シャルティアが精神支配されたので星に願ったら、うぇぶ版シャルティアになったでござる (須達龍也)
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1

プロローグです。
キリがいいところで終わったので、かなり短いです。


『アインズ様。シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました』

 

 

 

「……はぁ?!」

 

 

 

 アインズが一仕事終え、いい気分だった時に突如告げられた<伝言(メッセージ)>は、実に不穏なものだった。

 ありえない…と信じられない想いを抱えたままナザリックに帰還し、コンソールで確認したのは黒字で表示された「シャルティア・ブラッドフォールン」の名前であった。

 その意味するところは、裏切りか、精神支配を受けたという、どちらも考えづらい状況を示している。

 アルベドの姉であるニグレドにシャルティアの居場所を探させ、いざ赴こうという所で冒険者組合から横槍が入った。

 

 

 で、まあ、なんだかんだで、シャルティアの前へと到着した。

 

 

「さぁ、指輪よ。俺は願う!」

 

 指輪に込められた超位魔法<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>が発動する。

 

 

 

「シャルティアよ、元に戻れ!」

 

 

 

 ここで「シャルティアにかけられた全ての効果を打ち消せ!」と願っていたら、その願いは叶わなかっただろう。超位魔法では世界級(ワールド)アイテムの効果には敵わない。結果的に無駄に終わっていただろう。

 アインズの願いが世界級アイテム”傾城傾国(ケイセイケイコク)”の効果に真っ向から立ち向かうものではなかったことが、<星に願いを>の願いがこの場では大きく違う結果をもたらした。

 

 電源が入ったかのように、シャルティアの瞳に意思が宿る。

 そして、辺りをうかがうかのようにきょときょとと頭を動かす。

 

「ふー、元に戻ったか」

 安心したようにつぶやいたアインズの声に反応して、シャルティアの顔が、視線が、アインズを捉える。

 

 その瞬間、シャルティアの両目から、だーっと涙が溢れる。

 

「あ゛い゛ん゛す゛さ゛ま゛」

 

 迷子の子供がやっと親を見つけた様子で、シャルティアがアインズに一目散で駆け寄る。その様に、ビクッとしてしまうアインズをよそに、シャルティアはその胸に飛び込もうとして…

 

 

 …それを許さない存在が、ここには存在していた。

 

 

 ガッキィーン!!

 

 

 邪魔をすると言うよりも、死ねえっとばかりに振り下ろされた”真なる無(ギンヌンガガブ)”を、かろうじてスポイトランスで受け止める。

 

「このっ、感動的な場面を邪魔するなっ!」

「完全武装の不埒者を、アインズ様に近づけさせるわけないでしょ!」

 

「ぁあっ!」

「あぁん?」

 

 その、物騒ではあるが、いつもの二人の様子に、アインズは苦笑と共にホッとした。

「精神支配は解けたようだな。安心したぞ、シャルティア」

「…せいしん、しはい?」

 そのアインズの言葉に、シャルティアはこてりと頭を傾げた後、再びきょときょとと辺りをうかがった。

「…ここは…いえ、わたしは一体…」

 記憶の混乱が窺えるシャルティアを前に、アインズはさもありなんと言った様子で頷いた。

「いろいろとあったようだ。こちらとしても状況を確認したいが、ここではなんだ。一度ナザリックへと戻るとしよう」

「わかりました。では<異界門(ゲート)>をお繋ぎし…」

 シャルティアがそこまで言って、頭を伏せた。

 

 

「…<異界門>…<転移門(ゲート)>…あれ?」

 

 

「大丈夫か、シャルティア。<転移門>は私が繋ごう」

 まだ本調子でなさそうなシャルティアを気遣い、アインズがそう言葉をかけた。

 その言葉に、シャルティアは片膝をつけて、頭を下げた。

 

 

 

「アインズ様に、大事なご報告があります」




短くてすみません。
次回はもう少し長くしたいと思います。


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2

書きあがったら、載せたい。
でも、筆が乗らなくなったときの為に、ストックしておきたい。
ジレンマですね。


「アインズ様に、大事なご報告があります」

 

 

 

 その声音には一切の遊びがない、真剣さ、必死さがあった。

「わかった。アルベド、ガルガンチュアを除く全ての守護者達に連絡を取れ、玉座の間への召集をかける。大至急だ」

「はっ」

 シャルティアと同様に、アルベドも片膝をついて主人の命令を賜った。

 

「…シャルティア、玉座にてその報告を聞こう」

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、その玉座の間にて、守護者及び守護者統括、そして偉大なる支配者アインズ・ウール・ゴウン、全員が勢ぞろいをしていた。

 玉座にアインズが座り、その隣にアルベドが立つ。そこはいつもどおりだった。

 

 ただ、いつもと違うのは、それに相対する形でいるべき守護者達の立ち位置だった。

 

 第五階層守護者コキュートス、第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ、第七階層守護者デミウルゴス、第八階層守護者ヴィクティム、更には執事セバス・チャンも招集を受けており、同様にその立ち位置は、アインズとアルベドの一段下に、いつもとは逆に同じ向きで立っていた。

 それに相対する形で片膝をつき、頭を下げて沙汰を待っているのは、第一から第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン、ただ一人であった。

 最初はシャルティアのその…罪人のような…配置に、難色を感じていたアインズであったが、ある事実を知ってからはやむなしと思っていた。

 

 

 その事実とは、未だに「シャルティア・ブラッドフォールン」の名前が黒字で表示されているという事であった。

 

 

「では、シャルティアから話を聞く前に、状況を確認しよう。アルベド、説明を」

「はっ」

 

 アルベドから、淡々と状況が報告される。

 ある任務を受けて、シャルティアがナザリックから出たこと。

 その道中は途中まで、セバスとソリュシャンと同じであったこと。

 予定通りに盗賊から襲撃があった場所で、セバス達と別れたこと。

 その後、連絡が途絶えたこと。

 一日後、アルベドがコンソールを確認したところ、「シャルティア・ブラッドフォールン」の名前が黒字で表示されていたこと。

 ニグレドの探知魔法により、シャルティアの位置が特定されたこと。

 精神支配を受けていると思えるように、シャルティアに意思を感じなかったこと。

 アインズの手により、超位魔法<星に願いを>が使用され、シャルティアより反応が返るようになったこと。

 

「…ただ、現在においてもシャルティアの名前は黒字のままです」

 

 ザワリ…と、守護者達から動揺の気配が感じられた。

 

 それは、精神支配無効であるはずのシャルティアが精神支配を受けたことに対する動揺であり、また現在いつも通りのように見えるシャルティアが、未だに精神支配を受けているらしいことへの動揺でもあった。

 

「さて、シャルティアの話を聞きたい。わかる範囲で構わないから報告してくれ」

 

「わかりました。…ですが、その前に」

 

 ゴトリと音を立てて、シャルティアの前にアイテムが置かれる。

 シャルティアの装備から外され、未所持アイテムとして、目の前に現れたのだろうと推測できた。

「これらはペロロンチーノ様より賜った武装とアイテムでございます。アインズ様に反抗する意思などないことを示すと共に…」

 シャルティアが言葉を区切る。

 

 

「…死を賜る場合には、無抵抗で承るつもりであることを示したいと存じます」

 

 

 いつもの間違った廓言葉を使わない、シャルティア本気の言葉であった。

「了解した。では、報告…いや、セバス達と別れた後の”記憶”を聞こう」

「わかりました」

 

 シャルティアから淡々とその記憶が報告される。

 盗賊団の一人を下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)にしたこと。

 盗賊団のアジトに到着したこと。その際に下位吸血鬼は使い潰したこと。

 アジト内で「ブレイン」なる名前の武技使いと戦ったこと。ただその実力はたいしたことはなかったこと。

 血の狂乱が発動し、盗賊団のアジトを潰したこと。その際にブレインに逃げられたこと。

 冒険者の一隊が現れ、交戦したこと。

 赤毛の「ブリタ」なる女の冒険者に投げつけられたポーションでダメージを受けたこと。その際に血の狂乱が解けたこと。

 その女に<魅了(チャーム)>の魔法をかけ、情報を得たこと。その際に既に一人のレンジャーに逃げられていたこと。

 レンジャー及びブレインを捜索する為に眷属を放ったこと。

 森の中で眷属たちが消滅させられたこと。その場には十二人の人間がいたこと。

 その十二人の男女の装備が破格であったこと。その強さもこれまで見てきたこの世界の人間にしては強いこと。更には、その隊長格は戦闘メイド(プレアデス)以上であったこと。

 そいつらがなんらかのアイテムを使用しようとしたこと。老婆がまとったそのアイテムは龍の意匠がこらされたワンピースのようなものだったこと。そのアイテムが恐ろしい力を秘めているように感じたこと。精神支配を受けたと感じたこと。清浄投擲槍で老婆をそれを守ろうとする盾を持つ男ごと貫いたこと。

 

「…そこで、”こちら”の記憶は終わっております」

 

 シャルティアが変な表現で、記憶の報告を締めた。ただ残念ながら、アインズはそこに気付かなかった。

 

(龍の意匠のワンピース…チャイナ服か? それって、世界級アイテムの”傾城傾国”じゃないのか? それなら、精神支配無効能力を持つアンデッドが精神支配されたことも説明できる)

 

 気付かなかったというより、別のことに気が取られていた。

 しかし、それも仕方がないと言えた。

 世界級アイテムを持つ存在がいるという脅威。

 そして、その存在に気付けたという幸運。

 更に、向こうが把握しているのは、ナザリックでなく、シャルティア個人…それも強力ではあるが野良吸血鬼を偶々の遭遇戦で対処したという程度、情報戦でそいつらより上であるという超幸運。

 

「…くく、くっくっく…」

「…アインズ様?」

「…いやいや、偶々そんな奴らと接敵し、精神支配までされてしまったシャルティアには悪いが、我々にとっては悪くない…いや、優位に立てたと思ってな」

 

 おおーっと、玉座の間にさすアイな空気が流れる。

 

「無論、シャルティアにこのような目に合わせた連中には、しかるべき報いを与える。

 ただ、そのような存在を考えずに任務を与えたのは私のミスだ。すまなかったな、シャルティア」

「いえ、滅相もございません」

 アインズからの謝罪に、シャルティアが頭を下げたまま答える。

「これらのシャルティアからもたらされた情報は、我々ナザリックにはとても重要なものだ。罰などとはとんでもない。望むままの褒賞を与えるべきことだろう」

 上機嫌でアインズがそう言った。

 そのアインズの言葉に、アウラやマーレと言った一部の守護者達の雰囲気が緩む。

 ただ、一部の守護者…アルベドにデミウルゴスの雰囲気は緩まない。むしろ、緊張感は増すばかりだった。

 

「…世界級アイテムの効果は、超位魔法では打ち消せない」

 

 そう、わからないのは、今のシャルティアの状態である。

 世界級アイテム”傾城傾国”の効果は<星に願いを>では打ち消せない。事実、打ち消せていないことを、黒字のシャルティア・ブラッドフォールンの名前が示している。

 だが、今のシャルティアは、いつも通りにしか見えない。そしてそれが、理解できない。

「アインズ様に申し上げたかった大事な報告、それは、これからしたいことなのです」

 

「なに?」

 

 これまでにもたらされたシャルティアの報告は、非常に有用で有益で、極めて大事な報告だった。それよりも大事な報告とは一体…

 

 

 

「わた…いえ、妾はうぇぶ版のシャルティア・ブラッドフォールンでありんす」




これで、プロローグ部分が終了です。
というか、ここまでの2話分で、タイトルと同じ情報量という…

…なん、だと…


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3

馬鹿な、日刊だと、そんなペースで最後まで行くはずがない。
ペースを落として、ストックにすべきだ!

冷静な自分の制止を振り切って、行ける所まで行きます!!


「わた…いえ、妾はうぇぶ版のシャルティア・ブラッドフォールンでありんす」

 

 

 

「は?」

 一言で言えば、わけがわからないよ…である。

(うぇぶ版って、WEB版ってことか? …というか、なんだよ、WEB版って)

 

「…なんだ、その、…どういうことだ?」

 

 さすがのアインズも、ふふっ、なるほど、そういうことか…という対応は取らないし、取れなかった。

 見れば、アルベドもデミウルゴスも、わけがわからないという顔をしている。そのことに少しホッとする。

 

「えっと、”こちら”のシャルティア・ブラッドフォールンは、先ほどの精神支配された段階で、えーっと、待機状態? みたいになってるでありんす」

 

「はあ」

 

「それで、その状態で、アインズ様に超位魔法をかけて頂いた際に、こう、なんというか、召喚? 妾が呼ばれたでありんす」

 

「はあ?」

 

「それで、その、世界を超えて召喚された際に、なんというか、わかったのでありんすよ」

 

「何が?」

 

 

 

「妾はうぇぶ版のシャルティア・ブラッドフォールンでありんす、ということが」

 

 

 

 説明を聞いても、全く理解できなかった。

 

「…ええっと、なんだ、お前がWEB版のシャルティア・ブラッドフォールンだと言うのはわかった」

 嘘である。わかるわけがない。

「では、ここは何だ? どういう世界になる?」

 アインズは理解がついていっていないが、わかったような口調で話を続ける。ある種の特技、スキルと言っても過言ではなかった。

 

「ここはショセキ版の世界でありんす」

 

 どや顔で言った。アインズはイラッとした。

 

「…つまり、その、なんだ。…お前はWEB版のシャルティアであり、この書籍?版シャルティアが精神支配されて、いわゆるコントロールする部分がなくなったところに、入り込んだということか?」

 アインズは自分で言いつつ、なんだそれ?と思った。

 

 

「そう! そうでありんす!! さすがはアインズ様!!!」

 

 

 微妙な気分のアインズに対して、さすアイ状態のシャルティアは大喜びだった。自分でも理解しきれていない状況を、アインズは全て理解していると勘違いするほどに。

 

「それで、妾も困っているでありんす。どうすべきでしょうか?」

 

 説明することは説明した。どうすればいいかは丸投げである。知るかっ!と即座に反応しなかったアインズは賞賛されてしかるべきであろう。

「あ、あの、アインズ様」

 困った時のアルベドからの助言が入る。

 

「申し訳ございません。私には全く理解できませんでした。お手を煩わせて申し訳ございませんが、教えていただけませんでしょうか」

 

 残念、違った。

 助けを求めて、困った時のデミウルゴスへと視線を向ける。

 

「申し訳ございません。私も全く理解が及びませんでした。お許しください」

 

 こちらも駄目だった。

 普段であったなら、どうしようかという展開だったが、この二人が理解できていないことが逆にアインズの背中を押した。

 そもそもが、現実世界からゲームのユグドラシルの世界に転移してきたと考えているアインズ…いや、鈴木悟にとっては、なんとなくではあるが理解できなくもなかった。

 WEB版だの書籍版だのということはよくわからなかったが、別世界のシャルティアだという理解でいいのなら、そうは問題ではない。…と考えた。

 

「…つまり、お前は異世界のシャルティアということだな。

 この世界のシャルティアが精神支配され、その後に相手を打ち倒している為、コマンドは受け付けていない。つまりはコマンド待ちの状態だった。

 そこに私の<星に願いを>が変に作用して、異世界より別のシャルティアを召喚し、そのコマンドを委ねた。

 そういうことだな?」

 あっているのか間違っているのかわからない。だが、とりあえず自信たっぷりに断言してみた。間違っているという証明がされない以上、怖いものはなかった。

 

「そう! まったくその通りでありんす!! さすがアインズ様!!!!」

 

 当のシャルティアからの全面肯定である。

 玉座の間に漂うのは、いつものように、さすアイの雰囲気。アインズ様、大勝利!!

 

 

 

「…では、こちらの世界ではどれだけ使えるかはわからないが、そちらの世界の状況を教えてくれるか?」




おおー、さすがアインズ様!

このさすアイが、オーバーロードの醍醐味だと思ってます。


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4

このまま日刊でいけるのではという幻想を抱きだした…

それは溺死フラグだ。


感想にてご指摘を頂きましたアインズ様の外見について、追加記載しました。


またまた感想にて、外見が異なるNPCが他にもいるとのご指摘を頂きました。
WEB版、挿絵がないから…(震え声)


「…では、こちらの世界ではどれだけ使えるかはわからないが、そちらの世界の状況を教えてくれるか?」

 

 

 

 アインズの要請に、シャルティアが嬉しそうに頷く。

「まず、妾のいたうぇぶ版の世界と、こちらのショセキ版の世界には、大きな違いと小さな違いがございんす」

「ほほう」

 異世界との差異、どのように影響するかはわからないが、参考にはなるだろう。

 

「まず一番大きな違いは、アインズ様の外見です」

「ん?」

「へえ、どのような違いがあるの?」

 言葉にしたアルベドはもとより、アインズに関することだと守護者全員が気になるようだった。

「妾の世界のアインズ様は、どちらかと言いますと、エルダーリッチ寄りの見た目をなさりんした。

 もちろん、スケルトン寄りのこちらのアインズ様も素敵でありんす。甲乙つけがたい、どちらも魅力的でありんす!」

 そちらのアインズ様も見てみたいという守護者達の空気に、アインズ本人は微妙な気分になる。

 スケルトンでもエルダーリッチでも、どっちも微妙だろう…その意見はアインズだけのものだった。

「外見といえば、デミウルゴスも違いんすね」

「へえ、どんな風に違いますか?」

「んーと、もっと悪魔寄りの見た目になっていんす」

 シャルティアいわく、こちらのデミウルゴスは人間寄りとのことだ。

「あと、プレアデス達も、髪型とか髪色とか、まあいめちぇんレベルでありんすが」

 外見データが変わっているの、結構いるようだな。

 

「外見レベルで済んでないものもおりんすよ。

 妾の世界には、守護者統括という地位はありんせんでした。だから、アルベドは存在しません。あとは第六階層の守護者はアウラだけでした。双子でもありんせんでしたし、マーレも存在しませんでした。

 大事なことなのでもう一度言いますが、アルベドはおらんしたし、存在もしませんでしたし、ここでも消えたらいいと思います」

 

「喧嘩売ってんのか、ごらぁ!!」

 

 喧嘩を売っていると判断したアルベドと、地味に傷ついているマーレ、他の守護者達も、どう判断すべきか戸惑っていた。

「ふむ、アルベドがいなかったという話ですが、それではナザリックの運営は大変だったのではないですか?

 私が代わりを務めていたのでしょうか?」

 デミウルゴスの質問は、ある種の興味本位のものだった。また、もしもアルベドの代わりを務められるものが他にいるのだとしたら、それは稀有な存在と言えよう。

 余談ではあるが、シャルティアを殺すために必要なワールドアイテムを取りに行っていないため、パンドラズアクターの存在は、守護者は全員知らなかった。

 

 知っているのは、今まさにシャルティアからその名前が出ないかとドキドキしているアインズのみだった。

 

 WEB版でも絡みがなかったため、シャルティアもパンドラズアクターを名前しか知らなかった。

「えっと、そうでありんすねー。妾の印象では、アインズ様ご自身がなされていたように思いんす。

 ですので、アインズ様はナザリックから外出されることはあまりなかったですし、後で話すつもりの小さな違いになるのでありんすが、妾の世界で冒険者になったのはナーベラルだけでした。モモンの名前もナーベラルが名乗っていたと聞いておりんす」

 そのシャルティアの説明に、さもありなんという空気が流れる。

 アルベドの代わりになるものなどいないと思われたが、アインズ自らがされたとなると話は違う。

 アルベド自身も、それなら問題はないなと納得しているくらいである。

 というよりも、自分の代わりになるのがアインズのみだと考えると、まさに自分こそが正妻であると思わざるを得なかった。

 

「くふー」

 

 その満面のどや顔を見て、シャルティアが話を続ける。

「も、もちろん、アインズ様だけではないでありんす。妾も、いえ、妾こそがしっかりとアルベドの代わりも務めていたでありんす」

 そのシャルティアの言葉は、嘘というよりは、強がり、あるいは冗談の類として、みんなに受け止められ、ホッコリとした顔で見つめられることになる。

 

「う、嘘ではないでありんすー!」

 

 そう、嘘ではない。WEB版ではシャルティアがメインヒロイン、ただ一人の正妻ポジションで頑張っていた。

 ただ、残念ながら、書籍版ではアホの子ポジションの印象が強すぎるだけで。

 

「シャルティアよ、ナーベラルが単独で冒険者になっていたという話だが、その、なんだ、…大丈夫なのか?」

 

 他のみんながアルベドの代わりをアインズが務めたということに重点を置いたのとは別に、アインズとしては自分がアルベドの代わりとかありえないと思いつつ、それよりもナーベラルが単独で冒険者を務めたという話に、違和感しか覚えなかった。

「…えっと、あくまでも妾個人の印象でありんすが。

 …こちらよりもあちらのナーベラルのほうが優秀だった気がしんす」

 なんというか、ああ…という空気が漂い、プレアデスは召集しなくて良かったとアインズは思った。

 

「コホン。では、小さいほうの違いを聞こうか」

 

 アインズが話を変えた。

「そうでありんすね。まずは先ほど言った冒険者になったのが、ナーベラルだけということと。

 あとこれは妾にとっては、小さい違いではないでありんすが…」

 

 

 向こうでもアインズからの任務は受けた。

 武技の使えるものを、目立たぬように調達して来い。細かな違いはあるが、ほぼ同じ任務だった。

 途中まで馬車で、セバスとソリュシャンと一緒だったのも同じ。馬車内での会話の内容も、大体は同じだったと思う。

 そこで二手に分かれ、盗賊団のアジトへ向かうところまでも、あまり差異はないと記憶していた。

 ブレインという男と戦ったのも同じ。戦力的に相手にならなかったのも同じ。

 

 ただ、逃がしはしなかった。きっちりと下僕にしてやった。

 

 その後、盗賊団のアジトを滅ぼしたのも同じ。

 アジトを出たところで、冒険者達と遭遇したのも同じ。

 ブリタという女にポーションをぶつけられたのも同じ。…あれ、ブリタだったかなと思いつつも、そっちの記憶はだいぶ前なので、バだか、ブだか、あやふやだった。

 レンジャーを取り逃がしていたのも同じ。

 

 だが、そこで撤収をした。つまり、森の中で奇妙な一団とは会わなかった。戦わなかった。

 

 つまりは…

 

 

 

「…あちらの妾は、精神支配などは受けなかったでありんす」




WEB版と書籍版で大きく印象が違うオーバーロードですが
この辺は、そこまで大きくは違いませんね。

…クレマンさんとか大きい違いですが、シャルティアは把握してないしな…

アインズ様の外見設定を忘れるとは、痛恨のミス!
こういうことを普通にやらかすので、ご指摘頂けると幸いです。

NPCの外見設定も忘れておりました…
WEB版、読み返したはずなんですが…外見描写、読み飛ばしていたんでしょうね。
挿絵、漫画、アニメでのイメージが強すぎるのが良くない…と言い訳してみたり。

これに懲りずに、温かい目で読んで頂けたら、幸いです。


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5

まだ日刊継続中、そんな自分を褒めてあげたい。


「…あちらの妾は、精神支配などは受けなかったでありんす」

 

 

 

 その言葉は、切ないような、寂しいような、なんとも言えない響きを持っていた。

 その事を悔いているようで、またその事があるからこそ、今ここに居れるので、今のこのシャルティアにとっては、複雑な想いだった。

 

「そうか…確かにそれは、小さな違いではないな」

 シャルティアの心情を慮って、アインズはそう告げるに留めた。

「大体の事情はわかったが、…さて、どうすべきかな」

 このシャルティアが嘘を言っているとは思えない。大体が、嘘にしては突飛過ぎる。嘘をつくにしても、もうちょっと信憑性のあることを言うべきだろう。

 であるならば、どうすべきが正解か。

 

 このままで良い?

 

 このシャルティア本人が言っているように、本来のシャルティア・ブラッドフォールンではない。コンソール表示の黒字もそれを示している。

 

 では、このシャルティアを殺して、復活させるべき?

 

 こちらのシャルティアではないにしても、シャルティアはシャルティアだ。可愛いNPC…それも無抵抗の…を殺すのは忍びない。

 あとこれは、そう大したことではないのだが、復活にかかるユグドラシル金貨も、ちょっとだけ痛い。無論、シャルティアに比べれば全然大したことではない。当たり前だ。

 

「…あとは、こちらの世界との差異はわかりんせんが、あちらの世界の続きの話はどういたしんしょうか?」

 

「何?」

 それはアインズにとっては予想外だった。

 こちらの世界と同じところまで進んでいる、あちらの世界のシャルティアが召還されたと、思い込んでいた。

 確かに、別に同時期である必要性はない。

 あちらとこちら、差異は大小存在するが、参考にはなろう。…そう、完全に指針とするのは問題があるが、参考にする分には問題ないはずだ。

 それに、ここにはアルベドもデミウルゴスもいる。俺だけだったら混乱するだけなのは間違いないが、アルベドとデミウルゴスだったら大丈夫だ。きっとこの情報を役に立てるはずだ。

「そうだな、話してくれ」

 

「わかりんした。あちらの世界での、この後について、お話いたしんす。

 …ただ、妾が思うに、守護者全員に聞かせる話ではないように思いんす」

 

 未来の話は危険である。シャルティアの言いたいことは理解できた。

 その話に惑わされず、あくまで参考レベルですますことのできる者たち、アルベドとデミウルゴスのみを残して、他の守護者達を元の仕事に戻した。

 アインズ個人としては、未来の話に惑わされる自信があったし、参考レベルですませられないとも思っていたが、三人で話してくれというわけにもいかなかった。

 

 

 

 あくまでシャルティアの記憶の順序に従ってではあるが、内容としては以下の通りであった。

 

 森のはずれの湿地に住むリザードマン達に戦争をふっかけること。

 コキュートスを指揮官に、ナザリックの非常に弱いアンデッドのみで戦わせること。

 ゾンビやスケルトンレベルで、しかも一万の半分程度の数でしかなかった為、その戦争は敗北に喫すること。

 ただそれは、指揮官のスキルを持たないコキュートスが、敗北から何かを学べるかのテストであり、負けることは想定内だったこと。

 

 そこで流れるさすアイの空気。自分がやったことでないのに褒められて、ただただアインズが恥ずかしがる。

 

 敗北から、コキュートスが確かに成長したこと。

 テストが終わったので、リザードマン達を滅ぼそうとすること。

 コキュートスがリザードマン達の支配を提案したこと。

 

 その話を聞いて、おお、コキュートスが…と呟いて、デミウルゴスが非常に嬉しそうに笑った。

 

 コキュートスとリザードマン達の代表達が戦ったこと。

 コキュートスの圧勝だったこと。

 死者蘇生のテストを行ったこと。

 コキュートスにそのリザードマン達の支配を任せたこと。

 

 

「なるほどな。確かに、トブの森のはずれの湿地に、アウラがリザードマンを発見している。また、リザードマンを使って、テストをしようと考えていたのも事実だ」

 

 アインズがそう告げると、再び流れるさすアイの空気。

 アインズとしてみたら、うまくいけばいいな程度のテストだったので、その空気はくすぐったくてしょうがない。

 

「では、セバス達のほう、王国のほうはどうなった?」

 

 シャルティアが知らないはずのリザードマンの話が出たことで、…更には特に誰にも告げていなかったコキュートスのテストの話まで出たので、別世界のシャルティアの話の信憑性はかなり上がった。

 そこで気になるのは、セバスに任せきりで、正直アインズもよくわかっていない王国関連の情報だった。

 それには頼らないよ、単に参考にするだけだよ…と自分に言い訳をしつつ、シャルティアをせっつく。

 

「…セバスのほうは、えっと…そう、確か、人間の女を拾ってました」

 

「人間の女を拾った?」

 アインズ本人は初耳だった為、アルベドとデミウルゴスを伺うと、二人とも知らないようだったので、自分だけではなかったとホッとする。

「そう、確か、そう…その報告を怠ったということで、セバスに反逆の意思ありと、ソリュシャンからアインズ様に報告があったとか、なかったとか…」

 どっちだよ…と思いつつも、頑張って記憶を呼び起こそうとしているシャルティアを心の中で応援する。

「…そうそう、結局セバスの裏切りもなく、その女もまあ、助けて…ナザリックのメイドの一人にしたような…話を、聞いたような、聞かなかったような…」

 だから、どっちだよ!…と思いつつ、頑張れ頑張れ、シャルティア!…と心の中での応援を続ける。

 

「…申し訳ございません、アインズ様。妾、そっちとはあまり関連がなかったので、よくわかりんせん」

 

 あー、諦めちゃったかーと内心では思いつつも、問題ない、構わないと言うことを、鷹揚に手を振ることで示した。

「他には、何かあるか?」

 そのアインズの質問に、シャルティアが朗らかに答えた。

 

 

 

「はい。ナザリックへ侵入者がおりました」




WEB版のシャルティアも、あまりイベントに関わってませんね。


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6

推敲も大事だけど、勢いって、もっと大事だと思うんだ。

日刊、継続! 頑張った、俺!!



「はい。ナザリックへ侵入者がおりました」

 

 

 

「は?」

 

 アインズは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「どういうことだ?」

 今度はシャルティアの方が、意味が分からなかったようで、こてんと首をかしげた。

 そのシャルティアの様子に、イラッとする。…いや、ついカッとなる。

 

 

「誇り高きこのナザリック地下大墳墓への侵入を許し、どうしてそんなヘラヘラとしているんだと聞いているんだ!!」

 

 

 怒りと共に言葉を発し、そしていつものように沈静化する。ただ、ぐすぐすと燻る怒りの炎は消えはしない。

「あ、いえ、ちが、…その、確か、作戦の一環で…」

 アインズの怒りに触れ、シャルティアが涙目で言い訳を始める。

「誰の作戦だ?」

「え、えっと、アインズ様? …いや、デミウルゴス?」

 そのシャルティアの様子…適当に言い訳をしているように見える…が、アインズを更に苛立たせる。

 

「…シャルティア、その作戦の意図…目的はなんですか?」

 

 アインズが再び怒りを爆発させる前に、デミウルゴスがそっと助け舟を出した。

 そのデミウルゴスの意図を感じ、アインズも怒りを静める。

「…確か、帝国へのアプローチの一環だったはず…です」

「なぜ、帝国へアプローチする必要があるのですか?」

「…どこかの国に所属しようという話になって、それで王国と帝国の両方にアプローチしたはず…です」

「なぜ、どこかの国に所属しようという話になったのですか?」

「…どこかの国に所属していたら、何かの時にその国のせいにできる…とか、あと、情報が集めやすいということだったはず…です」

 

「なるほど」

 

 デミウルゴスはポンポンと質問を重ねることで、シャルティアに下手な言い訳をする間を与えなかった。そしてそれは、下手な言い訳をしてアインズの怒りを買わないようにする優しさでもあった。

 

「なんで、帝国へのアプローチが、ナザリックへの侵入者に繋がるんだ?」

 

 燻る怒りを抑えつつも、納得できないという色が残った質問をする。

 それに対し、シャルティアもビクッとはしながらも、上目遣いで答える。

「帝国からの侵入者があったことの詫びとして、皇帝を呼び寄せる目的があったと聞いてます。確かに…侵入者が来た後、皇帝も来ました」

 

「ふん、なるほど…な」

 

 理解はできた。だが、納得はできない。

 少なくとも、その作戦の立案は自分ではないはずだ。アルベドはいないという話だから、デミウルゴスの立案か?…腹立たしい作戦だが、じゃあ代案はと言われると厳しいな、くそっ!…理解はしたのに、アインズの怒りはくすぶったまま、消えない。

 

「…で、侵入者はもちろん全員始末したんだろうな?」

 

 質問というよりも確認。

 そこに色濃く見えるアインズの不機嫌に、シャルティアは身を縮こませる。

 もちろんです…と答えてしまいたい。ただ、アインズへの忠誠心ゆえに、シャルティアは嘘をつけなかった。

 

「…いえ、無理矢理連れて来られていた奴隷達と…あと、一人だけ、生かしたまま捕らえました」

 

「ほう…」

 

 室温が下がった気がした。

 

「なぜ、そいつは殺さなかった?」

「わかりません。アインズ様からの命令でした」

「…なぜだ?」

「わかりません。ただの戯れなのかもしれません」

 じっとこちらを見つめるシャルティアの視線に嘘はなく、アインズの怒りが徐々に収まり、代わりに疑問が生じる。

 

「私の命令だったことはわかった。ではなぜ殺さなかったのか、シャルティアはどう考えた?」

 

 その質問からは怒りや不機嫌といった色が見えなかった。故に少しホッとしながら、シャルティアは考える。

 

「もしかしたら、あの娘に何らかの利用価値を認めたのかもしれません」

 

 アルシェの姿を思い浮かべながら、シャルティアが答える。

「娘…若い女だったのか」

「はい。没落貴族の娘だったと聞いております」

「ふむ、貴族の娘か。その利用価値は、なんだと考える?」

 そう問いかけるアインズには、利用価値が思い浮かばない。

 

「えっと…そう、確か、ナザリックに貴族に対する知識を持つものが少ないから、その貴族としての知識や振る舞い、あとは技能といったところに価値があるのではないでしょうか?」

 

「ほほう」

 言われてみれば、確かにそうだと思った。

 貴族としての知識や振る舞いに技能、ナザリックには足りないと言われれば、確かにそうだ。少なくとも、間違いなくアインズにはない。

 

「そうかしら、そういった一通りのものは、私が身に着けているから、不要だと思うけれど」

 

 そのアルベドの言葉に、また再びなるほどと思った。

 アインズにはないが、アルベドにはあるだろう。そのように作成されたわけだし。

 それに、あちらのアインズがその貴族の娘に価値を見出したことにも、改めて理解できた。あちらにはアルベドがいないのだから、頼れる者がいないということだ。

 

「ふっ」

 

 そこまで考えて、あちらの自分をえらく高く評価している自分に笑ってしまう。…そこで、はてと考える。

 あちらの自分は、今の自分とは違うのだろうかと。

 あちらの世界とこちらの世界、似たところもあるが、異なるところもある。自分という存在は、どちらになるのだろうか。

 鈴木悟である自分は、必死で取り繕って、至高なる絶対の支配者、アインズ・ウール・ゴウンを演じているが、あちらのアインズはどうなのだろうか?

 

 

 ひょっとして、素で、完全完璧な存在であるかもしれない。

 

 

 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。少なくとも、こちらの自分には到底判断のつかないことだった。

 

(向こうのアインズ・ウール・ゴウンが必要であると認めた存在、簡単に不要だと判断するのは駄目だな)

 

 下手したら、後で大いに困ることになるかもしれない。おお、怖い怖い。

「それで、その娘には、他に特徴はないのか?」

 残す方向へ判断をシフトすると、どんな娘なのかが気になってくる。

「えっと、確か、本人に聞いた話だと…うーんと、そう、確か異能(タレント)を持っていたはずです」

「ほう、ンフィーレアのようにか」

 アインズのレアコレクター魂が、更にその娘を残す方向へとシフトさせる。

「何でも、見るだけで相手の使える魔法の位階がわかると言っておりんした」

「ふむ」

 使えるか使えないか、判断の別れるタレントだった。

「あとは何かないか?」

 アインズとしては、もう一押し欲しいところだった。

「…んーと、そういえば、前に、なんでそんな依頼を受けたのか聞いたことがありんして、なんでも、借金を返すためだとか、妹がいるとか、…ああ、そうそう、妹は確かにいんした。確か双子でありんした」

「ふむ、家族の為か」

 正直言って、必要であるという理由の後一押しには少し弱い。

 ただ、そういった理由であったなら、殺さなくてもいいかなという気持ちが芽生えて来て、殺すこともないか…となった。

 だが、こちらとあちらでは色々と違うからな、機会があれば理由を聞いておくか…と、ぼんやりとそう思った。

 

「それで、侵入者の後には帝国の皇帝が来たんだったな、どうなった?」

 

 

 

「確か、帝国の辺境侯…とか言うのに、アインズ様がおなりになりました」




アルシェちゃん生存ルート確保!

アインズ様のお怒りがすごくて、途中駄目かと思ったw


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7

一週間、日刊継続しました。

流石に、そろそろキツイ…


「確か、帝国の辺境侯…とか言うのに、アインズ様がおなりになりました」

 

 

 

「辺境…侯? あまり聞いたことのない役職だな」

 アインズはあまり耳慣れない役職に、興味がひかれた。

「ええっと、確か、皇帝の下にはつくけど、地位としては同じくらいだぞって、役職だったと覚えておりんす」

「新しく作ったわけか」

 アインズはそんなもんかなーレベルの想いだったが、その前の部分にひっかかる者もいた。

 

「そもそもが、皇帝の下につく必要があるのかね?」

 

「えー、それを妾に言われても…」

 デミウルゴスの問いに対して、シャルティアは困ったように眉をひそめた。

 アインズやデミウルゴスといった頭のいい方々が決めたことで、シャルティアとしてはそういうものなのかと思っただけだったのだから。

 

「アインズ様が誰かの下につくのなんて、不快ではないの?」

 

「それはもちろん、不快に決まっていんす!」

 不快かそうでないかと聞かれれば、もちろん不快であった。至高なる御方が誰かの下になるなんて、イヤに決まっていた。

 

「ふーむ、なぜ帝国の下についたのか、世界征服を望んでおられたはずなのに…」

 

 デミウルゴスのそれは、質問というよりも、独り言、それも自らの考えをまとめる為にもらした程度のものだった。

 ただ、アインズは一人衝撃を受けていた。

 

(世界征服ってなんだ? 誰が望んだんだ? 俺? 俺はそんなこと…)

 

 一人、あたふたと沈静化を繰り返していた。

 

「表からは無理…そう判断なされたのかしら?」

 

 アルベドのそれも、デミウルゴスの言葉に答えたというよりは、自分の考えをまとめる為の独り言に近いものだった。

 

「ああ、なるほど」

 

 それでもデミウルゴスには、答えを導き出すヒントになったようだった。

「シャルティア、確かそちらではナーベラルだけが冒険者になったんでしたね」

「ええ、そうでありんす」

「その冒険者としての名声は、大したことなかったのではないかね?」

「あまり話題になっておりんせんでしたから、そうではないのかぇ」

 帝国の傘下になることと、ナーベラルの名声との関係性がシャルティアにはよくわからなかったが、質問にはそう答えた。

 

「ああ、なるほど。そういうこと」

 

 アルベドが理解したと頷いた。

「ええー、どういうことでありんすか?」

「さすがはアインズ様、あの頃から既にこのことを」

「あちらのアインズ様はおかわいそうですわね。私が居ればフォローをして差し上げられたのですが」

 シャルティアを置いてけぼりにして、アルベドとデミウルゴスが納得と共に、アインズへの敬意を深める。もちろん、アインズも置いてけぼりメンバーである。

「アインズ様、教えてくださいませ」

 シャルティアが、理解の一番前にいるであろうアインズに助けを求める。…だが残念、理解レースではアインズはシャルティアの横を走っている。

 

「ふふ、シャルティアには難しかったか。あー、デミウルゴス、教えてあげなさい」

 

 アインズお得意の丸投げだった。

 これが良くないとわかってはいるのだが、やめられない。

 特にこの状況は一番丸投げしやすかったのだ。自分以外にわかっていないシャルティアがおり、それを理由にデミウルゴスかアルベドに振る。理想的な丸投げシチュエーションだったのだから。

 

「わかりました、アインズ様。…もっとも私もたった今気付いたばかりなのですが。アインズ様の深遠なる知謀に、非才なる自身を恥じるばかりです」

 

 デミウルゴスからの手放しの評価に、アインズの何かがガリガリと削られるようだった。丸投げ…できるだけ控えようと、守れるかわからない努力目標をアインズは掲げるのだった。

「おそらくですが、そちらのアインズ様は、恐怖で支配することを憂いたのでしょうね」

「んー?」

 シャルティアが理解できないことを、わかりやすく表現する。アインズは理解できないことを、必死で隠す。

「我々ナザリックの面々は人外ばかり、弱肉強食を理解している亜人ならともかく、人間は、愚かにも反発するでしょう。

 無論、愚かな反発など叩き潰してしまえばいい。そう、何度でも。…ただ、その先には恐怖による支配以外はありえない。

 おそらく融和的な支配を望んでおられるであろうアインズ様には、その道は選択したくなかったのではないかと愚考いたします」

「はー、なるほど、だから帝国の下に」

 シャルティアも理解した。アインズも理解した。

「ですが、こちらのアインズ様はその為の布石を既に打たれておいでだ」

「え、そうなのでありんすか?」

 

「ふっ」

 

 シャルティアのキラキラとした尊敬のまなざしに対し、アインズは当然だと笑う。先ほど掲げたばかりの目標を、あっさりと破る。

「今、アインズ様は英雄を作られている最中です。それも、ほぼ完成しつつある。

 我々の支配に反発する愚かな連中も、そこに英雄が居れば反発はおさまる。その英雄を通じて、堅実に、着実に、支配を深めて行けばいい。さすれば理想的に融和的な支配ができるでしょう」

 再び流れるさすアイの空気、アインズの心境は、もうどうにでもなーれ状態だった。

「そういえば、今回のシャルティア…いえ、ホニョペニョコでしたか、その件で冒険者組合から依頼を受けておられるのでしたね」

「ああ、そうだな。戦闘の跡なんかを作っておかないとまずいな」

「その件でしたら、既にマーレに命じておりますので、ご安心ください」

「さすがはアルベドだな」

「いいえ、そのようなことは」

 

「きー! 妾も、妾も頑張るでありんす、あ、り、ん、す!!」

 

(頑張れ、負けるな、シャルティア!)

 

 智者に囲まれ焦るシャルティアに、表向きは表せないが心の奥底で応援するアインズだった。

 

「そ、そう! その後、その後の話をするでありんす!」

 

 

 

「いえ、そこからはあまり参考になりそうにないので、もう結構ですよ」




シャルティアとの戦闘の有無が前半部分の大きな違いだとすれば
アインズ様の帝国辺境侯になるか、独立した魔道王になるかは、決定的な違いですね。

その差異を作るのは、漆黒の英雄モモン様の存在…さすがです! アインズ様!!


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8

この話の方向をどうするか
決定するのにちょっと難産でした。


「いえ、そこからはあまり参考になりそうにないので、もう結構ですよ」

 

 

 

 バッサリだった。

 

「きーーーー!!!!」

 一人地団駄を踏むシャルティアをよそに、アルベドとデミウルゴスは今後の予定について相談を行っていた。

「あー、シャルティア、私は聞いてやるからな、うん」

「アインズ様!」

 もう参考にならないとデミウルゴスに言われたのに、それでも聞いてくれるというアインズに、シャルティアがキラキラとした眼差しで感謝をささげる。

 むしろ参考にならないなら、気楽に聞けるなと思ったアインズには、そのキラキラな感謝は逆につらかった。

「そうそう、帝国の舞踏会にも誘われんした」

「ほう、さっきの貴族の娘に習ったのかな」

「そう、アルシェに習いんした。アインズ様はすぐにダンスを習得なさりんした」

「ほほう」

 アインズにダンスのスキルなどない。レベルも100であり、別の職業を取る余裕もない。そのアインズがダンスのスキルを取得できたという話は、実に興味深い。

「帝国の舞踏会に参加するアインズ様と妾。会場中の注目の的でした」

 

「なんであんたがアインズ様のパートナーなのよ」

 

「妾がナザリックで一番美しく、アインズ様の正妻でありんしたから」

 キャッと頬を染めて言うシャルティアに、イライラするアルベド。

「ま、まあまあ、アルベドはいないらしいですし、アウラはまだ子供、シャルティアしかいなかったのは事実でしょう」

 アルベドがこっちに来たからか、デミウルゴスも会話に参加する。

 おいおい、お前ら話し合いはいいのかよ…と、他人事のようにアインズは思った。

「帝国の全ての貴族が見つめる中、アインズ様のリードで踊る妾…最高の時間でありんした」

 恍惚の表情で、シャルティアが述懐する。

「グギギギ…」

「アインズ様が皇帝と連れ立って、挨拶回りに行っていた際に、愚かな貴族が妾に声をかけるなどという、不埒を行いんした」

「…そのまま愚か者同士で、どっかに行ってしまえ」

 ボソッと呟くアルベドの呪詛に対して、シャルティアが余裕でニンマリと笑う。

「困り果てていた妾の様子を察して、アインズ様が舞い戻って来てくれたのです。

 

 更に、妾を抱き寄せて、その胸に掻き抱いて下さって…」

 

「なっ!」

 

「更に更に、アインズ様が、これは俺のものだと宣言して下さって」

 

「はぁっ!」

 

「本当に、夢のような時間でありんした」

 

 ほぅ…と恍惚のため息をつくシャルティアの姿は、嘘と断言するには、あまりにリアルで、嫉妬のあまり、ぶち殺したくなった。

 ちなみに、実際はともかく、シャルティアの中ではそうなっていた。

 

「さて、他には何かあるか?」

 

 アインズは話を変えるために、話を進めた。

「他にはですか…そうですね。アインズ様が帝国の学園に通われてました」

「学園にか?」

 舞踏会はわかる。貴族だからな、必要だ。…だが、なぜに学園?

 

(行きたかったのかな、学園…)

 

 向こうのアインズが何をしたいのか、よく分からなくなった。

「それで、学園で何をしていたかわかるか?」

「すみません。妾は連れて行ってもらえんしたので、よくわかりません」

「ふむ、ではその後はどうだ?」

「申し訳ありません。妾の記憶はそこまででございます」

 

 WEB版シャルティアの記憶は、そこまでのようだった。

 

 

 

「さて、どうするかな…」

 

 それは特に問いかけでもなんでもなく、ただの独り言だった。

 

「もうこちらのシャルティアの用は、済んだのではありませんか?」

 

 アルベドが怖いセリフを返してくる。用済みって、極道かよ!…いや、もっとやばい組織だった。

 助けを求めるように、チラリとデミウルゴスを伺う。

 

「私も、正直複雑な心境です」

 

 デミウルゴスが、そう切り出した。

「自分がシャルティア…こちらのシャルティアの立場になったと考えると、別世界の自分が代わりを務めていたとしても、精神支配されたままで置かれるというのは、…イヤですね」

 そのデミウルゴスの言葉に、アインズも納得する。

 

 代わりに異世界のあなたがやるから、あなたはいらないよと言われても、納得はできない。

 

「…ですが、今、こうして、ここにいるシャルティアの立場になったならば、本来の自分に戻したいから、消えろと言われるのは、…納得しかねるでしょうね」

 

 あなたはこの世界の人間ではないから、この世界から消えろ、自分の世界に帰れ、…そう言われても、自分は今ここに居るんだ。…そう思うわな。

 

 

 特に、こちらの世界の、このアインズこそが自分だと思い始めている俺には、とっとと現実に帰って、鈴木悟に戻れと言われても、…そう、困る…な。

 

 

「心情的にはどちらも選べませんので、私としてはナザリックの利益という観点からのみ判断したいと存じます」

「ふむ」

「正直申しまして、こちらの世界のシャルティアと今のシャルティア、ナザリックの戦力という意味では、あまり変わらないでしょう。

 で、あるならば、シャルティア復活にかかるユグドラシル金貨5億枚、…正直、痛いですね。それでナザリックの財政が傾くわけではありませんが、決して少ない額ではないです。特に現在ユグドラシル金貨を効率的に増やす算段がついていない以上、その出費は避けるべきだと判断致します」

 アルベドを見る。

 アインズの視線を受け、アルベドがふー…と息をついた。

 

「デミウルゴスの言が正しいでしょう。

 危険性と言う意味では処断したほうがいいと考えますが、ユグドラシル金貨5億枚をかけるほどかとなりますと、そこまでのものではないと思われます」

 

 アルベド、デミウルゴスの意見が出揃った。

 そんな二人の意見を聞いても…自分の事を言われているのに、シャルティアは喜びもしなければ、悲しみもしない…普通だった。

 どんな結論でも受け入れる。そんなことは当たり前だと言わんばかりだった。

 

「…シャルティアよ、結論としては、保留となった」

 

 アインズのその言葉に対して、シャルティアはかしこまりましたと頭を下げた。

 

「ただ、だからと言って何もしないと言うのは、こちらのシャルティアに対してあまりに申し訳がない」

 

 アインズが言葉を続ける。

 

「シャルティアの精神支配を解く方法、殺す以外のその方法を探す。

 そして、見つかったならば即座に実行する。…その結果、今のお前がどうなるかは…悪いが無視させてもらう」

 

 アインズが迷わずに、そうキッパリと言った。

 

 

 その、死刑宣言とも取れる…残酷な言葉に対して、シャルティアはむしろ微笑んで、頭を優雅に下げた。

 

 

 

「わたしも、そうされるのが宜しいと思います」




なりゆきにまかせ、アインズ様に結論を任せてみました。

皆様にはこの結論はどう受け止められたでしょうか?


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9

段々難産になってくる。勢いがかげってきたのだろうか…

だが、まだ日刊継続だ!

感想にて、シャルティアがパンドラズ・アクターのことを知っているとのご指摘を頂きました。
おかしい、読んだはずなのに、なぜ見落とす…


「わたしも、そうされるのが宜しいと思います」

 

 

 

 ある種の死刑宣告を受けたと言うのに、むしろその言葉を喜んでいるかのように、シャルティアは優雅に微笑んだ。

 

「聞いてもいいか?」

「もちろんでありんす」

「私の結論はお前には酷だったはずだ。…だが、お前はむしろ嬉しそうに見える。なぜなのか、それが知りたい」

 今居る自分よりも、別の自分を優先する。そんな言葉を、どうして受け入れることができるのか、アインズには理解できなかった。

 

「この世界のアインズ様が、この世界のシャルティア・ブラッドフォールンを優先して下さる。妾にはその事がとても嬉しいことでした」

 

 シャルティアは本当に嬉しそうに、そう答えた。

 

「逆の立場になった場合、向こうの…いえ、妾のアインズ様が妾ではなく、別の世界の妾を優先されたならば…いえ、もちろん、その事に反対するつもりはありません。

 ですが…

 

 

 …ただ、それはすごく、さびしいです」

 

 

 さびしいような、切ないような、はにかんだような、透明な笑顔だった。

 

「そうか、理解した」

 ごっちゃにしていたのは、こちらだけだったのだ。

 このシャルティアにとっては、ここは自分の世界ではないのだ。似ているだけで、あくまでも異世界に過ぎないと知っている…わきまえているんだ。

 

 そのシャルティアの覚悟に、アインズも覚悟を決めた。

 

「シャルティア、武装とアイテムを再び所持状態に戻しておくのだ」

「ですが、これらのアイテムは…」

「世界が違っても関係ない。それらのアイテムはお前の為にペロロンチーノさんが与えたものだ。つまり、お前が持っておくべきものだ」

 世界が異なろうと、親の愛の前には関係ない。

 

「宝物殿に行くか」

 

 

 

 宝物殿へ向かうメンバーは5人だった。

 宝物殿に、…いや、その領域守護者に用があるアインズにシャルティア、そしてそれに同行する形で新たに加わった者が、ユリ・アルファにシーゼットニイチニハチ・デルタ…略してシズであった。

 最後に強硬に同行を主張したアルベド、以上の5人だった。

 

 転移した先の光景に、皆が…一人だけ無表情ではあったが、感嘆のため息をつく。それは、ついこの間もここに訪れたことのあるはずのアインズも例外ではなかった。

(ギルド運営コストとして稼いだ金を放り込みに来た時は、ただの数字データでしかなかったが、こうしてリアルな財宝で見ると、壮観だな)

「…すごい」

「…ん」

「…数値では知っておりましたが、すごいですね」

「…すごいでありんす」

 NPCからの思わず出たと思われる賛辞に、気を良くしながらも、オヤ…と思ったので問いかける。

「シャルティアも初めて来たのか?」

「はい。初めてでありんす」

「では、パンドラズ・アクターという名前はどうだ、聞いたことはあるか?」

「はい。名前だけは聞いたことがあります」

「私も、守護者統括の知識として知ってはおりますが、会ったことはありません」

 向こうのシャルティアも、こちらのアルベドも会ったことはないようだ。

 

 さて、果たしてこれは、向こうでもひた隠しにしているのか、それとも向こうには居ないのか、どっちなのだろうな。

 

 最後の逡巡を振り払って、アインズは領域守護者と対峙する覚悟を決めた。

 

 

 

(…あー、やっぱりやめておくべきだったか…)

 

 沈静化と共に、ここに来て何度目かの思いにふける。

 意味深にタブラさんの姿で登場し、元の姿に戻った後も、いちいち仰々しい。うざい、ださい、恥ずかしい。三拍子そろってしまっている。会ったばかりなのに、もう帰りたい。

 アインズのTHE黒歴史、厨二心が詰まった、ぼくのかんがえたさいこうにかっこいいきゃらであるパンドラズ・アクターであったが、その優秀さはアルベドやデミウルゴスに匹敵する。

 特に宝物…アイテムに関する知識では、ナザリックでも一番であろう。元より、それを期待して…色々なものを捨てて、ここへとやって来たのだから。

「世界級アイテムの”傾城傾国”ですか」

「そうだ。それについて、お前はどれだけ知っている?」

「ナザリックにて保有しているアイテムでしたら全ての知識を持っておりますが、”傾城傾国”はナザリックで保有したことがございません。

 その為、アインズ様より与えられた知識以上のものは、持っておりません」

 

 ある意味予想通りの答え。

 

「アイテムの発動条件は不明。効果対象の精神支配が可能。

 はっきりと言えることは、この程度になります」

 アインズの知識以上のものは得られなかった。

「その精神支配を打ち消す方法として考えられるのは、そのアイテムの奪取…所有権をこちらに移すことでしょう」

 その程度のことは、教えられなくても理解している。

 

「…ただ、確実とは言い切れませんが…」

 

「可能性があることならば、全て言え」

 逡巡するパンドラズ・アクターの背中を押す。

「精神支配無効能力を持つものでも精神支配可能。なるほど世界級アイテムと言われるだけの能力です。

 ですが、その効果対象人数は何人なのでしょうか?」

 アインズが顎の動きで、続けるように指示する。

「…無制限? …さすがにそれほどの能力だったならば、二十に数えられているはずでしょう。通常の世界級アイテムの枠を超えております。

 では、数十人? 数人? …私の考える世界級アイテムの定義から考えると、そう多くはないでしょう」

「お前の考える、世界級アイテムの定義とは何だ?」

 そのアインズの問いに、パンドラズ・アクターが大袈裟なポーズをとる。普通にうざい。…だが、我慢する。

「一つ、破格の能力。そして、もう一つ。

 

 簡単には使用できない、心理的制限」

 

「ふむ」

 一理あった。

 世界級アイテムは、ほぼ全てがぶっ壊れ能力を持っている。

 そして、それゆえ、逆に、簡単に使用するのはためらわれる、制限がかかっている。

 それは超級にぶっ壊れ性能な二十にも存在する。使用回数が一回のみという、心理的制限が。

 

「私が考えるに、精神支配可能対象人数は一人のみ。…多くとも二人でしょう」

 

 パンドラズ・アクターがそう断言した。

 

「…となると…」

 

 パンドラズ・アクターが綺麗に一礼する。

 

 

 

「次に連中が別の相手にアイテムを使用する。ただそれだけで、シャルティア嬢の精神支配は解かれると思われます」




傾城傾国の効果、多分に捏造が混じってます。

このSSではこうしていると、割り切って考えてくれるとありがたいです。

確か絡みがなかったから、知らないはずだ…思い込みって、怖いですね。
前の話にも書きましたが、こういうミスをしでかすので、ご指摘頂けると幸いです。


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10

そういえば、この話でようやくアインズ様がナザリックを出ます。
基本玉座で話を聞いていただけという。

…なんて動きのないSSなんだ…


「次に連中が別の相手にアイテムを使用する。ただそれだけで、シャルティア嬢の精神支配は解かれると思われます」

 

 

 

「その条件が、一番緩そうだな」

 

 パンドラズ・アクターの推測は、アインズにも正しいと感じられた。

「外で動いてもらう守護者達用に世界級アイテムを持ち出したい。

 当初はあくまでも防御用の保険であったが、パンドラズ・アクターの推測から考えると、むしろ食いついてもらうほうがありがたいな」

「階層守護者の皆様方をエサにして、連中を釣り上げられようというお考えですね」

「ああ、シャルティアの話では、連中の隊長がプレアデスより強い程度ということだから、守護者達と接触したならば、使うか、逃げるか、の二択だろう」

「では、使用された場合に、精神支配されかかったが、なんとか耐えられた…というようなフリをして頂いたら、もう一度使用してもらえるかもしれませんね」

「なるほど、対象人数が二人だった場合に、それでクリアできるな」

 正直言って、パンドラズ・アクターとのアイテム談話は楽しい。かつては好きで作ったNPCなのだ。決して嫌いになったわけではない。

 

「Wie du willst(仰せの通りに)」

 

 フッと冷める。

 沈静化もする。

 

「そのドイツ語、ホント、やめような」

 

 

 

 その後、世界級アイテムのいくつかを持ち出し、パンドラズ・アクターを連れて玉座の間へと舞い戻る。

 さっき解散したばかりで申し訳ないが、再び全守護者を招集し、パンドラズ・アクターの紹介及び、外へ出る守護者に世界級アイテムを貸し出す。

 

 セバスにちょっと人間の女を拾ったか聞いてみたい好奇心に駆られたが、自重してぐっと我慢する。

 

 後は、細々としたことがあるだけで、コキュートスのリザードマンとのイベントまでは大きなものはない状態だ。

 

 

 

 …その後、マーレ渾身の戦場跡を見て、うわーっと思いつつも、頑張りました褒めてくださいと子犬のように見上げてくるマーレの頭を撫でてあげたり。

 

 ミスリル級冒険者「クラルグラ」が全滅しつつも、吸血鬼ホニョペニョコを討伐した功績により、モモンとナーベのチーム「漆黒」がアダマンタイト級へと二階級昇格を果たしたり。

 

 ああ、アダマンタイト級になって、入る金が増えるようになったと思ったら、出る金の方がもっと増えている気がするんだよなあ。

 

 大体、定宿に「黄金の輝き亭」は無駄なんだよなあ。食べないし、眠らないし、そもそも、居もしない。

 

 

 

「…モモンさー…ん」

 

 ナーベラルの声に、思考の海から顔を上げる。

 

 ドドドドドド……!!

 

 砂煙を立てて、向こうから一匹のトカゲが姿を現す。

(こいつを倒したところで、そこまでの報酬じゃなかったよなあ)

 エ・ランテルで受けられる、一番高難度の依頼であり、一番高額な報酬が得られるものではあったが、消えていく経費を考えると、雀の涙程度だよな…と思いながら、ノソリと動き出す。

 そして、トカゲと目があった。

 

「悪いが、普通に無効化した」

 

 その目にやっと警戒の光が混じったことを感じたが、こちらは警戒する部分が見当たらないので、のんびりとグレートソードを抜き放って…

 

 …ザンっ!

 

「…冒険者っていうのも、つまらん仕事だな」

 基本的にはモンスター専門の傭兵で、そのモンスターの中でも強いと言われているのが、この程度の雑魚。

「名前負けにも程がある。夢のない商売だ」

 

 

 

 ガランガラン…

 

 いつものように、冒険者組合の扉を開く。

 一斉に向けられる視線と、ザワザワと聞こえ出す喧騒の中、特に気にしてませんよという体でカウンターへと向かう。まあ、最初はいい気分にもなったが、流石に毎回だと慣れてきたというのが正しいか。

「請け負っていた仕事は終わらせてきた。次の仕事をしたいから、何か見繕ってくれ」

 仕事だ。とにかく仕事をしないと。

 まとまった外貨を得られるのは自分だけしかいないという思いが、アインズを一心不乱の仕事魔にしていた。

「あ、そのモモン様。申し訳ありません。いま、モモン様にご依頼できるほどの仕事は入っておりません。悪しからずご容赦下さい」

 立ち上がり、受付嬢が深々と頭を下げる。

「そう…」

 そこに<伝言>が入る。

 

「…そうか。それはちょうど良かった。急用を思い出したので、宿屋に帰る。私に至急の用事があれば宿屋まで来てくれ。場所はどこか知っているな?」

 

 仕事を請けられなかったのは残念だが、ようやく待ちに待っていたイベントの実施だ。アインズのテンションも知らずに上がる。

 

 

 

「ガルガンチュアに起動を命じろ。ヴィクティムも呼び出せ。コキュートスが戻り次第、折角だ、全階層守護者で行くとしよう」




書籍版2巻の最後からスタートしたこの作品
この10話で3巻が終わりました。

早いのか、遅いのか…


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11

なんとか日刊、継続中です。

誤字報告を頂き、修正いたしました。


「ガルガンチュアに起動を命じろ。ヴィクティムも呼び出せ。コキュートスが戻り次第、折角だ、全階層守護者で行くとしよう」

 

 

 

 テンションあげて臨んだんだが、わかっちゃあいたけど、思ってたよりもコキュートスの雰囲気が重い。

 こちらとしては、多分負けるだろうなと思ってたし、シャルティアの話でもそうだったので、コキュートスの敗北は予定調和だったのだが。

 あと、理解して、納得もしていたはずのアルベドの様子も、ピリピリとしていて、ちょっと怖い。そうあるべきとしての振る舞いなのか、素で腹を立てているのか、多分、後者っぽいなあ。

 だが、確かに敗北は敗北だ。不可避ではなく、対応によっては避けられたのも事実。敗北を喫する前に、コキュートスからの何かしらのアクションがあったならば、それは予定調和とは異なるが、悪くはないことだったはずだ。

 故に、叱り役のアルベド、フォロー役のデミウルゴス、そして取りまとめる俺、この三者がこの場に居るのは、必要なことなんだろう。

 

 ただ、シャルティア、コキュートスが何かを言うたびに、いちいちきょときょとと周りを窺うな。緊張感がなさすぎだ。

 

 コキュートスから、リザードマンの助命嘆願が出たのは、予定通りとはいえ、驚きだった。敗北を喫させられた相手、憎悪とまでは行かなくても、腹立たしい相手ではないのだろうか?

 そういえば、武人建御雷さんも、自分が負けた相手をよく褒めていたなと思い出す。それが性悪なコンボに嵌められた場合ですら、その流れへの誘導こそが見事だ…なんて言って笑っていたなと、懐かしい気持ちになる。

 

 さて、メリットの質問は少し意地悪だっただろうか。

 

 ただ、この質問は必要なんだ。感情的な、あるいはなんとなくの理由で、ナザリックの方針を決めるわけにはいかない。

 そこにどんなメリットが、どんな思惑…意図があるのか、それを理解すればこそ、反対の者も納得して行動することができる。

 最終的に多数決で決定はしたが、できるだけ納得できる意図の提示は、ギルドマスターとしての最低限の心がけだった。

 無論、頭ごなしの命令でも、守護者達は唯々諾々と従ってくれるだろう。しかし、そこに胡坐をかくことは許さない。アインズ・ウール・ゴウンを名乗る以上、絶対に許さない。

 

 デミウルゴスからの提案という形で、リザードマン達の支配が決定する。

 それと同時に、あらゆる指示、提案に対してその真意を問えと、厳命する。それが自分の首を絞めかねない命令であると思いつつも、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る以上、絶対である。…そして、その名を返上するつもりもない。

 

 

 

 リザードマン達への挨拶と、四時間後の再戦を告げて、アウラ特製の擬似ナザリックへと到着する。

 俺としてはこういうところも悪くない…というか、むしろ落ちつくと思うのだが、アウラはどうも恥じているようだ。

 アウラの働きを褒めつつ、視線はあるものへと向かう。

 一言で言えば…

 

「…あれはなんだ?」

 

 白い玉座…非常に美しく、豪華なんだが、明らかに人骨らしきものが見られて、わずかに逡巡してしまう。

 ただ、まあ、デミウルゴスの様子を見るに、座らないと駄目だろうなと思っていたところで、いきなりシャルティアが部屋の中央へと進み出る。

 どういうつもりかと見つめていたら、そこで四つん這いになった。

 

 

「さあ、お座り下さいませ!」

 

 

 嬉々としてそう言うシャルティアに、白い椅子を見た時以上にひく。

 何を言っているんだ、こいつは…という思いは、横のアルベドからかすかに聞こえて来た、て、天才か…という声に、沈静化する。

「あー、シャルティアよ、なぜお前に座らなければならない」

 

「えっ、あの、罰…いえ、ご褒美を賜りたいでありんす!」

 

「褒美?」

「最初の報告の際に、アインズ様がおっしゃいました。望むままの褒賞を与えようと、そのご褒美を、今、頂きたいと存じます!!」

 あー、言った、言ったな。想像の斜め上にも程があるがな!

 さぁ、さあ! …とばかりにこちらを見上げてくるシャルティアに押されて、しょうがなく腰を下ろす。

「はぁん…」

 その嬉しそうな声に、ますますひく。

 こちらの世界の俺とあちらの世界の俺、それがどれだけ違うかはわからないが、こちらの世界とあちらの世界、ペロロンチーノの変態性だけは完全に一致したことだけは理解できた。

 

 理解したくもなかったがな!!

 

 アインズのお尻の位置を微調整するように、シャルティアの体が小刻みに動く。

 少々気分がくさくさしていたアインズが、動くなとばかりに、ピシリとシャルティアの尻を叩いた。

「っ! …はぁあぁん…」

 もっととばかりに、マッサージチェアのように動くシャルティアに対し、アインズはもう無の境地に至ったように遠くを見つめるだけだった。

 

 その後、アルベドが一時退室したり。

 それなりにまじめな話をしたり。

 リザードマンの交尾を鏡越しに見てしまったり。

 アウラとマーレの性教育について悩んだり。

 

 なんだかんだと約束の四時間が過ぎ、コキュートスとリザードマン達の代表の戦いが始まった。

 予想外に、コキュートスが手傷を負わせられた…などということもなく、想定通りのコキュートスの圧勝だった。

 

 その後は、コキュートスの成長が見られる対応に驚いたり。

 クルシュ・ルールーという白いリザードマンと取引したり。

 ザリュースというリザードマンで蘇生実験を行い、成功したり。

 

 全体的には予定通りに成功したと言えた。

 

 

 そうして、再び雌伏の時を過ごすなか、蠢動を告げる<伝言>が届く。

 

 

 

『セバス様に裏切りの可能性があります』




4巻は1話で終了。
というか、5巻もほぼ終わっているという。

誤字、よりによって本編からお借りした言葉という…せめて、そこは間違えるなよ…

誤字報告ありがとうございました。今後も宜しくお願いします。


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12

さすがに日刊は途切れました。

今回は途中で視点が変わってます。お気をつけください。


『セバス様に裏切りの可能性があります』

 

 

 

 その<伝言>を聞いた感想は、前にも聞いたようなメッセージだな…だった。

 

 シャルティアに聞いていたので、これっぽっちも驚きがないのが、むしろセバスに悪いくらいだった。

「ふむ。ありえないと思うが、何か証拠はあるのか?」

 ソリュシャンから証拠として提示されたのは、セバスが人間の女を拾ったことと、その事で面倒な事態になっていること、更には、それについての報告を怠っていることだった。

 シャルティアに聞いていた通りではあるが、なるほど…叛意を疑うほどではないが、問題はあるな。

 ソリュシャンにはよく報告をしてくれた、近いうちにそちらへ向かう…と返し、アルベドへと<伝言>を繋ぐ。

 

「アルベド、ソリュシャンからセバスに裏切りの可能性ありとメッセージがあった。直ちに、デミウルゴスとコキュートス、ヴィクティムに連絡を取れ。予定通り、四人で向かうことにする」

 

 

 

 …茶番だな。

 

 正直なところの感想がそれだった。

 シャルティアに聞いていた…過程と結果のみではあるが…為、台本をなぞるだけのそのやり取りに、何の驚きも感動もなかった。

 そもそもが、セバスの裏切りがないとわかっているので、報告を怠ったら駄目だぞという注意以上の意味はない。

 

 ただ、これも縁というものだろうか。

 

 セバスが拾った女…ツアレニーニャ・ベイロンは、かつて一時だけ旅を共にした冒険者の一人…ニニャの姉だった。シャルティアに話を聞いた時には、なぜナザリックで保護することになったのかがよくわからなかったが、その理由も判明した。

 ニニャには恩がある。

 生き返らせてやってもいいかと思いつつも、他のメンバーもと言われると面倒くさいので放置しているが、今後のセバスの恩賞用にそのカードは確保しておくか。

 

 

 

 …で、ツアレが攫われたと<伝言>があった。聞いてないよーっとシャルティアに突っ込みたかった。

 

 だが、まあ、シャルティアだしな。

 それに、そういった出来事にシャルティアを関わらせていないことのほうが問題だな。関わってないことも覚えておいて欲しいが、記憶が薄くなるのもしょうがないか。

 ツアレ救出部隊のリーダーにデミウルゴスを任じ、またシャルティアも関わらせるように命じておいた。

 俺自身がリーダーをしたいのはやまやまなんだが、漆黒に依頼があったのだから仕方がない。うん、仕方がないよね。

 

 

 

 

 

「はー…」

 

 アインズ様にわたしを関わらせるようにデミウルゴスは命じられたらしく、しぶしぶと言った感じで任せられた仕事が、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの護衛だった。

 わたしの面倒をエントマに見させようという意図しか感じられず、ため息の一つくらいついても仕方がないだろう。

「シャ…おっとぉ、エリザベート様ぁ、お待たせいたしましたぁ」

 八本指の麻薬部門の長の家から、そのエントマが出てくる。慌てていたのか、手におやつを持っていたままだった。

 わたしはと言えば、特にすることもなかったので、その庭先でぼーっと突っ立っていただけだ。一応、正体を隠すために、白いドレスを着て、髪型を変え、髪色も金髪にし、しまいにはマスクまで付け、エリザベートという…デミウルゴスが付けた…偽名まで名乗る力の入れようだ。

 もっとも、この後は<転移門>を開いて、エントマと一緒に帰るだけというつまらない仕事なんだけどね。…まあ、つまらないとか言うと、デミウルゴスに怒られるんだろうけど。

「食べないの? それくらいなら待ってあげるわよ」

「あ、食べてなかったぁ。いけないぃ。いけないぃ」

 しゃくしゃくとエントマが食べているのを横目に、お客さんを待つ。気配を消そうというには、殺気が駄々漏れだ。

 

「よぉ、良い夜じゃねぇか」

 

 全身金属鎧を纏った大柄な男…いや、女だった。

 どっちにしろ弱い。ブレインと同じくらいの弱さだろう。全く興味が持てなかった。

「あんたに任せるわ」

 護衛というのに、護衛対象に戦わせるのは問題かもしれないが、エントマが負けるレベルではないから、問題ないだろう。まあ、何かあれば、手を出せばいいだろうし。

「あんたはやらないのか?」

 身の程知らずにも、そう問いかけてきた女に対し、興味ないことを示すために肩をすくめて見せた。

「その子を脅かせるくらいだったら、少しは遊んであげるけど。…まあ、悪いことは言わないわ。帰ったほうがいいわよ。今なら見逃してあげるから」

 わたしってば、なんて優しいんでしょう。もっとも、そんな優しいわたしの助言を無視して、そいつはやる気まんまんだった。エントマもやれやれとかったるそうに、迎え撃つ準備をする。

 こちらはのんびりと観戦させてもらおう。一対二だからと言っても、エントマの勝ちはゆるがないだろう。

 

 

 男女とエントマの戦いは、終始エントマが押している。とどめかという所で、隠れていた女忍者が参戦する。

 一対二になったところで、エントマの優位は変わらない。ただ、うまいこと連携をされているせいで、綱渡りのような均衡状態が保たれている。

 

 その均衡状態を破るかのように、水晶の騎士槍が降ってくる。

 

 その石突きに、仮面を被った小柄な女が降り立つ。

「…へぇ」

 なかなか強い…まあ、他と比べてではあるが…そいつはどうやらイビルアイという名前のようだ。

 戦士と女忍者よりもエントマが強く、そしてそのエントマよりも自分のほうが強いとか、そんな簡単にわかる話をしている。

 

「…じゃあ、わたしはどうかしら?」

 

 まるで興味なさげに、壁にもたれたまま見物していただけのわたしが、急に動き出したからか、全員が一斉にこちらを振り返った。

 エントマの護衛だし、更には小指の爪以上を使わせてくれそうな相手が現れたので、参戦させてもらいましょう。

 

「…お前…吸血鬼…か!?」

 

「んっ? なぜそれを…って、へー」

 探知阻害の指輪をしているのに、わたしが吸血鬼であることに、そいつが気付いた理由。

「お前も、そうかー」

 こちらが気付いた理由と同じ。同族故のシンパシー。

 

「そう、そうね。多分、いらないとは思うけど、保険はいるよね」

 

 思わず知らず、仮面の奥でニヤリと笑ってしまう。

 

 

 

「ちょっと…だいぶ弱いけど、わたしの器(からだ)の保険として、キープさせてもらうわね」




後半はシャルティア視線でお送りしました。


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13

今回は全編イビルアイ視点になってます。


「ちょっと…だいぶ弱いけど、わたしの器(からだ)の保険として、キープさせてもらうわね」

 

 

 

 ゾワリ…

 

 奴がそう言って、嗤った…仮面で見えないが確信できた…瞬間、圧倒的な悪寒、恐怖、嫌悪感、あらゆる負の予感で、全身に鳥肌が立った。

 

「っ! <魔法最強化(マキシマイズマジック)・結晶散弾(シャード・バックショット)>!」

 

 近づくなという声にならない叫びを、魔法として放つ。

「そんなん効くか、ボケェ!」

 気付いたら、眼前に仮面の吸血鬼がいた。

 どうやって距離をつめたのかもわからない。私の魔法がどうなったのか、どうやって無効化されたのかも認識できなかった。

「<水晶防壁(クリスタル・ウォール)>!」

 どれだけ効くかも不明だったが、忌避感から防壁を展開する。

「だぁかぁらぁ、無駄だっつってんだろぉがぁ!」

「ぐふぅっ!!」

 防壁をあっさりと貫いた奴の拳が、真下からアッパー気味に私の腹に突き刺さる。

 否、<飛行(フライ)>で実際に衝撃を逃がすように上空へと逃げなければ、本当に突き破られていた恐れがあった。

 

「ガガーラン、ティア、とっとと逃げろ! こいつはやばい!!」

 

「逃がすか、ボォケェが!!」

 上空へ逃げた私を追ってくるように、奴が背中に蝙蝠の翼を生やして飛んでくる。

 チラリと地上のガガーラン達の様子を窺うと、符術使いのメイドと再び交戦状態に入ったようで、逃げ出すのは難しそうだった。

(マズイ、詰んだ…か?)

 イヤな予感がガンガンと音を立てているように聞こえた。

 

「えっ?」

 

 いない! あの仮面の吸血鬼が見当たらない!!

 ぐんぐん音を立てて、数瞬で接触すると思われていた、あの吸血鬼が消えた。

(嘘だ、どこに行った! 目線は奴から切らせてなかったぞ!!)

 

「ばぁ」

 

 そんな声と共に、背中から抱きしめられる。

「なっ!?」

 逃げようともがくが、女の細腕とは思えない力で、ビクともしない。

「お顔を拝見させてもらいまちゅねー」

 左腕一本で私の体を押さえつけたまま、右手でゆっくりと私の仮面を外してくる。

「はぁ、くぅっ!」

 奴の仮面の奥の視線から、目を外せない。ガチガチと聞こえてくるのは、もしかしなくとも、私の歯の音だろうか。

「んふふ、かわいらしいお顔。見た目は合格ね」

 舌なめずりの音が聞こえるような、情欲の混じったその声に、声にならない悲鳴をあげる。

「どうしようか、このまま持って帰ろうかしら? それとも、やっぱり殺してから持って帰ったほうがいいかしら?」

 ランチを店で食べるか、お持ち帰りにするか、そんな選択に迷っているかのような気楽な調子で、私をどうするのがいいかを言葉にする。

 

 カポッ…

 

 再び仮面をつけられる。

「あはっ」

 あっさりと拘束が解かれる。

「やっぱり、先に殺しちゃうね」

 思わず、更に上空に飛び上がった私の足が、つかまれる!

「そーれぇっ!」

 <飛行>の魔法なんて関係ない、重力よりもなお大きな力で、無理矢理地面へと叩きつけられる。

「<損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)>」

 その魔法が咄嗟に出た。そして、その魔法を使わなかったら、かなりの確率で死んでいた気がする。

 陥没とひび割れで、ひどいことになっている地面から、のそのそと立ち上がる。

「へー、初めて見る魔法ね。面白いわ、貴方」

 奴がゆっくりと降りてくる。

 ガガーラン達も、メイドも、私の落下の衝撃で戦いを止めていたのか、唖然とした顔でこちらを見ている。

(ぼけっとしてないで、今のうちに逃げろよ)

 悔しいが、あと数秒も経たずに殺されるだろうことがわかる。それだけの力の差があった。

 そんな中に、新たな闖入者があった。

 

「…何をしているんです、エリザベート」

 

 気付けば、仮面の吸血鬼の隣に、仮面の男がいた。

(あれは、南方の…スーツか?)

 事態についていけず、どうでもいいことを考える。

「で…ヤルダバオト、ちょっといろいろと取り込み中だっただけよ」

 常に不遜だったあの女が、まずいところを見られたとばかりに、ばつの悪そうな口調だった。

(ここで、あの女と同格の男が登場するだと、完全に詰んだ…か)

 見れば、戦闘が終わったと勘違いでもしたのか、ガガーランとティアがこちらへと向かって来ていた。

(馬鹿が、こっちに来るくらいなら、そのまま逃げろ)

「大丈夫か、イビルアイ」

 心配そうな声音に、ガガーランの気持ちはわかったが、こっちの気も知らないでというイラッとした気分はどうしようなかった。

「馬鹿、状況が理解できてないのか? 静かに、ゆっくりと、騒がずに、さっさと逃げるんだ」

 できるだけ声を抑えて、ガガーラン達に指示を出す。

「けど、イビルアイが…」

「私は大丈夫だ、転移の魔法で逃げるから」

 小声で、最後になるかもしれない言葉を交わす。

 

「あーっと、イビルアイだったかしら」

 

 あの女から急に呼びかけられて、ビクッとする。

「わたしはここで帰るけど、その体、大事にしなさいよ」

 楽しそうにそう告げると、奴の目の前に黒い穴のようなものができる。

「っ!」

 転移系魔法の、私の知らない上級魔法! …一瞬驚いたが、奴ならそれくらいできても不思議ではないか。

 その穴を通って、奴とメイドが消える。

 残されたのは我々と、最後に現れた仮面の男…確か、ヤルダバオトとか言ったか…だけになった。

 

「さて、どうしますかね」

 

 奴が行動を決めかねている!

「早く逃げろ!!」

 弾かれたように二人が背を向ける。貴重な時間だ。奴が躊躇してくれるならありがたい。

「まず、出会って早々、別れるのも辛いですし、転移は阻止させていただきます。<次元封鎖(ディメンショナル・ロック)>。別れは挨拶と共にするのが礼儀的にも感情的にも嬉しいですよね」

 逃げ道が断たれたのを感じたが、まあ、もう…今更だ。

「死ぬならば順番だ。若い奴が生きて、長く生きた奴が死ぬ。それが最も正しいんだろうな」

 覚悟ならばとっくにできている。むしろ、ガガーラン達を逃がすことができて、良かったとすら思っている。

「さて、先にどうぞ。しかしあなたが何もやらないのであれば私の方から攻撃させてもらいます」

 その言葉に苦笑せざるを得なかった。

 先手を譲ってくれるとのことだが、残念ながらその為の魔力がほとんどなかった。特に最後の死ぬほどのダメージを魔力ダメージに変換したのが大きい。転移分の魔力があるかないか、どの魔法が一番時間をかせげるか。そんなことを考えていたら、時間切れになったらしい。

「ではこちらから。<獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール)>」

 

 

「えっ…」

 

 

 覚悟は決まっていた。連中の為に死ねるなら本望だと思った。

 背後で起こった光景は、そんな想いをあざ笑うかのようだった。

 

「……難しいですね。死なない程度の手加減というのは。あなたを基準に考えてはいけませんし……なぜ実力差があるのにチームを組まれているのですか? それさえなければもう少し丁度良いところを探れたんですが」

 

 

 プツン…と、何かが切れた音がした。

 

 

 

「…おまぇがあああああ! いうなああああ! うわぁあぁあああああ!!」




イビルアイさん、基本的に俺様TUEEE!プレイをしていたはずなのに
ナザリックの面々の前では、なまじ強い分だけボコられるという・・・


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14

今回も視点変更があります。


「…おまぇがあああああ! いうなああああ! うわぁあぁあああああ!!」

 

 

 

 冷静さも失われ、ただ怒りにまかせて突っ込んでくるだけ。

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

 たやすくひねり潰すことにしましょう。

 

 ドガァアアァァン!!!

 

 私と仮面の少女の丁度中心、狙ったようなタイミングで降ってきたのは、巨大な大剣とそれを握る漆黒の戦士。

 仮面をつけていて良かったというのが、正直な感想になるでしょう。

 予想していなかったアインズ様の登場に、無様な表情を見せることがなくて、本当に良かった。

 

 これは私のシナリオにはない。

 

 だが、アレンジによっては、前のシナリオなどよりももっとずっと、うまい結果を得ることができるのではないのか?

 いや、違う。できるのではないのか…ではない。できるのだ。

 アルベドに伝えていた私の不出来なシナリオを、アインズ様はどうやら聞かれたのだろう。そして、その修正の為にこちらに来られたに違いない。

 ラナー王女を通じ、漆黒に依頼するように動かしたが、アインズ様の登場のタイミングはどうしようもなかったので、最悪でも準備が整った場での参戦になるだろうと考えていた。

 もちろん、準備が整う前に一当りして、英雄の実力を知らしめておいた方が、その後の流れがスムーズではあるが、さすがにそれは難しいと諦めていたのだが。

 

「それで……私の敵はどちらなのかな?」

 

「漆黒の英雄!! 私は蒼の薔薇のイビルアイ! 同じアダマンタイト級冒険者として要請する! 協力してくれ!」

「…承知した」

 少女をかばい、アインズ様が私の目の前に立つ。

 偶々、この場で、王都のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇と交戦になって、この最高のタイミングでの漆黒の英雄の登場となったのか?

 

 …偶々? そんなはずがない。ここで最初に大暴れしていたのは誰だ?

 

 シャルティアだ。

 

 では、そのシャルティアをこの作戦に関わらせよと命じたのは誰だ?

 

 

 おおお…!!

 

 

 全てが、この最高のタイミングを作り出す為の布石であったのか!

 簡単に私の上を行かれる…まさに神算鬼謀。

 

 あらゆる想いを込めて、ゆっくりと頭を下げた。

 

 ダンスのパートナーとして、私ではいささか頼りないでしょうが、全力でついて行かせてもらいます。

 まずは情報収集から、申し訳ございませんが、お付き合い下さいませ。

 

 

 

 

 

「はー…」

 

 最近はため息ばかりだ。

 王都の準備とやらにデミウルゴスに借り出され、やったことと言えば<転移門>による物、金、人の移動。運送屋じゃねぇっつーの。

 その準備も終わり、いざ本番で与えられた役割は、メインの舞台からだいぶ離れた場所の監視だった。

 さすがに、アインズ様と同じ舞台に上がって、デミウルゴスを含めた三人で踊りたいというのは、無理なわがままだとは理解している。ただ、せめて舞台脇でアインズ様とデミウルゴスのダンスパーティを見たかったなあ。

 ふと、人間が一人、こちらにやって来る気配を感じる。

 

「へー、貴方がわたしのダンスパートナーを務めようって言うわけかしら」

 

 思わず出た独り言に、おっとと思い出す。

 わたしは別人。エリザベートでしたね。初対面初対面。

 もたもたとそいつが登ってくるのを、横目で伺う。

 緊張した顔でわたしの前に立つのは、ブレイン・なんちゃらとかいう武技使いだ。前回あんなに弄ばれたのに、またわたしの前に立つとは、意外と根性があるのかしら? それとも馬鹿なだけ? …あっと、そういえばわたしは別人、初対面だったわね。

「……なんの用?」

「蒼の薔薇のイビルアイから話は聞いている。エリザベートだったか、お前たちは王都で何をしている?」

 ブレインの方はやはり初対面だと思っているらしく、平然とそんなことを聞いてきた。まあ、答える必要はないわね。

 

「他の誰かを探していたのか? 俺じゃなくて?」

 

 おや、どういうことだ?

「貴方を? なぜ?」

「これで会うのは二度目だろ? お前の綺麗な顔はあの時以来忘れたことがないぞ?」

 あれ、仮面付け忘れてる? …と思わず仮面を触るが、ちゃんと付けていた。

 

「………………勘違いじゃなくて?」

 

 これは最後通牒だ。

 もしこいつがわたしをシャルティア・ブラッドフォールンであると認識しているのならば、折角の変装が何の意味もない。

 シャルティア・ブラッドフォールン…ホニョペニョコがこんなところに居るとなると、アインズ様の仮の姿の名声に傷かつくやもしれない。それだけは何としても阻止しなければならない。

 殺すか? 捕らえるか? とにかく、絶対に逃がすわけにはいかない。

 

「いや……すまないな。そうだな……その通りだ。会うのは初めてだな」

 

 なんだ、確証はなかったのか。まあ、変装しているしね。しゃべり方も変えてるし、気付くわけないわね。

 …となると、こいつの相手はどうでもよくなる。遊んでも面白くなかったことは前回でわかっているし、下僕にしたところであっちでも大して役に立った記憶もないし。

「……そう? 納得してくれたなら構わないんだけど……しかし殺した方が良いのかしら? 死にたい、それとも生きたい? 土下座して、わたしの靴でも舐めれば、わたしの機嫌が良くなるかもしれないわよ?」

「悪いな。その気はない」

「はぁ……」

 わたしの寛大な提案に聞く耳持たずに、前に見たように戦う準備らしきものをしだすブレインに、思わずため息が出るのは仕方ないことだろう。

 別人と思っているとは言え、頭が悪いにも程がある。身の程はこないだ教えてあげたでしょうと言ってしまいたい気持ちをぐっと抑える。

「お互いの実力差を知らないって……本当に厄介ね」

 頭を軽く掻いて、そこまで言うに留める。あとは殺すだけ。もはや、ばれるばれないも関係ない。

 そうだ。どうせだったら、前と同じように遊んでやろう。わたしに気付いたブレインがどんな無様をさらすか、それを楽しんでから殺してやろう。

 ゆっくりとブレインに向かって歩いていく。

 ブレインは抜刀の構えのまま動かない。

 くふふ。貴方のそのご自慢の武技が、わたしの小指の爪で弾かれて、一体どんな顔を魅せるのかしら?

 ブレインの刀の間合いまであと二歩…

 

「剣を振るうことが……人生か」

 

 ブレインがボソリと何かをつぶやいた。辞世の句かしら? お疲れ様。

 

「…あああああ!」

 

 奴が叫びながら、最期の一撃を放つ。無論、あくびが出る速度だ。

 

「四光連斬!」

 

「ふん」

 鼻で笑ってしまう。

 前とは違い、何らかの武技を重ねて来たのだろうが、一匹だった蝸牛が四匹になったからどうだと言うんだ。

 一撃で弾き返してやるわ。

 

 キンッ…

 

 さあ、無様にうろたえろ! 見事なアホ面をさらせ!!

 

「…………え?」

 

 横目に入ったものに、信じられない気持ちで、つい声が出た。

 小指の爪が…欠けている?

 あの鈍い四連撃、一撃で弾き返してやったのが…まさか…

「……狙って?」

 

「くっ! あはははは!」

 

 奴の笑いが答えだろう。

 前に弄んでやってから、それほどの時は経っていない。この短期間でこれほどの成長を? 

 強さという意味では、おそらく向こうの世界のブレインの方が強いだろう。肉体は人間から吸血鬼へとランクアップしているし、武器にしてももうちょっとマシなのを与えてやった。

 

 …だが、向こうのブレインにわたしの爪を切り飛ばせるか?

 

 思わず知らず、仮面の奥で笑う。

 

「貴方、名前は?」

「え?」

「だから、名前よ、名乗りなさい」

 

 私のその問いかけに、奴が笑みを引っ込めて、真剣な面持ちになる。

 

 

「ブレイン。…ブレイン・アングラウスだ」

 

 

 

「わかった。ブレイン・アングラウス。覚えといて上げるわ」




ブレインさんの成長、シャルティアもしっかり認識しましたよ。


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15

一週間以上あいてしまいました。
勢いがなくなると、きついです。



「わかった。ブレイン・アングラウス。覚えといて上げるわ」

 

 

 

 何かおかしなことを言われた気がした。

 

「それなりに楽しめたわ。見逃してあげるから、どっかに行きなさい」

 しっしっと、追い払うようにシャルティアが手を振った。

「ははっ、そいつはどうも。ありがたく、とっとと逃げさせてもらう」

 ああ、お前の言う通りだ。もう戦いにはならない。

 

 …いや、奴と戦いにならないのは最初からだが…

 

 腹の奥から溢れ出して来る様な喜びに、こちらの態勢が整わない。

 チラリと後ろを窺うが、シャルティアはこちらを向いておらず、見逃すという言葉に嘘はなさそうだった。

 

 …いや、あそこまで言って嘘だったなどと、奴の矜持が許さないだろう。

 

「ははっ…はははははっ!」

 逃げ場なく体の中を暴れていた喜びを、口から少しだけ逃がしてやる。

 奴の、あのシャルティア・ブラッドフォールンの爪を切った!

 

 俺の剣は……人生は決して無駄ではなかった。

 

 更には…

 

 …わかった。ブレイン・アングラウス。覚えといて上げるわ…

 

 名前どころか、俺そのものすら記憶していなかった奴が…あのシャルティア・ブラッドフォールンが、俺の名前を覚えておくと言った。

 蟻程度だったのが、カブトムシくらいにはレベルアップしたのだろうか、くくく…

 

「勝ってくれよ、モモンさんよ。今夜は是非祝杯をあげたい気分なんだよ!」

 

 

 

 

 

「まずは長期に渡る情報収集ご苦労だった。セバス、そしてソリュシャンよ。よくやってくれた」

 イベント明けには信賞必罰…もとい、反省会。これはユグドラシル時代から変わらない。

 …もっとも、向こうでは基本的に議事進行はぷにっと萌えさんに任せてれば良かったのだが…

 アインズがセバスの望みを聞き、ついでにデートでもしたらどうかとからかい。

 またソリュシャンの望みを聞き、人間は死ぬほどいるからいいけど、無垢な人間は駄目だよと答える。

「さて、他に何かあるか?」

 そう言って、アインズが守護者達を見回す。デミウルゴスも首を横に振って特にないと示しているので、特にはないかと思ったら、シャルティアが手を挙げた。

「シャルティア、何かあるか?」

「はい。ご報告と希望がございます」

 落ち着いた雰囲気でそう言うシャルティアの様子に、こちらのシャルティアよりも向こうのシャルティアの方が優秀そうに見えるなあと思いつつ…いやいや、そんなことないよ、気のせいだよと思い直す。

「麻薬部門の長の家の庭で交戦した、蒼の薔薇のイビルアイなのでありんすが…」

「ああ、あいつか」

 妙にモモンに纏わりついて来た仮面を被った小柄な娘を思い出す。

「…吸血鬼でございました」

「なに? …間違いないのか?」

「間違いございません。妾が奴の仮面を取り、直接確認致しました」

 証拠も十分。それ以前に、シャルティアには確信があるように伺えた。

「なるほど、そうか」

「確かに、あの小娘は人間にしてはかなり強かったですからね。むしろ納得です」

 イビルアイのことを見知っている者達が、納得の表情で頷いている。

「ふむ、それで希望とは?」

 

「あ奴の肉体を頂きたく存じます」

 

「ふむ。何に使うつもりか?」

「はい。妾のこの肉体は、いずれこちらの妾に返すことになります。その際、今の妾はどうなるのかと考えまして」

 シャルティアの言葉に、後回しにしてあまり考えていなかったアインズは恥ずかしく思った。

「向こうの世界に戻れるならば、それに越したことはございません。ただ、あちらにも戻れず、さりとて、こちらには居場所がないと言うのも困りますので…」

「…その為に、イビルアイの身体がいると言うことか?」

「左様にございます」

 アインズは勝手にまだまだ先だと思っていたが、実際には今この瞬間に支配が解ける可能性もなきにしもあらずなのだ。

 自分のこと故、自分で考えましたといわんばかりのシャルティアの様子ではあるが、本来ならばアインズが考えるべきことだと言えた。

 

(勝手に呼び出しておいて、支配が解けたら知りませんよって、無責任にも程があるだろう)

 

「…シャルティアよ、それには及ばない」

「…と言いますと?」

「こちらのシャルティアの支配が解かれたら、この私が責任を持って、お前を向こうの世界に送り返そう」

 この言葉も、本来はあの時に言うべきであったと、アインズは後悔していた。

「わたし如きの為に、もったいないお言葉です」

「何を言う。それこそが私の責任だ」

 …と、口では格好いい事を言っているが、シューティングスターはもったいないなあ、”強欲と無欲”でどっかで経験値を奪える機会がないかな…とか内心で思っていることは、顔には出さなかった。

「それでしたら、妾からの希望は特にございません」

「それでデミウルゴス、シャルティアを洗脳した一団の情報は、王国では得られたか?」

「王国の表と裏の戦力は、今回で洗い出しが済んだと考えて宜しいでしょう。

 検分するに、世界級アイテムどころか、伝説級(レジェンド)すら怪しいですね。結論としては、王国はありえないでしょう」

「となると、帝国か法国」

「法国の確率が高いですね」

「今となっては、カルネ村で捕らえた法国の特殊部隊の尋問があまりできなかったのが痛いですね」

 法国が怪しいが、それはあくまでも怪しいレベルであり、確固たる証拠はなかった。

 

「ふむ。では、今後のナザリックの方針を決める。デミウルゴス、我が横に」

 

 確証の得られないものをどれだけ話したところで無駄でしかない。当初の予定通りの話に戻す。

 前にシャルティアの話を聞いていた時に、ある程度覚悟ができていた為、デミウルゴスが世界征服を言い出しても、動揺することはなかった。

 ただ、そんな話をいつしたかについては、さっぱりわからなかった。

 デミウルゴス、そしてアルベドと、ナザリックが誇る知恵者二人の意見は、ナザリックを表に出すべきだということだった。

 暗躍する…おそらく法国の…特殊部隊が裏にいる以上、表立った方が対処しやすいのは、まあ事実だ。

 ナザリックを表に出す方法…それは向こうのシャルティアの話とは大きく異なり…建国するということだった。

 

「一つ、宜しいでしょうか」

 

 パンドラズ・アクターが綺麗な挙手をする。

「何だ?」

「ナザリックを表に出す…建国するというのは宜しいのですが、いざそうなると、いささか手が足りなくなるのではないでしょうか?」

「様々なことに対応する必要があるから、非常に忙しくなるのは間違いないわ。もちろん、あなたにも手伝ってもらうつもりよ」

 パンドラズ・アクターの問いに、アルベドが答えた。

「…となると、法国にちょっかいをかけるのは、だいぶ先になりそうですね」

「……そうね。王国と帝国の対処が終わってからになるのは、間違いないわね」

 それはそのまま、シャルティアの現状維持期間の長さとなる。

 

「…アインズ様、私が法国に潜り込んでも宜しいでしょうか?」

 

「何か伝手でもあるのか?」

 王国や帝国と違い、あまりに法国の情報は少ない。実力では抜きん出ていても、情報と言う面でいくらでも足をすくわれることになるだろう。

「例のエ・ランテルの事件での首謀者の一人、クレマンティーヌの足取りを追っていた際に、少し面白そうな面々を見つけました」

「ほう…」

「風花聖典という、法国の特殊部隊…六色聖典の一つのようです」

「あのカルネ村を襲った連中のように、質問三回で死ぬということはなかったのか?」

「質問をしてませんからね。こっそりとついていって、見聞きしました」

「逆に掴まされている情報ではないだろうな」

「ふっ、もどきとは言え、弐式炎雷様の姿を取っていた私に気付いていたというのはありえません」

 

「ふっ、良かろう。世界級アイテムを貸し出す。せいぜい掻き回して、釣り上げて見せろ」

 

 アインズのその言葉に対し、優雅に一礼をする。

 

 

 

「Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)」




次回は、もっと早くお届けできるように頑張ります。


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16

できるだけペースを早めたいと頑張ってます。


「Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)」

 

 

 

 アインズが沈静化した。

 

(こ、こいつ、ドイツ語はやめろって、言っただろーが)

 パンドラズ・アクターの卵顔が、してやったりの顔に見えて、更にむかついた。

「シャルティアには悪いが、期限は設けさせてもらう。

 パンドラズ・アクターが自由に動き回れる期限は、建国までとする」

「了解しました。それまでに結果を出せるように致しましょう」

 パンドラズ・アクターの綺麗な一礼をもって、この話は終了となる。

 

「…さて、では次のイベントまで時間も空くことだし、パンドラズ・アクター以外の守護者達は休暇を取るように」

 

 アインズとしては、若干のパンドラズ・アクターへのあてつけはあったにせよ、特に普通なことを言ったつもりであったが、玉座の間に流れる変な空気におやっとなる。

「…休暇…で、ごさいますか?」

 守護者達を代表して、アルベドがそう口を開いた。

「うむ、休むのも良いし、何かやりたいことがあるならやれば良い」

「いえ、我らはナザリックの為に生み出された者、やりたいことは正にナザリックの為になることです。休みは不要です」

 大真面目にそう答えるアルベドに、アインズはマジかと思った。

(ブラック会社の、ブラック社員そのものじゃないか)

「駄目だ。これは決定事項だ。…そうだな、せっかくだから守護者女性陣で集まって遊んだらどうだ」

 アインズは自分で言っていて、なかなか良い考えだと思った。

(ふむ、女子会ってやつだな。そうだな、男子陣で集まるのもいいな。みんなで風呂で裸の付き合いと言うのも悪くないな)

 

 

 

 

 

「アインズ様がああおっしゃったので集まったでありんすが、さて何をすべきでありんすか?」

 とりあえず第六階層にアルベド、アウラと共に集まったのはいいが、ノープランもいいところであった。

「そういえば、第六階層に来るのは久しぶりでありんす」

「あれ、そうだっけ? ひょっとしてこっちに転移して来て以来だったりする?」

 アウラの言葉にハテと考えて、言われてみればそんな気がしてきた。

「そうかもしれないかぇ。集合がかからないと、基本的に第1から第3階層から出ないでありんすな」

「私たちは基本的に、自分に割り当てられた階層からは出ないからね」

 わたしの言葉に、アルベドが同意の言葉を返してきた。

「それもそっか。ただこの階層が一番変化が大きい階層かもしれないね」

「そうね。ナザリック外の種族はここに住んでるものね」

「そういえば、アルシェもここに住むことになったでありんすな」

 ふと思い出して、そうつぶやいた。

 

「アルシェ? 誰それ?」

 

「…あっ!」

「…お馬鹿」

 そう言えば、あの後の打ち合わせではアウラには外れていてもらったんだった。

「まあ、別にいいでしょう。

 この後のナザリックに侵入者を招くイベントで、特別に慈悲をかけて生かしておいてやることになる人間のことよ」

「アインズ様から妾に下さった娘でありんす。なかなかかわいらしい子ですぇ」

「ふーん。まあ、別にいいけどさ。何でシャルティアがもらった子が、あたしの階層に住むことになるわけ?」

 チラリとアルベドの様子を見ると、別に話してもいいわよという感じだったので、事の経緯を話すことにする。

「アインズ様と妾にダンスを教えたご褒美に、ここで妹達と暮らすことになったでありんす。…最初は、妾に処女を捧げることになってたんでありんすが…なんか、そうなったでありんすよ」

「いや、そっちのがわけわかんないし」

「なんか、今思うともったいない気がしてきた。今度はきっちりもらっとこう」

「しらんし」

「まぁ、あなたがそいつをどうしようと、どうでもいいんだけど…」

 アルベドが話を変えて、ちょっと真面目な顔をした。

「なんでありんしょう?」

「正直、これはただの好奇心なんだけど、異世界からこちらの世界に来て…どんな感じなのかしら?」

「あー、それ、あたしも聞きたいかも。二つの世界の違いは聞いたけど、それってどんな風に感じるもんなの?」

 すっごく、ふわっとした質問だった。

 

「んー、あくまでも妾の感想でしかないけど…違和感はすごくあったわね」

 

「そうなの? シャルティアまわりはあんまり変わってない感じがしてたんだけど?」

「全体的にはあんまり変わりないんだけど、微妙な違いが逆にすごく変な気がしてね、違和感はすごくあったわ」

 アウラがそんなもんなの?…と、あまりピンと来ていない顔をしている。

「はっきりとした違いがわからなかったはずの、来た瞬間が一番違和感…いいえ、排除感とでも言うのかしら…ここは違う、わたしの世界じゃないって気分を一番受けたわ」

「そうなんだ。…そんな風には見えなかった」

 アウラがすごく驚いた顔、そこにちょっとした同情めいた色を見せていた。

「違和感があった…来た瞬間が一番、今はそんなに違和感はないってこと?」

 

「そう! アインズ様を見た瞬間に!! たとえ姿かたちが変わろうとも、妾の愛は変わらなかったのよ!!!」

 

「うぐっ、こいつ…」

「…真面目な話なんだけどね」

「…真面目な話…ね、アインズ様を見つけた瞬間、ああ、ここに居てもいいんだって思えたのは本当よ。ここでもわたしは、この御方のお役に立てるんだって、許された気分だったわ」

「…なるほど」

「…ああ、それはわかるかも」

 二人が納得したように頷いた。

 今でも思い出す。

 

 …ここに来た瞬間のことを。

 

 見覚えのない…いいえ、記憶にあるようでいて、確実に自分の世界ではないという違和感。

 そしてそれは、世界に拒絶されたような気分だった。

 

 …そんな中、アインズ様を見つけた瞬間…

 

 誰?…とは思わなかった。

 すぐにわかった。アインズ様だって。

 そして、わたしはこのアインズ様に呼ばれたんだって、わかった。

 それが途方もなく嬉しかった。わたしは必要だから呼ばれたんだって、そう思えたから…

 

 

 …あの…■■っ■しまった世界に、拒絶されたわけじゃないと、そう思えたから…

 

 

「…それとさ、シャルティアにもう一つ聞いておきたかったんだけど」

「…なにかしら?」

 思い出から意識を取り戻して、アウラに答える。

「シャルティアは早く向こうの世界に帰りたいのかなって、それはさっきの違和感のせい? なにかこの世界に居づらかったりするのかな?」

 おずおずとそんなアウラには似合わない…マーレのような態度に、思わず噴き出してしまう。

「ふふっ、そんなんじゃないわよ。

 ただわたしの中の、こちらの世界のわたしが言うのよ。…早く戻りたい…お役に立ちたいってね」

 胸の前に置いた手をきゅっと握る。自分でそう言った瞬間、胸がきゅっと締め付けられる。

「こちらの世界のシャルティアは、何も消えたわけじゃない。ここに居る。確かにここに居る。

 …ただ、何もできない。…ただただ、ここにいるだけなのよ」

 

 左目から、つーっと涙が一筋こぼれたのを自覚する。

 

 この涙は、彼女に同情したわたしが流したのか、…それとも、この身体が本来の持ち主の感情のままに流したのか、それはわたしにはわからなかった。

「だから、わたしは早くこの身体をこの子に返してあげたい。わたしだってお役に立ちたいというこの子の願いを叶えてあげたい」

「…なんか、お姉さんみたいだね。こっちのシャルティアの」

 アウラが茶化すようにそう言った。

「確かに、こっちのシャルティアよりも、だいぶ優秀に思えるわ」

 

 アルベドも、茶化しているのよね?

 

 

 

「…そう見えるとしたら、いくぶんわたしが、客観的に俯瞰しているからかもね」




時系列的には、7巻より8巻が先ですよね。
アニメに準拠しましたw


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17

これくらいのペースで、いけたらいいなと思ってます。


「…そう見えるとしたら、いくぶんわたしが、客観的に俯瞰しているからかもね」

 

 

 

 なんか、そう言って微笑んだシャルティアは、ちょっと大人びて見えた。

 

(シャルティアのくせに…)

 

 出来の悪い、手間のかかる妹のようだと思っていたのが、急に大人になられたようで悔しい。

 でも、さっきシャルティアの言ってたことって、一歩退いて客観的に冷静に物事に当たるってことだよね。

 それって、こっちのシャルティアが持っていない一番大きいことじゃない? …まあ、シャルティアは他にも色々と持ってないんだけどさ。

 なんか、シャルティアの精神支配が解けた後も、シャルティアの先生としてしばらくは居てもらったほうがいいんじゃないのかな。

 

 今度、アインズ様にそう言っておこうかな?

 

 その後は、アルベドが双角獣(バイコーン)の調子が悪いと相談してきたんだけど、召還獣だからって、あたしに聞かれたってわかんないって。

 シャルティアに、一角獣(ユニコーン)みたく処女じゃないと駄目なんじゃないのってからかわれた後、アルベドが処女だから大丈夫って……まあ、その後のやり取りは、こいつら何言ってるんだ、みたいな気持ちにさせられた。

 シャルティアなんか、ついさっき見直したばかりだったのになあ。

 

 

 更にその後、アルベドがアインズ様に襲い掛かって謹慎させられたと聞いて、本当になんだかなあという気分にさせられた。

 

 

 

 

 

「さて、今回の依頼を受けるか、どうか? …ロバーテイク」

「構わないと思います」

「イミーナは?」

「いいんじゃない? 久方ぶりのちゃんとした仕事だしね」

「なら…」

 私に決定権はないという前提で始められた話し合いは、ある意味予想通りの結論に至ろうとしていた。

「…私に気を遣っているとしたら、それは遠慮したい。もし今回の仕事を受けなくても他にも手はある」

 非常にありがたい話ではあったが、それは私の本意ではなかった。仕事を受けるか受けないかの重大な決定に、私情を挟んで欲しくはなかった。

 

 それでも、みんなの決定は変わらなかった。

 

 みんながみんな、言葉は違えど私の為じゃないというニュアンスのことを言ってくれたが、それが真実でないことくらいはわかる程度には、みんなのことを知っているつもりだ。

 そして、私がもう何を言おうとも、決定を覆すことはないこともわかっていた。

 私は両親には恵まれなかったが、チームには恵まれていると本当に思う。

「…感謝する」

 

 

 その後、実家に帰り、両親の変わりなさに情けなくなり。また妹達を守るのは私だけだという思いを再確認した。

 

 

 

「あー、どこかで見た顔があちらこちらにあるわね。というかあそこのカブトムシさんはつい最近、カッツェ平野で会っていたじゃない」

 イミーナの言うように、割とよく顔をあわせるご同業がたくさん居た。

 格としてはわたし達…”フォーサイト”と同じくらいのワーカー達だ。

 

 イミーナの言うカブトムシ…グリンガムさんが率いるチーム”ヘビーマッシャー”は、全員で十四人という大所帯ワーカーチームだ。今回の参加人数は五人というところだけど。

 グリンガムさんは、変に固いしゃべり方が特徴なんだけど、そのしゃべり方同様に、ヘビーマッシャーは堅実なチームとして有名だ。

 

「……って! うげぇ、あいつもいるの? あー、そうか。じゃぁ、あそこにいる森妖精(エルフ)の娘たちは……最悪。死ねよ、糞」

 あるチームリーダーを見つけて、イミーナがはき捨てるようにそう言った。

「……私も好きではない」

 もちろん、私の評価もそう変わらない。

 

 人間性という面では最低と評するしかない男…エルヤー・ウズルスの率いる…というよりは、この男一人の為のチーム”天武”は、今回は四人のようだ。

 今回はというのは、最低男以外は特に決まった面子ではないからだ。

 強さという面では、闘技場でも名をはせるどころか…かの近隣国家最強と呼び名も高い王国戦士長と匹敵するとまで一部では言われている。わたしはこいつよりもヘッケランの方が強いと思うけど。

 強いけど人間性が最悪だから、普通のメンバーではチームが組めないのだろう、いつでもエルフの奴隷達を引き連れている。

 メンツが時々変わっているように見えるのは、売り払ったりしているのだろうか? …使い潰しているとは流石に思いたくはなかった。

 

 最後が、場違いとも思えるような老人…パルパトラ”緑葉(グリンリーフ)”オグリオンさんが率いるチーム”竜狩り”の五人だ。

 格としては同格ではあるが、かつてはオリハルコンにも匹敵したと言われ、八十歳になった今でも現役であるパルパトラさんに敬意を払わないワーカーはいない。故に、自然と”老公”と言う敬称で呼ぶことが多い。

 

 そしてわたし達フォーサイトのメンバーが、リーダーのヘッケラン・ターマイト、二刀流を操る私が知る限りでは最強の剣士だと思っている。

 軽薄そうに見えるけど、いつでもわたし達のことを考えているすごく優しいチームリーダーだ。

 副リーダーがイミーナ、リーダーのヘッケランとはかなりいい感じに見える。私の勘では、多分付き合っていると思う。ちょっとぶっきらぼうで口が悪いが、リーダーに負けず劣らずの優しい…頼れるお姉ちゃんだ。

 詳しく聞いたことはないが、半妖精(ハーフエルフ)だから多分私が知らない苦労をたくさんしてきたはずだけど、そんなことはおくびにも出さない…ああ、エルヤーへの敵意は隠そうともしていないな。

 影のリーダーとも言えるのが、神官…元神官のロバーテイク・ゴルトロン、優しすぎて冒険者にはおさまれなかったからワーカーになったという、異彩な経歴の持ち主だ。

 そんな人だから、もちろん優しい人だ。…本当に、優しい人しかいないな。すごくいいチームだと誰が相手でも誇ることができる。

 最後が私…アルシェ・イーブ・リイル・フルト、第三位階までの魔法と、相手の使える魔法の最高位階が見えるという異能(タレント)を持っている。私が誇れるのはそれくらいだけだ。

 私たちは上位のワーカーチームというのが世間の評価だが、さっきも言ったように私は最高のチームだと思っている。

 

 …最高のチームだったになるかもしれないけど…

 

 この仕事が終わったら、私は妹達二人を引き取って…ただのアルシェになって…どこか両親の手が伸びない場所に行くつもりだ。

 最後の最後まで私は我侭な妹だった。私が抜けるせいでフォーサイトは解散することになるかもしれない。それがすごく、申し訳なかった。

 

 伯爵の執事らしき人物が現れ、案内された先の光景は驚きだった。

 大きな幌馬車が二台、驚きはそれを引くのが八足馬(スレイプニール)だったことだ。貴族であっても滅多なことでは保有できない…当然、うち程度では保有した歴史はなかった。

 だが、それよりも驚くものが、最後に執事から紹介された。

 

「ご紹介いたしましょう。たった二人でアダマンタイト級まで上り詰めた冒険者”漆黒”のモモンさんです」

 

 冒険者の最高位…アダマンタイト級、私は初めて目にした。

 チーム名と同じ漆黒の鎧を纏った偉丈夫、背中には両手で持つのも難しそうな大剣を二本も背負っていた。…まさか、ヘッケランと同じ二刀流なのだろうか? あんな大きい剣でそれは考えづらい…けど、もしかしてという思いは捨てられなかった。

 チームメイトの”美姫”ナーベ、使える魔法の位階は私と同じ第三位階という話だが、見た感じ…もう少し上まで使えると思う。ただ、私と同格なはずがないという思いは強く持たされた。

 敬意…畏怖といったもので見つめていた中、モモンさんが口を開いた。

「交流を深める前に……君たちに聞きたいことがある」

 大声ではない。だが、太い声はその鎧の下の雄々しさを感じさせる。

 

「何故、遺跡に向かう? 依頼を受けたというのは分かる。しかし、組合から強く願われれば断るのが難しくなる冒険者と違い、しがらみのない君たちが引き受けたのは何のためなんだ? 何が君たちを駆り立てるんだ?」

 

 不思議な質問だった。内容もだが、何故そんなことを聞くのかがわからなかった。

 

「そりゃ、金ですよ」

 

「君たちの命に釣り合うだけの金を提示されたということか?」

 

 不思議な問答が続く。意味がわからない。意図がわからない。

 

 

 …本当に、わからなくていいのか? …残念ながら、この時は思わなかった…

 

 

 

「なるほど……それがお前たちの決断か。よく分かった。本当にくだらないことを聞いた。許してくれ」




さて、ここからフォーサイトの生き残りをかけた綱渡りが始まります。
生き残れるのはアルシェだけなのか? それとも全員生き残れるのか?
はたまた逆転で全員が死ぬことになってしまうのか?


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18

レトロアドベンチャーゲームのように、選択肢一個の間違いがサドンデスな中
フォーサイトは生き残ることができるか!?


「なるほど……それがお前たちの決断か。よく分かった。本当にくだらないことを聞いた。許してくれ」

 

 

 

 ああ、本当にくだらない。

 

 悪くなった気分を隠すのも億劫だった。

 

 その後に請われた、爺さんからの模擬戦の依頼も、ある種の気分転換になるかと受けたが、あまり気分が晴れることはなかった。…まあ、予想通りではあったが。

 さて、こう言ってはなんだが、他のチームはどうでもいいか。

 シャルティアの言っていた…アルシェという娘と、あとはまあそのチームのメンバーにはもう一度確認しておくか。

 …と思っていたら、向こうからそのアルシェのチームのリーダーがやって来た。

「モモンさん、一手御教授頂いてもいいでしょうか? もちろん、老公とは違い勝負って意味ではないです」

「私はあまり教えるのは向いていないと思っているが、軽く手合わせをするくらいなら構わんよ」

 チームのリーダーが手合わせをすると知って、アルシェを含むチームのメンバーもやってきていた。…というか、あの娘がアルシェでいいんだよな? エルフともハーフエルフとも聞いていないから、消去法であの娘がアルシェのはずだ。

 

 …でも、シャルティアだからなあ…

 

 どうしても一抹の不安が隠せない。名前を聞くのもなんか、ナンパっぽくてできないしな。

「ふむ、双剣か。私と一緒だな」

「いやいや、そのごっつい剣と一緒にするのは無理があるでしょう」

 向こうはスピードと手数で勝負のフェンサーと言ったところか。ちらりと他のメンバーを窺うと、後はマジックキャスターにプリースト、それにレンジャーと言ったところかな。なかなかにバランスの取れたパーティと言えるだろう。…ハムスケの試験相手には向かないな。

「さて、先ほどのご老人との戦いでは手を出さなかったが、今回は少しは攻撃させてもらうとするかな」

 ビュッと手に持った杖を振るって、そう言った。

「ははは、ヘッケラン、死ぬんじゃないわよ」

 ハーフエルフの娘がカラカラと笑いながら、そう野次っていた。

「少々の怪我程度でしたら、私が癒しますので安心してやられて下さい」

 神官の男も、楽しそうにそう声をかけていた。

「イミーナもロバーもうるせえよ」

「いい勝負を期待している」

「アルシェの期待が一番きついわ」

 ふむ、名前が確認できたのは幸いだった。やはり予想通りあの娘がアルシェで間違いないようだ。

 

「では、始めるとするか」

 

 

 

 

 

「はぁはぁ…ありがとう…ございました」

「ふむ、これで終わりでいいのかね?」

「はぁはぁ…はい。本当に…ありがとうございま…した」

 たったの三回…それだけの手合わせで、俺は立ち上がれないくらいに疲労していた。

 最初の一回は、どうやってやられたのか、かろうじてわかるくらいにあっさりと、あっという間に転がされた。

 だが、その一回目が一番精神的には楽だった。二回目と三回目は、あれは寸止め地獄とでも呼ぶべきものだった。

 こちらの攻撃の合間合間に、気付くとピタリと触れるか触れないかというところで杖の先端が寸止めされていた。

 攻撃をし続けることによる肉体的疲労と、何度も何度もやられていたということを知らされることによる精神的疲労で、起き上がることができなくなっていた。

 

 強いことはわかっていたし、差があることは知っていたが、これほどか…

 

「ヘッケラン、大丈夫?」

 アルシェがそう言って手ぬぐいを差し出してくれた。

「大丈夫よアルシェ、攻撃は当てられなかったんだから、ノーダメージよ」

 イミーナが何がおかしいのか、ケラケラと笑ってやがる。

「まあ、ただの疲労ですから、治癒魔法は必要ないですね」

「うるせーよ、すまんな、アルシェ」

 とりあえず身体を起こして、アルシェから手ぬぐいを受け取る。ホント、優しいのはアルシェだけだ。

 

「ふむ、これを聞くのはマナー違反になるかもしれないが、聞いてもいいかね?」

 

 モモンさんが言いづらそうにそう声をかけてきた。

「なんでも聞いてくれていいですよ。まあ、答えるかどうかはわかりませんがね」

 気楽に聞いてくれということを示すように、そう軽く答えた。

「では、お言葉に甘えて。君たちは何故金が必要なのかね?」

 モモンさんの質問は、最初に会った時に聞いてきたものと同種のものだった。俺はずいぶん其処に引っかかるんだなと妙に引っかかった。

「ちょっとうちのチームのプライベートなところに引っかかるんで、詳しくは言えないんだが…まあ、仲間と、家族の為にってところかな」

 アルシェは俺たちの仲間であり、俺たち全員の妹みたいなもんだ。

「ふむ、そうか。…ただ、何度も繰り返して申し訳ないが、それは君たちの命に釣り合うだけのものなのか?」

 さっきと同じ言葉。だが、さすがに二回も言われると、簡単には流せない。

 

「モモンさん、あんたはこの件、そんなにヤバイ案件だと思っているんですか?」

 

 モモンさんの質問は、俺には…関わったら死ぬが、それでいいのか?…そういう風に聞こえた。

「…そうだな。確かなことはわからんが、私の勘ではそうだと思っている」

 俺の疑問に、はっきりとそう肯定した。

 勘という不確かなものではあるが、何と言ってもアダマンタイトまで上り詰めたモモンさんの勘だ。恐ろしく確度の高い情報と言っても過言ではないだろう。

「…まいったな。依頼を受ける前に聞いておきたかったな」

 さすがに前金を貰っておいて、やっぱりやめますっていうのは通らない。

「…そうだな。今更言っても仕方のないことではあったな」

 モモンさんの方も、さてどうしたものかと考え込んでくれている。

「虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉があるが、私はでかい虎が中にいると思っている」

 未開拓の遺跡…ありえない話ではなかった。

「虎に出くわさないようには、どうしたらいいですかねえ」

 

「入らないのが一番いいんだが、それは無理なんだよな。だったら…」

 

「だったら…」

 

 

 

「虎の尾を踏まない。できるだけ虎の怒りを買わないようにするしかないな」




アインズ様攻略法、わからないなら、モモンさんに聞けばいいじゃないw


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19

本人を交えての、ナザリック対策会議の始まり始まり。


「虎の尾を踏まない。できるだけ虎の怒りを買わないようにするしかないな」

 

 

 

 そう言いながら、俺は何のアドバイスをしているのだろうという変なモヤモヤを抱えていた。

 

「モモンさんの言う虎って言うと、墳墓の主ってことになるよな。主が怒ることか」

「無断侵入はどうしようもないかなあ」

「さすがに呼び鈴はないと思われる」

「できることと言えば、盗掘しないことくらいでしょうか」

 自分のアドバイスに従って、相談を始めたアルシェ達のチームをなんだかおかしなことになったなと見つめる。

「まあ、勝手に入ってきた上に、泥棒までされていたら、怒るのは間違いないだろうなあ」

 なんでこんな他人事のように、自分のことを話しているのか。

「依頼人の意図とは異なるでしょうが、一応の依頼内容は墳墓の調査です。盗ってくる必要はないでしょうね」

「うわー、すごいお宝が眠っていたら、かなりおあずけ感があるわねえ」

「でも、命は大事」

「そうだな、アルシェがこう言うんだ。とりあえずは手を付けないようにしようぜ」

 

「あー、一応再度言っておくが、あくまでも勘でしかないぞ」

 

 勘ではなく間違いない事実ではあるのだが、なんかカンニングをされているようで、そう釘を刺しておく。

「その辺は大丈夫ですよ。モモンさんの言葉を参考にして、あくまでも俺たちが決めた事です。これで損をしたとかモモンさんを恨むつもりはありません」

「問題は、盗掘をしていなくても、怒りが解けない場合」

「全員で全裸で土下座でもするか?」

「なんで全裸よ」

「誠意をもって、謝罪するしかないでしょうね」

「それしかないと思う」

 

 なんか、そこまで気を遣ってもらって、許さないのは器が小さい気がするなあ。

 

「すいません、このことを他のチームにも伝えてもいいでしょうか?」

「ん…んん…も、もちろん、構わないとも。だが、強要はできないと思うぞ」

 駄目とは言えない。言えないが、もし全チームにそうされると計画が大きく狂ってしまう。

「まあ、さすがに、他のチームの決定にまで口は出しませんが、なんかあったときに言ってたか言ってなかったかで、俺たちの気分的にねえ」

「天武は間違いなく、鼻で笑うだけでしょうねえ」

「すごく馬鹿にされる気がする」

「まあ、だからと言って、天武だけには伝えないというわけにはいかないでしょう」

「打ち合わせの時に、全チームに伝えればいいんじゃね」

「がんばってね、リーダー」

「じゃんけんだ、じゃんけん!」

 

 

 とりあえず、地上の施設にちょっとした財宝を置いておいて、それを盗むかどうかで選別するかな…と計画の微修正をした。

 

 

 

 

 

「…ヘッケランが私の代わりに会議に出るべきだったと思う」

「気にするなよ。他のチームリーダーも出てなかっただろ? 適材適所ってやつだな、うん」

 ウィンクをしたヘッケランに大きなため息を吐く。

「…とりあえず、夜になったら全チームで行動を開始する。四方から侵入し、中央の巨大な霊廟に集合」

「むしろ、明るいうちに堂々と侵入したほうが、コソコソするよりは印象がいいようには思いますが」

「残念ながら、他のチームには受け入れられなかったんだ。ここでそれを行うのは独断専行すぎる」

 あの後、モモンさんからの助言という形で、他チームのリーダー達にヘッケランから伝えられたのだが、残念ながら理解は得られなかったようだった。

「老公とグリンガムは、チームに持ち帰って相談してみるって話だったんだが、そういう作戦になったってことは、通らなかったんだろうな」

「モモンさんから直接聞いた私たちと、伝聞で聞いた彼らとは真剣度が違うのはしょうがないのかもしれないですね」

「そもそもがさ、言ってみれば盗掘に来たのに、盗むのはやめようぜっていうのは何しに来たのってなるのも、わかるのよねえ」

「イミーナは反対か?」

「話だけ聞いたら何それって思うところだけど…あの真剣なモモンさんの様子を見るとね、こりゃヤバイかもって思ったもの」

 そのイミーナの言葉が、私たちの共通認識と言っていい。

 正直言って、この中で一番財宝を望んでいた私でさえ、命には代えられないと真剣に思っているのだ。

「何も起こらないといいのだけれど」

 自分で言ってて、そんなことになるはずがないと確信している。

 長年未発見な墳墓のはずなのに、何者かに綺麗に掃き清められているのは間違いなかった。そのことが、モモンさんの勘の信憑性を更に上げていた。

 

 荘厳と言ってもいい巨大な霊廟が、非常に不気味に見えた。

 

 

 …まるで、死神が腕を開いて待ち受けているような幻が見えるようだ…

 

 

 夜でなく、昼に侵入するという意味では、あの最悪男の強行突入案も、そう悪くなかったかもとすら思えてきた。

「なら、俺たちの番まで宿泊地に帰ってのんびり待つか」

 ヘッケランの言葉にうなずく。

 鬼が出るか蛇が出るか、それはわからないが、もう私たちに出来ることはあまりなかった。

 

 思わず知らず、もう一度つぶやいていた。

 

 

 

「何も起こらないといいのだけれど」




フォーサイトのみならず、他のチームにも生存の可能性が出てきました。
ただエルヤー、てめぇはダメだ!

エルヤーさんは、好きですよ、いいキャラだという意味で。


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20

ついに20話です。
まあ、一話一話が短いからなんですが、頑張ったなと自画自賛w


「何も起こらないといいのだけれど」

 

 

 

 その願いは、空しく空に響いた。

 

 

「やれやれ、行ったな」

 

「行きましたね。たとえワーカーとはいえ、同じ飯を食べた、そして今回の依頼における仲間です。無事に戻ってくると良いのですけど……モモンさんはどう思われますか?」

 

「……それは難しいだろうな」

 

 全員無事に戻ってきたら、作戦大失敗じゃないか。こんな不快な作戦を行って、更に失敗だなんて、何をやっているのかわからなくなる。

 どれだけの人間に慈悲をかけるかは、連中の今後の行動にかかってはいるが、誰一人帰還しない…その結果だけは変わらない。

「そういうつもりでいるべきだ。今回の遺跡は未発見のもの。どんな危険が待つかもしれない。下手な願いは自分を傷つけるからな」

「なるほど、そういう……ご心配ありがとうございます」

 

 こちらの発言を好意的に解釈して礼を言ってきた冒険者チームのリーダーと別れ、自分たちに割り当てられた天幕へと戻り、ナーベラルに指示を出して、ナザリックへと帰還する。

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

「ただいま、アルベド」

 あいさつを交わした後は、侵入者歓迎の注意事項などを話し合う。

 コストができるだけかからないようにすること。

 システム・アリアドネのこと。

「ああ、そう言えば、テストのほうはどうなっている? 例の減点方式のやつだ。ちっ、泥だらけの足で入ってくるんじゃない。全員一点減点しておけ」

「二十人足らずですからね、もちろん全員把握しております。ちなみに地上階の財宝に手を付けていた場合の減点はいくらにしておきましょうか?」

 

 

「無論、マイナス百点だ」

 

 

 

 

 

「老公、勿体ないじゃないですか? 墓地の捜索は別のチームがやっても良かったはずですよね?」

「勿論、その通りしゃ。とのチームも……あの糞チームは別しゃけと、能力に大きな差はないしゃろう。我々に出来ることは”ヘヒーマッシャー”も”フォーサイト”も出来るしゃろう」

 ならば、と言いかけた仲間の言葉を遮って、そのまま言葉を続ける。

「明日の優先捜索権を得たんしゃ。損はっかりしゃねーそ。それに明日は地表部の捜索も終わってるしゃろうから、下手したら一番最後のチームは、本当に何の利益も得られす、場合によってはヘースキャンプの警護という線もあるしゃろう」

「なるほど……」

「それに、儂かあの提案をしたとき、ヘッケランの奴はしまったという顔をしとったわ」

 奴のあの瞬間のやられたという顔を思い出して、思わず笑いがこみ上がってくる。

「大体、謎の遺跡に最初に侵入するのはちと危険か高すきしゃよ。モモンの勘もそう言っておるようしゃしな」

「フォーサイトの連中は、本当に地表部の霊廟の財宝は手付かずなんですかね?」

「そいつはこの後に確認すれはいい。そうたったら儲けもんしゃのう」

 儂のその言葉に、どっと笑いが起こる。

「モモンの勘通りに墳墓の主がいたとして、だったらフォーサイトだけは無事に帰れますかね?」

 その何ともおめでたい発想に、フンと鼻で笑う。

「人間相手たったらわからんか、こんな墳墓の主は人間なわけないしゃろう。アンテットかモンスターに決まっておるわ。そんなの相手にそんな言い訳は通用せんわ。侵入しないのかヘストしゃよ」

 少しばかりごねていた連中も、そこまで儂が言ったら納得したようだった。

「彼らは我々のカナリア。無事に生還してくれるとよいの」

 今はもう見えぬ連中の無事を、言葉だけで祈ってやる。

「彼らか生還したら、我々は明日の優先捜索権を得る。生還しなかったら、撤退の提案をする。まあ、地表部のお宝たけても、十分しゃろう」

 この話はここでおしまい。

 この後の…フォーサイト担当だった霊廟を確認した後の…話に変える。そうすると自然と話はモモンのことになる。

 奴のことを考えると、年甲斐もなく憧憬の念が沸くのを禁じ得ない。

「真のアタマンタイト級冒険者を幾人も見てきたか、モモンはその中ても別格しゃ。真の中の真とも言うへき気配を感したの」

「そうなんですか?」

「ああ、たからこそ軽くても揉んてもらうと良いそ? 儂か死んた後も、主らか冒険を続けるのてあれは、経験はきっと将来の宝になろう」

 儂の先達としての助言に、パーティの面々が茶化しながらも、頷いてくる。

 そんな折に…

 

「素晴らしいチームなのですね」

 

 突然、静かな女の声がした。

 見れば、先ほど降りてきた傾斜角の緩やかな階段の上、霊廟の入り口にメイド服を着た女性達が立っていた。その数は五人。

 誰もがあり得ないほど美しく、それがゆえに沸々と湧き出る違和感に…イヤな予感。

「主……何者しゃ? 見かけぬ顔しゃか……。ふむ。やはり隠し通路かあったのか……」

 うちの連中も声をかけるが、メイド達は特に反応を返さない。じゃが、このタイミングで出てきたのだ。ただの顔見せだけのはずがない。

「人数は互角……なんとかなるかの?」

 

 

「それにしても墓地でメイドって……センスを疑うな」

 

 

 突如、温度が下がった気がした。

 先ほどまでの無反応…逆に少しばかり友好的とすら感じていた雰囲気が一変した。

 

「マイナス一点ですぅ」

「………マイナス一点」

「墳墓への悪口が一点なんだから、それくらいでしょうね。気分的にはもっと取りたいんだけど」

「おめでとうっす! 今のでマイナス十点になったすよー」

 

 マイナス十点…一体何の話だ?

 

 

 

「はい、はい。何を言っているの、もう彼らはマイナス百点があるのだから、マイナス十点なんてとっくに超えているわよ」




パルパトラ~、アウト~!


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21

フォーサイト以外の面々も、なかなか面白い奴らなんですけどねえ。
オーバーロードは、いいキャラでも死んでしまうのが魅力と言えば魅力なんですが。

もったいねえ。


「はい、はい。何を言っているの、もう彼らはマイナス百点があるのだから、マイナス十点なんてとっくに超えているわよ」

 

 

 

「さて、まずは自己紹介を」

 

 ユリ姉が死にいく者たち相手に自己紹介を始める。意味ないっすけど、いたぶってるんすかね? だとしたらユリ姉もなかなか意地が悪いっすね。

 

「ナザリック・オールド・ガーダー、出なさい」

「何しゃと!?」

 ユリ姉がナザリック・オールド・ガーダーを八体呼び寄せた。…あれぇ、最初は爺さんにプラスワンで、計六体の予定だったはずっすがねえ。ユリ姉もさっきのセリフに怒ってるみたいだ。

 

「…これかこの遺跡の最大戦力しゃな? この程度で儂らを止められるとても考えておったのかの?」

 

 あまりに見当違いの爺さんのセリフに、ユリ姉が動揺する。

 図星じゃろうという爺さんのしたり顔に、こっちは爆笑どころか苦笑するしかないっすわ。

 

 

「まぁ、そういう突破の仕方もありますね。応援しております、では始めてください」

 

 

 

 

 

「……誰かいるか?」

「…ここだ、グリンガム」

 即座に仲間の一人の声が返る。それもさほど遠くない距離。恐らくは先程走っていたときの間隔程度だろう。

「……他には誰もいないのか?」

 予想通り、返事はなかった。

「明かりをつけるか?」

「それしかないよな」

 何かをするには明かりが必要。闇への不安をそう言い訳して、明かりをつける。

 

 そこに広がる光景は…冗談にしても悪趣味なものだった。

 

「なんだ……よ、ここ」

 そう言いたい気持ちは痛いほどわかった。

 ヘッケランから聞いたモモンの助言を軽く扱いすぎたか? …いや、より慎重に動くようにチームの方針を決定した…そう決定はしたが、そこまでだった。

「……早く逃げるぞ。この遺跡は……触れてはいけないところだ」

 この判断は遅かったか? …いや、まだ間に合うはずだ!

 

「…いや逃げることは出来ますまい」

 

 突如、第三者の声が響く。

「誰だ!」

 慌てて周囲を見渡すが、動く者の気配はない。

「おや、失敬。我輩、この地をアインズ様より賜わる者、恐怖公と申します。お見知りおきを」

 その言葉と共に現れた…下からせり上がってきたのは、周囲のソレとは異なる体長三十センチほどの二本の脚で直立したゴキブリだった。

 豪華な金糸で縁取られた鮮やかな真紅のマントを羽織り、頭には黄金に輝く王冠をちょこんとのせている。前肢には先端部に純白の宝石をはめ込んだ王笏。

「お前は……何者だ?」

 ゴキブリはゴキブリだ。ただ、こんなゴキブリはありえない。

「ふむ。先程は聞いていただけなかった御様子。もう一度名乗った方がよろしいですかね?」

 意味としては通じなかったようだが、それよりも言うべき言葉があった。

「……率直に言う。取り引きしないか?」

「ほほぅ、取引ですか。御二方には感謝しておりますし、応じたいところではありますが…」

 感謝? 意味はわからないが、取引において何か引っかかるところがあるようだ。

 

「…御二方共、残念ながら百三十点以上のマイナスとのこと」

 

「は?」

 百三十点のマイナス? 意味が分からない。

「マイナス十点以上の者が、我輩の領域に参った場合の許可は、既に頂いておりますれば…」

「まっ…」

 こちらの言葉を遮るように、前肢を上げて更に言葉を続けてくる。

「その前に、何故感謝しているのか疑問を覚えられたようですし、それについて回答しておきましょうぞ。我輩の眷属が共食いには飽き飽きしたようで、そのため餌である貴殿らには先程も言ったとおり感謝しているのですぞ」

「な!」

 聞かされた言葉は、最悪としか言えなかった。

 仲間が矢を放つが、奴にあっさりと防がれる。

 

 そして、部屋が蠢く。

 

 

「二人しかいないのが残念至極ですが、眷属の腹に収まってください…」

 

 

 

 

 

「某はハムスケ! そなたを殺す者の名を覚えて、あの世へ行くと良いでござる! そちらも名乗ると良いでござるよ!」

 魔獣が一方的にふざけたことをぬかしやがる。

「……獣に告げる名などないのでね」

「ならば名も無い愚か者として、某の記憶からも消してしまうとするでござる!」

 巨体が一気に駆けだしてきた。下手な戦士であれば巨体の体当たりで大怪我は免れないだろう。だが、相手が悪かったな!

 獣の突進をギリギリまで引き付け、<縮地改>で距離を取り…

「ちぇぇい!」

 剣を振り下ろ…

 

「…げぶっ!」

 

 …白銀の突進を受けて、その衝撃で意識が一瞬だけ白く染まる。

 

 思えば、最初から躓いていた。

 獣風情がこの俺を見下し、舐めた口を聞いてきた。とても許せることではなかった。

 軽く、力の差を教えてやろうとした。

 

 武技を使った。自慢の<能力超向上>も使った。

 

 奴隷共に魔法を使わせた。治癒魔法と強化魔法をかけさせた。

 

「人間と魔獣ではもともと肉体能力に差があるからな! これで差を埋めさせてもらったぞ!」

「もともと全員を同時に相手するつもりだったから全然かまわないでござるよ? というよりそれで良い勝負になると良いなーと思っているでござるよ、こっちも」

「ぬかせ!」

 こいつは俺の神経を逆なですることしか言わない。必ず、必ず! 後悔させてやる!

「くらえ!」

 

 

「<斬撃>! でござる」

 

 

 は? はぁ!? 痛いっ! 痛い痛い痛い!!

 

「うで、うでがぁぁああ! ち、ちゆ、ちゆをよこせ!! はやくしろ!」

 

 なんでこうなった? どうしてこうなった!? おかしい! こんなはずがない!!

 

「うで! はやくしろ!」

 

 ありえない! ありえるはずがない!!

 

 

「そなたはマイナス百四十二点ということらしいので、このまま殺すことになるでござる。まあ、それはそれとして…」

 

 

 

「ありがとうでござるよ! 苦しめるのは趣味ではないので、これで終わりにするでござる」




アインズ様の採点基準

地上階含めて盗掘したら・・・マイナス百点
ナザリックを侮辱したら・・・マイナス一点
なんかムカついたら  ・・・マイナス一点

合計マイナス十点を超えると、死刑(チーン)


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22

竜狩り、ヘビーマッシャー、エルヤーさんは残念ながら
原作の流れからは逃げれませんでした。
さて、フォーサイトの面々はいかに!


「ありがとうでござるよ! 苦しめるのは趣味ではないので、これで終わりにするでござる」

 

 

 

 びゅんと、尻尾を振るう。

 

 顔が半分ほど潰れた死体がどう、と倒れる。

 

 テストの成功を確信して、ふむふむと頷く。おっと、そう言えばもう三人いたでござるな。これからかかってくるにしても、仲間の死を悼む時間くらいは作ってあげるべきでごさるな。

 某がそばにいてはそれもできないなと、てくてくと後退する。

「さて、おぬしたちもやるでござ…?」

 仲間の死を悼んでいるはずの森妖精(エルフ)三人が、嗤いながら戦士の死体を蹴っていた。

「なんでござる? エルフなりの埋葬方法なのでござるか?」

 口にしてみるが全然違う気がした。どんよりと濁った瞳の中に愉悦の色が浮かんでいるのが見える。憎悪をぶつけているとしか思えない。

「……困ったでござるなぁ。そう言えば彼女らは何点でござるか?」

「マイナス三点か、マイナス百三点か、協議中とのことですよ」

 ザリュース殿がそう教えてくれた。

「マイナス十点を超えていない者がいるとは思わなかったでござるよ。じゃあ、放置でいいでござるな」

「その方がいいでしょうね」

 

「ところで…ザリュース殿、どうでござった? 及第点でござるか?」

 

 

「ええ。お見事です。あれは確かに武技の発動でした」

 

 

 

 

 

「ヘッケラン! どうするの!」

「全力で逃げる!」

 ヘッケランの言葉で、来た道を大急ぎで逃げる。

 

 …最初は雑魚だった。なんの変哲もない数体の骸骨(スケルトン)、グリンガムさんがあっさりと打ち砕いた。

 その後の分かれ道でパーティ毎に別れた後、次に現れたのは骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)と骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)のパーティだった。

 いきなりレベルが上がった気はしたが、魔力を温存して撃退することは可能だった。

 

 そして再びの十字路を越えて現れたのが、さっきのだった。

 

「なんだ、あれは! ロバー!」

「わかりません! 私は見たことがありません!」

「骸骨騎士(スケルトン・ナイト)とか!?」

「そんなレベルとは思えない。骸骨のというよりは、死の騎士といった感じだった!」

 巨大な黒い鎧を纏った…それ以上に、濃密な死の匂いを纏った騎士だった。それも、五体も!

 一目で敵うわけがないことがわかった。

 ただゆっくりとガシャンガシャンと歩いてこちらに向かって来ているので、全速力の私たちはなんとか逃げられそうなことだけが救いだった。

「そろそろさっきの十字路よ、どっちに逃げる?」

「もちろん、入り口の方だ! モモンさんの言うでかい虎に会ったんだ、とっとと逃げ出すに決まっている!」

 確かに、強さ的にはでかい虎があの死の騎士というのはわかる。ただ、モモンさんの言うでかい虎から、逃げることができていることに、違和感を覚える。

「待って!」

 十字路をわずかに越えたところで、イミーナがストップをかけた。

「……あんなの、いたっけ?」

 通った時には出会わなかった、獣の姿の骸骨だった。

 獣の動死体(アンデッド・ビースト)の腐肉の代わりに、揺らめくような霧を纏っていた。ただ、アンデッド・ビーストの亜種とはとても思えない存在感だった。

「さっきの十字路まで戻るぞ、あのでかい黒いのが来るまでまだ時間があるはずだ!」

「どっちに逃げるのよ!」

「とりあえず右…じゃねえ、左だ!」

 右側の通路から、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の集団が向かって来ているのが見えた。…恐ろしく強いアンデッドが集団であるというのに、さっきの死の騎士や骨の獣よりはまだマシのように感じられることが、とても怖かった。

 左の道に飛び込んで、しばらく走っていると…

 

 …足元に魔法陣が広がった。

 

 次の瞬間、下から立ち上る回避不可能な蒼白い光に包まれて、視界に飛び込んでくる風景は一変した。

「各員注意! 警戒! ……んだ?」

 まずみんながいることを、全員が目を見合わせて確認した。その後周囲の様子を確認する。

 そこは薄暗い通路が一直線に続いていた。通路は広く高い。それは巨人でもなんなく歩けるほど。通路に掲げられた松明の炎の揺らめきが陰影を作り、影が踊るように動く。通路の伸びた先、そこには落ちた巨大な格子戸がある。格子戸の空いた隙間からは、白色の魔法的な明かりが入り込んでいた。通路の反対を見るとかなり奥まで伸びているようで、途中に幾つも扉があるのが松明の明かりに照らされて見てとることができた。

「ここがどこだか分からないけど、今までとは雰囲気がまるで違うわね」

「…ここは……」

「知っているのか? もしくは心当たりでもあるのか?」

 ヘッケランの問いに頷いて返す。

「…似た場所を知っている。帝国の闘技場」

「ああ、言われてみればそうですね」

 ロバーデイクが同意の声をあげた。ヘッケランとイミーナも声までは上げないまでも、同意した。

「なら、奥は競技場(アリーナ)ですね」

 ロバーデイクが格子戸の方を指差す。

「だろうな。ここに転移したってことは……そういうことだろうな」

 ヘッケランの言う意味はみんな理解していた。

「最初に決めた通り、とにかく謝罪だ。全員ここで脱いでいくか?」

「だから、なんで全裸よ!」

「誠意をもって謝るしかないでしょう」

「わかった」

 この先に待ち受けるのは、この墳墓の主…あるいは、それに準ずる者に間違いないだろう。

 格子戸に近づくと、待ってましたと言わんばかりに勢い良く持ち上がった。潜り抜けた私たちの視界に映るものは、何層にもなっている客席が中央の空間を取り囲む場所。そして…

 

 

 

「待っていたでありんすよ」




シャルティア、久しぶりに登場です。
メインヒロインなのになw


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23

アニメ、見返してましたが
謝罪は聞き入れない。言い訳には激怒。
小説版では、フォーサイトは詰んでますね。


「待っていたでありんすよ」

 

 

 

 その言葉は心の底から出た思いだった。

 

 温情を特にかけて頂いていたのに、恐ろしい早さでマイナスポイントが積み重なっていくので、急いでこちらに来てもらうようになんとか仕向けた。

 アルシェはまだ余裕があったんだけど、あのハーフエルフは口が悪すぎだ。アルシェさえ助けられればいい気もするけど、まあ、せっかくだし。

「とりあえず、自己紹介を。妾はシャルティア・ブラッドフォールン。アインズ様より特別にお前たちの出迎え役を任されたでありんす」

 スカートをつまんで、優雅にお辞儀をしてやった。

「ご丁寧な自己紹介ありがとうございます。こちらもしたいところですが、まずは謝罪をさせて頂きたい」

 リーダーらしき人物がそう言ったあとパーティに目配せをすると、一斉にその場で土下座をした。

 

「「「「申し訳ございませんでした」」」」

 

 声と姿勢をそろえたそれは、なかなか綺麗な土下座と言っていいだろう。観覧席からご覧になられているアインズ様も、満足そうに頷いているので、ホッとする。

「いいでしょう。謝罪を受け入れましょう。お前たちは盗掘もしていないので、アインズ様も特別に許してやろうと仰せです。ありがたく思いなさい」

 

「「「「ありがとうございます」」」」

 

 土下座のまま、もう一度頭を下げてくる。アインズ様に温情をお願いしたわたしの立場的にも、好感の持てる対応と言えよう。

「謝罪は受け入れました。もう土下座は結構でありんす」

「わかりました」

 妾の許しを受け、アルシェのチームの面々が立ち上がる。

「こちらの勝手な都合で足を踏み入れたにも関わらず、寛大なる許しを得ることができ、本当にありがとうございました」

 リーダーが代表して、もう一度礼を言ってきた。うんうん、見苦しく言い訳するよりも、素直に謝るのが一番よ。

「シャルティア様はこの墳墓の主の奥方様でありましょうか? ご主人様にも我々のお礼をお伝えいただきたい」

「まあ!」

 なんといいことを言うのでしょう!

「お前、お前の名前は何と言うのかしら」

「はっ、ヘッケランと申します」

「いいです、いいですよ、ヘッケラン! 妾はアインズ様の奥方と言っても過言ではないと言っていいでしょう」

 観覧席から、いいわけあるかとか、マイナス一点、いや十点だとか騒いでいる大口ゴリラがいるが、完全無視に決まっている。

「アインズ様より特別に許可を頂いております。お前たちはこの階層に家を設けてやりますので、そこに住まうことが許されました」

 気分も良くなったわたしは、アインズ様からの特別な大奮発を教えてあげた。

 

「…えっ?」

 

「ん? どうかしたでありんすか?」

 泣いて感激するかと思ったら、意外な反応だった。

「あ、いえ、我々のような無礼者、早々と出ていけと言われると思ったものですから」

 ヘッケランとやらが、にこやかに笑って、その反応の意味を答えてきた。それは実に納得の行くものだった。

「ああ、なるほど。なかなか身の程をわきまえているでありんすな。それは実に良いことでありんすよ」

 わたしはうんうんと頷きながら、そう褒めてやる。

「まあ、住まうことが許されたと言っても、ずっとと言うわけにはいかないでありんすがね。数か月と言ったところかしら?」

「ああ、そうですか、了解致しました」

 ヘッケランが残念そうと言うよりは、ちょっとホッとしたように見えたが、気のせいよね。

 

「…数か月…そんな、困る…」

 

「あぁ?」

 ふざけたことを口走る奴がいると目を向けたら、それはアルシェだった。

「困るって、どういうことでありんすかね?」

 いかにアルシェとは言え、アインズ様の寛大なるご処置に文句を言うというなら、ただではおかない。

「申し訳ございません、奥方様。この娘、アルシェには少々家庭の事情がございまして、決してご主人様の寛大なる処遇に不満というわけではございません」

「ふむ、家庭の事情ね」

 うん、奥方様、実にいい呼称ね。

「はい。こちらのアルシェには妹達がいるのですが、その子達のことでアルシェだけは家に少しだけ帰る許可を頂きたくお願い致します」

 そう言われて、アルシェの家庭の事情を思い出す。

「そう言えば、妹達が邪教集団に売られてしまうんだっけ?」

「なっ!?」

「あれ、違ったっけ?」

 アルシェが驚いたので、記憶違いだったかと思い直す。

「さすがに、そんなことには…と、思いたい」

 アルシェが顔面を蒼白にさせながら、ボソボソとそう言った。

「妹達を引き取りたいのかしら? 妾はある程度お前たちの処遇についての裁量権を頂いているでありんす。いいでありんすよ、迎えに行っても」

「……お願いします」

 いろいろと考えたうえで、アルシェがそう答えた。

 

「…ならば、私が<転移門>を繋いでやろう」

 

 観覧席からフワリと舞い降りて、アインズ様がそんな寛大なお言葉をかけてくださった。

「まことにありがとうございます」

 片膝をついて、礼をする。

 横目で見るとボケっとアルシェが突っ立っていたので、ギンと睨み付けてやると、慌てて両膝をついて礼をした。

「帰りはお前の<転移門>で帰ってこい。…そうだな、地上に人間共がいるが…モモンに割り振られたテントへと来い」

 アインズ様がそうおっしゃって、虚空に手をつっこまられる。

「特別に”リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”を貸し出すことにしよう。保護が済めば即座にモモンのテントへと来い」

「あ…ああ…ありがとうございます!」

 これでもかとアルベドに、そして何気なくマーレに自慢されていた指輪がこの手に!

 

「ああっ! どうしましょう!!」

 

「な、なんだ! どうした!?」

「左手の薬指には、既にアインズ様から頂いた探知阻害の指輪を装備しておりました! どこに装備すれば!!」

「…その指輪も、あくまでも貸し出しているだけだからな」

「と、とりあえず、こっちの指輪を外して…」

 

「…おげぇぇぇぇ!」

 

 妾が指輪を外すと、いきなりアルシェが吐いた。きったねー。何気にこっちのアルシェは妾からの好感度が駄々落ちだ。

「…そっちの指輪も、念のためにつけたままにしておけ」

 アインズ様のお言葉を受け、左手の人差し指に付け直す。

「…しゃ…シャルティア様は、魔力系の魔法詠唱者?」

「…ん? 信仰系でありんすが?」

「魔力系でないのに、あの魔力量…とんでもない…」

 ああ、そういえば使える魔法の位階がわかるとか言ってたっけ? …吐くとは聞いてなかったけどね。

 

「では、帝都の上空に繋げるぞ」

 

 アインズ様が<転移門>を出される。突如現れた黒い穴に、アルシェがビクッとする。

 そのアルシェにそっと手を差し出す。

 

 

「さ、行くわよ、アルシェ」




シャルティア様の好感度
ヘッケラン  ↑(ティロリン)
イミーナ   ↓(デロロン)
ロバーデイク →
アルシェ   ↓(デロロン)


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24

…生きてます。

申し訳ない。気づいたらこんなに空いてしまいました。


「さ、行くわよ、アルシェ」

 

 

 

 差し出された手を取るのに一瞬躊躇したが、私にはもう選択権はなかったことを思い出し、ギュッと握る。

「んふ、<飛行(フライ)>の準備をしていたほうがいいわよ」

 言われて、フライの魔法をかける。

 

 黒い穴…その向こうは、言っていた通り、帝都…アーウィンタールの上空だった。

 

 驚き…こんなにあっさりと帝都へと戻ってこれたことに対しての…そして、納得…あの膨大な魔力量を考えれば、こんなことができても当たり前かと…あの依頼を受けてから、私の人生は大きく様変わりしたと言えよう。

「さて、あなたの家に参りましょう。案内してくれるかしら?」

 選択肢はなかった。ただ、妹達を巻き込むことへの躊躇がないとは言えなかった。

「別に、逃げられると思うなら、そうしてもいいのよ?」

 いっそ優し気とも言える表情で、シャルティア様がそう言った。

「無論、どうなるかは想像できるとは思うけどね?」

「……」

 ついで浮かべた表情は、サディスティックなものだった。むしろ、逃げてみろと言いたげだった。

 

「…そんなことはしない。案内します」

 

 

 

 

 

「さて、アルシェ達はもう家に着いたのかねぇ」

「さーてね」

「初めて見た魔法でしたが、彼らがそう言うのでしたら、そうなんでしょうねえ」

 あれから俺たちが連れていかれた場所は、牢屋…ではなく、ログハウスだった。割と新しいらしく、木の匂いがしていた。

「新しい家、ねぇ」

「いい家ね」

「我々が定宿にしているところよりも、いいかもしれませんねえ」

 一階がリビングとキッチンになっており、二階に四部屋あり、家具もついていた。そしてまあ、一階で作戦会議というか、だべってた。

「怖いくらい、至れり尽くせりだな」

「そーねえ」

「少なくとも、今すぐどうこうということはなさそうですねえ」

 ここまで連れて来てくれた、アウラと名乗ったダークエルフが言うには、困ったことがあったら近くの湿地帯に住んでいるリザードマンに聞けって話だった。

「まあ、私はそんなに悪い連中ではないと思ったわね」

 ついさっきエルヤーに連れられていたエルフ達に会ってから、イミーナの評価がコロッと変わっていた。俺たちの隣の家に住むことになるんだと。

「しかし、リザードマンって、もっと物騒な奴らだと思ってたが、だいぶイメージが違ったな」

 エルフ達を連れてきてたのが、白銀の四足歩行の獣と、リザードマン達だった。

「表情はよくわかりませんでしたが、理知的な印象を受けましたねえ」

「ロバー」

「なんですかあ」

 

「そんな、ふてくされてるんじゃねえよ」

 

 俺とイミーナはともかく、神官でもあるロバーデイクには納得行かないのかもしれないとは思うが、もうどうしようもないじゃねえか。

「ふー、わかってはいるんですが、ね」

 普段のロバーデイクらしくなく、頭をガシガシと掻いている様子に、こいつの苦悩が見えるようだった。

「そもそも選択肢がなかったことは理解しています。そして私たちが一蓮托生なこともね。私が短気を起こせば私たちは全員殺されるでしょうし、そこにはこの件とは無関係なアルシェの妹達も含まれてしまう。飲み込むしかないことはわかっているんです」

「まあ、他のルートは全滅しかないと思うね」

 ロバーだってわかっている。ただ、納得するのにちょっと時間がかかるんだろう。

「あのアウラって子の話だと、ここは地下六階ってことだし、地下一階であれだったのよ、ここから地上まで逃げられるとは、よほどのバカじゃないと思えないわね」

 迷宮のお約束として、下層に行くほどきつくなるものだ。イミーナの言うようにここから生きて出られるとは、とてもじゃないが思えない。

「ええ、それに…」

 ロバーがそこで口を閉ざす。

「…さすがに、グルってわけじゃあないとは思うが…」

「…なんらかの、取り決めはしてそうよね」

 たとえ万が一…億が一の奇跡が起きて、地上まで生きて逃げられたとしても、モモンさんに頼れないと来た。

 

 あの死の支配者は、アルシェと一緒に出て行った吸血鬼に対して、モモンさんのテントに向かえと言ったんだ。少なくとも敵対関係ではないことがわかる。完全にお手上げってやつだ。

 

「まあ、今は生きているんだ。そこはよしとしておかないとな」

 

 

 

 

 

 うちの家は貴族街と言っても、王宮からはだいぶ離れた外れのほうにあったので、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に気をつける必要はなかった。何事もなく家まで辿り着いた。

 どこから入るべきかと考えていたのだが、タイミングよく二人とも起きていて、更にはちょうど星空を見ていたようで、私よりも先にこっちを見つけてきたくらいだった。

 本来ならばこんな遅くまで起きていることを叱るべきなのだろうが、あまり騒ぎを起こすことなく部屋に入れたので、とりあえず不問にする。

「このまま連れて行ってもいいけど、必要なものがあるなら少しくらいはいいわよ」

 私に続いて、窓から入ってきたシャルティア様がそう声をかけてきた。

「きれいなひと、だーれぇ?」

「だーれぇ?」

 無邪気に問いかけてくる妹達に、心臓が縮こまる気分を味わう。

「えっと…新しい雇い主…かな」

「ふーん?」

「そうなんだー」

「どうでもいいけど、着替えとかはある程度あったほうがいいんではないかぇ?」

「ありがとうございます。そうします」

 ウレイリカとクーデリカの手を握って、そそくさと部屋を出る。

「…ふぅ」

 屋敷の者に見つかるとまずいのだが、シャルティア様から離れられたことに安堵の息がもれる。

「お姉さま、引っ越し?」

「まだ真っ暗だよ?」

 私が帰ってきたら引っ越しをすると告げてはいたが、さすがにこんな夜逃げ同然とは想定していなかっただろう二人が、疑問の声をあげた。

「ごめんね。お父さまとお母さまには内緒なんだ」

「そうなんだー?」

「そうなんだー!」

 私の言葉にウレイとクーデはニコニコと笑っている。まだよくわかっていないんだろう。そんな幼い妹達を両親から引き離すことに躊躇いを覚えなくもないが、もうすでに賽は投げられた。

 邪教集団に売られるという話は半信半疑だが、遠からずうちが破綻するのは残念ながら間違いない。ここに妹達を置いていくわけにはいかない。

「…まずは衣裳部屋に行って着替えを取ってきましょう。その後、どうしても持っていきたいものを一つだけ、持っていきましょう」

 静かに、でも、速やかに行わなければならない。

 

 シャルティア・ブラッドフォールン…あの方が生粋のサディストであることは、このわずかな時間でも明らかだった。

 不思議と私を買ってくれているようだが、待たせても碌なことにならないことだけは間違いなかった。

 

「お待たせしました」

 ある程度の着替え類と、ウレイとクーデがそれぞれお気に入りのぬいぐるみを抱いて、こちらの準備は終わらせた。

 

「…シャルティア様?」

 

 彼女は部屋にあった小さな箱…魔道具をひとつ手に取って、それをじっと見つめていた。

 

 

 

「これ、もらってもいいかしら?」




エタる一歩手前まで行ってしまってました。
恐ろしい。完結する意思はあります。ええ。


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25

うぬぬぬ…一度止まると、厳しいですねえ。
なんとか完結までこぎつけたいと思います。


「これ、もらってもいいかしら?」

 

 

 

 それは、見た目はただの小さな箱だった。

 

「は…はい。別に構いませんが…」

 まだ何かあるんじゃないのかという、警戒する猫のようなアルシェのまなざしに少し笑ってしまう。

「そ、ありがと」

 この後は、皇帝のところに文句を言いに行って、そして…建国となる。

 そこから先は、わたしのまるで知らない話になっていくのだろう。

 

「…そろそろ、かしらね」

 

「どうしました?」

 アルシェからもらった箱をアイテムストレージに入れると、答える。

「んーん、なんでも。さっさと戻るわよ」

 

 

 

 

 

「うわぁああぁあぁ!」

「なんで急に、悪魔が!」

 眼下の光景は、まさに阿鼻叫喚というものだろう。

「我らは、ヤルダバオト様の親衛隊なり」

「ここの人間共を、祭壇への供物としようぞ」

 デミウルゴス様よりお借りした悪魔達が…といっても、レベル六十手前が二体ばかりなんですが…法国の首都の中心部で、大暴れしている。

「これで”傾城傾国”を使って頂けたら楽なんですが、そこまでうまくはいかないでしょうね。それにしても、これで周辺国最強国家とは…もろいものですねえ」

 

「そうは思いませんか? お嬢さん」

 

「あらら、気づいてたか」

 私の呼びかけに、ひょいと屋根の上に上ってきたお嬢さんが一人。印象は白と黒の小柄な少女。まあ巨大な鎌を軽々と背負っていることからも、見た目通りの少女ではないことは間違いないでしょう。

「それは私のセリフでしょうね。気づかれるとは思ってませんでしたが」

「イジャニーヤ…噂に聞いてた頭領ってのは女の子だって聞いてたけど…そんなレベルじゃあないよね?」

 弐式炎雷様の姿を取っていた私に対して、怯むでもなく侮るでもなく、少女は自然体で笑った。

「まあ正直なところは、下の様子が見えやすいところを探していた時に、なんとなく偶然見つけただけなんだけどね」

「では、私の相手ではなく、早く下に行った方がいいんじゃないですか」

「冗談でしょ。下の相手はそろそろ来る漆黒聖典の他のメンツでなんとかなるけど、あなたの相手は私にしかできないでしょ?」

 そう言うと、持っていた大鎌を構える。

「さて、相手になりますかな?」

「そうね、敗北を教えてくれるというなら、それは嬉しいわね」

 

 

 

 

 

「はっ!」

「……」

 繰り出した戦鎌の一撃は、軽く傾げられたように躱される。

「ちっ…」

 強いのは強い。そこは予想通り。…でも、あまりに噛み合わない。

「いいのかしら? 下の方はそろそろ決着が着きそうだけど」

 下で暴れていた悪魔達もそれなりの強さだったようだが、隊長を含めた五人の漆黒聖典が完全に押していた。

「ですな」

 戦況はこっちが完全に有利になっているというのに、焦る様子はまるでなかった。

「あなたが助けに行かないと、やられちゃうんじゃないの?」

「でしょうな」

 のれんに腕押しとでもいうのか、こちらの攻撃にも、口撃の方にも、反応が薄い。

 はっきり言ってしまえば、久方ぶりの…本当に久方ぶりの強者との戦闘だというのに、まるで楽しめない。

「そう言えば、”ケイ・セケ・コゥク”のことを口走ってたわね。ひょっとして例の吸血鬼とも知り合いなのかしら?」

「…どうでしょうかな」

「あなたに、吸血鬼、ヤルダバオト、それにモモンだったっけ? さすがに急に強者が出てきすぎでしょ」

 攻撃の回転を上げていく。向こうが回避に全比重を置いているのだから、こちらも防御の比重を落として攻撃へと全振りすべきだ。

 相手がそれを感じて攻撃に転じるならば、そこをこそ突く。

 こちらの攻撃にあわせるかのように、向こうが前に出てくる。

 

 …釣れた!

 

「はあああああぁぁぁ!!」

 必中必殺の念を込めて、いざ”必殺技”を放つ。

 

「でりゃああぁぁぁ!!!」

 

 見た感じはただ思いっきり振りかぶってから、思いっきり振り下ろしているようにしか見えないだろうけど…これは”必殺技”だから、必ず当たる。

 必ず死ぬかはわからないけど…まあ、これまでの相手は必ず死んできたけどね。

「ぐっ…」

 戦鎌が眼前のイジャニーヤを真っ二つに切り裂いた。

 

 えっ? 一撃!?

 

 さすがにそれは、紙装甲にも程があるだろう。

 

 ボンッ!

 

 軽い爆発音がしたかと思ったら、真っ二つに切られた丸太が転がった。ご丁寧にイジャニーヤの衣装を着せられていた。

 

 

 …では、失礼しますよ、お嬢さん…

 

 

 その言葉のみを残して、影も形も残さずにイジャニーヤは消え去っていた。

 

 

 

「…逃げられた…か」




番外席次”絶死絶命”さんのいろんなことは、ねつ造でございます。
弐式炎雷さんの戦闘スタイルも、ねつ造でございます。

この話で初めて書いた戦闘シーンが、よくわからない名前だけ知っているキャラ同士という…
はい、ねつ造でございます。


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26

あー、完全にエタってました。
書くのが大変になってた頃に、0点評価とか付けられて、完全に心が折れました。

ただ、この作品が未完になるのは、ここでも未完かよと、シャルティアに申し訳ないなと、完結まで頑張りました。


「…逃げられた…か」

 

 

 

 実は割りと近くにいますがね。

 

 彼女のつぶやきに答えるように、そう心の中でつぶやく。

 しばらく辺りを警戒しながらも、私の存在を感知することができなかったようで、緊張を解くように一息ついた。

 無論、だからと言って襲い掛かるような真似はしない。

 今のところ私に気付かないのは、私の気配がほとんど無いからだ。そこで殺気を出せば、あっという間にこちらに気付くだろう。

「…さて」

 彼女はそうつぶやくと、ひらりと屋根から飛び降りた。

 下での闘争は、悪魔達の敗北で終わっていた。残念ながら逃げることはできず、滅ぼされてしまったようだ。

 

 申し訳ございません、デミウルゴス様。

 

 心中にて、謝罪の言葉を述べる。

「そちらも終わりましたか」

 漆黒聖典の隊長らしき、長髪の男が少女に確認と思しき質問をしてきた。

「んー、まんまと逃げられた」

 その質問に、少女が肩をすくめてそう答えた。

「あなたが…ですか?」

 隊長は素直に驚きを表情に表した。

「強さのわりに…いえ、強いからこそか…気配が異常に薄いし、回避能力の高さが半端なかった。すごく強いイジャニーヤは、戦いにくいわね。…あと、つまんない」

「それが感想ですか」

 隊長の方も、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

「それとあのイジャニーヤ、”ケイ・セケ・コゥク”を狙ってたっぽい」

「えっ!?」

「例の吸血鬼と知り合いっぽいわね」

「恐るべき情報じゃないですか」

 少女と隊長で、深刻さが大きく違うのは、実力差によるものだろうか。

「あれは今?」

「厳重に保管はしていますが…」

「あのイジャニーヤが本気で盗りに来て、守れるの?」

「……」

 沈黙こそ、その答えだろう。

「私が持っておこうか?」

「おおっ、装備してくれますか」

「違う。持っているだけ。装備はしない」

 かたくなに拒否しているが、装備できないのではなく、しないということは、この少女は”傾城傾国”の装備条件を満たしているということですな。

 ただ、他に装備できるものがいなく、この少女も装備するつもりがないとなると、当初の予定であった”傾城傾国”を使用させるというのは難しいですね。

 とりあえず、この少女がどこで暮らしているかを突き止めてから、アインズ様に傭兵モンスターの忍者タイプをお借りしましょうか。

 何人かはやられてしまうでしょうが、何、ワールドアイテムと比べれば安いものですよね。

 

 そう、少女の影の中で考える。

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたでありんす」

「…お、お邪魔します」

 ナザリックの地表部分からわずかに離れた場所に設営されていた、漆黒用のテントにすばやく入り込んでから、声をかける。

 いらっしゃらないとわかってはいても、アインズ様がおられるかもしれない場所に了承もなく入るのは申し訳ないが、入るのにもたもたして他の者に見られるリスクを避けよと命じられている以上、しょうがない。

「お帰りなさいませ、シャルティア様」

 ナーベラルが頭を下げながら、そう応じてくれた。

 

「…やっぱり繋がっているんだ…」

 

 アルシェがぼそりとそんなことを呟いている。

「この子達を第六階層に置いてから、すぐにアインズ様のところに帰還のあいさつに向かいんす。だから、ゆ、指輪を…」

 緊張から、思わず噛んでしまった。

「伺っております。こちらを」

 こちらの緊張などおかまいなしに、ナーベラルが指輪を手渡してくれた。

 できれば、アインズ様から直接、左手の薬指にはめて頂きたいところではあったが、まあ仕方ない。

「ありがとう、ナーベラル」

 左手の薬指に自らはめると、手をかざして仰ぎ見る。

「…くふっ」

 わずかな間であるとはわかっているが、アインズ様やペロロンチーノ様がつけてらした指輪をつけられるのは、とても嬉しい。

 

「それじゃあ、行くでありんす、アルシェ」

 

 

 

 

 

「ふうっ」

 疲労は感じないはずだが、精神的疲労は人間だったころの残滓なのか、なくなることはなかった。

 ナーベラルからの<伝言>で、打ち合わせがあるとやらで上に行ってきてのつまらない猿芝居をしてきたところだった。パンドラズ・アクターがいない以上、仕方がない。

「…その間にシャルティアが戻ってくるかもと思ったが、それよりは早く済んだようだな」

 誰に言うでもなく…少し離れた所には今日の部屋付きメイドのフォアイルがいるが…彼女に向かって言ったわけでも、天井にいる八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に言ったわけでも、もちろんない。

 

 コンコン…

 

「ん?」

 ノックの音に反応して、フォアイルが確認に行く。

「…シャルティア様が、ご帰還のご挨拶に参りました」

 丁度考えていたシャルティアが戻ってきたようだ。

「わかった。入室を許そう」

 許可を得て入ってきたシャルティアが、跪いて首を垂れる。

「シャルティア・ブラッドフォールン、ただいま戻りましたでありんす」

「ご苦労、特に問題はなかったか?」

「はい。問題はないでありんす」

「ふむ、わかった。下がっていいぞ」

 帰還のあいさつは終わった。だが、シャルティアに退室しようという様子がなかった。

「…あ、あの…」

「ん?」

「…少しだけ、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「ふむ、いいぞ。なんだ?」

「…で、できましたら、し、寝室の方で…二人だけで…お願いします」

 

 場所を寝室に移動し、フォアイルには外してはもらったが、八肢刀の暗殺蟲だけは無理だった。まあ、こないだのアルベドの件もある、しょうがない。

 

「…で、なんだ?」

 シャルティアは静かに手に持っていた箱を開いた。その箱から、聞いたことがあるような曲が流れる。

「オルゴールか」

「はい。アルシェの家で見つけまして、懐かしくて、もらいました」

「…ふむ?」

 懐かしい?

 

「…舞踏会で流れていた曲です。アインズ様とダンスをした時の…」

 

「…そうなのか?」

 懐かしそうな表情をしているシャルティアには悪いが、その思い出を共有することはできなかった。

 シャルティアは開いたままのオルゴールをサイドテーブルに置くと、こちらをまっすぐに見上げて言った。

「…アインズ様、踊っていただけませんか…」

 その瞳に、答えがつまる。

「…私にダンス技能はないぞ」

「…わたしがお教えいたします」

 

 

 

「……わかった」




最終回は、明日の朝9時に予約投稿しましたので、最後までお付き合い下さい。


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27(最終回)

最終回、書き上げることができました。


「……わかった」

 

 

 

 断ることはできなかった。

 

「…そうそう、いち、にの、さん。いち、にの、さん。お上手です、アインズ様…」

 楽しそうなシャルティアの腰に手をまわし、ぎこちなくステップを踏む。

 ダンス技能は持っていないので、ダンスをしているわけではないのだろう。二人でゆっくりと回りながら歩いているという判定なのだろうか。

「わがままを言いまして、申し訳ございませんでした」

「ん?」

 右足、左足…と考えていたところに、シャルティアからの謝罪の言葉があった。

 

「…最後に、アインズ様と踊りたかったのです…」

 

 透明な笑顔で、シャルティアがそう言った。まるで死ぬ間際のような…遺言のようだった。

「…どういうことだ?」

「…なんとなくわかります。わたしはそろそろこの世界とお別れします」

 予感というよりは、確信を抱いているようだった。

「…ちゃんとお話はしておりませんでしたね」

 シャルティアは静かに、踊りながら、言葉を続ける。

 

「…わたしの世界は…止まってます…」

 

「…と、止まって?」

「…時間停止対策をしていたからでしょうか? それがわかりました…」

 何でもないことのように、続ける。

「…でも、魔法ではないようです。意識はあるんですが、動くことも喋ることもできませんでした。できるのは考えることだけ…」

「…シャルティア」

「…時間が止まってしまったことは、別にいい…」

 

「…動けないことも、問題ない…」

 

「…喋れないことだって、どうでもいい…」

 

 

 

「…ただ、アインズ様のお傍にいられないことが…それだけが、それこそが、耐えられなかった…」

 

 

 

「…だから、アインズ様にこの世界に呼んでいただいたのは、とても嬉しかったです。夢のような時間でした…」

「……シャルティア…」

 シャルティアの独白が、音楽に乗って、静かに聞こえる。

「…これでまた、この思い出だけで、頑張れます。…また時間が動き出したら、向こうのアインズ様にも教えてあげたいです。別の世界でも、アインズ様は素敵でしたって…」

 

 そこで、オルゴールの音が止まる。

 

「…ああ、終わってしまった。…ありがとうございました。アインズ様…」

 

 そっと離れようとするシャルティアを、強く抱きしめる。

 

「シャルティア、行くな! この世界にいればいい。なんとかしよう! してみせる!!」

 似たような世界だと思っていた。

 アルベドとマーレはいないようだが、他のみんなと、向こうの俺と仲良く楽しく生きている世界だと思っていた。

 

 だから、しょうがない。

 

 

 …だから、向こうの俺に返してあげないといけないと、そう我慢したんだ!

 

 

「…わがままですね、アインズ様。…でも、すごく嬉しいです…」

「シャルティア!」

「…でも、ダメです。夢はいつか醒めるものです…」

 

 …シャルティアの透明な笑顔が告げていた。止めても無駄だと、覚悟はとうにできていると…

 

「…わがままなのは、わたしです。話すつもりはなかった。でも、話したのはわたしのわがままです…」

 

 

 

「…わたしのこと、忘れないで欲しかったから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …それから、数日後のことだった。”傾城傾国”の効果が消えたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導国…かつてエ・ランテルと呼ばれたそこは、王国から分割され、一人の王を抱く別の国となった。

 かつての都市長がいた部屋、玉座こそ新たにこしらえたが、ナザリックの玉座の間とは荘厳さでは、遠く及ばない。

 そこには、自分達の支配者が新たな国を支配したことに祝賀の言葉を贈るために、すべての守護者が集まっていた。

 

「面を上げよ」

 

 魔導王、アインズ・ウール・ゴウンのその言葉に、跪いていた守護者達が顔を上げる。

「皆、よく集まってくれた」

「ああ、魔導王陛下、なんとももったいないお言葉」

 第七階層守護者、デミウルゴスが歓喜に身を震わせながら、答えた。

「至高の御身にお仕えすることこそ、わたくし達にとって最大の喜びですわ」

 守護者統括、アルベドがそれに続いた。

「まったく、その通りでございます。どうぞ、なんなりとお命じ下さい」

 執事長、セバス・チャンがさらに続く。

「妾の力、この命、この身すべてが魔導王陛下のものでありんす」

 第一から第三階層守護者…目覚めたシャルティア・ブラッドフォールンが、喜色満面で続ける。

「ドンナゴ命令デモ、必ズヤ遂行致シマス」

 第五階層守護者、コキュートスが続く。

「あたし達、魔導王様の為なら、なんだってやりますよ」

「ぼ、ぼくも、精いっぱいがんばります」

 第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレが続き、そこでアインズが、最後の一人に目を向ける。

 

 

「わたしも、この身、ここにある限り、魔導王陛下にお仕え致します」

 

 

 シャルティア・ブラッドフォールンの少し後ろに控えていた、白いシャルティア・ブラッドフォールンが、そう続けた。

「魔導王陛下、全てのしもべを代表し、魔導国の記念すべき日を心からお祝い申し上げます」

「皆、ありがとう。だが、お前たちは私の大切な友人達の、子供のような存在だ、陛下などという堅苦しい敬称は不要。今まで通り、アインズと呼んでほしい」

 そのアインズの言葉に、守護者全員が歓喜に震える。

「…畏まりました。…アインズ様」

「ついにナザリックが表に出る時が来た。

 

 私はここに、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の建国を宣言する!」

 

 

 

 

 以下は、追記しておこう。

 

 ”傾城傾国”の効果が消えた日…すなわち、こちらのシャルティアが目覚める日。その日、アインズが再び指輪を使用した。

 星にかけた願いは、向こうのシャルティアを返すことではなかった。この地に残す…その為の器には、死せる勇者の魂(エインヘリヤル)を使った。

 

「私は非常に我儘なんだ」

 

 その時のアインズの言葉が答えだった。

 その後、二人のシャルティアの呼称問題が話し合われた。

 

 

 

「シャルティア(姉)とシャルティア(妹)でいいんじゃない?」

「なんで妾が妹でありんすか!」

「ふむ、どういう意図ですかな」

「姉より優秀な弟などいない! って、ぶくぶく茶釜様もおっしゃってました」

「弟でもないでありんす!!」

「そのまんま、シャルティア(優)とシャルティア(劣)でいいのではないか」

「お、おとっ…ひどすぎるでありんす」

「いやいや、血の狂乱だよ、そのことを言っているんだよ、うん」

 死せる勇者の魂は、厳密には吸血鬼ではない為、血の狂乱はなかった。

 本来は魔法や一部のスキルが使えないはずだが、スキルとしてではなく一個の魂を持った為か、魔法もスキルも使用できるのに、それなのに血の狂乱がないという、シャルティアの上位互換と言ってしまえてしまう能力を持っていた。

「優ってほどかしら、シャルティア(普)とシャルティア(馬)でいいんじゃない」

「馬鹿って言った奴が馬鹿って、ペロロンチーノ様もおっしゃってたでありんすー!!!」

 

「フゥ、シャルティア(赤)ト、シャルティア(白)デ、イイノデハナイカ」

 

 コキュートスの案が採用されたことを、追記しておこう。




これにて、完結致しました。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



以下、愚痴ですが、ハーメルンの仕様上仕方ないんでしょうけど
低評価付ける機能って、いるのだろうか。
普通に読むの止めればいいだけじゃん。

作者が豆腐メンタルだったり、書くのがしんどくなっている時期だと
(どっちも当てはまった)低評価つけるのって、イコール
「書くの止めろ、バーカ」って言ってるのと同じだよね。

以上、愚痴でした。


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