ハリー・ポッターと極東の隠密 (炉端焼き)
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序章

 イギリスのとある一角に、そこだけまるで中世の頃から時が止まっているかのようにも思える、城のような建物がある。

 荘厳な雰囲気を醸し出すその建物は、視認すれば非常に目を引くが、この建物が一般の人間にその存在を知られ、見られることはまずない。

 ここは、ホグワーツ魔法魔術学校。将来の偉大な魔法使いの卵達が数多く在籍する、文字どおり魔法使いの学校である。魔法使い以外の、魔法を使えない人々、通称マグルの人間達には見えないような呪文が施されており、なにも知らない者が迷い込むことはない。

 それ以外にも様々な防衛呪文が幾重にもかけられており、外部の者が無断で侵入することなどできない。魔法界でも一、二を争うほど安全な場所ということでも有名である。

 そのホグワーツの一角にある、校長室。そこには長い白髪と白髭、半月型の眼鏡をかけた老人、アルバス・ダンブルドアが一人いた。彼は自身の椅子に座り、目の前の幾つかの書類を片付けたあと、息を一つ吐いて背もたれに身を預けた。

 

「珍しいな、お前が疲れた表情を出すなど」

 

 するとどこからとも無く声が聞こえた。無論ダンブルドアの声ではない。しかしこの部屋には彼一人しかいないはずであり、しかもホグワーツの教員の声でもない。ダンブルドアは椅子から立ち上がり、周囲を警戒する。だが、彼の目には人の姿は見えず、気配すら感じない。しかし彼は周囲への警戒を解き、ため息をついてから再び椅子に座り直した。

 

「この感覚は身に覚えがある……ナガトノカミか」

「ほう、さすがにもう慣れたか、動揺の時間が減っている」

 

 すると突然、ダンブルドアの座る椅子の斜め後方に男が現れた。現れたというにはあまりにも自然に「ずっとそこにいた」かのように佇んでいる。独特の黒い服、そして黒い頭巾をかぶり、額から右頬にかけて大きな傷跡が走った老齢の男は、感心するように言葉をかけるが、言葉と裏腹に全くと言っていいほど関心などしていなかった。

 

「ここホグワーツには『姿現し』は出来ないはずなんじゃがの」

「阿呆め、俺がそんな呪文をわざわざ使うわけ無いだろう」

「言うてみただけじゃ。全く、『神出鬼没』藤林長門守の異名は未だ健在のようじゃな」

「ふん、『20世紀で最も偉大な魔法使い』アルバス・ダンブルドアに言われる筋合いは無いわ」

 

 互いに皮肉を言い合ったのち、どちらも自然と口角が上がる。二人はそれぞれに旧知の友と再会した笑顔を浮かべた。

 

「して、今宵はどうしたのかな?ナガトノカミよ。皮肉を言いに来たわけでも、世間話をしに来たわけでもなかろう」

 

 ダンブルドアは早速本題に入ろうとする。しかし長門守はもったいぶる。

 

「なに、つい最近面白い輩を拾ったのでな」

「面白い輩?まさかさらったのでは無いだろうな!?」

「たわけ!そんな事するか!」

「冗談じゃ」

 

 本題に入ろうとしていたはずのダンブルドアの方が冗談を言いはじめる。

 

「ったく、つかみどころが無い度合いで言えば貴様も人の事言えんではないか、アルバス」

「ほっほっほ、こういう性分じゃからのう」

「まあいい、ところで、例の『生き残った男の子』とやらは息災か?」

 

 今度は長門守のほうが本題に入る。このようなやり取りは二人の中ではいつも通りのやり取りのようだ。

 

「ハリー・ポッターか…今はある一家に預けてある。今のところいい子に育っている。今年でちょうど3歳になる頃じゃな」

 

 ダンブルドアの言葉に長門守は少しだけ目を見張る。しかしその目は驚きよりも好奇の目、新しいおもちゃを見つけた子供のような輝きが見えた。

 

「ほう、ならば『あいつ』も同世代という訳か」

「はて?あいつとは誰のことじゃ?」

 

 長門守の発言に怪訝な表情を浮かべる。長門守のような人物が、イギリスの魔法界の事情などに興味を持つなど今までなかったことだった。

 

「おう、それが今日の話題よ。その例の男の子と多分同い年の童を拾ったんだ。白銀に光る瞳を持つ少年だ」

「ほう?それはもしや『白銀の瞳』か?」

 

 その可能性にダンブルドアは興味を示した。

 『白銀の瞳』とは、極東の島国、日本の中で実しやかに語られる逸話の一つで、とある宿命を背負わされた者が持つ、この世で最も稀有な目のことである。この瞳は別名『災厄の銀』とも呼ばれ、この眼を持つものには、周りを含めこの世のありとあらゆる『不幸』が降り注ぐのである。災いを一点に集めてしまうその力は、運命に見放された『呪い』の象徴であった。

しかし、その逸話は現在に至っても日本国内で止まっている。その理由は、日本という国が、開国がなされてからもどこか閉鎖的であり、国内のそう言った「異端」に関することは特に隠したがる傾向にあるからだ。

 

「『運命に呪われし子』がすでに生まれておったか……しかし、またしても難儀な日本人が生まれてしまったのう」

 

 ダンブルドアは実際に優秀な魔法使いであるため、様々な面からあらゆる情報を得ることができる。しかしそんな彼でも、イギリスから遠く離れた土地のことまでは及ばない。そんな風に難しい顔をしているダンブルドアを、長門守は鼻で笑った。

 

「それも当然だろう。あの童にそのような呪いなど微塵もかかっていないのだから」

「何?どういうことじゃ?」

「童はヘテロクロミア、白銀の瞳は片方だけなのだ」

「なんと……!」

 

 ヘテロクロミア。それは両の眼がそれぞれ違う色をしたもののことを言い、巷では虹彩異色症と呼ばれている。

 

「通常、そういった呪いは必ず両眼に及ぶものだ。だが童には片目のみが白銀。間近でも観察したが、ほんの僅かな魔力を感じるだけで、呪いほど強い力はなかった。だが、奴の両親はそれに気づかなかったようだがな」

 

長門守は、少年を拾った経緯を話す。

少年の両親は、片目に現れた白銀の瞳を見て、言い伝えの呪い子なのだと確定してしまった。実際には少年には呪いなどかかっておらず、微量の魔力を有した、いわゆる魔眼に類するもので、たまたま白銀色を映して顕現しただけなのだ。だが両親はそれに気付くことはなく、さらには普段の不幸も「呪いのせいだ」と思い込み、恐怖と心労とストレスが重なり、少年が三歳になった時、とうとう彼を捨てた。

 

「三歳という、なまじ自我が芽生え始めた時期に捨てられたため、初めて会った時は両方の目を絶望に染めておった」

「そうか……そんな子が生まれていたのか……難儀な因果を背負ってしまったものだのう…」

 

 片目に呪いの証と同じ色の瞳を刻まれたその子供の将来を案じ、ダンブルドアは物憂げに息を吐く。しかし相対する長門守は、先ほどからの楽しそうな眼を変えてはいない。

 

「いや、なかなか楽しませてくれそうな童だぞ?あいつは」

「それはどういうことじゃ?」

 

 疑問に思うダンブルドアを気にするでもなく、長門守はとても楽しそうに話した。

 

「あいつは親に捨てられたという事実を認識できる自我があり、その事実に絶望していたにも関わらず、強靭なる意思があった。親が世界の全てといっても過言ではない頃にそれを失ったのに、あいつの心は死んでいなかった。絶望に呑まれ、生への執着がなくなりかけてはいたが、俺が少し発破をかけてやっただけで生きる意思を取り戻しおったわ。あいつは、自らに降りかかる謂れなき迫害を全て跳ね返す力、いや、それ以上の膂力があると直感した」

 

 ダンブルドアは驚いていた。話の中にあるその少年の事もそうだが、長門守がここまで楽しそうに他人の事を話すなど、長い付き合いの中で一度たりとも見た事がなかったのだ。彼は基本的に冷静沈着、決して喜怒哀楽が乏しい訳ではなく、人並み以上に感情を抑える術を持ち合わせており、あまり心の底を他人に見せないのだ。ましてや、特定の人物に対して多く話すことなど無いに等しい。

 そんな彼が、自分が拾ったというその少年の事を話す時、彼の目は少年のような好奇心に満ちた輝きを持ち、自分から流暢に話し出して止まらないのである。

 

「だから俺は、あいつを育てる事に決めた」

「なに!?」

 

 見た事のない友人の姿に驚いていたが、その友人は、さらなる爆弾発言をし、ダンブルドアにより大きな驚きを齎した。

 

「そ、それは本気なのかナガトノカミよ!」

「ああ勿論だ。あいつを俺の故郷に連れて行って、直々に鍛えてやろうと思うのだ。というよりも、あいつともう約束してしまったしな、今更無しにはできん」

 

 話してなお興奮の冷めやらぬ、というかむしろ話していくうちに余計に盛り上がってしまっていた長門守をみて、もはや止める事は不可能だと悟るダンブルドア。かすかに溜息をつく彼に、長門守は見向きもしない。

 

「そうだ、アルバスよ。奴が相応の年齢になった時には、ここに通わせようと思うのだ」

 

 もう何度目か分からないトンデモ発言を投下してきた長門守に、驚き疲れたダンブルドアは凪のごとく穏やかな心で対応した。

 

「ほう、日本にも魔法学校があるのに、か?」

「ほざけ、あの輩が好き勝手してる所など厄介でしかないわ。それに、ホグワーツの方が何かと面白そうだからな」

 

 長門守は楽しそうに笑みを浮かべながらそう言った。だがその笑顔は傍から見れば非常に凶悪な笑みであった。

 

「……お主のその直感は意外と当たるのは知っている。幸先不安じゃのう……」

 

 長門守の言う「面白い」とは、つまりは周りにとって十中八九厄介な出来事と言っても過言ではない。過去にも似たような事を言ったと思ったら、そう遠くない時期に、ダンブルドアと、『例のあの人』が現れるまでは「史上最悪の闇の魔法使い」と呼ばれたゲラート・グリンデルバルドとの決闘があり、その後やってきた長門守が「そんな面白そうな行事になぜ俺を呼ばなかった」といってものすごく悔しがっていたことを、ダンブルドアは思い出していた。

 

「いずれにせよ、時期が来たらこっちにも案内をよこしてくれ。それまでに鍛えてまともな状態にしといてやる。ああ、一通りの説明や案内はするから、マクゴナガル殿は寄越さなくて大丈夫だ、遠いしな」

「わかった。というより、お主の言うまともとは……いややっぱり言わんでよい」

「あ?なんだ一体……じゃあまあ、そういうことだから、頼んだぞ」

 

 そう言い残し、長門守は去った。言い終えた瞬間、既に其処にはいなかった。

 

「ああ……もし無事でいられたら、とんでもない逸材になっていそうじゃな……」

 

 長門守に鍛えられる、ということがどういう事か、片鱗のみを知るダンブルドアでは想像がつかなかった。だが、あの得体のしれない術を使いこなすような人物になる、ということだけは理解し、まだ見ぬ少年の将来を心配し、且つ期待した。その瞳にさっきまで宿っていた不安と憂いは、もう見えなかった。

 

「……それはそれとして、時々は様子を見に行こうかの」

 

続く

 




ご拝読有難うございました。


2018/09/17 日本の魔法学校に関する会話を修正いたしました。


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第壱話

1991年7月某日 日本 とある山奥 早朝

 

 

 草木が生い茂り、高さは低いものでも5メートルはありそうな背の高い樹木たちが無造作に立ち並ぶ。その樹木たちは広く枝と葉を広げ、太陽の光を遮っており、地面の近くになると日が出ているというのに若干薄暗い。その地面には少しの獣道以外に、何かが通った跡はない。

 その森を、俺はまるで影のように駆けていく。いや、駆けていくという表現では些か語弊があるかもしれない。高い木々の枝から枝へと飛び移りながら移動していたのだから。

 

「はっはっはっは!!紫乃よ!この程度の速度に追いつけぬとは貴様もまだまだ未熟としか言えんなあ!!」

 

 前を行く影は豪快に笑いながら叫んだ。その音量で周囲の鳥達は一斉に飛び立つ。

 

「うるせえな!無理に決まってんだろうが!着いて行くのがやっとだっつの!少しは加減しやがれクソ師匠!!」

 

 俺は前の影の言葉に同様に大声で返す。周りの鳥達はさらに飛び立つ。

 藤林紫乃。

 それが俺の名前だ。

 7年ほど前に、両親に捨てられ、どことも知れぬ森の中で往生していたところを、前を行く男、藤林長門守に拾われ、養子となったのだ。

 俺の両親が彼を捨てた理由、それは俺の右目にある白銀色の瞳が原因だった。

 元々は日本国内における「運命への呪い」と呼ばれる、両方の目が不気味な白銀色に染まったものがあるそうだ。その呪いとは、その目を持つ人間を中心に不幸が起こるというものだった。それは対象を中心に周囲広範囲に及び、さらには対処の仕様がないのである。故に、白銀の瞳を持つ人間は忌み嫌われ、最悪の場合命を狙われることもある。

だが、俺の目にそんな呪いはかかっていない。強いていうなら、生物の「感情」を過敏に読み取るという特殊な力が宿っているだけだ。だが、周囲はそうは思わなかったようで、彼らは恐れおののき、迫害をした。それは、周囲だけにとどまらず、両親からも受けるようになった。

 

 前を行くクソ師匠……長門守に追いつくように翔け、俺は鬱蒼とした森を抜けて、開けた場所に出た。そこには古ぼけながらも、いまだ力強くたたずむ日本家屋、俺の今の住まい、藤林邸があった。庭に先に降り立った長門守は、遅れて到着した俺を見やる。

 

「ふむ、29秒か。ようやっと誤差30秒を切ったな。上出来だ」

「本当?よっしゃあ……」

 

 長門守の言葉を聞き、安堵と歓喜の交った表情をし、その場で芝生に倒れこむ。

 

「なんの、まだ29秒だぞ?俺の煽りもあってこそであろうに」

「くっそう、少し当たってるからなんも言い返せない……」

 

 長門守は滅多に褒める事はない。かといって怒るようなこともせず、どちらかというと小馬鹿にしたように笑う。

 

「いずれにせよ、今日の鍛錬は終いだ。中に戻るぞ」

「へ~い」

 

 師匠の言葉を聞いて、その場でゆっくり深呼吸をする。限界まで消耗していた体力を少しでも早く元に戻していく。意識的に、深く静かに大きく呼吸をする方法を学んでからは、体力の回復スピードが段違いに上っていた。

 

 屋内へ戻ると、俺は表の郵便受けに向かう。この屋敷での役割の一つだ。屋敷には俺と師匠の二人しか住んでいないため、数年ほど前から様々な役割をお互いに分担している。俺自身が「ガキ扱いするな」といってからなのだが、本気で完全分担するとは思わなかった。まあ、そのこと自体に文句はないのだが、幼心にも、齢10そこらのガキに対する扱いではないと思う。

 ため息をつきたくなるような気分で郵便受けを開け、中の郵便物を取り出すと、その中の一つに目が止まった。古ぼけたような茶色の封筒は、日本で流通している縦長の長方形のものではなく、正方形に近い横長の長方形、海外の封筒の形をしていた。裏側には赤い蝋により閉じられ、そこには4種類の動物が入った紋章が描かれていた。書かれている文章も日本語ではなく英語であったため長門守への手紙かと思ったが、そこには『日本国 三重県伊賀市山奥 伊賀屋敷 藤林紫乃様』と書かれていた。

 

「海外から俺宛の手紙?」

 

 手紙をくれるような存在に心当たりはない。時折外国人らしき人間が師匠の元へと訪ねに着ていたのは知っているが、俺との面識はないはずだ。

 兎も角も、自分宛に届いたのならと、その手紙を分け、その他を屋内の手紙置きに放る。

 そして改めて横長の封筒を開けて中身を見る。日本でよく見る紙ではなく、素材は羊皮紙のようだった。それが2枚と、おそらく汽車の乗車券。羊皮紙の一枚は何かのリストのようで、もう一枚は手紙、というよりかは通達書のようだった。

 

 

《ホグワーツ魔法魔術学校 現代校長アルバス・ダンブルドア

 

親愛なる藤林殿

この度ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されたことを心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリスト、およびホグワーツ特急のチケットを同封いたします。ホグワーツ特急はチケットに書かれた日時に出発し、そのまま入学式となります。乗り遅れることのないよう、よろしくお願いいたします。

 

ホグワーツ魔法魔術学校

副校長ミネルバ・マグゴナガル》

 

 

「ホグワーツ魔法魔術学校??」

 

 真っ先に浮かんだのはその疑問だった。

 魔法、魔術。聞き覚えがあるが、うまく思い出せない。学校と書いてあるし、おそらくこれらを教える場なのだろう。

 

「あ、思い出した。師匠がいつか説明してたな」

 

 かつて長門守から忍術を教わる際に言っていた、忍術以外の能力のことを思い出した。

 日本の異能の大多数は、陰陽術という能力である。そして陰陽術の陰に隠れるようにひっそりと受け継がれる、長門守をはじめとする忍者と忍術がある。

 だが、ひとたび国外に出れば、その二つの存在は鳴りを潜め、ほぼ全ての国で、魔法、およびそれを扱う魔法使いと呼ばれる者達が出てくる。

 そのような説明を受けたが、「とりあえずは世界的には魔法が主流なのか」程度の認識しかしていなかったため、あまり印象に残っていなかったのだ。

 

「いやそれはいいとして、なんでそれが俺に届くんだ?」

「俺が頼んだからさ」

「うぉ!」

 

 気づけばすぐ後ろに師匠がいた。相変わらず気配が全くわからない。「神出鬼没」などと呼ばれていたそうだが、詳しい事は話してくれないため、よく知らない。

 

「いたのかよ!って、頼んだって?」

「ああ、そこの校長は俺の古い友人でな。適性年齢になったら通えるよう手紙をくれと、お前を引き取った時に頼んでおいたのだ。時期的にもそろそろだと思っていたんだ」

 

 曰く、「日本にも魔法学校はあるが、ホグワーツの方が何かと面白いことになりそう。というか校長が嫌い」だそうだ。最後の一言何だそれ。聞いてみると、それも知り合いらしい。何でも「十数年前に校長に就任して、校長権限で学校名を強引に変更し、しかも自分の名前を入れたナルシスト」だそうだ。何だそいつやべえ。

それはそれとして、師匠が「面白そう」なんてことを言うとか、絶対ロクなことがない。大抵何か面倒ごとが起きる。数年の付き合いだが、それが事実だということを身をもって知っていた。

 

「けど師匠、俺は今師匠から忍術を教わっているのに、なぜ魔法学校に通わなきゃならないんだ?基本的な学業はここでもできるし、それに今になって学校ってのも……」

 

 学校ってのは要するに「教育を受ける場」という事なのだから。別のところで教育が受けられれば差し当たって行かなければならないということにはならないのではないだろうか。実際俺は学校に通ってはいない。基本的な勉学、及び知識の習得は、殆どこの屋敷の中で済ます事が出来たからだ。知識を蓄える中で学校という存在も目にしたが、学ぶことは屋敷でもできるし、何より修行の時間が削られるようなことになるのはゴメンだった。日本の小学校に上がる年齢になった時も長門守は何も言ってこなかった。義務教育?知ったことか。

 

「お前の浅慮な考えなど聞いとらんわハナタレ。お前はホグワーツで魔法を学んで来いと言ってるんだ」

「は、ハナッ…!んだとぉ!」

 

 うちの師匠はなんでこういちいち腹の立つことを言うのだろうか。他人に暴言を吐いていないと死んでしまうのではないだろうか。

 

「確かにお前は俺から忍術を学んでいる。だが逆を言えばそれだけだ。お前の言うとおり学校は勉学など教育を受ける場だ。しかし学校はその為だけにあるものでもない。多くの人間が集い、同じ釜の飯を食う場所なのだ。しかもお前と近しい年代の子らが最も多い。その中に混ざりこみ、もみくちゃにされることで多くのことを学べるだろう。それに、お前はいまだここ以外の世界を、他の人間をほとんど知らないひよっこだ。ここでの知識と技量をどれだけあげても、いつまでたってもそれは変わらんぞ」

 

 そこでいったん話を区切り、長門守は言い放つ。

 

「外に出て、学べ。それでお前は強くなれる」

 

………予想外に長く喋ってきたな。もしかしたら初めてかも知れない。いつもふざけたような事ばかり言うのに、今日はどこか真剣だった。

まあ、恩師がここまで言うのだから、通ってみるか。魔法ってのにも興味あったし。というか、師匠の座学の中に英語の読み書きと会話があったのはもしやこのためか?

なんか、このジジイの掌の上にいるこの感じ、あまり良いものではないな。いつか見返してやる。

 

こうして、俺のホグワーツ入学が決定した。

 

 

~~~長門守はほくそ笑む~~~

 

 

 紫乃は、一応ホグワーツに入学することを決めたようだ。

 彼はすでに朝の調理場にいる。今日の朝食当番は紫乃だからだ。

 

(しかし、とんでもない逸材となったものだ)

 

 長門守は心の中でため息をつく。なんとも不遇な運命を背負った彼を見て、生まれて初めて、自ら弟子として引き入れた。

 あれからおよそ7年ほど経つが、紫乃の成長は著しく早かった。

 小さな島国、日本。その中に跋扈する特異な能力、陰陽術とは全く系統の違う、忍術と呼ばれる技を扱う、隠密の達人「忍者」。大きく名の知れた流派の中でもさらに大きく区分知れば、二つの名があげられる。どちらもあらゆる忍術を極めた上で、幻術、及び偵察、斥候に類する技術を極意まで昇華させた甲賀。体術、及び戦闘に関する技術を極意まで昇華させた伊賀。かつてはこの二つの流派を筆頭に対立しあっていたが、時代が進んでいく毎に忍者の存在自体が衰退していった。

 このままでは忍者その者の存続が危ぶまれると、当時の流派の当主達が集い、それぞれの極意を伝授し、流派の対立を無くした。それで一時はしのげたが、それでも衰退は免れず、少しずつその数を減らしていった。

 長門守は、伊賀の忍の末裔であり、今代の当主でもあった。その彼が、全力でこそないものの、さほど手を抜いたわけではない先ほどの移動訓練に、紫乃は理由はどうあれ喰らいついてきたのだ。齢10そこらで当主の速度に匹敵するその身体能力は、その先の伸び代を天井知らずにするに容易い事であった。

 

 しかしそんなことを思っていても、長門守はそれを微塵も表に出さない。褒めるより、悔しさ、不甲斐なさを身に浴びせ、自身の実力はまだ足りないと感じさせる方が、彼はより成長するのだと、この7年間で把握していた。

 

(それに、呪いなどではないが、あの目に宿る能力にも、まだまだ秘められたことが残っているだろう)

 

 紫乃の右目に顕現している白銀色の瞳は、どうやら人や動物などの生き物の感情を過敏に読み取る能力があるそうだ。表情や声色にこもる微細な感情を、彼の目ははっきりとみることができるそうだ。その原理は魔法とは少し違うようで、閉心術を会得していようと関係がなく、己の感情を完璧に自身の制御下における者のみがあの目を欺ける。魔法などという有能で不便な能力に頼り切るような魔法使いにはほとんど抵抗の術は無いだろう。

 

 藤林紫乃。かつては人里離れた小さな集落の、とある一家の一子として生を受けた。だが、片目に宿る呪いの刻印に酷似した瞳により、彼が3歳になる頃、両親は彼を見捨てた。どことも知れぬ森の奥に、彼を置き去りにしたのだ。

 東西南北どころか、此処が何処で、これからどうすればいいのかもわからず途方に暮れていたところを、長門守が保護し、彼の故郷である伊賀の里に連れてきていた。

 紫乃にはこの頃の記憶はあまり残っていないようで、その頃のことを話してもあまり反応はしない。

 だが、あの時に芽生えた感情は、確かに彼の中に息づいているようだ。

 

(なんにせよ、奴が成長していく中で、色々と面白いことが起きるだろう。ホグワーツで、魔法界で、どのようなことが起きるのか、今から楽しみだ)

 

 長門守は心の中で笑みを作り、弟子の成長をあらゆる意味で楽しみにするのだった。

 




読んでいただきありがとうございます。

補足:作中の、伊賀、甲賀、そして忍者の設定は私の独断と偏見による独自設定です。史実や原作の設定とは関係ありません。

また、日本の魔法学校についても、独自の設定を盛り込んでおりますので、ご了承くださいませ。


AYAAYA 様

純白の翼 様

感想ありがとうございます!!


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第弐話

主人公、ロンドンに降り立ちます。


1991年 7月31日 イギリス、ロンドン

 

 

「………外国ってこうも違うものなんだな」

 

 俺はロンドンの街並みを眺めて、そう呟いた。

 今、ホグワーツ入学に際して必要な道具などを揃えるために、日本からロンドンに来ていた。

 現在、俺は単独行動をしている。

 

「さて、と。アホジジイめ、めんどくさい事考えつきやがって…」

 

 それは今から数刻前の出来事である。ロンドンに着くなり、アホジジイこと師匠がこんなことを言ってきた。

 

   ~~~回想~~~

 

「さて紫乃よ。お前、自分で探し出してみよ」

「は?」

「実はな、魔法使いというのは、世界に数多く存在するが、その存在を隠しているのだ。そうしなければ世界が混乱してしまうからな」

「そうなの?その部分はなんか忍に似てるな」

「確かに似ている部分はある。で、だ。存在を隠しているということは、普通の場所に魔法使いの類はいないのだ」

「ふーん」

「お前にはこれからそこを見つけ出してもらう」

「なるほどねー……っておい」

「どうした」

「どうした、じゃねーよ!どうしてその話から俺が見つけ出すことになるんだよ!」

「まだわからんのか。魔法を使わない一般の人間、通称マグルの者たちから気づかれないようにしている。それはつまり魔法を行使しているのだ。お前にはその気配を探り、見つけてもらう。つまりはそういうことだ」

「な、こんなとこまで来て修行かよ」

「そう言うな、お前に取っても有益だぞ、魔法の気配がわかるというのは。それに、まだ気配探索は不得手だったような気がするしな」

「うぐ…」

「では一つだけコツを教えてやろう。自分から掴みに行くのではない、向こうから来るものを受け入れるのだ」

「はあ?いったいどういう事だよ」

「それが分かれば、気配感知も魔力感知も造作ないことぞ。では、頑張れ」

 

  ~~~回想終わり~~~

 

 で、今である。師匠は言うやいなや姿を消している。忍術を極めた当代当主による忍独自の移動術に、居場所をつかむ術は無い。

 事実俺は気配探知系の術が苦手だった。なんとなく、水をただ素手で掴もうとしているような感覚に陥るのだ。

 

「何を頼りに探せばいいかわからねえんじゃしょうがないんだよなあ」

 

 そんな事をぼやきながら街並みを歩く。今まで育ってきた日本の、しかも山奥でずっと修行を続けてきていたため、街並みというものを初めて見る俺は、必然的に周囲をキョロキョロと眺めながら歩くことになる。

 

「…あれ、今の俺、スゲぇ目立ってる?」

 

 気がつけば、街を歩く周囲の人々から、チラチラと視線が集まっていた。何事かと思ったが、原因は俺の格好にあるようだった。黒い長袖のインナー、袖なしの羽織を着て、その上から濃紺のパーカーを着ている。下は普通の黒ズボンだが、片目に眼帯をかけ、さらに自分の黒髪もあって、全体的に黒々しい姿をしていたのである。

 眼帯は、日常生活でそのまま『白銀の瞳』を曝け出しているとロクな目に合わなかったで、普段はこれで隠すことを、長門守と二人で決めたのであったが、今の段階ではその眼帯も相まって、非常に街から浮いた存在となってしまっていたのである。

 

「おおう、こんなに目立つとは思わなかったな。ちょっと場所を変えるか」

 

 さすがにいたたまれなくなったため、そそくさとその場から退散をはじめる。眼帯も眼帯で何とかしたほうがいいかもしれない。そもそもこの目の言い伝えは日本国内の物なのでぶっちゃけ外してても問題はないだろうと師匠は言ってたが、この目を周囲に晒すと言うのは、まだ俺の心が受け入れてくれなかった。なんだかんだトラウマになっているのだ。

 人気の少ない公園のベンチに座り、気配探索のコツについてもう一度考えてみる。

向こうから来るものを受け入れる、か……どういう事なんだ?隠れた物を探すにはこっちから動くしかないじゃんか……

 ん?もしかして、初めから隠れてなんかいないってのか?

 ……そうか!気配ってのは、人の『気』そのものか!人の誰しもが持つその気配を捉える事が気配探索なんだ!って事は、魔力ってのも同じように気配として漂ってるってのか。

 よし、そうと決まれば即実行、全身の力を抜く。漂っているなら、無理につかもうとすれば途端に逃げられる。霧とか靄をつかもうとするのと同じだ。なら、自身もその一部になって、同化するように漂うままに任せるって感じで……。

 目を閉じ、長く息をはく。そうする事で、周囲に漂う人の気の流れを感じ取る。おお、なんかうまくいった気がする。捉え方がそもそも違ったんだ。なるほど、師匠もわかりづらいアドバイスしやがって。

 そして気配探知を続けていくと、その中に異質な流れを生み出している扉を発た。これか?普通の人間から出る気とは全く違う感じがするな。

 集中を解き、そこへ向かう。そこには、何の変哲もない古びた建物と、それに見合った古ぼけた黒い扉があった。それ自体は特に変な気はしない。しかし、その裏から漂ってくる気配は明らかに異質のものであった。

それに、よく周りを注意してみれば、本当に違和感が垣間見えるだけだが、誰しもがその扉と、その前に立つ俺に見向きもしていない。

 

「これが……人避けの魔術か。なるほどね」

 

 どうやら当たりを引いたようだ。改めて扉を眺める。扉の付近には「漏れ鍋」と書かれた看板がある。おそらくこの店の名前だろう。

 

「よし、行くか」

 

 意を決し、扉を押し開ける。その奥には、扉のイメージ通りの、古びた雰囲気の、しかし決して不潔というわけではない店が広がっていた。どうやら飲食店らしい。テーブル席で、カウンターで、食事をしたり、ジョッキを煽っていたりする人で、そこそこ賑わっている。

 ただ、外と決定的に違うのが、ここにいる人間のほとんどが、黒いローブを着る者、先のとがったツバの広い帽子をかぶった者であることだった。いわゆる一般的な「魔法使い」「魔女」のイメージ通りの格好をした人物達で賑わうここは、明らかに扉の外と違う世界だった。

 

「ほお、随分と早かったな。なかなか感心だ」

 

 角のテーブル席に、見覚えのある格好と顔をした老人が座っていた。というか師匠だ。

彼の目の前には店の料理が。

 

「やはり捉え方の違いだけで苦手意識を持っていただけのようだな。読んだ通りだ」

 

 次々と長門守の口に消えていく料理達。

 

「………」

「そうだな、合格といったところだろう。よし、まだ時間はあるし、今日は休むか?」

 

 身体の中央から鳴る地鳴りのような音。

 

「………」

「ここは宿屋も兼ねていてな、出発まではここに寝泊まりすることになる。あとでマスターにも挨拶しておくのだぞ」

「まず飯食わせろこら」

 

 出てきた言葉はそれだけだった。

 あとは、二人の男の飯をかっこむ音が、漏れ鍋の中に響いていた。

 

 

「さてと、予想より早くここに来たことだし、今日中に最低限のことは済ませておこう」

 

 飯を食い終わると、師匠がそんなことを言った。俺は俺で、初めての外国料理だったのだが、空腹のあまり何をどのくらい食ったか覚えていない。とりあえず空きっ腹の俺には美味く感じられた。

 

「必要最低限のこと?」

 

 食後の飲み物として紅茶をもらい、それで落ち着いてからそう返した。うん、紅茶も悪くないが、やはり俺は煎茶の方が好きだ。

 

「ああ。銀行で金をおろし、お前の金庫を作る。あと、ホグワーツで指定されたものの店の場所を教える」

 

 そう答えると、師匠は立ち上がって裏口らしき方へと向かった。食事の金は払っていたそうで、俺は慌ててついていく。

 扉を開けた先は、レンガに囲われた狭苦しい物置スペースだった。師匠はおもむろに杖を取り出した。持ってたのかよ。その杖でレンガのいくつかを数回叩くと、レンガの壁が動き、アーチ状へ広がっていった。

 

「おおう……」

 

 そこには不規則に歪んだ街が広がっていた。緩やかな曲線を描く建物、蛇のようにのたくった道、その中を行き交うローブをまとった人々。

 

「ここが、ダイアゴン横丁だ。さて、まずはグリンゴッツ魔法銀行だ」

 

 さっさと前に進む師匠を見失わないように、俺も後をついていく。まあぶっちゃけさしたる苦労はない。ごった返す人混みを、すり抜けるように通っていく。忍としての修行の中で、ものの動きを的確に捉えるというものがあったが、それを使えばどこの誰がどう動いてくるかが大体わかるのだ。

 

 そして見えて来たのは、白を基調とした荘厳な建物だった。これがグリンゴッツ魔法銀行なのだろう。確かホグワーツの次に安全なんだったか。

 中に入ると、耳と鼻の尖った、背の低い生物たちが帳簿を整理したり、書類の整理をしていたり、よくわからない金属の器具を使って仕事をしていた。話に聞いていた、ゴブリンという種族なのだろう。なんとなく気難しそうな印象を受けた。

 中央奥の受付にて、師匠がそこのゴブリンと会話をしている。

 

「藤林長門守だ。俺の金庫を開けてもらいたいのと、こいつに新しく金庫を作りたい」

 

 受付のゴブリンは、カウンターから身を乗り出し、俺の方を見て来た。なるほど、人間を格下に見ているってのは本当なんだな。顔はいかつく、目つきも鋭いのに、体躯のせいでなんか愉快な感じになっているが、そんなふうに思っている事は絶対に表に出さないよう注意した。

 

「名前は?」

「藤林紫乃だ」

「かしこまりました。こちらの書類にサインを」

 

 そういって羊皮紙のようなものを出して来た。ここに名前を書けばいいだけらしい。なんというか簡単だな。手っ取り早くそこにサインをすると、別のゴブリンが来て奥に案内された。そのにはトロッコがあり、これで各個人の金庫へ向かうそうだ。

 トロッコの乗り心地は決していいものではなかったが、そこそこのスピードがあり爽快感はあった。涼しい顔でトロッコに乗る俺を見て、案内のゴブリンは不思議そうな顔をしていた。普通は初めて乗る人物は、そのスピードと曲がりくねった道のりで軒並み気分を悪くするらしい。普段の修行はこんなやわなものではないので俺は全然平気だった。

 着いた先は薄暗い洞窟のような場所で、目の前には分厚い扉がある。遠目に見れば、同じような扉が並んでいた。

 

「シノ・フジバヤシ様の金庫はこちらの472番金庫です。こちらが鍵になりますので、今後は受付の者に預けてください」

 

 そういって鍵を渡された。金庫の中は空っぽだった。作ったばかりだし当然か。

 そこからさらに移動した先、73番金庫が師匠の金庫のようだ。師匠が中に入り、白い布袋に金貨を詰めてこっちに投げてよこした。なかなかの重量だった。

 

「余程のことがない限りその程度で一年以上はもつだろう。あと、俺の金庫の三分の一をお前の倉庫に移しておく」

 

 さすがに金銭面になるとしっかりと対応してくれる。思い返せば、自分で何かを買う事はほとんどなかったが、生活必需品などを揃える時はこのようにしっかりとしていた気がする。

 

「ちなみに、こちらの硬貨はクヌート銅貨29枚で1シックル銀貨、シックル銀貨17枚で1ガリオン金貨だ」

 

 これを聞いて俺ははっきり思った。

 分かりづれえ。

 

 その後は銀行を出て、それぞれ必要なものを揃えるための店の場所を教えてもらいながら、漏れ鍋に戻った。ある程度の場所は把握したが、さすがにもう疲れていたので休むことにした。あてがわれていた部屋に入り、寝具に突っ伏したらすぐに意識は途切れた。

 

 

 

続く

 

 

 

 




補足1:ここでの気配、魔力等は全て独自設定とします。今後もこのスタンスは変わりません。

補足2:紫乃に私服のセンスはありません。皆無です。微塵も存在しません。



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第参話

主人公、お買い物の時間です。


  1991年 8月1日 イギリス

 

 

  ロンドンの片隅にある、小さなパブ「漏れ鍋」。

 ダイアゴン横丁と呼ばれる、魔法界における必要なありとあらゆるものが揃っている、魔法使いの町の入り口が存在する、わりと使用者の多い店である。

 一階は文字どおり飲食店となっており、また座席の数も少なくないことから、日ごろからちらほらと客がいる。

 二階から上は宿泊施設になっており、ダイアゴン横丁への買い物客の拠点とする者も多い。俺もその一人だ。

 その漏れ鍋の一室にて、少し異様な風景が作られていた。

 就寝用のベッドの上に人影はおろか、寝具のほとんどが乗っておらず、代わりにその隣に位置する床に、無造作に寝具の塊が落っこちていた。

 いや、落ちているわけではない。その部屋の借主は、その床の寝具の中で寝ていた。

 その正体は、俺である。

 長い間日本に、それも古き良き日本家屋の布団で寝ていたこともあり、ベッドの上で寝るということに違和感があった。そのためうまく寝付けず、苦肉の策として寝具ごと床に敷いてしまった。

 イギリスで生活していく以上、ベッドで寝ることに慣れていかなければならないのはわかっているが、どうにも身体がムズムズしたのだ。ともかく、今は、無理。せめて入学式までに直せば何とかなるだろう。

 

「くぁ……ん……」

 

 大きくあくびをしながら、体を起こした。

 昨日は漏れ鍋にたどり着き、長門守とともに飯をかっこみ、ダイアゴン横町への入り方やその他最低限の事を済まし、その流れで部屋に入ったまま泥のように眠りについた。おかげで体内の気は正常まで回復したようであった。

 長門守からの課題で、魔力を感知する感覚を身につけたが、いかんせんまだ付け焼き刃程度の技術。感じ取ることに気をとられるあまり、体内の気を過分に外へ垂れ流してしまっていたようだ。

 もっと突き詰めて、極めていかなければ。一度出来たからといって、身についたわけではないし、今後の課題としては「魔力感知」と、その精度の向上というところだな。

 身支度をし、一階に降りる。カウンターにいる漏れ鍋の主人トムが気付き、声をかけられた。

 

「やあシノ君、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

「ご主人、おはよう。寝床の提供に感謝する」

「いいんだよ、お金も貰ってるし、そういう商売なんだから。それに、そんなにかしこまらなくてもいいんだよ」

「いや、言葉遣いに関しては、こっちだとどうしてもこういう話し方になるんだ。訛りの一種だと思って受け流してほしい」

 

 どういう訳か、俺は英語になると非常に堅苦しい言葉遣いになる。昨日気付いたことなのだが、差し当たって不都合もないし、直すのも億劫なので放置することにした。今まで使ってこなかったというのもあるし、その内に直っていくだろうとも思っている。

 

「そうかい?じゃあ、君の言葉が柔らかくなった時は、ここに慣れて来た証拠になるのか」

 

 そう笑って納得するトムを見て、俺は少し違和感を覚えた。何だか嬉しいような楽しいような、何となく浮ついた感情をしていた。

 

「主人、何か良いことでもあったか?」

「そうなんだよ聞いてくれよ!」

 

 バン!と机に叩くように手をつけて身を乗り出し、顔を近付けてきた。昨日初めて会った時よりも顔に張りがある。何が起きたのだろう。

 

「今朝方、あのお方が生きてこの店にやってきたんだよ!」

「あのお方?」

 

 トムももう年齢的にはいい大人なのだが、鼻息荒く、大きく見開かれた瞳には少年のような輝きが満ちていた。

よほど嬉しい事があったのだろう。そんなトムを見いていると俺の方も頬が緩んできそうである。

 

「ハリー・ポッターさ!」

「ハリー・ポッター…『生き残った男の子』って奴か」

 

 その名前は聞いたことがあった。過去、長門守から聞いていた名前だった。今からおよそ10年前、『闇の帝王』、『名前を言っては言えないあの人』、『例のあの人』などの異名で呼ばれる、最強最悪の闇の魔法使いヴォルデモートに狙われ、両親が死亡した中、赤ん坊の彼だけが唯一生き残り、尚且つヴォルデモートを限界まで無力化させたという、今では魔法界に名を知らぬ者はいないというほどの有名人である。

 

「そうさ!きみも知らないわけないよな!ああ、もう少し早く起きていれば会えたかもしれないのに!」

「もう少し早く?それに今朝方ってまだ…あ」

 

 興奮冷めやらぬトムをわき目に窓の外を見ると、既に太陽は中天を過ぎていた。何のことはない、どうやら午前丸々を寝て過ごしていたのである。

 

「そうか、気が付かなかった。それはそれとして、何か食べるものが欲しい。学校指定の買い物を済ませたいから軽いもので構わない」

「うえ?なんかずいぶん淡白な反応だなあ、ハリー・ポッターに遭えたかもしれないんだよ!」

「あー、そうなんだが、あいにく俺は日本に住んでいたんだ。同世代のこととはいえ、話でしか聞いていないからな、いまいちピンとこないんだ」

「あ、ああ…そうだったね、シノ君はずっと日本にいたからよくわからないのか…まあそういう事ならしょうがないか。待ってて、今サンドイッチをこさえるから」

 

 何とも切り替えの早い主人で助かった。

 食事を早々に切り上げ、漏れ鍋の裏からダイアゴン横丁に向かう。いびつに曲がりくねった道、どうして自立できているのかわからないほど歪んだ建物がびっしりと並ぶその風景は、魔法という概念からかけ離れた生活をしていた俺には、はっきり言えば「異様」だった。しかし、そもそも存在が異様とも言える魔法使いの町なのだからそう思うのも必然か、と即座に納得する。

 ちなみにすでに長門守はいない。昨日の時点で別れている。放任的な部分は相変わらずだが、一人ではどうにもならないグリンゴッツでの金庫作成の手続きや換金はすでに済んでいるし、必要な分の金は手元にある。

 

「さてと、さっさと買い物を済ませないと」

 

 懐からホグワーツからの必要なもののリストを取り出し、買うものを確認する。数教科ぶんの教科書やら、鍋やらが並んでいる。なかなかの量になりそうだ。

 

「こりゃ1日では揃いきんないかもしれないな。今日だけで揃えないといけない訳でもなし、ゆっくりいくか」

 

 ひとまず、ローブと杖を揃えることにしよう。多くの人がすれ違う通りを、何事もなくするすると抜けていく。そして「マダムマルキンの洋装店」と書かれた店にたどり着いた。

 

「いらっしゃい、坊ちゃんもローブの新調?」

「ああ、マグルというわけではないが、色々あってまだ魔法界に慣れていない。色々とそちらに任せて良いか?」

「もちろん!じっとして採寸させてくれれば、あとはこっちでやるからね」

 

 おそらく彼女が店主なのだろう。気さくな雰囲気で安心感がある。彼女のいう通り任せることにした。

 採寸が終わると「この時間だと出来上がりは夕方になるけど、受け取りはいつでも構わない」と言われた。今日中には出来ないだろうとあらかじめ予想していたのだが、それほどの時間はかからなかったみたいだ。ひとまず俺は明日受け取りに来ることを約束して店を出た。

 次は杖を選ぶことにした。今まで忍術は使ってきたが、主に自身の体を主とした術で、杖など必要なかったので、全く勝手がわからなかった。魔力自体は、自分達も持つ気力に似たものだというのは以前の魔力探知で感覚的には知っている。だがそこに杖を媒体として行使するとなると、実際に触れてみないといまいちよくわからなかった。

 くどくどと考えているうちに、目的地の「オリバンダーの店」の前まで来ていた。古めかしい建物が並ぶ町の中でも随一の古さを醸し出す店構えに驚きつつ、店内へと入る。中も同様に古めかしく、あらゆるところに埃が積もっている。店主の姿は見えない。奥にいるのだろうかと、カウンターの向こうを覗こうとすると、まさにその奥から老人が現れた。

 

「いらっしゃい」

 

 店と同じ時を生きているような雰囲気を醸し出す老人だった。しかしその佇まいに弱々しさはなく、ある種の貫禄のようなものが窺えた。

 

「自分の杖を探しに来た。今度からホグワーツの新入生になる、藤林紫乃だ」

 

 貫禄を見せつけられた俺は、ついていねいに自己紹介をしつつ、頭を下げる。

 

「ほお、極東の島国、日本の出身か。随分遠いところから来たね」

「ああ。自分の師から薦められたので、ホグワーツへの入学になった」

「なるほど。まあ、確かに珍しいかもしれないが、全くなかったわけでもない。さあ、杖腕はどちらかな?」

「杖腕?利き腕のことなら右だ」

 

 俺がそういうと、伸ばした右腕にメジャーのようなものが巻きついて来た。

 

「私の店は同じ杖は二つと無い。魔法使いが杖を選ぶのではなく、杖が魔法使いを選ぶのです」

 

 何かを計りながら、そんな風に説明された。まるで杖に意思があるみたいだな。

 

「さてまずは、これはどうじゃ。モミの木にドラゴンの髭。25センチ。強靭にしてしなやか」

 

 差し出された杖をとる。徐に振ってみると、ショーウィンドウ付近の花瓶が盛大な音とともに爆散した。

 

「ああ、いかんいかん。これはダメだ」

 

 オリバンダーは即座に杖を取り上げ、また別のものを持ってくる。

 

「それならこっちは。黒檀にヒッポグリフの尾羽…ああ、これもダメじゃ」

 

 今度は手に触れるや否や即座に取り上げてしまう。さらにブツブツとつぶやきながら杖を物色するオリバンダーは、ふとその手を止めて俺の方へ向いた。

 

「シノさん。その眼帯はどうしたのか、聞いてもよろしいか?」

 

 唐突な質問だった。やはりこの右眼には何かあるのだろうか。虚をつかれながらも答える。

 

「これか?そのままだと余計に目立って仕方ないから隠してるんだ。珍しいものだし、あまりいい評判も効かないからな」

 

 そう言って俺は眼帯を外す。現れたのは白銀に光る瞳だった。妖しげに光る眼に、オリバンダーは吸い寄せられるように見つめた。

 

「ほう……瞳が片方だけ白く……いや、これは銀色……」

 

 純粋な好奇心によってしげしげと眺めるオリバンダーだが、正直俺はあまり面白くない。かつて生みの家族に勘当された原因が、この白銀の瞳だったからである。

 

「オリバンダー翁。もういいだろうか?あまりいい思い出もないからな」

「おお、スマンスマン。しかしそれなら……もしかしたら、この子ならあれを……」

 

 またしても何かを呟きながら、オリバンダーは店の奥へと姿を消した。間も無くして戻ってくると、そこには一本の杖が握られていた。

 

「ヤドリギの木に、芯材は雷獣の尾。27センチ」

 

 その杖を手に取った瞬間、俺の中で何かが爆発した。杖に触れている手は温もりを感じ、体の内側から形容しきれない力が奔流となって流れ出る。そしてその湧き出る力は杖を通して表側へと顕現し、柔らかくも力強い光のシャワーとなった。

 その光が当たると、先ほどまで杖選びで破壊された店内が綺麗さっぱり元どおりに、いや、以前より綺麗になっていた。オリバンダーもシワに包まれた両目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。その瞳には、驚愕以外に、困惑、歓喜、様々な感情が渦巻いていた。

 

「素晴らしい……」

 

 しかし、その感情はみるみるうちに歓喜に塗りつぶされていった。

 

「いやはや、この杖に選ばれるとは、あなたにはとても強い運命がおありのようだ。この杖は、私の先代が手に入れてから、あまりに膨大な魔力を内包する せいで誰一人として受け入れてこなかった杖じゃ。杖の厄介度だけで言えば伝説のニワトコの杖に引けを取らんじゃろう」

「ニワトコの杖?」

「この世に存在する杖の中で最強の力を有する杖じゃ」

 

 呆然としたまま言葉を繰り返したが、話はほとんど聞けていなかった。自身の体の内側で、荒れくるいながらもどこか安定した力が渦巻いているのを容認するので手一杯だった。

 

「これは……これが魔力なのか……とんだじゃじゃ馬杖じゃないか」

 

 引き笑いをしながらも、自分の手から離れようとしないその杖を再度しっかりと握った。そして、先ほどのオリバンダーの説明も身体で納得した。上手いことやっていかなければ俺はこいつに使われてしまうかもしれない。そんな強い力が感じられた。

 

「この杖は、内包する力のせいで数多の持ち主をはじき返してしまった。その絶対的な力は、もしかしたら、いつかあなたに牙を剥くかもしれない」

「ああ、それは今実感している」

「そうでしょうとも。しかし、あなたがその杖を必要とし、その力の使い方を間違えなければ、この杖は貴方に応えてくれるでしょう。そして、貴方がこの杖に相応しくなった時、杖は貴方にとって掛け替えのない相棒となるでしょう」

 

 言われるまでもなく、こいつは俺の生涯の相棒になるだろう。そんな確信を抱いていた。

 

「ああ、お前に飲まれないよう、努力する。これからよろしく頼む」

 

 そう言うと、杖はその声に応えるかのように一度薄く光り、消えた。同時に、暴れ回る魔力も消え、静寂が訪れた。

 

 オリバンダーに杖の金額を支払い、店を後にする。さっきので体力を根こそぎ持っていかれたような感覚になったので、今日は帰って休もうと帰路につく。疲れから少しフラフラしていたら、前からくる人にぶつかってしまった。

 

「うおっ!」

「わあっ!」

 

 ぶつかった相手と共に倒れた。俺はすぐに立ち、ぶつかった人物に向けて謝罪する。

 

「すまん!ぼーっとしていた。大丈夫か?」

「いてて、うん、大丈夫、僕もよそ見していたから」

 

 ぶつかったのは少年だった。恐らくは自分と同年代。癖のある黒髪に、丸型の眼鏡。その奥には翠の瞳があった。

 しかし俺はその瞳より少し上、彼の額に目がいった。

 

「額に傷がある、が、それは今ついたわけじゃないのか」

 

 自分のせいでついた傷かと一瞬肝を冷やしたが、傷に見える経年変化で安堵した。

 

「え?君は、これを見てもなんとも思わないの?」

 

 傷に対して一過言あるのか、少年は目を見開いてこちらを見る。

 

「何と言われても、珍しい傷跡だなとしか……」

 

 そこまで言って、ふと、漏れ鍋の店主との会話を思い出し、それに乗じて、過去長門守に教わった、生き残った男の子ハリー・ポッターの事を思い出した。

 

「ああ、もしかしてそれが『生き残った証』なのか?」

 

 何の気なしに呟いた俺に対して、その少年、ハリーはさらに驚く。

 

「驚かないの?」

「なぜだ?確かに話は聞いていたが、ぶっちゃけどうでもいいと思っていたから今の今まで忘れてた」

「どうでもいい!?」

「俺は生まれてからずっと日本で過ごしてきたんだ。かつての闇の帝王だかなんだか知らねえおっさんのこと聞いても他人事でしかなかったしな」

 

 事実、俺にはその人物に対する恐怖心はなかった。というよりも又聞きの又聞きみたいにしか話を聞いていないため、ほとんど関心がなかった。だがハリーは、そんな俺の反応を見て少し残念という思いと、それより大きなうれしそうな感情を抱いていた。何となく、あからさまなヒーロー扱いには慣れていないのだろうと思った。

 

「ハリー!大丈夫か!」

 

 突然、ハリーの後ろから声がかかり、彼に大きな影がかかった。ハリーの後ろ、つまりは俺の目の前にあたるのだが、そこには身の丈3メートルに及ぶような大男が立っていた。

 

「ハグリッド!」

 

 大男の方を見て嬉しそうに声を上げるハリー。

 

「僕は大丈夫。この子とぶつかっちゃっただけだよ」

「そうか、ならよかった。しかし道も分からねえのに無闇に歩き回るもんじゃねえ。ダイアゴン横丁は人が多くて迷いやすいからな」

「うん……ごめんなさい」

 

 ハグリッドと呼ばれた大男は優しげに声をかけるが、その目は真剣だった。諌められたハリーは少し肩を落とした。ハグリッドは俺の方へ声をかけた。

 

「おう、おめえさんも大丈夫か?」

「ああ、心配には及ばない。こちらも不注意だったしな」

 

 その声色に他者を思いやる思慮が見えたので、それに応えるように返事を返した。ハグリッドはそれを聞いて少し安堵したようで、そのままハリーに何かを言った。どうやら別の場所に行かなければならないらしい。

 そういえば、お互いに自己紹介をしていないな。

 

「俺は藤林紫乃。日本人だ。お前の名前は色々なところで耳に入ってきたが、お前の口から、お前の名前を知りたい」

「僕はハリー、ハリー・ポッター。よろしくね、シノ」

「ああ、よろしく頼む、ハリー。では、学校でな」

 

 そうして俺達はわかれた。まさか本当に鉢合わせることになるとは思っていなかった。だが、自分が有名である事には戸惑っているようなあの感じ、悪いやつではなさそうだ。ホグワーツへ入っても、良き友となれそうだ。

 

続く




有り難うございます。

ここでハリーと邂逅です。


補足3:ハリーがダイアゴン横町にこのタイミングでいたかどうか、原作では明確な日付が無かった気がする(7月31日にハグリッドに連れられ、9月1日にホグワーツ特急に乗った。その間の補足の記憶が筆者には無い)ため、違うとかになっても大目に見てください。


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第肆話

書き溜め分がある内は、更新速度早めにします。


主人公、列車に乗ります。


 ハリーと道端で鉢合わせるような出会いをしてから幾日かたった。

 

 あの後俺は、漏れ鍋の部屋を拠点としながら、数日をかけてゆっくりと入学の準備をした。

 仕上がったローブを受け取ったり、魔力探知の鍛錬をしたり、揃えた教科書を読んだりと、のんびりとした日々を過ごしていた。途中、同年代の子らをちらほらと見かけたが、おそらくだいたいは新入生だろう。

 だが、一つ気になることはあった。オリバンダーの店での出来事だ。あの時俺は、杖に魔力をごっそりと持っていかれたような感じがして、ひどく疲れてしまったのだ。それとは別に、自分の内側で起きた、無視できない力の爆発。あれもさっぱりわからない。師匠がいれば何かしら教えてくれただろうが、生憎あの畜生は帰郷している。というか、外国に子供一人置いて帰るとか、普通に考えたら酷いもんだな。

 まあ、力の爆発については、ホグワーツにいる教師に聞いてみよう。情報がないんじゃどうしようもないしな。

 

 そして、ホグワーツに出発する日となった。

 キングズ・クロス駅に到着し、改めてチケットを見る。

 

  《ホグワーツ特急 9と3/4番線》

 

 まるで意味がわからない。

 何だよ3/4て。駅に分数使うなよ。

 まあ恐らくあれだろう。木を隠すなら森の中、的な感じで、マグルの駅構内に入り口を設けたのだろう。

 構内に入っても、そんなものがあるようには思えない。

 とりあえず9番線と10番線の間のホームで、範囲を絞って魔力探知をする。まだ調整しきれておらず、あまり長い時間はできない。

 すると、ホームにある柱の一つに、魔力の揺れを感じた。集中を解き、側に行って少し触れてみる。すると、分厚く硬いレンガの見た目なのに、まるで何もないかのように手がすり抜けた。どうやらあたりだったようだ。

 周囲を一応確認しつつ、そそくさと柱へと突っ込んで行く。一瞬暗くなったと思ったら、次の瞬間には視界がひらけ、赤を基調とした立派な蒸気機関車が佇んでいた。

 どうやらこれがホグワーツ特急のようだ。その証拠に上の看板に「ホグワーツ特急 11時発」と書かれていた。まだ早い時間だったためか、まだ搭乗者はいない。今のうちに座席を確保して起きたかったため、この時間に来て正解だった。ふと手元の懐中時計をみる。時計は9時頃を指していた。

 ………早過ぎた……。

 

 手っ取り早く荷物を運び入れ、適当なコンパートメントに陣取る。びっくりするほど誰もいない。ここは日本で育った影響だろうか、出発の時間よりも出来るだけ早く到着するような時間設定をしていた。外国はこの辺はルーズなのだろうか。

 

 暇なので適当に教科書を開いて読み始める。

 魔法という概念は中々面白い。全く未知のものかと思いきや、所々忍術にも応用できそうな箇所や、逆に忍術を応用できそうなものもあった。

 あ、そうだ。魔力探知の鍛錬として、この辺の気配探知をしてみよう。たくさんの魔法使いが集まる訳だし、いい練習になるかもしれない。

 目を閉じ、精神を統一させる。以前のように垂れ流さないように慎重に、慎重に。

 ………おお、色んな人の気配がするな。さっきより大分人が増えたようだ。気付かないうちに出発の時間が迫っていたんだろうか。汽車の中にもどんどんと人が増えている。そうこうしているうちに汽車はゆっくりと動き出した。やはりあれから結構時間が経っていたんだな。

 気配探知にはまだ余力があったので継続。すると扉の近くに見知った気配がするのを感じた。これはハリーだ。知らないもう一つの気配と共に先程からあちこちと動き回っているようだが、もしかしたら席がないのかもしれないな。

 

「ごめん、ここの席……」

「ハリーか。空いているぞ」

 

 扉を開けて何か言おうとしたのを遮って声をかける。そのまま目を開けると、眼鏡のハリーと、赤髪の少年が、揃って口をぽかんと開けていた。

 

「再会早々顔芸か。中々愉快な挨拶があるんだな」

「違うよ!?」

 

 ハッと我に返ったハリーに突っ込まれた。

 

「どうして僕だってわかったの?目を瞑っていたじゃないか」

「感じた気配がハリーのものだったからな」

「気配?」

「ああ。それより隣の彼を紹介してくれないか?初対面だ」

 

 赤髪の少年は未だぽかんとしている。何だろう、そんなに俺は珍しいのかな。

 

「ああ、えーと、彼はロン。駅で入り口がわからなかった時に教えてくれたんだ。ロン、この子はシノ。ダイアゴン横丁で会ったんだ」

 

 ハリーがそれぞれを紹介してくれる。ロンと呼ばれた少年はそこでようやく我に返った。

 

「藤林紫乃だ。生まれは日本だ。そちらも改めて名を教えてくれ」

「あ、ああ。僕はロン・ウィーズリー。ハリーと知り合いだったんだね」

「とは言っても、ダイアゴン横丁でお互いにぶつかってしまったというだけだがな」

 

 そう言ってハリーを見ると、彼は苦笑いをした。俺もつられて笑ってしまった。

 

「ともかく、ここは空いてる。好きに使ってくれ」

 

 そう言って席を指すと、二人はコンパートメントに入っても座った。するや否やハリーが顔を近づけてきた。

 

「ねえシノ。さっきの気配って何?」

「あれか?そうだな、俺も最近会得したものだから上手くは言えないが、「その人がそこにいる」という事を敏感に感じ取る、といった具合だろうか」

 

 実際、まだ感覚でしか操れていないため、上手く説明できなかった。案の定ハリー達はわからないようで、揃って首を傾げていた。この様子だと、忍だとか忍術だとかは言ってもわからんだけだろう。

 それから俺たちは互いの事を話した。日本の事を話すと二人とも興味津々だった。やはり日本人というのは珍しいらし。どこかのタイミングで日本の土産でもあげてみようか。

 ハリーはつい最近まで魔法という存在を全く知らなかったらしい。対称にロンは生粋の魔法使いの家系で、すでに何人も兄弟がホグワーツに在学、もしくは卒業しているそうだ。

 

「ねえ、その右目はどうしたの?」

 

 気になっていたのかロンが聞いてきた。

 正直軽い話ではないので気乗りはしないが、変に隠すよりはいいだろう。

 

「その前に一つロンに聞いておきたい。『白銀の瞳』について知っているか?

 

 隣でハリーが「何それ?」みたいな顔で疑問符を浮かべているが、ロンは少し考えてから呟いた。

 

「ああーと、確か『両目が白銀色の者の周りには不幸が訪れる』って奴だっけ?聞いてはいるけど、ウチの家族はあまり信用はしてないね」

「なぜだ?」

「父さんが昔の知り合いにいたんだって、白銀色の目を持った日本人が。でも話に聞くような呪いじみたことはほとんどなかったみたいでさ、迷信だろうって言ってるんだ。それに、こっちにも似たような逸話はあるみたいだけど、そもそもそんな目に関することなんて聞いたことないよ」

「……そうか」

 

 

 そんな話を聞いて、俺の心は安堵で満たされるようだった。師匠の言った通り、そこまで神経質にならなくてもいいのかもしれない。

 

「その考えは初めて聞いたが、それなら問題にはならなさそうだ。あとは見ればわかる」

 

 そう言って俺は眼帯を外した。右目に宿る白銀色の目。その目から二人を見る。ロンは目を見開いて驚き、ハリーは嘆息していた。だが二人には、全く敵意が感じられないというところで共通していた。

 

「わーお、同じ色なんだね」

「ああ。俺の目は片方だけ、いわゆる呪いの目と同じ色をしているんだ」

「すっごい綺麗だね!」

 

 ハリー達は何だかやたらと目をキラキラさせている。一体どういう事だ。

 

「こんなに綺麗なのにどうして隠してたの?」

 

 続けざまにハリーは質問してきた。

 

「これは、さっきも言った通り、呪いの目と同じ色だから、周りから変な目で見られるとたまらないからな。だが、眼帯も眼帯で目立つようだし、何よりこっちには呪いの話は無いようだから、もう必要ないかもな」

 

 日本にいたころの憂いは、入学する前には不必要なものになった。

 そんな話をしていると、コンパートメントの扉が開き、一人の少女が顔を出してきた。

 

「ねえ、ヒキガエルを見なかった?ネビルのペットなの」

 

 柔らかく癖のついた栗色の髪を長く伸ばし、利発そうな顔立ちをしていた。

 ハリーとロンは二人揃って首を横に降る。おいお前ら、さっきから息ぴったりだな。

 

「俺も見てないな。だが、ちょうど向かいのコンパートメントのすぐ脇の隙間に、多分カエルが隠れてるぞ」

 

 俺がそういうと、少女の後ろにいた少年が言われた通りの隙間を覗き込む。

 

「トレバー!」

 

 どうやらお目当のカエルだったようだ。ふう、さっき駅で鍛錬した成果かが出ているな。小さな生き物の気配も、近場のものなら感じ取れるようになっている。

 

「どうもありがとう!僕はネビル、こいつはトレバーで、いつも逃げ出しちゃうんだ」

 

 ネビルと名乗った少年は、こちらに何度もお礼を言いながら、ペットのヒキガエルを大事そうに抱えて自分の席へ戻っていった。だが少女の方は残って俺の方を見ていた。一瞬だけ、俺の目を見たが、ほんの少し逡巡した様子で目をそらした。

 

「あなた凄いのね、どうやってわかったの?」

「努力の賜物だ」

 

 気配探知のことを改めて説明するのが少し億劫だったので省いた。でも間違ったことは言ってない。

 

「努力?まあいいわ。私はハーマイオニーよ。あなた達は?」

「俺は紫乃だ。こいつらは赤毛がロン、メガネがハリーだ」

「紹介がざっくばらん過ぎない!?」

 

 失敬な。的確に印象を伝えてわかりやすく説明しただろうが。

 

「シノ?聞かない発音ね。もしかして日本人?」

「その通りだ。生まれ育ちは日本だ」

「そうだったのね。それで、ロンとハリーね……って、あなたまさかハリー・ポッター?」

 

 どうやら彼女も知っているようだ。ハリーが証明するように髪をかきあげてひたいの傷を見せると、ハーマイオニーはさらに驚いていた。なんでも、彼女自身はマグルの両親から生まれたそうだが魔法使いに覚醒したそうで、魔法を知らされた際にこちらの史実を一通り調べたらしい。非常に真面目でまっすぐな印象を受ける。少々口調が厳しいが、それはただの口癖だろう。彼女からはわずかな驕りは見られたが、相手を見下すようなマイナスな感情は一切感じ取れなかった。

 

 少し話をして、ハーマイオニーは、間も無く到着だからローブに着替えておきなさいと残して自分のコンパートメントに戻っていった。言われるままにローブへと着替える。このローブ、なんか邪魔だ。足も腕も隠れるから、身体を動かすのに障害でしかない。魔法使いってのはよくこんなものを着ていられるな、なんてことを素直に口に出したら二人からなんとも言えない苦笑いをされた。なんだというんだ。

 

「おい!このコンパートメントに有名なハリー・ポッターがいると聞いたんだが本当かい?汽車の中はその話で持ちきりだったんだが、もしかして君かい?」

 

 唐突に外から声をかけられた。向けた視線の先には、淀みない白髪をオールバックにした少年が立っていた。後ろに二人の少年を引き連れている。

 

「そうだけど、何か用?」

 

 ハリーはあからさまに不機嫌になっていた。それも当然だろう。この白髪は、眼で見るまでも無く言葉の端々に他者を見下すような感じが滲み出ていた。

 

「 僕はドラコ・マルフォイ。こっちがクラッブで、こっちがゴイルだ」

 

 自分の名を名乗ったあと、後ろの二人を指して言った。ごついデブとごついノッポだ。二人とも同じくらい目つきが悪いが、その瞳にはマルフォイのような利発さは見えない。多分脳筋バカに当たるだろう。

 

「そっちの赤髪は言わなくてもわかる、ウィーズリーの子だろう?」

 

 ロンは先程からハリーよりも苦い顔をしていた。魔法使いの家同士のいざこざでもあったのだろうか。

 

「そっちの君は……マグル生まれかい?」

 

 そんなことを思っていたら今度はこっちに目を向けてきた。瞳にはわかりやすく嘲りの色が見られる。

 

「シノ・フジバヤシだ。両親のことはあまり覚えてないからなんとも言えないな」

 

 それだけ言うと、マルフォイは微妙な顔をした。ちらりと二人を見ると似たような顔をしていた。まだ話していないし当然か。

 

「まあいい。ポッター君にフジバヤシ君。魔法族にも家柄の良いものとそうで無いものがある。間違った付き合い方をしないようにするんだね」

 

 うしろのデブノッポを舎弟のように引き連れてるお前に言われたくない、という言葉が喉元まで出てきたが堪えた。

 

「大丈夫。間違ったのかどうかは自分で見分けられる。ご親切にどうも」

 

 おお、なかなか言うじゃないかハリー。マルフォイの頰が紅くなってるな。

 

「僕ならもう少し気をつけるけどね、付き合う人は選ばないと、君も君の両親と同じ道をたどることになるぞ」

 

 もはや虚勢にしか聞こえない。油断していると、今度は俺の方に視線を向けてきた。俺がどう返してくるか待っているようだ。

 

「家柄の良いものと、そうでないもの、ねえ」

「そうだ。付き合い方は考えたほうがいい。どこにでも低俗な輩はいるんだ」

 

 俺が同意を示したと勘違いしたのか、得意げな顔でそう返す白髪。

 

「それで?」

「え?」

「家柄に良し悪しがあるのは分かった。だが、それとお前にどういう関係があるんだ?」

「だから……」

「仮にお前の家が良家だったとしても、今ここにいるのは俺とお前、シノと、ドラコだ。ドラコ、家柄の話をする前に、まずは自分の話をしたらどうだ?」

「……っ!揃いも揃って、後悔しないようにすることだね」

 

 マルフォイは言うだけ言って、デブノッポを連れて去っていった。言ってきた言葉に対する憤りはあるが、こんな状況に最もふさわしい諺があったな。

 

「……負け犬の遠吠えってこんな感じなのか」

 

 ぼそりと呟いたその言葉を聞いて、ハリーとロンは同時に吹き出した。どうやら意味は通じたらしい。

 あのような連中もいるのだ、学校生活も一筋縄じゃ行かないかもな。俺はそう思いながら少しずつ暗くなっていく外の景色を眺めた。

 

 

続く




あれ、なぜかハリーから謎のヒロイン臭……
きのせいかな!!←


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第伍話

組み分けです。

*あらすじ、タグを追加修正しました。


 ホグワーツ特急は無事到着した。どうやら城のすぐ近くにある魔法使いだけの村に隣接するホグズミード駅が降車駅で、そこからさらに移動して、ホグワーツへと向かうそうだ。

 

「イッチ年生はこっちだ!イッチ年生はこっち!」

 

 大きな声に目を向けると、ランタンを掲げたハグリッドが、新入生を誘導している。在校生とは移動手段が違うらしい。

 案内された先は、湖のほとりで、無数の小舟が浮いていた。複数人で小舟に乗り、湖から入るそうだ。そう聞いて見上げると、荘厳と言う言葉が最も似合いそうな、大きく立派な城が聳え立っていた。ホグワーツ魔法魔術学校だ。

 

「さあ皆!四人一組でボートに乗れ!出発するぞ!」

 

 ハグリッドの先導のもと、数多のボートが湖上の城へと向かっていく。異国情緒どころではなく、もはや異世界情緒漂うようなその光景に、俺は目を奪われていた。

 城へたどり着き、ハグリッドの案内で向かった扉の前にエメラルド色のローブを身に纏った妙齢の女性が立っていた。

 

「マクゴナガル先生、イッチ年生をお連れしました」

 

 ハグリッドが頭を下げる。ここの先生のようだ。厳格そうな強い眼差しだ。

 

「ありがとうございますハグリッド。あとは私がやります」

 

 マクゴナガル先生にそう言われると、ハグリッドは奥へと去っていった。

 

「さて皆さん、ホグワーツ入学おめでとう。私は副校長のミネルバ・マクゴナガルです」

 

 そう名乗ると、マクゴナガルはホグワーツについて説明を始めた。

 生徒は四つの寮に別れ、それぞれの寮で卒業まで過ごす。入学の際に組み分けを行い、それ以後の寮の変更はない。

 各寮にはそれぞれ得点が配備され、学期中の行いにより得点が上下する。学期末の最終的な得点が最も多い寮には優勝トロフィーが贈られ、その年の最も優良な寮として称される。

 大まかにはそんな感じだった。

 

「それでは、準備がありますので、しばらくここで待っていなさい。今のうちに、身形を整えておくといいでしょう」

 

 そう言うと、扉の奥に去っていく。寮の組み分けの方法は伝えられていない。周囲にもそれがどういったものなのかと言う憶測がそこかしこから飛び交っている。

 

「僕は試験みたいなものがあるって聞いてるよ」

 

 ロンがそういったのが聞こえた。確か彼には在学中の兄弟がいたはずだ。そして彼以外にもそういった輩はいるはず。なのにそれで納得していないのは、おそらく誰も真実を伝えていないと言うこと。入学の際にここでこうしてやきもきするのは通過儀礼のようなものなのだろう。気付けばすぐ近くにいたハーマイオニーは試験と聞いて、教科書に載っていた様々な呪文を暗唱し始めていた。やはり彼女は真面目だ。

 

「いや、試験的なものはおそらくないと思う」

 

 俺がそう呟くと、周囲の奴らがこちらに視線を向けるのがわかった。目を向けた先の、見知らぬ東洋顔に片目銀目と言う風貌の俺を見て怪訝な顔をしている。大陸を挟んだ極東の島国と呼ばれているほど、ここからは遠い世界だから、珍しいのだろう。

 

「入学する人間の中にはマグル生まれもいるはずだし、俺たちはまだ公的に魔法を教わっていない。知識と経験がバラバラなのに、一律で試験はしないだろう。やるのなら、知識も技量も必要ない、適性を見るものではないだろうか」

 

 そんな風に伝えると、周りから納得と感心が感じられた。冷静に考えれば分かりそうなものだが、皆緊張してるのだろう。ハーマイオニーも感心したようにこちらを見ていた。

 

「すごい、シノって頭いいのね」

「頭の良し悪しではない。落ち着いて冷静に考えれば、ハーマイオニーにだってわかったと思うぞ。無意識のうちに緊張していたのだろう」

「うーん、確かにそうかもね。でも貴方はずいぶんと落ち着いてるわね」

「まあ、色々あったからな」

 

 我ながら、この年でこんなに達観してるのは非常に珍しいと思う。というかハッキリ言って不気味、異常な類なんじゃないかな、うん。

 

「そう。でもシノ、あなたの言葉遣い、ものすっごく堅苦しいわよ?」

「癖だ、使ってるうちに治るだろうと思って放置してたら定着してしまったのだ、気にするな。必要になれば直す」

 

 そしてハーマイオニーは結構正直に物を言う。

 

 その後、マクゴナガル先生が戻ってきて、扉の奥へと案内された。そこに広がっていたのは、驚くほど広い空間をもつ大広間だった。空中には無数の蝋燭が浮かび、天井には満点の星空が瞬いている。あれも魔法だろうか。

 

「魔法で天井に星空の景色を映しているのよ。本に書いてあったわ」

 

 やはりハーマイオニーは知っていたか。あれは透過している訳ではなく、星空を映しているのか。

 目線を下に戻すと、大きな四つの長テーブルに、在校生達が座っている。それぞれの寮毎にテーブル分けされているのだろう。その奥に、教職員用のテーブルがあり、各教師らしき人達が座っている。

 その少し手前に、立派な椅子に何かが置かれている。あちこちがボロボロになった、物凄く年季の入った三角帽子だ。あれは一体なんだろうかと考えていると、その帽子が急に歌い出した。

 

   『わたしはきれいじゃないけれど

     人は見かけによらぬもの

      わたしをしのぐ賢い帽子

       あるならわたしは身を引こう

    山高帽子は真っ黒だ

     シルクハットはすらりと高い

      わたしはホグワーツ組分け帽子

       わたしは彼等の上をいく

    君の頭に隠れたものを

     組分け帽子はお見通し

      被れば君に教えよう

       君が行くべき寮の名を

 

    グリフィンドールに行くならば

     勇気ある者が住まう寮

      勇猛果敢な騎士道で

       他とは違うグリフィンドール

 

    ハッフルパフに行くならば

     君は正しく忠実で

      忍耐強く真実で

       苦労を苦労と思わない

 

    古き賢きレイブンクロー

     君に意欲があるならば

      機知と学びの友人を

       ここで必ず得るだろう

 

    スリザリンではもしかして

     君はまことの友を得る

      どんな手段を使っても

       目標遂げる狡猾さ

 

    被ってごらん恐れずに!

     興奮せずに、お任せを!

      君をわたしの手に委ね

      (わたしに手なんかないけれど)

        だってわたしは考える帽子!』

 

 帽子の歌が終わると、広間全員から拍手が起こった。なるほど、さっきの歌は各寮の特色を上げていると言うことか。聞いた限りだとそれぞれに優劣はあまりないように思えるな。

 

「アルファベット順に名前を呼んでいきますから、呼ばれたら前へ出て椅子に座り、帽子をかぶって組分けを受けてください。アボット・ハンナ!」

 

 いよいよ組分けが始まった。始めに金髪おさげの子が前に出た。緊張した面持ちで帽子をかぶると、目元まで隠れた。

 

『ハッフルパフ!』

 

 少しの間の後に帽子が叫び、呼ばれた寮の生徒から喝采が送られる。ハンナと呼ばれた少女は恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに、その寮のテーブルへとついた。そうやって次々と名前が呼ばれ、組分けがされて行く。

 

「フジバヤシ・シノ!」

 

 俺の名が呼ばれた。そういえば気にしてなかったが、HではなくFだったか。まあどうでもいいか。俺は前に進み、椅子に座る。なるほど、ここからは大広間の大部分が見える。つまり各寮のテーブルは全て見えると言うことだ。どこのテーブルからも好奇と期待の眼差しが向けられて、緊張しないわけがないわな。

 帽子を被ると、頭の中に直接語りかけるように声が響いた。

 

『ほう、極東の民人か。こりゃ珍しい』

 

 帽子にまで言われるとは。相当珍しいことなのだろう。

 

『まあな。それはさておき、ふーむ、お主もなかなか難しいのう……忍耐力に長け、聡い思考も持っておる。勇敢な心の持ち主だが、その影に一度狙った獲物は絶対に逃さない蛇のような精神をも宿しておる……ふーむ……』

 

 おお、頭に浮かんだ言葉でやり取りできるのか。だから長い人も居たんだな。にしても意外な評価。つまりはあれですか?どの寮の適性も持っていると言うことですか?なんというかオールラウンダーなんだな、俺は。

 

『そういうことになるのう。ほう?お主、魔法以外の特殊な能力を身につけておるな。それも異なる二つの能力じゃ。いやはやなんと珍しいことか』

 

 それは、俺の右目の能力と、忍術のことか?

 

『ニンジュツ……そう呼ぶのか。そうじゃ。その二つで相違ない。なるほどな、君はどの寮に入ってもそれなりに上手くやれる。しかし、お主の心の奥に眠る暗く深い溝。この存在がどう出るか……』

 

 それは多分両親に捨てられた事なのだろう。ありがたいことに師匠という存在に拾われ、それなりに癒しのある生活はできていた。だが、その事実を忘れたことは決してないし、それがなければ今の自分はここにいなかっただろう。

 

『ううむ、その溝を癒せるところが最も良い所か。ならば………グリフィンドール!!』

 

 熟考の末に叫ばれた寮名はグリフィンドール。勇猛果敢な獅子を象った寮だ。テーブルからは大きな喝采が起こり、俺を歓迎してくれた。

 

「グレンジャー・ハーマイオニー!」

 

 列ににいたハーマイオニーが駆けて行った。待ちきれんとばかりに椅子に座り、そわそわしているのが遠目からでもわかる。利発そうな彼女のことだ、選ばれるならレイブンクローかグリフィンドールだろう。

 

『グリフィンドール!』

 

 当たった。まあ四つのうち二つもあげてりゃどっちかが当たるか。

 

「ハーマイオニー、これからよろしくな」

「ありがとう、こちらこそよろしくね!」

 

 組分けの椅子から駆け寄って来たハーマイオニーと挨拶を交わす。

 

「ポッター・ハリー!」

 

 いよいよハリーの番か。と思ったら広間中が静まり返った。そして、ざわざわとした会話がなされる。「ポッターって、あのハリー・ポッター?」「例のあの人を打ち取ったっていうあの……?」などとあらゆる場所からそんな話し声が聞こえてきた。少し不安になってハリーの方を見ると、心底苦々しそうな顔をして頭を抱えていた。いや、あれは額か?しかし、頭を振り、帽子のところまで駆けて行く。帽子を被ると、大広間がまた静かになった。ハリーも他より長い時間がかかっていた。よく見るとハリーの口がボソボソと動いていた。何か帽子と会話をしてるのだろうか。幾許かの時間が流れた後に叫ばれた寮名は。

 

『グリフィンドール!!』

 

 俺たちの寮だ。一瞬の静寂の後、爆発するかの如く喝采が起こった。少し離れたところにいた、顔が瓜二つの赤髪の二人は「ポッターを取った」と腕を組んで小躍りしていた。あれもしかしてロンの兄弟か?

 ロンの兄弟と思われる二人組を見てたら、組分けを終えたハリーが俺の方へ駆け寄ってきた。

 

「シノ!」

「おめでとうハリー。七年間よろしく頼む」

「こちらこそ!よろしくね!」

 

 ハリーは俺の隣に座り、お互いに笑いあった。

 

 その後も組分けは順調に進んでいった。列車内であったカエルの飼い主ネビルは、俺たちと同じグリフィンドール。気障ったらしい白いマルフォイはスリザリンだった。ロンはグリフィンドールだったのだが、彼の場合帽子が頭に触れるより前に、フライング気味に叫ばれていた。あとで話を聞いたところ、成る程彼の家族全員がグリフィンドール出身なのだそうだ。

 

 そうして全員の組分けが終わると、椅子と帽子が片付けられ、教職員のテーブルの中央に座っていた、真っ白な髪と髭を長く伸ばし、半月型のメガネをかけた老人が立ち上がる。あれ?あの人、見覚えがあるな……

 

「おめでとう!新入生の諸君、おめでとう!私が校長のアルバス・ダンブルドアじゃ」

 

 あ、思い出した。師匠のところに時々来ていた魔法使いじゃないか。確か師匠も校長と友人だとか言っていたな。うちに来てた時はなんだかんだで挨拶できなかったが、あの人が校長だったのか。

 

「歓迎会を始める前に、一言二言言わせていただきたい。そーれ、わっしょい、こらしょい、どっこらしょい!以上!」

 

 あ?何を言ってるんだあの人は。だが、ポカンとする新入生以外は平然と拍手をしており、あれが通常運転なのだと悟る。

 

 視線を戻すと、テーブルは大皿に盛られた数え切れない料理で満たされていた。これも魔法か。便利でなんでもありなんだな魔法って。

 どれもこれも美味い料理だった。掻っ込めるだけ掻っ込んだ。

しっかりとデザートまで食べ終わり、ふうと落ち着いたところで、皿の上の料理が消える。片付けまでやってくれるのか。楽だ。

 視界の端でダンブルドアが立ち上がる姿が見えた。一同も雑談をやめ校長に向く。食前と同様に食後にも話があるようだ。ただし食前とは別に学校での注意事項の類だった。

 

「新入生の諸君。校内の森は立入禁止区域のため近づいてはいかん。今学期のクィディッチ選抜は二週目から始まり、参加希望者はフーチ先生にその旨を伝えると良い。授業の合間に廊下で魔法を使わないように。それと、死にたくなければ四階の右側の廊下には近づかないよう気をつけることじゃ」

 

 最後に物騒なこと言い出しやがった。その廊下には死につながる何かがあるってのか?学校内にそんなもん作るなよ。

 

「では就寝時間じゃ。諸君、駆け足!」

 

 俺が心と視線で突っ込んだが届かず、宴は散会した。各寮の代表者(監督生と呼ぶらしい)の引率の元、生徒はそれぞれの寮に向かう。グリフィンドールの監督生はパーシー・ウィーズリー。ロンの兄だ。校内は無数の階段が溢れ、中には気まぐれに動くものもあるらしい。あ、一個動いた。そうなるとまた動くまで待つか、遠回りをしなければならないらしい。正直無駄としか思えない。できるだけ多くの階段の位置を確認しながらついて行く。

 途中、幽霊のような奴に出会った。他に多々いるゴーストとは少し違うようだが、まあ似たようなもんだろ。ピーブズと呼ばれたそのゴーストは、俺たちをからかうだけからかって去っていった。何だ今の。

 そしてたどり着いたのは一枚の婦人の肖像画の前だった。「太った婦人」と呼ばれるこの婦人の肖像画が、グリフィンドール寮の入り口のようだ。

 合言葉を伝え、入り口を開けてもらう。深緋色を基調とした、温かみのある談話室が広がる。奥には二つ階段があり、男女それぞれの寝所へ向かっているそうだ。すでに部屋はあてがわれており、疲れの溜まっていた俺たちは、それぞれのベッドに入るとき泥のように眠りにつけた。

 補足しておこう。俺も疲れのおかげか、ベッドに違和感を覚えずに眠ることができた。一安心だ。

 

 

 

続く




ここは順当に獅子寮としました。

補足4:他寮にした場合の、原作主人公組との絡ませ方が思いつかなかったんです……


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第陸話

主人公、魔法を学び始める。


 翌日。夜明けとともに目がさめる。睡眠リズムは完全に戻ったようだ。

 かつて漏れ鍋で止まった初日、中天過ぎて目が覚めたのにははっきり言って驚いた。後で時差ボケの影響とも言われたが、正直あれは失態だった。あれからどうにか就寝時間を調整して、ようやっと元に戻した。

 

 同室のやつらを起こさないよう音を立てずに談話室に降りる。こちらにも当然人はいない。外だって、白んできてはいるがまだ暗いのだ。ともかく、室内用トレーニングを開始。坐禅の姿勢で呼吸の訓練。精神統一をはじめとして、あらゆる所作の根幹を極めるのが呼吸である。呼吸を極めし者が、あらゆる場所で「達人」と呼ばれる域に達することができる。これを疎かにする者は、忍は愚か、いっぱしの職人にすらなれない。

 

 呼吸を終えてから、柔軟に入る。始まりに呼吸を行うことで、眠っていた体を起こし、全身の神経に意識を張り巡らせるのだ。そうすることで従来のトレーニングをより効率的に行うことができるのだ。柔軟を終え、体力トレーニングを開始。そうしているうちに外も少しずつ明るくなってきた。夜間外出禁止だったが、それが解除される時間を聞けなかったのは痛い。だが、外出時間において信頼できる人物がいるではないか。

 談話室の扉を開け、閉じ切らないように足で抑える。表に回り込んで婦人を訊ねる。やはりまだ寝ていたが、仕方ないので起こす。あまり騒がないようにゆっくりと。

 

「婦人、婦人。眠っているところすまないが、聞きたいことがあるのだ」

「んん……誰よ?こんな朝早くに……」

 

 婦人は鬱陶しそうにしながらも目を開ける。そばに立つ俺の姿を見て、少しずつキョトンとした顔をする。というか、絵でも眠るんだな。

 

「あら?あなた見ない顔ね、もしかして昨日の新入生かしら?」

「ああ。藤林紫乃という。校内の夜間外出禁止だが、何時頃解除されるのだろうか?」

 

 俺は簡潔に質問をすると、婦人は怪訝な顔を向ける。

 

「確かに今は陽は登ってるけど、こんな朝早くに何の用で外に出るの?」

「大したことじゃない、ここに来るまで行っていた日課のトレーニングをしたいだけだ。室内ではできないことがあるんだ」

 

 理由を聞くと婦人は怪訝な顔を引っ込めた。『新入早々規則を破るバカ』のレッテルは外れそうだ。

 

「そういうことなのね。完全に朝日が顔を出しているし大丈夫だと思うわ。でも今までこんな早くに外に出る人なんていなかったから、改めてマクゴナガル先生に聞きなさい」

 

 婦人に礼を言い、中庭に繰り出す。そして日課にしていたトレーニングの続きを行う。

 ふと振り返り、ホグワーツの校舎を見る。

 

 あ。いいこと思いついた。

 確か森は立ち入り禁止だったし、試しにやってみるか。

 そして俺は、城に向かって走り、そのまま移動トレーニングにしている「パルクール」を行った。

 

 「パルクール」とは、走る、跳ぶ、登るといった移動を行い、全身の筋肉を無駄なく鍛え、状況判断能力、とっさの回避技術、限られた安全区域を正確に捉える力を養い、従来の人間が所持する身体能力を限界まで追求するトレーニングである。一部ではスポーツや芸術などと評価されるほどで、実用性もかなり高い。師匠に弟子入りして、基礎体力がついてからは必ずこれが行われていた。屋根を走り、壁を伝い、縦横無尽にホグワーツの校舎を走り回る。想像以上にいい感じだ。とっさの思いつきだったが今後もやっていこう。

 

 一頻りのトレーニングを終え、談話室に戻る。だいたい30〜40分くらいだろうか、もっとしたら1時間くらいやっていたかもしれないが。しかし談話室にまだ人はいなかった。まさかと思い寝室に上がると、ルームメイトたちはまだベッドで夢を見ていた。マジか。起きんの遅くねえか?

 まあ確かに朝食まではまだ時間があるし、わざわざ起こさなくてもいいだろう。俺は静かに着替えて談話室に戻り、持参した煎茶を飲む。あぁ、旨い。

 

 一服したのち、少し早いかもと思いながらも大広間に向かう。時間つぶしがてら廊下をゆっくり観察しながら歩く。大雑把に数えても100以上は階段あるぞこれ。いらないと思うんだが。正直無駄にしか思えない。何だろうか、この実用性という言葉に正面から叛旗を翻すような構造は。まるで迷路だ。これ教室移動とかで絶対遅刻するだろ。今のうちに頭に叩き込んでおこう。

 

 階段の位置を把握し、また大広間へ。当然ながら人はまばらだ。というか、教師陣の大半はいるが、レイブンクローの生徒とハッフルパフの生徒がチラホラいるだけで、グリフィンドールとスリザリンに至っては誰も座っていなかった。早い時間とはいえ誰もいないとか、本当に大丈夫なんだろうかうちの寮は。

 

 ともかくも寮のテーブルにつく。なにも置かれていない綺麗な皿たちが並んでいる。昨日はこの皿達に一気に料理が並んだんだよな。今日もそんな感じなんだろうか。

 なんて思っていると、俺が座った席の周囲に飲み料理が現れた。グリフィンドールのテーブルは現在俺一人だけなので、俺の周りだけ料理がある状態だ。見た目すっげえ寂しいけど、大勢でわちゃわちゃするより静かな方が好きだから別に気にならない。

 

 朝食を始めようとする前に、教師陣のテーブルにうちの寮監の姿を見つけた。そうだ、今のうちに聞いておこう。

 食事に手をつける前に、奥のテーブルで食後の紅茶を飲むマクゴナガル先生の方へ向かう。彼女も俺に気づき、少しの疑問を浮かべながらも俺に対応した。

 

「おはようございます、マクゴナガル先生」

「おはようございます、ミスター・フジバヤシ。随分と朝が早いのですね」

「今までの生活習慣の名残です」

「そうでしたか。それで、何か私に用事ですか?」

「はい。学校の規則について少し聞きたいことがあるので、どこかでお時間をいただけないだろうか?」

 

 おおっと、頑張ったがダメだった。やはり改めて言語を学習しよう。

 

「規則について?わかりましたが、今でなくて良いのですか?」

「ええ。急を要することでもないのに、これ以上食事の邪魔をする訳にはいかない」

 

 食事は大事だ。よく考えれば、今こうして話しかけているのでさえ不敬とされかねない、というか、自分ならイラっとすると自覚した瞬間、嫌な汗が出てきた。やばい、どうしよう。

 

「…良い心がけですね。わかりました、では授業の終わりにでも私の部屋を訪ねてください」

 

 顔を上げてマクゴナガル先生の顔を見れば、厳しい顔つきながらも、現在は少し柔らかい雰囲気を纏っている。よかった、この場での会話はセーフ領域だったか。

 

「感謝する。では授業後に訪ねさせていただく。食事時に話しかけて申し訳なかった」

「はい。ただまあ、言葉はもう少ししっかり身につけた方が良いでしょう」

「う……努力す……し、ます」

 

 やはり指摘された。頑張ろう。

 席に戻り、改めて朝食を開始した。外国の料理は美味くないと聞いていたが、ここのといい漏れ鍋の料理といい、予想に反してどれも美味い。おそらくここが特別なんだろう。だが、当然のことながら日本の料理はない。いつか厨房の料理人に頼んでみたいものだ。

 

 そうして食事をしてると、少しずつ大広間が賑わってきた。うちの寮の連中も徐々に増えてきた。大方の食事を終えている俺を、珍獣でも見るような怪訝な表情を向けてくる奴らも居た。失礼な。お前らが遅いんだ。

 

「シノ!」

 

 声をかけられて振り返ると、ハリーとロンが近づいてきていた。

 

「ハリーにロンか。おはよう」

「ビックリしたよ!ディーンに聞いたら、ベッドにいないって聞いたからさ」

「まずは挨拶だ。朝の挨拶は大事だぞ」

「ああ、うん、おはようシノ」

「おはよう。それで、どこに行ってたのさ?」

「日課の朝の運動をして、朝食をとっていたんだが?」

 

 見てわからんのかこの共は。

 

「とにかく、俺はもう終わったから行くが、二人とも、気をつけろよ?」

 

 俺がそういうと、二人はキョトンとした顔をした。ここは階段の数が異常に多く、かつ魔法がかかっていて難解だから教室に向かうのも一苦労すると説明すると、若干顔を引きつらせていた。

 

「わかったよ、教えてくれてありがとう」

「ねえシノ、君って今日いつ起きたの?」

「日の出の時間だ」

 

 ハリーとロンは同じような顔をして唖然としていた。確かに自分でも早い方だと思うが、そこまでか?

 

 周りより一足早く食事を終えて、一度寮に戻り、教材を手に教室に向かった。今朝確認したばかりだから、割とすんなりと目的地にたどり着けた。やはりここにも人が少ない。

 

 ハリー、ロン、そしてハーマイオニーの三人が教室にやってきたのは、授業が開始されてから少し経った時だった。肩で呼吸してるところを見ると、本当に迷っていたようだ。注意したのにな。だがまあ、彼らだけが遅刻したわけで早く、というかだいたいの奴らは遅刻か、ギリギリの到着だった。どうやら一年生が道に迷って授業に遅れるのは毎年のことらしく、先生も別に咎めていなかった。

 

「たどり着くのも大変だけど、ついてからの授業も大変だよ」

 

 変身術の授業に移動中ハリーが呟いた。その隣でロンも同意するように頷いていた。

 

「そうか?教科書があるとは言え、全く未知の分野の知識が増えるのは楽しいと思うが。さっきの授業もそこまで複雑ではなかっただろ?」

「そうなんだけどさ、教室に行くのに必死になっちゃって、授業に集中出来ないんだよね」

「なら俺についてくるようにすればいい。大まかな城の見取りは頭に叩き込んであるから、ほとんど迷わないで済むぞ」

「ホント!?あ、でもシノってすごく朝早いよね…」

「大広間に向かったのは起きてからだいぶ後だ。明日は行く頃に起こしてやるから、無理そうならその時言ってくれ」

 

 わかったと、そう答えるハリーの顔は、嬉しさ半分不安半分だった。早起きはいいぞ。

 

「シノってそんなに朝早いの?」

 

 隣を一緒に歩くハーマイオニーが聞いてきた。俺がいうよりも早くロンが話し出した。

 

「早いなんてもんじゃないよ!今日なんて夜明けに起きたとか言ってるんだよ!?」

「夜明けじゃない,日の出と一緒だ」

「大差ないよ!」

 

 ハリーも突っ込んできた。失敬な。

 

「大ありだ。夜明けは空が白んでくる時間帯、日の出は太陽が顔を出す頃だ。時間で言えば一時間は違うんだぞ?」

「それにしても早いのね。私、早起きって苦手なのよね……」

 

 いずれにせよ早いことに変わりはなかったようだ。

 

「ねえ、私も起こしてくれないかしら…」

 

 ハーマイオニーがそんな爆弾発言をして来た。俺に限らずハリーとロンも口を半開きにして驚いていた。

 

「ハーマイオニー……今自分がどういうことを言ってるか解ってる?」

「へ?……あっ!」

 

 ハリーの言ったことに一度ポカンとしてから、自分の発言を理解したのか真っ赤な顔をして首を振った。

 

「ご、ごめんなさい!今のは忘れて!!」

「早起きしたいのは良いが、流石に女子部屋には入れないぞ……?」

「忘れてってばぁ!!」

 

 変身術の教師はマクゴナガル先生だった。

 まず先生は、自身で鮮やかな変身術を行なった。皆一様に驚き、目を輝かせたが、実際に行ってみると非常に難しく、繊細なものだということを実感した。マッチ棒を針に変えるというものだが、先の丸い針になったり、銀色のマッチ棒になったりと、殆どの生徒が完璧に針に変身させることはできなかった。真っ先に終わらせたのはハーマイオニーだった。

 

「素晴らしい出来です、ミス・グレンジャー。グリフィンドールに二十点」

 

 さすがはハーマイオニーといったところか。彼女も嬉しそうだ。

 で、俺はというと。

 

「………あ、出来た」

 

 授業終盤で、先の尖った綺麗な針に変身させることができた。呪文の正しい発音と魔力の調整、そして、頭の中でのイメージが重要だと最初の授業で言っていたな。それを実践し、悪戦苦闘していたらできた。

 最たるものは過程と完成形を明確にイメージすることだと実感した。対象物に対して、呪文の内容と、起こしたい現象を明確に頭の中に浮かべる事が肝のようだ。もしかしたら他の呪文はおろか魔法全体に言える共通点かもしれない。

 俺の呟きを聞いたのか、マクゴナガル先生が来て、俺の針を眺めた。

 

「歪みの少ない、いい出来です。しかし、この窪みは何ですか?意図してつけたようですが」

 

 よくみると、糸を通す穴をイメージしたところが、ただの窪みが出来ているだけだった。くそう。

 

「自分の中で最も身近な針が縫針だったので、糸を通す穴を作ろうとしました。結果的に窪みだけでしたが」

 

 俺がそう言うと、マクゴナガル先生はピクリと眉を動かした。何かまずかったろうかと少し不安になる。

 

「なるほど。今日の授業ではそこまでのレベルは追求していませんでした。あなたの理想には届いていませんが、今日の授業では及第点でしょう」

 

 なんだ、穴なくても良かったのか。

 得点こそもらえなかったが、しっかりと針に変身させられたのは俺とハーマイオニーの二人だけだったと言うことで、揃って褒められた。

 他人に褒められのは照れる。しかし顔には出さん。絶対にだ。

 

 

 

 授業終わりに、三人に断って一人廊下を歩く。

 向かった先は、マクゴナガル先生の部屋だ。

 

「藤林紫乃です」

 

 ノックをし、名を名乗る。「入りなさい」と中から声が聞こえたので、部屋へと入る。部屋の脇、窓際に置かれた机に向かい、何やら事務作業らしきことをしているマクゴナガル先生がいた。

 

「今朝方話したことですね。聞いておきたいこととは何です?」

 

 机から視線を外し、こちらに顔を向けてくる。聡明な光を放つ鋭い眼光が、メガネを通して俺を見つめる。何も悪いことなどしていないのに体が緊張してしまう。

 

「夜間外出禁止が解放される時間を教えてください」

 

 少し怪訝な表情を浮かべる先生に、太った婦人に言ったことよりも具体的に説明する。過去の鍛錬、外でなければならない理由、早起きの習慣などなど。

 

「なるほど、わかりました。今までその時間に起きてくる生徒はほとんどいなかったのであまり明示してきませんでしたが、談話室の窓から太陽が半分以上見える頃なら外出しても咎めないことにしましょう。仮にその時間に外に出て、誰か他のものに咎められた場合でも、私の名前を出して構いません」

 

 説明を受けたマクゴナガル先生は、納得したように頷いて俺にそう捕捉した。

 これで心置きなくトレーニングできるな。

 

 

 

 

 

続く

 

 




 有り難うございます。

補足5:紫乃のトレーニングは、長門守から受け継いだ独自のものです。現実世界との差異は目をつぶっていただければと

補足6:紫乃の英語が変、と言う設定は、彼に理屈っぽい喋り方をさせたかっただけです。他に特に理由はありません。どこかで徐々に直っていく、みたいな設定になってます。


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第質話

書き溜めを修正してたら、存外に書き直しレベルの案件になりまして。
ここからは書いて出しになります。


 魔法の授業を受ける日々を送る。

 魔法の授業といっても、過半数は座学だったのだが、そもそも魔法という概念を知らなかった俺にとってはどれも興味深く、面白いものだった。

 それに、俺の魔法の素質も、並よりはある方だというのが、周囲を観察していて感じた客観的な感想だ。魔力と気の二つを感じられるからこそであろう。大広間での昼食時に、シェーマスが、コップの水をラム酒に変えようとしていた折に、力任せに杖を振る彼を見かねて俺が常日頃呪文を唱える時に注意する点を丁寧に教えてやった事があった。

 

 だがまあ、そうそう楽しい事ばかりでもないのが世の常というものだ。

 ここしばらくの生活で、スリザリン寮が他寮から浮いていることがわかった。スリザリンには純血主義が多く高慢な輩が集まるらしい。特にうちのグリフィンドール寮とは犬猿の仲らしく、事あるごとにいがみ合っているようだ。

 色々と話を聞いてみると、魔法界での犯罪者や危険思想を持つ者は「闇の魔法使い」と呼ばれ、魔法省にて指名手配されているものも多いという。それら闇の魔法使いに多く共通するのが、スリザリン出身なのだとか。

 それと、ハリーの名前を一躍世界に広めた存在、ヴォルデモート郷もスリザリンらしいという噂もある。

 なんて頭がお花畑な連中だろうか。そんなあってないような確率論の話を大々的に持ち上げて、まるで内紛だ。単純に性格面の気が合わない連中が揃ってしまうだけだろうに。腹立たしい。

 

「午後からの飛行訓練の授業はスリザリンとらしいよ」

 

 朝食中にハリーが少しげんなりしながらつぶやいた。俺の早朝トレーニングが終わった後に起こしに行くと言う約束を実行してから、朝食はハリーと取る事が多くなった。彼は思いのほか早起きに抵抗がなかった。理由を聞いてみたら、「階段下の物置時代に比べたらなんてことなかった」と、少し遠い目をされながら言われた。今は深く追求しないことにした。ちなみにロンは全く起きられなかった。何度か起こしたこともあるが、その日一日ずっと瞼を重そうにされたら気の毒にもなる。ハーマイオニーは、まあ、女子部屋なので論外だ。

 

「ハリーお前もか」

「え?何が?」

 

 ハリーはキョトンとした顔を俺にむけてきた。

 

「お前も、他のグリフィンドール生徒のように、スリザリンというだけで毛嫌いしているのか?」

「うーん、そこまでじゃないけど、ほら、マルフォイとか、スネイプ先生とかさ…」

「あぁ、そうだったな…」

 

 そう言われて少し納得した。事あるごとに嫌な顔をするグリフィンドール生とは別に、ハリーにはげんなりするだけの理由があるのだ。

 以前スリザリンと初めての合同授業だったのは、何の因果かスリザリン寮監のセブルス・スネイプ先生の魔法薬学の授業だった。授業内容自体は、忍の薬剤製法にも通じるものがあって中々面白かったのだが、その時にスネイプ先生は、何かにつけてハリーを指し、一年生では絶対に教わらない範囲の魔法薬について質問したりして、さんざんに詰っていた。ほんの少しだけ見えた感情には、単純な嘲りはほとんどなく、様々な感情が入り乱れてとても複雑だった。何だか一筋縄ではいかない因縁がありそうだったが、そんな事俺たちが知るわけもなく、ただただハリーに突っかかる嫌な先生の印象がつけられた。

 

「確かにあの授業は妙ではあったな。だがハリー、お前は周りの様にはなるなよ」

「どういう事?」

「所属や家系に気を取られ、個人をないがしろにする様な行為だ。今のグリフィンドールとスリザリンの関係はまさにそれだ。グリフィンドールにだって嫌な奴はいるだろうし、スリザリンにいい奴だっているだろう」

 

 若干心当たりがあるだろうハリーは、少し真面目な顔をして頷いていた。

 朝食を食べ終わる頃、ゾロゾロとグリフィンドール生達がやってきて、既に食べ終わっている俺たちをジロジロと見ながら席についていった。その中にロンもいたが、俺と目が合うと「僕には無理だよ」という顔をされた。しばらく時間がかかりそうだ。

 

 午後になって、飛行訓練が行われる校庭に向かった。既に多くのグリフィンドール生とスリザリン生とが各寮ごとに並んでいた。お互いを意識しつつも、箒を扱える訓練として皆気持ちがそわそわしているのを隠しきれていなかった。

 

「皆さん揃っていますね」

 

 間も無く飛行訓練の教官であるマダム・フーチがやってきた。白い紙を短く切り立たせ、鷹のような鋭い黄色い目をしている。

 

「さて、皆さん飛行訓練です。まずは箒を持つところから始めましょう。方法は、箒の左側に立って、右手を箒の真上に出して『上がれ!』」

 

 早速訓練が開始され、生徒達がそれぞれ「上がれ!」ととなえはじめる。ハリーとマルフォイの二人が一発で成功させていた。唱えずに少し周りを見ていると、ほとんどの生徒の箒が、地面の上で身動ぎするように動くだけだった。それがまるで生き物のように見えてきたので、試しにそのイメージを持ってみる。

 この箒には意思があり、俺は彼の力を借りたい。どうか力を貸してくれ。

 

「上がれ」

 

 箒は俺の右手に吸い込まれるように収まった。本当に生き物のようだ。触れていると、どこをどう握ればいいかが伝わってくるようだった。

 

「おや、ミスター藤林、いい握り方ですね。箒の経験があったのですか?」

「いえ、箒の存在はホグワーツに入ってから、実際に目にしたのは今が初めてです。ただ、こうして箒に触れていると、なんとなくこう握るというのがわかるような気がしたので」

 

 俺がそう返すと、少し驚いたような顔をして、ブツブツと何かつぶやいていた。なんだかわからんがフーチ先生に目をつけられた。

そうして周りを見ると、気がつけば大凡の生徒が箒を握ることに成功していた。

 

「全員持ちましたね。では箒に跨って、しっかりと握ってください。振り落とされないように」

 

 先生からの指示によりみんなが箒に跨る。ここでもやはり、箒の乗り方というか、具合のいい位置が感覚的に伝わってきた。もしかしたら、右眼の影響かもしれない。

 

「私が笛を吹いたら、一、二の三で地面を強く蹴る事。およそ二メートル程上がったところで静止し、前かがみの姿勢にしてゆっくり降りて来るように。では行きます、一、二のーーー」

 

 先生が言い終わる前に、視界の端で浮かぶ何かが見えた。ネビルが焦って合図より早く地面を蹴ってしまったようだ。

 

「ミスター・ロングボトム!合図はまだです!降りてきなさい!」

 

 先生が大声で叫ぶが、ネビルは聞いていないのか聞こえていないのか、はたまた聞こえていてもどうすることもできないのか、先生の声を無視してどんどん上に上がって行く。完全に箒を制御できていない。

 

「まずい!」

 

 皆がネビルに注目している中、俺は跨った箒から降りて駆けだしていた。そうしてる間にもネビルはさらに高く昇り、近くの校舎の屋根をも超えそうだった。

 かたや壁にぶつかりそうな危ない局面で、何処からか女生徒の悲鳴が聞こえたが、俺にとっては都合が良かった。

 すぐさま壁のレンガに手をかけて登る。古い建築物だからか、レンガひとつひとつに大きな凹凸があり、手をかけて登るには非常にありがたい構造になっている。あっという間に屋根の上にまで登れば、ネビルはもう目と鼻の先にいた。ネビルが俺を見て目を丸くしている。

 

「あっ」

 

 と思った時にはもう遅かった。ネビルはついに箒から滑り落ちる。とっさに壁を蹴り、ネビルの元へ跳ぶ。うまく脇に抱えながら、空中に浮かぶ箒も空いた手で掴む。急に掴んだ所為なのか、大きく身じろぎするかのように暴れ回る。意思を込めて強く握り込めば、箒はおとなしくなった。

 箒の推進力をうまく使って落下の速度を落とし、校庭の芝へ着地する。

 

「ふう……ネビル、大丈夫か?」

 

 小脇に抱えたネビルに声をかけるが、彼は気を失っていた。幸い怪我はないようだ。

 

「ミスター・フジバヤシ!ミスター・ロングボトム!」

 

 フーチ先生が物凄い形相でこちらへ向かってくる。元々の目つきの鋭さもあってめちゃくちゃ怖いが、その瞳にあるのは焦燥がほとんどだった。

 

「フーチ先生、ネビルに怪我はありませんが、気を失っています。念のため医務室に連れて行った方が良いかと」

「ミスター・ロングボトムの容体はわかりました。ミスター・フジバヤシ貴方の方はどうですか?箒があったとはいえあの高さから飛び降りたのだから」

「俺の方は心配無用です。この程度なら問題ありません」

「確かに、痛みを堪えているようにも見えませんが、貴方も医務室に同行しなさい。ミスターロングボトムは私が連れて行きます。皆さん!私がいない間に地面から離れたものは、クィディッチのクの字も見る前にこの学校から去ってもらいますからね!」

 

 先生が他の生徒たちにそう告げると、俺が抱えていたネビルを抱き上げ、医務室へと先行した。慌てて俺もついていく。不安げな顔をするハリー達に「気にするな」と目線を送ったが、果たして届いただろうか。

 

「ミスター・フジバヤシ」

 

 前を歩くフーチ先生から声をかけられた。

 

「ミスター・ロングボトムに怪我がなかったのはあなたのおかげです。ですが、非常事態とはいえ、一生徒である貴方が身を危険にさらすことなどないのです」

 

 そう語る先生の目は不安に満ちていた。

 

「ご心配をおかけして申し訳ありません、つい身体が動いてしまって」

「その心は大変立派ですが、これからは気を付けなさい」

「はい。あの、俺の身の内の事を、ダンブルドア先生から聞いていたりするのですか?」

「……話は聞いています。なんでも日本に現存する「ニンジャ」の一族の元に身を置いているのだとか。しかし、率直に言って、ニンジャと言うものがどのような存在なのか、漠然としたままいまいち把握できていないのです。これはおそらく、他の教師にも、同じように思っている者はいると見て良いでしょう」

 

 成程、そういう事か。話では聞いてるが実態がわからないからどうにもならんということか。

 

「そうなんですか。でも、今俺の口から説明するには少し時間と経験が足りていません。結構強めなトレーニングをしているから、身体能力が高くて肉体的にすごく丈夫にできている、くらいに思っておいてくれると助かります」

「まあ、はじめからすべてを理解しようなどとは思っていません。教師という立場の人間もまた、まだまだ学べることが多いのですから」

 

 マダム・フーチの言葉に感銘を受けた。この人は、自己成長を止めない人間だ。

 

「先生、今の言葉、すごく感動しました。己の力に慢心せず、常に精進の心を忘れない。とてもいい心構えだと思います」

「ならば、貴方もそう心がけるようになさい」

 

 先生の言葉に、俺はしっかりと頷いた。

 フーチ先生は俺の頷きを見て薄く微笑むと、「それはそうと」と話題を変えてきた。

 

「ミスター・フジバヤシは今日初めて箒に触れたと言っていましたが、それは本当ですか?」

「え?はい。実物の箒を見るのも今日が初めてでしたし、箒を使って空を飛ぶというのも、ホグワーツに来てから知りました」

「それにしては箒の扱いが非常に上手かったです。先ほど言っていた、触れればわかるというのはどういう事ですか?」

 

 先生は先ほどの俺の言葉が気になっていたようだ。右目の事は、既に眼帯は外してるがただのオッドアイとしか思われていないようだし、まあ今更隠すことでもないか。

 

「それは、多分俺の右目の影響かと思われます」

「その白色、いや銀色ですか?その目に何か関係が?」

「この目は、生物の「感情」に対して過敏に感じ取るんです。動物相手にするときに、なにを考えているかまではわかりませんが、怖がっているのか、怒っているのかなどはわかるので便利ですよ。箒も、道具ではありますが、割と自立して動くので、生き物だと仮定して念じたら応えてくれたんです」

 

 俺が箒に対峙した時に考えた事、感じた事をできる限り伝えた。フーチ先生は始終不思議そうな顔をしていた。

 

「なるほど、魔眼の一種でしたか」

「魔眼?」

「おや、聞いていませんでしたか?この世界にごく稀に生まれ出る、魔力を持った眼のことです。詳しいことは未だわかってないようですが、魔法使いでも、ごく僅かですが中にはマグルにも微弱な力を宿したものが現れるそうです。貴方のそれも、その魔眼の一種だと思われます」

 

 あまり詳しいことは聞いていなかったが、魔眼、なんて物があるのか。まあ、そうでもなきゃこんなけったいな眼にゃならんか。

 

「それにしても、 箒を生き物のように……素晴らしい発想です。過去の有名なクィディッチ選手も、その多くが、箒を「相棒」とし、道具以上に大切に扱っていたそうですよ。思考することこそ無いものの、もしかしたら箒には本当に感情があるのかもしれませんね」

 

 そう呟くフーチ先生の目からは、強い好奇心が滲み出ていた。

 医務室にたどり着き、ネビルと共にマダム・ポンフリーの診察を受ける。自分は大丈夫だと否定したのだが、マダム・フーチに経緯を説明され、物凄い形相になったマダム・ポンフリーをみて、素直に従うことにした。あれは下手に逆らってはいけないやつだ。

 診察を終えて戻ってみれば、ハリーがやらかしてマグゴナガル先生にしょっ引かれたそうだ。何やってんだあいつは。

 

 なんて思っていたら、ハリーはクィディッチの選手になって帰ってきた。どういうことだ。

 なんでも俺と先生がいなくなった後、ネビルの持ち物である「思い出し玉」を巡ってマルフォイと一悶着あったそうだ。その際に二人で箒を使い、マルフォイが投げた思い出し玉を、見事な箒捌きでハリーがキャッチ。その瞬間をマグゴナガル先生に見られ、連行されると、クィディッチキャプテンのオリバー・ウッドのもとへ連れていかれ、そのままシーカーとして推薦されたそうだ。

 

「なんともまあ……」

「びっくりだよね。一年生で選手になるなんて何十年ぶりかのことだよ」

「百年ぶりだって、ウッドが言ってた。でもこれ、まだ秘密にしてね」

 

 ハリーとロンがうれしそうに話している。だが、俺は何とも言えない気持ちだった。

 

「シノ、どうしたの?」

「いや、マグゴナガル先生は、案外身内には甘いんだなと思って」

「ハリーがシーカーになったことが嬉しくないの?」

 

 ロンがむっとした顔で俺を見る。

 

「そうはいってない。もちろんハリーが評価されたことはうれしいさ。だがなハリー、フーチ先生の言ったことを覚えているか?」

「え?」

「『私がいない間に地面から離れたものは、クィディッチのクの字も見る前にこの学校から去ってもらいますからね』だ。この言葉を反故にしたことについてはどう考えている?」

「そ、それは……でも、マルフォイがネビルの思い出し玉を……」

「ほう?マルフォイやネビルの所為だと?」

「え、いや、そういうわけじゃ……」

「それにだ、もし、マグゴナガル先生ではない人物にみられていたら、どうなっていたか想像したか?」

 

 俺の言い分に言葉をなくす二人。そう、ハリーは退学処分寸前のことをしたのだ。

 

「まあ、その危険性があったことは頭の片隅においておけ。それとハリー」

 

 名を呼ばれ、ビクッと跳ねるハリー。ビビりすぎだ。

 

「クィディッチ選手登録、おめでとう」

 

 二人は少しぽかんとしてから苦笑いを返した。

 

「ところでロン」

「そういえばロン」

「な、何さ二人して」

「「クィディッチって、何ですか」」

 

 ロンが盛大に椅子から転げ落ちた。周りからの視線を集中させるほどに、それはそれは見事な程のずっこけっぷりだった。

 

 

 

 

 その後、マルフォイがやって来て、ハリーに決闘を申し込んで来た。適度な嫌味とせせら笑いをしながら、今日の真夜中のトロフィー室で待つと告げ、去っていった。

大広間から談話室に戻る際にハーマイオニーと合流した。マルフォイとの決闘の話をすれば、案の定反対した。

 

「だめよ、夜に寮を抜け出すなんて」

「俺もそれは同意見だ」

 

 ハーマイオニーの意見に同調する。

 

「それにだ、あいつはおそらく来ないぞ?」

「え?」

 

 ロンが不思議そうな顔をする。

 

「考えても見ろ。あそこまでグリフィンドールとハリーを目の敵にしてやたらと突っ込んでくる男だぞ?そんな奴が律儀に約束通りに来ると思うか?」

 

 それに、と俺は話を続けた。

 

「日の沈んだ時間に、人気の無い場所に呼び出すのは闇討ちの常套手段だ。どうせ、トロフィー室に生徒が出入りする噂をフィルチさんに流して、のこのことやってくるお前らを罠にかける腹づもりなんだろうな」

 

 そう忠告すると、ハリーとロンは黙りこくった。ただ、全然納得はしていなさそうだ。

 

「……ハリー、それにロン。何がお前らをそこまで駆り立てるんだ?」

「……正直に言うと、自分でもあまりわかってないんだ。ただ、このまま引き下がるのは、何だか頭の奥であいつに笑われるようで、とてもじゃないけど引き下がる気になれないんだ」

「やられっぱなしが気に食わない」

 

 ハリーは自分でも少し不思議に思ってる様子だ。その点ロンがものすごくシンプルにおのれのプライドに従っている。まるで脳筋だ。

 

 「はあ、バッカみたい。そんなことで寮全体に迷惑がかかる事なんてしないで欲しいわね」

 

 やはりというか何というか、ハーマイオニーには理解しがたい思考だと言うのはわかっていたが、想像以上に辛辣な言葉で帰ってきた。その物言いにロンがかみつこうとするが、俺が間に入って止める。

 

「待て待て二人とも。ここで喧嘩なんか始めるな。ロン、それにハリー。お前達の気持ちもわからないわけじゃないが、それでも俺の意見は変わらないぞ」

 

 改めてそう言うと、ロンもハリーも押し黙った。

 ああ、これあれだ。絶対行くわ、うん。わかるわー、理屈じゃねえんだよな、そういうのってさ。

 というか、どちらかというと俺も師匠んとこでは終始こんなんだった。美味く話せないから堅苦しくなった言葉に、どうも引っ張られていたようだ。

 だが、一応学びに来ている身としては、率先して規則を破ろうという気持ちにはならないのも当然か。

 しかし、目の前の二人はこれから規則外のことをしている。だかその気持ちもわかる。

 仕方ない、ここは一つ、隠密行動の訓練とかこつけて、やってみますか。

 

 

続く



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