小悪魔系美少女ヒーロー候補生、チャーミーデビル見参!! (カゲムチャ(虎馬チキン))
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始まり

 

 始まりは中国軽慶市。

 発光する赤子が生まれたという事件だった。

 

 それ以降、身体に炎を纏う者、冷気を操る者、手を触れずに物を動かせる者、等々様々な「超常」は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。

 

 

 ──いつしか「超常」は「日常」に。

 

 ──「架空(ゆめ)」は「現実」に!!!

 

 世界総人口の約八割が何らか特異体質となった現在!

 混乱渦巻く世の中で!

 かつて誰もが空想し、憧れた一つの職業──

 

 

 

 ──英雄(ヒーロー)が、脚光を浴びていた!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光ある所には、必ず影が生まれる。

 

 超常の力「個性」によって活躍するヒーロー達がいる一方で、その力で悪事を働く者達、

 通称「(ヴィラン)」が存在するのも、また事実。

 

 超常とは、メリットばかりの夢の力ではない。

 強い力には、それ相応の代償がついて回る。

 強い個性には、強い副作用(・・・)がある。

 それを、努々忘れてはならない。

 

 

 

 

 

 ──これは、今から十年前の出来事である。

 

 

 

 

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 倒れるビル。転がる死体。

 飛び散った血で真っ赤に汚れた瓦礫の山。

 そんな地獄の光景の中で、小さな人影が笑い声を上げていた。

 

「最高にハイってヤツだぜェエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」

 

 壊れたように叫びながら、暴れだす人影。

 倒れるビル。量産される死体。

 そして……死んでいく英雄(ヒーロー)達。

 

 

 

 後に、「御乃巢(みのす)の大災害」と名付けられたこの事件は、

 百名以上のヒーローを殉職させ、万を超える死者を出した、記録に残る中で最悪のヴィラン犯罪として歴史に深く刻まれる事になる。

 

 しかし、これだけの大事件を引き起こしたヴィランの正体は、ついぞ明らかになることはなかった。

 

 

 

 ──伝説のヴィラン「デッドエンド」。

 

 

 

 そう呼ばれるようになった彼と、彼を筆頭としたヴィラン達こそが、

 個性溢れる超常社会の、代償。

 副作用そのものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この番組は、◯◯◯社の提供でお送りいたしました』

 

 

「いやー、懐かしい」

 

 史上最強のヴィランと呼ばれた大犯罪者「デッドエンド」の特集──いや御乃巢の大災害の追悼番組か──をテレビで見ていた私は、そんな感想を抱いた。

 この特集自体は毎年事件があった日に放送されてるんだけど、ぶっちゃけ見てておもしろいものでもないから、真面目に見たのは凄く久しぶりだ。

 本当は当事者(・・・)として毎年ちゃんと見なきゃいけないんだろうけど、面倒くさいんだから仕方ないじゃん。

 文句があるんだったら、見たいと思わせるくらい番組をおもしろくしろ。

 笑いをとれ、笑いを。そしたら、ちゃんと見てやるよ。

 まあ、追悼番組でそれやったら不謹慎にも程があるけどな!

 

「ただいまー」

 

 そんなどうでもいい事を考えていたら、玄関から声が聞こえてきた。

 どうやら、パパが帰って来たようだ。

 只今の時刻、夜の12時。

 今日も残業、お疲れ様です!

 

「お帰りー」

 

 ソファーに寝転んだまま、返事を返す。

 

「HAHAHA! 今日も一日働いた! って、また夜更かししていたのか魔美(マミ)ちゃん! ダメだぞ。子供は夜十時までには寝なければ!」

「パパ、その考え方は古いよー。今時の女子中学生は余裕で深夜まで起きるという生態をしているのだよ」

「ムムム……しかしだな、寝なければ身長も伸びないぞ」

「失礼な、私がチビだと申すか。よかろう、その喧嘩買ったー!」

「ぐはーッ!」

 

 失礼な事を言ったパパに向かって飛び蹴りを食らわせる。

 仕事帰りのお疲れモードであることを加味して、めっちゃ手加減してあげた私偉い。

 私が本気だったら、飛び蹴り一つで周囲が更地になるぜ。

 そんな私の慈悲に感謝して眠るがいい父よ。

 永遠に。

 

「まあ、冗談はさておき。ご飯作ってあるから、暖め直して一緒に食べよー」

「ゲホッ、ゲホッ! いやあの魔美ちゃん? 冗談で済む威力ではなかったのだが……」

「またまたー」

 

 腐っても最強のヒーローが何をおっしゃる。

 馬鹿言ってないで、さっさとお皿でもとって来なさい。

 

「ん~、解せぬ!」

 

 とかなんとか言いながら、パパは台所に消えて行った。

 私もすぐに後を追い、晩御飯のハンバーグをレンジでチンして暖め直す。

 ご飯を作ってくれる上に、父の遅い帰りを待って一緒に食卓を囲んでくれるなんて、私はなんて良く出来た娘なのでしょう!

 パパのパンツと一緒に洗わないで! とか言ってる全国の思春期どもに見習わせたいわー。

 

「そういえば、さっきまでテレビ見てたみたいだけど、何を見ていたんだい? また取り貯めたアニメかい?」

 

 ハンバーグとご飯の黄金コンボを口に運んでたら、パパがそんな事を聞いてきた。

 

「いんや、デッドエンドの特集見てた。もう十年になるんだなー、て思って」

 

 あっ、パパがめっちゃ複雑そうな顔になった。

 まあそりゃ、あの事件は我が家にとって凄まじく因縁深い事件なんだから、さもあらんって感じだ。

 あの事件があったからこそ、私はこの()()()()()()()()()パパに引き取られたと言えば、どれだけ重くて胃に凭れる話か想像がつくだろう。

 

 食卓の空気が一気に重くなった。

 これは完全に、話題選びを間違えましたわ。

 

「「…………」」

 

 そして、謎の沈黙が食卓を包み込む。

 

 これはいかんな。

 ご飯は明るい気持ちで楽しく食べなければならんのだ。

 何故なら、ご飯が不味くなるから。

 せっかくのご飯をわざわざ不味くして食べるなんて、作ってくれた人に失礼。つまり、私に失礼だということだよ!

 

 よし。 

 ここは、気づかいのできるクールな私が、責任を持って話題を変えてやろう。

 

「そういえば、パパって明日はオフだよね?」

「え、あ、うむ! 明日は久しぶりに一日休みが取れたぞ!」 

「じゃあ、ショッピングに行きたいから付き合ってよ。休日デートしようぜ!」 

「もちろん、良いとも!」

 

 やったね!

 話題を変えるついでに、言質を取ってやったぜ!

 これで明日は、合意の元に、パパを財布兼荷物持ちとして連れ回せる。

 災い転じて福と成すとは、まさにこのことよ!

 さすが私。

 

「明日はちゃんと付き合ってよねー。途中で仕事に逃げるとかなしだからね」

「HAHAHA! 大丈夫さ魔美ちゃん! 私はヒーロー! 娘一人笑顔にできないようではヒーロー失格だからね!」

「信用ならないなー。だってパパ、ヒーロー活動という名の仕事に全てを捧げた社畜じゃん」

「社畜!? 初めて言われた、そんなこと!!」

 

 あらやだ。

 自覚がなかったのかしら、この人。

 確かに、パパは世間から見れば華々しい活躍をする憧れのナンバー1ヒーローなんだろうけど、

 娘の視点から見れば、こんな夜遅くまで仕事して帰って来る、立派な社畜でしかないっていうのに。

 

 あーあ。

 この分じゃ、明日のショッピングも、どれだけ楽しめるか分かったもんじゃないな。

 絶対、途中でヴィランとか現れて中止になるよ。

 賭けてもいい。

 

 そうして、楽しく会話を弾ませながら、その日の食事は終わった。

 やっぱり、ご飯は誰かと一緒に楽しく食べるのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翌日。

 只今の時刻、午後12時2分。

 私は、馴れない街で一人、置いてきぼりにされていた。

 

「うん。知ってた!」

 

 パパ? 奴は死んだ。

 というのは冗談だ。

 本当は、たった今コンビニ強盗をやらかしたヘドロみたいなヴィランを追って、マンホールの中に消えて行った。

 

 つまり仕事だ。

 昨日、あれだけ自信満々に啖呵切ってたくせに、蓋を開けてみれば、これだよ。

 パパの嘘つき!

 まだ、5、6店舗くらいしか回ってないのに!

 まだ、両手で持てるくらいの買い物しかしてないのに!

 

 ハア。

 まあ、こうなっちゃったら仕方がないか。

 パパはああいう人間だ。

 困ってる人とか、人に迷惑かけてる敵とかを見ると放っておけない、根っからのお人好し、根っからのヒーローだ。

 そして、私はそんなパパが嫌いじゃない。

 あんな風になりたいとは思わないけど、嫌いではないのだ。

 

 ま、パパが出撃する時、お尻のポケットからこっそりと財布を抜いてやったし、今回はこのお財布に免じて許してやろう。

 

 さて。

 じゃあ、私は一人寂しく、お買い物を続行しますかね。

 せいぜいパパの財布が空っぽになるくらい買い込んで、悲鳴上げさせてやろう。

 その後は、適当に時間が経ったのを見計らって、パパに連絡。

 合流して、帰ろう。

 

 

 

 という事で、散財の時間じゃー!!

 

 

 

 服を見て、小物を買って、ファミレスで一番高いメニューを注文して。

 化粧品を買って、可愛いぬいぐるみを買って、ついでに食材の買い足しもして。

 

 そうしてすっかりお財布の中身が寂しくなった頃には、買った荷物も山積み。

 もはや、両手で持ちきれる範囲を軽く逸脱して、文字通り、天高くそびえる荷物の山が出来てしまった。

 

 いやー、買った買った。

 もう、大人買いってレベルじゃねーな!

 これは、貴族の買い物だよ。

 

 さすがは、No.1ヒーロー(パパ)の財布。

 諭吉様が群れを成していらっしゃった。

 パパってば、高給取りのくせに、仕事、仕事、仕事でお金を使う暇がないから、結果的にめっちゃ溜め込んでるんだよね。

 一回、預金通帳を見た時は我が目を疑ったもの。

 だから私は、こういうお金を使ってもいい大義名分がある時は、遠慮せずにガンガン使うことにしてる。

 この程度のお買い物では、我が家の家計は揺るがないのだよ!

 それに、私も高校卒業したら、パパと同じくヒーローデビューするつもりでいるから、そうなればますます磐石。

 そうなれば、ちょっとした財閥のお嬢様より良い暮らしできるかもしれない。

 まあ、高級レストランとか、高級マンションとかには興味ないから、結局、たまに貴族買いするくらいしか使い道ないだろうけど。

 

 

 さて。

 それなりに満足いくまでショッピングは楽しめた。

 そろそろ、パパに連絡を入れよう。

 あのマンホールダイブ事件から三時間くらい経ってるし、いい加減向こうも終わってるでしょ。

  

 パパの携帯にコール。

 だが、繋がらない。

 パパめ。

 携帯忘れて行きやがったな。

 

 さて、困った。

 パパと連絡がつかないじゃ、どうするべきか。

 

 電車に乗って、一人で帰る?

 うーん、でも、一応休日デートという名目だし、それはちょっと気が引ける。

 そうじゃなくても、荷物が嵩張るから、電車にはあんまり乗りたくない。

 できればパパの車で帰りたい。

 

 じゃあ、歩いて探す?

 この土地勘のない街で?

 どこに居るのかも分からないパパを?

 無理ゲー。

 でも、できなくはないか。

 パパ、目立つ格好してるから、人に聞けばどっちの方角に居るのかくらい分かる、かも。

 

 もしくは、素直に車で待つか。

 でも、待ちぼうけは嫌だなー。

 

「よし」

 

 決めた。

 ちょっとだけ捜索して、ダメだったら大人しく一人で帰ろう。

 

 そうと決まったら、貴族買いした荷物を抱えて動き出す。

 とりあえず、適当な通行人に話しかけて、人探し開始だ!

 

 さーて、誰に話しかけるか。

 お。

 あれでいいか。

 

「おーい。そこの不良少年!」

「誰が不良少年だ、コラ!!!」 

 

 目をつけたのは、とってもガラの悪い金髪の少年。

 特に目付きが悪い。

 それはもう、ゲロ以下のクズの匂いがするくらいに。

 しかも、取り巻きっぽいのを二人も連れてるんだぜ?

 これが不良じゃないなら、誰を不良と言えばいいんだ!

 

 ん? 何でそんな不良に声をかけたのかって?

 これになら、いくら迷惑をかけても心が痛まなそうだと思ったからだよ。

 

「ちょっと人を探してるんだけどさー。金髪で骸骨みたいにガリガリの人、知らない?」

「知らねえわ! つーかまず不良を撤回しろ! 俺はヒーロー志望だ!!」

「ああ、そういう冗談はいいから」 

「冗談じゃねえよ、クソが!!!」

 

 冗談じゃなかったら、世も末だよ。

 君みたいな不良がヒーローになれるんだったら、アメーバだってヒーローになれるさ。

 

「ていうか、ヒーロー志望だったら困ってる人は助けるものだよ? という訳で、私の人探しを手伝ってくれ! ついでに荷物持ってー。地味に重くてさー」

「何、初対面の人間パシリにしようとしてんだ!! 何様だよ、テメェは!!」

「強いて言うなら、お金持ち様かな」

「知るか!!! 失せろ!!!」

「うわ!」 

 

 突然不良少年は私を突き飛ばして、そのまま立ち去ってしまった。

 最近の若者はなんて乱暴なんでしょう。

 まあ、私の個性だったら、突き飛ばされたくらいじゃ倒れやしないけどさー。

 でも、こんな美少女に向かって、その仕打ちは酷くね?

 やっぱり、不良はどこまでいっても不良だな。

 取り巻き二人は若干申し訳なさそうな顔してたけど。

 

 さて、荷物持ち候補がいなくなってしまったし、次はどうしよう?

 なんかめんどくさくなっちゃったなー。

 もう、車に戻ろうか?

 でも、鍵はパパのズボンのポケットにあるしなー。

 うーむ。

 こんなことなら、財布じゃなくて鍵をスッとくべきだった。

 

 ハア。

 仕方ない。

 もうちょっとだけ探すか。

 

 

 

 そうして歩くこと、暫し。

 私は、緑色の髪をした地味めの少年に出会った。

 

 

 



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ヘドロ事件

 よし。

 次のターゲットは、あの地味めの少年にしよう。

 理由?

 あえて言うなら、年若い少年だからかな。

 

 最近の少年少女はヒーロー志望が本当に多い。

 誰でも一度はヒーローに憧れる、ヒーローになることを夢見る、とまで言われるくらい多い。

 それはもう夏の虫のごとき増殖具合である。

 だから、あの少年がヒーロー志望である可能性はそれなりに高い訳だ。

 

 で、そんなヒーロー志望の少年だったら、さっきの不良少年みたいな特殊な例でもない限り、困ってる私を快く助けてくれる筈だ! 

 そこにつけこんで、あわよくば荷物持ちにしたい、という訳だよ。

 どーよ、この完璧な作戦!

 さすが私!

 

 という訳で、突撃じゃー!

 

「おーい! そこの地味めの少年ー!」

 

 まずは挨拶。

 元気良くいこう!

 天真爛漫な美少女を嫌う人は、あんまりいないからな!

 

「……え? 僕のことですか?」

「そうそう、君のことだよ。いきなりだけど、君ってヒーロー志望だったりする?」

「ッ!? 僕は……」

「もしそうだったら、ちょっと助けてほしいのだよ! 実はパパとはぐれちゃって、探してるんだけど中々見つからなくてね。そこで聞きたいんだけど、金髪の骸骨みたいな人見なか──」

 

「僕はッ!!」

 

 わ!?

 なんだなんだ、いきなり大声出してどうした少年?

 

「僕は……ヒーロー志望じゃ……ありません……ッ!」

 

 ……えー。

 なにその、血を吐くような独白は?

 何かあったのん?

 

「すみません……人探しなら、他の人を当たってください……すみません……」

 

 少年はそれだけ言い残して、ふらふらしながら去って行った。

 

 ……えー。

 なんだったの? 

 なんか、傷ついたみたいな顔して帰って行ったけど、私、何かした?

 私のせいか?

 私のせいなのか?

 いやいや、私、何もやってないぞー!

 冤罪だー!

 

 きっとアレだよ。

 あの少年は、私とは何の関係もない何かのせいで傷心中だったんだよ。

 たぶん、勇気を出して好きな女の子に一世一代の告白をしたら振られたとか、そんな感じでしょう。

 

 で、そんな心の余裕がないところに私がマシンガントークをかましたもんだから、うっかり八つ当たり気味の対応になっちゃったんじゃないかなー。

 もしそうだとしたら、悪いことしちゃったかな。

 

 まあ、いいや。

 あの少年とは縁がなかったということでしょう。

 

 それはもうどうでも良いとして、これからどうしよう?

 なんか、立て続けに変な少年達に会ったせいで、本格的にいろいろめんどくさくなってきたなー。

 よし。

 帰るか。

 帰ろう。

 一度車を確認して、そこにパパが居なければ、電車だ。

 

 そう思って、駐車場に向けて一歩踏み出そうとした、その時。

 

 

 

 ──BOOOOM!!!

 

 

 

 そんな轟音が私の耳に入ってきた。

 

 爆発音?

 結構近い。

 事故かな?

 それとも、またヴィランが暴れてるとか?

 

 普通にありえる。

 この超常社会ってやつは、ヴィランとかいう犯罪者が、ゲームのモンスターの如く無限にポップするからなー。

 それこそ、全国に千人以上いるプロヒーローや自警団(ヴィジランテ)がハントしまくっても一切絶滅せずに、次から次へと沸いてくるという、親切設計。 

 治安悪いにも程があるわ。

 

 個人的には、ばっちこいだけどな!

 ヴィランとは、害獣であると同時に、ヒーローにとっては飯の種。

 私にとっては、合法的に殴れるサンドバッグだ。

 特に私には、個性の副作用(・・・)という切実な問題もあるから、沸いてくれれば沸いてくれるだけ助かる。

 ……まあ、それもヒーロー資格取ってからの話だけど。

 それまでは、合法的に殴ることはできないわな(隠れて殴らないとは言ってない)。

 

 あ!

 そうだ。

 もしこの爆発音がヴィラン騒ぎだったら、パパが駆けつけてくるんじゃね?

 だってあの人、仕事人間(ヒーロー)だもの。

 そして、ヒーローはヴィランに対して死肉に群がるハイエナのように寄ってくる。

 そんなヒーローほいほいを利用すれば、闇雲に探すよりずっと効率的にパパを発見できるんじゃなかろうか。

 懸念はパパが来る前に他のヒーローが片付けてしまうことだけど、やってみる価値はある!

 

 という訳で、事件現場に直行。

 野次馬を掻き分けて最前列を目指す。

 嵩張る荷物のせいで非常に難航したけど、我が個性の馬力をもってすれば、例え未発動の状態であろうと、バーゲンセールのおばちゃんの群れという危険生物にすら対応可能。

 この程度の野次馬相手になら、多大なるハンデを背負っていても負けはしない。

 

 そうして目的地にたどり着いたところで、驚きの光景が私の目に入ってきた。

 

 派手な爆発。

 その余波でボロボロになった商店街。

 立ち往生するヒーロー達。

 

 そして、その中心で暴れ回る、ヘドロみたいなヴィラン。

 

 あいつ……さっきパパが追いかけて行った奴じゃん。

 マジか。

 あいつ、パパから逃げ切ったの?

 今のパパ相手なら、活動限界である三時間逃げきればクリアとはいえ、それでも結構な難易度だよ?

 私くらい強ければともかく、あのヘドロそんな強いようには見えないのに。

 にもかかわらず、それを成し遂げたんだとしたら、とんだ大物じゃないか!

 やるなヘドロ!

 

 そんな、パパからすら逃げきる大物ヴィランを相手に、ヒーロー達は現状手が出せていない。

 最初はヘドロの大物っぷりにビビってるのかと思ったけど、どうも違うらしい。

 

 どうやらあのヘドロ人質を取っているらしく、しかもその人質が爆発する個性で暴れてるもんだから、危なくて近づけないそうだ。

 

 というか、あの人質よく見たら、さっき会った不良少年じゃないか。

 今まで好き勝手にしてきた不良行為のバチが当たったのかね。

 これが天罰ってやつか、恐ろしい。

 私も気をつけないとな。

 

 さて。

 この状況、私はどうするべきかな。

 

 ぶっちゃけ、解決するだけなら簡単だ。

 私の個性の出力はパパに匹敵する。

 だから、適当にあのヘドロをぶん殴れば、たぶんそれだけで倒せると思う。

 そうなれば一件落着だ。

 

 ただ、それだとまず間違いなく、私は怒られる。

 例えヴィラン相手とはいえ、正当防衛でもない限り、個性で人に危害を加えるのは立派な法律違反。

 隠蔽できるような路地裏の乱闘ならいざ知らず、こんな野次馬だらけの場所でそんな事すれば、間違いなく警察のお世話になってしまう。

 特に私は危険人物としてマークされてるから、最悪少年院行きもあり得るかもしれない。

 それは嫌だ。

 

 じゃあ、見捨てるか?

 それはそれで、パパに怒られそう。

 パパは正義感の塊だからなー。

 解決できる力を持ってるのに何もしなかったってバレたら、家庭内の空気が冷たくなるかもしれない。

 それも嫌だ。

 

 はあ。

 本当めんどくさいなー。

 こういう時、ヒーロー資格みたいな「合法的に殴れる許可証」があれば、こんなに悩まなくて済むのに。

 

 元々、私は個性の副作用もあって、かなり好戦的な性格をしている。

 こういう状況で「殴っていいですよ」と言われたら、喜び勇んで突撃するキャラだ。

 それで全てが解決するというのに、現実はこうして面倒なルールに縛られて二の足を踏んでいるというのだから、難儀なもんだなー。

 

 そんな感じで悩んでいたら、私の隣に居た誰かがヘドロに向かって突撃した。

 

 

 

 なので私は、抜け駆けは許さぬという意志を籠めて、足を引っ掻けて転ばしてやった。

 

 

 

「ぶげっ!」

 

 間抜けな声を上げてスッ転んだのは、なんと、さっき出会った地味めの少年だった。

 誰だか確認せずに転ばせたから、まさか君だとは思わなかったよ。

 傷心中の筈なのに、こんな所で何してんの、この子?

 とりあえず転ばしちまったから、声掛けとくか。

 

「おーい。大丈夫か少年」

「痛ててて……って、あなたはさっきの!?」

「うん、さっきぶりだね少年。ところで君、こんな所で何してんの?

 それに私の気のせいじゃなかったら、君あのヘドロに突撃しようとしてたよね? それって普通に危ない事だし、止めといた方がいいよ」

「ッ!? それは、その、勝手に体が動いて……。それにかっちゃんの苦しそうな顔見たら……」

「かっちゃん? あの不良少年の事かい? 知り合いか何か?」 

「……その、幼なじみです」

 

 ふむ。

 つまりこの少年は、幼なじみを助ける為に、危険を省みずに飛び出そうとした訳か。

 立派なヒーローじゃん。

 こうして私と話してる間にも、チラチラと哀れな不良少年の方を気にかけてるし、本当に志しだけなら立派なヒーローだね。

 力があっても規則を気にして飛び出せない私とは正反対だ。

 

 そんな事をつらつらと考えていたら、一際大きな爆発音が聞こえてきた。

 不良少年、最後の抵抗かな?

 遠目に顔を見た感じ、そろそろ冗談抜きで限界っぽい。

 

 

 

 それを見た地味めの少年は、ほとんど反射的に飛び出して行ってしまった。

 

 

 

 あーあ。

 行っちゃった。

 これであの少年の未来は、死ぬか怒られるかの二択だな。

 かわいそうに。

 

 まあ、分かってて行かせたんだけどね。

 私はああいうタイプに弱いんだ。

 純粋な正義の味方には、パパの姿を重ねてしまう。

 

 

 

 こうなったら、私も腹を括ろう。

 今回はその勇気に免じて、地獄のお説教まで付き合ってやるよ、少年。

 

 

 

 足に力を籠めてダッシュ。

 今にもヘドロの攻撃を受けそうになってた少年の前に飛び出した。

 

「「「!!?」」」

 

 不良少年、地味めの少年、そしてヘドロ。

 三者三様の驚愕の視線が私を射ぬく。

 

 

 

「もう大丈夫」

 

 

 

 そんな視線を気にもせず、私は言い放った。

 尊敬する父を真似て、安心させるような笑顔を作り、力強い声で宣言する。

 

 

 

「私が来た!!」

 

 

 

 その言葉と共に、個性を発動。

 右腕の封印を解き、個性という名の悪魔を解き放つ。

 

 その瞬間、私の右腕は瞬く間に黒く染まり、バチバチと黒色のスパークを放ち始める。

 

 私はそのまま、右腕を振り抜いた。

 

 

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 

 

 パパを参考にした私の必殺技の一つ。

 本来は真っ直ぐに放つストレートパンチだけど、今回は周りの被害や少年達の安否を考えて、アッパーのような打ち上げる形にした。

 

 私の右腕から放たれた拳圧が暴風となって吹き荒れる。

 

 それは不良少年に取りついていたヘドロをいとも容易く引き剥がし、空に向かって散らしていく。

 後で回収するのが大変そうだけど、それは私の仕事じゃないから何も気にする事はない。

 少年二人に関しては、不良少年を左手で掴み、地味めの少年は足で踏みつける事によって飛ばされるのを防いだ。

 これで死ぬ事はあるまい。

 ……少年二人はなんか気絶してるっぽいけど、まあ大丈夫だろう。

 そこまでは知らん。

 

 

 

 やがて風は止み、静寂だけが残った。

 私はこれまたパパを参考にし、空に向かって拳を突き上げ、勝利のスタンディングを決めた。

 自分で言うのも何だけど、かなりかっこよく決まってる気がする。

 

「「「「「ウオオオオオオオオオオオ!!!」」」」」

 

 少し遅れて歓声が鳴り響いた。

 ヒーローの勝利を称える歓声だ。

 私はヒーローじゃないけど、そんな事言うのは野暮だろう。

 称賛は素直に受け取っておけばいい。

 

 それにしても、あーあ、思いっきり目立ってちゃったなー。

 これは、ヒーローとお巡りさんが冷静になったらしこたま怒られるだろうな。

 ……考えるだけで嫌になってきた。

 今からでも逃走しちゃおっかなー。

 

 そんな事を考えながら、気絶した少年の顔を見る。

 不良少年じゃなくて、地味めの少年の方だ。

 

 この子からはパパと似た雰囲気を感じる。

 いわゆる、お人好しの正義の味方。

 本当のヒーローってやつだ。

 ヒーロー志望じゃないって言ってたけど、あれ絶対嘘だろう。

 例え本心から言ってたのだとしても、この様子じゃ絶対にヒーローの道を諦められる訳がない。

 

 だとすれば、いずれまた会う事もあるだろう。

 私だって私利私欲の為とはいえヒーロー目指してるんだから、再会の時はきっと来る。

 もしかしたら、そう遠くない内に。

 

 今回の事は、その時まで貸しにしておいてやろう。

 私は無償の救済に生き甲斐を見いだすような真のヒーローじゃないんだ。

 この借りは、その内しっかりと返せよ。

 

 そんな事を思いながら、私は冷静になったヒーローとお巡りさんに補導された。

 めっちゃ怒られた。

 

 もう規則違反は懲り懲りだぜ。

 

 



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緑谷出久オリジン:アナザー

 ──緑谷視点

 

 

 

 僕の無謀な行動にものすごく怒ったヒーロー達からようやく開放された僕は、とても疲れた足取りで家を目指していた。

 今日は色々な事があった。

 もう激動の一日としか言えないくらいに色々な事があった。

 今日以上に濃い一日は、多分もう一生来ないだろう。

 来たら過労死する自信がある。

 

 始まりはお昼に学校でかっちゃんに脅されて、「将来の為のヒーロー分析ノート NO,13」を爆破されたところからだった。

 原因は、僕がヒーロー育成機関の最高峰「雄英高校」を受験するつもりだというのがかっちゃんにバレた事。

 かっちゃんもまた雄英志望で、そして「平凡な市立中学から初めて、唯一の雄英合格者」という箔を自分に付けたかったらしい。

 その為には、同じく雄英を受験しようとする僕が邪魔だった訳だ。

 

 個性がなければヒーローになんて成れないだろうし、雄英にも受からないだろう。

 なのに、わざわざ「無個性」の僕に脅しをかけてくるんだから、本当にかっちゃんはみみっちい性格だ。

 

 で、その時にかなりショックな事を言われて心を折られかけた僕は、トホトボしながら家路についた。

 

 

 

 そしたらヘドロみたいなヴィランに襲われた。

 

 

 

 僕はいったい、どれだけ運がないんだろう。

 ヒーローを目指してるくせに、世界的に見てもかなり珍しい無個性に生まれた事自体かなり運が悪いのに、その上さらに爆発系幼なじみに虐められ、しまいにはヴィランに襲われる。

 ここまでくると、いっそ笑えるかもしれない。

 残念ながら、その時の僕にそんな余裕はなく、口を塞がれて息もできない中で、心の中で必死に助けを求める事しかできなかったけど。

 

 でも、ここからが激動の展開だった。

 

 

 

「もう大丈夫だ少年!!」

 

 

 

 ヘドロヴィランに襲われていた僕は、あるヒーローに助けられた。

 同時にそれは、小さい頃からずっと憧れてきた最高のヒーローとの出会い。

 

 

 

「私が来た!!」

 

 

 

 オールマイトとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 その後、オールマイトにとんでもない迷惑をかけてしまった僕は、ひょんな事から彼の秘密を知ってしまった。

 不動のナンバー1ヒーロー、平和の象徴として君臨するオールマイトが、ヴィランとの戦いで既に弱りきっているという衝撃の真実を。

 驚きすぎて思わず絶叫してしまった。

 

 でも、この直後、それ以上に僕の心を抉る出来事が起こった。

 その時、僕はオールマイトに聞いたんだ。

 

「個性がなくても、ヒーローはできますか!?」 

 

 って。

 「無個性」は、僕にとっての大きなコンプレックスだ。

 ずっとかっちゃんに馬鹿にされ続けてきたっていうのもあるけど、それ以上に「個性がなければ、憧れたヒーローに成れない」っていう事実が、目を背けたくなる程に辛かった。

 それでも、半ば諦めていながらも、雄英を志望校にしてみたり、「将来の為のヒーロー分析ノート」を作ってみたりして、僕は未練がましく夢にしがみついていたんだ。

 

 でも、この時、僕の未練は他の誰でもない、憧れ続けたナンバー1ヒーローの手で絶ち切られた。

 

「プロはいつだって命懸けだよ。個性(ちから)がなくとも成り立つとは、とてもじゃないが口にできないね」

 

「……夢を見るのは悪い事じゃない。だが……相応に現実も見なくてはな少年」

 

 それが、僕の問いに対するオールマイトの返答だった。

 ショックだった。

 ため息と一緒に口から魂が抜けそうなくらいショックだった。

 でも同時に納得もしたんだ。

 最初から分かってた事だったから。

 今まで見ないように見ないようにしてきたけど、結局現実は変わらなかった。

 それだけの事だって、無理矢理自分を納得させようとしたんだ。

 

 

 

 そうしてさらに重い足取りで歩いてた時。

 僕は再び衝撃の出会いをしたんだ。

 

「おーい! そこの地味めの少年ー!」

 

 そんな元気に道溢れるような声で呼ばれた。

 振り返れば、長い金髪の凄い美少女がいた。

 そして何故か、もの凄い量の荷物を抱えていた。

 

 いつもの僕なら女子との会話なんてキョドってできなかっただろうけど、その時はキョドる元気すらなかったから、普通に返事ができた。

 次の言葉で凍りついたけど。

 

「いきなりだけど、君ってヒーロー志望だったりする?」

 

 頭が真っ白になった。

 その子はなんか人探しがどうとか言ってたけど、ほとんど耳に入ってこなかった。

 

 そして僕は、自分はヒーロー志望じゃないと、自分の口で否定した。

 

 それで言い逃げするみたいにそこから逃げた。

 あの女の子には悪い事しちゃったと思ったけど、それ以上にもう限界だった。

 口に出す事で実感してしまったから。

 僕はもう、ヒーローには成れないと。

 僕はもう、ヒーローに成るのを諦めてしまったんだと。

 

 そこから先はよく覚えてない。

 ふらふらと夢遊病患者みたいにさ迷って、気づいたらそこに居た。

 ヴィランが暴れる現場に。

 僕にはヒーローの活躍を現場で見て観察する習慣がある。

 だから、無意識につい癖で来ちゃったんだと思う。

 完全に心が折れて夢を諦めても、体に染み付いた癖までは取れないらしい。

 

 でも、そこで見た光景は、ボウッとしていた頭を覚ますには充分すぎる程衝撃的だった。

 

 そこで暴れていたヴィランは、ヘドロみたいな姿をしていた。

 僕がさっき襲われた奴だ。

 オールマイトが倒した奴だ。

 その筈なのに、ヘドロヴィランは僕の目の前で暴れている。

 しかも人質をとって。

 

 最悪だ。

 ヘドロヴィランが逃げたのは、多分僕のせいだ。

 あの時、オールマイトにどうしても質問がしたくて、飛び去ろうする彼の足にしがみついた。

 そして、空中でちょっと揉み合いになった。

 あいつはペットボトルに詰められてオールマイトのポケットの中に捕まってたから、それを落としたんだとすれば、間違いなくその時。

 

 僕の心は罪悪感で一杯になった。

 僕が余計な事さえしなければ、この事件はとっくに終わってた。

 今目の前の悲劇はなかった。

 そう思うと、人質になってる人に心の中で謝る事しかできない。

 なんとかしたいけど、僕は無力だ。

 無個性のデクだ。

 しかも、たった今、ヒーローに成るのを諦めたばっかりの。

 僕には何もできない。

 

 なのに人質の人と目が合って。

 それがかっちゃんだって気づいて。

 その助けを求めるような目を見て。

 

 

 

 気づいたら体が動いていた。

 

 

 

 そして、気づいたら転んで地面に転がっていた。

 

 

 

 何が起こったのか分からなかったけど、痛みで冷静になって考えれば、足をかけられたんだと気づいた。

 

「おーい。大丈夫か少年?」

 

 声をかけられて顔を上げれば、さっき出会ったあの女の子がいた。

 彼女は、無謀な特攻をしようとしてた僕を止めてくれたらしい。

 それで、色々と質問された。

 でも、僕はその間もかっちゃんのあの目が頭から離れなくて、その内容もほとんど頭に入ってこなかった。

 返答もしどろもどろだったと思う。

 

 そして、一際大きな爆発音がした。

 僕にはそれが、かっちゃんの最後の抵抗のように思えた。

 もう限界だと、悲鳴を上げているように聞こえたんだ。

 

 そしたら、やっぱり体が反射的に動いた。

 僕は無力なのに。

 何もできないのに。

 心だって折れてた筈なのに。

 それでも、体は動いた。

 

「何で!! てめェが!!」

「足が勝手に!! 何でって……分かんないけど!!!」

 

 ただその時は。

 

 

 

「君が……(たす)けを求める顔してた」 

 

 

 

 そう言って、憧れたヒーローを真似て、精一杯の笑顔を作った。

 その時、

 

 

 

「もう大丈夫」

 

 

 

 まるで、ついさっきの出来事の焼き増しのような台詞が聞こえた。

 見れば、僕の視線の先にあの女の子がいた。

 

 

 

「私が来た!!!」

 

 

 

 声も格好も、全然似てない筈なのに。

 僕にはその背中が、オールマイトと重なって見えた。

 どこまでも力強くて、安心できる声だと思った。

 

 その直後、彼女は拳の一振りでヴィランを撃退した。

 やっぱりオールマイトみたいだ。

 それだけを思いながら、僕の意識は途切れた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その後、本日二回目の気絶(一回目はヘドロに襲われた時)から目覚めた僕は、ヒーロー達にものすごく怒られた。

 確かに、事件を解決してくれたのはあの女の子で、僕がやった事と言えば、後先考えない無謀な特攻でしかない訳で。

 ヒーロー達に怒られるのも当たり前の事だった。

 

 そのお説教からもようやく開放されて、僕は今ようやく家路についている。

 本当に怒涛の一日だった。

 でも、まだ終わってない。

 とりあえず、帰ったらオールマイトのホームページから謝罪のメールを送らないと。

 

 

 

「デク!!!」

 

 

 

 そんな事を考えていたら、大声で名前を呼ばれた。

 正確には名前じゃなくて蔑称だけど、このあだ名で僕を呼ぶ人物は一人しかいない。

 

「俺は……! てめェに助けを求めてなんかねえぞ……! 助けられてもねえ!! 一人でやれたんだ!!

 あのクソ女の助けもいらなかった!!! 無個性の出来損ないが見下すんじゃねえぞ!!

 恩売ろうってか!? 見下すなよ俺を!!」

 

「クソナードが!!」

 

 かっちゃんは、言うだけ言って去って行った。

 タフネスだ。

 あれだけヘドロにやられた後に、あんな元気がある。なんて。

 

 でも、かっちゃんが言う事ももっともだ。

 あの女の子に助けられたのは事実だろうけど、僕が何かできた訳じゃない。

 

 でも、最後にほんのちょっとだけ、ヒーロー気分が味わえた。

 

 これでちゃんと諦めがついた。

 これからは、身の丈に合った将来を──

 

 

 

「私が来た!!」

「わ!?」

 

 

 

 いきなり現れたのは、画風が違う筋骨隆々の大男。

 え!? 何で!?

 

「オールマイト!? 何でここに……」

「HAHAHA! 何故って? 当然、君を追って来たのさ!! ……少年。君には謝罪と訂正、そして提案をしに来たんだ」

 

 オールマイトは、そう言って話し始めた。

 

「私はあの時、君達が奮戦する現場に居た。しかし情けない事に、体力の限界を理由に手が出せなかった。私は君に諭しておいて、口先だけのニセ筋になってしまった! 本当にすまなかった」

「そんな……いや、そもそも僕が悪いんです。仕事の邪魔して、無個性のくせに生意気な事言って……最後も結局、あの女の子に助けられただけですし──」

 

「いいや!! 違うさ!!」

 

 オールマイトは、途中で僕の言葉を遮って、話しを続けた。

 

「あの場の誰でもない、小心者で無個性の君だったからこそ、あの子もまた動かされた!!」

 

 その言葉に、心が揺さぶられているのを感じる。

 

「トップヒーローは学生時代から逸話を残している! 彼らの多くがこう結ぶ!! 考えるより先に体が動いていたと!!」

 

「君もそうだったんだろ!?」

 

 それを聞いている時、僕は何故か、母の言葉を思い出していた。

 ずっと昔の記憶だ。

 僕が無個性だと分かって、それでも涙を溜めながら、オールマイトのデビュー動画を見続けていた時の記憶。

 

『ごめんねえ出久……! ごめんね……!』

 

 違うんだお母さん。

 あの時、僕が言ってほしかったのは。

 

 

 

「君は、ヒーローになれる!!!」

 

 

 

 そう言ってほしかったんだ。

 

 気づけば、涙が溢れていた。

 今日初めての嬉し泣きだ。

 どん底まで落ちて、心が折れた。夢を諦めた……筈だった。

 なのに今は、嬉しくて仕方がない。

 諦めてしまった夢を、最高のヒーローになるという夢を。

 他の誰でもない、最高のヒーロー(オールマイト)に肯定されたんだ。

 嬉しくない訳がない。

 嬉しさど、涙が止まらない。

 

「うっ……! うっ……!」

「少年……」

 

 オールマイトが、優しく肩を叩いてくれた。

 そのせいで、今までの辛かった分の涙まで溢れてきた。

 それに慌てたのか、オールマイトがオタオタし始める。

 それを申し訳なく思った僕は、頑張って涙を止めようとして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! パパついに見つけた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すごく聞き覚えのある声を聞いた。

 

「ま、魔美ちゃん!? いや、あの、パパ今すごく真剣な話しててね! 乱入されると困るんだけど……」

「む~デートの約束をすっぽかした上にこれ以上わがままを言うか! いいから、帰るよ! 荷物持って! 車運転して!」

「いや、魔美ちゃん、ちょっ……!? しょ、少年、せめて連絡先だけでも!!」

 

 ああ。

 オールマイトが連行されて行く。

 ていうか、パパ?

 それにあの子は昼間の。

 

 頭が混乱する中、なんとかオールマイトとの連絡先の交換にだけ成功した。

 

 そうして、激動の一日は過ぎていったのだった。

 

 

 



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緑谷出久と八木魔美子

 ヒーローと警察によるお説教をなんとか耐えきった私は、重い足を引きずって、パパの車を目指していた。

 疲れた……。

 戦闘はともかく、お説教は精神的に辛いよ。

 しかも、あれだけ買い込んだ荷物が、パンチの時の衝撃波でどっか行っちゃたんだよ!

 そんな残酷な現実が、私のハートをさらに疲弊させている。

 

 くそう。

 あの時は地面に置いて放置せざるをえなかったとはいえ、なにも半分以上が消える事ないだろ荷物。

 絶対、いくつかは置き引きにあってるって。

 置き引きは犯罪だぞ。

 犯罪者捕まえるのはお前らの仕事だろう。

 仕事しろヒーローと警察。

 

 

 そうして心の中で呪詛を吐きながら歩いていると、私の耳が、なんかやたらとテンションの高い声を聞き付けた。

 む、この声は!

 凄まじく聞き覚えがあるぞ!

 

 すぐに声の下へとダッシュ!

 

「あ! パパようやく見つけた!」

 

 そこには、今日一日探し歩いた父の姿が。

 良かった。

 これで車で帰れる。

 この上、少なくなったとはいえ荷物を抱えて電車に揺られるなんてまっぴらごめんだったんだ。

 良かった良かった。

 

 さあ、帰ろう。

 何故か渋るパパを、有無を言わさずそのまま連行。

 なに?

 真剣な話してる?

 乱入されると困る?

 知った事か!

 こちとらお疲れモードなんだよ!

 つべこべ言わずに荷物を持てい!

 車を運転せい!

 さあ! さあ! さあ!

 

 そうしてパパを引きずって強制連行。

 去り際に話し相手と思われる少年と連絡先の交換だけする猶予を与えた、慈悲深き私に感謝せよ!

 ていうか、話し相手の少年に見覚えがあった。

 昼間の地味めの少年だった。

 なんか予想以上に早い再会だったけど、今はどうでもいいな。

 それより早く帰りたい。

 帰って寝たい。

 

 そんな事を考えていた私は、結局、車の助手席で爆睡したのだった。

 

 

 

 ちなみに、ヘドロを仕留めた一件はパパにも怒られた。

 で、その後褒められた。

 まるで(パパ)みたいだったってさ。

 ふふふ、称賛は素直に受けとっておこう。

 お休みなさい。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その夜。

 中途半端な時間に寝てしまったせいで深夜に目が覚めた私は、とりあえずトイレに行く為に部屋を出た。

 

 そして、見てしまった。

 

 パパがこそこそと誰かにメールを送っているのを。

 うわ、浮気か! と一瞬思ったけど、考えてみればパパは結婚してないんだから浮気もなにもなかった。

 でも娘の私を差し置いて女とイチャコラするのは見逃せんなぁ。

 そうして、ある日突然「新しいお母さんだぞー」とか言いながら女連れて来たら、その時は全力のデビル・スマッシュをお見舞いしてやろう。

 その時がパパの命日となるだろう。

 

 という訳で、パパが眠りについた隙を見計らって部屋に侵入。

 枕元のスマホを奪取し、メールの内容を確認する。

 小癪にもパスワードをかけてロックしていたけど、私には通じぬ。

 そんなもの、とっくの昔に入手済みよ。

 くっくっく。

 

 そうして調べたメールの内容は、私を驚愕させた。

 

『二日後に、海浜公園に来てくれ』

 

 簡素な内容だけど、問題はそこじゃない。

 これは待ち合わせのメールだ。

 マジかよ……。

 冗談のつもりだった浮気云々が現実味を帯びてしまったぞ!

 これは尾行しなくては(使命感)!

 未来の母親候補を見極めなくては!

 

 

 

 深夜のテンションというやつだろうか。

 この時の私はメールの内容に興奮して、差出人の名前を見るという当たり前の行為をし忘れていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 二日後。

 深夜のテンションから完全に開放され、冷静な思考回路を取り戻した私は、「考えてみれば、あれってただの呼び出しメールだったんじゃね?」という、とても冷静な解答を導き出す事ができた。

 それはそれとして、パパの待ち合わせ相手の事は気になったので、こうして海浜公園を目指している。

 尾行とかじゃなくて、普通に歩いて。

 浮気相手じゃないなら、別に尾行する必要はないかなと思って。

 

「ヘイヘイヘイヘイ。何て座り心地の良い冷蔵庫だよ!」

 

 そうして適当に歩く内にパパを見つけた。

 なんか冷蔵庫の上で体育座りしてた。

 そして、この間の地味めの少年が、その冷蔵庫をロープで引っ張っていた。

 ピクリとも動いてないけど。

 

 え? 何やってんの?

 いじめ?

 あ、少年が力尽きて倒れた。

 パパは笑いながら、その惨めな姿をスマホで撮影してる。

 やっぱり、いじめ?

 

 まあ、とりあえず、ここから見てるのもなんだし、声かけるか。

 

「お~い! パパ~!」

「え!? 魔美ちゃん!? 何でここに!?」

「尾行して来ちゃった。テヘッ」

「テヘッじゃないよ!?」

 

 スマホのロック破った事は秘密にしたいから、尾行したという事にしといた。

 それにしても、驚いてる驚いてる。

 てことは、この地味めの少年との逢瀬は私にも知られたくなかったのかね?

 ハッ!?

 まさかのBLという可能性もあるのか!?

 やっぱり浮気か!

 この特殊性癖を隠したかったのか!

 おのれ、パパめ!

 

 ……まあ、冗談はさておき。

 

「で、何やってんの?」

「う、うん……いや、その……ね……」

 

 何故にそんなしどろもどろ?

 なに? 答えにくいのん?

 ……マジで浮気とか言わないだろうな?

 「実は私は……いたいけな少年が大好物なんだ!」とか告白されたら、私は軽く絶望するぞ。

 その後、責任を持ってモンスターと化した父を成仏させてやるぞ。

 

 ……まあ、冗談はさておき。

 

「パパが答えにくいなら、まずはこっちの少年との自己紹介から始めようか。

 始めまして。私の名前は八木(やぎ)魔美子(まみこ)。そこで冷蔵庫の上に乗ってるマッチョマンの娘です。どうぞよろしく」

 

 私の登場からずっと無言だった少年ににこやかな笑顔で挨拶してあげた。

 美少女の笑顔は世界の宝。

 それを間近で拝める君はとても幸運なんだぜ少年。

 その証拠に、少年は顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

「あの……! えと……! その……!」

 

 少年。君もしどろもどろか。

 これはあれだな。

 この少年からは女慣れしていない童貞の気配を感じるな。

 でもそれだけじゃなくて、話したい事が多すぎて逆に声が出ないみたいな雰囲気も感じるんだ。

 考えてみれば、私はこの少年にとって命の恩人みたいなもんだし、ナンバーワンヒーロー(パパ)の娘っていうのも衝撃の事実だし、私は美少女だし、混乱するのも分からなくはないな。

 でも、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと、お姉さん思うんだ。

 

「ぼ、僕は緑谷(みどりや)出久(いずく)って言います……。あの、その、こ、この前は危ないところを助けてくれて、ありがとうございました!!」

「うん。どういたしまして~。それにしても緊張しすぎだと思うぞ少年。もっと肩の力抜いていこうや」

 

 地味めの少年改め、緑谷少年との自己紹介を済ませ、本題に戻る。

 

「で、結局パパ達はここで何やってんのさ?」

 

 すなわち、パパへの尋問再開だ。

 さあ吐け! 吐くんだ!

 狙いはなんだ!

 緑谷少年の純潔が欲しいとか言い出したら、全力でぶん殴るぞ!

 さすがにそれは冗談だけども。

 

「ハア……ここまで来たらもう隠し通せないか……。分かったよ魔美ちゃん。真実を話そう」

 

 え? お、おう。

 予想以上に真剣な雰囲気だ……。

 これそんなに真面目な話なの?

 パパ未だに冷蔵庫の上に体育座りしてるから、すごいシュールなんだけど。

 大丈夫だよね?

 これで冗談のつもりだった浮気うんぬんの話が出たら、手加減できる自信がないぞ。

 

「魔美ちゃん。私は彼を……」

 

 彼を……なんだ?

 愛してるのか?

 

「──私の後継にしようと思ってるんだ」

 

 …………ん?

 なんだ、そりゃ?

 

 

 

 そして聞かされたのは、パパの個性の話だった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

 オールマイトが八木さんに「ワン・フォー・オール」の秘密を話している。

 これは実の娘さんにすら秘密にしなければならない、とても重要な話なんだと再認識した。

 それこそ、ナチュラルボーンヒーロー、オールマイトに娘がいるっていう特大ニュース以上に。

 

 ──オールマイト。

 年齢不詳。個性不明。

 そのプライベートも謎に包まれた、不動のナンバーワンヒーロー。

 プライベートが謎に包まれてるから、自分でも重度のオールマイトオタクだという自覚がある僕でも、娘さんの存在を知らなかった。

 言われてみれば同じ金髪だし、超パワーの個性持ちだし、確かに類似点は多い。

 そうと言われれば、素直に納得できる。

 

 でも個性に関しては別だ。

 ちょっと僕の想像を越えすぎていて、説明された後でも理解はできても、納得はできなかった。

 

 

 

 オールマイトと衝撃の出会いをして、連絡先まで交換したあの日の夜。

 オールマイトから送られてきた二通のメールに、僕は興奮と感動を抑えられず、その日はとても疲れていたというのに眠れなかった。

 一通目のメールは、その日起きた出来事に対する謝罪。

 そして、二通目は呼び出しのメールだった。

 

 オールマイトが僕に何の用だろうと怪訝に思ったけど、もう一度生のオールマイトに会えると思えば行かない理由はなかった。

 そうして向かった待ち合わせ場所の海浜公園。

 そこで語られた衝撃の真実。

 

 オールマイトの個性「ワン・フォー・オール」。

 個性を譲渡する個性。

 自分が培った力を次の誰かに託し、その誰かもまた力を培って次の誰かに託す。

 そうして救いを求める声と義勇の心が紡いできた力の結晶。

 それが「ワン・フォー・オール」。

 

 聞いた今でも正直信じられない。

 信じられないけど、オールマイトはその力を僕に託したいって言ってくれたんだ。

 あの時、かっちゃんを助ける為に無謀にも飛び出した僕は「誰よりもヒーローだったから」って。

 

 正直、自信はない。

 それならあの女の子に託せば良いんじゃなんかとも思った。

 でも、オールマイトにここまで言ってもらえて。

 僕なんかに大事な秘密を晒してくれて。

 断る理由なんて、あるわけないだろ!

 

 そうして僕は、オールマイトの後継になる事を決めた。

 笑顔で人々を助ける最高のヒーローになる為に、全力を尽くすと決めたんだ。

 

 けれど力を貰うっていうのは、決して生易しいもんじゃなかった。

 後継になると決めた瞬間から、僕の肉体改造、もとい特訓が始まった。

 海浜公園のゴミを引っ張って掃除する、ヒーローとしての慈善行為とトレーニングを兼ねたハードなメニューが。

 

 そうするのには理由がある。

 オールマイト曰く、「ワン・フォー・オール」は何人もの極まりし身体能力が一つに収束されたもの。

 生半可な身体だと受け取りきれず、四肢がもげ爆散してしまうらしい。

 だからこそ、身体を鍛える為のかわいがりのようなトレーニングが始まったんだけど──そこに彼女が現れた。

 

 

 

 そしてオールマイトは今、僕にしたのと同じ説明を彼女、八木さんにしている。

 まさか実の娘さんにまで秘密の事だとは思わなかったし、それに今気づいたけど、僕がオールマイトの後継になるって事は、本来の後継者と思われる八木さんを押し退ける行為だ。

 八木さんがどんな思いでおとなしく話を聞いているのか、僕には分からなかった。

 

「……なるほど。事情は分かったよ」

 

 そして説明が終わった後に言った、彼女の言葉は、

 

「まあ、知ってたけど」

 

 あまりにも予想外だった。

 

「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」

 

 僕とオールマイトの叫び声が重なった。

 声量は圧倒的にオールマイトが上だ。

 さすがナンバーワンヒーロー!

 こんな時ですら凄い!

 

「ま、魔美ちゃん、いったい何時から……!?」

「何時からって……。よく覚えてないけど、結構昔から? ていうか、十年以上も一緒に暮らしててボロが出ない訳ないじゃん。パパおっちょこちょいなんだから。この謎は割と簡単に解き明かした覚えがあるよ」

「オーマイガー……! 親しい友人達しか知らないトップシークレットなのに……!」

 

 オールマイトが項垂れてる。

 冷蔵庫の上で。

 ……うん。

 オールマイト、まだ冷蔵庫から降りてなかったんだ。

 ……なんだろう。

 これを見ると、真面目な雰囲気なんて最初からなかったかのような錯覚に陥りそうになる。

 不思議だ。

 

「まあ、地味めの……じゃなかった。緑谷少年に託すっていう話は初耳だったけど、感想としては、ふーんって感じかな。この少年からはパパと似たような雰囲気を感じたし。意外性がない」

「えー……」

 

 八木さんには本当に、何も気にした様子がない。

 後継者問題って、そんな簡単に割りきれるようなものじゃないと思うんだけど、どうなんだろう?

 

「あ、あの!」

「うん? どうした少年?」

 

 だから僕は訪ねてしまった。

 失礼だとは思いながらも、僕の存在が彼女にどう思われてるのか、どうしても気になって。

 

「八木さんは、その、オールマイトの娘さんなんですよね?」

「そうだよー。血は繋がってないけど」

「え!?」

 

 繋がってないの!?

 さらなる衝撃の事実が発覚した!

 

「で、それがどうしたの?」

 

 そんな衝撃の事実を口にしながらも、八木さんはやっぱり何も気にした様子がない。

 だから血の繋がり云々ではなく、当初の疑問が口から出た。

 

「あの……オールマイトの後継って、本来なら僕なんかじゃなくて八木さんがやるべきだと思うんです。娘さんだし、凄い個性も持ってるし。

 それなのに、僕なんかがその座に座っちゃって、本当に良いんですか?」

 

 それは純粋な疑問だったんだと思う。

 僕からすれば八木さんは、こんな風になりたいと思い描いていたヒーローの理想像そのものだったから。

 強力な個性を持ち、圧倒的な力で悪を打ち砕き、学生時代から逸話を残す。

 それはまさしく、オールマイトの生き写しのようだった。

 そんな完璧な娘さんがいるのに、どうしてオールマイトは彼女を後継にしないのか。

 なんで彼女じゃなくて僕なのか。

 純粋に気になったんだ。

 

「あー……。まあ、私は立派なヒーローとか平和の象徴とか柄じゃないんだよ。大した正義感もないし、器じゃないのさ」

 

 八木さんのそんな言葉に、僕はどこか引っ掛かりを覚えた。

 奥歯に物が挟まったような、釈然としない何かを。

 それが言葉となる事はなかったけど。

 

「まあ、でも、私もヒーローを目指してる事に変わりはないし、君がパパの後継になるなら長い付き合いになるだろうね。改めて、これからよろしく」

 

 そう言って八木さんは手を差し出してきた。

 握手だ。

 とりあえず僕は、彼女に拒絶もされなかったし、嫌われもしなかったみたいだ。

 それに安心しながら、僕は彼女の手を握り返した。

 

 

 

 

 

 あ!

 そ、そういえば、は、初めて女子と、握手してしまった!!

 

 

 



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レッツ入試!!

 緑谷少年がパパの後継者、つまり弟子になってからしばらくが経ち。

 私は気が向いた時に、緑谷少年のトレーニングに付き合うようになった。

 

 今日は気分が乗ったので、緑谷少年の様子を見てこようと思う。

 一旦家に帰るのが面倒だから、学校から直接行った。

 制服美少女な私を拝めるなんて、さぞや眼福な事だろう。

 

 さて、本日の緑谷少年のトレーニングメニューはウォーキングだ。

 それだけ聞くと他のメニューより楽そうに聞こえるけど、当然そんな事はない。

 本日のメニューはウォーキングだ。

 それに間違いはない。

 ただし、そこにマッスルフォームのパパをおんぶしながらという注釈が入るだけだ。

 

「がんばれー! 緑谷少年!」

「ふぐうううううう!!!」

 

 美少女(私)の黄色い声援を受けて、緑谷少年は奮起した。

 急に覚醒でもしたかの如く、肉体の限界を突破しながら加速し続け、ウォーキングからランニングへ。

 そして光の速度に到達した!

 ……なんて事はもちろんなく、二、三歩歩くのが限界かなーと思ってたところを、頑張って十歩くらい歩いたけど、そこで力尽きて倒れた。

 パパの全体重255キロが緑谷少年に襲いかかる。

 緑谷少年は悲鳴を上げた。

 

「緑谷少年!?」

 

 パパがあわてて頬っぺたをペチペチ叩くけど、反応がない。

 これは完全に気絶してますわ。

 よっぽど倒れ方が悪かったんかね。

 

「どうしよう、魔美ちゃん!! 緑谷少年が息していないんだ!!」

 

 しばらく静観してたら、ついにパパが悲鳴を上げ始めた。

 ていうか息止まったんか。

 もやしだなあ、緑谷少年。

 鍛え方が足りんぞ。

 

 救急車を呼ぼうとしているパパを押し退け、緑谷少年の所へ行く。

 そしておもいっきり胸を強打!

 壊れたテレビだって、叩けば直るんだ。

 壊れた人間だって、叩けば直るだろう。

 いわゆる気付けというやつだ。

 

「かひゅっ!」

 

 なんか変な呼吸音が聞こえたけど、とりあえず息は吹き返した。

 息してるのなら死ぬ事はあるまい。

 死ななきゃ安い。

 これは真理だと思うんだ私は。

 

「おはよう緑谷少年」

 

 目を覚ました緑谷少年に向かってにっこり微笑む。

 たしかこの後のメニューは、このままパパを背負いながら海浜公園まで歩いた後、そのままいつものゴミ掃除だった筈。

 もやしな緑谷少年からすれば、普通に拷問だろう。

 だからせめて、笑顔で激励してあげるべきだ。

 

「引き続き頑張ってくれたまえ」

「はい……」

 

 うむ。

 よろしい。

 元気はないけど返事ができるなら、まだまだ行けそうだ。

 その調子で更に向こうへ!

 プルスウルトラ!

 

「お、鬼だ……! 魔美ちゃんが教育の鬼になってしまった……! これはまさか、反抗期の前兆か……!」

 

 パパが何やらほざいていたけど、聞かなかった事にしておいた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そうして緑谷少年によるゴミ掃除を見守ったり、組み手でボッコボコにしたり、叩いて直したり、お弁当を差し入れたりしている内に、

 地獄の十ヶ月(緑谷少年にとっての)は終わりを告げ、ついに受験シーズンがやって来た。

 

 今日は雄英高校一般入学試験当日。

 今朝ついにパパから個性を譲渡された緑谷少年は、現在、雄英の正門前で固まっていた。

 見るからに緊張でガッチガチになっている。

 

 私の志望校も雄英だから試験を受けに来た訳だけど……いきなり不安になってきたな。

 これ、緑谷少年大丈夫か?

 落ちるんじゃね?

 私の脳裏に修行期間中の緑谷少年の姿が過る。

 絶対雄英に入るんだ! とキラキラした目で語っていた君はどこに行ってしまったんだ……。

 

 希望が大きい分、絶望も大きいって言うし、

 あれだけ頑張ったのに落第しちゃったら、最悪もう立ち上がれないんじゃないかな?

 しかもあれだけ緊張してれば、そうなる可能性は非常に高い訳で……。

 

 ハア。

 仕方ない。

 出来の悪い弟分の為にも、ここは激励の一つでもしてあげるべきかね。

 

「おーい! 緑谷少年──」

 

「どけデク!!」

 

「かっちゃん!?」 

 

 ……なんか先を越された。

 私よりも先に一人の目付きの悪い少年が緑谷少年に近づき、──そして恫喝だけして去って行った。

 それによって緑谷少年はさらに萎縮してしまったようだ。

 あーあー。何やってるんだか。

 

 ていうか、今の良く見れば、ヘドロの時の不良少年じゃないか。

 ここに居るって事は、あの子マジでヒーロー志望だったんだ。

 緑谷少年から話は聞いてたから知ってはいたけど、正直、半信半疑だったよ。

 絶対にただのチンピラだと思ってた。

 

 と、今は不良少年より緑谷少年だ。

 再び緑谷少年に目を向けた瞬間、彼は足をもつれさせてすっ転んでいた。

 何やってるんだ君は。

 どこまでやらかしたら気が済むんだ。

 

 試験の前に転ぶなんて、なんとも縁起が悪い。

 と思ったら、何やら緑谷少年が浮いた。

 そして転ばずに着地した。

 何が起こったのかと思えば、どうやらとある少女に助けられていたらしい。

 浮かんだのはその子の個性か。

 さすがヒーロー志望。

 善人だねえ。

 

「おっおっ、おぉおおお」

 

 と思ったら、今度は緑谷少年奇声を上げ始めた。

 いきなりどうした。

 まさか、女の子に話し掛けられて興奮したとか、そんな下らん落ちじゃあるまいな?

 もしそうなら、童貞を拗らせすぎだぞ。

 

 ……とりあえず、何か悪目立ちを始めた緑谷少年に話し掛けるのも嫌になったから、このままおとなしく受験会場に行く事にした。

 緑谷少年。

 励ましてやる事はできなかったけど、私は影ながら君を応援しているぞ。

 

 

 

「あ……おはよう八木さん」

 

 とか思ってたら、なんと受験会場で緑谷少年の隣の席になってしまった。

 この席順は受験番号順だから、なにげにめっちゃ低い確率を引き当てた事になる。

 緑谷少年は知り合いを見つけてホッとしたのか、少しだけ肩の力が抜けていた。

 いや、まあ、それに関しては良かったんだけども……影ながらなんちゃらとか思った手前、なんか釈然としないなー。

 

「おい」

 

 とか思ってたら、声をかけられた。

 緑谷少年の声じゃない。

 もっと低くて不機嫌そうな声だ。

 声の方を見てみると、緑谷少年の隣の席(私の反対側)に不良少年の姿を発見した。

 その視線がまっすぐに私の事を射ぬいている。

 

 不良少年、君もいたんか。

 奇遇やね。

 私の感想はそれくらいだったけど、不良少年はそうじゃないみたいだ。

 なんかめっちゃ複雑そうな顔してる。

 何ぞ?

 

「……礼は言わねえぞ」

 

 不良少年はそれだけ言ってそっぽを向いてしまった。

 なんだったんだ?

 と、一瞬思ったけど、考えてみれば私は彼の命の恩人だったという事を思い出した。

 

 ははーん、読めたぞ。

 これはお礼を言いたいけどプライドが邪魔して素直になれないという、思春期特有のあれだな。

 かわいいところもあるじゃないか、不良少年。

 そんな事を考えながら生暖かい目で不良少年を見ていたら、めっちゃ不機嫌そうな目で睨まれた。

 こうして見ると、警戒心の高いのら猫のようだ。

 怖くもなんともないぞー。

 

 

「今日は俺のライブにようこそー!! エヴィバディセイヘイ!!」

 

 

 そんな茶番をやっている間に、試験の説明が始まった。

 解説役の人は出だしで盛大に滑りながらも、一切めげずに説明を続けてくれた。

 根性あるな、あの人。

 緑谷少年曰く、あれはプロヒーローの『プレゼント・マイク』という人らしい。

 覚えておこう。

 

 そしてマイクさんに説明された試験内容はこうだ。

 この後、私達は十分間の「模擬市街地演習」とやらをやる事になる。

 そこには三種類の「仮想ヴィラン」役のロボットが多数配置されていて、私達はそいつらを自分のやり方で行動不能にさせればいいらしい。

 仮想ヴィランには難易度ごとにポイントがあって、行動不能にするとそのポイントが貰える。

 そして、最終的に獲得したポイントが多い奴らが合格だ!

 でも、会場内には倒してもポイントが貰えない上にめっちゃ強い四種類目の仮想ヴィランが大暴れしてるから気をつけろよ!

 試験内容をざっくり纏めるとこんな感じかね。

 ゲームか!

 

 説明の途中で眼鏡の少年が大声でマイクさんに質問を浴びせ、その後何故か緑谷少年に噛みつくというアクシデントがあったけど、説明は無事終了した。

 最後にマイクさんが、

 

「かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!! 真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者、と!!

 更に向こうへ!! プルスウルトラ!! それでは皆、良い受難を!!」

 

 と言って締めた。

 中々に良い演説だったと思うよ。

 そして、それぞれの演習会場へ向かって解散。

 緑谷少年とは、ここでお別れだ。

 

「八木さん! お互いに頑張ろうね!!」

 

 別れ際に緑谷少年がそう言って話し掛けて来た。

 うん。

 そういえば、言ってなかったな。

 

「ああ、緑谷少年。君は頑張れよ。……でもね。君は一つ大きな勘違いをしているんだ」

「へ? 勘違い……?」

「そう。実は私は……」

 

 そこで一旦溜めを作る。

 ちょっと真剣な感じになった雰囲気に、緑谷少年が息を飲んだ。

 

 

「推薦入学者だから、既に入学は決まってるんだ」

 

 

 そして言った。

 緑谷少年に伝え忘れていた事を。

 私の発言を聞いた緑谷少年はフリーズしてしまった。

 この程度で脳の許容上限を越えてしまうとは……。

 修行が足らんな。

 

「え? じゃあなんで一般入試に来てるの?」

 

 なんとか再起動に成功した緑谷少年が、そんな当然の質問を投げ掛けてきた。

 まあ、いろいろと事情があるんだけど、そうだな。

 一言で纏めるとこうかな?

 

「冷やかし?」

「帰れ!!!」

 

 おおう。

 緑谷少年がキレた。

 思えば、この子に怒られるのって初めてじゃね?

 そんなどうでもいい事を考えながら、私は試験会場へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 久しぶりに存分に暴れるとしようか。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

 雄英入学試験が始まる。

 私は今、落ち着かない気持ちでモニター室の椅子に座っていた。

 気になっているのは当然、「ワン・フォー・オール」を譲渡し、後継者として見出した緑谷少年。

 そして……血の繋がらない大切な娘である魔美ちゃんの事だった。

 

「やあオールマイト。落ち着かない様子だね」

 

 貧乏揺すりが止まらない私を見かねてか、校長が話し掛けてきてくれた。

 この人(人じゃないが)は全ての事情を知っている。

 故に、私もある程度気を許して話せる。

 有り難い事だ。

 もっとも、人目のある状況では、あまりぶっちゃけたトークはできないがね。

 

「ええ。例の少年の事もそうですが、娘の事が気になりましてね」

「ハハ、あの子は変わり者だからね。推薦入学が決まっているのに一般入試も受けたいなんて、本当に変わった子だよ」

 

 そういう校長は言葉の上だけでなく、言葉の裏に秘められた事柄も理解していらっしゃるのだろう。

 理解した上で変わり者という表現で済ませてくれている。

 本当に有り難い。

 

 魔美ちゃん。

 あの子はとても良い子だ。

 優しく……はあまりないかもしれんが、家で待っていてくれて、今の私でも食べられるようにご飯を作ってくれて、労ってくれる。

 お師匠がそうしたように、私も家庭を持つ事など諦めていたが、あの子のおかげで温もりを感じられた。

 

 ──だが、あの子の個性には、とてつもない爆弾が眠っている。

 

 そしてそれは封じられている今ですら、障害(・・)として、そして副作用(・・・)として、あの子の人生を縛りつけている。

 あれはもはや呪いだ。

 あの子の個性は、()にかけられた呪いその物なのだ。

 

 それでもあの子は、その呪いの力をヒーローとして人の為に使う道を選んでくれた。 

 嬉しかった。

 本当に嬉しかったのだ。

 だからこそ私には、あの子を信じ、教え導く責任がある。

 

 だが、信じる事と心配しない事は、決してイコールではない。

 特に今回の試験は魔美ちゃんにとって相性が良い。

 いや、良すぎる。

 いろんな意味で。

 だが、だからこそ、アクセルをかけすぎて暴走しないかとても心配なのだ。

 

 そうして私が気を揉んでいようとも何かが変わる訳もなく。

 予定通り試験は開始された。

 



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レッツ入試!! パート2

いきなり日間8位だと!!?
何が起こった!!?


 演習会場に集まった受験生の諸君は、思い思いの行動で緊張をほぐそうと躍起になっていた。

 表面上は余裕ありげに見せて見栄張ってる奴の多い事多い事。

 既に合格が決まっていて余裕のある私は、そんな受験生諸君を優越感に満ちた心境で見守っていた。

 せいぜい頑張りたまえよ諸君、とか言いたくなるなこれ。

 やっぱり、一般入試に来て正解だったな!

 

 で、残念ながらと言うべきか幸いと言うべきか、この会場に知り合いはいなかった。

 緑谷少年も不良少年もいない。

 不良少年を知り合いとしてカウントするのは微妙なところだけど。

 

 ちなみに、私は生徒数の極端に少ない特別な中学に通っていたので、友達と呼べる相手が緑谷少年以外にいなかったりするんだこれが。

 知り合いだったら結構いるんだけど、誰も彼も年上だからなー。

 友達とは呼べんよ。

 この間、隠れた喫茶店で出会った謎の紳士さんとかなら、年の離れた友人と言えなくもないような気がするけど。

 

「ハイ、スタートー!」

 

 と、物思いに耽ってたら開始の合図が聞こえた。

 マイクさんの声だ。

 あの人、試験官もやるんかね?

 仕事熱心な事だ。

 

 さて、じゃあ始めるとしますか。

 

 目視できる範囲に仮想ヴィラン……ていうかロボが何体かいる。

 最初の標的はあいつらだな。

 私は右の掌に意識を集中し、個性を発動した。

 

「ダークネス・スマッシュ」

 

 私の掌から放たれた極太の闇の光線が、ロボ達を巻き込んで全てを破壊していく。

 一応、街中という設定のステージである以上、建物を壊すのはやめた方が良いかなと思ったので、結構手加減して撃った。

 それでもロボを木っ端微塵にするには充分すぎる威力だからね。

 

 ちなみに、開始の合図が聞こえてからこの間、僅か一秒弱。

 これぞ早業(自画自賛)!!

 続けて次の獲物を探すべく、今度は背中に意識を向けて個性を発動した。

 

「悪魔の翼」

 

 すると私の肩甲骨辺りからコウモリの翼に似た、これぞ悪魔の翼って感じの巨大な翼が生えてきた。

 この為に今日の服装は、背中が大きく開いたデザインの物を採用してたのだよ。

 男子諸君のエロい視線が鬱陶しかったなー。

 緑谷少年に至っては、ずっとあらぬ方向を向いてたっけ。

 

 そんなどうでも良い事を思い出しながら飛行を開始する。

 この翼は飾りじゃない。

 ちゃんと相応の飛行能力が備わっている。

 その気になれば音速を越えるスピードで飛べるけど、そんな事したらソニックブームで辺り一帯が大変な事になるし、この状態(・・・・)だと私の身体も耐えられないから軽くミンチになってしまう。

 それは普通に嫌だ。

 なのでやらない。

 スピード違反ダメ。

 絶対。

 

「どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れ!! ……って、開始数秒で約一名とんでもねえ事になってんなあ!? 何これ? 無双状態?」

 

 適切なスピード(時速三百キロくらい)で飛行しながら、弱めのダークネス・スマッシュでロボ軍団を破壊して回っていると、マイクさんのそんな声が聞こえてきた。

 実況でもやってるのだろうか?

 ご苦労様です。

 

 そうして飛び回ってる内に気づいた事が一つ。

 これ、思ったよりロボの数が多いわ。

 制限時間十分となると、私一人じゃ駆除しきれないかもしれない。

 

 まあ、そうじゃないと私以外の受験生諸君が、涙と絶望の0ポイントで受験を終えてしまう事になるから、別に問題はない。

 ないんだけど、せっかく合法的に暴れられるチャンスなんだから、普段使ってない力も使って盛大にやるべきだとも思うんだ。

 

 という訳で、受験生諸君への配慮は星の彼方まで吹っ飛ばして、新たなる力を解放!

 

「開け! サモンゲート!」

 

 虚空に手をかざし、黒い靄のようなゲートを作り出す。

 そして、そこから無数の下級悪魔、使い魔を生み出した。

 生み出した使い魔の数は十体。

 その姿は、真っ黒な人影に翼と角をくっ付けたようなデザインをしている。

 つまり飛べる。

 本体の私に比べればクッソ弱い使い魔達だけど、手の届かない場所に派遣するには便利だ。

 それに弱いと言ってもロボ軍団よりは遥かに強いから、今回の試験においては充分な活躍が見込めるでしょう。

 

「総員散開! ロボ軍団を駆逐せよ!」

 

 私の指示に従って、使い魔達は獲物を求めて各方面へと散って行く。

 でも実は私はこの能力があんまり好きではなかったりする。

 使い魔に任せると、暴れたという実感があんまり湧かないからだ。

 でも、まあ、たまには良いよね。

 

 使い魔達を送り出した後も、私自身でも狩りを続ける。

 撃ち落とすのに飽きてきたら、降下して拳で殴ったりもした。

 拳は個性を解放してないのに、ロボは簡単にバラバラになったよ。

 ちょっと脆すぎやしないだろうか?

 オワタ式かと思ったよ。

 

 そう思いながらも次から次へとロボを破壊する。

 一片の容赦も、欠片の慈悲もなく破壊して回る。

 たとえ、お父さんロボットとお母さんロボットが子供ロボットを庇いながら「どうか、この子だけは!!」と懇願してきても関係なく破壊する。

 フハハハハハハハハ!!

 気分は恐怖の大魔王!!

 もしくは究極の破壊神!!

 ヒャッハー!!

 どこからでもかかってこいやあ!!!

 

 そうして暴れ回っていると、ついにロボットの親玉みたいなのが現れた。

 夢の巨大ロボットだ。

 あれがマイクさんの言ってた0ポイントヴィランだと思う。

 他のロボ共とは明らかに違うし、めっちゃ強くて大暴れしてるっていう特徴が説明と一致してる。

 デカさは強さだ!

 

 ああ!

 あのロボットを見てると興奮する!

 凄く私好みのタイプだよ、あれは!!

 だって──

 

 

 

「──すっごく壊しがいがありそう」

 

 

 

 私は、自分でも自覚できる程に唇を吊り上げて笑った。

 

 そして笑顔で巨大ロボに突撃する。 

 誰かに取られる前に。

 あれは私の獲物だ。

 

 右腕の個性を解放する。

 

 

 

「悪魔の右腕」

 

 

 

 そしてヘドロの時と同じように、右腕が真っ黒に染まり黒色のスパークを放ち始めた。

 はち切れんばかりの圧倒的な力が右腕の中に溢れているのを感じる。

 

 私はその右腕で、巨大ロボをおもいっきり殴った。

 

 

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 

 

 全力で振り抜いた拳が、巨大ロボををスクラップに変え、粉砕した。

 破壊に伴うとてつもない快感が私の理性を侵食する。

 もっと。

 もっとだ。

 もっと壊したいと、私の右腕が叫んでいる!

 

「おっと、いけない」

 

 自分が狂いかけていた事を自覚した私は、即座に右腕の個性を解除し、深呼吸して気を静めた。

 静まれ! 私の右腕!!

 いや、言ってみたかっただけだけどさ。

 

 ヒッ、ヒッ、フー。

 よし落ち着いた。

 これでもう大丈夫だ。

 まったく。

 私の個性はこれだからいけないぜ。

 帰ったらお薬飲まないと。

 

「終 了ーーーーーーーーー!!!」

 

 私が落ち着くのと同時に、マイクさんが試験の終了を宣言した。

 それを理解した私は、指を鳴らして各地に散っていた使い魔達を消した。

 別に指を鳴らす必要はないんだけど、あれだ、演出ってやつだ。

 なんかかっこいいじゃん。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、私の雄英高校一般入学試験は終わりを告げた。

 私以外の受験生諸君が獲得したヴィランポイント、ほぼゼロという戦慄の結果を残して……。

 

 うん。

 やっちまったな。

 だが、後悔はしていない!!

 していないぞ!!

 

 

 

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

「なんだったんだあれ……」

「0ポイントぶっ飛ばしたのが二人も出たのは、まあ、良しとしよう。でもあの無双蹂躙劇は駄目だろ……」

「ヴィランポイント殆ど独占してましたしね。何者なんでしょうあの女の子……」

「ああ、オールマイトの娘さんらしいぞ」

「「「「マジで!?」」」」

 

 教師陣が先程の試験についての話で盛り上がりを見せる中、私は溜まっていた息を吐き出し、ようやく緊張を解いた。

 

「フゥー……」

「おつかれ、オールマイト」

 

 労ってくれたのは、試験前にも気にかけてくれた校長だった。

 本当にこの人(人じゃないが)は良い人だ。

 

 今回の入試。

 結果は予想通りと言えば予想通りの結末に終わった。

 魔美ちゃんが盛大に暴れ回ったのと、緑谷少年が前半ガッチガチに緊張しまっくてたのは頭の痛い問題だが、想定していた最悪の事態にならなかっただけでも充分だ。

 

 最悪の事態……魔美ちゃんが暴走するなんて事は早々起こりえないと分かってはいた。

 だが、やはり恐ろしいものは恐ろしいものだ。

 特に今回の試験は、ロボ相手とはいえ壊しまくるという内容。

 それが引き金となって魔美ちゃんが暴走する可能性は確かにあった。

 事情を知っている一部の教師陣は、いつでも飛び出せるように警戒していたくらいだからな。

 

 それでも魔美ちゃんの入試参加が許されたのは、ひとえに確認の為だ。

 魔美ちゃんの危険性を加味し、本当にそれを自発的に抑えられるのかという確認の為。

 医者から許可も出ていたし、そうなる確率は低いと判断されていたからこそ実行された最終確認だったのだ。

 

 それが無事に終わり、私は本当に安心している。

 これで、これでようやく、あの子は普通の学園生活を送る事ができる。

 雄英による監視は続けられるが、それでも危険人物として狭苦しい学校という名の隔離施設に入れられる事はなくなる。

 

 緑谷少年という後継も見つかり、魔美ちゃんの問題も解決に向かい始めた。

 まだまだ問題は山積みだが、それでも運が向いてきたのを感じる。

 このまま順調な日々が続いてほしい。

 そして、そんな日々を守る為に、私は戦い続けよう。

 

 そんな想いを抱きつつ、私は魔美ちゃんの事で教師陣に質問攻めにされた。

 




八木魔美子

個性:悪魔

悪魔っぽい事ができる。
例 悪魔の身体能力獲得、闇の魔法っぽいものの発動、使い魔の召喚等。



その副作用として、常時強烈な破壊衝動に襲われる。


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ビバ入学!

なんかまだ日間ランキングに残ってるよ……。
奇跡か? 奇跡が起きてるのか?


 入試終了から一週間が経った。

 この一週間、なんだかパパが過労死しそうな程に疲れている。

 4月から雄英に勤務して本格的な教師になるって事は知ってたけど、どうやら諸々の手続きと慣れない書類仕事に追われて衰弱してしまったようだ。

 後、入試合格者達への通知も兼ねたVTRとかも録ってるらしい。

 本人から聞いた。

 マッスルフォームの発動時間も減ってきてるのによくやるよほんと。

 さすがの私も、この状態のパパにちょっかいをかける勇気はなかった。

 

 ついでに緑谷少年ともここ一週間連絡をとっていない。

 彼はどうやら入試の結果が相当悪かったようで、試験日の夜にまるで遺書のようなメールを送ってきたのだ。

 私はそれに当たり障りのない返信をして、それ以降意図的に放置してる。

 仕方ないんだ。

 今の緑谷少年をつついたら絶対に面倒くさい事になると私の直感がささやいているんだ。

 マジで凹んでるだろうけど、まあ、大丈夫でしょ。

 受験に失敗したくらいで死にはしないって。

 死ななきゃ安い。

 これが真理だ。

 反論は受け付けない。

 

 

 

 

 そして、その翌日。

 

「オールマイト!!!」

「誰ソレ!!」

 

 私はここしばらくご無沙汰だった二人と一緒に、いつもの海浜公園に居た。

 緑谷少年は涙腺を決壊させながらパパに駆け寄り、おもいっきりフラれていた。

 まあ、緑谷少年のゴミ掃除のおかげで、最近デートスポットとしての人気が出て人目があるようになってきたこの海浜公園において、大声でパパのヒーローネームを叫んでしまった緑谷少年に全責任がある訳だけど。

 

「リピートアフターミー! 人違いでした!」

「人違いでした!!」

 

 という茶番を終えてようやく本題に入る。

 まずは、

 

「合格おめでとう」

「おめでとー」

 

 祝いの言葉からかけるべきだな。

 そう。

 緑谷少年はあの遺書みたいなメールから一転、奇跡の大どんでん返しによって、見事雄英合格を勝ち取ったのだ!

 これは素直に凄いと思う。

 推薦、一般と二つの入学資格を持つ私が言っても説得力ないかもしれないけど、雄英入学はそれだけ難易度の高い狭き門なんだから。

 

 そうしてお祝いのハイタッチを済ませ、パパの教師就任に緑谷少年が驚いたと言い、パパのポンコツっぷりを知っている私はそれが心配だという話になって──そして話題はパパから緑谷少年に受け継がれた個性「ワン・フォー・オール」の話に移った。

 

「ワン・フォー・オール……一振り一蹴りで体が壊れました……。僕にはてんで扱えない」

 

 緑谷少年がそんな弱気な発言を漏らす。

 あの映像は私もパパのパソコンを勝手にいじって見させもらったけど、確かに酷いもんだった。

 跳躍する為に足を使えば骨折し、例の巨大ロボを倒す為に拳を振るえば、ロボと一緒に拳が粉砕する。

 個性の反動に体が耐えられてない。

 でもまあ、あの程度の反動ならその内慣れるでしょう。

 体を鍛えてパパ並みの筋肉を身につけるだけでも解決しそうだ。

 

「それは仕方ない。突如尻尾の生えた人間に対して芸を見せてと言っても、操ることすらままならんて話だよ」

「はあ……」

 

 ほら、パパもこう言ってる訳だし。

 そんな落ち込むような事じゃないって。

 それに、

 

「大丈夫だって。ぶっちゃけ私の個性の反動の方がもっと酷くてえげつなかったんだから。その私がなんとかなってるんだから君もなんとかなるさ。頑張れ少年」

「や、八木さんもそうだったんだ……」

 

 「意外だ」とか緑谷少年が呟いてる。

 正直、君の「ワン・フォー・オール」より私の「悪魔」の方が曲者だと思うぞ。

 被害が君一人で済んでる(・・・・・・・・)分、私の時より遥かにましだよ君は。

 いやー、個性が制御できなかった頃は悲惨を通り越して地獄だったなー。悪魔だけに。

 

「今はまだ100か0か……だが、調整ができるようになれば身体に見合った出力で使えるようになるよ。器を鍛えれば鍛える程、力は自在に動かせる。こんな風にね!」

 

 そういってパパはマッスルフォームに変身し、足下に落ちてた空き缶を握り潰した。

 地味なパフォーマンスだと思うけど、私達の励ましを受けた緑谷少年が奮起したから、結果オーライかな。

 

 

 

 その直後、パパのマッスルフォームを一般人に目撃され、私達は逃げるようにその場を後にした。

 有名人は大変だなー。

 そして、こういうところがパパのポンコツたる所以だと思うんだ私は。

 

 ……ほんとに大丈夫かなー、パパの教師生活。

 何事もなきゃいいけど。

 

 そうして夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 時は流れ。

 春になった。

 

 春。

 それは高校生活の始まり。

 出会いと別れの季節だ。

 もっとも、友達と呼べる相手が緑谷少年と謎の紳士(とその助手の人)しかいない私にとって別れは縁がない。

 ただの出会いの季節だ。

 

 新たなる出会いに心踊らせながら、私は雄英校舎を歩いていた。

 パパはいない。

 いくら親子で同じ敷地内にいるとはいえ、ここでは教師と生徒。

 教師の通勤時間と生徒の通学時間が同じな訳ないから、パパがいないのは至極当然だ。

 ちょっと寂しい気もするが、仕方あるまい。

 

 途中、教室への道のりにやたらデカい芋虫がいたので廊下の端に蹴り飛ばしつつ、たどり着いたのは一年A組。

 今日から私が通う教室だ。

 おお。

 ドア、でか。

 バリアフリーか。

 

 ……なんかちょっと感動するな。

 今日から私は憧れの……て程でもないけど、女子高生なんだと思うと。

 小学、中学とは違うまとも学校に通えるという事実が、柄にもなく私をワクワクさせる。

 

 さあ、このドアの向こうにはどんな出会いが待っているのだろうか。

 こんにちは青春!

 今この小悪魔系美少女、八木魔美子が会いに行くぞ!!

 

「おっはようございまーす!!」

 

「うるっせえぞボケェ!!!」

 

 ドアを開けたらいきなりの暴言。

 私のワクワクとした気持ちを返せこのヤロー。

 まったく、誰だこんな失礼な事言ったのは!

 雄英はいつからヤンキーの通う不良校になったんだ!?

 

 憤慨しながら声のした方を向くと、そこには例の不良少年がいた。

 君、受かってたんか。

 素行不良で落とされたもんだと思ってたよ。

 そして不良少年も私に気づいたのか、途端に眉間に皺が寄り、めっさ不機嫌な感じに顔面が歪んだ。

 

「テメぇか……」

 

 不良少年はそれだけぼそりと呟いて、そっぽを向いてしまった。

 私はそのあまりの失礼な態度にカチンときた。

 ので、不良少年の席までつかつかと歩いていき、その頭頂部をアイアンクローで鷲掴みにして、無理矢理こっちを向かせてやった。

 

「ッ~~~~!!!? 何しやがるテメぇ!!!」

 

 不良少年が声にならない悲鳴を上げながらも、しっかりと文句を言ってくる。

 ほう。

 中々に根性があるではないか。

 頭部が潰れたトマトみたいになる程の力ではないとはいえ、それでもかなりの万力で締め上げているというのに、まだ反抗する気概があるとは。

 だが、離してやらない。

 

「人に暴言吐いたらまずごめんなさいでしょ。それが聞けるまでこの手は離さんぞ!!」

「ふざけんなあ!!!」

 

 不良少年は私の手を掴んでなんとか引き剥がそうと必死に足掻いているけど無駄だ!

 君と私では力の差がありすぎるのだよ!

 主に単純な腕力の差という意味でな!

 

 そうして抵抗が強くなる程に、頭の締め付けも強くしてやった。

 フハハハハハハハハ!

 良いのか?

 これ以上無駄な抵抗を続ければ、毛根に完治不能のダメージが残ってしまうかもしれんぞ!

 本当に良いのか!?

 

 それでも不良少年は反抗的な目付きで睨み付けてくるばかりで、まったく謝罪する気配がない。

 頑固だな。

 プライドが高すぎるのは如何なものかと思うよ。

 素直にごめんなさいすれば、それで済む話だというのに。

 

「君! さすがにそれはやりすぎだ! もう離してやってくれないか!」

 

 そう思いながらも更に締め付けを強くしていると、横からそんな言葉をかけられた。

 声の方に振り返ると、どこかで見たような眼鏡の少年の姿が。

 ……どこで見たっけな?

 ああ、思い出した。

 入試の時、緑谷少年に噛みついてた少年だ。

 

「彼も反省……はしていないかもしれないが、それでも暴力に訴えるのはヒーロー科の生徒として如何なものかと思うんだ。やるのなら話し合いで解決するべきだと俺は思う」

 

 おお。

 眼鏡少年、真面目やね。

 ふむ。

 たしかにその通りだ。

 思えば入学のワクワク気分を台無しにされたせいで、私もちょっと感情的になっちゃってたよ。

 いやー、失敬失敬。

 

 という訳で、いよいよ限界が近づいて昇天しそうになってる不良少年を解放してあげた。

 頭を離した途端に机に崩れ落ちる不良少年。

 おーい、生きてるかーい?

 頬をペチペチするも反応がない。

 なんてこった。

 入学初日から死人を出してしまったぜ。

 

 まあ、冗談はさておき。

 まずは大事に至る前に止めてくれた眼鏡少年に、お礼と自己紹介でもしようかね。

 

「いやー、止めてくれてありがとね。私もちょっとムキになっちゃってた。ごめんね」

「い、いや、分かってくれればいいんだ」

「私、八木魔美子。これから一年どうぞよろしく」

「あ、ああ。俺は飯田(いいだ)天哉(てんや)だ。こちらこそよろしく」

 

 眼鏡少年、改め、飯田少年はひきつった表情で私と握手を交わしてくれた。

 あのアイアンクローを見た上で握手に応じるとは……。

 この子も中々根性あるな。

 さすがヒーロー科。

 優秀なのが揃ってる。

 他の生徒諸君は、そんな飯田少年を見て「勇者……!」とか呟いてるけど。

 飯田少年が勇者なら魔王は誰だ?

 私か?

 悪魔だけに。

 ……うん。

 聞かなかった事にしよう。

 

「……何これ?」

 

 そんな声を聞いて振り向いてみれば、今まさにドアから入って来たらしい緑谷少年と目が合った。

 君も同じクラスか!

 普通に嬉しいぜ!

 という意味を込めてにっこりと笑いかけてあげたら、なんか怯えてた。

 失礼な。

 

 その後、これまたなんか見た事あるような少女がドアから現れて、緑谷少年と談笑を始めた。

 ……どこで見たっけな?

 ああ、思い出した。

 入試前にすっ転びそうになった緑谷少年を助けてくれた子だ。

 

 そんな少女に話しかけられて緑谷少年はたじたじのまっかっか。

 私という超絶美少女と約一年も一緒にいて、未だに女の子に対する免疫がないのか緑谷少年。

 情けないなー。

 これだから童貞は。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 そんな童貞必死の奮戦は突然乱入してきた声によって中断された。

 声のした廊下の方を見ると、なんかデカい芋虫みたいな寝袋に入った不審者がいた。

 あれもどっかで見た事あるような気がする。

 ……どこで見たっけ。

 ああ、思い出した。

 教室に来る途中で廊下の端に蹴り飛ばした芋虫だ。

 あれ人間だったんか。

 ゴミか何かだと思ってた。

 

「ハイ。静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君達は合理性に欠くね」

 

 そんな事言いながら、不審者は寝袋から出てきた。

 小汚ないおじさんだった。

 誰これ?

 用務員さん?

 

「担任の相澤(あいざわ)消太(しょうた)だ。よろしくね」

 

 担任!?

 やべえ。

 私、担任蹴り飛ばしちゃったよ。

 絶対怒ってるよ。

 その証拠に、なんか鋭い眼光が私を射ぬいてるよ。

 やばい!

 我が天敵、お説教が襲来する!!

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

 しかし、私の嫌な未来予想はどういう訳か外れた。

 巨体な芋虫、改め、相澤先生はふいっと私から視線を外すと、寝袋の中から体操服を取り出し、それを近くに居た緑谷少年に押し付けてどっか行ってしまった。

 言葉通りなら先にグラウンドに行ったんだろう。

 え?

 怒らないの?

 

 そんな疑問を抱きつつ、雄英での初めての授業が始まった。

 

 

 

 

 



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個性把握テスト!

「「「「「「個性把握テストぉ!?」」」」」」 

 

 クラスメイト諸君の驚愕の声がグラウンドに木霊する。

 それは芋虫……じゃなかった、相澤先生が言い出したある事が原因だった。

 

 全員をグラウンドに呼び出した相澤先生は、なんと、入学初日からいきなりの個性を使った体力測定をやると言い出したのだ。

 これには一同驚愕して、皆の内心を代弁するかのように緑谷少年と談笑していた少女が「入学式は!? ガイダンスは!?」と至極まっとうな突っ込みをしてくれたけど、

 相澤先生は「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」と、とりつく島もない返答した後、「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り」とかいう屁理屈を言い出した。

 

 そう屁理屈だ。

 しかし私は知っている。

 この学校はそういう場所だと。

 なにせ、推薦入学者が一般入試を受けられるくらいの自由っぷりだもんなあ!!

 既に恩恵を受けている手前、何も言えないぜ……。

 

 ハア。

 普通の学校行事……楽しみにしてたんだけどなぁ……。

 地味にショックだ。

 そんな感じで、私が内心ちょっとブルーになっている間にも、相澤先生の演説は続く。

 

「中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト。国は未だに画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない」

 

「八木。中学の時のソフトボール投げ何メートルだった?」

 

 おっと。

 相澤先生が何故か私に話しを振ってきたぞ。

 まあ、聞かれからには真面目に答えようか。

 

「710メートルです」

「……もう一度言ってみろ」

 

 はて?

 聞こえなかったのかな?

 相澤先生はその年にして耳が遠くなってるのかもしれない。

 かわいそうに。

 私は相澤先生に軽く同情しながらも、もう一度はっきりと言ってあげた。

 聞き取りやすいようにハキハキと、滑舌の良い美声で。

 

「710メートルです」

「……個性なしでの話しだぞ」

「はい。そうですけど」

「……ゴリラか?」

 

 失礼な!

 こんな美少女を相手に、言うに事欠いてゴリラだと!!

 許せん!!

 パワハラで訴えてやる!!

 

 とは思ったものの、まあ、相澤先生の気持ちも分からんでもない。

 私だって自分のこの力が異常だっていう事は理解してる。

 

 この怪力の正体は、肉体の力というよりは未発動状態でも体に影響を及ぼしてる個性(悪魔)のせいだけど、それを知らない人からすれば、ゴリラみたいに感じてしまうのも仕方がないのさ。

 相澤先生が悪い訳じゃない。

 だから、怒りのままに行動に移すのは止めておいてあげよう。

 命拾いしたな相澤先生!!

 だが、後でゴリラは訂正しろ!!

 

「ハア……本当に規格外だな……。まあ良い。じゃあ今度は個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何しても良い、早よ」

 

 そう言って相澤先生は私にソフトボールを渡してきた。

 ゴリラ発言を有耶無耶にするつもりか。

 良いだろう。

 この場はその作戦に乗ってやんよ。

 でも、後で職員室行くかんな。

 覚悟しておけ!!

 

 そんな物騒な事を考えつつも、このソフトボール投げについて真面目に考える。

 何しても良いって言われたし、確実に一番遠くまでボールを運べるのは、翼使ってボールを掴んだままどこまでも飛んで行く作戦だと思う。

 でもそれは面倒くさいなぁー。

 しかも翼使うんだったら体操服に穴空けないといけないし。

 一応、突発的に翼を使わなくちゃいけない事態になった時の為に、服の下には見られても問題ないスク水(肩甲骨が露出してるタイプ:めっちゃ丈夫な特注品)を下着の代わりに着てるけど、態々この場で披露する事もないよね。

 

 決めた。

 普通に投げよう。

 全力(・・)でな!

 

「悪魔の右腕」

 

 そうして私は個性を解放した。

 今回は戦いの為ではなく、ソフトボールを投げる為に。

 さあ! 見るが良い!

 悪魔の投球フォームを!!

 

 

 

「スマッシュ!!!」

 

 

 

 掛け声と共にボールを投げる。

 悪魔の怪力で投げられたボールは、もの凄いスピードで大空を駆け抜け、地平線の彼方に消えて行った。

 ホームラン!

 なんちゃって。

 さあ、記録はいくつよ?

 

「計測不能か……馬鹿力め。学校の敷地外にまで飛ばしたな」

 

 まさかの計測不能が出ました。

 これは場外ホームランという扱いで良いんですよね? ね?

 ファール扱いは嫌だぞ……。

 

「……まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 私の懸念は完全にスルーされ、相澤先生は演説を再開した。

 心なしか、若干疲れたような顔してる気がする。

 そ、そんな顔されたらホームランがどうとか聞けないじゃないか……。

 

「なんだこれ!! すげー面白そう!!」

「計測不能って、化物かよ……!」

「でも、個性思いっきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」

「にしても、あいつやっぱすげーな!! さすがヘドロ事件の英雄!!」

 

 そして私の内心を他所に、クラスメイト諸君がはしゃぎ始めた。

 まあ、個性を思う存分使えるのは嬉しいよね。

 分かる分かる。

 中には私の活躍を見て盛り上がってる子達もいるよ。

 そう、何を隠そう私、実はちょっとした有名人なのだ!

 ヘドロヴィランの時に思いっきりテレビに映っちゃたからね!

 

「面白そう……か」

 

 その時、ぼそっと呟かれた相澤先生の声を私の耳が捉えた。

 はて?

 そこはかとなく不吉なニュアンスが含まれているように感じるのは、私の気のせいだろうか?

 

「ヒーローになる為の三年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」

 

 気のせいじゃなかった。

 相澤先生から謎の威圧感が発せられている!

 何これ!?

 怖!!

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し──除籍処分としよう」

 

「「「「「はあああああ!!?」」」」」 

 

 相澤先生の突然の横暴に、クラスメイト諸君から驚愕とも悲鳴ともつかない絶叫が上がった。

 うん。

 そりゃ驚くわ。

 ちょっとこの先生厳しすぎやしないか?

 私は多分、余裕だけど。

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の自由。ようこそこれが──雄英高校ヒーロー科だ」

 

 これは……とんでもない先生に当たってしまったかもしれない。

 私も気を付けないと危ないかもな。

 今日の授業では多分大丈夫だけど、その内素行不良とかでふるい落とされそうだ。

 注意しておこう。

 

 あ!

 ていうかこれ、緑谷少年大丈夫か?

 あの子まだ全然個性の制御できてないし、クラスメイト諸君の実力次第では落とされるぞ!

 

 ちょっと心配になって緑谷少年の方を見れば、案の定、顔面を真っ青にして冷や汗をかいていた。

 大丈夫じゃないね!?

 でも助けてはやれぬ。

 自分の力で頑張ってくれ。

 大丈夫だ!!

 除籍されたからって死にはしない!!

 死ななきゃ安いの精神で乗りきってくれ!!

 

 

 

 そうして始まった個性把握テスト。

 その内容をダイジェストでお送りしよう。 

 

 

 

 第1種目:50メートル走

 

 

「悪魔の左脚。デビル・ダッシュ!!」

「0秒51」

 

「0秒台!!!?」

 

 片足だけ個性使って、スタートダッシュの踏み込みだけで50メートルを走破してやったよ。

 もはや走りじゃないな!

 

 

 

 第2種目:握力

 

 

「すげぇ!! 540キロて!! あんたゴリラ!? タコか!!」

「タコって、エロイよね……」

 

 クラスメイトの一部がそんな茶番をやっているのを聞きながら、まずは個性なしで計ってみる。

 結果は540キロだった。

 あそこの腕が六本あって翼みたいになってる少年と同じ数値だね。

 で、ここから更に手首から先だけ個性を発動して計ってみた。

 

 メシャッ

 

「あ」

 

 握力計が潰れてしまった。

 

 

 ──握力:計測不能。

 

 

 

 第3種目:立ち幅跳び

 

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 なにやらクラスメイトのブドウ頭が雄叫びを上げていた。

 この種目なら翼を使った方が良いだろうと判断した私は、上着を脱いで上半身だけスク水姿になったんだが……ブドウ頭はそんな私の姿を見て絶叫していた。

 普通に気持ち悪かったし、他のクラスメイト諸君もブドウ頭をまるで汚物でも見るような視線で針のむしろにしていた。

 あれは少年とすら呼びたくない。

 もっと汚らわしいナニカだ。

 

 

 ──立ち幅跳び:計測不能

 

 

 

 第4種目:反復横跳び

 

 

「悪魔の両脚。デビル・反復横跳び!!」

「ざ、残像が見える!?」

「俺、リアルで残像作れる人間初めて見た!!」

 

 

 ──反復横跳び:10059回

 

 

 

 第5種目:ボール投げ

 

 

「スマッシュ!!!」

 

 私の記録はデモンストレーションの時と変わらず計測不能。 

 それは良い。

 

 でもこの種目で、緑谷少年の方に事件があった。

 周りが個性を使って良い記録を出しているのを見て焦ったんだろう。

 緑谷少年の記録は、まあ、悪くはないけど今一パッとしない感じだったからね。

 このままだと最下位もあり得る。

 

 そこで緑谷少年は勝負に出た。

 制御できていない、使えば体が壊れる個性を使おうとした。

 

 結果は46メートル。

 おかしい。

 個性を使ったのなら私並みの記録が出る筈だし、なにより緑谷少年の腕は壊れていない。

 どういうこっちゃ?

 

「個性を消した」

 

 そんな私の疑問に答えてくれたのは、なにやら髪を逆立てながら怖い顔をした相澤先生だった。

 それにしても、個性を消した?

 個性を奪うっていうのなら知ってるけど、消すなんてものは初めて見たな。

 これが相澤先生の個性だろうか?

 

「消した……! あのゴーグル……そうか……! 見ただけで人の個性を抹消する個性……!! 抹消ヒーロー『イレイザー・ヘッド』!!」

 

 今度は緑谷少年が説明してくれた。

 やっぱりあの個性消去は相澤先生の個性だったか。

 ……私の個性も消せるのかな?

 いや、無理か。

 それができるんだったら、相澤先生とはもう少し早く出会ってた筈だ。

 

 そして相澤先生は緑谷少年にお説教を始めた。

 お説教。

 それは悪魔の行為だ。

 悪魔の私を震え上がらせるんだから、奴こそが真の悪魔と言っても過言ではないだろう。

 

「見たとこ……個性を制御できてないんだろう?

また行動不能になって、誰かに助けてもらうつもりだったか?」

 

「お前のは一人を助けて木偶の坊になるだけ。緑谷出久。お前の力じゃヒーローにはなれないよ」

 

 相澤先生、結構キツイ事言ってるなー。

 いや、その通りではあるんだけれども。

 でもそれって、これから学んでいけば良いんじゃね? とも思うんだよね。

 まあ、相澤先生の教育方針に口を出すつもりはないから黙ってるけども。

 

「個性は戻した。ボール投げは二回だ。とっとと済ませな」

 

 相澤先生に冷たくそう言われて、緑谷少年は暗い顔でなんかブツブツと言いながら、ボール投げ用のサークルの中に入った。

 さて、どうなる事やら。

 相澤先生に嫌われたっていうか、目をつけられちゃった以上、注意を無視して個性で自滅しようものなら、マジで除籍されかねない。

 かと言って、萎縮して何もしなければ、このまま最下位になって除籍。

 緑谷少年、八方塞がりじゃん。

 これはマジで駄目かも分からんね。

 

 そして、緑谷少年は選んだ。

 第三の選択肢を。

 

 「ワン・フォー・オール」の力が、腕全体ではなく、右手の人差し指一本に集中する。

 その指を使ってボールを投げた。

 指一本とはいえ、そこはナンバーワンヒーロー(パパ)から受け継いだ個性の力。

 私程じゃないにせよ、ボールは結構な距離を飛び、割りと優秀な成績を残してた不良少年と同じくらいの記録を残した。

 その代償は指一本の骨折。

 めっちゃ痛そうだけど、動けない程の怪我じゃない。

 

「あの痛み…程じゃない!!」

 

 実際、緑谷少年はまだあの時みたいに倒れていない。

 

「まだ……動けます!」

 

「こいつ……!」

 

 目に涙を溜めながらも気丈に宣言する緑谷少年を見て、相澤先生もなんか笑ってる。

 含みのある感じじゃなくて、楽しんでるような、あるいは喜んでるような、そんな感じの笑みだ。

 これは、ちょっとだけ見直したんじゃないかな、相澤先生?

 

 実際、私も凄いと思うよ。

 あの追い詰められた状況で、よくこんな手を思い付いたな緑谷少年。

 今できる事の中では間違いなく最善の手でしょ、あれ。

 天晴れ見事と褒めてあげたくなる。

 

 でも、そんな空気に水を差す不粋な輩がいた。

 

「どーいうことだこら!!! ワケを言えデクてめぇ!!!」

「うわああ!!!」

 

 私と同じくおとなしく観戦していた筈の不良少年が、突如個性で爆発を起こしながら、緑谷少年目掛けて突撃した。

 彼との因縁については私も緑谷少年から聞いて知ってる。

 若干重い話で、聞いてて気が滅入ったよ。 

 その話によると、彼はずっと緑谷少年を見下していたそうだ。

 無個性のデクと呼んで憚らなかったらしい。

 で、今そのずっと馬鹿にしてた相手があり得ない力を発揮している。

 そりゃ混乱するだろうね。

 でも暴力はいかんよ。

 

 私は軽く地面を踏み込んで一気に加速し、不良少年の後ろを取った。

 個性は使わない。

 あれは簡単に人に向けて良いもんじゃないからね。

 

「必殺! 首トンの術!」

「ぐお!?」

 

 代わりに首の裏をトンとして気絶させる、数多の漫画に描かれていた必殺技を使った。

 不良少年はいきなり攻撃されたせいで体勢を崩し、地面に倒れこんだ。

 でも気絶はしていないらしく、すぐに立ち上がって今度は私に噛みついてきた。

 

「邪魔すんな!!! クソ女!!!」

 

 おかしいな。

 首トンの術をかけられたら気絶する筈なのに。

 やっぱりあれはただの漫画的表現だったのかね。

 これなら普通に殴った方が早そうだ。

 

 という訳で、普通に殴って止める事にした。

 不良少年の攻撃が私に届く前に拳を繰り出し、顔面を捉える。

 

「ぐふっ!?」

 

 そのままの勢いで拳ごと不良少年の頭を地面に叩きつけて終了ー。

 不良少年は気絶している!

 ふ、他愛ないぜ。

 

「おい。気絶させるな。起こせ」

 

 と思ったら、相澤先生からお叱りの言葉をもらってしまった。

 え? 起こすの?

 絶対暴れるよこの子。

 

「その場合は俺が対処する。早くしろ、時間の無駄だ。……それに、今のは爆豪が悪いとはいえ暴力を振るうのは褒められた事じゃない。今後許可のない武力行使は慎むように」

 

 お、おう。

 すいませんでした。

 とりあえず言われた通りに不良少年の頬っぺたをぺちぺちとして起こした。

 案の定暴れた。

 その瞬間、相澤先生の包帯みたいな捕縛武器で不良少年はがんじがらめにされたが、相澤先生がちょっと話しただけで表面上は冷静さを取り戻し、静かになった。

 ……不良少年、思ったより聞き分けが良かった。

 ていうか、これなら私の助けはいらなかったな。

 余計な事しちまったぜ。

 緑谷少年は普通にお礼を言ってくれたけど。

 

 

 

 その後も個性把握テストはつつがなく進み、結果発表の時間がやってきた。

 

「ちなみに、除籍はウソな」

 

 その時、空気が凍った。

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 

「「「「「「はーーーーーーーーーー!!?」」」」」」 

 

 そして上がる絶叫。

 そりゃそうだよね。

 こんなたちの悪いジョークに付き合わされて寿命が縮むようなプレッシャーをかけられた後でこれだもん。

 そりゃ、大声の一つも上げたくなるよ。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えれば分かりますわ」

 

 て言ってる少女もいるけど、果たしてどうかなー。

 私的には、相澤先生は結構本気だったと思うんだ。

 でも皆それなりに良いとこ見せたから途中で心変わりしてくれた、っていう方が説得力ある気がするよ。

 

 ちなみに表示された順位を見ると、私は一位、緑谷少年は最下位だった。

 私の方は当然として、緑谷少年はほんと命拾いしたね。

 入学初日からこれじゃあ、これから先が大変そうだ。

 頑張れ少年!!

 

 そんなこんなで、雄英最初の授業は終わりを告げた。

 

 

 



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コスチューム!!!

赤バーのフィーバータイムが終わってしまった……。


 ──相澤視点

 

 

「相澤くんのウソつき!」

 

 個性把握テストを終え、職員室に戻ろうとしていた俺は、そんな言葉で呼び止められた。

 呼び止めた相手は今年教師になったばかりの新米にして、ヒーローとしては不動の頂点に君臨するナンバーワンヒーロー「オールマイト」だった。

 

「オールマイトさん……見てたんですね」

 

 どうやらこの人は先程の個性把握テストを盗み見ていたらしい。

 その行動に違和感はない。

 なにせ今年の俺の受け持ちクラスにはこの人の娘である八木がいる。

 何も事情を知らなければ公私混同を疑い叱責の一つでもしたかもしれないが、俺はいざという時の為に(・・・・・・・・・・)八木に関する事情を聞かされている。

 その事情に鑑みて考えれば、オールマイトの行動に異論を挟もうとは思わない。

 少々合理性にはかけるが、最初の授業を見守るくらいの事は許されるだろう。

 俺ならば八木を除籍しかねないという懸念を持っていてもおかしくはないからな。

 

 だが、どうも話は俺の予想していなかった方向に進み始めた。

 

「見込みゼロと判断すれば迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回っ! それってさ! ──君も緑谷少年(あの子)に可能性を感じたからだろう!?」

 

 てっきり八木の話をしに来たのかと思っていただけに、一瞬誰の話をしているのか分からなかったが……状況から考えて緑谷の事だと理解した。

 ……何故、オールマイトがあいつに注目する?

 

「……君も? ずいぶんと肩入れしているんですね? 先生としてどうなんですかそれは」

 

 そう言って少し揺さぶってみると、オールマイトは分かりやすいくらい過剰に反応した。

 あいつに何かあるのか……?

 その何かは分からないが、オールマイトの態度から見て八木のような問題を抱えている訳ではない事は分かる。

 ならば俺は普通に一生徒として接するだけだ。

 いつも通りにな……。

 

「ゼロではなかった。それだけです。見込みがない者はいつでも切り捨てます。半端に夢を追わせる事ほど残酷なものはない」

 

 それだけ告げて、さっさとその場を去る。

 誰が相手であろうとこの教育方針は変えるつもりはない。

 それこそ八木のような特例中の特例が相手でもな。

 

 八木魔美子。

 強力な個性を持ち、戦闘能力だけならば既にオールマイト並みという報告まで上がっている逸材。

 だが、同時に個性の副作用のせいで脳に障害を持ち、強烈な破壊衝動を抱えている危険人物。

 過去に大事件を起こしたという経歴から、警察や政府の上層部にはヴィラン(・・・・)として認識され警戒され、一部では「特殊刑務所タルタロス」に収監するべきとの意見まで上がったと言う。

 

 その個性は俺でも消せなかった。

 個性未発動状態でも驚異的な身体能力を有するという点から考えて、あいつの個性は半分常時発動型……つまり異形型の混じった複合型なんだろう。

 俺の個性では異形型の個性は消せない。

 そう考えるとあいつの個性を消せなかった理由としてしっくりくる。

 そうなってくると、あいつが暴走した時に止められるのはオールマイトくらいしかいないだろう。

 上が警戒するのも分からんでもない。

 

 だが、俺はあいつを危険人物として以上に優秀な生徒として認識している。

 

 確かにあいつは危険だろう。

 今日だって暴れだした爆豪を相手にとはいえ、躊躇いなく暴力を振るった。

 その本質はヒーローではなくヴィランに近いのかもしれない。

 

 それでもあいつは自分の衝動を抑えられていた。

 緑谷と違って自分の個性をしっかりと使いこなし、爆豪相手にもきちんと手加減して致命傷を負わないようにしていた。

 問題児ではある。

 だが、充分に教育可能な範囲内だ。

 

 あいつは育て方次第でヒーローにもヴィランにもなり得る。

 ならば俺は教師として、あいつを立派なヒーローに育て上げよう。

 破壊衝動があるならば、それをヴィランに向けさせれば良い。

 その上で殺さないように手加減する事を教えれば良い。

 実に合理的だ。

 

 過去に起こした大事件は確かに問題だろうが、それでもあいつに責任がある訳じゃない。

 被害者や遺族からすればやりきれない話だろうが、それによってあいつの人生がねじ曲げられるというのもまた許されてはならない。

 ならば過去の出来事は公表せず、このまま闇の中に消し去ってしまえば良い。

 無駄に傷口を広げるだけの行いなど、非合理性の極みだ。

 

 これはヒーローとしては許されざる考え方なのかもしれない。

 だがそれでも俺は、きれい事で人を傷つけるよりも、合理的な手段でより多くの人々をより効率的に救う道を選ぶ。

 それだけの事だ。

 

 それがプロヒーロー『イレイザー・ヘッド』の正義なのだから。

 

 そんな事を思いながら、俺は職員室への道を急いだ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 慌ただしかった入学初日が終わり、下校時間がやってきた。

 私は校門付近において、お疲れモードの緑谷少年を発見したので、労ってやるかと思って話しかける事にした。

 

「おつかれ! 緑谷少年!」

 

 そう言って緑谷少年の背中を軽く叩く。

 

「うわッ!? て、八木さんか。うん。八木さんもおつかれ」

 

 思ったよりも威力が高かったのか緑谷少年は体勢を崩しかけたけど、この程度の打撃が入る事は修行時代にはざらだったので、緑谷少年は体勢を立て直して普通に返事をしてきた。

 なんだか、少しだけ成長が感じられる。

 

 と、そこで眼鏡少年こと飯田少年が近づいて来た。

 そして緑谷少年にとっての死角から迫り、その肩に手を置いた。

 

「指は治ったのかい?」

「わ!? 飯田くん……! うん。リカバリーガールのおかげで」

 

 緑谷少年は死角からの襲来に少し驚いたみたいだけど、これまた普通に対応していた。

 でも、今のは修行が足らんよ。

 死角からの接近は気配で感じとらなきゃ。

 ちなみに、リカバリーガールとは雄英の看護教諭の名前だ。

 治癒系の個性を持ってて、自滅しまくってる緑谷少年はかなりお世話になってるらしい。

 ちなみに、私とは昔からの知り合いだったりする。

 ぶっちゃけ私の主治医だ。

 

「八木くん。今日はやられたよ。見事としか言い様のない実力だった! これからも同じ目標を持つ仲間として切磋琢磨していこう! 改めてよろしく!」

「よろしく~」

 

 飯田少年のやたらと熱の籠った挨拶に対して、私は普通に返答した。

 そこに今朝私に怯えていた少年の面影はなかった。

 強力なライバルの出現に燃えてるのかね?

 熱血キャラなのか?

 

「しかし相澤先生にはやられたよ。俺は『これが最高峰!』とか思ってしまった! 教師がウソで鼓舞するとは……」

 

 違った。

 真面目キャラだった。

 さすが眼鏡。

 眼鏡装備は伊達ではないな!

 

 でも、その話には突っ込みどころがあるので口を挟ませてもらおう。

 

「相澤先生は多分、半分以上本気だったと思うよ。あそこで不甲斐ない結果出してたらマジで除籍されてたと私は思う」

「ム! しかし、相澤先生は合理的虚偽と……」

「それこそがウソって可能性もあるよね」

 

 飯田少年は「確かに……!」とか言って考え込んでしまった。

 緑谷少年は私の言葉を聞いて顔を青くしている。

 そうだね。

 私の推測が正しいとしたら、一番危なかったのは君だもんね。

 

「おーい! 三人ともー! 駅まで? 待ってー!」

 

 そうして会話が途切れたところに、新たに話しかけてくる人物が現れた。

 たしか、今朝緑谷少年と談笑してた子だ。

 

「君は、∞女子」

 

 飯田少年は彼女をそう表した。

 多分、個性把握テストの時にボール投げで∞という記録を出してたのが原因だ。

 あれって多分、私の計測不能よりも高得点だと思うんだ。

 そう考えると、この少女は凄いな。

 

麗日(うららか)お茶子(おちゃこ)です! えっと飯田天哉くんに八木魔美子ちゃん、緑谷……デクくんだよね!」

「デク!!?」

 

 なんと。

 それはそれは。

 

「緑谷少年。いつ改名したんだ?」

「してないよ!」

「え? でもテストの時爆豪って人が『デクてめぇ!!!』って」

 

 ああ。

 不良少年のせいか。

 そういえばあの子、今日一日は私と緑谷少年の事を穴が空くほど睨み付けてきてたっけ。 

 

「あの……本名は出久(いずく)で、デクはかっちゃんがバカにして……」

「蔑称か」

「えー、そうなんだ! ごめん!」

 

「でも『デク』って『頑張れ!!』って感じで、なんか好きだ私」

 

「デクです!!」

「緑谷くん!?」

 

 私が不良少年の事を思い出してる間に、なんか漫才トリオが結成されていた。

 楽しそうだなおい。

 

「浅いぞ!! 蔑称なんだろ!?」

「コペルニクス的転回……」

「コペ?」

「なんじゃそりゃ」

 

 緑谷少年がおかしくなった。

 個性の反動が頭にきたのかな?

 だったら良いお医者さん紹介できるよ。

 私の主治医だけど。

 って、もう知り合ってたか!

 

 そんな感じで楽しくだべりながら帰る通学路は、とても楽しかった。

 こういう経験は初めてだったけど、良いものだね。

 

 

 

 

 

 その夜。

 友達が出来たとパパに報告すると、とっても喜んでくれた。

 その後、明日の授業で使うパパのコスチューム選びに付き合わされた。

 それは私の服選びのように長く、途中で「乙女か!」と突っ込みを入れてしまった。

 同時に、今度服選びに付き合わせる時はもう少し早く決めてあげようと思った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日。

 午前の授業を終え、午後のヒーロー基礎学の時間。

 

「わーたーしーがー!!! 普通にドアから来た!!!」

 

 そこには昨日の夜私と相談して、最終的に決定したシルバーエイジのコスチュームに着替えたパパの姿があった。

 そう。

 今日はついにパパの教師としての初陣だ。

 頑張れパパ!!

 私は子供を見守る親の心境でいた。

 

「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う課目だ!! 単位数も最も多いぞ!」

 

 よし。

 今のところ噛まずに言えてるな。

 

「早速だが、今日はコレ!! 戦闘訓練!!」

 

 その言葉にざわめくクラスメイト諸君。

 いきなりかという緊張と、ようやくかという興奮が伝わってくる。

 

「そしてそいつに伴って、こちら!! 入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた……戦闘服(コスチューム)!!!」

「「「「「おおお!!!」」」」」

 

 その言葉にざわめくクラスメイト諸君。

 今度は完全に期待と興奮が緊張を押し退けたらしい。

 かくいう私だって楽しみだ。

 コスチュームなんてテンション上がって当然でしょ!!

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」

「「「「「はーい!!!」」」」」

 

 そうしていそいそと着替え(更衣室で)コスチュームを装着し終えたところで麗日少女が声をかけてきた。

 

「わ~魔美ちゃんかわいいね!」

「ふっふっふ、それほどでもある!!」

 

 私のコスチュームは全体的に黒色系で、上半身は丈の短いチアガールみたいな服で腕やおへそを大胆に露出し、下半身はホットパンツ、縞模様のニーソックスにロングブーツという、小悪魔を意識した作りになっている。

 私の小柄でロリっぽい体型に加え、さらに金髪ロングヘアーの美少女属性と相まって、まさに小悪魔といった感じだ。

 

 そして要望通りならこのコスチューム、露出の多い見た目に反してとてつもなく頑丈で、たとえ音速で飛行しようとも壊れず、脱げないという優れものなのだ!!

 そんな逸品が今ならお値段、学校負担で実質ゼロ円!!

 お買い得なんてもんじゃないな!!

 

 あ、ちなみに麗日少女とは名前で呼んでもらえる仲になったよ。

 「魔美ちゃんて変な口調だね~」とも言われたけど。

 

「麗日少女もかわいい……ていうかカッコいいぞ!」

「ありがと~。でも、要望ちゃんと書けばよかったよ……。パツパツスーツんなった……」

 

 「はずかしい」と小声で呟いたのが聞こえた。

 その後「魔美ちゃんはなんで平気なんやろ?」とも聞こえた。

 私は恥女じゃないぞ!

 小悪魔系を目指したらこのスタイルに落ち着いただけだ!

 私の個性の印象をマイルドにしようと試行錯誤した結果なんだ!

 

 

 そんな問答をしながらもグラウンド・βへ。

 そこはグラウンドとは名ばかりのビル群だった。

 入試会場もそうだったけど、雄英はこういうのにお金かけすぎだと思う。

 

 そしてブドウ頭の視線が鬱陶しい。

 いや、私だけじゃない。

 奴の視線は全ての女子の間を行ったり来たりしながら、一人一人舐めるように観察していた。

 特に露出が激しい私ともう一人の少女に送られる視線が半端ない。

 セクハラで訴えるか、それとも試験のどさくさに紛れて抹殺するか。

 悩みどころだ。

 

 そうしてブドウ頭の処刑方法を考えていると、他の皆にちょっと遅れて緑谷少年がやって来た。

 ジャージっぽい服に、特徴的なマスクを付けたコスチュームを着てる。

 ていうか、あのマスク分かりやすいな。

 頭の部分の角みたいなパーツが、パパの髪型を意識してるのが一目で分かる。

 

「やあ! 緑谷少年!」

「あ! デクくん! かっこいいね! 地に足ついた感じ!」

「八木さん、麗日さ……うおおお……!」

 

 緑谷少年の目が、私と麗日少女のコスチュームを見て見開かれる。

 私のは露出が激しいし、麗日少女のコスチュームは全身タイツみたいに体にフィットするタイプでボディラインが強調されている。

 特に胸。

 目のやり場に困るのも納得だ。

 

「ヒーロー科最高」

「ええ!?」

 

 ブドウ頭が緑谷少年に近づいて何事かほざいていた。

 

「去れ! ブドウ頭!! 汚らわしい!! ダークネス・スマッシュ!!」

「うわ!? 何すんだ!? 殺す気か!?」

「八木さん!?」

「魔美ちゃん、落ち着いて!! 気持ちはよう分かるけど落ち着いて!!」

 

 麗日少女に宥められて、なんとか矛を納める。

 緑谷少年。

 君はあんな風にだけはなるなよ。

 あれは全女性の敵だ。

 ただのヴィランだ。

 もしそうなってしまったら、私の手で引導を渡してやる。

 

「えーと……。ちょっとトラブルがあったみたいだけど気を取り直して……」

 

「始めようか有精卵共!!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 その一言で、パパの教師としての初めての授業が始まった。

 娘としてこの授業はぜひとも成功させてあげたい。

 さっきはつい暴走しちゃったけど、今度はできるだけ我慢しよう。

 新米教師にトラブル処理までやらせるのは、さすがにかわいそうだ。

 

 ……仕方ない。ブドウ頭の抹殺はまた今度にするか。

 

 その事を残念に思いつつ、私は授業に集中した。

 



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戦闘訓練!!

赤バー復活!!
凄いギッリギリでしがみついてるぜ!!
これも皆様の応援のおかげでです。
ありがとう!(* ̄∇ ̄)ノ


「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 白アーマーに全身を包んだ飯田少年がパパに質問をぶつける。

 ……ていうかあれ飯田少年だったんだね。

 顔が見えない上に眼鏡が見えないから、誰だか分からなかったよ。

 

「いいや! もう二歩先に踏み込む! 屋内での対人戦闘訓練さ!!」

 

 飯田少年の質問にパパがハキハキと答えた。

 良し。

 変にキョドってないし、普通に答えられてる。

 パパが教師なんて正直「大丈夫か!?」という感想しかなかったから、こうしてまともに進行できてるのを見ると凄く安心するなぁ。

 これなら心配は無用だったかね。

 

「ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪ヴィラン出現率は高いんだ。

 監禁、軟禁、裏商売。このヒーロー飽和社会、真に賢しいヴィランは屋内(やみ)に潜む!」

 

 あ。

 それは私も知ってる。

 私が初めて出会った因縁のヴィランも屋内に居たわ。

 もっとも、そいつはもう死んじゃったけど。

 

「君らにはこれから『ヴィラン組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!!」

 

 あー。

 2対2かー。

 これはちょっと苦戦するかも。

 私の個性っていうか、体質的に協力プレイは大の苦手分野だからなー。

 

「基礎訓練もなしに?」

「その基礎を知る為の実践さ! ただし、今度はブッ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」

 

 カエルっぽい少女の質問にパパが答える。

 あー。

 それもちょっとめんどくさい。

 壊さないように手加減するのは、強い破壊衝動を抱える私にとってはちょっとした苦行だ。

 いや、ヒーローやるなら避けては通れない道と分かってはいるし、実際手加減しながらも気持ちよく暴れる方法も習得はしてる。

 でも、やっぱり気分の問題なのだよ。

 時間無制限食べ放題ならめっちゃ楽しいけど、そこでカロリーを気にしたり、制限時間が付いちゃったりすると、それを気にして一気に楽しさ半減するのと同じ原理だ。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ブッ飛ばしてもいいんスか……!!」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」

「このマントヤバくない?」

 

「んんん~~~~聖徳太子ィィィ!!」

 

 ああ!!

 ちょっと目を離した隙に、パパが質問の連続攻撃にさらされている!!

 頑張れ!

 負けるなパパ!!

 て、カンペを取り出したよ!?

 

「いいかい? 状況設定はヴィランがアジトに『核兵器』を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしてる! ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか核兵器を回収する事。ヴィランは制限時間まで核兵器を守るかヒーローを捕まえる事」

 

 パパはそのまま堂々とカンペを見ながら説明を続けた。

 それで良いのか……。

 まあ、初めてだし、良しとしよう。

 てか、設定アメリカンだな。

 

「コンビ及び対戦相手は、くじだ!」

「適当なのですか!?」

 

 飯田少年の鋭い突っ込み!

 

「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップする事が多いし、そういう事じゃないかな……」

「そうか……! 先を見据えた計らい……! 失礼致しました!!」

 

 ナイスフォローだ緑谷少年!

 

「いいよ!! 早くやろ!!」

 

 しかし、パパは大分焦れてきたらしい。

 口調が適当になってきた。

 そんなパパの心労を取り除いてあげるべく、さっさとくじを引く。

 私が一番に引いた。

 くじ引きの箱の中から出てきたボールには「A」の文字。

 私に続いて他のクラスメイト諸君も続々とくじを引いていき、それぞれのコンビはこうなった。

 

 Aチーム 八木、緑谷

 Bチーム 轟、麗日

 Cチーム 八百万、峰田

 Dチーム 爆豪、飯田

 Eチーム 芦戸、青山

 Fチーム 口田、障子

 Gチーム 耳郎、上鳴

 Hチーム 常闇、蛙吹

 Iチーム 葉隠、尾白

 Jチーム 瀬呂、切島

 

 私のコンビは緑谷少年だった。

 

「よ、よろしく八木さん」

「よろしく~」

 

 気心知れた相手だったのは不幸中の幸いかな。

 多少はやり易そうだ。

 

 他に注目すべきコンビは、BとCかね。

 Bコンビには麗日少女がいるっていうのもあるけど、実はもう一人の少年の方にも私は見覚えがある。

 推薦入試の時に会った少年だ。

 その時の試験が障害物競争だったんだけど、私の遥か後方で風使いの少年と激しい二位争いしてた覚えがあるわ。

 たしか氷の個性を使ってた気がする。

 それなりに強力な個性だったという覚えもある。

 ……そういえば風使いの少年の方はどうしたんだろう?

 見かけないけど、隣のB組にでも入ったのかな?

 

 そして、Cコンビに関しては悪い意味での注目だよ……。

 峰田とかいう名のブドウ頭の変態と組まされた少女が哀れでならない。

 ていうか、あの少女も推薦入試の時に見たな。

 という事は、私やあの氷使いの少年と同じ推薦入学者か。

 その優秀さを持って、ぜひともブドウ頭を再起不能にしてもらいたい。

 あのエロいコスチュームじゃ逆に興奮させるだけに終わってしまうかもしれないけど……。

 

「続いて! 最初の対戦相手は、こいつらだ!!」

 

 そう言ってパパが新たなくじを引く。

 「VILLAIN」と書かれた箱と「HERO」と書かれた箱に両手で同時に手を突っ込み、中から文字の書かれたボールを引き抜く。

 パパの左手には、ヒーローの方の箱から出てきた「A」という文字の書かれたボールが。

 パパの右手には、ヴィランの方の箱から出てきた「D」という文字の書かれたボールが。

 それぞれ握られていた。

 つまり──

 

「Aコンビがヒーロー!! Dコンビがヴィランだ!!」

 

 いきなり私達の出番だ。

 しかも相手はDコンビ。

 あのコンビには、緑谷少年にとっての因縁の相手がいる。

 

「デクぅぅぅ……!!! クソ女ぁぁぁ……!!!」

 

 その因縁の相手。

 不良少年はどう見ても凶悪ヴィランにしか見えないイっちゃってる目付きで、私と緑谷少年に敵意100%の視線を送っていた。

 なにあれ、怖ッ!

 あれは既に人を殺っちゃってる目だと言われても、素人なら信じちゃうよ。

 本当に人を殺っちゃてる奴の目はあんな感じじゃなくて、もっと腐ったような嫌な感じに濁るから分かる奴には分かるけど。

 

「……ヴィランチームは先に入ってセッティングを! 5分後にヒーローチームが潜入でスタートする。他の皆はモニターで観察するぞ!」

 

 そんな不良少年の事をちょっと気にかけながら、それでもちゃんと授業の進行を優先するパパ。

 うん。偉い。

 それでこそ教師!

 カウンセリングは授業が終わった後にすれば良いもんね。

 

「飯田少年、爆豪少年はヴィランの思考をよく学ぶように! これはほぼ実戦! ケガを恐れず思いっきりな! 度が過ぎたら中断するけど……」

 

 そう言ってパパはちらりと私を見た。

 何故だ!!

 何故に私を見る!?

 ここは普通、不良少年の方を見るべきでしょ!!

 私そんなに信用ないの!?

 

「うっ……!」

 

 頬を膨らませて怒りの視線でパパを見つめると、パパはちょっとたじろいだ。

 良いだろう。

 そこまで信用がないというなら見せてあげよう。

 私だってちゃんと大惨事を起こさずに、しっかりと授業をやり遂げられるという事をな!!

 

「行くぞ! 緑谷少年! 作戦会議だ!」

「え? ちょ、待って!!」

 

 緑谷少年の腕をひっ掴んで所定の待機エリアへと引きずって行く。

 不良少年と飯田少年は建物の中に入り、パパと他のクラスメイト諸君はモニター室へと去った。

 

 そして、所定のエリアに着いた私達は作戦会議を始める。

 

「とりあえず、建物の見取り図を覚えないと……」

「私はもう覚えたぞ」

「……八木さん頭まで良いんだ。チートっぷりが酷いや」

 

 チート言うな。

 自覚してるわ。

 

「じゃあ作戦だけど、どうしようか? 八木さんの個性を最大限生かすなら、真っ正面からのガチバトルが一番だと思うけど」

「ああ。それに関してなんだけどさ。──私、今回は個性使うのやめるわ」

「………………へあ?」

 

 何その間の抜けた返事は?

 私そんなに変な事言ったか?

 

「な、なんで!?」

「緑谷少年……。私の個性使った一番簡単で手っ取り早い勝ち方って何だと思う?」

「え? それは……やっぱり真っ正面からぶつかる事だと思う。八木さんの個性はパワーもスピードも規格外だし機動力もある。純粋な戦闘能力が高い上に高速で動き回れるから索敵も容易。走り回って敵の居場所を早くに見つけて一気に襲撃するのが一番……だと思う」

「ブッブー。不正解」

「えー……」

 

 実はもっと簡単な方法があるのだよ。

 

「正解は外側からビルを殴って壊して、瓦礫の中から核を見つけるでしたー。この方法なら敵が生き埋めになるから戦う必要すらないし。私のパワーなら瓦礫くらい軽く撤去できるしね。多分、クリアするにはそれが一番簡単だと思うよ」

「いやそれは……! さすがに……」

 

 緑谷少年はドン引きだ。

 そりゃそうだ。

 私だって「それは良いアイディアだ! 早速実行してみよう!」と言われたら軽く引く自信がある。

 しかもさあ、

 

「それだけじゃないんだぜ。使い魔を百体くらい召喚して数の暴力で攻めても良いし。それこそ緑谷少年が最初に言ったように真っ向からのガチバトルでも、個性の性能差を考えればどう考えても一方的な蹂躙になる。それじゃあ授業(・・)にならないでしょ」

「あ……! そっか。だから」

「そ。だから私は今回個性を使わないって訳」

 

 ほんと私の個性は強すぎるんだよ。

 他の個性とは、確実に勝てるどころか負ける方が難しいってくらいに性能差がある。

 私の全力(・・)に対抗できるのなんて、せいぜいパパと今は亡き因縁の大物ヴィランくらいしかいないんじゃないか?

 間違っても高々学生程度の実力で対抗できるレベルじゃないのは確かだ。

 故に、パパの授業を授業として成立させる為にも、私は個性を使ってはならんのですよ。

 

 ……それに、この個性は安易に人に向かって撃って良いもんじゃないしね。

 個性発動中は発動している部位の多さにもよるけど、破壊衝動が強くなるというか、興奮状態になるというか、そんな感じになるから。

 その状態での手加減ていうのは、地味に結構難しいのだ。

 大怪我させちゃったり、最悪殺しちゃっても良いやと思えるヴィラン相手ならともかく、不良とはいえクラスメイトに対して使うのはちょっと……って感じだ。

 あ。

 ブドウ頭になら使っても良いな。

 

 そんな訳で、私の個性で蹂躙しちまおうぜ作戦は却下。

 代案を考えなくては。

 

「……八木さんが個性を使わないからって訳じゃないけど、僕もできるだけ個性を使わない方が良いよね」

「そうだね。今の君の状態だと強い強くない以前に危ないもんね」

「うん……」

 

 今の緑谷少年は個性に振り回されてるからな。

 力の調節なんてもってのほか。

 一度人に向けて発動すれば、ほぼ確実に相手を殺し自分も大怪我を負う。

 そういう意味だと、現時点では私の個性より危ないかもしれない。

 勝手に暴走しないだけまだましだとも思うけど。

 

「そうなると二人共個性使わずに勝たなきゃならんねー」

「うん……。しかも相手は飯田くんと……あのかっちゃん……!」

「因縁の相手だねー。どうする? 荷が重いようなら私が引き受けるけど。私が個性なしでも強いのは知ってるっしょ」

「うん。それはもう骨身に沁みてる……」

 

 修行時代にひたすら実戦稽古でボッコボコにしてゲロ吐かせてやったからなー。

 知り合いのおじいちゃんから昔聞いたパパの特訓を参考にしたんだけど……おかげで緑谷少年が一時期「女の子怖い」しか言わなくなって大変だったわー。

 

 しかし、緑谷少年にとってはそんな私よりもずっと昔からいじめられてきた不良少年の方が怖いんだろうな。

 

「でも……それでもかっちゃんとは僕が戦いたい。今は(・・)負けたくないって思ってるから」

 

 それでも緑谷少年は私に任せず、自分で不良少年と戦うと、そう言い切った。

 緑谷少年の話を何度か聞いた私は知っている。

 不良少年は緑谷少年にとって過去のトラウマであり、今となっては超えるべき強敵でもあるという事を。

 そんな因縁の相手を前にして、ビビりながらも勇気を振り絞って立ち向かう、か。

 うん。

 中々にかっこいいじゃないか。

 弟分がちょっと立派になってくれて、お姉ちゃんは嬉しいよ。

 

「じゃあ、具体的な作戦を決めようか」

「うん!」

 

 そうして作戦を立てる内に5分が経過し、訓練開始の時間がやって来た。

 

 

 

 屋内対人戦闘訓練──開始。

 

 

 




クイズ!
一年A組から消えた奴を探せ!
犯人は……お前だ!!


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戦闘訓練!! パート2

ちょいオリジナル描写が入ってます。


「侵入成功! 死角が多いから気をつけよう……」

 

 戦闘訓練が始まり、私達は一階の窓からビルの中に侵入した。

 ……なんだかパパに内緒で謎の自警団(ヴィジランテ)活動をやってた頃を思い出してドキドキしてきた。

 あれは何気に命懸かってたから、ドキドキはこんな訓練の比ではなかったけども。

 

 さて。

 侵入から僅か一分弱。

 早速、お迎えが来たようだ。

 

 廊下の死角から不良少年が飛び出して来た。

 

「うわ!!」

 

 不良少年の個性が発動し、廊下の一角が爆発する。

 どうやら二人まとめて爆破するつもりだったみたいだけど、私は足音で不良少年の接近を感知していたので余裕をもって回避した。

 緑谷少年はちょっと攻撃がかすったっぽいけど、コスチュームの一部が破損しただけで体の方は無傷だった。

 なら問題ない。

 

「てめぇらコラ、避けてんじゃねぇよ」

 

 不良少年がそんな理不尽な事を言い出した。

 避けずにどうしろと?

 全部被弾しろってか?

 まあ、君の攻撃力なら避けなくても大したダメージにはならないけどさぁ。

 

「緑谷少年。これはどっち狙いだと思う? 」

「分からない……。かっちゃんが敵ならまず僕を殴りに来ると思ったけど……八木さんもかなりかっちゃんの恨みを買ってるから」

 

 そうだねー。

 入学初日にアイアンクロー食らわせたり、授業中に殴って気絶させたりしたもんねー。

 そりゃ怒るわ。

 

「じゃあ、不良少年が突撃して来たって事で……予定通りで良いかい?」

「うん。八木さんは核と飯田くんを探して。僕はここで──かっちゃんと戦う」

 

 おう。

 頑張れ、緑谷少年。

 

「じゃあ、先行ってるよー」

「俺を無視してんじゃねぇ!!!」

 

 そうして私がこの場を去ろうとしたら、不良少年がなんか爆発の威力で加速しながらこっちに向かって来た。

 個性把握テストの時も見たなその技。

 楽しそうな技だ。

 

 でも、その突撃が私に届く事はなかった。

 緑谷少年が私と不良少年の間に割って入る事によって。

 

「邪魔だぁ!!! デクぅぅぅ!!!」

 

 そう叫びながら、不良少年は緑谷少年に拳を振り上げる。

 緑谷少年はその動きを読んでいたかのように不良少年の懐に入り、腕を取って背負い投げを決めた。

 

「ああ!!!!!」

「ガハッ……!!」

 

 一本!

 綺麗な投げですねー。

 十点!

 ……いや、茶化すのはやめておこうか。

 そんな雰囲気じゃないし。

 

 私は不良少年が倒れてる間に、先に進む事にした。

 

「かっちゃんは大抵最初に右の大振りなんだ。どれだけ見てきたと思ってる……! 凄いと思ったヒーローの分析は全部ノートにまとめてあるんだ! 君が爆破して捨てたノートに……!」

 

 その場から遠ざかるにつれて聞こえる声は小さくなっていく。

 でも、確かに聞こえた。

 

「いつまでも『雑魚で出来損ないのデク』じゃないぞ……! かっちゃん、僕は──『頑張れ!』って感じのデクだ!!」

 

 中々にかっこいい緑谷少年の声が。

 良いねぇ!

 熱いねぇ!

 それを間近で見れないのが残念だよ!

 

「ビビりながらよぉ……そういうとこが。ムカツクなあ!!!!!」

 

 戦いの気配を背後に感じながら、私は自分の仕事を果たす為にその場から離れた。

 勝てよ。

 緑谷少年。

 できれば私が飯田少年を倒してしまうよりも早くな。

 

 そんな事を思いながら、私はビルの中を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──爆豪視点

 

 

 

 俺は昔から天才だった。

 やろうと思ってできない事はなかったし、やりたいと思ってできない事もなかった。

 ずっと俺が一番だった。

 だから、テレビでオールマイトの活躍を見て、ヒーローに憧れた時も、その夢が叶うと信じて疑わなかった。

 

 実際、俺は強い個性に生まれた。

 鍛えれば鍛えるほど自分が強くなっていくのを感じた。

 客観的に見ても俺にはヒーローとしての才能があって。

 このまま鍛え続ければいずれ憧れのオールマイトすら超えて、俺がナンバーワンになれると思ってた。

 

 なのに……。

 

「ッ!?」

 

 なんで俺は、こんな所で路傍の石ころに躓いてんだ?

 

 

 

 確保証明のテープが俺の足に巻かれかけていやがる。

 爆破を警戒されたから蹴りで攻撃して、そうして攻撃の為に伸びた足を狙われた。

 今回の訓練だと、このテープを巻き付けられた時点で「確保」された事になる。

 そうなったら俺の負けだ。

 意地でもこのままやらせる訳にはいかねぇ!

 

「くそが!!」

 

 振り払いながら仕留めるつもりで撃った右手の爆破。

 その行動をまた読んでやがったのか、デクは爆破を掻い潜って避けやがった。

 そして態勢を立て直そうとでも思ったのか、そのまま通路の先へと逃げて行った。

 

「待てコラ!! デク!!!」

 

 俺はあいつを追いかけながら、叫ぶ。

 

「なァオイ!! 俺を騙してたんだろうォ!? 楽しかったかずっとぉ!!」

 

 無個性のデクだった筈なのに。

 

「あ!? ずいぶんと派手な個性じゃねぇか!? 使ってこいや!! 俺の方が上だからよぉ!!!」

 

 路傍の石ころだった筈なのに。

 

 なんでてめぇは今、俺と張り合ってる?

 

 

 

 最近は上手くいかねぇ事ばっかだ。

 デクは急に個性を使って反抗してきやがるし、その前にはクソヴィランに襲われて死にかけるしよぉ。

 その時最初に助けに来たのが、よりにもよって俺よりずっと弱ぇ筈のデク。

 最終的に助けられたのは、どうしても気にくわねぇあのクソ女だった。

 

 今まで、ずっと俺が一番だった。

 だが、あのクソ女は俺より強ぇ。

 俺が殺されかけたクソヴィランをパンチ一発でブッ飛ばすくらいに強ぇ。

 まるでオールマイトみてぇだった。

 同年代で、明確に自分よりも優れた相手に会ったのは初めてだ。

 恩人だっつうのは分かってる。

 礼を言わなきゃならねぇ相手だって事も分かってる。

 でも、どうしても気にくわなかった。

 

 それだけじゃねぇ。

 クソ女と入学初日に会った時、頭を握り潰されそうになった。

 その後の個性テストの時はぶん殴られて気絶した。

 そんな屈辱初めての事で、アホみてぇに怒りが沸いた。

 だが、頭ん中の冷静な部分で理解しちまったんだ。

 

 あん時、クソ女は個性なんざ使ってなかった。

 個性なんざ使わずに俺を完封した。

 これで個性まで使われたらどうなる?

 

 ──俺は何してもこいつには勝てねぇんじゃねぇか?

 

 そう考えちまった時、言葉にできねぇ感情が俺を襲った。

 敗北感? 劣等感? 屈辱? 怒り?

 どれも正しいような気もするし、全部違ぇような気もした。

 ただ一つ確実な事は、こいつが、この感情がとてつもなく不快だって事だけだ。

 

 それを払拭する為に今回の訓練であのクソ女に奇襲をかけた。

 ついでに隣に居たデクにもな。

 だが、クソ女には案の定簡単に避けられて、デクにすら当たらねぇ始末。

 それどころか、クソ女は俺なんざ相手にするまでもねぇとばかりに立ち去り、残ったのはどこまでも俺をムカつかせるデクだけ。

 そのデクにすら俺は……勝ちきれねぇ。

 

 個性を使ってこねぇデクの姿が、個性を使わねぇクソ女と重なって見える。

 ふざけんな。

 デク。

 てめぇまで俺を下に見るんじゃねぇ!!!

 てめえより俺の方が上だ!!!

 

「溜まった」

 

 逃げたデクを見つけた。

 同時に試験開始から準備してたもんが完成した。

 

「なんで使わねぇ? 舐めてんのか? デク…」

「かっちゃん!」

 

 俺の方を向いたデクは、少しビビった後、覚悟決めたみてぇに反抗的な目になりやがった。

 

「もう……君を怖がるもんか!!」

 

 ハッ……ムカツクなぁ。

 

「てめぇのストーキングならもう知ってんだろうがよぉ。俺の爆破は掌の汗腺からニトロみてぇなもん出して爆発させてる。『要望』通りの設計なら──」

 

 そう言って俺はコスチュームの籠手を弄った。

 

「この籠手はそいつを内部に溜めて……」

 

『爆豪少年!! ストップだ!! 殺す気か!!?』

 

 通信機越しのオールマイトの忠告。

 それも分かった上で俺はこいつを使ってる。

 

 だから、止まらねえ。

 

「当たんなきゃ死なねぇよ!!!」

 

 俺は、籠手に付いたピンを抜いた。

 その瞬間、籠手の内部に溜め込まれていた俺の個性、爆発する汗の全てが起爆。

 特大の大爆発となって放出された。

 

 本当はあのクソ女に向けて使うつもりだった必殺技。

 それをてめぇに使ってやったんだ。

 光栄に思いやがれ。

 

「個性使えよ、デク」

 

「全力のてめぇをねじ伏せる」

 

 殺さねぇように直撃はさせてねぇんだ。

 まだ動けんだろうがよぉ。

 

 さあ。

 

 立って。

 

 戦えや。

 

 デク。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

『緑谷少年。なんか凄い爆発音が聞こえたんだけど大丈夫か?』

「うん……。なんとか」

 

 かっちゃんの使った大爆発はビル全体を大きく揺らす程の威力があった。

 そうなれば当然、上階に居る八木さんも気づく。

 それで通信機で連絡を入れてくれたみたいだ。

 ありがたい。

 この状況で一人だったら心が折れてたかもしれない。

 

 そのかっちゃんは今、通信機で誰かと話してる。

 飯田くんとの通信……あるいは試験を監視してるオールマイトに注意でもされてるのかもしれない。

 今の大爆発はどう考えてもやり過ぎだ。

 注意くらいされても不思議じゃない。

 むしろ、中止されてもおかしくないくらいだ。

 

 でも、何にせよ、かっちゃんが一時的に止まってる今が、八木さんと通信できる唯一のタイミング。 

 

「八木さん。そっちの状況は?」

『飯田少年と交戦中ー。いつでも終わらせられるけど、どうする? 続ける?』

 

 その言葉に対して、一瞬返答に詰まる。

 八木さんはさすがだ。

 個性使用禁止という縛りがあっても飯田くんを相手にいつでも勝てると言ってる。

 事実、通信している声からは余裕が窺える事から、その話が嘘でも何でもないという事が分かる。

 

 つまり、この勝負自体はその気になればいつでも勝てるという事。

 それでも八木さんが「続けるか?」と聞いてきたのは、僕の意思を汲んでくれてるからだろう。

 ここから先は僕の意地の問題。

 目先の勝利を確実に得るか。

 意地を通してかっちゃんとの決着をつけるか。

 八木さんは僕にどちらかを選ばせてくれている。

 

「…………ごめん。八木さん。僕は続けるよ。続けさせてほしい」

『……そっか。熱いね。分かった。じゃあ、もうしばらく飯田少年()遊んでるから、その間に決着つけちゃいな』

「うん。ありがとう。それじゃあ」

 

 そう言って通信を切る。

 最後に何か不穏な事を言っていたような気がするけど、今は考えないようにして目の前を見据える。

 そこでは通信を終えたかっちゃんが、不機嫌そうな顔で頭をかきむしっていた。

 

「ああぁぁーーー!! じゃあ、もう殴り合いだ!!!」

 

 そう怒鳴りながら、かっちゃんは腕を後ろに向けて爆発を起こし、その力を推進力に変えて向かって来た。

 速い!

 ダメだ避けれない!

 反撃のタイミング……!

 

 ここ!!

 

 そうして突き出した拳は虚しく空を切った。

 目の前ではまた爆発。

 爆煙でかっちゃんの姿が見えない。

 どこに!?

 

「ぎ!?」

 

 すると突然背後からの爆発音。

 同時に鋭い痛みが背中に走る。

 あの一瞬で背後に……!?

 

「ホラ行くぞ!! てめぇの大好きな右の大振り!!!」

 

 その言葉を聞いて反射的に体が動いた。

 片足を軸に体を回転させて向きを変え、かっちゃんにとっての右、僕から見れば左側からくる打撃を左腕を盾にしてとっさに防ぐ。

 

「痛ッ!」

「ああ!!?」

 

 防がれた事が予想外なのか、かっちゃん苛立たしげな声を上げた。

 今のは危なかった。

 オールマイトとの修行中に何度も八木さんに組手でボコボコにされてたおかげだ。

 あの恐怖のおかげで体が動いて、反射的にガードが間に合った。

 

 でも、素手で硬い籠手を装着した打撃を受ければ、いくらガードしたところで防ぎきれずにダメージを負う。

 かっちゃんは僕が痛みで硬直した隙を見逃さず、空いていた左手で僕の右腕を掴むと、右手を爆破させて推進力を得ながら回転し始めた。

 

「デク。てめぇは俺より下だ!!!」

 

 そして、その衝撃のまま僕は背負い投げのような形で地面に叩きつけられた。

 

「う"!!」

 

 口から変な声が出た。

 でも立たないと追撃がくる。

 八木さんとの組手は倒れこんでも追撃が止まなかった。

 

 その恐怖が再び僕の体を反射的に動かした。

 即座に立ち上がり、後ろに跳躍して距離を取る。

 かっちゃんはその距離を、ゆっくりと詰めて来た。

 

「何で個性使わねぇんだ!! 俺を舐めてんのか!? ガキの頃からそうやって!!!」

 

 違う。

 違うよかっちゃん。

 

「俺を舐めてたんかてめぇは!!!」

 

「違うよ」

 

 否定の言葉が口から出た。 

 

 そして、今の僕の本心も。

 

「君が凄い人だから、勝ちたいんじゃないか!!!」

 

 勝手に口から出た。

 そうなるともう止まらない。

 

「勝って!! 超えたいんじゃないかバカヤロー!!!」

 

「その面やめろやクソナード!!!」

 

 そして最後の攻防が始まる。

 ここまで来たらもう、個性を使うしかない!

 悔しいけど、借り物の個性に頼らなければ、今の僕ではかっちゃんには勝てない。

 だったら持ってるもの全部使って、君を超える!!!

 

 僕は自分で考えうる最善の態勢を取った。

 左手で右手の手首を掴んで押さえ、右手の中指を親指で押さえた発射態勢。

 そして「ワン・フォー・オール」の力を右手の中指だけに集中させる。

 

 腕を使った攻撃は駄目だ。

 あの威力だとかっちゃんを殺してしまう。

 だったら指を使えば良い!

 個性把握テストの時やったように。

 これが、今の僕にできる最善!!!

 

「デラウェアぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あああああああああああああ!!!!」

 

『双方!!! 中止!!!!』

 

 オールマイトの中止宣言。

 でもそれは、コンマ一秒だけ遅かった。

 もう止まらない。

 止められない。

 僕とかっちゃんの攻撃はもう、ぶつかり合う寸前だった。

 

「スマァァァァッシュ!!!」

「オラぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 そうして放たれた風圧と爆発は、互いにぶつかり合い、凄まじい衝撃波となって周囲の全てを破壊しつくした。

 

「うぐぅぅぅ……!!!」

「がはぁぁぁ……!!!」

 

 衝撃波の一番近くに居た僕とかっちゃんは当然その破壊の渦に巻き込まれ、お互いにビルの壁に体を打ち付けられて大ダメージを受けていた。

 今にも痛みで気絶しそうになる中、──僕は確かにその音を聞いた。

 

 ガラガラと、ビルが崩れていく音を。

 

「ッ!?」

 

『いかん!!!』

 

 通信機越しにオールマイトの焦ったような声が聞こえた。

 それに気づいた僕は、動かない体を引きずって、何とかかっちゃんの所へ行こうとしていた。

 

 ビルが崩れて生き埋めになったら、皆助からないかもしれない。

 まさか、こんな事になるなんて!!?

 どうしよう!!

 僕が意固地になったばっかりに!!

 せめて、近くに居るかっちゃんだけでも!!

 

 そんな思いで後悔を噛み締めながら体を引きずっていると、ふと体が浮き上がるような感覚を覚えた。

 そして、とても耳に残っている聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「もう大丈夫」

 

 顔を上げると、そこには天使のような笑顔を浮かべた八木さんが居た。

 その背中からは翼が生えていて、腕には飯田くんと気絶したかっちゃんを抱えている。

 

「よく頑張ったね。お疲れ様」

 

 そんな優しい声を聞いている内に僕は安心してしまい、とっくに限界だった意識がプツリと途切れて気を失ってしまった。

 

 

 

 そして目が覚めた時には、全てが終わっていた。

 

 




悪魔なのに天使とは、これ如何に?


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激闘を終えて……

日間ランキングからついに落ちてしまったぜ……。
短い夢だった(T^T)


 緑谷少年と不良少年による熱い戦いを邪魔しないように、核兵器(ハリボテ)の置いてある部屋で飯田少年をサンドバッグにして遊んでいた時。

 突然、その声は聞こえてきた。

 

『双方!!! 中止!!!』

 

 通信機越しに発せられたパパの焦ったような声。

 間違って一斉送信しちゃったのかな?

 そう思う間もなく、次の瞬間、ビル全体が大きく揺れた。

 

「な、なんだ!?」

 

 そのあまりの衝撃に、私との戦いですっかり体力を消耗し、ヘルメットの中で何回かゲロを吐いてぐったりしていた飯田少年ですら過敏に反応した。

 緑谷少年と組手やってた時の感覚でボコボコにしちゃった飯田少年だけど、意外と元気そうだな。

 やっぱり、当時の緑谷少年がそれだけもやしだったって事やね。

 

 そんな事を考えていたら、なんと本格的にビルが倒壊を始めた。

 これ、緑谷少年達の戦いの影響か?

 熱い戦いにも限度があるだろ!

 どんだけ激しくやり合ったんだよ。

 

『いかん!!!』

 

 再びのパパの焦った声。

 これはさすがにのんびりしてる場合じゃないなと思った私は、とりあえず勝利条件である核兵器(ハリボテ)にタッチしてから、このままだと生き埋めになりそうな飯田少年を抱え、翼を使ってビルの外に飛び出した。

 そして特に激しく損壊している箇所を発見し、そこが緑谷少年達の決戦場だったのだろうと当たりをつけて、躊躇なくその中に飛び込んだ。

 私は生き埋めになった程度じゃ死なないからね。

 腕に抱えた飯田少年は死ぬかもしれないけど。

 

 そうしてまずは目についた不良少年を回収し、最後に緑谷少年も回収。

 なんと驚いた事に、緑谷少年はどう見ても重症な傷を負いながらも、這いずって不良少年が倒れていた辺りに向かおうとしていたのだ。

 多分、なんとか不良少年を助けようとしたんだと思う。

 凄まじい根性だ。

 いや執念と言うべきか?

 その必死そうな顔を見てたら思わず声をかけてしまったよ。

 

「もう大丈夫。よく頑張ったね。お疲れ様」

 

 私の顔を見た緑谷少年は安心したのか、そのまま気を失ってしてしまった。

 まあ、元々限界だったんだから当たり前かね。

 今はゆっくり休むと良いよ。

 

 そのまま男三人を抱えた私は、倒壊するビルの外へと飛行。

 そこでモニター室から飛び出して来たらしいパパと合流。

 その後、搬送用のロボに重体二人組を預け、飯田少年と共に他のクラスメイト諸君の居るモニター室へと向かって、今に至る。

 

 そして、講評が始まった、

 

「まあつっても……今戦のベストは飯田少年だけどな!!」

 

 いきなりパパがとんでもない事を言い出した。

 なんでや!?

 私が最強だったじゃん!!

 救助活動までしたんだぞ!?

 

「勝った八木ちゃんや緑谷ちゃんじゃないの?」

 

 良いこと言ったカエルっぽい少女!

 もっと言ってやってくれ!

 

「何故だろうなぁ~~わかる人!!?」

「ハイ。オールマイト先生」

 

 パパが出した問題に推薦入試の時に見た少女が手を上げて答えた。

 優等生かッ!

 

「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたから。

 爆豪さんの行動は戦闘を見た限り私怨丸出しの独断。そして先程先生も仰っていた通り屋内での大規模攻撃は愚策。最終的にビルが倒壊してしまいましたしね。緑谷さんも同様の理由ですね」

 

 優等生だった!

 解答がめっちゃ正論だ!

 そして、その目が今度は私をロックオンする。

 やめて!

 酷評しないで!

 

「そして八木さんは中盤で遊びすぎですわ。見たところいつでも飯田さんを倒せたのでしょうに無駄にいたぶるような真似をして戦闘を長引かせた。一刻も早い核の回収が求められるという試験内容でそれは如何がなものかと思います。

 最後の救助活動は素晴らしかったですが、それはオールマイト先生が試験の中止を宣言した後の事なので、評価には加えていませんわ。

 消去法で最優秀は最もミスの少なかった飯田さんです」

 

 正論ッ!! 

 ぐうの音も出ないぜ!!

 あまりの正論と容赦のない酷評っぷりに部屋の中が静まり返っている。

 パパも、言いたい事全部言われた! みたいな顔で固まっている。

 恐ろしい……!

 なんて恐ろしい少女なんだ……!

 推薦入学者の少女……たしか、八百万(やおよろず)少女といったな。

 名前を覚えておこう。

 優秀な生徒としても、これからブドウ頭と組まされる哀れな犠牲者としてもな……。

 

「ま……まあ、飯田少年もまだ固すぎる節はあったりする訳だが……まあ……正解だよ。くう……!」

 

 パパがやっと再起動したけど、なんかダメージが残ってそう。

 やっぱり言いたい事全部言われたんかね?

 それとも自分が思ってた以上の事言われたんかね?

 若干教師としての自信を失ってるように見えるよ……。

 

「常に下学上達! 一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

 

 もう八百万少女の方が先生みたいだよ。

 心なしかパパの体が小刻みに震えてるような気がする。

 ビビったか。

 

「ドンマイ、パパ」

「いや、それはこっちの台詞なんだが……でも、ありがとう魔美ちゃん」

 

 どういたしまして。

 まあ、パパは新米教師だし、私も入学二日目のピッカピカの一年生だしね。

 お互い、これから頑張っていこう。

 

 さあ、気を取り直して2戦目を……ってどうしたクラスメイト諸君?

 そんな口を半開きにして固まっちゃって。

 何かあったのん?

 

「「「「「「「パパ!!!?」」」」」」」

「あっ……!」

 

 クラスメイト諸君が一斉に驚愕の声を上げた。

 それで気がついた。

 そういえば今私、ナチュラルに「パパ」って呼んじゃったわ。

 プライベートが謎に包まれたナンバーワンヒーローに娘がいたら、そりゃ驚くよね。

 いやー。

 失敗失敗。

 

 その直後、質問攻めの嵐が到来し、パパの初めての授業は早くも崩壊の危機を迎えた。

 しかし、早々にテンパったパパに代わって優秀な八百万少女と真面目な飯田少年が皆をとりなし、なんとか事態は収束して授業の続きができた。

 あの二人には感謝だね。

 委員長とかやるべきだと思うよ。

 

 

 

 そんな事を思いながら、私は他のクラスメイト諸君の訓練をモニター室で観察し、パパの初めての授業は無事終了したのだった。

 お疲れ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──爆豪視点

 

 

 

 保健室で目が覚めた俺は、まだおとなしくしてろという看護教諭のババアの言葉を無視して、教室に戻った。

 そして、そのまま鞄をひっっつかんで帰った。

 

 教室でクソクラスメイト共の話を聞き流しながらも耳に入れて、あのクソ女がオールマイトの娘だって事を知った。

 ようするにクソエリートだっつう話だろうが。

 ますますイラつく。

 

「かっちゃん!!」

 

 イラつく気持ちを抑えながら歩いていると、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

 振り返ってみれば、今一番ムカついてるクソナードの姿があった。

 

「ああ? 何しに来やがった?」

 

 そう言ってやると、デクは下向いて辛気くさい面しやがった。

 気に食わねぇ面だ。

 ますますイラつく。

 

「……これだけは君には、言わなきゃいけないと思って。──人から授かった個性なんだ」

 

 ……ハア?

 

「誰からかは絶対言えない! 言わない……でも、コミックみたいな話だけど本当で……!」

 

「だから……使わず君に勝とうとした! けど結局勝てなくて、ソレに頼った! 僕はまだまだで……! だから──」

 

 

 

「──いつかちゃんと自分のモノにして、僕の力で君を超えるよ」

 

 

 

 ……意味わかんねぇ。

 

「なんだそりゃ? 借りモノ? 訳わかんねぇ事言って……これ以上コケにしてどうするつもりだ!!!」

 

 ふざけんな!!!

 

「なあ!! 今日……俺はてめぇに負けた!!! そんだけだろが!!!」

 

 クソ!!! 

 クソが!!!

 

「俺はあのクソ女の力見てっ! 敵わねえんじゃねぇかって思っちまった!!! クッソ!!! クソが!!!」

 

 だがよぉ!!

 俺はもう決めたんだよ!!!

 

「なあ!! てめぇもだ、デク!!!」

 

 俺は……

 

「こっからだ!! 俺はこっから!!! ここで一番になってやる(・・・・・)!!!」

 

 いつも俺が一番だった。

 でもここではそうじゃねえ。

 だったらこれから強くなって、勝ち取ってやる!!

 デクも!! あのクソ女も超えて!!!

 敵わねえかもしれねぇ?

 馬鹿か!!!

 一回や二回負けた程度で諦めてどうするよぉ!!!

 勝てねぇんだったら、勝てるまでやりゃあ良いんだ!!!

 簡単な事だろうがよぉ!!!

 

「デク!!! てめぇが俺に勝つなんて二度とねえからな!!! クソが!!!」

 

 超えられるもんなら超えてみやがれ!!!

 その度に突き放してやるからよぉ!!!

 

 そう言い放って、俺はその場を去った。

 

 その直後に、今度はオールマイトが来やがった。

 

「爆! 豪! 少年!! 言っとくけど、自尊心ってのは大事なもんだ!! 君は間違いなくプロになれる能力を持っている!! 君はまだまだこれから──」

「離してくれよオールマイト。歩けねえ」

 

 そんな事は言われなくてもわかってんだよ。

 いや、気づいたんだよ。

 一回寝て、冷静になって、そんな簡単な事にすら気づいてなかった自分によ。

 

「言われなくても!! 俺はあんたをも超えるヒーローになる!!!」

 

 憧れのナンバーワンヒーローに向かって、そう宣言した。

 もう挫けたりしねえ。

 もう弱気になんてならねえ。

 俺は……強くなる!!!

 

 そう決意を固めて歩く俺の前に、あのクソ女が現れた。

 

「やあ。不良少年」

「……何しに来やがった」

「いんや別に~。ただ大怪我した緑谷少年が君を追って教室を飛び出しちゃったから。せっかくだし熱い青春物語を見物できればな~て思ってね」

 

 そう言うクソ女の目はニヤニヤと笑っていやがった。

 クソうぜぇ。

 それにあの口振りだと、さっきのを見てやがったのか?

 

「中々良い決意表明だったよ。一番になるんだってね?」

 

 見てやがったらしい。

 ますます気に食わねぇ。

 

 クソ女を無視して校門に向かった。

 

「頑張れよ。不良少年」

 

 後ろからそんな声が聞こえた。

 それは今までの茶化した声じゃねえ、真剣な響きだった。

 そのままクソ女が立ち去る足音が聞こえる。

 

「待てや」

 

 俺は振り向かないまま、クソ女を呼び止めていた。

 

「ん? どうした不良少年? 何か用かい?」

「……………………礼を言っとく」

 

 そして俺は今まで先延ばしにしてきた、言わなきゃならねえ言葉を口にした。

 

「……ヘドロの時、助かった」

 

 それが俺にできる精一杯の礼だった。

 それだけ言って、今度こそ立ち去ろうとした。

 

「待った」

 

 だが、今度はクソ女の方から話しかけてきやがった。

 

「……なんだよ」

 

 いい加減帰らせろ。

 

「ふふふ。やっとお礼を言えたね。偉い偉い。そして困ったな~。君はもうちゃんとお礼が言える子だ。そんな子をもう不良少年とは呼べないな~」

「馬鹿にしてんのか!!!」

 

 こいつ!!

 どこまでも!!!

 

「だからさあ、君の名前を教えてほしいんだよ」

 

 ……なんだそりゃ?

 名前が知りたいんだったらクソ担任にでも聞きゃ良いだろ。

 頭ではそう考えてた。

 だが、俺の口は勝手に動いていやがった。

 

「……爆豪(ばくごう)勝己(かつき)だ。覚えておきやがれクソ女」

「ふっふっふ。覚えておこう。爆豪少年」

 

 まるでオールマイトみてぇな、偉そうな名前の呼び方。

 気に食わねぇ筈なのに、何故かその時だけは悪い気分じゃなかった。

 

 初めてこのクソ女に認められたような気がしたからかもしれねぇ。

 

 そんなクソみてぇな考え、一生口には出さねぇけどな。

 そう固く誓いながら、俺は帰り道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──???視点

 

 

 

「見たかコレ? オールマイトが教師だってさ」

 

 俺は持っていた新聞をバーのカウンターに置きながらそう言った。

 

「なぁ? どうなると思う? 平和の象徴が──」

 

 

 

 

 

「──ヴィランに殺されたら」

 

 

 

 

 

 俺は嗤った。

 不様に崩れ落ちる平和の象徴を思って。

 慌てふためく民衆達の姿を想像して。

 

 俺は嗤った。

 どこまでも濁り切った目で、その暗い未来を見据えながら。

 

 



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委員長を決めよう!

日間ランキングにギリギリ復活!!
これ、一喜一憂しすぎてめっちゃ疲れるなぁ……。


 不良少年、改め、爆豪少年との青春の一ページを刻んだ日の翌日。

 私はマスコミの群れに囲まれていた。

 いや、間違えた。

 マスゴミ(・・)だった。

 あの粘着質に付きまとってくる性質はヘドロよりもたちが悪いのだ。

 そのヘドロの時に散々付きまとわれた恐怖!

 そして鬱陶しさ!

 私は欠片たりとも忘れていないぞ!!

 

 そんなマスゴミ連中は、どうやらパパが雄英教師になったという特ダネを聞き付けて学校に押し寄せたらしい。

 なんて迷惑!

 私も校門の前で捕まりかけたよ。

 個性使わない状態での全力疾走で振り切ってやったけどな!

 一瞬、制服をオシャカにしてでも翼使って空から行くべきかと考えてしまうくらいに、奴らの勢いは凄まじかった。

 これだからゴミは困る。

 こんなのに常時囲まれるトップヒーローになんて絶対なりたくないな!

 私は一生パパの事務所の相棒(サイドキック)で良いよ。

 

 そんなアクシデントに襲われながらも、普通に授業は始まった。

 

「──昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」

 

 我らが担任、相澤先生が話しはじめる。

 

「爆豪。お前ガキみてえなマネするな。能力あるんだから」

「………………わかってる」

 

 名指しで怒られた爆豪少年!

 でも反省はしてるみたいで、不機嫌そうに眉間に皺が寄ってるけど、凄くおとなしかった。

 その姿は犬を彷彿とさせるね。

 いっつも吠えててうるさいけど、飼い主に叱られるとしゅんとなる犬を。

 そんな事考えてたら、凄い視線で爆豪少年に睨まれた。

 馬鹿な!!

 口には出していなかったというのに!!

 貴様エスパーか!?

 

「で、緑谷は爆豪と一緒にビルをブッ壊して終了か。個性も使ってまた怪我したらしいな」

 

 緑谷少年がビクッと震えた。

 わかる。

 わかるよ。

 お説教の恐怖はよくわかる。

 

「個性の制御……いつまでも『できないから仕方ない』じゃとおさねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。それさえクリアすればやれる事は多い。焦れよ緑谷」

「っ! はい!」

 

 緑谷少年は良い返事をした。

 まあ、個性の制御は緑谷少年の目下最大の問題だもんね。

 それができなきゃ前に進めないと言っても過言じゃない。

 そりゃ、やる気になるのは当たり前か。

 

「そして八木」

「……へ?」

 

 何故か今度は私に矛先が向いた。

 なにゆえ?

 私、何も悪い事してないぞ!?

 

「見たぞ。飯田を必要以上に痛めつけてたのをな。まあ、多分理由があったんだろうが、ああいうのは今後控えるように。良いな」

「……はーい」

 

 あの程度で痛めつけたなんて言われるのは心外だけど、私は素直に頷いておいた。

 口振り的に相澤先生は私がわざと勝負を長引かせてた理由を察してくれてるみたいだし、これはいつもの厳重注意ではなくお小言として受け取っておこう。

 ようするに、あんまりクラスメイト諸君をいじめなければ良いんでしょ?

 OK、わかった、把握した。

 

「──さて、ホームルームの本題だ。急で悪いが今日は君らに……学級委員長を決めてもらう」

「「「「「「「学校っぽいの来たーーーー!!!」」」」」」」

 

 相澤先生のその一言にクラス中が色めき立った。

 何故に?

 私には皆の思考がわからない。

 皆そんなに委員長やりたいんか?

 委員長って漫画の中ならカッコいいけど、実際はただの雑務でしょ。

 私にはそこまでの魅力があるとは思えないんだけど……。

 なんだ?

 私がおかしいのか?

 

 気になって近くの席の緑谷少年に話を聞いてみたところ。

 なんでもヒーロー科の学級委員長とは集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられる役……という事らしい。

 

 あー。

 だったら私はパスだな。

 トップヒーローになんてなったら、毎日マスゴミに追われながら仕事しなくちゃいけなくなるじゃん。

 私の望むヒーロー活動とは、とにかくヴィランをぶん殴る事だ。

 断じてマスゴミに煩わされる事ではない!

 ……それに世間さまの目がある前で、うっかりヴィランを殺しちゃったら大騒ぎになっちゃうでしょ。

 それを避ける為にも、プロになった後はできるだけひっそりと暮らしたい。

 仕事の半分くらいは世間に公表しないで好きに暴れたい。

 そうじゃないと、ヴィラン相手とはいえやりすぎとか言われかねないからね。

 

 でもそう思ってるのはどうやら私だけ(いや、氷使いの少年も興味なさそうだな)みたいだけど、他の諸君は皆が皆立候補して収集がつかない。

 どうすんの、これ?

 

「静粛にしたまえ!!」

 

 そんな飯田少年の声で皆が静止した。

 おお。

 リーダーシップの才能あるね。

 もう、君が委員長で良いんじゃないかな。

 

「多を牽引する責任重大な仕事だぞ……! やりたい者がやれるモノではないだろう!! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……! 民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら──これは投票で決めるべき議案!!!」

 

 そう言う飯田少年の手は、俺が委員長だと言わんばかりにピンと挙げられていた。

 委員長やりたいのが丸わかりだ。

 

「そびえ立ってんじゃねぇか!! 何故発案した!!」

 

 案の定、鋭い突っ込みが飯田少年を襲う!

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」

「そんなん皆自分に入れらぁ!」

「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間という事にならないか!? どうですか先生!!」

「時間内に決めりゃ何でも良いよ」

 

 しかし、飯田少年はぶれなかった。

 そして最終的には相澤先生の許可までもぎ取った。

 まあ、相澤先生からは私並みにやる気が感じられず、早々に寝袋の中に入って芋虫になっちゃたけど。

 

 そうして始まった投票のお時間。

 私は最初八百万少女に入れようかと思ってたんだけど、さっきの演説を思い出して飯田少年に入れておいた。

 ぶっちゃけどっちでも良いんだけど、強いて理由を付けるなら飯田少年が眼鏡だったからかな。

 

 だが、しかし。

 投票は予想外の結果となった。

 なってしまった。

 

「私、三票だと!!?」

 

 何故か私に三票も入っていた。

 他は八百万少女が二票で、その他は一票。

 誰だ!

 私に入れた奴らは!?

 怒らないから出てこい!!

 

「あー。八木かー。確かに良いかもな! 強えし、オールマイトの娘だし!」

「まあ、妥当と言えば妥当かしら」

「ちぇー。委員長やりたかったなぁー」

 

 やりたいなら代わってやるよぉ!!

 そう言おうとしたのに、相澤先生が「じゃあ委員長、八木。副委員長、八百万だ」って宣言してしまった。

 私は辞退する!!

 やりたくない!!

 そう言ったのに、相澤先生が「時間がない。文句があるなら後にしろ」と言ってくれやがったせいで、暫定的とはいえ私が委員長になってしまった。

 ふざけんなあ!!!

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、修正ができないまま昼休みに突入。

 私は食堂でご飯を食べていた。

 

「なんで私が委員長なんだよー……やりたくないよー……」

「…─なんか、ごめんね」

 

 ご飯を食べながらぶうたれていたら、突然麗日少女が謝ってきた。

 まさか……!

 

「うん。魔美ちゃんに投票しちゃった……」

「君かぁ!!!」

「あっ! ちょ! 揺らさないで! 世界が揺れるぅ!!!」

「お、落ち着いて八木さん!!」

「そうだぞ!! これはもう暴力の領域だ!! 止めたまえ!!」

 

 麗日少女の肩を掴んで高速で揺さぶっていると、緑谷少年と飯田少年が止めに入ってきた。

 なんだよぅ。

 止めるなよぅ。

 そう思いつつも、このままだと麗日少女が昇天してしまいそうだったので、渋々手を離す。

 

「し、新世界に行くところやった。まだ世界が揺れとる……」

「だ、大丈夫? 麗日さん」

「平衡感覚がやられているのかもしれない!! すぐに保健室へ連れて行こう!!」

「だ、大丈夫だよ飯田くん……。こんなの個性の反動に比べればなんでも……なんでも……うっ!」

「麗日さん!?」

「麗日くん!?」

 

 麗日少女がリバースしそうになっていたので、仕方なく背中をさすってあげた。

 さすがにこんな姿見せられたら恨めない。

 大丈夫。

 たとえ吐いても、その黒歴史は記憶から抹消しておいてあげるから。

 

 そんな優しい気持ちで背中をさすり続けたけど、麗日少女はなんとか耐えきったらしく、吐き出す寸前で胃の中に押し戻していた。

 命拾いしたらしい。

 

「あ、危なかった……」

「はい麗日さん、水」

「ありがとう。デクくん」

「ううん。……それに八木さんもごめん。実は僕も八木さんに投票したんだ。こんなに嫌がられるとは思わなくて……」

 

 なんだと?

 

「すまん八木くん。実は僕もなんだ。君の力は多を牽引するのに値すると……思って……」

 

 緑谷少年……。

 飯田少年……。

 貴様らもかぁ!!!

 というか、友達三人揃って裏切り者かぁ!!!

 許せん!!!

 一発殴らせろ!!!

 

 そう思ったけど、既に罰を受けている麗日少女による必死の懇願によって、私は矛を納めた。

 命拾いしたな男衆。

 

「……ていうか、三人共なんで私に投票したのさ?」

 

 疑問に思ったから一応聞いてみた。

 まあ、想像はつくけど。

 

「えっと……魔美ちゃん強いし、オールマイトの娘さんだし。こういうの得意かなぁって思って……」

「うん。八木さんの強さは骨身に染みてるし、実力的に考えると必然的に……」

「うむ。直接対峙した俺としては悪夢のような強さだったからな。しかもあれで個性をまだ使っていない。その圧倒的な力は多を牽引するに値すると思ったのだが……」

 

 ま、予想通りの答えかな。

 私の強さが半分、ナンバーワンヒーローの娘だという肩書き効果が半分ってところか。

 力を持ってるとこういう時にめんどくさいなぁ。

 

「私は別に望んでないのにねぇ」

「ごめん……」

「ごめんなさい……」

「すまなかった……! 君の気持ちも考えずに……!」

 

 ……なんか三人共思ったより思い詰めてるな。

 ちょっと空気が重いぞ。

 ご飯は楽しく食べなければいけないのに。

 ……ハア。

 仕方ない。許してやるか。

 彼らにも悪気があった訳じゃないしな。

 

「……もう良いよ。もうそんなに怒ってないから。委員長の仕事は適当に理由付けて誰かに投げれば良いしさ。あれだけ希望者がいたんだから、誰かしら食い付くでしょ」

 

 ちょっと冗談めかしてそう言うと、私が本当にもう怒ってないとわかったのか、三人がホッとしたような顔に変わった。

 ふう。

 私もちょっと大人げなくキレすぎたな。

 反省反省。

 

 その後は普通に楽しい食事に戻った。

 そして話題は飯田少年の事に。

 飯田少年の一人称がちょいちょい「僕」に変わってる事を目ざとく見抜いた麗日少女の言葉が、

 

「ちょっと思ったけど飯田くんて、坊っちゃん?」

 

 これである。

 

「……そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが……」

 

 そう言いつつも、飯田少年は自分の家について語ってくれた。

 

「俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ。だから正直、八木くんがオールマイトの娘さんだと知った時、ちょっとした共感を覚えた。

 ──ターボヒーロー『インゲニウム』は知っているかい?」

「もちろんだよ!! 東京の事務所に65人ものサイドキックを雇ってる大人気のヒーローじゃないか!!」

 

 詳しい。

 さすがヒーローオタクだな緑谷少年。

 

「それが俺の兄さ!!」

「あからさま!! 凄いや!!」

 

 成る程ね。

 飯田少年はヒーローの弟だった訳か。

 まあ、私と飯田少年では、同じヒーローの身内でも大きく違うとは思うけど。

 

「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー!! 俺はそんな兄に憧れヒーローを志した。

 人を導く立場は俺にはまだ早いのだと思う。だから上手の八木くんが就任するのが正しい……と思ったのだが、相手の事情を考えないようではまだまだ未熟だな」

 

 飯田少年はまたちょっと申し訳なさそうだな顔をしたけど、それ以上に「自分は未熟だから成長したい」っていう向上心を感じる。

 昨日の爆豪少年と似たようなもんだ。

 そう思えるのは立派な事だと思うよ。

 

 

 そうして楽しく談笑している時、それは起こった。

 

 

 

 ウウーーーーーーー!!!

 

 

 

 そんな音が食堂中に鳴り響いた。

 

「警報!?」

 

 緑谷少年の驚いたような声。

 次いで校内放送が流れる。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

「セキュリティ3て何ですか!?」

 

 飯田少年が近くにいた生徒の少年に尋ねた。

 

「校舎内に誰か侵入してきたって事だよ!! 三年間でこんなの初めてだ!! 君らも早く!!」

 

 その言葉を聞き終わらない内に私はジャンプしてその場を離脱した。

 直後、そこには大量の生徒諸君が津波のような勢いで押し寄せ、食堂はすし詰め状態に。

 私はあれに巻き込まれるのは嫌だったので、天井を蹴って移動し、部屋の角の所で天井と壁に体を張り付け、まるで忍者のような体勢でその嵐が過ぎるのを待った。

 この体勢だと、下に居る何人かにスカートの中身を覗かれるかもしれないけど、私は常に特注のスク水を下着の代わりに着ているので、そこまで大きな問題じゃない。

 緑谷少年達三人は見捨てた形になるけど、まあ、大丈夫でしょう。

 人波にさらわれたくらいで死にはしないさ。

 

 そうして静観しながら何とはなしに窓の外を見ると、そこには校舎の外に押し寄せるマスゴミの姿が。

 あいつらついに学校の敷地内まで入り込んで来たのか。

 本当にゴミだな。

 まるで、どこにでも湧く台所の黒い悪魔のようだ。

 同じ悪魔でも、私にはアレに仲間意識を持つようなおぞましい事できないよ。

 

 そんな時、人混みから飛び出す飯田少年の姿が見えた。

 飯田少年はそのまま出口の上の非常口に張り付き、こう言った。

 

「大丈ー夫!!! ただのマスコミです! 何もパニックになる事はありません。

 大丈ー夫!!! ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 その演説が効いたのか、人混みは沈静化。

 生徒諸君は徐々にどこかへと去って行き、私もようやく下に降りられた。

 マスゴミはこの後すぐに警察が到着し、撤退。

 せいぜいお巡りさんにしばかれればと良いと思うよ。

 

 その後、私は他の委員決めの時に、委員長の座を飯田少年に押し付けた。

 

 あの非常口での演説。

 カッコ悪いポーズだったけど、やった事自体はちゃんと人をまとめる行為だった。

 そこは誇って良い。

 感情論抜きにしても、即行で撤退を決め込んだ私よりは飯田少年の方がよっぽど委員長に相応しいさ。

 飯田少年もまんざらでもない様子だったしね。

 

 という訳で、私は晴れて委員長という呪縛から解放され、代わりに飯田少年が委員長になったって話だ。

 めでたしめでたし。

 

 

 

 ……でも、まあ。

 マスゴミの行動に関しては解せないと思ったけどね。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──校長視点

 

 

 

「……ただのマスコミがこんな事(・・・・)できる?」

 

 学校を護るゲート、その無残に破壊された姿を見ながら、私は誰にともなく独り言のようにそう言った。

 

「そそのかした者がいるね……。邪な者が入り込んだか、もしくは──」

 

 そうであってほしくない。

 だが、まず間違いなくそうであろう懸念を口に出した。

 

 

 

「──宣戦布告の腹積もりか」

 

 

 

 警戒しなければならない。

 悪意からこの学舎(まなびや)を護る為に。

 

 私達は静かに、気を引き締めた。



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USJ

皆大好き!
USJ編始まるよ~!

その前に一言。

評価バーがぁぁぁ!!!
もうこのシステムに振り回されるの嫌ぁぁぁ!!!


 朝。

 玄関先でパパを見送り、それから少しして私は登校した。

 パパの出勤時間と私の登校時間には微妙なずれがあるから、私は毎回こうして見送る事になる。

 

 そして何時間もしない内に学校で再会した時。

 パパは筋肉を失ってすっかり痩せ細っていた。

 なんでも、通勤中に活動時間のほとんどを使いきってしまったらしい。

 何やってるんだ?

 今日は授業があるからって、昨日の夜から張り切って準備してたくせに。

 

 という訳で、今日のヒーロー基礎学にパパの出番はなくなった。

 なんか、「終わりがけに少しだけなら顔出せるから」とか寝言をほざいてたから、「休んでなさい!!」って言って叱りつけて来た。

 

 無理してんじゃないよパパ。

 パパはヒーローであると同時に私の親でもあるんだから。

 子供を育てきらない内に死ぬなんて無責任な事にならないように、自分の体調に気をつける義務があるでしょうが。

 私の将来の寄生先でもあるんたから、しっかりしてくれ。

 

 

 

 そしてお昼。

 ヒーロー基礎学の時間だ。

 

「今日のヒーロー基礎学だが……」

 

 相澤先生がチラリと私を見た。

 

「俺ともう一人の二人体制で見る事になった」

 

 本当はパパも含めた三人体制だった訳だけど、相澤先生はあえて二人体制と告げた。

 相澤先生は今朝の私とパパのやり取りを見ている。

 それで、私が叱りつけたからパパは来ないと踏んで、今日の教師メンバーから外したらしい。

 まあ、たとえパパがノコノコと来たとしても、終わりがけにちょっと顔出したくらいで何ができるとも思えないし、それならおとなしく休ませてた方が良いというのは合理的な判断だ。

 さすが合理主義者の相澤先生。

 ナイス! 判断!

 

「ハーイ! なにするんですか?」

 

 クラスメイトの一人の地味な少年が質問した。

 それに相澤先生は「RESCUE」と書かれたカードを見せつけながら答えた。

 あのカード、パパの戦闘訓練の時にも見たな。

 あの時は「BATTLE」だったけど。

 結局なんなんだろアレ?

 

「災害水難なんでもござれ。人命救助(レスキュー)訓練だ!」

 

 そして告げられた内容は私のテンションをだだ下がりさせた。

 いや、知ってはいたけどさぁ。

 それでも性に合わないんだよ。

 そんな私の内心を他所に、クラスメイト諸君は談笑を始めた。

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「ねー!」

「バカおめーこれこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ!! 腕が!!」

「水難なら私の独壇場。ケロケロ」

 

「おい。まだ途中」

 

 そして相澤先生に怒られていた。

 うるさかったみたいだ。

 

「今回のコスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く。以上、準備開始」

 

 相澤先生は一気に言いきって説明を終わらせた。

 

 という訳で、私もまたコスチュームに着替えて外に出た。

 私のコスチュームは頑丈さ重視のシンプルなやつだから、活躍の場を選ばない。

 どんな状況でも普通に使えるのだ。

 ここら辺はパパのコスチュームと一緒だね。

 

 で、今回コスチュームではなく体操服で来ている奴が二人ほどいる。

 緑谷少年と爆豪少年だ。

 

「デクくん体操服だ。コスチュームは?」

 

 そこにすかさず麗日少女が突っ込んだ。

 

「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから……。修復をサポート会社がしてくれるらしくてね。それ待ちなんだ」

 

 という訳だ。

 それは爆豪少年の方も同じ。

 そりゃ、あんな大破壊を引き起こすような攻撃を至近距離で受けたらコスチュームの一つや二つ破損するわ。

 私やパパのみたいな頑丈さ重視のコスチュームなら、また話は変わってくるかもしれないけど。

 

「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう!!」

「飯田くん、フルスロットル……!」

 

 そして私から委員長の仕事をぶん投げられた飯田少年は、クラスのリーダーとして張り切っていた。

 今回は空回りしたみたいだけども。

 

「こういうタイプだった!! くそう!!」

「意味なかったなー」

 

 バスは座席が壁に沿って設置されてるタイプだったから、別に番号順に並ばなくても普通にスムーズに乗れたね。

 ドンマイ。飯田少年。

 

「私思った事を何でも言っちゃうの緑谷ちゃん」

「あ!? ハイ!? 蛙吹さん!?」

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 おっと。

 何やら私の隣の席で始まったようだ。

 緑谷少年がカエルっぽい少女に話しかけられてソワソワしとる。

 見慣れた光景だな。

 主に女子に話しかけられた緑谷少年の反応という意味で。

 

「あなたの個性、オールマイトに似てる」

 

 その一言で緑谷少年がテンパった。

 

「そそそそそうかな!? いやでも僕はそのえ!」

「落ち着け緑谷少年」

 

 テンパる緑谷少年に軽くチョップをお見舞いして正気に戻した。

 緑谷少年の頭部から、なんか鳴っちゃいけない系の音が聞こえた気がするけど、きっと気のせいだろう。

 

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねえぞ。似て非なるアレだぜ」

 

 そしたらツンツン頭の少年がフォローに入ってくれた。

 良かったな緑谷少年。

 「ワン・フォー・オール」の秘密は守られた。

 

「それにオールマイトに似てるっつったらやっぱ八木だろ。なんせ親子だし、個性テストん時の超パワーもそっくりだったしよ! 遺伝か?」

 

 おっと。

 今度はこっちに流れ弾がきたぞ。

 私の個性の詳細も国家機密だから、詮索しないでくれるとありがたいんだけたどなー。

 

「でもそれだと体が黒くなるのとか、翼が生えてくるのとかは何なんだ?」

「それはアレじゃねぇか? 母方の個性と混ざったとか」

「オールマイトの奥さん……」

「想像つかねぇなぁ」

「そこんとこどうなの? 八木?」

 

 なんか私を置いてきぼりにして議論が加速したぞ。

 そして迷走したぞ。

 そもそもパパと私は血が繋がってないんだから、個性が遺伝する訳ないじゃん。

 超パワーが似てるのはたまたまだ! たまたま!

 でもそれを馬鹿正直に説明する必要はないよね。

 ふむ。

 ここは適当な言葉でお茶を濁しておくか。

 

「残念だけど、パパのプライベートは秘密だから教えられなーい。ごめんね」

「えー! そこをなんとか!」

「本当に聞きたいの……? ナンバーワンヒーローのドロドロとした話を。鬱になるような重すぎて胃に凭れるような裏側を本当に知りたいの? 後悔しない?」

「……や、やっぱりいいです」

「よろしい」

 

 本当に全部話すとなると、多分君達が想像してるより数十倍は重い話になるから、マジで詮索しない方が良いよ。

 それに詳細を知ったら、最悪政府子飼いの暗殺者に消されかねないという意味でも知らない方が良い。

 知らない方が幸せな事もあるんだよ。

 

「……しかし増強型のシンプルな個性はいいな! 派手でできる事が多い!」

 

 良かった。

 話題は私から逸れてくれたみたいだ。

 

「俺の『硬化』は対人じゃ強えけど、いかんせん地味なんだよなー」

 

 ……へえ。

 ツンツン頭の少年の個性は硬化か。

 私好みの個性だ。

 あくまで殴りがいがありそうって意味だから、味方にいる限りあんまり意味ないけどねー。

 

「僕はすごくカッコいいと思うよ。プロにも充分通用する個性だよ」

「プロなー! やっぱり人気商売みてえなとこあるぜ!?」

「僕のネビルレーザーは派手さも強さもプロ並み」

「でもお腹壊しちゃうのはよくないね」

 

 そうして議論は完全に私から離れたところで展開されはじめた。

 よし。

 寝るか。

 

「派手で強えっつったら、やっぱ八木と轟と爆豪だな」

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなそ」

「んだとコラ!! 出すわ!!」

「ホラ」

 

 説明しよう!

 真夜中の暗殺者を退け続けた私は、どんな場所でも、どんなに短い間でも睡眠をとる事ができるのだ!

 これは個性に関係ない技術だね。

 

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ!! 殺すぞ!!!」

「かっちゃんがいじられてる……! 信じられない光景だ。さすが雄英……!」

 

「……もう着くぞ。いい加減にしとけよ」

 

「「「「「「ハイ!!」」」」」」」 

 

 そんな喧騒をバックに仮眠をとり、私達は今回の演習場に到着したのだった。

 

 そしてその演習場を見たクラスメイト諸君の感想は、

 

「すっげーーーーー!!! USJかよ!!?」

 

 だった。

 某テーマパークとは似ても似つかない危険な香りのするアトラクションしかないみたいだけど、確かにアトラクションが多いという意味ではちょっと似てるかもしれない。

 その危険度も私からすれば鼻で笑うレベルのお遊戯だしね。

 

「水難事故、土砂災害、火事……エトセトラ。あらゆる災害を想定し、僕が作った演習場です。

 その名も──嘘の()災害や()事故()ルーム!!」

 

 USJだった。

 そんなボケをかましながら現れたのは、宇宙服を身に纏った人物。

 雄英の教員リストの中にいたな。

 たしか名前は、

 

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

「わー! 私好きなの13号!」

 

 おっと。

 私が思い出す前に緑谷少年と麗日少女が説明してくれた。

 いや、麗日少女は説明してないか。

 緑谷少年がいつも通りオタク知識を披露しただけだ。

 

「えー。始める前にお小言を一つ…二つ…三つ………四つ」

 

 増える。

 早く終わらせてくれないかなぁ……。

 ただでさえテンションの下がる授業なんだから。

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は『ブラックホール』どんなものでも吸い込んでチリにしてしまう個性です」

 

 うん。

 普通に強力やね。

 

「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」

「ええ。しかし──簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」

 

 いるね。

 私だね。

 ピンポイントに名指しされてんじゃないかと思うくらいだよ。

 でも、そうじゃなさそう。

 相澤先生はチラッとこっち見たけど。

 あの人、事情知ってるな。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制する事で一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる『いきすぎた個性』を個々が持っている事を忘れないでください」

 

 言われるまでもないね。

 その手の話は昔から耳にタコが出来るくらい聞かされた。

 『いきすぎた個性』の持ち主代表として。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。

 この授業では心機一転! 人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。

 君達の個性は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得てかえって下さいな」

 

「以上! ご清聴ありがとうございました」

 

「ステキ~!」

「ブラボー!! ブラボー!!」

 

 クラスメイト諸君が13号先生の演説に心打たれる中、私はそれを白けた気分で聞いていた。

 私の個性は人を助ける為にあるんじゃない。

 傷つける為にあるんだよ。

 

 私の中の破壊衝動はどうやっても消せない。

 そしてそれを我慢して溜め込みすぎれば、いずれ餓えるみたいに理性が薄くなり、最終的には本能のままに暴走する。

 それを避ける為には定期的に人を殴ってガス抜きするしかない。

 どうあっても暴力と切り離せない個性。

 それが私の個性(悪魔)だ。

 

 だから私はヒーローになってヴィランを殴らなければならない。

 人を傷つける事が合法とされる仕事に就かなければならない。

 そうでなければ私はこの社会では生きていけない。

 ……まあ、それが結果的に人を助ける事にも繋がるだろうし。

 私だって別に人助けが嫌いって訳じゃなくて興味がないだけだから、13号先生の演説を否定するつもりもない。

 内容自体は良い事言ってるなと思ったしね。

 

 ふと、相澤先生がまた私を見ていたのに気づいた。

 すぐに目をそらされちゃったけど、なんだか私を(・・)心配するような視線だった。

 はて?

 どうしたんだろう?

 

「……そんじゃあまずは」

 

 気を取り直したのか、相澤先生が普通に授業を始めようとした。

 そしておもむろにある方向に振り向いた。

 私も気づいた。

 相澤先生にとって左側。

 私にとっては右側にあたる場所。

 セントラル広場に、

 

 

 

 ──黒い靄が発生していた。

 

 

 

 私の使い魔を召喚するサモンゲートに似ているそれは、私達が見ている前でどんどん大きく膨れ上がり。

 その中から、無数の人影が現れた。

 

 私は、その中の二人から目が離せなかった。

 

 脳みそをむき出しにしたような異様な外見をした二人(・・)の人物。

 一人は口が鳥の嘴みたいに尖った筋骨隆々の大男。

 もう一人は細マッチョと言えるような洗練された筋肉を持っている人物だった。

 

「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

 ツンツン頭の少年がそんな呑気な事をのたまうが、私はそうは思えなかった。

 

「動くな!! あれは──」

 

 相澤先生が即座に戦闘態勢をとって警告を発した。

 

 

 

「ヴィランだ!!!」

 

 

 

 そう言って相澤先生がヴィランを睨みつける中、私はまだあの二人の脳みそヴィランから目が離せなかった。

 だってあの二人からは。

 

「……イレイザーヘッドに13号。先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトもここに居る筈なのですが……」

「……やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 

 凄まじい壊しがい、つまり強敵(・・)の気配を感じるのだから。

 

「どこだよ……。せっかくこんなに大衆引き連れて来たのにさ……。オールマイト……平和の象徴いないなんて……」

 

 

 

 

 

「──子供を殺せば来るのかな?」

 

 

 

  

 

 全身に手みたいな装備を付けた、イッちゃってる目をしたヴィランがそう言った瞬間。

 脳みそヴィランの一人。

 細マッチョの方が、一直線に私目掛けて(・・・・・)突撃してきた。

 

 

 

 授業の為に訪れた筈のUSJ。

 それが戦場に変わった瞬間だった。

 

 




の、脳無が二体だと!!?


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USJ パート2

 常人の目では追えない程のスピードで迫る脳みそヴィラン。

 そいつは右手を腰だめに構え、空中でパンチの発射体勢をとっていた。

 個性によって強化された私の動体視力はそれをはっきりと捉え、迎撃の為に右腕の個性を解放。

 悪魔の右腕と脳みそヴィランの右腕がぶつかり合った。

 

 周囲にその衝撃による暴風が吹き荒れる。

 

 そして、気がついたら私は吹き飛ばされていた。

 

「八木!!」

 

 相澤先生の焦ったような声を遠くに聞きながら、私の体はUSJの外壁にまで吹き飛ばされ、壁に激突してめり込んだ。

 

「……久しぶりに痛いわー」

 

 まさかこの私が押し負けるとは。

 ちょっとまだあの脳みそヴィランの事を舐めてたかもしれない。

 これは本気でやらないとマジで敗北もあり得るぞ。

 

 私はめり込んだ壁から即座に抜け出す。

 あのまま止まってたら確実に追撃がくると思ったからね。

 壁にぶつかった時に受けたダメージは軽い打撲程度。

 右腕の攻撃がクッションになったみたいで、この程度のダメージで済んだ。

 そのダメージも悪魔の個性に含まれる超再生で既に完治。

 やっぱりこの個性はチートすぎるな。

 

 そうして私が壁から抜け出した直後、再び脳みそヴィランが現れ、私に突撃パンチをかましてきたので、今度は両脚の個性も解放してしっかりと受け止める。

 そのまま脳みそヴィランの拳を右腕で掴み、左腕の個性を解放しておもいっきりぶん殴った。

 そうして今度は脳みそヴィランの方がふっ飛んでいく。

 私が押さえてた右腕を引きちぎられるというオマケ付きで。

 

 あー!

 テンション上がってきた!

 両手脚の個性を同時に解放するなんていつぶりだろう?

 そしてそれを振るえる強敵と出会ったのもいつぶりだろうか?

 

 私の個性は発動部位が多ければ多い程に破壊衝動が強まり、強い興奮状態になって理性が薄くなる。

 例えるなら、麻薬でハイになってる状態だろうか?

 麻薬なんて使った事ないからわからないけど。

 

 だから、この衝動をぶつけられる強敵と対峙してる時にしか、個性のフルパワーは使えないのだ。

 まあ、今は両手脚だけだからフルパワーじゃないけど。

 ていうか、フルパワーなんて使ったらマジで洒落にならない事になるから使わないけど。

 それでも手加減しなくて良い敵を相手に暴れられるのは、めちゃくちゃ気持ち良い!!

 

 そして、脳みそヴィランは腕をちぎられても欠片の痛みすら感じていないかのように、再び私の前に現れた。

 驚いた事にあっちも超再生を持ってるのか、ちぎった右腕も元に戻ってるし。

 そして、安易に突撃パンチしてももう通用しないと判断したのか、今度は武術の構えみたいなポーズをとりながら感情の窺えない目で私を見つめていた。

 

 良いねぇ。

 タフな男は大好きだよ。

 これは最高のサンドバッグだ。

 楽しくなってきたぁ!!

 

 行くぜぇ!!

 簡単に壊れてくれるなよぉ!!!

 

 そうして今度はこっちから仕掛けようとしたところで、ふとこいつと似たようなのがもう一体いたな、と思い出し。

 あれ? このままだと相澤先生とか死ぬんじゃね? という事に思い至って少し冷静になった私は、とりあえず使い魔を召喚して相澤先生の所に向かわせておいた。

 

 今回召喚したのは十体。

 私の使い魔は出せば出すほど一体一体が弱くなっちゃうから、今回みたいに私の手が届かない所の強敵相手に派遣するなら必然的に少数精鋭を使う事になる。

 十体までなら性能は劣化しない。

 個々が個性使ってない時の私くらいの強さで生み出される。

 

 それでも、あっちの脳みそヴィランがこっちのと同格なんだったら盾くらいにしかならないだろうけどね。

 でも応援を呼ぶまでの時間稼ぎくらいにはなるんじゃないかな。

 

 ……さて。

 待たせたな脳みそヴィランよ。

 これで心置きなく戦えるぜ。

 

 今度こそ行くぞぉ!!!

 

 そうして私と脳みそヴィランの、戦いのゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──相澤視点

 

 

 

「八木!!」

 

 突如現れたヴィランの集団。

 そして開始早々、その中の一人に八木が襲われた。

 辛うじて目で追うのがやっとの速度で行われた、一瞬の攻防。

 その結果、八木は入口からやや左側方面に凄まじい勢いで殴り飛ばされ、その場に残ったヴィランは即座に追撃を開始した。

 

 ……あれほどのスピードとパワー。

 狙われたのが八木でなければ確実に誰か死んでいただろう。

 それは俺も例外じゃない。

 その事を運が良かったと思うべきか、それとも最初から八木狙いの必然と考えるべきか。

 判断はつけられないが、今はそんな事を考えている場合ではない。

 ヴィランの集団は未だ目の前に居て、その中には八木を吹き飛ばした奴とよく似た特徴を持った奴まで居る始末。

 依然として脅威はそこにある。

 

 対してこちらは守るべき生徒を庇いながら戦わなければならない。

 生徒の避難が最優先だ。

 だが、ここに居るプロは俺と13号の二人だけ。

 片方が連中の足止め。

 もう片方が生徒の護衛兼誘導と考えても戦力が足りない。

 八木を助けに行く余裕がない。

 あいつの戦闘力なら大丈夫かもしれないが今回の敵は強い。

 万が一は普通にあり得る。

 それを抜きにしても、俺は教師であいつは生徒だ。

 俺にはあいつを助ける義務と責任がある。

 

 ……だが、今はその責任を果たす事ができない。

 二兎を追う者は一兎も得ず。

 両方を救おうとすれば片方すら救えない。

 両方救えるのはそれだけの力を持つ者だけだ。

 そうでないのならば、片方ずつ確実にやっていくしかない。

 力を持たぬ者が無謀にも両方を救おうともがいても、却って被害を拡大させるだけ。

 合理的じゃない。

 ……もっとも、今回に関しては片方すら救える保証はないがな。

 それでも救わねばならない。

 それがプロの仕事だ。

 

「13号! 避難開始! 学校に連絡試せ! センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系の奴が妨害している可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡試せ!」

 

 焦る頭を努めて冷静に保ち、指示を出す。

 雄英の浸入者用センサーは反応していない。

 そこまでできるヴィラン相手には撤退ですら容易じゃないだろうが、やるしかないだろう。

 

 俺の指示を聞いて、八木が吹き飛ばされた混乱からようやく抜け始めた生徒達が動き出す。

 だが、その中には当然俺の指示に反発する奴もいた。

 

「先生待ってください! 八木さんを助けには行かないんですか!!?」

 

 そう言ったのは八木と仲の良い緑谷だ。

 その反応はヒーローを目指す者としては当然だろう。

 俺の指示は、ある意味八木を見捨てると言っている訳だからな。

 

「……現状の戦力ではその余裕がない。撤退と連絡が最優先だ。増援が到着すれば戦況は一気に覆る」

 

 それまでは八木を信じるしかない。

 俺は己の無力さを噛みしめながら緑谷に言い放った。

 

「そんな……! って先生は!? まさか一人で戦うんですか!?」

 

 当然だろう。

 撤退の為に奴らの足止めは必須。

 13号に生徒の事を任せた以上、足止めは俺の仕事だ。

 俺は何も言わずにヴィランの集団に向かって相対した。

 

「無茶だ!! あの数じゃいくら個性を消すって言っても!! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」

「緑谷」

 

 引き留める緑谷に対して、俺は一言だけ言った。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。……13号! 生徒を任せたぞ!」

 

 そして俺はヴィランの集団に向かって突撃を開始した。

 まず出迎えてくれたのは、射撃系の個性を持つと思われる一団。

 個性を消して射撃を封じ、武器の捕縛布を使って戦闘不能にする。

 

「ばかやろう!! あいつは見ただけで個性を消すっつうイレイザーヘッドだ!!」

「消すう~~? 俺らみてえな異形型のも消してくれるのかぁ!?」

 

「いや無理だ。発動系や変形系に限る」

 

 次に来たのは、生まれつき個性が身体を変質させているタイプ、異形型の個性の一団。

 俺の個性ではこいつらの個性は消せない。

 事実、八木の個性も消せなかった。

 

「が、お前らみたいな奴の旨みは統計的に近接戦闘で発揮される事が多い」

 

 事実、異形型最強と思われる八木の個性もパワー、スピード、耐久力と近接戦闘向きの傾向がある。

 あいつに関しては例外的にそれ以外の引き出しも多いが、こいつらは違う。

 

「だから、その辺の対策はしてる」

 

 近接戦闘用に鍛え上げたフィジカルと武器の捕縛布を使った動きでヴィラン共を倒していく。

 どうもこいつら、一人一人はそんなに強くない。

 そこら辺の街中に居るチンピラレベルだ。

 本当にやばそうなのは、八木を吹き飛ばした奴を含めて三、四人といったところか。

 

 だが、いかんせん数が多い。

 集団との長期決戦は俺の苦手分野だ。

 果たして、増援が来るまで持ちこたえられるかどうか。

 

 そんな弱気な事を考えたせいか。

 一瞬のまばたきの隙に厄介そうな奴、ヴィラン共をここへ運んで来たと思われるワープみたいな個性を持った奴に、後ろへ抜けられた。

 

 俺の後ろ。

 すなわち生徒達の方へと。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。せんえつながら、この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは──平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思っての事でして」

 

 黒い靄のような姿をしたワープヴィランが生徒達に何か話している。

 助けに行こうにも、こちらは戦闘の真っ最中だ。

 13号に任せるしかない。

 

 

 

「散らして。なぶり殺す」

 

 

 

 そんな声が聞こえた直後。

 生徒達をあの黒い靄が覆った。

 そして、それが晴れた時には何人かの姿がその場から消えていた。

 くそっ!!

 やられたか。

 だが、俺は目の前のヴィラン共の相手で手一杯だ。

 あの黒い靄がワープする個性だとして、どこに飛ばされたかもわからない生徒を助けに行く余裕はない。

 ……まずいな。

 本格的に詰みかけている。

 

 そう思った時、それらは現れた。

 のっぺりとした影法師に翼と角を付けたようなデザインをした人影。

 それが十体。

 人影は空を飛んで飛来し、俺の周囲に居たヴィラン共を蹴散らし、その後は俺を守るように俺を中心にした円形の陣形を組んだ。

 

 こいつらの正体を俺は知っている。

 八木が入試の時に使っていた能力。

 渡された資料では使い魔と呼ばれていた存在だ。

 

 こいつらがいるという事は、八木はまだ生きているという事の証拠だ。

 それだけでも朗報だが、入試の映像を見た限りこいつら自体の戦闘力もかなり高い。

 一体一体が並みの増強系個性を上回る力を持っている。

 

 これは予想外の頼れる援軍だ。

 自分自身も強敵と戦いながら他の場所への対処も同時に行える。

 やっぱりお前はヒーローに向いてるよ、八木。

 

 だが、今この援軍が必要なのは俺じゃない。

 

「……お前らに言ってもわからないかもしれないが聞いてくれ。生徒達の何人かがワープの個性でどこかに飛ばされた。俺の支援よりそっちの探索と救助に向かってもらいたい」

 

 この使い魔とやらをどういう仕組みで八木が操っているのかはわからない。

 もしかしたら八木本人の指示がなければ動かないのかもしれない。

 だが、俺はそれでも情報を伝えて助けを乞うた。

 生徒に助けを求めるなど、教師としてもヒーローとしても失格だが、それでも八木やこの使い魔が大きな戦力である事には変わりがない。

 

 ならば俺らしく合理的にいく。

 今大事なのは、俺のこだわりでもヒーローとしての矜持でも教師としての責任でもなく、全員を助ける事だ。

 その為に、使えるモノは生徒でも使おう。

 

 俺の言葉を聞いた使い魔達は、お互いに顔を見合わせるような仕草をした後、十体中七体がこの場を飛び去って行った。

 六体がそれぞれUSJの各エリアの方角に。

 残りの一体は入口付近、残った生徒達と13号が居る辺りに飛んで行った。

 こいつらにはある程度の自己判断能力があるのかもしれない。

 

 そうして俺の元に残った使い魔は三体。

 数は少ないが、さっきまでのチンピラ共を相手にするならば過剰なくらいの戦力だ。

 詰みかけていた盤面は、八木の送って来た戦力によって一気に覆った。

 

「おいおい。マジかよ」

 

 俺の見ている前で、全身に手のような装備を付けたリーダー格と思われるヴィランがそう呟いた。

 ガリガリと首筋をかきむしり、苛立たしげな視線をこちらに向けている。

 

「アレは脳無が足止めするんじゃなかったのかよ? 本体は止められても分身までは止められないってか? 使えねえなあの脳無」

 

 敵が眼前にいる状況で苛立ちを隠そうともしていない。

 その姿は隙だらけに見える。

 まるで、癇癪を起こす寸前の子供の様だ。

 なんなんだ、こいつは?

 

「もう良いや。さっさと終わらせよう。脳無。イレイザーヘッドとあのガラクタ共を殺れ。お前は役に立ってくれよ」

 

 そんな、飽きた玩具を捨てるような態度で手のヴィランが指示を出した直後。

 今まで不気味な沈黙を保っていた、八木を吹き飛ばしたのと似たヴィランが動き出した。

 

 

 

 俺の認識は甘かった。

 八木の使い魔の参戦によって戦況は好転したと錯覚してしまっていた。

 最初、この使い魔達は俺を守るようにして陣形を組んでいた。

 それにどんな意味があったのか。

 それを命じた八木がどんな判断を下したのか。

 

 その意味を、俺はわかっていなかった。

 

 



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USJ パート3

 ──オールマイト視点

 

 

 

「んー……。相澤くんにも13号くんにも繋がらない」

 

 今日の授業に出られなかった事を不甲斐なく思い、せめて今授業がどうなっているのかだけでも知ろうと思って相澤くん達に電話をかけてみたのだが……何故か繋がらない。

 教鞭を放り出した私には、その資格すらないという事だろうか……。

 

「……いかなる理由であれ、勤務時間外の都合で教鞭を放り出す。とても愚かな事をしていた。終わりがけに行って何を語れよう? 後十分程なら体ももつだろうし」

 

 やはり私が行くべきか?

 しかし、今朝魔美ちゃんにも叱られてしまったしなぁ……。

 あの時あの子が語った事にも一理ある……どころか、ぐうの音も出ない。

 たしかに私はヒーローであると同時にあの子の親なのだ。

 親には子供が大人になるまで見守り、育てる義務と責任がある。

 特にあの子は私が望んで引き取った子だ。

 実の娘以上に、あの子の人生に責任を持たねばなるまい。

 

 それに親に死なれるのはとても辛い。

 私もかつて母のように思っていた人を失っているが……あれは今思い出しただけでも胸が張り裂けるようだ。

 私はその苦しみを知っている。

 だというのに私は無理を重ね、こんな姿になるまで弱ってしまった。

 そして今も、それをわかった上で自ら寿命を縮め、命を危険に晒すような行いを続けている。

 

 平和の象徴としてヒーローとしてならばそれは正しいと私は信じている。

 だが、一人の親としてはこの上なく無責任な行いだと理解させられた。

 ……それでも私の歩む道は変わらないだろう。

 平和の象徴としての責務も、それに懸ける私の意志も、それほどに重い。

 

 だがしかし、親としての責任があるのも変わらない事実。

 ならば今回のような時は行ってすぐ戻るようなあまり意味のない無理はせず、変な意地を張らずに素直に相澤くん達に任せて休んでいた方が良いのではないだろうか?

 いや、しかし……。

 うーむ。

 悩ましい。

 

「やあオールマイト。悩んでるみたいだね」

 

 そう言って突然部屋に入って来たのは、スーツを来た二足歩行のネズミっぽい生物。

 そうつまり。

 

「校長先生!!」

「yes! ネズミなのか犬なのか熊なのか。かくしてその正体は──校長さ!」

 

 校長は「ハイスペック」という頭が良くなる個性を発現し、人間以上の知能を持つようになったネズミだ。

 だからその正体は犬でも熊でもなくネズミなのだが……。

 そういう突っ込みは求められていないだろう。

 

「本日も大変整った毛並みでいらっしゃる!」

 

 私はスススと低姿勢になり、お世辞を言い始めた。

 

「秘訣はケラチンさ! 人間にこの色艶は出せやしないのさ! ……その話は後にして、君、コレ!!」

「ムム!!」

 

 そう言って校長が見せつけてきたのは、私が今朝解決したニュース情報の記載されたタブレットだった。

 

「君が来たというのに未だこの街で罪を犯す輩も大概だが、事件と聞けば反射的に動く君も君さ! 昔から変わってないよね本当」

「ウッ!!」

 

 つい先程重ねた無理の話だ。

 心に突き刺さる。

 耳が痛い!

 

「ケガと後遺症によるヒーロー活動の限界。それに伴う『ワン・フォー・オール』後継者の育成。平和の象徴に固執する君が両者とも社会に悟られぬままでいられるのはここしかないだろうと私が薦めた教職だぜ。それに君の娘もちょうど入学する年だったしね。もう少し腰を落ち着かせても良いんじゃないかな」

 

「現に今回の授業はもう少ししか出られないんだろう。薦めたのはこっちだけどさ。引き受けた以上は教職優先で動いてほしいのさ学校(こっち)としては。この街にもヒーロー事務所は何十件とある訳だしさ」

 

「それに君の娘にも言われただろう。一人の親として、あまり無理はするなって」

 

 校長がペラペラと語られた内容はまさに正論だった。

 

「仰る通りです……。だからこそ今、USJに向かうかどうか悩んでいまして」 

「今行ってもすぐ戻るハメになるんだろう? それならいっそここで私の教師論を聞いて今後の糧としたまえよ。その方が君の娘も安心するだろう」

 

 ムムムム。

 校長がお茶を淹れ始めた。

 腰を据えて話をする気だ。

 校長は話し始めると長い。

 

 ……相澤くん達にかけた電話。

 留守電じゃなくて繋がらない(・・・・・)というのが気掛かりだが……。

 

「まずヒーローと教師という関係の脆弱性と負担について」

「……先生もお変わりありませんね」

 

 妙な引っ掛かりを覚えながらも、私は校長先生の話を聞く姿勢に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──飯田視点

 

 

 

「皆は!? いるか!? 確認できるか!?」

「散り散りにはなっているが、この施設内にいる」

 

 僕の叫ぶような質問の声に、探知系の個性を持った障子くんが答えてくれた。

 さっきワープの個性と思われる黒い靄に飲み込まれてしまったクラスメイトの皆は、どうやらどこか未知の場所にではなく、この施設の中にワープさせられたらしい。

 ……未知の場所。例えば敵のアジトなどに飛ばさなかったのは、ワープの制限か、それとも何かの策略か。

 いや、そんな事を考えている場合ではないな。

 

「物理攻撃無効でワープって……!! 最悪の個性だぜおい!!」

 

 クラスメイトの瀬呂くんが嘆くが、僕も内心は似たような気持ちだ。

 目の前の敵だけではない。

 奴らの中にはあの底知れない力を持っていた八木くんをも殴り飛ばす程の存在もいた。

 直接八木くんと相対し、手も足も出せずに軽くあしらわれた僕は、彼女の圧倒的な強さの片鱗を知っている。

 だからこそ、八木くんを殴り飛ばしたあのヴィランの危険性も良くわかった。

 あれは僕らが逆立ちしても勝てない相手だ。

 そんな者を有する敵を相手にこの状況。

 絶望的すぎて嘆きたくなる気持ちは良くわかる。 

 

「委員長!」

「は!」

 

 そんな弱気になりかけた時、僕は13号先生に呼ばれた。

 

「──君に託します。学校まで駆けてこの事を伝えて下さい」

 

 そして告げられた。

 今、僕にできる最善と思われる選択肢を。

 

「警報鳴らず。そして電話も圏外になっていました。警報器は赤外線式。先輩……イレイザーヘッドが下で個性を消し回っているにも関わらず無作動なのは……。恐らくそれらを妨害可能な個性がいて、即座に隠したのでしょう。とすると、それを見つけ出すより君が駆けた方が早い!」

 

 頭では理解している。

 それが最善の選択だと。

 だが、

 

「しかし。クラスを置いて行くなど委員長の風上にも……」

「行って!! 飯田くん!!」

 

 そう言ってくれたのは、麗日くんだった。

 

「外に出れば警報が鳴る。だからこそ奴らはUSJの中だけで事を起こしたのだろう」

「外にさえ出られりゃ追っちゃこれねぇよ!! お前の足でモヤを振り切れ!!」

 

 障子くん……! 瀬呂くん……!

 

「救う為に、個性を使って下さい!!」

 

 13号先生……!

 

「食堂の時みたく……サポートなら私超できるから! する!! から!! ──お願いね。委員長!!」

 

 麗日くん……!!

 

 そこまで言われて……行かない訳にはいかないだろう!!!

 

「エンジンブースト!!!」

 

 僕の個性「エンジン」を全力で使って走る!

 クラスで一番の機動力を持つのは八木くんだが、その八木くんが動けない今、次点の僕が走るのが一番早い!

 

 皆を!! 僕が!! 任された!! クラスを!! 僕が!!

 

 その思いで必死に駆ける。

 エンストを起こしては元も子もないので個性の奥の手は使えない。

 故に通常状態のトップギア。

 最高速度でひたすら駆ける!!

 

「手段がないとはいえ。敵前で策を語る阿保がいますか」

「バレても問題ないから、語ったんでしょうが!!」

 

 後ろから戦いの音が聞こえてくる。

 だが、振り返りはしない。

 皆の健闘を無駄にしない為にも、今僕ができる最善を……!

 

「教師達を呼ばれてはこちらも大変ですので」

 

 そうして走る僕の前に、あの黒いモヤのヴィランが現れた。

 バカな!?

 奴は13号先生と戦っていた筈!!

 もう振り切ったと言うのか!?

 

 僕の個性はスピードがあるが小回りが利かない。

 正面進行方向に突如出現した黒いモヤ。

 駄目だ!

 このままでは避けられない!!

 減速を余儀なくされた!

 

「行け!!」

 

 だが、その黒いモヤは障子くんが体全体を使って覆い隠す事によって封じてくれた。

 僕の為に体を張って……!

 すまない、障子くん!!

 だが、助かった!!

 ありがとう!!

 

「ぬぅ……! 思ったより速い! ちょこざいな……! 外には出さない!!」

 

 それでもヴィランは僕を追って来た。

 実体がなくて軽いせいか、黒いモヤの進行速度は僕よりも速い!

 

「なまいきだぞメガネ……!」

 

 まずい! 追い付かれた!!

 正面に再び黒いモヤが展開される!

 

「消えろ!!」

「くっ!!」

 

 僕は無理矢理体勢を横に崩し、転がるように倒れこむ事でなんとか黒いモヤを回避した。

 とっさの行動だったが、上手くいった。

 だが、倒れてしまっては次は避けられない!

 万事休すか!?

 

「ム!? 身体を!? しまった!!」

「行けえええ!!! 飯田くん!!!」

 

 その時、黒いモヤが急に僕から離れていった。

 視界の中に麗日くんが黒いモヤの発生源のような場所に何かしているのが見えた。

 あれは……!?

 奴の実体部分か何かか!?

 いや、今はそんな事どうでも良い!!

 友が作ってくれた千載一遇のチャンス!!

 活かさずして何とする!!

 

「おおおお!!!」

「舐めるなああああ!!!」

 

 だが、それでも奴は諦めずに僕を追って来た。

 僕が自動ドアを抜けて外に出るのが早いか。

 奴に追い付かれて全てが無になるか。

 最後の勝負。

 負けられない!!

 

「ごはっ!!?」

 

 自動ドアを抜け、外に出た瞬間。

 奴の苦しむような声が聞こえてきた。

 まるでダメージを受けたかのような、そんな苦悶に満ちた声が。

 

 だが、それを気にしている場所ではない。

 僕は奴を振り切ったんだ!!

 後は一秒でも早く学校へたどり着き、助けを乞うのみ!!

 

 皆! 待っててくれ!!

 

 そうして僕は脚に更なる力を込めて加速した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ──黒霧視点

 

 

 

「応援を呼ばれる……。ゲームオーバーだ」

 

 私は入口ゲートを抜けて逃げて行ったメガネの子供の姿を思い出し、それを忌々しく思いながら一人ごちた。

 あれだけ強力な脳無を二体も投入した今回の計画。

 平和の象徴と伝説のヴィランを同時に相手取ると考えれば妥当な戦力なのでしょうが、そこまでした以上は何としても成功させたかった。

 故に私もヒーローの卵達相手とはいえ油断せずに全力で事に当たった。

 しかし、さすがは雄英。

 卵は卵でも金の卵と言うべきでしょうか。

 結局、私は出し抜かれ逃走を許してしまった。

 

 ……いや、卵達の力だけではないか。

 我々は伝説のヴィランの力を少々侮っていたようだ。

 

「ぐぅ……!」

 

 最後。

 メガネの子供を捕らえようとした時、私の実体部分は凄まじい衝撃を受けた。

 何事かと視線を向けて見れば、そこには黒い人影のようなモノがいた。

 拳を振り抜いたような体勢でいた事から、恐らく私はあの人影に殴られたのでしょう。

 気を失いかける程のパワーだった。

 

 アレの存在はあのお方より聞かされた情報にて知っている。

 使い魔と呼ばれる伝説のヴィランの個性の一つ。

 本体の足止めは脳無が果たしてくれたようですが、使い魔までは止めきれなかったという事でしょう。

 

 使い魔は本体に比べれば大した事がないと聞いていたので、あまり警戒はしていなかったのですがそれが間違いだったという事でしょうね。

 本体に比べれば弱くとも、それは比較対象が悪いだけ。

 あの使い魔も並みのプロヒーロー以上の戦闘力を持っていた。

 そうとわかっていれば、また対処の仕方も変わったのですがね。

 今さら言っても詮無き事ですが。

 

 何にしても、今回の計画は失敗。

 オールマイトは何故か現れず、応援を呼ぶのを許してしまった。

 後数分もすれば、あのメガネの子供の報告を受けて何十人ものプロヒーローが駆けつけてしまう。

 当然、その中にはオールマイトの姿もあるでしょうが、他のプロと連携されては、いくら対オールマイト用に改造された脳無でも勝てないでしょう。

 

 ここはもう撤退するしかない。

 私は体を襲う痛みに耐えながらワープの個性を使用した。

 幸い私を殴った使い魔は生徒の護衛に徹しているのか、すんなりと見逃してもらえました。

 この傷ついた体で戦わなくて良いのは正直ありがたい。

 

 そうして私はヴィラン連合のリーダー、死柄木(しがらき)(とむら)の下へとワープした。

 彼が変な癇癪を起こさない事を祈りながら。

 




黒霧さん、本気を出すも負傷退場に終わるの巻。


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USJ パート4

 ──緑谷視点

 

 

 

 蛙吹さん、峰田くんと一緒に水難ゾーンに飛ばされた僕は、その場で待ち構えていたヴィラン達を三人で協力してなんとか撃退し、入口方面に向かって移動していた。

 運が良かったとはいえ、こっちの被害は僕の左手の指二本だけ。

 かっちゃんと戦った時にも使った「デラウェア・スマッシュ」の反動で親指と中指が折れた。

 でも逆に言えば、それだけの被害でヴィラン達に勝てた。

 それで僕は勘違いしてしまった。

 僕達の力がヴィランに通用したんだと、錯覚してしまったんだ。

 

「──とりあえず助けを呼ぶのが一番だよ。このまま水辺に沿って広場を避けて出口に向かうのが最善」

 

 そうわかっていた筈なのに。

 

「そうね。広場は相澤先生が敵を大勢引きつけてくれてる」

 

 その蛙吹さんの言葉に、僕は自分の懸念を吐き出した。

 

「……敵が多すぎる。先生はもちろん制圧するつもりだろうけど……やっぱり僕らを守る為に無理を通して飛び込んだんだと思うんだ」

 

 あいつらの中には、八木さんを吹き飛ばした奴と似た奴もいた。

 いくら先生が個性を消せるって言っても、そいつの個性を消しながら集団と戦い続けるのは無理があると思ったんだ。

 

「え……? 緑谷バカバカバカ」

「ケロ……」

 

 僕の考えを察したのか、蛙吹さんと峰田くんが不安そうな顔になっていた。

 だから僕は安心させるつもりで言ったんだ。

 

「……邪魔になるような事は考えてないよ。ただ、隙を見て。少しでも先生の負担を減らせればって……」

 

 そう言って僕はチラリと後ろを振り向いた。

 そこにいるのは蛙吹さんと峰田くん。

 そしてもう一人……というか一体。

 八木さんが個性で作った使い魔がいる。

 

 僕達がヴィランを制圧した直後に現れたこの使い魔。

 多分、八木さんが僕らを助ける為に送ってくれたんだと思う。

 それを知らない蛙吹さんと峰田くんは新手のヴィランだと思ってちょっと慌ててたけど、僕の説明で味方として認識してくれた。

 ……この使い魔。峰田くんに対してはなんだかやたらと攻撃的だったけど。

 

 でも使い魔が送られて来た事で八木さんの無事を知れたのは嬉しかった。

 それにこの使い魔は大きな戦力だ。

 八木さんは弱いって言ってたけど、とんでもない。

 聞いた話だと個性を使っていない時の八木さんと同じくらいの力があるらしい。

 つまり、僕達三人が協力して挑んでもこの使い魔には手も足も出ないって事だ。

 それを弱いなんて言ったら、僕達の強さはミジンコ以下って事になる。

 

 そしてその使い魔は現在何も言わずに(そもそも喋れないらしいけど)僕達の後ろについてくるだけ。

 多分、僕達を護衛してるんだと思う。

 だとしたら、仮に僕達が相澤先生を助ける為に飛び出したとしても、ついて来てくれる可能性は高い。

 

 味方に心強い戦力がいる事も相まって、僕は調子に乗っていたんだと思う。

 これなら相澤先生の助けになるんじゃないかと、本気で思ってしまうくらいに。

 

 

 

 そうしてたどり着いたセントラル広場。

 そこで僕達は絶望を見た。

 

 

 

「クソッ……!」

 

 脳みそをむき出しにした異様な外見のヴィランを相手に相澤先生が戦っている。

 その側には三体の使い魔がいた。

 彼らは相澤先生のサポートをしながら戦っていた。

 

 でも、戦況は一方的だった。

 

 脳みそヴィランが巨体に見合わないスピードで動き回る。

 相澤先生達はそれについていけてない。

 それでも何とか戦えているのは、使い魔達が身を呈して相澤先生を庇っているからだ。

 

 脳みそヴィランのパンチが相澤先生に当たりそうになったら、突き飛ばして代わりに受ける。

 攻撃を受けたその使い魔の片腕が消し飛んだ。

 

 脳みそヴィランの体当たりが炸裂すれば、相澤先生の手を引いて逃がし、身代わりになる。

 攻撃は直撃し、その使い魔は一撃で消滅した。

 

 そうして徐々に使い魔は弱り、数が減り、相澤先生は追い詰められていった。

 

 そしてそれほど時間はかからず、ついに最後の使い魔が倒される。

 その直後、相澤先生は脳みそヴィランに押し倒され、片腕をへし折られた。

 

「ッ!?」

 

 とっさに飛び出そうと体が動いた僕は、僕達の護衛をしていた使い魔に取り押さえられた。

 でも、それを振り払う事はできなかった。

 使い魔の力に抗えないのもそうだけど、今飛び出しても無駄に死ぬだけだとわかってしまったから。

 

「ハハハ。脳無相手に思ったより粘ったな。さっすがプロヒーロー。カッコいいぜ」

 

 相澤先生がやられる姿をずっと側で見ていた、全身に手みたいなのを付けたヴィランが、嘲笑うようにそう言った。

 僕らはそれでも動けなかった。

 

「個性を消せる。素敵だけど何て事はないね。圧倒的な力の前ではつまりただの無個性だもの。

 あの使い魔とかいう連中がいなければまともに戦う事すらできてなかったもんなぁ」

 

 手のヴィランが相澤先生に近づいていく。

 そして右手で相澤先生の左手を触った。

 ここからだと何をしてるのかわからない。

 でも、それが何か良くない事だというのだけはわかる。

 なのに、僕は動けない。

 

「なぁ。どんな気持ちなんだ? ヴィランにやられて、なぶり殺しにされるのをただ黙って受け入れるしかないヒーローの気持ちってさ?」

「ぐぁ……!!」

 

 脳みそのヴィランが相澤先生の頭を地面に叩きつけた。

 どう見ても致命傷としか思えない威力。

 このままだと相澤先生は確実に殺される。

 僕はもう我慢できずに使い魔の拘束を振り払おうとした。

 でも、僕の力じゃ使い魔の力にすら勝てない。

 それがどうしようもない現実を突きつけられているようで、涙が出てきた。

 

「死柄木……弔……」

「黒霧。13号はやったのか?」

 

 その時、死柄木弔と呼ばれたヴィランの近くに、あの黒いモヤのヴィランが現れた。

 でも、その様子がなんだかおかしい。

 まるで弱ってるみたいだった。

 

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒がおりまして……。例の少女が放った使い魔の妨害もあり、一名逃げられました」

「は? ……いや、そういえばお前の方にも一匹飛んで行ったな。マジかよ。どこまで邪魔するんだよそいつ」

 

 死柄木と呼ばれたヴィランは苛立たしそうに首筋をガリガリとかきむしった後、急にピタリと止まった。

 

「さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ……。今回は(・・・)ゲームオーバーだ。────帰ろっか」

 

 そしてあっさりと。

 本当にあっさりとそう言った。

 

「……? 帰る……? カエルっつったのか今??」

「……そう聞こえたわ」

「やっ、やったぁ! 助かるんだ俺達!」

「ええ。でも……」

 

 ヴィランの言ってる事を理解した峰田くんが狂喜し、どさくさに紛れて蛙吹さんの胸を触って水の中に沈められる中、蛙吹さんは僕に話しかけてきた。

 

「気味が悪いわ。緑谷ちゃん」

「……うん。これだけの事をしといてあっさり引き下がるなんて」

 

 こいつらオールマイトを殺したいんじゃないのか?

 これで帰ったら雄英の危機意識が上がるだけたぞ!

 ゲームオーバー?

 何考えてるんだ!?

 

「けどもその前に」

 

 僕の頭が混乱する中。

 そいつは、こっちを、向いた。

 

「平和の象徴としての矜持を少しでも」

 

 そいつの手が蛙吹さんの顔に伸びる。

 

「へし折って帰ろう」

 

 その時、僕を拘束していた使い魔が凄いスピードで動き、蛙吹さんの腕を掴んで後方の水の中へ放り投げた。

 それと同時に死柄木へと拳を突き出す。

 

「脳無」

 

 たった一言。

 死柄木がそう言った瞬間。

 目にも留まらないスピードで脳みそヴィランが現れ、使い魔の攻撃からの盾になった。

 使い魔の攻撃は、脳みそヴィランに全く効いているようには見えない。

 

「まだいたのかよこのうざい奴。邪魔だ。脳無、殺れ」

 

 その命令を受けた脳みそヴィランが腕を交差させるようにパンチを繰り出し、それを受けた使い魔は一瞬で消滅した。

 この場の最大戦力だった使い魔がこんなにあっさり……!?

 

 ヤバイ!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!

 

 この場にはまだ峰田くんがいる!

 使い魔が逃がしてくれたとはいえ、すぐ近くには蛙吹さんもいる!

 重傷を負ってる相澤先生もいる!

 今! この場で! 何とかできるかもしれないのは「ワン・フォー・オール(オールマイトの力)」を持ってる僕しかいない!!

 

「スマッシュ!!!」

 

 ほとんど反射的に手が出た。

 狙ったのは死柄木と呼ばれたヴィラン。

 あの脳みそヴィランは命令がなければ動かなかった。

 なら、司令塔を倒せば何とかなるかもしれない。

 とっさにそう考えて体が動いた。

 

「脳無」

 

 その一言で、当然のように僕の攻撃は脳みそヴィランが盾になる事で止められた。

 いつもなら個性の反動で僕の腕はバキバキになる。

 でも今回に限って僕の腕は折れてない。

 この土壇場で力の制御に成功した。

 奇跡が起きた。

 なのに。なのに……。

 

 僕の攻撃は、脳みそヴィランに一切通じてなかった。

 

「良い動きをするなぁ。スマッシュってオールマイトのフォロワーかい?」

 

 呑気な声で死柄木と呼ばれたヴィランが話しかけてくる。

 その姿はどう見ても隙だらけで、油断しきってるようにしか見えないのに。

 僕には抗えない。

 それだけ、この脳みそヴィランが強すぎる。

 

「まあ、いいや君」

 

 僕から興味を失ったような声で死柄木が言った。

 脳みそヴィランが僕の腕を掴んでくる。

 ああ……。

 これ……死……、

 

 

 

「もう大丈夫……!!」

 

 

 

 その時。

 声が聞こえた。

 声音は全然違うのに、どこかヘドロの時に僕らを助けてくれた彼女と良く似た、人を安心させてくれる声が。

 

 声の聞こえた場所。

 USJの入口を見る。

 そこには、世界で一番頼りになるヒーローがいた。

 

 

 

「私が来た!!!」

 

 

 

 オールマイトが、来てくれた。 

 

「あー。コンティニューだ」

 

 そして、死柄木と呼ばれたヴィランは。

 オールマイトの事をどこまでも不気味な目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

「嫌な予感がしてね。校長のお話を振り切りやって来たよ」

 

 繋がらない電話の違和感は私の中からずっと消えず、校長や魔美ちゃんの言う事を無視してまで来てしまった。

 しかし、結果としてはそれで正解だったのだろう。

 

「来る途中で飯田少年とすれ違って、何が起きているかあらまし聞いた」

 

 まったく己に腹が立つ……!

 如何なる理由があったとしても、子供らが怖がっている時に、後輩らが頑張っている時に、自分の娘の窮地に、何も知らずにいた自分に!

 しかし……!!

 だからこそ胸を張って言わねばならんのだ!!

 

「もう大丈夫……!!」

 

 私は平和の象徴なのだから!!!

 

「私が来た!!!」

 

 皆に安心を与え、全てを救わねばならんのだよ!!!

 

「待ったよヒーロー……。社会のゴミめ」

 

 ドロドロとした暗い感情に満ちた声が聞こえた。

 その方向には、全身に手のような装備を付けたヴィランの姿。

 その近くには緑谷少年、峰田少年、蛙吹少女、倒れ伏した相澤くん、そして脳みそをむき出しにした異様な外見のヴィランがいた。

 

 彼らに向かって迷わず走る。

 まずは一番近くにいた相澤くんを回収し、次にヴィランの近くにいた緑谷少年達を回収。

 その時、手のヴィランと脳みそのヴィランに一撃ずついれておいた。

 

「皆、入口へ。相澤くんを頼んだ。意識がない! 早く!!」

 

 そしてすぐに指示を飛ばす。

 相澤くんが一刻を争うような大怪我をしているのもそうだが、生徒達もまた早くこの場から遠ざけねばならない。

 飯田少年から、あの脳みそヴィランは魔美ちゃんを殴り飛ばす程の強さを持っていると聞いた。

 だとすれば、紛う事なき強敵!

 そんな敵との戦いに負傷した相澤くんや生徒達を巻き込む訳にはいかない!

 

「ああああ……だめだ……ごめんなさい……! お父さん……!」

 

 私の打撃を受けた時、顔面から落下した手のような装備を拾ったヴィランが、まるで情緒不安定になったかのように呻く。

 そして、その手を顔に装備し直してから、口を開いた。

 

「助けるついでに殴られた……。ハハハ国家公認の暴力だ。さすがに速いや。目で追えない。けれど思った程じゃない。やはり本当だったのかな……?」

 

 

 

「弱ってるって話…………!」

 

 

 

 どこまでも不気味な笑み。

 そして聞き捨てならない事を言った。

 私の弱体化の情報をどこで掴んだのか?

 

 だが、そんな事今はどうでも良い。

 

 今大切なのは、守るべき者を確実に守る事だ。

 

「オールマイトだめです!! あの脳みそヴィラン!! ワン……っ僕の腕が折れないくらいの力だけどビクともしなかった!! 八木さんの使い魔の攻撃も!! きっとあいつ──」

「緑谷少年」

 

 不安に駆られている緑谷少年に声をかける。

 情報提供には感謝するが、心配はいらないという意志を込めて、一言。

 

「大丈夫」

 

 ピースサインを作りながらそれだけ告げて、──私はヴィラン達に向けて突撃した。

 

 ──この戦いが終わった後、魔美ちゃんにしこたま怒られるだろうなと思いながら。

 

 そうして何度目かわからない、私の無理で無茶な戦いが始まった。

 




主人公が出てこない……!


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USJ パート5

試しにいろんな時間帯に投稿してみる事にしました。


 ──オールマイト視点

 

 

 

「カロライナ・スマッシュ!!!」

 

 手のヴィランを庇うような位置に立った脳みそヴィラン……脳無とやらに必殺のクロスチョップを食らわせる。

 だが、緑谷少年の言っていた通り、脳無にはまるでダメージが通ったような様子がない。

 

「ムッ!!」

 

 それどころか、即座に反撃をしてくる始末。

 脳無の抱きつくような攻撃を上体を反らして避け、そのまま土手っ腹に拳をぶち込む。

 しかし、

 

「マジで全っ然効いてないな!!!」

 

 連続で打ち込むも、やはり効いた様子はない。

 殴っているのに手応えがなく、ダメージが与えられないとは……!

 

「効かないのは『ショック吸収』だからさ。脳無にダメージを与えたいなら、ゆうっくりと肉をえぐり取るとかが効果的だね……。それをさせてくれるかは別として」

 

 手のヴィランがペラペラと喋って味方の手の内を明かしてくる。

 ブラフかとも思ったが、奴の様子を見る限り本気で言っているように見える。

 友達に玩具を自慢したい子供か!?

 だが、今は好都合!

 

「わざわざサンキュー!! そういう事ならやりやすい!!」

 

 その手の相手は倒すより動きを封じるに限る!!

 私は脳無の後ろを取って腰を掴み、盛大なバックドロップを決めた。

 脳無を地面に埋めて動きを封じるつもりで繰り出したのだが、

 

「っ~~~~~~~~!! そういう感じか……!!」

 

 地面に埋めた筈の脳無の上半身が、何故か地面から生えて私の胴体を掴んでいた。

 見れば脳無が埋まる筈だった地面には黒いモヤのようなモノがあり、脳無の上半身はその中に入っている。

 空間を歪める個性……おそらくワープの類いだろう。

 相当に希少な個性だ。

 なるほど……!

 これがあったからこそ、雄英襲撃なんてマネができた訳か……!!

 

「コンクリに深くつき立てて動きを封じる気だったか? それじゃ封じられないぜ? 脳無はお前並みのパワーになってるんだから。……良いね黒霧。期せずしてチャンス到来だ」

 

 またペラペラと良く喋るヴィランだが、それはそれとして普通にピンチだ!!

 どうするか……!

 

「あイタ!!」

 

 と思ったら、私の胴体を掴んでいる脳無の手の力が握り潰すように強くなった。

 なんというパワー!!

 しかも、何の偶然か掴まれてる場所が、昔、奴に付けられた古傷の位置だ。

 そこは弱いんだ! やめてくれ!

 ……しかも忠告を無視してここまでの怪我をしてしまった!

 魔美ちゃんのお説教が凄い事になりそうだな!

 

「君ら初犯でコレは……っ覚悟しろよ!!」

 

 痛みを紛らわす為にも虚勢を吐いた。

 こんなモノでも素直に苦悶の声を漏らすよりはずっと良い。

 平和の象徴が弱味を見せる訳にはいかないのだ!!

 

「……私の中に血や臓物が溢れるので嫌なのですが……あなた程の者ならば喜んで受け入れる。……ハァ……目にも留まらぬ速度のあなたを拘束するのが脳無の役目。そしてあなたの身体が半端に留まった状態でゲートを閉じ、引きちぎるのが私の役目」

 

 怖い事を言ってくれるじゃないか!

 だが君、見たところなにやら弱ってるみたいじゃないか!

 ならば、そこを突いて脱出の糸口を探そう!

 私が諦めるなどという事はあり得ない!!

 

「オールマイトォ!!!!」

 

 その時、逃げるように言った筈の緑谷少年がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。

 私を心配して来てしまったのか……!?

 君って奴は……ッ!!

 だが、今はまずい!!

 

「浅はか」

 

 ワープっぽい黒いモヤが緑谷少年に迫る。

 感情的になって動いていた緑谷少年にコレを避ける術はない!

 助けなければと思うのに私は動けない!

 情けない!!

 

 

 

「どっけ!!! 邪魔だデク!!!」

 

 

 

 その時、緑谷少年を助けるように黒いモヤを爆破しながら爆豪少年が現れた。

 

「ぐはッ……!」

 

 そしてそのまま、元々弱っていたと思わしき黒モヤのヴィランを地面に押し付けて拘束してしまった。

 なんという行動力!!

 プロ顔負けだな!!

 

「!!?」

 

 そして同時に私を掴んでいた脳無の半身が氷で覆われた。

 氷結!?

 この個性は……!

 轟少年か!!

 

「てめぇらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」

「だあー!!」

 

 そんなカッコいい登場をした轟少年と同時に、今度は切島少年が現れ、手のヴィランに攻撃を加えていた。

 もっとも、それは避けられてしまっていたが。

 

 続々と生徒達が集まっている。

 だが、現れたのは生徒達だけではなかった。

 突如として空から飛来した魔美ちゃんの使い魔が二体。

 一体が脳無の凍った腕を粉砕し、もう一体が私を救出して盾になるように背後に庇った。

 プロ顔負けの見事な連携だった……。

 

「くっそ!! 良いとこねー!!」

「スカしてんじゃねえぞ!! モヤモブが!!」

「平和の象徴はてめぇら如きに殺れねえよ」

「かっちゃん……! 皆……!!」

 

 ……情けない事に、生徒達(と使い魔達)のおかげで助かった。

 しかし、この状況はマズい!!

 

「出入口を押さえられた……。こりゃあピンチだなぁ……」

 

 手のヴィランがぼやくようにそう呟く。

 やはり不気味な相手だ。

 ピンチと言う割に危機感が感じられない。

 

「このウッカリヤローめ! やっぱ思った通りだ! モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られてる! そのモヤゲートで実体部分を覆ってたんだろ!? そうだろ!? 全身モヤの物理無効人生なら『危ない』っつー発想は出ねぇもんなぁ!!」

「ぬぅっ……」

「っと動くな!! 『怪しい動きをした』と俺が判断したらすぐ爆破する!!」

「ヒーローらしからぬ言動……」

 

 爆豪少年が黒モヤのヴィランを脅迫して封じているが、それは危険だ!

 あの黒モヤのヴィランは奴らの生命線。

 となれば当然、

 

「攻略された上に全員ほぼ無傷……。凄いなぁ最近の子供は……。恥ずかしくなってくるぜヴィラン連合……! しかもあのウザい奴までまた来てやがるし……!」

 

「脳無。爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」

 

 最優先で取り戻しに来る!

 手のヴィランの指示でワープゲートから体を起こした脳無が立ち上がる。

 轟少年の氷結と魔美ちゃんの使い魔による打撃で半身がひび割れながらも止まらない!

 

「身体が割れてるのに動いてる……!?」

「皆、下がれ!! なんだ!? ショック吸収の個性じゃないのか!?」

 

 私達の見ている前で、壊れた脳無の身体がみるみる内に再生した。

 なんだ、これは!?

 

「別にそれだけとは言ってないだろう。これは『超再生』だな。脳無はお前の100%にも耐えられるよう改造された、超高性能サンドバッグ人間さ」

 

 手のヴィランがまたペラペラと喋るが、悠長にそれを聞いている場合ではない!!

 再生を終えた脳無が凄まじい速度で黒モヤのヴィランを押さえつける爆豪少年に迫っている!!

 速い!!

 

 とっさに爆豪少年を突き飛ばし、代わりに脳無の攻撃を受けた。

 

「加減を知らんのか……!」

 

 ガードしたにも関わらずダメージを受けた。

 この脳無とやら……本当に強い!!

 

「仲間を助ける為さ。仕方ないだろ? さっきだってホラそこの……あー……地味な奴。あいつが俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ? 他が為に振るう暴力は美談になるんだ。そうだろ? ヒーロー?」

 

 手のヴィランは濁った眼でそう語る。

 その眼は人殺しの中でも特に酷い部類の眼だ。

 

「俺はなオールマイト! 怒ってるんだ! 同じ暴力がヒーローとヴィランでカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!! 

 何が平和の象徴!! 所詮、抑圧の為の暴力装置だお前は! 暴力は暴力しか生まないのだと、お前を殺す事で世に知らしめるのさ!」

 

 本当によく喋る。

 中身のない事をペラペラと。

 

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。……自分が楽しみたいだけの嘘つきめ」

「バレるの早……!」

 

 こいつの眼はニタニタと嗤っている。

 人の不幸を嗤えるタイプの最悪な犯罪者だ。

 野放しにはできん!

 

「3対5だ」

「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた……!」

「とんでもねえ奴らだが、俺らでオールマイトのサポートすりゃ撃退できる!!」

 

「ダメだ!! 逃げなさい!!!」

 

 すっかりやる気になっている生徒達を引き留める。

 この戦いは、まだ君達が体験するには早すぎる!

 そして危険すぎる!

 この場で私以外に戦闘を許可できる者など、せいぜい消滅しても本体に何の影響も出ない魔美ちゃんの使い魔くらいだ!

 

「……さっきのは俺のサポート入らなけりゃやばかったでしょう」

 

 だが、やはり言葉だけでは納得はさせられないらしい。

 轟少年が明らかに納得のいっていない顔で戦闘態勢に入ろうとしている。

 

「オールマイト、血……。それに時間だってない筈じゃ……!」

 

 緑谷少年は緑谷少年で私の心配をしてしまって逃げる気配がない。

 マズいなこれは……。

 だが、納得してくれずともここは譲れないんだ!!

 

「それはそれだ轟少年!! ありがとな!! しかし大丈夫!! プロの本気を見ていなさい!!」

 

 私は心配無用と啖呵を切り、ヴィラン達に向き直った。

 確かに時間はもう数分しかない……!

 力の衰えは思ったよりも早い!

 

「脳無、黒霧、やれ。俺は子供をあしらう」

「……死柄木弔。私はそろそろ限界なのですが……」

「ふざけんな。根性見せろ」

「……はい」

 

 しかし、やらねばなるまい!!

 

「さあ、クリアして帰ろう!」

 

 何故なら私は!

 平和の象徴なのだか────

 

 

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 

 

 そう決意を固めかけたところで、凄まじく聞き覚えのある声を聞いた。

 その直後、空から高速で何かが落下してきた。

 そして、それはちょうど私とヴィラン達の間に落ちた。

 

「これで……トドメだぁ!!!」

 

 そして、その何かの上に高速の飛び蹴りを浴びせながら飛来したのは、十年もの間共に暮らしてきた私の娘。

 それが獰猛な笑みを浮かべながら、物騒な事を口にしていた。

 しかも飛び蹴りの衝撃で地面が抉れ、大きなクレーターが出来上がっていた。

 

「あー!! すっきりしたぁ!!」

 

 そんな言葉が気になって魔美ちゃんが踏み潰しているモノに目を向ければ、それは私が決死の覚悟で迎え撃とうとしていた脳無……によく似た姿をした人物だった。

 状況から考えて、まず間違いなく最初に魔美ちゃんを襲ったというヴィランだろう。

 それがクレーターの中で、無惨な姿で横たわっていた。

 

「はー! これだけ思う存分大暴れできたのはいったいいつぶりだろうか? かなり久しぶりな気がするなー」

 

 そしてクレーターの中心で脳無っぽいヴィランを踏みつけている魔美ちゃんは、まるで何かをやりきったような実に清々しい笑顔を浮かべていた。

 まるでと言うか……そのものなのだが。

 まあ、確かにあの子の体質を思えば無理もない。

 大分我慢させた生活を強いてしまっているのは自覚している。

 でも、今は真剣なシーンだから、もう少し何とかしてほしかった。

 

「ん?」

 

 と、そこで初めて私達に気づいたかのように魔美ちゃんの目がこちらに向いた。

 正確には私を見ている。

 その内にどんどんと視線が険しくなり、私の背筋には冷や汗が滴った。

 

 私は今、魔美ちゃんの忠告を無視してこの場にいる。

 そして脳無相手に結構な怪我をしてしまった。

 意外と過保護な魔美ちゃんが怒るには充分な条件が揃っている。

 マズい!

 先程とは別の意味でマズい!

 

 そうして私が硬直している間に、魔美ちゃんの視線は私の反対側。

 すなわちヴィラン達の方に向けられていた。

 

 ヴィラン達は魔美ちゃんの登場に対して無言……というより唖然としていた。

 私を殺すと息巻いていたところでいきなりのコレでは無理もないが。

 まるで狙ったかのようなタイミングだったからな。

 

「あー……。細かい事情はわからないけど、大体の状況は察したよ。パパがまた無茶をやらかす寸前だったって事はわかった」

 

 ……わかられてしまった。

 これはもう言い逃れの余地がないな。

 

「言いたい事も聞きたい事も色々あるけど……。まずはこれだけ言っておこうか」

 

 そう言って魔美ちゃんは笑った。

 本人は私を参考にしたと言っていた、まるで天使のように美しい笑顔を浮かべた。

 

 

 

「もう大丈夫。私が来た」

 

 

 

 魔美ちゃんは私の娘だ。

 この手で守るべき大切な子だ。

 なのに、その子が見せた笑顔で、言葉で、不覚にも私は安心してしまったのだった。

 




魔美ちゃん天使疑惑再び!
パパ相手には本当に優しい子です。


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USJ パート6

さすがUSJ編……!
長い!!


 ひたすらにしぶといというか、もはや敬意を表したくなるレベルで頑丈だった脳みそヴィランをついに打ち倒した私は、何か偉業をやり遂げたみたいな達成感と充実感に支配されていた。

 個性の副作用による破壊衝動がこんなにおとなしくなったのは初めての事だよ。

 やりきった感が凄い。

 いわゆる賢者タイムというやつだと思う。

 

 そんな感じで脳みそヴィランの墓標になりそうなクレーター中で感動を噛み締めていた私だけど、ふと上を見上げた時にパパの姿を発見した。

 

「ん?」

 

 って思ってよくよく観察してみると、その全身に無視できないレベルの怪我をしている事までわかった。

 パパめ……!

 休んでなさいって言ったのに、結局来ちゃったのか!

 親としての責任がどうたら言って、無理しないでって伝えた筈なのに!!

 許せん!

 後でオハナシしなくては。

 

 しかも最悪な事に、パパを傷物にしてくれたヤローがいるっぽい。

 状況から考えて、多分あのもう一人の脳みそヴィランだろう。

 でも、最初の位置関係的に考えて、アレは相澤先生とぶつかってると思ったんだけどな?

 だからこそ相澤先生の所に使い魔を派遣した訳だし。

 

 私の個性はあくまでも「使い魔を作って命令できる」というだけの能力であって、使い魔が見知った情報を共有したり、遠距離から通信したりする事はできない。

 つまり私の下を離れて活動する使い魔の動向はわからないんだ。

 せいぜい消滅した事はわかるって程度しか把握できない。

 ちょっと不便だけど、使い魔が私の意志に反するような事をする事はないから、大した問題がある訳ではないんだけども。

 

 で、私の知覚している限り、使い魔は十体中四体が消滅してるけど残り六体は健在。

 しかもその内二体は私の目の前にいるし。

 私は十体全部を相澤先生の盾にする為に派遣した。

 だから使い魔が全滅しない限り相澤先生は健在で、今もこっちの脳みそヴィランとバトッてるもんだとばかり思ってたんだけど……。

 どうやら何かすれ違いが発生したみたいだ。

 私の認識してないところで事態は予想外の方向に展開し、巡り巡ってパパが脳みそヴィラン+αと戦う寸前に私が到着という状況に着地したらしい。

 なるほど。

 さっぱりわからん。

 でも、今がどういう状況なのかだけはわかった。

 

「あー……。細かい事情はわからないけど、大体の状況は察したよ。パパがまた無茶やらかす寸前だったって事はわかった」

 

 それだけわかれば充分だ。

 

「言いたい事も聞きたい事も色々あるけど……。まずはこれだけ言っておこうか」

 

 これはヒーローを目指す上でパパから教わった事だ。

 たとえ私が暴力許可証目当ての似非ヒーローであったとしてもヒーローはヒーロー。

 仕事としてプロのヒーローを目指す以上、その頂点であるパパから教わった事は実践した方が良い。

 

 パパ曰く、ヒーロー足る者、人々に安心を与える存在でなくてはならないそうだ。

 だから助けるべき人々の前では、嘘でもハリボテでも「頼りになる理想のヒーロー」であらねばならない、らしい。

 この世界で人々に最も頼りにされているヒーローとは、それすなわちパパだ。

 つまり、パパの真似をするのが一番良いという事だろうと私は判断した。

 

 

 

「もう大丈夫。私が来た」

 

 

 

 私はどこまでもパパを真似て、笑顔を作りながらそう宣言した。

 でも、今回に関してだけは真剣に心を込めて。

 私はパパや緑谷少年みたいに、不特定多数の人々を助ける事には興味を感じない。

 でも、本当に大事な人は意地でも助ける。

 他にも顔見知りくらいだったら片手間に助けてあげても良いかなーって思ってる。

 つまり、何が言いたいかと言うと……。

 

 これからお前らをぶっ飛ばすという事だよ!! ヴィラン共!!

 

 私は軽くジャンプしてクレーターから飛び出し、パパの隣に着地した。

 

「パ~パ~! 私、休んでなさいって言ったよね」

 

 そして笑顔のまま怒りに満ちた声でパパを恫喝する。

 今の弱りきったパパにあの脳みそヴィランの相手はキツい。

 あくまで私が倒した奴と今目の前にいる奴が同格だと仮定した場合の話だけど。

 それでも私の直感的にも、パパが手傷を負っているという客観的事実から考えても、あの脳みそヴィランがやたら強いのは確定だと思う。

 そこに、ただでさえ衰弱してる上に活動限界ギリギリの状態のパパをぶつけたところで勝算は薄いし、よしんば勝てたとしても、相応の代償としてまた命を削る事になるだろう。

 

 だから、ここは私が連中と戦うのが最善。

 ヒーロー資格のない私が暴れるのは問題かもしれないけど、ここはUSJという隔離施設の中。

 いくらでも隠蔽できるし、なんなら結果だけ改竄してパパの手柄という事にしちゃえば良い。

 そうすれば無問題だ。

 

 ……でも、それで素直に引き下がるパパじゃないのは良くわかってる。

 

「ウッ!! それに関してはマジでごめん!!」

「悪いと思ってるんだったら素直に下がって。あいつらは私がやるから」

 

 失態につけこんでの恐喝。

 まあ、でも滅茶苦茶な事言ってる自覚はある。

 さあ、パパはこれに対してどう返してくるか。

 

「……悪いがそれはできない。ここで戦うのは大人の、プロの仕事だ。魔美ちゃんは他の生徒達と一緒に逃げなさい」

 

 ハイ。予想通り。

 これだよ。

 パパは私の事を使える戦力としてでも危険人物としてでもなく「守るべき子供」として見てくれている。

 それ自体はとっても嬉しいんだけど、今は逆効果だ。

 この場で一番強いのは私なんだから、今は私にパパを守らせてほしいんだけどなぁー。

 まあ、パパの性格を考えれば無理な話か。

 パパは力の強さで救う人を判断してる訳じゃないからね。

 

 これは説得は無理かな。

 

「緑谷少年! 敵の能力教えて!」

 

 私は背後で空気になっていた緑谷少年に敵の情報を催促した。

 こういう分析力に関しては、緑谷少年の右に出る者は少ない。

 もう反射的に考え出して分析を開始するタイプだからね緑谷少年は。

 

「え……? あ、はい!! あの脳みそヴィランの今わかってる能力は『ショック吸収』と『超再生』の二つ、あるいはそれ以上の個性を持ってるって事。ショック吸収はオールマイトの力でもビクともしなかったし、超再生は身体が半分壊れてても一瞬で再生した。あとは普通に速くて強い!

 黒いモヤの奴はワープゲート。モヤに触れると問答無用でどこかに飛ばされるし、モヤ部分に物理攻撃は効かない。でも、実体の部分があるらしくて、そこになら攻撃が通る。

 死柄木……手のヴィランはよくわかんないけど、相澤先生の腕に手を乗せて何かしてたから、多分手から何かやる感じの個性だと思う」

「おい!? 緑谷!? 何言われるがまま喋ってんだ!!」

「はっ!? しまった! つい!!」

 

 説明ありがとう緑谷少年。

 後は他のクラスメイト諸君と一緒に下がっていてくれたまえ。

 何故かこの場には緑谷少年だけでなく、爆豪少年と氷使いの少年、あとツンツン頭の少年がいるんだよな。

 彼らの事は残った使い魔とパパに守らせれば良いや。

 

「魔美ちゃん……!? 何を!?」

「聞かなくてもわかるでしょ。説得しても聞いてくれないんだったら勝手にやる。パパだって私の忠告を無視して勝手にやったんだから良いよね?」

「ムム!! それを言われると痛い!! だが、しかし駄目だぞ!! 危険すぎる!!」

 

 危険すぎるのはパパの方だって言ってんだよ!!

 でも、もう良い。

 説得は諦めた。

 パパが手を出す暇もないほど迅速に速攻で連中を殲滅する。

 そう決めた。

 今、決めた。

 

 私は改めて敵の姿を見やる。

 苛立たしそうなで表情で首筋を掻きむしってる、全身に手みたいな装備付けたヴィラン。

 なんかちょっと元気がない黒いモヤのヴィラン。

 そしてどこまでも無表情で何考えてるのか全くわからない脳みそヴィラン。

 連中は連中で、さっきからなんか話し合ってた。

 

「おいおいマジかよ。あの脳無全然足止めできてないじゃねえか。使えねえ」

「死柄木弔。ここはもう撤退した方がよろしいかと。オールマイトと例の少女。二つを同時に相手にしては勝ち目はありません」

「ふざけんな。せっかく目の前にラスボスがいるんだぜ。このままノコノコと帰れるかよ。それにあっちのガキが戦うんなら脳無と連戦って事だ。消耗してるなら充分勝ち目はあるだろうが」

「ムゥ……」

 

 と、何だか聞き分けのない子供と、それに手を焼く保育園の先生を彷彿とさせるやり取りをしていた。

 ……いや、それを言ったらこっちも大差ないか。

 聞き分けのない子供()と、それに手を焼く保護者(パパ)だもんな。

 うん。

 ブーメランを投げるのはやめておこう。

 

 連中もこっちと同じで、話しながらも警戒した様子でこっちを見てたんだけど、……どうやら方針が固まったらしい。

 動く気配を感じた。

 

「脳無。奴らを殺れ。オールマイトが最優先だ。邪魔する奴は全員殺せ」

 

 手のヴィランがそう言って命令を下し、そして脳みそヴィランが動き出した。

 まるで命令がないと動けないロボットだな。

 こっちに来た脳みそヴィランも、今思い出すとなんか予め決められたプログラムみたいな動きしてた気がする。

 あいつらマジで人間じゃないのかもしれない。

 

 手のヴィランの宣言を聞いたこっちサイドの全員が戦闘態勢を取る。

 パパはもちろんの事、クラスメイト諸君まで逃げるのではなく戦うつもりらしい。

 ヒーロー志望っていうのは無茶をするのが好きなのかよ!?

 そう突っ込みを入れたいレベルの無謀さだ。

 

 そんな彼らよりも早く、私は個性を発動した。

 いつも使ってる手足や翼だけの限定的な解放じゃない。

 それだとあいつらを即行で倒すのは不可能だ。

 倒す事自体はできなくはないだろうけど、相応の時間がかかる。

 それじゃ駄目だ。

 

 だから、私は個性の奥の手を使った。

 

 ずっと昔に考えて作り出した必殺技。

 でも、あんまりにも危険すぎるからずっとお蔵入りさせてた禁断の大技。

 その封印を解く。

 破壊衝動によって理性を侵食する私の個性「悪魔」。

 それを、私の理性が保てるギリギリの範囲まで解放する。

 

 個性発動部位は全身。

 それによって私の新雪のように白かった肌は褐色に染まり。

 長い金髪は銀色に。

 青かった瞳は血のような紅に変わった。

 そして、悪魔のような翼が生え、悪魔のような尻尾が生え、頭部からはまさに悪魔を思わせる大きな角が生えてきた。

 

 全身からバチバチと黒色のスパークが迸る。

 個性の副作用により、視界が興奮と衝動で真っ赤に染まる。

 でも、大丈夫。

 ギリギリ理性を保てている。

 出力の調整には成功している。

 

 ここで理性を失えば、私は直ぐ様暴走するだろう。

 パパが弱っている以上、それを止められる者はもういないかもしれない。

 そこまでのリスクを負って発動させたこの技。

 当然、そのリスクに見合った圧倒的な力を私に与えてくれる。

 

 それはもはや、「悪魔」を超えた「魔王」の力。

 故に私は、この技をこう名付けた。

 

 

 

「ディザスター・モード!!!」

 

 

 

 突如として豹変した私を、ほぼ全員が驚愕の眼差しで見つめてくる。

 だが、その中にあって唯一、一切動揺していない者。

 感情の窺えない脳みそヴィランは、受けた命令を遂行する為、私には目もくれずにパパに向かって突撃を開始した。

 

 私はそれを真っ向から迎え撃った。

 

 脳みそヴィランの拳と私の拳がぶつかり合う。

 まるで、私がUSJに来てから最初に受けた攻撃を彷彿とさせる光景だが、結果はあのときとは真逆。

 

 私の拳を相殺しきれなかった脳みそヴィランが、凄まじい勢いで後方へ吹き飛ぶ。

 

「「!!?」」

 

 その時、脳みそヴィランはちょうど手のヴィランと黒モヤのヴィランの間を通過した。

 二人が驚きと恐怖の視線を私に向けるのを完全に無視し、私は翼に力を込めて、吹き飛んだ脳みそヴィランを追う為に飛翔した。

 

 脳みそヴィランは両足を地面に突き立て、その抵抗で私の攻撃の勢いを殺して減速していた。

 私はそんな脳みそヴィランに音速を超えるスピードで迫り、目にも止まらぬ連続攻撃を食らわせる。

 

 ショック吸収には限度がある。

 私の方に向かって来た脳みそヴィランにも似たような個性があったけど、攻撃し続けてたら最終的には倒せた。

 吸収しきれない程の火力と、再生する暇も与えない程のラッシュ。

 それができれば、力業でこいつらを倒せる!!

 

「これで終わりだぁ!!!」

 

 既にボロ雑巾のようになってしまった脳みそヴィランに、私はトドメの一撃を撃ち込む。

 食らえ!!

 これが魔王の一撃!!

 

 

 

「サタナエル・スマッシュ!!!」

 

 

 

 悪魔の脚で地面を踏み締め、その運動エネルギーを脚から腰へ、腰から腕へと伝達。

 腰の入った必殺の右ストレートが、脳みそヴィランの土手っ腹に炸裂した。

 その衝撃を今度こそまともに食らった脳みそヴィランは、ついさっきとは比べ物にならない勢いで吹き飛び、USJを覆っているドーム状の外壁を突き破って空の彼方に消えて行った。

 

 私の脳が破壊の快感と興奮に酔いしれる。

 さっきは事後に賢者モードになったけど、ディザスター・モードを使ってより破壊衝動が高まっている今は、そうはならなかった。

 あの程度じゃ足りない!! もっと!! もっとだ!! もっと壊したい!! そう心が叫んでいる!!

 

 それを振り切るように、私はディザスター・モードを解除した。

 余韻でまだ興奮状態が続いてるけど、暴走の危機は去った。

 

 そして最後に一言。

 

 

 

「勝ったぁ!!!」

 

 

 

 私の勝利の雄叫びがUSJに木霊した。

 




魔 王 降 臨 !!
ちなみに、暴走状態はもっと強いです。


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USJ パート7

かなりオリジナル描写があります。


 脳みそヴィランを仕留めた私は唖然として見守る事しかできなかったパパ達の所へと戻った。

 いや、戻ったっていっても目で見える範囲にいるから100メートルも離れてないんだけどね。

 脳みそヴィランとの戦闘開始から僅か十秒弱。

 パパですら介入できない超短期決戦という私の目的は見事に果たせた訳だ。

 危険をおかしてまでディザスター・モードを使って良かった。

 

 まあ、もちろん御しきれる自信があったからこそ使った訳だけども。

 さすがに自信もなしに使えるほど軽い技じゃないよこれは。

 危険すぎるしリスクも高い。

 けど、緊急時に呑み込めない程のリスクじゃない。

 あんまり使いたくはないけど、いざという時には充分切り札になりえる。

 それが、私のディザスター・モードに対する評価だ。

 最悪の場合でも暴走する前に解除する事くらいはできると踏んでたし、実際そうだったしね。

 

「ふざけんな……!」

 

 と、帰る途中でそんな声が聞こえた。

 見てみれば、手のヴィランが凄まじい形相で私の事を睨み付けていた。

 あれは人を殺っちゃてる奴の眼だわ。

 爆豪少年みたいなそれっぽいだけの偽物とは違う。

 ガチで人を殺っちゃってる奴の眼だよ。

 もう見ただけでドロドロと眼が濁ってるのがわかる。

 

「ふざけんな……! ふざけんなよ!! 脳無が瞬殺だと? このチートが!!! 脳無一体で充分足止めできるレベルじゃなかったのかよ!!? あいつ(・・・)俺に嘘教えやがったのか!!?」

 

 首筋をガリガリと掻きむしりながら、まるで癇癪を起こした子供みたいに叫ぶ手のヴィラン。

 精神が幼い。

 

「死柄木弔!! 撤退しましょう!! もう本当に勝ち目はありません!!」

「うるさい!!」

 

 保護者みたいな黒モヤのヴィランがそう言って説得するけど、手のヴィランは憤怒の眼差しで私を見つめてくるばかりで全然聞く耳持ってない。

 敵地でそれはいかんでしょ。

 そんなんじゃ撤退する前にやられるぞ。

 

 でも、実はもう私は動けなかったりする。

 いや、動こうと思えば動けるんだけど、個性を使った戦闘は難しいって感じだ。

 私は今ディザスター・モードの反動で興奮状態にある。

 表面上は冷静さを保ててるけど、頭の中では脳内物質がどばどばと溢れてるのを感じる。

 そんな状態で個性を使ったら適切な手加減ができる自信がない。

 十中八九、あのヴィラン達をミンチにしてしまうだろう。

 クラスメイト諸君が見ている前でそれはさすがにマズい。

 

 でも、もう私が動く必要はない。

 あいつら私にばかり気をとられて大事な事を忘れてる。

 この場にはいくら衰えたとはいえ、いくら弱ってるとはいえ、ヒーロー界の不動の頂点に君臨するナンバーワンヒーローがいるって事を。

 

「スマッシュ!!!」

 

「がッ!?」

「ぐぅ……!」

 

 パパが手のヴィランと黒モヤのヴィランを殴って制圧した。

 そう。

 私はパパが無理してるなら怒るけど、ヒーロー活動自体をするなと言ってる訳じゃない。

 だったら、この状況でパパが動かない理由などないのだ。

 ……もっとも、私が何を言ったところでパパがヒーローを辞めるとは思えないけどね。

 伝家の宝刀「パパ大っ嫌い!!」を使っても無理だろう。

 無駄にパパの心を抉るだけだ。

 

 まあ、何にせよこれで一件落着かな。

 

「……魔美ちゃんのやった事については言いたい事が多分にある。しかし、それを言うのは後にしよう。今は君達の事だ。……おいたが過ぎたなヴィラン達よ!! ここで終わりだ!!」

「くそ!! ふざけるな!! こんな……!! こんな呆気なく……!!!」

 

 手のヴィランがなにやらぼやいてるけど、ヴィランの逮捕なんて総じてこんなモンでしょう。

 基本的に暴れてやられて逮捕されるまでがヴィランのお約束だ。

 ヒーローアニメはヒーローがヴィランをかっこよく倒して終わる。

 そんな中で数少ない例外となるのは、「ネームド」と呼ばれる強力なヴィランのみ。

 そのネームドだって逃亡できるのは運が良かっただけで、悪運尽きれば最後には捕まるのが宿命だ。

 

 今回襲撃してきた連中は結構用意周到だったし、脳みそヴィランというやたら強い手駒もいた。

 アレに関しては並みのネームドよりよっぽど強かったというのは認めよう。

 だからといって、絶対に捕まらないなんて話がある訳がない。

 どんなに強いヴィランでも、それよりも強いヒーローとぶつかればやられてしまう。

 当たり前の事でしょ。

 

 それに、

 

「お待たせしました!! 1―Aクラス委員長飯田天哉!! ただいま戻りました!!!」

 

 これで完全に詰みだ。

 なにやら飯田少年が色んな格好をした人達を引き連れて現れた。

 あの人達の顔は雄英の教育リストで知ってる。

 つまりアレは全員雄英の教師達。

 そして雄英教師は全員がプロのヒーロー。

 脳みそヴィランなき今、パパに制圧された二人のヴィランを囲むには過剰すぎる戦力だよ。

 

「チィッ!! 黒霧ッ!!!」

「おっと!!」

「ぐはっ……!」

 

 黒モヤのヴィランがパパに殴られて気絶した。

 終わったな。

 ワープ個性の黒モヤが使えなくなった今、もう完全に逃げられる可能性はゼロになった訳だ。

 

 さーて。

 後はあいつらが連行されて、私が怒られて、パパを怒り返して、それで今回の事件は完全に終わりだな。

 早く帰って家にある巨大なぬいぐるみ(特注サンドバッグ)を殴ってこの興奮を静めたい。

 

 

 

 もしかしたらその呑気な考えがフラグだったのかもしれない。

 

 

 

 往生際の悪い手のヴィラン以外、誰もがもう終わったと認識していた。

 家に帰るまでが遠足。

 完全に逮捕するまでがヴィラン退治だから、皆最後まで油断はしていなかった。

 でも、やっぱり少しは気が抜けてたんだと思う。

 

 その瞬間を狙い澄ましたかのように、奴が動いた。

 

 戦いの舞台となったこの場所に出来上がった不自然なクレーター。

 その中心で延びてた筈のもう一体の脳みそヴィラン。

 私が確実にトドメを刺した筈のそいつが高速で動き出した。

 

「「「「「「!!?」」」」」」

 

 その場の全員がそれに驚愕した。

 特に直接トドメを刺した筈の私の驚愕は激しかった。

 あれだけしこたま殴って完全にトドメまで刺したのにまだ動けるのか!?

 何というタフネス!!

 何という回復力!!

 やっばい!! まだあいつの事侮ってた!!

 あいつマジで人間じゃないよ!!

 

 そして、脳みそヴィランはパパに押さえつけられている手のヴィランを救出するかのように、パパに襲いかかった。

 

「テキサス・スマッシュ!!!」

 

 だが、そこはさすがにナンバーワンヒーロー。

 パパは予想外の事態にも冷静に対応し、脳みそヴィランを殴って迎撃した。

 凄い!

 普段のポンコツっぷりが信じられない程の対応力だ!

 

 でも!!

 

「パパ!! それだけじゃ駄目!!」

 

 私はとっさにパパに忠告を発した。

 直接戦った私にはわかる。

 あいつはやたらと防御力が高い。

 いくら私が弱らせたとはいえ、まだ動いてる以上パンチ一発じゃ倒せない!

 

「ム!!」

 

 そして、脳みそヴィランは妙な行動を開始した。

 殴る為に突き出したパパの腕を掴み、凄い勢いで体を膨らませていく。

 これって、もしかしなくても……!?

 

「パパ!! 早くそいつ引き剥がして!! 多分、自爆する気だ!!」

「見ればわかるさ魔美ちゃん!! マジで正気の沙汰じゃないな!! オクラホマ・スマッシュ!!!」

 

 パパが高速で体を回転させて、脳みそヴィランを空高く放り投げた。

 そして、空の上で脳みそヴィランは予想に違わず大爆発を起こした。

 その肉片が地面に落ちてくる。

 へっ! 汚ねえ花火だ!

 

 なんて言ってる場合じゃなかった!

 地面に落ちた肉片の一つ、脳みそヴィランの腕がもぞもぞと動いている!!

 信じられん!!

 絶対真っ当な生物じゃないだろこいつ!!

 

「!?」

 

 そして、私が見ている前で脳みそヴィランの腕は赤黒い爪を伸ばした。

 すわ! 攻撃か!?

 と思って身構えた私だけど、爪は何故か私じゃなくて黒モヤのヴィランの方に向かって行った。

 もう訳がわからん。

 こいつの生態の何一つとして理解できなくなってきた!

 

 でも、ここからさらに驚くべき事が起こる。

 脳みそヴィランの腕から伸びた赤黒い爪が気絶してる黒モヤヴィランの胸に突き刺さる。

 すると、ワープの個性である黒いモヤが発動して大きなゲートを作り出した。

 何が起きた!?

 

 しかしこれはマズい!

 パパはさっき自爆しそうなだった脳みそヴィランを引き剥がす為に、手のヴィランの拘束を解いて奴から離れてしまっている!

 つまり、今、手のヴィランは完全フリー!

 手のヴィランが黒いモヤの中に消えて行くのが見えた。

 

 マジか!?

 マジでか!!?

 あの詰みの状況からの大どんでん返しがきたよ!!!

 信じられない……!

 あの手のヴィラン、何か持ってるのかもしれない。

 こう……天運的なモノを!

 主人公補正的なモノを!

 

 

 

「今度は殺すぞ平和の象徴……!! そして、あのクソガキ……!!」

 

 

 

 手のヴィランは去り際に恨みに満ちた声でそう言っていた。

 

 ヤバい!

 ヤバイぞ!!

 なんか凄い嫌な予感がする!

 アレを逃がしたら、なんか大変な事が起こるような、そんな予感が!

 

 ここは殺してでも奴を止める!!

 

「ダークネス・スマッシュ!!!」

 

 私は個性を解放し、闇のレーザービームによって奴を仕留めようとした。

 でも、それが命中するよりも一瞬早く黒いモヤはかき消え、もうそこには何もなかった。

 

 逃がしたか……。

 

「なんてこった……。こんだけ派手に侵入されて逃がしてしまうとは……!」

 

 先生の一人がそう言ってぼやいた。

 

「完全に虚をつかれたね……。それより今は生徒らの安否さ」

 

 そんな立派な事を言ったネズミっぽい生物の指示で、教師達はUSJの各エリアに散って行った。

 

 

 

 

 

 その後、クラスメイト諸君は全員の生存が確認された。

 どうも私の使い魔が各エリアに散ってクラスメイト諸君の手助けをしていたらしく、全員ほぼ無傷との事だ。

 私、そんな事全然知らなかったわ。

 ていうか、クラスメイト諸君が各エリアに散らされたという事すら知らなかったわ。

 いつの間にかそんな事になってたんだ。

 

 今回一番重傷だったのは相澤先生。

 私やパパが到着する前に使い魔と一緒にあの脳みそヴィランと戦っていたらしく、ボコボコにされて両腕と顔面の骨を骨折。

 その他にも細かい傷が盛りだくさんだそうだ。

 かわいそうに。

 

 次に酷いのが13号先生。

 黒モヤのヴィランとの戦いで、ワープ使って自分の個性を跳ね返されたらしく、背中から上腕にかけての裂傷が酷いそうだ。

 でも命に別状はなし。

 なら問題ないな。

 

 あと怪我したのはパパと緑谷少年。

 パパはあの脳みそヴィランの攻撃を一回もろに受けただけだから、そこまで酷い怪我じゃない。

 でも、私の忠告を無視して作った傷だ。

 パパとは後でオハナシが必要だな。

 私も私でパパの言う事無視して戦った訳だし、一度じっくり話し合う必要があると思う。

 

 緑谷少年?

 彼は良いんだよ。

 いつも通り個性の反動でバッキバキになっただけだから。

 むしろ、今回は指二本だけで済んだ分、いつもより軽傷と言えるんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 そうして、あの手のヴィランを取り逃がすというちょっと消化不良な結果になりつつも、私にとってのUSJ事件は終わりを迎えた。

 

 疲れたなあ。

 なんだかんだで奥の手まで使っちゃったしね。

 とりあえず、保険室に運び込まれたパパに小言でも言って、今日は帰ろうっと。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───???視点

 

 

 

 モニターを繋いだ先の場所。

 アジトの一つである隠れたバーに黒いモヤ、ワープゲートが発生する。

 そしてその中から僕の大切な教え子、死柄木弔が現れた。

 

「いてぇ……。最後、あのクソガキの攻撃がちょっと当たった……。腕が動かない……。完敗だ……」

 

 弔はどうやら結構な手傷を負ってしまったらしい。

 困ったな。

 今は回復系の個性はストックがない。

 どうしようか。

 

「手下共は役に立たなかった。脳無もやられた。しかも片方は瞬殺だ。それもオールマイトじゃなくてあのガキに。……話が違うぞ先生」

「違わないよ」

 

 弔の詰問に答える。

 どうやら今回は完全な失敗だったようだ。

 黒霧も気絶してしまっているようだしね。

 

「ただ見透しが甘かったね。その様子だとオールマイトを戦わせる事すらできなかったみたいだし。ちょっとあの子を舐めすぎていたかな」

 

 さすがは僕の最高傑作というべきかな。

 同時に最悪の失敗作でもあるけれどね。

 脳無を瞬殺という事は、出力60%~70%程度を自発的に御せるようになったという事かな?

 驚異的な数字だ。

 正直、衰えたオールマイトよりも厄介かもしれないなぁ。

 もっとも、弔の話を聞く限りではもう片方の脳無はある程度仕事をしてくれたようだし、常にそれだけの出力を出せる訳ではないという事だろう。

 そこだけは救いかな。

 

「……あれだけ強力な脳無を二体も作るのはかなり苦労したんだがな。それがまさかの成果ゼロか……」

 

 僕の後ろでドクターが疲れたように項垂れてしまった。

 彼には今回かなり無理をさせてしまったからねぇ。

 あの子の足止めとオールマイト抹殺の為に、強力な脳無が最低でも二体は必要だった。

 その上、不測の事態に備えていろいろと仕込んでいたからね。

 彼は過労死するんじゃないかというくらいに頑張ってくれた。

 その結果がこれでは気落ちするのも無理はないかな。

 

「悔やんでも仕方ない。今回だって決して無駄ではなかった筈だ。精鋭を集めよう。じっくり時間をかけて」

 

 僕は弔に向けてそう言った。

 たとえ精鋭が集まったとしてもあの子の撃破はほぼ不可能だろうし、中途半端に追い詰めるのは一番危ない。

 ただ、あの子の撃破は決して必須条件ではない。

 狙いはあくまでもオールマイト。

 そして、その先だ。

 それを成す為に精鋭が必要なのは確かな事実。

 

「我々は自由に動けない。だから君のようなシンボルが必要なんだ。──死柄木弔! 次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!」

 

 そう言って僕は弔に発破をかける。

 君ならば次の僕になれる。

 オールマイトとあの子によって奪われてしまった、僕という悪の支配者にね。

 

 そして僕は通信を切った。

 




長かったぜUSJ……。


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襲撃事件を終えて……

「今回は事情が事情だけに小言も言えないね……」

 

 保健室に担ぎ込まれたパパに向かって看護教諭の先生、リカバリーガールことおばあちゃんが苦い顔でそう言った。

 甘やかすのはいかんと思うのだよ!

 

「いや、駄目でしょおばあちゃん。小言くらい言わなきゃ。結局パパは私のお願いを無視して飛び出して来ちゃったんだから!」

 

 そうだ。

 いくら結果オーライとはいえ、今回のパパは戦う前から限界だったというのは変わらぬ事実。

 だから休んでなさいって言ったのに、それを振り切って飛び出して来ちゃったのも変わらぬ事実。

 それも嫌な予感がするなんて抽象的な理由で!

 怒る権利が私にはある!

 

「黙りな小娘。プロの嫌な予感ってのはバカにできないモンなのさ。それが結果として死者0名という結果に繋がったんだから、口を挟むモンじゃないよ」

「えー!」

「えー! じゃないよ! それにあんたも結構な無茶したんだろ。父親を責められやしないさ」

「うっ!!」

 

 それを言われると痛い!

 確かに私もまたディザスターモードという無茶をやらかした。

 一歩間違えば大災害に繋がるような無茶を。

 その一歩を間違えない自信があったとはいえ、そりゃ責められるよなぁ……。

 でも、それだってパパがノコノコと現れなければ使う必要はなかった訳で。

 うーん……。

 釈然としないなぁ。

 

「……まあ、それもオールマイトを助ける為の無茶だったんだからそこまで責めはしないさ。でも、もう二度とこんな事はしないように。いいね」

「はーい……。ごめんなさい」

「よろしい」

 

 まあ、やるなと言われるとやりたくなるのが人のサガだし、またやると思うけどね。

 パパのピンチとなったら躊躇わないよ私は。

 でも、できるだけディザスターモードは使わずに解決するように努力はしよう。

 そうしよう。

 

「ほら! 娘が謝ってるんだから、あんたも謝りな! 無茶の度合いで言えばあんたの方が酷いんだからね!!」

「は、はいぃ!! どうもすみませんでした!!」

「私に謝ってどうすんだい!! 娘に謝りな!!」

「は、はいぃ!! ……ごめんね魔美ちゃん」

 

 パパがベッドで横になりながら、本当に申し訳なさそうにそう言ってくる。

 ハア。

 仕方がない。

 許してやろう。

 

「もういいよ。パパも頑張ったみたいだし、今回だけは許してあげる」

「魔美ちゃん……!」

 

 パパが感動したかのように私を見つめてきたので、プイッと顔を背けておいた。

 実際、パパが乱入しなければ、相澤先生と緑谷少年辺りは死んでいたみたいだし。

 パパの行動を頭ごなしに否定する事もできないんだよなぁ。

 私としては他人の命よりもパパが心配だけど、パパは身を削ってでも他人を助けるのが仕事で、生き甲斐だ。

 どうあってもそこが曲がらない以上、こっちが妥協するしかない。

 

 その代わり、後でしこたま貢がせてやる!!

 覚悟しておけ!!

 

「失礼します」

 

 私が脳内で散財リストを作っていると、突然保健室の扉が開いて、そこからスーツの上にコートを羽織って紳士的な帽子をかぶった、ザ☆刑事って感じの外見の人が現れた。

 あー。塚内さんだー。

 

「オールマイト! 久しぶり!」

「塚内くん!! 君もこっちに来ていたのか!!」

 

 パパがベッドからガバッって感じで起き上がってきたので、肩を掴んで無理矢理ベッドの中に押し倒した。

 そして一言。

 

「寝てろ」

「……はい」

 

 私の威圧感溢れるお言葉に、パパは黙して従う他ない。

 これが家庭内ヒエラルキーというやつだよ。

 

「……魔美子ちゃん。君も変わらないね」

「お互い様です。あなたも変わりませんね塚内さん。久しぶりです」

「うん。久しぶり」

 

 塚内さんと軽く挨拶を交わす。

 この人は良い人だ。

 私も嫌いじゃない。

 

「オールマイト……! え……良いんですか!? 姿が……」

 

 と、そこで今まで保健室の空気となっていた緑谷少年がベッドからガバッって感じで起き上がって、そんな声を上げた。

 彼はせいぜい左指の骨折程度だから、心配する必要はないのだ。

 そして、緑谷少年の言葉にパパが答えた。

 

「ああ! 大丈夫さ! 何故って? 彼は最も仲良しの警察、塚内(つかうち)直正(なおまさ)くんだからさ!」

「ハハッ。なんだその紹介」

 

 塚内さんがあんまり表情の変わらない顔で笑った。

 そう。

 この人はパパの事情を全て知っている。

 怪我の後遺症による衰弱も「ワン・フォー・オール」の秘密も。

 私がワン・フォー・オールの秘密を知ったのは、家に招かれた塚内さんとパパの会話を盗み聞きしたからだしね。

 ちなみに、私の秘密も知っている。

 パパは塚内さんに全部ぶっちゃけた。

 まあ、その前から警察上層部に聞かされて知っていたようではあったけど。

 

「早速で悪いがオールマイト。ヴィランについて詳しく……」

「待った。待ってくれ。それより、生徒の皆は無事か!? 相澤……イレイザーヘッドと13号は!!」

 

 あれ?

 その情報なら私も知ってるけど?

 なんで私に聞かなかったんだろ?

 ……私がプリプリ怒ってたからか。

 OK。理解した。

 

「……生徒はそこの彼を含めて軽傷数名。教師二人はとりあえず命に別状なしだ」

 

 塚内さんが、「まっくもう。オールマイトは相変わらずだなぁ」って感じで説明してくれた。

 家のパパがご迷惑をかけてすみません。

 

「3人のヒーローが身を挺していなければ、生徒らも無事じゃあいられなかっただろうな」

 

 まあ、そうだろうね。

 状況を軽く聞いた感じ、パパがいなければ緑谷少年辺りは死んでただろし、相澤先生がいなければクラスメイト諸君は脳みそヴィランの餌食になってた。

 13号先生?

 知らん。

 あの人の活躍についてはまだ聞いてないよ。

 

「そうか……。しかし一つ違うぜ塚内くん。生徒らもまた戦い、身を挺した!!」

 

 はいはーい!

 私がその筆頭です!

 

「こんなにも早く実戦を経験し、生き残り、大人の世界を、恐怖を知った一年生など今まであっただろうか!?」

 

 はいはーい!

 私は小学一年生くらいの頃からパパに内緒で謎の自警団(ヴィジランテ)「マスクド☆デビル」として命のやり取りを経験してきたから、実戦経験豊富だよ!

 もちろんそんな事は言わないけど。

 でも、バレるところにはバレてそうだな、この秘密。

 

「ヴィランも馬鹿な事をした!! このクラスは、強いヒーローになるぞ!! 私はそう確信しているよ」

 

 パパがそう力強く宣言してサムズアップした。

 確かに私という例に当てはめて考えれば、早くから実戦経験を積む程に強くなるだろうね。

 絶対に私は例外だと思うけど、そこには触れちゃいけない。

 

 

 

 その後、私はいい加減帰って寝たかったので、おばあちゃんにいつものお薬(鎮静剤)よりちょっと強いやつを処方されて帰った。

 そして帰ってお薬を飲んで、巨大ぬいぐるみ(サンドバッグ)を殴る日課をして、寝た。

 それでいろいろあった一日がようやく終わった。

 

 疲れたぁ。

 今日はもうぐっすり寝よう。

 お休みなさい……。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

 雄英襲撃事件の翌日。

 臨時休校となり、生徒達のいなくなった雄英校舎にて、私は緊急で開かれた職員会議に参加していた。

 魔美ちゃんが知っていればまた「寝てろ」と言って止めらていたかもしれないが、昨日私は保健室で寝泊まりし、あの子は家に帰った。

 つまり、私がこうして起き出している事をあの子は知らない。

 ……なんだか悪い事をしている気分になるな。

 

「──死柄木という名前、触れたモノを粉々にする個性、20代~30代の個性登録を洗ってみましたが該当なしです。ワープゲートの黒霧という者も同様です。無戸籍かつ偽名ですね。個性提出をしていない、いわゆる裏の人間……」

 

 と、いけない。

 今は会議に集中しなければ。

 

 塚内くんが今回のヴィランについての捜査情報を話してくれた。

 

「何もわかってねぇって事だな……。死柄木とかいう主犯を取り逃がしちまったのはマズかったな」

 

 ウッ!

 心が痛い!

 取り逃がしてしまった張本人として申し訳ない限りだ。

 

「すまない……。あそこまで追い詰めておきながら取り逃がしてしまった……」

「え? いや、その、オールマイトのせいと言っている訳では!!」

「そうだよ。あれだけプロが雁首揃えて取り逃がしたんだ。責任というなら全員の責任さ」

 

 スナイプくんと校長が慰めてくれるが、やはり私は責任を感じてしまう。

 それに彼らをあそこまで追い詰めたのは魔美ちゃんのお手柄だ。

 その行動がいくら問題のあるものだったとはいえ、その成果は間違いなく称えられるべきもの。

 それを最後の最後で私が台無しにしてしまったと考えるとな……。

 

「君の考えている事はなんとなくわかるよ。自責の念以外にも、君の娘の活躍を台無しにしてしまったとか考えているんだろう?」

 

 さすが校長。

 お見通しでいらっしゃる。

 いや、私が顔に出やすいのか……?

 

「大丈夫さ。彼女の活躍はここにいる全員が認めている。確かに問題はあるけど、君が苦戦するような強敵を倒したという実績がなくなる訳じゃない。彼女は良いヒーローになるよ」

 

 そして、そう言って頂けた。

 他の教師達もうんうんと頷いている。

 

 確かに。

 魔美ちゃんは今回、破壊衝動に呑まれるでもなく、それを解消する為でもなく、私を助ける為に戦ってくれた。

 それは立派なヒーローの資質。

 私が責任を感じるのは変わらないが、魔美ちゃんがそれを認めてもらえたのはとても喜ばしい事だ。

 それだけでも私の心は軽くなる。

 

「ありがとうございます」

「良いって事さ」

 

 気づかってくれた校長先生にお礼を言って頭を下げる。

 やはりこの人は素晴らしい人物だ。

 

 そして会議は元の議題、ヴィラン連合と名乗った者達についての話に戻る。

 

「主犯か……」

「なんだいオールマイト?」

 

 そこで私は気になっていた事を告げた。

 

「……思いついても普通行動に移そうとは思わぬ大胆な襲撃。用意は周到にされていたにも関わらず」

 

 それは主犯である死柄木と呼ばれた人物に関する事だ。

 

「突然それっぽい暴論をまくしたてたり、自身の個性は明かさないわりに脳無とやらの個性を自慢げに話したり……。そして、思い通りに事が運ばないと露骨に気分が悪くなる」

 

 まるで小学生くらいの頃の魔美ちゃんのようだ。

 玩具を自慢したり、屁理屈を捏ねて暴力を正当化しようとしたり、それで怒られると不機嫌になって最終的には泣く。

 これぞ子供。

 ……いや、今回のヴィランは泣いてはいなかったか。

 

「……まあ、個性の件は私の行動を誘導する意味もあったろうが……」

 

 脇腹を掴まれた時は痛かった。

 

「それにしたって対ヒーロー戦で『個性不明』というアドバンテージを放棄するのは愚かだね」

 

 校長のおっしゃる通りだ。

 あの脳無とやらの個性がわからなければ、いくら魔美ちゃんでももう少し苦戦しただろう。

 事実、最後にはもう一体の脳無にしてやられた訳だしな。

 ……まさか自爆した上に肉片になった後が本命だったとは。

 こんなもの予想できる訳がないだろう。

 

「『もっともらしい稚拙な暴論』、『自分の所有物を自慢する』、思い通りになると思っている単純な思考。襲撃決行も相まって見えてくる死柄木弔という人物像は……」

 

 

 

「幼児的万能感の抜け切らない『子ども大人』だ」

 

 

 

 まさにそうとしか言い様がない。

 アレに比べれば魔美ちゃんの方が余程大人びている。

 最近は尻に敷かれてきたしな……。

 

「力を持った子供って訳か!!」

「小学生時の『一斉個性カウンセリング』受けてないのかしら……」

「で!? それが何か関係あんのか!?」

 

「先日のUSJで検挙したヴィランの数……72名」

 

「!!?」

 

 塚内くんが告げた内容に衝撃が走った。

 そんなにいたのか……!?

 よく生徒達は無事だったものだ。

 遅れて肝が冷えた……。

 

「どれも路地裏に潜んでいるような小物ばかりでしたが、問題はそういう人間がその『子ども大人』に賛同し、付いて来たという事。……ヒーローが飽和した現代。抑圧されてきた悪意達は、そういう無邪気な邪悪に()かれるのかもしれない」

 

 抑圧された悪意か……。

 悪意とはまた違うが、魔美ちゃんもまた「破壊衝動」というモノを抑圧しながら生きている。

 あの子は個性の副作用のせいでそれが特別強すぎるというだけだが……人間なら誰しもそういう衝動を持っているものだ。

 それを律しきれず、暴れてしまう者達がヴィランと呼ばれる。

 そしてこの社会、「個性という力」と「暴れたいという衝動」をもて余した人間はごまんといる。

 それらが死柄木のような奴の下に集まれば……どうなる事か。

 

「まあ、ヒーローのおかげで我々も地道な捜査に専念できる。捜査網を拡大し、引き続き犯人逮捕に尽力して参ります」

 

 塚内くんがそう言って締めくくる。

 

「『子ども大人』……逆に考えれば生徒らと同じだ。成長する余地がある。もし優秀な指導者でもついていたりしたら……」

 

 校長がそんな懸念を仰られた。

 ヴィランを惹き付ける者が成長し、優秀なリーダーとなる。

 それでは、まるで……

 

「…………考えたくないですね」

 

 まるで、()のようではないか。

 そんな事を考えながら、私はそう返すのが精一杯だった。

 

 その後、細かい事を話し合い、職員会議は終了した。

 




この話もUSJ編と言うべきだろうか?
だとしたら、まだ終わってなかった……!
恐るべしUSJ!!


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体育祭に向けて!

体育祭編が来た!!
今回はまだ序章ですけどね。



 襲撃事件の翌日は臨時休校となり、私はパパのお見舞い以外はだらだらうにゃうにゃサンドバッグボッコボコと怠惰な一日を過ごした。

 たまにはこんな日があっても良いよね。

 

 

 

 そして、襲撃事件の翌々日。

 普通に学校は再開された。

 

「皆ーーー!! 朝のホームルームが始まる!! 席につけーーー!!」

「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」

 

 朝から飯田少年に辛辣でもっともな突っ込みが飛ぶ中、それは現れた。

 

「お早う」

「相澤先生復帰早えええ!!!」

 

 出勤してきた相澤先生はすっかり包帯お化けになってしまっていた。

 さすが今回の事件一番の重傷者。

 パパがあんな事になってたら、縛り上げてでも休ませるね私は。

 なんとも痛ましい姿だ。

 

「先生!! 無事だったのですね!!」

「無事言うんかなぁアレ……」

 

 無事って事で良いんじゃないかな。

 死んでなきゃ安いもんだよ。

 麗日少女にそう言ったら「そういう極論はどうかと思うわぁ……」って言われてちょっと引かれた。

 悲しい!!

 でも発言は撤回しないぞ!!

 

「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

 

 自分の安否をどうでも良いって言えちゃう相澤先生は凄いなぁー。

 それはそれとして、戦いが終わってないってどういうこっちゃ?

 確かにあの手のヴィランは逃がしちゃったけど、そんなすぐにまた襲撃してくるとも思えないんだけど。

 

「戦い?」

「まさか……!」

「まだヴィランがーーー!!?」

 

 相澤先生の発言にクラスメイト諸君もざわめき出した。

 わかってるっぽいのと、わかってないっぽいのが半々くらいだ。

 半分もわかってるのがいるって事は本当に何かあるのか?

 ムムム。

 わからん。

 何かあったっけ?

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

 

「「「「「「「クソ学校っぽいの来たああああ!!!」」」」」」」」

 

 クラスメイト諸君が一斉に叫んだ。

 君らそういうの好きね。ほんと。

 それにしても体育祭か。

 なるほど、ある意味では戦いだね。

 これは盲点だった。

 

「待って待って! ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

 

 クラスメイト諸君の中の一人がそんな懸念を口にする。

 まあ、当然の疑問だね。

 

「逆に開催する事で雄英の危機管理体制が磐石だと示す……って考えらしい。警備は例年の五倍に強化するそうだ」

 

 あ、そういう考え方か。

 納得。

 

「何より雄英(ウチ)の体育祭は()()()()()()()。ヴィランごときで中止していい催しじゃねえ」

「いや、そこは中止しよう?」

 

 ブドウ頭がなんかほざいてた。

 

「峰田くん……雄英体育祭見た事ないの!?」

「あるに決まってるだろ。そういう事じゃなくてよー……」

 

 ブドウ頭の発言など聞く価値もないので、黙って相澤先生の話を聞いておいた。

 

「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つ!! かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口も縮小し形骸化した……」

 

「そして、日本において今『かつてのオリンピック』に代わるのが、雄英体育祭だ!!」

 

 うん。知ってる。

 毎年テレビ中継してるもんね。

 つまりマスゴミが来る訳だ。

 ……テンション下がってきた。

 

「当然全国のトップヒーローも観ますのよ。スカウト目的でね!」

 

 八百万少女が誰に説明するでもなくそう言ったけど、それに関しては興味ないなー。

 

「卒業後にはプロ事務所にサイドキック入りがセオリーだもんな!」

「そっから独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴あんたそーなりそう。アホだし」

「くっ!!」

 

 クール系の少女がチャラい少年の心を無駄に抉る会話をしていた。

 でも、クール系の少女が語った内容は何の偶然か私の人生設計そのものだったよ。

 私は一生パパのサイドキックとして生きていきたい。

 独立とかめんどくさいよー。

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ」

 

 将来の心配はいらない。

 パパに責任取ってもらうから。

 

「年に一回、計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」

 

 相澤先生の言葉を受けて、クラスメイト諸君の眼が燃えている。

 熱い勝負の予感がするぜ!

 まあ、私には関係ないけどな!

 

 そうして今日のホームルームは終わった。

 

 

 

 そして昼休み。

 

「あんな事があったけど……なんだかんだテンション上がるなオイ!!」

「活躍して目立ちゃ、プロへのどでけぇ一歩を踏み出せる!!」

 

 燃えてるなー。クラスメイト諸君。

 

「皆すごいノリノリだ……」

 

 緑谷少年が若干気圧されたようになっていた。

 そこからは他の皆のように燃えている感じはしない。

 仲間か?

 そう思ったので話しかけてみた。 

 

「君もアレに付いていけない口かね、緑谷少年?」

「八木さんも?」

「そうだねー。ああいうのは外から見てるのは良いけど、一緒に騒ぐのはどうもねー」

 

 だって、私が燃えて本気出したら、ただの蹂躙にしかならないもん。

 一方的なワンサイドゲームでお祭りを台無しにするのは本意じゃないんだ。

 

「君達は燃えないのか?」

 

 と、そこで飯田少年が話しかけてきた。

 

「ヒーローになる為在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」

「いや、私は燃えないかな」

「何故だい!?」

「将来はパパの事務所に就職が決まってるから、体育祭でアピールする必要ない」

「勝ち組確定かい!? でも、それとこれとは違うだろう!!」

 

 尚も飯田少年は食い下がってきたが、私が聞く耳持たないのを見て諦めたのか、矛先を緑谷少年に変えてきた。

 

「緑谷くん!!」

「いや、僕はちゃんと燃えてるよ!? でも何か……」

 

「────デクくん、飯田くん、魔美ちゃん」

 

 と、そこで麗日少女が会話に入ってきた。

 らしくない闘志に満ち溢れた声で。

 

「頑張ろうね体育祭……!!」

「顔がアレだよ麗日さん!!?」

 

 緑谷少年の華麗なる突っ込み。

 どうした麗日少女?

 全然麗らかじゃないぞ。

 

「皆!! 私!! 頑張る!!」

「おおーーー。けど、どうした? キャラがフワフワしてんぞ!!」

 

 ほら、突然のキャラチェンジにクラスメイト諸君も困惑してるぞ。

 で、気になったのでお昼に食堂に行く通り道でその理由を尋ねてみた。

 その結果。

 

「お金……!? お金欲しいからヒーローに!?」

「究極的に言えば……」

 

 緑谷少年が思わず出してしまった驚きの声に、麗日少女は頭をポリポリかきながらそう答えた。

 確かにこれは予想外だった。

 麗日少女……君は金の亡者キャラだったのか。

 

「なんかごめんね不純で……! 飯田くんとか立派な動機なのに私恥ずかしい……」

 

 そう言って両手でほっぺたを押さえながら赤くなってしまった。

 なんだこれ。

 かわいいな。

 

「何故!? 生活の為に目標を掲げる事の何が立派じゃないんだ?」

「そうだよー。立派な動機さ。ね、緑谷少年」

「うん……。でも意外だね」

 

 そして麗日少女は語ってくれた。

 ヒーローを目指した動機を。

 

「ウチ建設会社やってるんだけど……全っ然仕事なくてスカンピンなの。……こういうのあんま人に言わん方が良いんだけど」

 

 そうだね。

 重い感じの身の上話は気が滅入るから、私も聞きたくない。

 でも、麗日少女からはそこまで悲壮な感じはしないから、別に聞いてもいいかな。

 

「建設……」

「麗日さんの個性なら許可取ればコストかかんないね」

「でしょ!? それ昔父に言ったんだよ!」

 

 たしか麗日少女の個性は「無重力」。

 手で触れた対象を一時的に無重力状態にしてフワフワ浮かせる個性だったな。

 そりゃ建設業に向いてるわ。

 むしろ建設業をやる為に生まれてきたような個性だわ。

 

「でも……父ちゃん達は私に夢叶えてくれる方が何倍も嬉しい……って」

 

 ……なるほど。

 良い親御さんだ。

 ウチの無茶ばっかりして娘を不安にさせる父親に見習ってほしいくらいだよ。

 

「だから私はヒーローになって、お金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ」

 

 決意のこもった真剣な表情でそう告げる麗日少女は、なんだかとってもかっこよかった。

 金の亡者キャラかとか考えてごめんよー。

 ヒーロー資格を暴力許可証としてしか見なしてない私なんかよりよっぽど立派だよ君は。

 そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、

 

「麗日くん……! ブラーボー!!」

 

 飯田少年はそんな事言い出すし、緑谷少年は感心したように麗日少女を見ていた。

 うん。

 感動的だった。

 実に良い話だった。

 という訳で、そろそろ食堂に行こう。

 私がそんな事を考えた時。

 

「おお!! 魔美ちゃんと緑谷少年がいた!!」

 

 廊下の角から高速でパパが現れた。

 廊下は走るな!!

 病み上がりなんだから、おとなしくしてなさい!!

 

「ごはん……一緒に食べよ?」

「乙女や!!!」

 

 そして、パパの突然の乙女っぽいセリフと仕草に麗日少女が噴いた。

 あれ、今朝私が渡したお弁当……。

 ていうか、いい年したおっさんがそんなポーズとってもかわいくないわ!!

 そういうのは私の仕事でしょうが!!

 と思うも、想像してみたらやっぱりそれは私のキャラじゃないなと思った。

 見た目だけならクリティカルヒットなんだけどね。

 

 そして、パパの一緒にご飯宣言を無視する理由もなかった私達は、パパに案内されて仮眠室まで付いて行った。

 飯田少年と麗日少女とはお別れだ。

 すまんね。

 お昼は二人で食べてくれ。

 

 仮眠室に入った途端、パパが煙を噴き出して縮んだ。

 マッスルフォームからトゥルーフォームに戻ったのだ。

 パパがこんな感じの謎の生態になってからもう六年も経つけど、実は未だに慣れない。

 

 と、そこでふと思い至った事を聞いてみた。

 

「そういえば活動限界って今どれくらいなの?」

 

 ついこの前までは三時間くらいあった筈だけど、一昨日パパは無理を押して脳みそヴィランと戦った。

 最終的に脳みそヴィランは私が処理した訳だけど、その前にパパはちょっと怪我してたし、そもそも無理して動いてた訳だし、その結果、活動限界時間はそれ相応に縮んだ筈だ。

 その話をまだしてない事に気づいた。

 

「ああ。先日の一件で少々無理をしてしまったが、それでもまだ二時間半くらいはあるよ。あの脳無とやらと本格的に戦っていればもっと酷い事になっていただろう。ありがとう魔美ちゃん」

「どういたしまして」

「しかし、もうあんな事はしちゃ駄目だぞ」

「じゃあ、パパももう無理はしないでね」

「いや、それは……」

 

 パパが口ごもった。

 これはまたやるな(確信)。

 娘に注意するんだったら、まず自分が実践して見せてほしいもんだよ、まったく。

 

「ンンッ!! それより体育祭の話だ。魔美ちゃんは心配いらないとして、緑谷少年はまだワン・フォー・オールの調整できないだろ。どうしよっか」

 

 あ、無理矢理話題を逸らしたな。

 大人は旗色が悪くなるとすぐにこういう姑息な手に出てくる。

 汚い。

 大人汚い。

 

「…………あ……。でも一回……! 脳みそヴィランに撃った時、反動がなかったんです」

 

 私が内心で憤慨している間、緑谷少年は真面目に考えていたらしく、そんな事を言い出した。

 そういえば君、あの脳みそヴィランとちょっとだけ戦ったんだったね。

 ……今さらだけどよく生きてたもんだ。

 良かった良かった。

 

「ああ! そういや言ってたな! 何が違ったんだろ」

「違い……。今までと明らかに違うのは……」

 

 

 

「…………初めて、()に使おうとしました」

 

 

 

 緑谷少年は自分の拳を見つめながらそう言った。

 

「ううむ……。無意識的にブレーキをかける事に成功したって感じか。何にせよ進展したね。良かった」

 

 ほんとだね。

 怪我の功名とはこの事か。

 その調子で早く成長してほしいもんだよ。

 切実に。

 

「……今回は魔美ちゃんが何とかしちゃったけど、私の活動限界はもう戦う度に短くなってるんだ。──ぶっちゃけ、私が平和の象徴として立ってられる時間って、実はそんなに長くない」

 

 パパが真剣な顔でそう言った。

 私としてはもっと早く、それこそあいつにやられた時には引退してほしかったんだけどな……。

 でもパパは本当の限界まで頑張ろうとしてる。

 それを止める気は、もうない。

 止めても無駄だとわかってるから。

 

「君に力を授けたのは、『私』を継いでほしいからだ!」

 

 だからせめて、早く次の平和の象徴が育ってくれれば良いと思ってる。

 パパが安心して引退できるように。

 私に寄生されて事務仕事に忙殺されるような余生を過ごせるように。

 

「体育祭……全国が注目しているビッグイベント! 今こうして話しているのは他でもない!! 次世代のオールマイト。象徴の卵。────君が来た!って事を世の中に知らしめてほしい!!」

 

 パパがそう言って緑谷少年に発破をかける中、私もまた緑谷少年に視線を向けた。

 

 この子がパパの後継者だ。

 この子が立派に成長し、次代の平和の象徴になれば、パパは心置きなく引退できる。

 

 私は、その日が一日でも早く来る事を願っているよ。

 

 

 

 だからこそ悩む。

 今度の体育祭において緑谷少年を、いや他の参加者諸君を────本気で叩き潰すべきか否か。

 

 

 




魔美子が本気出したらマジでどうなるんだろう?


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体育祭に向けて! パート2

前回の続きー。



 私が悩んでる間もパパと緑谷少年の会話は続く。

 

「僕が来たって……。でもどうやって……」

「雄英体育祭のシステムは知ってるね?」

「っハイ! もちろん。サポート科、経営科、普通科、ヒーロー科がごった煮になって学年ごとに各種競技の予選を行い、勝ち抜いた生徒が本選で競う。いわゆる学年別総当たり」

 

 そうなんだよねー。

 雄英体育祭ってヒーロー科以外も参加するんだ。

 「体育」祭なんだから、普段から体動かしてるヒーロー科が絶対有利だけどね。

 でも、学年全部が一度に集結するのは間違いない。

 そんな大人数の中で活躍すれば当然目立つ訳で。

 

「そう!! つまり、全力で自己アピールできる!!」

 

 という訳だ。

 おわかり頂けただろうか?

 

「ハア……」

「ハアて!!!」

 

 緑谷少年のあまりにやる気のないリアクションにパパが椅子ごとひっくり返った。

 私は即座にフォローに入り、超速で全て元の位置に戻した。

 ついでにパパが吐血してたので、口元の血をハンカチで拭いておく。

 

「あ、ありがとう魔美ちゃん」

「どういたしまして」

 

 ついでに血の付いたハンカチはパパのポケットにねじ込んでおく。

 自分の血で汚したんだから、自分で洗濯機入れなさい。

 

「で、では気を取り直して。緑谷少年。ハアて!!!」

 

 テイク2。

 今度は椅子も倒さず普通にやった。

 それで良いんだよ。

 

「いや……あの……でも正直あんな事の直後でいまいち乗り切れないというか……。そもそももうオールマイトに見て貰えてるし、僕的には体育祭でのモチベというか。そもそも現状こんな感じで目立てるとは思えないし。体力テスト全然だったし……」

 

 緑谷少年がブツブツと言い訳を始めた。

 ナンセンス!

 そのブツブツは普通に気味が悪いから止めた方が良いと思うぜ!

 

「ナンセンス界じゃ他の追随を許さないな君は!!!」

「ナンセンス界……!」

 

 ナンセンス界。

 それはナンセンスを極めし者達の楽園。

 

「つまり大して意味もない言い訳を繰り返すネクラ野郎って事だよ」

「ネクラ野郎!?」

 

 私の心ない一言に緑谷少年はショックを受けたように項垂れてしまった。

 なんか目に雫が溜まってるような気がする。

 きっと気のせいだね!

 

「い、いやあの緑谷少年!? 別にそこまで悪い意味で言った訳じゃ!? ほら、魔美ちゃんも謝って!!」

「はーい。ごめんね緑谷少年。ついつい思った事を言っちゃった。言っちゃいけない本当の事を」

「ぐふっ!!」

「緑谷少年ッ!!!」

 

 私の容赦のない死体蹴りに緑谷少年が沈黙した。

 ごめんねー。

 でも、本当の事だから。

 

 その後、パパが気落ちした緑谷少年をなんとか宥めて、最後にこう言った。

 

「まあ、常にトップを狙う者とそうでない者……。その意識の差は社会に出てから大きく響くぞ。……気持ちはわかるし私の都合だ。強制はしない。ただ、海浜公園でのあの気持ちを忘れないでくれよ」

 

 パパはそう言って締めくくった。

 海浜公園での気持ちっていうとアレかな。

 緑谷少年言ってたもんねー。

 「パパみたいな最高のヒーローになりたい」って。

 それすなわちトップを目指すという事。

 私とは目的地が違うんだから、緑谷少年には燃えてもらわないと困るんだよね。

 

 そうして、緑谷少年は悩むような顔で仮眠室を出ていった。

 もうすぐ昼休みが終わる。

 急いでご飯を食べて教室に戻らないといけないだろう。

 

 でも、私は仮眠室に残った。

 

「? 魔美ちゃんはいかないのかい?」

「パパ……。私にだって相談したい悩みくらいあるんだよ」

 

 そう言って私はパパの正面に椅子を移動させて座った。

 わりと真面目な雰囲気を察したのか、パパも表情を引き締めて真剣に聞く態勢に入った。

 

「パパ。私は体育祭でどうするべきだと思う?」

 

 そして私は、パパに悩みを打ち明けた。

 

「……どうとは?」

「ほら、私が本気出したら一方的なワンサイドゲームにしかならないじゃん。でもせっかくの体育祭、お祭りを本気も出さないままで楽しまずに終わらせちゃって良いのかなぁ……って」

 

 悩みどころはそこだ。

 私は体育祭自体が嫌いな訳じゃないんだ。

 むしろお祭り騒ぎは結構好き。

 だけど、今回の体育祭に関しては、私は強すぎて皆に交ざれない。

 ふっ……最強ゆえの孤独というやつだよ。

 寂しくなんてないやい。

 それに、

 

「パパは緑谷少年に活躍してほしいんでしょ。私が暴れたら彼の活躍の場を奪う事にもなる。私が本気出したら絶対に目立つし。だったら、マスゴミもうるさくなるなら適当に手ぇ抜いてやり過ごすのが良いのかなって……」

 

 言葉の途中でパパに頭を撫でられた。

 なんだよぉ。

 今、真面目な話してるんだぞ。

 でも、優しい手つきで頭撫でられて、なんか安心する。

 パパのくせにこんな技を使いおって。

 むきゃつく。

 

「ハハハ。今日の魔美ちゃんは緑谷少年並みにナンセンスだね。らしくないなぁ」

「失礼な。あそこまで酷くはないぞ」

「フフ。そうだね。あそこまでではないか」

 

 そう言いながらもパパは私の頭を撫で続ける。

 私はされるがままだ。

 何故か振り払おうという気がおきない。

 不思議だ。

 

「魔美ちゃん。そんなに難しく考える必要はないさ。体育祭はビッグイベントだが、あくまでもお祭り。なら、魔美ちゃんの好きなように楽しめば良い」

「でも、それだと体育祭自体成り立たないくらいの蹂躙になっちゃうかもしれないよ」

「う"っ……! それはさすがにちょっと困るが……。でもね、皆手加減された上での勝利なんて望まない。緑谷少年だって同じさ。魔美ちゃんが悩む必要はないよ」

 

 そうして話をしていた時、予鈴のチャイムが鳴った。

 ……結局、お昼食べそこねちゃったな。

 

「時間だね。行きなさい。授業が始まる」

「……うん」

 

 頭から離れていく手をちょっとだけ名残惜しく思いながらも、私は席を立った。

 そして、教室に向けて歩き始める。

 

 ……私の好きなようにかぁ。

 

 その事をずっと考えながら。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 パパに言われた事が頭の中でリフレインしてる内に授業が終わり、放課後。

 何故か教室の前が人で埋まっていた。

 

「うおおお……何事だあ!!?」

 

 麗日少女の叫び声が聞こえた。

 たしかにこれじゃ教室の外に出れないねえ。

 何しに来たんだろ、この少年少女達は。

 

「敵情視察だろザコ。ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭(たたかい)の前に見ときてぇんだろ。……意味ねぇからどけモブ共」

「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」

 

 今度は爆豪少年と飯田少年の声が聞こえてきた。

 ちょっと興味がわいてきて教室の外に顔を出してみた。

 途端に人混みの一部がざわめいた。

 はて?

 私の顔に何かついてるんだろうか?

 

「に、入試の悪夢……!」

「え!? あんなかわいい子が!?」

「あの入試会場一つぶち壊しにしたっていう悪魔……!?」

「ていうかこの子、ヘドロ事件の時の……!」

「マジでか……!」

「……あの子、妹にしたい」

 

 なんかそんな感じの声が聞こえてきてようやく理解できた。

 なるほど。

 入試での私がやらかした事が広まってるのか。

 納得。

 でも、後悔も反省もしていない。

 

「どんなもんかと見に来たが、ずいぶんと偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

「ああ!?」

 

 と、その時。

 人混みの中から目の下のクマが凄い少年が現れた。

 挑発的な言葉に爆豪少年が噛みつく。

 

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ。……普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴けっこういるんだ。知ってた?」

 

 知ってた。

 というか今知った。

 入試の悪夢とかいう言葉聞いた時に。

 

「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」

 

 その発言に、緑谷少年が緊張で固まったのが見えた。

 肝が小さいなぁ。

 もっと頑張れ。

 

「敵情視察? 少なくとも俺は、調子乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

 ほほう。

 中々に大胆不敵な少年だ。

 その不敵さを緑谷少年に分けてほしいくらいだ。

 

「隣のB組のモンだけどよぅ!! ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!! エラく調子づいちゃってんなオイ!!!」

 

 そんな事を言いながら、今度はなんか鉄っぽい少年が現れた。

 なんか凄い顔してる。

 

「本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 

 これも宣戦布告と受け取るべきね。

 この学校、不敵な少年が多いなぁ。

 爆豪少年も含めて。

 

 その爆豪少年にクラスメイト諸君の視線が集まる。

 元凶だもんね。

 この事態招いた元凶だもんね。

 全ては爆豪少年の挑発的物言いから始まった。

 

 しかし、爆豪少年は無言で帰ろうとした。

 投げっぱなしジャーマンか。

 

「待てコラどうしてくれんだ!! おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねぇか!!」

「関係ねえよ」

「はあーーーー!?」

 

「上に上がりゃ関係ねぇ」

 

 ツンツン頭の少年の言葉に対して、爆豪少年はそう返した。

 やっぱり君も大胆不敵だ。

 そして、爆豪少年はそのまま帰って行った。

 最後に私を凄い眼で睨み付けてから。

 アレも宣戦布告と受け取るべきかな。

 

「く……! シンプルで男らしいじゃねぇか!!」

「上か……。一理ある」

「騙されんな!! 無駄に敵増やしただけだぞ!!」

 

 そんな爆豪少年に対するクラスメイト諸君の反応は賛否両論って感じかな。

 共感するのもいるし、否定するのもいる。

 でも、皆負けるつもりはないらしい。

 

 それを見てから、私も帰った。

 入り口前の人混みは私が一言「どいて」って言ったらモーセの海割りの如く割れたよ。

 恐れられてるのか、それともこの美少女フェイスが効いたのか。

 判断に困るね。

 

 

 

 

 

 それから二週間。

 私はいつもの生活を送りながらパパに言われた事を晩御飯の献立を考える時くらいには真剣に考え、答えを出した。

 そんな事をしている間に二週間はあっという間に過ぎ去り────

 

 

 

 ────雄英体育祭の日がやってきた。

 

 




次回からついに体育祭開始です。
なんで序章に二話もかかったんやろ……?


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体育祭!!!

「皆、準備はできてるか!? もうじき入場だ!!」

 

 体育祭開催直前の控え室に飯田少年の声が響き渡る。

 今日も絶好調なようでなによりだ。

 

「コスチューム着たかったなー」

「公平を期す為、着用不可なんだよ」

 

 クラスメイト諸君のそんな会話が耳に入ってくる。

 そう。

 この体育祭においてコスチュームの着用は禁止。

 一部例外を除いて、全員が体操服で参加する事になる。

 

 つまり、今日私が翼を使おうと思ったら体操服を脱ぐか、背中側の布を引き裂くしかない。

 まあ、コスチュームの着用は禁止されても、着ける下着の種類まではとやかく言われてないから、私は体操服の下にいつものスク水を着ている。

 このスク水は特注品で、コスチューム並みとまではいかなくてもかなりの強度があるから高速飛行にも耐えてくれる。

 ほんと便利。

 

「八木」

 

 と、私が内心でスク水を褒め称えている時、一人の少年が話しかけてきた。

 右側は白髪で左側は赤髪の少年。

 推薦入試の時にいた氷使いの少年だな。

 あ、いや、氷だけじゃなくて炎も使えるんだっけ。

 まあ、それはいいとして何の用だろう?

 今まで特に接点もなかった筈だけど。

 

「どうした少年?」

「……客観的に見て、お前は強い。USJでの戦いを見れば、俺より遥か上にいるってわかる」

「? ありがとう」

 

 何が言いたいのかわかんなかったけど、とりあえず褒められたからお礼言っておいた。

 

「それでも、──お前には勝つぞ」

 

 ……なるほど。

 宣戦布告がしたかったのか。

 たしかに氷使い……轟少年だっけ?

 轟少年の眼には凄まじい闘志が宿っている。

 なんか体育祭で燃えてるにしては変な感じの闘志だけど、きっと何かしら事情があるんでしょ。

 私には関係ないけど。

 

 でも、宣戦布告されたからには答えておこうか。

 

「その挑戦。受けて立とう」

 

 強者感溢れる見事な解答であろう!

 もう決めたからね。体育祭に対するスタンスは。

 挑戦くらい受けてやるよ!

 

「おお!? クラス最強対決かよ!!」

「すげぇ熱いな!! 燃えてきたぜ!!」

 

 クラスメイト諸君がやんややんやと囃し立て始めた。

 君らこれ以上テンション上げる気か。

 元気で良いな。

 

「──それと緑谷」

「へっ!?」

 

 ん?

 何故か轟少年が今度は緑谷少年に話しかけている。

 なんぞ?

 

「お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」

「!!」

「別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前にも勝つぞ」

 

 そうして轟少年は何故か緑谷少年にも宣戦布告をした。

 なんでだろうなー。

 緑谷少年は私と違ってそこまで目立った事はやってないのに。

 せいぜい戦闘訓練の時に爆豪少年と引き分けた事と、ちょくちょく個性の反動で怪我して悪目立ちしてる事くらいでしょ。

 爆豪少年との一件が理由なら、爆豪少年にも宣戦布告してなきゃおかしいし。

 私と緑谷少年の共通点っていったらパパ関連くらいだから、やっぱりそれかね?

 パパ……。

 何か轟少年の恨みでも買ったんだろうか?

 

「……轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかはわからない。それに現時点で僕は実力なんて大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても、僕に対して轟くんが八木さんみたいに名指しで宣戦布告する理由はわからないよ」

 

 なんか急に緑谷少年がネガティブな事言い出した。

 いきなりどうした?

 

「でも……!! 皆、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって遅れを取る訳にはいかないんだ。──僕も本気で、獲りに行く!」

 

 そう宣言した緑谷少年の眼は燃えていた。

 この前のやる気のなさが嘘のようだ。

 パパの発破が効いたかな?

 まあ、何にせよ良い顔になった。

 

「皆、時間だ! 行こう!」

 

 飯田少年が皆にそう告げて、選手が始まった。

 

 さて、いよいよ体育祭開幕だ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせてめーらアレだろ!! こいつらだろ!!? ヴィランの襲撃を受けたにも関わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!!』

 

『ヒーロー科!!! 一年!!! A組だろぉぉ!!!』

 

 マイクさんの実況に合わせて、私はクラスメイト諸君と一緒に会場へと入場した。

 人の視線が一杯だ!

 わーい! 

 煩わしい!

 

「わあああ……。人がすんごい……!」

「大人数に見られる中で最高のパフォーマンスを発揮できるか……! これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」

 

 飯田少年がいつも通り真面目な事言ってる。

 そうなんだよなー。

 ヒーロー目指す以上、人の目もマスゴミも避けては通れない問題なんだよなー。

 私はマスゴミは嫌いだし、人の目もそんなに好きじゃない。

 主にうっかり個性の手加減ミスってミンチを作っちゃた時に言い訳ができないって意味で。

 でも、それを気にしてやりたい事やらないのも愚かだと思うんだ。

 

 世間がなんだ!!

 マスゴミがなんだ!!

 私はやりたい事を貫いてやるぞ!!

 おー!!

 

「選手宣誓!!」

 

 お立ち台の上に立つかなり危ないコスチューム(エロさ的な意味で)を着た先生が宣言する。

 18禁ヒーロー「ミッドナイト」先生だ。

 たしか、USJの時にも見た。

 

「18禁なのに高校にいてもいいものか?」

「いい」

 

「静かにしてなさい!! 選手代表!!」

 

 鳥頭の少年とブドウ頭のトークに注意を飛ばして、ミッドナイト先生が代表選手の名前を呼んだ。

 

 

 

「1ーA!! 八木魔美子!!!」

 

 

 

「はーい!」

 

 つまり私の名前をな!

 まあな!

 私は一般入試、推薦入試ともに一位の超優等生だからな!

 選手代表と言えば私でしょうよ。

 

 私はミッドナイト先生のいるお立ち台に登る。

 そして備え付けのマイクに向かって宣言した。

 

「宣誓!! 私はこの体育祭を──」

 

 悩んで、パパに相談までするなんてらしくない事までして決めたスタンスを、今、発表する!

 

 

 

本気(・・)で!! そして全力(・・)で!! ()()()()()する事を誓います!!」

 

 

 

 言った!

 言ってやった!

 下手したら体育祭そのものを崩壊させかねない危険発言をかましてやったぞぉー!!

 やってやったぜ!!

 

「これは体育祭!! ビッグイベントであると同時にお祭りの一種!! だったら楽しんでやろうじゃないか!! かかってこいよ!! ライバル共!!」

 

 後ろを振り向き、他の参加者諸君に向けても、指を指して宣言した。

 ヘドロ事件以降ちょっとした有名人になっていた私の発言に参加者諸君のテンションは一気に上昇!

 歓声まで聞こえてきた。

 

「「「「「「「「ウ、ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」」」」

 

 歓声というか、もはや絶叫だった。

 でも盛り上がったのは確かだ。

 熱い宣言をかまして、参加者諸君のモチベーションを向上させる。

 これぞ模範的な選手宣誓!

 褒めてくれても良いのだよ?

 

 そんな事を思いながらクラスメイト諸君の所へ戻る。

 

「素晴らしい宣誓だったわ!! さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう!!」

 

「雄英って何でも早速だね」

 

 ミッドナイト先生の発言に麗日少女の突っ込みが入る。

 もちろん、熱狂に紛れてお立ち台の先生まで聞こえる事はなかったけど。

 

「いわゆる予選よ! 毎年ここで多くの者がティアドリンク! 涙を飲むわ! さて運命の第一種目!! 今年は……コレ!!」

 

 ミッドナイト先生の声に合わせて、ドラムロールと共に回転していたモニターに表示された文字が止まり、『障害物競争』という文字がモニターに映し出された。

 ふむ。

 障害物競争か。

 推薦入試の時を思い出すね。

 あの時は翼で飛んで無双状態だったっけ。

 懐かしい。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周! 約4キロ!」

 

 4キロか。

 それにスタジアムの外周って事なら、完全な直線距離って訳でもない。

 翼使ったら何秒かかるかね?

 

「我が校は自由さが売り文句! ウフフフ……! コースさえ守れば何をしたって構わないわ! さあさあ位置につきまくりなさい!」

 

 ミッドナイト先生の号令を受けて参加者諸君がスタート地点に並ぶ。

 誰も彼も、これから始まる第一種目に緊張と興奮が収まらないって感じだ。

 良いねぇ! その熱い感じ!

 今回は私もそれに混ぜてもらうぜ!

 たとえ、それで君達が絶望の底に沈む事になろうともなァ!!

 

 そして今!

 運命のぉ!

 

 

 

「スターーーーーーーーート!!!!!」

 

 

 

 参加者諸君が一斉にスタートゲートに向かって突撃する。

 しかし、そこは比喩でも何でもなく狭き門。

 物理的に。

 参加人数に対して明らかに小さく作られたそのスタートゲートは、それすなわち最初のふるいだ。

 

 真っ先に飛び出したのは轟少年だった。

 氷で他の参加者諸君を足止めしながらトップをひた走る。

 足止めされた参加者諸君は、足だの手だの凍らされて身動きとれない。

 強いなー。

 

『さーて実況していくぜ! 解説アーユーレディ!? ミイラマン!!』

『無理矢理呼んだんだろが……!』

 

 なんかマイクさん……マイク先生と一緒に相澤先生の地を這うような低い声が聞こえてきた。

 あの重傷で解説とかやらされるのか……!

 雄英はブラックすぎる職場だ。

 

 私が実況に耳を傾けてる間に、他のクラスメイト諸君が轟少年の氷結を回避して前に出るのが見えた。

 さすがヒーロー科。

 普段から動きなれて戦いなれてて轟少年の個性も知ってる分、対応が早いや。

 

『さあ! いきなりの障害物だ!! まずは手始め……第一関門ロボ・インフェルノ!!』

 

 おお! アレは!

 入試の時の巨大ロボじゃないか!

 それも結構大漁に!

 わー。良いなー。後で全部ぶっ壊しておこう。

 

 そうして私が見ている中で、轟少年が巨大ロボを凍らせて倒した。

 文字通り不安定な体勢の時に凍らせて、そのまま倒して後続の壁にした。

 轟少年はもちろん一抜けしている。

 

『1ーA、轟!! 攻略と妨害を一度に!! こいつぁシヴィー!!! すげぇな!! 一抜けだ!! もうなんかズリィな!!』

 

 轟少年やるなー。

 凄い凄い。

 普通に強いわ。

 

『……ていうかイレイザー、アレ……』

『……言うな。わかってる』

 

 そうこうしている内に他のクラスメイト諸君も巨大ロボを攻略し始めた。

 入試の時は一体ですら私と緑谷少年しか攻略できなかったって聞いたのに、あれだけの数を相手に皆戦えてる。

 成長著しいな!

 さすが有精卵共!

 

 私はその活躍を、

 

『八木……動かねぇな』

 

 ──スタート地点でストレッチしながら、モニターで見守っていた。

 

 




体育祭! ついに開幕!


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体育祭!!! パート2

 ──相澤視点

 

 

 

「第一種目は障害物競争!! この特設スタジアムの外周を一周してゴールだぜ!!」

「おい」

 

 俺は不機嫌な声で隣で実況をしているマイクに話しかけた。

 重傷の俺を無理矢理解説席に座らせてくれた野郎に。

 

「ルールはコースアウトさえしなきゃ何でもアリの残虐チキンレースだ!!! 各所に設置されたカメラロボが興奮をお届けするぜ!」

「俺いらないだろ」

 

 しかし、マイクはまるで聞く耳持たない。

 これ以上文句を言っても無駄だと判断した俺は、諦めて競技の様子を見守る事にした。

 馬の耳に念仏ってのは合理的じゃない。

 

 ふと目についたのは轟が倒したロボ・インフェルノの下。

 その一部分が盛り上がっていくのが見えた。

 そして、そこから切島が現れた。

 

「1ーA、切島潰されてたー!!」

 

 どうやら轟が倒したロボの下敷きになっていたらしい。

 潰されても大丈夫な個性にかまけて油断したか。

 減点だな。

 

 すると、切島の隣のロボの下からまた一人の生徒が現れるのが見えた。

 

「B組、鉄哲も潰されてたー!! ウケる!!」

 

 B組の生徒か。

 たしか切島と似たような個性を持ってる奴だったな。

 切島と同じ理由で減点だな。

 もっとも、他のクラスの生徒の採点をするのは俺の仕事じゃないが。

  

 次に目についたのは爆豪。

 個性の爆風を利用して飛び上がり、上からロボ・インフェルノをかわしていた。

 

「1ーA、爆豪!! 下がダメなら頭上からかよー!! クレバー!!」

 

 こいつは本当に優秀だな。

 これで性格がもう少しマシなら文句なしなんだが。

 

 そして、爆豪と同じく三次元的な機動力のある瀬呂と常闇が、爆豪の後を追って上から行っていた。

 他のA組連中も他のクラスに比べると速い。

 

 立ち止まる時間が短い。

 上の世界を肌で感じた者。

 恐怖を植えつけられた者。

 対処し、凌いだ者。

 各々が経験を糧とし、迷いを打ち消している。

 

「一足先行く連中A組が多いなやっぱ!! だが、そんな中にあって約一名全く動かない!! 八木アレ何やってんだ!!? ストレッチ!? あのすげぇ立派な選手宣誓は一体なんだったんだ!!? ヘイ! イレイザー! どういうこった!?」

「俺に聞くな」

 

 八木が何を考えているかはわからないが……まあ、想像くらいはできる。

 あいつはあいつなりに真剣な勝負(・・)をしようとしてんだろ。

 だが、どんな考え方を経てその結論に行き着いたのやら……。

 あれじゃ舐めてるととられても仕方ないぞ。

 

 そうこうしている内に第一関門は突破され、先頭は第二関門にたどり着いた。

 

「オイオイ! 第一関門チョロいってよ!! んじゃ第二はどうさ!? 落ちればアウト!! それが嫌なら這いずりな!! 『ザ・フォール』!!!」

 

 第二関門は少々大げさな綱渡りってだけだ。

 見上げる程に高い岩の柱の間をロープで繋いである。

 そのロープの上を渡って行くだけだ。

 だが、足場の不安定な場所で妨害でも受けたらただでは済まない。

 そもそも地上何十メートルという高さで綱渡りをやる事自体、それなりの恐怖だろう。

 中にはその高さに怖じ気づいたのか足を止める連中までいる始末だ。

 ……情けない。

 あのサポート科の奴なんて何の躊躇もなく飛び出しているというのに。

 

「実に色々な方がチャンスを掴もうと励んでますねイレイザーヘッドさん」

「何、足止めてんだあのバカ共……!」

 

 思わず苛立ちが口に出てしまった。

 あいつらは大幅に減点だな。

 

「さあ先頭は難なくイチ抜けしてんぞ!!」

 

 マイクの言葉につられて先頭を見れば、轟が当たり前のようにトップを走っていた。

 まあ、あいつはあの程度の高さに怯むような奴じゃねぇだろ。

 轟の他にも足を止めてない奴は何人もいる。

 中でも爆豪は第一関門の時と同じく、爆風で空を飛びながら猛追している。

 あのペースなら轟に最終関門の時には追いつくかもな。

 

 後、目に留まるのは飯田か。

 両足を揃えて直立し、腕を広げた奇っ怪なポーズでロープを渡っている。

 見た目はともかく、あいつの個性を考えれば合理的な選択だ。

 

「カッコ悪ィィーーー!!!」

 

 マイクには不評だったようだがな。

 いや、笑いどころではあったみたいだが。

 

 

 

 だが、客の関心は轟に集中してるようだ。

 

 

 

 それもそうか。

 轟はナンバー2ヒーロー「エンデヴァー」の息子。

 それにプライベートが謎で八木という娘がいる事を公表していないオールマイトと違って、轟がエンデヴァーの息子である事はそれなりに世間に知れている。

 注目されるのも当然か。

 

 ……さて、次は。

 

「先頭が一足抜けて下はダンゴ状態! 上位何名が通過するかは公表してねぇから安心せずにつき進め!! そして早くも最終関門!! かくしてその実態は────」

 

「────一面地雷原!!! 怒りのアフガンだ!! 地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!! 目と脚、酷使しろ!!」

 

 最終関門は地雷エリア。

 先頭を行く奴ほど未発動の地雷とより多く向き合わねばならない、そういう仕様だ。

 八木や爆豪のように空を飛べる奴にはあまり関係ないがな。

 ……第二関門といい。よくよく考えてみれば今回の障害物競争は空を飛べる奴に有利すぎたな。

 これは改善の余地ありと見るべきか。

 

「ちなみに地雷! 威力は大した事ねぇが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!」

「人によるだろ」

 

 マイクに突っ込みを入れている内に、先頭集団で動きがあった。

 空飛んで地雷を無視できる爆豪が轟に追いつき、ついに先頭が変わった。

 

「ここで先頭が変わったーーー!! 喜べマスメディア!! お前ら好みの展開だああ!!」

 

 ついに終盤戦といったところか。

 だが、八木はまだ動かない。

 スタート地点からまんじりとも動いていない。

 ずっとストレッチばかりしている。

 

「後続もスパートかけてきた!!! だが、引っ張り合いながらも、先頭二人がリードかぁ!!?」

 

 八木の動向に注視しながらも、先頭集団を眺める。

 爆豪と轟が激闘という名の足の引っ張り合いをしながらも先頭を維持している。

 だが、その後ろで妙な動きをしている奴を発見した。

 

 緑谷だ。

 どこで拾ったのかずっと持ったまま走っている序盤のロボの装甲板で地面を掘り、地雷を掘り起こしている。

 何を、と思った次の瞬間。

 緑谷が装甲板を乗り物兼盾代わりにして掘り出した地雷の上に自ら飛び乗り、大爆発を起こした。

 

「後方で大爆発!!? なんだあの威力!? 偶然か故意かーーーー!! A組、緑谷!! 爆風で猛追ーーーー!!!? っつーか!! 抜いたあああああ!!!」

 

 予想外の一手で緑谷が先頭に躍り出た。

 これまで全く注目されていなかったダークホースの出現に会場中が沸き立つ中、俺は見た。

 

 

 

 ついに八木(最強)がアップを終え、スタジアムから飛び立ったのを。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──轟視点

 

 

 

 順調に一位をキープしながら最終関門に行き着いた。

 正直、予選は八木の独壇場になると思って半分諦めてたんだが、その八木の姿が見当たらない。

 不気味だ。

 だが、あいつがどれだけ不気味でも、どれだけ強くても、俺はあいつに勝つ。

 勝って優勝する……!

 

 俺にはこの体育祭でやらなきゃなんねぇ事がある。

 この右の力だけで。お母さんの力だけで一位になる。

 そして(親父)を完全否定する。

 現実的に考えて八木に勝つのは難しいだろう。

 USJの時に見せたあの力を使われたら瞬殺されると思う。

 それでもやらなきゃいけねぇ……!

 勝たなきゃいけねぇんだ……!

 

 幸いというべきか、八木のあの力には相応のデメリットがある感じに見えた。

 ならヴィラン相手でもないこの体育祭で使ってくるとは思えない。

 しかし、八木は素の力だけでも勝ち目の薄い強敵だ。

 真っ向勝負では不利だろう。

 だが、これは体育祭。

 ルールありきの試合形式なら、それを利用すれば何とかなるかもしれねぇ。

 いや、何とかする。

 

 だが、今は競技に集中するべきだろう。

 

 最終関門は地雷エリア。

 先頭の俺は他の連中が作動させて地雷が少なくなったところを突くようなマネができねぇ。

 全ての地雷と対峙する事になる。

 ……なるほどな。こりゃ先頭ほど不利な障害だ。

 

「エンターテイメントしてやがる」

「はっはぁ!! 俺には関係ねーーー!!」

 

 思わず皮肉が口から出たが、その後に続いて爆発音と見知った声が聞こえてきた。

 爆豪だ。

 ……たしかにこの地雷エリアに対して、爆風使って限定的な飛行ができる爆豪は相性が良い。

 チッ……!

 追いつかれたか……!

 

「てめぇ! 宣戦布告する相手を間違えてんじゃねぇよ!!」

 

 爆豪が怒りに満ちた顔と声でそう言ってくる。

 別にお前の事も警戒してなかった訳じゃねぇ。

 ただ、あの二人が特別だっただけだ。

 クソ親父が外道になってまで背中を追ったナンバー1ヒーロー、オールマイト。

 その娘である八木と関係者と思われる緑谷に、(奴の力)を使わずに勝利する。

 奴を否定する為にそれが必要だったってだけだ。

 

 爆豪の足を引っ張りながら、爆豪に足を引っ張られながらゴールを目指す。

 爆豪の妨害がうぜぇ。

 後続の奴らも近くにまで来てるのがわかる。

 だが、このまま行けば勝てる。

 爆豪は地雷エリア抜けた所で大氷壁使って対処する。

 大丈夫だ。

 勝てる。

 

 そう思った時、後方で凄まじい爆発音が聞こえてきた。

 

『後方で大爆発!!? なんだあの威力!? 偶然か故意かーーー!! A組、緑谷!! 爆風で猛追ーーーー!!!? っつーか!! 抜いたあああああ!!!』

 

 プレゼントマイクの実況で、今爆風に乗って俺の上を通り越して行ったのが緑谷だとわかった。

 

「デクぁ!!! 俺の前を行くんじゃねぇ!!!」

 

 爆豪も緑谷目掛けて飛び出した。

 俺も爆豪に構ってる場合じゃねぇ。

 地面を凍らせて地雷を無効化し、緑谷を追う。

 後続に道作っちまったが……。

 

「後ろ気にしてる場合じゃねぇ……!」

 

 今は緑谷を抜く事が先決だ!

 

『元先頭の二人、足の引っ張り合いを止め緑谷を追う!! 共通の敵が現れれば人は争いを止める!! 争いはなくならないがな!』

『何言ってんだお前』

 

 なりふり構わず走ったおかげで緑谷は抜いた。

 だが、まだ爆豪がいる。

 気は抜けねぇ。

 大氷壁を使って振り払おうとした時、少しだけ後ろにいた緑谷が板みてぇな物を振りかぶってきた。

 大氷壁の発動を止めてそれを避ける。

 そしたら今度は板が当たった場所の地雷が炸裂。

 いくつか同時に起爆したのか、爆発の大きさに思わず足を止めちまった。

 

『緑谷、間髪入れず後続妨害!! なんと地雷原即クリア!! イレイザーヘッド、お前のクラスすげぇな!! どういう教育してんだ!』

『俺は何もしてねぇよ。奴らが勝手に火ィ付け合ってんだろ』

 

 緑谷は再び爆風に乗って既にゴール付近に行っちまってる。

 ここからじゃ、全速力で走ってももう間に合わねぇ……。

 負けた……のか……。

 

『さあさあ序盤の展開から誰が予想できた!?』

『無視か』

『今一番にスタジアムに還って来たその男────緑谷出……なんだああああああああ!!!?』

 

 それでも予選落ちする訳にはいかねぇからゴール目指して走っていたその時、何か(・・)が凄まじいスピードで上空を飛んで行ったのがわかった。

 その何かは爆豪を追い越し、俺を追い越し、ゴール寸前だった緑谷さえも追い越して、一番にゴールへ飛び込んで行った。

 

『や、八木だああああ!!!! ハア!? 何が起きた!? あいつ、ずっとスタート地点でストレッチやってたんじゃねぇのかよ!?』

 

 遅れてゴールすれば、そこには息を切らす緑谷と、満面の笑みで客席に向かってVサインをする八木の姿があった。

 ああ……。

 結局こうなっちまったか……。

 

『どうもこうもない。後ろから全員ごぼう抜きにしたってだけだろ』

『どんだけだよ!!? てか、いつスタートした!? 俺見てなかったんだけど!! 記録何分だよ!?』

『18秒』

『まさかの秒単位!!? 宣言通り本気出したってか!!!? どんだけのスピードだよオイ!!!?』

『大体、音速一歩手前くらいだろ』

『音速!!! 八木、圧倒的すぎだろォ!!!』

 

 大歓声に包まれるスタジアムの中で、俺は一人歯をくいしばった。

 

 俺は負けた。

 勝つと宣言した二人に。

 完膚なきまでに負けた。

 

 あくまでもまだ予選だ。

 本選で挽回すれば問題ねぇ。

 そう自分に言い聞かせる。

 

 ふと席を見上げれば、クソ親父の姿が見えた。

 あいつが見てる。

 苛立ちが加速する。

 もうこれ以上、情けない姿は見せられねぇ。

 俺はあいつを否定する。

 右の力だけで、お母さんの力だけで一位になって、(あいつ)を完全否定する。

 

 負ける訳にはいかねぇ。

 

 俺は歯をくいしばりながら、決意を新たにした。

 




魔美ちゃん、早速やらかしたぁ!!
頑張れ轟少年!!


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体育祭!!! パート3

前話の魔美ちゃんのタイムを修正しました。
準音速にしては遅すぎるとの指摘をいただいたので。


 爆豪少年や轟少年率いる先頭集団が最終関門の終わりに差し掛かり、そろそろラストスパートをかけるのかなってところで、私はようやくストレッチを止めて動き出した。

 

 今回の体育祭。

 私は本気でやると宣言した。

 宣言したからには個性を使わずに縛りプレイなんてマネはできない。

 全力で取り組まねばならない。

 

 だが、しかし。

 私が全力を出したら確実にワンサイドゲームになって、体育祭の盛り上がりも熱い勝負も全てを台無しにしてしまう可能性が大だ。

 特に障害物競争はアカン!

 推薦入試の時みたく私が翼使ってぶっちぎりの一位を勝ち取り、その後いまいち盛り上がりに欠ける二位争いが勃発するのが目に見えてる。

 この手の戦いはトップ争いが一番燃えるんだ!

 二位争いとかいう微妙なやつはお呼びでないんだ!

 そんな事になるのは私としても本意じゃない。

 

 じゃあどうするか?

 本気を出した上でトップ争いという熱い戦いに交ぜてもらうにはどうしたら良いか?

 簡単な事だ。

 ハンデを付ければ良い。

 

 たまにテレビで天才小学生とプロヒーローが対決するみたいな番組がやってるけど、その時プロヒーローは多大なハンデを付けている。

 その中に100メートル走対決とかもあって、プロヒーローはハンデとして、天才小学生が50メートルを走りきった時点でスタートするっていうルールの企画だった。

 

 それと同じだよ。

 あの番組の中では天才小学生もプロヒーローも本気だった。

 つまりハンデありきでも本気の勝負は成立するんだ!

 だから私は待った。

 スタート地点から全速力で飛んでギリギリ追いつけるかなぁ?って所まで先頭集団が進むのを待った。

 

 そして時は来た!

 先頭集団はもうラストスパートに入る直前。

 ここまで距離が開いていれば、いくら私でも確実に追いつける自信はない。

 ハンデありきとはいえ、これで対等な勝負(・・・・・)としての条件が整ったのだ!

 

 さあ!

 今こそスタートの時!!

 競い合おうぜライバル共!!

 

 私は体操服の上着を脱いで腰に巻き、上半身スク水姿となる。

 そして、悪魔の翼を解放し、飛び立った。

 

 既に無人となったスタートゲートを低空飛行で駆け抜ける。

 そして、これまた私以外の参加者が通り過ぎ、無人となった第一関門「ロボ・インフェルノ」こと巨大ロボ軍団と相対した。

 右腕の個性を解放する。

 そして入試の時と同じく巨大ロボ目掛けて振り抜いた。

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 翼によって加速した分、入試の時とは比べ物にならない威力を発揮したデビル・スマッシュの一撃は衝撃波となり、直接殴り壊した巨大ロボだけでなく、他の巨大ロボをも余波だけで破壊していく。

 最っ高に気持ち良い!!!

 

 続いて第二関門の「ザ・フォール」。

 地上何十メートルという高さで行われる綱渡りだ。

 ここにはまだ結構な数の参加者諸君が残っていた。

 でも、まあ空飛べる私には一切関係ないよね!

 速攻でクリア。

 

 そして最終関門「怒りのアフガン」こと地雷エリア。

 だから飛べる私には関係ねぇ!!

 これも速攻クリアして先頭集団の背中を捉えた。

 

 驚いた事に先頭は緑谷少年になっていた。

 私がちょっと目を離した隙にあの二人を抜いたらしい。

 さっすが次代のオールマイト!

 そうでなくっちゃね!

 成長著しいようでお姉さんは嬉しいです。

 

 だが、今回は私の勝ちみたいだな!

 

 緑谷少年がスタート兼ゴールであるゲートに入る寸前。

 タッチの差で私の方が早くゲートを通過した。

 そして、加速しまくったスピードを止める為に両脚の個性を解放し、地面に突き立ててブレーキ代わりにする。

 砂塵を巻き上げ地面を抉りながら滑走する私。

 結果、私はスタジアムの地面に大きな傷痕を残しながら減速、停止した。

 

 静まり返るスタジアム。

 その中心に立った私は素早く観客席からパパの姿を見つけ出し、パパに向かって満面の笑顔でVサインを送った。

 

「「「「「「「「ワアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」」」」」

 

 途端に大歓声に包まれるスタジアム。

 やっぱり美少女の笑顔は正義か。

 

『や、八木だああああ!!!! ハア!? 何が起きた!? あいつ、ずっとスタート地点でストレッチやってたんじゃねぇのかよ!?』

 

 ム!

 マイク先生見てなかったのか!?

 この私の華麗なる追い上げを!!

 

『どうもこうもない。後ろから全員ごぼう抜きしたってだけだろ』

『どんだけだよ!!!?』

 

 どうやら相澤先生は見てくれてたらしい。

 この私の華麗なる活躍を。

 そして、マイク先生と相澤先生の小粋なトークが続く中、他の参加者諸君も続々とゴールしてきた。

 2位の緑谷少年は私とほぼ同着。

 3位の轟少年と4位の爆豪少年もほぼ同着。

 その後に続くのもほとんどがクラスメイト諸君だ。

 さすがヒーロー科。

 優秀やね。

 

『さあ続々とゴールインだ! 順位等は後でまとめるから、とりあえずお疲れ!!』

 

 お疲れか。

 私は全然疲れてないな。

 全力飛行して欠片も疲れないとか、やっぱり私の個性はチートだ。

 でも、他の皆は普通にお疲れみたいだし、とりあえず緑谷少年辺りに労いの言葉でもかけに行くかね。

 トコトコと歩いて緑谷少年の所に行く。

 

「お疲れ緑谷少年。良い勝負だったぜ」

「八木さん……。八木さんも1位おめでとう。やっぱりとんでもないね。なんか全部持っていかれた気分だよ」

「まあ、私はチートだからねー。でも君にはいずれ私を超えてもらわないと困るのだよ?」

「…………努力します」

 

 緑谷少年はそう言って項垂れてしまった。

 いや、これに関しては本気で頑張ってもらわないと困るんだけどなー。

 パパの後継者って事は、私が暴走した時に取り押さえるという仕事も引き継ぐ事になる筈だし。

 マジでしっかりしてくれ。

 

 と、そこで麗日少女と飯田少年がこっちに来た。

 

「デクくん、魔美ちゃん、凄いねぇ! ワンツーフィニッシュだよ! 悔しいよちくしょー!」

「この個性で遅れをとるとは……! やはりまだまだだ僕……俺は……!」

「麗日さん。飯田くん」

 

 なんか飯田少年が暗いぞ。

 青い顔で小刻みに震えてるんだけど。

 まあ、「エンジン」なんて走る事に特化した個性持っててトップ取れなかったのはショックか。

 アイデンティティー崩壊の危機ってやつかね。

 

 でも、飯田少年はわりとすぐに立ち直った。

 

「それはそうと八木くん!! 本気を出すと言っておきながらスタートを大幅に遅らせるなんてマネをしたのはどうかと思うが!!」

 

 そして、攻撃の矛先が私に向いたよ。

 

「いやいや飯田少年。私は本気だったよ。実際、緑谷少年とはタッチの差だった。後コンマ数秒遅れてたらトップは緑谷少年だっただろうね」

「だが、しかし……」

「飯田少年……。私は気が変わったんだ。体育祭を楽しみたいんだよ。熱い勝負(・・・・)がしたいんだ。一方的なワンサイドゲームじゃなくてね」

「そ、それは……」

 

 私のその言葉で飯田少年は動かなくなった。

 私が言いたい事を理解してくれたらしい。

 この一見舐めてるとしか思えないような言葉の真意を察してくれたようでなによりだ。

 

 飯田少年は一回、戦闘訓練の授業の時に私にボッコボコにされてる。

 しかも個性を使ってない私に。

 だからこそ、私と他の参加者諸君の間にある絶対的な力の差をいくらかは理解してるんだと思う。

 

 その上で私は熱い勝負(・・・・)がしたいと言った。

 熱い勝負とは、それすなわち本気の戦いだ。

 そして私が本気を出したら勝負として成立しない。

 だからハンデがいる。

 この思考ロジックを飯田少年はしっかりと理解してくれたみたいだ。

 

 全力を出して勝ちにきてる他の参加者諸君に絶対強者(わたし)の気持ちは理解できないと思う。

 けど、想像する事くらいはできる。

 それで私の言葉にも一応の筋が通ってるとわかって、否定の言葉が出てこなくなったんじゃないかな。

 なまじ体育祭前に「もっと熱くなれよぉ!!」的な発言を私にしちゃったから、その責任を感じている可能性もある。

 

 ちなみに、麗日少女はわかってんのかわかってないのかよくわかんないような顔で首を傾げていた。

 ややこしいな。

 そして可愛いな。

 

 緑谷少年?

 彼は私の強さを嫌ってほど知ってるから終始無言だったよ。

 

 

「ようやく終了ね! それじゃあ結果をご覧なさい!」

 

 

 そこでミッドナイト先生の声が聞こえてきて、障害物競争のランキングがモニターに映し出された。

 私が1位で2位が緑谷少年。

 3位が轟少年で4位は爆豪少年。

 飯田少年は7位で、麗日少女は16位だった。

 他のクラスメイト諸君の名前もわりと上位の方にある。

 さっきも思ったけど、さすがヒーロー科。

 

「予選通過は上位42名!! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場は用意されてるわ!」

 

「そして次からいよいよ本選よ!! ここからは取材陣も白熱してくるよ! キバリなさい!!」

 

 取材陣白熱してくるのかー。

 つまりマスゴミが活性化するのかー。

 テンション下がるぜ……。

 

「さーて! 第二種目よ!! 私はもう知ってるけど~~~~~何かしら!? 言ってるそばから! コレよ!!!」

 

 そして例によってドラムロールと共にモニターの中で文字が回転して止まり、今回は「騎馬戦」という文字が映し出された。

 騎馬戦かぁ……。

 まさかのチームプレーか?

 だとしたら苦手分野だわ。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで作ってもらうわ! 基本は普通の騎馬戦と同じだけど一つ違うのが……先程の結果に従い、各自にポイントが振り分けられる事!」

 

 ふむふむ。

 ポイント形式か。

 一般入試を思い出すね。

 

「つまり組み合わせによって騎馬のポイントが違ってくる!! そして与えられるポイントは下から5ずつ! 42位が5ポイント。41位が10ポイントといった具合よ! そして……」

 

 ミッドナイト先生が一瞬溜めを作った。

 これは何かあるな(確信)。

 

「1位に与えられるポイントは、1000万!!!」

 

 ほら来た。

 なんか私だけポイントの桁が違うよ。

 ……でも、このポイントを戦闘力に換算したら妥当な数字のような気がする。

 不思議だ。

 

「上位の奴ほど狙われちゃう!! 下克上サバイバルよ!!」

 

 皆の視線が私に集中する。

 か弱い乙女に獲物を狙うような視線が突き刺さっ……てないね。

 めっちゃ警戒するような視線だわ。

 

「上を行く者には更なる受難を! 雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ! これぞプルスウルトラ(更に向こうへ)!!」

 

 なるほど。

 現時点で頂点に立つ私にはとびっきりの受難をプレゼントって事か。

 たしかに、1000万ポイント目当てで全員が敵になったら私でも苦戦するかもしれない。

 苦戦かぁ……。

 久しく味わってないなぁ。

 これは楽しみだ。

 

「制限時間は15分。振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイント数が表示されたハチマキを装着! 終了までにハチマキを奪い合い保持ポイントを競うのよ!」

 

 ミッドナイト先生がルールの説明を続ける。

 私のポイントならガン逃げも戦略の一つかね。

 

「取ったハチマキは首から上に巻く事! とりまくればとりまくる程管理が大変になるわよ! そして重要なのはハチマキを取られても、また騎馬が崩れてもアウトにはならないってところ!」

 

 つまり脱落や途中退場はなしか。

 全ての騎馬がずっとフィールド上にいる事になる。

 その状況でずっとハチマキ保持してるのは大変そうだ。

 

「個性発動ありの残虐ファイト! でも、あくまで騎馬戦!! 悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード! 一発退場とします!」

 

 マジか。

 これは気軽に個性使えないかもなー。

 私の個性はいくら発動部位を少なくしても多少の興奮状態にはなる。

 しかも出力が高い。

 相手の騎馬を崩さないように、なんて気を使うような攻撃は難しいかもしれない。

 いや……それも使い方次第か。

 

「それじゃ今から15分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

「「「「15分!?」」」」

 

 意外と短い交渉タイムに参加者諸君が慌てて交渉を始めた。

 私はどうするかなー。

 って、もう決めてるんだけどね。

 

「緑谷少年、麗日少女、飯田少年、組もうぜ!」

 

 私はちょうど近くにいた三人に声をかけた。

 そう。

 私にとって重要なのはポイント数でも個性の強さでもない。

 そんなものは自前のだけで充分だ。

 

 なにより重視するのは仲の良さ。

 個性の仕様上ずっと一人で戦ってきた私にとって、連携プレーはほとんど経験のない未知の分野。

 だったら、少しでも連携しやすそうな仲の良い人達と組む。

 これが私の選択だ!

 

「で、どうよ?」

「……その提案、僕は受けさせてもらうよ。今の僕はポイントと実力が釣り合ってない。単体だと良い鴨だ。だから正直、誘ってくれるのはありがたい」

「あ、私も! やっぱり仲良い人とやった方が良いから!」

「お! ありがとー」

 

 よし!

 緑谷少年と麗日少女は組んでくれた。

 これでボッチルートだけは回避だ!

 さて、最後の一人はっと、

 

「……すまないが、僕は断らせてもらうよ。先程の八木くんの言葉を聞いて僕にも火がついた。……八木くん。俺は君に再挑戦する! 熱い勝負をしよう!」

 

 飯田少年はそう言って去って行った。

 まるで「決勝で会おうぜ!!」と言って去っていくライバルキャラのようだ。

 そういうの……嫌いじゃないぜ!!

 まあ、それはそれとして。

 

「どうしよっか? 飯田少年が行っちゃったけど、使い魔とか使えば三人でも充分騎馬が組める。それでも四人目を探すべきかね?」

「僕は探すべきだと思うよ。見つかんなかったら仕方ないけど戦力はできるだけ多い方が良いと思う」

「麗日少女は?」

「うーん。私も賛成。やっぱりできる事は多い方が良いもんね」

 

 という事で、四人目を探す事になった。

 誰が良いだろか?

 1位2位が揃ってるチームなんだから、勧誘すれば大多数の人は入ってくれる気がする。

 とりあえず、あそこで皆に囲まれて大人気の爆豪少年に声をかけてみるか。

 

「おーい! 爆豪少年ー! 一緒に組まないかーい?」

「失せろ!! クソ女!!!」

 

 フラれた。

 どうやら私の考えは少々甘かったようだ。

 

「駄目だって」

「いや……そもそもなんでかっちゃんを誘ったの?」

「なんとなく。目についたから」

 

 二人が頭を抱えた後、即座に二人だけで相談を始めた。

 どうやら私に人選を任せたら大変な事になると判断したらしい。

 失礼な!

 そんな二人だけの世界を作ってないで私も交ぜてほしいなー。

 

「フフフ。良いですね。やっぱり目立ちますもん。私と組みましょ!! 1位の人!!」

「ム?」

「あ! あの時の妙な人!」

 

 知り合いかい? 麗日少女?

 

「私はサポート科の発目(はつめ)(めい)! あなたの事は知りませんが立場利用させてください!」

「あっ、あけすけ!!」

 

 緑谷少年の突っ込み!

 鋭さが足りない!

 

「あなたと組むと必然的に注目度がナンバー1になるじゃないですか!? そうすると必然的に私のドッ可愛いベイビー達がですね大企業の目に留まる訳ですよ! それってつまり大企業の目に私のベイビーが入るって事なんですよ!!」

 

 なるほど。

 さっぱりわからん。

 ベイビーが何だって?

 

「ちょ、ちょっと待って……。ベイビーが大企業……? 何を……」

「それでですね! あなた方にもメリットはあると思うんですよー!」

 

 麗日少女の渾身の突っ込み!

 ミス! 発目少女はダメージを受けない!

 でも、君の気持ちは私と同じさ麗日少女!

 私も訳わかんないもん!

 

「サポート科はヒーローの個性をより扱いやすくする装備を開発します! 私ベイビーがたくさんいますので、きっとあなたに見合うものがあると思うんです!」

 

 そう言って発目少女はいろいろなアイテムを地面に広げた。

 なるほど。

 この少女の言いたい事がようやく少しわかった。

 要はこのアイテム達を大企業とやらにアピールしたいんだな。

 この子はアイテムの事をベイビーと言っちゃうようなちょっと変わった子なんだね。

 

「これなんかお気に入りでして! とあるヒーローのバックパックを参考に独自解釈を加え……」

「それひょっとしてバスターヒーロー『エアジェット』!? 僕も好きだよ! 事務所が近所で昔ね……」

「本当ですか! ちなみに私の個性は……」

 

 なんか緑谷少年が意気投合してくれたから、発目少女の相手は緑谷少年に任せておけば良いや。

 私はそっとフェードアウトしよう。

 そして同じく蚊帳の外となっていた麗日少女と合流した。

 

「魔美ちゃん。どうするの? アレ?」

「ん~。採用で良いんじゃないかな。できる事が多いって意味ではあの子以上の適任はいないと思うし」

 

 実際、攻撃手段を私の個性じゃなくてあのアイテム達に任せれば、高すぎる威力でルール違反を気にする必要もなくなるだろうし。

 意外とそんなに悪くない選択肢なんじゃなかろうか?

 麗日少女は若干不満そうだけど。

 

 

 

 その後、作戦会議をとりおこなって大まかな作戦を決めたところで交渉時間の15分が経過した。

 

 第二種目、騎馬戦開始!

 




途中で切れなくて、ちょっと長くなっちゃった……。


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体育祭!!! パート4

『さあ起きろイレイザー! 15分のチーム決め兼作戦タイムを経てフィールドに13組の騎馬が並び立った!!』

『……なかなか面白ぇ組が揃ったな』

 

 なんか相澤先生の声が眠そうだ。

 寝かせてあげれば良いのに……。

 

『さァ上げてけ鬨の声!! 血で血を洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!!!』

 

 相澤先生の過労死問題はさておき、ようやくスタートだね。

 私達は結構早めにチームを組んだから、ちょっと時間が余りぎみだったんだ。

 緑谷少年はいつもの如くブツブツと呟いて時間ギリギリまで考察を重ねてたけどな。

 

 まあ、何にしても。

 

「緑谷少年!」

「うんっ!」

「麗日少女!」

「はい!」

「発目少女!」

「フフフ!!」

 

「よろしく!!」

 

 ウチの布陣は騎手が私、前騎馬が緑谷少年。

 右翼が発目少女で左翼が麗日少女だ。

 最悪、翼使って逃げられる私を騎手にするのは当然として。

 いざ逃げる時になったら麗日少女の個性で他のメンバーを軽くして全員で逃げる。

 私の力ならそんな事しなくても余裕で全員運べるんだけど、その場合全員が私の足にぶら下がるような形になって体勢が崩れるので却下。

 でも麗日少女の個性は自分を浮かせようとすると多大な負荷がかかるらしいので、そこら辺は発目少女のサポートアイテムで麗日少女自体を飛ばして補助。

 この二人便利だな。

 

 で、前騎馬に緑谷少年が選ばれたのも必然。

 この中で唯一の男である緑谷少年はその分体格が良いし、他の騎馬二人に比べればパワーもある。

 前騎馬は体格が良くてパワーのある人が務めるポジションなので、必然的にそうなった。

 

『よォーし! 組み終わったな!!? 準備いいかなんて聞かねぇぞ!! いくぜ!! 残虐バトルロワイアル!! カウントダウン!!』

 

『3!!』

 

『2!!』

 

『1!!』

 

『スターーーート!!!』

 

 開始早々、複数の騎馬が私達目掛けて突撃してきた。

 こんな美少女に手を上げるなんて最低の連中だ!!

 まあ、冗談はさておき。

 

「実質それの争奪戦だ!!」

「はっはっは!! 八木ちゃん! いっただっくよー!!」

 

 まず攻めて来たのは二組。

 この間教室に来て宣戦布告していった鉄っぽい少年率いる騎馬と、クラスメイトの透明少女率いる騎馬だ。

 透明少女は上半身丸裸になってるらしく、ハチマキが宙に浮いてるような感じになってる。

 ナニアレ。

 まあ、それはいいとして。

 

「じゃあ、予定通りやるよ」

「……本当にやるの?」

「当然!」

 

 これから実行する作戦は前に緑谷少年に話してドン引きされたやつだ。

 でも、これはお祭り騒ぎ!

 このくらい派手にやっても怒られない筈だ!

 

 いっくぜー!!

 これ一回やってみたかったんだよ!!

 

「開け!! サモンゲート!!」

 

「うお!? なんだ!?」

「これって!?」

 

 私の腕から発生した黒モヤのヴィランのワープゲートに似た黒いモヤを見て、突撃してきてた二組の動きが止まる。

 でも、これは足止めの為に出した訳じゃない。

 この技を使ったのは当然、使い魔を召喚する為だ。

 

 そしてサモンゲートから使い魔が出て来る。

 十体、二十体、三十体、四十体……。

 そうやってどんどん出て来て、最終的に百体の使い魔がフィールドに出現した。

 数の暴力!! ここに降臨!!

 

『おおっとォ!!? なんかまた八木がやらかしたぞォ!!! これ入試の時に見たわ!! 使い魔とかいう奴だ!! でもあえて言わせてほしい!! 多すぎだろォ!!!』

『マジで手加減抜きだな』

 

 マイク先生と相澤先生の小粋なトークを聞きながら、私は使い魔達に命令を下す。

 実は声に出す必要もなかったりするんだけど、雰囲気って大事だと思うんだ。

 

「総員出撃!! 全てのハチマキを奪い取れ!!」

 

 私の命令を受けた使い魔達が他の参加者諸君に向けて突撃していく。

 騎馬の数が13組。

 騎馬戦参加者の人数が42名。

 それに対して使い魔100体!!

 倍以上だよ!!

 参加者諸君は必死に抵抗するも、圧倒的な数の暴力の前にほとんどの騎馬は為す術もなくハチマキを奪われていった。

 そして奪ったハチマキを使い魔達が私の所まで輸送してくる。

 お疲れ~。

 そしてまた出撃せよ!

 

『圧っ倒っ的!!! まさに圧っ倒っ的!!! これなんて戦争だッ!!? 騎馬戦で物量作戦とかそんなんアリかよ!!!?』

『アリだろ。ルール違反はしてないんだからな』

『コレもうそれ以前の問題だろォ!!!? 試合になんねぇよこんなん!!!』

 

 輸送されてきたハチマキを装着するのがそろそろしんどくなってきた。

 騎馬が13組という事はハチマキも13個もある訳で。

 それ全部ルールに従って首から上に巻こうとすると大変だ。

 口元が埋まってきちゃった。

 

「あの! すみません!! これだとベイビーの出番がなくて私凄く困るんですが!!」

 

 圧倒的な蹂躙劇についに味方からも非難の声が飛んできた。

 発目少女が文句言ってる。

 

「……私もこれはエグすぎると思う」

 

 麗日少女も浮かない表情。

 まあ、せっかくの体育祭本選なのに、今のところ私達何もしてないもんね。

 頑張ってるのは使い魔達だけで、肝心の私達はスタート地点からまんじりとも動いてないもんね。

 

 でも、その心配はいらないよ。

 

「二人共、油断しないで。多分そろそろ戦況が変わると思うから」

 

 一方、緑谷少年はちゃんとわかってるみたいで、いつ襲撃されても対応できるように気を張ってる。

 そう。

 それで正解だよ。

 忙しくなるのはこれからだろうからね。

 

 ご存知の通り。

 私の使い魔は一度に出せば出すほど一体一体が弱くなる。

 今回は私が出せる上限数である百体も出したんだから、それ相応に弱い。

 具体的には一般的な成人男性と同じかちょっと上くらいの力しかない。

 塚内さんと腕相撲して負けるくらいの力だ。

 

 さっきまでは皆ハチマキを守ろうと必死だった訳だけど、それが奪われて失う物がなくなれば当然こっちに向かってくる。

 今は使い魔達に足止めされてるけど、この程度の戦闘力しか持たない使い魔の足止めなんて所詮は時間稼ぎ。

 決して越えられない壁じゃないのだ。

 

 それに使い魔達の数も地味に減ってるしね。

 抵抗を受ければそりゃやられるよ。

 私の使い魔はある程度のダメージを受けると消滅するんだから。

 ちなみに、使い魔の追加はできない。

 正確に言えばできなくはないんだけど、その為には一度全ての使い魔を消さないといけない。

 今のところ、それをやるつもりはないしね。

 

 そして、いよいよほぼ全てのハチマキが私の手元に集まった。

 でも抵抗が激しいのが何組かいて、その子達からは奪えていない。

 

『轟チーム!! 圧倒的な物量を相手に範囲攻撃で勝負だぜ!! 良いぞ!! 頑張れ!! 物量作戦なんかに負けんな!!!』

『おい。実況に私情挟むな』

 

 まず轟少年チーム。

 メンバーは飯田少年と八百万少女、あと電気使いの少年。

 かなり強力なメンツだ。

 轟少年の大規模氷結と電気使いの少年の無差別放電で使い魔を仕留め。

 飯田少年の機動力と八百万少女の個性でハチマキを守りきっている。

 でも相応に消耗してるみたいで、もうちょっと攻めれば堕ちそう。

 

『そして爆豪チーム!! 大爆発の連打だぜ!! これには使い魔も近づけない!! 良いぞ!! もっとやれ!!』

『私情』

 

 次に爆豪少年チーム。

 メンバーはツンツン頭の少年と肌色ピンクの少女に地味顔の少年。

 爆豪少年の爆発が厄介で使い魔達が近づけてない。

 あとピンクの少女の個性で地味に使い魔がやられてる。

 アレたしか酸だったね。

 そりゃ攻撃力が高いわ。

 でも、轟少年達に比べると隙が多いから、こっちももうちょっと攻めれば堕ちるかもしれない。

 

『そして鉄哲チーム!! 塩崎が強い!! 鮮やかなツル捌きに使い魔はやられまくってんぞ!! ざまぁみろ!!!』

『……いい加減自重しろ実況』

 

 あと意外だったのが、最初に私達に突撃してきた鉄っぽい少年のチーム。

 彼らはクラスが違うので面識がない。

 その中の一人、茨っぽい植物のツルみたいな髪した少女が強い。

 ツルを鞭みたいに操ってて、それで叩かれたり縛られたりして、使い魔達じゃ全く歯が立ってない。

 アレは質の低い数の暴力じゃ攻めきれないタイプだわ。

 これ以上仕掛けても消耗するだけだな。

 彼女達のハチマキが欲しければ自分で動くしかなさそう。

 

 とりあえず茨使いの少女達に対する攻撃を止めさせて、その分の使い魔を轟少年と爆豪少年に向かって突撃させた。

 それでついに轟少年が陥落。

 そのハチマキは奪われ、私の所に輸送されてきた。

 

『あああ!!? 轟チームやられたァ!!! ちっくしょうが!!! ファック!!!』

『……』

 

 でも、爆豪少年はまだ粘ってる。

 頑張るなー。

 タフネス。

 て言うかマイク先生?

 さっきから好き放題言ってるくれますね。

 後で覚悟しとけよ。

 

 ──そして、ついに。

 

「ハチマキよこせぇぇぇ!!!」

 

 使い魔達の足止めを突破する騎馬が出始めた。

 最初に来たのは六本腕の少年。

 騎馬戦なのに何故か一人だ。

 

「障子くん!? アレ!? 一人!? 騎馬戦だよ!?」

 

 緑谷少年も同様の疑問を抱いたらしい。

 でも、そういうのは後だ!

 とりあえず迎撃かな。

 

「くらえ! 発目少女作! 捕縛ネット!」

「おお!! ついにベイビーの出番が!!」

 

 発目少女が歓喜の声を上げた。

 しかし、捕縛ネットはバックステップで簡単にかわされてしまった。

 うーん……。

 これは……。

 

「ネットの射出速度に難があるね」

「改善の余地アリですね!!」

 

 ポジティブだな発目少女。

 と思っていたところで、六本腕の少年の背中から何かが射出された。

 なんだろうかと思って掴んでみたら、変な滑りけを感じたよ。

 なんだろ? コレ?

 ぐいっと引っ張ってみる。

 

「ケ、ケロ」

「蛙吹さん!?」

 

 なんか苦しそうな声が聞こえたと思ったら、六本腕の少年の背中からカエルっぽい少女が出てきた。

 私が今掴んでるモノは、カエルっぽい少女の口の中に繋がっていた。

 コレあの子のベロか!?

 そういえば、あのカエルっぽい少女は舌を伸ばせるんだったな。

 真剣勝負の最中とはいえ悪い事をした……。

 すぐに離してあげる。

 

「ケロ。さすがね八木ちゃん……!」

「あいつチートすぎだろ……!」

 

 と、なんかカエルっぽい少女の隣から声がするなと見てみれば、汚らわしきブドウ頭がいた。

 あ!!

 しかもハチマキ付けてやがる!!

 ……なるほど。

 六本腕の少年の個性でカエルっぽい少女とブドウ頭の二人を背中に隠してたんだな!

 で、使い魔じゃこの防御を突破できなかったと。

 どうやら取りこぼしがいたらしい。

 

「三人共!! あのハチマキ取りに行くよ!! 突撃!!」

「ま、まだ取るの?」

「当然! そら走った走った!!」

 

 私の指示に発目少女以外の二人はしぶしぶといった感じで従い、六本腕の少年に近づいて行く。

 六本腕の少年もハチマキ奪取を狙って突撃してくる。

 普通に考えれば、緑谷少年という貧弱な馬であの戦車の如き少年に当たり勝つ事はできない。

 そこで私は普段使う事の少ない小技を使った。

 

「な!? こ、これは!?」

 

 六本腕の少年の体を細いロープのようなモノが縛りつけている。

 先端が三角形のように尖った黒いロープ。

 それは私の背中に繋がっている。

 そう。コレの正体は!

 

「悪魔の尻尾!」

 

 これぞ! 地味すぎて普段は使わない小技! 悪魔の尻尾による拘束である!

 尻尾とはいえ悪魔の力。

 そのパワーは計り知れず、六本腕の少年はその場で張り付けにされたかのように動けない。

 この尻尾。実は伸縮自在で超高性能なのだ!

 でも、直接殴った方がずっと早いし、拘束技は性に合わないから普段は使わないんだよ。

 

 そして、私はハチマキを奪うべく、動けない六本腕の少年の背中に乗り込んだ。

 

「ヒィ!!」

 

 右腕の個性を解放して、意地でも開こうとしなかった六本腕の少年の触手をこじ開ける。

 悲鳴を上げるブドウ頭。

 即座に反撃に出ようとするカエルっぽい少女。

 この差はいったい何なんだろうか?

 

 とりあえず、カエルっぽい少女をデコピンで迎撃し、ブドウ頭を左腕で殴っておとなしくさせてからハチマキを奪い取った。

 そしてすぐに自分の騎馬に戻る。

 

『轟チームに続いて、地味にハチマキ持ち続けてた峰田チームもやられた!! これでハチマキ持ってるのは八木チーム、爆豪チーム、鉄哲チームの僅か3チームのみ!!! てか八木が圧倒的すぎる!! オイ誰か止めろォ!!!』

 

 その頃にはかなり使い魔の数も減り、こっちに向かって来る騎馬の数も増えていた。

 マイク先生の言葉を受けてか、こっちを狙って来る連中が多いわ。

 このままだと囲まれそう。

 

「忙しくなってきたね。ひとまず飛んで距離を取るよ! 麗日少女!!」

「うん!!」

 

 事前に決めてあった通り、麗日少女の個性で私と麗日少女以外の重さをゼロにして飛んだ。

 私の重さを変えなかったのは、いつもの感覚と違うと飛行に影響が出ると考えたからだ。

 でもこれ、騎馬としての体勢を維持しないといけないから、重さ変えなくても普通に飛びづらい。

 あんまり飛ばない方がいいな。

 

 そして着地地点は残りの使い魔がひしめく中にした。

 多分、ここが一番安全な場所だと思う。

 

「さて。私としては残りのハチマキも奪いに行きたいんだけど、どうしようか?」

 

 私は他の三人に問いかけた。

 全力でやるなら最後のハチマキ一本にいたるまで取り尽くすべきだと思うけど、これはチーム戦。

 相談は大事だと思うの。

 

「……僕は反対だ。今のままのポイントでも1位は確実。無理にこれ以上仕掛ける必要はないと思う」

 

 緑谷少年は消極派だね。

 いや、堅実と言った方が良いか。

 たしかにこれだけポイント稼いでるんだったら守りに入ってキープするのが一番の得策。

 あんまり意味のないリスクを負いたくないっていうのは当然の考え方だ。

 

「私は断然攻めるのに賛成ですよ!! 全てのハチマキを奪った方が目立ちますし、なによりまだベイビーが活躍してません!! 活躍の場がほしいです!!」

 

 発目少女の返答は予想通りと。

 仕方ないね。

 君のベイビー、まだ麗日少女のサポートと、捕縛ネットの時のしくじりしかしてないもんね。

 活躍の場がほしいよね。

 

「……私はデクくんに賛成かな。やっぱり守りに入るのが一番確実だと思う」

 

 で、麗日少女も堅実派。

 これでガンガンいこうぜ派が二人に、いのちだいじに派が二人だ。

 どうしよう。

 完全に意見が割れてしまった。

 これはチーム崩壊の危機か?

 

 とか思ってたその時。

 私達を守ってくれていた使い魔達が一斉に凍りついた。

 どうやら相談タイムは終わりのようだ。

 

「ハチマキ。返してもらうぞ」

 

『残り時間約1分!! ここで轟が八木に食らいついた!!! ラストバトルの始まりかァ!!!?』

 

 ここで轟少年が私達の前に立ちはだかった。

 ハチマキを失って身軽になったからこそ、使い魔達を振り切ってここまで来れたんだろうね。

 後がないから彼らも必死だ。

 

「皆。事情が変わっちゃったから作戦は轟少年を倒せでOK?」

「うん……!! やろう!!」

「了解です!! ベイビーの出番さえあれば何でも良いですよ!!」

「絶対勝とうね!!」

 

 真っ二つに割れていた意見が、強敵の出撃によって一気にまとまった。

 仲間割れの危機は去った!

 やはり持つべき者はライバルだな!

 

 さあ。

 ラストバトルを始めようか。

 

 かかってこいよ。

 ライバル共。

 




騎馬戦が原作と乖離しまくってるぜ……。


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体育祭!!! パート5

 現れた轟少年は見るからに体調が悪そうだった。

 顔が青いし、息も白いし、なんか体の右側に霜が降りてるし。

 氷使いの体に霜か……。

 これは個性の反動って事かね?

 

「緑谷少年。轟少年のあの弱りっぷりをどう見るよ?」

 

 こんな時は教えて緑谷先生!

 頼んでなくても勝手に分析を始めてくれる便利な存在が足元にいるんだから、存分に使うべきでしょ。

 

「……やっぱり個性の反動と見るべきだと思うよ。使い魔との戦いで結構個性を酷使してたし、体が冷えるっていう症状は轟くんの個性と類似性があるからまず間違いないと思う」

 

 ふむ。

 やっぱり君もそう思うか。

 

「でも、それなら左側の炎を使えば体温調節くらいできるんじゃないかとも思うんだけど……。使えない事情でもあるのか、それとも何かの作戦なのか。こっちの油断を誘う為にあえて弱ったふりをしている可能性も否定できない。そもそも相手は轟くんだけじゃないし。上鳴くんはアホになる寸前みたいに見えるけど、それって逆に言えば後一発は撃てるって事で。八百万さんも消耗はしてても戦闘不能って程じゃないだろうし。飯田くんに至ってはまだ余力が…─」

「はいストップ」

「ふがッ!?」

 

 出しっぱなしにしてた尻尾で緑谷少年の口を塞ぐ。

 

「今は細かい考察より戦闘優先ね。はい構えて」

「う、うん。ごめん」

 

 緑谷少年が気を引き締める。

 かくいう私も尻尾の他に翼も出しっぱなしにして既に臨戦態勢に入ってる。

 翼も尻尾も出しっぱなしになんてしてたら破壊衝動と興奮が脳を侵食しちゃうけど、この程度だったらもう慣れた。

 今の私にとっては軽い興奮剤程度の効果しかない。

 

 その程度のリスクに対して得られるリターンは豊富。

 翼は移動の他にも攻撃を防ぐ盾にもなるし、尻尾は単純に手数が増える。

 尻尾なんて個性解放時の手足に比べれば非力もいいところだから普段使ってなかったけど、こういう時は便利ね。

 

「……一気に決めるぞ。上鳴! 八百万!」

「わかりましたわ!!」

「いくぜ!! 無差別放電!!」

 

 轟少年が動いた!

 八百万少女が「創造」の個性で布(多分、絶縁体)を作り出し、電気使いの少年の体がバチバチと放電を始める。

 攻撃が来るね!

 

「八木さん!!」

「わかってる!!」

 

 来るとわかってる攻撃を放置する私じゃない。

 普段なら技を使われる前に接近して殴るか、超速で効果範囲外にまで逃げるか、翼を盾にして防ぐかするところだけど、今はどれもできない。

 騎馬という足枷がある状態で殴りに行くのは無理だし、同じ理由で逃走も不可能。

 翼による防御は自分しか守れない。

 だがしかし!

 チームプレイにはチームプレイなりのやり方ってものがあるのだよ!

 

「130万ボルト!!」

 

「発目少女作! アンブレラ!!」

「突然のヴィランの襲撃にも安心のベイビーです!!」

 

 電気使いの少年の放電を発目少女のサポートアイテムで防ぐ。

 スイッチを押すと大きな傘みたいに展開して盾になるアイテムだ。

 盾の大きさはチーム全員を余裕で守れるくらいデカいので安心。

 でもこれは……。

 

「発目少女」

「なんですか!?」

「これって何を想定して作られてるんだっけ?」

「当然、対衝撃防御ですよ!! 突然の襲撃にも安心というコンセプトですから!!」

「あー。なるほど」

 

 だからか。

 

「これ電撃にまでは対応してないっぽいよ。通電してきてめっちゃ痺れるわ」

「なんと!? これまた改善の余地アリですね!!」

 

 発目少女やっぱりポジティブだな。

 ショック受けた様子が全然ないわ。

 

「え!? 通電て!? 魔美ちゃん大丈夫なの!?」

 

 おっと。

 麗日少女に心配をかけてしまった。

 安心させてやらねば。

 

「大丈夫大丈夫。この程度の電圧なら私の行動に支障はないからね」

「そ、そうなの?」

「うん。問題ない」

 

 そう言っても麗日少女はまだ心配そうだ。

 優しさって美徳だよね。

 

「麗日さん。八木さんは大分人間やめてるから、この程度なら心配いらないよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 最近の緑谷少年にも見習ってもらいたいよ。

 いや、別に優しさ自体を失った訳じゃなくて、戦闘の時に私を心配する事が極端に減ったってだけだけど。

 信頼されてるととるべきか、化物を見る目で見られてるととるべきか。

 悩みどころだ。

 

 などと思っていたら、今度はアンブレラが常人では耐えられない程に冷たくなった。

 これって金属でできてるからね。

 冷やされたらこうなるのは当たり前か。

 

 とりあえず邪魔になったアンブレラを横に放り投げて正面を見ると、辺り一面が銀世界になっていた。

 ちょうどアンブレラによって守られた場所以外が全部凍りついてる。

 見れば、何組かの騎馬が足を凍らされて止まってた。

 巻き込まれたらしい。

 かわいそうに。

 

「ちっ……。アレでも効かねえか」

 

 そう言う轟少年はなお一層弱っていた。

 遠目に見ても寒さでガタガタと震えてるし、右半身が凍りつきそうなくらいの霜で覆われている。

 苦肉の策と思われる、腕に張られた無数のカイロが痛々しい。

 

『さあさあ!! 残り20秒!! 終わりが近いぜ!! 最後の力振り絞れよ!!!』

 

「皆。警戒して。ラストアタックが来るよ」

 

 私はチームメイト達に警戒を促した。

 そして、油断なく轟少年達を見据える。

 もう轟少年は弱りきってるし、電気使いの少年は個性の反動で「ウェイ」としか言わないアホと化してる。

 八百万少女も余裕がないし、最後の切り札は飯田少年ってところか。

 

「三人共。特に飯田少年に気をつけて。彼は瞬間的に超加速する必殺技を持ってるから」

「え? そうなの!?」

「初耳だ……!」 

 

 いや、戦闘訓練の時に使ってたんだぞ。

 緑谷少年と爆豪少年がビルを破壊したから、相対的に目立たなくなっちゃっただけで。

 何にせよ、轟少年達が勝つにはもうそれにかけるしかないだろう。

 でも、アレは初見だとたしかに面食らう程のスピードだけど、私だったら普通に対処可能なレベルだ。

 加えて、こうして翼を盾にしておけばハチマキには手が届かない。

 油断さえしなければやられはしないさ。

 

 しかし、ここで予想外の乱入者が現れた。

 

「死ねぇ!!! クソ女!!!」

「かっちゃん!?」

 

 爆豪少年が空を飛んで現れた!

 騎馬を置き去りにしてるぞ!

 アリなのかアレ!?

 

「アリよ」

 

 アリらしい。

 審判のミッドナイト先生が言うならアリなんだろう。

 私もやれば良かった。

 

 とりあえず、爆豪少年の攻撃は翼でガードしておいた。

 

「邪魔だァ!!!」

 

 派手な大爆発が翼に叩きつけられたけど、その程度の火力じゃ悪魔の翼に傷一つ付けられんぞ!

 どうよ! この強度!

 そして、自ら起こした爆風に乗って爆豪少年はフェードアウトしていった。

 去り際に地味顔の少年の個性であるセロハンテープっぽい物が爆豪少年を回収してたよ。

 なるほど。

 そうやって騎馬に戻るのね。

 

『爆豪の渾身の特攻も防いだ!! マジで八木が強すぎる!! そして残り10秒!! カウントダウン始めるぜ!!』

 

『9!!』

 

「トルクオーバー!! レシプロ・バースト!!」

 

 マイク先生の声に合わせて隠すかのように飯田少年の声が聞こえた。

 そして、爆豪少年の置き土産である爆煙が晴れた時には、目と鼻の先まで轟少年が接近していた。

 どうやら例の必殺技を使ったらしい。

 凄い賭けに出たな!?

 一秒でも早ければ爆煙でハチマキの位置が見えない。

 一秒でも遅ければ私の反射神経で対応される。

 そしてその二つをクリアしても、爆煙が晴れた瞬間にハチマキの位置を正確に把握し、取らなくてはならない。

 飯田少年の必殺技発動中の超スピードの中で。

 

 そんな分の悪い賭けに轟少年達は勝った。

 これはベストなタイミング。

 そして轟少年の腕は、私が頭に巻いていた1000万ポイントのハチマキに向かって正確に伸びていた。

 翼による防御は爆豪少年の爆破を防ぐ為に使っちゃったから、今はない!

 

 土壇場でこんな奇跡を引き寄せるか!!

 主人公か君は!?

 

 だが、甘い!

 どれだけベストなタイミングを突こうとも、油断していない私をそう簡単に出し抜けると思うなよ!!

 

 現在、体の中で最も速く動かせる場所となっている尻尾を使う。

 悪魔の尻尾は鞭のようにしなって轟少年の腕を打ち付け、1000万のハチマキを狙う腕を上に向かって弾い……あ!?

 やばい!! 力加減ミスった!!

 普段使いなれてない尻尾をできるだけ速く動かそうとした事による弊害か。

 尻尾の一撃は轟少年の腕を弾くどころか叩き折ってしまった。

 骨を砕く鈍い感触が尻尾から伝わり、轟少年の左腕がくの字に折れ曲がる。

 ……やっちゃった?

 

 しかし、ここで更なる奇跡が起きた。

 

 くの字に曲がった轟少年の腕の指先が私の首元に迫る。

 そして、指がハチマキの一本に引っ掛かり、そのままそのハチマキを持って行った。

 

 マジか!?

 奇しくも私が力加減をミスって轟少年の腕を折っちゃったからこそ、届く筈のないハチマキに手が届いた。

 なんという怪我の巧妙!!

 こんな事もあるのか!?

 

「ッ!?」

 

 轟少年が痛そうに顔を歪ませる。

 でも、奇跡的に手に入れたハチマキだけは意地でも離さず、残った右腕で首に巻いた。

 凄い執念。

 

『8!!』

 

「え!? 今何が!?」

「ごめん皆。ハチマキ一本持ってかれた。轟少年に」

「ッ!? 例の飯田くんの必殺技か……!」

「魔美ちゃん、どうする!? 取り返しに行く!?」

 

『7!!』

 

「当然!! 今回の私は本気なんだ!! 手加減も手心も加えない!! 情け容赦なしで行く!!」

「……わかった!! とことん付き合うよ!!」

「私も!! 真剣勝負だもんね!!」

「やるなら是非ともベイビーを使ってください!! 遠距離攻撃用のベイビーももちろんありますよ!!」

「ぶれないな発目さん!?」

 

『6!!』

 

「てめぇらの相手は俺だ!!! クソ女!!! クソナード!!!」

 

 ここで再びの爆豪少年。

 でも今度は単騎じゃなくてちゃんと騎馬を引き連れてる。

 ちょうど良い。

 君のハチマキから奪ってやろう!

 

『5!!』

 

「捕縛ネット二号!!」

「ベイビー!!」

 

 二発目の捕縛ネットを爆豪少年目掛けて発射する。

 さっきは六本腕の少年に避けられたけど、この至近距離なら避けられまい!

 

「しゃらくせぇ!!!」

「ベイビー!?」

 

 だが残念。

 捕縛ネットは爆豪少年に爆破され、あえなく撃墜された。

 ていうか、爆破の衝撃で逆にこっちに向かって飛んで来てるわ。

 私は役目を果たせなかった哀れな捕縛ネットを尻尾で振り払った。

 

『4!!』

 

「死ねぇ!!!」

「なんの!!」

 

 爆豪少年の爆破を個性を発動した右腕で防ぎ、そのままハチマキに手を伸ばした。

 爆豪少年はそれを予想していたらしく、攻撃が防がれた瞬間には下に向けて爆破を使い、爆風で空に逃げていた。

 やるな!!

 

『3!!』

 

「追撃!!」

「ちィ!!!」

 

 空に逃げた爆豪少年を追いかけて私も飛び立つ。

 しかし、空中における小回りにおいては爆豪少年に分があるようで、器用に逃げ回られる。

 でも反撃する余裕はないみたいで逃げるばっかりだ。

 

『2!!』

 

「ダークシャドウ!!!」

「な!?」

「ム!」

 

 このタイミングで私と爆豪少年との戦いに第三者の妨害が入った。

 黒い影みたいな大きな腕が私と爆豪少年に迫っている。

 たしか、クラスメイト諸君の一人にこんな感じの個性持った子がいたな。

 でも、ここまで大きかったっけ?

 

 不思議に思いつつも、ここで避けたら爆豪少年を取り逃がすと瞬時に判断した私は迎撃を選択した。

 ノーモーションで掌から発射されたダークネス・スマッシュが影の腕に直撃する。

 

「ふぁ!?」

 

 だが、どういう訳か私のダークネス・スマッシュを受けた影の腕は消え去るどころか更に巨大化し、私は慌てて回避行動を取った。

 迎撃できなかった以上仕方がない!

 

『1!!』

 

 巨大な影の腕が地面に叩きつけられ、大きく地面を抉った。

 ……凄いパワーだ。

 個性を解放した私ほどじゃないけど、並みの増強系個性を遥かに上回る圧倒的パワー。

 振り下ろされた場所がちょうど誰もいない場所で良かったけど、誰かに当たってたら死人が出たかもね。

 それにあれだけの力だ。

 もっと序盤から攻めて来られたら、もっと苦戦したかもしれない。

 

 ──でも、これで終わりだ。

 

『0!! タイムアップ!!!』

 

 マイク先生の声が騎馬戦の終了を告げる。

 まあ、なんだかんだで結構楽しかったなぁ。

 私はとりあえずチームメイトの所に戻った。

 

『あのまま八木の圧勝かと思ったら、ラスト10秒で凄ぇ激戦が巻き起こったぜ!!! これぞ体育祭!!! 燃えた!!! 良い勝負だったぜ!!!』

『途中、八木を非難しまくってた奴のセリフとは思えないな』

『さーて!! 早速上位4チーム見てみようか!!』

『また無視か』

 

『1位! 八木チーム!!』

 

「八木さん!! ごめん。最後フォローできなかった……」

「いやいや、飛び出したのは私の独断だったんだし、謝る事ないさ」

 

 緑谷少年は気にしすぎだなぁ。

 いや、麗日少女も若干気にしてるか。

 発目少女は麗日少女から回収したアイテムを弄るのに忙しそうだ。

 

『2位! 鉄て……アレェ!? 心操チーム!!? いつの間に逆転してたんだよオイオイ!!』

 

 なぬ!?

 私達以外でハチマキ持ってたチームっていうと、爆豪少年チームと轟少年チーム、あとはあの茨使いの少女のチームだけだった筈。

 爆豪少年と轟少年は最後までハチマキ持ってたの確認したから、やられたのは茨使いの少女チームか。

 ……アレからハチマキ奪えるような猛者がいたのか。

 心操少年か。

 覚えておこう。

 

『3位! 爆豪チーム!!』

 

「クソがァアアアアアアアア!!!!」

 

 爆豪少年は荒ぶっていた。

 それをチームメイト達が必死で宥めてる。

 どうやら私からハチマキを奪えなかったのが相当悔しかったらしい。

 

『4位! 轟チーム!!』

 

 逆に轟少年は静かだ。

 元々騒がしい性格でもなかったけど、今は騒ぐ元気もないって感じだろう。

 個性の反動でさんざん弱ってた上に、私が腕折っちゃったからね。

 この後は保健室直行でしょう。

 なんか、ごめんね。

 

『以上4組が最終種目へ進出だああーーーー!!!! 一時間ほど昼休憩挟んでから午後の部だぜ! じゃあな!! おいイレイザーヘッド、飯行こうぜ』

『寝る』

『ヒュー』

 

 相澤先生はようやく眠れるらしい。

 お疲れ様でした。

 安らかにお眠りください。

 

 こうして、第二種目騎馬戦は終わりを迎えた。

 

 

 




執筆速度が落ちてきました……。
そろそろ一日二話投稿は厳しいかもしれない……。


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体育祭!!! 昼休憩

ま、まだいけた……。


 ──オールマイト視点

 

 

 

 圧倒的すぎる魔美ちゃんの活躍を見て、体育祭前に発破をかけた事をちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけ後悔しながらも、魔美ちゃんや緑谷少年とお昼を一緒にしようと思って二人を探していた時。

 ふと、下り階段の前で見覚えのある特徴的な背中を見かけたので声をかけた。

 

「よっ! 久しぶりだな! お茶しよ、エンデヴァー!」

「オールマイト……!」

 

 相変わらず燃えるような視線で睨み付けてくるエンデヴァーにちょっとビクッとしながらも、話を続ける。

 

「超久し振り! 11年前の一件以来かな? 見かけたから挨拶しとこうと思ってね」

「そうか。ならもう済んだろう。去れ」

 

 相変わらずつれないなぁ!

 

「茶など冗談じゃない……。便所だ。失せろ!」

「つれないこと言うなよー!!」

「ぐっ……」

 

 エンデヴァーの進行方向に回り込んで引き留める。

 話したい事があるからね。

 ちょっと付き合ってもらいたい。

 

「君の息子さん。焦凍少年。力の半分も使わずに素晴らしい成績だ。教育が良いのかな」

「嫌みか。貴様の娘はそれ以上だろうが。……奴を娘として扱うなど理解できんがな」

 

「エンデヴァー」

 

「……ちっ。結局何が言いたい」

 

 エンデヴァーは魔美ちゃんに恨みを持っている。

 十年以上が経っても薄れる事のない恨みを。

 それは仕方がない事だけれど、あの子に責任がある訳じゃないんだ。

 だから、あんまりあの子を貶めるような事は言わないでほしい。

 エンデヴァーもそれはわかってるから、それ以上は言わないでいてくれた。

 

 だから私も本題を話す。

 

「いやマジで聞きたくてさ。次代を育てるハウツーってのを」

「……? 貴様に俺が教えると思うか? 自分で引き取ったのだから自分で面倒を見ろ」

 

 エンデヴァーが言ってるのは多分魔美ちゃんの事だよな。

 私が聞きたかったのは緑谷少年の育て方に関する事だったんだけど……。

 伝わる訳ないか。

 

「相変わらずそのあっけらかんとした態度が癪に障る」

「ごめん……」

 

 真っ向から嫌われるのは、やっぱり傷つくな……。

 エンデヴァーはもう何も話すつもりはないのか、私を押し退けて階段を下りて行ってしまった。

 でも、去り際に、

 

「これだけは覚えておけ」

 

 そう言って話し始めた。

 

アレ(・・)はいずれ貴様をも超えるヒーローにする。そうするべく……つくった仔だ」

 

「……何を…」

 

 とてつもなく怖い顔でエンデヴァーが語る。

 その異様な雰囲気に、私は少しだけ気圧された。

 

「今は下らん反抗期だが、必ず超えるぞ……! 超えさせる……! 貴様も……! あの小娘も……!」

 

 それだけ言い捨てて今度こそエンデヴァーは去って行った。

 

 私はしばらくその場から動けなかった。

 

 エンデヴァーの眼に宿っていた、あの狂気的な感情。

 怒りのような。執念のような。ドロドロとした嫌な感じがするナニカ。

 彼は歪んでしまったのだろうか。

 11年前の事件で。

 あるいは私への対抗意識で。

 それでも、彼と親しい訳でもなく、むしろ負い目すらある私には彼にしてあげられる事など何もなく。

 ただ、その背中を見送る事しかできなかった。

 

 でもねエンデヴァー。

 その言い方じゃまるで。

 

 私を倒す為に魔美ちゃんをつくった(・・・・・・・・・・・・・・・・)、奴とそっくりじゃないか。

 

 そんな事を思ってしまい、私はどうしようもなく嫌な予感を覚えながらその場を去った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 パパとお昼を一緒にするべく、お弁当を持って教員用の観客席とか職員室とかを回ってパパを捜索するも見つからなかった。

 どこ行ったんだ。まったく。

 

 いい加減探すのがめんどくさくなってきて、もう一人で食べちゃおうかと思い直し、適当な場所でお昼にしようと校内を歩いていた時。

 ふと、轟少年を発見した。

 あー。

 ここ保健室の近くか。

 せっかくなので、さっき腕折っちゃったお詫びもかねて声をかける事にした。

 

「やっ! 轟少年。腕は大丈夫かい?」

「八木……」

 

 轟少年は無表情だった。

 この子は何考えてんのかわかんないなー。

 でも、とりあえず謝罪くらいは先にしておこうか。

 

「さっきは腕折っちゃってごめんね。つい力加減ミスっちゃって」

「……競技中の事だ。気にしてない」

 

 そう言う轟少年の声には覇気がなかった。

 腕は治ってるみたいだから、多分、というか確実におばあちゃんの治癒を受けたんだろうけど、あれって結構な体力を使うって聞いた事があるから、轟少年は今お疲れモードなんだろう。

 なら、そっとしといてあげた方が良いな。

 そう判断した私は、一言告げてこの場を去る事にした。

 

「そっか。じゃあ最終種目で会おうぜ。さらばだ」

「……ちょっと待ってくれ」

「ん?」

 

 それだけ言って去ろうとしたんだけど、轟少年に引き留められてしまった。

 なんだろう?

 

「今、少し時間あるか。話がしたい」

 

 ええー……。

 お昼食べたかったんだけど……。

 でも、腕折っちゃった負い目もあるしなぁ。

 ちょっとくらいなら良いか。

 

「別に良いよ。でも、早くお昼食べたいから手短にお願い」

「ああ。わかった」

 

 そうして轟少年は話し始め

 

「え!? 八木さん? 轟くん? なんでこんな所に?」

 

 ……ようとして、途中で廊下の角から現れた緑谷少年によって遮られた。

 なんと間の悪い事だろうか。

 

「緑谷……。ちょうど良かった。お前にも聞かせたい話だ」

「えと、あの、状況が呑み込めないんだけど……」

 

 おや?

 どうやら間が悪かった訳じゃなさそうだぞ。

 むしろ神がかり的なタイミングで現れたのかもしれないなこの子は。

 

「なんか轟少年、話したい事があるらしいよ。私と君に」

「え? 僕にも?」

「ああ。今、時間あるか」

「う、うん……」

 

 そうして今度こそ轟少年は話し始めた。

 とてつもなく重い身の上話を。

 

「──俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ。万年ナンバー2のヒーローだ」

 

 うん。知ってる。

 毎回ヒーローランキングでパパの一個下に名前が乗る人だ。

 

「お前らがナンバー1ヒーローの関係者なら俺は……尚更勝たなきゃいけねぇ」

 

 ……ふむ?

 それはお父さんの仇討ち……じゃないけど、そんな感じの理由か?

 

「親父は極めて上昇思考の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが……それだけに生ける伝説オールマイトが邪魔で仕方なかったらしい。……自分ではオールマイトを超えられねぇ親父は、次の策に出た」

 

 なんか話し続ける轟少年の眼がどんどん濁っていくんですけど……。

 今さらながらに気づいた。

 これ私が嫌いな鬱系の話じゃね?って事に。

 

「何の話だよ轟くん……。僕らに何を言いたいんだ……」

 

 緑谷少年も不吉な予兆を感じとってるのか、若干声が震えてるよ。

 そして案の定、話は暗い方向に突き進み始めた。

 

「個性婚。知ってるよな。『超常』が起きてから第二~第三世代間で問題になったやつ。自身の個性をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び、結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想」

 

 知ってる。

 どっかの本に書いてあった。

 

「実績と金だけはある男だ。親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた。俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げる事で自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい……! そんな屑の道具にはならねえ」

 

 そう語る轟少年の眼は、恨みと怒りでドロドロに濁っていた。

 これはアカンわ。

 危険人物に近い眼だよこれは。

 

「記憶の中の母はいつも泣いている。お前の左側が醜いと、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

 そう言って、轟少年は自分の顔の左側にある火傷跡に触った。

 

「──ざっと話したが、俺がお前らにつっかかんのは見返す為だ。クソ親父の個性なんざなくたって……いや、使わずに一番になる事で、奴を完全否定する」

 

 燃えるように熱くて、凍えるように冷たい決意。

 なんて顔してんだろうねこの子は。

 とてもヒーロー志望がする顔じゃないよ。

 これは復讐者とか、そういう手合の顔だよ。

 見た事あるからよくわかる。

 

「言いたい事はそれだけだ。俺は右だけでお前らの上に行く。時間とらせたな」

 

 そうして轟少年は去って行く。

 ……重い話だったなぁ。

 私の過去話に匹敵するレベルで重かったわ。

 そんな重い話を聞いた私の感想は「お昼食べる前に胃にもたれるような話聞かせてんじゃねぇよ!!」ってくらいだったけど、どうやら一緒に聞いてた緑谷少年は違ったらしい。

 

 去って行く轟少年の背中を追って声をかけていた。

 

「僕は……。ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ。僕は……誰かに助けられてここにいる」

 

 ヘドロの時とか、パパに個性を貰った事とかの話かな。

 さっきというと騎馬戦か。

 私が声かけたのを助けられたと思ってるのかもしれない。

 まあ、緑谷少年はぶっちゃけ弱いからね。

 使い魔の一体にすら勝てないくらい弱い。

 今はまだ誰かの助けがいる時期だ。

 

「オールマイト……。彼のようになりたい。その為には一番になるくらい強くならなくちゃいけない」

 

 でも、君は強くなるよ。

 だって君はパパが選んだ後継だ。

 

「君に比べたら些細な動機かもしれない。でも僕だって負けられない。僕を助けてくれた人達に、応える為にも……!」

 

 轟少年とは違う、前向きな決意。

 どっちが良いとか悪いとか言うつもりはないけど、こっちの方がヒーローっぽいとは思うよ。

 

「さっき受けた宣戦布告。改めて僕からも言うよ。──僕も君に勝つ!!」

 

 緑谷少年はまだ弱い。

 でも、もう弱いだけの泣き虫じゃない。

 強くなり始めている。

 決して侮っていい相手じゃない。

 

 これは熱い勝負が見られるかもしれないな。

 この情熱が、果たして実力差をひっくり返す程の力となるのかどうか。

 

「……まあ、頑張りなよ。お二人さん」

 

 そう言って、私はこの場を去って行く。

 お弁当を食べるスポットを探して。

 

「私には二人みたいな信念はないし、必死になって頑張る理由もない」

 

 ただ、去り際にかっこいい事は言っておくよ。

 

「でも、楽しんで来いって言われたんだ。だから全力でお祭りを楽しむよ。誰が相手だろうと本気で戦う。一番になりたいんだったらかかって来いよ。真っ向から迎え撃ってやるぜライバル共」

 

 背中を向けながら告げた言葉。

 これが私なりの宣戦布告だ。

 どんな事情を抱えていようと、どんなに大事な目標を持っていようと関係ない。

 私は最初に選手宣誓の時に言ったように本気で相手をしてやるだけだ。

 決して手は抜かない。

 手加減なんてしない。

 それだけは誓うよ。

 

 そうして昼休憩は終わっていった。

 結局パパは見つからず、私は一人でお弁当を食べましたとさ。

 ちょっと寂しい……。

  



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体育祭!!! パート6

 轟少年の重い話を聞いてたせいで時間を食い、お弁当を食べ終わる頃には昼休憩が終わっていた。

 元々昼休憩は一時間しかなかったからね。

 轟少年の一件を抜きにしても、パパを探し回ってたせいであんまり時間は残されていなかったんだ。

 急いでお弁当を食べましたとも。

 

 そうしてスタジアムに戻った時、珍妙な光景が私の目に飛び込んできた。

 

『最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ! あくまで体育祭! 全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……ん? アリャ?』

『なーにやってんだ?』

 

 マイク先生と相澤先生も気づいたか。

 あの不可思議な光景に。

 

『どーしたA組!!?』

 

 何故かクラスメイトの女子諸君がチアリーダーの格好をしてボンボンを持っていた。

 え? マジで何やってんだろうか?

 しかも私抜きで。

 ……ひょっとしてハブられた?

 いや、決めつけは良くないな。良くないよ。

 話を聞けばわかる事だ。

 

「何やってんの? 君らは?」

「あ! 魔美ちゃん探したんだよ! どこ行ってたの!?」

「ちょっとパパを探しててね。……で、これはどうした?」

「あー……。うん。ちょっとね」

 

 麗日少女が煮え切らない。

 しかもちょっと恥ずかしそうだ。

 なんだ?

 望んでその格好してる訳じゃないのか?

 

「峰田さん!! 上鳴さん!! 騙しましたわね!?」

 

 と、その時、同じくチア姿の八百万少女が怒りの声を上げた。

 視線の先を見れば、汚らわしきブドウ頭と電気使いの少年がサムズアップしていた。

 電気使いの少年……。

 友達は選んだ方がいいぞ。

 

「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私……」

「アホだろ、アイツら……」

 

 なるほど。

 読めた。

 この子達はあのブドウ頭の策略にハマってこうなったのか。

 それはなんとも御愁傷様。

 巻き込まれなくて良かったぜ。

 私はこのままそっとフェードアウトさせてもらおう。

 

「逃がさないよ……!」

「一人だけ逃げるなんて許されないよ……!」

 

 気配を消しながら後ろ歩きで退散しようとしてたら、ピンクの肌の少女と透明少女に後ろからがっつりホールドされていた。

 いつの間に!?

 ていうか、この私の後ろを取るとは!?

 

「八木~。ここはA組女子一同、一蓮托生だと思わない?」

「そうそう! 八木ちゃんもやろうよ! チアリーダー!」

 

 拘束する力が地味に強い。

 絶対に逃がさないという強い意志を感じるぜ……!

 そんなにか!?

 そんなに道連れがほしいのか!?

 

「わ、私、下はスク水着てるから、へそ出しルックはちょっと……」

「下着なら私が出しますわ! だから、八木さんも是非!」

「八百万少女……! 貴様もか……!?」

 

 君も道連れがほしいのか!?

 結局女子全員に押し切られ、この後更衣室に直行する事が決定してしまった。

 私のパワーなら振り払おうと思えば振り払えたんだけど、不思議とそんな気にもならなかったよ。

 まあ、これもお祭りの一環と思うしかないか。

 

『なんか一部で謎の攻防が巻き起こったが、それはさておくぜ!! さぁさぁ皆楽しく競えよレクリエーション!! それが終われば最終種目!! 進出総勢16名からなるトーナメント形式!! 一対一のガチバトルだ!!』

 

「トーナメントか……! 毎年テレビで見てた舞台に立つんだあ……!」

「去年トーナメントだったっけ?」

「形式は違ったりするけど、例年サシで競ってるよ。去年はスポーツチャンバラしてたハズ」

 

 私のチアガール強制事件はマイク先生に軽く流され、イベントは進行していく。

 参加者諸君(もうほとんどがクラスメイト諸君)もそっちに興味が集中してるみたいで、私の処遇に同情してくれる人はいない。

 おとなしくチアやれって事ですかそうですか。

 

「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります! レクに関しては進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるしね」

 

 レクかー。

 私は強制参加だろうなー。

 チア姿で。

 

「んじゃ1位のチームから順に……」

 

「あの……! すみません。俺、辞退します」

 

 くじを引く為にミッドナイト先生の所にいこうとしてたら、なんか尻尾の生えた少年がそんな事を言い出した。

 辞退?

 なんだろう? お腹でも痛いのかな? 

 

「尾白くん!? 何で!? せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」 

「……騎馬戦の記憶。終盤ギリギリまでほぼないんだ。多分、奴の個性で……」

 

 ム。

 記憶がない?

 騎馬戦の最中にあの少年を見た覚えがないから、消去法であの少年が組んでいた相手は、あの茨使いの少女をいつの間にか破っていた少年。たしか心操少年だったか。彼だった筈だ。

 精神に作用するタイプの個性か……?

 そういう搦め手の相手は苦手だなー。

 予想外に苦戦するかもしれん。

 

「チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするのが愚かな事だってのも……! でもさ! 皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな……こんな訳わかんないままそこに並ぶなんて……俺はできない」

 

 尻尾の生えた少年は拳を握りしめながらそんな事を言ってた。

 真面目だねー。

 この体育祭に真剣に取り組んだがゆえの辞退宣言か。

 難儀な性格してる。

 

「気にしすぎだよ! 本戦でちゃんと結果を出せばいいんだよ!」

「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」

「違うんだ……! 俺のプライドの話さ……。俺が嫌なんだ。あと何で君らチアの格好してるんだ……!」

 

 ピンク肌の少女と透明少女が引き留めるも尻尾の少年は断固として譲らない。

 そして最後に凄いまともな突っ込みしたな。

 

「僕も記憶がなく、棄権したい! 実力如何以前に何もしていない者が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではなかろうか!」

 

 なんかこれまた見覚えのない少年が似たような事言い出した。

 難儀な性格の奴多いな。

 

「なんだこいつら……!! 男らしいな!」

 

『何か妙な事になってるが……』

『ここは主審ミッドナイトの采配がどうなるか』

 

 どうやら決定権はミッドナイトが握ってるらしい。

 主審て意外に権力あるのかね。

 

「そういう青臭い話はさァ……。好み!!! 庄田、尾白の棄権を認めます!」

 

 好みで決めたよ。

 さすが雄英。

 自由だ。

 

 ちなみに、心操少年とチームを組んでいたもう一人の少年は棄権しないらしい。

 それはそれで良いんじゃないかな。

 別に、空気読めよKY野郎!! とか言って非難するつもりはないよ。

 

「さて、空いた枠をどうしようかしら? 八木さんチームが暴れ回っちゃったから5位っていないし。繰り上がりをどうするか悩むわね」

 

 考えなしに棄権を認めたんだ。

 さすが雄英。

 自由だ。

 

「発言いいですか? ミッドナイト先生」

「ん? どうぞ拳藤さん」

 

 ここでサイドテールの少女が手を上げて話し出した。

 

「そういう話なら、最後まで頑張って上位キープしてた鉄哲チームを推薦したいんですけど」

「ふむ……。なるほどね」

「お……おめぇらぁ!!!」

 

 ああ。あの茨使いの少女がいたチームね。

 たしかに妥当かもしれない。

 上位チーム以外では唯一私の使い魔物量作戦を耐えきったチームだし、実績的には頭一つ抜けてそう。

 

「わかったわ! では異論がなければ鉄哲チームを繰り上がりとします! 異論は!?」

 

 なかった。

 さすがに皆空気を読んだ。

 で、どうやらチーム内で相談した結果、鉄っぽい肌の少年と茨使いの少女が繰り上がって決勝トーナメントに出場するらしい。

 その後、改めて組み合わせ決めのくじを引いた。

 

「という訳で、鉄哲と塩崎が繰り上がって16名!! 組はこうなりました!」

 

 そしてモニターにトーナメント表が表示される。

 その内容は。

 

 

 

 第一試合 緑谷VS心操

 第二試合 轟VS瀬呂

 第三試合 八木VS塩崎

 第四試合 飯田VS発目

 第五試合 芦戸VS青山

 第六試合 上鳴VS八百万

 第七試合 鉄哲VS切島

 第八試合 麗日VS爆豪

 

 

 

 となった。

 私は一回戦目でいきなりあの茨使いの少女、塩崎少女とだよ。

 騎馬戦でハチマキを奪えなかった雪辱を果たすとしよう。

 そんな思いで塩崎少女に視線を送ったら、ビクッとされた。

 怯えさせちゃったかな?

 

『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間! 楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 

 そして私は更衣室に連行された。

 そこで体操服もスク水も脱がされ、八百万少女が出したチア服と下着を着せられてレクに参加する事になってしまったよ。

 

「か、可愛い……!」

「お人形さんみたいですわ……!」

「黙ってればほんと美少女なのに……」

 

 なんか褒められたから、そんなに悪い気もしなかったけどさ。

 それにレクも結構楽しかった。

 やっぱり何事も参加する事に意義があるのかね。

 

 

 

 そうしてレクでも無双してる間に時は過ぎ、決勝トーナメントの時間がやってきた。

 

「オッケー。もうほぼ完成」

 

『サンキュー! セメントス! ヘイガイズアァユゥレディ!?』

 

 コンクリートを操る個性を持つ先生が、スタジアムの中に巨大なステージを作り出した。

 それで準備は整った。

 スタジアムは熱狂の渦に巻き込まれ、マイク先生の実況が響き渡る。

 

『色々やってきましたが!! 結局これだぜガチンコ勝負!! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな!! 心・技・体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』

 

 私はそれを選手入場ゲート付近で聞いていた。

 観客席に向かう途中でパパを発見して、緑谷少年の激励に行くって言うからせっかくだしついて来たのだ。

 そして、緊張でガッチガチになってる緑谷少年を発見した。

 

「HEY!」

「やっ! 緑谷少年」

「オールマイト……。八木さん……」

 

 緑谷少年は知り合いの姿を見て少しだけ緊張が取れたのか、ちょっとだけ肩の力が抜けたみたいだ。

 良かったね。

 

「調子はどうだい? 見たところ、まだワン・フォー・オールは使ってないみたいだけど」

「……はい。正直まだ不安で。ヴィランに撃った時のイメージを電子レンジにあてはめて頭に浮かべて、この二週間で練習したんですけど。……一応成功はしたけど、まだ気を抜くと今にも崩れそうな危うい感じで……。全然……」

 

 緑谷少年がネガティブになっていく。

 もうこれはアレだな。

 生まれもった気質ってやつだな。

 どうしようもないぜ。

 

 ちなみに、電子レンジっていうのは、前に緑谷少年が海浜公園で話していたワン・フォー・オール暴発のイメージの事だ。

 緑谷少年は個性の反動で体がぶっ壊れるのを、「電子レンジに入れられた卵みたい」と称した。

 それに対してパパが言ったアドバイスが、「ワット数を下げる。タイマーを短くする。何でもいいから卵が爆発しないイメージを作れ」って感じだったのだ。

 まさに感覚派だよね。

 

「それに、今の僕の身体だと、成功してもちょっとパワーが上がったくらいのものにしかならない」

「うむ。前に話した0か100かの出力で言えば、今の君の身体で出せるのは、せいぜい5くらいってところかな」

「5……」

 

 5ですか。

 それはまあ、なんと言うか。

 

「前途多難だね。緑谷少年」

「うん……。そう考えると本当僕って、皆と運に恵まれたってかんじですね」

 

 ネガティブ!

 やっぱりどことなく後ろ向きだなこの子は。

 轟少年に宣言した時の君はどこに行ってしまったんだ……。

 ほら、パパも微妙な顔して頭かいてるじゃないか。

 

「そこは『こなくそ頑張るぞー』でいいんだよナンセンスプリンスめ! 君の目指すヒーロー像はそんな儚げな顔か!?」

 

 パパのダブルチョップが緑谷少年に炸裂!

 ま、いい薬でしょ。

 

「いいかい? 怖い時、不安な時こそ笑っちまって臨むんだ!! ここまで来たんだ。虚勢でもいい胸は張っとけ! 私が見込んだってこと忘れるな!」

 

 パパはマッスルフォームに変身していつもの笑顔でそう言った。

 私が参考にしてる顔だ。

 人を安心させる笑み。

 この顔で激励されてるんだから、もっとポジティブになっても良いと思うよ緑谷少年。

 

「そうそう。ここまで来ちゃったらどうせもう後には引けないんだから。当たって砕けて来いよ! 砕けなかったら準決勝で会おうぜ!」

 

 そう言って私も激励しておいた。

 パパの真似してサムズアップしながら。

 

「……うん! 準決勝で会おう!!」

 

 そう言って緑谷少年は入場して行った。

 いまいち笑いきれてない変な顔で。

 緑谷少年らしいっちゃらしいかな。

 

「パパ」

「うん? なんだい魔美ちゃん」

 

 そして私はパパに言った。

 

「もし緑谷少年が私と当たったら、全力で叩き潰すからね」

 

 たとえ大事な後継者相手でも手は抜かない。

 その事を改めてパパに宣言した。

 そしたらパパはふっと笑って。

 

「そうか。頑張りなさい」

「……うん」

 

 実に父親らしい事を言ったのだった。

 

 



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体育祭!!! パート7

『一回戦!! 成績の割になんだその顔! ヒーロー科! 緑谷出久!!

 

 (バーサス)!!!

 

 ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科! 心操(しんそう)人使(ひとし)!!』

 

 私達が入場ゲートで見守る中、ついに試合が始まろうとしていた。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする。あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!! ケガ上等!! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨ておけ!』

 

 今日のおばあちゃんは大変そうだ。

 障害物競争の時から負傷者は大量にいただろうし、ついさっきも轟少年を保健室送りにしちゃったしね。

 過労死しなければいいけど。

 

『だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ!! アウト! ヒーローはヴィランを捕まえる為(・・・・・)に拳を振るうのだ!』

 

 それに関しては窮屈なルールだなーって毎度思う。

 これのせいで、私は気軽にディザスターモードとかを使えない。

 アレはこの間の脳無みたいな特殊な例でもない限り、ほぼ確実に相手を殺しちゃうから。

 あんな極度の興奮状態で手加減なんてできないからね。

 だからこそアレは奥の手であり、禁じ手でもある訳だ。

 

 それにこれが必要なルールだって事はちゃんとわかってるし、これくらいきつい縛りがなかったら私はとっくの昔に暴走してるって事も理解してる。

 でも、やっぱり気持ちの問題かね。

 世の中には刑務所にぶち込むより殺しちゃった方がいいヴィランだっていると思うんだ。

 

 ……おっと。試合と関係ない事考えちゃってたぜ。

 今は緑谷少年の試合の観戦に集中しよう。

 隣のパパなんか何故か当人以上に緊張しながら見てるしね。

 

「『まいった』か。わかるかい緑谷出久。これは心の強さを問われる戦い。強く思う将来(ビジョン)があるなら、なりふり構っててちゃダメなんだ」

 

『そんじゃ早速始めようか!!』

 

 なんか心操少年がぼそぼそ言ってるけど、マイク先生の声とスタジアムの熱狂に紛れてよく聞こえないな。

 何言ってんだろ?

 

「あの()はプライドがどうこうとか言ってたけど……」

 

『レディイイイイーーー!!!』

 

「チャンスをドブに捨てるなんて、バカだと思わないか?」

 

『スターーート!!!』

 

「!!」

 

 ん?

 なんだろう?

 緑谷少年の雰囲気が変わった。

 怒ってる?

 

「何てこと言うんだ!!」

 

 緑谷少年がそう叫んで駆け出した瞬間、──その動きが完全に止まった。

 

 

 

「俺の勝ちだ」

 

 

 

 騒がしいスタジアムの中。

 そんな心操少年の声だけが、不思議と私の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

『オイオイどうした!? 大事な初戦だ盛り上げてくれよ!? 緑谷、開始早々完全停止!? アホ面でビクともしねえ!! 心操の個性か!?』

 

 プレゼントマイクの実況が耳を素通りする。

 体が動かないし、頭の方もまるでモヤがかかったみたいに上手く働かない。

 

『全っっっっ然目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえ奴なのか!!!』

 

「お前は……。恵まれてて良いよなァ。緑谷出久」 

 

 心操くんが感情の籠った声でそう言っていた。

 僕はそれを黙って聞いている事しかできない。

 

「振り向いてそのまま場外まで歩いていけ」

 

 その言葉を聞いて体が勝手に動き出した。

 言うとおりに後ろを向いて勝手に場外に向けて足が動いく。

 

『ああーーー!! 緑谷! ジュージュン!!』

 

 進む先の入場ゲートにオールマイトの心配そうな顔が見えた。

 八木さんの考察するような目が心操くんに向けられているのが見えた。

 

 ダメだ!

 行くな!

 ちくしょう!! 止まれ!! 止まれって!!

 

 折角、折角尾白くんが忠告してくれたのに!

 わかってたのに!

 心操くんの個性の事! 

 問いかけに答えるのが発動条件だって事!

 衝撃によって解けるって弱点までわかってたのに!

 

 くそう!

 ちくしょう!

 こんな!! あっけなく!!

 皆、託してくれたのに!!

 

 轟くんに勝つって言ったのに!!

 八木さんに準決勝で会おうって言ったのに!!

 こんな、ところで────

 

 

 

 

 

 ──その時。入場ゲートの中。オールマイトと八木さんがいる筈の場所に、無数の人影のような幻覚が見えた。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 何っっっっっだこれ!!!!!

 何が起こったのかはわからない。

 でもその時……

 

「わかんないだろうけど……。こんな個性でも夢見ちゃうんだよ。さぁ、負けてくれ」

 

 指先が、少しだけ、動いた。

 

「ッ!!!」

 

 動いた指に全力で個性(ワン・フォー・オール)を発動させ、暴発させた。

 激痛が走る。

 でもその代わりに……

 

 心操くんの洗脳が解けた。

 

「っ………!!! ハァ! ハァ……!」

 

『これは……。緑谷!! とどまったああ!!!』

 

「何で……!? 体の自由はきかない筈だ! 何したんだ!」

 

 指は僕だ……。

 でも動かせたのは違う!

 何だ!?

 知らない人達が浮かんで……一瞬、頭が晴れた。

 

 ワン・フォー・オール。

 聖火の如く引き継がれてきたもの。

 

 人……?

 この力を紡いできた人の……気配……!?

 助けてくれたのか!?

 あるのか!?

 そんな事!?

 

 ……今考えても答えは出ない! 後でいい! 今考えるのは……!

 

「……何とか言えよ」

 

 心操くんが語りかけてくる。

 それに答える事はできない。

 また洗脳される。

 

「……! 指動かすだけでそんな威力か!! 羨ましいよ!!」

 

 僕もソレ。昔思ってた。

 かっちゃんにいじめられてた時も……。八木さんの力を初めて見た時も……。

 

「俺はこんな個性のおかげで登竜門すらくぐらせてもらえなかったよ! 恵まれた人間にはわかんないだろ!」

 

 わかるよ。

 でも、そうだ。

 僕は、恵まれた。

 

「誂え向きの個性に生まれて!! 望む場所へ行ける奴らにはよ!!!」

 

 人に!! 恵まれた!!

 だからこそ!!

 僕だって!!!

 負けられないんだ!!!

 

 心操くんの肩を掴んで、腹を押して、場外まで押し出そうとする。

 

「何とか言えよ!!」

 

 心操くんの拳が飛んでくる。

 この至近距離じゃ避けられない。

 あえて食らう。

 

「ぁああ!!!」

 

 それでも力は緩めない。

 心操くんを掴んだまま、押し込んでいく!

 

「押し出す気か……!? ふざけた事を……!」

 

 体の向きを変えて、力を受け流される。

 僕と心操くんの位置関係は逆転し、僕の方が場外に近づく。

 

「お前が出ろよ!!」

 

 ここだ!!

 僕を押し出す為に顔に伸ばされた腕を掴む!

 

「んぬあああああ!!!!!」

 

 そのまま押し出す勢いを利用して、投げた。

 戦闘訓練の時、かっちゃんにも使った背負い投げ。

 上手く決まってくれたそれは心操くんを転がし、その足を場外にまで出させるのに成功した。

 

「心操くん場外!! 緑谷くん! 二回戦進出!!」

 

「ハァッ……!」

 

 ミッドナイト先生の宣言を聞いて、自分が勝てたって事を実感できた。

 終わった……。

 そう思った途端に、疲労と意識の外に追い出していた激痛が襲ってきた。

 

「ッ!!」

 

『イヤハ! 初戦にしちゃ地味な戦いだったが、とりあえず両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!!』

 

 暴発させた指と殴られた顔が痛い。

 でも、その痛みを我慢して、僕は心操くんに話しかけていた。

 

「心操くんは……。なんでヒーローに……?」

「……憧れちまったもんは仕方ないだろ」

「……!!」

 

 その気持ちはワン・フォー・オールを継ぐ前の僕と同じだ。

 でも今の僕が。

 力を授かった僕が何を言ったって……。

 

 

「かっこよかったぞ心操!」

 

 

 客席からそんな声が聞こえた。

 普通科の客席から、心操くんを称える声が。

 

「正直ビビったよ!」

「俺ら普通科の星だな!」

「障害物競争2位の奴と良い勝負してんじゃねーよ!!」

 

 客席を見上げる心操くんの顔は、僕の位置からじゃ見えない。

 

「この個性。対ヴィランに関しちゃかなり有用だぜ。ほしいな……!」

「雄英もバカだなー。あれ普通科か」

「まぁ受験人数ハンパないから仕方ない部分はあるけどな」

「戦闘経験の差はなー……。どうしても出ちまうもんなぁ……。もったいねぇ」

 

 今度はプロヒーロー達が座る客席から、そんな声が聞こえてきた。

 

 

「聞こえるか心操。お前、すげぇぞ!」

 

 

「…………!」

 

 その声を聞いた心操くんは、背中越しに僕に語りかけてきた。

 

「結果によっちゃヒーロー科編入も検討してもらえる。覚えとけよ?」

 

 そう言う心操くんの声は、決意に満ちていた。

 

「今回はダメだったとしても、絶対諦めない。ヒーロー科入って。資格取得して。絶対にお前らより立派にヒーローやってやる」

「……! うん!」

 

 心操くんの言葉に返事をしたその時。

 体の自由がきかなくなった。

 あ。やられた……。

 試合終わったのに何を……?

 

「フツー構えるんだけどな。俺と話す人は。そんなんじゃすぐ足元掬われるぞ? せめて……みっともない負け方はしないでくれ」

 

 心操くん……。

 

「うん……!」

 

 あ……。

 またやられた。

 

 いまいち締まらない終わり方だったけど、僕はこうして一回戦を突破した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 無事? 一回戦を突破したものの、例によって怪我してしまった緑谷少年は保健室直行となった。

 正確には「リカバリーガール出張保健所」とやたらラブリーな文字で書かれた看板の出た、スタジアムから近い臨時の保健室だけど。

 

「全然……笑えなかったです」

「うーむ……」

 

 そこで現在、緑谷少年はおばあちゃんの治癒を受けながら、ちょっと苦い顔で報告を行っていた。

 余談だけど、私はこの治癒にお世話になった事がない。

 自前の超再生があるからね。

 

「まあ……心操少年の叫び、君には(・・・)心苦しい戦いだったね」

 

 そうだねー。

 私は心操少年の心からの叫びを聞いても「君も大変だねぇ」くらいの感想しか出なかったけど、緑谷少年はヒーローになる事を望んでも力がなくて諦めかけてた過去がある。

 今の心操少年と昔の自分を重ねてナイーブになるのも無理ないわな。

 私とは逆の意味で個性に悩まされた二人だったよ。

 

「……でも。だから負けていいとはならない。一番を目指すってそういう事なんですよね……」

 

 緑谷少年は浮かない顔だ。

 悩んでる訳じゃなさそうだけど、どうしようもない現実にちょっとだけ打ちひしがれてるって感じかな?

 でも頑張ってほしい。

 だって自分で決めた道なのだから。

 

「可哀想に。あんたまた変にプレッシャーかけたろ」

「ひっ、必要な事なのです! 痛い!」

 

 おばあちゃんの謂れのない暴力がパパを襲った!

 何をするだぁ!?

 ジトっとした目でおばあちゃんを睨み付けるも軽く流された。

 まあ、スキンシップの範疇だし、とやかくは言わないけどさ。

 

「そうだ。オールマイト。僕、幻覚が見えたんです」

「んん!?」

 

 幻覚?

 

「心操少年の個性で頭でもやられた?」

「いや、そういう感じじゃ……ないとも言い切れないけど。と、とにかく、8……9人? 人数は定かじゃないんですけど、洗脳で頭にモヤがかかったような感じになった時、そのモヤを払うかのように幻覚が浮かんで……。瞬間的に辛うじて指先だけ動いたって感じで……」

 

 なにそれ?

 オカルトの類いかな?

 それともワン・フォー・オール特有の何かだろうか?

 

「オールマイトのような髪型の人もいました。あれは……ワン・フォー・オールを紡いできた人の意思のようなものなのでしょうか?」

「怖ぁ……。何それ……」

「ええ!? ご存知かと!!」

 

 パパが露骨に顔を青くするけど、これは冗談だな。

 長年の付き合いでなんとなくわかる。

 でも、ただの冗談にしてはちょっと違和感があるかな……?

 

「いや、私も若かりし頃見た事はあるよ。ワン・フォー・オールを掴んできたって言うわかりやすい進歩だね」

「?」

 

 緑谷少年はよくわかってない感じだ。

 私もよくわからないよ。

 

「ワン・フォー・オールに染みついた面影のようなものだと思う。そこに意思どうこうは介在せず双方干渉できる類いのものじゃない」

 

 それは、なんとも不思議な個性だなぁ。

 ワン・フォー・オールは私の悪魔よりも不可思議な個性だ。

 

「つまりその幻覚が洗脳を解いたのではなく、君の強い想いは面影を見るに至り、心操少年の洗脳に対し、一瞬! 指先だけでも打ち勝ったって事なんじゃないか!?」

 

 うーん……。

 なんかこじつけくさいな。

 

「なんか全然釈然としませんけど……」

「私も同意見かな。パパ、何か隠してない?」

「食い下がるな!! それより次の対戦相手見なくて良いのか!?」

「あ!!」

 

 次の試合の勝者が緑谷少年の二回戦の相手になる。

 その事を今思い出したのか、緑谷少年は慌てて保健室を出て行った。

 

「お二人とも、ありがとうございました!! あと八木さんも!!」

「あいよ」

「私にお礼はいらないぞ」

 

 そうして緑谷少年は去って行った。

 私は保健室にまだ残った。

 

「パパ……。本当に隠してる事とかない?」

 

 なんか今回の一件は妙に引っ掛かるんだよね。

 その引っ掛かりの正体をできれば確認しておきたい。

 

「……ないさ。そこまで重要な隠し事はね。さあ、もう行きなさい。轟少年達の試合が始まってしまうよ」

「……ハァ。まあ、今はそういう事にしておいてあげよう」

 

 私はそれだけ行って保健室を出た。

 パパはごまかす事は多くても嘘はあんまり吐かない。

 だから、今回はそれを信頼して引き下がる事にした。

 

 さて、次は轟少年の試合か。

 見といた方が良いだろうな。

 

 そうして私は観客席に向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

「あんたもいた(・・)ってね」

 

 魔美ちゃんと緑谷少年が去った保健室で、リカバリーガールがそう言った。

 

「良い事です……」

 

 私はそうとしか返せなかった。

 実際に悪い事ではないのだ。

 ただ、順調に世代交代が進んでいるという、それだけの事なのだから。

 

「……あの子が心配してたのはあんたの安否だよ。あまり心配させてやるもんじゃないよ」

「……はい」

 

 その言葉に対しても、私はただ頷く事しかできなかった。

 心配させるな、か……。

 無茶ばかりしてきた、そしてこれからもするだろう私にはとても難しい事だ。

 

 それでも、できるだけ善処しよう。

 

 そう思いながら、私もまた観客席へと戻って行った。

 

 




最後のところは独自解釈入ってます。
真相が明らかになったら修正するかもしれません。


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体育祭!!! パート8

体育祭編のパート数がUSJ超えた……。
しかも、まだ中盤だよオイ……。
体育祭、なっがいなぁ……。


『お待たせしました!! 続きましては~~~こいつらだ!』

 

 私が観客席に戻ったところで、ちょうど轟少年の試合が始まろうとしていた。

 

『優秀!! 優秀なのに拭いきれぬその地味さはなんだ! ヒーロー科! 瀬呂(せろ)範太(はんた)!!

 

 (バーサス)!!

 

 超強力な氷結男!! 普通に強すぎるよ君! 同じくヒーロー科! 轟焦凍!!』

 

 私の席は先に行った緑谷少年と、ずっと観客席にいた飯田少年、麗日少女が確保しておいてくれた。

 ありがとー。

 

 さーて、どうなるかね?

 総合的な実力だけで考えれば轟少年の圧勝だと思うけど、不意討ちで速攻とかかければまた話は違うかもしれない。

 勝負は実力差だけで決まる訳じゃないからね。

 それに、ほとんどの個性には不意討ち食らったら自動的に発動する便利機能は搭載されてないし。

 

『スターーート!!!』

 

 地味な少年、瀬呂少年が動く。

 個性で両肘の先からセロハンテープ的な物を伸ばして轟少年を拘束し、振り回して場外に出そうとしてる。

 やっぱり選んだのは開幕速攻か。

 格上相手だと、それが一番勝ち目ありそうだもんね。

 

『場外狙いの早技(ふいうち)!! この選択はコレ最善じゃねぇか!? 正直やっちまえ瀬呂ーーー!!!』

 

 前から思ってたけど、マイク先生実況に私情挟みすぎだと思うんだ。

 ジャイアントキリングな展開が好きなのかね。

 たしかに、強い方が予定調和みたいに勝つのは、見てておもしろくないか。

 

 だがしかし、今回の戦いは番狂わせどころか、この後一瞬で終わった。

 

 それを見た私の感想は「轟少年強ぇぇ」、というありきたりなものだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──轟視点

 

 

 

「邪魔だ」

 

 試合前。

 選手控え室から会場に行く途中に、奴が待ち構えていた。

 

「醜態ばかりだな焦凍」

 

 そう言うクソ親父は、いつも通りの嫌な顔で俺を見ていた。

 そんなクソ親父を無視して歩みを進める。

 

「左の力を使えば障害物競争でも騎馬戦でも、あの小娘にああも一方的にやられる事はなかっただろう」

 

 うるせえ。

 耳障りだ。

 

「いい加減、子供じみた反抗を止めろ。お前にはオールマイトを超えるという義務があるんだぞ」

 

 うるせえ。

 

「わかっているのか? お前は兄さんらとは違う。お前は最高傑作なんだぞ!」

 

 うるせえ。

 

「それしか言えねぇのかてめぇは」

 

 こんな奴の指図は受けねぇ。

 

「お母さんの力だけで勝ち上がる。戦いでてめぇの力は使わねぇ」

 

 入場ゲートに向けて進む。

 これ以上、こいつの顔を見ていたくなかった。

 

学生のうち(いま)は通用したとしても、すぐ限界が来るぞ」

 

 背中越しにかけられたクソ親父の言葉を聞いて、俺は最悪の気分になった。

 

 

 

 

 

『お待たせしました!! 続きましては~~~こいつらだ!』

 

 ステージに上がって、対戦相手の瀬呂と向き合う。

 

『優秀!! 優秀なのにその拭いきれぬ地味さはなんだ! ヒーロー科! 瀬呂範太!!』

 

「ひでぇ」

 

(バーサス)!! 超強力な氷結男!! 普通に強すぎるよ君! 同じくヒーロー科! 轟焦凍!!』

 

『スターーート!!!』

 

 そして試合が始まった。

 

「まぁー、勝てる気はしねーんだけど……つって負ける気もねーーー!!!」

 

 瀬呂は開始早々個性で俺を拘束し、そのまま場外に投げ出そうとした。

 

『場外狙いの早技(ふいうち)!! この選択はコレ最善じゃねぇか!? 正直やっちまえ瀬呂ーーー!!!』

 

 

 

「悪ィな」

 

 

 

 それだけボソリと呟いて、俺は個性を発動させた。

 お母さんの力。氷の個性。

 それを最大出力で。

 

 ステージに、スタジアムの天井を遥かに超える高さの巨大な氷の柱が出来上がった。

 

 凍らせた事によって瀬呂の個性は砕け、拘束は解除された。

 そして瀬呂は、氷の柱の表面に張り付けにされている。

 

「や……やりすぎだろ……」

 

 体中を凍りつかせた瀬呂は、どう見ても戦闘不能だった。

 

「…………瀬呂くん。……動ける?」

「動ける筈ないでしょ……。痛えぇ……!」

「瀬呂くん行動不能!!」

 

 主審のミッドナイトの判定が下される。

 決着はついた。

 

「すまねえ……。やりすぎた」

 

 俺は瀬呂に近づきながらそう言って、左の炎で瀬呂の周りの氷を溶かしていく。

 

「イラついてた」

 

「轟くん! 二回戦進出!!」

 

 試合に勝っても、俺の中の嫌な気持ちは、決して消える事はなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ど……どんまい」

「どんまーい……」

「どーんまい」

「どーんまい!」

「どーんまい!!」

 

 会場中に巻き起こるどんまいコール。

 これは仕方ない。

 勝負は実力差だけで決まる訳じゃないとか言っといてなんだけど、それにも限度がある訳で……。

 アリとゾウとまでは言わないけど、こんなウサギとライオンくらいの実力差があれば、もう勝負にならない訳で……。

 しかも獅子がウサギを狩るのに全力を尽くしちゃったらもう目も当てられないというか……。

 

 うん。

 どんまい瀬呂少年。

 君の活躍は忘れない。

 三分くらいは。

 

「轟くん凄かったねぇ……」

「ああ。強い強いとは思っていたが、まさかあれほどとは……!」

「あれが氷の最大規模と仮定するともう使われる前に何とかするしかないけど、そんなの八木さんや飯田くんレベルのスピードがないと不可能だし、どうやって対策する? やっぱり自損覚悟のデラウェアスマッシュで打ち消すしかないか? そんでできるだけ氷使わせて弱点である個性のスタミナを消費させるくらいしか勝ち筋が……」

「緑谷少年は相変わらずだな」

「だね……」

「ああ」

 

 一人だけ感想じゃなくて分析に走るところが緑谷少年らしい。

 まあ、次の対戦相手だしね。

 そう思えば当然の反応か。

 ブツブツ言いすぎだと思うけど。

 

「八木さん。八木さんだったらどうやって攻略する?」

 

 おっと。

 なんか私にまで意見を求めてきたぞ。

 聞かれたなら答えてあげるけども。

 

「そうだねー。普通に拳で砕くか、ダークネス・スマッシュで打ち消すか。翼で避けるのも良いし、わざと食らって中から氷を粉砕してこんにちはっていうのもアリかな」

「なるほど」

「いや、なるほどじゃないよ!?」

「もっと凄い相手がここにいたな……」

 

 麗日少女と飯田少年が戦慄の眼差しで私を見つめてくる。

 そんな化物を見るような目で見るのは失礼だぞ!

 まあ、あながち間違ってないんだけどな!!

 

「あ! 次の試合って魔美ちゃんでしょ! 控え室行かなくて良いの?」

「たしかに! 早く行った方が良い! 雄英生足る者、十分前行動が基本だぞ八木くん!」

 

 麗日少女と飯田少年が今思い出したって感じで言った。

 轟少年の試合のインパクトのせいで忘れててたみたいだ。

 ちなみに、緑谷少年は見向きもせずにブツブツと何か言いながらノートに色々と書き込んでる。

 

「轟少年が出した氷の撤去に時間かかりそうだから、そんなに急ぐ必要はないんだけど……。まあ、今回は早めに行動しとくか。じゃあ行ってくるぜ三人共」

「うん! 頑張って!」

「油断しては駄目だぞ、八木くん!!」

「あ……! 八木さん! ちょっと待って!」

 

 ん?

 緑谷少年がブツブツを止めて呼び止めてきた。

 なんだろ?

 

 そして、緑谷少年はそのまま立ち上がって拳をこっちに向けて突き出してきた。

 

「準決勝で会おう!!」

 

 ……ハハッ!

 なるほど、そう言えばさっき私も言ったな。

 当たって砕けなかったら準決勝で会おうぜって。

 

 私は緑谷少年の拳に同じく拳をぶつけて宣言した。

 

「わかった! 準決勝で会おうぜ!」

 

 これ凄く青春っぽいなぁー。

 これで決勝で会おうぜだったら、シチュエーションとして最高なのに。

 

 そんな事を思いながら、私は控え室に行く為に客席を立った。

 

 

 

 

 

『氷の撤去に地味に時間がかかっちまったが、気を取り直して次行ってみよう!! 続いての対戦はこいつらだ!!』

 

 そして、控え室で待ってる間に、あっという間に試合時間がやって来た。

 私の対面には対戦相手の塩崎少女。

 かなり緊張してるというか、警戒してる。

 

『ここまでの成績が圧倒的過ぎる!! ちまたじゃヘドロ事件の英雄としてちょっと有名な最強少女!! ヒーロー科! 八木魔美子!!

 

 (バーサス)!!

 

 B組からの刺客!! 綺麗なアレにはトゲがある!? ヒーロー科! 塩崎(しおざき)(いばら)!!』

 

 塩崎少女の表情がピクッと動いた。

 その目線が上の方に、マイク先生のいる辺りに向けられる。

 なんだろ?

 今の紹介文が気に入らなかったのかな?

 

『さあさあ今回もド派手なバトルを……』

「あの……。申し立て失礼します」

 

 塩崎少女がマイク先生の言葉を遮った。

 やっぱり気に入らなかったのかね?

 

「わたくしはただ勝利をめざしてここまで来ただけであり、対戦相手を殺める為に来たのではありません」

『ご、ごめん……』

 

 あー。

 言われてみれば刺客って殺し屋っぽいイメージがあるな。

 何回か差し向けられたから良くわかるわ。

 

「そもそもわたくしが雄英校の進学を希望したのは、決して邪な考えではなく、多くの人々を救済したいと考えたからであり……」

『だから、ごめんてば!! 俺が悪かったから!!』

「わかって頂けて感謝いたします……!」

 

 何この子?

 聖母?

 私と大違いなんですけど。

 

 私が雄英に入った理由って、暴力許可証(ヒーロー資格)が欲しかったのと、パパがいる職場に大義名分を持って入りたかったっていう、邪な理由しかないよ。

 なんか、ごめんね……。

 

『とにかくスタート!!!』

 

 そんな感じで、清々しいくらい私と正反対な塩崎少女との試合が始まった。

 

 じゃあ、まずは小手調べ。

 この一撃で沈んでくれるなよ!

 

「ダークネス・スマッシュ!!」

 

『八木!! いきなりの速攻!! ていうかこの攻撃、轟の大氷結並みにデカイぞ!!?』

 

 私のダークネス・スマッシュは闇の塊っぽい何かで出来ている。

 そして闇の密度を高めれば威力も高くなり、密度を薄くすれば威力も下がる。

 重さみたいなものかな。

 自分でも良くわかってないけど。

 

 で、今回撃ったのはかなり密度の薄い闇。

 さすがにヴィランでもない相手に対して殺しちゃうような攻撃は撃てないよ。

 マイク先生も言ってたしね。

 命に関わるようなのはクソだぜって。

 

 それにこれだけ密度が薄いと霧散させるのも簡単。

 客席に届く前に私の意思で消せる。

 使い魔を消す時の感覚に似てるかな。

 でも、今回の相手はその使い魔を退けた少女。

 この程度で終わるとは思ってない。

 終わっちゃったら興醒めだけど。

 

 その心配は無用だったようで、私の足元から塩崎少女の個性であるツルが伸びてきた。

 地中を伝わせて攻撃するつもりらしい。

 私はそれを飛び上がって回避し、即座に上着を脱ぎ捨てて翼を出した。

 

 直後、私の元いた場所が大量のツルに侵食された。

 

『塩崎生きてたー!!! あの大規模攻撃をツルを盾にして凌ぎきったぜー!!! おもしろくなってきやがった!!!』

 

 塩崎少女の方を見れば、なんかツルの塊みたいな物が見えた。

 本人はあの後ろか。

 あのツルの塊を盾にして私のダークネス・スマッシュを防ぎきった訳ね。

 あの分なら、もう少し強く撃っても良かったかもしれない。

 

 さて、遠距離の次は近距離戦といきますか!

 

 私は翼をはためかせ、塩崎少女に向けて飛翔した。

 それを阻止するように四方八方の地面からツルが伸びてくる。

 それがそれぞれ鞭のようにしなって私を狙う。

 なるほど。

 強力で良い個性だ!

 

 しかし!

 

「パワーが足りん!! 悪魔の右腕! デビル・スマッシュ!!!」

 

 悪魔の一撃で風圧を起こす。

 拳による攻撃の余波である風圧なら直撃しない限り相手を殺す事はないからね。

 存分にぶっぱなせる。

 

『おおっとォ!! 八木! 拳の一振りで塩崎のツルを全部吹っ飛ばした!!! チートすぎだろ!!!』

 

「くっ……!」

 

 今の一撃でツルの盾まで崩壊し、塩崎少女を守る物は何もなくなった。

 私は上空に向けて飛ぶ。

 

「悪魔の右脚!」

 

 そして急降下しながら体を縦に回転させ、個性を解放した右脚でかかと落としを食らわせる。

 これぞ私の必殺技の一つ!

 

「ギロチン・スマッシュ!!!」

 

 直撃はしないように落下地点をずらしたけど、それでも単純な火力においてはデビル・スマッシュをも超える一撃!

 ギロチン・スマッシュが命中した地面は大きく陥没し、巨大なクレーターとなった。

 ステージ?

 クレーターの中に消えて行ったよ。

 

『ステージが消滅したァアアアア!!!? どんな馬鹿力だよ!!? もうあいつだけ世界観が違う気がする!!!』

 

 ステージが消えた以上、このまま落下して地面に足がつけば問答無用で場外だ。

 そして、空を飛ぶ能力を持たない塩崎少女に、その未来を回避する事はできない。

 

 だが、それでも塩崎少女は諦めなかった。

 

 塩崎少女の頭から伸びたツルが空中の私に向かってくる。

 あれで私の飛行を封じて、自分よりも先に地面に落とす算段か。

 最後まで諦めないその姿勢は立派だ。

 天晴れ!!

 

 だからこそ、敬意を表して私の手でトドメを刺してやろう。

 

「ダークネス・スマッシュ!!!」

 

 闇の破壊光線が無数のツルごと塩崎少女を包み込む。

 そして、そのまま地面に叩きつけた。

 塩崎少女は気絶しているのかピクリともしない。

 でも、加減はしたから死んではいない筈だ。

 

「塩崎さん戦闘不能!」

 

 それに、動けたとしてもどのみち場外。

 私の勝ちだ。

 

 良い勝負だったよ。

 塩崎少女。

 

「八木さん! 二回戦進出!!」

 

 こうして私は勝利した。

 宣言通り本気で、一切手を抜かずに、圧倒的な勝利を収めたのだった。

 




塩崎さんお疲れ様でした。
いや、ホント、マジで……。


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体育祭!!! パート9

うらら回。
言ってみたかっただけです。


 ──麗日視点

 

 

 

「す、凄かった……」

 

 魔美ちゃんの試合を見ていた私は、そんな普通の感想しか言えんかった。

 凄すぎて凄かったとしか言えん……。

 魔美ちゃんが超強力な個性を持ってるのは個性テストの時とかヘドロ事件のニュースとかで見て知ってた。

 個性だけじゃなくて素で強いって事も戦闘訓練で見たから知ってた。

 

 でも、魔美ちゃんが個性使ってちゃんと戦ってるのを見たのはこれが初めてだ。

 

 USJの時は一緒にはいなかったし、障害物競争の時はなんかよくわからん内に追い抜かれただけ。

 騎馬戦は一緒に組んだけど、ほとんど使い魔と発目さんのアイテムで戦ってたから本当の実力はわからなかった。

 最後の爆豪くんとの戦いも、戦闘ってよりはハチマキの争奪戦だったし。

 

 そうして初めて見た魔美ちゃんの本当の力。

 圧倒的すぎて凄いとしか言えんかった……。

 

 そんな事考えてたら、隣の席からブツブツと小声で何か聞こえてきた。

 

「ん?」

 

 気になって見てみたら、デクくんが凄い真剣な顔でブツブツ言いながらノートに何か書き込んでた。

 

「八木さんの実力はやっぱり常軌を逸してる。塩崎さんだって入試5位の実力者。個性だって切り離して盾にするも良し、鞭みたいにして攻撃するも良し、縛りつけて拘束するも良しのかなり強力な個性だったのに。それを真っ正直から粉砕できる圧倒的なパワーとスピード。しかもそれ以外にも強力な能力を多数持ってる。開幕速攻であの闇のレーザービームみたいなやつ撃たれるだけでもかなり厳しいのに、それ以上に本人が強いし、その気になれば使い魔で数の暴力を体現する事もできる。強すぎる上にできる事が多すぎて隙がない。どうやって攻略すればいいんだろうこれ……」

 

 なんか近寄りがたい雰囲気を発してたけど、それでも気になって話しかけた。

 

「終わってすぐなのに先見越して対策考えてんだ?」

「ハッ! ああ!? いや!? 一応……ていうかコレはほぼ趣味というか。八木さんが本気で戦うのを見られるのは稀だし、クラス外の凄い個性見られる機会だし……。あ! そうそうA組の皆のもちょこちょこまとめてるんだ。麗日さんの無重力(ゼログラビティ)も」

 

 そう言ってデクくんが見せてくれたノートには、私の個性の詳細がびっしりと書かれていた。

 凄いや……。

 私以上に私の個性の事よくわかってるかもしれない。

 

「……デクくん会った時から凄いけど、体育祭で改めてやっぱやるなぁって感じだ……」

 

 最初に凄いと思ったのは入試で助けてくれた時。

 体ぶっ壊しながら私の事助けてくれた。

 個性テストの時も、戦闘訓練の時も、使えば怪我する個性で案の定怪我し続けながら頑張ってた。

 体育祭でもそうだ。

 デクくんは本気で轟くんや魔美ちゃんと戦おうとしてる。

 

「ただいまー」

 

 と、そこで魔美ちゃんが戻って来た。

 私より背が低くて、ちょっと幼い感じのする凄い美少女。

 この身体のどこにあんな化物みたいな力があるんだろ?

 

「おつかれ様、八木さん」

「魔美ちゃん、おつかれ」

「うん。いやー、結構強かったよ塩崎少女」

 

 圧勝に見えたけど。

 やっぱり戦った本人にしかわからない事ってあるのかな。

 

「ところで飯田少年がいないけど、どうした?」

「あ、飯田くんなら控え室だよ。ほら、魔美ちゃんの次の試合が出番だったから」

「あー。でも、ステージが崩壊しちゃったし、修復作業中は待ちぼうけか。かわいそうに」

 

 ステージを崩壊させた本人がそれ言うか!

 

 そんな感じでしゃべりながら待ってる間にセメントス先生がステージを修理……というか一から作り直して、飯田くんの試合が始まった。

 

『二戦連続でステージが使えなくなるっていうハプニングもあったが! 気にしないでどんどん行くぞ! 頂点目指して突っ走れ!!』

 

『ザ・中堅っていう感じ!? ヒーロー科! 飯田天哉!!

 

 (バーサス)!!

 

 サポートアイテムでフル装備!! サポート科! 発目明!!』

 

 飯田くんとあのサポート科の変な人の試合。

 なんだけど……

 

「なんで、飯田少年もフル装備?」

 

 魔美ちゃんの疑問の声が全てを物語ってた。

 何故か飯田くんも全身にサポートアイテムを装備してた。

 凄く……ろくでもない事の予感がする。

 

「ヒーロー科の人間は原則そういうの禁止よ? ないと支障をきたす場合は事前に申請を」

「は!! 忘れておりました!! 青山くんもベルトを装着していたので良いものと……!」

「彼は申請しています!」

「申し訳ありません……! だがしかし! 彼女のスポーツマンシップに心打たれたのです!!」

 

 すぽーつまんしっぷ?

 発目さんが?

 

「彼女はサポート科でありながら、『ここまで来た以上対等だと思うし対等に戦いたい』と、俺にアイテムを渡して来たのです!! この気概を俺は!! 無下に扱ってはならぬと思ったのです!!」

 

 発目さんがそんな事を?

 なんやろ。

 めっちゃ嘘くさい。

 

「青くっさ!!」

 

『いいんかい……』

『まあ、双方合意の上なら許容範囲内……でいいのか?』

 

「ミッドナイト先生また認めたよ。さすが雄英。自由だ」

 

 アレは雄英ってよりミッドナイト先生が自由なだけだと思うけど……。

 

『スタート!!』

 

 そうしてる内に試合が始まった。

 飯田くんはいつも通りダッシュで距離詰めようとしてる。

 

「素晴らしい加速じゃないですか飯田くん!! 普段よりも足が軽く上がりませんか!? それもその筈!! そのレッグパーツが着用者の動きをフォローしているのです!」

 

 なんか発目さんがいきなり喋り出した。

 やたらと声が大きいからマイク使ってるんだと思う。

 

「そして私は『油圧式アタッチメントバー』で回避もラクラク!」

「どういうつもりだ……!!」

「飯田くん鮮やかな方向転換!! 私の『オートバランサー』あってこその動きです!」

 

『何コレ……』

『売り込み根性たくましいな……』

 

 ああ。

 やっぱりろくでもないない事になった。

 

 そして十分後。

 

「ふー……。全て余す事なく伝え見て頂けました。もう思い残す事はありません!」

「発目さん場外! 飯田くん二回戦進出!」

「騙したなあああ!!!」

「すみません。あなた利用させてもらいました」

「嫌いだぁあ君ーーー!!!」

 

「きっと飯田くん真面目すぎたから耳ざわりの良い事言って乗せたんだ……。あけすけなだけじゃない。目的の為なら手段選ばない人だ。凄い……」

「アハハ! 発目少女はユニークだなぁ。渡されたアイテムもおもしろい物多かったし」

「……通電とかしてたよね?」

 

 デクくんと魔美ちゃんの会話を聞きながら、私は席を立った。

 

「っし……。そろそろ控え室行ってくるね」

「行ってらっしゃーい」

 

 魔美ちゃんの呑気な声にちょっとだけ力が抜けた。

 出番が近づく程に緊張が増していってたから、正直ありがたいわ。

 

 

 

 控え室で緊張しながら出番を待ってたら、疲れた顔した飯田くんが現れた。

 

「おつかれ様、飯田くん」 

「お。うらら……かじゃないな!! シワシワだぞ眉間!!」

「みけん?」

 

 そんな凄い顔してるの私?

 

「あー……ちょっとね。緊張がね。眉間にきてたね」

「そうか……。君の相手、あの爆豪くんだものな……」

「うん。超怖い」

 

 あの怒りの化身みたいなのと戦うと考えたらめっちゃ怖い。

 でも……

 

「でもね。飯田くんのあのやつ(・・・・)とか、デクくんと魔美ちゃんのアレとか見ててね……」

 

 騎馬戦のチーム決めの時、一度負けた相手である魔美ちゃんに挑戦するって言った飯田くん。

 準決勝で会おうぜ!って拳を合わせるデクくんと魔美ちゃん。

 そういうの見てたら、ヒーロー志望として奮い立たない訳にはいかないでしょ!

 

「麗日さん!!」

 

 と、今度はデクくんが現れた。

 

「デクくん! アレ? 皆の試合見なくていいの?」

「だいたい短期決戦ですぐ終わってて。今、切島くんとB組の人のとこだよ。

 芦戸さんが青山くんのベルト故障させて、慌てた隙に顎を一発、失神KO。

 上鳴くんは先手必勝。八百万さんが何かやる前に無差別放電で決めた」

「じゃあ……もう次……すぐ」

 

 緊張で心臓がバクバクする。

 

「しかしまあ、爆豪くんも女性相手に全力で爆発は……」

「するね。戦闘訓練の時も躊躇なく八木さんに使ってた」

 

 そう言えばやっとったわ。

 ますます怖くなってきた。

 

「皆、夢の為にここで一番になろうとしてる。かっちゃんでなくとも手加減なんて考えないよ。あの圧倒的すぎる八木さんですら本気でやってるんだから」

 

 ……その通りだ。

 私も気張らないと。

 

「僕は麗日さんに助けられた。だから、少しでも助けになればと思って、麗日さんの個性でかっちゃんに対抗する策。付け焼き刃だけど考えてきた!」

 

 そう言ってデクくんはあのノートを差し出してきた。

 多分、あれを見れば私の勝率はちょっとでも上がるんだと思う。

 けど……

 

「おお! 麗日くんやったじゃないか!!」

「ありがとうデクくん……」

 

 

 

「でも、いい」

 

 

 

 それでも私は断った。

 

「え?」

「デクくんは凄い! どんどん凄いとこ見えてくる。……騎馬戦の時、仲良い人と組んだ方がやりやすいって思ってたんだけど。今思えばデクくんと魔美ちゃんに頼ろうとしてたんかもしれない」

 

 あの時。

 私は魔美ちゃんに誘われて、一も二もなく頷いただけだった。

 

「だから、飯田くんが挑戦するって言ってて、本当はちょっと恥ずかしくなった」

「麗日さん……」

「だから、いい!」

 

 今度は私一人の力で頑張ってみるから!

 

「皆、将来に向けて頑張ってる! そんなら皆ライバルなんだよね。だから、──決勝で会おうぜ!」

 

 私は二人に向かってそう宣言した。

 情けない事に体は緊張と恐怖で震えてたから、デクくん達みたいにかっこよくはなかっただろうけど。

 

 それでも私は、勇気を振り絞って爆豪くんに挑む

 

 その想いで控え室を後にした。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「おかえりー」

 

 ツンツン頭の少年と鉄っぽい少年の試合が両者ダウンの引き分けで終わった頃、麗日少女の激励に行ってた緑谷少年と飯田少年が帰って来た。

 ちなみに、引き分けの二人は軽く回復した後、腕相撲とかで決着つけるらしいよ。

 

 で、帰って来た二人の顔は暗い、っていうより緊張しまくってる感じだ。

 自分が戦う訳でもないのにね。

 でもまあ、勝ってほしい人が戦ってるのに自分は手を出せずに見守るしかないっていうのは、たしかに緊張するか。

 納得。

 私としては、どっちも頑張れー、って感じだけどね。

 

 そして私達が見守る中、ついに麗日少女と爆豪少年がステージに現れた。

 

『一戦目最後の組だな……』

 

『中学からちょっとした有名人!! 堅気の顔じゃねぇ! ヒーロー科! 爆豪勝己!!

 

 (バーサス)!!

 

 俺こっち応援したい!! ヒーロー科! 麗日お茶子!!』

 

 相変わらず私情挟みまくりなマイク先生の実況。

 そして隣の席では緑谷少年と飯田少年が話し合っていた。

 

「先程言っていた爆豪くん対策とは何だったんだい?」

「ん! 本当たいした事じゃないけど……。かっちゃんは強い……! 本気の近接戦闘はほとんど隙無しで、動く程強力になっていく個性だ。空中移動があるけど、とにかく浮かしちゃえば主導権を握れる」

 

 ふむ。

 一理あるね。

 私からすれば爆豪少年の近接戦闘は個性なしでも付け入る隙のある荒いものだけど、学生レベルだと頭一つ二つ抜けてるのも確か。

 ましてや麗日少女とは体格もパワーも個性の攻撃力も違いすぎる。

 さながら軽自動車と装甲車だ。

 勝つには麗日少女の個性に賭けるしかないでしょ。

 

「だから……速攻!!」

 

『スタート!!!』

 

 開始早々、麗日少女が爆豪少年めがけて突撃した。

 緑谷少年が言った通りになったね。

 

「事故でも触れたら浮かされる! 間合いは詰められたくない筈! だったらかっちゃん的には、回避じゃなくて迎撃!!」

 

 緑谷少年の言う通り、爆豪少年は右腕を振りかぶって迎撃の態勢に入った。

 たしかにこれが一番の勝ち筋なんだろう。

 けど、やっぱり。

 

「ぶわっ!?」

 

 麗日少女が爆発を受けてふっ飛ばされる。

 避けられなかったみたいだ。

 その後も爆煙に紛れ、上着を浮かせて囮にするという小細工で爆豪少年の後ろを取った麗日少女だけど、見てから反応されてまた爆発。

 吹き飛ばされた。

 

『麗日! 間髪入れず再突進!!』

 

「おっせぇ!!」

 

 また爆発で吹っ飛ばされる。

 

 そう。

 やっぱりどこまで行っても、こういう真っ向からのぶつかり合いでは、単純な基礎スペックで勝る者が絶対有利。

 轟少年と瀬呂少年の戦いをウサギとライオン程の戦力差と例えたけど、これも似たようなもんだ。

 猫とネズミくらいの力の差がある。

 窮鼠が猫を噛む可能性も存在するけど、それはあくまでも奇跡の上に成り立つ話。

 油断しなければ猫が負ける事はまずないんだよ。

 

「おらああああ!!!」

 

 それでも麗日少女は向かって行く。

 その度に爆破される。

 

「まだまだぁ!!!」

 

 何度も何度も。

 

『休む事なく攻撃を続けるが……。これは……』

 

 マイク先生も若干引いているようだ。

 まあ、一見猫がネズミをいたぶって遊んでるように見えるもんね。

 実際は獅子がウサギを狩るのに全力を尽くし、ウサギも食われまいと必死に抗ってるだけなんだけど。

 

「おい!! それでもヒーロー志望かよ! そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!! 女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

「そーだ! そーだ!」

 

 ついにブーイングが巻き起こったよ。

 

『一部からブーイングが……。しかし正直俺もそう思……わあ肘っ!? 何すーん……』

『今遊んでるっつたのプロか? 何年目だ? シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』

 

「相澤先生……!?」

 

 相澤先生言うねぇ。

 当たり前だけど。

 

『ここまで勝ち上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断もできねぇんだろうが』

 

 その通りだよ。

 たしかに爆豪少年と麗日少女じゃ猫とネズミだ。

 でも、ネズミには毒がある。

 爆豪少年は麗日少女に触れられて浮かされれば敗北もあり得る。

 だから噛みつかれないように警戒しながら本気で戦ってる訳だ。

 熱い勝負だよ。これは。

 

 そして麗日少女もただ抗ってるだけじゃない。

 勝ちに行ってる。

 窮鼠が猫を噛むのは奇跡の上に成り立つ話だ。

 だがしかし、奇跡ってのはただ祈ってるだけじゃなかなか起きない。

 だから自分で引き寄せなきゃいけない訳だ。

 

 麗日少女は今、奇跡を引き寄せようとしてる。

 

 無数の流星群がステージに降り注いだ。

 

「勝あああアアアつ!!!」

 

『流星群ー!!!』

 

 麗日少女の個性『無重力(ゼログラビティ)』。

 五指全てで触れたモノを一時的に無重力状態にする個性。

 爆豪少年が爆破する度に砕けたステージの破片に個性を使って空に飛ばし、低い打点からの度重なる突進で爆豪少年の目を下に向けさせ、さらに爆煙を目眩ましにして今の今までこの攻撃を悟らせなかった。

 

 瓦礫の流星群がステージの上の二人に降り注ぐ。

 生身でこの攻撃を受けたら頑丈になる系列の個性でも持っていない限り結構なダメージを受ける。

 麗日少女は爆豪少年がこれを迎撃するなり回避するなりして出来るだろう隙を狙ってるんだと思う。

 こんな自分も危険に晒されるような捨て身の策を使ってでも。

 そして、その努力は──

 

 

 

 BOOOOM!!!!

 

 

 

 無慈悲に放たれた大爆発によって、報われる事はなかった。

 爆豪少年は上空に向けて放った大爆発で、全ての流星群を粉砕した。

 攻撃力の差としか言いようがない。

 麗日少女は奇跡を起こせなかった。

 

『会心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々、正面突破!!!』

 

 万策尽きたな。

 私の目から見ても、もう麗日少女に勝ち目はない。

 秘策は破られ、すでに体力は限界。

 対する爆豪少年にはまだ余力がある。

 ここから逆転する可能性はゼロに等しい。

 

 それでも彼女は諦めなかった。

 尚も爆豪少年に向けて突撃しようとし、

 

「ハッ……! ハッ……! んのっ……体……言うこと……きかん……!」

 

 ふらりと倒れた。

 体力の限界。

 そして個性の反動。

 麗日少女の個性は上限を越えて使い続けると、平衡感覚を狂わせて強烈な酔いを発生させるらしい。

 今回の戦い。

 とっくにその上限を越えてたって事だ。

 

 ここまでだな。

 いくら心が折れずとも、体が動かなければどうにもならない。

 

「……麗日さん、戦闘不能」

 

 ミッドナイト先生が試合の終了を告げる。

 

「二回戦進出、爆豪くん!」 

 

 私は熱い戦いを繰り広げた二人に、惜しみない拍手を送った。

 



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体育祭!!! パート10

ストックが切れた……。



『ああ麗日……うん。爆豪一回戦とっぱ』

『ちゃんとやれよ。やるなら』

『さあ気を取り直して!!』

『私情すげぇな。最初からだが……』

『一回戦が一通り終わった!! 少休憩挟んだら早速次行くぞー!』

 

 マイク先生と相澤先生の小粋なトークが終わってから少しして、爆豪少年が観客席に戻って来た。

 代わりに緑谷少年がどっか行った。

 十中八九、麗日少女のお見舞いでしょ。

 

「おーう。何か大変だったな悪人面!」

「組み合わせの妙とはいえ、とんでもないヒールっぷりだったわ爆撃ちゃん」

 

「うぅるっせえんだよ!! 黙れ!!」

 

「まぁ、しかしか弱い女の子によくあんな思い切りの良い爆破できるな」

「上鳴ちゃんも八百万ちゃんに向かって思いっきり放電してたわ」

「いや、梅雨ちゃんアレはね……」

 

「フンッ!!」

 

 クラスメイト諸君がやんややんやと出迎える中、爆豪少年は不機嫌そうな雰囲気で乱暴に席に着いた。

 そして、

 

「どこがか弱ぇんだよ……」

 

 ボソリと呟くようにそう言った。

 私はそんな爆豪少年の肩をどんどんと叩いた。

 

「爆豪少年!」

「鬱陶しいわ!! なんだ!! クソ女!!」

 

 案の定さらに不機嫌になったけど、これだけは言っておきたかったから私は口を開いた。

 

「初戦突破おめでとう。良い勝負だったぜ」

「ハァ? 何のマネだ……?」

「別にー。ただ祝福してあげただけだよ」

「ケッ!! 舐めてんじゃねぇ!!」

 

 思った事を正直に言っただけなんたけどなー。

 ついでに誰にも祝福してもらえない哀れな悪人面への施しでもあるんけど、それは言わなくてもいいよね。

 麗日少女は緑谷少年が慰めに行ったし。

 敗者が慰められるなら、勝者は祝福されても良いと思うんだ。

 

 それからちょっとしてから引き分けだった第七試合、ツンツン頭の少年と鉄っぽい少年の戦いが始まった。

 腕相撲という名の。

 

「んんんんんんんんん!!!」

「んんんんんんんんん!!!」

 

「ガァ!!!」

 

 あ。ツンツン頭の少年が勝った。

 

『引き分けの末キップを勝ち取ったのは切島!! これで二回戦目進出者が揃った! つーわけでそろそろ始めようかぁ!』

 

 やっと始まるよ二回戦。

 なんかここまで長かったような気がする。

 轟少年が出した氷の撤去に時間がかかったり、私がステージ全壊させて作り直しが必要になったりして、地味に時間かかったからなぁ。

 なんだかんだで爆豪少年もそれなりに破壊してたしね。

 

 で、次の試合は緑谷少年対轟少年か。

 因縁の対決だね。

 ステージぶっ壊れる予感しかしねぇな!

 

 そして二人がステージに現れる。

 そのタイミングで麗日少女が観客席に戻って来た。

 

「二人まだ始まっとらん?」

「うら……」

「見ねば」

「目を潰されたのか!! 早くリカバリーガールの元へ!!」

 

 戻って来た麗日少女の目はめっちゃ腫れていた。

 どう見ても泣き腫らした的なアレだろう。

 飯田少年にはわからないのか?

 

「行ったよ。コレはアレ。違う」

「違うのか! それはそうと悔しかったな……」

「今は悔恨よりこの戦いを己の糧とすべきだ」

「うん……!」

 

 飯田少年と鳥頭の少年が慰めた。

 なら、私は慰めじゃなくて労いの言葉をかけるべきかな。

 

「麗日少女」

「うん? 何、魔美ちゃん?」

「おつかれ。良い勝負だった」

「……うん」

 

 爆豪少年にかけたのと似たような言葉。

 これは私の本心だ。

 本当に良い勝負だったと思うよ。

 

 そして麗日少女は敗北の悔しさを乗り越えたのか、これから始まる試合に集中し始めた。

 

「あの氷結、デクくんどうするんだ?」

 

 麗日少女の疑問の声。

 まあ、始まってみればわかる事だけど。

 緑谷少年に選べる選択肢はほとんどないわな。

 

「それはやっぱり──」

 

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!! まさしく両雄並び立ち今!! 緑谷 (バーサス) 轟!! スターーート!!!』

 

 試合が始まった。

 そして開幕と同時に緑谷少年に迫る氷の壁。

 

 ここで私は麗日少女の疑問に答えた。

 

「──自損覚悟で打ち消すしかないんじゃない?」

 

 氷の壁が粉砕された。

 緑谷少年が指で放った一撃によって。

 その代償として攻撃に使用した指はバッキバキになってもう使えない。

 

 予想通りの展開。

 ここからどうなっていくのか。

 さて。

 お手並み拝見といこうかね。ライバル共。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

 迫る氷結を指犠牲のデラウェア・スマッシュで打ち消した。

 右の中指はもう使えない。

 

『おオオオ!! 破ったあああ!!』

 

 発射台の親指を除いて、無事な指は後7本。

 つまり、今のを撃てる回数は残り7回。

 余裕はない。

 

 再び氷結が迫る。

 右の人差し指を使って相殺する。

 残り6発。

 

『まーた破ったあ!!』

 

 轟くんの個性の弱点は騎馬戦の時にわかった。

 氷結は強力だけど、反面持久力がない。

 使えば使うほど冷気で自分の体が冷えていって、動きも氷の勢いも鈍る。

 だったら使わせるしかない。

 避けて無駄撃ちさせられればそれがベストなんだろうけど、僕にそんな機動力はない。

 相殺して、消耗を待つしかない。

 

「お前は……」

 

 また氷結が迫る。

 右の薬指で打ち消す。

 残り5発。

 腕を犠牲にした最大威力は駄目だ。

 さっき轟くんは自分の後ろに氷壁を発生させて衝撃に備えてた。

 考えなしに撃っても無駄撃ちに終わる。

 

「耐久戦か。すぐ終わらせてやるよ」

 

 また氷結が迫る。

 右の小指で打ち消す。

 残り4発。

 もう右手全滅。

 凄く痛い……!

 でも、そんな事言ってられない!

 

『轟! 緑谷のパワーに怯むことなく近接へ!!』

 

 轟くんが近づいて来る。

 接近戦は駄目だ!

 轟くんは増強系の個性じゃないけど、僕よりも遥かに運動能力が高い。

 それは個性テストの時からわかってる。

 近距離で戦うなら、轟くんの動きが鈍ってからじゃないと駄目だ!

 

「スマッシュ!!!」

 

 左手の中指で迎撃する。

 でも駄目だ! 避けられてる!

 氷壁を足場にして上から……!?

 

「っぶなっ!」

 

 上からの攻撃をなんとか避ける。

 でもすぐに追撃が来た。

 近距離からの氷結が襲って来る!

 これは……駄目だ!

 この氷結を相殺しても轟くんが近くにいる限り連撃が来る!

 距離を取るしかない。

 僕は今、攻撃を避ける為にステップして空中にいる。

 足で距離を稼ぐのは無理!

 だったら!

 

「うう"う"……!!」

 

 左腕を犠牲にして撃った。

 予想通り対応されて轟くんを場外まで飛ばす事はできなかったけど、距離は取れた。

 

「さっきよりずいぶん高威力だな。近づくなってか」

 

 左腕が壊れた。

 右手の指も全滅。

 もうスマッシュは撃てない。

 やばい……!

 仕方なかったとはいえ、想定より遥かに早く撃ちきった……!

 これじゃもうどうしようも……

 

「悪かったな。ありがとう緑谷。おかげで奴の顔が曇った」

 

 ……は?

 

「その両手じゃもう戦いにならないだろ。終わりにしよう」

 

『圧倒的に攻め続けた轟!! トドメの氷結を……』

 

「どこ見てるんだ……!!」

 

 右手の人差し指で氷結を打ち消した。

 壊れた指がさらに粉砕されていくのを感じる。

 でも、撃てた。

 

「てめぇ……! 何でそこまで……!」

「震えてるよ。轟くん」

 

 僕は轟くんの言葉を遮って続けた。

 

「騎馬戦の時から気づいてた。個性だって身体能力の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう……!?」

 

 でも、

 

「で、それって、左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?」

 

 騎馬戦の時からずっと抱いてた疑問。

 あの時は戦闘優先で考察を打ち切ったけど、やっぱり気になって考え続けた。

 その結論は、できない筈がない。

 自分の熱で自分の氷が溶かせるなら、自分の熱で冷えた体を暖める事だってできる筈だ。

 

 今、轟くんは、僕の当初の狙い通り冷気の使いすぎで消耗してる。

 騎馬戦の時みたいに吐く息は白いし、体の右側に霜が降りてる。

 

 なのにこの期に及んで左を使わない。

 僕はまだ動ける。

 まだ戦える。

 そんな敵を前にして、舐めてるとしか思えない。

 

「皆、本気でやってる。勝って、目標に近づく為に……っ! 一番になる為に! 半分の力で勝つ!? まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!」

 

 君が左側を使わない理由はわかってる。

 他ならない君から聞いた事だ。

 でも……! それでも……!

 全力も出さないで一番になるなんて……! 僕らを舐めるな!!

 

「全力でかかって来い!!!」

 

 僕はまだ、負けてないぞ!!

 

「何のつもりだ……! 全力? クソ親父に金でも握らされたか……? イラつくな……!」

 

 轟くんが接近してくる。

 予想以上にこっちの消耗も激しいけど、狙い通りの展開にはなった。

 凍えて鈍った轟くん相手なら、僕でも戦える!

 伊達に八木さんにボコボコにされてきた訳じゃないぞ!!

 

 逆にこっちから距離を詰める。

 轟くんの隙を目掛けて、拳を振るう!

 

「電子レンジ……卵の……爆発しないイメージ……!」

 

 僕の拳が轟くんに届いた。

 ワン・フォー・オール。制御できた……!

 

『モロだぁーーー!! 生々しいの入ったあ!!』

 

「ぐぅう!!」

 

 でも、殴りつけたのは指が壊れきった右手。

 反動でこっちも痛い。

 でも、轟くんにダメージが入った!

 

 反撃の氷結が来る。

 でも、

 

「氷の勢いも弱まってる……!」

 

 轟くんは確実に消耗してる。

 でも、こっちの消耗はそれ以上だ。

 拳が握れない!

 相殺する為の一撃が撃てない!

 

「ううっ!!」

 

 ここまで来て、そんな事で負けられない!

 反射的に体が動いた。

 拳を握れないなら、別の方法で撃てば良い。

 親指を口に咥える。

 そして、口を発射台にしてデラウェア・スマッシュを撃った。

 氷結の相殺に成功する。

 

「何で、そこまで……!」

「期待に応えたいんだ……!!」

 

 轟くんの言葉に、答える。

 

「笑って、応えられるような、かっこいいヒーローに……なりたいんだ!!」

 

 その為に!!

 

「だから全力でやってんだ! 皆!」

 

 あの圧倒的な八木さんですら本気で挑んでる!

 なのに! 君は!

 

「全力も出さないで完全否定なんてフザけるなって、今は思ってる!」

「……うるせぇ」

 

 轟くんはもう氷結を使えないほどに弱ってる。

 そこに勝ち目がある!

 

「だから、僕が勝つ!! 君を超えてっ!!」

 

 轟くんを殴り飛ばす。

 今の僕にできる、渾身の力で!!

 

「俺は……親父を……」

 

「君の!!! 力じゃないか!!!」

 

 口が勝手に動いていた。

 でも、後悔はしない。していない。

 心の底からそう思ったんだから。

 

『これは……!?』

 

 炎が、ステージの上に現れた。

 

「勝ちてぇくせに……。ちくしょう……。敵に塩送るなんて、どっちがフザけてるって話だ……!」

 

 轟くんは泣いていた。

 涙を流しながら、無理矢理笑顔を作っていた。

 氷と、炎を、同時に使いながら。

 

「俺だって……! ヒーローに……!!」

 

 轟くんが炎を解放した。

 それは、僕の勝ち目を潰す悲劇の筈なのに。

 

「凄……!」

 

 それは、笑ってしまう程の試練だった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──轟視点

 

 

 

(いいのよ。お前は────)

 

 かつての母の言葉。

 その先を、いつの間にか忘れてしまった。

 

「期待に応えたいんだ! 笑って応えられるような、かっこいいヒーローに……なりたいんだ!!」 

 

(でも、ヒーローにはなりたいんでしょ)

 

 緑谷の言葉を聞いているうちに、昔の記憶を思い出した。

 そうだ。

 あの時、お母さんは。

 

(いいのよ。お前は。血に囚われることなんかない)

 

 そう言っていた。

 

(なりたい自分に、なっていいんだよ)

 

 なりたい自分に。

 俺だって……! 俺だって……!

 

「俺だって……! ヒーローに……!!」

 

 気づけば、左の炎を使っていた。

 戦闘において絶対に使わないと決めた力を。

 

「焦凍ォォオオ!!!」

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

「ようやく己を受け入れたか!! そうだ!! 良いぞ!! ここからがお前の始まり!! 俺の血を持って俺を超えて行き!! 俺の野望をお前が果たせ!!」

 

 その声が、耳に入らなかった。

 今、俺の頭にあるのは、過去の母の言葉。ずっと忘れていた憧れ。

 そして、それを思い出させてくれた、対戦相手の事だけだった。

 

「凄……!」

「何笑ってんだよ」

 

 緑谷は何故か笑っていた。

 

「その怪我で、この状況でお前……。イカレてるよ。────どうなっても知らねえぞ」

 

 氷結と炎熱を同時に使う。

 最初に氷結が緑谷に襲いかかった。

 それを、やけに速い踏み込みでかわされた。

 緑谷が接近してくる。

 

「緑谷……。ありがとな」

 

 緑谷の放った拳と、俺の炎がぶつかり合う。

 それは八木が見せた攻撃を彷彿とさせる破壊力を持った衝撃となって、ステージを破壊した。

 

 煙が晴れた時、────緑谷は場外で倒れていた。

 

「緑谷くん……場外」

 

 ミッドナイトの判定が下される。

 

「轟くん!! 三回戦進出!!」

 

 歓声がスタジアムを包み込んだ。

 それを聞きながら、少しの間、俺はその場から動けなかった。

 

 




ほとんど原作通りになってしまった……。
でも、ここ変えると後に響きそうだからなぁ……。


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体育祭!!! パート11

遅くなりました。



 ──轟視点

 

 

 

「邪魔だ。とは言わんのか」

 

 ゲートを潜って退場すると、そこには入場の時と同じく親父が待ち構えていた。

 

炎熱(ひだり)のコントロール。ベタ踏みでまだまだ危なっかしいもんだが、子供じみた駄々を捨ててようやくお前は、完璧な『俺の上位互換』となった!」

 

 そう言って親父が手を差し出てくる。

 

「卒業後は俺の元へ来い!! 俺が覇道を歩ませてやる!」

「捨てられる訳ねぇだろ。そんな簡単に覆る訳ねぇよ」

 

 そんな親父を無視して、俺は一人で喋り始める。

 

「ただ、あの時あの一瞬は、───お前を忘れた」

 

 あの時、俺の頭の中からこいつの存在は消えていた。

 ただ、お母さんの言葉と忘れてた憧れだけが蘇ってきて、こいつの事が頭から追い出されただけだった。

 

「それが良いのか悪ィのか、正しい事なのか、少し考える」

 

 それに、次の相手は多分あいつだ。

 今のままだと勝ち目は薄い。

 その時に左を使うべきか、使わないべきか。

 考えとかなきゃならねぇ。

 

 そう思いながら、俺は親父を無視して歩き出した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 緑谷少年と轟少年の激闘を見届けた私達は今、緑谷少年のお見舞いをする為に保健室に向かっていた。

 私としては死んでないんだから心配無用だと思うんだけど、まあ、お見舞いくらい行ってもいいかなって感じだ。

 他の皆がお見舞い行くぜムードだったから空気を読んだとも言う。

 

「緑谷くん!!!」

「デクくん!!!」

 

 そうして勢いよく保健室のドアを開けた飯田少年と麗日少女に続いて部屋に入る。

 トゥルーフォームのパパが部屋に居たけど、ここでパパと呼び掛けるほど私は間抜けじゃない。

 初対面で通す。

 

「みんな……。次の試合は……?」

「ステージ大崩壊の為、しばらく補修タイムだそうだ」

「今日は本当に良くステージがぶっ壊れるよねー」

「だから、ぶっ壊した本人がそれ言うかなぁ……」

 

 私だけじゃないんだからいいじゃん。

 それに、本気で戦えばステージくらい壊れるさ。

 

「怖かったぜ緑谷ぁ。あれじゃプロも欲しがらねーよ」

「塩塗り込んでいくスタイル感心しないわ」

「でもそうじゃんか」

 

 一緒に付いてきたブドウ頭がカエルっぽい少女、蛙吹少女に突っ込まれても意見を変えない。

 こいつのやる事なす事は全部否定したくなってくるけど、今回だけは同意見かね。

 たしかにプロが欲しがるような感じではなかった。

 私は熱い勝負の末の名誉の負傷だと思ってるけど、それは私個人の感想でしかないからなぁ。

 

「うるさいよホラ! 心配するのは良いがこれから手術さね」

「「「シュジュツー!!?」」」

 

 おばあちゃんの言葉に皆が騒ぎ出す。

 そして保健室から追い出されそうになる。

 

「すみません……。果たせなかった……」

 

 その時、ベッドの上の緑谷少年の声を聞いた。

 

「黙っていれば……。轟くんにあんな事言っておいて……僕は」

 

 後悔してそうな声だった。

 まあ、私と彼じゃ目的も見ている景色も違う。

 私の目には熱い勝負に見えても、本人からすればわざわざ相手を覚醒させてしまった上での敗北だ。

 納得はいかないかね。

 

 私は他の皆が保健室の外に追い出される中、気配を消して室内に残った。

 

「君は、彼に何かもたらそうとしていた」

 

 パパの問いかけ、というより確認するような言葉。

 

「確かに……轟くん、悲しすぎて……余計なお世話を考えてしまった……。でも違うんです。それ以上にあの時、僕はただ……悔しかった……。周りも先も見えなくなってた。ごめんなさい……」

 

 緑谷少年は懺悔するようにそう言った。

 先を見据えるなら、確かにこれは駄目か。

 燃え尽きるように力を振り絞り、相手の全力を受け止めたと言えば聞こえは良いけど、裏を返せば破滅的だった。

 これは叱られても仕方ないかな。

 

「確かに残念な結果だった。馬鹿をしたと言われても仕方のない結果だ……。でもな、余計なお世話ってのは、ヒーローの本質でもある」

 

 パパは叱らなかった。

 いや、聞きようによっては叱ってるようにも聞こえるけど、それ以上に慰めて諭してる感じがする。

 

 なんにせよ。

 緑谷少年の体育祭はここで終わってしまった訳だ。

 だったら、かける言葉は決まっている。

 

「緑谷少年」

「八木さん……。ごめん。準決勝で会おうって言ったのに、果たせなかった」

「それは仕方ないさ。それよりも、───おつかれ」

「……うん」

 

 そうして緑谷少年はうつむき、悔しさで枕を濡らした。

 両腕が壊れてるから涙を拭う事すらできない。

 

 そんな彼に背を向けて、私は会場に戻った。

 次は私の試合だ。

 君の分まで頑張って来るさ。

 そんな事を心の中で思いながら。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

『ヘイ!! 今日はステージが壊れまくる日だが、ステージが壊れた程度で体育祭は止まらねぇ!! てことで次の試合行くぜ!!』

 

『ステージ崩壊の犯人の一人!! 八木!! (バーサス)!! 初戦ではサポート科の広告塔に使われた男!! 飯田!!』

 

 二回戦第二試合。

 私の出番だ。

 迎え撃つは飯田少年。

 これはこれで、ある意味因縁の対決だ。

 

「八木くん……。宣言通り、今こそ君に再挑戦させてもらおう!!」

 

 飯田少年には戦闘訓練の時私に個性なしでボコボコにされたという因縁がある。

 そこからどれだけ強くなれたか。

 あの時とは違って本気の私を相手にどれだけ戦えるか。

 飯田少年にとっては決勝戦以上にここが天王山かもしれない。

 

「かかって来いよチャレンジャー。迎え撃ってやるぜ」

 

『スタート!!!』

 

「レシプロ・バースト!!!」

 

 開幕速攻。

 飯田少年はいきなり切り札を使ってきた。

 そう。それで正解だ。

 飯田少年と私の間には隔絶した力の差がある。

 そんな圧倒的格上を相手に切り札を温存して様子を見るなんて土台無理な話。

 故に、初手から最高出力で攻める。

 正解というより、飯田少年にはそれ以外の選択肢がない。

 

 そして、切り札を使えば互角の戦いになるという訳でもない。

 

「ッ!?」

 

 加速した飯田少年の蹴りを右腕一本で受け止める。

 当然、個性を解放した悪魔の右腕で。

 圧倒的な膂力の差により、蹴りを受けた私の体は小揺るぎもしなかった。

 

「おかえしだ!!」

「グハッ!!」

 

 右腕で受け止めると同時に左腕で飯田少年を殴る。

 その衝撃で飯田少年はステージの端まで飛んで行った。

 こっち(左腕)は個性を使っていない。

 これは手加減云々の話ではなく、悪魔の腕で殴ったりしたら普通に命に関わるからだ。

 ルールで禁止された攻撃を行わない事を手加減とは言わない。

 

『八木!! 飯田の超加速を真っ正面から叩き潰した!! やっぱこいつおかしいわ!!』

 

「ぐ……! あ……!」 

 

 それに、私の力は個性なしでも並みの増強系個性を上回る。

 そんなパンチをモロに受けてしまった飯田少年は苦痛に顔を歪めて呻いている。

 そして、そんな隙を見逃す私ではない。

 踏み込んで飯田少年との距離を詰め、今度はこっちから蹴りを放つ。

 

「!!」

 

 左脚で繰り出した私の蹴りを右腕で受け止める飯田少年。

 まるでさっきの光景を配役を逆にして繰り返しているようだが、その結果は大きく異なる。

 小揺るぎもしなかった私と違って、パワーで劣る飯田少年は蹴りの衝撃を受け止めきれず、再び吹き飛ばされた。

 縦に飛ばされたあと横に飛ばされ、現在位置はステージの隅だ。

 ボクシングで言うところのコーナー。

 もう後がないぞ。

 

「はああああ!!!」

 

 だが、飯田少年は諦めなかった。

 おそらくヒビの一つも入っているであろう右腕を庇う事すらせず、大きく両手を振って加速。

 再び私に突撃してきた。

 

 レシプロとかいう飯田少年の必殺技のタイムリミットはひどく短い。

 ここで攻めなきゃ勝機がないという事をちゃんと理解してるんだろう。

 それにしたって良い根性だ!

 

 私はそれを真っ向から再び迎え撃つ。

 ただの蹴りでは通用しないと見たのか、今度は蹴ると見せかけて体当たりしてきた。

 悪魔の腕で受け止める。

 そして、軽く振り払うようにして薙いだ。

 飯田少年は三度吹き飛ばされた。

 

 それでも飯田少年は攻撃を止めない。

 今度は蹴りと見せかけて拳、さらにそれをフェイントとして使って再びの蹴り。

 私はそれを体捌きで避けきって反撃のパンチを繰り出した。

 個性を解除した右腕で放ったパンチは、右フックの軌道を描いて飯田少年の顔面に当たり、眼鏡を粉砕してその体を大きくのけ反らせ、後退させる。

 

「レシプロ……エクステント!!!」

 

 だが、飯田少年はその体勢から脚のエンジンを稼働させ、渾身の蹴りを放ってきた。

 ここまでの攻防に約十秒。

 おそらくこれが最後の一撃。

 右脚で放たれたそれを私は──同じく右脚の蹴りで迎え撃った。

 

「おおおおおおおお!!!」

「やあああああああ!!!」

 

 お互いの右脚が空中でぶつかり合う。

 個性の最後の力を振り絞った飯田少年の蹴りと、個性を使っていない状態ながら最大限の力を籠めた私の蹴り。

 その威力は……まったくの互角だった。

 互いに互いの蹴りの威力で弾かれ、私達の間に少しの距離が空く。

 

 そこで飯田少年の脚からプスンという音が鳴った。

 

 飯田少年の必殺技「レシプロ・バースト」の反動。

 極短い時間だけ驚異的なスピードでの走行を可能とするが、タイムリミットが来ればエンストを起こし、しばらく個性が使えなくなる。

 昼休憩の時に本人から聞いた話だ。

 そして今、そのタイムリミットが来てしまった。

 

 それと同時に飯田少年が膝から崩れ落ちる。

 たった十秒の戦い。

 されど私の攻撃をモロに食らって、そのダメージを無視して動き続けたんだ。

 こうならない訳がない。

 骨の何本かは確実に折れてるだろう。

 そのくらいの手応えがあった。

 

 痛みを我慢して力を振り絞り燃え尽きた今、飯田少年に残っているのは怪我によるダメージだけだ。

 彼はもう動けなかった。

 

 倒れた飯田少年にミッドナイト先生が駆け寄り、そして判定を下した。

 

「飯田くん戦闘不能。八木さん! 三回戦進出!!」

 

「「「「「「「ワアアアアアアアアア!!!」」」」」」」」

 

 歓声に沸くスタジアム。

 その中で私は、気絶している飯田少年を密かに称えた。

 

「強くなったな。飯田少年」

 

『決っ着!! 飯田めちゃ頑張った!! 最後まで諦めないド根性に感動したぜ!! 良い試合だった!!』

 

 マイク先生の珍しくまともな実況を聞きながらステージを降りる。

 

 さて、これでベスト4。

 次は準決勝。轟少年との対決だ。

 飯田少年との戦いも因縁の対決だったけど、轟少年とはそれ以上の因縁が出来ちゃったんだよなぁ。

 

 ナンバー1ヒーローの娘とナンバー2ヒーローの息子。

 轟少年が抱える問題。

 緑谷少年との戦いで使わないって言ってた炎を使った以上、何かしら心境の変化があったんだろうけど、それを抜きにしても結構重要な戦いだ。

 

 まあ、私の知ったこっちゃないって言っちゃえばそれまでなんだけどね。

 でも、それを言ったら飯田少年との戦いも似たようなもんだし。

 結局、私がやる事は変わらない。

 誰であろうとどんな事情を抱えてようと、私の前に立ちふさがるならば全力を以て粉砕するのみだ。

 

 かかって来いよ轟少年。

 ボッコボコにしてやるぜ。

 

 次の戦いへの意気込みを新たに、私は観客席へと戻って行った。

 

 



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体育祭!!! パート12

 かかって来いよ轟少年(キリッ)とか言ったは良いものの、準決勝はまだ先でありそれまで私の出番はない。

 これは体育祭。そしてこの決勝トーナメントには私達以外の出場者がいるんだから当たり前だ。

 

 で、今は二回戦第四試合。

 ステージの上では爆豪少年とツンツン頭の少年、切島少年が激闘を繰り広げていた。

 

『カァウゥンタァーーー!!!』

 

「効かねーての! 爆発さん太郎がぁ!!」

 

 切島少年の拳に合わせて、爆豪少年が切島少年の脇腹を爆破。

 しかし、切島少年の個性は「硬化」。

 読んで字の如く体を硬く頑丈にする個性。

 そのせいで爆豪少年の爆破が全然効いてないね。

 

『切島の猛攻になかなか手が出せない爆豪!!』

 

「早よ倒れろ!!」

 

 そして切島少年は防御力に任せてガンガン突撃して拳を振ってる。

 爆豪少年はそれを全部避けてるね。

 実力では爆豪少年が上だけど、相性差で切島少年がちょい有利ってところかな。

 

 そんな感じで観戦してた時、手術が終わったらしい緑谷少年が帰って来た。

 

「おかえり緑谷少年」

「デクくん大丈夫!?」

「緑谷くん! 手術無事成功したそうだな! 良かった!」

「うん。ありがとう。八木さん。麗日さん。飯田くん。……飯田くんは残念だったね」

 

 両腕吊って痛々しい姿の緑谷少年は、まず飯田少年の慰めから入った。

 飯田少年は私との戦いで結構な傷を負ったけど、さすがに緑谷少年ほど酷くはなかったから、即行治癒されて戻って来たのだ。

 

「ああ。やはり八木くんは強い。またしても完膚なきまでにやられてしまった」

 

 そんなに自分を卑下する事ないと思うけどなぁ。

 前回と違って本気の私を相手に善戦したんだから誇って良いと思うけどね

 

「兄にも報告の電話をかけたんだが仕事中でね。情けない報告だから逆に良かったかもしれないが」

「飯田くん……」

「ああ、そんなに気にしないでくれ。確かに負けてしまったが全力を尽くした結果だ。悔しさはあるが落ち込んではいないさ。これから強くなれば良い」

「……うん。そうだね」

 

『ああーーー!!! 効いた!!?』

 

 負け犬二人組が慰め合ってるところにマイク先生の実況が響いてきた。

 ステージを見ると、爆豪少年の爆破を受けてよろめく切島少年の姿が。

 

「てめぇ全身ガチガチに気張り続けてんだろ! その状態で速攻仕掛けてちゃいずれどっか綻ぶわ!」

「くっ……!」

 

「死ねぇ!!!」

 

『爆豪!! エゲツない絨毯爆撃で三回戦進出!! これでベスト4が出揃った!!』

 

 まあ、やっぱりこうなったか。

 いくら防御系の個性って言っても耐えられる閾値ってもんがあるからね。

 USJの時の脳無が良い例だ。

 あれにだって耐えられる限界があり、しこたま殴ればその防御を突破できた。

 タイプは違えど切島少年の個性にも似たような限界があり、爆豪少年の攻撃力がそれを無理矢理突破した訳だ。

 エグい。

 

 さて。

 次はいよいよ準決勝第一試合。

 私の出番だ。

 

「よーし! じゃあ行って来るぜ三人共!」

「うん! 頑張って!」

「魔美ちゃんファイト!!」

「俺の分まで楽しんできてくれ!!」

 

 三者三様の励ましを受けてステージに向かう。

 そして何やら思い悩んでいる様子の轟少年と向き合った。

 

「やあ。轟少年。どうやら悩み事が出来ちゃったみたいだけど大丈夫かい?」

 

 緑谷少年との戦いで絶対使わないって言ってた炎を使ったんだ。

 エンデヴァーの突然の激励(?)もあるし、あのクソ重たい家庭の事情にも轟少年の心境にも何かしらの変化があった筈。

 私の知った事じゃないけど、この戦いでも炎を使ってくるのかこないのかっていうのかは若干気になる。

 

「……いや、大丈夫だ。お前が気にする事じゃない」

「そっか」

 

 なら良いや。

 普通に相手をしてあげるよ。

 轟少年。

 

『サクサク行くぜ準決勝!! お互いにステージ崩壊の犯人同士!! 超火力対決だ!! 八木 (バーサス) 轟!!』

 

『スターーート!!!』

 

 開始と同時に迫る氷結。

 私に対しても戦法を変えないか。

 まあ、接近戦では勝ち目がないって事を考えると仕方ないっちゃ仕方ないかな。

 でも、この程度の攻撃じゃ私には通用しないなぁ。

 

「ダークネス・スマッシュ!!」

 

 闇の破壊光線で氷結を迎撃する。

 さっき塩崎少女にわりとあっさり防がれたのを鑑みて、あの時よりは結構強めに撃った。

 闇と氷がステージ中央でぶつかり合う。

 

『両者いきなりの大規模攻撃!! コレだよ!! これだからステージが崩壊すんだよ!!』

 

 ぶつかり合った攻撃の威力は互角。

 ふむ。

 思ったより氷って頑丈なのね。

 じゃあ、もう少し火力を上げるか。

 

『闇の勢いが増した!! 氷が砕けてくぜ!! なんつぅ破壊力だよ!! 八木Tueeee!!!』

 

 さあ。

 氷だけじゃこれは防げないぜ。

 使ってくるかい?

 禁じられた炎を!

 

 闇が晴れる。

 果たしてそこには───ボロボロになった轟少年が横たわっていた。

 使わなかったかー。

 

 私は轟少年に向けて歩みを進める。

 彼はまだリングオーバしていない。

 背後に氷壁を出して無理矢理踏み留まったみたいだ。

 そして、まだ立とうとしている。

 立ち上がれるだけの力がまだ残っている。

 

 私はゆっくりと歩いて轟少年の前に立ち、問いかけた。

 

「それで良いんだ。後悔しない?」

 

 轟少年の右半身には霜が降りている。

 私の攻撃を防ぐ為に大分冷気を酷使したんでしょ。

 それに結構ダメージも酷い。

 防ぎきれなかったと見た。

 

 立ち上がりはしたものの、もう氷は使えず体も動かない。

 炎を使わなければ勝機どころか戦闘継続すら不可能だ。

 このまま負けても良いのかと私は問いかけた。

 

「…………」

 

 轟少年からの返事はない。

 ただの屍のようだ。

 という冗談はさておき、私の問いに対する答えはyesと取るべきかね。

 沈黙は肯定と捉えるぞってよく言うし。

 

「そっか」

 

 私は動けない轟少年に右手をかざし、ダークネス・スマッシュの発射態勢に入る。

 ミッドナイト先生がぎょっとした顔で見つめてきたけど問題ない。

 大丈夫大丈夫。

 軽く場外に押し出す為の攻撃だからそこまで強くは撃たないさ。

 

 闇が私の右掌に集まっていく。

 普段ならこんな発射準備一瞬で終わるんだけど、演出って大事だと思うんだ。

 そんな普段ならなかった筈の時間を使って、私は轟少年に話しかけた。

 

「まあ、君にも色々と事情があるのは知ってるけどさ。ヒーロー目指してる君にナンバー1ヒーローをよく知る人間としてアドバイスしてあげるよ」

 

 せっかく緑谷少年がボロ雑巾みたいになってまで説得しようとしたんだし、私も片手間にアドバイスくらいはしてあげよう。

 

「ヒーローってさ。絶対に負けちゃいけないんだって。ヒーローが倒れれば守るべき人々が危険に晒されるから」

 

 私は人助けに興味がないし、私みたいな利益優先の似非ヒーローには響かない言葉かもしれないけど、正義の味方としてのヒーローに憧れた人には響くんじゃないかな。

 

「まだ戦える力があるのに自分の都合で敗北を受け入れるっていうのはさ。ヒーローとしてはどうかと思うよ」

 

 まあ、これは命の懸かった実戦じゃなくて体育祭だからそれでも良いような気もするけどね。

 でも、轟少年がこれからも炎を封じて戦うっていうのであれば、いずれぶつかる問題でもあると思うんだ。

 

 そうして喋ってる間に発射準備は整った。

 

「じゃあね。バイバイ」

 

 私は至近距離からダークネス・スマッシュを放った。

 闇の破壊光線が轟少年を呑み込み、場外へと押し出す──

 

「……言ってくれるじゃねぇか」

 

 ──事はなかった。

 燃え盛る炎が闇を押し返し、逆に私を焼き尽くさんと迫り来る。

 私はそれをバックステップで避けて距離を取った。

 

「緑谷といい、お前といい。無茶苦茶やって他人(ひと)が抱えてたもんぶっ壊してきやがって」

 

 左半身に炎を纏いながら語る轟少年の瞳は澄んでいた。

 覚悟を決めたような良い顔だ。

 ようやく本気の君と戦えそうだね。

 

「緑谷少年はどうか知らないけど、私のはただの気まぐれだよ。あとは私が本気出してるんだし、どうせなら君にも全力で向かって来てほしいから発破をかけただけさ」

 

 オンラインゲームとかでさ。

 自分は本気でやってるのに、対戦相手がいきなり「やーめた」って感じで接続切ってくると嫌な気分になるじゃん?

 それと似たようなもんだよ。

 本気でやるなら相手にもそれを求めるのは当然の欲求だと思うんだ。

 

「……気まぐれであんな事言ったのか?」

「うん」

「……ふざけた奴だ」

 

 そんな事を言いつつも轟少年は笑っていた。

 なんか肩の力が抜けた感じの自然な笑顔。

 良いね。

 なんだか今の君は調子が良さそうだ。

 

「悪魔の翼。悪魔の右腕」

 

 ようやく本気を出した轟少年に応えるように、私は上着を脱ぎ捨てて悪魔の翼と右腕を解放した。

 なんだかんだ言っても私のメインウェポンはこの拳だ。

 ダークネス・スマッシュも使い魔も便利で強力な技ではあるけど所詮はサブウェポン。

 私の真骨頂はパワー、スピード、耐久力に任せた接近戦にある。

 

「行くよ」

「行くぞ」

 

 お互いに宣言してから攻撃を開始する。

 私は飛翔して轟少年に迫り、それを轟少年は巨大な氷の壁で迎え撃った。

 初戦で見せた最大威力の大氷結。

 私はそれに対して引き絞った右腕を温存し、左手でダークネス・スマッシュを放って迎撃した。

 

 そして、闇の破壊光線の進行方向から今度は巨大な炎の壁が迫って来る。

 炎が氷を溶かし、闇とかち合う。

 そして冷えた空気が熱で一気に膨張する。

 緑谷少年との戦いで発生した超爆風が吹き荒れ、荒れ狂う。

 

 それを私は、悪魔の右腕で迎え撃った。

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 翼による加速も加えた超威力のデビル・スマッシュと爆風がぶつかり合う。

 圧倒的な破壊と破壊の激突によってステージはまたも全壊した。

 そして、勝負の結果───

 

 

 

 ───私は翼で空を飛びながら、悪魔の右腕を空に突き上げた。

 

 

 

「轟くん戦闘不能!! 八木さん決勝戦進出!!」

 

「「「「「「「「ワアアアアアアアアアアア!!!」」」」」」」」

 

 観戦を浴びながら私はクレーターとなったステージの跡地に降り立ち、個性を解除した。

 勝った……。

 なんだか、この体育祭で初めて全力(・・)を出せたような気がする。

 

『決着!!! 激闘を制したのは八木!!! そしてステージはまたも全壊だ!!! だが、それが必要経費に思えるすげぇ名勝負だったぜ!!! アメェージィング!!!』

 

 マイク先生の実況と救護ロボに運び出される轟少年を背に、私は観客席へと戻った。

 久しぶりに破壊以外での充実感を感じながら。

 

 すると帰り道の途中に燃え上がるおじさんがいた。

 燃え上がるおじさん、プロヒーロー「エンデヴァー」は腕を組んで仁王立ちしながら私を睨みつけていた。

 燃えるような怒りに満ちた眼で。

 

 私はとりあえず軽く会釈して素通りした。

 

「焦凍は貴様を超えるぞ」

 

 エンデヴァーがなんか語り出した。

 私はちょっとだけ立ち止まって耳を傾ける。

 

「焦凍は必ず貴様を超える。俺が超えさせる。貴様もオールマイトも超える最強のヒーローに育て上げてやる。首を洗って待っていろ」

 

 それだけ言ってエンデヴァーは去って行った。

 もっと色々言われるかなーと思ってたからちょっと意外だ。

 

 あの眼は私を恨んでる眼だった。

 それもかなり強く。

 それだけであの人が私の過去を知っている側の人間だと一発でわかったよ。

 もしかしなくても身内が被害に遭ってるパターンだと思う。

 

 なのに久遠の仇敵を前にして言ったのが息子の事だけって。

 恨み言も言わず、私に拳を振り上げるでもない。

 轟少年の話ではただのクソ親父にしか聞こえなかったけど、あの人も「ヒーロー」なんだなぁと何とはなしに思った。

 

 そして、今度こそ私は観客席へと戻った。

 緑谷少年達が手放しで祝福してくれた。

 気分が良かったぜ!

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──???視点

 

 

 

「名声……金……どいつもこいつもヒーロー名乗りやがって……。ハァ……」

 

 血溜まりに沈む偽物を一瞥しながら、俺は一人ごちた。

 

 こいつには確固たる信念がなかった。

 悪に打ち勝つだけの強さもなかった。

 ヒーローとして失格だ。

 こいつはヒーローなんかじゃない。

 ヒーローを語るただの偽物。

 ……いや、こいつだけじゃない。

 

「ハァ……。てめぇらはヒーローなんかじゃねぇ……」

 

 英雄(ヒーロー)とは、見返りを求めてはならない。

 自己犠牲の果てに得うる称号でなくてはならない。

 ヒーローが人々を助けるのは何故だ?

 名声の為? 金の為? 己の利益の為? 

 違う!! 純粋な善意だ!!

 それを持たぬ者はヒーローじゃねぇ!!

 

 そしてただの善人でもいけない。

 ただの善人に人は救えない。

 力なき正義は悪と変わらない。

 

 ヒーローは決して悪に屈してはならない。

 ヒーローが倒れれば守るべき人々が危険に晒される。

 ならば必要なのだ。

 どんな困難に直面しようと決して諦めない信念が。

 その困難をぶち破っていく為の純粋な強さが。

 そうして偉業を成した者のみがヒーローを名乗るに値する。

 

 今の社会。

 偽善と虚栄で覆われた歪な社会。

 そこでヒーローと呼ばれる者共には足りない。

 信念も。

 強さも。

 

 そんな奴らはヒーローを歪める社会の癌だ。

 

 正さねばならない。

 粛清しなければならない。

 誰かが、血に染まらねばならない。

 

「彼だけだ……」

 

 そんな社会で唯一の光。

 本物のヒーロー。

 

「俺を殺っていいのは……ハァ……」

 

 俺という必要悪を殺していいのは、本物のヒーローだけ。

 

 

 

「オールマイトだけだ」

 

  

 

 俺はこれからも現れ続ける。

 偽物を粛清する事によって社会が誤りに気づくまで。

 

 俺は血に染まり続ける。

 

 



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体育祭!!! パート13

ギリギリ間に合ったぜ……。


『瞬殺!! あえてもう一度言おう! 瞬・殺!! ここまで無差別放電だけで勝ち上がって来た男、上鳴!! そのツケが回ってきたか!? 爆豪に瞬殺されたァ!!! 同じ準決勝でもさっきの試合とはえらい違いだぜぇ!!!』

 

 マイク先生の酷評が会場に響く。

 これは中々に酷い試合だった。

 開始直後に電気使いの少年、上鳴少年がこれまでの試合と全く同じ無差別放電で決めようとしたところを、爆豪少年が大爆発でドーン。

 爆風に飛ばされた上鳴少年は一瞬で場外になりましたとさ。

 今は救護ロボに運ばれながらウェイウェイ言ってるよ。

 どうやら許容量も超えちゃったらしい。

 上鳴少年の個性は電気を使いすぎると一時的に脳がショートして著しくアホになるからね。

 結果ウェイとしか言わなくなる。

 

『さーて!! ちょっとばかし味気ない結果となったが決着はついた!! よって決勝は!! 八木 (バーサス) 爆豪に決定だァ!!』

 

 ステージ上の爆豪少年が観客席の私を睨み付けてきた。

 超不機嫌そうな顔だ。

 威嚇してるのかね?

 ハハハ。まるで犬のようだな。

 そんな事を考えてたら爆豪少年の顔が更に歪んだ。

 歯を剥き出しにして唸り始める。

 だからなんで考えてる事がわかる!?

 そして犬っぽさが増したぞ!

 

「八木さんとかっちゃんか……。かっちゃんがどこまで八木さんに食らいついてくるか……」

「しっかり見てリベンジだな!」

「「うん!」」

 

 私がそんなどうでもいい事を考えてる間に、一緒に観戦してた緑谷少年達は真剣に話し合っていた。

 飯田少年は私に負け、麗日少女は爆豪少年に負けた。

 決勝戦はこの二人にとってリベンジの為にも目の離せない一戦になる筈だ。

 緑谷少年は違うけど、上に行かれたって意味では私達に負けたとも取れるし。

 なんにせよ体育祭は来年もあるし、授業でも戦う機会はやってくるだろう。

 ライバル関係は依然として続いていく。

 ならば、真剣に見ない理由はない訳だ。

 

 と、そこで唐突に飯田少年が震えだした。

 怯えとか武者震いとかじゃなくてもっと機械的に、バイブレーション機能でも搭載してんのかって感じで。

 

「うわあ!? なんだ!?」

「電話だ」

「なんだ。電話か」

 

 電話だったのか。

 今頃になって来た個性の反動かと思ったぞ。

 

 そんな訳で飯田は電話の為に席を離れた。

 じゃあ、私もそろそろ行くかね。

 

「じゃあ、飯田少年も行っちゃったし、私もそろそろ控え室に行くよ」

「あ、うん。頑張って」

「油断しないでね」

「任せなさい! 麗日少女の仇は取ってくるぜ!」

 

 そうして私は控え室へGO。

 暇だなーと思いつつも決勝戦までの時間をおとなしく過ごしていた。

 

 そんな時、控え室のドアが蹴り開けられた。

 

「あ?」

 

 そしてドアの向こうには常時眉間に皺のよった不良が居た。

 間違えた。

 爆豪少年が居た。

 

「やぁ、爆豪少年。私に何か用かい?」

「あれ!? 何でてめぇがここに……! 控え室……あ! ここ2の方かクソが!!」

 

 ふむ。

 どうやら爆豪少年は部屋を間違えてしまったらしい。

 てっきり宣戦布告にでも来たのかと思ったよ。

 それにしても。

 

「爆豪少年って意外とおっちょこちょいだな~! あ! もしかして柄にもなく緊張してるとか?」

「誰がおっちょこちょいだ!!! 緊張もしてねぇわボケ!!!」

 

 わー。よく吠えるなー。

 弱い犬ほど……いや、この考えは止めとこう。

 爆豪少年は別に弱くはないしね。

 むしろ強い部類だし。

 

「まあ、なんにせよ。決勝はお互い頑張ろうぜ! 良い試合をしよう!」

「……ケッ」

 

 む?

 なんだよー。

 その一気に白けたみたいな顔は。

 

「何が良い試合だコラ。選手宣誓でかましてたくせに結局本気なんて出してねぇじゃねぇか。それで良い試合だ? ふざけんな」

 

 なんか爆豪少年が一気に冷静になった。

 どうした?

 吠えないなんて君らしくないぞ。

 

 それはそれとして聞き捨てならない事を言ったな。

 

「失礼な! 私はちゃんと本気だったぞ! 手加減なんて一切してないとパパに誓ってやろう!」

 

 これは本当の事だぞ。

 実際、この体育祭において私は大人げないくらいに個性を使った。

 その気になれば個性なしでどうとでもなったような場面でも手を抜かずに個性を使って圧倒した。

 私は本気だったよ。

 

「ケッ。全力(・・)も出さねぇで何が本気だ。USJの時のアレも使ってねぇくせによ」

 

 USJの時のアレ?

 ディザスターモードの事か。

 あんなモンを体育祭で使える訳ないじゃん。

 

「いやいや爆豪少年。アレは使えないよ。アレを使ったら冗談抜きで死人が出るから。よっぽど切羽詰まった状況じゃなければヴィラン相手にすら使わない禁じ手だよアレは」

「……だとしてもだ。なりふり構わなけりゃてめぇはもっと強ぇだろうが。勝負にすらならないくらい圧倒する事もできた筈だろ」

 

 まあ、それはできたね。

 ぶっちゃけ、ただ勝利だけを求めるならまともに戦う必要すらなかった。

 上空を飛びながらダークネス・スマッシュの雨でも降らせれば一方的に勝てただろうね。

 でもさ。

 

「それじゃあ楽しくないじゃん。これはお祭りだぜ。楽しくなければ意味がない」

 

 それにさ。

 

「最初に宣言したでしょ。私はこの体育祭を本気で、そして全力で(・・・)エンジョイする(・・・・・・・)って。私は宣言通り全力でエンジョイしてるだけだよ」

 

 障害物競争の時はトップ争いがしたくて全速力を出した。

 騎馬戦は盛り上がらせようとして大量の使い魔を使った。

 決勝トーナメントでは相手の全力を受け止めて勝った。

 初めて参加する事ができた学校行事のお祭り。

 私は凄く楽しい。

 

「……それが舐めてるっつうんだボケ。これは雄英体育祭だ。勝ち進んでプロにアピールする為の場だ。遊びじゃねぇ。どいつもこいつも必死こいて勝利だけを目指してやがった。────舐めてんじゃねぇぞクソ女」

 

 しかし、爆豪少年はそんな私を否定してくれやがった。

 確かに爆豪少年の言葉にも一理あるけど、それは個人によって違うと思うぞ。

 発目少女とか絶対勝利以外を目的にしてただろ。

 

「決勝戦。全力で来やがれ。じゃねぇと後悔させてやる」

 

 超不機嫌そうな威嚇するような声でそう言い捨てて、爆豪少年は控え室から出て行った。

 彼の気持ちもわからんでもない。

 彼は本当の意味で全力を出した私と戦いたくて、全力を出さずに勝ってる私が気にくわないんだろうね。

 

 でも、君じゃ私の全力を受け止められない。

 

 悲しいかな。

 それが現実さ。

 それに私が全力を、文字通り全ての力を出し切っちゃったら大災害になる。

 11年前の悲劇再びだ。

 そこからして既に破綻してるんだよ。

 そうじゃなくても、私が勝利だけを求めて本気を出したら試合として成立しない。

 ただの蹂躙になる。

 今だって結構ギリギリのラインなんだ。

 これ以上の力は出せないよ。

 

 だからこそ、私は楽しめるところを全力で楽しんだんだ。

 それは後悔してないし誰にも否定させない。

 だから爆豪少年。

 君との試合もせいぜい楽しませてもらうとするよ。

 

 ……さて、そろそろ時間だ。

 行きますか。

 

 

 

 

 

『さぁいよいよラスト!! 雄英一年の頂点がここで決まる!! 決勝戦!! 八木 (バーサス) 爆豪!!』

 

『今!! スタート!!!』

 

「爆速ターボ!!!」

 

 開始と同時に爆豪少年が私に向かって突っ込んで来た。

 ちょっと意外だ。

 準決勝で見せた特大の大爆発を使ってくるかと思ってた。

 私がダークネス・スマッシュで迎撃したら押し負けると判断したのかな?

 確かにそれは正解だよ。

 でも、

 

「私相手に接近戦は無謀だと思うよ」

 

 私は上着を脱いで翼を出し、構えをとって迎え撃つ準備をした。

 爆発は翼を盾にすればほとんど怖くない。

 いや、個性を使わなくても私の体は結構頑丈だし、怪我したところで超再生ですぐ治るけども。

 でも、ちょうどいい盾があるんだから使った方が便利だと思って。

 

「オラァ!!!」

 

 そうして構えていた私だけど、爆豪少年は途中で突撃を止めて両手を私に突き出してきた。

 なるほど。

 接近すると見せかけての。

 

 大爆発。

 

 爆風が吹き荒れる。

 私はそれを翼を盾にして防ぎ、両足に力を込めて踏ん張った。

 結果、私の体は一メートルくらいしか後退せず、場外まで吹き飛ぶ事はなかった。

 しかし、爆豪少年の本当の狙いは。

 

「爆煙を目眩ましにしてからの接近戦か。悪くない判断だね」

「!!?」

 

 爆煙の中、後ろから伸びてきた爆豪少年の腕を掴んでギリギリと締め上げる。

 そして突然離してからのパンチ。

 爆豪少年は煙の中に消えて行った。

 

 本来なら自分より素早い上に空も飛べる私を相手に自分から視界を塞いじゃうのは悪手だけど、私があえて爆豪少年の策に乗ってその場で迎え撃つ選択をすると予想したんだろうね。

 実際、その予想は当たってた。

 そうして私の位置を覚えておいて、後ろをとって奇襲したと。

 悪くはなかったけど私には通用しない。

 私は気配を読むのは得意だ。

 いくら爆煙と爆音で視角と聴覚を封じられても普通に捕捉できた。

 私と爆豪少年の間には個性の性能以上の実力差があるって事だ。

 個性の性能差だけでも絶望的なのにね。

 

 でも、そんな事は爆豪少年だって百も承知でしょう。

 

 爆煙が晴れて私の視界に飛び込んできたのは、空中で回転しながら爆破で加速していく爆豪少年の姿だった。

 

「ハウザーインパクト!!!」

 

 そしてさっきの大爆発を回転の勢いに乗せて撃ってきた。

 良い必殺技だ。

 並みのヴィランならこれで戦闘不能になるくらいの威力があるよ。

 

『麗日戦で見せた特大火力を二連発!! しかも二回目は勢いと回転を加えてまさに人間榴弾!! これは勝負あったか!!?』

 

 でも、まあ。

 

「それで終わり?」

 

 私には効かないけどな。

 

『無傷!!? 八木!! あの超威力の攻撃を食らって全くの無傷だァ!!! どうなってんだあいつ!!! 本当に人間かよ!!?』

 

「いやいや。さすがに無傷ではなかったよ」

 

 翼で受け止めたんだけど、その翼が根元から千切れるくらいのダメージを受けた。

 それくらいの破壊力があった。

 でも爆煙が晴れる頃には超再生で治りきってたってだけの話だよ。

 げに恐ろしきは私の個性よ。

 

「ハァ……ハァ……クソが!!!」

「全力は出しきったかな?」

「まだだボケ!!! 爆速ターボ!!!」

 

 爆豪少年が再び接近してくる。

 再生した翼を盾に構えるも、爆豪少年は空中で器用に方向転換して私の上、翼の盾の死角を取った。

 

「死ねぇえええ!!!!」

 

 そして放たれる大爆発の連続攻撃。

 絶え間ない爆撃が私を襲う。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

『な、なんちゅう破壊力……! 爆豪! 特大火力の連続攻撃で八木を仕留めにかかった!! つうかこれ八木生きてんのか!!? 死んでてもおかしくねぇぞ!!!』

 

 爆煙が晴れる。

 するとそこには────やっぱり無傷の私がいた。

 

「うん。凄い攻撃だったぜ! 結構痛かった」

 

『無傷ーーー!!! こいつ絶対人間やめてるぜーーー!!! 八木!! 恐ろしい奴!!!』

 

 今回の攻撃は左腕で防いだ。

 もちろん個性を解放した悪魔の左腕でだ。

 今の連続爆撃はそれにすら傷をつける威力だったけど、左腕は翼よりも防御力が高いし、もげるよりも早い速度で再生したから問題なかった。

 でも痛覚はちゃんとあるから普通に痛かったけどね。

 

「全力は出しきったかい?」

「クソがーーー!!!」

 

 さっきと同じ問いかけ。

 似たような反応。

 でも、その結果は違った。

 

 爆豪少年はもう、爆破を起こせなかった。

 

「!!?」

 

 緑谷少年から聞いた話だけども、爆豪少年の爆破は掌の汗腺からニトロみたいな汗を出して爆破してるらしい。

 なら、使い過ぎればそこが痛んでくるのは当然の話。

 轟少年の氷結は使い過ぎると体が冷えて動かなくなる。

 上鳴少年の電撃は使い過ぎると頭がショートしてアホになる。

 それと同じで、爆豪少年の個性にも使用上限があり、それが今だった。

 それだけの話だね。

 強い個性ほど反動が強い。

 

「じゃあ、次は私の番だ」

 

 爆豪少年のターンが終わったのなら次は私のターンが来る。

 殺さないように個性を解除して踏み込む。

 個性が使えなくなったとはいえ体力は残ってる様子の爆豪少年は迎撃しようとするけど、身体能力の差と格闘技術の差でどんどん追い詰められる。

 

 そして最後に。

 腹をパンチして踞ったところで、顎に鋭いアッパーを決めた。

 

「カ……ハ……」

「私の勝ちだな。爆豪少年」

 

 爆豪少年はそのまま仰向けに倒れた。

 動く様子も起き上がる様子もない。

 ただの屍のようだ。

 

 冗談はさておき。

 ミッドナイト先生が爆豪少年に駆け寄って様態を確認し、判定を下した。

 

「爆豪くん戦闘不能!! よって八木さんの勝ち!!」

 

『決着!!! 以上で全ての競技が終了!! 今年度雄英体育祭一年優勝は────A組!! 八木魔美子!!!』

 

「「「「「「「「ワアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」」」 

 

 歓声に包まれるスタジアム。

 私はその中心で勝利のスタンディングを決めた。

 充実感と満足感と、ほんの少しの寂寥感を感じながら。

 

 




体育祭。ついに決着!!
長かった……。


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体育祭!!! 表彰式

「それではこれより!! 表彰式に移ります!」

 

 見事体育祭で優勝し、表彰台の頂点に立つ権利を与えられた私だけど、そこからの眺めに浸るのを邪魔するように危険生物が隣で暴れていた。

 

「ん"ん"ん"ーーー!!!」

 

 コンクリートの柱にくくりつけられ、拘束具でガッチガチに固められた爆豪少年が2位の場所から私を食い殺さんばかりに睨み付けながら暴れているのだ。

 猿ぐつわも嵌められてるから声も出せずに唸り声が響くだけ。

 ……なんか犬から猛犬を通り越して狂犬になってしまった感があるよ。

 それに比べれば反対側の隣。3位の所は平和なもんだ。

 轟少年は静かだし、上鳴少年は思いっきり調子に乗った顔で観客席に手振ってるだけだし。

 

 ちなみに。

 観客席には飯田少年の姿がない。

 なんでもお兄さんがヴィランに襲われたという連絡を受けたらしくて帰っちゃったそうだ。

 ……ヴィランに身内が襲われるとか。

 ちょっと心がチクッとする話だ。

 

 まあ、それも今はいいや。

 今は表彰式だからね。

 楽しくいこう!

 

「それではメダル授与よ!! 今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!」

「ハーハッハッハッハ!!」

 

 ミッドナイト先生の声に合わせて聞き覚えのありすぎる笑い声がスタジアムの上から聞こえてきた。

 その声の主は「トウッ!」と言って回転しながら飛び降りて来る。

 

「私がメダルを持って……」

「我らがヒーロー! オールマイト!!」

「……来た」

 

 ミッドナイト先生の声と見事に被った。

 ちょっとグダグダな感じになっちゃったよ。

 でも気を取り直して、パパはメダルの贈呈を始めた。

 

「上鳴少年! おめでとう! 素晴らしい活躍だった!」

「ありがとうございます!!」

「だが、個性ぶっぱ以外の戦い方も覚えた方が良い。アレに頼り過ぎてはいけないぞ」

「はい……」

 

 上鳴少年は嬉しそうな顔から一転、現実に引き戻されてしまった。

 仕方ないね。

 だってあの子本当に無差別放電しかしてなかったんだもん。

 

「轟少年! おめでとう! 途中から炎を使うようになったのは訳があるのかな」

「……緑谷戦でキッカケをもらって、八木に正論叩きつけられて、少しだけ吹っ切れました。……でも、俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ駄目なんです。精算しなきゃならないものがまだある」

「……顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと精算できる」

 

 轟少年はちょっと複雑そうな顔だ。

 でも、あの恨み辛みに満ちた顔じゃなくて、こう普通の悩める少年みたいな顔になった。

 ただの思春期って感じだ。

 私が気まぐれで言った言葉が良い方向に転がったのなら良かった良かった。

 後は自分で頑張ってくれたまえ。

 私は知らん。

 

「さて爆豪少年!! っとこりゃあんまりだ」

 

 そう言ってパパは爆豪少年の猿ぐつわを外してしまった。

 外して、しまった。

 外しちゃったかー……。

 絶対うるさくなるよねこれ。

 

「オールマイトォ!!! 2位なんざ何の価値もねぇんだよ!!! しかも俺は舐めプされた上に何にもできねぇで負けたんだ!!! こんな結果、世間が認めても俺が認めてなきゃゴミなんだよ!!!」

 

 案の定、爆豪少年は異様なくらい目を吊り上げてうるさく吠えた。

 というか顔すげぇ。

 どうやったらあんな顔になるんだろう?

 

「うむ! 相対評価に晒され続けるこの世界で不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない。受けとっとけよ! 傷として! 忘れぬよう!」

「要らねぇっつてんだろうが!!!」

「まぁまぁ」

 

 そうしてパパは暴れる爆豪少年の首にメダルをかける事を諦め、仕方がないから口に噛ませた。

 犬か!

 まるで骨を咥える犬のようだぞ爆豪少年!

 そう思って見てたら爆豪少年に例の凄い顔で睨まれた。

 だから何故考えてる事がわかる!?

 

「さあ、魔美……ゴホンッ! 八木少女! 優勝おめでとう!!」

 

 最後にパパは私に金メダルを持って話しかけてきた。

 ここでは親子ではなく一生徒として接するらしい。

 OK。わかった。了解した。

 

「ありがとうございますオールマイト。凄く光栄です」

「う、うむ」

 

 私の珍しい敬語とよそよそしい態度にパパが若干のけ反った。

 なんだよー。

 そんなに違和感があるのか?

 私だって敬語が使えない訳じゃないんだからな!

 

「さて、今回の体育祭。君はちゃんと楽しめたかな?」

「……はい。楽しかったし満足してます。でも、ちょっとだけやり過ぎちゃったような気もするし。逆にもっと貪欲になるべきだったかもしれないとも思っちゃいますけど」

 

 チラリと横目で爆豪少年を見ながら少しだけ心に引っ掛かっていたものを吐き出す。

 実はちょっとだけ不安なのだ。

 私の選択は本当にあれで良かったのかと。

 

 本気でやらなければ楽しくないから本気を出した。

 全力を出したら体育祭が崩壊するから全力は出さなかった。

 代わりに全力で楽しんだ。

 初めての学校行事。

 ずっとテレビや漫画の中の出来事でしかなかったものに参加できて、私は本当に楽しかった。

 でも、爆豪少年の狂犬っぷりを見てるとやっぱり考えてしまう。

 

 そんな感じで少しだけ悩んでいると、パパに抱き締められた。

 他の受賞者諸君にもやった軽い抱擁だ。

 でも、それが凄く優しく感じた。

 

「ハハハ。後になってから選ばなかった未来の事を考えてしまうのは人間のサガだが、それはナンセンスさ。これはお祭り。なら君が楽しかったのならそれで良いじゃないか。今はただ自分が掴んだ栄光を誇りなさい。────頑張ったね。魔美ちゃん」

 

 抱き締められながらそう言われて、なんか涙が出てきた。

 私は自分でもかなりドライな人間だと自覚してるから正直意外だ。

 小学校、中学校と学校とは名ばかりの施設に入れられて、私は自分で思ってたよりも学校行事に憧れてたのかもしれない。

 そこで掴んだ最高の結果。

 尊敬する父親からの肯定と称賛の言葉。

 それを受けて私は、───柄にもなく感動して泣いてしまった。

 

 気づけばパパに抱きついていた。

 そして、口が勝手に動いていた。

 

「うん……! ありがとうパパ!!」

「ハハハ。よしよし」

 

 パパは優しく私の頭を撫でてくれた。

 私は珍しく素直に甘えた。

 そんな親子の心温まるやり取りを終え、涙をふきながら金メダルを受け取った時には、何故か会場が静まりかえっていた。

 なんぞ? と思っていると、突然示し会わせたかのように会場中の観客達が異口同音の叫び声を上げた。

 

「「「「「「「「パパ!!!?」」」」」」」」

 

「「あ! やば……!?」」

 

 しまった!

 感動でうっかり口が滑った!

 私にとってパパの娘という秘密は秘密としての優先度が低いけど、こんな大衆の面前で言っていい事じゃなかったよ!

 

 オタオタとするパパ。

 やっちまったという心境で固まる私。

 急速に活性化しだしたマスゴミ共。

 このカオスな空気を無理矢理終わらせるべく、パパが一気にまくし立てた。

 

「さぁ!! 今回は彼らだった!! しかし皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった!! ご覧頂いた通りだ! 競い! 高め合い! さらに先へと登っていくその姿!! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」

 

 パパの言葉を聞いて会場も少しだけ落ち着いてきた。

 あくまでも私達の関係を探るよりも先に体育祭の終わりを見届け方向に一時的にシフトしただけだけど。

 

「てな感じで最後に一言!! 皆さんご唱和下さい!! せーの……」

 

「「「「「「「「プルス・ウルト……」」」」」」」」

 

「おつかれさまでした!!!」

 

 駄目だった。

 最後までグダグダだった。

 パパの強烈な「おつかれさまでした!!!」が全てを打ち消してしまったよ。

 

「そこはプルス・ウルトラでしょオールマイト!!」

「ああいや、疲れたろうなと思って……」

 

 そんな締まらないラストでありながらも雄英体育祭は終わりを告げた。

 私とパパはハイエナの如く襲って来るであろうマスゴミを振り切る為に全速力で校舎まで逃げた。

 頼むぞ雄英バリア!

 今度こそマスゴミの群れを追い返してくれ!

 

 そして私の手には光輝く金メダルが残り、体育祭の日は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 その裏側で新たな戦いの火種を生み出しながら。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──飯田視点

 

 

 

 兄さんがヴィランに襲われたという知らせを受け、体育祭を途中で抜け出して兄さんの居る病院に駆けつけた。

 恐怖と焦燥に駆られながら病室のドアを勢いよく開けた。

 

「兄さん!!!」

 

 そこには、兄の変わり果てた姿があった。

 力なくベッドに横たわり、酸素マスクを付けられ、全身に管を刺して辛うじて命を繋いでいるような、そんな痛ましい姿の兄がいた。

 

「……天哉……ごめんな……お前みてぇな……優秀な弟が……せっかく憧れて……くれてんのに…………兄ちゃん……負け……ちまった……」

 

 かすれるような弱々しい声でそう告げる兄を見て、僕はただ取り乱して涙する事しかできなかった。

 

 そして病室から追い出され、廊下の椅子に座って深く項垂れながら、兄さんをあんな姿にしたヴィランの事を思う。

 

 兄さんを襲ったヴィランの名は「ステイン」。

 通称「ヒーロー殺し」。

 これまでにも何人ものヒーローを殺害、あるいは再起不能にしてきた凶悪犯だ。

 

 許せない。

 絶対に許さない。

 許せる訳がない。

 

 兄さんは、ターボヒーロー「インゲニウム」は立派なヒーローだった。

 多くの人々を助け、多くの後輩達を導いてきた、全ヒーローの模範のような素晴らしいヒーローだった。

 ヴィランなんかに傷つけられていい人じゃない。

 

「殺してやる……!!!」

 

 ヒーロー殺しステイン……!

 必ずこの手でお前を殺す……!!

 首を洗って待っていろ……!!!

 

 輝かしい体育祭の裏で、僕はただひたすらに怒りと殺意を蓄え続けた。

 

 




ついに体育祭編終了!!
本当に長い戦いだった……。
そしてまた新たなる戦いが始まるのだ(キリッ)!


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チャーミーデビル誕生!!

ついにここまで来た……!


 体育祭の翌日、翌々日は休校となった。

 その間に雄英体育祭の事は当然の如くニュースになり、さらに私の事を「オールマイトJr.(ジュニア)」と呼んで囃し立てる番組が後を絶たないという恐ろしい事態になっていた。

 ジュニアって男の子の事でしょ。

 私、女の子なんだけど。

 

 いやまあ、それはもういいんだけどさぁ。

 どうせ私がパパの娘だというのは変えられない事実なんだし。

 マスゴミの鼻の良さを考えればいずれはバレていた事だ。

 そう思っておとなしく有名人としての道を歩もう。

 今度ショッピングとかに出かける時は変装とかしよう。

 もうそれでいいや。

 

 でも、いつもの電車通学で注目を浴びるのもマスゴミに集られるのも嫌だったから、これからはパパの車で通学する事にした。

 授業開始までの間と放課後でちょっと時間が余っちゃうけど、それは必要経費ということで。

 マスゴミの餌食になるより百倍いいよ。

 

 そんな感じでお休みの二日間は過ぎ去り、今日から雄英は通常通りの授業に戻る。

 私は早速車通学を始め、パパを足として使う事に。

 考えてみるとこうして一緒に通勤通学すればUSJの時の朝みたいに通勤中にパパが無茶しようとしても止められるし、意外と合理的な選択だったかもしれない。

 

 そうして余った時間を適当に校舎内の人気が少ない場所をぶらついて潰し、授業開始前に教室へ戻った。

 そこではクラスメイト諸君が体育祭の影響の話で盛り上がっていた。

 

「超声かけられたよ来る途中!!」

「私もジロジロ見られて恥ずかしかった!」

「俺も!」

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ……」

「ドンマイ」

 

「おはよー」

 

 そんな話題に花を咲かせてる所に私が登場。

 クラスメイト諸君の興味は当然の如く私に移った。

 

「ねえねえ! 八木は来る途中とかどれだけ注目された?」

「おう! それは俺も気になるぜ! なんせ世間に露見しちまったからな。オールマイトとの親子関係」

「今までは限られた範囲しか知らなかったから噂になっても信憑性の低いデマ扱いしかされなかったものね」

「それが公衆の面前で熱い抱擁とパパ呼び、名前呼びのコンボだもんな! これはもう言い逃れできねぇって!」

 

 怒涛の質問攻め。

 私は聖徳太子ではない!

 でも、聞きたい事はわかったから返事しておく。

 

「無駄に注目浴びるのが嫌だったからこの二日間は引きこもってたよ。あと、登校はパパに送ってもらった。車で」

「マジかよ……。なんか八木ってそういうところあるよな。目立つような事するわりに目立つのを嫌う的な」

「あ~わかる! 委員長決めの時とかね!」

「ケロ。不思議ね。ちょっと矛盾してる気がするわ」

「ていうかオールマイト車乗るのか……。想像できねぇ」

 

 なんか色々言われたよ。

 一応言っとくと、私は目立つのが嫌いな訳じゃないんだ。

 継続的に注目の的になるのが嫌なだけで。

 だって、うっかりヴィラン殺しちゃった時とかに顔が割れてると色々やばいじゃん。

 まあ、もう手遅れなんだけどさー。

 でも忌避感はまだ残ってるんだ。

 だから、ヒーローになってからもパパみたいにプライベートも経歴も非公開でいこうと思う。

 特に経歴はまずい。

 そこにはとんでもない地雷が埋まってるから放置するのが正解だ。

 

「おはよう」

 

 そしてわいわいガヤガヤ騒いでたクラスメイト諸君も相澤先生の登場と同時に静まり返った。

 調きょ……教育が進んでるようでなによりです。

 

「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」

「婆さんの処置が大げさなんだよ。んなもんより今日のヒーロー情報学。ちょっと特別だぞ」

 

 そう言う相澤先生は蛙吹少女の指摘通り、身体中に巻かれていた包帯が取れてる。

 USJの時の怪我がようやく治ったらしい。

 良かった良かった。

 

 それは良いとして特別な授業ね。

 小テストでもやるのか、特別講師でも来てるのかね?

 

「『コードネーム』。ヒーロー名の考案だ」

 

「「「「「「「「胸膨らむヤツきたああああ!!!」」」」」」」

 

 違った。

 胸膨らむヤツだった。

 これは普通に楽しみにしてたヤツだ!

 特に私は昔からヒーローになる事が半ば確定してたから、自分のヒーロー名に関してはかなり昔から考えて決めてあるのだ!

 

「というのも、先日話したプロからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される二、三年から。つまり今回来た指名は将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんて事はよくある」

「大人は勝手だ!」

 

 ブドウ頭がほざいてたけど無視。

 プロの指名ね。

 そういえば言ってたわ。体育祭が終わった後に。

 そもそも体育祭自体がプロから注目してもらうのが目的の催しって話だったしね。

 私みたいなエンジョイ勢をはじめとした一部例外を除いて。

 

「頂いた指名がそのまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

 

 そう言って相澤先生は黒板に指名数を映し出した。

 

「例年はもっとバラけるんだが、三人に注目が偏った。特に八木」

 

 集計結果は私の指名数が7000くらい。

 その下が轟少年の約2000。

 爆豪少年の約1500と続き、そのさらに下は数百票から数十票が数人って感じだった。

 

「だーーー! 白黒ついた!」

「見る目ないよねプロ」

「でもまあ、八木はしょうがない」

「圧倒的だったもんね」

「つーか、2位3位逆転してんじゃん」

「表彰台で拘束された奴とかビビるもんな……」

「ビビってんじゃねーよプロが!!」

「てか、同じ3位なのに俺と轟のこの差は一体……」

「そりゃ、アホになるからでしょ」

「耳郎、お前なー!!」

 

 クラスメイト諸君が再びのわいわいガヤガヤ。

 やっぱりこういうのは気になるもんかね。

 私は将来パパのサイドキックになる予定だから、ぶっちゃけ指名数とか0でも良かったくらいなんだけど……。

 今それを言ったら袋叩きにされそうだ。

 

「八木さん。おめでとう」

「ああ。うん。君は残念だったね緑谷少年」

 

 そう言ってきた緑谷少年の指名数は0だった。

 でも、君もいざとなったらパパのサイドキックから始めたらいいんだし、そんな気にする事もないと思うぜ。

 

「これを踏まえ、指名の有無に関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りある訓練をしようってこった」

 

 なるほど。

 だからこのタイミングでヒーロー名を決めるのか。

 職場体験に行くって事はヒーローの卵として活動するって事だ。

 その時にヒーロー名がないっていうのはちょっとアレだしね。

 

「まあ、仮ではあるが適当なもんは……」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 相澤先生の言葉を遮りながら、教室にミッドナイト先生が入って来た。

 相澤先生の補佐かね?

 

「この時の名が! 世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」

「まあ、そういう事だ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん」

 

 相澤先生が仕事を投げた。

 珍しい。

 やっぱり誰にでも苦手な事ってあるのね。

 

「将来自分がどうなるのか。名を付ける事でイメージが固まりそこに近づいてく。それが『名は体を表す』って事だ。『オールマイト』とかな」

 

 なるほど確かに。

 パパはそういう感じで決めたって聞いた事あるな。

 たしか『全てを救う万能のヒーロー』になりたいって意味だったかな?

 そんな感じだった気がする。

 

 それからシンキングタイムが始まった。

 クラスメイト諸君は悩みながら、あるいは即決でボードにヒーロー名を書き込んでいく。

 私ももう決めてあるけど、一応本当にこれでいいのかなって感じで最終確認をしておく。

 結果、問題なし。

 このままの名前で行く事にした。

 

 そうして十五分くらいが経過。

 

「じゃあそろそろ出来た人から発表してね!」

 

 まさかの発売形式だった。

 なかなかに度胸がいるわこれ。

 下手に思春期全開な名前とか発表したら笑い者にされる気がする。

 ……一応、他の諸君のを聞いてから発表しよう。

 

 そして勇気ある一番手が発表の為に教壇に上がって行った。

 おへそからレーザービームが出る少年だ。

 君、意外と度胸があるね。

 

「行くよ」

 

 そしておへそレーザーの少年は自分のヒーロー名を発表した。

 

「輝きヒーロー『I cannot stop twinkling(キラキラが止められないよ☆)』!!」

「短文!!」

 

 まさかの長文をチョイスしてきやがった。

 呼びにくいわ!

 ヒーロー名としては駄目じゃね?

 

「そこはIを取ってcantに省略した方が呼びやすい」

「それね。マドモアゼル☆」

 

 ミッドナイト先生……。

 こういうのにも適切にアドバイスしてくれるのか。

 なんて頼もしい。

 

「じゃあ次アタシね! 『エイリアンクイーン』!!」

「2!! 血が強酸性のアレを目指してるの!? やめときな!!」

「ちぇー」

 

 次に行ったのはピンクの肌の少女、芦戸少女だった。

 ヒーローってよりヴィランに近いイメージの名前を出して却下されてた。

 いや、ヴィランってより危険生物か。

 ヒーロー名には向かないわそりゃ。

 

 そして変な名前が二連続で来たせいで、なんか大喜利っぽい雰囲気になってしまった。

 どうしようかこれ……。

 

「じゃあ次、私いいかしら」

「梅雨ちゃん!!」

 

 ここでかなり真面目な部類の生徒である蛙吹少女が行った!

 果たしてこの空気を変える事ができるのか!?

 

「小学生の時から決めてたの。『フロッピー』」

「カワイイ!! 親しみやすくて良いわ!! 皆から愛されるお手本のようなネーミングね!」

 

 おお!

 ありがとうフロッピー!

 空気が変わった!

 これはそろそろ私が行ってもいいんじゃなかろうか!

 

「んじゃ俺!! 『烈怒頼雄斗(レッドライオット)』!!」

 

 タイミングを逸した。

 切島少年に先を越されてしまったぜ。

 

「赤の狂騒! これはアレね!? 漢気ヒーロー『紅頼雄斗(クリムゾンライオット)』リスペクトね!」

「そっス! だいぶ古いけど、俺の目指すヒーロー像は(クリムゾン)そのものなんス!」

「フフ……。憧れの名を背負うってからには相応の重圧がついてまわるわよ」

「覚悟の上っス!!」

 

 ほほう。

 切島少年、なかなかにかっこいいじゃないか。

 私もどうせならパパをモチーフにした名前にしようかな。

 ……いや、別にパパは憧れのヒーローじゃなかったわ。

 尊敬はしてるけど、ああ成りたいとは微塵も思わない存在だったわ。

 やっぱり初期案で行こう。

 

 と、私が無駄な思考を挟んでいる間にクラスメイト諸君はどんどん名前を決めて行った。

 

「『イヤホン=ジャック』!」

「『テンタコル』」

「『セロファン』!」

「テ、『テイルマン』」

「『ピンキー』!!」

「『チャージズマ』!!」

「『インビジブル・ガール』!!」

 

「良いじゃん良いよ!! さあどんどん行きましょー!!」

 

 やぺぇ。

 出遅れた。

 こうなったらいっそ大トリで発表してやろうかな。

 体育祭優勝者だし、それくらいしても許される気がする。

 

「『クリエティ』。この名に恥じぬ行いを」

「クリエイティブ!!」

 

「『ショート』」

「名前!? いいの!?」

「ああ」

 

「『ツクヨミ』」

「夜の神様!」

 

「『グレープジュース』!」

「ポップ&キッチュ!!」

 

「『アニマ』……」

「うん!!」

 

 

 

 

 

「『爆殺王』」

「そういうのはやめた方が良いわね」

 

 

 

 

 

 一部変なのが混ざりつつも、順調にヒーロー名が決まって行く。

 最初のグダグダが嘘のようだ。

 残りは既に数人。

 これは私の出番も近いな!

 

「じゃ、私も……」

 

 と、ここで麗日少女が動いた。

 恥ずかしそうに自分のヒーロー名を発表する。

 

「考えてありました……。『ウラビティ』」

「シャレてる!」

 

 おお。かわいいな。

 麗日少女らしい名前だ。

 

「思ったよりずっとスムーズ! 残ってるのは再考の爆豪くんと飯田くん、緑谷くん、そして八木さんね」

 

 私を除いて残り三人か。

 なんか三人共悩んでるみたいだし、もう私行っちゃうか?

 大トリは逃しちゃうけど元々そんなに拘ってた訳じゃないし。

 

 よし。

 行くか。

 と、思ったところで飯田少年が動いた。

 つくづくタイミングを逃す日だな今日は。

 

「あなたも名前ね」

 

 悩んだ末に飯田少年が発表した名前は『天哉』。

 飯田少年の下の名前。本名だ。

 ……なんかこれに関しては深く突っ込んじゃいけない気がする。

 私の嫌いな重い話の匂いがするぜ。

 

 まあ、何はともあれ飯田少年の発表も終わった。

 残り二人。

 この二人がまだ悩むようだったら行こうと思ってたけど、先に緑谷少年が動いた。

 私はやっぱり大トリかね?

 

「ええ!? 緑谷いいのかそれぇ!?」

 

 そうして緑谷少年が発表した名前は、良い意味で捉える事が難しいような名前だった。

 

「うん。今まで好きじゃなかった。けどある人に意味を変えられて、僕には結構な衝撃で、嬉しかったんだ」

 

 ああ。

 そういえば言われてたし言ってたな。

 そんな感じの事。

 

「だから、これが僕のヒーロー名です」

 

 緑谷少年が発表した名前は『デク』。

 良い意味で捉えるのが難しい名前。

 でも、君にとっては特別な名前なんだね。

 

 それが、未来の平和の象徴の名前か。

 

 そう考えるとちょっと締まらないなー。

 

 そして残るは私と爆豪少年の二人だけ。

 その爆豪少年といえば……

 

「『爆殺卿』!!!」

「違う。そうじゃない」

 

 こんな感じで決まりそうになかったので、次は私が行く事にした。

 やっとだよ。

 

「それじゃあ発表しようか! これが私のヒーロー名だ!」

 

 そう言って私はボードに書いたヒーロー名を発表した。

 その名も!!

 

 

 

「小悪魔系ヒーロー『チャーミーデビル』!!」

 

 

 

 ずっと昔から考えていた名前。

 色々考えた中で一番気に入った名前。

 自分の個性(あくま)と向き合って、それをできるだけマイルドにしようと私なりに試行錯誤した末に決めた名前。

 これが私のヒーロー名だ。

 

「うん。とってもチャーミングで良いわ!! ……でも、オールマイト要素が全くないけどそれはいいの? あなた、巷でオールマイトJr.の呼称が定着しかけてるみたいだけど」

 

 ミッドナイト先生がそう聞いてくる。

 そうだよ。定着しかけてるんだよ……。

 早くこっちの名前で上書きせねば。

 

「いいんですよ。私はパパみたいになりたいとは思ってないし、パパの後を継ぐ気もありませんから。私は私らしいヒーローになりたいんです」

「……そう。自分らしくある。それはそれでとっても大事な事だと思うわ。結論!! とっても良い名前よ!!」

「ありがとうございます!」

 

 ミッドナイト先生のお墨付きを貰ったぞ!

 

 

 

 今日から私は、チャーミーデビルだ!!

 

 

 

 そんな感じでヒーロー名の考案は終わった。

 

「『爆殺帝』!!!」

「だからそうじゃないっての」

 

 一人の問題児を残して。

 




やっとタイトルの回収ができた……!!
ついにやり遂げたぞォ!!!
もう思い残す事はない!!!


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職場体験!

 ──オールマイト視点

 

 

 

「あれ? 一年の指名今頃来てますね。二名。八木さんと……緑谷くん来てますよ」

「! へえ! どれどれ……」

 

 セメントスからそう言われて、私は彼の操作していたパソコンに目を向けた。

 指名1位の魔美ちゃんに今頃指名を送りつけて来るのもそうだが、緑谷少年を指名して来たというのが一番気になった。

 なにせ後継として見いだした少年だ。

 どうしても気にかけてしまう。

 

「!? この方は……!!」

 

 そうして覗いたパソコンに表示されてたのは、予想外にしてとてつもなく見覚えのある名前だった。

 見ているだけで足が震えてくる。

 思い出すは青春の日々。

 この方に殴られ、蹴られ、ゲロにまみれた修行時代。

 あれはもうトマウマだ。

 

 それにこの方には魔美ちゃんを引き取った時にも大変お世話になっており、頭が上がらない。

 魔美ちゃんの境遇にどうしようもない憤りを感じ、思わず「私が育てる!!」と言ってしまったはいいが、当時の私はヒーロー活動も奴との対立もあってめちゃくちゃ多忙だった。

 故に、私の仕事中にあの子を預かってくれる信頼の置ける人物が必要であり、この方に随分頼ってしまったのを覚えている。

 もう足を向けて寝られないレベルだ。

 この指名を断る事など私にはできない。

 二人には悪いが……。なんとか職場体験先をこの方の所にするよう説得するしかあるまい。

 幸い魔美ちゃんはこの方になついていたし、緑谷少年にとっては唯一の指名先だ。

 断られる可能性は低い。

 

 私は急いで職員室を後にし、1年A組の教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」

 

 相澤先生はそう言って私にはやたら分厚いリストを渡してきた。

 この紙の束、果たして何枚あるんだろう……。

 この中から選ばなきゃいけないのかー。

 真面目に考えるのが面倒くさいなー。

 私、実戦経験は内緒の自警団(ヴィジランテ)活動で積んでるから、この職場体験で学ばなきゃいけないのは連携とか立ち回りとかの苦手な部類の体験だ。

 ひたすら面倒くさいしやりたくない。

 でも、やらなきゃいけないよなー。

 将来はパパの事務所唯一のサイドキックとして自由気ままにソロ活動するとしても、依頼とかで他の事務所のヒーローと共闘する事もあるだろうし。

 その時、連携がド下手っていうのは色々とまずい。

 

 せめてある程度気楽にやれる顔見知りからの指名とかないかなー。

 ナイトアイのおじさんとか。

 ああ、いや、駄目か。

 あの人の所行ったら他の百倍キツい事になるのが目に見えてたわ。

 そもそも私あの人に嫌われてるじゃん。

 

「魔美ちゃんやっぱり悩んでる?」

 

 そんな感じでウンウン悩んでいたら、麗日少女が話しかけてきた。

 

「悩んでるぜー。正直、顔見知りの所で楽したいっていうのが本音だよ」

「楽て……。そこは真面目に考えよう?」

 

 真面目に考えてはいるのだよ?

 ただ、職場体験自体あんまり気乗りしないだけだ。

 ヴィランと戦えるかもしれないっていうのは楽しみだけど、たぶん私が単騎で暴れられる事はないだろう。

 連携か見学かの二択だと予想する。

 そうなるとやっぱりできるだけ楽したいという方向に思考が行っちゃって……。

 

「ちなみに麗日少女は決めたのかい? 参考までに聞かせてほしいんだけど」

「ああ。うん。わかった。私は『ガンヘッド』の所行く事にしたよ!」

 

「え? バトルヒーロー『ガンヘッド』の事務所!? ゴリッゴリの武闘派じゃん!! 麗日さんがそこに!?」

「うん。指名来てた!」

 

 そこで近くで私達の話を聞いていた緑谷少年が会話に参加してきた。 

 にしても麗日少女が武闘派ヒーローの所にか……。

 意外な選択だな。

 

「てっきり13号先生のようなヒーロー目指してるのかと……」

「最終的にはね! でも、こないだの爆豪くん戦で思ったんだ。強くなればそんだけ可能性が広がる。やりたい方だけ向いてても見聞狭まる! と」

「……なるほど」

「うわー……。耳が痛いぜ」

「なんで!?」

 

 麗日少女が立派すぎて凄い耳が痛い。

 そうなんだよ。

 私は将来ヴィランをぶん殴る専門のヒーローになりたい訳だけど、ヒーローである以上それ以外の仕事だって絶対しなきやならない。

 災害救助、人質救出、その他もろもろ。

 いっそ私も楽しようとか考えないで、麗日少女みたいに苦手な方面へのチャレンジして、災害救助とかの職場行ってみようかな。

 でもなー。

 うーん。

 

 そんな感じで、麗日少女の話を参考にするつもりがますます悩むハメになり、なかなか決められずに放課後。

 提出期限は今週末。

 つまりあと2日しかないから、もうちょっと急いで考えないとなー。

 

 そう思いながら教室を出ようとした時。

 

「わわ私が!! 独特の姿勢で来た!!」

「ひゃ!?」

 

 パパがお辞儀もどきみたいな謎ポーズで現れた。

 私の前にいた緑谷少年が驚きで変な声出してたよ。

 なんか慌ててるみたいだけどどうしたんだろ?

 

「ど……どうしたんですか? そんなに慌てて……」

「ちょっとおいで。魔美ちゃんもね」

「? わかった」

 

 そんな感じでパパに廊下に連れ出された。

 なんかパパの額に大量の冷や汗が出てるんだけど。

 マジでどうしたんだろ?

 

「君達に指名が来ている!」

「え!? え!? 本当ですか!?」

「えー? そんな事?」

 

 緑谷少年にとっては衝撃の事態でも、私はもう7000件くらい指名貰ってるんだから大した話じゃない。

 でも、パパがこんな事になってるって事は、その指名してきた相手に問題があるのかね?

 

「その方の名は……『グラントリノ』。かつて雄英で一年間だけ教師をしていた私の担任だった方だ」

 

 おお!

 おじいちゃんか!

 なるほど、納得したよ。

 パパはおじいちゃんにビビってるからね。

 だから、こんな反応になってたのか。

 でも、私にとっては吉報だよ。

 最初に考えたように顔見知りの所で気楽にやれそうだ。

 

「ワン・フォー・オールの件もご存知だ。むしろその事で緑谷少年、君に声をかけたのだろう。魔美ちゃんに関してはわからないが」

「そんな凄い方が……!」

 

 緑谷少年がおじいちゃん(オールマイトの先生)という存在に興奮している。

 その興奮が恐怖に変わるまで果たしてどのくらいかかるかな。

 私は戦闘に関しては恐怖を感じないから、おじいちゃんのしごきも普通に耐えられたし怖いとは思わないけど、普通ひたすらボコボコにされたら恐怖を覚えるもんだ。

 緑谷少年も入学前に私にボコボコにされた時は一時期「女の子怖い」としか言わなくなったという前歴があるし、おじいちゃんに対してもそうなるんじゃないかな?

 

「グラントリノは先代の盟友……。とうの昔に隠居されていたのだが……。私の指導不足を見かねての指名か。……あえてかつての名を出して指名をしてきたという事は……怖ぇ怖ぇよ。震えるなこの足め!」

 

 パパがガクガクブルブルしてる。

 ほんと、おじいちゃんに対しては過剰なくらい怯えるよねパパは。

 前に会った時も土下座するくらいの勢いだったし。

 

「とにかく……。君を育てるのは本来私の責務なのだが……折角のご指名だ……。存分にしごかれてくるくく……るといィいィィ」

 

 パパの震えが止まらない。

 それを見て緑谷少年もようやく理解したようだ。

 おじいちゃんがパパにとってどれだけ恐ろしい人なのかという事を。

 

「それで、魔美ちゃんはどうしよっか? 他の指名も貰ってるし、もし嫌なら私が……い、命をかけてでも、せ、せせせ説得するがががが……!!」

「いや、行くよ。私おじいちゃん好きだし。丁度顔見知りの所でもないかなーって思ってたところだったしさ」 

 

 そう告げるとパパはあからさまにホッとした顔になった。

 ほんと、どんだけおじいちゃんが怖いんだか。

 私にとってはちょっと口が悪いだけの普通のおじいちゃんなのにね。

 不思議だ。

 

「あ! それとそうだ。緑谷少年のコスチューム! 修繕されたのが戻ってきてるぞ!」

 

 そして話は緑谷少年のコスチュームの件に移り、その後は特に何事もなく終わった。

 私は相澤先生の所に職場体験の希望先を提出した後は、パパの勤務終了時間まで適当に時間を潰し、車で帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして職場体験当日。

 今日は電車での移動だ。

 つまり公共の場だ。

 どうかマスゴミが寄って来ませんように!

 

「コスチューム持ったな。本来は公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」

「はーい!!」

「伸ばすな。『はい』だ芦戸。くれぐれも失礼のないように! じゃあ行け」

 

 そんな感じでクラスメイト諸君はそれぞれの体験先に散って行く。

 そんな中、緑谷少年と麗日少女は去って行く飯田少年の背中を見ながら心配そうな顔をしていた。

 飯田少年は身内をヴィランにやられた直後だからね。

 そりゃ心配か。

 

「飯田くん。……本当にどうしようもなくなったら言ってね。友達だろ」

 

 緑谷少年の言葉に麗日少女はコクコクと頷いていた。

 でも、一方の飯田少年は……

 

「ああ」

 

 どこか影のある顔でそう言っただけだった。

 アレはちょっと危ないかもなぁ。

 仇討ちとか考えてそうな顔だよアレは。

 でも、私が首を突っ込む事でもないか。

 気にしない事にしよう。

 

 

 

 そんな訳で、緑谷少年と共に新幹線に乗って45分。

 過疎化が進んだ寂れた街にやって来た。

 

「オールマイトすら恐れるヒーロー……。『グラントリノ』。聞いた事ない名前だけど、凄い人に違いない!」

 

 緑谷少年は来る途中で私におじいちゃんの事を聞きまくってたけど、どうせ会えばわかる事を説明するのがめんどくさかった私は、「会ってからのお楽しみだぞ」と言って煙に巻いてた。

 結果、緑谷少年は私が焦らしてると判断したのか、おじいちゃんへの期待が高まっていた。

 

「凄い人に違い……ない……」

 

 が、その高まった期待もおじいちゃんの事務所という名の廃墟一歩手前な建物を見た途端に低下してしまった。

 うん。

 前に来た時と大して変わってないね。

 より老朽化が進んだ感じはあるけど。

 

 とりあえず立ち尽くす緑谷少年を引っ張っておじいちゃんの家に入る。

 

「おじいちゃーん!! 来たよー!!」

「……雄英高校から来ましたー……。緑谷出久です……。よろしくお願いしま、ああああああああああああ!!! 死んでる!!!」

 

 玄関開けたらおじいちゃんが赤い液体の中に沈んでいた。

 その腹の下には腸のような物があった。

 確かに一見死んでるね。

 でも、大丈夫。

 

「生きとる!!」

「生きてる!!」

 

 いきなりおじいちゃんが顔を上げた。

 それによって生存確認ができて緑谷少年はホッとしてた。

 大袈裟だなぁ。

 

「……むしろ八木さんはなんで平気だったの?」

「ん? だって血の匂いがしなかったじゃん。血をぶちまけて死んでるのに血の匂いがしないなら生きてるってわかるでしょ」

「血の匂い……! 確かに……!」

 

 納得してくれたようで何より。

 

「で、おじいちゃんは何してたの?」

「いやぁあ。切ってないソーセージにケチャップぶっかけたやつを運んでたらコケたァ~~~! 誰だ君は!?」

「おじいちゃん、ちょっと会わない間にボケた? 私だよー。魔美子だよー」

「何て!?」

「だから魔美子だってばー」

「誰だ君は!?」

 

 ……あれ?

 これもしかしてマジでボケ老人にクラスチェンジしちゃったパターン?

 だとしたら介護施設の手配をしないと。

 後でパパに相談しとこっと。

 

「や……やべぇ……!!」

 

 後ろで緑谷少年が引いてた。

 まさかの展開に開いた口が塞がらない感じだ。

 私だってコレは予想外だったよ。

 

「飯が食いたい。俊典!!」

 

 それはパパの名前だねおじいちゃん。

 いくら親子でもアレと間違えられるのは女の子としてのプライドに関わるよ。

 とりあえず、このおじいちゃんの成れの果ては後で叩いて直すとして、今は注文通りご飯でも作ってあげようかね。

 

「緑谷少年。私はとりあえず冷蔵庫あさってくるから君はパパに連絡入れておいて。場合によっては老人介護施設が必要になると思うから」

「わ、わかった。す、すみません。そういう事でちょっと電話してきますね」

 

 という事で私は冷蔵庫へ、緑谷少年は外で電話してくる事になった。

 たまに思うけど、なんでこの家、玄関とキッチンが同じ場所にあるんだろうね?

 他にも結構部屋あるのに。

 

 

 

「撃ってきなさいよ! ワン・フォー・オール! どの程度扱えるのか知っときたい」

 

 

 

 その時、おじいちゃんが動いた。

 緑谷少年のコスチュームが入ったアタッシュケースを勝手に開けて中を物色してる。

 ……なんか急にいつものおじいちゃんに戻ったな。

 ボケてたのは演技だったのかね?

 これなら叩いて直す必要はないかも。

 

「や……えと……そんな事してる場あ……」

「良いコスじゃん。ホレ着て撃て! ……誰だ君は!?」

「うわああ!!」

 

 訂正。

 やっぱり後で叩いて直そう。

 それはともかく。

 

「っ~~~~……」

 

 緑谷少年がなんか焦ったような、焦燥感に駆られたような顔してる。

 どうした?

 

「僕……早く……早く力を扱えるようにならなきゃいけないんです……! オールマイトには、もう時間が残されていないから」

 

 ああ。

 そこからくる焦りか。

 確かに、パパが戦っていられる時間は残り少ない。

 今のままのペースだと私達の雄英卒業までもつかどうかってところだと思う。

 そりゃ必死にもなるか。

 

「だからこん……おじいさんに付き合ってられる時間はないんです!」

 

 それだけ言って緑谷少年は背を向けて去ろうとした。

 期待してた職場体験先にいたのがまさかのボケ老人じゃこの反応も当然かね。

 少しでも経験を積まなきゃいけない貴重な時間にボケ老人の相手はしてられないか。

 

 でも、どうやらその心配はなさそうだぜ。

 

 

 

 おじいちゃんが突然、目にも留まらぬスピードで跳びはねて、緑谷少年の上を取った。

 

 

 

「だったら尚更、撃ってこいや受精卵小僧!」

 

 

 

 そう言ってニヤリと笑うおじいちゃんの様子には、すでにボケ老人の面影は残っていなかった。

 

 それを見て私は思った。

 

 なんだ。

 やっぱり普通に元気じゃないかおじいちゃん。

 心配して損したよ。

 




まるで本当の祖父と孫娘のようだ……。


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職場体験! パート2

 ──オールマイト視点

 

 

 

「DNA検査? 脳無の?」

 

 突然話がしたいと言ってやって来た塚内くんから語られた言葉。

 私はそれに聞き入った。

 

「ああ。捜査協力を依頼してるでもないし情報漏洩になるが……君には伝えなくちゃと思ってね。黒幕への手掛かりだ」

 

 黒幕。

 ヴィラン連合を陰で操る存在。

 雄英のセキュリティを突破し、あれほど強力なヴィランを送り込んできた輩だ。

 必ず捕まえなければならない。

 

「あれから色々試したんだが、奴は口がきけないとかじゃない。何をしても無反応。文字通り思考停止状態。素性を調べる為DNA検査をしたところ、傷害、恐喝の前科持ち。まあ、チンピラだ。───そして奴の身体には、全くの別人のDNAが少なくとも四つ以上混在している事がわかった」

「!? …………人間かそれ……?」

 

 そんな者が自然に生まれたとは思えない。

 確実に人工的に造られたのだろう。

 おぞましい事をするものだ……。

 

「全身薬物等でいじくり回されているそうだ。安っぽい言い方をすれば、複数の個性に見合う身体にされた改造人間。脳の著しい機能低下はその負荷によるものだそうだ。……どこかで聞いた話だと思わないか?」

「!!? ああ……!! 聞き覚えがあるどころの話じゃない……!!」

 

 複数の個性持ち。

 薬物等による人体改造。

 脳への負荷。

 これだけ並べられれば嫌でもわかる……!!

 これは……! まるで……!

 

「そう。あの子の症状と合致する点が多いんだ」

 

 あの子の個性の能力は多岐にわたる。

 ワン・フォー・オールに匹敵する怪力。

 音速を超える飛行能力。

 闇の破壊光線。

 使い魔の作成。

 無尽蔵の体力。

 圧倒的な防御力。

 そして、脳無と同じ超再生。

 これらを一つの個性と言うのは無理がある。

 推測でしかないが、あの個性はまず間違いなく複数の個性が混ざって生まれた個性(・・・・・・・・・・・・・・・・)なのだろう。

 

 極めつけは脳への負荷だ。

 あの子の人生を歪めている破壊衝動は個性の副作用。

 すなわち、個性による脳への負荷(・・・・・・・・・・)だ。

 

 脳無との類似点が多すぎる。

 つまり、同一犯による犯行の可能性が極めて高い……!!

 

「……ここまで言えばわかるだろ。ワン・フォー・オールを持った君ならば特に。DNAを取り入れたって馴染み浸透する特性でもない限り個性の複数持ちなんて事になりはしない」

 

 わかるさ。

 ヴィラン連合の黒幕が……!

 その正体が……!

 

「恐らく……個性を与える個性がいる」

 

 ()が、生きているという事が……!

 

「あの怪我でよもや生きていたとは……!! 『オール・フォー・ワン』……!!」

 

 私にとって、ワン・フォー・オールにとっての因縁の相手。

 奴が生きているならば再び戦いになる。

 6年前は取り逃がし、腹に穴を空けられたが。

 今度こそ……! 今度こそは……!

 

「必ず貴様を……刑務所にぶち込む!!」

 

 これ以上、奴による犠牲者を増やさない為にも。

 ワン・フォー・オール八代目継承者として。

 師の仇である貴様を。

 娘を弄んでくれた貴様を。

 

 必ず打ち倒す……!!

 

 学校の一室で、私は静かに闘志を燃やした。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「体育祭での力の使い方。あの正義バカオールマイトは教育に関しちゃ素人以下だぁな。見てらんねぇから俺が見てやろうってんだ。さあ着ろや。コスチューム」

 

 相変わらずおじいちゃんは口が悪いなぁ。

 そんなおじいちゃんの迫力に気圧されたのか、緑谷少年は言われた通りに着替えるべく、いそいそとアタッシュケースを持って隣の部屋に行った。

 女の子(わたし)がいる部屋で着替える勇気はなかったようだ。

 うん。

 君はそういうキャラだったね。

 

 予想外に時間が開いたので、私はおじいちゃんに話しかける事にした。

 

「そういえばおじいちゃん。私には指導してくれないの?」

「あ? お前は戦闘に関しちゃほぼ完成してんだろうが。もう免許皆伝だ。教える事なんかねぇよ」

「えー……。じゃあ、なんで私を指名したのさ?」

「なんとなくだ!!」

 

 なんとなくかー。

 いや、別にいいんだけどね。

 おじいちゃん相手なら気楽にやれるし。

 でも、なんか釈然としない。

 

「……心配せんでも戦闘面以外の事をちゃんと教えてやるから安心せい。ソロのヒーローとしての立ち回り方のコツとかな」

「おお!」

 

 そんな私の気持ちが顔に出てたのか、おじいちゃんはちゃんと職場体験先のヒーローっぽい事を言ってくれた。

 実にありがたいね。

 ソロで適当にダラダラやってるおじいちゃんのヒーロー活動は私の理想に限りなく近いから、色々と為になる話が聞けそうだぜ!

 私が有名になっちゃったから理想通りにはいかないかもしれないけど。

 

 と、そんな会話をしてる内に緑谷少年が帰って来た。

 

「お待たせしました……。よろしくお願いします」

 

 そう言う緑谷少年のコスチュームは、なんか前に戦闘訓練で見た時と変わってた。

 基本のジャージっぽさは変わらないけど、肘のサポーターが付いたり、レッグパーツが付いたりとちょっとだけ豪華になってる。

 

「緑谷少年、コスチューム変えたのか。なかなかに似合ってるじゃん!」

「いや、これは、なんか勝手に改造されてて。……サポート界には発目さんみたいな自分勝手な人が多いのかも」

 

 アレを基準に考えるならサポート界は奇人変人の巣窟という事になっちゃうぞ。

 あんまり突っ込んじゃいけない分野なのかもしれないな。

 

「そ、それはともかく。こんな所でワン・フォー・オールを使っちゃって本当に良いんですか……? 正直まだ完全に使いこなせないし、もっと開けた屋外じゃないと……。もしうっかり100%で撃っちゃったりしたらグラントリノさんのお身体が……」

 

 緑谷少年がまたナンセンスな事言い出したよ。

 心配する事ないと思うけどなぁ。

 だっておじいちゃんは───

 

「ウダウダとまあ、───じれったいな」

「え? ぎゃ!?」

 

 ───個性を制御できなかった頃の私を鍛えてくれた人だもん。

 

 カクカクと跳び跳ねて三次元的な動きをしたおじいちゃんが緑谷少年を後ろから蹴り飛ばした。

 早速訓練開始かー。

 乗り気だねおじいちゃん。

 

「撃つだけじゃないんですか!? 実戦形式!?」

 

 緑谷少年は混乱している!

 早くおじいちゃんのノリに適応してくれる事を祈るよ。

 さーて。

 私はさっき言われた通りご飯でも作ってようかね?

 ピョンピョン跳ね回ってるおじいちゃんを避けながら冷蔵庫に向かう。

 

「さっきので俺の実力が見えなかったか。九人目の継承者がこんな湿った男とは……。オールマイトはとことんド素人だぁな」

「……っ!!」

 

 おじいちゃんは緑谷少年を煽るような事言って乗り気にさせようとしてる。

 ……ていうか、おじいちゃん今電子レンジ踏んだんだけど。

 あーあー。ぶっ壊れちゃった。

 これはもう叩いても直らないな。

 粉々だよ。まったくもう。

 

「ぶっ!!?」

 

 私が電子レンジに黙祷を捧げてから冷蔵庫の中を物色し、その中身があまりにも空っぽだった事に愕然としている間に緑谷少年はおじいちゃんにサンドバッグにされてた。

 おじいちゃんの足の裏から空気を噴出して空中移動や高速移動を可能とする個性「ジェット」とそれを使いこなした動きに緑谷少年はついていけず翻弄されるばかり。

 食材がないんじゃご飯は作れないと諦めた私は、おとなしくこの戦いを観戦する事にした。

 

 おじいちゃんが再び緑谷少年の背後を取った。

 しかし、今度はその動きを予測していたのか、緑谷少年が反撃に出る。

 

「! 分析と予測か。だが固いな。そして意識がチグハグだ。だからこうなる」

 

 しかしおじいちゃんには通用せず、緑谷少年は取り押さえられて床に倒れた。

 勝負ありだね。

 

「絶対捕まえたと思ったのに……!」

「それだよ。体育祭での利用法。自分でも理解はできてる筈なのに、オールマイトへの憧れや責任感が足枷になっとる」

「足……枷……?」

 

 ふむ。足枷か。

 確かに焦りは視野を狭めるっていうし、緑谷少年は「早くオールマイト(パパ)を継がないと」って焦りで成長を阻害されてる感じはあるかも。

 

「『早く力をつけなきゃ』。それは確かだが時間もヴィランもお前が力をつけるまで待ってくれはしない」

 

 その通りだね。

 時間は勝手に過ぎていくし、ヴィランはこっちの都合なんて考えてくれない。

 私も個性が制御できなかった頃に何回か襲われたっけなー。

 あの人達はどうなったんだっけ?

 昔の事すぎて忘れたけど、全員ミンチになったような気がする。

 

「お前はワン・フォー・オールを特別に考えすぎなんだな」

「…………つまり、どうすれば?」

「答えは自分で考えろ。俺ぁ飯を買って来る。掃除よろしく」

「えぇ……!?」

 

 私が昔の事に思いを馳せている間に、おじいちゃんは緑谷少年にアドバイスを残して行ってしまった。

 私は慌てて後を追う。

 

「緑谷少年! おじいちゃんに任せたらろくな料理が出てきそうにないから私も買い出しについて行くよ! 掃除頼んだ!」

「八木さんまで……」

 

 仕方ないじゃないか。

 あの冷蔵庫の中身を見れば普段ろくな物食べてないのは明らかだ。

 絶対に乱れた食生活を送ってると断言できる。

 今回の買い出しだってお惣菜を買って来るのが関の山だろう。

 ここは私の出番だ。

 

 そんな訳でおじいちゃんを追って外に出ると、なんとおじいちゃんは買い物には行っておらず、玄関扉の裏で緑谷少年の動向に聞き耳を立てていた。

 私もちょいちょいと手招きされたから、おじいちゃんと一緒に緑谷少年を観察する事にする。

 

「オールマイトへの憧れが足枷。使い方は理解してる。ワン・フォー・オールを特別に考えすぎ……」

 

 悩んでおる。悩んでおる。

 いつものようにブツブツ呟く声がここまで聞こえてくるよ。

 

「…………! そうか! そうだよ! 個性は体の一部……! もっと、もっとフラットにワン・フォー・オールを考える! そうだ! そうか! となると反復練習が……」

 

 そうして少し見てる内にある程度の結論が出たのか、緑谷少年は猛然とした勢いで鞄からノートを出してなにやら書き始めた。

 おじいちゃんはその様子を見て満足そうな顔してる。

 どうやら思ったより緑谷少年の事を気に入ってくれたみたいだ。

 良かった良かった。

 

 その後は言った通り一緒に買い物に行き、案の定お惣菜と大好物のたい焼きだけ買って帰ろうとしたおじいちゃんを止めて食材を購入。

 私が作った料理を三人で食べて、その日は終了となった。

 

 私、料理しかしてねぇな。

 

 そんな釈然としない思いを抱きながらも、職場体験初日は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ステイン視点

 

 

 

「なるほどなぁ……。お前達が雄英襲撃犯。その一団に俺も加われと」

「ああ頼むよ。悪党の大先輩」

 

 黒いモヤのような男の話を聞き、連れて来られた場所。

 そこで出会った死柄木と名乗る一人のヴィラン。

 俺はそいつに少しだけ興味を持った。

 

「…………目的はなんだ?」

「とりあえずオールマイトをぶっ殺したい。気に入らないものは全部ぶっ壊したいな。……こういう糞餓鬼とかもさ。全部」

 

 そう言って数枚の写真を見せる死柄木。

 その言葉を聞いて、そのあり方を見て、俺のこいつに対する興味はすっかり失せていた。

 

「興味を持った俺が浅はかだった。お前は……ハァ……俺が最も嫌悪する人種だ」

「はあ?」

 

 意味がわからないとばかりに首を傾げる死柄木。

 雄英襲撃という大事を成したと聞いてどんな男かと思ってみれば……。

 

「子供の癇癪に付き合えと? ハァ……信念なき殺意に何の意義がある」

 

 こいつはただの、いたずらに力を振り撒く犯罪者。

 偽物と同じ粛清対象だ。

 

 俺は今度もまた正しき社会の為に血に染まるべく、腰のナイフを抜いた。

  



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職場体験! パート3

 職場体験二日目。

 健康優良児な私は朝4時くらいに起き、あまりにも汚いおじいちゃんの家を見かねて掃除とかしてから、朝ご飯の準備を始めた。

 私の体力なら飲まず食わず眠らず休まずでも一年くらい戦い続けられるような気もするけど、人間らしい生活は大事だ。

 早寝早起きは人間らしい生活の基本。

 生活が乱れると破壊衝動が強くなるんだよね何故か。

 まあ、私は遅く寝ても早く起きられるから夜更かしする事も多いけど。

 

 そんな感じで、昨日買い出しの時に買ってきたエプロンを付けて、料理の時に邪魔な髪の毛をポニーテールにまとめてから朝ご飯を作っていた時、緑谷少年が深夜特訓から帰って来た。

 なんかボロボロだ。

 よっぽどハッスルしたと見える。

 

「お帰りー。緑谷少年」

「え? あ、うん。ただいま八木さん」

 

 それだけ声をかけて料理を再開する。

 そしたら今度はおじいちゃんが起きてきた。

 

「おはよう! そしてどうした!?」

「昨日ちょっと自主トレしてたら夢中になってしまい……」

「お前のボロ雑巾っぷりも気になるが、それよりなんか昨日より部屋が綺麗になっとる! そして良い匂いがする! なにこれ!?」

「あ! 言われてみれば!」

 

 やっと気づいたか男共。

 これだからヒーローの男というのはいけない。

 生活能力のない奴が多い。

 

「二人共感謝しなよー。私が朝早く起きてせっせと掃除してあげたんだから。それと今朝ご飯作ってるから、ちょっと待ってて」

「なにその嫁力!」

「あ、ありがとう。そういえば八木さんって意外に料理ができたんだったね……」

 

 意外にとはなんだ! 意外にとは!

 君の修行時代もよくお弁当を作ってやっただろうが! 

 まあ、パパに差し入れるついでくらいの気持ちだったけどさー。

 

 私がそんな事を思っている間に、おじいちゃんと緑谷少年は会話を進めていた。

 

「自主トレ、グラントリノさんに言われたこと咀嚼して実践してみたんですけど……先はめちゃくちゃ長いですね」

「初めてのチャレンジならそりゃそうだ。仕方あるまいて。ああいった発想はオールマイトからは出にくい。奴は初期から普通に扱えていた為、教育方針が違ったからな。奴は体だけは出来上がっていた」

「オールマイトの学生時代……!!」

「ひたすら実戦訓練でゲロ吐かせたったわ」

「……どこかで聞いたような話です」

 

 そうだね。

 修行時代の君に私がやった事だね。

 むしろこの話を参考にしてやった事なんだから、覚えがあるのも当然だよ。

 

「生半可な扱いはできなかった。亡き(・・)盟友に託された男だったからな」

 

 おじいちゃんの盟友。

 パパがお師匠って呼んでる人の事だ。

 ずっと昔にヴィランに殺されちゃったっていうから会った事はないけど、何度もその人の話聞かされたなー。

 パパが実の母のように慕ってたって言ってた人だから、私にとってはおばあちゃんに当たるのかもしれない。

 

「オールマイトの先代……お亡くなりになってたんですか?」

「んあ……?」

 

 緑谷少年の言葉におじいちゃんがすっとんきょうな声を上げた時、ビーという玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえてきた。

 

「宅配でーす。アマゾンさんからでーす」

「あ! 僕、受け取ってきます!」

 

 料理を作りながらチラリとおじいちゃんの方を見ると、複雑そうな顔をしていた。

 そういえば、パパはまだ緑谷少年にその話をしてなかったね。

 私が勝手にべらべら喋るのも気が引けるから、基本的に私がこういう話を緑谷少年にする事はない。

 今は亡き因縁のヴィランの事然りだ。

 でも、緑谷少年はパパの後継者なんだから、伝えた方がいいような気もするよね。

 まあ、そういうのはパパの仕事だから私は知らないけど。

 

 それはそれとして、アマゾンから送られてきた荷物の正体は。

 

「電子レンジ……!?」

「昨日何故か壊れちゃったからな! お急ぎ便よ!」

「おじいちゃんまたボケた? 昨日自分で踏み潰してたでしょ。それはともかく、ご飯出来たよ」

 

 そう言って私は出来上がったご飯をテーブルに並べていく。

 

「よし小僧! 昨日買ってきた冷凍たい焼き食うぞ! 用意だ!!」

「ええ!? 朝からたい焼きですか!?」

「俺は甘いのが好きなんだ!」

 

 ほんとおじいちゃんはたい焼き好きね。

 そんな訳で緑谷少年が冷凍たい焼きを新しい電子レンジに突っ込んで解凍する。

 そしてレンジで温められるたい焼きを見ながらまた悩んだ顔してた。

 考えすぎはいかんと思うけどね。

 ずっと課題とにらめっこしてるだけじゃ致命的に視野が狭まるから。

 

 そしてチーンという音が鳴り、電子レンジは仕事をまっとうした。

 

「うひょー! これよこれ! 時代はアツアツよ!!」

 

 おじいちゃんがホカホカのたい焼きを見て嬉しそうに笑ってるよ。

 対照的に緑谷少年は浮かない顔してるよ。

 私はそれを見ながらお味噌汁を啜った。

 

「時間は限られてる……どうすれば……」

「浮かない顔してるな。今はとりあえずアツアツたい焼きを食って……冷たい!!!」

「え!? ウソ!? ちゃんと解凍モードでチンしたんですけど……!」

 

 むむ。

 私も後で一つくらい貰おうかと思ってたのに、解凍が上手くいかなかったのか?

 電子レンジ……。

 仕事まっとうできてないじゃないか。

 

「バッカ!! お前これでかい皿でそのまま突っ込んだな!? 無理に入れると中で回転しねぇから一部しか熱くならんのだ!! チンした事ないのか!!」

 

 ああ。

 電子レンジのせいじゃなくて緑谷少年のせいだったか。

 疑ってごめんよ電子レンジ。

 

「あっ……! ウチの回転しないタイプだったんで……。ごめんなさ…………ハッ!!」

 

 と、そこで何を思ったのか緑谷少年はハッとした様子で顔を上げた。

 いきなりどうした?

 

「あああ!! わかった!! グ、グラントリノさん!! このたい焼きが僕です!!」

「違うぞ! 大丈夫か!?」

「おじいちゃんのボケが移ったか緑谷少年?」

 

 なんか緑谷少年がいきなりとち狂った事言い出した。

 認知症って移る病気だったっけ?

 

「あ、いや、違くて……! そのっ……わかったんです! 今まで使うって事に固執してた! 必要な時に必要な箇所にスイッチを切り替えて! それだと二手目三手目で反応に遅れが出てくる……!!」

 

 なんか語り始めた。

 それはたい焼きじゃなくて個性の話か?

 たい焼きがヒントになったって事……?

 

「なら初めからスイッチを、全て付けておけばよかったんだ!! そうだよ……!! 八木さんだって一回だけ全身で個性を使った時があった……!! その時は普段より遥かに強かったじゃないか……!!」

 

 それは私のディザスターモードの事か?

 いくらイメージの話とはいえ、たい焼きと同列に並べられるのはもの凄く微妙な気分なんだけど。

 

「一部にしか伝わってなかった熱が……満遍なく伝わるイメージ……!!」

 

 そうして緑谷少年は個性を発動させた。

 今までの緑谷少年や私が使ってるような体の一部で発動する方法ではなく、私のディザスターモードと同じ全身での個性発動。 

 

「全身……! 常時身体許容上限(5%)……!!」

 

 緑谷少年の全身から緑色のスパークが迸る。

 それは今までとは比べ物にならない力を彼に与えるだろう。

 もしかしたら個性使ってない状態の私と身体能力では並ぶかもしれない。

 

「イメージが電子レンジのたい焼きて。えらい地味だがいいのかソレ」

「そこはオールマイトの……! お墨付きです……!」

 

 そういえば、君のワン・フォー・オールに対するイメージは電子レンジの中に入れられた卵だったね。

 電子レンジに縁があるな。

 

「その状態で動けるか?」

「わかっ……りません……!」

 

「試してみるか?」

 

「お願いします!」

 

 ここは朝食の席だというのにすっかりやる気になってしまった男共に呆れつつも、私は料理の乗ったテーブルを部屋の隅まで持って行き、その前に陣取った。

 

「ここには飛んで来ないでよ! せっかく作った料理を台無しにするなら、おじいちゃんだろうと緑谷少年だろうと殴るからね!」

「う、うむ」

「わ、わかった」

 

 私の注意を受けて冷や水をかけられたみたいになった二人だったけど、気を取り直して再開した。

 

「ワン・フォー・オールを全身に張り巡らせた状態。そいつを維持したまま動けりゃ、体育祭の頃のお前とは一線を画す! とりあえずは三分」

「三分……?」

「その間で俺に───一発でも入れてみな!!」

 

 そうして戦いが始まった。

 展開は昨日と同じ。

 高速で動き回るおじいちゃんを緑谷少年は捉えられない。

 

「がっ!!」

 

 あ。発動解けた。

 ちょっと小突かれたくらいで崩れる辺り、出来たてホヤホヤって感じだね。

 

「情けない!! この程度反応できんなら救えるもんも救えんぜ!? これなら初めて相手した頃の小娘のがまだマシだ!!」

 

 私が初めておじいちゃんに稽古つけてもらったのって4歳くらいの頃だっけ。

 幼女に負けてるとか緑谷少年弱いなー。

 

「平和の象徴と呼ばれるような人間はこんな壁トトンと超えてくぞ!!」

 

 挑発なのか激励なのかわからない事言いながらラッシュを続けるおじいちゃん。

 緑谷少年はもう何発も殴られて蹴られてる。

 これが訓練じゃなかったらとっくに終わってるな。

 

「おりゃあああ!!」

 

 ここで緑谷少年がおかしな動きに出た。

 時間稼ごうとでもしたのか、ソファーの下に飛び込んだ。

 そんな、かくれんぼで一番馬鹿な奴が隠れるような場所に……。

 

「そこで時間を稼ぐのか!? 馬鹿な事を! 見えてるぞ! それじゃあ時間は稼げんぞ!!」

 

 おじいちゃんがソファーに接近して蹴り飛ばそうとした。

 その瞬間、下から緑谷少年が殴ったのか、おじいちゃんが蹴る前にソファーが吹っ飛んだ。

 そしておじいちゃんの体勢が崩れた瞬間を狙ってたのか、緑谷少年が再び個性を全身で発動させる。

 時間は稼げたらしい。

 

「こりゃやられた」

 

 緑谷少年が空中のおじいちゃんに向けて拳を振るう。

 

「惜しい」

 

 しかし、やっぱりおじいちゃんには通じない。

 個性使った空中移動で避けられて、また緑谷少年は後ろを取られた。

 

「うぅしろォ!!!」

 

 そこを振り返って反撃……と見せかけて上に飛んだ。

 ほほう。

 なかなかに良い動き。

 

「スマッシュ!!!」

 

 そして、天井を蹴って加速し、おじいちゃんに向けて捕まえるような拳を振るった。

 かなり良いタイミング。

 おじいちゃんはサッと顔を背けて避けたけど、あれはカスったな。

 一撃というには弱すぎるけど、当たりは当たりだ。

 これは条件達成かな?

 

「だーーー!」

 

 しかし、緑谷少年は着地を考えてなかったのか、そのまま落っこちて行く。

 そんな体勢の崩れまくった隙をおじいちゃんが見逃す訳もなく、横からのタックルで緑谷少年を部屋の隅に向かって吹き飛ばした。

 部屋の隅。

 そう。私の方へ向かって。

 

「あ。やべ」

 

 おじいちゃんがやっちまったみたいな顔をしたけど、もう遅い。

 私は言ったよね。

 ここに飛んで来るなら何人であろうとも殴ると!

 

「掌底!!」

「ぎゃっ!!!」

 

 飛んで来た緑谷少年の背中を掌で撃ち抜いた。

 悲鳴を上げて崩れ落ちる緑谷少年。

 グーじゃなくてパーで殴ってあげただけありがたいと思いなさい。

 

「こ、腰が……!!」

「三分経過だ」

「くっ……そぉ……! あ! 八木さんごめん!」

「いいよ。今のはおじいちゃんの責任だし」

「うぬっ……。すまん」

「よろしい」

 

 そして緑谷少年は腰をさすりながら悔しそうな顔をした。

 

「保つだけで難しい……。コレ、まだまだ……だ」

 

 いや、初めてにしてはいい線行ってたと思うけどね。

 私がディザスターモードを初めて使った時に比べれば全然マシだよ。

 あの時は一瞬で暴走しかけて慌てて解除したっけ。

 懐かしい。

 

 なんにせよ見込みありと判断したのは私だけじゃなかったらしい。

 

「いや、分析と予測から虚をつこうという判断。普段から色々考えるタイプだな小僧」

 

 おじいちゃんは結構機嫌が良さそうな感じでそう言った。

 これは褒められてるととっていいぜ緑谷少年。

 立派な進歩だ。

 

「よし後は慣れろ! どんどん行くぞ! の前にそういや朝飯の途中だったな」

「忘れてたの? 本当にボケないように気をつけてよね、おじいちゃん」

 

 そんな訳でようやく朝ご飯が再開された。

 緑谷少年は食事中もブツブツと言いながらノートを開いて書き込み始めたので叱った。

 おじいちゃんはたい焼きを独占しようとしたから怒った。

 

 そして食事の後は訓練再開。

 おじいちゃんに言われて私も訓練に参加する事になり、おじいちゃんと交代しながら緑谷少年をボコボコにする訓練という名の拷問が開始された。

 

 職場体験二日目はそんな感じで過ぎた。

 



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保須市襲撃事件

 ──ステイン視点

 

 

 

「保須市って、思いの外栄えてるな」

 

 ワープゲートで戻って来た街を見て、何故か俺に付いて来た死柄木がさして興味もなさそうにそう言った。

 

 数分前。

 俺は確かにこの男を殺そうとした。

 だが、死線を前にして本質を表したこいつを見て気が変わった。

 

『あんなゴミが祀り上げられてるこの社会を、目茶苦茶にブッ潰したいなぁとは思ってるよ』

 

 傷を負い、首筋に刃を突きつけられた状態で、凶悪に嗤ったこの男。

 

 こいつと俺の目的は対極にある。

 

 現在(いま)を壊し。ヒーローを取り戻し。正しき社会を作りたい俺。

 現在(いま)を壊し。ヒーローを殺し。何もかもを破壊しようとしている死柄木。

 

 それは決して相容れない。

 俺達は最終的に必ず敵対する関係だ。

 だが、ただ一点。

 「現在(いま)を壊す」という目的に於いてのみ俺達は共有している。

 ならばそれが果たされるまでの間、一時的な同盟を結ぶ事は可能だ。

 その後に待っているのは殺し合いだろうがな。

 

 こいつの眼に宿っていた、異質ながらも強い「想い」。

 歪な信念の芽。

 それがどう芽吹いていくのか、少し興味が出てきたというのもある。

 始末するのはそれを見届けてからでも遅くはない。

 俺はそう判断した。

 

 だが、今やるべきは未来に想いを馳せる事ではない。

 俺にはまだこの街で為さねばならない事が残っている。

 

「この街を正す。それにはまだ犠牲がいる」

 

 この街ではまだ偽物を一人しか粛清していない。

 それでは足りないのだ。

 人々の心に俺の思想を刻むには、たった一人の犠牲では軽すぎる。

 今の社会を変える為には、正しき社会を作る為には、もっと多くの供物がいる。

 革命の裏では多くの血が流れる。

 流れた血と、その血に染まり汚れ役を担った者の存在が革命を支えるのだ。

 

「それが先程仰っていた『やるべき事』というやつですか?」

お前は(・・・)話が分かる奴だな」

「いちいち角立てるなオィ……」

 

 黒霧と名乗ったヴィランは死柄木に比べれば話が通じる。

 もっとも、この先も死柄木に付くというのならば、いずれは粛清の対象となるだろうがな。

 

 俺は二人に対して、あるいはこの社会全体に対して宣言するように口を開いた。

 

「ヒーローとは偉業を成した者にのみ許される称号! 多すぎるんだよ! 英雄気取りの拝金主義者が!」

 

 粛清せねばならない罪深き連中が!

 

「この世が自ら誤りに気づくまで、俺は現れ続ける」

 

 そう言って俺は再び街の中へ飛び込んで行った。

 今日もまた果たすべき使命を全うする為に。

 正しき社会の為の供物を、革命の為に必要な血を求めて。

 

 俺は暗がりの中を走り続ける。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──死柄木視点

 

 

 

「あれだけ偉そうに語っといてやる事は草の根運動かよ。健気で泣けちゃうね」

 

 俺は街の中に消えて行ったヒーロー殺しの背中を見ながらイライラとした気持ちでそう吐き捨てた。

 信念がどうとか偉そうに御託並べて斬りかかってきた野郎。

 おかげで、あの糞餓鬼につけられた傷がようやく治ってきたってのに新しい傷が出来ちまった。

 

「……そう馬鹿にもできませんよ。事実、彼が現れた街は軒並み犯罪率が低下しています。ある評論家がヒーロー達の意識向上に繋がっていると分析しバッシングを受けた事もあります」

 

 へー。

 

「それは素晴らしい! ヒーローが頑張って食いぶち減らすのか! ヒーロー殺しはヒーローブリーダーでもあるんだな! ……回りくどい」

 

 どんなボランティアだよ。

 草の根運動で世界を変えるってか。

 回りくどい上に遠回り過ぎて目眩がしそうだ。

 

「やっぱ合わないんだよ根本的に。ムカツクしな。黒霧、脳無(・・)出せ」

 

 俺は先生から貰った三体の脳無を出すように黒霧に命じた。

 あの破壊人形(おもちゃ)を出すって事はやる事は一つだ。

 

「俺に刃ぁ突き立ててただで済むかって話だ。ブッ壊したいならブッ壊せばいいって話。ハハ! 大暴れ競争だ」

 

 俺はアイツが気に入らない。

 だからそれをブッ壊してこい脳無。

 ヒーロー殺しの信念とやらを。

 涙ぐましい努力の果てに得たささやかな成果を。

 奪って、壊してこい。

 

「あんたの面子と矜持、潰してやるぜ大先輩」

 

 そう言って俺は脳無を街に解き放った。

 思いの外栄えてる街、保須市。

 その分、人も結構いる。

 

 さあて、何人死ぬかな?

 

 俺はワクワクとした気持ちで、観戦の為に望遠鏡を取り出した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 職場体験三日目。

 今日も今日とて緑谷少年をボコボコにする作業が行われた。

 叩いて直すならぬ、叩いて鍛える。

 刀とかもそんな感じで強くなるんだから緑谷少年だって強くなる筈だ。

 

 実際、緑谷少年はこの三日間で劇的に強くなっている。

 「ワン・フォー・オール・フルカウル」と名付けられた例の個性全身発動を身につけた緑谷少年の身体能力は、個性を使ってない状態の私とほぼ同格の域にまで昇華された。

 まだ戦闘技術で圧倒的に私が勝ってるから一方的に叩きのめせるけど、もう使い魔くらいなら倒せるかもしれない。

 使い魔は高性能だけど、私並みの戦闘技術まで持ってる訳じゃないからね。

 

 そんな感じで適度な休憩を挟みながら私とおじいちゃんの二人で緑谷少年をボコボコにし、緑谷少年が本格的にバテて気絶したら、その空いた時間を使っておじいちゃんの為になる話(ソロヒーローとしての生き方講座)を聞いたりしてる内に時間は過ぎ去り。

 現在の時刻は夕方5時。

 緑谷少年はまるで暴行を受けた後のように青痣を大量に作ってひっくり返っていた。

 

「これ以上同じ戦法の奴らと戦うと変なクセがつくかもな」

「クセとか以前にまだまだ慣れが足りないです! もっとお願いします!」

 

 そんな健気でマゾい事を叫ぶ緑谷少年。

 一回、私にボコボコにされ続けた修行時代のトラウマが蘇って精神が不安定になってたけど、気にせず叩き続けてたら元に戻ったから何よりだった。

 もしかしたら新しい扉でも開いたのかもしれない。

 それはそれで問題ないね。

 

「いや、充分だ。フェーズ2へ行く。職場体験だ!」

 

 そう言って私と緑谷をコスチュームに着替えさせ、おじいちゃんは外に出た。

 

「つーわけで、いざヴィラン退治だ!」

「おお!」

「ええ!? いきなりですか!?」

 

 嬉しそうな声を出した私と対称的に緑谷少年は気後れしてる。

 何故に?

 ヒーローの職場体験って、要するにヴィラン退治を経験する為の場でしょうに。

 なんで乗り気じゃないんだ?

 私なんかテンションが上がって仕方ないのに!

 

「だぁから俺と小娘とばかり戦ってると全く違うタイプとの戦闘でつまずく! 次は色々なタイプと状況に経験を培うフェーズだ!」

「いや、でも、それなら八木さんとの訓練で充分なんじゃ……? 八木さんてやたらとできる事が多いし」

 

 うん?

 褒めてくれてありがとう。

 

「小娘はタイプ分けすると攻撃寄りの万能型だ。攻めて良し守って良し。近距離主体だが遠距離戦もできる。確かに一見様々なタイプを想定した練習相手には向いてるが、所詮は万能型に区分されるタイプの一人。他のタイプとは根本的な動き方からして違うわ。そもそもお前相手だと引き出しのほとんどを使う必要がないから単純な近距離格闘タイプだろうが」

 

 おじいちゃんは理詰めで緑谷少年を追い詰めた。

 そうなんだよなー。

 いくら私のできる事が多いからって、本職と比べればやっぱり動き方が違うし、そもそも同じタイプだからって全員が全員同じ動きをしてくる訳じゃない。

 喧嘩で強くなりたかったら場数を踏むのが一番だよ。

 

「……仰る事はごもっともですけど、こう突然だと心の準備が……」

「ヴィランとの戦闘は既に経験してるんだろ。だったら実戦の中でしか学べない事もあると知ってる筈だ。それに職場体験に来てるのはお前だけじゃないんだぞ小僧。小娘の事も考えろ」

「あ! ごめん八木さん……。なんか僕ばっかり見てもらってる上に自分の事だけ考えて文句まで言っちゃって……」

「いやいや別にいいって。そんな事でいちいち卑屈にならんでも」

 

 緑谷少年は私に対して申し訳なさそうな顔をした。

 さすがナンセンス界のプリンス。

 ナンセンスな事でいちいち凹むね。

 

「それにそんなでかい事件(ヤマ)には近づかんから安心しろ。ちょっと遠出するだけだ」

 

 そう言っておじいちゃんはタクシーを呼んだ。

 それに三人で乗り込む。

 私が助手席で残り二人が後部座席に座った。

 

「ここいらは過疎化が進み犯罪率も低い。都市部にヒーロー事務所が多いのはそれだけ犯罪が多いからだ。人口密度が高けりゃそれだけトラブルも増える。渋谷辺りは小さなイザコザ日常茶飯事な訳よ」

「渋谷ぁ!? まさかそんなハイカラの街にコスチュームで……!?」

「ヒーロー同伴でなきゃ着られん服だろ? 最高の舞台で披露できるのを喜びんさい」

「そうだぞ緑谷少年。人の目を気にしてたらヒーロー活動なんてできないぞ。私はそれを体育祭で学んだ」

「うっ……!」

 

 緑谷少年は私達の口撃によって沈黙した。

 どうせおじいちゃんが言い出した以上、逃れられぬ強制参加の運命だ。

 さっさと腹を括る事だね。

 

 しばらくすると緑谷少年は復活したのか、おじいちゃんに質問を浴びせていた。

 

「ここから渋谷ってなると、甲府から新宿行き新幹線ですか?」

「うん」

「……保須市、横切るな」

 

 ポツリと呟いた緑谷少年の言葉がちょっと気になった。

 保須市?

 何かあったっけ?

 と、一瞬思ったけどすぐに思い出した。

 飯田少年の職場体験先だ。

 ついでに飯田少年のお兄さんがヴィランに襲われた場所。

 仇討ち考えてんのが丸わかりだな。

 そりゃ心配にもなるか。

 まあ、警察やヒーローの捜索を掻い潜って逃げ続けてる凶悪犯がちょっと探したくらいで見つかるとも思えないし、杞憂に終わるとは思うけどね。

 

 そうしてタクシーで駅まで行って、そこから新幹線に乗って都会へGO!

 もう結構いい時間だ。

 着く頃には夜だなこりゃ。

 

「着く頃には夜ですけどいいんですか?」

 

 緑谷少年が私と同じ事思ったのか、おじいちゃんに質問した。

 

「夜だから良い! その方が小競り合いが増えて楽しいだろ」

「おお! 楽しそう!」

「楽しかないですけど納得です……」

 

 緑谷少年はそれだけ言って黙り込み、スマホを弄り始めた。

 ちなみに、席順は男二人が前の席。

 私は一つ後ろだ。

 首を乗り出して会話に参加した。

 

「座りスマホ!! まったく近頃の若者は!」

「おじいちゃん、駄目なのは歩きスマホだよ。座りスマホはかなり健全」

「そうか!!」

 

 そうしておじいちゃんに突っ込みを入れている時だった。

 

『お客様。座席にお掴まり下さい。緊急停止します』

 

 そんなアナウンスと共に新幹線が急に止まり、外壁を突き破ってヒーローっぽい人が車内に飛び込んできた。

 何事!?

 見たところ何かと交戦して吹っ飛ばされたみたいだけど、大物ヴィランでも出たの……

 

 

 

 ──そう思って見つめた先には、あの脳みそヴィランこと脳無がいた。

 

 

 

 そいつがヒーローの頭を掴んで床に叩きつけるのを見た。

 

 は!?

 なんでこいつがこんな所に!?

 

 見たところ、前の奴らとはデザインが違う。

 前の奴らは黒い体と圧倒的な戦闘力を持ってたけど、今回の奴は白いしそんなに強い力も感じない。

 使い魔が何体かいれば余裕で倒せそうなレベルに見える。

 でも、その異様な外見。

 脳みそを剥き出しにした姿はUSJの時に見た脳無と同じだ。

 

「小僧! 座ってろ!!」

 

 そう言っておじいちゃんが脳無に突撃していくのが見えた。

 私は慌ててその後を追って飛んだ。

 コスチューム着てて良かった!

 スムーズに翼が出せる!

 

 そうしておじいちゃんを追っている最中、今度は街の方で大爆発が起こるのが見えた。

 どうやらそれなりにでかい事件に当たっちゃったらしいね!

 

「おじいちゃん!!」

「小娘!! 戦闘許可だ!! お前はあっちを何とかしろ!! こいつは俺がやる!!」

「了解!!」

 

 さすがおじいちゃん!

 わかってるね!

 パパと違って私の戦闘力をしっかりと評価して戦う許可を出してくれた。

 パパは私が強くても守ろうとするけど、おじいちゃんは一緒に戦おうとしてくれる。

 どっちも嬉しいけど、私としてはおじいちゃんの選択の方が好みだ。

 私は戦わなければ生きていけないからね。

 

 さて。

 本来なら資格未取得者である私がヴィラン相手とはいえ個性使って危害を加えるのはUSJの時みたいな例外を除いて禁止されてるけど、保護責任者に許可されたのなら話は別だ。

 存分に暴れられる!

 

 覚悟しておけヴィラン共!!

 私が行くぞ!!

 

 そうして、突然巻き起こった大事件。

 後に保須市襲撃事件と名付けられた大騒動が始まった。

 

 




ついに始まったぜ……! 保須市襲撃事件。


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保須市襲撃事件 パート2

 ──飯田視点

 

 

 

 僕は職場体験先を兄さんが襲われた街、保須市にあるヒーロー事務所に決めた。

 どうしても動かずにはいられなかった。

 ヒーロー殺しは神出鬼没。

 捜索のノウハウもない一学生でしかない僕が探したところで見つかる可能性は低い。

 それでも僕は保須に来た。

 どうしても動かずにはいられなかったんだ。

 

『私怨で動くのはやめた方がいいよ。我々ヒーローに逮捕や刑罰を行使する権限はない。ヒーロー活動が私刑となってはいけない。もしそう捉えられれば、ソレはとても重い罪となる』

 

『あ! いや! ヒーロー殺しに罪がないとかじゃなくてね! 君、真面目そうだからさ! 視野がガーッとなっちゃってそうで、案じた!』

 

 職場体験先のプロヒーロー『マニュアル』さんにもそう言われて忠告された。

 しかし……!

 だが、しかし……!

 この気持ちをどうしたらいい!?

 

 そんな暗く淀んだ気持ちを抱えながらマニュアルさんに連れられてパトロールをしていた時、街のどこかから爆発音が聞こえてきた。

 断続的に聞こえてくる破壊音。

 これは事故ではなく、ヴィランが暴れているという可能性が高い。

 

「マジかよ……! このご時世に馬鹿だな! 天哉くん! 現場行く! 走るよ!」

 

 そんなマニュアルさんの言葉が耳を素通りした。

 聞いてしまったのだ。

 見てしまったのだ。

 探していた奴と思わしき者の声を。姿を。

 

「騒々しい。阿呆が出たか? 後で始末してやる。ただ今は、俺が為すべき事を為す」

「身体が……動かね……クソ野郎が……!! 死ね……!!」

「ヒーローを名乗るなら死に際の台詞は選べ」

 

 そいつは路地裏でヒーローと思わしき人を手に持った刀で殺害しようとしていた。

 それを発見した瞬間、体が勝手に動いていた。

 奴に飛びかかっていた。

 

「ぐっ……!」

 

 そしていとも容易く迎撃された。

 攻撃を防いでくれたコスチュームのヘルメットと眼鏡が外れて地面に転がる。

 

「スーツを着た子供? 何者だ」

 

 その姿を明確に確認して、目の前が真っ赤に染まった。

 

「消えろ。子供の立ち入っていい領域じゃない」

 

「血のように紅い巻物と全身に携帯した刃物。ヒーロー殺しステインだな!! そうだな!?」

 

 奴の言葉など耳に入らない。

 僕は感情のままに叫んだ。

 

「お前を追って来た!! まさかこんなに早く見つかるとはな!! 僕は……」

 

 突然目の前に刀を突きつけられ、反射的な恐怖から一瞬思考が止まった。

 

「その目は仇討ちか。言葉には気を付けろ。場合によっては子供でも標的になる」

 

 なんだそれは?

 

「標的ですら……ないと言っているのか」

 

 ふざけるな!!

 

「では聞け犯罪者!! 僕は……! お前にやられたヒーローの弟だ!! 最高に立派な兄さん(ヒーロー)の弟だ!! 兄に代わりお前を止めに来た!!」

 

 病院で兄さんに言われた言葉が脳裏に蘇る。

 

『足の感覚が全くねぇんだ……。ヒーロー……インゲニウムは多分……ここで……お終まいだ』

 

 もうヒーロー活動は叶わないと宣告された兄さんに言われた言葉。

 

『だからさ……お前が良いなら……この名……受け取ってくんねぇか』

 

 今まではその名を継ぐ決心がつかなかった。

 だが、今その覚悟ができた。

 

「僕の名を生涯忘れるな!! 『インゲニウム』!! お前を倒すヒーローの名だ!!」

 

 兄さんの名も、想いも継いで、僕がお前を倒す!!

 

「そうか。───死ね」

 

 そう誓った僕をヒーロー殺しは冷たい殺意の宿った眼で見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 おじいちゃんに戦闘許可をもらった私は爆発音のした場所に向かって猛スピードで飛翔した。

 その途中で使い魔を召喚しておく。

 さっき脳無が出てきたって事は、この先で暴れてるのも多分脳無だ。

 それがさっきの奴と同レベルなら瞬殺できる自信があるけど、USJの時みたいな強いのがいたらさすがに倒すのに時間がかかると思う。

 ディザスターモード使えば話は別だけど、あれは一応禁じ手だからそうポンポン使うつもりはないし。

 

 そうなると私が心置きなく戦う為に市民の盾となる存在が必要になってくる。

 そこで使い魔の出番だ。

 こういう時は本当に便利ね。

 

 今回召喚したのは三十体。

 市民の盾にするだけならそのくらいの強さで充分だし、三十体もいればカバーできる範囲も広い。

 それに現場には他のヒーローもいる筈。

 これくらいの戦力があれば、たとえ脳無が複数いても大丈夫だと思うよ。

 

 そうしてたどり着いた事件現場。

 そこでは二体の脳無が暴れてヒーロー達と交戦していた。

 

 翼が生えた奴と、黒くてムキムキな奴だ。

 黒い方はUSJの時に見た奴とよく似てる。

 でも、さすがにあの時の奴ほど強そうな感じはしないな。

 それでもヒーロー達は大苦戦してる。

 やっぱり弱い脳無でも並みのプロヒーローよりは遥かに強いのね。

  

 とりあえず使い魔達に指示を出した。

 二十体を交戦領域を中心にして円を描くように展開させてこれ以上被害を拡大させない為の盾に。

 残り十体は劣勢のヒーロー達を守るように指示した。

 

 そして私自身も動く。

 

 戦いの定石は弱い方を先に潰して敵の数を減らす事。

 という訳で、降下と同時にまずは翼の生えた脳無に狙いを定めて攻撃を食らわせた。

 

「ギロチン・スマッシュ!!!」

 

 体育祭でも使った、高速回転しながら放つ超威力のかかと落としが翼の脳無に炸裂した。

 人目のある場所で殺しはしたくないからそこそこ手加減したけど、それでも大怪我くらいはさせちゃってもいいやという気持ちで放ったギロチン・スマッシュは翼の脳無の脳天に直撃し、地面に叩き落とした。

 翼の脳無が落ちた場所は落下の衝撃で地面が凹み、その中心にいる翼の脳無はピクリとも動かない。

 USJの時の奴みたいに突如復活しそうな気配もない。

 

 成敗!!

 

 そして仲間がやられた事に気づいたからか、それとも新しい敵の出現に反応しただけか、今度は黒い方の脳無が私に襲いかかってきた。

 私はそれを拳で迎撃する。

 右脚の個性を解除して右腕の個性を解放。

 悪魔の右腕で脳無を殴った。

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 やっぱり、なんだかんだで使い慣れてるこの技が一番使いやすい。

 高威力のわりに取り回しがきくからね。

 でも、それを土手っ腹に食らった脳無は衝撃で吹き飛んだものの膝すらつかなかった。

 やっぱりこっちの奴は結構強い。

 当然、今の一撃も人目を気にしてミンチにしないように手加減してたんだけど、この分なら本気で殴っても死にはしなさそうだ。

 良いね!

 最高のサンドバッグ再びだ!

 

 私は翼を解除して地面に降り立ち、脳無と正面から向き合った。

 

「き、君は……!?」

 

 苦戦中だったヒーロー達が私と使い魔達を見て困惑とも驚愕ともつかない声を出した。

 体育祭でやたらと有名になっちゃったから私の顔を知ってそうな人が多い。

 だからこそ、まだ学生の私が戦ってる事に驚愕してる。

 多分、心の中では強い味方が来たという気持ちと、大人として止めないきゃいけないって気持ちの両方があるんじゃないかな?

 

 こういう時は安心させる言葉をかけるに限る。

 私の顔を知ってるって事は、私がオールマイト(パパ)の娘だって事も知ってる筈。

 パパの知名度と実績は娘の私に対する信頼にも繋がるくらいに大きい。

 

 だから私はいつも通りにこう言った。

 

「もう大丈夫ですよ。───私が来た!!」

 

 そして今回はこれに一味加える。

 このままだとマジで私のヒーロー名が『オールマイトJr.』になっちゃいそうだから、ちゃんとした自己紹介が必要だ。

 

 

 

「小悪魔系ヒーロー『チャーミーデビル』見参!!」

 

 

 

 私は目元にピースサインを添えて決めポーズをとってから脳無に突撃した。

 解放している個性は右腕のみ。

 でも、こいつが相手ならそれで充分。

 何発か撃ち込めばそれで倒せそうだ。

 

 行くぜ!

 さっきと違って本気の一撃!!

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 クリーンヒット!

 手応えありだ!

 脳無はパンチの威力で再び吹き飛んだ。

 USJの時みたいにショック吸収の個性は搭載してないみたい。

 ただ代わりに超再生はちゃんと持ってるみたいで一撃では倒しきれない。

 なら、距離を詰めて連擊あるのみ!

 殴り続ければいつかは倒せる!

 

 そうしてパンチで空けちゃった距離を再び詰めようと脚に力を込めた時。

 

「俺達も加勢するぞ!!」

 

 そう言って周りのヒーロー達が脳無に飛びかかって行ってしまった。

 ちょ!?

 邪魔なんだけど!

 

 でも、悲しいかな。

 私は戦闘許可を出されただけの一学生に過ぎず、プロのヒーロー達に向かって邪魔だとか言える立場じゃない。

 ヒーロー達の攻撃は脳無に毛ほども効いてないからぶっちゃけ足手まといでしかなんだけど、ここで彼らを無視して暴れたら後で色々と角が立ちそう。

 それは非常にめんどくさい。

 規則違反をやらかしたヘドロの時みたいな事になりそうだ。

 

 まあ、大きな騒ぎになってたのはここだけだし、もう一体の脳無はおじいちゃんが処理してる筈だから別に時間に追われてる訳でもない。

 将来必要になりそうな連携プレーの練習とでも思っておくか。

 ……サンドバッグを独り占めできなかったのは凄く残念だけど。

 

 そんな感じでヒーロー達の支援という名の妨害を受けつつダラダラと戦う事数分。

 やっぱり私は連携プレーが苦手だと再確認した。

 未だに脳無を倒せてないのがその証拠だ。

 いや、ダメージ自体は蓄積してきてるから後数分もあれば倒せるとは思うんだけど、一人だったら三十秒もあれば片がついたであろう事を考えると何とも言えぬ……。

 職場体験の残りの期間でおじいちゃんに連携プレーを習おうかな。

 

 そんな事を思っていた矢先、どこからともなく襲来した炎が脳無を燃やした。

 

 おおう!?

 この炎は!!

 

「ム!? 何故貴様がここにいる小娘!!」

 

 厳つい顔に厳つい声。

 轟少年のパパこと、フレイムヒーロー『エンデヴァー』がそこにいた。

 めっちゃ不機嫌そうな顔で私を睨んでるよ。

 

「学生の貴様に戦闘行為は許されていない筈だぞ!!」

「戦闘許可ならもらいました!! 私がここにいるのは合法です!!」

「チッ!! 誰だ! そんな無責任なヒーローは!!」

 

 おい。

 ウチのおじいちゃんの悪口はやめてもらおうか。

 

「まあ、いい。お前が使える戦力だという事は認めてやる。だが、ここは(プロ)に任せてもらおう。加勢はこのエンデヴァー一人で事足りる」

 

 その上から目線がちょっと気になるけど、まあ、言ってる事自体は正論だ。

 この人はナンバー2ヒーロー。

 連携が苦手な私なんかよりはよっぽど上手くこの場を仕切ってくれるだろう。

 ……サンドバッグを譲るのはちょっと嫌だけど、ここは仕方ないか。

 どうせヒーロー達の妨害のせいで気持ち良く戦えてはいなかったしね。

 

「代わりに貴様は江向(えこう)通り4ー2ー10の細道に向かえ。ウチの焦凍はそこへ向かった。そこでも戦いが起きている筈だ」

 

 は?

 何の話だ?

 え? 轟少年ここに来てるの?

 というかここ以外でも戦いなんて起こってたの?

 

 私が若干混乱している中、火傷から復活した脳無が呻き声を上げながら襲いかかってきた。

 

「邪魔だぁ!!!」

 

 そしてエンデヴァーさんの炎を纏った拳に迎撃されていた。

 ワオ。

 凄いなこの人。

 増強系でもないくせして凄いパワー。

 こりゃ、この脳無くらい瞬殺だな。

 

「どうした!! 早く行け小娘!!」

 

 いや、そんな事言われても……。

 

「私、この街来たの初めてだから江向通りとか言われてもわかんないんですけど」

「……ウチの焦凍はケータイを見てから飛び出して行った。救援要請でも受けたのならば位置情報なり何なりが送られてきている筈だ」

 

 言われてコスチュームの腰についたポーチからスマホを取り出してみると、確かに緑谷少年から位置情報だけの謎のメッセージが送られてきていた。

 戦闘中だったから気づかなかったよ……。

 ていうか緑谷少年なにしてんの?

 おじいちゃんに座ってろって言われてたでしょ。

 

 ……いや、今はそれどころじゃないか。

 

「確認しました。じゃあ私は行くのでアレお願いしますね」

「フンッ! 言われるまでもないわ!!」

 

 そうしてエンデヴァーさんにこの場を任せ、私は翼を出して飛び去った。

 緑谷少年達が戦っていると思われる場所へ向かって。

 

 

 

 そこで私は、ヒーロー殺しと呼ばれた男と対峙した。

 

 




地味にタイトル回収その2。


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保須市襲撃事件 パート3

 ──飯田視点

 

 

 

「なりてぇもんちゃんと見ろ!!!」

 

 助けに来てくれた轟くんに一喝されて、ハッと目が覚めるような思いがした。

 

 ヒーロー殺しに挑むも、為す術もなくいとも簡単に打ち倒され、殺されかけた時、緑谷くんが助けに来た。

 その緑谷くんが窮地に陥った時、今度は轟くんが助けに来た。

 

 そして二人は今、僕を守る為にヒーロー殺しと戦っている。

 傷つき、血を流しながら。

 あの怪物を相手に必死で戦っている。

 

 何がヒーロー……!

 

 復讐の為だけに勝手に動いて。

 その結果不様に敗れ、倒れ。

 そして友に守られて。

 血を流させて。

 こんな僕の何がヒーローだ……!

 

『あいつをまず助けろよ』

 

 殺してやると叫んだ僕にヒーロー殺しが言った言葉。

 

『自らを省みず他を救い出せ。己の為に力を振るうな。目先の憎しみに捉われ私欲(・・)を満たそうなど……ヒーローから最も遠い行いだ』

 

 ああ。そうだよ。

 お前の言う通りだヒーロー殺し。

 罪を思い知らせんが為に、復讐の為に僕は兄の名を使った。

 昔から何も変わっちゃいない。

 目の前の事だけ。

 自分の事だけしか見れちゃいない。

 

 僕は彼らとは違う。

 未熟者だ。

 足元にも及ばない。

 立派なヒーローだった兄さんとは似ても似つかない未熟者だ。

 

 それでも!!

 

 今ここで立たなきゃ!! 二度と!! もう二度と彼らに、兄さんに、追いつけなくなってしまう!!

 

「レシプロ・バースト!!!」

 

 ヒーロー殺しの個性によって封じられていた体が動いた。

 その脚で轟くんに迫った刀を蹴り砕く。

 続く二発目の蹴りでヒーロー殺しの頭部を狙う。

 それは腕を盾に防がれてしまったが、奴の武器を折り、蹴り飛ばして距離をとる事には成功した。

 

「飯田くん!!」

「解けたか。意外と大した事ねぇ個性だな」

 

「轟くんも、緑谷くんも、関係ない事で傷つけさせてしまった……。申し訳ない……」

 

 この贖罪は必ずしよう。

 

「だからもう、二人にこれ以上血を流させる訳にはいかない」

 

 僕はもう一度ヒーロー殺しに立ち向かった。

 今度は復讐の為ではなく、助けてくれた友を守る為に。

 お前を倒そう。

 兄の仇としてではなく、一人の犯罪者として。

 

「感化され、とりつくろおうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない」

 

 ヒーロー殺しはさっきと同じ、いや、それ以上に強い殺意を持って僕を見ていた。

 

「お前は私欲を優先させる偽物にしかならない! ヒーローを歪ませる社会のガンだ! 誰かが倒さねばならないんだ!」

 

 それが奴の信念なのだろう。

 決して変わらない、決して折れない、ヒーロー殺しステインという男の芯。

 たとえ許されざる犯罪者であろうとも、その強い信念の下に放たれた言葉には、凄まじい重みがある。

 

「時代錯誤の原理主義だ。飯田。人殺しの理屈に耳貸すな」

 

 轟くんが忠告してくれる。

 だが、

 

「いや、奴の言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格などない」

 

 それでも。

 

「それでも……折れる訳にはいかない……! 俺が折れれば『インゲニウム』は死んでしまう」

 

「論外」

 

 そう吐き捨てて、再びヒーロー殺しが襲ってくる。

 武器が一本折れた事などお構い無しだ。

 今は緑谷くんと最初に襲われていたプロの人がヒーロー殺しの個性によって動けない。

 僕と轟くんの二人で迎撃するしかない。

 

 氷に加えて炎まで使うようになった轟くんはとても強かった。

 だが、奴はそれ以上だ。

 氷も炎も簡単にかわし、反撃に転じてくる。

 圧倒的な戦闘技術。

 まるで八木くんを相手にした時のような、覆しようがない程の力の差を感じる。

 

「馬鹿っ……!! ヒーロー殺しの狙いは俺とその白アーマーだろ! 応戦するより逃げた方がいいって!!」

「そんな隙を与えてくれそうにないんですよ。……さっきから明らかに様相が変わった。奴も焦ってる」

 

 プロの人の忠告を轟くんが拒否した。

 僕も同意見だ。

 奴は僕達を逃がすつもりがない。

 他のプロヒーローが応援に来る前に僕達を殺そうと躍起になっている。

 焦りが、奴を本気にしている。

 

「ッ!?」

 

 いかんレシプロが切れる!

 さっきの蹴りで冷却装置が故障したか……!?

 

「轟くん! 温度の調節は可能なのか!?」

炎熱(ひだり)はまだ慣れねぇ! 何でだ!?」

「俺の脚を凍らせてくれ! 排気筒は塞がずにな!」

 

 レシプロは僕の個性「エンジン」を無理矢理酷使して一時的に高速移動を可能とする技。

 その反動としてエンストを起こすが、冷却すればもう一度使えるようになる!

 

「邪魔だ」

 

 だが、こちらのやりたい事を簡単にやらせてくれる相手ではない。

 ヒーロー殺しの投擲したナイフが轟くんに迫る。

 僕はとっさに右腕を盾にして轟くんを庇った。

 ナイフの刺さった腕に激痛が走る。

 

「ぐぅ……!!」

「お前も止まれ」

 

 さらにもう一本投げられたナイフが右腕の先に突き刺さり、貫通して地面に腕を縫い付けた。

 

「飯……」

「いいから早く!!」

 

 轟くんを急かして早く脚を冷却してもらうように頼む。

 当然、その隙を見逃してくれるヒーロー殺しではない。

 ナイフを手にこちらに向かって来る。

 

「っそ!」

 

 轟くんが焦りながらも脚の冷却をしてくれた。

 それに感謝しつつ、腕に刺さったナイフを口で咥えて引き抜き、ヒーロー殺しに蹴りかかろうとした時。

 

 

 

 ───上から降ってきた闇の光線がヒーロー殺しを襲った。

 

 

 

 こ、この個性は!?

 

「本当に次から次へと……!」

 

 闇の光線をかわしたヒーロー殺しが苛立ちそうな顔で上を見上げた。

 そこには、僕を二度に渡って完膚なきまでに叩きのめした、絶対強者の姿があった。

 

「言われて来てみれば、まさかこんな事になってるとは」

 

 見た目はとても強者には見えない可憐な彼女は、悪魔のような翼をはためかせ、僕達とヒーロー殺しの間に着地した。

 

「何にせよ、もう大丈夫だ少年達よ。何故って?」

 

 彼女は、八木くんはこんな時でも自信に満ちた笑顔で、彼女の父親を彷彿とさせる人を安心させるような笑顔で、そう言った。

 

「私が来た!!」

 

 その言葉は、この絶体絶命の状況で、何よりも頼もしく聞こえた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 エンデヴァーさんに言われて、スマホの位置情報とにらめっこしながら急行した場所。

 そこでは緑谷少年、轟少年、飯田少年と後なんか知らない人が結構な傷を負いながら一人の男と戦っていた。

 もうそれだけでどんな状況か一瞬でわかったよ。

 

 彼らと対峙している男。

 テレビのワイドショーとかで見た人相書きにそっくりで誰だか一発でわかる。

 

 ヒーロー殺し『ステイン』。

 

 パパが平和の象徴と呼ばれるようになってからの単独犯では、あの『デッドエンド』に次いで第二位の殺人数を誇る大犯罪者。

 大物ヴィランだ。

 そして飯田少年のお兄さんの仇でもある。

 死んではいないけど。

 

 そんな奴と飯田少年含む少年達が戦ってるとなったら、どんな経緯を辿ったのか手に取るようにわかるよ。

 大方、飯田少年がヒーロー殺しを見つけて後先考えずに特攻して、それを緑谷少年が見つけてSOSを出し、それを見た轟少年が駆けつけたとか、そんなところでしょ。

 もう一人の見覚えのない倒れてる人はよくわかんないけど、ヒーローっぽい格好してるし、ヒーロー殺しの標的だったんじゃないかな?

 あの人を殺ろうとしてるところを飯田少年が発見して戦闘にもつれ込んだとか。

 

 まあ、そんな考察は後でいいや。

 今はあいつを倒すのが優先。

 

「八木さん! 気をつけて!! そいつは血の経口摂取で相手の身体の自由を奪う個性を持ってる! それに肉体的な戦闘能力もかなり高い! 油断しないで!!」

「教えてくれてありがとう緑谷少年。でも君、許可なしで戦ったって事は規則違反だからね。後で大人達にたっぷり叱られてきなさい」

「うっ……! ごめん……」

 

 緑谷少年の処遇についてはおじいちゃんに任せるとして。

 個性や戦闘能力についてはワイドショーで推察されてた通りか。

 ぶっちゃけ好みのタイプじゃないなぁ。

 私は戦わないと生きていけない身体だけど、別に戦闘民族って訳じゃないから、強い敵との戦いにワクワクしたりはしない。

 私がヴィランに求める強さはサンドバッグ的な耐久力と、倒した後に爽快感を覚えるくらいの適度な戦闘力だけだ。

 

 それに対してヒーロー殺しはどうだ?

 

 いくら強いといっても頑強になる類いの個性を持ってないなら肉体的な耐久力は無個性と同じ。

 殺さないように手加減しないといけない。 

 相手の身体の自由を奪うという搦め手に近い個性の相手は疲れるから純粋にめんどくさい。

 そのくせ戦闘力は馬鹿高いとなれば倒すのに苦労しそうだ。

 主に殺さないように注意しなきゃいけないって意味で。

 

 おまけに足手まといが三人、いや四人もいるこの状況。

 うわぁ。

 めんどくせぇ。

 でも、見捨てる訳にもいかないよな。

 

「とりあえずここだと狭いし、もっと広い場所でやろうか」

「ッ!!」

 

 ヒーロー殺しにダークネス・スマッシュを再び放って表通りの方に吹き飛ばそうとした。

 拓けた場所なら翼を持つ私が絶対有利。

 見たところ、ヒーロー殺しは遠距離攻撃の手段をあんまり持ってないみたいだしね。

 

 でも、それは避けられた。

 確かに速いね。

 まるで増強系だ。

 

 でも、避けられたなら次の攻撃を当てればいい!

 右脚の個性を解放。

 個性テストの時に50メートル走を0秒台で駆け抜けた翼と片足による超速の踏み込みを使う。

 そして、そのままの勢いでヒーロー殺しを蹴り飛ばした。

 

 悪魔の脚による蹴り。

 かかと落としがギロチンならば、この蹴りもまた重量武器の一撃を思わせる破壊力。

 故にこの蹴りに付けた名前は───

 

「ハルバード・スマッシュ!!!」

 

「がっ……!?」

 

 ヒーロー殺しは圧倒的な速度の差によって避ける事もできずに私の蹴りを食らい、大通りの方にふっ飛んで行った。

 それでもちゃんとガードが間に合ってたのは凄いと思うよ。

 さすが大物。

 緑谷少年に言われた通り、油断はしない方がいいな。

 

 私は飛んで行ったヒーロー殺しを追って表通りに出た。

 そして両腕両脚に加えて翼と尻尾の個性を解放。

 ディザスターモード一歩手前の本気状態でヒーロー殺しと向き合った。

 

 さすがにこの状態だとかなり強めの破壊衝動が脳を侵食して興奮状態になっちゃうなぁ。

 でも、ディザスターモード程じゃない。

 まだ殺さないように手加減できるくらいには冷静だ。

 それでもうっかり殺しちゃう可能性も高いけど、そのくらいのリスクは負わなきゃいけない相手だと判断した。

 血を舐められたらアウトってのが怖い。

 万が一にも負ける可能性があるんだ。

 だったらこのくらいはやらなきゃいけない。

 

「ハァ……ハァ……速いな……そして強い」

 

 蹴られた勢いで向かいのビルにめり込んでいたヒーロー殺しが這い出て来た。

 ガードの上からとはいえ腕の一本くらいは今ので折ったと思ったんだけどな。

 甘かったか。

 そこそこのダメージは与えられたみたいだけど、ヒーロー殺しは健在だ。

 

「ハァ……それに油断もない。隙もない。戦闘力だけならお前も良い(・・)

 

 なんだそりゃ?

 褒めてるの?

 

「だが!! お前からはヒーローの大前提である正義感が感じられない!! (おれ)を前にして怒りもせず、義憤に駆られもしない! あの連中を助けに来たようだが俺の目は誤魔化せん! お前は奴らを心配などしていなかった! お前の眼は奴らを救うべき他者としてではなく、ただの足手まといとして見ていた! 俺を遠ざけたのも奴らを救う為ではなくお前自身が心置きなくなく戦う為! そうだろう!?」

 

 あれま。

 バレてーら。

 この短い時間でよくそこまで私の事を理解できるね。

 素直に凄いと思うよ。

 

「私が来た、だと? ふざけるな!! お前は見せかけだけオールマイト(ヒーロー)を真似た、ただの偽物!! 粛清対象だ!!」

 

 そう叫んで、ヒーロー殺しはその手にナイフを握り締め、その眼に殺意と憤怒を宿して私に向かって来た。

 

「正しき社会の為の、供物となれ!!!」

 

 向かって来る獲物を前に、私もまた脳を汚染する興奮のままに叫んでいた。

 

「だったら、せいぜい頑張ってよね!! 私に殺されないようにさぁ!!!」

 

 正しき社会を目指した悪と、暴れなければ生きていけない正義。

 後から考えても決して相容れる事はなかったであろう私達の戦いが始まった。

 

  



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保須市襲撃事件 パート4

 ヒーロー殺しと私はほぼ同時に相手に向かって突撃した。

 スピードの差で私の攻撃の方が先に届く。

 ヒーロー殺しのナイフを手にした腕を粉砕するつもりで拳を振るう。

 狙い通り、私の拳はヒーロー殺しの右腕を粉砕し、手にしていたナイフはひしゃげながら宙を舞った。

 

「!?」

 

 しかし、ヒーロー殺しはそれにまるで頓着せずに左手で私の眼球を狙って目潰しを繰り出してきた。

 再生持ちでもないくせに、自分の体が壊されてもお構いなしとか……!

 イカれてるな!

 

 私は首を横に倒して目潰しを回避し、お返しに今度は右脚でヒーロー殺しの脇腹を蹴り飛ばした。

 肋骨をへし折ったという確かな手応え、いや、足応えがあった。

 その蹴りの勢いでヒーロー殺しは横に飛んで行く。

 しかし、すぐに体勢を立て直して狂気的な形相を浮かべながら再度私に突進して来た。

 手負いの獣が一番怖いな……!

 

「正さねば……!」

 

 今度は右拳で迎撃するも、ヒーロー殺しは超人的な反射神経で私のパンチを避け、そのまま首筋に噛みつこうとしてきた。

 私はそれを頭突きで阻止。

 脳を揺らされて動きが止まったヒーロー殺しに左のボディブローを炸裂させ、またふっ飛ばした。

 脳と内臓にかなりのダメージが入った筈だ。

 

「誰かが……血に染まらねば……!!」

 

 それでもヒーロー殺しは向かって来た。

 マジかよ……!

 すでに身体はボロボロの筈だ。

 今まで食らわせた攻撃の数々。

 殺さないように手加減はしたけど、それでも大怪我くらいは負わせるつもりで放った。

 右腕は砕け、あばらは折れ、内臓はボロボロ。

 頭蓋はひび割れて脳も揺れてる。

 もう戦えるような身体じゃない。

 いったい何がこいつをそこまで駆り立てる?

 

「ヒーローを……取り戻さねば……!!!」

 

 もういいよ。

 ヒーロー殺し。

 

 もういいから。

 早く眠れ。

 

 私はわざと隙を作って、ヒーロー殺しが手にした最後の武器である小さなナイフを胸で受け止めた。

 ヒーロー殺しは確実に心臓を貫いた手応えを覚えた筈だ。

 普通の人間ならそれで死ぬ。

 殺ったという手応えが、ヒーロー殺しの気を少しだけ緩ませた。

 人が最も油断するのは勝利を確信した時だから。

 

 私はそこに悪魔の連擊を叩き込む。

 

「レギオン・スマッシュ!!!」

 

 悪魔の両腕による連続パンチがヒーロー殺しの身体を破壊していく。

 残っていた左腕、脚、顔面、胴体。

 もう無事な場所を探す方が難しいってくらいにヒーロー殺しの身体を滅茶苦茶にした。

 

 パンチの衝撃でヒーロー殺しは吹き飛び、ビルの壁に再びめり込む。

 全治数年、いや治るかどうかすら怪しい大怪我を負わせたんだ。

 さすがにもう動けまい。

 

 私は胸に刺さったナイフを引き抜き、握り潰した。

 貫かれた心臓や皮膚が超再生で即座に治っていく。

 この程度じゃ私は死なない。

 というか、ろくなダメージにもならない。

 血は流れちゃったけど、それを舐める余裕はもうヒーロー殺しにはないでしょ。

 

 そう思っていた。

 侮っていた。

 私はヒーロー殺しという男を、その執念を甘く見ていたんだと思い知らされた。

 

「正……さ……ね……ば……!!!」

 

 ビルにめり込んでいた筈のヒーロー殺しが地を這う獣のような動きで迫っていた。

 そして地面に落ちた私の血を舐めようとしている。

 人が最も油断するのは勝利した瞬間。

 今度は私がその隙を突かれた。

 

 私はヒーロー殺しをとっさに脚で蹴り飛ばした。

 反射的な迎撃が間に合った事にホッとする。

 下手したら今ので負けてた。

 

 でもそれで安心なんてできない。

 むしろ戦慄させられる。

 なんであの怪我で動けるんだこいつ!?

 ゾンビか!?

 それとも再生持ちか!?

 

 いや、そのどちらでもない。

 ヒーロー殺しの傷は確かにその身体に刻まれている。

 治ってなんてない。

 ただ、傷ついてボロボロの身体を執念だけで動かしてるんだ……!!

 

 ヒーロー殺しが立ち上がる。

 そしてフラフラとした緩慢な、幽鬼のような動きで私に向かって来た。

 壊れた身体を引き摺って。

 それでも、その眼に宿った執念を欠片も薄れさせる事なく。

 

「ヒーローを……! ヒーローを……!! ヒーローを……!!!」

 

 そんな狂気に染まったヒーロー殺しを見ている内に、破壊衝動で興奮していた筈の私の脳はすっかり冷えていた。

 いや、違う。

 個性の副作用をも上回る感情が一時的に破壊衝動を上回っただけだ。

 

 これは……恐怖?

 この私が怯えているのか?

 

 私はかなりドライな性格だ。

 表面上は怒ったり笑ったりできるけど、心の底から怒ったり泣いたりした事はほとんどない。

 自分が殺した人達に対しても、欠片ほどの罪悪感しか抱かないような薄情者だ。

 私の感情が大きく揺れる事はほとんどない。

 

 そんな私が、この男に怯えている?

 戦闘力では圧倒的に私の方が上なのに。

 私が負ける可能性は万に一つしかない筈なのに。

 相手はもう今にも倒れそうなくらい弱ってるのに。

 それでも気圧されてしまう……!

 この圧倒的な気迫に……!!

 こんなの初めての経験だ……!

 

「死ねぇええええ!!! 偽物ぉおおおお!!!」

 

 こいつは危険だ!

 なりふり構わずに排除しなければいけない!

 たとえそれで殺してしまったとしても!!

 

 私は翼を使って上に飛び上がる事でヒーロー殺しの攻撃から逃げた。

 避けたんじゃない。

 奴の攻撃が届かない空中に逃げたんだ。

 

 この私にこんな選択をとらせるなんて……。

 誇っていいよヒーロー殺し。

 あんたは紛うことなき強敵だった。

 

 だから……さっさと消えろ!!!

 私が恐怖なんかに負けて暴走してしまう前に!!!

 

「ダークネス・スマッシュ!!!」

 

 両掌を合わせ、上空から闇の破壊光線をヒーロー殺しに向けて放った。

 あの傷ついた身体では避けきれないほどの広範囲に高出力で。

 

 

 

 闇が、街の一角を消し飛ばした。

 

 

 

 地面はべっこりと凹み、腰の深さくらいの大きなクレーターが出来上がっている。

 大通りとしての面影はもうない。

 けど、ビルや緑谷少年達がギリギリ巻き込まれてないのは最後の理性が仕事をしてくれたからか。

 

 何にせよ、これで終わりだ。

 すでに瀕死の重傷を負っていたところにオーバーキルってくらいのトドメの一撃を放ったんだから。

 普段ヴィランに対して使う「大怪我させちゃっても良いやレベル」じゃなく「殺しちゃっても仕方ないやレベル」の攻撃を。

 「絶対に殺してやるレベル」を使わなかっただけ多少は冷静だったと思いたいね。

 どっちにしろあの大怪我でこの攻撃を受けたんだから多分殺しちゃったと思うけど、正当防衛的な仕方のなかった死という事でなんとか納得させな……い……と……

 

 ……嘘だろ?

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!!」

 

 クレーターの中心で、ヒーロー殺しがゆっくりと立ち上がるのが見えた。

 あり得ない……!

 身体はもうボロボロを通り越して生きてるのがおかしいってレベルでぶっ壊れてる筈なのに……!

 それでもヒーロー殺しは、しっかりと二本の足で立っていた。

 そして焦点の合わない目で、私を睨んでいた。

 

 肌が粟立つ。

 心が折れる程の恐怖じゃない。

 トラウマになるレベルの恐怖でもない。

 でも、それは確かに、私の動きを一瞬止めてしまうような明確な恐怖だった。

 

「なんだ!? この状況は!?」

「あの小娘の仕業か? 盛大に暴れてくれたようだな」

 

 そのタイミングでこの場に援軍が駆けつけた。

 おじいちゃんとエンデヴァーさんだ。

 その他にも何人かのヒーローがエンデヴァーさんに連れられている。

 ……ぶっちゃけかなり遅い到着だよ。

 もう色々と手遅れだぜ。

 

「して、あの男はまさかの」

 

 エンデヴァーさんの視線がクレーターの中心にいるヒーロー殺しに向けられた。

 獲物を前にした肉食獣みたいな顔してるよこの人。

 

「ヒーロー殺し!!」

 

 エンデヴァーさんは嬉しそうに炎を放出して戦闘態勢に入った。

 そうして今度は、エンデヴァーさんにヒーロー殺しの視線が向けられる。

 

「エンデヴァー……!」

 

 ぞっとするような目でヒーロー殺しはエンデヴァーさんを見た。

 うわ。

 夢に出そうな顔だ。

 

「待て轟!!」

 

 不穏な気配を察したのか、おじいちゃんが大声を出してエンデヴァーさんを止めた。

 

 

 

「偽物……!!」

 

 

 

 そしてヒーロー殺しは、クレーターの中心からゆっくりと、一歩ずつ、エンデヴァーさんに向かって歩みを進める。

 

 

 

「正さねば……!!」

 

 

 

 鬼気迫るような凄まじい気迫。

 

 

 

「誰かが……血に染まらねば……!!」

 

 

 

 ヒーロー殺しが放つ威圧感を前に、誰一人として動けない。

 

 

 

「ヒーローを……取り戻さねば!!」

 

 

 

 また一歩、ヒーロー殺しが歩みを進める。

 

 

 

「来い!! 来てみろ偽物ども!!」

 

 

 

 化物め……!

 

 

 

「俺を殺していいのは!!! 本物のヒーロー!! オールマイトだけだ!!!」

 

 

 

 そう叫んで……ヒーロー殺しは動きを止めた。

 その眼はもう何も映していない。

 今度こそ……終わった……か?

 

「こいつ……。気を失っている」

 

 立ったまま気絶したヒーロー殺し。

 その事実を他人の口から聞く事ができて、ようやく私はホッとした。

 個性を解除し、戦闘態勢を解く。

 いつもなら余韻でもっと暴れたいって気持ちになるのに、今回はそうはならなかった。

 

 個性(悪魔)の副作用すら超える強烈なインパクトを私の中に残して、ヒーロー殺しとの戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──死柄木視点

 

 

 

「オイオイオイふざけんじゃあないよ。何瞬殺されてるあの脳無ども!! なんであの糞餓鬼がここにいる!! 言いたい事が追いつかないぜ! 滅茶苦茶だ!」

 

 俺はイライラしながら首筋をかきむしった。

 

「何で、思い通りにならない」

 

 結局、ヒーロー殺しもあの餓鬼にやられた。

 気に入らない奴だったとはいえ痛い思いしてまで手に入れた駒を簡単にとられるってのは良い気分じゃない。

 

 ニュースで見た。

 あの糞餓鬼、オールマイトの娘なんだってな。

 オールマイト。

 ここでもオールマイトか。

 心底イラつく。

 ああ。ぶっ殺したいなぁ。ぶっ壊したいなぁ。

 なのに何で思い通りにならない?

 

「帰ろ」

 

 俺は持ってた望遠鏡を個性で粉々にしながら隣の黒霧にそう言った。

 

「満足いく結果は得られましたか? 死柄木弔」

「バァカ。そりゃ明日次第だ」

 

 元々はヒーロー殺しのやった事を薄れさせて、塗り潰す為に放った脳無だ。

 脳無が暴れたって事実がヒーロー殺しの印象を薄くすれば一応目的達成。

 クエストクリアだ。

 

 でも、そうはならないような気がした。

 そんな予感がするから尚の事イラつく。

 

 そうして俺は捕まった脳無とヒーロー殺しに背を向けて、アジトへと戻った。

 




微修正しました。


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死闘を終えて……

 保須での戦いから一夜明けて翌日。

 私はヒーロー殺しとの戦いで傷を負って入院した少年達のお見舞いに来ていた。

 おじいちゃん+その他二人と共に。

 私もヒーロー殺しに心臓をぶっ刺されるという致命傷を受けた訳だけど、いつものごとく自前の超再生で即時回復したから問題なしと。

 そもそも回復できるんじゃなきゃあんなマネしないって。

 

 それはいいとして、今回ついて来てるおじいちゃん以外の二人だ。

 一人はプロヒーローの『マニュアル』さん。

 飯田少年の職場体験先のヒーローらしい。

 ちなみに脳無が暴れるあの現場にもいたらしく、その脳無の片方をぶっ飛ばし、もう片方を倒す手伝い(・・・)をした私にお礼を言ってくれた。

 うん。

 正直プロの皆さんが足手まといでしたという本音は私の胸の内にしまっておこう。

 

 もう一人は犬、じゃなかった。

 保須警察署署長の面構(つらがまえ)犬嗣(けんじ)さんだ。

 頭部が完全に犬だから、見ただけで異形型の個性を持ってるんだなぁってわかるわ。

 この人は今回規則違反をやらかした少年達に話があるって事で来てる。

 ヘドロ事件の時に私をしこたま叱ってきた警察の人と同じ立ち位置だね。

 あの時は状況が状況だったから厳重注意で済んだんだっけ。

 懐かしい。

 

 そんな面子を引き連れて少年達の病室に入った。

 

「おお。起きてるな怪我人共!」

「やっ! 私がお見舞いに来たぞ!」

 

「グラントリノ! 八木さん!」

「マニュアルさん……」

 

 病室に居るのは緑谷少年、飯田少年、轟少年の三人。

 緑谷少年と轟少年は手足を軽く切り裂かれたりした程度の軽傷。

 飯田少年は両腕ぐっちゃぐちゃの重傷だ。

 死ななきゃ安いよね。

 いや、今回ばっかりは私の持論ってだけじゃなくてマジでそう思うよ。

 

「君達本当にアレを相手にしてよくそれだけの怪我で済んだね。命があるだけ奇跡だと思った方がいいよ」

「無傷の八木さんに言われたくないんだけど……うん。それは思った。でも多分、僕と轟くんはあえて生かされたんだと思う」

「うん? そうなの?」

 

 気になったから轟少年にも目を向けてみた。

 そしたら神妙な顔で頷かれた。

 マジか。

 あいつに辞書に手加減なんて言葉があったのか。

 私相手には死にかけてまで殺しに来たくせに。

 

「小僧、お前にはすごいグチグチ言いたい。が、その前に来客だぜ」

 

 おじいちゃんに場を譲られて面構さんが前に出た。

 

「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」

「面構!! しょ、署長!?」

「掛けたままで結構だワン。君達がヒーロー殺しと戦った雄英生徒だワンね」

 

 緑谷少年は面構さんの登場に面食らってる。

 わかるよ。

 顔面が犬だからって語尾がワンとか……。

 露骨過ぎて面食らうよね。

 

「ヒーロー殺しだが……。全身ぐちゃぐちゃ、生きているのが不思議なくらいの重傷で現在治療中だワン」

 

 ヒーロー殺しの話から始まって、少年達の顔が緊張で強張った。

 私は「やっちまったな! でも後悔はしていない!」そんな気持ちでそれを聞いていた。

 実際、手加減してられる相手でもなかった。

 たとえあのまま殺しちゃってヒーローになれなくなってたとしても、私はあの時の決断を後悔はしなかったと思う。

 

 なにせこの私を恐怖させた男だもん。

 戦闘で恐怖するなんて初めての経験だった。

 格上相手にした時でも、死にかけた時ですら怖いと思った事はなかったから、てっきり私にはそういう感情が欠落してるもんだと思い込んでた(・・・・・・)んだけどね。

 どうやら違ったらしい。

 

「それはヒーロー殺しを捕らえる為に必要な事だったと理解されているし、怪我を負わせたのもプロに戦闘許可を出された彼女だワン。結果としてヒーロー殺しは逮捕され君達は助かった。よってこれはあまり大きな問題ではないんだワン。……大騒ぎにはなるだろうがね」

 

 「しかし」と面構さんは続けた。

 

「君達がヒーロー殺しと交戦したというのもまた事実。資格未取得者が保護管理者の指示なく個性で危害を加えようとした事。たとえ相手がヒーロー殺しであろうとも、これは立派な規則違反だワン。

 君達三名、及びプロヒーロー、エンデヴァー、マニュアル、グラントリノ。この六名には厳正な処分が下されなければならない」

 

「待って下さいよ」

 

「轟くん……」

 

 面構さんの容赦ない言葉攻めに轟少年が噛みついた。

 だよね。

 納得できないよね。

 

「飯田が動いてなきゃネイティブさんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ二人は殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気づいてなかったんですよ。規則守って見殺しにするべきだったって!?」

 

「結果オーライであれば規則などウヤムヤで良いと?」

 

 面構さんの正論に轟少年はたじろいだ。

 

「人をっ……! 助けるのがヒーローの仕事だろ……!」

 

 それでも何とか言葉を絞り出した轟少年。

 でも、その理屈は通らない。

 だって君はまだヒーローじゃないもん。

 私だってヘドロの時にしこたま怒られたんだから。

 

「だから君は『卵』だ。まったく……。良い教育をしてるワンね。雄英もエンデヴァーも」

「ッ!! この犬……」

「やめたまえ! もっともな話だ!!」

 

 面構えさんに突っかかろうとした轟少年を飯田少年がいさめた。

 ていうか落ち着きなよ。

 これそういう話じゃないから。

 

「まあ、話は最後まで聞け」

 

 おじいちゃんに言われて轟少年はようやくちょっと落ち着いた。

 轟少年ってもうちょっとドライな感じかと思ってたけどこういう面もあるのね。

 初めて知ったわ。

 

 そして面構さんが話を再開した。

 

「以上が警察としての意見。で、処分云々はあくまで公表すればの話だワン」

 

 そ。

 今日の本題はそれなんだよ。

 

「公表すれば世間は君らを勇敢な少年達として誉め称えるかもしれないが処罰はまぬがれない。

 一方で、汚い話公表しない場合、このまま真実を闇の中に葬って最初から彼女が相手していたという事で終わらせてしまえる。

 幸い目撃者は極めて限られている。この違反はここで握り潰せるんだワン」

 

 規則違反や殺人などのヤバい行いは目撃者のいない所でやるべし。

 私の持論の一つだ。

 バレなければ犯罪じゃないとはよく言ったもんだよ。

 今回の話はそれと似たようなもんで、お巡りさんがこの違反自体をもみ消してなかった事にしてくれるって言ってるんだ。

 格別な配慮だよ。

 

「だが、君達の英断と功績も誰にも知られる事はない。どっちがいい? 一人の人間としては前途ある若者の偉大なる過ち(・・・・・・)にケチをつけたくないんだワン!」

 

 英断と功績。そしてケチか。

 結果論とはいえ彼らは人の命を救って私が到着するまでの時間を稼いだ。

 あのヒーロー殺し相手に。

 それは確かに彼らの功績だ。

 それを誉めてもらえないのはちょっと気の毒かね。

 

 ……なんか私だけ世間の称賛を受けるのが申し訳なくなってくるな。

 称賛とかいらないから私の戦闘も隠蔽してくれないだろうか?

 面構さんは大きな問題(・・・・・)じゃないとは言ったけど問題がない(・・・・・)とは言ってない訳だし。

 まあ、無理なんだけどな!

 私の戦闘は近隣住民にがっつり目撃されてるから隠蔽のしようがないんだ!

 

 路地裏から表通りに戦いの場を移したのがまずかったね。

 でも、反省も後悔もしていない!

 実際、ヒーロー殺しみたいなタイプとは狭い場所で戦うよりも開けた場所で戦った方が有利なのは事実なんだから。

 あれは必要な事だった。

 

「まあ、どの道監督不行き届きで俺らは責任取らないとだしな」

「マニュアルさん……。申し訳ございません……!」

「よし! 他人に迷惑かかる! わかったら二度とするなよ!」

 

 飯田少年は一足先にマニュアルさんに頭下げていた。

 

「……よろしくお願いします」

 

 それに倣ってか、他の二人も面構さんに頭を下げてお願いした。

 隠蔽の。

 そう言うとまるで後ろ暗い事してるみたいだね。

 いや、まるでも何もこれは後ろ暗い事だったか!

 アッハッハ!

 

「大人のズルで君達が受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが……。せめて。共に平和を守る人間として、ありがとう!」

 

 そう言って面構さんも頭を下げていた。

 面構さん……!

 あんた良い人だよ。

 

 

 

 こうして。

 保須の事件はその事後処理も含めて全てが終わった。

 少なくとも私達に関する事については。

 

 

 

 でも、この事件の影響。

 余波は終わるどころか社会全体に広がり、また新しい戦いの引き金となった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──グラントリノ視点

 

 

 

「緑谷出久! まったく! おかげで減給と半年間の教育権剥奪だ。まあ、結構な情状酌量あってのこの結果だがな。

 とりあえず体が動いちまうようなとこはお前そっくりだよ俊典(としのり)!!」

『申し訳ございません……! 私の教育が至らぬばかりで……! いやはや……』

 

 病院の公衆電話からかけた電話の相手、俊典ことオールマイトは完全にビビって萎縮した声で話していた。

 こいつは昔から変わらん。

 何を俺ごときにビビってんだか。

 

「あれなら小娘の方がよっぽどマシだぞ! 軽く見てやっただけだがちょっと会わない間に個性の扱いが随分と上手くなってやがった。副作用も含めて個性を使いこなしとる。ワン・フォー・オールに振り回される小僧とは大違いだ」

『お、おっしゃる通りです……。しかし、グラントリノは昔から魔美ちゃんに甘……』

「なんか言ったか?」

『い、いえ! 何も言っておりません!!』

 

 ったく。

 

「まあ、今回電話したのは他でもないヒーロー殺しの件だ。実際に相見えた時間は数分もないが……それでも戦慄させられた」

『グラントリノともあろう者を戦慄させるとは……。しかしもうお縄になったのに何が……』

「そんな簡単な話じゃねぇんだよ。──俺が気圧されたのは恐らく強い思想、あるいは強迫観念からくる威圧感だ。誉めそやす訳じゃねえが、俊典、お前が持つ平和の象徴観念と同質のソレだよ」

 

 たとえ間違っていようとも決して折れない強い信念を持つ男だった。

 小娘に絶対的な力の差を見せつけられ、死の寸前まで追い詰められようとも小揺るぎもせず、逆にあの小娘に恐怖を与えた程の狂気的なまでの執念。

 

 そういうのは人を惹き付ける。

 

「安い話カリスマっつー奴だ。今後取り調べが進めば奴の思想、主張がネットニュース、テレビ、雑誌、あらゆるメディアで垂れ流される。今の時代、良くも悪くも抑圧された時代だ。必ず感化される人間は現れる」

 

 ヒーローに憧れ、ヒーローを志す若者共が後を絶たないように。

 ヒーロー殺しに憧れ、悪の道を突き進むような奴が多く出てくるだろう。

 

『しかし個々で現れたところで今回のようにヒーローが……』

「そこで『ヴィラン連合』だ」

 

 甘い事をぬかす俊典に訪れるであろう嫌な未来の話をしてやる。

 

「つながりが示唆されたこの時点の連合は、雄英を襲って返り討ちにされたチーマーの集まりから、そういう思想ある集団(・・・・・・)だったと認知される。

 つまり、受け皿は整えられていた! 個々の悪意は小さくとも、一つの意志の下集まる事で何倍にも何十倍にも膨れ上がる! ハナからこの流れを想定してたとしたら敵の大将はよくやるぜ」

 

 この良いようにしてやられる感覚。

 覚えがあるだろう?

 

「着実に外堀を埋めて己の思惑通りに状況を動かそうというやり方」

『……半ば確信していましたが、やはりですか』

「ああ。俺の盟友でありお前の師、先代ワン・フォー・オール継承者『志村』を殺し、お前の腹に風穴を空けた男。『オール・フォー・ワン』が再び動き始めたとみていい」

 

 俺達にとっての因縁の相手。

 長き時を生きる史上最悪のヴィラン『オール・フォー・ワン』。

 六年前に終わった筈の因縁。

 できる事ならもう二度と聞きたくなかった名前だ。

 

「……お前の事を健気に憧れているあの子にも折を見てしっかり話しといた方がいいぞ。お前とワン・フォー・オールにまつわる全てを」

『……はい』

「それと小娘にもな。あいつはある意味、俺達以上に奴との因縁がある。奴が生きてるって話は聞かせておけ」

『……気は進みませんね』

「それでもだ。奴と再び決戦になるなら小娘の力はいる。六年前のようにな」

『……あの時の事を繰り返したくはないのですが』

「大丈夫だ。お前の娘は強い。強くなった。あの時のようにはならんさ」

『……やはりグラントリノは魔美ちゃんに甘いですね』

 

 うるさいわ。

 

『わかりました。しかと話しておきます』

「おう。任せたぞ」

 

 そう言って俺は電話を切った。

 ここから先はあいつの仕事だ。

 手助けくらいはしてやるが、後継者と娘の事は自分の手で何とかしろ。

 

 そうして俺は待合室で待たせておいた小娘の所に戻った。

 残りの職場体験期間で何を教えてやるかと考えながら。

 

 同時に、再びの決戦に向けて気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──死柄木視点

 

 

 

「どこもかしこも……。脳無は二の次かよ」

 

 手にした新聞にはヒーロー殺しの逮捕、そしてそれを成した話題のオールマイトJr.ことあの糞餓鬼に関する事ばかりが大々的に取り上げられ、脳無についてはオマケのように端の方に書かれているだけだった。

 

 俺は新聞をぐちゃぐちゃに握り潰した後、個性で粉々にした。

 

「忘れるどころか、俺らの方がオマケ扱いか」

 

 クエスト失敗だ。

 イライラする。

 何でだ?

 どうしてこうなる?

 

 俺とあいつの何が違う?

 俺もあいつも気に入らないモノぶっ壊してるだけだろ?

 なのに何であいつは持て囃されて、俺は見向きもされない?

 

 イラつくなぁ。

 ひたすらに気分が悪い。

 俺はガリガリと首筋をかきむしった。

 

 

 

 そして俺は少しだけ先の未来で、ヒーロー殺しの残したモノと向き合う事になる。

 

 それはただただ不愉快で、イラついて、ムカついて。

 

 

 

 だからこそ俺に必要なモノだったんだと気づいた。

 

 

 

 でも、それは。

 まだ少しだけ先の話だ。

 




ヒーロー殺し編終了!


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職場体験終了!

「短い間でしたが、お世話になりました」

「またねー! おじいちゃん!」

 

 職場体験最終日。

 私と無事退院できた緑谷少年は玄関先でおじいちゃんとお別れをしていた。

 この後は電車に乗って学校に帰るのだ。

 

 ちなみに、今の私は髪型をポニーテールにした上で緑谷少年をパシらせて買わせてきた伊達眼鏡を装着して一応の変装をしている。

 

 ここ数日でヒーロー殺しの動画、及びヒーロー殺しと私の戦闘シーンを映した動画がネットに流れ、さらにニュースでも私の事が取り上げられまくったせいで私の知名度が本気でレッドゾーンに突入した為にとった対策だ。

 これだけでも大分印象が変わるし、服装もこれまた緑谷少年をパシらせて買わせてきた地味な感じの服に着替えてるから一目で私だとは気づかないと思う。

 変装もしないで電車とかの公共機関を利用したら大変な事になりそうだからね。

 必要な措置だ。

 

「……何も世話してねぇ気がするぜ。職場体験もあれだったしな」

「いえ! 発想のご教授と組手ぶっ続けのおかげでヒーロー殺し相手にも何とか動けました!」

「そうそう。私も為になる話とかいっぱい聞けたし。連携の訓練とかもできたから充実した一週間だったよ!」

「……」

 

 私達の言葉を聞いたおじいちゃんは、何を思ったのか杖で緑谷少年の足を叩いた。

 

「痛!!」

本気じゃないヒーロー殺し相手(・・・・・・・・・・・・・・・)にだ。まあ、100%の一撃必殺を狙って外しちまうなんて事にならずに良かったとは言うべきか。だが、まだフルカウルの精度は安定しねぇ! 焦りで力む! 油断で力のコントロールがブレる! 常に冷静と緊張を保て! オールマイトのような最高のヒーローになりてぇっつうなら、まだまだ学ぶ事は多いぞ」

「っ! はい!!」

 

 緑谷少年は別れ際にも小言を言われまくっていた。

 成長するって大変だよね。

 私も通った道だからよくわかるぜ。

 

「小娘! なに他人事みたいな顔してやがる!! お前も至らぬ点は多いぞ! 連携の基礎は叩き込んでやったがまだまだ酷ぇもんだ! 話だって一回聞いただけでわかった気になるな! そういうのは実践してみて初めてわかるもんなんだよ! 精進を欠かすんじゃねぇ! わかったか!?」

「はーい……」

 

 わぁ……。

 そうだったよ。

 私もまだ道半ばだったよ。

 おじいちゃんから見ればまだまだ未熟者か。

 頑張らないとなぁ。

 

「ん! それじゃ……」

「あの!! 最後に一つ! い、良いですか!?」

 

 玄関の中に消えて行こうとしたおじいちゃんを緑谷少年が引き留めた。

 なんぞ聞きたい事があるらしい。

 

「失礼と思ってずっと聞きそびれてて……タイミング見つからなかったんですけど……」

「早よしろ! たい焼き食べたいんだ!」

 

 またたい焼きか。

 おじいちゃん本当にたい焼き好きね。

 

「そんなに強くてオールマイトを鍛えたなんて実績まであるのに、グラントリノ、世間じゃ殆ど無、無名です。何か理由(ワケ)あっての事なんでしょうか……?」

「なんだ? 小娘から聞いてないのか?」

「私は人のプライベートをポンポン話すような人間じゃないよ!」

 

 私自身、話されて困る秘密がたくさんあるからね!

 だから、人のプライベートは聞かれてもなるべく話さないようにしてるのだ!

 

「あー。そういやそうだったな。まあ、隠す事でもねぇし普通に教えてやる。俺は元来ヒーロー活動に興味ないってだけの話だ」

「へ!?」

 

 そんなに意外か緑谷少年?

 そういうヒーローだっているところにはいるぞ。

 

「かつて、目的の為に個性の自由使用が必要だった。資格を取った理由はそんだけさ。これ以上は俺からより俊っ……オールマイトが話してくれるのを期待してな」

 

 おじいちゃんはそこから先をパパにぶん投げた。

 いや、これは元々パパの仕事だったか。

 おじいちゃんは手伝い程度だもんね。

 

「じゃあ以上! 達者でな」

「あっはい! ありがとうございました!」

「またねー」

 

 そうして私達はおじいちゃんと別れた。

 でも去り際に。

 

「小僧!」

 

 おじいちゃんが最後に緑谷少年を呼んだ。

 

「誰だ君は!?」

「ここで!?」

 

 ついにきたか……!

 初日以降鳴りを潜めていたアルツハイマーが……!

 

「えっと、だから緑谷出……」

「違うだろ」

 

 と、冗談はさておき。

 緑谷少年は本気でわからないのかめっちゃ悩んでる。

 ほら!

 緑谷少年、アレだよアレ!

 

「…………あ!」

 

 ようやく気づいたか。

 

「『デク』です!!」

 

 緑谷少年のヒーロー名。

 本人曰く、「頑張ろうって感じのデク」という謎のコンセプト。

 私には普通に悪口にしか聞こえない。

 

 でも、これがパパの選んだ後継者の名前だ。

 私もおじいちゃんもそれを否定したりはしない。

 むしろ応援してる。

 

 緑谷少年の言葉を聞いて、おじいちゃんはため息を吐きながらも満足そうな顔をした。

 そして、きびすを返して軽く手を振りながら玄関の中に消えて行った。

 それを見届けてから私と緑谷少年も駅に向かって歩き始める。

 

 こうして。

 色々と濃かった職場体験は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日。

 パパに職場体験での事を話しつつ今日も車で登校。

 保須で暴れ回った件について何か言われるかなと思ってたけど、パパは「無事で良かった」と言って頭を撫でるだけだった。

 拍子抜けしたけど、なんか安心した。

 

 そうして前と同じく授業開始前の時間を適当に潰してから教室へ。

 行ったら爆豪少年の髪型が8:2分けになっていた。

 何あれ?

 

「ぷっ!」

「笑うなクソ女ぁあああ!!!」

 

 爆豪少年の叫びと共に髪型が爆発して元のボンバーヘアに戻った。

 何あれ! どうなってんの!

 ますます笑える!

 

「アハハハハハハハハ!!!」

「死ねええええ!!!」

 

 怒り狂って個性を使ってきた爆豪少年を軽くいなしながら私と同じく腹を抱えて笑っていた切島少年と瀬呂少年に話を聞いたところ、爆豪少年は『ベストジーニスト』さんというヒーローの所に行って矯正されてしまったらしい。

 その一環として髪型を8:2にされたのだとか。

 でも、こうして一瞬で元の髪型に戻ってるのを見るに、ベストジーニストさんはこの猛犬の調教に失敗したみたいだ。

 残念!

 

 そして、面白い変貌を遂げた人物がもう一人いた。

 

「とても。有意義だったよ」

 

 コオオオという効果音がつきそうな謎の迫力を纏った麗日少女がそこにいた。

 確か麗日少女は武闘派ヒーローの所に行ってた筈。

 武に目覚めたか。

 

「たった一週間で変化すげぇな……」

「変化? 違うぜ上鳴。女ってのは……元々悪魔のような本性を隠し持ってんのさ!!」

Mt.(マウント)レディのとこで何見た」

 

 なにやら精神に異常をきたしたようなブドウ頭を上鳴少年がいさめていた。

 いや、ブドウ頭は元々精神に異常があったな。

 なら何も問題ないか。

 

「俺は割とチヤホヤされて楽しかったけどなー。ま、一番変化というか大変だったのは、お前ら四人だな!」

 

 上鳴少年が私と緑谷少年、轟少年、飯田少年を交互に見ながらそう言った。

 

「そうそうヒーロー殺し! ニュース見たぜ!」

「……心配しましたわ」

「命あって何よりだぜマジで。……八木はアレだったけどな」

 

 アレとは何かね切島少年?

 

「化物……」

「やめい」

 

 余計な事を口走ったブドウ頭を上鳴少年が叩いて直した。

 直ってないけどな。

 

「俺もニュースとか見たけどさ。ヒーロー殺し、ヴィラン連合とも繋がってたんだろ? もしあんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾッとするよ」

「ああ……。あの時は八木も他の奴の相手で手一杯だったしな。もしそうなってたらどうなってた事か……」

 

 クラスメイト諸君の一部が恐怖に身震いしてた。

 前まではその感覚が今一よくわからなかったけど、今なら少しわかるよ。

 恐怖を体験した事が私の成長に繋がってる気がする。

 

 ありがとうヒーロー殺し!

 でも怖いから一生刑務所から出て来ないでね!

  

「でもさぁ、確かに怖えけどさ。ヒーロー殺しの動画見た? アレ見ると一本気っつーか執念っつーか。かっこよくね? とか思っちゃわない?」

「上鳴くん……!」

「え? あっ……飯……ワリ!」

「……いや、いいさ。確かに信念の男ではあった。クールだと思う人がいるのもわかる」

 

 ヒーロー殺しがかっこいい、か。

 ネットに上げられたヒーロー殺しの半生を映した動画は私も見た。

 対峙した時は一体何があいつをあそこまで駆り立てるのか不思議に思ってたけど、あの動画見て一応の理解はできたよ。

 あの根性論ですらちょっと説明のつかない底力は英雄回帰という思想にあいつが文字通り命を懸けていた証だと今は思ってる。

 

 自分が死んででも私を粛清する。

 

 多分、ヒーロー殺しはそういう覚悟で私に向かって来ていた。

 重い重い命を懸けた捨て身の覚悟と執念。

 それがあの底力の正体なんじゃないかな?

 その燃え尽きるような生き様を見てかっこいいと思うのはわからなくもない話だと思う。

 

「ただ奴は、信念の果てに粛清という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、そこだけは間違いなんだ。俺のような者をもうこれ以上出さぬ為にも!! 改めてヒーローへの道を俺は歩む!!」

 

 飯田少年は変なポーズを決めながらもどこまでも真面目な顔でそう宣言していた。

 なかなかにかっこいいじゃないか。

 それこそヒーロー殺しよりもね。

 

「さあそろそろ始業だ!! 席につきたまえ!!」

「五月蝿い……」

「なんか……すいませんでした」

 

 そうして朝の時間は終わり、いつも通りの日常がまた始まっていく。

 

 ヒーロー殺しステイン。

 私を初めて恐怖させたヴィラン。

 ああいう思想犯と戦った事がない訳じゃない。

 それどころかあいつよりも遥かに強い巨悪と対峙した事すらある。

 それでも、ただの執念だけであそこまで動ける敵に出会ったのは初めてだった。

 私の知らなかった世界だ。

 

 今回の一件で強く思った事が一つある。

 いくら強すぎる個性を持ち、内緒で実戦経験を積んで強くなったと言っても、私は所詮15歳の小娘。

 まだまだ知らない事は多い。

 人生経験が足りない。

 今回だって自分は戦闘で恐怖するような人間じゃないという思い込みが足を引っ張った。

 そういうのは良くない。

 良くないよ。

 私はヒーローとしての知名度も高い(こころざし)もいらないけど、強さだけは必要なんだから。

 

 ヒーロー殺しとの戦いは、じきに過去のものになるだろう。

 でも、今回私はあいつから心の強さというものを教えてもらった。

 それを覚えておこう。

 そして私の糧にしよう。

 もっと強くなれるように。

 もっと強い敵と戦った時の為に。

 

 ありがとうヒーロー殺し。

 あんたの与えてくれた恐怖が私をもっと強くした。

 多分、もう一度あんたのような敵が現れても私はもう取り乱したりはしないだろう。

 私が大きな壁にぶち当たった時、あんたの事を思い出そう。

 私にはヒーローとしての立派な(こころざし)はないけれど、絶対に譲れない信念と呼べるものがたった一つだけある。

 それが大きな力になるという事をあんたに教えてもらった。

 本当にありがとう。

 

 ……さて。

 柄にもなくシリアスな事考えてしまったな。

 気を取り直して今日の授業も頑張るとしよう!

 確か今日はパパの授業があった筈だし、俄然やる気が湧いてきたァ!

 

 

 

 そうして私はいつもの日常に戻ったのだった。

 今度ヒーロー殺しにお見舞いの花束でも送り付けてやろうかなぁとか、そんな下らない事を考えながら。

 

 

 

 ……マジで送り付けてやろうかな?

 皮肉な花言葉をたっぷり添えて。

 

 

 

 そんなこんなで今日も授業が始まった。

 




これにて職場体験編完全終了!
学ぶ事の多い話でした。


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昔話と因縁の話

長くなった……。


「ハイ! 私が来た! ってな感じでやっていく訳だけどもね。ハイ、ヒーロー基礎学ね! 久しぶりだ少年少女! 元気か!?」

 

「ヌルっと入ったな」

「久々なのにな」

「パターンが尽きたのかしら」

 

「尽きてないぞ! 無尽蔵だっつーの!」

 

 そんな茶番から入りつつ、今日も新米教師パパの授業が始まった。

 

「ゴホンッ! 職場体験直後って事で今回は遊びの要素を含めた救助訓練レースだ!!」

 

 救助訓練かぁ。

 苦手な分野だ。

 でも、レースなら私の独壇場になりそう。

 

「救助訓練ならUSJでやるべきではないのですか!?」

「あそこは災害時の訓練になるからな。私は何て言ったかな? そうレース!!」

 

 そうしてパパは今回の授業の説明を始めた。

 

「ここは運動場γ(ガンマ)! 複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯! 5人4組に分かれて一組ずつ訓練を行う! 私がどこかで救難信号を出したら街外から一斉スタート! 誰が一番に私を助けに来てくれるかの競争だ!」

 

 やっぱりこれ私に有利過ぎるね。

 翼使って上空から行けば迷路のような細道とか関係ないもん。

 それはそれとして、パパがカンペを使わずに授業してる姿を見ると何か成長が感じられて感動するわ。

 

「じゃあ初めの組は位置について!」

 

 早速第一レースが始まる。

 参加者は緑谷少年、尾白少年、飯田少年、芦戸少女、瀬呂少年の5人。

 他のクラスメイト諸君の間でトップ予想が始まった。

 

「俺、瀬呂が一位!」

「あー。うんでも尾白もあるぜ」

「オイラは芦戸! あいつ運動神経すげぇぞ!」

「デクが最下位」

「怪我のハンデあっても飯田くんな気がするなぁ。魔美ちゃんはどう思う?」

 

 麗日少女が私にも意見を求めてきた。

 いや、これはどっちかというと雑談に近いか?

 まあ、どっちでもいいけど。

 

「そうだなー。ミスさえしなければ緑谷少年が勝つと思う」

「え!? 意外だ……」

「職場体験で色々と成長したからねー」

 

『スタート!!!』

 

 そしてレーススタート。

 先行したのは瀬呂少年。

 あの子の個性は滞空性能が高い。

 さっき私が考えた翼で無双計画に近い事できるんだからそりゃ有利だ。

 

 しかし、その瀬呂少年よりも緑谷少年が前に出た。

 

「おおお緑谷!? 何だその動きィ!?」

 

 緑谷少年は建物の上をピョンピョンと跳ね回って猛スピードでコースを駆け抜けて行った。

 見たとこフルカウルは安定してるっぽい。

 やっぱりワン・フォー・オール、というよりシンプルな増強系はシンプル故に色んなとこで応用の利く強個性って事だね。

 

「凄い……! ピョンピョン……。何かまるで……」

 

 麗日少女が感心したように緑谷少年を見ていた。

 まるでの先はわかる。

 あの跳ね回るような動きは爆豪少年に似てる。

 あとはおじいちゃんにも似てる。

 身近な二人を参考にしたんだと思う。

 

 だがしかし、レースの途中で緑谷少年は足元を踏み外して落っこちた。

 その隙に他の参加者諸君に抜かれて行き、結局トップは瀬呂少年のものに。

 まだまだ要練習だね。

 

 続いての組は私の番。

 当たり前のように翼で無双して真っ先にパパの所へたどり着いた。

 勝利の証として「助けてくれてありがとう」と書かれたたすきを肩にかけられた。

 非常にダサイ。

 

「魔美ちゃん。この授業が終わったら私の元に来なさい」

 

 ダサイたすきに気分を害していたら、パパがそんな事を言ってきた。

 随分と真剣な顔だ。

 これはもしや保須の一件のお説教が遅れて来たか。

 だとしたら正座の準備が必要だ。

 

「君にも話しておかなければならない。……ワン・フォー・オールとオール・フォー・ワンの話だ」

 

 オール・フォー・ワン。

 その名前を聞いた瞬間、私の中でスイッチが切り替わるような感覚がした。

 私にとってもパパやおじいちゃんにとっても因縁の相手。

 六年前。パパの身体に風穴を空けて殺しかけたクソ野郎。

 個性の副作用による興奮を伴った破壊衝動とは真逆の感覚、どこまでも冷たい殺意が私の中に満ちるのを感じた。

 

「わかった」

 

 私はただ静かにパパに返事をした。

 

 その後、他の参加者諸君がすぐに到着して私の出番は終わった。

 更に他のレースも順次行われて行き、とてもスムーズに授業は終わった。

 

 

 

 私はコスチュームからさっさと制服に着替えてパパの待つ部屋へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「あ! 八木さん! 八木さんもオールマイトに呼ばれたの?」

「緑谷少年、君もか」

 

 パパの待つ仮眠室に行ったら、扉の前に緑谷少年がいた。

 緑谷少年も呼んだって事はついにあの話(・・・)をする時が来たって事かね?

 いや、断定するにはまだ早い。

 真意はパパの話を聞けばわかる事だ。

 

 扉を開けて部屋の中に入る。

 そこにはいつもとは雰囲気の違うパパがいた。

 めちゃくちゃ真面目な雰囲気だ。

 あいつの話をするんだから当然だけど。

 

「掛けたまえ。二人共」

 

 パパに促されて対面の椅子に座る。

 緑谷少年はパパの雰囲気に気圧されたのかめっちゃ緊張してる。

  

「まずは保須の話だ。色々大変だったな。そばにいてやれずすまなかった」

「そんな……! オールマイトが謝る事では……!」

「緑谷少年の言う通りだよ。そんな事を言ってもナンセンスなだけ。それより早く本題に入ろう」

 

 私は珍しくパパを急かした。

 それくらい今回の話は重要な事だと思うから。

 

「そうだね……。では本題に入ろう。緑谷少年、君ヒーロー殺しに血を舐められたと聞いたよ」

「? あ、はい。血を取り入れて体の自由を奪う個性で。それが何か?」

「力を渡した時に言った事、覚えているかい?」

 

 力を渡した時。

 雄英一般入試の朝の事だったね。

 確かあの時は……

 

「食え」

「あー。そうそう。そんな感じだったわ」

「違う。そこじゃない」

 

 緑谷少年がモノマネっぽく当時のパパを再現したけど、そこじゃないらしい。

 となるとアレか。

 

「DNAを取り込めれば何でも良いと言った筈だ」

 

 うん。

 確かに言ってたね。

 

「え……! じゃあまさかヒーロー殺しにワン・フォー・オールが……!?」

「いや、ないよ。君ならそれを憂慮してるかと思ったが……そう、忘れてたのね」

 

 忘れてたっぽいね。

 まあ、私はそんな簡単な事で個性の譲渡が成立するとは思ってないから、そこは心配してなかったけど。

 

「ワン・フォー・オールは持ち主が渡したいと思った相手にしか譲渡されないんだ。無理矢理奪われる事はない。無理矢理渡す事はできるがね。……特別な個性なのさ。そう。その成り立ちもね」

 

 そうしてパパは語り始めた。

 ワン・フォー・オールの話を。

 私が断片的にしか知らなかった事を。

 

「ワン・フォー・オールは元々ある一つの個性から派生したものだ。『オール・フォー・ワン』他者から個性を奪い己がものとし、そしてソレを他者に与える事のできる個性だ」

「オール……皆は一人の為……?」

 

 不愉快な名前が出た。

 私とは切っても切れない因縁を持つ最悪のヴィランの名前だ。

 私、あいつ嫌い。

 

「これは超常黎明期。社会がまだ変化に対応しきれていない頃の話になる。

 かつて、個性という超常の力の発現によって突如として人間という規格が崩れ去った。たったそれだけで法は意味を失い、文明が歩みを止めた。まさに『荒廃』」

「聞いた事あります……。『超常が起きなければ今頃人類は恒星間旅行を楽しんでただろう』って昔の偉い人も言ってます」

 

 それは私も聞いた事ある。

 結構色んな本に書いてある有名な話だから、むしろ知らない人の方が少ないかも。

 

「そう。そんな混沌の時代にあって一早く人々をまとめ上げた人物がいた。彼は人々から個性を奪い、圧倒的な力によってその勢力を広げていった。計画的に人を動かし、思うままに悪行を積んでいった彼は瞬く間に『悪の支配者』として日本に君臨した。……君達も聞いた事はある筈だ。特に魔美ちゃんには前にも話したしね」

「うん。聞いたね」

 

 私の生い立ちに関係する話だったから今と同じようにかなり真剣な雰囲気で話された記憶がある。

 

「ネットとかでは噂話をよく見ますけど……創作だと思ってました。教科書にも載ってないですし……」

裏稼業(ヤクザ)の所業を教科書には載せんだろうよ。力を持っていると人は使う場を求めるから」

 

 それは私にも当てはまる。

 私は個性を使える場がなければ生きていけないから。

 もっとも、私の場合は破壊衝動という差し迫った問題のせいな訳だけど。

 それを差し引いても個性を使えないのが窮屈だと思う事はある。

 ヘドロの時とか。

 

「……その話がワン・フォー・オールにどう繋がってくるんですか?」

「オール・フォー・ワンは与える個性でもあると言ったろ。彼は与える事で信頼、あるいは屈服させていったんだ」

 

 あとは優秀な手駒を作るのにも使ってたって聞いたね。

 あいつの手下もまた複数の個性を持った猛者が何人もいた。

 私が出会った数は少ないけど、どいつもこいつも強かったっけ。

 ほぼ全員ミンチになったけどな!

 

「ただ……。与えられた人の中にはその負荷に耐えきれず、脳に重大な欠陥を抱えてしまったり、物言わぬ人形のようになってしまう者も多かったそうだ。……ちょうど脳無のようにね」

「……!」

 

 話が見えてきたな。

 脳無なんて奴が新しく出てきたって事はあいつはまだ……。

 いや、今はワン・フォー・オールの話が先だ。

 

「一方、与えられた事で個性が変異し混ざり合うというケースもあったそうだ」

 

 それも知ってる。

 確証はないけど私の個性も多分そうやって生まれたんだろうって言われた事がある。

 そして、その推測は多分当たってる。

 オール・フォー・ワンの被害者と私には類似点が多すぎるし、なにより当の本人から狙われてたんだから無関係なんてことはあり得ないでしょう。

 

「……彼には無個性の弟がいた。弟は体も小さくひ弱だったが正義感の強い男だった。兄の所業に心を痛め、抗い続ける男だった。

 そんな弟に彼は『力をストックする』という個性を無理矢理与えた。それが優しさ故かはたまた屈服させる為かは今となってはわからないがね」

 

 ここら辺は私が知らなかった話だ。

 って事はこれがワン・フォー・オールの……

 

「まさか……!」

「うん。無個性と思われていた彼にも一応は宿っていたのさ。自身も周りも気づきようのない『個性を与えるだけ』という意味のない個性が」

 

 

 

「力をストックする個性と与える個性が混ざり合った! これがワン・フォー・オールのオリジンさ」

「……!!」

 

 

 

 なるほどなぁ。

 私の個性と似た成り立ち。

 パパが私を引き取って育てた理由の一端がわかったような気がする。

 私とワン・フォー・オールの成り立ちを重ねてたのかもね。

 ……パパのお人好しが九割だとも思うけど。

 

「皮肉な話さ。正義はいつも悪より生まれ出ずる」

 

 そう言ってパパはチラリと私を見た。

 ……確かに私は悪から生み出されたけど、別に正義ではないんだけどなぁ。

 いや、ヒーロー目指すなら一応は正義か。

 

「ちょ、待っ、その……成り立ちはよくわかったんですけど、そんな大昔の悪人の話……。なんで今それが……」

「個性を奪える人間だぜ。何でもアリさ。『成長を止める』個性、そういう類いを奪い取ったんだろう」

 

 実際、六年前までは確実に生きてたんだからその可能性が大だよね。

 

「半永久的に生き続けるであろう悪の象徴。覆しようのない戦力差と当時の社会情勢。敗北を喫した弟は後世に託す事にしたんだ。今は敵わずとも少しずつその力を培って、いつか奴を止めうる力となってくれと」

 

 それがパパとあいつの因縁か。

 なんか思ってたより壮大な話だったなぁ。

 パパはあいつに師匠を殺されたっていう因縁は知ってたけど、まさかそんな大昔から続く話だったとはね。

 

「そして私の代で遂に奴を討ち取った!! 筈だったのだが、奴は生き延びヴィラン連合のブレーンとして再び動き出している」

 

 やっぱりそういう話か。

 あの怪我でまだ生きてたんだあいつ。

 しぶとい。

 まるでゴキブリのようだ。

 そのまま死んでおけばよかったのに。

 

「ワン・フォー・オールは言わばオール・フォー・ワンを倒す為受け継がれた力! 君はいつか奴と、巨悪と対決しなければならない……かもしれん。酷な話になるが……」

 

 パパは苦しそうにそう言った。

 あれの強さを知ってる身としては、そんな大役をこのまだまだか弱い少年に背負わせるというのがどれだけの無茶振りなのかよくわかる。

 何せ前回は私とパパによる二連戦でギリギリぶっ殺せたってレベルの化物なんだから。

 

 でも、

 

「頑張ります……!!」

 

 緑谷少年は怯えながらも力強くそう言った。

 

「オールマイトの頼み……何が何でも応えます! あなたがいてくれれば僕は何でもできる……できそうな感じですから!!」

 

 ……へぇ。

 頼もしいじゃないか緑谷少年。

 君には期待してるよ。

 いずれパパをも超えるヒーローになってくれる事を。

 

 それに、パパは大事な事を言い忘れてる。

 

「パパ。私もいるって事も忘れないで。私だってあいつとは因縁があるんだから。次に戦う時は今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやるからさ」

「因縁……?」

「魔美ちゃん……」

 

 緑谷少年が不思議そうな顔で私を見る。

 パパはより一層苦々しい顔で私を見た。

 私があいつとの因縁を緑谷少年に話そうとしてるのを察したらしい。

 それを快く思ってない顔だ。

 

「ここまで話したんだから私の事も伝えておくべきでしょ。緑谷少年がパパの後継者ならいずれは話さなきゃいけない事なんだし」

「…………」

「あの、オールマイト……?」

 

 緑谷少年が黙りこんだパパを不安そうな顔で見つめる。

 その雰囲気から明るい話題じゃないと理解したらしい。

 

「パパ。大丈夫。まだ全部は話さないからさ」

「……………………わかった」

 

 耳元で囁いた私の妥協案を聞いて、パパは長い沈黙の末に覚悟を決めたような顔になった。

 そして口を開いた。

 

「緑谷少年。さっき正義はいつも悪より生まれ出ずると言ったね。あれはワン・フォー・オールだけの話ではない。魔美ちゃんの個性もまた同じなんだ」

「え……!? それって……!? どういう……!?」

 

「言葉通りの意味だよ緑谷少年。私の個性はオール・フォー・ワンに与えられたもの。私は昔あいつの実験体だったって話さ」

 

 私が言い放った言葉に緑谷少年は絶句した。

 私はそれを無視して話を進める。

 

「君は私の個性が強すぎると思った事はないかい? できる事があまりにも多すぎると思った事は?」

「それは……」

 

 あるっぽいな。

 顔に出てるぞ。

 

「私の個性はオール・フォー・ワンに与えられた。それはもう10年以上前の事だし、そんな昔の記憶なんてほとんどないけどね。でもそこから逃げ出してパパに保護された後もあいつは執拗に私を狙って手下を差し向けて来た。私にもあいつとの因縁があるんだよ」

「そんな事が……!!」

 

 緑谷少年に私の秘密の一端を話した。

 でも、私がパパに保護された経緯。

 11年前の事件についてはまだ話さない。

 緑谷少年は今までの話だけですでに容量オーバー寸前だろうし、これ以上一気に話しても呑み込めないだろうから。

 それにこの話はまだまだ弱っちい緑谷少年に話したところで更なるプレッシャーになるだけだと思うしね。

 

 そして私自身もあんまり話したくない。

 覚えてない事とはいえ、あれは私史上最大の黒歴史なんだ。

 できる事なら話したくはない。

 話すにしてももう少し先だ。

 

「だからちょっとは安心していいぞ緑谷少年。もし君があいつと戦う時がくるならその時は多分私も一緒だ。勝算はあるって」

「八木さん……! うん! ありがとう!」

 

 緑谷少年がちょっと安心した顔になった。

 人間一人じゃないと思えれば気が楽になるっていうけど、あれは本当の事みたいだ。

 それに緑谷少年は私の強さを知ってるからね。

 単純に強い味方ができて安心しただけか。

 

 そんな私達をパパはちょっと複雑そうな顔で見つめていた。

 倒し損ねた強敵の相手を私達がする事になるかもしれない。

 それを心配してるのか何なのか。

 

 

 

 そうしてパパとの話し合いは終わり、私はあいつがまだ生きているという情報を手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

 来るなら来てみろオール・フォー・ワン。

 今度こそこの手でぶっ殺してやるよ。

 

 

 

 

 

 私は未だ闇の中に潜む因縁の敵の姿を思い浮かべながら、敵意と戦意、そして殺意を高めていった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──オール・フォー・ワン視点

 

 

 

「ヒーロー殺し……。まさかあの子と出くわすとは思わなかった。なんとも運の悪い男だ」

 

 だが、事態は概ね想定通りに進んでいる。

 何も問題はない。

 

「暴れたい奴、共感した奴、様々な人間が衝動を解放する場としてヴィラン連合を求める。死柄木弔はそんな奴らを統括しなければならない立場となる」

「できるかね、あの子供に。ワシは先生が前に出た方が事が進むと思うが……」

「ハハ。では早く体を治してくれよドクター」

 

 ドクターが苦言を呈してくるが、僕は一笑に付した。

 

「超再生を再び手に入れるのがあと5年早ければなぁ……。あるいは11年前に失ってさえいなければ……。どのみち傷が癒えてからでは意味のない個性だったが」

「今思えばあの子に超再生まで与えてしまったのは失敗だったね。その後の暴走でストックごと全てを吹き飛ばされたのは誤算だった」

 

 あれはその場にいた僕の仲間達や多くのアジト、ストックしてあった大量の個性を失う悲劇だった。

 あの子が暴走する予兆を察知できていれば、そもそも脳への負荷を甘く見ていなければと後悔したものだ。

 今となっては懐かしい。

 

「まあ、いいさ。彼には苦労してもらう。次の僕となる為に」

 

 死柄木弔。

 僕のかわいい教え子。

 

「彼はそう成り得る、歪みを生まれ持った男だよ」

 

 彼はこれから成長する。

 僕の後継者として、次の悪の支配者となる。

 

「今のうちに謳歌するといいさオールマイト。仮初の平和をね」

 

 せいぜい僕から奪っていったあの子と一緒に、残り少ない楽しい時間を過ごす事だ。

 

 

 

 僕は椅子に深く座り込み、そう遠くない未来に想いを馳せた。

 

 



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期末テスト!

 さて。

 悪の支配者が生きているという衝撃の真実を知ったところで、いきなり日常生活が崩壊したりはしない。

 いつも通りの学校生活はまだまだ続いていくのだ。

 

 という訳で、ホームルームの時間である。

 

「えー……。そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間一ヶ月休める道理はない」

 

 高校生が夏休みに休めないとはこれ如何に?

 相澤先生の話を聞いた私は素直にそう思った。

 

「まさか……!!」

 

「夏休み林間合宿やるぞ」

 

「知ってたよ!! やったーー!!!」

 

 クラス中が喜びに沸いた。

 林間合宿かー。

 実に学校っぽいイベントだなー。

 でも具体的に何やるのか今一よくわからないフワッとした感じの行事というのが私の林間合宿に対する認識だ。

 お泊まりって事はわかるんだけど他がわからん。

 何をすればいいの?

 何を楽しめばいいの?

 

「肝試そー!!」

「風呂!!」

「花火」

「風呂!!」

「カレーだな!」

「行水!!」

 

 なるほど。

 そういう感じか。

 というかブドウ頭うるさい。

 

「自然環境ですとまた活動条件が変わってきますわね」

「いかなる環境でも正しい選択を……か。面白い」

「湯浴み!!」

「寝食皆と!! ワクワクしてきたああ!!」

 

 そういう事言われると私もちょっとワクワクしてきた。

 そういえば私ってお泊まりどころか友達の家に遊びに行った事すらなかったっけ。

 なんてセピア色の青春送ってきたんだ私は……。

 よし!

 この機会にとことん楽しむぞ!

 

「ただし。その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は学校で補習地獄だ」

「みんな頑張ろうーぜ!!!」

 

 相澤先生の恐ろしく容赦のない発言にクラスメイト諸君が恐れと共に奮起した。

 私も似たような心境だ。

 相澤先生め……!

 この私をちょっとでも恐れさせるとは……!

 ヒーロー殺し並みの偉業をさらっとやるとかさすがだぜ……!

 

 冗談はさておき、期末テストか。

 赤点を取るつもりは更々ないけど課題によってはちょっとだけ危ないかも。

 連携とか。

 職場体験でおじいちゃんに鍛えてもらったけど、まだまだ酷いって言われちゃったし。

 

 

 

 

 

 そんな一抹の不安を残しながらも時は流れ、六月最終週。

 期末テストまで一週間を切った。

 

「全く勉強してねーーー!!!」

「あっはっはっは」

 

 上鳴少年と芦戸少女が壊れた。

 少年は絶叫を上げ、少女は壊れたレコーダーのようにただ笑い声を上げていた。

 叩いて直そうか?

 いや、止めとこう。

 もっと酷くなりそうだ。

 

「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねーーー!!!」

「確かに」

「あっはっはっは」

 

 ふむ。

 見たところ、勉強に関して自信のない面子はそれなりにいるっぽいな。

 あの二人ほど追い詰められてるのは他にはいないけど、ちょっと不安そうな顔してるのが結構いる。

 

「芦戸さん、上鳴くん! が、頑張ろうよ! やっぱ全員で林間合宿行きたいもん! ね!」

「うむ!」

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねぇだろ」

 

「言葉には気をつけろ!!」

 

 そんな中、学力に自信のあるっぽい三人組が上鳴少年の心を抉っていた。

 頑張れー。

 私は助けてやれん。

 

「お二人とも。座学ならお力添えできるかもしれません」

「ヤオモモーーー!!!」

 

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

 八百万の女神が勉強できない組に勉強を教えると言い出した。

 当の本人はなんか沈んだ様子だったけど、その発言に引き寄せられた多くのクラスメイト諸君から頼られると嬉しそうにプリプリしだした。

 あのやる気で教えてくれるなら座学で赤点は出ないかもね。

 

 

 

 所変わって食堂。

 お昼の時間だ。

 私はその日の気分によってお弁当にするか食堂で食べるか決めてるのだ。

 パパには毎日お弁当持たせてるけど。

 

「普通科目は授業範囲内からでまだなんとかなるけど……演習試験が内容不透明で怖いね」

「突飛な事はしないと思うがなぁ」

「普通科目はまだなんとかなるんやな……」

 

 麗日少女はなんか微妙な顔してる。

 君も勉強できない派か。

 

「麗日少女は自信がないのか?」

「うん……。勉強はそこまで得意じゃなくて。そう言う魔美ちゃんは?」

「私は問題ないな。中間も一位だったし」

「ほんとに!? 勉強教えてくれない!?」

 

 麗日少女が希望の光でも見つけたような顔で見つめてくるけど。

 だがしかし、残念ながら私が勉強を教える事はできないのだ。

 何故なら。

 

「私は教科書を丸暗記しただけだから教えられないぞ。何がわからないのかがわからないからな」

「典型的な天才発言!? ほんとにいるんだそういう人!?」

 

 いや、本当に私にはできない人の気持ちがわからないからなのだよ。

 教科書が届いたその日の内に一通り読んで暗記したからね。

 それ以外の勉強法など知らん。

 

 がっくりと項垂れた麗日少女を一緒にご飯食べていた蛙吹少女と葉隠少女が慰めていた。

 そして話題は再び不透明な演習試験の事に戻る。

 

「一学期でやった事の総合的内容」

「とだけしか教えてくれないんだもの相澤先生」

「戦闘訓練と救助訓練、あとはほぼ基礎トレだよね」

 

 確かに一学期のヒーロー基礎学ではそれくらいしか習ってないからなぁ。

 連携以外のネックとしては救助訓練がきた場合か。

 でも、あれは興味がないってだけで、連携と違ってできない訳じゃない。

 他人と完全に足並み揃えなきゃいけない連携と違って、救助はとりあえずマニュアル通りにやれば大丈夫な分野だからね。

 それなら使い魔にだってできる。

 

「試験勉強に加えて体力面でも万全に……あイタ!!」

 

 話してる途中の緑谷少年の頭に通行人の肘が激突した。

 衝突事故か。

 

「ああごめん。頭大きいから当たってしまった」

「B組の! えっと……物間くん! よくも!」

 

 現れたのは見覚えのない少年だった。

 B組って事は同じヒーロー科か。

 

「君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね」

「!」

「体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えていくよねA組って。特にそこのオールマイトJr.って。ただその注目って決して期待値だけじゃなくてトラブルを引き付ける的なものもあるよね」

「!?」

 

 なんか嫌みだなこの少年。

 よく漫画とかで見る三下のチンピラのようだ。

 爆豪少年とは系統の違うチンピラ。

 ぶつけてみたらちょっと面白いかも。

 

「あー怖い! いつか君達が呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らにまで被害が及ぶかもしれないなぁ! ああ怖……ふっ!!」

「シャレにならん。飯田の件知らないの?」

 

 そんなチンピラ少年にの首筋に手刀を入れながら現れたのはサイドテールの少女。

 この子には見覚えがある。

 体育祭の時にミッドナイト先生に意見してた少女だ。

 

「ごめんなA組。こいつちょっと心がアレなんだよ」

「拳藤くん!」

 

 心が……。

 それはそうと、この少女の名前は拳藤少女か。

 一応覚えておこう。

 

「あんたらさっき期末の演習試験不透明とか言ってたね。あれ入試ん時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ」

 

 おお!

 それは何というお宝情報!

 そんな情報をただでくれるなんて、拳藤少女は相当な善人と見た!

 ……いや、あのチンピラ少年の言動に対する謝罪もかねてるのかね。

 

「え!? 本当!? 何で知ってるの!?」

「私、先輩に知り合いいるからさ。聞いた。……ちょっとズルだけど」

「ズルじゃないよ! そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれてたんだ。そっか先輩に聞けばよかったんだ。何で気づかなかったんだ」

 

 緑谷少年が例によってブツブツ言い始めた。

 拳藤少女は若干引いている。

 やっぱりその癖、直した方が良いじゃないか?

 

「バカなのかい拳藤……。せっかくの情報アドバンテージを!! ココこそ憎きA組とオールマイトJr.を出し抜くチャンスだったんだ……!!」

「憎くはないっつーの」

 

 チンピラ少年は再び首筋に手刀を打ち込まれ、ズルズルと引き摺られて退場していった。

 結局なんだったんだろうね彼は?

 絡みたかっただけか?

 チンピラか!

 

 

 

 そしてお昼休みが終わり教室に帰還。

 緑谷少年は早速拳藤少女がもたらしてくれたお宝情報をクラスメイト諸君に伝えていた。

 

「んだよ! ロボならラクチンだぜ!! やったあ!!」

 

 上鳴少年と芦戸少女の成績下位コンビが安心したのか、めっちゃ気楽な顔になっていた。

 なんか足元掬われそうな間抜け顔だなー。

 

「お前らは対人だと個性の調節大変そうだからな……」

「ああ! ロボならぶっぱで楽勝だ!!」

「あとは勉強教えてもらって」

「これで林間合宿バッチリだ!!」

 

 そう上手くいくかねぇ?

 ロボ相手ってわかったのは私にとっても朗報なんだけど、なんか嫌な予感というか、落とし穴の一つや二つあるような気がする。

 気は抜かないでおこう。

 

「人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ。何がラクチンだアホが」

 

 そう言ったのは爆豪少年だ。

 なんだろう?

 どこか機嫌が悪そうだ。

 

「アホとは何だ!! アホとは!!」

「うるせぇな!! 調整なんか勝手にできるもんだろ!! アホだろ!!」

 

 調整が勝手にできる……だと!?

 貴様天才か!?

 私なんて未だに大怪我させちゃっても良いようなヴィランとか、壊しちゃっても大丈夫なロボ相手じゃないと、悪魔のパンチとか怖くて使えないんだぞ!!

 訓練とかで味方相手に使おうとすると、メガトンハンマーで卵を割るかのような繊細な力加減が要求されるんだ。

 個性発動中は副作用で興奮状態になるから、そんな細かい調整なんて無理!

 だから体育祭でも拳とかの直撃だけは絶対にやらなかったしね。

 

「なあ!? デク!!」

「!」

 

 と、ここで爆豪少年の矛先が緑谷少年に向いた。

 

「個性の使い方。ちょっとわかってきたか知らねえけどよ。てめえはつくづく俺の神経を逆撫でするな!」

 

 緑谷少年が爆豪少年の神経を逆撫で……?

 はて? 何かあったっけ?

 

「あれか……! 前のデクくん爆豪くんみたいな動きになってた」

「あー。確かに」

 

 ああ。そういえば。

 この間の救助レースの事か。

 その後のパパの話のインパクトですっかり忘れてたわ。

 名推理だ麗日少女!

 

「体育祭みてぇなハンパな結果はいらねぇ……!! 次の期末なら個人成績で否が応にも優劣がつく! 完膚なきまでに差ぁつけて、てめぇぶち殺してやる!!」

 

 宣戦布告か。

 にしてもずいぶん殺気立ってるけども。

 

「クソ女……!! てめぇもなぁ!!」

 

 おっと私もか。

 体育祭の時の借りを返すって事かね?

 まあ、戦闘力ならまだまだ私の方が遥かに上だけど、試験の成績勝負っていうなら内容次第では負けもあり得るか。

 それにしたって気合いが入り過ぎだと思うけど。

 

「……久々にガチなバクゴーだ」

「焦燥……? あるいは憎悪……」

 

 他のクラスメイト諸君も普通じゃない爆豪少年の事が気になったらしい。

 でも、まあ、私が気にするでもないか。

 生徒を導くのは教師の仕事。

 私は普通に競ってれば良いや。

 

 

 

 

 

 そして更に時は流れ、演習試験当日。

 

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたけりやみっともねぇヘマはするなよ」

 

 そう宣言したのは相澤先生だけど、この場には相澤先生以外の先生達が沢山いる。

 全部で9……いや、10人か。

 多いな。

 

「さて、諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々わかってるとは思うが……」

「入試みてぇなロボ無双だろ!!」

「花火! カレー! 肝試し!」

 

「残念!! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 相澤先生が首に巻いた捕縛布の中から現れた校長先生の無慈悲な宣告によって、上鳴少年と芦戸少女が笑顔のまま固まってしまった。

 嫌な予感的中だ。

 やっぱりあったか落とし穴。

 気を抜かないで良かった。

 

「校長先生!」

「変更って……」

「それはね、これからは対人戦闘、活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するからさ!」

 

 校長先生は相澤先生の肩から降りながら説明を始めた。

 

「最近はヴィラン活性化の恐れがある。ロボとの戦闘訓練は実戦的じゃないからね。という訳で諸君にはこれから───二人一組のチームアップで、ここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう」

 

 わー……。

 味方との戦闘にチームアップとか。

 露骨に私の苦手な分野がセットできたよ。

 これは私への嫌がらせか?

 それともこれがプルス・ウルトラってやつか?

 良い性格してやがるぜ!

 

「尚、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ。まずは轟と八百万がチームで、俺とだ」

 

 轟少年チームの相手は相澤先生か。

 二人とも個性に頼った戦い方するから、個性を消せる相澤先生とは相性悪そうだ。

 

「そして緑谷と爆豪がチーム」

「デ……!?」

「かっ……!?」

 

 わお。

 とんでもない地雷チームが結成されてしまった。

 大丈夫かこれ?

 

「で、相手は……」

 

「私がする! 協力して勝ちに来いよお二人さん!!」

 

 あ。パパだ。

 よりにもよって一番仲が悪いチームに最強の相手をぶつけるとか。

 本当に雄英は良い性格してるな!

 

 そして、それ以外の組も順次発表されていき、組み合わせはこうなった。

 

 

 

 校長VS芦戸、上鳴

 

 13号VS八木、麗日

 

 プレゼントマイクVS口田、耳朗

 

 エクトプラズムVS蛙吹、常闇

 

 ミッドナイトVS瀬呂、峰田

 

 スナイプVS葉隠、障子

 

 セメントスVS切島、青山

 

 パワーローダーVS飯田、尾白

 

 

 

 と、こんな感じになった。

 私のコンビは麗日少女だ。

 

「よろしく魔美ちゃん!」

「よろしく麗日少女。仲の良い君で正直助かったよ」

「え!? 魔美ちゃんがそういう事言うなんて……意外や」

 

 私を何だと思ってるんだ麗日少女。

 しかし、麗日少女と組まされた事ではっきりしたな。

 

 今回、私に出された課題は間違いなく『連携』だ。

 その為に仲の良い麗日少女と組まされた。

 他の面子だと、私が協力するのを諦めて単騎でごり押しする可能性が高いと判断したんだろう。

 正解だよ。

 連携プレーなんて苦行、せめて仲の良い相手とじゃないと耐えられない……!

 それに絶対に私一人で戦った方が強いし。

 

「それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間がもったいない速やかに乗れ。……が、その前に八木」

「? はい?」

 

 なんか相澤先生に名指しで呼ばれた。

 なんだろ?

 

「戦闘力その他諸々を考慮して、お前には特別ルールを適用する。────今回の試験において一切の個性の使用を禁ずる。以上だ」

「………………ウェイ?」

 

 相澤先生から告げられた突然の理不尽な宣告に、私はまるで上鳴少年のようなアホっぽい声を出す事しかできなかった。 

 




期末試験はこうなりました。
原作にない展開だから書くの大変そう……。


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期末テスト! パート2

「マジですか……!?」

「マジだ。という訳で解散。各自バスに乗れ」

 

 相澤先生はそれだけ言って非常に迅速な行動でバスに乗り、そのまま行ってしまった。

 抗議する間もなかった……。

 まあ、抗議したところでそう簡単に判決が覆ったとも思えないし、決まってしまったものは仕方ないか。

 確かに私が個性ありきで暴れたら先生達でも止められないしね。

 パパなら何とかなるかもしれないけど、今回は緑谷少年と爆豪少年の指導に行っちゃったし。

 まあ、仕方ないか。

 

 とりあえず、私達もバスに乗って演習場へと向かう。

 乗客が三人しかいないバスはなんか寂しい感じがした。

 

「その……魔美ちゃん大丈夫? 個性禁止で先生と戦うってかなり厳しいと思うんだけど」

 

 麗日少女が心配そうに話しかけてきた。

 頼りにしてた味方の戦力が大幅にダウンしたら不安にもなるか。

 

「まあ、問題ないとまでは言わないけど大丈夫だ。私は個性なしでも並みのプロよりは強い自信がある」

「さすがやわ……。そういえば最初の戦闘訓練の時も個性なしで飯田くんを叩きのめしてたもんね」

 

 あれか。

 懐かしいな。

 そういえばあの時も二人一組のチーム戦だったっけ。

 まあ、あの時は緑谷少年の希望もあって、ほとんど一対一が二組って感じだったけども。

 でも、今回はあの時みたいにはいかないだろうな……。

 

「安心するのはまだ早いぞ麗日少女。私の個性が使えないとなると、今回の相手である13号先生とはかなり相性が悪い。接近戦しかできない奴にとって13号先生の個性は脅威だ」

「あ! 確かに……!」

 

 13号先生の個性は「ブラックホール」。

 USJの時に話を聞いただけだけど、簡単に人を殺せる力というからには相当の吸引力があると思った方がいい。

 接近戦を挑もうとすれば、吸い寄せられて捕獲されるのが関の山だろう。

 

「それに相性が悪いのは私だけじゃないぞ。君の個性だって対人戦では触って浮かせて何もできなくするのが基本戦術だろう? 近づかせてくれないというか、近づいた時には終わりみたいな13号先生の相手はキツいんじゃないか?」

「ホンマや……。どないしよう……」

 

 麗日少女の顔が一気に暗くなった。

 ものの見事に二人揃って相性最悪だもんなぁ。

 私だってちょっと打開策が思いつかないもん。

 個性が使えさせすればごり押しができるのにと思わずにはいられない。

 

「でも、まあ、勝負はやってみなければわからないものだ。相性最悪ってだけで勝ち目のないような戦力差がある訳じゃない。それにルールもまだ明かされてないしね。今から暗くなってても仕方ないぞ麗日少女」

「そ、そうやね! 二人で力を合わせて頑張ろう!」

「当然。やるからには勝つぞ!!」

「おー!!」

 

 そうして麗日少女に気合いを注入してる間に、バスは演習場に到着した。

 ドーム状のフィールドだ。

 入ってみると瓦礫の山とか湖のように巨大な水溜まりとかの壮大な眺めが……

 ……というか、ここUSJだ。

 私達の試験会場ってここだったのか。

 

「さて、それでは今回の試験のルールを説明します」

 

 そして、13号先生の説明が始まった。

 

「まず、制限時間は30分。あなた達の勝利条件は私にこの捕獲証明となるハンドカフスを掛ける事。もしくはどちらか一名がゲートを潜ってこのステージから脱出する事です」

「え……? 逃げてもいいんですか?」

「はい。ただしゲート以外からの脱出はルール違反で失格とします」

 

 ふむ。

 これは想定してたよりも遥かに勝ち目があるな。

 必ずしも戦って勝つ必要がないっていうのが私達の勝率を上げてる。

 でも、何故にそんなルールなのかは謎だ。

 

「今回は極めて実戦に近い状況での試験。僕らをヴィランそのものだと考えて下さい。会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるなら良し。それが難しい場合は逃げて応援を呼んだ方が賢明という事です」

「……なるほど」

 

 逃げて応援を呼ぶか。

 それは盲点だった。

 私が個性使って戦う時は基本興奮状態だから逃走なんて頭になかったし、それで勝てちゃってたからね。

 見落としてたわ。

 

「それと、我々教師サイドはハンデとして重りを装着します。その重量は体重の約半分。───ただし、僕も手加減抜きの本気でやります。これを踏まえた上で向かって来て下さい」

 

 なぬ? ハンデとな?

 ああ、いや、そりゃそうか。

 私みたいな例外はともかくとして、麗日少女含めたセミプロですらない学生レベルがプロに挑むんだ。

 普通に考えてハンデの一つもあって然るべきだった。

 

「では説明は以上です。開始地点はステージ中央。そこに向かって下さいね」

 

 そうして13号先生の説明は終わり、私達はステージ中央。前に脳無と戦った所よりも少し奥に向かって歩き始めた。

 その途中で麗日少女と作戦会議を行う。

 

「さて、麗日少女。予想より勝算のある戦いになりそうだけど、どうする?」

「うーん……。それでもやっぱり戦闘は避けるべきじゃないかな? いくらハンデがあっても個性の相性が悪いのは変わらんし」

 

 一理あるね。

 案外、戦ってみれば現状の戦力でも普通に倒せるかもしれないけど、そんな事は実際に戦ってみないとわからないし、賭けになる。

 今回のルールなら、わざわざ賭けに出る必要もないか。

 

「じゃあ、基本はゲート潜って脱出狙いって事で行こうか」

「うん。そうだね。そうなると、どっちかが足止めしてる隙にもう一人が抜けるって作戦が現実的かな?」 

「だね」

 

 そんな感じで私達は作戦を練っていった。

 これは連携ではないけど、ちゃんと協力プレーができてるのは高得点なんじゃないか私?

 あとはちゃんと作戦通りに動けるかだな。

 

 ……それにしても。何だろうかこの奇妙な感覚は?

 麗日少女と話してると妙なデジャヴというか何というかを感じる。

 この作戦がスムーズに決まっていく感じ、どこかで……。

 うーむ……。

 

 あ!

 思い出した!

 

「魔美ちゃん?」

 

 私の様子がちょっとおかしい事に気づいたのか、麗日少女が不思議そうな顔で見つめてくる。

 そんな麗日少女に私は、今ふと思った事を正直に告げてみた。

 

「いや、この話がスムーズに進んでいく感じ、どこかで覚えがあると思ってね。あれだ。最初の戦闘訓練で緑谷少年と話した時と似てるんだ」

「へ? デクくんと?」

「うむ。なんか麗日少女の作戦考える姿が緑谷少年と重なって見えたよ。もしかしたら無意識の内に影響受けたりしてるのかもね」

 

 引っかかってた事が無事に解消できてスッキリした。

 私は軽い足取りで開始地点に向かう。

 

「無意識……影響……デクくんに……?」

 

 しかし、今度は麗日少女の様子がおかしくなってしまった。

 足を止めて何事か考えてる……というより動揺してる?

 なんだ?

 どうした?

 

「それって……!? いやいやいやいや……!?」

 

 今度は急に赤くなった。

 本当にどうした?

 このタイミングで体調を崩したのか?

 

「麗日少女?」

「はっ!? い、いや、何でもない!! 何でもないから!! それより早く行こう!!」

 

 明らかに何でもなくはないように見えるんだが……。

 まあ、本人が何でもないって言うならいいか。

 足取りを見るに体調を崩した訳ではなさそうだしね。

 

 

 麗日少女の突然の奇行には驚いたけど、その後は一応の冷静さを取り戻したらしく、真剣に作戦を話し合って大方の作戦が決まった。

 そして、私達は開始地点にたどり着いた。

 

『皆、位置についたね。それじゃあ今から雄英高一年期末テストを始めるよ!』

 

 どこぞのスピーカーからおばあちゃんことリカバリーガールの声が響き渡る。

 そして、

 

『レディイイ──────ゴォ!!!』

 

 試験が始まった。

 

「よし! 麗日少女! 作戦通りに行くぞ!」

「わかった!!」

 

 まず私達が向かったのは倒壊エリア。

 ゲートから割と近い位置にあるこのエリアで無数の弾丸(・・)を入手。

 それを麗日少女の個性で浮かし、私のパワーでゲート付近目掛けて投げつける。

 投げ終わったら私にも麗日少女の個性をかけてもらい、ゲート目掛けて低空飛行のジャンプ。

 個性が使えないとはいえ、緑谷少年のフルカウルと同等かそれ以上のパワーを誇る私の脚力は、麗日少女の個性によって体重が0となった体を砲弾のような勢いでかっ飛ばした。

 

 そしてタイミングを合わせて麗日少女が個性を解除。

 倒壊エリアから拾ってきた瓦礫の雨が13号先生に降り注ぎ、私はそれを目眩ましにしてゲート目掛けてダッシュした。

 

「そう来ましたか……!」

 

 13号先生が驚愕の声を上げた。

 これぞ! 麗日少女考案の作戦!

 流星群作戦バージョン2だ!!

 

 体育祭の時に爆豪少年に対して使った流星群戦法。

 あの時は爆豪少年の隙を作る為に使った捨て身の技だったけど、それを今回は完全なる目眩ましとして使う。

 そして流星群の中を突き進むのが麗日少女ではなく身体能力に優れた私というのがミソだ。

 

 麗日少女の初期案では流星群の範囲外を大きく迂回してゲートに向かうという作戦だったけど、私ならこの瓦礫の雨を普通に避けながら走れるし、当たっても大したダメージにならない。

 然したるリスクもなく最短距離を走り抜けられる!

 迂回したところで、どうせ13号先生はゲート前に陣取ってるんだから接触は避けられない。

 なら、対応される前に走り抜けるのみ!

 

 クリア一番乗り、もらったぁ!!

 

「そう簡単には行かせませんよ!!」

「うおっ!?」

 

 私の体が13号先生に向かって吸い寄せられる。

 慌てて姿勢を低くし、地面に伏せるような体勢で踏ん張った。

 両手の指と足の爪先を地面に突き立てて耐える。

 予想以上の吸引力だ……!

 気を抜いたら持っていかれそう……!

 

「ふぅー……。危ない危ない。逃がさないぞー!」

 

 そう言いながら13号先生は近づいて来る。

 流星群はどうした!?

 と思ったら、流星群は降り注いだ先から先生の指先の中に消えて行ってる。

 あれがブラックホールか。

 強いな。 

 

 そして、思ったより吸引力が強くて動けない。

 個性使えれば話は別だけど、今のパワーだとちょっとでも力抜いたら引っこ抜かれそうだ。

 そうなったら何かしらの手段で捕縛されるんだろうなー。

 吸い寄せようとしてる以上、吸い寄せた後の事を考えてない訳がない。

 

「僕は戦闘は苦手だけど、捕り物には一家言あるんだ!」

 

 だったら、いっそこっちから飛び込んで殴り倒してやろうか。

 戦闘が苦手っていうならそれで何とかなるかもしれない。

 先生はハンデも付けてる事だし。

 

 でも、その必要もない。

 すでに次の手は打ってある。

 

「あ!?」

 

 13号先生が焦ったような声を出した。

 その視線の先にはゲートのすぐ側に突然降り立った麗日少女の姿が。

 

 そう。

 私達の作戦は片方が足止めしてその隙にもう片方が脱出するというもの。

 麗日少女の流星群で足止めして私が抜けられるならそれで良し。

 それが駄目なら13号先生が私の対処に追われてる間に麗日少女が抜ける。

 最初からそう決めてた。

 だから麗日少女はこのベストなタイミングで現れる事ができたんだ。

 

 13号先生は今、片手を私の対処に、もう片方の手を流星群の対処に使ってるから麗日少女にまでは文字通り手が回らない。

 そのタイミングを見計らって麗日少女は自分を浮かせる負担の大きい必殺技で横から飛んで来た。

 個性の反動で大分酔ってるかもしれないけど、目前の脱出ゲートを潜る事くらいはできる!

 

 おじいちゃんから教わった連携の基礎。

 それは役割分担。

 それぞれが自分に振られた役割を全うできれば、自然と足並みを揃えられる!

 らしい!!

 

「行っけぇ!! 麗日少女!!」

 

 個性の反動でふらつきなからも、麗日少女は必死に走って無駄にかわいい脱出ゲートを潜った。

 よっし! 条件達成!

 私達の勝利だ!

 

「やられましたね」 

 

 13号先生が私への吸引を止めて話しかけてきた。

 数秒後には流星群の吸引も完了。

 本当にベストなタイミングだったぜ。

 ナイス! 麗日少女!

 

「正直、君は正面突破を狙ってくると思っていました。そうでなくとも自分をメインに据えた作戦を取るだろうと……。しかし、結果はチームメイトとちゃんとした連携を取ってのクリア。これは高得点ですよ。お見事でした」

「いやいや、それ程でも」

 

 なんか褒められた。

 やっぱり私への課題は連携だったっぽいな。

 こうなってくると最大の幸運は麗日少女と組めた事だね。

 仲が良くて話が通じやすい相手と組めたのが良かった。

 これがブドウ頭とかと組まされてたらワンマンプレーに走ってた自信があるよ。

 

「今回の結果は麗日少女のおかげですよ。先生の個性とは相性が悪かったけど、あの子との相性は良かった」

「ふふ。そうですね」

 

『報告だよ。条件達成最初のチームは、八木、麗日チーム!』

 

 再びスピーカーからおばあちゃんの声が響いた。

 こんな放送あるんだね。

 私はそれを聞いた後、ステージの外で顔を青くして口元を押さえていた麗日少女を回収し、彼女に肩を貸しながら、13号先生の誘導でおばあちゃんの出張保健所に向かって歩いて行った。

 

 こうして私達の期末試験は終了した。 

 




原作からちょっとでも外れると書くの大変だ……。


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ショッピングモールに行こう!

 期末テストが無事終了し、ホームルームの時間。

 クラスの一角が重苦しく悲しみに満ちた雰囲気に支配されていた。

 

「皆……土産話……っひぐ……楽しみに……うう……してるっ……がら!」

 

 実技試験をクリアできなかった一人である芦戸少女が泣きながらそう言っていた。

 試験をクリアできなかったのは二組。

 芦戸少女と上鳴少年のペアと、切島少年とおへそレーザーの少年、青山少年のペアだ。

 彼らは赤点を確信し、それによって林間合宿に行けずに学校で補習地獄の未来を思って絶望していた。

 青山少年だけはいつものポーカーフェイスだったけど。

 ああ、いや、やっぱりちょっと頬が引きつってるわ。

 ポーカーフェイス保ててないわ。

 

「ま、まだわかんないよ! どんでん返しがあるかもれないよ!」

 

 そう言って緑谷少年が慰めるも、

 

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄!! そして俺らは実技クリアならず!! これでまだわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」

「えええ!?」

 

 逆ギレした上鳴少年が叫ぶ始末。

 これは放置するのが最善だな。

 

「わかんねぇのは俺もさ。峰田のおかげでクリアはしたけど寝てただけだ」

 

 そう言う瀬呂少年は自分が赤点を取る可能性もあると思っているのか、赤点確定組に対してなんか優しかった。

 

「とにかく、採点基準が明かされてない以上は……」

「同情するなら、なんかもう色々くれ!!!」

 

 その優しさもやさぐれまくってる赤点組には届かなかったみたいだけど。

 やっぱり放置が一番って事だね。

 彼らとはしばらく目を合わせないようにしよう。

 

「予鈴が鳴ったら席につけ」

 

 そして、ここで相澤先生が登場。

 そう、予鈴はとうに鳴っていたのだ。

 それを聞いている余裕が赤点組になかっただけで。

 

 そんな赤点組も相澤先生の言葉には逆らわず、重い足取りで席についた。

 

「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た。したがって──────林間合宿は全員行きます」

「「どんでん返しだぁ!!!」」

 

 赤点組が喝采を上げた。

 重苦しい空気が一気に霧散していく。

 まさかの大逆転が来たね。

 いやぁ、良かった良かった。

 めんどくさい事にならなくて。

 

「筆記の方はゼロで、実技で切島、上鳴、芦戸、青山、あと瀬呂が赤点だ」

 

 あ、やっぱり瀬呂少年も赤点か。

 ドンマイ。

 

「今回の試験、我々ヴィラン側は生徒に勝ち筋を残しつつどう課題と向き合うかを見るように動いた。裁量は個々人によるがな。でなければ課題云々の前に詰む奴ばかりだっただろう」

 

 あー。

 そういえば13号先生も最後、走り抜ける麗日少女に何もしなかったっけ。

 流星群の吸引を止めるなりして強引に麗日少女を吸い寄せる事もできなくはなかっただろうにしなかった。

 まあ、その場合は私が飛びかかるというプランBに移行するだけだったけど。

 

「本気で叩き潰すと仰っていたのは……」

「追い込む為さ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ」

「ゴーリテキキョギィイー!!」

 

 わあい! と赤点組が両手を上げて喜んでいる。

 青山少年のポーカーフェイスもちょっとだけ緩んでいた。

 

「またしてやられた……! さすが雄英だ! しかし! 二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」

「わあ。水差す飯田くん」

 

 飯田少年は真面目だなぁ。

 良いじゃん。

 空気が明るくなったんだから、もうそれで良いじゃん。

 

「確かにな。省みるよ。ただ全部が全部嘘って訳じゃない。赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツイからな」

「………」

 

 赤点組の顔が再び暗くなった。

 この短時間でそんなにテンション上げ下げしてて疲れないのかね?

 

「じゃあ合宿のしおりを配るから後ろに回してけ」

 

 その後、合宿の大雑把な説明を受けてホームルームは終了した。

 

 

 

 そして、放課後。

 

「一週間の強化合宿か!」

「結構な大荷物になるね」

「暗視ゴーグル」

「水着とか持ってねーや。色々買わねぇとなぁ」

 

「あ、じゃあさ! 明日休みだし、テスト明けだしってことで、A組皆で買い物行こうよ!」

 

 林間合宿の準備について色々話し合っていたクラスメイト諸君は、葉隠少女の提案で明日ショッピングに行く事が決定した。

 ショッピングかー。

 何気にパパ以外と行くのは初めてだ。

 結構楽しみだなー。

 でも……

 

「おお! 良い! 何気にこういうの初じゃね!?」

「おい爆豪、お前も来い!」

「行ってたまるか。かったりぃ」

「轟くんも行かない?」

「休日は見舞いだ」

「ノリが悪いよ! 空気を読めやKY男子共ォ!!」

 

 そんな感じで爆豪少年と轟少年は不参加となった。

 人にはそれぞれ都合ってもんがあるんだ。

 強制は良くないぞブドウ頭。

 

「魔美ちゃんはどうする?」

「残念ながら私も駄目だな。最近の私は有名になりすぎた。プライベートで視線を集めるのは好きじゃないんだ」

「そっかー……。そういえばそうだったね。残念」

 

 話しかけてきた麗日少女に事情を説明してお断りの旨を伝えた。

 そう。こればっかりは仕方ないんだ。

 

「だから、変装して後から合流するよ」

「あ、そういう感じか」

「そういう感じだ」

 

 という訳で、私は職場体験から戻って来た時にも使った地味ルックで後から合流するという事になった。

 なんで変装してるのに後から合流するのかというと、クラスメイト諸君もまた、雄英体育祭に出たおかげでそこそこ顔を知られてるからだ。

 全員が固まってる所に一緒にいたら、雄英繋がりで変装がバレる可能性がある。

 それはいただけない。

 

 全員の買いたい物が一緒な訳ないんだから、どうせ現地に着いたら一旦バラけるんだろうし、合流するのはその後で良い。

 雄英生と一緒でも、数人程度なら友達の友達みたいな感じで通行人にはバレないだろう。

 完璧なプランだ。

 

 そうして私は人生初となる友達とのショッピングに心踊らせていた。

 

 

 

 そこでちょっとした騒動が起きるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──死柄木視点

 

 

 

 俺は今、デカいショッピングモールに来ていた。

 今はアジトに居たくない。

 外を出歩きたい気分だったんだ。

 

 

 ついさっき。アジトにとある連中がやって来た。

 ヴィラン連合に入りたいって連中だ。

 そいつらが闇のブローカーの紹介で来た。

 

 人数は二人。

 一人はヒーロー殺しになりたいだの、殺したいだのと、訳わかんねぇ事言ってる破綻JK。

 もう一人はヒーロー殺しの意志を全うするとかほざいてやがった全身火傷野郎。

 どいつもこいつもヒーロー殺し。

 ステインステインと喚きやがって。

 心底イラつくぜ。

 

 だからアジトを出て来た。

 今はあそこに居たくない。

 外を出歩きたい気分だったんだ。

 

 

 そうして何となく人混みの方に歩いて来てたどり着いたショッピングモール。

 道行く連中は皆ヘラヘラと笑ってやがった。

 気色悪い。

 隣の奴が簡単に人を殺せる個性(凶器)を持ってるかもしれないんだぞ?

 それを振りかざすかもしれないんだぞ?

 なのに何で笑って群れていられる?

 

 見てみろよヒーロー殺し。

 お前がどんな思いで人を殺そうが、大多数の人間は対岸の火事と、いや、そうとすら思っちゃいないぞ。

 どこで誰がどういう思いで人を殺そうが、こいつらはヘラヘラ笑って生きてるぞ。

 

 一方で、お前の思いとはおよそ程遠いところでお前のシンパが生まれてる。

 

 何なんだ?

 やってる事は同じだろう。

 俺も、お前も、結局気に入らないものを壊していただけだろう?

 何なんだ?

 一体何が違う?

 

 

 そんな鬱屈とした思いで歩いていると、ふと見覚えのある顔を見つけた。

 雄英の餓鬼の一人だ。

 USJで俺に殴りかかってきた奴。

 先生が警戒しろと言っていた奴らの一人。

 そして、あの糞餓鬼やオールマイトと一緒にいた奴だ。

 

「お茶でもしようか。緑谷出久」

 

 気づけば話しかけて、その首筋に手をかけていた。

 

「自然に、旧知の友人のように振る舞うべきだ。決して騒ぐなよ? 落ち着いて呼吸を整えろよ。俺はお前と話がしたいんだ。それだけさ。少しでもおかしな挙動を見せてみろよ? 簡単だ。俺の五指が全てこの首に触れた瞬間、喉の皮膚から崩れ始め、一分と経たないうちにお前は塵と化すぞ」

 

 俺の個性は「崩壊」。

 五指で触れたものを塵にする個性だ。

 その内の四指を緑谷の首に当てて脅しをかける。

 話がしたいだけってのは本当だ。

 いや、話したいというより、自分とは全く違う視点からの意見が聞きたかったのかもしれない。

 

「こ、こんな人混みでやったら、すぐにヒーローが……ヒーローが来て捕まるぞ……!」

 

 こんな状況でも気丈に脅しをかけてくる緑谷。

 でも、それは脅しとして弱いぜ。

 

「だろうな。でも見てみろよ。いつ誰が個性(凶器)を振りかざしてもおかしくないってのに、あいつらは何で笑って群れている? 法やモラルってのはつまるところ個々人のモラルが前提だ。する訳ねぇと思い込んでんのさ」

 

 だからさぁ。

 

「捕まるまでに20……いや30人は壊せるだろうなぁ」

 

 そうなったら痛み分けだ。

 だが、そもそもヒーローって奴らはそんな選択を選べない。

 守るものが多いもんなぁヒーローは。

 クソ下らないぜ。

 

「話って……何だよ……」

「ハハハ。良いね。せっかくだ。腰でもかけてまったり話そうじゃないか」

 

 案の定緑谷は折れて俺の要求を受け入れた。

 さすがヒーローの卵。

 かっこいいねぇ。

 

 緑谷を連れてショッピングモールのベンチに座る。

 そして俺は、愚痴を吐くように話を始めた。

 

「だいたい何でも気に入らないんだけどさ。今一番腹が立つのはヒーロー殺しさ」

「……仲間じゃないのか?」

「俺は認めちゃいないが世間じゃそうなってる。問題はそこだ。ほとんどの人間がヒーロー殺しに目が行ってる」

 

 あの糞餓鬼に負けて刑務所にぶち込まれた負け犬のくせに。

 

「雄英襲撃も、保須で放った脳無も、全部奴に喰われた。誰も俺を見ないんだよ。何故だ? いくら能書き垂れようが、結局奴も気に入らないものを壊していただけだろう?」

 

 俺と同じの筈だ。

 なのにこんなにも違う。

 何故だ?

 

「俺と何が違うと思う? 緑谷」

 

 俺はずっと自分の中でどうしても答えが出なかった問いを緑谷にぶつけた。

 自分とは正反対の視点を持ったこいつの答えが、何かしらのヒントになる事を期待して。

 

「何が違うかって……?」

 

 俺の問いに、緑谷は冷や汗を流しながらも答えた。

 

「……僕は、お前の事は理解も納得もできない。……ヒーロー殺しは、納得はしないけど、理解はできたよ。……僕も、ヒーロー殺しも、始まりはオールマイトだったから」

 

 …………オールマイト。

 

「少なくとも、あいつは壊したいが為に壊してたんじゃない。……やり方は間違ってても、理想に生きようとしてた……んだと思う」

 

 …………………………そうか。

 

「ああ……。何かスッキリした。点が線になった気がする。何でヒーロー殺しがムカツクか。何でお前やあの糞餓鬼が鬱陶しいか。わかった気がする」

 

 

 

 

 

「全部、オールマイトだ」

 

 

 

 

 

 俺は思わず嗤っていた。

 口角がつり上がって、歪な笑みを浮かべていると自覚できる。

 

「そうかぁ……。そうだよな。結局そこに辿り着くんだ。ああ! 何を悶々と考えていたんだろう俺は……!!」

 

 興奮で手に力が入る。

 首を絞めるような形になった緑谷が小さく悲鳴を上げるが、それも気にならない。

 

「こいつらがヘラヘラ笑って過ごしてるのも、オールマイト(あのゴミ)がヘラヘラ笑ってるからだよなぁ! 救えなかった人間などいないかのように、ヘラヘラ笑ってるからだよなぁ!!」

 

 救えなかったくせに!!

 俺を助けてくれなかったくせに!!

 

「ああ! 話せて良かった! 良いんだ! ありがとう緑谷! 俺は何ら曲がる事はない!!」

 

 皮肉なもんだぜヒーロー殺し。

 対極にある俺を生かしたお前の理想、信念、全部俺の踏み台となる。

 

 

「デクくん?」

 

 

 と、そこでどっかで見た事あるような餓鬼が緑谷に話しかけてきた。

 そいつはどうでも良い。

 問題はその隣にいる奴。

 眼鏡をかけて髪型を変えてるが、俺が見間違える訳がない。

 

 ヒーロー殺しと同じくらいムカツク奴がそこにいた。

 

 糞餓鬼は、俺に冷たい殺気をぶつけていた。

 ハハ。ヒーローの顔じゃねえな。

 

「お友達……じゃない……よね……?」

 

 もう一人の餓鬼が話しかけてくる。

 

「手、離して?」

 

 糞餓鬼は動かない。

 ただ物でも見るような目で俺を見るだけだ。

 それを見ながら俺は──

 

「連れがいたのか。ごめんごめん」

 

 緑谷の首から手を離した。

 

「じゃあ行くわ。追ったりしてきたら、わかるよな?」

 

 緑谷に、というより糞餓鬼に対してそう言いながら、俺は人混みに紛れるように歩く。

 首絞めから解放された緑谷がゲホゲホと蒸せる声が聞こえる。

 もう一人の餓鬼が緑谷を心配する声が聞こえる。

 それに紛れて糞餓鬼の声も聞こえた。

 

「そうだね。リスクに対してあんたの身柄一つじゃ割に合わないし、見逃してあげる」

 

 ……チッ。

 本当にムカツク糞餓鬼だな。

 だが、今は機嫌がいいんだ。

 それも気にならない。

 

「待て、死柄木……!!」

 

 意外な事に、立ち去る俺に緑谷が話しかけてきた。

 だが、俺は止まる事なく人混みの中を進む。

 

「オール・フォー・ワンは、何が目的なんだ」

 

 ……驚いたな。

 お前の口から先生の名前が出るなんて。

 やっぱり俺とお前の間には因縁があるらしい。

 

「…………知らないな。それより気をつけとけな。次会う時は殺すと決めた時だろうから」

 

 それだけ言って俺は雑踏の中に消えた。

 そのまま歩いてショッピングモールを出る。

 

『信念なき殺意に何の意義がある』

 

 ヒーロー殺しに言われた言葉が脳裏に蘇る。

 信念も理想も最初からあったよヒーロー殺し。

 何も変わらない。

 しかし、これからの行動は全てそこへと繋がる。

 

 オールマイトのいない世界を創り、正義とやらがどれだけ脆弱かを暴いてやろう。

 

 今日からそれを信念と呼ぼう。

 

「全部、オールマイトだ」

 

 俺は悩みを解消し、軽い足取りでアジトへと戻って行った。

 



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夏の林間合宿!!

ストックがまた切れた……。


 事前に言った通り、私はショッピングモールを訪れるも集合場所には行かずにいた。

 そしたら案の定、「皆、買いたい物がバラバラなので、一旦分かれて自由行動する」という旨のメッセージがラインで来た。

 それを踏まえて適当に誰か探していると、挙動不審な麗日少女を見つけた。

 

「やあ、麗日少女」

「あ、魔美ちゃ……って意外に変装のクオリティ高ッ!?」

 

 私の変装は服装を地味な感じにして眼鏡をかけ、髪型を変えただけなんだけど、与える印象は結構変わるんだよね。

 普段は笑顔な表情をシュッと引き締めてクール系を気取るのがコツだ。

 こうすると眼鏡っ子属性と相まって、本来の私のイメージからかけ離れた、真面目な委員長的な雰囲気を纏う事ができるのだ!

 飯田少年みたいなザ・委員長な感じとは違って、クールビューティーなできる女って感じだ。

 

「それにしても一人かい? ある程度の人数でバラけるって書いてあったけど」

「いや、その……ちょっと色々あってデクくんを置いて来ちゃってね。今から戻るとこ」

「何それ?」

 

 緑谷少年、置き去りにされたのか。

 本当に何があった?

 まあ、これから迎えに行くって言うのなら大した問題じゃないかと思い、麗日少女と一緒に緑谷少年と別れた付近にやって来ると、そこには予想外の奴がいた。

 

「デクくん?」

 

 緑谷少年の首に手を回している不審者。

 その顔には見覚えがある。

 USJの時の手のヴィラン、死柄木弔だ。

 何でこんな所に?

 

「お友達……じゃない……よね……?」

 

 私の頭はショッピングの浮かれ気分からすっかり臨戦態勢へと切り替わり、死柄木の一挙一動を観察していた。

 緑谷少年を殺すようなら、すぐにでも飛びかかれるように。

 

「手、離して」

「連れがいたのか。ごめんごめん」

 

 しかし、私の予想に反して死柄木はあっさりと緑谷少年から手を引き、人混みの中に消えて行く。

 

「じゃあ行くわ。追ったりしてきたら、わかるよな?」

 

 追うか否か一瞬悩んだけど止めておいた。

 何もさせずに迅速に制圧できる自信はあったけど、あいつが私の予想よりも強かったりして被害が出た場合、ちょっとシャレにならない事になる。

 そもそも私は戦闘許可がなければ戦えない学生の身。

 ここは止めとくのが懸命だ。

 

「そうだね。リスクに対してあんたの身柄一つじゃ割に合わないし、見逃してあげる」

 

 それでもオール・フォー・ワンの手駒をみすみす見逃すのも惜しい。

 この挑発に乗ってくるようなら意識が攻撃に切り替わった瞬間を狙ってやろうかとも思ったけど、そんな事は起こらず、死柄木は普通に退散して行った。

 去り際に緑谷少年がオール・フォー・ワンを知ってる事を示唆するような発言をしたのはいただけないけど、それ以外は大きなトラブルもなく静かな幕引きとなった。

 

 麗日少女がすぐに警察に通報し、到着した警察とヒーローによって、ショッピングモールを一時期に閉鎖して緊急捜査が行われるも、その頃には余裕で逃げおおせただろう死柄木は当然見つからなかったそうだ。

 私も目撃者の一人として一応警察署へ連れられて簡単な事情聴取を受けた。

 当然、挑発した事とかは黙っておいた。

 

 こうして私が楽しみにしていた友達との初ショッピングは台無しになりましたとさ。

 おのれ死柄木! おのれヴィラン連合!

 今度会ったらただじゃおかねぇ!

 

 そんな事を思いつつも、その日は迎えに来たパパの車で帰った。

 なんかパパは塚内さんと話があったみたいで、ちょっと待つ事になって更にストレスを感じた。

 おのれ死柄木! おのれヴィラン連合!

 このストレスの借りは必ず返してやる!

 

 

 

 で、休み明けに学校にて。

 相澤先生が改めてショッピングモールの事件を語ってくれた。

 

「────とまあ、そんな事があって、ヴィランの動きを警戒し例年使わせて頂いてる合宿先をキャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

 

「えーーー!!」

 

 そう来たか。

 つまり、行き先がバレてれば襲撃される可能性もあると学校側は判断してる訳か。

 私という知名度も戦闘力も高い戦力がいるのにその決断を下すって、かなり慎重な対応だな。

 ……いや、私は学生だし戦力として計算する訳にはいかないか。

 せいぜいヴィランに対する脅し程度ってところかね。

 

「てめぇら。骨折してでも殺しとけよ」

 

 爆豪少年がそんな事言ってた。

 彼は何を言っているのだろうか。

 堂々と規則違反をやれと?

 

「ちょっと爆豪! 緑谷がどんな状況だったか聞いてなかった!? そもそも公共の場で個性は原則禁止だし!」

「知るか。とりあえず骨が折れろ」

「かっちゃん……」

 

 最終的にただの悪口になったよ。

 ああ、ほら。勝手に騒いだから相澤先生の機嫌も悪くなっちゃってるじゃん。

 どうしてくれんの。

 

 

 

 

 

 そんな感じで合宿先が謎に包まれる事になったけど、それ以降はさして問題も起こらずに時は流れ、ついに一学期が終了。

 夏休みにとびっきりの大事件に首を突っ込む事になったけど、それも無事解決し、林間合宿当日がやって来た。

 

 お泊まり用の荷物を抱えてバスの前に集合する。

 

「え? A組補習いるの? つまり赤点取った人がいるって事!? ええ!? おかしくない!? おかしくない!? A組はB組よりずっと優秀な筈なのにぃ!? あれれれれれぇ!?」

 

 そこでB組のチンピラ少年に絡まれるというアクシデントが発生するも、即座に拳藤少女が手刀で沈めてくれた。

 

「ごめんな」

 

 そう言って立ち去る拳藤少女からは熟練の技を感じた。

 慣れてるんだなぁ。

 

「A組のバスはこっちだ! 席順に並びたまえ!」

 

 そうして今日も絶好調な委員長の号令で車内へ。

 これから始まる林間合宿に心踊らせたクラスメイト諸君と共にワイワイガヤガヤしながらバスは進んで行く。

 

 そして、一時間後。

 バスはなんか不自然に何もないような所に止まった。

 怪しい。

 

「休憩だー……」

「おしっこおしっこ」

「つか何ここ? パーキングじゃなくね?」

「ねぇアレ? B組は?」

「お……おしっこ……」

 

 クラスメイト諸君も状況の怪しさに気づいたのか、ちょっと不信な顔をし始める。

 私は一瞬ヴィランの仕業かと勘繰ったけど、相澤先生がいつも通りの顔してるから違うと判断した。

 

「何の意味もなくでは意味が薄いからな」

 

 そう語る相澤先生からは嫌な感じがした。

 これアレだ。

 いきなり何か来るパターンだ多分。

 

「よーう、イレイザー!!」

「ご無沙汰してます」

 

 そして、いきなり現れた何か。

 猫っぽいコスチュームを着た子連れの二人組に相澤先生は頭を下げた。

 いきなりキャラが濃いけど、この人達が合宿先の関係者かね?

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 わー。

 斬新な自己紹介だなー。

 いや、これヒーローの登場シーンで使うやつか。

 そうじゃなきゃただの変な人達だもんね。

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

 

 良かった。

 ちゃんとヒーローだった。

 変な人達じゃなかった。

 

「連名事務所を構える四名一チームのヒーロー集団!! 山岳救助等を得意とするベテランチームだよ! キャリアは今年でもう12年にもなる……」

「心は18!!」

「へぶっ!!」

 

 緑谷少年がいつもの解説のついでに地雷踏んだっぽい。

 金髪の方の人にシバかれてた。

 女性に年齢の話はタブーってね。

 

 そっちの茶番を気にせず、黒髪の方の人が話を始めた。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

「遠っ!!」

 

 読めた。

 今の一言だけでこれから何が起こるのか何となくわかった。

 

「え……? じゃあ何でこんな半端なとこに……」

「まさか……!?」

「バス戻ろうか。な? 早く……」

 

 他のクラスメイト諸君も不穏な空気を感じ取ったのかざわつき始める。

 だよねー。

 嫌な予感しかしないもんねー。

 

「今はPM9:30。早ければぁ、12時前後かしらん」

 

 やっぱりか。

 もう強化合宿は始まってるって事ね。

 

「ダメだ、おい……」

「戻ろう!」

「バスに戻れ!! 早く!!」

 

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

 往生際の悪い皆がバスに向けてダッシュするも、金髪の人がそれを阻止するように回り込み、地面に手を置いた。

 ム!

 あれは土だのコンクリだのを操るタイプの個性の動き!

 

「悪いね諸君。合宿はもう始まってる」

 

 そんな相澤先生の言葉と共に、金髪の人が手を置いた所から地面が隆起した。

 隆起した地面が、まるで土砂崩れのようにクラスメイト諸君を呑み込んでいく。

 

「私有地につき個性の使用は自由だよ! 今から二時間! 自分の足で施設までおいでませ! この『魔獣の森』を抜けて!」

 

 黒髪の人が()に落ちたクラスメイト諸君に向かってそう宣言する。

 魔獣の森って……何そのゲームみたいな名前?

 ちょっと気になるなぁ。

 そんな事を思いながら、私はそれをバスの上から聞いていた。

 

「おい、八木……。なんでそこにいる?」

「そっちの人が地面動かしそうな動きしてたから、咄嗟にジャンプして難を逃れました」

 

 相澤先生が不機嫌そうに、されども仕方なさそうに頭を掻いた。

 私が避けるかもしれないって予想してたなこれは。

 だって、ねぇ。

 制服汚れそうだし。

 

「ねこねこねこ! あなたが噂のオールマイトJr.ね! 将来有望なキティだ事。女なのが残念だわ」

 

 金髪の人が変な笑い方で変な事を言ってた。

 女じゃなかったらどうなってたんだろう?

 ……深くは聞かない方が良いような気がする。

 

「ハア……。まあ、いい。八木、お前も早く行け」

「了解!」

 

 相澤先生のお言葉に、私は塚内さんの真似をしてビシッとした敬礼で返した。

 そして制服の上着を脱ぎ、いつもの上半身スク水姿になって翼を出す。

 

「じゃあ先に行ってますね」

「おい、ちょっと待……」

 

 相澤先生の言葉を最後まで聞かずに私は飛び立った。

 目指すはあの山のふもとの宿泊施設!

 場所確認しながらゆっくり飛んでも3分かからないでしょ。

 お昼抜きはちょっと嫌だし、楽に空から行かせてもらいます。

 

「あ!? 八木ずりぃ!!」

「魔美ちゃんの裏切り者ォ!!」

 

 下からそんな声が聞こえたけど無視。

 君達は頑張ってくれ。

 私は君達の分までお昼ご飯を堪能させてもらうよ。

 まあ、私の無尽蔵な体力を以てすれば、一年くらい何も食べなくても行動に支障はないと思うけど。

 それでも食べた方が良い。

 人間らしい生活は破壊衝動を弱めてくれるからね。

 

 

 

 そんな感じにクラスメイト諸君に心の中で言い訳しつつ、3分くらいで辿り着いた合宿所。

 そこではさっきの人達と似たようなコスチュームを着た緑髪の人とオカマの人がびっくりしながらも出迎えてくれた。

 そこで私がさっきの人達を金髪の人とか黒髪の人とか言ってるのを見て、緑髪の人が全員分のヒーロー名を教えてくれた。

 

 それによると、あの黒髪の美人さんが『マンダレイ』。

 地面を操ってた金髪の人が『ピクシーボブ』。

 名前教えてくれた親切な人が『ラグドール』。

 オカマの人が『虎』だそうです。

 

 ちなみに、オカマの人はオカマじゃなくて、性転換した元女性らしい。

 濃いよ。

 キャラが濃いよ。

 これからは虎さんと呼ばせてもらおう。

 他の人達もヒーロー名で呼ばせてもらおう。

 

 

 

 そうして私が一人おもてなしを受けてたら、一時間くらいして相澤先生達がバスでやって来た。

 

「八木……。お前な……。まあ、来てしまったものは仕方ないが、今度からはクラスと足並み揃えろ」

「イエッサー!」

「ハア……。少しはチームプレイを覚えたかと思えば……」

 

 再びの私の敬礼を見て、相澤先生は疲れたような顔して何処かに行ってしまった。

 まあ、イエッサーと言いつつ、今回と似たような事があったら私は迷わず足手まといを切り捨てるだろうしね。

 相澤先生はその度に指導しなきゃいけない訳だ。

 お疲れ様です。

   

 あと、何故か一緒にいた子供にギロッと睨まれた。

 小動物の威嚇のようで欠片も怖くなかったけど、睨まれた理由がわからない。

 

「ごめんね。あの子ちょっとヒーロー嫌いというか、そんな感じだから……」

 

 首を傾げていたら、マンダレイがそんな感じの事を言ってた。

 これは何か訳ありだな。

 重い話の気配がする。

 

 触らぬ神に祟りなし。

 藪をつついて蛇を出す事はない。

 私は何も聞くまい。

 知らぬ存ぜぬを貫こう。

 

 

 さて。

 後はクラスメイト諸君が来るまで待機か。

 暇だなー。

 

 とか思ってたら、相澤先生が「時間がもったいないから実戦稽古でもしてもらえ」と言い出し。

 私は暇だと思っていた時間をプッシーキャッツの皆さんとの模擬戦に費やす事となった。

 最初は虎さんだけだったけど、私がちょっとだけ個性使って応戦してる内にいつの間にか四対一になっていた。

 

 私の戦闘力を見て大人げなく本気で勝ちにきたプッシーキャッツ。

 さすがにプロを相手に怪我させないように戦うのは私でも難しく、その戦いは最終的にプッシーキャッツの皆さんが「疲れた」と言い出した事によって時間切れで終了となった。

 プッシーキャッツの皆さんはクラスメイト諸君の面倒も見なきゃいけないんだから、ここで体力を使い果たす訳にはいかないもんね。

 私の体力を考えればエンドレスバトルになってただろうし、ここで終わらせたのは英断だよ。

 

 

 そんな模擬戦でも、結局一時間くらいしか時間を潰せなかった。

 クラスメイト諸君はまだ来ない。

 暇だなー。

 

 あまりにも暇だから夕食作りの手伝いとかもした。

 私の女子力を見たピクシーボブが威嚇してきた。

 マンダレイ曰く、結婚適齢期的なやつで焦ってるから許してやってくれとの事。

 若くて美少女で女子力の高い私は嫉妬の対象らしい。

 私は結婚とかに興味ないけど、将来ああはなりたくないと思った。

 同じ独身でも独身貴族を気取れるような女になろうと思った。

 

 

 そんなこんなで数時間が経過。

 クラスメイト諸君はまだ来ない。

 遅い!

 



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夏の林間合宿!! パート2

 私が合宿所に着いてから待つ事、実に約8時間。

 もうすぐ日が沈む夕方になって、ようやく満身創痍のクラスメイト諸君が現れた。

 遅いわ!

 

「やーっと来たにゃん」

 

 そんな年齢を考えるとキツい感じの語尾で言うピクシーボブに同意だ。

 すると私の内心を敏感に察知したのか、ピクシーボブが殺気を伴った視線で睨みつけてきた。

 なんという勘の鋭さ……!

 私は何も考えてませんともお姉様!!

 

 幸い物的証拠は何もなかったので、ピクシーボブの視線はすぐに私から離れてクラスメイト諸君に向かった。

 た、助かった……。

 

「とりあえずお昼は抜くまでもなかったねぇ」

 

 そういえば12時半までに辿り着けなかったらお昼抜きって言ってたっけ。

 只今の時刻PM5:20。

 まさかの五時間オーバー。

 これはクラスメイト諸君が情けなかったんじゃなくて採点基準が厳し過ぎただけだ。

 待ってる間にこの課題を出した当人達から聞いた。

 

「何が二時間ちょっとですか……」

「腹減った……。死ぬ……」

「悪いね。私達ならって意味アレ」

 

 これである。

 実に良い性格してらっしゃる。

 

「まあ、私は3分くらいだったけどな」

「そりゃ、飛べるもんなお前!!」

「魔美ちゃんの裏切り者ォ!!」

「お昼ご飯美味しかったぜ!」

 

「「「「腹立つ!!!」」」」

 

 あらら。

 クラスメイト諸君の反感を買ってしまった。

 でも、代わりに晩御飯の手伝いとかしたし、それでチャラって事で。

 

「ねこねこねこ。この規格外はともかくとして、正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。良いよ君ら。──特にそこ四人。躊躇のなさは経験値によるものかしらん?」

 

 そう言ってピクシーボブは緑谷少年、爆豪少年、轟少年、飯田少年の四人を指差した。

 この四人はUSJ、ヒーロー殺し、ヘドロと特に修羅場慣れしてる面子だ。

 それを見抜くとはやるねお姉様。

 

「三年後が楽しみ! ツバつけとこーー!! プッ! プッ!」

「うわっ!」

 

 そうしてピクシーボブは少年達にツバをつけ始めた。

 物理的に。

 ツバが飛んでとても汚い。

 ああいう大人にはなりたくないな。

 

「マンダレイ……あの人あんなでしたっけ?」

「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

 そういえば相澤先生はまだ聞いてなかったっけ。

 ピクシーボブがこの有り様になってる理由を。

 結婚したくてもできないアラサーって大変だよねぇ……。

 

「適齢期と言えば……」

「と言えばて!!」

 

 緑谷少年がまた地雷踏んでピクシーボブにどつかれてた。

 学ばないなー。

 

「あの、ずっと気になってたんですが……。その子はどなたかのお子さんですか?」

 

 ……緑谷少年。

 君は地雷を踏み抜く才能でもあるのか?

 その子は私が意図的に放置してた子だぞ。

 

「ああ違う。この子は私の甥だよ。洸太(こうた)! ほら挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから」

 

 マンダレイの言葉に対して洸太少年は不機嫌そうな顔になるばかり。

 そんな将来は立派な不良に育ちそうな少年に向かって、緑谷少年は果敢にアタックした。

 

「あ、えと、僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 

 緑谷少年の挨拶に対する洸太少年の返答は拳であった。

 それもただの拳ではない。

 的確に男性特有の人体急所を狙った一撃!

 要するに金的である。

 

「きゅう……」

「緑谷くん!? おのれ甥!! よくも緑谷くんの陰嚢を!!」

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ」

「つるむ!? いくつだ君!!」

 

 あーあー。

 あんなに幼いのに、まるで爆豪少年のような目付きで睨み付けおってからに。

 そんなんじゃ、ろくな大人になれないぞ。

 

「マセガキ」

「よりによって君が言うか爆豪少年」

「確かに。お前に似てねぇか爆豪?」

「あ? 似てねぇよ!! つーかてめぇら喋ってんじゃねぇぞ舐めプ野郎共!!!」

「悪い」

「あー。こっちの方が重症だ」

「黙れクソ女!!!」

 

「おい。茶番はいい。バスから荷物降ろせ」

 

 そんな相澤先生の言葉によって、私と轟少年に噛みついてきた爆豪少年はおとなしくなった。

 洸太少年と同レベルの目付きの悪さで睨んできたけど。

 やっぱり、そっくりじゃないか。

 

「部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さあ早くしろ」

 

 そんな爆豪少年を無視して相澤先生はクラスメイト諸君を急かす。

 私はとっくの昔に荷物を運び終わってるから食堂に直行して料理並べるのを手伝ったりした。

 そうしてる内にお腹を空かせたクラスメイト諸君がやって来て、賑やかな食事が始まった。

 

「魚も肉も野菜も贅沢だぜぇ!!」

「美味しい!! 米美味しい!!」

「五臓六腑に染み渡る!! ランチラッシュに匹敵する粒立ち!! いつまででも噛んでいたい!!」

「ハッ! 土鍋……!」

「土鍋ですか!?」

「うん。つーか腹減りすぎて変なテンションなってんね」

 

 お昼抜きで魔獣の森とやらを抜けて来たクラスメイト諸君は、ひたすら掻き込むように食べまくっていた。

 あれだけあった料理がどんどん消えていく。

 育ち盛りの空腹とは恐ろしいな……。

 胃のほとんどを失ったパパとは比べ物にならない食欲だ。

 

「というか。君らこの子にも感謝しなよ。暇って事で結構料理も手伝ってくれたんだから」

 

「「「「ありがとうございます八木様!!!」」」」

 

「どういたしまして」

 

 どうやらクラスメイト諸君の好感度は大分回復したようだ。

 一度置いてきぼりにしてから晩御飯という救いの手を差しのべる。

 なんだかマッチポンプのような所業だけど、様付けされるくらい好感度が上がったし、まあ、良いや。

 

 

 

 そして食事が終わり、次は入浴の時間だ。

 ここで忘れてはならない事は二つ。

 一つは男子と入浴時間が同じであるという事。

 もう一つは男子の中に嬉々として覗きをするだろう色欲の化身がいるという事だ。

 

 つまり信頼のおけるボディガードがいる。

 私の個性には、こんな時の為の便利な機能があるじゃありませんか。

 

「サモンゲート!」

 

 という訳で、使い魔を十体程召喚して女湯の警備に当てた。

 覗きをするような不届き者がいたら躊躇なく抹殺せよという命令を下しておく。

 良し。

 これで安心して温泉を堪能できる。

 

 私は他の女子の諸君と共に、一日の疲れを取るべく湯船に浸かった。

 ぶっちゃけほとんど疲れてなんていないけど、そこは言葉のあやというやつだ。

 

 でも、一応いつでもダークネス・スマッシュを撃てるように、最低限の警戒はしておいた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

「壁とは越える為にある!! プルスウルトラ!!!」

「速っ!! 校訓を汚すんじゃないよ!!」

 

 八木さんの使い魔という鉄壁の守りがあるにも関わらず、峰田くんは覗きを強行した。

 個性を上手く使って女湯との間の壁を登って行った。

 USJと体育祭で見たんだから、使い魔の強さは身に染みてわかってる筈なのに……。

 色欲ってここまで人を突き動かすものなんだ。

 

 案の定、峰田くんは使い魔達に本気で殴られそうになったけど、執念の成せる技なのか、ゴキブリのような動きで何度か回避してひたすらに女湯を目指していた。

 凄い執念だけど、それをもっと別の事に使えなかったのかな?

 

 でも、その快進撃(?)も伏兵のように壁の上に現れた洸太くんによって阻止された。

 

「ヒーロー以前に人としてのあれこれから学び直せ」

「くそガキィイイイイイイ!!!」

 

 洸太くんに突き落とされて峰田くんが落ちて来る。

 空中で身動きの取れないところを使い魔達に寄ってたかってボコボコにされていた。

 やりすぎなんじゃ……と思うけど、自業自得には違いないし、怒れる八木さんに逆らったら後が怖いから見て見ぬふりをする。

 ……なんだかヒーローを目指す者として、とても悪い事をしてる気分になった。

 

「わっ……! あ……」

 

 でも今度は女湯の方に振り向いてた洸太くんがバランスを崩して壁の上から落っこちた。

 僕は慌ててフルカウルを使って、洸太くんが地面に激突する前に受け止めた。

 なんだか気絶してるように見える。

 もしかして、どこか打った!?

 

 僕は急いで温泉から出てマンダレイの所に洸太くんを運んだ。

 背後から聞こえてくる峰田くんの断末魔には耳をふさぎながら……。

 

「落下の恐怖で失神しちゃっただけだね。ありがとう。イレイザーから、一人色欲の権化がいるって聞いてたから見張ってもらってたんだけど……。最近の女の子って発育良いからねぇ」

「とにかく何にもなくて良かった……」

「よっぽど慌ててくれたんだね」

 

 マンダレイに見てもらって、特に外傷とかもない事がわかった洸太くんは今ソファーに寝かされている。

 とりあえず何事もなくて安心した。

 温泉騒動での怪我人なんて一人で充分だ。

 

『ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ』

 

 安心したら一つの疑問がわいてきた。

 さっき洸太くんに言われた言葉が脳裏に蘇る。

 まるでかっちゃんみたいな鋭い目付きも。

 

「洸太くんは……ヒーローに否定的なんですね」

「ん?」

 

 僕が子供の頃はただヒーローに憧れてた。

 かっこいいって思って、自分もヒーローになりたいって思ってた。

 無個性の僕でもそうなんだ。

 周りのちゃんとした個性を持った人達は大体がヒーローを目指してた。

 かっちゃんもその一人だ。

 

「僕の周りは昔からヒーローになりたいって人ばかりで……あ、僕も……で、この歳の子がそんな風なの珍しいな……って思って」

「……そうだね。当然世間じゃヒーローを良く思わない人も沢山いるけど……。普通に育ってればこの子もヒーローに憧れてたんじゃないかな」

「普通……?」

「マンダレイのいとこ、洸太の両親ね。ヒーローだったけど殉職しちゃったんだよ」

「え……」

 

 飲み物を持ってきてくれたピクシーボブから語られた衝撃の言葉。

 そこでようやく僕は、とても深い場所まで踏み込んだ話をしていると気づいた。

 

「二年前……。ヴィランから市民を守ってね。ヒーローとしてはこれ以上ない程に立派な最期だし、名誉ある死だった。……でも、物心ついたばかりの子供にはそんな事わからない。親が世界の全てだもんね。……自分を置いて行ってしまったのに世間はそれを良い事、素晴らしい事と誉め称え続けたのさ」

 

 洸太くんを看病しながらそう語ったマンダレイの横顔は、ひどく悲しそうだった。

 

「私らの事も良く思ってないみたい。けれど他に身寄りもないから従ってるって感じ。……洸太にとってヒーローは、理解できない気持ち悪い人種なんだよ」

 

 ……僕らとは経験してきた事が違う。

 とても無責任で他人事な言い方になるけど、色々な考えの人がいる。

 

『救えなかった人間などいなかったかのように、ヘラヘラ笑ってるからだよなぁ』

 

 ショッピングモールで再会したヴィラン、死柄木の言葉が蘇る。

 あいつも違う考え方を、違う価値観を持った奴だった。

 いや、死柄木だけじゃない。

 ヒーロー殺しだってそうだった。

 

 立て続けに続く価値観の相違に、僕は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 一夜明けて翌日。

 合宿二日目の朝。

 只今の時刻AM5:30。

 一般的に早起きと呼ばれる時間帯だ。

 

 私は眠そうなクラスメイト諸君と共に合宿所の外に出ていた。

 約一名、まるで殴る蹴るの暴行を受けたかのように顔面が腫れ上がってるのがいるけど些細な問題だ。

 自業自得。

 むしろ、その程度で済んだ事に感謝せよ。

 

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化、及び、それによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して望むように」

 

 おお!

 仮免か!

 あれがあれば私の目的である合法的に暴力を振るう事が許可される。

 仮免を取得した段階で、私がヒーローを目指す目的の半分以上が達成される訳だ。

 これは嫌でも気合いが入るぜ!

 

「という訳で爆豪。こいつを投げてみろ」

 

 そう言って相澤先生が爆豪少年に放ったのは、どこかで見覚えのあるボールだった。

 

「これ……体力テストの」

「前回の、入学直後の記録は705.2メートル。どんだけ伸びてるかな」

「おお! 成長具合か!」

「この三ヶ月、色々濃かったからな! 一キロとかいくんじゃねぇの!?」

「いったれバクゴー!」

 

 一瞬、それって私の仕事じゃね? と思ったけど、私が投げたらどうせまた計測不能が出るだけだと思い直した。

 それじゃ成長具合なんてわかったもんじゃない。

 

「んじゃ、よっこら───くたばれ!!!」

 

 私が内心で自分の成長について考えている間に、爆豪少年は体力テストの時もやったように爆風でボールをかっ飛ばした。

 

「709.6メートル」

「あれ……? 思ったより……」

 

 しかし、結果は前とさして変わらず。

 クラスメイト諸君は思ってたのと違う結果に首を傾げてるけど、まあ、こんなもんでしょ。

 そう簡単に個性は成長しないさ。

 してたら、今頃私の個性はヤバい事になってる、

 

「約三ヶ月。様々な経験を経て確かに君らは成長している。だが、それはあくまでも精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで、個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。───だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬ程キツイが、くれぐれも死なないように」

 

 嗜虐的に笑いながら告げられた相澤先生の言葉によって、地獄の強化合宿が幕を開けた。

 さて。

 私も頑張りますか。

 いつかオール・フォー・ワンを相手にするなら、力は少しでも必要だしね。

 

 ……でも、私の個性ってこれ以上成長するんだろうか?

 成長したらしたで、色々とヤバくない?

 

 そんな一抹の不安を覚えながらも、特訓は開始されたのだった。

 



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夏の林間合宿!! パート3

「ぎゃああああああ!!!」

「うわああああああ!!!」

「いてえええええ!!」

「クソがぁああああ!!!」

「ひーーー!!!」

 

 なに、この地獄絵図?

 プッシーキャッツプレゼンによる個性強化特訓によって悲鳴を上げるクラスメイト諸君を見た私の率直な感想がそれだった。

 やってる事はとっても簡単。

 ただひたすらに個性を使い続けるだけ。

 言葉にするとこんなに簡単なのに、当人達にとっては悲鳴を上げたくなるような苦行なんだよね。

 

 例えば、上鳴少年の個性は電気を使いすぎると脳がショートして一時的に著しくアホになる。

 この許容上限を底上げする為にひたすら電気を使わされ続けている。

 何? アホになったら個性が使えない?

 大丈夫だ。充電器的な物を用意してある。

 要は電気に体が慣れれば良いんだから、これでひたすら電気を流し続けてやるぜ!

 ただの拷問である。

 

 他にも、切島少年は硬化の個性でより硬くなれるように殴られ続けてサンドバッグになってるし。

 青山少年は下痢になろうともお構い無しとばかりに、レーザーを撃ちまくってる。

 

 轟少年は体力調節に関係する個性という事で熱いドラム缶風呂に入りながら氷と炎を交互にぶっぱ。

 爆豪少年は掌の汗腺が個性の威力に直結するって事で、両手を煮えたぎる熱湯の中に浸け続けてる。

 麗日少女はキャパ超えると平衡感覚に異常をきたして酔うから、球体の中に入って坂道を転がり落ちながら自分を浮かせて酔い耐性の獲得を目指している。

 

 他の諸君も似たり寄ったり。

 結果として阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた。

 途中からB組の諸君も合流して地獄の道連れとなった。

 

 私も最初は彼らに交ざって色々やってたんだけど、いくらやっても疲労を感じず成長の気配も感じられなかった為、現在は個性の成長ではなく制御力を伸ばす方向にシフトチェンジした。

 あれだ。

 多分、私の個性はゲームで例えるならレベル95とか行っちゃってるんだと思う。

 だから、1レベル上げるだけでも合宿の一週間じゃ全然時間が足りないんだ。

 だったら他の課題をやった方が合理的だと相澤先生に言われて、今の形に落ち着いた。

 

 現在、私は悪魔の右腕を解放してパンチングマシンと向き合っていた。

 そしてマシンに向けて必殺技とも言えないレベルの弱いパンチを繰り出す。

 哀れ。パンチングマシンは破壊され、ただの屍となった。

 

 これが私に与えられた課題だ。

 個性を使った上で、適切な力加減ができるようなる事。

 今の私が個性を使ったパンチを特に頑丈でもない人に向けて打った場合、多分死にはしないだろうなぁ、でも大怪我はするだろうなぁ、というすっごい大雑把な感じでしか力の調節がきかないからね。

 極端な話、私に適切な力加減で殴れと言うのは、シャボン玉を割らないように殴れと言っているようなものだ。

 むしろ、良くぞ人を殺さないレベルにまで調節ができたなと自分を褒め称えたいくらいだよ。

 

 でも、このままだと困るというのもまた事実。

 ヴィラン相手ならうっかり力加減をミスって殺しちゃっても良いと思うけど、それを目撃でもされようものなら私は殺人犯だ。

 仕方のない事故でしたという弁論にも限度がある。 

 ヒーローはヴィランを殺す為ではなく捕まえる為に力を振るうのだ。

 とってもめんどくさいルールだけど必要な事なんだから仕方ない。

 そのルールを守る為に力の調節は必要なんだから、頑張って覚えよう。

 

 そんな訳で、私の前に再びパンチングマシンが用意される。

 殴る。

 壊れる。

 うーん……。上手くいかない。

 そもそも、これは一朝一夕にできる事じゃないからね。

 今の力加減を覚えるのにも年単位の時間がかかったんだし。

 根気強くやるしかないか。

 

 再びパンチングマシンが用意される。

 殴る。

 壊れる。

 ぐぬぬ……。これ上手くいかないと地味にストレスが溜まるわ。

 私の体力は無尽蔵だけど、精神的にはちゃんと疲弊するんだから、終わる頃にはぐったりしてるかもしれない。

 ……何回かに一回はおもいっきり殴ってサンドバッグ代わりにしちゃおうかな?

 

 再びパンチングマシンが用意される。

 全力でぶん殴る。

 マシンは木っ端微塵に粉砕され、周囲に爆風が渦巻いた。

 ふぅー。

 ちょっとスッキリした。

 

「おい、八木」

 

 ひぇ!?

 相澤先生の鋭い視線が私を射ぬいた。

 怒っていらっしゃる。

 

「目的忘れてぶっぱしてんじゃねぇ。二度とやるな」

「イ、イエッサー……」

「よろしい。次だ。八百万」

「……はい」

 

 そうして私の前に再びパンチングマシンが用意される。

 八百万少女は相澤先生の指示によって、自分の個性「創造」を鍛えるついでに私にパンチングマシンを提供してくれている。

 他の諸君の例に漏れず、八百万少女の強化方法もまた個性を使い続ける事。

 つまり延々と何かを創り続ける事だ。

 ただ創るだけじゃもったいないって事で、八百万少女はパンチングマシンを創り、私がそれを壊すという協力関係が結ばれる事となったのだ。

 これを協力と言っていいのかはわかんないけど。

 

 ちなみに、八百万少女は最初「パンチングマシン……?」と言って首を傾げていたけど、相澤先生が簡単な構造を説明したら普通に創れるようになってた。

 凄いね。

 

 

 

 そしてPM4:00。

 本日の地獄の特訓終了。

 夕飯の時間だ。

 

「さあ昨日言ったね! 『世話焼くのは今日だけ』って!」

「己で食う飯くらい己で作れ!! カレー!!」

 

 満身創痍のクラスメイト諸君に対して、プッシーキャッツはそんな無慈悲な宣告をした。

 確かに言ってたね。

 私は待ち時間に聞いたし、他の諸君にも夕飯の時間とかに言ってた。

 

「「「「「イエッサ……」」」」」

 

「アハハハハ! 約一名を除いて全員全身ブッチブチ!! だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」

 

 クラスメイト諸君はもう騒ぐ気力もないのか、自炊しろという命令に粛々と従うだけだ。

 私は肉体的な疲労は皆無に等しいからまだ余裕があるけど、他の諸君はもう色々と限界だろうからね。

 仕方ないか。

 

「確かに……! 災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環……! さすが雄英! 無駄がない! 世界一旨いカレーを作ろう皆!!」

 

 訂正しよう。

 まだ余力のある奴がいたよ。

 飯田少年はこんな時でも委員長だった。

 やっぱり押し付けて正解だったわ。

 

 そうして始まったカレー作り。

 この頃になると、ようやく訓練が終わったという実感が出てきたのか、クラスメイト諸君も結構元気になってきていた。

 あるいは疲労でハイになってるだけかもしれないけど。

 それでも食卓が明るいのは良い事だ。

 

 そしてカレーが完成。

 疲れ果てた上に腹ペコなクラスメイト諸君は、ひたすらカレーにがっついた。

 まるで昨日の焼き回しのようだ。

 

「店とかで出たら微妙かもしれねーけど、この状況も相まってうめーーー!!!」

「言うな言うな。ヤボだな!」

 

 そうなんだよなぁ。

 まるで昨日の焼き回しのような光景だけど、唯一料理の質だけは昨日に比べて遥かに劣る。

 私が一人で作ればもっと美味しくできた自信もあるけど、合宿でそれやる訳にはいかないもんね。

 我慢だ我慢。

 それに不味い訳じゃないんだから文句はないさ。

 

「ヤオモモがっつくねー!」

「ええ。私の個性は脂質を様々な原子に変換して創造するので、沢山蓄える程沢山出せるのです」

「うんこみてぇ」

 

 瀬呂少年の心ない一言によって八百万少女が落ち込んでしまった。

 元凶となった瀬呂少年は即座にしばかれてた。

 当然の裁きだ。

 その理屈だと、私は今日一日うんこを殴っていたという事になってしまうんだぞ。

 食事中にそんな話題は避けろや。

 私はそっと八百万少女の肩に手を乗せて慰めておいた。

 

 そんな感じで合宿二日目は終わっていった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

「何が個性だ。本当……下らん……!!」

 

 カレーを運んでた時、そんな風に呟く洸太くんの声が聞こえた。

 そのまま何処かに立ち去ろうとする洸太くんの後を、僕はカレーを持って追いかけた。

 洸太くんは施設に戻る訳でもなく山の方に向かって行った。

 なら、きっとご飯も食べてない。

 お腹が空いてると思ったんだ。

 ……それ以上に、昨日マンダレイから話を聞いて、放っておけなかった。

 

 山中の洞窟みたいな場所の前で座り込んでいた洸太くんに、僕は話しかけた。

 

「お腹空いたよね? これ食べなよ。カレー」

「っ!? てめえ! 何故ここが……!」

「あ、ごめん……。足音を追って……。ご飯食べないのかなと思って……」

「いいよ。いらねぇよ。言ったろ。つるむ気などねぇ。俺のひみつきちから出てけ」

「ひみつきちか……」

 

 懐かしいなぁ。

 僕も昔、かっちゃん達と一緒に作ったっけ。

 

「個性を伸ばすとか張り切っちゃってさ……。気味悪い。そんなにひけらかしたいかよ力を」

 

 それにしても、やっぱり随分嫌われてる。

 でも、僕にはそれが酷く痛ましく見えた。

 

「……君の両親さ。ひょっとして水の個性の『ウォーターホース』?」

「……!? マンダレイか!?」

「あ、いや、えっと、ごめん! うん。何か流れで聞いちゃって……。情報的にそうかなって……」

 

 そんな洸太くんを放っておけなくて、僕はマンダレイから聞いた話を切り出していた。

 余計なお世話だってわかってるけど。

 それでも。

 

「残念な事件だった。覚えてる」

「…………うるせえよ。頭イカれてるよみーんな……。馬鹿みたいにヒーローとかヴィランとか言っちゃって殺し合って。個性とか言っちゃってひけらかしてるからそうなるんだバーカ」

 

 そう言う洸太くんは凄く苦しそうな顔をしていた。

 この子は、ヒーローだけじゃなくて、個性や超常社会そのものを嫌ってる。否定してる。

 でも、望んでそうなった訳じゃない。

 悲惨な経験で歪んで、意固地になってるだけだ。

 じゃなきゃ、あんなに苦しそうな顔はしない……と思う。

 

「なんだよ!! もう用ないんだったら出てけよ!!」

 

 何もかもを拒絶してる洸太くんに何か言わなくちゃと思った。

 

「いや、あの、えー……」

 

 でも、何を話せば良いのかわからなくて、僕は咄嗟に自分の事を話した。

 

「友達……。僕の友達さ。親から個性が引き継がれなくてね」

「………………は?」

「先天的なもので稀にあるらしいんだけど……でもそいつはヒーローに憧れちゃって。でも今って個性がないとヒーローにはなれなくて。そいつさ、しばらくは受け入れられずに練習してたんだ。物を引き寄せようとしたり。火を吹こうとしたり」

 

 違う。

 伝えたいのはそういう事じゃない。

 そうじゃなくて。

 

「個性に対して色々な考えがあって、一概には言えないけど……。────そんなに否定しちゃうと、君が辛くなるだけだよ」

 

 ただ、そんな苦しそうな顔をしなくて済むように、君を助けたいだけなのに、こんな事しか言えない。

 

「えと、だから……」

「うるせえ!! ズケズケと!! 出てけよ!!」

 

 ああ。

 完全に怒らせちゃった。

 これはもう、話を聞いてくれそうにない。

 

「……ごめん。とりとめのない事しか言えなくて……。カレー置いとくね」

 

 そうして僕はすごすごと退散するしかなかった。

 僕の力じゃ、僕の言葉じゃ、洸太くんを救えなかった。

 

 オールマイトなら救えたんだろうか?

 

 そんな他力本願みたいな情けない事を考えてしまいながら、僕は皆の所に戻って行った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──???視点 

 

 

 

「疼く……! 疼くぞ……!! 早く行こうぜ……!!」

「まだ尚早。それに派手な事はしなくていいって言ってなかった?」

 

「ああ。急にボス面始めやがってな」

 

 俺は明かりに照らされた合宿所とやらを眺めながら、イカレ野郎共の言葉にそう返した。

 

「今回はあくまで狼煙だ。────虚に塗れた英雄達が地に堕ちる。その輝かしい未来の為のな」

 

 俺はヒーロー殺しの意志を全うする。

 偽物のヒーロー達を失墜させる。

 

 その為になら何でもやろう。

 本来なら粛清対象でしかないイカレ野郎共とでも手を組もう。

 もしかしたら本物のヒーローに育つかもしれない卵達を潰す事も厭わない。

 全ては必要な事。

 必要な犠牲だ。

 

 俺はまだ見ぬ未来を思って、小さく嗤った。

 







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林間合宿の夜

 合宿三日目。

 今日も今日とて、続・個性を伸ばす訓練の時間だ!

 要するに昨日と同じ地獄絵図である。

 

「補習組。動き止まってるぞ」

「オッス……!!」

「すいません……。ちょっと眠くて……」

「昨日の補習が……」

 

「だから言ったろ。キツイって」

 

 昨日ちょっとネットサーフィンに夢中になって夜更かししてしまった私は知っている。

 補習組の一人である芦戸少女が部屋に戻って来たのは、草木も眠る丑三つ時。深夜の2時くらいだったという事を。

 今日の起床時間が7時だから、約5時間しか寝れてない計算になる。

 普段の生活ならそこまで問題はないだろうけど、この合宿の拷問のようなスケジュールをこなすのに睡眠時間5時間は辛いだろう。

 

「青山、上鳴は容量(キャパ)が直接死活に関わる。容量を増やすには反復して使い続けるのが基本。瀬呂は容量に加えテープの強度、射出速度の強化。芦戸も溶解液の長時間使用によって皮膚に限度がある。その耐久度を強化。切島は筋力と硬度を上げる事で相乗効果を狙う。────そして何より期末で露呈した立ち回りの脆弱さ!! お前らが何故他より疲れているか、その意味をしっかり考えて動け!」

 

 そんな補習組に対して、相澤先生は容赦なかった。

 南無。

 せめて君達が本格的にくたばらないように祈っといてあげるよ。

 

「他の連中も気を抜くなよ。ダラダラやるな。何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか。常に頭に置いておけ」

 

 ……原点か。

 私は昨日と同じくパンチングマシンを破壊しながら考える。

 私がヒーローを目指したのは、個性の副作用である破壊衝動を何とか消化する為に合法的に暴れられる資格が必要だったから。

 つまり必要に駆られたからだ。

 私が法律を犯さずに生きられる道はヒーローになるしかなかった。

 

 でも、それとは全く別の理由でヒーローを目指そうと思った事が一度だけあった。

 それが私のもう一つの原点。

 パパにとっての平和の象徴。

 ヒーロー殺しにとっての英雄回帰。

 そういうのと同じ、私にとっての信念と呼べる部分。

 

 そして、信念を貫くには力がいる。

 力なき信念なんて、大きな壁にぶち当たった時、そのまま押し潰されておしまいだ。

 あの狂気的に強い信念を持っていたヒーロー殺しでさえ、私という理不尽な暴力に負けて刑務所にぶち込まれた。

 

 私の前に立ち塞がる壁は大きく強大だ。

 力はいくらあっても足りない。

 

 だったら向上あるのみ!

 相澤先生はとても良い事を言ってくれた。

 原点を意識していれば、何の為にこんな事やってるのかをちゃんと理解してさえいれば、このとってもイライラする訓練にも耐えられる!

 このパンチングマシン破壊作業が果たして向上に繋がるのかは激しく疑問ではあるけどな!!

 

 でも、きっといつかこの経験が役に立つ時が来る。

 そう信じて頑張ろう。

 

「ねこねこねこ! それより皆! 今日の晩はねぇ、クラス対抗肝試しを決行するよ! しっかり訓練した後はしっかり楽しい事がある! ザ・アメとムチ!」

 

 私が再びパンチングマシンを残骸に変えていた時、ピクシーボブがそんな事を言い出した。

 そういえばあったね、そんなイベント。

 肝試しかー。

 ちょっと楽しみ。

 

「という訳で! 今は全力で励むのだぁ!!!」

 

「「「「「「イエッサァ!!!」」」」」」 

 

 そんな感じでやる気を出したクラスメイト、及びB組の諸君は厳しい訓練を耐えきった。

 私も調節が上手くいかない苛立ちと、個性発動によってもて余した破壊衝動の相乗効果で叫び出したくなったけど、何とか耐えきって訓練を終えた。

 

 そして次は夕飯作りの時間。

 本日のメニューは肉じゃが。

 昨日のカレーと同レベルくらいの味に仕上がりました。

 つまり、そこまで美味しくも不味くもない普通のお味って事だ。

 

「さて! 腹も膨れた、皿も洗った! お次は……」

「肝を試す時間だー!!!」

 

 そして遂にやって来た肝試しの時間。

 芦戸少女が元気にハッスルしていた。

 訓練でくたくただろうに、よっぽど楽しみだったんだね。

 

「その前に大変心苦しいが……補習連中はこれから俺と補習授業だ」

「ウソだろ!!!?」

 

 だがしかし。

 ここには無情なる教育の鬼がいた。

 相澤先生は捕縛布で補習組を縛り上げ、そのままズルズルと引き摺って行った。

 

「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたのでこっちを削る」

「うわああ!! 堪忍してくれぇ!! 試させてくれぇ!!」

 

 うーわ……。

 これは酷い。

 上げて落とすなんて、まるで悪魔の所業だ。

 アメとムチって話はいったいどこに行ったんたろう?

 

「はい。という訳で、脅かす側先攻はB組。A組は二人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中に名前を書いたお札があるから、それを持って帰る事! 脅かす側は直接接触禁止で個性を使った脅かしネタを披露してくるよ!」

 

 そして遠ざかって行く補習組の断末魔を聞きながら、プッシーキャッツが肝試しのルールの説明を始めた。

 何気にこの人達も容赦ないな。

 

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!!」

 

 これだもんよ。

 

「やめて下さい。汚い……」

「なるほど! 競争させる事でアイディアを推敲させ、その結果個性に更なる幅が生まれるという訳か! さすが雄英!!」

「二人一組……。あれ? 20人で5人補習だから……一人余る」

 

 くじ引きの結果、余りの枠は緑谷少年が引き当て、一人ぼっちで肝試しに挑む事になってしまった。

 ドンマイ。

 ちなみに、私は八百万少女とペア。

 出発の順番は4番目となった。

 

 そして前の3組が続々と出発し、すぐに私達の番がやって来た。

 

「八百万少女はこういうの大丈夫なタイプ?」

「いえ……。こういう事は経験がないもので、何とも……」

「奇遇だね。私もだよ」

 

 内緒のヴィジランテ活動時代にリアル肝試しなら経験した事あるんだけど、こういうイベントとしての肝試しは人生初だ。

 だからちょっと楽しみ。

 私を驚かせたいならヒーロー殺し並みのインパクトが必要だと思うけど、果たしてB組の諸君は何をしてくるのだろうか?

 

 そんなワクワクとした気持ちでコースを進む事しばらく。

 なんか焦げ臭い臭いが漂ってきた。

 それだけじゃなく妙な煙まで出てくる。

 最初はB組の仕掛けかと思ったけど、その煙をちょっと吸い込んだ時点でその考えは捨てた。

 

「八百万少女!! この煙、有毒だ!! 絶対に吸い込むな!!!」

「え……!? は、はい!!」

 

 私には毒や薬の類いは殆ど効かない。

 個性による耐性に加えて、どうも小さい頃に全身薬物で弄くり回されたらしく、その時についた耐性のせいで余程強力な物でもない限り私に毒や薬は効かないのだ。

 普段おばあちゃんに処方されてる鎮静剤も、世間一般で麻薬と呼ばれてる薬よりも効果が強い。

 それでギリギリ効くくらいだから、こんな有毒ガスくらい何ともない。

 

 でも、それは私に限った話だ。

 嗅いでみた感じ、この有毒ガスはかなり身体に悪い感じの臭いがした。

 こんなものを特に毒耐性のない他の諸君が吸い込んだらただでは済まないだろう。

 

 幸い八百万少女の行動は早く、創造の個性で直ぐ様防毒マスクを創って装着していた。

 良し。

 これでとりあえず八百万少女がこのガスにやられる事はないだろう。

 

「八木さんも早くこれを!」

「私は耐性があるからいらない。それよりそれを他の諸君の分も創れるように準備しておいてほしい。多分このガス結構広範囲に拡散してるから」

「耐性って……」

 

 八百万少女が超生物でも見るような目で私を見て来たけど、今は無視。

 とりあえず、これはヴィランによる襲撃と仮定しよう。

 それが偶々この山に不法侵入して来て個性をぶっぱなしたいだけのチンピラだったらまだいいけど、ヴィラン連合みたいな組織的なタイプだったら結構マズイ事になる。

 でも、戦闘許可は出てない。

 となると、まずは救助優先か。

 

「サモンゲート!!」

 

 私は使い魔を召喚した。

 数は体育祭の時に使った召喚できる上限数である100体。

 救助優先なら質よりも量があった方が良い。

 

「散開して他の生徒諸君を救助し、施設まで護送せよ!! 急げ!!」

 

 使い魔に命令を下して方々に散らせる。

 これである程度は何とかなるだろう。

 

 次はこのガスの排除だ。

 これがあるだけで大分被害が増える。

 除去できるならした方が良いに決まってる。

 

「悪魔の翼! 悪魔の尻尾!」

 

 私は翼と尻尾の個性を解放。

 伸縮自在の尻尾を地面に深々と突き刺し、そのまま翼を使って空高く飛び上がった。

 上から見ると、広範囲で山が燃えて山火事が発生している事がわかった。

 さっきの焦げ臭い臭いの正体はこれか。

 有毒ガスなんて攻撃が来てる以上、この山火事も自然発生したとは考え難い。

 

 つまり火事を起こせる奴と有毒ガスを発生させてる奴。

 最低でも二人以上のヴィランが来てるって事になる。

 ますます組織的な襲撃の可能性が高くなったな。 

 

 私はとりあえずこのガスを晴らすべく、上空で大きく翼を広げた。

 そしておもいっきり羽ばたいて風を起こす。

 これぞ即興で考えた新必殺技!

 

「デスフェザー・スマッシュ!!!」

 

 悪魔の翼によって巻き起こった暴風は容易くガスを吹き飛ばした。

 反動によって私も吹き飛ばされそうになるのを、地面に突き刺した尻尾を支えにして阻止。

 さながらお正月の凧上げのような状態で何ともカッコ悪いけど、そんな事気にしてる場合じゃないな。

 

 ガスが晴れたのを確認してから地上に降りる。

 さすがに風で炎までは消せなかったけど、ガスが晴れただけでも充分な成果だ。

 でも、それも一時しのぎにしかならない。

 あのガスが個性による攻撃なら、発生源を潰さない限りまた漂って来るだろう。

 その前に使い魔がここら一帯にいる生徒諸君の救助を終わらせてほしいもんだけど……。

 

『皆!!! ヴィラン二名襲来!! 他にも複数いる可能性アリ!! 動ける者は直ちに施設へ!! 会敵しても決して交戦せず撤退を!!』

 

 突然、頭の中に響くような声が聞こえて来た。

 これはマンダレイの個性「テレパス」による通信だ。

 マンダレイ達の所にヴィランが出たって事は、やっぱり組織的な襲撃か。

 マズイね。

 

「八百万少女。今の聞いてたよね」

「ええ! 確かに聞きましたわ!」

「じゃあ、やる事はわかってるね。ここら辺の救助活動は使い魔に任せて君は施設に避難……」

 

 そう言いかけたところでヤバイ情報が私に伝わって来た。

 これは……本気でヤバイかも。

 

「八木さん?」

「八百万少女……。事情が変わった。この付近で使い魔が何体かやられたっぽい。近場にヴィランがいる」

「ッ!?」

 

 私は使い魔との遠距離通信とかはできない。

 でも、使い魔が消えたって事はわかるし、それがどこら辺で消えたかっていうのもわかる。

 それによって知り得る情報もあるのだ。

 それによって今回もたらされたのは、かなりの凶報だった。

 

「今も使い魔達はどんどんやられていってる……。多分ヴィランと交戦してるんだと思う。そうなるともう使い魔による救助活動は当てにできない」

「そんな……!」

 

 八百万少女が顔を青くして戦慄した。

 無理もない。

 この辺りには先に出発した葉隠少女と耳郎少女、それに肝試しの為に待機してたB組の諸君がいる筈だ。

 そんな所にヴィランがいて、使い魔は当てにならない。

 それ即ち、彼らに危険が迫っているという事を意味するのだから。

 

「放置すればこの辺りにはまた有毒ガスが流れて来ると思う。私はとりあえずこの辺りにいる筈の諸君を救出に行くけど、君はどうする? 正直、防毒マスクを創れる君には付いて来てほしいっていうのが本音だけど……」

「当然、私も行きますわ!! ヒーローを目指す身ですもの!!」

「即答か! さすが!」

 

 という訳で、方針は決まった。

 まず、機動力のある私が八百万少女を抱えて他の諸君を捜索し、見つけ次第防毒マスクを渡していく。

 そうすれば、とりあえず有毒ガスは怖くない。

 そして、見つけた諸君には施設を目指して撤退してもらう。

 幸い、別方向に向かわせた使い魔達は健在だから、そいつらを盾にすれば施設まで逃げ切れる可能性はかなり高いと思う。

 施設まで逃げ切れば、そこには相澤先生とB組の先生がいる。

 プロヒーローが二人もいれば、まあ、何とかなるだろう。

 

 そうして直ぐに行動を開始しようとした。

 でも、物事っていうのはそう上手くはいかないらしい。

 

 八百万少女を抱えて飛び上がった瞬間。

 山火事による明かりで鮮明になった私の視界が、こっちに向かって高速で飛翔してくる何かを捉えた。

 

 そいつはとても見覚えのある外見をしていた。 

 黒い体。

 鍛え上げられた筋肉。

 そして何より、───脳みそがむき出しになった異様な外見の頭部。

 

「脳無……!」

 

 という事は、やっぱりこ襲撃はヴィラン連合の仕業か!

 USJの時みたく、脳無で私を足止めする気か?

 馬鹿の一つ覚えみたいな事しやがって……!

 同じ手を二度食うとでも思ってるのか!!

 

 脳無が空を飛ぶ私達に突撃してくる。

 どうやら今回の脳無には飛行能力があるみたいだ。

 だが、その程度のパワーアップで私を止められると思うてか!

 

 私は一旦地面に降りる事で脳無の突撃を回避した。

 そして、腕に抱えていた八百万少女を解放する。

 

「八百万少女!! ちょっとだけ予定変更だ!! 私は少しアレの相手をしてくる!!」

「え……!? 今のはいったい……!?」

 

 八百万少女は混乱している!

 それも仕方ない。

 今回の脳無はやたら素早い。

 全身から飯田少年のふくらはぎにあるのとそっくりなエンジンみたいな管が生えてて、それで飛んだり加速したりしてるっぽい。

 さらに両腕の先がブレードみたいになってる。

 あれで切り裂かれたら、私はともかく八百万少女は真っ二つになりそうだ。

 

 でも、八百万少女の動体視力じゃ、脳無の突撃も、私がそれを回避したのも、一瞬の出来事すぎて理解できなかったんだろう。

 自分が命の危機に瀕していたというのもわかっていない。

 だが、問題ない!

 

「大丈夫!! 直ぐにケリをつけるから!! その後は予定通りにいこう!!」 

 

 私は脳無を瞬殺するべく、ディザスターモードを発動しようとした。

 本来なら、そうポンポン使いたくはない奥の手だけど、今回は時間がないんだから仕方ない。

 それに、前回は初めてディザスターモードを戦闘で使ったんだ。

 今回はディザスターモード発動状態での戦闘感覚を知った上での使用。

 前回よりも上手く扱える自信がある。

 

 なに? 戦闘許可?

 そんなものは必要ない!

 何故ならこれは正当防衛だからだ!!

 相手から仕掛けて来たのなら正当防衛が成立するのだ!!

 

 そんな完璧な理論武装を整えながらも、私がディザスターモードを発動する事はなかった。

 脳無の予想外の行動によって、その選択肢を封じられた。

 

「なッ!?」

 

 脳無は私に再度突撃すると見せかけて寸前で軌道を変え、八百万少女を狙った。

 私は慌てて両脚の個性を解放し、超スピードで移動して八百万少女を庇う。

 それを見た脳無はまた軌道を変え、私に迎撃される前に離脱。

 そして、まるでおじいちゃんのような三次元的な動きで、別の角度から再び八百万少女に襲いかかった。

 

「そういう事か……ッ!!」

 

 脳無の攻撃から八百万少女を庇い続けながら、私は悟った。

 これが今回の私に対する足止め。

 馬鹿の一つ覚えのみたいに脳無を放って来た訳じゃなく、実に効果的な作戦を考えた上で、それを実行してきているという事に。

 

 ディザスターモードを使えば、私は極度の興奮状態に陥ってしまう。

 その状態では敵を殲滅する事はできても、味方を庇いながら戦うのは難しい。

 この至近距離だと、最悪巻き添えにする可能性すらある。

 だからこそ機動力重視の脳無で私以外(・・・)を襲い、私にそれを守らせる。

 

 普段ならこんなシンプルな作戦、私には通用しなかった。

 それこそ使い魔を八百万少女の盾にすればそれで済む話だ。

 でも、今はその使い魔を方々に放ってしまっている。

 新しく使い魔を召喚するには、今召喚してる分を消さなければならない。

 要救助者が八百万少女だけじゃない以上、それはできない……!

 今、この瞬間も使い魔は誰かを救っているかもしれないんだから。

 

 状況が、立場が、私の行動を縛っている。

 多分、私が使い魔を出した後で、なおかつ八百万少女みたいな守らなければいけない対象と一緒にいるタイミングを狙って、この脳無をぶつけて来たんだ。

 計算され尽くされた卑劣な作戦。

 あいつのやりそうな事だ……ッ!!

 

「嫌みな事しやがって……ッ!!」

 

 対処不能のピンチって程じゃない。

 この程度の策略で潰れるほど私は弱くない。

 

 でも、確実に足止めはされてしまう。

 

 相手の思惑通りになってしまう事に怒りと悔しさを感じながら、私は脳無の攻撃から八百万少女を庇い続けた。

 




ついに会戦!!


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林間合宿の夜 パート2

 ──死柄木視点

 

 

 

「本当に彼らのみで大丈夫でしょうか?」

 

 雄英の合宿先に奴らを送り込んで来た黒霧がそんな事を言う。

 俺はカウンターに肘をつきながら、手元の写真から目を離しながらその質問に答えた。

 

「うん。俺の出る幕じゃない。ゲームが変わったんだ」

 

 俺は自分の中で変わった認識を黒霧に語る。

 

「今まではさ、RPG(ロールプレイングゲーム)でさ。装備だけ万端でレベル1のままラスボスに挑んでた。だから中ボスにすら勝てなかったんだよ」

 

 USJの時は結局糞餓鬼(中ボス)に全部やられ、オールマイト(ラスボス)をろくに戦わせる事すらできなかった。

 

「だから、それじゃいけない。やるべきはSLG(シミュレーションゲーム)だったんだ。俺はプレイヤーであるべきで、使える駒を使って格上を切り崩していく」

 

 正面からぶつかるだけじゃUSJの二の舞だ。

 糞餓鬼もオールマイトも俺にとって格上。

 そう認める事が大事だったんだ。

 そうすれば、ちゃんと適切なプレイングができるようになる。

 

「その為、まず超人社会に罅を入れる。開闢行動隊。奴らは成功しても失敗してもいい。そこに来たって事実がヒーローを脅かす」

 

 そこには糞餓鬼もいるだろうから、最悪全滅って可能性もある。

 先生が足止め用の脳無を用意したが、止められる確率は半々くらいだそうだ。

 だが、糞餓鬼がそれで止まらなかった場合でも、最低痛み分けにはなるとも言ってた。

 なら、それはそれでいい。

 どっちにしろ目的は達成できる。

 

「捨て駒ですか……?」

「バカ言え! 俺がそんな薄情者に見えるか? 奴らの強さは本物だよ」

 

 それこそ、糞餓鬼とぶつかっても逃げる事くらいはできるんじゃないかって思う程には、その強さを信頼してる。

 何も正面から挑むだけが戦いじゃない。

 見つからないように隠れてもいい。

 人質をとって盾にしてもいい。

 そういう事ができるのも、また強さだ。

 

「向いてる方向はバラバラだが、頼れる仲間さ。法律(ルール)で雁字絡めの社会。抑圧されてんのはこっちだけじゃない」

 

 俺は手元の写真に再び視線を戻しながらそう言った。

 そこに映るのは、拘束具でガチガチに縛られた一人の少年の姿。

 彼が今回のターゲットだ。

 

「成功を願ってるよ」

 

 今回の作戦は確かに成功しても失敗してもいい。

 だが、成功した方がより良いのは当たり前の話だ。

 俺は開闢行動隊の健闘を祈った。

 

 

 

 今回の作戦が成功した時。

 この社会に、ヒーローへの信頼に、修復不可能な亀裂が生じた時。

 

 

 

 オールマイトはどんな顔をするんだろうなぁ。

 

 

 

 その苦悶に満ちた顔を想像して、俺は思わず嗤ってしまった。

 そしてワクワクとした気持ちで知らせを待った。

 良い知らせが届く事を期待しながら。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

 僕は今、フルカウルを使って森の中を疾走していた。

 いつにも増してボロボロになった腕が痛い。

 でも、そんな事は言ってられない。

 僕が動いて一人でも助けられるなら、動かない訳にはいかないんだ。

 

 

 肝試しのスタート地点に二人のヴィランが現れた時、僕はひみつきちにいるだろう洸太くんの救助に向かった。

 洸太くんはひみつ(・・・)きちってだけあって、あの場所をマンダレイ達にすら教えていなかったみたいで、その場所を知るのは昨日洸太くんを追いかけてカレーを届けに行った僕だけだった。

 

 ヴィランと交戦するつもりはなかった。

 むしろヴィランに洸太くんが襲われる前に避難する予定だった。

 でも、僕が到着した時、そこには既にヴィランがいて、洸太くんを襲っていた。

 

 僕はそのヴィランと戦った。

 筋肉を強化するというシンプルで強力な個性を持っていたそいつは、スピードもパワーも僕よりも遥かに上。

 逃げても確実に追い付かれる。

 戦って勝つしか選択肢がなかった。

 

 でも、そのヴィランは僕の想像よりも遥かに強かった。

 体育祭以降封印してた100%スマッシュを使っても倒し切れない程に。

 最後は壊れた腕を更に酷使して何とか勝てたけど、体はボロボロ。

 それでも何とか走って、途中で遭遇した相澤先生に洸太くんを保護してもらえた。

 その相澤先生からマンダレイに伝えろと言われた伝言、「A組B組総員、プロヒーロー『イレイザーヘッド』の名に於いて戦闘を許可する」って話もちゃんと伝えられた。

 マンダレイのテレパスで全員に通達された筈だ。

 

 でも、僕はまだ止まれない。

 洸太くんを襲ったヴィランが言ってたんだ。

 

『そうそう。知ってたら教えてくれよ。爆豪ってガキはどこにいる?』

 

 かっちゃんが狙われてる。

 その情報もマンダレイに伝えてもらった。

 それに八木さんの使い魔が各地に散開してるのも見えた。

 本人だって動いてると思う。

 正直、これ以上僕が頑張る必要はないのかもしれない。

 

 けど、まだ体は動く。

 体が動くのなら何かの、誰かの助けになるかもしれない。

 オールマイトから貰った力、ワン・フォー・オールは誰かを助ける為の力だ。

 その後継者の僕が、痛いから逃げるなんて言える訳ない!

 

「!?」

 

 そうして夜の森の中を走っていたら、黒い手みたいなモノが僕に襲いかかって来た。

 慌てて回避しようとしたけど、こんな時に腕から激痛が走って一瞬動きが止まった。

 

「っあ……!」

 

 直撃を覚悟したけど、僕の体に衝撃は来なかった。

 思わず瞑ってしまった目を開ければ、誰かの背中が見えた。

 顔は見えなかったけど、僕を支える特徴的な形をした腕で誰なのかわかった。

 

「障子くん……!?」

「……その重傷、もはや動いていい体じゃないな。友を助けたい一心か。呆れた男だ……」

 

 そういう障子くんも息を切らして血を流していた。

 僕程じゃないけど、消耗してる。

 それに……

 

「今のって……」

「ああ」

 

 今、僕を襲った黒い腕。

 あの個性には見覚えがあった。

 ヴィランの攻撃じゃない。

 今のは、味方からの攻撃だ……!

 

「ヴィランに奇襲をかけられ、俺が庇った。……しかしそれが、奴が必死で抑えていた個性のトリガーとなってしまった。───ここを通りたいなら、まずコレをどうにかせねばならん」

 

 僕はさっきの黒い腕が伸びて来た方向に視線を向けた。

 そこには、まるで暴走するみたいに蠢く闇の塊と、そこに囚われるクラスメイトの姿があった。

 

「俺から……ッ! 離れろ!! 死ぬぞ!!」

 

 そう言って警告を発して来たのは……

 

「常闇くん!!」

 

 必死の形相を浮かべた常闇くんだった。

 常闇くんの個性は「ダークシャドウ」。

 影っぽいモンスターを体に宿してる個性。

 それが僕に襲いかかって来たって事は、多分、何らかの要因で個性が暴走してるんだと思う。

 出力も普段とは比べ物にならない。

 どう見ても放置するのは危険な状態だ……!

 

 しかも脅威はそれだけじゃなかった。

 

 突然、僕と障子くんの目の前に人影が現れて、障子くんの首を目掛けて、刃物みたいになってる腕を振るった。

 

「ッ!?」

「え……!?」

 

 その人影のあまりのスピードに、僕らは身動き一つとる暇もなかった。

 ただ驚いて硬直していただけ。

 一瞬の内に危機は訪れ……そして去った。

 

 人影に向かって、横から見覚えのある闇の光線が飛来した。

 人影は僕らへの攻撃を中断して、もの凄いスピードで闇の光線を回避し、距離をとった。

 その後もまるでグラントリノみたいに目にも留まらぬスピードで動き続けている。

 

「だーーーーー!!! ウザイ!! とってもウザイ!!!」

 

 そして闇の光線を放ったであろう人物、八木さんが現れた。

 その表情には隠し切れない、隠すつもりもないような苛立ちが浮かんでいた。

 そこにいつもの余裕たっぷりな様子はない。

 八木さんでも手こずるような強敵って事か……!!

 よりによってこんな時に!!

 

「八木さん! アレは……!?」

「見ての通り脳無だよ!! あんにゃろう、正面から来ないで、私以外ばっかり狙って来るんだ!!」

 

 あれ脳無だったのか!?

 速すぎてわからなかった……!

 しかも、八木さんは説明中も脳無の攻撃を防ぎ続けていた。

 完全に僕らが足手まといになってるんだ……!

 

「だから君らには直ぐにこの場を離れてほしいんだけど……常闇少年はどうしちゃったんだ!?」

 

 八木さんはぼやくようにそう言って、チラリと常闇くんに目を向けた。

 その隙を突くように脳無が飛びかかって来た。

 

「チッ!!」

 

 八木さんは舌打ちしながら、本当に苛立たしそうに脳無を迎撃した。

 でも、脳無は八木さんにダメージを与える事が目的ではないみたいで、接触する前に飛び退いたように見えた。

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」

 

 でも、飛び退いた脳無に常闇くんのダークシャドウが襲いかかった。

 八木さんと違って僕らを守るつもりなんて欠片もない、ただの攻撃。

 その攻撃も速すぎる脳無には当たらなかったけど、ダークシャドウはまるで鬱陶しい虫を叩き潰そうとするかのように激しく攻撃を繰り返した。

 ダークシャドウの標的が完全に脳無に移った!

 しかも、脳無の方もダークシャドウの攻撃を避けるのに必死で僕らへの攻撃が止んだ。

 

「おお!! ナイスだ常闇少年!!」

 

 八木さんがダークシャドウの相手で手一杯になってる脳無に飛びかかった。

 僕の目じゃ速すぎて捉えられない一瞬の攻防の末に、八木さんの拳が脳無に突き刺さる!

 脳無が森の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んで行った。

 まさかの怪我の功名だ!!

 

「手応えあったァ!!! 緑谷少年、障子少年!! 直ぐにあいつ仕留めて戻って来るから、その間、常闇少年を頼んだ!!」

 

 そして嵐のように訪れた八木さんは、脳無を追って飛び去って行った。

 後には僕らと、未だに暴走する常闇くんが残される。

 

「……だそうだが、どうする緑谷?」

 

 障子くんの言葉に、僕は一瞬考えた。

 八木さんなら多分、常闇くんの暴走も静められる。

 それこそ物理的に殴っておとなしくさせる事ができると思う。

 だから、常闇くんを確実に助けたいのなら、おとなしく隠れて八木さんが戻って来るのを待つべき。

 

 ……でも、助けたいのは、常闇くんだけじゃないんだ。

 

「…………ごめん。障子くん」

 

 ごめん、八木さん。

 僕は先に謝って、障子くんに作戦を伝えた。

 ハイリスクハイリターンの、危険な作戦を。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 八百万少女と共に脳無に襲われた後、脳無の行動パターンを読んだりして何とか隙を作り、八百万少女を逃がす事に成功した。

 この辺りにはまだ使い魔を潰して回ってるヴィランがいる筈だから危ないけど、少なくともあの脳無を相手にするよりはマシだろう。

 八百万少女も私の足手まといになってしまってる事を理解してたから、説得は必要なかった。

 

 そして、ようやく心置きなく戦えると思いきや、脳無はしつこく八百万少女を追いかけ回した。

 私が邪魔してそれが不可能だと判断したら、今度は一目散に逃走。

 他の諸君を狙いに行きやがった。

 あくまでも私と正面から戦うつもりはないらしい。

 その徹底した嫌がらせのような戦法には、心底腹が立ったよ。

 

 そうして今度は私が脳無を追いかける側に。

 単純なスピードでは私が上だったんだけど、おじいちゃんと同系列な個性を持ってるだけあって、やたらと小回りがきく奴だった。

 そのせいで中々仕留めきれず、結局、次の足手まといがいる地点まで誘導された。

 こうも正確に他の諸君の位置がわかるって事は、何か探知系の個性も搭載してるのかもしれない。

 

 そうして訪れた場所では、何か我を失った感じの常闇少年が暴れていた。

 個性の暴走か何かか?

 だとしたら親近感を覚える。

 

 そして、近くには障子少年とボロボロになった緑谷少年もいて、案の定脳無は彼らを襲った。

 しかし、ここで嬉しい誤算が生じて、暴走した常闇少年が脳無の相手をしてくれた。

 暴走モードの常闇少年は、そんじょそこらの大物ヴィランよりも強く、私が脳無から守る必要がない。

 それどころか、脳無を引き付けて致命的な隙を作ってくれた。

 

 私はその隙を突いて脳無を殴り飛ばし、緑谷少年達に一言言ってから追撃した。

 殴ってみた感触からして、今回の脳無は本当に機動力特化で、前の脳無が持ってたショック吸収とかの類いは持ってないと見た。

 さっきの攻撃で何本か骨を砕いたから、さすがに自慢の機動力も低下する筈。

 そうなれば、そんなに時間をかけずに仕留められる事だろう。

 

 

 そうして私が脳無にトドメを刺すまでの短い間に、事態は大きく動いていた。

 それもあんまり喜ばしくない方向に。

 

 

 私が事態を把握したのは、取り返しがつかなくなる寸前の事だった。

 



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林間合宿の夜 パート3

 ──緑谷視点

 

 

 

 八木さんと会った後、障子くんの協力で暴走した常闇くんを近くにいたかっちゃんと轟くんの所まで誘導。

 暴走ダークシャドウの圧倒的な力でかっちゃん達が戦ってたヴィランを撃破し、かっちゃんの爆発と轟くんの炎で常闇くんの暴走も静められた。

 ダークシャドウは光が弱点で、闇が濃ければ濃いほど強くなるけど制御が難しくなるらしい。

 言われてみれば、体育祭の時も八木さんのダークネス・スマッシュを食らってパワーアップしてた。

 

 その後、ヴィランの狙いと思われるかっちゃんをその場に居合わせた僕、障子くん、常闇くん、轟くんの四人で施設まで護衛する事にした。

 途中で麗日さんと蛙吹さんに合流した時、

 

「その爆豪ちゃんはどこにいるの?」

 

 蛙吹さんの一言で、僕らはとんでもない事に気づかされた。

 

「何言ってるんだ。かっちゃんなら後ろに……」

 

 そう言って振り返った後ろに、かっちゃんの姿はなかった。

 それどころか常闇くんの姿すらない。

 この非常時に誰も油断なんてしてなかったのに。

 僕らは、いとも容易く欺かれた。

 

「彼なら、俺のマジックで貰っちゃったよ」

 

 突然聞こえて来た声。

 声のした方に目を向ければ、木の上に立つ仮面を被った男の姿が。

 

「こいつぁ、ヒーロー側(そちら)にいるべき人間じゃあねぇ。もっと輝ける舞台へ俺達が連れてくよ」

「!? 返せ!!」

 

 手の中で二つの玉みたいなものを弄ぶ新手のヴィラン。

 そいつに向かって、僕は思わず叫んでいた。

 

「返せ? 妙な話だぜ。爆豪くんは誰のモノでもねぇ。彼は彼自身のモノだぞ! エゴイストめ!」

「返せよ!!」

 

 おどけるように、馬鹿にするように喋るヴィラン。

 かっちゃん達がいなくなった、あいつの言葉を信じるなら既に奪われたという焦りもあって、自分の口調が荒くなってるのを感じる。

 

「どけ!」

 

 轟くんが樹上のヴィランに向けて氷結攻撃を繰り出す。

 でも、ヴィランは簡単にかわしてまた語り出した。

 

「我々はただ凝り固まってしまった価値観に対し、それだけじゃないよと道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」

 

 そんなのただの詭弁じゃないか!!

 

「わざわざ話しかけてくるたぁ……舐めてんな」

 

 轟くんが独り言のようにぼやく。

 その顔には隠しきれない焦りの表情が浮かんでいた。

 

「元々エンターテイナーでね。悪い癖さ。常闇くんはアドリブで貰っちゃったよ。君らがさっき相手してたムーンフィッシュ、歯刃の男な。アレでも死刑判決控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性。彼も良い(・・・・)と判断した!」

「この野郎!! 貰うなよ!!!」

「緑谷、落ち着け!」

 

 障子くんに言われて、何とか冷静になろうと努力した。

 その間に轟くんが再び氷結攻撃を、しかも、今度はかなり大規模なやつを繰り出した。

 でも、ヴィランはそれすらかわす。

 

「悪いね。俺ァ逃げ足と欺く事だけが取り柄でよ! ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか! ───開闢行動隊! 目標回収達成だ! 短い間だったが、これにて幕引き!! 予定通り、この通信後5分以内に回収地点へと向かえ!」

 

 ヴィランは僕らにではなく耳元を押さえながら、多分通信機に向かってそう言った後、一目散に逃げ出した。

 ダメだ!!

 行かせちゃダメだ!!

 

「幕引きだと……!? させねぇ!! 絶対逃がすな!!」

 

 轟くんに言われるまでもなく全員が追跡を選択した。

 でも、ヴィランは逃げ足が取り柄と言うだけあって、まるで空を走るように木々の上を走り抜けていく。

 八木さんや飯田くん程じゃないけど速い!!

 個性によるスピードじゃなくて、純粋に体の動かし方が上手い!!

 

「ちくしょう速ぇ! あの仮面……!!」

「魔美ちゃんか飯田くんいれば……!」

 

 思わず弱音を吐きたくなる気持ちもわかる。

 でも……!

 でも……!!

 

「諦めちゃダメだ……!! 絶対に……!! 追いついて……取り戻さなきゃ!!」

 

 ヒーローが助ける事を諦めるなんて……!! そんなの絶対にダメだ!!

 考えろ!

 今の僕はほとんど足手まといの怪我人だ。

 だったら考えろ!

 この状況を打開する策を!

 考えるのはお前の得意分野だろ緑谷出久!!

 

「! 麗日さん!! 僕らを浮かして!! 早く! そして浮いた僕らを蛙吹さんの舌で思いっきり投げて! 僕を投げられる程の力だ! 凄いスピードで飛んで行ける! 障子くんは腕で軌道を修正しつつ僕らを牽引して! 麗日さんは見えてる範囲でいいから奴との距離を見計らって解除して!」

 

 これが今の僕が考えられる最善策。

 冷静になれてないのは自覚してる。

 もっと良い策があるかもしれない。

 でも、今この瞬間で考えられた作戦はこれしかない!

 

「成る程、人間弾か!」

「待ってよデクくん! その怪我でまだ動くの!?」

「……お前は残ってろ。痛みでそれどころじゃあ……」

 

「痛みなんか今は知らない……!! 動けるよ……!! 早くっ!!」

 

 僕はまだ動ける……!

 だから……行かなきゃ!!

 ここで動かなきゃヒーローじゃない!!

 

「……! デクくん、せめてこれ!」

 

 そう言って麗日さんが折れた腕に応急措置をしてくれた。

 

「いいよ! 梅雨ちゃん!」

「必ず二人を助けてね」

 

 そして麗日さんの個性によって重さがなくなった僕らは、蛙吹さんの舌で投げられてもの凄いスピードで飛翔した。

 

「おおおおおおおおおお!?」

 

 恐怖を感じる程のスピードのおかげで、僕らは前を走る仮面のヴィランに追いついた。

 そして、その背中に突撃。

 そのまま地面に叩きつけて押さえつけた。

 やった!!

 

「知ってるぜこのガキ共! 誰だ!!」

「Mr.、避けろ」

「! 了解(ラジャ)!」

 

 けど、僕らが着地した場所にはもう、他のヴィランがいた。

 仮面のヴィラン以外に三人。

 その内の一人が僕らに手を向けて──青い炎を放って来た。

 

「うあ"!!!」

 

 仮面のヴィランごと巻き込むような火炎放射。

 それが僕の右腕を焼いていった。

 熱い!! 痛い!!

 限界を超えた痛みで、一瞬意識が飛びかけた。

 そこに新手のヴィランが襲いかかって来る!

 

「トガです! 出久くんだよね! 血まみれでカッコイイです! もっと血出てた方がもっとカッコイイよ出久くん!!」

「はぁ!!?」

 

 意味不明な事を言いながら、トガと名乗ったそのヴィランは僕にナイフを振りかぶってきた。

 それは何とか障子くんが防いでくれたけど、これだと仮面のヴィランを押さえる人がいない!

 仮面のヴィランはどうやってか知らないけど、さっきの炎を避けてたみたいで、普通に歩いて炎を放ったヴィランの方に向かっていた。

 ヤバイ!!

 

「二人とも逃げるぞ!!」

 

 僕が何とかしなきゃと焦っていた時、突然障子くんがそう言い出した。

 何を!?

 

「今の行為でハッキリした! 個性はわからんが、さっきお前が散々見せびらかした───右ポケットに入っていたコレ(・・)が、常闇、爆豪だなエンターテイナー!」

 

 そう言う障子くんの手の中には、さっき仮面のヴィランが持ってた二つの小さな玉が握られていた。

 凄い!!

 

「障子くん!!」

「ホホウ! あの短時間でよく……! さすがに六本腕! まさぐり上手め!」

「っし! でかした!!」

 

 それを見た僕達は急いで撤退を始めた。

 轟くんも相手してたもう一人のヴィランを振り切って走り出す。

 

 でも、その行く手に、黒いモヤが現れた。

 こいつ、USJの時の!!

 

「ワープの……!」

「合図から5分経ちました。行きますよ荼毘」

「ごめんね 出久くんまたね!」

「待て。まだ目標が……」

 

 そうしてヴィラン達もワープゲートに飛び込んで撤退して行く。

 でも、かっちゃん達は取り戻した。

 撤退してくれるんなら、僕らにとっては好都合だ。

 

 好都合の……筈だった。

 

「悪い癖だよ。マジックの基本でね。モノを見せびらかす時ってのは───見せたくないモノ(トリック)がある時だぜ」

 

 後ろからそんな不吉な言葉が聞こえた。

 そして、障子くんが持ってた玉から、氷の破片が出てきた。

 

「ぬっ!!?」

「氷結攻撃の際にダミーを用意し、右ポケットに入れておいた。右手で持ってたモンが右ポケットに入ってんの発見したら、そりゃー嬉しくて走り出すさ」 

 

 圧縮して閉じ込める的な個性か!?

 だとしたら、かっちゃん達はまだあいつが持ってるって事になる!!

 

「くっそ!!!」

 

 慌てて走り出すも、仮面のヴィランはもうワープゲートに消えていくところだった。

 おどけた態度でお辞儀をしながら、去って行く。

 僕の力じゃ、もう届かない!!

 ちくしょう!!!

 

「そんじゃー、お後がよろしいようで……」

 

「よろしくないね」

 

「なッ……!?」

 

 その時、後ろから猛スピードで現れた誰かが、仮面のヴィランを殴り飛ばした。

 ヴィランの仮面が砕けて、口の中に隠していた二つの玉が宙を舞う。

 あれは……!

 

「言ったでしょ。直ぐに戻って来るって」

「八木さん!!」

 

 最強の助っ人がこのタイミングで来てくれた!!

 

 でも、八木さんの登場は少しだけ遅すぎた。

 事態はもう終局寸前。

 八木さんですらひっくり返せない程に、どうしようもないところまで来ていた。

 

 仮面のヴィランが吐き出した二つの玉は、片方が僕らの方へ、もう片方はワープゲートの中に消えて行った。

 発動者が気絶でもしたのか、個性が解除されて玉の中から常闇くんが現れる。

 でも、もう一つの玉は、かっちゃんはワープゲートの中に消えてしまって、もう追えない。

 

 

 

 そしてワープゲートは、仮面のヴィランを殴る為に接近していた八木さんまでも巻き込んで閉じた。

 

 

 

 近くからヴィラン達の気配が完全に消えた。

 でも、そこにはかっちゃんも八木さんもいない。

 僕らは、クラスメイト二人を連れて行かれてしまった。

 

 

 

 僕らの楽しみにしていた林間合宿は、最悪の結果で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 大怪我した後も必死の抵抗を見せた脳無に何とかトドメを刺し、ちょうど近場にいた使い魔に見張りを任せて、私は常闇少年が暴走していた所へと戻った。

 しかし、そこにはもう誰もいなくて、常闇少年が暴れたと思われる破壊の痕跡を辿っている内に、凄い焦った様子の麗日少女と蛙吹少女の二人と遭遇した。

 

 二人から常闇少年と爆豪少年が拐われて、それを緑谷少年達が追って行ったという大雑把な説明を受けた私は、彼らが飛んで行ったという方向に全速力で飛んだ。

 

 そうして駆けつけてみれば、ヴィラン達はもう撤退寸前。

 とりあえず麗日少女から聞いた誘拐犯の特徴「仮面つけたヴィラン」という情報を頼りにそれっぽい奴をぶん殴ったけど、その後、撤退の為に来ていたらしい黒モヤのヴィランはとんでもない愚行に出た。

 

 なんと、私がワープゲートの中に侵入したにも関わらず、お構い無しにゲートを閉じたのだ。

 ゲートを潜った先はバーのような場所。

 ここがヴィラン連合のアジトなんでしょう。

 そこには結局逃げ切れなかったらしい爆豪少年の姿もあった。

 

 これ、一応私も誘拐されたって扱いになるんだろうか?

 まあ、関係ないか。

 私という特級の爆弾を自ら招き入れた時点で、こいつらの運命は決まった。

 

「さーて。私が楽しみにしてた林間合宿を荒らしてくれたんだ。お前ら全員、覚悟はできてるよね?」

 

 全員サンドバッグの刑だ。

 心行くまで殴り倒してやろう。

 

 ヴィラン達は私に警戒の眼差しを向けながら、構えをとった。

 

 私もまた個性を発動し、嗜虐的な笑みを浮かべながら戦闘態勢に入ったのだった。

  




夏の林間合宿編 終了!
大分はしょったな……。


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決戦への序章

 ──オールマイト視点

 

 

 

「己の不甲斐なさに心底腹が立つ……!! 彼らが必死に戦っていた頃、私は半身浴に興じていた……ッ!!」

 

 林間合宿襲撃事件の翌日。

 緊急で執り行われた職員会議の席で、私は自分への憤りでどうにかなってしまいそうな心持ちでいた。

 生徒達の危機に、娘の窮地に、今度は立ち会う事さえできなかった……!!

 私は、USJの時を遥かに上回る自責の念を感じていた。

 

「襲撃の直後に体育祭を行う等……今までの『屈さぬ姿勢』はもう取れません。生徒の拉致。雄英最大の失態だ。奴らは二人の生徒と同時に、我々ヒーローへの信頼も同時に奪ったんだ」

「現にメディアは雄英の非難でもちきりさ。爆豪くんを狙ったのも、恐らく体育祭で彼の粗暴な面が少なからず周知されていたからだね。もし彼がヴィランに懐柔でもされたら教育機関としての雄英はお終いだ」

 

 校長が表面上は冷静を保ってそう言うが、いつもより大分毛並みが悪い。

 多大なストレスがかかっている証拠だ。

 

「八木くんに関しては、状況を聞く限りだと、排除できずに仕方なく連れて行ったという可能性が高いね。だが、彼女の戦闘力を考えれば、拐われた直後に襲撃犯達を制圧していてもおかしくはない。……考えたくはないが、一夜明けて特に音沙汰がないという事は彼女ですら敗北したか、あるいは一緒に拐われた爆豪少年を気にして停戦しているのか……。いずれにせよ彼女を倒せる、もしくは戦闘を躊躇させる程の戦力が向こうにはあるという事になるね」

「……本当に考えたくないですね」

 

 相手はあのオール・フォー・ワン。

 何が起きていても不思議ではない。

 魔美ちゃん……! 爆豪少年……!

 どうか無事でいてくれ……!!

 

『でーんーわーがー来た!』

 

 そうして気を揉んでいた時、私の携帯に着信があった。

 私自身の声を登録した着信音が会議室に鳴り響く。

 私は慌てて席を立った。

 

「すいません。電話が……」

「会議中っスよ! 電源切っときましょーよ!」

 

 マイクに言われて、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、私は会議室の外に出た。

 

「ハァ……」

 

 そして、人目がなくなったせいか、思わずため息をついてしまった。

 自責の念に苛まれながら電話に出る。

 画面に表示された相手の名前は塚内くんだった。

 

「───すまん。何だい、塚内くん」

『今、イレイザーヘッドとブラドキングの二人から調書を取っていたんだが、思わぬ進展があったぞ。────ヴィラン連合の居場所、突き止められるかもしれない』

 

 その言葉に私は思わず耳を疑った。

 そして、一心不乱に塚内くんの話に聞き入る。

 

『二週間前。部下が聞き込み調査で「顔中ツギハギの男がテナントの入ってない筈のビルに入って行った」という情報を入手していた。20代くらいだというので過去の犯罪者を漁ってみるも目ぼしい者はおらず、又、ビルの所有者に確認したところ、いわゆる隠れ家的なバーがちゃんと入っているという話だった為、捜査に無関係だと流していたんだが……今回生徒を拐ったヴィランの一人と特徴が合致した! 事態が事態だ。裏が取れ次第すぐにカチ込む! これは極秘事項。君だから話してる!』

 

『今回の救出、掃討作戦。君の力も貸してくれ!』

 

 塚内くんの話を聞き終えて、私は何とも言えない心地になった。

 拐われた子らを救う機会を得た事への喜びと、決戦に向けた戦意の高揚。

 その二つの気持ちが混ざり合う。

 必ず二人を救い出し、今度こそ奴との決着をつけるという決意が、私の中に完成された。

 

『オールマイト?』

「……私は、素晴らしい友を持った」

 

 そして、その機会を作ってくれた友人に、感謝の気持ちが募る。

 

「奴らに会ったらこう言ってやるぜ……!」

 

 その気持ちに応える為にも、私は力強く宣言した。

 

 

 

「私が、反撃に来たってね……!!!」

 

 

 

 待っていてくれ魔美ちゃん、爆豪少年。

 待っていろオール・フォー・ワン。

 

 私が行くぞ!!!

 

 そうして私は、すぐそこにまで迫った決戦の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

 襲撃事件から二日。

 僕は病院のベッドの上で両腕にギプスを付けて寝かされていた。

 怪我のせいで僕はこの二日間、気絶と悶絶を繰り返し高熱にうなされた。

 その間リカバリーガールが来て治癒を施してくれたり、警察が訪ねて来たみたいだけど、何一つ覚えちゃいなかった。

 

「洸太くん、無事かな……」

 

 ポツリと、そんな言葉が口から出た。

 そういう事を考える事しか、今の僕にはできない。

 

「あー! 緑谷!! 目ぇ覚めてんじゃん!」

「え?」

 

 そうしていると、A組の皆がお見舞いに来てくれた。

 でも、そこにはかっちゃんも八木さんもいない。

 二人は連れて行かれてしまった。

 

「オールマイトがさ、言ってたんだ。手の届かない場所へは助けに行けない……って。だから、手の届く範囲は必ず助け出すんだ。……僕は手の届く場所にいた。必ず助けなきゃいけなかった……! 僕の個性はその為の個性なんだ」

 

 前に、体力テストの時に、相澤先生に言われた通りになった。

 

『お前のは一人助けて木偶の坊になるだけ』

「体……動かなかった……!」

 

 悔しい。

 自分の弱さが憎い。

 

「じゃあ、今度は助けよう」

「……へ!?」

 

 突然、切島くんがそんな事を言い出した。

 

「実は俺と轟さ、昨日も来ててよ。そこでオールマイトと八百万が話してるとこ聞いちゃったんだよ」

 

 切島くんの話によると、八百万さんはあの土壇場でヴィランの一人に発信器をつける事に成功していたらしい。

 つまり……

 

「……つまりその受信デバイスを、八百万くんに創ってもらう……と?」

 

 飯田くんが苦い顔で確認するようにそう言った。

 馬鹿な事しようとしてる自覚はあるのか、切島くんも難しい顔してる。

 

「これはプロに任せる案件だ!! 生徒(おれたち)の出ていい舞台ではないんだ馬鹿者!!!」

 

 そして、飯田くんは怒った。

 ここは病院なのに、大声で怒鳴った。

 それだけ、切島くんのしようとしてる事が許せないんだと思う。

 普通に考えて危険すぎるし、ルールにも違反してる。

 飯田くんの言い分は圧倒的に正しい。

 でも……

 

「んなもんわかってるよ!! でもさぁ! なんっもできなかったんだ!! ダチが狙われてるって聞いてさぁ!! なんっもできなかった!! ここで動けなきゃ俺ぁ!! ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!!」

 

 僕には、切島くんの気持ちが、痛い程良くわかった。

 

「切島、落ち着けよ……。こだわりは良いけど今回は……」

「飯田ちゃんが正しいわ」

 

「飯田が! 皆が正しいよ! でも!! なぁ緑谷!! まだ手は届くんだよ!!」

 

 そう言って切島くんが手を差し出してくる。

 ……冷静に考えて、僕らにできる事なんかない。

 それどころか、下手に動いたらプロの邪魔になる。

 それに向こうには八木さんがいるんだ。

 彼女がどうにもできないような事に対して、僕らが何かできる可能性は限りなく低い。

 

 そう、頭ではわかってる。

 でも、

 

 僕は切島くんの言葉に、激しく心動かされていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

「そうそうたる顔ぶれが集まってくれた。さぁ、作戦会議を始めよう」

 

 作戦に参加するメンバーが揃ったところで、塚内くんの言葉によって会議が始まった。

 

「何で俺が雄英の尻拭いを……。こちらも忙しいのだが」

「まあ、そう言わずに。OBでしょう」

「雄英からは今ヒーローを呼べない。大局を見てくれエンデヴァー。───今回の事件はヒーロー社会崩壊の切っ掛けにもなり得る。総力をもって解決にあたらねば」

 

 塚内くんが総力と言うだけあり、今回の作戦には強力な味方が数多く参加している。

 私に加え、ナンバー2ヒーロー『エンデヴァー』。

 ナンバー4ヒーロー『ベストジーニスト』。

 ナンバー5ヒーロー『エッジショット』。

 ナンバー10ヒーロー『ギャングオルカ』。

 

 更に若手実力派の『シンリンカムイ』、『マウントレディ』。

 プッシーキャッツ随一の武闘派『虎』。

 古豪『グラントリノ』。

 その他、警察の特殊部隊が多数。

 

 大きな戦力だ。

 実に心強い。

 だが、それでも相手が相手だ。

 これだけの戦力を集めて尚、確実に勝てるとは限らない。

 しかし、ヒーローに負けは許されない。

 気を引き締めねば。

 

「俊典。俺なんぞまで駆り出すのは、やはり……」

「『なんぞ』なんぞではありませんよグラントリノ! ……ここまで大きく展開する事態。奴も必ず動きます」

「オール・フォー・ワン……。まあ、小娘が未だに暴れてねぇんだ。既に介入してると見るのが妥当か」

 

 そう。

 魔美ちゃんと奴がぶつかったのならば、今頃大騒ぎになっていなければおかしい。

 逆に奴が連合を切り捨てていた場合、既に魔美ちゃんによって連合は壊滅させられ、近場の警察所にでも連行されている筈。

 現状、そのどちらも起きていないという事は、グラントリノの言う通り、奴の介入によって魔美ちゃんが戦闘を思い留まっているという可能性が高い。

 ならば、膠着状態に陥っていると思われる今の内に連中のアジトを叩く。

 奴に時間を与えてはならない!

 

「今回はスピード勝負だ! ヴィランに何もさせるな!」

 

 塚内くんの考えも私と同じ。

 そして、号令が発せられる。

 

「先程行われた雄英の会見。ヴィランを欺くよう、校長にのみ協力要請をしておいた! さも難航中かのように装ってもらってある! あの発言を受け、その日のうちに突入されるようなとは思うまい! ───意趣返ししてやれ! さあ、反撃の時だ! 流れを覆せ!! ヒーロー!!」

 

 そうして、作戦が開始された。

 ベストジーニスト率いる別動隊が、八百万少女の発信器が示す場所、もう一つのアジトと思われる場所へと向かい、我々は魔美ちゃんと爆豪少年がいる方へ向かった。

 

 決戦の舞台は神奈川県横浜市神野区。

 辿り着いたのは、そこにある寂れたビルの前。

 私は拳を握り締め、決意を新たにした。

 

 

 

 とうに日は沈み、今は星の輝く夜の時間帯。

 そして今、後に悪夢と呼ばれる事になる長い長い夜の決戦が幕を開けた。

 




クライマックスだぜ!!


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神野の悪夢

「……は? 何でこの糞餓鬼までついて来てる?

おい黒霧、どういう事だ?」

「申し訳ありません死柄木弔……。あのままゲートを開けたままでいるよりは、あの方(・・・)のいるこちらへ連れて来た方がまだ良いと思ったのですが……」

「ふざけんな。早く追い返せ」

 

 ワープの直後。

 その場に待機してたらしい死柄木と黒モヤのヴィランが早速言い争いを始めた。

 敵を前にして愚かなり。

 良いんだな。

 それが遺言で良いんだな。

 

 そんな感じで、まずはあいつらから殴ろうかと思ってた時、その声が聞こえて来た。

 

『少し待ってくれないかなぁ』

 

 連中のアジトに設置されていたテレビから流れて来た音声。

 それは、二度と聞きたくなかった、嫌悪感を覚える男の声。

 私の中の警戒レベルが最大にまで上昇した。

 

『久しぶりだねぇ、八木魔美子ちゃん。想定外の再会だけど、また会えて嬉しいよ』

「……私はちっとも嬉しくない。あのまま死んでれば良かったのに、このくたばり損ないが」

『ハハハ。随分嫌われたものだねぇ。やっぱり僕が憎いのかな?』

 

 憎いに決まってんでしょうが。

 あんたはパパの体をあんな風にしてくれた野郎だ。

 覚えていない昔の事なんかより、私はその事を今でも根にもってる。

 

「で? わざわざ話しかけて来て何のつもり? これからあんたの手下をボコボコにするんだから、邪魔しないでほしいんだけど」

『それは困った。できれば弔達に手を出すのはやめてほしいんだ。僕の大切な教え子とその仲間達だからね』

 

 は?

 何それ?

 

「それを聞いて私が止まるとでも? むしろ俄然やる気が湧いてきたわ」

 

 口ではそう言ってみたけど、私の内心は怪訝な気持ちでいっぱいだった。

 こいつの性格を考えれば、私にここまで侵入された時点で、ヴィラン連合なんて手駒は切り捨ててくると思ってた。

 それが蓋を開けてみれば、まさか交渉じみたマネをしてくるなんて……。

 なに企んでやがる?

 

『血気盛んな事だ。まあ、個性の副作用を考えれば仕方がないか。でも、本当に良いのかい? 君が弔達に手を出すというのなら、僕は彼らを守る為に戦うよ。君と僕がぶつかれば大きな被害が出る。少なくとも、そこの爆豪くんは確実に巻き込まれるだろうねぇ。それでも良いのかな?』

 

 連合を助ける為に、こいつが自ら出向いて来るだと?

 ……ハッタリか?

 昔は手下がミンチにされても何とも思わないような冷血野郎だったくせに。

 

「……要は停戦しろって事? 私がその提案を呑むと思ってる訳?」

『ああ。思っているよ。何せヒーローは多いもんなぁ。守るものが。君は今回僕が放った脳無に足止めされた。つまり自分の衝動よりも他者を守る事を優先した訳だ。その心意気は立派なヒーローのそれさ。すっかりオールマイトに毒されてしまって悲しいが、それ故に君は動けない。そうだろう? チャーミーデビル』

 

 ……チッ。

 確かに一理ある。

 私が立派なヒーローかどうかはともかくとして、ここで勝手に動いて死人を出すのは色々とまずいし、パパが悲しむ。

 

 何より、私自身こいつと戦って勝てる保証がない。

 

 なにせ、前は暴走モードまで使ったのに負けてるんだから。

 私が負けた後、パパがこいつに致命傷を与えるのを見たから、こいつだってさすがにあの頃よりは弱ってると思うけど、こっちだって暴走モードを使う訳にはいかない。

 前回よりも戦力が低下してるのは私も同じだ。

 戦えば、どうなるかわかったもんじゃない。

 

 こんな交渉をしてきてるって事は、あっちもここで私に暴れられるのは困るって事だ。

 お互いに停戦するに足る理由がある。

 だったら、ここはおとなしくしといて、救助が来るのを待つのも一つの手か。

 ……こいつの言う通りにするのは、心底気に食わないけど。

 

「……チッ!」

 

 私は舌打ちを一つして個性を解除した。

 それと同時に合宿先に残して来た使い魔達を消す。

 こいつらが撤退した以上、もう向こうでの出番はないだろうから。

 代わりに、こっちで働いてもらう。

 

「サモンゲート」

 

 私はこの場で新たに十体の使い魔を召喚した。

 ヴィラン共が警戒態勢を取る。

 安心しなって。

 戦う為に呼び出した訳じゃないから。

 

 私は、使い魔達に爆豪少年を囲むように指示した。

 

「……ッ!? 何のマネだ!! クソ女!!!」

 

 使い魔が暴れる爆豪少年を数体がかりで羽交い締めにする。

 あーあー。

 おとなしくしてなって。

 

「爆豪少年。ひっっっじょうに気に食わないけど、私はあいつの提案を呑んで停戦する事にした。だから君もおとなしくしといて。それと、その使い魔達は君の護衛だよ」

「ハァ!? ざっけんな!! 護衛なんざいらねぇ!!」

「じゃ。そういう事でよろしく」

「聞けやッ!!!」

 

 爆豪少年の意見を無視してバーのカウンターに座る。

 私に戦う意志がなくなったのを確認して、ヴィラン連中が若干肩の力を抜いた。

 でも、まだいつでも戦えるように身構えてる。

 私がその気になったらどうせ全滅するんだから意味ないと思うけど。

 

『フフフ。矛を納めてくれてありがとう。やはり無益な争いは避けるに限るねぇ』

「どの口が言うか。言っとくけど、これが甚だ不本意な一時停戦だって事を忘れないように。……そっちから仕掛けて来たら、即開戦だから」

 

 そう言って私は殺意を籠めた視線でヴィラン連中を睨みつけた。

 その気迫を受けてヴィラン共が冷や汗を流す。

 これだけ脅しとけば、ひとまずは大丈夫かな。

 

「そこの黒モヤ。お茶。ロイヤルミルクティー1つ」

「……え?」

『出してあげなさい黒霧。お茶一杯でおとなしくしていてくれるなら安いものさ。……そういう事だ弔。君もしばらくはおとなしくしていてくれ』

「……ふざけやがって」

 

 そうしてアジトの中はギスギスとした冷戦状態に突入した。

 爆豪少年の暴れる音だけが虚しく響く。

 

 

 

 そんな感じで待つ事二日。

 つけられたテレビから雄英の謝罪会見が放送された。

 私と同じでメディア嫌いの相澤先生が、ただ雄英を責めるだけのマスゴミに頭を下げてる。

 先生……!

 私はその姿にちょっと感動した。

 

「不思議なもんだよなぁ。何故奴ら(ヒーロー)が責められてる?」

 

 私が相澤先生の勇姿に感動してたら、死柄木が急に喋り出した。

 なんだ?

 殺伐とした空気に耐えられなくなったのか?

 いや、この二日間、トガとか名乗った同い年くらい女の子(破綻者)が空気も読まずに私に話しかけて来たから、若干空気が緩んでたけどさぁ。

 

「奴らは少ーし対応がズレてただけだ。守るのが仕事だから? 誰にだってミスの一つや二つある。お前らは完璧でいろって? 現代ヒーローってのは堅っ苦しいなぁ」

「うるさいぞ死柄木ー。今、相澤先生の勇姿を見届けてるんだから静かにしろー」

「黙ってろ糞餓鬼。俺は爆豪くんに話しかけてんだよ」

 

 あ、そうだったんだ。

 

「何? ヒーローのネガティブキャンペーン? それで爆豪少年を勧誘でもするつもりか?」

「ああ、そうだ。勧誘してんだよ。人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民。俺達の戦いは『問い』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう。俺達は勝つつもりだ。……人に、ルールに、ヒーローに縛られて苦しむ気持ち。それを変えたいと願う気持ち。彼ならそれを理解できる。俺達の仲間になれる」

 

 あっそ。

 

「だってさ爆豪少年」

「ハッ! 下らねぇ! 要は嫌がらせしたいから仲間になってくださいだろ!? 無駄だよ! 俺は最強のヒーロー(オールマイト)に憧れた! 誰が何言ってこようが、そこぁもう曲がらねぇ!!」

 

 ほほう。

 パパに憧れるなんて、中々良い心がけじゃないか。

 君がヴィランになったら私の手で引導を渡してやろうとか思ってたけど、余計なお世話で終わりそうで良かったよ。

 

「できれば少し耳を傾けて欲しかったな……。君とはわかり合えると思ってた」

「ねぇわ!」

「アッハッハ! ふられてやんの! ざまぁ!」

 

 思いっきり笑ってやれば、死柄木は殺気の籠った目で私を睨んで来た。

 そんなやっすい殺気なんて欠片も怖くないわ!

 ヒーロー殺しでも見習うんだな!

 

 と、私が死柄木の睨みを鼻で笑っていた時、アジトのドアがノックされた。

 

「どーもぉ。ピザーラ神野店ですー」

 

 そして、そんな間の抜けた声が聞こえて来た。

 ああ。

 

「やっと来たか」

「は? お前いつの間にピザなんか頼みやがった」

 

 いんや。

 ピザは頼んでないよ。

 ただ、

 

 

 

「スマッシュ!!!」

 

 

 

 救助は来ると思ってたよ。

 アジトの壁をぶち抜いてパパが現れた。

 さあ、お掃除の時間だ。

 

「何だぁ!?」

「黒霧! ゲート……」

 

「先制必縛! ウルシ鎖牢!!」

 

 お。

 私が手を出すまでもなく、木を操るヒーローがヴィラン全員を捕縛してくれた。

 中々やるね。

 

「木ぃ!? そんなもん……」

「逸んなよ。おとなしくしといた方が身の為だぜ」

 

 そんな木の拘束を個性と思われる青い炎で燃やそうとしていたヴィランの一人が、パパ達と一緒に登場したおじいちゃんの蹴りで沈黙した。

 おじいちゃんも来てくれたんだぁ!

 

「パパ! おじいちゃん!」

「魔美ちゃん! 爆豪少年! 無事で良かった!」

 

 パパは私達の無事を確認した後、改めてヴィラン共に向き直った。

 

「さあ、もう逃げられんぞヴィラン連合!! 何故って!? 我々が来た!!」

 

「オールマイト……!! あの会見後に……まさかタイミングを示し合わせて……!」

「木の人! 引っ張んなってば! 押せよ!!」 

「や~~~!!」

 

 パパ達の突入から僅か数秒。

 ヴィラン共はもう制圧されて身動き取れない。

 凄いな。

 私がやるより早いかもしれない。

 さっすがプロ!

 

「攻勢時ほど守りが疎かになるものだ。ピザーラ神野店は俺達だけじゃない。外はあのエンデヴァーをはじめ、手練れのヒーローと警察が包囲している」

 

 扉をすり抜けるように現れた忍者っぽいヒーローがそう言った。

 その人がアジトの扉を開けて、そこから警察の皆さんが突入してくる。

 これでアジトは完全制圧だね。

 というかエンデヴァーさんも来てるんだ。

 保須の時といい、何とも仕事熱心な人だ。

 

「怖かったろうに……よく耐えた! ごめんな……。もう大丈夫だ魔美ちゃん、爆豪少年!」

「こっ……怖くねぇよ!! ヨユーだクソッ!!」

「私も同じく。こいつら程度なら屁でもないよ。……それより気をつけてパパ。あいつが出て来るかもしれない」

 

 私の言葉を聞いて、パパの表情がより一層引き締まった。

 驚いてはいないみたいだし、予想はしてたっぽいね。

 

「せっかく色々こねくり回してたのに……! 何そっちから来てくれてんだよラスボス……!」

 

 死柄木が苛立たしそうな目でパパを睨んでいた。

 でも、その表情にはまだ余裕が窺える。

 何かあるな。

 あいつの加勢を期待してるのか?

 

「仕方がない。俺達だけじゃない……そりゃあこっちもだ。……黒霧。持って来れるだけ持って来い!!」

 

 この口調。

 自分で何とかする気か?

 となると脳無でも持って来る気か?

 

 しかし、死柄木の言葉とは裏腹に、黒モヤのヴィランは動かなかった。

 

「すみません死柄木弔……。所定の位置にある筈の脳無が……ない……!!」

「!?」

 

 あ、やっぱり脳無だったのか。

 でも、それは使えないと。

 どういうこっちゃ?

 

「やはり君はまだまだ青二才だ、死柄木!」

「あ?」

 

 そう言うって事は、パパ達が上手くやったのかな?

 

「ヴィラン連合よ。君らは舐めすぎた。少年少女の魂を。警察のたゆまぬ捜査を。そして……我々の怒りを!! ……この台詞は前にも言ったが、あえてもう一度言おう。おいたが過ぎたな!! ここで終わりだ死柄木弔!!」

 

 ああ。

 確かUSJの時も言ってたね、その台詞。

 あの時は脳無の予想外の抵抗のせいで、結局逃がしちゃったんだっけ。

 だからこそ、今回は絶対に逃がさない。

 そう言ってる訳だ。

 

「終わりだと……? ふざけるな……! まだ始まったばかりだ。正義だの、平和だの、あやふやなもんでフタされたこの掃き溜めをぶっ壊す……。その為にオールマイト(フタ)を取り除く。仲間も集まり始めた。ふざけるな……! ここからなんだよ……! 黒ぎっ……」

 

 死柄木がまた黒モヤヴィランに頼りそうだったから、先に殴って気絶させといた。

 まだ私の戦闘許可は解けてないし、大丈夫でしょ。

 

「糞餓鬼ィ!!!」

「さっき言ったろ。おとなしくしといた方が身の為だって。引石(ひきいし)健磁(けんじ)(さこ)圧紘(あつひろ)伊口(いぐち)秀一(しゅういち)渡我(とが)被身子(ひみこ)分倍河原(ぶばいがわら)(じん)。少ない情報と時間の中、おまわりさんが夜なべして素性をつきとめたそうだ」

 

 それ、こいつらの本名かい? おじいちゃん。

 凄いな警察。

 敵に回したくないねぇ。

 

「わかるかね? もう逃げ場はねぇって事よ。なぁ死柄木。聞きてぇんだが、お前さんのボスはどこにいる?」

「……………………………」

 

 おじいちゃんの尋問に死柄木は答えない。

 そもそも聞いてもいない。

 その顔には、ただただ狂気的な怒りと憎しみ、そして焦りが浮かんでいた。

 

「ふざけるな……! こんな……! こんな……! また、こんなあっけなく……!」

 

 死柄木はうわ言のような言葉を吐き続ける。

 

「ふざけるな……! 失せろ……! 消えろ……!」

「奴は今どこにいる!! 死柄木!!」

 

 パパが怒鳴るように死柄木に問いかける。

 それがトリガーになったかのように、死柄木は叫んだ。

 

 

「お前が!!! 嫌いだ!!!」

 

 

 

 その叫びに呼応するかのように、空中に謎の液体が現れる。

 そして、───その液体の中から、大量の脳無が現れた。

 

 

 

 戦いが、始まった。

 




決戦開幕!


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神野の悪夢 パート2

「脳無!? 何もないところから……! あの黒い液体は何だ!?」

「小娘!! 黒霧は!?」

「完全に気絶させた! こいつの仕業じゃないよ!!」

 

 なのに、脳無は次から次へと出てくる。

 こんなに在庫があったのか……!?

 

「お"!? っだこれ……!? 体が……飲まっれ……」

「爆豪少年!!」

 

 パパの焦ったような声に振り向いて見れば、脳無が出てきた謎の液体と同じものが爆豪少年の口からも溢れていた。

 うげ! 気持ち悪っ!!

 そして、そのまま溢れて来た液体に包まれて、爆豪少年が消えてしまった。

 マジかい……!!

 

NO(ノー)ーーーーー!!!」

「エンデヴァー!! 応援を……!?」

 

 ヒーローの一人が外にいるっていうエンデヴァーさんに応援を頼んだけど、それは無理だろう。

 何か、外からも戦闘音がする。

 あっちにも脳無が送りつけられたっぽい。

 乱戦になってきたな……!

 

「ぼえ!!」

 

 えずくような声が聞こえて、今度は何だと思えば、ヴィラン連合全員の口から爆豪少年を飲み込んだのと同じ謎の液体が溢れていた。

 あれって多分、ワープ系の個性。

 てことは……!!

 

「マズイ!! 全員持っていかれるぞ!!」

「おんのれ!! 私も連れて行け!!!」

 

 パパが死柄木に手を伸ばす。

 私は持っていかれるくらいなら死柄木をやっておこうとダークネス・スマッシュを撃とうとしたんだけど、これだとパパに当たっちゃうから慌てて中断した。

 くぅ……!

 やっぱり連携は苦手だ!

 

 そんな一瞬の躊躇の間に連中のワープは終わり、この場から一人残らずヴィラン共が消えた。

 

「すみません皆様ァ!!!」

「お前の手落ちじゃないシンリンカムイ! 俺達も干渉できなかった。黒霧の『空間に道を開く』ワープじゃなく『対象のみを転送する』系と見た!」

 

 間違いなくあいつの仕業だ!!

 私は脳無を仕留めながら考える。

 こんな事ができるなら、何で最初から、私に侵入された時点で使わなかったんだろ?

 ……いや、目撃者が爆豪少年くらいしかいない状況なら、私は転送される前に死柄木あたりを殺してたかもしれない。

 私が本気で殴れば死体も残らない。

 隠蔽ができるなら殺ってたかもしれない。

 その可能性を考慮したのか。

 嘘でも何でもなく、それだけ死柄木が大事って事か……?

 

「エンデヴァー!! 大丈夫か!?」

「どこを見たらそんな疑問が出る!? さすがのトップも老眼が始まったか!? 行くならとっとと行くがいい!!」

「ああ。任せるね」

 

 エンデヴァーさんとの短い会話を終わらせて、パパがどこかへ行こうとしてるのがわかった。

 あいつの居場所を知ってるのか……!

 警察の捜査のおかげか?

 でも、そんな事、今はどうでもいい。

 

「パパ。行くなら私もついて行くから」

「魔美ちゃん……」

「止めても無駄だからね。危険だろうが、規則違反だろうが、これでヒーローの資格を失おうが、これだけは絶対に譲れない。この戦いは私の原点(オリジン)だから」

 

 これは私の信念をかけた戦いになる。

 誰が何と言おうと、たとえパパに止められようと、私は行く。

 パパはそんな私を見て、困ったような顔をした。

 

「行け小娘。戦闘許可だ」

 

 そんな私の決心を知ってか知らずか、保須の時みたいにおじいちゃんが戦闘許可をくれた。

 背中を押してくれた。

 

「グラントリノ!?」

「俊典。わかるだろう、止めても無駄だと。今の小娘はお前と同じ眼をしてやがる。それに前にも言ったよな。奴との戦いになるなら小娘の力は必要だと。ここまで来たら腹括れ!」

「……ッ!!」

 

 パパはとびきり苦い顔をした後、それを飲み込んだように真剣な顔になった。

 覚悟を決めたらしい。

 

「……わかった。今度は(・・・)共に戦おう魔美ちゃん。いや、『チャーミーデビル』! 我々の手で奴を倒し、爆豪少年を救い出すぞ!!」

「そう来なくっちゃ!」

 

 パパはわざわざ私をヒーロー名で呼んだ。

 あいつにも同じ呼ばれ方されたけど、その意味は全然違う。

 パパは今この瞬間だけ、私を守るべき対象ではなく、共に戦う一人のヒーローとして見てくれている。

 それが何より嬉しい。

 

「行くぞ!!」

「おー!」

 

 そして、私達はあいつの元へ向かって飛び立った。

 ヒーローとして、一人の少年を救う為に。

 巨悪を討ち果たす為に。

 そして、長い因縁に決着をつける為に。

 

 私達は決戦の場へと赴いた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──緑谷視点

 

 

 

 恐怖で体が動かなかった。

 

 あの後、皆の制止を振り切って、かっちゃんの救出に向かった僕と轟くんと切島くん。

 そんな僕らを監視する為に同行した飯田くんと八百万さん。

 発信機が示す場所に辿り着いた僕ら五人は、そこでとんでもないものを見た。

 

 最初に見たのは、ヴィラン連合のアジトと思われる廃倉庫の中にいた、大量の脳無。

 それに驚いてる間に始まった、ヒーロー達によるアジトへの突入作戦。

 あっという間にアジトを制圧したヒーロー達を見て安心した。

 僕らなんかが出る幕もなく事態は終息した。

 ……筈だった。

 

 でも、その状況は、突然現れた、たった一人のヴィランの手によって覆された。

 

「せっかく弔が自身で考え、自身で導き始めたんだ。あの子といい、君達といい、できれば邪魔はよして欲しかったな」

 

 何が起きたのかすらわからなかった。

 凄い音がして、気がついたらアジト周辺が吹き飛んでいて、ヒーロー達の声は聞こえなくなっていた。

 聞こえて来るのは、それを引き起こした男の声だけだった。

 

 振り向く事すらできない。

 その男の気迫を受けて、ただ恐怖に震える事しかできない。

 圧倒的な恐怖の象徴。

 まさか、あれが、あれが……オール・フォー・ワン……!!

 

「ゲッホ!! くっせぇぇ……! んっじゃこりゃあ!!」

「悪いね爆豪くん」

「あ!?」

 

 そうして僕らが動けないでいた時、突然水が弾けるような音がして、かっちゃんの声が聞こえて来た。

 どうやってか知らないけど、突然この場にかっちゃんが現れた。

 あんな怪物の前に、たった一人で……!!

 助けなきゃと思うのに、震える体は動いてくれない。

 

 その後もバシャバシャという水音が聞こえて来て、何人かのえずくような声が聞こえて来た。

 

「また失敗したね弔」

 

 弔……。

 死柄木が来たのか……!

 

「でも、決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。爆豪くんもね。君が大切な駒だと考え判断したからだ。いくらでもやり直せ。その為に(せんせい)がいるんだよ。───全ては、君の為にある」

 

 怖い。

 オール・フォー・ワンの一言一言が、一挙一動が怖くて仕方がない。

 

 だけど……!!

 

 あの時、かっちゃん達が拐われた時、体が動かなくて助けられなかったんだろう!!!

 怖いから動けないなんて!!

 目の前にいるんだぞ!!

 

 とにかく、動かなきゃ……!!

 ここで動けなきゃ、何も……

 

 そうやって動こうとした僕の体を、飯田くんが掴んで止めた。

 飯田くんだって怖くて震えてるのに、宣言通り、無謀な事をしようとした僕を止めてくれた。

 その必死な顔を見て、少しだけ冷静になる。

 そうだ……!

 今は、何も考えずに感情だけで動いていい場面じゃない。

 勇気と無謀は違うって、破滅的な方法は使っちゃいけないって、教わったじゃないか!!

 落ち着かないと……!

 

「…………やはり来てるな」

 

 オール・フォー・ワンが言ったその一言に、心臓を握り潰されるような感じがした。

 まさか……バレた!?

 だとしたら、もう打つ手が……!

 

 でも、それは僕らを指した言葉じゃなかった。

 突然、背後から轟音が聞こえて来た。

 そこでは、オールマイトとオール・フォー・ワンが。

 最強のヒーローと、最強のヴィランが激突していた。

 

「全てを返してもらうぞ!! オール・フォー・ワン!!!」

「また僕を殺すか! オールマイト!!」

 

 二人の攻防の余波が衝撃波となって周囲に拡散する。

 ぶつかっただけでこの威力……!

 次元が違い過ぎて、僕らにはとても立ち入れない。

 

「私もいるぞ!!」

 

 そんな誰にも立ち入れないような頂上決戦に、割って入る声がした。

 僕のよく知ってる人の声。

 もう一人の最強が、頂上決戦に乱入した。

 

「デビル・スマッシュ!!!」

 

 八木さんの必殺技の余波が、更なる暴風を巻き起こす。

 

 

 そうして、僕らの見ている前で因縁の対決が始まった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 パパの攻撃を受け止めてるところを狙って、頭上から放ったデビル・スマッシュ。

 それを、オール・フォー・ワンは後ろに下がって回避した。

 そして、手加減抜きで放った私の拳が地面に突き刺さり、大きなクレーターと、強大な衝撃波を生み出す。

 

 そんな破壊の嵐の中で、私達は対峙した。

 

「ずいぶん遅かったじゃないか。バーからここまで5キロ余り。僕が脳無を送り優に30秒は経過しての到着。衰えたねオールマイト。そして君も大した事はないねチャーミーデビル」

 

 言ってくれるじゃないか、この野郎ォ。

 ちょっと話してて遅くなっちゃっただけだ!!

 断じて私が弱い訳じゃないもんね!!

 せいぜい油断してろ! バーカ! バーカ!

 

「貴様こそ、何だその工業地帯のようなマスクは!? だいぶ無理してるんじゃあないか!?」

 

 パパの言う通り、オール・フォー・ワンは何だか仰々しい黒マスクを付けていた。

 あんなの前に戦った時はなかった。

 感じる迫力も前より随分弱い。

 さしずめ、生命維持装置とかそんなところかね?

 

「そう言うあんたもちゃんと衰えてるみたいで安心したよ。これなら問題なくボコボコにできそうだ」

「ハハハ。言うねぇ」

 

 お互いに殺気を籠めた言葉の応酬。

 それだけで並みの人間なら気絶する程の殺伐とした空気が流れるけど、こんなのは軽い挨拶みたいなもんだ。

 すぐに本当の戦いが始まる。

 

「6年前と同じ過ちは犯さん! 爆豪少年を取り返す! そして貴様は今度こそ刑務所にぶち込む! 貴様の操るヴィラン連合もろとも!!」

 

 そう言いながらパパが突撃した。

 私はタイミングを見計らい、とりあえず使い魔を再召喚して爆豪少年の護衛を命じた。

 ディザスターモードはまだ使わない。

 多分、あれを使ったワンマンプレイより、稚拙でもパパと連携した方が強いと思うから。

 

「それはやる事が多くて大変だな。お互いに!」

 

 その瞬間、オール・フォー・ワンの左腕が異様に膨らんだ。

 その腕がパパに向けられ、そこから強烈な衝撃波が放たれた。

 その直撃を受けたパパが周辺のビルを薙ぎ倒しながら吹き飛んで行く。

 

「パパ!!」

「『空気を押し出す』+『筋骨発条化(きんこつばねか)』『瞬発力』×4『膂力増強』×3。この組み合わせは楽しいなぁ。増強系をもう少し足すか」

 

 呑気に語るオール・フォー・ワンに怒りと殺意が沸いてくる。

 あの程度でパパが死なないのはわかってる。

 それでも、この怒りは破壊衝動によって増幅され、私はオール・フォー・ワンに飛びかかっていた。

 

「デビル・スマッシュ!!!」

「『転送』+『衝撃反転』!」

 

 そんな私の攻撃を、オール・フォー・ワンはパパに使ったのとは違う技で防いだ。

 あのワープする謎の液体がオール・フォー・ワンの目前に現れ、液体の中にいる何か(・・)が私の攻撃を防いだ。

 しかも、攻撃の威力を全部跳ね返されたみたいに、右腕に大きなダメージが。 

 それは問題ない。

 超再生ですぐに治る。

 問題は液体の中にいるこいつ(・・・)だ。

 

「何、こいつ!?」

 

 そこにいたのは脳無だった。

 でも、ただの脳無じゃない。

 そいつの触手みたいに伸びた腕が、パンチの為に突き出した私の右腕をがっちりと掴んで拘束していた。

 悪魔の力を以てして振りほどけない。

 なんてパワーだ!!

 

「良いだろう。『ハイエンド』と言うんだ。まだ未完成だが、だいぶ君に近い性能を持たせる事に成功した傑作だよ。君は彼と遊んでいるといい。──ハイエンド、任せたよ」

「まマカせ……ま任せロ……」

 

 喋った!?

 そして、ハイエンドとやらは私を拘束したまま、凄いスピードで飛んで戦場から引き離そうとしてきた。

 しかも、ハイエンドの体内から数体の脳無が飛び出して来て、使い魔とかち合う。

 マズイ!!

 

 使い魔の邪魔をされるのもマズイけど、パパと分断されるのが一番マズイ!!

 それだけは絶対に駄目だ!!

 それじゃ、何の為にここまでついて来たのかわからない!!

 

 ここは出し惜しみしてる場合じゃない!!

 

「ディザスター・モード!!!」

 

 私の視界が破壊衝動で赤く染まる。

 この興奮状態じゃパパとの連携はできない。

 でも、それ以前に、まずはこいつ(ハイエンド)を排除しない事には始まらない!!

 

 瞬殺してやる!!

 

 私はハイエンドの拘束を力ずくで振り払い、必殺の拳を繰り出した。

 

「サタナエル・スマッシュ!!!」

 

 USJの時にも使った魔王の一撃がハイエンドに炸裂し、その胴体に巨大な風穴を空けた。

 殺しちゃったとか、今は関係ない!

 すぐにパパの所に戻らないと!!

 

 でも、私の体は動かなかった。

 再び私の体を掴んで来たハイエンドの腕に引っ張られて。

 

「お……おオお前……ツ強い……強いナ……!!」 

 

 ハイエンドが嗤った。

 胴体に空けた筈の風穴は、どこにもなかった。

 超再生か……!!

 それも、かなり高性能な……!!

 最悪だ!!

 

「力を……あア新たナ……おっおっ俺の強ヨサを……試させテくレ!!」

「うっさい!! 黙れ!! レギオン・スマッシュ!!!」

 

 連撃を叩き込んで体中を粉砕してやるも、効果なし。

 すぐに再生しやがった。

 ウザイ!

 そして強い!

 USJの時の脳無よりも!!

 

「クッソォ!!!」

 

 焦りと苛立ちが私の理性を侵食する。

 それを必死で抑え込みながら、私は戦いを続けた。

 



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神野の悪夢 パート3

 ──緑谷視点

 

 

 

 目の前で繰り広げられるオールマイトとオール・フォー・ワンの戦闘は、一挙一動が暴風と衝撃波を発生させる人外の戦いだった。

 少し離れた所では、八木さんも同様の戦いを繰り広げている。

 オール・フォー・ワンが八木さんにぶつけた脳無もバカみたいに強い。

 

 そんな絶対強者達がぶつかり合う危険地帯の中で、かっちゃんもまた戦っていた。

 

 相手はヴィラン連合の6人。

 奴らは撤退しようとしてる。

 オール・フォー・ワンが、さっきUSJで脳無の腕がやったのと同じ技で黒霧のワープゲートを無理矢理開けた。

 そして、オール・フォー・ワンと脳無がオールマイトと八木さんをくい止めてる間に逃げようとしてる。

 その時に無理矢理にでもかっちゃんを連れて行くつもりだ!

 

 オールマイトがかっちゃんを助けようと動いても、オール・フォー・ワンに邪魔される。

 八木さんが残していった使い魔達も、無数の白い脳無に足止めされて、かっちゃんを助けには行けない。

 こんなピンチに……!! なのに……!!

 

 僕らは、戦う事が許されない……!

 

『資格未取得者が保護管理者の指示なく個性で危害を加えようとした事。たとえ相手がヒーロー殺しであろうとも、これは立派な規則違反だワン』

 

『ルールを破るというのなら、その行為はヴィランのそれと同じなのよ』

 

 保須で面構さんに言われた言葉、そして僕らを引き留める為に蛙吹さんが言った言葉が脳裏に蘇る。

 それにこれは、規則やルールだけの話じゃない。

 僕らは、オールマイトや八木さんに比べて、圧倒的に弱い。

 下手に動けば二人の足を更に引っ張る事になる。

 

 せめて……!!

 せめて、どこか隙が……!!

 一瞬でいい、戦わずにかっちゃんを助け出せる道はないか……!!?

 かっちゃんが助かれば、オールマイトも存分に力を……

 

 …………オールマイト。

 …………隙。

 

 ハッ!!

 

「飯田くん、皆!」

「ダメだぞ緑谷くん……!!」

「違うんだよ、あるんだよ! 決して戦闘行為にはならない! 僕らもこの場から去れる! それでもかっちゃんを助け出せる方法が!!」

 

 そうして僕は皆に話した。

 何とか知恵を振り絞って考え出した作戦を。

 

「飯田さん……」

「…………バクチではあるが、状況を考えれば俺達へのリスクは少ない。……何より成功すれば、全てが好転する。────やろう」 

 

 飯田くんも納得してくれた。

 僕らは覚悟を決めて動き出す。

 戦う為じゃなくて、助ける為に。

 

 僕のフルカウルと飯田くんのレシプロで、まず機動力!

 そして、切島くんの硬化で、今まで僕らの姿を隠してくれてた壁をぶち抜く!

 開けた瞬間、轟くんの氷結が道を形成する。

 なるべく高く飛べるように、ジャンプ台としての道を。

 

 氷の上を滑走し、その勢いのまま僕らはヴィランの手の届かない高さから戦場を横断する。

 オール・フォー・ワンはオールマイトを食い止めてるし、脳無は八木さんと使い魔を食い止めてる。

 これはつまり、逆もまた然り!

 戦ってるなら、こっちには来れない!!

 

 そしたら切島くんだ。

 僕じゃダメだ。

 轟くんでも、飯田くんでも、八百万さんでも……。

 入学してから今まで、かっちゃんと対等な関係を築いてきた、友達の呼び掛けなら!!

 

 

「来い!!」

 

 

 かっちゃんは応えた。

 個性の爆風で空を飛び、差し出した切島くんの手を掴んだ!

 

「バカかよ……!」

 

 そう言いながら、かっちゃんは笑っていた。

 

 追って来るヴィラン達は、ヒーロー達が抑えてくれた。

 そうして僕らはかっちゃんの救出に成功し、戦場から撤退した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

「なぁ、あいつ緑谷!! っとに益々お前に似てきとる! 悪い方向に!!」

 

 駆けつけて来てくれたグラントリノに怒られてしまった。

 私も驚きだ。

 

「保須の経験を経て、まさか来ているとは十代……! しかし情けない事にこれで……心置きなく、お前を倒せる!!」

 

 爆豪少年は救出された。

 連合はグラントリノが相手をしてくれる。

 魔美ちゃんの方が気がかりだが、未だに激しい戦闘音が聞こえてくる以上、倒されてはいるまい。

 今はあの子を信じる!

 

「やられたな。一手で綺麗に形勢逆転だ」

 

 そう言いながら、オール・フォー・ワンが赤黒い爪を伸ばしてくる。

 USJの脳無も使っていた個性。

 私はそれを咄嗟に避けた。

 

 だが、それが間違いだった。

 

「!?」

「個性強制発動。『磁力』!」

 

 赤黒い爪がグラントリノによって倒されたヴィランの一人に突き刺さり、その個性が発動した。

 磁力の名の通り、ヴィラン連合全員が引き寄せられるように開いたワープゲートへと放り込まれて行く!

 

「弔。君は戦い続けろ」

 

 クッ!!

 またしても逃してしまうとは!!

 自分が情けない!!

 

 しかし、貴様だけは逃がさんぞオール・フォー・ワン!!

 

 その意志をもって奴に殴りかかる。

 

「『転送』+『衝撃反転』! 僕はただ弔を助けに来ただけだが、戦うというなら受けて立つよ」

 

 しかし、あのワープする液体が奴の前に現れ、しかも液体はグラントリノをワープの対象としていた。

 突き出した拳はもう止まらない。

 咄嗟にできうる限り勢いを殺したが、それでも結構な威力の攻撃がグラントリノに当たってしまった!

 

「すみません!!」

 

 グラントリノのダメージは大きい。

 そして、攻撃の威力を跳ね返されたかのように、殴った腕にまでダメージを受けた。  

 

「何せ僕はお前が憎い。かつて、その拳で僕の仲間を次々と潰し回り、お前は平和の象徴と謡われた。僕らの犠牲の上に立つその景色。さぞや良い眺めだろう?」

 

 再びオール・フォー・ワンの腕が大きく膨らむ。

 あの衝撃波が来る!

 私は左腕でグラントリノを救出し、右腕で衝撃波を迎え撃った。

 

「デトロイト・スマッシュ!!!」

 

 私の拳が何とか衝撃波を相殺する。

 凄まじい勢いで体力が消費されていくのを感じる……!

 だが、倒れる訳にはいかない!!

 平和の象徴に、敗北は許されない!!

 

「心置きなく戦わせないよ。あの子にも言った事だが、ヒーローは多いよなぁ、守るものが」

「黙れ……!!」

 

 貴様がヒーローを語るな……!!

 

「貴様はそうやって人を弄ぶ! 壊し! 奪い! つけ入り支配する! 日々暮らす方々を! 理不尽が嘲り嗤う!」

 

 そして、魔美ちゃんのような被害者が生まれるのだ!

 

「私はそれが! 許せない!!!」

 

 その怒りと共に放った拳が、奴の顔に突き刺さった。

 マスクが砕け、奴の体が地面に倒れる。

 しかし、

 

「どうした? いやに感情的じゃないかオールマイト」

 

 オール・フォー・ワンをまだ、倒しきれない!

 マスクの下から出てきた顔は、目も鼻もない、まるでのっぺらぼうのような有り様だった。

 こんな状態でまだ動くか……!

 亡霊め!!

 

「同じような台詞を前にも聞いたな。ワン・フォー・オール先代継承者。志村(しむら)菜奈(なな)から」

 

 貴様ァ……!!!

 

「貴様の穢れた口で、お師匠の名を出すな!!」

 

 あの人は、貴様が貶めていい人じゃない!!

 

「理想ばかりが先行し、まるで実力の伴わない女だった。ワン・フォー・オール生みの親として恥ずかしくなったよ。実にみっともない死に様だった。どこから話そうか」

「黙れぇ!!!」

 

 怒りに駆られて拳を振りかぶる。

 そこで奴の右腕が膨らんでいるのに気づいた。

 また衝撃波!!

 咄嗟に拳の軌道を変え、奴の右腕目掛けて振り下ろす!

 

「デトロイト・スマッシュ!!!」

「『衝撃反転』!」

「ぐあッ!?」

 

 これはさっきの……!?

 フルパワーでも撃ち抜けないか!!

 

「+『衝撃波』!!」

「ぐっ!!」

 

 次いで衝撃波。

 私は避ける事もできず、まともに食らって吹き飛ばされた。

 そして、吹き飛ぶ私の直線上に報道ヘリが!

 マズイ!!

 

「俊典!」

「!」

 

 間一髪のところで、飛んで来たグラントリノに救われた。

 ありがたい……!

 

「6年前と同じだ! 落ち着け!! そうやって挑発に乗って! 奴を捕り損ねた!! 腹に穴を開けられた! お前のダメなとこだ! 奴と言葉を交わすな!」

「……はい」

「前とは戦法も使う個性もまるで違うぞ! 正面からはまず有効打にならん! 虚をつくしかねぇ! まだ動けるな!? 正念場だぞ!!」

「……はい!」

 

 まだ体力は残っている。

 ワン・フォー・オールの残り火は、まだ燃え尽きてはいない。

 私はまだ、戦える!!

 

「少し悩んでいるよ。弔がせっせと崩してきたヒーローへの信頼。決定打を僕が打ってしまってよいものか……。───でもね、オールマイト。君が僕を憎むように、僕も君が憎いんだぜ?

 僕は君の師匠を殺したが、君も僕の築き上げてきたモノを奪っただろう? だから君には可能な限り酷たらしい死を迎えてほしいんだ!」

 

 また奴の腕が膨らんでゆく。

 今度は両腕だ!

 これまでよりも遥かに強い攻撃が来る!

 

「でけぇの来るぞ! 避けて反撃を……」

「避けて良いのか?」

 

 何を……ハッ!!

 私の後ろには、まだ人が!!

 

「君が守ってきたものを奪う!」

 

 大きな衝撃波を、体を盾にして何とか受け止める。

 ダメージはない。

 私の後ろの人々には。

 

「そら、もう一発だ!」

 

 再び強大な衝撃波が迫る。

 まるで私の中の残り火を吹き消すかのように、何度も、何度も。

 そして、攻撃が止まった時にはもう、私はマッスルフォームも保てないほど消耗していた。

 

「まずは怪我をおして通し続けた、その矜持。惨めな姿を世間に晒せ。平和の象徴」

 

 ここには報道ヘリが来ている。

 奴の言う通り、この姿は世間に知られてしまっただろう。

 

「頬はこけ、目は窪み! 貧相なトップヒーローだ! 恥じるなよ! それがトゥルーフォーム! 本当の君なんだろう!?」

 

 煽るようにオール・フォー・ワンが語る。

 だが、だからどうした。

 この程度で私が諦めるとでも思ったか!!

 

「身体が朽ち衰えようとも……その姿を晒されようとも……私の心は依然平和の象徴!! 一欠片とて奪えるものじゃあない!!」

 

 私はまだ倒れていない!

 ワン・フォー・オールも消えてはいない!

 見くびるな、オール・フォー・ワン!!

 

「素晴らしい! まいった。強情で聞かん坊な事を忘れていた。じゃあこれ(・・)も君の心には支障ないのかな? あのね、────死柄木弔は、志村菜奈の孫だよ」

 

 …………………………は?

 

「君が嫌がる事をずぅっと考えてた。君と弔が会う機会をつくった。君は弔を下したね。何も知らず、勝ち誇った笑顔で」

「ウソ……」

「事実さ。わかってるだろ? 僕のやりそうな事だ。───あれ? おかしいなオールマイト。笑顔はどうした?」 

 

『どんだけ怖くても、「自分は大丈夫だ」っつって笑うんだ! 世の中、笑ってる奴が一番強いからな!』

 

 脳裏にお師匠の笑顔が過る。

 今はもういない、母のように思っていた人の笑顔が。

 

「き……さ……ま……!」

「やはり楽しいな! 一欠片でも奪えただろうか?」

 

 彼が……お師匠のご家族。

 私は、私は、なんという事を……!!

 

「ム!?」

 

 私が後悔の念に押し潰されてしまいそうになった時、何かが奴目掛けて高速で飛んで来たのが見えた。

 オール・フォー・ワンは、その飛んで来た何かをワープでこの場から消した。

 そして、轟音と共に見慣れた背中が、魔美ちゃんが現れた。

 

「ハイエンドをもう制圧したか。想定よりも遥かに早い。やるねチャーミーデビル。だが……」

「ハァ……!! ハァ……!!」

 

 現れた魔美ちゃんは様子がおかしかった。

 血走った眼で周囲を睥睨し、呼吸も荒い。

 姿もディザスターモードと呼んでいた状態から変わっていた。

 全体的なシルエットは変わらないが、右腕から頬にかけて黒い鎧のような甲殻が張り付いている。

 あの姿を私は知っている。

 あれは、魔美ちゃんが暴走していた時に全身を包み込んでいた鎧だ。

 

「出力80%といったところかな? この土壇場で更なる力を発揮するとは見事なものだ。───でも、もう限界だろう? 理性を保つので精一杯と見た。暴走したくなければ、そこでおとなしく見ていると良い。まあ、暴れたいというのならば止めないがね!」

 

 そんな煽るようなオール・フォー・ワンの言葉も、もう聞こえていないのかもしれない。

 それくらい、今の魔美ちゃんからは冷静さの欠片も感じられなかった。

 そして、魔美ちゃんは超高速で動き出し───私の前に陣取った。

 まるで、私を守るかのように。

 

「魔美……ちゃん……」

 

 魔美ちゃんは応えない。

 でも、その小さな背中からは、確かに私を守るという意志が伝わって来た。

 こんな極度の興奮状態にあって尚、この子は私を守ろうとしてくれている。

 

「負けないで……! オールマイト……! お願い……! 助けて……!」

 

 今度は後ろから声が聞こえてきた。

 私が背中に庇っていた、守るべき誰かの声が。

 

「なんだ貴様……! その姿はなんだオールマイトォ!!!」

 

 次に聞こえたのは、エンデヴァーの怒鳴り声。

 彼に続いて、向こうにいたヒーロー達が続々とこちらに向かって来るのが見えた。

 エンデヴァーとエッジショットがオール・フォー・ワンに立ち向かい、他の者達は倒れた者を救ってゆく。

 

「オールマイト……。我々には、これくらいしかできぬ……。あなたの背負うものを、少しでも……!」

「虎……!」

「あの邪悪な輩を止めてくれオールマイト……! 皆、あなたの勝利を願っている……! どんな姿でも、あなたは皆のナンバー1ヒーローなのだ!」

 

 ああ。

 そうだ。

 そうだった。

 何をやっているのだ私は。

 

 私には戦わねばならない理由があった。

 拳を握る理由があった。

 悪を挫く為に。

 平和を守る為に。

 人々を救う為に。

 

『どんだけ怖くても、「自分は大丈夫だ」っつって笑うんだ!』

 

 そうでした。

 私は平和の象徴。

 どんなに辛くとも、笑って悪に立ち向かわねばならない。

 ただ、それだけの事だった。

 

 私は、涙を流しながら、最後の力を振り絞った。

 

「ああ……! 多いよ……! ヒーローは、守るものが多いんだよ! オール・フォー・ワン!! ───だから、負けないんだよ」

 

 かき消える寸前のワン・フォー・オールの残り火を、右腕に集中させる。

 右腕のみの歪なマッスルフォーム。

 これが今の私の全力。

 だが、それだけあれば充分だ。

 まだ、もう少しだけ、私は戦える。

 

 そうして私は、生涯最後となるだろう戦闘態勢に入った。

 




まさに総力戦!!


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神野の悪夢 パート4

 ハイエンドを一秒でも早く倒す為に、私は個性の出力を更に引き上げた。

 暴走一歩手前のディザスターモードを超えて、絶対に越えてはならない一線に更に近づく。

 

 壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ!!

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!

 暴れろ!!

 暴れたい!!

 暴れさせろ!!!

 

 破壊衝動が、それに伴う感情が、止めどなく溢れて来る。

 それに何とか蓋をして理性を保つ。

 頭が割れそうに痛い。

 理性が今にも飛びそうだ。

 この衝動に身を任せてしまえば楽になる。

 そんな弱音を気力でねじ伏せて、これだけのリスクと引き換えに手にした力をハイエンドに向けて振るう。

 

 そのおかげで何とかハイエンドを倒し、パパの元に駆けつける事ができた。

 その時にはパパはもう、公衆の面前でトゥルーフォームになるくらい追い詰められてたけど、死んでないなら安い。

 死んでさえいなければ何とかなる。

 

 気を抜いたら暴れ出しそうな体と心を強引に制御し、パパの盾になるように動いた。

 衝動に任せてあいつを殴るのは簡単だ。

 でも、それをしたら、多分もう戻れない。

 ハイエンドとの戦いで気力を使い過ぎた。

 理性は吹っ飛ぶ寸前。

 

 私は今、人と悪魔の境界線に立っている。

 

 これが絶対に踏み越えてはならない一線だ。

 私がこの線の向こう側に足を踏み入れたのは、過去二回。

 戻って来れたのは奇跡に等しかった。

 

 三度目はない。

 何故なら、暴れる私を止められる人がいないから。

 私を向こう側から連れ戻してくれる人がいないから。

 最初に止めてくれたパパも、二度目に止めたあいつも弱くなった。

 もう、癇癪を起こした子供のように暴れる事はできない。

 取り返しがつかなくなる。

 

 たとえ今から個性の出力を下げたとしても、確実に余韻は残るだろう。

 ディザスターモードの余韻ですら結構な反動だった。

 その状態で戦えば、暴走一直線だ。

 

 でも、だからといって個性を解除して戦線離脱する訳にもいかない。

 それじゃパパを守れない。

 私は何の為にこの場に来た?

 決まってる。

 パパを守る為に来たんだ。

 ここで退く訳にはいかない。

 

「煩わしい」

 

 大きな衝撃波が発生し、オール・フォー・ワンに挑んでいたヒーロー達を吹き飛ばす。

 私は翼を盾にして後ろのパパを守った。

 オール・フォー・ワンの視線が、こっちに向いたのがわかった。

 

「まさか君が、その状態で誰かを守る為に動くとはね。そんなにオールマイトが大事か」

 

 ああ。

 大事だよ。

 私が初めて心を開いた、私を人間にしてくれた、大切な父親だ。

 

「随分と豪華な盾だな。だが、君の本質は盾じゃない。君は僕が造り上げた最高の()だよ。持ち主さえも傷つける、素晴らしい切れ味を持った妖刀だ」

 

 ……妖刀か。

 たしかに、私にぴったりかもね。

 

「だが、どんなに切れ味が良くとも刀は受け太刀に弱くすぐに折れてしまう。君も同じだよ。誰かを守るなんて君の本質からかけ離れた事をすれば酷く弱くなる。先日の脳無との戦いでもそうだっただろう? 刀を無理矢理盾に使ったところで、出来上がるのはすぐに折れてしまうような貧相な盾でしかない。それを証明してあげるよ。────『筋骨発条化』『瞬発力』×4『膂力増強』×3『増殖』『肥大化』『鋲』『エアウォーク』『槍骨』」

 

 オール・フォー・ワンの右腕が、歪に巨大化していく。

 そうして、体に合わない規格外のサイズの巨腕が完成した。

 

「衝動に呑まれまいと必死に抗う君の意志を折り、オールマイトを殺そう。その為に、今の僕に掛け合わせられる最高最適の個性達で、君達を殴る」

「ッ!? 魔美ちゃん! 逃げなさい!!」

 

 逃げる訳がない。

 オール・フォー・ワンが迫って来る。

 巨大な腕が、私を殴ろうと襲い来る。

 

 私はそれを、同じく拳で迎え撃った。

 

「『衝撃反転』!」

 

 拳の威力が全て自分に跳ね返って来る。

 右腕が壊れた。

 オール・フォー・ワンの勢いは止まらない。

 止められない。

 力が足りない。

 

 その瞬間、走馬灯の如く一つの記憶が脳裏を過った。

 

 私がヒーローを目指そうと思った理由。

 必要に駆られてじゃない。

 私自身の意志でヒーローを目指した切っ掛け。

 

 それは6年前の出来事。

 オール・フォー・ワンとの決戦を終えて、死にそうな大怪我を負って、それでもヒーローを続けようとするパパを見て思った事。

 

 ───この人を守れるヒーローになりたい。

 

 それが、私の原点(オリジン)

 私にとっての信念。

 絶対に折れちゃいけない。

 ヒーロー『チャーミーデビル』の柱の部分。

 

 だったら!!!

 ここで頑張らないでどうするよ!!!

 

 オール・フォー・ワンに押し負けそうになる刹那。

 私は個性の出力を更に上げた。

 私を一線の向こう側へ連れて行こうとする悪魔の誘惑が、破壊への衝動が狂おしいくらいに強くなる。

 それを気力と根性だけで無理矢理に振り払う。

 イメージするのは、かつての強敵ヒーロー殺しの姿。

 心の強さだけで私を怯えさせた男の姿。

 

 あいつにできたのなら、私にだってできる筈だ!!

 心の強さで限界を超えろ!!

 限界の!! 更に向こうへ!!

 

「プルス・ウルトラ!!!」

 

 個性開放率100%!!!

 

 デッドエンド・モード!!!

 

 私の全身を黒い鎧が包み込む。

 今までは制御できずに暴走してしまった状態。

 これこそが、個性『悪魔』の真の姿。

 それを初めて、自分の意志で制御下におく。

 

 そして残った左腕で、オール・フォー・ワンの巨腕を殴りつけた。

 

「!!?」

 

 デッドエンドモードの圧倒的な火力は、跳ね返そうとする力を上からねじ伏せて、その巨大な腕を根元から消し飛ばした。

 

「誤算だった……!! まさか、そこまで……」

 

 その言葉が言い切られる事はなかった。

 私の後ろから、パパが飛び出して来る。

 

「娘にこれだけ頑張らせて……! ここで決めなきゃヒーローじゃないよなぁ!!!」

 

 私はもう動けない。

 この状態を維持するだけで精一杯。

 気を抜けば一気に悪魔が暴れ出すだろう。

 

 でも、私の仕事は終わった……!

 

 

 

「ユナイテッド・ステイツ・オブ・スマッシュ!!!」

 

 

 

 パパの渾身の一撃が、オール・フォー・ワンの顔面に突き刺さる。

 そのままの威力でオール・フォー・ワンは地面に叩きつけられ、周囲にはこれまでで最大規模の暴風が荒れ狂う。

 

 風が止んだ時には、地面に出来上がった大きなクレーターと、その中心で倒れるオール・フォー・ワン。

 そして、ボロボロの体で尚も立つ、パパの姿だけがあった。

 

 決着を見届けた私は、個性を解除した。

 無理をしたツケか、頭が痛んで体が動かない。

 そのままフラリと倒れそうになった。

 

 そんな私の体を、パパが左腕で支えてくれた。

 そして、パパは残った右腕を空へと突き上げ、勝利のスタンディングを決めた。

 

 

 

 勝利の余韻に浸る間もなく、ただその姿を目に焼き付けて、私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──オールマイト視点

 

 

 

 腕の中に抱えた魔美ちゃんが気を失ったのがわかった。

 あれほどの無茶をしたんだ。

 気絶くらいで済んだのは、むしろ幸運。

 この子はいつも私の無茶を叱るけれど、今回その気持ちが身に染みてわかった。

 家族が無茶をして傷つく姿を見るのは、やはり辛い。

 私が言えた義理ではないかもしれないが、この子が目を覚ましたらちゃんと叱ろう。

 勝手にこの場に来てしまった緑谷少年と一緒に。

 

 そして、それ以上に感謝を伝えよう。

 

「俊典……」

「グラントリノ。魔美ちゃんを頼みます」

 

 かくいう私もボロボロだ。

 本当に魔美ちゃんの事を言えないくらいの無理をした結果。

 特に最後の一撃には、全ての力を籠めた。

 もう、全て出し切ってしまった。

 

 私の中にあったワン・フォー・オールの残り火は、消えた。

 

 だが、まだこの場を去る訳にはいかない。

 今度こそ確実にオール・フォー・ワンが逮捕されるところを見届けなくてはならない。

 気を失ってしまったこの子の分まで。

 

 

 戦えなくなってしまった私に代わって、エンデヴァー達が倒れたオール・フォー・ワンを拘束し、監視する。

 その後すぐに警察が到着し、オール・フォー・ワンは移動牢(メイデン)に入れられ、連行されて行った。

 

 終わった……。

 

 今度こそ、奴との長きに渡る因縁に、一つの決着がついた。

 まだやらねばならぬ事はある。

 お師匠のご家族、死柄木弔。

 新たに知ってしまった真実は、新たなる因縁を生み出した。

 

 だが、『平和の象徴オールマイト』はここで終わりだ。

 もう、私の中にワン・フォー・オールはない。

 体も衰え朽ち果てた。

 戦う力の残されていない私に、『絶対に倒れない平和の象徴』を名乗る資格はない。

 だから……

 

 私は報道陣のカメラを指差し、こう言った。

 

 

「次は、君だ」

 

 

 おそらく見ているだろう私の後継者に向けて。

 メッセージを送る。

 

 私の時代は終わった。

 次は、君の番だと。

 

 

 

 そうして、神野における長い夜の戦いは、決戦は、終結した。




神野の悪夢、決着。

次回、最終話。


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始まりの終わり

 目を覚ますと、見慣れない天井が見えた。

 でも、見慣れないだけであって、見た事がない訳じゃない。

 病院の天井だ。

 じゃあ、ここは病院のベッドの上か。

 私には滅多に縁のない場所だ。

 他人が寝てるのはたまに見るけど、自分が寝るのは超久しぶりだわ。

 

「ん、んん~~……」

 

 起き上がって背伸びをする。

 頭がめっちゃ痛い。

 まるで二日酔いのようだ。

 二日酔いなんてした事ないし、お酒も飲んだ事ないけど。

 

「おお。起きたか小娘」

 

 声のした方を向くと、そこにはおじいちゃんと塚内さんがいた。

 それと、私と同じくベッドに寝かされたパパの姿もあった。

 どうやら、同じ病室に寝かされてたらしい。

 

「おはよー」

「おはよー、じゃねぇ。具合はどうだ? 記憶はハッキリしてるか?」

「頭が凄い痛いけど、それ以外はすこぶる健康だよ。記憶もちゃんとあるし。……ついに、やったんだよね」

 

 しっかりと覚えてる。

 オール・フォー・ワンを討ち取った事も、パパの勝利のスタンディングも。

 やっと私の因縁に決着がついた。

 

「魔美ちゃん」

 

 と、私が感慨に浸っていたら、ベッドに寝てたパパが立ち上がってこっちに歩いて来た。

 その体は私なんかより遥かにボロボロだ。

 結局、私はパパを完全には守りきれなかった。

 それでも、パパは生きてる。

 最低限、命だけは守りきれた。

 それが何より嬉しい。

 

「だいぶ無茶をしたね」

「パパにだけは言われたくないなー」

「まあ、そうなのだが……。それでも言わせてほしい。もう二度とあんな無茶はしないでくれ」

 

 ……自分の事棚上げして、よくそんな事言えるよなぁ。

 いや、まあ、わかった上で言ってるんだろうけど。 

 それくらい、今回の私の無茶がシャレになってなかったっていうのは自覚してる。

 それに、パパは自分が傷つくのは平気でも、他人が傷つくのを見るのは苦手な人だしね。

 娘のあんな姿は、さぞかし心臓に悪かった事だろう。

 

「言われなくても二度とやらないよ。あれはもう奥の手通り越して、どうしようもない時に使う最後の手段って感じだし」

「そうか」

 

 少なくとも自発的に使う事はもうないと思う。

 100%を制御できたのは奇跡だ。

 もう一度やれと言われてできる自信はない。

 ただし、

 

「まあ、でも、パパがまた死にそうになったらやるかもしれないけどねー」

「うっ……! ごめんね……。危うく君を残して死ぬところだった……」

 

 パパはパパで死にそうな無茶したのを悪いとは思ってるみたいで、ちゃんと謝ってきた。

 今のパパからは、前まであった力強さが感じられない。

 てことは、あの戦いで本当の本当に限界を迎えたって事だろう。

 それでも、戦う力がなくとも無茶しそうなのがパパだ。

 だから、私のこの言葉は、パパに対する牽制でもある。

 私を残して死ぬんじゃねぇぞ。

 死ぬような事すんじゃねぇぞっていうね。

 

「魔美ちゃん」

「ん? 何?」

 

 まだ何かあるの?

 

「ありがとう。救かったよ」

「……どういたしまして」

 

 称賛は素直に受け取っておく。

 そして私は、頭が痛いからもう一寝入りするべく、パパに背を向けて布団を被った。

 決して、嬉しくてニヤける顔を隠す為とか、そんな理由じゃない。

 ないったらない。

 

 かつてない喜びと充実感を覚えながら、私はもう一度眠りに落ちた。

 今度は良い夢が見られそうな、そんな予感と共に。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 夜。

 昼間に寝てしまったせいで変な時間に目が覚めた私は、忍び足で病室から抜け出そうとするパパを発見した。

 

「パ~パ~。どこ行く気?」

「ま、魔美ちゃん!? お、おはよう! いや、少しトイレにね! ハ、ハハハ」

 

 あやしい。

 露骨にあやしい。

 ので、問い詰めて白状させたところ、これから緑谷少年に会う為に例の海浜公園に行くつもりだったらしい。

 なに考えてんだ!?

 ヴィランに襲われたら死ぬ体なんだぞ!!

 それをもっと自覚しろ!!

 

 そんな感じでぐちぐちとお説教した後、護衛として私もついて行く事にした。

 頭痛はまだ抜け切ってないけど、それでも、そんじょそこらのヴィラン程度なら軽く撃退できるでしょう。

 本当なら止めた方が良いのかもしれないけど、止めたところで、どうせ私の目を盗んで行くだろうし。

 

 

 そんな訳で、やって来ました海浜公園。

 そこで待つ事しばらく。

 結構遅れて、ようやく緑谷少年がやって来た。

 

「お! やっと来た」

「オールマイト!! 八木さん!!」

「遅いよ、も~!!」

 

 走って来る緑谷少年。

 走り寄るパパ。

 ちなみに、今のはパパの台詞だ。

 ヒロインか!

 

「オールマイト…」

「テキサス・スマッシュ!!!」

 

 そんなやり取りから一転。

 パパは緑谷少年をおもいっきり殴り飛ばした。

 ガリガリのトゥルーフォームでの一撃だから、そんなに痛くはないと思うけど。

 

「君って奴は! 本当に言われた事守らない! 全て無に帰るところだったんだぞ。まったく誰に似たのやら……」

「パパだと思うよ」

「うぐっ!!」

 

 さっきパパから聞いた事だけど。

 緑谷少年は何人かのクラスメイト諸君と共に、昨日あの場所に来てたらしい。

 爆豪少年を助ける為に。

 結果として、私がハイエンドの相手してる間に救出には成功したらしいけど、それは結果論だ。

 緑谷少年には資格も力もない。

 そう考えると、私達以上の無茶をしたといえる。

 パパそっくりだよ、ほんと。

 

「それはそれとして……。緑谷少年、私ね、事実上の引退だよ。もう戦える体じゃなくなってしまった」

 

 そう言ってパパはマッスルフォームに変身した。

 その状態で何度か拳を繰り出す。

 でも、すぐに血を吐きながらトゥルーフォームに戻ってしまった。

 

「……ワン・フォー・オールの残り火は消え、おまけにマッスルフォームもろくに維持できなくなってしまった」

 

 だったら、もう少しおとなしくしててほしいんだけど。

 パパはまだ、自分が戦えなくなったという自覚が薄いと思うんだ。

 

「だというのに君は毎度毎度、何度言われても飛び出して行ってしまうし……! 何度言っても体を壊し続けるし!! だから今回! ────君が初めて怪我せず窮地を脱した事。すごく嬉しい」

 

 ……パパは甘いなぁ。

 まあ、仕方ないか。

 性分だもの。

 それに緑谷少年の育成はパパの仕事。

 私は口を挟むまい。

 

「これから私は君の、君達の育成に専念していく。この調子で頑張ろうな」

「オル……オールマイト……僕っ……! ううっ……」

「君は本当に言われた事を守らないよ。その泣き虫なおさないとって言ったろう」

 

 そうして泣き出す緑谷少年と、それを抱きしめるパパ。

 師弟のやり取りを、私はただ静かに見守っていた。

 

 

 これからも戦いは続いていくんだろう。

 オール・フォー・ワンは捕まえたけど、死柄木は逃げた。

 新しい因縁が生まれた。

 

 何もそれだけじゃない。

 ヴィランはあいつらだけじゃないんだ。

 倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる。

 それがヴィランだ。

 そもそも、私には個性の副作用という切実な問題がある。

 パパと違って、引退なんてできない。

 戦い続けるのが我が人生。

 引退する時は死ぬ時だ。

 

 それでも今回、一つの大きな因縁が終わった。

 私が生まれた時から続く大きな因縁に、一つの決着がついた。

 オールマイトとオール・フォー・ワン。

 私の原点(オリジン)だった二人の終焉によって。

 

 始まりが終わった。

 ここが、私にとっての大きな区切りだ。

 

 そんな事を想いながら、ふと空を見上げた。

 月明かりが夜を照らしている。

 いつもと変わらない光景。

 決戦が起こった昨日も、それが終わった今日も変わらない景色。

 

 これと同じだ。

 区切りがつこうがつくまいが、私のやるべき事は変わらない。

 ヒーローを目指し、ヴィランを殴り、パパを守る為に戦う。

 それだけで良い。

 

 

 

 そうして明日からもまた、新しい戦いが始まる。

 




─────to be continued



これにて一旦完結。
詳しい事は活動報告に乗せときました。


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