終末日誌 (木刀超好き)
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八月三十日

毎日更新出来たらいいなぁと思います。


 2020年8月30日

 今日から日記をつけ始めようと思う。こんな行為に何の意味があるかも分からないが、しかし自分の正気度を客観的に観るには都合がいいのかもしれない。

 この世界は数日前に起きたゾンビハザードによって壊滅した。ゾンビハザードという頭の悪い単語しか思い浮かばなかったのは勘弁して欲しい。僕は中学を卒業して以来、半ば引き籠りの生活を続けていたためそれほど頭が働かないのだ。下手をしたら中学二年生の方が頭がいいかもしれない。

 現在は近くの廃ビルの屋上に逃げ込んでいる。このビルはもともと廃ビルだったためゾンビハザード発生時点では人気が無かった。おかげでゾンビはいないようだ。

 しかし不思議な事件だ。

 未だに生存報告のあるSNSを確認したところ、このゾンビハザードは全世界で同じ日にちの午前12時頃に端を発したようである、ということが見えてくる。やはり人口密集地はほとんど全滅の憂き目にあったのかSNSでの報告は少ない。あるいはマンションに逃げ込んだはいいものの先が見えずに絶望したとか、同時自殺の勧誘の投稿などがある。

 そういったものを見ていると落ち込んでくるため、ここで分譲マンションに住む人気ブロガーのweb日記を閲覧すると、現在彼は日本刀で武装して岡山の人通りの少ない道をワゴンで走行中とのことだ。そして彼が目指す場所は自衛隊の三軒屋駐屯地とのことだった。そこで装備を調達して瀬戸内海の小島を目指すようだ。また協力者も募集しているとある。残念ながら僕のいる地点は長野なのでその場所に行くにはリスクが高すぎた。

 今日の最後の更新には他県で一人暮らしをしている娘が心配とあった。

 人類史における未曽有の事態だが彼が惜しみなく公開するサバイバルの知識は有益この上ない。一日の終わりには確認して有用なものは書き残しておこう。

 

 こんな状況だが僕は今、便意に襲われている。昼間の間は緊張でそれどころではなかったがここにきて一気に肛門が緩んだのか、もうどうにも我慢しようがない。腹の中がグルグルして気持ちが悪い。小便は屋上から地面にむかって虹を描けばいいのだが、大便はそうも言ってられない。とりあえずはビニール袋にぶちまけたのち、尻を拭いたティッシュとともにビルの外に放ろうと思う。きっと気持ちがいいはずだ。

 アディオス。アミーゴス。

 と言いたいところだがあと55文字ほど何かを書かなくてはいけない気がしてきた。そこはかとなく夏休みの読書感想文を思い出す。明日はコンビニと古本屋に出向いて幾つか役に立つものを手に入れよう。

 将来的には猫か犬を飼いたい。人間はいつゾンビ化するか分からなくて怖い。



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九月一日

 排泄物の問題は近所のコンビニエンスストアから借用してきたビニール袋とティッシュペーパーによって解決を見た。その数およそ150枚。なので一日一枚使うと、単純計算で五カ月は持つということになる。ただ、そんな面倒なことをしないで地面を掘って埋めてを繰り返せばいいと思ったのだが、尻の穴が縮みあがってそんなことは出来なかった。

 それから市内の火災がようやく収まりつつある。この火災はゾンビ発生とほぼ同日に起きたようだ。原因は色々と考えられるがまずコントロールを失った車両による交通事故、次いで昼御飯の準備に使用していた家庭用コンロなどが発生源と言えるかもしれない。

 一部では原因不明の山火事が発生しているとの投稿がSNSで見られる。僕の考えでは恐らく航空機の墜落が原因だと思うのだが。

 ところでSNSの投稿や未だに息のある個人ブログなどを見ていると、どうも今回のゾンビハザードは変だと思うのだ。

 なんというか、僕の考えていたゾンビハザードとは違うというか。そうゾンビハザードというとイメージとしてはまず、街中に感染者が現れそれを知らない人間に噛みつくことで感染が拡大していくという風な感じだ。そういうタイプの感染ならば、社会機能が停止するまでにタイムラグがなければおかしいことになる。すくなくとも僕の住むような田舎の県、にまで感染が到達するのに時間がかかるはずなのだ。

 何よりおかしいのは自動車同士の事故だ。一つや二つならばまだしも、道行く車の全てが、火災の原因になるほどの事故を起こすというのは感染型のゾンビハザードでは考えにくい。ここに来るまでに少し観察してみたが、ゾンビが車と並行して走れるほどの走行能力を手に入れているようにはとても見えなかった。というか老人のような動きだった。そうでなければ気軽にコンビニに出かけて、物資を補給するなんてことが出来るはずがない。

 また某ブログによれば自衛隊基地もまたゾンビと化した隊員で溢れていたという。残念ながら軍事力による鎮圧や解決といった方法は出来そうにないのが現状だ。

 話がそれた。そんな程度の走行速度しか出せないゾンビが車に追いついて中の人間に噛みつくというのはどうにも考えにくい。

 さらに言えば自衛隊と言えども軍隊だ。抵抗の様子もなく基地内の人間全てがゾンビと化したかのようだ、と某ブログにはあるが、彼らがそこまで簡単に感染型ゾンビに制圧されるだろうか。

 このゾンビハザードは感染型ではないのではないか。

 ミネラルウォーターと缶詰は三日ほど持つだろう。それにしても暑い。風呂に入るか、服を着替えたいが……。

 話は変わるが金属バットでゾンビを倒せるだろうか。SNSの投稿によれば、人間を殺すように殺せるとあり、刺突も有効だがまず斬撃で筋肉を切断して動きを止めてから急所を攻めろとある。なるほど、日本刀は刺突攻撃がメインなるネット上の風聞も、ここに一つの回答を得たわけだ。いや問題はそんなことではなくて、金属バッドでどうやって行動不能にするかということなのだけれども。

 もう一つ、ゾンビ達は何を頼りに人間を追うのだろう。階段は塞いであるし、脱出用のロープと荷物も準備してあるが、睡眠中に襲われることが一番の心配だ。

 SNSに現在地とメールアドレス、氏名、年齢ぐらいは乗せておこう。近くの人間が見ていたならば運よく巡り合えるかもしれない。人間は怖いが感染型である可能性が低いようなので、恐怖は以前ほどでもない。

 



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九月二日

 スーパーマーケットの方に偵察に出向いた。ゾンビハザードが正午に起きたということもあってか、店内はおろか駐車場に至るまでゾンビがうようよしていて非常に危険だ。また、近くの交差点では車が赤信号で減速したからなのか、車内にゾンビ化してまだ生きている風な者たちもいた。幸いなことにシートベルトを外す知能がないようで、彼らは今も車内に囚われたままになっている。

 しばらくの偵察ののち、スーパーマーケットへの侵入は諦めることにした。あまりにもゾンビの数が多すぎる。

 

 すわ現在の物資供給減であるコンビニのゾンビ達はというと、僕を追う彼らが縁石に足を引っかけて、転んだところを鍬で頸椎を切断して仕留めた。ゾンビ七匹に追われるのは怖かったし、今思えばなんで気付かれずにコンビニに入れると思ったのか分からない。ただゾンビは老人並みかそれ以下の運動能力しかなく、転んだら立ち上がることは難しいということだけは判明した。加齢は足にくると言うし、ゾンビ達独特の歩行様式もどこかそのような雰囲気がある。

 

 そうだ、とりあえずゾンビの特徴について記しておこう。

 まず彼らは総じて肌が灰色だ。表情は弛緩してだらしなく口を開けている。若干猫背気味で両手を前に突き出し、不規則で太極拳のようにゆったりとした足運びで歩く。ただし獲物を見つけたときは遅めのランニングくらいのスピードで前のめりにこちらに近づいてくる。

 こう書くと人類全体という視点で見ればさして脅威でもないように思えてきた。少なくとも自動小銃で武装した軍隊ならば簡単に討伐できるだろう。ただし彼らが全く無力であるかと言えばそうではない。コンビニの店内を最初に偵察したとき、彼らは引きずり倒した死体の手足を引き千切って、それを食べていたからだ。恐らく素手で解体したのだろう。彼らは動きは遅いが力は強いということが分かる。

 少なくとも直立したゾンビと戦うのはリスキーだし、最低でも頭部を破壊できる武器を持っておく必要がある。出来ればスレッジハンマーや斧などがいいと思う。金属バットの威力では少し頼りない。 

 ……そういえば彼らは脳震盪を起こす。これはSNSの投稿でも確認されているし僕自身も確認した。以前読んだボクシングの教本によればボクシングなどの打撃系格闘技のノックダウンは、格闘技漫画に言われるような脳が揺れるから、というのは厳密には間違いで脳幹に衝撃が加わり運動中枢が機能停止するからというのが正しいらしい。自信がない

 

 ゾンビがノックダウンするという事実を知ったとしても、金属バットは武器として聊か頼りない。というのも打撃武器というのは威力を出すために須らく加速する必要があるからだ。木刀をもった剣道部員だって、相手の頭に木刀を密着させたまま威力ある打突を繰り出せと言われれば困惑するだろう。兎に角、打撃武器の威力は加速と重さと硬度で決まる。

 チョコバーを食べ歯を磨いて寝る。明日は坂の下にあるホームセンターまで歩いてみよう。ああ、それにしても風呂に入りたい。



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九月三日

 今日はホームセンターに行こうと思ったが止めて、近所の薪割りおじさんの家に行くことにした。そもスーパーマーケットの様子を踏まえて考えるに、ホームセンターにもゾンビが群れている可能性が高い。薪割おじさんの家は静かな住宅街にある。車の通りが少ないそこは事故による火災が起きているとも考えにくい。またゾンビの知能からすると自分の家のドアを開けて家の外に出られるかも怪しい。というか不可能だろう。

 

 それでなぜ薪割おじさんの家に行くのかというと斧が欲しいからだ。先日の日記にも書いたがゾンビを一撃で殺せる武器が欲しい。それには金属バットではいささか心もとないわけで、ならば何が手ごろかと記憶を頼ったところ、バイキングも愛用しローマ教皇から禁止命令も出された斧が手ごろであると考えたのだった。

 意外にも安全な住宅街で目当ての家にたどり着くと、果たして薪割おじさんはそこにいた。ランニングに短パンで姿で、足元に薪割り用の斧が落ちている。予想通り作業中にゾンビ化したものと思われた。

 手順はそれほど難しくない。薪割り台の替わりに使われてる丸太を挟んでおじさんの前に回り込むだけである。狙い通り見事にこけたので、頸椎に鍬を振り下ろして止めを刺した。止めを刺すことに躊躇いがなかったかと言うと嘘になるが、罪悪感も何も感じないことにするのは僕の得意なことだ。

 

 ……やはり人に遭うのが怖い。こういうモラルもへったくれもない弱肉強食の世界では単純に力が強くて倫理観のない奴が生き残るに決まっている。という風に考えると出会う人間は皆、屑である可能性が高いわけだ。ついでに言えば僕自信が出会う人間にとって厄介なタイプである可能性も否めない。いや、大いにある。例えば、僕は薪割おじさんの家に窓ガラスを割って侵入し、ゾンビ化したおじさんの奥さんと思しき人を殺した後、薪ストーブに火を灯し、そして風呂にお湯をためて久々に入浴を楽しんだ。その上で包丁や食料、水道の水をポリタンクなどに詰めて、服も着替えまた廃ビルに戻ってきている。そしてそのことにそれほど罪悪感を感じていないのだ。

 

 それは一回目のおじさんを殺した時とは明らかに違う感覚だった。

 気分が沈んでくるのでいまだに息のあるSNSの話をしよう。僕の近所、というわけではないが少なくとも僕の住む市内に生存者がいることが確認できた。ただし悪質な悪戯の可能性もある。会うべきか会わざるべきか分からない。分からないというのはつまり、移動のリスクと出会ったことによって得られるリターンが釣り合うかどうかの問題だった。

 まあいい。気に食わなければ別れてしまえばいいのだ。幸いこの市は広い。

 コンビニで入手した数冊の地図、そのうちの一つを確認する。そうすると同じ市内にいる生存者のいる場所までの距離が分かる。とりあえずその人をフォローして、軽く自己紹介を送った後に眠ることにする。僕のアカウントは結構な頻度でエッチな画や写真、言動を垂れ流しているのだが大丈夫だろうか。

 

 今は九月だが冬をどう乗り切ればいいのか不安だ。チェーンソー、鋸、灯油、そういったものもこれから必要になってくるだろう。それよりなにより、道路に事故車両の残骸が転がっているのも問題だ。こんなものがあったのでは車を使うこともできない。

 食料問題もあるどこかの畑を早々に確保しておくべきだろう。とりあえず新しい住処を見つけるべきだ。地理条件としてはゾンビ化した人間が少なそうな山間で畑と湧き水と川があって魚が取れるような場所を探すことにしよう。

 

 



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九月四日

 さあ生存者に会いに行こう!ただ会いに行っても迷惑だろうから何かお土産も必要だろう。キノコの山かタケノコの里の詰め合わせなんかが良いと思うが、僕自身はタケノコ派だ。まあキノコタケノコ戦争は平和になってから始めればいいだろう。というか件の生存者の過去投稿を漁ったところ、勤め人のおっさんのような雰囲気がある。僕のような無職童貞の罪深い過去を背負った人間は若干引け目を追っているわけだ。それが辛い。ならば働けというが、働いてもバカアホカスと言われるだけなので結局は辛いわけで、とかくこの世は生きづらい。

 生存者は現在のところ僕から5㎞ほど離れた場所にいる。流石に押し掛けるわけにも行かないからアポを取って会いに行くのだけれども、断られるんじゃないかと戦々恐々としていたところ案外すんなりと話は運んだ。だから取り合えず今日は風呂に入った。耳の後ろと髪は念入りに洗う。ついでに髭も剃っておいた。そういえばムスリムが戒律で髭を剃ることを禁じていたのは不衛生な刃物を使って、破傷風になることを防ぐためだったという。当時はカミソリなんてなかっただろうから切れ味の悪い刃物で千切るようにして髭を剃っていたのだろう。そするとまあ、うっかり力の入れ所を間違えて肌を傷つけてしまうことがあるよという理論はわかる。ゾンビハザード後の世界においては怪我に気を付けなければならない。下手をしたら足の単純骨折で飢え死にする可能性があるのだ。擦過傷で感染症にでもなった日には目も当てられない。つくづく現代文明のありがたさを感じる一週間だ。

 

 

 ここ二日ほど某ブロガーからの投稿が途絶えてが、今朝方投稿を確認した。なんでも世紀末族(北斗の拳のモヒカンをイメージして貰いたい)と切った張ったの大乱戦をして捕まっていた女子高生を救い出したとある。

 この手の記述はほかの投稿にも散見された。つまりゾンビがそれほど脅威でもないと、人々は気付いたのだ。そして貴重な資源の奪い合いを開始しているのだろう。そういった輩には出会わないように注意して行動するしかない。というか、生活様式を考えてみたのだが、定住型の農耕民族のそれよりもカウボーイのように牛を牽いて街を渡り歩いた方がいいのかもしれない。

 まあでもカウボーイの真似はまず不可能、……いやどこかの牧場に行って牛を畜舎から解放すればいいのではないか。馬でもいいけど。いや馬の方がいいだろう。モンゴル人が牛ではなく馬を選んだ理由は不明だが馬のほうがいいような気がする。

 

 とにかく明日だ。明日になれば全てがわかる。



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九月五日

 今日出会ったら鈴木健司について、どういう事を書き残せばいいのか分からない。どうせなら可愛い女子高生の方がよかったとか、妙齢の美女のほうが嬉しいなどという感想はお互い様であると思う。

 

 さて、彼はいわゆるプログラマーで官庁に収めるソフトの開発に携わっていたとのことである。年齢は僕よりも五才年上だった。いやそれはいいのだけれども、それはいいのだけれども正直に書くと許容しがたい点があった。

 それは女ゾンビのレイプ癖である。何を言っているのか分からないかもしれないが、僕も混乱しつつこれを書いていることを理解して欲しい。

 

 コンドームを付ければ平気だと彼は言った。潤滑油にはサラダオイルを使えばいいと言う。

 詳細について記述しよう。

 まず鈴木は女ゾンビを殺してから犯す。それはまあ分かる。生きていれば抵抗してきて危険だからだ。腕を引き千切られるかもしれない。なのでスレッジハンマーで頭をカチ割ってから致すのだという。女ゾンビが生きているかどうかとか、既に人としての意思がないものを犯すのは死体損壊であるとか、そこら辺の定義は好きに分類すればいいだろう。鈴木によれば女ゾンビの死体はまだぬくもりがあり、特に腐臭もしない。だからゾンビは体が動く死体とかそういった分類よりも、意思を奪われた人間というのが正しいらしい。

 

 鈴木とまあ仲間としてこれから付き合っていくことになるわけだが、あの性癖についてはどうにも理解不能だ。なにが悪いんだ、と問い詰められたら返答に窮する。遺族の感情が問題であるとすれば、この世界に遺族はいない。ゾンビ菌なるものが存在するとして、それに感染してゾンビになるのは彼の問題だ。要は資源の有効活用だと彼は悪びれもせずに言い切った。確かに気の狂いそうな終末の世界で、女ゾンビとの交歓によって正気を保てるならば(少なくとも対人面での凶暴性を抑えられるのならば)それはそれでいいのかもしれない。

 

 デメリットは特に存在しない以上、別にどうでもいいだろう。取り合えず夕食後に鈴木と見たバットマンは面白かった。

 今日は鈴木の住むマンションの隣の一部屋を借りて寝る。丁度、ゾンビハザードが起きたときに外出中だったらしい。ベランダから窓を開けて入ったそこは廃ビルに比べれば楽園だった。少し暑いが、ベッドで寝られる上に風呂に入れるのはいいことだ。おまけに野菜の缶詰もあり水道水も飲める。卓上コンロを使えばレトルトカレーも食べられる。ほかに書くことは、……そういえば、この手の緊急事態の際は水を節約するために皿の上にラップを敷き、そこに料理を盛るといい。食後にラップを剥ぐだけでまた皿が使えるようになるのだ。

 明日は鈴木と二人で近くのコンビニのゾンビを掃討して食料源を新たに確保することになった。人口密度が上がれば食料の消費も速度も上がる。これは重大な事態と言えるだろう。ベランダを利用した家庭菜園を考えるべきかもしれない。



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九月六日

 鈴木との作戦会議を行ったが方針が分かれた。鈴木は、一冬は残された資源をやりくりして過ごしてみるべきだという。というのも鈴木の見立てによれば、意思を奪われた人間と言うべきゾンビは飢餓で死ぬ可能性があるとの仮説による。そのため食料の保つ一冬程度は、ゾンビの様子を見るという意味でもあまり活動範囲を広げない方がいい。よしんばゾンビ達が飢餓を切り抜けたとしても、冬が明ければ低体温症で大部分のゾンビが死ぬかもしれない。なので活動範囲はあまり広げずに、例えば一日に近隣の部屋、家を幾つか探索し一冬分の食料を確保する。もちろんゾンビがいれば殺す。といった地道な活動をしていくべきだと、彼は主張した。

 

 確かに、その主張は僕の出した意見よりも良いもののように感じられた。今はまだ夏の温かさが残っているが、この先どんどん気温が下がっていく。そんな時期にやれ農耕だと、始めたところで初心者もいいところの二人では作業が滞るのは必定だろう。今回の件に関しては鈴木が正しい。暫くは様子を見るべきだ。そうだな、とりあえず一カ月単位で侵入予定の施設を偵察して行くことにする。

 

 ちなみに僕の主張は各地に形成されつつあるコミュニティーに、早期に合流しメンバーの中核に食い込むよう活動するというもので、一カ月程度の間にこちらで旅用の資源を集めて埼玉のコミュニティーに移住するというものだった。それをやるなら一人でやれと断られた。

 この計画の欠点はというと、まず移動手段に車がつかえない。次に生身で運べる物資に限界があるため、物資の補給が不安定になるという点。ゾンビハザード以前なら親切な道路沿いの住人から水くらいは分けて貰えたかもしれないが、一ヶ月後にまだ上下水道が生きているかどうかというと分からないのである。

 ほんとうに移動手段に車がつかえないのはとても辛いことだ。ならばバイクはどうだろうか。バイクならば小回りが利くから事故車両の残骸を避けながらそれなりに走れるかもしれない。この冬は自由時間をバイクの練習に当てようか。

 

 差し当たって、バイクのマニュアルを入手することから始めたいが、書店もまだゾンビだらけだろう。あとは古物商の店を訪ねて何か旧時代的な武器を入手するのもいいかもしれない。日本刀、槍、長刀、そういった類の得物の心得はまるでない。しかし、持っているだけで十分は示威効果を発揮すると思いたい。誰に対して?もちろん世紀末族に対してだ。実際の戦闘になったら手ごろな長さの棒と、それから石でも投げるつもりだ。

 

 とりあえず探索する資源について書きだしておく。

 食料。じゃがいも、玉ねぎの類。干物、缶詰、ジュース類、酒類。菓子類も持つだろうから出来るだけ集めておくといいだろう。紙皿。

 医療品。消毒液。ガーゼ。絆創膏。目薬。防塵用のマスク。うがい薬。石鹸。歯ブラシの類。ティッシュ。コンドーム。コンドームは軍隊でも応急処置に活躍するとのことなので、何かしら本来の用途を超えた使い道を見つけられるだろうと思う。

 衣料品。タオル。下着。防寒着。作業着(いい男が着ているようなツナギ)。同系統の靴。ゴム長。ヘルメット。手袋。

 その他。天幕。バイク。地図の類。ポケットに収まる程度の刃物類。電池。ライト。ポリタンク。石油ストーブ。ポリタンクは重要だ。水道が生きているうちに水を出来るだけ貯蓄しておきたい。大八車(あるのか?)

 

 二人いるだけでかなり行動に自由が出るように思う。なにより重荷を背負っての運ぶ係と周囲に警戒する係を手分けできるのは強い。いずれは警察署に行き銃火器も手に入れたい。そのうち熊が降りてくる可能性も否めない。

  

 



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九月七日

 今日は鈴木の住むマンションの最上階から探索を始めた。ドアを開けるのに必要なカギは、既に鈴木が一回ロビーの管理室から入手してあったようだ。ゾンビの数はそれほど多くないが、何分狭い室内での行動なので油断できない。室内ので得物を振り回すのは難しいからだ。

 説明しよう。例えば、かの有名な新選組の戦法は鎖帷子で日本刀に対する防御を固め脇差を持った複数人で一人を刺す、である。京都の旅籠などに討ち入った際、新選組も志士たちも道場剣術の癖で上段に構えたところ鴨居に、あるいは天井に刀を打ちつけてしまいその隙に不覚を取ったという話がある。

 刀でさえそうなのだ。まして僕と鈴木の武器は斧とスレッジハンマーである。この二つの道具を得物とした際の共通項は振りかぶらないと威力が出ず、また日本刀に比べてリーチが短いことだ。一つ目の欠点は既に述べたが二つ目のリーチに関して言えば、まず前提として、日本刀とは白兵戦の基本単位であることは言うまでもない。

 竹刀の刃渡り三尺に対して、日本刀の刃渡りは二尺そこそこ。勝手の違いに戸惑う武士も幕末にはいたという。まあつまり何が言いたいかというと、日本刀でさえ超接近戦になるのに、それよりも短い斧はさらに相手に接近せざるを得ず、そうした場合怪力に任せて組んでくるゾンビの方が圧倒的に有利であると言うことだ。

 鈴木と僕が徘徊する野良ゾンビで検証を重ねた結果、彼らの感知範囲は半径五メートル前後。大きな物音への反応はその四倍。

 

 結論、僕らは部屋に入らなかった。まずドアを開けてから生存者に呼びかけ、呼びかけに釣られて現れたゾンビを共用の廊下で一人ずつ殺していった。

 801から807号室までの生存者はいなかった。鈴木がお気に入りにゾンビをレイプしている間に、僕は煙草を片手に共用廊下の隅で空を見ていた。煙草なんてこれまで吸ったことがなかったけれども、アンニュイな気分にはこの香りが合う。鈴木にゾンビレイプを勧められたが流石にそれは出来ない。というか僕は三次元では勃起しないし、血なまぐさいのは嫌いなのだ。ひょっとしたら、煙草の臭いで血の臭いを消しているのかもしれない。

 

 ともあれ八階は最上階だけあって、いいものがそろっていた。恐らく家賃も一番高いのではないだろうか?

 しかし、こうして他人の部屋に入るとそこにいる人物が生々しく浮かび上がってくる。男の服しかないのに本格的な調理器具と食材が豊富な、料理好きの部屋とか。なぜかトカレフが棚に入っていた部屋もあれば、四人家族で住んでいたと思わしき部屋に、老夫婦の部屋もある。生活臭というべきものもまだ十分残っていた。僕はきっと、このにおいを一生忘れることはできないだろう。

 

 午後、五階まで下ろしてきた戦利品を仕分け、日の当たらない504の一室に貯蓄として放り込む。荷物を持って階段を何往復もしたせいで全身筋肉痛だ。鈴木も腰を揉んでいた。そういえば死体の処理だが、どこかに穴を掘ってまとめて燃やす他ないだろう。レイプしたゾンビは鈴木に運ばせるとして。



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九月八日

 今日は六階と七階の探索を終わらせた。

 今回は珍しいものが見つかった。と言いたいところだが先日のトカレフより珍しいものはまず見つからないだろうなどとタカをくくっていた矢先のことだ。見つかったのは狩猟用のクロスボウである。クロスボウの矢はボルトというのだがなぜボルトなんだろうなと鈴木も僕も首を顔を見合わせて不思議がっていた。クロスボウが見つかった部屋のPCを鈴木が専用器具でハッキングしたところ、どうも彼は大手動画サイトで中二病的動画を投稿することを趣味としていたらしい。男の部屋はメリケンサックだとかカランビットナイフのような品々で埋もれていた。

 

 鈴木も僕も、ゾンビ相手にカランビットナイフで接近戦を仕掛けるほど命知らずではない。が万が一の容易に、動画投稿者と思しき男の部屋で見つけた中型ナイフを右の腰に馬手差しに差すことにした。

 余談だが、もし僕が死んだあとに、この日記を拾った生存者が何かの役に立てることができればいいなという思いで、僕は下らない雑学を書き込んでいる。字が汚い?これでも綺麗に書いているんだ……。

 ともかく馬手差しに話を戻そう。馬手差しはもともと甲冑を着た武者が、組み伏せた相手に短刀を突き刺す、そういった状態を想定して考案された差し方だ。差し方というのは要はあれです、刀を差すというでしょう?あれと同じ意味です。

それで肝心の差し方なんだけれども、西部劇で拳銃を腰に吊るしている画を想像すれば分かりやすい。柄が上で刃が下だ。そして馬手差しは右手(まあ利き手と同じ腰に差す)で、逆手に持ってナイフを抜き滅多やたらに何度も相手に刺す。武士は通常左腰に刀を差すのだけれども、つかみ合いになった場合は右手を左腰に回すなどという悠長なこはやっていられないから、右手で右腰にある刃物を抜いてぱぱっとやるのだ。

 ただし、これはゾンビに組み付かれた際に一矢報いる最終手段の話だ。というか味方のために一匹でも減らすという考えが根底にある。自分がゾンビに組まれているような状況だと相方も他のゾンビとやり合っているだろう。そうすると助けは期待できないし下手に助けようとすれば相方も死ぬ可能性もある。そういえば鈴木にも指摘されたが右手が使えない時のために、左腰にも下げておくべきだろう。

 

 話が右に左に逸れた。クロスボウの話に移ろう。このクロスボウだけれど、対ゾンビにどれほど役に立つのだろうか?良い点と悪い点を分けてみよう。

 

 良い点。

 音がしない。棍棒を振り回すのに比べて間合いが広い。操作が簡単。狙いがつけやすい。

 

 悪い点。

 装填が遅い。故に複数を相手にすると弱い。一撃ですぐに殺せるかは分からない。もちろん急所に当てれば、脳に酸素が行かなくなって徐々に死ぬのは分かっているのだけれども、しかし銃弾が、着弾時に潰れて音速飛行の衝撃で人体に大穴を空けるのに比べていささか心もとない。痛覚のないゾンビにはあまり即効性はないだろう。

 

 いまだに生きているインターネット上の投稿を参考にすると、ゾンビに対して即効性のある攻撃は限られていることが分かる。

 まず脳を一撃で完全破壊すること。次に急激な大量出血によるショック死を狙う方法だ。そして手足の切断なども有効であるという。

 このクロスボウの使いどころは狭いが、世紀末族及び鹿熊野犬対策に持っておくに越したことはないだろう。

 世紀末族に関して言えば人体を矢が貫通しているという視覚的な恐怖で威圧可能だ。動物は……まあ小型動物を捕まえる程度に役に立つだろう。

 

 野生の獣は厄介だ。午後に二時間ほど国道を歩いてみたが、明らかに人間にはできないようなやり方で、ゾンビが破壊された痕跡があった。野生の獣が人肉の味を覚えたら、恐るべきことである。



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九月九日

 今日は穴掘りをした後、殺したゾンビ達の火葬を行った。燃焼の補助に車から抜きだしたガソリンを掛ける。はじめは煙ばかりがなでたが、少し待つと怖いくらいによく燃え始めた。熱で筋肉が収縮し手足が出鱈目に動くさまは、地獄の業火に焼かれ、亡者たちがもがいているかのようだ。今日は風が強い日だったためすぐに臭いはかき消されたが、人の焼ける臭いはおぞましいものだと知った。しばらくコーンビーフなどは食べられないだろう。

 ついでに可燃性のゴミもまだ火のある穴に放り込んだ。この世界では人の死体もゴミも大差ない扱いをするしかない。縄文時代の貝塚から人の骨が見つかったという話がつまりそういう事なんだろう。

 鈴木も僕も火葬の後は大して話すこともなく、仕方ないので鈴木のDVDコレクションからMrビーンなどを鑑賞し、レトルトカレーを卵抜きのチ〇ンラーメンに掛けてカレー麺などと称しこれを食べた。美味いとか不味いとかの感覚はすでに死んでいて、何も考えずに箸を動かすだけだった。

 

 二人ともこんな調子でこの先生き残れるのかはなはだ不安だ。その内にゾンビ狩りなどと戯けたことを言って、どちらかが先に無謀な行動をして死ぬかもしれない。

 娯楽のない世界。潤いのない世界。

 やはり早々にほかのコミュニティーに合流すべきか。というかこの市には今何人程度が生き残っているのか。

 そういう不安を払拭するかのようにSNSを眺めていると、幾つかの統計が見受けられた。

 クラス全員と交友関係のある人間が、ゾンビハザードの起きた日から生存報告のあるクラスメイトのアカウントを数えた結果、本人も含めて三十人の内三人が生存報告をしていたという。この投稿を皮切りに紐付けされたSNSの投稿を見たところ、大方十分の一ほどが生存しており、意外なことに都心に近づくほど生存数は上がり、都心から離れるほどに生存報告は下がった。まだまだ不明なデータも多いし、僕なんかでは見方も分からないのだけれども、まあ不思議な現象だなとは思う。ここで数学とか統計の専門知識がある人間がいれば何かしら数字を割り出せるのだろうけれども、あいにくと数学とは高校時代に絶縁したのだ。鈴木に訊いてみたところ残念ながら彼もわがんね、と東北弁で返すのみだった。なにかしらいい方法がないものか。

 

 まあでも各地のコミュニティーもなかなか抑えが効かないところがあるようだ。それもむべなるかな。中央政府が壊滅した以上、国が復活するという希望がないのだから仕方がない。結局のところ自衛隊が最強、警察がいないと犯罪が増える。鈴木のようにゾンビをレイプするのはまだマシ、と思いたいが肉親の前でゾンビとかした娘を殺して死姦した、とかわけの分からない状況が各地で発生している。

 この世紀末世界をどこまで生き延びられるか。



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九月十日

 今日、鈴木に秘密が出来てしまった。

 こういうB級映画にありがちな都合のいいボーイミーツガールは反吐が出るほど嫌いなのだけれども、しかし出会ってしまったものは仕方がない。幸いにしてこの日記の存在は未だに鈴木に知られていないようだから、王様の耳はロバの耳と書き記しておこう。

 

 僕が本日、ゾンビハザード発生まで母校の現役女子高生であった葉柳千弦(はやなぎ ちづる)と出会ったのは自由時間での、古書店偵察の最中だった。あいにくと一週間前と変わらずにゾンビ達は今も餓死することなく本の森を徘徊し続けている。そんな地獄。バイクの構造とエンジンの起動、旋回慣性のコントロール。そんなものを学びたくて古人の知恵を借りようか、そう思っての偵察だった。

 彼女は長袖長ズボンのジャージ姿で、薙刀と偃月刀を足してその全てを鉄と鋼で作った------鉄長刀で武装していた。僕の薪割り斧などという兼用武具とは違う。まさしく人を殺すため以外に何の使い道もない、日本刀以上に突き詰められた武器の一つ。滑り止めに黒錆が施された長い柄は、軽く穴があけられて軽量化されており、刀身は恐らく鋼板を熱処理してグラインダーで刃を付けたようなもの。刃なんてついていないようなもの。だが、その威力を侮ることはできない。鋭さで言えば皮一枚切れない斧でも肉体を破壊するには十分だ。ましてあの長さと重さを兼ね備えた武器に斬りつけられたならば、断面は潰れて壊死し回復はまず見込めないだろう。手術用のメスは術後の回復を考えて作られているが、武器は術後に回復されては困る。古今の近接武器の刃が鋭くないのはそのためだ。

 

 さて、そんな彼女と僕が交渉もとい会話できたのは、単に共通の漫画のセリフをお互いにやり取りし、笑いを堪えきれずに同時に崩れ落ちたからである。まさかシ〇ルイのセリフをこんな世界でやり取りする羽目になるとは思わなかった。

 さてそれからは話し合い。ゾンビのいない国道の真ん中まで戻って、チョコを舐めながら近況報告を行ったのだった。ちなみに葉柳さんに貰ったそれが僕の初チョコということになる。感激だ。アインシュタインの相対性理論を例に出すまでもなく、女の子からもらったチョコは美味い。

 彼女は丁度ゾンビハザードが起きた日に忘れ物を取りに帰ったおかげで助かったという人物だ。それから三日前まで自宅にこもって食料を食べてしのいでいたが、とうとう食べるものがなくなってこの辺りを散策しだたのだった。

 鉄長刀はジャバウォックを名乗る赤毛の女に貰ったという。彼女は巨大な斧を持ち、武蔵坊弁慶よろしく背中に背負った木箱に鉄長刀のような武器を何本も入れて、スーパーマーケットのゾンビを皆殺しにしていたらしい。にわかに信じがたい話だが、そもそもゾンビハザードなんていう事態がバカげた状況といえばバカげた状況だ。だから仮に一応、そういう赤毛のジャバウォックなる人物がいたと信じよう。

 

 チョコを三欠け舐め終わるまで彼女とは漫画の話をした。ベルセルクとハンターハンターはいつ終わるのかとか、セスタスの師匠の握力とパンチ力の理論って花山薫のパンチ並に意味不明だよねとか、水上悟志は神マンガばかり描くとかそんな話だ。

 それで話題が今一緒に住んでいる隣人の鈴木の話に移った時、彼女はあきらかに嫌悪感を顕わにした。

 狂っていますねその人、と葉柳は言った。

 だからメールアドレスもラインも交換したけれども、彼女のことを鈴木に話すべきか分からない。

 いっそ連絡もなにも破棄してこれまで通りに過ごすほうがいいかもしれない。



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九月十一日

 天気は晴れ。それぐらい書くことがない。仕方がないので中二病系動画投稿者の家で手に入れたゴムナイフで組打ちナイフ術の練習をした。ゾンビ役とサバイバー役に分かれ、抱きついてくるゾンビ役を空いた方の手で抜いたナイフで刺す練習だ。これが中々面白くて昼頃まで二人して熱中していた。いずれはこういったことをする運動部屋も作るといいかもしれない。どうせマンションは空き部屋ばかりだ。

 

 午後、ゾンビを殺して部屋を探索し、鈴木がゾンビをレイプしている間に僕は廊下で煙草を吸いながら、メールの履歴を確認する。はやくも葉柳からきたメールにはツキノワグマおよび猪の目撃が書かれていた。葉柳の住居は不明だが、僕の知っているスーパーやコンビニの傍に現れている。まあそこらへんは僕等の活動範囲ではないから、そんなことを気にする必要もないんだけれども。

 ふと、その日見上げた空は本当に青かった。運動会の秋晴れなどとよく言うが運動会というのはたいてい雨が降る。最初に振っていなくても、なぜから途中から曇りはじめ、最後には土砂降りになり慌てて器具を片付ける破目になるのだ。

 今日は風の強い日だった。

 風の強い日は何かを変えるにはいい日だ。

 

 鈴木と四十八日後を見ながら食料の仕分けとを行う。一冬を超すのは難しいということだ。コンビニを回って水や腐りずらいジュースの類を入手してきているから、飲料に困ることはまずなさそうと当初は思っていた。しかし、どうも僕ら以外の生存者もいるようで運べる水の量が減っている。せめて、このあたり一帯に何人生き残っているか分かれば、足りない分の水と食料が分かるのに、と鈴木は呟きベニヤ板にマジックで生存報告を書いてコンビニに残していた。いいアイデアだった。

 まあ多くの部屋から貰ってきた米があるから、米は一冬持ちそうな気もする。干し飯でも作っておこうかしら。醤油砂糖味醂で味付けすれば中々美味しいだろう。あと鈴木は入手した肉を塩漬けにして漬物樽に保管していた。これは素晴らしい。

 あとは野菜だ。コンビニから取ってきた缶詰ものに、ニンジン玉ねぎと言った日持ちするもの。キャベツやレタスは残念ながら、もう一生食べられないだろう。後はトマトなんかを一部屋使って育てらればいい。よく大麻をマンションの一部屋使って育てた新興宗教の幹部とかの話を聞くけど、イメージはそんな感じだ。

 あとは釣りでもしてウグイとかを甘露煮にして食べればいいのだろうか。

 醤油、味噌、塩、砂糖は貴重品だ。大事にせねば。

 

 ところで鈴木と見る映画にはゾンビものやいわゆるパニックホラーものが多いのだけれども、別に僕等の趣味でそういったものを見ているわけではない。僕等は映画の内容を現状とリンクさせ、シミュレーションをして使えそうなアイデアを鑑賞後にディスカッションして書き出しているのね。

 映画は中々面白い。荒唐無稽なアイデアや状況も多々あるがそこは脳内でツッコミを入れ補正をかけることでそれなりに形になる。

 眠る前に葉柳にメールを送って寝た。 

 



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九月十二日

 鈴木がコンビニに残した書置きの看板に返信があった。明日の午後二時に待ち合わせをして会議をしよう。という話である。相手は性別も年齢も不明だが、一応行ってみるしかない。

 交渉役はどうすべきか決めあぐねていたが、鈴木がニートに交渉は任せられんと実に正しい意見を述べたので鈴木となった。さてそうなると僕の役目はなにか。

 

 狙撃手である。

 時間よりも早く目的の場所に行き、監視役としてクロスボウで狙撃体制に入っておくこと。距離は五十メートルも開ければいいだろうか。

 鈴木を交渉役とした場合、鈴木が盾にされないように位置取らなければならない。そういう場合はあらかじめ、席などの場を設けておいて先に座っていればいいだろう。そうすることで、相手をこちらの望む位置に誘導できる。少なくとも鈴木を望まない位置から遠ざけることが出来る。

 盾とかを持っていくのもいいかもしれない。ゾンビ相手には単なる重荷だけれども、人間相手ならば有効だろう。とかなんとかああでもないこうでもないと鈴木と意見を交換し合った。これも不安の裏返しだろう。

 

 現状を少し整理しよう。SNSはいまだに息がある。ネットも幾つかのブログは機能しているし、動画サイトに投稿も少ないながらある。その上で、流れてくるニュースは悪いものが多い。

 略奪と紛争だ。

 原因を少ない知識で考えるに、分業によって発展してきた近代国家というものが機能しなくなったと理解した人々が、群単位で生き残るために争っている。つまり、都市というのは要するに生活に必要な食料の供給を外部からの流通に頼っているわけで、その流通が破綻したら残った資源を奪い合うしかない。恐らくだが、ここら辺は人口密度の低い田舎だからいいようなものの、これが首都圏に近づくほど争いが起こる可能性が大きくなっていると思われる。

 

 争いを回避するにはどうすればいいか。別の土地に移って手つかずの資源を使う。そこに住む全員がとりあえず生きていけるような自給自足体制を作る。ただし、自給自足体制が確立したコミュニティから、武力によって資源を奪い生活する人間も出てくると考えられる。こう書き出すと歴史がキリスト誕生あたりまで遡ってしまった感があった。

 

 まあ、そこらへんは考えても仕方がないことだ。とりあえず、明日の作戦を書いて寝るとしよう。

 

 まず僕達は二人で時間よりも二時間早く現地を下見する。少なくとも狙撃に使えそうなポイントはチェックしておく。そしたらパイプ椅子と机、菓子と飲み物で会談場所を作ってしまう。紙と筆記用具も必要だ。

 相手とは二人で会う。

 クロスボウはゾンビ対策と言えば通るだろう。相手が普通の人間なら、それが自分に向けられる可能性があることも理解できるので会議は荒れないはずだ。もし、相手が敵に変わるなら、主要人物を僕が撃ってその隙に二人で車を使って逃走する。車は長距離の移動には使えないが、障害物のない道を選択することで、短距離の移動には役に立つ。

 

 話す内容は、

 お互いの人数。

 資源供給地点の分配。

 新資源供給地点発見時の相互連絡の義務付け。

 新資源開拓時の協力体制の提案。

 生存者発見時の相互連絡の義務付け。

 一週間おきの会議の提案。

 

 こんなところか。

 運が良ければなんとかなる。そう思いたい。緊張が腹にきて今夜は眠れそうにない。

 



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九月十三日

 交渉は成功したとはいいがたいが、とりあえず僕たちは生還した。まずはそのことを喜ぼう。夕食にピザを焼いてコーラを飲んで、ビールを飲んで、エクスペンダブルズを見た。やけくその開放感を味わっていたようなものだ。

 

 憶えているうちに日記に書き残しておこう。

 相手のグループを仮にAとする。Aのリーダーは山田、副リーダーは小林という。山田は50近いおじさんで、小林は僕と同じか、もっと若いかもしれない。兎に角頭がいいという印象を受けた。

 彼らは僕たちの住むマンションから一キロメートルほど離れたマンションに暮らしている。コミュニティの人数は十人。今まで顔を合せなかったのが不思議なくらいの距離だ。

 今日でゾンビハザードが始まってから約二週間が過ぎた。収奪できる範囲の資源を入手しつくしたと、彼らは語った。

 

 ここで問題。十人の共同体と二人の共同体、資源をより消費するのはどっちだろう。なんて、馬鹿な問いをするまでもない。答えは簡単だ。では十人と二人、戦って勝つのは?これも簡単、人数が多い方だ。彼らが僕たち二人を殺せば二人分の食料が確実に入手出来る。今回の交渉で、僕たちは彼らの仲間になった。仲間というよりも手下、のほうがニュアンスとしては近いかもしれない。力の差からくる不平等条約はよくあることだ。交渉の結果、僕たちがあのコンビニを使うことは出来なくなってしまった。その代わり今まで貯蓄した食料には文句をつけないと来たものだ。

 

 それからもう一つ、二週間後のホームセンター掃討作戦を手伝うことになった。資源をどう分配するか分からないが、しかしある程度公平に分配されるといいのだが。まあ、あまり期待せずにおこう。

 

 なかなか人類平等、危機には手と手を取り合ってとはいきそうもない。原因はなんとなく理解できる気がする。単純に、人が集まれば能力に偏りが出来る。人に好かれる奴とそうでない奴が出てくる。有能な者に誰だって味方するし、それに反対する者はまあ多対一で酷い目にあう。何を書こうと思ったのだろう。頭が悪くてうまく書けない。

 人に好かれる奴、というか味方の多いやつ。これが問題だ。先ほどにも書いた通り味方が多いということは物理的に強い。少数の生殺与奪を握っているといっても過言ではない。

 ダメだよく分からない。

 領地を喩えに出そう。領地Aで好き勝手していたら領地BCDを従えた領地Eの主がやってきて、お前今日から俺らに従ってもらうから。逆らったらどうなるかわかっだろ?な?な?な?てな感じだろうか。うん分からない。

 分からないが悲しい。もう寝よう。



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九月十五日

 協定を結んだお陰だろうか。

 ここ数日は平穏で退屈で、それじゃあ何をしているのかと言えば麻雀だ。将棋だ。あるいは、堀と杭を作ってゾンビを転がす準備だ。

 だが油断はできない。一週間後に控えたゾンビ掃討作戦のこともある。作戦は単純そのもので、ゾンビを転がして頭を潰す。それだけである。

 しかし、問題がある。一人辺りが一分間で破壊できるゾンビの数をゾンビDPSとでもいうとしよう。secondは秒だがここは分単位で考える。デスパーセコンド。デスパーミニッツ。恐らく5匹あたりが限界だ。試しに斧で死体と化したゾンビを叩いてみたのだけれども、振りかぶって倒れたゾンビの頭部に狙いを定め打ちおろし、そしてまた構え直して打ち下ろす。意外と手間がかかる作業だ。

 12人で一斉に処理できる数は一分あたりに60匹。十秒以内に持ち場に二匹目が来たら人死にが出る。これはちょっと考え直した方がいい。

 というわけで戦力増強のため、葉柳に武器の調達を相談しにいった。彼女を戦力として誘うことも考えたけれども、流石にそれは良くないような気がする。所詮は他人だ。巻き込むこともない。

 今回の相談はあくまでジャバウォックなる人物の行方を知るためのものだ。葉柳が持っているような長刀があればホームセンター襲撃も楽になると思うのだ。

 鈴木は最近機嫌が悪い。ゾンビをレイプできていないからかもしれない。それに共同生活では何かと不便だろう。せめて寝る時ぐらいは別の部屋に移ることにした。そういえばトカレフだが、肝心の弾丸が10発しかないためあてにならないのだった。

 10発では射撃練習もできないし、このトカレフは安全装置もないので持ち歩くにも不便だ。

 んなら、エアガンで練習すればいいじゃんという発想が出る鈴木はやはり頭がいい。

 エアガンは件の動画投稿者の部屋に合ったものを拝借することにした。標的、10メートル先の段ボールを繋げて作った仮標。

 英語は分からないが大手動画サイトのオッサン指導を参考に撃つべし撃つべし。

 スポコンスポコンと面白いように弾丸は外れた。僕も鈴木もパソコンと睨めっこして視力を落とす訓練にいそしんでいた成果が遺憾なく発揮されていた。

 やはりトカレフは使い物になりそうにない。誤射でもしたら目も当てられない大惨事である。それにこのデカい音でゾンビを引き付けてしまうのがいけない。

 糞して寝ることにする。

 もうこうなったら最低限退却路を確保しておけばいい。

 なんだか、今回の襲撃計画は嫌な予感がする。



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