シィナ:15歳   女
ライト:10歳   男
リュウ:6歳   男

備考
アスランとカガリの子供たち。しっかり者の長女に、生意気盛りの長男、甘えん坊の次男といった感じ。


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PHASE-30「ニアミス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 的確かつ強烈。

 

 放たれる圧倒的な砲撃は、今にも不当な進撃を開始しようとしていた北米解放軍に対し、痛烈なカウンターを喰らわせていた。

 

 直撃を受けた機体は、手足や頭部、武装を破壊され、抵抗する力を強制的に奪われていく。

 

 屍の如く、大地へ転がるモビルスーツの残骸。

 

 対して、加害者たる存在は、遥か天空にある。

 

 吹きすさぶ吹雪の向こう。

 

 天を支配する絶対的な存在を象徴するように、12枚の蒼翼を雄々しく広げた機体は、他を圧倒するように睥睨して佇んでいる。

 

 エターナルフリーダム。

 

 昨今、巷間で噂される「オーブの魔王」。その特徴と一致している。

 

 初めは誰もが、何かの間違いだと思った。

 

 そもそも現在までのところ、自由オーブ軍の最前線は月にある。当然、彼等は目下の最大目標として、オーブ本国奪還のための橋頭堡である月の死守に全力を注ぐことが予想された。

 

 そこに来て、魔王はオーブ軍にとっても切り札的な存在である。ならば、その戦力は最重要拠点の防御に回されるものと考えられていた。

 

 だと言うのに、そんな大層な存在が戦線から遠く離れたスカンジナビアに現れるなど、誰が想像するだろう?

 

 偽物、あるいはハッタリ。

 

 いずれにしても、すぐに化けの皮ははがれる。

 

 そう判断して、一斉攻撃が開始された。

 

 地上にあって砲撃戦装備を持つ機体は、一斉に対空戦闘を開始し、空戦ユニットを装備した機体は、エターナルフリーダムへと殺到していく。

 

 圧倒的な物量で放たれる攻撃。

 

 これなら相手が本物だろうが偽物だろうが、一瞬で討ち取れるはず。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 「魔王」が動いた。

 

 否

 

 確かに動いたのは間違いないのだが、それを目視できた人間はいなかったのだ。

 

 次の瞬間、

 

 鮮やかな12枚の蒼翼は、彼等のすぐ目の前まで迫っていた。

 

 一瞬の出来事に、誰もが息を呑む隙すら無かった。

 

 残像すら視認できそうな速度で動いた魔王、エターナルフリーダムは、一瞬にして空中から迫る解放軍部隊に肉薄したのだ。

 

「行くぞッ!!」

 

 コックピットの中で、操縦桿を握るヒカルは鋭く叫ぶ。

 

 同時に鞘と兼用になっている両腰のレールガンから高周波振動ブレードを抜刀。速度を緩めずに斬り込んで行く。

 

 その段になって、ようやくエターナルフリーダムを捕捉する事に成功した北米解放軍も、迎撃の為に砲火を閃かせようとする。

 

 だが、遅い。

 

 解放軍の兵士達が砲撃の為に照準を合わせようとしている時、既にヒカルは攻撃の為の準備を全て終えていた。

 

 鋭い斬撃が、複合的に折り重なる。

 

 次の瞬間、3機のグロリアスが、腕を斬り裂かれる形で戦闘力を喪失した。

 

 尚も、諦め悪くビームライフルを向けて来ようとする敵がいるが、ヒカルに対してその程度の反応速度では相手にもならない。

 

 ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開するエターナルフリーダム。

 

 同時にもたらされるフル加速が、全ての攻撃を無意味な物に貶めた。

 

「この機体の真価を、ようやく発揮できる」

 

 眼下に敵の攻撃を見送りながら、ヒカルが苦笑交じりで呟く。

 

 その間にも、ヒカルは操縦桿を巧みに操り、華麗さすら感じさせる動きで解放軍からの攻撃を回避していく。

 

 まるで重力すら感じさせないようなその動きを前に、解放軍は完全に翻弄され切っていた。

 

 これまで実戦の場で披露する機会は無かったが、実のところエターナルフリーダムの真価を最大限に発揮できるのは、宇宙空間よりもむしろ大気圏内戦闘の方である。

 

 いかなる優れた空戦用機動兵器であっても、大気圏内での戦闘は大気摩擦と重力の束縛から来る機動力低下要素から逃れる事はできない。

 

 しかし、スクリーミングニンバスが大気摩擦を局限し、ヴォワチュール・リュミエールが絶大な機動力を発揮する事で、エターナルフリーダムはほぼ宇宙空間と変わらない機動性を発揮する事ができる。

 

 それ故に解放軍の機体は、初めて見るエターナルフリーダムの超絶機動に、全くと言って良い程、追随する事ができなかった。

 

 敵軍を引き離すと、ヒカルは機体を振り返らせながら高周波振動ブレードを鞘に戻す。

 

 同時にビームライフルを抜き、バラエーナ・プラズマ収束砲とクスィフィアス・レールガンを展開。6連装フルバーストを解放する。

 

 たちまち、追撃態勢に入ろうとしていた機体がフライトユニットを撃ち抜かれ、高度を維持できずに落下していく。

 

 更にヒカルは、地上へと目を向けると、そこに展開している部隊も容赦なくロックオンしていく。

 

 圧倒的な連射速度を前に、一軍を持ってしても相手にならない。

 

 北米解放軍にとって、初めて対峙するヒカルの存在は、正に「魔王」と称して間違いなかった。

 

 

 

 

 

 最前線に現れたエターナルフリーダムの猛攻を前に、北米解放軍の前衛部隊が必死の応戦を繰り広げている頃、後方では次の一手の準備に入っていた。

 

 ホバー駆動が轟音を上げて大地を疾走し、戦場となるエリアを周り込もうとしている。

 

 デストロイ級機動兵器ジェノサイド。

 

 前級の特徴だった可変飛行能力を敢えて排除し、代わりに火力と地上走行能力を強化した機体は、ホバーエンジン特有の滑らかさで大地を奔って行く。

 

 18年前のカーディナル戦役では、この機動性と高火力でもって、欧州戦線を席巻している。

 

 まさに、悪夢の象徴だった。

 

 そのジェノサイドが4機。

 

 それだけで、守り手のいないスカンジナビアを吹き飛ばして余りある。

 

 だが、

 

 そんな彼等の行く手を断固として遮るべく、赤い甲冑を纏った機体が舞い降りた。

 

「ヒカルが前線を押さえている内に、こちらは大物食いをやらせてもらうぞ」

 

 低い声で言い放つと、アステルは愛機であるギルティジャスティスを加速させる。

 

 同時に、背中に負ったリフターを分離、単独で突撃させつつ、本体もその後を追いかける。

 

 ジェノサイドもの方も、ギルティジャスティスの存在を認めて砲門を向けてくる。

 

 対して、アステルは放たれる攻撃を巧みに回避しながら、一気に接近するべく距離を詰める。

 

 やがて、ジェノサイドを自身の攻撃圏内に捉えるアステル。

 

 本体に先行する形で、リフターがジェノサイドに対して砲撃を仕掛ける。

 

 旋回しつつ、搭載するビームキャノンとインパルス砲を発射するリフター。

 

 しかし、ジェノサイドの方でも陽電子リフレクターを展開して対抗。リフターからの砲撃を遮る。

 

 しかし、そこで彼等の注意が横へと逸れた。

 

 すかさず、アステルは斬り込みを掛ける。

 

 両手にビームサーベルを抜いて構え、リフレクターの内側へと入ると同時に、一気にサーベルを振り抜く。

 

 巨大な機動兵器の装甲は、それだけで斜めに斬り裂かれた。

 

 勿論、それだけで、この巨大兵器を無力化する事はできない。

 

 だが、懐に飛び込んでしまえば、殆ど何もできないと言うデストロイ級機動兵器の弱点は、代を重ねた今でも健在なままである。

 

 密着した状態から更に、追撃の一刀を振るうアステル。

 

 先の斬撃に重ねるように放たれた剣閃は、今度こそ内部機構に深刻なダメージを与える。

 

 エンジンを斬り裂かれ、被害がコックピットにまで及んだジェノサイドは、その場にがっくりとうなだれるようにして停止する。

 

 やがて、内部から膨張するように大爆発を起こした。

 

 爆炎を背に受けながら、アステルは離脱しつつリフターを回収。同時に次の狙いを定める。

 

 そこに来てようやく、解放軍側もギルティジャスティスを脅威と断定し、ジェノサイド3機の砲火を集中させてくる。

 

 およそ機動兵器と言うカテゴリの中にあって、デストロイ級は火力の面では間違いなく世界最強である。

 

 そのデストロイ級機動兵器が3機揃って全火力を解放している様は、強烈を通り越して荘厳ですらある。

 

 しかし、圧倒的な光景と共に放たれる砲撃も、深紅の機体を追い詰める事は叶わない。

 

 網の目のように放たれる砲撃を、アステルは巧みな機動で回避しながら、着実に距離を詰めていく。

 

 迫るギルティジャスティス。

 

 対して、空振りを繰り返すジェノサイドの大火力は無力でしかない。

 

 例えるなら、巨熊の剛腕を、敏捷な雀蜂が紙一重で回避しているかのような光景だ。

 

 まるで空中を舞い踊るかのようなギルティジャスティスの動きに、ジェノサイドの照準は全く追いついていなかった。

 

 接近すると同時にアステルは脚部のビームブレードを起動、ジェノサイドから突き出しているアウフプラール・ドライツェーンを蹴り斬ると、更に踏み込んで、今度はビームサーベルをコックピット付近に突き込んだ。

 

 切っ先が、巨大機動兵器のエンジン部分を容赦なく貫く。

 

 とどめを刺したと判断したアステルが、機体を離脱させる。

 

 ジェノサイドが轟音と共に大地に倒れ伏したのは、その一拍後の事だった。

 

 

 

 

 

 大物食い、という意味では、こちらも同様である。

 

 上空からスカンジナビアへ越境しようとしているのは、飛行型デストロイ級であるインフェルノ3機。

 

 所謂、重爆撃機に近い性能を持つこの機体は、通常の機動兵器では到達できない圧倒的な高度から攻撃を行えると言うメリットがある。

 

 先の戦いでは、その飛行性能を活かして、東欧戦線ではプラント軍を圧倒したのだ。

 

 だが、そんな彼等の前に、予期せぬ壁が立ちはだかった。

 

 いっそ場違いと思える程、輝かしい黄金の装甲と翼を持った機体。

 

 リィスのテンメイアカツキは、インフェルノ部隊を遮って、空中から彼等の前へ迫っていた。

 

「流石に、動きは鈍らざるを得ないか。けど、この程度なら!!」

 

 気圧が低い事で出力が落ちているスラスターを強引に全開にしながら、リィスは一気に接近して行く。

 

 インフェルノ側も、搭載火器を振り翳してテンメイアカツキの接近を阻もうとするが、リィスはその全てを回避し、ムラマサ改対艦刀を抜刀。大剣モードに刀身を切り換える。

 

 慌てたように、空中で変形を開始するインフェルノ。

 

 しかし、

 

「今さら、遅い!!」

 

 リィスは馬乗りになるような形でインフェルノの上部に降り立つと、手にした対艦刀を容赦なく突き込む。

 

 デストロイ級機動兵器は、その巨体故に滅多な攻撃では致命傷を与えられない。

 

 「大きい」と言う事それ自体が、デストロイ級の武器なのだ。

 

 しかし、それも歴戦の場数を踏んだエースを前にしては大いに霞んでしまう。

 

 要するに戦術の問題であり、的確な場所に適切な武器で攻撃を仕掛ければ、無駄に恐れる必要は無いのだ。

 

 リィスがムラマサで突き刺した場所から、インフェルノは爆炎を噴き上げる。

 

 たちまち、巨大な機体がバランスを崩しながら高度を下げる。

 

 リィスの攻撃は、的確にインフェルノの弱点を貫いたのだ。

 

 一気にバランスが崩れ、煙を吹きながら高度を落としていくインフェルノ。やがて、地上に落下する前に、インフェルノの巨体は空中で爆発して四散した。

 

 その爆炎を背に受けながら、リィスは次の目標へと向かう。

 

 その頃には、変形を終えていた他のジェノサイドが、テンメイアカツキを目標にして砲門を開こうとしていた。

 

 放たれるアウフプラール・ドライツェーン。

 

 しかし、

 

 それを見て、リィスは不敵な笑みを浮かべた。

 

 迸る巨大な閃光。

 

 それをリィスは、あえて機体の装甲で受け止める。

 

 次の瞬間、ヤタノカガミ装甲が受けた閃光を、そのまま相手へと弾き返した。

 

 この、全く予期し得なかった反撃を前に、インフェルノは成す術も無い。とっさに回避はできないし、攻撃機動中である為、陽電子リフレクターを張る事も出来ない。

 

 自らが放った攻撃が、自らを貫く。

 

 その悪夢のような光景の元、インフェルノは空中で大爆発を起こした。

 

 その爆炎を横目に見ながら、リィスは黄金の翼を羽ばたかせて次の目標へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 齎された報告を前に、カガリは苦笑していた。

 

 目の前では、突如現れた味方が圧倒的な戦闘力を発揮して、北米解放軍を押し返している様子が見て取れる。

 

 数はたったの3機。

 

 しかしその、予期し得なかった3機の介入によって、今にもす感じな場に侵攻しようとしていた北米解放軍は足並みを乱され、陣形は壊乱しつつあった。

 

 まったく、

 

 呆れてしまう。

 

 カガリはコックピットのモニターに映る3機の活躍を見ながら呟く。

 

 こちらはつい先刻まで、悲壮な覚悟で戦場に立とうとしていたというのに。それをあいつらと来た日には、自分の覚悟など、まるで鼻で笑い飛ばすように乗り越えて行ってしまうのだから。

 

《カガリ殿、我々は・・・・・・》

「ああ、そのまま待機だ。間違っても戦闘に加わろうなどと思わないように。巻き込まれるとシャレにならんぞ」

 

 今後の方針について意見を求めてきた自警部隊の隊員に、カガリは自制の指示を出す。

 

 彼らの多くは旧スカンジナビア騎士団の生き残りであり、18年前の戦争で祖国を守れなかった悔悟から、自主的に自治区の警備に当たっている者達である。

 

 彼等の祖国に掛ける思いは熱く、そして衰退したスカンジナビアにとっては宝石よりも貴重な存在である。今回の戦いにおいても、誰1人として臆することなく戦場に立っている。

 

 もっとも、祖国を守りたいという彼らの熱意は買うが、あのハイレベルの戦闘に追随できる物ではない。

 

 ここは大人しく、この場で待機して、万が一彼等が抜かれた際に備えるのが得策であった。

 

 それにしても、

 

 カガリは目を閉じて苦笑する。

 

 三つ子の魂百までというが、子供の頃、いつも無茶をしようとする自分を止めてくれるのは仲間達だった。

 

 そして今、その仲間の子供たちが自分を止める役割をしてくれている。

 

 まったく

 

 いつまで経っても、変わらない物という物はあるものだ。

 

 妙に感慨深い思いに包まれながら、カガリは込み上げる可笑しさから笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 ソードブレイカーのコックピットで、ミシェルは舌打ちを漏らしていた。

 

 全く予期し得なかった敵の襲撃を前に、北米解放軍の前衛部隊は総崩れに近い形になっている。

 

「冗談じゃないっての!!」

 

 言いながら、ミシェルは機体を前へと進ませる。

 

 前衛の損害は、未だに致命的な物ではない。後方に退避して立て直す事は十分可能である。

 

 しかし、このままでは士気にも影響しかねない。

 

 北米解放軍はただでさえ根無し草の放浪軍だ。軍勢としての体を保つだけでも苦労は並大抵ではない。そこを、「勝利」と言う麻薬入りのエサを与える事で士気の鈍りを麻痺させて維持しているのである。この時点での敗北は、北米解放軍にとって致命傷にもなりかねなかった。

 

 北米解放軍が、たった3機の敵に翻弄されるなど、笑い話も良い所である。

 

 更に当然の事ながら、プラント軍やユーラシア連邦軍も、北米解放軍の行方を突きとめて、今ごろは討伐隊を差し向けている事だろう。それを考えれば、これ以上スカンジナビア相手に時間を掛ける事は許されない。

 

 歯止めをかける必要がある。

 

 そして、それができるのは、この中でミシェルだけだった。

 

「俺の相手は、お前だ!!」

 

 ミシェルは、立ちはだかった3機の中で、最も派手な活躍をしているエターナルフリーダムに目をつけ、突撃を仕掛ける。

 

 一方、ヒカルも突っ込んでくるソードブレイカーに気付き、機体を振り返らせた。

 

「新型かッ!!」

 

 叫びながら、ビームライフルを放ってミシェルの動きを牽制しようとするヒカル。

 

 対抗するように、ミシェルもまたビームライフルを放ち、同時にドラグーンを射出、攻撃に向かわせる。

 

 縦横に放たれる砲火。

 

 それをヒカルは難なく回避しながら、ソードブレイカーへと迫る。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちするミシェル。

 

 ドラグーンの攻撃があっさりとすり抜けられた事で、僅かな焦りが生じた。

 

 そこへヒカルは、ビームサーベルを抜刀して斬り掛かる。

 

 対抗するように、自身もビームサーベルを抜いて構えるミシェル。

 

 互いの剣をシールドで弾き、体勢が崩れたのを強引に立て直しながら更なる斬撃を繰り出す。

 

 ヒカルとミシェル。

 

 かつて、実の兄弟のように仲の良かった2人が、互いの事を認識しないまま、剣を向け合っていた。

 

 ヒカルはエターナルフリーダムの機動性をフルに活用しながら、ソードブレイカーを追い詰めていく。

 

 対してミシェルは、ドラグーンを引き戻して機体にマウントすると、右手にビームライフル、左手にビームサーベルを構えてエターナルフリーダムを迎え撃つ。

 

 ビームライフルでヒカルの動きを牽制するミシェル。

 

 ライフルでの攻撃は、あくまでも囮。ヒカルの動きを鈍らせて、その隙に斬り込むのがミシェル本来の狙いである。

 

 狙い通り、エターナルフリーダムが回避空間を限定され、動きを鈍らせた隙を突いて斬り掛かって行くソードブレイカー。

 

 しかしヒカルも、ミシェルが攻撃を切り換える一瞬のすきを見逃さず、機体を上昇させて、振り下ろされた斬撃を回避。同時に腰のレールガンを展開して砲撃を叩き付ける。

 

 その動きに、舌打ちするミシェル。

 

 とっさにシールドを掲げて砲弾を防御すると、再びエターナルフリーダムを追撃する構えを見せる。

 

 対抗するように、ヒカルも迎え撃つ構えを見せる。

 

「一気にけりをつけるぞ!!」

 

 凛とした声で言い放つと、ヒカルはビームサーベルに変えてティルフィング対艦刀を抜刀、同時にヴォワチュール・リュミエールを展開して斬り込む構えを見せる。

 

 対して、ミシェルもまた、相手が勝負を掛ける事を読むと、ドラグーンを射出して自機を取り囲むように展開、一斉砲撃の準備を整える。

 

 次の瞬間、

 

 12枚の蒼翼が羽ばたき、エターナルフリーダムが極寒の空を飛翔する。

 

 対して、ドラグーンによる一斉砲撃を仕掛けるソードブレイカー。

 

 閃光が大気を斬り裂き、迸った熱が吹雪を蒸発させる。

 

 対してヒカルは、迫りくる閃光の軌跡を見極め機体をわずかに上昇、そのままひねり込むようにして斬り込む。

 

「クッ!?」

 

 その様子に、思わず舌打ちするミシェル。

 

 ソードブレイカーの足元から、斬り上げるようにティルフィングを翳して斬り掛かってくるエターナルフリーダム。

 

 対して、

 

 ミシェルは、辛うじて引き戻しが可能な位置にあったドラグーン1基に指示を飛ばし、執念の攻撃を仕掛ける。

 

 再度、放たれる閃光。

 

 その軌跡が、ヒカルの視界の中で迫ってくる。

 

 互いに全力を振り絞った状況。

 

 次の瞬間、

 

 エターナルフリーダムは、僅かに首を傾ける事で閃光を紙一重で回避する。

 

 顔を引きつらせるミシェル。

 

 振り上げられるティルフィングを前に、もはや回避が間に合わないのは語るまでも無い。

 

 次の瞬間、

 

 ソードブレイカーの左腕が斬り飛ばされた。

 

「チッ!?」

 

 ミシェルは後退しながら、ドラグーンの向きを変えてエターナルフリーダムに再度の攻撃を仕掛けようとする。

 

 だが、そのビームの雨をすり抜けるようにして動くと、ヒカルは再度、ティルフィングを振りかぶる。

 

 迫る大剣の刃。

 

 回避は不可能と判断し、とっさに衝撃に備えるミシェル。

 

 今度こそダメか?

 

 そう思った、次の瞬間だった。

 

「ッ!?」

 

 僅かな呻き声と共に、ヒカルはソードブレイカーへの攻撃を中止して機体を翻らせる。

 

 そこへ、凄まじい砲撃が駆け抜ける。

 

 虹を思わせる強烈な砲撃は、デストロイ級機動兵器と比べても遜色無いと思われる程の威力を示している。

 

 とっさに上昇を掛けるエターナルフリーダムを追いかけるように、連続して飛来する攻撃。

 

「何なんだ!?」

 

 必死に回避運動を繰り返しながら、ヒカルが向けた視線を先。

 

 そこに、1機の機動兵器が砲撃体勢を整えた状態で、エターナルフリーダムを睨み付けていた。

 

 砲撃用の武装を多数装備しているが、本体の四肢はほっそりしており、見る者に俊敏な印象を与える。

 

 ありていに言えば、フリーダム級機動兵器とジャスティス級機動兵器を折衷したような姿であった。

 

 背部には合計4門の砲を背負い、腰にはレールガン、両手にビームライフルを装備し、口部にはツォーンと思しき砲門、胸部にはスキュラを備えている。もっとも、背中にはフリーダムのような翼は無く、エールストライカーのように4枚のスタビライザーを装備しているが。

 

《待たせたな、ミシェル!!》

《後は、あたし達に任せなさい!!》

 

 スピーカーから、力強い声が聞こえてきて、ミシェルは思わず安堵の笑みを浮かべた。

 

「オーギュスト、ジーナ、間に合ったのか!!」

 

 ミシェルの歓喜に答えるように、新型機動兵器がエターナルフリーダムへと迫る。

 

 GAT-X910「ディザスター」

 

 かつて、地球連合軍が秘密裏に入手したフリーダムとジャスティスのデータを基に、その両者の特徴を掛け合わせた形である。

 

 2種類の毛色が違う機体データを基にしている為、その性能を十全に引き出せるように、コックピットは複座式を採用。前席の操縦と白兵戦担当はオーギュストが、砲撃戦は後席でジーナが担っている。

 

 背部に装備した4門のインパルス砲を放ちつつ、エターナルフリーダムに接近するディザスター。

 

 対抗するように、ヒカルもバラエーナ・プラズマ収束砲で応戦しつつ距離を詰める。

 

 互いに、同時に剣を抜刀する。

 

 交錯するビームサーベル。

 

 吹雪の中で軌跡を描いた互いの剣は、相手を捉える事は無く、空しく空を切る。

 

 すれ違う、エターナルフリーダムとディザスター。

 

 次の瞬間、全く同じタイミングで機体を振り返らせた。

 

 両者、構えるビームライフル。

 

 閃光が、2度、3度と互いを掠めるが、しかしやはり標的を捉えられない。

 

 旋回しながらの砲撃である為、照準が修正しきれないのだ。

 

「こうなったら!!」

 

 ヒカルは叫びながらヴォワチュール・リュミエールを展開。一気に接近を図る。

 

 迫る蒼翼。

 

 対して、

 

 ディザスターは、大きく脚部を振り上げた。

 

「ッ!?」

 

 その動きを見て、とっさに機体を上昇させて回避運動を行うヒカル。

 

 駆け抜けた瞬間、ヒカルはディザスターの脛部分にビーム刃が形成されているのを見た。

 

  辛うじて上昇が速かったため、ディザスターの攻撃はエターナルフリーダムを捉える事は無かったが、ジャスティスの特徴である接近戦能力も備えている事は間違いない。

 

 互いの距離が開く。

 

 同時に、ディザスターは背部からビームキャノンを跳ね上げ、腰のレールガンを展開、更に両手のビームサーベル、口部のツォーン、胸部のスキュラを構える。

 

 ほぼ同時に、対抗するようにしてエターナルフリーダムもビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開した。

 

 トリガーを絞るタイミングは同時。

 

 両者の間で、閃光が迸る。

 

 凄まじい熱量を伴った砲撃が中間地点で激突し合い、対消滅のスパークを迸らせる。

 

 視界が一気に白色に染められる。

 

 誰もが、強烈な閃光と熱量に目を奪われる中、

 

 いち早く次の行動を起こしたのはヒカルだった。

 

 ティルフィング対艦刀を構えて斬り込んで行くエターナルフリーダム。

 

 対抗するように、ディザスターも砲撃武装を格納し、両手のビームサーベルと両脚部のビームブレードを構えて迎え撃つ。

 

 真っ向からティルフィングを振り下ろすヒカル。

 

 対してオーギュストは、その攻撃を紙一重で回避しつつ、4本の刃を巧みに操って連続攻撃を仕掛ける。

 

 複雑な軌跡を描くディザスターの斬撃は、しかしエターナルフリーダムを捉えるには至らない。

 

 ヒカルは回避行動やシールドによる防御を織り交ぜて、全ての攻撃を防ぎきる。

 

 しかし、

 

「強い・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは緊張も顕に呟きを漏らす。

 

 一方の、オーギュストとジーナも、緊張の面持ちでエターナルフリーダムを見詰めていた。

 

「オーギュスト、あいつは・・・・・・」

「ああ、間違いない。《羽根付き》だ」

 

 オーギュストは、苦笑にも似た笑みと共にエターナルフリーダムを見やる。

 

 《羽根付き》

 

 かつて、北米で猛威を振るったヒカルの駆るセレスティを、北米解放軍や北米統一戦線の者達はそう呼んでいた。

 

 単に姿形が似ていると言うだけではない。

 

 エターナルフリーダムは、かつての《羽根付き》と同様の動きや癖を見せている。かつて何度も対峙したオーギュストとジーナだから判る。操っているパイロットが同一人物であると。

 

 何と言う巡り合わせだろうか。

 

 かつて自分達が北米から追い出された際、最も大きな役割を果たしていた相手が、時を越えて再び自分達の前に現れたのだから。

 

 オーギュストは再びビームライフルを構え、砲撃のタイミングを計る。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィングを構え直す。

 

 その時だった。

 

《オーギュスト、撤退だ》

 

 突如、スピーカーから聞こえてきたシェムハザの声に、動きを止めるオーギュスト。

 

「閣下ッ!?」

《残念だが、我々は時間を掛け過ぎた。ユーラシア連邦軍とプラント軍が迫っている。これ以上は無理だ》

 

 無念そうな声を滲ませて、シェムハザは言った。

 

 ここでの北米解放軍の目的は、拠点建設の為の土地を得る事だったが、背後から迫るプラント軍やユーラシア連邦軍の事を考えれば、既にそのタイミングは逸したと判断せざるを得なかった。

 

「しかし閣下、それでは我々は!!」

《判っている。悔しいのは私も同じだ》

 

 言い募るオーギュストに対し、シェムハザは諭すように、それでいて断固たる口調で告げる。

 

 ここで負ければ、自分達の勢力がさらに大きく後退する事はシェムハザにも判っている。北米解放の日も、また遠のく事だろう。

 

 しかし、いかに足掻いたところで、現状は毛の先程も変えようがない。

 

 仮に今から強引にスカンジナビアに侵入したとしても、基地建設を始めたところで追いつかれてしまうのは明白だった。

 

 ギリッと、歯を噛み鳴らすオーギュスト。

 

 姿を見る事はできないが、恐らく後席のジーナも同じ表情をしている筈だった。

 

 しかし、如何に悔しがったところでどうにもならない。

 

 スカンジナビアが予想外の抵抗を示した時点で、オーギュスト達の負けは確定していたも同然だったのだ。

 

 北米を解放する事が目的である以上、ここで解放軍が全滅する事は、絶対に許されなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・無念です」

 

 沈痛な表情と共に呟くと、オーギュストは撤退信号弾を撃ち上げる。

 

 ユーラシアを脱出して以来、ようやく安住の地が得られると期待していたと言うのに、それが儚く消え去ってしまった。

 

 これで、北米解放軍は再び拠るべき地を持たない流浪の軍になってしまった。

 

 果たして、

 

 自分達はどこへ向かおうとしているのか?

 

 そして、本当に北米が解放される日は来るのか?

 

 それは、誰にも判らなかった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 ヒカルはエターナルフリーダムのコックピットの中でヘルメットを取ると、大きく息を吐いた。

 

 視界の彼方では、背を向けて撤退していく北米解放軍の姿が見える。

 

 それを追い討つ意志は、ヒカルには無い。と言うより、現実的に不可能に近いだろう。

 

 追撃する気力も、そして体力も、今のヒカルには残されていなかった。

 

 どうやら状況的には、アステルやリィスも同様であるらしい。ギルティジャスティスとテンメイアカツキもまた、撤退していく北米解放軍を遠巻きに見守っているのが見える。

 

 流石に、今回はきつかった。

 

 何しろ、たった3機でデストロイ級機動兵器を含む一軍を相手に戦い抜いたのだから。

 

 しかし、その奮戦があったからこそ、どうにかスカンジナビアを守り抜く事が出来た。

 

「・・・・・・・・・・・・それにしても」

 

 ヒカルはふと、先程交戦した敵の新型の事を思い出していた。

 

 ディザスターの事ではない。そちらも気になるが、ヒカルの中でより大きなウェイトを占めているのは、その直前に戦ったソードブレイカーの方だった。

 

 初めて対峙するはずの機体。

 

 しかしどこか、ヒカルの心に引っ掛かる違和感のような物が拭えなかった。

 

 それが何なのか、考えようとするたびに、思考の掌から真実がすり抜けていくような感覚がある。

 

 と、ヒカルの思考を遮るように、通信機から音声が聞こえてきた。

 

《ヒカル、向こうの代表と連絡が取れたよ。受け入れを許可してくれるって》

 

 通信相手はカノンだった。

 

 先のレオスの造反で機体を失った彼女は、今回、同行のアランと共に後方の輸送機の中で待機していた。

 

 その間にスカンジナビア自治区の代表とコンタクトを取ってくれたらしかった。

 

「ああ、判った」

 

 ヒカルは返事を返すと、エターナルフリーダムの12翼を翻し、仲間の元へと戻って行く。

 

 取りあえず、一仕事は終えた。

 

 久しぶりに感じる重力の心地よい感触に身を委ねながら、ヒカルは満ち足りた充足感に心を浸からせていた。

 

 

 

 

 

PHASE-30「ニアミス」      終わり

 





機体設定

GAT-X910「ディザスター」

武装
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
ビームブレード×2
超高インパルスキャノン砲×4
レールガン×2
スキュラ複列位相砲×1
ツォーン複列位相砲×1
12・7ミリ自動対空砲塔システム×2

パイロット:オーギュスト・ヴィラン
ガンナー:ジーナ・エイフラム

備考
過去に地球連合軍が入手したフリーダムとジャスティスのデータを基に、両者の特徴を掛け合わせる形で完成させた機体。核動力を採用している関係から、高い出力を誇る反面、扱いが非常に難しく、操縦担当と砲撃担当で役割分担する形となった。
劣勢著しい北米解放軍が、最後の切り札として戦線投入した。


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PHASE-31「鍵を持つ者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ないね」

 

 居並ぶ面々を前にして開口一番、フィリップが口にしたのは謝罪の言葉だった。

 

 戦いが終わり、北米解放軍が完全に撤退したのを確認した後、フリューゲル・ヴィント特別作戦班は、スカンジナビア自治区政府庁舎へと出頭していた。

 

 庁舎ビルは、一国の行政をすべて賄っているとは思えない程、小さな建物である。

 

 代表であるフィリップの考えとしては、外面を下手に飾る事に意味は無く、外見を取り繕う余裕があるなら、僅かでも復興支援金に回すべき、との事だった。その為、庁舎ビルには、元々廃ビルになっていた建物を借り受ける形になっているのである。

 

 この場には今、彼女の妻であるミーシャを始め、カガリ、ライア、そして辛くもスカンジナビア救援に間に合った、自由オーブ軍フリューゲル・ヴィント特別作戦班所属のリィス、アラン、ヒカル、アステル、カノンが顔をそろえていた。

 

 拠点確保の為にスカンジナビア侵攻を目論んだ北米解放軍を撃退する事に成功した事で、ようやく一息つく事ができた形である。

 

 撤退した北米解放軍がスカンジナビア領を出た後、どのような行動を取ったのかは判らない。追跡するだけの戦力がこちらには無いのだ。

 

 追加情報等が入ってきていない事から考えても、ターミナルの方でも消息は掴み切れていないらしい。

 

 ただ念のため、国境付近には小規模の監視部隊を複数配置しており、異常が起きた場合に備えている。それらの舞台は、敢えてモビルスーツ等の大型装備を持たない代わりに、高性能通信機と、行政府との直通周波数を有しているため、何らかの不測の事態が起こった場合、迅速に連絡を行う手はずになっていた。

 

「折角、恩人の子供達が尋ねて来てくれたと言うのに、何らもてなす事ができないとは、情けない限りだよ」

「そんな、気にしないでください」

 

 フィリップの弱々しい言葉に、リィスが代表して首を振る。

 

 リィス自身、フィリップとは子供の頃に何度か面識がある。

 

 かつて己の不明から国と家族を失い、失意の底にあったフィリップが再起するきっかけを作ったのが、ヒカルとリィスの母親であるエストだったのだ。

 

 そして、ヒカルと妹のルーチェが誕生した際、エンドレスとの戦いで多忙を極めていたキラに代わって、出産に立ち会ったのがフィリップとミーシャだった。

 

 そのような次第である為、フィリップとミーシャは、ヒカル達とも縁が深い訳である。

 

「しかし、よくも3機だけでここまでこれたな。いや、来てくれたのはアリが大使感謝もしているが、ちょっとばかり無茶が過ぎるぞ」

「まあ、色々と事情があってさ」

 

 呆れ気味なカガリの物言いに、ヒカルは苦笑しながら返事を返す。

 

 実際、ヒカル達がスカンジナビアに来る事自体が、既に無茶の塊であったと言って良い。

 

 月での戦いに勝利したものの、敵の妨害工作で思わぬ足止めを喰らった自由オーブ軍は、少数精鋭部隊を救援として送る以外に手段の取りようが無かった。

 

 そこで選ばれたのは、ヒカル達特別作戦班だった訳である。

 

 本体とは別行動で、あらゆる戦況に対応する事が求められるフリューゲル・ヴィントの中でも、特別作戦班は少数であるが故に他部隊よりも迅速な行動が可能となっている。

 

 正に、今回のような事態に力を発揮できるわけである。

 

 もっとも、旗艦大和はレオスの反乱の際に小破し、現在、月のドッグで修理を行っている真っ最中である。

 

 スカンジナビアに行くための「足」を確保する為に、ヒカル達は高速輸送機をコペルニクスから借り受けて、ここまで来たのである。

 

「それで、今後ですが」

 

 タイミングを計ったように切り出しながら、アランはカガリに目を向けた。

 

 ここに来た目的は、北米解放軍の侵攻からスカンジナビアを救援する他に、もう一つ。オーブの今後を占う重大事があった。

 

「我々自由オーブ軍は、この後、本国奪還に向けて軍事行動を起こす予定です。そこで、あなたには象徴として、全軍を率いていただきたいと考えております」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アランの言葉に対して、カガリは黙して考え込んだ。

 

 アランが今回、スカンジナビア行に同行した理由がこれであった。

 

 祖国奪還に際し、カガリに旗印となってもらう事で、オーブ国民に鼓舞を促す。それにより、兵力が不足している自由オーブ軍は、プラント軍の防衛体勢を内と外から突き崩す。

 

 政治委員としてのアランの視点から導き出した戦略である。月解放の際に使った戦略を焼き直した形であるが、今回はアスハと言う「ブランド」を用いる事で、より確実性の高い策として仕上げる心算だった。

 

 衰退したとは言え、アスハ家のオーブにおける知名度は決して無視できない。利用しない手は無い。

 

 しかし、

 

「私は、既に一線から身を引いた身だ。それに今回の戦いでも、国民を見捨てて亡命している。そんな私に、矢面に立つ資格など無い」

 

 そう言って、カガリは静かに首を振った。

 

 カガリの亡命は、実のところ彼女の本意ではない。

 

 カーペンタリア条約が締結された時、同時にオーブが事実上、プラントの統治下に置かれる事も確定した。その際、オーブのカリスマ的存在であるアスハ家の人間に対し、プラント軍、特に保安局が何らかの形で危害を加えて来る事を考慮し、現在の自由オーブ軍幹部達が亡命を進めたのである。

 

 カガリは、この申し出を一度は断った。国民を見捨てて、自分1人が国外に逃げるなど許されない、と。

 

 しかし最終的に、子供達に危害が加えられる可能性に及び、カガリは断腸の思いで亡命を承諾したのである。

 

「それは判ってます」

 

 口を開いたのはリィスだった。

 

 彼女は真っ直ぐに、叔母の目を見据えると、静かに言い募った。

 

「でも、カガリさんしか、私達が頼れる人はいないんです。どうか、ここはオーブの為に立ち上がってくれませんか?」

 

 かつて、国を率いて戦っていたカガリを知るリィスは、そう言って懇願する。

 

 カガリが立ち上がれば、きっとオーブは奮い立つ。勿論、そうならないと言う可能性もあるが、しかし、このまま何の策も講じないまま本国奪還作戦を開始したら、多大な犠牲を蒙る事になりかねない。

 

 だからこそ、カガリの協力は必要不可欠なのである。

 

「国民を危険にさらす事は、私の本意ではない。だが、私が戻れば、戦火が拡大する事にもなりかねない」

 

 カガリは、自分と言う人間が持つ影響力を正しく理解していた。

 

 確かにリィス達の言うとおり、カガリが戻ればオーブの国民は皆、奮い立って戦いに身を投じるだろう。そうなれば自由オーブ軍としても、祖国奪還に拍車をかける事ができる。

 

 しかし、過去に何度も戦火に焼かれる国を見てきたカガリとしては、これ以上、国民に負担を強いる事も出来ないと考えていた。

 

 と、

 

「なあ、伯母さん」

 

 それまで黙っていたヒカルが、そこで口を開いた。

 

「俺は、政治とか、ハッキリ言ってよく判んない。けどさ、自分の国が大事だってことは、よく判っているつもりだ」

「ヒカル?」

 

 怪訝な顔付をするカガリに対し、ヒカルは真っ直ぐに見つめ返しながら、己の考えを言葉として紡いだ。

 

「叔母さんは、あいつらをオーブに返してやりたいとは思わないのかよ?」

 

 ヒカルの言う「あいつら」とは、カガリの3人の子供達の事を差していた。

 

 シィナ、ライト、リュウ。

 

 カガリにとって、掛け替えの無い宝物であり、自分の命と引き換えにしてでも守りたい大切な存在である。

 

 彼等が住む世界を守りたいと言う思いは、カガリにもある。

 

 夫であるアスランは、そんな世界を守るために、敢えて危険な戦場へと戻る選択をした。

 

 一方のカガリは、夫不在の中で子供達を守る事が自分の役割だと認識している。だからこそ、敢えて屈辱を呑んででも、国を脱出して知己のあったスカンジナビアに亡命する道を選んだのだ。

 

 だが、ヒカルの言う事もまた、カガリの中で真実の一面を突いている。

 

 子供達は皆、オーブで生まれオーブで育った。

 

 そんな彼等をオーブに連れて帰りたいと言う思いが、カガリの中にあるのも事実である。

 

 もし、その為の戦いが自分にできるのだとしたら、それはヒカル達の言うとおり、一度は身を引いた政治の世界へ再び返り咲く事に他ならなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・もし」

 

 暫く黙考した末、カガリは口を開いた。

 

「私がオーブに戻ったとして、オーブの人々は私を迎え入れてくれるだろうか?」

 

 己の中にある不安を、カガリは吐露する。

 

 アランが立案した作戦は、カガリが国民の大半から支持を得られる事を大前提にしてある。しかし仮に、それが成されなければ作戦は根底から崩れる事になるのだ。

 

 それに対して返事をしたのは、1人、離れるようにして壁に寄りかかっているアステルだった。

 

「まあ、多少の反発がある事は避けられないだろうな」

「ちょッ アステルッ もうちょっと言い方に気を付けなよ!!」

 

 殊更に素っ気ない口調で言ったアステルに対し、カノンが食いつく。

 

 言っている事は判るが、もうちょっと空気を読めと言いたかった。

 

 もっとも、抗議されたアステルは、どこ吹く風と言った調子でそっぽを向いているが。

 

 そんな彼の言葉に対して、カガリは重々しい調子で頷きを返した。

 

「いや、そいつの言うとおりだ。簡単に済むような話ではない。今のオーブは、曲がりなりにもプラントの支配下にあり、それを受け入れる事で成り立っている部分もある。オーブを攻めると言う事は、それらの要素を否定すると言う事だ」

「でも、それは、プラントが勝手にやった事であって・・・・・・」

「だとしても、それによって利益を得ている人間は確かに存在する以上、反発は避けられない」

 

 言い募るカノンに対し、カガリは言い含めるように静かに告げる。

 

 政治や経済とは、戦争以上に単純な善悪では測れない部分が大きい。一方に対して都合が良い事は、大抵の場合、その他の人々に対しては都合が悪い事が常である。そして、自分達の主張を通す為には「都合の悪い他者」と激突する事は避けられないのだ。

 

 故にこそ、選択には慎重にも慎重を重ねる必要がある訳である。

 

「私が戻る事によって、私が非難を受ける事は構わない。だが、子供達、そしてお前達がオーブの国民から否定され、罵声を浴びせられる事になるかもしれない。私が心配しているのは、そこなんだ」

 

 カガリとて、かつては国家の代表を務めた身。今のオーブを憂える気持ちは人一倍強い。できる事なら、この手で国を取り戻したいと言う思いもある。

 

 かつて、多くの困難を乗り越えてきたカガリにとって、自分自身が辛酸をなめる事に関しては、既に度外視している。そんな事は些事ですらない。しかし、もし国民が自由オーブ軍の在り方を否定したなら、それは将来的に発足する新政権に対する非難にもつながる重大事である。

 

 オーブを取り戻せば、それで戦争が終わる訳ではない。プラントは恐らく、オーブの独立を認めずに攻撃を仕掛けて来る事になるだろう。それらに対抗していくためには、盤石な政権をいち早く確立する必要がある。

 

 だがもし、国民が自由オーブ軍を否定するような事になれば、その新政権の土台は根底から崩れ、今度こそオーブはプラントの蹂躙を許す事になるだろう。

 

「大丈夫だよ、叔母さん。俺達は、そんなに弱くない」

 

 静かな声でそう告げたのはヒカルだった。

 

「俺達だって、ここまで戦ってきた。国を奪われ、行くあても無いまま世界を彷徨って、それでも何とか、オーブに手が届く所まで来たんだ」

 

 カガリは、ヒカルの言葉に耳を傾けながら、じっとその顔を見入っている。

 

 大きくなった。

 

 何年かぶりに見る甥の顔は、カガリの記憶にある物よりもずっと成長しているように感じられる。

 

 もう、少年の顔付きではない。1人の大人として、ヒカルはかつての国家元首の前に立っていた。

 

「でも、このままじゃ俺達は戦う事もできない。だから叔母さん。俺達に戦う機会を与えてくれ。叔母さんの祖国を取り戻させてくれ」

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 カガリは、目頭が熱くなる想いだった。

 

 自分が一線を引いた後も、こうしてオーブの未来を憂いている者がいる。そして、その者達がこんな自分を頼ってくれている事に感動せずにはいられなかった。

 

「私は・・・・・・・・・・・・」

 

 カガリが何かを言おうと口を開いた。

 

 その時だった。

 

「失礼します!!」

 

 血相を変えた兵士の1人が、部屋の中へと駆けこんで来た。

 

 一同の視線が集中する中、兵士は急き込んだ調子で告げた。

 

「国境線付近に、プラントの大軍が出現しましたッ そのまま越境の構えを見せています!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターの中で、凄まじい情報の羅列が高速でスクロールしていくのが見える。

 

 コンソールに取り付いた数人の人間が作業するのを横目で見ながら、ディアッカ・エルスマンは手にした銃を構え、慎重に周囲の警戒に当たっていた。

 

 予定通りセプテンベルナインと言うコロニーの研究施設へと潜入を果たし、今は作戦の実行中である。

 

 警備の為の兵士は、既に奇襲によって無力化してある。暫くは、こちらの行動が気付かれる事は無いだろうが。

 

「おい、できるだけ急いでくれよな」

「ええ、判ってますよ」

 

 ディアッカの促しに対し、作業に当たっている兵士が手を止めずに返事を返してきた。

 

 その作業を見詰めながら、ディアッカは僅かに感じる不快感に目を細めた。

 

 ターミナルから齎された情報として、保安局が捉えた捕虜や思想犯に対し、非人道的なロボトミー手術を行っている事を聞かされた時は、とてもではないが信じられなかった。

 

 自分の祖国が、そのような非道な事を行っているなど、信じろと言う法が無理である。

 

 しかし、いくつかの状況証拠が、その話の真実を裏付けている。

 

 捉えた捕虜の、不明瞭な処遇。そして、最近の急速な軍拡と、それを賄うために必要不可欠な兵員の確保。

 

 捉えた捕虜の自我を焼き、兵士として「再利用」する。単純な足し算引き算の問題であり、判ってしまえばいたってシンプルな計算式が成立してしまう。

 

 しかし、判りやすい構図の裏には、世にもおぞましいカラクリが隠されていた訳である。

 

 全ての情報が検討され、「動く」事が決定した。

 

 自分達の戦力は、お世辞にも多いとは言い難い。正面切って、プラント軍に抗し得る物ではないだろう。

 

 しかし、少数には少数の戦い方がある。特に、今回のように潜入任務ならば、少数であるほうがむしろ望ましい。

 

 今回、ディアッカの任務は、施設や研究機器の破壊ではない。

 

 仮に施設を破壊したとしても、研究に使用したデータがどこかに残っていたりしたら、結局のところ何の意味も無いのだ。

 

 そこで、今回の作戦では、データに絞って破壊を行うハッキング作戦が行われる事になった。

 

 そう言う意味で、ターミナルから提供されたコンピュータウィルスのデータは、今回の作戦にうってつけであり、同時にえげつないまでに強力だった。

 

 このウィルスは、対象となるデータを圧倒的な速度で精査して、貪欲なまでに食い散らかしていく特性を持っている。つまり、このウィルスを注入されたが最後、まるで癌細胞に侵食されるように、データは崩壊してしまう訳だ。

 

 これを作った人間は、よほどの天才か、あるいは狂人のどちらかだろう。でなければ、こんな性格の悪そうなものを作れるはずが無かった。

 

 唯一、問題点があるとすれば、このウィルスをコンピュータに感染させる為には、大将となる施設に潜入する必要があった。

 

 その為、ディアッカ達はここにいる訳である。

 

「さて、向こうは上手くやってくれているかね?」

 

 ディアッカはそう言うと、今も自分達の支援の為に戦っているであろう友人達に想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 虚空の中で閃光が奔る。

 

 奇襲を受けた保安局の部隊は完全に混乱を来し、碌な反撃もままならない有様だ。

 

 襲撃者達は少数である。恐らく20機もいないだろう。しかし、ほぼ全員が一騎当千とも言える実力者達であり、弱卒揃いの保安局行動隊とは比べ物にならない。

 

 今も、殆ど一方的な戦闘が展開されているが、撃破されるのは、殆どが保安局の機体ばかりであった。

 

 倍以上の戦力を有しながら、保安局員たちは殆ど抵抗らしい抵抗もできずにいるのだ。

 

 そんな中で、特に奮迅の活躍を示している2機。深紅と白銀の機体は、互いに背中を合わせながら、群がってくる保安局の機体を牽制し合っていた。

 

《まったく。ディアッカ達はまだ終わらんのか!?》

「仕方が無いだろう。俺達と違って、作業には時間がかかるんだから」

《そんな事は貴様に言われなくても判っている!!》

 

 興奮した調子のイザーク・ジュールの言葉に、アスラン・ザラ・アスハは、操縦桿を握りながら思わず苦笑を閃かせる。

 

 子供の頃から変わらない友人の様子は、戦場にありながら奇妙な安心感を齎していた。

 

 アスランたちレジスタンスは現在、情報にあったセプテンベルナインと言うコロニーに襲撃を仕掛けていた。と言っても、アスランたちはあくまで囮で、実働部隊は先行して潜入を果たしているディアッカ達であるが。

 

 セプテンベルは元々、プラントの草創期から存在するコロニーであり、主に遺伝子工学等の研究がおこなわれている。つまり、プラント在住のコーディネイターの多くが、このセプテンベルで生み出されている訳だ。そこで行われている研究の中には、表沙汰にはできないような非合法な物も多数含まれている。

 

 今回、アスラン達は、プラント軍の兵員確保の為のロボトミー研究を行っているセクションに狙いを絞って攻撃を仕掛けている。

 

 ディアッカを指揮官とする潜入部隊は、作成したコンピュータウィルスをセプテンベルナインの管制施設から流入させ、該当するデータを片っ端から消去する作戦を実行していた。

 

 その間、アスランとイザークに率いられたモビルスーツ隊は、コロニーの外で戦闘を繰り広げ、敵の目を引き付ける手はずになっていた。

 

 一応、プラント側も防衛のための部隊を配置していたようだが、まさか国内で襲撃者が現れるとは思ってもいなかったのだろう。配備されていたのは保安局の部隊のみであり、その程度ならいくら来ようとアスランやイザークの敵ではなかった。

 

 アスランは、愛機にしている深紅のジェガンを駆って前に出ると、手にしたビームカービンライフルで、立ち尽くしているハウンドドーガを撃ち抜いた。

 

 弱い。

 

 数度の戦闘を繰り返した時点で、アスランは敵の異常な「弱さ」の前に、違和感を覚えずにはいられなかった。

 

 以前から、保安局行動隊の弱卒振りについては噂を耳にしていたが、まさかこれほどとは思っていなかった。一応、攻撃は仕掛けて来るが、殆どが散発的であり、連携も取れていない。

 

 恐らくこいつらが、例のロボトミー化された捕虜たちなのだろう。

 

 前頭葉を除去してしまえば、情動性が抑えられる事から、命令に対してかなり従順な人間を作り出す事ができる。反面、闘争心や発動性と言った、ある意味、戦闘に必要不可欠な要素まで大幅に取り除かれてしまう。

 

 戦力の強大化を急ぎたいプラント政府としては、苦肉の策として実行したのだろうが、これではよく言って「攻撃してくる案山子」である。ハッキリ言って、アスランやイザーク級のパイロットが相手では、何の脅威にもなり得なかった。

 

 横を見れば、イザークの駆る白銀のゲルググが、ビームサーベルを手にして猟犬のように襲い掛かると、正面にいたハウンドドーガを斬り捨てている。

 

 その様子を見て、アスランは笑みを浮かべた。

 

 お互いどうやら、昔の腕は未だに錆びついてはいないようだ。

 

 こうしてレジスタンスに身をやつし、再び共に戦うようになってからのイザークは、アスランにとって誰よりも頼もしい存在である。

 

 もっとも、悠長に構えてばかりもいられないのだが。

 

 ロボトミー化された保安局員が相手ならば、ハッキリ言っていくら出て来ようと物の数ではないが、長引けば付近に駐留しているザフトの本国防衛軍が出てくる可能性もある。そうなると、少数のアスラン達に勝ち目はない。

 

 先程のイザークではないが、焦る気持ちはアスランも共有するところであった。

 

 その時だった。

 

《待たせたな、イザーク、アスラン!! こっちは終わったぜ!!》

 

 待ちわびた陽気な声が、スピーカーを介して聞こえてきた。

 

 同時に、アスランは安堵の溜息をつく。

 

 どうやら、潜入していたディアッカ達が、データの破壊に成功したらしい。

 

 これでアスラン達の任務は終了である。後はこの場を離脱して、予定のポイントで落ち合うだけである。

 

 長居は無用、

 

 保安局部隊に牽制の攻撃を仕掛けながら、そのまま離脱しにかかるアスラン達。

 

 その時だった。

 

《敵機接近ッ 速い!!》

 

 警告と共に振り返るアスラン。

 

 そこで、息を呑んだ。

 

 1機の機動兵器が、猛スピードでこちらに向かってくるのが見える。

 

 特徴的にはフリーダム級機動兵器と似通っている部分があるが、全体としてのイメージは明らかに違う。

 

 背中に負った12枚の翼は、戦端が鋭く尖り、腰裏のスカート部分には大きく張り出したユニットが装着されている。

 

 手にした対艦刀は巨大であり、かつてのデスティニーが装備していたアロンダイトをも上回る全長と身幅を誇っている。

 

 そのコックピットの中で、クーヤ・シルスカは目の前に展開するレジスタンスを鋭い眼差しで睨み付ける。

 

「まさか、テロリストが国内にまでいるなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 ギリッと歯を鳴らすクーヤ。

 

 クーヤとしては、アンブレアス・グルックによって完璧に統治されている筈のプラント国内に、不穏分子が潜んでいた事自体、信じがたく、かつ許されざる冒涜であるように感じられていた。

 

 睨み付ける目も鋭く、クーヤはレジスタンス部隊を視界に収める。

 

 こいつらが元からプラントの住人であるのか、それとも外から入ってきた破壊工作員なのかは判らない。しかし、どちらにしても、クーヤにとっては関係の無い話である。

 

 議長の統治する平和なプラントを、戦火で乱す事は許さない。絶対に。

 

「この私が、いる限りッ この世界にお前達がいて良い場所なんて無い!!」

 

 言い放つと、スラスターを全開まで吹かして加速する。

 

 ZGMF-EX78「ヴァルキュリア」

 

 先頃ロールアウトしたばかりの、プラント軍の最新鋭機動兵器である。

 

 これまでの機動兵器とは一線を画する性能を与えられた機体は、量産型しか保有していないアスラン達レジスタンスを、たった1機で圧倒するほどの威圧感を備えていた。

 

 次の瞬間、クーヤは手にした大型対艦刀を振り翳して斬り込んで行く。

 

「速いッ 新型か!?」

 

 ヴァルキュリアの凄まじい加速力を見たアスランは、叫びながらビームカービンライフルを構える。

 

 それに倣うように、イザークや他のメンバー達も攻撃を開始する。

 

 一斉に放たれる閃光。

 

 たちまち閃光は交差するように迸り、急激に接近するヴァルキュリアへと殺到していく。

 

 しかし、アスラン達の攻撃が敵に命中すると思った瞬間、

 

 ヴァルキュリアの姿は、まるで幻のように消え去ってしまった。

 

 一瞬、目を剥くアスラン。

 

 次いで、センサーの反応は予期し得なかった方向を指し示した。

 

「上だとッ!?」

 

 振り仰ぐと同時に、舌打ちするアスラン。

 

 そこには、再び対艦刀を構え直したヴァルキュリアの姿がある。

 

 単純に突っ込んで行くかに見えたクーヤは、その実、光学残像を囮にしてアスラン達の注意を引き付けながら、高機動を発揮して死角に回り込んだのだ。

 

《おのれッ!!》

《舐めるなよ!!》

 

 血気に逸る、レジスタンスの仲間達が、手にした武器を構えてヴァルキュリアへと向かっていく。

 

《待て、早まるな!!》

 

 イザークが大声で制するが、彼等の耳には届いていない。

 

 次の瞬間、

 

 ヴァルキュリアは12枚の翼から、ドラグーンと思われる独立機動デバイスを射出すると同時に、背部のユニットからも、それより小型のドラグーンを12基解き放った。

 

 都合24基のドラグーンは一斉に向きを変えると、一斉にレジスタンスへと殺到してくる。

 

 翼から射出されたドラグーンは、それぞれ攻撃配置に着くと、先端に備えたビーム砲から閃光を射出する。

 

 更に、ビームの軌跡が交錯する中、小型のドラグーンはそのまま突撃してくると、先端から側面に掛けて槍状のビーム刃を形成する。

 

 小型ドラグーンが、今にも攻撃を開始しようとしていたグフの手足を、容赦なく斬り飛ばしていく。

 

 あまりの攻撃速度に、グフは対応する事すらできず、あっという間に機体をバラバラにされていく。

 

 どうにか生き残っているスラスターを吹かして逃げようとするが、殆ど這うような速度しか出せていない。

 

 その間にもドラグーンの攻撃は続く。

 

 まるで、五分刻みの拷問にかけているかのような光景は、いっそ目を覆いたくなるほどである。

 

《た、助けてくれェ!!》

 

 パイロットの悲痛な叫びが響き渡った。

 

 次の瞬間、展開していた大型ドラグーンが一斉射撃を浴びせて、グフにとどめを刺した。

 

《おのれッ》

《よくも!!》

 

 仲間の無惨な死に、激昂したように他の機体もヴァルキュリアに向かって斬り込んで行く。

 

 対して、ヴァルキュリアのコックピットで、クーヤはスッと目を細める。

 

「遅いッ!!」

 

 駆け抜ける一瞬。

 

 手にした対艦刀アスカロンを振るうクーヤ。

 

 一閃される巨大な刃は、容赦なく旋回する。

 

 次の瞬間、

 

 それだけで、3機のレジスタンス機が、ボディを斬り飛ばされて爆炎を上げた。

 

 その光景に、思わずアスランは息を呑む。

 

 恐るべき戦闘力だ。しかも、一切「容赦」と言う物が感じられない。

 

 まるで何かの強い信念に裏打ちされたような攻撃を目の当たりにして、さしものアスランも戦慄を禁じ得なかった。

 

 だが、呆けている暇は無い。

 

 クーヤは今度はアスランとイザークに目をつけ、攻撃態勢に入ろうとしていた。

 

「来るぞ、イザーク!!」

《判ってる!!》

 

 アスランの合図に、イザークも叩き付けるようにして返事を返す。

 

 ただ単純に逃げても、背後から追いつかれてしまう。それよりも、ある程度ダメージを与えて足を止めた方が得策だろう。

 

 しかし、あれほどの敵を相手に、並みの兵士ではただ犠牲を増やすだけである。

 

 ここは、アスランとイザークが相手になるしかなかった。

 

 斬り込んで行くジェガンとゲルググ。

 

 対して、クーヤのヴァルキュリアも合計24基のドラグーンを射出して迎え撃つ。

 

 2機を包囲するようにして展開した大型ドラグーンが、一斉にビームを射かける。

 

 まるで光の牢獄に捕らわれたような錯覚に陥る中、しかしアスランとイザークは聊かも怯む事無く突っ込んで行く。

 

《喰らえ!!》

 

 ビームライフルを構えて攻撃態勢に入る、イザークのゲルググ。

 

 しかし、放たれた攻撃は、クーヤがそれよりも早く機体を翻して回避した為、ヴァルキュリアを直撃する事は無い。

 

 そこへ、今度はアスランが攻撃を仕掛ける。

 

 ちょうど、イザーク機とはヴァルキュリアを挟んで反対側に出るように回り込んだアスランは、ビームカービンライフルを翳して攻撃を仕掛ける。

 

 対して、クーヤはビームシールドを展開して防御。同時に、小型ドラグーンを射出すると、ビーム刃を発生させながらアスランのジェガンへ攻撃を仕掛ける。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするアスラン。

 

 しかし、クーヤがアスランに注意を向けた僅かな隙を突く形で、イザークがヴァルキュリアへと斬り込む。

 

《貰ったぞ!!》

 

 ビームサーベルを振り翳すイザーク。

 

 しかし、ビーム刃が届くと思われた次の瞬間、ヴァルキュリアはイザークの目の前で機体を振り返らせる。

 

 旋回の威力をそのままに、振り抜かれる巨大な刃。

 

 アスカロンは刀身が両刃構造になっているが、その内片刃は通常の対艦刀のようにビーム刃を形成する一方、もう片方の刃は実体剣になっている。

 

 クーヤが振り翳したのは、実体剣の方であった。

 

 その一閃が、イザーク機の脚部を一緒くたに斬り飛ばす。

 

「なッ!?」

 

 目を剥くイザーク。

 

 クーヤがわざと外したのではない。とっさにイザークが機体を上昇させたため、辛うじてダメージは脚部のみで済んだのだ。

 

 ベテランであるイザークの持つ操縦技術があったからこそ、ダメージは軽微な物で済んだのである。これが他の者であったのなら、今の一撃で機体ごと真っ二つにされていたところである。

 

 だが、イザークの危機がそれで去った訳ではない。彼の目の前にはまだ、大剣を振り翳したままのヴァルキュリアが存在しているのだ。

 

 身動きが取れないイザークを、クーヤが睨み付ける。

 

 次の瞬間、

 

「イザーク!!」

 

 どうにかドラグーンを振り切ったアスランが、友を救うべくヴァルキュリアに攻撃を仕掛ける。

 

 ジェガンの手にあるビームカービンライフルが放たれ、クーヤはとっさにイザークへの攻撃を諦めて機体を振り返らせた。

 

 しかし、クーヤはそこで動きを止めない。

 

 振り返ると同時に、アスカロンを一気に振り抜く。

 

 しかし、ヴァルキュリアとジェガンの間には、まだかなりの距離がある。対艦刀の刃が届く範囲ではない。

 

 何を?

 

 アスランが思った瞬間、

 

 振り抜かれたアスカロンの軌跡が、そのまま弧月状のビーム刃を形成して、アスランのジェガンに襲い掛かって来た。

 

「何っ!?」

 

 これには、流石のアスランも度肝を抜かれた。

 

 ビームライフルやその他射撃兵器に対応する術なら、アスランはこれまでの経験からいくらでも持っている。

 

 しかし、このような攻撃に対する対応策など、持ち合わせていよう筈も無かった。

 

 飛来するビーム刃。

 

 対して、とっさに機体を傾けるアスラン。

 

 次の瞬間、ジェガンの右足がビーム刃によって斬り裂かれ、吹き飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 OSがバランスを自動で調整する中、アスランは不利に傾く戦況に焦りを覚える。

 

 強い。

 

 勿論、機体の性能差もあるだろうが、それ以上にアスランは、ヴァルキュリアを操るクーヤの意志の強さに戦慄していた。

 

 長きにわたる戦いでアスランは、思いの強さが齎す強さと言うものを認識した瞬間が幾度もあった。

 

 いかな不利な戦況も、いかな圧倒的な戦力差も、思いの強さが覆してしまう事が稀にあるのだ。

 

 それを成した者達こそが、キラ、シン、ラキヤ、エスト、アリス、ラクスと言った、綺羅星の如き英雄達に他ならない。

 

 オーブの防衛大学で教鞭を取るようになった後も、その事を念頭にして学生たちを指導してきたつもりである。

 

 そのアスランが、再び立ったこの戦場において、思い強気的と対峙したのは皮肉としか言いようが無かった。

 

 動きを止めたアスランのジェガンに対し、アスカロンを振り翳して接近してくるヴァルキュリア。

 

 もはやこれまでかッ

 

 脳裏に、愛するカガリや、大切な子供達の顔を浮かべ、覚悟を決めるアスラン。

 

 その時だった。

 

 突如、強烈な閃光が、ヴァルキュリアの行く手を遮るようにして吹きすさぶ。

 

 この新手の攻撃に、予期していなかったクーヤは、思わず動きを止めて振り返った。

 

 その視線の先。

 

 コロニーの陰から姿を現す戦艦は、主砲をこちらに向けた状態で盛んに砲撃を繰り返している。

 

 広げた両翼が弓矢のような形をしている大型戦艦は、高速で航行しながら、ヴァルキュリアを牽制するように砲門を向けてくる。

 

 次の瞬間、

 

 一瞬のすきを逃さず、アスランは動いた。

 

「これでッ!!」

 

 ジェガンの手首に仕込まれているグレネードランチャーを斉射。ヴァルキュリアの鼻っ面に、砲弾を叩き付ける。

 

 ただの砲弾ではない。

 

 炸裂すれば一定時間、光学、電子、熱紋を問わず、あらゆるセンサーを不能にするジャミング弾である。万が一の撤退用に、用意しておいたのである。

 

 案の定、狙いは図に当たり、ヴァルキュリアは突然の事態に苦悶するように動きを止めた。

 

 その隙に、アスランはスラスターを吹かせる。

 

「離脱するぞイザーク!!」

《了解だ!!》

 

 普段は自分の言動に対していちいち突っかかって来る事が多いイザークも、今回ばかりは素直に従ってくれた。

 

 このまま戦っても勝てない事は、イザークにも判っているのだ。

 

 ならば、敵が怯んだこの隙に、離脱を図るしかなかった。

 

 大急ぎで離脱しにかかるアスランとイザーク。

 

 アスランが撃ったジャミング弾は、威力が強烈な反面、効果は長続きしない。ここは三十六計を決め込む以外に無かった。

 

 離脱する際、アスランはチラッと、カメラを向けてヴァルキュリアの方を見やる。

 

 センサーを不能にされ、尚も動きを止めているヴァルキュリア。

 

 その機影がいつ動き出すか判らない恐怖に耐えながら、アスランはせかされるように、戦艦へと向かって離脱していった。

 

 

 

 

 

PHASE-31「鍵を持つ者」      終わり

 




機体設定

ZGMF-EX78「ヴァルキュリア」

武装
アスカロン対艦刀×1
クスィフィアス・レールガン×2
カリドゥス複列位相砲×1
ビームシールド×2
ドラグーン機動兵装ウィング×12
ファングドラグーン独立機動ユニット×12
パルマ・フィオキーナ掌底ビーム砲×2
自動対空防御システム×2

パイロット:クーヤ・シルスカ

備考
プラントが全く新しい設計思想の元に開発した新型機動兵器。ドラグーンは2種類搭載されており、翼にマウントされている大型ドラグーンはビーム砲。リアスカート部分に格納されているファングドラグーンは、先端から側面に掛けてビーム刃を形成する接近戦用の武装となっている。アスカロンはこれまでの対艦刀とは一線を画する武装であり、ビーム刃、実体剣を備えるほか、ビーム刃部分からは斬撃を射出できるなど、多くのギミック的要素を備えており、戦術次第では様々な使用法が可能となっている。


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PHASE―32「ただ抗い続ける故に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《貴自治区へ我がプラントに対する破壊工作を行ったテロリストが逃げ込んだ疑いがある事が判明した。よって、我が軍は全プラント軍を代表して貴自治区へ以下の要求をする物である。

 

1、テロリストの即時引き渡し

2、1が受け入れられない場合、調査の為に貴自治区への軍派遣の許可

 

以上の事が受け入れられない場合、プラントはスカンジナビア中立自治区をテロ支援団体と認定し攻撃を開始せざるを得ず、その場合の全責任は、テロリストを受け入れた貴自治区が負う物である。

 

賢明なる判断が下されん事を》

 

 

 

 

 

 高圧的な内容が、電文で一方的な要求のみが伝えられてきた。

 

 同時に、境界線付近にはプラント軍が展開を開始した旨が、監視部隊によって自治区本部へともたらされた。

 

「何だよ、これ・・・・・・」

 

 電文を呼んで、ヒカルは沸々と湧き上がる怒りを隠しきれなかった。

 

 自分達をテロリスト呼ばわりしている事はどうでもいい。他人がどう思おうが、今さら気にしないし、自分自身で「そうではない」と強く言い切れるほど、胸を張れる立場だとは思ってもいない。

 

 だが、ヒカルが怒りを覚えているのは、そんな些事ではなかった。

 

 先に北米解放軍がスカンジナビアに侵攻しようとしていた時、プラント軍は何もできずに、ただ指をくわえていただけである。

 

 それが、いざヒカル達の活躍によって北米解放軍が撤退すると、まるでそれを待っていたかのように、我が物顔で姿を現して要求ばかりを突きつけるやり口は、傲慢と言うほかに無い。

 

「これじゃあ、解放軍の奴等と一緒じゃないか!!」

 

 不当な要求を一方的に押し付けてくるやり方は、北米解放軍もプラント軍も一緒である。ようはそれを、非合法にやっているか合法的にやっているかの差でしかない。

 

「だが、今はそんな事を言っている場合じゃない」

 

 冷静な口調で、カガリは甥をいさめる。

 

 合法非合法を問う前に、現実的な脅威としてプラント軍が指呼の間に迫りつつあるのは事実だ。それをどうにかしない内に正当性を主張する事は時間の無駄でしかない。

 

「カガリさんの言う通りよ。まずは勝ってから、今後の事を考えましょう」

 

 部隊長のリィスが、話題を建設的な方向に向け直す。

 

 話は既に、政略、戦略的なレベルを超えて、戦術的なレベルにまで落ち込んでいる。即ち「如何にしてプラント軍を迎え撃つか」が重要な話題だった。

 

 勿論、ここでヒカル達が投降する事はできない。そして、スカンジナビアにプラント軍の侵入を許す事も論外である。

 

 つまり、戦って勝つ以外に、活路を見い出す事はできない。

 

 戦略的に道を狭められたヒカル達にとって、それが取り得る唯一の選択肢だった。

 

「討って出る。それしか無いだろう」

 

 低い声でアステルは告げた。

 

 現状、スカンジナビア側の戦力は、ヒカル達を除けば微々たる物でしかない。プラント軍の精鋭とぶつかれば、一瞬と保たないだろう。

 

 国内に陣を構えて迎え撃つ作戦は取れない。それをやるには、膨大な兵力が必要になるが、今のスカンジナビアの保有戦力では到底不可能な話である。

 

 逃げる事も出来ない。仮にヒカル達が逃げ、スカンジナビア側が「テロリストは国外に逃亡した」と発表したとしても、プラント軍がそれを鵜呑みにする保障は無い。何しろ、大軍を率いて国境付近に押しかけてくるような連中だ。むしろそれを口実にして「テロリストがスカンジナビア国内に潜伏している可能性有り」と称し、強引に越境してくることは容易に想像できた。

 

 相手は今や、地球圏最大の国家に属する軍隊である。非合法に強引な手法を用いたとしても、後で幾らでも正当化する事ができる。例えば「スカンジナビアはテロリストの支援を行った為、やむを得ざる措置としてプラント軍による制圧作戦を行った」と言ってしまえば、それが真実として通ってしまうのだ。

 

 防衛も逃亡もダメとなると、残る手段は機動力を活かしてゲリラ戦をする以外に無かった。

 

 機動力の高いエターナルフリーダム、ギルティジャスティス、テンメイアカツキが敢えて討って出る事で敵軍の目をスカンジナビアから逸らすのだ。

 

 3機が「潜伏していたテロリスト」としてプラント軍に向かえば、敵はそれに対応せざるを得なくなるし、少なくとも侵攻の大義名分を失う事になる。

 

 それで取りあえずは、スカンジナビアの安全は確保できるはずだった。

 

 後の問題があるとすれば、討って出る3人。ヒカル、アステル、リィスが、この状況を切り抜けられるかどうかに掛かっている。

 

「やるしか、ないだろ」

 

 ヒカルは低い声で決意も顕に呟く。

 

 既に状況は、「できる・できない」を論じる段階ではない。残された道を進む以外、ヒカル達に活路は無かった。

 

 ヒカルは、カガリへと向き直る。

 

「叔母さん。俺達は行きます。けど、もし帰って来る事が出来たら・・・・・・」

「ああ、判ってる」

 

 皆まで言わなくて良い、という感じに、カガリは甥の言葉を制する。

 

 祖国奪還の為に、カガリに協力してほしいとヒカルは言っているのだ。

 

 正直まだ、カガリは今の自分に何ができるのか判らない。

 

 しかし、こうしてオーブの為に戦ってくれている者達がいるならば、自分もまた彼等の力になってやりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、旧サンクトペテロブルグまで侵攻し、スカンジナビア侵攻の機を伺っているプラント軍は、スカンジナビアほどには緊迫した様子は見られなかった。

 

 彼等は当初、ユーラシアを追われた北米解放軍を討伐する事を目指していたのだったが、スカンジナビアに自由オーブ軍の部隊が駐留している事を知り、急遽、目標を変更して進路をスカンジナビアへと向けたのである。

 

 現状のスカンジナビアに、ろくな戦力が残されていないのはプラント側にも判っている。大軍でもって圧力を加えれば、否応なく彼等が従わざるを得ないのは火を見るよりも明らかであった。

 

 プラント軍も、決して万全の状態ではない。先の東欧戦線の影響が色濃く残っており、急いで再編成した部隊を差し向けたのだ。

 

 数にして、機動兵器180機。地上戦艦5隻。これが、混乱状態にあるプラント軍が抽出できるギリギリの戦力であった。

 

 ただし、これに予期していなかった援軍が加わる事になった。

 

 50機から成る機動兵器を率いて援軍に駆け付けたのは、同盟軍であるユニウス教団であった。

 

 これらの戦力を用いて、プラント軍はムルマンスク侵攻の構えを見せている。

 

「成程な。誰が来たのかと思っていたら」

 

 クーラン、クライブ・ラオスは、先行偵察機が撮影した、先の自由オーブ軍と北米解放軍との戦闘画像を見ながら、面白そうに鼻を鳴らした。

 

 その画像の中で、12枚の蒼翼を広げた機体が、長大な対艦刀を構えて斬り込もうとしている様子が映し出されている。

 

 とは言え、撮影できたのはこれ1枚のみ。後は殆ど、シルエットがブレまくっており、機体を特定する事は難しい。それだけ、対象となる機体の機動速度がずば抜けている事が伺えた。

 

「つくづく、縁があるようで何よりだよ、魔王様」

 

 クライブは呟きながら、サディスティックな笑みを浮かべる。

 

 実際、ヒカル・ヒビキの存在を、クライブはいたく気に入っていた。特に、昔のキラを見るような青臭さが良い。そう言うのを見ていると、あらゆる手段を用いて嬲り者にしてやりたくなるのだ。

 

「ねえ、ボス~ まだなの~?」

 

 ソファーに座った足をぶらぶらと振り回しながら、フィリア・リーブスがダレたような口調で言い募る。

 

 特別作戦部隊は今回、プラント軍の先鋒として布陣している。いざ開戦となった時には、真っ先に敵に突っ込んで行ける立場である。

 

 それ故に、血の気の多いフィリアとしては、機が逸って仕方が無いのだろう。

 

「落ち着け。面倒なのは判るが、こういう事は建前も大事なんだよ」

「えー・・・・・・・・・・・・」

 

 フィリアは不満そうに口を尖らせる。

 

 筋金入りのバトルジャンキーにとって、戦場を前にして待機していると言うのは、来ぬ得なく苛立たしい事なのだろう。まるで、おあずけを喰らった犬のようである。

 

「良いじゃんか、別に。スカンジナビアなんて、どうせゴミクズの残りみたいな連中なんだから。アタシ1人で全部吹き飛ばしてやるわよ」

 

 その言葉に、クライブは苦笑を漏らす。

 

 確かに、フィリアの言うとおり、スカンジナビアの戦力は物の数に入らない。戦えば一瞬で勝負を決する事ができるだろう。

 

 だが、相手は吹けば飛ぶような蟻以下の存在とは言え、一応は公的に認められている自治体である。いかにテロリストが潜伏しているとは言え、無理に力攻めすれば、プラントは非難の矢面に立たされることになる。

 

 更に言えば、世間の非難を浴びてまで欲しがるほど、スカンジナビアと言う土地にメリットは無い。国土の半分以上は未だに汚染区域に指定されているため人が住む事もできず、主な生産産業も壊滅状態にある。つまりどう考えても、力攻めはリスクの方が高いのだ。

 

 今回の派兵は、あくまでもテロリスト達のあぶり出しにある。それ以外の事は二の次に考えられていた。

 

「まあ、そう急くなよ。どうせ、あんまり時間はかからないだろうぜ」

 

 そう言って、クライブはリラックスするように体を伸ばす。

 

 どうせ、「魔王とその取り巻き共」は、筋金入りのお人よしだ。恐らく連中は、スカンジナビアを戦火に巻き込まないようにする為、討って出る選択肢を取るだろう。つまり、何もしなくても向こうから、わざわざ不利な状況に飛び込んできてくれるのだ。

 

 そこを叩き潰してやれば良いだけの話だった。

 

 

 

 

 

 出撃準備を終えたレミリアは、格納庫の端に腰掛けて、CDプレイヤーを聞き入っていた。

 

 曲目は相変わらず、ラクス・クラインのヒット曲アルバムだ。出撃前に緊張した気分を落ち着かせるには、やはりこれが一番である。

 

 ふと考える。

 

 自分はなぜ、こんなにもラクス・クラインに惹かれるのだろうか、と。

 

 レミリアは勿論、ラクス・クラインに直接会った事など無い。親友のヒカルなどは、生前の彼女と知己があったそうだが、生憎、レミリアのこれまでの人生は、そんな世界的な有名人と交わる機会は無かった。

 

 本当に、自分でもどうしてなのか判らない。

 

 しかし、レミリアの心の中では確かに、ラクスと言う存在に強く惹かれているのは間違いなかった。

 

 と、その時だった。

 

「あッ!?」

 

 いきなりヘッドホンが頭からスポッと取り上げられ、思わず声を上げるレミリア。

 

 尚も止まらない音楽がシャカシャカという雑音を立てる方向に振り返ると、最近ようやく見慣れてきた仮面顔が目の前に立っていた。

 

「ちょ、アルマ、いきなり何するの!?」

「それはこっちのセリフです。レミリアってば、わたくしが何度声を掛けても、まったく反応しないんですから」

 

 呆れ顔で言い募るアルマ。

 

 だからって、いきなりヘッドホンを取る事も無いだろうに。

 

 レミリアはプレイヤーの電源を落としながら、口の中で不平を漏らす。

 

 これまでの短い付き合いからも、目の前の仮面少女が、見かけの清楚さを裏切り、随分とアグレッシブな性格をしているのはレミリアにも把握できていた。それ故、時々こうして突飛な行動に出る事に関しては諦念を覚えつつあるのだが。

 

「それで、どうかしたの? また聞く?」

 

 そう言って、レミリアはヘッドホンをアルマの方に差し出す。

 

 だが、予想に反して、アルマはレミリアに首を振って見せた。

 

「いえ、そうではなくて、ちょっと、レミリアにお尋ねしたい事がありまして」

「ん、良いけど、何?」

 

 レミリアはアルマに、横に座るように促しながら尋ねる。

 

 教団などと言う閉鎖的な空間にいるせいか、アルマは思っている以上に世間の情報に飢えている面がある。それ故、興味を持った事について、あれこれとレミリアに尋ねる事が多い。今回もそんなところなのだろうと思っていたレミリア。

 

 だが、レミリアの横に腰を下ろしたアルマが尋ねたのは、予想とは反する事だった。

 

「レミリアは、オーブ軍の『魔王』と言う存在をご存知ですか?」

「ヘッ 魔王・・・・・・って、ヒカルの事?」

 

 ヒカルが何やら、「オーブの魔王」とか、分不相応な異名で呼ばれている事は、レミリアも知っていたが、その事がアルマの口から出た事が意外だった。

 

 そう言えば、噂ではアルマは何度かヒカルと交戦した経験もあるとか。その関係で気になる事でもあるのかもしれない。

 

「ま、実際の話、ヒカルは魔王って柄じゃないんだけどね」

 

 そう言って、レミリアは含み笑いを漏らす。

 

 実際の彼を知っている身としては、「あのヒカル」が、「魔王」などと呼ばれていると知った日には、思わず笑ってしまったくらいである。

 

 そんなレミリアを、アルマは怪訝そうな面持ちで見詰める。

 

「レミリアは、魔王・・・・・・その、ヒカルと言う人物をご存じなのですか?」

「う、うん・・・・・・まあね・・・・・・」

 

 そう言って、レミリアは力無く笑う。

 

 かつての親友であり、レミリアが裏切った相手。

 

 本来なら、罵られ、侮蔑されてもおかしくは無い。実際、一度は掴み掛られてもいるし、何度も剣を交えている。

 

 しかし、それでもあの時、プトレマイオス基地で再会した時、ヒカルはレミリアに手を差し伸べてくれた。

 

 今でも思い出す。

 

 自分に、真っ直ぐに手を差し伸べるヒカル。

 

 その姿は凛々しく、まるで本当に、レミリアをこの生き地獄から救ってくれるのでは、とさえ思えた。

 

 だが、レミリアは、ヒカルの手を振り払った。他ならぬレミリア自身の手で。

 

 姉を裏切る事はできない。この世でたった1人の、レミリアの姉なのだから。

 

 レミリアがヒカルと共に歩む事は、決して許されない事なのだ。

 

「良い奴だよ。とってもね。一緒にいて、とても気分が良くなる感じがした。魔王(笑)とか呼ばれてるけどね」

 

 つい、想像してしまう。ヒカルと共にいる事が出来たら、レミリアはどんなに幸せだった事だろう。

 

 それが、叶わぬ事であると判っていながら。

 

「好きなのですか?」

「判んない」

 

 アルマの質問に対し、レミリアは自嘲しながらあいまいな答えを返す。

 

 勿論、好きか嫌いかで言えば、ヒカルの事は好きだ。

 

 だが、アルマが聞いているのはLikeではなくLoveの方である。そして、今レミリアが考えている「好き」とはLikeの方だった。

 

 あくまで友達としてなら、レミリアはヒカルの事が好きである。しかし、自分がヒカルを「異性」としてどう見ているのか判らなくなってしまうのだった。

 

 次の戦い、情報では既に「魔王」の存在が確認されている。つまり、ヒカルが出てくるのだ。

 

 自身の感情の如何とは別に、対決の時は否応無く迫っている事を、レミリアは自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 出撃の準備を終え、格納庫へと向かおうとしたヒカルはふと、窓から見える光景に足を止めた。

 

 自治区代表事務所の、さして広くも無い庭には今、多数のテントが設置され、サンクトペテルブルクのある南方から逃れてきた人々でごった返していた。

 

 勿論、極寒のムルマンスクでは、暖を確保できないとすぐに凍えてしまう。

 

 職員たちが備蓄してあった燃料を配って歩き、更にはテントの補強を手伝ったりしていた。

 

 痛ましい光景である。

 

 彼等は皆、難民となって、このムルマンスクに逃げてきた人々だった。

 

「彼等は、ここよりほかに行くあての無い者達だ」

 

 声がした方向に振り返ると、沈痛な表情のフィリップが歩いてくるところだった。

 

 フィリップは今、難民たちの支援に奔走している。

 

 先程の燃料供給もそうだが、他にも食料や日常必需品の確保、仮設住居の建設など、やる事は山のようにあった。

 

「ヒカル、私はかつて、君のご両親に助けられた事があった」

「えッ!?」

 

 フィリップの言葉に、ヒカルは思わず振り返った。

 

 フィリップはスカンジナビア王国が崩壊したばかりの頃、カガリの伝手でオーブに身を寄せていた事がある。

 

 ちょうどその頃、ヒカルとルーチェを妊娠していたエストと交流を持つ機会があったのである。

 

「君の母上は、何というか独特の人でね。話していると、励まされているんだか、貶されているんだか、よく判らなくなる時が多かったよ」

「ああ、それは・・・・・・」

 

 苦笑しながら話すフィリップに、ヒカルもまた釣られるように笑みを浮かべた。

 

 一部からは「天然KY」などと言われていた母の言動が、どこか世間ずれしていたのは確かだ。

 

 恐らく、エストに完全に調子を合わせる事が出来た人物は、キラやカガリ、ラクスと言った一部の者達だけだっただろう。

 

「だが、君の母上の叱咤があったからこそ、私はここまで這い上がって来れたとも言える」

 

 フィリップは、自分よりも二回りも年下の少年に向き直ると、深々と頭を下げた。

 

「その私が、彼女の息子に、今一度お願いしたい。どうか、この国と、この国に住む人々を守ってほしい。無力な私に代わって」

 

 かつて、王太子時代には決して見せなかったような態度である。

 

 それに対し、ヒカルもまた、自身の責任の重さを噛みしめて頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪原を彩るように閃光が迸る。

 

 それを奇禍としたように、戦闘が開始された。

 

 当初の予定通り、スカンジナビア領から打って出る形で先制攻撃を仕掛けたフリューゲル・ヴィント特別作戦班の3人は、それぞれ、リィスが戦線正面、ヒカルが右翼、アステルが左翼に分かれる形で、それぞれ戦闘を開始した。

 

 相手は230機以上の大部隊。

 

 対して、こちらは3機。

 

 絶望的という言葉すら霞んでしまう、まさに必敗の状況である。

 

 それでも、ヒカル達は僅かな希望を掛けて攻勢に打って出た。

 

 立ち上る雪煙を割って、エターナルフリーダムの鮮やかな蒼翼が姿を現す。

 

 プラント軍が、その姿を認識した瞬間、

 

 既にヒカルは、攻撃準備を終えていた。

 

 迸る6連装フルバースト。

 

 たちまち、上空を飛んでいたプラント軍の機体は直撃を受け、戦闘力を喪失して後退を余儀なくされる。

 

 それでも、敵の数は多い。ヒカルの視界の中にいる物だけでも10は下らない。

 

「チッ」

 

 舌打ちするヒカル。

 

 元より、数の不利は承知した上での出撃である。しかも、戦いはまだ始まったばかり。絶望している暇は無かった。

 

 砲火を向けながら向かってくるプラント軍。

 

 リューンと呼ばれる細いシルエットを持つ機体は、プラント軍が最近になって戦線投入した空専用の機体であり、バビやディンの系譜に繋がるモビルスーツである。

 

 武装はシンプルで、ビームライフル2丁と、手首から発振するタイプのビームソード2基。武装を減らして機動力を上げたシンプルな構造である。

 

 3機のリューンが、エターナルフリーダムを標的と見据え、攻撃を仕掛けてくる。

 

 その姿を、冷静に見据えるヒカル。

 

 次の瞬間、ヒカルはレールガンに増設された鞘から高周波振動ブレードを抜刀すると、鋭く斬線を描く。

 

 すれ違った直後、3機のリューンは全て、腕や頭部を斬り飛ばされて戦闘不能に陥っていた。

 

 更に、ヒカルはそこで動きを止めない。

 

 ブレードを鞘に戻すと、代わりにビームライフルを抜き、機体を上昇させる。

 

 追撃の砲火を上げるプラント軍を尻目に高度を上げると、ヒカルは機体を翻らせ、再びフルバーストの構えを取る。

 

 向かってくるプラント軍機。

 

 対してヒカルは、躊躇する事無くトリガーを引き絞った。

 

 

 

 

 

 雪原を、獣のような姿をした物が疾走している。

 

 しかし実際に目にするそれは、本来の獣の何十倍もの巨躯を誇り、その全てを金属の装甲で鎧っている。

 

 ガルゥ

 

 ザフト軍の伝統とも言うべき、四足獣型機動兵器。その最新型である。

 

 ユニウス戦役時に開発されたガイアのデータを基に、可変機構を排除。その代り背部や脚部に大小のブースターを設置して機動力を上げ、背部には旋回式の武装コネクタを装備。ビームサーベルは口部両脇とスタビライザー先端の各4基を持ち、両脚部にはビームクローも備えている。

 

 四足獣型の極限まで、武装と機動力を上げた形である。

 

 このガルゥとリューンは、本来なら東欧戦線に投入される予定であったが、充分な数が量産される前に戦線が悪化した為、ジブラルタルに長い間とどめ置かれ、実戦に参加する機会が無かった。

 

 それが今、テロリスト討伐と言う大義名分を得て戦場に姿を現していた。

 

 ガルゥ部隊が向かう先には、赤い甲冑を纏った機体が、刃を構えて待ち受ける。

 

「次々と新型を出してくるのは結構な事だが・・・・・・」

 

 アステルはギルティジャスティスをわずかに上昇させると同時に、脚部のビームブレードを展開して蹴り出す。

 

 鼻っ面に刃を喰らったガルゥが、真っ二つになって爆発する。

 

 トンボを切るように上昇を掛けたギルティジャスティスに対し、ガルゥ4機が旋回しながら砲撃を集中しようとしてくる。

 

 対してアステルは、空中で踊るような機動を見せて攻撃を回避しながらビームライフルを抜き放って斉射。ガルゥに対して牽制射撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を前に、動きを鈍らせるガルゥ。

 

 その隙に、アステルは両手のビームサーベルを抜いて斬り掛かった。

 

 低空に舞い降りるギルティジャスティス。

 

 そこへ、1機のガルゥが、スラスターを噴射して襲い掛かる。

 

 前肢のビームクローを振り翳すガルゥ。

 

 しかし、

 

「遅いッ」

 

 アステルは素早い一閃で、ガルゥの前足を叩き斬る。

 

 そのまま、勢いを殺さず、距離を詰めに掛かるアステル。

 

 ギルティジャスティスが放つ鋭い蹴りを腹に受けたガルゥは、仰向けになる形で地面へと落下する。

 

 そこへ、アステルはすかさず機体を急降下させると、逆手に持ったビームサーベルを深々と突き刺した。

 

 初見となるプラント軍の新型を、苦も無く倒したアステル。

 

 しかし、尚も味方の屍を乗り越えるようにして、次々と敵がギルティジャスティスに向かってくる。

 

 対して、アステルもまた、剣を構え直して斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 一斉に放たれる砲撃は、しかし黄金の装甲を貫くには至らない。

 

 太陽に手を伸ばさんとする者は自らが焼かれると言う故事を再現するかのように、迸る閃光はそっくりそのまま、撃った機体自らを焼き尽くす。

 

 リィスの駆るテンメイアカツキは、あらゆる攻撃をヤタノカガミ装甲で弾きながら強引に突撃、手にしたムラマサ改対艦刀を振り翳す。

 

 袈裟懸けに放たれる大剣の一閃は、タダの一撃で、今にも攻撃しようとしていたハウンドドーガを斬り捨て、返す刀で、背後から忍び寄ろうとしていた敵を斬り捨てた。

 

 あらゆる攻撃はヤタノカガミ装甲と、同質の素材で作られたアマノハゴロモに弾かれて用を成さない。

 

 逆に、リィスが放つ的確な砲撃を受け、撃墜する機体が相次ぐ。

 

「2人は・・・・・・まだ無事ね」

 

 センサーに映る、エターナルフリーダムとギルティジャスティスの反応を確認しながら、リィスは安堵の息を吐く。

 

 200機以上の敵を、たった3機で相手取る。

 

 かつて無い程に苛酷な戦況の中とあっては、ただ個々人の奮戦に期待する以外に無い。

 

 不用意に近付き、トマホークを振り上げるハウンドドーガ。

 

 対してリィスは、振り向く事無くムラマサ改を一閃して叩き斬る。

 

 そんなリィスの視界の中で、次々と敵機が向かってくるのが見える。

 

「・・・・・・良いだろう」

 

 上等だ。やってやろうではないか。こちらは、守るべき大切な物を背負っているのだ。ここで退くわけにはいかない。

 

 リィスは向かってくる敵機を真っ直ぐに睨み付けると、果敢に斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

PHASE―32「ただ抗い続ける故に」      終わり

 




機体設定

AMF―201「リューン」

武装
ビームソード×2
ビームライフル×2
武装用コネクタ×4

備考
プラントが投入した、新型航空機動兵器。AMF-101「ディン」の流れを組む機体であり、シルエットは同時期の他の機体と比べて、かなり華奢なフレームをしている。その分、機動性は高い。重量軽減の為、基本武装は最小限にとどめられている。





TMF/902「ガルゥ」

武装
ビームキャノン×4
ビームサーベル×4
ビームクロー×2
旋回式コネクタ×1

備考
TMF/802「バクゥ」以来、ザフト軍の伝統とも言うべき四足獣型機動兵器の最新型。機動力と攻撃力は極限まで高められている。スラスターが可能な限り増設されており、跳躍力はほぼバクゥの倍近くまで強化、疑似的ながら空中戦も可能となっている。


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PHASE-33「死線」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苦しい戦いが、続いていた。

 

 数の差、などという要素は初めから、考えるのがばかばかしくなるくらいに不利な状況の中、それでも戦わねばならない。

 

 味方は3機。

 

 対して、敵は200機に及ぶ大軍である。

 

 正直、たった3機を狩り出すには不適当としか言いようがないのだが、それでもプラント軍の側からすれば、「魔王と、その取り巻き」に対する戦力としては過剰とは言えなかった。

 

 エターナルフリーダムを始めとした一部のオーブ軍が、これまで多くの戦いにおいてプラント軍を撃破してきたのは紛れもない事実である。

 

 それゆえ、少数であっても油断はできない。否、少数であればこそ、最大限の警戒を持って当たり、確実に仕留めるべきと考えたのだ。

 

 怒涛の如く押し寄せたプラント軍に対し、先制攻撃によって出鼻をくじく事に成功したヒカル、アステル、リィスの3人。

 

 しかし、一騎当千の実力を誇る3人の力をもってしても、迫りくる大軍を前にしては、互いに分断され、徐々に孤軍奮闘を余儀なくされていくのだった。

 

 

 

 

 

 まっさらな白磁の如き大地の上を、雪煙を上げながら深紅の機体が疾走している。

 

 放たれる砲火を、巧みに機体を左右に揺らしながら回避。そのまま、速度を緩めずにプラント軍の隊列の中へと斬り込む。

 

「狙いが甘いんだよッ」

 

 低い声で囁くアステル。

 

 次の瞬間、ギルティジャスティスが両手に装備したビームサーベルが、縦横にひらめく。

 

 瞬間、攻撃の為にビームライフルを振り上げようとしていたハウンドドーガは、ボディを袈裟がけに斬り飛ばされて爆砕する。

 

 そこで、アステルは動きを止めない。

 

 すぐさま、次の目標に狙いを定めると、愛機を雪原の上に走らせる。

 

 そこへ、迎え撃つようにして、ビームトマホークを構えたハウンドドーガが切りかかってくる。

 

 余程、接近戦には自信があるパイロットなのだろう。ギルティジャスティスに対して臆することなく斬りかかった。

 

 対して、アステルはスッと機体を反身に構えさせる。

 

 突っ込んでくるハウンドドーガ。

 

 次の瞬間、

 

 ギルティジャスティスは、フィギアスケート選手のように、背中を見せながら急速に一回転する。

 

 繰り出されるのは、機体の「踵」。

 

 勢い任せに放たれた後ろ回し蹴りは、ハウンドドーガの顔面を真っ向から捉えて蹴り飛ばす。

 

 バランスを崩したハウンドドーガ。そこへ、回転によって遅れてやってきたビームサーベルが、威力を増した一閃で襲いかかる。

 

 コックピット付近を深く切り裂かれるハウンドドーガ。

 

 そのまま、動力を失ってがっくりと、その場に倒れ込んだ。

 

 そのまま、次の目標を・・・・・・

 

 そう思って、アステルが機体を振り返らせた瞬間、

 

「チッ!?」

 

 舌打ちと同時にビームシールドを展開。降り注ぐように襲って来た砲撃を防御する。

 

 見れば、複数のハウンドドーガが、ギルティジャスティスに対して砲撃を繰り返しながら接近してくるのが見える。

 

 それらのハウンドドーガは、一定の距離を置きながら、ギルティジャスティスに対して砲撃を繰り返している。

 

 ジャスティス級機動兵器が、接近戦型の機体である事を見抜き、遠距離から削りに来ているのだ。

 

 確かに、悪い選択ではない。

 

 しかし、

 

「舐めるなよッ!!」

 

 対してアステルは、ビームライフルを抜くと、リフターを分離しながら駆ける。

 

 状況的に不利であろうと、退く気は一切無かった。

 

 

 

 

 

 複数のガルゥが、旋回を繰り返しながら、盛んに砲撃を行ってくる。

 

 レールガンやミサイルを併用したその攻撃が湧き起こす雪煙を前に、しばしば視界が遮られる。

 

 砲撃の音は絶えず鳴り響き、陰々とした反響が連続して沸き起こる。

 

 その砲声が鳴り響く中を、リィスはテンメイアカツキを駆って駆け抜けていた。

 

 敵はアカツキ級機動兵器に光学兵器が通用しない事を悟ると、直ちに攻撃方法を実弾攻撃に切り替えて来たのだ。

 

 リィスにとっては臍を噛みたくなる状況だが、相手の目の付け所は悪くない。

 

 もっとも、

 

「私も、黙っている気は無いのだけど!!」

 

 言い放つとリィスは、スラスターを吹かして強引に方向転換しながら両手にビームサーベルを抜刀して構える。

 

 慌てて後退しながら、砲火を集中しようとするガルゥ。

 

 しかし、とっさの事で、その動きは鈍かった。

 

 駆け抜ける一瞬、

 

 リィスは両手の剣を鋭く繰り出す。

 

 最初の一閃で、後退しようとしていたガルゥの前肢を叩き斬る。

 

 バランスを崩すガルゥ。

 

 そこへすかさず、リィスは二刀目を叩き付けて、獣型の機体を斜めに斬り捨てる。

 

 ガルゥがガクリと雪原に倒れるのを確認しながら、更に次の目標へと向かう。

 

 砲火を集中させようとするプラント軍。

 

 対してリィスは、黄金の翼を軽やかに羽ばたかせて全ての攻撃を回避。同時に、構えたビームライフルを立て続けに放って、ガルゥやハウンドドーガを打ち倒していく。

 

 しかし、やはり数は多い。

 

 たちまち、奮戦するテンメイアカツキにミサイルの嵐が殺到する。

 

「クッ!?」

 

 リィスはとっさの、命中コースにあったミサイルをビームライフルで迎撃。間に合わない分については、シールドを掲げて防御を図る。

 

 着弾と同時に、視界の中を爆炎が覆い尽くす。

 

 とっさに防御が間に合った為、ダメージは無い。

 

 しかし、殺しきれなかった衝撃が、テンメイアカツキを吹き飛ばす。

 

 錐揉みしながら、急激に高度を落とすコックピット内で、懸命にコントロール制御しようとするリィス。

 

 その甲斐あってか、地面に墜落する直前で、テンメイアカツキは制御を取り戻して軟着陸する事に成功した。

 

 しかし、安心する事はできない。

 

 着地したテンメイアカツキを目指して、プラント軍の機体が次々と群がってくるのが見える。

 

 その数は、全く減っているように見えなかった。

 

 しんどい戦いになる。

 

 その覚悟を新たに固めながら、リィスは再び突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 フルバーストで砲撃を行いながら後退。接近を図ろうとする敵機を、遠距離から討ち取って行く。

 

 高い機動性を誇る蒼翼の天使を前に、プラント軍の機体は、追随すらできないでいる有様である。

 

 と、1機のリューンが、背後からビームソードを構えて斬り掛かろうとしている。

 

 その姿を、一瞬早く睨み付けるヒカル。

 

 次の瞬間、大きく弧を描くように旋回するエターナルフリーダム。

 

 同時に発振したパルマ・エスパーダが、リューンの頭部を一刀のもとに斬り捨てる。

 

 だが、そこでエターナルフリーダムの動きが止まった。

 

 たちまち、砲火が集中され、視界が炎に飲み込まれる。

 

 だが、着弾の寸前に張り巡らせたビームシールドが、全ての攻撃をシャットアウトする事に成功した。

 

 同時に、反撃に転じるヒカル。

 

 12翼を羽ばたかせると、ヒカルは飛翔しつつ、腰からビームサーベルを抜刀、プラント軍の陣列へと斬り込む。

 

 振るわれる光刃が、瞬く間に2機のハウンドドーガの肩や頭部を斬り捨てる。

 

 不殺を貫く攻撃は、その鮮烈さを失わず、周囲に見せ付ける。

 

 エターナルフリーダムを追って、機体を振り返らせようとするハウンドドーガ。

 

 対して、ヒカルはレールガンを展開して斉射、その機体の両足を吹き飛ばした。

 

 火力と言う意味では、エターナルフリーダムはギルティジャスティスやテンメイアカツキに勝っている。

 

 正に1対多の戦闘において、最も有効に戦う事ができる機体なのだ。

 

 だが、それでも限度と言う物がある。

 

 視界を埋め尽くすような敵の大軍を相手にしたのでは、流石に分が悪いと言わざるを得ない。

 

「構う物か!!」

 

 こちらには引けない理由がある。ならば、その信念を不屈の槍として、前へと突き進まねばならなかった。

 

 レールガンと二重構造になっている鞘から高周波振動ブレードを抜刀、不用意に近付こうとしていたハウンドドーガの前に躍り出ると、一刀目で斧を持った右腕を斬り飛ばし、返す一刀で首を斬り飛ばした。

 

 戦闘力を失ったハウンドドーガに対し、ヒカルはその機体を蹴り飛ばすと、更に、その背後にいた別の機体へバラエーナによる砲撃を浴びせる。

 

 一撃で両肩を吹き飛ばされた機体は、何が起こったのかすら理解できないうちに大地へと倒れ伏した。

 

 だが、プラント軍の機体は、味方の死体を踏み越えるかのような勢いで向かってくる。

 

 迎え撃つようにして、ヒカルの剣戟も雪原の上を奔った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クレイン隊、リューン、全機被弾ッ 帰投します!!」

「ハーライル隊、半数が信号途絶!!」

 

 戦線後方にて待機しているプラント軍旗艦には、次々と報告が齎されてくる。

 

 状況は、あまり良くない。

 

 相手はたったの3機とは言え、いずれも比類ない実力者達である。並みの兵士が束になってかかったところで相手にはならないだろう。

 

 今も、交戦中の部隊が大損害を食らって後退して行くさまが告げられる。

 

 重厚と思われたプラント軍の隊列は、時間を追うごとに削られていった。

 

 もっとも、このくらいは充分に予測の範囲内である。

 

「おーおー、健気に頑張るねー おじさん、涙が出てきちまうよ」

 

 モニターに映るフリューゲル・ヴィントの奮戦を眺めながら、クライブは嘲笑交じりのコメントを告げる。

 

 ヒカル達の奮戦は確かに驚嘆すべき物だが、クライブ自身の戦争哲学からすれば、無益であり無駄である。

 

 彼等は自分達の目的を考えれば、目的を果たして、さっさとスカンジナビアを去ればよかったのだ。その後、スカンジナビアがどうなるかは、彼等が気にする必要のない事である。

 

 しかし、同時にこの状況は、クライブにとって完全に想定内の事である。

 

 全く持って彼等は、クライブの掌の上で見事なダンスを踊ってくれていた。

 

 その時だった。

 

《ね~ ボス~ まだなの~?》

 

 けだるげな声で、フィリアが催促してきた。

 

 彼女達は、既に自分達の機体に乗りこんで出撃の時を待っている。後は、クライブが命令を下すのみである。

 

《ボス、こちらの準備は完了しています。いつでもどうぞ》

「ああ・・・・・・」

 

 フレッドの言葉を聞きながら、クライブはモニターに目を走らせる。

 

 奮戦する3機。エターナルフリーダム、ギルティジャスティス、テンメイアカツキは、既にお互い、大きく距離を開いて孤軍状態にある。何か問題が起きたとしても、すぐに相互支援に回る事は出来ないだろう。

 

 作戦第2段階の準備は、これで整った。

 

 猟犬を解き放つ条件は、完成されていた。

 

「よし、お前ら。待たせたな」

 

 ニヤリと、笑みを浮かべるクライブ。

 

「作戦開始だ。奴等を捻り潰してやりな」

 

 

 

 

 

 それの存在を最初に自覚したのは、ヒカルだった。

 

 センサーが、自機に向かって急速に接近してくる機影を捉えると同時に、それまでの交戦状況を打ち切り、機体を振り返らせる。

 

 カメラが捉えた、その視界の先。

 

 そこに、見覚えのある2機が映り込んだ。

 

「あいつらはッ!?」

 

 すぐさま、迎撃のための行動に出る。

 

 そこへ、テュポーンとエキドナ、リーブス兄妹の機体が突っ込んで来た。

 

《君が相手とは、我々はどうやらついているらしいな》

《おっひさしぶりーッ 元気だったかなー!? 早速で悪いんだけど、サクッと死んじゃってちょうだい!!》

 

 わざわざオープン回線を使ってくるほどに高いテンションを保ちながら、フレッドとフィリアはエターナルフリーダムへと襲い掛かるべく、砲門を開く。

 

 対して、ヒカルはまともに取り合う気は無い。いちいち会話をしていたら疲れるだけだ。

 

 向かってくるなら、相応の対応を取るだけだった。

 

 無言のまま、フルバースト射撃を仕掛けるヒカル。

 

 対して、フレッドとフィリアはとっさに左右に散開しつつ回避する。

 

 同時に、フレッドはアサルトドラグーンを射出、フィリアは4基のラドゥンを目いっぱい伸ばして砲撃体勢を取る。

 

 2機同時の攻撃は、エターナルフリーダムの火力をも上回る。

 

 しかし、

 

 ヒカルはその攻撃を、12翼を羽ばたかせて上昇歯痛回避。同時に、眼下に2機目がけて腰のレールガンで牽制の砲撃を加える。

 

 フレッドは前に出ながらリフレクターを展開し、エターナルフリーダムの砲撃を防御。その間に、両腕のビームクローを振り翳して襲い掛かった。

 

 迫る巨大な鉤爪。

 

 対して、ヒカルは両腰から高周波振動ブレードを抜刀して迎え撃った。

 

 ぶつかり合う剣と爪。

 

 両者は衝撃に押されるようにして、互いに距離を取る。

 

 と、

 

《いらっしゃーい!!》

 

 エターナルフリーダムが後退する方向を読んでいたフィリアが、ラドゥンを展開して、備えられたビームファングで食いつこうとする。

 

 だが、

 

「ハッ!!」

 

 短い声と共に、ヒカルは鋭い回し蹴りを繰り出し、エキドナのボディを弾き飛ばす。

 

 バランスを崩すフィリア。

 

 ヒカルはトドメを刺そうと、高周波振動ブレードを構え直す。

 

 しかし、

 

《妹はやらせん!!》

 

 鋭い声と共に、エターナルフリーダムを包囲するようにフレッドがドラグーンを展開、四方からビームを射かける。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 攻め口を塞がれた事で、斬り掛かるタイミングが外されてしまった。

 

 その間に、フィリアは機体のバランスを取り戻して再び対峙する。

 

 ヒカルは、前にエキドナ、後ろにテュポーンを従えた状態で、尚も苦しい戦いを余儀なくされていた。

 

 

 

 

 

 戦う相手にアステルを選んだのは、ある意味、レミリアの「甘え」を象徴しているような物だった。

 

 心に蟠りを持つヒカルよりだったら、まだしも腐れ縁のアステルの方が戦いやすいと考えてしまうのも、無理からぬ話であろう。

 

 もっとも、それで相手が手加減してくれる可能性は、ゼロどころかマイナスなのだが。

 

 何しろ「あの」アステルだ。それこそ「手加減」を求める思考など、犬に食わせた方がマシである。

 

 味方であった時には頼もしい存在であったが、敵として対峙した場合、これ程厄介な存在はいない。

 

 自由オーブ軍の中で最も危険な存在がいるとすれば、それは間違いなくアステルだろうとレミリアは考えていた。

 

 8基のドラグーンを射出すると同時に、スパイラルデスティニーの周囲に展開するレミリア。

 

 同時に牽制の射撃を行う。

 

 ドラグーンの攻撃は、あくまでブラフ。アステルの回避スペースを限定する為にわざと甘い照準で散らした攻撃を行う。

 

 案の定、アステルは乗って来た。

 

 ドラグーンの攻撃をすり抜けるようにして両手にビームサーベルを構え、斬り掛かってくるギルティジャスティス。

 

 迎え撃つように、レミリアも両手にミストルティン対艦刀を構えた。

 

 接近する両者。

 

 間合いに入ると同時に斬り結ぶ。

 

 豪風を撒いて旋回する両者の剣。

 

 その切っ先は、しかし互いを捉えるには至らない。

 

 殆ど流れるような動作で、アステルとレミリアは次の行動を起こした。

 

 アステルは脚部のビームブレードを展開し、鋭く蹴り付ける。

 

 迫る光刃に対し、レミリアは後退しつつドラグーンを引き戻し、砲撃を仕掛ける。

 

 先に行った牽制交じりの攻撃ではない。今度は、完全に「仕留める」ための攻撃である。

 

 だが、

 

「相変わらず・・・・・・」

 

 アステルは機体を横滑りさせながらドラグーンの攻撃を回避。そのまま、肩からビームブーメランを抜いて投げつける。

 

「動きが読みやすいぞ、レミリア!!」

 

 旋回しながら刃を発振。スパイラルデスティニーへと襲い掛かるブーメラン。

 

 しかし、旋刃が届く前に、レミリアはミストルティンを振るってブーメランを斬り捨て、更に機体を前進させる。

 

 対抗するように、アステルもビームサーベルとビームソード。計4本の刃を携えて駆ける。

 

 互いの刃を弾き、防ぎ、同時に距離を置きながら砲撃を放つ。

 

 離れながら、アステルはビームライフルを斉射。

 

 対してレミリアは、その攻撃を上昇しながら回避。同時に、3連装バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス改連装レールガン、ビームライフル、アサルトドラグーンを全力展開、全力の52連装フルバーストを叩き付ける。

 

 奔流の如き砲撃は、しかし、それよりも一瞬早くアステルが回避行動に移った為、ギルティジャスティスを捉えるには至らない。

 

「さっすが・・・・・・・・・・・・」

 

 幼馴染の変わらない実力に、レミリアは苦笑交じりの賞賛を送る。

 

 ヒカルと戦いたくないから、相手にアステルを選んだわけだが、どうやら少女は、早々に「甘え」のツケを払わされる羽目になっていた。

 

 

 

 

 

 逃げながら砲撃。近付いてきた場合は、剣を引き抜いて斬り付ける。

 

 そんな戦闘を繰り返しながら、ヒカルはどうにかテュポーン、エキドナとの戦闘を拮抗させていた。

 

 2機合わせた時の戦闘力は、確実にエターナルフリーダムを上回っている。まともに正面からぶつかり合えば苦戦は免れ得ない。

 

 どうにか相手の攻撃をいなしながら、隙を待つのが最善だった。

 

 向かってくるエキドナ。

 

 対してヒカルは、腰のレールガンで牽制を入れてから機体を上昇させる。

 

 対してフィリアは陽電子リフレクターでヒカルの攻撃を防御しつつ、両手掌とラドゥンに備えられたビームキャノンで一斉攻撃を仕掛ける。

 

 放たれる閃光は、しかしエターナルフリーダムを捉えられない。

 

 その前にヒカルは、機体を錐揉みさせながら、急激に高度を落として回避したのだ。

 

「往生際が悪いっての!!」

 

 叫びながら、鉤爪とビームファングを振り翳してエターナルフリーダムに襲い掛かろうとするフィリア。

 

 しかし、それに対するヒカルの反応も早かった。

 

 視界が上下逆のままヒカルは全武装を展開、6連装フルバーストを叩き付ける。

 

 とっさに、再度リフレクターを最大展開して防御に回るフィリア。

 

 しかし、障壁で閃光を受け止めた瞬間、凄まじい衝撃が加わって、エキドナの機体は後方に大きく押し戻された。

 

 代わって、今度はフレッドのテュポーンが前へと出た。

 

 ドラグーンを射出しながら、ビームクローを振り翳して襲い掛かってくるテュポーン。

 

 迎撃のためにヒカルが放つ攻撃を、全てリフレクターで弾きながら、フレッドはエターナルフリーダムへ迫る。

 

「貰ったぞッ!!」

 

 両側から迫る鉤爪。

 

 対して、ヒカルはとっさに上昇を掛けつつ、フレッドの攻撃をすり抜ける。

 

 すぐさま、追撃を掛けようと振り仰ぐフレッド。

 

 しかし、その前にヒカルはレールガンを展開して斉射。テュポーンの両腕を吹き飛ばしてしまった。

 

 だが、

 

「まだだぞ、魔王!!」

 

 フレッドはドラグーンを展開。更にボディに備えられた複列位相砲を放ちながら、尚も攻撃を続行してくる。

 

 対して、ヒカルは舌打ちしながら、どうにか振り切ろうと翼を羽ばたかせる。

 

 と、その時だった。ヒカルはある事に気が付き、愕然とする。

 

 熱紋センサーが、自分達の戦場を迂回するようにして後方へと流れていく反応を捉えている。

 

 ヒカルがリーブス兄妹に気を取られている隙に、他のプラント軍部隊が、戦線をすり抜ける形で後方に回り込もうとしているのだ。

 

「あいつらッ スカンジナビアを!?」

 

 敵の意図に、ヒカルは瞬時に思い至る。

 

 プラント軍は、ヒカル達が釘付けにされている隙にムルマンスクに攻め入ろうと言う腹積もりなのだ。

 

 あそこには今、碌な戦力が残されていない。大軍に攻め込まれてはひとたまりもないだろう。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら、機体を反転させようとするヒカル。

 

 だが、

 

《はいは~い、ど~こに行くのかしら~?》

 

 エターナルフリーダムの前に回り込むような形で、エキドナが進路を塞いでくる。

 

 更に後方からは、両腕を失ったテュポーンが執拗に追撃を仕掛けて来た。

 

《我々を前にしてよそ見とは、なかなか余裕だな!!》

 

 ドラグーンが吐き出す攻撃を辛うじて回避しながらも、ヒカルの脳裏では焦燥が募り始める。

 

 どうにか振り切ろうと、機体を旋回させる。

 

 しかし、それを読んでいたように、フィリアはエキドナを割り込ませる。

 

《行かせないって言ってんでしょーが!!》

 

 繰り出される両手掌の鉤爪と、4基のラドゥン。

 

 対抗して、ヒカルも高周波振動ブレードを抜き放つ。

 

「どけよッ!!」

《どけって言われてどく馬鹿はいないってーの!!》

 

 繰り出される攻撃を、ヒカルはどうにか剣2本でさばきながら、出し抜く隙を探る。

 

 しかし、意識を散らした状態での動きは、どうしても緩慢になってしまう。

 

《どうした、動きが鈍いぞ、魔王!!》

 

 エキドナと斬り結ぶエターナルフリーダムを、フレッドのテュポーンが、背後から強襲する。

 

 ドラグーンを飛ばしながら、同時に複列位相砲を斉射。焦るヒカルを更に追い詰めてくる。

 

 その間にも、戦線を迂回したプラント軍の部隊がムルマンスクの方向へ、続々と向かっていく。

 

 だがヒカルが僅かでも、そちらに意識を向けようとすると、待ってましたとばかりにリーブス兄妹が猛攻を仕掛けてくる。

 

 離脱する隙が無い。

 

 このままでは、スカンジナビアが・・・・・・

 

 あそこで暮らす、多くの人達が・・・・・・

 

 迫る、2機の異形。

 

 それをヒカルは真っ向から見据えて睨み付ける。

 

《キャハハハ これで、おーわり!!》

《さらばだ、魔王!!》

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルのSEEDが弾けた。

 

 呼応するように、エターナルフリーダムの中に眠るエクシード・システムが唸りを上げて稼働する。

 

 劇的な変化が起こる。

 

 OSの処理速度が跳ね上がり、機体のパワー、スピードがけた違いに進化する。

 

 そこへ、エキドナが突っ込んでくる。

 

《そーら 貰ったァ!!》

 

 耳障りな喝采と共に、エターナルフリーダムに襲い掛かろうとするフィリア。

 

 しかし次の瞬間、ヒカルは鋭い蹴りでエキドナを弾き飛ばすと、その背後でドラグーンの操作に当たっていたフレッドのテュポーンに襲い掛かった。

 

《うゥ!?》

 

 その予想していなかったヒカルの動きに、一瞬虚を突かれるフレッド。

 

 その隙にヒカルは高速で距離を詰めに掛かる。

 

 フレッドはドラグーンの砲撃で迎え撃とうとするが、ヒカルは甘くなった砲撃をすり抜けて接近すると、背中からティルフィングを抜刀。横なぎにテュポーンを斬り捨てる。

 

 両足を失ったテュポーンは、バランスを保つ事ができずに地面へと落下していく。

 

《兄貴をッ よくも!!》

 

 そこへ、背後からエキドナが迫ってくる。

 

 鉤爪とラドゥンを振り翳すフィリア。

 

 しかし、

 

 フィリアがエターナルフリーダムを間合いに捉えるかと思った次の瞬間、

 

 ヒカルはティルフィングを背中に戻しながら、全火砲を展開して、フルバーストモードへと移行した。

 

 舌打ちするフィリア。

 

 しかし、もう遅い。

 

 必中の零距離フルバーストが、エキドナに襲い掛かる。

 

 その一撃で両手両足、そして全てのラドゥンを失うエキドナは、テュポーンと同様に地面へと落下していく。

 

 しかし、

 

《フッ やはり、こうなったか》

《偽善者ぶっちゃってさ~ それでいい気分に浸れるってお気楽だよね~》

 

 撃墜されて尚、ヒカルに対する嘲弄をやめようとしないリーブス兄妹。

 

 しかし、ヒカルはそれに構う事無く、機体を反転させる。

 

 あんな連中に構っている暇は無い。今は一刻も早く、敵の大軍を止めないと。

 

 12翼を羽ばたかせ、最前線へと向かおうとするヒカル。

 

 しかし、

 

 その視界の中で白銀の光が、行く手を遮るようにして舞い降りてくるのが見えた。

 

「ッ!?」

 

 舌打ち交じりに息を呑むヒカル。

 

 対して、仮面の少女は泰然とした調子でエターナルフリーダムを見詰めている。

 

《ここは行かせません。今度は、わたくしが相手になります」

 

 アルマは、静かな声で言い募る。

 

 魔王と聖女。

 

 通算で三度目となる対決が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-33「死線」      終わり

 



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PHASE-34「魔王と、聖女と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィスは、孤独な戦いを余儀なくされていた。

 

 ヒカルはリーブス兄妹に、アステルはレミリアとの戦闘に突入した関係で、動きを拘束されている。

 

 自然、自由に動けるのはリィスのテンメイアカツキ以外にはいなかった。

 

 撃ち放たれるミサイルの雨を掻い潜り、光学兵器の照射をヤタノカガミで弾きながら距離を詰めると、大剣モードのムラマサ対艦刀を強引に旋回させて斬り掛かる。

 

 大剣の一撃が猛吹雪を割り、長距離砲を構えていたハウンドドーガを胴切りにした。

 

 更にリィスは、次の行動に移ろうと機体を操る。

 

 しかし、そこへ一斉攻撃が襲い掛かる。

 

 雪原を疾走して、レールガンによる攻撃を繰り返してくるガルゥ。

 

 対してリィスはシールドを掲げて防御に回る。

 

 しかし、盾表面に当たる衝撃は凄まじく、表面のラミネート装甲がガリガリと削られていくのが分かった。

 

「こ、のォ!!」

 

 歯を食いしばって衝撃に耐えながらも、このままでは埒が明かないと判断したリィスは、ガルゥの攻撃が一瞬止んだ隙を突く形で突撃を開始した。

 

 手にしたビームライフルを斉射。慌てて回避行動に移ろうとしていたガルゥ1機を吹き飛ばすと、ビームサーベルを抜き放ってもう1機のガルゥを斬り捨てる。

 

 奮戦するリィス。

 

 しかし、彼女1人では、とても戦線を支えきれるものではない。

 

 元々、テンメイアカツキは、3機の中で最も火力に劣っている。防御面に関しては優れているが、それだけでは大軍を押しとどめるには至らないのだ。

 

 現に、テンメイアカツキが守護する地点を迂回しながら北上する部隊が後を絶たない。

 

 このままではムルマンスクへと攻め込まれるのも時間の問題だった。

 

 だが、リィスがプラント軍の後を追おうとすると、彼女と対峙する部隊が執拗に食い下がってくる。

 

 ガルゥが疾走しながら砲撃を仕掛け、リューンが上空を押さえて爆撃を加えてくる。

 

 多数の利点を最大限に活かし、プラント軍は容赦なく攻め込んでくる。

 

「ッ!!」

 

 息をのみながら、リィスはスラスターを全開まで吹かし、強引に包囲網を破りにかかった。

 

 このまま遠巻きに攻撃を受け続けたのでは埒が明かない。この状況を脱する事が出来るなら、多少の損害は許容するしかない。元より、立場を考えれば無傷で戦い抜くなど虫のいい話である。

 

 しかし、当然ながら動きに精密さを欠くと、同時にそれが致命的な隙を生む事になる。

 

 強引な動きで突破しようとするテンメイアカツキに、砲火を集中させてくるプラント軍。

 

 四方八方から放たれた攻撃が、容赦無くテンメイアカツキに殺到する。

 

 その第一波を、リィスは全て回避する。

 

 第二波も、辛うじて回避した。

 

 だが、第三波への回避は間に合わない。

 

 次の瞬間、殺到した攻撃がテンメイアカツキを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルマの中でSEEDが弾ける。

 

 クリアになる視界。

 

 あらゆる感覚が増幅され、全ての事象を並列的に捕捉する事が可能となる。

 

 これこそが、唯一神から与えられた絶対なる力であり、彼女をユニウス教団の聖女として、そして同教団最強の戦士としてあり続ける、最強の武器である。

 

 視界の中で、12枚の蒼翼を広げて向かってくる《魔王》

 

 その姿を仮面越しに見据え、アルマは仕掛けた。

 

「お行きなさい」

 

 静かな声と共に、ドラグーンが一斉射出される。

 

 対して、ヒカルは構わずに全力で突っ込んで行く。

 

「どけっ お前に構って言う暇は無い!!」

 

 言い放つと同時にビームサーベルを抜刀し、アフェクションに斬り付ける。

 

 その斬撃を、アルマは流れるように後退して回避。同時に、エターナルフリーダムを正面に見据えながら、腹部のスプレットビームキャノンを真っ向から撃ち放つ。

 

 放たれる拡散ビーム。

 

 逃げ場のない攻撃に対し、ヒカルはとっさにビームシールドを翳して防御する。

 

 光弾の嵐は、シールドを貫く事叶わず弾かれる。

 

 しかしその間に、アフェクションから放たれたドラグーンは、エターナルフリーダムを包囲するような位置へと展開を終えていた。

 

 八方から、一斉に放たれる攻撃。

 

 本来なら、逃げ場などあろうはずもない。

 

 しかし、SEEDを宿したヒカルの瞳は、その全てを捉えていた。

 

 次の瞬間、機体を上昇させ、ドラグーンの攻撃が織りなす光の檻の、僅かな隙間から脱出させる。

 

 同時にヒカルは、追撃を仕掛けてくるドラグーンの攻撃を巧みにかわしながら、アフェクション本体目がけてレールガンを展開して撃ち放つ。

 

 放たれた砲撃は、しかし、命中よりも早くアルマがビームシールドを展開して防御した為、用を成さなかった。

 

 その間にアルマは、浮遊限界に達していたドラグーンを回収すると、ビームキャノンとビームライフル、腹部のスプレットビームキャノンを駆使してフルバースト射撃を仕掛けてくる。

 

 向かってくる閃光。

 

 対して、ヒカルはスクリーミングニンバスとヴォワチュール・リュミエールを展開。一気に加速力を上げてアフェクションへと向かう。

 

 アルマの砲撃が、僅かに甘くなった隙を突いて斬り掛かる。

 

 迫るエターナルフリーダムのビームサーベル。

 

 対抗するように、アルマもビームサーベルを抜いて迎え撃った。

 

 繰り出された互いの剣を、シールドで防御するヒカルとアルマ。

 

 互いの視線がカメラ越しにぶつかり合い、激しく火花を散らすのが判る。

 

 両者は更に剣戟は重なるも、刃が相手を捉える事はない。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちと共に、再度ビームサーベルを、振り下ろすように繰り出すヒカル。

 

 対して、その斬撃を、アルマはシールドを展開して防御する。

 

 剣と盾の接触によって、飛び散る火花が視界を白色に染め上げた。

 

「「クッ!?」」

 

 両者は同時に舌打ちすると、とっさに機体を離す。

 

 同時に、アルマはドラグーンを全力射出。自機の周囲に配置すると同時に、ビームキャノン、ビームライフル、スプレットビームキャノンを構えてエターナルフリーダムに照準する。

 

 放たれるフルバースト。

 

 対して、ヒカルはそれよりも一瞬早く、ヴォワチュール・リュミエールを展開して強引に機体を射線から引き離す。

 

 緊急回避的な行動であった為、激しい負荷が機体と、そしてヒカル自身に襲い掛かって来た。

 

 込み上げる吐き気に対して歯をくいしばって耐えながら、ヒカルはアフェクションを見据える。

 

 しかし、攻撃を外した時点で、アルマも次の行動を起こしている。

 

 フルバースト状態を解き、個別に機動しながらエターナルフリーダムを追撃するドラグーン。

 

 そのすぐ後からは、アフェクション本体も迫ってくるのが見える。

 

 回避する事は不可能ではない。が、それでは結局、追い込まれてしまう。

 

「ならッ!!」

 

 ヒカルは鋭く言い放つと、両腰から高周波振動ブレードを抜刀する。

 

 放たれる、ドラグーンによる攻撃。

 

 しかし、SEEDを宿したヒカルの瞳は、その全てを見切る。

 

 振るわれるブレード。

 

 複雑な斬線を描いた剣は、ドラグーンのビームを全て弾いて見せた。

 

「なッ!?」

 

 仮面の下で、アルマの顔が驚愕に染まる。

 

 彼女としては、ヒカルがドラグーンの攻撃を回避するなら、体勢が崩れたところで砲撃を浴びせ、防御するのなら、動きを止めたところで、必中距離まで詰めようと考えていたのだ。まさか、そのような手段で攻撃をすり抜けられるとは思っても見なかったのである。

 

 慌てて、スプレットビームキャノンを撃ち放つアルマ。

 

 しかし、ヒカルはそれを見越していたかのように機体を旋回させ、アフェクションの側方に回り込んだ。

 

「喰らえ!!」

 

 勢いそのままに、横なぎに振るわれるブレード。

 

 だが、ヒカルが剣を振り切る事はできなかった。

 

 その前に、聖女を助けるように横合いから砲撃を吹き荒れ、エターナルフリーダムの進路を遮ったのだ。

 

「チッ」

 

 舌打ちするヒカル。

 

 その視界の先では、こちらに向かいながら砲火を閃かせる複数の機影が見える。

 

 ガーディアンだ。聖女の危機を察知して掩護に駆け付けたのだろう。

 

 陽電子リフレクターを前面に張り、防御力を高めた機体の厄介さは、ヒカル自身、これまでの戦いで痛感している。

 

 しかも悪い事に、ヒカルが一瞬、ガーディアンに気を取られた隙に、アルマは体勢を立て直してしまった。

 

 ドラグーンを回収しつつ、ビームライフルを構えて向かって、再びくるアフェクション。

 

 白銀の翼が不吉な輝きを見せる中、ヒカルは焦る気持ちを抱えながら迎え撃つ体勢を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踊る爆炎が、全ての視界を一時的に遮る。

 

 吹き付ける猛吹雪と煙によって覆い隠される中、誰もが標的の破壊を予想した。

 

 だが、

 

 炎を突き破るようにして、黄金の機体が姿を現した。

 

 同時に、リィスはテンメイアカツキの右手でビームサーベルを抜き放ち、上空で動きを止めていたリューン1機を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 バランスを保てずに墜落していくリューンを尻目にしながら、リィスはそのまま、放たれる砲火を回避し、どうにか雪原の上に降り立った。

 

 先程の攻撃を、どうにかやり過ごす事に成功したリィス。

 

 とは言え、テンメイアカツキも無傷ではない。

 

 ヤタノカガミ装甲は所々ひび割れて、自慢の光学反射機能は失われているのは明白である。最大の特徴であるアマノハゴロモも右翼が欠損し、左腕ももぎ取られていた。

 

 先程の攻撃、辛うじて防ぎ止める事には成功したものの、大ダメージは結局まぬがれなかったのだ。

 

 周囲を見回せば、尚もテンメイアカツキにトドメを差すべく、複数のプラント軍機が向かってくるのが見える。

 

 それに対して、もはやリィスは無力に等しかった。

 

「これまで、か・・・・・・」

 

 覚悟を決めて、ビームサーベルを構え直すリィス。

 

 たとえここで死ぬとしても、その間に可能な限り多くの敵を屠り続けるのみである。

 

 たとえ、手足を捥がれ、地べたに這いずる事になろうとも、プラント軍をスカンジナビアへ行かせる気は無かった。

 

 なぜなら、あそこには今、「彼」がいるから。

 

 いつからだろう、リィスの中で「アラン・グラディス」と言う存在が大きな割合を占めるようになったのは。

 

 初めは彼の事など、何とも思っていなかった。同盟軍から派遣されてきた連絡員であり、およそ戦場に似つかわしくない、華奢な外見をした一文官に過ぎなかった。

 

 だが今、アランはリィスにとって、掛け替えの無い存在となっていた。

 

 彼を守る為なら、自分は何だってできる。たとえ、この身が朽ち果てようとも後悔は無かった。

 

 向かってくるプラント軍。

 

 悲壮な覚悟で、それを見据えるリィス。

 

 一斉に発射されるミサイル。

 

 それらがテンメイアカツキに向けて殺到し、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、命中を前にして、その全てが吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えッ!?」

 

 そのあり得ない光景に、声を上げるリィス。

 

 驚いているのは、プラント軍の方も同様である。トドメのつもりで放った攻撃が全て、僅か一瞬で吹き飛ばされたのだから。

 

 次の瞬間、

 

 傷ついたテンメイアカツキを守るように、1機のモビルスーツが舞い降りてきた。

 

 頭頂から膝下まで、すっぽりと外套を羽織った謎の機体。

 

 その正体は、相変わらず不明のまま。

 

 しかし

 

「あれはッ!?」

 

 驚いて声を上げるリィス。

 

 あれは間違いなく、月の戦いでもリィスを助けてくれた機体だった。

 

 と、

 

《よく頑張ったね。もう大丈夫だよ》

 

 回線を通じて、優しい声が掛けられる。

 

 その言葉に、

 

 リィスは、思わず落涙するのを止められなかった。

 

 無理も無い。

 

 なぜなら、この声は間違いなく・・・・・・・・・・・

 

 そう思った次の瞬間、プラント軍が動いた。

 

 標的は、新たに乱入した機体。

 

 一斉に放たれる砲撃が、機体に向けて殺到する。

 

 次の瞬間、その機体は、全身を覆っていた外套に手を掛け、一気に引きはがした。

 

 爆発する視界。

 

 仕留めたか?

 

 誰もがそう思う中、

 

 

 

 

 

 「それ」は姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 蒼い装甲に、白い炎の翼。

 

 かつて、世界を救った救世主の如き機体。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスは、流れる涙で視界を歪めながら、その、懐かしいと言うにも遠き記憶の中にある機体を見詰める。

 

 それはかつてのリィスの機体。

 

 そして、父と共に駆った思い出多き機体。

 

「・・・・・・クロス・・・・・・ファイア・・・・・・・・・・・・」

 

 ZGMF-EX001A「クロスファイア」

 

 今、

 

 正に、

 

 「最強の中の最強」が、18年の長きに渡る沈黙を破り、その雄々しくも流麗な姿を白日の下に晒していた。

 

 

 

 

 

 そのコックピットの中で、キラ・ヒビキは不敵な笑みと共に目の前の大軍を眺めていた。

 

 偽装の為に用いていた対ビームコーティングを施したマントは、先程の攻撃を一身に受けとめた事で、一瞬で燃え尽きて灰と化している。

 

 これまで頑なに自分達の存在をひた隠しにしてきたが、この段に至った以上、穏行する事に意味は無く、むしろ存在を誇張させる事で、敵の目を引き付ける方が得策であると判断したのだ。

 

「敵部隊の9割が、こちらに指向しました。アカツキへの脅威レベルは低下」

「狙い通りだね」

 

 後席に座るエストからの報告を聞き、キラは確信の頷きを返す。

 

 敵はより、脅威度の高い獲物、つまりクロスファイアと言う餌に食いついてくれた。これでひとまず、リィスを助ける事には成功したと見て良いだろう。

 

「なら、残りの1割が変な気を起こす前に、片を付けるとしよう」

 

 呟いた瞬間、

 

 キラの瞳にSEEDの輝きが宿った。

 

 同時に、機体の装甲が白に、翼の炎が蒼に変化する。

 

 クロスファイア・モードF

 

 そもそもクロスファイアが属するイリュージョン級機動兵器は、モビルスーツの中でも珍しい複座式を採用しており、前席が操縦を担当するに対し、後席は「デュアルリンク・システム」と言う短期未来予測を司るシステムを操作するオペレーターを担っているのが特徴である。

 

 そこに加えて、クロスファイアはフリーダム級機動兵器の砲撃能力とデスティニー級機動兵器の接近戦能力を併せ持ち、操縦者がSEED因子を発動した場合、任意で特性の切り替えが可能となっている。

 

 モードFはフリーダム級の特性を発動した事を意味している。

 

 次の瞬間、キラは仕掛けた。

 

 両手のビームライフル、両腰のレールガン、そして両翼のカバー部分から射出した4基のアサルトドラグーンを構え、迫りくる敵軍へ砲門を向ける。

 

 放たれる、24連装フルバースト。

 

 火力的には、多クラスの特機と比較して、決して高いとは言い切れないだろう。

 

 しかし、モードF状態のクロスファイアは、額面通りの火力不足など問題にならない存在だった。

 

 一斉に放たれる砲撃は、五月雨もかくやと言う勢いで吹き荒れ、不遜にも近付こうとする敵機を容赦なく打ち抜いていく。

 

 放たれる砲撃が、プラント軍機の手足や武装、頭部を破壊して戦闘力を奪う。

 

 その攻撃速度は異常と言う以外に無く、反撃の隙は一切与えられない、無慈悲な光景が現出されていた。

 

 通常を上回る速射力とロックオン速度を前にしては、並みの火力や防御手段など問題にならない。

 

 ものの1分もかからず、前線のプラント軍は、圧倒的な火力を前に撃破されてしまった。

 

 更にキラは、ドラグーンを回収してビームライフルとレールガンを収めると、代わって背中からブリューナク対艦刀二振りを抜き放った。

 

 同時に、クロスファイアの装甲は黒く、翼は紅く変化する。

 

 次の瞬間、圧倒的な加速力を持って駆け抜ける。

 

 慌てて、迎え撃つように砲火をひらめかせるプラント軍。

 

 しかし、その全てがクロスファイアのシルエットを、空しくすり抜けていく。

 

 クロスファイア・モードD

 

 デスティニー級機動兵器の特性を前面に出したこの形態では、加速力がけた違いに上昇すると同時に、同クラス最大の武器とも言うべき光学残像を使用可能になる。砲撃力ではFモードに劣るものの、接近戦においては比類ない戦闘力を発揮できるのだ。

 

 炎の翼を羽ばたかせて迫るクロスファイアに対し、プラント軍の攻撃は何の意味もなさなかった。

 

 すれ違う瞬間、キラはブリューナクを鋭く振るう。

 

 ただそれだけで、尚もしつこく砲撃を繰り返していたハウンドドーガ数機が、手足や首を斬り飛ばされて戦闘力を喪失する。

 

 突如現れたクロスファイア。

 

 その圧倒的な戦闘力は、ただ1機で戦場を支配するに十分だった。

 

 

 

 

 

 その頃、ムルマンスクに向けて北上するプラント軍本隊にも、変化が表れていた。

 

 吹雪を割るようにして突き進むプラント軍。

 

 そんな彼等の眼前に突如、巨大な白亜の壁が姿を現した。

 

 否、壁ではない。

 

 それは、奇妙な形をした戦艦だった。

 

 ターミナル旗艦アークエンジェル。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の頃から長く戦い続ける歴戦の不沈艦が、かつて恩のあるスカンジナビアを救うべくはせ参じたのだ。

 

 上甲板に備えられた連装2基の主砲塔が旋回し、砲撃を開始。更に後部発射管からは次々とミサイルが射出される。

 

 雪原に爆炎が閃き、プラント軍の機体を次々と吹き飛ばす。

 

 そこへ、更に戦線に加わる影があった。

 

 引き絞ったような細いシルエットを持つ、2体の機動兵器。1機は巨大な大砲を背負い、もう1機は背中から突き出した独立機動デバイスが特徴である。

 

 ターミナル製の機動兵器エクレールである。

 

《これより戦闘を開始するわよ。レイ、無茶はしないで!!》

「心配するな、ルナマリア」

 

 声を掛けて来た相棒に対し、レイは冷静な声で返事を返す。

 

 言われるまでも無く、自分の体の事は、他ならぬレイ自身が誰よりも把握している。

 

 不完全なクローニングによる、テロメアの摩耗。それに伴う急速な老化現象。

 

 最新の薬を投与し続ける事で、どうにか寿命を延ばし続けて来たが、それでも年齢の経過による衰えは自覚せざるを得ない。

 

 だが、それでも、

 

 レイは歩みを止める心算は無い。

 

 たとえこの身が朽ち果てようとも、息の根が止まる瞬間まで、走り続けると決めていた。

 

 かつて、レイが仕えた2人の議長が望む平和な世界。

 

 その礎となる事ができるのなら、この身がそうなろうとも本望だった。

 

「見ていてください、ギル、クライン議長」

 

 呟くと同時に、アサルトドラグーンを射出して攻撃を開始するレイ。

 

 それを掩護するように、ルナマリアもまた砲撃を開始する。

 

 互いに気心の知れたコンビネーションは、絶妙な連繋を繰り出しながら、戦線突破を図るプラント軍を次々と討ち取って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐々に追い込まれつつある状況の中、ヒカルは操縦桿を握りながら必死に砲火を回避する事に努めていた。

 

 モニターの中では、アルマのアフェクションに加えて、複数のガーディアンがエターナルフリーダム目がけて砲火を浴びせてきているのが判る。

 

 正直、アフェクション1機だけでも持て余している状況にあって、他の機体まで相手取る余裕はヒカルには無い。

 

 だが、

 

《聖女様の為に!!》

《魔王に滅びの鉄槌を!!》

 

 口々に叫びながら攻撃を反復してくる信徒達を前にして、ヒカルの神経は否応無く削り取られていった。

 

「クソッ!!」

 

 ヒカルはフル加速で距離を詰めつつ、ビームサーベルを抜き放つ。

 

 勢いをのままに、横薙ぎに振るう光刃。

 

 その一撃が、ガーディアン1機の足を叩き斬る。

 

 更にヒカルは、機体を宙返りさせて振り向くと、後方から追ってきたガーディアンに、素早く展開したバラエーナを浴びせる。

 

 不意を打つようなエターナルフリーダムの攻撃を前に、ガーディアンは成す術も無く両腕を破壊されて戦闘力を奪われてしまう。

 

 だがそこへ、狙いを澄ましたように、白銀の機体が刃を翳して斬り込んで来た。

 

 振りかざされる光刃。

 

「チッ!?」

 

 対して、ヒカルは舌打ちしながらビームシールドを展開、アフェクションの繰り出す刃を弾く。

 

 激突するエターナルフリーダムとアフェクション。

 

 衝撃が両者を襲い、機体が強制的に後方へと押し出される。

 

 しかし、その時には既に、予めアルマが射出しておいたドラグーンが、四方からエターナルフリーダムへと襲い掛かっていた。

 

 ヒカルはとっさに後退して回避しようとする。

 

 しかし、それを阻むかのように、遠巻きに包囲して展開するガーディアンが、エターナルフリーダム目がけて砲火を閃かせる。

 

 照準の荒い砲撃であり、ヒカルの技量をもってすれば、回避は難しくない。

 

 しかし、信徒達の目的は、エターナルフリーダムの撃破では無く足止めである。その為、アルマが戦いやすいようにヒカルの動きを牽制しているのだ。

 

 回避スペースが一気に狭められる。

 

 そこへ、アルマがスプレットビームキャノンをエターナルフリーダムに叩き付けて来た。

 

 拡散されて広範囲に散らされたビーム攻撃は、エターナルフリーダムに回避の隙を与えない。

 

 ヒカルはシールドを翳し、どうにかその攻撃を防御して耐えるが、そこで動きを止めてしまった。

 

 これ幸いと、殺到してくるガーディアン。

 

 だが、

 

「舐めるなァ!!」

 

 一声吠えながら、ヒカルはティルフィング対艦刀を抜き放って一閃。1機のガーディアンの肩を斬り捨てる。

 

 更に、左手で高周波振動ブレードを抜き放つヒカル。

 

 エターナルフリーダムの予期せぬ反撃を前に、不用意に接近しようとしていた信徒たちは、とっさにリフレクターを展開して防御に回ろうとする。

 

 しかし、ヒカルはそれを許さなかった。

 

 振るわれたブレードが、ガーディアンの障壁を呆気無く斬り裂き、返す刀で繰り出したティルフィングが機体本体の装甲を斬り捨てる。

 

 バランスを崩して倒れ込むガーディアンを蹴り飛ばし、ヒカルは包囲網を脱出しようとする。

 

 だが、

 

《逃がしません》

 

 静かな声と共に、連鎖する閃光が輝ける重囲を築き上げる。

 

 ヒカルはとっさに意識を向け直し、アルマと再び対峙する。

 

 しかし、その行動は一歩遅く、ヒカルが体勢を立て直した時には既に、アルマの攻撃が始まっていた。

 

 リフレクト・フルバースト。

 

 聖女の得意技である。

 

 アルマはエターナルフリーダムを光の鳥かごの中へと閉じ込め、その機動力を封殺する作戦に出たのだ。

 

 ギリッと、歯を鳴らすヒカル。

 

 既に光の檻は、網の目のように張り巡らされ、エターナルフリーダムを包囲している。これでは、比類無い機動力を発揮するヴォワチュール・リュミエールも意味を成さない。

 

 そこへ、アフェクションが襲い掛かる。

 

 光の檻でエターナルフリーダムの動きを封じ、接近戦でトドメを刺す。それが、聖女アルマの考え出した、必勝の策だった。

 

 指先に生じる光刃。ビームネイルを振り翳し、エターナルフリーダムに襲い掛かってくる。

 

 とっさに、高周波振動ブレードを振り翳すヒカル。

 

 交錯する、両者。

 

 エターナルフリーダムの剣は、アフェクションの胸部装甲を僅かに傷付け、アフェクションの爪はエターナルフリーダムの肩の装甲を抉る。

 

 ヒカルは、僅かに顔をしかめる。

 

 エターナルフリーダムに乗って以降、僅かとは言え被弾によって機体が損傷したのは、これが初めての事である。

 

 ユニウス教団の聖女は、やはり油断ならない相手である。

 

 そのヒカルの視界の中で、アフェクションがビームライフル、スプレットビームキャノン、ビームキャノンを構えるのが見えた。

 

 ここで一気に、片を付ける気なのだ。

 

「ッ!?」

 

 その動きに、ヒカルは僅かに目を細めながら舌打ちする。

 

 お互い、これが最後の攻撃となる。

 

 ビーム攻撃を反射するアフェクション相手に、フルバースト同士の打ち合いをするのは無謀である。

 

 ならばッ

 

 ヒカルはとっさにヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開。一気に勝負を掛けるべく、ティルフィング対艦刀を構えて突撃する。

 

 アフェクションが攻撃を開始する前に、一気に距離を詰めて斬り掛かる。それが、ヒカルの選んだ戦術だった。

 

 距離が詰まる両者。

 

 互いの視線が、カメラアイを通して交錯する。

 

 魔王と呼ばれる少年と、聖女の称号を持つ下面の少女。

 

 因縁とも言うべき激突が今、最高潮を迎えようとしている。

 

 果たして、

 

 ヒカルは、賭けに敗れた。

 

 ヒカルの剣が振り下ろされる前に、アルマはフルバーストのトリガーを引き絞ったのだ。

 

「くそ・・・・・・・・・・・・」

 

 悔しげに、声を漏らすヒカル。

 

 防御は不可能だ。あれほどの攻撃だ。スクリーミングニンバスで弾ける量を完全に上回っている。恐らく、まともに喰らった瞬間、障壁は破られて直撃を受けるだろう。

 

 回避も不可能だ。いかにエターナルフリーダムでも、今は突撃の為に推進力をフル稼働させている。急な方向転換は不可能だった。

 

 万事休す。

 

 放たれる閃光を、SEEDを宿した瞳はスローモーションのように捉えている。

 

 しかし最早、ヒカルにできる事は何も無かった。

 

 やがて、閃光がエターナルフリーダムに迫る。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《諦めてはいけません》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、モニターにメッセージがポップアップする。

 

 更に、

 

《あなたを待っている方は、この世界にたくさんいます。だから、どうか諦めないでください》

 

 そのメッセージが刻まれた瞬間、

 

 エターナルフリーダムの加速力は、これまでにないほどの唸りを上げて上昇した。

 

「グッ!?」

 

 操縦桿を握っていたヒカルが、思わず息を詰まらせるほどの加速。

 

 殆ど機体に振り回されるような勢いで操りながら、ヒカルはアフェクションのフルバーストの閃光をすり抜けた。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する聖女。

 

 予期し得なかった事態に、思わず反応が遅れる。

 

 その千載一遇の好機を、ヒカルは見逃さなかった。

 

 アフェクションの側面へと回り込んだエターナルフリーダムが、脇構えに構えたティルフィングを、フルスイングの要領で振り抜く。

 

 その大剣の一撃で、アフェクションは頭部を斬り飛ばされた。

 

 カメラの視界を失い、更にはドラグーンもコントロール不能に陥ったアルマ。

 

「そんなッ!?」

 

 見えなくなった視界の中、アルマはそれでもどうにか抵抗を試みる。

 

 後退しながら、砲門を開こうとするアフェクション。

 

 しかし、ヒカルはそれを許さなかった。

 

 とっさにティルフィングを投げ捨てると、両腰から高周波振動ブレードを抜刀、ノロノロとした動きで逃げようとするアフェクションに追いすがる。

 

 一閃

 

 ライフルを持つアフェクションの右腕が斬り飛ばされる。

 

 更に、そこでヒカルは動きを止めない。

 

 鋭い斬撃が空中を縦横に舞う。

 

 斬線が奔り、次々と白銀の機体を捉える。

 

 それに対して、アルマの反撃は、あまりにも無力だった。

 

 腕を、肩を、足を、翼を、次々と斬り飛ばされるアフェクション。

 

 やがて、空中でバラバラにされた機体は衝撃と共に、地面へと落下していく。

 

 それと同時に、コックピットの中でも爆炎が踊り、アルマも悲鳴を上げてシートに叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 レミリアとアステルの実力は、完全に伯仲していると言って良かった。

 

 レミリアの斬り込みに対し、アステルは上昇して斬撃を回避。同時に脚部のビームブレードを展開して蹴り付ける。

 

 ギルティジャスティスの脚部による斬撃。

 

 対して、その動きを、レミリアは冷静に見極める。

 

 とっさに後退して距離を置くと、トンボを切るようにして宙返りを討ちながら、同時にドラグーンを射出する。

 

 この時点までに、既に2基のドラグーンが破壊されていたが、レミリアは構わず残り6基のドラグーンでアステルに攻撃を仕掛けた。

 

 放たれる攻撃をアステルは回避、

 

 しきれずに、左肩の装甲が吹き飛ばされる。

 

 それでも構わず、右手にビームライフルを構え、左手には残ったビームダーツを抜き放つ。

 

 ライフルを二射すると同時に、ダーツを投擲。神業に近い正確さで、ドラグーン3基を撃ち落とす。

 

 そこへ、ミストルティンを構えたスパイラルデスティニーが迫る。

 

 迎え撃つギルティジャスティスも、ビームサーベルを抜いて応じた。

 

 斬撃を互いに回避。

 

 両者、決定打を得られないまま距離を置いて対峙する。

 

 互いに打つ手が判っているからこそ、決め手に欠いてしまうのは、先の激突と同様だった。

 

 その時だった。

 

 突如、レミリアは、味方機のシグナルが突如として消失した事に気付いた。

 

「これは・・・・・・アルマ!?」

 

 アルマのアフェクションに何らかの異常が生じ、信号が途絶してしまったのだ。

 

 舌打ちする。

 

 こうしている場合ではない。一刻も早く助けに行かないと。

 

 踵を返そうとするレミリア。

 

 だが、

 

「行かせん」

 

 静かな声と共に、リフターを回り込ませるアステル。

 

 その動きに、注意が僅かに削がれていたレミリアの対応は遅れた。

 

 放たれた砲撃が、スパイラルデスティニーの左腕を吹き飛ばす。

 

 しかし、

 

 同時にレミリアの中でSEEDが弾ける。

 

 動きに鋭さを増す、スパイラルデスティニー。

 

 残った右手でミストルティンを抜き放つと、飛んできたリフターに真っ向から突っ込む。

 

 一閃。

 

 それだけで、ジャスティス級機動兵器の特徴であるリフターは、翼を斬り飛ばされて雪原へと墜落した。

 

 舌打ちするアステル。

 

 しかし、その時には既に、レミリアは炎の翼を羽ばたかせて飛び去って行った。

 

 追おうにも、今のギルティジャスティスも万全ではない。これ以上の不用意な戦闘は避けたいところである。

 

「・・・・・・痛み分け、か」

 

 仕方なく、アステルはシートに深く腰掛け直して息を吐いた。

 

 

 

 

 

PHASE-34「魔王と、聖女と」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、雪原へと降下していくと、目当ての物はすぐに見つかった。

 

 ヒカルはエターナルフリーダムの12枚の翼を畳み、そのすぐ横へと降り立つ。

 

 ボロボロに破壊し尽くされ、見る影もない無惨な形になったそれは、ところどころ白銀色をしているのが判る。

 

 アフェクションの残骸だ。

 

 かつては流麗を誇った機体も、こうなればそこらの鉄屑と変わらない。

 

 しかし、

 

 ヒカルは、転がっている残骸の中に目的の物を見付けて目を向ける。

 

 アフェクションの胴体部分だ。

 

 四肢と首は斬り飛ばしたが、コックピットとエンジンのあるボディ部分は無傷のまま残してある。と言う事は、内部にいた聖女も無事である可能性が高かった。

 

 そう考えていた時だった。

 

 ヒカルの見ている前で、コックピットハッチが強制解放され、中から人が出てくるのが見えた。

 

 聖女アルマである。

 

 アルマは短い金髪を吹雪に晒しながら、やや煤けた感のあるドレスのような白い衣装を靡かせている。

 

 所々、体に傷を負っており、頬にも血が滲んでいるのが見えるが、それでも、目の前に立つエターナルフリーダムを真っ向から見据えた。

 

 戦いには敗れたが、心から魔王に屈する気は無い。そう、無言の内に語っているかのようだ。

 

 と、アルマは自分の顔に手をやると、

 

 ひび割れた仮面に指を掛けて一気に引きはがした。

 

 舞い上がる金色の髪。

 

 同時に、今まで隠されていた双眸も顕となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見た瞬間、

 

 思わず、ヒカルは目を見開いて絶句する。

 

 アルマは、外気に生身を晒しながら、それでも不退転の意志を示すように、《魔王》と対峙を続ける。

 

 カメラ越しに、睨みあうヒカルとアルマ。

 

 ヒカルを射抜く、少女の瞳。

 

 吹雪の中にも輝く、鮮やかな紫色の瞳。

 

 その瞳を見返すたび、

 

 ヒカルは己が罪に否応なく蝕まれる。

 

 

 

 

 

「そんな・・・・・・嘘、だろう・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 ヒカルは、信じられないと言った調子に、震える声で首を振る。

 

 

 

 

 

 

「何で・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 いくら感情が否定したところで、現実は容赦なく少年を捉える。

 

 

 

 

 

「何で・・・・・・・・・・・・お前が、そこにいるんだよ?」

 

 

 

 

 

 其れは、少年にとっての原罪。

 

 

 

 

 

「何で・・・・・・・・・・・・お前が、そんなのに乗ってるんだよ?」

 

 

 

 

 

 其れは、決して消える事の無い、過去の記憶。

 

 

 

 

 

「何で!? ・・・・・・・・・・・・お前が!?」

 

 

 

 

 

 其れは、遠き彼方に、失ったはずの半身。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「         ルーチェ!!         」

 













人物設定

ルーチェ・ヒビキ
ハーフコーディネイター
享年8歳     女

備考
ヒカルの双子の妹で、キラ、エストの娘(二女)。性格はアグレッシブかつ向こう見ずで、兄や幼馴染のカノンをよく引っ張り回していた。そんな妹だからこそ、ヒカルは大切に思い、常に守るように一緒にいる事が多かった。
CE85にオロファトで起こった遊園地爆破テロで行方不明となり、そのまま死亡したと思われていたが・・・・・・


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PHASE-35「再会の刻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは、いつの記憶だったのか?

 

 思い出そうにも、何もかもが霞んで見えるくらい昔の事で、よく覚えていない。

 

 だがそれでも、その時の光景はずっと忘れる事はなかった。

 

 本を読んでいる自分。その内容までは、ちょっと思いだせそうもない。

 

 ただ、その直後に起こった出来事は、まるで録画画像のようによく覚えていた。

 

 大して広くも無い家の廊下を、息を切らせて走ってくる足音。

 

 危ないからやめるように言われているのに、一向に改まる様子がないのは、成長の無さを嘆くべきか、あるいは普遍性に喜ぶべきか、

 

 やがて、蹴破るような勢いで、扉があけ放たれた。

 

『ヒカルヒカルヒカル!! 天気が良いから遊びに行こうよ!!』

 

 こちらの事情など、一切お構いなし。

 

 妹のルーチェは、勢いを緩める事無く飛びついてきた。

 

 対して、呆れ気味の視線を妹へと返す。

 

『あのな、ルゥ。今日は用事があるから、家でおとなしくしてろって、お父さんにも言われただろ』

『良いじゃん、ちょっとくらいならさッ 行こうよ!!』

 

 こちらの言い分など聞く耳持たないとばかりに、ルーチェは自分の主張を曲げようとしない。

 

『こんなに天気良いのに本ばっかり読んでたら、ヒカル、おじいちゃんになっちゃうよ!!』

 

 何の話だよ、とツッコミを入れつつ嘆息する。

 

 仕方なく、切り札を出す事にした。

 

『俺はヤだからな。またルゥの巻き添えでリィス姉に怒られるなんて』

『うッ それは・・・・・・・・・・・・』

 

 ルーチェが黙り込む。

 

 この家では両親が割とおおらかな分、長女がしっかりした性格をする事で、家庭秩序のバランスを保っている。

 

 流石の火の玉娘ルーチェも、10歳年上の姉にだけは頭が上がらないのだ。

 

 ついこの間も、宿題をすっぽかしてルーチェに強引に遊びに連れ出されたのだが、帰った後、リィスの雷が落ちたのは言うまでもない。2人揃ってたっぷりと、お尻を叩かれてしまった。全くもっていい迷惑である。

 

 とにかく、今日は絶対にルーチェの好きにはさせない。

 

 そう思って、再び本に目を向け直す。

 

 その時だった。

 

 グイッと腕を引っ張られ、強引に立ち上がらされる。

 

『お、おい、ルゥ!!』

『アハハ、行こうよ、ヒカル!!』

 

 慌てた抗議などどこ吹く風、と言わんばかりに笑みを浮かべ、ルーチェは腕を掴んだまま駆け出す。

 

 その姿に、ヒカルも思わず苦笑を漏らす。

 

 まあ、付き合ってやるか。こいつは、自分にとって大切な妹なんだし。

 

 取りあえず、

 

 お仕置きを受ける覚悟だけはしておこうと思った。

 

 

 

 

 

 そして、運命の日。

 

 

 

 

 

 爆炎と轟音、ついで襲ってきた衝撃が、平和な遊園地を一瞬にして地獄へと変えた。

 

 何が起こったのか、など幼い自分達に判る筈も無い。

 

 ただ、何かのイレギュラーが起こった事だけは理解できた。

 

 理性では無く、両親伝来の直感が告げている。「ここに居ては危ない」と。

 

 周囲には恐怖で逃げ惑う客たちが、一斉に出口の方向に向かって流れ始めている。その人の波に翻弄されて、小さな体がどんどん押しやられる。

 

 彼方では、スタッフと思われる人間が声を枯らして避難誘導に当たっているが、それが功を奏している様子は全く無かった。

 

 秩序は完全に失われ、混沌のみが場の住人として全てを支配する。そして、その流れに逆らえる者は、誰1人としていなかった。

 

 周囲を取り巻く火の手は、こうしている間にも大きくなり、視界の端に赤く揺れているのが見えた。

 

 悪い事に、一緒にきた両親ともはぐれてしまっている。

 

 怒涛のような人の波の中で、幼い兄妹は、ただ翻弄されるだけだった。

 

 と、

 

『ヒカル・・・・・・・・・・・・』

 

 弱々しい声に振り返る。

 

 すると、ルーチェが不安げな瞳を向けて来ていた。

 

 普段見せている勝気な様子など微塵も感じる事ができない、そこにいるのは無力な幼い少女でしかなかった。

 

『怖いよ・・・・・・ヒカル・・・・・・』

『ルゥ・・・・・・』

 

 ギュッと、妹の手を握る。

 

 本音を言えば、自分だって怖い。父や母とはぐれてしまい、ここがどこなのかすらわからないのだ。

 

 だが、それを表に出す事は許されない。

 

 大切な妹が、怖くて震えているのだ。兄貴である自分が守ってやらなくてどうする?

 

『大丈夫。出口に行けば、お父さんもお母さんもきっと待ってるよ。さあ、行こう』

『うん・・・・・・・・・・・・』

 

 ちょっとだけ笑顔を取り戻したルーチェの手を引いて、流れに乗るように歩き出す。

 

 ルーチェは自分が守る。何があっても絶対に。

 

 妹の手を引きながら、強くそう思った。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

 気が付いた時、ヒカルの手は何も握っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でだ・・・・・・何でお前が・・・・・・」

 

 エターナルフリーダムのコックピットの中で、ヒカルは呆然とした呟きを漏らす。

 

 今の今まで、自分が剣を交えて死闘を演じていた相手。

 

 仇敵にして、ユニウス教団の象徴である「聖女」

 

 それがまさか、10年前に死んだはずの妹、ルーチェとうり二つだったとは。

 

 別人

 

 他人の空似

 

 そんな言葉が、浮かんでは消えて行く。

 

 だがこれは、最早そんなレベルの話ではない。

 

 ヒカルの中にあるあらゆる存在が、声を大にして告げていた。

 

 目の前に立つ少女は、確かに自分の妹である、と。

 

 対してアルマは、もはや仮面の無くなった瞳で、真っ直ぐにエターナルフリーダムを睨み返している。

 

 たとえ敗れようとも、魔王に屈する気は無い。

 

 アルマの双眸は、不退転の決意と共にそう語っていた。

 

 そんなアルマ、否、ルーチェに対し、ヒカルはそっと手を伸ばす。

 

「ルゥ・・・・・・・・・・・・」

 

 かつての愛称で呼びかける。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 突如、吹き抜けた閃光が、エターナルフリーダムを命中コースに捉えた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、シールドを展開して防御するヒカル。

 

 吹き荒れる衝撃が、アルマの華奢な体を覆いに翻弄する。

 

 そこへ、片腕を失った機体が、手にした対艦刀をエターナルフリーダム目がけて振り下ろしてきた。

 

《悪いんだけどヒカルッ この娘は渡さないよ!!》

「レミリアかッ!?」

 

 このタイミングでの親友の登場に、ヒカルは流石に苛立ちを隠せなかった。

 

 飛び退くヒカル。

 

 そこへ、レミリアはスパイラルデスティニーを慎重に着陸させると、コックピットハッチを開いて身を乗り出した。

 

「アルマ、来て!!」

「レミリア!!」

 

 伸ばされた腕を掴み、レミリアがアルマをコクピットに引き寄せる。

 

 その光景は、上空に逃れたヒカルの目にも見えていた。

 

「クソッ 待てレミリアッ そいつは俺の!!」

 

 しかし、最後まで言い切る前に、複数の火線がヒカルの行く手を阻む。

 

 見れば、ガーディアン数機が、エターナルフリーダムを標的と定めて、砲門を開きながら接近してきていた。

 

 舌打ちしながら攻撃を回避するヒカル。同時に、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

「邪魔すんな!!」

 

 スラスターを全開にして斬り掛かって行くヒカル。

 

 対して、信徒達は捨て身とも言える行動でエターナルフリーダムに突っ込んで来た。

 

《行かせはせんぞ!!》

《聖女様の為に!!》

《我が怨敵に誅罰を!!》

 

 口々に叫びながら、エターナルフリーダムに突っ込んでくるガーディアン。

 

 その動きが、ヒカルの精神を容赦なく抉る。

 

 何が聖女だ!?

 

 何が誅罰だ!?

 

 あいつは、俺の妹だ。それを勝手に連れ去っておいてッ!!

 

 ヒカルはビームサーベルを横なぎに振るってガーディアンの首を飛ばし、更に返す刀で別の機体の腕を斬り裂く。

 

 最後の1機が陽電子リフレクターを展開して防御しようとするが、ヒカルは素早くビームサーベルを収め、高周波振動ブレードを抜刀して斬り付け、ガーディアンの両肩を斬り飛ばした。

 

 全てのガーディアンを強引に振り切り、逃げるスパイラルデスティニーを追いかけようとするヒカル。

 

 しかし、その時、

 

 上空から凄まじい勢いで急降下してくる機影に気付いた。

 

 とっさに回避しようとするが、間に合わない。

 

 次の瞬間、振り下ろされた金棒が叩きつけられ、コックピット内のヒカルを衝撃が襲う。

 

「グゥッ!?」

 

 飛びかける意識を強引に引き戻しながら、ヒカルは崩れる体勢をどうにか立て直す。

 

 そこへ、

 

《おいおい、そんなに急いでどこ行くんだよ、魔王様?》

 

 嘲弄に満ちた声が、スピーカーから聞こえてくる。

 

 オープン回線で聞こえて来たその声は、間違いなく、あのクーランと呼ばれていた男の声である。

 

 声は尚も続き、ヒカルの鼓膜を掻き乱す。

 

《どうだったよ、感動のご対面って奴は? 涙が止まらねえか?》

 

 何を、と言いかけて、ヒカルは思わず言葉を止めて相手を睨み付けた。

 

 今の言葉は、明らかにおかしい。それは本来、知るべき人間以外には知る筈の無い事柄である筈なのに・・・・・・

 

「お前、何で、その事を・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは、驚愕の眼差しで相手を見やる。

 

 ヒカル自身、聖女がルーチェであるという事を知ったのは、つい先ほどの事である。

 

 だがクーラン―クライブの口ぶりからすると、彼は以前から「聖女=ルーチェ」だという事を知っていたように取れる。

 

 愕然とするヒカルに対し、クライブは今さら思い出したように「あぁ」と呟くと、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

《そうだな、テメェには教えといてやるか。もう黙ってる意味もねえしな!!》

 

 言いながらクライブのガルムドーガは、カリブルヌスを振り翳して襲いかかって来た。

 

 とっさに、高周波振動ブレードを掲げて迎え撃つヒカル。

 

 互いの攻撃が空中で交錯し、金属的な異音をまき散らす。

 

《テメェの大事な大事な妹を浚ったのはな、何を隠そう、この俺だよ!!》

「なッ!?」

 

 ヒカルの注意が、一瞬削がれる。

 

 そこに、クライブは最大限付け込んだ。

 

 鋭い蹴りを放ってエターナルフリーダムの体勢を崩すと、4門のビームガトリングを一斉発射してくる。

 

 対して、どうにか体勢を立て直したヒカルがビームシールドを展開すると、その表面に嵐のように光弾が命中して弾ける。

 

《テメェの親父とお袋は、俺等にとっては随分と目障りな存在でな。その警告って奴よ!! テメェの娘の命が惜しけりゃ、大人しくしてろってな!!》

「お前ッ!!」

 

 強引に相手の攻撃を振り切り、斬り掛かるべく剣を引き抜く。

 

 だが、クライブは、そんなヒカルの動きを読んだかのように、怒涛のような攻撃を仕掛け、動きを封じてくる

 

《どうだよッ 大切な妹と、今の今まで殺し合っていた気分は? 最高だっただろうがッ 思わず自殺してしまいたい気分か? ええ!?》

 

 対して、ヒカルの動きは、普段とは比べ物にならないくらいに精彩を欠いていた。

 

 浚われた妹との再会

 

 そして仇の出現

 

 ヒカルは怒りのあまり、脳が沸騰しそうだった。

 

 この男にとって、キラやエストがどれほど不利益な存在だったかは、ヒカルには判らない。

 

 だが、そんなくだらない理由で妹を奪われ、10年間もの間、引き離されていたかと思うと、身が引き裂かれるようだった。

 

「よくもッ よくもルゥを!!」

《ハッ 恨むなら、テメェの親を怨みな!!》

 

 全武装を解放して、執拗な砲撃を仕掛けるクライブ。

 

 それに対して、ヒカルは反撃の機を見いだせずに、ただ防御に徹する事しかできない。

 

 悔しさで、身が焼かれる思いだった。

 

 妹をさらった男を相手に、手も足も出せないでいるとは。

 

 吹き飛ばして、引きずり出して、殴りつけてやりたい。

 

 だと言うのに今のヒカルは、一方的に放たれる攻撃を、防ぐ事しかできないでいる。

 

《そらッ これで終わりだ、魔王様!!》

 

 クライブがビームライフルを構えた。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な閃光の嵐が、ガルムドーガに襲い掛かった。

 

 後退を掛けるクライブ。

 

 とっさにパージしたビームライフルが、直撃を受けて吹き飛ばされた。

 

 舌打ちするクライブの視線の先には、蒼い翼を広げた白い装甲の機体が、搭載全火器をガルムドーガに向けて威嚇しているのが見えた。

 

《相変わらず良い感じにお出ましだな、テメェは!!》

 

 言いながら、ビームトマホークを構えて斬り掛かって行く。

 

 対抗するように、クロスファイアを駆るキラも、ビームサーベルを抜いて迎え撃った。

 

《人の家族に手を出すのはやめろ!!》

《ハッ やめて欲しけりゃ、それなりの態度を示せやッ まずは土下座するところから始めるんだな!!》

 

 言いながら、斬り結ぶ両者。

 

 キラは蒼炎翼を羽ばたかせて急接近すると同時に、鋭い斬撃を横なぎに振るう。

 

 対して、とっさにクライブはシールドで防御しようとするが、一瞬遅く、その左腕を光刃に斬り飛ばされた。

 

 舌打ちをするクライブ。

 

 同時にビームガトリングとビームキャノンを放ちながら、急速に後退していく。

 

《テメェとの決着は、また今度だッ》

《待て、クライブ!!》

《焦らなくても、テメェもテメェのガキも、みんな仲良くあの世に送ってやるよ。その日を楽しみにしてるんだな!!》

 

 捨て台詞と共に、踵を返して去って行くクライブ。

 

 対して、キラも、それを追おうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、スカンジナビア側の勝利で終わった。

 

 最終的にはムルマンスク近傍まで攻め込んだプラント軍だったが、予期し得なかったターミナルの介入により、戦線は崩壊。戦力の多数を喪失して後退を余儀なくされた。

 

 誰もが予想しなかった戦闘結果に、敗者はもちろん、勝者までもが呆然とするありさまだった。

 

 いかに精鋭とは言え、10機にも満たない戦力で、エースを含む200機以上の敵を撃退するなど、誰が予想しえただろうか?

 

 この勝利を受け、スカンジナビア中立自治区は、「一方的な理由によって、無用な侵攻を行った」プラントに対し、抗議と賠償の申し入れを行った。

 

 それに対して、プラント側は不気味な沈黙を貫いている。

 

 所詮は小規模自治体の事。無視しても問題ないと考えているのか、それともあるいは、もっと別の思惑があるのかは分からないが。

 

 いずれにしても、これでどうにか、スカンジナビアの安全は確保できたのだった。

 

 僅か短期間のうちに二度も侵攻を受け、その二度とも勝利したスカンジナビアを相手に、三度目の侵攻を行おうという無謀な輩が現れる可能性は低いだろう。

 

 今後の世界情勢の行方も影響する事ではあるが、少なくとも当面は、トラブルが起こる可能性は少ないように思われる。

 

 とは言え、

 

 それはマクロ的な視点で見た場合の話である。

 

 トラブルは、よりミクロなポイント。

 

 より正確に言えば、

 

 とある一家庭における家族問題の面で起こっていた。

 

 

 

 

 

「これはいったいどういう事よ、お父さん!! お母さんも!! ちゃんと説明して!!」

「まあまあリィス、落ち着いて。あ、お煎餅食べる?」

「要らないわよ!!」

「リィス、あまり怒るとハゲますよ」

「誰のせいよッ 誰の!?」

 

 ウガーッ という唸りがアークエンジェルの艦内にこだまする。

 

 殆どキャラが崩壊しそうな勢いで怒っているのはリィス・ヒビキ。

 

 怒られているのは、キラ・ヒビキとエスト・ヒビキ。7年前にシャトルの事故で死んだと思われていたリィスの両親である。

 

 一見すると20代前半の青年にしか見えないキラは、のんびりした調子で、娘の怒りを受け流している。

 

 エストの方はと言えば、こちらは更に若く、どう見ても10代にしか見えない。こちらは感情に乏しい眼差しをしており、今も小動物のような仕草で、ポリポリと煎餅を食っていた。

 

 とは言え、怒っているのはリィス1人であり、他の面々は彼女の迫力に気圧されて、遠巻きに見ている事しかできない感じである。

 

 どうぞどうぞ、お任せします。ご自由におやりください、と言った感じであろうか?

 

 とにかく、説教は娘さんに任せる方針のようである。

 

 リィスの怒りも、無理のない話である。とっくの昔に死んだと思っていた両親が「のうのうと」生きていたのだから。無論、生きていてくれた事は嬉しいのだろうが、それ以前にきちんとした説明をしてくれない事には納得がいかなかった。

 

 対して、怒られている筈のヒビキ夫妻はと言えば、極めて「のほほん」とした感じに、茶を片手に煎餅を食べていた。

 

「だいたいねッ お父さん達はいつもいつも!!」

「リィス、少し落ち着け」

 

 見かねて、彼女の伯母が仲裁に入った。

 

 カガリとしても、言いたい事はそれこそ山を越えて山脈並みにあるのだが、姪が先に爆発したせいで、完全に気勢が削がれてしまった感があった。

 

 だが、

 

「カガリさんは黙っててくださいッ これは我が家の問題なんですから!!」

 

 取り付く島も無いとばかりに、カガリをはねつけるリィス。どうやら、完全に頭に血が上り切ってしまっているらしかった。

 

 嘆息するカガリ。

 

 仕方なく、背後を振り返った。

 

「アラン、頼む」

「御意」

 

 短いやり取りでカガリの意思を汲むと、アランは素早くリィスの背後に回り込んで羽交い絞めにした。

 

「放して、アランッ まだ言いたい事は沢山・・・・・・」

「リィス、少し落ち着いて。これじゃあ、話が進まないから」

 

 苦笑しながら、アランはリィスを壁際まで引っ張っていった。

 

 娘が連行される様子を見ながら、キラは「きょうだい」に苦笑を向ける。

 

「さすがに、カガリは驚かないね」

「戦場で死んだはずの人間が生きている、なんてよくある話だろ。特に、お前が先頭切ってな」

 

 「ミスターMIA」の名付け親であるカガリにとって、キラの「奇行」など、いちいち驚くに値しない。むしろ、いっそ本当に死んでいたら、それこそ天地がひっくり返るくらいに驚くであろうが。

 

 苦笑するキラを鋭く睨みながら、カガリは続ける。

 

「とは言え、勿論、説明はしてくれるんだろうな。でないと、さすがに誰も納得しないと思うぞ」

「勿論。そのつもりで、みんなの前に出たんだから」

 

 頷くキラ。

 

 その傍らで、エストがカガリに、煎餅の入った袋を差し出した。

 

「カガリも食べます?」

「・・・・・・・・・・・・一枚貰おう」

 

 この夫婦は、あるていど常識から外れた感じに対応する方が好ましい事を、カガリは経験から知っていた。でないと、こっちが疲れるばかりである。

 

 エストが差し出した袋から煎餅を取り出して口に運ぶカガリ。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・本当に、父さんと、母さんなのかよ?」

 

 それまで沈黙していたヒカルが、低い声で告げる。

 

 リィスの激高に気圧されて、今まで黙っていたが、話がひと段落したと判断して口を開いたのだ。

 

 対して、キラとエストは、息子の方に振り替える。

 

「ヒカル・・・・・・」

「・・・・・・今まで、どこで何やってたんだよ?」

 

 母の言葉を遮り、低い声が自らの両親を糾弾する。

 

「父さんも、母さんも、あの事故で死んだって聞かされて・・・・・・俺やリィス姉が、どんなに悲しんだか、2人には分かんないのかよ?」

 

 ルーチェがいなくなり、キラとエストも死んだと聞かされ、たった2人だけになってしまった姉弟は、これまで必死になって生きて来た。

 

 幸い、2人の周りには、多くの優しい人たちがいてくれたおかげで、これまで生きて来る事ができたが、しかし、両親を失った事から来る寂しさは、どうしても消す事ができなかった。

 

「リィス姉は、必死になって俺を育ててくれた。なのに、2人はどこで何をやっていたんだよ!?」

 

 抑えきれなくなった感情が迸る。

 

 両親への思慕と怒り。姉の悲哀を思う怒り。それらがヒカルの中で、渦を巻いて猛っているのが分かった。

 

 やがて

 

「・・・・・・・・・・・・ごめんね」

 

 キラが、声のトーンを落とした感じで言った。

 

「理由がどうあれ、2人の事を長い間、放り出してしまったのは事実だ。それについては、本当に申し訳なく思っている」

 

 7年間。2人の子供たちに味あわせて来た孤独を思い、父は謝罪の言葉を述べる。

 

 こんな言葉一つで償えるとは思っていない。しかし、謝罪を口にする事が、まずは罪滅ぼしの為の第一歩である事も確かであった。

 

「けど、僕達も、ただいたずらに姿を隠してきた訳じゃない。そうしなければならない、理由があったんだ」

「理由、だと?」

 

 黙っていたカガリが、再び口を開く。

 

 どうやら、話が核心に入った事を悟ったのだろう。

 

「ラクスの遺言だったんだ」

 

 キラの言葉に、一同は息を呑んだ。

 

 ラクス・クラインの遺言。

 

 これほどに重い意味を持つこの言葉が、他にあるだろうか?

 

 かつて、自分達の指導者として常に先頭に立ってリードし、死んだ後もその存在は大きくあり続けるラクス。

 

 この状況が、亡きラクスによって作られた物であると言うのなら、それは傾聴する以外に選択肢は存在しなかった。

 

「ラクスは死ぬ直前、僕とエストを枕元に呼んで言ったんだ。いずれ、自分が死ねば世界が乱れる事になるって」

 

 1人の巨大なカリスマによって支えられた世界が、いかに脆い物であるか。実際にそれを体現したラクス程、その事を実感していた人間はいなかっただろう。

 

 ラクスは、自分と言う「抑え」が無くなれば、小康状態を保っている反対勢力が息を吹き返し、やがて大きな戦いを呼び込む事になるだろうと予見していた。

 

 プラントで言えば、当時すでに台頭を始めていたグルック派がいよいよ勢いを増し始め、急速な軍拡が推し進められていた。

 

 北米では独立の運動が活発化して動乱の兆しが見え始め、ユーラシア連邦と東アジア共和国から成る地球連合が蠢動を始めていた。

 

 そして、

 

 ラクスは、より大きな脅威として、それらのバックにいる何らかの存在にも気づいていた。一連の反抗勢力の全てが、その巨悪と大なり小なり、繋がりがある事も、おぼろげながら見えていた。

 

 自分が死ねば、それらの勢力が一気に噴出して世界はあちこちで紛争状態を引き起こす事になる。

 

 しかし、その全てを押さえておけるほど、自分の寿命が長くない事もラクスには判っていた。

 

「そして、考えた末に、ラクスが導き出した苦肉の策が『ターミナルの強化』だった」

 

 元々、クライン派によって運営されていた秘密情報組織ターミナルを戦力的に強化し、如何なる勢力にも属さない独立武装組織として成立させる。

 

 そして世界に網の目のように張り巡らせた情報網をバックアップにして、紛争の情報をキャッチし、その抑止と鎮圧の為に動く。

 

 下手をすると、その存在自体がテロ組織と呼ばれてもおかしくは無い危険な任務である。

 

 それ故にラクスは、キラとエストに対して選択の意志を持たせた上で、更に2人に自分達が死亡したように偽装させたのだ。

 

 2人が公的に「死亡」した事になっているシャトル事故自体が、ターミナル主導で行われた自作自演だった訳である。

 

「性質を考えると、ターミナル実働部隊の組織自体は少数精鋭である事が望ましい。その方が、組織としての清浄化が保てるからね。ただ、実際に構想してから動き出すまでに、少し時間がかかりすぎてしまった」

 

 人員の確保に戦力の確立、運用ノウハウの取得。組織を確立する上で、やらねばならない事は山のようにあった。しかも、それを全て「死んだはずの人間」がやらなくてはならなかったのだから、その労苦は並大抵ではなかったはずだ。

 

「けど、どうしても、僕達が表に出る訳にはいかなかったからね。何しろ、敵は僕達を標的にしてテロまで起こしている。慎重すぎるくらい、慎重に動く必要があった」

 

 あの遊園地の爆破テロが、自分達を狙ったものであるとキラ達には判っていた。

 

 このまま、一緒にいたのでは、ヒカルやリィスにまで危害が及ぶ可能性は充分に考えられる。

 

 その為、敢えて2人から離れて戦うと決めた。

 

 無論、断腸の思いだった事は言うまでもない。特にエストは、最後まで決断に躊躇を見せ、子供達と一緒にいる事を望んだ。

 

 しかし、自分達は敵の攻撃でルーチェを失ったばかりである。この上、ヒカルやリィスまで失う事はできなかった。

 

 と、

 

「父さん、それに母さんも、聞いてくれ」

 

 キラの説明を遮るように、ヒカルは口を開いた。

 

 今のヒカルには、先程のような激情は無い。

 

 父の説明を聞いて、ヒカル自身、止むに止まれぬ事情があったのだと言う事は理解した。勿論、感情面では未だに納得がいかない部分もあるが、それを飲み込めない程、自分は子供ではないと思っている。

 

 だが、それでも、どうしても、2人に伝えなくてはならない事があった。

 

「ルーチェが・・・・・・ルゥが、生きてた」

「そんなッ・・・・・・・・・・・・」

 

 息子の言葉に、キラは思わず息を呑んだ。

 

 見れば、傍らのエストも、目を見開いてヒカルを見ている。

 

「そんな筈はありません。ルゥは、あの時に・・・・・・」

「俺も初めはそう思ったさ。けど、間違いない。あれはルゥだった」

 

 ヒカルが破壊したアフェクションから出てきた、ユニウス教団の聖女。

 

 あれは間違いなくルーチェだった。他の誰でもない。ヒカルだから・・・・・・この世でたった1人、双子の兄妹だからこそ、そう確信できるのだった。

 

「それに、ルゥをさらったって言う奴にも会った。間違いないよ」

 

 あの、クライブが発した言葉が、今もヒカルの脳裏では反響を続けている。

 

 お前の妹を浚ったのは、自分だ、と。

 

 眦を上げる。

 

 取り返さなくてはならない。

 

 かつて、守りたくて、それでも守りきれなかった自らの半身を。

 

 己が持てる、全てを掛けて。

 

 今、ヒカルの双眸には、新たなる闘志の炎が、赤々と燃え盛ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 その頃、スカンジナビアにおける戦況報告は、プラントの最高評議会にももたらされていた。

 

 圧倒的な戦力の投入による勝利。それは、プラントの誰もが思い描いた結末だったはずである。

 

 しかし、ふたを開けてみれば結果は真逆となり、大軍を擁したはずのプラント軍は、ほんの僅かな兵力しかなかったはずのスカンジナビアに敗北し、惨めな敗走を余儀なくされた。

 

 この事に、議会は紛糾し、事態の善後策について話し合われる事となった。

 

 そんな中、最高評議会議長たるアンブレアス・グルックは、腹心たるPⅡを前にして、厳かな口調で告げた。

 

「月が陥落し、スカンジナビアでも敗れた。これで、連中は勢いづくだろうね~」

 

 能天気なPⅡの言葉を聞きながら、グルックの双眸は、地図上にある一点を見詰めていた。

 

「・・・・・・次は・・・・・・オーブか」

 

 

 

 

 

PHASE-35「再会の刻」      終わり

 




人物設定

キラ・ヒビキ
コーディネイター
41歳     男

備考
ヒカル、リィス、ルーチェの父親。かつて何度も世界を救った英雄であり、当代最強と謳われるパイロット・・・・・・なのだが、本人はイマイチ威厳が無く、割と楽天的な性格をしている。秘密情報組織ターミナルの現リーダー。





エスト・ヒビキ
ナチュラル
39歳     女

備考
キラの妻であり、生涯のパートナー。感情の起伏に乏しく、親しい人間でない限り、表情を読み取る事すら難しい。7年前の事故で死亡したと思われていたが、現在は夫と共にターミナル運営に携わっている。





機体設定

ZGMF-EX001A「クロスファイア」

高出力ビームライフル×2
クスィフィアスⅤレールガン×2
ブリューナク対艦刀×2
アサルトドラグーン機動兵装ウィング×4
アクイラ・ビームサーベル×2
パルマ・エスパーダ掌底ビームソード×2
ビームシールド×2
12・7ミリCIWS×2

パイロット:キラ・ヒビキ
オペレーター:エスト・ヒビキ

備考
18年前のカーディナル戦役時、共和連合軍が戦線投入した決戦用機動兵器。その最大の特徴は、「完全SEED因子対応型機動兵器」であると言う点。これにより、パイロットがSEED因子を発動した場合、OSがそれを検知し、性能を底上げする事ができる。またフリーダム級機動兵器の砲撃力と、デスティニー級機動兵器の接近戦能力を兼備しており、状況に合わせてパイロットが任意で特性を切り換える事が可能。設計自体はオリジナルだが、使われている技術に関しては徹底的なブラッシュアップが施されている


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PHASE-36「時にはゆるい感じで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルは1人、部屋のベッドに寝転がって考え事に耽っていた。

 

 あまりに多くの事が一時に起こりすぎたせいか、脳は未だに混乱状態から回復していない。そのせいで、思考がいつもより鈍っているようだった。

 

 スカンジナビアでの戦い。

 

 生きていた両親。

 

 ラクスの遺志。

 

 ターミナルの真実。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・ルーチェ」

 

 生きていた妹。

 

 そっと、右手を持ち上げる。

 

 この手は10年前、妹の手を握っていた。

 

 だが、気が付けば、大切な妹の姿は無く、ヒカルの胸にはあの日以来、大きな穴が開いて過ごして来た。

 

 自らの半身とも言うべき双子の妹を失った事でヒカルは、10年の時を後悔の内で過ごして来たのだ。

 

 だが、生きていた。

 

 生きていてくれたのだ、ルーチェは。

 

 嬉しくない筈がない。それがたとえ、敵味方に分かれ、骨肉相食む状況にあったとしてもだ。

 

「・・・・・・・・・・・・取り戻すぞ、お前を。必ず」

 

 妹の姿を脳裏に浮かべ、ヒカルは力強い声で呟いた。

 

 この血肉が迸る戦乱の中にあって、ようやく一筋の光明が見えたのだ。それを逃す気は無かった。

 

 とは言え流石のヒカルも、今すぐにルーチェを取り戻せるとは思っていない。それをやるには、時期的にも戦力的にもタイミングが悪かった。

 

 今の自分達は、全ての行動を「オーブ奪還」に向けている。その中でも、ヒカルとエターナルフリーダムは最重要の戦力として位置づけられていた。

 

 ここで勝手な行動をして、作戦その物を崩壊させる事は絶対にできない。

 

 ヒカル達を乗せたアークエンジェルは現在、大西洋を縦断する形で南米大陸のさらに南にあるターミナルの秘密拠点へと向かっている。そこで暫く待機して英気を養いつつ、自由オーブ軍の行動と合わせて、オーブ奪還を目指すのだ。

 

 ルーチェの事をヒカルから聞いたキラは、暫く思案した後、予定通りオーブへ向かうと決定した。

 

 キラ自身、娘を奪還したいと言う思いが無い訳ではない。それどころか、息子以上に、その想いは切実だろう。

 

 だがキラは、その感情全てを腹の内に飲み込み、オーブへ向かうと決断した。

 

 今のキラはターミナルのリーダーである。たとえ命よりも大事な娘の事であったとしても、私事を優先して良い道理にはならなかった。

 

 そんな父の苦悩を理解しているからこそ、ヒカルも決定に異は唱えなかったのである。

 

 とは言え、理性と感情は、人間にとって別の流れを司っている。

 

 理性では父の判断を支持しつつも、感情はどうしても妹を追ってしまう。

 

 首を振る。

 

 どのみち、ルーチェの事は今すぐに解決できる問題と言う訳でもない。

 

 それに、聊か業腹な感が無くは無いが、オーブに行く事は結果的にルーチェに辿りつく近道になるのでは、と言う予感もヒカルの中にはある。

 

 こちらがオーブ奪還に向けて動けば、敵は必ずそれを阻止しようとしてくるだろう。そうすれば、もしかしたらルーチェが再び出撃してくる可能性は大いにある。

 

 その時を、辛抱強く戦い待つのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・煮詰まって来たな」

 

 思考が袋小路に入り込んでいると感じたヒカルは、ベッドから起き上がる。

 

 少し、リセットがしたかった。

 

 ちょうど良い物がアークエンジェルには備えられている事を思い出し、ヒカルは準備をして部屋を出た。

 

 

 

 

 

 天使湯

 

 と言う暖簾が醸し出すシュール感は、他の比較対象に対して群を抜いていると言っても良かった。

 

 入れば、中には板張りの脱衣所があり、更に内戸の中には精巧の造りをした岩風呂が存在していた。

 

 昔、アークエンジェルが旧大西洋連邦所属を脱しオーブに匿われていた頃、整備、改修に当たった整備兵の1人に部類の温泉好きがおり、その整備兵が、火山島が多く、かつ温泉地も豊富なオーブの地勢からヒントを得て作成したのが、この温泉だった。

 

 性質上、長距離航海をする事が多いアークエンジェルにとって、クルーをリラックスさせる上では最適な装備であると言えた。

 

 その温泉に、3人の女が艶やかな裸体を晒して入っていた。

 

「ん~ すっごい気持ちいー!! 何で、大和には、これ無かったのかな?」

「無駄だからでしょ。ありがたいのは認めるけど、一応、スペースには限りがあるし」

「リィス、動かないでください。洗いにくいです」

 

 湯船に浸かったカノンが、思いっきり手足を伸ばして、そこに満たされた温泉を堪能している。小さな体とは比して、大きく育った胸が、湯の中で浮き上がり、その存在を誇張しているのが判る。

 

 一方、母に背中を洗ってもらっているリィスはと言えば、こちらは正に女盛りと言うべきか、出る所は出て、引く所は引く理想的な体型をしている。「女」としての存在を誇張する形の良い胸と、背中からお尻に掛けての見事な括れのラインに目が引かれてしまう。

 

 その母親であるエストだが、こちらは殆ど子供と言っても良い体型をしている。体は、娘のリィスはおろか、カノンと比べても小さく、胸や腰回りは幼女のそれと言っても過言ではない。

 

 ハッキリ言って、リィスと比べると彼女の方が姉、いや、最大限に穿った見方をすると、エストの方がリィスの「娘」に見えない事も無い。

 

 そんなエストが、両手を使って一生懸命、娘の背中を洗ってやっていた。

 

「まったく。いつの間に、こんなに大きくなったのですか?」

「8年前から、これくらいあったわよ。てか、お母さんの方こそ、それって結構反則じゃない?」

 

 自分より一回りは小さい体をしている母を、リィスはジトッとした目で見つめる。

 

 無論、母の身に起こっている事が、正常な事態ではない事をリィスは知っている。

 

 子供の頃、旧大西洋連邦の強化兵士として肉体改造を施されたエストの体は、その影響からか、10代中盤で成長を止めてしまっている。その為、年齢的には40直前にに達した今でも、体は10代のままなのだ。

 

 拾われた頃、リィスはエストよりも小さかったが、それも数年を待たずに逆転されてしまった。

 

「ずるいのはリィスの方です。こんなに大きくなって。私に半分ください」

「いや、無理だから」

「あはは・・・・・・・・・・・・」

 

 娘に嫉妬する母と、その母にジト目でツッコミを入れる娘の様子に、湯船に浸かったカノンは苦笑しか出なかった。

 

 とは言え、この間の険悪な雰囲気は完全に払拭された感がある。

 

 リィスの方は、まだ少し蟠る物があるようだが、それも時と共に解消されつつあるようだ。

 

 これは、成功だったかな。

 

 頭の上にタオルを乗せたまま、カノンはそんな事を考えて含み笑いを浮かべる。

 

 この「お風呂で女子会」を提案したのはエストであるが、その狙いが娘との和解であった事は想像に難くない。

 

 そして、事はエストの狙い通りになった訳だ。

 

 やがて、3人は存分に温泉を堪能してから、脱衣所へと戻った。

 

 一応、休憩中とはいえ、アークエンジェルは今も敵襲を警戒しながら航行中である。いつまでも温泉にのんびり浸かっている訳にはいかなかった。

 

 3人は、それぞれの服を手に着替えはじめる。

 

 と、その時だった。

 

 暖簾がまくられ、そこへ1人の少年が入ってきた。

 

「「「「あ・・・・・・・・・・・・」」」」

 

 その瞬間、時間が止まった事は言うまでもない。

 

 女性陣3対の視線が、不遜にも入り込んで来た闖入者に視線を集中させる。

 

 対して、

 

 入口で、入浴セットを持ったまま、入って来た少年、ヒカルもまた、硬直して動きを止めていた。

 

 彼の視線の中には、3人の女性が艶姿を晒している。

 

 少女その物の肢体を持つ母エストは既にブラウスとスカートまで着込んでいるが、姉リィスは、下着の上からブラウスを羽織っただけであり、その裾からは、やや大人っぽい黒いパンティーが僅かに見え、カモシカのように流麗な足が眩しく晒されている。

 

 幼馴染のカノンに至っては、着替えるのが遅く、未だに下着姿のままである。今日は少し可愛い系で攻めてみたのか、水玉模様のブラとパンツが、幼さの残る体に絶妙な色合いを示していた。

 

 花畑のような、鮮やかな空間に迷い込んでしまったヒカル。

 

「あ、悪ぃ。男湯と間違え・・・・・・」

「「とっとと出てけッ 馬鹿ァァァァァァ!!」」

 

 ヒカルが言い終わる前に、リィスとカノンがそれぞれ、手近にあったドライヤーと脱衣籠を投げつけた。

 

「ゴフッ!?」

 

 見事なまでのクリティカルヒットを受け、廊下まで吹き飛ばされるヒカル。

 

 そのまま、床をゴロゴロと転がり、反対側の壁にぶつかって停止する。

 

「だ、だから、わざとじゃないっての・・・・・・」

 

 覗いてしまったのは悪いと思っているが、それでも、これはやり過ぎだと思うのはヒカルだけだろうか?

 

「大丈夫です、ヒカル」

 

 そんな傷心の息子を慰めるべく、エストは倒れたヒカルの傍らにしゃがむと、その小さな手で頭を「よしよし」と言った感じに撫でてやる。

 

「あなたのお父さんも、だいたい似たような感じでした。私も何度も着替えを覗かれましたし」

「・・・・・・すまん、母さん。何が『大丈夫』なのか判らん。てか、何やってんだよ父さんは」

 

 ヒカルの中で、キラへの尊敬度がちょっとだけ下がった。

 

 

 

 

 

「ヘクションッ」

「風邪ですか?」

「いや、そんな筈は無いんだけど・・・・・・」

 

 気を使うアランに対して、くしゃみをしたキラは不思議そうに首をかしげて返事をする。

 

 と、

 

「やだッ 艦内で風邪とか、冗談じゃないわよ」

「体調管理がなっていないな。たるんでいる証拠だ」

「うつさないでくださいね、お願いですから」

 

 ここぞとばかりに、口々に散々な事を言うルナマリア、レイ、メイリン。

 

 それに対して、アランは唖然として口を開く。

 

「あの、キラさんって、ターミナルのリーダーなんですよね?」

「うん。自分でも、ときどき自信が無くなるけどね」

 

 そう言って、キラはアハハ、と笑う。つまり、この光景は日常茶飯事なのだと言う事だろう。

 

「それで・・・・・・」

 

 一同のアホなやり取りを無視して、カガリは話しを進めるべく口を開いた。

 

 キラに威厳が無いのは今に始まった事じゃないので、今さら驚くような事ではない。

 

 それよりも喫緊の事情として、処理すべき案件がある。

 

 スカンジナビアを出航したアークエンジェルは現在、北海とノルウェー海を越えて、北大西洋に入っている。後は一気に大西洋を縦断して南米沖を目指す事になる。

 

 もともとは宇宙戦艦として建造されたアークエンジェルだったが、オーブで改装された際、その気密性を利用して潜水艦としての機能も付与されている。まさに、単独行動を行うにはうってつけの艦と言う訳だ。

 

 このまま一気に拠点まで行くことができれば、話は簡単なのだが、事態は安易な選択を許してはくれないらしかった。

 

「ジブラルタル、か」

 

 カガリの言葉に、一同は難しい顔をして黙り込む。

 

 プラント軍の地上における第2の拠点であり、欧州方面を統括する一大軍事拠点である。ここがある限り、欧州近辺はプラントの庭と言っても過言ではない。

 

 当初、オーブまでのルートとしては大西洋縦断の他に、北極圏を通ってベーリング海峡を抜け、太平洋に出るルートも考えられていた。

 

 一見すると、後者の方が敵との遭遇率が低いようにも思える。しかし、太平洋に出れば、今度はプラント軍の軍事拠点と化しているハワイが存在している。万が一、アークエンジェルの動きをどこかでキャッチされたら、当然、敵も迎え撃つ準備をするだろう。万全の状態の敵に正面から挑む愚は、そうそう侵したくは無かった。

 

 その点、大西洋縦断ルートは、ジブラルタル沖さえ通過してしまえば、後は敵の勢力圏を抜けて一気に行くことができる、と言う訳だ。

 

 スカンジナビアを出る際、フィリップやミーシャは、国を救ってくれたことを感謝し、必要充分な量の物資を融通してくれている。その為、アークエンジェルは戦闘に耐えられるだけの状態は保持できている。

 

「ジブラルタルを抜ける方法は2つ。消極的に行くか、それとも積極的に行くか、だね」

 

 キラはそう言って、説明に入った。

 

 消極的に行く場合、話は簡単である。アークエンジェルはこのまま潜航したまま、敵の警戒ラインをすり抜けるようにして航行すればいいのだ。ただし、敵もアークエンジェルが南大西洋を目指す可能性を考えており、警戒ラインの強化を行っているだろう。もし発見されれば、包囲されて袋叩きに遭う可能性が高い。

 

 積極的に行く場合、敢えてジブラルタルに強襲を仕掛け敵の警戒ラインを混乱させ、その隙に突破する事になる。しかし現在、アークエンジェルが使える艦載機は、エターナルフリーダム、クロスファイア、2機のエクレールのみである。ギルティジャスティスとテンメイアカツキは、先の戦いで損傷を受けた為、暫くは実戦では使えなかった。

 

 どちらの案にも一長一短があり、多分に賭けの要素が濃い。

 

 安全面を考えれば、当然、消極案で行くべきである。無駄な戦闘は避ける、と言うのも立派な戦略の内だ。

 

 暫く考えた末、キラは自らの考えを披露した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、レミリアは自分のベッドが妙に盛り上がっている事に気が付いた。

 

 ため息を吐く。

 

「・・・・・・・・・・・・またか」

 

 幾度か繰り返した経験のある嘆息と共に、シーツをめくってみると、案の定と言うべきか、自分の腰に抱きつく形で、見慣れた少女が眠りこけていた。

 

 先日の戦闘における負傷によって、腕や足など、ところどころ若干痛々しい包帯を巻いているが、それでも少女の持つ美しさが損なわれる事が無いのは結構な事である。

 

 長らく外す事が無かった仮面も、今は机の上に置かれ、頑なに隠していた素顔が無防備に晒されている。恐らく「もう素顔を見られたから構わない」と言うくらいの認識なのだろう。

 

 ユニウス教団の聖女アルマ(ルーチェ)が、レミリアの腰に抱きつくような形で、幸せそうな寝息を立てていた。

 

 寝起きに、何とも呆れる光景である。

 

 昨夜、アルマの訪問を受けた覚えは無い。と言う事は恐らく、レミリアが寝てから、勝手にベッドに潜り込んで来たのだろう。

 

 スカンジナビアでの戦いを終えてから、レミリア達特殊作戦部隊は、敗走するザフト軍と共にジブラルタルへと落ち伸びてきた。

 

 弱小と侮っていたスカンジナビアに対し、まさかの敗北を喫し、這う這うの体で逃げ帰って来たザフト軍の兵士達は、その殆どがボロボロに傷ついていた。

 

 出撃したのは、ユニウス教団軍と含め、前線兵力だけでモビルスーツ230機(うち、ザフト軍180機)。しかし、戻ってきたのは、その半分にも満たない104機でしかなかった。しかも、その内の9割が、何らかの形で損傷を負っている有様である。

 

 その姿に、世界を席巻する精鋭の姿は無く、惨めな敗北者の群れが存在するだけだった。

 

 これは、プラント軍にとっては、聊か看過し得ない事態でもある。

 

 先の東欧戦線において、ザフト軍は壊滅寸前の損害を被り、未だにその損害から立ち直っているとは言い難い。いわば、出撃した180機は、辛うじて再編成を終えた「虎の子」だった訳だ。

 

 その虎の子が、スカンジナビア攻めと言う、言うなれば「寄り道」に近い戦いで大損害を喰らい、壊滅状態になってしまった。

 

 これでザフト軍は、部隊の再々編成が必要となり、本格的な行動再開はさらに遠のく事態となってしまった。

 

 自由オーブ軍の活動再開が近いと思われる昨今、致命的な事態にもつながりかねない事である。

 

 どうにかして、早々に戦力の立て直しが必要だった。

 

 そのような事情から、レミリアは損傷したスパイラルデスティニーの修理も含めて、ジブラルタル基地に逗留していた訳であるが、

 

 さも当然のように、アルマは頻繁にレミリアの部屋を訪ねて来ていた。

 

 昨夜も恐らく、遊びに来たのは良いが、既にレミリアが就寝中だった為、これ幸いと一緒のベッドに潜り込んだのだろう。

 

 断っておくと、男装などと言う奇矯な事をしてはいたが、レミリアにGLのケは無い。そして、(幸いな事に)アルマ(ルーチェ)にも、そっちの性癖は無いようで、ときどき、一緒のベッドで眠るのは、言わばスキンシップの一環だった。

 

 とは言え、そろそろ起きねばなるまい。だが、アルマが、しっかりとレミリアの腰を抱いている為、レミリアも起きるに起きれない。

 

「う~ん・・・・・・教主様・・・・・・お願いです・・・・・・お勤めはちゃんとやりますから・・・・・・あと5分・・・・・・あと5分だけ・・・・・・」

 

 何とも、可愛らしくも間の抜けた寝言に、レミリアはクスリと笑う。

 

 会った頃は、清楚で神秘的な雰囲気をしていたアルマだが、打ち解けて以後はむしろ、こうして子供っぽい仕草を多く見せるようになっている。

 

 つまり、これが聖女アルマの「素」なのだろう。

 

 普段はお高く纏っているアルマが、自分の前でだけ「素の自分」を見せてくれる事は、レミリアにとっても素直に嬉しく思う。

 

 しかし、流石にいいかげん起きてほしかった。

 

「アルマ・・・・・・アルマ、起きてってば」

「ん~・・・・・・」

 

 いくらレミリアが揺り動かしても、アルマ(ルーチェ)は起きる気配が無い。

 

 仕方なく、レミリアは最後の切り札を使う事にした。

 

 そっと、アルマ(ルーチェ)の耳元に口を近づける。

 

「聖女様。朝寝坊したら、ごはん抜きですよ」

 

 ガバッ

 

 効果は覿面だった。

 

 寝ぼけ眼のアルマ(ルーチェ)は、勢いよく身を起こした。

 

 危うく頭突きされそうになり、慌てて顔を逸らすレミリア。

 

 そんなレミリアを、アルマ(ルーチェ)は、尚も半眼の瞼を開いて見詰めている。

 

「・・・・・・・・・・・・ごはんは?」

「おはよう、アルマ」

 

 微笑むレミリアに、アルマはキョトンとして、次いでノロノロと頭を下げた。

 

「おあようございましゅ、リェミリヤ」(注:おはようございます、レミリア)

 噛み噛みのあいさつに、苦笑が漏れた。

 

 とにかく、アルマをどうにか覚醒させ、2人して着替えると部屋を出て食堂へと向かった。

 

 既にアルマはいつもの仮面を付けて、表情を隠している。

 

「・・・・・・・・・・・・ひどいです。あんな起こし方するなんて」

「いや、寝ている人の部屋に勝手に侵入するのはひどくないのかな?」

 

 不法侵入者の聖女に、レミリアはそう言って返す。

 

 そもそも、朝に弱い聖女と言うのは、果たして教団的に如何な物なのだろう? と思わないでもない。

 

 やがて、カウンターからトレーを受け取った2人は、空いているテーブルに行って朝食を取り始めた。

 

 一心に、朝食を口へと運ぶアルマを見ながら、レミリアは微笑を浮かべる。

 

 可愛いなあ、と思う。

 

 ずっと、「妹」としての立場にあったレミリアにとって、アルマの存在は何だか、いきなり現れた妹のように思えるのだった。

 

 そう言えば・・・・・・・・・・・・

 

 レミリアはふと、先の戦いでの事を思い出した。

 

 あの時、対峙したヒカルは、いったい何を言いたかったのだろう?

 

『待てレミリアッ そいつは俺の!!』

 

 あの時は、レミリア自身が慌てていた為、その先の事を聞く事ができなかった。

 

 しかし、親友の声が切実に迫っていたのだけは理解している。

 

 できれば、もう一度会って、ヒカルが何を言いたかったのか知りたかった。

 

 と、

 

「レミリア、そのサンドイッチ、食べないなら、わたくしにください」

 

 図々しい聖女様の発言が、レミリアの思考を遮った。

 

 苦笑する。

 

 まあ、今考えたところで、何か答えが出る訳でもない。頭の隅にでも留めておけばいいか。

 

 レミリアはそう思い、自分のサンドイッチが乗った皿をアルマに差し出す。

 

 敵襲を告げる警報が鳴り響いたのは、正にその時だった。

 

 

 

 

PHASE-36「時にはゆるい感じで」

 



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PHASE-37「ジブラルタル強襲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を受けてレミリアがブリーフィングルームは飛び込むと、大写しになったスクリーンには、海上で行われている戦闘の様子が克明に映し出されていた。

 

 海上を低空で飛行する、奇妙な形をした白亜の戦艦。

 

 そのシルエットは確か、レミリアの持つ知識の中にある。旧大西洋連邦が建造した大型戦艦。世界で初めて、設計段階からモビルスーツの運用を想定されて作られた船だった筈。

 

 既に戦闘が開始されているらしく、画面の中ではビームの閃光と、時折、弾けるように爆炎が躍っている。

 

「なぜ、ターミナルの戦艦が、こんな所に?」

「奴等はいったい何を・・・・・・」

 

 周囲にいる兵士達が、口々にそう言いながら、唖然とした調子でモニターを見ている。

 

 ターミナルの名は、レミリアも知っている。

 

 月での戦いでも介入してきた、自由オーブ軍等を支援する組織。一説では、その運用や立ち上げにはラクス・クラインも関わっていたとされているが、真偽の程は定かではない。

 

 プラント軍内ではテロ支援組織の認定を受け、本国においても工作員の捕縛に大わらわだと言う。

 

 そのターミナルの戦艦が、このジブラルタル沖に姿を現したのだ。それも、堂々と姿を現した状態で。

 

 現在、あの戦艦はジブラルタルとアゾレス諸島の中間海域を、低空飛行する形で航行している。

 

 モニターの画像か判る通り、既に先遣部隊が出撃して交戦を開始しているが、相手の防御が思いのほか固く、苦戦を強いられているらしい。

 

「モートン隊、全機戦闘不能!!」

「クラウセン隊、戦力半減。尚も交戦中!!」

 

 ジブラルタル駐留の部隊は、つい先頃までここが東欧戦線の後方支援基地だった事もあり、ある程度の精鋭部隊が配置されている。その彼等が1隻の戦艦と、その艦載機を相手に苦戦を強いられている有様であった。

 

 それだけ、敵の戦闘力の高さが伺えた。

 

「とにかく、すぐに増援を送らねばならん」

 

 基地司令が、苦りきった調子で言った。

 

 彼としては、議長ですら手を焼いているターミナルの実働部隊が姿を現した事で、躍起になっている面もあるのだろう。モニターの中を忌々しそうに睨み付けながら言う。

 

「準備が完了した部隊から、随時出撃させろ。奴等を決して取り逃がすんじゃないぞ!!」

 

 そう言って、いきり立つ司令官。

 

 確かに、ここでターミナルの実働部隊を壊滅に追いやる事ができれば、大きな手柄になる事は間違いない。加えて、今後の戦況もプラント側有利に傾くに違いない。

 

 しかし、

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇った末に、レミリアは手を上げて発言した。

 

「何か、変じゃないですか?」

「何がかね?」

 

 苛立った調子で、基地司令はレミリアを見る。

 

 その他の人間も、概ね似た感じの視線を向けて来た。

 

 ここでもか。

 

 レミリアは密かに嘆息する。

 

 余所者で、かつテロリスト上がりの女は、どこに行っても白眼視の対象になる。流石に、既に慣れてしまってはいるが、こうも似たような反応を返されると、うんざりもしようと言う物だった。

 

「いえ、何かって言われると、ボクもはっきりとは・・・・・・・・・・・・」

「だったら黙っていたまえ。君は基地内で待機だ。奴の相手は我々がやる」

 

 そう言うと、基地司令はレミリアの反論を完全に封じる。

 

 仕方なく、レミリアは口を閉じる事にした。

 

 元よりレミリア自身、自分が感じた違和感に確証があった訳ではない。ただ「何となく何かがおかしい」と思っただけの事である。

 

 今はクライブやリーブス兄妹と言った「お仲間」は、所要で別の基地へと言っている。その為、この場での戦闘に深入りする理由は無い。

 

 ジブラルタル側で好きにやりたいと言うなら、特に口出しする理由は無かった。

 

 だが、

 

 その選択肢が本当に正しいのかどうか、結局レミリアには判断ができない。

 

「・・・・・・・・・・・・仕方が無い」

 

 一言つぶやき、レミリアは格納庫へと足を向ける。取りあえず、自分の裁量で、できるだけの手は打っておこうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 接近を図るリューンが、両手に装備したビームライフルや対艦用のバズーカを構えてアークエンジェルへと迫って行く。

 

 数は、視界に入るだけで10機強。一度に向かってくる敵の数としてはそれなりであろう。

 

 だが、彼等がアークエンジェルへたどり着く事は無かった。

 

 下から突き上げるように何かが駆け抜けた瞬間、3機のリューンが首や腕を斬り飛ばされ、戦闘力を喪失していた。

 

 更に、射出されたドラグーンが、1基に付き5門の砲を駆使して、残りのリューンを掃討していく。

 

 たちまち、戦闘力を喪失した機体は、無為に後退する以外に選択肢を持たなかった。

 

「後続、接近中。数20」

「敵は自棄にでもなっているのかな? 立て続けに戦力を投入したって意味は無いだろうに」

 

 エストの報告に嘆息交じりのコメントを返しながら、キラはドラグーン4基をクロスファイアの周囲に配置。同時にビームライフルとレールガンを構える。

 

 解き放たれる24連装フルバースト。

 

 その一撃が、接近を図っていた敵機を一掃する。

 

 勿論、自身の内なる信念に従い、大破させた機体は1機も無い。全て、戦闘力を奪うに留めている。

 

 次の反応は下。足元から近付いてきた。

 

 水中を、高速ですり抜けようとする機体がある。

 

 グーン、ゾノ、アッシュ、そのどれでもない。

 

「また新型か。やっぱり、お金があると無いとでは大違いだ」

「切実ですね」

「まあ、貧乏人は貧乏人らしく戦うとしよう」

 

 言いながら、腰部のレールガンを海中へと撃ち込む。

 

 Fモードになり、威力と速射力を増した攻撃は、接近を図る水中の機影へと撃ち込まれる。

 

 たちまち、2機が脱落するのが見えた。

 

 しかし、残りはクロスファイアの足元をすり抜けてアークエンジェルへと向かう。

 

 そのまま攻撃へと移行するつもりなのだろう。

 

 水中から飛び出す機影。

 

 肩口に流線形の装甲を持ち、手には大ぶりな三又槍(トライデント)を装備している。

 

 UMF-31S「ジェイル」

 

 ユニウス戦役時にザフト軍が開発したアビスの設計を基に開発された、水中用主力機動兵器である。Gヘッド仕様で、やや細身の印象が強かったアビスと違い、頭部がモノアイ仕様になっている点や、水中戦を想定したのか、四肢や胴体がややずんぐりしており、パワー重視に設計変更されいるのが特徴である。

 

 クロスファイアの攻撃をすり抜けた4機のジェイルが、海面から飛び上がると同時に、肩の装甲を開き、そこに備え付けられた合計6門の砲を、アークエンジェル向けて放とうとした。

 

 次の瞬間、

 

 縦横に放たれた閃光が、4機のジェイルを捉え、四方から貫いて撃墜する。

 

 誰もが目を剥く中、ジェイルを撃墜したレイのエクレールはドラグーンを引き戻すと、尚も向かってくる敵に対してビームライフルを構えた。

 

 放たれる閃光は、後続のジェイルを的確に撃ち抜き、寸分の接近すら許さない。

 

 更に、アークエンジェルの反対側には、もう1機のエクレールが待機し、手にした狙撃砲で、近付いて来る敵機を打ち払っている。

 

 元来、ルナマリア・ホークは砲撃系の機体を好む傾向が強い。本人は元々、射撃が不得手であるにもかかわらず、だ。

 

 だが、できないからこそ、できる者に憧れる。そして、憧れは努力に繋がり、努力はいつか昇華する。

 

 繰り返し言うが、ルナマリアは元々、射撃は不得手である。

 

 しかし、彼女の行ったたゆまぬ努力は、その結果として彼女を「射撃の名手」と呼ばれる程の存在へと押し上げていた。

 

 斉射、流れるような操作でエネルギーを充填し、更なる斉射を行う。

 

 近付こうとするリューンは、それだけで翼を撃ち抜かれて海面へと落下していく。

 

 努力の天才、などと言う言葉があるなら、それは正にルナマリア・ホークにこそ送られるべきだろう。

 

 彼女の射撃は、正に「神域」と称して良い正確さで、敵を貫いて行った。

 

 

 

 

 

 背後から接近を図る者達がいる。

 

 成程、正しい判断だ。

 

 アークエンジェルは20年前に建造された老朽艦だが、徹底的なオーバーホールで、往時並みの高速力を維持している。ならば、足を止める為にエンジンを狙うのは妥当な判断だろう。

 

 接近を図るハウンドドーガは、グゥルに乗りながら、急速に白亜の巨艦に接近して行く。

 

 設計時において重要視されなかったのか、アークエンジェルは後方への火力が最も低い。それ故、攻撃側のセオリーとして、後方に回り込む事は間違いではない。

 

 彼等の攻撃は成功するだろう。

 

 無論、守護者の存在が無ければの話だが。

 

 4つの刃を従え、罪ありき正義の騎士が駆け抜ける。

 

 たちまち、プラント軍機は機体やグゥルを斬り裂かれて海面へと落下、あるいは爆炎を引いて蒼空へ散って行った。

 

 その光景を、アステルは無言のまま見つめる。

 

 現在、ギルティジャスティスは万全の状態ではない。先の戦いでレミリアのスパイラルデスティニーにリフターを破壊され、その修理が終わっていない為、未装備状態での出撃となっている。

 

 とは言え、アステルにとって、さほど大きな問題でもない。

 

 もともとギルティジャスティスは、リフターなしでも高機動を確保できる設計になっている。その為、素体だけでも充分な機動力を確保できるのだ。若干、戦術の幅が狭まるのは仕方ないが、それとてアステルにとっては気にするほどの事ではなかった。

 

 蹴り出したビームブレードでグゥルを斬り捨て、ビームサーベルは、バランスを崩したハウンドドーガを袈裟懸けにする。

 

 損傷を負って尚、その戦闘力は一級。

 

 並みの雑兵如きでは、この赤き騎士を抜く事叶わない。

 

 クロスファイア、2機のエクレール、そしてギルティジャスティス。

 

 この4機が守りを固める事で、アークエンジェルは鉄壁と化していた。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前の敵を一掃してから、アステルは呟く。

 

「向こうも、そろそろか」

 

 

 

 

 

 基地司令は愕然としていた。

 

 たった1隻の戦艦、たった4機のモビルスーツを仕留める事ができないでいる。

 

 既に出撃した部隊の内、半分は壊滅している。残り半数にしても、ろくな攻撃をする事もできず、ただ右往左往した挙句、敵の攻撃を喰らっている有様だった。

 

 当初、スカンジナビアに遠征した部隊が、ほんの僅かな敵の反撃を受けて敗退したと聞いた時、誰もが悪い冗談だと思った。

 

 精鋭を誇るプラント軍が、碌な戦力を持たないスカンジナビアに敗れるなどあり得ない。恐らく、敵、それも自由オーブ軍の主力が密かに合流していた為に敗北したのだろう。それを誤魔化す為に、偽の情報を流したのだ、と誰もが思っていた。

 

 だが、よくよく考えれば、偽の情報を流すなら「大軍に敗れた」か、あるいは「事情が変わって転進した」と発表するはず。「少数の敵に敗れた」などと発表しては、却って軍の威信失墜につながりかねない。

 

 つまり、敵は間違いなく少数だったのだ。

 

 そして、その事実を裏付ける戦闘が、今まさに目の前で展開されていた。

 

 プラント軍は、すぐ目と鼻の先を航行するターミナルの戦艦を大軍で包囲しながらも、掠り傷一つ付ける事ができないでいる。

 

 正に、悪夢としか言いようが無かった。

 

「バカな・・・・・・・・・・・・」

 

 こうしている内に、また部隊が壊滅してしまう。

 

 彼等は知らない。

 

 今、彼等が相手にしている感が、かつて如何なる苦難にも屈する事無く、あらゆる苦戦を跳ね除け、勝利を重ねて来たかを。

 

 不沈艦と言うのは、アークエンジェルが最強の艦だったから名付けられたのではない。いかなる状況でも、最大限の努力で潜り抜け、必ず帰還するからこそ名付けられたのだ。

 

「全部隊に出撃を命じろッ 何としてもアークエンジェルを沈めるんだ!!」

 

 自棄になったように、基地司令は叫ぶ。

 

 とにかく、「自分の基地の目前」で、あたかも挑発するように堂々と航行された挙句、取り逃がしたとあっては恥の上塗りも良い所である。

 

 何としても、ここでアークエンジェルを沈める。

 

 その決意と共に、命令を下す。

 

 だが、破滅は、彼等が思いも欠けなかった方向からやってきた。

 

「司令ッ 海上にモビルスーツがもう1機、真っ直ぐこちらに向かってきます!!」

「な、何っ!?」

 

 目を剥いた基地司令が、慌ててサブモニターに目を走らせる。

 

 果たしてそこには、

 

 12枚の蒼翼を広げた美しいモビルスーツが、真っ直ぐジブラルタル目指して飛翔してきている姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラが立てたジブラルタル突破作戦は、当初考えられていた積極策に近い物だった。

 

 まずはアークエンジェルをわざと目立つように航行させて敵の目を引き付ける。

 

 そうして、手薄になったジブラルタル基地に攻撃を仕掛ける。

 

 レミリアが、当初抱いていた違和感は杞憂ではなかった。

 

 彼女は、アークエンジェルがこれ見よがしに堂々と姿をさらしている事を不審に思っていたのだ。

 

 だが結局、レミリア自身、真実に辿りつく事ができず、プラント軍の誰もがキラの思惑に気付けなかった。

 

 その代償は、彼等自身が支払う事になる。

 

 攻撃役は、ヒカル自ら買って出た。

 

 当初キラは、この危険な役は自分とエストが担おうと考えていた。

 

 最も危険な役目は、他人に任せるのではなく自分でやる。それは自分達の存在に対する絶対的な自信と、組織を運営するリーダーとしての責任でもあった。

 

 だが、そんな父に対し、ヒカルはあえて自分が行くことを主張した。

 

 この手の任務は、自分が行き、キラは指揮に集中した方が得策である。それに、戦場に出る以上、危険の多寡は変わらない。むしろ、大軍を少数で迎え撃たなくてはならない迎撃組の方が危ない可能性だってあるのだ。

 

 以上のように主張した息子に対し、キラは暫く考えてから受け入れる事にした。

 

 ヒカルの言う事に一理ある。と考えたのも、主張を受け入れた理由の一つではあるが、それ以前に、積極的に協力してくれている息子の意見を尊重したいと言う気持ちもあった。

 

 無論、ヒカルの実力を信じた上で、ではあるが。

 

 かくして、

 

 ヒカルの駆るエターナルフリーダムは、フルスピードでジブラルタル基地上空へと突っ込んで行った。

 

 ヴォワチュール・リュミエールの翼と、スクリーミングニンバスの障壁が鋭い輝きを齎す中、撃ち上げられた砲火を急激に回避する。

 

 同時に上昇を掛けつつ、バラエーナ・プラズマ収束砲、レールガン、ビームライフルを構えて6連装フルバーストを解き放つ。

 

 一斉発射される閃光。

 

 着弾と同時に、ジブラルタル基地内で次々と爆炎が躍る。

 

 まず、狙うべきはモビルスーツの格納庫。そこさえ潰してしまえば、増援をある程度断つ事が出来る筈。

 

 だが、プラント軍も無能ではない。

 

 ただちに、滑走路上で待機していた3機のリューンが、翼を広げて飛び上がるのが見えた。

 

 世界で初めて、単独飛行が可能なように設計されたディン。その後継に当たる機体が、エターナルフリーダム目がけて向かってくるのが見える。

 

 対して、

 

 ヒカルも迎え撃つべく、背中からティルフィング対艦刀を抜き放って構えた。

 

 更なる加速。

 

 リューンが手にしたビームライフルで攻撃を仕掛けて来るが、ヒカルは難なく回避。

 

 更に照準を修正しようとするリューンがいるが、それすら間に合わない。

 

 一気に接近すると同時に、豪風を撒くように対艦刀を振るう。

 

 一閃された刃が、リューンの首を飛ばす。

 

 更に、ヒカルは手にした大剣を鋭く斬り上げて、2機目のリューンの羽根を斬り落とした。

 

 残ったリューンが、諦めきれずに尚もビームライフルをエターナルフリーダムに向けようとしてくる。

 

 しかし、その時にはヒカルも動いていた。

 

 甘い照準をすり抜けるようにして攻撃を回避すると、そのまま接近。突撃の勢いを斬撃に変換して、リューンの両足をティルフィングで斬り飛ばす。

 

 空中でバランスを崩すリューン。

 

 その背中を、ヒカルは強引に蹴り飛ばして地上へと叩き落とした。

 

 迎撃機を一掃したヒカル。

 

 いよいよ、本格的に基地への攻撃を仕掛ける。

 

 手にしたビームライフルを放ち、居並ぶ倉庫群を叩き、更にはエレベーターユニットをレールガンで破壊して、地下格納庫との連絡線も立つ。

 

 ジブラルタル基地はプラント軍の地上における第2の拠点だ。ある程度徹底的にやっておかないと、却って禍根を残す事になりかねない。

 

 地上の滑走路にも砲弾やビームを打ち込んでクレーターを作り、暫く使えないようにする。無論、プラントの技術をもってすれば、1日もあれば修復できる程度の損害ではあるが、それだけ時間を稼げれば、アークエンジェルは安全圏へと退避できるはず。

 

 ヒカルが次に攻撃目標に選んだのは、基地の中央付近に設置されているレーダーサイト群だった。

 

 これを潰さなければ、アークエンジェルの進路をある程度追跡される事になる。

 

 撃ち上げられる砲火をかわしてヒカルは基地上空へと戻ると、立てつづけにレールガンを放ち、レーダーや、その他のセンサーの類を片っ端から叩き壊して行った。

 

 思わぬ奇襲を受け、更に機体の格納庫まで潰されたプラント軍の動きは鈍い。

 

 今やヒカルは、本当の魔王と化したかのような勢いで、プラント軍屈指の拠点を破壊して回っていた。

 

 やがて、ヒカルが「破壊活動」をやめた時、基地のそこかしこで煙と炎が上がり、視界を覆い尽くす程の規模となっていた。

 

 とは言え、流石はプラント屈指の拠点と言うべきか、1機のモビルスーツの持つ火力では、完全には破壊しきれなかったらしい。

 

「良いとこ、4割ってところか。まあ、これくらいやっときゃ、上々だろ」

 

 ヒカルは自分の齎した「災禍」を見て、頷く。

 

 これで、暫くは欧州のプラント軍は身動きを取る事もできなくなったはず。壊滅させるには至っていないし、現有戦力でそれを行うのは不可能である。ただ、これだけやれば十分だった。

 

 蒼翼を翻して、ヒカルは帰還の途に着こうとする。

 

 先行した形になっているアークエンジェルを追いかけるのだ。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突然、自分に向かって高速で接近してくる機影がある事に気が付いた。

 

 ハッとして振り返る。

 

 そこには、

 

 赤い炎の翼を羽ばたかせ、真っ直ぐに飛翔してくる見覚えのある機体があった。

 

「スパイラルデスティニー、レミリアか!?」

 

 凄まじいスピードで飛翔してきたスパイラルデスティニーは、そのままの勢いでエターナルフリーダムとすれ違う。

 

《随分と派手にやってくれたよね、ヒカル。いつから壊し屋に転職した訳?》

 

 苦笑交じりのレミリアの声に、ヒカルはムッとした調子で眉をしかめる。

 

 先の戦いで、今一歩の所で(ルーチェ)を取り戻せなかったのは、彼女によるところが大きい。勿論、その辺の細かい事情をレミリアは知らなかった訳だが、それでも腹が立つ事には変わりない。

 

《まあ、これ以上はやらせないんだけどね!!》

 

 言い放つと同時に、レミリアはミストルティン対艦刀を構えて斬り掛かってきた。

 

 対して、ヒカルもビームサーベルを抜いて斬り込んだ。

 

 互いの剣が空を切り、同時に駆け抜けた豪風が装甲を叩く。

 

「レミリアッ あいつをどこにやった!?」

 

 振り下ろすように剣を繰り出しながら、叩き付けるように尋ねるヒカル。

 

 対して、その攻撃をシールドで弾きながら、レミリアはキョトンとした眼差しを向けた。

 

《あいつ・・・・・・て誰の事?》

「ふざけんなッ ルー・・・・・・」

 

 言いかけて、レミリアが何も事情を知らない事を思い出す。

 

 一つ深呼吸する。

 

 どうにも、ルーチェの事が絡むと、冷静ではいられなくなる傾向が強い。

 

 ヒカルは目を開き、もう一度レミリアを見た。

 

「お前が連れて行った、ユニウス教団の聖女。あいつは、俺の妹だ」

《えッ!?》

 

 その言葉に、レミリアは驚愕の表情を見せる。

 

 確かに、ヒカルに双子の妹がいたと言う話は聞いている。しかし、

 

《だってヒカル、妹は死んだって、前・・・・・・》

「俺もそう思っていたさ。けど、生きてたんだ・・・・・・」

 

 レミリアはふと、ヒカルとアルマ(ルーチェ)の顔を、思い出して比べてみる。

 

 正直、あまり似ていない。

 

 本人がそう言っている所で、俄かには信じがたい話である。相手がヒカルでなければ、冗談だと笑い飛ばしている所である。

 

 しかし、

 

「信じてくれ。あいつは俺の妹なんだ。10年前に誘拐されて、それで、何でか知らないけど教団の聖女なんてやらされてたんだッ」

《・・・・・・・・・・・・》

 

 半信半疑のレミリア。

 

 正直、いきなりそんな事を言われても、信じろと言う方に無理がある。

 

 だが、

 

《・・・・・・本当、なの?》

「ああ」

 

 ヒカルは、こういう悪質な嘘は絶対に言わない事を、レミリアは知っている。

 

 だからこそ、信じられると思った。

 

 言葉ではなく、ヒカル・ヒビキと言う、レミリアにとっての親友自身を。

 

 スパイラルデスティニーが腕を降ろしたところで、ヒカルはレミリアが敵意を引き下げたと察した。

 

「協力してくれ、レミリア。あいつを助けるには、お前の助けがどうしても必要なんだ」

《それは・・・・・・・・・・・・》

 

 親友の言葉に、少女は言葉を濁す。

 

 他ならぬヒカルの頼みだ。できれば、協力してあげたいと言う気持ちはある。

 

 そかし・・・・・・・・・・・・

 

《でも、ボクは・・・・・・》

 

 言い淀むレミリアは、感情に任せて進もうとする足を、理性の鎖が絡め取るのが判る。

 

 それは、プラントに対する明確な裏切り行為となる。何しろ、同盟軍の象徴とも言うべき聖女アルマを、誘拐するに等しい行為なのだから。

 

 そんな事をしたら、プラントで囚われている姉はどうなるのか?

 

 だが、

 

「レミリア、お前が何か、俺にも言えない事情を抱えているのは知っているよ。けどな、それを承知で頼んでんだ」

《ヒカル・・・・・・・・・・・・》

 

 彼が、再び手を差し出してくれている。

 

 モビルスーツのカメラ越しだが、レミリアにはそれが判る。

 

 ああ、そうか・・・・・・

 

 レミリアは、唐突に理解する。

 

 ヒカルはいつも、真っ直ぐにレミリアを見て、そして真っ直ぐに感情をぶつけてくる。

 

 だからだろう。レミリアにとって、ヒカル・ヒビキと言う少年は、とても眩しい存在だった。

 

 そう、自由に天を舞う翼を持ち、つねに己の信じた道を突き進む事ができる。

 

 そんなヒカルの姿を見て、憧れ、惹かれ、そして、

 

 いつしか、恋するようになっていたのだ。

 

 そう、レミリアは今、はっきりと自覚していた。

 

 自分は、ヒカルが好きだ。親友としてでなく、1人の女としてのヒカルに恋している。

 

 一緒に行きたいと思っている。抱き締めてほしいと思っている。

 

 全て捨て去り、ヒカルと一緒に行ければ、それだけで幸せになれる気がした。

 

 そこへ、駄目押しとも言うべき言葉が投げかけられる。

 

「一緒に来いッ レミリア。お前が持つ全てを、俺が解決してやる!!」

《ヒカル・・・・・・・・・・・・》

 

 呟くレミリア。

 

 そのまま身を預けそうになり、

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《おっと、臭い三文芝居は、それくらいにしとけよ。お二人さん》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、割り込んで来た悪意を含む声。

 

 次の瞬間、

 

 嵐のようなビームが、エターナルフリーダム目がけて降り注いできた。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、シールドを掲げて防御するヒカル。

 

 しかし、その攻撃の数は尋常ではない。

 

 50。

 

 否、下手をすると100に届くのでは、と思える程の閃光の軌跡が縦横に襲い掛かってくる。

 

 堪らず後退するヒカル。

 

 12枚の翼を羽ばたかせながら、体勢を維持。同時に、カメラアイを上に回して振り仰ぐ。

 

 その先には、結合したドラグーンユニットを回収する、深紅の機体が、威嚇するようにこちらを睨み付けていた。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは驚愕に、目を見開く。

 

 その機体には、確か見覚えがあった。

 

 2年前、北米で一度だけ対峙した事がある機体。その後、戦線に全く出て来る事がなくなった為、てっきり、フロリダ会戦で撃墜されたのだろうと思っていた存在。

 

 しかし、その機体は当時と変わらない姿で、そこにあり続けていた。

 

 GAT-X135「クリムゾンカラミティ」

 

 かつて、ヒカル、リィス、カノンの3人で掛かって尚、仕留める事ができなかった重火力型機動兵器が、今再び、ヒカルの前に姿を現していた。

 

 だが、ヒカルが驚いたのは、それだけではない。

 

 先程聞こえてきた声。あれは・・・・・・・・・・・・

 

「レオス・・・・・・お前が、そいつのパイロットだったのか?」

《ご名答。気付くのが遅いぞ、ヒカル》

 

 どこか笑みを含むような声で、レオス・イフアレスタールは応じた。

 

 自分達を裏切り、妹まで撃った男が、再びのうのうと姿を現している現状に、ヒカルは込み上げる怒りを抑える事ができずにいた。

 

 そんなヒカルの感情などお構いなしに、レオスは口を開いた。

 

《さて、さっきも言ったがヒカル。その女を連れて行く事は俺が許さん》

「何をッ」

 

 勝手な事を。

 

 言いかけるヒカルを制するように、レオスは更に続けた。

 

《それにヒカル。お前には、どうせここで死んでもらうんだ。彼女を連れて行く事などできないさ》

「ッ!?」

 

 言った瞬間、

 

 レオスは4基のグレムリンを射出。更にそこから、合計32基の小型ドラグーンを分離してエターナルフリーダムへと向かわせる。

 

 グレムリン本体の物と含めて、合計80門の砲がエターナルフリーダムに襲い掛かってくる。

 

 対して、ヒカルは舌打ちしながらフルバーストモードへ移行。向かってくるドラグーンを次々と撃ち落していく。

 

 流星の如く流れる閃光と、ドラグーンが交錯して、一瞬、空中に弾けるような爆炎が広がる。

 

 ヒカルの攻撃は的確であり、一瞬ながらドラグーンの動きを抑え込んだように見えた。

 

 しかし、流石に数が多い。全てを撃ち落とすのは不可能に近い。

 

 やがて、エターナルフリーダムの火線をすり抜ける形で、次々とドラグーンが向かってくる。

 

「チッ!!」

 

 攻撃配置に着いたドラグーンとグレムリンを見ながら、舌打ちするヒカル。

 

 同時にヴォワチュール・リュミエールを全開まで吹かし、火線を引き離しにかかった。

 

 流石に、ドラグーンもエターナルフリーダムのフル加速にはついて来れなかったのか、一気に引き離される。

 

 だが、

 

 そこへ、ビームバズーカとシールド内蔵砲、複列位相砲、肩口のビーム砲を構えたクリムゾンカラミティが砲門を開いた。

 

 レオスはヒカルの回避パターンを先読みし、逃げ道を塞ぐようにして待ち構えていたのだ。

 

「クッ!?」

 

 放たれる閃光は、ドラグーン無しで尚、エターナルフリーダムの火力を上回っている。

 

 とっさにシールドを展開して防御するヒカル。

 

 しかし、とっさの事で、完全な防御はできなかった。

 

 吹き飛ばされるエターナルフリーダム。

 

 そこへ、レオスはドラグーンを殺到させる。

 

《悪いなヒカル。お前の事は好きだったけどよ、俺にも、譲れない物って奴があるんだ》

 

 そのまま一斉発射しようとするレオス。

 

 しかし、

 

 そこへ深紅の翼を羽ばたかせたクロスファイアが、手にした対艦刀を翳してクリムゾンカラミティに斬り掛かった。

 

「クッ!?」

 

 とっさの事で、回避が追いつかないレオス。

 

 キラが振り下ろしたブリューナク対艦刀は、クリムゾンカラミティの胸部装甲を斬り裂く。

 

 キラはそのまま、レオスを牽制しながらオープン回線でエターナルフリーダムに呼びかけた。

 

《撤退して、ヒカル。これ以上の戦闘は無意味だ!!》

「けど、父さん!!」

 

 ヒカルは言い募る。

 

 ルーチェが、

 

 レミリアが、手の届く所にいる。

 

 だと言うのに、指をくわえて退かなければならないと言うのか。

 

《聞き分けなさい、ヒカル》

 

 そんなヒカルに対して、エストが淡々とした、それでいて断固とした調子で言った。

 

「母さん・・・・・・」

《ここでの深追いは命に係わります。ここは、お父さんの指示に従ってください》

 

 歴戦の英雄2人に諭されては、ヒカルとしても我を張り続ける事は叶わない。

 

 そのまま、機体の踵を返して撤退していく。

 

 最後にチラッとだけ、背後に目をやると、

 

 そこでは尚も、未練を残したスパイラルデスティニーが、寂しさを象徴するように滞空していた。

 

 

 

 

 

PHASE-37「ジブラルタル強襲」      終わり

 




機体設定

UMF-31S「ジェイル」

武装
複合兵装ランス×1
3連装ビーム砲×2
複列位相砲×1
肩部機関砲×2
超音速魚雷発射管×6

備考
プラント軍がZGMF-X31S「アビス」の設計データを基に開発した新型水中用モビルスーツ。武装は簡略化されているが四肢の大きさが一回り太くなり、抵抗の大きい水中での機動戦に、より大きな力を発揮する。深海での活動も考慮に入れられており、より先述の幅が広がる事が期待されている。


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PHASE-38「試される覚悟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 比較的緩やかな日差しが、心地よい風を運んでくる。

 

 地図上には無いこの島は、戦艦数隻が停泊できるだけの大きな入り江を持ち、更には、隣接する居住施設にも、行き届いた配慮がなされている。

 

 流石、ターミナルが長い年月を掛けて整備しただけの事はあり、暫く逗留する分には問題ない設備を誇っていた。備蓄された物資を合わせて、2年くらいなら補給無しでも生きて行けるだろう。

 

 ジブラルタルを強襲して欧州を脱出する事に成功したアークエンジェルは、進路を南に向けて大西洋を縦断し、そのまま南米大陸最南端のホーン岬沖を通って、南太平洋に入っていた。そこから、この拠点へとたどり着いたわけである。

 

 地図からは抹消されている為、プラントを始めとした諸勢力に発見される可能性は、まず低い。勢力的に弱いターミナルからすれば、決戦に向けて戦力を蓄える場所としては最適と言う事だ。

 

 入り江の先には白亜の巨艦が停泊して、修理と整備を行っている。

 

 スカンジナビア、ジブラルタルと激戦を制してきたアークエンジェルは、流石に歴戦の戦艦とは言え、大小の損傷を負う事は免れなかった。

 

 間もなく、オーブ本国奪還作戦が開始される事になる。ターミナルもまた、自由オーブ軍支援の為に動く事になるだろう。その為の準備は、入念に行われていた。

 

 その間、クルー達もまた、つかの間の休暇を楽しんでいる所である。

 

 浜辺では、3人の子供達がはしゃいでいるのが見える。

 

 カガリの子供達、シィナ、ライト、リュウの3人である。彼等も、スカンジナビアを出る際に、アークエンジェルに便乗する形で、この拠点に同道していた。

 

 勿論、彼等もジブラルタルでの戦闘を、アークエンジェルの艦内で経験している。

 

 一応、安全面を考慮して、居住区画の一番防御力が高い場所に匿ってはいたが、敵の攻撃が着弾する度に、艦が揺れる事は避けられなかった。

 

 彼等は無力な子供である。本来であるなら、過酷な戦争の真っただ中に放り込まれ、恐怖の為に心を病んだとしてもおかしくは無い。

 

 しかしそこは、流石、稀代の英雄の子供達と言うべきだろう。末っ子のリュウは若干怯えたような顔を見せはしたものの、上の2人は落ち付いた物で、長男などは、初めて体験する「実戦」に興奮すらしている様子だった。

 

 将来が楽しみな子供達であるが、彼等が同行できるのはここまでである。ここから先は、子連れで戦いを挑むのはあまりにも危険すぎる。

 

 砂浜では、つばの広い帽子をかぶったライアが、敷かれたシートの上に腰を下ろして、子供達が戯れるのを見守っている。その傍らでは、ライアにじゃれ付くようにして、2歳くらいの子供が遊んでいるのが見える。恐らく、ライアの子供なのだろう。

 

 波打ち際では、あと2人。水着に身を包んだリィスとカノンも、一緒になって遊んでいるのが見える。

 

 リィスはパレオ付きのトロピカルカラーのビキニで、そのバランスのとれた肢体を包み、カノンは白地に青いラインが入ったビキニを着込んでいる。

 

 引率役のライアは足が不自由なため、彼女1人では万が一の事があった場合に対処が難しい。その為、リィスとカノンも一緒に来た訳である。

 

 今も、波打ち際で子供達と一緒になって、鬼ゴッコに興じている。

 

 間もなく、戦いが始まる。

 

 それも、祖国を取り戻すための、最後の戦いになる。間違いなく、決戦となるだろう。

 

 これは言わば束の間の、そして最後のゆとりの時間であると言えた。

 

 この拠点にいる幾人か、あるいは全員が、二度と帰ってこない可能性すらある。

 

 死地に赴く彼等が、楽園で過ごす最後の時だった。

 

 と

 

「あー お船―!!」

 

 足を止めたリュウが、素っ頓狂な声で沖合を指差す。

 

 見れば確かに、1隻の船がゆっくりと入り江に入り、こちらに向かってくるのが見える。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 見覚えのあるシルエットに、リィスは手を止めて呆然とする。

 

 水上艦のようなフォルムをした、巨大な船は、その大きさにおいてアークエンジェルをも上回っている。

 

 だが、その姿は船本来の美しさを損なう事無く、優美且つ勇壮な戦船としての姿を見せている。

 

「大和・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンもまた、自分達の母艦の名を、知らずに呟いていた。

 

 

 

 

 

 トリガーを引く。

 

 軽い衝撃と共に発射された弾丸は、亜音速で飛翔しながら、1秒を待たずに目標へと命中。

 

 更に、連続してトリガーを引き絞る。

 

 狙うのは、相手の肩、足、武器。

 

 殺気を消し、作業のようにトリガーを引き続ける。

 

 貫き通す不殺。

 

 それは、自分の信念であり、そして欺瞞でもある。

 

 やがて、全ての弾丸を撃ち終えて、ヒカルは銃を降ろした。

 

 銃弾を撃ち込んだ標的には多数の穴が開いている。

 

 全て、急所を外した攻撃だ。

 

 不殺の戦いを心掛けるヒカルにとって、この訓練は必要な事である。

 

 たとえ素手とモビルスーツの差はあっても、「不殺を行う」上で必要な感覚を養うのに、射撃訓練は最適だった。

 

 と、

 

「上手だね」

 

 柔らかい声を掛けられ、ヒカルが振り返ると、そこには笑顔を浮かべた父の姿があった。

 

「父さん・・・・・・どうしたんだよ?」

「ヒカルがここにいるって聞いてね。ちょっと話がしたくてさ。ほら、合流してから、あまりゆっくり話す機会が無かったでしょ」

 

 確かに。

 

 キラはアークエンジェルの運行や、他のターミナルの作戦行動について指揮を取らなくてはならない為、なかなかまとまった時間と言う物が持てなかったのだ。

 

 キラはヒカルに歩み寄ると、標的の方に目を向けた。

 

 成程、と頷いてからヒカルに向き直った。

 

「ヒカル、君が不殺の戦いをやっているって言うのは、噂で聞いていたよ」

「・・・・・・リィス姉から、父さんがこういう戦いをしているって聞いてさ。だから」

 

 息子の言葉を聞きながら、きらは「ふぅん」と返す。

 

 見た目的には、キラとヒカルはそれほど年が離れているようには見えない。背は若干キラの方が高い為、せいぜい歳の離れた兄弟と言ったところである。

 

 しかし、ヒカルの目の前にいるのは、間違いなくキラ・ヒビキ。数多の戦いを収めた英雄であり、そしてヒカルにとっては憧れを抱く父である。

 

 キラは、そんなヒカルに向き直って言った。

 

「嬉しいね」

「嬉しい?」

 

 突然のキラの言葉に、意味が分からず首を傾げるヒカル。

 

 対して、キラは微笑を浮かべて続ける。

 

「そりゃ、そうでしょ。息子が自分の意志を継いで、同じ道を歩んでくれているんだ。父親として、これほど嬉しい事は無いよ」

 

 レミリアとの事で悩んでいたヒカルは、リィスから聞かされた父の戦い方に憧れ、模倣し、ついには自らの戦い方として昇華させるに至っていた。

 

 ヒカルにとって「不殺」を行う事は即ち、大切な人を守り、そして大切な人を傷付けないようにする、言わば天秤の如きバランスが齎した信念であると言えた。

 

 そんな息子に対し、キラは何気ない調子で続けた。

 

「だからこそ、だろうね。僕はヒカルに聞いておかなくちゃいけない事がある」

 

 キラは、口元の笑みを消して、スッと細めた眼差しをヒカルに向けた。

 

 キラがやったのは、ただそれだけである。

 

 ただそれだけで、場の空気が重さを増したような錯覚に捕らわれた。

 

 ゴクリと、ヒカルがつばを飲み込む。

 

 まるで戦場にいるかのような重苦しさに、ヒカルは呼吸すら忘れて立ち尽くした。

 

 目の前にいるのは、いつものほほんとしている、ヒカルの父ではない。

 

 数多の困難を乗り越え、並み居る敵を薙ぎ払ってきた、現世(うつしよ)の英雄である。

 

 その事をヒカルは、否が応でも感じさせられていた。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルに対し、キラは語りかけた。

 

「君には、人を殺す覚悟がある?」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 意外過ぎる質問に、ヒカルは一瞬、言葉を失った。

 

 人を殺す覚悟、などと言う言葉が、父の口から出て来るとは思っても見なかったのである。

 

 不殺の戦い方を選択し、未だに貫き通しているキラ。そんなキラと「人を殺す」と言う言葉は、どうにもミスマッチなように思えるのだった。

 

 対してキラは、そんなヒカルの反応を予想していたように頷く。

 

「ヒカル。君がこれからも、不殺の戦い方を貫くつもりなら、同時に相手を殺す覚悟も必要だ」

 

 「不殺」と「殺し」と言う、実際的にも字面的にも矛盾する二つの言葉を、キラは平然と同列に置いて話していた。

 

 無論、不殺の戦い方に至るまで、ヒカルは幾人もの人間を手に掛けている。己の手が汚れていないなどと考えた事は一度も無いが、それでもキラの言葉には納得しかねる物があった。

 

「父さんにはあるのかよ・・・・・・人を殺す覚悟が」

 

 意地の悪い質問をした、という自覚はヒカルにもある。

 

 だが、先にやったのはキラだし、父親から投げ掛けられた問題提起に対し、これくらいの意趣返しをする権利は息子としてあると思った。

 

 対して、

 

「あるよ」

 

 あっさりと、キラは答えた。

 

「そうしないと、お母さんや仲間達を守れなかった事は、今まで何度もあったからね。だから、そう言う時は迷わない事にしている」

 

 そう言うと、

 

 次の瞬間、キラの右腕は残像が霞む勢いで、真っ直ぐ水平に持ち上げられた。

 

 その手に握られているのは、黒光りする拳銃。

 

 キラは顔をヒカルに向けたまま、真っ直ぐ真横に伸ばした腕で拳銃を放った。

 

 標的を見ないで放つ射撃。

 

 それも1発では無く、合計で10発。

 

 やがて、余韻と共に銃声が止むと、改めてキラはヒカルに笑いかけた。

 

「覚えておくと良いヒカル。たとえ不殺をする時でも、いざという時には相手を殺す覚悟を持たなくちゃいけない。でないと、君はいずれ、取り返しのつかない失敗をする事になる」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む息子に、キラは柔らかい中にも、断固とした冷徹さを滲ませて言った。

 

「僕達は聖人でも神様でもない。戦争屋であり、また殺し屋でもある。だから、僕達が不殺をやると言う行為は、人によっては偽善であり欺瞞と捉えるだろう。だからこそ、いつでも人を殺す覚悟は持たなくてはいけないんだよ」

 

 キラがそこまで言った時だった。

 

 トコトコと小さな足音が近付いて来るのが聞こえると、入り口に小さな人影が立った。

 

「キラ、オーブ軍の大和が到着しました。30分後に作戦会議を開きたいとの事です」

「判った。すぐ行くよ」

 

 妻の報告に頷くと、キラは息子の方を優しく叩いて、入口の方へと向かう。

 

「ヒカル、あなたも同席してください」

「あ、ああ・・・・・・判った」

 

 エストの言葉に、力無く頷くヒカル。

 

 やがて、両親が出ていくと、ヒカルは慌てて標的を引き戻して確認する。

 

 そこで、驚いた。

 

 キラが放った銃弾は、全て標的に命中している。

 

 それも、額、両目、喉、心臓にそれぞれ2発ずつ。全て人体の急所だ。

 

 キラは視線を向ける事無く、30メートル先にある標的の急所を、正確に射抜いて見せたのだ。

 

 並みの技量でできる事ではないだろう。

 

 ヒカルに語った「人を殺す覚悟」と言うのは偽りはない。キラはその瞬間が来たら、迷わず相手を殺害するだけの覚悟を持っているのだ。

 

 だが、なぜ、そのような覚悟が必要なのか、未だにヒカルには理解できなかった。

 

 

 

 

 

 傍らを歩くエストが、突然、キュッとキラの腕を抓って来た。

 

 痛みは無い。本気でやっている訳ではないのだろう。

 

 だが、長年連れ添ってきたからわかる。これは、彼女が拗ねている時の反応だ。

 

「どうかした?」

「厳しすぎです」

 

 尋ねるキラに、エストは相変わらず無表情のまま返す。

 

 もっとも、ニュアンス的に抗議が込められている事が判る。

 

 普段は判りにくいが、母親と言う立場故か、エストはキラ以上に子供達に甘い面がある。

 

 たぶん先程のヒカルとの会話を、途中からでも聞いていたのだろう。その内容と、キラがヒカルを追い込むような言動をしたのを怒っているのだろう。

 

 対して、キラは苦笑しつつ肩を竦めた。

 

「今まで、父親らしい事は何もしてこなかったからね。それを取り戻す分の時間くらいは欲しいと思って当然でしょう」

 

 そう、

 

 母親は子供を甘えさせ、育むもの。

 

 対して父親は、子供を鍛え、導くもの。

 

 だが、この7年間、キラは己が使命を果たす為、ヒカルにかまってやれなかったのは事実である。

 

 まあ、リィスを始め、多くの人々の努力で、ヒカルが想像以上に真っ直ぐ育ってくれた事は好ましいと思っているが。

 

 それでも、息子を放任してしまった事は、父親として忸怩たる物を感じていた。

 

「これからの人生で、失った7年間を取り戻せるかどうかは判らない。けど、僕なりに精いっぱいやってみる心算だよ」

 

 そう言うと、キラはエストの頭に手を置いて優しく撫でてやると、エストは気持ち良さそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間を、1隻の戦艦が航行している。

 

 水上艦としてのフォルムを若干残しながらも、艦首部分から大きく張り出した主翼によって、俯瞰して見ると引き絞った弓矢のようにも見える。

 

 どこか、アークエンジェルと似た雰囲気の有る艦である。

 

 ミネルバ級宇宙戦艦1番艦ミネルバ

 

 ユニウス戦役時、ザフト軍が威信回復と武威高揚の為に開発したセカンドステージシリーズの母艦として建造した大型戦艦である。その設計思想にはアークエンジェル級が踏襲されている。その為、両級は似たような雰囲気を持つに至っている訳である。

 

 そのミネルバは現在、プラント・レジスタンスの母艦として運用されていた。

 

「では、自由オーブ軍の作戦開始はいよいよな訳ね」

 

 艦長席に座った女性は、落ち着いた声で告げた。

 

 ある種の気品と落ち着きを兼ね備え、それでいて武人としての苛烈さも併せ持つその女性は、皆の信頼を一身に集める形で、その場に座している。

 

 タリア・グラディス

 

 元ザフト軍人であり、ユニウス戦役時には精鋭ミネルバ隊を率いて転戦した歴戦の将である。

 

 既に軍は辞した彼女だったが、周囲から請われる形で復帰し、今はレジスタンスのリーダー兼ミネルバ艦長に就任していた。

 

 アスランにとっては、かつての上官でもある。

 

 その背後には、忠実な家臣宜しく控えた男性が、直立不動で立っている。

 

 アーサー・トラインは、タリアがミネルバ艦長であった頃、彼女の元で副長を務めていた男である。

 

 長く戦場にあり続けた結果、かつての優男然とした印象は抜け落ち、冷静沈着な雰囲気を纏っていた。

 

「既に先遣隊は動き出しているとの事です。本隊の出撃も近いかと」

 

 アーサーの説明に、タリアは頷きを返す。

 

 現状、レジスタンスの戦力は決して多くは無い。ミネルバと言う移動拠点がある分、あるていど作戦への自由度はあるが、それでもプラント軍と正面からぶつかるのは愚の骨頂である。

 

 その上で、決戦へと向かうオーブ軍に対し、どのような支援行動を取るべきか検討しなくてはならなかった。

 

 タリアはふと、息子の事を思う。

 

 タリアがレジスタンスへの参加を決意したのは、アランが保安局に逮捕された事がきっかけだった。

 

 アランの逮捕容疑は、騒乱罪、および反乱誘発罪であったが、彼がそのような事をしていない事は、誰よりもタリアがよく判っている。アランはただ、許せなかったのだ。一時でもオーブ軍と行動を共にしたものとして、彼等が不当に悪へと貶められた事が。

 

 そんなアランの行動は、プラント政府にとって、そうとう目障りな物だったのだろう。だからこそ、濡れ衣を着せて追放したのだ。

 

 だからこそタリアは、プラントがアランに対して行った仕打ちに憤った。誰であれ、我が子を傷付けられて怒らない母はいない。自分の手で我が子を取り戻そうと思い、レジスタンスに加担したのだ。

 

 幸いにして、アランは自由オーブ軍によって救助され、今は同軍における政治的アドバイザーになっているらしい。

 

 喜ばしい事である。生きていてくれた事は勿論だが、彼が再び立ち上がってくれた事が嬉しかった。

 

 無論、軍人と政治家と言う違いはあるだろうが、いずれ同じ戦場に立てる日も来るかもしれない。それは母親として、楽しみな事の一つでもある。

 

「やはり、こちらの存在を誇示して、相手の動きを牽制する以外に無いだろうな」

 

 イザークが議論を進めるべく口を開いた。

 

 イザークの案は、自分達の現状を鑑みれば妥当な策であると言える。

 

 レジスタンスがその存在をプラントに誇示し続ければ、当然、プラントはその警戒の為の戦力を本国周辺に張り付けざるを得なくなる。たとえ少数であっても、決戦の最中に背後で蠢動されてはたまった物ではないだろう。

 

 必然的に、前線の兵力は少なくならざるを得ない筈である。

 

「それについてなんだが、ちょっと気になる事がある」

 

 発言したのはディアッカだった。

 

 先のセプテンベルナイン襲撃戦の折、最重要な潜入部隊を指揮したディアッカは、同時にその際に取得した中身のデータ解析も任されていた。

 

 全てのデータはウィルスを流し込んで破壊したが、ディアッカはその前に、セプテンベルナインで行われていた実験データ全てをコピーして持ち帰っている。

 

 いつか、時が来れば、そのデータがグルック政権を打倒する為の切り札となり得るだろうと考えられていた。

 

 もっとも、データの量は膨大であり、とてもディアッカ1人で解析しきれるものではない。そこで、ターミナルから派遣されてきた専門家にも手伝ってもらってデータの解析を行っていたのだが、

 

「その中で、どうしてもプロテクトが解除できない物があってな・・・・・・と、これだ・・・・・・」

 

 端末を操作したディアッカが、画面をメインスクリーンに呼び出す。

 

 確かにそこには、何か黒く塗りつぶされたようなカバーが掛けられ、閲覧不能になっている。クリックしても「閲覧できません」の文字が出るだけで、先には進めなかった。

 

 余程、重大な秘密があるのは間違いない。恐らく、グルック政権にとって、何らかの切り札となるような何かが。

 

「パスワード解析すれば良いだろう?」

「それができないから、困ってるんだっての」

 

 旧友イザークの発言に、ディアッカは肩をすくめて応じる。

 

 続いて、真顔を作って一同を見回した。

 

「とは言え、手掛かりが何も無い訳じゃない。どうにかこうにか、この記述に関わった奴の名前と居場所だけは割り出す事が出来た。そいつに当たれば、何か手がかりがつかめるかもしれない」

 

 ディアッカの言葉に、一同は身を乗り出す。

 

 このデータが切り札になるかもしれない以上、打てる手はどんな些細な事でも打っておくべきだった。

 

 そんな一同の視線を受けながら、ディアッカは告げた。

 

「そいつは今、アンブレアス・グルックの持つ別荘に住んでるって話だぜ」

 

 

 

 

 

「自由オーブ軍、戦艦大和艦長、シュウジ・トウゴウ二佐です」

「ターミナル・リーダー。キラ・ヒビキです」

 

 大和の会議室で顔を合わせたキラとシュウジは、そう言って互いの手を握る。

 

 次いで、シュウジは普段は滅多に動かさない表情に、驚愕を滲ませた。

 

「あなたが、ヒビキ中将・・・・・・」

「いつも、息子と娘がお世話になっています」

 

 そう言って、キラは驚くシュウジに笑いかける。

 

 シュウジの驚きも無理は無い。何しろキラは、オーブ軍でも将官の地位にあった上に、既に殉職扱いになっている身である。それが突然現れて、驚かない筈が無かった。

 

 とは言え、互いの挨拶が済むと、すぐに作戦の説明に入った。

 

「間も無く、月に駐留しているオーブ軍の本隊が、本国奪還を目指して動き出す予定です」

 

 説明したのは、ナナミ・フラガである。操舵手としての役割を担っている彼女だが、今ではすっかり、シュウジの秘書も兼任している感があった。

 

「既に先遣隊は1日前に月を発進し、予定のポイントへと向かっています。そこで、ターミナルの皆さんにも、本国奪還のための作戦に加わっていただきたいのです」

「それは判った。で、具体的にはどうするの?」

 

 キラは先を促した。

 

 元より、オーブ奪還作戦へ参加する事への異議は無い。問題なのは、どうやってオーブへの侵攻を行うか、である。

 

 そう、「侵攻」である。

 

 今までオーブは、常に侵略される側であり、外敵から国を守るためにオーブ軍はあり続けたが、今回はその構図が完全に真逆となり、自分達の国へ攻め込む事となる。

 

 初めての状況に対して、何の備えも無しに突っ込むわけにはいかなかった。

 

「それに関しては、フラガ大将から作戦書を預かってきています」

 

 シュウジはそう言うと、キラに書類を手渡す。

 

 それを一読するキラ。傍らのエストも、ヒョイッと首を伸ばして覗き込んで来た。

 

 暫くしてから、キラは顔を上げた。

 

「これが、本当に可能なのかな?」

「少なくとも、フラガ司令は、そのようにお考えです」

 

 キラが疑問に呈した事は、作戦書に書かれている内容が、あまりにも壮大過ぎる気がしたからに他ならない。

 

 確かに、できるかどうかはともかく、成功した時の効果が絶大である事は間違いない。問題は、今のオーブにそれだけのちからがあるかどうか、と言う事である。

 

 いや、

 

 キラは思考を切り換える。

 

 CE世代。特にヤキン・ドゥーエ戦役以降の戦いは、必ずしも物量が絶対的勝因になるとは限らない。少数であっても精鋭を擁する側が戦況を覆す事は幾らでもあった。

 

 他ならぬキラ自身、その事を証明し続け得来た張本人である。

 

 ならば、精鋭多数を擁する自由オーブ軍なればこそ、この作戦は実行可能だと思われた。

 

 

 

 

 

 久しぶりに入った大和の艦内で、ヒカル達は驚きの再会を果たしていた。

 

 艦橋のオペレーター席には、懐かしい顔があったのである。

 

「ザッち!!」

 

 リザ・イフアレスタールの姿を見付けたカノンが、思わず走り寄って抱きつく。

 

 リザは兄、レオスが造反した際、彼に撃たれて昏睡状態が続いていた。それがここにいると言う事は、復帰に向けて許可が下りたと言う事だろう。

 

「よく、戻って来れたな」

 

 ヒカルも笑みを浮かべながら、友人の復帰を歓迎する。

 

 撃たれた事だけではない。リザは「兄が造反した」と言う状況を鑑みれば、当然、彼女にもスパイ容疑が掛けられ、取り調べが行われるであろう事が予想された。

 

 そうなると、彼女の復帰は絶望的なように思われたのだ。

 

「取り調べはされたよ。けど実際さ、お兄ちゃんが何で裏切ったのか、今でもあたしにはよく判らないんだ」

 

 カノンを抱きとめながら、リザはどこか遠い目をしたまま呟いた。

 

 実際、兄が何を思い、なぜ、仲間を裏切るような事をしたのか、リザには全く判らない。だがきっと、兄には何か、全てを(それこそ、妹の自分ですら捨て去ってでも)守りたい物があったのだろう、と思った。そう思う事にした。

 

 それは、ヒカル達から見ても痛々しい光景である。

 

 リザは自分の気持ちを押し込めるようにして、それでも尚、自分を裏切った兄を信じようとしているのだ。

 

 ヒカルにも判らなかった。レオスが、妹を失ってまで、何を守ろうとしているのか? あるいは、何を得ようとしているのかさえ。

 

 今度会った時、必ず問い質す。

 

 ヒカルは、自らの心にそう誓った。

 

 どうせ、次の戦いでレオスは、必ず前線に出て来るだろう。その時に、全てをぶつける心算だった。

 

 そこでヒカルは、もう一人の「意外な人物」に目を向けた。

 

「まさか、お前まで来るなんて・・・・・・」

「何よッ あたしが来ちゃいけないって言うの?」

 

 ヒカルの物言いに、ヘルガ・キャンベルは不満そうに口を尖らせた。

 

 意外と言えば、むしろリザよりも彼女の方が意外だった。何しろ、ヘルガは戦闘員ですら無い、ただの一般人だ。それがわざわざ、戦艦に乗ってやって来るとは。

 

 それも、これから行われるのは、掛け値なしの「決戦」だ。安全な場所などどこにも無く、行く道全てが、あまねく「死地」と化す。

 

 ヘルガがついて来るメリットは、無いはずである。

 

「何かさ、月での事とかあって、心境に変化もあったらしいよ。それでさ、」

「リザ、余計な事言わないでよ!!」

 

 怒るヘルガに、一同は笑いを漏らす。

 

 間もなく、決戦が始まる。

 

 だが、そんな殺伐とした空気を感じさせない程、穏やかで温かい雰囲気に包まれているのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-38「試される覚悟」      終わり

 



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PHASE-39「いざ、オーブへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍服に袖を通してから、不備が無いかチェックする。

 

 白地に青いラインの入ったオーブ軍の軍服は、2年前から着ている物ではなく、復帰してから新たに支給された物である。

 

 しかしそれも、だいぶ着古した感が出始めていた。

 

 つまり、この軍服がよれてくる程度には、長い間戦い続けてきたという訳だ。

 

「思えば遠くに来たもんだ、て、昔の歌にあったかな・・・・・・」

 

 ヒカルは呟いて、苦笑する。

 

 距離的には本国に近付いているのに、「遠くに来た」は、少し可笑しい気がしたのだ。

 

 だが、感慨と言う意味合いを考えれば、確かに「遠くに来た」と言う表現は正鵠を射ているように思える。何しろ、はじめてハワイで戦闘に参加して以来2年余り、ヒカルは数えきれないくらいの戦闘に参加し、幾多の敵を相手にしてきたのだ。

 

 それこそ、気が遠くなるような感じがするのも、無理からぬ事であろう。

 

「いや、『遠くに帰ってきた』か? でも、それじゃあ字面的におかしいか」

 

 どうでも良い思考が、とめどなく溢れてくる。

 

 これも、緊張の成せる業かもしれない。

 

 苦笑しながら、部屋を後にする。

 

 すると、廊下の端にある部屋の扉が開き、中から女性が出てくるのが見えた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、驚いて声を上げた。

 

 部屋から出てきたのは、カガリである。

 

 しかし、今のカガリは見慣れた普段着では無く、ヒカルと同じオーブ軍の軍服を着込んでいる。

 

 もっとも、ヒカルが着ている一般兵士用の軍服ではない。カガリが着ているのは華美な装飾が施された儀礼用の軍服であり、胸の階級章には大元帥の物が付けられている。

 

 かつて、オーブ連合首長国代表首長として国を率いていた頃と同様の出で立ちで、カガリは立っていた。

 

「母様、かっこいー」

 

 そんなカガリを見て、彼女の子供達は感嘆の声を上げた。どうやら、初めて見る母の凛々しい姿に興奮している様子である。

 

 そんな子供達に笑いかけると、カガリは彼等の頭をそっと撫でていく。

 

「リュウ、兄や姉の言う事を聞いて、良い子にしているんだぞ。母様は、ちょっとだけ出掛けて来るからな」

「うんッ 早く帰ってきてね、かーさま!!」

 

 元気に頷く次男に微笑みかけると、次いでカガリは、ライトに目を向ける。

 

「ライトは、シィナをしっかりと助けて、リュウの面倒をちゃんと見るんだぞ」

「いちいち言わなくても判ってるよ。だから、その・・・・・・母さんもちゃんと帰って来いよな」

 

 そっぽを向きながら、ライトは照れたように言う。どうやら、予想以上に母が格好いい姿で現れた為、直視するのを躊躇っているかのようだ。

 

 カガリは最後に、シィナに目を向けた。

 

「シィナ。後の事は頼んだぞ」

「はい、母様。どうか、御武運を」

 

 流石は長女。しっかりした言動で、母を見送ろうとしているように見える。気丈な態度を示し、母に後顧の憂いを感じさせないようにしているかのようだ。

 

 だが、カガリは見逃さなかった。シィナの手が、小刻みに震えている事を。

 

 姉弟の中で、シィナは最も状況をよく理解していた。今回の戦いがいかに激しく、危険な物になるか、を。

 

 カガリはそっと、シィナを抱き寄せると、その頭を優しく撫でてやる。

 

「大丈夫。大丈夫だからな」

「母様!!」

 

 こらえきれずに、泣き出すシィナ。

 

 長女として、母を支える役目を持つ者として、堪えていた物が噴き出した形である。

 

 そんなシィナの張りつめた緊張を解きほぐすように、カガリは娘を抱きしめる。

 

 子供達との別れは、必然的に迫る。

 

 それは、遠くから眺めているヒカルにも判っている。

 

 生きて帰るか、それとも死んで果てるか、道は二つに一つしかない。

 

 だが、もはや逃げる事も、後へ戻る事も許されない。運命を導き出す賽は、既に投げられたのだ。

 

 後はただ、自身に課せられた天佑を信じて進む以外に無い。

 

 コズミックイラ95年8月15日

 

 ついに、自由オーブ軍による、本国奪還作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンブレアス・グルックは1人、部屋の中で泰然として沈黙を守っていた。

 

 自由オーブ軍が活動を再開したと言う報告は、既に彼の元へも入ってきている。

 

 その為の準備も、滞りなく進行中だった

 

 現状、世界はグルックの思い描いていた通りに進んでいる。

 

 オーブを傀儡と化し、先頃には、長年の宿敵である地球連合軍の打倒にも成功した。

 

 月やスカンジナビアでの敗北によって、若干ながら瑕疵はあったものの、それでも全体としての計画は滞りなく進んでいる事は間違いない。

 

 地球圏統一

 

 かつて、幾多の為政者が夢見ながら、ついに果たせなかった人類の統合が、今やグルックの手の届く所まで来ているのだ。

 

 長い年月を掛けて計画の根を張り巡らし、謀略に謀略を重ね、幾多の戦火を越えて今に至っているのだ。

 

 あと一息。

 

 それだけで、世界が手に入る。

 

 だが、不安要素はある。

 

 それこそ、今まさに、蠢動を開始している自由オーブ軍に他ならない。

 

 月の監視にあたっている部隊から、大規模な兵力移動が行われた旨が報告されていた。

 

 いよいよと言った感じである。

 

 だが、それに対するプラント軍の動きは、聊か鈍い物となっていた。

 

 理由は二つ。先のジブラルタルにおける戦闘と、更にそれに先立って、セプテンベルナインの研究施設を、テロリスト達の攻撃によって失った事が原因だった。

 

 ジブラルタルでは、東欧戦線から引き揚げてきた多くの部隊が再編待ちの状態で待機しており、彼等は再編が終わり次第、オーブ本国の防衛に回る予定だった。しかし、それがターミナルの攻撃によって頓挫してしまったのだ。

 

 セプテンベルナインの方は、遺伝子研究の傍らで、プラント軍の兵士を「増産」する為、捉えた捕虜に対してロボトミー化手術を行っていた施設である。

 

 前頭葉除去と言う非道な手段を用いて、自軍の兵士を文字通り量産していた訳だが、その事について、グルックが気に病んだことは一度として無い。どのみち、自分に逆らうような連中だ。殺すくらいならいっそ、自分達の忠実な駒として「再利用」した方が、よほど有意義だった。

 

 だが、それも失われてしまった。

 

 レジスタンスの使ったデータ破壊用のウィルスは想像以上に厄介な代物で、急速に増殖、浸透する一方、目標となったデータのみをピンポイントで抽出して破壊すると言う、ある種の軍隊蟻めいた代物であった。

 

 おかげで、セプテンベルナインで行われていた研究データ。並びに関連施設のデータは根こそぎ失われてしまった。

 

 それでいて、ウィルスは標的以外には全くと言って良いほど興味を示さないのだから性質が悪い。これでいっそ、無差別的な攻撃型ウィルスであるなら、それをテロの脅威に転化して煽り立て、世論を味方につける事も可能だったと言うのに。

 

 おかげで現在、プラントのシステムは件のウィルスと「同居」している状態である。排除しようにも、既に一朝一夕にはできないほど増殖、拡散してしまっているし、何より、プラントの生活を支えるシステムそのものには影響がないのだから、大々的な掃討作戦を行う事も出来ない。現状は、秘密裏に設立した対策チームがウィルス駆除に当たっているが、その成果は遅々として進まず、グルックとしては切歯扼腕と行った所であろう。

 

 とは言え、問題なのはセプテンベルナインを潰された事で、これまでのような無尽蔵な兵力供給ができなくなってしまった事だった。

 

 セプテンベルナインで製造される兵士は、命令に忠実な反面、その大半が、実力的には一般兵士にすら劣ると言う特徴があり、まともな戦闘に耐えられる物ではない。しかしそれでも「弾除け」くらいは期待できたのであるが。それも、もはや叶わない事となってしまった。

 

 しかし、切り替えて考えれば、そう悲観するべき事でもないだろう。

 

 既に必要充分な兵士の製造は終わっており、戦線投入も完了している。そして、残る敵が少ない以上、セプテンベルナインの必要性は絶対ではない。

 

「まあ、もっとも・・・・・・・・・・・・」

 

 口に出して呟きながら、グルックは僅かに残念そうに息を吐く。

 

 「彼女」のデータも失われてしまったのは、多少痛かったかもしれない。何しろ、もはや二度と手に入らないであろう、貴重なデータだ。どうせなら、バックアップを取っておくべきだったか、と今さら後悔する。

 

 だが、それも大事の前の小事に過ぎない。今は、動き出した自由オーブ軍を、いかにして殲滅するかが重要だろう。

 

 奴等の狙いがオーブである以上、その備えを万全にすることも容易であった。ようは、相手が来るのがオーブであると判っている以上、こちらはオーブへ兵力を集中させて迎え撃てば良い。

 

 既にカーペンタリアやハワイに駐留していた部隊が、オーブへ集結するべく移動を開始している。その総兵力の試算は、自由オーブ軍を上回る事は確実であると計算されていた。

 

 これで、終わる。忌々しい自由オーブ軍を殲滅し、世界を手にする時が近付いているのだ。

 

 この先には、待ち望んだ統一と繁栄の世界が待っているのだ。

 

「あの世とやらがあるのなら、そこから見ているが良い、ラクス・クライン。あなたが成し得なかった世界の統一を、この私が成し遂げるのだからな」

 

 そう呟くと、グルックは不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 愉快だ。

 

 これほど愉快な事など、ここ10年で、そうは無かった事だろう。

 

 PⅡはグラスに満たされた、美しい赤い液体を口に運びながら悦に浸っていた。

 

 間もなく決戦が始まる。それも、かつて無いくらいの大規模な戦いだ。

 

 そして彼の上司であり雇い主でもあるグルックは、この戦いに、可能な限りの大兵力を投入する予定らしい。

 

 もっとも、精鋭であるディバイン・セイバーズは、最後の砦として本国に残す方針らしい。既に地球上に展開していた部隊も引き上げている。

 

 無理も無い、小規模とは言え、レジスタンスのテロ活動は決して無視できるものではない。それらを放置したままにしておいたら、決戦中に背中から刺される事になりかねない。

 

 そこで大兵力をオーブへ送る一方、精鋭部隊と保安局部隊を本国の治安維持の為に残す事としたのだ。

 

「まあ、それでも戦力的には、こっちの方が有利なんだけどね」

 

 そう、精鋭を温存し、兵力の半分を遊兵化されて尚、プラント軍の有利は動かない。そして既に、オーブ周辺には鉄壁の守りが敷かれている。

 

 いかにオーブ軍の精鋭と言えども、あの陣を突破するのは不可能なように思えた。

 

「さて、参集せし稀代の英雄達は、果たしていかなる戦いぶりを見せてくれる事やら。想像しただけでわくわくしてくるね」

 

 そう呟きながら、PⅡは残ったワインを一息に飲みほした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙ステーション「アシハラ」

 

 デブリ帯の中に存在するこの巨大な構造物は、ヤキン・ドゥーエ戦役後にオーブが完成させた、世界でも有数の大型宇宙ステーションであり、その性質は軍民共用の名が示す通り、軍事施設と、民間用のシャトル発着所を兼ねた存在となっている。

 

 デブリ帯の中にあると言うその特性上、難攻不落の要塞としての機能も有しており、これまで幾度か、宇宙からオーブへの侵攻を図ろうとした敵対勢力を迎え撃ち、撃退する事に成功していた。

 

 カーペンタリア条約の後、このステーションの所有権はプラントの物となっている。

 

 ここに今、プラント軍の大部隊が駐留していた。

 

 既に自由オーブ軍の主力部隊が月を発し、このアシハラへ向かっている事は判っている。

 

 後は連中が、この要塞じみた宇宙ステーションに無謀な突撃を敢行して来た所で迎え撃ち、じっくりと討ち取って行けばいい。

 

 要塞の火力と駐留兵力を合わせれば、自由オーブ軍を一閃で葬り去る事は充分に可能である。

 

 攻撃を開始したが最後、オーブ軍は自分達が建造した要塞の威力を、自分達の身で味わう事になる。死と言う代償を払って。

 

 プラント軍の誰もが、そう思っていた。

 

 その為に最大限の警戒網を張り巡らせ、常時複数の部隊を待機させ、オーブ軍の襲来に備えていた。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

 

 待てど暮らせど、オーブ軍が彼等の前に現れる事は無かった。

 

 オーブ軍が動いたのは間違いない。そして、彼等がオーブを目指すなら、このアシハラは是が非でも陥としておかなくてはならない要衝である。

 

 オーブは必ず来る。

 

 駐留するプラント軍の兵士達は、気を引き締めながら、来襲する敵の姿を待ち続けた。

 

 だが、緊張状態とは、長く続けば必然的に弛みを覚える物である。それが極限状態ともなれば尚更である。

 

 死を覚悟して戦場に赴いたと言うのに、まるで肩透かしを食らったかのように、敵の姿が現れない。

 

 その事実が、プラント軍の兵士の間で厭戦気分を呼び起こし始めていた。

 

 それからさらに数日、

 

 オーブ軍が、姿を現した。

 

 だが、それは彼等が、全く予想だにしなかった場所だった。

 

 

 

 

 

 大気圏表層に近付くにつれ、視界は青一色と化していく。

 

 既に球体として地球を捉える事は困難であり、蒼のキャンパスは一秒ごとに膨らんで行く。

 

 その地球へ向けて今、大艦隊が舳先を向けていた。

 

 数にして数10隻。在りし日の雄姿が蘇ったかのような勇壮さは、国を失って尚、闘志を失わない戦士たちの象徴であろう。

 

 自由オーブ軍による、本国奪還作戦がついに開始された。

 

 だが彼等は、その第一関門とも言うべき宇宙ステーション「アシハラ」には、目もくれていなかった。

 

 アシハラの重要性はオーブ軍にとって計り知れない。難攻不落の要塞を放置すれば、いずれ自分達を背中から売って来る事は必定である。

 

 だが、それを承知の上で、オーブ軍はアシハラを「無視」する作戦に出たのだ。

 

「まあ、難攻不落の要塞に、正面から挑む馬鹿はいないからね」

 

 第2艦隊旗艦の艦橋で、ユウキ・ミナカミはそう言って肩をすくめた。

 

 その間にも、オーブ艦隊は順調に地球へ向けて降下していく。

 

 いくら全軍を糾合したところで、オーブ軍が少数なのは否めない。この戦力で、要塞化されたアシハラに正面から挑めば、最終的に勝ったとしても多くの兵力を失い、本国の奪還が不可能になる事は間違いない。

 

 そこで、作戦立案を担当したユウキは、一計を案じる事にした。

 

 アシハラが難攻不落で攻略困難であるなら、初めから攻略しなければ良い。

 

 アシハラは確かに、オーブ上空を周回するように設定されてはいるが、広大な宇宙空間から比較すれば単なる「点」に過ぎない。すり抜ける方法なら幾らでもある。

 

 つまりオーブ艦隊は、アシハラを迂回する形で大きく遠回りする航路を取り、眦を上げて緊張を高めているプラント軍を嘲笑うようにして、まんまとオーブ上空へと出現した訳である。

 

 だが、プラント軍とて、最後の最後まで乗せられるほど間抜けではない。

 

 オーブ軍が迂回行動をとった事を察知したアシハラ駐留のプラント軍は、ただちに追撃隊を組織してオーブ艦隊の後を追いかけた。

 

 オーブ軍が自分達を無視するならそれで構わない。連中の背後を突いて、散々に撃破してやるまでだった。

 

 ただちにアシハラを発したプラント軍の駐留部隊は、全軍を上げて追撃を開始し、大気圏突入を前にして、オーブ艦隊を捕捉する事に成功した。

 

 プラント艦隊が自由オーブ軍を視認できる位置まで達したのは、正に大気圏突入を開始しようとする直前であった。

 

「後方より接近する熱源多数ッ プラント軍です!!」

「こっちがおかしな事を始めたんで、慌てて巣穴から出て来たか。さて・・・・・・」

 

 ユウキは敵の動きを見ながら、泰然とした調子で顎に手をやる。

 

 現在、プラント軍はオーブ艦隊の背後から迫ってきている。しかも、敵は数も多い。このままでは、オーブ艦隊は背後を突かれて大損害を被るのは必定である。

 

 もっとも、

 

「それは、こちらが何も備えをしていなかった場合の話だ」

 

 そう言って、ユウキは帽子を目深にかぶり、その下でニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 オーブ艦隊に背後から迫るプラント軍艦隊は、直ちにモビルスーツ部隊を発進させると、自由オーブ軍を背後から襲うべく距離を詰めていく。

 

 既に、オーブ艦隊の姿は視認できる距離まで迫っている。

 

 舐めた事をしてくれたものである。自分達を無視して素通りしようなどと。

 

 そのツケを、たっぷりと支払わせてやる。

 

 彼等の目の前で、オーブ軍は無防備にも背中を晒して航行している。

 

 間抜けな連中だ。自分達の背後から敵が迫っている事すら気付いていないのか、あるいは大気圏突入作業の為に手が離せないのか、いずれにせよ、良いカモが並んでいるような物である。

 

 このまま背後から喰らい付き、徹底的に蹂躙してやる。

 

 誰もがそう思った次の瞬間、

 

 突如、上方から光の矢が降り注ぎ、今にも艦隊に対して攻撃アプローチに入ろうとしていたプラント軍の先頭部隊を、次々と撃ち抜いて行った。

 

「今だッ 攻撃を開始しろ!!」

 

 攻撃を終えたドラグーンを引き戻し、ムウは鋭い声で指揮下の部隊に命じる。

 

 同時に、自身も愛機ゼファーを駆って、プラント軍の隊列へと斬り込んで行った。

 

 放たれる攻撃をシールドで防御しつつ、反撃にビームライフルを斉射。砲門を向けるハウンドドーガを撃ち抜く。

 

 更にムウは、再度ドラグーンを射出すると、一斉攻撃を開始する。

 

 たちまち、反撃を喰らって大破する機体が続出した。

 

 オーブ軍は、ただ無防備に地球を目指していたのではない。プラント軍が追撃を掛けて来る事を先読みし、部隊を展開して待ち構えていたのだ。

 

 慌てて体勢を立て直そうとするプラント軍。

 

 しかし、そこへ今度は別方向から攻撃を浴びせかけられた。

 

 振り返ると、赤い炎の翼を羽ばたかせて迫る白い機体を先頭に、新手のオーブ軍が迫ってきている所だった。

 

「全機、散開しつつ攻撃を開始。大事の前の小事だ。あまり張り切りすぎないようにッ」

 

 ヴァイスストームを駆るラキヤは、サングラス越しに部下に語りかけると、自身もレーヴァテインを振り翳して斬り込んで行く。

 

 たちまち、砲火が集中されて、ラキヤの視界を閃光で染め上げる。

 

 だが、ラキヤは構う事無く放火の中へと飛び込む。

 

 一切、速度を緩める事無く、全ての攻撃を回避してのけるヴァイスストーム。

 

 その様に、プラント軍の誰もが慄いた瞬間、ラキヤは彼等の懐へと斬り込んだ。

 

 対艦刀モードのレーヴァテインを振るい、一閃で2機のハウンドドーガを斬り捨てる。

 

 更にラキヤは、ドラグーンを射出して展開。距離を取ろうと右往左往しているプラント軍に砲撃を浴びせ、容赦なく撃墜していく。

 

 徹底的にやる。それが、今回の作戦における骨子でもある。下手に敵の戦力を残したりすれば、背後から食いつかれる事になりかねない。

 

 だからこそ、徹底的にやる必要がある。本戦時にプラント軍が妙な気を起こさないくらいに。

 

 故に、ラキヤも手心を加える気は無かった。

 

 レーヴァテインをライフルモードに変更すると、速射に近い射撃で、迫りくる敵を次々と討ち取って行く。

 

 突然、猛攻を開始したオーブ軍。

 

 これには堪らないとばかりに、プラント軍の各部隊は後退を始める。

 

 とは言え、オーブ軍は少数だ。今は逆奇襲に成功した事で調子に乗っているが、プラント軍が体勢を立て直してじっくりと時間を掛ければ、勝利する事は疑いない。

 

 プラント軍の兵士の大半は、そのように考えていた。

 

 しかし、そんな彼等の思惑も、程なく潰える事となる。

 

 後退しつつ、部隊の再編成を行おうとするプラント軍。

 

 そんな彼等の後方から、4枚の炎の翼を広げた機体が、比類無い速度でもって急速に接近してきた。

 

「押し通らせてもらうぞッ」

 

 力強い声で呟くと、シン・アスカは、ギャラクシーを更に加速させる。

 

 デスティニー級機動兵器の正当後継機であるギャラクシーは、4枚の翼が織りなす加速と光学残像を駆使して敵機の照準を掻い潜ると、背中からドウジギリ対艦刀を抜刀して斬り込んだ。

 

 開け抜ける一瞬。

 

 次の瞬間には、3機のハウンドドーガが武器を構えたまま真っ二つにされて炎を上げる。

 

 誰も、ギャラクシーの姿を捉える事すらできないのだ。

 

 それでも幾人かのパイロットが、どうにか反撃の砲火を浴びせてくる。

 

 しかし、彼等の砲撃は例外なくギャラクシーを捉え、そして何事も無かったかのように透過してしまった。

 

 彼等が捉えたと思ったギャラクシーは、全てシンが意図的に空間に残した虚像に過ぎない。

 

 そして、その事を認識した瞬間には、既にシンは距離を詰めていた。

 

 ドウジギリに代えて両肩からウィングエッジを抜き放つと、サーベルモードにして二刀流を構える。

 

 砲火を撃ち上げながら接近してくるプラント軍の機体。

 

 次の瞬間、シンの中でSEEDが発動する。

 

 駆け抜ける一瞬。

 

 両手のウィングエッジは複雑な軌跡を描いて迸る。

 

 捉える事すら敵わない高速斬撃を前にしては、並みの雑兵程度、案山子以上の存在にはなり得なかった。

 

 

 

 

 

 各エース達の奮戦により、戦況は自由オーブ軍側の有利に進んでいた。

 

 既に背後から急襲を仕掛けたシン率いるフリューゲル・ヴィントと、ムウ率いる本隊とに挟撃され、プラント軍は壊滅状態にある。

 

 その様子をモニター越しに眺めながら、ユウキは満足そうにうなずいた。

 

 アシハラが難攻不落の要塞である事は、誰よりもオーブ軍諸将が心得ている。そんな要塞に、如何に艦隊とは言え正面から挑むのは愚の骨頂であろう。

 

 そこで、ユウキは一計を案じた。

 

 まず、艦隊に迂回進路を取らせて、アシハラを素通りしてオーブ上空へと到達できる航路を進む。

 

 当然、敵は迎撃の為に追撃部隊を差し向けて来る事だろう。彼等にしてみれば、自分達が素通りされてオーブに向かわれたとあっては、任務を完遂できないどころか、沽券にすらかかわって来るであろう。

 

 無視された怒りも手伝い、全軍で猛追してくる事は目に見えている。

 

 そこまで読めたなら、後の対処は簡単である。

 

 プラント軍の動きを先読みして部隊を配置。奇襲を掛けようとして接近してきたプラント軍を待ち構え、逆に包囲殲滅戦に持ち込んだわけである。

 

 いかに難攻不落の要塞であっても、駐留兵力がいなければ路傍の石コロ以下である。

 

 ユウキは困難な要塞攻略戦を避けて、あえて野戦に引きずり出す事で敵戦力を減殺し、アシハラを「陥落」させるのではなく「無力化」する事を狙ったのだ。

 

 そして今、その作戦は成就しつつある。

 

 ユウキの思惑に乗せられる形で引きずり出されたプラント軍アシハラ駐留部隊は、オーブ軍の誇る綺羅星の如きエース達を前に壊滅しつつあった。

 

「アスカ一佐、敵艦隊に肉薄します!!」

 

 オペレーターの報告通り、シンのギャラクシーが、その突破力に物を言わせて突っ込んで行く。

 

 当然、プラント艦隊も全力で迎撃を仕掛けて来るが、シンは構わず強引に、機体を砲火の内側へとねじ込ませると、ドウジギリ対艦刀を振るって敵艦を斬り裂き、更には光学残像の攪乱を利用して、同士討ちまで誘発する。

 

 その圧倒的な加速力を前に、誰もが手も足も出ない有様である。

 

 程無く、艦隊の3割近くを沈められたプラント軍は、這う這うの体で転進していくのが見えた。

 

 彼等としても、これ以上損害を喰らうのは本意ではないのだろう。

 

 その姿を見て、ユウキは深く頷く。

 

 これで、後顧の憂いは断った。後は、突き進むのみである。

 

「出撃全部隊に、帰還命令を発令しろ」

 

 一度息を吐いてから、付け加えた。

 

「いざ、オーブへ!!」

 

 

 

 

 

PHASE-39「いざ、オーブへ」      終わり

 



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PHASE-40「伸ばした手は届かない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャットウォークの上を歩き、愛機へと向かう。

 

 見上げる先には、鋼鉄の天使が、主を待ちわびて佇んでいた。

 

「考えてみれば、お前とも随分長い付き合いになるよな・・・・・・」

 

 ヒカルはエターナルフリーダムと目線を合わせると、長年の相棒に語りかけるようにして呟く。

 

 不完全な状態のセレスティから、本来の姿であるエターナルフリーダムになり、今までヒカルの剣として戦い抜いてきた機体。

 

 だからこそ、今、この最も重要な戦場において、ともに恃むべき存在でもあった。

 

「ヒカル」

 

 背後から声を掛けられて振り返る。

 

 そこには、既に出撃準備を整えたカノン、リィス、アステルがそれぞれ立っていた。

 

 リィスのテンメイアカツキは、既に修理が完了し、更に武装の強化も行われている。今回の戦いにおいて、活躍が期待できるだろう。

 

 カノンは、自身の専用機が無い為、今回はイザヨイでの出撃となる。戦闘力の低下は否めないが、掩護に回ってもらう分には、充分な活躍が期待できた。

 

「ヒカル、緊張してる?」

「していないって言えば、嘘になるかな」

 

 リィスの質問に、ヒカルは苦笑しながら返す。

 

 いよいよ、ここまで来た。そう考えれば、緊張が高まるのも無理は無い。

 

 だが、まだ道は半ばだ。ここで気を抜けば、ここまでやってきた全てが水の泡と化す。

 

 故に、最大限の力でもって、当たらなくてはならない。

 

「みんな、頼むぞ」

 

 ヒカルの言葉に、一同は頷きを返す。

 

 誰もが、この戦いが正念場である事を自覚しているのだ。

 

 コックピットに入り、OSを起動する。

 

 既に何度も繰り返した動作は、頭で考える事も無く実行する事ができる。

 

 モニターとコンソールに灯が入り、機体が立ち上がって行く。

 

 と、そこで直通の通信が入って来た事に気付いた。

 

《ヒカル》

 

 サブモニターに現れたのは、同様に機体の立ち上げを行っているであろう、カノンの姿だった。

 

 やはり出撃前で緊張を隠せないのか、どこか俯いた感がカノンにも見受けられる。

 

「どうしたんだよ?」

《うん・・・・・・・・・・・・》

 

 訝るように尋ねるヒカルに対し、カノンは少し躊躇うようにして口を開いた。

 

《今回は、その・・・・・・レミル、じゃなくてレミリアは、出て来るのかな?》

「・・・・・・・・・・・・たぶんな」

 

 敢えて考えないようにしていた事を言われ、ヒカルも一瞬言い淀んだ。

 

 今回の戦いが決戦である以上、敵も可能な限りの戦力を投入してくるであろう。ならば、最強の切り札であるレミリアを使わない筈は無い。

 

 彼女との戦いが不可避の間に迫りつつあることを、ヒカルは自覚せずにはいられなかった。

 

《ねえ、ヒカル》

 

 そんなヒカルに、カノンは問いかけた。

 

《ヒカルは、レミリアが好きなの?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の問いかけに、ヒカルは思わず沈黙する。

 

 こんな時に何を言っているのか、と言いかけて、すぐに口をつぐんだ。

 

 自分がレミリアの事を、どう思っているか?

 

 確かに、その事を考えた事は無かった。否、答を考える事から逃げていた気がする。

 

 ずっと、今の「親友」と言う関係を壊したくないと思っていたのか、あるいは、敵味方に分かれている現状、今以上の関係になって情を預けるのが怖かったからなのか。それは、ヒカル自身にも判らない。

 

 しかし、あの夜、

 

 一晩を共にした時、レミリアが女である事が分かった時から、少年と少女の間は、ただの「親友」同士ではなくなったのかもしれない。

 

 元からあるべき姿に戻ったのか、あるいは元からあった物が壊れたのか、

 

 いずれにしても、ヒカルは、自分の中にある感情を押し殺す形で、彼女の前に立っていたのは間違いない。

 

「・・・・・・・・・・・・・判んね」

《・・・・・・・・・・・・・》

 

 ややあって答えたヒカルの言葉に対し、カノンも沈黙で返す。

 

「あいつの事、ずっと親友だって思ってきたからな。急にそんな事言われても、判るわけないだろ」

 

 そう言って、力無く笑うヒカル。

 

 だが、カノンは見逃さなかった。そのヒカルの笑い方が、いつもよりもどこか、寂しげである事に。

 

 やっぱり、

 

 カノンはここに至り確信した。

 

 ヒカルは、レミリアに惹かれている。

 

 それは幼馴染だから判る事。

 

 否、

 

 幼馴染だからこそ、判ってしまった事。

 

 少年の見せる僅かな躊躇いの変化が、少女には誤魔化しきれない「証」となって表れていた。

 

 そして、月で少しだけ触れ合った時の感触を見るに、恐らくレミリアもまた、ヒカルに惹かれていると思う。根拠は無いが、カノンは直感でそう思っていた。

 

 ヒカル・ヒビキとレミリア・バニッシュ。

 

 常に対立する陣営に属しながら、それでも尚、互いに惹かれあう2人の間には、強固な絆が存在している事は間違いない。

 

 それは敵味方、軍人とテロリストと言う隔たりを越えて尚、色褪せぬほどに鮮烈で、不可侵な領域に存在している。

 

 そんな2人の間に入り込む事は冒涜のように思える。

 

 カノンは、そのように考えるのだった。

 

 

 

 

 

 スッと目を閉じ、ヒカルはカノンに言われた事を思い出す。

 

 自分は、レミリアの事が好き?

 

 確かに、そうかもしれない。

 

 今まで向き合ってこなかった、否、答から逃げてきた問題に立たされ、ヒカルは己の中で反芻せずにはいられなかった。

 

 もし、自分がレミリアの事が好きだとすれば・・・・・・・・・・・・

 

 これから起こる戦いで間違いなく、彼女と殺し合いを演じなくてはならない。

 

 だからこそ、この感情に意味は無く、振り捨てなくてはならない物でもある。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう簡単に振り捨てる事ができないからこそ、人は感情によって行動を左右されやすいのだ。

 

 目を開ける。

 

 感情はこの際、奥に引っ込めなくてはならない。

 

 そうでなくては、これからの戦場で生き残る事は不可能だろう。

 

 カタパルトに灯が入った。

 

 同時に、ヒカルは眦を上げて気を吐き出す。

 

「ヒカル・ヒビキ、エターナルフリーダム行きます!!」

 

 射出される機体。

 

 天使の翼が雄々しく広げられると同時に、PS装甲が点灯する。

 

 白い装甲に映える、蒼い12枚の翼が羽ばたき、風を捉えて加速する。

 

 今こそヒカルは、最後の決戦に臨むべく飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに始まった自由オーブ軍による本国奪還作戦。

 

 この戦いに、プラント軍は、艦艇120隻、機動兵器800機を投入し、眦を上げて自由オーブ軍を迎え撃つ構えを見せている。プラント全軍の約4割に相当する事から考えても、彼等がオーブ防衛に掛ける意気込みが伺えるだろう。

 

 投入されたプラント軍の戦力は、北米やカーペンタリアに展開している部隊は勿論、本国防衛軍からも抽出されてオーブの防衛に当たっていた。

 

 一方の自由オーブ軍は、艦艇40隻、機動兵器160機を投入している。こちらは、後先考えない、全力出撃である。

 

 オーブは正に、賭けに打って出たのだ。

 

 ここで負ければ、もはや戦線の立て直しは不可能であり、本国奪還の望みはついえる。さりとて、時を掛ければ、それだけ敵の戦力も増大化する。ならば、今この瞬間に全てを掛けて、決戦に臨む事が得策である、と。

 

 戦力差は圧倒的。

 

 しかし、オーブ軍に所属する誰も、本国を奪還するまで、一歩たりとも退くつもりは無かった。

 

 自分達の祖国へと、進撃を開始するオーブ軍。

 

 その様子を、クライブはモニター越しに眺めていた。

 

「連中も健気だねぇ」

 

 皮肉を込めた言葉が、場の失笑を呼ぶ。

 

 室内には他に、フレッドとフィリアのリーブス兄弟、そしてレミリアの姿がある。

 

 更にもう1人、先日のジブラルタル攻防戦からメンバーに加わった、レオスの姿もあった。

 

「まあ、今回は選り取りみどり。入れ食い状態だねえ」

「当然、大物食いはさせてもらえるのですよね、ボス?」

 

 闘志を隠そうともしないリーブス兄妹に、クライブは笑みを浮かべながら頷きを返す。

 

 猟犬が猛るなら、その手綱を引く必要はない。せいぜい、派手に暴れてもらうのが得策であろう。

 

 それからクライブは、視線をレミリアの方へと向けた。

 

「判ってるよな?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 主語を省いたクライブの言葉に、レミリアは無言の返事を返す。

 

 言わなくても分かる事は、言われなくても分かっている。

 

 レミリアに選択肢など無い。事実上、姉を人質に取られているに等しい状況にあって、レミリアには逃げ場など無いのだから。

 

 レミリアが裏切れば、その瞬間、PⅡ達は何の遠慮も無く、プラントにいるイリアの命を奪うだろう。

 

 そして、それはレミリアが負けても、同様の結果が訪れる事は、目に見えていた。

 

 クライブ達にとって、イリアの存在は正に、レミリアに対する人質であり、鎖であり、そして重石でもあるのだった。

 

「いくら愛しい魔王様が出て来るからって、浮かれて手抜くじゃないぞ」

「ッ!?」

 

 揶揄するクライブの言葉に、息を飲むレミリア。

 

 しかし、けっきょく何も言わず、部屋を出て行くしかなかった。

 

 これ以上、一秒たりとも、この連中と一緒にいたくはない。そう思ったのだ。

 

 出ていくレミリアの背中を見送ると、フィリアはあからさまに舌打ちしながら、侮蔑をこめた口調で言った。

 

「大丈夫な訳、あんなのに任せちゃって?」

「心配するな。あれだけ言っておけば、あいつだって本気でやらざるを得ないさ」

 

 そう言ってクライブは、薄い笑みを口元に浮かべる。

 

 レミリアの弱点は、全てこちらが握っている。あの女が裏切る可能性は、限りなくゼロに等しい。

 

 だが、それでも、何が起こるか分からないのが戦場である。何しろ、相手はあの忌々しいキラ・ヒビキの息子だ。業腹な事に、あの男がこれまで、いかにして奇跡を起こし、数々の戦いを勝利してきたか、クライブはよく知っている。

 

 ヒカル・ヒビキは、そのキラの血を色濃く受け継いでいる。油断はできないだろう。

 

 だからこそ「保険」は万全に掛けておく。

 

「万が一の時は、任せるぞ」

 

 そう告げるクライブの視線の先には、これまで沈黙を守り続けていたレオスの姿がある。

 

 レオスの事は少なくとも、なまじ裏切る可能性があるレミリアよりもよほど信用できる、とクライブは考えていた。

 

 何しろ、2年もの間オーブ軍に潜入し続け、脱出の際には最愛の妹すら手に掛けて見せたほどの男だ。そういう人間の方が、いざという時には役に立つ物である。

 

「何にしても、ここいらが正念場だ。俺らも気張って行こうぜ」

 

 クライブの言葉に、一同は戦意を込めた眼光で頷きを返した。

 

 

 

 

 

 廊下に出ると、レミリアは誰もいないのを確認してから泣き崩れた。

 

 分かっている。

 

 自分はもう、絶対にヒカル達と同じ場所には行けないのだという事を。

 

 姉を残していく事は出来ない。姉は、この世で唯一の、自分の家族なのだから。

 

 イリアを捨てるという事はすなわち、レミリアにとっては自分の命を捨てるに等しい行為である。それだけは、絶対にできなかった。それこそ、自分の命を犠牲にしてでも、である。

 

 だが、

 

 同時にレミリアは、もう一人の少年を思い浮かべた。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 先日、自らの恋心を自覚した少年。

 

 その顔を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられる思いである。

 

 自分に何度も手を差し述べてくれたヒカル。

 

 その手を取る事ができたら、どんなに幸せだった事だろう。

 

 だが、けっきょくレミリアが、少年の手を取る事は出来ず、ついにここまで来てしまった。

 

 ヒカルとの激突は、もはや避けられない。それはある種の運命によって、確定されていると言ってもいいだろう。それがたとえ、邪悪な意思によって歪められた運命だったとしても。

 

 故にこそ、レミリアは立ち止まる事は出来なかった。

 

 しかし・・・・・・・・・・・・

 

「会いたい・・・・・・ヒカル・・・・・・君に、会いたいよ・・・・・・」

 

 嗚咽と共に、少女の口から、胸を焦がす焦慮が漏れる。それはとめどなく溢れ、レミリアの心を焦がし続ける。

 

 しかし、この場にレミリアを慰める者は誰もいない。

 

 姉は遠く離れたプラントにいて、もうだいぶ会っていない。

 

 折角友達になれたアルマ(ルーチェ)も、教団の都合で今回は参陣していない。

 

 この基地の中にあって、レミリアは完全なる孤独であった。

 

 そっと、ポケットに手を伸ばしてイヤホンを取り出すと、耳に当ててスイッチを入れる。

 

 ゆっくりと流れ出す歌声。

 

 ラクス・クラインの優しい声が、荒んだ心に清涼の風となって吹き込んでくる。

 

 レミリアにとって今や、過去に生きたラクスの存在だけが、唯一心の支えとなっていた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 飛び出すと同時に開けた視界の中で、多数の機体が向かってくるのが見える。

 

 グゥルに乗ったハウンドドーガに、ようやく前線に行きわたったらしいガルムドーガ、更に、先日のスカンジナビア戦で初見となった空戦用機動兵器リューンの姿もある。

 

 数は、視界の中に見える物だけでも50は下らないだろう。

 

 対して、ヒカルは臆する事無く向かっていく。

 

「行くぞ!!」

 

 吼えると同時に羽ばたく、12枚の蒼翼。

 

 ヴォワチュール・リュミエールの齎す凄まじい加速によって敵の攻撃をすり抜けると、同時に腰からビームサーベルを抜き放ち斬り込む。

 

 過ぎ去る敵の攻撃には目もくれず、エターナルフリーダムの剣閃が迸る。

 

 対して、プラント軍の攻撃は、掠める事すらできないでいる。

 

 数度に渡って、大気を切り裂く剣戟。

 

 光刃はリューンの翼を斬り、ハウンドドーガの首を飛ばし、ガルムドーガのグゥルを斬り裂く。

 

 更にヒカルは、背中のバラエーナを展開して斉射。攻撃しながら接近を図ろうとしていたガルムドーガの両足を吹き飛ばした。

 

 既に、各所において自由オーブ軍と、プラント軍との戦端が開かれている。

 

 やはりと言うべきか、戦況はプラント軍有利に進んでいた。

 

 数において圧倒的な大差が付けられている上、守る側であるプラント軍は地形を利用して戦う事ができる。

 

 要するに、戦力、地の利、双方においてプラント軍が有利な訳である。

 

 一方のオーブ軍は、持ち前の機動性と、少数ゆえの小回りの良さを最大限に活かし、ゲリラ戦術を展開、プラント軍の戦線にほころびを作りながら、徐々に消耗させていく戦術を取っている。

 

 しかし当然ながら、オーブ軍の作戦では戦局に対して決定的な要因を加える事は難しい。

 

 戦場の要はいきおい、各エース達の奮戦に期待せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 リィスのテンメイアカツキは、スカンジナビア戦で大破した後、修理の際に改修を施されていた。

 

 主な変更点は、背部のビームキャノン、及び腰部のレールガンの追加にある。

 

 これまで主武装にしていたムラマサ改対艦刀はオミットされたが、その分、火力は大幅に強化された形である。

 

 これは、先の戦いにおける戦訓をリィスが反映し、接近戦能力よりも砲撃力と防御力を優先した結果である。

 

 ビームライフルと合わせて、5連装フルバーストを構える。

 

「行けッ」

 

 鋭い声と共に、テンメイアカツキは搭載全武装を発射。迫りくるプラント軍へと叩きつける。

 

 たちまち、閃光に貫かれて爆発する機体が、空中で折り重なる。

 

 しかし、それでも敵の数は減ったように見えない。

 

 テンメイアカツキの攻撃を全てすり抜ける形で、向かってくる敵が続出する。

 

「やっぱり、簡単にはいかないか」

 

 呟きながらビームサーベルを抜き放つリィス。

 

 同時に、黄金の翼を羽ばたかせて斬り込んでいった。

 

 

 

 

 

 地上に降り立ったギルティジャスティスに対し、複数のガルゥが良い獲物を見つけたとばかりに踊りかかってくるのが見える。

 

 その様子を、アステルは冷めた目で見据えながら、背中のリフターを分離する。

 

 突撃しつつ、砲撃を行うリフター。

 

 その後から、ギルティジャスティスの本体も続く。

 

 両手のビームサーベル、両脚部のビームブレードを展開するアステル。

 

 駆け抜ける一瞬、刃の軌跡が複雑に絡み合った。

 

 次の瞬間、全てのガルゥは、胴や脚部を斬り飛ばされて地に倒れ伏した。

 

「・・・・・・・・・・・・フンっ」

 

 その様子を見ながら、アステルは僅かな皮肉を感じて鼻を鳴らした。

 

 かつて、アステルは北米統一戦線に所属し、オーブ軍とは何度も戦火を交えた仲である。

 

 オーブ軍の中には自分を恨んでいる物が多数いるだろうし、自分自身、オーブに対しては良い感情を持っている訳ではない。

 

 しかし今、そんな自分がオーブを取り戻すための戦いに実を投じている事は、皮肉以外の何物でもないだろう。

 

 しかし、

 

「それも、悪くはない」

 

 ビームトマホークを振り上げて背後から接近してきたガルムドーガを、アステルは振り向き様の一閃で斬り捨てながら呟く。

 

 既にオーブ軍の連中は、アステルにとっても無くてはならない存在となっている。そして、彼等にとってもまた、アステルは無くてはならない存在となっていた。

 

 そこにあるのは利害であって信頼ではない。

 

 しかし、それで充分だった。何も、心の底から信頼しあおうなどとは、自分も、彼等も思ってはいないだろう。

 

 フッと笑みを浮かべる。

 

 そもそも、このような考えに至る事自体、自分の中では変化が生じているに等しい。

 

 以前のアステルなら、決してこのような考えは起こさなかっただろう。

 

「・・・・・・・・・・・・これも、あいつのせいだな」

 

 やや不満げに、アステルは少年の顔を思い出す。

 

 自身の相棒とも言うべき少年。

 

 あいつの酔狂かつ馬鹿げた理想(もうそう)に充てられたせいで、こんな事態になってしまった。

 

 だからまあ、もう少し付き合ってやろうじゃないか。

 

 あの馬鹿には、自分を連れて来た責任を取らせる必要があるのだから。

 

 そう呟くと、アステルは再び、戦場のまっただ中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

「ヒビキ三佐、フェルサー三尉、ヒビキ三尉、シュナイゼル三尉、それぞれ交戦を開始しました。他方面でも、我が軍とプラント軍の戦線が開かれている模様!!」

「本艦に接近中の機影を確認。迎撃行動に移ります!!」

 

 リザをはじめとしたオペレーターからの報告を受け、シュウジは自分の中で戦術を再確認していく。

 

 全体として自由オーブ軍は苦戦中。無理も無い。戦力差がありすぎるのだ。

 

 各エースが奮戦したところで、戦域全体をカバーするのは無理がある。

 

 このままでは、遠からず押し返されてしまうだろう。

 

 つまり、

 

「全て、予定通りと言う事か」

 

 味方が苦戦する様子を見ながら、シュウジは平然とした様子で呟いた。

 

 彼我の戦力差がありすぎる以上、苦戦するのは免れない。その点は、作戦開始前の時点で既に織り込み済みである。

 

 要は、その状況を如何にして逆転するかがカギだ。

 

 そして、そのために必要な作戦指示は、作戦全体を統括するユウキから、既に出されている。

 

 もっとも、そちらの作戦については、シュウジはタッチできる立場に無い。シュウジはあくまで、大和隊を率いて敵の目を引き付ける事にあり、それ以上の手出しはできない。

 

 だが、それもしばらくの間の事。作戦が発動すれば、程なく状況は逆転するはずだった。

 

「頼むぞ、みんな」

 

 今も前線で戦い続けている仲間達に、シュウジは心の中でエールを送る。

 

 とにかく、今は時間を稼ぐ以外に無かった。

 

 その時、大和の前部甲板から閃光が伸びる。

 

 敵艦を射程に捉えた事で、主砲を発射したのだ。

 

 戦いは、いよいよ激しさを増していくのだった。

 

 

 

 

 

 尚も群がるようにして攻め来る敵に対し、ヒカルはエターナルフリーダムを巧みに操って打ち倒していく。

 

 距離がある場合はライフルやレールガン、バラエーナで対応し、近付けば得意の接近戦に持ち込んで斬り捨てる。

 

 12枚の蒼翼が羽ばたくたび、プラント軍の隊列は確実に削られていく。

 

 だが、それでも尚、戦局を覆す要素足りえない。

 

 ヒカルが1機撃墜する間に、敵は3機で戦線の穴埋めを行っているようなイメージである。

 

 キリが無い。まるで自己修復する壁である。しかも最悪な事に、完全に修復に破壊が追いつかない。

 

 エターナルフリーダムに群がるプラント軍機。

 

 敵がエターナルフリーダムを強敵と認識して、戦力の多くを裂いている事は幸いである。ヒカルが敵を引き付ければ、そのぶん味方に向かう敵が少なくなることを意味する。

 

 いきおい、ヒカルに掛かる負担は倍増する訳だが、それも致し方ないと言える。

 

 ヒカルはティルフィングを抜刀すると、大剣を旋回させて次々と敵機を斬り捨てる。

 

 そこへ、1機のイザヨイが飛来すると、ビームライフルを放ってエターナルフリーダムを掩護する。

 

《ヒカルッ ちょっと突っ込み過ぎッ 少し下がって!!》

 

 言いながらカノンは、イザヨイを人型に変形させてビームライフルを抜き、近付こうとしていたハウンドドーガを撃ち抜く。

 

 エターナルフリーダムが味方よりも先行して敵に囲まれて居る為、急遽、カノンが援護の為に駆け付けたのである。

 

 だが、その間にもヒカルは、剣を振るい続ける。

 

 まるで、カノンの姿が目に入っていないかのようである。

 

《ヒカル!!》

「誰かがやんなくちゃいけないだろッ」

 

 カノンの言葉にかぶせるように、ヒカルは強い口調で言った。

 

「作戦発動まで、どうにか戦線を保たせる必要がある。けど、このままじゃ、押し返されてしまうッ」

 

 彼我の戦力差が圧倒的である為、オーブ軍は戦線を維持するのが精いっぱいなのである。

 

 ヒカルはその間にも攻撃を続行する。

 

 全武装を展開してフルバースト射撃を敢行。敵の隊列の一角を強引に突き崩す。

 

 ヒカルにも判っている。自分1人では戦線を支える事が不可能な事は。

 

 しかし、正念場はここだ。

 

 ここで支えきれるかどうかで、オーブの命運は決まるのだ。

 

 ならば、出し惜しみをしている場合ではない。

 

「カノンこそ、無理するなよなッ!!」

《冗談。ヒカルだけに任せておいたら、絶対失敗するにきまってるもん!!》

 

 冗談交じりに言うと、2人は互いに笑みをかわし合う。

 

 同時にカノンは、自分の胸の中に、戦場に似つかわしくない、温かい思いがある事を自覚する。

 

 この一時、

 

 この一時だけでいい。

 

 たとえ、ヒカルとレミリアが、互いに惹かれあっているのだとしたら、それでも構わない。

 

 しかし、この一時、戦場に立つ時だけは、ヒカルは自分の物だった。

 

 カノンにとって、ヒカルはこれまで、あまりにも身近にありすぎる存在だった。

 

 幼馴染として、物心ついたころには既に傍らにあり、1人っ子のカノンにとっては、取っ付きやすい兄のような存在。それがヒカルだった。

 

 故に、自分の気持ちに気付くのが遅れたのだ。

 

 正直、今までは近くにいる事がアドバンテージだと思っていた。

 

 しかし、ヒカルとレミリアの想いが同一の方向を向いているとしたら、カノンのアドバンテージなど、薄氷を踏む程度の物でしかない。

 

 だが、それでも良い。

 

 今だけは、ヒカルと共に立てるのは、自分だけだった。

 

 2人の奮戦により、プラント軍は徐々にだが後退を余儀なくされ始める。

 

 尚も抵抗を続けようとする者はいるが、砲火は散発となり、無理な接近戦を試みる者も少なくなってきている。

 

 このままなら、作戦開始まで時間を稼げるか?

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突然、強烈な砲火を浴びせられ、自由オーブ軍の戦列が突き崩される。

 

 ハッとして振り返る。

 

 そこには、見覚えのある異形の機体が2機、海面スレスレを飛翔しながら、自由オーブ軍に砲火を浴びせているのが見えた。

 

 テュポーンとエキドナ。リーブス兄妹の機体である。

 

「あいつらッ!!」

 

 ヒカルはギリッと歯を鳴らす。

 

 今、あの2機に出てこられたのでは、こちらの作戦が根底から突き崩されかねない。何としても、ここで確実に倒しておく必要があった。

 

「カノン下がれ。あいつらの相手は、俺がするッ」

《ヒカル!!》

 

 ヒカルは言い置くと、カノンのイザヨイを引き離して、エターナルフリーダムを前へと出す。

 

 12翼を広げながら、腰のレールガンに増設された鞘から高周波振動ブレードを抜き放つ。

 

 同時に、両者は激しく激突した。

 

 

 

 

 

PHASE-40「伸ばした手は届かない」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見張りの兵士がいる事は予想していたが、それを排除するのに、さほどの手間はかからなかった。

 

 これまで幾度も修羅場を潜って来たのだ。いかに保安局員が対人戦闘のプロであったとしても、何ほどの物ではない。

 

 とは言え、

 

「・・・・・・・・・・・・だいぶ、イメージと違うな」

 

 アスランは周囲を見回すと、ため息交じりに呟いた。

 

 周囲にはよく整備された花壇が広がり、視界の先には趣味の良さが伺える小さな白い家がある。

 

 軟禁されていると言うから、もう少し殺伐としたイメージの場所を想像していたのだが、実際に来て見れば、豪華な別荘地だった事に驚いた。

 

 どうやら、対象は自由が制限されている事以外は、丁重な扱いを受けているらしかった。

 

 アスランは掃除の行き届いた階段を上ると、視界の先にある白い家へと向かう。

 

 石造りの門を潜り、前庭へと足を踏み入れた。

 

 と、

 

「どなた、ですか?」

 

 静かな声で問いかけられ、思わず足を止める。

 

 アスランの視界の先には、1人の落ち着いた雰囲気のある女性が、不思議そうな眼差しで、こちらを見詰めていた。

 

 情報では彼女は、元北米統一戦線に所属していたテロリストだと言うが、雰囲気だけを見れば、全くそのような印象は無かった。

 

「失礼、私はアスラン・ザラ・アスハと言う。突然の来訪を許してほしい」

 

 言ってから、アスランは確認するように問いかける。

 

「あなたが、イリア・バニッシュ、で良いかな?」

 

 アスランの問いかけに対し、相手は不思議そうな顔をしながら頷きを返した。

 



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PHASE-41「炎の嵐」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 磁器が触れ合う感じの良い音と共に、アスランの前へコーヒーの入ったティーカップが置かれた。

 

「どうぞ」

「すまない」

 

 イリアが差し出したコーヒーを一口飲み、少し気分が落ち着く。

 

 友人のラキヤ・シュナイゼルが喫茶店を経営している関係で、アスランも多少はコーヒーの味が判るが、イリアの淹れてくれたコーヒーは飲みやすく、やや繊細な印象を感じる。

 

 突然の来訪にも拘らず、イリアはアスランを快く迎え入れてくれた。

 

 もしかしたら、イリアの中にはまだ、北米統一戦線のゲリラとして戦っていた頃の矜持が残っており、同様にレジスタンスとして戦っているアスランへの共感があったのかもしれない。

 

「それで、本日は、どのような?」

「ああ」

 

 自身もコーヒーに口を付けながら尋ねてくるイリアに対し、アスランはカップを置いて本題に入った。

 

 状況を、かいつまんで説明していく。

 

 自分達がセプテンベルナインの研究施設を襲撃した事。

 

 そこで行われた研究のデータを、コピーして解析している事。

 

 一部に閲覧不能な個所がある事。

 

 そして、

 

「この署名を見付けた」

 

 そう言うとアスランは、持ってきた端末の画面をイリアに見せる。

 

 そこには、何らかの研究資料に添付する、研究員の署名があった。

 

 研究責任者 セブルス・バニッシュ

 主任研究員 レベッカ・バニッシュ

 

 この記述を基に、アスラン達はこの場所を探り当て尋ねてきたのである。

 

 閲覧不能な個所に何が書かれているのか、アスラン達には分からない。だが、一級のセキュリティが掛けられている以上、何らかの重要な情報が隠されている事は間違いない。うまくすれば、自分達にとっての切り札にできる可能性もあった。

 

「・・・・・・私の、両親の名前です。父と母は生前、セプテンベルで遺伝子工学の研究員をしていましたから」

「では、この研究も、お父上と、お母上が?」

 

 アスランの質問に対し、イリアは頷きを返すと、顔を上げて真っ直ぐに見返してきた。

 

「全て、お話します」

 

 イリアは静かな口調で、語り始めた。

 

 両親が犯した罪を、

 

 そして、自らが犯した罪を。

 

 それは、まるで罪人の告解を思わせる光景であった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 12枚の翼が風を受けて羽ばたくと、閃光を負った機体が急速に距離を詰めて来た。

 

 その勇壮な姿に、歓喜の声が上がる。

 

「アハハハッ 来た来た来たァ!!」

「お約束だな、魔王よッ!!」

 

 言い放つと同時に、リーブス兄妹は水飛沫を上げて高度を上げる。

 

 ヒカルは双剣を掲げると、構わず斬り込む。

 

 振り翳される双剣が、フレッドのテュポーンに迫る。

 

 だが、刃の切っ先が捉える前に、フレッドはテュポーンを後退させてヒカルの攻撃を回避する。

 

 更に、

 

「はーい、ざんねーん!!」

 

 ヒカルが正面のテュポーンに気を取られているすきに、背後に回り込んだフィリアのエキドナが、両手とラドゥンに備えたビームキャノン、更に胸部の複列位相砲を撃ち放った。

 

 強烈な閃光が、背後からエターナルフリーダムに迫る。

 

 だが、

 

「喰らうかよ!!」

 

 ヒカルは背後からの砲撃に対し、まるで背中に目が付いているかのように鋭く察知すると、急激に上昇して回避する。

 

 同時に宙返りをしながら高周波振動ブレードを鞘に納めると、視界が上下逆さまのまま、ビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスフィアス・レールガンを構えて6連装フルバーストを解き放った。

 

 放たれる砲撃。

 

 対してフィリアは陽電子リフレクターを展開して、エターナルフリーダムの攻撃を受けとめようとする。

 

 ぶつかり合う、閃光と障壁。

 

 エターナルフリーダムの砲撃はリフレクターを貫く事ができず、拡散される。

 

 しかし、衝撃までは殺しきる事ができず、エキドナは大きく吹き飛ばされた。

 

「やるわねッ!!」

 

 フィリアは怒りに任せながら、上空のエターナルフリーダムめがけて全火砲を浴びせて来るが、ヒカルは余裕を持った動きで回避しながら、更に高度を上げる。

 

 そこへ、今度はフレッドのテュポーンが追いすがり、攻撃を仕掛けてくる。

 

 放たれるドラグーンの攻撃をヒラリヒラリと回避しながら、ヒカルはビームライフルを構えて反撃に出る。

 

 2丁のライフルから、間断なく閃光が放たれるが、その全てがアンチビームコーティングの施されたテュポーンの装甲で弾かれた。

 

「学習能力が無いな、魔王よ。その程度の攻撃など効かないのだよ!!」

 

 向かってくる砲撃に構わず、強引に距離を詰めるフレッド。

 

 振りかざされる両腕の鉤爪が、エターナルフリーダムに迫った。

 

 しかし、それよりも一瞬早くヒカルは動く。

 

 向かってくるテュポーンを前蹴りで迎撃。同時に、体勢が崩れたところに追撃のレールガンを浴びせて吹き飛ばす。

 

 対して、機体本体が吹き飛ばされながらも、フレッドはドラグーンを操りエターナルフリーダムに追い込みを掛けてくる。

 

 包囲しながら縦横に放たれる砲撃。

 

 対してヒカルは、12枚の翼を羽ばたかせて、四方から繰り出される攻撃を回避。対抗するようにビームライフルを放って、ドラグーン2基を破壊する。

 

 フレッドが残ったドラグーンを回収しようとしている隙をついて、ヒカルはどうにか距離を取ろうとする。

 

 しかし、

 

「逃がさな、いィ!!」

 

 その間に距離を詰めて来ていたフィリアのエキドナが襲い掛かって来た。

 

 両腕の鉤爪と、4本のラドゥンを繰り出してくる。

 

 向かってくる爪と牙。

 

 対して、ヒカルは高周波振動ブレードを抜刀して斬り捌く。

 

 高速の斬撃を前に、弾き返されるエキドナ。

 

 だが、フィリアは怯まない。

 

 その顔に笑みを張り付けながら、尚もエターナルフリーダムに襲い掛かってくる。

 

 背後に目を向ければ、フレッドのテュポーンも、体勢を立て直して、向かってくるのが見える。

 

 前と後ろを敵に囲まれたまま、ヒカルの苦戦は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、戦場のはるか上空、大気圏を突き抜けた宇宙空間では、展開したオーブ軍宇宙艦隊が、状況を見守り続けていた。

 

 地上での激闘は、オーブ側の苦戦で終始している。

 

 エースパイロット達は奮闘を続けてはいるが、彼等とて無限に戦えるわけではない。いずれ消耗し、押し包まれて討ち取られる事になりかねない。

 

 エース達は、

 

 否、

 

 あそこで戦っている兵士達の全てが、オーブにとっての至宝であり、珠玉にも勝る存在である。ただの一人たりとも、無為に失う事は許されない。

 

 故に、

 

 切り札を切る事に対して、躊躇う気は無かった。

 

「状況は?」

「味方部隊、戦力の2割を喪失。残存部隊も苦戦中ですッ」

「予定ポイントまで、あと10。間も無く、状況が完成するとの事です!!」

「カグヤ方面の状況にやや遅延が発生中!!」

 

 オペレーター達の報告を聞きながら、ユウキは状況を吟味する。

 

 作戦状況は、9割がた完了していると言って良い。

 

 後は、決断を下すのみであると言える。

 

 スッと、目を閉じる。

 

 国を奪われ、反抗を誓い、敢えて国を捨ててから2年。ようやく自分達は、悲願を達成できるところまで来た。

 

 ならば、躊躇うべき何物も、自分達の前には無かった。

 

 目を開けるユウキ。

 

 そこには既に、決意を宿した眼差しが満たされていた。

 

「フラガ艦隊に連絡。『作戦を開始されたし!!』」

 

 今、ユウキの決断が、オーブの空を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 ユウキの指示を受け、マリュー・ラミアス率いるオーブ軍第1宇宙艦隊が動き出した。

 

 戦闘艦艇に護衛されて、数隻の輸送船が艦隊の中央に座している。その下面には、生物の卵を連想させる球体が、いくつも下げられていた。

 

 球体は全て、大気圏突入用のポッドである。

 

 それらが今、ゆっくりと大気圏へと近づいていく。

 

「現在、敵軍からの妨害行動無しッ 熱紋にも反応有りません!!」

「オーブ上空、南西の風、やや微風。天気は青天に付き、視界の遮蔽は無し」

 

 オペレーター達が次々と報告を上げてくる中、マリューは頷きを返す。

 

 眼下では、彼女の夫や娘が、今も苦しい戦いを続けている。状況を逆転させる為には、何としても、作戦を成功させる必要があった。

 

「作戦開始。全ポット投下!!」

 

 マリューの指示を受け、輸送船が、搭載してきたポッドを次々と切り離していく。

 

 ポッドはやがて、大気圏へと突入し、全てが赤色へと染まって行く。

 

 その様子を、マリューをはじめとしたオーブ軍将兵は皆、一様に固唾を呑んで見守り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 それの存在に最初に気付いたのは、プラント軍の前線部隊を指揮する隊長だった。

 

 視界のはるか上空から、複数の影がゆっくりと降下してくるのが見える。

 

「あれは・・・・・・大気圏突入用のポッドか!?」

 

 影の正体を見て、思わず声を上げる。

 

 恐らく、オーブ軍が増援を宇宙から送り込んで来たのだろう。地上のオーブ軍が苦戦している状態では、それも妥当な戦術であろう。

 

 しかし、

 

「予定通り、攻撃を続行しろッ 敵の増援は後続に任せろ!!」

 

 後が無いオーブ軍と違い、プラント軍には潤沢な予備部隊が存在している。敵が繰り出してきた増援に対して、わざわざ自分達が出向く事も無い。後続してくる味方が対処してくれるだろう。

 

 そう思って進撃を続けるよう、部下に促した。

 

 どのみち、自由オーブ軍の戦力はたかが知れている。

 

 恐らく連中は、この戦いに全ての戦力を投入しているだろう。ならば、ここで主力を相当してしまえば、もう余力は残らない筈。

 

 一方のプラント軍は、本国やジブラルタルに、まだ充分な戦力が残っている。

 

 最終的な勝利がいずれの物になるのか、考えるまでも無かった。

 

 そうしている内にも、ポッドはゆっくりと降下してくる。

 

 そして次の瞬間、

 

 ある高度に達した時、降下してきたポッドは、一斉に破裂した。

 

「なにッ!?」

 

 驚いて声を上げた瞬間、

 

 

 

 

 

 地獄が、

 

 

 

 

 

 オーブ上空に、

 

 

 

 

 

 現出した。

 

 

 

 

 

 巨大な炎が驟雨となりて、戦場全体に降り注いだ。

 

 高高度から降り注いだ炎は、オーブ軍を追撃しようとしていたプラント軍を頭上から捉え、次々と撃ち抜いていく。

 

 それは正に、凄惨な光景だった。

 

 プラント軍の精鋭達が、降り注ぐ炎の雨を前に、成す術も無く絡め取られ、撃ち抜かれていくのだ。

 

 それも、10機や20機と言う単位の話ではない。

 

 正に言葉通り、戦場を包み込むようにして降り注いだ炎の嵐は、プラント軍の大半を、パイロットの命ごと飲み込んでいく。

 

 ユウキが主導した作戦が、これであった。

 

 自由オーブ軍とプラント軍の間にある戦力差は、如何様にしても埋められる物ではない。

 

 だからこそ、何かしらのテコ入れをする必要があった。その上で導き出されたのは、「即席で大量破壊兵器を用意する」と言う物だった。

 

 と言っても、今から何かしらの兵器を新造するには、時間が足りない。そこでユウキたちは既存の技術を組み合わせる事で間に合わせる事にした。

 

 まず中古で大量に仕入れた大気圏突入用ポッドに爆薬とボールベアリング弾数千万発を詰め込み、輸送船に搭載して大気圏突入ポイントまで運ぶ。後は時限装置をセットして大気圏に自動で落とすのみである。

 

 ポッドの内部は断熱されている為、摩擦熱で炸薬が勝手に引火する事は無い。そうして、予定高度に達した時点で信管が起動するように設定された時限装置が動き、爆薬が炸裂する事でポッドは破砕、炎とベアリング弾を大量に空中へと撒き散らす事になる。

 

 この作戦を成功させる為に、自由オーブ軍の地上部隊は苦戦しつつも、プラント軍主力を海上の設定ポイントへとおびき出したのである。

 

 プラント軍も、まさか自由オーブ軍がこのような手段に出て来るとは予想し得ず、大半の部隊が成す術も無く、上空から降り注いだ炎の雨に絡め取られ、撃墜されていった。

 

 浮足立つプラント軍。

 

 そこへ、自由オーブ軍の「本命」たる作戦が、開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空に出現した惨状については、海中からも確認する事が出来た。

 

 凄まじい光景である。

 

 最前まで、我が物顔で自由オーブ軍を追いまわしていたプラント軍が、炎の雨以後は一転、追いかけまわされる側へと転落したのだから。

 

 シン・アスカ、ムウ・ラ・フラガ、ラキヤ・シュナイゼルと言った、綺羅星の如きエース達に率いられ、奮起したオーブ軍は進撃を再開する。

 

 そして、

 

 それは同時に、戦場と言う舞台を整える、最後の条件が出そろった事を意味している。

 

 オーブ奪還。その要となる最後の作戦の幕が、切って落とされたのだ。

 

「浮上、全機、発進準備!!」

 

 海中で待機していたアークエンジェルのブリッジに、メイリンの鋭い声が響き渡る。

 

 同時に、白亜の巨艦が海面を割って、空中へと踊り出した。

 

 誰もが唖然とする中、歴戦の不沈艦は祖国を目指して飛翔を始める。

 

 重要な任務を負っているアークエンジェルは、作戦開始から今に至るまで海底に潜み、時を待ち続けていたのだ。

 

 同時に左右のカタパルトデッキが開く。

 

「良いね。目的はあくまで、カガリを行政府まで送り届ける事。それ以外の要素は全て、味方に任せて無視して良いから!!」

 

 クロスファイアのコックピットから発せられたキラの指示に対し、一同は頷きを返す。

 

 癖の強いメンバー揃いのターミナル実働部隊メンバーだが、こと戦闘に関する限り、キラの指揮には全幅の信頼を寄せており、命令に従ってくれる。

 

 軍人時代、部隊を指揮するよりも個人で勇を振るう機会の方が多かったキラにとっても、ありがたい仲間達である。

 

 これが最後だ。

 

 もう、オーブ軍に切り札は残っていない。ここで負けたら、全てが終わるだろう。

 

「キラ」

「行くよ、エスト」

 

 背後から声を掛けてきた妻に、キラは頷きながら返す。

 

 もはや、言葉はいらない。全て行動が事態を決し得る唯一の要素なのだ。

 

「キラ・ヒビキ」

「エスト・ヒビキ」

「「クロスファイア、行きます!!」」

 

 2人のコールと共に、クロスファイアは空中へと飛び出した。

 

 白い炎の翼が広げられると同時に、敵が群がってくるのが見えた。

 

 プラント軍も、突如出現したアークエンジェルに驚いているようだが、それがターミナルの戦艦であると判ると、すぐに攻撃体勢を整えてきた様子である。

 

 それに対してキラも、出し惜しみせずに素早く動いた。

 

 SEEDを発動させると同時に、クロスファイアをFモードへと変更。翼の色が蒼に染まる間も惜しんでビームライフルとレールガンを構えると、4連装フルバーストを叩き付ける。

 

 たちまち、プラント軍の前線が崩れて壊乱する。

 

 キラは更に、腰からビームサーベルを抜き放つと、蒼炎翼を羽ばたかせて斬り込んで行く。

 

 慌てて攻撃を行おうとしているリューンの首を斬り飛ばし、別の機体の両腕を素早く切断する。

 

 目を転じれば、レイとルナマリアのエクレールも出撃して、近付こうとする敵を追い払っている。

 

 更にもう1機、眼下ではアークエンジェルに張り付くようにして、深紅のイザヨイが奮闘を続けているのが見える。

 

 カガリの機体である。色は、彼女の専用機を表す色に塗られている。

 

 全軍を率いるに当たり、カガリは自分の機体も用意させたのだ。

 

 勿論、元々は軍属だったとはいえ、今のカガリにはブランクがある。更に戦場に出れば、被弾、撃墜の可能性もある。

 

 だが、それでも、今回の戦いが「決戦」である以上、全軍の先頭に立つ事をカガリは望んだ。

 

 それは、かつて国を守るために殉じた誇り高き父、ウズミ・ナラ・アスハの娘としての矜持であり、自身も国を取り戻したいと願うオーブ市民としての発露でもあった。

 

 指揮官たるもの、常に進軍の戦闘に立つべき。

 

 つまり、あの深紅のイザヨイが、今はオーブ軍の旗機と言う訳である。

 

 この戦い、カガリが行政府に辿りつき、国民に対して、自分達の正当性を呼びかける事が勝利のカギとなる。

 

 無論、それだけで勝敗が決まるかどうかは判らない。万が一、オーブの国民がカガリの呼び声に答えなければ、作戦は根幹から崩れる事になる。

 

 だが、それを今、気にしても仕方が無い。

 

 ともかくキラ達の役割は、全力でカガリを守り通す事だった。

 

 

 

 

 

《アハハハ、綺麗だねー!!》

《派手な事をしてくれるッ 自分達の領内でこれほどの事をするとは、正気を疑うよ!!》

 

 叫びながら、尚も向かってくるフレッドとフィリアに対抗するように、ヒカルは剣を構え直す。

 

 予想はしていた事だが、作戦が成功し、プラント軍の大半を撃破したにもかかわらず、リーブス兄妹は聊かも怯む事無く向かって来ていた。

 

 むしろ、炎の秋降り注ぐこの、地獄と言うべき状況に、2人は喜んでいる節すらある。

 

 妄執と言うべきか、2人はもはや、エターナルフリーダム以外の敵は全く見えていないかのように、全ての火砲を振り翳して襲い来る。

 

 対抗するように、ヒカルは放たれる砲撃をリフレクターやアンチビームコーティングの装甲で防ぎ、鉤爪や牙の攻撃を高周波振動ブレードで捌く。

 

 フレッドが背部のドラグーンを射出して、包囲攻撃を仕掛けて来るが、対抗するようにヒカルはビームライフルを斉射。2基のドラグーンを撃ち落として牽制する。

 

 だが、その間にフィリアは、エターナルフリーダムの背後へと回り込んで、ラドゥンを振り上げた。

 

「アハハハハッ 背中がガラ空きィ!!」

 

 迫る、4対の牙。

 

 だが、

 

 ヒカルは振り向きざまに高周波振動ブレードを一閃する。

 

 すれ違う、エターナルフリーダムとエキドナ。

 

 次の瞬間、ヒカルの振るった刃が2基のラドゥンを一刀のもとに斬り飛ばす。

 

「このッ 生意気!!」

 

 構わず、残った2基のラドゥンで食いつこうと試みるフィリアだが、その前にヒカルは、腰のレールガンを零距離で発射し、エキドナの機体を吹き飛ばした。

 

 距離が開く両者。

 

 そこへ、今度はフレッドのテュポーンが、両手の鉤爪を振り翳して襲い掛かって来た。

 

 対して、ヒカルはその存在を感知しつつも、僅かに反応が遅れる。

 

「くそっ」

 

 とっさにスラスターを全開にして機体を後退させ、迫るカギ爪を紙一重のところで回避する。

 

 僅かに動きを鈍らせるエターナルフリーダムの様子に、フレッドはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「流石に疲れが目立つか!?」

 

 両側から襲い掛かってくる鉤爪。

 

 それをヒカルは、高周波振動ブレードで切り払い、同時に反撃に出る。

 

 剣先がテュポーンの装甲を斬り裂く中、フレッドは構わず、複列位相砲をエターナルフリーダムに叩き付ける。

 

 しかし、当たらない。

 

 殆ど距離が無かったにもかかわらず、ヒカルは機体を横滑りさせてテュポーンの攻撃を回避したのだ。

 

 確かに、今のヒカルは徐々に疲労が蓄積して行くのを自覚している。

 

 しかし、それでも尚、息を吐く気は更々無かった。

 

 突撃と同時に、真っ向から振り下ろした剣が、テュポーンの左腕を斬り捨てる。

 

 だが、

 

《いつまで偽善的な戦いを続ける気だッ!?》

 

 フレッドは構わず、叫びながら右腕の鉤爪を振り上げ、更に最後に残った右手の鉤爪を振り翳す。

 

 対して、

 

「俺の、勝手だろうが!!」

 

 言いながらヒカルは後退。同時にバラエーナを跳ね上げて牽制の砲撃を行う。

 

 フレッドはその攻撃をリフレクターを展開して受け止めるが、強大な出力を前に抗しきれず、リフレクター発生装置が破損する。

 

《傲慢だなッ 流石は魔王だよ!!》

 

 言いながら、鉤爪を振り翳すフレッド。

 

「余計なお世話だ!!」

 

 対抗するように剣を構えるヒカル。

 

 両者が交錯する。

 

 次の瞬間、

 

 テュポーンの右腕と両足を斬り落とされた。

 

 落下していくテュポーン。

 

 そこへ、今度は背後から、エキドナが襲い掛かってくる。

 

「貰ったッ!!」

 

 迫るエキドナ。

 

 対して、ヒカルは機体を振り返らせながら、フルバーストモードを展開する。

 

「見え見えなんだよ、いい加減!!」

 

 にらみ合う両者。

 

 エキドナの攻撃は、

 

 わずかに届かない。

 

「クソ・・・・・・・・・・・・」

 

 舌打ちを漏らすフィリア。

 

 次の瞬間、今やヒカルの「必殺技」と称して良い程に昇華された、零距離フルバーストが解き放たれる。

 

 迸る閃光。

 

 もはや、アンチビームコーティングやリフレクターで防ぎきれるレベルではない。

 

 直撃を受けたエキドナは、四肢をバラバラにされて、海面へと落下していった。

 

 その様子を確認したヒカルは、武装を収めると、再び味方を掩護すべく飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 ヒカルがリーブス兄妹と死闘を繰り広げている頃、アステルは全軍の先頭に立つ形でプラント軍と交戦を繰り広げていた。

 

 接近戦兵装が主体のギルティジャスティスの戦い方は、どうしても敵との距離を詰める必要がある。

 

 自然、アステルは敵の真っただ中へと飛び込んで行くことになるのだが、

 

 それで怯むような男ではない事は、今さら語るまでも無い事であろう。

 

 駆け抜けると同時に、両手のビームサーベルを振るうアステル。

 

 それだけで、3機のハウンドドーガが斬り裂かれて爆砕する。

 

 放たれる砲撃に対して、急上昇して回避する。同時に視線は、自身を狙う敵の存在を捉えていた。

 

 遠距離から4機。長距離砲を構えたガルムドーガが狙いを定めているのが見える。

 

 アステルはリフターを分離して突撃させると、同時に自身も機体本体を駆って距離を詰める。

 

 リフターの砲撃によって、1機撃墜。

 

 更にアステルは、敵の砲撃を空中で回避しながら、両肩に装備したウィンドエッジ・ビームブーメランを抜き放って投げつける。

 

 ガルムドーガはとっさに回避しようとしているが、間に合わない。

 

 ブーメランが2機ガルムドーガを斬り裂くと、残り1機は敵わぬと見て退避していった。

 

 それを見送ると、アステルはリフターとブーメランを回収する。

 

 その時だった。

 

 センサーが、自身に向けて急速に接近してくる機影を捉えた。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 声を上げるアステル。

 

 既に見慣れた感のある、深紅の翼を広げた機体。

 

 堕天使の如き、凶悪な美しさを誇る機体は、ギルティジャスティスを目標と見定めて、真っ直ぐに向かってくる。

 

《アステル!!》

「来るかッ レミリア!!」

 

 互いに叫びあいながら、剣を抜き放つ両者。

 

 次の瞬間、空中で激しくぶつかり合った。

 

 

 

 

 

PHASE-41「炎の嵐」      終わり

 



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PHASE-42「宿縁のエース達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の両親は、生前はそれなりに権威のある遺伝子研究員だったそうです。当時、私はまだ小さかったので、そこら辺の細かい事情は聞かされていないのですが、それでも私の記憶の中で、白衣を着て研究に没頭する父と母の姿は印象として残っています」

 

 語り始めるイリアに対し、アスランは黙したまま聞き入っている。

 

 これから始まる話の内容は、アスラン達が最も聞きたかったことであり、そしておそらく、プラントの最も暗部に位置する類の話であろう。

 

 セプテンベル市はプラント草創期から遺伝子工学を司り、多くのコーディネイターを、文字通り「製造」してきた場所である。当然だが、中には非合法な物も多く含まれている。かく言う、アスランの亡き父パトリック・ザラも、コーディネイターの出生率解消と称して、多くの研究と新しい遺伝子構造を持つコーディネイターの「製作」をセプテンベルに命じた過去がある。アスランにとっても、決して他人事の場所ではないのだ。

 

「ラクス・クラインが病床に倒れる以前から、アンブレアス・グルックは、より能力の高いコーディネイターを作り出すべく、密かにセプテンベルの研究機関に対して資金援助を行っていました。その援助を受けていた研究員の中に、私の両親もいました」

「それは、たとえば戦闘用コーディネイターとか?」

「それもありますが、おおよそ各分野に置いて秀でた能力を発揮できるよう、遺伝子調整をされたコーディネイターを作る事が目的だったみたいです」

 

 聞いていて、アスランはおぞましい思いに捕らわれていた。

 

 イリアの話では、まるで人間を機械か何かの部品のように扱っているように思える。

 

 否、実際にそうなのだろう。グルックにとっては、能力を特化させたコーディネイターは、社会機構と言う巨大構造物を維持するための部品に過ぎず、自身の政権を強化、維持するための道具であると言う訳だ。

 

 ただ、こうしたやり方自体は、何もグルック政権に限った事だけではない。たとえば、火星の自治権を獲得しているマーシャンと呼ばれる人たちは、同様に各分野に秀でた能力を持つコーディネイターを振り分ける事で、効率の良い社会を構築しているらしい。

 

 また、かつてギルバート・デュランダルも、そういったやり方を拡大発展させた「デスティニープラン」を立案し、導入実行しようとした経緯がある。

 

「私の両親も、苦しんでいたみたいです。よく『こんな物は人間じゃない。私達は人間を生み出そうとしているのであって、部品を製造しているのではない』って、父が涙交じりに漏らしていました」

 

 その時の事を思い出し、イリアは僅かに笑みを浮かべる。

 

 両親は、確かに許されない事をしたかもしれない。

 

 しかし、決して、望んでそのような事をしたわけではないと思えば、苦悩も僅かに和らぐのだった。

 

「そんな中、アンブレアス・グルックから、新たな依頼が入ったのです。内容は、『あらゆる能力を超越したコーディネイターを産み出せ』だったと思います」

「あらゆる能力を、超越・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を反芻しながら、アスランはある人物の事を考えていた。

 

 アスランの友人にも1人、似たような誕生経緯を持つ人物がいるからだ。

 

「そうして完成したのが、対外的には私の妹、と言う事になっている、レミリア・バニッシュでした」

 

 そう、

 

 イリアとレミリアは、血が繋がっていない。完全なる赤の他人であるのだ。

 

 だが、その事を知っているのはイリアだけであり、レミリアは何も知らないまま、姉を守ると称して戦いに赴いているのだった。

 

「では、隠された記述の中に書かれていたのは・・・・・・」

「恐らく、レミリアの事だと思います」

 

 確かに、それが本当なら、正にプラントの暗部に関わる事であり、やりようによっては充分、グルック政権に打撃を与える事ができるだろう。

 

 だが、別段、隠すような事でもないように思える。

 

 確かに、あらゆるコーディネイターを越える能力の持ち主ともなれば、プラントにとっても切り札になるだろう。しかし、だからと言って、それを隠す理由にはならない筈だ。

 

 まだ、何かある。

 

 アスランの直感が、そう告げていた。

 

「ですが、良心の呵責に耐えられなくなった父と母は、私とレミリアを連れてプラントから逃げ、当時すでに小規模な紛争が起こっていた北米へ、旧知のクルト・カーマインを頼って落ち延びたんです」

 

 逃げた、とは言え、自身のプッシュする研究における集大成とも言うべきレミリアの存在をグルックが見逃すとも思えない。一度は逃げても、いずれは見つかって奪われてしまうだろう。そこでイリアの両親は、あえて紛争地帯に逃げ込む事で、グルック派の目を逸らそうとしたのだ。

 

 しかしその後、両親は紛争に巻き込まれて死亡し、路頭に迷ったイリアとレミリアは、活動家であったクルトが立ち上げた、北米統一戦線に入った訳である。

 

「君達の事情は分かった。その上で聞きたいのだが、なぜ、その事をアンブレアス・グルックは隠さなければならなかったんだ?」

 

 アスランが聞きたいのは、そこである。

 

 レミリアに関する情報は厳重に封印され、レジスタンスは今もって、閲覧できる状態ではない。

 

 そこまで隠していたと言う事は、隠さなければならない何かがあったと言う事である。

 

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 アスランの質問に対し、イリアはやや躊躇ってから語り始める。

 

 だが、

 

 その語られた内容は、アスランを大きく動揺させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣戟が激突し、両者、反発を利用するようにして離れる。

 

 同時にレミリアは、攻撃方法を接近戦から砲撃戦へと切り替えた。

 

 ジャスティス級機動兵器の特性は接近戦にある。ならば、圧倒的な砲撃力でもって当たれば、充分に勝機はある筈だった。

 

 8基のドラグーンを射出すると同時に、ビームライフル、3連装バラエーナ、連装レールガンを展開。52連装フルバーストを解き放つ。

 

 迸る強力な閃光は、デストロイ級すら凌駕するほどの威力で大気を焼き斬っていく。

 

 しかし、

 

「それが、どうしたッ」

 

 低く唸りながら、アステルは急激に高度を落として射線から回避する。

 

 これまでの戦いから、レミリアのやり方は充分に心得ている。そうそう、思い通りにさせる心算は無かった。

 

 突撃を開始するアステル。

 

 対抗するように、レミリアもドラグーンを飛ばしてギルティジャスティスの動きに牽制を掛ける。

 

 包囲するように空中に配置されたドラグーンから縦横に放たれる砲撃は、しかしアステルの俊敏な動きがわずかに上回る。

 

 砲撃をすり抜けて迫るギルティジャスティス。

 

 対して、レミリアもミストルティン対艦刀を引き抜いて応じる。

 

 激突する両者。

 

 互いの剣を回避し、同時に離れながら砲撃で応戦する。

 

 レミリアは8基のドラグーンを、今度は上空に配置し、雨を降らせるように砲撃を繰り出す。

 

 対してアステルは、その攻撃をシールドで防御しながら、一気に距離を詰めに掛かった。

 

 接近する両者。

 

 アステルは間合いに入ると同時に、両手のビームサーベル、両脚部のビームブレードを展開、一気に斬り掛かる。

 

 対抗するように、レミリアもミストルティン対艦刀を構えて迎え撃つ。

 

 交錯する両者。

 

 次の瞬間、スパイラルデスティニーの左手に持ったミストルティンが、音を立てて折れ飛ぶ。

 

 一瞬早くアステルの剣が決まり、レミリアの斬撃に勝ったのだ。

 

「クッ!!」

 

 舌打ちするレミリア。

 

 同時に、ドラグーンを引き戻して牽制の砲撃を入れる。

 

 しかし、それを読んでいたアステルは、ビームライフルを引き抜いて斉射。ドラグーン2基を撃ち落とす。

 

 焦りを覚えるレミリア。

 

 アステルは、確実にレミリアの動きを先読みして追い込みをかけてきている。

 

 そんなレミリアに対して、アステルはあくまで冷静に対応しつつ、レミリアの動きを封殺するように戦術を組んでいた。

 

 

 

 

 

 一転した流れは、今や怒涛の勢いと化して流れようとしていた。

 

 先の宇宙空間からの散弾攻撃により、兵力の大半を撃破されたプラント軍は、今や碌な戦線構築すらできない有様と化していた。

 

 指揮系統もズタズタに寸断され、自分達がいまどのような状態に置かれているのかすらわかっていない状態である。

 

 それに対して、当初は苦戦を強いられていた自由オーブ軍だったが、作戦成功後は一転して攻勢に転じ、右往左往するプラント軍に猛攻を仕掛けている。

 

 イザヨイが鋭い機動と見事なフォーメーションを見せて敵陣へと斬り込み、砲火を集中させてプラント軍の機体を討ち取って行く。

 

 戦況の天秤は今や、自由オーブ軍側に傾いていると言っても過言ではない。

 

 そんな中、クライブはコックピットに座して戦況を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「良いね。良い感じに出来上がって来たじゃないか」

 

 状況はプラント軍にとって、極めて不利。

 

 しかし、そのような状況にあって尚、クライブは状況を楽しんでいた。

 

 犬死は彼の戦争美学の中では愚の骨頂。

 

 しかし「苦戦」は大歓迎である。味方が苦戦していると言う事は、彼にとって暴れられる環境が十全にある事を意味しているからだ。

 

 その為に必要な「玩具」も用意してある。後は飛び込んで行くだけである

 

「さて、行くとするか」

 

 一声唸ると、機体のスロットルを開いた。

 

「クライブ・ラオス、ディスピア、出るぞ!!」

 

 言い放つと同時に、見るからに禍々しい印象のある機体が宙に飛び立った。

 

 

 

 

 

 ヒカルのエターナルフリーダムは、全軍の先頭に立つ形で進撃を続けていた。

 

 その後方には、戦闘機形態を取っているカノンのイザヨイが付き従っている。

 

 互いに寄り添うように飛行しながら、群がる敵を排除。徐々に、オーブ上空へと近付こうとしていた。

 

 2人の更に後方からは、自由オーブ軍の部隊が付き従っていた。

 

 作戦が成功した直後から、それまでは強固だったプラント軍の戦線は大いに乱れ、それ故に進軍が容易になったのだ。

 

 このままなら、一気に本島に達する事ができるか?

 

 誰もが、そう思い始めた時。

 

 突如、強烈な閃光が吹き荒れた。

 

「ッ 下がれ!!」

 

 とっさに、ヒカルは前に出ながらビームシールドを展開。飛来した攻撃を防御する。それにより、エターナルフリーダムの背後にいたカノンの機体も守り通す。

 

 しかし、後方にて待機していた機体が何機か、攻撃に巻き込まれるのが見えた。

 

 ヒカルが歯噛みする中、攻撃の主が姿を現した。

 

 複数のドラグーンを束ねる大型のユニットを引き戻した深紅の機体が、立ち塞がるようにして姿を現す。

 

 その様を見て、ヒカルはギリッと歯を鳴らした。

 

「レオス・・・・・・お前かよ・・・・・・」

《久しぶり、て程でもないよな、ヒカル。ジブラルタル以来か》

 

 レオスの駆るクリムゾンカラミティ。

 

 過去に北米で一度、そしてつい先日、ジブラルタルで二度目の激突を経験した強敵である。

 

《レオス君、レオス君なの、それに乗っているのは!?》

《ああ、カノン。お前も来たのか。悪いな、お前の機体、俺が壊しちまったから、そんなしょぼい機体で出るしかなかった訳だな》

 

 嘲弄が混じった言葉に、カノンがギリッと歯を鳴らすのが判る。

 

 かつての仲間が初めて向けてくる敵意に対して、言いようの無いやるせなさが込み上げてくるのは避けられない。

 

 そんなカノンを制するように、ヒカルが前へと出た。

 

「御託は良い、レオス。ここに来たっていう事は、やり合う気なんだろ」

 

 容赦はしない。そのニュアンスを込めながら、ヒカルは両手のビームライフルを構える。

 

 対抗するように、モニターの中でクリムゾンカラミティも身構えるのが見えた。

 

《そんな事、いちいち確認すんなよ!!》

 

 言った瞬間、

 

 双方、同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリムゾンカラミティから切り離された4基のグレムリンが、更に搭載された各8基、合計32基のドラグーンを分離する。

 

 グレムリン本体に搭載されている合計48門のビーム砲と合わせると、都合80門もの砲撃が、一斉に襲い掛かってくる。

 

 かつて、デストロイ級機動兵器を除くと、これ程の代火力を単体で運用した機体は他に無い。

 

 放たれる一斉攻撃に対し、

 

 ヒカルはヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開、強引に距離を詰めに掛かった。

 

 放たれる攻撃を全てスクリーミングニンバスで弾きながら、前へと進むエターナルフリーダム。

 

 だが、その姿を見て、レオスはニヤリと笑った。

 

「やっぱ、その手で来たかよ!!」

 

 言いながら、ビームバズーカ、複列位相砲、ビームキャノン、盾内蔵砲を構えて撃ち放つ。

 

 迸る閃光。

 

 それを目撃したヒカルは、

 

「ッ!?」

 

 とっさに攻撃を諦めて回避を選択する。流石に、スクリーミングニンバスだけで防ぐのは不可能と判断したのだ

 

 駆け抜けていく閃光が足元の大気を撹拌する中、ヒカルは急激に方向転換を掛けつつ、全武装を展開する。

 

 そこへ、殺到してくる大小のドラグーン。

 

 放たれる砲撃を前に、ヒカルもフルバーストで応戦する。

 

 たちまち、複数のドラグーンが撃破されて空中に爆炎を咲かせる。

 

 しかし、やはり火力が違い過ぎた。

 

 すぐに、レオスの攻撃はヒカルの対応可能限度を超えて襲い掛かってくる。

 

「くっそッ!?」

 

 舌打ちしながら、ヒカルは迎撃を諦めると、回避行動に転じる。

 

 手数では完全に負けている。

 

 ならば、こちらの得意分野で攻めるしかないだろう。

 

「行くぞ!!」

 

 ヒカルは再びヴォワチュール・リュミエールを展開すると、ティルフィング対艦刀を抜刀し、最高速度で斬り込みを掛ける。

 

 その凄まじい加速力を前に、流石のレオスも、僅かに対応が遅れる。

 

「ウオッ!?」

 

 強烈な斬り付けに対し、とっさにシールドを掲げて防御を試みるレオス。

 

 しかし、衝撃までは殺しきれず、刃が立てに接触した瞬間、クリムゾンカラミティは大きく高度を落とした。

 

 そこへ、ヒカルはすかさず追撃を掛けようと、ティルフィングを構え直す。

 

 だが、そこまで許す程、レオスも甘くは無い。

 

 落下しながらもドラグーンを引き戻すと、エターナルフリーダムを牽制するように砲撃を仕掛ける。

 

 対して、ヒカルはとっさに後退しながら、防御に徹する以外に無かった。

 

 

 

 

 

 進撃を続けるアークエンジェルは、今や無人の野を行くが如く、その行き足を止め得る者など存在しなかった。

 

 巨大な戦艦が波を蹴立てて進撃する様は、それだけで敵を威圧するのに十分な光景であると言うのに、そこに加えて守っているのは、地球圏でも最強クラスのエース達である。

 

 並みの雑兵では相手にすらならないだろう。

 

 近付こうとすればクロスファイアやエクレールが狙撃を行い、近付こうにもアークエンジェルが齎す強烈な火線に絡め取られて、前へ進む事すらできない。

 

 だが、それはあくまで一般兵士レベルでの話である。

 

 そして、「それ」は、一般兵士のレベルからはあまりにもかけ離れていた。

 

 複数のオーブ軍機を屠りながら向かってくる機体は、まるで闇に染め上げたような漆黒の装甲を持っている。

 

 背中から突き出した巨大な「腕」が目を引く特徴的な機体を見た瞬間、レイは思わず目を剥いた。

 

「あれは!?」

 

 その禍々しい外見に、思わず絶句を余儀なくされる。

 

 迎え撃つか、と機体を振り返らせるレイ。

 

 だが、

 

 その前に、レイを庇うようにしてクロスファイアが前へと出る。

 

「キラッ」

《あいつの相手は僕達がするッ レイは他のみんなと一緒にカガリを掩護して!!》

 

 言い置くと、キラは炎の翼を羽ばたかせて、敵機を迎え撃つべく突撃していった。

 

 

 

 

 

 キラがレイを差し置く形で迎撃行動に出たのは、向かってくる漆黒の機体に対して、感じる物があったからに他ならない。

 

 動物的直観とでも言うべきか、本能にも似た何かが告げていた。

 

 奴の相手は、自分がしなくてはならない、と。

 

 そして、幸か不幸か、その想いは杞憂ではなかった。

 

《ハッ テメェが出て来たかよ、キラ!!》

 

 獣じみた匂いが漂いそうな声が、スピーカーを通じて聞こえてくる。

 

 対して、キラも、鋭い眼差しと共に迎え撃つ。

 

「やはり、あなたかッ クライブ・ラオス!!」

 

 叫ぶキラに対して、ビームライフルを放つディスピア。

 

 ZGMF-X55A「ディスピア」

 

 かつてクライブが使用していたフォービアの後継機に当たる機体である。

 

《こいつは良い因縁だッ 俺達は運命で繋がってるのかね!?》

「真っ平御免だ!!」

 

 対して、キラも両手にビームライフルを構えて応射。互いに砲火を交わし合いながら旋回する。

 

 同時にキラは、やはり自分が相手で良かったと確信した。

 

 この男の相手は他でもない、自分がやらなくてはならない。

 

 業腹ではあるが、クライブの言うとおり自分とあの男との間に因縁があるのだとしたら、ここで完膚なきまでに断ち切っておく必要がある。そうでなければ、この男の毒牙はやがて、キラにとって命よりも大事な、息子や仲間達にまで及ぶ事になるだろう。

 

 だが、悲観した思いはキラの中には無い。

 

 なぜなら、最愛の妻が背中を守ってくれているのだから。

 

「攻撃経路予測、そちらに送ります。引き続き、戦況の分析を」

「了解ッ お願い!!」

 

 エストの言葉に頷きながら、送られてきたデータを基に、キラは戦術を確立する。

 

 クロスファイアはDモードへ移行。装甲は黒に、翼は赤に染まる中、両手にブリューナク対艦刀を構えて斬り込んで行く。

 

 対抗するように、視界の中でディスピアも、ビームサーベルを抜くと、更に背中に負った巨大な腕、破砕掌タルタロスを起動。巨大なビームクローを発振してクロスファイアへ斬り掛かってくる。

 

 捕まえようとして繰り出してくる巨大な腕を、キラは紅炎翼を羽ばたかせて回避。ブリューナクを鋭く振るって斬り込む。

 

 対抗するように、クライブも爪と剣を振り翳す。

 

 クロスファイアとディスピア。

 

 まったく異なる印象を持つ2体の機動兵器は、絡み合うように激突を繰り返して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4基目のドラグーンが、ビームダーツの直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 レミリアの焦りは、着実に増してきていた。

 

 アステルはレミリアの動きを完璧に見切り、その動きの出掛りを潰す事で抑え込もうとしていた。

 

 そこまで判っているにも拘らず、レミリアは反撃の糸口を見出す事ができない。

 

 後退しつつ火砲を放って牽制し、とにかく状況に変化を待つので精いっぱいに状況である。

 

 だが、そこでさらに、ビームライフル1基が破壊されてしまう。

 

「アハハ、まったく、本当に君は容赦無いね!!」

《馬鹿が、そんな物を俺に期待する方がどうかしてるだろ》

 

 まったくだね、とレミリアは奇妙に冷静な思考のまま頷きを返す。

 

 アステル・フェルサー

 

 物心ついたころには、もう既にレミリアの傍らにあった少年は、レミリアが知っている頃から既に、お守りのように、自分の体と同じくらい、大きなライフルを抱えていた。

 

 素っ気ない態度に、話しかけても薄い反応。今にして思えば、あれでよく「幼馴染」などと言う関係を築く事が出来たと思う。

 

 だが、そんな自分達でも、時に一緒に遊び、一緒に食事をして、たまには喧嘩をする時もあった。まあ、その時は大抵、レミリアが負けていたが。

 

 そんな自分達が、今こうして戦場で剣を交えている。

 

 それは一つの悲劇である事は間違いない。しかし、同時にレミリアは、奇妙なおかしさがこみあげてくるのを避けられなかった。

 

 こうしてアステルと剣を交えていると、昔、一緒にいた頃の事を思い出してしまうのだ。

 

 それはレミリアにとって大切な思い出であり、宝石よりも貴重な宝物でもあった。

 

 クスッと、笑みを浮かべるレミリア。

 

 それと同時に、視界の隅を横切る影がある事に気が付いた。

 

 翼からビーム刃を発生させたそれは、ギルティジャスティスから分離したリフターである。

 

「クッ!?」

 

 戦場に似つかわしくない思考を遮り、レミリアは機体を上昇させてリフターを回避する。

 

 しかしそこへ、背後からギルティジャスティスの本隊が追いすがって来た。

 

 放たれるビームライフルを、レミリアは光学幻像を交えた回避運動を行ってよけると、同時に機体を振り向かせて、残る4基のドラグーンを射出、残っている火力を駆使してフルバーストモードへと移行する。

 

 放たれる閃光。

 

 対して、アステルはビームシールドを展開して防御。同時にスラスターを全開まで吹かして、強引に突破しにかかる。

 

 異なるベクトルのエネルギー圧力によって、ビームシールドが悲鳴を上げるが、アステルは構わず自身の間合いまで斬り込むと、脚部のビームブレードで蹴り上げをくらわす。

 

 対してレミリアは、スウェーバックの要領で回避すると、腰部の連装レールガンを跳ね上げて、零距離から砲撃を浴びせる。

 

 実体弾をPS装甲で受け止めながらも、アステルは衝撃で吹き飛ばされる。

 

「やるなッ!?」

 

 呻くように言いながら、アステルは強引に機体の制御を取り戻しつつ、ビームライフルを構える。

 

 しかし、今度はレミリアの方が早かった。

 

 凄まじい加速と共に、ミストルティン対艦刀を振り翳しながら斬り込んでくるスパイラルデスティニー。

 

 その一閃が、ギルティジャスティスのビームライフルを銃身半ばで切断する。

 

 アステルは舌打ちしながら、ライフルをパージ。同時に、エネルギー過負荷に陥ったライフルが爆発する。

 

 その間に、レミリアはギルティジャスティスの上方に占位しつつ、再度ドラグーンを射出して、ギルティジャスティスに牽制の砲撃を加える。

 

 その攻撃に耐えながら、アステルはビームダーツを投擲、更に1基のドラグーンを破壊した。

 

 だが、そこでギルティジャスティスの動きが、一瞬だけ止まる。

 

 レミリアが狙っていたのは、正にその瞬間だった。

 

「貰った!!」

 

 右手にミストルティンを掲げて斬り込んで行くレミリア。

 

 そのまま一気に加速して、自身の間合いへ、

 

 そこまで考えた瞬間、レミリアは気付いた。

 

 ギルティジャスティスの背中に、リフターが無い。

 

 目を剥くレミリアをあざ笑うかのように、反応するセンサー。

 

「後ろッ!?」

 

 振り返れば、いつの間にか射出されていたリフターが、スパイラルデスティニーの背後を取る形で占位し、砲撃準備を整えていた。

 

 更に、

 

 レミリアが機を逸らした一瞬の隙に、アステルは仕掛けた。

 

 左腕のグラップルスティンガーを射出すると、スパイラルデスティニーが握るミストルティンの刀身をキャッチ。そのまま絡め取って投げ捨ててしまう。

 

「あッ!?」

 

 一時的に武装を失い、声を上げるレミリア。

 

 ここに至り、レミリアは確信した。

 

 攻めていると思っていた自分が、実はアステルに踊らされていたのだと。

 

 アステルが張り巡らせた罠の中に、レミリアはまんまと飛び込んでしまったのである。

 

「これで最後だ!!」

 

 アステルは肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードで投擲。同時に自身もビームサーベルを構えて斬り掛かる。

 

 リフター、ブーメラン、本体による三方向同時攻撃。

 

 回避、迎撃、防御は事実上不可能な、アステル必勝の策。

 

 いかにレミリアであっても、これを防ぐ手立ては無かった。

 

 

 

 

 

 ヒカルの中でSEEDが弾ける。

 

 同時にクリアになる視界が、全てのドラグーンを正確にとらえ、脳内で動きをトレースする。

 

 あらゆる感覚が増幅される中、同時に主の覚醒に合わせてエターナルフリーダムも咆哮を上げる。

 

 雪崩を打つようにして向かってくるドラグーンに対し、ヒカルはエターナルフリーダムをフルバーストモードへと移行。6門の砲で迎撃を行う。

 

 迸る流星。

 

 しかし、今度は先程までとは流れが逆である。

 

 エターナルフリーダムの放つ砲撃が、クリムゾンカラミティのドラグーンを次々と駆逐していく。

 

 その圧倒的な速射力を前に、量的優生を誇っていた筈のドラグーンはあっという間に薙ぎ払われてしまう。

 

《クソッ!!》

 

 焦ったレオスは、グレムリン1基をエターナルフリーダム上空へと移動させ、更なる砲撃を繰り出す。

 

 とっさに、後退を掛けるヒカル。

 

 しかし、意識が正面に向いていた為、僅かに回避が遅れる。

 

 右側のバラエーナが、直撃を浴びて、砲身半ばから折れ飛ぶ。

 

 だが、ヒカルは構わず、残り5門の砲を駆使して、自身を撃ったグレムリンに砲火を集中させ、これを破壊する。

 

 薄くなる、クリムゾンカラミティの火力。

 

 そこを逃さず、ヒカルは高周波振動ブレードを抜刀して斬り掛かって行く。

 

《舐めるなよ、ヒカル!!》

 

 残ったドラグーンを引き寄せると、更にクリムゾンカラミティ本体の火力と合わせ、エターナルフリーダムを迎え撃とうとするレオス。

 

 だが、薄くなった火力では、エターナルフリーダムの加速力に追随する事はできない。

 

 距離を詰めたヒカルは、前方に占位していたグレムリン1基を高周波振動ブレードで叩き斬る。

 

 だが、その間にレオスに、距離を取られてしまった。

 

 ドラグーンと残った2基のグレムリンを回収しつつ、クリムゾンカラミティ本体の火砲で砲撃を仕掛けてくる。

 

 とっさにビームシールドを展開。防御するヒカル。

 

 しかし、ありったけの火力を叩き付けられた事で、エターナルフリーダムは衝撃にこらえきれず、バランスを崩して高度を落とす。

 

 そこへレオスは、再びドラグーンを射出してきた。

 

 今度は、火力を集中させるよりも、あえてドラグーンを空中に散らして飽和攻撃を仕掛ける構えである。

 

 火力を集中させても、今のエターナルフリーダムの速射力は、それを上回っている。ならば、ヒカルの火力も散らしてしまえば良いと、レオスは考えたのだ。

 

 放たれる砲撃が、八方からエターナルフリーダムへと向かう。

 

 対して、ヒカルはとっさに両手に持った高周波振動ブレードをパージすると、腰裏からビームライフルを抜き放ち、自身を包囲するドラグーンを次々と撃ち落す。

 

 更にヒカルは、ビームライフルを連射しながら、クリムゾンカラミティへの接近を図る。

 

《舐めるな!!》

 

 とっさにレオスが放つ砲撃。

 

 一発が、エターナルフリーダムの右手からビームライフルを弾き飛ばす。

 

 対抗するように放ったヒカルの砲撃が、クリムゾンカラミティのビームバズーカを貫いた。

 

 距離が詰まる両者。

 

 もはや、砲撃が間に合う距離ではない。

 

《クソッ!!》

 

 悪態をつきながら、ビームサーベルを抜き放つレオス。

 

 ヒカルもエターナルフリーダムの腰からビームサーベルを抜いて斬り掛かる。

 

「この距離は!!」

 

 横なぎに光刃を振るうヒカル。

 

「俺の間合いだ!!」

 

 ヒカルの刃をシールドで受けるレオス。

 

 シールド表面のラミネート材を削られながらも、どうにか防ぎきると、距離を置きつつ、腹部の複列位相砲を放つ。

 

 だが、

 

 殆ど零距離から放たれた砲撃を、ヒカルは身を沈めるようにして回避。

 

 同時に、エターナルフリーダムの左手に持っていたビームライフルに過剰なエネルギー充填を行い、クリムゾンカラミティの鼻っ面目がけて投擲する。

 

 ライフルは一瞬、白熱したと思った瞬間、クリムゾンカラミティの眼前で爆発を起こす。

 

《なッ!?》

 

 その予期し得なかった動きに、カメラは焼き付けを起こし、レオスの視界は一瞬塞がれる。

 

 ヒカルが待ち望んだ瞬間が訪れる。

 

 一瞬の目つぶしによって動きを鈍らせたクリムゾンカラミティに、ビームサーベルを構えたエターナルフリーダムが肉薄する。

 

 とっさに、効かない視界の中でシールドを翳して防御しようとするレオス。

 

 しかし、一閃された刃が、クリムゾンカラミティのシールドを斜めに斬り裂く。

 

 更に、ヒカルは左手掌からパルマ・エスパーダを発振、右手のビームサーベルと共に鋭く振るう。

 

 振り下ろされる刃が、クリムゾンカラミティの両肩を斬り飛ばす。

 

《クソッ!?》

 

 どうにか体勢を立て直そうと、腹部の複列位相砲にエネルギーを送るレオス。

 

 しかし、ヒカルはそれを許さない。

 

 飛び上がると同時に繰り出した強烈な蹴り付けが、クリムゾンカラミティの頭部を捉える。

 

 激しい衝撃がコックピットを襲い、レオスの意識が吹き飛ばされる。

 

 悪あがきのように放たれた胸部からのビームは、しかしエターナルフリーダムを捉える事叶わない。

 

 次の瞬間、完全に高度を保てなくなったクリムゾンカラミティは、巨大な水柱を上げて海面に落下した。

 

 

 

 

 

PHASE-42「宿縁のエース達」      終わり

 




機体設定

ZGMF-X55A「ディスピア」

武装
頭部機関砲×2
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
複列位相砲×1
タルタロス破砕掌×2
大形ビームクロー×10

備考
プラント軍が開発したフォービア級機動兵器。前級のエンドレスと違い、特徴である破砕掌は構造はシンプルになったが、各所に小型スラスターを搭載し、見た目以上に高い可動性を誇っている。


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PHASE-43「最果てで交差する蒼紅の翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、北米統一戦線で「さいきょう」と呼ばれた二人。

 

 最強と呼ばれた少女と、最凶と呼ばれた少年の激突は、最終局面を迎えようとしていた。

 

 進退が完全に極まったレミリア。

 

 背後からはリフターが砲撃準備を整え、ブーメランは旋回しながら接近、更にギルティジャスティス本体も剣を振り翳して迫っている。

 

 逃げ道は完全に塞がれた状態である。

 

 アステルが必勝を期して放った攻撃が、レミリアを完全に追い詰めていた。

 

 そのまま留まればリフターの砲撃か、ブーメランの刃を喰らう。

 

 さりとて回避すれば、体勢が崩れたところに、ギルティジャスティス本体に距離を詰められて斬られる。

 

 迎え撃つには手が足りない。流石に、三方向を同時にカバーする事はできない。

 

 万事休す。

 

 かと思われた、次の瞬間、

 

 レミリアのSEEDが弾ける。

 

 同時に、スパイラルデスティニーの動きは鋭さを増した。

 

 放たれる、リフターからの攻撃。

 

 その閃光が機体を貫く。

 

 しかし次の瞬間、閃光が貫いたスパイラルデスティニーの機影は、霞のように消え去ってしまった。

 

「何ッ!?」

 

 まことに珍しい事に、アステルが驚愕の声を上げる。

 

 アステルが慌てる所を見るなど、レミリアにとっては初めての事かもしれない。

 

 光学幻像によってリフターからの攻撃とブーメランを同時に回避したレミリアは、そのまま、未完成におわった包囲網を尻目に、ギルティジャスティス本体へと向かう。

 

 その事に気付いたアステルも、迎え撃つべく身構える。

 

 だが、必勝の策が崩れた事で、アステルの動きに僅かな鈍りが見える。

 

 ビームサーベルを振り翳すギルティジャスティス。

 

 しかし、レミリアの動きは、それよりも速かった。

 

 振り上げるスパイラルデスティニーの腕に、光るパルマ・フィオキーナ。

 

 狙うは、サーベルを持つ拳。

 

 接触。

 

 次の瞬間、ギルティジャスティスの右腕は上腕部まで一気に打ち砕かれる。

 

「クソッ!?」

 

 焦るアステル。

 

 とっさに、体勢を立て直しながら、右足にビームブレードを展開。回し蹴りを繰り出す。

 

 だが、

 

 それすらも、レミリアは上回って見せた。

 

 刃が機体を捉える前に上昇して回避。同時に、連装レールガンを斉射して、ギルティジャスティスに砲撃を浴びせる。

 

 体勢を崩し、高度を下げるアステル。

 

 どうにか迎え撃とうと操縦桿を握り直した時、

 

 レミリアは既に自身の間合いに入っていた。

 

 腰からビームサーベルを抜刀するスパイラルデスティニー。

 

 振り下ろされた刃が、ギルティジャスティスの左腕を肩から切断する。

 

 最後のあがきとばかりに、アステルは脚部のビームブレードを繰り出すが、それよりも速く、レミリアは刃を返してギルティジャスティスの右足を大腿部から切断する。

 

 勝敗は、決した。

 

 

 

 

 

《・・・・・・・・・・・・殺せよ》

 

 オープン回線で放たれた言葉が、レミリアの鼓膜を震わせる。

 

 殺す。

 

 アステルを・・・・・・

 

 幼い時を共に過ごした幼馴染を殺す。

 

 そうしなくてはいけない。そうでなければアステルは、この先、何度でも自分の前に立ちはだかるだろう。

 

 好悪の問題ではない。

 

 アステル程、感情面がドライな人間をレミリアは知らない。彼は必要とあれば親でも友人でも殺す。昨日の味方であっても躊躇いはしない。

 

 殺さなくてはならない。今後、自分が生きていくうえで必要な事である。

 

 しかし、

 

 レミリアは武装を収めると、踵を返す。

 

《おいっ》

 

 抗議するようなアステルの声が聞こえて来るが、彼好みの対応をしてやるつもりは、レミリアにはさらさら無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・殺せるわけ、ないじゃん」

 

 ややあって、ポツリと返事をする。

 

 それに対するアステルの返事は無い。呆れているのか、それとも怒っているのか?

 

 レミリアとしては、どっちでも良かった。

 

 アステルをここで殺さなかった事で、この先後悔するかもしれない。という思いは無くは無いが、それでも殺して後悔するよりは、ずっとましだと思った。

 

「友達を殺せるほど、外道に堕ちたつもりはないよ」

 

 乾いた声で言った言葉に対し、アステルの返事は無い。

 

 レミリアはそのまま、アステルを置き去りにして飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とんだ計算違いだ。

 

 オーブ軍を預かるカンジ・シロサキ中将は、沈痛な面持ちで頭を抱えた。

 

 フロリダ会戦時、北米派遣軍を指揮した経験のある彼は、カーペンタリア条約締結後、見る影もない程に弱体化したオーブ軍の事実上の最高責任者として、どうにかこれまでやってきたのだ。

 

 彼自身は軍人としては「平凡」と言う評価を得ていたが、少ない予算をやりくりして、どうにかオーブ軍の戦力を維持してこれたのは、シロサキの手腕によるところが大きいだろう。

 

 今回の戦い、彼に出番はない物と考えられていた。

 

 そもそも、今のオーブ正規軍には碌な戦力は無い。保有艦艇は輸送船と掃海艇が数隻ある程度だし、保有機動兵器もモビルスーツが50機に、あとは旧来のVTOL機や戦闘機が大半である。

 

 実質的な「反乱軍」とは言え、かつてのオーブ軍主力が根こそぎ参加しているに等しい自由オーブ軍と正面から激突するのは愚の骨頂以外の何物でも無い。

 

 加えて、防衛を担当するプラント軍側からは、今回の戦いにおいてオーブ軍は後方支援に徹するように通達があった。

 

 シロサキとて純然たるオーブ軍人である。他国の軍隊から、居丈高にこのような命令をされる事は腹立たしい事この上無いのだが、それも致し方ない事である。今や、オーブの実質上の支配者はプラントなのだから。

 

 カーペンタリア条約以後、オーブが奪われたのは戦力だけではない。

 

 政治は全てプラントから派遣されてきた監督官によって牛耳られ、経済はプラント支援の方向で切り換えられている。また、国民は重い重税にあえいでいる。

 

 この分では、今年の冬は持ち越せても、来年の冬には餓死者が出る事も避けられないのでは、と考えられた。

 

 しかし、それに対して抗議する力も、権利も、オーブには無かった。

 

 公的にはオーブは、共和連合を裏切って敵と内通した反逆者となっている。今のオーブにおける現状は、いわばその為のペナルティーのような物なのだ。

 

 故に、シロサキは自身の不満を腹の内に収め、黙々と与えられた任務を果たす事に専念するしかなかった。

 

 だが、

 

 そんな状況が、僅か数時間で逆転しようとしていた。

 

 自由オーブ軍が行った無茶その物の作戦は、しかしプラント軍の戦力を大きく打ち砕き、支配者の地位から転落させるのに充分な物だった。

 

 高空から降り注いだ炎の嵐はプラント軍の戦線を、一瞬にして崩壊させてしまったのだ。

 

 大半の戦力を失ったプラント軍は、今や防戦すらままならず散り散りになっている有様である。

 

 そして、

 

 そこへ勝敗を決するべく、白亜の巨艦がヤラファスの海岸線へと突っ込んで来ようとしていた。

 

「アークエンジェル・・・・・・・・・・・・」

 

 そのシルエットを知る1人の幕僚が、呆然として呟きを漏らす。

 

 アークエンジェル。

 

 かつて、オーブ軍の名の元で各地を転戦し、多くの戦いに勝利した伝説の不沈艦。

 

 オーブ軍にとっての勝利の象徴。

 

 それが今、敵艦となってオーブに攻め込もうとしていた。

 

 その時、

 

《前方に展開中のオーブ軍に告げる》

 

 スピーカー越しに、凛とした女性の声が聞こえてきた。

 

 気品が溢れながらも、どこか野性味を感じさせる魅力的な声で。ただそこにいるだけで、背筋が伸びるような力が込められている気がする。

 

《私の名はカガリ・ユラ・アスハ。かつて、この国の代表をしていた事もある者だ。今は故あって自由オーブ軍と行動を共にしている》

 

 カガリの名は、流石に知っている者も多かった。

 

 旧オーブ連合首長国最後の代表であり、共和国建国の母。ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役、カーディナル戦役を戦い抜いた英雄である。

 

 いわば、オーブにとっては象徴とも言える人物である。

 

《私達は、あなた達と戦う気は無い。ただ、国を取り戻し、国民を解放したいと願って、ここにやって来た》

 

 カガリの言葉は真摯な物で、誰の胸にも響き渡るような存在感がある。

 

 だが、残念ながら、その言葉が真実であると言う保証はどこにも無いし、確かめるすべもない。

 

 シロサキは迷っていた。

 

 自身の今の立場を考えれば、すぐにでも攻撃命令を下すべきだろう。相手は逆賊。「今の」オーブに仇を成そうとする存在に過ぎない。

 

 たとえ敵わずとも抵抗の意志を見せ、オーブ人としての誇りを刻むべきかもしれない。

 

 そこへ、追い打ちをかけるように、カガリは告げる。

 

《警告は一度きりだ。諸君等が抵抗の意志を示した時点で、我々は即座に攻撃する用意がある。以後の申し出には一切応じる用意は無いと思って欲しい・・・・・・・・・・・・すまない》

 

 最後の一言には、まさにカガリの祈るような気持ちが込められていた。

 

 どうか抵抗しないでくれ。

 

 どうか、我々を行かせてくれ。

 

 そんな思いが伝わってくる。

 

 いよいよ、シロサキは追い詰められた。

 

 理性は、オーブ防衛の為に、今すぐ攻撃を開始すべき、と言っている。

 

 しかし、感情面では、カガリに加担したいと言っている。

 

 彼とて、唯々諾々と従ってはいても、現状のオーブの在り方に不満が無い訳ではない。国民を解放し、元のオーブに戻りたいと言う思いはあった。

 

 だが、もしここで、仮に自由オーブ軍が勝って解放されても、そこで戦争が終わるとは思えない。プラントは、必ずや報復行動に出るだろう。

 

 ここを乗り切っても、待っているのは世界最大の国家との全面戦争である。そして、その戦争にオーブが勝てるとも思えない。

 

 ならば、ここでオーブの誠意を示しておき、戦争以後のオーブ・プラント間の関係を保つ一助となる事も必要なのではなかろうか。

 

 そう考えるシロサキ。

 

 手はゆっくりと、振り上げられる。

 

 そのまま、攻撃開始の命令を下そうとした。

 

 次の瞬間、

 

「味方、突出します!!」

 

 オペレーターからの声に、思わずハッとなって動きを止める。

 

 煮え切らないシロサキの判断に業を煮やした一部の味方が、先走る形でアークエンジェルへと向かったのだ。

 

「いかんッ!!」

 

 思わず振り上げた手を降ろすのも忘れて、シロサキは叫ぶ。

 

 このままでは、無秩序な戦闘に突入し、何の益も無いまま終わってしまう。

 

 倒れるとしても、オーブと言う国の為、国民の為、有意義な倒れ方をしなくては何の意味も無い。犬死は、軍人の死に方としては最低の死に方である。

 

 だが、もうどうにもならない。

 

 先走った味方が、カガリが乗ると思われる深紅のイザヨイへと向かっていく。

 

 迎え撃つように、カガリを守るレイとルナマリアも武装を構えた。

 

 今にも攻撃が開始される。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 駆け抜けた炎の翼が、戦線を斬り裂く。

 

 手にした巨大な剣が数度に渡って奔り、今にも攻撃を開始しようとしていたオーブ軍の機体から、武装を弾き飛ばした。

 

《そこまでだ、オーブ軍。抵抗するな!!》

 

 雄々しく4枚の炎の翼を広げた機体。

 

 オーブ製のデスティニー級機動兵器であるギャラクシーを駆って戦場に駆け付けたのは、オーブの守護者シン・アスカ。

 

 一軍を相手にして尚、怯む事の無い存在を相手に、弱体化したオーブ軍は物の数ではない。

 

 今も、手にしたドウジギリ対艦刀を振り翳して威圧している。ただそれだけで、誰もがすくみ上る思いだった。

 

《ここは俺が抑える。カガリは行政府へ行けッ この戦いを終わらせるんだ!!》

《すまないッ シン!!》

 

 友人の援護に感謝しながら、カガリはアークエンジェルと2機のエクレールを従えて進んで行く。

 

 それに襲い掛かろうとするオーブ軍機の姿もあったが、その全てをシンは、ドウジギリを振るって牽制し、一歩たりとも前へは進ませなかった。

 

 悠然と通過していく白亜の巨艦と、かつての主君。

 

 それを、オーブ軍の皆は、ただ呆然と見守る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 巨大な腕が旋回すると、炎の翼が羽ばたいてそれを回避する

 

 ディスピアの攻撃を、蒼い翼のクロスファイアは回避すると同時に、ビームライフルとレールガンを斉射して砲撃を叩き付ける

 

 対してクライブは、その攻撃を回避し、あるいは背部の巨大腕で受け止めながら前へと進む。

 

 振るわれる巨大な鉤爪を、キラは沈み込むようにして回避。同時に抜き放ったビームサーベルを、鋭く斬り上げる。

 

 対してクライブは、ビームシールドを展開してクロスファイアの斬撃を防ぎ止める。

 

 発する火花が視界を白色に染める。

 

「それにしても、良く生きていたな!!」

 

 鍔競り合いを繰り返しながら、キラは言外に「迷惑だ」と言う思いを込めて言葉を投げる。

 

 とは言え、そのようなキラの感情をクライブが考慮するはずも無かった。

 

《良い時代になったもんだよなー!! 死んだ人間すら生き返らせられるんだからよォ!!》

 

 あのヤキン・ドゥーエ要塞での決戦の折、キラが放った攻撃は、確かにクライブの機体を貫いた。

 

 その後、ヤキン・ドゥーエの爆発に巻き込まれた事を考えれば、クライブが生きている可能性は皆無に等しいはずだったのだが。

 

 しかし、クライブは生きていた。

 

 身体の半分近く失い瀕死の重傷を負いながら漂流していたクライブだったが、辛うじて命を長らえた。

 

 瀕死の彼を拾ったのは、PⅡだった。

 

 当時、既に世界に情報網を張り巡らせて暗躍を始めていたPⅡは、クライブの存在を知り興味を持った。

 

 そこで、彼に再生治療を施して、文字通り復活させたのである。

 

《実際の話、インプラントってのは便利だよッ 馴染むまでが面倒くせェが、生の体よりも調子いいくらいだよッ!!》

 

 今のクライブは、体の大半を人工物に取り換える事によって生きながらえている状態である。

 

 CE世代に入って飛躍的に向上した医療技術は、再生治療の分野においても示されている。

 

 その成果は、今まさに猛威を振るっているクライブを見れば一目瞭然だろう。

 

 クライブ自身、自身を救い治療を施してくれたPⅡに対して感謝もしている。彼に協力しているのは、要するにそう言う理由からだった。

 

 クライブはビームサーベルを抜き放つと、スラスター全開で斬り込んでくる。

 

 対抗するように、キラも機体をDモードに変化させると、光学幻像を引きながら攻撃を回避。同時にブリューナク対艦刀を振り翳して斬り結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント軍の劣勢は、いよいよ確実な物となりつつあった。

 

 既に指揮系統がまともに機能している部隊は皆無であり、兵士達は孤軍奮闘に自分達の命運を委ねざるを得ないでいる。

 

 そうなると、少数とは言え軍の体裁を維持しているオーブ軍の敵ではない。

 

 秩序だった連繋で攻め寄せてくるオーブ軍に対し、絶望的な奮戦するプラント軍の兵士達は、徐々に散り散りになりながら後退していく以外に無かった。

 

 敗勢濃厚なプラント軍と、一気呵成に攻勢に出るオーブ軍の戦いは最終局面を迎えつつある。

 

 そんな中、

 

 ついに、

 

 この2人が戦場で対峙した。

 

 

 

 

 

 ティルフィングを振るい、ガルムドーガ1機を斬り捨てたヒカルは、センサーに、急速に接近しようとしている機体がある事に気が付いた。

 

 そのスピードから、相手が量産型ではない事はすぐに気付く。

 

「こいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 乱戦の際、カノンともはぐれてしまい、今はエターナルフリーダムの周囲に味方はいない。

 

 自身の予想が外れている事を祈りつつ、エターナルフリーダムを振り返らせる。

 

 だが、

 

 希望はあっさりと覆された。

 

 蒼天にも鮮やかな深紅の翼を広げ、スパイラルデスティニーが向かってくる。

 

 それを見た瞬間、

 

 ヒカルはついに、レミリアとの対決が不可避の物となった事を悟った。

 

 レミリアの方でも、エターナルフリーダムに気付いたのだろう。ゆっくりと速度を落とし、滞空するような形で正面に停止した。

 

《ヒカル・・・・・・・・・・・・》

「レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 互いに名を呼び合って、向かい合う。

 

 2人の間に、ほんの一瞬だけ、他とは違う空気が流れる。

 

 惹かれ合い、遠くにいて尚、思いを通わせながら、ついに、この最果てまで至ってしまったヒカルとレミリア。

 

 ここが終点だ。

 

 これより先に道は無く、後にはただ、奈落が待ち受けるのみ。

 

 生き残るのは1人。

 

 踏みとどまるのは1人だけ。もう片方は、転落する運命を既に刻まれている。

 

「・・・・・・・・・・・・どうにか、できなかったのかよ?」

 

 堪らずに、ヒカルは尋ねた。

 

 これまで何度も、ヒカルはレミリアに手を伸ばした。

 

 一緒に来いと何度も言った。

 

 だが、レミリアは、ついにヒカルを選ぶ事は無かったのだ。

 

《・・・・・・・・・・・・お姉ちゃんがね、人質にされているんだ》

 

 ややあって、レミリアも返す。

 

《ボクが負けたら、奴等はお姉ちゃんを殺す。裏切っても殺す。北米統一戦線が壊滅した時点で、ボクの運命はこうなる事は決まっていたんだよ》

 

 運命。

 

 結局のところ、レミリアは己を縛る鎖を断ち切る事ができず、運命の命ずるままに、ここまで引きずられてきたのだ。

 

 一方のヒカルはと言えば、己の枷を強引に食いちぎり、常に流れに逆らう事でここまでやって来た。

 

 自分にできない事を成したからこそ、レミリアはヒカルに惹かれたのだ。

 

 一方のヒカルもまた、そんなレミリアを追い求め、救いたいと願ううちに、彼女に惹かれて行った。

 

 互いの想いは、通い合っている。

 

 しかしそれでも尚、2人が交わす物は愛ではなく剣である所は、悲劇以外の何物でも無いだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・もう、引き返せないのかよ?」

《・・・・・・・・・・・・うん。ごめん》

 

 言葉は、自分達の運命を再確認する。引き返すくらいなら、互いにこんな所にまで来たりはしないだろう。

 

 言いながら、ヒカルとレミリアは互いにビームサーベルを抜いて構える。

 

 互いにここに来るまでに、だいぶ消耗している。

 

 エターナルフリーダムはここまで、テュポーン、エキドナ、クリムゾンカラミティと交戦する事で、高周波振動ブレード2基、ビームライフル2基、バラエーナ1基を失っている。

 

 一方のスパイラルデスティニーもギルティジャスティスとの交戦で、ドラグーン5基、ビームライフル1基、ミストルティン2基を失っている。

 

 互いに万全ではない。

 

 だが、機体本体の損傷は皆無に等しく、両者とも未だに全力発揮は可能な状態だ。

 

 翼を広げる。

 

 蒼き12枚の翼と、紅き炎の翼。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルとレミリアは、己が守るべき物を守るために激突した。

 

 

 

 

 

 仕掛けたのは、レミリアが先だった。

 

 機体を旋回させながらビームライフルを斉射。向かってくるエターナルフリーダムに向けてビームを放つ。

 

 対して、ヒカルは攻撃をスクリーミングニンバスで防ぎながら、距離を詰めて斬り込む。

 

 既に両者、瞳にはSEEDの輝きがある。

 

 条件は同じ。

 

 否、エクシード・システムの支援がある以上、僅かにヒカルの方が有利に思えるのだが、

 

 詰まる、両者の距離。

 

 しかし、ヒカルが接近する前に、レミリアは次の手を打った。

 

 3連装バラエーナと、連装レールガンを跳ね上げて、10連装フルバーストを敢行する。

 

 消耗して尚、その火力は絶大。エターナルフリーダムの3倍以上を誇っている。

 

 回避するヒカル。しかし、体勢が崩れた。

 

 そこへ、レミリアが斬り込む。

 

 光学幻像を駆使してヒカルの視界を攪乱しつつ接近。ビームサーベルを振り翳す。

 

 迫る刃。

 

 しかし、一瞬早く、ヒカルが反応した。

 

 光刃を横滑りして回避しつつ、レールガンを斉射。

 

 驚いた事に、殆ど零距離から放ったにもかかわらず、レミリアは回避して見せた。

 

「クッ!?」

 

 まさかかわされるとは思ってい無かったヒカルは、悪態をつきながら追いすがる。

 

 向かってくるエターナルフリーダムの鼻っ面目がけて、レミリアは3連装バラエーナによる砲撃を仕掛ける。

 

 対してヒカルは、とっさに沈み込むようにして高度を落としながら回避すると、次いで急接近し、斬り上げるように剣閃を振るった。

 

 その攻撃を、シールドを展開して受けるレミリア。

 

 同時に、残っていた3基のドラグーンを飛ばし、エターナルフリーダムへ包囲攻撃を仕掛けに掛かる。

 

 舌打ちしながら後退するヒカル。

 

 今のエターナルフリーダムは、ビームライフルを失っている状態である。速射ができる武装が減っている状態で、ドラグーンを相手取るのは流石にしんどい。

 

 だが、それでもヒカルは、どうにか後退して距離を取ると、残るバラエーナ1基と、レールガンで3連装フルバーストを形成し、追撃してくるドラグーンを迎撃する。

 

 レールガンの放つ砲撃がドラグーン1基の破壊を確認すると、強引にねじ込む形で距離を詰めに掛かる。

 

 対抗するように、レミリアもビームサーベルを構える。

 

 振るわれる刃。

 

 ぶつかり合う両者。

 

《アハハ、懐かしいね!!》

 

 火花を散らしながら、レミリアが笑いながら声を掛ける。

 

《士官学校時代は、こうやって毎日、シュミレーターで模擬戦を繰り返したっけ!?》

「そうだったな!!」

 

 ヒカルも、笑いながら応じる。

 

 その脳裏に浮かぶ、今はもう戻る事の出来ない輝かしい日々。

 

 2人にとって、あの時ほど穏やかに流れた時間は無かっただろうし、今後訪れる可能性も皆無だ。

 

 だが、この一時だけは、ヒカルも、そしてレミリアも、あの時に戻ったかのような懐かしい感覚に身を委ねている。

 

「あれは楽しかったな!!」

《ボク達2人でやりすぎて、他のみんなに顰蹙買ったっけ!?》

 

 互いの刃を盾で弾き、切り返してきた光刃を回避する。

 

「カノンの暴走に巻き込まれて、3人で一緒に罰掃除やらされたり!!」

 

 ヒカルが繰り出す剣を、レミリアは回避、同時に連装レールガンを跳ね上げて砲撃を行う。

 

 対して、ヒカルは上昇して回避しつつ、更に距離を詰めようとする。

 

《ヒカルが寝坊したせいで、ボクまで連帯責任だって言われたりさッ》

「お前だって、筆記テストの時、解答欄全部ずらして書くとか、間抜けな事やってただろうが!!」

《だって、あの時は、徹夜して疲れてたから・・・・・・て言うか、何でさっきから失敗談義みたいになっている訳!?》

「そりゃ・・・・・・」

 

 楽しいからに決まっているだろ。

 

 ヒカルは己の感情を、包み隠さず言葉にして吐き出す。

 

 それに対して、

 

 レミリアも全くの同意だった。

 

 

 

 

 

 2人の会話を、カノンは僅かに離れた場所で聞き入っていた。

 

 囲まれたせいでヒカルと一時的にはぐれてしまったが、その後、カノンは敵を一掃してようやく追い付いてきたのである。

 

 だが、カノンが戦場に到着した時には既に、ヒカルとレミリアの戦いは始まってしまっていた。

 

 蒼空でぶつかり合う蒼と紅の翼。

 

 両者が入れ替わりながら剣を振るい続ける光景は、黙示録に記された大天使と魔王の激突を思わせる。

 

 だが、

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 2人の名を、カノンはそっと呟く。

 

 やはり、あの2人は惹かれあっている。

 

 今のカノンには、それが手に取るように判った。

 

 胸に去来するのは、ある種の疎外感。

 

 あの2人は自分が望んでも、決して届かない場所で戦っている。

 

 それは、ある種の「聖域」と言っても良かった。

 

 

 

 

 

 ドラグーンの放つ攻撃を、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールの機動力でもって回避する。

 

 同時に、エターナルフリーダムの手は、背部に装備したティルフィング対艦刀に伸びた。

 

 いい加減、流石に疲労の色が濃い。

 

 しかし、それでも尚、互いに負けられない思いがある以上、退くわけにはいかなかった。

 

 一方のレミリアも、流石に疲労は隠せずにいた。

 

 当初は優勢だったプラント軍も、戦線が崩壊して以後はレミリアに掛かる負担も増大している。そこに来て、アステル、ヒカルと、心身ともに疲れる相手と戦っているのだ。

 

 細身の少女には、ヒカル以上に疲労が積み重なろうとしていた。

 

 両者、もう、そう長くは戦えない。

 

 それが判っているからこそ、最後の勝負に出る。

 

 ティルフィングを振りかぶるエターナルフリーダム。

 

 対抗するように、スパイラルデスティニーは2基のドラグーンを射出し、更に全火砲を展開する。

 

 ヒカルは接近戦で、レミリアは砲撃戦で勝負を掛ける。

 

 先制したのはレミリア。

 

 高速で接近を図るエターナルフリーダムに、スパイラルデスティニーの砲撃を襲い掛かる。

 

 必中の意志と共に放たれる砲撃。

 

 対して、突撃中のエターナルフリーダムに回避は間に合わない。

 

 掠める砲撃が、左翼の6枚を吹き飛ばす。

 

 一瞬、崩れるバランス。

 

 しかし、それも一瞬だ。

 

 すぐにOSが補正を行い、翼の欠損で失われたバランス機能と機動性を残った右翼に移譲して回復を図る。

 

 全ての砲撃をすり抜けるヒカル。

 

 レミリアは、とっさにビームライフルの銃口を向けようとするが、その銃身を、一瞬早く振り抜かれたエターナルフリーダムのパルマ・エスパーダが斬り裂く。

 

 至近距離の爆発で互いの視界が焼かれる中、ヒカルは振り上げたティルフィングを真っ向から振り下ろす。

 

 だが、僅かにずれた間合いによって刃は正中を捉えきれず、スパイラルデスティニーの右翼を斬り裂くにとどまった。

 

 体勢が、大きく崩れるエターナルフリーダム。

 

 そこへ、勝負を掛けるべく、レミリアがパルマ・フィオキーナを振り翳す。

 

 スパイラルデスティニーの掌が、エターナルフリーダムの左腕を握りつぶす。

 

 対抗するように、ヒカルも残った右手のパルマ・エスパーダを起動して、突き出した状態のスパイラルデスティニーの右腕を斬り落とす。

 

 身体、精神、機体

 

 全てがボロボロ。

 

 それでも両者、最後の力を振り絞る。

 

「これでッ!!」

《最後だ!!》

 

 互いに、もはや武器を構える余裕はない。

 

 エターナルフリーダムはパルマ・エスパーダを、

 

 スパイラルデスティニーはパルマ・フィオキーナを、

 

 それぞれに振り翳して交錯する。

 

 次の瞬間、

 

 スパイラルデスティニーの掌が、エターナルフリーダムの頭部を破壊する。

 

 対して、

 

 エターナルフリーダムの刃は、スパイラルデスティニーの脇腹を抉る。

 

 次の瞬間、両者は互いに力尽きるように、

 

 もつれ合いながら眼下の海へと落下していった。

 

 

 

 

 

PHASE-43「最果てで交差する蒼紅の翼」      終わり

 



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PHASE-44「全ては、うたかたの夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《私の声が聞こえますか? 私の名は、カガリ・ユラ・アスハ。かつて、この国の国家元首を務めさせていただいた者です。今は故あって、自由オーブ軍と行動を共にしています。

 

 どうか、心ある方は私の話を聞いてほしい。

 

 我々は、あなた方と戦いたくて来た訳ではない。

 

 我々の願いはただ一つ。祖国オーブが、かつてのように誇りある独立した国家として、この世界の中で歩んで行く事にある。

 

 自由オーブ軍の皆は、ただそれだけを願い、ここまでやって来たのです。

 

 皆さん、国は大事です。誰でも、自分が住む家を守りたいと思うのは当然の事です。

 

 しかし今、その家を、他の者が土足で踏み荒し、好き勝手に壊して持ち去ろうとしています。

 

 それを許せるでしょうか?

 

 否、

 

 断じて否です。

 

 故にこそ、戦わねばなりません。オーブを・・・・・・私達のオーブを取り戻すために。

 

 皆さん、どうかお願いします。

 

 迷惑だと思う方もいるでしょう。

 

 私達の事を疎ましく思う方も大勢いる事でしょう。

 

 しかし、それらを承知し、全て呑み込んだ上で、わたくし、カガリ・ユラ・アスハの名のもとにお願いします。

 

 どうか、力を貸してください。

 

 私達の国、オーブ共和国を取り戻すために》

 

 行政府から発せられたカガリの声は、オーブ全域に染み渡るようにして広がって行った。

 

 

 

 

 

 波打ち際に擱座した2体のモビルスーツは、互いの寄り添うようにして力尽きていた。

 

 機体の半ばを打ち寄せる波に洗われ、ピクリとも動かないさまは、気絶しているようにも見える。

 

 エターナルフリーダムの方は、左翼と左腕、頭部を欠損している。

 

 一方のスパイラルデスティニーは、右腕と右翼を欠損し、左わき腹が大きく抉られている。

 

 両者、判定大破の損害であり、もはやまともに動く事すらできないであろう事は、明々白々であった。

 

 と、エターナルフリーダムのハッチが内側から強制解放され、中からパイロットスーツを着た人影が這い出してきた。

 

「あ~クソッ 身体がイテェ!!」

 

 苛立つように叫びながら、ヒカルはヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てた。

 

 汗をかき、額に張り付いた髪を強引に振り払うと、すぐさま、視線を傍らに倒れているスパイラルデスティニーに向けた。

 

 2機をここまで運んできたのはヒカルである。

 

 かなり苦労した。

 

 頭部を破壊されたエターナルフリーダムはNジャマー・キャンセラーも失って居る為、もはや核エンジンは殆ど稼働しない状態である。それでも、機体内部に残ったバッテリーを節約し、サイクルさせる事でどうにか動かしたのだ。いわばダマシ運転である。

 

 対して、スパイラルデスティニーの方は、完全に動力が停止している。

 

 腹部を破壊された事で、エンジンが暴発する可能性を懸念したレミリアが、とっさに原子炉緊急停止の操作を行ったのである。

 

 これにより、スパイラルデスティニーは完全に動力を停止し、今や指一本動かす事ができない状態である。

 

 ヒカルは機体伝いに歩くと、接触している互いの肩部分に足を掛けて、相手の機体へと乗り移る。

 

 コックピットハッチの場所まで苦労してたどり着くと、外部強制解放用のレバーを引き、ハッチを開いた。

 

 重苦しい音と共に、開かれるハッチ。

 

 同時に、ヒカルは中を覗き込んだ。

 

「おい、レミリア、無事か!?」

 

 中から返事は無い。

 

 一瞬、嫌な予感がしたが、すぐに否定する。

 

 互いに墜落はしたものの、コックピットの中にいて死ぬような衝撃ではなかったはず。

 

 それにレミリアは、ヒカルの攻撃を受けた直後、原子炉閉鎖措置を行っている。つまり、生きていると言う事だ。

 

「レミリア!!」

 

 再度、力強く呼びかける。

 

 すると、

 

「・・・・・・・・・・・・ヒ、カル?」

 

 かすかに返事があった。

 

 

 

 

 

 闇の中で、レミリアは、1人彷徨っていた。

 

 寒い・・・・・・・・・・・・

 

 暗くて何も見えない・・・・・・・・・・・・

 

 孤独は嫌。

 

 1人は嫌なのに。

 

 けど、誰もレミリアを助けてはくれない。

 

 レミリアは、どこまで行っても1人。孤独と言う地獄の中を彷徨い続けている。

 

 助けてッ

 

 誰か助けてよ!!

 

 叫ぶ声は、誰にも届かない。

 

 絶望が足首を掴み、引きずり倒される。

 

 無様に転ぶ地面を、ヘドロのような闇が覆い尽くし飲み込んで行く。

 

 もがいてももがいても、ただ沈んで行く事しかできない。

 

 やがて、泥は首にまで達し、とうとう顔にへばりついてきた。

 

 息が苦しくなり、意識が遠のいていく。

 

 ああ、

 

 ボクは、ここで死ぬのか・・・・・・・・・・・・

 

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《レミリア!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力強い声に呼ばれて、意識が強引に引き戻される。

 

 闇の世界に差し込む、強烈な光が、レミリアの視界を焼く。

 

 差し伸べられる手は、真っ直ぐに向けられてくる。

 

 その手を、レミリアが躊躇いがちに掴むと、一気に引き上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルはレミリアを支えながら機体の上から降りると、そのまま砂浜まで運んで行き、そこで力尽きた。

 

 お互い、並んで砂浜に寝転がる。

 

 荒い息のまま横たわっている2人。

 

 既に、戦闘による騒音も聞こえる事は無く、ただ打ち寄せる波の音だけが2人の鼓膜を優しくくすぐっていた。

 

 と、

 

 傍らからすすり泣く声が聞こえ、ヒカルは思わず顔を上げた。

 

「レミリア?」

 

 目を向けると、レミリアは自分の目を覆い隠して泣いていた。

 

「・・・・・・・・・・・・れな、かった」

「え?」

 

 かすれ気味に聞こえてくる声に、ヒカルは聞き入る。

 

「まもれな、かった・・・・・・ボクは、何も守れなかった・・・・・・結局・・・・・・」

 

 かつての仲間も、大切な姉も、何もかも、守ろうとするレミリアの手から零れて落ちてしまった。

 

「ヒカル・・・・・・君と戦ってまで、選んだ道だっていうのに・・・・・・・ボクは・・・・・・」

 

 イリアは恐らく殺される。かつて、レミリアの仲間と同じく、まるで虫けらのように。

 

 そして最早、レミリアにはそれを止める力は無かった。

 

 姉を殺されるのを、ただ指を咥えて見ている事しかできない。

 

 全てが、終わってしまったのだ。

 

 だが、

 

「馬鹿野郎!!」

 

 ヒカルはレミリアの胸ぐらをつかむと、強引に起き上がらせて顔を近づける。

 

「ひ、ヒカル?」

「簡単に諦めてんじゃねえよ!! お前、ずっと頑張って来たんだろッ 姉貴守って、たった1人で戦ってきたんだろ!!」

 

 ヒカルの声が、頬を張るような力強さでレミリアに叩き付けられる。

 

 痛みを伴うかのような声は、絶望の深みに陥り諦めかけていたレミリアの心を、遠慮も容赦なく強引に引っ張り上げていく。

 

「今度は、俺が一緒に戦ってやるよッ お前の姉ちゃん取り戻すの、手伝ってやるからよ!!」

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

「だから、諦めるんじゃねえよッ もう一回立ち上がって見せろよ」

 

 ああ、いつも通りのヒカルだ。

 

 レミリアは、今まで冷え切っていた心に、温かい光が宿ったかのような、そんな感覚を覚えた。

 

 ヒカルの声は、絶望の淵に堕ちようとしていたレミリアを、見事に引き上げたのだ。

 

「本当に・・・・・・手伝ってくれるの?」

 

 知らず、レミリアの顔からは、涙が零れ落ちる。

 

 覆い尽くす闇に、全て絶望していたレミリア。

 

 そんな彼女が、希望に満ちた光の世界に、ヒカルは引き戻そうとしている。

 

 今度こそ、

 

 今度こそ、この優しい人の手を取ろう。

 

 そうすれば、きっと全て上手く行く。

 

 レミリアは、そう考えて手を伸ばそうとした。

 

 その時、

 

「悪いが、そこまでだッ」

 

 悪意に満ちた声が、2人の思考を中断させた。

 

 振り返った先には、銃を構えて歩いてくる人影がある。

 

「レオス、お前・・・・・・・・・・・・」

 

 直接顔を合わせるのは久しぶりになるが、裏切ったかつての仲間を見忘れる訳が無かった。

 

 流石に無傷ではなく、あちこちに傷を負っているが、それでもぎらぎらと殺気に満ちた目でヒカル達を睨みつけていた。

 

「うはー あれが魔王様? やだ、ちょっと可愛いんだけど」

「まだガキじゃないか。こんな奴にやられていたかと思うと、我ながら腹が立つな」

 

 そのレオスの背後に立った一組の男女が、ヒカルを見て可笑しそうに笑みを向けてくる。

 

 こちらは初対面となるが、声を聴いてすぐに判った。あの、何度も交戦した経験のある、2機の異形のパイロットだと。

 

 リーブス兄妹を従えたレオスは、拳銃を油断なくヒカル達に向けてくる。

 

 対して、ヒカルは背後のレミリア庇うようにして、前へと出た。

 

「・・・・・・・・・・・・お前等、いったい何しに来たんだよ?」

 

 警戒心をあらわにするヒカルに対し、レオスは余裕の笑みを浮かべながら答える。

 

「なに。このまま、お前1人にやられっぱなしで逃げ帰ったんじゃ、流石に面目は丸つぶれだからな。ちょっとばかり、帳尻合わせをさせてもらおうと思ったのさ」

 

 言ってから、銃口をヒカルに向ける。

 

「モビルスーツ戦では負けたが、当の魔王自身を討ち取ったとなれば、収支はプラスになるだろうからな。ついでに言うと、その娘にはまだ利用価値があるからな。連れて行かれちゃ困るんだよ」

 

 つまり、ヒカルを殺して、レミリアは再び連れて行く気なのだ。

 

 どうする?

 

 ヒカルは必死になって、頭の中で策を練る。

 

 相手は3人。流石に全員を相手取るのは難しい。加えてヒカルもレミリアも、戦いで疲れ果て、傷ついている。まともに戦えば負けは必定。

 

 完全に八方ふさがりである。

 

 そして、

 

 リミットは無情に時を刻んだ。

 

「じゃあな、ヒカル」

 

 トリガーを、あっさりと引き絞るレオス。

 

 吐き出される弾丸は亜音速で飛来し、一瞬にして標的を捉えるだろう。

 

 弾丸が到達する。

 

 次の瞬間、

 

 背後にいたレミリアが、強引にヒカルを突き飛ばして前へと出る。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 一瞬、唖然とするヒカル。

 

 対して、

 

 レミリアは、優しくヒカルに笑いかける。

 

「ありがとう、ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 次の瞬間、

 

 弾丸は、レミリアの胸を貫いた。

 

 

 

 

 

「すまない・・・・・・・・・・・・もう一度、言ってくれないか?」

 

 イリアと対峙したアスランは、驚愕の眼差しを張り付けたまま、確認するように身を乗り出す。

 

 イリアが告げた「真実」。

 

 それはアスランの予想を大きく上回っていた。

 

 今さらながらアスランは、グルック派がなぜ、レミリアの情報をトップシークレット扱いにして隠し続けたのか理解していた。

 

 事は、プラントの内部の事情だけに留まるレベルではない。下手をすると、今後の歴史すら変えかねない、最強にして最悪のワイルドカード。それが、レミリア・バニッシュと言う存在だった。

 

「レミリアを産み出す際、アンブレアス・グルックは、一つの条件を、私の両親に提示しました。それは、『ある人物』の遺伝子情報を基にして、作り出すと言う事です。恐らく、将来的には、その人物をある種の象徴のような扱いをする心算だったのでしょう」

 

 イリアの目は、驚愕するアスランを真っ直ぐに見据えて言った。

 

「その人物こそが、かつてのプラント最高議長であり、共和連合の象徴とも言うべき人物、ラクス・クラインだったのです」

 

 再び、ハンマーで殴られたような衝撃が、アスランを貫いていく。

 

 ラクスの遺伝子を受け継いだ人物。

 

 ただそれだけで、世界に与える影響力は計り知れないだろう。

 

 象徴的な力だけで、世界を一変するに足るのは間違いない。

 

「ラクス・クラインの遺伝子を用いて、更に、以前、別の研究機関が成功したと言う『最高のコーディネイター』を開発した技術を流用する形で生み出された女の子。それが、レミリアなんです」

 

 と言う事は、厳密に言えばレミリアはラクスのクローンでは無く・・・・・・

 

「じゃあ、レミリアは、つまり・・・・・・・・・・・・」

「はい」

 

 アスランの言葉の先を察し、イリアは頷く。

 

「公的な記録によれば、ラクス・クラインに実子はいません。しかしもし、仮に遺伝子上の血縁を認めると言うのであれば、あの子・・・・・・レミリア・バニッシュ、いえ、レミリア・クラインこそが、ラクス・クラインの『娘』と言う事になります」

 

 言い終わってから、イリアは両手を顔に当てて泣き崩れる。

 

「私は・・・・・・罪深い女です。本当なら、もっと早く、レミリアに真実を伝えるべきだった。そうすれば、あの子がこんなにも苦しむ事は無かったかもしれない。けど、あの子が私に向けてくれる優しさや愛情が心地よくて、それを失いたくなくて、今までズルズルと来てしまいました・・・・・・・・・・・・」

 

 泣き続けるイリア。

 

 それに対して、アスランは駆けてやる言葉が見つからない。

 

 事はあまりにも大きすぎて、アスランの胸一つに収める事は不可能だったのだ。

 

 だが、

 

 この時すでに、オーブの戦場において、事態は最悪の方向に流れてしまっている事を、

 

 遠くプラントにいる2人には、知る由すら無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロスファイアとディスピアの戦闘は、互いに決定打を奪えないまま、激しい激突を繰り返していた。

 

 キラが接近して剣を振るえば、クライブが回避運動を行いながら砲撃を浴びせてくる。

 

 その動きをエストが読んでキラに伝え、回避経路を導き出す。

 

「これでッ!!」

「終わり!!」

《甘ェ!!》

 

 互いにフルバーストを放つ両者。

 

 閃光が空中で激しくぶつかり合い、もたらされた衝撃が奔流となって海面を沸騰させる。

 

 晴れる閃光。

 

 すかさず、両者ともに動く。

 

 クライブが次の攻撃を行うべく、タルタロスとビームサーベルを構えた。

 

 次の瞬間、紅炎翼を羽ばたかせたDモードのクロスファイアが斬り込んで来た。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら、クライブは攻撃を諦めて回避運動に入る。

 

 袈裟懸けに振るわれた対艦刀の一撃を、上昇を掛ける事で辛うじて回避するクライブ。

 

 同時に複列位相砲による砲撃でクロスファイアを牽制する。

 

 迸る閃光を、キラは旋回しながら回避。同時に取り出したビームライフルで応戦する。

 

 その攻撃を、クライブもビームシールドを展開して防御する。

 

 互いに決定打を与える事ができない。

 

 そうしているうちに、クライブは、時間が来た事を悟って舌打ちした。

 

 既にプラント軍は壊滅。特殊作戦部隊も、クライブを除いて全滅した事は、シグナルがロスとしている事から考えて間違いない。

 

 これ以上戦っても、戦況を覆す要素足り得る事はできない。つまり、彼の戦争哲学から行けば、完全に無意味だった。

 

 勝利を前提にしてこそ、苦戦や死闘に意味はある。負け戦に拘泥して犬死するのは愚の骨頂だった。

 

《この勝負、預けるぜキラ!!》

「そんな、勝手を!!」

 

 またも、勝負を投げて逃げようとするクライブに対して、キラは背後から追いすがろうとする。

 

 だが、クライブはスラスターを全開にして逃走に入る。

 

 対して、キラは徐々に速度を緩めると、やがて耐空するように停止した。

 

 追いつく事は不可能ではないが、下手に追えば、却って深追いになる可能性もある。

 

 それに、プラント軍が体勢を立て直して逆襲に転じてくる可能性も捨てきれない以上、クロスファイアが戦線を離れる事は許されなかった。

 

「キラ」

「うん、判ってる。ここは一旦、みんなの所へ戻ろう。カガリたちがどうなったかも気になるし」

 

 声を掛けてきたエストにそう答えると、キラはクロスファイアを反転させて行政府のある本島へと向かって飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 崩れ落ちるレミリア。

 

 その光景が、ひどく現実味を欠いて、ヒカルの脳裏に刻みこまれる。

 

 いったい、何がどうなったのか?

 

 いや、起きた事を推察する事はできる。

 

 レオスが放った銃弾が、ヒカルを貫こうとした瞬間、とっさにレミリアが、ヒカルを突き飛ばして身代わりとなったのだ。

 

 だが頭が、

 

 心が、

 

 目の前で起きた事を理解するのを、かたくなに拒んでいるかのようだ。

 

 レミリアの体は、ひどくゆっくりと、まるでスロー画像を見ているかのように、静かに地面へと倒れ伏す。

 

 赤い液体が、真っ白な砂浜に広がり、滲んでいく。

 

 この事態は、レオスたちにも予想外の事だったのだろう。

 

 レオス、フレッド、フィリアがそれぞれ、驚愕の眼差しを向けているのが見える。

 

 そんな彼等に構う事無く、ヒカルは倒れたレミリアを抱き起した。

 

「レミリアッ おい、レミリア!!」

 

 揺り動かす体は驚くほど軽い。

 

 まるで、大切な何かが、彼女の体から零れ落ちてしまったかのようだ。

 

 そんなヒカルに、レオスは再度、銃口を向けようとする。

 

 しかし、その時、背後から複数の足音が向かってくるのが見えた。

 

 更に、上空には戦闘機形態のイザヨイが舞っているのも見える。これは、カノンの機体である。

 

 ヒカルとレミリアが揃って墜落したのを確認したカノンが、大和に連絡して回収部隊の出動を要請したのだ。

 

 レオスたちが聞いたのは、その回収部隊の足音である。

 

「チッ 退くぞ」

 

 そう言うとレオスは、リーブス兄妹を引き連れて踵を返す。

 

 グズグズしていたら、敵に囲まれて形勢は不利になる。そう判断したレオスは、リーブス兄妹を引き連れて密林の中へと駆け去って行く。

 

 だが、ヒカルは、彼等には目もくれようとしなかった。

 

 ひたすら、自身の腕の中でぐったりしているレミリアに呼びかけ続ける。

 

「レミリア!! 目を開けろよッ お前、こんな所で死んでどうするんだよ!? これから一緒に戦うんだろ!? 姉ちゃんの事を助けに行くんだろ!? なのに・・・・・・」

 

 必死に呼びかけるヒカル。

 

 それに対し、

 

 レミリアはようやく、薄く瞼を持ち上げた。

 

 ぼやけて霞む視界の中、

 

 大好きな少年が、必死の形相で自分を見ているのが見える。

 

 知らず、口元に笑みが浮かぶ。

 

 望んでも望んでも、レミリアが決して得られなかった物。

 

 それが今、すぐ目の前にあった。

 

 ようやく手に入れた。

 

 もう、絶対に離さない。離したくない。

 

「・・・・・・・・・・・・ねえ、ヒカル」

 

 掠れる声を必死に紡いで、レミリアは話す。

 

 ずっとずっと、聞いてみたかった事があるのだ。この際だから、聞いてみようと思った。

 

「君の、あの戦い方・・・・・・・・・・・・」

 

 恐らく、不殺の戦い方の事を言っているのだろう。

 

 ヒカルの脳裏に、苦い思いがよぎる。

 

 レオスに、リーブス兄妹。彼等と戦った際も、ヒカルは不殺の戦いを捨てなかった。

 

 しかし、その結果がこれである。

 

 まさに、かつて父に指摘されたとおり、

 

 彼等を殺す覚悟を持たないまま、悪戯に不殺を行ったヒカルは今、自分にとって最も大切な物を失おうとしていた。

 

「あれって、もしかして・・・・・・ボクの為にしてくれたの?」

「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだよ」

 

 ヒカルは、零れる涙をこらえるようにして答えた。

 

 かつて、敵味方に分かれてしまったヒカルとレミリア。

 

 そんな悲劇を繰り返さない為、ヒカルは父の戦い方を独学で学び、不殺を身に着けた。

 

 しかし、結果としてそれが、一番に守りたかったレミリアの命を奪う事になるとは、皮肉以外の何物でも無かった。

 

 だが、

 

 そんなヒカルに対して、レミリアはニッコリと笑う。

 

「お願いだ、ヒカル・・・・・・君は、君の戦いを続けてほしい・・・・・・そして、ボクを救ってくれたみたいに、もっと多くの人を掬って欲しいんだ」

「そんな、レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 自分は彼女を救っていない。それどころか、傷付けてしまった。

 

 そう考えているヒカル。

 

 しかし、その考えを、レミリアは否定した。

 

 ヒカルは、あくまで自分を救ってくれたのだ、と。絶望の闇に沈もうとしていた自分を、光の世界に引っ張り上げてくれたのだ、と。

 

「ずっと、考えていたんだ。ボクの、人生って何だったんだろうかって・・・・・・ずっと戦いばっかりで・・・・・・辛い事ばっかりで・・・・・・楽しい事なんて何にもなかった・・・・・・・・・・・・」

 

 けどね、とレミリアは続ける。

 

「ヒカル・・・・・・君に出会えたことが、ボクにとっては唯一の希望だった気がする。君はボクには眩しくて、とても眩しくて・・・・・・だから、憧れた」

 

 言いながら、レミリアは最後の力を振り絞って、両手を伸ばし、ヒカルの頬に手を当てる。

 

「ヒカル・・・・・・ボクは・・・・・・君が、好きだ」

 

 そう言うと、そっと抱き寄せて、

 

 唇を重ねる。

 

 本当は、こんなことするべきじゃない。

 

 こんな事をしたら、優しいヒカルに、自分と言う存在を背負わせてしまう事になる。

 

 だが、それでも、レミリアは己の想いを、ヒカルに知ってほしかった。

 

 やがて、唇を離す。

 

 呆然と涙を浮かべ、一言も発する事ができないヒカル。

 

 そんなヒカルに対して、レミリアは、精いっぱいの力で微笑を浮かべる。

 

「お願い・・・・・・どうか・・・・・・ボクの、大、好きな、ヒカルの、ままで・・・・・・いて・・・・・・・・・・・・」

 

 視界が霞む。

 

 

 

 

 

 ああ、イヤだな・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 もう少しだけ、ヒカルの事を見ていたいのに・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 けど、もう時間が無い、か・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 まあ・・・・・・良いか・・・・・・

 

 

 

 

 

 最後に、自分の想いだけは、伝えられたし・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 返事を聞けなかった事は、残念・・・・・・

 

 

 

 

 

 だっ・・・・・・

 

 

 

 

 

 た、けど・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、レミリア・バニッシュは、

 

 己に課せられた運命を知る事も無く、

 

 18年と言う短い生涯を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 壊滅状態となり、更にカガリの演説が響き渡った事で、プラント軍は、利我に有らずとして、戦線を放棄して撤退していった。

 

 これにより、オーブは約2年ぶりに祖国を取り戻したのである。

 

 取りあえず、当面の間はカガリを首班とした暫定政権によって国政運営を行い、行く行くは正式な形で選挙を行い、政権移譲を行う予定である。

 

 それに対する国民の反応は様々で、カガリたちを歓迎する者、否定する者、様子見を決め込む者とに分かれている。

 

 しかし、プラント軍がオーブを放棄した以上、無駄な抵抗を試みようと言う物が現れる事無く、政変自体はスムーズに行われた。

 

 全てはこれからである。

 

 これから国内の勢力を統一し、挙国一致体制を整えてプラントに対抗していく必要がある。

 

 簡単な仕事ではないが、それをやり遂げない事には、全ては始らなかった。

 

 とは言え、

 

 この勝利によってオーブ軍が蒙った犠牲も、決して小さくは無かった。

 

 参加戦力の内、実に4割近くを喪失。機体の損耗は更に激しく、辛うじて帰還した機体の中にも、修理不能と判断された物が多く存在した。

 

 乾坤一擲の大勝負だったとはいえ、この一戦で自由オーブ軍を旗揚げして以来の戦力は、殆ど壊滅したと言って良いだろう。

 

 しかも悪い事に、戦争は今だ終結したとは言い難い。

 

 プラントは再び戦力をかき集めて反攻作戦を行うだろう。その戦いからオーブの国を守るために、戦力の再建は急務である。

 

 当面は、本国に残っていたオーブ正規軍を戦力に組み込み、更に傭兵の雇用などで戦力の水増しをする必要があるだろう。

 

「取りあえず、必要なのは今後の方針だ」

 

 主要メンバーを集めて、カガリは開口一番そう告げた。

 

 凛とした佇まいは、往年の代表首長時代に戻ったかのように溌剌としている。

 

 彼のギルバート・デュランダルを向こうに回して一歩も引かなかったカガリの存在は、自分達のリーダーとしてこの上なく頼もしかった。

 

 この場には今、彼女の他にも、キラ、ムウ、マリュー、シン、ラキヤ、シュウジ、アラン、リィスと言ったメンバーが顔を合わせている。

 

 その多くが軍人だが、今のカガリには、自身の脇を固める参謀役が不足している。その為、仲間達の意見を聞きながら、考えを纏めようとしているのだ。

 

「私達がこうして国を取り戻したのは喜ばしいが、これを黙って見逃す程、プラントは愚かじゃないだろう」

「だろうね。たぶん、近いうちに『奪還』とか言いながら攻めて来るだろ」

 

 ムウは、そう言って肩をすくめる。

 

 自分達の行為は、正にプラントの、と言うよりアンブレアス・グルックの横っ面に張り手を喰らわせたような物だ。これで黙るようなら、そもそも、あれほどの強硬路線を敷いたりしないだろう。

 

 それに対して、オーブ軍の残存戦力は、あまりにも微弱だった。

 

「その兆候は、すでに出ているよ」

 

 ラキヤはそう言うと、テレビのスイッチを入れる。

 

 そこには、世界全域に向かって流される、プラント国営放送の様子が映し出された。

 

《この度、我が勇壮なるプラント軍の将兵たちが、遠き異郷の地で、その尊い命を散らして行きました。その全ては、自由オーブ軍を名乗る悪逆非道なるテロリスト集団と、彼等が擁する過去の亡霊、アスハが齎した悲劇であります。彼等が行った事は時代を逆行させるが如き非道であり、断じて許されるべき物ではありません。散って行った勇敢なるプラント軍の将兵の為に、そして、この世界に恒久なる平和と、統一と、正義を示す為にも、我々は戦い続けなくてはならないのです。よって、わたくし、プラント最高評議会議長アンブレアス・グルックは、悪逆非道なるオーブ軍事政権に対し、宣戦布告する事を宣言いたしますッ そして、オーブが一日も早く正道に立ち返り、共に平和と繁栄の道を歩んでくれる事を願ってやみません!!》

 

 万雷の拍手が鳴り響き、賞賛の嵐がグルックへと浴びせられる。

 

 もはや、聞くに堪えないとばかりに、シンはリモコンを取ってテレビを切った。

 

「・・・・・・結局、私達がした事って何だったのかな」

 

 ポツリと、リィスが呟く。

 

 命がけで国を取り戻したと言うのに、まるでそれをあざ笑うかのように、戦争を続けようとする者達がいる。

 

 自分達はただ、行使して当然の権利を取り戻しただけだと言うのに。

 

 それに、

 

 リィスは自身の弟の事を思い出す。

 

 救出部隊に伴われて戻ってきたヒカルは、1人の少女の亡きがらを、腕に抱いていた。

 

 ヒカルは悄然としたまま、誰の呼びかけにも答える事は無かった。

 

 今も、死体安置室に置かれたレミリアの遺体と一緒にいる。一応、カノンについていてもらっているので、妙な気を起こす事は無いだろうが。

 

「・・・・・・・・・・・・せめて」

 

 それまで黙っていたマリューが、ポツリと口を開いた。

 

「せめて、ラクスさんが生きていてくれたら、もう少し状況は変わったのかしら?」

 

 誰もが、遠き過去に失われた「盟主」の存在に、思いを馳せずにはいられなかった。

 

 確かに、ラクス程の政治的手腕と指導力があれば、自分達がここまで追い込まれる事は無かっただろう。

 

 だが、

 

「ラクスは、もういない」

 

 かつての親友の顔を思い浮かべながら、カガリは断固とした口調で返す。

 

 ラクスはもう死んだ。その事実は覆す事はできない。

 

「だから、私達はラクスの分も、がんばって戦わなくちゃいけないんだ」

「そうだな。過去を見るのは後でもできる。今は、前に進まないと」

 

 一同の目に、再び闘志の燈火が光る。

 

 確かに、ラクスはもういない。

 

 だが、そんな事で諦めたのでは、彼女に対して申し訳ないと言う物だろう。

 

 と、

 

「あ~・・・・・・みんな?」

 

 歯切れ悪く口を挟んだのはキラだった。

 

 一同が視線を向ける中、キラは実に言いにくそう言葉を濁す。

 

「盛り上がっている所、まことに申し訳ないんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 そして、恐らくは、この男の人生において、最大級となるであろう爆弾発言をぶち上げた。

 

「そう言う事はさ、《本人》に直接ぶつけた方がいいんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

『        ハァァァァァァ!!!???        』

 

 

 

 

 

PHASE-44「全ては、うたかたの夢」      終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 第2部   完

 



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第3部 CE96
PHASE-01「最後の希望」


 

 

 

 

 

 

 

 

 燦々とした陽気が織りなす、南国の楽園。

 

 赤道にほど近い事から来る日差しの熱さは、正しく「常夏」と称して良いだろう。

 

 人の手に寄らず、神が作ったとしか言いようが無い、人跡未踏の自然。

 

 そこが今、人類の齎す戦場と化していた。

 

 蒼穹に、白い航跡を引きながら、複数の機動兵器が飛び交う。

 

 閃光が絡み合うように交錯し、時折、爆炎が躍るのが見えた。

 

 ここは戦場、この世の地獄。

 

 ただ存在するだけで、魂の髄までしゃぶり取られる魔物の顎。

 

 故にこそ、人は抗い続ける為に戦わねばならなかった。

 

 見える視界の先には、スタビライザーの炎を煌めかせて向かってくる機動兵器。

 

 カーペンタリアを発したプラント軍の部隊が、輸送機から飛び出して向かって来ているのだ。

 

 対抗するように、オーブ軍の迎撃部隊もまた、高度を上げて迎え撃つ体勢を整える。

 

 飛来したオーブ軍の機体は、全て「8枚の翼を広げた天使」の姿をしている。

 

 ORB-10A「セレスティフリーダム」

 

 文字通り、かつてのエターナルフリーダム、セレスティをベースに開発された量産型機動兵器である。

 

 とは言え、量産性を考慮して、オリジナルよりもだいぶコストダウンが図られている。

 

 エンジンはデュートリオンバッテリー駆動のみで、装甲も発泡金属性である。

 

 一応はフリーダム級機動兵器のカテゴリに入るが、同じクラスでディバインセイバーズが使用しているリバティなどとは性能的に見劣りせざるを得ない。

 

 しかし、この程度の機体であっても、今のオーブには高価すぎると言う批判があるくらいである。

 

 当初はリアディスの設計思想を受け継いだ機体、ORB-M1R「アストレイR」とトライアルが行われたが、結果的に4対1でセレスティフリーダムの方が性能的に優勢であり、かつ多数の武装が搭載可能な上、空中における機動性も高いと判断された事が、採用の要因となった。

 

 とは言え、充分な数のセレスティフリーダムを用意する事は難しい。

 

 そこで、アストレイRは一般兵士用に量産が開始され、セレスティフリーダムは精鋭部隊であるフリューゲル・ヴィント用に限定量産される事が決定した。

 

 その量産第一陣が本日、初陣として戦線加入していた。

 

 オーブ軍によるカーペンタリア包囲網が完成して既に3か月。しびれを切らしたプラント軍が攻勢に転じ、それを迎え撃つべくオーブ軍も出撃。

 

 両軍はサンゴ海上空で激突する事となった。

 

 距離が詰まる両軍。

 

 その時、オーブ軍の隊列から飛び出していく、1機のセレスティフリーダムの姿があった。

 

《ヒビキ二尉、突出し過ぎです!!》

 

 制止も聞かず、たった1機で敵陣へと突っ込んで行く。

 

 ヒカル・ヒビキは仲間を置き去りにして前へと出ると、両手のビームライフルと、両腰のレールガンを展開、4連装フルバーストを撃ち放つ。

 

 放たれた閃光が、接近を図るプラント軍の機体を直撃。手足や頭部を吹き飛ばす。

 

 戦線が崩れる中、ヒカルは更にビームライフルを連射。近付こうとする複数の機体の手足や頭部を破壊して戦闘力を奪う。

 

 瞬く間に陣形を崩されるプラント軍。

 

 両者の距離が縮まり、プラント軍は速度を上げて斬り込んでくる。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜いて斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 熾烈を極めたオーブ攻防戦から、既に半年の時間が経過していたが、本国奪還に成功した翌月には、オーブ軍は次の行動を起こしていた。

 

 誰もが予想しなかったオーブ軍の迅速な行動。

 

 稼働可能な全兵力を、マスドライバー・カグヤを用いて宇宙空間に上げ、アシハラ奪還のための軍事行動を起こした。

 

 それに対して、プラント軍の動きは完全に出遅れてしまったた。

 

 奪還作戦で多大な兵力を失ったオーブ軍が、それほど早く行動を起こせるとは誰もが考えてはいなかったのだ。オーブ軍の作戦は、その意表を突いた形である。

 

 準備不足で体勢を整える暇すら無かったプラント軍は、一戦でアシハラを奪回され、オーブ上空の制宙権はオーブ軍の物となった。

 

 しかし、プラント軍も状況の変化を座視していた訳ではない。

 

 着々と戦力を整えつつあるオーブ軍に対抗するように、プラント軍は地球上における最大の拠点であり、オーブを指呼の間に臨む事ができるカーペンタリアに戦力を集中させてオーブ本国を突く構えを見せている。

 

 そこで、攻めるプラント軍と守るオーブ軍との間で激しい攻防戦が行われる事となった。

 

 数度に渡る攻防戦は熾烈を極めた。

 

 しかし、オーブ本国はほぼ奪還され、周辺の拠点もオーブ軍が取り戻している。

 

 自然、プラント軍の攻撃は、カーペンタリアからの長距離攻撃一本に頼らざるを得ず、作戦は単調になってしまっていた。。

 

 更にオーブ軍は水上艦隊と宇宙艦隊でゲリラ戦を展開、カーペンタリア補給路に対する徹底した通商破壊戦を行う事で、プラント軍の補給に負担を掛ける作戦を行った。

 

 これにより、プラント軍は予定していた増援兵力や補給物資をカーペンタリアに送る事ができず、結果的に、消耗しているオーブ軍との戦力差が拮抗してしまった。

 

 初動の立ち遅れが、プラント軍不利と言う状況を否応なく作り出してしまっていた。

 

 更に、プラントにとっては追い打ちをかけるように、この半年の間、世界各地において反抗勢力が勢いを盛り返しつつあった。

 

 月、そしてオーブと、プラントの支配下にあった勢力が立てつづけに解放された事により、それまで保安局やザフト軍によって抑え込まれていた反プラント勢力が、一気に攻勢に出たのだ。

 

 南米では反政府軍がジャングル内でゲリラ戦を展開して、プラント指示を表明している政府軍を翻弄し、アフリカや中東でも反攻の狼煙が上がっている。

 

 これに対して、プラント軍が全ての戦線に対応する事は難しかった。

 

 元々、少数精鋭主義のザフトが主力を成しているプラント軍に、広大な戦域全てをカバーする事は難しい。そこにきて、オーブ軍が徹底的に通商破壊戦を仕掛けている現状である。

 

 各戦線に対する戦力の補充や、物資の補給が滞るのも無理のない話であった。

 

 

 

 

 

 8枚の蒼翼を羽ばたかせながら敵陣へと飛び込んだヒカルは、セレスティフリーダムの腰から抜いたビームサーベルを振るい、正面にいたガルムドーガの首を斬り飛ばす。

 

 更に、集中される砲火をヒラリと回避すると、そのままひねり込むような移動で相手に接近する。

 

 敵兵は怯んだように照準を修正しようとするが、その時にはヒカルのセレスティフリーダムは目の前まで接近していた。

 

 駆け抜けると同時に振るわれる剣閃。

 

 刃が、標的としたリューンの片翼を、容赦なく切り飛ばすと、ヒカルは墜ちていく敵機には目もくれずに飛び去って行く。

 

 ヒカルは相変わらず、不殺を貫く戦い方をしていた。

 

 ヒカル機の駆け抜けた後には、損傷したプラント軍機が大量に転がっている有様である。

 

 ヒカルはこの「作業」を、あくまでも淡々とこなしていた。

 

 自分は人を殺さない。

 

 ただし、自分の前に立つ者に対しては一切の慈悲を与える心算は無い。

 

 その言葉を態度で示すように、ヒカルは戦い続けていた。

 

 そんなヒカルのセレスティフリーダムに対し、複数の火線が集中して放たれた。

 

 とっさに蒼翼を羽ばたかせて回避するヒカル。

 

 目を転じる先には、フォーメーションを組んで向かってくる3機のガルムドーガの姿があった。

 

《うっは、あいつ半端ねェぞッ》

《気を付けて、エース機よ!!》

《掩護しますッ 2人はあいつを押さえてください!!》

 

 ジェイク・エルスマン、ディジー・ジュール、ノルト・アマルフィの3人が、ヒカルのセレスティフリーダムを標的と見定めて距離を詰めてくる。

 

 今回、オーブに攻撃を仕掛けて来たのは、この3人が率いる部隊だった。

 

 オーブ防衛戦(オーブ奪還戦のプラント側呼称)に参加しなかった3人だったが、ジェイクとノルトは欧州戦線から、ディジーは本国防衛軍から引き抜かれる形でカーペンタリアに配属され、オーブ攻撃の陣列に加わっていた。

 

 しかし、状況は彼等にとって厳しい物だった。

 

 オーブ軍の徹底した通商破壊戦によって補給路が攻撃されており、失われた戦力の補充や物資の補給すら滞っている。

 

 プラント軍は損傷した機体の修理用部品にすら事欠いている有様であり、早晩、カーペンタリアが干上がるのは確実とされていた。

 

 今回の戦い、プラントのカーペンタリア駐留軍から仕掛けた物である。

 

 戦闘の目的はオーブ軍が敷いた包囲網の解除。とにかく、どこか一角で良いから包囲網を突き破り、補給路を復活させないと、カーペンタリアは早晩、干上がってしまう。

 

 既に補給は散漫となり、カーペンタリア基地に貯蔵された物資は底を突きつつある。

 

 オーブ軍は補給線攻撃のみならず、基地に対する直接攻撃も仕掛けてくるため、カーペンタリアの被害は日増しに積み重なっている状態だった。

 

 ここで攻めきらないと、自分達の負けは確定する。

 

 その想いが、最後の攻勢に打って出る選択肢を取らせていた。

 

 ヒカルのセレスティフリーダムが接近する中、3人はフォーメーションを組んで迎え撃った。

 

 ノルトがビームライフルで掩護する中、ディジーとジェイクが、ビームサーベルを抜いて斬り込んで行く。

 

 対抗するように、ヒカルはビームシールドでノルト機の攻撃を防御すると、右手にビームサーベルを構えて、フルスピードで斬り込んで行く。

 

 接近と同時に奔る剣閃。

 

 その一撃を、標的となったジェイクは、とっさにシールドを翳して防御する。

 

《うおッ こいつ、速いッ!?》

 

 セレスティフリーダムの鋭い動きに、思わず目を剥くジェイク。

 

 ヒカルの剣を、ジェイクはとっさにシールドで防御する事に成功する。

 

 剣と盾が触れ合い、表面で火花が飛び散る。

 

 しかし次の瞬間、

 

 ヒカルはもう一本のビームサーベルを左手で逆手に抜刀。動きを止めたジェイク機の右腕を肩から斬り飛ばした。

 

《ジェイク!!》

 

 ジェイクがあっさりとやられた事で、思わず声を上げるディジー。

 

 しかし、その間にヒカルは容赦なく攻める。

 

 動きを鈍らせたディジー機に急接近すると鋭い蹴りを喰らわせた。

 

《キャァッ!?》

 

 バランスを崩して高度を下げるディジー。

 

 その間にヒカルが狙うのは、

 

《僕ッ!?》

 

 ヒカルの照準が自分に向けられている事を悟り、焦ったように長距離砲を構えて迎撃行動に出ようとする。

 

 しかし、照準すら合わせない攻撃は、ヒカルの敵ではない。

 

 放たれる閃光を回避しながら一気に距離を詰めたヒカルは、ビームサーベルを一閃してノルト機の首を斬り飛ばした。

 

 ジェイクとノルトの戦闘力を、瞬く間に奪ってしまったヒカル。

 

 そこへ、ようやく体勢を立て直したディジーが、再び距離を詰めるべく、高度を上げてくる。

 

 ディジーのガルムドーガは、右手にビームサーベル、左手にビームライフルを構えて、セレスティフリーダムへ迫ってくる。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを構え直す。

 

 先に仕掛けたのはディジー。

 

 セレスティフリーダム目がけて、真っ向からビームサーベルを振り下ろす。

 

 対して、ヒカルはディジーの剣を展開したシールドで弾き、体勢が崩れたところでビームサーベルを斬り上げ、右腕と頭部を一緒くたに斬り飛ばしていしまった。

 

《そんな・・・・・・・・・・・・》

 

 急速に落下しながら、ディジーは信じられないと言った面持ちで呟く。

 

 何と言う戦闘力。

 

 3人がかりで拮抗させる事すらできなかった。

 

 ディジー、ジェイク、ノルトはザフト軍の隊長であり、間違い無くトップクラスのエースパイロットである。

 

 その自分達3人を相手にして、怯ませる事すらできないとは。

 

 やがて、落下するディジーの機体を、駆けつけたリューンがキャッチして撤退を開始する。

 

 その時にはすでに、追いついて来たオーブ軍も攻撃に加わり、混乱状態にあるプラント軍に対し容赦無い攻撃を行う。

 

 砲撃戦装備の機体は遠距離から徹底した掃討を行い、陣形が乱れたところに接近戦装備をした部隊が斬り込んでいく。

 

 それらを見ながら、ディジーは悔しさに唇を噛みしめた。

 

 また、勝てなかった。

 

 オーブ軍の強固な防衛ラインを割る事ができず、大きな損害を出してしまった。

 

 撤退信号が出る。

 

 無論、ここで撤退すれば、オーブ軍は笠に掛かって追撃を仕掛けてくるだろう。その過程で、また多くの将兵の命が失われる事になる。

 

 しかし、ここに留まれば全滅は確定的である。ならば、一縷の望みを掛けて撤退するしかなかった。

 

 たとえ、その先にあるのが転落であったとしても。

 

 やがて、プラント軍は這う這うの体で、包囲下にあるカーペンタリアへと撤退して行く。

 

 その背後からは、尚もオーブ軍の追撃が迫ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滑走路に機体をアプローチさせ、指定された場所へと駐機させる。

 

 既に何度も行った手順は、もはや体に染みついていると言ってもよく、目をつぶっていてもできるくらいだ。

 

 機体を停止させると、ラダーを伝って地面へと降り立った。

 

 まとめておいた不具合報告書を整備員に渡し、制服に着替えるべく、ロッカールームへと向かおうとする。

 

 と、

 

「ヒカルッ!!」

 

 鋭い声と共に、こちらへ向かってくる足を戸が聞こえる。

 

 振り向かずとも、誰が来たかは分かるが、ここはやはり振り返らずにはいられないだろう。無視したら、あとで何をされるか分かった物じゃない。

 

「カノンか」

 

 予想通り、カノン・シュナイゼルが、その小さな体で転がるように駆けて来るところであった。

 

 オーブ奪還戦の功績により、ヒカルとカノンは二尉に昇進しており、今も同じ隊で戦っている。

 

 だが

 

「また、あんな戦い方してッ あれじゃあ、いつか死んじゃうよ!!」

 

 先ほどのヒカルの戦いぶりを見ていたカノンは、開口一番で食ってかかる。

 

 自ら隊列を離れて敵陣へと飛び込み、敵の戦闘力のみを奪う戦い方によって圧倒していく。

 

 無謀であり、かつ自身の神経を容赦なく削り取る戦い方である。

 

 やる方もやる方だが、見ている方も気が気ではないだろう。

 

 以前のエターナルフリーダムのような圧倒的な性能を誇る機体に乗っている、と言うならまだ話は分かる。

 

 しかし、セレスティフリーダムはエターナルフリーダムの量産型だ。当然、各種性能は大幅に落ちる事は避けられない。

 

 勿論、ヒカルやカノンなどエースが駆る機体には専用のチューニングが施されてはいるが、それでもかつてのような戦い方をするなど、無謀にもほどがあった。

 

「そんなんじゃヒカル、いつか死んじゃうよ!!」

 

 幼馴染であり、共に闘って来たカノンの目から見ても、今のヒカルがいかに危険な事をしているかは一目瞭然だった。

 

 しかし、

 

 ヒカルは微笑みながら、カノンの頭をそっと撫でる。

 

「ヒカル?」

「大丈夫だよ」

 

 言いながら、ヒカルはカノンとすれ違うようにして歩き出す。

 

「俺は、大丈夫だから」

 

 そう言うと、ヒカルはそのままカノンに背を向けて歩き去っていく。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルの背中を、カノンは悲しそうなまなざしで眺めていた。

 

 

 

 

 

 2人のやり取りを、遠くから1人の少女が茫洋とした眼差しで眺めていた。

 

 少女は去っていくヒカルを見届けると、声を掛けるべく後を追おうとする。

 

 だが、その肩を背後から優しく掴まれて動きを止めた。

 

「・・・・・・・・・・・・キラ」

 

 エスト・ヒビキは、引きとめた夫に対し、抗議の眼差しを向ける。

 

 なぜ、止めるのか。今のヒカルを放っておくなど、親としてどうかしていると思うのだが。

 

 だが、そんな妻に対して、キラは黙って首を振った。

 

「今、僕達がヒカルにどうこう言うべきじゃない」

「・・・・・・何故ですか?」

 

 尚も納得のいかない眼差しを向けて来るエストに対し、キラはその頭を優しく撫でてやりながら説明する。

 

「今のヒカルは、明らかに生き急いでいる状態にある。多分、あの娘、レミリアッて言ったっけ? 彼女との約束を守るために、ね」

 

 レミリアとの約束を守り通す為、ヒカルは必死になって戦っている。

 

 だが、それ故に視界が狭くなっているのでは、とキラは判断していた。

 

 得てしてそういう人間は、他の者が説得しようとすると、却って意固地になって自分の考えに固執してしまう物なのだ。

 

「では、どうすると?」

「そうだね・・・・・・取りあえず、直接じゃなく、搦め手からアプローチする方法を考えてみようよ」

「搦め手?」

 

 訝った首をかしげるエスト。

 

 それに対して、キラは視線の先を指し示す。

 

「ほら、あそこに絶好の適任者がいるでしょ」

 

 そう告げるキラの意図を理解し、エストは頷いた。

 

 視線の先には、悄然とたたずむ少女の姿がある。確かに、彼女なら自分達が下手な手を打つよりも適任かもしれない。

 

「それから、後は・・・・・・・・・・・・」

 

 キラはスッと目を細めると、別の方向を見て呟いた。

 

「アレの準備、急いだ方がいいかもしれないね」

 

 

 

 

 

 カーペンタリア基地は、ヤキンドゥーエ戦役の際、ザフト軍が完成された部品を大気圏から降下させ、僅か1日で完成させた「一夜城」の歴史を持つ。

 

 その後、幾度もの拡張がなされ、現在では在プラント公館もある、地球上にあるプラント軍の最大の拠点と化していた。

 

 過去には幾度も地球軍を始めとした敵勢力の攻撃を受けたが、ついに陥落した事は無く、難攻不落の神話を誇っていた。

 

 しかし今、そのカーペンタリアは落城寸前の様相を示していた。

 

 再三にわたるオーブ軍からの攻撃を受け、基地施設には破壊の跡が目立ち、内部には負傷者が溢れている。

 

 駐留部隊でまともな戦力を残している部隊はほんの一握りであり、補給が滞りがちである為、修理用の機材や部品はおろか、医薬品、食料と言った日用品も不足しがちとなっていた。

 

 一応、最重要の戦闘部隊には優先的に物資配給がなされてはいるが、整備班や後方支援部隊には充分な物資がいきわたる事は無く、士気の低下は著しい物となっていた。

 

「どうにもなんねえな、こいつは」

 

 先の戦いから辛うじて帰還したジェイクは、友人であるディジー、ノルトを力無く見やりながら、愚痴交じりに呟いた。

 

 3人はテーブルを囲み、手にしたグラスの水を少しずつ飲んでいる。

 

 本来なら酒なりジュースなりで杯を満たしたいところなのだが、物資が不足している中ではそれもできず、こうして汲んで来た水で我慢している状態だった。

 

「確かに、もう限界よね。これじゃあ」

 

 自分のグラスを嘆息交じりに見つめながら、ディジーもジェイクの言葉に同調する。

 

 先の戦闘で負傷した彼女は額に包帯を巻いている姿が痛々しいが、それ以前に憔悴しきった顔が、以前の溌剌さを完全に消し去っていた。

 

 先の戦いは、カーペンタリアに対する包囲網解除を狙ってザフトを中心に攻勢に出た訳だが、結果は無残な敗北。またも、貴重な戦力と物資を無為に失っただけに終わってしまった。

 

 ここのところ、戦闘員に対する非戦闘員の見る目が冷たさを増している。以前は気さくに話しかけてきていた整備員達でさえ、露骨な嫌みを言ってくる事があるくらいだった。

 

 無理もない。自分達は彼等に比べれば、まだマシな待遇を受けているのだ。その自分達が無様な負け戦を続けているのだから。

 

 言わば、現状の苦境の責任は、ディジー達戦闘要員にあると言っても過言ではなかった。

 

 このままでは士気の崩壊。最悪の場合、内乱すら起こる可能性があった。

 

「基地司令が、本国に対して降伏の許可を求めたって聞きましたけど?」

「さて、受け入れる物かね、本国でぬくぬくしている連中が」

 

 ノルトの発言に対し、ジェイクは諦め気味に肩を竦めて見せた。

 

 本国の連中は、こちらの苦境を知りもしないだろう。救援要請についてもせいぜい「派手な事を言って騒いでいるだけ」程度でしかないように思える。その証拠にこれまで、オーブ軍の通商破壊戦に対して碌な対策を取ってこなかったのだから。

 

 結局、自分達はこの地獄と化したカーペンタリアに閉じ込められたまま、力尽きて地面に倒れたところで敵の総攻撃を食らって叩き潰される運命にあるのだろう。

 

 一同は、揃ってため息を吐く。

 

 その時だった。

 

「おいおい、良い若いもんが雁首揃えて、なにシケた面してんだよ」

 

 威勢の良い声が掛けられ、一同は振り返る。

 

 そこには、緑服を着た1人のザフト兵が、口元にニヤリとした笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

 

 その姿を見て、3人は思わず目を剥く。

 

「親父!?」

「おじさん!?」

「ディアッカさん!?」

 

 ジェイクの父にして、元ザフト軍人でもあるディアッカ・エルスマンが、3人を見回しながら立っていた。

 

 ディアッカは遠慮も無く3人のテーブルに座ると、おもむろに身を乗り出していった。

 

「良い話があるんだが、どうだお前ら、乗らないか?」

 

 それは、謀略を行うスパイと言うよりは、どこか悪戯を仕掛けようとする少年を思わせる表情だった。

 

 

 

 

 

「なるほど、そんな事が」

「そうなんだよ、ヒカルの奴、どうしたもんかな~」

 

 テーブルに突っ伏したまま、カノンはダレた調子でヒカルに対する愚痴を吐き出していた。

 

 相手をしているのは、彼女の母、アリス・シュナイゼルである。

 

 オーブ奪還になった事で、アリスもまた帰国が叶い、晴れて再び基地に隣接する喫茶店経営に戻った訳である。

 

 戦闘から帰還したカノンは、母の店で休憩を取るのが日課みたいな感じになっている。

 

 ヒカルの事を思い浮かべてため息を吐く娘を、アリスは優しく見守っている。

 

 アリス自身、娘の意中の人物が幼馴染の少年である事はとうに気づいていた。

 

 しかし、血の成せる業と言うべきか、母親同様の「ヘタレ遺伝子」を受け継いでしまった娘は、今に至るまでヒカルに対し告白に踏み切る事ができなかったのだ。

 

 そんな最中で起こったレミリアの死、という事態は、まさに状況を複雑化させる決定打となっていた。

 

 これまでは、ヒカル、カノン、レミリアの間で微妙な三角関係が形成されていたのだが、その中で最も心が強く結びついていたのは、ヒカルとレミリアであった。

 

 しかし、その内の一角であるレミリアがいなくなった今、残ったヒカルとカノンの間には、地に足がつかないような、不安定な関係が現出しているのだった。

 

「難しい関係だよね」

 

 ダレている娘の頭をそっと撫でてやりながら、アリスは嘆息交じりに言う。

 

 実際、アリスもラキヤとは大恋愛の末の結婚だった為、娘にも頑張ってほしいと言う思いはあるのだが、

 

 しかし、問題が問題だけに、深入りするのは良くないと思っていた。

 

 アリスはカノンから目を離すと、居合わせたもう1人の人物に目を向ける。

 

「こういう時って、どうしたらいいと思います?」

 

 尋ねるアリスに対し、

 

 その人物は、持ち上げたカップをソーサーに戻すと、まるで鈴が鳴るような美しい声で口を開いた。

 

《確かに、簡単に解決できる問題ではありませんわね》

 

 そう言うと、

 

 《ラクス・クライン》は、その儚げな美貌に、苦笑を滲ませた。

 

 

 

 

 

PHASE-01「最後の希望」      終わり

 




機体設定

ORB-10A「セレスティフリーダム」

武装
対装甲実体剣×2
頭部機関砲×2
(基本武装はこれのみ。後は全て、パイロットの好みで着脱可能)

○ヒカル専用機 追加武装
ビームライフル×2
レールガン×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2

○カノン専用機 追加武装
ビームライフル×2
レールガン×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
プラズマ収束砲×2

備考
オーブ軍が開発した量産型フリーダム級機動兵器。元々はエターナルフリーダムの設計思想を受け継ぎ、機動力の高い素体をベースに、細分化された武装をパイロットの好みで着脱する事が可能となっている。装甲は発泡金属、動力には新型デュートリオン・バッテリーを使用するなどのコストダウンを図った物の、フレームはエターナルフリーダムの物をそのまま採用し、更にスラスターや駆動系には最新の物を使用した為、結局かなりの高コスト機となった。その為、大量生産はされず、特殊精鋭部隊であるフリューゲル・ヴィント専用の機体として限定量産されている。





ORB-M1R「アストレイR」

武装
ビームライフル×1
アンチビームシールド×1
ビームサーベル×2
ビームキャノン×2
頭部機関砲×2

備考
オーブ軍が開発した主力量産型機動兵器。フレームにはリアディスの物が使用されているが、量産性を考慮して、構造の簡略化が図られている。トライアルでは4対1でセレスティフリーダムに敗れたが、その性能はプラント軍の機体に充分対抗できると判断され、一般兵士用として量産された。当初はストライカーパックの採用も検討されたが、コストダウンを図るために見送られた。


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PHASE-02「幻想の歌姫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同に向けられる疑惑の眼差しは、それ全てが鋭い針のように突き刺さってくるのが判る。

 

 もっとも、それで怯まないのは大物なのか、鈍感なのか。

 

 恐らくは、その両方だろう。

 

 キラは一同を先導するようにして、アークエンジェルの廊下を歩いていた。

 

 付き従うのはカガリをはじめとした面々。

 

 皆、キラの「本人」発言を聞いて、胡散臭そうな目を向けてきている。

 

 それに、

 

 キラはチラっと、自身の背後に視線を向ける。

 

 そこには、悄然とした様子の息子、ヒカルの姿もあった。

 

 レミリアの死と言う耐え難い苦痛と絶望が齎す圧倒的な虚無を前に、完全に魂が空虚と化している様子だ。

 

 その傍らには、カノンが心配そうについてくれているが、そうでなければ、そのまま崩れ落ちそうである。

 

 本当なら、今はそっとしておいてやるべきところだろう。

 

 だが、キラはあえてヒカルをここに連れてきた。

 

 全ては、《彼女》に会せるためである。

 

「おい、キラ」

 

 そんなキラの背後から、オーブ暫定政権の首班となったカガリが、苛立ちまぎれに声を掛けてきた。

 

「いい加減説明しろ。なぜ、ラクスは生きているんだ?」

「そうだよ、お父さん。私、お葬式にだって出たんだから、間違いないよ」

 

 娘のリィスも、カガリの意見に同調するようにして詰め寄ってくる。

 

 まあ、彼女達がそう言うのも無理は無い。何しろ、常識的に考えればあり得ない事なんだから。

 

「一つ、間違いかな」

 

 歩む足を止めずに、キラは人差し指を立てながら答える。

 

「ラクスは、間違いなく死んだよ。今から8年前にね。僕自身、臨終に立ち会ったんだから、それは間違いない」

 

 キラのその言葉は、更なる混乱を呼ぶ。

 

 ならば、どうすれば死んだ人間に会わせる事ができると言うのか?

 

 首をかしげる一同を引き連れて、やがてキラは、アークエンジェルの深部にある部屋へとたどり着いた。

 

 居住区の最奥部にあるその部屋の前に来ると、キラは扉を開いて中へと入る。

 

 それに続く一同。

 

 そこで、

 

 絶句した。

 

 なぜなら、

 

《みなさん、こんにちは。あら、お久しぶり、な方もいらっしゃいますわね》

 

 先に部屋の中に来ていたエストの傍らで、

 

 ゆったりとした雰囲気のある少女が、温かさを感じさせる笑顔で一同を迎え入れていたからだ。

 

 まるで人形のように整った顔立ちに、特徴的な桃色の髪。

 

 ただ、その場にいるだけで場が華やぐような存在感のある少女。

 

 記憶にある姿より若干若い印象を受けるが、彼女は間違いなく「ラクス・クライン」だった。少なくとも外見上は。

 

「ラクス、お前・・・・・・・・・・・・」

「本当に、生きて・・・・・・・・・・・・」

 

 生前に知己のあったカガリ、それにマリュー・フラガが、呆然とした調子で呟く。

 

 だが、

 

《いいえ》

 

 当のラクス本人が、2人の言葉を否定した。

 

《今のわたくしは、確かに死んでいます。その事実に一切の偽りはありません》

 

 先程のキラの言葉を、当のラクス本人がもう一度繰り返した。

 

 自らが死人である事を肯定するラクス。しかし、そうなると「目の前に、死んだはずのラクスがいる」と言う矛盾が、どうしても生まれてしまう事になる。

 

《種明かしをすると、ですね。今皆さんが見ている、わたくしの姿は、ホログラム画像です》

 

 ラクスがそう言うと、傍らに控えていたエストが、彼女の胸のあたりに手刀を振り翳した。

 

 すると、

 

 水平に切られたエストの手は、如何なる抵抗も受ける事無くラクスの胸に吸い込まれ、そしてあっさりと背中に突き抜けてしまった。

 

 更に、同じような動作を数度繰り返すが、結果は同じことである。エストの手は、まるで空気を掴むようにラクスの体を透過してしまった。

 

「意志を持った、ホログラム映像・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前にいるのは、確かにラクス・クラインでありながら、その実態は全くの無きにひとしい。

 

 いったいなぜ、このような事態になったと言うのか?

 

《キラ》

 

 合成音声まで、生前のラクスと同じである。それ故に、居合わせたラクスの知己全員が、本物と見紛うのも無理のない話である。

 

《お話をする前に、一つだけ、お願いがあります》

 

 そう言うとラクスは、ひどく真剣な眼差しをキラへと向けて来た。

 

 

 

 

 

 特別遺体安置所。

 

 部屋全体が肌寒さを感じる程の冷気によって満たされた個室は、一面白色で塗られ、空疎な感は否が応でも増していく。

 

 この場に、「彼女」は永遠の眠りの元、静かに横たわっていた。

 

 レミリア・バニッシュ。

 

 否、

 

 既に、その名は少女の名乗りとして相応しくない。

 

 先刻、プラントにてイリア・バニッシュの救出に成功したアスランから、緊急のレーザー通信によってもたらされた内容。

 

 聊か以上に遅きに失した感のあるその内容は、少女の正体が如何なるものであるかを告げていた。

 

 彼女の本当の名は、レミリア・クライン。

 

 ラクス・クラインの遺伝子情報を受け継いだ、唯一の「実子」となる。

 

 この事は当のレミリア自身すら知らなかったらしい。その事は、彼女のかつての仲間であるアステル・フェルサーにも確認済みである。

 

 知っているのは、彼女の誕生にかかわったアンブレアス・グルックとその一部の側近。そして実際に誕生させたバニッシュ夫妻の娘、イリア、後は夫妻の友人である、元北米統一戦線リーダーのクルト・カーマインのみであったらしい。

 

《この子が・・・・・・・・・・・・》

 

 ラクスはそっと、自らの手を「我が子」へと差し伸べる。

 

 が、すぐに、躊躇うように動きを止めて引き戻した。

 

 所詮はホログラム映像に過ぎない今の自分の体では、愛しい娘の亡骸に触れる事も叶わない。その事が、ラクスを歯がゆく傷つける。

 

《アンブレアス・グルックが、密かにわたくしの遺伝子情報を入手した、と言う噂は生前から耳にしていました。しかし、それをまさか、このような形で用いるとは・・・・・・》

 

 かつての政敵を思い浮かべ、ラクスは苦い物を噛みしめるような表情となった。

 

 自身が万全の状態で健在であったのなら、決してアンブレアス・グルックに隙を見せるような真似はしなかっただろう。

 

 しかし、グルックが権力を持ち始めた時、既にラクスの体には限界が来ており、彼の動きを掣肘する事は叶わなかった。結果としてラクスは、彼女自身の天命に負けた形となった訳である。

 

《皆さん》

 

 眠るように目を閉じているレミリアから目を離したラクスは、一同に向き直る。

 

《今のわたくしは、確かのこの通り、皆さんと向かい合い、会話もする事が出来ます。しかし、本来のわたくしは確かに死んでおり、本来であるなら表に出るべき存在でもありません》

 

 その後を引き継ぐように、キラが前へと出た。

 

「生前のラクスの遺言の一つでね。ターミナルを戦闘組織として改変すると同時に、彼女自身を延命させる方法を見つけ出す、と言う物があったんだ」

 

 キラの言葉に、皆が驚きの表情を見せる。

 

 まさか、ラクスがそのような遺言を残しているとは、夢にも思わなかったのである。

 

 とは言っても、CEの医療技術を持ってしても、死に瀕した人間を延命させるのは難しい。

 

 キラとエストは、ターミナル再組織の傍らで、ラクスの遺体をすり替えて冷凍保管すると、彼女の延命方法を探して世界中を奔走した。

 

 そして、キラの振るい知己を頼りに、ある方法に至った。

 

 それは、正確には「延命」手段ではなく、どちらかと言えば「蘇生」に近いかもしれない。

 

 だが、同時に悪魔の手段である事も間違いなかった。

 

 その方法とは、対象者(この場合、ラクス)の脳をコンピューターにつなげ、更にデータ化する事で、機械の一部として対象者を生きながらえさせることだった。

 

 一応、前例はあるらしく、その成功した人物は、今もって「存命中」らしい。

 

 元々、人の脳とは莫大な情報の宝庫であり、それは死した後も、海馬と呼ばれる記憶の蔵に押し込められて健在であるらしい。

 

 その技術は、鍵の掛けられた蔵をこじ開け、取り出した情報を基に、その人物を再構成する物だった。

 

 こうして、ラクスは蘇った。

 

 彼女の本体は、今はアークエンジェルの最深部で保管されて、脳には電極を張り付けられている。

 

 しかし、実体こそない物の、今のラクスは紛れもない本物であった。

 

 彼女の記憶、行動パターン、言動、趣味、そして容姿に至るまで忠実に再現し、ホログラフ映像として実体化させる事に成功した。

 

 移動に関しては、基本的にはアークエンジェルの艦内に限定されてはいるが、専用の端末に一時的に情報を移し、誰かに運搬してもらう事で、ある程度限定された条件下ではあるが、艦外に出る事も可能となっている。

 

 こうしてラクスは初めて、自らの「娘」と対面を果たす事が出来たのである。

 

 もっとも、ようやく出会えた時には、母も娘もこの世のものではなかったと言う事は、悲しい皮肉であるが。

 

「だが、ラクス」

 

 事情を了解したカガリが、蘇った親友に語りかける。

 

 ラクスは、カガリの記憶にある10代の頃の姿をしている。既に40に達しているカガリとは、見た目には親子ほども歳の差が感じられた。

 

 だが、2人ともそのような事を一切気にせずに口を開いた。

 

「なぜ、そこまでして生き残りたいと思ったんだ? お前が単純に生き残りたいためだけに、こんな事をしたとは思えないんだが・・・・・・」

 

 生前のラクスを知るカガリとしては、そこが疑問だった。

 

 無論、人間として「死にたくない」と思う気持ちは、ラクスにもあっただろう。だが、それだけで、こんな外道の手段を用いるとは、カガリにはどうしても思えなかった。

 

 対して、その質問を予期していたように、ラクスは頷いて口を開いた。

 

《アンブレアス・グルック。あの男を放置する事で、いずれ世界中が災禍に包まれる事になる。いえ、現に今、既にそうなっています。しかし、それを止めるには、当時のわたくしには、どうしても時間が足りなかった。無論、ターミナルの運営方法等に関しては、キラやエストに任せる事はできます。しかし、アンブレアス・グルックを打倒し、世界を守ると言う仕事だけは、他の方に押し付けるわけにはいきませんでした》

 

 だからこそ、ラクスは外法にその身を染める事を了承した。

 

《この体でできる事は限られています。ただ、いくつか限定的ながら、普通ではできない事ができます。たとえば・・・・・・》

 

 言いながらラクスは、壁際に立っている少年に目をやった。

 

《ヒカルは覚えていますか? わたくしは過去に二度ほど、あなたを支援した事があるのですよ》

「え?」

 

 言われてから、ヒカルはふと思い出す。

 

 あれは確か、第一次フロリダ会戦でレミリアと戦っていた時、そして、つい先日のスカンジナビア攻防戦で聖女(ルーチェ)と戦っていた時。

 

 いずれも、突如として機体の性能が不自然に跳ね上がり、危機を潜り抜けている。

 

 二度目の時には、ちょっとしたメッセージまで送られている。

 

「・・・・・・あれは、おばさんが?」

《流石に、この体で戦場に行く事はできませんが、あの時は情報ネットワークを介してヒカルの機体にアクセスし、性能を一時的にオーバーブーストさせました》

 

 成程、とヒカルは納得した。

 

 それで、いきなり機体の性能が向上した訳か。もっとも、セレスティの方ではオーバーブーストの負荷に耐え切れず、その後、システムがダウンしてしまったのを覚えている。

 

 とは言え、ラクスがやった事は相当な荒業である事は間違いない。

 

《この身体でも、できる事があります。そのうちの一つが、広域の情報収集です》

 

 ラクスは自身の情報媒体をネットワークにつなげる事で、世界中の情報を閲覧する事ができるのだ。もっとも、国家や組織における機密情報を閲覧する事は不可能だが、ある程度のレベルまでならアクセスする事も可能である。

 

 これが「延命」に当たって、ラクスが持つ事が出来た「武器」だった。

 

《皆さん。決戦の時は近いです。勿論、それはアンブレアス・グルック。そして、彼の背後にいる何らかの勢力にとっても予定している自体でしょう。恐らく、万全の状態で攻め寄せてくるはずです》

 

 涼やかな声の中に、戦場へと向かう凛とした響きが混じる。

 

 今やラクスは、生前と変わらぬ威厳と存在感でもっと、確かにその場に存在していた。

 

《皆さん、どうか、皆さんの力を貸してください》

 

 そう言うと、立体映像のラクスは、皆に向かって深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 と言うようなやり取りが、半年前に成された。

 

 そして今、ラクスはアリスの店の客として、店内にその姿を映し出していた。

 

 移動に関してはアリスたっての願いで、店内にラクス専用の端末を一台置く事で、移動が可能なようになっていた。

 

 彼女の手には、紅茶を満たしたカップがある。

 

 勿論、ホログラフ映像に過ぎないラクスには紅茶はおろか、一切の飲食は不可能なのだが、そこはそれ、キラが苦心の末に味覚データを再現し、更にアリスのレシピをインストールする事で、ある程度の味はラクスにも伝わるようにして射た。

 

《そっとしておく、と言うのも一つの手段だとは思いますが?》

 

 ラクスは微笑みかけるようにして、自身の対面に座ったカノンに語りかけた。

 

 話題はカノンの幼馴染にして、思いを寄せる少年、ヒカルについてである。

 

 レミリアが死んで移行、ヒカルはまるで取り付かれたかのように、淡々とした調子で戦場に立ち続けていた。

 

 見た目には、問題があるようには思えない。

 

 しかし、以前に比べると明らかに口数が減り、常にどこか思いつめたような顔をしている事が多くなっている。

 

 精神的な異常かどうかはともかく、何かしら自身を追い詰めているのは間違いなかった。

 

《レミリアを救えなかった事を悔やみ、そして、あの娘の想いを実現しようとして焦っているのかもしれませんね》

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

 

 思いつめたような表情をするラクスを、アリスが気遣うように声を掛ける。

 

 ラクス自身、若くして他界した娘の事を思えば、今でも平静ではいられないのである。

 

 生前のラクスのファンだったアリスにとって、ラクスがこのような悲しい表情をするのは、見ているだけでも辛かった。

 

 そんなアリスに微笑みかけつつ、ラクスは続ける。

 

《もしかしたら、鍵はカノン、あなたかもしれません》

「えっ あたし、ですか!?」

 

 いきなり話を振られ、カノンは素っ頓狂な声を上げた。

 

 確かにカノンはヒカルをどうにかしたいと思ってラクスに相談を持ちかけたが、その答えが自分に返されようとは思っても見なかった。

 

《人は辛い時ほど、誰か支えになってあげられる人が必要なのです。わたくしが思うにカノン、あなた以外にヒカルの支えになれる方がいるとは思えません》

「いや、でもラクス様・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀むカノン。

 

 確かに、自分がヒカルの支えになってやれれば、それはカノンにとっても嬉しい事である。

 

 しかし、ヒカルとレミリアが想いを通じ合わせていた事を知っているカノンとしては、どうしてもそこに躊躇いを覚えてしまうのだった。

 

「がんばって、カノン」

 

 そんなカノンに、アリスは優しく声を掛ける。

 

「ママも、ラクス様の言うとおりだと思うよ。人ってさ、辛い時は誰かに縋りたいって思う物だもん。誰か、大切な人を失った時は特に、ね」

 

 そう言うと、アリスは店の奥の棚に大切に飾られた1枚の写真に目をやる。

 

 そこには若い頃のアリスと、夫であるラキヤ。

 

 そして、そんな2人に挟まれながら2人と腕を絡めている1人の金髪の少女が、楽しそうな笑顔で映っていた。

 

「・・・・・・判った。できるかどうかは判らないけど、頑張ってみるよ」

《ええ、頑張ってください。及ばずながら、何かあれば、わたくしもお手伝いしてあげますから》

 

 そう言うと両拳を握るカノンを、ラクスとアリスは優しく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここが本当に、時代の最先端を行くプラントの都市だろうか?

 

 外から訪れた者の殆どが、そのように思うのではなかろうか?

 

 無理も無い。かつては近未来的な風景を持ち、華やかな雰囲気を出していた美しい街並みが、今ではかつての活気を完全に失い、ふとすれば、廃墟の群れと見紛ってもおかしくは無い様相を呈しているのだから。

 

 かつて、文明の最先端、その象徴であるかのように謳われた立ち並ぶ巨大ビル群は、しかしその殆どがテナントの入っていない廃ビルである。

 

 大通りに人や車の通りは殆ど無く、まるでゴーストタウンだ。

 

 一歩でも路地裏に入れば、職の無い浮浪者達が溢れかえり、希望を失った虚ろな目を覗かせている。

 

 治安も悪化しており、保安局の取り締まりにも力が入って入るが、それが功を奏しているようには思えない。

 

 そこには希望も無く、そして未来も無い。たで朽ちていく現実があるだけだった。

 

 そして、

 

 今日もまた、不穏分子が保安局によって連行されていく風景が、プラントの都市で見る事が出来た。

 

 誰もがその様子を、無感情な瞳で見送る事しかできない。

 

 実際に、その人物が本当に不穏分子であるかどうかは判らない。恐らく、逮捕した側も大した問題には思っていないだろう。

 

 ようは、自分達が仕事している事を、アンブレアス・グルックが見て、満足してくれればそれでいい。真実は自分達が作るのであって、自分達が真実に従う必要は無いのだから。

 

 やせ細った手に手錠をかけ、不穏分子と思われる民間人を連行していく保安局員たちの多くは、そうした杜撰の捜査の元で不穏分子の狩り出しを行っていた。

 

 だが、そうした行動は得てして、本命であるターミナル構成員を見逃してしまう事が多く、実態としての成果は、殆ど上がっていないのが実情だった。

 

 保安局がおざなりな捜査を行い、ターミナルはその隙を縫って活動を続け、その間に治安は悪化する。

 

 まさに悪循環。負の連鎖と言って良かった。

 

 全ては、アンブレアス・グルックが敷いた軍事拡張路線の悪影響であった。

 

 もともと、プラントは決して裕福な国ではない。宇宙空間を含む地球圏全体に戦線を展開して、それを維持できるだけの余裕は、本来なら無いのだ。

 

 それを可能にしてきたのが、グルック派の強硬路線である訳だが、元より、無より有を産み出せるわけではなく、一方を優遇すれば、他方にしわ寄せが行くのは必然である。プラントではそれが、このような形で表れていた。

 

 民間企業は助成金の減額によって経営が立ち行かなくなる会社が相次ぎ、中小企業は軒並み倒産に追い込まれる例が相次いでいる。

 

 民間への食糧供給も先細りになり、配給も滞る事が多かった。

 

 民衆の多くは朝から配給を行う店先に長蛇の列を作るが、その店内にも商品は何も無い状態である為、彼等の労力は無駄でしかなかった。

 

 国内で生産される物資の大半は外貨獲得用の輸出へと回されるか、あるいは軍需用として最前線に送られてしまう。

 

 しかし、最前線までの道にはオーブ軍の通商破壊部隊が待ち構えて居る為、折角の物資も前線の兵士にすら届く事無く、無為に失われる事もしばしばだった。

 

 そして、不足する物資を補う為に、更に民間用物資が削られる。

 

 物資の横領や闇市も横行し、それらを取り締まる保安局は杜撰な捜査しか行わない。

 

 ここでもまた、負の悪循環が存在していた。

 

 そして、

 

 その事実を真の意味で知っていなくてはいけない人物の目は、常に別の方向へと向けられているのだった。

 

 

 

 

 

 アンブレアス・グルックは、不機嫌な表情を張り付けたまま、報告を聞き入っていた。

 

 今、議題に上っているのは、カーペンタリア戦線の戦況だった。

 

 オーブ陥落の直後、プラントの大半の人間は、それほど事を重大視していなかった。

 

 確かにオーブを「奪取」されたのは痛かったが、それでも敵の主力にも大損害を与える事に成功している。オーブ軍が再攻勢を行う余力は無いだろうし、こちらが戦力を整える方が早い、と。

 

 その為、当初プラント軍は、大軍を組織してオーブ「奪回」の為の軍を派遣しようと画策していた。

 

 しかし、その計画は発動前に頓挫する事となった。

 

 誰もが予想しなかったほど、オーブ軍は迅速に行動を起こし、翌月の初めにはアシハラを奪われ、プラントはオーブ侵攻に必要な最適の拠点を失ったのである。

 

 更にオーブ軍は自軍の回復を図りつつ、徹底的なゲリラ戦を展開してカーペンタリアを包囲、物資を満載したシャトルや輸送船を狙い撃ちにして物資輸送を阻んでいる。

 

 その為、今やカーペンタリアは陥落寸前の状況にまで追い込まれていた。

 

「何度も言うが・・・・・・・・・・・・」

 

 グルックは、殊更に低い声で口を開く。

 

「私はカーペンタリアから退く気は無い」

 

 断固たる口調は、答が初めから決まっている事を如実に語っていた。

 

 その言葉が、会議の場に沈黙を齎す。誰もが、グルックの断固たる意志に再確認して口を閉ざしているのだ。

 

 既に再三にわたり、カーペンタリア基地から降伏、ないし撤退の許可を求める通信がプラント本国にもたらされている。

 

 曰く、すでに物資は限界に達しつつあり、兵の士気は下がる一方である。稼働可能な機体も残り少なく、このままではオーブ軍の本格的な侵攻を支えきれる見通しは立たない。敵の攻撃で壊滅する前に降伏し、兵の命だけでも何とか救いたい、との事だった。

 

 だが、その要求に応じる気は、グルックには無かった。

 

 そもそも、カーペンタリア基地は、建造から今日に至るまで敵の手によって陥落した事の無い、地上の唯一の拠点であり、地上におけるプラント最大の拠点である。

 

 それは実質的な基地機能の大きさの他にも、象徴的な意味合いがある。

 

 いわばカーペンタリアの存在そのものがプラントにとって、地上における勝利と不屈の象徴なのである。それを簡単に手放す事など、できるはずも無かった。

 

「議長の意見に賛成です」

 

 1人の議員が、我が意を得たりとばかりに、張りのある口調で言った。

 

「カーペンタリアは、いわば地上におけるプラントの代表です。そのカーペンタリアを失う事は、我がプラントの名に傷がつき、ひいては議長の威信にも傷がつく事になる。どうも、地上の連中には、その事が判っていない様子ですな」

「然り。たるんでいるようですな、カーペンタリア基地の者達は。一度、こちらから督戦するのも良いかもしれません」

「督戦も良いですが、事によっては人事の刷新も必要でしょう。簡単に敵に屈するような輩に、最重要拠点を任せる事などできませんからな」

 

 口々に賛同の意を表す閣僚達。

 

 その様子を見ながら、グルックは満足そうに頷く。

 

 この困難な状況に際して、閣僚達の意志を統一できている。目の前の光景が、自身の政権が強固である事を如実に示していた。

 

「しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 皆の興奮が収まり始めたのを見計らい、1人の閣僚が口を開いた。

 

 その人物は、もともとザフトの軍人だった人物であり、多少ながら軍事方面に明るい。その観点から、主に軍事上のアドバイスが必要と感じられたときに発言を求められる事が多かった。

 

「それはそれとして、カーペンタリアの救出は急務でしょうな。事情がどうあれ、彼等が包囲されて苦境に陥っているのは事実。ならば、多少のテコ入れは必要となります」

「具体的には?」

 

 尋ねるグルックに対し、閣僚は居住まいを正して振り返る。

 

「増援部隊の派遣です。それも、これまでのように小規模な部隊では無く、可能な限りの大兵力で敵の包囲網を破り、物資と戦力をカーペンタリアへ送り込むのです」

 

 これまでプラントが敗れてきた原因は、戦力を小出しにし過ぎ、それを、精鋭を繰り出してきているオーブ軍に突かれていたからに他ならない。

 

 ならば、話は簡単だ。

 

 こちらも精鋭を含む大軍を繰り出して、敵の包囲網を打ち破れば良い。戦力の質が同等であるなら、数に勝るプラント軍の主力がオーブ軍に負ける道理は無かった。

 

 グルックはしばし考えた後、顔を上げた。

 

「魅力的な意見だ。うまくすれば、敵の戦力を撃滅する事も不可能ではないかもしれん」

 

 グルックの言葉に、発言した閣僚は黙って頭を下げる。

 

 カーペンタリアを救うと同時に、オーブ軍の掃討も行えば、戦況は一気に片が付く。

 

 今現在、世界中で起こっている紛争の大半は、オーブの奮戦に引きずられている所が大きいと、グルックは考えている。つまり、オーブさえ潰す事ができれば、後は烏合の衆ばかりという事だ。

 

 そこまで言った時、壁に掛けられた時計が、予定の時刻が来た事を告げる。

 

 どうやら、議論が白熱したせいで、時間が経つのも忘れてしまっていたらしい。

 

 グルックは相好を崩すと、一同を見回して行った。

 

「さて、取りあえず、閣議は一旦ここまでとしよう。あまり根を詰め過ぎても良くないからね。別室に食事を用意させてもらったから、歓談しつつ英気を養ってくれ」

 

 そう言うと、グルックは思い出したように付け加える。

 

「間も無く、この世界は我らの手によって統一され、平和と繁栄がもたらされようとしている。にも拘らず、それに抗い続ける愚か者たちがいるのも事実だ。故に諸君、我々は悪と戦い続けなくてはならないのだ。どうか、その為に力を貸してほしい」

 

 そう告げるグルックに対し、一同も居住まいを正して頭を下げる。

 

 世界の統一。

 

 それは、就任以来掲げ続けるグルックの目標であり、至上の命題でもある。

 

 そう、たとえ何を犠牲にしたとしても。

 

 だが、彼等は自分達が、何を犠牲にして立っているかという事を、気にも留めようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 会食の場は華やかで、テーブルには豪華な料理の数々がこれでもかと並べられている。

 

 ふたを開けられた酒の数は、どれも旧世紀以来の年代物ばかりである。

 

 グルックをはじめとした閣僚達の楽しそうな談笑は、モニター越しにも伝わってくる。

 

 まったく、呑気な物だ。

 

 この光景を、今のプラント市民が見れば、軽く100回は反乱が起きる事は間違いないだろう。

 

「なあ、この茶番劇はまだ続ける気かよ?」

 

 クライブ・ラオスは、共に映像を見ているPⅡへ、苦笑交じりの声を掛ける。

 

「いい加減、次に行っても良いんじゃないのか?」

 

 対して、PⅡは微笑を浮かべて答えた。

 

「うーん、面白いから、もう少しこのままで行こうよ。むしろ、これからって気もするし」

 

 モニターの中で歓談するグルック達。

 

 前線で戦う兵士達、

 

 そして、戦線を支え続ける英雄達。

 

 それらは全て、PⅡにとっては全て、激情を作り出す要素に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、ヒカルは着替えるのもおっくうになり、そのままベッドへと倒れ込んだ。

 

 途端に、熱病時にも似た強烈な脱力感に襲われ、思わず意識を手放しそうになった。

 

 最近はいつもこうだ。

 

 気を張っている時は大丈夫なのだが、こうして少しでも気が緩めば、そのまま意識を失ってしまいそうな時がある。

 

 本来なら、医者にでも見てもらうべきところだろう。それが無くても、少しの間休息を取った方が良い。

 

 しかし、それはできなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・レミリア」

 

 そっと、失われた少女の名を呟く。

 

 目を閉じれば今でも、あの時の光景が思い出される。

 

 自分の腕の中に崩れ落ちるレミリア。

 

 零れ落ちていく命を掬い上げる事もできず、ヒカルはただ見ている事しかできなかった。

 

 後悔は千載にある。

 

 なぜ、あの時もっと慎重に動かなかったのか?

 

 なぜ、あの時、自分が盾にならなかったのか?

 

 声なき声が心の中で反響し、渦を巻いている。

 

 それが意味無き事と判っていながらも、ヒカルは止める事ができなかった。

 

 レミリアは最後に願った。

 

 ヒカルはヒカルらしく、最後まで戦ってくれ、と。

 

 ならば、その願いを背負い、戦い続ける事だけが、今のヒカルにとって唯一の存在意義であると言えた。

 

 やがて、急速に訪れる虚無に身を委ねると、ヒカルはゆっくりと、安らぎに満ちた眠りへ落ちて行った。

 

 

 

 

 

 仮面の少女は、その下に無表情を張り付かせて報告を聞き入っていた。

 

 ユニウス教団の聖女アルマは、信徒達からの定例報告を受けた後、本日の特別議題へと入った。

 

「参戦要請、ですか?」

「はい」

 

 聖女の問いに、教主アーガスは恭しく頷きを返した。

 

 曰く、プラント軍が近日中に大規模な軍事行動を起こす事になる。それに合わせてユニウス教団も戦列に加わってほしいとの事だった。

 

 現在、プラント軍とオーブ軍がカーペンタリアを巡って激しい攻防戦を繰り広げている事は教団の方でも把握している。そして、プラント軍が苦戦中である事も。

 

 どうやら、消耗した戦力の穴埋めとして、教団の力を欲しているらしい。

 

 困った時の神頼み、と言う訳ではないだろうが、教団としても、こうして便利使いされるのは業腹と思える面がある。

 

 しかし、

 

「承りました。プラントからの使者には、そのようにお伝えください」

 

 聖女は鈴が鳴るような声と共に、そのように下命した。

 

「よろしいので?」

「構いません」

 

 探るようにして尋ねるアーガスに対し、聖女はあくまでも無表情で答える。

 

 プラントは教団にとって大切な同盟者。その彼等が困っているなら、教団として手を貸す事もやぶさかではない。

 

 そして、

 

「勿論、出撃の際には、わたくしも同行したします」

「はッ」

 

 聖女の言葉が判っていたように、アーガスは頭を下げる。

 

「工廠の方で、聖女様の新しい機体が完成した旨、報告がありました。今度は、あの魔王とぶつかっても敗れる事は無いでしょう」

「魔王・・・・・・・・・・・・」

 

 聖女は、憎しみを込めた声で、その名を呼んだ。

 

 かつて、スカンジナビアで聖女を打ち倒した魔王。

 

 そして、

 

 彼女にとって唯一の友人だった「レミリア・バニッシュ」を殺した存在。

 

 その魔王を討ち取るのは、他の誰でもない。自分であるべきだった。

 

「その首・・・・・・必ずや貰い受けます」

 

 低い声で呟く聖女。

 

 その仮面の奥の瞳には、暗い炎が燃えている。

 

 自分が首級を狙う魔王が、血を分けた双子の兄である事も知らないまま。

 

 

 

 

 

 数日後、

 

 プラント軍はカーペンタリア救援の為の、大規模な軍事行動を起こした。

 

 参加戦力、宇宙艦艇40隻隻、水上艦艇30隻、参加機動兵器800機。

 

 プラント軍は予備兵力まで含めた全戦力を投入し、一気に戦況を決するべく飛び立っていった。

 

 

 

 

 

PHASE-02「幻想の歌姫」      終わり

 



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PHASE-03「天秤上の攻防」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント軍動く。

 

 その情報は、ターミナルを通じてすぐさまオーブ本国にももたらされた。

 

 艦艇70隻、機動兵器800機を誇る大軍は、まさに現在のプラント軍の全戦力を投入した形となっている。

 

 東欧戦線、オーブ防衛戦、カーペンタリア攻防戦で消耗しているとは言え

 

 この大軍は宇宙と地上の二手に分かれてカーペンタリアを目指し、進軍を開始していた。

 

 目的は、カーペンタリア包囲中のオーブ軍撃破。

 

 カーペンタリアは長く続いた通商破壊戦によって、既に陥落寸前の状況まで追い込まれている。ここで救援しないと、本当に後が無い。このまま行けば、彼等は地上における最大の拠点を失う事になるだろう。だからこそ、プラント軍は投入可能な全兵力を投じたのである。

 

 この戦力を抽出する為に、プラント軍は多方面の戦線を放棄に近い形で撤収し、カーペンタリア救出軍を編成している。

 

 戦いに勝った後、再び戦線に戻れば良い、と言う考えではあるのだが、もし万が一負けるような事態となれば、プラントの国家戦略にも影響しかねない事態となるだろう。

 

 プラントは正に、賭けに打って出たのだ。

 

 それに対して、オーブ軍も各地にゲリラ部隊として展開している軍を引き戻して、迎え撃つ体勢を整えていく。

 

 しかし、その戦力は、大軍を擁するプラント軍に比べると、見劣りせざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「さて、どうしたもんかね、こいつは」

 

 苦笑交じりに言いながら、ムウ・ラ・フラガ大将は肩をすくめた。

 

 全軍を預かるムウとしては、頭を抱えたいほどに絶望的な状況であるのだが、立場上其れができないのもつらい所である。

 

 とは言え、敵が大規模な行動を起こした以上、何らかのリアクションは必要である。

 

「明るい材料があるとすれば、ここで勝つ事ができれば、先も見えるって事くらいですね」

 

 楽観的意見を言ったのは、カノンの父、ラキヤ・シュナイゼルである。

 

 確かに、ラキヤの現にも一理ある。

 

 オーブ奪還作戦から始まり、オーブ軍はプラント軍との戦いの殆どに勝利してきている。

 

 流石のプラント軍も、そろそろ息切れが始まるころと見て良い。継続的な補給作戦を捨て、大軍を繰り出しての決戦に臨んでいる事から見ても、それは間違いない。

 

 ここさえ振り切れば、オーブ軍に勝利の目も見えてくると見て良いだろう。

 

 しかし、

 

「それは、勝てればの話、よね」

 

 マリュー・フラガは、対照的に悲観的な意見を出した。

 

 確かに、勝てれば道は開ける。

 

 だが、負ければ?

 

 その時はオーブの命運は今度こそ尽きるだろう。

 

 何の事は無い。

 

「いつもの話だろ、そんな事」

 

 あっけらかんとした口調で言ったのは、シン・アスカだった。

 

 確かにシンの言うとおり、オーブはこれまで、常に崖っぷちでの戦いを余儀なくされてきた。それを嘆くのは今さらだろう。

 

「それじゃあ、まあ、悪だくみを始めるとしますか。なに、ここまでの戦力差があるんだ。却って気楽なもんだろ」

 

 ムウの言葉に、その場にいる全員が苦笑を漏らした。

 

 確かに、事態の深刻さを嘆く前に、議論は建設的な方向へと向けるべきだった。

 

 とは言え、圧倒的な戦力差が厳然として存在している以上、それを覆す策が必要となる。

 

 いかに一騎当千のエース多数を抱え、キラ率いるターミナルの支援も受けているオーブ軍とは言え、無限に戦えるわけではない。

 

 エースがカバーできる戦場は一人に付き一方面のみ。それでは、大軍相手に押し包まれ、いずれは飲み込まれてしまうだろう。

 

 エースのカードは強力だが、それ1枚で戦争は勝てない。エースの脇を固めるカードも揃えない事には。

 

 と、

 

「すみません、遅れました。ちょっと、考えをまとめるのに時間かかっちゃって」

 

 扉を開けて入ってきたのは、ユウキ・ミナカミだった。

 

「遅いぞ」

「いやー すいません」

 

 苦笑交じりに叱責するムウに、ユウキは頭を掻きながら答える。

 

 しかし、

 

 ユウキはこれまで数々の戦いでオーブ軍に勝利をもたらしてきた「軍師」である。その彼が顔を見せたと言う事はすなわち、勝利に必要な策の準備が整ったと言う事に他ならなかった。

 

 進行状況の説明を聞いたユウキは、頷いてから顔を上げた。

 

「考えるまでもありません。地上は捨てましょう」

 

 そのあっけらかんとした口調で放たれたとんでもない言葉に、誰もが目を剥いた。

 

「おいおい」

 

 ユウキの発言に、流石のムウも眉をしかめる。

 

 敵がカーペンタリアに入るのを、どう阻止しようか話し合っている最中に、全く真逆の事を言い出したのだから、慌てるのも当然である。

 

「敵の物資がカーペンタリアに入ってしまえばアウトだ。連中が息を吹き返してしまうぞ」

 

 ムウの言葉に、一同が頷く。

 

 だが、ユウキは平然とした調子を崩さずに返した。

 

「確かに、全ての物資がカーペンタリアに入れば、敵の勢力は盛り返されてしまう」

 

 ただし、とユウキは続ける。

 

「それは物資が全て、滞りなく運べたら、の話ですよ。それに、案外、地上の敵は見逃した方が、敵の戦意を完膚なきまでにくじく事ができると思います。

 

 そう言うとユウキは、尚も首をかしげている一同に自らの策を披露した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらが投入可能な戦力は、艦艇28隻、機動兵器240機。奪還作戦の時よりはましだが、それでも、難儀だよな、こいつは」

 

 ムウ・ラ・フラガは苦笑交じりに言って肩をすくめる。

 

 メインスクリーンには、接近するプラント軍宇宙艦隊の様子が映し出されている。

 

 オーブの軌道上。

 

 ここで、オーブ軍とプラント軍が向かい合っていた。

 

 これまでオーブ軍は、少数故の機動力の高さを徹底的に活かしてゲリラ戦を展開してきたが、救出部隊がカーペンタリアに入ってしまえば、これまでの苦労が全て水の泡と化してしまう。

 

 その全てを阻止するには、オーブ軍の戦力はあまりにも少ない。

 

 今回、プラント軍は本国から直接カーペンタリアへと向かう宇宙艦隊と、ジブラルタルから海上を通って向かう水上艦隊とに分かれて行動している。

 

 そこでオーブ軍は今回、ユウキの立案した作戦を採用し、敢えて全戦力を宇宙空間に配置する選択をした。

 

 地上は放置と言う形になるが、それはこの際仕方が無い。どのみち全戦線を守れないのなら、戦力を集中させるしかない。総花的な作戦は全てを失う事になりかねない。

 

 故にオーブ軍は、危ない橋と判っていながらも、わたらない訳にはいかなかった。

 

 慌てたのはプラント宇宙軍である。

 

 まさかオーブ軍が、全力を挙げて自分達に挑みかかって来るとは思っても見なかったからである。

 

 プラント軍としては、オーブ軍も戦力を宇宙と地上とに分けて、双方に阻止線を構築すると考えていた。それなら、宇宙軍にしろ地上軍にしろ、数の力でオーブ軍を圧倒できると。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 オーブ軍はあえて戦力を宇宙に集中させてきた。

 

 これで、当初考えていたよりもずっと、戦力差が縮まった事になる。

 

「敵艦隊、モビルスーツ隊を発進させました。数、約200.真っ直ぐこちらに向かってくる模様!」

「来たなッ よし、こっちも発進させろ。迎撃開始だ!!」

 

 オペレーターの報告を受けて、ムウは命令を下す。

 

 ここが正念場だ。

 

 ここを乗り切れば、必ずや希望も見えてくるはずだった。

 

「じゃあ、行ってくるぞ」

「ええ、気を付けて」

 

 ムウは、艦隊を率いる妻のマリューと頷きをかわすと、微笑を向ける。

 

 既に幾度も交わした、軍人夫婦のやり取り。

 

 そこにはある種の普遍性がある。

 

 これまで、ムウはどんな苦しい戦場からも帰ってきた。一度は地獄の底からも戻ってきた。

 

 故に、マリューは戦場に赴く夫を、信頼に満ちた眼差しで見送る。

 

 それが、自分の務めだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び出ると同時に、久方ぶりに見る深淵の光景が飛び込んできた。

 

 ヒカルはセレスティフリーダムの操縦桿を握り、最前線へと躍り出た。

 

 既に両軍は指呼の間に迫っている。

 

 砲火が開かれるまでは一瞬だ。

 

 静寂が、ヒカルの周囲を取り巻く。

 

 戦闘開始前の喧騒は一切耳に入らず、ただ静かに時が過ぎるのを待ち続ける。

 

「・・・・・・・・・・・・レミリア」

 

 失われた少女の名を、ヒカルはそっと呟いた。

 

 もう、あれから半年。されど、今だ半年。

 

 振り切るには時が足りず、受け入れるにも尺が短すぎる。

 

 故にこそ、生き残った自分は前に進み続けなくてはならない。

 

 たとえ、明日が見えなくても。

 

「・・・・・・・・・・・・お前が犠牲になって掴んだ世界。俺が必ず守って見せるからな!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ヒカルはセレスティフリーダムのスラスターを全開まで吹かし、敵陣へと斬り込んで行く。

 

《ヒカルッ また!!》

 

 後ろからカノンが咎めて来るが、ヒカルは一切気にする事は無い。

 

 飛び込むと同時に抜刀したビームサーベルが、月牙の軌跡を描いて虚空を迸る。

 

 横なぎに振るわれた光刃によって、2機のガルムドーガが腕と頭部を斬り裂く。

 

 更にヒカルは接近してきた2機のハウンドドーガを斬り捨てると、8枚の蒼翼を羽ばたかせて戦場を駆け巡る。

 

 近付こうとする敵機をレールガンで吹き飛ばし、更に両手に構えたビームライフルを広げて構え、対角線上で挟み撃ちにしようとしていたガルムドーガを撃ち抜く。

 

 機体はエターナルフリーダムからグレードダウンし、ヒカルの手に感じる操縦の感覚も微妙な鈍りがある。

 

 しかし、そのような些事を感じさせない程、ヒカルのセレスティフリーダムは軽々とした機動で砲火を回避し、隊列を乗り越えて暴れまわる。

 

 そこで、ようやく追い付いてきたカノンのセレスティフリーダムが、掩護射撃を開始した。

 

《ヒカル。無茶しないでって言ってるでしょ!!》

 

 言いながらカノンは、搭載している6門の砲を展開すると、フルバースト射撃を浴びせ、ヒカルに群がろうとする敵に横撃を加える。

 

 カノンはもどかしい気持ちを抱えたまま戦場に立っていた。

 

 ヒカルが今、自らを追い込むようにして戦場に立ち続けている事はカノンにも判っている。そして、いくら言っても、ヒカルが戦いをやめる事は無いだろうことも。

 

 ラクスや母に言われたように、そんなヒカルを自分に救い出せるかどうかも判らない。

 

 だが今は、取り付かれたように戦い続けるヒカルを掩護する事しかできない。

 

 それが破滅への坂をゆっくりと転がる行為だったとしても、カノンにはそれ以外の手段が無かった。

 

 

 

 

 

 ヒカル達が戦闘を開始すると同時に、両軍は本格的な激突を開始した。

 

 当初、戦闘になった場合、プラント軍が優勢に進める事ができると誰もが考えていた。

 

 しかし、いざ蓋を開けると、オーブ軍有利のまま経過している。

 

 プラント軍はこの戦いに、予備戦力まで含めて、ほぼ全軍を投入しているが、その戦力は宇宙と地上とに分けてしまっている。当然、一方の戦線に投入できる戦力は、約半分と言ったところである。

 

 対してオーブ軍は、ユウキ・ミナカミの立案した作戦により、ほぼ全軍を宇宙空間に展開して迎撃戦を行っている。

 

 ここに、プラント軍の計算違いがあった。

 

 当初、プラント軍は、オーブ軍も戦力を二分して、地上と宇宙、双方を守るように戦力を展開すると考えていた。

 

 しかし、オーブ軍は宇宙空間に全戦力を集中した。これで、戦力差は当初考えられていたほどには大きなものではなくなった。

 

 更にもう一つ。プラント軍の目的はオーブ軍との戦闘では無く、あくまでもカーペンタリアに物資を届ける事にある。その為、引き連れて来た輸送船団護衛の為に戦力を割かなくてはならない。当然ながら、前線の兵力はさらに減る事になる。

 

 これらの要素により、最前線で激突する両軍の戦力差は、ほぼゼロに等しい状態にまでなっていた。

 

 更にオーブには、シン・アスカ、ラキヤ・シュナイゼル、ムウ・ラ・フラガと言った歴戦のエース達が存在している。質的な戦力を考慮すれば、オーブ軍の方が有利になるのは自明の理であると言えた。

 

 攻め寄せるオーブ軍に対し、プラント軍もありったけの火力でもって対抗する。

 

 突撃するオーブ軍の機体がいくつか、直撃を浴びて吹き飛ぶのが見えた。

 

 しかし、

 

 そんな中を、深紅の機体が駆け抜けるのが見えた。

 

 背中に大型のリフターを背負った俊敏そうな機体は、アステル・フェルサーの駆るギルティジャスティスである。

 

 半年前に戦いで、レミリア・バニッシュの駆るスパイラルデスティニーと交戦して大破したギルティジャスティスだったが、幸いエンジンをはじめとした基幹部分は無事であった為、修理して戦線復帰できたわけである。

 

「数が多いな。結構な事だ」

 

 ヒカル達と同様、二尉へと昇進したアステルはそう呟くと、速度を上げて斬り込んで行く。

 

 たちまち、全方位から集中される砲火。

 

 しかし、アステルはその全ての軌道を読み切るようにして放たれた火線を回避すると、敵の真っただ中へと飛び込む。

 

 その大胆な行動に、プラント軍の兵士達は慌てて機体を振り返らせようとする。

 

 しかし、

 

「遅いッ」

 

 鋭い声と共に、アステルはギルティジャスティスの両手に装備したビームサーベルを振る。

 

 武器を構え直す間すら与えられずに斬り裂かれるプラント軍機。

 

 更にアステルはギルティジャスティス脚部のビームブレードを展開して、群がる敵機を斬り捨てた。

 

 戦況は、徐々にだがオーブ軍有利に進みつつあった。

 

 だが、プラント軍とて、状況をただ座して押し切られるのを待っている訳ではない。

 

 状況を打破するべく、切り札を出してきた。

 

 アステルが自身に纏わりつくガルムドーガを更に3機を斬り捨てた直後、新たな反応複数が接近してくるのを捉え、機体を振り返らせた。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつらは」

 

 低い声で呟く。

 

 赤い装甲に白い翼を羽ばたかせた、天使の如き軍勢。

 

 プラント軍議長特別親衛隊ディバイン・セイバーズ

 

 正に、地球圏最強部隊の登場である。

 

 その先頭に立つリバティは、手にした巨大な槍を翳して速度を上げる。

 

《これより、叛徒共に対する殲滅戦を行う。奴等を一兵に至るまで殲滅し、議長の作られる理想の世界の礎とするのだ。各機、我に続け!!》

 

 第1戦隊長であるカーギル・ネストの命令に従い、各部隊を構成するリバティが、一斉に攻撃を開始する。

 

 それにより、状況に大幅な修正が与えられる。

 

 フリーダム級機動兵器の持つ巨大な火力を駆使して、意気上がるオーブ軍に強烈な逆撃を加えた。

 

 たちまち、それまで整然とした動きを見せていたオーブ軍の戦列が乱れる。

 

 その中を、カーギルはロンギヌスを振り翳して突撃した。

 

 たちまち、複数のアストレイRが、接近を阻むべく砲火を集中させる。

 

 フォーメーションを組んだオーブ軍が、砲火を集中させてカーギル機の牽制を目論む。

 

 しかし、カーギルはそんなオーブ軍の攻撃に、怯んだ様子すら見せない。自身に向かってくるビームを悉く回避すると、一気に接近した。

 

 旋回する巨大な槍。

 

 遠心力によって威力を増したその攻撃は、瞬く間に2機のアストレイRを叩き潰し、串刺しにする。

 

 槍を引き抜き、次の目標へと向かおうとした時だった。

 

 赤い甲冑を纏った機体が、剣を構えて鋭く切り込んで来た。

 

 アステルはカーギルの機体が隊長機と見定め、一気に勝負を掛けるべく斬り込んで来たのだ。

 

 カーギルもギルティジャスティスを視界の中へと納めると、とっさに機体を後退させてアステルの斬撃を回避。同時に槍を鋭く繰り出す。

 

 しかし、体勢が崩れた状態からの攻撃だった為、槍の穂先はギルティジャスティスを掠める事は無い。

 

 4本の剣を構えるアステルと、長大な槍を構え直すカーギル。

 

 次の瞬間、両者は互いに仕掛けた。

 

 

 

 

 

 攻守逆転、と言うべきだろうか。

 

 ディバイン・セイバーズの戦線加入によって、それまで押される一方だったプラント軍は反撃に転じていた。

 

 ディバイン・セイバーズを先頭に立てて攻め寄せてくるプラント軍。

 

 そうなると、少数のオーブ軍は逆に後退を余儀なくされる。

 

 最強の軍隊と言う呼び名は決して伊達ではない。並みの兵士ではディバイン・セイバーズに対抗する事は難しかった。

 

 故に、切るべきカードは、オーブ軍もジョーカー以外にありえなかった。

 

 猛威を振るうディバイン・セイバーズの中には、第4戦隊の姿もあった。

 

 クーヤ・シルスカを隊長とする第4戦隊は、議長からの覚えめでたい事もあり、ディバイン・セイバーズの中でも特に高い実力を発揮している。その為、一部では彼等こそがプラント最強であるとの見方もある。

 

 その噂を肯定するかのように、第4戦隊の各機はそれぞれ、オーブ軍へ熾烈な猛攻を加えていく。

 

 その圧倒的な戦闘力を前にして、オーブ軍の一般兵士達では抗しきれない程だった。

 

 だが、無人の野を行くが如き状況も、長くは続かなかった。

 

 複数の機影が向かってくるのを、ディバイン・セイバーズ第4戦隊は正面に捉えていた。

 

《ハハッ 連中もどうやら、主力を出してきたみてぇだな!!》

 

 テンションを上げながら、フェルド・マーキスが言う。

 

 彼等の視界の中では、自分達の機体とよく似た機体で構成された部隊が、まっしぐらに突き進んで来る様が映し出されている。

 

 フェルドはリバティの手にした斬機刀でアストレイRを斬り捨てると、揚々と8枚の白翼を広げて、新たな敵へと向かっていく。

 

 それに続いて、更に2機のリバティも方向転換しつつ、迎え撃つ体勢を整える。

 

《オーブ軍第13機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィントか。確かに、厄介な連中だな》

《気を付けてよ、みんな。連中も本気みたいだし!!》

 

 イレス・フレイドとカレン・トレイシアが、そう言った時だった。

 

 一同の機体を追い越すようにして、12枚の翼を広げた流麗な機体が、猛スピードでフリューゲル・ヴィントへと向かっていく。

 

「誰が相手であろうと、容赦はしない。議長の理想を妨げる愚者は、全て私が排除する!!」

 

 クーヤ・シルスカはヴァルキュリアを駆って前へと出ると、同時にアスカロン対艦刀を抜き放った。

 

 そんなヴァルキュリアの姿に脅威を感じたのだろう。フリューゲル・ヴィントに属するセレスティフリーダムが、一斉に砲火を放ってヴァルキュリアに攻撃を仕掛けてきた。

 

 明らかに特機の様相をしているヴァルキュリアを強敵と判断し、攻撃を集中させてきたのだ。

 

 しかし、

 

「無駄よッ!!」

 

 クーヤは全ての攻撃を、軽やかな機動で回避してのけると、手にしたアスカロンを鋭く振るう。

 

 次の瞬間、放たれた剣閃の軌跡が、月牙の斬撃となって空間を奔る。

 

 斬撃をそのまま遠距離攻撃として射出できるアスカロン。

 

 その特性を知らなかったセレスティフリーダムの1機が、たちまち袈裟懸けに斬り裂かれて爆散する。

 

 更にクーヤは翼にマウントされたドラグーン、及び、背部のユニットに格納されたファングドラグーン各12基ずつを射出して攻撃を加える。

 

 縦横に駆け抜ける閃光を前に、たちまちオーブ軍は、隊列を乱しながら防御に回らざるを得なくなる。

 

 そこへ、ディバイン・セイバーズから容赦ない砲撃を浴びせられると、たちまち壊乱の憂き目が現出されていった。

 

 

 

 

 

 ディバイン・セイバーズ出現の報を受け、ヒカルとカノンは戦線を離れて、応戦に向かわざるを得なかった。

 

 ディバイン・セイバーズを迎え撃つとなると、同じ精鋭であるフリューゲル・ヴィントでなくてはならない。一般兵士では、無駄に犠牲を増やすだけである。

 

 その事は、彼等と直接交戦した経験のあるヒカル達には嫌と言う程判っていた。

 

《ヒカル、あれ!!》

 

 カノンの警告にしたが、ヒカルがカメラアイを向けると、オーブ軍を蹂躙するようにして砲火を放っているヴァルキュリアの姿があった。

 

「あいつはッ」

 

 間違いなく特機。となれば、一般兵では100人掛かっても勝ち目は薄いかもしれない。

 

「仕掛けるぞカノンッ 掩護しろ!!」

《了解!!》

 

 速度を上げる2人。

 

 対するクーヤの方でも、2人の存在に気付いて機体を振り返らせた。

 

「新手ッ!?」

 

 性懲りも無くッ

 

 舌打ち交じりにアスカロンを振り抜くクーヤ。

 

 その軌跡を見た瞬間、

 

「やばいッ よけろカノン!!」

《えッ!?》

 

 ヒカルの叫びに呼応し、とっさに左右に分かれる2人。

 

 そこへ、放たれたビームの斬撃が、空間を斬り裂いて駆け抜けて行った。

 

《ちょっと、何、今の!? 反則じゃない!!》

「敵も必死って事だろッ」

 

 うろたえた声を上げるカノンに対し、ヒカルは叩き付けるように言葉を返す。

 

 苦しいのは自分達だけではない。

 

 敵も苦しいからこそ、あの手この手の策を繰り出してきているのだ。

 

 そう考えない事には、この苦境に立ち向かう事などできなかった。

 

 ヒカルがセレスティフリーダムの腰からビームサーベルを抜刀し、スラスター全開で斬り込む中、カノンはフルバーストモードへ移行して掩護射撃を行う。

 

 対抗するように、クーヤは全ドラグーンを引き戻して、突撃してくるヒカル機へと差し向ける。

 

 ドラグーンが砲撃配置に着き、ファングドラグーンがビームの牙を振り立てて突っ込んでくる。

 

 対して、

 

「そんな物!!」

 

 ヒカルはSEEDを弾けさせると、全てのドラグーンの動きを先読みして回避。速度を緩める事無く突撃していく。

 

 慌てたように、方向転換しようとするドラグーン。

 

 そこへ、狙いを澄ましたように、カノンの援護射撃が入る。

 

 次々と放たれる砲撃が、方向転換中のドラグーンに襲い掛かり、あっという間に複数を叩き落とす。

 

 そして、その間にヒカルは、ヴァルキュリアの懐まで斬り込む事に成功していた。

 

「こいつッ!!」

 

 自身の攻撃を生意気にも回避し尽くして迫る敵機に対し、迎え撃つべくアスカロンを振り翳す。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを振り上げる。

 

 アスカロンは両刃の形をしており、一方は射出攻撃が可能なビーム刃を擁し、もう一方には実体剣が装備されている。

 

 クーヤは、その実体剣の方を繰り出してセレスティフリーダムに斬り掛かった。

 

 対して、ヒカルはとっさに逆噴射をかけて急ブレーキと同時に機体を後退させ、クーヤの間合いを狂わせる。

 

 そして、大剣を振り切ったヴァルキュリアの体勢が僅かに崩れた瞬間を狙い、スラスター全開で斬り込んだ。

 

「喰らえ!!」

 

 逆袈裟懸けに振り上げられるビームサーベル。

 

 対して、とっさに回避は間に合わないと考えたクーヤは、ビームシールドを展開してセレスティフリーダムの斬撃を弾いた。

 

 一瞬飛び散る火花。

 

 両者は激突の衝撃を利用して後退する。

 

 その間にヒカルは、腰部のレールガンを跳ね上げてヴァルキュリアに対して牽制の砲撃を加えつつ、更なる斬り込みのタイミングを計る。

 

 対してクーヤも、アスカロンをビーム刃に返すと、後退しながら斬撃を繰り出す。

 

 放たれる月牙の閃光。

 

 しかし、SEEDを瞳に宿したヒカルは、その動きを冷静に見極めつつ回避。大ぶりを振り切って隙ができたヴァルキュリアに対して接近を図った。

 

「こいつはっ!?」

 

 セレスティフリーダムの攻撃を回避し、その動きを見詰めるクーヤは、何かに気付いたように叫ぶ。

 

 迫る光刃。

 

 対して、

 

 クーヤもSEEDを弾けさせる。

 

「貴様ッ 魔王か!!」

 

 相手の動きの特徴から正体を看破したクーヤは、すぐさま対応する行動を取る。

 

 機体が違う事から気付くのに遅れたが、何度も戦った相手である。見間違う筈が無かった。

 

 クーヤのSEEDが弾けると同時に、ヴァルキュリアに劇的な変化が訪れる。

 

 元々、この機体はアンブレアス・グルックがクーヤの為に建造を命じた機体なのだが、その際、あるシステムがOSの中に組み込まれた。

 

 グルックはラクス・クラインが残した莫大なデータをハッキングし、その中から、彼女が厳重に封印していた存在を解析する事に成功し、それを軍事転用したのだ。

 

 それこそがエクシードシステム。

 

 かつてクロスファイアに搭載され、共和連合勝利の一要因となったSEED因子対応システムであり、搭乗者のSEEDを感知して機体性能を劇的に向上させる次世代型のシステムである。

 

 たちまち、ヴァルキュリアの動きに鋭さが増し、機体を動かすパワーが増幅するのが判る。

 

 クーヤは残っているドラグーンを引き戻すと掩護射撃を任せ、自身はアスカロンを振り翳して突撃していく。

 

 対して、

 

「速いッ!?」

 

 ヒカルは舌打ち交じりに叫びながら、シールドとサーベルを構え直す。

 

 ドラグーンの砲撃をシールドで防御しつつ、向かってくるヴァルキュリアにカウンターの斬撃を繰り出す。

 

 対してクーヤも機体をスライドさせてセレスティフリーダムの斬撃を回避。同時に旋回の勢いをそのまま横なぎの斬撃に変換して振り抜く。

 

 対抗するように、ヒカルもまた、剣を構え直してヴァルキュリアに挑んで行った。

 

 

 

 

 

 焦慮は、少女の脳を染め上げようとしている。

 

 カノンの視線の先では、絡み合うように激突を繰り返すセレスティフリーダムとヴァルキュリアの姿が映っている。

 

 しかし、

 

「このままじゃ、ヒカルが・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンの目から見て、両者は拮抗しているように見える。

 

 しかし相手は特機で、しかもエース。対してヒカルは、贔屓目に見て腕は相手と同等と見ても、機体は量産型に過ぎない。

 

 一時的に互角に戦えても、時間が経てばヒカルが不利になるのは明白だった。

 

 掩護に行かなくては。

 

 そう思って、機体を反転させた時だった。

 

《行かせるかよ!!》

 

 斬機刀を振り翳したフェルドの機体が、カノンのセレスティフリーダムに襲い掛かる。

 

 鋭く斬り掛かってくる実体剣の刃を、後退しながら回避するカノン。同時にレールガンとプラズマ砲で牽制の射撃をしながら、反撃のタイミングを計ろうとする。

 

 しかしそこへ、今度はカノンの機体を包囲するように、ドラグーンが周囲から一斉射撃を仕掛けてくる。

 

《ここに来る事は、僕の計算通りだ!!》

 

 イレスはドラグーンの一斉砲撃を仕掛けながら、徐々にカノンを追い詰めていく。

 

 更にそこへ、カレンの機体が砲撃を浴びせてくる。

 

《クーヤの邪魔はさせないわよ!!》

 

 状況は1対3。しかも精鋭部隊らしい巧みな連繋でカノンを追い込んでくる。

 

 唇をかみしめるカノン。

 

 視界の彼方では、尚も交戦を続けるヴァルキュリアとセレスティフリーダムの姿がある。

 

 しかし、圧倒的な戦力差を前にしては、カノンと言えども如何ともしがたかった。

 

 

 

 

 

 ヒカルは臍を噛みたくなる想いを必死で噛みしめながら、操縦桿を操り続ける。

 

 相手の攻撃は、更に鋭く、重くなっている。

 

 対してヒカルは、それについていくだけで精いっぱいである。

 

 量産機の限界と言うべきか、多少のアップグレードなど、特機の持つ圧倒的な性能差の前には完全に霞んでしまっている。

 

 ヒカル自身、自分の機体に対する焦燥は募る一方である。

 

 機体が自身の操縦について来れていない。

 

 反応がワンテンポ以上遅れる。

 

 出力の上昇率が呆れるほど遅い。

 

 パワーが思ったほど出ない。

 

 それらの要素が全て、ヒカルにとって焦りに繋がる。

 

 ヒカルの攻撃を、クーヤは軽々と回避し、あるいはシールドで弾いてしまう。

 

 対して、クーヤの攻撃をヒカルは、殆どギリギリで回避し、防御しようとしても弾かれてしまう。

 

 せめて、

 

 せめてエターナルフリーダムがあれば・・・・・・・・・・・・

 

 情けない考えだとは自覚しているが、ヒカルは強く、そう思わずにはいられなかった。

 

 大剣を振り翳して突っ込んでくるヴァルキュリア。

 

 対してヒカルは、セレスティフリーダムを後退させながら、両手に装備したビームライフルで反撃する。

 

 ヒカルの攻撃を、クーヤはビームシールドで防御しつつ、速度を緩めずに斬り掛かる。

 

 振り下ろされる大剣。

 

 対して、

 

「やらせるかよ!!」

 

 ヒカルはとっさにビームライフルをパージすると、両手にビームサーベルを構えて突っ込む。

 

 クーヤが振り下ろす一瞬の隙を突く形で、大剣の攻撃範囲の内側へと機体を滑り込ませたのだ。

 

 これで、クーヤは剣を振り下ろす事ができない。

 

 ヒカルはビームサーベルを横なぎにするべく構える。

 

 しかし次の瞬間、

 

 ヴァルキュリアの構えたアスカロンの柄尻から、ビームスパイクが出現した。

 

「なッ!?」

 

 それを見たヒカルは、驚いて動きを止める。

 

 次の瞬間、振り下ろされた刃が、セレスティフリーダムの頭部を破壊する。

 

「クソッ!?」

 

 とっさに後退を掛けようとするヒカル。

 

 しかし、クーヤはその前に動いた。

 

 アスカロンのナックルガードには、ある奇抜な機構が設けられている。

 

 それは回転式の小型無限軌道で、分節された部位から極小のビーム刃を形成する事ができる。

 

 要するに、ビームチェーンソーと言う訳だ。

 

 その刃が、セレスティフリーダムへ向かって振り下ろされる。

 

 対して、ヒカルも視界が効かない状況を考慮して、とっさにビームシールドを掲げて防御の姿勢を取る。

 

 しかし、ヒカルの対応は無駄だった。

 

 次の瞬間、クーヤが振り下ろしたビームチェーンソーはセレスティフリーダムのビームシールドを噛み裂くと、一気に振り下ろされる。

 

 次の瞬間、

 

 刃は一瞬にして、セレスティフリーダムを斬り捨てた。

 

 

 

 

 

PHASE-03「天秤上の攻防」      終わり

 



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PHASE-04「永遠に飛翔する螺旋の翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、オーブ奪還がなった半年前の事だった。

 

 戦後処理が終わり、格納庫内部は損傷機の収容や修理に段取りを行う整備員たちでごった返している。

 

 勝ったとはいえ、オーブ軍も大きな被害を受けてしまっている。損傷機を修理して復帰させるのは急務である。

 

 戦闘自体は終了したが、整備員達の戦いは、むしろこれからが本番であると言えた。

 

 そんな中、1人。

 

 キラは、ある機体の前に佇んで、何やら腕組みをしていた。

 

 キラの前にある機体は2機。そのどちらも、激しく損傷している。

 

 1機はエターナルフリーダム。

 

 もう1機は、スパイラルデスティニー。

 

 キラの息子と、その息子が心を通わせた少女が、それぞれ駆っていた機体である。

 

 オーブ奪還作戦の最終局面で互いに剣をかわし合った2機は、その身を激しく損傷させた状態で、今は寄り添うようにひっそりと佇んでいた。

 

 と、

 

「よう、キラ。ここにいたか」

「何してるのよ、こんな所で?」

 

 声を掛けられて振り返ると、見慣れた顔が並んで歩いて来るのが見えた。

 

 サイ・アーガイルとリリア・アスカ。

 

 共に、キラにとっては古い友人達である。

 

 戦いの後で再会を果たした3人だが、今はその喜びを分かち合う間もなく、こうして機体の修理や検証に奔走していた。

 

 2人はキラの元まで歩いて来ると、同じように2機を見上げた。

 

「この2機が、どうかした?」

「うん・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかけるリリアに対して、キラは生返事のような頷きを返してから口を開いた。

 

「この2機・・・・・・・・・・・・」

 

 言ってから、少し間を置くキラ。

 

 まるで、何かを考えているかのような旧友の仕草に、サイとリリアは揃って首をかしげる。

 

 ややあって、キラは先を続けた。

 

「この2機、早めに修理した方が良いだろうね」

「これを、か?」

 

 釣られるようにして、サイも2機を見上げる。

 

 元は流麗な姿をしていたエターナルフリーダムとスパイラルデスティニーは、既にその機体を大きく損傷させている。

 

 その損傷具合が、2機の交わした砲火のすさまじさを如実に物語っていた。

 

「ちょっと、難しいんじゃない?」

 

 専門家としての見地から、リリアはキラの言葉に難色を示す。

 

 スパイラルデスティニーの方は損傷が大きい。見た目の被害は元より、損傷はエンジン部分にも及んでおり、修理にはエンジンを換装する必要がありそうだった。レミリアが行った原子炉緊急閉鎖措置があとコンマ何秒か遅かったら、彼女もヒカルも原子レベルで塵と化していた可能性がある。

 

 一方のエターナルフリーダムの方は、こちらはエンジンは無事だが、これまで幾度も損傷と修理を繰り返した関係で、機体各所にガタがきている状態だった。

 

 勿論、サイとリリアはエターナル計画に携わり、この2機への思い入れは誰よりも深い。

 

 しかし、それでもメカニックのプロとして、感情を抜きにして機体を見た場合、放棄が妥当のように思えるのだった。

 

「無理とは言わないけど、やっぱりちょっと、難しいと思うな」

「そっか・・・・・・・・・・・・」

 

 リリアの説明を受け、キラは暫く考え込む。

 

 やがて、何かを決意したように顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼馴染の乗った機体が斬り裂かれる光景が、彼方に遠望できる。

 

 それを見て、カノンは悲鳴を上げるのを止められなかった。

 

 ヒカルの乗ったセレスティフリーダムが、ヴァルキュリアの大剣によって斬り裂かれる光景が見えた。

 

 先に潰された頭部に加え、今度は左腕、左足、左翼を一気に斬り飛ばされている。

 

「ヒカル!!」

 

 呼びかける声に、返事は返らない。

 

 ただ、セレスティフリーダムは力を失ったようにバランスを崩して漂うのが見えた。

 

 次の瞬間、

 

 カノンの中でSEEDが弾ける。

 

 感覚が増幅され、全ての事象を並列的に近くできるようになる。

 

 動きに鋭さが増し、あらゆる事柄が、まるでスローモーションのように知覚できた。

 

 この感覚は何なのか?

 

 考える間も無く、カノンは動く。

 

 カレン、フェルド、イレスがカノンのセレスティフリーダムを取り囲み、三方から攻撃を仕掛けてくる。

 

 しかし、それらの攻撃を全て、カノンは神業的な機動を見せて回避して見せた。

 

「邪魔ッ!!」

 

 叫びながら、カノンは8枚の蒼翼を羽ばたかせる。

 

 他の者に構っている暇は無い。今最優先にするべき事はヒカルの救出だった。

 

 彼女の視界の中で、ヴァルキュリアは既にアスカロンを振りかぶっている。後はそれを振り下ろすだけで、セレスティフリーダムは真っ二つにされてしまうだろう。

 

 ヴァルキュリアのコックピットの中で、クーヤは笑みを浮かべる。

 

「これで最後よ、魔王。その悪逆に相応しい地獄へ落ちなさい!!」

 

 言い放つと同時に、大剣を振り下ろす。

 

 しかし次の瞬間、

 

 放たれた砲撃が、ヴァルキュリアへの命中コースを取って迫ってきた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに機体を後退させて回避するクーヤ。

 

 そこへ、砲撃を浴びせたカノンが駆けつける。

 

「待っててヒカル。すぐ安全なとこに連れて行くから!!」

 

 そう言うと、カノンは更にヴァルキュリアへと砲撃を浴びせて牽制しようとする。

 

 しかし、クーヤもまた、すぐに体勢を立て直すと、ドラグーンとファングドラグーンを射出して迎え撃つ。

 

 向かってくるドラグーン。

 

 対して、

 

「どいてッ!!」

 

 カノンは自身の進路を塞ぐドラグーンのみをピンポイントで狙い撃ちにすると、開いた空間をすり抜けようとする。

 

 だが、

 

「無駄よッ!!」

 

 カノンの動きを先読みしたクーヤが、アスカロンを鋭く振り抜く。

 

 射出される斬撃の軌跡。

 

 次の瞬間、カノンのセレスティフリーダムは、右翼を一緒くたに斬り飛ばされた。

 

「あぐッ!?」

 

 悲鳴を上げるカノン。

 

 バランスを崩した機体の速力が落ちるが、OSがすかさず補正を掛ける。

 

 しかし、機動力が落ちた間に、ヴァルキュリアに距離を詰められてしまった。

 

「よくも邪魔してくれたわねッ 魔王と共に散りなさい!!」

 

 振り上げられる大剣。

 

 その刃が、立ち尽くすカノンのセレスティフリーダムへと振り下ろされようとした。

 

 次の瞬間、

 

 流星の如く駆け抜けてきた機体が、紅い炎の翼を羽ばたかせてヴァルキュリアへと迫った。

 

 振りかざされる双剣。

 

 その攻撃を、クーヤは舌打ちしながらとっさにシールドで弾く。

 

 その視界の中には、黒い装甲を持ち、深紅の翼を広げたクロスファイアが、カノンのセレスティフリーダムを守るようにして佇んでいた。

 

《カノン、今の内にヒカルをお願い!! アークエンジェルへ!!》

 

 何事かの理由で戦闘開始当初は姿を見せていなかったキラ達だが、どうやら土壇場で間に合ったらしかった。

 

「おじさん、判った!!」

 

 キラの援護を受けて、再びヒカルの機体へと寄って行くカノン。

 

 それを阻止しようとクーヤも動く。

 

「行かせないわよ!!」

 

 アスカロンを振り翳して、カノン機を追おうとする。

 

 が、

 

 エストの援護でヴァルキュリアの動きを先読みしたキラは、牽制するようにブリューナク対艦刀を振るい、クーヤを妨害する。

 

「邪魔はさせない」

「クッ」

 

 まるでキラの言葉が聞こえたかのように、クーヤは舌打ちを洩らす。

 

 臍を噛むクーヤ。

 

 その間にカノンは、大破して動きを止めたヒカルの機体へと寄り添う。

 

「ヒカルッ!!」

 

 呼びかけに対して反応は無い。

 

 焦燥が募るが、今はとにかく一刻を争う。

 

 カノンはヒカルのセレスティフリーダムを抱え上げると、キラに指示されたとおり、アークエンジェルを目指して飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 鋭い槍の突き込みを、アステルは軽やかな機動で回避する。

 

 同時に分離したリフターが、リバティの後方に回りつつ掩護射撃を敢行。更に、ギルティジャスティス本体も、ビームサーベルとビームブレードを振り翳して斬り込んで行く。

 

 対して、

 

「甘いッ!!」

 

 カーギルは低い声と共に背後からの砲撃を回避すると、そのまま槍を振り翳して突貫する。

 

 槍の使い道は、何も「突き」だけではない。その長大な柄と先端の刃を利用した「薙ぎ払い」も、侮れない程の威力を発揮する。

 

 豪風を撒くが如き勢いで襲い来るロンギヌスの槍。

 

 次の瞬間、アステルのギルティジャスティスは、上昇するようにして旋回する槍を回避。同時に脚部のビームブレードを繰り出す。

 

 だが、当たらない。

 

 アステルの刃が届く前に、カーギルは機体を捻り込ませるようにして斬撃の範囲外へとのがれたのだ。

 

 両者、そのまますれ違うと、同時に機体を振り返らせてビームライフルを放つ。

 

 互いが放つ閃光は、しかし共に両者を捉える事は無く、空しく虚空を薙ぐにとどまった。

 

「ならば」

 

 アステルは低く呟くと、両肩からウィンドエッジを抜き放ち、ブーメランモードで投擲する。

 

 旋回しながらリバティへと向かう刃。

 

 対して、

 

「そんな物で!!」

 

 ロンギヌスを振るい、飛んできたブーメランを薙ぎ払うカーギル。

 

 そこへ、リフターと再合体したギルティジャスティスが、ビームサーベルを構えて斬り込んでくる。

 

 対抗するようにロンギヌスを振り翳すリバティ。

 

 互いの刃が、虚空の中で再び激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 収容と同時に機体はクレーンでつるされ、メンテナンスベッドへと運ばれる。

 

 固定すると同時に消火剤を吹きかけられて緊急冷却される。

 

 頭部は完全に破壊され、左腕と左翼、左足も失っている。ここまで損傷が激しいと、修理するのにも容易な話ではない。

 

 やがて、機体表面の冷却が確認されると、コックピットハッチが強制解放され、中から人が引きずり出された。

 

 その様子を傍らで見ていたカノンは、引きずり出され幼馴染の姿を見て、ホッと息を付いた。

 

 やがて、ヒカルが手すりにもたれかかるようにして座り込むと、カノンが駆け寄って行った。

 

「ヒカル、無事で良かった!!」

 

 声をかけるカノン。

 

 しかし、

 

 ヒカルは少女の声には答えず、荒い息を吐き出したまま虚空を眺めている。

 

 と、

 

《お二人とも、無事ですね。良かった》

 

 突然、空中から飛び出すように、ラクスが出現した。

 

 アークエンジェル艦内に限って、ラクスは任意の場所へ瞬時に移動する事ができる。勿論、プライベートな空間に移動する事は自主的に控えているとの事だが、慣れない人間にはかなり奇異に映る光景である事は間違いない。

 

「ラクス様、ヒカルが・・・・・・」

《どうかしましたか? どこか、怪我でも?》

 

 カノンの肩越しに、ラクスも座り込んでいるヒカルを覗き込む。

 

 ヒカルは先程よりは落ち着いた様子で、吐き出す息も穏やかになりつつあった。

 

 ただ、相変わらず、視線は2人には向けられず、どこか遠い所を見ている印象がある。

 

 怪訝に思ったカノンとラクスが互いに顔を見合わせて首をかしげる中、ヒカルはノロノロとした調子で立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっとヒカル!!」

 

 背を向けるヒカルを、慌てて引き留めるカノン。

 

 だが、

 

「放せ・・・・・・・・・・・・」

 

 掠れた声で、ヒカルは拒絶の言葉を吐く。

 

 その何かに取りつかれたような声に、思わず肩を震わせ手を緩めるカノン。

 

 と、

 

《どちらに行かれるのですか?》

 

 殊更低い声で放たれた言葉は、ラクスの物だった。

 

 振り返れば、いつに無く厳しい表情を浮かべたラクスが、真っ直ぐにヒカルを見据えていた。

 

「おばさん?」

《そんな体と心で、また戦いに赴こうと言うのですか、ヒカル?》

 

 決まっているだろ。

 

 ヒカルは心の中で呟きを漏らす。

 

 自分はレミリアを守る事ができず死なせてしまった。

 

 ならばせめて、彼女の最後の願いを聞き遂げて戦い続ける事が、彼女の想いに答える事になる。

 

 ヒカルはそう信じていた。

 

 そんなヒカルに対し、ラクスはあくまで厳しい口調を崩さずに言う。

 

《あなたがレミリアの死に対して責任を感じていると言うなら、それは間違いです。憎むべきは、あの子を殺した相手であって、あなた自身ではありませんよ》

「そんな事は判ってるよ。けど・・・・・・・・・・・・」

 

 それでもヒカルは、自分を責めずにはいられない。

 

 あの時、もっと自分がうまく立ち回っていれば、レミリアを助けられたかもしれない。そう考えれば、後悔のみ否応なく込み上げてくるのを避けられなかった。

 

《ヒカル》

 

 そんなヒカルに対し、ラクスは口調を穏やかに改めて言った。

 

《レミリアの事を思ってくれることは、あの子の母親として、とてもうれしく思います。しかし、このまま、あの子の事を引きずり続ける事は、わたくしも、そして恐らくレミリア自身も望んではいませんよ》

「・・・・・・・・・・・・」

《過去を忘れない事は大事な事かもしれません。しかし、過去に囚われ過ぎれば、やがて来る未来への道も自ら閉ざしてしまう事になります》

 

 過去は、所詮過去だ。

 

 忘れろとは言わないし、時折、振り返るのも良いだろう。

 

 しかし、過去ばかりに目をやり、未来に想いを馳せる事をやめれば、いずれは流れ行く時の中で朽ちていく事になる。

 

 ヒカルの可能性は、過去よりもむしろ未来へと広がっている。

 

 その事が判っているからこそ、ラクスは叱咤しているのだ。

 

「けど、俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀むヒカル。

 

 今はまだ、レミリアを振り切る事は・・・・・・

 

 そう言いかけたヒカル。

 

 次の瞬間、

 

「いい加減にしなよ!!」

 

 突然の怒声に、ヒカルのみならず、ラクスまでもが驚いて振り返る。

 

 そこには、小さな体を震わせ、悲しげな眼差しを向けてくるカノンの姿があった。

 

「カノン?」

「そうやって無茶ばっかりして、どれだけの人がヒカルの事心配してると思っているのよ!?」

 

 詰め寄ってくるカノン。

 

 その迫力に、ヒカルは僅かにたじろくが、カノンは構わず歩み寄る。

 

「ヒカルは結局、格好つけたいだけでしょ!! レミリアの事をダシにしてさッ」

「違う、俺は!!」

「違わないッ そうやって殻に閉じ籠って、自分1人の世界に浸って満足して、周りの事なんて全然考えてないでしょッ どうせ、自分なんか死んでもいいとか思っちゃったりしてさ!!」

「お前なッ」

 

 カノンの言葉に、流石のヒカルも激昂しかける。

 

 言って良い事と悪い事があるが、今のカノンの言葉は間違いなく、ヒカルの琴線を強かに突いていた。

 

 このままでは、互いの間に溝ができる可能性すらある。

 

 だが、そんな2人の様子を、ラクスは黙したまま見守っていた。

 

 ここは自分が口出す場面ではない。

 

 つい先日、カノンがヒカルを立ち直らせるカギになるかもしれない、と言ったのは他ならぬラクス自身である。ならばここは、任せてみた方が良いと思ったのだ。

 

と、

 

 カノンは手を伸ばし、そっと包み込むようにしてヒカルの手を取った。

 

 まるで、逃がさない、と言っているかのようなカノンの態度。

 

 その瞳には、大粒な涙を浮かべている。

 

「忘れないでよ。あたしだって・・・・・・あたしだって、ヒカルの事が・・・・・・・・・・・・」

 

 先が続かない。

 

 涙のせいで喉が詰まり、声が出てこないのだ。

 

 だが、

 

 そんなカノンの様子にヒカルは、熱していた脳が徐々に冷まされていくのを感じた。

 

 自分は、何をそんなに焦っていたのだろう?

 

 確かに、レミリアを守れなかったのは自分だ。その事の悔いは千載にある。

 

 しかし、その事を理由に戦い続けるのは、結局のところ、レミリア自身の想いを踏み躙る事になるのではないだろうか?

 

 レミリアは無論、ヒカルが死ぬような事を望んではいなかったし、死を賭して自分の想いを叶えてくれとも願ってはいないだろう。

 

 だと言うのに、それを無視するが如く戦い続ける事はヒカルのエゴ、自己憐憫に過ぎなかった。

 

「カノン、俺は・・・・・・・・・・・・」

「判ってる」

 

 そこで、

 

 カノンは涙に濡れた瞳で、笑顔を浮かべる。

 

「ヒカルが頑張ってるのは、あたしが一番わかってる。けどね、一人で頑張りすぎないで。ヒカルが頑張ってるぶんを、ちょっとだけでいいから、あたしにも手伝わせて」

 

 温かい感情が、ヒカルを優しく包み込む。

 

 こんな感覚は、レミリアが死んでから初めての事だった。

 

 自分を包み込んでくれるカノンを、見つめ返すヒカル。

 

 カノン・シュナイゼル

 

 小さい頃から一緒にいた、ヒカルにとっては、もう一人の妹とも言える少女。

 

 しかし今、目の前で自分を包み込んでいる少女の事を見ていると、これまでとは違う何かを感じずにはいられない。

 

 ああ、カノンって、こんなに可愛かったのか。

 

 今まで遮られていた視界が一気に開けるように、ヒカルは純粋にそう思った。

 

 認識した瞬間、ヒカルの中で妙な気恥ずかしさを感じて、頬が熱くなった。

 

《さて・・・・・・・・・・・・》

 

 頃合と見たラクスが、2人に声を掛ける。

 

 きっと、もう2人は大丈夫。ラクスはそう思っていた。

 

 ならば、この次の背中を押してやるのは、ラクスの役目だった。

 

《お二人に見せたい物があります。わたくしについてきてください》

 

 

 

 

 

 ラクスが2人を連れて来たのは、アークエンジェル格納庫の最深部であった。

 

 ラクスが手を翳すと、コードが自動で打ち込まれ、扉が重々しく開かれていく。

 

《さ、どうぞ》

 

 ラクスに招かれるまま、ヒカルとカノンは格納庫の中へと入る。

 

 ラクスが手を翳すと、ライトが点灯する。

 

 そこで、

 

「「あッ」」

 

 ヒカルとカノンは、同時に声を上げた。

 

 その視線の先には、1機のモビルスーツが、自身に相応しい主を待ちわびて佇んでいた。

 

 だが、

 

 その機体はいかにも奇妙だった。

 

 まるでチグハグなパーツを繋ぎ合わせたかのように、左右のバランスが取れていない。

 

 右と左で、まるで別の機体のようになっているのだ。

 

「これって・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは何かに気付いたように声を上げる。

 

 エターナルフリーダムとスパイラルデスティニー。

 

 その双方の特徴を、まるで無理やり一つにまとめ上げたかのような印象がある。

 

 機体全体のイメージはエターナルフリーダムに近いが、頭部や左腕の形状はスパイラルデスティニーの物だった。

 

 そして最大の特徴は、翼だろう。

 

《RUGM-EX14A「エターナルスパイラル」》

 

 言ってからラクスは「コードは便宜上ですけど」と笑う。

 

 エターナルスパイラル。

 

 その名の通り、エターナルフリーダムとスパイラルデスティニーを合わせた機体である事は間違いない。

 

《ここ半年、キラがサイさんリリアさんに協力してもらって開発していた機体ですわ》

 

 キラはオーブ奪還作戦で大破したエターナルフリーダムとスパイラルデスティニーを見て、この2機を失うのは惜しいと考えた。

 

 しかし、専門家2人の意見は「廃棄」であった。

 

 修復は困難であるとし、新しい機体を建造した方が早いとまで言われた。

 

 しかし、オーブは戦争と復興を同時に行っている状態である為、予算は常に不足している。主力機の量産を行わなくてはならない状況で、新たな特機を建造する余裕はどこにも無い。

 

 そこで、キラは閃いた。

 

 損傷した2機のパーツを組み合わせる事で、より強力な機体を生み出す事ができるのではないか、と。

 

 それが、この機体だった。

 

 本当は出撃前に渡すつもりだったのだが、戦闘開始前の調整に手間取り受け渡しができなかったのである。ターミナル勢の合流が遅れたのは、この機体の受領を待っていたからだった。

 

「でもラクス様、ヒカルは・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンは、ラクスに難色を示す。

 

 心身ともに疲弊しているヒカルを出撃させる事に、カノンは反対なのだ。

 

 だが、

 

《心配いりませんわ》

 

 カノンの懸念に対し、ラクスはニッコリと笑って答える。

 

《この機体は複座、つまり2人乗りですから》

 

 

 

 

 

 前席にはヒカルが乗り込み、後席にはカノンが座る。

 

 機体を立ち上げながら、エターナルスパイラルを発進位置へと持っていく。

 

 機体のベースその物はエターナルフリーダムの物をそのまま流用しているため、ヒカルにとっては慣れ親しんだコックピットの光景がある。

 

 ただ違うのは、後部に座席が増設されている事だろう。

 

 前席は操縦担当、後席は火器管制担当となる。

 

 もっとも、多少の拡張はされたようだが、もともとは単座だった機体を無理やり複座にしたせいで、かなり手狭となっているが。

 

「カノン」

 

 機体を立ち上げながら、ヒカルが声を掛ける。

 

「ありがとな」

 

 そう言って、ヒカルは笑みを見せる。

 

 対して、カノンも微笑み返す。

 

 良かった。元のヒカルだ。

 

 安堵感が、カノンを包み込む。

 

 大丈夫。

 

 1人じゃ駄目でも、2人ならきっと大丈夫。

 

 カタパルトに灯が入る。

 

 視界が開け、遠くに迸る閃光が見える。

 

 目を合わせて頷き合う2人。

 

 飛び立つ時を迎える。

 

 ヒカルが貫く正義と、

 

 レミリアが残した願いと、

 

 カノンが秘めた想いとが、

 

 今、一つになる。

 

 其れは、全ての想いを貫く剣。

 

 あらゆる悲劇にピリオドを打つために生み出された切り札。

 

 永遠に飛翔する螺旋の翼。

 

 

 

 

 

 

「ヒカル・ヒビキ」

「カノン・シュナイゼル」

「「エターナルスパイラル、行きます!!」」

 

 

 

 

 

 

 加速と共に、機体が射出される。

 

 同時に、翼が広げられた。

 

 右は、エターナルフリーダムの蒼き6枚の翼。

 

 左は、スパイラルデスティニーの紅き炎の翼。

 

 不揃いの翼を広げ、一気に飛びゆく。

 

 プラント軍の方でも、接近するエターナルスパイラルの存在に気付いたのだろう。反転して砲火を集中させてくる。

 

 だが、

 

 ヒカルは背部からティルフィング対艦刀を抜刀すると、スクリーミングニンバスとヴォワチュール・リュミエールを起動してフル加速を掛ける。

 

 当然、そこへ砲火を集中させてくるプラント軍。

 

 しかし、放たれる砲火は、悉く空を切る。

 

 エターナルスパイラルのあまりの加速力を前に、照準が追いつかないのだ。

 

 駆け抜けた瞬間、

 

 振るわれるティルフィング。

 

 次の瞬間、2機のガルムドーガは首を斬り飛ばされて戦闘力を失う。

 

 別の機体が、どうにか追いつこうと、旋回するエターナルスパイラルに迫ってくる。

 

 だが、

 

 ヒカルはその動きを予め見切ると、左肩に装備したウィンドエッジをサーベルモードで抜き放ち、カウンター気味に斬り付ける。

 

 それだけで、ガルムドーガの右腕は肩から斬り飛ばさてしまった。

 

 尚も向かってくるプラント軍。

 

 対して、ヒカルは機体を止めると、左翼のカバー部分から、合計4基のアサルトドラグーンを射出、更に腰部のレールガンと両手のビームライフル、腰部のレールガンを展開、ドラグーン各1基に5門装備された砲を合わせて、24連装フルバーストを展開する。

 

 照準をロックオンし、トリガーを引き絞るカノン。

 

 放たれた閃光は一斉に迸る。

 

 直撃を浴びて、次々と戦闘力を失うプラント軍機。

 

 正に、圧倒的な戦闘力だった。

 

 雑兵如き、数千が一気に掛っても、エターナルスパイラルの影すら捉える事はできないように思える。

 

《下がれお前等ッ あいつの相手は俺等でする!!》

 

 名乗りを上げて、前へと出たのは、8枚の白翼を広げた3機の機体。

 

 フェルド、カレン、イレスのリバティが、エターナルスパイラル目がけて攻撃を仕掛ける。

 

《イレスは奴の動きを封じろッ カレンは掩護だッ 俺が突っ込む!!》

 

 言いながら、フェルドは斬機刀を振り翳してエターナルスパイラルへと向かう。

 

 同時にイレスのリバティはドラグーンを射出、更にカレンの機体は全火砲をエターナルスパイラルへと向ける。

 

 放たれる砲火。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルの中でSEEDが弾ける。

 

 同時に、エターナルスパイラルに搭載されたエクシードシステムが起動し、機体性能が劇的に跳ね上がる。

 

 縦横に放たれる砲撃。

 

 しかし、そのうちのただの1発さえ、エターナルスパイラルを捉える物は無い。

 

 イレス達の攻撃を、ヒカルは高速機動でもって回避していく。

 

 そこへ、フェルドが斬り込んだ。

 

「貰ったぜ!!」

 

 エターナルスパイラルめがけて、真っ向から振り下ろされる斬機刀。

 

 レアメタルを厚重ねした刀身は、その重量自体が既に脅威である。

 

 その刃を、

 

 ヒカルは不揃いの翼を羽ばたかせて回避する。

 

 同時に、

 

「カノン!!」

「判った!!」

 

 阿吽の呼吸と言うべきか、カノンが素早くレールガンを展開して斉射。接近を図ろうとしていたフェルド機に砲撃を浴びせて吹き飛ばした。

 

 だが、その間に、エターナルスパイラルの周囲にドラグーンが取り巻き包囲される。

 

《僕の計算通りだッ 死ね、魔王!!》

 

 一斉に放たれる砲撃。

 

 逃げ場は無いかのように思われる。

 

 しかし次の瞬間、砲撃が命中したエターナルスパイラルの機体は、一瞬にして霞のように消えてしまった。

 

 驚くイレス。

 

 エターナルスパイラルはスパイラルデスティニーの特徴も継承しているため、光学幻像を使用する事が可能となる。

 

 イレスが捉えたと思ったのは、エターナルスパイラルの残した虚像に過ぎなかった。

 

 そして、イレスが驚愕する一瞬の隙に、ヒカルは一気に距離を詰めると、両腰からビームサーベルを抜刀し、二刀流の構えを取る。

 

 接近と同時に縦横に繰り出される剣閃。

 

 対してイレスは、ドラグーンを引き戻す余裕すら無い。

 

 次の瞬間、イレス機は両腕、両足、頭部を斬り飛ばされてスクラップと化した。

 

《イレスを、よくも!!》

 

 双剣を振り切った状態のエターナルスパイラル。

 

 その背後から、カレン機が一斉砲撃を浴びせる。

 

 しかし、

 

 砲火が駆け抜けた瞬間、エターナルスパイラルの機体は掻き消えるように消えてしまった。

 

 舌打ちするカレン。

 

 またも光学幻像。

 

 しかも、カレンがその事に気付いた時には既に、ヒカルは機体を反転させて、自身に向けて砲門を開くカレン機へと向かっていた。

 

 無論、カレンもすぐさま砲火でもって迎え撃とうとするが、光学幻像に加えてヴォワチュール・リュミエールの超加速まで加わったエターナルスパイラルは、カレンの砲撃を次々と回避していく。

 

 照準が定まらないし、捉えたと思った目標は全て虚像であった。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルはティルフィングを抜刀すると、一気に振り下ろす。

 

 その一撃で、カレン機は左腕と左足を一緒くたに斬り飛ばされてしまった。

 

《クソッ カレン、イレス!!》

 

 仲間2人が瞬く間に無力化されてしまい、フェルドは焦ったように呟きを漏らす。

 

 最高の技量を認められ、議長に対して最高の忠誠を誓う自分達ディバイン・セイバーズ。

 

 その自分達が、たった1人の敵に後れを取るなど、

 

「あって良いはずがない!!」

 

 加速しながら斬機刀を振り翳すフェルド。

 

 しかし次の瞬間、エターナルスパイラルの左掌が、フェルド機の頭部を捉えた。

 

 エターナルスパイラルの左腕は、スパイラルデスティニーの物をそのまま流用している。

 

 つまり、

 

 発動されるパルマ・フィオキーナ。

 

 その一撃が、リバティの頭部を握りつぶした。

 

 世界最大の軍隊であるプラント軍の中でも、最精鋭を名実ともに謳われるディバイン・セイバーズ。

 

 そのディバイン・セイバーズが3人で掛かって、エターナルスパイラルには敵わなかったのだ。

 

 そこへ、遅ればせながらと言った調子で、駆け抜けてくる機影があった。

 

《おのれ、魔王!!》

 

 仲間達が手も無くやられていく様子を見ていたクーヤは、激昂して叫ぶ。

 

 世界でも最強の存在である自分達が負けるなど、許されない事である。

 

 ヴァルキュリアを加速させるクーヤ。

 

 その姿を、コックピットの中でヒカルとカノンも睨み付ける。

 

「あいつッ」

「やるぞカノン。力を貸してくれ!!」

 

 言い放つと同時に、不揃いの翼を羽ばたかせるヒカル。

 

 ほぼ同時に、クーヤもドラグーンとファングドラグーンを射出。エターナルスパイラルに向かわせる。

 

 放たれる砲火。

 

 その攻撃を、ヒカルは加速と虚像で緩急をつけた機動を展開して回避。同時にカノンが、ビームライフルとレールガンで4連装フルバーストを放つ。

 

 向かってくる4条の閃光を回避するクーヤ。そのまま加速を掛けつつ、アスカロン対艦刀を振り翳して斬り込んで行く。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィングを抜いて応じる。

 

 繰り出される斬撃。

 

 その攻撃を、互いに機動力を発揮して回避する両者。

 

 更なる斬撃の応酬を繰り返すも、互いに決定打を奪えない。

 

 と、その時だった。

 

 プラント軍艦隊の方から、3色の信号弾が打ち上げられるのが見えた。

 

 その様子に、クーヤは驚愕する。

 

「撤退ッ 馬鹿な!?」

 

 ここで撤退したら、自分達が魔王に屈してしまった事になる。それだけは絶対に避けなくてはいけないと言うのに。

 

 しかし、命令が出た以上、従わない訳にはいかない。

 

 悔しい思いを噛みしめて、機体を反転させるクーヤ。

 

 その視界の中で、徐々にエターナルスパイラルの姿が小さくなっていく。

 

 追ってくる気配は無い。

 

 敵が退くと言うなら、ヒカル達に追撃する意思は無かった。

 

 その事が、更にクーヤに屈辱を与える。

 

 よりによって、魔王に慈悲を受けるとは。

 

 アンブレアス・グルック議長に認められ、自らを勇者として自任するクーヤにとっては、死よりも受けいら難い屈辱だった。

 

「今に見ていろ・・・・・・次こそは必ず・・・・・・」

 

 エターナルスパイラルの不揃いの翼を遠くに睨み据え、クーヤは低い声で呟くのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-04「永遠に飛翔する螺旋の翼」      終わり

 




機体設定

RUGM-EX14A「エターナルスパイラル」

武装
高出力ビームライフル×2
アクイラ・ビームサーベル×2
ビームシールド×2
スクリーミングニンバス改×1
頭部機関砲×2
アサルトドラグーン機動兵装ウィング×4(左翼)
ティルフィング対艦刀×1
ウィンドエッジ・ビームブーメラン×1(左肩)
クスフィアス改複合レールガン×2
高周波振動ブレード×2
パルマフィオキーナ掌底ビーム砲×1(左手掌)
パルマエスパーダ掌底ビームソード×1(右手掌)
クラウソラス超高密度プラズマ収束砲×1(右翼)

パイロット:ヒカル・ヒビキ
ガンナー:カノン・シュナイゼル

備考
オーブ奪還作戦の際に大破して回収されたエターナルフリーダムとスパイラルデスティニーを回収し、キラ・ヒビキ主導の元に開発された機体。ベースになったのは損傷の小さかったエターナルフリーダムであり、足りない部品や部位をスパイラルデスティニーの物で補っている。開発、と言えば聞こえはいいが、要するに苦肉の策に近く、両機の無事なパーツを無理やり組み合わせた為、当然ながら機体バランスはかなり悪い。武装のハードポイント等も左右でチグハグであり、完璧に乗りこなすのは困難である。
ただ、最高性能の2機を組み合わせ、その特性を受け継いだだけの事はあり、性能はかなり高い。エクシードシステムを搭載しており、パイロット乃至ガンナーがSEED因子を発動した場合、性能を飛躍的に高める事が可能。また、右翼のバラエーナは取り外され、代わりにクラウソラス超高密度プラズマ収束砲を搭載している。
事実上、ZGMF―EX001A「クロスファイア」に近い性能となっており、同機の後継機に近い。


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PHASE-05「通り過ぎる視線」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルとカノンがエターナルスパイラルを駆ってクーヤ達と死闘を演じている頃、ムウ・ラ・フラガは本隊の指揮をラキヤに任せ、自身は小規模な別働隊を率いて戦線を迂回する形でプラント軍の後方へと回り込んでいた。

 

 今回の戦い、プラント軍を撃退できればそれで終わりという訳ではない。

 

 敵が運んできた物資を焼き払い、敵が二度とカーペンタリアへの大規模輸送作戦を企図できないようにする事も重要である。

 

 ムウはそのために、自ら部隊を率いて来たのである。

 

 このような仕事は本来、別の者(それこラキヤ辺り)にでも任せればいいように思えるのだが、そこはそれ、ムウ・ラ・フラガと言う男の在り方と言う物だろう。

 

 敵中深く進攻する危険な任務を、他の者に任せる気は、ムウには無かった。

 

 やがて、ムウ達の目の前に、大量の輸送用シャトルの群れが姿を現した。

 

 その数、ざっと見ただけでも100以上。間違いなく、カーペンタリアへと物資を運ぶための輸送船団である。

 

 これらの大量の物資が運び込まれれば、気息奄々のカーペンタリア守備軍は息を吹き返し、ここ半年間のオーブ軍の苦労は水泡に帰すことになる。

 

 何としても、彼等をこれ以上行かせるわけにはいかなかった。

 

「よし、時間が無い。さっさと始めるぞ!!」

 

 力強く言い放つと、ムウは愛機であるゼファーを駆って、真っ先の突入していった。

 

 その動きにプラント軍も気付くと、ただちに護衛の部隊が迎撃の為に向かってくる。

 

 複数のガルムドーガが、ビームライフルを放ちながら戦闘のゼファーを狙い向かってくる。

 

 対して、ムウはドラグーンを射出して搭載されているビーム砲を斉射。複数のガルムドーガを手早く撃ち抜く。

 

 爆炎を上げて撃墜するガルムドーガ。

 

 その横を、ムウはゼファーを駆って素早くすり抜ける。

 

 目の前には、無防備に航行を続ける輸送船団の群れが存在している。ムウ達の接近に気付き、慌てて逃げようとしている素振りが見えるが、その動きは欠伸が出る程に遅い。

 

 プラント軍の抵抗を排除したムウはドラグーンを引き戻して機体にマウントすると、自身はビームライフルとビームサーベルを構えて突入する。

 

 輸送船団の方も、逃げる事は叶わないと見るや、備え付けの火砲で反撃を試みて来る。

 

 彼等にとっては最後の抵抗である。

 

 しかし、所詮は申し訳程度に取り付けられた火力である。戦艦等の砲撃とは比べるべくもない。

 

 ムウは輸送船が打ち上げる対空砲火をあっさりと回避すると、逆にビームライフルを発射して船橋部分を潰す。

 

 たちまち、バランスを崩して漂流する輸送船。そこへ、別の輸送船が避けきれずに突っ込んで行く。

 

 密集隊形を取っていた事が仇となり、連鎖的な衝突事故があちこちで起こって行く。

 

 パニックに陥った輸送船団は、右往左往するようにてんでバラバラの方向へと逃走を図ろうとしている。

 

 しかし、その動きはまるで遅い。高速機動可能なモビルスーツとは比べ物にならなかった。

 

 当然、残存するプラント軍の方でも、ムウ達を排除すべく向かってくる。

 

 部隊をオーブ軍迎撃と船団護衛の二つに分けたとは言え、未だにプラント軍はオーブ軍に対し圧倒的な戦力差を有している。それを覆すのは、いかにムウと言えど不可能だろう。

 

 だが、

 

 シャトルへの攻撃を続行しようとしているムウ。

 

 そんな彼等に襲い掛かろうとするプラント軍に対し、蒼い4枚の翼を羽ばたかせた機体が、大剣を手に行く手を遮って来た。

 

「行かせるかよ!!」

 

 ギャラクシーを駆るシンは、言い放つと同時にドウジギリ対艦刀を鋭く袈裟懸けに振るい、不用意に近付こうとしていたガルムドーガ1機を斬り伏せた。

 

 シンは更に機体を駆ってプラント軍の隊列に割り込むと、大剣を縦横に振るって敵機を撃破していく。

 

 オーブ軍のエース1人は、プラント軍の一般兵士100人に相当する。

 

 近頃では、そのような噂が吹聴され始めているらしい。

 

 勿論、半ばは誇張に等しい噂なのだが、シンの活躍ぶりを見れば、その噂も真実味を帯びると言う物だった。

 

 プラント軍の動きは、完全にギャラクシーに抑え込まれ、殆ど防戦一方へとなりつつある。

 

 その間、シン・アスカと言う強力な援軍を得たムウ達は、自分達の本来の目的である敵輸送船狩りに奔走する。

 

 既に宙域全体に、哀れな輸送船が上げる多数の爆炎が漂っている。

 

 しかも、被害は尚も拡大中である。

 

 輸送船団が憐れな羊なら、ムウ達はそれを狩る狼と言った感じであろう。力の差は歴然以上である。

 

 このままオーブ軍の一方的勝利に思われるかと思われた。

 

 

 

 

 

 変化が起こったのは、ムウ達が半数近くの輸送船を撃破した時の事だった。

 

 既に輸送船の多くは破壊し尽くされ、残った船も這う這うの体で離脱を開始している。

 

 プラント軍の機体も輸送船団の逃走に合わせて戦線離脱する隙を伺っている様子だった。

 

 だが、それを黙って見逃してやる義理はムウ達には無い。

 

「追うぞッ 俺に続け!!」

 

 ムウが更なる攻撃を続行しようと、命令を発した時だった。

 

 突如、横合いから閃光が迸り、今まさにムウが攻撃を加えようとしていた輸送船を吹き飛ばしたのだ。

 

「何っ!?」

 

 驚くムウ。

 

 他のオーブ軍が追いついてきて、攻撃に参加したのだろうか?

 

 初めはそう思った。

 

 しかし、攻撃があった方向に視線を向けると、ムウは自分の考えが間違っていた事に気付く。

 

 ムウが見た先にいたのは、オーブ軍ではなかった。そして勿論、プラント軍でもない。

 

「北米解放軍だと!?」

 

 呻くように発せられた、ムウの声が虚空に響き渡る。

 

 ウィンダムやグロリアスと言った機体が次々と飛来すると、生き残っていた輸送船団に次々と攻撃を仕掛けていくのが見える。その数は、ざっと見ただけでも数十機に達する。

 

 同様の機体は旧地球連合勢力や、地下のテロ組織も使用している。

 

 しかし東アジア共和国やユーラシア連邦は現在、先の連合崩壊時における東アジア共和国の裏切りを理由に国境線付近において緊張状態が続いて居る為、両国ともに他の場所へと軍を派遣する余裕は無い。

 

 そして小規模のテロ組織では、これ程の数のモビルスーツを繰り出す余裕がある組織は稀である。

 

 以上の事を鑑みれば、彼等が北米解放軍であると言う答えが導き出される。

 

 馬鹿な、と思う。

 

 なぜ、北米解放軍が、この戦いに参戦していると言うのか?

 

 勿論、オーブ側から参戦要請をしたと言う話は聞いていない。最高司令官であるムウが知らないと言う事はつまり、誰も知らないし、そんな事実は無いと言う事だ。

 

 だが、現実として北米解放軍は現れ、プラント軍に攻撃を仕掛けているのは時事Tだ。

 

 彼等がいつの間に宇宙に上がったのか? そしてなぜ、オーブとプラントのに戦いに参加しているのか?

 

 それらを考える暇も無く、北米解放軍は、その砲門をオーブ軍にも向けて来た。

 

 放たれる砲撃によって、1機のアストレイRが吹き飛ばされる。

 

「クソッ!!」

 

 その光景にムウは悪態をつくと、直ちに行動を起こす。

 

 今の一撃で、彼等が自分達の味方ではない事は判明した。どうやら「敵の敵は味方」と言う状況でも無いらしい。

 

 解放軍が何の目的で、この戦いに介入してきたのかは不明だが、それでも彼等が倒さなくてはならない「敵」である事は判明した。

 

 考えてみれば当然の事だろう。

 

 3年前の北米紛争で、解放軍の勝利に水を差したのは他ならぬオーブ軍である。彼等からすれば、あるいはプラント軍以上にオーブは憎たらしい存在であるに違いない。

 

 だからと言って手心を加えてやる気は更々無いのだが。

 

 ムウは近付いてきたウィンダムをビームサーベルで袈裟懸けに斬り捨て、更に離れた場所にいた機体にビームライフルを浴びせる。

 

 北米解放軍の戦線介入によって状況は混乱を来しつつあるが、それでもムウ達の仕事は変わらない。ただ、目の前の敵を撃ち作戦を遂行する。それだけだった。

 

 その頃になるとシン達も事態の異常に気付いたらしく、攻撃に参加するのが見える。

 

 4枚の翼を広げ解放軍へと突入していくギャラクシー。

 

 その姿に圧倒され、北米解放軍が陣形を乱すのが見えた。

 

 その時だった。

 

 突如、ムウは殺気めいた衝動を感じ、とっさに機体を翻らせる。

 

 と同時に最前までムウがいた場所を、同時多方向から放たれた複数の閃光が薙いで行く。

 

「新手ッ しかもこいつは!?」

 

 ムウは即座に、相手がドラグーン装備の機体であると見抜き、迎え撃つ体勢を整える。一度の攻撃で複数方向から砲火を浴びせられる武器はドラグーンやガンバレル等のオールレンジ武装以外には考えられない。

 

 そのムウのゼファー目がけて、ドラグーンの回収を終えた機体が挑みかかってくる。

 

「外したかッ やるじゃねえか、隊長機!!」

 

 ドラグーンストライカーを装備したソードブレイカーを操りながら、ミシェル・フラガは不敵な笑みを見せる。

 

 完全な奇襲をかけたと思った自身の攻撃を、あっさりと回避してのけたオーブ軍の隊長機には、惜しみない賛辞を送りたい気分だった。

 

 その状況が、更にミシェルを猛らせる。

 

 対してムウも相手が容易ならざる敵であると判断し、緊張感を高める。

 

 ムウとミシェルは、互いにビームライフルを翳して突撃していく。

 

 砲火が交錯し、互いに回避運動を取る。

 

 接近する両者。

 

 抜刀した光刃が虚空を薙ぎ払い、互いの盾で防ぎ止める。

 

 火花が飛び散り、互いの視界を焼き尽くす。

 

「「クッ こいつ、できる!?」」

 

 同時に、全く同じセリフを言って舌打ちしながら、ムウとミシェルは同時にその場から飛び退く。

 

 同時に、エネルギー充填を完了したドラグーンを射出しようとした。

 

 その時だった。

 

 彼方の虚空に、三色の信号弾が上がるのが見えた。

 

 撃ち上げたのはプラント軍の旗艦である。

 

 この時、オーブ軍の攻撃で輸送船団の大半を撃滅され、更に北米解放軍の予期せぬ介入によって戦線が混乱を来したと判断したプラント軍司令部は、艦隊の撤退を決断していた。

 

 物資の大半を失い、さらに被害は拡大中。このままカーペンタリア行きを強行したとしても、最悪、損害ばかりが大きくて届けられる物資はほんの一握りと言う事にもなりかねない。

 

 自分達が撤退しても、まだ地上の部隊が残っている。こうした事態を想定した上での二段構えである。

 

 プラント軍の撤退は、妥当な判断であると言えた。

 

「くそッ つまらん幕切れだが、これはこれで目的は果たせたし、OKって事にしておこうか」

 

 ミシェルは苦笑しながら、機体を後退させる。

 

 プラント軍の撤退に合わせて、自分達も退くつもりだった。

 

 ふと、尚も佇んでいるオーブ軍の隊長機の方へと視線を向ける。

 

「あんたとも、いずれは決着をつけてやるよ。それまで生き延びろよな」

 

 捨て台詞のような言葉を吐くと、そのまま撤退していく。

 

 対して、ムウは黙したまま、撤退していくソードブレイカーを見送る。

 

「あいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 知らずに、言葉が口を突いて出る。

 

 心に棘のように刺さる違和感。

 

 たった今、剣を交えた相手に対する興味が、ムウの心に残り続ける。

 

 だが、

 

 結局、それが何なのか、ムウには判らずじまいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、オーブ軍の勝利に終わった。

 

 プラント宇宙軍は本国防衛軍まで出撃させての一大作戦に打って出た訳だが、オーブ軍が予期せぬ全力迎撃作戦に出てきたため、護衛部隊は大損害を被ってしまった。

 

 更に後半には肝心の輸送船団も、襲撃を受け、実に全体の7割近くを喪失。

 

 このままカーペンタリアに行っても予定の物資を届ける事は不可能な事は明白である。のみならず、作戦を強行しようとすればさらなる余計な損害を喰らう事も考えられる。

 

 現状を鑑みたプラント軍司令部は、宇宙艦隊の引き上げを決定。

 

 プラント軍宇宙部隊は、カーペンタリアを目前にして空しく引き上げざるを得なくなった。

 

 一方、

 

 勝利したオーブ軍だが、その状況を手放しで喜んでいる暇は無かった。

 

 プラント軍の残る片割である、ジブラルタルを発して大西洋を南下した水上部隊は、既にホーン岬を回って太平洋に入り、カーペンタリアまで指呼の間に迫っている。

 

 この艦隊がカーペンタリアに入ってしまえば、結局のところ補給が行われてしまい、オーブ軍の勝利は水の泡と化してしまう。

 

 それ故に、プラント軍宇宙艦隊を撃退したオーブ軍主力は、ただちに次の行動を起こすべく動いた。

 

 

 

 

 

 不揃いの翼をゆっくりと羽ばたかせ、エターナルスパイラルはオーブ艦隊の前方を進んで行く。

 

 眼下に広がる蒼い地球が、視界の中でゆっくりと迫ってくるのが見えた。

 

「まったく、目まぐるしいよな、ほんと」

「あはは、その意見には全くの同感だよ」

 

 ヒカルのボヤキに対し、カノンは苦笑を返すしかない。

 

 つい先日、宇宙に上がったと思ったら、すぐにとんぼ返りで地球に戻る事になるとは。しかも今度は、降下と同時に敵との交戦が予想される状況である。

 

 ユウキ・ミナカミが立案した作戦は、言ってしまえばプラント軍の心理的状況を突く物だった。

 

 まずはプラント軍の宇宙艦隊に対し、全力で迎撃を行う。

 

 これにはプラント軍の撃退と同時に、南半球一帯上空の制宙権を確保すると言う意味合いも含まれていた。

 

 そして、敵の頭を押さえる事に成功した時点で、今度は降下襲撃作戦を敢行。プラント軍水上艦隊を頭上から襲い、撃滅する。

 

 言ってしまえば、時間差をつけた各個撃破。プラント軍が水上と宇宙の二つに軍を分けて並列的な作戦を実行したのに、オーブ軍もまた二段構えの作戦を立てていた訳である。

 

 オーブ軍の持つ、少数精鋭故の機動力があって、初めて可能となる作戦である。

 

 ヒカルの言うとおり、状況の目まぐるしさには呆れてしまう思いであるのは確かだった。

 

 戦力的に乏しいオーブ軍。

 

 受領したばかりのエターナルスパイラルまで、この作戦に投入しようと言うのだから、この作戦がいかに無茶であるかは、押して知るべしと言ったところだ。

 

 とは言え、

 

 作戦に対する不安は、少なくともヒカルの中には無い。

 

 それはあるいは、幼馴染の少女が背中を守ってくれているからかもしれなかった。

 

 やがて、作戦開始時刻が来る。

 

 全ては、この戦いで決まる。

 

 オーブがこの戦争を生き残れるかどうか、この一戦に掛かっていた。

 

「行くぞ、カノン」

「うん、いつでも」

 

 ヒカルの言葉に、カノンは頷きを返す。

 

 それを受けて、ヒカルはエターナルスパイラルの進路を、ゆっくりと大気圏へ向けて行った。

 

 

 

 

 

 カーペンタリア基地は今、大歓声に包まれようとしていた。

 

 オーブとの戦闘が本格的に始まって以来半年。オーブ軍が行ったゲリラ戦により、補給線を徹底的に破壊され、補給は滞る一方であった。

 

 だが、そんな苦難の日々も、間も無く終ろうとしている。

 

 視界を埋め尽くすほどの大船団。

 

 あの船団には、カーペンタリア基地が待ち望んだ補給物資が大量に積まれている。

 

 物資さえ手に入れば、自分達は100年だって戦える。

 

 食料があれば、空腹にあえぐ兵士達を満たす事ができる。

 

 医薬品があれば、負傷兵達に充分な治療を施したやる事ができる。

 

 代替部品があれば、損傷した機体を完璧に修理する事ができる。

 

 誰もが希望に満ちた表情で、近付いて来る輸送船団を眺めている。

 

 その輸送船団こそ、間違いなく彼等にとって、最後の希望であった。

 

 と、その時だった。

 

「おい、あれは何だ!?」

 

 1人の兵士が空を仰いで指差し、何事かを叫ぶ。

 

 釣られるように、数人が同じように空を見上げる。

 

 そこには、灼熱の光を帯びてゆっくりと振ってくる、無数の物体が存在している。

 

 旧世紀の人間が見れば、あるいは「UFO」と称したかもしれないその光景は、しかしプラント軍の兵士達にとっては最も見慣れた存在であった。

 

 そして、その光景が意味する事も。

 

 彼等が見ている前に、一定高度に達した「UFO」が一斉に弾ける。

 

 その中から、人型をした機動兵器が多数飛び出してくる。

 

「オーブ軍だ!!」

 

 誰かが叫んだのを皮切りに、パニックが誘発される。

 

 宇宙空間でプラント軍宇宙艦隊と交戦していた筈のオーブ軍主力が、神速の勢いで引き返してきたのだ。

 

 そして、今まさに、カーペンタリアへ入港しようとしていたプラント軍の輸送船団に、上空から襲い掛かった。

 

 たちまち、上空から閃光が降り注ぎ、入港準備を進めていた輸送船団に降り注いでいく。

 

 爆装したイザヨイが飛び交い、船団目がけて小型爆弾を雨霰と振らせる。

 

 爆発と水柱が立ち上り、カーペンタリア沖の海上は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

 プラント軍としても、ジブラルタルからの長距離行程を9割がた終え、入港を目前に疲労困憊の状態で気が抜けていた事があり、このオーブ軍の奇襲攻撃に全くと言って良い程、対応できなかった。

 

 輸送船団は、次々と火柱を上げて撃沈していく。

 

 その光景を、カーペンタリア基地の兵士達は、呆然としたまま見つめる事しかできなかった。

 

 自分達の希望が、

 

 戦うための物資が、

 

 空しく海の底へと沈んで行く。

 

 皆、一様にガックリと膝を突く。

 

 我が物顔で空を飛びかい、輸送船団を沈めていくオーブ軍。

 

 その様子を、カーペンタリア守備兵達は指を咥えて見ている事しかできない。

 

 精強を誇るプラント軍兵士達の士気を、正しく冗談抜きにして、根こそぎ粉砕してしまった。

 

 この作戦を考えたユウキは、自身の悪どさに、思わず苦笑してしまったほどである。

 

 ユウキが敢えて地上を放置する形で全軍を宇宙に上げたのは、全てこの為であった。

 

 まずは宇宙の敵を排除して制宙権を確保する。ここまでが、作戦の第一段階。

 

 続く第2段階では、プラント軍海上部隊のカーペンタリア入港時期を見計らい、降下襲撃作戦を実行する。

 

 カーペンタリアに立て籠もっている兵士達は、誰もが輸送船団の入港を待ち望んでいる筈。いわば輸送船団が、彼等の最後の希望と言う訳だ。

 

 では、その最後の希望を、目の前で完膚なきまでに叩き潰してやれば、どうなるか?

 

 もはや限界を超えているプラント軍の兵士達の士気は、立ち直る事ができない程に砕け散る事は間違いない。

 

 わざわざカーペンタリアの目前で輸送船団を撃破して見せたのは、そのような理由からだった。

 

 そして、そのユウキの悪魔の如き目論みは、膝を屈し、あるいは呆然と立ち尽くしているプラント軍の兵士達を見れば一目瞭然であった。

 

 もはや、彼等の元に物資が届く事はあり得ない。

 

 あるいは、ほんの少しくらいならオーブ軍が撃ち漏らした船が運よく入港する事はありうるかもしれないが、それでカーペンタリアにこもる兵士全員を満たす事は不可能だろう。

 

 オーブ軍の攻撃は、まさにカーペンタリアの最後の希望を打ち砕いたのだった。

 

 

 

 

 

 戦線に参加していたヒカルとカノンは、直掩部隊に属し、迎撃に上がってくるプラント軍機と戦い続けていた。

 

 オーブ軍の神速とも言える作戦行動に翻弄されたプラント軍水上部隊、及び輸送船団の動きは鈍く、反撃も散発的な物に留まっていた。

 

 既に眼下にある輸送船団は6割近くが炎に包まれて沈みつつある。

 

 哀れな光景だった。

 

 ジブラルタルからこの南太平洋まで苦労して物資を運んできて、そのゴールを目前にして海に沈んで行く輸送船とそのクルー達。

 

 そして、半年に渡る封鎖戦に耐え、ようやく見え始めた希望の光を目の前で叩き潰されたカーペンタリア守備軍兵士達。

 

 自分達の作戦の結果とはいえ、彼等には同情を禁じ得ない。

 

 勿論、それで手加減する気は一切無いのだが。

 

 その時だった。

 

「ヒカル、新しい反応が!!」

 

 カノンの声に、ヒカルは我に返ってモニターに目をやる。

 

 そこには、こちらに急速に接近してくる機影が映し出されていた。

 

 進撃方向と数から見て、味方ではありえない。

 

「熱紋照合完了。ユニウス教団だね」

 

 カノンの言葉に、ヒカルは僅かに目を細める。

 

 ユニウス教団。

 

 妹、ルーチェが聖女として君臨している組織が、またしても自分達の前に立ちはだかろうとしている。

 

 彼等の狙いが、攻撃を受けるプラント軍の支援である事は考えるまでも無かった。

 

「行くぞ、カノン。奴等を迎え撃つ!!」

「オッケー!!」

 

 カノンの返事を聞きながら、ヒカルはエターナルスパイラルを駆ってユニウス教団軍へと向かう。

 

 ユニウス教団の主力機であるガーディアン。その姿は、北米紛争時から大きく変わってはいないが、それでもバージョンアップはされていると予想された。

 

 更に、見慣れない機体が何効か混じっているのが見える。

 

 ずんぐりした外見を持つガーディアンとは異なり、やや細身のシルエットと縦に長い頭部が特徴的な機体は、これまで見た事がない物である。

 

 UGM-06「ロイヤルガード」

 

 ユニウス教団がプラントからの技術支援を受けて新たに開発した機体である。防御重視のガーディアンとは異なり、よりオーソドックスに機動性と汎用性を重視した機体だった。

 

 未知の性能を持つ新型。

 

 だが、

 

 ヒカルは躊躇する事無く、エターナルスパイラルを飛び込ませた。

 

 不揃いの翼が羽ばたき、撃ち放たれる砲火を回避。

 

 同時に機体を上昇させて空中に固定すると、両手のビームライフルと、両腰のレールガンを展開して構える。

 

 一斉に放たれる4連装フルバースト。

 

 それらが、防御の間を与える事も無く、ガーディアンの頭部や手足を吹き飛ばして戦闘力を奪う。

 

 更にヒカルはティルフィング対艦刀を抜刀すると、ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを起動してエターナルスパイラルを加速させる。

 

 向かってくる2機のロイヤルガード。

 

 対して、間合いに入った瞬間、ヒカルはティルフィングを袈裟懸けに振るう。

 

 振り抜かれた大剣の刃は、ロイヤルガードの左腕と左足を一緒くたに斬り飛ばしてしまった。

 

 更に、その横にいる機体に対しては、左手で抜き打ち気味にビームサーベルを抜刀して首を斬り飛ばした。

 

 たとえ新型機とは言え、ヒカル達の敵ではなかった。

 

 一瞬、動きを止めるエターナルスパイラル。

 

 砲火を集中させようと接近してくるガーディアンの群。

 

 前衛を司る機体は陽電子リフレクターを展開し、後衛の機体が砲門をエターナルスパイラルに砲撃を加えてきている。

 

 あまり見ないフォーメーションである。

 

 しかし、

 

 ヒカルはエターナルスパイラルの左肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードにして投擲する。

 

 旋回しながら飛翔するブーメラン。

 

 その刃は、旋回しながら戻ってくると、今まさに砲門を開こうとしていたガーディアンの頭部を斬り裂く。

 

 頭部を失い、照準が付けられなくなるガーディアン。

 

 その攻撃に、前衛についていたガーディアンのパイロットの気が一瞬削がれた。

 

 次の瞬間、カノンがレールガンを展開して斉射。ガーディアンの両腕を吹き飛ばした。

 

 更に、ヒカルはレールガンの砲身に併設された鞘から高周波振動ブレードを抜刀すると、フルスピードで距離を詰めて斬りかかる。

 

 アンチビームコーティングを施したブレードの刀身には、陽電子リフレクターもビームシールドも用を成さない。

 

 シールドは一瞬にして斬り裂かれ、ガーディアン本体も斬り飛ばされた。

 

 エターナルスパイラルの圧倒的な戦闘力を前にしては、ユニウス教団の機体と言えども敵ではなかった。

 

 その頃になると、他のオーブ軍機も戦線に加わり、エターナルスパイラルを支援する形で砲門を開いている。

 

 このまま押し切る事が出来るか?

 

 誰もがそう思い始めた時だった。

 

 突如、オーブ軍の陣形の一角が、強引に突き崩された。

 

「ッ!?」

「な、何!?」

 

 迸る閃光に、味方機が一瞬にして爆炎へと姿を変える。

 

 その様を見て、ヒカルとカノンが目を見張る中、

 

 「それ」は姿を現した。

 

 通常のモビルスーツよりも一回り大きな巨体に、背部と肩部には大きく張り出した翼を思わせるユニットを、合計で4基背負っている。双眸のカメラアイを備えた頭部と、太い四肢が特徴的な機体である。

 

 UGM-X02「デミウルゴス」

 

 造物主の名を与えられたこの機体は、ユニウス教団の新たなる旗機である。

 

 そして、

 

「魔王、見つけました」

 

 そのコックピットに座した仮面の少女にとって、新たなる剣でもあった。

 

 以前のアフェクションが、女神を思わせる流麗な機体で会った事を考え併せると、どこか禍々しさを感じさせる重厚な機体である。

 

 仮面の奥でアルマ(ルーチェ)は、憎しみのこもった瞳でエターナルスパイラルを見つめていた。

 

 以前対峙した時と機体の特徴が大分変っているが、それでも見間違えるはずもない。

 

 目の前の不揃いの翼を従えた機体こそが、魔王に間違いないと。

 

 次の瞬間、

 

 デミウルゴスの背部と肩部の4枚のユニットが跳ね上がり、そこから無数のドラグーンが射出された。

 

 1機に就き12基。

 

 合計48基のドラグーンが空中に投げだされ、エターナルスパイラルを包囲するように展開される。

 

「ヒカル!!」

「ああ!!」

 

 ヒカルとカノンは頷き合うと、とっさに対抗するようにエターナルスパイラルの左翼からドラグーン4基を射出。ビームライフル、レールガンと合わせて24連装フルバーストを解放。対抗するように砲火を放つ。

 

 両者の間で、凄まじい砲火の応酬が成される。

 

 エターナルスパイラルの砲撃が、複数のドラグーンを破壊する。

 

 しかし、その間にアルマは複数のドラグーンを側面から回り込ませて、エターナルスパイラルに攻撃を仕掛ける。

 

 手数に任せた攻撃を前にして、流石のエターナルスパイラルでも対応が追い付かない。

 

「チィッ カノン!!」

 

 ヒカルはデミウルゴスの攻撃を上昇を掛けつつ回避し、後席の相棒へと声を掛ける。

 

 その声を受け、ヒカルの意思を理解したカノンは、ビームライフルとレールガンでデミウルゴスへ砲撃を浴びせる。

 

 しかし、まっすぐに伸びた閃光は、デミウルゴスが前方に稼働させた大形ユニットによって弾かれ、用を成さなかった。

 

 ドラグーンのプラットホームでもあるこのユニットは、同時に独立稼働する防御ユニットでもあった。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 同時にティルフィングを抜刀すると、フル加速で斬り込んでいく。

 

 対抗するように、アルマもまたビームサーベルを抜いて迎え撃つ。

 

 エターナルスパイラルの大剣は独立ユニットに防がれ、逆にデミウルゴスの剣はビームシールドによって弾かれる。

 

 ヒカルとアルマ。

 

 運命によって無情にも引き裂かれた兄妹は、互いに戦場に立ち、剣を振るい続ける。

 

《魔王、あなただけは、許さない!!》

「なッ!?」

 

 突然、オープン回線で聞こえて来た声に、ヒカルは絶句する。

 

 その声が、幾度か聞いた事がある聖女の物である事にすぐに気付いたからだ。

 

「お前!?」

《わたくしは、あなたを決して許さない!!》

 

 憎悪のこもった声で言いながら、アルマ(ルーチェ)が言葉を吐き捨てる。

 

 同時に繰り出されたビームサーベルを、ヒカルはビームシールドで防御して押し返す。

 

 だが、憎しみのこもった剣は、その程度では収まらない。

 

 アルマは更にビームサーベルを振り翳して、エターナルスパイラルに斬りかかってくる。

 

「よせッ やめるんだ!!」

 

 対抗するようにティルフィングを振るいながら、ヒカルは必死になって叫ぶ。

 

 互いの剣が機体を掠め、同時にフルスロットルで、すれ違うようにして通り過ぎる。

 

 カメラ越しに一瞬、兄妹の視線が交差する。

 

《あなたはわたくしの、最も大切な友人を奪った。その罪、あなたの命で贖っていただきます》

「何をッ!?」

 

 言いつのろうとするヒカル。

 

 だが、その前にアルマは斬りかかってきた。

 

《レミリア・バニッシュを殺した罪ッ 忘れたとは言わせない!!》

「クッ!?」

 

 心の傷を容赦なく突かれる。

 

 とっさに、繰り出された剣を回避するので精いっぱいだった。

 

 自分が殺した。

 

 レミリアを。

 

 確かに、その通りだ。

 

 直接手を下したのはレオス・イフアレスタールだが、守れなかったのはヒカルである。

 

 その事について責められたら、一言たりとも反論する事は出来ない。

 

《死になさい!!》

 

 ドラグーンを引き戻し、砲撃を仕掛けようとするアルマ。

 

 しかし、

 

 そこへ砲火が集中される。

 

 エターナルスパイラルの苦戦を見た一部のオーブ軍が、掩護の為にかけつけてくれたのだ。

 

 見れば、既に海上のプラント軍艦隊は全滅に近い損害を被っており、更に参戦したユニウス教団軍も半数近くが撃墜されている。

 

 これ以上の戦闘は、完全に無意味だった。

 

《仕方がありません。ここは引かせてもらいます》

「待てっ!!」

 

 慌てて追おうとするヒカル。

 

 だが、それよりも早く、アルマは機体を翻して離脱して行く。

 

《ですが、あなたの事は必ず討ち果たします。我が友、レミリアの名に掛けて。それを忘れないでください》

 

 そう言い残すと、アルマは一散に飛び去っていった。

 

 

 

 

 

PHASE-05「通り過ぎる視線」      終わり

 




機体設定

UGM-06「ロイヤルガード」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
近接防御機関砲×2
胸部陽電子リフレクター発生装置×1

備考
ユニウス教団がプラント軍の技術協力を得て開発した新型主力機動兵器。ガーディアンに比べると細い印象のある機体で、防御力よりも機動力を重視した機体となった。基本武装は上の通りだが、状況に合わせて武装を追加する事もできる。



UGM-X02「デミウルゴス」

武装
ビームキャノン×3
パルマ・フィオキーナ改掌底中距離ビーム砲×2
近接防御機関砲×2
強化型ビームサーベル×1
ドラグーン搭載型防盾アイアス×4
ドラグーン×48

パイロット聖女アルマ(ルーチェ・ヒビキ)

備考
ロイヤルガード同様、プラントの技術を導入して開発されたユニウス教団軍の新たなる旗機。通常のモビルスーツよりも一回り大きい(デストロイよりは小さい)のが特徴で、独立稼働する盾や、そこから射出されるドラグーンを持つ。
アフェクションが防御重視型の機体だったのに対し、こちらはあきらかに攻撃重視型の機体となっており、今後、ヒカル達の前に巨大な敵として立ちはだかる事が予想される。


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PHASE-06「反撃の歌声」

前回、載せるのを忘れていた機体データを、PHASE-05の方に掲載しておきます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦々恐々とした空気が会議室の中に漂っている。

 

 まるで固形化したような空気が、喉の奥にベッタリと張り付くかのようだ。

 

 プラント最高評議会の会議室では、閣僚達が皆、沈黙したまま、押し込められた怒気に当てられて震えている。

 

 怒気の発生源は円卓の一角、最高評議会議長の席から発せられていた。

 

 アンブレアス・グルックは、不機嫌の極みと評して良い表情で、自分の席に座している。

 

 原因は、先程届いた、カーペンタリア救出作戦。その詳細な報告書が原因だった。

 

 結果は、プラント軍の敗北。それも、近年稀に見る大敗だった。

 

 参加兵力の内、実に6割を完全喪失、更に3割が何らかの損傷を負っており、復帰の目途は立たないと言われている。

 

 そして、肝心の物資を積んだ輸送船は、ただの1隻たりともカーペンタリアに辿りつく事は無かった。

 

 本国からカーペンタリアへと向かった輸送船団は、オーブ軍主力の全力迎撃に合って壊滅。むなしく本国へ引き上げるしかなかった。

 

 ジブラルタルから海上航路でカーペンタリアへと向かった船団は、入港直前に奇襲攻撃を受け、実に全体の8割を喪失。護衛戦力共々壊滅状態に陥った。

 

 命運を賭けた一戦で、プラント軍はオーブ軍に敗北してしまったのである。

 

 そして、それだけではない。

 

 この半年に渡るカーペンタリア攻防戦において、プラント軍が失った戦力は莫大な物だった。

 

 モビルスーツだけでも実に500機以上が失われ、更に基地維持に必要な物資、人員の被害もばかにはならない。

 

 まさに「大敗」と言う言葉以外に、事態を形容する言葉が見つからない。

 

 かつては世界最強を誇り、一度は確かに世界を手中に収める寸前にまでに至ったプラント軍の精鋭部隊は、一連のカーペンタリア攻防戦で文字通り「消滅」してしまったのである。

 

 未だ、本国防衛軍と、今回の戦いで生き残った兵力を糾合すればそれなりの戦力は残っている事になる。

 

 しかし、既に昔日の雄姿は無く、そこにあるのは惨めな敗残兵の群れに過ぎなかった。

 

「今さら、あえて言うまでも無い事だが・・・・・・」

 

 沈黙を破るように、グルックは口を開いた。

 

 その言葉に、居並ぶ皆が居住まいを正してグルックを見やる。

 

 これだけの大敗を喫したにもかかわらず、グルックの強気な態度は未だに崩れていないように見える。

 

 まるで、自らが堂々とした姿をさらしている内は、プラントに負けは無いと自ら体現しているかのようだ。

 

「私はカーペンタリアから退く気は無い」

 

 作戦前に語った言葉を、グルックはもう一度繰り返した。

 

 決まりきった事を敢えてもう一度言う事で、事実の再確認をしているのだ。

 

「カーペンタリアは我がプラントの地上における代表であり、象徴でもある。カーペンタリアを失う事は即ち、プラントが地上において敗北した事を意味する。それだけは、何としても避けなくてはならん」

「しかし、閣下・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇いがちに、閣僚の1人が挙手をして発言した。

 

「現実問題として既に、カーペンタリアの戦力、物資は底を突いており、兵達は飢えと苦境にあえいでいると報告がありましたが・・・・・・・・・・・・」

 

 発言した議員は、グルックに一睨みされると、言葉尻をすぼめてすごすごと引き下がるしかなかった。

 

 グルックがその気になれば。この場にいる全員を背任容疑で逮捕する事もできる。それだけの力を、グルックは未だに持っているのだ。

 

 この場で弱気な発言をする者は、命を捨てる覚悟が必要である。

 

「では議長、カーペンタリアを救う算段は、どのように?」

 

 別の議員がした質問に、グルックは頷いて見せる。

 

 確かに、このままではカーペンタリアの失陥は免れない。

 

 いや、もはやカーペンタリアを救う算段が無い事くらい、グルックにも判っている。物資も戦力も絶望的であり、精神論だけで補い得るものではない。

 

 だが、拠点を救えないのなら、せめてプラントの名誉だけでも守らなくてはならない。

 

 たとえ敗れたとしても、最後まで勇戦敢闘したと言う事実を残し、プラントは悪逆な敵に対し、最後の一兵に至るまで最善を尽くし、不屈の精神の元で戦い抜いた事をアピールする必要があった。

 

 そして、その為に必要な策も、グルックの中では既に用意されていた。

 

「私の名において、カーペンタリア守備軍全員に、昇進と勲章の授与を打電しろ。それと、基地司令にはディバイン・セイバーズ隊長職への転任を打診するんだ。彼等の敢闘に対する敬意を具体的な形であらわすとともに、徹底抗戦を促すのだ」

 

 

 

 

 

 特使として訪れたシュウジ・トウゴウ一佐は、やつれきったカーペンタリア基地司令を前にして、僅かに息を呑むのを禁じ得なかった。

 

 秘書のナナミ・フラガを連れてこなかったのは、あるいは幸いだったかもしれない。彼女をこのような場所に連れて来たら、最悪、卒倒していたかもしれない。

 

 カーペンタリアは地上におけるプラントの最大の拠点である筈だが、足を踏み入れた時の印象は、正しく落城した城であった。

 

 基地施設はオーブ軍の爆撃で半ば以上破壊され、敷地内にあふれかえった兵士達は、負傷や飢えで動く気力すら無い有様だった。

 

 カーペンタリア攻防戦の一週間後、カーペンタリア基地からオーブ本国に向けて、降伏の用意があると言う電文が届けられた。

 

 当初は罠である事も疑われたが、予備交渉として現地に先行した参謀が、既にカーペンタリア守備軍の戦力は失われており、彼等の戦う意思は無きにひとしいと報告を上げてきた。

 

 恐らく、先の戦いにおいて、彼等が恃みにしていた輸送船団が、ついに1隻もカーペンタリアに辿りつく事ができなかった事、特に水上部隊が彼等の目の前で空しく撃沈されていったことが、プラント軍兵士達の最後の希望を打ち砕いたのだろう。

 

 そこで、本交渉を行う為にシュウジが派遣されてきたわけである。

 

 一応、沖合には大和を中心とした艦隊が停泊して砲門を向けると同時に、上空には艦載機が警戒の為に飛んでいる。

 

 が、そんな物は必要無かった事は、一目瞭然だった。

 

 プラント軍兵士達の士気は、完全に打ち砕かれている。それは、シュウジの目から見ても明らかだった。

 

「プラント軍カーペンタリア守備軍は、オーブ軍に対して降伏の申し入れを行います」

「申し入れを受諾いたします。今まで、お疲れ様でした」

 

 儀礼的な挨拶と共にシュウジは、カーペンタリア基地司令から降伏文書を受け取った。

 

 聞くとところに拠れば彼は、ディバイン・セイバーズへの編入が決定していたとか。それだけではない。基地内で生き残っていた全員に、勲章の授与が約束されていたらしい。

 

 そうまでしてアンブレアス・グルックはカーペンタリアの死守に拘った訳だが、結果として、それは果たされる事無く、基地司令の独断で降伏してしまった事になる。

 

 少し考えてから、シュウジは相手をいたわるようにして言った。

 

「艦隊の方には、我が軍の医療チームが待機しております。また、当座の食料も用意してきております。約定通り武装解除が終わり次第、物資の配給と傷病兵の治療を行う事を約束します」

「痛み入ります」

 

 シュウジの言葉に、基地司令は悄然としながらも、どこかホッとしたような声で答えた。

 

 ようやく肩の荷を下ろせた。そんな思いが伝わってくるようである。

 

 それだけで彼等が、すでに極限を越えた場所で戦い続けていたのが分かる。

 

 少なくとも、ここで戦った全てのプラント軍兵士達は称えられるべき存在であり、彼等の祖国に対する敬意と愛情は、誰よりも深い。

 

 他国の人間である、シュウジですら、その事が理解できた。

 

 そんな彼等に勝利した事は、ある意味、最高の栄誉と言えるかもしれない。

 

 降伏したとはいえ、半年に渡って戦線を支え続けたカーペンタリアの勇士達に賛辞を送るとともに、シュウジは次なる作戦に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 エターナルスパイラルを大和へ着艦させると、定位置に機体を固定し、ヒカルとカノンはコックピットを降りた。

 

 今回の任務は戦闘では無く、降伏受諾交渉時の上空警戒であった。

 

 カーペンタリア基地が降伏を申し出て来たとしても、それが本当に履行されるかどうかわからない。降伏自体が罠である可能性があるし、よしんば罠ではなかったとしても、降伏を承諾しない一部の兵士達が、命令を無視して武力行使してくる可能性は大いにあり得る。

 

 それらを排除するための任務であった。

 

 もっとも、それらの懸念は全て杞憂であり、敵の残存兵力が襲ってくることは無かった。

 

 その後、滞りなく武装解除が完了した旨の報告があり、ヒカル達には帰還命令が下されたのだった。

 

「次は、プラントへの進軍、か・・・・・・」

 

 着替えを終えたヒカルは、同様にパイロットスーツから軍服へと着替えて来たカノンと共に並んで歩きながら、そんな事をポツリと呟いた。

 

 今回の戦いにおいて、地上におけるプラント軍の戦力はほぼ壊滅したと考えて良い。

 

 残る戦力の大半は宇宙にいる。となれば、次の戦場は宇宙になると考えるのが妥当だった。

 

 と、そんなヒカルを引き留めようとするかのように、軽く腕が引かれる。

 

「もう、ヒカル、先走り過ぎ。まだ判んないでしょ。もしかすると、これで戦争が終わる可能性だってあるんだし」

 

 頬を膨らませた調子で言うカノン。

 

 その仕草が何だか可愛らしくて、ヒカルは思わず吹き出してしまった。

 

 とは言え、

 

 カノン的には、今回の損害を重く見たプラントが、オーブとの手打ちを考えるのではないか、と期待しているのだろう。

 

 だが、ヒカルの考えとしては、その可能性は低いように思えた。

 

 確かにカーペンタリアと言う地上における最大の拠点を失い、更に地上軍の戦力も壊滅状態に陥ったのは事実である。少なくとも向こう数年は、プラント軍が地上で大規模場軍事行動を起こす事は不可能だろう。

 

 しかし、プラント軍は未だに世界最高レベルの軍を保持している。流石にすぐさま再侵攻と言う事は無いだろうが、まだまだ正面切って戦えばオーブ軍が圧倒されるのは間違いない。

 

 加えて、失ったのは地上の拠点。それがどれだけ重要度が高かろうが、プラントにとっては「外地」に過ぎない。プラント本国が無傷である以上、あの砂時計の中でふんぞり返っている連中が白旗を上げる可能性は皆無以下だろう。

 

 おまけにプラントは、オーブを「テロリスト国家」と位置付け、その鎮圧は自分達の義務であるとまで公言している。

 

 結論を言えば、プラントがオーブに対して手打ちを言い出す可能性は全くの零と言って良かった。

 

 まあ、良いか。

 

 ヒカルは、そこまで考えてから、思考を楽観的な方向に切り替えた。

 

 自分にはエターナルスパイラルと言う剣があり、それを共に振るってくれるカノンと言う相棒もいる。

 

 ならば、如何なる敵が来ようとも負ける気はしなかった。

 

 と、そこでふと、ヒカルはある事を思い出してカノンに尋ねた。

 

「そう言えばさ、お前、あの時何言いかけたんだ?」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 その質問に、カノンは思わず動きを止めてヒカルに振り返る。

 

「ほら、あの時、おばさんからエターナルスパイラルを貰う時、何か言いかけたろ?」

 

 指摘されて、カノンは思い出す。

 

『わたしだって・・・・・・ヒカルの事が・・・・・・・・・・・・』

 

 涙交じりに言った言葉は、確かそこで止まっていた筈だ。

 

 その事を思い出して、カノンは一気に顔が赤くなるのを感じた。

 

 頭のてっぺんから湯気を吹き出しながら、今さらながら恥ずかしくなってしまった。

 

 勢いに任せたとは言え、自分はいったい何を口走ろうとしていたのか。

 

 流石のヘタレ遺伝子とでも言うべきか、改めて指摘されると、どうしても思いが言葉にならない。

 

 こんな事なら、あの時に勢いに任せて言ってしまえば良かった、とカノンは今さらながら後悔していた。

 

「おーい、カノン、聞いてるか?」

 

 ヒカルの呼びかけにも答えられず、カノンは顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

 

 恥ずかしい。

 

 恥ずかしすぎて、ヒカルの顔をまともに見れなかった。

 

 そんなカノンに対し、

 

 ヒカルは微笑を浮かべると、安心させるようにポンポンと頭を叩いた。

 

「まあ、言いたくないなら、別に言わなくても良いさ」

「あうッ・・・・・・・・・・・・」

 

 別に言いたくない訳じゃない。

 

 言いたくて言いたくて仕方が無いのに、どうしても口が動いてくれないのだ。

 

 そんなカノンのもどかしい思いには全く気付く様子が無く、鈍感キングたるヒカルは、すたすたと先を歩いて行ってしまう。

 

 慌てて追いかけるカノン。

 

 と、食堂の入口まで来た時、2人は揃って足を止めた。

 

 食堂に備え付けられたテレビの中から、聞き慣れた歌声が聞こえて来たからだ。

 

 皆が視線を集中させる中、テレビの中では可愛らしい衣装に身を包んだアイドル歌手が、マイクを手に持ち歌を披露している。

 

「ヘルガ、活動再開したんだっけ、そう言えば」

 

 カノンが思い出したように手を打った。

 

 友人であり、世界的にも名の知れたアイドルであるヘルガは、かつてプラント保安局によって不当に逮捕されたところを自由オーブ軍とターミナルによって救出されている。

 

 その後、長らく活動を休止していたのだが、最近になって活動を再開したらしい。

 

 どうやら、その活動再開に当たってはオーブ暫定政府と軍の方で何らかの梃入れがあったらしい、とはヒカル達も聞いている。ここ数日、アランやリィスが、そっち方面の仕事に掛かりきりになっていた。

 

 やがて、歌を終えたヘルガは、集まったファンの皆に手を振ってから、おもむろに真剣な顔を作ってマイクを口に当てた。

 

《みなさんこんにちは、ヘルガ・キャンベルです。今日は、あたしの復帰コンサートに足を運んでくれて、本当にありがとう》

 

 ヘルガがそう言うと、会場からは大歓声が起こる。

 

 流石は世界的アイドルとでも言うべきか、海上は満員御礼の大賑わいであるらしい。画面の中からも、熱気があふれて来そうな雰囲気があった。

 

《今まで活動を休止し、皆さんの期待に応える事ができず、本当にすみませんでした。ただ、あたしも決して、皆さんの前に出たくなかった訳ではありません。出たくても出れなかった訳があったんです。

 

 今からだいたい1年前、私は撮影会に向かう途中にありました。そのころのあたしは、まさに順風満帆で、この世界に苦痛となる物は何も無いって、そう考えていました。

 

 けど、その日、あたしの世界は、呆気無く崩れ去りました》

 

 テレビの中でも外でも、皆は沈黙したままヘルガの言葉に聞き入っている。

 

 いったい、この沈黙していた間に、彼女の身に何が起きていたのか、誰もが注目しているのだ。

 

 そして、ヘルガは語った。

 

 自らに起きた、衝撃の事実を。

 

《私は、その日、突然やって来た保安局の人達にスパイとして逮捕されました。勿論、あたしには何の心当たりも無い事でしたが、彼等はあたしの話を、全く聞いてくれなかったんです》

 

 その言葉に、誰もが戦慄を禁じ得なかった。

 

 世界的なアイドルにスパイ容疑を掛けて逮捕するなど、正気の沙汰とは思えなかったからだ。

 

 本人の口から語られたのでなければ、何かの間違いだとしか思えない事実である。

 

《そして・・・・・・そこで、とても辛い目に遭ったんです。あの時の事は、正直、思い出したくもありません・・・・・・・・・・》

 

 そう言って、ヘルガは涙ぐむ。

 

 逮捕され、収監された収容所で凌辱されそうになったヘルガ。助けに入るのが、あと数分遅かったら、彼女の命運はどうなっていたか判らない。

 

《けど、そんなあたしを、優しい人たちが助けてくれました。その方達のおかげで、あたしは今、こうして再び皆さんの前に立って、好きな歌を歌う事が出来ます》

 

 涙を流しながらも、精いっぱいの笑顔をファンに向けるヘルガ。

 

 その姿は神々しくも鮮烈な輝きを放っているかのようだった。

 

《皆さん。そして、今は遠く彼方になってしまった故郷、プラントの皆さん。どうか聞いてください。今のプラント政府のやり方には、決して正義などありません。彼等がやろうとしている事は、いずれ必ず世界を滅ぼしてしまうでしょう。どうかそうなる前に、彼等を止める為、力を貸してください》

 

 

 

 

 

「取りあえず、第一段階開始ってところだね」

 

 壇上でのヘルガのスピーチを聞いたアラン・グラディスは、そう言って満足げに頷いた。

 

 アランは現在、暫定政府における大統領補佐官の地位についていた。要するにカガリのブレーン的存在として活躍しているのである。

 

 勿論、カガリの大統領職自体が暫定的な立場である為、必然的にアランの地位もそれに準じている訳だが、今はそのような事を機にする事無く、アランは己の役割に邁進していた。

 

 彼の今の仕事は、アイドルとしてのヘルガ・キャンベルを広告塔にして、オーブの正当性を世界的にアピールする事だった。

 

 いわばプロパガンダ放送である。

 

 その事自体、良い印象と捉えられる事はないだろう。あざとく卑怯なやり方である事も、アラン自身が誰よりも自覚している。

 

 しかし、世界は声を上げない物に振り向いてくれるほど優しくはできていない。自分達の主張を押し通したいのなら、まずは自分達から声を上げる事が必要だった。

 

 その為のカギとなるのが、ヘルガの存在だった。

 

 この際、ヘルガの知名度を利用しない手は無かった。

 

 実は、半年ほど前にも一度、アランはヘルガに対して広告塔になるように要請した事があった。その時はにべも無く断れられた訳だが、どうやらあれから何かしら、心境の変化があったらしい。

 

 今回、オーブ政府として正式に要請した際、ヘルガは躊躇う事無く了承してくれた。

 

「でも、これで本当に効果があるの?」

 

 懐疑的に尋ねたのは、リィス・ヒビキであった。

 

 本来なら戦闘職が専門のリィスだが、新たな部署としてヘルガ護衛隊の隊長に就任していた。

 

 これは、今やオーブにとって最上級のVIPと言って良いヘルガに対して相応の護衛を付ける必要がある事。プライベートにおける護衛も兼ねる為、同姓である事が望ましい事が条件に挙げられた結果、リィスに白羽の矢が立ったわけである。

 

 勿論、いざとなれば、リィスも戦場に赴く事になるだろうが、今の彼女はヘルガの護衛役としての役割を全うする事に腐心していた。

 

 このヘルガを広告塔とした宣伝作戦は、作戦参謀であるアラン、警護隊長のリィスを始め、選りすぐりのスタッフで構成されている。特に、実際にヘルガのコーディネートを行うマネージャー兼監督役には、彼女の母であるミーア・キャンベルが担当し、その他のアシスタント等も、ミーアが自ら選りすぐって厳選した精鋭チームによって構成されている。

 

 これは戦争である。

 

 そこには火花は飛ばず、人が死ぬ可能性も少ない。

 

 しかし、プラントと言う巨大組織を内から突き崩すうえで、ある意味、戦場で砲火を交えるよりも重要で、熾烈な戦いになる事は間違いなかった。

 

 リィスにとっては完全に畑違いの仕事だが、もともと対人戦闘のスキルが高い事もあり、護衛の任務もそつなくこなしていた。

 

 それに何より、リィスにとってもメリットが無い訳ではない。

 

「すぐに効果が表れる物ではないよ。こういう事は後からジワジワと効いて来る物だからね」

「ふぅん」

 

 アランの説明に対しリィスは、やや納得できない調子で返事を返す。

 

 元々が戦闘職の彼女にとって、後から効果が表れてくるこうした「情報戦」は、やや理解しがたい物があるのかもしれなかった。

 

 だが、アランと一緒に仕事ができるのは、正直悪くない。

 

 リィスは内心では、そのように考えていた。

 

 何しろ、これまではあまり2人での時間は取れなかったのだ。しかし、こうして部署が近くなれば、一緒に仕事をする機会は増えるし、プライベートも一緒になる機会が多い。

 

 リィスとしてはむしろ、願っても無い状況であったりする。

 

 もっとも、

 

 その感情を外面に出さないようにするには、それ相応の努力をしているのだが。

 

「何にしても、ここからだよ。全ては」

「そ、そうね」

 

 アランの言葉に、ややドモリながら答えるリィス。

 

 何やら、仕事中である事も忘れて、2人の間には緩やかな空気が流れているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際、アランの言うとおり、ヘルガを広告塔にした宣伝作戦は、簡単には効果を現さなかった。

 

 そもそも、半年もの間雲隠れしていたヘルガ・キャンベルが今さらしゃしゃり出て来たかと思えば、オーブを擁護してプラントを非難するような活動を始めたのだ。彼女のアンチならずとも、その行動には訝りを覚えるだろう。

 

 批判する者、静観する者、中立を表明する者。反応は様々である。

 

 若干だが、賛同する者も存在した。

 

 そして、

 

 当然ながら、最大の批判者はプラントだった。

 

 プラント政府の報道官の発表によると、

 

《我がプラントがヘルガ・キャンベルを不当逮捕した事実は一切無く、彼女の失踪についてはオーブ共和国を僭称するテロリスト達に拉致された結果である。また、その際、彼女はテロリスト達によって洗脳を受けたものと見られ、発表の際に見せた言動はその影響と思われる。我々は、この事実を重く受け止め、今後の対応としていく。憎むべきは、何の罪も無いヘルガ・キャンベルを拉致、監禁し、洗脳して自分達の駒へと仕立て上げたテロリスト達であり、正義と自由を愛するプラントが彼等に屈する事は決してありえない。我々は必ずやオーブを打倒し、ヘルガ・キャンベルを保護すると誓う》

 

 との事だった。

 

 だが、

 

 プラント政府の大半の人間は気付いていなかった。

 

 既に彼等が、アラン・グラディスの張り巡らせた術中にはまっている事に。

 

 当のヘルガからすれば、憤りを覚えずにはいられない内容であるが、アラン達からすれば、プラントがこのように反応してくるのは、初めから織り込み済みだった。

 

 これでプラントは、ヘルガの存在を無視する事が出来なくなった。

 

 ヘルガが何か宣伝する度に、プラント政府はそれに反応を返す事になる。そして、その度に彼等は、せっせと墓穴を掘り続ける羽目になるのだ。無視するならば、こちらはヘルガによる宣伝を強化するのみ。

 

 これこそが、アラン・グラディスの実行する情報戦の詳細。

 

 嵌れば二度と抜け出せない蟻地獄に、プラントは嵌ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 クーヤ・シルスカもまた、今回のヘルガの発表を聞いて、憤っている人間の1人だった。

 

 まったく、度し難いにも程がある。

 

 元々クーヤは、アイドルと言う人種そのものを嫌っている。テレビの中でへらへら笑って媚を売る、言ってしまえば娼婦のような連中が偉そうな事を言うたびに、彼女は苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

 真に国を守る誇るべき仕事をしているのは、自分達のような軍人である。それを知ろうともせず、気楽な仕事で税金の無駄使いをしている穀潰し。それが、クーヤの中でのアイドルに対する本音であった。

 

 そこに来て、ヘルガと言う存在は、クーヤにとっては八つ裂きにしても飽き足らない売女にまで成り下がっていた。

 

 やる事に事欠いて、テロリストに協力して、議長の崇高な理想を非難するなど、言語道断である。

 

 まして、今はプラント全体が一致団結して、議長の目指す統一した世界の為に邁進しなくてはならない時である。そこに来て、和を乱すが如き行為をするとは。

 

 誤認逮捕などと適当な事を言って、プラントを貶めた事も許せなかった。

 

 クーヤは立ち寄ったコキュートスコロニーでヘルガの姿を見ている。

 

 プラントが間違いを犯すはずがない。あの時あの場にヘルガがいたと言う事は、間違いなく彼女は罪を犯して逮捕されたのだ。

 

 その事を隠蔽して、あのような言動に走るとは、もはや万死に値する。

 

「見ていなさい。今度こそ、引導を渡してやる」

 

 誰にも聞かれないような言葉で、クーヤは呟きを漏らす。

 

 オーブも、ヘルガ・キャンベルも、そしてあの、忌々しい魔王も、全て必ず討ち果たしてやる。

 

 そして自分達が、議長の目指す統一された美しい世界を作り出すのだ。

 

 その誓いを、クーヤは再び己の中で繰り返すのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-06「反撃の歌声」      終わり

 



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PHASE-07「最悪のタイミング」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘は、呆気無い程あっさりと終了した。

 

 人は強固なハードウェアに頼れば頼る程、慢心を心の内に秘める事になる。

 

 その典型的な例が、正にこれだった。

 

 ユーラシア連邦軍所属、宇宙要塞アルテミス。

 

 辺境航路警備の為に建造されたこの要塞は今、長きにわたる所属を、強制的に変えさせられていた。

 

「状況完了しました閣下。全区画、制圧完了です」

「うむ、ご苦労」

 

 出迎えたオーギュスト・ヴィランの報告に、シャトルを降りたブリストー・シェムハザは、鷹揚に頷きを返した。

 

 見回せば、居並ぶ北米解放軍の兵士達が、皆一様にシェムハザに向き直り敬礼をしている。

 

 落ちぶれて尚、失われぬ誇りと勇壮さが如実に表れている光景である。

 

 思えば、ここに至るまで長い道のりを歩いてきた。

 

 今一歩の所で北米紛争に敗れ、不本意な敗走を余儀なくされた時から、既に3年の時間が過ぎ去ろうとしていた。

 

 その後、ユーラシア連邦へ逃れ、そこでも押し寄せてくるプラント軍と戦い続けた。

 

 しかし、味方であるユーラシア連邦の裏切りに遭い、そこも追われる羽目となった。

 

 一度は自分達の拠点を持とうと攻め込んだスカンジナビアでは、予想だにしなかった自由オーブ軍の参戦によって、計画が潰える事となった。

 

 その後、流浪を続けること一年。ようやく今、自分達の拠点を得る事に成功したのだ。

 

 スカンジナビアでの戦いの後、国際テロネットワークの支援を受け、宇宙へとのがれた北米解放軍は、宇宙要塞アルテミスを襲撃。これを占拠したのである。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役以前に建造された要塞であるアルテミスは、陽電子リフレクターを全体に張り巡らせて、あらゆる攻撃を防ぐ事ができる無敵の要塞だが、そのハードウェアに対する信仰が完全に仇となった。

 

 奇襲をかけた北米解放軍に対し、アルテミス駐留のユーラシア連邦軍は、碌な抵抗を見せず、自慢の陽電子リフレクターを展開する間も無く壊滅の憂き目を見た。

 

 元々、アルテミス自体が辺境航路の片隅に建造され、主な任務は宇宙海賊対策である。暇と言う程ではないにしろ、最前線に比べたらひどく緩い空気に包まれているのは確かである。更に無敵の要塞にこもっていると言う安心感も、彼等の緊張感を削いでいた。

 

 そこに来て一国の軍隊に匹敵する北米解放軍の奇襲を受けては、ひとたまりも無かった。

 

「既に要塞守備兵の処刑は完了しています。閣下におかれましては、どうか快適にお過ごしください。間も無く、フラガ隊も合流する事でしょう」

「うむ」

 

 頷きを返すシェムハザ。

 

 ミシェル・フラガは、プラント軍のオーブ侵攻に呼応するような形で、オーブ上空へと部隊を率いて出撃していた。

 

 とは言え、オーブ軍、プラント軍双方どちらかに加担する事が目的ではない。

 

 目的は、プラント軍戦力の減殺にある。

 

 本来ならオーブとプラントは双方共倒れにでもなってくれた方が望ましかったのだが、如何せん、戦力差がありすぎる。このままではプラント軍の一方的勝利に終わってしまう可能性が大と判断したのだ。

 

 もしプラント軍が勝てば、彼等の権益は更に拡大し北米解放の日はさらに遠のく事になりかねない。

 

 その事を危惧したシェムハザは、ミシェルに一隊を預け、カーペンタリア攻防戦に介入するよう指示をしたわけである。

 

 仮にプラント軍が勝つにしても、彼等の戦力を多少なりともそぎ落とし、来たる北米奪回作戦への布石としようと考えたのだ。

 

 しかし、結果として彼等の予想とは大きく外れた形で戦闘は終結した。

 

 まさかと言うべきか戦いは、戦力的に劣るオーブ軍の圧倒的勝利に終わり、プラント軍は這う這うの体で逃げ帰って行った。

 

 だが、同時にこれはチャンスでもある。

 

 プラントの勢力が後退した今、北米解放に向けて軍事行動を起こす時が来たのかもしれない。

 

「フラガ隊の帰還を持って、我が軍も行動を開始する」

 

 シェムハザは居並ぶ将兵を見回し、厳かな口調で言った。

 

 ここからだ。

 

 故郷ははるか遠くになり、自分達は深淵の中にポツンと浮かんだ、ちっぽけな要塞に追いやられてしまっている。

 

 しかし、まだだ。

 

 まだ、自分達は戦う事ができる。

 

 否、

 

 祖国解放の日が来るまで、諦めるつもりは毛頭なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カノンは、悶々とした日々を送っていた。

 

 理由は、言うまでも無く、幼馴染にしてカノンが秘めた想いを向ける相手、ヒカル・ヒビキについてである。

 

 ヒカルを1人の「男」として意識し始めたのはここ数年の事だが、それでも想いはカノンの中で急速に拡大していった。

 

 否、今こうしている間にも、カノンの中で膨れ上がっている。

 

 とは言え、

 

 ヒカルにとっても、カノンの存在が一番かと言われれば、首をかしげざるを得ない。

 

 ヒカルの中では、未だに死んだレミリアの事が大きなウェイトを占めている。その事が、カノンには手に取るようにわかっていた。

 

 レミリアは確かに死んだ。

 

 しかし、「だからこそ」と言うべきかもしれない。ヒカルの心は、未だにレミリアにとらわれたままなのだ。

 

 ヒカルの心がレミリアにある以上、それを押しのけて自分がしゃしゃり出るのは、正直どうかと思うのだった。

 

 しかし、溢れ出るような感情は止めようも無く、カノンとしては身を焦がすような想いに苛まれる毎日を送っているのだった。

 

「ああ~ もう、どうすればいいのよ・・・・・・」

 

 机の上に突っ伏したカノンが、くぐもった声を発する。

 

 自身の内にある感情に、制御が効かなくなりつつある様子だ。

 

 そんなカノンの様子を見て、同席している友人2人はジト目を向けてくる。

 

「さすがノンちゃん」

「安心の安定ぶりよね」

 

 ため息交じりに、リザ・イフアレスタールとヘルガ・キャンベルは、ため息交じりに、「恋に悩める少女」にどっぷりと浸かってしまった親友を見詰めている。

 

 ここはカノンの母、アリスが経営する喫茶店。

 

 カノンとリザの非番と、ヘルガの休みが偶然重なった為、久しぶりに3人が揃う事が出来た訳である。

 

 そこで、カノンの恋愛相談と相成った訳だが、

 

「相変わらずのヘタレプリンセスぶりには、ほんと溜息しか出ないわよ」

「誰がヘタレプリンセスか」

 

 発言したヘルガを、ジト目で返すカノン。

 

 何やら本人も知らないうちに、ただのヘタレからクラスチェンジさせられていたらしい。

 

「ごめんね、カノン。ママがこんな風に産んじゃったから」

「いや、ママ、そんなコメントに困るような事言われても・・・・・・」

 

 いきなり会話に入ってきた母親に、カノンは更に脱力を余儀なくされる。

 

 正直、これは自分の問題だと思っているし、産んでくれた母を恨んだ事など一度も無い。

 

「もうさ、ここは一発、決めちゃった方が良いと思うよ。その方がおもしろ・・・・・・じゃなくて手っ取り早いし」

「・・・・・・決めるって?」

 

 リザの発言に若干の本音が混じっていた気がするが、取りあえず無視してカノンは先を促す。

 

 そんなカノンに、リザはビシッと人差し指を突きつけた。

 

「ヒカル君をデートに誘いなさい。そこで告っちゃえ!!」

「でッ!? こくッ!?」

 

 普段使わない言葉を叩き付けられ、カノンは思わず絶句した。

 

 ヒカルをデートに誘う。

 

「そ、そんな事、できる訳ないでしょ!!」

 

 思わず、人目もはばからずに立ち上がって叫ぶカノン。

 

 と、

 

《あら、そんな事ありませんわよ。必要なのはほんのちょっとの勇気だけです》

「うわッ ラクス様!?」

「いたんですか!?」

 

 いつの間に「出現」したのか、

 

 隣のテーブルでは、実体化したラクスが優雅にホログラフの紅茶を飲んでいた。

 

 その傍らでは、トレイを片手に苦笑するアリスが立っている。

 

 実は少し前からラクスは来ていて、3人のやり取りを聞いていたのだが、どうやら娘たちは議論に白熱していて気付かなかったらしい。

 

《お話は伺いました》

「いや、勝手に聞かないでください」

 

 カノンのツッコミを無視してカップを置くと、ラクスは顔を上げてにっこりほほ笑んだ。

 

《そう言う事であるなら、わたくしもお手伝いさせていただきます。大丈夫、こういう事には慣れています。何しろ、わたくしには素晴らしく扱いにくい「妹」がおりますので》

「いや、ラクス様、余計な事は・・・・・・」

 

 言い募ろうとするカノンの肩を、母親がポンポンと叩いて制止する。

 

「諦めさない、カノン。ラクス様、こういう話題大好きだから、一度食いついたら、なかなか逃がしてくれないわよ」

「いや、ママ、そんなしみじみ言わなくても・・・・・・」

 

 何やら苦労話の愚痴を聞かされたような気分になるカノン。

 

 とは言え、どうやらカノンがヒカルとデートする、と言う未来図は変えようがない所まで来ているらしい。

 

 嘆息するカノン。

 

 ヒカルが未だにラクスを「おばさん」呼ばわりしている訳が、何となく判った気がする。

 

 見た目はともかく、ラクスの性格や思考は完全に、厄介事に首を突っ込みたがる「近所のおばさん」のそれだった。

 

 

 

 

 

「予想はした事だったが、ここまで予想通りだと、逆に呆れて来るな」

 

 カガリは手にした書類を机の上に投げやりながら、嘆息気味に呟いた。

 

 居並ぶ閣僚達の顔も一様に似た感じであり、自分達の置かれた状況と運命について、ある種の拘束力めいた呪縛を感じずにはいられなかった。

 

 先のカーペンタリア攻防戦の勝利を受け、カガリをはじめとしたオーブ共和国暫定首脳陣は、プラント政府に対して和平の申し入れを行った。

 

 先の戦いではカーペンタリア陥落を始め、プラント軍、特に軍の主力を成すザフトの大半を壊滅に追いやる大戦果を挙げている。

 

 この勝利を背景に、プラントに対して和平交渉を行ってはどうか、と言う意見が出されていたのだ。

 

 この意見には、カガリも大いに乗り気だった。

 

 敵は多くの戦力と重要拠点を失っている。今なら、和平交渉に応じる可能性が高いと判断したのだ。

 

 しかし同時に、懸念もあった。

 

 あれほど強硬な姿勢を崩していないプラント政府が、果たして自分達に不利になると判っている和平交渉に応じるかどうか、と言う事だ。

 

 結果は、案の定だった。

 

 カガリの元へと届けられたプラント政府からの正式回答は、強硬な姿勢を一切崩さない厳しい物であった。

 

《我がプラント政府はテロリストとの和平に応じる気は無い。交渉のテーブルを設けるのは諸君等が無条件降伏を受諾するときであり、それ以外の一切の申し出を拒絶する》

 

 との事である。

 

 要するに、自分達は負けてない。泣いて謝って許しを請うのはお前達の方だ、と言う事だろう。

 

 頑迷と言うか固執的と言うか、とにかくプラント政府はまだ、この戦争を投げる気は無いらしかった。

 

 そしてプラントが戦争を続ける以上、オーブもまた戦い続けるしかない。

 

 カーペンタリアは潰した物の、北方にはハワイがあり、さらにその先には北米大陸がある。

 

 外征軍が壊滅した為、当面はオーブ本国に敵が攻め寄せて来る事は無いだろうが、それでも時間を掛ければ、敵が再び進行してくることは疑いない。

 

 その前に何としても、戦争にケリを付けたいところである。

 

 幸い、月面都市群を始め、多くの友好国が貿易外交に応じてくれた為、オーブの予算は急速に復興しつつある。

 

 物資や戦力も充分に貯えられつつある今、決戦に及ぶに足る要素は揃いつつある。

 

「やっぱ、攻め込むしかないかね・・・・・・」

 

 難しい顔で、ムウが発言した。

 

 プラントが和平案に拒絶した以上、戦争状態が続く事は避けられない。

 

 しかし、専守防衛を堅持したままでは、慢性的に戦闘状態が続き、国民に対して被害が生じる恐れもある。

 

 ここは、快刀乱麻を断つが如き決断が必要だった。

 

 すなわち、プラント本国侵攻である。

 

 勿論、リスクは大きい。こちらから攻め込むと言う事は、プラントのホームグランドで戦うような物だ。多くの戦力を失う事は避けられないし、敗れた場合は全てを失い。

 

 更に、プラントと同盟を結んでいるユニウス教団や、動静が不気味な北米解放軍の存在もある。一筋縄でいかないであろう事は確実だった。

 

 失敗したとしても二度目は無い。正に一発勝負となる。

 

「それに、気になる事もある。これは、プラント内で活動を続けているレジスタンスからターミナルを経由してあげられてきた情報なんだが・・・・・・」

 

 カガリはそう切り出して話す。

 

 プラント内部にもグルック政権のやり方に反対して反政府活動を続けている者達がいる。かく言うカガリの夫であるアスラン・ザラ・アスハも、レジスタンスの中核的な人物として、プラント領内で活動を続けていた。

 

 そのレジスタンスから、プラント内部の現状が伝えられてきた。

 

 一言で言えば「ひどい」だった。

 

 プラント政府が軍備拡張路線を敷き、各方面に戦力と物資を割り振った結果、市民の生活は圧迫されて物価は上昇。市民はその日の食事にすら事欠く有様だと言う。

 

 元々、国力的にはお世辞にも裕福とは言い難いプラントが、ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役、カーディナル戦役、北米紛争と言った多くの戦争で戦ってこれたのは、必要以上に戦力の拡散を行わず、更に質的に高い能力を誇るザフト軍の打撃力を利用して、戦線を早期に制圧して来たからに他ならない。

 

 しかし近年、プラントは各戦線で苦戦や敗退を続けている。そして、その敗退を補う為に、更に戦力と物資を前線に送り続けると言う悪循環を繰り返している。

 

 その結果、プラントの各都市では物資不足が深刻化、失業者と浮浪者で街が溢れ返り、さながらゴーストタウンの様相を呈しているとか。

 

 プラントの軍備拡張、と言うより軍備偏重主義が齎したしわ寄せは、確実に彼等が本来守るべき市民をも圧迫しているのは間違いなかった。。

 

 同情に値する話である事は間違いない。

 

 とは言え、カガリも人道的な見地から、このような話を持ち出した訳ではない。

 

「今なら、あるいはプラント内部からも我々の賛同者を得られる可能性が高い」

 

 カガリの「政治家」として備わった冷静な部分が、そのように告げていた。

 

 自分達はプラントを侵略する事が目的ではなく、あくまでも解放が目的である事を印象付ける事ができれば、グルック政権を内側から突き崩す事も不可能ではないかもしれない。

 

「アラン、ヘルガのやっている宣伝放送で、そんな感じの内容を折り込めないか?」

「できると思います。内容については、数日の内に案を用意します」

 

 アランが頷くのを見て、カガリも腹を決める。

 

 もし、プラントがこのまま強硬路線を崩さなければ、オーブ全軍でもってプラントへの侵攻を行う。

 

 それが、オーブ暫定政府の最終決定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルは腕時計に目をやり、イライラとした調子で天を仰いだ。

 

 突然、カノンから呼び出しを受けたのは昨日の事。

 

 今日は何も無ければ、家でゴロゴロしていようと思っていただけなので、誘い自体は歓迎すべき物だった。

 

 しかし、肝心のカノンがなかなか現れない。

 

 既に約束の時間から30分が経過している。

 

「・・・・・・・・・・・・からかわれたか?」

 

 漠然とそう思った時だった。

 

 パタパタと軽い足音と共に、近付いてくる気配があった。

 

「ごめん、遅くなっちゃった」

「お前な、今何時だと・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、ヒカルは絶句した。

 

 カノンがいる。それは良い。

 

 しかし、幼馴染の姿は、いつもとは少し違っていた。

 

 普段は割と活発な印象があり、私服についても動きやすさメインで選ぶことの多いカノンだが、今はどちらかと言えば落ち着いた雰囲気がある。

 

 白を基調としたブラウスに、下は膝丈のスカート。手には何とか言うブランドのハンドバッグまで下げている。ブラウスは半袖仕様になっており、涼しげな印象を見せている事が、カノンらしいと言えばらしい。

 

 おでこを出す形で前髪をピンで留めており、可愛らしさの演出がされている。

 

 それに極めつけは顔。見ればわかるが、普段は絶対しない筈の化粧までしてある。

 

 普段見せない印象の幼馴染の姿に、ヒカルは否応なく心臓が高鳴るのを感じた。

 

「・・・・・・どう、かな?」

 

 躊躇ような小さな声で、カノンは尋ねてくる。

 

 「どう」と言うのが、今日の自分の恰好について尋ねているのだと、ヒカルにもすぐに理解できた。

 

 しかし、

 

 上目づかいに見詰められ、ヒカルは自分の体温がさらに上昇するのを感じた。

 

 正直、カノンがこんな仕草を見せるのは初めてだった為、ヒカルも意表を突かれた思いだった。

 

「あ・・・・・・ああ、良い、と思う。可愛いよ」

「そ、そう、ありがとう」

 

 そう言うと、互いに顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 

 カノンは来る前、リザとヘルガ(あとついでにラクス)から、徹底的にコーディネートされたのである。

 

 それはもう、頭のてっぺんから足の爪先に至るまで。殆ど肉体改造に近いレベルである。

 

 パーマ屋に連れて行かれて髪をセットし、それが終われば服屋に放り込まれて、3人であーでもないこーでもないと、さんざんカノンは着せ替え人形にされたのだった。

 

 ようやく着ていく服が決まり、下着まで新しい物を用意され、終わった時には既にカノンの体力は尽き果てようとしていたくらいである。

 

 正直、今日はもう帰って寝たい気分だったが、へばっている暇は無い。本番はここからだった。

 

「じゃあ、行こっか」

「あ、ああ」

 

 浮き立つ想いを乗せて、カノンは軽やかに歩き出す。

 

 それにつられるように、ヒカルも後からついていくのだった。

 

 

 

 

 

 そんな2人の様子を、物陰から見つめる3対の目があった。

 

「行ったわね」

「ヒカルが帰っていたらどうしようかと思ったけど、何とか間に合って良かったわ」

《とにかく、2人に気付かれないように、後を追うとしましょう》

 

 リザ、ヘルガ、ラクスの3人は、並んで歩いて行くヒカルとカノンを見やりながら、取りあえずは作戦の第一段階終了を喜んだ。

 

 朝からカノンを着せ替え人形にして楽し・・・・・・もとい、忙しかった3人は、そのまま2人のデートを見守るような形で同行していた。

 

 因みにラクスは、本来なら専用端末が無い場所に移動する事はできないのだが、彼女の要望に沿う形で、その問題はある程度解決を見ていた。

 

 ヘルガの手には、ピンク色をした丸い物体が抱かれている。

 

 これは、ラクスが生前飼っていたロボットペットのハロで、特にラクスが可愛がっていた「ピンクちゃん」である。

 

 ラクスが死んだ後、彼女の遺品として大切にしまわれていた物だが、このほど、彼女の移動専用デバイスとして復活したのである。

 

 これで事実上、ハロが行ける場所ならラクスも移動できるようになった。勿論、通信上の問題等もある為、あまりアークエンジェルから遠く離れる事はできないのだが。

 

《あ、2人が移動します。後を追いましょう》

「そうだね。ヘルガ、2人の予定は?」

「えっと、確か」

 

 ハロを脇に抱えながら、スケジュール表をチェックするヘルガ。

 

 この日の為に、デートコースの選定はバッチリだった。

 

 

 

 

 

「しかし、お前も急にどうしたんだよ。2人で出かけたいって?」

「い、いや、それは、ね・・・・・・・・・・・・」

 

 問われて、言い淀むカノン。

 

 考えてみれば、ヒカルと2人だけで出かけるなんて何年ぶりの事だろう?

 

 士官学校に上がる前までは、2人で良く「デートもどき」みたいな事はしていたのを覚えている。

 

 だが、本格的なデートとなると間違いなく初めての事である。

 

 これはカノンにとっては驚天動地であり、革命が起きる程の大事件だった。

 

 並んで歩くだけで、心臓の鼓動がが1秒ごとに早くなるのが判る。

 

 いっそ、自分の手で心臓を鷲掴みにして止めてしまいたいくらいだった。

 

「カノン」

「ひゃ、ひゃいッ!?」

 

 いきなり声を掛けられ、声を裏返らせるカノン。

 

 その声に、ヒカルの方も思わぬカノンの反応に、驚いて目を見開く。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「な、何でもない。何でもないよ?」

 

 なぜか疑問文になりつつ、ヒカルの言葉を否定するカノン。

 

「そ、それより、ヒカルこそどうかした?」

「ああ、あそこじゃないか? お前が行きたがっていた場所って?」

 

 そこはオロファトでも有名な喫茶店であり、カノンは前々から行きたいと言っていた場所だった。

 

 当然、今回のデートコースの中にも入っている。

 

「ほら、行くぞ」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 さっさと先を行くヒカルの後を、カノンは慌てて追いかけて店内へと入って行った。

 

 

 

 

 

《むう、判っていませんね、ヒカルは》

「何がですか?」

 

 喫茶店に入って行った2人を見て、何やらラクスが、難しい顔で唸り声を上げた。

 

《こういう時、男の子はさりげなく、女の子の手を取ってあげるものです。それが気遣いと言う物でしょう》

「まあ、あの鈍感キングに、そこまで期待するのは酷かもよ」

 

 ヘルガは呆れ気味に肩をすくめる。

 

 ヒカルに女心を理解しろと言うのは、モビルスーツに「喋れ」と言うくらい難しいかもしれなかった。

 

《全て、キラとエストの教育方針が悪かったせいですわね》

 

 そう言って、ラクスはやれやれと嘆息する。

 

 因みに、キラはともかく、エストを「教育」した1人は、それはラクス当人である。

 

 つまり、ヒカルの鈍感振りについて、責任の一端はラクスにもある筈なのだが、

 

 言うまでも無く、そこら辺の事は綺麗さっぱり棚上げされていた。

 

 

 

 

 

 込む時間帯ではないらしく、店内には比較的空席が目立っていた。

 

 ヒカルとカノンはボックス席に座ると、それぞれ注文をする。

 

「意外だな」

「何が?」

 

 キョトンとするカノンに対し、ヒカルは苦笑を浮かべながら言った。

 

「お前の趣味だと、もうちょっと派手な所を選びそうだったからさ」

 

 喫茶店の中はどこか落ち着いたような雰囲気があり、カノンのイメージにはあまりあっていない気がしたのだ。

 

 それに対して、カノンも内心で苦笑する。

 

 実のところカノンも自分で見付けた訳じゃなく、リザやヘルガが見ている雑誌に載っていたのを見て、いつか行ってみたいと思っていただけなのである。

 

 それがまさか、こんな形になるとは思っても見なかったが。

 

 やがて、注文した物が運ばれてくると、2人は会話をやめて食事に没頭し始めた。

 

 カノンは通常のサイズより少し大きめのショートケーキを頼み、それを一心不乱に頬張っている。

 

 雑誌で見た時から、これが食べたくて仕方が無かったのだ。

 

 口に入れると、クリームのとろける甘さとイチゴの酸味がとけあって、幸せな気分が広がって行く。

 

 ついつい、食べる手が早まってしまうのも仕方のない事だった。

 

 だが、

 

 ふと、我に返って顔を上げると、いつの間にか食事する手を止めたヒカルが、何やら微笑を浮かべてカノンの方を見詰めていた。

 

「な、何?」

「いや、お前のそう言うところ、昔と変わんないなって思ってさ」

 

 そう言いながらヒカルは、おしぼりを取って、カノンの鼻の頭についていた生クリームを拭ってやる。

 

 途端に、カノンは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

 そんなカノンの仕草が可愛くて、ヒカルはついつい顔を綻ばせてしまった。

 

 と、その時だった。

 

「あれ、ヒカルにカノンじゃない。アンタ達もここに来てたの?」

 

 突然呼ばれて振り返ると、そこには、よく見慣れた人物が2人、並んで立っていたのだ。

 

「リィス姉、それにアランさんも!?」

 

 リィスとアランの方でも、少し驚いたような感じに2人を見ている。

 

 しかも、

 

 決定的な事に、リィスとアランは、しっかりと互いの腕を組んでいた。

 

 2人とも仕事用の服では無く、完全にラフなプライベート用の恰好をしていた。

 

 まるで、付き合っている恋人同士のように。

 

 リィスは、ヒカルとカノンの様子を見て、フッと笑みを浮かべる。

 

「成程ね」

「何さ、リィちゃん?」

 

 意味ありげな笑いを浮かべるリィスに、カノンはジト目で睨む。

 

「まさか、アンタ達がねえ」

「それを言うんだったら、リィス姉とアランさんだって、いつの間にそんな事になってたんだよ?」

 

 ヒカルとしては、自分達のデートよりも今のリィスとアランの様子の方がよほど衝撃的だった。

 

 まあ、兆候自体はだいぶ前からあった気がするが。

 

「それは、まあ、ほら、いろいろと、ねえ」

「うん、そうだね」

 

 痛い所を突かれたようにしどろもどろになるリィスに対し、アランは苦笑するように応じる。

 

 そのこなれた態度が、2人の関係がつい最近の物ではなく、だいぶ前から付き合っていた事を伺わせた。

 

 と、リィスはヒカルの方に目をやり、優しげな目を向けた。

 

「何だよ?」

「ううん、別に」

 

 視線に気付いた弟が怪訝な顔をするのを見て、リィスは微笑したまま何も告げる事は無い。

 

 ただ、ヒカルが今だ、心の中に大きな曇りを抱えたまま、ここにいると言うのは、漠然とながら感づいていた。

 

 次いで、リィスはカノンに近付くと、そっと肩をたたいた。

 

「頑張ってね」

 

 そう囁きかけると、カノンの顔は一気に真っ赤に染まってしまう。

 

 そのままリィスは、アランと腕を組み直すと、店の奥の方へと入って行った。

 

「驚いたな。前からそうだとは思っていたけど、あの2人いつの間に」

 

 姿が見えなくなった姉とアランを見送ると、ヒカルはしきりに頷きながら言った。

 

 まあ、傍から見ても、あの2人が仲が良いのは判っていたし、何よりアランの誠実な人柄はヒカルも好感を持っている。大切な姉を任せるのに、アラン程信頼できる人物は、そうはいなかった。

 

「そ、そだね」

 

 対して、カノンは顔を真っ赤にしたまま、上の空で返事を返す。

 

 最後の最後でリィスに喰らわされた「不意打ち」のせいで、頭が混乱しているのだ。

 

 どうにか落ち着こうと、テーブルのお冷に手を伸ばして口に運ぶ。

 

 しかし、勢いよく飲み込んだ水は、誤って気管の方へと流れ込んでしまった。

 

「ゴブフォォッ!?」

「お、おい、大丈夫かよ!?」

 

 吹きだして咳き込むカノンに対し、ヒカルは慌てて立ち上がって吹きだした水を拭いてやる。

 

 何とも、締まらない光景である事は間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、楽しかったな。こんな事は久しぶりだったよ」

「うん、そうだね」

 

 ヒカルの言葉に対し、カノンは低い声で答える。

 

 その後は、特に大きな変化があった訳ではなく。

 

 ヒカルとカノンは映画観賞やショッピングを続け、最後に公園へとやって来た。

 

 ここも人気スポットの一つであり、本日のデートコース最後のポイントでもあった。

 

 そして、

 

 カノンにとっては、ここが「告白」する最後のタイミングでもあった。

 

 

 

 

 

 そんな2人の様子を、リザ、ヘルガ、ラクスの3人は、未だに物陰から見入っていた。

 

「ったく、あんのヘタレプリンセスは、いったいいつまで焦らすつもりなのよ」

「あんだけやっといて、気付かないヒカル君もヒカル君だけどね」

《まったくです。待っているわたくし達の身にもなってほしい物ですわね》

 

 半眼になりながら、口々に不平を漏らす3人。

 

 自分達が勝手に出場亀している事は、完全に忘却の彼方へと投げ去っていた。

 

 そんな3人の目から見て、なかなか踏ん切りがつかないカノンも、そのカノンの様子を悉くスルーするヒカルも、見ていてもどかしい物でしかなかった。

 

 

 

 

 

 一方、そんな出場亀共の思惑など全く気付かないまま、カノンは顔をリンゴよりも赤くして俯いていた。

 

 恥ずかしい。

 

 恥ずかしすぎて、ヒカルの顔をまともに見る事すらできない。

 

 幼いころから見慣れており、その程度の事は呼吸するよりも簡単なはずなのに。

 

 しかし、

 

 ヒカルに告白する。

 

 自分の想いを言葉にして伝える。

 

 ただそれだけの要素が加わっただけで、どうしてここまで自分は委縮してしまうのか?

 

 「ヒカルが好き」

 

 たった数文字を言葉にする事が、こんなに難しい事とは。

 

 恥ずかしくて顔を上げられない。

 

 それに、もし断られたらどうしよう?

 

 駄目だと思いつつも、ついついそんな事を考えてしまう。

 

 と、

 

「ありがとな、カノン」

「え?」

 

 緊張して全く身動きが取れないカノンに、ヒカルの方から声を掛けてきた。

 

 ヒカルは笑顔を浮かべて歩み寄ると、カノンの頭をそっと撫でる。

 

「俺を元気づける為に、こんな事してくれたんだろ?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀むカノン。

 

 確かに、ラクス達に焚き付けられたから、と言う事もあれば、本音を言えば、消沈しているヒカルを元気づけたいと言う思いはカノンの中にもあった。

 

 レミリアを失い、ルーチェまでも敵にまわっている今のヒカルは、自身の気力を振り絞るようにして立ち続けているが、それは同時に触れれば折れてしまいそうなほど脆い物でしかない。

 

 だから、支えてあげたいと思ったのだ。

 

 顔を上げるカノン。

 

 今なら、

 

 今このタイミングなら、ちょっとだけ勇気を出せそうな気がした。

 

「ヒカル、あのね、わたし・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけるカノン。

 

 物陰ではラクス達が期待に胸を膨らませつつ、身を乗り出している。

 

 カノンの口が開かれる。

 

 次の瞬間、

 

 無情のサイレンが、彼方から遠雷のように鳴り響いてきた。

 

 

 

 

 

PHASE-07「最悪のタイミング」      終わり

 



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PHASE-08「プラントの意志」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュウジはナナミを伴って大和の艦橋へと戻ると、直ちに状況の確認に入った。

 

 北方を警戒するアカツキ島が、敵の襲撃を受けたのは今から30分前。

 

 敵は爆撃によってアカツキ島のレーダーサイトを無力化すると、そのままオーブ領海内に侵入したらしい。

 

「状況はどうなっている?」

「ハッ 現在、オノゴロからAWACS型のイザヨイが発進して索敵に当たっています。程無く、敵の規模と位置が判るかと」

 

 オペレーターの報告に対し、シュウジは艦長席に座りながら頷きを返す。

 

 既にアカツキ島の基地は、敵の攻撃を受けて壊滅している。

 

 ユニウス戦役時にはカガリ率いるオーブ政府軍が本拠地として活用し、カーディナル戦役時には侵攻してきた地球連合軍の大軍を迎え撃つ拠点として活躍している。

 

 そのアカツキ島も、予想だにしなかった奇襲には耐えられなかった様子だ。

 

 不幸中の幸いなのは、アカツキ島に駐留していた戦力は、あくまでも警戒部隊のみであり、オーブ軍の主力はオノゴロとアシハラに集中させている。その為、基地施設こそ壊滅したものの、機動戦力の損害は最小限にとどめる事が出来た。

 

 しかし、予断の許される状況ではない。敵が領海内に侵入したのは事実であり、放置すれば甚大な損害を被る事になる。

 

 更に言えば、シン・アスカ、ラキヤ・シュナイゼルの両名は、部隊を率いてアシハラに駐留中である。今から出撃準備をしてかけつけても、恐らく間に合わないだろう。

 

 オーブ軍は現在本国に駐留している部隊のみで、未知の敵を迎え撃たなくてはならないのだ。

 

「本艦も直ちに出撃準備だ。ヒビキ二尉とシュナイゼル二尉は?」

「さきほど到着しました。現在、出撃準備中との事です」

「急がせろ。時はあまりないぞ」

 

 オペレーターの指示を飛ばしながら、シュウジは素早く頭の中で情報を整理する。

 

 ヒカルとカノンがいれば、こちらはエターナルスパイラル(切り札)を出す事ができる。

 

 その時、操舵手席に座ったナナミが振り返った。

 

「艦長、補助エンジン始動完了、大和、発進できます!!」

 

 頼もしい言葉が響く。

 

 これで少なくとも、アカツキ島のような奇襲を受ける可能性は無くなった訳だ。

 

 シュウジは頷くと同時に立ちあがった。

 

「ただちに出航シークエンスに入れ。出航と同時に、総員戦闘配備。敵がどこからくるかは判らない。警戒を厳にせよッ」

 

 シュウジの号令と共に、世界最大の戦艦がゆっくりと動き出した。

 

 

 

 

 

 背部にセンサードームを背負ったAWACS型のイザヨイが、海面を滑るように移動している。

 

 小国と言われるオーブだが、それは単に国土が狭いと言うだけに話であり、領海面積を加えれば広さはそれなりの物となる。

 

 その為、早期索敵に関しては、広い範囲をカバーできる航空戦力の役割が大きなウェイトを占めていた。

 

 その内の1機。北方の偵察を担当していたイザヨイが、アカツキ島まであと5分と言うところまで差し掛かっていた。

 

 敵が現れたのは、オーブの北部海域。そろそろ、敵の姿が見えてもおかしくは無い。

 

 イザヨイのパイロットが、そのように考えた時だった。

 

 突如、海面を割るようにして、機影が飛び出してきた。

 

 驚いたイザヨイパイロットは、とっさに操縦桿を倒して回避行動を取ろうとする。

 

 しかし、遅かった。

 

 振り上げられた腕が、無防備に横腹を向けたイザヨイへと襲い掛かる。

 

 戦闘機形態を取っているイザヨイだが、センサードームを装備したせいで、機動力は若干低下している。

 

 繰り出された攻撃に対し、回避する間は無かった。

 

 次の瞬間、殴り飛ばされたイザヨイは、胴体部分から真っ二つに折れて吹き飛んだ。

 

《キャハハハ、相変わらずのもろさよねッ 玩具みたーい!!》

《折角出張って来たのだから、精鋭を出してくれない事には話にならんがな》

 

 けたたましい笑い声と、それに呼応するような冷静な声が響き渡る。

 

 フレッド・リーブスとフィリア・リーブス。

 

 プラント保安局特殊作戦部隊に所属するリーブス兄妹は、久方ぶりの実戦に興奮を隠せずにいる。

 

 その2人が操る機体は、以前のテュポーン、エキドナとは異なっている。

 

 しかし、

 

 ある意味、より以上に禍々しい外見をしているように見える。

 

 そんな2人の視界の中で、蒼穹に黒い点が多数浮かび上がるのが見える。

 

 事態を察知したオーブ軍の主力が、スクランブル発進して向かってきたのだ。

 

 数は30機前後。流石に駐留全機を一時に発振させる事はできなかったようだが、それでも急場をしのぐ分には充分であると言える。

 

 対して、リーブス兄妹もまた、迫るオーブ軍の姿に高揚感を覚える。

 

《面白い、相手をしてやろう!!》

《少しは楽しませてよね!!》

 

 楽しげに言い放つと、リーブス兄妹は勇む足を止めずに踊り掛かって行った。

 

 

 

 

 

 着替えを済ませたヒカルとカノンは、駆け足で機体の元までやってくると、コックピットへと乗り込む。

 

 ヒカルは前席に座り、カノンは後席へ。いつも通りの配置となる。

 

 手早く機体を立ち上げ、稼働状態へと持っていく。

 

「カノン、大丈夫か?」

 

 ヒカルが声を掛けたのは、全てのシークエンスを終えようとした時だった。

 

 その言葉に、手を止めるカノン。

 

 この出撃招集命令が届いたのは、2人のデートの最中。

 

 更に言えばカノンがヒカルに「告白」しようとしている、正に直前だった。

 

 勿論、ヒカルには、カノンが何を告げようとしていたのかは判らない。

 

 しかし、少女が何か、秘めた思いを抱えている事だけは気付いていた。

 

 そんなヒカルに対し、

 

 カノンはニコリと微笑む。

 

「大丈夫だよ、わたしは」

「・・・・・・そか」

 

 カノンの言葉に、ヒカルはさばさばとした調子で頷く。

 

 深く追及はしない。相棒が大丈夫と言っているなら、それを信じるのが自分の務めだ。

 

 それ以降、プライベートな会話をする事無く、発進準備を進める2人。

 

 と、カノンのモニターがメッセージの着信をポップアップしたのは、作業を終えようとした時の事だった。

 

「ザッちから? 何だろう?」

 

 訝りながら、メッセージを開くカノン。

 

 すると、

 

 冒頭の分を読んだ瞬間、思わず吹き出しそうになった。

 

《告れなくて残念だったね》

 

 いきなりの先制パンチである。どうやら、どこかから見られていたらしい事に今更ながら思い至る。

 

 と言う事は恐らく、朝のコーディネートでさんざんカノンを着せ替え人形にしたヘルガとラクスも一緒であったことは疑いない。

 

 物理的な頭痛を覚えるカノン。

 

 文章は更に続いていた。

 

《帰ったら、ちゃんと告れると良いね》

 

 友人の余計な気遣いに、ありがたくも苦笑するしかないカノン。

 

 と、

 

《追伸:もし告れなかった場合、ヒカル君の端末宛に、これを送信する事にするからよろしく(ハート)》

 

 訝りながら、添付された画像を開くカノン。

 

「ブフォ!?」

 

 今度こそ、カノンは本気で吹き出した。

 

「ど、どうした?」

「な、何でもないッ 何でもないよ!!」

 

 突然のカノンの奇行に、訝りながら振り返るヒカル。

 

 対してカノンは、慌てて手を振ってヒカルを制する。

 

 添付されてきた画像。

 

 そこには、眠っているカノンの姿が映し出されている。

 

 ただし、生来の寝相の悪さが災いして、パジャマが捲れあがっており、可愛らしいオヘソとパンツが、盛大に丸出しになってしまっている。

 

 いったい、こんなものいつの間に撮ったのか? 油断も隙もあった物ではない。

 

 ともあれ、出撃を前にして緊張感に欠けること甚だしかった。

 

 一方で、悶えているカノンを余所に、ヒカルは発進シークエンスを進めていく。

 

 カタパルトデッキに機体を進ませると、ハッチが開き視界を蒼穹が埋めた。

 

 気合を入れ直すカノン。

 

 ここからは真剣勝負だ。呆けている余地は無かった。

 

 同時にカタパルトに灯が入る。

 

《APU起動、オンライン、カタパルト接続。エターナルスパイラル発進、どうぞ!!》

 

 スピーカーから、悪戯の主であるリザの声が響いて来る。どうやらヒカル達と同じく艦に着任して、交代要員と代わったらしかった。

 

 同時に、ヒカルとカノンは眦を上げた。

 

「ヒカル・ヒビキ」

「カノン・シュナイゼル」

「「エターナルスパイラル行きます!!」」

 

 打ちだされる機体。

 

 同時に、蒼穹に不揃いの翼が羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍とプラント軍の戦闘は、プラント軍の有利なうちに推移していた。

 

 数は奇襲を前提にしたプラント軍よりも、オーブ軍の方が多い。しかも、今度は主力部隊を投入した上での戦いである。本来であるなら、オーブ軍の方が有利であってもおかしくは無い。

 

 問題は、プラント軍が投入した2機の機体にあった。

 

 寸胴の胴体に長く太い手足を直接取り付けたような機体は通常のモビルスーツよりも、明らかに一回りは大きな巨体を誇っている。にも関わらず、鈍重な見た目とは裏腹に機敏な動きを示し続け、今も群がろうとするオーブ軍機を屠り続けている。

 

《どうしたのか~ 歯ごたえが無いんですけどー?》

《所詮は雑魚、と言うべきだろうな》

 

 それぞれオーブ軍機を叩き潰しながら、フレッドとフィリアは嘲笑を吐き続ける。

 

 GアルファとGベータ。

 

 それが2人の操る機体の名称である。

 

 機体フレームは双方ともに同じである為、どちらがそうなのかは、見た目では判断しづらい物がある。

 

 だが、その戦闘実力は脅威そのものであり、オーブ軍も遠巻きに包囲しながらも攻め寄せる事ができないでいた。

 

《そんなにノロノロしてると、食べちゃうわよー!!》

 

 言いながら、オーブ軍の陣列に突撃していくフィリア。

 

 同時に機体を旋転させながら、両腕を豪快に振るう。

 

 さながら、小規模な竜巻と言った風情である。

 

 振り回されるGベータの巨大な腕が、複数の機体を薙ぎ払おうとした。

 

 その時、

 

 飛来した閃光が、Gベータを直撃して押し戻した。

 

《アハァ!?》

 

 笑みを含んだ声と共に、フィリアは攻撃を受け止める。

 

 しかし、凄まじい衝撃がコックピットに襲い掛かって来た。

 

 とっさに陽電子リフレクターを展開して防御したものの、それでもこれまでにない威力の攻撃を前に、フィリアは口笛を吹く。

 

 その視線の先、振り仰いだ彼方で、

 

 蒼き6枚の右翼と、紅き炎の左翼。

 

 不揃いの両翼を広げた機体が、睥睨するように見下ろしていた。

 

《アッハッハ 来た来たァ!!》

 

 言いながら勇むように急上昇を掛けるフィリア。

 

 それに呼応するように、フレッドも挟み込むように背後に回りながら接近して行く。

 

《いつもながらの重役出勤とは、余裕だな!!》

 

 言いながらフレッドも、攻撃を仕掛けるタイミングを計る。

 

 一方、ヒカルはドラグーン4基を引き戻してマウントすると、改めて向かってくる2機を見やった。

 

「ヒカル、あいつらって」

「ああ、あの忌々しい動きには、随分と見覚えがあるよ」

 

 カノンの言葉に、ヒカルは迷いなく頷きを返す。

 

 以前、何度も戦った事のある2機だ。機体は変わっていても、その暴虐な動きには変化は無い。見誤る筈が無かった。

 

 2機の方でもヒカルの存在に気付いたのだろう。連携する動きを見せながら向かってくる。

 

「行くぞ!!」

 

 ヒカルはティルフィング対艦刀を抜き放つと、ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開。高速機動を発揮してGベータ目がけて斬り込んで行く。

 

 対抗するようにフィリアも、全砲門を開いてエターナルスパイラルを迎え撃つ。

 

 空中で迸る閃光。

 

 しかし、

 

 放たれる砲撃を高速ですり抜けるエターナルスパイラル。

 

 距離を詰めると同時に、真っ向からティルフィングを振り下ろす。

 

 しかし、それよりも早くフィリアは陽電子リフレクターを展開。ヒカルの斬撃を受け止めた。

 

 否、

 

 振り抜かれた剣が盾に接触した瞬間、衝撃の押されGベータは空中で後退を余儀なくされる。

 

 正面からのぶつかり合いで、エターナルスパイラルは自身よりも一回り大きな機体に押し勝ったのだ。

 

《パワーアップは充分みたいね!!》

 

 バランスを崩す機体の中で、フィリアは歓喜の声を発する。

 

 今までにないレベルで復活を遂げてきた魔王の存在に、笑いが止まらない様子だった。

 

 そのエターナルスパイラルの背後からは、Gアルファが両手指のビームキャノンを振り翳して迫った。

 

《もっと見せて見ろッ その性能、我らが試してやろうではないか!!》

 

 放たれるビームキャノン。更に腹部と胸部に合計4基備えた複列位相砲も火を噴く。

 

 駆け抜ける閃光が、エターナルスパイラルに向かう。

 

 だが、

 

 閃光が捉えたと思った瞬間、エターナルスパイラルの機影は霞のように消え去った。

 

 舌を打つフレッド。

 

 ヒカルは背後からの攻撃を見越し、光学幻像を囮にしていち早く離脱する事に成功していたのだ。

 

 そして、本物は既に、彼等の上空で攻撃態勢を取っていた。

 

「行けェ!!」

 

 ドラグーン、ビームライフル、レールガン。

 

 24連装フルバーストを構え、カノンは一斉に撃ち放つ。

 

 降り注ぐ砲撃に対して、とっさにリフレクターを張り巡らせて防御するフレッドとフィリア。

 

 その光景を見ながら、ヒカルは確信に近い思いを抱いていた。

 

 機動力、攻撃力、その他所性能において、エターナルスパイラルはGアルファとGベータを凌駕している事は、ここまでの一連の戦闘ではっきりしていた。

 

 加えて、ヒカルとカノンの操縦技術も、リーブス兄妹と比べて先んじていると言える。

 

 流石に1対2と言う状況では苦戦もするだろうが、それでも状況を決定づける要因足りえる事は無い。

 

 敵も切羽詰まって次々と新型を繰り出してきている感があるが、自分達とエターナルスパイラルならば、そんな敵であっても充分に対応できる。

 

 だが、

 

 ヒカルはまだ、判っていなかった。

 

 自分達が対峙している2機の、真の恐ろしさを。

 

 切り札を持っているのは、何も自分達だけではないのだと言う事を。

 

《埒が明かんな、フィリア、やるぞッ》

《了解。楽しくなってきたじゃない!!》

 

 言い放つと、フレッドとフィリアは互いの機体を軸線上に並ぶようにして上昇させる。

 

 エターナルスパイラルを引き離す形で、2機はどんどん高度を上げていく。

 

「何をする心算!?」

 

 相手の意図が判らず、首を傾げるカノン。

 

 ヒカルは構わず、エターナルスパイラルを上昇させて2機を追撃する。

 

 と、次の瞬間、変化は起こった。

 

 Gベータの脚部と腕部が伸長するように変形すると、その下部からは巨大なスラスターが出現する。

 

 更にGアルファの腕部が2倍近くに伸び、逆に脚部は背中側へと折り畳まれ、更に複眼の頭部が出現する。

 

 同時に2機はアルファを上に、ベータを下にしてドッキングする。

 

 次の瞬間、それまでは2機だった機体が、1機の巨大機動兵器へと変貌した。

 

 太い四肢と頭部に、通常の機体の10倍はありそうな威容。腕に至っては4本も存在している。

 

 その禍々しさだけで、こちらは圧倒されてしまいそうだった。

 

「何ッ!?」

「う、そでしょ!?」

 

 ヒカルとカノンは、思わず絶句する。

 

 度肝を抜かれるとはこの事だが、この展開を誰が予想し得た事だろう?

 

 恐らくはデストロイ級に属しているのだろうが、それにしても、そこに内包されたギミックには舌を巻かざるを得ない。

 

 ZGMF-X56D「ゴルゴダ」

 

 それは旧地球連合の技術とザフトの技術を融合させて開発された「合体・分離」が可能なデストロイ級機動兵器だった。

 

 元々、デストロイ級の弱点は、その巨体からくる機動性の低さにある。こればかりは、多少、エンジン出力を上げたからと言って解消できるような物ではない。巨大な物質を動かす時には、どうしても避けられない慣性の増大が出現する。これまでのデストロイ級機動兵器は、その点がネックとなっていた。

 

 その点、ゴルゴダは任意で合体分離が可能となって居る為、戦況に応じて火力と機動性を使い分ける事もできる。

 

 かつてザフト軍が開発したZGMF―X56S「インパルス」のように、機体各所を分離して無線で操縦する案も検討されたが、そちらは技術的に難があるとして見送られている。

 

 しかし、そのような些事など考慮にも値しないような威容が、ゴルゴダにはあった。

 

 まさにデストロイ級機動兵器における、一つの進化形と言える。

 

 次の瞬間、

 

 攻撃を開始するゴルゴダ。

 

 GアルファとGベータの火力がそのまま集約され、四腕合計20本の指から放たれるビームキャノンに、ボディ部分にある8門の複列位相砲、更に頭部の砲も開かれてエターナルスパイラルを狙い撃ちする。

 

 対して、ヒカルはとっさに不揃いの翼を羽ばたかせて機体を上昇させ回避する。

 

 駆け抜けた閃光が、大気を容赦なく撹拌しているのが判る。

 

 熱気は、コックピットを通してさえ、肌を直接焼くような錯覚を感じてしまう。

 

 元々、GアルファとGベータは核エンジンを搭載している。それが合体する事で、出力は相乗効果を発揮し、桁違いの威力を発揮しているのだ。

 

 エターナルスパイラルの後方で、戦況を見守っていたオーブ軍機が、直撃を浴びて吹き飛ばされるのが見える。

 

 あまりの事態に回避運動が間に合わず、攻撃に巻き込まれてしまったのだ。

 

「クソッ!?」

 

 味方の機体が上げる火球を尻目に見ながら、ヒカルはとっさに機体を翻すと、ティルフィングを振り翳して斬り込んで行く。

 

 放たれる閃光をすり抜けて一気に肉薄。大剣による斬撃を袈裟懸けに繰り出すエターナルスパイラル。

 

 だが、その攻撃は陽電子リフレクターによって弾かれた。

 

 分離状態ならパワー負けする事は無かったエターナルスパイラルだが、流石に自身の10倍は威容がありそうな機体が相手となると分が悪い。

 

 舌打ちしながら後退を掛けるヒカル。

 

 そこへ、リーブス兄妹が追い討ちを掛けた。

 

 手指ビームキャノン、ボディ、及び頭部の合計9基ある複列位相砲を、不用意に接近したエターナルスパイラル目がけて撃ち放つ。

 

 強烈な閃光が、奔流となって襲い来る中、

 

 ヒカルはとっさに、翼をは馬鹿セルと機体を旋回させる。

 

 間一髪。

 

 放たれた攻撃は全て、空間を薙ぎ払うにとどまった。

 

「このッ!?」

 

 ヒカルはティルフィングを背中のハードポイントに収めると、今度は腰の鞘から高周波振動ブレードを抜刀する。

 

 更に、

 

「カノン、ドラグーンだ!!」

「判った!!」

 

 ヒカルの指示に従い、カノンは左翼のカバー部分から4基のドラグーンを射出、攻撃位置へと移動させる。

 

 一斉に放たれる攻撃。

 

 しかし、それに対してリーブス兄妹は陽電子リフレクターを展開して防御する。

 

 ゴルゴダの注意がドラグーンに逸れたと判断したヒカルは、一気に斬り込みを掛ける。

 

 両手に装備した高周波振動ブレードを一閃、シールドを斬り裂く。

 

 消失するビーム面。

 

 アンチビームコーティングの刃が、容赦なく斬り裂く。

 

 更に追撃を、

 

 そう思った次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 突如、コックピットに警報が鳴り響き、ヒカルはとっさに機体を後退させる。

 

 次の瞬間、縦横の軌跡を描いて放たれた閃光が、直前までエターナルスパイラルがいた空間を薙ぎ払って行った。

 

 舌打ちするヒカル。

 

「新手かよッ!?」

 

 正直、目の前の「デカブツ」だけでも厄介だと言うのに、ここに来て更に新手にまで対応しなくてはならないとなると、かなりの過重になる事は間違いない。

 

 そんなヒカル達の視線の先で、

 

 巨大な突起物を装備するユニットを背負った真っ赤な機体が、挑発するように滞空しているのが見えた。

 

 ZGMF-X666B「ブラッディレジェンド」

 

 世界で初めてドラグーンを正式装備した機体の後継に当たり、より強力なドラグーン多数を操る事に特化した機体である。

 

 そして、

 

《よう、その機体、ヒカルで間違いないよな?》

「ッ!?」

 

 突然掛けられた気さくな声に、思わずヒカルは息を呑んだ。

 

 懐かしくも忌まわしいその声。

 

 悪意をちりばめた響きは、否応なくヒカルの心にある傷を抉り出す。

 

「レオス・・・・・・・・・・・・」

《元気そうで何よりだよ。新しい機体に乗れてご機嫌か?》

 

 かつての仲間。

 

 そして裏切者であり、レミリアの仇でもある。

 

 そのレオスが、再び自分達の前に現れていた。新たなる機体と共に。

 

「そんな、レオス君・・・・・・」

《何だ、カノンも一緒かよ。お前等、本当に仲良いよな。もう、死んだ奴の事はどうだって良い感じか?》

 

 レオスの言葉に、ヒカルはギリッと歯を噛み鳴らす。

 

 レオスの言っているのが、レミリアの事であるのは明らかだった。

 

 レミリアを殺したレオス。

 

 そして、レミリアを守れなかったヒカル。

 

 その二つの事実を認識したうえで、レオスは悪意と共に台詞を吐き出しているのだ。

 

 何が最も効果的な挑発になるか、レオスは理解した上で話しを進めていた。

 

「ヒカル」

「・・・・・・ああ、判っているよ」

 

 心配そうなカノンの言葉に、ヒカルは絞り出すような低い声で返事をして、自身の中にある感情を飲み込んだ。

 

 今ここで、激昂する事に意味は無い。レオスの戦闘実力の高さは知っているし、未知の新型の性能も気になる所だ。

 

 冷静さを失えば負ける。その事は誰よりも、ヒカル自身がよく判っていた。

 

 次の瞬間、

 

《そら、行くぞ!!》

 

 言い放つと、レオスは搭載するドラグーンを一斉射出した。

 

 12門の砲を持つ大型ドラグーン6基、2門の砲を持つ小型ドラグーンが14基。

 

 合計で90門の一斉射撃がエターナルスパイラルに襲い来る。

 

 対して、ヒカルは一瞬早く攻撃範囲から退避。レオスの攻撃を回避する事に成功する。

 

 しかし

 

《そらそらッ まだだぞ!!》

 

 言いながら、ドラグーンによる波状攻撃を仕掛けてくるレオス。

 

 対して、カノンはビームライフルとレールガンによる一斉砲撃を敢行。数機のドラグーンを攻撃前に破壊する事に成功する。

 

 だが、それにも構わず、レオスは更なる攻撃を仕掛けてくる。

 

 大多数のドラグーンを用いた物量攻撃は、レオスの得意とするところである。その圧倒的な火力は、1基や2基のドラグーン喪失など物ともしていない様子だ。

 

 縦横に駆けまわりながら砲撃を行うドラグーン。

 

 しかも、脅威はそれだけではない。

 

《背中がガラ空きとは、随分と余裕だな。恐れ入るよ!!》

《よそ見しちゃやーよッ》

 

 分離したGアルファとGベータが、挟み込むようにしてエターナルスパイラルに迫ってくる。

 

 分離した事で機動力を上げた2機は、巨大な両腕を振るって殴り掛かる。

 

 その攻撃を、ヒカルは不ぞろいの翼を羽ばたかせて上昇を掛け回避。

 

 その間にカノンがレールガンを展開して牽制の攻撃を加え、Gベータの接近を許さない。

 

 しかし、リーブス兄妹の攻撃によって、ヒカル達の意識が僅かに逸れてしまう。

 

 レオスは、その隙を突いてきた。

 

 嵐のような砲撃を、エターナルスパイラルに襲い来る。

 

 とっさに、ヒカルはシールドを展開して防御を試みた。

 

 放たれる閃光を、ビームの表面が弾く。

 

 しかし、動きを止めたエターナルスパイラル目がけて、ブラッディレジェンドがビームサーベルを振り翳して斬り込んで来た。

 

《貰ったぞ、ヒカル、カノン!!》

 

 振りかざされる光刃。

 

 しかし次の瞬間、

 

 割って入った深紅の機体が、鋭い一閃によってレオスの剣を弾いていた。

 

《相変わらずの姑息さだな。反吐が出る》

 

 低い声で囁きながら、アステルのギルティジャスティスは、エターナルスパイラルを守るように両手のビームサーベルを構える。

 

 それに対して、ブラッディレジェンドからは、くぐもった笑い声が漏れ聞こえてきた。

 

《良いじゃないか、これで「元お仲間」が全員そろったわけだ。まるで同窓会みたいで嬉しいね》

「興味無いな」

 

 素っ気なく言うと、アステルは威嚇するように前へと出る。

 

 合わせるように、ヒカルも高周波振動ブレードをエターナルスパイラルの両手に構えて背中を合わせる。

 

「アステル」

《呆けている暇は無い》

 

 素っ気ない一言が、今は逆に頼もしく感じる物である。

 

 次の瞬間、両者は同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は短時間の内に逆転しつつあった。

 

 元々、先のカーペンタリア攻防戦において多数の兵力を失ったプラント軍に、再度の攻勢をかけるの余力は残っていない。

 

 当然ながら、投入できる兵力にも限界があった。

 

 せいぜいが1個部隊。それも、カーペンタリアが失われた今、オーブを攻撃可能な拠点はハワイのみとなっている。

 

 そうなると、取れる戦術も限られてくる。

 

 当初は奇襲によって戦況を優位に進めていたプラント軍も、オーブ軍主力が戦線に加入し始めると、その優位性を徐々に失っていった。

 

 そんな中、戦場の一角において、単機で奮戦を続ける機影があった。

 

 クロスファイアである。

 

 オーブ軍主力の半数がアシハラに配備されている現状、投入可能な戦力は全て投入する必要がある。

 

 その為、居合わせたターミナルの部隊も、戦線に加入していた。

 

 キラはビームサーベルを振るい、接近を図ろうとしていたガルムドーガ1機を斬り捨て、更に返す刀でリューンの翼を斬り飛ばす。

 

 高度を下げていく敵機を尻目にドラグーンを射出、更にビームライフルとレールガンを展開してフルバーストモードへと移行した。

 

 一斉に放たれる閃光。

 

 それらは、接近を図ろうとしていた敵を、一撃のもとに全滅させてしまった。

 

「・・・・・・しかし、判らないね」

「何がですか?」

 

 ドラグーンを回収したキラの呟きに、後席のエストが尋ねる。

 

「敵の意図だよ。何で、今になって攻めて来たのかな?」

 

 キラにはずっと、そこが引っ掛かっていた。

 

 今のタイミングで、プラント軍が攻勢に出るメリットは少ない。多少の攻撃程度で、主力軍が駐留しているオーブ本国に大打撃を与える事は難しいし、下手をすると貴重な戦力をすり減らす事になる。否、後者の方は既に現実となりつつあった。

 

 そのような状況で攻勢を仕掛ける事に、いったい何の意味があるのか?

 

 この戦闘に対する敵の意義が、キラには全く見い出せなかった。

 

「こちらの戦力を少しでも削いでおきたかったのでは?」

「それで本国防衛用の戦力をすり減らしてしまったら本末転倒だよ」

 

 妻の言葉を、キラは言下に否定する。

 

 どう考えても、この戦闘はプラント軍の立場から言えば無意味以外の何物でも無いと感じたのだ。

 

 その時だった。

 

 突如、彼方から放たれた閃光が、クロスファイアに襲い掛かった。

 

「キラッ」

「判ってる」

 

 エストの警告に従いビームシールドを展開するキラ。

 

 シールド表面が飛来した閃光を弾くのを確認してから、ビームライフルで反撃する。

 

 敵機はクロスファイアの攻撃を沈み込むようにして回避しながら、両肩に装備した独立ユニットを展開して向かってきた。

 

《よう、キラッ 相変わらずのご機嫌振りだな!!》

「クライブ・ラオス!?」

 

 予想はしていた事だが、宿敵の登場にキラの警戒心は一気に高まる。

 

 あの男の危険度は他の比ではない。警戒し過ぎると言う事は無かった。

 

「いったい何のつもりだ、この馬鹿騒ぎは!?」

《ハッ 知らねえよ、お偉いさんの考える事なんざなッ 俺等はただ、愉快に戦争できればそれで良いだろうが。お互いよォ!!》

「何度も言わせるなッ 一緒にするな!!」

 

 言いながら、キラはブリューナクを構えるとクロスファイアをDモードへと移行させて斬り掛かって行く。

 

 対抗するように、クライブもタルタロスとビームサーベルを振り翳してディスピアを前へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 ゴルゴダの放つ圧倒的な砲撃を前にして、ヒカルは一瞬も怯む事無く正面から向かっていく。

 

 不揃いの翼を羽ばたかせて閃光を紙一重で回避。同時に、抜き放ったティルフィング対艦刀を真一文字に振り抜く。

 

 しかし、それよりも一瞬早くリーブス兄妹は機体を分離させ、上下に分かれる事でエターナルスパイラルの攻撃を回避する。

 

 舌打ちしながら、機体を振り返らせるヒカル。

 

 そこへ、反対側からギルティジャスティスが斬り込んで行くのが見える。

 

 手にした刃を一閃するアステル。

 

 対して、フレッドはその斬撃を陽電子リフレクターで弾きつつ、複列位相砲を斉射。牽制の攻撃を加える。

 

 Gアルファからは発射された閃光を、紙一重で回避するアステル。

 

 だが、そこへ、ビームサーベルを振り翳したブラッディレジェンドが斬り込んで来た。

 

《ハハッ もう完全にオーブの一員だなアステル。昔のテロリストが大した出世だよ!!》

「そう言うお前は、随分と落ちぶれたな。プラントの飼い犬に慣れ果てるとは」

 

 言い募るレオスに対し、アステルは冷静な口調で返す。

 

 同時にブラッディレジェンドを蹴りつけて距離を取りつつ、ビームライフルで牽制射撃を行う。

 

《言ってくれるなッ 裏切者はお互い様だろうが!!》

「一緒にするな」

 

 更に斬り掛かろうとするアステル。

 

 しかし、再びゴルゴダへと合体を遂げたリーブス兄妹が、上空から覆いかぶさるようにしてギルティジャスティス。

 

 アステルは舌打ちすると、仕方なく、そちらへ対処すべく機体を振り返らせた。

 

 その間にヒカル達が、再びレオスと対峙する。

 

 剣戟を交差させつつ距離を取り、レールガンとビームライフルを斉射するエターナルスパイラル。

 

 対してブラッディレジェンドは攻撃をビームシールドで防御しつつ、ドラグーンを射出する。

 

 包囲するように展開するドラグーン。

 

 舌打ちしつつ、ヒカルはエターナルスパイラルの右手掌に装備したパルマ・エスパーダを起動、3基のドラグーンを一閃で切り払う。

 

「どういうつもりなんだ、レオス!!」

 

 尚も繰り返されるドラグーンの攻撃を回避しながら、ヒカルは叩き付けるようにして問いかける。

 

「いったいなぜ、お前がこんな事をする!!」

 

 それはこれまで、何度も問いかけてきた質問だった。

 

 なぜ、レオスは裏切ったのか? 妹と言う掛け替えの無い存在を犠牲にしてまで、なぜ?

 

 今までは、その質問を全てはぐらかしてきたレオス。

 

 しかし、

 

《そうだな、そろそろ話しても良いか》

 

 妙に乾いた口調で、レオスは呟くように言った。

 

 レオスが裏切った理由。

 

 否、自らの全てを賭して、ヒカル達を陥れ、更にはレミリアの命すら奪った理由。

 

 それが今、本人の口から語られようとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-08「プラントの意志」      終わり

 




機体設定

ZGMF-X56D「ゴルゴダ」

武装
5連装ビームキャノン×4
破砕掌×4
4連装複列位相砲×2
単装大型複列位相砲×1

パイロット:フレッド・リーブス
      フィリア・リーブス

備考
プラント軍が旧地球連合軍と自軍の技術を掛け合わせて開発したデストロイ級機動兵器。かつてのインパルスに用いられた技術を基に「合体・分離」が可能になっており、合体時には火力と防御力が、分離時には機動力が優先される。デストロイの持つ「大型故の機動力の低さ」と言う特定の弱点を克服した、一つの完成形であるとも言える。





ZGMF-X666B「ブラッディレジェンド」

武装
大型ドラグーン6基
小型ドラグーン14基
近接防御機関砲×2基
ビームサーベル×2
ビームライフル×1
ビームシールド×2

パイロット:レオス・イフアレスタール

備考
レジェンドの後継機に当たる機体で、主にドラグーンの数と攻撃力強化に重点を置かれている。合計で90門に達する砲門は脅威であり、物量を活かした戦術が可能となっている。


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PHASE-09「目覚めの刻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く「名門」と呼ばれてきた家があった。

 

 まだ大西洋連邦が世界最大の国家として、地球圏における権勢をほしいままにしていた時代。

 

 その家は、軍事、政治、経済等各分野で優れた人材を多く輩出して、最大国家の運営に深く携わってきた。

 

 自然、多くの人間が彼等を湛え、彼等の前に膝を付いた。

 

 その家に生まれた者は、正に生まれた瞬間から、上流社会を歩む事を約束されていると言っても良かった。

 

 まさに、現代における貴族的階級とでも言うべき家柄であり、知れば誰もが羨望するであろう存在が、彼等であった。

 

 正に、我が世の春を謳歌していた一族。

 

 しかし、転落は唐突だった。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役中盤。特権を利用して宇宙艦隊に同行した当主は、ザフト軍との戦闘に巻き込まれ死亡。

 

 その後、軍人になった当主の一人娘も、最終決戦となった第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でMIAになるに至り、彼等の没落は始まった。

 

 残った一族は崩れかかった家を建て直そうと躍起になったが、当主を失った事への影響は大きく、彼等の権威は否応無く大きく後退する事を余儀なくされた。

 

 多くの権益が失われて行き、当然の帰結として彼等に傅いていた者達も、後足で砂を掛けるように、背を向けて去って行った。

 

 その後に勃発したユニウス戦役において大西洋連邦が事実上の敗北を喫した事により彼等の没落は更に加速し、そしてカーディナル戦役における大敗が決定打となった。

 

 本拠地である北米大陸に多くの利権を有していた一族は、同時多発核攻撃による大陸各都市の壊滅に伴い、殆どの権益を文字通り「消滅」させられたのだ。

 

 更に戦後、国家立て直しに躍起になった大西洋連邦政府によって負債の大半を押し付けられた事により完全にトドメを刺された一族は、かつての栄光を完全に失い、散り散りに離散していった。

 

《そのなれの果てが、俺とリザと言う訳さ》

 

 レオスは自嘲気味に言った。

 

《だが、かつての栄光って奴は、とんでもなく甘美な味がする物でな。生まれた時から泥水しか啜った事が無いとすれば尚更だ》

 

 レオスが生まれた時、既に家は完全に没落し、見る影もない有様だった。

 

 その日食べる物にも事欠き、生きている事にさえ絶望する日々だった。

 

 かつての名家が、まるで物乞いのように生きていく様は、屈辱以外の何物でも無かった。

 

 そんな中、たった一つ支えがあったのだとすれば、「自分達はかつて名門だった」という誇りのみだったと言って良い。

 

 それが空虚以外の何物でも無い事は、レオス自身よく判っている。

 

 しかし、かつての栄光を知る両親が、事あるごとにその事を繰り返すたび、まだ少年だったレオスの心の中に変化が生じて行った。

 

 奪われた物は奪い返せばいい。

 

 自分達をこのような境遇に追いやった連中を屈服させ、かつて奴等が自分達から奪った物を再び手中にできれば、自分達の栄光を取り戻し、再び光の道を歩む事ができる。

 

 両親から繰り返し、呪詛のように「かつての栄華」を聞かされて育った幼いレオスは、次第にそのように考えるようになっていった。

 

「じゃあ、お前の目的は、落ちぶれた家の立て直しって訳か?」

《ぶっちゃけて言ってしまえば、そうなるな。もっとも、今さら過去の家を取り戻そうとは思っていないさ。ただ・・・・・・・・・・・・・》

 

 言いながらレオスは、ブラッディレジェンドに搭載されているドラグーンを射出。エターナルスパイラルを包囲するように展開する。

 

《過去は取り戻せなくても、俺の力を使えば未来は作る事はできるって訳だ!!》

 

 閃光が一斉に放たれる。

 

 戦闘再開。

 

 ほぼ同時に、ヒカルもエターナルスパイラルの持つ不揃いの翼を羽ばたかせて飛び退く。

 

 それを追撃するレオス。

 

 機体周囲にドラグーンを展開して、追撃を仕掛ける。

 

《俺の本当の名前は、レオス・アルスター もっとも、この名前を知っている人間は最早、この世で俺1人だけだろうがな》

 

 アルスター一族はレオスが語った通り、ヤキン・ドゥーエ戦役以前まで北米の行政に大きくかかわっていた「上流」の一族である。

 

 しかし、リザが物心つく前に両親は死別。

 

 そこでレオスは、敢えてアルスターの名を捨て、自身の中にある復讐心と、必要な技術を磨く事に邁進した。

 

 新たなる名前である「イフアレスタール」は、ヤキン・ドゥーエ戦役の決戦で戦死した当主の娘の名前を、アナグラム風に改変する事で作り出し、妹にも名乗らせた。

 

 当主を失って尚、雄々しく戦い続けた彼女の存在は、幼く弱いレオスにとっては強い憧れとなっていたのだ。

 

 自分が生きる為なら、レオスは何でもやった。

 

 殺しや略奪くらいなら日常茶飯事だったし、味方への裏切りですら呼吸をするようにやってのけた。

 

 やがて、技術を磨き、裏社会での働きを認められるようになったレオスは、北米紛争において暗躍していた組織に拾われ、スパイとして活動するようになっていった。

 

 全ては、自分自身の栄光を掴む為。

 

《その為なら、ありとあらゆる物を、俺は捨て去ってやるよ!!》

 

 叫びながら、ドラグーンによる波状攻撃を続けるレオス。

 

 ドラグーンだけではない。ブラッディレジェンドの右手にはビームサーベル。左手にはビームライフルを構えて挑みかかってきていた。

 

 対して、

 

 ヒカルはとっさに後退を掛けつつ、レオスの攻撃を回避。

 

 同時にカノンがビームライフルとレールガンで牽制の射撃を行う。

 

 だが、

 

 そのエターナルスパイラルの背後から、巨大な影が迫っていた。

 

 4本の腕を持つ禍々しい機体。

 

 ゴルゴダだ。

 

 数あるデストロイ級機動兵器の中でも、ダントツで禍々しい外見を持つ巨体は、接近する視覚効果だけでも脅威である。

 

《つまらん昔話はそれで終わりか!?》

《いい加減、欠伸が出るのよね。そーいうの、余所でやってくれない?》

 

 リーブス兄妹は言いながら、搭載する全火砲を解放。エターナルスパイラルに襲い掛かる。

 

 対して、ヒカルは機体を急降下させて射線を回避。

 

 同時に高周波振動ブレードを抜刀しつつ、斬り込んで行く。

 

 しかし、その前に展開したレオスのドラグーンが、行く手を阻んで来た。

 

 放たれる縦横の砲撃に、空中で踏鞴を踏むエターナルスパイラル。

 

 そこへ、ゴルゴダの追撃が入る。

 

 圧倒的な砲撃力を前に、ヒカルはとっさにビームシールドを展開して防御する。

 

 しかし、衝撃までは吸収しきれずに、大きく高度を下げるようにして押し戻されるエターナルスパイラル。

 

 あまりの衝撃に、防御した左腕が悲鳴を上げる。

 

 更に追撃を仕掛けようとするリーブス兄妹。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、駆け抜けてきた赤い機影が手にした刃を一閃。

 

 とっさの事で反応しきれず、陽電子リフレクターの展開は間に合わない。

 

 繰り出された刃は、ゴルゴダの表面装甲とリフレクター発生装置1基を斬り飛ばした。

 

 ゴルゴダにダメージを負わせた機体は、威嚇するように剣を構え直す。

 

 手にはビームサーベル、脚部にはビームブレードを構えたアステルのギルティジャスティス。

 

 どうやらダメージを負っているらしく動きにぎこちなさがあるようだが、それでも戦闘に支障は無いらしい。

 

「アステルッ 無事かッ!?」

《人の心配をしている暇があるなら、とっととあの裏切者を仕留めて来い》

 

 言外に「こっちは任せろ」と言う言葉を含みながら、アステルはギルティジャスティスを駆ってゴルゴダへと向かっていく。

 

 その間に、ヒカルは再びブラッディレジェンドと対峙していた。

 

 対抗するように、レオスもドラグーンを引き戻してエターナルスパイラルと対峙する。

 

「さっきの話だけどよ・・・・・・・・・・・・」

 

 戦う前に、ヒカルはどうしてもこれだけは聞いておきたい、と思った事を口に出した。

 

「お前の戦う理由は判ったよ、レオス。けどな、それは本当にやらなきゃいけない事だったのかよ?」

《愚問だな》

 

 ヒカルの問いかけに対し、レオスは嘲笑を交えて返事をする。

 

《さっき言った通りだよ。悲願は何を置いても達成したいからこそ悲願であると言える。まして、それが自分の人生を賭けた物なら尚更だろ》

「それが、妹を犠牲にしても、かよ?」

 

 ヒカルの問いかけに対し、

 

《・・・・・・・・・・・・それこそ、愚問だろ》

 

 レオスは殊更に低い声で返す。

 

 レオスは確かに、自身の悲願達成の為に妹、リザを斬り捨てた。そればかりか、離反した時に銃で撃って殺そうとまでした。

 

 そう言う意味では、確かにレオスは妹の犠牲を物ともしていないように見える。

 

 しかし、

 

 返事をする際、一瞬レオスが言い淀んだのを、ヒカルは見逃さなかった。

 

「レオス、、お前本当は・・・・・・」

「くだらない問答は終わりだッ」

 

 叩き付けるように言って、レオスはヒカルの言葉を遮る。

 

 これ以上、無駄な会話を続ける気は無いとばかりに、ドラグーンを射出。一斉にエターナルスパイラルへと向かわせる。

 

 対してヒカルは機体を操ってドラグーンの攻撃を回避。同時にカノンが、エターナルスパイラルの両手に装備したビームライフルでブラッディレジェンド本体を狙う。

 

 レオスは掠めるビームを横目に見ながら、自身もビームライフルで反撃する。

 

 交錯する両者の閃光。

 

 と、

 

「やっぱり、判んないよ、レオス君!!」

 

 それまでヒカルとレオスのやり取りを、殆ど口を出さずに聞いていたカノンが口を開いた。

 

「だって、ザッちはレオス君の妹でしょ。それなのに・・・・・・・・・・・・」

《くどい!!》

 

 叫びながら放たれたビームライフルの一撃を、ヒカルはシールドで防御する。

 

《妹だろうが何だろうが、必要なら切り捨てるッ そんな事は当たり前だろうが!!》

 

 その一言に、レオス・アルスターと言う人物の半生が込められている気がした。

 

 あらゆる手管を尽くし、あらゆる可能性を模索し、食える者は全て食い、捨て去るべき物は躊躇なく捨てる。

 

 恐らくそうまでしなくては、レオスは生き残ってはこれなかったのだ。

 

 だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、何で、真っ先にザッちを切り捨てなかったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ッ!?》

 

 レオスが息を呑む声が聞こえた。

 

 カノンの発した一言が、彼の核心を突いたのだ。

 

 確かに、レオスは必要ならばありとあらゆる物を切り捨てて生きてきた。それは間違いない。

 

 しかし、ならばなぜ「最も足手まといになるであろう妹」を真っ先に切り捨てなかったのか?

 

 考えてみれば、他にもおかしな事はある。

 

 たとえば、あの月での裏切り劇の時。

 

 確かにレオスはリザを撃った。

 

 しかし、艦橋内と言う狭い場所での銃撃である。狙いを外し方が難しいはず。

 

 にも拘らず、レオスはリザを一撃で仕留める事ができなかった。

 

 もし、これがレオスの深層意識を反映した上で、起こり得るべくして起こった事態だとしたら?

 

 それはすなわち、レオスにとってリザが、捨てたくても捨てられないくらいに大きな存在だったと言う証拠ではないだろうか?

 

《黙れッ 黙れ黙れェ!!》

 

 狂乱するように叫びながら、ドラグーンを操るレオス。

 

 さらに激しさを増した攻撃に、堪らず機体を後退させるヒカル。

 

《戯言でグダグダと言ってるんじゃないッ 目障りなんだよォ!!》

 

 追撃を掛けるレオス。

 

 図らずも、カノンの一言がレオスの魂の奥底にしまっていた物に火をつけたようだ。

 

 それ故に、全てを無に帰すが如く攻撃は激しさを増す。

 

 レオスは、リザを、家族を大切に思っているのだ。たとえ表面上どのように言いつくろうが、人は己の心の奥底を偽る事はできない。

 

 レオスはリザを愛しており、たとえ世界を敵にしてでも守りたい存在だった。

 

 だからこそ捨てきる事ができなかったのだし、だからこそ殺す事もできなかった。

 

 全てを切り捨てでも栄光を求めるレオスと、捨てきれない物を背負って足掻くレオス。

 

 何と言う二律背反。

 

 この明確な二面性こそが、あるいはレオスの本性であるのかもしれない。

 

 更に激しくなる攻撃。

 

 ドラグーンが縦横に飛び交って砲撃を行い、時折、それに混じってブラッディレジェンドも攻撃を仕掛けてくる。

 

 それらを回避しながら、反撃のタイミングを計るヒカル。

 

 そんなヒカルを背後から見ながら、

 

「ねえ、ヒカル」

 

 カノンは声を掛けた。

 

「どうした?」

 

 対して、

 

 ヒカルは穏やかな声で応じた。

 

 今もなお続けられるレオスからの攻撃に対応しながら、それでもヒカルは優しくカノンを見やる。

 

 何か大事な話がある。

 

 戦闘中であるにもかかわらず、ヒカルは漠然とそう察した。

 

 だからこそ、待つ。

 

 カノンが話すのを。

 

 ややあって、カノンの小さな唇が開かれた。

 

「・・・・・・・・・・・・ヒカルはさ、もし、わたしを殺さなくちゃいけないってなったら、どうする?」

 

 突拍子の無い、そして物騒な質問である。

 

 しかし、同じ状況でレオスは躊躇いなく引き金を引いた。

 

 全ては、自らが目指す道にそれが必要だったから。

 

 だからレオスは、己の心の内を必死にひた隠してまで妹を討つ道を選んだ。

 

 対して、

 

「そうしなくてもいい方法を探す」

 

 ヒカルは一瞬もためらう事無く告げた。

 

「そんな方法が無かったとしたら?」

「それでも探す。俺はもう、俺の大切な人を絶対に死なせたりはしない」

 

 重ねられた質問にも、ヒカルは迷いなく言い切る。

 

 かつて、レミリアを守りきれず死なせてしまったヒカルにとって、それが誓いであり、そして正義でもあった。

 

 それは決して折れる事無く、最後まで貫き通される少年の剣。

 

 眩しいまでに白く輝く翼に他ならない。

 

 そして、

 

 そんなヒカルだからこそ、

 

 想いをこめて、カノンは口を開いた。

 

「ヒカル、わたし、ヒカルの事、好きだよ」

「カノン・・・・・・・・・・・・」

 

 このタイミングで?

 

 と言う思いはヒカルの中には無かった。

 

 カノンなら、アリなんじゃないか、とさえ思ってしまう。

 

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、ヒカルもまた、肩越しに笑顔を浮かべて応じる。

 

「俺も好きだよ、お前の事」

 

 幼馴染として、共に同じ時を歩んできた2人。

 

 その心が、

 

 今一つになった。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《良かった。これで2人は、いつも一緒だね》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、聞こえてきた声。

 

 振り向く2人。

 

 そこで、予想外の光景に思わず目を剥いた。

 

 

 

 

 

 クライブとの対峙を続けていたキラは、機体が感知した反応を見て、フッと息をついた。

 

「ようやくですか?」

「みたいだね」

 

 エストの言葉に、頷きを返す。

 

 2人の声は穏やかで、どちらの声にも、安堵と感慨のため息が混じっているのが分かる。

 

 あの戦いから半年。

 

 大切な人を失った悲しみに沈む息子を近くで見ていた2人にとって、この半年は拷問にも等しい時間であった。

 

 だが、それもようやく終わらせる事が出来た。

 

 母親の時は技術的な無理を克服する必要があった為、相応の時間がかかる事は避けられなかったが、今回はその技術自体を流用するだけだったので、比較的短時間で済んだことに加え、システムを大幅に改善する事が出来た。

 

 具体的な事を言えば、余剰システムを大幅に減らす事が出来たのだ。

 

 そう、たとえば「モビルスーツの拡張スペース」に搭載できるほどに。

 

 もっとも、それでも「呼び戻す」のに半年もかかってしまった訳だが。

 

「これで、ヒカル達も喜んでくれます」

「そうだね。苦労した甲斐があったよ」

 

 そう言って、キラとエストは笑い合う。

 

 と、

 

《ゴチャゴチャと何言ってやがる。とうとう気でも触れたか?》

 

 焦れたような苛立ちの声を発するクライブに、再び意識を向けた。

 

 これまでの戦いは、相変わらず伯仲している。

 

 クロスファイアの損害はブリューナク1基とドラグーン2基喪失。

 

 一方のディスピアは右のタルタロスを根元から斬り飛ばされている。

 

 しかし、両者とも未だに全力発揮可能な状態にある。

 

 そして、互いに未だ、勝負を投げる気は無かった。

 

「気が触れたっていう言葉なら否定はしないよ。もっとも、それは今に始まった事じゃないという点で自覚しているけど」

 

 言いながらキラは、クロスファイアの両手に装備したビームサーベルを構える。

 

 対抗するようにクライブも、ディスピアの手に装備したビームサーベルと、1基残ったタルタロスを構え直した。

 

「ハッ 自覚のあるキチガイ程、厄介な代物はいねえよ!!」

 

 クライブの言葉と同時に、

 

 クロスファイアとディスピアは、同時に斬り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルとカノン。2人が互いの顔を見合わせれば、恐らく同じ表情をしている事に気付く事だろう。

 

 目の前で起きている事が、信じられなかった。

 

 なぜなら、

 

「れ・・・・・・れ・・・・・・れ・・・・・・・・・・・・」

 

 口をパクパクと開閉させながら、ヒカルは必死に言葉を紡ごうとする。

 

 思考が状況に追い付こうとしているが、なかなか処理速度が上がらない。と言った感じである。

 

 それについては後席のカノンも同様らしく、先ほどから目をまん丸にしていた。

 

 そして、

 

「レミリア!?」

 

 ようやくの思いで、その名を呼んだ。

 

 モニターに映っているボーイッシュな感じの少女。

 

 それは間違いなく、半年前に死んだ筈のレミリア・クラインの姿だった。

 

《アハハ、驚いた? まあ、驚いたのはボクも同じなんだけどね。まさか、こんな事になるとは夢にも思わなかったし》

 

 そう告げるレミリアの声も、苦笑に満ちている。

 

 その姿を見て、ヒカルはこの件の仕掛け人が誰なのか、凡そ察しがついた。

 

 恐らく、というか十中八九、間違いなく父、キラの仕業だろう。

 

 ラクスを復活させた技術を用いて、レミリアをも復活させたのだ。

 

 頭痛がする。

 

 キラだけではない。恐らくエストもこの件は知っていた事だろう。

 

 知っていて秘匿していたのだ。

 

 いったい何のつもりなのか知らないが、とんだサプライズもあった物である。

 

 もっとも、悠長に構えている暇は無いのだが。

 

《2人とも、積もる話は後にしよう。今は目の前のアレを、どうにかしないと》

 

 言ってから、レミリアは、尚も攻撃を続けてくるブラッディレジェンドを指し示す。

 

 その間にもレオスは激しい攻撃を繰り出してきており、ヒカルは紙一重での回避を続けている。

 

 確かに、この状況を何とかしない事には、落ち着いて話をする事もできそうになかった。

 

「あ~もう!!」

 

 ヒカルはヘルメットをかぶっていなかったら、頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 

 それだけ、事態は「ぶっとんで」いた。

 

 しかし、

 

 同時にヒカルは、自分の中に、余裕めいた感情が増幅するのを感じていた。

 

 一度は失ってしまったレミリアと、このような形とは言え再開する事が出来た。

 

 それだけでもう、望外の幸せと言える。

 

「お前、あとでちゃんと説明しろよな!!」

「積もる話は後でって言うか、むしろ積もる話しかないよね、これって」

 

 後席のカノンも不平を漏らしてくる。

 

 とは言え、その声にも若干ながら笑みが含まれている事を、ヒカルは聞き逃さなかった。

 

 カノンもまた、レミリアと再び会えたことが嬉しいのだ。

 

 ヒカル、カノン、レミリア

 

 ついに、3人の翼が一堂に会した。

 

 これならば、

 

 これならば、たとえどんな敵が来ようとも、負ける気がしなかった。

 

《2人とも、呼吸を合わせて》

 

 レミリアの指示の元、集中する3人。

 

 想いが一つに重なる。

 

 それこそが、全てを終わらせる鍵。

 

 次代へと羽ばたく翼。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人同時にSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が急激に広がる。

 

 否、

 

 そんなレベルの話ではない。

 

 まるで戦場全体に起こっている事が、リアルタイムで頭の中に流れ込んでくるような、そんな感覚。

 

 あらゆる感覚が加速し、全ての事象を同時に知覚できるようになる。

 

 視界に移る全てがスロー再生され、迸るビームですら、指で触れる事ができそうに錯覚する。

 

 そして、今や事態はそれだけではない。

 

 増幅されたヒカルの感覚は、

 

 次に何が起こるのかさえ、手に取るように把握できていた。

 

《これが、この機体の切り札だよ》

 

 気が付くと、

 

 実体化したレミリアが、生前と変わらない笑顔で話しかけて来ていた。

 

「切り札? これが?」

 

 尋ねたのはカノンだ。

 

 その表情は戸惑いに満ち、自身のみに何が起こっているのかさえ把握できていない様子だ。

 

 とは言え、把握できていないと言う意味では、ヒカルも同様なのだが。

 

《操縦者2人と、オペレーターであるボクがSEEDを同時に発動した場合、このシステムを起動する事ができるんだ。効果はごらんのとおり、戦場全体のあらゆる状況をリアルタイムで把握すると同時に、未来予測まで可能にするシステムだよ。名付けて、》

 

 デルタリンゲージ・システム

 

 OS開発に掛けては権威とも言えるヒカルの父、キラは、強大なプラント軍に対抗する最後の切り札として開発を行ったシステムである。

 

 SEED因子を媒介とするエクシードシステムと、歴代イリュージョン級機動兵器に搭載されて来た、短期未来予測を可能とするデュアル・リンクシステム。

 

 この2つを融合させ、高レベルで効果を相乗させる事で、戦況把握と未来予測を同時に行う事を可能にしたシステム。

 

 それこそが、デルタリンケージ・システムと言う訳だ。

 

《来るよ!!》

 

 レミリアの警告が奔る。

 

 次の瞬間、

 

 エターナルスパイラルを包囲したドラグーンが、一斉の砲撃を放つ。

 

 だが、

 

 その全てが、まるで図ったように、命中する事無くすり抜けて行った。

 

《何っ!?》

 

 驚愕するレオス。

 

 ヒカルはレオスの攻撃全ての軌跡を読み切り、紙一重で回避して見せたのだ。

 

《おのれッ!!》

 

 自身の攻撃を全て回避するエターナルスパイラルの姿を見て、苛立つように更に攻撃速度を上げるレオス。

 

 しかし、今度はカノンが動いた。

 

 両手に装備したビームライフルで、向かってくるドラグーンを次々と撃墜していく。

 

 その攻撃速度を前にして、レオスのドラグーンは攻撃を行う事すらできずに撃墜されていく。

 

 殆どのドラグーンを破壊し尽くされ、僅かに気が削がれるレオス。

 

 その隙を、ヒカルは見逃さなかった。

 

「貰ったッ!!」

 

 ティルフィング対艦刀を抜刀すると、不揃いの翼を羽ばたかせて一気に駆け抜ける。

 

《クッ!?》

 

 とっさにシールドを展開して、エターナルスパイラルを迎え撃とうとするレオス。

 

 そこへ、ティルフィングが振り下ろされた。

 

 火花が散り、視界を焼く中、一瞬の拮抗が齎される。

 

 次の瞬間、

 

 エターナルスパイラルの剣がブラッディレジェンドの盾を、押し切る形で斬り裂いた。

 

《クソッ!?》

 

 とっさにレオスは斬り裂かれた腕を肩からジョイントを外してパージ。爆発するに任せると、その爆炎を目くらましにして離脱を図る。

 

「逃がすか!!」

 

 更に追撃を掛けようと、ティルフィングを振り翳すヒカル。

 

 しかし、その行く手を遮るように、巨大な閃光が降り注いだ。

 

 見れば、ギルティジャスティスと交戦していた筈のゴルゴダが、撤退するブラッディレジェンドを掩護するように砲火を振り翳している。

 

 流石に無傷とはいかないらしく、4本ある両腕のうち2本を斬り落とされているが、それでも絶大な火力は健在だった。

 

 その砲撃に晒され、後退を余儀なくされるエターナルスパイラル。

 

 その隙に、リーブス兄妹はゴルゴダを分離してGアルファとGベータに変化すると、全速力で離脱していった。

 

 

 

 

 

 報告を聞き終えたPⅡは、端末を閉じて満足げに微笑を浮かべる。

 

 全ては、彼の計画通りに進んでいる。

 

「これで、オーブは再びプラントとの戦いに全力を注がざるを得なくなった」

 

 プラントにせよオーブにせよ、舞台を途中で降りるような真似は許さない。

 

 最後の一滴まで絞り出してから、両方とも力尽きて倒れてくれないと面白くないではないか。

 

 掲げるピエロの手。

 

 この手の中に世界が握られていると思えば、これほど愉快な事は無いだろう。

 

「さて、じゃあ、もう一つ整えた舞台を動かすとしますか。そろそろ、使い捨てる時だろうしね」

 

 そう言うとPⅡは、別の書類へと手を伸ばす。

 

 そこには、

 

「北米解放軍」

 

 の文字が、記されていた。

 

 

 

 

PHASE-09「目覚めの刻」      終わり

 




>レオス
まさか、直前でばれるとは(汗

>レミリア
さて、果たしてこっちは、何人の人が予測できたでしょうか?

我ながら、性格悪い事を自覚せざるを得ない今日この頃です(爆


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PHASE-10「此方/彼方」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感動の対面。

 

 まさに、そう呼ぶにふさわしい光景は、今を置いて他にはないだろう。

 

 戦闘を終え、機体を降りてきたヒカルとカノン。

 

 そして、もう1人。

 

 ホログラフの立体映像ではあるが、「彼女」の人格、言いかえれば「魂」は、間違いなくそこに存在している。

 

 レミリア・クライン

 

 かつて、幾度となくヒカル達と砲火を交えながら、尚且つ友情を失わなかった少女である。

 

 かつて、一度は失われた命。

 

 しかし、多くの人の尽力を得て、彼女の魂は再び、現世(うつしよ)へと戻ってきた。

 

 そして、

 

 そのレミリアに向かい合うように、1人の女性が佇んでいる。

 

《ようやく、会えましたね。レミリア》

 

 そう言って、ラクスは柔らかく微笑む。

 

 対してレミリアは、恥ずかしそうに顔を俯かせ、上目づかいでラクスを見ている。

 

 無理も無い。

 

 何しろ彼女にとっては、人生初となる母子の体面である。

 

 レミリアはラクスの、遺伝子上の娘に当たる。

 

 もっとも、それが発覚したのは今から半年前、既にラクスは勿論、レミリアも死んでしまった後の話だ。

 

 レミリアとラクス。双方とも既にこの世の人ではない。今見えている姿も、人工的なホログラフに過ぎない。

 

 しかしだからこそ、2人は同じ立場に立つ事ができる。

 

《お、おかあ・・・・・・さん?》

 

 オズオズと言った調子で、レミリアがラクスに言う。

 

 対して、

 

 ラクスはニッコリ微笑むと、「娘」の頭に手を回し、そっと抱き寄せた。

 

 少し、驚くレミリア。

 

 しかし、やがて安心したように、自身もラクスの背に手を回して抱き締める。

 

 互いに電子体の母子。

 

 そこに温もりを感じるのかどうかは、生身のヒカル達には判らない。

 

 しかし、死と言う絶対的な運命を乗り越えた母子の体面には、感動せずにはいられなかった。

 

 カノンなどは、我が事のようにとめどなく涙を流している。

 

 ヒカルもまた、鼻の奥にツンと来る物を感じ、慌てて深く呼吸をして堪えた。

 

《それとレミリア。今日はもう一人、あなたに会いたいと言う方がいらしていますよ》

《え?》

 

 訝るレミリア。

 

 今や死人の自分に、わざわざ会いたいと言うのは誰だろう?

 

 そう思って、振り返るレミリア。

 

 そこで、思わず声を上げた。

 

 なぜなら、

 

《お、お姉ちゃん・・・・・・・・・・・・》

 

 呆然と呟くレミリア。

 

 レミリアの目の前には彼女の姉、否、正確に言えば、長くレミリアの姉を名乗っていた人物が立っていたからだ。

 

 イリア・バニッシュ

 

 実際にセプテンベルでレミリア誕生に関わったバニッシュ夫妻の一人娘であり、レミリアがこれまで、唯一の肉親だと思っていた人物である。

 

 長く、レミリアに対する人質としてプラント政府から軟禁されていたイリアだが、半年前、オーブ奪還時のどさくさに紛れてアスランに救出され、長くレジスタンスに匿われていたのだ。

 

 そして今、ようやく薄幸の姉妹の再会となった。

 

 妹の方が、既にこの世ならざる存在となっているのは悲しい事実であるが。

 

「ごめんなさい」

《・・・・・・え?》

 

 イリアの口から出たのは、レミリアへの謝罪だった。

 

 キョトンとするレミリア。

 

 対して、顔を上げたイリアは、その瞳から涙を流し、妹と向かい合う。

 

「私は、あなたにひどい事をしてしまった・・・・・・・・・・・・」

《お姉ちゃん?》

「私が、あなたに真実を喋らなかったばっかりに、あなたを苦しめ、こんな風にしてしまった」

 

 自分がもっと早く真実を、レミリアがラクスの娘である事を話し、自由にするように説得してさえいたら、レミリアをここまで苦しめ、ついには死なせてしまうような事は無かった。

 

 その自責の念が、イリアを否応なく苦しめる。

 

 そんなイリアに対して、

 

《もう、良いよ》

 

 レミリアは、微笑みながら言った。

 

「レミリア?」

《確かに、ボクは死んじゃったけど、でも、こうしてまだお姉ちゃんやヒカル達と話す事はできるし、それに・・・・・・》

 

 言いながら、レミリアはチラッとラクスの方を見た。

 

《お母さんとも、会う事が出来たし》

《レミリア》

 

 娘の視線を受けて、ラクスもまた視線を返すと、そっとイリアに歩み寄った。

 

《レミリアの言うとおりですわ、イリアさん。わたくしもレミリアも、あなたの事を恨んではいません。だからもう、その事は気にしないでください》

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

《それから、このような形にはなりましたが、あなたがレミリアのお姉さんであると言う事に変わりありませんからね》

 

 ラクスの言葉を聞き、

 

 レミリアは声も上げる事ができない。

 

 ただ黙って、泣き顔を隠すように深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 それを見た人間は、初めは正体が判らない事だろう。

 

 大きい。

 

 とにかく、途方もない大きさである事は間違いない。

 

 見た目には巨大な岩の塊だが、それ1個だけでコロニー並みの大きさがあった。

 

 全長は最大で8キロ。幅は最大箇所が6キロにも及ぶ。

 

 形は2つの三角形を互い違いに重ねた、所謂「六芒星」に近い姿をしている。無論、一片の大きさが不揃いである為、「しいて言うならば」と言う文体が文頭に付くが。

 

 その巨大な姿は、プラント支配宙域の前面に存在し、ちょうど地球とプラントを隔てるような形になっていた。

 

「ようやく完成しましたな、議長」

「うむ」

 

 視察に訪れたアンブレアス・グルックは、随行する閣僚の言葉に対して力強く頷きを返す。

 

 これの建造を推し進めてきた立場であるグルックからすれば、ようやく完成を見た事に対する感慨はひとしおである。

 

 ヤキン・トゥレース

 

 移送に3年、建造に4年を費やした、過去に例を見ない超巨大要塞である。

 

 アンブレアス・グルックは、自身の推し進める軍備拡張路線と、「強いプラント」を体現し象徴する存在として、この巨大要塞の建造を行ったのである。

 

 過去に存在した、ヤキン・ドゥーエ、ボアズ、メサイアと言った要塞群と比べても、その巨大さは比較にならない。

 

 勿論、ただ大きい訳ではない。

 

 対艦用の陽電子破城砲80門。対機動兵器用の対空砲が1万以上。その他、防衛用の陽電子リフレクター多数を有している。プラント軍に所属する全機動兵器を収容可能とするスペースが存在するだけでなく、港湾施設は数個艦隊を同時収容可能になっており、更に兵員全員を収容する居住区や、各種娯楽を扱うレクレーション区画が存在し、工場区画ではモビルスーツはおろか、戦艦の建造まで可能となっている。

 

 正に、それ自体が一個の都市と言っても良い様相を呈しており、軍拡路線を推し進めてきたアンブレアス・グルックの、人生そのものを象徴するかのような威容を誇っていた。

 

 昨今、敗勢著しいプラント軍だが、この要塞を見る限り、そのような劣勢を一切感じさせない絶対的な雰囲気を誇っていた。

 

「どうかね、クーヤ。このヤキンの姿は?」

「はいッ とっても素晴らしいです!!」

 

 随行を許されたクーヤ・シルスカは、高揚感を隠す事も無く答えた。

 

 最高議長特別親衛隊員である彼女にとって、グルックの堂々とした姿を目にする事は、正に神への崇敬にも等しい。

 

 そのグルックが作った、人類史上最大の要塞の視察に同行できたことは、彼女にとって最高の栄誉だった。

 

 グルックもまた、自身に忠実な少女に対して頷きを返す。

 

 少女の無垢な憧憬は、グルックにとっても心地よい物であるのは確かだった。

 

 だが無論、この要塞を建造したのも、クーヤに対して高い特権を与えているのも、グルックの個人的趣味では決してない。

 

「オーブ共和国を僭称するテロリスト達は必ず、我が神聖なるプラントの版図へと侵略してくるだろう。それも近いうちに、だ。奴等は今、不相応な勝利を得た事で思い上がっているからな」

 

 しかし、とグルックは続ける。

 

「我が忠実なるプラント軍の精鋭諸君と、完成したこの要塞の存在をもってすれば、たとえ一億の兵が攻め寄せたとしても、我々が負ける事は決してあり得ない。間も無く奴等は、その事を思い知る事になるだろう。自分達の命を対価としてな」

 

 グルックの言葉を受けて、居並ぶ一同は意気を上げる。

 

 自分達は間違っていない。

 

 アンブレアス・グルックの元、世界統一と言う大事業を成し遂げるのは、自分達の使命なのだ。

 

 そんな思いが、彼等の中から湧き上がってくる。

 

 自分達こそが、支配者に連なる者であり、自分達こそが、この世界を統一に導く死命を負った存在なのだ。

 

 誰もがその事を自覚し、胸を躍らせている。

 

 もっとも、

 

 彼等の誰一人として、判っていない。

 

 今こうして、彼等が無邪気に要塞歓声を言わっている間にも、プラント国民の多くは物資不足から、その日の食糧にすら事欠きながら苦しい生活を送っているのだ。

 

 この要塞にしてもそうだ。建造する為に、いったいどれだけの物資を消耗し、その事によって、どれだけのプラント国民が塗炭の苦しみを味わっているのか。

 

 彼等の「理想」と彼等の目指す「国家」が、そんな国民の苦しみの上に成立しているのだと言う事を、グルックを始め、この場にいる全員が全く判っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクランブル要請を受けて、クルト・カーマインは、長年の愛機となりつつあるジェガンへと駆け寄る。

 

 クルトは現在、新設された月面都市自警団の団長を務めている。

 

 規模こそ小規模であるが、旧月面パルチザンの主力を中心に、更に有志を募って結成された自警団の構成員達は誰もが、自分達こそが月の守り手であると言う誇りと自覚を胸に任務に就いている。

 

 とは言え現状、オーブ、プラント間で行われている戦争からは、月は殆ど隔離されているに等しい状況に置かれていた。

 

 月はオーブからもプラントからも距離的に離れて居る為、双方ともに手を出しづらい位置にある。加えて、オーブとは友好関係を築いているし、プラントは対オーブ戦線に集中しなくてはいけない手前、余計な戦力を回す余裕は無い。

 

 そのような事情がある為、月は半ば捨て置かれたような状態に置かれていた。

 

 もっとも、月からすれば、現状が好ましい物であるのは確かである。

 

 戦火が及ばない為、復興は思った以上に急速に進み、更に同盟関係にあるオーブへの支援体制も完全に機能している。

 

 そのような事情がある為、月は今まで戦火とは程遠い状況に置かれ、一種の「安全地帯」と化していた。

 

 もっとも、クルトからすれば忸怩たる物がないではない。

 

 かねてからクルトは月の防衛力の脆弱さを憂慮し、自警団よりも強力な装備と機動力を有する国軍の創設、すなわち「月面都市連合軍創設計画」を提唱していた。

 

 これは先のプラントの侵略に対し、月面都市群が殆ど抵抗らしい抵抗を示せなかった事に起因している。

 

 プラント軍のような強大な敵が攻めてきた場合、自警団のような小規模組織では対応が難しくなる恐れがあるのだ。その為、クルトは強力な軍隊を創設する事によって、月の自治力強化を掲げた訳である。

 

 もっとも、先に話した通り、月が戦線から取り残された影響から住民の危機意識が低く、連合軍創設計画は承認されないまま今日まで来てしまったのだが。

 

 しかし今、クルトは是が非でも自分の意見を通しておくべきだったと、後悔している所であった。

 

 半年前の月解放戦争以来、久方ぶりとなる敵の襲来は、全く予期し得ない形で齎された。

 

 正体不明の敵が月の防空圏に接近していると報告を受けたのは、今から1時間ほど前の事。

 

 程無く、相手の正体が知れた時、クルトを含む全員に衝撃が走った。

 

「北米解放軍だと・・・・・・・・・・・・」

 

 クルトは呻くように呟いた。

 

 先行した部隊から齎された偵察内容は、侵攻してきた相手が北米解放軍だと告げていた。

 

 一部の噂で解放軍が宇宙に進出したと言うような話は聞いていたが、彼等がまさか、月に侵攻してくるなどとは、誰も思わなかった。

 

《おい、クルト》

 

 コックピットの通信機が起動すると、同僚のダービット・グレイの顔がサブモニターに映し出された。

 

《敵は北米解放軍だって言うじゃねえか。いったいどういう事なんだ、こいつは?》

「ああ、俺も今聞いたところだ。連中が何を意図しているかは不明だが、目的は、月への侵攻だと言う事は明らかだろう」

 

 月を足掛かりにして北米への捲土重来を図るつもり、と言ったところだろうか?

 

 月の現状の防衛力を考えれば、悪い選択肢ではないように思える。

 

 だが、

 

「奴等、タイミングが悪かったな」

 

 クルトは不敵な呟きを漏らす。

 

 何しろ、こちらには今、頼れる連中が味方になっている。

 

 無論、それだけで勝利する事は難しいかもしれないが、少なくとも負けない戦いは十分可能だと思われた。

 

《あの連中、大丈夫なんだろうな?》

 

 ダービットが、やや懐疑的な顔で尋ねてくる。彼としては、実力を見ないうちから相手を信用する事はできないのだろう。

 

 しかし、

 

「なに、大丈夫だ」

 

 クルトは力強い声で頷く。

 

「何しろ連中は、この程度の苦難は幾らでも乗り越えて来ただろうからな」

 

 

 

 

 

 ダークグレーの巨艦が、月面を滑るように航行しながら、左右両舷のハッチを開いていく。

 

 戦艦ミネルバは、タリア・グラディスの指揮の下全軍の先頭に位置し、今にも砲門を開く瞬間を待ちわびていた。

 

 見渡せば、周囲に展開する僚艦でも似たような光景が見られ、搭載機動兵器が次々と発艦していく様が見て取れる。

 

 彼等は皆、祖国を自分達の手に取り戻すために立ち上がった同志たちである。

 

 自由ザフト軍。

 

 数日前までプラント・レジスタンスを名乗り、細々とした抵抗運動を続ける事くらいしかできなかった彼等は、今やある程度の規模を誇る軍勢へと膨れ上がっていた。

 

 その背景には、プラント本国からの有志の他に、地球の戦線等からも同志となりうるであろう者達を募り、この月で合流した事が大きかった。

 

 これを持って、彼等はグルック政権打倒を目指して武装蜂起を決行したのである。

 

《それがまさか、先に解放軍の奴等とやり合う事になるとはね》

《文句を言うな。連中が仕掛けて来るなら、排除しなくてはならんだろ》

 

 ディアッカ・エルスマンのぼやくような言葉に、イザーク・ジュールがたしなめるような口調で返す。

 

 いつも通りのやり取りに、アスラン・ザラは苦笑を漏らすしかなかった。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 ミネルバを発艦したアスランは、周囲を見回して感慨深く呟く。

 

 ほんの数か月前まで、ただのゲリラ組織に過ぎなかった自分達が、まさかこのような大規模な軍勢に膨れ上がるとは、思っても見なかった。

 

 それだけ多くの兵士達が、今のグルック政権のやり方に対して否定的な意見を持っていると言う事か。

 

 グルックは、軍人とその家族に対しては特別な優遇措置を取っている。

 

 高所得、物資の優遇分配、高級居住区への割り振り、生活保護等、今のプラントでは軍人の血縁者であると言う事が、一つのステータスと化しているのだ。

 

 その軍の中からも大量の離反者が出たと言う事実が、グルック政権の在り方を如実に表していると言えた。

 

 隊列を組む部隊の中には、イザークの娘であるディジー、ディアッカの息子であるジェイク、ニコルの息子であるノルトの姿もある。

 

 3人だけではない。自由ザフト軍の中には、多くの元カーペンタリア守備兵の姿もあった。

 

 彼等は孤立したカーペンタリアに取り残され、碌な補給物資も届けられないまま半年に渡る絶望的な戦いを行った後、屈辱の降伏を余儀なくされた。

 

 全て、最前線と言う過酷な環境を理解しない、グルック政権の無知無策ぶりが招いた悲劇であると言えた。

 

 とは言えアスラン自身、別の意味で気分が高まっている事も感じていた。

 

 何しろ、事実上の反乱軍とは言え、アスランにとってはほぼ20年ぶりの「ザフト軍」復帰である。かつての古巣に戻り、一層気分が引き締まる思いだった。

 

 思考するのもそこまでだった。

 

 解放軍の部隊が、速度を上げて向かってくるのをセンサーが捉える。

 

「行くぞ」

 

 対して、アスランもまた一声上げると、機体の速度を上げて突撃していった。

 

 

 

 

 

 北米解放軍の先頭を行くミシェルの機体からも、突撃してくる自由ザフト軍、そして月面都市自警団の姿が見て取れた。

 

 その様子を見て、ミシェルは舌打ちを漏らす。

 

「クソッ 情報よりも数が多いじゃねえかッ」

 

 宇宙要塞アルテミスを奇襲によって占拠し、根拠地を得た北米解放軍は、本格的に祖国解放に向けた行動を開始していた。

 

 その第一段階として月を占領下に置き、北米帰還への足掛かりにする事になった。

 

 オーブ、プラント間の戦争の影響で、今の月は戦力的に空白地帯と化している。

 

 今侵攻すれば、労せずして月を手に入れる事も可能なはず。

 

 国際テロネットワークを通じて、その情報を得たブリストー・シェムハザは、指揮下の全軍を月に向けて出撃させたのだった。

 

 しかし、その思惑は、完全に当てが外れた形となった。

 

 侵攻を開始した北米解放軍の前には、予想をはるかに上回る大軍勢が姿を現したのだ。

 

 どうも自分達は、何かに騙されているのではないのか?

 

 そんな一抹の不安が、ミシェルの脳裏には過ぎっていた。

 

《だが、もう後戻りはできん》

 

 ミシェルのソードブレイカーと並走する形で飛行するディザスターから、オーギュストの声が響いてきた。

 

 かつてのフリーダム級とジャスティス級の性能を掛け合わせた機体は、今や退勢著しい北米解放軍にとっては最後の切り札となっている。

 

 オーギュストの言うとおりである。

 

 既に賽は投げられた。後戻りはできない。

 

 追い詰められつつある北米解放軍には、もはや逃げ場など存在しないのだ。

 

《来るわよ!!》

 

 ディザスターのガンナーを務めるジーナ・エフライムが声を上げた瞬間、

 

 展開した自由ザフト軍と月面自警団が、一斉に迎撃の砲火を開いた。

 

 合わせるように、北米解放軍も砲門を開く。

 

 実に半年ぶりとなる、月を舞台にして戦いの幕が切って落とされた瞬間だった。

 

 たちまち周囲に閃光が交錯し、虚空を斬り裂いていく。

 

 一部の機体は直撃を浴びた瞬間、吹き飛ばされて火球へと変じる機体が続出した。

 

 そんな中、深紅の機体が自由ザフト軍の隊列から抜け出して斬り込んで来んでいく。

 

 アスランの機体はレジスタンス時代から使用していたジェガンから、オーブ軍から提供されたセレスティフリーダムに変更されている。

 

 もっとも、機体全体が彼のパーソナルカラーである赤に塗装されているのは、他と違うところであるが。

 

 そのアスランの機体が、腰に装備した長大な剣を抜き放つ。

 

 刀身に展開するビーム。

 

 美しい剣だった。

 

 刀身は僅かに反り、鍔元から切っ先に至るまでビーム刃が形成されている。

 

 日本刀のような美しさを備えた対艦刀は、オーブ軍がかつてアスラン専用とした開発したオオデンタ対艦刀である。

 

 材質にレアメタルを使用し、更に刀身自体を軽く反らせる事で衝撃を逃がしやすくすることで、耐久力を飛躍的に高めると同時に切れ味も増した、正に芸術品の如き逸品である。

 

 振るわれる刃。

 

 その一閃が、接近しようとしていたグロリアスを斬り捨てる。

 

 集中される砲火。

 

 対してアスランは、全ての攻撃の軌跡を見斬り回避。セレスティフリーダムの手にしたオオデンタを振り翳して斬り込んで行く。

 

 対抗するように立ちはだかったディザスターが、搭載全火砲をアスランのセレスティフリーダムへと向けた。

 

「やらせない!!」

 

 叫ぶと同時に、トリガーを引くジーナ。

 

 ディザスターより一斉に放たれる砲撃。

 

 対して、アスランは機体を沈みこませるようにして回避すると、オオデンタの刃を返して斬り上げる。

 

 駆け抜ける斬撃に対して、オーギュストはとっさに機体を後退させる事で回避しつつ、腰部のレールガンでセレスティフリーダムを牽制、接近を阻む。

 

 状況的には、数で勝るザフト・自警団連合軍と、質的優位を確保している解放軍との間で拮抗している形となっている。

 

 連合軍側も、ザフト兵多数が参戦している関係からある程度の質的にも高いはずなのだが、実戦経験の低い自警団が混じっている事で、平均値が下がっている形だった。

 

 その中で、アスランと、オーギュスト・ジーナコンビの対決は、異質と称しても良い程にハイレベルな戦闘を繰り広げていた。

 

 放たれる砲撃を、アスランは8枚の翼を羽ばたかせて接近。手にした大剣を真っ向から振り下ろす。

 

 対抗するようにオーギュストも、砲火をすり抜けたセレスティフリーダムに対しビームサーベルとビームブレードを展開して迎え撃つ。

 

 交錯する両者の刃。

 

 戦況は尚も錯綜したまま、一進一退の攻防が繰り広げられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米解放軍月侵攻。

 

 その情報は、ただちにオーブ行政府にある暫定政府閣僚会議にも届けられた。

 

 この報告は、カガリを含め、居並ぶ全員に驚きでもって伝えられた。

 

 既にオーブ軍は、対プラント侵攻作戦の準備に動き出している。数日の内にはマスドライバー・カグヤを使用して、出撃部隊と必要物資をアシハラに上げる手筈になっていた。

 

 勿論、オーブ本国を空にするわけにはいかないので、防衛用の戦力は残す事になるが、7割以上の戦力をプラント侵攻に向ける予定である。

 

 彼等は月近海で自由ザフト軍と合流し、プラント本国を目指す事になる。

 

 はずだったのだが、

 

 その矢先の、北米解放軍であったのだ。

 

「ままならない物だよな」

 

 深刻な表情をしながら、カガリは嘆息気味に呟いた。

 

 周到な用意を進めた計画が予期せぬ要素によって台無しになるパターンは珍しくも無いが、今回はその典型であると言えよう。

 

 こうなった以上、こちらからも援軍を送らなくてはならない。

 

 プラント侵攻と言う本戦を前に、その前哨戦で戦力を消耗する訳にはいかないのだ。

 

 もっとも、カガリとしては月の情勢について忸怩たる思いはあっても、途方には暮れていなかった。

 

 何しろ、月にはアスランもいる。

 

 カガリの最愛の夫にして、地球圏最強のエースの1人。

 

 彼がいる限り、自分達が負ける事は決してありえないと、カガリは本気で思っている。

 

「北米解放軍か。連中の健気さには、正直なところ頭が下がる思いはあるな」

 

 言ったのはムウだった。

 

 オーブ軍の宿将とも言うべき地位にあるムウだが、呟いた時の表情には、どこか侘しさを感じさせる憂いの表情があった。

 

 ムウと、そして彼の妻であるマリューは旧大西洋連邦出身という事もある。

 

 若い頃に国から裏切られてオーブに亡命したと言う経歴を持つ彼等だが、亡命から20年以上経った今でも、ある種の望郷にも似た思いが旧故国にあるのかもしれなかった。

 

 とは言え、

 

「プラントとの決戦前に、解放軍とのけりをつける必要がありそうだな」

 

 そう告げたムウの顔には、もはや憂いの表情は無かった。

 

 彼の言うとおりである。後門に狼を食いつかせたまま、前門の虎と対峙する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 カノンは夜になってから、1人で格納庫へとやって来た。

 

 出撃を前に大半の物が大わらわの状況を呈しているが、今は休憩中の者が多いらしく、整備員達もまばらである。

 

 カノンはキャットウォークの上を歩くと、駐機してあるエターナルスパイラルの前へと立った。

 

 この機体は先日まで、ヒカルとカノンの機体だった。

 

 だが、今はそこに、もう1人も加わっている。

 

「レミリア、いる?」

 

 控えめに掛ける声。

 

もしかしたら聞こえなかったかもしれない、と一瞬思ったが、それがすぐに杞憂であった事が判る。

 

《どうかした、カノン?》

 

 空間から浮き上がるようにして、レミリアが姿を現した。

 

 カノンにとっては、月で捕虜になって以来の再会となるが、立体映像の体になっても、りりしさと可愛らしさを兼ね備えたその姿は変わりなかった。

 

「うん・・・・・・あの、さ・・・・・・・・・・・・」

 

 言ってから、その先を言い淀むカノン。

 

 考えてみれば、こうして「彼女」と腹を割って話すのは初めてかもしれない。

 

 男だと思っていた頃は気さくに話しかけてはいたが、いざ女として話すのは、月での一件以来二度目となる。

 

 その為、どうしても緊張が増してしまう。

 

 しかも、今からカノンがしようとしている話題は、2人にとって微妙な話題であるから尚更である。

 

 いぶかしむように首を傾げるレミリア。

 

 そこでふと、何かを察したように口を開いた。

 

《もしかして、ヒカルの事、かな?》

「ッ!?」

 

 レミリアの指摘に対して、カノンは一瞬ビクッと肩を震わせるが、すぐに俯いたまま頷きを返した。

 

 結果的に告白する事には成功したカノンだったが、まさか、このような形でレミリアと再会するとは思っても見なかった為、何やら後ろめたい思いに捕らわれてしまったのだ。

 

 だからこそ、話そうと思った。今のレミリアと、自分の腹の内を割って。

 

 ヒカルは未だに、レミリアの事を思っているかもしれない。

 

 もしそうなら、自分は身を引いた方が良いのかもしれない。

 

 そんな思いが、カノンの中では蟠っていた。

 

 そんなカノンの心情を察したのか、

 

 レミリアはフッと、微笑を浮かべた。

 

《カノン、ヒカルの事、お願いね》

「え?」

 

 驚いて顔を上げるカノンに、レミリアは優しく笑いかける。

 

《あの通り、ヒカルって結構鈍いからさ、カノンがしっかりと支えてあげないと》

「でもレミリア、わたしは・・・・・・」

 

 自分の想いを貫く事が、ヒカルとレミリア、双方を傷付ける事になるのでは。

 

 カノンはその事を危惧しているのだ。

 

《大丈夫》

 

 そんなカノンを勇気付けるように、レミリアは言った。

 

《勇気を出して。今のヒカルを支えてあげる事ができるのは、カノンだけなんだから》

「レミリア・・・・・・」

《その代り、ボクは2人の事を絶対に守る。約束するよ》

 

 そう言ってレミリアは、ゆっくりとカノンに歩み寄る。

 

《だから・・・・・・・・・・・・》

 

 殆ど鼻先が触れ合いそうな距離。

 

 しかし両者は此方と彼方。

 

 1人の少年に想いを寄せる2人の少女は、近くて遠い、永遠に別つ距離にあり続ける。

 

《ヒカルの事、絶対に逃がしちゃダメだよ》

 

 頷くカノン、レミリアはもう一度、微笑みかけた。

 

 対して、

 

 カノンは真剣な眼差しをレミリアに向けて言った。

 

「でも、それじゃあ、レミリアはどうするの?」

《え?》

 

 キョトンとするレミリア。

 

 カノンは構わず続けた。

 

「レミリアの気持ちは、どうなるの? だって、レミリアだって・・・・・・・・・・・・」

《カノン》

 

 言い募ろうとするカノンを、レミリアは制した。

 

 その表情は、笑顔を浮かべつつも、どこか寂しそうにしているように見えた。

 

《ボクの事は、どうでも良いよ》

「いや、どうでも良いって・・・・・・」

《ボクの事は気にしないで、カノンはカノンの想いを貫いて》

 

 そう告げるレミリア。

 

「いや、ちょっと待ってよ!!」

 

 引き留めようと手を伸ばすカノン。

 

 しかし、

 

 掴んだ手は、少女の腕を空しくすり抜けた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 それは見えずとも確かに少女達の間に存在する、絶対的な世界の壁。

 

 たった今見た光景が、レミリアが決して触れる事の出来ない、別次元の住人である事を如実に語っていた。

 

《・・・・・・・・・・・・そう言う、事だから》

 

 最後に小さくそう言うと、レミリアはスッと消えてしまった。

 

 後には、立ち尽くすカノンだけが残される。

 

 レミリアはもう、決して他人と触れ合う事ができない。

 

 自分とも、そしてヒカルとも、

 

 そんな現実を前にして、レミリアはカノンに道を譲ろうとしているのだ。

 

 その時、

 

《カノン》

 

 背後から別の声に呼びかけられて振り返る。

 

 すると、カノンの足元に、ピンク色の丸い物体が転がってくるのが見えた。

 

 ピンクちゃんに内蔵された立体投影機能を起動すると、ラクスは真剣な眼差しをカノンへと向けて来た。

 

《もう少しの間、あの娘をそっとしておいてあげましょう》

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスは柔らかい口調でカノンを引き留める。

 

 どうやらラクス自身、母親としてレミリアに思うところがあるらしい。

 

《あの娘はきっと、まだ混乱しているんだと思います。一度は死んだと思ったのが、このような形でまた、カノンやヒカル達と会えた事は、むろん、レミリアにとっても嬉しい事でしょう。でも、だからこそ、自分自身を持て余してしまっているんだと思います》

「・・・・・・・・・・・・そっか」

 

 ポツリとつぶやいて、カノンはエターナルスパイラルを見上げる。

 

 何となく、レミリアの気持ちが分かった気がした。

 

 電子体としての自分。

 

 決して触れる事の出来ない体。

 

 そこからくるもどかしさは、想像するに余りある。

 

 だが、それでも・・・・・・

 

「ラクス様、わたし、レミリアには諦めてほしくないんです」

《カノン・・・・・・・・・・・・》

 

 確かに、今のレミリアの体は電子体に過ぎないかもしれない。

 

 だが、言いかえれば「たかがその程度」の事に過ぎないのだ。

 

 そしてカノンとしては、「たかがその程度」の事で、友人に想いを捨てて欲しくないと思うのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-10「此方/彼方」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を聞き終えた仮面の少女は、小さく頷きを返して立ち上がる。

 

 その様を見て、教主アーガスも厳かに尋ねる。

 

「では聖女様、よろしいですね?」

「是非もありません。わたくしたちがするべき事は決まっています」

 

 断言するように聖女は言った。

 

 月における北米解放軍侵攻と、それに伴うオーブ軍の蠢動。

 

 これらの組織が動く以上、プラントと同盟関係にあるユニウス教団としても、動かない訳にはいかない。

 

 それに、

 

 次の戦いでは、必ずや魔王が出てくるはず。

 

 不揃いの翼を広げ、手には大剣を掲げし姿は、今も仮面の奥にある聖女の脳裏に焼き付いている。

 

「レミリアの仇・・・・・・今度こそ・・・・・・」

 

 魔王討伐。

 

 それが果たせると言うのなら、如何なる戦場に赴く事も恐れはしなかった。

 



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PHASE-11「エースの役割」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍が月近海へと到着したのは、連合軍と北米解放軍の戦いが始まってから1週間が過ぎた頃であった。

 

 マスドライバー・カグヤを使用して宇宙へと上がったオーブ軍主力艦隊は、アシハラから出発した別働隊と合流。同盟軍である月面都市連合を支援すべく戦線に加わっていた。

 

 その数、艦艇42隻。機動兵器250機。

 

 オーブ本国防衛の為に残した最低限の戦力を除くと、ほぼオーブ全軍が、月戦線に投入されていた。

 

 この戦力投入の背景には、今回の戦いにおけるオーブ軍の目的が、北米解放軍の殲滅にある訳ではない事を示している。

 

 最終的な目標はプラント侵攻と、彼の国を牛耳るグルック政権打倒にある。

 

 事ここに至り、カガリを首班とするオーブ暫定政府は、グルック政権を打倒しない限り今次大戦の終結はあり得ないと結論付けるに至ったのだ。

 

 今回の軍事行動は、そちらがむしろ主眼となる。

 

 しかし、退勢になったとはいえ、プラント軍が未だに世界最強の軍隊である事に変わりは無い。そこに加えて、最近になって完成を見た巨大要塞の存在も、オーブ軍情報部を通じて齎されている。

 

 オーブ軍単独でプラント軍侵攻を行うのは無謀の極みであった。

 

 その為、月面都市自警団、並びに自由ザフト軍と共に連合軍を形成して敵勢力に対抗しようと考えたのである。

 

 三軍が合同すれば、取りあえず数においてはプラント軍にひけは取らなくなる筈であった。

 

 しかし、その矢先での、北米解放軍侵攻である。

 

 連合軍は、当初の目的であるプラント侵攻よりも前に、北米紛争以来となる因縁の敵との決着を優先せざるを得なくなったのだ。

 

 

 

 

 

「現在、我が方が数において敵を圧倒しています」

 

 居並ぶ面々を前にして、進行役のオーブ軍参謀が説明していく。

 

 会議室には全軍の指揮を預かるムウを始め、オーブ軍からはマリュー、ユウキ、ラキヤ、シンと言った幹部クラスが集まり、自由オーブ軍からもアスラン、タリア、アーサー、イザーク、ディアッカが、月面都市自警団からクルトとダービットが出席していた。

 

 ディスプレイの中には、両軍の展開状況を俯瞰的に表した状況が表示されていた。

 

 更にサブパネルに映し出された映像には、偵察機が持ち帰った光学映像が映し出されており、そこには展開する大軍に交じって、デストロイ級機動兵器と思われる巨大な影も見てとれた。

 

 北米解放軍は、北米紛争以来、幾度も消耗を重ねて居る為、既にその勢力は殆どすり減らしていると言っても過言ではない。

 

 対して、連合軍は既に、彼等の5倍近い兵力にまで膨れ上がってる。

 

 まともなぶつかり合いなら、充分に勝てる戦力差である。

 

 しかし、連合軍にも不安要素はあった。

 

 まず、合同して間もない為、連繋行動の訓練がほとんど行われていない。その為、数が多いと言っても、各軍を個別に見た場合、その優位性が充分に発揮できるかどうか疑問である。

 

 次に、技量の問題。敵はこれまで多くの戦い制してきて、ほぼ全軍をベテラン兵士で固めているのに対し、連合軍の一部には技量未熟な兵士も混じっている。その事が実践の場において露呈する事も考えられる。

 

 更に連合軍は、この後のプラント侵攻を考えると、余計な消耗戦は避ける必要性がある為、無理な作戦行動を控える必要がある。。

 

 以上により、数の優位が確実な勝因につながるかどうかは、かなり微妙な所であった。

 

「今回は特に小細工を弄さず、正面からの戦闘に絞ろうと思います」

 

 発言したのは、ユウキだった。

 

 その言葉には、誰もが驚きの声を上げた。

 

 自分達は北米解放軍を早急に撃破し、プラントに向かわなくてはならない。その為には十全な策を弄して、こちらの損害を最小限に納めなくてはならない。その事は、たった今挙げられた不安要素の中にも含まれている。

 

 だと言うのに、策無しで正面から挑むのは危険すぎるように思えた。

 

「それで良いのかよ?」

「はい」

 

 ムウの問いかけに対しても、ユウキはは自信ありげに頷きを返した。

 

 ユウキが言うには、ここまでの戦力差があるなら、下手な小細工は却って藪蛇になりかねない。それよりも、こちらは充分な陣地と隊列の構成を行い、敵が策を弄してきた時に備えて万全の態勢を整えておく必要がある、都の事だった。

 

 これまで幾度もの作戦を成功に導いて来たユウキがそう言うのだから、逆に十分な説得力があるとも言える。

 

「ただ・・・・・・」

 

 そこでユウキは、話題を変えるように口調を切り替えた。

 

「一つだけ、不安というよりも未確定な要因があります」

 

 そう言うと、説明役の参謀に、用意していた宙図と切り替えるように指示を出した。

 

 ユウキが用意したのは、先ほどよりも広範囲にわたる俯瞰図だった。

 

 対峙する連合軍と北米解放軍。

 

 そして、両軍から距離を置くようにして、もう1つの戦力が集結しつつある様子が映し出されている。

 

「2日ほど前から、ユニウス教団軍が月に上陸し、こちらの動静を伺っているとの報告が入っています」

 

 参謀はそう言って説明する。

 

 どうやら映っている三つ目の勢力はユニウス教団軍の物であるらしい。

 

 しかし、

 

「微妙だな、こいつは」

 

 首を傾げるように言ったのはシンである。その双眸は細められ、敵の意図を図っているように見える。

 

 オーブ解放戦の功績により准将に昇進したシンは、今回は一軍を率いて戦場に立っている。

 

 他の同僚達に比べると現場での働きが長かった分、やや昇進が鈍かったシンだが、彼もまた宿将たる責任と役割のある地位についたと言える。

 

 シンの言う通り、ユニウス教団軍が布陣している位置は、戦場からある程度の距離が置かれている場所である。

 

 介入するにしても、静観するにしても、中途半端としか言いようが無い場所だった。

 

「いずれにせよ、連中が敵である事に変わりは無い。このまま何も見ているって事は無いだろうな」

 

 ラキヤの発言に、一同は同意するように頷く。

 

 プラントと同盟関係にあるユニウス教団が姿を現した以上、その目的がこちらとの交戦であるとの考えは間違いではないだろう。

 

 後の問題があるとすれば、敵がどのタイミングで仕掛けて来るか、と言う一点のみである。

 

「とにかく、各軍とも警戒を怠らないように」

 

 ムウの一言で、会議は解散となった。

 

 

 

 

 

 黙っていると、どうしても思い浮かべてしまうのは、この間のレミリアの様子だった。

 

 カノンは艦内の廊下を歩きながら、その事ばかりを考えていた。

 

 時刻は昼時。

 

 午前中の偵察任務を終え、いったんヒカルと別れたカノンは、自室に戻る途中だった。

 

 あの時、道を譲るようにヒカルの事をカノンに託したレミリア。

 

 だが、カノンにはそれが、レミリアの本心からの言葉だとは、どうしても思えなかった。

 

 レミリアは無理をしている。自分は既に死んでおり、見えている姿もホログラフの立体映像に過ぎない。

 

 そして、そんな自分がヒカルと共に行ける訳がない、と。

 

 そんな事は無い、と思う。

 

 たとえどんな姿になったとしても、レミリアはレミリアだ。その認識を変える気は、カノンには無い。

 

 だが、そんな強い思いも、肝心のレミリアがあれでは、空しい物だった。

 

 と、

 

「あれ?」

 

 ふとカノンは、珍しい人たちがいる事に気付いて足を止めた。

 

「おじさん? それにおばさんも・・・・・・」

「ああ、カノン。お疲れ様」

「こんにちは」

 

 キラは手を挙げて、やってきた少女と挨拶を交わす。同じく、傍らにいたエストも、いつも通りの淡々とした調子で声を掛けてきた。

 

 キラとエスト。ヒカル達の両親であり、カノンにとっても、なじみ深い2人である。

 

 しかしターミナルのリーダーであるキラは多忙な日々を送っている。その為、大和に来る事自体、それなりに珍しい事だった。

 

 今回の戦い、当然ながらターミナルも参戦する事になっている。キラがここにいる事自体は不思議でもなかったのだが。

 

「どうかしましたか?」

 

 エストがカノンの袖をクイクイっと引っ張りながら尋ねてきた。

 

「浮かない顔をしています」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 指摘を受けて、思わず顔に手をやるカノン。どうやら、考えている内に、頭の中の事が表情に出てしまっていたらしい。

 

「何か、悩み事でもあるの?」

 

 キラもまた、怪訝な顔つきになって尋ねてくる。

 

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 この際、思っている事を吐き出してしまおう。

 

 そう思ったカノンは、2人に事情を話してみる事にした。

 

「・・・・・・・・・・・・成程ね、レミリアが」

 

 話を聞いたキラは、深刻そうな表情で頷く。

 

 これは確かに、難しい問題だった。

 

 レミリアは肉体的には既に死んでいる。これは間違いない。今の彼女は、彼女の脳から取り出したデータを基に、電子的に再構成した存在に過ぎない。

 

 勿論、生前の彼女を可能な限りコピーしているため、ほぼ「本人」と同一の存在であると言って良い。

 

 しかし、それでも、互いに触れ合う事ができないと言う事を考えれば、限りなく近しい存在でありながら、その距離は想像を絶するほど離れているのだった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンは更に続ける。

 

「結局のところ、ヒカルもわたしより、レミリアの方が好きだと思うんです」

「なぜ、そう思うのですか?」

 

 エストが首をかしげながら尋ねる。

 

「だって、ヒカルはずっと、レミリアの事を思っていたし、レミリアだって・・・・・・それに、何だかんだ言ってもレミリア、可愛いから・・・・・・・・・・・・」

 

 以前から考えていた事が、再びカノンの脳裏によぎる。

 

 ヒカルとレミリアは、この戦いの間、常に別々の陣営で戦い続け、その間に何度も剣を交えている。

 

 しかし、何度もぶつかり合ったからこそ、ともにあり続けたカノンよりも、レミリアの方がヒカルに相応しいと思えるのだった。

 

「そんな事ありません。カノンも充分可愛いです」

 

 落ち込むカノンを元気づけるように、エストが言った。

 

「おばさん・・・・・・」

「もっと自分に自信を持ってください。カノンは『ボン、キュ、ボン』ですから」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 またもや、どこぞから取り寄せた怪しい知識を披露するエストに対し、呆気にとられるカノン。

 

 いきなり何を言い出すのか、この、自分よりも若く見えるおばさんは。

 

 そんなカノンの反応が可笑しかったのか、キラは笑みを浮かべて悪乗りする。

 

「そうそう、その点で行けば、うちのお嫁さんは『キュ、キュ、キュ』だからね」

「キラ、質問があります。火葬と土葬、どちらが好みですか?」

「とにかく、見た目に関して言えば、カノンは絶対レミリアには負けていないはずだよ。だから、もっと自信を持ってね」

 

 妻の物騒な質問を華麗にスルーして、キラはカノンの肩をポンとたたく。

 

「これから、敵はもっと激しく抵抗してくると思う。そうなると、きっとヒカル1人だけじゃ戦う事ができない。カノンもレミリアも、ヒカルを助けて頑張ってほしい。これは、あの子の親としてのお願いだ」

 

 そう言って、笑いかけるキラ。

 

 キラが敢えて、レミリアを復活させた理由は、強大な敵に対抗する為の切り札であるデルタリンゲージシステムを起動するのに、レミリアの能力が必要不可欠であったと言う事は無論、ある。

 

 しかしそれともう一つ。2人の少女が、息子を支え、共に戦ってくれることを願ったからに他ならなかった。

 

「うん、判った」

 

 そんなキラの気持ちを汲んだように、カノンは笑顔を浮かべて頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界まで引き延ばしたゴムが一斉に弾けるように、

 

 両軍はついに、最後の決戦に臨んだ。

 

 連合軍の参加兵力、艦艇125隻、機動兵器520機。

 

 対して北米解放軍は、艦艇22隻、機動兵器107機。

 

 兵力の面では、圧倒的に連合軍の方が優勢である。更にオーブ共和国軍や自由ザフト軍の精鋭が参戦している事を考えれば、質的な面においても、よく言って互角だろう。

 

 総合的に言えば、解放軍の勝機は非常に薄いと言わざるを得ない。

 

 勝敗は、始まる前にすでに決していると言って良かった。

 

 だが、それが判っていて尚、彼等は行かなくてはならなかった。

 

 地球への帰還を考えるなら、月は絶好の策原地となる。北米奪還という本戦を前にして、是が非でも押さえておきたい土地だった。

 

「踏ん張れよッ ここで勝つ事ができれば希望も見えて来るからな!!」

 

 ミシェルは部下達を叱咤すると、自らも最前線へと飛び込んで行く。

 

 たちまち、連合軍側から放たれる砲撃が、襲い掛かって来た。

 

「クソッ 流石にきついねェ こいつは!!」

 

 言いながら、ドラグーンを一斉射出する。

 

 ソードブレイカーから放たれたドラグーンは、一斉にターンすると、連合軍、特にミシェル隊が対峙している自由ザフト軍へと向かって飛んでいき、先端からビームを撃ち放つ。

 

 放たれる攻撃。

 

 たちまち、複数の機体がミシェルの視界の中で火を噴くのが見えた。

 

 だが、報復もすぐに返される。

 

 隊列を組んだ自由ザフト軍は、一斉に砲撃を行い、ミシェル隊に仕掛けてくる。

 

「散開しろ。各個に応戦だ!!」

 

 指示を出しつつ、ミシェルは自らもドラグーンを回収して回避行動を取る。

 

 圧倒的な戦力差を前に尻込みは無い。

 

 むしろ、猛る思いを吐き出すように、ミシェルは言い放つ。

 

「舐めるなよ。切り札をも用意しているのは、お前等だけじゃないんだからな!!」

 

 

 

 

 

 両親と再会した頃、ヒカルは父、キラとこんな会話をした事があった。

 

『ヒカル、君はエースの役割が、何か知っているかい?』

 

 突然の質問にキョトンとしながらも、ヒカルは答えた。

 

『敵をたくさん倒す事、かな?』

『うん、それも重要だよね。でも、それなら、別にエースじゃなくても、兵力をたくさん投入すれば可能なんじゃないかな?』

 

 もっと他に、「エース」にしかできない役割がある。

 

 キラの質問が、エースとしての自分に対する促しと取ったヒカルは、真剣な表情で考えてみる。

 

 エースにしかできない事。

 

 あるいはエースだからこそできる事。

 

 いったいそれが、何なのか?

 

 ややあって、考えをまとめたヒカルが口を開いた。

 

『敵のエースを押さえる事、かな?』

『おッ』

 

 キラは顔を綻ばせながら、それでいて少し驚いたように声を上げた。

 

 まさか、正解を言い当てられるとは思っていなかったのだ。

 

『その通り。他の事ならエース以外の兵士にもできるけど、最小限の戦力で敵のエースを押さえるのは、エースにしかできない事だよ』

 

 敵のエースをいかに素早く、そして確実に抑える事ができるかどうかで戦線維持が可能かどうか決まる。

 

 逆を言えば、エースの捕捉に失敗すれば、戦線はどんどん崩壊していくことになるのだ。

 

 故に、エースに課せられた使命は重大であると言えた。

 

 

 

 

 

 ヒカルは今、父の教えに従って行動していた。

 

 エターナルスパイラルの持つ不揃いの翼を羽ばたかせ、いくつかの敵を排除しながら向かう先。

 

 そこには、見覚えのある機体が、待ち構えるように佇んでいた。

 

《見つけた!!》

 

 レミリアの声に導かれるように、向けた視線の先に、独特のシルエットのモビルスーツが待ち構えている。

 

 引き絞った四肢と、多数の砲門を備えた、ややアンバランスな印象を持つ機体。

 

 北米解放軍の旗機、ディザスター。

 

 ヒカル自身、半年前のスカンジナビアで交戦した経験がある為、覚えていたのだ。

 

 まさにエース中のエース。

 

 ヒカルが今回の戦いで、最優先に抑えようと思っていた相手である。

 

「行くぞ、カノン、レミリアッ 奴は手ごわいぞ!!」

「判った!!」

《掩護は任せて!!》

 

 少女2人の力強い声を聴きながら、ヒカルはエターナルスパイラルを更に加速させた。

 

 一方のディザスターの方でも、接近するエターナルスパイラルの存在を感知していた。

 

「オーギュスト、あれは!?」

「ああ、報告にあった機体だな」

 

 ジーナの言葉に、オーギュストは頷きを返す。

 

 カーペンタリア上空での戦いに北米解放軍が介入した際に、目撃情報とあしてあげられた奇妙な機体。

 

 その後、幾度かの情報解析が行われた結果、オーブ軍の魔王が使っていた機体と、旧北米統一戦線の旗機だった機体を合成した機体である事が判明している。

 

「2つの機体を1つに纏めるとはな。随分と強引な事をする」

「でも、それだけに侮れないでしょうね」

 

 ジーナの言葉にも、緊張の色が混じった。

 

 確かに。地球圏でも最強クラスの2機を掛け合わせた機体だ。侮る事はできないだろう。

 

 しかし、

 

「心配するなッ 奴が最強なら、こっちも最強だ!!」

 

 言い放つと同時に、オーギュストも動く。

 

 キラがヒカルに諭した通り、エースを抑える事がエースの役割であるなら、劣勢の北米解放軍を率いるオーギュスト・ジーナの役割は、より以上に過酷で重要であった。

 

 エターナルスパイラルから放たれるビームを回避しながら、オーギュストは両手のビームサーベルを構えて突撃していく。

 

 対抗するように、ヒカル達も攻撃速度を速めた。

 

「カノン、ドラグーンだ!!」

「判った!!」

 

 ヒカルの指示を受け、エターナルスパイラルの左翼からドラグーン4基を射出するカノン。そのまま機体両翼に配置、突撃援護の為に、合計20門の砲を撃ち放つ。

 

 ドラグーンの攻撃をビームシールドで受けとめるオーギュスト。

 

 その間にヒカルは、ディザスターの上方に占位する形で接近した。

 

「喰らえ!!」

 

 ティルフィング対艦刀を抜刀し斬り掛かるヒカル。

 

 対してオーギュストは、ビームシールドの角度を変えて刃を防御する。

 

 火花を散らす両者。

 

 次の瞬間、エターナルスパイラルとディザスターは、互いに弾かれるように後退する。

 

 エターナルスパイラルは上、ディザスターは下になるようにして距離を置く。

 

 しかし、同時に反撃の手を打つ事も忘れない。

 

「ジーナ!!」

「了解!!」

 

 オーギュストの指示を受けて、全砲門を開く

 

 対して、

 

《来るよ、2人とも!!》

「判った、カノン!!」

「任せて!!」

 

 レミリアのオペレートに従いヒカルが機体を最適な位置まで誘導、カノンが全砲門を展開してフルバーストモードへ移行する。

 

 互いに開かれる砲門。

 

 次の瞬間、

 

 両者の放った閃光が激突し、強烈な対消滅を引き起こした。

 

 

 

 

 

 戦況はやはり、と言うべきか、当初から連合軍有利に進んで行った。

 

 確かに北米解放軍は、これまで多くの戦場を戦い抜いてきた歴戦の群であり、一兵卒に至るまで全員が「精鋭」と称して良いだろう。

 

 これが同数、あるいは倍程度の数の敵であるなら、あるいは軍配は解放軍の側に上がったかもしれない。

 

 しかし、実兵数において5倍もの差が開いてしまっては、もはや逆転は不可能に近かった。

 

 解放軍の兵士達は奮戦を続け、連合軍機を撃ち落としていく。

 

 だが、それも一瞬の光芒でしかない。

 

 やがて彼等も、圧倒的多数の連合軍に押し包まれ、ついには最後に命の炎をきらめかせながら月面へと落ちて行く運命でしかなかった。

 

 それは、彼等が投入したジェノサイドについても同様だった。

 

 既に幾多のデストロイ級機動兵器との対決を経て、その対応方法はオーブ軍内でもマニュアル化されていると言って良い。

 

 確かにデストロイ級は凶悪極まりない火力と装甲を誇っており、大軍で当たれば当たる程、却って被害は増大してしまう。

 

 ならば、話は単純。対デストロイ級戦には大軍を投入しなければいい。

 

 多くのデストロイ級に相当する共通点だが、その搭載火力は対軍戦や対要塞戦、あるいは対艦戦には大きな威力を発揮するが、高速機動するエース機を捕捉するようにはできていない。

 

 初代デストロイから続く必勝パターンは、現在に至って尚、有効な手段だった。

 

 

 

 

 

 4枚の翼が羽ばたくたび、撃ち放たれる砲撃は空しく空を切って行く。

 

 シンのギャラクシーはドウジギリ対艦刀を掲げると、背中を向けているジェノサイドに斬り掛かって行く。

 

 対するジェノサイド側もギャラクシーの存在に気付き、背中に無数に装備した対空ビーム砲イーブル・アイで迎撃を行う。

 

 しかし、網の目のように放たれたビーム攻撃は、タダの一発もギャラクシーを捉える事は無かった。

 

 圧倒的な機動力を発揮して、攻撃をすり抜けるシン。

 

「遅いな!!」

 

 接近と同時に、大剣を振り下ろすギャラクシー。

 

 その一刀で、ジェノサイドの背中は大きく切り下げられた。

 

 バランスを崩しながらも、ジェノサイドはどうにかギャラクシーから逃げようとする。

 

 しかし、それを許す程、シン・アスカは甘い存在ではなかった。

 

 フルスピードで追いつくと同時に、更に追撃の剣閃を横なぎに繰り出す。

 

 それに対してジェノサイド側は、敢えて左腕を盾代わりにして防ごうとする。

 

 斬り飛ばされる巨大な腕。

 

 だが、彼等の抵抗もそこまでだった。

 

「これで終わりだ!!」

 

 シンは振り上げた状態のドウジギリを返すと、刃を真っ向から振り下ろす。

 

 縦一文字に斬り下げられる刃。

 

 その一撃により、ジェノサイドは真っ二つにされて爆炎を上げた。

 

 味方の機体を襲った惨劇に、他のジェノサイドは、怯んだ様に退避行動を取ろうとする。

 

 だが、彼等の行動は遅きに失した。

 

 追撃を掛けたのは、2機のエクレール。

 

 レイの機体はドラグーンを射出してジェノサイドを包囲。一斉砲撃を仕掛ける。

 

 ドラグーン1基当たりの攻撃力は特筆するほど大きなものとは言い難いが、何しろ自在に動きながら次々と攻撃を仕掛けてくるのだから溜まった物ではない。

 

 ジェノサイドは砲塔を吹き飛ばされ、陽電子リフレクターを叩き潰され、あっという間に無力化されていく。

 

 気息奄々状態のジェノサイドに対し、トドメの一撃が放たれた。

 

 コックピット付近で爆発が起こり、ジェノサイドの巨体が大きく傾ぐ。

 

 長大な狙撃砲を構えたルナマリアのエクレールが放った攻撃は、見事にジェノサイドのコックピットを撃ち抜き撃破したのだ。

 

 更に、別のジェノサイドには、深紅の甲冑を纏った騎士が剣閃を掲げて斬りかかっている。

 

 アステルのギルティジャスティスは、両手のビームサーベルと両足のビームブレードを駆使して、ジェノサイドの装甲を容赦なく切り刻んでいく。

 

 既に機動力を失い、されるがままになっていたジェノサイドは、轟音を上げて、その巨体を月面へと倒れ伏す。

 

 かつては悪魔の如き威容と攻撃力でもって恐れられたデストロイ級機動兵器だったが、今や彼等の存在は、ただ図体がデカいだけの獲物へと成り下がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「是非も無し、と言った所か・・・・・・・・・・・・」

 

 エターナルスパイラルと対決を一時的に中断しながら、オーギュストは視界の中で壊滅しつつある自軍を、嘆息交じりに眺めていた。

 

 こうなる事は、最初から分かっていたのだ。

 

 彼我の戦力差に質、量ともに差を付けられた状態で決戦を挑んだとしても、勝てる道理は無かった。

 

 それでも、万が一は、と思ってしまう物である。

 

 その可能性に一縷の望みを賭けて挑んだ戦いであったが、結果はご覧の通りだった。

 

 北米解放軍は、今まさに壊滅しつつある。

 

 かつては世界第一の軍事他国であった大西洋連邦の主力軍を務め、今次大戦にあっても強大な軍事力を如何無く発揮して、幾度も勝利を目前にした北米解放軍が、今、祖国から遠く離れた地で終焉を迎えようとしていた。

 

「オーギュスト、艦隊が!!」

 

 ジーナの声に、振り返るオーギュスト。

 

 そこには、後方から支援砲撃を行っている筈の解放軍艦隊の様子が映し出されていた。

 

 しかし、最前まで秩序だった陣形を組んでいた解放軍艦隊が、今や四分五裂に隊列を乱し、次々と炎を上げて撃沈して言っている。

 

 この時、最前線を迂回して強襲してきたオーブ軍と自由ザフト軍の連合艦隊が、解放軍艦隊を横合いから強襲して混乱に陥れていたのだ。

 

 大和、ミネルバ、アークエンジェルをはじめとした歴戦の戦艦群に砲火を集中されては、少数の解放軍艦隊はひとたまりもない。加えて解放軍艦隊は、機動兵器部隊支援の為に陣形を組んでいた。その為、対艦戦闘用の陣形を組んで突撃してきた連合軍艦隊に対し、対応が遅れてしまった事も被害拡大につながっていた。

 

 炎を上げて沈んで行く艦隊。

 

 その姿を見て、オーギュストの腹は決まった。

 

「行くぞ、ジーナ」

「ええ」

 

 長年の相棒が何を意図しているのか、一瞬で判断したジーナは迷う事無く頷きを返す。

 

 味方を逃がす。

 

 もはや北米解放軍の壊滅は免れない。そして、立て直すのももはや不可能だろう。

 

 自分達の戦いはこれまでだ。

 

 だが、自分達にできる事なら、まだある。

 

 それは、味方を1人でも多く逃がす事。

 

 ここで死んでは全てが終わる。

 

 だが、生き残る事さえできれば希望をつなぐ事は出来る。

 

 勿論、北米解放軍としての戦いは、ここで終わる事になる。しかし、生き残りさえすれば、やがていつかは別の形で祖国を取り戻す為の戦いをする事が出来るかもしれない。

 

 その為の道を、オーギュスト達は切り開く必要があった。

 

 今までも似たような戦いをしてきた事はある。撤退時に味方の盾となり、敵の追撃を断ち切って来た。

 

 しかし、今回は違う。

 

 生き残った兵士を戦場から逃がす為に、オーギュスト達は戦う必要があった。

 

 スラスターを吹かして、味方の救援に向かおうとするディザスター。

 

 しかしすぐに、その進路を遮るように不揃いの翼が立ちはだかる。

 

「行かせるかよ!!」

 

 レミリアの戦況予測でディザスターの動きを先読みしたヒカルは、父の教えである「エースの役割」を果たすべく剣を構える。

 

 これまで、北米解放軍には何度も煮え湯を飲まされてきた。ここで手心を加えれば、後々、必ずや自分達の禍根となるだろう。

 

 北米解放軍の息の根は、ここで何としても留めておく必要があった。

 

「どけッ!!」

 

 叫びながら、立ちはだかるエターナルスパイラルに対して、両手のビームサーベルを振るうオーギュスト。

 

 対抗するヒカルもまた、真っ向から向かってくるディザスターに、ティルフィングを振り下ろす。

 

 互いの剣が虚空を斬り裂く。

 

 カノンはその間に、ドラグーン4基を射出して機体周囲に配置、掩護射撃を行う。

 

 縦横に飛び来るドラグーンが、四方からディザスターを取り囲んで砲撃を行っている。

 

 これには、オーギュストも攻撃を諦めて、回避運動に専念するしかなかった。

 

「オーギュスト、いったん下がって!!」

「おう!!」

 

 ジーナの警告に従い、機体を後退させようとするオーギュスト。

 

 しかし、それはヒカルとカノンが狙った行動であった。

 

「今だ!!」

 

 ヒカルはエターナルスパイラルの左肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードで投擲する。

 

 旋回しながら飛翔する刃。

 

 対して、

 

「甘いッ!!」

 

 オーギュストはビームサーベルを振るって、飛んできたブーメランを切り払う。

 

 だが、そこへ、カノンが操るドラグーンの攻撃が襲い掛かった。

 

 奔る閃光。

 

 ディザスターの左足が吹き飛ばされて、バランスを大きく崩す。

 

「このッ!!」

 

 それでもどうにか、執念で体勢を立て直すオーギュスト。

 

 彼の背中には、敵の追撃から逃れようとしている多くの味方が存在している。まだ、ここで倒れる訳にはいかなかった。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

 オーギュストは、ふとある事を思い出して苦笑を浮かべた。

 

 確か昔、戦場で対峙した少年から、何の為に戦っているかと問われた事があった筈。

 

 あの時自分は、全ては北米を取り戻すためと答えた。

 

 だが今、北米の解放は絶望的となり、ただ味方を守るために飲み戦っている。

 

 まったくもって、人生とはどうなるか判らない物である。

 

 その事がオーギュストには、妙に可笑しく感じられるのだった。

 

 どうにかバランスを取り戻し、攻撃を再開するディザスター。

 

 ビームライフルによる攻撃で、ドラグーン2基を吹き飛ばす。

 

 しかし、喝采を上げる暇は無かった。

 

 ドラグーンに気を取られている隙に、エターナルスパイラル本体が、不揃いの翼を従えて突っ込んで来たのだ。

 

 両腰からビームサーベルを抜き放ち、二刀流に構えて振り翳すエターナルスパイラル。

 

 それに対して、

 

 オーギュストはとっさにカウンターを狙うべくビームサーベルとビームブレードを振り翳そうとする。

 

 しかしその行動は遅かった。

 

 エターナルスパイラルが振り翳す剣閃が、数度に渡って迸る。

 

 その度に、ディザスターの四肢が、頭部が斬り飛ばされて無力化していく。

 

 それに対して、オーギュストも、そしてジーナも、どうする事も出来なかった。

 

 

 

 

 

 頭部と四肢を失い、完全に戦闘力を失ったディザスター。

 

 コックピット周辺は、相変わらず無傷である。

 

 しかし、もはや戦う事はおろか、その場から動く事すらできない事は明らかである。

 

 負けた。

 

 それも、完膚なきまでの敗北だった。

 

 そのディザスターのコックピット内で、オーギュストは深く嘆息する。

 

「これまで、か・・・・・・・・・・・・」

 

 さばさばした調子で、オーギュストは呟いた。

 

 やるべき事はやった。任務を全うできず、また北米の奪回もできなかった事は残念でならないが、それも今となってはどうでも良い事である。

 

 後は、味方の兵士達が少しでも多く、生き残る事を祈るしかなかった。

 

「すまんな、ジーナ。付き合わせてしまって」

「良いのよ。アタシたちの仲でしょ」

 

 ジーナもまた、静かな口調で言った。

 

 必要な手順を入力し、最後にシークエンス実行のボタンを押しこむ。

 

 同時に、ディザスターに残された最後の機能が動き出した。

 

 その様子を確認すると、オーギュストとジーナは互いに向き合って笑みを交わす。

 

「・・・・・・後は頼むぞ、ミシェル」

 

 最後に、年下の友人に対して語りかけた瞬間、

 

 ディザスターの自爆装置が作動し、2人の視界は急速に広がる白色に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 ディザスターのシグナルロスト。

 

 その報告は、直ちに前線のミシェルの元にも届けられた。

 

「オーギュスト・・・・・・ジーナ・・・・・・・・・・・・」

 

 寂寥感と共に、吐き出される言葉。

 

 2人の戦友が、既にこの世のものではない事は明らかであった。

 

 しかし、呆けている暇はミシェルには無い。

 

 戦闘は尚も継続中で、こうしている間にも味方には次々と被害が重なってきている。

 

 そしてオーギュストとジーナが戦死した今、味方の命運はミシェルに掛かっていると言っても過言ではなかった。

 

「と、言ってもねえ・・・・・・」

 

 嘆息気味に呟くミシェル。

 

 連合軍は既に追撃の体勢を整えて向かって来ている。このままでは全滅もあり得る。

 

「仕方が無い」

 

 やるべき事は一つ。

 

 オーギュスト達がやったように、ミシェルもまた、殿を引き受けて敵の攻撃を吸収するしかなかった。

 

 そのように考え、機体を反転させようとするミシェル。

 

 正にその時だった。

 

 追撃を掛けようとする連合軍の横合いから、別の部隊が突っ込んで行くのが見える。

 

 その姿を見て、ミシェルは思わず目を見張った。

 

「ユニウス教団、だと!?」

 

 

 

 

 

PHASE-11「エースの役割」      終わり

 



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PHASE-12「宿縁の父子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント軍としては今現在、喉から手が出る程欲しい物があるとすれば、それは時間である。

 

 怒涛の進撃を行う連合軍は、まもなくプラント本国へ攻め入ってきそうな勢いである。

 

 それに対してプラント軍も、各戦線から兵力を引き上げ、さらにそれらの戦力を再編して、ヤキン・トゥレースへ集結させる事で、連合軍の進軍を阻もうとしている。

 

 しかし、全軍の集結が完了するまでには、まだまだ時間がかかる。

 

 北米解放軍を餌にして連合軍を足止めする事も考えられたが、それで稼げる時間は、せいぜい数日程度と見積もられている。

 

 よって、プラント軍が迎撃態勢を完璧に整えるには、どうにかして時間を稼ぐ必要があった。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、同盟軍であるユニウス教団だった。

 

 アンブレアス・グルックは腹心であるPⅡを通じて、ユニウス教団に対して派兵を要請。

 

 それに答えた教主アーガスと聖女アルマは、ユニウス教団軍の主力部隊を率いて月戦線に到着。

 

 今まさに、連合軍と北米解放軍の決着が付こうとした時、連合軍を側面から襲う形で攻撃を仕掛けたのだ。

 

 ユニウス教団軍が、月戦線への介入を行ってきたのは、そのような経緯があった訳である。

 

 

 

 

 

 進軍を開始したユニウス教団軍の先頭に、聖女の駆るデミウルゴスの姿があった。

 

 プラントの要請を受けて月戦線の介入するに当たり、聖女は自ら全軍を指揮して前線に立つ事を宣言し、それを実行していた。

 

 目的はただ一つ。

 

 親友レミリア・バニッシュを殺した「オーブの魔王」を討ち滅ぼす事。

 

 レミリアはオーブ攻防戦において、魔王の駆る機体と激突し、そして帰らぬ人となった。

 

 許せなかった。

 

 その頃の聖女は、先の愛機であるアフェクションを失い、更にこのデミウルゴスも完成半ばであった為、戦線に加わる事が出来なかった。加えて教団自体もオーブ戦へは不介入の立場を貫いたため、聖女としても如何ともする事が出来なかったのだ。

 

 だが、その結果は最悪の形となって現れた。

 

 レミリア戦死の報告を聞いた時、聖女は表面上は冷静を保ち、淡々と日々の職務にまい進した。

 

 しかし、それも公の場での話。

 

 誰もいない私室で、彼女は亡くした親友を想い、悲嘆にくれる日々を過ごしていた。

 

 親友だったレミリアはもういない。

 

 遥かなる戦場に赴いて果てた。

 

 だが、彼女を殺した存在だけは許しておくわけにはいかない。

 

 必ずや捕まえて、自らが犯した罪を償わせるのだ。

 

《聖女様》

 

 後方の輸送艦で待機しているアーガスから通信が入った。

 

《どうぞ、存分に本懐を遂げてください。我等、教団信徒一同、全てがあなた様の為に好みと命を捧げる所存です》

「ありがとうございます、教主様」

《助けが必要な時は、いつでも声をおかけください》

 

 今回の戦いに際し、聖女は対魔王用の切り札を用意してきている。それの管理を、アーガスに任せているのだ。

 

「判りました。仕様のタイミングについては、わたくしが判断いたします。教主様は、いつでも対応できるよう、準備をお願いします」

《判りました。全ては、唯一神の意志のあるがままに》

「全ては、唯一神の意志の有るがままに」

 

 唱和すると同時に、聖女はスラスターを吹かしてデミウルゴスを前へと進ませる。

 

 瞳にはSEEDの光を宿らせて。

 

 その視線の先には、連合軍と北米解放軍が尚も砲火を交わし続ける戦場が広がっていた。

 

 

 

 

 飛び去って行くデミウルゴスの様子を見詰めて、アーガスは口元に笑みを浮かべた。

 

「所詮は子供よな」

 

 その言葉の響きには、最前まで込められていた自分達の象徴に対する敬意は一切感じられない。まるで、路傍の石でも扱うようなぞんざいさだった。

 

 教主アーガスにとって、聖女アルマは道具に過ぎない。それも、ひどく扱いやすい道具だ。

 

 あの少女をかねてから繋がりのあったPⅡから託されたのは、今から10年近く前。

 

 幼く、まだ成長途上であった少女を教団の色に染め上げるのは簡単な事だった。

 

 教団の教義を教科書代わりに毎日読み聞かせ、同時に肉体的な強化も図り、教団の象徴として相応しい存在へと押し上げて行った。

 

 全ては、アーガス自身が扱いやすい、便利な道具として仕上げる為。

 

 そして今、かつての幼い少女は、自らが何者であったかも忘れ去り、教団の、ひいてはアーガスの敵となる存在に対して、躊躇う事無く剣を向けるまでに至っている。

 

 現状、聖女アルマは間違いなく、地球圏でも最強クラスの存在である。

 

 彼女の実力をもってすれば、並み居る敵を討ち倒し、今以上に教団の権力を強化する事もできるだろう。

 

 世界中の人間がユニウス教団に入信し、あらゆる権力と富を投げ出す事になる。

 

 そして、そのトップに立つ存在は、他でもなく自分、教主アーガスに他ならない。

 

 間抜けな信者どもには「唯一神」などと言うありもしない偶像を、大層に拝ませておけばいい。その先導役としても、聖女は格好の存在と言える。

 

 全ての富と権力を独占するのは、この自分なのだ。

 

 そうなれば、国家すら教団の敵ではなくなる。

 

「いや、あのPⅡでさえも、わたしに逆らう事はできなくなるだろう」

 

 表の世界と裏の世界。その全てを牛耳り、君臨する事ができるのだ。

 

「さあ、聖女様。せいぜい頑張ってくださいよ。全ては、唯一神の意志のあるままに」

 

 そう呟くと、アーガスは口元を歪めて笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たなる敵の介入は、キラ達が交戦している場所からも確認する事が出来た。

 

 今まさに、撤退する北米解放軍を追撃する態勢を整えようとしている連合軍。

 

 その隊列の横合いから、ユニウス教団軍が襲い掛かろうとしていたのだ。

 

「来るとは思っていたけど、まさか、このタイミングとはね」

「不意打ちは彼等の得意技ですから」

 

 向かってくる教団軍の機体を見据え舌打ちするキラに対し、後席のエストが冷静な声で返す。

 

 苛立たしいのはエストも同じである。まさか、敵がこのタイミングで仕掛けて来るとは予想しきれなかったのだ。

 

 しかし、愚痴った所で何も始まらない。敵が来る以上、迎え撃つ以外に無かった。

 

 しかも相手は、ユニウス教団だ。

 

 つまり、この夫婦にとって戦いを躊躇う理由は、まつ毛の先程も存在しないのだ。

 

「行くよ、エスト」

「ええ、勿論」

 

 夫の言葉に対し、エストは強く頷きを返す。

 

 2人の目的は明らかである。

 

 奪われた娘を取り戻す。

 

 その為に邪魔な存在は、全て排除する。

 

 2人の戦う意思を受け、クロスファイアもまた猛りを上げる。

 

 装甲は黒く、翼は赤に変化する。

 

 次の瞬間、虚空を薙ぎ払うように、炎の翼を羽ばたかせて駆け抜けた。

 

 迎撃しようと、陣形を組むべく動くユニウス教団軍。

 

 しかし、その動きはキラ達にとって、あまりにも遅すぎた。

 

 教団軍の隊列にクロスファイアが飛び込んだ瞬間、

 

 剣閃の嵐が縦横に駆け巡る。

 

 瞬く間に、5機のガーディアンが手足を斬り飛ばされて戦闘力を失う。

 

 クロスファイアの両手に装備された対艦刀ブリューナクが、圧倒的な切れ味を発揮して、目標となった敵全てを斬り捨てた。

 

 更にキラは機体を反転させつつ、モードをDからFへと変更。翼が蒼に染まる間もなく対艦刀を背中のハードポイントに収めると、抜き放ったビームライフルとレールガンを駆使して、慌てて駆け付けてくるガーディアンを狙い撃ちにする。

 

 その頃になって、ようやく体勢を立て直しつつあるユニウス教団は、猛威を振るうクロスファイアを排除すべく、精鋭部隊を送り込んで来た。

 

 複数のロイヤルガードが、手にしたビームライフルを向けてくる。

 

 交錯するように、クロスファイアを直撃する閃光。

 

 しかし次の瞬間、捉えたと思ったクロスファイアの機影は、霞の如く消え去った。

 

 状況を理解できず、驚く教団兵達。

 

 次の瞬間、彼等の頭上から強烈な閃光が降り注ぎ、次々と武装や頭部を撃ち抜いて行った。

 

 戦闘力を失い、無様に浮遊する教団軍の機体。

 

 その遥か頭上では、ドラグーンを展開し、全火砲を構えたクロスファイアの姿はある。

 

 キラはあえて敵に先制させて空を突かせる事で、自身の攻撃を確実に命中させる戦術を選んだのである。

 

 クロスファイア1機に翻弄され、陣形を乱していくユニウス教団軍。

 

 彼等としては、連合軍と北米解放軍が互いに死力を尽くした後、その背後から強襲を掛ければ容易く勝ちを得られると思っていた節がある。

 

 まさに漁夫の利を狙い、最良の果実をかっさらおうとしていた訳だが、しかし、彼等が思っている以上に、オーブ側のエースは強力だった。

 

 賢しらな目論見は、それを跳ね返して余りある力によって弾かれ、粉砕されていく。

 

 既に戦線各所で、退勢を立て直した連合軍が反撃に転じていた。

 

 アスランの駆る深紅のセレスティフリーダムは、手にした日本刀のような対艦刀を振るい、接近を図ろうとしたロイヤルガードを斬り伏せている。

 

 更に、その横ではラキヤのヴァイス・ストームが、高速でガーディアンを翻弄しつつ、ドラグーンやレーヴァテインを駆使して次々と敵を屠って行った。

 

 奇襲を目論んで攻撃を仕掛けたユニウス教団軍だったが、その悉くが返り討ちに遭って撃破されていくのだった。

 

 

 

 

 

 突然のユニウス教団軍の戦線介入と、それに伴う連合軍の反抗。

 

 一時的に戦場は混乱を来し、状況を把握する事が困難になっている。

 

 それら突発的に起こった要素により、図らずも命を長らえている者達があった。

 

 北米解放軍である。

 

 まさにどさくさに紛れて、という感じではあるが、ユニウス教団軍の出現により、連合軍もそちらに注意を向けざるを得なくなったのは確かである。

 

 今の内なら兵を退く事もできる。

 

 残った部隊を纏めて撤退するなら、今を置いて好機は無いだろう。

 

 しかし、結果としてこの日、彼等は徹底的に運に見放されていたとしか言いようが無かった。

 

 どうにか残存兵力を纏めて撤退を開始した北米解放軍の前方から、程なくして、先発したオーブ軍部隊が姿を現したのだ。

 

 それは、最前線で解放軍と交戦し、今またユニウス教団軍の戦線加入を聞きつけて引き返してきたムウ率いるオーブ軍の本隊だった。

 

 ちょうど、撤退を急ぐ解放軍残存部隊と、最前線の掃討を終えて引き返してきたフラガ隊は、真正面から向かい合う形となった。

 

「くそッ やっぱこうなるのかよ!!」

 

 解放軍残存部隊を率いていたミシェルは、舌打ちを交えながら、接近してくるオーブ軍を見据える。

 

 その先頭を進んでくるのは、ムウのゼファーである。

 

 既にムウの方でもソードブレイカーの存在に気付いたらしく、モビルアーマー形態のまま速度を上げるんが見える。

 

「あいつも生きていたか」

 

 一方で、解放軍の先頭を進んでくるミシェルのソードブレイカーを見据え、ムウは目を細める。

 

 カーペンタリア攻防戦でも交戦したソードブレイカーの事は、ムウ自身、強く印象に残っている。

 

 勿論、相手が強敵であった事もあるが、それ以前に何か、ムウには心に引っかかるものが残っている。

 

 しかし、今は余計な事を考えている余裕はない。

 

「先頭の奴は俺が相手をする。手を出すなよ!!」

 

 言いながらムウは、ゼファーの速度をフルスロットルまで上げて突撃する。

 

 対してミシェルもまた、自分に向かってくるゼファーを見据えて迎え撃つべく、ソードブレイカーを振り返らせる。。

 

「下がれっ 奴には手を出すな!!」

 

 同時にドラグーンを射出するミシェル。

 

 それに合わせるように、ムウもまた、機体を人型に変形させながらドラグーンを撃ち放った。

 

 ミシェルの使えるドラグーンは10基。

 

 対してムウの放つドラグーンは4基。

 

 火力はソードブレイカーの方が高い。

 

 しかし数はミシェルの方が多いが、ムウのドラグーンは1基に付き砲門2門を備えている上、リフレクター発生装置も備えている事に加えて、ゼファー本体もモビルアーマーへの変形が可能で機動力が高い。

 

 一概にどちらが有利とも言えなかった。

 

 先制したのは、手数に勝るミシェルだった。

 

 四方に展開したドラグーンから放たれるビーム。

 

 しかし、その動きを読んでいたムウは、素早く自機との間にドラグーンを割り込ませると、リフレクターを展開して防御する。

 

 ムウは4基のドラグーン全てにリフレクターを展開したまま、その陰からビームライフルの銃身を突きだして狙撃する。

 

 その素早い射撃で、ミシェル側のドラグーン2基が吹き飛ばされた。

 

 舌打ちするミシェル。

 

 同時にリフレクターを避けるようにドラグーンを操る。

 

 回り込んでくるドラグーンを見たムウ。

 

 流石に、手数の違いは戦闘スタイルにも影響する。

 

「そう来るかよ!!」

 

 叫びながら、ムウは放たれる射線から機体を回避させる。並みの防御手段だけでは、ソードブレイカーの攻撃は防ぎきれないと判断したのだ。

 

 しかし、僅かに甘くなった意識の隙を突かれ、ドラグーン1基を吹き飛ばされた。

 

 その様子を見て、舌打ちするムウ。

 

 もっとも、ゼファー本体を狙った攻撃は、ムウがシールドを掲げた事で用を成さなかったが。

 

 ドラグーンの攻撃だけでは埒が明かない。

 

 両者同時にそう考えると、スラスターを全開にして突撃する。

 

 ムウはビームサーベルを抜き放ち、ソードブレイカーへと斬りかかる。

 

 一方、ミシェルはビームライフルを構えてゼファーの接近を阻もうとした。

 

 急速に距離を詰める両者。

 

 ソードブレイカーからの射撃が機体を掠める中、ムウは構わず剣を振り翳して斬り込んで行く。

 

 対抗するように、ミシェルもまたビームサーベルを抜き放った。

 

 交錯する両者。

 

 双方の光刃が虚空を薙ぐ払う。

 

 次の瞬間

 

 キィィィィィィン

 

「「ッ!?」」

 

 突然、脳裏に鳴り響く反響音に、ムウとミシェルは同時に顔をしかめた。

 

「な、何なんだ、こいつは!?」

 

 驚愕しながら、とっさに機体を後退させようとするミシェル。

 

 一方のムウは、その奇妙且つ懐かしい感触に、戸惑いを覚えていた。

 

 尚も、頭内に残る違和感が、ムウの精神を支配していく。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 何かに取りつかれたように、ムウは呟きを漏らす。

 

 ムウは長い戦歴の中で、同じような感覚を何度か味わった事があった。

 

 1人目はヤキン・ドゥーエ戦役の時、自身の父親のクローンである、ラウ・ル・クルーゼと対峙した時。

 

 2人目はユニウス戦役の時。ミネルバ隊に所属する白いザクのパイロット(後にクルーゼのクローンであるレイ・ザ・バレルだと知った)と対峙した時。

 

 だが、先程の反応は、それらとは全く違う気がした。

 

 もっと強く、深い結びつきのようなものを感じる。

 

「まさかッ!?」

 

 ある「可能性」に至り、声を上げるムウ。

 

 しかし、一方のミシェルは、突然、頭の中に飛び込んできた奇妙な感覚に対し、強迫感めいた思いが込み上げて来ていた。

 

「クソッ 何なんだよ、お前は!!」

 

 苛立ち交じりにドラグーンを射出するミシェル。

 

 対して、

 

「待てッ お前は、まさか!?」

 

 相手の正体を悟ったムウは、ドラグーンのリフレクターを起動しながら叫ぶ。

 

 しかし、事実を知った今、ムウの動きはいかにも鈍い物とならざるを得ない。

 

 どうにか迎え撃と機体を操るムウだが、先程と比べて動きには精彩を欠く。

 

 その間に攻撃態勢を整えるミシェル。

 

 包囲するように展開したドラグーンから、ゼファー目がけて一斉にビームが放たれる。

 

 対して、ムウもシールドやリフレクターを駆使して、必死に防御しようとする。

 

 しかし、立ち遅れた事は如何ともしがたかった。

 

 たちまちゼファーのドラグーン2基が破壊される。

 

 舌打ちするムウ。

 

 どうにか体勢を立て直そうと、ビームライフルを抜いて反撃する。

 

 ソードブレイカーのドラグーンが1基、ムウの攻撃を浴びて吹き飛んだ。

 

 しかし、その間に回り込んで来た別のドラグーンによって、ゼファーの4基目のドラグーンが破壊されてしまう。

 

 これで、ムウの手持ちのドラグーンは全滅である。

 

 対して、ミシェル側のドラグーンは、まだ7基が健在である。

 

 勝負はあったかと思われた。

 

 だが、

 

「クソッ・・・・・・・・・・・・」

 

 悪態をつくミシェル。

 

 先程から脳裏を支配する違和感は、更に増してきている。

 

 徐々に大きくなる頭痛を抱え、ゼファーを見据えるミシェルの中で、疑惑が浮かび上がろうとしていた。

 

 目の前で戦っている相手。

 

 こいつを本当に、倒してしまって良いのか?

 

 倒せば、自分は一生後悔するのではないか?

 

 そんな思いに捕らわれる。

 

 今なら、まだ攻撃の手を緩める事ができる。

 

 今なら・・・・・・・・・・・・

 

 そう思った次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 ミシェルは思わず目を疑った。

 

 なぜなら、対峙していたゼファーが、ドラグーンの攻撃を受ける事も厭わず、真っ直ぐに突っ込んで来たからだ。

 

 しかも、その手には一切何も武器を持っていない。

 

「どういう、つもりだ!!」

 

 自身の中にある戸惑いを振り払うようにして、一斉攻撃を仕掛けるミシェル。

 

 しかし、焦りを含む攻撃は、目標をなかなか捉えられない。

 

 ゼファーの肩や足の装甲が吹き飛ぶ。しかし、その勢いは止まらない。

 

「クッ!?」

 

 とっさにビームサーベルを抜き放って構えるミシェル。

 

 既にゼファーは、ソードブレイカーの至近距離にまで迫っている。

 

 殆ど反射的に、繰り出される光刃。

 

 ソードブレイカーの刃が、ゼファーの頭部を刺し貫いた。

 

 次の瞬間、

 

 ミシェルの脳裏に、奔流のような流れが起こった。

 

 まるでビデオの映像を逆回しにしているかのように起こった流れは、一気に加速して脳内を埋めていく。

 

 アルテミスの占拠

 

 宇宙での転戦

 

 根無し草の放浪生活

 

 ユーラシア脱出

 

 熾烈な東欧戦線

 

 偉大なる指導者ブリストー・シェムハザとの出会い

 

 生涯の友、オーギュストとジーナとの友誼

 

 重傷を負った北米での戦い

 

 そして、

 

 

 

 

 

『ミシェル!!』

『ミシェル』

『お兄!!』

 

 元気に手を振る妹。

 

 優しく微笑む母、

 

 そして・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・お、親父?」

 

 驚愕と共に、言葉が漏れた。

 

 それと同時に、接触回線を通じて苦笑が漏れ聞こえてきた。

 

《よう、バカ息子。目は覚めたか?》

 

 いつもと変わらない、飄々とした父の声。

 

 ミシェルは今、全てを完全に思い出していた。

 

 自分はミシェル・フラガ。

 

 ムウ・ラ・フラガとマリュー・フラガの息子でオーブ軍軍人。

 

 北米紛争の最終決戦において、ユニウス教団の聖女と対決して敗れた後、記憶を失い、オーギュスト達に誘われて北米解放軍に編入し、世界各地で転戦してきた。

 

「・・・・・・クソッ 何てこった」

《そう、しょげるなよ。俺にも経験がある事だ》

 

 苦しそうに言いながら、ムウは軽口をたたく。

 

 先の攻撃で軽傷を負ってしまったが、どうやら致命傷と言う程でもないようだ。

 

 そしてだからこそ、息子と向き合う事もできる。

 

《しっかし、良く生きてたな。流石は、俺の息子だよ》

 

 そう言って、「不可能を可能にする男」は、自慢の息子に惜しみない称賛を送る。

 

 しかし、

 

 その言葉を受けながら、ミシェルはスッと、機体を損傷したゼファーから離した。

 

《お、おいっ ミシェル!?》

「悪い、親父。今はまだ、帰れないんだ」

 

 静かにそう言うと、機体を反転させてスラスターを吹かせる。

 

 そのまま、振り返る事無く飛び去って行く。

 

 ミシェルにはまだ、果たすべき責任が残っている。それを終わらせない限り、戻る事は許されなかった。

 

 その姿を、ムウもまた黙したまま見送る。

 

 分かれていた3年間。ミシェルにもさまざまな事があった事は想像に難くない。

 

 恐らくは、そのしがらみを清算しない事には、戻って来る事はできないのだろう。

 

 あれでなかなかどうして、義理堅い性格に育ってくれたらしい。

 

「・・・・・・行って来い、バカ息子」

 

 そう呟くと、

 

 ムウは満足げに微笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 お互いの姿を見付けた瞬間、両者は躊躇う事無く相手に向かって突撃していった。

 

 片や、不揃いの翼を羽ばたかせた機体、エターナルスパイラル。

 

 片や、通常よりも巨大で禍々しい姿をした機体、デミウルゴス。

 

 ヒカルとルーチェ。

 

 運命によって引き裂かれた兄妹が、もはや何度目かもわからない激突に至った。

 

 ティルフィング対艦刀を抜き放って斬り込みを掛けるエターナルスパイラルに対し、デミウルゴスは4枚のアイアスを跳ね上げ、その裏に格納されているドラグーンを一斉に射出する。

 

 周囲に展開し、一斉に放たれるドラグーンの砲撃。

 

 それをヒカルは、レミリアの援護を受けて回避しつつ、不揃いの翼を羽ばたかせて距離を詰めていく。

 

「くそッ やめろルーチェ、お前は!!」

 

 言いながら、飛んでくる射線を回避。尚も諦めずに距離を詰めようとするヒカル。

 

 しかし、その進路を遮るように、デミウルゴスから放たれたドラグーンが進路を塞いでくる。

 

《ヒカル、このままじゃ取り付く事は難しいッ まずは道を開かないと!!》

 

 レミリアが警告を発してくる。

 

 先のディザスターとの激突で、エターナルスパイラルはドラグーン2基とウィンドエッジを失っている。通常の火力戦では勝負にならなかった。

 

「カノンッ 頼む!!」

「判った!!」

 

 ヒカルの指示を受け、カノンはエターナルスパイラルの両手に装備したビームライフルで向かってくるドラグーン数基を撃墜する。

 

 その間にヒカルは、不揃いの翼を羽ばたかせながら、カノンが開いたドラグーンの隙間に機体を捻じ込ませる。

 

 同時にレールガン砲身に設けられた鞘から高周波振動ブレードを抜刀、デミウルゴス本体に斬り掛かる。

 

 ヴォワチュール・リュミエールを展開して迫るエターナルスパイラル。

 

 対して、聖女は機体に備え付け等陽電子リフレクターを展開、エターナルスパイラルの斬撃を防ごうとする。

 

 防御よりの設計思想を持つのは、教団の機体の特徴である。

 

 このデミウルゴスもまた、その設計思想から外れてはいなかった。

 

 しかし、アンチビームコーティングを施した高周波振動ブレードの刀身は、リフレクターを斬り裂き、デミウルゴスの機体表面を傷付ける。

 

「聞けッ ルーチェ!! お前は俺の!!」

《魔王が、戯言を弄して気を逸らすつもりですか!? その手には乗りません!!》

 

 ヒカルの言葉に貸す耳は無いとばかりに、聖女は拒絶の意志を明確にする。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 やはりと言うべきか、予想通り聖女(ルーチェ)は、簡単には話を聞いてくれそうにない。

 

 その間にもヒカルは、エターナルスパイラルの両手に装備したブレードを振るい、デミウルゴスに攻勢を仕掛けていく。

 

 やはりサイズの差もあるのだろうが、速攻となるとエターナルスパイラルの方に分があるようである。

 

 このまま押し切る。

 

 その意志も新たに、ヒカルは剣を振るう。

 

 一方の聖女も、自身が追い込まれつつあるのを自覚していた。

 

「クッ おのれ、魔王!!」

 

 舌打ちしつつ、対抗するように、後退しながらビームサーベルを抜き放つ聖女。

 

 互いに剣閃が交錯し、視界の中で光が明滅する。

 

 弾かれるように、両者は距離を置く。

 

 同時に、カノンは腰部のレールガンを展開して斉射。接近を図ろうとするデミウルゴスを牽制する。

 

 砲弾を浴びて大きくバランスを崩すデミウルゴス。

 

 その中で、聖女は唇をかみしめて衝撃に耐える。

 

「魔王ッ!!」

 

 仮面の奥から、憎しみの籠った視線をエターナルスパイラルへと向ける。

 

 どうやら、魔王はスカンジナビアで対峙した時から比べて、更に力を上げてきているようだ。

 

 オーブの魔王。

 

 親友を死に至らしめた憎むべき敵。

 

 絶対に、

 

「許さない!!」

 

 叫ぶと同時に聖女は、コックピットに搭載されたシステムを叩き付けるように起動した。

 

『ヴィクティムシステム・セットアップ』

 

 システム起動と同時に、聖女の神経が一気に犯されるのが判った。

 

 機体と身体が一体になるような感覚。

 

 同時に、刺すような痛みが全身を駆け巡る。

 

 かつてカーディナル戦役の折、大西洋連邦が、個々の先頭実力で勝るコーディネイターに対抗する為、強制的にパイロット能力を引き上げるべく開発したのが、このヴィクティムシステムである。

 

 戦後、大西洋連邦の崩壊と、それに伴う技術の流出によりヴィクティムシステムの資料を得た教団が、長年の研究の末に実用化する事に成功したのである。

 

 動きに鋭さを増すデミウルゴス。

 

 更に、

 

 仮面の奥で、聖女は目を細める。

 

 切り札を切るならここしかないと、聖女は確信していた。

 

「教主様。コンテナをッ」

《承知しました。全ては、唯一神の意志のあるがままに》

 

 静かな宣誓と共に、後方に待機していた輸送艦から、大型のコンテナが射出される。

 

 数は5つ。

 

 コンテナがデミウルゴスの効果範囲内に入った瞬間、その上部ハッチが観音開きに開く。

 

 次の瞬間、

 

《いけないッ ヒカル、逃げて!!》

 

 悲鳴じみたレミリアの警告に、弾かれるように、操縦桿を操るヒカル。

 

 エターナルスパイラルが機体を傾けた瞬間、

 

 それは襲ってきた。

 

 開かれたコンテナから一斉に放たれ、宙域全体を包囲するように、一斉展開を終えるドラグーン。

 

 その数、1基に付き20基。合計で100基。

 

 しかも、ドラグーン1基に付き、12門のビーム砲を備えている。

 

 つまり、

 

 合計で、実に1200門。

 

 これだけの数のドラグーンを、通常であるならば操る事は不可能である。

 

 しかし、ヴィクティムシステムの特徴として、パイロットの特性に合わせてシステムの強化項目を選択する事ができる。

 

 聖女は自身のヴィクティムシステムをドラグーン操作に特化させる事で、一度にこれだけ多くのドラグーンを支配下に置く事に成功したのだ。

 

 閃光が、視界を埋め尽くす。

 

 もはや1個軍団に匹敵する火力を前にして、さしものエターナルスパイラルと言えども、後退を余儀なくされる。

 

「こいつはもう、戦力差がどうとか言っている場合じゃねえなッ」

 

 悪態をつきながら、ドラグーンの攻撃を回避するヒカル。

 

 エターナルスパイラルが不揃いの翼を羽ばたかせるたびに、ドラグーンの放つ砲火は悉く空を切って行く。

 

 その間にカノンが、ビームライフルとレールガンを駆使して、群がってくるドラグーンを片っ端から排除していく。

 

 しかし、反撃は文字通り、焼け石に水である。

 

 ヒカルは、繰り出される攻撃を回避しながら決断した。

 

 敵が切り札を出してきた以上、こっちも切り札でもって対抗するしかない。ましてか、相手はヒカルが救うべき妹、ルーチェである。

 

 躊躇いは、生じた瞬間、死に繋がる事は確実である。

 

 そして、自身の死はルーチェが永遠に教団の傀儡として生きていく事を運命付ける事になる。

 

 そんな事は許されなかった。

 

 絶対に。

 

「カノン、レミリア。やるぞ!!」

「《了解!!》」

 

 ヒカルの言葉に、2人の少女は唱和する。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカル、カノン、レミリアのSEEDが同時に弾けた。

 

 視界が一気に広がり、戦場の隅々まで見通せるようになる。

 

 エターナルスパイラルの持つ切り札、デルタリンゲージ・システムが齎す圧倒的な感覚の増幅が、3人を包み込む。

 

 全ての事象がスローモーションで認識され、拡大した視野の中で、ドラグーンの軌跡が確実に描かれる。

 

 その軌跡が描く僅かな隙を、

 

 ヒカルは一気に駆け抜けた。

 

 羽ばたく不揃いの翼。

 

 比類ない加速。

 

 前面に展開したスクリーミングニンバスが、放たれる攻撃を防ぎながら、一気に距離を詰めていく。

 

「クッ!!」

 

 エターナルスパイラルの動きを察知した聖女は、全ドラグーンを集結させ、火力を集中させる事で接近を阻もうとする。

 

 収束する火線。

 

《ヒカル!!》

「ああ!!」

 

 レミリアの警告にしたがい、ヒカルは突撃を中断。機体を上昇させる事で回避運動を行う。

 

 更に、そこへ再びドラグーンの嵐が襲い掛かる。

 

「クソッ 埒が明かないな!!」

 

 いかにデルタリンゲージ・システムでも、敵の攻撃を完全に無力化できるわけではない。

 

 圧倒的質量で迫る聖女の攻撃は、確実にヒカル達の動きを上回っていた。

 

 その時だった。

 

《オーブの魔王》

 

 オープン回線で放たれた憎悪に満ちた声に、3人は思わず息を呑んだ。

 

 おどろおどろしい響きを持った声は、相手が女性であると言う事がすぐに会判らない程だった。

 

《あなたは・・・・・・今日・・・・・・ここで、滅ぼす!!》

 

 心臓を鷲掴みにされたような不快な感触がする声と共に、更にドラグーンの動きは鋭さを増す。

 

 それに対して、ヒカル達は完全に防戦一方に立たされていくのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-12「宿縁の父子」     終わり

 



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PHASE-13「取り戻す!! お前を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交戦するエターナルスパイラルとデミウルゴス。

 

 その様子を、後方で待機しているユニウス教団軍の輸送艦で、ユニウス教団教主アーガスは満足げに眺めていた。

 

 絡み合うように激突を繰り返す、2機の機動兵器。

 

 しかし、その戦況は、ほぼ一方的といっても良い様相を呈している。

 

 今も、空間に放たれた無数のドラグーンによって、エターナルスパイラルは動きを抑え込まれ、デミウルゴスに接近する事すらできないでいる。

 

 時折、反撃の砲火が放たれてドラグーンの方が破壊される場合もあるが、開いた包囲網の穴には、すぐまた別のドラグーンが展開して塞ぎ、反撃の余裕を与えない。

 

 聖女は完全に魔王の動きを抑え込み、一切手を出させていない体勢を完全に作り上げていた。

 

「良いぞ。さすが、最高のコーディネイターの娘だよ」

 

 冷笑と共に、呟きを漏らす。

 

 教団にとって、正に聖女の存在は切り札と言って良かった。

 

「あの女さえいれば、教団はより以上に進化していくことができるだろう」

 

 アーガスの脳裏には、既にこの先のヴィジョンが克明に浮かび上がっていた。

 

 魔王を倒した聖女。

 

 世界に平和をもたらした教団。

 

 戦いが終わった後の宣伝材料には事欠かないだろう。

 

 それは、教団の更なる躍進をもたらす事になるだろう。

 

 いずれはプラントをも上回り、世界を牛耳る存在となり得るのは間違いない。

 

 痛快ではないか。

 

 国家でも無い、一介に宗教団体が世界を牛耳り、思うままにする事ができるのだから。

 

 人々は誰もがアーガスの前に膝をつき、首を垂れる事になる。

 

 逆らう者は誰であろうと容赦しない。聖女が「唯一神の意思の下」に討伐へと赴き、天に唾する不届き者へ天罰を下す事になる。

 

 自分達に逆らう者は誰もいない。

 

 まさに「見えない王国」が、世界に誕生する事になる。

 

 そして、そのトップに君臨するのが自分、教主アーガスなのだ。

 

 その時の事を夢想するだけで、アーガスは笑いが止まらない思いだった。

 

「さて、その為にも、あの小娘にはせいぜい頑張ってもらわねばな」

 

 経緯のかけらもない口調でそう言うと、アーガスは冷笑を浮かべながら、尚も戦い続けるエターナルスパイラルとデミウルゴスを見入っていた。

 

 

 

 

 

 常識外と称しても過言ではない数を誇るドラグーンの攻撃を、エターナルスパイラルは不揃いの翼は辛うじて回避しながら、それでも尚、前へと進もうとしている。

 

 デルタリンゲージ・システムを起動したヒカルは、自身に向かってくるドラグーンの攻撃を、右に左に避けていく。

 

 だが、やはり数が尋常ではない。

 

 進もうとすれば進路を阻まれ、退こうとすれば退路を塞がれる。

 

 四方を完全に囲まれている為、回避運動すらままならない状態だ。

 

 今はまだ、エターナルスパイラルの機動性とデルタリンゲージ・システムの現状把握及び未来予測によってドラグーンの動きを先読みし、更には包囲網の隙を突く事で回避に成功している。

 

 しかし、いずれはドラグーンに距離を詰められてアウトになる事は目に見えていた。

 

「くそッ 俺の話を聞けッ ルーチェ!!」

 

 苛立ち交じりに、ヒカルは叫びかける。

 

 ユニウス教団の聖女は、かつて失った妹、ルーチェである。

 

 その事を知るヒカルは、自身の内から沸き起こる焦慮を糧に、妹へと手を伸ばそうとする。

 

 しかし、それをあざ笑うかのように、ドラグーンの攻撃はさらに勢いを増した。

 

 正面から3基、更に右側から2基のドラグーンが迫ってきているのが見える。

 

「くっそッ!!」

 

 悪態をつきつつも、しかしヒカルも即座に迎撃行動を取る。

 

 エターナルスパイラルの左手に装備したビームライフルで2基のドラグーンを撃ち抜き、更に右掌のパルマ・エスパーダを起動、横なぎに振るう刃で3機のドラグーンを斬り捨てた。

 

 だが、そこへ更なる奔流が襲い掛かってくる。

 

 たまらずヒカルは、舌打ちしながら上昇を掛け、嵐のような攻撃を回避する。

 

 その間にも追撃しようとするドラグーンは、カノンがエターナルスパイラル腰部のレールガンを展開して牽制しつつ撃破。どうにか距離を置く事に成功する。

 

「くそッ これじゃあ、どうにもなんねえ!!」

 

 舌打ちしつつ、ヒカルは操縦桿を強く握りしめる。

 

 妹が、

 

 ルーチェが今まさに、手の届く所にいると言うのに、取り戻す事ができないもどかしさが、ヒカルの心を容赦なく締め付ける。

 

《落ち着いてヒカル!!》

 

 見かねたレミリアが、ヒカルを制するように声を上げる。

 

《ルーチェを取り戻したい気持ちはわかるけど、今のままじゃどうにもならないよ。まずは、ドラグーンを何とかしないとッ》

 

 レミリア自身、かつての親友であるアルマ(ルーチェ)がヒカルの双子の妹であると判った以上、彼女をヒカルの元へ返したいと言う思いはある。

 

 だが、肝心のルーチェがヒカルを兄とは認識しておらず、それどころか自分(レミリア)の仇と思っている以上は、どうにもならない。

 

 まずは、そこら辺の誤解を解く必要があり、更に、それを行うためには、どうにかエターナルスパイラルをデミウルゴスに接近させる必要があった。

 

 デルタリンゲージシステムを使えば、ドラグーンの動きは全て把握する事ができる。

 

 数の多さは関係ない。空間全てを精査する事が可能なデルタリンゲージシステムなら、造作も無い話である。

 

 だが「認識」ができる事が、すなわち「回避」可能になるとは限らない。

 

 現状できる事があるとすれば、どうにかして聖女の攻撃の粗を見付けるまで、回避に専念する事だけだった。

 

 攻撃態勢に入ろうとするドラグーン。

 

 対してヒカルは、ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開、突撃に備える。

 

 一斉発射されるビーム。

 

 対抗するように、エターナルスパイラルは不揃いの翼を羽ばたかせる。

 

 放たれた攻撃を障壁で防御しながら突撃するヒカル。そのまま強引に距離を詰めると、エターナルスパイラルの背中からティルフィング対艦刀を抜刀、鋭く一閃する。

 

 それだけで、攻撃態勢に入っていたドラグーンが斬り飛ばされた。

 

 だが、聖女に動じる気配は無い。

 

 冷静にドラグーンを操りながら、エターナルスパイラルの進撃路を塞いでいく。

 

 再び、奔流の如き攻撃がエターナルスパイラルに降り注ぐ。

 

 対して、ヒカルはとっさにビームシールドを展開して防御を試みるも、その間にデミウルゴスには距離を取られてしまった。

 

「クソッ!!」

「ヒカル、いったん下がって!!」

 

 カノンはビームライフルとレールガンを放ちながらドラグーンを撃墜する。

 

 しかし、ドラグーンは爆炎を突いて更に湧き出してくる。

 

 更なる後退を余儀なくされるエターナルスパイラル。

 

 そのコックピットで、ヒカルは血が滲むほどに唇をかみしめる。

 

 妹が、

 

 ルーチェがそこにいるのに、

 

 伸ばした手が、どうしても届かない。

 

「ルーチェ、目を覚ませ!!」

 

 堪らず、ヒカルが叫びを上げる。

 

「俺は、お前の兄貴だぞ!!」

《戯言に耳を貸す気はありません》

 

 ヒカルの言葉に、聖女は冷ややかな声で返す。

 

《レミリア・バニッシュの仇であるあなたを、わたくしは決して許さない!!》

 

 言いながら、機体に装備したバインダーの中から更にドラグーンを射出する。

 

 更に数を増して襲い掛かってくるドラグーンを前に、ヒカル達は更に追い込まれていった。

 

 

 

 

「良いぞ良いぞ、そのまま押し込んでしまえ」

 

 悲劇の兄妹対決の様子を、アーガスは身を乗り出すようにはしゃぎながら見入っていた。

 

 今やデミウルゴスは、完全にエターナルスパイラルの動きを上回り、追い詰めている。

 

 モビルスーツの戦闘については素人のアーガスにも、聖女の実力が完全に魔王を上回っているのは確実だった。

 

 魔王を倒す事ができれば、オーブ軍に大打撃を与える事になる。

 

 そうなれば、ユニウス教団の、否、アーガス自身の権勢は定まったような物である。

 

 一教団の教主として、世界を牛耳ると言う野望が、すぐそこまで来ているのだ。

 

 そうしている内にも、デミウルゴスの放ったドラグーンが、エターナルスパイラルを追い詰めていく。

 

「さあ、聖女よ。我らが怨敵を、一挙に覆滅するのです!!」

 

 得意絶頂に叫ぶアーガス。

 

 次の瞬間、

 

 破滅を携えた死神が、彼の喉元に鎌を突きつけた。

 

「敵機動兵器1ッ 急速接近!!」

 

 輸送艦のオペレーターが、悲鳴じみた報告を齎し、アーガスは目の前で行われている戦闘から、現実へと引き戻された。

 

 映し出されたモニターの中では、直掩部隊を排除しながら、真っ直ぐに向かってくる連合軍の機体の姿があった。

 

 しかも、その速度は尋常ではない。

 

 瞬く間に複数の機体が戦闘力を奪われ、ただの浮遊する残骸と化す。

 

 その一方で、襲撃者は僅か一瞬たりとも足を止める事無く輸送艦へと迫ってきていた。

 

「第1近衛中隊、全滅!!」

「敵機、阻止できませんッ 速過ぎます!!」

 

 オペレーターの声が、無情な響きを持って危機感を伝えてくる。

 

 この時、ユニウス教団軍を側面から強襲した機体は、たったの1機である。

 

 だが、

 

 その1機が正に、考え得る限り最悪の中の最悪と言って良かった。

 

 

 

 

 

 翼を紅から蒼へと変化させると同時に、4基のドラグーンを射出。

 

 機体に装備したレールガン、ビームライフルと合わせて24連装フルバーストを叩き付ける。

 

 たちまち、ユニウス教団軍の戦力は手足を吹き飛ばされて戦闘不能になる。

 

 残骸のように漂流する事しかできなくなる、無数の機体。

 

 その間を、クロスファイアは一気に駆け抜けていく。

 

 コックピット内では、キラとエストが、立ちはだかる教団軍を厳しい目で見据えていた。

 

 自分達の大切な娘。

 

 愛しいルーチェを奪った教団。

 

 それに対する憤りは、あるいはヒカルなどよりも2人の方がよほど強いと言える。

 

 だからこそ、2人は駆ける。

 

 これだけは、

 

 この役目だけは、息子にも、他の誰にも譲る訳にはいかない。

 

 教団に鉄槌を下し、自分達家族を苦しめた報いを受けさせる。

 

 その為ならば、あらゆる寛容を排除する決意を持っていた。

 

「突っ込むよ」

「お供します」

 

 阿吽の呼吸を見せるキラとエスト。

 

 再びDモードに変更した機体は、翼を紅に、装甲は黒に染まる。

 

 対して数が減ったユニウス教団軍の機体も、一斉にクロスファイア目がけて砲撃を仕掛けてくる。

 

 撃ち上げられる砲火が、狂ったように放たれる。

 

 しかし、その全てが空しく空を切る。

 

 炎の翼を羽ばたかせるクロスファイアを捉える事が出来た攻撃は、ただの一発も無かった。

 

 現状、間違いなく世界最強クラスの実力を誇る2人にとって、教団の戦力などブリキの人形以下と言って良かった。

 

 瞬く間に護衛の機体を抜き去ると、クロスファイアは一気にユニウス教団の艦へと迫る。

 

 パニックに陥ったのは、輸送艦にいるアーガスである。

 

 最前まで自身の野望に心躍らせていた自分が、まさか一転して命の危機に晒されるとは思っても見なかったのだ。

 

「敵機、来ます!!」

「は、反撃ィ い、いや、に、逃げるのだ!! 早くゥ!!」

 

 混乱した命令が飛び交う。

 

 正にその時だった。

 

 割り込むようにして、輸送艦の通信機から聞き慣れない声が響いてきた。

 

《人の娘を弄ぶのは、いい加減にしろ》

《地獄に落ちてください》

 

 あの世から聞こえてくるような冷ややかな声が、逃れようも無い程に、アーガスの心臓を鷲掴みにした。

 

 次の瞬間、彼等が見ている目の前で、クロスファイアは両手に構えたブリューナク対艦刀を並走連結させる。

 

 切っ先から刀身長20メートルにも及ぶ長大な大剣が出現。巨大な対艦刀を形成する。

 

 それを、クロスファイアは、高々と振り上げた。

 

 顔を引きつらせるアーガス。

 

「バカなッ こんな事がッ こんな事が、あって良いはずがないィ!!」

 

 狂ったように叫ぶ。

 

 教団の力を利用して世界の覇権を手に入れる。

 

 その野望が、もう手の届く所まで来ていたと言うのに。

 

 あと少しだと言うのに、

 

 その野望が、今まさに、持ち主の体ごと、光の剣に斬り裂かれようとしていた。

 

 彼の顔面目がけて、クロスファイアはブリューナクを振り下ろす。

 

「バカなッ これは夢だッ 夢に違いないッ 唯一神よッ 今こそ我らに慈悲と救いをォォォォォォォォォ!!」

 

 アーガスにできる事は、つい先程まで、他でもない自分自身が毛ほども信じていなかった唯一神に縋る事のみだった。

 

 だが、他のどの信徒よりも信心の無い彼に、当然ながら唯一真の慈悲が下る筈も無かった。

 

 次の瞬間、対艦刀は真っ向から振り下ろされ、輸送艦を真っ二つに斬り裂いていく。

 

 アーガス自身もまた、ビーム刃に体を飲み込まれ、絶叫と共に消滅していく。

 

 彼の頭上に降って来たのは、唯一神の慈悲では無く、娘を奪われた親が振り下ろした、怒りの刃だった。

 

 

 

 

 

 事態が急転しようとしている。

 

 その時、ドラグーンの徹底した波状攻撃によってエターナルスパイラルを追い詰めようとしていた聖女だったが、後方で起きた爆発に、一瞬気を奪われていた。

 

「あれはッ!?」

 

 仮面の奥で、驚愕に目を見開く。

 

 艦隊が燃えている。

 

 自分が前線に気を取られている隙に、後方で待機していたアーガス達がいつの間にか襲撃を受けていたのだ。

 

 まさか、と思う。

 

 あそこには教主アーガス直属の、教団軍の中でも精鋭の近衛部隊が護衛についていた筈である。

 

 その護衛部隊を排除して、艦隊に襲撃を掛ける者がいようとは、流石の聖女も予想できなかった。

 

 臍を噛む。

 

 まさか、このような事になるとは。

 

「一刻も早く・・・・・・・・・・・・」

 

 戻らなくては。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 聖女の意識が逸れた事で、動きが荒くなったドラグーンの間隙を突き、不揃いの翼が斬り込んで来た。

 

「今だッ 行くぞカノン、レミリア!!」

「オッケー!!」

《サポートは任せて!!》

 

 ヒカルの力強い言葉に、2人の少女が唱和する。

 

 次の瞬間、デルタリンゲージ・システムが唸りを上げて、進むべき道を指し示す。

 

 千載一遇の好機。

 

 これを逃せば、ルーチェを取り戻すチャンスは、永久にやって来ない。

 

 故にヒカルは、己の持つ全存在を翼に掛けて駆け抜ける。

 

 しかし、聖女の方も打つ手は速い。接近するエターナルスパイラルの姿を見て、迎撃行動に討つR。

 

 速度では敵わないと見るや、聖女は手近な場所に浮遊しているドラグーンを引き寄せ、エターナルスパイラルの進路を塞ぎにかかる。

 

《やらせませんよ!!》

「クソッ!?」

 

 あくまでヒカルを、仇として狙う聖女に、ヒカルは苛立ちを隠せない。

 

 発射体勢に入るドラグーン。

 

 そのまま、砲門がビームを吐き出すかと思われた。

 

 しかし次の瞬間、

 

 エターナルスパイラルの進路を塞いでいたドラグーンが、一斉に横合いからの攻撃を受けて爆発する。

 

 陣形を乱すドラグーン。

 

 更に、飛来したリフターが砲撃を加え、残存するドラグーンも薙ぎ払っていくと、流石に包囲網にもほころびが生じる。

 

 更にダメ押しとばかりに飛び込んできた赤い機体が、手にしたビームサーベルで最後のドラグーンを斬り捨てた。

 

 アステルのギルティジャスティスである。

 

《行け、ヒカル!!》

 

 更に迫ろうとするドラグーンをビームライフルとビームダーツで叩き落としながら、アステルは叫ぶ。

 

《行って、お前の妹を取り戻せ!!》

「アステル!!」

 

 相棒の思いがけない掩護に、ヒカルの口元に笑みが刻まれる。

 

 北米解放軍の掃討を行っていたアステルだが、この土壇場で掩護に間に合ったのである。

 

《アステル・・・・・・》

 

 幼馴染の予期せぬ掩護に、レミリアの口元にも微笑が浮かぶ。

 

 多くの仲間達の援護を受け、

 

 ついにヒカルは、妹に手が届く所まで辿りついた。

 

「ルーチェ!!」

 

 喉も裂けよとばかりに、ヒカルは声を張り上げる。

 

「戻ってこいルーチェ!! みんながお前の事を待ってるんだぞ!!」

《何を馬鹿な事を!!》

 

 叩き付けるように返しながら、聖女はエターナルスパイラルに対し真っ向からビームキャノンを発射する。

 

 対して、

 

 デルタリンゲージ・システムのアシストにより、その動きを読んでいたヒカルは、機体を横滑りさせ、飛来する閃光を回避する。

 

 しかし、構わずに更なる砲撃を続ける聖女。

 

 乱射に近い砲撃を、ヒカルはどうにか紙一重で回避しながら、説得を続ける。

 

「思い出せよッ 父さんの事!! 母さんの事!! リィス姉の事!! そして、俺の事を!!」

《黙れ、魔王!!》

 

 ヒカルの言葉に過剰反応するように、聖女は生き残っているドラグーンをさらに引き寄せて攻撃態勢を整える。

 

 ドラグーンから放たれたビーム。

 

 対してヒカルは、とっさに抜き放ったビームサーベルで防ぎ、逆に、攻撃したドラグーンを、片手に装備したビームライフルで撃ち抜く。

 

 だが、その間にも聖女は攻撃の手を緩めない。

 

《教主様の仇ッ 今まで散って行った多くの信者の仇ッ そして!!》

 

 叫びながら聖女は、デミウルゴスの右手にビームサーベルを抜いて構える。

 

 巨大な機影が、エターナルスパイラルに覆いかぶさるようにして斬り掛かってくる。

 

《我が親友、レミリア・バニッシュの仇ッ 取らせてもらいます!!》

 

 その刃が、真正面からエターナルスパイラルへと迫った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《駄目だよ、アルマ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲痛な声が、虚空を駆け巡り、聖女の耳を震わせた。

 

《ッ!?》

 

 思わず息をのみ、動きを止める聖女。

 

 聞き間違いか?

 

 そうも思った。

 

 しかし、親友の声を聞き間違えるはずがない。

 

《・・・・・・・・・・・・そんな・・・・・・レミリア?》

 

 愕然とした声が、スピーカーから漏れ聞こえる。

 

 死んだと思ったはずの親友。

 

 それが生きていたのだから、当然だろう。

 

 仮面の奥の聖女の瞳。

 

 そこから、一筋の滴が零れる。

 

 いかに復讐心に猛っていようとも、彼女の心までが染め上げられたわけではないのかもしれない。

 

《アルマ・・・・・・いや、ルーチェ!! これ以上、君はこの人と戦っちゃいけないッ この人は、君の本当のお兄さんなんだよ!!》

 

 必死に訴えるレミリア。

 

 その声が届いたのか、

 

 デミウルゴスは、掲げていたビームサーベルを降ろして動きを止めた。

 

 その様子を、見ていた3人はホッと胸をなでおろす。

 

 どうやら、自分達の声が届いたらしい。

 

 これで戦いも終わる。

 

 そう思った次の瞬間、

 

《おのれ、魔王・・・・・・・・・・・・》

 

 這いずるような声に、思わず怖気を振るう。

 

《どこまで愚弄すれば気が済むのですか。よりにもよって、わたくしの最も大切な存在を穢してまで、こちらの動揺を誘おうなどと。そこまでして勝ちを得ようと言うのですか!? 浅ましいにも程がある!!》

 

 罵り声と共に、デミウルゴスは再び動き出す。

 

 胸部と腹部のビームキャノンを一斉発射。エターナルスパイラルを牽制すると同時に、生き残っていたドラグーンを引き戻しにかかる。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちするヒカル。そのまま操縦桿を操り、射線上からの退避を図る。

 

 このままではまずい。

 

 これではまた、押し返されてしまう。

 

 妹が、

 

 ルーチェが、遠くへ行ってしまう。

 

 キッと眦を上げるヒカル。

 

 もはや是非も無し。

 

 説得に失敗した以上、残る手段は実力行使以外に無かった。

 

「やるぞ2人とも、これが最後だ!!」

「判った、ヒカル」

《ヒカル、君の思うとおりにするんだ。ボク達は君を掩護する!!》

 

 少女2人に背中を押され、ヒカルは不揃いの翼を大きく羽ばたかせる。

 

 飛翔するエターナルスパイラル。

 

 聖女は引き戻したドラグーンと、デミウルゴス本体の火力を駆使して、エターナルスパイラルの接近を阻もうとする。

 

 だが、

 

 ヒカルは光学幻像を駆使して全ての攻撃を回避。同時にデルタリンゲージシステムのアシストを得て、最適な接近コースを割り出すと、エターナルスパイラルの背中からティルフィングを抜き放って構えた。

 

「終わりだルーチェ!! 取り戻すぞ、お前を!!」

 

 叫ぶと同時にティルフィングを大きく振りかぶる兄。

 

 対抗するように、妹はアイアスを掲げる。

 

 振り下ろされる大剣。

 

 一閃。

 

 その一撃は、強固な盾によって防がれ火花を散らす。

 

 だが、

 

「まだ、だァ!!」

 

 構わず、ヒカルは更に出力を上げて押切りに掛かる。

 

 機体のパワーだけでは足りない。

 

 そう悟ったヒカルは、デミウルゴスとの間合いが零距離である事も構わず、ヴォワチュール・リュミエールを解き放つ。

 

 更に出力が上がるエターナルスパイラル。

 

 取り戻す!!

 

 絶対に!!

 

 お前を!!

 

 ヒカルの強い思いが、剣へと宿る。

 

 それは10年前、妹を守れなかった事への贖罪。

 

 故に、この一瞬に全てを掛けて、

 

 ヒカルは剣を振り抜く。

 

 盾の表面に亀裂が走る。

 

「クッ!?」

 

 聖女が仮面の奥で表情を歪ませる。

 

 しかし、一度始まった崩壊は、もはや止めようがない。

 

 亀裂は一気に広がり、そして致命的なレベルで盾を侵食すると、一気に砕け散った。

 

「そんなッ!?」

 

 聖女はとっさに後退しつつ、残った3枚のアイアスを展開。防御を固めようとする。

 

 しかし、今度はヒカルの方が早かった。

 

 素早くティルフィングの刃を返し、斬り上げる。

 

 鋭い斬撃は、展開しようとしていたアイアスのアーム部分を両断して斬り飛ばす。

 

 更に、左掌のパルマ・フィオキーナを起動。そのまま3枚目のアイアスに叩き付ける。

 

 強烈に沸き起こる爆炎。

 

 次の瞬間、パルマ・フィオキーナの直撃を受けたアイアスの下半分が砕け散った。

 

 完全にバランスを崩すデミウルゴス。

 

 そこへ、再びティルフィングを振り翳したエターナルスパイラルが迫る。

 

「ルーチェ!!」

 

 瞳にSEEDを宿し、ヒカルが叫ぶ。

 

 10年間の想いを剣に込め、

 

 一気に振り抜く。

 

 刃は、とっさに回避しようとするデミウルゴスの右肩に極まり、そのまま一気に斬り下ろされる。

 

 次の瞬間、

 

 デミウルゴスのコックピットに爆炎が踊る。

 

 衝撃で下面が吹き飛ばされる中、

 

 聖女(ルーチェ)の意識は、一瞬にして光に満たされ、次いで闇の中へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月での戦いが連合軍の勝利で決着しようとしている頃、

 

 辛うじて戦線離脱に成功した北米解放軍は、自分達の根拠地である宇宙要塞アルテミスへと帰り付いていた。

 

 とは言え、それはもはや「軍」と呼べるような代物ではなくなっている。

 

 出撃した際には堂々と隊列を組んでいた艦隊も、減退して尚、世界有数の戦闘力を誇る軍隊も、その姿は完全に消滅していた。

 

 生き残り、要塞に帰還したのは、辛うじて数隻の護衛艦と、その乗組員。パイロットに至っては10数人に過ぎず、更に、その殆どが記事を負っておる有様だった。

 

 乾坤一擲の気概を持って挑んだ月での決戦において、北米解放軍は文字通り「全滅」したのだ。

 

「損耗率9割以上か。流石に、ここまでの物となるとはな・・・・・・・・・・・・」

 

 報告を聞き終えたブリストー・シェムハザは、そう言ってガックリと肩を落とした。

 

 その姿には、世界有数の軍事組織の指導者が持つ貫禄は無い。まるでここ数日で、一気に10年分くらい歳を重ねたような印象さえあった。

 

「報告は以上です。閣下」

 

 硬い表情でミシェルが言う。

 

 父との戦いを経てかつての記憶を取り戻した彼だが、それでも北米解放軍の一員として戦っていたと言う事実は消えない。

 

 故にミシェルは、自分が果たすべく最後の責任として、生き残った兵士達を取りまとめてアルテミスまで撤退してきたのだ。

 

 報告の中でも、特にシェムハザを落胆させたのは、オーギュスト・ヴィラン、ジーナ・エフライムと言う腹心2人の戦死だろう。

 

 オーギュストとジーナは、これまでシェムハザが最も信頼を寄せ、前線の指揮を任せて来た者達である。言わば前線における象徴のような存在が彼等だった。

 

 それが失われた。幾多の兵士達の命と共に。

 

「閣下、もう、これ以上は・・・・・・・・・・・・」

 

 諭すような口調で、ミシェルは年長者であるシェムハザに言った。

 

 既に軍としての北米解放軍は、完全に消滅している。まだアルテミスに籠城して戦うと言う手段も残ってはいるが、それでもできる事は、滅亡までに至る時間をほんの僅か引き延ばすと言う、自己満足を満たすだけの事に過ぎない。

 

 否、それ以前に、ここまで完膚なきまでに壊滅した北米解放軍如き、連合軍にしろプラント軍にしろ、顧みる必要性すら感じないだろう。

 

 両勢力から無視される事は、目に見えていた。

 

 つまり、どう考えても、これ以上の交戦は無謀である以前に無意味だった。

 

「・・・・・・・・・・・・そうだな」

 

 ミシェルの言葉に、シェムハザは力無く頷きを返す。

 

 もはやこれ以上の交戦が不可能な事は、誰よりもシェムハザ自身が判っている事だった。

 

 ならば、取るべき道も既に定まっている。

 

「・・・・・・・・・・・・ミシェル。すまないが、お前は残る将兵を全て取りまとめ、降伏に必要な作業を行ってくれ」

 

 シェムハザは、固い口調で告げる。

 

 それは事実上、北米解放軍が終焉を告げた瞬間でもあった。

 

 対して、ミシェルもまた、恐懼してシェムハザの言葉に答える。

 

「それは構いませんが、閣下は、どうされるので?」

 

 まるで、責任の全てを投げ打つかのような発言に、ミシェルはある種の予感を抱いて尋ねる。

 

 シェムハザがこの後、取るべき行動を、ミシェルはほぼ完全に予想できていた。

 

 それに対して、シェムハザは自嘲気味にフッと笑みを浮かべる。

 

「敗れたとは言え、私は北米解放軍の指導者だ。その誇りまで捨てる気は無い」

 

 言ってから、シェムハザはミシェルに対して真っ直ぐに向き直る。

 

「これは北米解放軍の指導者として、最初で最後の個人的な我儘だ。どうか、許してもらいたい」

 

 そう言うとシェムハザは、二回り以上も年下のミシェルに対して深々と頭を下げた。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 対して、ミシェルもまた静かな声で頷きを返す。

 

 敗れた以上、この人はきっと死を選ぶだろう。

 

 その事は、ミシェルにも判っている。

 

 生きて虜囚の辱めを受け、衆目に晒されると言う屈辱を、シェムハザが受け入れるはずが無かった。

 

「後の事は、すべてお任せください。万事、抜かりないように取り計らいます」

「頼む・・・・・・ああ、そうだ。最後に一つだけ」

 

 出て行こうとするミシェルを、シェムハザは思い出したように呼び止める。

 

「降伏するのは構わんが、降るならオーブにしろ。決してプラントには降るな。これは、わたしからの最後の命令と受け取ってくれ」

 

 プラントとの間には、長年の遺恨がある。降伏して投降したとしても、最悪の場合、全員処刑されてしまう可能性がある。

 

「遺恨と言う点から行けばオーブ軍との間にもあるが、彼等はまだ、捕虜に対して温情を掛ける余地があるだろう。同じ降伏するにしても、助かる可能性が高い道を選ぶのだ。良いな」

「判りました」

 

 シェムハザの言葉に、ミシェルは納得して頷きを返す。

 

 確かに彼の言う通り、元オーブ軍人のミシェルにとっても、プラントよりもオーブの方が話を通しやすい。加えてオーブ軍の指揮を取っているのはミシェルの父だ。父ならば、降伏した相手を無碍にはしないと言う確信があった。

 

 

 

 

 

 モニターの中で、要塞から離れていく艦隊の姿が見える。

 

 その様子を、シェムハザは静かな眼差しで見詰めていた。

 

 降伏する為に出航した、僅か数隻の艦艇。

 

 それが、一時期は世界に対して戦いを挑んだ、北米解放軍の最後の戦力だった。

 

 今後、彼等の行く手にどのような運命が待ち構えているのか、それはシェムハザには判らない。

 

 だがせめて、今日生き残った幾人かが、いずれは北米に戻り、そして祖国を復興してくれることを願うばかりであった。

 

「北米の解放と大西洋連邦の復興。それが、こんなにも遠い夢だったとはな・・・・・・・・・・・・」

 

 シェムハザの脳裏には、自身の半生とも言うべき戦いの数々が浮かび上がってくる。

 

 今一歩の所で勝利を逃した北米紛争。

 

 味方の裏切りに合って覆された東欧戦線。

 

 行く当ても無く世界を彷徨って放浪。

 

 そして流れ着いた、この地球圏の果てで、自分の人生は終わろうとしている。

 

 北米は遥か遠く、ここからでは見る事すら叶わない。

 

 モニターには、深淵に浮かぶ蒼い星が、小さく浮かんでいるだけだった。

 

 その姿を網膜の内側に焼き付け、

 

 シェムハザは用意しておいたコマンドを、コンソールに打ち込んで、赤いボタンを押しこんだ。

 

《自爆シークエンスが起動されました。このコマンドは、止める事ができません。要塞内部にいるスタッフは、ただちに退去してください。繰り返します・・・・・・》

 

 無機質なアナウンスが流れてくる。

 

 元より、この要塞に残っているのはシェムハザただ一人。残りは全員、ミシェルに預けて脱出している。

 

 そして、シェムハザはここから脱出する気は毛頭なかった。

 

 だが、

 

「これで良い・・・・・・・・・・・・」

 

 ゆっくりとシートに座り直し、静かな気持ちで最後の時を迎える。

 

 理想を遂げられなかったのは残念だったが、それでも何か満足感のような物を抱いて死ねるのは幸せだと思った。

 

 その時だった。

 

 突然、メインモニターにノイズが走り、映像が切り替わる。

 

《あ~ テステス、マイクのテストちゅ~・・・・・・もしも~し? 聞こえてる~?》

 

 突然の事にシェムハザが驚いて顔を上げる中、

 

 モニターの中に、ピエロのような格好をした男が現れた。

 

「お前は!?」

 

 相手は国際テロネットワークの元締めだった。確か、名前はPⅡとか言う。シェムハザ自身、何度か顔を合わせた事もある。

 

 予想しなかった人物からの通信に、シェムハザは怪訝な面持ちになりながらも応じる。

 

「・・・・・・今さら、何か用か?」

《いやね、お別れの挨拶くらいはしておいた方が良いかと思ってね?》

 

 険しい表情のシェムハザに対し、PⅡはあくまでへらへらとした調子で答える。

 

 その言葉に、シェムハザは更に顔をしかめた。

 

 敗軍の将を嘲笑うが如きPⅡの振る舞いには、嫌悪感しか感じなかった。

 

「いらん。邪魔をするな、去れ」

 

 最後の時まで威厳を失わないシェムハザ。

 

 それに対し、

 

 PⅡはニヤリと笑って言った。

 

《つれないな~ まあ、良いけど。君のそう言うところ、僕は嫌いじゃないし》

 

 通信を切ろうと、手を伸ばすシェムハザ。これ以上、道化者の戯言に付き合う気は無かった。

 

 しかし、それを制するようにPⅡは言葉を続けた。

 

《ああ、そうだ。冥土への手向けに、良い事を教えてあげるよ》

 

 その言葉に、シェムハザは手を止めてモニターに見やる。

 

「良い事、だと?」

《そうそう》

 

 笑みを浮かべながら、PⅡは顔をモニターに近付ける。

 

 モニターの中で派手なピエロ顔が大写しになる中、PⅡは楽しそうに語り出した。

 

《北米の解放、大西洋連邦の復興。まあ、理想としては大したものだよね。ましてか、本来なら、その夢が実現していたんだと思えば尚更だよ》

「・・・・・・・・・・・・どういう事だ?」

 

 意味が分からず、尋ねるシェムハザに、PⅡは更に笑みを向ける。

 

《ん? 言葉通りの意味だよ。本当なら、君の、と言うか君達の理想はもっと早く実現して、北米は取り戻せていたって事》

「バカなッ」

 

 あまりの言いように、声を荒げるシェムハザ。

 

 実現できなかったからこそ、北米解放軍は滅び、今自分はこの要塞で最後の時を迎えようとしているのではないか。

 

 PⅡの発言は、シェムハザの決断や、オーギュスト、ジーナをはじめとして、死んでいった全ての勇士達に泥を塗る行為に他ならない。

 

「いい加減な事を言うなッ」

《いい加減じゃないよ。だいたい、不思議に思わなかった? 君達は北米ではあと一歩のところで祖国を取り戻せる所まで行った。にもかかわらず、オーブ軍に邪魔される形で潰えた。東欧でもそうさ。もう少しでプラント軍を倒して北米に帰れるはずだったのに、いきなり東アジア共和国が脱落するは、ユーラシア連邦に裏切られるわ、散々だったじゃない》

 

 でもね、とPⅡは続ける。

 

《それはみ~んなみんな、僕が裏から糸を引いて、「そうなるように」仕向けていたんだよ》

「な、何だと!?」

《ある程度、君達が勝ち進んだところで、相手陣営に介入して、君達が不利になるように働きかける。まあ、僕の配下の奴らはそれこそ世界中、どの陣営にもいるし、それほど難しい話じゃなかったね》

 

 馬鹿な・・・・・・・・・・・・

 

 シェムハザは、己を支える床が根底から崩れていくような錯覚に襲われた。

 

 自分達が目指してきた理想が、

 

 捧げられた多くの犠牲が、

 

 己の人生が、

 

 全て一瞬にして茶番劇に置き換えられたのだ。

 

《あははは、良いね、その絶望に満ちた表情。最高だよ。ねえ、今、どんな気持ち? 誇り高い指導者から、道化に落とされてどんな気持ち?》

「貴様ァッ!!」

 

 モニターの中のPⅡに掴みかかるように身を乗り出すシェムハザ。

 

 しかし、当然の如く叶わず、指先は空を切る。

 

《そんじゃ、バイバーイ。「あの世」とやらがあるんだったら、せいぜい、お仲間達と仲良くやってね》

 

 そう言うと、通信は一方的に切断される。

 

 後には、ただ1人、シェムハザのみが残される。

 

「おのれッ おのれおのれ!!」

 

 このままでは済まさないッ

 

 シェムハザは大急ぎでコンソールに飛びつくと、自爆シークエンスを止めるべくコマンドを打ち込む。

 

 しかし、何をしようとも、もはや無駄だった。

 

 自爆シークエンスを止める事は出来ず、カウントは確実に減少して行く。

 

「ああ・・・・・・ああああああ・・・・・・・あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 髪を引きちぎり、顔面の皮膚をかきむしるシェムハザ。

 

 身を裂くほどの怒りと、深淵よりもなお深い絶望に苛まれながら、意識は彼の肉体から乖離して行く。

 

 そして、カウントはあっけなく0を刻む。

 

 次の瞬間、爆炎が全てを飲みこんで行った。

 

 

 

 

 

PHASE-13「取り戻す!! お前を!!」      終わり

 



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PHASE-14「急転落下」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次月面会戦の顛末について、コペルニクスに潜入していた情報部員から、アンブレアス・グルックの許へと報告が上げられたのは、月での戦いが集結して一日が過ぎた頃であった。

 

 オーブ、月、自由ザフト連合軍と北米解放軍、そしてユニウス教団軍との三つ巴の激戦となった第二次月面会戦。

 

 その勝者となったのは、大方の予想通り連合軍であった。

 

 元より、こうなる事は分かっていた。正に、グルックのもくろみ通りと言ったところである。

 

 長年の仇敵であった北米解放軍は壊滅。組織的抵抗力を完全に喪失し、更には指導者であるブリストー・シェムハザも要塞と共に自爆して果てたと言う。

 

 プラントとしては、願ったりな状況であると言えよう。

 

 一方で、ユニウス教団軍も壊滅的な損害を受け、聖女と教主アーガスは共にMIAという報告を受けている。

 

 彼らを失ったのは、多少痛かったかもしれない。

 

 退勢になりつつあるプラント軍にとって、ユニウス教団軍の戦力は貴重な物であった。まして、状況的にはは、いつ連合軍が攻め込んできてもおかしくは無い。本来なら彼等も、要塞内に配置して備えておきたいところであった。

 

 だが、教団は役割を充分に果たしてくれたと言える。

 

 ユニウス教団が時間を稼いでくれたおかげで、プラント軍は当初のもくろみ通り、地上の戦力を引き上げる事が出来たのだ。既に全軍の集結を完了し、再編が完了した全部隊をヤキン・トゥレースに配備する事が出来たのだ。

 

 これで、連合軍がいつ攻めてきても、万全の態勢で迎え撃つ事が出来る。

 

 それに、

 

「手間が省けたと思えば何ほどの事も無い」

 

 そう呟いて、グルックは笑みを浮かべた。

 

 元々、グルックは心の底から教団を信用していた訳ではない。

 

 何しろユニウス教団は地球圏最大の宗教組織であり、信者の数も膨大であるしかも、独自の軍隊まで保有しているのだ。今は同盟関係にあるから良いが、もし何かのきっかけで彼らとの間に戦端が開かれたとしたら厄介どころの騒ぎではなかった事だろう。

 

 どもみちグルックは、オーブを打倒した後はユニウス教団の排除まで視野に入れていた。彼が作る統一された世界において、ユニウス教団は邪魔な存在でしかなかった。

 

 それをオーブ軍が、わざわざ犠牲と消耗を払って打倒してくれたと思えば、むしろ収支は黒字であると考えるべきだった。

 

 そして何より、これで必要とされる舞台は全て整った事になる。

 

 人々は、プラントが退勢になり、今にも負けると思っている物が多いだろう。

 

 今に連合軍が攻め込んできて、プラントを降伏に追い込むと。

 

 フッと、グルックは口元に笑みを浮かべる。

 

 とんでもない話だ。

 

 確かに、調子に乗った連合軍の連中が、狂乱して攻め込んでこようとしているのは事実だ。

 

 だが、程なく彼等は、自分達がいかに浅ましくも愚かな行為をしでかしているか、魂の底から思い知る事になるだろう。

 

 その為の準備を、グルックはすでに整えていた。

 

「議長、失礼します。準備が整いました」

 

 扉が開き、入ってきた秘書官が告げたのは、その時だった。

 

「分かった、すぐ行く」

 

 重々しく頷き、グルックは立ち上がる。

 

 いよいよだ。

 

 いよいよ、私達の、

 

 否

 

 私の世界を作る為の戦いが始まる。

 

「行くんだね」

 

 不意に声を掛けられたのは、その時だった。

 

 振り返れば、よく見慣れたピエロ顔の男が、口元に笑みを浮かべてグルックを見詰めていた。

 

 それに対して、グルックもまた笑みを返す。

 

「お前にも、随分と世話になったな」

「良いよ良いよ、君と僕の仲でしょうが」

 

 実際、PⅡはグルックの政権強化の為に多大な尽力を惜しまなかったのは事実である。

 

 PⅡがいなければ、グルックの権力がこれ程強大になる事は無かっただろう。

 

「そんじゃ、行ってきなよ。君の世界を手に入れるためにさ」

「ああ、判っている。その時は、相応の礼をお前にもする事を約束しよう」

「まあ、楽しみに待ってるよ」

 

 そう言うと、背を向けるグルックに、PⅡはヒラヒラと手を振って見送る。

 

「さて、と・・・・・・」

 

 グルックを見送ったPⅡは、口元に微笑を浮かべた。

 

「それじゃあ、僕もお仕事をいたしましょうか。面倒くさいけど」

 

 

 

 

 

 

 円筒形のガラスケースに収められた少女が、様々な機器やケーブルに繋がれ、口元には酸素吸入器を取りつけられた状態で横たわっている。

 

 その目は静かに閉じられ、体の各所に巻かれたガーゼや包帯が、痛々しい様相を見せていた。

 

 見守る一同の視線を受け眠る少女。

 

 それは、先日までユニウス教団において、聖女の地位にあった少女である。

 

 だが、今や偽りの仮面ははがされ、白日のもとに真実が明かされていた。

 

 眠り姫の如く目を閉じている少女の名は、ルーチェ・ヒビキ。

 

 10年前のテロ事件で死亡したと思われていた、キラとエストの娘であり、そしてヒカルの双子の妹である。

 

「・・・・・・・・・・・・確かに、面影があります」

 

 ガラス越しに娘の様子を見ていたエストが、ポツリとつぶやいた。

 

 小さな手が、慈しむように少女の顔に重ねられる。

 

 叶うなら、今すぐに抱き締めてあげたい。それが、母親としての偽らざる本音である。

 

 しかし、それはできなかった。

 

 ルーチェは今、軍医から絶対安静を言い渡され、生命維持装置に繋がれることで辛うじて命を長らえている状態だった。

 

 先の戦いでヒカルから受けた傷と言うのも無論あるが、どうやら教団に連れ去られてからの数年間、ルーチェは過度の肉体改造を受けていたらしい。

 

 幸い、限界を超える程の物ではなかったようだが、それでも肉体への負荷は相当な物であった。

 

 どうやら教団は、何か特殊な方法でルーチェの体調管理を行っていた様子だが、その内容が如何なる物か判らない以上、生命維持装置から出す事はできなかった。

 

 よって今のルーチェは、こうして麻酔を受けて眠り続ける事しかできないでいた。

 

「何だって良いさ・・・・・・・・・・・・」

「ヒカル?」

 

 息子の小さな呟きに、キラは振り返る。

 

 今にも消え入りそうなほどの低い声で囁きながらも、ヒカルの視線は、ようやく取り戻した半身へと注がれている。

 

「ルーチェは・・・・・・ルゥは俺達の元に帰ってきてくれたんだ。これから、いくらでも時間は取り戻せるだろ」

「・・・・・・・・・・・そうだね」

 

 キラもまた、ヒカルの言葉に笑みを返す。

 

 キラ、エスト、ヒカル、ルーチェ、そして、今この場にいないリィスを含めて、バラバラだった家族がようやく揃ったのだ。

 

 失った物は確かに大きいかもしれないが、それは必ず取り戻せるはずだった。

 

 その時、

 

「あ、ここにいた。おじさんとおばさんも!!」

《良かった、一緒にいてくれて》

 

 息を切らしたカノンと、宙に浮いた感じのレミリアが室内へと駆けこんで来た。

 

 そのカノンの腕の中には、青色で少し大型のハロが抱かれている。

 

 生前のラクスによって「ネイビーちゃん」と名付けられていたこのハロは、今はレミリアの移動用端末として機能していた。

 

 ラクスは娘が生活しやすいように、自分の大切なロボットペットを譲ってあげたのである。

 

 それはさておき、慌てた感じの2人の様子に、ヒカルは首をかしげる。

 

「どうした、2人とも、そんなに慌てて?」

「トイレなら、方向が逆ですが?」

 

 取りあえず、頓珍漢な事を口走るエストは無視して、ヒカルは2人に向き直った。

 

 流石に2人の様子を見ればただ事ではない事が判る。

 

「何だか、近くで救難信号をキャッチしたらしいの」

《しかも、戦闘によるものと思われる閃光も観測されたそうです》

 

 救難信号、とは穏やかではない。しかも、それが戦闘によるものだとすれば尚更である。

 

 既に月近海の掃討は終わっており、敵対する勢力で組織的な抵抗力を残している者はいない筈。いたとしてもほんの少数規模であり、連合軍に正面からぶつかって来れるような物ではない筈だった。

 

 だが、

 

 ヒカルは、自分の中で何か引っかかる物があるような気がしてならなかった。

 

 元より、相手が救難信号を発しているなら助ける事は、人類がまだ宇宙に進出せず、地球上での生活をしていた頃から伝わる、絶対不変のルールである。

 

「行こう、父さん、母さん。たぶん、俺達にも関係ある事だと思う」

「そうだね」

 

 キラは頷くと、エストの肩を叩いて部屋を出て行く。

 

 最後に一度だけ、

 

 ヒカルは足を止めて振り返り、

 

 眠り続ける妹に微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃はしたものの、既に軍としての体裁を完全に失っている自分達には、碌な抵抗すらできなかった。

 

 アルテミスを進発し、オーブ軍に対して降伏を行うべく月へと向かっていた北米解放軍。

 

 その解放軍残存部隊を、予期せぬ強大な敵が襲っていた。

 

 4本の腕を持つ、巨大な機体と、多数のドラグーンを操る深紅の機体。

 

 保安局特別作戦部隊のゴルゴダとブラッディレジェンドだ。

 

「まさか、月を目の前にしてこんな奴等に出くわすとはな!!」

 

 言いながらミシェルはビームライフルを放ち、どうにかブラッディレジェンドを牽制しようとする。

 

 月はすぐ目の前。もう少しで連合軍と合流できると言うところで、北米解放軍は、プラント軍が送り込んで来た刺客と出くわしてしまったのだ。

 

《キャハハハ なっさけなーい!!》

《これが、かつての北米解放軍のなれの果てとはな。哀れにも程があるよ》

 

 リーブス兄妹は実に楽しそうに笑いながらゴルゴダの砲門を開き、次々と解放軍の部隊に砲撃を浴びせていく。

 

 勿論、北米解放軍も反撃を行う。

 

 艦艇は四つ腕の巨人に砲撃を浴びせ、出撃した機動兵器も砲火を集中させる。

 

 兵士の中には、重傷を押して機体を操っている者までいる。

 

 だが、彼等の献身は、次の瞬間には全て無意味な物と化した。

 

 放たれた砲撃は全て、ゴルゴダの持つ陽電子リフレクターに防ぎ止められ霧散してしまった。

 

 逆に、巨体の各所から放たれた砲撃は、ただでさえ少ない解放軍の機体を更に吹き飛ばし、艦艇を炎の中へと沈めていく。

 

 更に、配下にある保安局の機体が、弱った解放軍機に次々と襲い掛かって行くのが見える。

 

 弱卒で有名な保安局だが、相手が手負いとあっては与し易いと判断したのだろう。まるで死体に群がるハイエナのように、次々と先を争って解放軍機へと喰らい付いて行った。

 

「くそッ これ以上は!!」

 

 舌打ちしながら、ソードブレイカーを駆って救援に赴こうとするミシェル。

 

 今の解放軍の中で、まともな戦闘力を残しているのはミシェルくらいの物である。

 

 しかし、そんなミシェルの前に、ブラッディレジェンドが立ちはだかった。

 

《悪いけどな隊長。ここは行かせないぜ!!》

「クッ レオス、お前がなぜ!?」

 

 かつての仲間が、プラント軍に所属して自分達を攻撃して来ている。

 

 その状況はミシェルの中に否応ない混乱を呼び起こしていた。

 

「なぜ、お前がプラント軍にいる!?」

《それは、アンタが知らなくても良い事だよ!!》

 

 言い放つと同時に、全てのドラグーンを射出するレオス。

 

 それに対抗するように、ミシェルもまたドラグーンを撃ち放った。

 

 しかし、ドラグーンの数は圧倒的にレオスの方が多い。加えてミシェルのドラグーンは1基に付き砲1門であるのに対して、レオスのそれは20基中6基が、12門の砲を備えた大型の物である。

 

 端から火力が違い過ぎた。

 

 それでもどうにかミシェルは、必死にドラグーンを操って反撃し、レオスのドラグーン4基を撃破する事に成功した。

 

「貰った!!」

 

 僅かにドラグーンの制御が乱れた隙を突き、一気に斬り掛かって行くミシェル。

 

 だが、

 

「甘いぜ」

 

 低い声と共に、冷静にドラグーンの制御を取り戻すレオス。

 

 次の瞬間、ソードブレイカー目がけて複数の火線が集中された。

 

 舌打ちしながら、とっさに回避行動を取ろうとするミシェル。

 

 しかし、かわしきれずソードブレイカーの右腕が吹き飛ばされる。

 

 そこへ更に、ブラッディレジェンドが放ったビームライフルが、今度はソードブレイカーの左足を直撃してそぎ落とす。

 

 どうにか、生き残っていたドラグーンを呼び戻して反撃しようとするミシェル。

 

 しかし、やはり火力の差がじわじわと出始めていた。ミシェルが1発撃つ間にレオスは10発撃ち返してくる有様である。いかにミシェルがドラグーンの扱いに長けていると言っても、火力の差を補い得るものではなかった。

 

 ブラッディレジェンドのドラグーンを10基以上撃墜する事には成功したものの、やがてミシェルのドラグーンは沈黙し、ソードブレイカーも推進器を損傷して身動きが取れなくなってしまった。

 

「クソッ!!」

 

 それでも、どうにか反撃を試みようとするミシェル。

 

 しかし、完全に大破した機体では、それすらもままならなかった。

 

《終わりだよ》

 

 冷徹に言い放つレオス。

 

 ブラッディレジェンドのビームライフルが、ソードブレイカーのコックピットに押し付けられた。

 

 次の瞬間、

 

 放たれた無数のビームが、浮遊状態にあったブラッディレジェンドのドラグーンを、一気に吹き飛ばした。

 

《クソッ もう来やがったか!?》

 

 急変する状況に、舌打ちしつつソードブレイカーから距離を置くレオス。

 

 しかし、その前に不揃いの翼は斬り込んで来た。

 

「レオス!!」

 

 ドラグーンの牽制射撃を行いながら、一気に距離を詰めるヒカル。

 

 救難信号を受け取ったヒカル達は、直ちにアークエンジェルで出航し、間一髪のところで全滅寸前の北米解放軍を救出する事に成功したのである。

 

 迫るエターナルスパイラル。

 

 間合いに入ると同時に抜き放ったビームサーベルの一閃が、ブラッディレジェンドのビームライフルを斬り飛ばした。

 

《チッ 相変わらずいいタイミングでお出ましだな、ヒカル!!》

 

 とっさに残ったドラグーンで反撃を試みるレオス。

 

 しかし、ヒカルは光学幻像による攪乱を行い、全ての攻撃を回避すると、再び距離を詰めてくる。

 

 間合いに入った瞬間、振るわれる刃の一閃。

 

 対してレオスは、エターナルスパイラルの攻撃をとっさにビームシールドを展開して防御する。

 

 目を転じれば、ゴルゴダの方にはクロスファイアが襲い掛かっていた。

 

 遠距離と近距離を切り換えながら戦うクロスファイアには、さしものリーブス兄妹も苦戦を免れないらしい。

 

 更に、他の機体には、アステルのギルティジャスティスが襲い掛かっているのが見える。

 

 潮時だな。

 

 レオスは口に出さずに呟く。

 

 どのみち、レオス以外の解放軍部隊は、ほぼ壊滅させている。ここでの目的は充分に達せられたと言えるだろう。

 

《撤退するぞ!!》

 

 信号弾を撃ち上げつつ、自身も撤退を開始するレオス。

 

「待て、レオス!!」

《焦るなよ、ヒカル。お前とのお遊びは、また今度やってやる》

 

 言いながら、追撃の砲火を回避してブラッディレジェンドを後退させるレオス。

 

 それに合わせるように、クロスファイアとの交戦で損傷を負ったゴルゴダも、分離しつつ撤退していくのが見えた。

 

 後にはエターナルスパイラルとクロスファイア。それに、かつては北米解放軍に所属していた残骸の群れが残るのみだった。

 

「ひどい・・・・・・・・・・・・」

 

 後席のカノンが、周囲の惨状を見て呟きを漏らす。

 

 殆どの機体や艦船は徹底的に破壊されている。これでは、生存者を探す事は難しいだろう。

 

 ヒカルは僅かな望みを賭けると、最後にレオスが対峙していた解放軍の隊長機と思しき機体に近付いた。

 

 そっと手を伸ばし機体を接触させると、回線を開く。

 

「こちらはオーブ軍所属機。私は、第13機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィント所属、ヒカル・ヒビキ二尉です。生存者の方、いらしたら応答してください」

 

 できるだけ、穏やかに声を掛けるヒカル。

 

 すると、

 

《よう、ヒカル。また会えたな》

「・・・・・・え?」

 

 スピーカーから聞こえてきた声に、ヒカルは記憶の奥底を浚われ思わず声を発する。

 

 やがて、荒い画像ながら映像がつながると、同時にヒカルの中で繋がりを見た。

 

「ミシェル兄?」

《悪いが、世話になるぜ》

 

 そう言って、やや自嘲気味に笑うミシェル。

 

 正にこの瞬間、北米解放軍の戦争は名実ともに終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、北米解放軍の生き残りで、収容できた人間は会戦に参加した1割にも満たなかった。

 

 他は全て、連合軍との戦闘で戦死するか、先のプラント軍の襲撃によって失われてしまったのである。

 

 オーブ軍にとっても、長い間戦い続けてきた相手とはいえ、流石にここまでの消耗を見れば北米解放軍にこれ以上の交戦意志が無いのは明白である。

 

 その為、簡単な取り調べを受けさせた後、残りの構成員全員をアークエンジェルに収容し、負傷兵の治療を行ったのだった。

 

 こうして、北米解放軍に対する一連の処理を終えて、月への帰路へと着いたヒカル達。

 

 急変する事態に直面したのは、正にその時だった。

 

 

 

 

 

 ヒカル達がブリッジに入ると、既に主だったメンバーは顔をそろえていた。

 

 点灯されたモニターの端にはLIVEの文字が入った広域通信の映像が映し出され、皆は視線をそちらに向けている。

 

「何があったんだよ?」

 

 ヒカルは既に来ていたアステルの横に並ぶと、怪訝な顔つきで尋ねる。

 

 いきなり呼び出されれば、誰もが戸惑いを覚える事であろう。

 

 しかし、ここに集まった中に、ヒカルの質問に答える事ができる者は1人もいない。

 

 誰もが、これから起こる事への予想がついていなかったのだ。

 

「プラントが何か発表をするって話だが、実際のところ、何を始める気なのかは判らん」

 

 アステルの言葉に、ヒカルは成程、と呟きを返す。

 

 プラントの発表、と言う事は何かしら、今後の方針についてアクションを見せる事が考えられた。

 

 一瞬、戦争の終結を宣言し、連合軍との手打ちでも発表してくれるのか、と言う事を機体舌が、その考えは口から出る前に頭の中で否定された。

 

 もしそのつもりなら、とっくの昔にやっている筈である。オーブ本国を襲撃したり、教団を使って月戦線に介入したりはしなかっただろう。

 

 どうやら映像の場所は、プラント首都アプリリウスワンにある、巨大な広場のような場所であるらしい。

 

 既に数千人規模の群集が集められ、議長の演説が始まるのを待っていた。

 

 いったい、何を始める心算なのか?

 

 そのように考えていると、スクリーンの中にある発表用の壇上に、よく見慣れた姿の男性が現れた。

 

 現プラント最高評議会議長アンブレアス・グルック。

 

 今現在、間違いなく世界の中心にいる人物であり、ヒカル達が最終的な打倒を目指すべき人物でもある。

 

《親愛なるプラント市民の皆さん》

 

 やがて、いつも通りのあいさつと共に、アンブレアス・グルックの演説は始まった。

 

《本日、みなさんにこうしてお集まりいただいたのは、ある重大な発表を行う為であります。つい先日、私の元に、ある喜ばしい報告が齎されました》

 

 そう言うと、グルックは勿体付けるように言葉を止めて、一気に言い放った。

 

《それによると、我がプラントの長年の宿敵、悪辣非道にして、世界に破壊を撒き散らす害毒、許されざるテロリスト集団である北米解放軍が、その指導者もろとも、この地球圏から抹殺されたとの事でした》

 

 グルックの言葉と共に、会場内にどよめきが奔るのが分かった。

 

 北米解放軍と言えば、地球圏でも最大規模の軍事組織であり、オーブ軍と並んでプラントにとっては長年、目の上の瘤に等しい忌まわしき存在だった。

 

 その北米解放軍壊滅の報告に、誰もが驚きを隠せない様子だった。

 

《皆さんもご存じのとおり、北米解放軍は長年にわたり北米大陸南部への不当な実効支配を続けていましたが、つい数年前の戦いで我が軍との戦いに敗れ、惨めに逃亡した組織であります。しかし彼の悪辣なる組織は性懲りも無く無駄な抵抗を続け、今日に至るまで世界への破壊と混乱を撒き散らし続けました。正に、悪魔の如き忌むべき存在でした。しかし、天罰は必ず降る物です。どんな悪い事をしても、悪は必ず滅びる定めであり、逃げおおせる事は不可能なのです》

 

 腕を大きく広げ、グルックは訴えかけるようにして演説を続ける。

 

 彼は言葉と言う最大の武器を利用して、滅び去った仇敵を徹底的にこき下ろす事に邁進していた。

 

《北米解放軍は滅びました。彼等の掲げた悪の野望と共に、ついに一遍も残す事無く灰燼に帰したのです。これは全て、我がプラント軍の精鋭有志諸君が奮闘した結果であります!!》

 

 その演説を聞いて、居並ぶヒカル達から怒りの気配が湧き上がったのは言うまでも無い事だろう。

 

 北米解放軍との最終決戦において、プラントが一体何をしたと言うのだろう?

 

 実際に戦い、彼等を壊滅に追い込んだのは連合軍である。

 

 彼等がやったのは戦いの最後の段階で、漁夫の利を狙って邪魔しただけ。それとてプラント軍がやった訳ではなく、同盟者のユニウス教団がやった事である。

 

 それを、さも北米解放軍を撃滅したのが自分達であるように語るグルックには、誰もが憤りを隠せなかった。

 

 

 

 

 

《わたくしは長年にわたり軍部の強化を続けて来ましたが、その成果を具体的な形で皆さんに示す事が出来、まさに感無量でございます!!》

 

 壇上で演説を続けるグルックを見ながら、クーヤは晴れがましさで胸がいっぱいになっていた。

 

 グルックの堂々とした姿は、まさに世界を率いるにふさわしい貫禄を備えている。

 

 そんな彼の指導の元、ついに仇敵を滅ぼす事が出来た事への誇らしさは、クーヤの胸にも響いている。

 

 それは、居並ぶディバイン・セイバーズの面々についても同様である。

 

 総隊長のカーギル始め、カレン達もまた、輝いた瞳で壇上のグルックを見やっている。

 

 正に今、自分達の存在が最高を迎えている瞬間と言って良く、何者であろうとも、自分達の行く道を遮る事はできはしない。

 

 自分達こそが世界の正道を歩む者であり、グルックだけが、世界を真に統一し平和をもたらす事ができる救世主なのだ。

 

 クーヤだけでなく、居並ぶディバイン・セイバーズの誰もが、その考えを確信していた。

 

 そして、それを証明する、本日最大のイベントが、間も無く始まろうとしていた。

 

《みなさん。今日お集まりいただいたのは、皆さんにお見せする物があるからです》

 

 そう言うとグルックは、背後の巨大スクリーンを指し示した。

 

 そこに映し出されているのは、先頃、完成を見た要塞、ヤキン・トゥレースである。

 

 地球から見ると、ちょうどプラントの前面に位置し、まるでプラントの門のような印象を受ける。

 

 その要塞の一点に、画像が絞られる。

 

 そこには、まるで岩盤の中にお椀を埋め込んだような奇妙な構造物がある。

 

 しかし、大きさは異様だった。

 

 付近に停泊しているナスカ級戦艦が浮かぶデブリ程度にしか見えない事を考慮すると、少なく見積もっても直系で数100メートルはあると思われた。

 

《ジェネシス・オムニス。かつて我がプラントを最強足らしめた伝説の兵器を、我々は規模を数10倍にして、復活させる事に成功したのです》

 

 まるで、自慢のおもちゃを披露するように、得意絶頂でグルックは続ける。

 

《今日は、その試射を、皆さんにご覧いただきましょう!!》

 

 そう言うとグルックは、待機していたオペレーターに目配せする。

 

 グルックの意志を受け、オペレーター達は直ちに作業を開始した。

 

 要塞と連絡を取りながら、状況の確認と報告。発射シークエンスを進めていく。

 

 やがて、映像の中でジェネシス・オムニスに動きが生じる。

 

 砲門に相当する擂鉢状の反射ミラーが動き、その角度を変えていく。どうやら要塞本体に埋め込まれた形になってはいるが、ある程度の照射角変更には対応しているらしかった。

 

 やがて、動きを止めるジェネシス・オムニス。

 

 その射線の先には、廃棄されたコロニーの残骸が浮かんでいる。今日のデモンストレーションの為に用意された物だった。

 

 やがて、全ての準備を終えた事を確認した秘書官が、恭しく近付くと手にした物をグルックへと差し出した。

 

 銃のトリガーのような形をしたそれは、この日の為にあえて特注させた、遠隔型のジェネシス発射トリガーである。

 

 グルックはそのトリガーを、運動会のスタート合図のように真っ直ぐに頭上へと掲げた。

 

《カウントダウンを開始します。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・・・・発射ァ!!》

 

 押し込まれるトリガー。

 

 次の瞬間、

 

 スクリーンの中のジェネシス・オムニスから、巨大な閃光が迸った。

 

 まるで世界全てを焼き尽くすかと思えるほど強烈な閃光は、一瞬にして虚空を薙ぎ払い、その進路上にあるあらゆる物を食いつぶして突き進む。

 

 そして、

 

 射線が進む先にある廃コロニー。

 

 その老朽化した巨体に光が触れた瞬間、

 

 人類の英知を尽くして建造された巨大コロニーは、一瞬にして構造を保つ事が出来ずに融解。押しつぶされるようにして姿を消していく。

 

 やがて光が完全に晴れた時、

 

 それまでスクリーンに映っていた巨大コロニーの姿は、文字通りどこにも見当たらなかった。

 

 まるでコロニー1個が丸々「神隠し」にでもあったかのように、その姿はきれいに消滅してしまったのだ。

 

 後には、僅かに残った浮遊物の残骸だけが、数刻前までそこにコロニーがあった事を物語っているのみだった。

 

 その様に、誰もが唖然として言葉を発する事が出来ずにいる。

 

 既に老朽化して廃棄された物だったとはいえ、あれだけ巨大なコロニーが一瞬にして目の前で消滅したのだから当然であろう。

 

 まるで、精巧なマジックショーを見せられている気分である。

 

 ややあって、

 

《如何でしょうか、皆さん!!》

 

 興奮冷めやらぬ様子で、グルックは再び口を開いた。

 

《この威力ッ そして、この威容!! まさに世界を統べるに相応しい、神の如き風格と力であると言えましょう!! このジェネシス・オムニスと、要塞ヤキン・トゥレース、そして我が精強無比なるプラント軍の勇士がある限り、いかなる外敵が卑劣な戦いを挑んで来ようとも、我がプラントが敗れる事はありません。皆さんの安全は、これで100パーセント完全に保証され、プラントは統一された世界の実現を目指し、より一層の邁進を行っていくこととなるでしょう!!》

 

 グルックは得意の絶頂と共に、演説を締める。

 

 この瞬間だ。

 

 正に、この瞬間こそが、彼の人生の絶頂期であった事は間違いない。

 

 誰もが彼の行く手を阻む事が出来ず、また、進む先には輝かしい未来と繁栄が約束されていた。

 

 そしてそれは、居並ぶクーヤ達にとっても同様である。

 

 誰もが壇上で演説を行うグルックを、神の如き崇拝した瞳で見つめている。

 

 胸の内から湧き起こる誇らしさで、心が奮い立つ想いである。

 

 グルックに着いていけば大丈夫。全てうまくいく。

 

 議長が自分達を、そして世界を正しい方向へと導いてくれる。

 

 その思いを新たに胸に刻みつける。

 

 正に、彼等が最高に輝いている時が、今だった。

 

 そして次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この、人殺し野郎!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く予期し得なかった一言が、彼らを絶頂の座から引きずり下ろした。

 

 きっかけは、たった1人の勇気ある青年が発した反骨の声。

 

 そのままであるならば、誰も顧みる事のない一言。

 

 後日、声を発した青年が保安局に逮捕され、その存在を抹消されれば全てが終わる。

 

 その筈だった。

 

 今までならば。

 

 しかし、

 

 

 

 

 

「どれだけ俺達を苦しめれば気が済むんだ!!」

 

「お前のせいで、うちの息子は死んだんだぞ!!」

 

「こんなバカげたことに無駄な金を使いやがって!!」

 

「どの面下げて、俺達の前に出てきやがった!?」

 

「恥を知れッ 恥を!!」

 

「私達のお金を返して!!」

 

「どれだけ馬鹿なんだよ!!」

 

「とっととやめちまえッ 馬鹿野郎!!」

 

「パパとママを返して!!」

 

「糞野郎がッ とっととそこから降りやがれ!!」

 

「お前が死ねよ!!」

 

 

 

 

 

 たった一言をきっかけに、怒声は広場へ一気に広がった。

 

 集まった群衆全てが、壇上のグルックめがけて罵声を浴びせる。

 

 その勢いは留まるどころか、秒単位で雪ダルマ式に膨れ上がって行くようだった。

 

 皆、グルックが行った軍事偏重路線の犠牲者たちである。

 

 軍備拡張ばかりに予算をつぎ込まれ、社会維持を顧みなかったグルック。

 

 そのせいで職を失い路頭に迷った者、戦場で家族を失った者、はたまた保安局の杜撰な捜査で親を不当に逮捕された者。

 

 それらの不満が、この最高のタイミングで一気に噴出した形である。

 

《み、皆さん、何を・・・・・・何を、言って・・・・・・・・・・・・》

 

 まるで物理衝撃波を伴うような群衆の怒声は、確実にグルックを怯ませた。

 

 彼は今の今まで、自分は民衆に慕われ、自分の政策は支持されている物だと、心の底から思いこんでいたのだ。

 

 自分が目指す、高度に統一された世界の実現の為に、全てのプラント国民が自分を応援してくれている物だと確信していた。

 

 だが、現実は彼を裏切った。

 

 集まった群衆は、今にも壇上のグルックへと襲いかかってきそうな勢いである。

 

《落ち着いてください!! みなさん、どうか落ち着いて・・・・・・・・・・・・》

 

 グルックはマイク越しに必死になだめようとするが、暴走した群衆には効果が無い。

 

 却って、グルックの声が響くたびに、群衆の熱は増していくような感覚さえあった。

 

 その様には、グルックのみならず、クーヤ達ディバイン・セイバーズの面々や、他の閣僚たちも動揺を隠せないでいた。

 

 誰もが皆、予想だにしなかった事態に動揺を隠せずにいる。

 

 そして、いよいよ群衆の興奮は収まりの付かないレベルになろうとした瞬間、

 

 

 

 

 

パァンッ

 

 

 

 

 

 甲高く乾いた音が、広場に空々しく鳴り響く。

 

 この時の音には、後によって諸説囁かれる事になる。

 

 群衆のパニックを収めるべく、警備に当たっていた保安局員が発砲したとされる説。

 

 逆に、群衆の1人が密かに持ち込んでいた銃を発砲したとされる説。

 

 はたまた、興奮した群衆の1人が、ふざけ半分で爆竹を鳴らしたとされる説。

 

 いずれも目撃者がごく少数で信憑性に欠け、後々まで明確な答えは出ず、多くの議論を呼ぶ事になる。

 

 ただ一つ重要な事があるとすれば、

 

 この一発の音をきっかけとして、群衆は収まるどころか、ますます熱を帯びてパニックへと突き進んでいったという事である。

 

 

 

 

 

「奴等、撃ちやがったぞ!!」

 

「もう構うものかッ あの馬鹿議長をあそこから引きずり降ろせ!!」

 

「奴をぶち殺すんだ!!」

 

 

 

 

 

 群衆はいよいよ、制御不能の状態となり、今にも雪崩を打って壇上へと押しかけてきそうな勢いである。

 

 このままでは、いずれ本当に、グルックの生命をも脅かされる事になりかねない。

 

 その時、

 

 動揺して立ち尽くしているグルックに、背後から歩み寄る影があった。

 

 保安局の制服を着た大柄な人物だが、そのような整った身なりとは明らかに一線を画する、野獣のような印象のある男だ。

 

 クライブ・ラオスは、素早くグルックに駆け寄ると、彼をかばうようにして腕を引っ張る。

 

「議長、これ以上、ここにいては危険です」

 

 相手が一国の指導者である事から、クライブはいつものようなぞんざいな口調ではなく、一定の敬意をもった言葉遣いで話しかける。

 

「今はともかく、この場を離れましょう。民衆が落ち着くのを待って、改めて行動を起こすべきです」

「う、うむ。そ、そうだな。その通りだ」

 

 ガクガクと、壊れた人形のように頷くグルック。

 

 その頃になって、ようやく正気を取り戻したクーヤ達も慌ててグルックの傍らへと駆けより、前後左右を固めるようにして壁を作ると、ガードしながら屋内へと対比して行く。

 

 その惨めな後ろ姿へ、尚も浴びせられる群衆の怒声。

 

 その様を見つめ、

 

 クライブはニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-14「急転落下」      終わり

 



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PHASE-15「前夜の軌跡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津波のように押し寄せる群衆。

 

 それらは皆、プラント首都アプリリウスワンの住民達である。

 

 彼等は皆、一様に目を血走らせながら、本来なら自分達が称えるべき、最高評議会議長の住まう邸宅へと押しかけようとしていた。

 

 この光景を見たら、コーディネイターの祖たるジョージ・グレンはいかに思う事だろう。

 

 そこには人類の英知を体現した、文明人としての姿は一切見受けられない。ただ欲望の赴くままに破壊を撒き散らす、獣としての姿があるだけであった。

 

 アンブレアス・グルックが長年にわたって行ってきた軍事偏重路線により、プラントの民事経済は壊滅的な打撃を受け、巷には失業者や浮浪者が溢れかえっていた。

 

 更に長く続く戦争と各戦線における苦戦や敗北によって、家族を失った者も少なくない。

 

 グルック政権は、それらに対する対策や保障を一切行ってこなかった。

 

 ただ、自分達が理想とする「地球圏の統一」のみを眼中に置き、空虚な理想ばかり口先で躍らせて来た。

 

 今回の暴動は、それらの要素が一気に爆発した形である。

 

 自分の理想ばかりを追いかけ、基本的な政策を疎かにするような為政者を、誰が認めるだろうか?

 

 まさに今回の事は「起こるべくして起こった」と言えるだろう。

 

 暴動に参加しているのは民衆ばかりではない。

 

 ザフト軍の一部も民衆の側に回り、暴動に加担している。

 

 グルックは軍に対しては比較的優遇策を取り、これまで様々な特権を与えてきた。つまり、グルックが政権についている限り、軍人ならば生活に困る事は無いはずなのである。

 

 しかし、そんな軍人でさえ、一部とはいえ反グルック派に回った事は、すなわちグルック政権の末期的状況を如実に表していると言えた。

 

 反乱ザフト軍の一部はモビルスーツまで持ち出して暴動に加わっている。

 

 そんな彼等の視線は、今や最も忌むべき存在と化した、彼等の議長の邸宅へと向けられていた。

 

 と、その時だった。

 

 彼等が見ている前で、議長官邸の屋上から1機のVTOL機が離陸していくのが見えた。

 

 飛び立つと同時に、官邸の庭辺りにでも待機していたのか、3機のリバティがやってきて、そのVTOL機の前方と左右に占位して護衛に着く。

 

 議長特別親衛隊ディバイン・セイバーズの機体であるリバティがわざわざ護衛についている事から考えても、その貧弱な武装しか持たないVTOLに誰が乗っているかは明白な事だった。

 

「議長が逃げたぞォ!!」

 

 誰かが発した叫びが、更なる暴動を生んだ。

 

 最高評議会議長が逃げた。

 

 かつてプラントの歴史において、これ程までに無責任な事態があっただろうか?

 

 アンブレアス・グルックは自分の持つ責任も、国民も、この状況に対する説明も全て投げ捨てて、自らの身の安全の身を図って逃亡したのだ。

 

 暴徒たちの罵声を背に受けながら、VTOL機は命からがらと言った体で飛び去って行く。

 

 その様は、一つの政権の黄昏を思わせるには充分な事であった。

 

 

 

 

 

 飛び去ったVTOL機はアプリリウスワンを脱出すると、港外にて待機していたナスカ級戦艦に乗り継ぎ、やがて、どうにかヤキン・トゥレース要塞へと入港する事が出来た。

 

 タラップを降りると、グルックは基地司令の挨拶もそこそこに聞き流し、秘書官を伴って足早に執務室へと向かう。

 

 その顔には終始、渋面が張り付けられていた。

 

 屈辱だった。

 

 今日の今日まで彼は、プラントの全国民が自分を慕い、忠誠を捧げてくれている物と信じ切っていた。自分の掲げる理想である「地球圏の統一」を実現する為に、全てを投げ打って協力してくれるだろうと思い込んでいた。

 

 だが、現実はごらんのとおりである。

 

 暴動が起き、彼は自分の首都を追われた。

 

 そして、それを行ったのは、他ならぬ彼の国民なのである。

 

「いったい、どうなっているのだ!?」

 

 容赦なく苛立ちをぶつけるグルック。

 

 彼からしてみたら「信じていた」国民に「裏切られた」のだから、その怒りは当然であると言える。

 

 自分はプラント国民の、ひいては、この地球圏に済む人々全ての為に働いてきた。にも拘らず、このように惨めな逃亡劇に追いやられるとは夢にも思っていなかったのだ。

 

 正に、彼からしたら青天の霹靂と言って良い事態だった。

 

「議長、既に閣僚の幾人かとは、連絡が取れなくなっておりますが・・・・・・」

「捨て置け!!」

 

 躊躇いがちに報告した秘書官に対し、グルックは怒声でもって返す。

 

 ここにいない議員がどうなったかなど、想像するのは難くない。大方今ごろ、暴走した住民達に駆り出されて悲惨な目に合っているのは明白な事だ。

 

 逃げ遅れた間抜けなどに構っている暇は無い。そんな事より、グルックには早々に対応しなくてはならない事態が山のようにあるのだ。

 

「要塞内に第1級の警戒態勢を敷け。近付く艦船、並びに機体には全て臨検を掛けろ。応じない場合は無警告での撃沈、撃墜も許可する。あと、すぐに広域通信を用いた発表の準備を整えろ。まさか、全国民が私の敵に回った訳ではあるまい。私が、このヤキン・トゥレースで健在である事と、こちらの正当性を国民にアピールするのだ」

「はッ ただちに」

 

 撃てば響く勢いで返事を返す秘書官。

 

 グルックの命令は絶対である。まして、今の彼は気が立っている。僅かでも動きが遅延しようものなら、どんな目に合うか判った物ではなかった。

 

 だが、出て行こうとする秘書官を、グルックは思い出したように呼び止めた。

 

「いや、ちょっと待て。もう一つある」

「は、な、何でしょうか?」

 

 恐懼して戻ってきた秘書官に対し、グルックは耳打ちするようにして告げた。

 

「保安局の捜査隊と連携し、要塞内の洗い出しを行え。この要塞内部にも、愚かな考えに浮かされて国民に加担しようと言う輩が出るとも知れないからな」

 

 グルックの言葉に、秘書官は一瞬ハッとして顔を上げるが、すぐに意図を了解して頭を下げると、足早に退出していった。

 

 出て行く秘書官を見送ると、グルックはシートに身を預けた。

 

「・・・・・・やれやれ、とんだ事になってしまったな。だが、まだ充分に巻き返しは可能だ」

 

 ようやく一息を吐くと、冷静な思考が戻ってくるようだった。

 

 どのみち国民の暴動など、一時的な物だ。

 

 大衆とはひどく愚かで、それでいて御しやすい物である。為政者が右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向く。靴を舐めろと言えば、喜んでそれに従うだろう。

 

 今は一時の熱に浮かされているようだが、構う事は無い。好きなだけ暴れさせておけばいいのだ。いずれ、グルックが自身の正当性を主張すれば、雪崩を打つように、こちらへ靡く事は目に見えていた。

 

 今は一時、辛抱する時だった。

 

 だが、

 

 程無くして、秘書官が泡を食って駆け戻ってきた。

 

「ぎ、ぎ、議長ッ 大変です!!」

「何事か!?」

 

 ひどく慌てた秘書官の様子に尋常でない物を感じたグルックも、思わずシートから立ち上がる。

 

 秘書官は、そんなグルックを気に掛ける余裕も無く、急いで卓上のリモコンに飛びつくと、壁に備えた大型パネル式のテレビを点灯した。

 

 映し出された映像に見入るグルック。

 

 そこでは、緊急特番のニュースが組まれていた。

 

《・・・・・・はい、はい・・・・・・こちらは、ただ今入ってきた情報です。それによりますと、プラント最高評議会議長、アンブレアス・グルック氏は、押し寄せる群衆から逃れる為、先頃完成した要塞、ヤキン・トゥレースへと逃亡したとの事です・・・・・・あ、今、実際の映像が入りました》

 

 そこでスクリーンが切り替わり、撮影された映像の放送が流される。

 

 そこには、荒い映像の中、何かが空を飛んでいる光景が映し出されている。

 

 やがて、その機体を取り囲むように、複数のモビルスーツが現れて護衛に着く様子が見えた。

 

「こ、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句するグルック。

 

 それは間違いなく、押し寄せる群衆から逃れる為、無様な逃亡劇を演じる自分の姿だった。

 

 そこには国家元首としての威厳も、最高議長としての誇りも感じる事はできない。誰がどう見ても、「舞台で転んで失笑を買った道化」である。

 

 その映像を見ながら、キャスターは更に言葉を続けた。

 

 かつては最前線で戦争取材を行った事もあると言う、その女性キャスターは、手厳しい口調でグルックに対する責任追及を行う。

 

《このように、アンブレアス・グルックは、本来なら彼が守るべき国民も、最高議長としての責務も投げ捨て逃亡しました。このような無責任な議長に、果たして今後、国民が付いていく可能性があるのでしょうか?》

「おのれッ!!」

 

 煽るようなキャスターの文句に、グルックの怒声が飛ぶ。

 

 会見によって自身の正当性をアピールし、持って巻き返しを図ろうとしていたグルックは、完全に機先を制された形となった。

 

 これではグルックは、完全に「群衆に押されて逃げ惑う愚か者」というレッテルを張られたに等しい。

 

 早急に、何らかの手を打つ必要があった。

 

「議長、この放送は全世界に配信されています。いかがいたしましょう?」

 

 秘書官のその言葉に、グルックは猛然とした眼光を投げ掛けた。

 

 次いで、怒声が飛び出る。

 

「『いかがいたしましょう』とは何事だ!? それを考えるのがお前達の仕事だろうが!!」

「ひィッ!?」

「判ったら、さっさとやれ!!」

 

 「殺されたくなかったらな」。と言う最後の言葉をグルックはあえて言わなかったが、秘書官には充分通じたようである。

 

 慌てて駆け出していく秘書官を、グルックは冷ややかな目で睨み付けていた。

 

 すると、入れ替わるようにして、今度は閣僚の1人が駆け込んで来た。

 

「議長、大変です!!」

「今度は何事だ!?」

 

 もううんざりだ、と言わんばかりに顔をしかめるグルック。

 

 今日の事態を招いたのが自分自身の失策にある事を、全く自覚していないグルックにとって、今のこの状況は、単なる「揉め事」レベルの騒ぎに等しい物だった。

 

 だが、閣僚が継げた事実は、グルックを驚愕させるのに十分な物だった。

 

「オクトーベル市において、議長の背任決議案がスピード可決したとの事です。既にオクトーベル市から、他の市への呼びかけも始まっているとか」

「何だと!?」

 

 驚きの声を上げるグルック。

 

 背任決議。

 

 すなわち、グルックをプラント最高評議会議長の座から引きずりおろそうと言う意見が提出され、それが承認したと言う事だ。それも、騒動が起きてから、まだ2日も立っていない。正に神速の如き決定だった。

 

 オクトーベルはプラントの12ある市の1つであり、主に人文科学を司っている。

 

 そのオクトーベルで、まさかこのような事態になるとは、グルックも予想だにしなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・おのれ」

 

 地獄から這い出してくるような声で、怨嗟の言葉を発するグルック。

 

 このまま捨て置く事はできない。これを放置すれば、それこそ取り返しのつかない事になる。下手をすれば、他の市もこぞって反グルックに回る可能性があった。

 

「ただちに軍を派遣してオクトーベル市を制圧しろ。場合によっては交戦も許可する」

「し、しかし、議長ッ」

 

 グルックの言葉に、流石に閣僚も驚きを隠せなかった。

 

 グルックが今言った言葉は、事実上、自国の国民に対して砲門を向け、発砲する事を意味していた。そんな事をしたら、決定的に国民を敵に回しかねない。

 

 だが、グルックは己の意志を曲げる気は無い。

 

 断固たる意志を持って、立ち尽くす閣僚を睨み付けた。

 

「急げッ!!」

 

 禍根は芽の内に断たねばならない。やがてそれが育ち、大樹となれば刈り取る事も敵わないのだから。

 

「腐った果実は、箱ごと捨てねばならん。悪い汁が他に伝染する前にな」

 

 ひとり呟くグルック。

 

 だが、その瞳からは、既に正気が失われつつある事に、まだ誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラントにて大規模な暴動発生。

 

 それに伴うアンブレアス・グルックの逃亡劇は、メディアを通じて全世界へと配信された。

 

 今や世界第一の国家となったプラントにおける、まさかの大騒動に、世界中は唖然として見守る事しかできなかった。

 

 そして、

 

 そのニュースは当然ながら、オロファトにあるオーブ共和国暫定政府にも届けられていた。

 

「・・・・・・・・・・・・さて」

 

 上座に座ったカガリは、やや躊躇うようにして口を開いた。

 

 あまりにも予期し得なかった状況により、彼女自身、事態を持て余しているのは事実である。

 

 居並ぶ閣僚達の顔を見ても、一様に似たような表情をしているのが判る。皆、状況の推移に今一つ、着いていけていないのだ。

 

「我々にとっては、思いもかけない好カードが舞い込んで来た訳だが、この事態、どうしたものかな?」

 

 状況としては、確かにオーブにとっては追い風となっている。

 

 敵は正に、自分で墓穴を掘ってくれたのだ。本来なら、そこに付け込まない手は無いだろう。

 

 既に月に駐留しているオーブ軍を主力とした連合軍艦隊は、プラントに向けて発進準備を整えている。カガリからの出撃命令が下れば、すぐにでも進発する予定だった。

 

 しかし、今のプラントは未曾有の混乱の渦中にある。

 

 そのようなプラントに乗り込んで行っては、最悪の場合オーブは「他国の混乱に付け込んだ侵略者」と言うそしりを受けかねない。

 

 さりとて、時間を掛けて騒動の鎮静化を待っていたのでは、グルック派が体勢を立て直す可能性もある。折角の好機をフイにする事態は避けたかった。

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

 挙手して発言したのはアランだった。

 

 今やカガリのブレーンの1人と言っても良い若き政治家は、ヘルガ・キャンベルによる宣伝放送を任されている。いわば、情報面における前線指揮官と言う訳だ。

 

 そのような関係から、アランもまた、この場での出席を許されていた。

 

 同様の理由から、アランの傍らにはリィスの姿もある。

 

 今回の連合軍の陣列には加わっていないリィスだが、それはヘルガの護衛責任者と言う任務がある一方で、万が一、地上に残留したプラント軍の別働隊がオーブ本国を突いてきた場合、それに対応するための最後の切り札となる為であった。

 

「大義名分、と言う事でしたら、『自由ザフト軍からオーブに対して要請を行った』と言う形にしては如何でしょうか? 自由ザフト軍は、反グルック派のいわば急先鋒であり、現在、プラント本国が混乱の渦中にある事を考えると、唯一、まともな意思決定機関だと思います」

「確かにな」

 

 アランの言葉に、カガリは頷きを返す。

 

 今のプラントに、まともな政治的判断を下せる組織があるとは思えない。

 

 ならば、アランの意見には一考以上の価値があると見るべきだった。

 

 その時だった。

 

「失礼いたします。プラント本国に動きがあったとの情報が入り、急ぎ報告に上がりました!!」

 

 軍司令部に詰めている参謀の1人が、息せき切って駆け込んで来た。

 

 その様子に、居並ぶ一同は色めきだった。

 

 プラント本国のリアルタイム情報なら、今は喉から手が出る程欲しい所である。

 

「どうした?」

「はい。プラント本国に残留している、自由ザフト軍工作員からの報告です」

 

 カガリに促され、参謀は手にした電文を読み始めた。

 

「これによりますと、プラントのオクトーベル市において、アンブレアス・グルックの背任決議案が承認されたとの事です。それに対抗して、アンブレアス・グルックは、軍による討伐を実行。これを徹底的に殲滅したと・・・・・・」

 

 参謀の報告に、一同の間に戦慄が走ったのは言うまでもない。

 

「何と言う事を・・・・・・・・・・・・」

 

 あまりの事態にカガリも、その先の言葉が続かずに黙り込む。

 

 グルックはよりによって、最悪の手段に訴えて事の解決に臨んだのだ。

 

 因みにこの時、短い電文から察する事はできなかったが、オクトーベル市で行われた殲滅戦はディバイン・セイバーズまで投入され、熾烈を極めた物となった。

 

 市を構成するコロニー数基は、文字通り壊滅状態に陥り、公共施設のみならず、流れ弾は民間居住区にも命中し多数の死者を出している。

 

 砲撃跡のいくつかは明らかに交戦区域から外れており、意図的に砲撃を居住区に打ち込んだとしか思えないような物まで存在していた。

 

 しかも、この事態をヤキン・トゥレースに逃げ込んだアンブレアス・グルックは「卑劣な反逆者に対する正当な報復」と発表し、自らが正当である事を大々的にアピールしたのだ。

 

 プラント軍の砲火がプラント市民に向けて放たれると言う、この前代未聞の大事件は「オクトーベルの惨劇」の名で呼ばれ、今次大戦における最大級の汚点として、後世まで長く語り継がれる事となる。

 

「・・・・・・・・・・・・もはや、是非も無い、か」

 

 静かな口調で、カガリは言った。

 

 アンブレアス・グルックを打倒しない限り、この戦いに終止符は無い。

 

 その事を再確認したカガリは、決断と共に立ち上がった。

 

「アラン、お前は自由ザフト軍司令部に連絡を入れ、先程の策を実行すると同時に、ヘルガの宣伝放送を利用して、その事を大々的に知らしめるんだ」

「はいッ 任せてくださいッ」

 

 勢い込んで頷くと、アランは傍らのリィスを促して退出していく。

 

 その姿を見送ると、カガリは再び居並ぶ閣僚達を見渡した。

 

「皆、これが恐らく、我がオーブ暫定政府にとっての最後の仕事となるだろう。だが、まだ気を抜く事は許されない。前線で戦う将兵が全力を発揮できるよう、我々も全力を持って彼等をサポートしよう」

 

 カガリの力強い言葉に、一同も立ち上がって深く頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦の時は近付いている。

 

 その事は、誰もが流れる空気から感じ取っていた。

 

 皆、その時を迎える為の「儀式」を、そこかしこで行っているのだ。

 

 悔いが残らないように、思いっきり仲間と騒ぐ者。

 

 逆に、一人静かに本を読み、集中を高める者。

 

 恋人との逢瀬を楽しむ者。

 

 必要な仕事を片付けようとしている者。

 

 様々である。

 

 そして、それは彼等とて例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 顔を合わせた瞬間、4人が微妙な顔になったのは言うまでも無い事である。

 

 何しろ、こうして顔を合わせる事自体が3年ぶりである。

 

 既に全員、あの頃と比べて立場が完全に変わっている。その上、1人はこの世の住人ではないと来れば尚更である。

 

「しかしまあ・・・・・・」

 

 苦笑気味に言ったのはクルトだった。

 

「まさか、こうしてお前等とまた、会う事ができるとはな」

《確かに。何だか不思議な感じがするよ》

 

 そう言って、レミリアは同調するように笑った。

 

 ここには2人の他に、イリアとアステルの姿もある。

 

 つまり、元北米統一戦線の幹部の生き残りが一堂に会した形である。

 

「でも本当に、みんな無事で良かった」

「1人、死んでるがな」

《アステル・・・・・・・・・・・・》

 

 イリアの言葉を混ぜっ返すアステルを、レミリアは半眼で睨んだ。

 

 イリアは今、オーブ軍の後方支援部隊に所属し、主にレミリアやラクスのサポートを行っている。

 

 統一戦線時代は前線にも立っていたイリアだが、自身がレミリアを死に追いやったと言う負い目もあるのだろう。後方支援任務を自ら申し出ていた。

 

「それにしても、随分と遠くまで来てしまったよな、俺達」

 

 どこか遠い目をしながら、クルトは言う。

 

「北米人による北米の統一。そんな事を考えていたのが、遠い昔の事みたいだよ」

 

 あのがむしゃらに駆け抜け、戦い続けた日々。

 

 今に比べれば、遥かに苦しい状況であったにもかかわらず、それでも毎日が充実して、楽しいと感じる事が出来た。

 

 北米統一戦線は壊滅し、既に過去の物となっている。

 

 しかしそれでも、北米統一戦線の最も重要な魂の部分は、今でも生き続けている。

 

 形は変わってしまったかもしれないが、各々が今の役割を全うすべく全力を尽くしている。ならば、それで充分じゃないか。

 

 談笑する若者たちを見ていると、クルトは強くそう思うのだった。

 

 

 

 

 

「いや、ほんとによく生きていたよ」

 

 ムウはできるだけ、気さくな調子で息子に声を掛けた。

 

 対してミシェルは、そんな父に振り替える事無く、ジッと床を見つめ続けている。

 

 先の戦いで、プラント軍の刺客から危うい所をヒカル達に助けられたミシェル。

 

 しかし、幸運を掴む事が出来たのは、彼の他にはほんの一握りの兵士達のみだった。

 

 残る旧北米解放軍の兵士達は、プラント軍機の攻撃で殺されるか、生き残った大半も負傷して収容を余儀なくされた。

 

 友を失い、託された使命をも全うしきれなかったミシェル。

 

 後にはただ、尽きぬ後悔だけが残り続けていた。

 

 そんな息子の想いを慮り、ムウはそっと肩を叩く。

 

「気に病むなとは言わんが、あまり落ち込み過ぎるなよ。あんな状況だったんだ。お前は良くやったよ」

「・・・・・・・・・・・・ありがとう、親父」

 

 ミシェルは力無く応じる。

 

 どんな慰めの言葉も、今の彼には苦痛を与える重しでしかない。

 

 何をどう言いつくろったところで、仲間を守れなかったと言う事実は変わらないのだから。

 

 同じような経験があるムウとしても、その事は弁えていた。

 

 だからこそ、道を指し示してやることもできる。

 

「これから、どうするんだ?」

 

 それは確認であり、そして促しである。

 

 父親として、そして人生の先輩として、迷っている息子に道を開いてやるのがムウの仕事だった。

 

 ミシェルは恐らく、自分のするべき事が判っている。ただ、その踏ん切りをつける事ができないでいるだけなのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・それなんだけどな、親父」

 

 やや間を置いてミシェルは、顔を上げながら重い口を開いた。

 

「できれば、このまま連合軍に参加する形で協力したいと思っている。勿論、難しいのは判っている。けど、それが俺の偽らない本音だよ」

 

 北米解放軍としての自分の役目は終わった。仲間は全て死に、北米解放の悲願も潰えた。

 

 今のミシェルには、戦う理由が何一つとして無い。

 

 だがそれでも、北米解放軍として戦った最後の1人として、この戦いの結末を最後まで戦場で見届けたいと思った。

 

「・・・・・・判った」

 

 そんなミシェルの言葉に彼の意思をくみ取り。、ムウは頷きを返す。

 

 難しいかもしれないが、息子がやる気になっている事なのだ。ならば親として、できるだけの便宜を図る事に躊躇いは無かった。

 

 

 

 

 

 タイピングの音を響かせて、画面に文字の羅列を作って行く。

 

 シュウジが報告書を書き上げると同時に、コトリと小気味いい音が響き、テーブルにカップが置かれた。

 

「どうぞ、艦長」

「ああ、すまない」

 

 まるで仕事が終わるタイミングが判っていたように差し出されたカップには、香りの良いコーヒーが注がれている。

 

 一口付けるだけで、書類仕事の疲れを忘れるようだった。

 

 コーヒーを用意したナナミは、微笑みながらシュウジを見ている。

 

 戦艦大和の操舵主兼艦長秘書の立場にあるナナミは、こうしてシュウジの書類仕事を手伝う事も任務の一つだった。

 

 いきおい、彼女の仕事量が多くなることは避けられないが、ナナミは嫌がるどころか、嬉々としてシュウジの仕事を手伝っていた。

 

 その大和は今回、連合軍艦隊旗艦としてプラント侵攻の先頭に立つ事になっている。

 

 ましてか、敵には難攻不落の要塞が控えている。シュウジやナナミの役割が重大になる事は間違いなかった。

 

「頼むぞ。君の力、存分に振るって俺を助けてくれ」

「はい、お任せください」

 

 静かな口調で言うシュウジに対し、ナナミはやや頬を紅潮させて答えるのだった。

 

 

 

 

 

 書類の山に向かいながら、ユウキはヤキン・トゥレース攻略作戦の草案を練っていた。

 

 何しろ、人類史上最大規模の宇宙要塞だ。どこから攻略して良い物か判った物ではない。

 

 しかも今回、アンブレアス・グルック以下、主だったプラント軍のメンバーは、要塞内部に立て籠もっている状態である。

 

 その為、引きずり出して野戦に持ち込む選択肢は難しいと考えられる。

 

 つまり、連合軍は否が応でも要塞攻略戦を行う必要がある訳だ。

 

 断片的に入ってくる情報を総合するだけでも、頭が痛くなってくる規模である。

 

 いっそ、隕石にパルスジェットでも取り付けて直接ぶつけてやれば楽なようにも思えるが、今回はその策も取る事ができない。

 

 何しろ、要塞の後方にはプラント本国が控えているのだ。万が一、激突した際の破片や砕けた要塞の一部がプラント群の方に流れでもしたら、大参事は免れない。

 

 ここは是が非でも、要塞の「制圧」が必要だった。

 

「最大の問題は、やはり例のジェネシスか」

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の頃に比べて、恐らく格段に威力を増しているであろうジェネシス・オムニスの存在は、確かに脅威である。

 

 まともに接近すれば、あっという間に全滅は免れない。それはヤキン・ドゥーエ戦役の折、たった2射で地球連合軍の大軍を壊滅状態に追いやった事からも明らかだった。

 

 だが、

 

「発想を転換すれば、いくらでも攻略方法はある」

 

 古来よりの戦術の基本として「城を攻めるを下とし、心を攻めるを上とせよ」とある。強固な要塞を相手に、下手な力攻めを行うのは愚か者のする事。むしろ、要塞にこもる敵兵の心理を攻めるのが上策である、という意味だ。

 

 今回ユウキは、その基本に乗っ取って、ヤキン・トゥレース要塞攻略作戦を展開するつもりだった。

 

 更に手を止める事無く、作戦計画書の作成にまい進していく。

 

 そこでふと、手を止めて傍らの端末のスイッチを入れた。

 

 画像が切り替わり、そこには、手を振りながら笑顔を向けてくる親子の映像が映し出された。

 

《ほら、パパに何か言って》

《パパ、おしごとおわって、はやくかえってきて》

 

 自然と、口元がほころぶ。

 

 つい先日、届いたばかりの家族のビデオレターだった。

 

 足が不自由なライアに、子供の事を全て押し付ける形になってしまっている事は、ユウキにとっても心苦しい限りである。

 

 しかし、当のライアはと言えば、嫌な顔一つせずにユウキを送り出してくれた。

 

 ありがたいと思う。

 

 彼女達の為にも、一刻も早く戦争を終わらせて、オーブへ帰ろうと改めて心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

「お疲れ」

「ん、ありがと」

 

 言葉を交わすと、シンとリリアの夫婦は、掲げたグラスをカチンと鳴らす。

 

 のど越しに、香ばしい液体が流れていく感触を楽しむと、それまで心を支配していた疲れが少しだけ和らぐようだった。

 

 とは言え、ゆっくりしていられる時間は少ない。

 

 リリアはまだ、これから整備の作業の監督業務が残っているし、シンも部隊運用に関する細部の詰めを行わなくてはならない。

 

 そんな2人にとって、今はようやく確保できた夫婦としての時間だった。

 

「まったく、面倒な機体ばっかりあるから、整備も大変よ」

「ご苦労な事だな。まあ、それに関しては俺もお前に負担を掛けている人間の一人なんだけどな」

 

 そう言って、シンは苦笑する。

 

 何しろ、シンのギャラクシーは連合軍でもトップクラスの性能を誇る機体であり、エターナルスパイラルやクロスファイアと並ぶ複雑な構造の機体である。

 

 その他にも特機クラスの機体がゴロゴロしている連合軍は、「整備士殺し」の異名を送りたいくらいである。

 

 しかし、最終決戦を前にして、整備士たちの士気と仕事ぶりには余念がない。彼女達に任せておけば、シン達も存分に実力を発揮できる事だろう。

 

「忙しいと言えば、そっちもでしょ。何しろ、准将閣下だもんね」

「よせよ。なりたくてなった訳じゃない」

 

 リリアの言葉に、シンは嘆息交じりの渋面を作った。

 

 これまでシンが将官への昇進を拒み続けて来たのは、前線指揮官の立場に拘りと愛着を持っていたからに他ならない。

 

 しかし、復興進むオーブ軍は人材不足が深刻化しつつあるため、そのような我儘が通らなくなっていたのだ。

 

「何にしても、頑張ってよね。あの子の為にも」

「判っているよ」

 

 シンは頷くと、微笑を向ける。

 

 「あの子」と言うのは、シンとリリアの息子の事を差している。

 

 今年で16歳になる息子は、今は妹のマユに預けてオーブで暮らしている。

 

 そのマユも、今は結婚して二児の母となっている。

 

 自然、シンの口元に苦笑が漏れた。

 

 かつてユニウス戦役の折、自分と共に戦場を駆けたマユは、結局軍には戻らず独自の道を歩んで行った。

 

 その事がシンには、とてもうれしく思えるのだった。

 

「なあ、リリア」

「ん?」

 

 夫の呼びかけに、リリアはグラスから顔を上げて振り返る。

 

 そんな彼女の視線の中で、シンは柔らかく微笑んでいた。

 

「頑張ろうな」

「うん、勿論」

 

 

 

 

 相棒の部屋から返事が無い事を不審に思ったルナマリアは、断りを入れて扉を開けた。

 

 そこで、絶句する。

 

 レイはベッドの上に倒れ込み、右手は必死に、テーブルの上にある薬瓶に伸ばそうとしていた。

 

「レイ!!」

 

 ルナマリアは慌てて駆け寄ると、急いで薬瓶のふたを取る。

 

 適量の数を数えている暇も無く、錠剤を一掴みすると、レイの口へと押し込んだ。

 

 口に詰め込まれた錠剤を、咀嚼しながら嚥下するレイ。

 

 程無く発作は収まり、呼吸も安定して顔には血の色が戻ってきた。

 

「・・・・・・すまないな、ルナマリア」

 

 ようやく口が利けるまでに回復したレイは、そう言って笑いかけてくる。

 

 とは言え、その動きはぎこちなく、まだ完全には回復していないことをうかがわせた。

 

「発作の感覚、短くなってきているわね。それに、薬の効きも悪くなってきている」

 

 ルナマリアは苦々しい口調で言った。

 

 元々、クローニングの際の後遺症でテロメアに問題を抱えているレイは、20歳まで生きられない筈だった。それを亡きラクスの便宜で最先端の薬を優先して供給してもらう事で、ここまで命を長らえて来たのだ。

 

 しかし、それも限界が近いようだ。

 

「キラに言うわ。レイを今回の出撃から外すように・・・・・・」

「よせッ」

 

 ルナマリアの言葉を、レイは珍しく強い語調で遮った。

 

「その必要はない」

「でも、レイ。このままじゃ、あなたが・・・・・・」

 

 尚も心配してくるルナマリアに、レイは静かに首を振る。

 

「俺がいずれこうなる事は分かっていた事だ。それはキラ達も納得している事。その上で、俺は戦う道を選んだ」

 

 全ては、若いころに夢見た、争いの無い平和な時代の実現を夢見ての事。

 

 その礎となって死ねるのなら、むしろレイにとっては本望であると言えた。

 

「分かった」

 

 相棒を叛意させるのは難しいと感じたルナマリアも、決意を持って頷きを返す。

 

「その代わり、レイの事は、絶対に私が守るから」

「ルナマリア・・・・・・」

「先に死ぬなって、絶対に許さないわよ。あんたは生きて、生きて、最後まで生きて平和になった世界を見るの。いいわね」

「・・・・・・・・・・・・ああ、分かった」

 

 ルナマリアの言葉に対し、レイもまた力強く頷きを返した。

 

 

 

 

 

 例えるなら、子猫のような印象がある。

 

 いくつになっても、こういう所は変わらないのは嬉しいところであろう。

 

 下着の上からYシャツを羽織っただけというラフな格好をしたエストは、キラのひざの上に座り、甘えるのようにして抱きついている。

 

 顔には満面の笑顔を浮かべ、ご満悦の様子だ。

 

 普段の冷静沈着な姿はどこにも見えない。このような甘えん坊の姿をエストが見せるのは、キラと2人っきりの時だけだった。

 

 他の者や子供達には、決して見せられない光景であるのは確かだった。

 

 ここ数日、エストの機嫌が良い。

 

 そして、その理由は、察するまでも無かった。

 

 10年前に死んだと思っていたルーチェを取り戻し、ようやく家族5人全員が揃ったのだ。嬉しくないはずが無かった。

 

「気持ちは分かるけど、ちょっと気を緩めすぎじゃない?」

「良いんです。今くらいは」

 

 キラの指摘にも耳を貸さず、エストはキラの胸元に頬ずりをしてくる。こうしていると、本当にネコみたいだった。

 

 苦笑しつつ、キラは妻の頭を優しく撫でてやる。

 

 それだけでエストは、気持ち良さそうに目を細めた。

 

 そんなエストを抱きしめながら、キラは厳しい目を作る。

 

 間もなく始まる決戦。

 

 この戦いに勝たなければ、再びアンブレアス・グルックによる侵略がはじまる。

 

 否、彼ではない。本当に警戒すべきは。

 

 グルックの背後にいる何者かの存在こそが、この戦争の核であると、キラは見抜いていた。

 

 まずはアンブレアス・グルックを打倒する。そして、彼の背後にいる者を白日に引きずり出す。

 

 それが出来て、初めてこの戦争に勝利したと言えるだろう。

 

 その為にも、

 

 キラは、妻を抱く手に力を込める。

 

「キラ?」

 

 怪訝な顔つきになるエストには答えず、キラはただ優しく微笑みかけた。

 

 大切な妻や、愛しい子供達を守るために戦い続けようと、改めて心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦橋に一人たたずみ、ラクスは虚空を眺めていた。

 

 足元に転がるピンク色のハロが静かに瞳を明滅させる中、ホログラム映像の彼女は、その顔に憂いの表情を張り付かせていた。

 

 一度は死に、そして再びこの世に舞い戻ったラクス。

 

 だが、自らの存在に忸怩たる物を感じずにはいられなかった。

 

 自分は既に死んでいる。

 

 そして、今回の大戦は、ラクスの死が引き金になっていた事を考えれば、後悔は鎖となって彼女の心をきつく縛るのだった。

 

 せめてあと5年、自分に寿命があれば。

 

 かつて感じた思いが、再び繰り返される。

 

 自分がもう少し長く生きていれば、失われるはずだった何万と言う人間を救う事もできたかもしれない。

 

 あるいは、自身が死んだ後も、変わらずに安定路線を保てるような環境を構築できていれば・・・・・・・・・・・・

 

 今日の事態を招いた責任の一端が、ラクスにある事は間違いなかった。

 

《だからこそ、負ける事許されません》

 

 静かに、

 

 しかし、力強い言葉でラクスは呟く。

 

 そんなラクスの背中を、艦橋にやって来たメイリンが見つめていたが、やがて声を掛ける事無く引き返していく。

 

 ラクスの静かな背中から発せられる決意に、声を掛ける事が躊躇われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 迫る決戦の予兆を感じ取っていたのは、連合軍の将兵ばかりではなかった。

 

 ヤキン・トゥレース要塞内部は、殺気立った印象の下、常に緊張を強いられる日々を送っていた。

 

 無理もない。

 

 先日、国民の「理不尽な仕打ち」によって首都を追われ、命からがら、この要塞に逃げ込んできたアンブレアス・グルックは、ここでもスパイ狩りと称して、保安局に取り締まりをさせている。

 

 既に要塞守備に当たっていた兵士たちの多くが、「思想に疑いあり」として、逮捕、拘束されている。中には既に、尋問と称した拷問まで行われているという話すら聞こえて来た。

 

 逮捕される兵士は、ほぼ全員がザフト軍の兵士である。

 

 捜査に当たる保安局は当然ながら逮捕の対象にはならないし、ディバイン・セイバーズは最も議長への信頼と忠誠に厚い物達であるから、捜査を行う必要もない。

 

 その為、逮捕の対象は自然とザフト軍兵士に集中すると言う訳だ。

 

 中には、ただ現状に不満を述べただけで逮捕の対象になった兵士までいる。

 

 今もまた、保安局に拘束されたザフト兵が、要塞深部の監獄エリアへと連行されていく。これから厳しい取り調べに晒される事になるのだろう。

 

 彼等が無罪か有罪かは、保安局にとって関係無い。ただ、グルックに対して「自分達は仕事をしている」事をアピールできれば、それでいいのだ。事の善悪など、二の次さんの次の話だった。

 

 これらのような状況がある為、要塞内部は常に殺伐とした雰囲気に包まれているのだった。

 

「これから、どうなるのかな、あたし達?」

 

 連行されていく兵士を見詰めながら、カレンは溜息交じりに言った。

 

 首都を追われたアンブレアス・グルックを護衛して、この要塞にやってきた彼女達だったが、現在の状況にはやはり不安を覚えずにはいられなかった。

 

 今まで味方だと思って来たプラントの国民に「裏切られ」、こうして追い詰められている様は、正に末期的状況を示しているかのようだった。

 

「クソッ 何で俺等がこんな目に合わなくちゃいけないんだよッ 俺達はディバイン・セイバーズだぞ。もっと国民の奴等は俺達を敬うべきだろうがよ」

「全てはテロリストに先導された結果だろうさ。忌々しい事だがな」

 

 悪態を突くフェルドに、イレスは冷静な口調で返す。

 

 自分達は常に正義の為に戦い、世界を統一すると言う議長の意思を実現する為に剣を取ってきた。

 

 にもかかわらず国民が自分達を蔑にするには、全て国内に潜伏しているテロリストたちに唆されたからである。

 

 それが、彼等の下した見解だった。

 

 国民が自分達の政策に不満を抱き、それが暴発したのが今回の結果であると言う認識は、彼等には微塵も無かった。

 

「考えるまでも無い事でしょ」

 

 一同の話を聞いていたクーヤは、静かな、それでいて断固たる口調で行った。

 

「私達のやるべき事は決まっている。すなわち、アンブレアス・グルックの意思に従い、世界統一の為に戦い続ける。その為に、攻め寄せて来るテロリストたちを1人残らずせん滅するだけ。何も難しい事は無い」

 

 真っ直ぐに、揺らぎの無い目で言い切る。

 

 そのクーヤの言葉は、一同の蒙を開いていくかのように、心へと染みわたる。

 

 確かに、彼女の言う通りだ。

 

 自分達は今まで、議長の理想を叶えるために、彼の背中に着いて来た。そして、今までは何も間違ってなどいなかったのだ。

 

 ならば、これからも彼に着いていって間違いなどある筈がない。

 

 クーヤの言葉を受けて、居並ぶ一同の決意は固まるのだった。

 

 

 

 

 

 ヒカルはガラス越しに、眠り続ける妹に視線を送り続けていた。

 

 ルーチェは今も、生命時装置に繋がれて静かな寝息を立てている。

 

 ルーチェの外見は、ヒカルの記憶にある10年前とは、当然ながら変わっている。

 

 10年分の成長をしているのは当然の事だが、それ以上に驚いたのは髪である。

 

 ヒカルの記憶にあるルーチェの髪は、キラ譲りの明るい茶色をしていた筈。しかし、眠り続ける今のルーチェは、明らかに金色の輝きを放っている。

 

 医師の分析では、どうやら教団によって施された薬物治療により、体質が変化した結果だろうとの事だった。

 

 しかし如何に姿が変わろうとも、彼女がヒカルの半身、双子の妹である事に変わりは無かった。

 

 彼女を救う算段は今もって不明のまま、である。

 

 たくさんのケーブルやチューブを体に張り付けた妹の姿には、ヒカルは悔しさがこみ上げるのを押さえられなかった。

 

 折角助けたのに、ルーチェをあそこから出してやることができない事が情けなかった。

 

 と、

 

「ここに居たんだ、ヒカル」

 

 声を掛けられて振り返ると、カノンが同じようにルーチェに目をやりながら歩いて来るのが見えた。

 

 カノンはヒカルの横に立つと、並んでルーチェの寝顔を見やる。

 

「ルゥちゃん、まだ起こす事できないんだ」

「ああ」

 

 カノンの言葉に、ヒカルは頷きを返す。

 

 カノンもまた、子供の頃にルーチェと共に遊んだ記憶がある。もっとも、その頃はルーチェの方がカノンやヒカルを引っ張りまわす事が多かったが。

 

 そのような事情がある為、カノンもまたルーチェが目覚めるのを待ちわびている1人だった。

 

「大丈夫だよ」

 

 そんなカノンが、ヒカル安心させる用のそっと腕に手を当ててくる。

 

「ルゥちゃん、きっと良くなるから。だから、わたし達も頑張ろう」

「ああ、そうだな」

 

 カノンの温かい手の感触は、冷えていたヒカルの心も温めてくれるかのようだった。

 

 と、そこでふと、ヒカルは何かを思い出したようにカノンを見た。

 

「そう言えば、お前、何か俺に用事でもあったのか?」

 

 カノンは部屋に入って来た時、ヒカルを探しているような口調だったのを思い出したのだ。

 

 その言葉に、カノンも自分がここに来た事情を思い出し、少し俯き加減に口を開いた。

 

「うん・・・・・・実はさ、レミリアの事、なんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンはレミリアが、自分達の関係を前にして、身を引こうとしている事を話した。

 

 カノンは、ヒカルの事が好きだ。

 

 だが、それとこれとは、話が別だと思っている。

 

 自分達の事を理由に、レミリアに離れて行ってほしくも無かった。

 

「判った」

 

 カノンの話を聞き終えたヒカルは、安心させるようにカノンの頭をそっと撫でる。

 

「俺に任せておけ。大丈夫、絶対にあいつを放したりしないよ」

「うん」

 

 頷きを返すカノン。

 

 それに対し、ヒカルはそっと笑いかける。

 

「勿論、お前の事もな」

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルに対し、カノンはそっと頭を胸に預ける。

 

 対して、ヒカルもまた、少女の頭を優しく抱き寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その数日後、

 

 オーブ本国のからの大命が下り、オーブ共和国軍、自由ザフト軍、月面都市自警団から成る連合軍艦隊はプラント本国に向けて発進して行く。

 

 今、

 

 正に、

 

 最後の戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-15「前夜の軌跡」      終わり

 



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PHASE-16「乱れ散る戦場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2機の機体がゆっくりと、並んで飛翔していく。

 

 片方は、白い炎の翼を広げた機体、クロスファイア。

 

 もう片方は、不揃いの翼を広げた機体、エターナルスパイラル。

 

 キラとヒカル。

 

 ともに運命に抗い、戦い続ける親子がパイロットを務める機体である。

 

「なあ、父さん」

《ん、何かな?》

 

 ヒカルの問いかけに、キラは視線をエターナルスパイラルの方へと視線を移す。

 

 それぞれの機体の後席に座るエストとカノン、それにエターナルスパイラルのOSを務めているレミリアはそれぞれ沈黙している。

 

 皆、父と子の会話を黙って聞き入っていた。

 

「父さんは、この戦いが終わったらどうするんだ?」

 

 それは、ずっとヒカルの中で考えていた疑問だった。

 

 キラはターミナルのリーダーである。そしてターミナルは戦争の為に存在する組織である。

 

 当然、戦争が終わればターミナルの役割も終わる事になる。同時にキラ達の存在も不要になるのでは、とヒカルは考えたのだ。

 

 存在意義を無くしたキラは、その後でどうするつもりなのか、気になっていたのだ。

 

 だが、

 

《当然、戦い続けるよ》

 

 息子の疑問に対し、事も無げにキラは答えた。

 

《戦争は、これで終わるかもしれない。だけど、人が人であり続ける限り、戦いは終わらない。必ずまた、戦争を起こそうとする人間が現れるはずだ》

 

 争いは人の欲望が起こす物である以上、戦争が絶える事は無いだろう。言いかえれば、人が人であり続ける限り、戦争は亡くなる事は無い。

 

 故に、戦争を根絶する事は、事実上不可能であるとキラは考えている。全ての人間が欲望を捨て去る事など不可能であるし、もしそうなったら、もはやそれは「人」とは呼べない何かに進化したと言える。

 

《けど、戦争を無くす事はできなくても、未然に防ぐように努める事はできるよ。ターミナルはその為にあるんだ》

 

 ターミナルには、ラクスが生涯掛けて築き上げた情報網が世界中に張り巡らせてある。

 

 その情報網を駆使して情勢を見極め、争いを芽の内に潰す。それこそがターミナルの真の役目であるとキラは認識していた。

 

 戦争はいずれ終わる。これは間違いない。

 

 だが、戦争が終わった、その後に始まる世界こそが、ターミナルにとっての真の戦場であると言えた。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは尚も尽きぬ疑問を、再度ぶつけてみる。

 

「もし、世界がターミナルを必要無いって言い出したら、その時はどうするんだよ?」

 

 これも、ありえない未来とは言い切れない。

 

 今次大戦において、情勢は二転三転し、あまりにも目まぐるしく入れ替わった。

 

 その過程で、排斥された物は多い。

 

 北米統一戦線、北米解放軍、中盤には、世界最大の勢力だった地球連合も崩壊し、一度はオーブですら、テロ支援国家の烙印を押されて転落する運命を甘んじた。

 

 今後、ターミナルが長く存続していけると言う保証は、どこにも無い。それどころか、反ターミナル勢力が実権を握れば、ターミナルはテロ組織認定され、世界の敵として討伐される側になる可能性すら考えられる。

 

 そうなった時、キラ達はどうする心算なのか?

 

《・・・・・・・・・・・・その時は》

 

 息子の質問に対し、キラは静かに答えた。

 

《僕達は黙って消えるだけだよ》

「・・・・・・・・・・・・」

《考えても見なよ。僕達が必要とされない世界が来るなら、これほど素晴らしい事は無いじゃないか。そうなったら、喜んで消えるよ》

 

 その言葉に迷いは無かった。

 

 戦争屋である自分達が必要とされない世界が来たら、本当にキラ達は歴史の彼方へと去る事を望んでいるのだ。

 

 その時、旗艦から全軍出撃のシグナルが発せられた。

 

《けど、今は、自分達に今できる事をやるとしよう》

「ああ、そうだな」

 

 キラの言葉に頷きを返す。

 

 それと同時に、父子の駆る機体は、速度を上げて突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 コズミックイラ97年4月20日

 

 ついに、プラント外縁部ヤキン・トゥレース要塞において、両軍は最後の決戦に臨んだ。

 

 自由ザフト軍からの「要請」と言う形を取り、プラント本国侵攻を完全に正当化する事に成功したオーブ軍は、「プラント及び、世界に騒乱の種を撒き散らし続けるアンブレアス・グルック、並びに彼に従う一派の排斥」と言う大義名分を高らかに掲げ、進軍を開始した。

 

 その間にオーブはヘルガを利用した対プラント政府に対する宣伝放送を盛んに実施し、グルック政権の打倒と、自分達の進撃の正当性を世間に訴えている。まさに、世界中の世論を味方につける形である。

 

 対してプラント軍は「グルック政権こそがプラント唯一の政治政体であり、それ以外は一切存在しない。自由ザフト軍を名乗る反逆者達が、オーブ共和国を僭称するテロリストに如何なる要請を行ったかは知らないが、それは100パーセント無効である」と宣言し、連合軍と全面対決する姿勢を崩さなかった。

 

 参加兵力は、

 

 連合軍、艦艇97隻。機動兵器580機。

 

 対するプラント軍は艦艇150隻、機動兵器1270機。

 

 連合軍はオーブ共和国軍、自由ザフト軍、月面都市自警団が合同し、更に、オーブ本国からの増援を受け、先の第二次月面会戦での損害を回復する形での参戦となっている。

 

 対してプラント軍も、地上の各拠点に展開した兵力を引き上げる形で部隊を再編成していた。

 

 数の上ではプラント軍が圧倒的であり、更には無敵の要塞であるヤキン・トゥレースが背後に控えている事を考えれば、状況は連合軍にとって著しく不利である事は明白だった。

 

 だが、事はそれほど単純ではない。

 

 連合軍の集結を察知したプラント軍は、とにかく集められるだけの戦力を国内からかき集め、要塞守備戦力として組み込んだのだ。

 

 その中には、工場でロールアウトしたばかりで、まだ試運転すらしていない機体があるかと思えば、廃棄処分場の解体レーン上に乗っていた物を引っ張ってきたような機体まである始末である。

 

 加えて、パイロットの技量もまちまちである。ベテランも多数に上るが、士官学校を出たばかりの新人や、引退した老兵にまで操縦桿を握らせ、果ては作業用モビルスーツ程度の操縦経験しか無い者まで前線に出している。

 

 要するに、額面通りの戦力をプラント軍が有しているとは言い難い訳である。

 

 プラント軍は、こうしてかき集めた部隊を要塞前面に展開、大きく3群に分けて配置していた。

 

 まず最前線には、新兵や老兵を中心とした二線級以下の部隊が配備されている。彼等は、端から戦力として期待されている訳ではない。そもそもかき集められてから日が無かったため、殆ど訓練らしい訓練すら行われていない。単に数を合わせて形だけの部隊編成を行った程度である。当然、3群の中で士気も最も低い。ただ、戦闘に関しては、ほんの僅かでも連合軍の戦力を減らす事ができれば上等と考えられていた。

 

 次の第2陣には、保安局の行動隊が控えている。彼等も技量という点では第1陣とさほど差がある訳ではないが、こちらは連合軍の迎撃と言うよりは、第1陣の後背に陣取る事で睨みを利かせ、必要とあれば味方の背後から砲撃を加える事で第1陣を構成する兵士達を脅しつけ、戦線維持を行う事を目的とした監視・督戦部隊である。この部隊の任務は直接的な戦闘を行う事よりもむしろ、味方の脱走を防ぐ事にある。

 

 そして第3陣が主力軍であるザフト軍が布陣している。ここまで至るまでに、消耗を重ねた連合軍を、主力であるザフト軍で迎え撃つ、と言うのがプラント軍の戦略構想である。

 

 更にその背後には、無敵の要塞が腰を据えて待ち構えている事を考えれば、戦力としては充分であるように思える。

 

 まさに数を恃みとした重厚な布陣である。

 

 因みに、ディバイン・セイバーズは前線から離れ、要塞内で待機している。ディバイン・セイバーズはグルックにとって最後の切り札である為、温存策が取られているのだった。

 

「フッ 来たか、愚か者共め」

 

 モニターに映る連合軍の様子を眺め、グルックは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

 しかし、その姿には昔日に見せていた、最大国家の元首としての威厳は見受けられず、完全にやつれきった印象があった。

 

 目は落ちくぼんで大きく隈ができ、頬はげっそりと痩せこけている。着ている議長服も、何日も替えていないかのようによれが目立っていた。

 

 アプリリウスワンを追われ、この要塞へと命からがら逃げてきたグルック。しかも、その惨めな逃亡劇を全世界に配信されると言う醜態を晒した事により、彼の精神的苦痛はピークに達しつつあった。

 

 そのような中での連合軍侵攻である。

 

 あらかじめ予想されていた事である為、驚きはしなかったものの、グルックにとっては忌々しい限りだった。

 

 だが、このような状況に追い込まれて尚、グルックには勝算があった。

 

 とにかく勝てば良い。

 

 勝って敵を撃滅して見せれば、一度は自分を追い出したプラント市民も、再び自分を認めて受け入れてくれるだろう。自分達が理想とする統一された世界の実現の為、協力してくれるだろう。

 

 結局のところグルックは、最後の最後に至るまで、滑稽な程に現実が見えていなかったのだ。

 

 彼は国家元首として、自分が最優先でしなくてはならない事が何か、判らないままだった。

 

 国家元首の最大の役割は、自国民の安全保障と生活水準の安定である。

 

 しかし、グルックはそれをしなかった。ただ、己の空虚な理想ばかりを追い求め、国民の生活を顧みようとしなかった。

 

 彼の口から出る言葉がいかに軽く、中身を伴っていなかったかがよく判る。

 

 そして、最大の不幸は、他ならぬ今日の事態を招いた原因が自分の失策である事に、グルックが未だに気付いていない事だった。

 

 こうなったのは、全てテロリストが市民を先導したせいであり、自分は何一つ悪くないのだと、グルックは心の底から思っていた。

 

 あるいは、

 

 このような幼稚な考えしかできない人物を最高議長に選んでしまった事こそが、プラント市民にとっての最大の失敗であり、不幸であったのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 進撃を開始した連合軍は、一斉に砲門を開く。

 

 数こそプラント軍に劣っているものの、今次大戦において幾度も激戦を潜り抜けて来た連合軍は、精鋭揃いである。

 

 対して、プラント軍の前線部隊は、大半が戦闘未経験者で占められていた。

 

 その差は、すぐに現れる。

 

 連合軍の戦力展開は、機敏に行われる。

 

 セレスティフリーダムやアストレイRが陣形を組んで砲撃を行い、戦闘機形態のイザヨイが高速で駆け抜けて攪乱する。

 

 自由ザフト軍に所属するガルムドーガやハウンドドーガも、慣れた動きで、主力を務めるオーブ軍の側面掩護に当たっていた。

 

 それに対するプラント軍側の対応は、あまりにもお粗末だった。

 

 彼等は連合軍の動きに完全に戸惑い、陣形を改編するのにも戸惑っている。最も基本的な火力の集中すらできていない有様だった。

 

 そこへ、プラント軍の前線部隊に比べれべ、いっそ芸術的と称しても良いくらい華麗な部隊機動を見せ、オーブ軍の部隊が次々と肉薄してくる。

 

 集中される砲火。

 

 たちまち、プラント軍第1陣の陣列が突き崩された。

 

 たかだか素人に産毛が生えた程度の力しかない者達が、にわか仕込み程度の技術でベテランに挑もうとすること自体が自殺行為以前に滑稽であると言えた。

 

 壊乱し、陣形を乱すプラント軍。

 

 ある者はたちまち逃走を開始し、またある者はせめて味方と合流しようと機体を反転させたところで背後から砲撃を浴びる。

 

 踏みとどまって戦おうとする者は、ほんの一握りに満たなかった。

 

 そのように、めいめいバラバラな行動を起こした事で、あっという間に陣形はバラバラとなり、部隊としての体は崩壊する。

 

 このまま一気に、連合軍が戦線突破に成功するかと思われた。

 

 しかし、そこへ容赦ない砲撃が加えられる。

 

 たちまち、直撃を受けた機体が爆発し、それを見た兵士に動揺が走った。

 

 動揺が恐怖に変わるのに、それほど時間はかからなかった。

 

 砲撃が行われたのは、プラント軍の背後からである。

 

 今にも逃げようとしていた部隊の機体が、背中から砲撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 惨状は、たちまち戦場全体へと広がる。

 

 督戦部隊として彼等の背後に控えていた第2陣、保安局の行動隊が攻撃を開始したのだ。

 

 保安局が砲門を向けているのは、全て敵ではなく味方。プラント軍の前線部隊である。

 

 いわば「どやしつけて前へと向かせる」と言ったところであろう。

 

 元々、プラント軍第1陣は装備、技量共に最も低い部隊である。総じて士気も最低であり、僅かでも不利になると、雪崩を打って脱走者が続出する事は目に見えていた。

 

 故に、保安局の役割は、恐怖によって彼等を戦場に縛り付けて戦わせる事にあるのだった。

 

 こうしたやり方は、洋の東西を問わず、どこでも歴史の中で見られる光景である。

 

 特に負けの込み始めた軍隊では、兵士達の指揮が下がって脱走が目立つようになる。そうした事情を防ぐために督戦部隊の存在がある訳である。

 

 もっとも、だからと言って悲惨さが薄れる事は聊かも無いのだが。

 

《前へ進み続けろ。諸君等の役割は、ただ本国を侵さんとする悪辣な侵略者どもに誠吾の戦いを挑む事だけである》

 

 保安局から発せられた言葉と、物理的な砲撃が容赦なく浴びせられる。

 

 その為、プラント軍の前線部隊は、否応なく正面を向かざるを得なかった。

 

 だが、前方からは連合軍の砲火がいよいよ厳しくなり始めている。

 

 前と後ろ、死のサンドイッチに挟まれ、プラント軍第1陣は恐慌状態へと陥りつつあった。

 

 

 

 

 

「何だよ、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 敵の攻撃を回避しながら、ヒカルは目の前に広がる光景を見て絶句していた。

 

 プラント軍がプラント軍を攻撃している。

 

 それも、背中から撃つ形で。

 

 これまで幾度も悲惨な戦場を目にしてきたヒカルだが、正直なところ、ここまでむごい光景にお目に掛かった事は無かった気がする。

 

 今もまた、ヒカル達が見ている目の前で、保安局の攻撃を受けた機体が爆発四散するのが見えた。

 

 そんな保安局の督戦が効いたのか、崩れかけていたプラント軍の戦線が、いびつな形ながら盛り返し始めた。

 

 だが、そこに秩序は無い。

 

 向かってくる機体の大半は、味方の連携すら考えず単独で斬り込んでくる者がほとんどである。どこか捨て鉢になっている印象がある。

 

 前には連合軍、後ろには保安局に挟まれ、進退窮まったプラント軍兵士が、破れかぶれになっている様子だ。

 

「クッ カノン!!」

「判った!!」

 

 ヒカルと阿吽の呼吸を見せるカノン。

 

 エターナルスパイラルは左翼から4基のドラグーンを射出。更に機体本体の武装と合わせて24連装フルバーストを展開する。

 

 一斉に放たれる砲撃は、接近を図ろうとしていたプラント軍機の武装を次々と吹き飛ばしていく。

 

 更にヒカルはドラグーンを回収すると、エターナルスパイラルのレールガン砲身に増設された鞘から高周波振動ブレードを抜刀、横なぎの一閃でガルムドーガの首を斬り飛ばし、更に鋭く斬り落として別の機体の方を斬り裂いた。

 

 エターナルスパイラルの不揃いの翼が羽ばたくたび、確実に数を減らすプラント軍。

 

 陣形は大いに乱れ、その修正すらできないでいる。

 

 進退窮まったなら、無理に撃墜する必要は無い。戦闘力を奪ってやれば、戦場に留まる事ができずに後退するしかなくなるだろうとヒカルは考えたのだ。

 

 だが次の瞬間、信じられない事が起こった。

 

 ヒカルが武装や手足、メインカメラを吹き飛ばして戦闘不能にしたプラント軍機。

 

 もはや戦闘力を完全に喪失したその機体に対し、保安局は容赦なく砲撃を加えたのだ。

 

《そんな、何で!?》

 

 目の前で爆炎に包まれる機体を見ていたレミリアが、悲痛な叫びを上げる。

 

 ヒカル達が見ている前で、また1機の機体が保安局の砲撃を浴びて吹き飛ぶのが見えた。

 

 同様の光景は、戦場のあちこちで見られていた。

 

 保安局は大破を免れ、戦闘力を喪失した機体へも、容赦ない攻撃を浴びせて撃破していく。

 

 誤射ではない。完全に保安局は、戦闘力を失った見方を意図的に撃墜して回っているのだ。

 

 保安局からしてみれば、戦闘力を失い、士気も低下した兵士など邪魔でしかないと判断した結果なのだろうが、祖国を守る為に危険な最前線に立った味方に対して、あまりにもむごい仕打ちだった。

 

 ヒカル達からは見えないが、中には薄笑いを浮かべながら砲撃を行っている保安局員までいる。

 

 彼等からしてみれば、ゲームセンターの射的ゲーム感覚なのだろう。トリガーを引く指を躊躇う様子は一切見られない。

 

 その醜悪な様子に、

 

 ヒカルは自身のSEEDを弾けさせる。

 

「やめろォ!!」

 

 ヒカルは機体をフル加速させてプラント軍の前線部隊をすり抜けると、一気に後続する保安局の部隊へと迫った。

 

 尚も味方に対する砲撃を行う保安局行動隊。

 

 ゲーム感覚に熱中するあまり、高速で迫りくる不揃いの翼に気付いた様子は無い。

 

 エターナルスパイラルの両手に装備した高周波振動ブレードを構え直すヒカル。

 

 そこでようやく、保安局の側でも迫るエターナルスパイラルの存在に気付き、慌てて目標を変更しようとしてくる。

 

 しかし、

 

「遅いんだよ!!」

 

 彼等がもたついている間に接近を果たしたヒカルは、2本の高周波振動ブレードを容赦なく振るう。

 

 鋭い剣閃に斬り裂かれる機体。

 

 たちまち、保安局行動隊の隊列に乱れが生じる。

 

 二振りの刃が銀の軌跡を描いて旋回する度、保安局の機体は確実に数を減らしていく。

 

 元々、対モビルスーツ戦の技量的においてはプラント三軍の中で最も低いのが保安局である。それは、この最終決戦の場においても変わっていなかった。

 

 保安局行動隊は、突然の事態に対応する事ができないでいる。

 

 そこに「魔王」の異名で呼ばれる世界最強クラスのエースが飛び込んできたのだ。

 

 たちまち、保安局に動揺が走る。

 

 どうにか陣形を立て直そうとする者がいるかと思えば、背中を向けて逃げていく者もいる。

 

 しかし、反撃に放たれた砲撃がエターナルスパイラルを捉える事はない。

 

 閃光は立て続けに空を切る。

 

 ひどい物になると、目標を外して味方である保安局の機体を直撃する物まである。

 

 対モビルスーツ戦闘のノウハウが皆無だから、このような事態になるのだ。

 

 保安局行動隊の多くは「自陣に飛び込んだ敵機に対しては飛び道具よりも接近戦で対処する」と言う、最も基本的な対モビルスーツ戦闘マニュアルすら把握していなかった。

 

 所詮は、自分達よりも力の弱い、一般市民ばかりを相手にしてきた弊害だろう。保安局にできる事はせいぜいスパイ狩りか、さもなくば証拠をでっち上げて冤罪をねつ造する事くらいだった。

 

 同じような光景は、そこかしこで起こっていた。

 

 エターナルスパイラルの活躍に触発されたように、オーブ軍や自由ザフト軍の各エース達も、高速でプラント軍第1陣をすり抜け、保安局行動隊が構成する第2陣へと肉薄していた。

 

 味方を背中から撃って督戦すると言う任務を負っていた保安局は、まさか連合軍が前線部隊を無視して自分達に襲い掛かって来るとは夢にも思っていなかったのだろう。たちまち、恐慌状態が伝染していくのが判る。

 

 慌てて逃げようとする者が続出し、戦線の崩壊は一気に広がって行く。

 

 しかし、連合軍の兵士達が、保安局に対し容赦を加える事は一切無い。

 

 次々と被弾して撃墜されていく保安局機。

 

 それに伴い、前線部隊へと放たれる砲火も密度が薄くなる。

 

 同時にそれは、プラント軍の前線が崩壊する事を意味していた。

 

 今まで保安局に鼓舞される事で、言いかえれば脅しつけられる事でどうにか前線に踏みとどまっていた第1陣の兵士達が、自分達の首を繋いでいた鎖を引き千切ったように、次々と逃亡を開始したのである。

 

 彼等は元々、戦闘職ではない。それを無理やりモビルスーツに乗せられて最前線に立たせていたのだ。おまけに逃げようとすれば背後から味方に撃たれる始末である。もはや士気はどん底を通り越して地の底まで墜ちているレベルだ。不利になると同時に、このような事態に流れるのは自明の理だった。

 

 前線部隊が抜けてぽっかりと空いた戦線の穴へと、連合軍は次々と流れ込んで来た。

 

《今だ、一気に突き崩せ!!》

 

 連合軍の先頭に立ち、自身も戦い続けるムウが、向かって来ようとする保安局の機体を撃ち抜きながら叫んだ。

 

 既にかなりの数の連合軍が、保安局部隊を射程内に収め、攻撃を開始している。

 

 放たれる砲火は、次々と保安局の機体を撃ち抜き、撃破する。

 

 それに対して、保安局の抵抗は無力に等しかった。

 

 彼等は碌な陣形すら保つ事ができず、壊乱していく。

 

 第1陣に続いて、第2陣が総崩れになるのも、もはや時間の問題だった。

 

 

 

 

 

「おのれ、これはいったいどういう事だ!!」

 

 モニターに映る情報を睨みつけながら、グルックは髪を振り乱して叫ぶ。

 

 状況を俯瞰的に表している戦況図はでは、プラント軍の苦戦状況がはっきりと映し出されていた。

 

 既に第1陣は総崩れとなっている。数は半分近くまで撃ち減らされ、残る半分も、踏みとどまって戦っている者は、ほんの一握り。残りは早くも逃走に移ろうとしている。

 

 だが、それは良い。元々グルックは第1陣には大して期待している訳ではなかったので。彼らにできる事は、せいぜい連合軍にかすり傷程度の損害を負わせる事くらい。始めから捨て石の予定で前線に配備したのだ。まあ、欲を言えば、もう少し食い下がってもらいたかったのだが、この程度が連中の限界だろうと思うしかなかった。

 

 だが、問題なのは保安局行動隊によって構成された第2陣の方だった。

 

 こちらは、さすがにまだ、戦線に踏みとどまって応戦している様子だが、それも第1陣に比べると程度の差でしかない。

 

 取りあえず、数の多さを頼みにして未だ戦線維持には成功し得散る様子だが、それもいつまで保つか分からない。現にグルックが見ている目の前で、保安局の部隊の反応は急速に数を減らしつつあった。

 

「不甲斐ないにもほどがあるッ 連中は一体、何を手抜きしているのか!!」

 

 保安局はディバイン・セイバーズ同様、グルックの肝いりで創設された部隊であり、今まで予算や装備などの面で、比較的優遇してきた方であると考えている。それ故、もっと奮戦してくれる事を期待していたのである。

 

 しかし、現実はまたも彼を裏切り、保安局行動隊は壊滅への坂をまっしぐらに転がりつつあった。

 

「まあ、なるようになったって感じだよね」

 

 PⅡの冷めた口調で放たれた言葉は、しかし離れた場所で喚き散らしているグルックには聞こえなかった。

 

 PⅡの分析では、保安局行動隊が連合軍の攻勢を支えられる時間は、せいぜい数時間程度だろうと考えていた。

 

 元々、対モビルスーツ戦闘は素人並みの連中である。歴戦の兵士を多数取り揃えた連合軍を押し戻せるものではない。

 

 保安局の役割はあくまで、二線級部隊である第1陣の督戦であり、直接的な戦闘力は期待できない。だが、連合軍も馬鹿ではない。戦闘が始まれば、いずれはプラント軍の作戦に気付くいて、相応の手を打って来るであろう事は読めていた。

 

 もっとも、予想以上に保安局の壊滅が早かった事には、PⅡも驚いているが。

 

 そして保安局の圧力がなくなれば、第1陣も壊乱する事は目に見えていた。

 

「さて、面白くなって来たね」

 

 PⅡは、醜悪に喚き散らすグルックを横目に見やりながら、背後に立つ者達へと語りかける。

 

 クライブ達、保安局特別作戦部隊は、第2陣に加わらずに要塞内で待機を命じられていた。

 

 命じたのはPⅡである。

 

「ねえねえ、あたし等の出番はまだな訳?」

 

 フィリアは椅子に座って足をプラプラと動かしながら、退屈そうに尋ねてくる。

 

 闘争本能の塊のような彼女にとって、他の者が戦闘を行う映像を見ながら待機しているのは苦痛でしかないのだろう。

 

 見渡せば、他の3人についても、程度の差こそあれフィリアと同じ心境であるらしい。

 

 確かに。

 

 戦闘がすでに始まっている以上、「PⅡにとっての手駒」である彼等を、無駄に要塞に留めておく理由は無い。

 

 彼はグルックと違い、いざという時、手札の出し惜しみはしない主義である。

 

「判った、そろそろ良いと思う。君達の実力を存分に振るい、連中を撃滅してくれ」

 

 PⅡの言葉を受け、一同はそれぞれ頷きを返しながら部屋を出て行く。

 

 と、そこでPⅡは思い出したように口を開いた。

 

「期待しているよ、レオス・アルスター。家の再興は、君の働きに掛かってるんだから。せいぜ頑張ってね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 PⅡの言葉に、レオスは一瞬立ち止まる。

 

 しかし、結局何も言う事無く、そのまま部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 保安局の機体をティルフィングで斬り捨てると、ヒカルは一息入れるようにヘルメットのバイザーを押し上げた。

 

 汗の粒がコックピット内に拡散する中、視線は油断なく周囲へと向けられている。

 

「戦況はどんな感じだ、レミリア?」

《味方は優勢だね。敵は完全に浮足立っているよ》

 

 自身の意識をOSに接続したレミリアが、戦況解析に当たっている。

 

 既にプラント軍は、第1陣に続いて第2陣も崩壊を始めており、連合軍有利のまま進もうとしている。

 

 このまま一気に押し切れれば良いのだが。

 

「ちょっと、難しいんじゃないか?」

《だね。アレがある限りはさ》

 

 カノンの言葉に、レミリアも頷きを返す。

 

 2人の視線の先には、巨大な岩の塊に見えるヤキン・トゥレース要塞が控えていた。

 

 敵の兵力を殲滅したとしても、あの要塞が健在である限り連合軍は勝利したとは言えないだろう。

 

「まあ、そこら辺はミナカミ中将とかが考えてくれているだろうからさ。俺達は目の前の事に集中しようぜ」

「だね」

《判った》

 

 カノンとレミリアの返事を聞き、再び戦闘に戻るべくヒカルはヘルメットのバイザーを降ろした。

 

 まさに、その時だった。

 

《高速で接近する反応1、これは!!》

 

 警告を発するレミリア。

 

 同時にエターナルスパイラルのカメラは、自身に接近してくる毒々しいまでに深紅の機体を捉える。

 

「あれは!?」

 

 叫ぶヒカル。

 

 機体各所から突き出した特徴ある突起が目立つ機体は、見間違えるはずも無かった。

 

「レオスッ!!」

 

 言いながら、ビームサーベルを抜き放ち突撃に備えるヒカル。

 

 対抗するように、ブラッディレジェンドを駆るレオスもまた、ドラグーンを射出して砲撃準備を整えた。

 

《これで最後だ、ヒカル!!》

 

 複数の閃光が虚空を奔り、振り翳した剣閃が闇を斬り裂く。

 

 今、互いの意志が最後の戦場で交錯した。

 

 

 

 

 

PHASE-16「乱れ散る戦場」      終わり

 



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PHASE-17「破滅の閃光」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり来たか。

 

 報告を受けたカガリが、まず最初に思い浮かべた言葉がそれだった。

 

 ヤキン・トゥレース要塞において、連合軍とプラント軍の決戦が開始されたと報告があって数時間後、オーブ本国でも動きがあった。

 

 オーブの領海線北部から、多数の機影が接近中との事である。

 

 相手はプラント軍と見て、まず間違いない。

 

 彼等は、先の戦いで壊滅し、警戒ラインが甘くなっているアカツキ島周辺海域を掠める形でオーブ領海内に侵入すると、そのまま真っ直ぐに本土を目指して進んできていると言う。

 

 恐らくヤキン・トゥレース要塞での戦いと連動してオーブ本国を衝き、連合軍の動きを攪乱する事が狙いだったのだろう。

 

 オーブ軍は、ほぼ全軍をプラント戦線に投入している。確かに現状、本国の守りが手薄になっている事は間違いなかった。

 

 恐らく出撃基地はハワイあたりだろうと考えられる。

 

 プラント軍はこのような事態になる事を見越して、ある程度の戦力を地上に残しておいたのだ。

 

 退勢の軍とは言え、それでもプラント軍はなお、戦力的な余裕はオーブ軍よりも大きいと言う訳だ。少なくとも、戦略的な別働隊を組める程度には、余力を残していたらしい。

 

 しかし、

 

「甘かったな」

 

 カガリは不敵な笑みを浮かべながら、呟きを漏らす。

 

 このような事態になる事を、こちらが全く考えていなかったと思うのは大きな間違いである。

 

 確かに主力軍は不在だが、こちらにはまだ切り札が残っているのだ。

 

「頼むぞ、リィス・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言ってカガリは、今ごろ出撃準備を進めているであろう姪に想いを託すのだった。

 

 

 

 

 

 パイロットスーツを着る感触は、何だか久しぶりなようで新鮮な感じがする。

 

 素材が身体にフィットする感触を味わいながら、リィスは傍らに置いておいたヘルメットを取って立ち上がる。

 

 リィスにとっては久々の戦場である。ここ最近は対敵宣伝放送を行うヘルガの護衛と言う、本来の専門とは違う任務の方ばかり行っていた。

 

 勿論、ヘルガの護衛は必要な事だし、リィス自身、決して任務を厭っていた訳ではない。

 

 しかしやはり、自分はモビルスーツを駆って戦場に立つ方が性に合っている気がした。

 

 ・・・・・・我ながら、なかなか救い難いとは思うのだが。

 

 ロッカールームを出ると、テンメイアカツキを駐機してある格納庫へと足早に向かう。

 

 主力軍を欠いた今のオーブにとって、リィスの存在は正に切り札と言って良いだろう。

 

 と、その時だった。

 

「リィス!!」

 

 呼び止められて振り返る。

 

 そこには、慌てて駆けて来たのか、息を上がらせた様子のアランが、膝に手を突いて立っていた。

 

「アラン、どうかしたの?」

「いや、君が出撃するって聞いてね。急いできたんだ」

 

 そう言うとアランは、乱れ大気を整える暇も無く、リィスへと歩み寄る。

 

「その、リィス・・・・・・・・・・・・」

 

 アランの顔が、リィスのすぐ間近まで迫る。

 

 互いの吐息が顔に掛かる程の距離。

 

 そのような状況で、リィスとアランは互いに見つめ合う。

 

 思えば、この2人もまた数奇な運命の元に巡り合ったと言える。

 

 片やオーブの軍人。

 

 片やプラントの政治家。

 

 本来なら交わる事の無かったはずの2人の運命が、奇妙な縁で結ばれて今日に至っている。

 

 まこと、人の行くべき道の先には、何があるのか判らない物である。

 

「必ず・・・・・・」

 

 ややあって、アランが口を開いた。

 

「必ず、生きて帰ってくれ。君がいてくれないと、僕が困る」

「アラン・・・・・・・・・・・・」

 

 真っ直ぐに見つめてくるアランの視線を、リィスも正面から受け止める。

 

「当たり前でしょ」

 

 そっと、リィスの手がアランの胸に当てられた。

 

「あなたに出会えたから、私はここまで戦ってくることができた。だから、約束する。私は、必ずあなたの元へ帰って来るから」

「リィス・・・・・・」

「アラン」

 

 見つめ合い、

 

 そして、2人はそっと唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 黄金の翼が天に舞う。

 

 残された全ての戦力をかき集め、迎撃戦を行おうとしているオーブ軍。

 

 リィスはテンメイアカツキを駆って、その先頭に立っていた。

 

 そっと、唇に降れる。

 

 愛しい男の感触は、まだリィスの中で残り続けている。

 

 彼を守るため、

 

 そして、今もはるかな宇宙で戦い続けている両親や弟を助ける為、リィスもまた、最後の戦いへと身を投じていく。

 

 やがて、センサーが前方から接近する機影がある事を伝えてくる。

 

 緊張と共に、スッと目を細めるリィス。

 

 誰何するまでも無い。何が来たかなど、考えるまでも無かった。

 

 やがて、光学センサーでも相手の機影を捉えられるまでに距離が詰まる。

 

 グゥルに乗ったハウンドドーガやガルムドーガ、飛行型機動兵器であるリューンの姿も見える。

 

 間違いなく、相手はプラント軍だ。数はそれほど多くは無いようだが、それでもこちらよりは多い。

 

 油断できる相手ではなかった。

 

 迫る敵軍。

 

 それを見据え、リィスはテンメイアカツキの右手に装備したビームライフルを高く掲げた。

 

「全軍、我に続け!!」

 

 叫ぶと同時に突撃を開始するテンメイアカツキ。

 

 そこへ、多数の閃光が大気を焼きながら迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオスの駆るブラッディレジェンドは、距離を取りつつドラグーンを一斉射出。エターナルスパイラルに対してオールレンジ攻撃を仕掛けるべく攻撃位置へと着く。

 

 それに対抗するように、ヒカルも自身の有利な位置を模索しながらカノンに指示を飛ばす。

 

「今だ、カノン!!」

「判った!!」

 

 エターナルスパイラル本体に搭載された4門の方を展開、一斉発射するカノン。

 

 放たれたビームライフルとレールガンによって、接近しようとしていた大型ドラグーン1基と、小型ドラグーン2基がたちまち吹き飛ばされて爆砕する。

 

 しかし、他のドラグーンは、爆炎をものともせずに距離を詰めて来た。

 

 攻撃配置に着くドラグーン。

 

 それに対して、ヒカル達もアクションを起こす。

 

《ヒカル、接近データ、送るよ!!》

「ああ、頼む!!」

 

 レミリアから送られてきたデータに誘導され、ヒカルはドラグーンからの攻撃を回避。そのまま、一気にブラッディレジェンドへ接近を図る。

 

 腰からビームサーベルを抜刀するヒカル。

 

 対して、

 

 迫る光刃を目にしたレオスは、舌打ちしつつ機体を後退させる。

 

 間一髪、エターナルスパイラルの刃に装甲を焼かれながらも、ブラッディレジェンドは後退する事に成功した。

 

 その間にレオスはドラグーンを呼び戻すと、背後からエターナルスパイラルを包囲するような体制を取る。

 

 その事に、レミリアがいち早く感知して警告を送る。

 

《ヒカル、後ろ!!》

「チッ!!」

 

 舌打ちすると同時に、ヒカルは不揃いの翼を羽ばたかせ、エターナルスパイラルに退避行動を取らせた。

 

 閃光が追撃を掛けて来る中、ヒカルは何とか安全圏まで逃れつつ反撃の為に体勢の立て直しを図る。

 

「いい加減にしろよ、レオス!!」

 

 ブラッディレジェンドが放ったビームライフルの攻撃をシールドではじきながら、ヒカルはオープン回線で叫ぶ。

 

「お前、こんな事して本当に、家の再興なんて出来ると思っているのかよ!!」

 

 レオスの目的は、没落したアルスター家の再興である。その為にヒカル達を裏切り、勢力の強いプラント軍についたのだ。

 

 しかし今、プラント、と言うよりも、レオスが与するグルック派は完全に斜陽となりつつある。この状態で、レオスの目的が達成できるとはヒカルには思えなかった。

 

「戻ってこい、レオス。今なら、まだ!!」

《もう遅い》

 

 ヒカルの叫びに対して、静かな声で返事が返った。

 

 掠れたような声で発せられたその言葉は、どこか疲れ切った様子が見て取れる。

 

《もう、俺は後戻りできないところまで来てしまっている。後はただ、突き進む以外に選択肢は無いんだよ》

 

 レオスはもう、立ち止まる事の出来ない場所まで来てしまっている。

 

 故に突き進む以外に無い。例えその先が、底なしの奈落であったとしても。

 

 言いながら、ドラグーンによる波状攻撃を仕掛けるレオス。

 

 対してヒカルは、放たれる閃光に対し巧みに回避行動を行いながら、再度の接近を図る。

 

「その先にあるのは、ただ転がり落ちるだけの道なんだぞ。分かってんのかよ!!」

《百も承知だ!!》

 

 接近しようとするエターナルスパイラルを、ビームライフルで牽制するレオス。

 

 とっさにビームシールドで防御するヒカル。しかし、動きの止まったエターナルスパイラルに対し、たちまちドラグーンが殺到してくる。

 

 仕方なく、レールガンの斉射で牽制しながら距離を取る。

 

《俺はすでに、這い上がる事の出来ない場所まで落ちてしまっているんだよ。ならば、落ちる場所まで落ちてみるのも一興って奴さ!!》

「レオス!!」

 

 接近を図ろうとしたドラグーンをビームライフルで撃ち落とすヒカル。

 

 出来た一瞬の隙に、距離を詰めるべく不揃いの翼を広げた。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な閃光が、エターナルスパイラルに襲いかかってきた。

 

「クッ!!」

 

 とっさに接近を諦め、回避行動を取りながら視線を閃光が飛来した方向へと向けるヒカル。

 

 そこには、獲物を見つけた猟犬のように迫ってくる2機の異形の姿があった。

 

《見つけた見つけた見つけたァ!!》

《我々の相手をしてもらうぞ、魔王!!》

 

 フレッドとフィリア、リーブス兄妹がエターナルスパイラルの姿を見つけて襲いかかってくる。

 

 GアルファとGベータは、それぞれ変形しつつ合体。デストロイ級機動兵器であるゴルゴダに変化すると、そのまま全砲門を開きつつエターナルスパイラルに襲いかかってくる。

 

 そこへ更に、体勢を立て直したレオスのブラッディレジェンドも攻撃に加わってくる。

 

 舌打ちしながら回避行動を取るヒカル。

 

 閃光が次々と機体を掠めていく中、徐々に追い込まれていくのを自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 プラント軍の第1陣と第2陣は、既に壊滅状態に陥っていると言って良かった。

 

 第1陣は既に、その姿すら戦場には無い。連合軍の攻撃によって大半の機体が撃破され、生き残った機体も這う這うの体で逃げ散って行ったのだ。

 

 第2陣を形成していた保安局行動隊は、第1陣に比べればまだ粘った方ではあるが、それも程度の差でしかない。彼らもまた、連合軍の怒涛のような攻撃の前に、碌な抵抗を示す事も出来ずに壊滅する運命にあった。

 

 ここに至るまで、連合軍の損害は軽微な物にとどまっている。

 

 しかし、プラント軍の第3陣を形成するザフト軍は、さすがは歴戦の部隊というべきか、第1陣、第2陣に比べると激しい抵抗を示していた。

 

 要塞前面に展開したザフト軍は、要塞の火力と呼応しながら連合軍の戦力減殺に務めている。

 

 ザフト軍は、プラント軍創設以来、ディバイン・セイバーズ、保安局に比べると比較的冷遇されてきた部署である。

 

 しかし、この難局にあって最も活躍を示しているのが、今まで冷遇を受けて来た、彼らザフト軍である事は、誠に持って皮肉な成り行きであると言えた。

 

 ザフト軍の将兵は何も、アンブレアス・グルックに義理立てする為に奮闘しているのではない。

 

 彼等を突き動かしているのはただ一つ。自分達こそがプラントを守護する物であると良誇りに他ならない。

 

 グルック政権のやり方は、彼らにとっても受け入れがたい物がある事は確かである。

 

 しかしだからと言って、他国の侵略を看過する事は出来なかった。

 

 第1陣、第2陣が総崩れとなった事で、既に両軍の戦力差は殆ど無くなっている。

 

 しかしそれでも、ザフト軍の将兵は、誇りを胸に「侵略者」へと立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

「よくやるねえ。ほんと、頭が下がるよ」

 

 自分達に向かってくるザフト軍の様子を見据えながら、ディアッカは苦笑交じりに行った。

 

 彼等はかつての、

 

 否、今でも自分達の同胞である。

 

 今はあり方の相違によって敵味方に分かれてはいるが、それでも本来なら、ともにプラントの兵士として戦う者同士だった筈。

 

 それが、このような事態に陥ってしまった事には、忸怩たるものを感じずにはいられないが、しかし、彼等の行動に対して賞賛こそあれ、恨む筋は毛ほども存在しなかった。

 

《仕方あるまい。これが今、俺達に置かれた状況なら、受け入れて戦うしかない》

 

 親友の気持ちを感じ取り、イザークは静かな口調で返した。

 

 ディアッカの感じた想いは、イザークもまた共有する所である。誰が好き好んで、友軍と戦いと思う事だろう?

 

 だが、こうなった以上、手を抜く事は出来ない。

 

 彼等は内からプラントを変える為、そして自分達は外からプラントを変える為、戦い続けなくてはいけないのだから。

 

 そこに正邪の別は無い。

 

 ただ、互いの信念がぶつかり合うのが戦場と言う物である。

 

《行くぞ、何としてもここを突破して、要塞に取り付く!!》

 

 イザークの号令と共に、自由ザフト軍の機体が次々と飛び出していく。

 

 そんな中、戦塵を着るように突撃して行く3機のガルムドーガの姿がある。

 

《オヤジ、先に行くぜ!!》

《先陣は任せて下さいッ》

《道を切り開きます!!》

 

 ジェイク・エルスマンにディジー・ジュール、そしてノルト・アマルフィ。

 

 次世代を継ぐ勇士達が、勇んで飛び出していく様は、見ている親達からすれば頼もしい限りである。

 

 既に彼等は、敵の前線部隊に取り付いて戦闘を開始していた。

 

《さて、そんじゃ、俺達も行くかね》

「ああ、勿論だ」

 

 ディアッカとイザークも頷き合うと、敵陣に向けて突撃して行く。

 

 まだまだ、自分達も子供たちに負ける訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 連合軍とザフト軍が交戦を開始した頃、戦線後方で支援砲撃を行っていたオーブ軍艦隊に動きが生じた。

 

 旗艦大和の艦橋に立って、戦況を見守っていたユウキは、鋭く双眸を光らせる。

 

 モニターで確認すると敵の陣形は、大きく乱れている。

 

 既にプラント軍第1陣と第2陣は壊滅し、防衛ラインは薄くなり始めている。

 

 その様子を確認してから、スッと目を細めた。

 

 今回の戦い、敵の戦力を減殺したとしても終わらないとユウキは踏んでいた。

 

 グルックの切り札は、プラント軍の兵士よりも、むしろ要塞その物にあるとユウキは考えていた。

 

 つまり、仮にプラント軍を全滅させたとしても、ヤキン・トゥレースが健在である限り、アンブレアス・グルックが白旗を上げる可能性は低い。

 

 その事を見越して、ユウキは作戦を組んできていた。

 

 そして、敵の戦力が減った今、作戦実行のチャンスであると言えた。

 

「トウゴウ艦長」

 

 かつての師の孫へ、ユウキは静かに語りかける。

 

 思えば、彼とも奇妙な縁である。

 

 かつて自分は、シュウジの祖父、ジュウロウ・トウゴウ元帥の元で副長を務め、ヤキン・ドゥーエ戦役を戦った。

 

 その時の旗艦も大和である。

 

 あの時の大和は20年前の戦いで沈んだが、今また復活した大和で、東郷元帥の孫を指揮する立場に自分はある。

 

 縁と言う物は、こうして続いていくものなのだと言う事が、何となく実感できた。

 

「作戦を開始する。その旨、全軍に打電してくれ」

「ハッ 了解しました」

 

 ユウキの命令を受け、シュウジがオペレーター席に座るリザに打電を指示する。

 

 その様子を眺めながら、シュウジは説教図を睨み付ける。

 

「さて、上手く行ってくれるといいが」

 

 この作戦の成否に、連合軍の命運がかかっていると言っても過言ではない。

 

 それを考えれば、流石のユウキも緊張せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 天使のように美しい機体と、魔獣の如き禍々しい機体が、互いに一歩も引く事無く激突を繰り返している。

 

 クロスファイアとディスピア。

 

 キラとクライブ。

 

 因縁ありすぎる2人の激突は、徐々に増す熱をそのままぶつけるように激しくなりつつあった。

 

 巨大な破砕掌タルタロスが宙を薙ぎ払うたび、炎の翼が飛沫を散らして舞い踊る。

 

 ディスピアの巨大な鉤爪が迫るたび、クロスファイアはそれを迎え撃つべく剣を振るう。

 

 両者、互いの存在を削り合うかのように、激しいぶつかり合いを繰り返していた。

 

《クハハハハハハ、楽しいな、オイッ 戦いってのはこうでなくちゃよォ!!》

「勝手に言っていろ!!」

 

 振るわれる巨大な腕を回避しながら、キラはクライブの哄笑に素っ気なく答える。

 

 元より、この男が戦いに快楽を求めるタイプの人間である事は承知している。そこにまともに付き合ってやる気は、キラには無かった。

 

 翼のカバー部分からドラグーン4基を射出。20門の砲を駆使して牽制の砲撃を加えつつ、キラはクロスファイアの腰からビームサーベルを抜刀、一気に斬り込みを掛ける。

 

 鋭く横なぎに振るわれる斬撃。

 

 しかし、その刃は、クライブがディスピアを素早く後退させた事で空振りに終わる。

 

《おっとっと、おいおい、俺はこっちだぜ!!》

 

 嘲笑うように言いながら、胸部の複列位相砲で牽制の砲撃を加えてくるクライブ。

 

 対してキラは、クロスファイアを急上昇させて回避。同時に機体をFモードに変更しつつ、ビームライフルとレールガンを構える。

 

 放たれる砲撃。

 

 砲撃重視型のFモードに変化した事で、砲撃の速射力が飛躍的に上昇する。

 

 だが、それを見切っていたクライブも、射線上から機体を逃す事で回避する。

 

《オラッ 行くぜ!!》

 

 言いながら、クライブはディスピアの腰からビームサーベルを抜き放つと、更にタルタロスの指先に装備したビームクローを振り翳してクロスファイアに襲い掛かる。

 

 対抗するようにキラもまた、ビームライフルを収めると、ビームサーベルを抜き放って斬り掛かる。

 

 先制したのはクライブ。

 

 両側から包み込むようにしてタルタロスを振るい、クロスファイアを追い込もうとする。

 

 対してキラは、それよりも一瞬早く蒼炎翼を羽ばたかせて破砕掌の可動範囲をすり抜けると、鋭いターンから、急降下を掛けつつサーベルを振るう。

 

《ハッ まだだッ!!》

 

 迫る光刃に対し、ビームシールドを展開して防御するクライブ。

 

 両者共に、互いの剣と盾が火花を散らした。

 

《ところで、感動の母娘体面はどうだったよ!!》

「ッ!?」

 

 クライブの突然の物言いに、思わずキラとエストは息を呑んだ。

 

 目の前の男は10年前、自分達の元からルーチェを攫って行った張本人である。

 

 憎んでも憎み足りない相手とは、この男の事であろう。

 

《悪いパパ達だよなァ 何しろ、あんな可愛い娘を、ずっとほったらかしにしといたんだからよ!!》

「黙れ!!」

 

 激昂したキラがビームサーベルを振るう。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、クライブは後退を掛けてキラの攻撃を回避。同時に抜き放ったビームライフルで牽制の攻撃を加える。

 

《感謝しろよなッ 感動の再会って奴を演出してやったんだから。一生にそう何度も味わえるもんじゃねえだろ!!》

「お前が、それを言うか!!」

 

 叫ぶと同時にキラは、高速でディスピアへと接近。ビームサーベルを振り翳す。

 

 一気に斬り下ろされる刃。

 

 クロスファイアの剣が、ディスピアを捉えるかと思った。

 

 次の瞬間。

 

《ビクティムシステム・セットアップ》

 

 その文字がディスピアのコックピットに踊った。

 

 次の瞬間、鋭さを増した機動性で、クライブはクロスファイアの斬撃を回避。一気に引きはがす。

 

「その動きはッ!?」

 

 自身の攻撃を回避され、驚愕の声を上げるキラ。

 

 それに対して、鋭く笑みを刻むクライブ。

 

《テメェみてぇなバケモノとやり合おうってんだ。これくらいの仕込みはしてきて当然だろうが!!》

 

 勝つ為に準備は怠らず、手段も択ばない。それはクライブの戦争に対する信念である。

 

 彼は、キラとの直接対決を見据え、キラに対抗可能な装備をあらかじめ準備してきたのだ。

 

《そらッ これで幕だッ!!》

 

 言いながら、タルタロスを振り翳すクライブ。

 

 それに対し、クロスファイアは立ち尽くす事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は、ザフト軍が戦線に介入した事により、ようやくプラント軍が五分へと押し戻す事に成功していた。

 

 当初の勢いを緩める事無く、鋭い突撃と砲火の集中を行う事によって連合軍。

 

 それに対しザフト軍は、要塞の防空圏内に拠って戦う事で、連合軍を迎え撃っている。

 

 その為、連合軍も一定以上距離を詰める事が出来なくなっていた。

 

 下手に近付こうとすれば、要塞から容赦ない砲撃を浴びせてくる。数個艦隊を優に上回る火力を有する要塞に正面から突撃するのは、カミカゼ以前の問題だろう。

 

「フ・・・・・・・・・・・・」

 

 ザフト軍が善戦する様子を見て、アンブレアス・グルックは冷や汗を拭いながら笑みを浮かべた。

 

「フハ・・・・・・フハハハハハハ そうだ、こうでなくてはいかん。さすがは、我が精鋭であるプラント軍の将兵だよ!!」

 

 第1陣と第2陣が呆気なく崩された時の狼狽ぶりは綺麗サッパリ消え失せ、上ずった笑い声をあげている。

 

 活躍しているのが、今までさほど優遇してこなかったザフト軍であると言う点も、もはや眼中にないらしい。

 

 ただ、「自分の軍隊」が敵を撃退できればそれでいい。そう考えているようだ。

 

 その時だった。

 

「敵艦隊に動きがありました。迂回路を取って、我が要塞へ接近中!!」

 

 オペレーターの声に弾かれるようにして、グルックはモニターの方へと目をやった。

 

 するとそこには確かに、戦線を迂回する形でヤキン・トゥレースへ接近しようとしている連合軍艦隊の姿がある。

 

 その近辺は、ちょうど戦力的に手薄になっており、連合軍は機動兵器部隊でプラント軍の目を引き付けている隙に、要塞への近接戦闘を行う事を画策しているものと思われた。

 

「ただちに迎撃部隊を送れ!!」

「いや・・・・・・・・・・・・」

 

 指示を飛ばした基地司令を、グルックは片手を上げて制した。

 

 その顔には、見る者を竦み上がらせるような、暗い笑みが浮かべられている。

 

 自軍が優勢に立った事で冷静な思考を取り戻しつつあるグルックは、素早く状況を計算しながら、もっとも効果的な方策を提示する。

 

「どうせなら、アレを試してみようじゃないか」

 

 グルックの言葉に、その場にいた全員が納得したように頷く。

 

 ちょうど、連語軍の接近コース上には、ある物が存在しているのだ。

 

 連合軍は下手を打った。奴等は勝利を急ぐあまり、こちらの最大の兵器を見落としたのだ。

 

 ならばせいぜい、最大限付けこんでやらねばならなかった。

 

「ジェネシス・オムニス発射準備。思い上がったテロリスト共に、正義の鉄槌を下してやるのだ!!」

 

 連合軍の進路上には、ジェネシス・オムニスが砲門を開いて待ち構えている。

 

 下手に部隊を派遣するよりも、主砲で一気に吹き飛ばしてしまった方が得策だし、敵の戦意を削ぐうえでも有効と判断したのだ。

 

「さあ、テロリスト共め、世界最大の花火で派手な火葬に仕立ててやる」

 

 間もなく、発射されるジェネシス・オムニス。

 

 その閃光が敵艦隊を飲み込む瞬間を夢想し、グルックは高揚する愉悦に心を躍らせるのだった。

 

 

 

 

 

 正面で機動兵器部隊が戦闘を行っている隙に、ユウキに率いられた連合軍艦隊はヤキン・トゥレースへと接近して行く。

 

 この周囲に、プラント軍機の機影は見当たらない。

 

 どうやら、要塞砲もこの近辺にはあまり配備されていないらしく、艦隊に向けて放たれる砲火はごく僅かと言えた。

 

「ここまでは、順調か」

 

 大和の艦橋に立ち、ユウキは独り言のように呟く。

 

 このまま一気に接近して、艦隊が要塞に取りつく事ができるか?

 

 そう思った時だった。

 

「敵要塞内部に、高エネルギー反応確認!!」

 

 リザの悲鳴のような声が木霊する。

 

 目を見開くユウキ。

 

 次の瞬間、

 

 ジェネシス・オムニスの砲門が、一気に光を増していくのが見えた。

 

 いつの間にか、ジェネシス・オムニスの仰角は変更され、連合軍艦隊を射線上に捉える位置へと移動していたのである。

 

「いかんッ 全艦退避!!」

 

 叫ぶユウキ。

 

 それとほぼ同時に、

 

 白色に閃光が、目一杯視界を覆って行った。

 

 

 

 

 

PHASE-17「破滅の閃光」      終わり

 



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PHASE-18「虚空に見る夢幻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が、虚空を迸る。

 

 其れはかつて、世界を席巻し、滅ぼそうとした凶兆の光。

 

 目標のみならず、放った自らの身も焼き尽くす史上最悪の炎。

 

 25年前のヤキン・ドゥーエ戦役において、当時のプラント最高評議会議長パトリック・ザラが実戦投入し、地球連合軍に甚大な被害を与えた忌まわしき存在。

 

 人類の歴史上最悪とも言える負の遺産。

 

 ヤキン・トゥレース要塞最大の切り札であるジェネシス・オムニスは、接近を図ろうとした連合軍艦隊に対し、容赦なく放たれた。

 

 一瞬にして駆け抜ける閃光。

 

 対して、連合軍の回避は間に合わない。

 

 大和を始めとした艦隊は、照射直前に回避行動を行った事で、どうにか直撃を免れている。

 

 しかし、少なくとも複数の艦がジェネシスの照射に巻き込まれたのは明らかだった。

 

 やがて、光が晴れて元の深淵の虚空へと戻って行く。

 

 そこに存在したはずの艦隊の姿は既に無く、周囲に大和をはじめとした、残存艦隊が所在無げ浮かんでいるのみだった。

 

 その様をモニターで確認していたグルックは、堪らずに高笑いを始める。

 

「見たか、テロリスト共め!! これこそが、正義と自由を守り、新たなる統一された世界を創造する事を使命とする、我らの真の力だ!!」

 

 歌い上げるように高らかに言い放ち、グルックは喝采を上げる。

 

 彼にしてみれば、初戦から続いてきた苦戦の溜飲を一気に下げた感じである。

 

 不遜にも、神聖なるプラントに攻め込もうとするテロリストの艦隊を、最強の武器を持って撃退する。

 

 これ以上に痛快な事は、他に無いだろう。

 

 はしゃぎまくるグルックに触発されたように、居並ぶ幕僚や閣僚達も喝采を上げる。

 

 誰もが、自分達の勝利を改めて確信し、またグルックの英断を口々に湛えていく。

 

 グルックがいたからこそ、これ程の兵器を産み出し、そして躊躇いなく振るう事ができる。

 

 この強力な兵器がある限り、決して自分達の負けは無いのだと、誰もが思っていた。

 

「敵の残存部隊を一気に叩き潰せ。テロリスト共に、自分隊がいかに愚かしい行為をしたのか、存分に思い知らせてやるのだ!!」

「はッ 了解しました!!」

 

 グルックの言葉を受けて、要塞司令官は敬礼を返す。

 

 今こそ反撃の時。

 

 ジェネシス・オムニスの照射によって、狼狽し壊乱している連合軍を追い討ち、持って自分達の勝利を確実な物とするのだ。

 

 要塞司令官が、そのように命令を下そうとした。

 

 まさに、

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だッ!! 全軍作戦開始!! ジェネシスの照射軌跡を通り抜け、一気に要塞表面に取り付け!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和の艦橋で、ユウキの腕が鋭く横なぎに振るわれた。

 

 同時に、

 

 ジェネシス・オムニス照射に対応すべく、四方に散っていた連合軍艦隊が一気に陣形を収束させて進軍を再開していく。

 

 その進撃路は、正にたった今、ジェネシス・オムニスが照射された軌跡をなぞるようにして行われている。

 

 舳先を揃え、真っ直ぐにヤキン・トゥレースへ殺到していく連合軍艦隊。

 

 その様に仰天したのは、グルックをはじめとした、要塞司令部に詰めている閣僚や幕僚達である。

 

「バカなッ 連中は一体、何を血迷っているか!?」

 

 目の前の事態が信じられず、思わず叫ぶグルック。

 

 連合軍を名乗るテロリスト共は壊滅したはず。後は残った連中を掃討すれば、全てが終わる。

 

 そう思って疑わなかったグルックにとっては、信じがたい光景である。

 

 対照的に、大和の艦橋で腕組みをして立つユウキは、不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「全て、予定通りだ」

 

 ユウキは要塞攻略に当たり、目を付けたのはジェネシス・オムニスの存在だった。

 

 ジェネシスの威力と恐怖は、ユウキ自身、若い頃にオリジナル・ジェネシスの照射を目の当たりにした事から、充分に心得ている。

 

 その「破格以上」と言える威力もさることながら、PS装甲を使用した防御力も侮る事はできない。ユニウス戦役時、ユウキは戦艦武蔵の回転衝角を使用する事でネオジェネシスの骨格を破壊して使用不能に追い込んだ事はあるが、その代償として武蔵は大破。戦後になって廃艦されている。

 

 以上の事を考えると「ジェネシス・オムニス破壊」を作戦に組み込む事は現実的とは言い難い。

 

 しかし、一見すると無敵に思える兵器にも弱点はある。

 

 ジェネシスはあれほどの威力を誇る反面、お世辞にも連射が効く兵器とは言い難い。

 

 更に、下手に照射すれば、味方を巻き込む可能性がある為、使用するタイミングを慎重に見定める必要がある。実際、ユニウス戦役の折にも、メサイア要塞が放ったネオジェネシスに巻き込まれる形でザフト艦隊の一部が犠牲になっている。

 

 この二点を鑑み、ユウキは作戦を立てた。

 

 まず、艦隊をジェネシス・オムニス側から要塞に接近すると見せかけて、要塞に立て籠もるグルック派に動揺を与えると同時に、危機感をあおって、わざと照射を誘発するように仕向ける。

 

 言うまでも無い事だが、ここでまともに照射を喰らったら一巻の終わり。作戦も何もあった物ではない。

 

 故にユウキは一計を案じ、リモート操艦が可能な無人艦隊を用意させた。

 

 この無人艦隊を囮に使い、ジェネシス・オムニスの照射を誘発したのである。勿論、有人艦隊の方は、照射とタイミングを合わせて退避を完了し、被害は無いようにしておく。

 

 そして、ジェネシスの照射によって無人艦隊が全滅したのを確認した後、第二射が照射される前に、艦隊を再び取りまとめ、一気に要塞へと突っ込むのである。

 

 先述したとおり、ジェネシス・オムニス周囲には殆ど敵部隊の姿は確認できない。機動兵器の配備はまばらだし、無敵の兵器周囲に配備しても意味が無いと考えたのか、陽電子砲等の砲台も殆ど見られない。

 

 つまり、ジェネシス照射、その1発目さえ回避してしまえば、後は楽に要塞へと取り付けるのである。

 

 無論、最強最悪の兵器へ正面から向かっていく事の恐怖は、連合軍将兵の誰もがある。そんな自殺行為のような事は誰もやりたがらない事だろう。

 

 だが、ユウキは芸術的とも言える艦隊運動技術で、それを乗り越えて見せた。

 

 ジェネシス照射の時点で艦隊を散開させ、その後、照射エネルギーの終息を確認した後、素早く艦隊を終結させたのだ。

 

 この作戦に際し、連合軍側の死傷者は、文字通りゼロである。被害らしい被害と言えば、無人艦隊を軒並み失っただけ。それとて初めから捨石だった事を考えれば、大した損害とは言い難い。

 

 そしてこの瞬間、アンブレアス・グルック自慢のヤキン・トゥレース要塞もジェネシス・オムニスも、ただ金ばかりを食い散らかし、何一つとして戦局に貢献する事の無いガラクタと化したのである。

 

 なぜなら、無人の野を行くが如く怒涛の進軍を開始した連合軍艦隊が、あっという間に要塞へと迫って来たからだ。こうなれば、もはやジェネシス・オムニスは何の抑止力にもなりはしない。標的があまりにも近すぎる為、照射の為の照準が行えないのだ。

 

 その様子を指令室で見ていたグルック達は愕然とするが、もはや如何ともしがたかった。

 

 ジェネシス・オムニスはすぐに再照射する事は不可能である。事実上、連合軍の進撃を阻む事は不可能だった。

 

 結局のところ、最終的に戦争を決するのは「人」であると言う事だ。優秀な兵器を開発し実戦配備を行う事は無論大事だが、それだけでは戦争に勝てない。その優秀な兵器を扱う人間をしっかりと育てない事には。

 

 グルックは所詮、軍事については素人であるが、素人であればある程、戦争の本質を見誤り、強力な兵器や軍隊に目を奪われがちである。

 

 その観点から言えば、ヤキン・トゥレース要塞もジェネシス・オムニスも、突き詰めて言えば精強なプラント軍の将兵でさえ、アンブレアス・グルックにとっては己の虚栄心を満たすためだけに存在する玩具に過ぎなかったと言う事だ。

 

 だが、トップが狼狽している中でも、戦局は推移している。異変の気付いた一部のザフト軍は、戦闘を中断し、反転して向かって来たのだ。

 

 ジェネシスの照射はかなり目立つ為、かなり遠方にいた部隊も異変に気付いたほどだった。

 

 だが、ここで思わぬ事態が、ザフト軍の機動力に枷を嵌める事になる。

 

 ヤキン・トゥレース要塞の巨体は、そのまま戦場の広さとイコールである。その為、反転を開始したザフト軍は、連合軍艦隊の突入地点になかなか辿りつく事ができないのだ。加えて味方撃ちを避けるために、要塞の防御砲火範囲を迂回する必要がある為、彼等の反転は更に遅れる事になる。

 

 勿論、その間に連合軍が黙っている訳も無く、反転しようとするザフト軍に襲い掛かって行く様子がそこかしこで見受けられる。

 

「ええいッ 無駄にデカい物を作りやがって!!」

 

 ベテランザフト兵の批判は、こんな物を作ったアンブレアス・グルックへと向けられた。

 

 こうなると最早、巨大な要塞は「不要以前に邪魔」な存在へと成り果てる。この要塞があるせいで、ザフト軍の動きは制限された物とならざるを得なかった。

 

 そして、その隙を逃さず、連合軍の各エース達が動いた。

 

 

 

 

 

 

 味方の防御砲火を回避しながら、どうにか連合軍の突入地点へと急ぐザフト軍の各部隊。

 

 しかし、彼等が艦隊の辿りつく事は無かった。

 

 その前に炎の翼を広げ、手には変則的な武装を持つ機体が立ちはだかる。

 

「こっちの状況が完了するまで付き合ってもらうよ」

 

 ラキヤはそう言うと、ヴァイスストーム手にしたレーヴァテインを対艦刀モードにして斬り込みつつ、ドラグーンを射出。向かってくる敵に砲火を浴びせながら、正面のガルムドーガを袈裟懸けに叩き斬る。

 

 更にラキヤは、横薙ぎに対艦刀を振るって、接近しようとしていたハウンドドーガを振り向き様に斬り捨てる。

 

 元々はアステルが統一戦線時代に使用していた機体を改装して使用しているラキヤだが、初代ストームはラキヤの愛機でもあった。その為、他の機体以上に馴染む感触がある。

 

 放たれる砲火を芸術的な機動で回避するラキヤ。

 

 逆にライフルモードにチェンジしたレーヴァテインで、自身に砲火を浴びせようとする敵機を次々と撃ち抜いて行った。

 

 別の場所では、アスランの駆る深紅のセレスティフリーダムが、日本刀型の対艦刀であるオオデンタを振るっている。

 

 赤と言う目立つカラーの機体を駆って居る為、アスランの姿は否が応でも敵の目を引いてしまう。

 

 しかし歴戦のエースであるアスランは、その事を物ともしていない。

 

 放たれる砲火を次々と回避して接近すると、手にした刀で斬り伏せていく。

 

 高級機とは言え、量産型に過ぎないセレスティフリーダムを苦も無く操り、アスランは群がる敵を容赦なく斬り捨てていく。

 

 更にもう1人。

 

「行くぜ!!」

 

 ミシェルは一声上げると同時に、愛機のスラスターを全開にして突撃していく。

 

 先頃、北米解放軍が壊滅し、元々の友軍だったオーブ軍に投降したミシェルは、その後、簡易査問委員会での証言を経て、再びオーブ軍に復帰していた。

 

 とは言え、長らくオーブ軍を離れていたミシェルを、いきなり軍の組織に組み込み直す事は難しい。

 

 そこでミシェルは、総司令官である父、ムウ・ラ・フラガ大将直属として独立行動戦力として動いていた。

 

 本来であるならば、総司令官の息子とは言え、つい先日まで敵軍の指揮官を務めていた人物に独立行動を許すなど、あってはならない事である。

 

 しかし、今は非常時である。ただでさえ戦力的に劣勢な連合軍にとって、ミシェルの力は喉から手が突き破って出る程、欲しい物である。

 

 それ故、多少の反対意見は押し切られて、ミシェルの編入が決まった。

 

 ミシェルには、予備機として配備されていたセレスティフリーダムを1機与えられ、彼の特性に合わせてドラグーンを各ハードポイントに装備した状態で出撃していた。

 

「行けッ!!」

 

 背部に4基、両肩、両腰に各1基、脚部に各1基、合計10基のドラグーンが射出されて周囲に展開、慌てて取って返そうとしているザフト軍機に向けて放たれる。

 

 父親の性質を充分に受け継いだミシェルのドラグーン攻撃は、限りなく鉄壁に近い戦線と化してプラント軍の反転を阻んで行った。

 

 そして、

 

 彼等を迂回して、尚も進もうとするプラント軍。

 

 そんな彼等の前に、圧倒的な存在感のある機体が立ちはだかった。

 

 羽ばたく4枚の炎翼。

 

 手にした巨大な対艦刀。

 

 シン・アスカの駆るギャラクシーが、進軍するプラント軍の前に立ちはだかる。

 

「行かせるかよ」

 

 凄惨さすら滲む声と共に、シンは炎の4翼を羽ばたかせて駆け抜ける。

 

 戦くザフト兵達。

 

 次の瞬間、巨大な刃が唸りを上げて旋回する。

 

 ザンッ

 

 強烈な音が、聞こえたような気がした。

 

 次の瞬間、ドウジギリの刃に斬り裂かれ、ザフト機が爆発する。

 

 振り返るギャラクシー。

 

 その姿に、恐怖が伝播する。

 

 守護者シン・アスカの存在は、ただ1人でザフト軍の兵士を圧倒するのに十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオスが放つドラグーンの攻撃を、デルタリンゲージ・システムの先読みを駆使して次々と回避していくヒカル。

 

 火力面においては圧倒的に勝っているブラッディレジェンドだが、機動性ではエターナルスパイラルが勝っている。

 

 放たれるドラグーンの攻撃をスクリーミングニンバスで弾き、片翼から放たれるヴォワチュール・リュミエールが機体の速力をさらに押し上げる。

 

 手にしたビームサーベルを振り翳し、斬り込むモーションを見せるエターナルスパイラル。

 

 だが、

 

《ヒカル、上!!》

「ッ!?」

 

 レミリアの警告に従い、ヒカルは動きを止めると、とっさにビームシールドを展開して防御を選択する。

 

 そこへ、急降下するように接近した機体の腕が、しなるようにエターナルスパイラルに叩き付けられた。

 

 火花を上げる盾と腕。

 

《キャハハハ!! 楽しい!! 楽しいわねェ 魔王様!!》

 

 フィリアは狂乱の笑い声をあげて、更にエターナルスパイラルへと殴り掛かろうとする。

 

 だが、それよりも一瞬早く機体の身を翻すヒカル。

 

 Gベータの攻撃を回避すると同時に、エターナルスパイラルは鋭い蹴りを繰り出して、Gベータを吹き飛ばす。

 

 バランスを崩すGベータを尻目に、機体を立て直そうとするヒカル。

 

 そこへ、今度は背後からGアルファの砲撃が浴びせられる。

 

《足を止めている暇は無いぞ!!》

 

 静かに、それでいて容赦無く追い込んでくるフレッド。

 

 放たれる砲撃を、ヒカルは辛うじて回避しつつ、接近するルートを探る。

 

 だが、そこへ再び体勢を立て直したレオスのブラッディレジェンドが、ドラグーンによる攻撃を仕掛けてくる。

 

 戦闘開始当初に比べればドラグーンの数は半分以下に低下しているが、それでも尚、脅威である事に変わりは無い。

 

 放たれる攻撃。

 

 しかし、

 

「そこだ!!」

 

 デルタリンゲージ・システムのアシストで、攻撃の僅かな隙を見つけ出したヒカル。

 

 不揃いの翼が羽ばたくと同時に、エターナルスパイラルは加速。一瞬にして攻撃をすり抜ける。

 

 同時にヒカルはエターナルスパイラルの左肩からウィンドエッジを抜き放つと、サーベルモードにして構える。

 

 振るわれる一閃が、進路上で砲撃体勢を整えていたドラグーンを斬り捨てた。

 

 だが、

 

 そんなエターナルスパイラルの背後から、巨大な影が迫ってくる。

 

「クッ!?」

 

 ヒカルが回避行動を取るのと、剛腕が振るわれるのはほぼ同時だった。

 

 ゴルゴダに合体を完了して襲い掛かってくるリーブス兄妹。

 

「キャハハハッ 死―ね、死―ね、死―ねェ キャハハハッ!!」

 

 笑いながら全砲門を開き、エターナルスパイラルを追い込もうとしてくる。

 

 更に、その攻撃にタイミングを合わせるように、レオスのブラッディレジェンドも攻撃に加わってくる。

 

 集中される砲火。

 

 次第に防戦一方となるヒカル。

 

「ヒカル、このままじゃ!!」

「判ってる、けど!!」

 

 カノンの悲鳴じみた叫びに、ヒカルも切羽詰まった様子で返す。

 

 デルタリンゲージ・システムで状況を予測しても、回避までは追いつかない。

 

 エクシードシステムで機体性能を底上げしても、尚、相手の火力の方が圧倒的であり、逃げ道が徐々に塞がれていく。

 

《じゃあな、ヒカル》

 

 レオスの声が静かに響いた。

 

 次の瞬間、

 

 彼方から飛来した閃光が、ゴルゴダの胸部に真っ直ぐに迸った。

 

 とっさにフレッドは陽電子リフレクターを展開、攻撃を弾く。

 

 そこへ、リフターを引き戻して合体した、赤の騎士が舞い降りる。

 

《喧しい奴等だ。いちいち喚かなければ殺し合いもできないか?》

 

 アステルはギルティジャスティスを、エターナルスパイラルの横に並ばせながら静かな口調で呟く。

 

 その鋭い瞳は、ゴルゴダとブラッディレジェンドを真っ直ぐに見据えている。

 

《ヒカル、あっちの木偶の坊は俺がもらう。お前は、あの裏切者を片付けて来い》

「アステル!!」

 

 言うが早いか、アステルはヒカルの叫びも聞かずにゴルゴダに向かって飛び出していく。

 

 たちまち、放たれる砲撃。

 

 しかしアステルはギルティジャスティスの両手にビームサーベル、両脚部にビームブレードを展開すると、迸る閃光を次々と回避しながら向かっていく。

 

 その様子を背中で見ながら、

 

 ヒカルは再び、ブラッディレジェンドにエターナルスパイラルを振り返らせた。

 

「レオス、一つだけ聞かせろ」

《・・・・・・・・・・・・何だよ?》

 

 ヒカルの声に対し、レオスは少し間を開けて答える。

 

 今さら、何を聞きたいと言うのか?

 

 真意を探ってくるような態度のレオスに対し、ヒカルは正面から己の質問をぶつける。

 

「お前、何でリザを撃ったんだ?」

 

 ヒカルには、ずっと疑問に思っていた事がある。

 

 あの正体を顕にした時、レオスは確かにリザを撃った。

 

 だが、どうしてもヒカルが疑問に思えてしまうのは、なぜ、あの時のレオスはリザを殺せなかったのか、と言う事?

 

 あれだけの至近距離で撃っては、外す方が却って難しいくらいである。

 

 結論を言えば、レオスはリザを殺せなかったのではなく、殺さなかったのではないか、とヒカルは考えている。

 

 故に、その真意が知りたかった。

 

《答えてやるよ。けどなッ》

 

 叫ぶと同時に、残ったドラグーンを全射出するレオス。

 

《その前に、俺を倒して見せろよ!!》

 

 攻撃を開始するレオス。

 

 対して、ヒカルも覚悟を決めて対峙する。

 

《ヒカル!!》

「やるしかないよ!!」

「ああ!!」

 

 少女達に背中を押されるように、ヒカルもまた、全てを掛けて挑む。

 

 前週に配置したドラグーンが、一斉射撃を開始する。

 

 集中される火線。

 

 しかし、当たらない。

 

 ヒカルはヴォワチュール・リュミエールの超加速と、光学幻像を駆使してドラグーンの攻撃を回避、容易には照準を付けさせない。

 

《クソッ!!》

 

 苛立ったように、攻撃速度を速めるレオス。

 

 ブラッディレジェンドのドラグーンは、更に動きに鋭さを増す。

 

 しかし、ヒカルもまた負けていない。

 

 縦横に視界を遮るように放たれる攻撃を、全て回避しながらブラッディレジェンドへと向かって接近して行く。

 

 エターナルスパイラルの圧倒的な速度を前に、ドラグーンの照準も追いつかないでいる。

 

《舐めるなよ、ヒカル!!》

 

 ついにレオスは、機動力では勝負にならないと判断し、全てのドラグーンをブラッディレジェンドの周辺に配置、エターナルスパイラルを正面から迎え撃つ体勢を取ろうとする。

 

 これなら、如何に機動力を発揮したとしても、接近コースは限られると判断しての行動である。

 

 対して、ヒカルも勝負に出る。

 

「カノン!! レミリア!!」

「判ったッ」

《任せて!!》

 

 ヒカルの意を受けて、2人の少女も動く。

 

 左翼のカバー部分からドラグーン4基を射出。同時に、エターナルスパイラル本体もビームライフルと腰のレールガンを展開する。

 

 攻撃態勢に入るブラッディレジェンド。

 

 しかし次の瞬間、一気に放たれた砲撃が、今まさに攻撃態勢に入っていたドラグーンを全て吹き飛ばす。

 

《なッ!?》

 

 驚愕するレオス。

 

 無理も無い。先に攻撃動作に入ったのはレオスだったのに、攻撃を開始したのはエターナルスパイラルの方が早かったのだから。

 

 デルタリンゲージ・システムで戦闘力を底上げしたヒカルは、ドラグーンの動きをレミリアに予測させ、そこへカノンが照準を付けて一気に砲撃を行い、攻撃速度を逆転する形でドラグーンを全て叩き落としたのだ。

 

「クソッ!!」

 

 全てのドラグーンを失ったレオス。

 

 しかし、まだ勝負を諦める心算は無い。

 

 ブラッディレジェンドは右手にビームサーベル、左手にビームライフルを構えて突撃していく。

 

 対抗するように、ヒカルはドラグーンを引き戻してマウントすると、エターナルスパイラルの両手にビームサーベルを構えて斬り込む。

 

 ブラッディレジェンドのビームライフルがエターナルスパイラルを狙う。

 

 しかし、あれだけの火力を駆使して尚、仕留める事ができなかったのである。

 

 ヒカルはブラッディレジェンドの攻撃を難なく回避すると、一気に距離を詰める。

 

 最後の足掻きとばかりに繰り出された、ブラッディレジェンドのビームサーベル。

 

 しかし、その剣閃がエターナルスパイラルを捉える事はついに無かった。

 

 斬り上げられる光刃。

 

 エターナルスパイラルの剣閃が、ブラッディレジェンドの右腕を肩から切断する。

 

 更に、ヒカルは動きを止めない。

 

 鋭い光が縦横に奔る。

 

 エターナルスパイラルが剣を振るうたび、ブラッディレジェンドの機体が破壊される。

 

 腕、肩、足、推進器、大腿部、頭部。

 

 次々と斬り飛ばされる。

 

 やがて、動きを止めるエターナルスパイラル。

 

 そこには、双剣を構えた状態で滞空している不揃いの翼と、

 

 既に残骸としか称しようがない、ブラッディレジェンドの破片が散乱しているのみだった。

 

 

 

 

 

「さあ、答えてもらうぞ、レオス」

 

 ヒカルはゆっくりと機体を寄せると、そのように切り出した。

 

 エターナルスパイラルの攻撃を受け、大破したブラッディレジェンド。

 

 しかし、コックピット周辺は無傷に近い状態で残している。当然、中にいるレオスも無事なはずだった。

 

「なぜ、お前はあの時、リザを撃ったりしたんだ?」

 

 最後の激突を前にしてぶつけた質問を、ヒカルはもう一度繰り返す。

 

 なぜ、レオスはリザを撃ったのか?

 

 そしてなぜ、殺さなかったのか?

 

《・・・・・・・・・・・・保険って奴だよ》

 

 ややあって、レオスは答えた。

 

《俺が勝てば、俺がアルスター家を再興すれば良い。だが、万が一負けた時、その時はリザが家を再興してくれればそれでいいと思ったのさ。だから、リザをお前等に託すことにした。兄貴が反逆者であっても、その兄貴に撃たれた妹が、スパイだった疑われる事は無いだろうと思ったからな。それに、お前等に預けておけば、何かと安心だと思った、てのもあったな》

「じゃあ、レオス君は、初めからこうなるって・・・・・・」

 

 カノンの質問に対し、レオスはフッと苦笑を返す。

 

《そいつは流石に、俺を見くびりすぎだ。言っとくが、俺が勝って、お前等を倒していた可能性だってあるんだぜ》

 

 レオスとしては、どちらでも良かったのだ。

 

 ようは、自分かリザ、どちらか片方が生き残ればよかったのだ。

 

 まあ、もっとも、

 

 レオスはマイクで聞こえないようにして、笑みを浮かべる。

 

 何となく、こうなると言う予感はしていたのだ。

 

 だから、リザをヒカル達に預けた。彼等なら、PⅡ達の魔の手から、大切な妹を守り通してくれると信じて。

 

《まあ、何にしても俺の負けだ。ケジメはつけるよ》

「・・・・・・・・・・・・レオス?」

 

 訝るように声を上げるヒカル。

 

 そんな中、レオスはヘルメットを取り、引き抜いた拳銃をこめかみに当てた。

 

《じゃあな、ヒカル。リザに伝えてくれ、馬鹿な兄貴で悪かったってよ》

「レオス、よせ!!」

 

 状況を察したヒカルの叫びを聞き、

 

 レオスは微笑を浮かべる。

 

 ヒカルはこの最後の戦場にあっても、相変わらず心地良いまでに熱い奴だった。

 

 ずっと、あいつ等と一緒に居られたら、それはそれで幸せだったかもしれない。

 

「・・・・・・そんな未来も、あって良かったかもな」

 

 自分とリザ、カノン、レミリア、アステル、リィス、アラン

 

 そしてヒカル。

 

 みなと共に、同じ道を歩めたら、さぞ楽しかったに違いない。

 

「けど、それも所詮は、幻に過ぎなかったか」

 

 あり得なかった未来に、思いを馳せるレオス。

 

 つっと一筋、瞳から涙が零れると、レオスは両目を静かに閉じる。

 

 まるで、脳裏の幻想を逃がすまいとするかのように。

 

 次の瞬間レオスは、躊躇う事無くゆっくりと引き金を引いた。

 

 鳴り響く銃声。

 

「レオス!!」

 

 ヒカルが叫ぶも、返る返事は無い。

 

 その事が既に、かつての友が、この世のものではない事を如実に表していた。

 

 沈黙が、ただ残酷な現実として、その場に存在していた。

 

 ヒカルの瞳に、涙が零れる。

 

 後席からはカノンのすすり泣く声も聞こえてきた。

 

 なぜ・・・・・・

 

 なぜ、こうなったのか?

 

 他に、どうする事もできなかったのか?

 

 レオスは確かに、自分達とは道を違えたかもしれない。

 

 だが、

 

 そんな彼の中にも、妹を守りたいと言う強い思いが残されていたのだ。

 

 ならば、彼の進むべき道は、もっと他にもあったはずなのだ。

 

 だが、レオスは自分達と敵対する道を選んだ。

 

 大切な妹を、ヒカル達に託して。

 

 そっと、機体を離すヒカル。

 

「行くぞ。この戦争を終わらせる」

「・・・・・・うん」

《判った》

 

 悲しみを滲ませた声で、カノンとレミリアが頷きを返してくる。

 

 不揃いの翼を広げるエターナルスパイラル。

 

 全ての悲劇には、ピリオドを打たねばならない。

 

 そうでなくては、今まで戦ってきた全てが無駄になってしまう。

 

 レオスが命を賭けてでも守ろうとした物。

 

 それを彼に代わって守り通す為に、ヒカル達は再び戦場への道へ羽ばたいた。

 

 

 

 

 

PHASE-18「虚空に見る夢幻」      終わり

 



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PHASE-19「ジダイの力」

 

 

 

 

 

 

 

 

 禍々しき巨体が虚空を薙ぎ払うたび、その凶兆とも言うべき姿が恐怖を撒き散らす。

 

 あらゆる物を破壊し尽くすが如き姿は、それだけで竦み上がる思いである。

 

 だが、そんな禍々しき存在を、赤の騎士が鋭い機動性を発揮して翻弄していた。

 

 アステルのギルティジャスティスは、突撃しながら背中のリフターを射出。ゴルゴダに砲撃を加えつつ、自身も刃を構えて接近を図る。

 

 対して、ゴルゴダを操るリーブス兄妹は、巨体に備えられた全砲門を開いて、向かってくるギルティジャスティスを迎え撃とうとする。

 

 迸る砲撃が、虚空を薙ぎ払う。

 

 しかし、

 

「当たるか」

 

 低い声に嘲りを込めて、アステルはゴルゴダから放たれた全ての攻撃を旋回しつつ回避、鋭いターンを決めながら一気に距離を詰めに掛かる。

 

 接近するギルティジャスティス。

 

 接近と同時に、アステルは逆袈裟にビームサーベルを振るう。

 

 放たれたギルティジャスティスの斬撃は、しかし、それよりも一瞬早く、フレッドが陽電子リフレクターを起動した為、光の障壁によって阻まれる。

 

 攻撃失敗を悟ったアステルは舌打ちしつつ機体を後退させる。同時に呼び寄せたリフレクターと合体し、その場を飛び退く。

 

 反撃の砲火がギルティジャスティスの足下を掠めて通り過ぎたのは、その1秒後の事だった。

 

《このッ チョロチョロとウザったい!!》

《フィリア、いったん分離だ!!》

 

 アステルの巧みな機動の前に苛立ちの声を上げていたフィリアだったが、フレッドの指示に従い、いったん攻撃を中断。ゴルゴダはGアルファとGベータに分離する。

 

 そのままリーブス兄妹は左右に展開、後退しながら体勢を立て直しているギルティジャスティスを挟み込もうとする。

 

 しかし、それに対応するアステルも素早かった。

 

 リフターを再射出してGベータを砲撃、動きを牽制すると同時に、自身はギルティジャスティスの本体を駆ってGアルファへと向かっていく。

 

《来るかッ!!》

 

 接近するギルティジャスティスに対し、Gアルファの両手にビームクローを展開して迎え撃つフレッド。

 

 虚空を掴むように振るわれるGアルファの腕。

 

 しかし、アステルはその攻撃をあっさりと潜り抜けると、脚部のビームブレードで鋭く蹴り上げる。

 

 迸るビーム刃。

 

 その一撃で、Gアルファの前面装甲が、リフレクター発生装置ごと斬り裂かれる。

 

《クソッ!!》

 

 舌打ちしながら、反撃の砲火を撃ち放つフレッド。

 

 しかし、殆ど零距離から放たれた攻撃を、アステルはあっさりと回避。再びビームサーベルを振るってくる。

 

「クッ フィリア!!」

 

 1機では埒が明かないと踏んだフレッドはスラスターを全開にして距離を置きつつ、再びフィリアを呼び寄せて合体シークエンスを実行する。

 

 追うアステル。

 

 だが、その前にGアルファとGベータは合体を果たす。

 

 再び姿を現すゴルゴダの威容。

 

 その4本の巨大な腕が唸りを上げて向きを変え、ギルティジャスティスへと狙いを定めて迫ってくる。

 

 再び、強烈な砲火がギルティジャスティスに容赦なく浴びせられる。

 

 だが、

 

「勝負を掛けるぞ」

 

 自身に向かってくる火線を冷静に見極めながら、アステルは低く呟く。

 

 同時にギルティジャスティスの方からウィンドエッジを抜き放ち、ブーメランモードで投擲した。

 

《はッ そんな物で!!》

 

 飛んでくるブーメランを見据え、嘲笑を滲ませながら砲撃を浴びせるフィリア。

 

 吹き飛ばされるブーメラン。

 

 この程度の攻撃で、このゴルゴダを打ち破る事などできはしない。

 

 そんな嘲笑が、聞こえてくるようだった。

 

 しかし、次の瞬間。

 

《いかん、フィリア!! よけろ!!》

 

 焦りを含むフレッドの警告。

 

 次の瞬間、飛来した2つめのブーメランが鋭く回転しながら迫り、ゴルゴダ正面のリフレクター発生装置を斬り裂いて行った。

 

 アステルは1つ目のブーメランが弾かれるのを予測し、予め2つのブーメランを放っていたのだ。

 

 機体正面が、完全に無防備になるゴルゴダ。

 

 そこへ、勝負を掛けるべくアステルが迫る。

 

《このッ 生意気!! チビのくせに!!》

 

 フィリアの叫びと共に、放たれる強烈な砲撃。

 

 しかし、それらがギルティジャスティスを捉える事はない。

 

 アステルは、その鋭い眼差しで飛んでくる閃光を冷静に見極め、自身の接近コースを正確に割り出す。

 

 逆にギルティジャスティスが放つビームライフルで反撃を喰らい、3つの砲門を潰されるゴルゴダ。

 

 弱まった火力をすり抜け、赤き騎士はゴルゴダに急迫する。

 

 ビームサーベルを抜き放つギルティジャスティス。

 

「覚悟しろ。俺はあいつほど、甘くも優しくも無いぞ」

 

 冷静冷徹な呟きと共に、振り翳される剣閃。

 

 その様に、

 

「ヒッ!?」

 

 フィリアが、思わず悲鳴にも似た声を上げる。

 

 言ままで彼女は、如何なる敵を相手にした時でも怯む事は無かった。戦場では嬉々として相手を屠り、叩き潰してきたのだ。

 

 そんな彼女が、アステルには恐怖を覚えている。

 

 アステルは、いかなる状況であっても怯む事無く、そして容赦も無く、淡々と相手の命を刈り取る。

 

 そこには情けも容赦もない。徹底的に合理化した、マシーンの如き姿がそこにあった。

 

《く、来るなッ 来るなァ 来るなよォ!!》

 

 至近距離から、胸部の砲門を開こうとするフィリア。

 

《よせ、フィリア、焦るな!!》

 

 フレッドの制止も聞かず、エネルギーを充填。発射体勢に入る。

 

 しかしそこへ、ギルティジャスティスが高速で斬り込んで来た。

 

 エネルギー充填を終えた砲門へと、的確に突きこまれる刃。

 

 次の瞬間、充填されていたエネルギーが強烈なフィードバックを起こす。

 

 暴走する回路が、一気にゴルゴダの機体内部を食い散らかす。

 

 各所から炎が上がり、埒外の巨体を刺し貫いていく。

 

 やがて、

 

 ゴルゴダの巨体は閃光に包まれ、ゆっくりと自壊していくと、一気に爆炎に包まれ消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要塞表面に取りついた連合軍の攻撃は、いよいよ勢いを増していた。

 

 大和をはじめとする艦隊は、要塞への艦砲射撃を随時開始。脅威となる陽電子砲や対空砲陣地を狙い撃ちして潰していく。

 

 無論、ヤキン・トゥレース側も激しく抵抗を粉う。

 

 残った陽電子砲や対空砲で連合軍を攻撃し、いくらかの艦船や機動兵器を撃破していく。

 

 更に、ようやく体勢を立て直す事に成功したザフト軍も、散発的に攻撃を行って来ており、予断は許されない状況である。

 

 しかし、最大の切り札であったジェネシス・オムニスを無力化されたプラント軍の士気は限りなく低く、逆に勢いに乗る連合軍の攻撃で次々と撃破される部隊が相次いでいた。

 

 進撃する連合軍の中には、ターミナル旗艦アークエンジェルの姿もあった。

 

 艦長であるメイリンの指揮の元、2基の連装ゴッドフリートを駆使して要塞に対する艦砲射撃を敢行しているアークエンジェルは、既にいくつかの要塞砲陣地を潰して味方の進軍を大いに助けていた。

 

 そのアークエンジェルを守るように、2基の機動兵器が鋭い機動で飛び回りながら砲火を放っている。

 

 2機のエクレール。レイとルナマリアの機体である。

 

「突っ込むぞ、ルナマリア、掩護しろ!!」

《無茶しないでよ、レイ!!》

 

 突撃していく例のエクレールを掩護するように、ルナマリアの機体が後方から狙撃砲を構え、接近しようとするザフト機を狙い撃ちにしていく。

 

 口では否定的な言葉を言いながらも、ルナマリアの戦いにブレは無い。

 

 おかげでレイは、他に煩わされる事無く、自身の目標へと専念できる。

 

 ありがたいと思う。

 

 ルナマリアは、こんな自分に長く付き合い、共に戦い続けてくれた。

 

 元より、レイに明日は無い。いずれ今日を生き延びたとしても、近い将来、滅びの時は確実にやってくる。

 

 だが、その時が来ようとも、ルナマリアが共にいて共に戦ってくれる限り、レイに恐れは無かった。

 

 たとえ明日倒れる運命にあったとしても、今日の仲間を守る事ができれば、他には何も望まない。

 

「行くぞ!!」

 

 静かな叫ぶとともに、ドラグーンを一斉射出するレイ。そのまま、一斉攻撃を開始する。

 

 不断に位置を変えながら攻撃を敢行するドラグーン。

 

 その攻撃により、接近を図ろうとしていたザフト軍は次々と破壊されていく。

 

「これで良い・・・・・・・・・・・・」

 

 エネルギー切れになる前にドラグーンを回収しつつ、レイは呟く。

 

 自分は前に進み続ける。

 

 その過程で倒れたとしても、レイに悔いは無かった。

 

 

 

 

 

 プラント軍が構築した3段陣は、既に見る影も無く食い破られようとしていた。

 

 手も無く壊乱した第1陣、第2陣は言うに及ばず、主力軍であるザフトによって構成された第3陣も、圧倒的な勢いで攻め寄せて来た連合軍を支えきれず、あちこちで戦線が食い破られ、個別単位での応戦がやっとと言う有様になりつつある。

 

 既に連合軍艦隊が要塞への艦砲射撃を開始する一方、要塞内部での戦闘も開始されており、アンブレアス・グルックが絶対の自信でもって建造を推進したヤキン・トゥレース要塞は、落城一歩手前と言った風に成り下がっている。

 

 あるいはこれが、要塞に拠らず、プラント全軍でもって艦隊戦を挑んでいれば、機動力と数の差で勝敗は逆転していたかもしれない。

 

 しかし、総司令官であるグルックはそれをしなかった。

 

 自らの虚栄の象徴とも言うべき要塞に固執し、味方の足に枷を嵌めてしまった。

 

 そこへ、存分に機動力を発揮可能な状況を作り出す事に成功した連合軍が突入してきたのである。

 

 もはや、戦況は逆転不可能なところにまで落ち込んでいた。

 

「こんな・・・・・・こんなはずでは・・・・・・・・・・・・」

 

 今まさに、モニターの中で壊滅していく自軍の様子を眺めながら、グルックはうわ言のように呟く。

 

 勝利の栄光が、

 

 彼の理想とする統一された世界が、

 

 彼の指をすり抜けて、地面へと落ちていく。

 

 そんな馬鹿な。

 

 グルックは己の中で自問する。

 

 我々は勝っていた筈だ。悪逆なる敵を全て薙ぎ倒し、全人類を統合し地球圏を一つの統一された国家として纏め上げる。

 

 その理想の国家が、すぐ目の前まで来ていた筈なのだ。

 

 それなのに、いつの間にか自分達が追い詰められようとしている。

 

 なぜ、自分達が負けようとしているのか?

 

 なぜ、人々は正義である自分達を拒絶しているのか?

 

 いったい、何がどうなっているのか、グルックにはさっぱり判らなかった。

 

「議長」

 

 そんな呆然自失状態のグルックに、少女は足早に駆け寄った。

 

 クーヤは振り返るグルックを、真っ直ぐの瞳で見つめて言う。

 

「私達に、出撃の許可をください」

 

 迷いの無い少女の瞳は、自分達の主君を尊敬のまなざしで見つめている。

 

 今この段階になっても、クーヤ達の忠誠は聊かも揺らいでいない。

 

 自分達の主はアンブレアス・グルックであり、彼こそが、この戦乱の世界を纏め上げ、真に統一された理想の国家を作り上げる事ができる唯一の存在であると、心の底から信じていた。

 

 クーヤだけではない。

 

 カーギルも、フェルドも、カレンも、イレスも、皆、同じようにグルックを見詰めていた。

 

「いや、しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 言い募るクーヤに対し、グルックは言い淀む。

 

 グルックとしては、いざという時にはディバイン・セイバーズに護衛させて要塞を脱出し、北米辺りにでも落ち延びて捲土重来を図ろうと考えていたのだ。

 

 たとえ主力軍を失っても、プラントはまだ戦う事が出来る。一時、本国を失う事になるが、それとていずれ取り返せば良いのだ。

 

 そして今、プラント軍の戦線は崩壊寸前であり、その考えは現実味を帯びつつある。いよいよ、脱出を真剣に考えなくてはいけない段階に入りつつあるのだ。

 

 だが、ここで彼等を出撃させてしまったら、もはや自分を守る物は無くなってしまう。それはグルックとしても非常に困るのだ。

 

 しかし、

 

「議長、どうか」

 

 そんなグルックの考えなど知らぬげに、クーヤは言い募る。

 

 グルックの歩む理想の道を阻む者は、全て薙ぎ払う。その事を己の使命と自認するクーヤにとって、今の危機的状況こそ、己の真価を発揮できる機会であると勇んでいるのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 そんな彼等に対し、グルックは諦念を滲ませるようにして頷きを返す。

 

 こうなった以上、賭けるしかない。

 

 彼等が連合軍を撃退してくれることに。

 

「よし、判った」

 

 静かに言い放つグルック。

 

 そのまま司令席から立ち上がると、居並ぶ隊員全員を見回して言った。

 

「ディバイン・セイバーズ各位に命令する。直ちに出撃し、我がプラントを侵略しようとしている、卑劣なテロリスト共を駆逐し、我がプラント軍の正義と自由を、世に示すのだ!!」

『ハッ』

 

 グルックの命令に対し、

 

 一同は揃い踏みのように、見事な敬礼を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況に変化が起こった。

 

 それまで快進撃を続け、要塞への直接攻撃にも至っていた連合軍の進撃が、突如として強制的に停止させられたのだ。

 

 降り注ぐように放たれる砲撃。

 

 それらは、これまでとは比べ物にならないくらいの勢いと正確さで、進撃する連合軍に対し強烈な横撃を加えて来た。

 

 これまでとは比較にならない、正確かつ強力な攻撃。

 

 たちまち、連合軍の陣形が崩れる。

 

 その砲火をまともに受けたのは、月面都市自警団だった。

 

 彼等は連合軍を構成する三軍の中で、技量、装備、数、全てにおいて脆弱な存在である。

 

 その為、ムウをはじめとした連合軍司令部は、クルト等自警団上層部と協議の上、当初から月面都市自警団を二軍と定め、主に後方支援を命じていたのだ。

 

 そこに、プラント三軍の中で最精鋭となる部隊が襲い掛かったのである。

 

 赤い装甲に、白い8枚の翼を広げた機体。

 

 それは、プラント軍にとっての力の象徴であると同時に、恐怖の対象でもある。

 

《ディバイン・セイバーズだァ!!》

 

 悲鳴じみた声が、スピーカーを通じて響き渡る。

 

 たちまち、狂乱が自警団を支配する。

 

 彼等としては、まさか二線級の自分達に、敵軍の最精鋭の部隊が襲い掛かって来るとは思っても見なかったのだ。

 

 反撃しようと、砲火を振り上げる自警団の各機。

 

 しかし、次の瞬間には、自分達の数十倍に相当する火力を叩き付けられ、吹き飛ばされる機体が続出する。

 

 爆炎に飲み込まれ消滅する自警団の機体。

 

 その姿を横に見ながら、エールストライカーを装備したジェガンが駆け抜けていく。

 

「くそッ こんな事になるから、もっとちゃんとしておけばよかったんだ!!」

 

 クルトは毒づくように言いながら、ジェガンの装備するビームライフルを振り翳して応戦する。

 

 このような事態になる事を見越し、クルトは前々から自警団を、本格的な月面都市防衛軍に格上げしようと上申を繰り返していた。

 

 しかし、最前線から離れていると言う安心感からか、月面都市の上層部にはいまいちクルトの危機感は伝わらず、防衛軍創設案は今日に至るまで日の目を見ずにいる。

 

 その結果が、今目の前にある惨状だった。

 

 自警団の部隊は、高度な連繋を見せて攻め込んでくるディバイン・セイバーズに対して殆ど反撃らしい反撃もできないでいる。

 

 勿論、防衛軍を創設したからと言って、それが即、飛躍的な実戦力上昇に繋がる筈も無いのだが、それでも軍としての体裁を整える事は可能だったはずなのだ。

 

 仕方なく、ジェガンを駆って前へと出るクルト。

 

 クルト自身、自分の実力とジェガンの性能でディバイン・セイバーズに対抗可能だとは思っていない。

 

 しかしそれでも、退く事は許されない。

 

 自警団は連合軍の兵站線を守る役割も担っている。ここで踏みとどまって戦わないと、連合軍の戦線が崩壊する可能性もあった。

 

 そこへ、ディバイン・セイバーズ側からも砲火が集中される。

 

 それらの攻撃を回避しながら、どうにか反撃しようとするクルト。

 

 ジェガンはビームライフルを振りかざし、接近してくるリバティを必死に牽制している。

 

 しかし次の瞬間、反撃としてリバティが放った攻撃が、クルト機の右腕をライフルごと吹き飛ばす。

 

「クソッ!?」

 

 どうにかシールドを掲げながら、後退しようとするクルト。

 

 しかし、その間にも攻撃によって、ジェガンは右足に直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 バランスを崩すジェガン。

 

 その間にも、リバティはジェガンにとどめを刺すべく接近してくる。

 

「・・・・・・・・・・・・これまで、かよ」

 

 悔しそうに呟き、クルトは自身に向かってくるリバティを睨み付ける。

 

 どう考えても、バランスを回復するよりも、敵が攻め込んでくる方が早い。

 

 やはり、相手は精鋭部隊。その実力も並みではない。

 

 機体の性能と実力、双方で差を付けられてしまっては、勝てる道理も無かった。

 

 向かって来たリバティが、浮遊するジェガンにビームライフルの銃口を向けてくる。

 

 その姿を目撃して、最後の瞬間を覚悟するクルト。

 

 次の瞬間、

 

 突如飛来した閃光が、リバティの右腕を直撃して肘から吹き飛ばした。

 

 驚いたようにたたらを踏むリバティ。

 

 そこへ、飛び込む不揃いの翼。

 

 一閃される刃が、リバティの首を斬り飛ばす。

 

《下がって、クルト!!》

 

 聞き慣れた少女の声と共に、エターナルスパイラルはディバイン・セイバーズの隊列の中へと飛び込んで行く。

 

 レオスを倒したヒカル達は、そのまま戦場へと取って返そうとしたところでディバイン・セイバーズと月面都市自警団が交戦を開始した事を知り、救援に駆け付けたのだ。

 

 飛び込むと同時に、エターナルスパイラルの両手にビームライフルを装備し、次々と向かってくる機体に砲撃を浴びせていく。

 

 たちまち、ビームを頭部や武装、推進機に浴びて戦闘力を喪失するリバティが続出する。

 

 だが、流石は精鋭部隊と言うべきか、いくつかの機体は砲撃をすり抜ける形でエターナルスパイラルへと向かってくるのが見えた。

 

《ヒカル、右から3機、左からも1機、来るよ!!》

「判った!!」

 

 レミリアの警告に従い、ヒカルは不揃いの翼を羽ばたかせてエターナルスパイラルを加速させる。

 

 抜き放つティルフィング対艦刀。

 

 横なぎに振るわれる大剣の一撃が、リバティの両足を一撃で叩き斬る。

 

 更にヒカルは、エターナルスパイラルの左手にウィングエッジを構えサーベルモードにすると、ティルフィングと合わせて変則的な二刀流を見せる。

 

 ビームライフルを放ちながら、接近してくる3機のリバティ。

 

 対抗するように、ヒカルは光学幻像と超加速を駆使して全ての攻撃を回避し、一気に接近を図る。

 

 その圧倒的な操縦技術を前にして、ディバイン・セイバーズの対応は追いつかない。

 

 全ての攻撃をすり抜ける形で接近を果たしたヒカルは、右手に装備したティルフィングを振るってリバティの腕を肩から斬り飛ばし、更にウィンドエッジを振るい、2機目の機体の首を斬り飛ばした。

 

 最後の1機は、敵わないと見て後退しようとする。

 

 しかし、ヒカルは逃がす気は無い。

 

 圧倒的な機動力で、リバティに追いつくエターナルスパイラル。

 

 リバティのパイロットが、恐怖で顔を引き攣らせる間もなく、ヒカルは加速力をそのまま利用する形でティルフィングを振り抜く。

 

 それだけで、リバティの首はあっけなく切り飛ばされた。

 

「・・・・・・・・・・・・大したものだな」

 

 エターナルスパイラルの怪物じみた活躍を見て、クルトは戦慄とも関心ともつかない呟きを漏らす。

 

 自分達が歯が立たなかったプラント軍の精鋭部隊を、複数相手に回して怯まないどころか、逆に敵の方を壊滅に追いやるとは。

 

 エターナルスパイラルの不揃いの翼を、クルトは感慨深く見やる。

 

 こうして新たな力が育ち、それが世界を支えていくことになる。自分達の時代は、終わりつつあるのかもしれない。

 

 長く戦い続けてきた身としては寂しい事ではあるが、しかし同時に嬉しくもあるのだった。

 

 その時だった。

 

 まだ生きていてジェガンのセンサーが、エターナルスパイラル目がけて急速に接近しつつある、複数の機影を捉えた。

 

「あれはッ!?」

 

 クルトが視線を向けた先には、美しい機体を先頭にして向かってくる、複数のリバティの姿があった。

 

 ヴァルキュリアのコックピットの中で、クーヤは己が倒すべき目標をしっかりと見定めていた。

 

「魔王、見付けたわよッ 今日こそ、その首を貰い受ける!!」

 

 これまで幾度も戦場で激突しながら、ついに仕留める事ができなかった因縁の敵。

 

 卑劣なテロリストの象徴とも言うべき存在を前にして、クーヤは己の使命に心を燃え上がらせる。

 

 今日こそは、

 

 今日こそは絶対に魔王を倒し、自分達の正義を世に知らしめてやる。

 

 その決意の下に、抜き放たれるアスカロン対艦刀。

 

 同時にクーヤの瞳にSEEDの輝きが灯り、エクシードシステムが唸りを上げて、機体の性能を引き上げる。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィングを構え直す。

 

 加速する両者。

 

 その剣閃が、真っ向からぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 連合軍とディバインセイバーズが交戦を開始した頃、こちらの戦闘もピークも終幕へと加速を始めていた。

 

 クロスファイアとディスピア。

 

 鮮烈な戦天使の如き機体と、禍々しい魔獣の如き機体が、互いに一歩も譲らずに激突を繰り返す。

 

 剛腕が虚空を薙ぎ払った時、クライブは己の勝利を確信していた。

 

 クロスファイアは巨大な爪によって切り裂かれ、因縁の相手は炎の中に沈み消えるだろうと。

 

《あばよ、キラ!!お前等との戦いは、ここ最近じゃ一番面白かったぜ!!》

 

 哄笑の叫びと共に、鍵爪を振り下ろす。

 

 ヴィクティムシステムによって、アシストを得たディスピアは、空間そのものを握りつぶすかのような攻撃を容赦なく繰り出す。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、振り抜いたタルタロスは、何者も捉える事無く空しく宙を撹拌した。

 

「なッ!?」

 

 初めて、驚愕の表情を見せるクライブ。

 

 次の瞬間、

 

 視界の中で、白銀の光が激しく燃え上がった。

 

 慌てて視界を上げるクライブ。

 

 そこには、

 

 装甲と翼を銀色に染め上げた、クロスファイアの姿があった。

 

「私達の大切なルーチェを奪った報い、受けてもらいます」

 

 そのコックピット後席で、エストは静かな声を紡ぎだす。

 

 その瞳には、SEEDの光が宿っている。

 

 これこそが、クロスファイア最強最後の切り札。

 

 パイロットとオペレーターが同時にSEEDを発動した場合、全性能を飛躍的に引き上げるシステム。

 

 クロスファイア・モードI

 

 

 

 

 

 其れはかつて、世界を滅ぼそうとした災厄を食い止めた光。

 

 

 

 

 

 あらゆる進化の先にある力。

 

 

 

 

 

 焔を刻む銀のロザリオ

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 キラは仕掛けた。

 

《クソッ!!》

 

 慌てて攻撃を仕掛けるクライブ。

 

 しかし、放たれる火線がクロスファイアを捉える事はない。

 

 エクシードシステムの性能をフルに引き出したクロスファイアは、もはや別次元の性能を誇っていると言っても過言ではなかった。

 

 全ての攻撃が空を切る中、

 

 キラは白銀の翼を羽ばたかせ、ディスピアとの距離を詰めに掛かる。

 

「これで最後だ、クライブ!!」

《クソ、がァ!!》

 

 破れかぶれ、とばかりにタルタロスを振り翳すクライブ。

 

 しかし、キラの方が早い。

 

 ブリューナク対艦刀を抜刀するクロスファイア。

 

 両手に装備した剣を鋭く振るい、巨大な腕を斬り飛ばした。

 

 舌打ちするクライブ。

 

 そのまま後退しようと、距離を置こうとする。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 その動きは、全くの無駄な物となった。

 

 クライブの視界の彼方で、全砲門を開こうとしている、白銀に輝くクロスファイアの姿が映った。

 

 既に照準は完了し、キラの指はトリガーに掛かっている。

 

「これで最後だと、言ったはずだ」

《クッ!?》

 

 キラの冷ややかな声と共に、放たれる24連装フルバースト。

 

 クライブは目を見開くが、もはや彼には如何ともしがたかった。

 

 閃光を迸らせるクロスファイア。

 

 その閃光が、ディスピアの機体を飲み込み、容赦なく吹き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

PHASE-19「ジダイの力」

 



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PHASE-20「魔王VS勇者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼穹を切り裂くようにして迫る無数の閃光。

 

 その真っ只中に、

 

 迷う事なく身を躍らせる。

 

 次の瞬間、黄金の装甲は、放たれた全ての閃光を受け止め、そしてはじき返す。

 

「無駄よ!!」

 

 叫びながらリィスは、ビームキャノンを跳ね上げて反撃。自身に攻撃を加えて来るガルムドーガ一気に直撃を浴びせて撃墜する。

 

 黄金の装甲を持つテンメイアカツキは、一目で特機と分かる為、否が応でも敵の目を引く事になる。

 

 集中される砲火。

 

 しかしリィスは、ただの一瞬たりとも怯む事なく突撃して行く。

 

 向かってくる砲火を回避し、あるいはアマノハゴロモやヤタノカガミ装甲で弾きながら接近。抜き打ち気味に抜刀したビームサーベルで、怯む敵機を斬り飛ばした。

 

 現在、主力軍が不在のオーブ軍にあって、リィスの存在は正に切り札と言って良いだろう。

 

 プラント軍の方でも、その事に気付いているらしく、テンメイアカツキへと砲火を集中させつつある。

 

 だが、それらの火線を冷静に見据えつつ回避行動を行うリィス。

 

 海面すれすれで黄金の翼を羽ばたかせる。

 

 水蒸気爆発が起こす巨大ない水柱を尻目に体勢を立て直すと、ビームライフルとビームキャノンを斉射。向かってくるプラント軍機に痛烈なカウンターを喰らわせた。

 

 そんなリィスの活躍に触発された様に、他のオーブ軍機もまた、奮起したようにプラント軍へと立ち向かっていく。

 

《ヒビキ三佐に遅れるな!!》

《俺達の国を守るんだ!!》

 

 セレスティフリーダムやアストレイR、イザヨイと言った機体が次々とプラント軍へと襲いかかっていく光景が見える。

 

 皆、想いは同じである。

 

 国を守り、大切な人を守る。その為に武器を取り、危険な戦場へと躊躇わずに飛び込んでいけるのだ。

 

 そして、それはリィスも同様である。

 

「見ていて・・・・・・アラン」

 

 荒くなった息を整えながら、リィスは愛する男の名を呟く。

 

 アランはこれまで、自身の政治的能力を存分に駆使してオーブの為に戦ってくれた。

 

 ならば、今度は自分が彼の為に戦う番だった。

 

「行くよ!!」

 

 呼吸を整え、リィスは再び向かってくる敵機を睨み据える。

 

 その瞳にSEEDの灯を燈すと、まっすぐに自身の敵を見据えて突き進んでいった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 互いの翼が鋭く交錯する時、少年と少女は、お互いの激突が既に避けられないレベルの到達している事を認識していた。

 

 それはある意味、魂に刻まれた宿縁と呼んでもいいのかもしれない。

 

 互いの翼を羽ばたかせ、急速に距離を詰めるエターナルスパイラルとヴァルキュリア。

 

 片やオーブの魔王と恐れられ、猛威を振るい続けた少年。

 

 片や勇者と称えられ、誇りを胸に秘めたる少女。

 

 これまで幾度となく激突を繰り返してきたヒカル・ヒビキとクーヤ・シルスカは、この決戦の地にあって、ついに最後の激突に及んだ。

 

 接近と同時に、クーヤはヴァルキュリアの手にあるアスカロン対艦刀を鋭く振り抜く。

 

 その刃より繰り出される、ビーム刃が月牙の軌跡となって虚空を迸る。

 

 斬撃を遠距離攻撃として使用する事が出来るアスカロンの特性は、接近戦のみを考慮に入れて対応した場合、痛い目を見る事だろう。

 

 対して、ヒカルは斬撃が届くよりも早く、不揃いの翼を羽ばたかせて機体を翻し、迫る斬撃を回避した。

 

 だが、

 

「そこッ!!」

 

 クーヤは12枚の翼からドラグーンを、後背部のユニットから12基のファングドラグーンを射出、エターナルスパイラルへと差し向ける。

 

 弧を描くようにして一斉に向かってくる、24基の独立デバイス。

 

《来るよ、ヒカル!!》

「ああ、カノン!!」

「了解!!」

 

 レミリアのオペレートに従いヒカルが機体を操り、その間にカノンが攻撃態勢を整える。

 

 エターナルスパイラルの左翼から、4基のドラグーンが射出され迎撃位置に布陣、同時に本体に搭載されたビームライフルとレールガンを展開して構える。

 

 放たれる24連装フルバースト。

 

 ほぼ同時に、ヴァルキュリア側のドラグーンも砲門を開く。

 

 複数の火線が複雑に交錯する。

 

 次の瞬間、ヴァルキュリア側のドラグーンが2基、エターナルスパイラル側のドラグーンが1基、それぞれビームの直撃を受けて破壊される。

 

 しかし、その隙を逃さずクーヤは動いた。

 

 砲撃を行う中、待機させていた12基のファングドラグーンに指令を送り、一斉突撃させる。

 

「斬り裂け!!」

 

 先端部分にビーム刃を形成したファングドラグーンが、エターナルスパイラルへと迫る。

 

 その様子を見たヒカルは舌打ちすると、とっさに残っていた自身のドラグーンを回収しつつ後退。ビームライフルとレールガンを放ちながら、向かってくるファングドラグーンを迎撃する。

 

 3基のファングドラグーンが直撃を浴びて吹き飛ぶ中、ヒカルは更にエターナルスパイラルの腰から高周波振動ブレードを抜刀。続けて2基、斬り払う。

 

「まだまだァ!!」

 

 叫ぶクーヤ。

 

 その間にも、攻撃の手は緩めずドラグーンを操り続ける。

 

 ここで何としても、魔王を倒す。

 

 今日に至るまで、魔王を始めとしたテロリストの跳梁を阻止できなかったからこそ、この苦戦がある。

 

 そう考えているクーヤにとって、もはやヒカルを倒す事は人生において至上の命題と言っても過言ではなかった。

 

 再び攻撃位置に就くべく、エターナルスパイラルを包囲する態勢を取るドラグーン。

 

 しかし、それを見越してヒカルも動いた。

 

 スクリーミングニンバスとヴォワチュールリュミエールを展開するエターナルスパイラル。

 

 次の瞬間、比類ない加速を発揮してドラグーンの包囲網を強引に突破しにかかった。

 

 その際、ドラグーンとファングドラグーン各1基を跳ね飛ばす形で撃破しながら、ヒカルはヴァルキュリアへと迫る。

 

 同時にレールガンを展開、ドラグーンを操る事に腐心しているヴァルキュリアへ牽制の砲撃を加える。

 

「クッ!?」

 

 レールガンの直撃を浴びて吹き飛ばされそうになりながらも、クーヤはかろうじて踏みとどまる。

 

 そこへ、ティルフィング対艦刀を振り翳して迫るエターナルスパイラル。

 

「舐めるな、魔王!!」

 

 クーヤの叫びと共に、対抗するようにアスカロンを掲げて斬り結ぶヴァルキュリア。

 

 負けられないッ 負ける訳にはいかない。

 

 手にした大剣を振り翳しながら、クーヤは心の内で叫ぶ。

 

 自分には使命がある。

 

 議長の掲げる理想、統一された世界を実現し、平和を世にもたらす事。

 

 それまで、

 

「負けるわけには、行かない!!」

 

 振り抜かれるアスカロン。

 

 その刃より迸るビーム刃が、エターナルスパイラルへと迫る。

 

 しかし、それよりも早くヒカルは翼を翻して機体を上昇して回避。同時にレールガンを展開して斉射。追撃を掛けてくるヴァルキュリアを牽制する。

 

 直撃する砲弾をPS装甲で耐えながら、距離を詰めて斬り掛かるクーヤ。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィングを振るって迎え撃つ。

 

 魔王と勇者。

 

 ヒカルとクーヤ。

 

 少年と少女は、互いに譲れない意志を貫く為に、己の剣閃を交錯させるのだった。

 

 

 

 

 

 参戦当初、奇襲の効果も相乗されて快進撃を続けていたディバイン・セイバーズ。

 

 相対したのが二線級の月面都市自警団だった事もあり、その戦闘力を如何無く発揮して暴れまわり、一時は連合軍の戦線を分断するかというところまで持ち込む事に成功していた。

 

 腐ってもプラント軍最精鋭の部隊である。その実力に侮れない物がある事は確かだった。

 

 しかし、それも長くは続かなかった。

 

 やがて、事態に気付いたオーブ軍が救援に駆けつけるに至り、彼等の進軍は否が応でも停滞せざるを得なかった。

 

 装備と言う面では、フリーダム級機動兵器リバティで固めているディバイン・セイバーズの方が勝っている。

 

 しかし、オーブ軍は皆、これまで苦しい戦場を戦い抜いてきた精鋭達である。

 

 実力と言う面では、ディバイン・セイバーズに比べていささかも見劣りしなかった。

 

 次々と向かってくるオーブ軍の機体。

 

 それに対して、長大な実体剣を掲げたリバティが前へと出る。

 

「このッ 生意気なんだよッ お前等は!!」

 

 フェルドは叫びながら斬機刀を振り翳し、自身の正面でビームライフルを撃っているアストレイRを叩き斬る。

 

 更に、機体を振り返らせながら斬撃を繰り出し、背後から迫ろうとしていたイザヨイを斬り捨てた。

 

 単独では敵わないと見たオーブ軍は、フォーメーションを組んでフェルド機へと向かう。

 

 しかし、

 

「ハッ そんな物!!」

 

 飛んでくる火線を、鼻で笑いながら回避するフェルド。

 

 そのまま一気に距離を詰めながら斬機刀を振るい、自身に攻撃を仕掛けていたオーブ軍機を血祭りに上げる。

 

 このままフェルドの快進撃が続くかと思われた。

 

 その時、

 

 深紅の翼が、フェルド機に立ちはだかるようにして羽ばたいた。

 

 機体は、リバティと同じフリーダム級。

 

 しかし、その全身が鮮やかな赤に染め上げられている。

 

 アスランのセレスティフリーダムだ。

 

「これ以上は、やらせない」

 

 静かな声と共に、オオデンタ対艦刀を構えるアスランのセレスティフリーダム。

 

 その姿を見て、フェルドは舌打ちを漏らす。

 

「テメェ 真似してんじゃねェよ!!」

 

 フェルド機の斬機刀は日本刀のような形状をしている。その為、同じ日本刀タイプのオオデンタとは、形状が似通っているのである。

 

 振るわれる、実体剣。

 

 セレスティフリーダムはPS装甲を採用していない為、実体剣であっても充分な脅威である。

 

 しかし、アスランは慌てた様子も無く機体をバックさせ、フェルドの剣閃を回避する。

 

「逃がすかよ!!」

 

 後退するセレスティフリーダムを追って、更に距離を詰めようとするフェルド。

 

 しかし、それに対して、アスランはカウンター気味に蹴りを繰り出す。

 

 吹き飛ばされるリバティ。

 

「クソッ、まだだ!!」

 

 どうにか、体勢を立て直して剣を構え直すフェルド。

 

 しかし、

 

 そこへオオデンタを振り翳した深紅のセレスティフリーダムが斬り込んで来た。

 

 急降下するように加速を加えて突撃してくるセレスティフリーダム。

 

 その速度を前に、フレッドの反応は追いつかない。

 

「終わりだ!!」

 

 アスランの言葉と共に、振り下ろされるオオデンタ。

 

 対抗するように、フェルドも斬機刀を振り上げる。

 

 刃が交錯する。

 

 次の瞬間、

 

 フェルド機の斬機刀は半ばから折れ飛び、

 

 アスランのオオデンタは、リバティの機体を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 向かってくるドラグーン。

 

 対抗するように、ミシェルもまた機体の各所に搭載されたドラグーンを放って迎え撃つ。

 

 交錯する両者。

 

 しかし、火力面ではミシェルの分は悪いと言わざるを得ない。

 

「僕の計算通りだな!!」

 

 勝ち誇るように言いながら、イレスはドラグーンを操り、ミシェルのセレスティフリーダムを追い詰めてく。

 

 ミシェルが放ったドラグーンは、次々と撃破され、火力は次第に弱まって行く。

 

「やれやれ、ちょっとばかりきついんじゃないの!!」

 

 冷や汗を滲ませながらも、辛うじて攻撃を回避するミシェル。

 

 だがその時、背後からも閃光が迸り、セレスティフリーダムを掠めていく。

 

 視線を向けて、ミシェルは舌打ちする。

 

 振り返った視界の中では自身にビームライフルを剥けながら接近してくる、4機のリバティの姿があった。

 

 どうやら、いつの間にか追い込まれていたらしい。イレスの攻撃は、ミシェルを味方の布陣した場所まで追い込むことが目的だったようだ。

 

「計算通りだと言っただろう!!」

 

 勝利を確信したイレスが、高らかに叫びながら、一気に攻勢を強める。

 

 激しさを増す攻撃。

 

 それに対して、ミシェルは防戦一方にならざるを得ない。

 

 前にはイレスが布陣してドラグーンでの包囲網を狭め、背後からは4機のリバティが牽制の攻撃を仕掛けて来る。正に、進退窮まった状態だ。

 

 ここぞとばかりに、火線が集中される。

 

 徐々に狭められる回避スペース。

 

 ビームが、次々と機体を掠めていく。

 

「クソッ!?」

 

 舌打ちしながら、シールドを掲げて防御の姿勢を取るミシェル。

 

 対して、イレスは勝利の笑みを浮かべた。

 

 次の瞬間、

 

 接近を図ろうとしていたリバティが2機、立て続けに直撃を浴びて吹き飛ばされた。

 

「な、何ィ!?」

 

 驚愕するイレス。

 

 そんな彼の目の前で、リバティの爆炎を突くようにして、2機のモビルスーツが飛び出してきた。

 

《今の内に体勢を立て直せ、ミシェル!!》

《援護する。こっちはまかせろ》

 

 ムウのゼファーと、レイのエクレールが、それぞれドラグーンを放ちながら、別々のリバティへと向かっていく。

 

 こうなると、いかにディバイン・セイバーズの隊員と言えども、イレスを援護するどころではなくなってしまう。

 

 何しろ、ムウとレイは歴戦のエースである。片手間で相手をできるほど、安い相手ではない。ミシェルに対する包囲網を解いて、各々の相手に傾注せざるを得なかった。

 

 その間にミシェルは、イレスのリバティに狙いを定めて突撃して行く。

 

 対抗するように、イレスもドラグーンを自機の周囲に展開して迎え撃つ。

 

「舐めるなよッ 味方がいなくたって、僕1人でも!!」

 

 一斉に放たれる砲撃。

 

 しかし、

 

「もう、そいつは見切った!!」

 

 鷹の息子は、猛禽の如き瞳を輝かせて、ドラグーンの放つすべての軌跡を見極める。

 

 1発がセレスティフリーダムの翼を直撃して吹き飛ばすがミシェルは、バランス回復をOSに任せて構わず突撃する。

 

 その間にミシェルも、残っているドラグーンを射出して砲撃を行い、イレス側のドラグーンを牽制する。

 

 迫るセレスティフリーダム。

 

 その姿に、イレスは明らかに怯みを見せる。

 

 まさか、ドラグーンの高火力による弾幕を突破して、自身に迫ってくるとは思ってもみなかったのだ。

 

「ま、まだッ!!」

 

 慌ててビームライフルを引き抜き、反撃しようとするイレス。

 

 しかし、その前にミシェルは斬り込んだ。

 

「遅いんだよ!!」

 

 抜き放たれるビームサーベル。

 

 対してイレスは、反撃しようと後退を掛けるが、既にその時には遅かった。

 

 次の瞬間、セレスティフリーダムの剣は、リバティに真っ向から突き込まれた。

 

 

 

 

 

「このッ こいつ、何で!!」

 

 焦ったように砲火を放つカレン。

 

 その視線の先には、炎の翼を広げて自身に向かってくる白い機体の姿がある。

 

 しかし、先ほどから放っているカレンの攻撃は、その機体に対して1発の命中弾も売る事が出来ない。

 

 火力では圧倒している筈なのに、照準を巧みにずらされているのだ。

 

「腕前はなかなかみたいだけど、まだ甘いね」

 

 ヴァイスストームを駆るラキヤは、そう言って更に加速する。

 

 カレンのリバティが放つ砲撃は、尚も鋭さを増してヴァイスストームへと攻撃を行ってくるが、瞳にSEEDの輝きを宿したラキヤは、聊かも速度を緩めることなく突撃して行く。

 

「このッ 来るなァ!!」

 

 焦って砲撃を行うカレン。

 

 対してラキヤは、カレン機の放つ攻撃を、沈み込むようにして回避。同時に、ライフルモードのレーヴァテインを素早く二射する。

 

 正確な照準の下に放たれる攻撃。

 

 その攻撃により、リバティの手にあったビームライフルが吹き飛ばされる。

 

「そんなッ!?」

 

 自身の攻撃が全く通用せず、逆に攻撃を受けた事で動揺するカレン。

 

 その間にラキヤは、搭載したドラグーンを射出してカレン機に波状攻撃を仕掛ける。

 

「このッ まだ!!」

 

 我に帰るようにして、残った火力を集中させるカレン。

 

 その攻撃が、ラキヤのドラグーン3基を吹き飛ばした。

 

「これで!!」

 

 爆発するドラグーンの爆炎を見て、まだ行けると確信するカレン。

 

 相手がいかに強力であろうと、自分は精鋭部隊の隊員なのだ。絶対に侵略者に屈したりするものか。

 

 カレンは強い想いで、自身を奮い立たせる。

 

 しかし次の瞬間、

 

 急速に、自機に接近する機影をセンサーが捉え、カレンは愕然とした。

 

「悪いけど、これで終わりだ」

 

 ラキヤの静かな声と共に、対艦刀モードのレーヴァテインを高く掲げるヴァイスストーム。

 

 ドラグーンによる攻撃は初めから囮。

 

 カレンがドラグーンに注意を向けている隙に、ラキヤはカレンの死角へと高速で回り込んでいたのだ。

 

「そんなッ!?」

 

 とっさに逃れようとするカレン。

 

 しかし、ラキヤはそれを許さなかった。

 

 後退するリバティに、急追するヴァイスストーム。

 

 振り下ろされたレーヴァテインが、真っ向からリバティの機体を斬り下ろした。

 

 

 

 

 

 鋭い槍裁きが、1機のセレスティフリーダムを刺し貫いて屠る。

 

 その剛腕から繰り出される一撃は、旋風のように吹きすさび、オーブ軍に死と破壊をまき散らしていた。

 

 カーギル率いるディバイン・セイバーズ第1戦隊は、プラント軍精鋭の中で頂点に立つ、正に最強の中の最強と呼ぶにふさわしい部隊である。

 

 その戦闘力は凄まじく、さすがのオーブ軍も手を付けかねている様子だ。

 

 特に、部隊長であるカーギルの存在は群を抜いており、槍を振るい続ける姿は鬼神の如しと言って良かった。

 

 今もまた、1機のアストレイRがロンギヌスの直撃を受けて爆散する様子が見られた。

 

「ここは行かせんッ 議長の理想を守るため、貴様等テロリストは、全てこの場で成敗する!!」

 

 叫ぶように言いながら、突撃して行くカーギルのリバティ。

 

 そんな隊長に触発されたように、攻勢を強める第1戦隊。

 

 このままオーブ軍を押し返しに掛かるかと思われた。

 

 その時、

 

 4枚の炎の翼を羽ばたかせながら、流星の如く切り込んできた機体があった。

 

 手にした大剣が鋭く振るわれ、1機のリバティが袈裟がけに斬り飛ばされる。

 

 誰もが緊張を漲らせる中、

 

 シン・アスカは、ゆっくりとギャラクシーを振り返らせた。

 

「どうやら、こいつらが最強みたいだな」

 

 静かな呟きと共に、ドウジギリ対艦刀を掲げるシン。

 

 敵が最強であるなら、自分が相手をしなくてはならなかった。

 

 対して、カーギル達も緊張の眼差しをギャラクシーに向ける。

 

 オーブの守護者シン・アスカ。

 

 その存在は、ある種の恐怖と共にプラント軍にも伝わっている。

 

 その力は1個軍を遥かに凌駕し、いかなる劣勢をも覆す圧倒的な力の持ち主である、と。

 

 並みのパイロット程度では、掠り傷すら負わせる事はできないだろう。

 

「下がれ!!」

 

 次の瞬間カーギルは、部下に指示を飛ばしながら、自身はロンギヌスを手にして飛び出していく。

 

「こいつの相手は俺がするッ」

 

 絶対的なエース相手に、多人数で掛かっても損害を増やすだけである。ならば、カーギル以外にシンの相手が務まる者は存在しない。

 

 相手が最強なら、自分も最強であるという自負がカーギルにはある。負けるつもりは毛頭なかった。

 

 鋭く突き込まれる槍の一閃。

 

 その攻撃を、シンは炎の4翼を羽ばたかせて機体を上昇させ回避。同時に、自身もドウジギリを肩に担ぐようにして構える。

 

「来るかッ!!」

 

 鋭く放たれるカーギルの声。

 

 同時にシンはギャラクシーを加速させる。

 

 一気に詰まる距離。

 

 ギャラクシーがドウジギリを、リバティがロンギヌスを構える。

 

 大剣と大槍が同時に振るわれる。

 

 互いの刃が互いの機体を掠め、シンとカーギルの視線がカメラ越しに交錯する。

 

 同時にスラスターをふかして距離を取る両者。

 

 シンは機体を振り返らせると、ギャラクシーの右手にビームライフルを装備、カーギルのリバティに背後から攻撃を仕掛ける。

 

 迫る閃光。

 

 対して、カーギルもとっさに機体を振り向かせると、ビームシールドを展開してギャラクシーの攻撃を防いだ。

 

 その様子を見ながら、更に斬り込みを掛けようとするシン。

 

 しかし、そこへ、横合いからビームが飛来してギャラクシーの行く手を阻む。

 

《隊長、下がってください!!》

《そいつは、我々が!!》

 

 複数のリバティが、ギャラクシーに対してビームライフルを放ちながら向かってくる。

 

 対してシンは、後退しながら攻撃を回避していく。

 

 放たれる閃光が、徐々にギャラクシーを追い込んで行く。

 

《今だ、このまま押し込め!!》

 

 笠に掛かって攻め込んで来ようとするディバイン・セイバーズの隊員達。

 

 しかし次の瞬間、

 

 彼等の目の前で、炎の4翼が羽ばたいた。

 

「行くぞッ!!」

 

 一気に機体を振る加速させるシン。

 

 ディバインセイバーズの隊員達は、ギャラクシーの機動力に対応すべく、慌てたように照準を修正しにかかる。

 

 しかし、遅い。

 

 光学幻像を利用して照準を狂わせ、一気に接近を図るシン。

 

 同時に、ギャラクシーの両肩からウィンドエッジを抜き放ち、サーベルモードにして構える。

 

 砲撃は尚も激しく迸る。

 

 ライフルの攻撃だけでは埒が明かないと思ったのか、リバティはフルバーストモードに移行して弾幕を張り巡らせてくる。

 

 しかし、シンにとっては、その程度の攻撃は物の数に入らない。

 

 全ての攻撃を回避して接近すると。両手のウィングエッジを高速で振り抜く。

 

 複雑な軌跡を描く剣閃。

 

 次の瞬間、ギャラクシーに対して砲撃を行っていたリバティは、全てシンの放つ剣によって斬り捨てられて戦闘力を失う。

 

「おのれッ!!」

 

 部下達が一瞬にして倒される様子を見て、激昂したように槍を振り翳すカーギル。

 

 対してシンは、ギャラクシーの両手に装備したウィンドエッジを、ブーメランモードにして投擲する。

 

 旋回しながらリバティへと向かうウィンドエッジ。

 

 対して、

 

「そんな物で!!」

 

 カーギルはロンギヌスを鋭く振るい、2基のウィンドエッジを同時に振り払った。

 

 打ち砕かれるブーメラン。

 

 その間にも、カーギルは動きを止める事無く、ギャラクシーへと向かっていく。

 

 対抗するようにドウジギリ対艦刀を構え直すシン。

 

 仕掛けたのは、カーギルの方が早かった。

 

 鋭く放たれる槍の一閃。

 

 その穂先が、ギャラクシーを真っ向から捉えた。

 

 次の瞬間、

 

 貫かれたはずのギャラクシーの姿が、幻のように消え去った。

 

 シンはカーギルの動きを完全に見切り、残像を利用した回避戦術をあらかじめ行っていたのだ。

 

 ドウジギリ対艦刀を、水平に構えて迫るギャラクシー。

 

 その姿を見て、狼狽を見せるカーギル。

 

「ウオォォォォォォォォォ 馬鹿な!?」

 

 とっさに後退しようとするが、

 

 既に遅い。

 

 次の瞬間、

 

 シンの放った鋭い斬撃が、リバティの胴体を真っ向から斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ヤキン・トゥレース要塞の指令室で、アンブレアス・グルックは頭髪を掻きむしりながら絶叫する。

 

 絶望的な光景が、そこには展開されていた。

 

 グルックにとっての切り札。

 

 世界最強と自負し、これまで心血を注いで整備してきたプラント最高評議会議長特別親衛隊ディバイン・セイバーズが、

 

 今まさに、彼が見ている目の前で壊滅しつつあった。

 

 既に第1戦隊長カーギル・レストをはじめ、隊長クラスの人間はほぼ全滅に近く、全体としての戦力も7割近くを失い、ディバイン・セイバーズの組織的戦闘力は完全に喪失している。

 

 まだ、個々に抵抗を試みている者達はいるが、それもいつまで続くか判った物ではなかった。

 

 オーブ軍が思っていたよりも強かったのか、あるいは、ディバイン・セイバーズが思っていたよりも弱かったのか。

 

 いずれにしても、運命は旦夕に迫りつつあった。

 

「そうだッ」

 

 グルックはそこで、何かを思い出したように叫んだ。

 

「クーヤは・・・・・・あの小娘はどうした!?」

 

 グルックはこれまで、クーヤ・シルスカに対して特に優遇措置を取って来た。こんな時こそ働いて貰わない事には、元が取れない事甚だしいではないか。

 

「現在、敵機と交戦中です!!」

 

 ややあって齎されたオペレーターの報告に、クーヤが取りあえず健在である事を知り、グルックは気を落ち着かせる。

 

 とは言え、切り札であるクーヤの存在が、戦局に対して聊かも寄与していない事には切歯扼腕したくもなる。

 

 ともかく、これで本当にクーヤの存在が、グルックの中では最後の切り札となってしまった事だけは間違いなかった。

 

 

 

 

 

「クッ みんなが!!」

 

 味方の反応が次々と消えていくさまに、クーヤは焦りを覚えずにはいられなかった。

 

 このままでは負けてしまう。

 

 負ける?

 

 誰が?

 

 自分達が?

 

「そんな、馬鹿な!!」

 

 言い放ちながらファングドラグーンを、エターナルスパイラルに向けて突撃させつつ、残ったドラグーンを砲撃位置に誘導する。。

 

 ここに至るまでにエターナルスパイラル、ヴァルキュリア、双方ともに消耗が激しい。

 

 ヴァルキュリアの持つドラグーンも、残り僅かだった。

 

 対して、ヒカルはビームライフルとレールガンのみで、向かってくるドラグーンを迎え撃つ。こちらはすでに、4基のドラグーンを使い切っている状態である。

 

 放たれる砲撃。

 

 OSとしての役割を果たすレミリアのアシストにより、消耗して尚、正確な照準は、向かってくるドラグーンを次々と撃ち落としていく。

 

「これで!!」

 

 気合と共にビームライフルを斉射するヒカル。

 

 その一撃が、向かってくる最後のドラグーンを叩き落とした。

 

 これで、双方ともにドラグーンは全滅。

 

 後は、互いの操縦技術のみが勝敗を決する事になる。

 

「まだよッ」

 

 ドラグーンによる攻撃が失敗に終わった事を悟り、クーヤはヴァルキュリアの背部からアスカロンを抜き放って斬りかかる。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィングを抜いて迎え撃つ。

 

 エターナルスパイラルに向けて、複列位相砲とレールガンによる砲撃を浴びせるクーヤ。

 

 対してヒカルは不揃いの翼を羽ばたかせると、機体を急降下させるようにして攻撃を回避、

 

 同時に、上下視界がさかさまの状態で展開したレールガンで牽制の砲撃を浴びせる。

 

 しかし、クーヤもまた負けてはいない。

 

 エターナルスパイラルの攻撃を全速力で回避しつつ、アスカロンを振り翳して斬り込んでいく。

 

「魔王ッ 今日こそお前を!!」

 

 振り抜かれる大剣。

 

 切っ先からほとばしるビーム刃。

 

 その攻撃を紙一重で回避しつつ、速度を緩める事無く、真っ直ぐに向かっていくヒカル。

 

 ティルフィングを振りかぶるエターナルスパイラル。

 

 対して、ヴァルキュリアも再度アスカロンを構え直して迎え撃つ。

 

 互いの剣が虚空を切り裂くようにして交錯する。

 

 斬撃は、互いを捉える事無く空を切る。

 

 高速ですれ違う両者。

 

 同時に、機体を振り向かせたクーヤがアスカロンを振り抜き、エターナルスパイラルに追撃を浴びせる。

 

 対して、ヒカルは機体を上昇させてクーヤの攻撃を回避。同時にレールガンを斉射して牽制する。

 

 お互い、遠距離からの攻撃では決定打を奪えない。

 

 そう判断した両者は、再び距離を詰める。

 

 1歩も引かずに剣を振るう魔王と勇者。

 

 互いに手にした剣が、火花を散らす。

 

 ティルフィングとアスカロン。

 

 片や、三度振るえば持ち主を滅ぼすと言われる呪われし魔剣。

 

 片や、龍殺しを成し遂げた勇者が振るいし聖剣。

 

 その伝説の名に恥じない力を、二振りの剣は互いの主に与え続ける。

 

 クーヤはアスカロンを肩に担ぐようにして構える。

 

 ビーム刃による遠距離攻撃を仕掛けて来る気なのだ。

 

 対して、デルタリンゲージ・システムのアシストにより、動きを先読みして回避運動に入る。

 

 だが、

 

「そこだァ!!」

 

 予想を裏切る形で、クーヤはスラスターを全開にして斬り込んでくる。

 

「なッ!?」

「ウソでしょ!?」

《そんな!?》

 

 狼狽するヒカル、カノン、レミリアの3人。

 

 まさかデルタリンゲージ・システムの未来予測をも上回るとは、思ってもみなかったのだ。

 

 そんな3人の隙を突く形で、ヴァルキュリアが斬り込んでくる。

 

 とっさにシールドを展開して掲げるヒカル。

 

 そこへ、クーヤは容赦なく刃を振り下ろす。

 

 実体剣の刃はビームシールドを透過して、エターナルスパイラル本体に襲いかかった。

 

 凄まじい衝撃がコックピットを襲う。

 

《「キャァァァァァァ!?」》

 

 レミリアとカノンが悲鳴を上げる中、必死に機体を立て直そうとするヒカル。

 

 そこへ、

 

《これで終わりッ 世界の礎となって死になさい、魔王!!》

 

 クーヤがオープン回線で叫びながら、ヴァルキュリアがアスカロンを振り翳して斬り込んでくる。

 

 対して、辛うじて体勢を立て直す事に成功したヒカルも、ティルフィングを構え直すと、不揃いの翼を羽ばたかせる。

 

「世界の礎、だって!?」

《あなた達のようなテロリストが、世界を狂わせるッ 議長の理想がッ 統一された素晴らしい世界が、なぜ理解できない!!》

 

 間合いに入ると同時に振るわれる、ヴァルキュリアの斬撃。

 

 その攻撃を、ヒカルは一瞬早く飛び退く事で回避する。

 

《もっと現実を見なさいッ 今この世界には争いが満ち溢れているッ だから一刻も早く統一する事が必要だ!!》

 

 更に追撃を掛けるべく、胸部の複列位相砲をエターナルスパイラル目がけて真っ向から放つクーヤ。

 

 対してヒカルは、ビームシールドを展開して防御。襲い掛かる衝撃に辛うじて耐える。

 

《でも、お前達のようなテロリストがいるから、世界はいつまでも乱れたままだ!!》

 

 そうだ。

 

 こいつ等が悪い。

 

 こいつ等のような悪逆非道なテロリストが世を乱し続ける限り、人々は惑わされ、いつまで経っても統一された世界の平和は訪れない。

 

 だからこそ、議長は世界を統一しようと頑張っている。

 

 議長の敵を倒し、彼の理想とする世界を実現する為に戦い続ける事こそが、自分達ディバイン・セイバーズの使命であり、誇りなのだッ

 

 クーヤは強い意志を、改めて胸に秘める。

 

 次の瞬間、

 

「ふっざけんなァァァァァァッ!!」

「《キャッ!?》」

 

 突然、ヒカルが大音声で叫びを発する。

 

 その凄まじい声音に、思わずカノンとレミリアが悲鳴を上げたほどである。

 

《なッ!?》

 

 ヒカルがぶつけた叫びが、クーヤを直撃して怯ませる。

 

《な、何を・・・・・・》

「何が統一だッ 何が現実を見ろだッ 一番現実を見ていないのは、お前らだろうが!!」

 

 ヒカルの胸の内から、激情が奔流となって噴き出すのが判った。

 

 今、ヒカルは、目の前の連中、それこそディバイン・セイバーズを含め、アンブレアス・グルックに連なる全ての者達の本質が、はっきりと見えた気がした。

 

 彼等は要するに「ヒーローごっこ」がしたいだけなのだ。

 

 自分達が正義の味方となり、悪の組織であるテロリストを対峙する。そんなシナリオが、頭の中で最初からでき上がっているのだ。

 

 断わっておくと、ヒカル自身は「戦場におけるヒーロー性」を頭から否定する気はない。戦場に置いてはしばしばヒーローが必要になる瞬間はあるし、ヒカルも、その役を負った事は何度もあった。

 

 だが、「戦場におけるヒーロー」と「ヒーローごっこ」では天地の開きがある。そして、クーヤ達がやっているのは、明らかに後者のそれだった。

 

 ようは、必要に迫られ、仲間を助け鼓舞する為にヒーロー役を演じざるを得なかったヒカル達と、自分達が初めからヒーローとなって賞賛と喝采を浴びたかっただけのクーヤ達。

 

 そこには、天地の開きが存在する。

 

 そう言う意味で、世界は彼らにとって格好の遊び場、言ってしまえば公園の砂場のような物だったのだ。

 

 しかも、彼女達の「お遊び」には、人の命や命運がかかっている事を考えれば、決して許される事ではないだろう。

 

 現実を見ろ、とクーヤは言うが、実際には彼女自身が何も見ていない。

 

 故郷を失って悲しむ人々も、

 

 自分達の誇りを取り戻すべく戦う戦士達も、

 

 保安局の杜撰な捜査で、不当に逮捕される一般市民達も、

 

 家族を失って悲しむ妻や子供達も、

 

 不況によって職を失い、路頭に迷うプラント市民達ですら、彼女達の眼には入っていないのだ。

 

 そして、自分達に反対する勢力を勝手に「テロリスト」と決めつけて、一方的に断罪する。

 

 要するに、ただ映りの良い鏡に映った自分達の姿を、ナルシスティックに自画自賛して悦に浸るだけの存在なのだ、彼女達は。

 

 そんな浅ましい精神の連中がディバイン・セイバーズを始めとしたグルック派の連中である。

 

《そんな・・・・・・そんな事はッ!!》

「なら、答えてみろよッ お前達の目指す世界の中で、誰が幸せになれるって言うんだ!!」

 

 反撃に転じるヒカル。

 

 グルックの目指す「統一された世界」とやらが、本当に平和で理想的であるならば、多くの人間が幸せになっていなくてはいけない。

 

 しかし現実には、彼の行った政策によって世界各地で多くの死者が出ており、その数倍の人間が不幸になっている。

 

 グルックがやった事は、世界を統一するどころか、ただいたずらに戦火の種を世界中にばらまいただけだった。

 

 エターナルスパイラルを駆って急速に接近すると、ティルフィング対艦刀を鋭く振るう。

 

 対して、クーヤはヴァルキュリアを辛うじて後退させる事で、剣閃を回避しながら、反論を試みる。

 

《それは、お前達テロリストがやった事だ!!》

「何がテロリストだ!!」

 

 クーヤの言葉を、ヒカルは正面からバッサリと切り捨てる。

 

 同時に振るったティルフィングの一閃が、アスカロンの刀身を半ばから真っ二つに叩き折る。

 

 テロリスト

 

 考えてみれば、たった5文字の言葉の何と軽い事か。この、たった5文字の言葉だけで、対峙する相手を悪の権化に仕立て上げる事が出来るのだから。

 

 相手がどんな存在で、どんな事情があって、何を考え、何を目的にして戦っているのか、考えようとすらしなくて良いのだから。

 

 後は「正義」である自分達が、「悪のテロリスト」を圧倒的な力で「退治」するだけ。これほど楽な事は無いだろう。

 

《クッ!?》

 

 舌打ちしながらクーヤは、アスカロンの柄に手をやり一気に引き抜く。

 

 すると、アスカロンの柄尻部分が外れてグリップ状になり、同時に先端からビーム刃を形成、ビームサーベルを発振する。つくづく、ギミックの多い剣である。

 

 再び、ヴァルキュリアを駆ってエターナルスパイラルへと向かっていくクーヤ。

 

 対抗するように、ヒカルはエターナルスパイラルの肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードにして投擲する。

 

 旋回しながら飛翔するブーメラン。

 

 その刃を、クーヤはビームサーベルで弾き飛ばす。

 

 そこへ、エターナルスパイラルがティルフィングを振り翳して斬り込んできた。

 

 クーヤはとっさに、ヴァルキュリア左手のパルマフィオキーナを発動してエターナルスパイラルに襲いかかる。

 

 光を纏ったヴァルキュリアの腕が、エターナルスパイラルの胸部装甲を掠める。

 

 一瞬、攻撃に傾注したクーヤの動きが止まる。

 

 その隙を逃さず、ヒカルは動いた。

 

「テロってのは、誰からも認められない連中が、話を聞いてもらえないから、暴力で物事を解決しようっていう意味だ!!」

 

 追い詰めるヒカル。

 

 エターナルスパイラルが振るうティルフィングが、ヴァルキュリアの右腕を肩から切断する。

 

「じゃあ、お前らのやってる事はどうだ!?」

 

 とっさに繰り出されたヴァルキュリアの左腕のパルマフィオキーナ。

 

 対してヒカルは、ティルフィングをとっさにパージすると、パルマエスパーダの刃でヴァルキュリアの左手首を切断する。

 

「世界中に戦火をまき散らしてッ」

 

 胸部の複列位相砲で反撃を試みるクーヤ。

 

「苦しんでる人達を無視して!!」

 

 それよりも一瞬早く、ヒカルはゼロ距離からレールガンをヴァルキュリアの胸部に浴びせ、誘爆を起こし砲門を潰す。

 

「多くの人達を犠牲にしてッ!!」

 

 抜刀したエターナルスパイラルのビームサーベルが、ヴァルキュリアの両翼を斬り飛ばす。

 

 最後のあがきとばかりに、レールガンを放つクーヤ。

 

 しかし、その攻撃を回避して、ヒカルは一気に距離を詰める。

 

「テロリストは、お前達の方だろうが!!」

 

 突き込まれる、エターナルスパイラルの左腕。

 

 パルマフィオキーナが、ヴァルキュリアの頭部を破壊する。

 

 ヴァルキュリアのコックピットが暗転し、衝撃が機体を突き抜ける。

 

 勝敗は、決した。

 

 

 

 

 

PHASE-20「魔王VS勇者」      終わり

 



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PHASE-21「未来への飛翔」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 戦闘の都合上パージしておいたティルフィングを回収して、ハードポイントへと収める。

 

 これまでの戦闘で、既に全てのドラグーンとウィンドエッジを失っているが、まだ問題は無い。

 

 このまま補給を受けずとも、すぐに戦線復帰は可能だった。

 

「ヒカル、あれはどうするの?」

 

 エターナルスパイラルの計器をチェックしていたヒカルに、カノンがそう言って声を掛けた。

 

 その視線の先には、既に残骸と化したヴァルキュリアが浮遊している。

 

 かつて、その機体はプラント軍の旗機であり、象徴とも言える機体であった。

 

 そのような最重要な機体が、戦闘力の一切を失って漂う様は、グルック政権の終わりを認識するのに十分だった。

 

 と、

 

《・・・・・・ウッ・・・・・・ウッ・・・・・・・・・・・・》

 

 オープンにしたままだった回線から、少女のすすり泣く声が聞こえてきた、ヒカル達は動きを止めた。

 

《ぎちょ・・・・・・ぎちょう・・・・・・どうしたら、良いんですか? ・・・・・・教えてください、議長・・・・・・・・・・・・》

 

 己の全てを壊され、否定された少女は、狭いコックピットの中で膝を抱えてすすり泣いていた。

 

 今のクーヤは、信じていた世界が全てひっくり返され、完膚なきまでに打ち砕かれた状態である。

 

 例えるなら、一寸先すら見えない暗闇の中で、崖から放り投げられたに等しい。

 

 そこまで、彼女の世界は徹底的に破壊されてしまったのだ。

 

 そして、破壊したのは、他ならぬヒカル自身である。

 

 彼女の言葉を否定し、彼女の信じる物を暴力で打ち砕いた。

 

 今の彼女を絶望の淵に蹴落としたのは、間違いなくヒカルである。

 

 同情はしよう。

 

 乞われれば謝罪もしよう。

 

 だが、容認だけはできない。それだけは断じてできない。

 

 今回の件は、たんに勝敗による結果に過ぎず、一歩間違えば彼女とヒカル達との立場は逆になっていた可能性がある。否、一度は確かに逆になったのだ。それをヒカル達が長い時間と実力でもって奪い返した形である。

 

 それに、彼女の事を容認すると言う事は即ち、グルックの在り方について容認すると言う事でもある。それができないからこそ、ヒカル達は今、ここにいるのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・自分で考えなよ」

《・・・・・・え?》

 

 ややあって告げたヒカルの言葉に、クーヤは涙交じりの声を返す。

 

「あんたはまだ生きているんだ。自分が進むべき道の事は、自分で考えろよ。他の奴等がどう言ったとかじゃなくてさ、アンタがこれから、多くの世界を見て、多くの人々と触れ合って、それで自分の中の答えを見付けるべきだろ」

 

 かつて、ヒカルもそうだった。

 

 北米紛争で敗れ、それまでの全てを失いながらも、多くの人達と触れ合い、彼等に助けられてここまで来れた。

 

 だからこそ、ヒカルは自分の中の「正義」を、しっかりと確立する事が出来たのだ。

 

 ヴァルキュリアの残骸に背を向けると、ヒカルはエターナルスパイラルの持つ不揃いの翼を広げた。

 

 もう、彼女に用は無い。

 

 今後、彼女自身がどのような答えを出すのか、ヒカルには判らないが、それは彼女自身の問題であり、ヒカルが介入するような事ではない。

 

 もっとも、

 

 もし万が一、再び彼女が自分達の前に立ちはだかるような事があれば、その時は容赦しないが。

 

「そうならない事を、祈っているよ」

 

 

 

 

 

 この時、

 

 2機の様子を残骸の陰から伺っている者がいた。

 

 その機体は、既に半ば以上破壊し尽くされ、残っているのはボディ部分と右腕、そして半壊した頭部の身と言う有様だった。

 

 しかし、それでも失わない鋭い視線は、まるで手負いの野獣を思わせる程凄惨な輝きを放っていた。

 

「ククッ まさか、こんな場面に出くわすとはな」

 

 様子を伺っていたクライブは、口元に笑みを浮かべる。

 

 キラ達に敗れ、辛うじて生を拾ったクライブは、このまま戦場の混乱に紛れて脱出しようと考えていたのだが、その矢先に、思いもかけない場面に出くわしてしまった。

 

 相手は、あのキラの息子だ。

 

 もう1機、残骸と化した機体と何やら言い合っている様子だが、そちらの方はクライブには興味が無い。放置しておいても問題は無いだろう。

 

 残骸と化したディスピアに、唯一残っていた武装であるビームライフルを右手に構え、照準を付ける。

 

「行きがけの駄賃、しっかりと受け取ってやるぜ」

 

 相手は、あのキラの息子だ。ここで仕留める事ができれば、溜飲を下げるには充分だろう。

 

 照準が合わさり、クライブはニヤリと笑みを見せる。

 

「あばよ、魔王様。親父の代わりにテメェの首、しっかりと貰っていくぜ」

 

 そう言い捨てうると同時に、トリガーに掛けた指に力を込める。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

「なッ!?」

 

 突如、ディスピアの胸部からビーム刃が生えた。

 

 驚愕するクライブ。

 

 その背後で、

 

 右手をディスピアの背中に当てたクロスファイアが、パルマ・エスパーダを発振して背後から刺し貫いていた。

 

「ここで25年前を再現されるのは御免だ」

 

 キラは冷ややかな声で言い放つ。

 

 25年前のヤキン・ドゥーエ戦役の折、キラは倒したと思っていたクライブに強襲され、和解仕掛けていた大切な友人を失ってしまった。

 

 奇しくも、状況はあの時と同じ。

 

 しかし、結果は変わっていたが。

 

「キラ・・・・・・・テメェ・・・・・・・・・・・・」

 

 怨嗟の言葉を発するクライブ。

 

 しかし、もはや彼にはどうする事もできなかった。

 

 爆発、四散するディスピア。

 

 その炎の中で、クライブの意識も急速に燃え上がり、そして消えて行く。

 

 キラは今度こそ、過去から連綿と続いた因縁に終止符を打つ事が出来たのだ。

 

「終わりましたね」

「うん」

 

 妻の優しい言葉に、頷きを返すキラ。

 

 その視線の先では、ゆっくりと近づいてくるエターナルスパイラルの姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要塞内部が、軍靴によって踏み荒らされる。

 

 連合軍が特別編成した陸戦隊が次々と上陸し制圧行動を開始するに至り、とうとう、僅かに残っていたプラント軍の組織的抵抗力は、完全に喪失した。

 

 最重要目標であるジェネシス・オムニス発射施設は真っ先に抑えられ、史上最悪の大量破壊兵器は、ついにただ1人の「外敵」も殺さないまま、その機能を強制的に停止させられた。

 

 更に通信施設、格納庫、貯蔵施設、港湾施設が次々と連合軍の手に落ち、その機能を停止させられていく。

 

 プラントに住む多くの人達に塗炭の苦しみを与え、多大な予算を湯水のごとく注ぎ込んで建設されたヤキン・トゥレース要塞だったが、こうなるとただの木偶の坊と変わりなかった。

 

 まだ一部の兵士達が、要塞奥に立て籠もって抵抗を続けているが、それが制圧されるのも時間の問題であると思われた。

 

 そして、

 

 制圧任務に当たっていた1人の連合軍兵士が、ふと足を止める。

 

 視線の先には、要塞作業員の恰好をしたプラント軍兵士の姿があった。

 

「おや?」

 

 その作業員の様子に不審な物を感じて首をかしげる。

 

 既にこの辺一帯の制圧は完了し、捕虜となったプラント軍兵士は臨時収容施設に指定された要塞内の一角に集められている。

 

 大半の兵士が、抵抗らしい抵抗も見せず、従順に従ってくれたおかげで、収容作業は滞りなく完了していた。

 

 だが、その作業員は奇妙だった。

 

 他の兵士達とは離れて1人で行動し、しかも何やらコソコソと辺りを伺いながら、人目を避けるように何も無い場所へと向かって歩いて行くのだ。

 

 連合軍兵士は不審に思いながら、その作業員の後を追いかける。

 

「おい、何をしている?」

 

 声を掛けると、作業員はビクリと肩を震わせ動きを止める。

 

 その様子を見て、連合軍兵士は捕虜収容区画に行くように促そうとした。

 

 その時だった。

 

 突然、作業員は弾かれたように、その場から駆け出したのだ。

 

「お、おい!!」

 

 慌てて追いかける連合軍兵士。

 

 幸い、相手の足はそれほど速くなかった。何メートルも行かないうちに追いつき、そのまま腕を取って床へと組み伏せる。

 

「は、離せッ 離せェ!!」

「大人しくしろ!!」

 

 乱暴に言いながら、作業員が被っている帽子を強引に剥ぎ取る。

 

 その下から出てきたのは、意外に年配の男性の顔だった。

 

 だが、

 

「・・・・・・あれ?」

 

 何かに気付いた連合軍兵士が、訝るように首をかしげる。

 

 対して作業員の方は、しまった、と言う風に視線を逸らした。

 

「お、お前ッ」

 

 作業員の顔には、見覚えがあった。なぜなら、それは彼等が最優先で確保を命じられていた人物だからである。

 

 それは、作業員の姿に変装して1人要塞から脱出を図ろうとしていた、現プラント最高評議会議長アンブレアス・グルック、その人であった。

 

 

 

 

 

 報告を受けて、ムウ達も制圧を完了した司令部へとやって来た。

 

 既に外での戦闘も、終結に向かいつつある。

 

 一部のプラント軍が、未だに散発的な攻撃を仕掛けてきてはいるが、自由ザフト軍を中心とした部隊が警戒に当たっており、そうした抵抗勢力の排除にも余念がない。

 

 更に先程、オーブ本国からの長距離レーザー通信により、本国を強襲しようとしたプラント軍も、リィスをはじめとした残留部隊に撃退されたと言う報告が齎されている。

 

 これにより、連合軍は多大な損害を出しながらも、プラント軍を撃破する事に成功したのである。

 

 何より、この状況を発表すれば、個々人の意志に関わらず、彼等も抵抗の無意味さを知る事になるだろう。

 

「まさか、こんな事をしているとはね」

 

 ムウは呆れ気味に呟く。

 

 彼の視線の先には、後ろ手に手錠を掛けられ、粗末なパイプ椅子に座らされたアンブレアス・グルックの姿がある。

 

 捕えられた時のまま作業員の服を着ており、何ともみすぼらしい姿だ。

 

 逮捕の際に抵抗したらしく、多少顔などに痣が見られるが、それでも健康に影響が出そうなレベルではない。

 

 何より、

 

「わ、私を誰だと思っているのか、この無知無学なテロリスト共め!!」

 

 随分と威勢のいい声を響かせている事からも、彼の元気が有り余っているのは明白だった。

 

「私は、現プラント最高評議会議長、アンブレアス・グルックであるぞッ それが判っているのかッ? ただちに、この不当な扱いをやめ、私を釈放したまえ!!」

「ああ。そう喚かなくても、あなたが何者かである事くらい、我々は把握しているよ」

 

 大声を張り上げるグルックに対し、ムウは面倒くさそうに顔をしかめながら答える。

 

 先程からこの調子である為、さすがにうんざりし始めているのだ。

 

 この状況でよくもまあ、威勢の良い事を言える物である。ある意味、大物である事は間違いなかった。勿論、悪い意味で、だが。

 

「それに、アンタのさっきの言葉、一部間違ってるぞ」

「な、何だと?」

 

 たじろくグルックから視線を外し、ムウは1人の兵士に目をやる。

 

「ああ、すまんが、アレをこの人に見せてやってくれないか?」

 

 ムウに促された兵士は、それまではプラント軍兵士が座っていたオペレーター席に取りつき、コンソールを何やら操作し始める。

 

 程無く、メインパネルが点灯され、何やらニュースの映像が流され始めた。

 

 そこには、戦闘開始前にも見た女性のキャスターが、冷静な口調でニュース文を読み上げている様子が映し出されている。

 

《お伝えしていますように、ヤキン・トゥレース要塞において行われていたグルック派と連合軍との決戦が、先程終結したと言う報告が齎されました。これによりますと、ディバイン・セイバーズをはじめとしたグルック派の軍は、その大半が壊滅状態に陥り、また、未確認ではありますが、アンブレアス・グルック容疑者本人も、連合軍に逮捕されたとの情報が入ってきております。また、これに先立った各市における決議結果によりますと、ディセンベル市、ヤヌアリウス市、フェブラリウス市、マティウス市、マイウス市、ユニウス市、セクスティリス市がアンブレアス・グルック容疑者の背任決議案を議決、先のオクトーベル市と合わせて、これで8市が、背任決議案に賛同した事になります。このほか、アプリリウス市、ノウェンベル市が審議中、クィンティリス市が中立宣言を行っており、明確にグルック支持を続けているのは、事実上、セプテンベル市のみとなったと言えます》

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 今のニュースは事実上、プラントの8割がグルックの敵に回った事を意味している。

 

 それは、これまで名目上は保ち続けてきたグルック政権の、完全なる崩壊を意味していた。

 

「あんたはもう、議長じゃない。『元』議長殿だよ」

 

 冷ややかに告げるムウ。

 

 この状況に同乗の念が湧かない事も無いが、自業自得である事を思えば、掛ける言葉も無かった。

 

「馬鹿なッ これは謀略だ!! お前達テロリストが、私を陥れる為に仕組んだ卑劣な罠に違いない!! プラントの市民が、私を見捨てるはずがない!!」

「いや、これが事実だよ」

「嘘だ!! 嘘だ嘘だ嘘だァ!!」

 

 現実を認められず、泣きわめくグルック。

 

 無理も無い。彼からしてみたら、自分の「王国」が崩壊していく様を、まざまざと見せつけられているに等しいのだから。

 

 だが、これはあくまで彼自身の無知無策が招いた結果であり、同情の余地は一片たりともありはしなかった。

 

「誰か、嘘だと言ってくれ・・・・・・・・・・・・」

 

 もはや、周囲の人間には欠ける言葉すらないまま、ただ「元」議長殿のすすり泣く音だけが響いていた。

 

 その時、

 

《いいえ、これは現実です》

 

 静かに、それでいて冷酷なまでに、現実を突きつけた声は、耳障りの良い涼やかな声だった。

 

 振り返る一同。

 

 そこには、ピンク色のハロを抱えたメイリンを従える形で、ラクスが厳しい表情をして立っていた。

 

 その姿に、グルックは呆けたように目を見開き、口を半開きにする。

 

《どうしました? わたくしの顔を見忘れましたか、アンブレアス・グルック?》

 

 詰問するようなラクスの口調に、ようやく僅かながら意識が現実に復帰したグルックは、ノロノロと口を開く。

 

「なぜ・・・・・・あなたが、ここにいるのだ?」

 

 彼が呆けるのも、無理のない話である。何しろ、死んだ筈の人間が目の前にいるのだから。

 

「あなたは、死んだ筈だろう・・・・・・なぜ、あなたがここにいる?」

 

 言ってから、グルックはハッと何かに気付き、次いで眦を上げて口を開く。

 

「そうかッ あなたの仕業だったのだな!!」

 

 怨嗟の籠った声が、ラクスにぶつけられる。

 

 ちょうどその時、ヒカルと、青いハロを抱えたカノン、それにレミリアが指令室に入ってきた。

 

「あなたが、裏から手を回して、私の理想を悉く邪魔していたのだなッ いいやっ そうに違いない!!」

 

 殆ど、と言うよりも完全に言いがかりに過ぎない言葉だったが、グルックは100パーセントの確信を込めて言い放つ。

 

 ラクスの影響力と政治力をもってすれば、自分を蹴落とすくらい訳ない事だろう。

 

 しかし、

 

《いいえ》

 

 ラクスは、言下に否定した。

 

《わたくしは何もしていません。今のわたくしにできる事と言ったら、せいぜい、情報を集めて、わたくしの仲間達を支援する事くらいですので》

 

 本当の事である。

 

 ラクスは今次大戦において、自身のネットワークを駆使して情報収集以外の個人的活動はほとんど行っていない。唯一、ヒカルの危機に遠隔から介入を行ったのが例外中の例外である。

 

 これは、ラクスが自分自身に課した「制約」でもある。

 

 こうして意思の疎通ができるようになったとはいえ、ラクスは所詮は死んだ人間である。

 

 キラ達のお陰で現世に戻って来た時にラクスが思ったのは、死んだ人間が生きた人間の世界に過剰に介入する事は許されないと考えた。その為、ターミナルの運営ですらキラやエストに任せ、自分はあくまでサポート役に徹し続けて来たのだ。

 

 しかし、

 

「嘘だッ 嘘だァ!! お前が悪いんだッ お前さえいなければ、全部上手く行ったはずなんだ!!」

 

 もはや駄々をこねる子供のように喚き続けるグルック。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アハハハハハハッ 無様無様無様ッ!! 無様だねェ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、モニターの映像にノイズが奔り、強引に切り替わる。

 

 ハッとなって、振り返る一同。

 

 同時に耳障りな音が聞こえ、切り替わった画面には、ピエロ顔の男が大写しで現れた。

 

「あれはッ!?」

「PⅡ!!」

 

 面識のあるヒカルとカノンが、警戒したように身構える。

 

 対してレミリアは、明らかに恐怖を感じて身を震わせる。

 

《そんな・・・・・・何で・・・・・・》

 

 かつて、PⅡによって北米統一戦線の仲間が処刑される映像を見せられ、その後も長く囚われの身だったレミリアにとって、PⅡは恐怖の対象でもあった。

 

 そんなレミリアに、ラクスは素早く身を寄せると、優しく抱きしめる。

 

《大丈夫ですよ、レミリア。わたくしたちが付いています》

《お、お母さん・・・・・・・・・・・・》

 

 震えながらも、母に身を寄せるレミリア。

 

 そんな一同の視線を集める中、

 

 モニターの中のPⅡは、薄笑いを浮かべて一同を見回す。

 

《やあやあ御一同、生きてるお歴々から、もう死んじゃってる筈の人まで、お揃いみたいで。これはちょうど良かったかな》

 

 自分が与する陣営の敗北が確定したと言うのに、聊かも悪びれた様子も無く、PⅡはヘラヘラと笑い続けている。

 

 その姿を見て、

 

 グルックは息を吹き返したように、勢いよく顔を上げた。

 

「おおッ PⅡ!! お前がまだ残っていたか!!」

 

 グルックにとって、正にPⅡの存在こそが、起死回生の切り札だった。

 

 これまでPⅡは、グルックに協力し、その政権維持に多大な貢献をしてきてくれた。

 

 多くの策を実行し、その全てを的中させてきた。

 

 PⅡならば、この状況をも逆転してくれる。自分の敵を1人残らず一掃し、再び自分の覇権を確立する事に協力してくれる。

 

 そう確信して言い放つ。

 

「さあ、PⅡよ、今こそ私を助け、この卑劣なテロリスト共を葬り、正義の為の戦いに協力してくれ!!」

 

 期待に満ちたグルックの言葉。

 

 その言葉を聞いてPⅡは、

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

《あ~ 無理無理。そんな無茶言わないでよー》

 

 

 

 

 

 あくまで態度は変えないまま、

 

 完全に、自身の同盟者を馬鹿に仕切った口調で言い放った。

 

 呆然としたのはグルックである。

 

「・・・・・・・・・・・・な、何を言っているのだ?」

 

 今度こそ、世界が完全に崩壊したような表情を見せるグルック。

 

 そんなグルックの表情を見て、PⅡは可笑しそうに笑う。

 

《いや~ 僕は別に何でも出せるポケットを持っている訳じゃないんだよ。今の君の尻拭いを押し付けられたって困るんだよね~》

「な、何を言っているのだッ これまで、お前は私に協力してくれたではないか!!」

《『これまでは』ね。けど、協力関係ってのは、あくまでも双方に利益がある場合に成立する物だよ。それじゃあ、果たして今の君に利用価値があるのかな?》

 

 グルックの利用価値。

 

 そんな物がある筈がない。

 

 今のグルックにできる事は、ただ収監され、裁きを待つ事のみだった。

 

《ま、君みたいな三流以下の政治家モドキに今まで献身的に協力してあげたんだから、感謝してよね》

「なッ!?」

 

 あまりの物言いに、もはや言葉を発する事すら忘れてしまうグルック。

 

 見守るヒカル達も、予想だに出来なかった事態に、対応が追いつかなかった。

 

《いや、それにしても、見事なまでの道化ぶりだったね。素質はあると最初から思っていたけど、まさかここまでとは。いやはや、流石の僕もビックリだったよ》

「貴様・・・・・・・・・・・・」

《ラクス・クラインをはじめとした先人が、必死になって維持してきた平和をわざわざぶっ壊して、「統一された世界」とか言う御大層且つチンケで、独りよがりな妄想を振り翳して、世界中に戦火をばらまいてくれちゃって。いやー、傍で見ていて、ほんと愉快だったよ、君の暴走は。ぶっちゃけ、君1人いなかったら死ななくて良かった人間が、世界中に何万人いるだろうね?》

 

 それはそれは楽しそうに、PⅡはグルックをこき下ろす。

 

 対して、グルックは怒りと屈辱がない混ぜになった表情で、PⅡを見上げる事しかできないでいる。

 

 その目は、つい先刻まで協力者として仰いでいた存在に対する信頼は消え、今や完全に仇敵を睨み付けているに等しかった。

 

 だが、逮捕され、繋がれたグルックには、もはやどうする事も出来ない。彼にできるのは、こうして歯噛みしながら睨み付ける事のみだった。

 

《ああ、そうそう、協力はできないけど、こんな物があったから、ついでに送っておくよ。せいぜい、役に立ててね》

 

 そう言うと、PⅡは画面からは見えない手元で、何事か操作をする。

 

 すると、

 

「司令ッ 何かが転送されてきます!!」

 

 オペレーターの声に弾かれたように、ムウはサブモニターに駆け寄る。

 

 そこには確かに、何かのファイルが転送されてきていた。

 

《アンブレアス・グルックが、就任前から今日にいたるまで行ってきた不正と違法の全証拠、その一部始終ってところかな。裁判になったら必要になるでしょ。いちいち全部記録しておいたから、せいぜい役に立ててね》

「なッ!?」

 

 慌ててファイルを開くと、確かにそれらしき記述が見られる。

 

 不正支出に、軍人家族に対する過度な優遇措置の実態。閣僚が犯した犯罪のもみ消し。保安局の杜撰な捜査状況と、それに伴う冤罪の数々。より重大な物としては捕虜に対する違法な人体実験や、捕虜収容所における虐待の事実等、読むだけでも数日はかかりそうなほど莫大な量である。

 

「やめろォ!!」

 

 そんな中、グルックが喚き声を上げる。

 

「見るなァ!! 見ないでくれェ!!」

 

 飛び出そうとして、慌てた兵士達に床に押さえつけられる議長。

 

 そんなグルックの様子に対し、PⅡはもはや用は無いとばかりに、あっさりと視線を外した。

 

《アハハハ、そんじゃ、僕はこれでお暇させてもらうよ。もう十分楽しませてもらったし。ほとぼりが冷めたら、また戻ってきて遊んであげるから、その時まで、せいぜい頑張ってね。あ、連合軍の皆さんにも、ここまで付き合ってくれたお礼に、とっても素敵なプレゼントを用意したから。たっぷりと楽しんでね。そんじゃ》

 

 そう言い捨てる同時に、モニターが暗転する。

 

 後には、泣き喚くグルックと、それを取り囲むように立ち尽くす一同だけが残された。

 

 その時だった。

 

「要塞下部のハッチが開いていますッ 何かが発進準備をしている模様!!」

 

 オペレーターがコンソールを操作しながら、モニターを移す。

 

 ややあって映し出された映像には、岩塊に偽装したシャッターが開く様子が映し出されている。

 

「あいつだッ!!」

 

 反射的に、ヒカルが叫び声を発する。

 

 何が起こっているのか、ヒカルにはすぐに判った。

 

 PⅡだ。

 

 あのピエロ男が、仲間も何もかも捨てて、1人で逃げようとしている。

 

 だが、今のヒカルにはどうする事も出来ない。

 

 やがて、開いたハッチから凄まじい勢いで何かが飛び出していくのが見えた。

 

 それは、大形のシャトルだった。

 

 後部には大形の推進機を4基備え、かなりの速力が出る事が推測できる。

 

 全体としての形は奇妙で、ゴツゴツと突起物の多い印象がある。

 

「あいつ!!」

 

 映像を見たヒカルが声をあげるが、もはやどうする事も出来ない。

 

 飛び出したシャトルの勢いは凄まじく、あっという間にカメラでは捉えられない距離まで飛び去って行ってしまった。

 

「奴を追える機体は!!」

「ダメです。あまりにも早すぎて・・・・・・間も無く、探知範囲も抜けます!!」

 

 歯噛みするしかない。

 

 戦争が終わったと言うのに、ある意味元凶とも言える人物を取り逃がすとは、画竜点睛を欠くこと甚だしい事だった。

 

 このままでは、あいつの言うとおり、今ここで戦争を終わらせたとしても、ほとぼりが冷めて奴が戻って来れば、再び同規模の戦乱が怒る事になる。

 

「クソッ どうする事もできないのかよ!!」

 

 ヒカルは苛立ちをぶつけるように壁を拳で叩くと、泣き崩れているグルックへ足音も荒く近寄ると、その襟首を掴んで締め上げる。

 

「言えッ あいつはどこに行った!?」

 

 当初はプラント軍を打倒し、グルック政権を倒せば戦争は終わると思っていた。

 

 しかし今、更なる闇が姿を現し、そして嘲笑を上げながら手の届かない所へ飛び去ろうとしている。

 

 皆は、改めて認識していた。

 

 PⅡを倒さない限りは、悲劇は何度でも繰り返される事になる。

 

 だからこそ、奴はここで何としても倒しておかなくてはならないと言うのに。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・てい、け」

 

 ヒカルに襟首を掴まれたグルックは、弱々しい口調で言う。

 

「・・・・・・出て行け・・・・・・出て行け・・・・・・ここは、わたしの、国だ・・・・・・出て行け・・・・・・・・・・・・」

「お前・・・・・・・・・・・・」

 

 うわ言のように発せられるグルックの言葉に、ヒカルは呆然とするしかなかった。

 

 グルックは、既に壊れていた。

 

 自分の信じたあらゆる物を奪い取られ、完全に自分1人の世界に埋没してしまっていたのだ。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルの腕を掴んだキラが、ゆっくりと首を振る。

 

 これ以上、この男を問い詰めても無駄な事は明白だった。

 

 腕の力を緩めるヒカル。

 

 もう、これ以上、この男に構っている暇は1秒たりとも無かった。

 

《方法は、あります》

 

 凛とした声が響き渡る。

 

 一同が振り返って視線を向ける中、発言したラクスは、硬い表情のまま、視線を俯かせている。

 

 いつも、朗らかな態度を崩す事がないラクスからすれば、珍しい態度であると言える。

 

 何か、言いにくい事を言い淀んでいる。そんな感じだった。

 

「教えてくれ、おばさん」

 

 そんなラクスに、ヒカルが詰め寄る。

 

 何だって良い。奴を、PⅡを追う方法があるなら、どんな手段でも辞さないつもりだった。

 

《しかし・・・・・・・・・・・・》

 

 対して、ラクスは尚も言いよどむ。

 

 彼女は後悔していた。

 

 ラクスの中にある案は、非常に危険を伴う物である。そして、ヒカルの性格からして、危険だからという理由だけで引き下がるとは思えなかった。

 

 かつてラクスは、自身の計画にキラとエストを巻き込み、それが長きに渡って親子を引き離す結果となった事を、今も後悔している。

 

 今ここで、自分の作戦を話せば、再び悲劇を繰り返す事になる。その事を、ラクスは恐れていた。

 

 しかし、

 

「おばさんだって判ってるだろ。あいつをここで逃がせば、いずれまた、大きな被害を出す事になるってさ」

《ヒカル・・・・・・・・・・・・》

 

 ヒカルにまっすぐに見据えられ、ラクスは唇を噛みしめる。

 

 そこへ、

 

「わたしからもお願いします、ラクス様」

《お母さん、ボクからも》

 

 カノンとレミリアも、ヒカルと共にラクスに告げる。

 

 子供たちの眼差しが、ラクスを貫く。

 

 対して、

 

 ラクスはフッと、微笑みを浮かべる。

 

 この子達はもう、子供じゃない。自分達の道は自分達で決める事が出来る、立派な大人だ。

 

 ならば、自分があれこれと、余計な気を使う必要はないだろう。

 

《判りました》

 

 そう言って、ラクスは頷いた。

 

 

 

 

 

《射出角調整、進路上に問題無し》

《エネルギー充填開始。目標への進路計算は完了》

《グロスローエングリン、回路に問題無し。発射は可能》

《エターナルスパイラル、発信位置につきます》

 

 特殊な発進シークエンスが執り行われる中、エターナルスパイラルが、ゆっくりと発信位置へと移動して行く。

 

 その後方には、艦首部分を向けている、戦艦大和の姿があった。

 

 エターナルスパイラルは既に、ドラグーン等の消耗した武装や酸素、推進剤等の補充は終わっている。後は、発進の時を待つのみだった。

 

《こちらはいつでも行けるぞ、ヒビキ二尉》

 

 モニターの中では、大和艦長のシュウジが映し出される。

 

 今回は大和と連携する事で、PⅡへの追撃を行う事になっていた。

 

 だが、状況は予断を許される物ではなくなりつつある。

 

 発進準備を進める段階で、とんでもない情報がヤキン・トゥレース要塞へと飛び込んできた。

 

 それによると、ユニウス教団軍の残党と、レトロモビルズの大部隊が、大挙してヤキン・トゥレース要塞に迫っていると言う。

 

 PⅡが去り際に言っていた「プレゼント」とは、これの事だったのだ。

 

 用意周到な男である。

 

 PⅡは自分が逃げるに当たり、連合軍を足止めして追撃の手を完全に断つ為に、自身の持つ国際テロネットワーク機能をフルに活かして、残った勢力である、ユニウス教団とレトロモビルズを動かしたのだ。

 

 これでは、連合軍も動くに動けない。

 

 正に、ヒカル達が最後の切り札となった訳だ。

 

《頼むぞ。我々の希望、全て君達に託す》

「了解」

 

 ヒカルが返事をすると、今度は画面が切り替わって、大和のオペレーター席に座っているリザが現れた。

 

《こっちの準備は完了。いつでも行けるよ》

「了解・・・・・・その、リザ、レオスの事は・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇うように訪ねて来るヒカルに対し、リザは一瞬ハッとしてから、次いで力なく笑う。

 

《聞いた。さっき、ノンちゃんとレミリアから・・・・・・正直、ショックじゃなかったって言えば嘘になる》

「ザッち・・・・・・・・・・・・」

 

 後席に座ったカノンが、気遣うように声を掛ける。

 

 対して、リザは顔を上げて笑顔を浮かべた。

 

《けど、お兄ちゃんはやっぱり、最後まであたしのお兄ちゃんだった。それだけ分かれば、今は充分だよ》

 

 レオスは、あくまでもリザを守るために、最後まで戦った。

 

 その事が、倒れそうになったリザを支えているのだ。

 

《だからみんな、お願い。どうか、お兄ちゃんの守ろうとした未来を、みんなが守って》

「ああ、任せろ」

 

 力強く頷くヒカル。

 

 こうしている間にもカウントダウンは、刻々と刻まれていく。

 

 と、そこへ、寄り添うように1機のモビルスーツがエターナルスパイラルに取り付いて来た。

 

《ヒカル、準備は良いね》

「父さん」

 

 キラとエストもまた、迫りくる敵軍を迎え撃つ為に出撃したのだ。

 

《ここは私達が引き受けます。みんなも、気を付けて》

「ああ、判ってる」

 

 気遣う母に返事を返してから、ヒカルは改めてキラに向き直った。

 

「父さん、あのさ」

《うん、何かな?》

 

 息子の言葉を待つキラ。

 

 だが、ややあってヒカルは笑みを浮かべ、首を横に振った。

 

「いや、やっぱりいい。帰ったら話すよ」

《・・・・・・そっか》

 

 そんな息子に、キラも頷きを返した。

 

 もし帰って来られなかったら、などと言う事を言ったりはしない。

 

 必ずPⅡは倒す。

 

 そして、必ずここに帰ってくる。

 

 ヒカルも、カノンも、レミリアも、その決意の元で今、飛び立とうとしている。

 

 その時、

 

《射出20秒前。エターナルスパイラルは、ファイナルシークエンスをスタートしてください!!》

 

 リザの声が響き渡る。

 

「じゃあ、父さん、母さん」

《ああ、行っておいで》

《必ず・・・・・・必ず帰ってきてください》

 

 両親の声を背に受け、

 

 ヒカルはエターナルスパイラルの持つ、不揃いの翼を広げた。

 

「発進位置、及びコースの最終確認完了!!」

「エターナルスパイラル、全てにおいて問題無し!!」

《ヴォワチュール・リュミエール、最大展開!!》

 

 光の翼が、最大限に広げられて虚空に輝きを放つ。

 

 元々、ヴォワチュール・リュミエールは、火星軌道以遠の太陽系宙域を探査する為に開発された推進システムである。

 

 例えるなら、船の帆のような役割を持っており、ここに光エネルギーや太陽風を受ける事で、推進力とする事ができるのだ。

 

 ラクスが考えた作戦とは、大和のグロスローエングリンをエターナルスパイラルのヴォワチュール・リュミエールで受け止める事で最大加速し、逃げたPⅡを追いかけると言う物だった。

 

 PⅡの逃げた方角は判っている。この方法なら、計算さえ間違わなければ追いつけるはずだった。

 

 だが、問題はある。

 

 それは、エターナルスパイラルを後方支援する事は、一切できないと言う事だった。

 

 追いつくまでは良いとして、万が一戦闘になってエターナルスパイラルが大損害を受けた場合、これを回収する事は不可能に近い。

 

 下手をすれば、片道のみの攻撃となる可能性もある。

 

 だが、ヒカル達は一切躊躇わなかった。

 

 そこには、PⅡを放置したら、近い将来、再び戦火が巻き起こるだろうと言う恐怖の予感があったからに他ならない。

 

 翼を大きく羽ばたかせるエターナルスパイラル。

 

「愛しい子供達が行く」

「どうか、無事で」

 

 離れ行くクロスファイアのコックピットで、キラとエストが祈るような気持ちで見詰める中、

 

 大和のグロスローエングリンが輝きを放つ。

 

「ヒカル・ヒビキ」

「カノン・シュナイゼル」

《レミリア・クライン》

 

「「《エターナルスパイラル、行きます!!》」」

 

 

 次の瞬間、迸る閃光。

 

 その光を受け、エターナルスパイラルが飛翔する。

 

 世界を覆う闇を払い、全ての悲劇にピリオドを打つ為に。

 

 

 

 

 

PHASE-21「未来への飛翔」      終わり

 



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PHASE-22「笛吹き男」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと速度を落としつつ、機体を惰性速度へと持って行く。

 

 要塞から脱出し、敵の追撃を断つ為に最高スピードで飛んできたが、既に充分な距離は稼げたと思う。

 

 ここまで逃げて来れば、もはや一朝一夕では追いつけない筈。燃料節約の為にも、ここはゆっくり行くと決めた。

 

 徐々に機体のスピードが落ちる中、コックピットに座したピエロ顔の男には、満足げに笑みを浮かべた。

 

「あー それにしても、面白かったなァ」

 

 そう言うとPⅡは、楽しい事など他にこの世には無いと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべた。

 

 アンブレアス・グルックが覇権を得る事に協力し、世界を己の意のままに操る。そして、全ての事が終わった後、彼自身をも絶望の淵に突き落とす。

 

 絶望を知った人間が見せる滑稽な表情は、至高の美味といっても過言ではない。

 

 これに比べたら、世に溢れる快楽などには毛程の価値すら無いだろう。

 

 人間なんてものは、所詮は鼠に過ぎない。

 

 笛を吹いて右を向けと言えば右を向くし、左を向けと言えば左を向く。

 

 それは、どれほどの戦場を駆け抜けた英雄であっても、どれだけ国民に慕われた為政者でも変わらない。

 

 どんな人間であっても、ふと気を抜く瞬間は存在する。

 

 そしてPⅡは、そうした人間が見せる「一瞬の心の隙」に潜り込む事が得意だった。

 

 人が必要としている物をチラつかせ、心の奥に入り込む。

 

 後はその人物の信頼を得るまで、甘い言葉を耳元で囁き続けるのだ。

 

 そうして、相手が自分に対して絶対の信頼を寄せるようになったタイミングを見計らい、

 

 奈落の底へと突き落とす。

 

 その瞬間、誰もが自分がどうしようもないくらい道化に過ぎなかったと悟った人間の表情程、甘美に感じる物は無い。

 

 今回の戦争でも、そうした瞬間を幾度となく見る事が出来た事は、PⅡにとって、この上無く満足であった。

 

 勿論、その中で最大の快楽を得る事が出来たのは、アンブレアス・グルックの間抜け面であった事は言うまでもないが。

 

「まあ、これで暫くは、地球圏では大人しくして居なくちゃいけないんだけど」

 

 そう言って、PⅡは肩を竦める。

 

 あれだけの騒ぎを起こして逃亡してきたのだ。少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは次の行動を起こす事はできないだろう。

 

 それが2年先になるか、5年先になるかはまだ判らないが。

 

「まあ、良いけどね。その間は火星辺りにでも行ってのんびりとさせてもらうし。また色々と仕込みをさせてもらうのも良いかな」

 

 これからの計画に想いを馳せ、PⅡは楽しげに呟く。

 

 今回の遊びは終わった。と言う事は即ち、次の遊びの為の準備が始まったことを意味する。

 

「次はどうしようかなァ 今度は旧連合勢力に介入して見ようか? それともいっそ、オーブに行ってみるのも良いかもね」

 

 人が人である限り、欲望の泉は尽きる事無く昏々と湧き続ける。それはつまり、PⅡにとっての遊びのネタも尽きない事を意味していた。

 

 PⅡが次の遊びについて想いを馳せていた。

 

 まさに、その時だった。

 

 突如、手元のセンサーが、何かが接近してくる反応を捉えた。

 

「はえ?」

 

 呆けたような声を上げるPⅡ。

 

 次の瞬間、

 

 彼方で光が奔った。

 

 急速に近付いて来る閃光。

 

 眺める視界の彼方に躍る、不揃いの翼。

 

 闇を払い、全ての悲劇にピリオドを打つべく、永遠に飛翔する螺旋の翼が駆け抜ける。

 

「見つけたぞッ PⅡ!!」

 

 ヒカルが叫びを上げる。

 

 大和のグロス・ローエングリンを最大展開したヴォワチュール・リュミエールに受ける事で得られる超加速により、一気に追いついてきたエターナルスパイラルが、攻撃態勢に入るのが見えた。

 

「アハッ」

 

 その様を見て、PⅡは、微笑を浮かべると、通信機のスイッチを入れた。

 

《まさか、追いかけてまで来るなんてね。そんなに僕が恋しかったのかな?》

「ふざけんな!!」

 

 加速するシャトルに対し、ヒカルはビームライフルによる先制攻撃を仕掛ける。

 

 闇を斬り裂くようにして駆け抜ける閃光。

 

 しかし、距離があり過ぎるせいか、なかなか命中弾を得られなかった。

 

「お前は・・・・・・お前だけは逃がさない!!」

 

 ここでこの男を逃がせば、将来必ず大きな禍根となる。

 

 その事はヒカルは元より、カノンも、そしてレミリアも認識している。

 

 だからこそ、討ち果たす。今日ここで、何としても。

 

《やれやれ、ご苦労な事だね。わざわざこんな所まで》

 

 そんなヒカル達に対して、PⅡは嘆息を返す。

 

 流石に、追いかけてまで来るとは予想外だった。

 

 とは言え、こうなった以上、ここを切り抜ける必要が生じたのは事実である。

 

《仕方ない、やるか》

 

 呟くように言うと、シャトルの先端部分が外れる。

 

 同時に、変化が起こった。

 

 まず、シャトルを構成する機体の内、後部の三分の一ほどが切り離される。

 

 次いで、機首部分が十字に分かれたかと思うと、それぞれ4つのユニットが展開する。更に、そのユニットがそれぞれ2つに分割されると、中央部にビームキャノンを備えた巨大なシザーが4基出現した。

 

 後部も8分割に展開してそれぞれ、大きく広がる。

 

 脚部が展開されると同時に起き上がった上半身から巨大な頭部が出現し、ツインアイを光らせる。

 

 そこには、4基の巨大なシザーと、背中には8基のコンテナを背負った禍々しい外見の機体が出現していた。

 

「なッ!?」

「あれって!?」

 

 ヒカルとカノンが絶句する中、目の前に巨大な人影が出現した。

 

 今までシャトルだと思い込んでいた機体。

 

 それが、まさかモビルスーツへと早変わりしたのだ。

 

《ZGMF―X9999V「デザイア」。ちょっと完成が遅れて実戦投入ができなかった機体だけど、密かに作って保管しておいたのが、こんな形で役に立つとはね》

 

 言いながらPⅡは、全砲門を開いてエターナルスパイラルと対峙する。

 

《さて、ラストステージの幕を開けるとしようか》

 

 次の瞬間、デザイアはフル加速しながらエターナルスパイラルに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル達がPⅡとの交戦を開始した頃、ヤキン・トゥレース要塞でも動きが生じていた。

 

 プラント軍が壊滅したのを機に、一気に攻めかかろうとしてくるレトロモビルズ、そしてユニウス教団の残党たち。

 

 それらが一気に、プラントへと襲い掛かろうとしていた。

 

 レトロモビルズは、これを機にプラントを占領しようと画策し、教団は教祖や聖女のかたき討ちを謳っている。

 

 目的は違えど、その量が脅威である事には変わりない。

 

 まして、要塞攻略戦に参加した連合軍の多くは、消耗激しい状態である。

 

 当初は580機を数えた機動兵器も、喪失機や損傷機を除いた残存戦力は、170機にまで落ち込んでいる。

 

 対してレトロモビルズと教団軍は、合わせて700機近い大軍と化している。

 

 自然、厳しい戦いとならざるを得なかった。

 

「けど、退くわけにはいかない」

 

 クロスファイアを駆って全軍の先頭に立ちながら、キラはいつに無く厳しい口調で呟く。

 

 その後席に座ったエストもまた、同じく決意の満ちた瞳で夫の言葉に頷きを返す。

 

 彼等の息子は、その愛する少女達と共に死地へと飛び立った。

 

 だが、彼等は必ず帰ってくる。そう信じている。

 

 ならば、彼等の帰る場所を守る事が、親としての務めである。

 

 迫る大軍。

 

 その様子を、キラとエストは鋭く睨み付ける。

 

「手加減も出し惜しみもしない。初めから全力で行くよ」

「元より、そのつもりです」

 

 キラの言葉に、エストが同調する。

 

 長い時を共に闘ってきた夫婦は、阿吽以上の呼吸を持って、自分達が倒すべき敵と対峙する。

 

 次の瞬間、

 

 2人同時にSEEDが弾けた。

 

 白銀に染め上げるクロスファイア。

 

 同時にエクシード・システムが最大限の唸りを上げて、機体性能をフルに押し上げる。

 

 あらゆる存在を圧倒し得る、最強の切り札を、キラとエストは初めから解放したのだ。

 

「行くよ」

「はい」

 

 静かに、頷き合う2人。

 

 次の瞬間、クロスファイアは一気に加速する。

 

 虚空を斬り裂いて駆け抜ける白銀の翼。

 

 それに対して、

 

 最初の標的となったユニウス教団軍前衛は、誰1人として反応する事すらできなかった。

 

 気が付いた瞬間、

 

 という表現も、正しくは無い。

 

 彼等はクロスファイアの存在に「気付く」事すら許されず、先頭にいた複数の機体は手足やメインカメラを斬り飛ばされて戦闘力を失った。

 

 更に、味方が撃破された事に気付いた後続の部隊が、慌てて陣形を再編しようとする中へ、キラは迷わず機体を飛び込ませる。

 

 クロスファイアの両手に装備したブリューナク対艦刀が鋭く奔る。

 

 複雑な軌跡を描く剣閃。

 

 ただそれだけで、一瞬にして複数の機体が戦闘力を失っていく。

 

 崩れる、教団軍の戦線。

 

 そこへ、砲火が集中され被害がさらに拡大する。

 

 クロスファイアの戦闘に触発され、後続する連合軍もまた攻撃に加わったのだ。

 

 数においてはユニウス教団とレトロモビルズが勝っているが、連合軍もここまで戦い抜いてきたのだ。士気においては決して負けてはいない。

 

「悪いけど、向かってくるなら容赦はしない!!」

 

 キラは言い放つと同時に、ドラグーン4基を射出。更にビームライフルとレールガンを展開して24連装フルバーストを放つ。

 

 その一斉砲撃を前に、次々と数を減らしていくユニウス教団軍。

 

 だが、仲間の屍を乗り越えるようにして、後から後から新手がやってくる。

 

 対抗するように、キラもまた砲撃の速度を速めた。

 

「負けられない気持ちなら、僕達も持っているからね!!」

 

 脳裏に浮かぶのは、子供達の笑顔。

 

 そんな主の想いに答えるように、クロスファイアは咆哮を続けた。

 

 

 

 

 

 機体後部から突き出した8基のコンテナの内、ハッチを開いた4基から放たれたミサイルが、一斉に方向転換しながら向かってくるのが見える。

 

 その圧倒的な量は、意図的にエターナルスパイラルを包囲するかのように、放射状に散らばりながら接近してきた。

 

 対して、

 

「カノン、迎撃任せた!!」

「オッケー!!」

 

 エターナルスパイラルを駆るヒカル達は、その場に踏みとどまって全武装を展開、向かってくるミサイルを撃ち落としていく。

 

 空間を埋め尽くすように放たれたミサイル。

 

 しかしそれらは、エターナルスパイラルの放つ砲火に阻まれ、次々と火球へと変じていく。

 

 その様を見て、PⅡが喝采を上げる。

 

《アハハハ、すごいすごいッ けど、まだまだ行くよ!! さあ、いつまで耐えられるかな!?》

 

 そう言うと、ミサイルの第2陣を解き放つPⅡ。

 

 今度は、エターナルスパイラルに対して、上下から時間差をつけて挟み込むような軌道を取っている。

 

《ヒカル、上からくる方が早い。そっちの迎撃を優先して!!》

「判った!!」

 

 レミリアのオペレートに従い、機体を操るヒカル。

 

 再び放たれる砲撃が、ミサイルを次々と撃ち落していく。

 

 上方から迫るミサイル群を全滅させたヒカルは、続いて下方の群れを迎え撃とうと照準を修正する。

 

 その時だった。

 

「何っ!?」

 

 思わず、ヒカルは目を剥く。

 

 ヒカル達が見ている前で、迫っていたミサイルが急激に方向転換して散開、四方八方に散らばりながら一斉に襲い掛かって来たのだ。

 

「クソッ!!」

 

 ヒカルは舌打ちしながら機体を操って、安全圏へと逃れようとする。

 

 更にカノンが、必死になって砲撃を行いながら迎撃に努める。

 

 しかし、不意を突かれた事での対応の遅れは否めない。

 

 次の瞬間、殺到してきた複数のミサイルがエターナルスパイラルを直撃した。

 

 PS装甲のおかげでダメージはない物の、衝撃は容赦なくコックピットを貫いていく。

 

「《キャァ!?》」

 

 カノンとレミリアが悲鳴を上げる中、ヒカルはとっさに両腰のレールガンから高周波振動ブレードを抜刀すると、向かってくるミサイルを迎え撃つ。

 

 複雑な軌道を描きながら向かってくるミサイル。

 

 その全てが、まるでタイミングを計ったように、エターナルスパイラルへ波状攻撃を仕掛けてくる。

 

《ドラグーンミサイルって言ってね。ま、性能は読んで字の如くさ。プラント軍でも実戦投入は検討されたんだけど、結局間に合わなかったって言ういわくつきの代物だよ》

 

 これは言わば、ドラグーンを無人の特攻兵器として使うと言う発想から来ている。

 

 通常のドラグーンの場合、砲撃用のデバイスとして用いるか、あるいはヴァルキュリアのファングドラグーンのように、接近戦用の武装として用いるのが一般的である。

 

 しかし、いかにインターフェイスに改良が施され、攻撃をオートで行う事ができるようになっているとは言え、操作、照準、修正、発砲を滑らかにこなし、ドラグーンの性能を十全に引き出せるパイロットは、よほどの熟練者か適正者に限られる。

 

 そこで発想の転換が成され、通常ミサイルの誘導方式にドラグーンシステムを用いる事で、ミサイルをある程度自在に操れるようにしたのだ。

 

 勿論、炸裂すればミサイルは失われるが、パイロットに掛かる負荷は通常タイプのドラグーンに比べると格段に減少する事になる。

 

 PⅡが自ら操るドラグーンミサイルが、次々と弾幕をすり抜ける形でエターナルスパイラルへと向かう。

 

 だが、

 

 機体の体勢を直しながら、SEEDを宿したヒカルの瞳はミサイル一つ一つが複雑に描く軌跡を正確に読み取って漏らさない。

 

 不揃いの翼を羽ばたかせて斬り込むエターナルスパイラル。

 

 両手に装備した高周波振動ブレードが、輝きを帯びる。

 

 次の瞬間、剣閃が迸り、命中寸前だったミサイル複数が一瞬にして斬り裂かれた。

 

 その時だった。

 

《ヒカル、正面攻撃、来るよ!!》

「ッ!?」

 

 レミリアの警告に、思わず短く息を吐くヒカル。

 

 ミサイルの迎撃に気を取られて、デザイア本体への注意が完全に逸れていたようだ。

 

 展開した4基のシザー。

 

 その中央に備えられたビームキャノンが、一斉攻撃を開始する。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 とっさに回避行動を取るべく、機体を旋回させる。

 

 しかし、PⅡはそれを読んでいたかのように、エターナルスパイラルの進路上目がけてビームキャノンを放った。

 

《遅いよッ》

 

 楽しげな声と共に、迫る光線。

 

 対して、

 

《回避は、無理!!》

 

 レミリアの警告の元、ヒカルはとっさに防御を選択する。

 

 ビームシールドを展開するエターナルスパイラル。

 

 そこへ、閃光が着弾した。

 

 強烈な衝撃が、機体を貫く。

 

 思わずもれそうになる声を、ヒカルは必死に噛みしめて耐えた。

 

 盾を展開した腕がへし折れるのでは、と思える程の攻撃に耐えながら、どうにかデザイアからの攻撃をやり過ごしたヒカル。

 

 しかし、

 

《ホラホラ、まだまだ行くよ!!》

 

 はやし立てるような声と共に、PⅡは、今まで沈黙していた4基のコンテナを展開。そこに内蔵されていた合計160門のレーザー砲を一斉発射した。

 

 弧を描くような軌跡と共に、一斉にエターナルスパイラルを狙うレーザー。

 

 対して、ヒカルは自身に向かってくるレーザーの軌跡を正確に見極める。

 

「斬り込むぞ、レミリア、接近コースを割り出せ!!」

《了解!!》

 

 レーザーの攻撃を回避しながら、ヒカルはレミリアに指示を飛ばす。

 

 同時に、送られてきたデータを基に、一気の突撃を開始する。

 

 光学幻像を織り交ぜた幻惑によってPⅡの照準を攪乱、ヴォワチュール・リュミエールを用いた超加速によって、エターナルスパイラルはデザイアへと接近する。

 

 悉く空を切るデザイアの攻撃。

 

 そのまま一気に斬り込むか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

《悪いけど》

 

 PⅡの笑みが強まる。

 

《そう来るのは、予想済みってね!!》

 

 今にも接近を図ろうとしていたエターナルスパイラルへ、零距離からビームキャノンを浴びせる。

 

 迸る閃光。

 

 ビームが、エターナルスパイラルを貫く。

 

 次の瞬間、不揃いの翼を広げた機影は、霞のように消え去ってしまった。

 

《あれ?》

 

 驚くPⅡ。

 

 捉えたと思っていたのは、エターナルスパイラルの残した残像だった。

 

 その隙を逃さず、ヒカルは斬り込む。

 

 エターナルスパイラルの両手に装備した高周波振動ブレードを振り翳すヒカル。

 

 横なぎに振るわれる刃。

 

 剣閃は、デザイアのコンテナ1機を真っ二つに斬り飛ばす。

 

「まだッ!!」

 

 すり抜けるようにすれ違いながら機体を反転。更に追撃を掛けようとするヒカル。

 

 しかし、それよりも早くPⅡはデザイア胸部の複列位相砲を斉射する。

 

 牽制の砲撃だったが、ヒカル達の出鼻をくじくには充分だった。

 

 とっさにヒカルはシールドを展開して防御するも、盾表面に命中した閃光により、期待は大きくバランスを崩す。

 

 対して、エターナルスパイラルが体勢を崩した隙に、PⅡは距離を取って体勢を立て直した。

 

 ヒカルは高周波振動ブレードを、PⅡはビームキャノンを、それぞれ構えて対峙する。

 

《やるね。正直、少しだけ舐めてたかな》

 

 感心したように言いながらも、PⅡは警戒を緩めない。

 

 オーブの魔王。

 

 アンブレアス・グルックご自慢だった「勇者」クーヤ・シルスカをも退けた存在である。確かに、油断できる相手ではなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・なぜだ?」

《うん?》

 

 突然、質問を投げ掛けたヒカルに対し、PⅡは首をかしげる。

 

 いったい、何を聞きたいのだろうか?

 

「なぜ、お前はアンブレアス・グルックなんかに協力して、戦争の拡大なんかやったんだ?」

 

 ヒカルの目から見れば、PⅡの行動は不可解な点だらけだった。

 

 アンブレアス・グルックに協力して、彼の覇権獲得に協力していたと言うなら、まだ納得できる。

 

 しかしPⅡは状況が不利になるや、あっさりとグルックを切り捨て、あまつさえ、彼を陥れる事までしている。

 

 まるで、行動が矛盾だらけだった。

 

《・・・・・・・・・・・・そうだねェ》

 

 それに対し、ややあってPⅡは返事を返した。

 

《せっかく、ここまで付き合ってくれたんだ。君達には真実を教えてあげようかな》

 

 そう言うと、PⅡは口の端を吊り上げて笑みを見せる。

 

《人が真の意味で輝く瞬間がどんな時か、君達は知っているかな?》

 

 いきなり何を言い出すのか?

 

 意味が分からず、ヒカル達は互いの顔を身合わせて首をかしげる。

 

 対して、PⅡはその反応を予想していたのだろう。一同の反応を楽しむように、クスクスと笑い声をあげた。

 

《教えてあげるよ。それはね、絶望を知って沈んで行く時に見せる、哀れで滑稽な表情だよ》

「なに・・・・・・・・・・・・」

 

 声を上げるヒカルに構わず、PⅡは続ける。

 

《僕はね、人が悲劇に晒されて、絶望する様を見るのが大好きなんだよ。だから、そう言ったシーンをたくさん見る事ができる戦争を引き起こす為なら、あらゆる努力を惜しまないのさ。その対象が、今回はアンブレアス・グルックだっただけの事だよ。あの愛おしくも哀れで滑稽で幼稚な議長殿は、実に献身的に働いて僕に尽くしてくれた。機会があればお礼の一つも言いたいところなんだけど、まあ、どうせもう会う事も無いだろうし、どうでも良い事だね》

 

 PⅡの言葉を聞き、ヒカルは愕然とした。

 

 ヒカルは今度こそ、目の前でのうのうとしゃべり続ける、ピエロ男の本質が見えた気がしたのだ。

 

 こいつは言わば「究極の愉快犯」だ。

 

 PⅡにとっては、オーブも、プラントも、連合も、テロリストも、正義も大義も、英雄も悪も関係ない。

 

 全ては、己の快楽である「悲劇の観覧」を行う為のファクターでしかない。

 

 PⅡには世界を変えようとする大義などありはしない。ただ、状況を掻き乱せるだけ掻き乱し、そこで右往左往する人間を見て高笑いを上げたいだけなのだ。

 

 正に、純粋な「悪意」の塊から削り出されて生まれた「化物」であると言える。

 

 何よりヒカルを驚愕させたのは、今次大戦の殆ど全般にわたり、PⅡの暗躍を許してしまった事である。つまり、ここ数年間、世界はPⅡの掌の上で転がされ続けて来たのだ。

 

 そして、このような男の存在を、世界は曲がりなりにも許容してきたのだ。

 

《世界は舞台。けど、そこに住む人間は、みんな等しく鼠に過ぎない。僕が笛を吹けば、死ぬまで必死に踊り続ける、哀れな鼠。故に、僕は「Pied Piper」。笛吹き男って訳さ》

 

 PⅡの独演を聞き、

 

 ヒカルは、ここまでPⅡを追って来た事は、決して間違いではなかった事を悟る。

 

 この男は、ここで何としても倒さなくてはならない。

 

 討ち漏らせば、必ず後日、より大きな災厄になって帰ってくる事は明白だった。

 

「よく判ったよ」

《何が?》

 

 あくまでも、おどけた調子を崩さないPⅡに対し、ヒカルはSEEDを宿した瞳で睨み付ける。

 

「お前は倒すッ 今日ここで!!」

《アハッ やれるもんならやって見なよ!!》

 

 次の瞬間、

 

 戦闘が再開された。

 

 ドラグーン4基を一斉射出するエターナルスパイラル。

 

 その操作をカノンに任せると、ヒカルは高周波振動ブレードを振り翳して距離を詰めに掛かる。

 

 対してPⅡはコンテナに搭載されたレーザー砲を一斉発射、エターナルスパイラルの接近を阻もうとする。

 

 レーザー攻撃をすり抜ける形で、デザイアへと迫るエターナルスパイラル。

 

 対抗するように、PⅡは4基のビームキャノンで牽制すると同時に、残っていたドラグーンミサイルを一斉発射した。

 

 時間差を付けながら、包囲するように迫るドラグーンミサイル。

 

 それに対して、カノンが操るドラグーンが、突撃するエターナルスパイラルを援護するように閃光を放ち、次々とミサイルを撃ち落とす。

 

「貰った!!」

 

 自身の間合いまで切り込むヒカル。

 

 そのまますれ違いざまに振るった高周波振動ブレードが、ミサイルを撃ち尽くしたコンテナを斬り飛ばす。

 

 だが、エターナルスパイラルが背中を見せた一瞬のすきを、PⅡは見逃さない。

 

 4基のレーザー砲コンテナが、再び発光すると、エターナルスパイラルを追いかけるようにして一斉に閃光を放ってくる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに機体を振り返らせながら、ヒカルはビームシールドを展開。自身に向かってくるレーザーを防御する。

 

 しかし、

 

「こいつ・・・・・・まさかッ!?」

 

 ある事に思い至り、舌打ち交じりに言葉を洩らす。

 

 ヒカルはもとより、カノンもレミリアも、これまで多くの戦いを勝ち抜いて来た歴戦のエース達である。このエターナルスパイラルにしても、既に長い時間乗りこなし、並みいる強敵達を退けて来た実績がある。

 

 だというのにPⅡは、そんなエターナルスパイラルを相手に互角以上の戦いを演じているのだ。

 

《アハハハ》

 

 そんなヒカルの焦燥をあざ笑う声を、PⅡは上げる。

 

《まさかと思うけど、この僕が、そこらのテロリストよりも弱いと思っていたりとか、する?》

「ッ!?」

 

 息を飲むヒカル。

 

 図星だった。

 

 今までPⅡは、アンブレアス・グルックを補佐する形で、自身の謀略を展開してきたが、前線に出てモビルスーツを駆ったところを見た事は無い。それ故、戦闘については素人であるという先入観が、ヒカルの中で働いていたのだ。

 

 否、ヒカルだけでなく、カノンやレミリアもまた、そのように考えていた。

 

 しかし、

 

《それはさすがに失礼でしょ、僕にさ》

 

 レーザー砲とビームキャノン、複列位相砲を一斉発射するデザイア。

 

 対してエターナルスパイラルは、両手に装備していた高周波振動ブレードを鞘に戻すと、レールガンとビームライフル、ドラグーン4基を交えた24連装フルバーストを放つ。

 

 交差する互いの閃光。

 

 次の瞬間、エターナルスパイラルのドラグーンが1基、デザイアのコンテナが1基、相打ちの形で破壊される。

 

《テロリストを束ねるこの僕が、その他大勢の有象無象に負ける訳ないじゃん》

 

 言いながら、PⅡは自機のコンテナを2基パージすると、エターナルスパイラルめがけて射出する。

 

 何だ? とヒカルが訝った瞬間。

 

《ダメ、カノン、あれ撃って!!》

「えッ!?」

 

 悲鳴交じりのレミリアの警告。

 

 殆ど反射的に、カノンはトリガーを絞る。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、デザイアのビームキャノンが火を噴き、パージしたコンテナを貫く。

 

 次の瞬間、貫かれたコンテナから爆炎が生じ、衝撃波がエターナルスパイラルへと襲いかかった。

 

「クッ!?」

「ひ、ヒカル!!」

 

 カノンの悲鳴を聞きながら、どうにか機体の態勢を立て直そうとするヒカル。

 

 衝撃はミサイル着弾時の比ではない。強烈な地震を体験したような振動がエターナルスパイラルを包み込む。

 

 そこへ、再びデザイアからの攻撃が再開された。

 

 ここに至るまで、全てのミサイルを撃ち尽くし、レーザー砲コンテナを2基失ったデザイアの火力は、当初に比べればかなり落ち込んでいる。

 

 しかし、それでも尚、執拗な照準でエターナルスパイラルを追いこんでくる。

 

《ほらほら、もう息切れ? だらしないぞ~!!》

「舐める、なァ!!」

 

 奮起するようなヒカルの声。

 

 同時に、加速するエターナルスパイラル。

 

 放たれる砲撃を全て回避しながら、左肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードにして投擲する。

 

 旋回しつつ飛翔するブーメラン。

 

 対してPⅡはビームキャノンを斉射、自身に迫るブーメランを撃ち落とした。

 

 しかし、

 

《ヒカル、今!!》

「ああ!!」

 

 レミリアの声に弾かれるように、一瞬の隙を突いて駆け抜けるヒカル。

 

 同時に腰からビームサーベルを抜刀する。

 

《おっと!?》

 

 対してPⅡも、デザイアの持つ全火力を駆使して迎え撃つ。

 

 放たれる攻撃が虚空を薙ぎ払う。

 

 しかし、その全てをヒカルは速度を緩めずに回避、デザイアへと一気に迫った。

 

 デザイアを間合いに捉えるエターナルスパイラル。

 

 ヒカルの瞳が鋭く輝く。

 

 振るわれる剣閃が、デザイアのコンテナを斬り飛ばす。

 

 更に、すかさず二刀目を抜刀するエターナルスパイラル。

 

 剣閃が、複雑な軌跡を描いて迸る。

 

 閃光の如く駆け抜ける剣裁きにより、たちまち残っていたデザイアのコンテナが斬り飛ばされる。

 

 苦し紛れ、とばかりに4基のクローの先端部分からビームソードを発振して斬り掛かってくるPⅡ。

 

 しかし、ヒカルの鋭い眼差しは、それすらも見逃さない。

 

 そのまま動きを止める事無く、まるで舞い踊るかのように2本のビームサーベルを操るエターナルスパイラル。

 

 たちまち、4基のクローは斬り飛ばされて無力化されてしまう。

 

 そこで、ようやくヒカルは動きを止めた。

 

「勝負あったな」

 

 全ての武装を破壊し尽くされたデザイア。

 

 ヒカルは静かに言い放つ。

 

 これ以上の交戦は無意味だ。

 

 PⅡを捕縛できれば、彼の次の野望を阻止する事のみならず、国際テロネットワークに関する情報や、遂行中の計画の情報も得られる可能性がある。

 

 ならば、命までは奪う必要は無いだろう。

 

 そう考えて、武器を収めるヒカル。

 

 と、

 

《アハハハ、流石は魔王様。予想以上の実力だよ。案外、グルックみたいな阿呆よりも、君を標的にして計画を立てた方が面白かったかもね》

 

 PⅡは、尚も余裕の態度を崩さないまま語る。

 

 対して、ヒカルも警戒しながら、再度ビームサーベルを構えた。

 

 まだ終わっていない。

 

 PⅡは、まだ何か切り札を隠し持っている。

 

 そう、直感が告げていた。

 

《やれやれ、この僕に奥の手まで使わせるんだから、本当に、魔王様は貪欲だよね。まあ、嫌いじゃないけど、そう言うの》

 

 そう言うと、

 

 PⅡはコマンドを実行する。

 

 同時に、先のエターナルスパイラルの攻撃によって破損していた外装がはがれ、破壊されたコンテナの残骸や、クローも脱落、同時に折り畳まれていた大型の翼が開いた。

 

 姿を現したモビルスーツは、それまでの禍々しい外見とは裏腹に、すっきりした姿を誇っている。

 

 デザイア高機動形態。

 

 先程までの火力を重視した姿が強襲形態であるなら、こちらはより機動力を重視した姿だった。

 

《さあ、第2幕と行こうか!!》

 

 次の瞬間、

 

 PⅡの瞳にSEEDの輝きが宿った。

 

 

 

 

 

PHASE-22「笛吹き男」      終わり

 





機体設定

ZGMF―X9999V「デザイア」

武装(強襲形態)
大型ビームシザー×4
ビームキャノン×4
ミサイルコンテナ×4
レーザー砲コンテナ×4
複列位相砲×1

武装(高機動形態)
高出力ビームラフル×2
アクィラ・ビームサーベル×2
ビームキャノン×2
エクステンショナルアレスター×2
複列位相砲×1
近接防御機関砲×2

パイロット:PⅡ

備考
プラント軍が密かに開発を進めていた機動兵器。ヴァルキュリアやゴルゴダ等の機体開発が優先された為、一時的に開発凍結されていたが、PⅡが密かに完成させていた。強襲型と高機動型が存在する。主力武装の一つであるドラグーンミサイルは、パイロットがある程度自在に操作可能。
実はデザインの基にフリーダムやジャスティスの強化武装であるミーティアが使われており、より性能を強化した形。尚、コンテナとシザー部分はPS装甲ではない為、実体系の武装でも破壊は可能。
当初はシャトルに偽装されてPⅡの脱出用に保管されていた。


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PHASE-23「夜天斬り裂く聖剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SEEDを宿したPⅡの双眸。

 

 その向けた視線の先のモニターに「EX―V System Setup」の文字が躍った。

 

 次の瞬間、

 

 デザイアはスラスター全開で、一気にエターナルスパイラルへと襲い掛かってくる。

 

「なッ!?」

 

 その様子に、思わず息を呑むヒカル。

 

 速い。

 

 これまでとは比べ物にならないくらいのスピードだ。

 

 重い外装と追加武装を取り払った事で、比類無い機動性を実現しているのである、

 

 対して、ヒカルもまた対応すべく動く。

 

 レミリアのオペレートに従いながら、フルバーストモードへと移行。一斉に砲門を開く事で、突撃してくるデザイアを迎え撃つ。

 

 空間を薙ぎ払うように奔る閃光。

 

 だが、放たれた攻撃を、PⅡは悉く回避。同時に、デザイア背部に装備したビームキャノンを跳ね上げて、エターナルスパイラルへと砲撃を行う。

 

「こいつッ!?」

 

 その攻撃を辛うじて回避しつつ、ヒカルはビームライフルを収めて、再びビームサーベルを構えた。

 

 距離が詰まる両者。

 

 同時に、PⅡも自身のデザイアの腰部からビームサーベルを抜いて斬り掛かる。

 

《言っとくけどさ》

 

 斬り掛かりながら、PⅡがマイク越しに話しかけてくる。

 

《君達がやっている事は、全部無駄だよ無駄。無駄の塊と言って良いね》

「どういう事だ!?」

 

 デザイアの斬撃を回避するヒカル。

 

 同時に繰り出したビームサーベルは、しかし、PⅡの掲げたビームシールドによって防がれる。

 

《巨悪を1人倒したぐらいじゃ、戦争は終わらないって事さ。僕だって同じだ。僕がいなくなっても、どうせまた別の人間が、別の理由で戦争を起こす。結局のところ世界は、その繰り返しなのさ》

「黙れよ!!」

 

 勢いよくビームサーベルを振り抜き、PⅡを牽制するヒカル。

 

「言葉遊びなんか、どうだって良いッ それでお前がやった事が許されるわけじゃない!!」

《許してもらおうなんて端から思って無いし、それに、こればっかりは遊びじゃなくて、ヒトの持つ真実って奴さ》

 

 言いながら、デザイアのビームキャノンと複列位相砲、更に両手に構えたビームライフルでフルバーストモードへと移行するPⅡ。

 

 対抗するようにヒカルも、ビームライフルとレールガン、残った3機のドラグーンを展開して19連装フルバーストを放つ。

 

 両者の放つ閃光が、中間で激突。

 

 対消滅により、あふれ出る閃光が周囲に迸る。

 

 一瞬、塞がれる視界。

 

 その間にヒカルは、爆炎を煙幕代わりにして体勢を立て直そうとする。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、

 

 炎を割るようにして、デザイアが飛び出してきた。

 

「ヒカル!!」

「クッ!?」

 

 とっさにトリガーを引き絞り、レールガンで牽制の砲撃を放つカノン。

 

 しかし、甘い体勢から放たれた砲撃は、デザイアを捉えるには至らない。

 

 その間にPⅡは腰部からエクステンショナルアレスターを射出、攻撃位置に付こうとしていたドラグーン1基を破壊、更にエターナルスパイラルの右手に装備したビームライフルを撃ち抜く。

 

「クソッ!?」

 

 とっさにビームライフルをパージしながら、後退を掛けるヒカル。

 

 対照的に、PⅡは口元に浮かべた笑みを強める。

 

 戦闘はPⅡの有利に進んでいる。操縦技術については互角だし、機体性能も負けていない。

 

 何より物を言っているのは、デザイアに搭載されているシステムだった。

 

 EX―V System

 

 PⅡが密かに開発し、デザイアに搭載しておいたシステムだが、その内容はエクシード・システムとヴィクティム・システムのハイブリットにある。

 

 操縦者がSEEDを発動した場合、OSが感知して機体性能を向上、更に相乗する形でシステムが操縦者の五感に感応し、その能力を強制的に引き上げる、いわば機体とパイロットが互いの能力を限界まで引き出すしようとなっている。

 

 これにより、今のPⅡは単純なSEED因子以上の戦闘能力を発揮している事になる。

 

 その戦闘力は、デルタリンゲージ・システムで機体性能を底上げしているヒカル達をも凌駕していると言えた。

 

《かつて、本気で世界を滅ぼそうとした、1人の狂人がいた!!》

 

 ビームサーベルを振り翳してエターナルスパイラルに斬り掛かりながら、PⅡは口を開く。

 

 対して、ヒカルはビームシールドでデザイアの斬撃を防ぎつつ、右手のパルマ・エスパーダを発振、横なぎに切りつける。

 

 自身に迫る刃。

 

 それをPⅡはとっさに後退しつつ回避。複列位相砲で牽制してヒカルの追撃を断つ。

 

 対して、ヒカルはとっさに後退しながら攻撃を回避する以外に無い。

 

 両者の距離は再び開き、ヒカルは舌打ちする。

 

《彼は、迫りくる破滅を前にして、こう言ったそうだよ。「正義と信じ、判らぬと逃げ、知らず、聞かず、その果ての終局だ」ってね。正に、人間の真理そのものじゃないか!!》

 

 人間は自分に都合の良い物を信じ、都合の良い事しか見ず、都合の良い事しか聞かない。

 

 故に相手の都合など考える事も無く、自ら進んで闇へと転がり落ちていく。そして転がり落ちた理由すら他人にも問える始末だ。

 

 度し難いまでの愚かさである。

 

《彼は正に、世界を滅ぼす一歩手前まで行った。まあ、結局は失敗しちゃったんだけどね。けど、その狂気が齎す言葉は、正に真実を突いていると僕は思うよ》

「ふざけんな!!」

 

 叫びながら、残った1基のビームライフルとレールガンを放つヒカル。

 

 迸る閃光は、しかい一瞬早くデザイアが身をひるがえしたため、虚空を薙ぎ払うにとどまった。

 

 PⅡの反応速度は、確実にヒカルを上回っている。

 

 エターナルスパイラルの攻撃は、デザイアを捉える事無く、空しく虚空へと吸い込まれていった。

 

「そいつはただ、逃げたかっただけだろうが。自分の運命から目を背けて、世界中の人間を、勝手に道連れにして!!」

 

 勿論、ヒカルはその人物の事は判らないし、どんな背景を背負って生きていたかも知りようがない。

 

 しかし、ただ己の内にある闇のみを見て他人を見ようともせず、そして自身の悲劇を他人にぶつける。

 

 その果てに世界を滅ぼそうとした輩を容認する事など、たとえどれだけその人物の事を知ったとしても、ヒカルにはできそうになかった。

 

 対して、PⅡは高笑いを上げる。

 

《アハハ、流石は魔王様ッ 随分と傲慢な発言だね!!》

「お前がイカレているだけだ!!」

 

 ビームサーベルを構えて斬り込んで行くPⅡ。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜き放って迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アシュレイ・グローブは、かつて宇宙解放戦線と呼ばれる反プラント組織を率いていた人物である。

 

 しかし、月面中立都市コペルニクスでの蜂起を自由オーブ軍に阻止され、自身もヒカルの駆るエターナルフリーダムによって撃墜、その後、プラント軍に捕縛されると言う末路を辿っていた。

 

 しかし、そんな彼だが、処刑前にPⅡの手引きによって脱出、レトロモビルズと合流する事で再起を期していた。

 

「ハハハハハハ、憎きプラント軍は壊滅し、我が悲願に大きく近付いた!!」

 

 かつての愛機であるデスティニーシルエット装備のゲルググを駆りながら、アシュレイは高笑いを上げる。

 

 そのアンバランスな外見とは裏腹に、高い性能を誇る機体は、搭載したビームキャノンやエクスカリバー対艦刀を駆使し、群がってくる連合軍の機体を次々と撃破していく。

 

「後は、かつて我々の大義を理解せずに敵対したオーブ軍と、それに連なる愚者共を排除すれば良いだけッ 残ったプラントに突入し、存分に蹂躙してやるぞ!!」

 

 意気揚々と叫びながら、アシュレイはエクスカリバーを振るってイザヨイを斬り捨てる。

 

 彼の駆るゲルググを先頭に、レトロモビルズが更に進軍を開始しようとした。

 

 その時、

 

 突如、飛来した閃光が、エクスカリバーの刀身を半ばから吹き飛ばした。

 

「な、何ッ!?」

 

 驚愕するアシュレイ。

 

 そこへ、白銀の翼を羽ばたかせたクロスファイアが高速で飛来する。

 

「このッ こいつ、よくも!!」

 

 とっさにビームキャノンとビームライフルを構え、応戦しようとするアシュレイ。

 

 しかし、それよりも早くキラは、クロスファイアのビームライフルとレールガンを展開、フルバースト射撃を仕掛けてゲルググの武装を吹き飛ばす。

 

「おのれッ!!」

 

 破れかぶれとばかりに、アシュレイは最後のエクスカリバーを抜き放つ。

 

 だが、

 

 次の瞬間、キラは一気に距離を詰めた。

 

 クロスファイアの両手に装備した、ブリューナク対艦刀が奔る。

 

 一閃、

 

 エクスカリバーが柄元から折れ飛ぶ。

 

 一閃、

 

 ゲルググの両足が、一緒くたに叩き斬られる。

 

 一閃、

 

 シールドを掲げようとしたゲルググの左腕が、肘から斬り飛ばされる。

 

 一閃、

 

 ゲルググの右腕が斬り落とされる。

 

 一閃、

 

 ゲルググの頭部が叩き落とされる。

 

 最後にレールガンを至近距離から発射、ゲルググの背中にあった翼が直撃を浴びて脱落した。

 

「ば、ばかな・・・・・・・・・・・・」

 

 あんぐりと、口を開ける事しかできないアシュレイ。

 

 正に、反撃する機会すら、彼には与えられなかったのだ。

 

 一方、

 

「何だったのでしょう、今のゲルググ?」

「さあね。次、行こっか」

 

 そう言って言葉を交わすと、キラとエストはそれ以上見向きもせずに飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 向かってくる敵機をビームサーベルの一閃で屠り、返す刀で繰り出した脚部ビームブレードが、後続を討ち取る。

 

 逃げようとする相手に対してはビームダーツを投擲、正確無比な一撃は無慈悲に命を刈り取る。

 

 ギルティジャスティスを駆るアステルは、単機で敵陣を駆け抜けながら、目についた敵を片っ端から斬り飛ばす。

 

「秩序だった動きではない。どちらかと言えば、軍と言うより野党と言った方が近いか」

 

 動きがバラバラである為、個々の連携を重視しない。

 

 故に、先程から攻撃のパターンも不規則で、時折同士討ちすらしている。モビルスーツ戦における最大のセオリーである「乱戦では飛び道具は控える」と言う事すら守られていない有様である。

 

 見ようによっては、正規軍よりも厄介かもしれない。何しろ、自軍の損害すら度外視するのだから、全体としての動きを読む事が難しい。

 

 だが、

 

「それならそれで、やりようは幾らでもある!!」

 

 言い放つと同時に、アステルはリフターを射出、掩護位置につかせながらギルティジャスティスを突撃させる。

 

 慌てたように照準を修正しようとする敵機。

 

 しかし、そこへリフターからの砲撃が襲い掛かる。

 

 連続した攻撃で次々と、アステルを攻撃しようとしていた敵が撃破される中、ギルティジャスティスが斬り込む。

 

 複雑な軌跡を描く刃。

 

 その斬撃が、残った敵を一掃した。

 

「ここは死守する。必ず帰ってくる、あいつらの為に」

 

 静かな宣誓が響く。

 

 ヒカル、レミリア、カノン。

 

 アステルの「仲間」である3人は今、この戦争の根源を断ちきるために、孤独な戦いしている。

 

 ならば、彼等の献身に報いるために、アステルは戦い続けると決めていた。

 

「行くぞ!!」

 

 吠えると同時に、紅き甲冑の騎士は虚空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 エターナルスパイラルとデザイアは、共に最後の激突を期して駆け抜ける。

 

 激突する両者。

 

 繰り出される光刃。

 

 同時に展開した盾が、互いの剣を弾く。

 

 その瞬間を逃さず、ヒカルは追撃に動いた。

 

 PⅡは強い。

 

 ヒカルとしても、その事を否が応でも認識せざるを得なかった。

 

 ならば、確実に仕留める為の手段を重ねて行く必要があった。

 

 左手のパルマ・フィオキーナを起動、掌から迸る光を掴み、デザイアに襲い掛かる。

 

 突き込まれるエターナルスパイラルの腕。

 

 しかし、

 

《おっとォ!?》

 

 間一髪、PⅡはとっさに機体を翻したため、エターナルスパイラルの腕は僅かにデザイアの胸部装甲を掠めるにとどまる。

 

 EX-Vシステムの影響で、機体、パイロット双方ともに次元の違うレベルまで性能を引き上げられたデザイアの反応速度は、ヒカルの攻撃を上回って見せた。

 

「ッ!?」

 

 意気を呑むヒカル。

 

 その視界の先では、カウンター攻撃の体勢を整えるデザイアの姿。

 

 エターナルスパイラルは、攻撃直後で動きを止めている。

 

 デザイアは既に、ビームサーベルを振り翳し、既に攻撃態勢に入っていた。

 

 回避は、できない。

 

 斬撃を受ける覚悟を固めるヒカル。

 

 口元に勝利を確信した笑みを浮かべるPⅡ。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 複数の閃光が駆け抜け、デザイアの攻撃を牽制する。

 

 舌打ちしながらとっさに後退するPⅡ。同時に、展開したシールドで尚も迫る攻撃を防いだ。

 

「危なかった・・・・・・」

 

 荒い息を吐きながら、カノンが呟く。

 

 彼女がとっさに、援護位置に展開したドラグーンで牽制を行ったのだ。

 

 一方のPⅡは、忌々しげに舌打ちする。

 

《厄介だよね、それ!!》

 

 複座方式を採用し、操縦と砲撃を分担できるエターナルスパイラルの特性には、さすがのPⅡでも一朝一夕では攻めきれない様子だ。

 

 ビームキャノン、ビームライフル、複列位相砲を放つPⅡ。

 

 対して、ヒカルはとっさに機体を上昇させつつ回避。同時にレールガンで牽制の攻撃を加える。

 

 飛翔してデザイアへと向かう砲弾。

 

 だが、PⅡはその攻撃を回避すると、スラスターを全開にして追撃する。

 

 ヒカルは更に砲撃を強めるが、PⅡは全く意に介さずに斬り込むと、ビームライフルを斉射してドラグーン2基を撃破する。

 

 これで、エターナルスパイラルのドラグーンは全滅した事になる。

 

「クソッ!?」

 

 舌打ちしながら、残った火力を集中させるヒカル。

 

 だが、PⅡはシールドを翳してエターナルスパイラルの攻撃を防ぎ止めると、更に距離を詰めてくる。

 

 袈裟がけに振るわれるデザイアのビームサーベル。

 

 対して、ヒカルはとっさに後退しながら回避する。

 

 しかし、

 

《逃がさな、いっと!!》

 

 更にビームサーベルを振るうPⅡ。

 

《追い込まれているよヒカル、体勢戻して!!》

「判ってる!!」

 

 レミリアの警告に対し、舌打ち交じりに返すヒカル。

 

 言われるまでも無く、PⅡの圧倒的な戦闘力を前に、ヒカル達は徐々に自分達が追い込まれているのを自覚せざるを得なかった。

 

 遠距離では正確な射撃を、近距離では強烈な斬撃を繰り出してくるPⅡ。

 

 その姿を見ながら、ヒカルは内心で舌を巻く。

 

 正直、これ程のパイロットが、今まで前線に出て来る事もせずに謀略に徹していたとは。

 

 もし、戦争初期の段階でPⅡが積極的な戦線介入を行っていたら、オーブ軍の勝利は無かったかもしれない。

 

 勿論、PⅡの目的は悲劇に苦しむ人々を遠くから眺める事である。そう考えれば、彼が前線に出てくる可能性は限りなく低かっただろうが。

 

 だがそれでも、今初めて戦場で対峙するPⅡの存在に、ヒカルは戦慄せずにはいられなかった。

 

《世界は悪意で成り立っている》

 

 エターナルスパイラルの攻撃を回避しながら、PⅡは謳うように語る。

 

《君がいくら頑張った所で、それは変わらない。今の戦争が終わっても、また別の戦争がどこかで起こる。いや、もう起こっていると言っても良いだろうね》

「クッ・・・・・・・・・・・・」

《まさか、自分が世界を変えられる、なんて本気で考えてないよね? 個人の力で変えられる程、世界は甘くないよ》

 

 嘲笑うPⅡ。

 

 同時にデザイアから放たれたビームキャノンを、ヒカルは旋回を掛けて回避する。

 

《まあ、それでも、変えようと足掻く馬鹿な鼠が多いから、この世界は面白いんだけどね、僕はさ!!》

 

 そう言って笑うPⅡ。

 

 確かに、

 

 ヒカルはデザイアから距離を置きながら考える。

 

 個人の力はちっぽけだ。世界を構成する流れに比べたら、取るに足らない存在かもしれない。

 

 こうして戦っているヒカルも同様だ。どんなに足掻いたところで、世界に与える影響力などスズメの涙にも及ばないだろう。

 

 しかし、

 

「世界ってのは、そんなに単純に割り切れる物なのかよ?」

《・・・・・・・・・・・・あん?》

 

 突然、反論してきたヒカルに対し、PⅡは笑いを止めて応じる。

 

 対して、ヒカルははっきりした口調で、自身の考えを紡ぎだす。

 

「世界は、お前が言うみたいに、簡単に括れるもんじゃないだろ? そこには多くの人達がいて、多くの考えを持っていて、その多くの人達1人1人が、それぞれの世界を持って生きている。世界ってのは、そういう、1人1人の小さな世界が集まって、形作られる物だろう」

 

 世界を構成する「根源」とは何か?

 

 ヒカルはその問いに対し、「世界とは人である」と答えたのだ。

 

 世界には100億の人間がいれば、そこには100億の正義があり、100億の考えがあり、100億の想いがあり、100億の悲劇と悲しみがあり、そして100億の世界がある。

 

 無論、人間である以上、良い奴もいれば悪い奴もいる。だが、だからこそ、「この世界」などと言う軽い言葉で、一概にひとくくりで処理する事はできない。

 

「けど、世界を変えるってのは、お前が言うような大それたことじゃない。人間1人1人の抱える問題を解決し、その考えを尊重し、それを少しずつ積み上げていく事で世界は変わるんだ」

 

 そして、それならば、人一人が持つ力でも、決して不可能な事ではない。勿論、簡単な話ではないが。

 

《・・・・・・・・・・・・むかつくなあ》

 

 ややあって、PⅡは低い声で言った。

 

 それまでの陽気な態度とは一変し、まるで這いずるようなおどろおどろしさがある。

 

 仮面が、剥がれつつある。

 

 ヒカルの自信に溢れた言葉に反論する術が見つからず、ピエロの下にあるドロリとした素顔がさらけ出されつつあるのだ。

 

 ヒカルの正義が、PⅡの悪意を凌駕しつつあるのだ。

 

《どんな綺麗事ほざいたって、世界が変わる訳がない。戦争は無くならないし、悲劇はいつまでだって繰り返されるんだ》

「そこで諦めるから、何も変わらないんだろ。なら、格好悪く這いずってでも、前に進まなくちゃいけないだろうがッ いつか、世界が変わるって信じて!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ヒカルは動いた。

 

 主の意志を受けて、不揃いの翼を羽ばたかせるエターナルスパイラル。

 

 やや遅れて、PⅡも迎え撃つように動いた。

 

 デザイアが搭載した火砲を全て解放して放つ。

 

 それに対してエターナルスパイラルはティルフィング対艦刀を抜刀、光学幻像を引きながら突撃していく。

 

 デザイアの火線が次々と空を切る中、ヒカルは間合いまで斬り込むと同時に真っ向からティルフィングを振り下ろす。

 

 対してPⅡは、後退を掛けながら、エターナルスパイラルの攻撃を回避、同時にビームキャノンと複列位相砲を放って牽制する。

 

 それらの攻撃を、ヒカルは錐揉みするように回避しながら接近、同時にティルフィングを横薙ぎにする。

 

《いくら君達が足掻いたって、世界は沈んで行くだけさ!!》

「何度も言わせるなッ それでも、諦める心算は無い!!」

 

 ビームキャノンとビームライフル、複列位相砲を構えてフルバーストの体勢に入るPⅡ.

 

 対して、ヒカルはそれよりも一瞬早く高周波振動ブレードを抜刀すると、そのまま切っ先を正面にして投擲する。

 

 次の瞬間、投げつけた高周波振動ブレードの剣先は、デザイアのビームキャノンの砲門に真っ向から突き刺さる。

 

 次の瞬間、発射前のエネルギーが暴発し、デザイアのバランスが大きく崩れた。

 

《クッ さかしらな真似を!!》

 

 舌打ちしながら、ビームキャノンをパージするPⅡ。

 

 その隙を突く形で、距離を詰めに掛かるヒカル。

 

 だが、ヒカルが間合いに入るよりも一瞬早く、PⅡはデザイアの腰に装備したエクステンショナルアレスターを射出した。

 

 ワイヤー付きの刃が鋭く走り、エターナルスパイラルの右大腿部に食い込む。

 

 エターナルスパイラルの右足が吹き飛んだ。

 

 バランスを崩すエターナルスパイラル。

 

 だが、ヒカルの対応も早かった。

 

 PⅡが追撃に動くよりも早く、右掌のパルマ・エスパーダを起動、エクステンショナルアレスターを中途から斬り飛ばす。

 

 その間にレミリアがバランス補正を行い、カノンはレールガンを展開して斉射、PⅡの動きを牽制する。

 

「自分達だけで、世界を変えられるかどうかなんて、そんな事は判らない!! 判る訳がない!!」

 

 バランス補正が完了すると同時に、ヒカルは再び斬り込む。

 

 光学幻像が視覚を攪乱しつつ、デザイアへと迫るエターナルスパイラル。

 

 対して、PⅡも砲撃戦では埒が明かないと判断し、ビームサーベルを抜いて迎え撃つ。

 

「けど、お前をここで倒す事で、破滅に向かう世界を僅かでも食い止められるなら、俺は、俺達は躊躇わない!!」

《いくら叫ぼうが、今さらどうにもならないよ!!》

 

 ティルフィングの斬撃を、PⅡはビームシールドで防御。カウンター気味にビームサーベルを繰り出す。

 

 対して、ヒカルはエターナルスパイラルを後退させる事で回避、サーベルの切っ先が僅かに胸部装甲を斬り裂くが、ダメージは軽微な物に収まる。

 

《人が人としてあり続ける以上、破滅の道は止められない!!》

 

 デザイア胸部の複列位相砲を放つPⅡ。

 

 ヒカルはとっさにビームシールドで防御するが、衝撃でエターナルスパイラルは大きく押し戻されてしまう。

 

《それが人の持つ業ってものだよ、ヒカル君!! だからこそ、その滑稽さを楽しもうじゃないのさ!!》

 

 更に、残った砲門を全て開いて、砲撃を続行するPⅡ。

 

 対して、

 

「そんな事は無いッ 人は、そこまで絶望的な物じゃない!!」

 

 叫ぶと同時に、ヒカルはスラスター出力を全開まで上げる。

 

 ヴォワチュール・リュミエールが唸りを上げ、同時に光学幻像が無数の虚像を産み出して視覚を攪乱する。

 

 一気に距離を詰めるヒカル。

 

 放たれるデザイアの砲撃が悉く空を切る中、接近と同時に、真っ向からティルフィングが振り下ろされる。

 

 一閃される大剣。

 

 その一撃が、デザイアの左腕を肩から切断する。

 

《滑稽すぎて笑えてくるよッ そうまでして、人間に希望を見ている君達はさ!!》

 

 後退しながらビームライフルを放つPⅡ。

 

 その一撃が、炎を放つエターナルスパイラルの左翼を吹き飛ばした。

 

 これで、光学幻像と言う厄介な物は封じた。

 

 ほくそ笑むPⅡ。

 

《君達はいつまで、そうやって足掻き続けるつもりだい!? 醜くもがいた先には何も残っていないと言うのに!!》

 

 言いながら、更なる砲撃を行うPⅡ。

 

 対して、

 

 ヒカルは、自身が倒すべき相手を真っ向から睨み据えた。

 

「いつまで・・・・・・だって?」

 

 次の瞬間、

 

 残った右翼に全出力がぶち込まれる。

 

 最大展開されるヴォワチュール・リュミエール。

 

「俺達が俺達である限りどこまでも!! 諦めるつもりは、毛頭無い!!」

 

 次の瞬間、エターナルスパイラルは駆け抜ける。

 

「お前がどれほどの悪意をまき散らそうが!!」

 

 ただ只管に、

 

「俺達は、俺達の持つ全存在を掛けて、全ての悲劇を食い止めて見せる!!」

 

 己が倒すべき敵に向けて真っ直ぐと。

 

 それに対して、PⅡの照準は全く追いつかない。

 

 全ての攻撃が、エターナルスパイラルをすり抜けていく。

 

 人の可能性を信じて戦うヒカルと、人の業を嘲笑うPⅡ。

 

 互いの執念が、最後の激突を行う。

 

《クソッ こいつッ!?》

 

 遠距離攻撃では埒が明かないと考え、とっさに接近戦に切り替えるべく、デザイアに残った右手でビームサーベルを引き抜くPⅡ。

 

 繰り出される剣閃が、エターナルスパイラルの左肩に当たり、これを斬り飛ばす。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 一気に接近を果たしたエターナルスパイラルの剣閃が、真っ向からデザイアを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 損傷したまま、互いに距離を置いて滞空する2機の機動兵器。

 

 エターナルスパイラルとデザイア。

 

 死闘を終えた双方の機体は、力尽きたようにぐったりとして宙に浮かんでいる。

 

 デザイアの方は全ての武装を失い、肩口からティルフィングが突き刺さっている。

 

 一方のエターナルスパイラルもまた、殆どの武装を失い、戦闘力を低下させている。

 

 互いのコックピットに座する者達もまた、全ての力を使い切ったようにして荒い息を吐いていた。

 

 と、その時、

 

《・・・・・・フ・・・・・・フ・・・・・・フハ、フハハハハハハハハハハハハ!!》

 

 突如、ピエロ男が、狂ったような笑い声をあげた。

 

「ッ!?」

「何!?」

《これはッ!?》

 

 警戒するヒカル、カノン、レミリアをあざ笑うかのように、PⅡの笑い声は尚も続く。

 

 ややあって、笑いを止めたPⅡが口を開いた。

 

《いやー 楽しかった。戦闘は本来、僕の趣味じゃないんだけど、たまにはこうやって体動かすのも悪くないかな》

「お前・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは唸るように言いながら、再び戦うべく操縦桿を握り直す。

 

 判定大破と言える損害を受けたエターナルスパイラルだが、まだわずかだが戦闘力は残っているし、エンジンも生きている。無理をすれば、もう一戦くらいはできそうである。

 

 だが、

 

《ああ、そう鬱陶しく凄まなくても、どのみち、これ以上僕は戦えないよ》

 

 あっさりと、PⅡは言ってのけた。

 

 ヒカルが放った最後の一撃が、デザイアに致命傷を与えていた。

 

 機体に突き刺さったままのティルフィングは僅かに急所から外れているが、刃がエンジンの一部を損傷させ、出力を低下させたのだ。

 

 事実上、デザイアは完全に戦闘不能に陥っていると言って良かった。

 

《認めよう。モビルスーツの戦いは、君達の勝ちだよ。悔しいけどね》

 

 あっけらかんとした調子で、自分の開けを認めるPⅡ。

 

 だが、

 

 ヒカルは尚も、警戒を緩めなかった。

 

 今のPⅡのセリフに、違和感を覚えたのだ。

 

 まるで、モビルスーツ戦では負けたが、その他は自分の勝ちだ、とでも言わんばかりである。

 

 それに対して、含み笑いを加えてPⅡは言う。

 

《けど、戦いそのものは僕の勝ちだよ》

「・・・・・・どういう意味だ?」

 

 既に戦闘力を失っているデザイアが、これ以上戦えるとは思えない。それは、他ならぬPⅡ自身が認めている事である。

 

 いったい、これ以上何をしようと言うのか?

 

《フフ、それは・・・・・・こういう事さ》

 

 そう言うと、PⅡは離れていた場所に放置してあったパーツを呼び戻す。

 

 それは、戦闘開始前にデザイア本体からパージした、シャトルの後部3分の1に当たるスラスター部分だった。

 

 何をするのか、と思っていると、シャトルのスラスターはデザイアの背部コネクタと接続する。

 

「しまったッ」

 

 PⅡの意図を悟り、思わず舌打ちするヒカル。

 

 戦闘に勝利した事で、完全に油断していたが、PⅡは自分が敗北する事まで見越して、離脱する手段まで用意していたのだ。

 

 恐らく、ドッキングしたシャトルの後部には独立した推進ユニットと燃料タンクが備えられており、それだけでも単独の長距離航行が可能なのだ。

 

 つまり、推進ユニットとドッキングしてしまえば、デザイアはまだ動く事が出来るのである。

 

《それじゃあ、僕はこのまま失礼させてもらうけど、君達の機体はもう、動く事も出来ないよね》

「クッ!?」

 

 PⅡの嘲弄に歯噛みするヒカル。

 

 完全にしてやられた。

 

 ヒカル達はデザイアを撃墜、もしくは行動不能にするまでやらなくてはならなかったと言うのに、PⅡは初めから、エターナルスパイラルの推進能力を奪うだけで良かったのだ。

 

《アハハ、それじゃあ、最大限の徒労、ご苦労様。君達はこのまま、ここで朽ちていくと良いよ。僕はほとぼりが冷めたら、また地球圏に戻って遊ばせてもらうとするからさ》

「お前ッ!!」

 

 とっさにレールガンを展開して放とうとするヒカル。

 

 しかし、それよりも早くPⅡはスラスターを全開まで吹かし、一気に離脱していった。

 

 あっという間に、視界の彼方へと飛び去るデザイア。

 

 後には、エターナルスパイラルの残骸のみが残されていた。

 

「クソッ!!」

 

 力任せにコンソールを叩くヒカル。

 

 せっかくここまで来たと言うのに、

 

 せっかくあそこまで追い詰めたと言うのに、

 

 結局は取り逃がしてしまうのか? あいつの言うとおり、自分達がやった事は全て無駄だったのか?

 

 悔しさが、否応なく込み上げる。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルに声を掛けるカノン。彼女もまた、悔しさを堪えるように唇をかみしめている。

 

 このままでは、いつか再び、地球圏に悲劇の嵐が吹き荒れる事になる。

 

 自分達がPⅡを取り逃がしてしまったばかりに。

 

 だが、もうどうする事も出来ない。

 

 大破したエターナルスパイラルに、最大速度で逃げるデザイアを追いかける手段は無かった。

 

 その時、

 

《まだだよッ!!》

 

 凛とした声が、絶望に沈みかけた2人を引っ張り上げる。

 

 顔を上げるヒカルとカノン。

 

 そこには、真剣な眼差しを向けてくるレミリアの姿がある。

 

《諦めないで、2人とも》

「レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 力無い声で、ヒカルはレミリアを見る。

 

 彼女の気持ちは判る。諦めたくない気持ちは、ヒカルも、カノンも同じである。

 

 しかし、既にエターナルスパイラルは殆ど動く事すらままならない有様だ。これでは、どうにもならない。

 

《大丈夫だよ》

 

 対して、レミリアはニッコリと微笑んだ。

 

《だって、ボク達にはまだ、最後の切り札が残ってるじゃない》

 

 

 

 

 

 レミリアの言葉を受け、エターナルスパイラルは動き出す。

 

 残っていた右翼が角度を変えると、その上部に格納されていた大型砲が迫り出した。

 

 元々、エターナルフリーダムの物をそのまま使った右翼には、以前はバラエーナ・プラズマ収束砲が取り付けられていたが、オーブ奪還戦においてスパイラルデスティニーの交戦して大破した際、バラエーナは取り外されて、別の武装のプラットホームとなっていた。

 

「ファイナルコマンドを実行する!!」

《パスワード認証、コード『ヌァザ』封印解除!!》

「専用照準モード、展開!!」

《デルタリンゲージ・システム、出力最大!!》

「システムコネクト、聖剣解放!!」

「聖剣、解放します!!」

 

 右翼から迫り出した巨大な大砲が、肩越しに展開。同時に砲身が倍に伸びる。

 

「バレル、展開完了!!」

《デルタリンゲージ・システム、ターゲットロックオン、自動追尾開始!!》

「エンジン出力全開!!」

「全動力を、『光の聖剣』へ!!」

 

 砲身が光を帯びる。

 

 同時に、コックピット前方に展開した専用モニターに輝点が明滅するのが見える。

 

 広域精査が可能なデルタリンゲージ・システムが、逃げるデザイアを完全に捕捉したのだ。

 

 今や、全ての準備は整った。

 

「いいな、2人とも」

「勿論」

《ヒカル、君に全て託すよ》

 

 少女2人は、固い決意と共に、少年に身を任せる。

 

 ヒカルはモニターを睨み付け、トリガーに指を掛けた。

 

 その胸の内に広がる、万感の想い。

 

 守りたい、世界がある。

 

 守りたい、人達がいる。

 

 伝えたい、想いがある。

 

 抱きしめたい、人がいる。

 

 全ての想いを乗せ、今、解き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「《   クラウソラス、発射ァ!!   》」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 閃光が迸った。

 

 

 

 

 

 其れはかつて、プラントに向かう核ミサイルを全滅させた光。

 

 其れはかつて、発射寸前の大量破壊兵器レクイエムを完全破壊した光。

 

 其れはかつて、地球へ落下しようとするエンドレスの移動要塞オラクルを破壊し、破滅を食い止めた光。

 

 イリュージョン級機動兵器、最強最後の切り札。

 

 高密度プラズマ収束砲クラウソラス。

 

 エターナルスパイラルの持つ全動力を一撃に込める事によって、戦艦の主砲をもはるかに上回る砲撃を可能にする。

 

 ただし、放てるのは1発限り。

 

 エネルギー消費が激しすぎる事に加えて、オリジナルから性能アップが図られた結果、発射の反動が激しすぎる為、一発撃てば機体が損壊してしまうのだ。

 

 正に、使えば自らもただでは済まないジョーカー。

 

 そのクラウソラスを今、ヒカルは解き放った。

 

 迸る巨大な光が、正しく虚空を斬り裂いて奔る。

 

 全ての夜の闇を斬り裂き、地上に光を齎す聖剣が、全ての戦いにピリオドを打つべく振り抜かれた。

 

 

 

 

 一方、戦場を離脱しようとしていたPⅡは、エターナルスパイラルを完全に振り切ったと判断し、油断しきっている状態だった。

 

 既にデザイアは速度を緩め、慣性航行に入っている。

 

 このまま、地球圏を脱出して逃げ切るつもりだった。

 

「まったく、馬鹿な奴等だよね。こんな無駄な事で命を落とすなんてさ」

 

 最前まで剣を交えていたヒカル達に対し、PⅡは遠慮なしに侮蔑をぶつける。

 

「生きていれば、また遊んであげたのにさ。まあ、死にたい奴なんてさっさと死ねば良いんだし、僕は僕で楽しくやらせてもらうさ」

 

 既に、PⅡの脳裏には数年先が見据えられていた。

 

 地球圏が今回の戦いから立ち直った頃合を見計らって帰還する。そして、予め仕込んでおいた火種に火をつけて回り、再び世界を戦火に沈めるのだ。

 

 その時の事を思い浮かべれば、実に心が躍った。

 

 ほんの数年。

 

 それだけ待てば、再び楽しい楽しい、お遊びの時間がやってくるのだ。

 

「あ~ 今から待ち遠しいな~ 今度は何して遊ぼうかな」

 

 まるで遠足前の子供のように、悲劇を撒き散らす事への嘱望に胸を躍らせるPⅡ。

 

 その時だった。

 

 突如、コックピットに警報が鳴り響く。

 

 同時にセンサーが、何か巨大なエネルギーが急速に接近してくるのを捉えた。

 

「なッ!?」

 

 思わず絶句するPⅡ。

 

 それは彼が、ついに人前では見せる事の無かった、狼狽する姿だった。

 

 逃げようとするPⅡを引き戻すように追いかけてきた光。

 

 その閃光が、一気にデザイアを包み込む。

 

「馬鹿なッ こんな!!」

 

 叫ぶPⅡ。

 

 しかし、もはや全てが遅い。

 

「い、イヤだ!! 僕は、もっと、生きて・・・・・・」

 

 何かを言いかけるPⅡ。

 

 次の瞬間、

 

 光の聖剣クラウソラスに斬り裂かれたPⅡは彼自身が持つ野望と共に、強烈な光の中に絶叫をかき消され消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 デザイアの消滅を確認。乗っていたPⅡ が生きている可能性も、皆無と言って良かった。

 

 全ての悲劇にピリオドを打つ。

 

 ヒカル達は、その想いを成し遂げたのである。

 

 しかし、

 

 その代償は、大きかったと言える。

 

 クラウソラスを放った反動により、既に大破状態だったエターナルスパイラルは、完全に崩壊していた。

 

 胴体と、左足は残っているものの、腕部と翼、頭部は完全に喪失。

 

 そして、全動力を喪失した装甲は色を失い、鉄灰色に戻って行った。

 

「・・・・・・・・・・・・終わったな」

 

 ヒカルは静かな声で言った。

 

 PⅡは倒した。

 

 この戦いの元凶とも言える存在を、ヒカル達はようやく討ち果たす事が出来たのだ。

 

 そして、

 

 3人はもう、戻る事はできない。

 

 最後のエネルギーをクラウソラスに込めて発射した結果、エターナルスパイラルの動力は完全に停止、力を使い果たしてしまった。

 

 PⅡを倒す代償として、ヒカル達の運命もまた、確定されたのだった。

 

「ごめんな、2人とも」

「謝らないでよ」

《これは、ボク達が3人で考えて決めた事でしょ》

 

 そう言って、カノンとレミリアはヒカルに微笑みかける。

 

 強制されたわけではない。2人もまた、自分達の意志でここまで来たのだ。ならば、そこに後悔など、ある筈が無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・なあ、レミリア」

 

 ややあって、ヒカルが口を開いた。

 

「お前、もうどこにも行くなよ」

《え・・・・・・・・・・・・》

 

 優しく語りかけるヒカルに、レミリアは呆けた表情を返す。

 

「これ以上、お前を失うのは御免だ。だから俺の・・・・・・」

 

 言ってから、ヒカルはカノンを見て言い直す。

 

「俺達の傍にいてくれ」

 

 その言葉を聞いて、

 

 レミリアは思わず、口元に手を当てる。

 

 見れば、カノンもまた、笑顔で頷いている。

 

 もう、どこにも行かせない。どこにも逃がさない。

 

 2人の表情が、そう語っていた。

 

《でも・・・・・・今の僕は死んでるし、この身体だって偽物・・・・・・》

「関係ねえよ」

 

 レミリアが言おうとした「言い訳」を、ヒカルは途中でバッサリと斬り捨てた。

 

 確かに、今のレミリアはAIで、見えている姿もホログラフに過ぎない。

 

 しかし、

 

「方法は見付ける。俺が、必ず見つけてやる。だから・・・・・・」

 

 そっと、手を伸ばすヒカル。

 

 その掌が、レミリアの頬に当てられた。

 

 不思議だ。

 

 実体のない体のはずなのに、ただそれだけで温もりを感じるようだった。

 

 これで良い。

 

 たとえ、ここで自分達が朽ち果てる事になったとしても、それで構わない。

 

 こうしてまた、3人一緒になる事が出来たのだから。

 

 他には何もいらない。互いが、そう思わせてくれるから不思議だった。

 

 その時だった。

 

《あれ?》

「ん、どうしたの?」

 

 突然、レミリアが声を上げて振り向く。

 

 2人が視線を向ける中、レミリアは何かを注視するように、視線を向けた。

 

《何かが接近してくる。けど、これって・・・・・・・・・・・・》

 

 レミリアが言いかけた時だった。

 

 まだ生きていたモニターの中で、炎の翼が躍った。

 

「あれはッ!?」

 

 ヒカルが声を上げる中、炎の翼を羽ばたかせた機体が、真っ直ぐにエターナルスパイラルの残骸へと向かってくる。

 

 その姿を見て、ヒカル達の間に歓喜が浮かんだ。

 

「クロスファイアだ!!」

 

 ヒカルの声にこたえるように、モニターの中でノイズ交じりに通信が入った。

 

《・・・・・・・・・・・・えている? ・・・・・・じをして!! ・・・・・・》

 

 程無く、ノイズが晴れ、画面の中でキラの姿が映った。

 

《ヒカルッ カノンッ レミリアッ 無事だよね!!》

「父さん!!」

 

 ヒカルは歓喜と同時に、驚きの表情を見せる。

 

 幻でも夢でもない。本当に、キラが助けに来てくれたのだ。

 

 だが、どうやって?

 

 この場所は、ヤキン・トゥレース要塞から大分離れているし、広大な宇宙空間ではモビルスーツなど砂粒以下の存在でしかない。事実上、目標物が無い場所で標的を見付けるのは不可能である。

 

《君達が飛び去った方角は大体わかっていたからね。それに、クラウソラスを使ったでしょ? その時の閃光が観測できたから、位置を割り出す事が出来たんだ》

 

 それで得心が行った。

 

 クラウソラスの使用が、思わぬところで功を奏した形である。

 

《あー それからね、ヒカル。実はもう1人、君に会わせたくて、連れてきた子がいるんだ》

「え?」

 

 ヒカルがキョトンとする中、キラは意味ありげな笑みを浮かべてコックピット内の後席を指し示す。

 

 そこには、

 

《あの・・・・・・その、ヒカル・・・・・・久し、ぶり? かな・・・・・・》

「ッ!?」

 

 オズオズといった感じに聞こえてきた言葉。

 

 それを聞いた瞬間、思わずヒカルは息を呑んだ。

 

「嘘っ・・・・・・・・・・・・」

《そんな・・・・・・・・・・・・》

 

 カノンとレミリアもまた、思わず声を詰まらせる。

 

 なぜならそこにいたのは、

 

「ルーチェ・・・・・・・・・・・・」

 

 見間違えようはずもない。

 

 ヒカルの双子の妹であり、長く教団の「聖女」として崇められ、引き離されてきた少女、

 

 ルーチェ・ヒビキが、躊躇いがちな表情を浮かべて座っていたのだ。

 

《ヒカル達が出撃して、暫くして目を覚ましたんだ。記憶の方は、まだ少し混乱しているみたいだけど、教団が駆けた洗脳も、少しずつ解けて、元に戻りつつあるみたい》

 

 キラの説明を受け、ルーチェは少しばつが悪そうに笑いながら言う。

 

《その・・・・・・ごめん、レミリアとカノンも・・・・・・何か、ずっと迷惑ばっかりかけてたみたいで・・・・・・》

「い、いやいや、ルゥちゃんが起きてくれただけで、すっごく嬉しいよ」

《ほんと、良かった》

 

 カノンとレミリアは口々に、親友の帰還を喜ぶ。

 

 そして、

 

「馬鹿野郎・・・・・・」

 

 そんなルーチェに対し、

 

 ヒカルは涙を滲ませながら笑いかける。

 

「迷惑をかけたなんて、そんな物、当たり前の事だろ。俺は、お前の兄貴だぞ。迷惑くらい、いくらでも背負ってやるよ」

《ヒカル》

 

 そう言って、互いに笑みを浮かべるヒカルとルーチェの兄妹。

 

 そんな2人を祝福するように、

 

 大天使の名を冠した白亜の巨艦が、ゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

 

 

PHASE-23「夜天斬り裂く聖剣」      終わり

 



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FINAL PHASE「そして明日へと続いていく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャ、と言う小気味いい音と共に、カップがソーサーに戻される。

 

 もっとも、そのカップは元より、飲んでいる本人も実は実体では無く、精巧なホログラフ映像なのだが。

 

 飲んでいる本人がどの程度のうまさを感じているかは判らないが、それでも満足そうな表情を浮かべているから良い事にした。

 

「て言うか、こんな所で油売ってて良いの、ラクス?」

《油を売っている訳ではありませんわ。こうしている間にも、情報へのアクセスは継続中です》

 

 呆れ気味に尋ねたラキヤ・シュナイゼルに対し、ラクス・クラインはニッコリと微笑んだ。

 

 戦争が終結して、1カ月が経過しようとしていた。

 

 最終決戦の地となった要塞から名前が取られ「ヤキン・トゥレース戦役」と名付けられたこの戦いは、CE以後に行われたどの大戦よりも規模が大きく、また、その分謎が多い物となった。

 

 特に、PⅡと呼ばれた国際テロネットワークの首謀者が介入した結果、彼の死亡により闇の中へ埋没してしまった真相も多く、その解明は急務となっていた。

 

 ターミナルの運営をキラ達に任せたラクスの今の役割は、そうした戦争の裏側における真相究明がメインとなっていた。

 

 それはさておき、

 

「この記事は、見た?」

《・・・・・・ええ》

 

 ラキヤが示した新聞の記事を見て、ラクスも頷きを返す。

 

 先の戦争以後に発足したプラント政府は、逮捕したアンブレアス・グルックに対する戦争裁判を開始していた。

 

 前プラント最高評議会議長をプラントの市民が裁く異例の裁判が、いよいよ始まろうとしているのだ。

 

 これに先立ち、旧グルック派と呼ばれる者達の処遇も進められている。

 

 グルック政権の象徴とも言うべき存在だった「プラント軍」は解体され、精鋭部隊だったディバイン・セイバーズと悪名高き保安局は解散。特に保安局の方は、過去の悪行の数々が次々と明るみに出た事で大量の逮捕者を出していた。

 

 彼等の多くは裁判で有罪が確定し、ある者は収監、またある者は、遥か木星圏の開発事業に労働要員として飛ばされた。

 

 そのような中で始まるアンブレアス・グルックの裁判には、多くの者達が注目を寄せていた。

 

「これから、どうなるんですかね、ラクス様?」

 

 そこへ、新たにコーヒーを淹れて持って来たアリス・シュナイゼルが会話へ加わった。

 

 戦争は、確かに終わった。一応の首謀者であるグルックも逮捕され、裁判に掛けられようとしている。

 

 世界が、一つの区切りを迎えた事だけは間違いない。

 

 しかし、これで全てが終わるとは、到底思えなかった。

 

《判りません》

 

 それに対して、ラクスもまた顔を俯かせて返事をする。

 

《ただ、わたくし達にできる事を、その時その時でこなしていく以外に、無いのかもしれません》

 

 かつて、ラクスはギルバート・デュランダルに対し、平和とはその時代時代の人間が積み重ねていくものだと語った事がある。

 

 ならば、今この状況も同様に、自分達が平和を得るために努力を重ねていくしかないと考えるのだった。

 

 

 

 

 

 久しぶりに降り立ってみると、オノゴロ国際空港は相変わらずの賑わいを見せていた。

 

 一度はプラントに占領されたのだから、ある程度閑散としている事を予想していたのだが、これは良い意味で裏切られた感じである。

 

 アスラン・ザラ・アスハは重い荷物から手を離し、息を付いた。

 

 プラント軍に占領された際、当時は発足したばかりだった自由オーブ軍の手引きで脱出して以来だから、実に3年ぶりとなる帰還である。

 

 第1の故郷であるプラントも、アスランにとっては大切な場所である事は間違いないが、やはり、家族の待つオーブは別格だった。

 

「さて、みんなは?」

 

 アスランは左右を見回して、見慣れた人影を探す。

 

 今日帰る事は伝えてあるので、迎えに来てくれている筈なのだが。

 

 その時、

 

「父様―!!」

 

 ひどく懐かしさを感じる声。

 

 振り返るアスラン。

 

 そこには、愛しい我が子が、転がるように走ってくる光景があった。

 

「リュウ!!」

 

 アスランは両手を広げると、駆け寄ってきた末の息子を抱き上げる。

 

「大きくなったなッ 元気にしてたか?」

「うん!!」

 

 元気いっぱいに頷くリュウ。

 

 そこへ、もう1人の息子、ライトが歩いて来るのが見えた。

 

「おかえり、父さん。お疲れ」

「ああ、ただいま」

 

 そう言うとアスランは、片腕でリュウを抱きながら、ライトの頭を撫でてやる。

 

 アスランが旅立つ前は、やんちゃボウズ丸出しと言った感じの長男だが、あれから思うところがあったのだろう。少し、落ち着いた印象を受ける。

 

 ちょうど、代表首長として慣れない仕事に精を出していたカガリに似ている気がする。

 

 そして、

 

「おかえり、アスラン」

 

 最愛の妻が、優しく声を掛けてきた。

 

 振り返るアスラン。

 

 そこには、カガリ・ユラ・アスハが柔らかい微笑と共に、夫を迎えていた。

 

 先日、正式な国民投票による次期大統領選出選挙が行われ、オーブ政府は正常な機能を回復しつつある。

 

 そこで、戦時即応状態だった臨時政府は解体され、カガリもまた、一般市民の主婦へと立場が戻っていた。

 

 アスランはリュウを床に下ろすと、カガリをそっと抱き寄せた。

 

 3年ぶりに感じる妻の温もりに、アスランの中で安堵感が広がる。

 

「ただいま、カガリ。苦労を掛けたな」

「お前こそ、大変だっただろ」

 

 しばし、抱擁を交わすアスハ夫妻。

 

 そこでふと、アスランは1人足りない事に気が付いた。

 

「そう言えば、シィナはどうしたんだ?」

 

 しっかり者の長女の姿が無い事に、アスランは怪訝な面持ちになる。

 

 それに対し、

 

 カガリは頬を掻きながら苦笑する。

 

「あ~ 実はな、アスラン。シィナの奴・・・・・・・・・・・・」

 

 そう切り出すとカガリは、驚愕の事実を口にした。

 

 

 

 

 

 3機のイザヨイが、編隊を組んで飛翔して行く。

 

 既に戦後の軍縮を見据え、再編を進めているオーブ軍だったが、未だに世界には侵略戦争を諦めていない国家も多い。

 

 特にアジア方面では、ユーラシア連邦と東アジア共和国の国境紛争が激化しつつあり、それに伴う被害も拡大している。

 

 オーブ軍の一部も難民救助等に駆り出されている現状、軍の状態を平時の形態に移行させつつ、必要な再編成が行われるという作業が、同時並行で急ピッチに行われていた。

 

 とは言えオーブもまた、先の大戦で多くの兵力を失っている。再編成と一言で言っても、なかなかうまくいっていないのが現状だった。。

 

 そこで期待されるのが、新進気鋭の若き担い手達だった。

 

 今も、そうした訓練のさ中である。

 

 しかし、

 

 見ていると、先導する隊長機に比べ、後続する2機はフラフラと危なっかしい飛行を続けている。更に、急加速する隊長機に対して明らかな遅れが目立ち始めていた。

 

「何をしているッ 編隊を崩すな!!」

《《は、はいッ!!》》

 

 たちまち隊長から叱責の声が飛び、新人隊員2人は慌てて速度を上げて追いついてくる。

 

 その様子を確認しながら、編隊長を務めるミシェル・フラガはフッと笑みを浮かべた。

 

 彼は今、大戦中の活躍を買われ新人教育を務める教官役を務めている。

 

 一時は記憶を失って北米解放軍と行動を共にしていたミシェルだが、その後の審議によって、彼に落ち度は無かったと判断され、原隊復帰を認められていた。

 

 戦争は終わった。

 

 だが、既に次の戦火は見え始めている。

 

 早くヒヨッコの新人達を一人前に鍛え、オーブを背負って立つ人材に鍛える事が、ミシェルにとっての急務だった。

 

「今日は後3セット残っているッ へばっている暇は無いぞ!!」

《《はいッ!!》》

 

 ミシェルの叱咤に、荒い息の交じった返事が返る。

 

 今見ている2人は、新人達の中でも特に有望株の者たちだ。

 

 1人はシィナ・アスハ、そしてもう1人がショウ・アスカ。

 

 それぞれ、英雄の子供達である。

 

 勿論、今の彼等は親達に遠く及ばない。

 

 だがいずれは、彼等が親達に代わって、彼等が国の守りを担う事になるだろう。

 

 その時の為に、彼等を徹底的に鍛えると決めていた。

 

「行くぞ、さあ、着いて来い!!」

《《はい!!》》

 

 声を上げると同時に、3機のイザヨイは速度を上げて蒼穹を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

「司令、お茶が入りました」

「ああ、すまない」

 

 コトリと音を立てて机の上に置かれたカップには、程よい香りのする紅茶が注がれている。

 

 淹れてくれたナナミ・フラガに対し、シュウジ・トウゴウは笑顔で謝辞を述べる。

 

 ここは、彼らにとって慣れ親しんだ戦艦大和の艦橋ではない。

 

 先の大戦の功績によって昇進を果たしたシュウジは、本国防衛の要である北部アカツキ基地司令に転任を命じられていた。

 

 事実上、本国北方守備の総責任者に抜擢された形である。

 

 戦争が終わったとは言え、北米にはまだ、プラント軍の残党が残っており、彼等は時節を見て蠢動を開始すると見られている。

 

 その事を考えれば、オーブ軍は実績のあるシュウジを防衛責任者に据える事で、有事に備える腹積もりであった。

 

 だが、そんな殺伐とした中、ナナミもまた、転任願いを司令部に提出し、シュウジの副官という形で着任していた。

 

 ナナミは大和時代、操舵手を務めると同時にシュウジの秘書も務めており、正に阿吽の呼吸が判る仲である。

 

 今やシュウジにとって、ナナミの存在は単純な副官以上に重要な存在になっていた。

 

「部隊の再編状況はどうなっている?」

「はいっ 今日の午後、新規編成された部隊が本土から到着予定になっています。それらを組み込む事で、予定の兵力が揃う事になります」

 

 アカツキ基地は、大戦末期のプラント軍の攻撃で壊滅的な被害を受けている。現状の防衛戦力は、必ずしも万全とは言い難い。

 

 シュウジの着任後、防衛施設等は最優先で再建を行ったが、新規の部隊だけは本国からの補充がない事にはどうにもならない。

 

 その待望の部隊が、ようやく到着するらしかった。

 

「よし」

 

 書類を閉じて、シュウジは立ち上がる。

 

「基地内の巡察を行う。着いてきてくれ」

「はいっ」

 

 颯爽と歩きだすシュウジ。

 

 その背後から、ナナミは頬を紅潮させて従った。

 

 

 

 

 

 歌が終わった後も、コンサート会場は熱狂の渦に包まれていた。

 

 壇上に立ったアイドルは、皆の声援に包まれながら、舞台裏へと戻ってくる。

 

 ヘルガ・キャンベルは、プラントへは戻らず、母子ともどもオーブに定住して生きていく道を選んだ。

 

 大戦末期、オーブ軍が実施した情報戦、プロパガンダ放送に従事したヘルガは、いわばプラントの敗北に間接的に関わったと言える。

 

 そのヘルガがプラントに戻れば、どのような仕打ちが待っているか判った物ではない。

 

 その為ヘルガは、このオーブにて市民権を取得し、再びこの地で芸能活動を始めたのである。

 

 ただし、故郷への帰還を諦めた訳では、決してない。

 

 今は無理でも、いつの日か必ず、母を連れてプラントへ戻る。その事は、ヘルガの中で悲願となりつつあった。

 

 と、

 

「お疲れ様」

 

 舞台袖に入ったヘルガを、彼女の友人にしてアシスタントを務める少女が出迎えた。

 

 リザ・イフアレスタール。

 

 いや、リザ・アルスターは、ヘルガに飲み物を渡してニッコリと微笑みを向けた。

 

 戦争が終わった後、リザは軍を辞め、ヘルガのアシスタント見習いとして、ミーアが社長を務める会社に就職していた。

 

 リザにとって軍には、悲しい出来事が多すぎた。

 

 何より、兄を失った事がリザにとっては大きかった。

 

 最後まで己の目指す物を掴む為に戦った兄、レオス。

 

 だが、兄は同時に、リザを守るためにも戦ってくれた。

 

 ならばリザは、その兄が残した遺志を継ごうと思った。

 

 すなわち、アルスター家の再興である。

 

 何も軍に身を置き、戦うばかりが家の再興ではない。

 

 こうして市井に身を置き、自分にできる事をコツコツとやって行く。それこそが、リザの選んだ「戦い」だった。

 

 そして、そんなリザの夢を応援しているからこそ、ヘルガも彼女をアシスタントに任命したのだ。

 

「さて、じゃあ、次の予定は?」

「この後、ドラマの撮影にCMの打ち合わせ、それが終わったら、夜には社長との会食だね」

 

 テキパキと予定を読み上げるリザ。

 

 そんな頼れる相棒に対し、ヘルガは笑みを向けるのだった。

 

 

 

 

 

 外部での戦闘は既に終結し、戦いはコロニー内部に移りつつあった。

 

 しかし尚も、敵は激しい抵抗を示し、討伐に参加した部隊の苦戦は続いている。

 

「これで6か所か。連中は一体、いくつ保有していたんだ?」

「判っているだけで、あと9個。こりゃ、年内には終わらんな」

 

 舌打ち交じりに発せられたイザーク・ジュールの言葉に、ディアッカ・エルスマンもまた、溜息交じりに返す。

 

 2人は今、部隊を率いて旧保安局所属の収容コロニーの一つに対する制圧任務を行っていた。

 

 グルック派が隠匿して所有していた収容コロニーは、実に40近くを数えており、その全ての制圧を行う事には多大な困難を伴っていた。

 

 グルックの逮捕と同政権の崩壊により、事実上、彼の配下だった「プラント軍」は解体され、新たに自由ザフト軍を中心とした新生ザフト軍が発足、プラント本国ならびに周辺地域の治安維持、及び不穏分子の取り締まりを行っている。

 

 今回の任務も、その一環だった。

 

 解体されたとは言え、旧プラント軍、特に保安局やディバイン・セイバーズの残党の中には、未だにグルックを慕い、中には彼の奪還を企てている者も少なくない。

 

 イザーク達は、それらの対応に追われていた。

 

 それだけ、グルックの残した傷跡は大きいと言える。

 

 もっとも、それらに関わる全記録を取得できたのが、PⅡが最後に残していったデータのお陰であるという点は、皮肉以外の何物でもないが。

 

「さて、俺達も勤労精神に勤しむとしますかね」

「そうだな。子供達ばかりに負担を負わせるのも、情けない話だ」

 

 そう言うと、頷き合うイザークとディアッカ。

 

 今、コロニー内では彼等の子供達が奮戦を続けている。

 

 全盛期は既に過ぎたとはいえ、まだまだ、彼らに負けるつもりは2人ともなかった。

 

 

 

 

 

 潮騒の音と共に、心地よい風が吹いて来る。

 

 その風に誘われるように、レイ・ザ・バレルは目を覚ました。

 

 身体を包み込む倦怠感が心地よく、もう少し眠っていたいと言う欲求があったが、誰かが部屋の中に入ってくる気配を感じ目を開ける。

 

「気分はどう、レイ?」

「悪くない」

 

 見下ろして尋ねてくるルナマリア・ホークに、レイは微笑を返しながら言った。

 

 ここはオーブの片隅にある、小さな海沿いの家である。

 

 今、2人はここに同棲する形で暮らしていた。

 

 ヤキン・トゥレース攻防戦が終わった後、2人はキラに許可を貰ってターミナルを除隊した。

 

 既にレイの体は限界に達しており、これ以上の軍務には耐えられないと判断した為だった。

 

 2人にはカガリを通す形で、このオーブに住む家を貰い、こうして暮らしていたのだ。

 

「何だか、不思議な感じだ」

「何が?」

 

 机の上の花瓶を整理しながら、ルナマリアはレイの呟きに反応する。

 

「俺が、こうして穏やかな時間を過ごせる日が来るなんて」

「あ、それは、あたしも同じこと考えてた。本当、時間がゆっくり進むって不思議だよね」

 

 約四半世紀に渡って戦場を駆け抜けてきた2人にとって、こうして穏やかな時の流れに身を任せる事は、却って違和感を感じるのだった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・悪くない」

 

 レイは、ルナマリアに聞こえないくらいの声音で呟いた。

 

 今ある穏やかな時間。それは間違いなく、自分やルナマリアが戦って勝ち取った時間である。そう考えれば、とても価値ある存在に思えてくるのだった。

 

 かつて、レイが父とも心酔したギルバート・デュランダルもまた、こうした時間を得るために戦ったのかもしれない。

 

 ルナマリアを見て、レイはフッと笑みを浮かべる。

 

 自分には、あとどれくらいの時間が残されているかは判らない。

 

 だが、こうして戦友と2人、穏やかに過ごしていくことができれば、ただそれだけで幸せな事だと思った。

 

 

 

 

 

 吹きすさぶ猛吹雪の中、少女は歩き続けていた。

 

 もう、どれくらい、歩き続けた事だろう?

 

 時間の感覚はとっくに失せており、それすら判らなかった。

 

 既に体力は限界に達し、いつ倒れてもおかしくは無い。

 

 どんなに衣服をかい込んでも、身を切る寒波は容赦なく体を凍らせていく。

 

 行く当てなど無い。元より、この世界に身寄りなど無い身である。

 

 ただひたすらに、

 

 ただ黙々と、

 

 思考を止めて歩き続ける。

 

 一緒に戦った仲間達が、あの後どうなったかは、判らない。

 

 恐らく、多くがあの戦いで命を落とした事だろうが、それでも、うまく逃げ切ってくれていれば、あるいはまだ、どこかで生きているかも知れなかった。

 

 もっとも、少女にとっては最早、どうでも良い言なのだが。

 

 尚も、歩き続ける。

 

 既に脚先の感覚は無いに等しく、体温は1寸刻みに削り取られていく。

 

 このままでは、いずれ死んでしまうだろう。

 

 だが、それで構わない。

 

 これは、罰だ。自分が犯した罪に対する。

 

 自分は死ななくてはならない。

 

 それも、出来るだけ苦しんだ末に。

 

 そうでなければ、世界中で死んでいった人たちに対して申し訳が立たなかった。

 

 やがて、そんな少女の苦行を見かねたのか、天が慈悲を与える。

 

 遠くなる意識。

 

 風の音すら、もはや聞こえなくなりつつある。

 

 自分の体が、雪の上に倒れ込んだ事だけは、どうにか認識できた。

 

 ああ、これで、やっと・・・・・・・・・・・・

 

 そこで、少女の意識は途切れた。

「ハッ!?」

 

 一瞬にして覚醒した意識が、クーヤ・シルスカの魂を現実世界に引き戻した。

 

 起き上がると同時に自分がベッドに寝かされていた事に気付く。

 

「・・・・・・・・・・・・ここは?」

 

 周囲を見回しても、見覚えのある風景ではない。

 

 しかし、

 

 久しぶりに感じるベッドの感触が、疲労しきった体に至上の安らぎを与えていた。

 

 今時珍しい薪ストーブの齎す温もりが、死にかけていたクーヤの体を優しく温めていた。

 

 徐々に覚醒する意識の元、周囲を見回してみる。

 

 部屋の調度品も質素だが落ち着いた印象があり、家主の控えめな性格を現しているかのようだった。

 

 唯一、壁際の戸棚いっぱいに本が並んでいる事が印象的である。

 

 その時、扉が開いて、1人の女性が室内に入ってきた。

 

「あっ」

 

 女性はクーヤの顔を見るなり声を上げると、慌てた廊下へと引き返して行った。

 

「あなた、あの子が目を覚ましたわよ!!」

 

 彼女が、自分をここまで運んでくれたのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、女性の声に導かれるようにして彼女の夫と思われる男が部屋の中へと入ってきた。

 

 恐らく、歳は40歳前後と思われるが、人のよさそうな大人しい顔つきの男性である。

 

「お、目を覚ましたか。驚いたよ、君はあの猛吹雪の中、殆ど雪に埋もれた状態で倒れていたんだからな」

 

 どうやら、倒れていたクーヤを発見して、ここまで運んできたのは、この男性だったらしい。

 

 彼の説明によると、倒れているクーヤを見付けると、大急ぎで自分の家へと運び、それから医者を呼んで、栄養を与えられ、どうにか持ち直す事に成功したとか。因みに今は、クーヤが拾われてから三日後であるらしい。

 

「何で、あんなところで倒れていたんだ? 見たところ旅行者って感じでもなさそうだし」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 男の質問に対し、クーヤは沈黙で答える。

 

 事情が分かると同時に、腹立たしさが込み上げてくる。

 

 まったくもって、余計な事をしてくれた。

 

 自分はあのまま死ぬつもりだったのに。

 

 どうせもう、この世界に未練なんて無いのに。

 

 死のうとして死にきれなかった。その悔しさが、否応なく込み上げてくる。

 

 その時、先程の女性が、手に湯気の立つ皿を持って部屋に入ってきた。

 

「さあ、起きたなら少しは食べないと。身体が弱っちゃうからね」

 

 小さなテーブルをしつらえて、そこに皿が置かれる。

 

 皿の中には、湯気の立つシチューが盛られ、美味そうな匂いをたてている。

 

 しかし、

 

 クーヤは、その皿に手を付けようとしない。

 

「どうした? 遠慮はしなくていいんだぞ」

 

 怪訝そうな表情をしながら、男性もクーヤを促す。

 

 しかし、死のうと思っていたところを助けられた反発心故に、どうしても夫妻の好意を素直に受け取る気にはなれなかった。

 

 と、

 

 ク~~~~~~~~~~~~

 

 可愛らしい音が、クーヤのお腹から聞こえてきた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 たちまち、顔を真っ赤にするクーヤ。

 

 死のうと意気込んでいる真っ最中にも、馬鹿正直な反応をする自分の体が恨めしかった。

 

 そんなクーヤの頭を、女性は優しく撫でる。

 

「遠慮しなくて良いのよ」

 

 促されるまま、スプーンを取って、皿の中のシチューを恐る恐る口に運んだ。

 

 途端に、乾ききっていたクーヤの心を満たすような、温かさが魂の底まで染み渡ってくる。

 

 涙が、自然と零れる。

 

 生きている。

 

 ただ、それだけの事が、これ程素晴らしいとは思わなかった。

 

 後の事は、何も覚えていない。

 

 ただ、貪るように、クーヤは出された食事を食べて行った。

 

 

 

 

 

 

 砂を蹴り上げて、男は歩く。

 

 結局また、生き残ってしまった事を自嘲気味に感じながら。

 

 笑ってしまう。

 

 今の自分ほど滑稽な物は、他に無いだろう。

 

 あれだけ滾っていた衝動は、嘘のように消失し、後にはただひたすら空虚な脱力感だけが残っていた。

 

 これが、テロリストのなれの果てだと思うと、情けないと呆れるべきか。

 

「あいつも、こんな感じだったのかね?」

 

 誰にともなく、尋ねるように呟く。

 

 あいつに対する恨みは無い。

 

 そもそも、私怨から戦ったわけではないし、何より、人生で同じ相手に二度も負ければ、流石にたくさんだった。

 

 自分も、いい加減歳を取ったと言う事だろう。

 

「さて、これからどうすっかな」

 

 呟いた時だった。

 

 がさっと言う物音と共に、小柄な人影が目の前に飛び出してきた。

 

「お、お金と食べ物があったら、全部置いて行け!!」

 

 汚い身なりの少年である。

 

 襤褸と見紛わんばかりの布を羽織り、小さな手には錆びたナイフを握っている。

 

 笑ってしまう。これで追剥のつもりらしい。

 

 だが、

 

 男はスッと目を細め、少年を見る。

 

「ちょうど、あの頃のあいつと同じくらい、か」

 

 かつて、共に戦っていた頃のあいつ。

 

 目の前の少年は、ちょうど同じくらいの年齢だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 黙って踵を返す男。

 

「お、おいっ 聞こえないのかよ!!」

 

 少年は、慌てて追いかけようとする。

 

 それに対し、男は振り返らずに言う。

 

「興味があるなら、着いて来い。飯くらいなら、食わせてやる」

 

 そう言うと、足を止めずに歩き出す。

 

 果たしてどうなるか?

 

 そう思っていると、ややあって小さな足音がついて来るのが聞こえた。

 

 その音を聞きながら、フッと笑みを浮かべる。

 

 ほんの気まぐれだったが、これもまた、運命を変えた事になるのかもしれない。

 

 果たして将来、この少年は世界を滅ぼすテロリストになるか、あるいは世界を救う英雄となるのか。

 

 それは、男には判らなかった。

 

 

 

 

 

 

「ちょと、これ、変じゃないよね!? 変じゃないよね!?」

「だから、大丈夫だって、何回も言ってるでしょ」

 

 何度も服装のチェックを求めてくるリィス・ヒビキに対し、アラン・グラディスは苦笑気味に返事をする。

 

 いつに無く慌てた調子のリィス。

 

 そんな彼女の反応も新鮮で面白いのだが、流石に過剰反応し過ぎだと思う。

 

 まあ、リィスの気持ちも判らないではないが。

 

 今日、アランはリィスを両親に引き合わせる予定である。そしてそこで、正式に結婚の許可をもらうつもりだった。

 

 父は大丈夫だろう。元々穏やかな性格をしているし、リィスの事もすぐに気に入ってくれるはず。

 

 問題は母である。

 

 軍人の母は厳しい性格の持ち主である。果たして、リィスの事を苛めないか心配なのだ。

 

 などと言う事を冗談交じりに言ったら、リィスは完全にビビッてしまっていた。

 

 ちょっと、やりすぎたか、と今は後悔している。

 

「大丈夫だよ、母さんも優しい人だから」

「・・・・・・ほんとに?」

 

 伸ばしたアランの手を、リィスはオズオズと言った調子に掴む。

 

 見つめ合う2人。

 

 自然と、互いに微笑みをかわし合う。

 

「行こうか」

「ええ」

 

 そう言うと、2人は手を繋いで歩き出した。

 

 

 

 

 

 視界が切り替わる。

 

 その瞬間、自分が「入った」事を自覚した。

 

 軽い酩酊感が脳に叩き込まれ、めまいにも似た感覚が齎された。

 

 この辺は、今後の改良ポイントだろう。

 

 そんな事を考えていると、意識が徐々に落ち着いて来るのが判った。

 

 目を開く。

 

 そこには、

 

 愛しい少女が佇んでいた。

 

「ヒカル」

「レミリア・・・・・・」

 

 ヒカル・ヒビキとレミリア・クラインは、互いの名を呼び、そっと手を伸ばす。

 

 触れ合う手と手。

 

 その掌に感じる、確かな温もり。

 

 ヒカルは今、間違いなく、レミリアの温もりを感じ取っていた。

 

 次の瞬間、

 

 どちらからともなく、互いを抱きしめる。

 

「信じられない、こんな事、できるなんて」

「ああ、俺もだよ」

 

 そう言うと、2人は互いの唇を重ね合った。

 

 唇にも、互いの感触が伝わってくる。

 

 夢でも、幻でもない。

 

 否、その表現は間違いである。

 

 ある意味これは夢であり、幻であり、決して「現実」ではない。

 

 だが、感じる互いの温もりは、間違いなく「現実」の物だった。

 

 

 

 

 

 機器の接続を解除すると、同時にヒカルは瞼を開ける。

 

 すると、目の前には笑顔を浮かべたカノン・シュナイゼルの姿が立っていた。

 

「どうだった?」

「ああ、問題ない。もう少し改良する部分もあるけど、充分に実用レベルだよ」

 

 そう言ってヒカルは、たった今まで自身を接続していた機器を見上げた。

 

 これは、苦心の末にヒカルが父の協力を得て実用にこぎつけた機器である。

 

 実体のないホログラフに過ぎないレミリアとは、現実世界で触れ合う事はどうしてもできない。

 

 当初はクローンを作り、そこにレミリアの意識を転写する事も考えていた。技術が進み20年前に比べてテロメア問題もだいぶ改善されてきている事を考えれば、悪いアイデアではないと思ったのだ。

 

 しかし、クローンはどこまで行ってもクローンに過ぎない。いかにCE現代の技術を持ってしても、人間の体をゼロから作り、そこへ別人の意識を転写する事は不可能だった。

 

 だが、そこでヒカルは発想を転換した。

 

 現実世界で触れ合う事ができないのなら、仮想世界ではどうだろうか、と。

 

 専用の仮想空間を作り、そこにレミリアのデータをインストールする。そして更に、現実世界の人間の意識も転送する事で条件を同じくする事ができる。

 

 こうする事によって初めて、ヒカルはレミリアと「触れる」事に成功したのだった。

 

 確かに、レミリアには実体は無い。

 

 しかしこれで、いつでも彼女と触れ合う事ができるようになったのだ。

 

 と、

 

 そこでカノンは何を思ったのか、ヒカルの腕にヒシッと抱きついてきた。

 

「な、何だよ?」

 

 腕に感じる豊かな胸の感触に戸惑いながら、ヒカルは声を上ずらせる。

 

 対して、カノンは上目づかいにヒカルを見ながら言った。

 

「レミリアと触れ合えるようになったのは、わたしも嬉しいけど、わたしの事、忘れちゃダメだからね」

 

 そう言うと、カノンは自己主張するように、更にヒカルの腕を抱く手に力を込める。

 

 そこへ、

 

《コラー!! 抜け駆け禁止って言ってるでしょ!!》

 

 突然、空間から湧き上がるように現れたレミリアが、怒鳴り声を上げる。

 

 機器から抜け出したところで、カノンがヒカルに抱き着いている所を目撃し、慌てて出て来たのだ。

 

《ヒカルはボクのでもあるんだから、カノンばっかりずるいよ!!》

「だって、さっきまでレミリアが独り占めしてたでしょッ こんどはわたしの番!!」

 

 たちまち、顔を突き合わせて痴話げんかを始める2人の少女。

 

 そんな2人を、

 

 ヒカルは微笑みながら見つめる。

 

 レミリアとカノン。

 

 2人とも、ヒカルにとって大切な少女だ。

 

 苦心の果てに、ようやく取り戻したレミリア。

 

 戦いの中、ずっと自分を支えてくれたカノン。

 

 そんな2人を、自分はこれからも共に歩み、そして愛し続けて行こうと心に決めていた。

 

「お前等」

 

 静かに声を掛けると、2人は姦しい口を止めて振り返る。

 

 そんな2人に、ヒカルはニッコリと笑って言った。

 

「これからも、よろしくな」

 

 そんなヒカルの笑顔に、レミリアとカノンは互いに顔を赤くしながら目を見合わせ、次いでオズオズと言った感じにヒカルを見やった。

 

「う、うん」

《こ、こちらこそ》

 

 はにかむような表情を見せる2人の少女。

 

 そんな2人を、ヒカルは何よりもいとおしく思うのだった。

 

 

 

 

 

「大変です、キラ」

 

 息子達のやり取りを見ていたエスト・ヒビキは、やれやれとばかりに肩をすくめながら夫を見やった。

 

「このままでは、花嫁衣装が2つ必要になります」

「まあ、楽しければ、そういう苦労も良いんじゃない?」

 

 そう言ってキラ・ヒビキは笑顔を浮かべる。

 

 戦いが終わった後、ヒカルからキラへ申し出があった。

 

 軍を辞めて、ターミナルに入る、と。

 

 どうやら出撃前に、これを言いたかったらしい。

 

 これには、流石のキラも驚いた。

 

 オーブを始めとした国家が、非公式で存在を承認しているとは言え、ターミナルはしょせん、歴史の表舞台に立たない非公式な組織である。

 

 わざわざ陽の当たる表舞台から、影の道に来る事も無いと思うのだが。

 

 だが、ヒカルは確固たる考えの下、父に対して真っ向から言った。

 

 世界から戦争が無くならない以上、PⅡのような輩は、必ずまた形を変えて現れる。

 

 そうした連中に対処するには、表世界の組織ばかりを強化するだけでは足りない。

 

 毒を制するには猛毒が必要なように、裏社会の組織に対抗する為には、より強力な裏組織が必要なのだ、と。

 

 戦争が存在し続ける以上、ターミナルのような組織は必要になる。

 

 誰よりも早く戦場に駆けつけ、悲劇を食い止める為に。

 

 ただ、もしかすると、ヒカルの中で、ようやく一緒になれた家族と離れたくないという思いもあったのかもしれないが。

 

 悩んだ末、キラはヒカルの申し出を受ける事にした。

 

 実際のところ、レイとルナマリアが抜けた事で、ターミナル実働部隊の戦力は低下を来していたところである。ヒカルの申し出は、キラとしてもありがたかったが。

 

 誤算があったとすれば、一緒にカノンとレミリアもくっついて来た事だろう。

 

 ヒビキ家としては、一気に嫁が2人も出来た形である。

 

 と、

 

「呑気な奴らだ。下手するとまた、テロリスト認定でもされかねんというのに」

 

 呆れた声が、壁際から聞こえて来た。

 

 振り返るとそこには、壁に背を持たれて腕組みをした青年が、嘆息交じりに立っていた。

 

 アステル・フェルサーもまた、ヒカル達と一緒にターミナルに編入していた。

 

 元々、オーブ軍にはヒカルに引っ張り込まれる形で入隊していたアステルである。戦争が終わった以上、居続ける理由も特になかった。

 

 そこで、裏組織として活動を続けていくターミナルに編入した訳である。

 

「裏組織だからって、いつも張りつめてたら疲れるだけだよ、リラックスくらいしないと」

「・・・・・・・・・・・・フンっ」

 

 キラの言葉に鼻を鳴らすアステル。

 

 面白くなさそうな態度をしているがしかし、その横顔がどこか笑みを浮かべているように見えたのは、多分、キラの気のせいではないだろう。

 

「いいなあ。ヒカル達、楽しそう」

 

 尚も騒いでいるヒカル達の様子を見て、車いすに座った少女が羨ましそうに呟きを洩らした。

 

 意識と記憶を取り戻したルーチェ・ヒビキは、父と母の下、ユニウス教団によってもたらされた投与薬物の浄化を行うと同時に、リハビリも開始していた。

 

 薬物の影響に加えて、戦闘による負傷もあったルーチェの体は当初、立って歩く事も難しい程であった。

 

 しかし兄を始めとした友人一同の励ましや、何より本人の懸命な努力の甲斐あって、今では短時間なら1人で歩けるまでに回復していた。

 

 時間はかかるだろうが、完全回復するのも夢ではなかった。

 

「ルゥは、もう少し元気になってからです」

 

 エストはそう言って、残念がる娘の頭を撫でてやった。

 

 その様子を、キラは微笑ましく眺める。

 

 長い戦いが、終わった。

 

 だが、戦いが終わったという事はすなわち、次の戦いが始まった事を意味する。

 

 人の持つ運命が戦い続ける事にあるのなら、

 

 運命に抗い続ける事が自分の運命である。

 

 かつて言い放ったセリフが、キラの脳裏によみがえる。

 

 自分も、いつかは戦えなくなる日が来るだろう。もしかしたら、戦場に倒れるかもしれない。

 

 だが例えそうなったとしても、後を継いでくれる息子がいる限り、キラは何物も恐れはしない。

 

 やがて、

 

 そんなキラ達の下に、

 

 息子達がゆっくりと、歩み寄ってくるのだった。

 

 

 

 

 

FINAL PHASE「そして明日へと続いていく」     終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼      完

 



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あとがき

 

 

 

 

 

 

 皆様こんにちは、ファルクラムでございます。

 

 この度は、拙作「機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼」にお目を通していただき、誠にありがとうございました。

 

 実に1年。

 

 実に100話。

 

 正しく「書きも書いたり」と言った感じでございますが、ここまで書いて来られたのは、全て皆様の温かい応援の賜物であると認識しております。

 

 本当に、ありがとうございました。

 

 それでは、毎回恒例(?)となりました、ネタばらしを兼ねた説明を、若干ながらしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 さて、今回の隠れたテーマの一つとして「奪還」を意識して見ました。

 

 もっとも、主人公が割と無鉄砲な感じなので、もっとアグレッシブに「取り戻せ!!」と言うイメージが強いですが。

 

 登場人物たちは、故郷を、家族を、正義を、愛する人を、戦う理由を、それぞれ奪われ、それを取り戻すために戦いに身を投じていく、と言う形になっています。

 

 ただ、何かを取り戻すと言う事は、逆の見方をすれば、それを持っている人物から「奪う」と言う事を意味しており、そこで互いの正義がぶつかり合い、戦いになります。

 

 過去に現実で起きた戦争のいくつかも、こうした「取り戻す」事を目的として起こされています。また、我が日本にしたところで、先の戦争で国土の一部を失い、そのいくつかは未だに返ってきていなかったり、お隣の国に不当占拠された領土もあります。

 

 そう考えれば「取り戻す」事を前提にした戦い(戦争に限らず)と言うのは、決して絵空事ではないのではないか、と考えます。

 

 

 

 

 

キャラクター説明

 

 

 

 

 

 と言っても、全員紹介すると大変なので、思い入れのあるキャラを何人か。

 

 実は当初、子世代の年齢は全員統一した物にしたかったのですが、それだとどうしても「焔を刻む銀のロザリオ」のラストにおける状況との間に矛盾が生じてしまうので、今回のような形となりました。

 

 

 

 

ヒカル・ヒビキ

 

今回の執筆における目的の一つが「主人公交代」でした。これは、前々作に当たる「焔を刻む銀のロザリオ」の頃から思っていた事なのですが、それまでの主人公だったキラが、あまりにも強くなりすぎた事に起因しています。基本的に私はチートが嫌いですし(断っておくと、うちのキラは「最強」であって「チート」ではないと、個人的に認識しているのですが)、何より強すぎる主人公では、戦闘シーンで必要不可欠な「ピンチの演出」がやり辛い。そこで、ヒカルを新たな主人公として起用した訳です。

キャラ的には、静の雰囲気があったキラとは真逆に、こっちはとにかく積極的な言動をするように心がける。更に、当初は自分の中で戦う理由を確立できないでいたが、戦争や仲間との触れ合いを通じて、戦う理由を「自分の中の正義」としてしっかりと確立していく、と言う感じに仕上げてみました。

 

 

 

カノン・シュナイゼル

 

「Fate」の主人公であるラキヤとアリスの娘で、お気に入りキャラの1人です。彼女の体形について、当初は「トランジスタグラマー」と言うのを想像し、あまり頭身を低くするつもり心算は無かったのですが、いつの間にか「ロリ巨乳」と言う事で定着してしまいました。何でこうなった?

 最初は姦しい幼馴染キャラとして登場しましたが、徐々にヒカルに惹かれていく、という形を上手く表現できたかな、と思っています。

 

 

 

レミリア・バニッシュ

 

本作のもう1人のヒロイン兼もう1人の主人公。当初は男装キャラと言う事にしていましたが、この辺、もう少し強化しても良かったかも、と思っています。まあ、主人公と敵味方であった事を考えれば、手札を早めに出して正解だったかもしれませんが。

隠し要素として「ラクスの遺伝子上の娘」という設定を加えました。ラクスの遺伝子を培養し、それをスーパーコーディネイター、つまりキラを産み出した技術で作り出された存在。イメージ的には「もしキラとラクスが結ばれていたら、2人の間に生れていた娘」と言う感じです。

終盤、「一度死んで蘇る事で、初めて死んだ母親と触れ合う事ができた」と言う描写をやりたかったので、あのような形になりました。

 

 

 

アステル・フェルサー

 

本作における裏主人公とも言うべき存在がアステルです。そのキャラクター性の為に言動に甘さが残るヒカルやレミリアと違い、とことんシビアに現実を見続けるキャラにしました。おかげでヒカル達が理想に向かっている時でも、現実論を言わせる事で、場を締める役割を持たせる事が出来たと思っています。

 

 

 

 

 

リィス・ヒビキ

 

「焔を刻む銀のロザリオ」の時は「エストmk-Ⅱ」みたいなキャラでしたが、本作では成長して、「しっかり者の姉」キャラになりました。お陰で、何か種デスのアスラン並みに苦労人キャラになっていたような気もしますが。彼女とアランとの恋愛シーンは、実はヒカル達とのそれよりも気にいっていたりします。

 

 

 

 

 

アラン・グラディス

 

リィスのお相手にして、ある意味、子世代チーム唯一となる原作登場キャラです。あえて軍人ではなく政治家にする事で、政治的なシーンを強化すると同時に、ユウキが「戦略上の軍師」ならアランは「政治上の軍師」という立ち位置にしました。リィスとの恋愛シーンも、結構よく書けたかな、と思っていますが、何だか一部の読者様から反感を買ってしまったような気がします(汗

 

 

 

 

ルーチェ・ヒビキ

 

ヒカルの双子の妹にして、本作の裏ヒロイン。ヒカルにとっては過去のトラウマであると同時に、先述した「取り戻す」事への原動力となる存在です。敢えて彼女を敵に回す事で、ヒカルとの間に「知らないうちに兄妹同士で殺し合っていた」と言う状況を作り出しました。

 

 

 

クーヤ・シルスカ

 

彼女に求めた役割は「ヒカルとの対比」ですね。ヒカルが、自分の中の正義を徐々に確立していったのに対し、彼女は自分の中の正義を徐々に見失っていく感じにしました。

途中、なぜか人気が出てしまって「彼女がヒロイン?」とまで言われた時には、予定通りいくべきか迷ったのですが、初志貫徹と行きました。

 

 

 

フレッド、フィリア

 

今作における強化人間ポジションです。交戦的な妹と、その手綱を握る兄、と言った役どころです。その戦闘力と言動で、ヒカルをさんざん苦しめる役割にしました。

 

 

 

アンブレアス・グルック

 

イメージ的には「アドルフ・ヒトラー+ニコラエ・チャウシェスク」と言った感じです。理想は高いです。独裁者らしく、常に上を見ています。ただし、上ばっかり見て、下は一切見ません。周りも見ません。だから、いざ我に返った時、自分の周りには誰もいない事に気付く、言わば「裸の王様」みたいな感じです。

 

 

 

PⅡ

 

今作のラスボス。詳細については、ヒカルがPHASE-22で言った通り「究極の愉快犯」です。ガンダムのラスボスや大物敵役と言えば、その好悪に関わらず、壮大な理想を持ち、その実現の為に邁進しているのがほとんどですが、PⅡは敢えて、その真逆にキャラにしました。御大層な理想も、大義も正義も無い、ただ状況を掻き乱し、笑い転げる事が目的。手段と目的が逆の存在です。

因みにネーミングは、童話の「笛吹き男」から。世界を誤った方向に導く存在が笛吹き男にイメージがつながり、「Pied Piper(笛吹き男)」の頭文字をとってPⅡにしました。

 

 

 

 

 

主人公機

 

今作を書き始める前にふと思った事は、今まであまり「フリーダムを優遇してこなかった」という事です。原作で一番好きなモビルスーツなのに、今まで主人公機としてあまり活躍させられなかったばかりか、ロザリオの時は完全に噛ませ犬にしてしまいました。そこで、今作におけるラストの機体はエターナルスパイラルに決めていたのですが、序盤から中盤にかけて主人公が載る機体として、敢えてフリーダム級機動兵器を採用しました。

 

 

 

 

 

エターナルスパイラル・エターナルフリーダム・セレスティ

 

前作の主人公機であるクロスファイアを上回るインパクトを出すにはどうすればいいか考えたのですが、どうしても思い浮かびませんでした。そこでふと、昔何かで見た左右非対称の機体の事を思い出し、このような形にしてみました。

主人公機と言えば、中盤以降の乗り換えが醍醐味の一つでありますが、今回はあえて、乗換では無く「機体を進化」させる事にしました。最初は未完成状態のセレスティから、完成状態のエターナルフリーダムを経て、最後にエターナルスパイラルに進化する、といった具合に。

 

 

 

 

 

スパイラルデスティニー

 

ネット上にあるアフター系のSEED二次創作等を見ていると、フリーダム級機動兵器が重武装化の道を進んでいるのに対し、デスティニー級機動兵器はむしろ、シンプルな形で進化する道を辿る事が多いような気がしました。そこで、それを敢えて逆にしてみるだけでも面白いのでは、と考えて誕生した機体です。おかげでロザリオの時のライトニングフリーダム並みに重火力な機体になってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、

 

 気が付けば、ほぼ2作品分に匹敵する容量を書いていた訳ですが。

 

 ここまで書けば満足だろう、と言われれば、残念ながらNOです。

 

 今回、どうしても話の展開上、組み込めなかったネタや、新たに浮かんだアイデア等がいくつかあります。

 

 それらを合わせて、またいつか続きを書いてみたいとは思っています。

 

 ただ、流石にちょっと疲れたし、書く上で必要な細かいネタ等も使い切ってしまったので、暫くSEED系で書くのはやめておきます。また、書けるくらいにネタが溜まったら、その時は、書くかもしれませんが。

 

 「Illusion」「Fate」「焔を刻む銀のロザリオ」「南天に輝く星」と経て、今作「永遠に飛翔する螺旋の翼」と、5作品(容量的には6作品)を全て同じ時系列で繋げて書く事が出来ました事は、ある種の感無量であります。

 

 流石に、ネット上探しても、これだけ書いた人はそうはいないでしょうし(全くいない訳ではないと思いますけど)。個人的には非常に満足しております。

 

 これも全て、皆様の温かい応援あったればこそと認識しております。

 

 本当に、心から、御礼申し上げます。本来なら、読んでいただいた1人1人の方に直接会ってお礼を言いたいくらいに思っておりますが、どうか、この場を借りてのお礼でお許しください。

 

 本当に、本当にありがとうございました。

 

 またいつか、どこかでお会いできたなら、幸いでございます。

 

 では最後に、だいぶ昔に、暇つぶしに書いた短編SSを、紹介して終わりたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては、ここから始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻に付く匂いはむせ返り、錆の浮いたような感触を鼻腔に伝えてくる。

 

 零れるように床を撃つ音は水なのか、あるいは他の何かなのか?

 

 耳障りなほど、妙に甲高く聞こえてくる。

 

 いかにも健康に悪そうな、湿気によって覆われた廊下を、その一団は音を潜めて駆けていく。

 

「アルファリーダーより、ブラボー、チャーリーへ。所定の位置へ到着した」

 

 くぐもったような男の声に、ややあって返事が返された。

 

《こちらブラボーリーダー、配置完了》

《チャーリー、同じく配置完了》

 

 同時進行の別部隊も、準備が完了した旨を伝えてきた。

 

 3方向からの同時奇襲攻撃。これなら、確実に作戦は成功するはずだ。

 

 しかし、

 

「油断するなよ。相手はあの『ヴァイオレット・フォックス』だ。どんな手を使ってくるか判らないぞ」

《判っている。突入後、最大火力で仕留める》

 

 目的は、逃走中の凶悪犯を確保乃至抹殺する事。そのたった1人の為に、20名以上から成る特殊部隊が派遣されるに至ったのだ。

 

 しかしその正体を知れば、疑問に思う者はいなくなる事だろう。

 

 CE63年に起きたパナマ基地破壊工作。

 

 CE64年8月に起きた大西洋連邦産業理事長暗殺事件。

 

 CE65年12月のワシントン工科大学学部棟爆破事件。

 

 CE67年5月のルクセンブルク同時多発テロ。

 

 CE68年1月のコペルニクス、ホテル スカイパレス爆破事件。

 

 同年11月の東アジア共和国軍士官学校爆破事件。

 

 判明しているだけでも、これだけの凶悪事件に関与しており、余罪を調べればこの3倍の事件に関わっているとさえ言われている。

 

 凶悪の一言に尽きるテロリスト。

 

 大西洋連邦内で付けられた通り名が「ヴァイオレット・フォックス」。初めに言い始めたのが誰なのかは判らないが、今やこの名は、連邦にとって脅威以外の何者でもなかった。

 

 だが、それも今宵限りである。

 

 過日の掃討作戦によって、ヴァイオレット・フォックスの所属する部隊を壊滅させる事に成功した大西洋連邦軍は、フォックス本人の居場所をも突き止め、強襲作戦を実行するに至ったわけである。

 

 古ぼけたアパートの一室に、逃れたヴァイオレット・フォックスが潜伏していると言う情報を掴んだ特殊強襲チームは3班に分かれ、1隊は正面玄関から、1隊は裏口から非常階段で侵入後、隣室の壁を爆破する形で、最後の1隊は屋上から窓を破って強襲という作戦を立てた。

 

 相手は1人。しかし、これまで多くの人間を殺してきた凶悪なテロリストを相手に、油断は出来なかった。

 

 アルファリーダーの時計の針が、ひどく遅く感じられながらも着実に進んでいく。

 

 その針が、ゼロを差した。

 

「突入!!」

 

 鋭い声と同時に、大音量の爆発音が闇に轟く。

 

 壁を爆破した部隊が、一斉に室内に突入し、同時に屋上襲撃犯も壁を伝って降下、更に廊下に待機していた部隊も一斉に行動を開始する。

 

 たった1人の命を奪う為に。

 

 暗い室内が騒然とし、ライトの明かりが暗がりを映し出す。

 

 住民の殆ど住んでいないアパートは、まさに戦場そのものの喧騒に包まれる。

 

 完璧とも言える奇襲攻撃。

 

 これなら、さしものヴァイオレット・フォックスも一巻の終わりだろう。誰もがそう思った。

 

 しかし、

 

 突入と同時に、兵士達は当惑の表情を浮かべた。

 

 ターゲットの姿が無い。

 

 どの部屋を探しても、ヴァイオレット・フォックスの姿は見当たらなかった。

 

 3人の隊長格は、首を傾げる。

 

 今回の作戦には慎重にも慎重を期され、機密保持は勿論の事、情報の信憑性にも細心の注意を払って行われた。

 

 この場所がヴァイオレット・フォックスの根城である事は間違い無いし、フォックス本人が事前に情報を得て逃走する可能性も低い。

 

 この作戦の事を知っているのは方面軍司令部でもごく一部の人間に限られる。もし情報を取得しようとするなら、軍の1級機密情報をハッキングするしかないはずだが、作戦開始前に調べても、ハッキングされた形跡は見当たらなかった。

 

 加えて言えばこのアパートは3日前から24時間の監視体制下にある。その間、ヴァイオレット・フォックスが逃走した形跡も無かった。

 

 これだけ入念に下準備をしたにも拘らず、フォックス本人の姿が見当たらなかった。

 

 手持ち無沙汰になった隊員達がリビングに集まり始めた。

 

 変化が起こったのは、その瞬間だった。

 

 何か、金属的な物が転がる音が聞こえた。

 

 次の瞬間、莫大な量の炎が室内を満たした。

 

 炎は調度品や壁を燃やし、一瞬で視界を火の海に染め上げる。

 

 悲鳴を上げる隊員達。

 

 炎に包まれながらのた打ち回り、ある者は錯乱して手にしたアサルトライフルを乱射、それが更に混乱を加速させる。

 

 狂乱の挙句、窓から身を乗り出してしまい、階下に落下していく者もいる。

 

 危機は急速に迫ろうとしていた。

 

 生き残った僅かな隊員達は、退避する為に狭い玄関へと殺到した。

 

 だが、そこで彼等の足が、何かのワイヤーに引っかかった。

 

 次の瞬間、目前で視界が炸裂する。

 

 恐らく突入後に仕掛けられたのだろう。クレイモア地雷がボールベアリング弾を撒き散らし、殺戮の輪を広げていく。

 

 この段になってようやく彼等は、自分達がヴァイオレット・フォックスが張った罠の中に飛び込んでしまった事に気が付いた。

 

 若干の幸運に恵まれ助かった隊員2人が、仲間の死体を蹴散らして廊下に転がり出る。

 

 とにかく襲撃作戦は失敗。こうなったら、命があるうちに逃げるしかない。

 

 そう思った瞬間、1人が頭部に衝撃を受けると同時に、もんどり打って倒れた。

 

「お、おい、どうした!?」

 

 声を掛ける同僚が見た物は、頭部から血を流して倒れる仲間の姿だった。

 

 恐る恐る振り返る。

 

 その眉間に、仲間の命を奪った物と同じ銃弾がめり込んだ瞬間、意識が急速に暗転する。

 

 彼が最後に見た物は、暗闇を貫く、2つの紫色の光だった。

 

 

 

 

 

 全ての事を終えて、ヴァイオレット・フォックスは銃を下ろした。

 

 彼は全てを知っていた。今日、自分を捕らえる為に特殊部隊が来る事も、その作戦がどの程度の規模になるかも、作戦開始時間がいつかも、このアパートが監視されている事も。

 

 フォックスの能力を持ってすれば、痕跡を残さずに軍の情報をハッキングする事くらい訳は無かった。

 

 全てを承知の上で、周到に罠を張り巡らしたのだ。

 

 まず自分の部屋を無人にし、フォックス自身は向かいの部屋に身を隠した。そして特殊部隊の突入を確認してから、その背後から部屋に侵入、あらかじめ仕掛けておいた入り口のクレイモア地雷本体にワイヤーを掛け、更に室内に手榴弾を投げ込んだのだ。

 

 手榴弾の爆発力はさほどでもないが、室内にはガソリンを満載したポリタンクを3個ばかし置いておいたので、後は爆発の衝撃で引火したのである。

 

 屋外に出ると、火が燃え広がろうとしていた。

 

 これでアジトも失った。味方部隊は既に壊滅してしまっている為、頼れる相手もいない。

 

 今回の勝利など、一時の淡雪でしかない。連邦軍は作戦が失敗した事を悟れば、必ず次の作戦を仕掛けてくるだろう。

 

 既に自分の居場所が知られてしまった以上、一刻も早く身を隠す必要がある。

 

 集まり始めた野次馬に紛れて歩き出す。

 

 連合軍は自分を血眼になって探す事だろう。最早この地上に、自分の居場所は無いのかもしれない。

 

 哀しげに、

 

 紫の瞳は夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

PHASE―00「紫水晶の暗殺者」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご愛読、ありがとうございました。またお会いできる日を、楽しみにしております。

 

 

 

 

 

2014年10月23日    ファルクラム

 



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