卍解しないと席官にもなれないらしい。 (赤茄子 秋)
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死神

導入(改めて)


 

 滅却師(クインシー)とは、死神とは相入れない存在である。歴代最強と言われた初代護廷十三隊、最盛期の山本重国を筆頭に猛者の揃った護廷とは名ばかりの殺し屋集団によって潰されたこの種族は、僅かな生き残りを残して根絶やしにされた。

 

 それだけ護廷十三隊には容赦が無く、大義名分を得た彼らによって粉砕されたのだ。今の護廷十三隊とはまるで違う、滅却師は抗うことすら出来ていなかっただろう。

 

 その、はずだった。

 

「(難儀なものだな、争いとは)」

 

 滅却師の王、ユーハバッハは千年の時を超えて復活していた。初代総隊長と戦い死んだはずのそれは、900年時をもって鼓動を取り戻し、90年の時をもって理知を取り戻し、9年の時をもって力を取り戻した。

 

 そしてたった9日で世界を奪いに、その力と配下を手に攻め込んで来ている。

 

 しかし、取り戻しただけではない。その存在は圧倒的な存在として、この世界に君臨する。特記戦力などと過去に警戒した者達を、今もなお警戒するのか疑問に持ってしまうほどの力を、持ってしまった。

 

「(護廷十三隊ももはや敵では無い。零番隊を終わらせ、霊王を取り込み、世界ももはや我が手にある。それでもなお……)」

 

 零番隊をたった1人で殲滅した時点で、ユーハバッハとまともに戦える存在など居ないだろう。霊王という『世界の祝福を得たかのような唯一』を取り込んだ時点で、本当の意味で対等な存在は消え去ったのだから。

 

 それに、この戦争における目的の大部分をクリアしている。世界を自分の思うがままにする事は可能だ、それに『霊王を取り込んだ事を報せた』時点で、ユーハバッハとは戦う事そのものに矛盾すら生まれてしまう。

 

 世界を守る為に世界の楔を壊すなど、正気では無い。

 

「(私の前に、立つ者が居るとはな)」

 

 ならば、ここに立つ死神は正気では無いのだろう。

 

「目玉が邪魔で時間がかかった……もう慣れたが、あれはお前の手駒か何かか?」

 

 霊王を吸収する際に霊王の力は大きく漏れ出た。本来であれば霊王の敵である死神にその力の群れは襲い掛かるのだが、その群れは何故か霊王宮に停滞していたのである。それは次元の軸が近く、死神としての力が色濃く出るものがいたからだろう。ユーハバッハとしても力を吸い取るまでの防波堤となるので特段いじる事もなかった。

 

 だが、ここまで早い到着は面白いとも感じている。

 

「力の残滓を払った程度で随分と強気だな」

 

 本殿に居るのは分かっていたのだろう、そしてその力の波はユーハバッハを前にしても落ち着いている。演説も霊王宮本殿には響いていたので聞こえていたかもしれないが、それでもユーハバッハへと向く足は止まっていない。

 

「私の霊圧を感じられないのか……哀れだが、仕方ないと言うべきか。愚鈍であろうとここに来たという事を下界の者に示さなければならん。世界の王に歯向かう者の末路を見せなければ根拠の無い希望を持ってしまう。だからこそ無意味な抵抗が、どのような結果を生むか……見せてやらねばならない」

 

 斬魄刀は既に引き抜かれている。臨戦体制だ、本気でこの存在に挑む覚悟が見えている。ただの死神が霊王を取り込んだ存在を前にして、畏怖する事なく前を見ている。

 

 しかしその死神を前にしてユーハバッハの余裕は全く崩れていない。玉座に腰掛ける姿は、席を動かずとも初撃をどうとでもできるとでも言うような構えをしている。

 

「あの時と同じにしないでもらいたい」

 

 だが、その死神は意思を固めている。

 

「四番隊隊長 萩風(はぎかぜ)カワウソ。貴様を斬る、護廷の刃だ」

 

 護廷十三隊の隊長として、彼はここにいる。四番隊である事を誇りにし、どれだけ嘲られ不遜な態度を取られても、戦う意志を示している。向こうがまだ戦うという意志を見せていないが、その態度にようやくユーハバッハも玉座を降りる。

 

「そうか、ならば貴様にはこの力で相手してやるのが相応しいだろう」

 

 そして懐から手のひらに収まる程度の何かを握りしめている。すると一瞬だけ光を放ったかと思えば、手には黒い刀が握られている。煤けたような刀だ、しかしその見た目とは異なり突如として爆炎がその刃から吹き出してくる。

 

 護廷十三隊の誰もが知る存在、焱熱系においては最強の一振りであり、1000年以上死神の長として指揮を取り続けた者の力。あの藍染惣右介でさえ尸魂界の歴史とも言えるこの存在には特別な措置を取った。

 

 護廷十三隊の隊長として挑むならば、それを試すに相応しい力をユーハバッハは既に奪っている。

 

「卍解 残火の太刀」

 

 山本 元柳斎 重國、最強と呼ばれた死神の奥義を片手にユーハバッハは悠然と死神へ歩み寄って行く。

 

「さぁ、死合おうか」

 

 世界の終わりがかかった戦いが、始まる。





一話との温度差で風邪引きそう。


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原作開始前
1話 始まりの嘘


あいつの事はよく知らねぇよ、俺と関わりは殆ど無かったしな。でも強かったのは知ってるぜ。ユーハバッハに俺の力を試せなかったのは残念だったけどな。

元死神代行 黒崎一護


護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)、創設者である山本元柳斎重國(やまもとげんりゅうさいしげくに)が総隊長を務める尸魂界(ソウルソサエティ)の守護及び現世における魂魄の保護、虚の退治等の任務をこなす実動部隊。

 

その名の通りに十三の部隊で構成され、一隊二百人強、総勢三千人程度が任に就く死神の集団である。

 

高潔な精神と、強靭な肉体を持った精鋭集団だ。

 

なぜ急にこんな話をしたかと言うと、俺が今年からこの集団に勤務することになるからである。

 

俺の名は萩風(はぎかぜ)カワウソ、今年から死神になる男だ。

 

なぜ死神になったかと最初に言うと「女の子にちやほやされたい!」からである。不純とでも何とでも言うと良い、俺はこれを信条に生き続けるのに誇りを持っている。

 

ちなみに女の子への渇望だけあってか、彼女どころかガールフレンドも居ない。てか、話す機会が無い。俺自身もわかりきっているが、容姿は中の下である。声はまぁまぁ良いかもしれないが、正直影響はほぼゼロだろう。

 

この死神になるには養成する学院でしっかりと成績を残せた者がなれるんだが、その成績も中の下!!

 

てか、浅打(あさうち)っていう死神の武器となる斬魄刀(ざんぱくとう)になる前に配られた刀を斬魄刀にできなかった…

 

なんだよ…サクセスストーリーの影すら見えねぇよ。

 

夢見ていたんだな、俺は特別な死神で…いつか自分の才能が認められるような事件が起こると。

 

それを俺の唯一慕う…いや、そもそも仲良いの一人しか居ないけど、先輩に言ったら「目を覚ませ」と酔っ払いながら言われた。

 

そんな学院でもパッとしない俺に、当然というか友人すらできなかった。てか、思い付きで入ったせいか、周りとの温度差もあったんだよなぁ。

 

そんな学生生活を送ってれば…うん、結果もね…まぁそこは置いとこうか。

 

俺は四番隊に配置された。

 

四番隊とは一言で言うと医療班で、後方支援の最前線にあまり出ない唯一の班といっても良いかもしれない。斬魄刀をモノにできなかった俺が入るなら妥当ではあるだろう。

 

理由は合法的に女の子に触れ合うつもりで入ってない…とは言わないけど、回道はそこそこできるんだよね、俺。でも斬魄刀とかさっぱりですね。

 

護廷十三隊がイケメンを抹殺するための集団だったら、俺は斬魄刀をモノにできたと思うんだよなぁ。

 

卍解(ばんかい)とか、夢のまた夢だよなぁ〜。

 

☆☆☆☆☆

 

いつもよく飲む居酒屋で、俺たちは飲みに行っていた。

 

名目は一応、俺の死神としての就任おめでとうの会である。

 

だが目の前の男、まぁ先輩としか呼んでないからそこは置いとこうか。この人は何かと理由をつけて酒を飲みたいだけなのだろう、この人と知り合った理由なんてたまたま出身地が近いだけだし。

 

うちは圧倒的な過疎地で、かなり遠方から来てるからだろうな。知り合いなんざ居ないし、友達も居ない。てか家族も居ないわ、気づいたらよくわからんボロい母屋で暮らしてた気がする。

 

まあそこは置いといて、やはり俺もこれから死神になるわけだが、まだ俺は春を諦めていない。これからどうすれば良いのか、酔っ払って気分が良くなって来た先輩にご教授願っていたところなのだが。

 

「…すみません、よく聞こえなかったんですが」

 

俺はなんか聞きたくない単語が聞こえた気がした、そりゃとんでもないレベルの。

 

俺は聞き返すと気分の良さそうな先輩はもう一度答えた。

 

「席官になりたかったら最低でも卍解はせんと「くそがぁっ!やっぱり聞き間違えじゃなかった!!」うっさいの、ボケ!」

 

先輩に想定外の現実を教えられたが、今は我慢だ。とりあえず、俺の中の情報を整理したい。

 

「始解できたら席官って噂は嘘なんですか!?」

 

俺には友人は居ない、てか死神の知り合いがこの人しかいない。でも噂程度には小耳に挟んでいる。始解とは斬魄刀の解放の第一段階、だがこれを物にするのにも辛い修行が待っていると聞いている。

 

というか、目覚めないで終わる人も居るそうだ。

 

でも所詮は噂、真実を確かめるには現役の死神から聞くのが一番だ。

 

俺の熱い眼差しを注ぐと、先輩は手に持つとっくりの酒を一気に飲む干す。

 

そして不敵に少しだけ笑う。あ、冗談だったのかな?

 

「ふっ、嘘やな」

 

「ちくしょうめがぁぁ!!」

 

俺は思わず店内で叫び声をあげてしまう、だが今日は俺たちのような宴会をしている客が多いからか追い出されたり目立ったりはしていない。

 

まぁ、だからいつもこんな所で酒を飲んでいるのだろうが。

 

「まぁ席官なんて夢のまた夢、隊長なんざ更にその夢やな!」

 

くそ、席官って雲の上の存在と思ってたけど怪物じゃねぇか!

 

言い忘れてたが、卍解ってのは斬魄刀の最終解放された所謂真の力だ。逆に言えば、そこで斬魄刀としてのパワーアップは終わる。だが護廷十三隊には13人の隊長がいるが、席官はその9倍居る。

 

「あれ、でも卍解って斬魄刀の最終解放ですよね?そしたら席官と隊長の差ってそこまで無いんじゃ…」

 

でもそれだと隊長は席官レベルの力を持って居たら誰でも良いって事になるんじゃないか?

 

「あ、あぁー…そうやわなぁ…ー」

 

先輩は何か言い淀んでいる、これは…まさかここまで全て嘘だったって事か。人の嘘を見抜くのが下手くそな俺でも、これは流石にわかるな。

 

と考えていると、先輩の顔つきが変わった。しかも、なんか手招きして来て耳を差し出すように仕向けられる。

 

なんだ?財布でも忘れたのだろうか?そう俺が考えていると、先輩は静かに話し始めた。

 

「ここだけの話や、実は……隊長は更に上をできなならん」

 

更に…上!?ふぁっ!?

 

「卍解の先…!?そんなの存在するんですか!?」

 

「せや」と先輩は酒を飲みながら頷く。なるほど、これは護廷十三隊でも一部の人しか知らないような事実なのかもしれない。

 

だから先輩は言い澱み、考えたのだろう。まさか……俺には言っても大丈夫と決断したのか?俺はそこに至る才能があるかもしれないって事か!?

 

「それはいったい、どんな力ですか!?」

 

俺は先輩に詰め寄る。知りたい、その力とは何なのか!!!

 

「えっと…えぇ…卍解・改弍(ばんかい・かいに)!!そんな先の力があるんや!」

 

先輩は少しテンパっていた気もするが、その力をおしえてくれた。

 

卍解・改弍(ばんかい・かいに)

 

まさか、そんな力があるなんて…解放したのに改めてるのか。なんか変な意味になってる気がするが、たぶんそんだけ凄い力なんだろう。

 

隊長格の死神は化け物か!?

 

そんな存在に、俺はなれるのか!?

 

ここで俺の頭の中で学院に居た頃の女子の会話を思い出す。

 

『隊長って、もう隊長ってだけでカッコいいよね!』

『そうそう、私もあんな男の人と一晩でも付き合いたいかも』

『顔つきが歴戦の戦士って感じで、もうその目で射抜かれたら大変よ!』

 

「ふっ…」

 

やばい、隊長ってとんでもないな。女の子にモテモテじゃん、先輩だって認めて話してくれたんだぞ?俺は隊長格になれるだけの器だってさ!なら、目指さないわけないよな。

 

女の子がその先に居るなら、俺は必ずその先に行くぞ!

 

「先輩、俺はどうすれば良いんでしょうか!!」




息抜きに書いてたらたまったので投稿します。

あ、先輩はオリキャラです。勘違いというのを起こした諸悪の根源です。

これ以降はそんな出て来ません。


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2話 影で努力するって、カッコよくね?

もし彼が居なければ、尸魂界も現世も霊王も消えていたでしょう。師として、彼を誇りに思います。また会えるならば、会いたいですね……

護廷十三隊総隊長 一番隊隊長 卯ノ花八千流


まだ四番隊に配属されたばかりなのもあってか、俺はしばらく暇であった。

 

四番隊の隊長は卯ノ花烈(うのはなれつ)、唯一の女性の死神での隊長だ。護廷十三隊が結成されて今は500年くらい経ってるらしいが、彼女は最初期から居る古参らしい。

 

一応言うと、あの人は俺のストライクゾーンから外れてる。だって俺の目指すのは「カワウソさんカッコいい!抱いて!」っていう感じの少し頭悪そうな可愛い女の子だから。真逆じゃん、一度だけ怒ってる雰囲気を体験したけど般若じゃねぇか。でも美人です、超美人です。何か良い匂いします、この人に一生ついてこうと思うほどに惚れたかもしれないが、理性の残ったところが辞めとけと言ってる気がする。

 

とりあえず、四番隊に志望したのは回復系の鬼道がまだマシだったからっていうのが言いたかったんだな。卯ノ花隊長に目が眩んだとか…最初しか無いんだからな!美人だし、職場に美人な上司がいた方がやる気出るだろ!?

 

と、とりあえず俺は暇を貰ってる話に戻す!

 

で、現在の俺だけど…

 

「あの酔っ払い、もう少しマシな地図を書けよ!?」

 

この前の飲み会で先輩にこれからどうすれば女の子にモテモテに……じゃなくて、隊長になれるかを聞いたわけですよ。

 

そしたらおもむろに練習場所に最適?な場所を地図にしてくれたわけなんだが。

 

「遠いわ!俺の地元の更に先とかふざけてんだろ!?」

 

俺はかれこれ、半月ほど全力で走り続けて目的地周辺までやって来て居た。

 

一応死神には瞬歩っていう高速移動術がある、で落ちこぼれの俺でもちょっと瞬歩は使えるんだけど、フルで使っても半月ですよ。

 

しかも、地図がアバウト過ぎて場所もよくわかんねぇ!

 

だが、俺が疲れた体に鞭を打ちながらもこの場所に来て居るのには様々な理由がある。

 

1つは

 

「あと一月で帰らねぇと隊長に殺されかねねぇんだけど!?」

 

時間がヤバい、暇がかなり長かったので目的地まで余裕で行けるだろうと高を括っていた俺なのだが。目印に中々辿り着けず、道行く人に聞くとヤバイほど遠い所にあるのがわかった。

 

おい、ふざけんなよ。どんなに遅くても3日で行けると思っていた俺はヤバいよ、足がガクガクしてる。生まれたてのバンビみたいになってる。「騙されたと思って、行ってみな!」って、騙されるとは思わなかったわ!あの先輩はいつか締めるぞ!?本当に目的地あんだろうな!?

 

「うっ…マジで、あんだよな!?」

 

落ち着け、まだ希望的な主な理由が俺には残されている。

 

1つは鍛錬の場の確認で、そこはなんか霊子濃度がハンパねぇって聞いてるのでそこを体感したい事。

 

もう一つはなんかすげー疲れが取れる天然の温泉があるって事だ。

 

正直、もう温泉に入るしか俺の足を治せる気がしないんだわ。このままだと初日から遅刻してクビになるまでの未来が見えて仕方ないんだわ。

 

今の俺の足じゃ三ヶ月あっても間に合わない気がしてならない。

 

そんなことを考えながら浅打を杖に、足を動かし続けていると…初めて確かな手応えを感じる。いや、鼻応えだ。

 

「温泉……温泉!!」

 

硫黄の香りだ、この腐ったたまごみたいな香りだ。なぜか力が湧き始めた、全力で足を動かして先へと進む。道無き道の草木を全て浅打で切り開いて進み続ける。

 

そして硫黄の香りの先へと向かい続け、遂に。

 

「温、泉……!?」

 

青白く中が輝く洞窟と、それとは対照的に真っ赤な温泉をみつけるのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

結論から言おう、遅刻した。

 

「そこになおりなさい」

 

今は卯ノ花隊長に正座でお叱りを受けている。あ、卯ノ花隊長の私室に呼び出されてます、なんか良い香りします。

 

えっとそうじゃなくて、実はあの後に洞窟に入ったんだけどさ…入った瞬間に動けなくなったんだよね。なんか凄い霊子の密度だった、ハンパなかったわ。イメージとしては重力が急に何十倍にもなった感じで、息が苦しいとか初めてでしたよ。そこで兵糧丸とかで食い繋ぎながら3日ほど動けなくなってた。

 

そして何とか這いずりながら温泉で回復しようとしたけど、いや疲れは取れたよ?問題は温泉の霊子濃度もハンパなかったから傷だらけになってたって事かな?おい、何であそこが最適な場所って言ったんだよ!ノリと勢いだけで勧めてるじゃないかと思っても仕方ないよね!?

 

俺の命が枯れ果てる所だったわ!!

 

「萩風、返事は?」

 

「え?は、はい!肝に銘じます!」

 

で、そこから何とか這いずりながら洞窟を出たんだけど帰りに半月かかってギリギリ遅刻。朝寝坊って事にしておいたら、周りからかなり冷ややかな目で見られました。違うもん、俺頑張ってるから!

 

そしてその御褒美なのか、卯ノ花隊長っていう超絶美しい女の子の部屋に招かれてるんだよ!これから毎日の遅刻も辞さない所存でございます!

 

「では貴方に、罰を与えます」

 

「え、罰?」

 

そんな俺の心を見透かしてか、卯ノ花隊長はにっこりと笑う。

 

「期間はそうですね…ここは優しく、貴方の成績も鑑みて5年あげましょう、斬魄刀を物にしなさい。でなければ四番隊をクビにします、良いですね?」

 

悲報、萩風カワウソ。初日から退職の通知がされる。

 



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3話 斬魄刀への道

最初見た時はこいつから大した才能も力も感じなかった、霊王様が気にかける理由もな。

零番隊第一官 東方神将 麒麟寺天示郎


斬魄刀って、エロくね。何というか、響きが良いよね。

 

ザンって女の子の前に現れて、パクっと平らげて、トウッてドッキングする。

 

斬魄刀の鍛冶師が聞いたら、いや…全ての死神が聞いたら「ねぇよ」と答えるような事を考え続けて何年たったんだろうか。

 

「お主、わっちが来てからも心の声が喧しいのぅ」

 

そしてカワウソの前に座る少女もまた「ねぇよ」と答え「殺すぞ」と答えるだろう。

 

そう俺の斬魄刀、名は天狐だ。て○んこじゃないぞ、てんこだ。見た目としては花魁さんみたいなのに獣耳と尻尾が九つある。

 

超可愛い、ぺろぺろしたい。俺の心の中のオアシスです。

 

「いつか殺す」

 

もう、ツンデレだなぁ。

 

「炙り殺すぞ、ゴミが」

 

はい、すみませんでした。調子に乗りました、ごめんなさい。痛いのは嫌です!女の子に嫌われるのはもっと嫌です!だって仕方ないじゃん!可愛いもん、美少女だもん!ちょっとくらい調子に乗っちゃうじゃんか!これからも大切にしますから許してください!!

 

「…ふ、ふん!精進すると良いわ!」

 

あ、照れてる。可愛い。ちょろい。

 

「ん?主はなんと言った?」

 

まぁ心が癒されましたわ、とりあえず現実にでも帰るか。少しだけお別れを告げて現実に帰ります。

 

現実では卯ノ花隊長の私室の前に居ます、今回は呼び出しじゃないよ?とりあえず軽く声をかけますか。

 

「萩風ですか、入りなさい」

 

そしてその数刻後に凛とした声が響く、やはり大人の女性の色気って良いよな。

 

「失礼します、卯ノ花隊長。ご報告があります」

 

……さて皆さんお気づきになったかと思うが、斬魄刀を手にいれました。長かったなぁ……こんな15歳くらいの子供が考えそうな事を考え続けないとやっていけない程に長かったわ。

 

「やっと手に入れましたか」

 

どうやら向こうも察しているようだ、俺が報告することなんて殆ど無いからね。

 

卯ノ花隊長も祝福してくれている。俺は四番隊に配属されてから特に親しい仲になれた人は居なかった、何というかここに来るのは戦いから逃げた人が集まる的な風潮があるからなのかもしれない。

 

俺がここに来た理由とか合法的に女の子の死神と触れ合えるからだからなんだけど、周りとの温度差がやっぱり大きいのかもしれない。

 

とまぁ四番隊で話せる仲は卯ノ花隊長位しか居ない、そしてその卯ノ花隊長だけど。

 

どこか疲れた顔もしてる気もする、気にしないでおこう。

 

だって……

 

「100年でやっと手にいれてくれましたか……」

 

この視線が痛いから。

 

いや、頑張ったんだよ?俺は頑張ったんだよ!?5年越えてから残念そうな目を向けられてたけど、その時は回道でそこそこの成績残してたらオーケーだったから!ノーカンだから!ノーカンだから!!

 

でも天狐ちゃんが中々名前を教えてくれなかったんだよ!始解をモノにしろって言われてこんなに掛かるとは思いもしなかったんだよ!?

 

最初の50年なんだけど、そもそも修行場まで走って往復して帰るだけになってて辛かった。斬魄刀の修行?ほとんどなかったな、瞬歩は速くなったと思うけど。

 

あ、この時から視線が痛かった。他の隊士からもな!

 

その後の40年は、洞窟で殆ど這いつくばってた。てか今も立ってるのがシンドイ、そんな中で刀を振り回すとか無理ですよ。そんな感じで時間は流れまして。

 

最後の10年、刀を振れるようになってたら女の子が現れた。なんか幻覚が見えるほどに疲れたのかと思ってたら斬魄刀の化身?みたいものだった!

 

そして結婚を前提に付き合おうとしたらぶん殴られた、それが今の天狐ちゃんである。そこで斬魄刀になったんだけど、そこから直ぐにだけど、なんとか始解をできるようにもなった。

 

天狐ちゃんの力が発揮される、つまり俺と天狐ちゃんが一つになると……なんか力が漲ってきた、卍解したくなってきたぜ!できないけどね!

 

で、俺の霊圧も入隊した時よりも高くなってる。でも、そうしたら俺の霊圧ってそこらの死神より高い気がするんだよね。で、その事を例によって先輩に相談したら「みんな力は隠してんだよ、解放してたら煩わしいってのもあるし、恥ずかしいって思われるぞ。常識を持ってない可哀想な奴ってな」と聞いたので、霊圧は隠すようにしてます。

 

自惚れるなよ、まだその時じゃない。最低でも、卍解できないと自惚れねぇよ。

 

「萩風、私から一つ話があります」

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

「実は席官に空きが出ているのですが、どうでしょうか」

 

…席官、あの席官か?選ばれし者だけがなれる、あの席官か!?

 

あれ…って事は、まさか?

 

「待ってください、俺に…斬魄刀を解放しろって事ですか?」

 

卍解をもうご所望ですか、無理ですよ。俺に卍解は早すぎますよ!?彼女にも相談したよ、そしたらあと3回くらい死神としてやり直したらできるんじゃないかしら?とか笑ってたんですよ!?

 

「いいえ、貴方の回道の腕は確かなものとなってきています。これはお願いですね、席官になりませんか?」

 

と思ったが、どうやら卍解は望んでないらしい。これは俺からすれば願ってもいない。だが俺は直ぐに。

 

「お断りします」

 

そう、言った。

 

「俺はまだ、未熟です。俺がそこに着くのは、俺が斬魄刀に認められてからです、それは譲れません」

 

ちゃんと理由はある、俺の下半身は不誠実だけども頭は誠実なのだ。

 

そんな特例のように席官になってみてよ、周りは納得しねぇよ。「卍解もできねぇ奴が何を偉ぶって…」ってなる未来が見えます。

 

回道だって他のヤル気の無い有象無象に比べたらできるだけだ、合法的に女の子に触れ合えるのに何で鍛えないのか理解に苦しむよ。まぁほとんどが野郎だからなんだけど、数少ない少女達を治す俺のゴットハンドはまだまだ成長させたいよ。

 

でも、やっぱり斬魄刀を解放しないと…卍解できないと相応しくないんだろうよ。

 

俺は堂々と胸を張ってなりたい、始解どころか斬魄刀にすらできなかった俺が100年で始解を会得できたんだ。

 

なら、その3倍だろうが4倍だろうががんばるさ。女の子にちやほやされる未来がこの先にあるなら、その先に俺は必ずいるんダヨォ!

 

そしてその気持ちを汲み取…いや、取られたら困るんだけど。卯ノ花隊長は何とか納得してくれたようだ。

 

「わかりました、ですが斬魄刀を鍛えるだけでは席官にはなれません。今後、私が貴方の回道を見させていただきます」

 

☆☆☆☆☆

 

私、卯ノ花 烈は彼をかっている、それはなぜかと言われたら目に力があるからだろう。四番隊に配属される死神の目は基本的に、死んでいる。死神として死んでいるのだ。

 

四番隊に配属されてから目が死んで行くものも多い、特に新入隊者には顕著に出ているだろう。だが彼の目だけは生き生きとしていた、ここでの活動に満足しているようであった。そう、生き甲斐を感じているのだろう。

 

初日からの遅刻でヤル気の無い奴かと最初は思いました、だが彼は1ヶ月と少し会わなかっただけで変わっていた、ミジンコ程度の力の筈であったが芋虫程度になっていたからだ。この成長速度は異常だ、たとえ最底辺の存在であっても伸びるには限度がある。

 

そして私は彼を試すのも含めて少しだけ罰を与えた、斬魄刀を物にしろ。つまり、浅打を斬魄刀にしろと言ったのだ。結果は100年とかなりの時間をかけてしまったが、これは本当かどうか怪しい。

 

彼の霊圧は洗練され、以前とは比べ物にならない。これを見抜けるのは恐らく隊長格でも私か総隊長位だろう、それ程に霊圧を隠すのが上手い。

 

それだけの技術があるならば、彼はとっくに斬魄刀をモノにできたはずなのだ。

 

だがそんな事は取るに足らない些細な問題だ。

 

彼はどんな鍛錬を積んでいたかは知らないが、これならば任せても良いだろう。そう、席官だ。今は9番の席が空いている、彼は知らないかもしれないが周りからの信頼は厚い。

 

そして向上心の高い彼はこれを受けるだろうと、そう思い任せようとするが。

 

「待ってください、俺に…斬魄刀を解放しろって事ですか?」

 

違う、だが彼ならば直ぐに始解も物にできるとの判断だ。我々四番隊に必要とされるのは戦時に血を流すのではなく、血をいかに流さないかである。

 

「いいえ、貴方の回道の腕は確かなものとなってきています。これはお願いですね、席官になりませんか?」

 

私はお願いという形で頼んだ、彼の回道の腕も中々のものである。周りから反対の声も上がらないだろう。

 

だが彼は悩むそぶりもなく。

 

「お断りします」

 

そう、言った。

 

「俺はまだ、未熟です。俺がそこに着くのは、俺が斬魄刀に認められてからです、それは譲れません」

 

そして続けざまにそう答えた、彼は自分が許せないのだろう。斬魄刀に認められていないのに、始解を会得していないのに席官となる事が。

 

周りがどうとは関係ないのだろう、自分を納得させなければ済まないという、何と生き辛い人だろうか。

 

「わかりました、ですが斬魄刀を鍛えるだけでは席官にはなれません。今後、私が貴方の回道を見させていただきます」

 

だからこそ、私にできるのはその生き方を少しだけ助ける事だけだろう。

 

そして彼もまた

 

「ご期待に添えるよう、精進します」

 

と、真っ直ぐな目で答えていた。




主人公が活躍するのは千年血戦編からです。

今しばらく、お待ち下さい。

【天狐】
萩風の斬魄刀

容姿は9本の尾が生えた背丈が160cm程度の少女。
花魁のような髪飾りと着物、髪は金髪で瞳の色は黄昏色。

髪の纏め方は彼女の気分で変わるようで、長い髪をツインテールにしたりそのまま流したり様々である。


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4話 石の上に三年、卍解の習得に……

あの方は私に回道だけでなく、死神とは何かを教えて頂きました。高潔な精神こそが、死神には必要なのだと。

護廷十三隊四番隊隊長 虎徹勇音


「はぁ…はぁ…」

 

彼はいつもの練習場の洞窟で、遂にあの力を会得した。

 

「やっとだ、やっと、やっと…、会得したゾォォ!!」

 

本当に長かった、私がこの刀に宿ってから310年だ。目の前で狂乱しながら喜んでいるのは我が主人であるカワウソだ、彼は本当に鍛えた。

 

それこそ暇さえあればここに来た、瞬歩で半月かかっていたこの道のりも3時間あればたどり着けるほどになっていた。血反吐を吐き、疲れが取れるが激痛の走る風呂に浸かり、無限に生まれる岩の柱の霰を弾き続け、彼の実力は辿り着けたのだ。はっきり言って才能らしいものを彼からは感じなかった私だが、今はわかる。

 

彼は努力の天才なのだと、自身の信念の為にどんな壁でも乗り越えていくのだと。

 

「ふ、お主も男前になったのう」

 

「お、ありがとな!天狐ちゃんのおかげでここまでなれたよ!」

 

思わず私も呟く、ここまで成長していた彼は立派になっていた。霊圧も並みの死神とは違う格を持っている、何度も言うが本当に成長していた。

 

その姿を見ているとふと彼の笑いが消える、なぜか。また真剣な表情へ戻った、確かに卍解は会得してもまだ先はある。極めるのには数十年かかる、だがそれとは何か違う気がする。

 

「天狐ちゃん」

 

不意に名を呼ばれる。

 

「な、なんじゃ?わっちに聞きたいことがあるのか?」

 

私は少しだけ狼狽たえてしまう、それでも何とか平静を装うように振る舞おうとするが…

 

「卍解・改弐って、どうしたらできるかな?」

 

「お主は何を言っとるんじゃ」

 

いつのまにか真顔になっていた。

 

☆☆☆☆☆

 

俺は、おそらく人生で一番疲れてる。

 

「萩風、心が乱れていますよ」

 

「申し訳ありません、隊長」

 

すると俺の鍛錬を続けてくれてる卯ノ花隊長も、どうやらそれに気づいているようだ。

 

俺は卯ノ花隊長の弟子という立場になった、卯ノ花隊長からスパルタ式に学んだ回道のおかげで女の子の治療が捗っている。最高だよな、でも一様に女の子の死神達は俺を避けてる気がする。まぁ不純な心でも見抜いてるんだろう、まぁ不純しかないからある意味純粋なんだろうけど。

 

で、今は卯ノ花隊長と修行中だったんだけど。どうやら俺の心の乱れが術に出ていたようだ。

 

「萩風、自覚なさい。今の貴方は私の弟子であり、回道においてはこのソウルソサエティで三本の指に入る存在なのだと」

 

俺の回道だが、隊長曰くかなり上達したらしい。正直に言うと自覚はあまりないんだよね、でも俺の不純な気は何か俺を新たなステージへ導いてくれたらしい。

 

それに関わらずに俺と仲良くするような人は居ないが、卯ノ花隊長の付き人的な立場と周りからは見えてるらしい、副隊長よりも居る時間は長いかもな。一応、俺はこの隊では古参だから話相手と説明している。

 

秘められた力を解放するのって、浪漫の塊だよな。でも大丈夫、俺は席官になったら解き放つ予定だから。

 

あ、そうだ。席官になる条件を満たしたよ、今は席官の席が空いてないので俺は席官になってないけどね。

 

少し前の俺なら直ぐにでもなりたいところだったんだけど……今は正直何も考えられないのだ。

 

「隊長、俺は迷っているんです」

 

「…どうかしたのですか?」

 

隊長も珍しいのか、俺を心配している。いつもはやる気に満ち溢れているからだろうな、けど今の俺は正直かなり精神的にきているのだ。

 

「俺はいずれ隊長格になるつもりでした」

 

「でした…とは、どういう事ですか?」

 

「斬魄刀の力を…俺は、引き出せないんです」

 

卍解・改弐について天狐ちゃんに聞いたが、知らぬ存ぜぬでまったく話が通じないのだ。

 

俺たちの絆はこの300年で確かなものとなっていたと思ったのは、俺の自惚れだったのかもしれない。彼女にどれだけ聞いても鬱陶しいと言われてしまい、俺の心は粉々である。もうお婿に行けないくらいにボロボロです。

 

そんな俺にどうしろと、何ができるんだと……

 

すると卯ノ花隊長は

 

「顔をあげなさい…萩風、貴方には可能性があります」

 

珍しく卯ノ花隊長は俺を激励していた。

 

「斬魄刀の力を解放できるだけの力を、貴方はまだ持っていないだけです。回道以外はどうですか?」

 

回道……以外?そんな事、考えたこともなかった。なぜなら、常に斬魄刀を解放することだけに身を注いで来たからだ。

 

確かに…俺は現状に満足していたのかもしれない。だが、満足できる程の実力を俺は持っているのだろうか?

 

「剣術はどうですか?貴方はまだ、伸び代はあるのです。斬魄刀に認められないのが何ですか、それを悔いる時間はありません、斬魄刀に認められる死神になる事こそが貴方の今の仕事です」

 

隊長…俺は感銘を受けた。

 

確かに、俺は斬魄刀に認められるだけの器ができたのかと言われるとまだまだ器として不十分なのではないかと考えられる。

 

そうか、天狐ちゃんはそう言いたかったのか!

 

卍解・改弐にするのには、俺自身がそれに耐えうるだけの強靭な肉体と精神力、そして死神としての能力を身につけなければならないという事か!

 

「萩風、貴方の死神の道はまだ長い。焦らず、じっくりと踏みしめて行くのです」

 

「隊長…ありがとうございます」

 

俺の決心はついた。俺のような才能のカケラもないような奴が満足した時点で成長は終わってしまうのだ。ならば、やる事は決まっている。俺は、まだまだ成長する。

 

「では弟子として…卯ノ花隊長、俺に剣術を教えてください」

 

そこで俺は卯ノ花隊長に頭を下げた。

 

「その意味…貴方は、わかっているのですか?」

 

「っ!?」

 

座布団が硬く感じる、なんだこの言葉の重たさは?まるで死神としての分岐点に立ったかのような、そんな重要な選択を迫られている気がする。

 

でも、俺には最初から一本道と変わらない。

 

「重々承知しています、ですが私は卯ノ花隊長から学びたいのです」

 

隊長しか俺には居ないんですよ、ツテが!何処の馬の骨ともわからん奴が他の隊長に剣術の指南とか頼めないですよ!

 

確かに卯ノ花隊長は後方支援の隊長、恐らく剣術は隊長格の中では二歩は下だろう。卯ノ花隊長は剣術を使う必要が無い人であるが、隊長格には最低限度の力が求められるはずだ。

 

俺からしても、先ずは卯ノ花隊長を超えなければ他の隊長は超えられないのだ!

 

「…良いでしょう」

 

そして俺の願いが届いたのか、卯ノ花隊長の言葉が柔らかくなっている。これで俺は天狐ちゃんに認められる為の新しいステージへと行けるのだ!

 

そう喜んでいると卯ノ花隊長は「ですが」と言い始め、それと同時に襖の向こうから声が聞こえる。女性の声だ。

 

「ちょうど良いですね、入りなさい」

 

現れたのは長身の死神だ、背は俺とおんなじくらいだろうか。それに対してなんか何処となくおどおどしてるように見える。

 

少し青っぽい髪で目立ちそうだが、俺はこの子を見た事ない。美少女ならば必ず俺の脳内に保管されるから、恐らく新入りなんだろう。

 

「彼女は虎徹勇音(こてついさね)、新しく四番隊に入った隊士です。彼女に回道を教える事を条件に、貴方へ剣術を教えましょう。構いませんか?」

 

え?良いんですか?こんな無垢な女性を私の色に染めても良いんですか!?

 

いやまぁ冗談だけどね?回道を教えるってのは初めてだな、まぁ教わったことをそのまま教えたらいいか。

 

「問題ありません」

 

即OKですよ、明日から楽しい死神ライフが送れそうだぜ!

 

☆☆☆☆☆

 

萩風達が去った私室で、彼女は一人刀を握りしめている。

 

「まさか……私が誰かに、この技を教える事になるとは」

 

四番隊隊長、卯ノ花烈。

 

本名、卯ノ花八千流(うのはなやちる)

 

八千流とは、数多ある全ての剣術を修めた者として自身に名付けた名だ。傲慢とも取れる名だが、彼女はそれに見合うだけの実力を身に付けた死神である。

 

彼女は本来ならば罪人だ、数多の者を斬り伏せて来たのだから。

 

しかし彼女は、史上最強と呼ばれる護廷十三隊の初代十一番隊隊長を務めていた死神であった。その腕を買われたからだ。

 

剣術で勝る死神は存在しない。過去に戦った一人の子供を除いて、彼女より強い死神は存在しないと彼女は知っている。

 

剣八と呼ばれる、死神において最強の剣の鬼。その初代を務めた彼女を萩風もわからないわけではないだろう。

 

彼女から教わると言う事は、それ相応の覚悟と死と隣り合わせの鍛錬が待っている事を。

 

だが、彼女にそんな事は関係ない。彼女が考えるのは、ただ一つ。

 

「彼は私を、喜ばせられる死神になってくれるかしら」

 

己を超える、怪物になるかどうかだけである。



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5話 時間が過ぎるのって、早いよね

あいつとは良い勝負ができた、俺に戦いとは何かを思い出させてくれたからな。命をかけた殺し合い、考えるのも惜しい攻防の連続。また戦いたくて仕方ないぜ。

護廷十三隊十一番隊隊長 更木剣八


「今日はここまでとしましょうか」

 

卯ノ花隊長は悠々と木刀を腰に仕舞う、対して俺はこの言葉を聞くと足から力が抜け落ちて倒れてしまう。足も手もガクガクと震え、木刀を握っていた手には血豆が割れて木刀も真っ赤です。

 

てか、毎回体のどこかの骨が折れてます。身体中痣だらけ、もう動けないレベルです。

 

「はぁ…はぁ…はぁい、ありがとうございまし、た…」

 

えぐいよ、鍛錬超えげつないよ?卯ノ花隊長、鬼みたいに強いんだけど?俺の想定していた隊長格の敷居って、こんなに高かったのか!?

 

そりゃ斬魄刀にも認められねぇよ、四番隊でこのレベルだぞ?他の隊長格はこれ以上とか化け物ばっかじゃねぇか!!

 

こんなの100年続けてるけど、勝てる気配すら無いんですけど!?

 

いや最初の10年は一瞬でノックアウトされて水かけて起こされてを繰り返して…、50年経つ頃でようやく防御だけなら取れるようになって卯ノ花隊長が本気を出し始めて、最近になってようやく打ち合いができるようになったけど…卯ノ花隊長、むちゃんこ強い。

 

理想の女の子との打ち合い?いや…こんなハードだと、気にできねぇよ。気にした次の日に俺の墓が立つ。

 

なお、20062戦中、俺の勝利数は0。敗北数は20062回である、やべぇよ全く勝てねぇよ。卯ノ花隊長は成長していると言ってくれてるが、隊長になる日は遠過ぎるぞ。

 

あ、でもこの前に副隊長になりました。いきなり副隊長ってのには驚いたけど、卍解も回道もできるなら就いてもまぁ大丈夫だよな?と自分を納得させてなりました。

 

やっと席が空いたからね、副隊長の仕事と弟子の世話を兼任しながらこの鍛錬をこなしてます。もう俺の体が悲鳴あげてるが、凡人以下の俺はこのくらいやんないと成長できないからなぁ……

 

「萩風副隊長、卯ノ花隊長。少々よろしいでしょうか?」

 

すると武道場の扉の奥から声が聞こえる。それに対して卯ノ花隊長が「お入りなさい」と答えると。

 

「失礼しま…萩風さん!?大丈夫ですか!?」

 

「お、おう…今日もハードだったよ」

 

武道場に入って来たのは虎徹勇音、三席です。はえーよ、成長はえーよ。俺は回道教えたけど、いつの間に卍解極めたんだよ、天才じゃねぇか。俺もう教える事教えたけど未だに「私は未熟です」とか嫌味にしか聞こえないからね?卯ノ花隊長から聞いたのをそのまま伝える位しか、回道の心構え的な事しか俺はもう話す事が無いんだけど。

 

でも彼女は三席になって忙しくなってきているから、最近はこの鍛錬の後の怪我の治療の時しか絡む事は無いんだよね。

 

虎徹ちゃん、美人だよなぁ。彼女に回道教えてた時が死神ライフで一番至福の時間でした。今はその美人に治療されてて最高です、弟子の成長を感じると言う点でも、すべすべの柔らかい手の感触を楽しめるって言う点でもね!

 

「勇音、今日は来るのが早かったですが何か報告ですか?」

 

「あ、すみません!緊急の招集が隊長にあるので、至急1番隊隊舎へ集まれとの事です!」

 

「わかりました、では汗を流してから直ぐに向かいましょう。萩風は遅れても構わないので休んでいなさい、彼の回復は任せましたよ」

 

あれ、何か大変そうだなぁ。まぁ心配できる程の実力は無いんですけどね!更に言うと体はボロボロですしね!隊首会サボれてラッキー?

 

☆☆☆☆☆

 

「(今日も、傷だらけだ…)」

 

萩風を治療する彼女、虎徹勇音はいつもその傷の多さと重さに驚きを隠せない。日常的に見ている鍛練後の萩風の怪我で感覚は麻痺しているかもしれないが、そんな事は無い。

 

「(左腕の骨折が7ヶ所、右腕が4ヶ所…肋骨が3本、両足も酷い。裂傷だらけ、木刀での打ち合いでこんなになるまで…こんなの、鍛錬っていうより拷問じゃ…)」

 

重症だ、この100年の間に彼の弟子となってからこの鍛練の後に重症で無かった日は存在しない。

 

だが彼には休むと言う概念が存在しない、鍛練をやめると言う概念が無いのだ。

 

「萩風さん、如何ですか?」

 

そして彼に教わった回道であれば、この傷を治すのも容易である。と言っても彼も同時進行で自身を回復させていたので彼女の力だけでは直ぐに医療室のベッドの上に居ただろう。

 

「問題無い、とりあえず大丈夫だわ」

 

だが痛みが取れたわけではない、神経が覚えた痛みは未だに彼の体を走り回っている。にもかかわらず、彼は欠伸をすると直ぐに立ち上がって木刀を拾い上げる。

 

どうせまた隊首会が終わったら一人で練習するのだ、どこで練習しているのかは知らないが彼はそう言う死神なのだから。

 

「ありがとう虎徹さん。とりあえず、風呂入って来るわ。また片付けお願いしてもいい?」

 

「はい、お任せ下さい」

 

虎徹勇音にできるのは、彼の手助けだけなのだから。

 

☆☆☆☆☆

 

「今回は、どんな要件での呼び出しかなぁ」

 

そう呟くのは女物の着物を軽く羽織る死神だ。そしてその後ろには長髪の白髪をした死神も居る。

 

緊急の隊首会、そこに誰よりも早く駆けつけていたのは護廷十三隊の隊長の中でも古参である2人であった。

 

「おー、京楽。結構久しぶりになるな」

 

十三番隊隊長である浮竹十四郎(うきたけじゅうしろう)、八番隊隊長である京楽春水(きょうらくしゅんすい)の2人だ。100年以上隊長を務める、総隊長の教え子達だ。

 

また2人は友人関係であるが、浮竹の方は病弱な為に隊首会をよく病欠するのだが、今回は体調が良かったので誰よりも早く到着していた。

 

「俺のいない間に四番隊に新しい副隊長ができたそうじゃないか、噂ではかなり古参の」

 

「あぁ、中々の古参だ。萩風カワウソ、あの卯ノ花隊長の一番の弟子らしいからね」

 

自然と前回居なかった時の話が話題となる、と言ってもいつも通りの定例会だ。違った事はこの事くらいなのだから。

 

「卯ノ花隊長のか、それは凄いな。彼の名は聞いた事がある、回道の達人とは聞いていたがお弟子さんだったのか」

 

萩風の噂は隊長達の耳にも届いている、彼は回道の腕を体感した者から又聞きした物であるが本来なら治療に1週間かかる傷を10分足らずで完治させたりなど、眉唾ものばかりだ。だが卯ノ花隊長の弟子ならば納得できるだろう、彼女は護廷十三隊で最も腕が立つ回道の使い手なのだから。

 

「京楽から見て、その子はどうだ?」

 

だが直に会った事は無い浮竹は、それを京楽へと伺う。彼は京楽の慧眼を信用している。その彼から見て萩風カワウソとはどのように写るのか気になるのだ。

 

「そうだねぇー…一度会って、少し話したけど。古参なのに謙虚だったよ」

 

その心構えと態度は簡単にはできない事だ、どんな者でも驕りというものが出てくるのだから。それは強者へと至る道において最大の障害かもしれない、驕りとは自身を強いと錯覚させてしまうのだから。

 

「でもね…隊長達の一挙一動を観察する程、力に飢えてるみたいだけどね」

 

それを聞いた浮竹は「おぉ!」と感嘆の声をあげる。彼は謙虚でありながら、まだまだ強者へと至る為の貪欲さを持っているのだ。どの隊長達もそんな力への貪欲さでのし上がった者も多いだろう。

 

そして最後に京楽は

 

「まぁ、彼ならいつか僕らに並ぶ死神になるさ」

 

そう呟くと、それに対して

 

「当然です」

 

と卯ノ花隊長は真後ろで答えていた。

 

「げ、卯ノ花隊長…いつの間にこちらへ?」

 

「今しがたですよ、弟子が褒められるのは嬉しいものですね」

 

にっこりと笑う卯ノ花隊長だが、どこか素直ではなさそうに見える。そういう人なのを2人は知っているが、何に素直で無いのかはわからない。




沢山の感想と評価、お気に入り登録ありがとうございます。

この作品では原作の主人公は空気気味になるかもしれませんが、ご容赦ください。


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6話 イケメンって、世の不条理だよね?

彼は私の中で大した事は無い存在であった、賞賛に値しても警戒に値する死神ではなかった。黒崎一護に敗れた後もそう考えていたさ。だが滅却師の長を倒した時の霊圧を感じてからは、私と同等に彼を警戒しなかった滅却師達を…哀れだと感じたよ。

元護廷十三隊五番隊隊長 藍染惣右介


俺が死神になってから、500年が経ちました。

 

ソウルソサエティも色々変わった。100年前だと隊長とか3人くらい一気に変わった、まぁ何より変わったのは俺も成長してきているとこだと思う。

 

鬼道を鍛え、剣の腕を磨き、斬魄刀を磨き、はっきり言うとそろそろ卍解・改弐を覚えても良い頃合いだと思うんだ。しかも最近になって天狐ちゃんも「何か、思い出しそうだ…」と言い始めてる、そう言う設定なのかな?思い出したら卍解・改弐を発動できるんかな?

 

そんなこんなでまた俺はいつもの鍛錬場所にやって来る。

 

「よぅ、久しぶりだな。ヒヨッコ」

 

「随分と久しぶりですね、麒麟寺さん」

 

麒麟寺天示郎(きりんじてんじろう)。最初に会ったのは100年前かな?最後は確か20年だった気がする。

 

このリーゼントのおっさんはこの洞窟とか温泉を作った人らしい、まぁこんな場所が自然発生しないとは思ってたから予想は出来てた。

 

それとこのおっさん、無茶苦茶強い。めっちゃ早い動きができる、最初はその動きが全く見えなかった。卯ノ花隊長に鍛えられてた俺が少しだけ天狗になってた時期に会ったんだが、背後に立たれて背中を殴られるまで気づかない早さだった。俺は速力には自信があったけど、護廷十三隊の死神でもないこの人の瞬歩を見たら俺もまだまだだと思った。

 

そして、より一層ここまで走り込んだよ。

 

おかげでここまで1時間で来れるようになった。

 

「ほー、見えるようになったか」

 

そのおかげかね、今は何とか見える。いやぁ、この人おかしいよ。前より動体視力が良くなった俺でも、目の端で捉えるのがやっとなんだから。ちなみに何かよく知らないけど霊王とかいう人を守ってる組織に入ってるらしい、俺はそこら辺がよく分かってないけど凄い事なのかな?異国の王様の近衛兵みたいな?

 

「隊長直々に鍛えられてるんで」

 

それと俺の実力だが、この前にやっと記念すべき初勝利をもぎ取った。34250戦、34246敗、3分け 、1勝!でもこれに自惚れてはならない。何故なら勝てたのは一度だけ、それに加えて卯ノ花隊長以上の怪物が12人居ると考えればもう震えが止まらねぇよ。

 

「積もる話もあるが、実は今日は休みじゃねぇ」

 

ん、休みじゃないのか?この人がここに来るのは休みの時にちょこっと見に来るからって聞いてたんだけど?

 

「霊王様がお前に興味を持ってる、いつかお前はうちに来れる逸材だと思われてるらしいぞ」

 

あ、仕事ですか。勧誘かぁ。この人の入ってる組織は知らない、自己紹介された時に聞き漏らしたと思う。もしくは言ってないのかもしれん。

 

「え、嫌ですけど」

 

もちろん嫌だよ、俺は女の子にチヤホヤされたくてここまで頑張ってきたんだよ。王ってことは男だろ?何で野郎を守る為に剣を振るんだよ、俺は俺と女の子のために斬魄刀を振るからな!

 

「はっ、つれねーな。俺様の本当の湯を味わわせてやろうと思ってたのにな」

 

「この湯で十分ですよ」

 

後、この湯で傷を負う事はなくなった。耐性でもついたんだろうよ、そりゃ何年も入ってたら慣れるか。

洞窟は未だに水の中を泳いでるみたいな違和感あんだけどねー。

 

「そろそろ上がりますよ、女の子を待たせてるんで」

 

この後に色々と約束とかあるんですよ、仕事も修行のこってるしな!

 

☆☆☆☆☆

 

一人で入る風呂が寂しいのか、いや…これは今しがた出て行った男へ対して物思いにふけっているからだろう。彼は独り言を呟いていた。

 

「あいつは自覚してんのかねぇ」

 

零番隊は死神の中の精鋭の中の精鋭の5人。その実力は3000人以上在籍する護廷十三隊の総力を上回る、霊王から選ばれた猛者なのだ。

 

その霊王に選ばれる条件は一つ、ソウルソサエティで歴史に残るような事をしたかだ。例えば零番隊のリーダーの立場にある兵主部一兵衛はソウルソサエティにある全てに名を付けた。

 

斬魄刀も、卍解もだ。

 

他にも全ての斬魄刀の元となる浅打を作り上げた二枚屋王悦など、誰もが偉業を為し得ている。

 

「まぁ、そん時はそんときか」

 

霊王が気にかけているということは、彼はソウルソサエティに変革を起こす寵児になる可能性があるという事だ。

 

麒麟寺が彼を見て、特筆すべき所は無い。確かに実力はありそうだが、ソウルソサエティに変革を起こせるような男かどうかと問われたら答えはノーだ。

 

だが、彼には一つだけ彼の異常なまでの実力がわかっている。

 

「ここを使うとはいえ…いや、ここを使ったからこそ霊王様に気に入られたか…

 

 

 

 

 

 

霊王様が作成された、この地でな

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

約束の時間まで5分か、ギリギリだな。麒麟寺さんと話してて長風呂しちまったな。

 

実は今日は女の子の死神と約束があるのだ、二人っきりでな!残念な事に野郎への贈り物選びを手伝わされるんだけどな!!その子くっそ可愛いのになぁ!!

 

「あ、萩風副隊長!」

 

あ、プライベートなんで副隊長呼びはよして欲しいなぁ。今の俺の格好って、超緩い一般的な平民と変わらない服装なんだからさ。

 

「すまない、雛森さん。遅れてしまった」

 

彼女は雛森桃(ひなもりもも)、5番隊副隊長です。めっちゃ若いよ、俺も容姿だけは若いけどこの子は優等生みたいな子でねすぐに副隊長になったんだよね。半端ねぇよ、俺そこに就くのに400年かかってるのに、その4倍以上早く就くのはおかしくない?

 

この子との繋がりは初めての隊長、副隊長の集まりで緊張してたみたいだから軽く話して輪を広げてあげたくらいの繋がりである。

 

普段なら見知らぬ女の子と話すのは大変なんだけど、キョドリまくってた彼女を見てたら自然と落ち着いて話し合えたんだよね。

 

「やぁ、萩風副隊長」

 

で、このメガネをかけた優男が何でここに居るんですかねぇ…

 

「藍染隊長、お久しぶりですね」

 

5番隊隊長、藍染惣右介(あいぜんそうすけ)。怪物集団である隊長格の一人だ。

 

「買い物かい?」

 

そうですよ、貴方へのね!雛森さんがわからないからって相談に乗ってるんですよ!何で貴方がタイミング悪くも居るんですかねぇ!?

 

なんでよりによってこんなイケメンの贈り物を俺が考えるんだよ!?他のイケメンにしろよ!三番隊副隊長の吉良君とか、九番隊副隊長の檜佐木君とかさ!顔面偏差値高い子達だろ?俺の偏差値は40程度だわ!!

 

貧乏くじにも程があるからな!?しかも雛森さんが「萩風さんしか、こんな事頼めなくて…」って言われたら断れないだろうが!!

 

そん時の周りの目がやばかったからな!特に十番隊の日番谷隊長の目つきやばかったぞ、完全に俺を射殺す眼をしてたからな!

 

「そうかい、邪魔をして悪かったね」

 

くそ、イケメンなんて嫌いだ!鍛えようが無いからな!

 

しかもなんて場の空気が読める人なんだ、イケメン過ぎるだろ!実力もあって心までイケメンとか、こんなの居て俺が隊長になれても刺身の横のツマかシソ程度の価値しか出ねぇじゃねぇか!!

 

「藍染隊長……」

 

はい、隣の雛森さんは立ち去って行くイケメンにうっとりしてます。

 

何で休日にこんな事をしなきゃならんのや……女の子と一緒なのに、ただただ俺と隊長との男としての実力差を見せつけられただけかよ。

 

…その後は特に何も起こらず、無事に俺の休日は終わった。

 

あ、卯ノ花隊長に「今度は負けませんよ、萩風」と鍛錬と言う名の一方的な殺戮が行われてたわ。俺っていつもボロボロだなぁ…

 

それと後日、斬魄刀を片手に「雛森と付き合ってるなら…俺に一言、挨拶は無いのか?」と日番谷隊長が四番隊隊舎にまでやって来た。どうやら密会してると勘違いしたようで、雛森さんが来るまで誤解されたのも書いておこう。



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ソウルソサエティ篇
7話 座学サボってたから、世間知らずだわ。


お礼もできずにお別れしたのは、残念です…

護廷十三隊五番隊副隊長 日番谷桃


○月×日

 

最近、初めての友人ができた。雀部副隊長だ、彼は俺を仲間と言って茶会に誘ってくれた。まぁ、俺ってこの人の次に古参な副隊長だしな。この人はいつも隊長の話断ってるのでも有名だ、総隊長の事をずっと話してたが自然と飽きなかった。

 

友人と飲む茶がここまで美味いとは知らなかった。

 

○月×日

 

女の子の友達が居ない、男の友達は一人できたけど女の子が居ない。誰か、アホそうな子は居ないのか?ちょっとバカで可愛い子は!?駄目だ、女の子の死神って身持ちが良さそうな子しか見当たらねぇ!

 

○月×日

 

あぁぁ!?何で俺に、彼女が居ないんだよ!この歳でまだ卒業してねぇよ、てか女の子の友達も居ないよ!

え?虎徹勇音?弟子に手を出したら紹介された卯ノ花隊長に殺されるわ!!雛森桃?あのイケメンに勝てるところがあるなら言ってみろよ!!そして日番谷隊長も狙ってるんだぞ!勝てねぇよ!え?卯ノ花隊長?プロポーズしたら俺の屍を遮魂膜に投げ込むと思う。

 

…俺に、未来はあるのだろうか。

 

○月×日

 

胸の大きさじゃない…性格の良さなんだ…

 

○月×日

 

可愛い彼女が欲しい

 

○月×日

 

おっぱい、おぱ…おぱぱばぱぱぱぱぱぱぱp

 

◯月×日

 

邪念は鍛錬で消してきた。

 

いつものような平和…うん、平和な時間が流れてく。そんな時にこの招集はあった。副隊長の証である副官証を強制されてつけるの何気に初めてかもしれない。

 

で、副隊長も全員集められましたよ。隊首会には出られないけどね。

 

で行われたのは緊急隊首会だ。そして、今回はそれに見合うだけの事件だった。

 

朽木ルキアっていう子が大罪を犯したらしい、死神の力をあろうことか通りすがりの人間に渡したそうだ。

 

あ、それって罪なのか。知らんかった。

 

で、その子は死刑だってさ。

 

いや予想外ですわ。双極ってのはよくわかんないけど…あ、死神処刑する斬魄刀だったかな?座学サボり気味だったからよぐわがんね。

 

で、死神の力を渡しただけで死ぬのか?

 

いや、渡して無くしたなら取り返せばいいじゃん。そこまでやばいの?もし無くしたならまた修行して死神の力をゲットできないかな?

 

その後は適当に理由言われたけど、俺は納得しなかったなぁ。世の中で数少ない女性の死神を殺す理由なんざ、存在しないだろう?

 

つまり…あ、俺には何もできないけどね。何か出来そうな人に任せるわ。てか、処刑まで2週間とか短いと思うのは俺だけかな?

 

何か急いでるようにしか感じないんだよなぁ…もしかしたら、俺が世間知らずだからなのかもしれんが。

 

まぁ違和感があるなら隊長達の誰かが解決するだろ、俺はいつも通りに卯ノ花隊長と鍛錬するよ…

 

◯月×日

 

旅禍ってのが侵入してきたらしい。

 

とりあえず侵入者ですね、遮魂膜って凄い膜が瀞霊廷を覆ってるんだけどそれを突破してきたらしい。

 

数は分かってるだけで5人、被害は十一番隊が壊滅的被害を受けて3席と5席がやられたらしい。卍解つかってたら流石の俺でも霊圧で感知できると思うし、卍解使わなかったのかな?

 

思い立ったが吉日、ちょうど治療室に居るらしいから行ってきた。

行くと十二番隊の涅隊長に脅されてたけど、ここ四番隊管轄ですからね?でもゴネてきたから「俺を相手取るってことが、どういう事かわかってての行動か?」と「俺に手を出したら卯ノ花隊長を敵に回すぞ!?あぁん!?」という意味を含めて追っ払った。渋々去ってくれた後に3席の斑目君に戦闘の事について聞いたら驚いた顔をしながらも卍解は使わなかったと言っていた。まぁ使っちゃ駄目だよな。卍解をしたら瀞霊廷がヤバいことになるだろうし、総隊長から許可とか無いと駄目だよな。

 

俺も卍解しないように気をつけないとな…

 

◯月×日

 

六番隊の阿散井恋次(あばらいれんじ)副隊長がやられた、卍解が使えない状況下とは言え副隊長をやるとか敵は中々強いそうだ。

 

あ、ちなみに今の俺は両腕を包帯でぐるぐる巻きにしてます。まぁ名誉の負傷だから問題無い、女の子に血を流させるわけにはいかないし、これがベストだと思ったからな。

 

何故かと言うと藍染隊長が殺されたのが発見されてから話は始まるんだけど…

 

☆☆☆☆☆

 

ポタポタと赤い水滴が滴り落ちる、その水滴の根源となる泉にもう命は宿っていない。見ればわかるのだ、斬魄刀が胸に刺さっている。目も半開きのまま影が差し込んでいる、第一発見者の雛森桃にはわかる。回道に少なからず精通している彼女にはわかる。

 

藍染隊長は殺されたのだと。

 

「藍染隊長…」

 

その後ろから他の部隊の副隊長が集まる、呆然と立ち尽くす彼女へ駆け寄る三番隊の副隊長の吉良が揺さぶるも彼女の目に光は宿らない。

 

「雛森くん、どうしたんだい?雛森くん!!」

 

そして次に動いたのは四番隊の副隊長である萩風だ、直ぐに藍染の死体から斬魄刀を抜き取り治療に取り掛かろうとする。だが直ぐに諦める、何故なら死んでいるのをはっきりと確認してしまったからだろう。

 

壁に足をねじ込んで体を支え、藍染隊長であった物言わぬ体を抱える。

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

そして雛森はそれを見て更に絶望する、何故なら回道に精通している四番隊の副隊長が匙を投げているからだ。まだ息があるかもしれないという一抹の希望すら、拭いとられたのだから。

 

「なんや、朝っぱらから騒々し…おや、これはえらい一大事やね」

 

そんな一同の背後に現れたのは三番隊の隊長である、市丸隊長だ。同じ隊長格が亡くなったというのに、えらく緊張感が無い。まるで知っていたかのように、そう考えた雛森の頭には同じく隊長であり幼馴染である十番隊隊長、日番谷の声を思い出す。

 

《三番隊には気をつけろ、特に藍染が一人の時はな》

 

「お前か!!」

 

刀を抜き、そのまま彼女は斬りかかる。副隊長とは言え隊長に次ぐ実力者だ、不意をつければ隊長と言えど殺せる。ましてや、背中を見せて抜刀すらしていないならば。

 

しかし、それは一対一の場合に限る。

 

キンッ!というぶつかり合った金属音が響く。市丸は抜刀すらしていない、雛森が振るった斬魄刀は別の死神、彼の斬魄刀によって防がれていた。

 

「僕は三番隊の副隊長だ、ここを退くわけにはいかない」

 

吉良は市丸の手前で彼女の斬撃を防いだ。当たり前だ、市丸隊長は吉良副隊長の上司なのだから。とっている行動は違うが、藍染隊長の為に剣を振るう雛森副隊長と立場は同じなのだから。

 

「退きなさいよ!」

 

「退かない!わかってるだろ!」

 

二人が鍔迫り合いをしている間に、市丸は悠々と離れて行く。だが吉良が退くつもりも、退けない事もわかっている。ならば、彼女が取る行動は予期できた。

 

(はじ)け『飛梅(とびうめ)』!!」

 

そして彼女の斬魄刀が解放される、七支刀のような斬魄刀へと形状が変化する。

 

「っ!!自分が何をしてるのか、わかっているのか!」

 

同時に、吉良へ向けて爆発が起こる。飛梅の能力である、始解した彼女の斬魄刀の力であり、彼女が本気なのだと吉良は瞬時に理解する。

 

(おもて)()げろ『侘助(わびすけ)』!!」

 

そして彼もまた斬魄刀を解放せざるを得ない状況であった、このままでは殺し合いになる。二人には退く事ができない理由がある、冷静でない雛森副隊長が相手の吉良副隊長には退けないのだ。

 

そして、二人の攻撃が交差しようとした時に。

 

「っ!!」

 

先程まで藍染隊長を抱いていた萩風が、二人の間に立っていた。

 

「イテテ…二人とも、斬魄刀をしまってくれると嬉しいんだけど」

 

それも、素手で始解された斬魄刀を受け止めてだ。当然無傷では無い、ポタポタと赤い水滴が糊のように粘性を持ちながら両者の斬魄刀を伝って手に流れ落ちる。

 

「え、あ…」

 

そこで二人はやっと理解したのか、動きが止まる。そして深々と刺しこまれた二人の斬魄刀が彼から抜きとられる。

 

そして周りの者達だが、副隊長でありながら誰一人としてこの戦いをとめられなかった。否、動けなかったのだ。この混乱した状況をうまく把握できず、これを上手く納める方法が無かったからだろう。

 

「痛いと思ったら…骨まで届いたか」

 

だが萩風は全く関係のない自分が血を流す事で、お互いの動きを止める事ができた。結果的に雛森副隊長が冷静さを取り戻すきっかけも与えていた。だからあえて、彼も斬魄刀で守らなかったのだろう。

 

とも考えられるが、始解が行えないという噂通りならば斬魄刀を使う意味がなかったともとれる。

 

「萩風副隊長、腕が…!?」

 

「大丈夫、傷口は塞いだから。痛みは残るけどね」

 

松本副隊長が負傷した萩風へ駆け寄る、そして他の副隊長はようやく吉良と雛森を拘束する。

 

そして最初傷を見た松本は顔が青くなる、左腕は灼け爛れ右腕からは骨が見え傷ついていたのもみえたのだから。

 

が、直後にその青くなった顔は色を取り戻す。

 

「もう骨をくっつけて…?」

 

「応急処置だけどね。斬魄刀で傷ついたから、少し回復に時間はかかるけど、俺の心配はしなくていいよ」

 

いや、そこに驚いているだけではない。回道に長けた萩風ならここまで回復するのも噂程度には知っているからだ。

驚いているのは松本くらいだろう、だから無知な彼女が萩風の元へ駆け寄ったのだ。

 

だが殆どの副隊長全員が驚いているのは《始解された斬魄刀を受けて何故、骨に届いた程度で済むのか》だ。本来ならそのまま切り裂かれ、最悪死んでいる筈だ。また副隊長達の誰一人として、萩風の動きは捉えられなかった。藍染隊長の死体だが、丁寧に地面に置かれている。磔になっていたのを下ろし、それをして皆の間を駆け抜けて2人を止めたのだ。

 

これだけの動作をして見えないはずがないのに見えなかった。

 

それもそのはずだろう、近くにいた隊長である市丸ギンですらその軌跡がうっすらと見えた程度なのだから。

 

「牢屋に連れてくぞ」

 

二人はそのまま他の副隊長達に連行されていく、松本も萩風の容体が無事なのを確認してから近くに居るであろう日番谷隊長へ報告へむかう。

 

「大丈夫かいな、萩風副隊長」

 

そしてそのまま連行されて行く雛森副隊長の目の前を通り、萩風へと歩み寄る。この二人に接点はない、というか萩風と接点のある隊長は卯ノ花隊長だけだが。

 

この場には二人だけであった。

 

だからこそ、萩風は問うた。

 

「市丸隊長、雛森副隊長を殺そうとしてましたね。殺さないようにできる力があるにもかかわらずに」

 

返答は無いが、恐らく間違い無いのだろう。少しだけ嫌らしく微笑み、それで萩風は理解する。彼から発せられた微弱な殺気、それを見抜けていたのは萩風だけだろう。常に卯ノ花隊長との殺意の溢れた戦いに身を投じていたからこそ身につけた特技だ。

 

「俺は隊長格だろうが、女の子の血を流す奴は許さないんで」

 

そう言い、萩風はその場を後にする。これから報告に向かうのだろう、ご丁寧にいつの間にか現場を市丸が簡単に手を出せないように結界を張っている。

 

「怖いなぁ…萩風副隊長は…」

 

そう言いながら、彼を見送る。その目は蛇のように冷ややかなものであった。

 

「殺したいくらいに、なぁ。」

 

☆☆☆☆☆

 

旅禍、それは尸魂街に紛れ込み災いを巻き起こすと言われる存在だ。そしてその旅禍の中で最も強い男、黒崎一護は副隊長である阿散井恋次を破り地下へと治療の為に避難していて。

 

「おい花太郎、さっきの奴は副隊長の中でどんくらい強いんだ?」

 

そして、治療を受けながら出来る限りの情報収集に努めていた。阿散井恋次という副隊長を確かに彼は倒した、だが13人居る副隊長の一人だ。彼がどの程度の力であり、それは13人居る隊長格との力量差はどのくらいあるのか一護には想像がつかないからだ。

 

「わかりませんよ、僕は四番隊なんですよ?他所の隊士がどれくらい強いとか知りませんよ!」

 

そして尋問される山田花太郎は回道に通じていても、瞬歩もできない非戦闘員の代表的な男だ。普通の四番隊の隊士とはこういう男だ、読者は勘違いしてそうだが彼が四番隊のオーソドックスだ。

 

「じゃあお前んとこの副隊長と隊長はどうなんだよ、あいつより強いのか?」

 

そして一護からの質問は自然と花太郎の属する四番隊へと移っていく。

 

「さぁ…隊長は優しくて貫録もありますけど…副隊長が斬魄刀を使ったのを見た事も聞いた事もありませんから…噂じゃ、副隊長は始解もできないとか言われてますね…あ、でも部下を大切にしてくれる良い人ですよ!僕たち四番隊を誇りに思ってくれてる人です!」

 

萩風副隊長は回道の腕だけで副隊長となった死神、そう言って彼を揶揄する死神も少なくはない。彼が斬魄刀を解放するどころか、抜刀する所も聞いたことが無いからだろう。

 

だからこそ、そんな噂が流れていく。

 

「でも昔に隊長の推薦を断ったとか…ってのも聞いた事もありますね」

 

こちらもあくまで噂、隊長が殉職や引退、行方不明になった際に隊長の席は空く。だがそれを断ると言う事は斬魄刀をモノにしてるのでは?とも考えられたが…どちらにせよ前線に出ない意気地なしのレッテルが貼られている。

 

あくまでも、一部の死神からではあるが。

 

「一応聞くが、名前は?」

 

一護は何か引っかかるのか、その名を問う。

 

「萩風カワウソ、副隊長では雀部副隊長に次いで古参の死神らしいです」

 

間接的ではあるが、この時が黒崎一護が萩風カワウソという死神を知った瞬間であった。




この世界の主人公はかなり空気になってます、ご了承ください。

貴重な千年血戦編以外の主人公活躍?シーン。

そして建てられる死亡フラグ。


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8話 死神ってやばいわ。

あの人の卍解は恐ろしく強いが俺でも戦えるレベルだ。…おい信じろよ。

護廷十三隊六番隊副隊長 阿散井恋次


はいはい、さらっと隊長に喧嘩売っちゃいました♪

 

あっははははははは!!!はー、は!うわぁぁぁぉぁぉぉ!!?

 

俺なにしてんの!?バカなの死ぬの?死んじゃいますよねぇ!卍解しか習得できてない俺じゃ、殺されちゃいますよねぇ!?

 

そんな心が荒ぶってる俺の所に訪問しに客がやって来る。

 

「萩風副隊長、今回は助かった」

 

日番谷隊長が態々頭を下げに来た。いや、傷は治ったんよ?俺もいつでも治せるレベルだからね、斬魄刀で切られたから手こずっただけだし。別に骨に霊圧が溜まってるせいか斬魄刀を防いでも骨に傷一つないし、松本さんは折れてたと思ってたみたいだけど。侘助のせいでちょっと体が重かったり飛梅のせいで火傷してただけだし。

 

「日番谷隊長、俺は当たり前の事をしただけですよ」

 

女の子を守るのに理由は無い、正直に言うと朽木ルキアの死刑も納得いってないけどね。

 

「市丸については俺に任せてくれ」

 

「助かります」

 

ありがとうございます!!命の恩人かよ、最高かよ!流石は天才だな、一番若い隊長は彼だしね!俺が四番隊追い出されたら十番隊行きますよ!

 

「…済まないな、本当はあんたが相手したかっただろうに」

 

え、何言ってんの?啖呵切ったけど、まぁ啖呵切ったけど!そん時は頭に血が上ってたんですよ、隊長格には勝てないよ?卍解・改弐をまだ身につけられてないからな!

 

「萩風…」

 

そしてそんな胸中を知ってか知らずか、何かを日番谷隊長が呟こうとした時だった。

 

これは突然起こった。

 

「っ!?」

 

遠くからだが感じる、霊圧の爆発的な増加。

 

中々デカイ霊圧を感じる…隊長クラスか?

 

「この霊圧は…更木剣八か」

 

日番谷隊長がそう呟く。

 

え、それ十一番隊隊長じゃないですかー…!

 

でも隊長ってやっぱり怪物じゃねぇか!みんな始解もしないでこんくらいの霊圧秘めてんの!?この日番谷隊長の小さい体のどこにそんな力があるん!?

 

「用事ができた、最後に一つだけ頼まれてくれないか?」

 

ん?日番谷隊長、何かあるんですか?面倒ごとは嫌いですからね?

 

「雛森を…頼んでもいいか?」

 

雛森副隊長?今は牢屋に入れられてるな。

 

「お任せを」

 

喜んでやりますよ!面倒ごと?いやいや、ご褒美ですよ。

 

☆☆☆☆☆

 

旅禍のうち、3人が既に捕まったらしい。

 

京楽隊長、東仙隊長、浮竹隊長が捕らえて来たらしい。で、残りの旅禍なんだけど姿を消してしかも一人は更木剣八を倒したらしい。ヤバいやんけ、半端ないって!強さえげつねぇよ!卍解使ってたかは分からんけど、隊長にそのまま剣術で挑む時点でヤバいけどな!

 

あーあ、しかも朽木ルキアの処刑日時が早まったらしい。旅禍が来たからかな?まぁ、俺にはどうにもできないんだけどさ。

 

…いや、出来ることあるな。旅禍を巻き込むとか、いやそれやったら副隊長じゃなくなるだろうなぁ、俺が死にかねん。つまりそれをやる事は無い。

 

それに、雛森副隊長を最優先に考えるべきだよな。

 

「萩風副隊長、何かお悩みですか?」

 

あ、ちょっと考え事をし過ぎたかな。いつのまにか隣に虎徹勇音三席が居た。最近は卯ノ花隊長の鍛錬後にしか会わないな、まぁ虎徹さんは優秀だから教える事がもう何もないからなんだけどねぇ。

 

「いや大丈夫だ。藍染隊長の検死は終わったのか?」

 

「はい、ですが卯ノ花隊長は何か引っかかるようで……」

 

あー、俺も発見した時に軽く検死したけども特に何もなかったな。でもまさかあの藍染隊長が胸に一突きだけで死ぬとは思わなかったな。不自然なのはそんくらいだよ、無防備だったんだろうなぁ…としか思えん。

 

まぁ、今の俺に出来ることなんて何も無いからなぁ。

 

というか虎徹さん少し暗い気がするな。

 

「元気を出せ、胸を張れ虎徹三席、君は君のできることをやればいい」

 

「っ、はっはい!」

 

するとシャッキ!と背を伸ばす虎徹さん。

 

「…っ!?」

 

なん…だと…!?いつもは背中を丸めてるから気づきづらかったが、こんな戦闘力を持っていたのか!?この山…ヤバイ、とりあえず元気出してくれたのは嬉しいが、俺は俺で元気になりそうだ。

 

「と…とりあえず、雛森さんの所へ行ってくるか」

 

「え、あの…ご一緒します!」

 

「それは嬉しいけど…今は良いよ、隊長のサポートを頼む」

 

普段なら即了承するよ、でも無理だね。今は有事で隊長には誰かしらが控えとかないと不味い。俺は俺で動きたい、だから虎徹さんはここで置いてくよ。

 

あーいつの間にか、もう夜だよ。もう雛森さんも昇った血も落ち着いてるよね?とりあえず、顔くらいは出しとかないとな。

 

雛森さんは友達が多そうだけど、日番谷隊長に託されたら行かざるを得ないよな。

 

☆☆☆☆☆

 

「…んで、こうなるのかよ」

 

デカイ穴が檻の奥に空いてる、当然これは元からあるわけじゃないよ。

一応簡単に突破できないように…じゃなくて、絶対に突破されないように結界と見張りが居るはずなんだけども。まぁ雛森さん鬼道の天才らしいし、突破できちゃったかぁー。

 

速報 牢屋の方に来たら、雛森さん脱獄してました。

 

あ、これ市丸隊長殺しに行ったくさいな。

 

「萩風副隊長、如何なさいますか?」

 

ん、あぁそっか。一応、俺は副隊長だからな。この場で一番偉いの、俺だよな。なんて都合の悪い…いや、逆に良かったのか?

 

「直ぐに連れ戻してくるよ、報告は任せる」

 

とりあえず檻を開けて穴から外へ飛び出す、雛森さんの霊圧探さないとな。いや…もっと目立つ、市丸隊長の霊圧探すか?いや、雛森副隊長みっけたわ。最悪、力ずくで連れ帰るか。

 

自惚れかもしれないけど、俺って雀部副隊長とかを除く他の副隊長よりは強いと思うからね。卍解・改弐身につけてる奴とか居ないだろうし、まぁ隊長格以外なら相手しても問題無いぞ!

 

☆☆☆☆

 

夜の瀞霊廷を駆け抜けて行く、月明かりが辺りを照らしていき薄ぼんやりとした灯と、標的の霊圧を頼りに彼女はかけていた。既に脱獄してから30分は経過してるだろう、これだけ離れれば直ぐに見つかる事はない。

 

斬魄刀を片手に、それでも彼女は足を緩めない。何故なら目的を果たすための可能性を少しでも上げたいからだ、1秒でも長く時間が欲しいから。

 

だから彼女は誰よりも速く走っていた。

 

「なんとか、追い付いたな」

 

だが彼は悠々と彼女の前に立った。いつの間にか追い抜き、自身の目の前に降り立った死神に対して、彼女は斬魄刀を抜きはしない。仮にここで吉良副隊長が現れたなら、彼女は迷わずに抜刀し斬りかかっていただろう。

 

「萩風さん…」

 

四番隊 副隊長 萩風カワウソ

 

なぜここに居るのか、雛森には理解できない。だが、彼ならば話せばわかるのでは無いか?と。萩風は自覚していないだろうが、彼の名は護廷十三隊に知らぬ者が居ないほど轟いている。

 

その名は学院にすら轟いていたのだから、彼が特別講師としてやって来た時なんて席が足らずに立ち見してる生徒も居た。

 

だが逆に戦場に出ない臆病者とも揶揄される死神だ。

 

もし藍染隊長と出会わなければ、日番谷冬獅郎という幼馴染が居ないならば、彼女は四番隊に入っていたのかもしれない。彼は誰にでも同様に優しい、何と言われているのか知っていても関係無しに接する。

 

雛森は彼を信用している、なぜなら彼は死神の規範となるべき人格者だから。

 

「退いてください、私は…日番谷隊長を倒さなければならないんです!」

 

そう言うと、彼は面食らっているように見えた。雛森どころか、普段の彼がこのような表情をしてる事が無いからだろう。

 

「日番谷隊長をか、理由は?」

 

雛森の予想通り、彼はまず対話を行ってくれる。それに安堵しながら彼女は藍染隊長が記した遺書を抜粋しながら話す。

 

「今回の事件、おかしい事だらけなのはわかりますよね?」

 

本当におかしい事が沢山ある、刑に執行されるにあたっての過程であったり方法であったりもだ。

 

「そうかもな、でも君がおかしいのもわかってるつもりだ」

 

「日番谷隊長は双極でソウルソサエティを破壊するつもりなんです、私が止めなきゃならないんです!」

 

少しだけ、萩風は考え込む。双極が何かわからないわけでは無いだろう、斬魄刀の力の何100倍という力を持つ斬魄刀だ。これを使えばソウルソサエティは壊れる、朽木ルキアの処刑が早まったのもトントン拍子に進んでいたのもこれが理由なのだ。

 

そう、藍染の遺書には記されていたのだ。

 

「なるほど、筋は通ってるのかな」

 

そして、それをどうやら萩風も理解しているようだ。

 

「なら、それを壊せばいいだろ?」

 

だが、まったく分からないことを言い始めていた。

 

「物凄い力を持つ斬魄刀ですよ!破壊なんか、できるわけ…」

 

「まぁそう簡単には無理だろうけど…世の中に壊れないものは無いよ、作られた物はね。斬魄刀も折れるだろ、あれも斬魄刀に変わり無いんだから折れるよ。むしろ、手続きとか貴重さで対処に時間がかかりそうだな…」

 

そう言われると納得する自分が居るのに雛森は気付く、確かにそれをできれば日番谷隊長の思惑は潰れる。だが、それではダメだ。今の彼女自身の目的はソウルソサエティを守る事ではなくなっている。

 

藍染隊長の仇を取る事だ。

 

だが、彼の一言がその頭によぎった言葉を消し去った。

 

「てか日番谷隊長、雛森さんの事が好きなのにそんな君も危ない事出来るわけないだろ」

 

今、何と言ったのか?

 

「……え?」

 

誰が誰を好きと?日番谷冬獅郎が雛森桃を好きだと?そんなわけがあるのか?と、彼女の中ではとてつもない情報量が錯綜し顔はたちまちオーバーヒートの為か真っ赤に染め上がる。

 

「…雛森さん、自覚なかったの?」

 

そんな様子を見た萩風は「あれ、これ言って大丈夫だったかな…」と呟いているが時すでに遅し。

 

心の中で可哀想に思ってるのか、萩風の目はここには居ない十番隊の隊長の事を考えて何とも言えない目をしている。

 

「えっと、シロちゃんは…その、ただの幼馴染で…」

 

「昔君がポロっと言った隊長ってカッコいいよね!を真に受けて今に至るぞ」

 

それを聞いた雛森は既にもう「え、あ…うぅぅー!?」と声にならない声でしか話せなくなっている。どうやら言語野がやられたようだ。

 

「ちなみにこの前俺のところに来たのだって、かなり辛そうな顔してたし。そのまま飲みに連れてったら…半泣きだったからな?色んな事をボロボロ聞いたぞ。例えば君は日番谷隊長と過ごしてた幼少期にいつか結婚しようと約束して、それを君は覚えてるのか心配になってたり「えっえっ!?ひ、あ…うわぁぁぁぁぁぁ!!?」」

 

雛森は混乱している、とても混乱している。顔を抑え、頭を埋め、穴があったら入りたい心境にかられ…

 

「あれ、雛森さん?」

 

そのまま気絶した。




日番谷発言が無かったら戦闘してた。


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9話 全身真っ黒の黒幕だったらわかりやすいんだが…

彼か?私は然程深い知り合いでは無いのだがな。だが護廷十三隊で…いや、尸魂界で彼を知らない者はいないだろう。

護廷十三隊十三番隊副隊長 朽木ルキア


日番谷隊長が黒幕説、何度も考えても無さそうなんだよな。

 

あの人に人脈は?薄いだろうな、他に協力者は?隊長で組んでたとして、市丸隊長か?いや、それも無いか。市丸隊長と昨日やりあってたらしいし、吉良副隊長から少し話を聞いたけどガチのやり合いらしい。演技でガチバトルできるのかなぁ、日番谷隊長の斬魄刀で何か上手くできそうな予感はするけど。

 

てかどう考えても瀞霊廷を壊す理由が無い、瀞霊廷を支配するためならわかるけどさ。瀞霊廷壊してどこに行くつもりなんだろうね、あー霊王の居る所とか?ソウルソサエティのどこに居るとか知らんけど。ソウルソサエティのどっかの国の王様だよな?いや無いか、霊王殺して誰も居ない世界を統べても楽しく無いだろ。

 

いや俺が知らないだけでそんなの関係無い!みたいな恨みとかがあるのかもしれないけど。やはり日番谷隊長が黒幕説は低いと思う。

 

なら雛森を任せないで、吉良にでも殺させれば悲劇の男として周りから容疑者としての嫌疑は薄れるだろう。

 

死神の中で一番美味しいのは誰だろ?雛森が死ぬ事かそれとも双極を奪う事が嬉しいやつは?そもそも藍染隊長を殺したのは誰なのかわかんねぇからなぁ。

 

第1候補はとりあえず市丸隊長だな、黒よりの黒の可能性が一番高い。仮に黒幕がこの人だとしよう、雛森を殺すメリットは?藍染の犬みたいなもんだから鬱陶しいから殺すのは弱い気がする。幼馴染の日番谷隊長を敵に回すんだから、大人しく牢獄に打ち込んだらいいだろ。

 

それに藍染隊長はどうやら日番谷隊長が黒幕と思ってたらしいし、じゃあ日番谷隊長と市丸隊長が黒幕だとしたら?

 

接点が見つからない、二人をよく知らないのもあるけど…だとしても藍染隊長が簡単にやられ過ぎなんだよな。隊長二人掛かりでも多少は抵抗できるはずだけど現場を見ても争った痕跡無いし、むしろ自殺したんじゃね?と思うくらいだ。

 

…じゃあ、一番俺の中でありえなさそうな藍染隊長が黒幕だった場合でも考えてみるか。

 

死体は人形とか何かの方法で誤魔化す、日番谷隊長が黒幕と嘘をつく、雛森副隊長が居なくなると…?いや、暴走させるのが目的だとしたらどうだ。まぁ混乱してるよな、現在進行形で。雛森副隊長を後で消せる大義名分が手に入るだろうし、市丸隊長からしたら大した事は無いんだろうな。

 

なんか話が通るような…でも確か流水系の斬魄刀の鏡花水月って霧が能力で同士討ちさせるんだよな。幻覚を継続して使用はできないだろうしー…他の隊長で関わってそうな怪しそうな人居ないしなぁ…

 

「あの、萩風副隊長!!聞いてますか!」

 

ゆさゆさと俺は肩を揺らされて現実に戻る、揺らしてきたのは青い髪が特徴的な虎徹さんだ。

 

「ん?あー、すまん。ボーッとしてたな」

 

気づいたらまた考え事をしてたらしい、いやマジで分からないなぁ。誰が犯人なんだろ、旅禍なら副隊長が集まってるあの場所まで侵攻してたらやばいよな。

 

でも更木隊長倒す怪物だし、あり得る?

 

「って、また聞いてないじゃないですか!」

 

「ごめんごめん、いや俺も歳かなー」

 

取り敢えず誤魔化して笑うが虎徹三席の顔色は優れない。

 

「雛森さんの事ですか?」

 

「…まーね、今は日番谷隊長が見てるけど…二度も抜け出してるからね」

 

案の定、バレてるみたいですね。虎徹さんは鋭いな、確かに俺からしたら犯人の事はどうでも良い。ただ、任された雛森さんを誰から守ればいいかぐらいは考えたい。

 

で、今考えた中で一番危ないのは恐らく明日だ。隊長、副隊長の全員が一応は参加するんだからね。雛森さんが逃げ出してやられる可能性が高い。

 

「そうだ虎徹さん。明日の処刑さ、代わりに出席してもらっていいかな?」

 

雛森さんが一番抜け出してヤバいのはここじゃないかと思う、今回の黒幕は何故か雛森副隊長を利用しようとしてる気がするから。

 

「駄目ですよ、萩風副隊長」

 

でもそれは断られた。あ、虎徹三席じゃないよ?真後ろに居る卯ノ花隊長に断られたんだから。

 

「そうは言っても隊長、俺は出席したくないんですよ」

 

でも少しワガママを言わせて貰おう。いつもなら言わないけど、ちょっと嫌なんだよねぇ。訂正、女の子の処刑とか見るだけで俺の心が折れそうだからすっごく嫌です。

 

「今回の処刑の是非はありません、それが四十六室の決定ですから」

 

…あれ、四十六室?そう言えば、四十六室についてはなんも考えてなかったな。いや、そこが黒幕とかありえないでしょ。

 

「そう言えば隊長、今回の処刑ってどれくらい異例なことがありますか?」

 

「処刑までの猶予期間の撤廃、隊長以外の双極の使用、刑の不平さ、数え上げればキリはありませんね」

 

四十六室の決定は絶対、それは護廷十三隊にも決まれば従う他ない。

 

…だがこの不自然なこと全て黒幕が四十六室なら、辻褄が合うかもしれない。

 

「尚更行けないですね、それを認めたと思われちゃいますよ」

 

日番谷隊長と市丸隊長が黒幕でかつ、四十六室も黒幕。それならやばいな、無茶苦茶ヤバい。他にも俺が知らない内通者も居るかもしれない、だが雛森副隊長を殺す理由無いよなぁ…雛森副隊長は混乱させるために送ってる感じだと思うな。

 

取り敢えず女の子の命を任せられたんだから、守らないわけにはいかないよな。仮に黒幕からの頼みでもね、いやまだ決まったわけじゃないけど。

 

あ、だとしたら死刑囚の朽木ルキアさんも被害者だ。でもそっちまで手が回らないし…他の隊長達を信じる他ないよなぁ…

 

「…わかりました、明日は勇音を連れて行きましょう」

 

あれ、何故か卯ノ花隊長が折れてくれた。それは願ったり叶ったりだわ、では遠慮なく。

 

「ありがとうございます」

 

☆☆☆☆☆

 

十番隊隊舎、日番谷冬獅郎が纏める十番隊に属す者達全員が基本的にここで働く。

小柄であるが、稀代の天才と呼ばれる死神だ。卍解も習得し、他の隊長格に引けを取らないほどの実力者だ。

 

そんな彼の横に控えるのは副隊長である松本乱菊、彼女もまた天才というわけではないが副隊長として相応しい実力の持ち主である。

 

また彼等が居るのは、雛森副隊長が軟禁されている部屋だ。中で彼女は疲れがたまっていたのか連れてこられた日からぐっすりと眠っている、だがここには檻もない部屋だ。このまま放っておいて外部からの敵に襲われてしまうわけにはいかないと日番谷隊長が結界を張っている。

 

外からは簡単に突破はできない、雛森の安全を確保すると二人はそのまま目的地へ向かおうとするが。

 

そんな彼等の前に現れたのは。

 

「こんにちは、日番谷隊長。突然押し掛けてすまない」

 

「萩風副隊長…なぜ、ここに?」

 

雛森は脱走した直後に彼に捕縛され、この隊舎に連れてこられた。

萩風に連行された彼女は気絶した状態であったが、目に付く傷はなく無傷で捕縛していた。なお、萩風に怪我は無く現場もまた瓦礫一つ無かったらしい。

 

だが雛森が連れられてきた時、何故か萩風はしきりに「すまない」と言って目を逸らしていた。その時日番谷は「あんたに非は無い…」と言っておいた、むしろ逃げた雛森を捕まえてくれたことに感謝してるくらいである。

 

なお、彼が謝っているのは雛森が脱獄してしまった事に対してじゃないのは知らない。

 

「(いったい、どんな方法で雛森を無力化した?斬魄刀の能力か?いや…萩風の霊圧は感じなかった、説得したか不意をついたか…どちらにせよ、助かったのには変わりないか…)」

 

日番谷冬獅郎は彼もまた敵の可能性を疑っていた、だが雛森を無傷で捕らえてきた事で安心して信頼できる死神となっていた。

 

「雛森さんを助ける為に最大限の助力をさせていただきます、卯ノ花隊長から了承は得ているので御心配無く」

 

正直に言って、日番谷にとって助かるだろう。日番谷は手数が少ない、副隊長の松本くらいが彼の打てる手札だ。

 

この手札が加わるだけでどれ程頼もしいか、回道においては卯ノ花隊長に次ぐ実力者、500年もの間を死神として生きてきた男だ。

 

戦場に出ない根性無しと言われているが違う、本来ならば卯ノ花隊長の推薦であるが、十番隊の隊長の候補に挙がっていた死神だ。本当にそんな実力があるのか?と問いたいかもしれないが、実力の裏付けとして雛森副隊長を無傷で捕らえたのが証拠だ。

 

だが本人曰くまだ斬魄刀の力を引き出せていないと断ったらしい。卍解は最低条件だからだろう、仕方なく日番谷が隊長となったのだ。

 

「確かに…有事の際に、優れた回道の使い手は必要でしょう」

 

松本も日番谷と同意見のようだ、仮に黒幕と相対した場合にどちらかに被害が出るのは確実だ。敵の企みを知る為に生かさなければならない、そしてこちらに被害を出してはならないのだ。

 

「それもそうか、付いて来ても良いが覚悟は…いや、この問答は失礼だったな。謝罪しよう」

 

日番谷は彼へ警告しようとするが、直ぐに改める。彼自身がそもそも隊長格にも引けを取らない高潔な魂の持ち主だからだ。この程度の覚悟は承知で来ているのだろう。

 

「俺はあんたを信用してるぜ、回道の腕だけじゃねぇ…死神としてもだ」

 

だからあえて言葉に出す、それに対して萩風は驚いているようで少し面白いものが見れたと日番谷は後ろへ振り返ると。

 

「隊長、それ私にもですよね?」

 

後ろではしゃぐ松本の隣を抜けて彼は外へ向かう。

 

「さっさと行くぞ松本、四十六室へ急ぐ」

 




十番隊隊舎で目覚める雛森

狸寝入り中の雛森「(え、え、え!?何で私が十番隊の隊舎に居るの!?あ、シロちゃんの声が聞こえる!)」

日番谷「すまねぇ…俺が、助けてやれなくて…」

狸寝入り中の雛森「(うわぁぁぁぁ!!起きれないよ!こんな時に起きてシロちゃんの顔見れないよ!!萩風副隊長、何でここにしたんですか!?もう起きれないですよ!恥ずかしくて死んじゃいますよ!)」

日番谷「今度は、必ず俺が守るからな…」

狸寝入り中の雛森「(ひゃっ、ひ…う…)」

そして雛森は意識を手放した。


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10話 この日ほど、呪いたい日は無いと思う…①

僕の中で一番の死神は山爺だったよ。きっと、山爺は喜んでるかな。もう山爺を超える死神は居たことに。

護廷十三隊八番隊隊長 京楽春水


中央四十六室

 

尸魂界全土から集められた四十人の賢者と六人の裁判官で構成される尸魂界におかれる最高の司法機関。死神の犯した罪咎は全てここで裁かれ、その裁定の執行に武力が必要と判断されれば、隠密機動(おんみつきどう)鬼道衆(きどうしゅう)・護廷十三隊等の各実行部隊に指令が下される。絶対的な決定権を持ち、その裁定にはたとえ隊長格といえど異を唱えることは許されない。

 

「…見張りはどこだ?」

 

だが、その場に来たというのに外の門を守る見張りは誰も居ない。

 

「見当たりませんね」

 

そして中に入る。といっても屋根のある建物に入るわけではない。門は外門と内門の二重となっているのだ、だがそこにも誰も居ない。

 

不審に思いながらも日番谷達は歩を進める。そして中の扉を開けようと試みるが、ここには鍵がかかっている。しかも内側からだ。

 

「十番隊隊長の日番谷冬獅郎だ、緊急故に門を開けて頂きたい」

 

内側から鍵がかかっているのならば、中に人がいるのは確かな事だ。日番谷は中の者へ問いかける、だがその扉を守るように網目を作るように刃が現れ扉を塞ぐ。

 

「…仕方ない、離れてろ」

 

そしてそれを見た日番谷は少し考えると自身の斬魄刀を引き抜く。

 

「ちょっと隊長!?」

 

松本が制止の声をかけるもそのまま日番谷隊長は扉を防御壁ごと破壊する。なお、萩風はどこ吹く風と知らん顔している。これがバレたらどうせ彼も罰せられるが。

 

そして斬魄刀を仕舞う日番谷だが、松本も直ぐに違和感に気づく。いや最初から違和感だらけなのだが、今度の違和感は明確過ぎる。

 

「警報がならない」

 

四十六室の扉が突破されたのだ、現世でもし銀行に侵入者が来たならば直ぐに非常時の対策の装置を使えば警察に連絡が行く。それをここでは警報という形で響き渡るはずだが、その音がなる気配はない。

 

「嫌な予感がするぜ…」

 

日番谷がそう呟くと先頭となって中へ入っていく。入って直ぐに異変に気付いたのは萩風だ、その次に日番谷、松本の順に気づく。

 

「馬鹿な…」

 

血の匂いだ、しかもそれはよりにもよって四十六室のメンバーの物であった。

 

直ぐに萩風は検死を始める、と言っても簡単な事しかできないが、死因や状況程度は予想はできる。そして、日番谷隊長達は萩風が居たことで素早く情報を手に入る事ができていた。

 

「死亡推定時刻は…わかりませんが、旅禍が来る前。死因は斬魄刀に切り捨てられた事による…魂魄の損傷です」

 

「そんな前からか!?」

 

その日に四十六室が全滅したのならば、黒幕は何を狙っているかは分からないが日番谷は気づく。朽木ルキアの処刑を早めるのを命令したのは、四十六室のメンバーが死んでからだ。

 

その日から黒幕は動いていた、旅禍の可能性も拭えないがこれは内側からの侵攻の方が納得のいく。何故なら、そうでなければここまで護廷十三隊の内情を理解していないだろうからだ。

 

そんな時である、日番谷は背後からの視線に気づく。

 

「まさか吉良…お前がやったのか!?」

 

そこに居たのは吉良イヅル、護廷十三隊三番隊の副隊長を務める男だ。

 

「萩風副隊長はここで調査を頼む、行くぞ松本!」

 

彼が何かしら関わってる可能性が高い、日番谷は松本を連れて直ぐに追いかけ四十六室を出て行った。

 

☆☆☆☆☆

 

日番谷隊長が怪しいかもしれないと思って付いて行ったら、四十六室の人達が死んでた。マジでヤバイよな?さっさと抜け出したいんだけど、今すぐに助けを呼びたいんだけど!

 

卯ノ花隊長助けてください!

 

そんな事を思いながらしっかりと任された仕事やるんだからなぁ…はい、斬魄刀で切り裂かれて死んでます。以上、助けを呼びに行こうかな。

 

もう嫌だよぉ〜、女の子の処刑を見たくなかったけどこんな死体の山見たくなかったよぉ〜…一応、抵抗した痕跡はあるな。マジでそんくらいよ、特にできることないって〜…

 

そんな事を思いながら振り向くとそこには一人の死神が居た。

 

「雛森副隊長、何でそこ…あー、日番谷隊長が好き過ぎてもストーカーは良くないぞ」

 

「ち、違います!!」

 

いつから居た?彼女は日番谷隊長の結界で守られていた筈だ、いや脱走したんだろうな。霊圧を消すのも訳ないか、彼女は鬼道の天才なんだから。

 

残念ながらまた彼女を追い返さないといけないみたいだわ、女の子に刀とか向けたくないんだけど!また日番谷隊長のネタで攻めてやろうか?少し顔赤いし、たぶん自暴自棄とかにならなければ無傷で終わりそうだ。

 

「止まってくれ、俺も君をあんな形で何度も倒したくない」

 

「やめてくださいよ!?私もそろそろ怒りますよ!?」

 

彼女だってわかってるだろ、俺は同じ副隊長でも俺の方が強いのを。斬魄刀の破壊力は彼女が圧倒的に上でも、俺の斬魄刀との相性は悪いからね。卍解を超えた力を使えない君じゃ、俺は倒せない!たぶん!

 

「じゃあ、僕なら倒せるんかな?」

 

ゾワっとした、背筋が舐められたみたいにヒヤリとした。消されていた霊圧が現れ、その感覚と嫌らしい声は忘れられない。俺は油断してない、一箇所しかない出入り口の、雛森さんの隣を通り抜けたのはあり得ない。何故なら、俺は見ていたからだ。

 

「市丸隊長…!?」

 

彼の斬魄刀の能力的に、最初からここに居たって事だ。最初から、四十六室に居たって事だろう。

 

彼の斬魄刀の能力は斬魄刀の刃の伸縮を自由にできる能力だと聞いてるし、そんな彼と間合いは然程意味をなさない。

 

冷や汗が流れる俺をよそに、市丸隊長は雛森さんへ声をかける。

 

「雛森副隊長は奥で待ち人がおるで、君も会いたい人や」

 

それを聞いた雛森さんは俺の横を通り抜けていく。なんで止めないのかって?そんな隙を見せた瞬間に市丸隊長に殺されかねないからだよ、明らかな敵意がその目にやどっちまってる。

 

てか雛森さんの会いたい人?俺の知る中だと藍染隊長くらいだが、彼女の両親とか親友…とかもあり得る。でも、一番可能性が高いのはやはり藍染隊長だろう。

 

日番谷隊長は外だし、違うよなぁ…

 

「市丸隊長…四十六室を騙っていたのは貴方ですか?」

 

日番谷隊長を離した時点で、彼は白だ。黒の予想もしてたから付いてきたけど真っ黒なのは藍染隊長と市丸隊長かよ、最悪過ぎる。俺じゃどうにもできない、卍解使ってもまだ見ぬ卍解・改弐で殺されるだろう。

 

日番谷隊長、卯ノ花隊長…助けてください!!

 

俺は戦う為に来てないから!雛森さんの敵っぽい人が俺より強かったら他力本願するところだっただけだから!

 

「いや、僕は何も。ただ…僕はここに来ただけや。萩風副隊長もそやろ?」

 

故に俺にできるのは雛森さんの霊圧を感じて無事を祈り、この人と戦闘しないようにしなければならない。

 

「…雛森さんを、どうするつもりですか」

 

「あーそやね…もう、終わったって言うたらどうする?」

 

え?…っ!?今、雛森さんの霊圧が消えた!?それと同時に、奥から見覚えのあるイケメンがやって来る。メガネとその隊長だけが羽織るそれは、間違いない。

 

「やぁ、久しぶりだね。萩風副隊長(はぎかぜふくたいちょう)

 

藍染隊長、だがそんな事を気にしてる暇が無い!直ぐに二人の横を通り抜けて奥へと走り抜ける、そして…

 

「君の腕なら助かってしまうね、バラバラにした方が良かったかな?」

 

血の池に沈む雛森さんを見つける、状況からして藍染隊長がやったのだろう。見たところ、斬魄刀も抜いてないし抵抗の跡がない。不意打ちで、やりやがった!まだ意識はギリギリ残っているのだが…

 

「良かった…シロちゃんが、悪い人じゃ…なく…」

 

そう言って、雛森さんは意識を手放した。

 

藍染は信用していたが、日番谷隊長も信用していた。どちらも信用していたから、藍染から真実を聞きたくて会いたかったわけか…ふざけてんな。

 

(おく)()せ 『天狐(てんこ)』!!」

 

俺はすぐに斬魄刀を解放する、現れたのは普通の刀の背に9本の小刀のようなものができる。これが俺の始解だ。

 

「それが、君の斬魄刀か。見るのは初めてだ」

 

俺の斬魄刀の能力は幻影を作り出す事。動かないならば人の幻影も作り出す事もできるが、主だった用途は景色を偽る事だ。

 

霊圧すら偽れる、だが景色が揺れ動くので幻影になってるのが相手にも分かってしまうという弱点もある。まぁ全体的に揺れてて最初から偽ってるのをバラすのだが、そこでいきなり動けというのも難しいだろう。

 

直ぐに俺が作り上げるのは偽りの陽炎、俺が刀を構えて固まっているのと倒れた雛森さんの幻影…俺は俺を偽れる、雛森さんも霊圧が消えかけているのでそのまま作れる。他人と全く同質の霊圧の偽装とかできませんよ。

 

正直、こんなのは子供騙しにしかならないだろう。しかし、圧倒的な初見殺しになるはずだ。そこに隙ができるはずだ。

 

それですぐに二人の真横を抜けて逃げ…っ!?

 

「ほぅ…雛森くんを抱えて避けたのか、流石は卯ノ花隊長の右腕だ。幻影(ダミー)もよくできてたよ、危うく見間違えそうだった」

 

俺の左肩から血がドバドバと流れ出て来る、こいつ今の一瞬で斬りつけて来やがった!てか俺もいつ抜刀したのかも、斬りかかって来たのかもわからなかった。超高速とかそんなレベルじゃねぇ、斬魄刀の能力か?

 

これが…隊長格の力か!?

 

「瞬歩は中々速いじゃないか、遅ければ楽に逝けただろうに」

 

結局、出口に辿り着けない。2人の隊長が行く手を阻む。

 

でも今は雛森さんの治療を優先だ、俺の肩も敵の能力も後回しにせざるをえない。

 

ヤバイ、隊長が2人とか…勝てる気が微塵もしないわ。

 

「藍染隊長…流石は隊長格だ。抜刀の瞬間すら見えなかったよ」

 

「君の方こそ、副隊長として十分過ぎる実力だ。だが、この程度ではあるまい」

 

「…あぁ、やっぱり始解じゃ隊長格2人を相手できないよな」

 

と言っても俺が打てる手はあれだけだ、それを使えば逃げる時間を稼げる…と信じたいけど、雛森さん抱えては厳しいかな…

 

でも、やるしか無いよなぁ…

 

覚悟を決めるか。

 

「残紅に跪け 卍解」

 

そして、俺の斬魄刀は真紅に染まっていく。



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11話 この日ほど、呪いたい日はないと思う…②

あの死神の斬魄刀…天狐のもう一つの卍解は、まさしく鬼神だった。俺とまともにやり合える…いや、あの状態の俺を圧倒する死神が存在するとは、思いもしなかった。

そして、それでも全力を出していない奴が、鬼神を超える存在になれるとは思いもしたくなかった。


現虚圏統治者 元第4十刃 ウルキオラ・シファー


「残紅に跪け 卍解(ばんかい) 陽炎天狐(かげろうてんこ)

 

俺は彼女を背負いながら、斬魄刀を解放する。

 

俺自身の装束が紅色に変わる変化が現れている、次に俺の斬魄刀は柄も刀身も真紅に染まる。紅玉のような赤い鉱石でできたような、斬魄刀だ。

 

なお斬魄刀そのものは普通の刀の形となる。あと炎熱といっても、今必要なのは破壊力ではない。見せるのはまやかしだ。今から俺が使うのは、逃げる為に使う技だ。

 

炎周(えんしゅう)九十九提灯(つくもちょうちん)

 

そして、俺の周りは森の中にある街道の雰囲気を醸す別空間へと姿を変える。そしてそこを円のように、提灯が並んでいる。

 

「殺してでも、押し通る」

 

「あまり強い言葉を遣うなよ、弱く見えるぞ」

 

余裕を見せる藍染だが、その隣には

 

「っ!?」

 

もう一人の俺が切りかかっていた。ギリギリで避けられたが藍染は驚いている、そりゃそうだ…100人も俺が現れたら驚く。

 

「卍解を使えば10倍強くなるって話だが…単純に考えたら、俺は100倍に強いわけだ」

 

九十九提灯は天狐の進化能力、術の範囲もそうだが俺は俺自身の分身を、虚像であるが作れるようになる。だが実像を伴う虚像だ、全てが俺であり(まやかし)だ。

 

そこに8人の俺が一斉に、上下左右前後から襲いかかる。全てを避ける事は、不可能だ。

 

「…ぐ、まさか…この私が…」

 

そして、藍染に全員が襲いかかる。避けきれなかったのか、何箇所か切りつける事もできた。これでしばらくは自由には動けないはずだ。

 

もちろん、市丸にも10人配置して警戒している。本人に動く気配はないが、それでも警戒を解くつもりはない。

 

そして、その間に俺は2人の間を抜けて逃げさせてもらう!

 

あくまでも俺は倒すつもりも、必要も無い。このまま逃げて、逃げて……

 

 

 

 

……待て、俺の攻撃程度で隊長格を倒せる?俺の卍解程度で、ダメージを負わせることが可能なのか?

 

「っ!?」

 

そこで俺は注意を最大限に高める、どこから攻撃が来るか…わからないからだ。この程度で、隊長が倒せるはずがない。

 

「…実に、興味深い技だ」

 

倒したと思わされた藍染は、そこには居なかった。

 

「ぐばっ…!?」

 

そして、俺の渾身の卍解はあっさりと打ち砕かれた。

 

「いつの間に…そこへ…」

 

気づいたら、藍染は襲いかかった俺の分身、そして市丸に対応していた分身を全員切り殺していた。全員、一撃で屠られている。

 

「驚く必要は無い、副隊長に甘んじていた君との差なんてわかっていた事だろう?」

 

俺の卍解には明確な弱点が実はある、それはどの虚像を攻撃しても本体である俺へダメージが反映される事だ。そして一撃食らった虚像は消え、提灯も消える。また、倒れた虚像は提灯に再点火…もう一度卍解してリロードされるまで復活しない。

 

このままではヤバいが、俺は出来る手を打つ。分身を集めて藍染を囲うのだ。

 

縛道(ばくどう)の六十一 六杖光牢(りくじょうこうろう)!!」

 

破道(はどう)の六十三 雷吼炮(らいこうほう)!!」

 

6つの光の杭が打ち込まれる、そしてそこへ雷の咆哮が襲いかかる。当たった、奴の動きはなかった。六〇番台の鬼道、当たったならば無傷ではないはずだ。

 

「ぐっ…また、どこに隠れてた!?」

 

しかし、そこに奴は居らず鬼道を使った俺をまた全て切り捨てていく。

 

数の利を得るのがこの卍解の最大の特徴、なので数の利を簡単にひっくり返せる程度の力しか持たない。しかし俺が押されてるのが、なぜなのかわからない。

 

この能力は実体を持つ瞬間を切り替えられる、攻撃時に実体を持っているがそれ以外は基本的に虚像だ。

 

なのに切り捨てられていく、藍染の位置を把握してるのに把握できていないからだろう。

 

藍染を貫いたと思ったら、そこには居ない。隣で実像である虚像の俺を刺している。

 

そして彼はまた、隣に居た。実体の俺の隣だ。嫌な予感がした、そんな俺にできたのは回避ではなく雛森さんを虚像へ投げ飛ばしてこの攻撃の範囲外へ離すことだけだった。

 

そして周りにいた分身へ襲いかかるように指示をするが…

 

「破道の九十 黒棺(くろひつぎ)

 

黒い箱が俺を覆い尽くしていく。

 

「がっ…」

 

重力の奔流に包まれ、引き裂かれた俺の体から血がまた抜かれていく。当然だが、本体である俺は虚像になれない。だから来るとわかっていても攻撃を避けられなければくらう。更に嫌なことに、棺には俺を含めて実像の俺が7人もいた。7倍の威力の攻撃を受けてしまった。

 

いや、そんな事を言ってる場合じゃない…今はダメージ量を考えるな。でも…あ、死ぬかも。

 

九〇番台、詠唱破棄。卍解も使わずに卍解を破る、これが隊長たる所以…今の俺じゃ足元にも及ばない。気づけば、卍解は解除されていた。

 

「はぁ…はぁ…ぐ、が…」

 

もはや命すらヤバい状況だ、隊長格とはここまでの怪物とは想像してもできていなかった。卍解を使えば何とかなるかもしれない?逃げれられる時間を稼げる?甘過ぎる考えだった、俺自身は気づかぬ間に自惚れていたのだ。

 

どこかで満足していたのだろう、だから敗れた。

 

奴は俺に副隊長に甘んじていたと言っていた、俺には副隊長という席すら重たかったのか…?まだ、副隊長の器に足りないのか?

 

というか、藍染隊長の能力がまったく読めない。自分との差があり過ぎて、測定できない。

 

俺には一応だが、まだ手札はあると言えばある。だがここには雛森さんがいる。巻き込むリスクが高過ぎる。

 

「素晴らしい力だったよ、萩風副隊長。だが怪我人の治療をしながら、彼女を庇いながら戦うのには相手が悪かった」

 

藍染が斬魄刀を俺に向ける、避ける余裕は無い。

 

「瀕死の彼女をそこまで回復させるとは、一対一では……少し、面倒だったかな」

 

そんな絶体絶命の時だった、背後から軽く身震いするほどの研ぎ澄まされた霊圧と怒号が聞こえたのは。

 

「藍染、市丸!!」

 

そこに居たのは今一番来てくれる可能性が高く、頼もしい隊長。

 

「日番谷隊長…」

 

日番谷冬獅郎、松本さんは居ないが彼が来てくれたなら俺と雛森さんが逃げる時間を稼げる。

 

「遅れてすまない…萩風副隊長、雛森は助かるか?」

 

ボロボロの俺に声をかけてくれるが、俺の心配もして欲しいです。

 

「…藍染に負けたら、意味ないですよ」

 

「すまない…任せるぞ」

 

すぐに日番谷隊長は俺と雛森さんを守るように2人へ立ち塞がる。俺も本当なら助太刀したいが、やっぱり重症の雛森さんを治すのには時間がかかりそうだ。

 

え?回道得意なんだろって?すぐに治せと?内臓の再組成って結構難しいんだかんな!

 

そして、俺の体もヤバいんだよ!!でも、雛森さんの方が命的にはやばい!

 

☆☆☆☆☆

 

既に、日番谷冬獅郎は斬魄刀を引き抜いていた。

 

「藍染、市丸…いつからだ、いつから雛森を…俺達を騙してた!」

 

冷気が雛森と萩風の近くを除く辺りを支配する、その斬魄刀の名は氷輪丸。氷雪系最強の天候すら操る斬魄刀である。

 

「別に誰も騙してないさ、ただ誰も本当の僕を理解できていないだけでね」

 

にも関わらず、藍染と市丸には緊張感をカケラも感じられない。それは更に日番谷の頭へ血を上らせてしまう、隊長としての…護廷十三隊としての誇りを傷つけられたのもあるが、日番谷はどうしても納得のいかないことがある。

 

「雛森はお前を、お前に憧れて五番隊に入ったんだぞ!その気持ちを踏みにじったお前は…!!」

 

雛森桃は藍染惣右介に命を救われ、憧れて護廷十三隊の五番隊に入隊した。萩風と共に誕生日の贈り物を選んだり、副隊長を目指したのも彼に少しでも近付く為だからだ。

 

「日番谷君、後学のために一つだけ教えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

憧れは…

 

理解から最も遠い感情だよ

 

だが、その一言で直ぐに理解する。日番谷の怒りが頂点に達した瞬間であった、直ぐに霊圧を解放し持てる力の全てをさらけ出す。いや、正確には全開ではない。なぜなら萩風達を巻き込むわけにはいないからだ、現段階で出しても良いと考えた全力だ。

 

霜天(そうてん)()せ『氷輪丸(ひょうりんまる)』!!…っ!?」

 

だが、それは叶わなかった。

 

「済まないね、そろそろ時間切れだ」

 

卍解を使おうとした日番谷隊長は血を吹き出しながら倒れる。いつの間にか目の前に居た藍染は、背後にいた。

 

「日番谷隊長っ!!!」

 

直ぐに萩風が治療に向かおうとするがそれはできない、何故ならばもう藍染の標的は彼ではなくなってしまったからだ。

 

「さてと…今度こそ君かな。あの卍解は僕でなければ善戦できただろうね。でもまさか君が私の企みを見抜くとは思いもしなかった、偽装した死体にでも気づいたのかな?」

 

萩風にはその一連の流れが見えなかった、瞬間移動をしたように移動した藍染によって日番谷がやられた事しか理解できていなかった。

 

「偶々だ」

 

故に、今は何処から来るかわからない攻撃に備える他無い。雛森の回復も何とか死にはしないレベルにまで回復させたが、治療が終わってるわけでは無い。もう一度か二度、刺されたら死ぬレベルなのだ。

 

「嘘は良くない、偶々ここに来る死神なんて1人として居ないんだからね」

 

萩風は片手で斬魄刀を、片手で雛森を抱えるがどちらに分があるかは明らかである。

 

藍染がゆっくりと萩風の方へと歩を進める、萩風がもはや打てる手は一つしかない。最後の抵抗だが、これしか無いのだ。

 

「藍染、いつ俺が卍解を見せきった?」

 

「ほぅ…」

 

瞬間、萩風の霊圧が爆発的に上昇する。それに藍染は少しだけ驚き、その後ろにいる市丸は目を見開いている。

 

「もう四十六室の奴らは皆殺しにしたんだろ?俺が倒れたらどうせ二人も殺される。あんたの位置を把握できないなら、ここら一帯を吹き飛ばせばいい」

 

先程は逃げる為の戦いだったが、最早逃げる事なぞ不可能だ。

 

ならばと…彼は斬魄刀を片手で構え、全ての霊圧を収束させていく。今までの力が散布する能力なら、これは収束し一つとなる能力だ。

 

そしてもう一度、陽炎天狐を発動させる。

 

「卍解…!?」

 

だが発動できない、藍染はそれに関わらず距離を更に縮める。萩風はなぜ卍解ができなかったかを最初は理解できなかった。

 

「ちょっと、麻痺してたかな…この傷じゃ、厳しいか…」

 

だが瞬時に理解する、自分が卍解に堪えられないだけの傷を負っていた事に。傷の深さが、見た目より酷いことに。いつもは極限状態で行われる修行を基本にしてはならない、今の傷は修行の時より重く深く、卍解に堪えきれない。

 

そう斬魄刀に判断されたのだろう。

 

「お待ちなさい」

 

だがその静寂の雰囲気を破って2人の死神が現れる。それを予期していたのか藍染に驚きは無い、しかし萩風は振り向かずに霊圧を感じ取って目を見開いている。

 

「これはこれは、卯ノ花隊長。そろそろだとは思っていたよ。優秀な部下をお持ちでしたね。振り向いた瞬間に殺すつもりだったのですが」

 

「卯ノ花隊長、虎徹三席もか…?」

 

萩風は斬魄刀を構えながらも隣へ降り立つ彼女らを今度は目で確認する。

 

「萩風さん、直ぐに治療します!」

 

すると虎徹は真っ先に萩風と雛森の元へ向かう、止血すらしていなかった萩風の死神の装束は真っ赤である。それはかなり危ない状況である、赤い血は酸素が含まれた物だ。このまま垂れ流していたら死んでいた、それ程までに危ない状態であった。

 

しかし、雛森副隊長も重傷ではあるが命に別状は無い。この状態ですら回復させた萩風に感服しながらも虎徹は萩風の治療を続ける。

 

そしてまた、新たな戦いが始まっていた。

 

☆☆☆☆☆

 

卍解しようとしたらできなかった、いや忘れてたわ。俺の左肩とか…てか全身を思いっきり切り裂かれて体から血が噴射してたの。いや、雛森さんの方が重傷だったし、仕方なくない?アドレナリンがドバドバで気づかなかったんだけど、天狐ちゃんが意図的に阻止したのだろう。

 

今やってたら死んでたと思うわ…でも、一安心できるかな?卯ノ花隊長は鬼強い。あ、でも他の隊長は神強い人ばっかだろうし…あ、ダメだ。おれの頭が回らん、血を流し過ぎたな。

 

「藍染隊長…いえ、もう隊長ではありませんね。罪人、藍染惣右介」

 

「流石だよ、卯ノ花隊長。偽装した僕の死体に、僅かな違和感を感じるとは…よくここがわかったね」

 

「あれ程精巧な死体の人形を準備したあなたが隠れるなら、ここが最適なのはわかります。最近の四十六室の動向に不自然な点も多かったのですから、自明の理です」

 

なんか話し合ってる、よくわからんが藍染隊長が黒幕って見抜いてきたらしい。流石は卯ノ花隊長だ、他に援軍がいないのは心細いけど…

 

「惜しいなぁ…二つ間違えている。僕は隠れていない、そして…これは、人形なんかじゃない」

 

っ!?急に藍染隊長が二人に…いや、正確には藍染隊長が藍染の人形を持っている。でも、いつの間に取り出したのだろうか?二人を見てみると、どうやら二人にも見えなかったらしい。

 

(くだ)けろ 『鏡花水月(きょうかすいげつ)』」

 

そして人形は光の塵となって砕け散ると、藍染の手には斬魄刀が握られていた。

 

「僕の鏡花水月が有する能力は完全催眠、術中に嵌めた相手の五感全てを操り、全てを偽る能力だ」

 

…あれ、俺の能力の完全上位互換じゃね?藍染隊長の始解は見た事があるし、実践して見せ…あ、仕込まれたのか。副隊長全滅じゃん、てか隊長も恐らく全滅してるじゃん。てか日番谷隊長が本気出す前に倒してるじゃん、不意打ちとかえげつな…ん?

 

あれ、こいつ勝てんの?



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破面篇
12話 彼の日記と親衛隊


え?あいつ霊王やってるの?

現在は隠居中の先輩


○月×日

 

いやー、酷かった。今回良かったと思うのは…処刑されかけた朽木ルキアさんが旅禍に助けられた事かな?

 

まぁそれに…重傷だったけど、死人は俺を含めて居なかったよ!

 

藍染惣右介、東仙要、市丸ギンの三人が護廷十三隊を裏切った。あの後はなんかよくわからん紐みたいなので転移してた、時間無いとか言ってたしな。

 

まぁ卯ノ花隊長が来たおかげで俺は何とか殺されないで済んだ、雛森さん達も回復が早かった。

 

しかしヤバイな。なんか崩玉って奴の解放に1年かかるからまだ動かないらしいけど、とんでもねぇな…隊長を超えた力を手に入れようとしてんのか?

 

まぁ、今の俺には然程関係ないかな。

 

今問題なのは…三番隊と五番隊と九番隊の隊長が居なくなった事だ。

 

だからって総隊長、俺を隊長にしようとしないでくださいよ。

 

○月×日

なんだよ決闘って!ふざけてんのかクソジジイ!!

炎熱系最強って噂ぐらいは聞いたことあんだぞ!?勝てるわけねぇだろうが!!

 

ぐっ、仕方ない…ここは雀部さんに説得してもらおう。

 

○月×日

 

雀部、貴様…謀ったな!?俺がなんで貴方と戦うんですかい!?

おい、天候操るとかずるいだろ!え?私に勝てたら隊長にならなくていい?いいだろう、全力で叩き潰す!!

 

友の眼を覚まさせるのも、友である俺の仕事だ!

 

○月×日

 

とりあえず隊長にはならずに済んだ、始解と剣術だけで雀部さんの卍解を破れた。でも何で卍解・改弐を使ってこなかったんだろ…まぁ使われるかもしれなかったからさっくり倒したけど。

 

え?念願の隊長だろって?断らなくてよくないって?

 

俺が固辞したのには理由がある、藍染惣右介に俺は何もできずに倒された。

 

このまま隊長を名乗っても「斬魄刀を解放しきれてない古参の新隊長(笑)」とか「後方支援の隊長より弱い隊長(驚)」って言われるに決まってる。

 

卍解を超えなければならない、だから現世の哨戒だったかな?日番谷先遣隊も辞退した。俺が隊長になってたら萩風先遣隊になってたかな…危なかった、いきなり仕事とか押し付けられそうだったわ。

 

とりあえず、その任務も雛森さんのカウンセリングを理由に断ったよ。雛森さん藍染の事すっかり忘れて切り替えてるけど、日番谷隊長の顔が見れないとかで仕事に支障が出てる。

 

今はゆっくりと名前を聞いてもショートしない練習中だ、次は雑な肖像画、その次は声を録音して聞かせ、その次に鍛錬中の汗の滴るいい男である写真を見せて行く予定だ。

 

なお、まだ先は長そうである。大丈夫かなぁ……

 

○月×日

 

自分を追い込む、めっちゃ追い込む。俺は死にかけた時に卍解できなかった、卯ノ花隊長達が来なければ死んでただろう。

 

だから、今は死にかけた状態で卍解をする修行をしてる。かれこれ100回ほど生死を彷徨ってるが、まだ卍解を超えることはできない。

 

凡人の俺にはここが限界…とは、決め付けたくない。努力を止めた瞬間に成長は止まる、ならばこのまま努力を続けていくつもりだ。

 

卍解・改弐の道は、果てしないな……

 

○月×日

 

卯ノ花隊長に免許皆伝されました。

 

でも、自主練を怠るつもりは無いぞ。隊長格に並べるだけの力、早く手に入れないといけない。

 

あ、最近虎徹さんがチラチラ俺を見てる気がする。なんだろ…まさか、俺を治療できないから治療の練習できなくて不満とか?

 

いやいや、卯ノ花隊長の稽古は継続してるぞ。単に俺が怪我しなくなってきただけだよ?

 

○月×日

 

虚圏って場所へ派遣される事になった。

 

井上織姫って子の救助任務で、少数精鋭で向かった。俺は行ってすぐに独断行動が許可されたから適当に治療者を探してみた。

 

道中で俺は「死神代行が居るよ!」って、なんか変な鼻水垂らした虚に聞いて天蓋って場所に行った。天蓋って閉鎖空間だからかな?霊圧感じなかったわ。だから気づかなかったけど、入ってみたら死神代行が死にかけ…いや、胸に穴空いてたな。

 

こいつ死んでたな。他にも旅禍だった女の子と眼鏡が居たけど、助かる可能性がない奴を助ける余裕は無いからな。回復できそうな女の子に死神代行をとりあえずは任せた。

 

で、そこのNo.4の奴と戦闘する事になった。途中で何かパワーアップして悪魔みたいなのになったから卍解して倒した。虚と戦うの何気に初めてだったわ、強かった。

 

でもこいつの上に三人も居んのか…副隊長じゃ勝てないだろうな。

 

あ、その後に死神代行が…なんだろう、虚になった。そう表す他に無いんだよね。俺が瀕死にして治療してる虚を殺そうとしてきたから返り討ちにしといた、卍解で倒せたから良かったわ。そしたら骨みたいなのがボロボロ取れて元の人間になってた。

 

まさかこれが卍解・改弐に至る為の鍵か?そんな事を考えながら適当に三人を治療して下ろしといた。虚も卍解ぽい事してたし、でも体の中に虚入れたくねぇなぁ…

 

あ、その後?その後はボコボコにし過ぎた虚の治療やってた、降りて気づいたら卯ノ花隊長と死神代行が居なかった。

 

他の隊長とかとっくに仕事終わらしてたわ。で、そのまま普通に尸魂界に帰ったな。

 

あー、大変だった。

 

○月×日

 

速報 藍染惣右介 逮捕!

 

死神代行と隊長達が倒したらしい、市丸ギンは藍染を殺そうとして返り討ち、東仙要は藍染に普通に殺されたらしい。

 

え?そんだけかって?そんだけだよ、知らねぇよ!副隊長でもなぁ!知り合いとかツテがあるわけじゃねぇんだよ!!

 

まぁ、隊長格を総隊長含めて相手したんだから当然の結果だろうね。

 

隊長たちはやっぱ強いなぁ、俺も頑張らないとなぁ…

 

○月×日

 

溜まった有給消化してきます、俺が隊長に至る為に…卍解を超える為に、生死をかけた本気の修行してくる。

 

○月×日

 

久々に帰ってきたら隊長とか一新してたな、よし。

 

あ、別に…隊長に無理矢理させられるのが嫌だったから逃げたんじゃないよ?そ、そんな気持ちは……少ししか無かったからな!

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

女性の死神の数は少ない、だがそれでも一定数は在籍している。

 

その中でも大多数の女性の死神が所属している、秘密の会がある。

 

【萩風親衛隊】

 

四番隊の副隊長である萩風カワウソの、ファンクラブである。

 

萩風は確かに、イケメンではない。むしろ平均かそれより下である、だがここに在籍する死神は彼を顔で判断していない。

 

顔がタイプという者も勿論居るし、声が好きという者も居る。

 

だが最も彼に惹かれているのは謙虚であり、誰にでも対等に接し、規律は守り、正義感の強い死神である事。つまる所、規範となるべき死神だからだ。

 

例え怪我を負っても大したことは無いからと治療を拒む女性の死神に対しても、怪我の大小に関わらず「確かに、動く分には問題無さそうだもんね」と彼はまず肯定を示した。しかし博識な彼は様々な事象やリスクを説明し、簡単な健診だけは行なうのだ。

 

結果的に魂魄に響く程の重傷でも、それに対して「え、予想外な…んっ、ん!…残念ながら、俺の予想の通りだな」と完璧な処置を行い無事に日常生活へ戻している。

 

彼はどのような時でも、全力なのだ。

 

そしてこの会は、そんな直向きな姿に心を打たれた者たちによって作られたのだ。

 

会長を務めるのは彼の弟子であり、四番隊では卯ノ花隊長に次いで萩風に近い者。

 

虎徹勇音である。

 

現在は定例会が行われており、各部隊の代表(理事)が会議を行っている。

 

しかし、これを見ていたらこう思う人もいるのではないだろうか。

 

このような会を開き、萩風へどのように接し、どの程度なら話してもいいのか。そんな本人とはまったく関係しないところでの決定をしてるのではないか?と。

 

周りを牽制するようにしていたら、嫉妬や誹謗の言い争いに発展してしまうのでは無いかと。

 

だが安心して欲しい、この会は別に萩風に対してのルールを決める会では無い。

 

「会長、萩風様と最近はどうなのでしょうか!」

 

「会長、また日和ったんですか!?」

 

「会長、このままではまた進展がありませんよ!」

 

「で、でもぉ…」

 

会長の恋路を応援する会である。元々はこのような会では無かった。最初は本当にファンクラブから始まり無秩序が秩序の萩風ラブの集まりであった。

 

しかし、そんな時に萩風に対して不快な事を申した死神が居た。内容を簡単に纏めれば「かっこつけたがり」や「どうせ男は下半身に素直だろうぜ!」などだ。

 

その時は皆も実際には上手く反論できなかった、何故なら彼について何も知らないから。一方的な偶像を押し付けていたからだ。

 

だがその時に居合わせた虎徹勇音はこれを真っ向から全て否定、完膚無きまでに言い負かす。その時に萩風へ好意を抱いていた死神達は気づく、彼に相応しいのは…いや、彼女レベルでなければ彼の隣に居てはならないのだと。

 

またその文句を言ってきた男の死神だが、今は改心して女の子になる程である。

 

以来、この会は会長の恋路を応援する会へと変わったのだ。

 

「特記戦力だった雛森副隊長が消えたとはいえ、会長も油断はできませんよ。今は殆ど横並びとは言え、会長も次の一手を打たなければなりません」

 

男の声であるが、今は女の子の幹部が言った言葉に「それは、わかってるのですが…」と、覇気が弱い。元々彼女は内気な性格だ、あまり上に立って皆を引っ張って行くのが得意では無い。

 

だが、引っ張り上げられ、押し上げられる才は誰にも負けない。

 

この会は自身に進展が無いのをわかっているからこそ、彼女は参加している。

 

「私じゃ…萩風さんと、釣り合うかどうか…」

 

そう言って気弱になる会長、だがいつもの事なのか理事たちはそのまま会議を続ける。

 

「さりげないボディタッチはどうだ?」

「師弟関係じゃ効果は薄いんじゃないか?」

「確かに、現に今までも…」

 

「新しい甘味処の無料券は?」「あそこは特記戦力もよく利用する、リスクが高い」「自室でのデートプランは?」

 

「萩風様に剣術の指南を受ければ?上手くいけば…」「あの人の剣術、何秒耐えれると思う?時間が足りんだろ」

 

「あの人の彼女暦を調べて、傾向を…」「駄目ですね。かなり巧妙に隠されてます、可能性の断片すら拾えないとは…」

 

「いっそ押し倒して…」

「一瞬で気を刈り取られるぞ」

 

その後も会議は続いたが、結局進展はなかった。

 

会長の恋を実らせる事はできるのか、それは誰にもわからない。




特記戦力
それは萩風と何かいい雰囲気を醸し出す女性の死神達の中で、最も会長の恋路を阻む可能性の高い者達の事を畏怖を込めて呼称されている。

1.松本乱菊
もっとも最近に警戒人物として登録された死神。
胸部装甲が厚く、人当たりも良い副隊長。彼の回道の力や自己犠牲をしてでも諍いを止める態度を見てから尊敬し始める。

2.伊勢七緒
斬魄刀を持たないというコンプレックスを抱いていたが、萩風が斬魄刀を物にするのに100年かかったのを笑い話のように話してから気が楽になる。この中では比較的に脅威度は低い。

3.卯ノ花烈
特記戦力筆頭、一緒に行動しない方が少ないと思うほどに萩風と共に居る。彼と鍛錬をしてる間は本当の意味での笑顔を見せている程に心を許している、いつでも萩風を籠絡できるので常に警戒している。

4.砕蜂
二番隊の隊長。同副隊長の大前田とは真逆の性格と凛とした態度、そして規範を守る心構えと振る舞いから尊敬されている。彼を隊長に最も押し出したい人物であり、萩風からは敬遠されていると自覚してない。


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13話 最強の副隊長

滅却師の生き残りは…元星十字騎士団では僕を含めて四人だけど、なんで生きてるか僕もよくわかってないよ。

滅却師 石田雨竜


隊長になるのには、条件がある。

 

最低限の条件が、卍解の習得だ。更木剣八という例外はあるが、原則としてこれをクリアしなければ隊長にはなれない。

 

そして隊長になる方法なのだが、その方法は三つある。

 

一つ目は、総隊長を含む隊長3名以上の立会いの下に行われる「隊首試験」に合格すること。

 

二つ目は、隊長6名以上の推薦を受け、残る隊長7名のうち3名以上に承認されること。

 

三つ目は、隊員200名以上の立会いの下、現隊長を一騎打ちで倒すことだ。

 

そして新たに追加された四つ目がある。

 

四つ目は、総隊長が選ぶ死神、もしくは総隊長から決闘を申し込まれ敗北した場合、強制的に隊長となる。

 

☆☆☆☆☆

 

「…雀部さん、どうしても戦わないといけないのか?」

 

2人が居るのは無間、1分の間も無く閉ざされ無限にも広大な場を有する場所。本来ならば、簡単には使用許可の下りない場所だ。

 

だが、総隊長命令であればここの使用は認められている。

 

「愚問ですな、私は元柳斎殿の命を受けて貴方を…萩風副隊長を倒します」

 

そして、総隊長である山本元柳斎重國はここの使用の許可を出した。

 

「…俺に隊長は、荷が重い」

 

萩風の言葉に嘘や偽りが無いのは少ない時間でも茶を酌み交わした雀部にはわかる、だからだろう。彼に少しでもやる気を出させる為にこう言った。

 

「…では、こうしましょう。私を倒せたなら…隊長にならない様に私が進言いたしましょう」

 

この提案は総隊長からの命令ではない、雀部に命じられたのは萩風の実力の確認も兼ねてある。彼が隊長に推薦されるのは初めてでは無い、以前は日番谷に譲っているがその時も「まだ、荷が重いです……今しばらく、お待ち頂きたい」と断っている。

 

だが元柳斎の命令は萩風と戦って、彼の実力がどの程度のものなのかを把握するというもの。そして隊長の器ならば、負かして隊長にしろとの事だ。だが隊長の器で無ければ、申し込んだ決闘を決闘中に無かったことにする。

 

では逆の場合では、勝ってしまった場合はどうなのかと問われるかもしれないが。この勝負は最初から簡単に負けるような死神は選ばれない、故に道はある程度決まっている。

 

「わかった…やろうか」

 

萩風も覚悟が決まったのか、隠していた霊圧を露わにする。雀部はその霊圧の高さに驚く、並の隊長と同格だ。しかも、まだ斬魄刀を解放していないにもかかわらずだ。

 

(おく)()せ『天狐(てんこ)』」

 

穿(うが)て『厳霊丸(ごんりょうまる)』」

 

2人は斬魄刀を解放し、直ぐに力をぶつけ合う。厳霊丸から雷の刃が向けられれば、直ぐに萩風はそれを受け流していく。

 

萩風が小さな炎の塊を飛ばすと、それを雀部は切り捨てそのまま萩風へと剣を振るう。

 

また萩風が鬼道を使うと、雀部も同レベルの鬼道で相殺する。

 

そしてまたお互いに剣をぶつけ合う。

 

そんな短くも、一進一退の攻防が続いた。

 

「…流石ですな、萩風殿」

 

心からの賞賛だ、雀部はこの短時間のやり取りでいかに萩風の実力が高みにいるかを確認していた。斬魄刀を今まで解放したのは藍染惣右介との戦闘の一度きり、敗北したと聞いていた彼の実力は他の副隊長とどの程度の差があるのかわからなかったが、既に隊長として最低限の力を持ち合わせているのを確認する。

 

これは敬愛する元柳斎によい報告ができると思った雀部であった。

 

「準備運動は、このくらいにしときますか?」

 

が、この言葉で直ぐに身体中がゾワリとしたのを感じ取る。先程までの攻防で雀部は手心を加えた瞬間なぞ片時も無かった、卯ノ花隊長の弟子とは伺っている。だがそれはあくまでも回道における弟子だと、そう考えていた。

 

だが、それは間違いだ。この男…萩風カワウソは、何かが蠢いている。

 

「じゃあ、一気に終わらせましょう。雀部さんの卍解、見せてくれないですか?」

 

雀部の実力は並の隊長格を凌駕している、特に群を抜いているのは間違いなく卍解だ。それを所望される、本来であれば雀部は卍解をするつもりはなかった。

 

これを使うのは総隊長である元柳斎の為に使うと決めているからだ、その卍解を覚えたのは2000年も昔の事だ。だが目の前500年程度の若造に挑むには、これしか無いのも理解していた。

 

「…卍解!!」

 

そして、雀部は霊圧を解放する。

 

黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)

 

上空に向けて斬魄刀から雷が走る、そして上部に1本、下部に11本の帯が伸びた楕円形の雷の塊が現れる。それは斬魄刀を構える雀部の動きに合わせて、その雷の破壊の力は動かされているようで、軽く振って地面が抉れるだけの雷撃が落とされている。

 

「この卍解を見せるのは、元柳斎殿に次いで2人目です」

 

この卍解を元柳斎に使った時は、彼の額に傷跡を残した。それ程の力だ、天候を操る斬魄刀だ。

 

「行きますよ…萩風!!」

 

そう叫ぶと、雷が萩風へ向けて叩きつけられる。放たれた雷撃は地面を大きく抉り消す、当たればダメージは避けられない。それ程研鑽された、斬魄刀の卍解だ。雀部の卍解は、他の副隊長とは比べ物にならない物だ。

 

「っ!?」

 

だが、萩風はその雷撃を避けていた。気がつけば雀部の背後に居る、直ぐにそこへ雷撃を落とすがもうそこには居ない。そして気づく、彼が超高速で動き回っている事にだ。

 

また、動きの軌跡が読めない事に。

 

「雷より瞬歩が速いのが、そんなに不思議でしたか?」

 

そんな事を呟いて来た。嘘だと信じたいが、信じられない。

 

不思議どころでは無い、あり得ない。だが雀部の取れる行動は他にもある。速さを上回るのは想定外だ、ではそれならば避ける事すら許さなければよいのだ。

 

雀部は斬魄刀を円を描く様に振り、そして振り落とす。それに呼応し、雷が雨の様に降り注いだ。無作為で無差別な破壊の嵐、雀部自身ですらどこに落ちるかもわからないほどのランダムな攻撃だ。

 

それは10秒程度の殲滅の光の嵐であるが、確かに降り注いだ。辺りに広がるのは抉れ去った地面の跡が目立つ。しかし、ある一箇所だけ地面へのダメージが無かった。その場所も間違いなく雷が降り注いだ場所だ、だがそこには…

 

「…バカな」

 

無傷で仁王立ちする、萩風が居た。

 

そして次の瞬間に

 

「ぐっ…お見事…」

 

萩風の攻撃が雀部の鳩尾へと叩き込まれた。剣の柄で腹を殴られたのだ、そして斬魄刀を手放した雀部は降参の合図をする。

 

「参りました…どうやって、避けきったのですか?」

 

「あの雨みたいな雷を避けてはいない。ちょっと早く空を切って真空の多重の層を作って逸らしただけで…まぁ、剣術だ」

 

それを聞いて目を見開く雀部、ただの剣術で卍解を防ぎきったのだと聞けば驚かざるを得ないだろう。

 

いや、不可能では無い。なぜなら彼は初代最強の剣の鬼の一番弟子なのだから。

 

「後ネタバラシすると、瞬歩が雷より速いわけがない。あんなのはちょっと始解使って偽って、集中力を削っただけだ」

 

「完敗…ですな」

 

彼の斬魄刀は幻惑の類を用いる妖刀、その力は体感して分かる。この男は、間違いなく隊長の器である。卍解も習得していると考えられるが、彼が斬魄刀を使用したのはたったの2度。

 

逆に…この男を破った、藍染惣右介とはどれほどの怪物なのだろうか?

 

「じゃあ、隊長の話は無しだ…俺になる覚悟ができたときに、誘ってくれ」

 

そう言うと萩風は足早に無間を出て行く、この男は隊長に興味が無いというわけではないのだろう。

 

「まったく…狡い死神だ」

 

雀部はそう呟く事しかできなかった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

俺は何とか隊長を断る事に成功した。副隊長の卍解を相手に始解のみの解放で勝利を収めた。藍染隊長という怪物を相手にした俺からしたら、まずまずの結果だ。

 

今までは隊長との稽古は卯ノ花隊長という俺からしたらマグマ風呂であったが、他の隊長に比べたら温い湯に浸かっていた。藍染という隊長の、太陽のような絶対的な存在と出会ってしまった俺には…やはり次のステップに移らないといけない。

 

しかし、役職を同格にしたからと言って中身は空っぽでは意味がない。

 

だが、彼女は俺が隊長を断ったと知ると四番隊の隊舎へ押しかけて来た。

 

「萩風、なぜ断った!」

 

砕蜂(ソイフォン)隊長、そうは言われても…」

 

二番隊の隊長である砕蜂さんだ、美人なんだが胸部装甲に難がある人だ。俺はこの人を好きか嫌いかで聞かれた場合は、苦手と答えるだろう。え?答え方が間違ってる?細かい事は気にするな、ストレスでハゲるぞ。

 

まぁ、俺がこの人が苦手な理由だけど…なぜか隊長になれ!ってずっと言ってくるんだよね。具体的に言うと、6人の隊長が居なくなった時から言われてる。いやぁあの時は大変だったわ…抜けた所の部隊の各所を回ってカウンセラーとして仕事して来たから。

 

いやぁ、今思うに3,5,9,の副隊長とか席が一番高い人は落ち着いてたなぁ…藍染とかの黒幕の3人だし。逆に砕蜂さんのカウセリングは大変だった…途中で逆ギレするわ俺に隊長をやれやら色々罵倒されて、しかも少し泣き出すし…そん時は女の子とどう接したらいいかわかんなかったので、軽く背中をさすって落ちつかせたな。頭撫でたらセクハラでしょっぴかれる予感がしたからやらなかったけど。

 

あ、100年前くらいのやつだよ。副隊長になったばかりなのに、そもそも斬魄刀を解放しきってないし。今もできてないし。

 

この人は苦手だ、なぜなら俺の事が嫌いだから。俺の事を意気地なしだとかそんな風には思っているのだろう。てかそう言う風に色々と言われたし。美人から嫌われると、心に来るよね……

 

で、今回も3人居なくなってしまったからか…どうやら護廷十三隊の隊長の敷居を下げて俺を無理矢理に隊長にしようとしてると考えられる。

 

「卍解の習得は済んでいるのだろう!」

 

護廷十三隊も人員不足なのだろう、俺がこれだけ修行を続けても身に付かない卍解・改弐は一部の…一握りの天才しか扱えないのだろう。

 

それこそ、数千人に10人程度の…限られた存在にだけ。

 

「そうですよ…卍解しか、習得できてません」

 

だが、俺のモットーは初志貫徹である。なんか最近はやたらとしつこいし。ここで俺の気持ちをはっきりとさせておこう。

 

あ、途中で話逸らして有耶無耶にしてもいいな。

 

確か、ここら辺で……

 

☆☆☆☆☆

 

彼を知るのは、隊長になってからでは無い。もっと前…そう100年程前に6人の隊長が消え…特に自分の上司であり敬愛していた存在であった元二番隊隊長 四楓院夜一が姿を消してしまった時くらいだ。

 

その時の私は裏切り者だと激怒して感情を納得させようとしていた時期だろう。

 

当時の私は4席、だが卍解は習得していたので間も無くして隊長へと昇格した。

 

その時には既に彼は…萩風カワウソは副隊長であった。少しの間だが、同じ副隊長の時期もあった。でも、関わり合いはほとんど無い。

 

なぜならば…回道の腕だけでのし上がったというこの男を、私は嫌いだったからだ。私に兄は5人いた、全員戦死したのだがな。弱肉強食の世界であるこの世で、弱者の塊のような四番隊の副隊長が始解すらできていないという噂に腹が立っていたからだろう。

 

力が無くては守る物も守れない、力が全て。巨悪を倒すのも力なのだ。

 

死神とは戦う集団なのだ、そう思っていたからだろう。

 

この時もそうだ、二番隊の隊長が決まるまでは代理で二番隊を率いていた時に彼は…なぜか、私のところへやって来たのだ。雑談をしに来たと言っていたが、それはただの建前なのだと思う。

 

当時の私は酷く取り乱していた、それは自覚もしているがそれでも上手く表面上は取り繕えていたのだ。

 

執務も任務もこなしてたし、訓練も怠らなかった。何も不都合も無ければ、迷惑もかけていなかった。完璧な死神の規範となるような生活を心がけていたと思う。

 

しかし、彼はいとも容易く「大丈夫ですよ、無理しなくても。砕蜂さんなら、大丈夫です」と不覚にも、関わり合いのないこの男に…心の中を見透かされてしまったのだと感じてしまった。

 

そう言われた時は、この男に言い当てられたのに心の底から嫌悪を感じたので…全力で色々な事をぶちまけたと思う。

 

どこまでぶちまけたかは覚えてないが、それを全て受け止めた上で彼はまた…

 

「我々は護廷十三隊の仲間です、完璧な必要はありません。完璧な心でなくていい、ただそこを補う仲間を信じてあげてください……俺は、貴方を信じます」と言った。

 

その時の彼を見て、私は彼を回道だけの男だと揶揄してしまったのを恥じた。隊長になる器とは……人を見る器なのではないかと。

 

私自身の敬愛する上司であった夜一様は、簡単に何かを裏切る人では無い。何か事情があったのかもしれない、ただ単に一緒に消えた浦原喜助が居たのも気に食わなかったのもあるだろう。

 

この事は100年ごしに和解できたので良かった、そう…勘違いで済んだのだ。だが萩風が居なければ…そのまま、夜一様を手にかけていたかもしれない。夜一様と出会った時は、対話から始めてすぐに事態と事情を理解した。だから、萩風には感謝をしている所もある。

 

そしてこの非常時に、私は彼に隊長になるべきだと真っ先に総隊長や他の隊長達に進言した。彼以上の器は居ない、隊長になるなら彼だと。

 

現に藍染の魔の手から、身を挺して雛森副隊長を守ったと聞いた時は「やはり彼こそが…」と「やっと彼も隊長か」と非常時であるのだが少しだけ心が浮ついていたのかもしれない。

 

だが…悉く断っている。間違いなく、今の死神の中で隊長を務めるべき器は彼なのに、だ。

 

そして今日は遂に納得のいかなさに腹が立ってしまい、大前田も置いて押しかけてしまった。

 

そして…初めて、彼が隊長にならない理由を話し始めるところまでやってきていた。

 

「隊長に必要なのは…持論だけど、覚悟なんだと思うんですよ」

 

覚悟、それは一言で言うのは簡単だ。無論、隊長になるには隊を率いる…200人以上の部下の命を預かる事の覚悟は、隊長ならしているはずだ。

 

私にも覚悟はある。私の考える覚悟とは、護廷十三隊としての規律を重んじ…必ず任務を遂行する為にどんな事をしても成功させる事だ。これは隠密機動ならではの感性なのかもしれないが、そういう物なのだ。

 

「どんな失敗や困難があっても、皆を引っ張れる巨人でなければならないし、皆から寄りかかられるだけの巨樹にならなければならない」

 

隊長とはある意味孤独だ、それは理解している。それだけ頼られるだけの存在にならなければならない事もわかっている。だが、これは力を付ければいいのだ。そう、卍解という境地に達したならば自ずと手に入るもののはずだ。

 

「俺に必要なのは……絶対に安心させるような、そういう存在になるという覚悟が足りてないんです。俺だけでも勝つ、という覚悟が。それがあるか無いか…それが、隊長であって副隊長との差なんだと。それだけは、自分で見つけなければならない」

 

「つまり…覚悟が決まるまで、隊長にならないつもりか?それは違う、隊長とはなるべき者がなるはずだ。私は萩風を…」

 

これを聞いて、私はすぐに反論した。周りから認められた者は隊長になるのだ、確かに卍解を身につけただけで隊長になる事は出来ないが卍解という境地へと至る道のりでその覚悟が手に入るはずなのだ。

 

しかし、彼は……

 

「俺は卍解だけで満足して、隊長にはならない」

 

そう、言い放った。

 

「…狡いではないか、萩風」

 

私もそう呟く事しかできなかった、私は覚悟が中途半端な時に隊長となった。他にやるべき人も、やれる人もいないのだからとやった。

 

だが、彼は自身に厳し過ぎるようだ。他人に甘い癖に、自身を徹底的に虐めている。

 

あの時に私を励まし前を向かせて覚悟を作った男が、酷いことを言うものだ。

 

すると突然萩風は。

 

「砕蜂さんもそんな怖い顔しないでくださいよ、どうです。近くに新しい甘味処ができたらしいですし、ゆっくりお茶でもしませんか?」

 

「へっ?」

 

「あれ?甘いものは苦手でしたか?」

 

茶に誘って来た。待て、誘う?誰を?私を?軽く周りの霊圧を探るが、どうやら私しかこの部屋には居ないらしい。

 

つまり、彼は私と茶を飲みたいと言って来たという事だ。

 

「いや…その、問題無い。甘い物は、苦手じゃにゃ……苦手では無い」

 

「それは良かったです、じゃあ準備をしてくるのでちょっとだけ待っててくださいね」

 

予想外なことで、思わず上ずった声を出してしまったが…というか思いっきり噛んでしまった。

 

死神となってから…というか、産まれてからこんな事に誘われたのは初めてである。初めての体験で…何故だろうか、並みの任務を遂行することよりも緊張している気がする。

 

萩風カワウソは何を考えているのかわからない、だが自分を隊長として部下でも無いのに信用して来た男だ。

 

「…狡いぞ、萩風」

 

私は彼をどう思っているのか、よくわかっていない。だが今は嫌いではないし、夜一様と似ているが、違った何かを思っているのだと思う。

 

☆☆☆☆☆

 

砕蜂さんから隊長の話をそらすためにとりあえずお茶に誘って有耶無耶にしてたら、甘味処に大前田副隊長が現れてあらぬ噂をぶちまけやがった。店内で、大声で。しかもそのまま叫びながら出て行きやがった。

 

おい、デートじゃねぇよ!俺この人苦手なんだよ、中身が全く読めないから琴線とか読めないんだよ!この人怒ってるじゃん!少しフリーズして、俺の顔を見てから顔真っ赤にして大前田をぶっ飛ばしに行ったじゃん!

 

いや、なんか頬を染めた砕蜂隊長めちゃくちゃ可愛かったけど。

 

あーぁ、また関係ない事で嫌われたわ……別に、女の子に嫌われてるのには慣れてるけどな!!クソガァ!!

 

 

 

……グスン。心の中では泣いた。




完全に砕蜂回になったなぁ…

近々オリジナルの小説のサンプルを投稿するかもしれませんが、こっちも頑張るのでよろしくお願いします。


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14話 虚圏で活動中

彼か?紳士仲間だ。

虚圏の住人 ペッシェ・ガティーシェ


いつもの鍛錬場で彼はまた、斬魄刀を振るい続ける。霊圧を最大限にまで高め、撒き散らし、また高める。何度だって続ける、何度でもやり続ける。

 

そう、卍解を超えるまでだ。

 

「もうやめんか!!」

 

だからこそ、彼女は大きく萩風の心へ声を荒げた。

 

「天狐ちゃん…俺はまだ諦められないんだよ」

 

天狐、彼女は萩風の斬魄刀だ。精神世界でもボロボロにやつれた萩風の襟首を掴み上げると今度は目の前で声を荒げ続ける。

 

「そんなボロボロにまでなって何を望む!?主はもはや限界なぞとうに迎えとる!!このままでは死ぬ!間違いなく!!」

 

もうやめてくれ、悲痛な叫びが天狐から浴びせられる。必死な天狐を前に萩風は無言であった。

 

「何が主を……っ!?」

 

それが気に食わず、また同じような言葉を浴びせようとしたが。萩風の顔を見て言葉が止まってしまう、冷たいとかそういった類の目ではない。だが、この目を見てしまってはもう言葉は捻り出すこともできない。

 

「それが?」

 

覚悟を決めた、男の目がそこにはあるのだ。

 

「俺は、俺をレベルアップしないといけない。たとえ…何度、死の淵に立っていてもだ」

 

萩風は悔いているのだろう、藍染という怪物的な死神に一矢報いる事すら出来ずに、一方的にズタボロにされてしまった事に。

 

彼は強い、だが藍染はその先にいた。萩風が自信をなくしているわけではない、ただ誤った認識を再確認してしまっているのだろう。

 

もし最初の相手が市丸ならば、彼はこんな事を続ける事はなかったかもしれない。だが、それでも彼は自身が崩壊の一歩手前までを往復するのかもしれない。

 

「天狐ちゃんに相応しい、死神になるまで……折れない」

 

そしてまた萩風は霊圧の上限を解放していく、そしてまた痛みに慣れた萩風ですら絶叫するような修行が再開されていく。

 

天狐ができるのは、もはやそれを見て祈る事だけだ。

 

「本当に……」

 

だが、彼は気づいてない。

 

「主は、死神なのか…?」

 

もはや、彼の魂魄は死神とは異なるものへと変化していっている事に。

 

☆☆☆☆☆

 

殆ど何もないだだっ広い砂漠が広がっている。

 

ここにいたら何もなさ過ぎて、この男の場合は退屈で死にそうなくらいだろう。大きな白い建造物があるだけで、他には何もない。

 

「藍染は…いたら、隊長に任せるか」

 

彼にとって久しぶりの任務だ、四番隊の副隊長である萩風に任務が下されるのは本人でも何年振りかわからないほどである。というより。四番隊に任務が下されるのが少ない。あくまでも後方支援の部隊だからだ。

 

「虚って座学の授業でちょこっと見た覚えしか無いから骸骨っぽい奴ら…ってイメージしかないけど、大丈夫かな?」

 

あくまでも一人であるからこそ、呟ける独り言を呟きながら軽く砂漠の中を走り抜けていく。

 

「ここが虚圏(ウェコムンド)か、何もないな」

 

萩風は虚圏へ派遣された。本人はそもそも何処かへ派遣されるのは初めての事なので少しだけワクワクしていたようだが、何も無さ過ぎて少しずつ興奮が落ち着いてきている。

 

「負傷者探さないとな…てか、虚とかも襲ってくるんだよなぁ」

 

彼の仕事は先行してる者達の治療が仕事だ。初めての前線だが、あくまでも治療がメインだ。

 

最初は一緒に突入した者達と行動していたが、卯ノ花隊長が単独行動を許したので今は一人で虚圏を駆け回っている。

 

流石にそこらの虚には負けないと思っているからこそ、萩風の単独行動を許可したのだろう。

 

そして、虚に気をつけながら負傷者を探していると。萩風は死神ではない霊圧を感じ取る。敵か?と、立ち止まって刀に手を置くと…

 

「待て!お前は一護の仲間か!?」

 

変なのがいた。ちょっと鼻水?が垂れた虚がいた。白と紫のカラーリングと、アリとクワガタが合体したような仮面がついた人型の虚である。そんな虚を見た萩風だが、実はまた少しだけ興奮している。

 

初めての、虚だからだ。

 

「(へー、これが虚か!あれ?虚って人型のこんなサイズのやつだっけ?もしかして昔過ぎて、今はこれが当たり前なのか?人語とか喋るとか進化してんなぁ)」

 

もしくはここだけの亜種みたいな存在か?と勘違いで納得していると、どうやら目の前の虚が焦っているのに気づく。

 

「その格好、死神だな!仲間なら一護を助けて欲しいのだ!」

 

「誰だそいつ…そんなやつ知らな…あ、死神代行か。助けるメンバーの顔はわかるけど、名前とかうろ覚えだったなぁ…他は誰だったかなぁ…」

 

ちなみに、虚圏へ派遣されたメンバーは十二番隊の隊長の涅マユリ、副隊長の涅ネム、十一番隊隊長の更木剣八、六番隊隊長の朽木白哉、そして我らが四番隊からは隊長の卯ノ花烈、三席の虎徹勇音、7席の山田花太郎と副隊長の萩風の計8人である。

 

攫われた井上織姫、その女性を救出するのが一応はメインの任務であり、四番隊は怪我人の治療がメインである。

 

「まずいのだよ!流石にウルキオラ様と戦うのはまずい!超強いかもしれない私や雨竜でも無理だ!助けてやってくれ!」

 

「確か眼鏡と…え?あぁ、負傷者がいるのか?」

 

萩風は少し考え事をしてたようで、後半の「助けてやってくれ!」しか聞こえていなかったようだが、それを聞き返さずに後半の都合の良さそうな言葉にのみ焦点を当てる。

 

なぜなら彼の任務は治療だからだ、単独行動を許されて誰一人助けられませんでした!と言った場合は卯ノ花隊長から叱責されるのが確実であり、その上で同じ四番隊の隊士に情けない醜態を晒してしまうからだ。

 

彼は今、治療をしなければならないという焦燥感に駆られていたのだ。

 

「どこにいる?あっちか?向こうか?」

 

「あの上だ!」

 

そう言って白と紫の虚は上を指差した。

 

「えっと…空の上で戦ってるのか。うーん…」

 

流石の萩風も予想外だったのか少しだけ悩み込む。軽く見ても、隣にある建造物よりも遠くに穴らしきものを確認する。だが何か納得したようで萩風はその準備を始める。

 

「でも、あんた空飛べなそうだし…ん?なぜ屈伸をしてる?」

 

虚はなぜか準備運動を始めた萩風に対して「とりあえずそこの塔を登れ!そして屋上からおもいっきりジャンプすれば、いけんこともないはずだ!」と萩風に自身の思いついた作戦を伝えようとしていると。

 

「離れてろ、危ないぞ」

 

「え?あ、ちょまっ!?砂がぁぁぁ!?」

 

そう言い、数秒してから萩風の周りが爆ぜた。その衝撃で飛んできた砂が、当然虚…ペッシェに飛びかかる。

 

「ペッ!ペッ!何するのだ!私とお前の仲でもやっていい…んん?あいつは…」

 

口に入った砂を吐き出しながらも予告もなしに謎の爆破を起こした萩風に適当なシャレでも言いながら詰め寄ろうとするが、そこに萩風はいない。おかしいなぁ…と思いながら周りを見渡すが足跡すら見当たらない。

 

そこで、ペッシェは気づく。

 

「うそーん……」

 

この高さを、ジャンプして天蓋へと至った事に。

 

☆☆☆☆☆

 

天蓋、それは虚圏の上に存在する世界。暗い闇と僅かな光が差し込むだけの虚な世界。

 

そこでは白い悪魔のような存在が、片手に人を持ち上げていた。

 

存在の名はウルキオラ、黒崎一護を屠った破面である。

 

「あっけなかったな」

 

今しがた、骸となった人間を無造作に投げ捨てる。

 

その人間、黒崎一護は間違いなく絶命していた。胸に巨大な穴を開けられ、虚空を見つめ続けるその眼は閉じる事なく白く染まっている。

 

「黒崎君!!」

 

「無駄だ、確実に殺した」

 

井上がすぐに治療に取り掛かろうと黒崎の元へと駆け寄る。井上の行うそれを無駄な行為とわかっているが、ウルキオラはそれを拒もうと井上の方へと向かおうとする。

 

光の雨(リヒト・レーゲン)!!」

 

だがそこを真後ろから、技の文字通りに光の矢が雨のように降り注ぐ。滅却師である石田雨竜の攻撃だ、面制圧を行う攻撃であるがまともに喰らえばタダでは済まない攻撃だ。

 

「お前では俺に勝てない。その矢では俺を貫くことはないからだ」

 

しかし、その攻撃はウルキオラの硬質な鋼皮(イエロ)を通す事はできない。また一瞬で石田の隣へ移動すると、地面へ叩きつけるように蹴り飛ばす。

 

「がっ!?」

 

石田は直ぐに敵と自分との力の差を理解する、自分が戦った他の破面とは比べものにならない存在だと。だが、石田が次の手を打とうとしても目の前にいる悪魔の攻撃の方が遥かに早いのも石田は理解していた。

 

ウルキオラが石田雨竜を手にかけようとした時だ。

 

ドコン…と、鈍い音が響く。そこには天蓋を突破する時に舞い上がった煙で上手く確認できないが。一人の人影があり、それが徐々に晴れるとウルキオラはその男に目を見開く。

 

「…お前は」

 

石田への手は止まっている、その隙に石田は井上の元へと駆けて行く。ウルキオラがそれを横目にするが、直ぐにその標的の方へと神経をとがらせる。

 

「怪我人は三人か?」

 

「っ!?」

 

が、とがらせる前にその男は石田達の元へと高速で移動していた。そして直ぐに胸に風穴の空いた黒崎の治療に取り掛かる。隣では井上も処置を行っているが…

 

「……すまない」

 

直ぐに、男は治療を諦める。そして三人を覆うように薄緑色の半透明の結界を張る。

 

「治癒の結界だ、内側からは破れないようになってる。俺にできるのは、これくらいだ…」

 

その男、萩風カワウソはそこに居るもう一人の存在へと向き直る。それは明確な敵意を現し、萩風の元へ悪魔のような足を進めて行く。

 

「俺はこの子達の治療をする為に来ただけだ、戦いたいなら下の隊長達とやってくれないか?」

 

萩風の仕事はあくまでも治療、戦闘ではない。それは総隊長より命ぜられた任務なのだ、おいそれと簡単に破って良いものではない。

 

「何か勘違いしてるようだが、お前は確実に殺せと藍染様より承っている」

 

しかし、萩風はすぐに避けようのない戦いだと察する。こいつの敵意は、自分に全て向かっているのだと。

 

「…お前は誰だ?」

 

第4十刃(クワトロ・エスパーダ) ウルキオラ・シファーだ」

 

萩風は何を言ってるかわかってるようでわかってない顔をしているが、その胸に刻まれた4の数字を見て適当に話を繋げる。

 

「奇遇だな、俺も4番だ。俺を知ってるみたいだが自己紹介させてもらう、四番隊 副隊長 萩風カワウソだ」

 

そしてその4という数字、萩風はそれが何を現すかを何となくであるが察している様子である。藍染の手駒の、四番手という事をだ。

 

「俺は藍染様より、貴様を倒すべく力を頂いている。確実に、殺す為だ」

 

そして悍ましく、暗く、冷たく、重みのある霊圧が辺りを包み込む。それは治癒の結界によって治療中の二人も感じ取っているようだ。だからこそ、どれだけ絶望的なのか理解している。

 

「逃げてください!あいつは怪物だ!!副隊長じゃとても…!!」

 

石田が結界を突破し、加勢に向かおうとするもそれはできない。それはそうだ、これは萩風が治療を拒否するような者でも必ず治療すべく編み出した結界。外側からは壊れやすいが、内側からは余程のことでなければ壊れない物だからだ。

 

石田の抗議も虚しいままに両者は歩み寄る。

 

そして、お互いが目の前まで近づくと「戦いを始める前に、一つ質問したい」と萩風が問う。ウルキオラが「なんだ?」と答えると。

 

「藍染は卍解しなくても、お前を倒せるか?」

 

萩風がこの数字の敵を見て最初に考えた事が二つある。

 

一つはこいつの上に三人の手駒が存在しているという可能性もだが、「虚は本当に人型に進化したのか…」という事。ちなみにこいつらは虚ではない、死神の力を持った破面である。

 

もう一つは、四番手と推測できるウルキオラは藍染に比べたらどの程度の実力か?という事である。

 

「苦もなくなされるだろう」

 

そして、ウルキオラはそれに即答する。その様子に萩風は「やっぱりか…じゃあ」と少し考える素ぶりを見せると。

 

「卍解しないで倒してみるか」

 

と答えた。ウルキオラも予想外の事であるのか、少し戸惑いながらも「なんだと?」と霊圧を更に鋭く叩き付ける。

 

それに対して萩風は「あー、すまん。お前の実力を疑ったわけじゃない」と言うと。

 

「これは慢心じゃない、藍染を超えるのに…最低でもお前には卍解無しで勝てないといけないからだ」

 

萩風に慢心は無い、あるのは己が上に行く為にはなにが必要なのかを考える向上心だけだ。

 

そして、腰から斬魄刀を抜いて刀を構える。

 

また、ウルキオラは緑色の霊子で固められた光の槍を携帯する。

 

「やろうか、4番」

 

「後悔するなよ、死神」




Q.好きな死神は?

萩風「女の子」

Q.苦手な死神は?

萩風「砕蜂さん…くらいかな?基本的に仲が悪い人はいないと、俺は信じたい」

Q.虎徹勇音さんと付き合いたいとか思いますか?

萩風「めっちゃ思う。てか彼女が欲しい」

Q.砕蜂さんと付き合いたいと思いますか?

萩風「美人だな…まぁ、顔とか可愛いし。彼女欲しなぁ…」

Q.卯ノ花隊長と付き合いたいと思いますか?

萩風「ノーコメントでお願いします……」


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15話 虚圏で戦闘中

帰ってくると言っていたが……いや、待つのは慣れてる。横並びになりたかったよ……え?ち、違う!夫婦という意味で言ってにゃ…言ってない!

護廷十三隊 二番隊隊長 砕蜂


「うそ…だろ?」

 

石田雨竜は目の前の事実が余りに自分の予期していた未来と乖離していたので、そのまま固まってしまっていた。

 

あまりに現実離れした事実は、聡明な石田の脳をもってしても認め、理解するのに時間がかかっていた。

 

目の前で行われている、目で追うことだけがやっとの高次元でのやり取り。結界で緩和されているが、凄まじい霊圧と覇気、そして全身を襲う謎の高揚感に支配されてしまう。

 

「僕と黒崎が苦戦した奴と互角…いや、押してる?!」

 

天鎖斬月は黒崎一護の卍解であるが、それはスピードに力を極端に割り振った能力を持つ卍解だ。そして目の前の悪魔、ウルキオラはそれを優に上回っていた。

 

なのだが。

 

「卍解も使わずに…本当に副隊長なのか?」

 

そのウルキオラのスピードすら、萩風は上回っていた。

 

☆☆☆☆☆

 

高速で行われている斬撃の応酬に、両者は未だに無傷であった。

 

スピードは萩風が上、防御力はウルキオラが上、戦闘技術は萩風が上、経験値はウルキオラが上、攻撃力はほぼ互角。

 

両者共に一歩も退かないやり取りをしている。

 

「どうした、死神。その程度か?」

 

「そっちこそ、そろそろ本気を出していいんだぞ?」

 

だが、お互いに実力はまだ隠している。それをお互いが理解している、ウルキオラの挑発に萩風は眉一つ動かさずに鬼道で反撃するがそれはウルキオラによって放たれた虚閃で相殺される。

 

そして戦闘が始まってから、初めてお互いに動きが止まる。疲労などではない、むしろ両者はまだまだ力を出せる。止まった理由は、萩風にある。

 

萩風は斬魄刀、既に始解された天狐を一瞥するとウルキオラに向き直る。

 

「お前、見えてるな?」

 

萩風がそう問うとウルキオラは「見えている」と即答する。

 

「言ったはずだ、貴様を殺す為に力を授かったと」

 

天狐の能力は一言で表すならば、虚構の世界に塗り潰す事だ。景色ならば彼の斬魄刀で地獄を天国に、現世を虚圏へ偽ることが可能だ。

 

しかし、それは景色を偽っただけであり霊圧の技術が高い者はその違和感に気づいてしまう。だがそれでも、偽りの全てを把握するのは不可能である。

 

以前に藍染の攻撃を萩風が受けた時、あれは長年の勘で咄嗟に避けられただけではない。藍染の霊圧を無意識で察知できたからこその回避でもあった。

 

更に言うと、藍染程の実力者でも萩風の位置を正確には測れなかったからこそでもある。

 

だからこそ、萩風は違和感に気づく。ウルキオラ・シファーは藍染の四番手、藍染の手下だ。藍染より優れているならば、手下になる事は無いはずだ。

 

「俺の眼は貴様の幻影を見分ける。いかなる小細工も意味を成さない」

 

そして、萩風の考えは正しかった。藍染はウルキオラの目を強化したのだ、天狐を見破る為に。萩風の卍解である【陽炎天狐 炎周・九十九提灯】も言わば虚構が実体を持つ力。

 

しかし、その虚構を必ず見破る。ウルキオラが虚圏に残された理由は一つ。「萩風が虚圏へ現れた場合の対処」だ、現世ならば藍染自らが手を下せば良い。だがあれは群の力、萩風一人で虚圏を落としてしまう。

 

また、それだけではない。今のウルキオラは藍染の配下の破面においては最速、最硬、最大の霊圧を持っている。全ては、藍染から賜るものである。

 

「破道の八十八 飛龍撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)

 

もはや天狐の能力は無効化された、ならばと萩風は鬼道と剣術をメインに攻防を続ける。

 

「無駄だ、避ける必要すらない」

 

放たれた力の塊、滅殺の極光をウルキオラは片腕で受け止める。そしてもう一方の片腕で虚閃を放つ。また萩風も鬼道でそれを相殺する、そして両者はまた近接戦闘へとシフトしていく。

 

だが、お互いが実力の探り合いをしているこの攻防に動きは無い。どちらかに戦局が傾くような事は、起こらない。

 

だからこそ、ウルキオラは決断した。

 

「お遊びは…ここまでにするぞ」

 

そして、胸にある鈍く輝く玉へ手を当てる。

 

黒翼天魔(ムルシエラゴ)新天地開放(レクイエム)

 

☆☆☆☆☆

 

目の前で急激な霊圧の膨張が始まる。黒と白の光が螺旋状に天に昇っていき、その中心にいる存在…ウルキオラ・シファーが間違いなく、本気を出そうとしていた。

 

これが目覚めた場合、卍解無しの自分では勝てない。そう悟ったのか、萩風は距離を取ると霊圧を高める。

 

蒼天(そうてん)()する(てん)なる大河(たいが)噪音(そうおん)する大地(だいち)真髄(しんずい)

 

目の前では霊圧の膨張が止まることを知らないウルキオラが包まれた光の塔、並みの攻撃ではウルキオラに届きすらしないのを萩風は察している。

 

()()銀嶺(ぎんれい)()わり()皇居(こうきょ)(まど)え・(したが)え・()じ・()()れ・(とが)()れ」

 

結界に守られている石田や井上も現状の異様さと、何かが来るという確信めいたものを感じているようである。だからこそ、萩風は自身の持てる力で最強の鬼道を詠唱している。

 

(みち)しるべ()破邪(はじゃ)洞窟(どうくつ)憑座(よりまし)から(はな)つ・(さば)きの鉄槌(てっつい)

 

萩風の右手が光輝く、すると暗がりの世界であった天蓋に新たな光りが現れる。そして、萩風が合図をするように右手を振り下ろす。

 

「破道の九十三 瞬天閃降下(しゅんてんせんこうか)

 

天から振り下ろされたのは、光の裁きであった。螺旋状に立ち上っていた光の塔を容易く撃ち抜くそれはそのまま中に居たであろうウルキオラを貫通していく。

 

光が落ちて来た、表すならそんな言葉だ。萩風が藍染という規格外の怪物との戦いを想定して覚えた技だ。

その威力には石田達も驚いている、そりゃそうだろう。光が降り注いだ地は、跡形もなく消滅している。今は空虚な洞窟だけが残っているのだから。

 

ここだけ見れば、圧倒的な力を見せつけて萩風が勝利した…と見えていた。

 

「悪い冗談だろ」

 

思わず萩風は呟くのも仕方ない事かもしれない、それは洞窟からゆっくりと浮かび上がってきた。深淵から舞い戻ったその姿は、禍々しく…悪魔や堕天使といった言葉が相応しい存在感を放ち続けている。

 

「悲観する必要はない、藍染様の御力の前では…皆等しく、無力なだけなのだから」

 

ウルキオラ・シファーは、食らった時の傷を超速で回復させたのか、体からは少しだが煙のような物が出てくるがすぐに収まる。胸には鈍く輝く球体、その力の源らしき物体は……ウルキオラを別次元の存在へと進化させていた。

 

「あ…ぐ…!?」

 

結界に守られている石田や井上は、障壁でいくらか緩和されている筈だが。息が詰まっているような…息をするのを忘れてしまうような存在感に、押し潰されている。それを萩風は確認すると少しだけ結界の強度を上げる。

 

それによりいくらかマシにはなったようではあるが、それでも体に染み付いてしまった恐怖を拭えていないようである。

 

「残紅に跪け 卍解!!」

 

萩風は今のウルキオラと正面から戦うのは分が悪い、そう判断するとすぐに霊圧を解放する。ウルキオラにも見劣りしない、霊圧の解放だ。萩風が卍解を封印していたのは、どこまで卍解無しで戦えるのか、己のレベルを見極めるためだ。

 

そしてある程度、藍染との差を把握したからこそ発動する卍解。

 

「無駄だ」

 

しかし、萩風が斬魄刀を解放しようとするも、現れた虚像の軍団は実体を形作る前に消されてしまう。虚像の状態に攻撃したのだ、この時の萩風にダメージは反映されないが…己の卍解の全てを否定されていた。

 

「っ、何を…しやがった!?」

 

あまりに一方的に消された卍解に、萩風は眼を見開いたまま動けなくなっている。

 

「貴様の卍解なぞ、この状態になる前の俺でも対応できる。虚像は一定以上の霊圧の揺らぎを与えてやれば、実体を保てなくなる。理解したか?」

 

淡々と語られる萩風の卍解の弱点。だが萩風も初めて知る弱点であった、そんな事をされた事もなければそんな事で虚像が消えるとも考えた事が無かったからだ。

 

「遅い」

 

「がばっ…!?」

 

ならばと、萩風は斬魄刀で斬りかかるがそれは防がれる。いや、防御されたのではない。肌が硬すぎて刃が通っていないのだ、だからわざとウルキオラは避けなかったのだろう。そしてカウンターに放たれた翼の薙ぎ払いを避けきれずに投げ飛ばされてしまう。

 

「散れ 黒翼の矢(ネグロ・グラバ)

 

翼から放たれるのは刃の嵐、その全てが並みの死神を瞬殺する破壊力を持つ。それが止めどなく注がれる。数分ほどうち続け、弾着の際に舞い上がった煙が晴れていくとそこには傷だらけの萩風が貫いた羽を支えに座り込んでいる。

 

速度、攻撃力、防御力、霊圧、全てにおいてウルキオラが何歩も先を行っている。

 

萩風がこうなったのは慢心だけではない、天狐の能力がウルキオラに通じていたなら立場は逆転していた可能性もある。藍染が予期し、与えた。それが、今を表している。

 

「終わりか…この程度ならば、藍染様が手を下すまでもなかったな」

 

ウルキオラの全力を受け止められる死神は、総隊長でも厳しいだろう。そう察することができる程度の力の差が開いている。この怪物はその気になれば虚圏を破壊し尽くす事なぞ造作もない存在だからだ。

 

そしてウルキオラはまた与えられた使命を全うするための考えを始める。

 

とりあえず、ここに来た隊長達を順番に殺しておくか。そんな事を考えながら、先ずは目の前にいる石田雨竜から消しに向かおうとすると。

 

「……まだ生きていたのか」

 

萩風はまた、ウルキオラの目の前に立ち塞がっていた。体のあちこちに流血の跡が見受けられる、だが既に傷は塞がっているようでウルキオラの霊圧を目の前で受けても、微動だにしていない。

 

「死ななきゃ、擦り傷だからな。四番隊副隊長は伊達じゃない」

 

そう言うと「じゃあ、こっちも遊びは終わりだ」とボソリと呟く。ウルキオラが辛うじて聞けたそれが何を意味するのか、それは直ぐに分かることとなる。

 

「鬼火よ集え 卍解」




最近、自分の小説の勉強中の作者です。

オリジナル鬼道、あとブレソル三周年記念のウルキオラさんにご登場願いました。レクイエムとか勝手に名付けました。

なんかエゲツない奴になってますが、今後の萩風カワウソをご期待ください。


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16話 虚圏で卍解中

なんで、こいつを特記戦力にしなかったんだよ。お陰で皆んなやられて…なんで、こんな奴に命救われてんだよ。……え?顔が赤い?そ、それは腹が減ったからだ!!あいつは大っ嫌いだ!!

元星十字騎士団 霊王の特別世話係
リルトット・ランパード


萩風が熱風に包まれていく、その撒き散らす炎だけで、周りの地が消えてしまいそうなほどの熱量だ。ウルキオラは攻撃を仕掛けない、今攻撃をしても熱の壁で威力が削られてしまうと考えたからだろう。

 

そして徐々に、その炎の壁が薄くなってきているのがわかっていたからだろう。

 

紫怨(しおん)火狐ノ皮衣(ひぎつねのかわごろも)

 

そこから現れた萩風の斬魄刀は九十九提灯と同じものだが、若干紫色へ変異している。装束は狐のような毛皮を纏うコートに変わり、萩風の隣には二つの紫色の炎が宙に舞っている。

 

その姿を見たウルキオラだが、大した驚きはない。なぜなら、今の萩風は遥かに自分より劣っていると直ぐにわかったからだ。そもそも、霊圧が遥かにウルキオラを下回っている。

 

むしろ、弱体化したのではないかと思う程なのだ。それは萩風も理解している筈だ。故にウルキオラは直ぐにある答えに行き着く。

 

卍解を失敗したのだと。

 

「勝負を諦めたか、死神」

 

萩風はそれに対して斬魄刀を構える事で答える、勝負を諦めているわけではないようだ。それでも今の状態のウルキオラに挑むのが、どれ程無謀な事なのか理解してないわけがない。

 

なのでウルキオラはまずは様子見を兼ね、軽く薙ぎ払う事に決める。真横に響転で移動し、萩風に槍状の武器で攻撃する。この程度でやられなければ、何か裏がある筈。そう考えながらのウルキオラの攻撃だが。

 

「どうやら……本当に、彼我の実力差を理解していなかったようだな」

 

萩風はそれに反応もできずに遥か彼方へと吹き飛ばされる。何ともあっけない、あっけなさ過ぎる。この程度の奴は敵では無いとウルキオラの主人である藍染は答えた。藍染の持つ鏡花水月の前では無力だからだ。

 

「待たせて悪かったな、すぐに終わらせよう」

 

そして処刑を待たせ続けた石田達の方へと向かう。内側から破れないその結界から石田達が逃げる術はない。そしてその結界へと手を伸ばす。

 

「貴様……どうやら、確実に息の根を止めて、死体を確認した方が良さそうだ」

 

ウルキオラが結界に手をかけようとしたが、その手は隣に現れた萩風に止められていた。そのまま萩風は軽くウルキオラを投げ飛ばすが、ウルキオラは苦もなく地面へ着地する。

 

しかし疑問に思える。先程の力程度なら投げ飛ばすどころか引き止めることも、ウルキオラの邪魔が出来る程の力もなかったはずなのだ。

 

そして、次の瞬間に萩風の霊圧のレベルが跳ね上がる。

 

「…まだ、やる気はあるようだな」

 

萩風の背からは半透明の尻尾のような物が、紫色のオーラを放ちながら揺らめいている。

 

「さっきは済まなかった。未だに、こいつの力を掌握できてないんだ」

 

そう言う萩風の力は、確かに膨れ上がった。だが…それでも、ウルキオラよりも下だ。だからこそ、ウルキオラの反応は薄い。

 

「先程よりもレベルが上がったのは認めよう、だがそれでも俺には届かん」

 

ウルキオラの力の源は胸元に埋め込まれた崩玉のレプリカだ。藍染が崩玉の上位物質への変換は可能なのか?また、複製は可能なのか?そのような実験を経て作り上げた失敗作の劣化品である。

 

だが、その力はオリジナルに比べて劣っていても絶大だ。そこらの破面なぞ敵ではない、そこらの隊長や副隊長は敵ではない。それ程の力をもつのが、今のウルキオラだ。

 

「この卍解は九十九提灯の灯りを全て、俺一人に集めた力だ。でもこれの解放には、気分屋なこの子に付き合わないといけない。解放は俺の手に委ねられてないんだ」

 

何を言っている?そう呟こうとしたウルキオラの表情は、次の瞬間に大きく歪んでいた。

 

「っ!?貴様…どこから、その力を」

 

萩風から2本目の尾が現れると、その力はウルキオラと並んでいた。レプリカとは言え、崩玉の力を引き出すウルキオラとだ。

 

「ここまで来るのには、400年はかかった」

 

そして、3番目の尾が現れると。ウルキオラの霊圧を超えた力を得ていた。

 

「始めるか、こっちも本気だ」

 

ありえない、そんな言葉がウルキオラの頭の中を半濁する。藍染が崩玉を完全支配した状態で打ち負かされるなら納得もいく、だが目の前の男。

 

萩風カワウソのあり得べからざる力に、打ち負かされると誰が予想できるのか。

 

「バカな、貴様…萩風カワウソ!お前は何者だ!?」

 

これ程の力を持ったこの死神は、何なのか。それが納得も理解もできないウルキオラは、初めて声を荒げた。これまで心無い破面と言われ、本人もそう自覚していた彼。これが最初の感情表現になるのであった。

 

「死神だよ、ウルキオラ」

 

だが萩風はそれを嘲笑うかのように、淡々と答えると斬魄刀へ霊圧を注ぎ始める。ウルキオラも諦めてはいない、だからこそウルキオラも同様に槍へ力の全てを注ぎ込む。

 

嵐の夜亡(ウ・トルメンタ・ムーテ)

 

漆黒の混じる翡翠の槍が萩風の方へ迸るエネルギーを撒き散らしながら向かい。

 

斬天焔穹(ざんてんえんきゅう)

 

紫炎の鋭利な斬撃が、半月の様に鮮やかな弧を描きながら飛ぶ。

 

そしてその一撃は槍を完全に打ち砕き、ウルキオラを切り裂いていた。

 

☆☆☆☆☆

暗い海の中を沈んでいく様に、黒崎一護は落ちていっている。

 

もはや、何も守れない。そんな力が、無い。

 

そんな黒崎一護の中で、何かが呼んでいる。

 

見せられるのは黒い玉だ、凄まじい力がこもっていると簡単に分かる程の物が映されている。

 

それは語りかける。今、床に転がるアレは必要なのだと。

 

あれを手に入れるのに、あの二人は邪魔だと。

 

それは誘惑している、アレが手に入れば絶対的な力が手に入ると。

 

全てを守れる力が、手に入ると。

 

井上織姫を守る力が、手に入ると。

 

そう聞いてしまった黒崎一護は、何かへ飲み込まれてしまうのを許してしまっていた。

 

☆☆☆☆☆

中々、激しい戦闘だった。いやー、強かったなぁ。最悪隊長格来るまで粘れたらいいかな?とか思ってたけど、俺で倒せる範囲でよかった。

 

後、うちの天狐ちゃんの機嫌が良かったのもよかった。これ使うと体疲れるし、この子に無理させたくない。天狐ちゃんはこれ使う時は本当に渋々力を渡すって感じだから負けてたかもしれなかったなぁー。

 

あ、ちなみに今は倒した虚の回復中だよ。思ったより強くやっちゃったみたいだから、いやこいつが強かったのが悪い。俺がボコボコにしたのは悪くないな。

 

「お前は……。そうか……俺は、負けたのか」

 

ん?なんか起きたみたいだな。回復力は高いのか?まだまだボロボロだけど、しぶとい奴だな。

 

「あぁ、俺の勝ちだ」

 

とりあえず、少しドヤ顔で言ってみる。実戦で勝つのって、最高に気持ちいいわ。特にお互いが出せる力出して勝つって、こんなに楽しかったのか…修行しかしてこなかった、俺の初めての発見かもしれん。

 

「なぜ、俺を助けている?」

 

「四番隊は流れた血を止めるのが仕事だ、そこに敵も味方も関係ない」

 

じゃないと隊長に怒られるし、あくまでも治療で来てるし。あの眼鏡君とかの治療は終わったけど、やっぱあの死神代行は死んじゃったのがなぁ…怒られるかもな。

 

もしかしたら現世へ藍染倒すのに派遣されるかもだが、隊長が6人くらいいるらしいし、大丈夫だな。隊長は俺なんかより、何倍も強い人達だろうし。

 

☆☆☆☆☆

今の言葉に、ウルキオラは違和感を覚える。敵も味方も関係ない、確かにその理論は理想だ。だが現実は先に手を出し、命も奪っている。

 

ウルキオラは萩風達の敵、覆しようのない事実であり、敵味方の介在しないその理論で死神代行の命を奪ったウルキオラは、殺されても仕方ない。いや、殺すべきだろう。

 

「お前は…」

 

その理論の間違いを、矛盾を伝えようとウルキオラは体を起き上がらせると、違和感を感じる。いや、今まで違和感を感じていたものが無くなったのに気づいた。

 

胸に手を当て、萩風に問う。

 

「萩風、レプリカはどこにある?」

 

レプリカ、それが指すのを萩風がわからないわけではないだろう。胸に埋め込まれていた崩玉のレプリカが無くなっているのに、萩風も気づいているはずだろう。

 

すると萩風は…

 

「あ…」

 

と呟くと、とある一点を見つめる。釣られてウルキオラも見ると、そこにはコロコロと死神代行の方へ転がる崩玉のレプリカがあった。井上が無意味な治療を続けている、そこの結界にぶつかると。

 

「グォォォオ!!」

 

怪物が、目を覚ました。黒崎一護の骸は起き上がると、頭に突起が生えた怪物へと変貌していく。顔も体も羽のように白い外殻に覆われ、異形の咆哮はその場に居るものを圧倒する。

 

「やべ…」

 

ウルキオラにしか聞こえないほど小さく呟く萩風。

 

「貴様、バカなのか!?」

 

ウルキオラが思わぬところで、2度目の感情を表す。

 

井上の結界を破りながら、黒崎一護が異形の姿になって蘇生される。隣の井上も構わずに、足元にあった崩玉を踏み砕く。そして溢れ出したエネルギーを全て、余すことなく吸い上げた。

 

刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)!!」

 

「鬼火よ集え 卍解!!」

 

ウルキオラと萩風は今出せる力を解放する。

 

ウルキオラが解放する力は先ほどまで使っていた黒翼天魔・新天地解放に遥かに劣るが、他の破面は存在すら知らないであろう、破面の能力の先の力の解放。

 

そして萩風が尾を1本解放した状態で、火狐ノ皮衣を発動させる。

 

黒崎一護は虚の怪物と化したが、更にエネルギーを吸い上げた影響か背中には羽というには歪な突起が現れる。頭に生えた角は鹿のように枝分かれし、腕にはいつのまにか天鎖斬月が握られている。

 

そして、その異形は二人に向けて巨大な赤い力の塊を発射する。

 

「貴様の卍解の完全解放まで、どれだけ稼げばいい?」

 

「知るか!俺に聞くんじゃねぇ!」

 

それを二人は斬撃と槍の投擲で相殺するが、殺しきれなかった衝撃に襲われる。

 

この攻撃の隙に石田が井上を避難させているので、二人は全力で放っている。それでも、打ち消せなかったのだ。

 

「さっさとしろ!!」

 

「ウルキオラ、お前ってこんなにテンション高いやつだったっけ?冷静そうなカッコいい奴アピールしてたキャラは捨てたのか?」

 

「貴様…!!先程までの礼儀を弁えていた奴と、全くの別人に言われたくない!」

 

「こいつ…!!命の恩人に対する礼儀もねぇ奴にも言われたくもないわ!」

 

「今の状況がわかってるか!?」

 

「1〜100までわかってるわ!!…訂正、20ぐらい迄ならわかる!!」

 

二人はしょうもない言い合いをしているが、ウルキオラは槍を生み出しては投げ続け、萩風は斬魄刀のエネルギーが溜まる度に斬撃を放つ。

 

しかし、異形は確実に二人の方へと近づいていた。

 

「このままでは…っ!?」

 

このままでは、二人とも殺されてしまう。ウルキオラが思案していると、隣で霊圧が跳ね上がった。

 

見てみると、萩風の背に4本の尾が現れている。そしてこの状態は新天地解放を超えた目の前の異形を、遥かに超えていた。

 

「良かったな、ウルキオラ。今日のこの子は、気分が良いらしい」

 

よく見ると、変化は尻尾の増加だけでない。纏う毛皮は炎の様に紫色の炎を散らし、周りを漂っていた炎が今は萩風の指令を受けるのを待っているかの様に静止している。

 

「グォォォオ!!」

 

そして異形の怪物だが、天鎖斬月から黒い衝撃を放つ。普段から彼を知っているものならわかるであろう、月牙天衝だ。

 

しかし威力は桁違いであり、ウルキオラは身震いするほどなのだが…となりに萩風が居るだけで、大した障害に思えなくなっていた。

 

そしてそれに対して、萩風は軽く斬魄刀を縦に薙ぐ。

 

斬天焔穹(ざんてんえんきゅう)円転消化必倒刃(えんてんしょうかひっとうじん)

 

その技は黒い衝撃とぶつかり合うと、そのまま押し切り異形へと衝突する。焔が異形を包みこむと、そのまま爆炎を吹かす。しばらくするとそれは止み、中から虚の外殻がボロボロと取れる黒崎一護が居た。

 

「…何を、した?」

 

ウルキオラはそう聞くのも無理はない。今の力は間違いなく、あの怪物を屠るチカラを秘めていた。にも関わらず、黒崎一護は原型を留めているどころか生き残っているのだ。

 

「この状態で使える、絶対に殺さない技だとでも思っててくれ。死んだら治療できないしな」

 

そう答えながら、黒崎一護を回復の結界で囲う。

 

ウルキオラへの説明を簡単に済ませた萩風だが、詳しく話すと今の萩風の力は敵を瀕死にする、峰打ちの様な技だ。攻撃力が5000で放った攻撃は体力が1000しかない相手ならオーバーキルとなるだろう。だが、この技は999のダメージに変わり、瀕死に留めることができる。

 

殺しはしない、萩風が第四の尾を解放した状態でのみ解放できる力だ。それを聞いて緊張の線が切れたのか、はたまた限界だったのか。ウルキオラは崩れ落ち、そのまま地面に寝転がる。

 

「無理すんな、お前も治療途中だったんだぞ」

 

そして卍解を解いた萩風が治療を始める。萩風自身にも疲労が見えるが、今のウルキオラに比べればマシだ。

 

「藍染様に、不敬を働いてしまったな…」

 

「安心しろ、その藍染は護廷十三隊が相手する。お前はゆっくり治療に専念しとけ、中々傷が酷いからな」

 

これからの事を考えていたウルキオラへ、すかさず答える萩風。死神とは、よくわからない。ウルキオラは死神なぞ取るに足らない存在だと思っていたが、今は少し違っていた。

 

この男が答えるなら、それだけの信用に足る存在の集まりなのだろうと。

 

「少し、眠いな……」

 

なぜか安心感がある、なぜかはわからない。

 

先程まで争い、共闘した死神に安心している。

 

下らない言い争いなぞした覚えがない、隣に立たれて安心した事なぞない、今は…この死神がわからないのを、理解したい自分がいるのにウルキオラは気づく。

 

「(ふっ、そうか……。これが、心か……悪くない)」

 

ウルキオラの意識は闇の底へ落ちた。

 

☆☆☆☆☆

 

虚圏での死神側の損害は無し、また敵は壊滅させる事に成功する。

 

また、現世にて隊長格を含む護廷十三隊の精鋭部隊が壊滅するも、現れた死神代行によって藍染惣右介へ勝利を収める。

 

崩玉と融合し殺すのが困難となった藍染惣右介は2万年の投獄が言い渡され、一番隊隊舎の地下に存在する真央地下大監獄に幽閉される。

 

また東仙要、市丸ギンの両名は死亡。

 

死神側の死者は、無しである。

 

また空席であった隊長であるが、三番隊に鳳橋楼十郎、五番隊に平子真子、九番隊に六車拳西の行方不明であった元隊長達が任命される。

 

総隊長が片腕を失うなど、多くの損害を出した。心に傷を負う隊士も少なくないだろう。

 

それでも護廷十三隊は勝利を収め、一連の騒動は終結したのであった。




前回と今回のウルキオラの技はオリジナルです。

破面編は終わりで、次回から2年くらい時間を進めて千年血戦編を始めたいと思います。

閑話に雛森ちゃんとか、一角とかのその後を書こうかな〜…とか考えてます。予定は未定ですが、よろしくお願いします。


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閑話
17話 弟子と休暇の閑話


あの人のおかげで、俺は強くなれた。
今度の鬼灯丸は、簡単に折れねぇぜ?

護廷十三隊 十一番隊 副隊長 斑目一角


卯ノ花隊長に有給をとると伝えると、条件付きで許された。

 

モチロン、婚活のためなどではない。いや…全否定はできないかもしれないな。俺は隊長になる為に、修行してるし。今回も卍解を超える為の修行期間を設けただけだし。

 

最近になり、俺の実力は飛躍的に上昇してきていると思う。そりゃ、実戦で藍染とかウルキオラっていう奴らと戦って少しだが経験ができたからかもしれない。

 

藍染は投獄されたが、ウルキオラは友人だ。そう、友人である。死神以外での友人だ。死神の友人が一人しかいないとかは置いておくが、とりあえず友達である。

 

彼は良いやつだ、心が無いとか言いながらも揶揄うと槍を投げてくる。それなりに楽しい日々を過ごしてたと思う、虚圏で。

 

ウルキオラから何か虚圏を自由に出入りできる装置兼連絡装置を貰った、なので虚圏に遊びに行く事が増えた。

 

暇な時はちょくちょく顔を出しに行き、ハリベルさんの配下の子達にセクハラするペッシェと仲良くなった。彼も友人…いや、戦友と言うべきかもしれない。友人より戦友の方が、しっくりくる。

 

よく様々な論議をしたのが、記憶に新しい。

 

最初こそは馬鹿らしいと思っていたが、彼の熱意に動かされてしまった俺はハリベルさんの配下…エミルーちゃんをからかって遊んだ。

 

だってこの子の反応が面白くてさ、配下の子達って全員ハリベルさん最高!大好き!って子達なんだけど、この子は俺がハリベルさんを狙う敵と認識してくれたようで、めちゃくちゃ嫌われてたんだよな。

 

で、誤解を解く為に「ハリベルさんより、君のがタイプだがな」とか言うと、「ふ、ふざけんな!ぶっ殺してやる!!」って、顔を真っ赤にして襲いかかって来たんだな。

 

軽く手合わせした後に、治療と称して色々グレーな事はした。その時の恥じらう顔は最高でしたね!

 

後、ここは虚圏だから別に何しても良いじゃん!と気づく俺。

 

この子、アホでかわいくて反応が面白い。途中で「あれ?この子、俺の好みにどストライクだな」と更に気づく。

 

そっから会う度に少しからかったりして楽しんだ、ハリベルさん?他の子達は?確かに全員が中々の戦闘力を持っている、あんなの砕蜂さんに見せたら大変だな。あの子達が美人なのは認めるが、俺はあくまでもモテたいのは死神である。

 

エミルーちゃんをからかうのだって、破面だからだし。あ、破面っていうのは後でウルキオラが教えてくれた。虚とは何か違うらしいが、それは置いておこう。

 

彼女とは絶対に結ばれないからこそ、からかって遊んでただけだし。

 

あれだ、モフモフのネコがいたらモフリたいだろ?でも結婚したいと思わないのが普通だ。

 

子供ができないのは愛の形がどうとか以前に、種として不可能だからなんだから。

 

いやまぁ……ザエルなんちゃらとかいうもう死んじゃった破面の人の研究結果で、死神と破面の間に子供ができる事がわかっちゃったんだけど。

 

はい、こっからセクハラ紛いのものは辞めました。はい、チキりました。エミルーちゃんに色々とやらかしたのを深く反省してます。

 

この状況をわかりやすく説明すると、なんだろ……イメージとして、現世の事で例えると二次元の女の子が急に三次元で現れるみたいな?もしくは近所の可愛がってた男の娘が女の子と判明した…とか?

 

軽くハグしたり、頭撫でたり、手を揉んだり、匂い嗅いだり、本当にあの時の俺は色々とおかしかったんです。

 

物欲しそうな目をしてくる様になっちゃったエミルーちゃんですが、ハリベルさんに押し付けてます。

 

いや、俺は悪くねぇ!でも、すいませんでした!仕方ないんです、お遊びで揶揄ってたのが遊びじゃなくなるのは、なんか不誠実じゃん!

 

エミルーちゃんには悪いけど、破面と結婚するならそれなりの準備とか法の改正する時間が欲しいから!

 

えっと…脱線しまくったけど、これは藍染の事件の後の1ヶ月くらいの出来事です。ちょっと虚圏に行き辛くなったのもあるけど、とりあえず卯ノ花隊長に有給をとる許可を貰ったところから話を戻す。

 

俺は自分を磨く為の修行場へ行こうとしたんだが。

 

「萩風副隊長、弟子にしてください」

 

と俺の部屋に斑目一角がやって来ていた。

 

何でこのハゲが俺を選んだかは分からなかったけど、どこかから有給の事を聞いたのだろう。

 

まぁ、許可はした。理由?よく言うじゃないか、教えて学ぶってやつだ。と言っても2年は短すぎるから斬魄刀についてのみ教える、期間限定の弟子である。

 

2週間後にここに準備をしてから来い。と洞窟の地図を渡してから帰ってもらった。一応、俺はまだまだ事務処理などが残ってるからだ。

 

斑目一角くんがどれくらい強いかわからないけど、少しだけ楽しみでもある。

 

☆☆☆☆☆

 

その死神と最初に出会ったのは、四番隊の隊舎であった。

 

その時の彼、斑目一角は尸魂界に侵入してきた旅禍の一人、黒崎一護に敗北し、治療を受けていた。

 

護廷十三隊でも屈指の実力者が集まる十一番隊、それが壊滅状態になり、その三席の男が負けた。それは尸魂界に衝撃を与えていた。

 

当然だが、そこへ情報を求めにこの隊長もやって来ていた。

 

「どうしても吐く気にならないかね、斑目一角君」

 

護廷十三隊 十二番隊隊長 涅マユリ。マッドサイエンティスト、科学のためならばどんな事をしても良いと考える男だ。白塗りの顔と、お歯黒が特徴的な死神だ。

 

そんな彼がここに来る理由は一つ、旅禍を捕まえて実験体にする事だ。その為に情報を集めに来たのだ。彼に捕まれば…どうなるか考えるのが恐ろしい、残酷な科学の発展の犠牲になるのだ。

 

一角の真上を掠めて飛んでいく衝撃は壁を貫通している。次はお前だと言うのを、示していた。

 

だが一角は今回の旅禍について、知らぬ存ぜぬで貫き通すつもりであった。それはこの男に話したくないというのもあるのと、今一角が死んでいないのは旅禍に助けられたからでもあった。

 

だが、これからどうしようかと考えていると廊下の方からナース服の女性が現れる。四番隊に所属する治療の為の隊士だ。

 

「困ります、十二番隊隊長様!このような準戦闘行為は…」

 

「うるさいよ!」

 

そう言うとナースの隣の壁に風穴が開く…事は無かった。なぜならマユリの腕は、いつの間にか抑えられていたからだ。ナース服の女性とマユリとの間に立つその死神に、一角も驚いている。

 

いつの間に、そこに居たのか?一角すら気づかぬ間に、その場に彼は居たのだ。

 

「お前は…間の悪い奴が来てしまったようだね」

 

「涅隊長、貴方はいつから四番隊の隊長になったつもりでしょうか。私の部下に、何をするおつもりでしたか?」

 

萩風カワウソ 四番隊の副隊長である。彼はマユリの腕を下に向けるように抑えるとマユリはその腕を払う。

 

そして十二番隊の隊長と四番隊の副隊長が睨み合う、あまりの威圧感に一角ですら飲まれそうだ。そして当然だがナース服の彼女は飲まれかけている。

 

「ここは俺が何とかしとくから、君は持ち場に戻ってくれ」

 

「は、はい…」

 

弱々しく呟くと、そのまま彼女は何処かへ去っていく。ちなみに言うと、萩風は彼女の直轄の上司ではない。萩風に部下らしい部下は居らず、活動時は基本的に虎徹三席か卯ノ花隊長と行動しているからだろう。だが副隊長の事実は変わらない、故に四番隊の隊士は全て彼の部下だ。

 

「隊長に向かって、随分と偉そうにするじゃないか。礼節を弁え給え」

 

マユリの殺気が浴びせられるが、ケロリとしている萩風。何とも感じてないのは普段からこれ以上の殺気を浴び続けているからだろう。なお、萩風の十二番隊の…涅マユリの印象が「ずっと引きこもってるガリ勉」という情けない認識なのもあるだろう。

 

「ここは我々四番隊の管轄下です、礼節を説くならご自分の行動で示して頂きたい。そもそも十一番隊でもない貴方が、斑目三席に面会するのは如何でしょうか。どうやら、部下でもない隊士に罰を与えようとしているように感じたのですが。越権行為も、謹んで頂きたい」

 

「よく回る口じゃないか、直接バラしたい程に興味を唆るね。まぁ、豪胆さはよくわかった。だが、私は単純に今回の侵入者の情報を集めていたに過ぎない。それを邪魔する君もまた、隊長への活動を妨げているとも言えるね?尋問の邪魔だ、去りたまえ」

 

この状況で萩風は何もしていない、仮に出るところに出れば萩風が勝つだろう。そう、この隊長以外ならば。涅マユリは数多の手段を持つ、天才科学者だ。

 

黒すら白に塗り潰す、そんな方法や手段を持っている。だからこそ、萩風に対して強気でいた。

 

このままではマズイ、自分を庇ってもらった萩風にまで被害が及んでしまうと一角が起き上がろうとした時だ。

 

萩風はマユリの腕を、もう一度掴んだのだ。

 

「なんだい、さっさと…っ!?」

 

すると呆れたような、苛立つような声を出していたマユリの言葉が止まっていた。それは隣に控えていた十二番隊の副隊長の涅ネムも、横になっていた一角もだ。

 

「俺を相手取るってことが、どういう事かわかってての行動か?」

 

それは『俺を怒らせるな』とでも言うような、そんな霊圧を出していた。怪我人である一角を気遣って抑えているように感じるが、手の先から直に感じるマユリは冷や汗を少しだけ垂らしていた。

 

「貴様…いい度胸じゃないか。流石はあの女の部下だね」

 

そう言うと、腕を払う。そして握られていた腕を軽く観察してから、そのまま渋々と外へ出て行く。

 

「行くぞネム。さっさと付いて来い、このウスノロ」

 

そう言われたネムもついて行く、萩風はその様子を嫌そうに見送った。

 

「萩風副隊長、わざわざありがとうございます」

 

マユリ達が居なくなったのを確認してから、一角は庇ってもらった萩風へ礼を告げる。あのまま誰も来なければ、間違い無くあの涅マユリは手を出していただろう。

 

「気にしないでくれ、俺は俺の仕事をしたに過ぎない」

 

そうは言っているが緊張していたのか、彼の頬を冷や汗を伝っている。隊長相手に啖呵を切るのにはそれなりの、勇気と実力がいるはずだからだ。そんな彼だが、一角に「でもそうだな…一つ、いいかな?」と問う、一角も助けてもらったばかりだったので「なんでしょうか」と気前よく返事をすると。

 

「君は卍解を、使ってないよね?」

 

「っ!?」

 

とんでもない爆弾を落としてきていた。

 

卍解、それは斬魄刀の最終解放。一握りの死神が弛み無い努力で到達できる力、それは隊長格になる条件の一つである。

 

それを斑目一角はできる、副隊長でもない死神ならば恐らく唯一の存在である。

 

なぜこれが爆弾かと言うと、一角は卍解が出来ることを隠しているからだ。卍解ができる死神は推薦され、隊長となってしまう。

 

それが嫌だからだ、一角は隊長である更木剣八の下で戦って死ぬと決めている。それが彼の死神としての吟持だからだ、それを曲げたくないからだ。

 

どう答えるべきかと迷っていると、萩風は何か納得しているようであった。

 

「その顔を見たら分かった、傷はゆっくりと治しなよ」

 

「は、はい…え?終わりですか?卍解は使ってませんが、それだけですか?」

 

そしてそのまま帰ろうとする萩風を思わず呼び止める。

 

「いや、旅禍の強さとか知りたかっただけだから。今度は気をつけてね」

 

そして、今度こそ部屋を出て行った。

 

少ししてから緊張が抜けたのか、大きく溜め息を吐くと一角は先程までのやり取りを思い出し、考える。

 

十一番隊と四番隊の仲は悪い。一角も戦いを好まない四番隊の死神を理解できないが、初めて四番隊の死神へ抱く感情ができていた。

 

「戦いたくなってきたな……よりによって四番隊の副隊長に、か」

 

そして同時に、あの死神とは何なのかと理解したくなってきていた。

 

☆☆☆☆☆

 

最近、雛森が冷たい。そんな相談を受け、俺はまた酒盛りをしていた。はい、相手は日番谷隊長です。

 

この人とだが、かなり酒盛りをするようになった。全部雛森さんの話なんだが、それだけ雛森さんラブなんだろう。ストレートに告れよ、絶対上手くいくから。今の雛森さんは「藍染?新しいお菓子ですか?」とか言うような人だから、大丈夫だから。

 

ただ「日番谷冬、獅郎…シロ、シロロロロ…!?」とか言っちゃうような子でもある。俺は悪くない、世界が悪い。さらに言うなら幼馴染で天才でイケメンの日番谷隊長が悪い。俺に無いもの全部持ってやがる、こいつが悪い!

 

「萩風、最近…目を合わせても、何処かへ逃げられるんだが……俺は嫌われたのかもしれん」

 

そして雛森さんだけでなく、こっちも拗らせてやがる。正解を言うと、単に恥ずかしくて照れて逃げてるだけである。

 

「この前はちょっと強引に肩を掴んじまった時は、はは…何やってんだろうな…」

 

これも、そうである。今の雛森さんは最近になって、やっと日番谷隊長のボディタッチで気絶しないレベルにまでレベルアップしたのだ。

 

でも、壁ドンみたいな感じで日番谷隊長と見つめあった時は大変だった。具体的に言うと、俺の目の前で気絶した。まだ早かったようである。

 

昔は当たり前のようにできてたけど、この子大丈夫かな…めちゃくちゃ不安。同時に、めんどくさいんだがな。この二人が。

 

俺はずっと雛森さんの日番谷隊長慣れの練習に付き合い、ずっと日番谷隊長の愚痴を聞いている。本当にめんどくさいのは、二人とも両思いのことだろう。そのくせ、どっちも草食系だから進展がない。

 

「ん?萩風、誰か来たぞ」

 

寂しく酒盛りをしてる日番谷隊長が叩かれたドアの方へ向く。やっと来たか、遅かったがまぁいい。俺はこの時を待っていた、このめんどくさい関係を終わらせる為に、待っていたのだ!!

 

「お邪魔しま……え?」

 

「……雛、森?」

 

中に入って来たのは雛森さんだ。俺は彼女を手招きすると、とりあえず座布団に座らせる。そして酒を注いで飲ませる、二人は無言であるがそこは構わない。ちゃんとBGMを準備しているからだ。

 

「萩風、その手にあるのはなんだ?」

 

そう、俺は何度も二人の面談をしている。そこからそれっぽいBGMを録音してるので……抜粋して、流させてもらった。

 

『俺は、雛森が居ないと…ダメなんだ…』

『シロちゃんといるだけで、ドキドキしちゃって…これが恋なのかって気づいちゃって…』

『桃は、可愛いからな…』

『シロちゃんって、とてもカッコよくて…私じゃ、釣り合わないんじゃないかなぁって…』

 

日番谷隊長は「うわぁぁぁぉぁ!?」と叫び声をあげ、雛森さんは「え?え、えぇぇっ!?ふわぁぁ!?」可愛い悲鳴をあげている。その間に、俺は準備していた結界を張る。

 

「縛道の八十四 八方封殺陣(はっぽうふうさつじん)

 

四角い箱が、二人を閉じ込める。

内側からは破れない、無茶苦茶硬い結界だ。詠唱破棄でかなり無理をしたが、前もってそれの補助となる準備も行なっている。

 

更に、それだけではない。二人には一服盛らせていただいた。俺は四番隊で、薬剤の調合にも精通している。二人が良い雰囲気のまま夜を過ごしてもらう為に、頑張らせてもらった。

 

雛森さんには顕著に出てるようで、体が火照ってきたようだ。「シロちゃん…」と言いながら日番谷隊長へもたれかかっている。計画通りだ。

 

「萩風、お前!?なんて事してくれてんだ!?」

 

それに気づいた日番谷隊長だが、隣で雛森さんが日番谷隊長に詰め寄っている。なんか猛獣の目をしていた気がするが、無視する。

 

「いい加減、お互いに気付いてください」

 

こっちは限界なんだよ!!毎回、毎回、毎回、毎回!!

 

俺だってなぁ、こんな可愛い幼馴染欲しかったわ!!拗らせたこいつらのフォローの為に、何回も何回も気を回してなぁ!!俺の気苦労わかってねぇだろ!?

 

修行時間とか仕事の時間を削るわけにいかねぇから、勉強の時間削ってたんだぞ!!

 

ちなみに、この勉強は虎徹さんとお茶しながら女性との接し方を学ぶ時間だ。虎徹さんから「男性の方との付き合い方を、教えて頂きたい」と向こうから頼まれたので付き合っている。俺から手を出した時は卯ノ花隊長に男性的に消されるのは間違いないが、彼女からのお願いならば大丈夫だろう。

 

「待て!萩風…!!萩風ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

日番谷隊長の悲鳴が木霊していく中、俺は扉を閉める。最後の瞬間に日番谷隊長に覆いかぶさってく雛森さんが見えたが、これから大変そうだなぁという感想を持ちながら一息つく。

 

「やっとか…」

 

やっと解放される。

 

この作戦を思いついたのは最近で、いい加減この二人の砂糖を吐きそうになる茶番に付き合わされるのは御免だからだ。さっさとくっつけ、そして爆ぜろ。俺もやっと、本格的に女の子を探せる。

 

「今から、朝までこの結界は解けません。準備はしておいたので、ごゆっくり…」

 

そのまま部屋を去る。防音の結界も張ってあげた。俺の部屋の近くは誰も通らないので、これで問題無い。寝場所も虎徹さんに頼んだから大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

後日

 

日番谷隊長と雛森さんの二人が付き合いだしたのが広まる。

 

同時に、虎徹さんと俺が付き合っているという噂が駆け巡った。俺が虎徹さんの部屋に夜に入って行ったのが見られてたのかもしれん…いや、まさか隣で寝るとか思わなかったし。寝れなかったし。

 

如何わしい事はなかったけど、如何わしい事したくなかったの?と聞かれたら否定できないです……

 

でも、虎徹さんが全力で否定してるの見て対象外なのがわかったので酒を飲んで忘れたいと思います。虎徹さんに「もしかして、ワンチャンあるか?」とか思ってた自分に激しく嫌悪感が湧いているので、飲んで忘れたいと思います。

 

あれだな、男としてまったく意識されてないのがわかりました。

 

死にたくなりました。

 

後、ちくしょうめー!!…って叫ぶ、吉良君と仲良くなりました。この子も苦労してんだな…。

 

 




最近、BLEACHのssが増えた気がする。私も負けていられませんね!

ちなみに、作者はあの四人だとシィアン派です。異論は認める。

あと何度も指摘されてた日記の「死人はいなかったよ!」ですが、頭に「(書面上は死神の)死人はいなかったよ!」となります。

それと、いつも感想ありがとうございます。

やる気が出てくるのはこの感想等のおかげです。今後も頑張ります!


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千年血戦篇 第一次侵攻
18話 陥落する虚圏と宣戦布告


人物プロフィール

萩風カワウソ:男

立場:護廷十三隊 四番隊 副隊長

髪は片目が隠れる程に前髪が長い、これは自分の顔面偏差値が低いので意図的に伸ばしている。ロン毛では無い。前髪に白いメッシュの入った黒髪で碧眼、背は高め。腕には副隊長の証である副官章がついている。

斬魄刀:天狐
能力は景色の偽造、炎熱系の斬魄刀なので炎の斬撃を放つ事も可能。景色を偽れるが偽ると揺らぎが出てしまうなど、鏡花水月などと比べると欺く力は弱い。

解号:「送り出せ〜」

卍解:陽炎天狐 炎周・九十九提灯
99の分身を作る卍解、その一人一人が萩風に及ばないが萩風のチカラを持っている。分身は虚像と実像を自由に入れ替える事ができ、虚像の最中は攻撃を受けない。
たが一撃を受けると消える事や、ダメージが本体に反映されるなどの弱点も多い。
斬魄刀は紅玉のようになり、格好も赤みがかった装束に変化する。

卍解・改:紫怨・火狐ノ皮衣
萩風が修行中に一度折れた陽炎天狐を自身で直した際に手に入れた力。九十九提灯の力を本体に集めた力であり、尾が増える程に力を解放していく。今現在に萩風が確認できているのは五本である。
外見は毛皮のついた陽炎天狐の装束となり、斬魄刀は九十九提灯の時と変わらないが、どちらも赤から紫に変化している。
また二つの自由に動き回る狐火を従えている。そして、尾が4本目以降は毛皮が紫の炎を撒き散らす。

技:斬天焔穹
天狐へ込めた霊圧の炎を斬撃の形で放出した技。
派生技に相手を殺さない峰打ちのような技である【斬天焔穹・円転消化必倒刃】がある。


それは突然の事であった。いや、事件の前兆というのに気づかなかっただけなのかもしれない。だが、今回も突然の出来事であり…これもまた、更なるとてつもない事件の前兆でもあった。

 

「阿近三席、虚の消失が止まりません!このままでは…」

 

技術開発局で虚の消失が多発したのだ。今までも誤差程度の物は起こっており、その都度調整をしてきていたが、今回は常軌を逸したレベルの被害だ。

 

一つや二つではない、数千、数万の単位での、虚の消失だ。

 

「そんな事はわかってる、他に報告が無いなら下がってろ!」

 

現場の隊士達の報告はあり得ないと言った風に響き渡る、無理もないだろう。このような事態を経験した事は無いからだ、だがこのままでは何が起こってしまうかくらいは全員理解している。

 

だからこそ、焦っているのだろう。

 

「隊長…これは…」

 

「わかってるよ、こんな事をこなすのは奴等しか居ない」

 

十二番隊隊長 兼 技術開発局 2代目局長 涅マユリは天才である。様々な倫理を無視した実験でソウルソサエティを発展させてきた怪物である。

 

そして、その怪物が恐れていた可能性の一つが起こったのだ。

 

この可能性は旅禍、石田雨竜が現れた時から考えていた可能性だ。

 

「虚を存在そのものから消し去れるのは、奴等……滅却師(クインシー)だヨ……!」

 

☆☆☆☆☆

 

いつもの様に、彼はそこにいた。杖をつきながら、隊士から現状の報告を受けていた。

 

彼がこの場に居た理由なぞ一つ、彼が長だからだ。死神最強、故に護廷十三隊を纏め上げる長だ。

 

「以上が報告になりがっ!?」

 

その長たる人物の部屋に、その者達は堂々と踏み込んでいた。邪魔だと言わんばかりに、報告中の死神を殺害している。

 

「何奴」

 

その人物の背後には全身を白い外套と制服、そして顔の見えないようにか、それとも兵の区別をつかせない為か、サングラスのような素材で顔は隠されている。

 

「お初にお目にかかる。護廷十三隊総隊長山本 元柳斎 重國とお見受けする。宣戦を布告しに参った」

 

そして彼等はここの主人に向け、大それた事に戦いを仕掛けると宣言した。

 

「だが貴殿に手土産の一つも無しというのも、些か納得もいかないだろう」

 

余程余裕なのか、彼等…いや正確には彼等のリーダー格らしき使者は饒舌だ。

 

だが山本重國は動じない、何故ならば数の利を取られた所で意味をなさないから。

 

「安心せい、貴様ら狼藉者の首で十分」

 

そして、彼等の命を刈り取る為の戦闘態勢に入っているからだ。しかしその殺気を前にしても彼等は動じない。どこか余裕があるように感じる、それに対して杖から斬魄刀を取り出そうとすると、リーダー格の使者は「手土産が届いたぞ」と呟き指をパチンッ!とならす。

 

そして突如として巨大な槍が彼等の後方の壁面に突き刺さる。身の丈なんて物じゃない、4mは超えているであろう。

 

現れたそれには山本重國も驚愕している、だが驚いているのはその槍の大きさや力ではない。

 

「雀部っ…!!」

 

彼の信頼に足る右腕、護廷十三隊一番隊副隊長…雀部 長次郎 忠息(ささきべ ちょうじろう ただおき)が、槍に貫かれていることだ。

 

「嘆くな、彼を褒め称えてやるべきだ。我等にとっては矮小な存在であるが、彼は君たちの行く末を示してくれたのだ。即ち、抗うのも無益な死だ。5日後、【尸魂界(ソウルソサエティ)】は我々【見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)】に殲滅される」

 

☆☆☆☆☆

 

「今日はここら辺にしようか」

 

その声で一角は地面へと身を任せる。一角が弟子入りをし、この洞窟に来て2年ほど。一角の実力は跳ね上がった、虎が翼を得たような気分だ。

 

それ程までに劇的に実力をつけた。最初、ここに来いと地図を渡された時は遠回しに弟子入りを拒否した嫌がらせかと思うほどに遠い所だった。

 

準備を二日で済ませて一週間程で走り切ったが、残りの五日間は地獄だった。入った瞬間に地面に膝をつき、立ち上がることすら出来ずに地面に2日寝そべった。その後に何とか洞窟で歩ける程度にはなったが、そこへ「早かったな一角、体の調子はどうだ?」と、悠々とここに来た萩風を見た時は鳥肌が立っていた。

 

今でこそ、斬魄刀を振るったりはする事ができる一角だが。未だに、全身を泥の中を進むような感覚をこの洞窟で感じている。だが外へ一歩出ると体の軽さは異常である、ここで何百年も修行してきた萩風の実力だが、一角の全力ですら底が見えていない。それに畏怖を感じるのが、弟子である今の斑目一角だ。

 

「一角、まだまだだな。隊長になれんぞ」

 

「前にも言いましたが、俺は今の隊長の下で戦い続けるだけですよ」

 

「お前の道か、俺には真似できそうにないな」

 

よく言う、彼もまた卯ノ花隊長の下に居たいからこそ隊長の推薦を断り続けているのだろう。殆どの他の隊長や副隊長はそれに気づいている。卯ノ花隊長への恩義で、彼は四番隊を離れないのを、わかっている。

 

すると萩風の袖から電子音が鳴り響く。卯ノ花隊長から渡された連絡用の端末だ。本来なら副隊長が2年も休暇を取ることはできない、だが緊急の呼び出しには必ず出席する事でそれは許諾されたと聞いている。

 

この前の死神代行についての招集の他に、萩風の友人である雀部と茶をする為にちょくちょく帰っている。一角はここ最近帰れてないが、そろそろ有給が切れるので戻る予定ではある。

 

今回は誰からどの様な呼び出しか?そう聞こうとしたが、それを思いとどまる。

 

端末で連絡している萩風の表情に、影が差し込んだからだ。ただ連絡中は「あぁ…そうか、わかった…」と返事だけをして端末を耳から離す。少しだけ萩風が止まったと思うと…

 

「っ!?」

 

斬魄刀を引き抜いて壁へ向けて斬撃を放った。

 

この洞窟はかなり丈夫な上に自己再生の能力もあるので、崩落などの危険は無い。だが萩風がこのような突発的な行動をしたのが初めてだったので、あまりの衝撃と圧力で一角は動けない。

 

「萩風さん、どうかしたんですか?」

 

恐る恐る、一角は問う。

 

「隊葬だ。雀部が……一番隊の副隊長、雀部長次郎忠息が死んだ」

 

一番隊の副隊長、それが護廷十三隊にとっても萩風にとってもどれだけ重要な人物か一角にはわかっている。

 

一番隊は入隊するだけで栄誉とされるエリート集団、そこの副隊長である雀部は隊長クラスの実力者と呼ばれる古参の死神だ。総隊長からの信頼も厚く、同じく副隊長である萩風の友人…いや、親友である。

 

いつも修行中は真剣な表情で研ぎ澄ましていた萩風だが、茶に行く時の萩風の表情はいつもと違い気が緩んだ綻ぶ笑顔だったのを一角は知っている。

 

今の萩風の行動からして、恐らく殺されたのだろう。親友へ理不尽な死を与えた者を、許さないという殺意がのっていたのを一角なら理解できる。

 

「一角、荷物を纏めたら直ぐに行くぞ」

 

萩風は自分は冷静になっていると言い聞かせるように、荷物を纏めに外へ出た。その背中は、目覚めてはいけない鬼神が起こされたように感じる。

 

☆☆☆☆☆

来訪者は突然現れた、その者達によって虚圏(ウェコムンド)にいた破面は蹂躙されていく。

 

白い装束を纏うその集団はウルキオラの指揮した破面の軍を容易く打ち砕き、侵攻を続け…遂には、首領までその矢を向けていた。

 

既に第二階層まで解放したウルキオラが雑兵を殺し続けていたが、今は無様にも地面に横たわっている。今の状態でも周りを囲う雑兵くらいは処理できる。だが、その奥に控える何人かが敵の主戦力に瞬殺されるのもわかっていた。

 

はっきり言うと、そいつらの数人を相手してもウルキオラの敗北はあり得ない。ウルキオラの力は破面でも異常だ、そこらの死神の隊長格を上回る実力だ。

 

「貴様らは……なんだ」

 

しかし目の前の男、敵のトップと思われる敵には手も足も出なかった。

 

「光栄に思うがいい、ウルキオラ・シファー。今より、この地は我が領土となる」

 

ユーハバッハ、それが彼の名であった。白の集団であるこの集団の中で、この男だけは黒い外套を身に付け異彩を放っていた。

 

奴らの種族を、ウルキオラはわかっている。石田雨竜と同じ、滅却師だ。だが目の前の怪物は、滅却師と一言で表せるような存在ではなかった。

 

徹底的に蹂躙され、一方的な敗北を受けた。

 

「ハリベル……」

 

目の前には自身に次いでの実力者であるハリベルもまた、磔にされて運ばれている。見せしめだ、殺してはいないが対抗できるだけの力を残さないで倒されている。

 

直ぐに自分もそこに行くのは、ウルキオラは理解していた。

 

「俺では、貴様に勝てない」

 

「何を当たり前の事を言っている。お前の運命は、お前以上に理解している」

 

ウルキオラに向けて剣が向けられる。だがウルキオラが投了するわけにはいかない、それは虚圏のトップとしても、ウルキオラ・シファーとしてもできない。

 

今のウルキオラで勝てない、新天地解放ができたウルキオラでも勝てるかわからない怪物。そんな絶望的な力の差を感じるユーハバッハに勝てるビジョンがウルキオラには見えない。

 

だが、自身を怪物と比喩した時の状態を打ち崩した死神を、ウルキオラは知っている。

 

「俺は勝てない……だが、貴様らは必ず報いを受ける。我が友、萩風カワウソが必ず貴様らを討ち滅ぼす!俺たちを倒した優越感に浸れるのは、今だけだ!」

 

そう叫ぶと、ウルキオラは翡翠の槍を片手にユーハバッハへ向かっていった。




お気に入りが2万を超えました、累計ランキング13位になりました。

えっと……私が何を言ってるかわからない人もいるかもしれないですが、私も何が起こってるのか理解ができていないです。

ありがとうございます、これからも定期投稿を心がけて頑張ります。

それと萩風の顔とかの質問が来ていたので、プロフィールに書いておきました。ご確認ください。


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19話 虚圏狩猟部隊

滅却師
虚を消滅させる能力を持つ人間。その性質上、死神とは敵対し200年前に山本元柳斎重國などの死神によって滅んだ。

ユーハバッハ
滅却師の祖であり、彼の血は全ての滅却師に流れている。過去に山本元柳斎重國に敗北したが、復活。護廷十三隊へと宣戦を布告する。

星十字騎士団
20人以上の滅却師の精鋭が所属する最強部隊。全員が差異はあれど護廷十三隊の隊長格と同等の実力を有している。


前に置かれる木製の台座の上には、1人の男が横たえられている。その服装は彼が最も長く着続けていた一番隊の装束。だが彼がこれを着るのも、最後である。

 

その広場には2000を超える死神が集まっている。

 

ある者は泣き崩れ、ある者は嗚咽を押し殺し、ある者は拳を血が出るほどに握りしめている。

 

今行われているのは葬儀だ。護廷十三隊 一番隊副隊長 雀部長次郎忠息の葬儀に、護廷十三隊の集まれる全ての死神が集まっていた。

 

式を執り行うのは彼の直属の上司であり護廷十三隊のトップである総隊長、山本元柳斎重國である。

 

列をなす死神達の最前列に立つのは隊長と副隊長、その中で六番隊の朽木白哉と阿散井恋次は語り合っていた。

 

「雀部長次郎忠息は、高潔なる精神を持った…隊長となるべき死神であった」

 

葬儀は粛々と進められている。棺桶は無い、あるのは傷一つない姿で寝かせられた遺体だけ。

 

「総隊長がある限り、生涯をその右腕として捧げると誓った男」

 

チラリと、朽木白哉は二つ隣にいる四番隊の副隊長を横目に見る。阿散井恋次も釣られてその方を見ると、驚く。手からはどれ程握り締めたのかわからない程に、血が出ている事に。

 

悲痛な叫びが聞こえてきそうな程に暗い顔だが、その手で押し殺しているのだろう。だが本人を見たところ、どうやら血が出ている事に気付いていなかったようだ。隣の虎徹勇音三席に諭されて気づいている。

 

「その男の唯一の友であった萩風カワウソ、彼もまた副隊長を貫く死神だ。同じ志を持つ彼等は並々ならぬ強固な絆で結ばれていたと聞いている」

 

今回の遺体の修繕を行ったのも、萩風カワウソである。遺体の修繕を行うのは四番隊の仕事なので不自然な所は無い。だが、無二の友を失った萩風の心中を察した総隊長はあえて萩風にこの仕事を任せなかった。

 

しかし、彼はこれを独断で勝手に行なった。遺体の修繕には何ら問題は無く、むしろ葬儀までの時間に余裕ができた程だ。総隊長も事態が事態なので不問としたが、首が飛んでいてもおかしくはなかった。

 

だが、やらずにはいられなかったのだろう。最後の見送りの為に、自身の磨いた回道の餞別を渡したかったのだろう。

 

「総隊長に至っては、護廷十三隊の設立以前からの信頼に足る側近であった」

 

総隊長との関係は萩風よりも更に深い。雲泥の差だ、それは絶対的な唯一が彼にあったからだ。総隊長の命令であれば、萩風に剣を向ける程の覚悟を持つ男だったからだ。

 

護廷十三隊の隊長といえど、人格者ばかりではない。いかに強力な卍解を取得していようが、副隊長に甘んじる臆病者と揶揄された事も少なくなかった。

 

だが幾たびと隊長格に空席がでようとも、隊長の代行すら拒んだ。全てはどのような時であろうと、総隊長の為に迅速に対応する為だ。

 

その男が初めて敵との戦いで卍解を使い、死んだ。

 

「彼等の痛嘆、我等若輩が推し量るに余りある」

 

総隊長も表情は暗い。誰よりも胸に秘める想いが熱いのはわかる、だがこれは嵐の前の静けさのようで……山本重國は、総隊長としての行動を機械的に遂行していた。

 

☆☆☆☆☆

 

「ウルキオラが、負けたのか……!?」

 

そう驚く一護の前には2人の破面が居る。1人はペッシェ・ガティーシェ、もう1人はネル・トゥ。どちらも黒崎達が過去に虚圏に井上織姫の奪還時に手を貸してくれた破面だ。なぜここに居るのか?

 

それは正体不明の破面が現れた所から話は始まる。

 

昼食の買い物の為に外へ出ていた黒崎は普段通りの生活を送っていたのだが、突如として謎の白装束の破面が現れたのだ。そしてそのまま黒崎へと襲いかかる、黒崎も死神の力で対抗した。

 

なぜ襲いかかってきたか黒崎にはわからないが、この破面は滅却師の能力を使ってきていた。石田雨竜と同じ、滅却師の能力だ。

 

だが黒崎もそこらの死神とは別格の存在、度重なる挑発を受けながらもその破面を返り討ちにする。

 

その後に2人は現れた。タイミングがタイミングなだけに嫌な予感はしていた。そして予想は正しく、どうやらただ事ではなさそうだった。

 

緊急事態故に直ぐにでも話をしたかった黒崎だが、ただの人には見えない存在とは言え黒崎が虚空に向かって話していては近所であらぬ噂も立つ。

 

もっとも彼の場合は然程気にしないのだろうが、偶然にも茶渡泰虎と井上織姫が黒崎の家に来ていたので彼等を交えて話を聞いていた。

 

「突然やってきた集団に、破面の軍を率いたウルキオラ様とハリベル様が立ち向かった。しかし、破面の軍は一方的な蹂躙を受けて壊滅。ハリベル様とウルキオラ様は磔にされ、虚圏に晒されている」

 

それを聞いて3人は絶句する。

 

特に衝撃的なのは、ウルキオラの敗北だろう。黒崎と井上はその力を肌身に感じている、並の隊長格を凌駕した怪物。そのウルキオラが負けたとなれば、驚くのも無理はないだろう。

 

「奴等の目的は破面を手先に加える事だと考えられる。だが生き残りを何を目的に選別しているのかはわからない。そして我々にとって一番の問題は、ドンドチャッカが捕まった事だ……!」

 

ドンドチャッカもまた過去に手を貸してくれた破面だ。ペッシェ達が来たのは恩を着せる為ではないが、黒崎ならば手を貸してくれるだろうと踏んでだ。

 

「一護、助けに行くんだろ?」

 

「石田くんも呼びに行った方がいいかな?」

 

井上と茶渡は躊躇いなく助けに行く事を決意していた。それは隣にいる黒崎も同様だ。だが、黒崎は少しだけ迷った表情を見せると。

 

「石田は……置いて行こう」

 

と言う。これには2人も驚いているが、そのまま話を続ける。

 

「滅却師は虚を滅却する為に居る、言ってもどうせ断られるだろうしな」

 

これには嘘をついてないが、本音も言っていない。敵が滅却師かそれに類するものと想定されるならば、石田を無理矢理に連れて行くのは良くないと考える彼なりの優しさだ。

 

と言ってもそれでは置いていかれた石田に後でどやされてしまうので「ま、メールくらいはしとくか」と免罪符の準備をしようとしてると、窓から「面白い話をしてますね」と少し陽気な黒崎達に聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「どうです?虚圏行きの切符、手配しましょうか?」

 

☆☆☆☆☆

 

大量の破面達が白い装束の集団、滅却師の集団に連れられていく。辺りには滅却師達の侵攻で死体が山の様に転がり、滅却師特有の滅却術によって燃えるはずがない虚圏の建造物や砂が青い炎に包まれている。

 

そして連れられた者達が行き着くのはここを取り仕切るリーダー達、星十字騎士団(シュテルンリッター)の構成員3名だ。

 

更にその真後ろには磔にされたウルキオラ・シファーとティア・ハリベルが瀕死の状態で晒されていた。殺されていないが、逆らえばどうなるかは想像に難くない。

 

この異様な雰囲気に、殆どの破面達は飲み込まれてしまっている。そして前の3人の中で眼鏡をかけた滅却師、キルゲ・オピーが槍を片手に並べられた破面達の前へとやってくる。

 

「ハイハーイ!静粛に!これより、破面・虚混合の大センバツ大会を開催いたします!順に入隊テストを行いますが どうかそのチャンスを無駄にしないでくださいね!」

 

そう言うと順に破面の覚悟の決まらぬ前に次々と刺し殺していく。戸惑いながら絶命していく破面、その躊躇の無さに部下の滅却師達からも「本当に破面を回収する気はあるのか?」と疑問に思う者も少なくない。

 

そんなキルゲを後ろから見るのは今回の虚圏狩猟部隊(ウェコムンドヤークトアルメー)に選ばれた他の滅却師の2人。小柄な少女であるリルトット・ランパードと剣闘士のような格好をしたジェラルド・ヴァルキリーだ。

 

「陛下は何故、此奴らを連れていかなかったのだ?」

 

彼が指す陛下は滅却師の祖であり王、ユーハバッハだ。他の滅却師もユーハバッハを陛下と呼ぶが、その彼はそこそこ頭の切れるリルトットへと疑問を投げかけた。

 

ジェラルドはこの3人の中でも、星十字騎士団の中でも古参の滅却師だ。リルトットはこの3人の中では最も新米であり、名目上の隊長はキルゲだがこの中で最も上の実力者はジェラルドだ。

 

その疑問を無下に無視するわけにもいかないので、リルトットなりに考えるこの2人の破面を連れて行かない理由を告げる。

 

「簡単だろ。ここを支配していた奴等を晒して破面の心を折って、その逆境に耐えれるだけの手駒を見つけやすくする為じゃねぇか?」

 

現に、選別中に逆らおうという気骨のある者は居ない。目の前に自分達の種族の一番手と二番手が磔にされれば、歯向かうのがいかに無謀なのかわかるからだろう。

 

だが、ユーハバッハが望むのはその無謀に立ち向かう気骨ある愚者だ。扱いやすく、力もある。それが単体で勝手に動くのなら大した事は無いが、絶対的な君臨者が指揮するには上質な手駒だからだ。

 

「成る程、流石は陛下だ!」

 

と納得しているジェラルドだが、リルトットはユーハバッハの用心深さを知っている。まだ他にも用心はある。

 

やはり、思い付くのは磔にされている二体の破面だ。

 

万が一にも奪い返されても即殺できるように、ここに3人も星十字騎士団が居る。ここで3人は過剰とも言える、更に星十字騎士団でも間違いなく五本の指に入るジェラルドまで居る。

 

確かに、この破面。特にウルキオラ・シファーはユーハバッハなどの一部の滅却師でしか倒す事はできないが、手負いなら話は別である。

 

それこそ、キルゲとリルトットの2人で十分。むしろ過剰かもしれない。

 

だがジェラルド・ヴァルキリーの派遣は明らかに過剰、明らかに警戒が過ぎる。この滅却師の能力はそこらの星十字騎士団とはわけが違う、本当にリルトットと同じ滅却師なのか疑問に思うレベルだ。

 

「あー腹が減って来やがった、あいつ居れば楽につまめるんだけどなァ」

 

思考が少し鈍る。ここに居ない他の星十字騎士団の滅却師が居れば直ぐに頭へ糖分を補給できるのだろうが、既にここに来る前に貰った分の菓子は腹の底へ消えている。

 

仕方ないので持参した飴に噛り付き、乱雑に噛み砕く。

 

「はっはっは!豪快に食すではないか!」

 

隣で女性にあるまじき雄々しい食べ方にジェラルドが称賛しているが、それは無視してまた思考を元に戻す。

 

確かに、ジェラルド・ヴァルキリーは強力な滅却師だ。そこらの滅却師とは比べるのも馬鹿らしく感じるほどに。

 

だが、これが妥当だとしたらどうだ。

 

それならばユーハバッハはリルトット達のまだ見ぬ敵を想定しているという事になる。

 

星十字騎士団の滅却師は特に注意すべき敵が陛下より示されている。

 

5人の特記戦力、その者達が陛下の行く手を阻む未知数の力を持つ最大の障害。

 

その者たちが攻めてくるならジェラルドの配置も理解できる。だが虚圏に来るような特記戦力とは誰だろうか。

 

そんな思慮にふけっているリルトットだったが、突然の爆発とその衝撃で思考を中断する。

 

「あれは、ねぇな」

 

そう呟くリルトットの前…もっと詳しく言えば、キルゲの前に3人の破面が現れている。

 

「てめぇら、ハリベル様を返しやがれ!!」

 

「ついでに、ウルキオラ様もな!」

 

「私はハリベル様さえ助けられれば十分なのだけど」

 

額に仮面の名残であるツノの生えた破面、エミルー・アパッチ。

長い髪と袖で口元を隠す癖が特徴的な破面、シィアン・スンスン、

頭と首に仮面の名残のある背の高い破面、フランチェスカ・ミラ・ローズの3人の破面。

 

彼女らは磔にされているティア・ハリベルの従属官だ。そして臆せずに現れた3人は、周りの雑兵を片し始める。

 

「ひぃっ!?」

「隊長、こいつらヤバっ」

「助け」

 

滅却師も無抵抗ではない、だが3人との実力差が大きいだけだ。

 

彼女らは護廷十三隊で言うところの副隊長レベルの実力を有している、雑兵の滅却師では相手にならない。

 

それを見る三人の星十字騎士団。ある者はその実力が陛下に役立つかどうかを考え、ある者はどの程度の実力を持っているのか期待し、ある者は想定より遥かに劣る敵にまたも思慮にふけこみながら菓子を貪る。

 

「ちょうど暇を持て余していた所だ、我が相手しても良いか?」

 

そして動いたのは最も好戦的な滅却師であるジェラルドだった。ただの滅却師では相手にもならないこの3人の破面の実力を推し量れないならばと、自らが試しに向かったのだ。

 

「勝手にしろよ」

 

「殺してはいけませんよ」

 

「わかっておる!」

 

2人の了承を得ると軽く跳躍し、砂漠の粉塵を撒き散らしながら三人の破面の前へジェラルドは立つ。

キルゲは入れ替わるように後ろに下がり、リルトットは興味がないようで、また新しい菓子を食べている。

 

その様子を見たスンスンは不可解に思いながらも、ジェラルドと相対する。

 

「はっ、やっと出て来やがったか!!」

 

アパッチはやっと現れた敵の隊長格をぶちのめせる事に歓喜し。

 

「ハリベル様を返せ!マスクゴリラ!!」

 

ミラローズは自身の敬愛するハリベルを助け出すのに邪魔な障害に怒気を孕ませ。

 

「不味いわね、こいつ…」

 

1人冷静さの残った頭で相手の力量を測ってしまったスンスンは冷や汗を垂れ流しながらも、突撃する。

 

「我は星十字騎士団 ジェラルド・ヴァルキリー!貴様らが奇跡も起こせぬ程に圧倒してやろう!」

 

☆☆☆☆☆

 

「……行って、しまいましたか」

 

そう呟く卯ノ花の表情は、どこか暗い。だが同時に、仕方ないとも割り切っているような顔をしている。

 

ほんの数時間前にあった隊首会で滅却師という敵との戦争が確定した。復讐の炎に燃える総隊長を卯ノ花は久しぶりに見る、かつてあった滅却師の殲滅の戦い以来だろう。

 

「卯ノ花隊長、萩風副隊長は……」

 

隣では卯ノ花の左腕である虎徹が不安になっている。無理もない、彼女は知らないからだ。なぜ、このタイミングでいなくなったかを。

 

「彼は戻ってきますよ、私が彼の事で嘘をついた事がありましたか?」

 

一応、卯ノ花に萩風は直談判に来ていた。その内容はシンプルで簡単だった。

 

「一生のお願いです、俺に少しだけ時間をください」

 

それが彼が土下座で頼み込んできた言葉だ。卯ノ花は隊長としての立場で許可する事は簡単にできない。

 

だが、だからと言ってここで否定しても雀部副隊長の死体を治すような勝手をまたするのも目に見えていた。

 

「我々四番隊に命ぜられたのは待機、ならば怪我人がここに運び込まれる迄に戻るならば彼は命令を違反していません」

 

故に1時間、それが萩風に与えた虚圏への偵察時間であった。




累計順位が10位になりました。身に余る評価ですが、その期待に応えられるように頑張りたいと思います。


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20話 たった1人の虚圏奪還部隊

ちゃんボクもわからないヨ……卍解を治すって、何をしたのかナ?

零番隊第三官 西方神将 二枚屋王悦


勝負はあっさりとついた。

 

アパッチ達はそこらの破面に比べて十分に強い。現に2年前に起こった護廷十三隊との戦いでは大多数の副隊長を戦闘不能にした。

 

総隊長には敗れたが、それでも十分な実力者。それが全員、地面に寝そべり息をするだけの人形となっていた。

 

「少しやり過ぎたな!死んでは陛下に献上出来ぬではないか!」

 

ジェラルド・ヴァルキリー。この滅却師は傷一つどころか汗一つ無く、息すら穏やかであった。

 

三人はよく戦っていた、ジェラルドにダメージもしっかりと与えていた。だが1分もかからずに決着していた。

 

彼の能力の前に、為すすべもなく敗北した。それだけの事実で、その事実を覆すだけの力を彼女らは持っていなかったのだ。

 

「がっ…ぁ…」

 

だが無理矢理にエミルー・アパッチは立ち上がる。同様に、他の2人も立ち上がる。その目に諦めの色は薄いがある。それ程に一方的に叩きのめされたのだからむしろ立ち向かおうとする気概だけでも褒められるだろう。

 

そして、まだ完全に諦めていない。

 

目の前にハリベルがいる、それだけで動かしていた。

 

「これ以上動くと死ぬな、仕方ない。気絶をさせてやるべきか」

 

「それこそ命を落としますよ」

 

「何、手加減はする!」

 

そう言うとゆっくりとエミルー達の元へと歩を進める。もはや三人には抵抗する力どころか、このまま立ち続ける力すら残っていない。そしてジェラルドが三歩ほど近づいた時にはエミルーの軸がぶれた。

 

この中で1番限界を超えていたのは彼女だ、それに釣られて他の2人も糸が切れた人形のように意識を失う。

 

「ん?奴らはどこだ?」

 

だが、彼女らがそのまま地面に倒れる事はなかった。

 

「は…ぎ、ぜ……はりべ……たす…け……」

 

エミルーはそこに居た彼を見ると、今度こそ気絶する。だが先に気絶した2人よりも、その表情は柔らかく感じる。

 

先に気絶した2人も、地面にぶつかる前に丁寧に遠くの砂漠の上に置かれている。

 

「よく耐えてくれた、後は俺が何とかする」

 

三人を地面へ寝かせるとそのまま結界を張る。今回張られたのは外側からの衝撃に強い治癒の結界。それは暗に、この後に普段使う内側からは破れないような結界よりも戦闘での衝撃に耐えられる事を優先している事を示していた。

 

だからこそ、態々瞬歩で遠くに3人を運んだのだろう。

 

「誰が、あの3人を倒した?」

 

恐ろしく早い瞬歩、それにリルトットとキルゲは驚いているが、目の前に現れたというのにジェラルドはその事について反応はない。

 

「我だ!」

 

だが質問には堂々と宣言する。あまりの清々しい答えに嘘は見えないと判断したのか、萩風は「そうか」と呟き次の質問をする

 

「あの2人もお前か?」

 

「それは我ではない、陛下だ!」

 

あまりにペラペラと話すジェラルド。それは萩風からすればありがたい事だ、だがそれはこの男が自分に対して絶対の自信を持っているとも捉える事ができる。

 

この程度の事を話しても、何の問題もないと。

 

「じゃあ……

雀部長次郎忠息を殺したのは、お前達3人の誰かか?」

 

萩風の鋭い圧力が三人の滅却師へと向けられる。いや、先程から向けられてはいた。だが抑えていたのを抑えられなくなってるような、そんな殺意の波動を感じる。

 

「そりゃドリスコールだな、俺たちじゃねぇ」

 

特に隠す事でも無いので、あっさりとリルトットは答える。ここで変な疑いでも受け、自分への勝手な恨みを買いたくは無いからだろう。

 

ドリスコールは一度、自身の能力の向上の為と手土産の準備の為に派遣された星十字騎士団の滅却師だ。恐らく、その時に殺された中に居た人物なのだろうとリルトットは察しての言葉である。

 

「そうか。お前ら2人と周りの雑魚は見逃してやる、消えろ」

 

そしてもうリルトットとキルゲに興味が消えたのか、そのままジェラルドを睨み付ける。

 

「はっはっは!よもや、我と戦う気か!その意気や」

 

ジェラルドが悠々と言葉を垂れ流していたが、それはいつの間にか真横に移動していた萩風の攻撃で堰き止めらる。

 

「破道の八十八 飛龍撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)

 

極光がリルトットとキルゲの数m隣を吹き飛ばし、地面は大きく抉れている。この程度で倒される星十字騎士団ではないが、ジェラルドはその攻撃で彼方へと吹き飛ばされていた。

 

「見逃すって、言ったんだけどな」

 

それに反応し、兵士の滅却師が萩風を囲い矢を放つ。青白い力を持った矢は萩風を掠めるが、萩風の顔に焦りはない。

 

「送り出せ 『天狐』」

 

その襲い掛かってきた滅却師の矢を今度は全て弾く。当然、弾かれた滅却師はギョッと驚き僅かであるが硬直する。

 

そしてその隙を見逃さずに、瞬歩での高速移動をしながら白打で倒し回る。殺す気は無いようで、全員気絶させられたままリルトット達の方へと投げられる。

 

まるで「こいつらを連れて帰れ」とでも言うように。

 

「特記戦力じゃねぇよな、こいつ。誰だ?」

 

一撃でジェラルドが吹き飛ぶとは想定していなかったリルトットは、冷や汗が止まらない。不意打ち気味な攻撃ではあったが、それでもジェラルドやキルゲ、そしてリルトットも気づかぬ程の動きをするのは想定外である。

 

見逃してやるとは言われているのは本当の事だろう、理論だった根拠は無いが確信できる。

 

だが、ここで逃げて命は無いのはわかっている。ここで戦うか、陛下に殺されるか、二つに一つである。

 

「この死神、もしや……」

 

そこでキルゲは一つ心当たりがあるようで、それをウルキオラを見て思い出す。

 

『必ず貴様らを討ち滅ぼす!俺たちを倒した優越感に浸れるのは、今だけだ!』

 

負け犬の遠吠え、それはキルゲも聞いていた。最後の捨てセリフにしては、情けない小物のようにも感じる物だった。だが、残念な事にウルキオラ・シファーは特記戦力に最も近いと言われていた破面だ。

 

その破面が呼んだ友、あれはただの遠吠えではなかったのだろう。

 

「四番隊 副隊長 萩風カワウソ。情報は少ないですが、少なくとも回復術と剣術に関しては一級品だそうです」

 

キルゲは情報にあった萩風カワウソについて思い出す。戦闘能力は不明、至って普通の後方支援の死神。だが、剣術に関しては一級品どころか護廷十三隊で3本の指に入るレベルの使い手である。

 

そして当然だが、回道についても護廷十三隊においては二番手。この男を超える回道の使い手は3人しか存在しない。

 

「そっちの滅却師は俺を知ってるのか」

 

「特記戦力ではありませんが、成る程……強い」

 

特記戦力はユーハバッハが決めた未知数の者達の総称だ。ユーハバッハがそれに選ばないのには、理由があるはずだ。

 

だがこの死神が実力者なのはもはやキルゲにも、リルトットにもわかっている。

 

しかし、焦りはない。2人に緊張感や絶望感は無い。

 

「ですが…卍解も使えぬ副隊長程度の死神なぞ、我等の敵ではありません」

 

むしろあるのは、ここでこの死神を対処できて良かったという安堵感だ。萩風カワウソが態々敵陣のど真ん中で、星十字騎士団を相手に萩風の増援が来る可能性が低い中戦えるのだ。

 

むしろ、死にに来ていると言われた方が納得できる。

 

そして「ましてや……」と呟き、遥か彼方へ飛ばされた同胞の方向にキルゲは顔を向ける。

 

「奇跡のジェラルド・ヴァルキリーの敵ではね」

 

するとキルゲの真横へ高速で巨男が着地する。砂漠の砂を撒き散らしながら現れた滅却師は間違いなくジェラルド・ヴァルキリーだ。

 

だが背の丈が伸び、筋肉量も増えている。更にキズは体に一つもない。

 

「おい……別に殺す気はなかったが、手加減はしてないぞ?」

 

そして何より、霊圧の量が増えている。萩風の放った鬼道は必殺技ではないが、萩風の扱う九十番代を除く鬼道では最強の技だ。それが無傷で帰ってくるなぞ、普通ならばありえない。

 

「なるほどね、そいつの能力か。厄介だな」

 

そう言う萩風に焦りはないが、ここで敵の能力の真髄を見抜く時間は無い。

 

既に虚圏に来て15分、後の5人の回復の時間も考えると30分かかり、戻るのには5分だ。

 

萩風の中で、もはやこの滅却師と戦える時間は10分しかない。出し惜しみをしてる時間は無い。

 

「卍解 陽炎天狐 …っ!?」

 

だが、それは誤りであった。萩風は突如として力の抜けていく自身の斬魄刀に絶望感を覆い尽くす。

 

そして横目に、円形の物体を構えるリルトットがそれを懐に仕舞い込んでいるのを見る。まさかと思いながらも、萩風は斬魄刀に問いかける。

 

「天狐?……返事してくれよ。天狐!!」

 

声は聞こえない、どれだけ話しかけても返ってこない。

 

鬱陶しそうに、気品がある凛とした声音は聞こえない。

 

精神世界に入ってみても、そこには気怠げに口元に手を当てながら微笑む彼女はいない。

 

「ぐがっ!?」

 

そして萩風は忘れている、今は戦闘中である事を。その隙を見逃さずに、キルゲの矢が放たれ爆散する。

 

「残念でしたね、卍解を奪われてしまうとは」

 

キルゲは嫌卑しく、不気味な笑みを浮かべていた。

 

☆☆☆☆☆

 

自分達で作った機械を信じられない、そんな数値が次々と現れている。

 

前回、滅却師は黒陵門を攻めた。

 

黒陵門とはこの瀞霊廷の入り口である四箇所の一つであり、そこで1番隊の隊士116名と雀部副隊長が襲われ全員死亡した。

 

今回も門から侵入される。そう予想していた死神達であったが、敵は突如として内側に現れた。

 

「どういう事だ!現状を報告しろ!」

 

阿近の声が十二番隊の統合情報室に響くと、それに呼応し周りの隊士達が報告を始める。

 

心の何処かで聞き間違えであって欲しい、そう願う阿近三席であったが報告は悲惨なものであった。

 

「現在、16カ所で敵霊圧を確認!しかし、霊圧未確認地でも被害を確認!推定での敵数は18です!」

 

「射場副隊長の霊圧が消失!並びに、同隊の席官4名も消失!!」

 

「西地区…隊士345名の霊圧が消失!」

 

その後も報告が続けられるが、戦勝報告らしき吉報は一つとしてない。その後もあるのは如何に被害が甚大で、敵は強大かということだけだ。

 

「侵入から7分で、戦死者は1000名以上。まだ増え続けてるのか……!!」

 

阿近がそう呟くのも仕方ない、敵の滅却師は死神を圧倒している。たった10数人でここを落としてしまいかねない。

 

「(無茶苦茶だ、一方的過ぎる……。こんな奴らに、勝てる筈がねぇ……)」

 

絶望的な報告は、止まずに続いていた。

 

☆☆☆☆☆

 

手元にもう抜け殻の斬魄刀だけがある。

 

萩風の天狐が奪われた、それは間違いようの無い事実だった。

 

「さっさと終わらせるか、腹が減ってきた」

 

今の萩風は受けたダメージを回復するのも忘れている、それ程までに思考が止まってしまっていた。

 

無理もない、いつも居たはずの者が消えてしまったのだ。実感が湧かなくて、当然だ。

 

だが、その痛みは少しづつ萩風を現実に引き戻している。

 

「我がやろう、任せておけ!」

 

ジェラルドは滅却師特有の弓に矢を番えると、溢れんばかりの霊圧を込めて発射した。並みの死神どころか、まともに食らえばどんな死神でも殺せる滅却師の矢。

 

これで終わりだ、楽にしてやる。そんな意味と力が込められた、それが萩風に当たる直前。

 

「本当に……やっちまったな」

 

霊圧が跳ね上がり、それを素手で弾き返した。弾かれた矢は萩風の後方に飛んでいくと、光を放ちながら爆散する。間も無く、土煙と共に爆風もやって来ていた。

 

「っ!?」

 

3人の滅却師は、目の前の死神を信じられないような眼で見ていた。

 

リルトットの手には奪った『陽炎天狐』が確かにある。だが目の前の死神の霊圧の量も鋭さも、卍解を使っていないのにも関わらずに高い。

 

「卍解は奪った、間違いねぇ。どうす」

 

そう他の星十字騎士団の者へ策を伺おうとするリルトットだったが、その声が届く事はなかった。

 

「縛道の八十四 八方封殺陣(はっぽうふうさつじん)

 

突如としてリルトットの真横に移動していた萩風は、そのままリルトットを結界の中に閉じ込める。下界との情報をシャットアウトするこの技は萩風の得意技の一つでもある。

 

「ーー!、ー!!」

 

中からは何かを叫んでるようだが、同時に張った防音の効果でその声は届かない。逆に、外側からの声もリルトットには届かない。

 

そのリルトットを助けに動いたのはキルゲだった、滅却師は矢を使う種族だが剣を使う者も当然居る。そのキルゲが抜刀し、萩風に斬りかかる。

 

「油断しましたね、萩風カワウソ」

 

キルゲの刃が萩風の首を切り裂く。「殺りましたか」そう呟こうとするキルゲであったが異変に気づく。

 

血が出ていない、それどころか萩風自身に動きが全く無い。どういう事かと思考と現実との乖離により少しだけ硬直してしまったキルゲの真横に「お前も油断すんなよ」と呟かれる。

 

それが萩風の声なのはすぐに分かった、だが目の前に萩風はまだ居る。故に、キルゲに取れる行動は後退での敵の様子見であった。

 

だが、離れていく最中で見えた本体の萩風の掌にある赤い光を見ると愚策であったのを察する。

 

わざと、自分との距離を空けるために囁いて来たのだと。

 

「破道の三十一 赤火砲(しゃっかほう)

 

「がっばぁ!?」

 

この火の玉は学院で全員が身につける程度の難易度の鬼道である。それこそ、苦手な者でもこれだけは覚えている死神もいる程の。

 

だが萩風の放ったそれは桁違いだ、通常サイズよりも凝縮された炎の塊は炸裂し、キルゲを大きく吹き飛ばす。

 

「さっきのお返しだ眼鏡猿。お前はこの部下どもを連れて帰れ。巻き込まれて死にたいなら、いいけどな」

 

「ぐっ、貴様ぁ……!」

 

舐められている。いや、そうでは無い。萩風が行ったのは先程の不意打ち気味に放ったキルゲの矢のダメージを返して来ただけだ。

 

つまり、この死神はまだまだ底を見せていない程の実力を有しているにも関わらずに、3人に対してやられた事以上の事をしていない。

 

少なくとも、こちらから命を取るつもりで戦っているのにだ。

 

甘い、甘過ぎる。心技体の心が甘いのだ、この程度の弱い心に腹が立つほどに。なぜ手加減をする、なぜ必要以上の攻撃をしない。

 

こいつの心情が、読めない。

 

そんな奴に、キルゲは手も足も出ていない。

 

「(この死神……大鬼道長並みに鬼道も扱えるのですか!引き出しが多過ぎて、厄介ですね)」

 

キルゲもまだ本気では無いが、それでも目の前の死神に卍解すら使われずに負ける未来が見えてしまっている。

 

そんなキルゲと萩風の間を横切り、ジェラルドは立つ。

 

「我が貰うぞ、良いな?」

 

「……任せましたよ」

 

キルゲもそう言う事しかできない。リルトットを封じる結界を見るが、あれならば並の衝撃で壊れる事は無いと確認すると放置する事にする。

 

確かに解くのは簡単だ。今のリルトットには難しいが今の卍解を奪っていないキルゲなら容易に出来る。

 

だが、今解いても今度は解く気力すら起こらないようにボコボコにされてから結界に閉じ込められるのが目に見えている。

 

それはリルトットも同じなのか、今は結界の中で普通にお菓子を食べてリラックスしていた。

 

確かにリルトットとキルゲはこの萩風カワウソに歯が立たない、だが今はジェラルド・ヴァルキリーが居る。

 

「場所を変えるぞ。ここじゃ、お互いに戦い辛い」

 

「よかろう」

 

そしてジェラルドと死神の周りの地面が爆ぜ、キルゲの気づいた時にはどこかへ移動していた。

 

キルゲは「困った者ですね、陛下に報告が…」と呟きながら、元々の目的の一つである磔にされている破面を確認し、また止まる。

 

「いつの間に、やってたのですかね……」

 

そこにウルキオラもハリベルも居ない、キルゲは仕方なく気絶した滅却師を叩き起こし破面を探しに向かった。

 

「ーー!?」

 

なお、リルトット・ランパードは放置されるのであった。




2次創作を始めて3年程ですが、始めてこの様な物を頂きました。

ありがとうございます。


【挿絵表示】


イラストは天狐です。


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20.5話 死神vs滅却師 開戦

情報量が多くなるかも知れませんが、ご了承ください。

それと11/2にBLEACHの小説も出るので、この際に読んだ事がない方は是非BLEACHを読んでみてください。

小説の方で霊王について色々と書かれてますし、卍解初披露のキャラもいて最高です。



「第1狩猟部隊より入電。虚圏へ侵入した死神、萩風カワウソとジェラルド・ヴァルキリーが交戦中。また'特記戦力,黒崎一護とキルゲ・オピーが接敵、現在交戦中です」

 

無線に届いた情報は、そのまま放送されユーハバッハの耳へと届く。

 

玉座に座るユーハバッハはその放送を聞くとニヤリと笑い、腰掛けていた玉座から立ち上がると「さて 行こうか」と衛兵に告げながら歩を進める。

 

「陛下、どちらへ?」

 

「決まっているだろう、尸魂界(ソウルソサエティ)だ」

 

即答したユーハバッハに衛兵の滅却師も驚きを隠せない。宣戦を布告して間もない、約束の5日はまだ先だ。その疑問に答えるように、ユーハバッハは話し出す。

 

「萩風カワウソと特記戦力である黒崎一護が虚圏にいるのだ、これ以上の好機はないだろう。萩風カワウソは予期せぬ行動をするが、虚圏へやって来るとは都合が良い」

 

そう話すユーハバッハの顔は今までに変わりないように見えるが、恍惚とした表情をしている。この瞬間を待ちわびていたのだろう、この瞬間から起こす悲劇の幕を開けるのを。

 

「星十字騎士団へ通達せよ、これより

見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)』は尸魂界へ侵攻する」

 

☆☆☆☆☆

 

瀞霊廷を独特の緊張感が張り詰めていた、その中で阿散井恋次、そして隣にいる吉良イヅルもその緊張感に包まれている。

 

「吉良、今回の敵をどう思う」

 

阿散井には力はあっても、そこまで頭は残念ながらない。なので今回の敵の狙いなどを読む事ができないし、この戦いの意味もよくわかっていない。

 

「僕の意見で良いなら、今回の敵はかなり計画を練ってる。手際の良さとかでもそうだけど、情報での利は向こうが握ってる」

 

それに対し、阿散井も肯定を意味した頷きをする。涅隊長からも有益な情報はまだ来ていない、それが如何に不利なのかは理解している。こちらの戦力も能力も知っている、だからこそ既に一番隊の隊士116人の被害を出しているのだ。

 

この116人は宣戦布告にやってきた滅却師と同時刻に行われた虐殺であり、その時に雀部副隊長も致命傷を負っている。

 

「僕等の考えや常識は通じないと考えた方がいいのかもしれない、卍解を封じるとも聞いてるしね。でなければ雀部副隊長が簡単に負ける事はあり得ない。僕等副隊長の中じゃ、一番強い死神だったと思うからね……」

 

確かに、雀部副隊長は白打や剣術はそこまで高い実力を持っているわけでは無いが斬魄刀においては最上位の一振りの一つだろう。

 

これを知っているのは本当に一部の死神だけだが、同じ副隊長であり唯一の親友である萩風曰く「雀部さんの卍解はヤバいぞ、嵐を相手にしたような力だ」と言うほどだ。

 

なお、本気の萩風が嵐を切れるのは誰も知らない。

 

「君の卍解も気をつけた方がいい」

 

「そういう吉良は卍解はできないのか?俺からすれば出来てても可笑しくないんだが」

 

「一応できるようになったよ、僕だって鍛錬を怠ってはいないからね。むしろ鍛錬をしてないと気を保ってられなくてね……」

 

それを聞いた阿散井は「あー……」と踏んではいけない地雷を自分で踏みやがったなと思いながらも優しく肩を叩き「今度飲みに行くか」と友人として慰める事にする。

 

最近、吉良は失恋したのだ。相手は同期の雛森で、そのお相手は日番谷冬獅郎。十番隊隊長である。なお、色々とゲスい事をしたキューピッドが萩風なのは日番谷しか知らない。

 

吉良が雛森の事が好きなのを阿散井は学院の頃から知っていたが、やはり幼馴染で隊長の日番谷は強敵だったのだろう。

 

「……ありがとう、僕も前を向いていくよ」

 

そんな吉良の愚痴に付き合うのが偶々居合わせて仲良くなった萩風なのだが、最近だと「日番谷隊長みたいでめんどくせぇ…」と思われているのを、吉良は知らない。

 

そして吉良が立ち直ろうとしている時、外から何かが爆ぜる音が聞こえる。

 

「っ!?」

 

また、同時に二人は気づく。途轍もなく巨大な霊圧を複数感じたのを。

 

「吉良!こりゃ…」

 

「間違いなく、滅却師の仕業だろうね……!」

 

二人は直ぐに外へ出ると、青白い柱を確認する。

 

その数は10数本だが、高密度の霊子でできたその青い炎の柱が何を意味するのか、それは護廷十三隊の全ての隊士が理解している。

 

「何なんだよ、あいつら……!!」

 

戦争の始まりだ。

 

☆☆☆☆☆

 

異変を感じた七番隊の副隊長である射場鉄左衛門(いばてつざえもん)は他の隊士を連れ、柱の根元までやって来ていた。ざっと数えて30人以上の死神が柱を囲み、どこから敵が現れても対応できるようにしている。

 

「観測班!結果はどうじゃ!」

 

射場の後ろには十二番隊の隊士が何かの計器を弄っているようだが、中々結果が出ていないようである。

 

無理もない、目の前の柱の霊子の濃度は計器を狂わせるほど高いからだ。だがその緊張感が隊士たちの中で張り巡り、十二番隊の隊士の声を待つ。

 

「高密度過ぎて反応が……っ!今、出ました!サンプル抽出霊圧との適合率93!間違いありません、滅却師です!」

 

それを皮切りに、全員が雄叫びをあげる。それを最初にあげたのは射場副隊長だ、全員の士気を高めつつ道の敵への恐怖を払拭する為だろう。

 

「「「うおぉー!!!」」」

 

そして、柱の中に人影がついに視認できる。

 

「全員、かからんかい!」

 

射場は始解した斬魄刀を片手にそのまま突撃する。隊士たちも雄叫びをあげながら突撃するが、瞬間。何かが柱から飛び出す。鬼道の攻撃のようであったが、それとは全く違う。

 

「い、射場副隊長!!」

 

そして、その攻撃を受けた射場副隊長の半身は大きく抉れて無くなっていた。

 

「悪いな、皆殺しって命令なんだわ」

 

そう呟きながら、柱から現れたモヒカン頭の滅却師は素手で隊士たちを倒し始める。始解した席官でも一撃で踏み潰し、殴り殺していく。

 

「う、うぉぉ!!」

「だめだ、勝てっこねぇ…!」

「待て、逃げるな!戦え!」

 

絶望し逃げ出す隊士がいたのも、仕方なかった。

 

「待たんか!」

 

だが、その声に振り返ると隊士たちと滅却師の間にその大男はドスン!と音を立てながら着地する。

 

死神で唯一、人狼と呼ばれる種族の男の死神は、怒声と共にやって来た。

 

「貴様が、これをやったのか…!!ワシの副隊長も殺したのは、貴様だな!」

 

「あぁ、知らないな。殺した雑魚は覚えない主義なんだ」

 

その、答えに斬魄刀を引き抜きながら吠える。

 

「ならばワシの名を覚えておけ、七番隊隊長 狛村左陣(こまむらさじん)だ!!」

 

憤怒に燃えながらも、周りを叱咤するように、自身を叱咤するように突撃する。

 

星十字騎士団(シュテルンリッター) H! 灼熱(ザ・ヒート)・バズビーだ!」

 

☆☆☆☆☆

 

「なんやねん、ホンマ…!」

 

いち早く駆けつけた五番隊隊長 平子真子(ひらこしんじ)はその場の異様さに飲み込まれそうになっていた。

 

「しっかりせぇ、桃!」

 

自身の部下である雛森副隊長を含め、他の隊士も身動きも出来ずに気絶させられていたからだ。更に、それを悠々と殺す滅却師もだろう。直ぐに平子はこの滅却師の能力だと把握する。

 

「無駄だぜ、こいつらは動けねぇ。でも安心しな、すぐにあんたも動けなくしてやるからさ」

 

顔の上半分をゴーグルで覆い、歯を交互にお歯黒にしたのが特徴的な滅却師はポケットに手を突っ込みながら不敵に平子へと笑いかける。

 

「ほな……そっちも動けないようにしたろか!!」

 

そして、平子は抜刀すると直ぐに斬魄刀を解放し戦闘を始める。無論、今寝ている隊士たちを巻き込まないような場所でだ。

 

平子真子 vs ナナナ・ナジャークープ

 

☆☆☆☆☆

 

「ふむ、貴様は隊長か!」

 

隊士たちをプロレスの技のような攻撃で殺戮を繰り返していく、そこへ飛び蹴りしながらも登場したのはSUPER副隊長である久南白(くなましろ)だ。

 

過去に副隊長であったが、戻って来たときには既に檜佐木が副隊長としていたので代わりに与えられた名前だけの役職だ。

 

とは言え元は副隊長、実力は確かだ。その蹴りを受け止め弾く目の前の滅却師は、間違いなく強者であった。

 

「白。気をつけろ、強いぞ。最初から仮面付けとけ」

 

そして後ろから現れたのはその隊長である六車拳西(むぐるまけんせい)だ。周りの無残な状況を作り上げた滅却師にふつふつと怒りを募らせながらも冷静さを忘れないように敵を睨みつける。

 

「ワガハイが目立つに、絶好のチャンスだな!」

 

そう言うと霊圧が解放される。滅却師の幹部格であるのに相応しい力は、護廷十三隊の隊長格と遜色ない力であった。

 

「むぅ、スーパー副隊長は負けないのだ!」

 

白は虚化し仮面をつけると、六車はそのまま斬魄刀を片手に霊圧を高める。

 

敵の力は強大、いくら虚化している白が居ても勝てるかは微妙な所だと六車は理解している。

 

「白、奴の動きを見てろ。奴が何をしてくるかをだ、頼むぞ」

 

そう言うと隣でゆっくりと彼女は頷く、それを横目で確認した六車はマスクを前にして霊圧を解放し、斬魄刀を最終解放まで一気に行う。

 

卍解(ばんかい) 鉄拳断風(てっけんたちかぜ)!!」

 

六車の全身を覆うその卍解は鎧のようだ、しかしそれを前にしても滅却師のマスクは意に介していない。それどころか、それを目にするとワクワクしたように懐から円盤を取り出す。

 

「っ!?」

 

すると異変が起きる。卍解が解けたのだ。

 

無論、六車が自ら解いたわけではない。

 

「え!?けんせい、何で卍解解いたの!?」

 

隣の白を見るに、敵の動きはあの円盤を取り出した事だろう。そして六車に僅かにわかったのは、その円盤に卍解が吸い込まれたのだろうという事だけだ。

 

「わかんねぇのか!奴は卍解を、奪ったんだよ……!」

 

六車拳西&久南白vsマスク・ド・マスキュリン

 

☆☆☆☆☆

 

卍解を奪う力を敵は持っている、その報は直ぐに全ての隊士に伝えられた。

 

だが隊長格の死神達は既に感じ取っている、どこで誰の卍解が奪われたのかという事を。

 

「報告は十番隊からでしょうが、どうやら二番隊、六番隊、九番隊も奪われたようですね」

 

卯ノ花達四番隊に総隊長より命ぜられたのは'待機,だ。

 

怪我人が運び込まれても迅速に対応する事が出来るようにという配慮であるが、戦闘が始まり多数の死者が出ているのにも関わらずに未だに怪我人は一人も運び込まれてこない。

 

恐らく、戦闘が終わるまでは運ばれてこないだろうと卯ノ花は考えている。このままでは無残に一方的に倒されるとも。

 

「卯ノ花隊長……私達は、どうすれば」

 

隣では不安な声で三席である虎徹勇音が青い顔をしている。無理もない、副隊長クラスの実力を既に有している彼女はもうわかっているのだろう。

 

この事態の不利さと、敵の圧倒的な力を。

 

「勇音。もしもの時は……四番隊を、任せましたよ」

 

鞘に収まる自身の斬魄刀を見つめながら卯ノ花はいつもとは少し違った笑顔を見せる。その顔は何かの覚悟を決めたような笑顔であり、虎徹はそれにザワリとした嫌な予感を感じる。

 

「え、縁起でもないこと、言わないでくださいよ!萩風さんだって……その、すぐに来てくれますから!」

 

虎徹三席が言い澱むのも無理はない、理由は二つある。

 

一つは萩風が来ただけでは、戦況をひっくり返す事は出来ないのだろうという事。ましてや卍解を奪う奴等を相手に、だ。

 

もう一つは、既に約束の1時間は過ぎている事だろう。

 

「これは、後で久々に説教しなければなりませんね」

 

卯ノ花のその呟きは、まるで願望のように聞こえていた。

 

「その時は、ご一緒しますよ……」

 

虎徹もまた、弱々しく答えるのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

「この程度とは、呆気ないものだな」

 

瓦礫と死神の骸の街へと変わった瀞霊廷を前に、ユーハバッハは哀れんだような目でその街を見る。

 

既に自身の部隊である星十字騎士団が隊長格にも戦果をあげ始め、もはや護廷十三隊の死神達に同情とは違う憐れみを感じていた。

 

「やはり目下の敵は零番隊か、護廷十三隊もこの程度とは」

 

隣では星十字騎士団のトップであるハッシュヴァルトが周りの死神達を切り捨て、控えている。やはり呆気ないと思いながらもそのまま瓦解した街を歩む。

 

このまま死神達の終わりを見届けるのも一興かと思っていると、後ろから「ヨォ」と声をかけられる。

 

「この雑魚どもの親玉はお前か?」

 

その男の手には…いや、刀には3人の人が串焼きの具材の様に刺されて運ばれていた。ドサリと落とされたその者達と、その男が誰かと知りハッシュヴァルトは驚愕する。

 

「特記戦力 更木剣八(ざらきけんぱち)……!!」

 

十一番隊隊長にして、剣八の名を背負う怪物。更に驚くのはその刀から落とされた滅却師達だろう。

 

全員が星十字騎士団の滅却師だ。精鋭を集めたこの部隊の滅却師達は強い。現にこの3人を除く滅却師は誰一人として死んでも、負けてもいない。だがこの3人も倒す怪物は、たしかに特記戦力に相応しい力を持っていた。

 

「星十字騎士団を3名も…化け物とは聞いていたが、ここまでとは」

 

特記戦力は未知数で選ばれた5人の死神の事であり、更木剣八は底知れない【戦闘力】で選ばれている。

 

すると刀を振り、付いた血を払うとそのまま更木剣八はニヤリと笑いながらユーハバッハへと向かう。

 

「てめぇに用はねぇ!俺があんのは、こいつだからな!!」

 

☆☆☆☆☆

 

煙をあげ、血に染まりながら瓦解していく瀞霊廷を見下ろす山本重國は目的の敵を見つけたのか、霊圧が少しだけ揺らぐ。

 

だが直ぐに抑え込むと、ギロリとした鋭い目付きである一点を見る。見えるのは更木剣八と戦うユーハバッハだ。

 

自身が千年前にユーハバッハを殺しそこねた結果が今である。自身の右腕であった雀部長次郎忠息を亡くし、自身が守ってきた瀞霊廷を好き放題にされて壊されている。

 

もはや、我慢の限界であった。自身の不甲斐なさもあるが、それ以上にこのまま滅却師をのさばらせる事を許せなかった。

 

「出る、お主は残り 此処を守護せよ」

 

背後に控えるのは本来であれば副隊長であった雀部であるが、今は一番隊三席の沖牙源志郎(おききばげんしろう)が控えている。

 

胸中を理解してるつもりではあるが、沖牙は総隊長からの命令に対して短く

 

「御意」

 

と言う。

 

それを聞き届けた山本重國は、爆ぜるようにその場から消えユーハバッハの元へと駆けていた。

 

弾ける霊圧に怒りが込められる、その霊圧の力強さは間違いなく総隊長に相応しく、死神達を鼓舞する力を持っていた。




護廷十三隊 vs 星十字騎士団&陛下

二番隊隊長 砕蜂 vs 蒼都

三番隊隊長 鳳橋楼十郎 vs バンビエッタ・バスターバイン

五番隊隊長 平子真子 vs ナナナ・ナジャークープ

六番隊副隊長 阿散井恋次
&三番隊副隊長 吉良イヅル
&六番隊隊長 朽木白哉 vs BG9

七番隊隊長 狛村左陣vsバザード・ブラック(バズビー)

八番隊隊長 京楽春水 vs ロバート・アキュトロン

九番隊隊長 六車拳西
&九番隊Super副隊長 久南白 vs マスク・ド・マスキュリン

十番隊隊長 日番谷冬獅郎
&十番隊副隊長 松本乱菊 vs エス・ノト

十一番隊隊長 更木剣八 vs ユーハバッハ

十三番隊隊長 浮竹十四郎
&九番隊副隊長 檜佐木修平 vs ドリスコール・ペルチ

☆☆☆☆☆

虚化できる六車が卍解を奪われたのについては21.5話でやりますのでお待ちください。


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21話 霊王の心臓

リルトットってこんな乙女にして大丈夫なんだろうか…。


「ひでぇな」

 

周りに散乱する、死体、死体、死体。

 

破面の死体が辺りに転がっている。

 

黒崎達一行が浦原喜助の手助けを受け、虚圏へとやって来て目に飛び込んできたのは惨劇の跡であった。

 

「ドンドチャッカの霊圧を感じる…向こうか」

 

チャド、織姫が辺りの悲惨さを気に病むが、時間に余裕は無いだろう。一護は先ずはドンドチャッカの救出を優先しようと前へ進もうとするが、別の霊圧を感じる。

 

「みんな、下がれ!」

 

破面ではない、そしてその存在達から攻撃が放たれていた。気づいた一護は斬魄刀でその矢を全て弾き返すと、数十人の白装束の集団を見つける。

 

「やれやれ、こんな所で出会ってしまうとは……」

 

その中の少しだけ装束がボロく黒焦げた眼鏡の隊長らしき男が集団の先頭に立つ。先程、萩風の赤火砲を受けたキルゲだ。

 

「特記戦力筆頭、黒崎一護」

 

新たな矢を番ると、集団は一斉に矢を放つ。黒崎達は各々でその矢を撃ち落とすも、防御するだけでは勝てない。

 

「虚圏を無茶苦茶にしたのは、お前達なんだな?」

 

すると一護は斬魄刀へ霊圧を集中する。チャドや織姫達は一護が何をするのかわかったようで、直ぐに後ろへ下がる。

 

「卍解 天鎖斬月(てんさざんげつ)

 

黒崎一護の卍解、それは朽木白哉の卍解である『千本桜(せんぼんざくら) 影巌(かげよし)』のような派手さも無ければ、萩風カワウソの『陽炎天狐(かげろうてんこ)』のような特殊で特異な能力は持たない。

 

「な、一瞬で…!?」

 

能力は小さな黒刀に力を封じ込め、速度の一点強化をする卍解だ。

 

襲いかかって来た全ての滅却師を切り捨てる、キルゲは円盤を取り出し卍解を奪い取れるか試していたが、結果は奪えていない。

 

既に黒崎一護の卍解が奪えない情報(ダーテン)をキルゲは得ていたが、その理由は不明だ。だが円盤、メダリオンに不備がないのは確認済み。

 

この男には、卍解を封じる事ができない。それは特記戦力でないとしても、警戒に余りある存在であった。

 

「この数の聖兵を瞬殺ですか、恐ろしい力だ。やはり、ここで倒すべき存在ですね!」

 

するとキルゲは円盤を懐に仕舞い、腰から剣を引き抜く。そしてそれに呼応するように、キルゲの体を光のヴェールが包み込む。

 

頭に天使のような輪が現れ、背には光の翼。同様に身体中を光の鎧が包み込んでいた。

 

「お教えしましょう、この力の名は滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)。貴方を裁く神の」

 

だが、その名乗りを終える前にキルゲの体を光が貫く。別に浦原やチャドが不意をついて攻撃したわけではない。その攻撃は、キルゲの後方から、黒崎達の前から来た。

 

「全員伏せろ、月牙天衝(げつかてんしょう)!!」

 

奥に見える巨人から撒き散らされた光弾がランダムに飛んでくる。それは黒崎達にも飛んできたので、一護は斬撃を飛ばしその弾をはたき落とす。だが相殺されても一護を少し後退りさせる程度の爆風が起こる。

 

「あれも、滅却師…なのか?」

 

一護も戸惑いを隠せない、遠目から見て50〜100mを超える人が虚圏で暴れているのだ。これを見て動揺しない方がおかしいだろう。

 

だが、あれを倒さねばならない。でなければ虚圏の破面を助ける事ができない。

 

(ホロウ)化した月牙天衝なら……」

 

しかし、一護の全力でも明らかに火力が不足している。このまま無策で突撃しては無残に返り討ちだろう。

 

それを見兼ねた浦原も一護の隣へ来る。

 

「一緒に戦いますよ、黒崎さん。あのデカイのは、一人で尸魂界を落としかねない程の力を持ってます。とりあえず、策を練るのでお待ちください」

 

ペッシェや織姫達はドンドチャッカ救出の為に護衛も兼ねて避難させる。あの怪物の前に、手数は然程意味をなさないとの浦原の判断である。よって、これから立ち向かうのはチャド、一護、浦原の3名だ。

 

だがこの三人でも正面から戦えば勝機はない。遠くから見るだけでとてつもない霊圧を放ち、隊長格の死神が束になっても勝てるかどうかわからないような怪物だ。

 

そして一護も浦原も、そこで二つの霊圧を感じ取る。

 

「(誰かが戦って…いや、逃げてるのか。確かに、アレを正攻法で倒すのは難しい。予想が正しければ……霊王の欠片を持ってるのか)」

 

反撃をしているようだが、その部位がパワーアップしていく。そんな怪物相手に、浦原が策を練るのにかかった時間は観察を始めて2分もかからなかった。

 

☆☆☆☆☆

 

萩風はかつてない程に本気で戦っていた。だが、戦況が劣勢なのは誰の目にも明らかであった。

 

「破道の五十七 大地転踊(だいちてんよう)

 

「ちっ」

 

大量の岩石を飛ばすも腕を薙ぐだけで全て破壊される。

 

「破道の九十三 瞬天閃降下(しゅんてんせんこうか)

 

「効かぬと言った!」

 

光の裁きを与えても、耐えきりパワーアップし更に萩風を追い詰める。

 

火の球をぶつけても、氷の刃をぶつけても、どの攻撃でもジェラルドに致命傷を与える事はできていなかった。いや、致命傷は与えている。だがそれを上回る回復力を持っているのだ。

 

卍解が使えない、それは萩風にとっては最も強力な手札を潰しているのであった。

 

「我は奇跡(ザ・ミラクル)・ジェラルド!与えられた聖文字はM!!我は与えられたダメージを、神の体へと変換する!」

 

高らかに宣言する滅却師の体は遂には40mを超え始め、攻撃もあたりを巻き込むような派手なものに変わって来ていた。

 

「流石は副隊長!我によくダメージを与えた!だが、神を殺す事なぞ出来はしない!!」

 

萩風の鬼道は全て弾かれ、もはや勝ち筋は無い。萩風の全ての攻撃を弾いたジェラルドに、もはや負ける可能性は無い。

 

「お前、勝ったと思ってるだろ?」

 

そう……ジェラルドが、思うのは無理もなかった。どこからどう見ても、ジェラルドに敗北する可能性は思いつかない。

 

「俺はさっきからダメージなんて与えてない、それどころか攻撃もしていない」

 

ジェラルドは萩風の言葉を理解しても意味がわかっていないようだ。

 

萩風はダメージを与えていないと言ったが、現にジェラルドの体はパワーアップし、霊圧量も増えている。適当な事を言って勝負から逃げようとしている、ジェラルドはそう考えると拳を振り上げる。

 

「な、我の腕が…!!」

 

だが、それはジェラルドが振りかぶろうとすると簡単に千切れ飛んでしまった。萩風に動きはない、ジェラルドは直ぐに腕を再生させようとする。

 

「馬鹿な!我の能力が……何故だ!」

 

だが、腕の再生は起こらなかった。

 

「俺は滅却師の事を調べた。お前達の身体能力や体内構造、能力その物にも。十二番隊から、ちょこっと拝借してな」

 

萩風の手には注射器が一つある、それは既に空っぽだが中には僅かに緑色の液体が残っている。名を『従属薬』、萩風が十二番隊の研究資料を拝借し、独自に作り上げた薬だ。

 

萩風は薬剤の調合に関しては、自身の右に出る者はいないと自負している。確かに回道では卯ノ花烈や山田清之介に劣っている、だが萩風は隊長格になる為の実績を作っている。

 

それの一つが彼の薬剤師としての実力。

 

薬剤の調合術だけは、萩風が誰にも負けない武器である。

 

「貴様等の感覚器を狂わせる薬を調合した。鼓膜、耳小骨、痛点、霊覚、それと俺等死神で言うところの魄睡に効く薬だ。効果は…対象が想像した事を起きたと錯覚させる」

 

鼓膜や耳小骨は音を聞くのに重要な器官であり、痛点は触覚の事だ。霊覚とは霊圧を感知する器官であり、魄睡は霊力を生み出す器官である。

 

網膜の視神経を操る薬を作っても良いのだが、それでは萩風以外にも使えてしまう。この薬は萩風の待つ斬魄刀、天狐の能力を使う前提とし作り上げたものだ。

 

「お前はダメージを受けていると錯覚していた。だが、これだけなら意味はない。体に起こった異常は7分を超えると平常時の状態に戻る、すると…そうなる」

 

ジェラルドの空虚な体がボロボロになって崩れていく。足が砕け、体がヒビ割れる。元からダメージなぞ無かった、そう錯覚していた体を正気に戻した結果が今のジェラルドだ。

 

神の体の交換が無かったことになり、元に戻ろうと必死になっているのだ。

 

「我は…我は!!」

 

後、勘違いして欲しくないが。萩風はジェラルドに対応した薬を作ったわけでも、ジェラルドという存在を予期していたわけでもない。

 

元は萩風が滅却師の霊子を服従させる能力を逆手に取る事を考えて作った薬だ。

 

霊子を服従していると錯覚させるが、力は実際には発動している。では力をどこから持ってくるか、それは魂魄を削って持ってくるのだ。そう錯覚させるように1日で作り上げた、萩風特製の薬だ。

 

デメリットは量産できず、3つしか作れていない事だろう。そしてその全てを巨大化したジェラルドに使用してしまったのだが。

 

これはまさしく、萩風の対滅却師の切り札である。

 

「……殺すってのは、中々辛いもんだな」

 

初めての殺人。虚すら狩った事がない萩風に、それはのしかかっているようだ。

 

「一人で戦うのも、辛いんだな……」

 

崩れ行く骸を見届けた萩風は、次は卍解を取り返しにリルトットの元へと向かうのだった。

 

☆☆☆☆☆

 

結界に閉じ込められた少女、ここだけ見たら俺はしょっ引かれるかもしれない。

 

先にやらかしたのは彼女なので問題無いだろうけど、俺に対してなんか怯えてるのか戦意が喪失してる女の子を閉じ込めてるんだよなぁ……しょ、しょっ引かれないよな?不安になってきた。砕蜂隊長とかに見られたらキルされそう。

 

「あの眼鏡猿は帰ったか?」

 

「……知るかよ」

 

何だろう、女の子からそんな怯えたような諦めた目で見られると色々と気分が複雑なんだが。俺がこの子を汚したみたいで申し訳ない気持ちが現れて来るんだが。

 

とりあえず置いとくか、天狐ちゃんを取り戻すのが最優先だ。

 

ちなみに、さきに大男の滅却師をやった理由は簡単だ。卍解を返して貰うのに間違いなく邪魔をして来るから。

 

眼鏡猿は大した事無いけど、あれは強い。なら先に倒しておけばいい、天狐ちゃんの始解の力は残ってたから一応は倒せた。

 

気持ち的には直ぐにでも返して欲しかったが、あの滅却師は何というか嫌な予感がした。その予感が何と無くとかじゃなく、確実に何か持ってるって感じた。

 

浮竹隊長の霊圧を目の前で感じた時、似たような感覚があった気もする。

 

その予感は何かはわからないが、あの滅却師が無傷で戻ってきた時に体が反応していた。結局のところ、理由はわからないままなんだけどね。

 

「これに、入ってる……」

 

その円盤を俺は受け取ると、中から俺の中に力が解放されていく感触がした。精神世界を見てみると天狐ちゃんも居た!抱きつこうとしたけど、何故か「邪魔じゃ!今は考え事がある」と断られた。なぜだ!?俺は寂しかったのに!!……駄目だ、俺は重たい男にならない。

 

そう、クールになるんだ。

 

仕方ないので現実世界に戻る。

 

「……終わりだ」

 

すると、なぜか空気が冷え切ってた。

 

彼女の目が死んだように更に暗くなってた。

 

「……なんだよ」

 

こっちのセリフだわ、どうしたらこんな強姦された女の子みたいな雰囲気を醸し出せるの?こことかエミルーちゃんに見られたら誤解しか起きないんだけど。

 

「俺に捕虜の価値は無いし、あっても今無くなった。もう、終わりなんだよ……」

 

何だこのめんどくさい女の子。でもほっとくつもりは元よりない、滅却師なら敵側の情報も知ってるだろうし。

 

とりあえず場所を移そうと思い手を引こうとした時、真後ろで嫌な雰囲気がする。これは……さっきも感じた奴だ。

 

「…マジかよ」

 

死んだ事を確認できたと思ったんだけど、なんでだ!?

 

「なんで、生きてるんだよ。あの滅却師…!」

 

遠くで体がつながり、復活していくジェラルドが見える。しかも、さっきよりも強いのがわかる。すると俺の後ろにいる女の子も乾いた笑い声を出している。

 

「はっ、はは……バカかよ、あの『霊王の心臓』が死ぬ筈ねぇのに。負けたと思って、陛下に殺される前に殺されるのかよ……」

 

凄い不安な事を言われた気がする。でも聞く間も無く、大男はエネルギーを撒き散らす。

 

ウルキオラ達には結界は張れてるから、大丈夫かもしれないけど。当たれば並みの奴は死ぬ。そんな破壊の光弾。

 

そして、それは俺達の方へも飛んでくる。仕方ないので、魂が抜けた人形みたいになってる女の子を背負って避ける。ってやばいな、向こうも俺達の事に気付いたのかダッシュで追いかけて来た。

 

「なっ、お前!離しやが「黙ってろクソガキ!」っ!俺はガキじゃねぇ!」

 

すると俺に背負われたのをこの子が気づいたようだ。だが、何処と無く元気が薄く感じる。

 

「張る見栄も胸も無いだろうが、比喩抜きで」

 

「なっ、こいつ…!」

 

「ついでに背伸びする程の背も無いよな、比喩抜きで」

 

「お前、俺の気にしてる事を……!!」

 

抱きつく締まりが強くなる。地味に辛いが、女の子に元気が出てきたようで何よりである。女の子のハイライト消えた目とか、俺の精神衛生上よろしくない。

 

でも、今は気にする余裕が無くなりつつある。

 

それと、今の大男は見境なく俺だけでなくこの子も殺す気だった。間違いなくだ、流石にそんなの見過ごしてたら夢見が悪過ぎる。じゃなきゃあんな無差別な攻撃をしてこない。

 

というか、女の子の!それもこんな子供を殺そうとするとは、滅却師には人の心が無いのか?!

 

「何で助けた!敵だぞ!?俺がお前を殺すと思わねぇのか!?」

 

「殺気があるならとっくに投げ捨ててるわ!!もう自分は死んだみたいな顔すんな!…っ!くそ、なんでデカいのに速いんだよ」

 

いや、殺意は俺の発言で来てたけど。元気出させる為だから!俺なりのちょっとした心のケアだから!

 

というのは置いといて、この大男。ジェラルドは強い、そして俺を殺すのに手段を選んでない。それにこの子が巻き込まれる可能性は高いし、この子は陛下に殺されると言って絶望してたんだ。

 

俺を殺して名誉挽回のチャンスをする可能性が無いように話してたんだ、恐らくもうこの子は滅却師側で生きていけない。そんなニュアンスを感じたからな。

 

「『敵でも味方でも、救える命は全て救う』俺の師であり隊長の言葉だ。俺はお前を殺すつもりもないし、自殺紛いの事をさせるつもりもない」

 

俺の後輩で俺より回道凄くてめっちゃ出世…というか他所に引き抜かれた山田清之介君なんかの感性はヤバイけどな。目の前でどんなに死にたそうな奴がいても必ず生かす、そいつの意思は関係ない。

 

そいつよりはマシだろう。

 

後さっきの言葉、師匠である卯ノ花隊長は『敵でも味方でも、救える命は全て救う』の後に『殺す奴は全員殺す』っておっかない言葉も付くな。

 

……あれ、四番隊って変人ばっかり?何か俺も片足くらいは突っ込んでそうだけど、大丈夫かな…婚活とかに響かないかな?

 

「俺はお前の卍解取ったんだぞ!?許せねーだろ!」

 

「何許されてると思ってんだよ!俺の大切な子を奪ったんだ、後でやり返すに決まってんだろ!」

 

敵の情報、洗いざらい吐いて貰うに決まってんだろ。天狐を一時的にとはいえ奪ったんだ、仲間を裏切ってでも吐いて貰う。

 

「へ?……お、お前変態かよ!」

 

「何の話してんだよ!?」

 

てか、こいつに構ってる場合でもない。スピードは俺が少しだけ上、でも流石にこのままだとやられる。てか、卯ノ花隊長との約束の時間まで間に合わねぇ!

 

鬼道で足とか攻撃しても、蚊に刺された程度にしか気にしてないのか化け物じゃねぇか!なんでこんな奴相手しなきゃいけないんだよ!

 

誰か、助けて!童貞のまま流石に死にたくないんだけど!

 

「体は奪われても、俺の心まで奪わせや……!!」

 

「本当に何の話してんだよ!?」

 

このままでも埒が明かない、とりあえず奴の動きを止めなきゃどうしようもない。だけど、この子を背負いながら戦える相手じゃない。

 

「ダメ元でも卍解を「無理だ、あいつも卍解を奪える。あいつが100人に増えるだけだ」ちっ、知ってたよ!」

 

やっぱり滅却師は全員卍解をあの円盤で奪えるのか。てか、能力までわかんのかよ!

 

……あれ、何でこの子俺の手助けしてんの?確かに、滅却師側で生きていけないのかもしれないけどそれは死神側で生きていくとは同義じゃない。

 

むしろ死神は敵だ。滅却師も敵になっただけで、俺に手を貸すか?

 

「俺は捕まったらどうせ殺される。だから……お前に命を預ける」

 

顔は見えないけど、耳元で相当覚悟をした上での言葉が聞こえた。

 

一人の少女がこれからの人生を決める覚悟をした。急に足が重くなった気がする、何というか……命の重さみたいのがズッシリと重量化したんだろう。

 

「体重は軽いのに重たい事言いやがって……。重たい女は嫌われるらしいぞ」

 

「あぁ!?お前、あんだけ俺に口弁を垂れた癖に……!」

 

後ろで何か暴れ始めそうな雰囲気を感じる。ここで暴れられたら最悪、仲良く死にかねん。

 

「任せとけ。女の子の一人や二人を守れないで、副隊長は名乗れねぇんだよ」

 

「……ぅ」

 

……あれ、何も言わなくなっちゃたんだけど?ちょっと震えてる……?

 

もしかして「副隊長だったのか……隊長じゃないのかぁ……」みたいな幻滅したのか?やめて!そんな子供の純粋な奴!耐えられないから!別の意味で足が重たくなるから!

 

俺の背中ってそんなに頼りないのかな!?

 

「っ!!」

 

すると突然、桃色の無数の光弾がジェラルドへ殺到する。それは奴に当たると同時に爆ぜ、奴の頭部や腕部を粉々に吹き飛ばす。

 

「今のは…」

 

今のは……『破道の九十一 千手皎天汰炮(せんじゅこうてんたいほう)』か!?

 

俺は鬼道で使える九十番台の破道は三つしか無い。いやこの三つしか覚える為の巻物見つかんなかったからなんだけどね?

 

他の九十番台の知識程度はある、でも実物は初めて見た。というか、誰が使ったんだ。九十番代は素人が簡単に覚える事ができる代物じゃない筈だけど……。

 

「お久しぶりですね、萩風さん」

 

「何で貴方が…ここに?」

 

浦原喜助(うらはらきすけ)、元十二番隊の隊長。今は現世で活動してるらしいが、何故ここにいるんだ?

 

あ、てか死神代行の黒崎一護君とかも居る。マジで何でいるんだ?

 

「現状は把握してます」

 

俺は把握できてない。すいません、何が起こってるかもよくわかってないです。

 

「それでいくつか萩風さんに質問がありますが、まだ戦えますか?」

 

「まだ戦えますよ…でも、あれに卍解無しで勝てる手があるんですか?」

 

正直、俺が本気を出せても無限に生き返る奴を殺す方法なんて塵一つ残さずに消し去るくらいですよ?卍解封じられてたら流石に無理だ。

 

とりあえず、女の子を元旅禍の大男に渡す。チャドって呼ばれてる子だな。流石にここからは危なさそうだし、この子には死なれるわけにはいかない。

 

ドリスコール、陛下、こいつらの情報だけでも話してもらわなければ困る。

 

「その子を頼むぞ、今だけでも絶対に守ってくれ」と伝えておき、俺は浦原さんの隣へ行く。更に隣には黒崎君、どうやら彼も手を貸してくれるようだ。

 

二人の手には既に斬魄刀が握られている、だが手数が増えた程度で勝てる敵ではない。

 

それでも、俺の隣にいる浦原喜助さんは天才だと聞いてる。何でも涅隊長よりも上の天才。凡人である俺なんかの思いつかない策を練っていたのだろう、目の前で今にも立ち上がりそうな巨人がいる中、俺へ話しかける。

 

「萩風さん、『ーーーー』は使えますか?」

 

「威力は落ちますが、『ーーーー』なら使えます。でも、それで本当に……」

 

『ーーーー』でも、勝てるのか?それで消し炭にでもする気か?だが浦原さんの策ならこの程度じゃなさそうだ。そういう、自信のある眼をしてる。

 

「えぇ、『ーーーー』が使えるなら。今から作戦を伝えます」




本屋に行かないと、売り切れてないのを祈る。


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21.5話 劣勢と光明

「卍解を…奪うだと!?」

 

阿散井恋次、吉良イヅル、朽木白哉の相対する滅却師は全身を鎧で包む、他の滅却師とは違った異様な姿であった。

 

それは殆どの滅却師、そして全ての星十字騎士団の滅却師は鎧で守る必要なぞ無く『静血装(プルート・ヴェーネ)』という滅却師独自の防御術を身につけているからだ。

 

だからこそ、隊長と副隊長の3人がかりでも攻めあぐねている。鎧に守られているわけでは無いだろう、鎧は何かを隠す為のものと考えるべきだ。

 

そんな膠着した戦線を崩す為に使用された朽木白哉の卍解であったが、それは奪われてしまった。

 

「朽木家当主 六番隊隊長 朽木白哉 サンプルは採り終えた」

 

そう機械のように呟く滅却師、BG9。すると彼の手に持っている円盤、メダリオンから花吹雪が舞う。それは一度その身に喰らった事のある阿散井恋次も、噂だけでも聞いた事のある吉良イヅルも、そして元の所有者である朽木白哉には分かってしまった。

 

「後は 千本桜のデータ回収のみだ」

 

奪った卍解は、使う事が出来ることに。

 

千本桜は刃を見えない程の小さな刃へと変えて戦う斬魄刀、そしてその卍解…『千本桜 景巌』は刀の柄を含めて全てを億の刃へと変えて操る力。

 

「朽木隊長…!!」

 

その力の奔流は容易に始解状態の千本桜を飲み込み、朽木白哉へ襲いかかる。

 

「ぐ、貴様……」

 

そしてその桜色の波から現れたのは、血みどろとなった朽木白哉の姿である。千本桜の卍解は強力だ、故にそれに飲み込まれた者がどうなるのかは想像に難くない。

 

「耐えたか ならば次で」

 

無機質な声を響かせるBG9だが、そこへ阿散井の攻撃が飛び掛る。最早朽木白哉の体力どころか、命まで危ない。このままでは死ぬのは、吉良にも阿散井にもわかっていた。

 

阿散井恋次(あばらいれんじ) お前のデータも採り終えたのだが」

 

「てめぇ如きが、千本桜を使ってんじゃねぇ!!」

 

阿散井が相手してる間に吉良が回復を試みる。吉良も元は四番隊の隊士であり、回道の心得がある。だがそれでも千本桜に飲み込まれた朽木白哉は危ない、それこそ萩風カワウソや虎徹勇音、卯ノ花烈レベルの回道の使い手が必要な程に。

 

「卍解を奪うなんて……僕達はこんな奴らに、どうやって戦えばいいんだ……!!」

 

吉良もまた、絶望的な状況の打破が困難なことを察しているのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

奪った卍解を身に纏うマスクの前に、六車達は劣勢であった。

 

マスクは滅却師でありながら弓矢を使うよりも近接戦に秀でている、また六車の卍解である『鉄拳断風』も近接戦闘の能力を飛躍的に向上させる卍解だ。

 

いくら隊長である六車拳西でも、仮面をつけた久南白でも、勝てる戦いではなかった。

 

むしろ、卍解を使うマスクを相手に怪我人の隊士達を逃す時間の確保など、よく立ち向かえていた。ただ相手が悪かった。

 

そんな相手なのだ、二人は既に限界も近かった。

 

「白!!」

 

特に、今吹き飛ばされた久南は酷い。仮面は粉々、全身の装束は白い部分が赤く染まり、いつもの快活な少女の姿はそこになかった。

 

「終わりだ、悪党!スター・イーグルキック!」

 

ただの飛び蹴りと思ってはいけない。マスクの力はプロレスの技を超強力で放つ滅却師だ。時折ビームも放つが、この飛び蹴りに耐えられる力が久南には残っていないのは明らかである。

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

だが、そのトドメの一撃は久南には届かなかった。

 

「ぁ……けん、せい」

 

そこに居たのは虚化し、仮面をつける六車であった。

 

それは単純なパワーアップだけでなく、虚閃などといった虚の持つ能力を扱えるようになった力である。

 

これを使わなかった理由は単純だが、この力は虚の力であるからだ。

 

今の六車は死神であり、隊長だ。一応は平の隊士である久南が使うのとはわけが違う。

 

同様の理由で虚化が使える死神、平子真子と鳳橋楼十郎も虚化は使わない。それこそ、自身の矜持と死神としての誇りを汚してしまうからだ。

 

だが、久南の命を守る事はその吟持を捨てる理由として十分だった。それだけである。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

「ワガハイが力負けするだと……!?」

 

そして虚化した六車は身を呈して飛び蹴りを受け止め、それを投げ飛ばす。虚化した力は強大、だがここで六車は疑問に思う。

 

なぜ虚化した程度で、卍解を纏うマスクに力の押し合いに勝てたのか?と。卍解した六車ならばこの程度では押し返されない、何かが起こっているのか?と。

 

なお、その疑問は瓦礫に投げ飛ばされたマスクが現れた事で判明する。

 

「メダリオンに異常は無いはず!ワガハイから鎧の力が……!?」

 

『鉄拳断風』の鎧が剥がれ、剥がれたところから血を流している。逆に剥がれた所の卍解は六車へと帰還していた。しかも次第に剥がれ落ちる場所は多くなっていく。

 

「卍解が、元に……!?」

 

なぜこんな事が起きたのか?先程までと六車で違うのは虚化した事だけである。

 

六車も虚化について詳しい事を知らない。藍染惣右介の陰謀により実験台とされ虚となってしまった事と、それを浦原喜助に助けてもらった事だ。

 

だが本人達の知らない更に詳しい話をすれば、この虚化はオンオフを切り替えている。

 

内在する魂魄に混じろうとしていた虚の力、それを浦原喜助は切り離したのだ。混じらせる時と、混じらせない時。その二つのオンオフを切り替えるのだ。

 

なお、例外もいる。彼らが後天的な虚化であり、先天的な虚化を身につけている者もいるからだ。

 

「シンジとローズに……知らせ」

 

六車もバカでは無い、敵から卍解を奪い返す方法の理論はわからない。だが同じ虚化の使える二人ならば、卍解を奪われずに済む。広域型の卍解である二人ならば、多数の滅却師も相手取れると。

 

「スター・フラッシュパンチ!!」

 

だが、その願いも虚しく。既に限界の近かった六車はマスクの拳で吹き飛ばされた。卍解の復活で命はギリギリ助かったが、意識を失ってしまっていた。

 

「ふむ、隊長も倒してしまったか。次の目立つ場所は……」

 

マスクはここでの戦いに満足したのか、久南と六車の命を特に考えずに自身がより目立つ場所を探す。いや考えていないのとは違う、このまま放置してれば二人が死ぬのは誰の目にも明らかなのだから。

 

そんなマスクが周りを調べていると、ある一箇所に大量の霊圧を感じる。

 

「向こうに死神の霊圧数が多い、やはりギャラリーは多くなくてはな!!」

 

そしてマスクは大量の霊圧のある場所、大量の死神が治療の準備をして待機している場所。

 

四番隊舎へと向かうのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

「この程度か、更木剣八」

 

ユーハバッハは剣も抜かずに倒した特記戦力の1人、更木剣八を地面に投げ捨てる。

 

更木剣八は本気だった、更木剣八の実力は本物だった、更木剣八は護廷十三隊の中で誰よりも凶暴な獣だった。

 

だが、敵わない。ユーハバッハはそれを足蹴にしている、ユーハバッハにとって更木剣八はこの程度の脅威であっただけ。

 

買い被っていたのだろう、この程度しか力を持たない奴等を。

 

そうした時、ユーハバッハ達の真後ろで爆炎と共に地に降り立つ死神が居た。1000年以上死神の長として居座り、炎熱系最強の斬魄刀を片手に、その老人は現れる。

 

「久しぶりじゃな、ユーハバッハ。今度こそ、お主の息の根を完全に止めに来た」

 

山本 元柳斎 重國 。ユーハバッハを一度、殺した男だ。

 

「ジジイ…手、出すんじゃ…」

 

投げ捨てられた更木剣八だが、ギリギリ意識を保っている。流石は他の死神からも恐れられる怪物だ、それを有無も言わさずに四番隊舎へと投げる山本重國も普通ではないが。

 

口を動かせても重傷者、それでも投げ飛ばさなければならない状況なのだ。このままでは、間違いなく戦いに巻き込み殺してしまうからだろう。

 

「お前は老いたな、山本重國」

 

そう言うユーハバッハへ、ゴキリと首を鳴らすとその手に持つ炎熱系最強の斬魄刀…『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』で斬りかかる。爆炎あげて襲い掛かる攻撃をユーハバッハも腕で受け止める、それは滅却師の持つ血管に霊子を流す防御術『静血装(プルート・ヴェーネ)』があるからこそ成せる技だ。

 

「いきなりか、手を出すなよ。ハッシュバルト」

 

しかし『流刃若火』の攻撃で袖は焼き消え、腕も焼けている。更木剣八やウルキオラとの戦いでは無傷だったユーハバッハにダメージを与えたことにはハッシュバルトも少なからず驚いているが、ユーハバッハが負ける等とは考えていないようだ。

 

「はい、陛下」と返事をすると、そのまま少し離れて待機をする。

 

そしてユーハバッハは腰から剣を引き抜く。黒い刀身をしたその剣、死神の使う刀が『斬魄刀』ならば、滅却師の使うこの剣は『滅却十字(クインシー・クロス)』、斬魄刀のように卍解や始解は存在しない。

 

それを引き抜いた事を確認した山本重國は「漸く抜いたか」と呟くと、霊圧を最大限にまで高める。爆炎をあげる刀はその刀へと炎が収束している、しばらくすれば炎が消え、焼け焦げた小さな刀だけが残る。

 

卍解の失敗?いや違う、これが彼の卍解だ。爆炎を全て、一振りの刀へ収める力だ。

 

「卍解 残火(ざんか)太刀(たち)

 

彼は待っていたのだ、ユーハバッハが剣を抜くのを。何故か?簡単だ。

 

どんな言い訳もできない、完璧な勝利を収める為だ。敵の首領を完膚無きまで叩きのめし、殺すのを見せつける為だ。

 

「あの時と同じと思うでないぞ、ユーハバッハ」

 

そう言う山本重国へ、ユーハバッハは不意打ち気味に剣で切りつける。特に防御らしい防御もしない山本重國に、その凶刃は届く。

 

「何!?」

 

いや、届いていない。剣は半ばで折れて先が無くなっている。何が起こっているかと見開いた目で山本重國を見ると、彼は不敵に笑うかける。

 

「焦るでない。仕方ないから見せてやろう」

 

そう言うと、山本重國の体から灼熱の炎が吹き出す。いや、正確には炎のようなオーラを放つ霊圧だ。しかしその温度は千五百万℃と、鉄なぞ簡単に溶けてしまう温度だ。

 

「残火の太刀 "西,, 残日獄衣(ざんじつごくい)

 

それが、この技の名である。こんな防御術を持つ卍解は無い、そもそもそんな力を持つ斬魄刀が少ない。故に、総隊長の力は絶大だ。

 

「卍解した儂はその身と刃に太陽を纏っていると思うがよい。さて、お次はどうするつもりじゃ?」

 

そう言われたユーハバッハの手には折れた剣、だがそんなのは使い物にならない。それを投げ捨て、ユーハバッハは手から矢を放つ。とてつもない霊子の込められたエネルギーの矢。

 

だが、それを山本重國は片腕で受け止める。この男の卍解の防御力はさる事ながら、そのものの技量も途轍もない。

 

老いぼれの死神?違う、彼は常に最盛期。経験値を経てその力を上げていく。

 

最強の死神だ。

 

「直ぐに終わらせよう、ユーハバッハ。でなければ、儂達も尸魂界も死ぬからのう」

 

だが、そんな絶大な卍解『残火の太刀』にも弱点…というより、デメリットがある。彼の使う能力は炎、その卍解を解放している最中は少しずつ周りの水を消していくのだ。

 

同時刻に行われているエス・ノトの奪った日番谷冬獅郎の卍解『大紅蓮氷輪丸』でさえそれにより使用出来なくなる程の力だ。

 

このままではユーハバッハに勝ち目は無い、ゆえに彼は決断した。本気を出す事を。

 

「仕方ない。私の力を解放しよう、この『全…!?」

 

山本重國は本気を出そうとするユーハバッハに身構えるが、どうやら様子がおかしい。まるで力を御しきれてないような、そもそも力を引き出せてないように狼狽えているのだ。

 

「な、何故だ!?私の能力がっ…がが…ば、なんだ…!?」

 

「絶望の余りに狼狽えるか、情け無い男よ。ユーハバッハ、だがその程度で全ての死神の痛みを感じる事はできん!貴様ら滅却師の狼藉に理解は足りぬと知れ!」

 

そう言うと、腰に刀を引くと居合斬りをするようにユーハバッハへとその刀を向ける。

 

「残火の太刀 "北,, 天地灰尽(てんちかいじん)

 

薙がれたその刀の先にあるユーハバッハの体は、消えた。腕、腹、腰はまるで最初からなかったかのように消えて無くなっていた。この卍解において最強の技であるこの力は飛ばした斬撃の当たった箇所を消し飛ばす。

 

灼熱の刃に消えたのだ。それを山本重國は確認すると、卍解を解く。

 

途端に今まで消していた水が雨となって降り注ぎ、地面に横たわるユーハバッハにも降り注ぐ。確実な死を意味している、山本重國はユーハバッハの最期を見届けようと歩み寄ろうとするがそれは背後の彼方より聞こえた爆音で止まる。

 

「何、まさか……!!」

 

振り返った先には燃え上がる一番隊の隊舎が見える。

 

「Rのロイド・ロイド。哀れな息子よ」

 

そして、本物のユーハバッハが偽物のユーハバッハの前に立っていた。既に偽物は変装が解け、姿形や服装の異なった別人に変わっている。

 

「へ、陛下…申し訳ありま」

 

ユーハバッハはその能力を御しきれていないとロイドのユーハバッハを撃ち抜く。いや、撃ち飲み込むと言うべきかもしれない。

 

全身を吹き飛ばされ、残ったのは空虚な洞穴のみとなったのだから。この世にロイドがいたという証拠は、体ごと消滅した。

 

「貴様、今迄どこに……」

 

何故偽物を用意した?そう暗に聞く山本重國に対して、ユーハバッハは向き直り答える。

 

「藍染惣右介に会っていた。残念ながら我が軍門に下らなかったが、栓無い事だ。時間は余りある、永久にな」

 

それを聞いた山本重國は納得した。何故、一番隊の隊舎からこの男が来たのか?地下にある『真央地下大監獄』そこが目当てだったのだと。

 

「どうした、山本重國?まだまだ力は残ってるのだろう?」

 

「知れた事を!卍解……っ!?」

 

そして偽物はユーハバッハが藍染惣右介と語る時間を稼ぐ為なのと、山本重國の体力を削る為でもあったのだろう。

 

そしてそれは成功し、疲れが残った体に鞭打ちながら再度卍解する山本重國だが。

 

「もっとも……貴様では私に勝てるとは思えんがな」

 

「儂の卍解を、奪えたのか……!!」

 

それはユーハバッハの持つメダリオンによって奪われる。山本重國が卍解を使った理由は単純だが、自身の慢心もあった。強力な卍解はそれに見合った代償もある、底知れぬ力を奪う事なぞできない。

 

そう考えていたが、それは半分間違っている。

 

卍解は誰のものでも奪える、だが奪った卍解を制御できるかは本人の技量次第。故にユーハバッハは山本重國の卍解を奪わせなかった、その強大な力を使えるのはユーハバッハのみだからだ。

 

「さらばだ、山本重國」

 

そして、ユーハバッハは今しがた奪った卍解を一瞬だけ解き放ち。

 

山本重國の体は真っ二つに切り裂かれ、死亡した。

 

☆☆☆☆☆

 

山本重國の霊圧、それは卍解を奪われた隊長達を、圧倒的な力に屈しそうになっていた隊士達を、鼓舞していた。

 

そして山本重國の敗北と死、それはその全てを更なる絶望へ叩き落とすには十分過ぎていた。

 

ユーハバッハはこの戦場に存在する全ての死神、その心が折れていく音を感じながら山本重國の死体を足蹴にする。

 

「山本重國、半端者よ。何故私が貴様や萩風カワウソを特記戦力に入れなかったかわかるか?」

 

返事は無い、もう死んでいる。物言わぬ骸となった山本重國からの返事なぞ期待していないが、ユーハバッハは言いたい事がある。

 

それは哀れみを含む、侮蔑の言葉だ。

 

「萩風カワウソは確かに強者だ、だが人殺しの経験もない半端者だ。人殺しに躊躇する半端者に負ける事なぞ、あり得ないからだ」

 

確かに萩風は命を奪うのを躊躇っている。それは命を救うのが生業の四番隊に所属してるからこその弱さ、そう感じるのも無理はない。

 

だが、その甘さがあるからこそウルキオラ・シファーは生き残っている。虚圏でリルトット・ランパードは生き残っているが、ユーハバッハの知る由はない。

 

「そして貴様もだ。甘くなった、隻腕で何故挑む?井上織姫に何故治させない?貴様は何でも利用し、どんな手を使ってでも勝つ死神だった。だが、我等を殺してから変わった」

 

だが、山本重國の事はよくわかっている。山本重國は平和を維持する為に変わった、人を巻き込まないようにする事を重要視していた。

 

黒崎一護を巻き込まないようにしていた、井上織姫の治癒を拒んだ。死神だけでの解決、それが要らぬ犠牲を生まない解決法だと信じていたからだ。

 

「尸魂界はこれから死ぬが、護廷十三隊は我らと共に1000年前に死んだのだ!」

 

一層強く、骸の頭を踏みつけるとユーハバッハはそこから足を退ける。

 

「何?」

 

いや……退かされていた。脛の辺りの服は千切れ飛び、静血装で防御はしたが僅かに流血している。更に、気づくと目の前に刀があった。

 

それはユーハバッハの頭蓋を切り裂こうと迫り、紙一重でかわし下がると、その刀を向けて来た死神を視認する。

 

「足を退きましたか。では次は切り落としましょう、ユーハバッハ」

 

「まさか、貴様が来るとはな」

 

いつもは前で結んだ髪を後ろで一つ結び下ろし、斬魄刀を構えるその女性の死神。ユーハバッハがそのものを見間違える筈がない。

 

「四番隊隊……いや、初代剣八。卯ノ花八千流」




原作との相違点

1.戦ってる隊長と滅却師の組み合わせが違う

2.卍解奪われない方法の切っ掛けが手に入る

3.総隊長の卍解、見せ切れてない

4.ロイドが褒められない

5.卯ノ花隊長が現れる


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22話 十龍転滅

続編の小説で、リルトットちゃんが生き残る事を祈ってます。


虚圏で二つの小さな影が巨人の周りを飛び回る。一人は卍解状態での超高速移動をする黒崎一護、もう一人は努力と修練だけで超高速移動の境地に辿り着いた萩風カワウソである。

 

ジェラルドの大きさは既に100mを超え、振るう攻撃全てが即死級の破壊力を持っていた。だがそれを紙一重で避けた二人は同時に技を放つ。

 

「月牙天衝!!」

 

「斬天焔穹!!」

 

2人の必殺技である斬撃、その威力に申し分はない。しかしそれは残念な事に隊長格や十刃レベルの力ならばという仮定だ。

 

既に盾を破壊し、剣を破壊した2人であるが武器がない程度でジェラルドという個は揺らがなかった。

 

「無駄だ!我に貴様らが群がろうと勝てる筈はない!」

 

それはジェラルドに有効打とはならずに弾き返される。規格外の敵であるジェラルドには効いていないのだ。直ぐに攻撃に移るジェラルドだが、それをまた2人は寸前で避ける。

 

今の2人はジェラルドに唯一優っているスピードで翻弄している。ジェラルドも有効打はあるが届いていない。俗に言う膠着状態となっているが、我武者羅に体力を減らしながら攻めていると取れる2人の特攻と、悠々と戦い不滅の体力と身体を持つと言って差し支えのない怪物との戦い。

 

これは膠着状態、だが萩風達が負けるのは必然である。

 

そして、ジェラルドも自身の勝利が揺らがないのは分かりきっている事であった。

 

「萩風、今度はどうする?」

 

「もう1回、目を眩ます。後は成り行きで避けまくれ」

 

ジェラルドからすれば鬱陶しい羽虫に過ぎない、だがそれを承知で2人は空中を飛び回る。

 

「(速い。砕蜂や白哉よりも速い!俺の全力でも同等って、どういう事だよ?これで卍解無しの副隊長かよ……!?)」

 

黒崎が共に戦う萩風を見て思うのは異常な速さだ。

 

デコイとしての仕事の殆どをこなす反射などの身体能力の高さは並みの死神を凌駕している。

 

なぜ副隊長なのか?それも四番隊の副隊長だ、逆に隊長を務める卯ノ花は何者なのかも気になる程である。

 

「我を相手に、しぶといぞ!」

 

だが、反則級の力を持つジェラルドとは戦いにすらなっていないのだ。

 

どれだけ攻撃してこようが、その度にパワーアップするジェラルドが負けるはずがない。

 

そう思っていると、遠くから声が聞こえる。その方へジェラルドが顔を向けると帽子を被った1人の死神が待機していた。

 

ジェラルドは気づいてないが、先程ジェラルドを不意打ち気味に攻撃した浦原喜助である。

 

「2人とも!準備完了しました!!」

 

その合図を待っていましたとばかりに動いたのは萩風であった。超高速でジェラルドを翻弄しながら彼の前に立つと、そのまま両手でジェラルドの瞳を貫く。大きく身体を仰け反らし、萩風を払おうと腕を伸ばすが、その前に萩風は更に眼球を破壊する。

 

「硬い体だけど、流石に目玉は弱いよな?」

 

そう萩風は呟くと両手から電撃を放つ。本来は武器や地に流して攻撃する技であるが、それを体内を破壊する為に使用する。これで少しは時間を稼げるだろう。

 

「破道の十一 綴雷電」

 

内側からの攻撃、それを受けたジェラルドの視界は完全に暗転する。

 

ジェラルドの誤算は彼等をただの羽虫と考えていた事だろう。彼らはハエやトンボではない。例えるなら蜂だろう。

 

武器を持っているのだ、人を殺す事もできる武器を。

 

だが、ジェラルドはそれを理解していなかった。

 

「頼むぞ!黒崎!!」

 

萩風が黒崎を呼び捨てにするのは初めてであったが、それを気にせず黒崎は仮面を付けて全力で霊圧を溜めると目を塞ぐ隙だらけのジェラルドの足元へ降り立つ。

 

「月牙ーーーー天衝!!」

 

そして、ジェラルドの足の腱を切り裂いた。それにより、ついにジェラルドは地面に倒れ込む。その巨大な質量が崩れただけでも災害であり、地を大きく揺らす。

 

そしてそれを確認した萩風と浦原はジェラルドから離れた位置から対称の位置に立つと霊圧を高める。

 

「「万象(ばんしょう)(かたど)無城(むじょう)石垣(いしがき)天地(てんち)()現界(げんかい)する鼓動(こどう)進撃(しんげき)」」

 

それは禁術と言っても差し支えのない鬼道の詠唱である。

 

「「(いち)破滅(はめつ)し・()消滅(しょうめつ)し・(さん)燼滅(じんめつ)し・(よん)討滅(とうめつ)し・()断滅(だんめつ)し・(すべ)てに幻滅(げんめつ)せよ」」

 

最も強力な鬼道とは何か?それは萩風のよく利用する【瞬天閃降下】でも藍染惣右介の利用する【黒棺】でもない。九十番台の中で最強の鬼道は九十番でも九十三番でもない。

 

「「()きて(のぼ)災厄(さいやく)咆哮(ほうこう)(てん)じて(めっ)する幻想(げんそう)審判(しんぱん)」」

 

それを唱えるとジェラルドを中心とした10角形の1角から一頭ずつ、龍を模った力の塊が地を裂いて現れる。その力は萩風達から直に引き出された力ではない。

 

霊脈から引きずり出したその力は、並みの鬼道とは比べ物にならない。

 

並みの九十番台の鬼道すら凌駕する力を持ち、この技が使われた環境に多大な影響を与えてしまう程の威力。

 

「「破道の九十九 五龍転滅(ごりゅうてんめつ)」」

 

十頭の龍はジェラルドへと降り注ぐと、その体を消し飛ばした。

 

☆☆☆☆☆

 

黒崎一護は離れた位置からその龍が襲い掛かる瞬間を見たていたが、その一撃は紛う事なき必殺滅却の光だった。この技で残ったのはジェラルドの残骸だけだ。

 

あの怪物には黒崎の全力も届かなかったが、その相手にここまでの攻撃とダメージを与えると思わなかった。

 

黒崎は同じ九十番台の【黒棺】を藍染から受けた事がある。確かにあれは恐ろしい技だ、だがこの技は更に恐ろしい破壊力を持っているのがわかる。それを2人で放ったのだ、途轍もない威力である。

 

「死んだ……んじゃないのか?」

 

黒崎がそう言うのも無理はく、それはどの様な者からも同じ答えが返ってくるだろう。ここまで木っ端微塵にされて、死なない奴は居るのか?ユーハバッハやウルキオラですら不可能だ。

 

「まだですよ、黒崎さん」

 

そう浦原が言うと死体から光の粒子が集まり始める。それは人の形になると、ジェラルドとなって現れる。光の鎧を身につけたジェラルドは間違い無く、今までで一番強い状態である。

 

「この程度で我は死なぬ、神は死なぬ!我はジェラルド・ヴァルキリー!最強の滅却師である!!龍程度で、神に敵うわけがない!!」

 

高々と宣言するジェラルド。絶対的な自信が表れたその言葉は慢心ではなく事実であった。だから当たり前のように、高笑いをする。

 

「……とんでもないな」

 

萩風はそれを見て思わずつぶやいた。それを聞き取ったのかジェラルドは更に笑い声を大きくする。

 

だが、萩風が驚いているのはジェラルドについてではない。

 

「流石は、浦原さんだ」

 

天才、浦原喜助に対してだ。

 

そして、ジェラルドの重心が大きく傾く。それは見ればわかるが、片足が地面に埋まってしまったからだ。

 

「何だ、貴様らは穴を掘っていたのか?落とし穴程度で神の歩む道を止められる筈も無いがな!」

 

そして突然、ジェラルドの笑い声と余裕のあった叫びが途絶える。代わりに今迄に無いほどに狼狽えた声が響く。

 

それは今の状況の異常さに気づいたからだ。地の中へ沈み込んだ足を引き抜こうとするが、どうやろうと抜けないのだ。

 

「馬鹿な、これはただの穴では無いのか?何故だ……!?」

 

どれだけ引き抜こうとしても、脱出できない。

 

それもそうだろう。これはジェラルドの思う通り、ただの落とし穴ではない。

 

すると今度は逆の片足も地を割る。だがそこでジェラルドは初めて気づく、これは落とし穴であるがただの落とし穴では無いことを。割ったのは地面ではなく、空間である事を。

 

地面を掘る落とし穴ではない。この落とし穴は、先が見えない深淵を写している。今は指先で虚圏にしがみついているが、その顔にはこの戦いの中ではなかった、恐怖が見える。

 

そして驚愕し、なぜこうなったのかわかっていないジェラルドに親切に浦原は話し始める。

 

「貴方を殺す事は現状でほぼ不可能でした。アタシも貴方を倒すのに都合の良い道具を持ち合わせてません、貴方はとても強い能力を持ってますからね」

 

浦原はそう言うと、斬魄刀でジェラルドの指を一本弾く。するとジェラルドの身体はグラリと揺れて今にも落ちそうになる。

 

「なので能力を利用させて貰いました」

 

浦原は利用したのだ、ジェラルドの能力を。ジェラルドの能力を遠目に観察し、導き出した数百を超える可能性の中であり得る事を考えた。

 

その結果、導き出した答えは「【霊王の欠片】に攻撃に使われた傷を霊子に変換する能力を有している」であった。

 

この場合、浦原の使える策は少なかった。単に物量で圧殺するのも、現代兵器に近い霊子を含まない武器を使用するのも、殆どの策が有効ではなくなるからだ。そして単純な火力で消しとばすにしても、その火力を準備するのも、試して失敗した場合のリスクが大き過ぎるのであった。

 

「虚圏の霊脈から霊子を引き摺り出し、虚圏の存在を希薄化して貴方の存在を虚圏の許容出来ない存在にまで引き上げました。貴方は、もはや虚圏にいる事はできない」

 

浦原が準備していたのは一定範囲内での霊力の濃度を減らす事である。この虚圏という世界の次元を下げ、ジェラルドそのものの次元を超えさせたのだ。

 

この世界はシャボン玉だ。その中に大小様々なシャボン玉があるが、浦原がしたのは世界というシャボン玉を縮め、ジェラルドというシャボン玉を巨大化したのだ。

 

当然、大きくなり過ぎたシャボン玉は外へはみ出てしまう。今のジェラルドの状況だ。

 

「貴方が行くのは、世界の狭間。ここに追放するのが、一番できる可能性の高い方法でした」

 

だが同時にリスクもある。

 

これは浦原達もいる虚圏そのものを破壊してしまう可能性があるのだ。他にも別の世界へと偶発的にも侵入されてしまう可能性もある。だが、その策を仕切るのが浦原喜助であったのがジェラルドの敗因だ。

 

今のジェラルドは、どの世界にも入れないレベルでの強化を行なっている。【五龍転滅】、それは殆ど禁術に近い技だ。霊脈から引き出すこの力はその周りの環境を破壊してしまう。これは破壊力だけで禁術と呼ばれるのではない、その世界の地域そのものの力を引き出す恐ろしい技だ。

 

それを二発も受けたジェラルドは間違い無く世界に触れても侵入できるような存在にはなれなくなったのだ。

 

勿論、彼が自身を弱体化させれば可能だ。だが強化前の彼を倒す方法など、浦原ならば数万を超える策を練れる。そして、今の状態で弱体化された場合でも可能である。

 

そして残念な事に、この男には弱体化するという概念がそもそも存在していなかった。

 

「貴様らぁぁぁぁ!!」

 

ジェラルドは空間の狭間へと吸い込まれるように消えていった。

 

☆☆☆☆☆

 

俺がこの作戦を聞いた時に最初に思い、出た言葉は「えげつな」である。俺も本当はこいつを殺すつもりは無かった、半殺しにするつもりではあったけど。

 

浦原さんの作戦は殺せないなら追放しようって奴だ。

 

てか驚いたわ。いきなり浦原さんから「【五龍転滅】は使えますか?」って聞かれて。一応、使えますよ?俺だって隊長目指したんですから。完全に詠唱しても8割しか威力出ないですけどね。

 

その事を言ったら浦原さんは少しだけ驚いてた。

 

え?もしかして副隊長クラスでも覚えてるの当たり前なのか!?そうなら俺はどうせ凡人ですよ!俺が30年かけて覚えたこの技はなんだったんだよ!!

 

他の奴は1年とかで覚えてんのかな!?ふざけんじゃねぇぞ天才どもが!

 

オリジナルの鬼道を作れないとなれないのかな、隊長って。雛森さんとか伊勢さんとかオリジナルの鬼道バンバンできるらしいし。俺はできないよ、そんなの。才能のカケラもありませんから……。

 

……少しだけ泣きそうな心を落ち着かせて、取り敢えず現実を見たいと思います。

 

「で、この穴を塞ぐのか」

 

バカでかい穴が虚圏に空いてる。浦原さんが「穴は大丈夫っすよ、任せてください」とは言ってたけど。虚圏無くなったらどうすんだろ、エミルーちゃん達とウルキオラ位なら家に居候させられると思うけど。

 

俺って趣味らしい趣味も無いし、金だけはあるからな。貴族街の高級料亭にも行き放題なくらいにはな!虚しくなるから2度と一人で行かないけどな!!

 

虎徹さんとか誘って練習したいけど、果たして了承してくれるんだろうか……貴族の砕蜂さんでもいいか。前は奢ってもらっちゃったけど、今度はあの人に土下座して「俺を(女の子から見て恥ずかしくないような作法を使える)男にしてください」って頼み込むか。

 

もしくは大前田副隊長に可愛い妹がいるらしいから、そこら辺からブルジョワな生活での作法を聞いてみるか?

 

「何、まさか……黒崎さん!萩風さん!穴から離れてください!」

 

そんな事を考えていると地面が揺れる。虚圏でも地震とかあるのか〜…とかじゃないよな。俺の目の前にデカイ指見えるし。間違い無くあいつが戻ろうとしてる。

 

「本当に、神様なのかもな。この怪物」

 

浦原さんも焦ってる。というか、俺も焦ってる。卍解した俺の最高火力があればはたき落とす程度は可能だろう。だが今のところ卍解も出来ない俺は雑魚である。

 

「負けぬ。神が敗れる事は無いのだ!我が神罰を与えるのだ!」

 

このままでは手遅れになる、俺にだってまだ切り札は残ってるがここで使っても良いのか?試すのもヤバイ鬼道だ。

 

「っ!?萩風さん、その鬼道は……まさか」

 

時間は無い、俺は懐から俺の血を煮詰めて高濃度にした物が入った瓶を片手に今にも出てきそうなジェラルドの真上に飛ぶ。

 

すると頭に輪っか、背中に羽を広げた巨人がいる。ジェラルドだ、とんでもない奴だ。俺が今迄に戦った奴の誰よりも強い怪物だ。

 

なら、これしか俺が奴を落とせる技は無いだろう。

 

「破道の九十六」

 

この禁術は恐ろしい。焼けた我が身を触媒として初めて発動する犠牲破道だ。火力はとてつもない、そしてこれを我が身で行ったら触媒となった体は無くなる。

 

そんな危ない技、覚えたく無かったが俺はちょっとした裏技を使う。と言ってもこんなの誰でも思いつきそうな裏技だ。

 

血液と僅かな肉片しか無いが、威力は大して変わらない。何故かって?この血、本来の120倍は濃いドロドロの物だから。腕の一本よりも、濃い俺の情報が入ってる。

 

何でこんなのあるかって?こんな破道覚えなきゃ準備してないからだよ。自分の体をぶっ壊すとか、こんなの使う奴居るのかな……居たら何考えてるんだろ。卍解使えないとかいう状況じゃなければ使わない気がする。

 

一刀火葬(いっとうかそう)

 

瓶を割り、赤くヒビ割れた血液は全て霊子に変わると灼熱の刃となった。その大きさは本気を出しただけあり、卍解した程の威力は出なくともジェラルドを貫き世界から弾き出した。

 

エミルーちゃん達をボコボコにした罪は重い。だが殺しはしない。

 

「この我が、我がぁぁぁぁぁ!!!」

 

殺しはし……ん?

 

……おかしいな、威力こんなに出る技だったかな。100年前とかに試しに使った時に比べて7倍くらい威力が違う気がする。

 

ジェラルドを消し炭にした気がする。

 

「神様だとしても、神様並みの知性を持ってないなら、宝の持ち腐れなんだろうな」

 

浦原喜助が居なかったら負けてた。黒崎一護は……まぁ居た方が楽だった。俺1人で勝てる奴じゃなかった、隊長レベルの実力者が本気を出せる状況でないと勝てない怪物なんだろう。

 

日番谷隊長や総隊長辺りならタイマンで倒しそうだよな、焼いたり凍らしたり。隊長ってヤバイ。

 

とりあえず俺は塞がれていく穴を見ながら。

 

「……終わったか。とりあえず治療……ん?」

 

ウルキオラ達の治療時間を考えて、思い出す。時計を軽く確認すると、現時点で1時間ほどの遅刻が確定していた。

 

「あ、終わった……う、卯ノ花隊長に殺されないよな……?」

 

約束を破る男も、時間に遅れる男も嫌われるよな。そんな所虎徹さんとか女の子の死神に見られたら……!!

 

冷静になった頭を抱えるのであった。卯ノ花隊長からの何年振りかわからないお説教を考えたくも無いのであった。




Q.虎徹三席との噂が囁かれていますが、その件についてどう思いでしょうか?

萩風「俺の心が抉れるんで、回答は控えさせえください……」

Q.砕蜂隊長がそろそろ婚活を始めると言われてますが、見合いを行ったというのは事実でしょうか?

萩風「そんなのは無かったですよ?砕蜂さんとは偶に貴族街の御飯に誘われて、そう言う所だと『どれすこーど』っていうのが大事な所だから高そうな服に着替えて、美味しい御飯食べたり庭園を散歩したりする程度の仲ですよ」

Q.卯ノ花隊長から「身を固めないのですか?」と心配されてるそうですが、どうなのでしょうか?

萩風「回答は差し控えさえてもらいます」

Q.卯ノ花隊長から「独り身は、寂しいですよ?」と言われたのは事実ですか?

萩風「俺の心を抉るので、回答は差し控えさえてもらいます……」


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22.5話 希望は何処か

資格受けてて遅れました。取り敢えず株主に帰属する当期純利益は見たくない。2月に再チャレンジとか、見たくないなぁ……

あ、それと12月4日にBLEACHの小説の完結作が来るみたいですね!二巻は中々厚みがありましたが、楽しみです!


路地の裏に隠れる死神が、そこにはいる。一人は左の脇腹の辺りが赤黒く染まった羽織を身に付ける長い白髪の死神。もう一人は死神にしては袖が無い珍しい服装であり、頬には数字の『69』が刻まれている。

 

十三番隊の隊長である白髪の死神、浮竹十四郎は満身創痍であった。隣では浮竹程では無いがボロボロの九番隊の副隊長である檜佐木修兵が周りを警戒している。

 

今の浮竹は強力な電撃技を食らってしまい、腹に大きな穴が空いている。唯一の救いは火傷によって止血は行われている事だが、これ以上戦うのは難しいだろう。

 

そもそも、浮竹は体が弱い。これは隊首会を欠席する程に重く、今日も良いわけでは無かった。だからと言って、200年以上も隊長を続けている浮竹は簡単に敗れる死神では無い

 

「申し訳ありません、俺を庇って……」

 

「気にするな、俺も防ぎ切れなかった……」

 

この攻撃は檜佐木を庇って負った傷である。双魚理で防ぎ切れなかった攻撃が貫通したのだ。

 

檜佐木修兵は決して弱い死神ではない。むしろ、斬魄刀の破壊力は始解にしては大きい。隊長程では無いが、間違いなく強者だ

 

この傷を負ったのはどちらも悪くない。真の悪は二人が相対した、卍解を使う滅却師だ。天候を操る、卍解を使って来たのだから。

 

「(最悪だ……元柳斎先生が殺されて、護廷十三隊の士気が目に見えて落ちてる。俺はまともに動けない……いや、俺だけじゃない。京楽や他の隊長たちの霊圧も弱ってる。せめて、敵の幹部を一人でも倒せれば……)」

 

そして浮竹は自身の体の状況、護廷十三隊の状況を冷静に分析する。現状は絶望的だ。卍解は使えない、総隊長は死亡、ただただ蹂躙されている。一方的に、蹂躙されている。

 

増援は期待できない。幹部格を一人として落とせていない。既に副隊長にまで被害を出している浮竹達死神とは違うのだ。

 

「(このまま、状況が好転するきっかけが無ければ……)」

 

護廷十三隊は、完全敗北する。

 

だが、そのきっかけを生み出せない浮竹は奥歯を噛み締める。どうすれば良いのか、他の隊長達も考えているはずだ。現状を打開できる、一手を。

 

卍解を取り戻せる、卍解を奪うのを阻止する。そんな方法があれば間違いなく希望となれるだろう。

 

だが、今すぐに出来るほど楽ではない。

 

どうしたものかと頭を抱える浮竹だが、そこで二人は針で刺されたような鋭い霊圧を感じる。

 

「この霊圧は…!!」

 

檜佐木はその霊圧に困惑している。そう、困惑しているのだ。歓喜ではなく、困惑だ。その霊圧を感じ取って、誰の霊圧なのかわかる死神は恐らく少ない。何故ならこの霊圧を放つ死神は本気で戦う事なぞ殆ど無く、普段は戦うフィールドが違う。敵を倒す死神ではない。

 

本来ならば待機命令を受けていたはずの死神だ。

 

「卯ノ花隊長か……」

 

卯ノ花烈、護廷十三隊の中では実力を疑問視する者が多いが護廷十三隊では指折りの実力者である。

 

浮竹は彼女の実力を知る、数少ない死神だ。恐らく、護廷十三隊において彼女以上の剣技を扱える死神は存在しないだろう。鬼道の腕もあり、霊圧も高い。そこらの死神が束になっても戦いにすらならないような死神なのだ。

 

初代剣八、初代最強である。

 

「これが、卯ノ花隊長の霊圧……!?何て、力強い霊圧なんだ……」

 

浮竹は檜佐木の目を見ると、そこに希望が見えたのに気づく。そしてそれは檜佐木だけではないようで、護廷十三隊の死神達が鼓舞されているのにも気づく。

 

だが、浮竹の顔色は良くなかった。体調の問題ではない、檜佐木の目を見ればわかるのだ。

 

「これでも、勝てるのか……?」という、諦めにも似た敵の強大さに希望が霞んでいるのだ。だからだろう、総隊長が出陣した時に比べて護廷十三隊の死神達から強い覇気が感じられない。

 

「(時間の問題だ。卯ノ花隊長と言えど元柳斎先生を殺した奴に卍解無しで戦うのは……何か、他の希望が無ければならない。このままでも、駄目だ)」

 

いくら初代剣八と言えども、相手が悪い。確かに卯ノ花は強い、だが卍解を封じられて戦える相手ではない。さらに総隊長の卍解を奪われているのだ、剣技だけでどうにかなる域を超えているのだ。

 

「(今の護廷十三隊には、卯ノ花隊長以上の希望が無い。鬼道に長けた死神でも、戦えるかどうかすら怪しい相手だ……隊長の俺が、いつまでも休んでいられない……!)」

 

そう考えると居ても立っても居られない、浮竹は無理矢理に起き上がり立ち上がる。

 

「浮竹隊長、今は動かないでください!隙を見て四番隊に」

 

だが隣にいる檜佐木がそんな状態の浮竹に無理をさせるわけにもいかない。浮竹に休むように手を貸しながらも座らせようとするが、そこで向かおうと考えている四番隊の方向に嫌な気配を感じる。

 

「この霊圧……!!あの野郎!!」

 

それは浮竹も感じ取っている。数は雑兵を含めれば200人を超えるが、真なる脅威は5人だ。その中でも檜佐木が熱り立つのは先程まで戦い浮竹に重傷を負わせた滅却師だ。

 

「卯ノ花隊長が居ない状況で、今の四番隊は不味い……!!」

 

そう言うと、浮竹は言う事を聞かぬ体に鞭を打ちながら駆ける。そしてその後に檜佐木も追従する。各所で隊長や副隊長を負かした滅却師が集結する、四番隊舎へと全力で。

 

「間に合ってくれ……」

 

檜佐木がそう呟くも、既に戦闘が始まっているのに心の中で舌打ちをしていた。

 

☆☆☆☆☆

 

皆を集めた虎徹勇音は隊長と副隊長の不在を皆に告げた。先程から始まったユーハバッハとの戦闘で放たれた霊圧で、勘づいている隊士もいるようだが、副隊長の不在と隊長が敵の首領と戦っていることに関しては大きな動揺を生む。

 

副隊長は殺されたのではないか?と思う者も多いようで、前者には絶望感に包み込まれていたようだが、後者は隊長が戦えること、そして感じる霊圧が卯ノ花隊長の本気ということに驚愕しているようだ。

 

卯ノ花の目的、護廷十三隊の希望へと一時的になる事は成功しているようだ。今の護廷十三隊は大半の隊長格が敗北、もしくは劣勢なのだ。これ以上、敵に好き勝手をさせない為にも『命を賭し、総隊長の命令を初めて背いた』のだ。

 

だが、これは護廷十三隊の精神的な問題だ。今の虎徹達四番隊の抱える問題は希望などではなく、自身の命を、護廷十三隊の命を失うような事態であり、最悪と言って差し支え無い程に深刻である。

 

「他の隊への応援要請はできましたか?」

 

「先程、十二番隊の隊舎も襲撃されたようで連絡がまだついていません!ですが、難しいかと思われます……」

 

「ありがとうございます。引き続き対応を続けてください!」

 

虎徹はいつもの弱々しい声を出さずに、できるだけ気丈に振る舞う。慣れていない行為なのか、彼女の体がガタガタと静かに小さく震えているが、それを押し殺し、言うことを聞かせるように声を張り上げる。

 

「虎徹三席、我々はどうすれば……」

 

不安そうな隊士達の声が辺りから聞こえる。無理もない、外から感じるのは数百の滅却師の兵士だ。

 

更に率いるのは隊長格に引けを取らない滅却師が5人だ。この群を見て、打つ手がないのは誰の目にも明らかだった。それが、全て四番隊へと立ち塞がる隊士達を斬り伏せながら突き進んでいる。

 

今起こっているのは、護廷十三隊の戦闘後の隊士達の命に関わる問題なのだ。ここを捨てるのは簡単だ。だが、捨てては救える命をすくえなくなる。しかし虎徹勇音がどう頑張ろうが勝てないのはわかっている。

 

だからと言って、諦めるわけにはいかない。虎徹は何をしてでも守り切る覚悟を決め、檄を飛ばす。

 

「毒ガスで時間を稼ぎます!私の研究室か、足りなければ萩風副隊長の研究室から『赤い血のような黒さのある薬瓶』と『白緑の蛇の浸る白の薬瓶』を持ってきてください!調合は7:3で、解毒剤の『黄色の魂魄草が浸る透明な瓶』も確保してください!私が『天挺空羅』で伝令を送ります!遅滞戦闘に専念して、無理をしないで!絶対に、敵を倒す事を考えないでください!」

 

虎徹は三席として、副隊長と隊長が居ないこの場所を守る使命があるのだ。いつものおどおどとした態度は無い、あるのは皆を導く席官としての堂々とした姿である。

 

気づけば、体の震えも止まっていた。

 

「ですが、それで何を待つのですか!?」

 

だがそれで隊士達も、虎徹も騙されるわけがない。各所で護廷十三隊の隊士達が敗北したからこそ、ここまで攻め込まれてしまっているのだ。増援なぞ、来るはずがない。

 

そもそも、虎徹の知る限り四番隊にある薬瓶で調合しても大した効力を持つ毒ガスを撒けない。少量を吸って殺傷できるほどの毒ガスは作れない。作れても、時間がない。そもそも、撒けても焼き払われたり、散らされたりはするのは目に見ている。本当に時間稼ぎにしかならないのだ。

 

涅マユリの卍解である『金色疋殺地蔵』のような力は持たないし、広範囲に散布しても解毒剤が足りなければ護廷十三隊の首を絞めてしまう。八方塞がりの中で虎徹の導いた策では、四番隊は勝てないが延命はできる。

 

いや、今の虎徹には延命しか考えていない。他の隊が惨敗してるのだ、四番隊が勝てるはずが無いのはわかってるのだ。

 

「必ず増援が来ます。それまでここを死守するのです!」

 

だからこそ、虎徹はそれを押し通す。気の利いた言葉は無い、今の状況を好転させるような考えもない、今の虎徹にできるのは信じて待つ事だけなのだ。

 

少なくとも、一人だけ増援にあてはある。だがそれだけで事態が好転出来るほどの高望みはしていない。敵の軍勢を前に皆の心が折れかけている、他の増援が来るまでの支えになれるなら良いのだ。

 

だが、彼ならば何とかしてしまうのでは無いか?という確信めいた何かを感じている。四番隊の、虎徹の希望は隊長である卯ノ花だけではない。

 

「更木隊長の治療は田中四席にお任せします。そして、戦える者は私と共に時間を稼ぎに行きます!ついてきてください!」

 

自身の斬魄刀を腰に下げ、四番隊の中で比較的まともな戦力を連れて行く。だが、比較的だ。

 

四番隊は後方支援、他所の隊に比べれば貧弱としか言えない。そのせいで隊長や副隊長ですら『弱い』と言われているのだ。

 

だが、虎徹は知っている。

 

隊長と副隊長の本来の実力を。

 

「(早く戻って来てくださいよ、萩風副隊長……!!)」




Q.貴方の考える理想の女性はどんな方ですか?

萩風「少し頭が悪くて……天然とは違うんだよね。無垢な幼さがあるって感じか?胸は大きい方が好ましいけど、顔は美人タイプより可愛いタイプ。抱きつかれるより抱き付きたい感じで……今のところ、タイプにど真ん中なのはエミルーちゃんです」

Q.死神では?

「死神なら、虎徹さんかな。あと最近になって……砕蜂さんが可愛く感じ始めたんかな。砕蜂さんは近々誰かと婚姻を結ぶ予定って風の噂で聞いたから、取り敢えず相手を嫉妬(薬剤)で不幸せにしたら殺す。あ、顔はタイプだよ。最近は彼女の色んな面が見えて……あれ、もしかして死神の中だと一番好みに近い性格かもしれない。意外と可愛い性格だし……俺が隊長でイケメンならなぁ……」

Q.砕蜂さんから婚姻を申し込まれたらどうしますか?

「カウンセリングですね。どう錯乱したかはわかりませんが、辛いことがあったのかもしれませんし……友人として親身になって、相談に乗りたいと思います」


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23話 初代剣八

今回、長いです。

卯ノ花隊長を多少魔改造したかもしれないけど、あまり違和感を感じない自分がいます。


雨を雑巾のように絞り切った曇天の下で行われるその撃ち合いは、尸魂界の歴史に残るのに異論ない戦いだろう。

 

地は裂け、空気は震え、瓦礫が舞い踊る。その隙間を縫うように、2人の怪物がぶつかり合う。

 

「破道の七十八 斬華輪(ざんげりん)

 

卯ノ花が放つ鬼道の刃は、地を割いてユーハバッハへと向かう。それを確認したユーハバッハは自身の剣で弾くが上手く捌ききれない。これはただの鬼道の刃ではない、空を切り斬撃を飛ばす卯ノ花の剣術との複合技だ。

 

「卯ノ花八千流、腕を上げたな」

 

「えぇ、刺激的な毎日を送っていましたからね」

 

「成る程、萩風カワウソの影響か」

 

それを受けたユーハバッハはニヤリと笑うと、片手で滅却師の使う滅却矢を放つ。

 

「縛道の八十一 断空(だんくう)

 

そして卯ノ花はその矢を空に現れた透明な盾で防ぐ。どちらも譲らない、滅却師と死神を引っ括めても最高レベルの実力者だ。一瞬、一瞬の刹那の間隙に幾重にも重なる攻防が繰り広げられている。

 

「縛道の九十一 雁字縛(がんじしばり)

 

そして卯ノ花は影のように地面を這う黒い力の流体を襲わせる。縛道の術は多岐に渡るが、これは縛道においては異質な力だ。本来、縛道は文字の通りに敵を縛り、捕まえる力だ。

 

これもそれに類するが、根本的に違うのはこの縛道は敵を攻撃する事だろう。無論他にもある、だがこの影は相手を貫き殺す。

 

敵をじわじわと追い詰め殺す事に特化した、縛道である。

 

「小手先の技で、私を倒せると思っているのか。ならば甘いとしか言えぬぞ、卯ノ花八千流!」

 

だが相手は滅却師の王、簡単にはいかない。這い寄る混沌の闇を全て弾き、避ける。確かに強力な力だ、全方位から襲い掛かるこの技は初見殺しでもあるが、ユーハバッハは苦もなく払い除ける。

 

「そちらこそ、本気も出さずに私を相手できると思われるとは。甘く見られたものですね」

 

だが、これは卯ノ花の文字通り小手先の技だ。本命は彼女自身であり、影に気を取られていたユーハバッハにそのまま近づくとその脇を斬りつける。

 

剣技において卯ノ花は護廷十三隊最強、それはユーハバッハも超えている。

 

「貴様程度に、私の力を使うまでもない。卯ノ花八千流、貴様を何故特記戦力にしなかったと思う?」

 

だが斬りつけた箇所に流血は見られない。よく見ると血管が浮かび上がって攻撃が防がれたのがわかる。滅却師の防御技である静血装だ、だが卯ノ花は気にもとめずに斬りかかる。

 

「その防御術で私の剣を攻略できるとでも思っているのですか?確かにただの斬撃では傷すらつかないようですね。ならば……貴方の防御の追い付けない次元の速さで斬るだけです」

 

卯ノ花の斬撃の速度が更に上がる。ユーハバッハもそれに追いつかなくなってきたのか、衣服に切り傷が増えていく。防御術でダメージは受けていないが、時間の問題だろう。

 

「貴様の剣術は他の滅却師には脅威だろう。萩風カワウソのような甘さもない、だが貴様……何故、今になるまで戦わなかった」

 

にも関わらずに、ユーハバッハに焦りもなければ動きもない。先程から変わらないのだ、劣勢であるならば何か新たな手を打たなければ負けてしまうのが分かりきっているはずなのに。

 

「貴様は所詮、上からの命令に従うだけの愚図だ。判断も遅く、萩風カワウソのように予期せぬ事をしない……いや、できない。利口になってしまった、角が取れてしまった、貴様は」

 

虚勢とも取れる余裕を見せるユーハバッハ、その言葉を遮るように卯ノ花は特大の斬撃を撃ち込む。それにはユーハバッハも至近距離で受け切れないと理解し、直ぐに下がりながら捌ききる。

 

距離が空けば有利になるのは弓を使えるユーハバッハ、卯ノ花も鬼道を使えるが近接戦闘の方が得意だ。だが距離を空けた、それがユーハバッハには少し理解できていないようだが、卯ノ花は嘲るように呟き始める。

 

「世迷言を。私が臆病者と言いたいようですが……私が動かなかった理由なぞ、簡単ですよ」

 

そして、卯ノ花は今迄に無いほどに特大の霊圧を身から放つ。

 

ユーハバッハは初めて、余裕のあった表情が揺らぐ。と言っても一瞬だ、だが一瞬でも揺らがせるほどの力を放っている。何故ユーハバッハが揺らいでしまったのか、それは想定外だからだ。

 

総隊長である山本重國や特記戦力である更木剣八という脅威を破ったユーハバッハに、零番隊以外に更なる壁が現れるとは思いもしなかったからだ。

 

「総隊長や他の隊長達が全てを解決していました。だからこそ私が動く必要が無かった、それだけの事ですよ。ユーハバッハ、貴方が私を見誤った代償は大きいですよ?」

 

卯ノ花八千流。彼女は最も警戒を怠ってはならない死神だったという事にユーハバッハは気づく。卯ノ花の実力を過小に評価していた、彼女は自身の障害となる敵である事を認識したのだ。

 

だが、それでもユーハバッハの顔には焦りがカケラも見られない。ニヤリと笑う彼は卯ノ花からすれば不気味だろう、だが彼女も一撃で滅却師の王を倒せるなぞ楽観視していない。

 

「片腕から貰いますよ、ユーハバッハ!」

 

勝機はここだ、卯ノ花が霊圧を高めて刀を振り続ける。隙ができる、どこかで必ずできる。そう思い、振る卯ノ花の斬魄刀は明確な隙を見つけ出す。

 

「(もらった!)」

 

卯ノ花は斬魄刀を振り抜く。鮮血が舞い、卯ノ花の刀を伝ってユーハバッハの血が流れる。

 

「っ!?」

 

だが、地面にユーハバッハの腕は転がっていない。代わりに、折れた卯ノ花の斬魄刀の刃先が地面に突き刺さっている。

 

確かに傷はついた、だがそれは擦り傷のような浅さの傷だ。折れた刃先が掠っただけだ。なぜ擦り傷程度で今の攻撃を防げたのか、卯ノ花は理解できない。

 

「(折られた?どこで?今の動作の何処にそんな事ができる隙があった?いえ、それ以前に私が気づかない内に斬魄刀を折れる筈が……)」

 

卯ノ花が心の中で激しく取り乱す。何処にも避けられる程の動きはなかった。剣を折られる要素や可能性なぞ存在しなかった。今の攻防において、負ける要素は無かったはずだった。

 

そしえ戸惑う卯ノ花にユーハバッハは「どうした。まるで敗北する未来が見えていなかったような顔をしてるぞ」と、見事に彼女の胸中を見破る。

 

「卯ノ花八千流、素晴らしいぞ。特記戦力にする程では無いが私への十分な脅威だ、それこそ山本重國以上の。ならば……使うのも仕方の無い事だ」

 

彼が目覚めてから、この力を使うのは2度目だ。

 

本来ならば卯ノ花が卍解も使わずに対応できる程度の実力のユーハバッハに、ウルキオラが敗北する事なぞあり得ない。ウルキオラは最強の破面、最強の死神であった山本重國とも渡り合える実力を有している。

 

更に詳しく言うと、卍解を使った山本重國とだ。

 

ならば何故、卯ノ花が渡り合えいてたのか。それは基本能力だけで戦えるという甘い考えをユーハバッハがしていたからだ。さらに言えば、彼は奪った山本重國の卍解も使っていない。

 

それは卯ノ花も不可解に感じていたが、彼の能力の片鱗を感じた彼女は卍解を持ってるか否かなど誤差に過ぎないと感じ取る。

 

「『全知全能(ジ・オールマイティ)』、貴様等死神が私に勝つ事を不可能にする能力だ」

 

神にも等しい力の片鱗を振るえるのを、卯ノ花は本能で感じ取ってしまっていた。

 

☆☆☆☆☆

 

毒ガスの散布、それは一定の戦果を出している。数にしては雑兵を50人程度は殺せただろう。だがこれだけで勝てると思い上がる虎徹ではない。

 

もって数分というのは虎徹もわかっている、だがそれでも構わないとわかっていてこの戦果は十分だろう。

 

「っ!!」

 

虎徹勇音だけが感じた、絶望。

僅かな霊圧の揺らぎと敵首領の言い様のない不気味な気配。これが何を意味するか、直ぐに虎徹だけは理解できていた。

 

他の隊士たちは鼓舞され、士気も回復の傾向にある。それは一重に卯ノ花の自殺紛いの特攻のおかげだ。敵の首領と、総隊長を殺した滅却師との一騎打ちの戦い。

 

誰もがすぐに敗北する、殺される。そう思っていた中で、彼女が戦い続けているだけで士気は回復したのだ。勝てるかもしれないと、隊士達に希望を与えたのだ。

 

だが虎徹の心は最初から絶望に染まっている。別に、卯ノ花の実力を信用していないわけではない。卯ノ花八千流は剣術において最強、それは紛う事ない事実。

 

しかし、今の卍解が使えない状況で勝てる程甘くない。虎徹には最初から現実が見えていた、見えてしまったから予期できていた。

 

「(卯ノ花隊長が……このままじゃ、死……!)」

 

そして優勢に感じていた中で形勢が逆転したのを感じ取ったのだ。

 

即ち、卯ノ花の敗北。勝敗は最初から決まっていたとも言える、だがそれでも抗うのを卯ノ花は選んだのだ。虎徹もまたそれを送り出したのだ。

 

「ガスが……!!」

 

そして、不幸は連なる。今まで四番隊舎迄の道を遮っていた毒ガスが雷撃で焼き払われ、冷気で吹き飛ばされる。

 

毒ガスが焼けた事により黒煙と変わり、その中を悠々と歩み前進してくる滅却師達を死神達は感知する。

 

「いやー、罪だよなぁ!圧倒的な力の差ってのは、罪だよなぁ!えぇ!そこの死神さんよぉ!」

 

ドリスコールは雷を片手に高笑いをしながら、毒ガスの撒かれていた地域から抜け出す。また、その後ろから続々と滅却師達が現れる。

 

ドリスコール、マスク、バズビー、エス・ノト、バンビエッタ。5人の星十字騎士団とそれに追従する雑兵150人。これを死神の戦力で例えるならば隊長や副隊長レベル5人と隊士150人だ。

 

非戦闘員が大半を占める、四番隊の手に負える数でも怪物でもない。

 

「虎徹三席、増援は期待できません。どうしますか……?!」

 

「時間を稼ぎ続けます。私が死のうと、必ず稼ぎ続けます」

 

不安がる隊士の声を一蹴すると、虎徹は他の隊士の目を見る。卯ノ花隊長の影響で悲観的に全てを捉える者は少ない。ここを持ち堪えさせる程度の力と士気はあるのを確認すると、虎徹は敵を見据え叫ぶ。

 

「隊長が戦っておられるのです!私達が膝を折るのは私が許しません!卯ノ花隊長が敵の首領を撃ち取り帰る場所は、私達が守り抜きます!」

 

それに呼応し、隊士たちは雄叫びをあげ士気を更に高める。普段の彼女からは思いも寄らない姿に心打たれたのだろう、副隊長と隊長の不在時にできる限りの仕事を彼女はやっている。

 

そして、図らずともそれは敵の雑兵を威圧する事に成功している。ユーハバッハと卯ノ花隊長が戦っているのに気づいていても、どういう展開かを読めないからこそでもあろう。

 

「なんかうっさい奴等ね、本気で陛下に勝てると思ってんのかしら」

 

「勝てるわけ無いだろ。というか、もうほぼ陛下の勝ちだな」

 

「ソウダネ。陛下ト戦ッテル隊長ガ弱ッテル、大シタ事無イネ」

 

だが、星十字騎士団の5人は至って平常だ。陛下という絶対的な存在が負けるとカケラも信じていない、そう言うメンツの集まりだからだろう。自分の力を信じているからこそ、それを超えるユーハバッハが負けるはずが無いという事を。

 

「あいつら貰うぜ、オレが強くなるのに必要だからなぁ!」

 

バンビエッタ達はドリスコールが進んで敵を殺していく事に異を唱えるつもりは無いようで、それを好きにやらせる。今の星十字騎士団に下された命令は一つ、尸魂界の蹂躙だ。それを勝手にやろうとしているのだから、無理に動く必要が無いならば3人は動かない。

 

「待て!ワガハイがそれでは目立たん!」

 

「それじゃ、オレが強くなれねーんだよ!!」

 

だが目立つ事を信条にしてるマスクがそれに待ったをかけようとするも、直ぐに雷撃が向かう。

 

先ずは横から削り取って行こう、そう思い放たれたそこには30人ほどの隊士たちが固まっていた。ドリスコールの持つ聖文字はO、能力は『大量虐殺(ジ・オーバーキル)』。殺せば殺す程力が増す能力、そこに向けて奪った卍解を投げつけるのは効率的な攻撃だ。

 

着弾と同時に目を開けるのも難しい閃光と衝撃波が吹き荒ぶ。だが、なぜか着弾したのは地面ではなく空中であった。

 

「あ?んだこりゃ」

 

ドリスコールが目を凝らすと、そこには透明な盾が四番隊舎を覆うように展開されている事に気付いた。今の攻撃がこれに防がれたのはわかるが、着弾し破壊された盾は直ぐに修復されている。

 

「……準備をして、正解でしたね」

 

虎徹は若干疲れの出た声で呟く。

 

断空結界、それがこの結界の名だ。『縛道の八十一 断空』を結界のように重ね、囲う結界である。その防御能力は『九十番代未満の破道の無効化』という程の強固さだ。それを多重に展開するのだ、卍解と言えど簡単に突破はできない。

 

だが、同時に果てしない量の霊力が必要となる。これを個人で展開、維持できる死神は存在しないだろう。だが、個人でなければ可能な事である。

 

透明な盾のドームは四番隊の隊士たちの霊力によって維持されている、ただ各所に置かれた装置に霊力を送るだけで維持できる結界だ。これは元からあったものではなく、虎徹の指示で作らせた防衛システムだ。

 

非戦闘員が大半を占めるこの隊で有効な防衛能力を使うのに、これは適していた。

 

「よえー奴が小賢しい事するじゃねーか、でもよえー奴のやる事なんざ大した事ねぇんだわ!」

 

だが、あっさりと破壊される。虎徹は鬼道に長けた死神というわけではない。この技も急造し、有り合わせで作り上げた理想とはほど遠い試作品であり、様々な触媒を用いて毒ガスで稼いだ時間を使って作り上げた結界だ。

 

しかし、所詮は急造。ある物を用いて作り上げた間に合わせの結界、卍解の力を何発も受けられる程の力は持っていない。

 

「(白兵戦は最終手段、まだ手はあるけど……こんなやり方をしてきたら、どうにもできない……!ここを死守するには、何もかもが足りてない……!!)」

 

そして虎徹は断空結界が崩壊した無茶苦茶な力技を目の当たりにし、慣れない疲労と強張る身体が自分の動きを止めていた事に気づく。

 

この戦力を相手にするのは、荷が重過ぎる。むしろよく持たせた方だ、他の隊では白兵戦が主体だ。白兵戦が主体でない四番隊だからこそ、遅延に徹したからこそ稼げた時間だ。

 

だが、もはや遅延できるような技も罠も無い。

 

「虎徹三席!?」

 

気づくと、虎徹は地面に倒れかけていた。他の隊士の声や自身の気迫で踏み止まり倒れるのは避けたが、それでも膝を折り手を地べたへついてしまう。

 

「まだ、私は……!」

 

虎徹の疲労の原因はシンプルである。霊力を使い過ぎたのだ。

 

仕掛けた罠の数々、だがそれには当然維持するだけの力が無ければならない。他の隊士達も勿論霊力を送っていた、だがそれは展開された罠にだ。いつでも展開されるように準備をしていた罠の全て、虎徹が維持していたのだ。

 

無論一人では無い、だが全ての維持に霊力を送っていたのは虎徹だけである。

 

「無茶をし過ぎですよ!どれだけ結界に霊力を送って……」

 

そして、無理が祟った結果が今だ。霊力の供給が止まり、準備されていた全ての罠が止まる。これが何を意味するのか、わからない隊士達ではない。

 

「お、終わった……」

 

そう呟き、何人かの隊士は完全に戦意を失う。目の前で結界が崩壊された事や新たな罠が使えなくなった事も大きいだろう。だが真に受け入れ難い事実は、首領と戦う卯ノ花の劣勢が平の隊士でも感じ取れるようになった事だろう。

 

「よぉー、死神ども。ひーふーみーのー…80人程度か、中にはもっと居るみてーだし、暫くは楽しめそうだなぁ!」

 

そして、遂に四番隊舎の敷地内に彼等は侵入してきていた。罠はない、戦力もまともに無い。隊長、副隊長は不在。それに次ぐ三席も満身創痍。

 

「先ずは、お前からやるぜ。その方が面白そうだからな」

 

回復を受けている虎徹に向け、ニヒルに笑うのはドリスコールだ。絶望していく隊士達を嬲り殺していくのを快楽としか感じない彼は、虎徹は更なる絶望へ落とす為に最初に殺そうと、ゆっくりと歩み寄る。

 

「虎徹三席、逃げましょう!最早、我々は敗北したのです!貴方まで死なせては、卯ノ花隊長に申し開きできません!」

 

虎徹の治療を行う隊士が必死の説得を行うが、虎徹は首を縦に振らない。

 

ここを放棄し、逃げるのが正しいのかもしれない。だが放棄しては救える命を救えなくなってしまう。

 

そんな葛藤してる間にドリスコールは一歩、一歩と近づいて来る。もう射程内であるにも関わらずに近づいて来るのは虎徹の最期を間近で見る為だろう。

 

「私達は、負けない」

 

それを悟った虎徹は疲労で上手く動かない体を無理矢理立ち上がらせ、今にも倒れそうでありながら力強く叫ぶ。

 

「副隊長が、隊長が!必ず我等を導いてくれます!私が倒された程度で、貴方達は護廷十三隊には勝てない!」

 

そして虎徹は自身の斬魄刀を引き抜く。

 

(はし)れ 『凍雲(いでぐも)』!!」

 

始解した虎徹に呼応するように、四番隊の隊士達は斬魄刀を引き抜く。何人かは始解もするが、他所の隊士に比べれば貧弱と言える。それを見たマスクは敵が弱過ぎる事にガッカリすると、ドリスコールにこの場を譲る。

 

「いいぜ、全員殺すんだからなぁ!」

 

そしてドリスコールの雷撃が四番隊の隊士達へ向けられ、皆が死を感じた時だった。

 

「あ?なんだこ……っ!!」

 

空間に黒い穴、ガルガンダが虎徹達とドリスコール達の間に開かれる。だがその穴を覗こうとした瞬間に、穴から現れた二つの斬撃が飛ばされる。一つは黒く、もう一つは赤い。見るものが見れば分かるだろう、黒い斬撃は月牙天衝、赤い斬撃は斬天焔穹だと。

 

それはドリスコールに直撃し、遥か彼方へと吹き飛ばす。

 

そしてその穴からは二人の死神が現れ、それを目にした者は全員目を見開く。

 

理由は様々だ。

 

「黒崎一護、死神代行か!?」

「卍解を使ってないか?奪われないのか!?」

「何故、あそこからあの人と一緒に……?」

 

そのうちの1人である黒崎一護にも勿論驚いている。だが、四番隊の隊士の誰もが驚いているのはその隣の死神だ。

 

その死神がこのタイミングで来る事を予期していなかった者、その死神が斬魄刀を引き抜いている事に驚いている者、それ以前に戦える事に驚いている者が多いだろう。

 

「虎徹三席。副隊長の仕事、押し付けて悪かった」

 

服は少しだけ焼け焦げてるが、その逞しい声と背中は虎徹の待ち望んでいた死神だ。また、隣の死神もまた護廷十三隊が待ち望んでいた希望だ。

 

死にそうな目をしていた隊士達の顔に、光が差し込んでいる。目の前で敵の幹部を吹き飛ばしたのも大きいだろう、虎徹は土壇場で卯ノ花隊長の目論見通りになった事に安堵すると途端に力が抜けて地面へ足を下ろす。

 

「萩風副隊長……!!」

 

そして、萩風と黒崎は事態の深刻さをすぐに悟る。黒崎は阿散井恋次や朽木ルキア達、顔見知りの死神が軒並み瀕死なのを感じ取っているようで、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

萩風もまた似たような表情だ。ここまで被害が出るとは思いもしてなかったのだろう、特に現在戦い弱っている自身の隊長の霊圧を感じ取ったのか、黒崎の方を見ずに呟く。

 

「黒崎、卯ノ花隊長の方を任せていいか?」

 

「……わかった、任せてくれ」

 

黒崎は目の前の軍勢を見る。「俺もやる」そう言おうと考えたようだが、萩風の静かに燃える闘志を感じたようだ。元から敵の首領であるユーハバッハを倒すつもりである黒崎は卯ノ花の元へと向かう。

 

「縛道の六十二 百歩欄干(ひゃっぽらんかん)

 

それを追いかけようとする滅却師も居たが、萩風はそれら全ての雑兵を六角柱の形をした物体で撃ち落とす。黒崎の邪魔をさせない……というよりは、ここから逃す気は無い。そんな意味を込められた鬼道を放つ。それにより黒崎を追いかける愚行をする滅却師はいなくなった。

 

「虎徹三席達はしばらく休んでくれ。後の事は副隊長の仕事だ」

 

それを確認すると、萩風はギロリと敵を睨みつける。

 

数にして150の雑兵と5人の怪物。相対するは、護廷十三隊の副隊長1人。

 

この戦いがどちらが優位かは明白、にも関わらず四番隊の隊士達に、特に虎徹勇音には恐れはない。

 

「……お任せしました」

 

その言葉を呟き、虎徹は安らかに気を絶っていた。

 

☆☆☆☆☆

秀才が天才を超えることはあり得ない。

 

それが萩風の持論であり、世の理と言っても過言でない程の事実である。

 

世を回し、皆の先を行き、新天地を見つけ出す存在、それが天才だ。今迄にない物を作り出す、今まで出来ないのが当たり前の事をこなしてしまう。それが天才だ。

 

秀才とはその道を模倣し、天才の後ろを歩く凡人の事だ。先を進み続ける天才に、追いつくはずもない。天才の境地に辿り着けても、その時には既に天才は新たな境地に辿り着く。追いつけるのも追い越すのも、天才を超える天才だけだ。

 

秀才は凡人の延長線、秀才は天才となるセンスが無かった出来損ない。秀才は、センスを磨けても天才のそれに圧倒的に劣ってしまうから、敵わない。

 

だが天才とは産まれてから天才である者と、産まれた後に天才となる二つのパターンがある。前者はまさしく、天の贈り物だろう。

 

だが後者は違う、後者は学び吸収し新たな境地を見出す者だ。見出せないのが秀才だ。

 

しかし、模倣するだけで天才にはなれない。天才とは、新しい事を常に行い続ける存在の事だ。

 

そして、萩風が行ってきたのは全て模倣である。書かれていた高難易度の術を覚えた、世界最強の剣豪の剣術を学んだ、医療術を学んだ、だがこの世に無かったような革新的な新たな物を作れない。

 

いや正確に言うと過去に天才が作ったものをアレンジしたオリジナルに近いものはある。だが萩風は全く新しい力を、術を、薬を、創造できない。その境地に至れない。萩風カワウソは浦原喜助や涅マユリを超える存在にはなれない。

 

彼では時代を作れない。

 

萩風カワウソは斬魄刀において、隊長格には遠く及ばない。

 

萩風カワウソは鬼道において、藍染惣右介には遠く及ばない。

 

萩風カワウソは回道において、卯ノ花烈を超える一番にはなれない。

 

萩風カワウソは薬剤において、一番であっても歴史に名を残すような死神ではない。

 

これら全てが萩風の思う、自身の実力である。そして、概ね正しい。

 

後者三つは、紛れのない事実である。回道において、絶対に超えられない壁を萩風は超えることが出来ないからだ。そして薬剤に関しても、今の尸魂界においては一番というだけだ。天才が現れてしまえば立場は逆転する、何故なら萩風は秀才だからだ。

 

単に時間をかけて一番になっただけで、天才ではないのだ。

 

後者の三つにおいて、萩風は秀才なのだ。

 

だが前者の一つにおいて、萩風は自身が凡人という勘違いをしてるとは気づいてない。

 

卍解の先は無い、だが知らない。九十番台の鬼道を詠唱できる隊長格は少なく、ましてや複数扱える者なぞ藍染惣右介や浦原喜助程度だ。どちらも天才だ。鬼道において、萩風は後追いに過ぎない。

 

だが、斬魄刀において彼はその道の先を歩む者がいないのを知らない。涅マユリという天才の先へ行っているのを知らない。

 

萩風もまた、道を切り開く天才の一人なのを自覚していない。

 

それを誰もが、萩風自身も見誤っているからこそ気づかれない事実なのである。




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24話 第一次侵攻 後半戦

前回のあらすじ

虚圏でジェラルドを倒した萩風カワウソ&黒崎一護、尸魂界に到着。

今回も長いかもです。


滅却師達の目の前に突如として現れた死神、特記戦力でもないただの副隊長は単騎で150を超える集団の前に立ちはだかっていた。

 

その死神は他の死神を戦線から離脱させ、その後直ぐに先程張られた結界と同質の壁を展開する。違うのは規模が敷地全体から中央の隊舎のみを囲っている事だけだろう。

 

維持をしてるのはどうやら中の死神達で、その死神は斬魄刀を始解し何故かドリスコールを睨みつけていた。

 

「ゴリラみたいな見た目の調子乗ってそうな男……的確な表現で助かったな」

 

滅却師達の方にこの呟きは聞こえていない。だがその視線を感じていない者もいないだろう。当の本人であるドリスコールも、勿論感じ取っている。

 

「手ぇ出すなよ!オレの獲物なんだからなぁ!!」

 

そのうえ、彼は萩風から不意打ち気味の一撃を受けている。これで倒れない辺りは滅却師の精鋭たる所以なのだろうが、中身は残念ながら不相応と言わざるを得ないだろう。

 

「勝手にしろ、そんでさっさとここを潰して終わりだ」

 

それを周りの星十字騎士団は分かっているようで、バズビーと他2人はため息を少し吐いてドリスコールの後ろに下がる。マスクは現れた謎の副隊長に興味津々ではあるが、先程譲ると言ってしまった手前無理矢理横取りはマズいと思い遅れて下がる。

 

それをドリスコールは確認すると、稲光と共にすぐに卍解を使用する。最初から本気で挑むという意思を表されたその技の名は『卍解 黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』。

 

「懐かしい技だな、そいつは」

 

目の前の死神、萩風カワウソの死神では唯一の親友の卍解だ。

 

元一番隊副隊長 雀部長次郎忠息の物だったそれは天候を操る卍解であり、雷撃を操る卍解だ。萩風は昔、この技を嵐を相手にする卍解と話した事がある。

 

それに比喩や誇張は無く、雷撃の嵐を呼ぶのがこの卍解だ。

 

そしてそれは総隊長に癒えない傷跡を残す程の力を持つ卍解である。

 

「知ってるのか?そりゃ嬉しいだろうなぁ!もう2度と見れねぇ力だ!俺に感謝しなきゃなぁぁ!!」

 

そして、それを容赦なく降り注がさせるドリスコール。雷光は収束し一つの剣となり、ジグザグで不安定な線を描きながら萩風へと落とされた。大地を破壊する程の破壊力を持つそれは大地を焦がし、着弾を確認もせずに連続で降り注ぐ。

 

「どうだぁ!!これが、テメェと同じ副隊長の卍解だ!今はオレの卍解だ!」

 

そして、更に降り注がさせる。その度に光は瞬き、大地は揺れ、空気は激しく揺れ動く。

 

「えげつねぇな、もう死んでるだろ」

 

後ろでそれを見るバズビーも思わず呟く。いくら星十字騎士団でもこれを耐え切れるのは片手で数えられる程度だろう。その耐えられるのは基本的にどのような攻撃も耐えてしまう怪物なのだが。

 

そんな雨のような絶え間ない攻撃の中。

 

「自己紹介してなかったな。それの持ち主の親友、萩風カワウソだ」

 

雷撃の雨の中に居るはずの萩風はドリスコールの目の前に居た。

 

「っ!?てめぇ、どうやっ」

 

それにはドリスコールだけでなく、他の星十字騎士団も驚いている。何処にも逃げられる隙は無かった。しかし袖などが少し焼け焦げているので、間違いなくそこには居たのだろう。

 

だか彼等は知る由も無い。超高速での斬撃でその攻撃が捌き切られたのを、雷撃と雷撃の僅かな間隙に天狐の能力を使いながら超高速で移動しドリスコールの前に立ったのを。

 

「さよならだ、雀部」

 

萩風は初めて悲痛な小さな叫びを呟く。今までの彼の死神としての人生で、初めての叫びだ。

 

その叫びと共に萩風は斬魄刀を振り下ろす。だが彼はただ斬り殺す事が可能な距離にいながらも、心が納得いかないのだろう。言いようの無い感情の爆発が、斬魄刀に乗せられる。

 

「っ!!?」

 

鬼道の刃である『破道の七十八 斬華輪(ざんげりん) 』、灼熱の刃である『斬天焔穹(ざんてんえんきゅう)』、そして自身の持つ剣術の『卯ノ花流(殺人)剣術』複合技。この技と同等の力を扱えるのは、卯ノ花や京楽と言った片手で数えられる程度の死神だろう。叫びもなくこの世からドリスコールという存在が抹消されるのは、当然の帰結であった。

 

☆☆☆☆☆

 

萩風が全力で放った力は凄まじく、ドリスコールは消え去った。それを確認し、感慨に耽っているようだがそれを邪魔するように滅却師達は襲いかかっていた。

 

仲間の死なぞ何とも思わない、ドリスコールの死なぞ何とも思わずに襲いかかっているのだ。

 

それには萩風は少なからず動揺は誘えると思っていたのか行動が遅滞している。

 

「っ!?」

 

飛んできた拳に萩風は片手で咄嗟に防御する。だが全身が武器であるマスクの攻撃は腕で受け止めるのは疲労の残る萩風には難しく、威力に負け吹き飛び、地面を2度跳ねる。

 

「ワガハイのラリアットを防ぐとは、悪党にしてはやるではないか!」

 

萩風は直ぐに体勢を立て直し、斬魄刀を構え直すがその両サイドから萩風へ向けて2人の滅却師が攻撃態勢を整えている。

 

「バーナーフィンガー!1!」

「死ねぇ!!」

 

赤髪のモヒカン男、バズビーの指先から放たれたのは炎の圧縮されたレーザーだ。これに同じ副隊長の射場は殺され、隊長の狛村と七番隊は敗北した。

 

そしてもう1人の少女、バンビエッタから放たれたのは爆弾だ。また、三番隊隊長の鳳橋を破ったこの力はただの爆弾ではなく、触れたものを爆弾にするという生身では防御不可の能力だ。

 

「縛道の八十一 断空(だんくう)

 

対して萩風は壁を張り、防ぎきれはしなかったが回避までの時間を稼ぐ。一点特化の攻撃と壁そのものを爆弾にするというのに、この技は少々相性が悪かったようだが。

 

「やるじゃねぇか!一本じゃ足りねぇみたいだな!」

 

だが完全に防がれはしなかったものの、当てられずに回避までの時間を稼がれたのが癪に障ったのか、バズビーは指を更に増やす。

 

「バーナーフィンガー!2!!」

 

「破道の七十二 双蓮蒼火墜(そうれんそうかつい)

 

単純に考えて、2倍の力となったその技に萩風は青い炎をぶつけて相殺する。それにはバズビーは大きく目を見開き驚いているが、その隙に萩風は斬撃を放つ。

 

「スターパンチ!」

 

だがその攻撃はキャンセルされ、マスクの攻撃が肩にめり込み吹き飛ぶ。だが予期はしていたようで、そのまま受け身を取り左手をマスクに向けて霊力を高める。

 

「破道の……っ!?」

 

だが今度は上から降り注ぐ黒い棘が襲い掛かり、後方に下がる事で何とか回避する。

 

「避ケラレタ」

 

エス・ノトも今の攻撃を避けた事には驚いているようだ。不意打ち気味に襲った死角からの攻撃、これを避けたという事はこの場にいる全ての滅却師の位置を把握しながら戦っているという事でもある。

 

「はぁ……はぁ……っ!!」

 

現に死角から雑兵の放つ矢の雨を躱し、全方位から襲い掛かる雑兵の滅却師を吹き飛ばしている。何人かは当たり所が悪く死んでいるが、雑兵でも十分に体力を削る程度には役立っている。

 

だが、それでも萩風は倒れはしない。傷は無い、あっても治されている。体力は無限ではないが底が見えきれず、雑兵の方が先に全滅するだろう。

 

「どうやら、そこらの奴よりかは出来るようだな」

 

それを眺めながらゆっくりと観察するバズビー、他の3人も同様だ。

 

「ソウダネ。サッキノ隊長ヨリ戦エテル」

 

「しぶといのは同感だけど、なんか弱ってない?」

 

「あぁ、今のうちに殺っといた方が良さそうだな」

 

簡単にいかないからこそ、雑兵での戦闘の観察と体力の削りという作戦を立てた。少なくともバズビーが倒した狛村より体力を持ち、エス・ノトが倒した日番谷よりも斬魄刀の扱いに長け、マスクの倒した六車より早く動け、バンビエッタの倒した鳳橋よりも洗練された体捌きをしている。

 

いや、ほぼ全てのステータスが戦った隊長達よりも上なのでは無いかと推測される。

 

「どうする」

 

「殺ス、僕ノ卍解デ殺ス」

 

そう言うとエス・ノトの背中から氷の翼が現れる。蒼白い氷刃を宿し、天候を操る最上位の斬魄刀の力を解放する。

 

『卍解 大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)』護廷十三隊の代表する天才、日番谷冬獅郎(ひつがやとうしろう)の卍解だ。

 

その氷刃は宙に氷柱のような形で展開され、萩風へとその刃を向かわせる。当たれば致命傷だけでなく、その場で氷漬けにされる。必殺の攻撃が滅却師の雑兵と戦っている萩風へと向かうのだ。

 

「ま、まだ我々が!?」

 

当然、味方からの攻撃を予期していなかった雑兵にもその無差別な攻撃はぶつかる。ぶつかった滅却師は体を貫かれ絶命すると同時に氷漬けにされ、砕けて消える。

 

「お前ら、仲間ごと……!?」

 

萩風は一瞬だけ対応が遅れるも、天狐の炎を一点に集中し自身に飛んできた氷柱を二つ程破壊する。しかし、元々萩風の斬魄刀は炎が使えるだけで火力の高い斬魄刀ではないのもあり刀身が僅かに凍る。

 

直ぐに解凍するも受け続けるのは良くないと判断し、回避に率先する。

 

「見覚えある氷と思ったら、今度は日番谷隊長の卍解か……卍解でこの力、汎用性高くて羨ましいな」

 

萩風は日番谷の卍解は見た事ないが、始解はある。故にこれが日番谷隊長の卍解と気付くのは簡単ではあったが、卍解の状態での力に驚嘆している。

 

まさしく氷を支配した神、それが彼の卍解なのだ。それを操る敵に並の鬼道では対処出来ないと判断したのか、辺りを炎の結界で囲い始める。

 

「縛道の八十 灰燼障紅(かいじんしょうこう)

 

氷柱程度の大きさの氷ならば蒸発させる程の火力を有する結界を展開する。しかし、この炎の結界は欠陥を抱えた鬼道だ。展開する術者の周りに現れるという技の性質上、術者も焼け死ぬ可能性が高い。

 

また炎自体を操る事は出来ないので、攻撃には転じられない。そんな技を使わなければならない程に萩風は追い詰められているのをエス・ノトは分かっている。

 

「無駄ダヨ。君ト同ジ副隊長モ、隊長ダッテ倒セタンダ。隊長ノ方ハ氷漬ケ二シテアゲタ、コレハコンナ技デ防ゲナイ」

 

そしてエス・ノトは氷の量を増やす。萩風は尚も火傷の治癒をしながら結界に閉じこもるが時間の問題なのは明らかである。

 

そしてエス・ノトはそれを分かっているので、自身の技である棘を炎の弱くなった結界の隙間を通して発射する。

 

「っ!?なんだこ……!!」

 

萩風は動けないなりに最低限の動きで回避をするが、左腕に着弾してしまう。

 

額から汗を掻き、眼は焦点が合わなくなり始める。斬魄刀を構える手は小刻みに斬魄刀を握る事を拒否するように震え、動悸が速くなる。

 

毒のように全身に浸透するそれはエス・ノトの能力、聖文字のF『恐怖(ザ・フィアー)』だ。

 

「動ケナイヨネ?恐怖ハ誰モガ持ツ物ダケド、ソレハ誰モ克服デキナイ。乗リ超エラレナイ、惑ワス物デ勘違イスル。真ノ恐怖トハ心ノ奥底二ベットリト付イテ離レル事ハ無イ物。避ケラレナイ、絡ミツイテ離レナイ。ダカラ副隊長モ隊長モ関係無イ、我々ハ本能カラハ逃レラレナイ」

 

そこへエス・ノトは極端に弱体化した結界に向けて特大の氷を注ぎ込む。先程とは比べ物にならないそれは結界を容易に破壊し、回避の余地を残していない萩風へと真っ直ぐに向かう。

 

「っ!?」

 

驚愕する萩風はその場から動けない、恐怖という枷が動かさせない。

 

「終ワリ」

 

そして、爆煙と共に爆煙の身体を押し潰す。

 

とてもただの死神では抱える事も出来ない巨大な塊はドスンと地面を響かせる音を立て、煙を吹き飛ばす。

 

「グロい事になったなぁ……」

 

煙の晴れた跡には氷塊と血の池だけが残っているのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

見上げる空は灰色だ。見慣れた空に感慨深くなるのは何故か。そう気付いた時、ウルキオラは自身が寝そべっている事に気づく。意識の喪う寸前まで、磔にされ同胞の虐殺を見せ続けられた記憶は頭の中にこびり付いている。

 

何故ここに?そんな風に考えるウルキオラの体は何故か軽い。死にそうな程に麻痺し、動けば命を削っていたような感覚は消えている。

 

そして起き上がり、周りを見てみるとハリベルとその従者が萩風の結界で回復されている。また、すぐ隣を見てみるとウルキオラを回復したであろう井上織姫と現世で何度か対面した事がある死神が立っている。

 

「浦原喜助か……貴様にも助けられるとはな」

 

そう言うウルキオラは更に注視し、周りを見れば地形に変化が起こる程の激しい戦闘の後なのを感じ取る。またその中に黒崎一護や萩風カワウソの霊圧も感じ取るが、その二人はここにはいない。

 

「カワウソと、黒崎一護はどこだ?」

 

「二人は一足先に尸魂界に帰って、代わりにアタシ達が残ってます」

 

それを聞いたウルキオラ短く「そうか」と、呟くと万全ではない体で浦原へと向き、軽く頭を下げる。

 

「世話になったな、浦原喜助」

 

それに対して、以前とはまるで別人のようになったウルキオラに多少驚きながらも浦原はすぐに表情を整える。

 

「何を言ってるんですか、困った時はお互い様ですよ」

 

浦原はウルキオラにニコリと笑いかける。同様に隣にいた井上織姫も笑いかけるが、ウルキオラはその笑みに何かを察する。

 

「つまり、そっちも困った状況というわけか」

 

「えぇ、そうみたいっスね。お察しが早くて助かります」

 

「完治してない俺を置いて、カワウソが帰るとは思えんからな」

 

浦原喜助は無駄な事をする死神ではない。虚圏を救いに来たのが暇つぶしや正義感に動かされて……などでは決してない。彼ならば友好をウルキオラや他の有力な破面と結ぶ為に来るのもあり得る。

 

だが、今の状況で困った事になってる場合。悠長に親交を深める事は両者に不都合だ。ウルキオラの理解力を把握してるからこそ、彼が直ぐに言葉の真意に気付いても驚きもしない。

 

これから始まるのは、両者の都合の為に作る同盟。

 

その為の、契約である。

 

「アタシの伝手で何とかしてみます。とりあえず敵さんの首領、ユーハバッハについて知ってる事を教えて貰えませんか」

 

「……出来る事なら、今すぐにでもカワウソに知らせたいがな」

 

この男が何とかする、そう言う程に信用できる事は無いだろう。何をするかは想像もつかない事が多いが、ウルキオラはそれを契約の条件として知り得る限りの敵について話を始める。

 

「奴の基本的な滅却師としての戦闘能力は並より遥かに高い、しかしその程度だ。俺で対応できる範囲内であり、お前達死神の隊長格を上回る。その程度だ」

 

「だが俺の知る中で、奴とまともに戦える死神は存在すらしないだろう。鏡花水月を扱う藍染様を除いてだ。未来を見通すユーハバッハを欺けなければ、誰であろうと戦いにすらならない」

 

☆☆☆☆☆

 

山本重國の卍解の後に降る雨は、まだ止まない。敗残者への追い討ちとも言える尸魂界の流すその涙は、勝者への心を癒すオアシスかもしれない。立場が変われば見方も変わり、少なくともユーハバッハには勝利の美酒を浴びているような気分だろう。

 

天を仰ぎ、無数に現れた瞳で見る空は彼の目にどう映っているかは知る由もない。だが気分が良いのは表情からも、立ち振る舞いからも伺えていた。

 

「よく耐えるな、卯ノ花八千流(うのはなやちる)

 

ユーハバッハの前には全身を傷だらけにしながらも、斬魄刀を構える卯ノ花が居る。既に勝負は決まり、闘志も何度か折った。

 

だが、卯ノ花は諦めていない。傷ついた体は傷が付くたびに治癒し、特攻する。何度でも立ち向かい、弾かれる。そして何度目かもわからない特攻がまた行われる。

 

「絶望していないようだな。私の能力の穴を探しているのか、私の能力を理解できてないのだろうに」

 

「私が理解する必要はありませんよ、私の後に繋がれば良いのです!」

 

卯ノ花の行動は、次への布石となる為に、捨て石となる事。実にシンプルで他人には簡単に真似できない行動だ。

 

だが、その行動のおかげで卯ノ花はユーハバッハが次の動きを把握する事を見破っていた。卯ノ花レベルの剣術の初見殺しの技も防がれれば、信じ難い事実も納得できる物であった。

 

「(私の斬撃を全て読み切るだけではない!この力……まだ、何かあるはず。それを引き出さなければ……私の命と引き換えにしてでも!!)」

 

卯ノ花の胸中にあるのは、亡き総隊長の遺志を継ぐ事だ。卯ノ花八千流が負けようと、護廷十三隊が負けなければ良い。卯ノ花がここで死のうと、剣八も、隊長も、後を継ぐ者は既に居る。

 

自分の死が護廷十三隊の為になるならば、卯ノ花は命を捧げる。

 

護廷の為に、卯ノ花はユーハバッハの底を引き出そうと動いている。この様子は涅隊長や零番隊などの他の死神が把握していると信じ、戦っている。

 

「破道の……!!」

 

「勘は鋭いようだな、初代剣八。だが、実力の差は埋まらんぞ」

 

卯ノ花が直感的に攻撃をキャンセルし、距離を取りながら攻撃の隙を伺う。対してユーハバッハは余裕綽々で次はどのように動くかを楽しんでいる節があり、それに内心卯ノ花も腹立つが突破口どころか光明すら見えない現実に腹立つ。

 

このまま何も出来ずに無駄死にする、そう思い始める程に力の差を感じていた彼女であったがその不安は塗り潰される。

 

「この霊圧は……!!」

 

彼女は思わず呟く。感じるのは2人の死神の霊圧、そのうち1人が自分達の方へと高速で移動している。そしてもう1人は多数の滅却師へと立ち向かうのを感じ取る。

 

「黒崎一護、やはり貴様か」

 

卯ノ花の前に黒い影が降り立つ。並の隊長の倍はある霊圧、卍解された漆黒の斬魄刀、見間違える筈がない。死神代行、黒崎一護である。

 

「卯ノ花さん、助けに来たぜ」

 

その言葉を聞いた彼女の心は幾らか楽になっただろう。卍解という死神において切り札であり、必殺技を防がれた状態では勝ちの目が見えなかったこの怪物と戦えるかもしれないという希望が生まれたのだ。

 

「退きなさい!黒崎一護!貴方まで無駄死にする必要はありません!」

 

だが、彼女が黒崎を戦わせるわけにはいかなかった。そもそもこの戦いは護廷十三隊の戦いであり、無関係の者を巻き込むのは護廷十三隊の誰も本意では無いだろう。

 

そして最大の問題は、ユーハバッハの力だ。これが黒崎一護で対応可能な怪物ならば、護廷十三隊と共に倒すのは吝かではない。だが肌身に感じた卯ノ花は簡単に容認できないのである。

 

「それはできねぇな。萩風から、頼まれてんだからな」

 

それを言うや否や、黒崎は最大火力である月牙天衝を放つ。漆黒の斬撃は真っ直ぐにユーハバッハへと向かい、避ける素振りを見せないのには疑問であるが直撃する。

 

「っ!?」

 

だが直撃したかと思われた斬撃は簡単に弾かれる。ユーハバッハの手には滅却十字、引き抜かれたそれはまるでどのような角度で受け止めれば弾けるかを分かっていたかのように構えられていた。

 

「甘いぞ、一護。能力を解いたとは言え、私を相手しているのだぞ」

 

気付くとユーハバッハの眼は普通の状態へと戻っていた。だが近くで見ていた卯ノ花はわかる、黒崎の攻撃を受けた時に能力を解いたという事を。

 

「(先ほどの動きからして黒崎一護の行動を予知できていた、なら何故に能力を解いた?時間制限か回数制限、負担が大きいのか?どちらにせよ今は好機と考えるべきなのかもしれない……いや、まだ総隊長の卍解を使っていない。つまり、まだまだ余裕があるという事でもある……!せめて私も卍解が使えたならば……)」

 

卯ノ花は今迄の戦いからユーハバッハの能力を未だに探し続けていた。正確には検証だが、卯ノ花が思い付く限りの攻撃は全て防がれ返り討ちにされた。

 

だが黒崎一護に対しては能力を使っていないだけでなく、卍解も防いでいない。理由はわからないが、間違いなく今は好機である。卯ノ花は疲労で鈍る体に鞭を打ち立ち上がると、ユーハバッハへと向かう。

 

「陛下の戦いの邪魔はさせません、卯ノ花八千流」

 

だがそれを側近であるハッシュヴァルトは阻んでいた。卯ノ花は突破しようと斬魄刀を振りかぶるもそれは弾かれ、鋭い剣撃をハッシュヴァルトも放つがそれは卯ノ花は斬魄刀で逸らして避ける。

 

「(やはり、これも手練れ……今の私では捨て石にもなれない……)」

 

今の軽い打ち合いだけで敵の力量を測った卯ノ花は黒崎の援護に向かえないのを悟り、自身の非力さを呪う。卍解が使えていれば話は違ったかもしれないが、少なくとも今の万全とは程遠い卯ノ花ではハッシュヴァルトは倒せない。

 

そして、黒崎はその間にも着実に追い詰められていた。

 

剣技は劣り、速度は劣り、パワーも劣っている。渡り合えてはいたが、力の差が顕著に表れている。

 

互いに剣を打ち合っているが、簡単に黒崎は弾かれ、紙一重でかわし続けるがユーハバッハの蹴りで大きく吹き飛び瓦礫に背中から飛び込む。

 

すかさず、ユーハバッハは立ち上がる隙も与えずにのし掛かると剣を首に突き立てる。斬魄刀の防御も間に合わない一撃に黒崎は大きく目を見開き静止する。

 

そしてユーハバッハはそれを確認すると「ハッシュヴァルト、連れて行くぞ。息はあるはずだ」と自身の本拠地へと連行する為に、ずっと待機していた部下に指示を出す。

 

ハッシュヴァルトは卯ノ花との戦いを切り上げ、撤退命令を全ての滅却師に送る。

 

そしてユーハバッハは卯ノ花を一瞥し、最後に「この女の命は奪っておくか」と呟き卯ノ花へと向かおうとする。

 

「陛下っ!!」

 

だが、その行動はユーハバッハが振り向いた瞬間に吹き飛んだ事で途中で止まる。ユーハバッハは予想外の事で少しだけ体が硬直していた、確認していた筈なのだ。間違いなく刺さっていたのだ。そこには首に確かに攻撃を受けた筈の黒崎一護が斬魄刀から斬撃を放っていたのだ。

 

「月牙天衝!!」

 

と言っても、ユーハバッハは黒崎を上回る手練れだ。間一髪で負傷しながらも致命傷は避け、傷は左腕に負う程度に済んでいる。

 

だが何故黒崎一護に傷はなく、戦闘を続けられているのか。致命的なダメージの筈だった、だがそれはユーハバッハが自身で切りつけた首筋を見て理解した。

 

「今のは……静脈装か」

 

その技は本来であれば滅却師だけが覚えられる防御術、死神では体得は出来ない。するとユーハバッハは何かを理解したようで、黒崎に向けて「なるほどな」と呟く。

 

「やれやれ、我が子と剣を交えるのは悲運としか言えんな」

 

「おい、どういう事だ。お前の事なんざ知らねぇぞ!」

 

黒崎はその呟きに対して極度に反応する。理解できないというのが本音だろう、何を言っているのかわからないというのが頭の中を駆け巡る。その意味を否定したいのだ、自身の父親は間違いなく黒崎一心でありユーハバッハなどという親は存在しない。

 

だが、それを見兼ねたのかユーハバッハは更に呟く。

 

「そうか、貴様は母親の事も知らないのだな」

 

ユーハバッハが追い討ちをかけるように発した言葉に黒崎の動揺は大きくなっていく。それに対して「詳しくは『見えざる帝国』で話してやろう」とまた剣を黒崎へと向けようとする。

 

「……時間切れか、まだ私は能力を完全に扱えないようだ」

 

だが、ユーハバッハは何故か剣を仕舞う。黒崎の生け捕りと卯ノ花の殺害は諦めたようで、帰還のために空間に扉を開ける。

 

「帰還だ。来たる零番隊に備え、ここは退く」

 

「了解しました」

 

そしてハッシュヴァルトもそれに付き従い、ユーハバッハに追従する。既に他の滅却師は撤退を済ませているものも居り、本当に撤退するのは黒崎も理解している。

 

「待ちやがれ!!」

 

だが、黒崎は尸魂界を無茶苦茶にした者達が目の前に居て飛びかからないわけがなかった。天鎖斬月をユーハバッハへと振りかぶりながら向かうが、残念ながらその攻撃は追従するハッシュヴァルトに防がれる。

 

「!?」

 

そして、天鎖斬月は真っ二つに折られてしまった。




滅却師

星十字騎士団 4人死亡
聖兵 300人以上死亡
---------------------

死神

1番隊隊長 兼 総隊長
山本元柳斎重國 敗北 死亡(卍解奪われる)
2番隊隊長 砕蜂 敗北 (卍解奪われる)
3番隊隊長 鳳橋楼十郎 敗北
4番隊隊長 卯ノ花烈 敗北
5番隊隊長 平子真子 引き分け
6番隊隊長 朽木白哉 敗北 瀕死 (卍解奪われる)
7番隊隊長 狛村左陣 敗北
8番隊隊長 京楽春水 敗北
9番隊隊長 六車拳西 敗北 重症
10番隊隊長 日番谷冬獅郎 敗北 瀕死(卍解 奪われる)
11番隊隊長 更木剣八 敗北 重症
12番隊隊長 涅マユリ 雑兵相手に勝利
13番隊隊長 浮竹十四郎 敗北 重症
平の隊士 1000人以上死亡


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25話 いつから死んでいると錯覚していた?

萩風のappは7〜10程度ですが、虎徹勇音や砕蜂目線でのappは倍になっています。



「グロい事になったなぁ……」

 

目の前にできた血の池とその中央に鎮座する氷の塊は誰の目から見てもそこには潰れた死体があるのは明らかであった。

 

エス・ノトの放った氷塊に思わず呟くのも無理はないだろう。戦争だが、人の命を奪う時にここまで酷く嬲り殺したのだから。

 

だが、その言葉を聞いた滅却師は全員驚愕している。深い意味はこの言葉にはない、的外れな事を言っているわけでもない。むしろ適切な言葉で、大勢でかかって倒したのだから当たり前とも言える。

 

「!?ナンデ……!!」

 

「てめぇ、いつの間に……!?」

 

問題なのは、その言葉を潰されたはずの萩風が話していた事だろう。

 

4人の星十字騎士団は全員は驚き方に差はあれど、何故萩風が生きているのかわかっていない。それを見て萩風はこの感覚を逆の立場から感じていた事を思い出す。

 

「いつの間に……か、いつから俺を殺せてたと錯覚していたんだ?」

 

萩風の心の中で絶対的な壁を作り出す存在、藍染惣右介。隊長としての萩風の心の中での壁であり、今もなお立ち塞がる壁だ。この言葉が自然と出てきたのはそんな藍染に対して自分が少しでも近づこうとしたからかもしれない。

 

「こいつ、殺す!イラつく言葉使うんじゃないわよ!!」

 

否定できる言葉では無いのでバンビエッタは今にも飛び掛かりそうになっているが、他の星十字騎士団は動かない。先程の種明かしはされていないからだろう、何をしたのかわかっていないのだ。

 

意味不明で摩訶不思議で想定不能。だからこそ迂闊に動けない、それを見て萩風は優位に立てているのを見てニヤリと笑う。それは萩風に対して「情報」を持ってないのを理解したからだ。萩風の技は種明かしがされれば卍解ですら対応されてしまうほどリスキーだからこそこれは大きなアドバンテージとなっている。

 

「待てよ、まさかこいつ虚圏から来たんじゃ……!!」

 

先程、萩風が『縛道の八十 灰燼障紅』を使ったのは防御の為ではない、次の一手に繋げる為の策であった。それは萩風の斬魄刀、天狐の性質を完璧に扱う為である。天狐は焱熱系の斬魄刀であり、一言で言うなら変幻自在の陽炎を見せるのが主な能力だ。

 

しかしエス・ノトによって冷やされた大気では上手く能力は使えない、そこで萩風が天狐を使える温度まで大気が冷やされるのも仮定してから放ったのだ。

 

「僕ノ能力ハ当ッタ……何ヲ」

 

「お前の毒ならちゃんと抜いた、あれは演技と幻影だ。幻影に合わせて声をつけるの難しかったんだぞ?」

 

エス・ノトの能力である『恐怖』は身体に触れると溶け込む、傷口などとは関係なくだ。それを一瞬で確認した萩風は毒が効いているかのような幻影を見せている最中に一度腕を切り落とした。

 

その場にいたからこそ声まで合成し、炎の結界に居たからこそいつもよりも幻影の精度は上がっていた。これを見抜けるのは藍染惣右介レベルでの観察眼を持つものだけだろう。

 

そして切り落とした腕から血と毒を抜き、また繋ぎなおした。萩風は腕を再生する事は出来ないが腕を繋げる事はでき、氷塊の下にあった血溜まりはこれの処理が行われたからだ。

 

だがこれは萩風がエス・ノトの能力を毒と勘違いしてからこそできた対応であった。エス・ノトの能力は確かに毒だが、生物の本能を恐怖で縛り付けるのが能力だ。

 

逆に瞬間的とは言え腕の細胞が壊死したからこそ毒は吐き出されたのだ。死んだモノに本能はない、だから能力が錯覚したのだ。

 

無茶にも思えるが、萩風には腕の細胞の壊死程度なら蘇生できる。萩風や卯ノ花の若さの秘訣もここにあったりする。

 

「おい、こりゃ……!!」

 

バズビーが思わず叫ぶ、それは萩風の後ろから現れた龍に対してだ。

 

「お前らこんだけ好き勝手したんだ。覚悟は出来てるだろ?……俺は出来てる」

 

萩風の覚悟は出来たか?と言うのに対して具体的な圧力が支配し、4人に向けて四頭が、卯ノ花達の戦う遠くに向けて一頭を放つ。

 

「破道の九十九 五龍転滅」

 

2割しか出ていないとは言え禁術に最も近い鬼道、街並みを破壊しながらそれは猛進した。

 

☆☆☆☆☆

 

ハッシュヴァルトは帰還しようとした寸前に、足を止める。それは離れた場所にあった霊圧の迫力、響き渡る轟音、先程まで戦っていた4人の霊圧の沈黙、そしてこちらの方へと飛ぶ龍とその背に乗る死神。

 

「星十字騎士団が……4人も倒された。この霊圧は……!!」

 

そして龍は一寸の狂いも無く、ユーハバッハへと落とされた。ハッシュヴァルトとユーハバッハは回避すると、1人の死神が降り立った。

 

「お前が、ユーハバッハか」

 

鋭い殺意をぶつける死神、萩風カワウソは自身の斬魄刀である天狐をユーハバッハに向け睨みつける。

 

ユーハバッハに向けられたそれは山本重國の放つ殺気と似ている、だが萩風のそれは静かだ。心の中で燻り続けられた炎が表に出ようとしているのを完璧に抑えている。萩風は常に冷静さを保とうと努力している、視界に血塗れに装束を赤く濡らす卯ノ花が居ても。いや、居るからこそかもしれない。

 

「萩風カワウソ、藍染惣右介に劣る死神か」

 

萩風は藍染惣右介という名を聞くとピクリと眉が動く。そして先程までとは違い、簡単に行くような相手ではないと理解する。先程の星十字騎士団は全力を出させる前に動揺させて倒したが、今度はそんな搦め手も小手先の技も意味を成さないと感じる。

 

「斬魄刀においても、鬼道においても……全てにおいて下位互換と言って良いお前を警戒する必要は無い。貴様も自覚しているのだろう?藍染惣右介という壁が越えられない事に」

 

『鏡花水月』は一度始解さえ見せれば完全に『天狐』を上回る。萩風が藍染にないもので力を持つのは回道程度だ。その回道でも、藍染惣右介という壁を登るのには圧倒的に足りていない。

 

胸中を言い当てられたようで、萩風の顔色は良くない。冷静さを保とうという努力は感じる、しかし崩壊寸前のダムのように堰き止められない憎悪の炎が渦巻いている。

 

そしてそれをわが身に纏わせず、代わりに斬魄刀に炎として纏わせる。

 

「わからないようだな、仕方ない。ならば少しだけわからせようか」

 

ユーハバッハはハッシュヴァルトを下がらせると萩風と相対する。萩風は自身の技である『斬天焔穹』を放ち、ユーハバッハはあえて受けて弾く。

 

「っ!!」

 

萩風も最高威力で無いとは言え、生身で受け弾かれるとは思わなかったようで動きが僅かに硬直する。その硬直の間にユーハバッハは一瞬だけ能力の真価を発揮する。

 

ユーハバッハの能力、それは卯ノ花では全く対応できずに敗北した程の力だ。それは萩風からも分かる身体的な変化、眼球に現れた複数の眼で分かる。

 

何をしてくるのか?萩風は身構える。どこからどのような攻撃が来たとしても対応できるようにだ。

 

「貴様……そうか、そういうことか。貴様は半歩とは言え踏み込んでいるのか」

 

しかし数秒立っても、何も起こらない。戦闘において数秒も立って、何も起こらないのに萩風は次の動きの最善を選べずにいる。

 

ユーハバッハはそんな萩風に対して意味深な言葉を呟くと、眼を閉じる。萩風はこの呟きの意味をわかっていない、この意味がわかる可能性があるならば浦原喜助などの『とある存在』を認知している者だけだろう。

 

「最後に良い事を知れた、次に会えるならば楽しみにしておこう」

 

「行くぞ、ハッシュヴァルト」と彼はハッシュヴァルトを呼ぶと「はい、陛下」と言い追従する。

 

そして萩風は「逃すわけ」と言いかけた時に卯ノ花が軽く血を吐いたのを横目に見てしまい、踏み止まる。今去ってもらうのは双方にとって不利益はない、ここで仮に戦っても萩風は卯ノ花達を巻き込まないのは不可能だ。更に近くにはまだ真っ二つにされた総隊長の死体もある、今の状況を冷静に判断すればここで無策で追いかけても返り討ちに遭い無意味な被害を出すだけである。

 

「また会おう、尸魂界よ」

 

最後にそう呟き、滅却師達は尸魂界を去った。

 

これにて、第一次侵攻は終了したのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

護廷十三隊の第一次侵攻による被害報告

 

死亡者

一番隊隊長 兼 総隊長 山本元柳斎重國

七番隊副隊長 射場鉄座左門

他 席官 67名

隊士 1157名

 

重傷者

六番隊隊長 朽木白哉 『再起不能の可能性あり』

九番隊隊長 六車拳西

十番隊隊長 日番谷冬獅郎 『再起不能の可能性あり』

十一番隊隊長 更木剣八

十三番隊隊長 浮竹十四郎

 

六番隊副隊長 阿散井恋次

十番隊副隊長 松本乱菊

十三番隊 朽木ルキア

 

他 席官 17名

隊士 140名

 




陛下にどうやったら勝てるか色々考えましたが、陛下って慢心してても隙が殆ど無いのがエグいですよね……。

☆☆☆
萩風→藍染惣右介
卍解を始解で破った怪物、隊長の目安。

萩風→ウルキオラ・シファー
親友、たまに冗談が通じないがいい奴。

萩風→斑目一角
ハゲ、中々扱きに耐える骨のある奴。


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26話 新総隊長

あけましておめでとうございます。

BLEACHを実家から回収してきました。

卯ノ花隊長の卍解の能力を未だに把握できないんですが、オリジナルでも良いのかな……?


隊首会が執り行われるいつもの場所は、いつにも増して重苦しい雰囲気が漂っている。今行われているのは緊急の隊首会、しかし総隊長のいつも居座る場には総隊長の死体が台の上に安置されている。

 

参加している隊長格は砕蜂、鳳橋、平子、狛村、六車、更木、浮竹の7人だけだ。総隊長は死亡、卯ノ花は負傷者の治療、日番谷と朽木は治療中、京楽は珍しい事に不明、涅は滅却師対策の研究中で欠席だ。

 

逆に、これだけ集まれたとも言える。護廷十三隊の被害は過去最悪、集まれた隊長も傷だらけで皆大なり小なり、何処かしらに治療の跡がある。本来なら六車と浮竹なぞ、ベッド上でまだ休んでいなければならないような状態だ。

 

だが、今の事態がそれを許さなかったのである。

 

「総隊長……」

 

浮竹の悲痛な呟きはどれだけの思いが詰まっているのだろうか。山本重國の開いた塾での最初の隊長の1人であり、200年以上彼の下で隊長を務め、敬愛した師が敵の凶刃に倒れたのだ。慚愧の念に堪えないのも、仕方ない事であった。

 

「とりあえず落ち着こう、俺たちは……総隊長の遺志を」

 

「落ち着いてなぞ居られるか!!」

 

浮竹は今集まっている者の中で最も古参な死神だ。対して砕蜂は隊長の中では新米である、しかし声を荒げずにいられなかった。

 

「総隊長が敗北したのだぞ!?分かっているのか!命だけでなく、誇りある卍解も奪われたのだぞ!!」

 

それは誰も言わなかった事だ。皆腹に抑え込んでいるが、内心は絶望で埋め尽くされているのだ。最強の死神を殺され、最強の死神の必殺技を奪われた。今まで起こってきた問題とはレベルが違う、護廷十三隊は過去最大の壁にぶつかったのだ。天にも届くその壁は高さの上限が見えない程の、卍解無しではどうにもならない壁があるのだ。

 

浮竹はその叫びに対して少しだけ怯む、無理もないだろう。恩師を殺され、一命を取り留めたが彼の副隊長である朽木ルキアも重傷、彼自身も重傷なのだ。疲労があるのも仕方ない。

 

砕蜂が間違っているのは誰の目にも明らかだ。だが的外れな事を言っていないからこそ、誰も咎めることができない。

 

全員が水の中にいるように静まり返っている。沈殿し、何を為すべきなのかを見失いかけている。水の中でどうにかもがこうとしているのだ、砕蜂も浮竹も。2人だけでなく、全員が何とかしなければならないと考えていても動けない。

 

「やけに大人しい隊首会ですね」

 

そんな水底を攪拌するように、凛とした声とともにドアが開く。

 

そこには今しがた自身の必要な重傷者の治療を済ませてきた四番隊の隊長、卯ノ花がいる。

 

「朽木隊長と日番谷隊長の一命を取り留めました、ですが復帰は難しいでしょう」

 

だがいつもの定位置に付かず、あえて総隊長の遺体と対面するように立った。周りの沈んだ空気を直ぐに感じ取ったのだろう、彼女がそこに着いたのには誰一人異論は言わない。

 

「いつまで死を悼んでいるのですか、我等が為すべきは次に何を備えるかでしょう」

 

「何故落ち着けている、総隊長と最も関わり合いが長く敵の首領と渡り合った者が……」

 

砕蜂は先より弱々しく、霞んでいくように呟く。それを卯ノ花は一瞥すると、少し溜め息を吐いてから砕蜂を射抜くように睨み、呟く。

 

「今の砕蜂隊長を見て、萩風はどう思いますかね」

 

「ぇ、ぁ……っ……!?」

 

砕蜂の治療をしたのは萩風だ。その時に顔を真っ赤にして治療を受けている砕蜂を見たからこそ出た言葉なのだが、他の隊長達にはわからないだろう。なおその時に砕蜂は『肌が綺麗』や『鍛え抜かれた美しい体』など褒めちぎられていたのも付け加えておく。

 

「……済まなかった、落ち着けた」

 

治療の時を思い出してるのだろうか、顔を真っ赤にしながら落ち着いたと言う砕蜂を他所に他の隊長達も「それもそうだ、俺達がやらねばならん」と意思を表していく。下がっていた士気に火がついたのかもしれない、全員が隊長という自覚を思い出していく。

 

士気を取り戻す護廷十三隊の隊長達、それを見た卯ノ花は自身のいつもいる砕蜂の隣へと移動しようとした時だ。

 

「会議中失礼します!卯ノ花隊長へ、緊急の書簡が」

 

突然扉が開かれ、そこには片手に手紙を持った中央四十六室の使いがいる。卯ノ花は自身への命令だとわかると少しだけ考え込むと、直ぐに覚悟を決めたように使いへと顔を向ける。

 

「この場で構いません、読み上げてください」

 

「は、はっ!四番隊隊長 卯ノ花八千流 彼の者を2代目護廷十三隊総隊長兼一番隊隊長に命ずる。中央四十六室よりの伝令です」

 

それを聞いた隊長達は驚きもしているが、納得もしている。彼女だけは敵の長に挑み続けた、護廷十三隊で総合的に見れば彼女以上の死神は居ないだろう。

 

しかし、卯ノ花は予想していた事と違うのか「そっちの方ですか」と呟く。総隊長に任命される可能性があるとは予期していたが、それ以上に予期していた事があったのだろう。

 

「わかりました」

 

そして卯ノ花は書簡を受け取り、胸元に仕舞い込むと立ち位置を確認する。砕蜂隊長の隣なのは変わらないが変わるのは自分が中心となる事だろう。

 

総隊長の立ち位置へと移動した彼女は四番隊の羽織を脱ぎ捨てると、遺品の一つである一番隊隊長の羽織を着る。違うのは背中の数字だけだが、その重さを実感してるのか一呼吸置いてから周りの隊長達を見つめる。

 

「これより、護廷十三隊の指揮を執ります」

 

☆☆☆☆☆

 

終わった。色々と終わった。

 

被害が中々にやばかったので全力で治療作業してたから忙しくて隊首会に出れなかったから具体的な被害がわからないが死者の数がかなり多い。というか副隊長の怪我人の数が半端ないな、死人もいるし。

 

でも、何より総隊長が死んでいたのがマズいだろう。これは護廷十三隊に良くない。

 

そして朽木隊長は内臓が消え去るレベルでの負傷、意識の回復すら怪しい。日番谷隊長は氷漬けにされてたから全身の凍傷とかでほぼ死人だ。2人とも何とか命を繋ぎ止めているが時間の問題である。

 

日番谷隊長の事をお願いします!って泣きついてきた雛森さんを見て心が痛んだな。ごめんね雛森さん、俺って俺にかける回道はそこそこだけど他人にかけるのは他人を知り尽くすだけのデータが無いと殆ど何もできないんだ。

 

そんな感じで、ある程度の治療作業が終わってやっと隊首会に出ようと思った時だ。

 

中央四十六室へ卯ノ花隊長から呼び出された。

 

わかっている、覚悟はしてた。

 

破道の九十九を使った俺が悪い、あれ環境破壊が半端ないから禁術になっててもおかしくないやつだ。そんなのを勝手に使ったのだ、緊急時で多少は大目に見てくれると信じたい。

 

だがこれだけで呼び出されるとは思えない、何かあるはずだ。しかも呼び出すのが卯ノ花隊長だ、四十六室じゃないところに何かあるはずだ。

 

「入りなさい」

 

卯ノ花隊長に呼ばれ、扉を開ける。

 

中に入ると周りを囲うように……うわぁ、尸魂界のすっごい偉くて頭良い人達が、いっぱいだぁ……。

 

なんか俺の心が空っぽになっていく気がする。

 

「その者に、か」

 

「はい」

 

重厚な感じの話し方をする賢者、そしてその声を向けられているのは護廷十三隊の総隊長の証とも言える一番隊隊長の羽織を着る、卯ノ花総隊長だ。ここで俺に任命する事、何となく予想はできる。というか、決定事項なのだろう。

 

「彼を私の後任として護廷十三隊 四番隊 新隊長に任命します」

 

予想通りだった、やはり繰り上がりで俺が隊長になった。緊急時なので仕方ないが、やはり俺だった。俺以上に虎徹さんは戦闘能力は無いだろうけど、回道はじきに抜かれるから虎徹さんが任命されるとも思ってたんだけどなぁ。

 

だけど、これだけじゃないとも俺は思った。隊長になるのは仕方ない、卍解の先も後少しで見つかりそうだし……あとは切っ掛けがあればって感じだ。

 

だけど、隊長にする事だけの為に態々呼び出して説明するとは思わない。

 

「そして、更木剣八への剣術の指南を任せます」

 

……更木剣八?護廷十三隊、ヤンキーの集団である十一番隊隊長のあの更木剣八?いつもうちの四番隊に難癖付けに来るあの十一番隊のトップ?

 

俺、あそこの人達は嫌いではないけど苦手なんだよな……めんどくさいと言うか、一角みたいに早めにマウント取っとかないと舐められっぱなしになりそうなんだよね。四番隊を馬鹿にする奴は片っ端からお話をしたけど、それでもやっぱりそりが合わないんだろうなぁ。

 

というか、そんな人達の隊長と?あかん奴やん、ヤンキーのボスとか。いっつもボロボロな斬魄刀を持ってて副隊長が可哀想とは思ってるけど、あれと戦うの?え?ヤンキーに剣術教えるの?

 

俺、死なない?

 

「先ほどの事から、如何に更木剣八という存在の力が必要がご理解いただけたと思います」

 

そこに俺の死亡の可能性は述べてくれたのかな……あ、なんか哀れんだような視線をいくつか感じる。述べたのかぁ……そっかぁ……、で誰一人として反論はしないのかぁ……。

 

「話は終わったみたいですね。萩風、行きますよ」

 

☆☆☆☆☆

 

重傷であったバンビは体のあちこちに包帯や湿布を貼りながら城の中を歩いている。あの時、萩風カワウソと戦った滅却師は全員生きている。

 

全員が大なり小なりダメージを受けはした、だが萩風の本気である無詠唱の鬼道を受けたのだ。彼等は萩風に対してまだ奥の手を見せていない、だからこそ負けたとは思っていない。

 

だが勝てない可能性があるのだと理解すると、バンビエッタはいつもよりも気性が荒くなっていた。更に追い討ちをかけるように彼女のチームであるバンビーズの1人であるリルトット・ランパードの消失も大きいだろう。

 

それも虚圏で萩風カワウソや黒崎一護とぶつかったと聞いたなら、生きている可能性は薄いのだろうと。

 

故に今の彼女の近くに滅却師の一人どころか、周りを歩こうとするものも居ない。彼女に鬱憤を晴らされる為だけに殺されてしまうからだろう。

 

「やぁ、バンビさん」

 

だが、そこにいる滅却師は無防備に彼女に話しかける。命知らずとも言えるその行為にバンビエッタも「何よ」と不機嫌に舌打ちをしながら振り返る。そこでバンビエッタは振り返ったら生意気なこいつを半殺しにするつもりだったが、そこに居た滅却師に絶句する。

 

彼ならば、どんな状況の彼女でも気軽に話しかけられるだろいた。いや、どの滅却師にも気軽に話しかけられる。不敬だとしても、話しかけられる。最強格の一人なのは、間違いない。

 

「グレミィ……何の用よ」

 

グレミィ・トゥミュー 最高の怪物だ。普段はのんびりとしたようだが、能力は最悪そのもの。彼の機嫌が損なわれた瞬間に、バンビエッタは塵すら残らずにこの世から消え去る。

 

そんな存在から話しかけられれば、流石のバンビエッタも怯んでしまう。

 

「彼女は、死んだのかな」

 

一体何を聞いてくるのかと思いきや、彼が聞いてきたのはとある滅却師の生死であった。バンビエッタは直ぐにわかる、そもそも女性の星十字騎士団の被害が出てるのは一人だけだ。そして彼が態々バンビエッタに話しかけて来たという事からも、誰について聞きたいのかも把握する。

 

「殺されたかもしれないわね。黒崎一護か萩風カワウソにね」

 

虚圏で音信不通となり行方不明になったリルトットの生死を陛下は把握できているが、何故かそれについて公表されない。だからこそ彼は彼女の所に訪れたと理解した彼女は、その答えに満足しているかどうかだけが気掛かりになっている。

 

「へぇ……わかった、ありがとう」

 

そして、あっさりとグレミィはその場を去ろうとする。あまりにあっさりと終わったのに拍子抜けしたせいか、思わずバンビエッタは彼を呼び止める。

 

「……意外ね。リルに惚れてたの?」

 

「だったらどうするの?」

 

「どうもしないわよ。どっちにしろ、萩風の方は私が殺すから邪魔するんじゃないわよ!」

 

☆☆☆☆☆

 

言いたい事を言えて満足したバンビエッタはその場をせっせと去る。

 

自分の言いたい事を一方的に告げた彼女の後ろ姿をチラりとグレミィは見るが、直ぐに興味無さげに地面へと顔を向ける。

 

取り残された彼はそのまま少しだけ立ち止まる。特別な思い出も無ければ、特別な思いを思う事もない場所。そんな場所に立ち止まるが、何を思うのかドーナツを空から作り出すと、一口食べる。

 

輪っかを軽く齧り、咀嚼し飲み込むがそこにはお菓子を食べて喜ぶような笑顔はない。そしてそれを直ぐに投げ捨てる。

 

周りに誰がいるなら勿体無いとも思うだろうが、生憎と誰もいない。後で掃除係の仕事が増えてしまうのだろうと思えたが、その心配は床にドーナツが触れた瞬間に無くなる。いや、心配どころか物体そのものが消えた。

 

床に落ちると同時にドーナツはこの世から消え去ったのだ。

 

それをしたグレミィは指を舐めて満足しなかったドーナツの余韻を感じているのか、ポケットに手をしまい込んでドーナツと共にその余韻を忘れるように天を仰ぐ。

 

いつものようなつまらない現実を見るその目は、彼にしかわからない程度の違う目をしている。グレミィはもう一度、今度はキャンディーを取り出すと齧る。

 

「あーぁ、思い通りにいかない。美味しくないなぁ」

 

グレミィは小さく呟き、辺りの静謐な空間にそれはよく響いた。

 

そして投げ捨てられたキャンディーの音も、よく響いていた。




黒崎へ死亡フラグが立ちました。


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千年血戦篇 第二次侵攻
27話 命懸けの剣術指南と零番隊の来訪


艦娘達の入渠中に書いてたら8000字超えちゃった……。

他の作者さんって1日に何文字書けるんだろうか、私の場合は本気でやり込んでも1万字超えないんですよねぇ……毎回書店に並ぶ本を見てプロの人達がどれだけ書いてるか、想像すると腕がつりそうです。


隊長の証である白い羽織を着る二人の隊長が、何もない闇が周りを囲う広いだけの空間で、強者だけが放つ独特の空気をぶつけ合っている。

 

「よくこんな所を借りられたな」

 

既に抜刀し、肩にボロボロの刀を不良の鉄パイプのように扱う男。更木剣八は眼帯を外し、ニヤリと獲物を射抜く眼を光らせている。

 

「卯ノ花総隊長の許可もありますから。借りれない道理はありませんよ」

 

そしてもう一人の隊長、萩風カワウソは斬魄刀を鞘にしまっている、しかしいつでも抜刀が出来るだけの戦闘のスイッチを入れている。

 

怪物の眼光に射抜かれて動けなくなるような柔な精神はしていない。そして怪物はそれを楽しめるような相手かを確かめる為に軽く斬魄刀を振っただけで剣圧を放ち、萩風はそれに抜刀し同等の剣圧を放ち相殺する。

 

「あいつの傷が疼いて仕方ねぇ……弟子のお前なら、期待していいんだよな?」

 

霊圧を放つ怪物、それは並みの隊長どころか萩風のそれすら遥かに上回る。萩風は少しだけその霊圧の高さに怯むが、萩風も霊圧を一時的に増幅させて圧を跳ね返す。

 

萩風も卍解をすれば多少は霊圧を跳ね上げられるが、これは殺し合いではない。萩風はあくまでも剣術の指南、更木剣八は殺すつもりでやってくるだけである。

 

それが致命的なのだが。

 

「始めましょうか、実戦形式での試合」

 

萩風はあえて始解をせずに、斬りかかる。更木はそれを刀で受けるが萩風はそれを僅かに揺さぶり、角度を不安定にした所で上に弾き三度斬り付ける。

 

しかし萩風の真上から殺気を感じる、弾いた刀を察知し後ろに飛んで回避すると剣圧を2発放つ。更木はそれを横薙ぎに弾くと萩風へと跳躍し距離を詰める。

 

そして斬りかかる更木の斬撃を萩風は刀で受け止める。凄まじい霊圧が撒き散らされる鍔迫り合いとなるが、両者の顔はまだまだ余裕がある。

 

だが萩風の表情は優れないのに対して更木の顔は満面の笑みを浮かべている。

 

「やるじゃねぇか、お前とはやっぱり楽しめそうだ!」

 

怪物の残酷な玩具に選ばれてしまったのを理解したのか、萩風の顔には冷や汗が流れ始めていた。

 

だがそれを気にせずに萩風へと荒いが、力強い斬撃が連続して襲いかかる。萩風はそれを全て攻撃の方向をずらしたりと剣術だけで捌き、浅いながらも連続して更木を斬り付ける。

 

しかし、攻撃に集中し過ぎた為に一撃を喰らう。腹を貫かれ吹き飛ばされたが、直ぐに回復して萩風は三発の剣圧を撃つ。

 

「あいつの弟子ってのは本当らしいなぁ!太刀筋がそっくりだぜ!」

 

そして更木の体が温まって来たのを把握し、速度を一段階引き上げる。鬼道は使わない、あくまでも剣術だけでの戦いだからだ。故に萩風の使える手札は多くが消える。

 

だとしても、萩風は強い。だがそれを怪物は上回る。

 

「どうしたぁ!まだまだ出来んだろうガァ!!」

 

「お互い様でしょ。今日からとは言え俺も隊長の端くれですから」

 

萩風のあげた速度に早くも付いてくる怪物に対し更に速度を二段階あげる。

 

怪物は突然の獲物のレベルアップに一瞬遅れる。この程度の速度は全力の更木剣八ならば簡単に対応できる。だが、それはできない。

 

彼はできない。不意をつかれたのは事実だが、そんな程度で反応が遅れることなぞありえない筈なのに。

 

彼が抱える致命的な弱点により、全力を出し切れない。

 

そして対応し切れずに、刀を弾き飛ばされ無防備な姿を晒す更木の胸を萩風の刀が貫いた。

 

右胸を貫くそれが致命傷なのは、更木でもすぐに分かった。

 

「(!?今のは……どういう事だ?)」

 

しかし、更木が絶命する事は無かった。確かに胸を貫かれた感触を覚えていたが、胸には傷一つどころか血の一滴も垂れていない。

 

萩風はそんな思考を始めるのも御構い無しに更木へ斬りかかる。一瞬一瞬で行われる、刹那の攻防。

 

そこへ余計な思考を割く余裕なぞない、怪物は思考を完全に獣へと変えてただただ目の前の獲物へ牙を向ける。

 

「(関係ねぇ!今はこの瞬間を感じろ!考える暇なんざいらねェ!!)」

 

更木の動きが洗練されていく。無駄が省かれ、余裕が消え去り、全てを曝け出そうとしている。だが、まだ先がある。萩風にも、更木にも。

 

二人の試合は、まだ始まったばかりであった。

 

☆☆☆☆☆

 

半壊し、瓦解した外の景色を直に見える一番隊の隊長室で卯ノ花八千流(うのはな やちる)は外の景色を眺め続けている。着慣れない羽織は遺品をそのまま流用した影響で血痕がいくつも残っている。

 

何を思い、外を見るのか。先程に送り出した弟子は、今頃には自身の知る限りで最も剣八に相応しい男と死闘を行なっているのだろう。

 

そんな時、コンコンとノック音が聞こえる。

 

「失礼するね」

 

中に訪ねてきた隊長、京楽春水(きょうらく しゅんすい)が入って来てもなお向き直らない。京楽はその姿を見ると、何故ここに今のタイミングでこの場へ来たのか。そして何を謝りに来たのかを把握しているのを、理解した。

 

「京楽隊長……やはり、貴方の差し金だったのですね」

 

呟くようではっきりとしたその凛とした声音は、総隊長としても羽織る一番隊隊長の羽織の醸し出す独特の雰囲気と相まって悲しくも聞こえるが、芯を通した全てを見通している長としての堂々とした声にも聞こえる。

 

卯ノ花は理解している。自分が総隊長へ抜擢されるには、何かしらの外的要因があったのだという事を。確かに卯ノ花は死神の長である総隊長を殺した敵の首領であるユーハバッハと渡り合い、生還した。

 

護廷十三隊にとって僅かながらも希望にはなっているのは自身も理解している、だがそれでも総隊長になるのには足りていないと分かっている。

 

判断材料の一つにはなり得る、だがそれだけ。それだけならば、裏で色々と手を回すほどの知性と行動力のあり実力もある京楽が総隊長となる筈だと。

 

京楽ならば信頼や経験も問題無い、むしろ卯ノ花はそこが四番隊であった故に薄かった。戦闘も指揮も計略も任せられるだけの人望は足りていない、そう思われているのがわかっている。

 

だから、何故京楽が卯ノ花を総隊長に推薦したのかをわからなかった。実力では問題無いが、安全牌で行くならば京楽春水が選ばれるはずだからだ。

 

だが、何となく卯ノ花はその答えも見抜いていた。

 

「……僕は山爺が殺された時に隊長として動けなかった。だからこそ、片目も失った。こんな事を言っちゃうのは悪いかもしれないけど、隣人の死を理解しても動けるだけの冷徹さと判断が出来る卯ノ花さんが適任だと思ったからなんだ」

 

「えぇ、私情を挟んでは混乱を招いてしまいます。先の砕蜂さんのように、自分を見失ってしまっても総隊長という自己を確立できなければいけませんからね」

 

それを聞いて京楽は「そうだね……流石は総隊長だよ」と卯ノ花の強さを感じた。だがそれと同時にその強さに甘えて、寄り掛かっているのもハッキリと自覚する。

 

「僕は分かっていて卯ノ花さんを総隊長へ推薦した。萩風隊長が死地に送り出されるのも分かっていた。僕は、嫌な仕事を全部押し付けた……恨むんなら、この戦いが終わった後で好きなだけ恨んで欲しい」

 

京楽は分かっていた。卯ノ花を総隊長に推薦する事は、護廷十三隊にとっては正しくても……卯ノ花にとっては酷な選択を強いる事を。卯ノ花を総隊長にした場合、更木剣八の剣術の指南へ白羽の矢が立つのはその弟子である萩風なのを。

 

それも、卯ノ花が総隊長として命令し送り出す事を。

 

全てを把握し、送り出したのだ。中央四十六室に対して卯ノ花の提案がすんなり通ったのも京楽が前もって話を通していたからだ。

 

全ては、護廷十三隊の為に……萩風カワウソを切り捨てる準備をしたのだ。

 

これを聞いて卯ノ花は軽蔑するだろうかと、そう思い卯ノ花へと目を向けるが京楽の予期していた答えとは違い「何を言ってるのですか」と卯ノ花はここで初めて京楽へと顔を向ける。

 

そこには悲壮感をカケラも感じない顔がある、そこには侮蔑の意思は感じない、そこには卯ノ花が京楽を恨むような気はカケラもない事が感じ取れた。

 

「彼は私を満たした死神、彼ならば必ず生きて帰ってくると信じていますから」

 

そしてそれが、弛み無い程に固く結ばれた信頼の絆によるものだという事を分かってしまう。こんな物に寄り掛かってしまったのかというのに京楽は選択を後悔はしないが懺悔をする。

 

「師弟というよりは、まるで夫婦みたいな信頼関係だね」

 

「えぇ……それも、悪くないですかね」

 

微笑む卯ノ花の表情は過去に見たことがない程に柔らかかった。作り笑顔ではないのは、200年を超える隊長同士の付き合いからわかってしまう。

 

こんな時でなければ、二人を引き裂く事はなかったのに。そう思わずにはいられないが、京楽はその業を背負うだけの覚悟はとうに持ち合わせている。

 

そんな時に卯ノ花は顔を少しだけ外に向けると、何かを感じ取ったようでそのまま目を空へと向ける。

 

「零番隊の皆さんがいらしたようですね。行きましょう」

 

卯ノ花は表情を総隊長に相応しいモノへと切り替え、京楽はその後ろを追従する。

 

本来ならば、ここに居るのに相応しい男でないことを京楽は残念に思うのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

黒崎が連れて来られた場所は何も無い広場だ。折られた卍解が治らないこと、護廷十三隊を助けられなかった事に意気消沈しながらもやって来たそこには4,6,10,11を除く全ての隊長が集結している。

 

驚いたのは総隊長に卯ノ花が任命された事位であるが、このような所でやって来る『零番隊(ぜろばんたい)』は何処から現れるのか。

 

王族特務という護廷十三隊とは違った任務を遂行する5人、その5人については涅隊長からさわりだけ聞いている。だがどのような存在なのかは、聞いていない。

 

そうこうしていると、風切り音が聞こえる。それを耳にした隊長の何人かは広場から一歩下がる。徐々に大きくなる風切り音に、黒崎はそれが上から聞こえてきたのがわかると同様に下がる。

 

ズドンと、地面に刺さるように目の前に落ちて来たのは白い円柱。

 

そこから現れる5人。1人はハゲているが髭の濃いおっさん、リーゼント頭の男に、グラサンをかけた男、丸々太った女性、着物を着た傀儡のような腕を大量に持つ女と、個性が豊かな5人。

 

いったいどんな奴らなのかと、黒崎は身構えるがそれはいきなりスカされてしまう。

 

「ィよッしゃアーーー!!!」

 

異様に雰囲気の明るい五人の集団。

 

聞けばこの五人は護廷十三隊の総力を上回る程の実力を持っているらしいのだが、よくわからない道具でドンドンパフパフ鳴らして場を盛り上げながら来るのに黒崎だけでなく他の隊長達もドン引きしていた。

 

「来たぜ来たぜ、いよいよ来たぜ!零番隊サマのお通りだぜー!!」

 

リーゼントが特徴的な男、零番隊 東方神将 麒麟寺天示郎(きりんじてんじろう)が先陣を切って周りに威張り散らしていく。えらく態度のでかい個性的な男にその場の隊長達も苦笑いをしている。

 

「零番隊の皆さん、ようこそおいで下さいましたね」

 

唯一、彼と互いの面識のある卯ノ花は麒麟寺の前へと歩み寄る。

 

「よぉ卯ノ花!総隊長になるたァ、思わなかったぜ。俺の教えた治療の技はしっかり出来たんだろうな?」

 

「えぇ勿論です。それと麒麟寺さん、直ぐにでも本来の目的を話してくれませんか?」

 

ギロリと睨み付ける麒麟寺、それをカケラも気にしない卯ノ花。両者は共に護廷十三隊の初期隊長、四番隊と十一番隊を率いていた怪物だ。

 

急激に氷点下まで下がり切る空気に護廷十三隊の隊長達も黒崎も一様に「あ、やばい」と感じる程である。

 

なおその後ろで五番隊の隊長である平子が元十二番隊の隊長である曳舟桐生(ひきふねきりお)に絡まれている。

 

「まァまァ!久方ぶりの再会じゃ!つもる話もあろうが後にせい!」

 

だが麒麟寺の肩へと頭の禿げて髭の濃い男。まなこ和尚 兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)は手を回し場を収める、それに麒麟寺も渋々引き下がり卯ノ花も引き下がる。

 

そして和尚は「さてと」と呟き、話し出す。

 

「霊王様の御意志で護廷十三隊の建て直しと、何人か上に運びに来た。先ずは黒崎一護、おんしを連れてく」

 

黒崎は思わず「えっ?」と呟くが。卯ノ花は「何人か……?」という呟きをする。目的自体は想像できていた、負傷者が連れて行かれる可能性は考えていたが、黒崎が連れて行かれるのは予想できていなかったようだ。

 

「おんしの斬魄刀、天鎖斬月は治せんが。限りなく近いものへ打ち直す事はできる、その超霊術は霊王宮にしか無い。まぁ断っても無理矢理連れてくが」

 

力強く言う和尚。黒崎からすれば治せないと言われたばかりの斬魄刀を治せるのはありがたいが話が急展開過ぎてついていけていないようだ。

 

「既に名簿にあった者は集めた。後は黒崎一護、そちと……萩風カワウソだけじゃ」

 

そしていつの間にか、5つの球体を傀儡のような腕で抱える大織神 修多羅(しゅたら) 千手丸(せんじゅまる)が黒崎へと傀儡の指を向ける。

 

球体の中には負傷中の隊長である朽木白哉と日番谷冬獅郎、副隊長の朽木ルキアと阿散井恋次、そして折られた天鎖斬月が入っている。

 

4人は四番隊の管理する治療室に、天鎖斬月は涅隊長の研究室に置かれていたものだ。今の僅かな時間で、すべてを回収し切るこの者もまた怪物級の死神であったのだ。

 

「卯ノ花、分かってるよな。こいつらは俺が治す、お前はお前の仕事をやれ」

 

そしてこの4人が回収される理由を卯ノ花はしっかりと理解している。卯ノ花の力では4人は全快にできない、そしてこのままでは日番谷隊長と朽木隊長の両名は死亡するという事を。

 

「……わかりました。ですが萩風隊長は暫く動けません、彼には重要な仕事を任せてますので」

 

「ならそれまでわしが残ろう、上に着いたら天柱輦(てんちゅうれん)を一つ送っとくれ」

 

先程の白い円柱の手配に「了解したYO」とグラサンをかけた男、二枚屋王悦は答える。

 

卯ノ花も総隊長として、零番隊への最低限の仕事をし終える。更木剣八への剣術指南で簡単に死ぬような死神とは思っていない、しかし隊長三人が運ばれてしまうのは護廷十三隊の士気に少なからず影響が出てしまうのを思い悩んでいるようだ。

 

卯ノ花はただ頷くことしか出来ない。だがこれからどうすべきかを考え続けなければならない。

 

「待て!」

 

だが、それに対して砕蜂は待ったをかける。

 

「萩風は卍解が折られたわけでも、命に関わるような負傷をしたわけでもない!何故連れて行く?霊王の守りを固める為に引き抜きでもしてるんじゃないか!?」

 

連れて行かれる6人の中で、萩風だけは何も理由がなかった。他の5人は納得できるだけの材料があるが、萩風だけはただ「連れて行く」と言っただけだ。

 

「それが必要な事だからじゃ。霊王様にとっても 護廷十三隊にとっても」

 

「霊王様の高尚な御意志を理解するのはやめておけ。推し量れる存在じゃない」

 

「そんな事、私が許すわけ……!?」

 

実を言えば黒崎一護も萩風と似た理由で連れてかれるのだが、斬魄刀の打ち治しという理由ができただけであるのを砕蜂は知らない。だが、知っていたとしても恐らく噛みついていただろう。

 

「っ!?」

 

だが、噛み付いてきた砕蜂の背後はあっさりと取られていた。速さに自信のある砕蜂の背後を取るのは簡単ではない、そしてそれを気付かれずにすることは更にだ。

 

先程からの何処かおちゃらけた雰囲気を纏っていた麒麟寺は居ない。背後を取った俊足の持ち主である彼は砕蜂の肩へ手を置くと静かに見据える。

 

「私情で動くな、お前にとっての萩風は知らねぇが。それは護廷十三隊で200人率いる隊長に正しい振る舞いか?」

 

砕蜂は間違った事をしてるとは思っていない。だが、それが私情によるモノなのは分かっていた。萩風とやっと対等の立場になれたというのに、それが何処か一気に遠くの存在になっていくような気がしている。

 

今までは早く同じ立場になれとせっついた、同じ立場で共に護廷十三隊の死神として戦いたかった。だから、置いて行かれたくない。待つ方も辛いが、追いかけるのも辛い。

 

待つ苦しさを終えて直ぐに追いかける側になりたくはなかった。

 

置いて行かれたくないというワガママだった。

 

「砕蜂隊長、ここは収めてください」

 

卯ノ花は砕蜂の肩に手を置いて引き寄せる。麒麟寺は頭を掻きながら砕蜂の肩から手を離す、ここで妙ないざこざは起きないだろうと卯ノ花を信用しているからだろう。回道においては師弟関係であるが、それだけではない関係を2人は持っているからだ。

 

「総隊長、しかし……」

 

「彼が必要なのでしょう。兵主部 一兵衛が残る程に」

 

卯ノ花はチラりと和尚の方へと顔を向ける。和尚はそれに気づくと「ん?わしにか」と呟きつつもそれについて否定する。

 

「いや、わしが残るのは一番暇じゃからじゃよ。天示郎は治療、桐生は飯、王悦(おうえつ)は打ち治し、千手丸が服を仕立てるからの」

 

「霊王を守る、という大役を推してでもですか?」

 

和尚の動きが一瞬だけ止まる。それを見て卯ノ花「やはり、そうですか」と呟く。和尚は零番隊のリーダー的存在だ、そのリーダーが霊王の護衛という任務を放棄するとは考えられない。

 

それに今のメンバーで残すなら千手丸でも麒麟寺でも実は良い。治療は麒麟寺の部下に任せれば良いし、千手丸の仕立ては帰ってから行えば良い。

 

確かに効率的な問題では和尚が残るのが最適だろう。だがこれでは、まるで最も重要なのは人を集める事のように感じてしまう。

 

萩風だけの為に残るのは何故か、もしくは黒崎一護や他の者が上に行くなら問題無いのかもしれない。

 

「総隊長らしく、上手くできそうじゃな。これなら安心できそうじゃ」

 

「まだまだですよ、総隊長の遺志を継ぎ切れていませんから」

 

両者が笑いかけるが、それは形だけだろう。

 

裏側ではお互いに侮れない存在だと思いあっているのは、互いに理解しているのだから。

 

☆☆☆☆☆

 

お互いに血塗れになりながらも、両者の間で行われる剣撃の音が止むことは無い。

 

超高速で行われる2人の戦いは衝撃波を撒き散らし、無数の斬撃を舞わせる程に荒れている。

 

片や総隊長を上回る実力を持った護廷十三隊の怪物、片や総隊長から免許皆伝を受けた一番の弟子、この2人が戦って荒れないはずが無かった。

 

お互いに始解はしていない。更木は元から始解を覚えてないが、萩風はあくまでも剣術を教える為に始解はしていない。だが萩風も剣術の指南が表面的な物であるのはわかっている。

 

目的は更木剣八の底を引き出し、心の中に存在する枷を外す事。萩風はその為に出来る限りゆっくりと、だが着実に更木剣八の底を引き出してきた。

 

そのおかげで更木の動きは鋭さ、反応、力、予測、速さ、全てのキレが増している。だがまだ全力ではない、まだ引き出しきれていない。

 

そして萩風は全力で戦った。途中から更木への回復を忘れてしまいそうになるくらいに。その底を引き出す為に。

 

 

 

 

だが、更木剣八は萩風カワウソより強かった。

 

「がっ……!」

 

萩風の体が横薙ぎに斬りつけられる。戦いが始まって1日以上が経ち、萩風はここで初めて致命傷を負う。

 

萩風は更木の戦ってきた事のある相手の中では3本の指には確実に入る程の死神だ、その底を最も引き出せたのは間違いなく彼だろう。しかし、それでも足りない。

 

「(……終わりか)」

 

更木剣八という底知れぬ怪物は、少しだけ期待外れだという顔をする。萩風のそれが致命傷なのは何体もの敵を、何人もの敵を屠ってきたからこそわかる。

 

萩風は何度も更木に致命傷を与えては治した、与えては治し続けた。その度に更木は生まれ変わるように力を解放していった。誰よりも強い怪物を生まれ変わらせ、本当の姿へと近づけていった。その瞬間は間違い無く、更木剣八にとっては至福の時間だった。

 

更木剣八は今まで眠っていたのだ。覚まさせるには、彼に戦いを楽しませられるだけの力と時間がなければならない。

 

誰よりも戦いを好み、誰よりも楽しみたい男。それが更木剣八だ。

 

だがいつものように殺し、終わった。

 

戦いを楽しみきる前に、終わった。

 

更木の目の前でまた、1人の死神が

 

「死んだ、そう思ったでしょ」

 

死ぬことはなかった。

 

「緩い、俺がどこの隊の隊長で……誰の弟子だと思ってるんですか」

 

四番隊 隊長 萩風カワウソ、彼は最も殺しにくい死神だ。

 

萩風の回道の技術力は卯ノ花には及ばない。だが全てが及ばないというわけではない、局所的に勝るところは存在するのだ。

 

それは2つ存在する。1つは結界術を用いての広範囲の治療術、護廷十三隊が先の戦いで死者の数を劇的に減らす事の出来た技術だ。と言ってもこれは一人一人の治療できるだけの傷の深さに限度はある。

 

そしてもう一つが、自身への治療術。萩風は自分の体を知り尽くしている、どれだけの荒い治療に耐えられるのかを、どれだけの血液を有してるかを、骨の具体的な強度を、全てだ。だからこそ、彼はそのデータを基に材料さえあれば自身を複製出来るほどに回道の力を行使できる。なおデータさえあれば、唯一霊圧を知り尽くしている卯ノ花の治療だけは可能である。

 

そして、そんな力を持つ萩風の致命傷は見る見るうちに塞がった。

 

卍解(ばんかい) 陽炎天狐(かげろうてんこ)

 

斬魄刀を構え直す萩風、だが最初と違い今度は斬魄刀を赤く光らせていく。霊圧が解放されていき、無数の萩風が現れていく。そのどれもが一騎当千の力を持つ萩風の分身、更木剣八の底を引き出す為に現れた人柱(ひとばしら)

 

「……!!」

 

その全てが、更木へと襲い掛かる。雑魚の試し斬りとは違う、本気で楽しめる試合が始まる。

 

「ウオォォォォォ!!!」

 

彼は咆哮する、感が極まり咆哮する。鬼気迫る顔をしているが、笑顔でもある。

 

このやり取りの名を彼は知った気でいた。だが、違った。

 

無数の刃に晒され、逆に無数の刃で敵を屠る。

 

リアルな感触を感じ続ける、思考が止まって楽しんでいるのに意識が飛ぶ瞬間ができる。

 

これが、これこそが。

 

彼の求めていた、戦いであった。




萩風の遺書を読んでる虎徹勇音を書こうと思いましたが、そしたら1万を軽く超えそうなのでやめときました。どっかの閑話でやるかもです。

あと麒麟寺天示郎は四番隊の隊長とかの設定は一応無いですが、普通にあり得そうなので初代四番隊の隊長をお任せしました。

彼等は後方支援がメインですけど……その隊長達は気にしないでください。私も気にしないでおきます。

それといつも誤字報告と感想、評価ありがとうございます。年内の完結を目指しますので、よろしくお願いします。


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28話 舞台前の役者達

過去最高……12000字超えてた……。

暇な時間にゆっくり読んでください。

☆☆☆☆☆
前回までのあらすじ

滅却師と護廷十三隊の全面戦争が始まり、護廷十三隊は一度目の侵攻で総隊長の死を含め多数の被害を出してしまう。

そして中央四十六室は次の戦いに備え、護廷十三隊の総隊長に卯ノ花八千流が抜擢される。そして繰り上がりで四番隊の隊長となった主人公、萩風カワウソ。しかしその彼の最初の任務は更木剣八と殺し合いをする事であった。

卍解を使い更木剣八へと対抗する萩風、果たして勝負はどうなるのか……!!

一方その頃、黒崎達一行は霊王宮のお風呂でのんびりとした後、たらふく美味しいご飯を食べていた(原作準拠で嘘は言っていない)!!


「これで、一先ずは終わりですね」

 

集まった書類をトントンと整え、纏めると軽く伸びをする。目の前では最後の確認をする山田花太郎が目を通し、おおむね大丈夫なのを把握すると笑顔でデスクワークをしていた上司へと待ち望んでいた終了の合図をする。

 

「はい、お疲れ様です。虎徹副隊長」

 

卯ノ花が総隊長を拝命するのと同時に繰り上がりで任された役職。彼女自身は他の副隊長に引けを取らない実力を持っているのだが、未だに腕にある副官の証である腕章には慣れていないようだ。

 

そして目の前の同時に昇級した山田花太郎もまた、慣れていないようだ。

 

「山田三席も無理をしないでくださいね、私達の戦いはこれからですから」

 

笑顔をむける虎徹に「は、はい!」と元気良く返事をすると、そのまま山田三席は部屋を後にする。

 

「……戦争、ですもんね」

 

虎徹はそのまま椅子に腰掛けていると、先ほどの言葉を頭の中で反芻させていた。ほかに相応しい人は居そうで、自分以外でも務まるんじゃないかと思ってしまうほどに、片腕が少しだけ重く感じている。

 

「私が……副隊長」

 

彼女はそう呟くと、立ち上がり部屋を出る。今は非常時だ、ゆえに周りで皆が忙しなく動いているのがわかる。仕事は終わらせたが、何かをしないといけないのではないかという使命感と責任感に駆られてしまう。

 

落ち着かない。落ち着けない、落ち着けるわけがない。繰り上がりとはいえ副隊長になり、現状の四番隊のトップとしての重圧がのしかかる。

 

逃げたい、助けてほしい、側にいてほしい。

 

「……今日は、疲れたのかな」

 

いつもと違うからこそ、日常が呼び起こされていたのかもしれない。

 

任された仕事の大半を終わらせた彼女は何を思うのか、その部屋に入った。彼女自身も滅多に入らないその部屋、物が少ない落ち着く部屋。

 

畳と少ない家具だけの部屋、萩風の私室だ。

 

中は大して物もないが、だからこそ落ち着ける。座布団を一つ拝借すると座り込み、手で身を抱える。

 

助けてほしい、こんな弱々しい所を見せるわけにはいかないからこそ支えてほしい。いきなり任された大役、虎徹はまだ心の準備はできていなかったのだ。

 

萩風と卯ノ花という2人が常に上にいたからこそ、準備する必要が無かった。でも、必要になってしまった。負けたくないが、負けてしまいそうな心細さを感じてしまう。

 

この、部屋は落ち着き過ぎる。

 

だからだろうか。彼女が、ふと違和感に気づけたのも。

 

「……、何かある」

 

彼女はたまたま座り込んだ座布団の中に隠されている封筒を見つける。そこには小さく『萩風カワウソ』と書かれ、表紙には大きく遺書と書かれている。

 

「これって」

 

これは見なくてはならない物だろう。だが何故だろうか、見てはいけない気がしている。

 

そこに覚悟が見えてしまいそうで、その覚悟にどれだけの執念を燃やしているのかを感じてしまいそうで、その執念にこの遺書を書いている萩風が思い浮かんでしまうそうだからだ。

 

だがそれでも、虎徹は手に取った。それを机に置いて何分迷ったか。はたまた数時間経っていたのかもしれない。

 

ただの文字の羅列、そうは割り切れない。だが彼女は意を決し、その紙をゆっくりと開いた。

 

『初めて遺書という物を書く。これを書くのは何処と無く無邪気な男の心を擽るようだが、それ相応の覚悟が必要になったという事と思うと筆が止まる。腕に隊長としての重石がのしかかったようで、これから書く字が読みにくくなるかもしれないが許して欲しい』

 

中にはそこそこの量の文字が書かれ、途中で何度も迷いながら書いたのだろう。滲んだところもあれば、墨の乾き具合も若干違っている。

 

今にもこれを書いている萩風の姿が脳裏に浮かんでしまう。

 

「大丈夫ですよ、貴方の字は何度も読んできましたから」

 

最も彼と共に同じ時間を過ごしたのは間違いなく、今総隊長を務める卯ノ花だ。しかし、仕事を最も共にしたのは間違いなく虎徹勇音だ。何度も見る癖のあるが力強い字から、彼が幾度も考え抜きながら言葉を選んでいるかがわかる。

 

いつもは殆ど仏頂面で、四番隊の隊士達はその姿を遠巻きにしか見てこなかった。

 

しかし虎徹は知っている。卯ノ花と戦っている最中に死力を尽くして挑む彼を、傷つくのも傷つけるのも嫌で仕方がない彼を、油断している時はいつもの作られた口調が緩む彼を。

 

『これが誰かに読まれてるなら、俺は既にこの世に居なくなってる……と思う。生きててうっかり処分をし忘れたなら、黙って燃やしてくれると助かる』

 

そして何処かで弱気な彼を、彼女は知っている。

 

『思えば、護廷十三隊には500年以上死神として務めてきた。いつのまにか俺より古参な死神は隊長達くらいで、副隊長では雀部しか先輩は居なかった。ずっと何処かで孤独感を抱えていたのかもしれない、周りとの溝に』

 

萩風と虎徹が初めて出会ったのは200年程前の時だ。その時の彼を見た時の事は虎徹も覚えている。

 

猛獣、表すならそんな言葉だろう。繊細さが大切な回道を、こんなガサツそうな男の死神から教えてもらえるのだろうかという不安があった。

 

だがそんなものは杞憂であり、彼が師になってくれた事で彼女自身は大きく成長出来た。だからこそ、彼の感じる孤独も近くに居たからこそ少しだけだが感じていた。

 

副隊長という地位に抜擢され、周りとの温度差に苦しんでいたのだろうと。だからこそ力が必要だったのだろうと、自身の存在を証明するために。その努力で得た力がたとえ、四番隊に相応しいかも考えずに。

 

彼が欲しかったのは、副隊長という地位ではない。欲しかったのは、その先の力とそれを自分だけが理解できていれば良いという謙虚な姿勢だったのだと。

 

『でも今はそんな事は思わない。卯ノ花総隊長から様々な事を学んでから変わった。俺が虎徹勇音を弟子にした時も、副隊長に就任した時も、初めて卍解を身につけた時も、俺の全ては……卯ノ花総隊長から始まり、様々な人と関わり今に至ったのだと思っている』

 

それを読むと、何故かズキリと心が痛む。今迄は彼女という人間性ゆえに感じる事の無い感情、自身の自信なさゆえに感じる事の少ない感情。

 

「(あぁ……嫉妬してるんだ、卯ノ花総隊長に)」

 

ズルイ、というこの感情。萩風に出会い、彼を育て上げたというのが何となく羨ましいのだ。目の前で今の萩風に至るのに、どんな苦難の道を乗り越えてきたのかを見てきた事を。

 

少しだけ可愛く頰を膨らませ、また虎徹は先を読み続ける。

 

『俺が死ぬ時は、どんな最期なのかは何となくだが予期できる。更木剣八と戦い喰い殺されるか、ユーハバッハに立ち向かい帰らぬ人となる時のどちらかだと思う』

 

ピクリと、虎徹の目が文字を追うのを止める。死という文字が初めて現れたからだろう。覚悟はしてたのに、何故か指に力が入らない。遺書がスルリと落ちてしまいそうなのを何とか踏ん張り、数回深呼吸をする。

 

気持ちの覚悟はできていたと思っていた。だが、この人だけは死なない人だと思っていた。いつもボロボロなのに、なんて事のないように振る舞うこの人は真の意味で死神に至っているのだからと。

 

『本音を言えば、戦うのは恐ろしい』

 

知っている、傷つくのも傷つけるのも怖いから。

 

『だが、それ以上に戦わないで失う事の方が何倍も恐ろしい』

 

知っている、教えてくれたのは貴方だから。

 

『戦え、戦わなければ生き残れない。俺の死をどんな形に捉えても良い、だが何かを奪わせない戦いを、これを読んだ者にはして欲しい』

 

『戦え』その文字は特に力強く書かれている。何を思い彼が戦地へと向かうのか、何を思い自分達を守っていたのかを。虎徹は近くで見て、教わってきたからこそ、その意味を感じ取れている。

 

頰を数滴の雫が伝っていく。それは真下にある手紙を濡らしていき、僅かに墨を滲ませる。抑えてなければならない、まだまだやるべき事は残っているのだから。

 

「だめ、まだ……私が、頑張らないと」

 

抑えていなければ、何もかもを投げ出してしまいそうになってしまうから。

 

そして最後の紙をめくる、最後の紙は他の紙と違い少ない量の文字だけが緊張の糸が切れたような字で書かれている。それはたまに亡き雀部と文通する時のような力が程よく抜けた文字である。

 

『追伸 何か似合わないカッコよさげな遺書になったのは気にしないでください』

 

それはこれを読んで気を沈ませた者を気楽にさせる為の言葉だ。虎徹を泣かせないように隣で言われてるようで、励まされてるような気分になる。

 

「私って、本当に単純なんだろうなぁ……」

 

気負い過ぎるな、でも全力で頑張れ。そんな励ましの言葉が隠れた手紙を、虎徹は懐に仕舞い込む。何処か胸の内側がじんわりとあったかくなり、安心感に包まれていく。近くにいるようで、遠くにいるのを感じるのだ。

 

「これくらい、良いですよね。だって萩風さん、またいつも通りに生きて帰って来るんですから」

 

珍しく少しだけ狡い女の子は、必要の無くなる物を自分の物にするのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

焦がれる、まだまだ殺し足りない。どれだけの刃を受けようと、どれだけの敵を屠ろうと、まだ足りていない。

 

目の前の男、それは間違いなく滾るこの闘志を焼きつくさせられるだけの存在。卍解という必殺技を使われ、既に8割以上の敵を殺すが未だに健在の存在。

 

だがそれでも最強は己、斬れぬものなぞ存在しない。だからこそ、負けるはずがない。

 

どれだけ傷つこうと、必ず斬る。

 

「ウォォォォァァァ!!」

 

そしてなおも、獣は飛びかかる。幾多の攻撃を受けようと、標的と斬り合うのを楽しむために。

 

「剣ちゃん!」

 

しかし、背後からの声に体がピタリと静止する。戦闘中の更木剣八へこんな事をして無事で済まないのは護廷十三隊の常識だろう、不粋な真似をしたのは誰なのかというのが止まった理由の一つである。

 

そしてもう一つは聞き慣れた声であり、本来ならばここに居るはずがない死神の声だからだ。

 

彼女ならば、戦いの邪魔なぞする筈がないからだ。

 

「やっとこっち向いてくれた!剣ちゃんったら、斬る相手しか見てないんだから!」

 

草鹿やちる、更木剣八が隊長を務めている十一番隊の副隊長である。外見はいつもと変わらない桃色の髪に死覇装なのだが、いつもとは少しだけ雰囲気は違う。更木もそれには気づくが、それを意図的に無視する。

 

今は戦いの最中で、それが最高に楽しいからだ。

 

「うるせぇぞやちる、黙ってろ。俺がこいつと殺り合って……?!」

 

しかし、辺りは変わっていた。標的、萩風カワウソはどこにもおらずましてや場所が荒野へと変わっている。この世界には、2人しかいないのだ。

 

夢のような戦いではあったが、夢ではないのはわかっている。

 

「何処だ、ここは。おいやちる、萩風のヤロウは何処だ。俺はまだまだ満足してねぇんだ!」

 

だからこそ、更木はこの場をつくりだしたであろうやちるへと問いかける。この場に変わるまでと違うのは彼女が現れた事くらいしかないのだから当然であるが、やちるはそれについては答えずに話し始める。

 

「駄目だよ剣ちゃん、ウソウソまだまだ元気だし。もうこのままじゃ剣ちゃんが負けちゃうよ!」

 

「あぁ!?俺が負けるって言いてぇのか!?」

 

更木は自身とは最も長い間を一緒にいる彼女が自身への敗北について言及するとは思わず、この場の事から頭が吹っ飛びやちるに対してギラギラとした怒気をぶつける。

 

しかし

 

「剣ちゃんが負けるわけないじゃん!」

 

その怒気は直ぐに霧散する。

 

更木はここで初めて、しっかりと草鹿やちるを見た。そして先程感じた違和感をしっかりと感じ取った。今までは感じた事もなかった、声だった。

 

目の前からも確かに聞こえる。確かに聞こえるが、二つの声が重なって聞こえてくるのだ。今迄は感じなかった声、それは更木剣八の手に持つ刀から聞こえてきていた。

 

今迄は無視していたというわけではないのだが、夢中になる彼は感じとれなかったのだろう。その手に持つモノから聞こえてくる声を。

 

「剣ちゃんが私をちゃんと使えるなら、誰にだって負けないんだから!」

 

今迄ずっと近くにいた彼女は、誰よりも近くにいたのだった。

 

そしてボロボロのナマクラは斬魄刀へと、昇華したのだった。

 

☆☆☆☆☆

 

パタリと倒れる怪物、その周りは血で溢れた地獄絵図だ。

 

「はぁ……はぁ……ギリッギリじゃねぇか」

 

更木剣八との殺し合い(一方的)結果は俺の辛勝だろう。

 

ちなみに俺の全身は血塗れ、汚れてない所が無いほどだ。傷はある程度治せたが、致命傷になる程の深い傷は完治できていない。更木隊長を治しながら3日も戦っていれば、流石に限界が来たようだ。

 

床に座り込みながらゆっくりと呼吸を整えるが、口の中は血の味と嫌な固形物を感じ上手く吸えない。

 

吐き出すと血の塊と肉の塊、唾液が混じってるのか疑問に思う程の真っ黒な血が吐き出されている。それでも何とか呼吸は楽になった、過去最高にボロボロだ。

 

これでも生きてる辺り、俺もそこそこ隊長格に近付けているという事なのかもしれない。

 

そして、横目で倒れ込む更木隊長を見るが地面に突っ伏したまま動かない。息はあるし、拍動も聞こえるから生きてはいるのだろう。

 

しかし、とんでもない怪物だ。

 

何が怪物かって……始解もせずに、100人の俺を相手にその殆ど全てを殺しきったのだ。あ、補足すると俺の数少ない特技である斬魄刀の見分ける力で始解をしてるかどうかはわかる。

 

自分で斬魄刀を折って治してから目覚めた力だが、まさか十一番隊の草鹿やちる副隊長が斬魄刀とか思わないよね。俺も似たような事しようとしたけど出来なかったから、更木隊長は半端ないです。

 

そして、全力の卍解ですら更木隊長から始解も引き出せなかった。

 

ちなみにオリジナル含めて7人以外皆殺し……ふざけ過ぎた怪物だろ。二度と戦いたくない。

 

と言っても、もう勝負はついた。更木隊長ならほっといても死なない自信がこの戦いでついたが治療をしておかないと。いつ滅却師達が来るかもわからないんだからな。

 

「書いた遺書、書き直すべきかな」

 

一応、こっそりと仕舞ってるから見られたら恥ずかしいんだよな。今のうちから見られたり……しないよね?そんな都合よく誰もいない部屋で座布団に座ったりして見つかったりしないよね?そんな事しないよね?

 

……何だろう、嫌な予感がする。念のために、後でこっそり処分しとこう。

 

うん、さっさと帰ろう。もうクタクタだわ。

 

「…ちる……テメェ、……だったのか」

 

「……は?」

 

寝息?いびき?違う、そんなわけない。そうだったら良かったのに、そうだったなら俺の心はどれだけ平穏を保てたのか。目の前で先程とは比べるのも馬鹿らしくなる霊圧を放ちながら、刀を身の丈を超える程の鉈に変えて立ち上がる。

 

え、もう体力残ってないのに?

 

()め 『野晒(のざらし)』」

 

「っ……!?」

 

その大鉈が薙ぎ払われ、俺の視点がズレる。世界がズレるって言うのが正しいのかもしれないが、真横に落下していくような感覚で……。

 

受け身を取ろうとするけど、何故か手の先が動く感覚がしない。

 

「あ、れ……?」

 

そして目の前に、下半身が転がってる。

 

更木隊長はそのまま地面に倒れたが、何が起きたんだ……?!

 

確かなのは……異様な寒さが、体の中を駆け巡っている事。咄嗟に発動しようとした卍解・改は間に合わなかったのか?殺意を受けるより先に、体が斬り裂かれた……?

 

なんで斬られたのがわかるのに、なんで斬られて倒れてるのがわからないのだろうか。回復したいのに腕は転がってて……あ、そもそも体力も尽きてるか。

 

何だか分からないが、何でだろう。死にそうになってるのに、何処かで死なないって何かに言われてる。焦り続けて発狂する自分がいるのに、リラックスしている自分がいる。

 

だからかもしれないけど、何が起こったがわかっても自分の事を分かれていない。

 

「か、い……?」

 

何かが燃え尽きていく。消えたことの無い何かがゆっくりと消えていき、煙のように掴めない物が引きずられていく。

 

そんなよく分からない感触を感じながら、意識は闇の中へと引きずり込まれていく。

 

☆☆☆☆☆

 

青い炎に包まれた殺風景な砂漠だけの世界、襲撃された虚圏。数多の死体が放置されていたその場所も全て回収、供養されている。青い炎も虚圏の王、そして浦原喜助の両名によって直々に消し止められ、崩壊した建物以外の環境は元に戻っている。

 

そしてここでする事を終えた王、ウルキオラ・シファーは旅立とうとしていた。

 

「ハリベル、ここは任せたぞ」

 

ハリベルの「はっ、お任せを」と言うのを確認すると、ウルキオラは灰色の外套を翻し別れを告げる。ここから先の戦いに付いて行けるのは虚圏ではウルキオラだけだ、負傷し回復の終えていないハリベルには荷が重い。

 

故に、虚圏から旅立つのはそこの王であるウルキオラだけである。付き人は居ない。

 

「準備は万端みたいっスね」

 

「あぁ。そっちこそ、契約は覚えているな」

 

「モチロンっスよ。こっちの準備は問題無いです、後はウルキオラさん達次第っス」

 

そして浦原喜助は既に虚圏からの扉を開き、準備を済ましている。最後の確認も問題無く、いつでも虚圏を飛び出す事はできる。

 

「本音を言えば、時間が足りない。だがそんな悠長な事は言っていられない」

 

しかし、ウルキオラにはまだ時間が足りていない。萩風の応急処置と井上織姫による治療で傷は治った。だが完治はしておらず、井上の異能でも治せない傷が未だに残っている。他にも切り札の解放もあるが、時間はやはり足りていない。

 

それでも、今を逃せばチャンスは殆ど無くなるのだった。

 

「こいつを連れて行く必要が、あるんだな」

 

そして浦原喜助が先程述べたように連れて行かれるのはウルキオラ1人ではない。付き人の破面でも、虚でもない。

 

「んだよ、文句あんのか」

 

「俺には無い」

 

同行人の滅却師、リルトット・ランパードは悪態を吐くが実力差はわきまえているようで思いのほか反抗心は小さい。同じ目的を持つ仲間という事もあるのだろうが。

 

「えぇ、まぁ……現状では彼女がいるかどうかで尸魂界の未来が決まるかもしれませんね」

 

浦原は具体的な事を濁しながら話すが、それでも重要な事なのだろう。彼は護廷十三隊の天才、涅マユリを超える天才。ウルキオラ達の思いもよらない事を考え、思いもよらない秘密を知っている。

 

「別に、ジェラルドみてーな大した事はできねーぞ?」

 

「大丈夫っスよ!大した事ないのはわかってますから!」

 

屈託しかない笑顔を向ける浦原、それに謙遜したつもりで言った滅却師でも上から数十人に選ばれる精鋭であった彼女のプライドが大きく傷つく。

 

そして、左手に矢を装填する。

 

「殺す」

 

「待て」

 

それをウルキオラは後ろからがっちりと押さえ込み、捕縛する。

 

「離せぇぇぇ、ウルキオラァァァ!こいつは殺す!それとその持ち方すんな!俺の身長が低いって言いてぇのか!!」

 

この少女萩風の時でも察せられたと思うが、沸点が低い。ウルキオラに押さえつけられているが、ガチギレである。また、両腕を抱えて持ち上げられて子供のように扱われてるのもイラついているようだ。

 

足を振り回して必死に拘束をとこうとしているが、今のリルトットに為すすべはない。

 

「俺との契約がある、それまでは死んでもらっては困る」

 

「アッハッハ」

 

「それでもやっぱ殺す!笑うんじゃねぇ!」

 

自分に対して攻撃されそうなのにも関わらず、子供のように扱われる姿に扇子を持ちながら爆笑する浦原。心なしかウルキオラとリルトットの距離が近づいたようだが、それを狙っていたのかは定かではない。

 

不安で不気味な胡散臭い奴なのだ。しかし、それも作られたキャラクターだ。本当の彼の姿を見せるのはほんの一部の人間のみの、信用ならない奴。

 

それでも、彼の情報と契約は信用に値する物である。

 

そして流石にふざけ過ぎたと思ったのか、彼は「じゃあ、そろそろ冗談はこれくらいにしておきましょう」と一声かける。それにリルトットは仕方なく矛を収め、ウルキオラもやっとかという風にリルトットを下ろす。

 

「後で殺す」

 

まだ矛はしまいきれていないようだが、2人の準備は万端である。浦原も苦笑いをしてるが、そろそろ時間である。浦原喜助の計算が正しいならば、直ぐに最後の準備をしなければならない。

 

「まぁまぁ……行きましょうか、霊王宮行き片道列車の旅に」

 

3人はその切符を手に入れる為、尸魂界へと旅立つのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

無間の扉の前の長い廊下、本来ならここに立ち入るのは禁止されている場所で2人の死神は扉から出てくる者を待ち続けている。

 

兵主部 一兵衛、和尚と呼ばれている零番隊のリーダー。萩風を上に連れて行くために待機を続けている。

 

もう1人は二番隊の隊長、砕蜂だ。護廷十三隊でも指折りの実力者であり、隠密機動も束ねている。そんな彼女と和尚の雰囲気は、一言で言えば最悪であった。

 

「儂だけでもええんじゃぞ?隊長とて暇じゃあるまい」

 

「私はやるべき仕事なら済ませている、今の私のすべき事はここにいる事だ」

 

敵意を正面からぶつける砕蜂に、和尚もやれやれといった様子である。いくら言っても、何を言っても砕蜂の警戒がなくならないのだ。

 

名目上は和尚の滞在中の付き人としてだが、明らかに付き人のしていい態度ではない。砕蜂も多少は融通が利くのだが、こと萩風カワウソと四楓院夜一においては全く融通の利かない死神へと変わってしまう。

 

「何度も言っとるじゃろうが。儂は萩風を連れて行くだけで、霊王様の命令に従っとるんじゃて」

 

「貴様は先程から、連れて行くと答えるだけで送り返すという言葉を使っていない、帰れない可能性もあるのだろ。ならば私は反対する」

 

「儂が言ったところで、何の保証にもならんのだぞ?」

 

「気休めにはなる、言質も取れる」

 

言質は取れないと言ってるのだが、先程からこのようなやり取りがずっと続いている。数時間もこんなやり取りをしていれば、流石の和尚も精神的にやや疲れてしまうが砕蜂は疲れた様子は無い。

 

「頑固じゃな、モテんぞ」

 

「有象無象に対してどう思われようが何とも思わん」

 

どう言っても言い返す、そんなやり取りを繰り返しているのだが先程の和尚も少しだけめんどくさそうにしている。それでも少しは真面目に返している、それは砕蜂の不安も理解しているからだ。

 

何処ぞのいつもは上にいる輩に急に仲間を連れて行かれてしまうのだ。何も思わない方がおかしいだろう。

 

そんな不毛なやり取りを続けていると、和尚が扉の方へと目を向ける。まだ扉は開いていない、中の様子がわかるはずもないのだが「ん?終わったか」と和尚は呟き扉の方へと歩みだす。

 

最初は気づかなかった砕蜂も慌てて追いかける。そして彼女が扉の前に立った時に見計らったように、門は開いた。

 

「あれは……」

 

パサリ、パサリと草履でゆっくりと歩く音が暗闇の奥から聞こえてくる。フラフラとしたその足音は途切れ途切れのゆったりとした物で、一定のペースで歩けていない事からいかに疲労しているかが伺える。

 

中からはむせ返る程の色濃い血の臭いが漂い、砕蜂も少し顔をしかめるほどだ。一体何人で殺し合いをすればこれだけの惨劇の後のような血臭がするのだろうか。

 

「どうやら、2人とも生きとるな」

 

和尚は呟くと、奥からゆっくりと歩く者を砕蜂はやっと視認できる。微弱過ぎて感じるのが難しかった霊圧を、やっと感じる事ができる。

 

ボロボロで真っ赤に染まる死覇装と隊長の羽織、見ていられないほどに疲労困憊な彼は歩き続けている。砕蜂は確かに、待ち望んだ霊圧を感じる事が出来ていた。

 

「待っていたぞ、萩風……!?」

 

だが、彼は覚束ない足取りをついに崩し扉を目前にして倒れ込む。咄嗟に砕蜂が隣から肩を貸すが、間近で見る萩風の状態はギリギリとしか言えない状態であった。

 

「あ、ぁぁ……砕蜂さん?」

 

貸した肩に感じる歪んだ腕の骨の形とべったりとした血の感触、曲がってはいけない方向に曲がった片足の脛、肺呼吸をするたびに苦しそうに動く胸を見ると肋骨が殆ど折れ、満身創痍としか言えない状態であった。

 

「って事は、生き……あれ、何で生きて……?いや、死……?」

 

青い白い顔が更に蒼白していく。目がボヤけているようで、今にも眠ってしまいそうな顔をしている。

 

「馬鹿を言うな!貴様は生きている、私が保証する。大丈夫だ、貴様が信用する私が言うのだから間違いはない!!」

 

砕蜂は「待っていろ、直ぐに四番隊に運んでやる!それまで耐えろ!」と励まし続ける。今の萩風の負傷は酷すぎる、萩風レベルの回道の使い手でこの様なのだ。致命傷は幸い見当たらないので死にはしないだろうが、一刻も早く萩風を安心できる場所に運びたい気持ちを抑えつつゆっくりと持ち上げようとする。

 

が、それを見兼ねた和尚は思いの外重傷に「やれやれ……相当、消耗しとるな」と呟くと萩風を砕蜂よりも早く持ち上げ、治療を簡単に始める。砕蜂に回道の心得は殆ど無いが、それでも幾分か萩風の表情が安らいだのは理解できる。

 

「時間も無い、このまま連れて行った方が治るのも早いじゃろう」

 

しかし、和尚は四番隊に連れて行くつもりはなかった。そのまま萩風を抱えると、直ぐにでも上に向かおうとする。

 

「待て、萩風は帰ってこれるのか!?それだけでも言え!」

 

しかし、砕蜂はそれを予期し先回りし和尚の行く手を阻む。瞬歩は圧倒的に零番隊の死神達の方が速いのは把握している。ならば先回りし抵抗をする事はできるのだ、それが小さな反抗で簡単に突破されてしまうと知っていても。砕蜂は気づけば体が動いてしまっていたのだ。

 

「どいた方が、良いぞ?」

 

「っ……!?」

 

そして、和尚は初めて少しだけ霊圧を開いた。片鱗とはいえ砕蜂とは桁違いの年月を生きる最強の死神の力を感じ、身が強張る。意味がない抵抗なのは、わかっている。ここで抵抗をしなかったら丸く収まる。

 

だが、抵抗をしなければ砕蜂の信念が許せない。砕蜂は自身の持てる力の霊圧を全て開き、徹底抗戦の意思を見せる。

 

一触即発、そんな状況の中で

 

「大丈夫ですよ……砕蜂さん」

 

萩風が消えそうな言葉で呟き始める。

 

霊圧を感じ起きてしまったのか、砕蜂の怒りと恐怖の入り混じった霊圧を。それを落ち着かせようと、場の状況も何も把握できていない萩風はまたゆっくりと呟き始める。

 

「これ終わっ……たら、またご飯でも行き……ま……」

 

約束を言い終える前に、萩風は眠りについてしまう。弱々しい声はゆっくりと消えていった。そしてそれに合わせるように、砕蜂のトゲトゲとした霊圧は収まっていった。何処と無く霊圧も優しさと丸さを感じ、それを理解した和尚は無言でその場を立ち去っていく。

 

萩風は言い終える前に眠ってしまったようだが、砕蜂は確かに消え入りそうな声をしっかりと聞き取った。

 

だから、信じる事にした。零番隊も霊王も信用していない、だが彼を信じて待ってみる事にした。

 

「最高級のを準備してやる。だから……必ず帰って来い」

 

彼が約束を反故にしたことなぞ、一度としてないのだから。

 

☆☆☆☆☆

 

時間は萩風達の死闘より、2日遡る。とある流魂街の外れの森で、その2人は空を見上げる。

 

「ったく、めんどくセーな。死んだら楽になるって聞いてたが、仕事ばっかじゃねぇか」

 

打ち上げられていく黒崎達を乗せた天柱輦を見上げる男達は、死神のような霊圧の濃さを持ちながらもそれとはまるで異なる格好をした2人である。

 

現世の言葉で表すならヤンキー、不良などだろう。だが彼等は共に、死神に殺された者達だ。

 

死後の世界でここまで強い魂も珍しいだろう。だからこそ空高く飛んで行く柱の打ち上げを行った彼女に拾われたのだが。

 

「そういや、この後にもう1人来るらしいな。月島、どんな奴かわかるか?」

 

黒いジャケットを着た男、銀城(ぎんじょう) 空吾(くうご)は指先でペンダントを弄りながら隣の長身の男へ問いかける。見た目は白いワイシャツにサスペンダーという格好をするこの男の名は月島(つきしま) 秀九郎(しゅうくろう)、銀城と共に現世で黒崎達に殺された完現術者(フルブリンガー)だ。

 

その月島は「ちょっと待ってて」と言うと記憶の引き出しを開け始め、いくつかヒットする。

 

「石田雨竜や朽木白哉の記憶にあるね。萩風カワウソ、護廷十三隊の副隊長らしいよ。上に連れてかれる人の中じゃ……一番の実力者かな」

 

クスリと笑う月島。それに「マジかよ」と言う銀城。理由は上に連れて行かれていく者達の中でも己を殺した黒崎すら越えるのに驚いている。

 

「上に連れてかれてんのはお前を殺した隊長もいんだぞ、他の奴らよりもそんなにか?」

 

だが他にも護廷十三隊の中でも指折りの実力者が上に送られているのだ。月島を殺した朽木白哉、天才である日番谷冬獅郎という隊長達も連れて行かれているのだ。

 

「少なくとも、黒崎を一度殺した虚圏の王と対等にやり合えるだけの存在らしいよ。護廷十三隊でも戦えるのは限られてると思うし、出来る限り敵に回したくないかな」

 

月島にここまで言わせる相手はそうはいない。銀城は考えを改めた。先程の越えるという表現は甘い、凌駕しているという方が適切なのだと。

 

虚圏の王ウルキオラ・シファー、彼の劣化品とは言え崩玉を使った進化に対応できる死神なぞ護廷十三隊に居ても1人か2人だ。卍解状態の黒崎をその二段階前の状態で圧倒する怪物、それを聞いて銀城は「あの時そいつもいたら、他の奴らも死んでたかもな……」と小さく呟く。

 

今となっては殆ど関係ない、完現術者の集まり。死神を倒すという野望を持った人間達であったが、相手が悪かったのだと今更ながらに実感しているのだろう。

 

「万が一の時、お前なら挟めるか?」

 

「さぁね。不意打ちならできるかもだけど、今の彼はわからないし。案外滅却師にズタボロにされてるかもよ」

 

「なら誰なら勝てるんだよ」

 

「だからこそ……あのお姉ちゃんは正攻法以外の手を使える僕らを動かすんだろ?」

 

月島は本に挟まった栞を抜き取ると、いつでも戦える準備ができているのだと銀城へ見せる。

 

「僕は黒崎の為に動きたくないけど、君のためなら仕方なくでも動くよ」

 

覚悟はできていると月島は示す。それが何を望んでいるのかはわかっている。銀城はそれに対して十字架のネックレスを手で軽く見せつけると、月島は軽く笑いかけ開いた本をサラサラと読み始める。

 

それを横目に、銀城はまた空を仰ぐ。既に黒崎達を乗せた柱は見えず、蒼穹が広がり続けている。この何処かの向こうにいる敵、仲間、味方を考えていると、逆らえない流れに乗ってしまったのだと実感してしまい、めんどくさそうに溜息を吐く。

 

動くのは借りを返す為、己の為でもあるそれを果たす。

 

今の銀城が動く理由はそれであり、それだけではない。

 

「やってやろうじゃねぇか。ついでに浮竹の面も見てやる」

 

長年の謎を解明するのも、彼の目的の一つである。




更木隊長は砕蜂さんがちゃんと四番隊の隊士を呼んでくれましたので、虎徹副隊長が治療中です。

それと次回を挟んでからか、もしくは次回から。

第二次侵攻を始めます。色々とゴチャゴチャするかもしれませんが、頑張ります。

☆☆☆☆☆

Q.卯ノ花隊長が総隊長になりましたが、疑問に思わなかったんですか?

萩風「え?だって総隊長って実力とかより曲者だらけの隊長達纏める事ができる人の事でしょ?卯ノ花さんなら適任じゃないですか」


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29話 少し未来の夢

新入部員集めるのに徴兵されていた。

あと部長かぁ…うそーん。忙しくなるなぁ…。


見渡す限りの青い空と下界に浮かぶ白い雲。曇ることのないこの世界ではいつもの事であるが、快晴である。しかし和尚には何故かこれが嵐の前の静けさにしか感じられない。仮に嵐がやって来ても、零番隊の者達ならば切ることは造作も無いだろう。

 

しかし、やって来るであろうユーハバッハという災害は何処までの存在なのかは和尚には予測できない。ただ分かっていることは、護廷十三隊を倒したら次はここなのだという事だろう。

 

和尚は外の様子を軽く伺う。見る先には研鑽を続ける2人の死神がいる。その死神達は下界からやって来た朽木ルキアと阿散井恋次だ。

 

帰って来たばかりの和尚の仕事は下界からやって来た死神達に稽古をつけることだ。今は2人だけだが、他の者達も治療が終わり次第にやって来るだろう。

 

今2人はピタリと静止し、互いに集中して剣を向け合っている。それだけの修行だが、それは集中力を大きく削っていく。

 

現に2人は修行終了の合図の鐘と同時に「ぷはぁっ!!」と大きく息を吐き出し、地べたに座りこんだ。時間にして半日程度であろうか、彼等も高濃度の霊子で覆われた空間の中で無ければこの程度の修行は苦もないだろう。

 

しかし副隊長クラスの実力者ですら最初は立ち上がる事も、呼吸をする事すら難しい空間だ。ここで動けるだけ、彼等は大きくレベルアップできている。

 

そんな2人を見て、そろそろ次の段階の修行に入ろうかとも考え始めると2人の会話が聞こえて来る。

 

疲れはあるようだが、それでも余裕もあるようだ。心置きなく新しい修行に入れるだろう。

 

「ふむ……後はカワウソと一護か。間に合うと良いんじゃが……」

 

だが、気掛かりなのは未だに目を覚まさない萩風だ。黒崎一護や他の隊長達の心配を全くしていないわけではないが、萩風の場合は不確定要素が多い。一護は既に準備は最終段階であるが、萩風は準備のスタートラインにも立てていないのだ。

 

更に浦原喜助が送り込んだ2人も気掛かりだ。直ぐに排除しようとも考えたが、それは早計であった故に監視下に置き放置している。不確定要素の一つであるが、今は敵に回すメリットは少ないからである。

 

今、最も重要な敵は別にいる。

 

「ユーハバッハ……儂らが負けるようならば、2人でもどうにもならんじゃろうな」

 

最も重要なのはユーハバッハ達、滅却師がここに攻めて来るかという事だ。万が一にも霊王が殺されてしまえば、霊王によって分断された世界は、霊王が消えれば統合され壊れてしまうだろう。

 

だが、崩壊を止める方法は無いわけではない。

 

「カワウソよ、お主が人柱となるのも運命なのかもしれんの」

 

無関係とも言える黒崎一護よりも優先されて召し上げられるのは、萩風カワウソなのは明らかであった。

 

☆☆☆☆☆

 

あー、何だろう。体から力がふわっと抜けてる気がする。スゲー軽い。なんだ、昇天してんのか?死んだのか?

 

目を少し開けると空が綺麗だった。雲1つなく、何処か空に近づいているような感覚がする。まじかぁ、死んだのかぁ?

 

あー、せめて天使みたいな美少女にこのまま連れていかれたいなぁ……。

 

「目覚めたか」

 

「……は?」

 

美少女、美少女、美少女に……連れていかれたかったなぁ……!!

 

……うん、美麗な顔だよ。でも君は男だよね。俺、悪いが男は無理なんだわ。

 

「どうした、傷は殆ど治っているぞ」

 

「……いやそうじゃねぇよ」

 

目の前には美青年の友人、ウルキオラ・シファーがいる。見てみれば俺が治せなかった傷は消え、元気な姿である。

 

てかどうりで身体が軽いわけだ。俺の身体にも傷1つ残ってない、結構な重傷だったんだが。

 

まぁ、とりあえず。頭の中のごちゃごちゃを吐き出そうか!

 

「ここどこだよ!あと、何でしれっとお前が居んだよ!?俺が言うのもなんだけど、結構傷やばかったろ!?」

 

ウルキオラが上半身……いや、普通に裸か。てか俺もやん、なんならここお風呂やん。どこの露天風呂だよ、それとここ絶対に普通の場所じゃないだろ。

 

「密航してきた、傷はつい先程に治った。この湯のおかげだろう」

 

ごめん、話が全く飲み込めない。

 

「ここは霊王宮、空の上にある空間だ」

 

「れ、霊王宮?え、あ、お、おう?まさかそんな所に……」

 

どっかで聞いたことあるような……やべぇ、わかんねぇ。本気の声音で言ってるから嘘は無さそうだし、凄いところには居るんだろう。ウルキオラがジトッとした懐疑的な目で見てきてるが無視だ。そんな常識知らねぇのかよって目で見てきるが、こいつまさか読心術の使い手なのか。

 

「俺はお前の心なぞ読めんぞ」

 

「読めてるじゃねぇか!!」

 

「考えている事が顔に出ている」

 

「それでわかるなら、お前はもう少し顔に出せよ」

 

くそ、何だろう。ウルキオラの余裕の笑み?ぽいのがドヤ顔にしか見えない。その顔はなんだよ!そこそこ長い付き合いの俺ですら殆ど分からない程度の機微しかねぇよ!

 

でもそっちがその気なら、言ってやる!ハリベルさんに「ウルキオラがあの3人に手を出してるらしい」って無い事ばっか言ってやる!その時はどうなるかわかるよな?!虚圏で王様やってるから色々とやる事やってるって言ってやる!!

 

俺は本気だぞ!

 

反省して謝るなら今のうちだからな!

 

「その時は、俺も同じ事をするだけだ。どちらの言葉が「悪かった、深く反省している。だからエミルーちゃんとかに告げ口するのはやめてください、特にハリベルさんとかエミルーちゃんとか。あ、靴を舐め」止めろ、貴様に自尊心は無いのか……」

 

やっぱり心を読んでやがる。風呂の上で浮いてから土下座をしてお願いする。呆れたウルキオラの声が聞こえるが、自尊心を殺す事なんて事は社会的に殺されるのに比べればマシだ。

 

だからお願いします、エミルーちゃんだけには変な事言わないで下さい!嫌われちゃうから!

 

この前エミルーちゃんにセクハ……軽いスキンシップして以来、普通に話せて無いんだぞ!!

 

いやでも、その時は俺は何も悪くない!とは言い切れないけど。ちょっとうっかり躓いてエミルーちゃんの胸元に飛び込んでしまったんだ。これは本当にわざとじゃなかったし直ぐに退こうと思ったけど、男の性というか離れられなかくて。顔を埋めて母性を感じてただけなのに……エミルーちゃんも強く拒否してなかったからそのまま抱き着いてただけなのに。まさかね、突然のハリベルさんの攻撃が来てね。当たれば手足の2.3本は吹き飛んでたかもしれん。

 

でもその後にハリベルさんが言ってた『あのままだったなら、貴様は虚圏に一生居ることになるぞ』って言ってたが、どういう事だろうか……殺されて墓に入れられる的な?まぁ大したことじゃ無いだろ。その時はウルキオラに助けて貰えば。

 

「ったく、騒がしい奴らだな」

 

「いや、俺は悪く……えっ!?」

 

「よう萩風、俺の風呂はどうだ?」

 

そんな懐かしい記憶の引き出しを開けてるのに夢中になっていると、奥から現世ではリーゼントヘアーって言ういかつい先端が丸まった髪型の男がやってきた。

 

「えっと、き、き……麒麟寺さん?風呂は気持ち良かった?と思います」

 

「おう、俺がやったんだから当たり前だろうがな」

 

いや、言ってて思ったけど。寝てたから風呂の加減とか何もわからないです。

 

あと一瞬ちょっと久しぶりで名前を忘れかけた。麒麟寺さんには気付かれてないみたいだが、となりのウルキオラの視線が痛い。大丈夫、合ってたから!ノーカンだから!

 

てか頭が落ち着かん。そうだ、冷静になれ。こんな姿を女の子に見られたら幻滅じゃ済まないぞ!俺の寡黙な人あたりのそこそこいい隊士という作り上げた心象が消えてしまう!

 

「本当なら少しは話を聞きたかったが、さっさと上がれ。んで飯でも食ってこい、お前たちに時間は然程残ってねぇからな」

 

周りに女の子の気配は……なんか変な気配が上からするけど、女の子は居ないから幸いだ。よし、さっきまでの落ち着きのないだらしない行動は見られてないな!

 

……おい、ウルキオラ。その目は何だ?

 

……あっ!こいつ鼻で笑いやがった!やっぱりこいつ心読めるじゃねぇか!!

 

☆☆☆☆☆

 

ボンヤリとした景色が浮かび上がる。ここは何処かと周りを見回すとどうやら何処かの教室のようだ。その景色を見ている死神の卵達が集まっているのだろうとわかると、これが夢なのだという事を把握する。

 

中々にハッキリとした夢である、だが自分が生徒なのか空に舞う霊なのかは定かでは無い。そんな事を考えていると、予鈴が鳴り同時に着物を着た壮年だがどこか飄々とした雰囲気を感じる男が教室へと入る。

 

「ハイハーイ、じゃあ午後の授業を始めるぞ」

 

教卓に立つその者の顔は何故か黒く塗り潰されている。

 

いや、彼だけでなかった。周りを見れば白や赤など様々な色で顔が伺える事は無かった。

 

他にも手にする教本、黒板の文字、何かを隠すようにあるそれらに少しだけ違和感を覚える。だが夢の中というふわふわした緊張感を感じないせいか、然程気にならなかった。

 

そして、授業が始まる。

 

「今日から始めるのは『×王護=大戦』か、内容は濃いけどここに今の尸魂界へ至る大きな分岐点になるねー。ちゃん%覚えてね、僕も今日はいつもより真面#にやるよー」

 

だがどうやら声にもノイズが混じり所々聞こえないが、それも気にならない。

 

「まずこの戦争は『〒○¥』と『死神』との間に勃発した。%g0年前に起こり、1200人以上の死者を出し当時の護廷十三隊の総隊長を含めた@長5人が殉職し、1人が再&不能となった程の激しい戦争だった」

 

「ちなみに再起不能になったのは僕なんだけどねー」と笑いながら語りかける教師に生徒たちが「またまた先生がボケてるなぁ」と冗談として受け取って笑いに包まれているが、何人かは笑っていない者も居る。

 

どうやら教師の彼自身は戦時中の生き証人なのは確かなようである。そして先ほどクスリともしていなかった者の中の1人が落ち着いたのを見計らい挙手をする。

 

挙げたのはどこか凛とした雰囲気のする少女、なのだろう。顔を伺えないので彼にはその雰囲気からでしか感じ取る事ができない。

 

「ん?なんだいjp#川さん、質問があるなら良いよ」

 

そう言われた少女は立ち上がると教本を片手に黒く塗り潰されてるが故に分からないが、どうやら教本のどこかに疑問があったらしい。

 

「その♪%先生、伺いたいのですが。護廷十三隊の総¥長を殺めた敵の首領を、どうやって討ち取ったのでしょうか。隊長達によって%ち取られたとしかなくて、他に詳しい記述が教本に載っていないのです」

 

それを聞いた教師は「なるほどねぇ……」と少しだけ呟くように何かを思いにふけっている。その様子が少しだけ先程までとは違うのは雰囲気でしかわからないが、顔が見えるのならより明確な感情を読み取れただろう。

 

「予習をしっかりとしているようだね。それについては後で蛇足として話すから、待っててね」

 

優しく「ごめんね?」と言うと少女は真面目なようで「ありがとうございます」と言い着席する。

 

「この戦いで我々が生きている事からもわかるだろうが、死神達は勝利した。当時の霊王は死亡し、復興には多大な時間がかかった。だが失った物だけがこの戦争にあるわけでは無い」

 

「虚圏と尸魂界が初めて手を取り合い解決した戦争でもある。その後両界での関係は分かっていると思うけど、学舎に破面も死神も関係なく過ごせるようになった。可愛い子が増えて先生は嬉しいよー」

 

「それで、先程朽木の質問の話だな。敵の首領、『〒#$バッ$』は護廷十三隊の隊長達によって討ち取られた。でも直接戦ったのは数人でね、他の死神達は僕も含めて見守る事しかできなかった」

 

急に話のテンポが早まっていく。世界が早送りにされていく。どうやらそろそろ夢から覚めてしまうのだろう。

 

だが何故か今度はその早送りが急に止まる。教師の雰囲気も今までで一番真面目な雰囲気を感じ、生徒達も感じ取っているようだ。

 

これではまるでこれからが重要だと言っているような物だ。だが、所詮は夢だ。

 

上手く聞き取れない所が多いが、これも夢の醍醐味なのだろう。起きた時に覚えているかどうかも怪しい夢なのだから。

 

それでも、辻褄が合っている程に珍しく精度の高い夢に興味は尽きない。

 

「どうやら、これを作っている中央#@六室は曖昧な裏付けのない情報を載せたく無かったらしい。仕方のない事なんだけどねぇ」

 

少しだけテレビを停止させたように止まったような沈黙の後に、彼は意味深に呟いた。

 

「ま、待ってください!」

 

それに静まり返っていた生徒達だが、雰囲気はよくない。噛み砕いて話を飲み込もうとしてる者が大半である、しかし頭の回転が速く直ぐに飲み込んだ生徒はワナワナとしながら響く声で絞り出す。

 

「もしかして、その人物はまだ死んでないんじゃ……!?」

 

不確かな情報、それが何を指すのかわかった者の中には小さく悲鳴をあげる者もいる。

 

その悲鳴が連鎖し、教室内が途端にザワザワと騒ぎ出す。それに全く反応をしていない者も居る、だが大多数の者達はその何かに怯えている。ここにいる者達は当時の戦争を知らない者達、血みどろの戦いが起こったのは想像に難くないだろう。

 

そしてその惨劇が、もしかしたら今からでもいい起こるかもしれないと言う恐怖に震えているのだ。

 

だが教師はその生徒達に「あー、大丈夫大丈夫!変に不安を煽ってごめんよ」と宥めるように話しかける。もしこれが本当の事ならそれこそ簡単に言える事ではなく、少しずつだが何度か言い続けたおかげでとりあえずは生徒達は落ち着きを取り戻す。

 

「ふぅ、まぁこうなっちゃうか。一応、これ以上は教師の口からは言えないけど、老人の独り言だと思って聞いて欲しい」

 

それに生徒たちは食い入るように顔を向け、見つめる。これは当時を生きていた死神の話なのだと、望まれた答えを持っているのだと。

 

そして夢を見る彼も、気になる内容であった。何故なら、いくつか心当たりがあり自分に何かしら関係するのは夢とはいえ明らかだったから。

 

「当時の&#隊隊長が一騎討ちの末に討ち取った。確実に息の根を止められたから、またこの*%によって戦$が起こる事は無いよ」

 

しかし、途端にノイズ混じりになり重要事が抜け落ちていく。同時世界が遠のいていく、教室から出ていくと言うよりは教室という画像から追い出されていく感覚だ。

 

「その者が成した事を知る者は少ない、だけど当時の映像を直に見た護廷十三隊の隊長、副隊長達では知らない者は少ない。@代目総隊長の右腕とも言われた、その隊長の名は……」

 

そして遠のいていく声から、答えは聞こえることは無かった。

 

☆☆☆☆☆

 

無機質な岩で出来た玉座に腰掛けるユーハバッハの前に跪く滅却師が二人いた。早朝に呼び出され、目覚めたばかりの彼の前にいる内の1人はハッシュヴァルトだ。滅却師の精鋭部隊『星十字騎士団』のリーダーにしてNo.2の呼び声も高い滅却師だ。

 

そしてもう1人は唯一の混血の滅却師にして、現代で生き残った者である石田雨竜は陛下の呼びかけに馳せ参じていた。

 

片やNo.2と共に呼び出された雨竜は不釣り合いに見えるだろう。しかしそれは違う。

 

今の雨竜はユーハバッハの次期後継者として発表された滅却師である。それがどういった意図なのかは殆ど誰も理解できていないが、異例の出世なのは誰の目にも明らかだった。

 

「陛下、どちらへ」

 

そんな2人を呼び出したユーハバッハだが、玉座から立ち上がるのでハッシュヴァルトは問い掛けた。それに対してユーハバッハは短く「尸魂界だ」と答えると、直ぐに「全ての兵を集めるのだ」とハッシュヴァルトに命令する。

 

ハッシュヴァルトが呼び出されたのは兵の指揮の為、それを把握すると直ぐに命令遂行の為に部屋を出て行く。

 

だが、ここで雨竜は疑問に思うだろう。ハッシュヴァルトには役目がある、呼び出されたのは必然だ。しかし、何故自身は呼び出されたのかと。

 

「時は満ちた。すこぶる調子も良い、能力も完全に使えるであろう」

 

「快眠できたようで、何よりです」

 

「あぁ……悪夢を見た時ほど、良い気分になれる事は無い」

 

ユーハバッハは口角をあげてニヒルに笑う。何を見たのかと聞くのも失礼に感じ、雨竜は言葉が詰まる。悪夢を見て気分が良くなる彼の気持ちなぞ、雨竜には分からないからだろう。

 

だがユーハバッハの今見る悪夢は、想像に難くない。

 

「行くぞ。世界は、これより新たな時を歩み出すのだ」

 

自身の敗北する夢を見て何故気分が良くなるのか。

 

そんな事、彼自身が彼の敗北する事なぞあり得ないと信じているからだろう。

 

対岸の火事を間近で見れる悪夢は、彼には至高だったのだろう。




時系列、一次侵攻から

1日目
萩風:更木剣八と斬り合う。
黒崎他:霊王宮へ。

2日目
黒崎・阿散井:回復、メシを食う。
日番谷他:入浴中
萩風:更木剣八と斬り合う

3日目
黒崎:帰宅
阿散井:斬魄刀準備
ルキア:復活
日番谷他:入浴中
萩風:更木剣八と斬り合う

4日目
ルキア・阿散井:修行開始
萩風:霊王宮へ移送&入湯
ウルキオラ:入湯
日番谷他:入浴中

5日目
日番谷他:回復
萩風:入浴中
阿散井他:修行
ウルキオラ他:準備

6日目
黒崎:帰還
萩風:入浴中

7日目
萩風:目覚める
黒崎:修行中

8日目
滅却師:侵攻開始


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30話 第二次侵攻開始

作者が好きな隊長、実はローズと京楽だったりします。

ちなみに副隊長は吉良です。


真っ黒な空間の中を、死神の力を使わないで……つまり素の身体能力だけで俺は襲い掛かる矢を避けたり弾いたりしてた。斬魄刀はこの修行に関係ないから使ってないのだが、自分がいかに斬魄刀や霊力に頼って戦っていたかを実感させられた。

 

断崖という局地的な空間で、浦原さんの作ったというよく分かんないが一定区画の空間の時間を3〜5倍早める使い捨ての装置で修行する事となった萩風カワウソであった……浦原さん、色々と俺の知らないところで手を回しすぎてません?

 

あと、俺ってもしかして強いんじゃね?とかいう自惚れて伸びてきた鼻っぱしをへし折ってくれていた。ちくしょー!

 

「だからぁ!何度も言ってるだろ、血管に霊子を通すんだって!それでうまい具合に加減して防御しろって!」

 

俺の指導者である女の子が何度目かわからない怒号を飛ばし、矢を放ちまくる。そして俺は避けまくる。

 

「何を言ってるのかはギリギリわかってるけど……滅茶苦茶難しいんだよ、これ本当に役立つんだよな……」

 

先に俺が死ぬんじゃないかなぁぁぁー!?

 

「あの浦原喜助が言ってんだから間違いねぇんじゃねぇか?滅却師の力ってのは扱いが難しいけどな!」

 

難しいどころじゃねぇよ?全く概念とかそのものが異なるえぐい事やらしてるのわかってるの?元隊長の浦原さんが言うなら間違いはないんだろうけど、いつ来るかもわかんない滅却師達と戦うのに本当に間に合うか微妙だからね?!

 

あと何か彼女、呆れもしてるがウキウキもしてる。俺をいじめて楽しんでるのか!?

 

「もうさっさとしてよ、何日ここでフツメンの修行拝まないといけないのー」

 

「……カワウソ、お前こんなに筋が悪かったのか」

 

「萩風さんだっけ、そろそろ帰りたいんだけど」

 

「基本は教えたから、後は感覚掴むまで時間かけるしかねぇか……めんどくせぇ」

 

ゲームとかいう機械で遊びながら文句を言う子供、俺がフツメンというので色々と文句を言う少女、俺の物覚えの悪さにドン引きする破面の友人と同僚、目の前で呆れる子供……。

 

先ず目の前の子供、リルトット・ランパードは俺に滅却師の力を教えてくれている。彼女と浦原さん曰く、可能性はあるらしい。そんな曖昧でいいの?かれこれ一週間ほどやってるが、滅却師の霊子の隷属化ってのがクソ難しいので停滞してる。

 

次にゲームをしてる子供、雪緒(ゆきお)・ハンス・フォラルルベルナ。この空間の環境を管理してるらしいが、能力とかはよくわからない。この子も浦原さん経由で来た子だ。

 

その次に破面、ウルキオラ・シファー。こいつからは破面の能力を教えて貰い、何とか身につけられた。では何でここにいるか?それは俺の修行が終わるまで機械が止められずに出れないからです……ごめんなさい。

 

あとこの中で唯一の死神である日番谷隊長、雛森さんを守る為にウルキオラから仮面について教わってた。ウルキオラと同じでここを出れない、本当にごめんなさい……。

 

それで最後に残った女の子、毒ヶ峯(どくがみね)リルカ。この子もこの空間の維持をしてるらしいが詳しい事はわからない。後顔はかわいいけど、普通の人間なので残念……性格的にももしかしたら俺のタイプの可能性があるけど、何か手を出したらヤバイという嫌な悪寒がするから絶対に手を出さないでおこうと思う。

 

とりあえず、こんな色々やって貰ってる身だけど、ひとことだけ言わせてくれ。

 

「俺はどうせ非才な才能しかない一般人だ、一発で色々とできる天才と同じにするな」

 

あ、でも仮面は一発でできた。顔の上半分を狐の頭蓋骨とお面が合体したみたいな仮面で、これはたぶん前に一護の仮面で全身仮面の力の姿になったのを見てたからかもしれない。自分なりにその場所に至ろうと修行してたのもあると思うけど、そう考えると初見で成功って事にはならないか。

 

……あ、日番谷隊長も一発でできたな。ちなみに、こっちは初見で一発でしたね!

 

てかその落差のせいだわ、こいつらガッカリしてるの!勝手に人に過剰な期待とか押し付けんなよ!超迷惑だから、それに応えられるだけの実力があるとか思ってんのか?!

 

超天才死神と一緒にすんなよ!

 

「お前が非才な死神なら、滅却師程度とうの昔に滅んでるぞ」

 

「いらない、そんな見え透いた世辞。俺の実力は俺が理解してる」

 

なんか無言で呆れた目をウルキオラ……だけでなく全員が向けてくるけど、知るか。俺はまだまだ未熟な死神で、隊長だって本当は分不相応なんだよ。そんなに呆れられる程に実力が無いのにガッカリされるとか、どうしろってんだ……!

 

☆☆☆☆☆

 

「……一角、やる気なんだね」

 

綾瀬川弓親は目の前で次なる決戦へ向けて仕上げを済ませる斑目一角を目にしたが、掛ける言葉はシンプルであった。だがそれには 覚悟が出来てるのだね?という硬い意志を再確認する為の問であった。

 

「射場さんが殺されてんだ、俺が生き恥を晒す気はねぇよ。射場さんの所へ行って怒られたくはねぇからな」

 

斑目一角は戦場で死ぬ事に恐れが無い、むしろ本望である。だがそれは今も昔もこれからも変わらない。弓親も知っている。

 

なら、何の覚悟が出来たのか。それがわかるのは綾瀬川弓親と、今は亡き射場鉄左衛門だけだろう。

 

いつの間にその覚悟が出来たのだろうか。隊長が敗北した時か、射場鉄左衛門を殺された時か、はたまた萩風の元で磨き上げられたからか。斑目一角の本気は、最も近くに居る弓親ですら把握しきれていない。

 

「(僕も僕で本気を出すべきかな……総隊長から個別に仕事も貰ってるし、あの人は何で隠してる実力を見破れるんだろうね)」

 

そんな時、他の隊士達が忙しなく動くのが目に付く。戦争中なのだから当たり前とも言えるが、ある程度の準備は皆済ませている筈だ。どうかしたのかと隊士達の1人を適当に「おい、どうしたんだ」と声をかけて捕まえる。

 

「あ、斑目3席と綾瀬川5席。草鹿副隊長をどこかで見ませんでしたか?」

 

「隊長と一緒じゃないのかな。僕は見てないよ、というかここ最近見てないね」

 

「はい、何故か見当たらず。副官章も何故か部屋に」

 

草鹿やちるは基本的に隊長の更木剣八と共に行動をしている。なので基本的に草鹿やちるを探す時は更木剣八を探せば良いとも言える。

 

「俺も見てねぇ、いつも隊長と一緒なんだ。隊長は眼帯置いてどっか行っちまうし……どこかで一緒に居るんじゃねぇか?」

 

しかし、更木剣八はここ数日の間は行方不明である。それを把握しているのは総隊長くらいだろうと一角は思っているが、副隊長の証である副官章も置いていかれているのは疑問だ。

 

何かあったのかもしれない、そう思った一角達はとりあえず隊長へ連絡を取る為に総隊長の元へと向かおうと考え始めた時だ。

 

「敵襲!!」

 

その声が響いた。周りの隊士達の体が強ばり、冷や汗を流す者もいる。護廷十三隊最強の戦闘部隊を自称する彼らでも、いかに敵が強大なのかをわかっているのだ。

 

「滅却師か!!どこから……っ!?」

 

隊士の1人が周りの緊張を解かすためか、敵の位置を聞こうと声をはりあげたが、それは目の前で起こった想定外の事実によって止まってしまう。

 

11番隊は護廷十三隊の中で荒くれ者の多い隊でもある。そんな彼らですら、こんな事に対応する事も想定できる心の準備が出来ているはずもなかった。

 

「嘘だろ、ここは11番隊の隊舎だぞ……!?」

 

目の前の景色は、見知らぬ白い建造物で塗りつぶされていった。

 

☆☆☆☆☆

「な、これは……!?」

 

沖牙の目の前に広がるのは瀞霊廷ではない。今までに見えていた瓦屋根の屋敷は全てが消え去り、代わりに白い立方体の建物が乱立していく。

 

卯ノ花が隣でその景色を一瞥すると、直ぐに背後へと目をやる。確かに、張った罠が全て無効化された事や隊士達が混乱している事など様々な問題が起きている。

 

だが、それよりも今は目の前の敵に集中しなければならないだろうと切り替えたのだ。

 

「来ましたか」

 

背後から現れたのは白髪長髪の男、白い制服を纏った彼が滅却師の1人であり、役の高い者であるのはその雰囲気でも感じ取れる。

 

そして、その目的が総隊長である卯ノ花を討ちに来た敵である事も分かる。

 

「今度は息の根を止める命令を承っています。見えざる皇帝(ヴァンデンライヒ) 皇帝補佐 星十字騎士団最高位(シュテルンリッター・グランドマスター) ユーグラム・ハッシュヴァルト」

 

己を倒す者として名乗り出たのは、卯ノ花も一度会ったことのある滅却師だ。

 

「護廷十三隊2代目総隊長を拝命しました、卯ノ花八千流です。なるほど……元から、ここは貴方がたの領域。地の利は無くなってしまいましたか、困りましたね」

 

現れたのは滅却師のNo.2。ユーハバッハと相対した時に、彼とは相対している。卯ノ花の力の程度は割れており、それを把握したユーハバッハが送り込んできたのだろう。

 

自分が出るまでもないと、卯ノ花に言っているのだ。

 

「この男は私が相手します、貴方は隊士を連れて他の戦線の補佐へ。総隊長としての指揮権を一時的に譲渡します、頼みましたよ」

 

「御意」

 

短く返事をした沖牙は、外へ飛び降りながら天挺空羅で1番隊の生き残った隊士達へと指示を飛ばしていく。それを軽く見下ろし確認した卯ノ花は、沖牙を追わせないようにハッシュヴァルトとの間に立つ。

 

しかしハッシュヴァルトは少しだけ怪訝そうに見える。沖牙を追わせないようにするのは、総隊長という立場の死神からすればおかしい事なのもあるだろう。沖牙が囮となり、彼女がここを離れる方が合理的である。

 

だが、それよりもハッシュヴァルトは気にしているのは。

 

「意外そうですね、私が味方を減らした事を」

 

既に実力の割れている彼女とタイマンで戦う事だ。卯ノ花が戦うならば、沖牙も来てもおかしくないのにだ。

 

しかし、ハッシュヴァルトは分かっていない。卯ノ花八千流という死神を、そんな死神が上に立っても本質は変わらない事を。

 

「私に勝てると思い上がっている愚か者が、図に乗るんじゃありませんよ」

 

戦っても良い状況下で、彼女が戦わない理由は無かった。

 

☆☆☆☆☆

 

鼻につく血の香りと燃える街の臭いがまとわり付き、弾ける炎と悲鳴が奏でる死の序曲が一層、鳳橋の気分を悪くさせる。

 

三番隊の隊長である彼の前に相対するのは黒い肌にサングラスをかけたジジイだ。名はペペ・ワキャブラーダ、隊士同士を操り殺し合いをさせ自害をさせている、星十字騎士団の滅却師だ。

 

「またこんなメロディーを、僕に聞かせる気なのか……滅却師」

 

憤怒に顔を歪ませ、鞭のように振り回し隊士達を気絶させていく鳳橋。しかし彼の前に顔馴染みのある隊士達は洗脳され、襲い掛かってくる。もはや周りには鳳橋しか洗脳を受けていない死神は居ない。

 

「卍解も使えないのに、強気な子じゃないか。もうそんな危ない事言っちゃ駄目だからネッ♡平和にミーの愛の下僕になっちゃおネッ♡」

 

ペペの能力はLove、心を操る能力である。彼の言う愛という名の平和に洗脳された死神は彼の手駒だ、鳳橋が気絶をさせようと試みてはいるが多少のダメージではそのまま襲い掛かってしまう。

 

しかし、彼も隊長だ。着実に数を減らし、ペペに対して質の伴わない数は無意味だと知らしめている。するとペペは何を思ったのか、全ての下僕を気絶した仲間を襲わせた後にその場で自害させ始めた。

 

「なっ……!?」

 

「ダーメ!ミーが愛を教えてるんだから、邪魔しちゃダメだヨッ♡」

 

鳳橋が直ぐに動いた、だがそれはペペの攻撃により遮られる。目の前でまた隊士達が殺されていく、歯を噛み締める鳳橋の表情が更に険しくなる。

 

「……ここまで不快にさせられたのは、久しぶりだよ」

 

霊圧を一気に高める鳳橋、その余波で周りの大地が鼓動する程であり、それだけ彼の内に燃え盛るものが吹き出でいるという事なのだろう。だがこれ程に霊圧を高めるのは、それなりの大技を仕掛ける為なのはペペにも明らかだ。しかし、鳳橋は鬼道に突出し秀でた死神ではない。

 

「あれれー?卍解はミー達に取られちゃうの知らないのかな♡」

 

卍解を使うのは想像に難くない。現に彼はその霊圧を斬魄刀へと注ぎ込み、真なる力を解放しようとしている。

 

「止めておいた方がいい。今の僕は……どんなメロディーでも奏でる覚悟がある」

 

そう言うと、彼は仮面を顔に被らせる。

 

同時に、周りから金沙羅の先端を持つ人形が何人も並んだ。そして彼の背後に指揮棒を持つ右手と空の左手が現れる。それらは全て金沙羅の鞭の部分で形作られ、鳳橋の手の動きに合わせて動き始める。

 

これを使うのが今迄出来なかったのは、この力が無差別の範囲攻撃だからだ。味方のいない状況下で、彼は初めて本気を出すことが出来る。

 

卍解(ばんかい) 金沙羅舞踏団(きんしゃらぶとうだん)

 

彼の持つ最高の技であり、当然手加減のない本気の力だ。にも関わらず、ペペに焦りはまるでない。本来なら、確かにピンチだ。仮面という虚の力を得た事で、卍解を強奪させないという事ができる数少ない死神である彼は他の滅却師からしたらまさしく天敵だ。

 

だが、ペペは違う。斬魄刀には心があり、その心すら彼は操れるのだ。卍解を操ることなぞ容易く、焦る必要は無い。

 

「ふふん、ミーにはユー達の心を従わせることがきるんだヨネッ♡そんな事されても、簡単に……!?」

 

はずだった。彼が狙いを定めようとすると視界が揺らぎ、どこにも金沙羅舞踏団も鳳橋も居なくなってしまう。緑で塗りつぶされたような世界で前後すら不確かになってしまったペペに、もはや為す術はなかった。

 

「序曲 幻覚の森(ワンダー・ガーデン)

 

鳳橋の持つ金沙羅舞踏団の能力は音で、その聞こえる範囲内の敵味方全てを惑わせる能力だ。しかしそれが本質ではない。ただ惑わすだけでなく、それは実体化する。炎で火傷を負わせることも、水で飲み込むことすら現実となって現れる能力だ。

 

幻影に惑わされた彼の視界は完全に潰されたが、聴覚だけはしっかりと健常だ。

 

「少し、短い劇になる。人の心を弄ぶのは誰にも許されない。ましてや心を豊かにする音楽を愛でる僕から……許されると思うな」

 

彼の敗因は、強いて言うなら慢心。どんな力が来ようと対応できるという自信を持っていたからこそ、そのような万能な能力であるが故に失敗してしまったのだ。

 

そして鳳橋の勝因は、敵を確実に殺すために最善を尽くしたことだろう。

 

「終局 恋の深淵(ラバーズ・フォール)

 

緑に染まっていた彼の世界が、真っ黒に塗りつぶされた。

 

☆☆☆☆☆

 

「……カワウソの修行は順調なのか?」

 

今しがた黒崎一護を送り出した和尚へ問いかける麒麟寺。萩風は遅れて来たが、既に滅却師達が攻め込んで来て3時間を経過している。ここから片道で降りるのには徒歩になってしまうが、それも普通の死神では7日はかかってしまう。

 

麒麟寺が聞いているのも修行の進度よりも、この敵の襲撃に間に合うかどうかを聞いているのだ。

 

「儂にもわからん。じゃが、筋が悪そうではあるな」

 

「悪いのか……?あいつ位の実力があれば」

 

「滅却師という死神とは全く異なる力じゃ、それを直ぐに身に付けた一護が天賦の才を有しておるだけじゃよ。比較して圧倒的に悪いだけというのもあるのじゃが、本当にそういったのを身に付けられる才には恵まれてなさそうじゃなぁ……」

 

和尚は「才能さえあれば……」という風に残念に思っている。確かに萩風には天性の才能は皆無であり、非凡な才能もあるとは言い切れない。

 

「じゃが一護と違い、経験値は圧倒的に持っとる。己の身体を知る事で言えば萩風以上の死神はそうは居らんのじゃろ?」

 

「4番隊の隊長に選ばれるんだ、そんくらいはできるだろうよ。だが……王悦から聞いて驚いたな。斬魄刀の再生に、新しい境地の発見と到達だ。あいつが霊王様の生まれ変わりって言われても、俺も半分は信じるぜ」

 

半分は、つまり信じられない。それは麒麟寺が本当の霊王の力を知らないというのもあるが、そんな事をただの死神に産まれたものがなれるとは思っていないからだ。

 

霊王は生まれ落ちてから、世界に祝福されたような存在だった。対して萩風は何も持たずに産まれ、何も知らずに生きてきた。努力でどうこうできるだけの差ではないのだ。

 

だが、努力と偶然で差が縮まっているのも事実である。

 

「それでも霊王様の欠片も持たない、ただの死神では……ユーハバッハと比肩できると儂には思えん」

 

対して和尚は少し、消極的だ。彼が上に来てから和尚が行った修行は時間の無駄であり、既に萩風は到達しているレベルであった。萩風は単に今迄の修行の時間と密度が濃いだけであり、それだけが彼の持つ物だったのだ。しかし、和尚と萩風が真っ向からぶつかり合えば、手傷を負うだろうが和尚は負けるとは欠片も考えていない。

 

伸び代がない、これ以上の力を得る可能性を感じられない。それが和尚の抱える不安である。

 

だが、和尚でも見えない何かを霊王が見たからこそ……彼らは上に呼ばれたのだ。不安は消えていないが、小さい。萩風は何かをしてくる、そう信じる事はできていた。

 

「じゃが、もし更なる伸び代があるのなら……勝負なぞ、あってないような物じゃろうな。儂らに見えない、先を」

 

死神という枠を超えた者になる可能性を秘めているのを。

 

☆☆☆☆

 

「はぁ、はぁ……」

 

肩で息をする鳳橋、今しがた放った卍解の負荷が反映されているのだろう。強力な卍解にはそれに伴うだけの力が使われるのだ、最初の1人相手に卍解で大技を仕掛けすぎたのかもしれない。

 

だが、まだ鳳橋は休めるわけがない。

 

「……まだだ、今は仮面が使える僕が」

 

仮面の使える死神で、万全なのは彼と平子だけだ。今の彼ならまだ卍解は使える。未だに涅隊長が薬作りに手間取っている間だけでも、鳳橋は動かなければならなかった。

 

「隊長さんか、確かに強そうだなぁ」

 

「っ!??」

 

しかし、それに終わりを告げるようにそれは現れていた。

 

咄嗟に距離をとる鳳橋、そこにはロングコートを来てフードを被る少年がつまらなさそうに佇んでいる。

 

「(いつの間に僕の背後に……それにこいつ、さっきの奴とまるで雰囲気が……)」

 

ポケットに手を入れるなど、何処から見ても隙だらけにしか見えない状況に違和感を感じる相手に、彼の勘は警告音を鳴らしていた。

 

突然現れ背後を取り、いつでも攻撃が出来たにも関わらずに飄々としている。まるでいつでも鳳橋を殺せると言うようにだ。

 

どのような武器を持ち、どのような技を使うかは想定できない。だが鳳橋の中で明確に決まっているのは1つだけだ。

 

「(こいつは、ここで倒しておいた方がいい!最悪、相打ちに)」

 

この少年の底知れない存在感に、彼は再度霊圧を高める。目の前で必殺技を放とうとしている鳳橋、対して目の前の少年は彼の前に歩んでいくとそのまま問いかける。

 

「1つだけ聞きたいんだけど、黒崎一護か萩風カワウソって死神を知ってる?後、リルトットっていう滅却師も」

 

だが、鳳橋がそんな問いかけに答えるはずもない。彼は射程内にとっくに入った少年に向けて、卍解をさらけ出す。

 

「答えるはずないだろう!卍解 金沙羅舞踏団 !!」

 

黒崎一護も萩風カワウソも、同じ仲間だ。今は上で修行中であるが、それ迄は必ず滅却師からこの場所を守りきるという覚悟が鳳橋だけでなく、全員にある。

 

金沙羅舞踏団の作り出す水が、炎が、電気の全てが音楽に込められていく。逃げ道も何も無い、耳を塞いでもいない。確実に仕留められる攻撃が放たれた。

 

「っ!?僕の卍解が通じて……!?」

 

はずだった。しかし、少年には何も起こっていない。水滴のひとつも見当たらず、服や皮膚の焦げの臭いも、電撃の弾ける音も、何も感じられないのだ。

 

「がはっ……!な、何を……!?」

 

次の瞬間に鳳橋の体が急速に重くなった。別に重力が強まったわけではない、しかし例えるなら重力に抗えるだけの力が出せないという感じだろうか。

 

それが酸欠によるものとは、直ぐには気づけなかった。

 

「知ってる?音って空気を伝わって、鼓膜が震えてそれを耳小骨が増幅させて聞こえてるんだ。でも鼓膜の中を真空にしても体に音が震えるから少しは聞こえる。

 

だから僕の周りにだけ空気を無くしたり、隊長さんの周りから……って、これも聞こえないか。話させようと思ったのに、手加減って難しいなぁ……」

 

1人目の死神を殺害した少年、グレミィ・トゥミューという災厄の怪物が行進を始めたのであった。




隊長 vs 星十字騎士団

1番隊 卯ノ花八千流 vs B ユーグラム・ハッシュヴァルト
2番隊 砕蜂 vs I
○3番隊 鳳橋楼十郎 vs ● L ペペ・ワキャブラーダ
●3番隊 鳳橋楼十郎 vs ○ V グレミィ・トゥミュー
5番隊 平子真子 vs K
7番隊 狛村左陣 vs H
8番隊 京楽春水 vs V
9番隊 六車拳西 vs V
12番隊 涅マユリ vs D
13番隊 浮竹十四郎 vs E

vsってなってるけど、戦わない人もいます。


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31話 乱戦

遅くなりました。取り敢えず夏休みは暇が多いので投稿は多めにしたいです。


戦時中にある僅かな日常、それは普段からある幸の偉大さと失う訳にはいかないという強い覚悟を生み出す。不幸があるから幸福を感じる、幸福だけでは幸福を感じられない。

 

そんな中で護廷十三隊の副隊長の1人である大前田もまた、普段と変わらない生活を送っていた。いつものように縁側でポカポカとした陽の光を浴びながら惰眠を貪るという日常を。

 

「お兄様!」

「うるせぇぞ希代!お兄様は昼寝中だ」

「それはすいませんでした!」

 

そしてまた、それを妹に邪魔をされるというのも日常である。

 

「お兄様っ、希代とお鞠で遊んでくださいまし!」

「嫌だ」

 

「なら花札で遊んでくださいまし!」

「嫌だ」

 

「なら隠れんぼで遊んでくださいまし!」

「嫌だ」

 

いつもなら下らないと思いつつも適当に流して終わる会話、だがこの日常も無くなってしまうかもしれない。

 

いつまでこの問答は続くのだろうか、いつまでこの日常を続けられるのだろうかと考えながらも適当に返事をしていると。

 

「ならお兄様、萩風さんを紹介してくださいまし!」

 

「嫌……ちょっと待て。希代、萩風さんって誰だ?そんな豪商とか兄様知らないぞ」

 

「お兄様と同じ、護廷十三隊の萩風さんです」

 

思わず昼寝を止めて振り返る大前田、そこには普段は余りにも見慣れない妹の姿がある。この事に何かしらの恥じらいを感じているのは大前田にもハッキリと理解できるのに十分な程に。

 

どこの男がうちの妹にちょっかいを出したのか?そう思い直ぐに萩風という苗字の隊士を脳内で検索するが、該当する死神は1人しか思い浮かばなかった。その該当者は、少し前までは自分と同じ副隊長であった。

 

「……まさか、萩風隊長の事か?砕蜂隊長の友人のあの萩風カワウソ隊長か!?」

 

大前田は落ち着いてるつもりで問いかける。砕蜂隊長と最近は良い雰囲気を醸し出し、噂では死にたい奴でも治療をする鬼とも聞く。言うなれば、不可侵の存在。関わって良いのは隊長クラスとも言われる、あの萩風か?と。

 

「はい、どことなくお兄様のような雰囲気を感じました!間違いありません、あれは運命の人です!」

 

「確かに副隊長の時は誰にでも気さくに話し掛けてくれる人だけど……萩風隊長っていうのは自分にすら厳しく公私混同をしない厳格な人だぞ。こう言っちゃなんだけど、兄様と真逆だぞ」

 

一般的な護廷十三隊での意見と、実際に関わりのあった大前田の言う意見だ。暗に考え直せという大前田、将来に砕蜂隊長と何かをかけた戦争に巻き込まれる自分の姿がしっかりと想像出来る。

 

「いえ、雰囲気です。女の勘が言っているのです、あれはムッツリという奴です!三郎兄様の本で知りました!」

 

「おい、三郎!ちょっとこっち来い!あと希代、その言葉絶対に砕蜂隊長の前で言うんじゃないぞ!!」

 

純粋な妹へ何しやがったと弟を呼びつけるが、何かを察したのか現れない。これは昼寝どころではない、直ぐにでも今後の希代の教育に良くないものは目の届かない所にやるか焼き払おう。

 

そう決意し、1歩を踏み出そうとした時だ。

 

「……は?」

 

目の前で変わり果てた屋敷だった場所は塗り潰され、別世界に消えてしまった。それは屋敷だけでなく見渡す限りの尸魂界の世界が塗りつぶされてしまっている。

 

「こりゃ、どういう……」

 

屋敷の住人、大前田希千代は護廷十三隊の副隊長だ。いつでも戦える準備をしていた、どこから敵が来ようとも戦う覚悟は決めていた。しかし、敵の戦略は彼の想像の遥か上を行っていたのだ。

 

何をすべきか、何かできるのか。大前田が考える間にも、既に敵は侵攻している。

 

そして傍にも来ていた。

 

☆☆☆☆☆

 

「あーあ、たくよぉ。まだ来んのか?俺とお前じゃ火力が違うって言ってんだろうが!」

 

爆炎が舞い上がり、辺りの死神達が余りの高熱に消し炭にされていく。ひと薙ぎで死を生み出すバズビーの能力は、何よりも破壊力があり、それを受けて生き残れているのはその場では1人だけである。

 

「俺は聞いてんだぜ、お前と同じ副隊長の萩風カワウソは何処にいるかってな!」

 

問いかける先に居る死神、五番隊の副隊長である雛森桃は満身創痍であった。自身の斬魄刀、飛梅の能力は火の弾を打ち出す能力を持っている。それにより何とか撃たれる炎を相殺していたが、それでも火力差は大きかった。

 

だが、彼女は更に結界を張ることでその火力差を埋めていた。埋められると思っていた。

 

しかし、彼女は力の差を見せつけられていた。星十字騎士団は全員が護廷十三隊の隊長レベルの実力者、副隊長でも並程度の雛森には荷が重かった。何とか前に立っていることができる程度なのだ、それだけの実力の差を前にしている。

 

「萩風さんに……貴方は負けた、それは貴方が弱いからです」

 

「……んだと」

 

それでも、彼女は立ち向かっている。全身の至る所が火傷で皮膚が爛れ、霊力も少ない、この状況をひっくり返せる力も技も今は無い。

 

それでも、彼女は諦めていなかった。

 

「貴方みたいな小物、私だけで十分です……それと、萩風さんは隊長です。卍解が使えれば、隊長達は誰にだって負けません!」

 

護廷十三隊が勝つ事を……隊長達の強さを信じているのだ。隊長と副隊長は異次元の力量差が基本的には存在するのだ、そんな存在が負けるはずがないと。中でも彼女のよく知る2人の隊長は、必ず勝ってくれると。

 

しかし目の前でそんな事を聞かされて、バズビーの心が穏やかなはずも無かった。バズビーからすればどいつも羽虫程度の雑魚ばかり、その雑魚の1人に勝てるはずもないと言われているのだ。

 

「良いぜ、直ぐに殺してやるよ。お前も、萩風も……他の隊長もなぁ!」

 

バズビーが2本の指を使い、雛森に向けて炎の刃を穿つ。先程まで、雛森が耐えていたのは指1本分だけだった。彼の能力は指の本数が増える度に火力がアップしていき、単純に考えれば先程までの攻撃の倍の攻撃が向けらたのだ。

 

「バーナーフィンガー・2!!」

 

確実に死ぬ、己の半身を抉り抜かれて殺される。雛森の頭の中にはその明確なビジョンが湧いていた。それでも、彼女は立ち向かう心は折れなかった。副隊長として、以前に比べて遥かに堅固な心は希望を信じ突き進ませた。

 

「シロちゃん……ごめんね」

 

炎が轟音を立てて雛森の居たところを突き抜けて行った。その呟きは掻き消され、そこには何も残らない。

 

また1人の死神の命が散ったのだと……そういった顔をバズビーはしていなかった。

 

「雛森副隊長、貴殿には少々申し訳ないが……この男は私の獲物だ」

 

バズビーはその声に振り向く。そこには死を間際にし、気絶した雛森を抱えた死神が立っている。

 

七番隊隊長、狛村左陣。バズビーが1度目の侵攻で接敵し、倒した隊長だ。死神で唯一の人狼であるというのと、その時に副隊長の射場鉄左衛門も殺したのでよく覚えている。

 

そして、隊長格が星十字騎士団で余裕を持って対応出来る程度の大した実力も持たないという事を。

 

「あ?あの時のワンコかよ、被りもんしてハロウィンのつもりか?季節外れだぞ」

 

「ただの授かりものだ」

 

だが、顔は笠と面を合わせたような物で覆われていた。先の戦いで耳を片方切り落としたので、それを隠す為か?そんな事を思いつつバズビーは炎の刃を向けていた。

 

☆☆☆☆☆

 

「ドコ?僕ノ氷輪丸……日番谷冬獅郎ハ、ドコ?」

 

彼の前に現れたのは長髪の口元をマスクで覆った滅却師だ。

 

「それを、僕が答えるはずないだろ」

 

抜刀し、距離をとる吉良。エス・ノトを含め、判明した星十字騎士団の能力は護廷十三隊全体で共有されている。大まかにだが、当たれば致命的な毒を操る能力というのを。

 

「今、君はこう思ってる筈だ……僕じゃ君を倒せないと。その通りだよ、今の僕じゃ君に近づいたら返り討ちに遭う。隊長みたいな霊圧を、まだ僕は得られてないからね」

 

エス・ノトは同じ副隊長であり、過去に吉良を倒した松本乱菊と隊長である日番谷冬獅郎を重体にまで追い込んだ怪物である。

 

正面から戦って、勝てる相手ではない。

 

「でも時間を稼いで、他の隊長達の負担を減らすぐらいはわけないさ」

 

吉良が自身が駒として、どのように動けば良いか分かっている。今の吉良は護廷十三隊の中では確かに強者の部類に入るが、星十字騎士団を相手に勝てるとは思っていない。

 

「けど、一つだけ言っておくよ」

 

解言無しに斬魄刀を始解し、ケペシュ型の斬魄刀・侘助を構える。

 

「雛森さんを悲しませたお前だけは……他の誰でもなく、僕が倒す」

 

☆☆☆☆☆

 

「くそくそ、ほんま面倒や。卍解使えても、使えんからの……そのくせ、奴さんはポンポン打ちよるし!」

 

平子は千本桜を紙一重で避けている。更木剣八のような例外はあるが、基本的に卍解に立ち向かえるのは卍解だけだ。だが今の平子の卍解は使えても、意味をなさない能力だった。

 

対して、始解は強者を相手するのには適した能力である。平子の斬魄刀、逆撫は相手の五感を操る藍染惣右介の扱う鏡花水月と似たタイプの斬魄刀だ。

 

相手の五感を反転させ、上下左右を好きなタイミングで変えられる。今は冷たいと熱いを反転させる練習中だが、これに対応できる死神など藍染惣右介などといった特殊な存在を除いて殆どいない。

 

「相性まで最悪やで……ほんま、イヤになるわ」

 

そして滅却師で唯一、その能力を完全に無効化できる星十字騎士団と相対しているのであった。

 

しかし、それで諦める事はできない。それは同じ立場でありながら奮闘する隊長達が居るからだ。

 

「ローズが卍解しとるな、何とかコッチもやらなアカンな……!!」

 

だが、どんな強敵であろうと。戦わなければ、ならないのが護廷十三隊なのだろう。平子は機械の体を持つ滅却師、BG9との戦いを続行するのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

「2番隊の副隊長か、隊長は何処だ?」

 

大前田の前に居る滅却師は、腕に鉤爪を装着した見覚えのある奴だ。砕蜂から卍解を奪った滅却師、蒼都だ。

 

「お前に興味はない、隊長はどこだ?」

 

だがそれを質問に答える気が無いと捉えたのか、「仕方ない」と呟くと大前田の後ろへ隠れている妹へと斬撃を飛ばした。大前田は反応が遅かった、しかし斬魄刀を引き抜き庇うことで僅かに斬撃を逸らす事に成功する。

 

「てめぇ……俺の妹に何しようとしてんだ!!」

 

たった一撃、それを受けただけで大前田の体は吹き飛び、大きなダメージを受けている。瓦礫の中を這い出ると、何事も無いように滅却師は佇んでいる。

 

妹も今の衝撃で吹き飛び、瓦礫の上に転がされてしまうがまだ息はある。しかし、その息の根は直ぐにでも消されてしまいそうである。

 

「妹か、似ても似つかんな。お前と似た霊圧を他にも感じる、お前が答えるまで一人づつ、消していこう」

 

「させ、させるかよ!」

 

大前田は自身と敵との差が分からぬ程の愚者ではない。その差は明らかで、自身の隊長すら1度倒した敵だ。言葉を詰まらせながらも、解言と共に斬魄刀を始解する。

 

それを意にも介さない蒼都へモーニングスターのような斬魄刀、五形頭をぶつける。

 

「な、刃が通らねぇ……!」

 

しかし、鉄のような硬さを持つ滅却師の身体に傷一つ付かない。今の攻撃は、羽虫が寄ってきた程度にしか認識されていないのだ。

 

「がはっ!?」

 

「そこで見ていろ、答えるまでな」

 

だが飛び回られては邪魔であったのだろう、大前田を一撃でのしてしまうと屋敷があった場所へと歩を進める。大前田の家族を殺すためだ。

 

「や、やめろぉ!!」

 

大前田の叫びは届かない。瓦礫の下に埋もれた家族へ殺しに、目の前で転がる大前田の妹を殺す為に、先ずは妹へ向けて蒼都の凶刃が向かっていき。

 

「そこまでにして貰おうか」

 

その既で、止められていた。

 

「何?」

 

「久しぶりだな、滅却師」

 

蒼都は後ろに振り向こうとするが、それは出来ない。その瞬間には既に、彼は彼方へと吹き飛ばされていたからだ。

 

きりもみをしながら建物に突き飛ばした者へ大前田は感涙している、それは家族のピンチを救われたというのもあり、そしてそれが待ち望んでいた死神であったからだ。

 

「砕蜂隊長!!」

 

二番隊隊長 砕蜂は普段よりも一層の殺気を迸らせながらその場に佇んでいた。

 

感極まり突撃してくる大前田も軽くいなすと溜息をつきながら「騒がしい奴だ」と言葉を漏らす。

 

「何で避けるんすか隊長!?」

 

「貴様からの抱擁など受けたくない。それに何をめそめそとしている、副隊長ならば」

 

大前田に対して一言、もっと副隊長らしくしろと叱咤しようとしたのだろうがそれは瓦礫の山に埋もれた殺気に止められる。

 

「しぶとい奴だ」

 

「あいつ、まだ……!?」

 

瓦礫の山を掻き分けながら現れた蒼都に傷は無い。不意討ちの攻撃ですら彼の防御の前では意味をなさないのだ。

 

「鉄の体を持つ僕をあの程度で倒せるわけが無いだろう。……あの未完成の技でも、試してみるかい?」

 

嫌々しく睨みつけられる砕蜂、大前田もまた今の状況が良くないのは分かっている。

 

今の砕蜂に、卍解は使えない。卍解を奪われ、全ての力を出す事が出来ない。対して彼等は卍解を使えるのだ、奪った卍解を。

 

それに対して始解や白打で対応できる者は少なく、それでも勝てるとは限らないのだ。現に以前の侵攻で仕方なく砕蜂も使った未完成の技である瞬鬨も塞がれていたのだ。

 

だが砕蜂は

 

「何を不安そうな顔をしている、大前田」

 

そんな大前田の胸中を察してたか、霊圧を高めながら静かに声を張る。

 

「私の技は未完成……あぁそうだ、昨日まではな」

 

そう言うと彼女の背中と両肩に高濃度に圧縮された鬼道が纏わる。敵を屠るのにも派手すぎる、この技は萩風ですら欠片も真似する事が出来なかった特殊な体術だ。

 

高度な霊圧の操作と維持、弛まぬ鍛錬を経ても真なる意味では砕蜂の技はまだ未完成だ。卍解と似ているのだ、これを完全会得するには更なる鍛錬を積まなければならない。

 

「奴の居ない間の護廷の任は、私が預かろう」

 

その技を扱える者は、尸魂界でも僅かに3名のみ。

 

「よく覚えておけ。隊長は卍解の有無だけで選ばれない……護廷の覚悟を持つものが隊長だ」

 

技の名は瞬鬨、彼女が纏うのは吹き荒ぶ嵐のような暴風。

 

無窮瞬鬨(むきゅうしゅんこう)

 

それは蒼都の体を歪ませながら、遥か彼方へと消し飛ばした。




吉良イヅル vs エス・ノト
●雛森桃 vs ○バザード・ブラック

☆☆☆☆☆

Q.何でこんな速く砕蜂は瞬鬨使えるの?

A.萩風が無茶苦茶修行してる噂を聞いて触発されたから、侵攻前から修行はしていたからです。なお侵攻後は更にハードにしたっぽいです。


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32話 ウルキオラの受難

ブレソルのオリジナル十刃かっこよくないですか……。

私はノイトラが好みです。


バタバタとした足音が外から聞こえてくる。ここは12番隊管轄の技術開発局の一室であり、そこには黒い砲塔のような物が鎮座している。中には既に毒ヶ峰リルカ、雪緒・ハンス・フォラルルベルナ、リルトット・ランパードが待機している。

 

「お願いがあるっす」

 

そして最終調整を片手間に終わらせた浦原喜助がある物を託している、それを受け取るのは虚圏の王であるウルキオラ・シファーだ。

 

「この装置は周りの時間を遅くする事と、早くする事の出来る装置です。雪緒さんの能力が前提ではありますが、これを使って萩風さんを出来るだけ拘束して下界に来ないようにしてください」

 

浦原が手渡すのは子供の使うランドセルのようなサイズの装置だ、何かしらの術式が刻まれているのをウルキオラは感じ取れる。

 

「萩風は護廷十三隊の隊長だぞ、良いのか?」

 

当然の疑問をウルキオラは投げかける。

 

「ウルキオラさんは、チェスってボードゲームは知ってますか?」

 

「王を先に討ち取った方が勝つというルール位は知っている」

 

チェスとは簡単に説明するなら様々な駒を使って王を討ち取るゲームであり、将棋と違い取った相手の駒を使えない事や倒された駒は二度と使えない事などが基本的なルールとしてある。

 

「なら話は早いっす。敵の王はユーハバッハ、対してこっちの王は総隊長ではありません」

 

「だろうな、そうなら既にこちらは敗北だ」

 

虚圏の王であるウルキオラは敗北した、護廷十三隊の長の山本元柳斎重國も敗北した。だがウルキオラは討ち取られてはいないからこそ、戦いを続行している。

 

だが既に総隊長の山本元柳斎重國は死亡している、しかしこちらの戦いも終わらない。何故なら総隊長は兵の長であって、王ではないのだ。兵の長は新しく入れ替わり続けるのに対し、王は1人であり常に入れ替われるような立場では無いのだ。

 

ウルキオラには一応ハリベルという代わりは居るが、死神側の王を知らないウルキオラには上手く把握できない。

 

「こっちの本当の……いや、世界の王は霊王です。この霊王を討たれたら文字通り世界は終わります。この王を守る事は、どれだけの兵を守る事よりも重要です」

 

ウルキオラは少しだけ考える。そして何故、浦原喜助が萩風カワウソを騙してまで上に縛り付けるのかを理解する。萩風は兵であるが、王を守る兵と言うよりは兵を守る兵だ。彼ならば兵の命を王よりも優先させる可能性は高い。

 

世界の終わりという天秤においても、その可能性が拭い切れない。

 

「理由は幾つかありますが、1つは保険です。萩風さんクラスの死神とウルキオラさん達が居れば上界に来た場合のユーハバッハを相手しても、増援が来るまでの時間は稼げます」

 

「……やけに未知数というのに拘るが、零番隊は未知数では無いのか?」

 

「ユーハバッハが警戒しているのは未知数の死神に対してのみですからね。恐らく、零番隊の力量は把握されていると考えて良いでしょう。特記戦力にされてるのは1人のみですし、あまり考えたくありませんが……彼に対しての勝算が彼等にあると考えれば」

 

この特記戦力というのはリルトットから聞いたユーハバッハの警戒する5人の死神だ。この中で零番隊の隊士は兵主部一兵衛のみであり、山本元柳斎重國亡き後でも間違いなく最強格の死神だ。

 

「不確定要素であり、実力の底が見えていない……もしくは見誤っている俺達を向かわせるのが良いという事か」

 

ウルキオラは1度、ユーハバッハに敗北した。しかし、まだ切り札は見せていない。正確にはまだ切り札の準備が整ってないのだが、ユーハバッハにとって未知数の実力者なのは本人も確信している。

 

対して萩風は卍解を使わずに星十字騎士団とやり合った、リルトットから聞いた情報によれば萩風の力は誰も警戒に値する程とは知らなかったそうだ。これも未知数の実力者であり、浦原もウルキオラも底が見えない実力者であり、ユーハバッハが見誤っているというのを知っている。

 

「えぇ。理想は黒崎さんも足止めできたら良いんですけどね。それともう1つ、今から使うこれが1発しか使えない事っす。一応これ以外にも行く方法はありますけど、今はこれしか使えませんから」

 

「そうか」と短く返事をするウルキオラ、そして何か気になるのか「なら最後に1つだけ、聞いておきたい」と発射台に足をかけながら問う。

 

「お前は何故、萩風に拘る」

 

それを聞いた浦原喜助の目が少しだけ細くなる。だが直ぐに平常通りの何を考えているのか分からない面持ちに戻る。浦原は少しだけ悩んでいるようだ。

 

そして意味深に微笑むと。

 

「それに答えるの、その時が来たらでも良いですかね?」

 

そう言い浦原は自分の帰る為の空間を広げ、発射の為のスイッチを押していく。ウルキオラも乗り込み、ドアが閉まる。その直前に消え入りそうな声で一言だけ呟く。

 

「その時に、萩風がどうなってるのか保証はしないのだな」

 

ドアは閉まり、外から12番隊の隊士らしき声が聞こえる。発射態勢に入ったこの砲弾はもう止められないのだろう。霊子が燃えているのだろうか、砲弾の下からは地響きのようなざわめきがある。

 

そんな雑音の中で、ウルキオラは静かに目を閉じている。

 

浦原喜助が何を考えているのか、それは知識の量でも頭の回転でもウルキオラには見当がつかない。だがそれでも、萩風に何かがあるのはウルキオラも確信せざるを得ないのだろう。

 

しかし、そんなことは重要でない。

 

静かな覚悟を己の闘志に燃やしているウルキオラにとって、萩風カワウソは萩風カワウソでしかない。その中身がどうであろうと、関係は無いのだ。

 

☆→→→→

 

「……どうするか」

 

思わず深淵を覗いたような声で呟いてしまうウルキオラは頭を抱えていた。目の前には操作ミスをしたと言って適当に乗り切ろうとした矢先に……木端微塵に吹き飛んだ時空制御装置の残骸を手に頭を抱えていた。

 

「いや、本当に何してくれてんの?」

 

もう1人、頭を抱えるものが居る。地面に両膝をつき、絶望している萩風だ。

 

「ウルキオラ……お前、機械音痴なのか?」

 

「え、あんな頭良さそうな雰囲気なのに……」

 

「今回に関しては弁護の余地が無いぞ。俺も少なからず腹が立ってるからな」

 

「こいつ意外に抜けてる所があるしな……予期できなかった俺も悪いかもしれん」

 

「(待て、なぜ俺だけ悪役に?)」

 

上からリルトット、リルカ、日番谷、萩風である。なお上の2人は事情がわかっている組であるが、ウルキオラが上手い方法を思い浮かばなかったのでヤケクソでぶっ壊したのだと思っている。

 

「(想定外だ、最初は壊れたふりをして時間を稼ぐつもりが……まさか本当に壊れるとは。あのインチキ眼鏡、まさか狙っていたのか?可能性は高い……待てよ。こいつら……まさかこの責任全てを俺に押し付けるつもりか!?)」

 

ウルキオラはチラリと3人を見る、しかし目を合わせようともしない。確信犯であった。

 

「もういいよ、取り敢えず何とかしてくれ。俺、手癖は良いけど頭は悪いから手癖が悪くて頭の良いウルキオラ、何とかしてくれ」

 

萩風が珍しく沈み込んだ気分で静かな怒りを燃やしているのを察するウルキオラ、直ぐに思考を纏め始める。

 

「(ブチ切れてるな、珍しい……と言ってる余裕も無いな。どうする、これは不可抗力だ。本当の事を言えば萩風は信用はしてくれるだろうが、間違いなくこの空間を強行突破するだろう。外に出ての待機では零番隊の隊士達が良く思わないだろうし萩風も無理矢理下へ行くだろう。萩風が霊王を守る保険である以上、何とか留めなければ……)」

 

だか良い策は思い浮かばない。この雰囲気のまま戦いに行けば間違いなくどこかで不和が現れてしまう。そんなウルキオラに、1人の救世主が現れる。仕方なさそうに、行かないと面倒くさそうな事になるなぁと思いつつ現れる。

 

「待てよ、お前ら友達なんだろ。今大事なのは不貞腐れることじゃねぇだろ、ウルキオラが極度の機械音痴だったのは仕方ねぇ事だ。でも友達なら理解してやらねぇといけない時もあるだろ」

 

リルトットは友達という言葉を強調しながら仲裁に入ったのだ。今のウルキオラから出る言葉ではどうやってもただの言い訳にしか聞こえないだろう、しかし「(ちょっと待て、俺のキャラに機械音痴を入れるのは確定なのか?)」というウルキオラの心の声は当然のように届かない。

 

「友達にあたって、こんな事で信頼関係にヒビが入って良いのか?」

 

ヒビを入れたのはお前達もだぞ、という言葉は飲み込む。

 

ウルキオラは新しいキャラを手に入れさせられるという悲しい代償を背負ったが、何とか良い方向に転んでいるのに安堵する。萩風も考えながらも「……それもそうだな」と肯定の意を示す。

 

心無しか、何かにスッキリとしたような晴れ晴れとした雰囲気を感じる。何かを気にしなくて済むようになったような、そんな悩みが消えた爽快感を感じる。

 

色々納得いかないがこれで何とか収まる、良かった。そう思った矢先、何故かウルキオラの前に。

 

「よし、ウルキオラ。今から友達止めるぞ、ちょうど新技の実験がしたかったところだ」

 

「待て、落ち着け萩風」

 

目の前に天狐の刃先があった。ブチ切れた萩風の殺気が込められているのはウルキオラには十分に理解出来た。

 

それもそうだ、こんな事で萩風の怒りが収まるはずもない。いくら友人でも、この非常時にやってはいけないことがある。それが故意であろうと、事故であろうとだ。「嘘だろコイツ」という目が周りから萩風に刺さり、「ドンマイ」という3人の同情の目がウルキオラに浴びせられる。

 

「(どうする……待て、どうする!?今の萩風はあと数秒もすれば卍解してくる雰囲気だ、既に始解もしている。少しずつだが斬魄刀も赤く染まって……ダメだ、何か言わなければ俺の命がない。しかし下手に長ったらしい言葉は萩風の神経を逆なでするだろう……!何か、シンプルで萩風と丸く収まるような……っ!!)」

 

ウルキオラの頭を高速で回転させる。もはや時間は無い、そんな中で1つだけだが萩風に対して良さそうな案が思い浮かんだ。しかし、この案はあまり良くない。それはウルキオラとしても、虚圏の王としても、1人の個としても。

 

「今回の責任は俺にもある、そこで萩風……」

 

「遺言か?1分以内だぞ」

 

斬魄刀を赫赫と輝かせ始める萩風、次の言葉が最後になるかもしれない。だが、ウルキオラは萩風の目を真っ直ぐに見て言い放った。

 

「エミルー・アパッチとの関係を王の権限下で認めるので手を打って貰えないか」

「ウルキオラ、俺達は未来永劫親友だ。機械が壊れるのも仕方ない事だ、今度から気をつけろよ」

 

掌を返したように萩風の殺気が霧散した。斬魄刀を仕舞う姿に顔には出さないが心の底から安堵するウルキオラ。周りから「嘘だろコイツら」という呟きが聞こえるが、聞き流す方向に思考は動いている。

 

萩風とエミルーの関係、これは萩風の一方的な関係であり行き過ぎたセクハラ行為が多々あった。なお最近は少しだけエミルーの方が靡いてしまっているのだが、ウルキオラはあくまでも2人の関係は認めない方向だった。破面と死神、異なった存在の物が同じ場に居るのは難しいのを分かっているからだ。仮に結ばれても、出来た子が何かしらの迫害を受けるのは分かっている。

 

だが自分の命が惜しいので取り敢えずエミルーを売ったのである。心の中で少しだけ反省しながらも、王には必要な決断だと割り切る事にしたウルキオラは考える事をやめた。

 

「でも間に合わなかったら許さないからな」

「そこについては俺もだぞ」

 

隊長2人からの圧が来る。

 

「……善処しよう」

 

何故、こんな事になったのかを考える余裕は最早無かったのである。

 




Q.萩風ってエミルー・アパッチと結婚したいんですか?
A.法が許すなら。

Q.萩風はウルキオラを許したの?
A.話してる途中で「……もしかして、自分の修行が長引いたのが壊れた原因じゃね?」と思ってからは大人しくなりました。


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33話 劣勢

「っ!?」

 

感じ取った時には遅かった。平子は紙一重で千本桜の攻撃を躱し続けていたが、それは周りに注意を払っていない事と同義ではない。間違いなく今の護廷十三隊で戦える死神の1人であり、再度使われた卍解に心を震わせて数刻後であった。

 

「(ローズの霊圧が……消えた!?)」

 

鳳橋楼十郎の霊圧が消えたのだ。どんな死神でも霊圧が全く感じ取れないことは無い、それこそ浦原喜助の考案した霊圧を感じさせない特殊な外套でも羽織らない限りだ。

 

分かることはただ一つ、今の護廷十三隊で最高戦力であった鳳橋楼十郎は殺された事だ。それは同じ隊長である平子の心を震わせる、故に行動に費やされていた脳内の演算速度が鈍ってしまう。

 

「動きが散漫だぞ」

 

「しまっ……!!」

 

故にそれが毒のように全身を回った事で起こる事態は想像にかたくない。避け切れぬ攻撃を受けた平子は仮面を砕かれながら吹き飛ばされる、致命傷では無いが間違いなくこの戦いでの勝敗が決定付けられるような攻撃であった。

 

「いよいよ、アカンな……」

 

脇腹を抱えながら瓦礫を這い出でるが、出た先を埋め尽くすのは桜色の絶景。その視界を埋め尽くす刃の海は全方位から平子に襲いかかっていった。

 

☆→→→→

 

「……ち、あれで倒れんか」

 

砕蜂の視線の先には悠々と立ち上がる蒼都がいる。まだ大前田は家族の救出中であり、砕蜂は場所を変えるべきかと考え始めた時。

 

「っ!?」

 

僅かに息を詰まられる。砂埃がはれて歩み寄る滅却師の霊圧が下がってないのは問題では無い、今のを耐え切られたは問題では無い。

 

問題なのは、今の攻撃を受けて無傷である事だ。

 

「僕は陛下にしか裁かれはしない、君じゃ僕の身体に傷一つ付きはしない」

 

直ぐに鬼道を纏う砕蜂、一瞬の内に真横に移動し渾身の一撃を蒼都へと叩き付ける。不意を突き、意識の追いつかない速度での一撃だ。辺りに撒き散らされる余波だけで瓦礫が散らばっていくほどの威力だ。

 

「君のそれは美しく速いけど、それだけだ」

 

しかし、葵都を動かす事すら出来なかった。直後に砕蜂の体がくの字に曲げられる。無傷である事どころか、まるで通用していないのに動揺している事も相まったのだろう。まともに攻撃を喰らい軽く地から足が浮くと、彼の鉤爪は穿たれる。

 

「瞬鬨……だったか、それも奪えないのが残念だ」

 

大前田邸だった場所の瓦礫を貫通していきながら吹き飛ぶ砕蜂。1つだけ彼女の失敗を言うならば、彼女はギリギリまで修行をしていた事だろう。疲労もまだ癒えぬ間に来た彼女は全力では無かった。

 

加えて、瞬鬨に慣れていないことも大きな要因となっている。彼女の技は完成はしたが、完璧ではない。彼女は完璧にこの技を自身へ最大限にいかせるだけの経験量が足りていなかった。

 

同じ技を扱える四楓院夜一に比べればまだまだ発展途上、覚えたての卍解のようなものだった。

 

「今ので生きてはいるみたいだね。だけど今のはあえて殺さなかったのに気づいてるかい?陛下から、奪った卍解で仕留めるようにと言われているからだよ」

 

しかし、それでも相性が悪かったという事もあるだろう。仮に敵が他の星十字騎士団ならば大抵の相手は一方的に倒せていた。蒼都の聖文字 I は鉄の体を持つ能力だ、超高速の技を叩き付けても傷はつかないのだ。

 

「雀蜂雷公鞭、この卍解の威力は桁違いだ。少し離れて……纏めて消し飛ばそうか」

 

☆→→→→

 

「大前田……早く、離れろ。ここは消し飛ばされる」

 

雀蜂雷公鞭の威力は誰よりも砕蜂が理解している。この地域は消し飛ばされ、残るものは無く更地になるのだ。大前田は回道に秀でた死神では無く、今のボロボロの彼が砕蜂へ出来ることは無い。

 

「砕蜂隊長を死なせたら、俺が萩風隊長に殺されるに決まってるじゃ無いんですか!!そんな面倒くさそうな事、絶対に嫌っすよ!?」

 

雀蜂雷公鞭は少しの誤差なぞ関係ない破壊力と爆破範囲を持っている技だ、2人で逃げようと簡単に捕捉されるだろう。だが、大前田は諦めきれていない。家族を助けることも、砕蜂を助けることもだ。

 

「この馬鹿ものが……」

 

☆→→→→

 

「ローズ!!」

 

駆け付けた六車が目の当たりにしたのは焼けたローズの卍解で荒れた街と、倒れている鳳橋楼十郎、そして悠々とその鳳橋を見下げるように座り込む1人の少年である。

 

「……あ、他の隊長さんかな?もう終わったよ」

 

無垢な笑みを浮かべる滅却師、グレミィ・トゥミュー。それに嫌な雰囲気を感じ取るのは生命としての本能か、それとも隊長としての経験からか、どちらにせよ六車の警戒度は最大限にまで引き上げられる。

 

「ちょっと拳西はや……っ!!」

 

遅れてやって来た白も信じられないといった顔で倒れている鳳橋へと目を向けている。

 

「(ローズの霊圧が完全に消えてる……!?今の卍解の使えない死神の中じゃ最強格の隊長だぞ!?それを数分でか……?!)」

 

信じられないのも無理はないだろう。だが目の前の滅却師はそこらの奴と同じと考えてはいけない。

 

「白、ローズを四番隊に連れてけ!何かの術でまだ生きている可能性はある!」

 

それを聞くと白は「わ、わかった!」と普段に比べて素直に言うことを聞く。今の状況でまだ鳳橋が生きている可能性はゼロでは無い、しかし限りなくゼロだ。それを認めたくないというのも彼女にはあったのだろう、それを利用してわざと遠ざけたのだ。

 

ここから先の戦いは、六車ですら瞬殺されてもおかしくないと確信してしまっていたからである。

 

「殺したから無意味だよ?それともあの子をわざとここから遠ざける為の嘘かな?」

 

それを見抜いている相手の頭はどうやら悪くない、こちらの考えは見透かされている。

 

「(ローズがほぼ無傷で死んでるのが不自然過ぎる、奴の能力か?だがそれで殺されてるなら……何が原因で殺されたのか見当がつかねぇ。それに奴にも傷らしい傷はまるで見当たらない……奴の能力を見極めれねぇと、こいつだけで全滅だ)」

 

不気味過ぎる相手だ、隊長である六車を相手にしてもまるで心の乱れを感じない。それだけ自身が絶対的に優位に立っているのを確信しているのだろう。

 

「(なら俺が捨て駒になってでも、こいつの能力を解き明かす)」

 

鳳橋は直ぐに倒された。何故倒されたのかは誰にもわからない、故に出来るのは周りにどのような能力を持った敵かと言うことを判別させるだけ生き残り続ける事だ。

 

誰かが勝てば良いのだ、誰かが勝てれば護廷十三隊の勝ちなのだ。

 

「君に聞きたい事があるんだけど、良いかな?」

 

「それは後じゃダメなのか?」

 

「うん、みんな手加減出来ずに死んじゃうから」

 

サラリと当然のように言い放つグレミィ。あまりの堂々とした態度に少しだけ冷や汗を流す。

 

「黒崎一護と萩風カワウソの居場所を教えてくれたら、殺さないであげるよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、六車の中で何かがキレる。それは護廷十三隊と自身に対しての侮辱であり、仲間を簡単に売るような集団と思われている事にキレたのだ。ましてやその隊長である、六車に対してだ。

 

「出来るかよ、そんな事! 卍解 !!」

 

グレミィは目の前で解放されていく斬魄刀を見ても「へぇー、どんなのかな」と危機感を一つも感じていない。それが余計に六車の神経を逆撫でていく。ローズがこんな奴に殺されたのか、と。

 

そして、必ずに仇を討つと。

 

「鉄拳断風 !!」

 

☆→→→→

 

「戦況は、ややこちらが不利といった所でしょうか」

 

一筋の斬撃がまた宙を舞う。ハッシュヴァルトを掠めるがギリギリで回避される。卯ノ花と戦い始めてかなりの時間が経つが、お互いにまだ実力を探りあっていた。護廷十三隊のトップと滅却師のNo.2の戦いなのだ、どちらも少なからず慎重になるのは仕方ないだろう。

 

「ですが、そちらも攻めきれていないようですね」

 

現状の護廷十三隊の具体的な被害は鳳橋楼十郎のみであり、星十字騎士団も1人しか討ち取れていない。だが戦況は護廷十三隊が不利なのは今も続いている戦闘で優勢な戦場が無い事だ。特に2,5,13番隊の隊長達は敗北寸前であり、副隊長も何人か危ない状況だ。

 

「えぇ……ですから、その天秤を傾けに私は来たのです」

 

この状況下で総隊長である卯ノ花が負けるわけにはいかないのである。

 

「……貴方の能力、何となくですが把握出来てきました」

 

攻撃が鋭さを持ち、底を見破ったかのように襲いかかっているのに対し卯ノ花は余裕を持って対応している。それは単純な剣技ならば双方含めて最強格だからだ、しかしそれだけではない。底を見破ったのは彼女の方だからだ。

 

「能力による均等化とでも言いましょうか、ですがその肩代わりをその盾が行っている。故に私にだけダメージが通り、このままでは私の敗北は免れないでしょう」

 

卯ノ花の鬼道を使った攻撃は全て跳ね返された。だが純粋な剣技による斬撃は跳ね返され無かった。この事から推測できるのは簡単だ、霊子を含む形での攻撃を全て能力で防いでいるという事だ。

 

「ですが、益があるか否かは相手次第ですね。相手に依存した能力というのは……弱過ぎる」

 

突然、優勢に見えたハッシュヴァルトの体勢が崩れた。ハッシュヴァルトは無傷だ、だが毒を盛られたかのように体が言う事を聞かない。

 

毒ならばハッシュヴァルトの能力は効かないのか、と思うかもしれないが霊子で成り立つこの世界で毒もまた霊子を含んでいる。故に風や光、ハッシュヴァルトが常日頃から跳ね返していない攻撃は通るのだ。

 

ハッシュヴァルトは信じられないといった顔で盾を確認するが変化は無い、そして卯ノ花の方を向くと全てを察する。

 

「まさか……自身を回復し続けて、私の盾のフィルターを抜けてきたのですか」

 

「過ぎた薬は毒となる、当然の帰結ですが……その盾には理解出来ていなかったようですね」

 

卯ノ花はワザと傷だらけになっていたのだ、自身へ毒とならないように。卯ノ花が回道を使う度にハッシュヴァルトの体が拒絶反応を示す、動きと思考が散漫になっているのだろう。

 

「さて……そろそろでしょう」

 

だが、お互いに決定打が無い。ハッシュヴァルトは無尽蔵とも言える回復量が、卯ノ花は厄介極まりない能力が対応できていない。一見して卯ノ花が優勢に見えるが、その均衡も対策を勘付かれたら直ぐに劣勢となる。どちらかが勝つにもそれこそ膨大な時間が必要となるのだ。

 

では卯ノ花は何を待っていたのか。

 

「涅隊長の準備が整ったようです」

 

決定打の登場である。

 

☆→→→→

 

「これは……?」

 

大前田の足元に現れるのは、一つの白い錠剤だ。直後に頭の中に通信が入ることから、これが死神側の何かである事を察する。

負傷した砕蜂を抱えながらの移動、大前田自身も傷だらけなのもあり敵の放つ卍解を避けるのは不可能だろう。そんな状況を打破できる可能性のあるモノなのは「聞こえるかね」といういつもみょうに上から目線な十二番隊の隊長の声でわかった。

 

「今送った錠剤を体や刀の何処にでも良いから触れたまえ、君達の卍解を取り戻す事ができる」

 

砕蜂もそれを聞き取り、大前田へ顎で指示をして拾わせると吸い込まれるように体内へと消えていった。「詳しい理論は凡人である君達の脳内では把握出来ないだろうから、さっさと触れたまえ」という言葉を付け加えられたのに腹を少し立てながらもその必殺の真名を唱える。

 

「卍解 雀蜂雷公鞭」

 

腕に現れたのは何年振りにも感じる、己の真の斬魄刀の姿。視界の奥では卍解が消えた事により、取り乱している滅却師が映る。

 

「踏ん張れよ、大前田!」

「はい!」

 

破壊力の高さでは他よりも抜きん出たその卍解は、取り乱す滅却師に直撃した。




六車拳西 vs グレミィ・トゥミュー
●浮竹十四郎 vs 〇 バンビエッタ・バスターバイン


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34話 罪悪に沈める

落ち着けましたので、投稿です。


 吉良イヅルは敵を見据えていた。星十字騎士団の1人、護廷十三隊でいうところの隊長クラスを相手に長い時間を稼ぎ、既に体と心はボロボロであった。

 

 普段の自分ならば両手を挙げて褒め称えてから労ってやりたいが、それはまだ出来ない。それが最低限の仕事であって、目的ではないからだ。

 

「はぁ……はぁ……弱いなぁ、僕は」

 

 吉良は報いを受けさせていなかった。同僚達の仇、蹂躙された者達の遺志を果たせていなかった。

 

 そして何よりも日番谷冬獅郎を傷つけ……雛森桃に深い心の傷を与えたこの存在を許す事は出来ないでいた。 

 

 吉良は己の力を理解している、副隊長としては十分な実力を持っているとしても隊長格には及ばない実力なのは隊長達をよく見てきた事で理解している。

 

 目の前の敵、エス・ノトは己の格上である日番谷冬獅郎を一方的に倒している。闇雲に戦っても、知恵を絞って戦えたとしても相手に出来るわけがないのも分かっている。

 

 もう数分、それが自分の動かせる体の限界なのを分析できている。終わりだ、勝ちの目は無いことは明らかだ。

 

「……首の皮一枚、繋がったかな」

 

 しかしそれは、今しがた届いた錠剤がなかったらの話である。

 

 遥か遠くで放たれた爆発の振動が、空気を伝って痺れてくる。殆どのものにも話していなかった卍解、しかしそれをどのような手順を踏んでかは知らないが容易く看破した隊長の底知れなさに今だけ、吉良は感謝する。

 

「マダ動クノ? 抗ウノモ辛イノニ、苦シク狂ッテシマウノモ仕方ナイノニ?」

 

 既にエス・ノトの能力によりいくつもの恐怖が侵食している、その足を動かすのも精一杯だ。しかしそれしきのことで彼の歩みは、覚悟は、斬魄刀は、止まらなかった。

 

「僕の斬魄刀は、ただ敵を動き辛くするだけじゃない。それが真髄じゃない……君の恐怖なんてものは、下位互換にもなれない」

 

 己を叱咤し、鼓舞し、前を向かせる。敵は眼前、体は満身創痍、精神の侵食も見過ごす段階では無い。だが、やるのだ。この戦いで、己に出来る最善を尽くす。

 

 不完全な力、まだまだ発展途上。そんな事を言われようが、必ず倒す。その意気で持てる力の全てを集結させる。敵に動きはない、好都合だろう。これは賭けの要素の大きい力だ。だが勝つ為に己がここで力尽きるのも分かっている。

 

卍解(ばんかい)

 

 彼が斬魄刀を地面に突き刺した瞬間に影が周りを這うように広がる、それはエス・ノトの足元も過ぎ去る。何をしたかと警戒しているようだが、別に影に当たったからといってダメージが入るわけではないようだ。

 

 むしろ吉良自身の身体が悲鳴を上げている、手足はガタガタと震え、血反吐を吐き、唯一意志を感じるのが敵を仕留めると言う覚悟を持った眼だけだ。耐えられるだけの状態ではないのは百も承知、侘助を支えにギリギリで立てている、しかし倒れない、倒れるわけにはいかない。

 

 エス・ノトもまた、その覚悟を目の当たりにする事でようやく認識していた。死に瀕した者の、刺し違ってでも討ち取るという気迫は十分に吉良を明確に、排除すべき敵と認識させた。

 

 だが、遅かった。

 

悔恨残(かいこんのこし)()侘地蔵(わびじぞう)

 

 まるで最初からそこにいたかのように、吉良の背後に歪な石像が現出していた。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「卍解……オカシイヨネ、君ノ斬魄刀二変化ハ無イ。じゃア後ロニ見エルソレガ本体、ソノ地蔵ガ守ッテクレルノ? 神様頼リナノ?」

 

「祈り手は僕じゃない……君だ。それとこれが見えたなら……勝負はもうついた」

 

 エス・ノトは自身の体を見るが、変化は無い。周りを見渡しても瓦礫も遠くから感じる霊圧にも変化は無いので、異界に連れてこられたというわけでも無い。

 

 あるのは一つの吉良の背後に現れた石の塊、頭と胴にも見えるそれは卍解による物なのは明らかだ。しかし石が動く気配もなければ、吉良も満身創痍に見える。

 

 何かをする前に仕留めるべきだろう、そう判断したエス・ノトは恐怖を射出する。もはや身も心も傷だらけの吉良を仕留めるのに、過剰にも思える通常攻撃だ。

 

 矢に乗せた恐怖は真っ直ぐに向かう、吉良には避ける力も残ってない。勝負は決まるその筈だ、しかしエス・ノトは気付く。射出した後に気づいた事だ、油断していたというのもあるかもしれない。普段なら有り得ない事に少しだけ、気の緩みがあったのだろう。

 

 吉良からは恐怖を感じない、それは彼に無いというわけではない。彼の中に這わせた恐怖が、いつの間にか消えているのだ。そして更に不明瞭な現実が起こされる。

 

「ナンデ? ……届カナイ??」

 

 矢はいつの間にか消えていた。いや消える瞬間は見えたが、不自然なのだ。

 

 防御の気配は無かった、能力そのものを封じられたというわけでもない。しかし放った恐怖の矢は届く前にして空中で散らばり、消える。まるで接触を拒むように、まるで自身の手で壊してるかのように。

 

「恐怖は逆らえない……と言ってたけど、逆に聞くよ。恐怖はどこから来るんだい?」

 

 吉良はエス・ノトを見据える。起こった事実を確認し、震わせていた足をゆっくりと動かし始める。

 

「本能? 過去? いや……どこからでもだ、未来でも過去でも楽園があるとしても恐怖は消えない。恐怖を操る君も当然だ」

 

 一歩、たった一歩だが吉良は歩み寄った。その瞬間に、エス・ノトの中が真っ黒に塗りつぶされていく。いや、黒が広がり侵食していくと言ったほうが適切だろうか。自分の中にある物が勝手に弄られているような感触をはっきりと感じる。

 

「でも、人には必ずあるんだよ。恐怖に付随する事もできる、誰しもにある根強い意識。

 

 誰であろうと、己自身であろうと、心の中には信仰対象にあたる偶像を作り上げている。

 

 その偶像へ襲いかかろうとしてるんだ、君が無意識のうちに攻撃を止めるのも仕方ない」

 

 この黒は何か、そんな事は決まっている。分かっている、自身の能力の真髄でもあるからだ。だが、なぜこうなっているのかは皆目見当がつかない。

 

 口を開き問おうとしても、舌先のひとつも、既に口は自身の意思で動かす事すら出来なくなっている。

 

 ただ吉良の後ろにある石像へ謎の恐怖を感じ続ける。石像が恐怖なのではない、その謎が近づいた瞬間に己の中の何かが敗北を認めてしまったような感覚があるのだ。意味が分からない、何もわからない事が一層心を侵食している。

 

「この卍解は、君の中にある後悔や罪悪……それに対して、強制的に贖罪をさせる。だけどそれだけじゃない、それを何倍にも増幅させて跪かせる。今は3倍程度が限界だけどね」

 

 信仰心を利用した精神掌握、それがこの卍解の力の真髄。

 

 気づいた時には、跪いていた。頭を上げることすら出来ない、能力の解放なんてする余裕も無い。自分は支配し、与え脅かす側、そんな認識があったのかもしれない。

 

 もはや真っ黒に覆い尽くされ、頭の中では贖罪の言葉を何度も唱えることしかできない。

 

 抵抗は出来ない、その彼を解放してやる迄がその卍解だからだ。

 

「痛みはない。だから……もう楽になってくれ」

 

 最後の手引きは、眠るように何も感じないものであった。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「卍解が戻った? はっ、それがどうした」

 

 各地で起こる死神達の奮起に、バズビーも気付いている。

 

「要するにお前達が強くなった、それだけだろ。調子乗ってんじゃねぇぞ、別に俺が弱くなったわけじゃねぇだろうが!」

 

 怒りの爆撃が襲い掛かる、雛森を庇いながらの戦いの狛村には避けれない。仕方なく、炎の波をその身に受け止める。鎧があるとはいえ星十字騎士団の中でも指折りの火力を持つバズビーの攻撃だ、焼き焦げて表面からモロモロと崩れ去っていく。

 

 それを見たバズビーは好機だと感じたのだろう、突撃しようとするが静止する。

 

「なんだお前、今度は人間に仮装したのか?」

 

 そこには狛村左陣はいる、しかしそこにいるのは人狼であった彼ではなかった。その面影が残る、人の姿になっている。

 

 元が人であったのか? 否、彼は生まれた時から人狼である。人を羨ましく思うこともあったのかもしれないが、人に変わろうとしてはない。種族を変えるというのが、何を引き起こすのかは分かっているからだ。

 

卍解(ばんかい) 黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)

 

 そして静止している隙を見逃さず、己が力を解放する。現れた巨人は鎧を纏った武者、しかし今回の武者は召喚と同時に鎧が剥がれ落ちていく。

 

断鎧縄衣(だんがいじょうえ)!!」

 

 ☆☆☆☆☆

 

 剥がれた鎧から現れたのは朱色の鬼神。今迄の卍解とサイズは変わらない、武器にも変化は無い、あるのは鎧の喪失だけだ。武具の喪失は致命的な筈、防御力が明確に低下している。

 

 更に言うならばこの卍解は本人へのダメージがフィードバックする、身軽になった以外に魅力を感じない強化、バズビーは直ぐに勝利を確信した。

 

「鎧、無くなって助かるぜ! 簡単にぶっ殺せるようになったからな!」

 

 彼は直ぐに滅却師完聖体へと自身を昇華させる。本来の彼の力、いや滅却師の真の力を振るう彼の力は鎧の有無に関係なく鬼人を吹き飛ばす事ができる。それが分かるのは必然だ、彼は火力のみで考えれば星十字騎士団でも上位に喰い込む実力者だからだ。

 

 そして容易に、鬼人の体の真ん中に穴を開けていた。

 

「何が卍解だ、こっちが……あ?」

 

 しかし、倒れる様子はない。狗村を確認すると彼にも同様の穴が出来ている、どこをどう見ても即死のはずだ。心臓どころか腹の重要器官は全て破壊されている筈だ、生きているはずがない。

 

「感触はあった……確実に撃ち抜いた、なんでまだ死んでねぇんだ!?」

 

 バズビーが幻術にかかっているならばまだ納得しただろう。しかしこんな事を幻術で済ませられる斬魄刀なぞ殆ど存在しない、確かな感触を得た事で逆に困惑する彼に狗村は堂々と語りあげる。

 

「黒縄天譴明王は命の吹き込まれた鎧を持つ卍解、それを脱ぎ捨てたこの卍解に命はもはや無い」

 

 理解するのに、バズビーは一瞬だけ言葉を失う。防御力は不要、いや元から鎧が守るべき盾であったにも関わらず捨てただけでなく、己自身も捨てたのだ。

 

「ふざけんな、てめぇ死んでるってことか!?」

 

 バズビーの火力も関係ない、そもそも勝負にならない。死なないし殺せない狗村を態々相手にする必要はバズビーにない。

 

 だが、バズビーはその覚悟に対し霊圧の解放で答える。

 

「良いゼェ、熱い男じゃねぇか。全てを捨てて来るなんざ、最高にイカしてんじゃねぇか!」

 

 これだけの力を放ち続けるにも限界はあるはず、もし無いにしても他の相性の良い滅却師でどうとでも出来る。

 

 だが、それは星十字騎士団としても、バザード・ブラックとしてもプライドが許さない。もちろんユーハバッハにも許されない事であるが、バズビーは一度距離を取り様子を伺う事にする。

 

 指先に炎を溜め、いつでも本体を打ち抜けるように構えるがその姿は次の瞬間に消えていた。

 

「捨ててはおらぬ、ただ掛けたのだ」

 

 後から声が聞こえる。バズビーが振り向くと既に狗村は跳躍し、鬼神を従えながら接近していた。

 

「っ!? バーナー・フィンガー」

 

 バズビーも手に溜めてあった炎を放とうと構えるが、もう決着は付いている。

 

「元柳斎殿が命をかけた戦いに 儂が命をかけぬ理由などあるものか。

 

 この戦いに踏み入る前に。命はとうに 置いて来た!」

 

 鬼人の刃は容易にバズビーを切り落とした。




 狗村隊長のセリフ、好きです。

 まるで卍解のバーゲンセールだな……ちなみに私が一番書きたかった卍解の侘助、精神的な意味合いで重くする力ですが……ユーハバッハには効かないでしょう。

☆☆☆☆☆

◯吉良イヅル Vs ●エス・ノト
◯狛村左陣 Vs ●バザード・ブラック

技名:卍解・悔恨残ノ侘地蔵

使用者:吉良イヅル

能力:心理操作
 文字の通り、心の中にある理をあやつる能力。一定範囲内にいる者全てに無差別に発動する。対象の心の中にある信仰対象を地蔵に見立て具現化し汚染が始まり、地蔵の完成度によって対象の信仰力は表せ、無意識のうちに対象は使用者への攻撃を躊躇するようになる。
 決まればほぼ無敵の能力であるが、信仰対象のない存在や薄い存在には地蔵を現出できないので卍解は発動しない。
 また距離や本人の技量によっても左右され、最終的には広範囲の対象を一方的に無力化出来ると吉良は考えている。


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35話 重なる敗北と救援

モンハンでムフェトとかマム・タロトガチャしたりwowlで駆逐艦に乗ったりしてました、投稿です。


 激しい戦闘の続くソウルソサエティ、その中でもとある一角だけは更地となっていた。

 何もないところではない、ただ吹き飛ばされ中央にある小さな瓦礫をのぞいて物が無いのだ。

 その中央に腰掛けている滅却師は、死神だったものを見下ろしていた。

 

「ちょっと休憩かな……糖分の補給もしときたいし」

 

 血の池に沈み、全身をズタボロにされている。黒ずんでいるがその背中には『九』の文字だけが辛うじて見える。

 斬魄刀は半ばで折れ、仮面の破片が少しずつ消えている。

 

「厄介だなぁ、隊長クラスは誰も口を割らない……でも隊長クラスじゃないと誰も知らないみたいだし」

 

 実力者であった、彼は2000人を超える隊士を抱える護廷十三隊でも13人しかいない実力者の1人だった。

 しかし、この滅却師もまた化け物であった。理解不能な力を奮い続け、万が一にも行方不明の探し人へ被害が出ないように最小限の力で制圧をした。

 

 その最小限の力は地面に転がる彼の卍解を一方的に倒す程度の力があった、更地を作りあげる程度の力があった。

 

「まぁいっか、起きたら今度は……跡形も無く殺し尽くそうかな? そうすれば、きっと出て来てくれるよね」

 

 九番隊隊長、六車拳西は殺害された。

 

 最恐の滅却師、グレミィ・トゥミューによって。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 空を轟音が切り裂き、刹那の間をあけて衝撃波が降り注ぐ。

 

 砕蜂の卍解の破壊力は隠密行動が命である隠密機動とは掛け離れた派手な力だ。それ相応の体力と霊力を消費し、元から立つのにも限界を感じている砕蜂は衝撃波で意識が飛びかけるほどだったが。

 

「やりましたよ隊長!! あのスカした野郎をぶっ飛ばしました!!」

 

 それを彼女を支える大前田により踏ん張らされていた。

 

「耳元で喚くな……頭に響く……」

 

 煙の中からは卍解を受けた滅却師、蒼都が落下して行くのが見える。体の形を保っている事に驚くが、服は黒焦げて片方の腕は欠損し、力尽きたようだ。その軌道を眺めていると、何故かそれが急停止する。

 

「……っ!?」

 

 同時に、砕蜂の全身を凍てつくような殺気が覆い尽くす。静止した蒼都は焼けたマントをチギリ捨て、充血しきった目で砕蜂達へ顔を向ける。

 

「……僕を、傷付けたな」

 

 ボソリと聞こえた、砕蜂には何を言っているかは詳しく聞き取れなかったがそれは徐々に覇気のある言葉へと変貌していく。

 

「逃げられると思うなよ、絶対に逃がさない。ふざけた事をしてくれたな。もういい、しっかりと苦しめて殺してあげるよ。手加減も何も関係なく、無慈悲に、残虐に、ぶっ殺してやるよ!!」

 

 響き渡るような雄叫びに、気付けば空気が支配されていた。

 

 先程までとはまるで別人のように……いや、これが彼の本性なのかもしれない。陛下以外に傷付けられないと自負していた体を自尊心ごと傷つけたのだ、砕蜂への明確な殺意は隣の大前田でも感じる程に荒く激しい。

 

「下がれ、大前田。ここで、無駄死にする必要は無い!」

 

 瞬間、砕蜂が考え付いたのは大前田とその家族であった。既に砕蜂は満身創痍、直ぐにでも四番隊に運び込まなければならない程に重症だ。

 

 そして彼女は駒として、これ以上この戦いで役立てるとは思っていなかった。戦況は五分であり少しでも力になるべきであるが、大前田という副隊長も同時に失うリスクも大きい。

 

 もはや砕蜂は死を覚悟している。いや常日頃から覚悟はして任務に当たる彼女だが、ここまで明確な死を感じることは無かった。霊力も先の一撃で使い果たしている、直ぐに戦闘に復帰できるわけでもない、無論諦めるつもりはないが最低限の逃げられるだけの時間稼ぎをしなければならない。

 

「置いてけるわけ無いですよ!! 砕蜂隊長見捨てて、俺が萩風隊長に顔向けられる訳ないでしょ!!」

 

 しかし、それは大前田に止められる。砕蜂にも待ち人はいる、更に言うならば彼女の戦う大きな理由の一つだ。その関係を知るからこそ、大前田も砕蜂を抱えようとしたその時、大前田の背後から声が聞こえる。

 

「萩風か、良い事を聞いたな」

 

「なぁっ……!?」

 

 瞬間、大前田が蹴り飛ばされ瓦礫に埋もれる。気づけば蒼都が行動を起こしていたのだ、副隊長でも並以下の実力である彼は容易に倒されてしまう。

 

「うぐっ……大前田……」

 

 弱々しいながらも抵抗する砕蜂の首を掴み、苦もなく持ち上げる。彼女の前に見える男は迸る霊圧を撒き散らしている。ただの鬼道や白打で対応できるような状況でない事は直ぐにわかった。

 

「先ず最初に、部下のデブとその家族を殺す。目の前でゆっくりと殺してやる」

 

 しかし、それは抵抗しない理由にはならない。しかしなけなしの力を振り絞り腕を引き剥がそうとしても無駄であった、その様子を見て滅却師の顔は愉悦で歪み、油でも刺したように口は回り始める。

 

「次に萩風とやらを目の前で殺す。その肉を君の口に詰めてから手足を削ぎ落としていき、最後に卍解を奪って首を引き裂いてから……仲良く纏めて消し炭にする」

 

 それがいい、と納得した彼は少しだけ腕の力を強める。砕蜂は酸欠と苦痛で顔に苦悶の表情が現れる。

 

「萩風とやらはどこにいる?」

 

 か細い砕蜂の息の音だけが聞こえる。話すには締め付け過ぎているが、それでもボソボソと何かが紡がれる。

 

「……鹿に……する、なよ」

 

「ん? 言う気になったのかい?」

 

 蒼都は砕蜂を手放す。ゲホゲホと咳込みながらも砕蜂は空気を吸い込んでいるようだが、関係なしに髪の毛を引っ張り上げて無理やりに顔を合わせられる。

 

「どうだい?」

 

 もはや死は免れない、苦痛から解放されたい、そんな言葉が内側を覆いつくしていく。

 ここで少しでも話をして時間を稼げれば誰かが助けに来るかもしれない、だがどこの戦況も芳しくない状況だ、期待をしたいが隊長格は恐らく来れないと確信をしている。

 

 話さなければ自身へ想像するのも悍しい苦痛を味合わされるのは明らかだ、そしてそれは自分よりも先に部下に降りかかる。

 ここで選べというのは酷だ、しかし砕蜂の心は直ぐに決まっていた。

 

「この程度で話すと思ったか。うつけめ」

 

 目だけでの反抗、それしか彼女にはできない。もはや指一本動かす事すら苦しい彼女には言葉を絞り出すのも難しいが、血反吐を吐きながら絞り出した拒絶は蒼都の表情を一瞬ではあるが曇らせた。

 

「侮るのは自由だが……護廷十三隊は強者揃いだ。それに……人間にも侮れない奴等はいる」

 

「……立場を理解してないみたいだね。それなら仕方ない……まずはデブとお別れだ、嬲り殺せば少しは気持ちも変わるだろう」

 

 その覚悟に今のままでは砕蜂の口を割らせることはできないと思ったのか、蒼都は彼女を投げ飛ばす。大前田がよく見える場所にだ、彼は足の骨が折れたのか意識はあるようだが動く事は出来ない。

 

 自身で選んだものではあるが、不甲斐なさで頭が一杯になる。彼のいない間を守り切るという覚悟は叶えられないどころか、部下1人守れずに、敵1人打ち取れずに終わってしまう。

 

「(結局、何が私に出来たというのだ……すまない、大前田。直ぐに私も、そちらへ……)」

 

 自分の終わりを悟り、彼女は目を閉じた。

 

「随分楽しそうにしてんじゃねぇか、俺も交ぜろよ」

 

 しかし手放そうと諦めかける意識の混濁の最中、一つの霊圧を感じ取る。

 隊長格の誰かではない、しかし感じた事のない霊圧ではない。

 

「隊長や一護が出るまでもねぇ」

 

 直後、大前田に詰め寄ろうとしていた滅却師は弾けるように吹き飛ばされた。

 その音と霊圧に砕蜂は再び目を開いた。

 

 絶好のタイミングで助太刀に来たのは砕蜂もよく知る死神だ、特徴的な頭をしているというのもあるが彼自身が護廷十三隊でも指折りのバトルジャンキー、刀の鞘と刀を合わせた始解の名は『鬼灯丸』、噂によれば席官でありながら卍解を使えるという数少ない実力者の1人。

 

「護廷十三隊最強! 十一番隊に、この斑目一角様が居るのを忘れんじゃねーぞ!!」

 

 斑目一角が滾る霊圧を撒き散らし、参上した。

 

☆☆☆☆☆

 

 

 そもそも滅却師とはどういう存在かと言えば、一言でいうなら魂を滅却する存在だ。

 

 人間でありながら死神のように虚を倒す事のできる存在、ただし決定的に異なるのが魂を消し去る事なのだ。死神はあくまでも調停、バランサーであるのに対しそんなもの関係ないと言わんばかりに能力を行使する。

 

 それは魂魄のバランスを崩し、世界の崩壊に繋がる。これにより200年前に護廷十三隊と相容れなくなり、滅ぼされてしまう。

 

 だが生き残った者もいる。石田雨竜は現代を生きる滅却師の生き残りの一人だ、純血の父親はいるが混血の滅却師は現代に残っていない。

 

 その石田が何故『見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)』で滅却師側として属しているのか。

 彼は黒崎一護達と共に現世で戦った、むしろ死神側の滅却師だ。黒崎一護と敵対する程度の薄い関係ではない。

 だからこそ一護も破面であり滅却師の術を使う敵と相対しても石田を置いて虚圏へと向かった。

 

 その時にはただ事ではないと察していたからだ、そして石田もまた一護達とは接触を行わずにいた。

 何故か、理由はいくつかある。一つは不用意な接触は両者へと後々に誤解を生む事だ。だが大きな理由はそれではない。

 

「雨竜よ、残念だ」

 

 石田は地べたへと、理解不能な力によって這いつくばらされている。それは隣に控える滅却師による能力である事は分かるが、何故か抵抗もできない。

 

「あんたは……!!」

 

 石田雨竜、彼はハッシュバルトという二番手の居ないこの好機を狙いユーハバッハの暗殺を狙っていた。

 理由はある、それは世界の敵だとか死神の敵だから……などとというものでは無い。もっと個人的な物で、暗殺を図っていた。

 ユーハバッハは現代に生きる全ての混血下にある滅却師の魂を吸収する事によって復活した怪物だ、その被害者の中には彼の母親も含まれている。

 

 一護達との接触を絶った理由、それは己の手で復讐を成し遂げる為だ。その自分勝手な復讐に一護達を利用したくなかったというのもあるが、この手で滅ぼしたかったのだ。

 

 しかし、ユーハバッハの能力は石田の想像を遥かに超えていた。暗殺を行おうとした瞬間に、それを未来予知していたユーハバッハによって彼は星十字騎士団の神赦親衛隊(シュッツシュタッフェル)によって取り押さえられていた。

 

 夜になるまでの僅かな時間、その暗殺までの時間を利用され、急襲された石田ではタイマンであるならまだしも3人の神赦親衛隊に対応する事は出来ない。

 実力もそうだが、未来予知という……いや、未来把握という最悪な能力を前に一方的に敗北を喫したのだ。

 

「後を任せる」

 

 そう言い残し、ユーハバッハは悠々と去っていった。

 

☆☆☆☆☆

 

「ぐはっ……!!」

 

 檜佐木修兵、彼は護廷十三隊の中でも始解の力は大きな方だ。その力は護廷十三隊に入る前から席官は間違いないと言われるような実力であり、秀才であった。

 

「うむ、これで目につく隊長格は片付けたか……」

 

 対して星十字騎士団の1人、マスクはその戦闘力を正面からぶつけるのには相性の悪い滅却師だ。

 彼の能力、SのSuper Heroは力のぶつけ合いでは戦う土俵が悪かった。檜佐木もある程度の滅却師、ある程度の星十字騎士団ならば勝つ事も出来たであろう、しかしまだ戦えはするが勝ち目は程遠い。

 

「だがギャラリーが少ないのは良くないな!」

 

 もはや自分が狩られるのも時間の問題、そんな時だ。

 

「おぉ!! なんだ、ワガハイを差し置いて派手ではないか!!」

 

 夜空を切り裂き、一つの光が落とされた。遮魂膜の外から現れたそれは本来であれば人が居るはずもない、いや居ても消え去る。

 

「なっ!? この霊圧……!!」

 

 しかし、中からは2人の死神が現れた。着装するのは護廷十三隊の隊服ではないが、護廷十三隊の檜佐木もよく知る死神だ。

 遮魂膜すら無傷で貫通できる装衣を纏い、遙か天空から舞い降りたのは2人の副隊長。

 

「ここは私が相手しよう、恋次は檜佐木副隊長を」

 

 霊王宮へ治療の為に送られた死神、朽木ルキアと阿散井恋次がそこにいた。

 既に抜刀したルキアを、自身に肩を貸す阿散井を目にし、直ぐにその実力を確認する。

 

「(なんだよ、以前とは比べ物にもならねぇ。どんだけ強くなってきやがった)」

 

 霊圧の力強さがまるで違う、更にその洗練された感触も肌で感じられた。

 

「気をつけろよ、朽木。特に後ろの小さいのは……どういう理屈かはわかんねぇが頭巾頭を強化してくる、やるなら纏めてかあっちからにした方が良い」

 

 だが、それでも目の前の敵は自分を相手に全力も出さずに遊んでいた滅却師だ。

 それは絶対に負ける事はないという自信によって裏付けられた能力があるからであり、檜佐木はそれを破る鍵は見つけたがそれを出来る体力はまだ回復していない。

 

「阿散井、すまん」

 

「気にしないでください、この為に戻ってきたんですから」

 

 いつの間にか、後輩は育っていた。副隊長になったばかりの朽木は既に頼れる存在になっていたのだと知り、これからの護廷十三隊を牽引する1人になるのだと確信する。

 

 檜佐木は戦線の一時的な離脱を選んだのであった。




●砕蜂&大前田希千代vs◯蒼都

●六車拳西vs◯グレミィ・トゥミュー

斑目一角vs蒼都

●檜佐木修兵vs◯マスク・ド・マスキュリン

朽木ルキアvsマスク・ド・マスキュリン


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36話 鬼灯の黒龍

一角 覚醒





 失いかけた気をギリギリで保ちながら、砕蜂(ソイフォン)は自身の不甲斐なさを憂いていた。

 

 目の前で行われているのは卍解を解放する斑目一角と自身を一方的に倒した滅却師の蒼都(ツァン・トゥ)による殺し合いだ。

 

 あたりを瓦礫の山へと変える程度に荒れる戦いは両者が実力を出していることを示していた。

 

 ただ、少なくとも斑目一角は全開で戦っているのは間違いない。しかし、滅却師の力は余裕を感じる。

 

 その淡々とした動きや予備動作の少なさから、力の差を伺えてしまっているのだ。

 

「あれだけ大口を叩いておいて、どれだけ戦えるかと思えば……」

 

 勝敗は早々に決していた。そう思うに値する、決定的な出来事が起こっているからだ。滅却師は侮蔑(ぶべつ)の言葉を吐き捨てると、地面に膝をつく一角に呆れたようなガッカリしたような目を向ける。

 

「不味い、一角の卍解が破壊されている」

 

 彼の両手に握られた卍解(ばんかい)龍紋鬼灯丸(りゅうもんほおずきまる)』の刃は半ばで折れている。始解よりも遥かに大きな力の卍解であるが、それをもってしても蒼都はピンピンしている。

 

 いや、それどころではない。一角との戦いが始まってから無傷だ、鬼灯丸の一撃をもろに受けても傷が全くない。

 

 それも考えてみれば分かる事だ、護廷十三隊でも一撃の重さでいえば隊長の中でもトップクラスである砕蜂の卍解『雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)』でさえ軽傷で済んでいたのだ、不意でもつかなければ会心の一撃は与えられない。

 

 最悪なパターンに陥ろうとしている、護廷十三隊でも指折りの実力者たちがたった1人に蹂躙されているのだ。

 

 このままでは全員が死ぬ、一角は無駄に屍を晒しかねない。

 

「心配しないでくださいよ、砕蜂隊長」

 

 にも関わらず、一角の目には絶望などはまるでなかった。

 

「は、はは……良いぜ。最高に盛り上がってきた。喜べ鬼灯丸、やっと試せる的が見つかったんだぜ」

 

 むしろ、ギラギラと獲物を見定めた狩人の目に近い。自身の刀はボロボロ、対して相手は無傷のまま、ここからどう勝負を巻き返せるというのか。

 

「卍解がどういった物かは分かってるよ、一度壊れたソレはもはやタダの鈍だ。自分のとっておきが僕に破られてショックなのかもしれないけど、そこは僕なんだから納得してもらうしかない」

 

「調子乗ってやがるな、だがな……新しい鬼灯丸はここからが本番だぜ」

 

 ☆☆☆☆☆

 

 時は見えざる帝国との抗争から2年を遡る。

 

 萩風の一時的ではあるが弟子となった1人の死神、彼は護廷十三隊の中でも珍しい席官でありながら卍解に至る者であった。

 

 名を斑目(まだらめ) 一角(いっかく)

 

 これは萩風が初めて一角の卍解と立ち合い後に起こった出来事だ。

 

「卍解を治したんですか!?」

 

 一角は超重力下で行われる試合の後であったが、そんな疲労を忘れて驚いている。

 

 初めは些細な一言だった、「なぜ鬼灯丸は壊れているのか」と萩風が立ち合いの直後に聞いたのだ。

 

 それに自身の卍解について答えた一角に続けて「卍解を治したくないか」と更に聞いた事で一角は疲労も忘れて叫び返し、非常識の世界へ思考を投げ出されていた。

 

「あぁ、結構大変だったけどね」などとまるで当たり前のことのように答えているのは護廷十三隊でも後方支援を生業とする四番隊副隊長、断じて技術開発局の死神でも刀鍛冶でもない。

 

 驚くのは一角に限らない事だろう、彼の師である卯ノ花隊長も含めた全ての死神の常識が覆されているのだから。

 

「確かに、これは全ての死神に対応出来る方法では無いし命懸けにもなるって言うのもあるし……何よりも、技術がいる」

 

 卍解の修復はできない。何故ならそれが完成した存在であり、壊れたとしても修復する事は出来ないからだ。

 

 阿散井恋次(あばらいれんじ)の卍解『狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)』は巨大な龍のような傀儡を操るが、その関節は朽木白哉(くちきびゃくや)によって破壊されて以来、そのままである。

 

 そしてこの斑目一角も破面(アランカル)との戦いでその卍解『龍紋鬼灯丸』を壊されている。外見上の卍解は12番隊の阿近(あこん)によって修復は施されているが、それでも真価は以前よりも遥かに劣っている。

 

 一応、修復は出来ずとも《打ち直す》という方法で斬魄刀を作り直す方法はある。しかしそれは霊王直属零番隊の1人、二枚屋王悦(にまいやおうえつ)にしか出来ない芸当である。

 

 もしこれが確立されているならば、零番隊の所属も認められるだろう。

 

「方法は難しくはない。実はここは修行場としてかなり良いけど、斬魄刀との融合係数って言うのかな……かなり上がるから、それを利用して一時的に『斬魄刀と強制的に融合』してもらう、当然卍解の傷に引っ張られて間違いなく致命傷を負う。

 

 それで死にそうになるところを『回道(かいどう)で無理矢理死なせない』ようにして、繋ぎ合わせた卍解も一緒に無理矢理修復する。

 

 どれだけ時間がかかるかは私の技量とそっちの根気次第、ちなみに私は20日以上かかった」

 

 が、そうはなっていないのには理由がある。人を選び、万人に対応できる技術ではないからだ。

 

 萩風の推定であれば席官の中でも一部の実力者、それこそ4席以上でかつ強靭な精神を持ち、卍解を完全に会得している事が条件だ。

 

 そして何よりも、萩風が治す存在の身体情報を把握しているかも重要だ。それによりどの程度の無理ならば通るかで成功の可能性は上がる。

 

 そもそもこの無茶苦茶な技法の発想はどこから来たかと言えば、一応はまともだったりする。

 

 卍解にも例外はある、その一人が七番隊の狗村隊長だ。彼の卍解は破壊が行われようと、卍解と自身との繋がりが強力ゆえに自己が傷つけば卍解も傷を負う、そして逆に自己が修復されれば卍解もまた修復されていく。

 

 噂程度に耳にしていた萩風はこれで一筋の希望を見出してしまう。

 

 ならばと、彼は「自分を介して卍解を治す」という荒技を思いついてしまったのだ。

 

 結果は3週間の修復期間の直後に2週間ほど気絶している程度だが、これは全て己で行なっているのでかなりの負担を強いたので、一角はここまで酷くはならなうだろう。

 

「やる覚悟、出来てる?」

 

 が、それでも卍解を治すというのは文字通りに命がけのことに変わらない。あえて危機感を煽り、一角の覚悟を問うた。

 

 それに対して一角はまた、無言で頷いた。彼からすれば願ってもいない事だ、一度失った力を取り戻せる機会を得たからだ。

 

 更にいうならば一角は自分がこんな所で命を落とすなどとは万に一つも疑っていない。ここで死ねないというのもあるが、こんな所で息絶えるならば十一番隊で3席にはなれない。

 

「あー、一応準備もあるから明後日迄休憩してもらうけど。一つだけ始める前に忠告しとく」

 

「忠告……ですか?」

 

 そして一角もまた準備の為に休息を取ろうとすると、萩風に止められる。心構えか何かを勧めるのだろうかと、一角は気を引き締める。一語一句を聞き漏らさない為だ。それが自分の為になり、鬼灯丸の為になる。

 

 そして萩風からのアドバイスとは。

 

「新しい名前、すぐつけないと拗ねるからな」

 

 心構えなのかどうかすら分からなかった。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 卍解の先へ至る為の一つの階段、萩風がそう位置付けた境地がある。

 

 彼が死神になり、到るまでに掛かった月日は400年をゆうに超えている。

 

 その力でさえも卍解・改弐とは名付けなかった。

 

 それもそうだ、そもそも折れた卍解の直し方なぞ誰一人として知らない物であったのも直した後に知るのだが、折れる様な過度で無鉄砲な修練の愚かさを自覚したのも大きいだろう。

 

 隊長ならば卍解が鍛錬中に欠損する事なぞないのだから。

 

 だが新境地には変わりがない。

 

 故に、数字を消した。

 

卍解(ばんかい)(かい)

 

 斑目一角は、この境地に至るのに運が良い死神であった。

 

 一つはこの手法を編み出した萩風と成り行きではあるが弟子となり、保有者の被害さえ無視すれば確立された状況であった事。

 

 一角の精神力は高い、打たれた鋼の様な意地を持っている。故に傷だらけとなりながらも13日で卍解を修復した。

 

 そしてもう一つが卍解が壊れていた事だ。

 

 この境地に至るのに必要な条件はいくつかあるが、その一つが『限界を超えて使われた卍解の破損』である。

 

 壊れた卍解は治せない、それは常識であった。しかし天狐の卍解が壊れた際に諦め切れなかった萩風は様々な方法で天狐との融合を図った。

 

 そこである事に気付いてしまった、陽炎天狐(かげろうてんこ)とは名付けられた技であった事をだ。

 

 いや、すべての卍解は誰かに名付けられた存在であった事を知るのだ。後にその存在については霊王宮(れいおうきゅう)にて出会い、一つの謎が解明されている。

 

 話が逸れたが、一角にとって僥倖(ぎょうこう)であったのは卍解を修復してかつ己の形に変異を行える事であった。

 

 卍解が壊れてしまう事によって名という(かせ)が緩む、これは存在が揺らぎ不安定になるからだ。名付けた萩風も最初はそれを新たな境地と認識をしていなかった為につい最近までは解号(かいごう)によって呼び出していた。

 

 己自身の斬魄刀へと変える為の儀式、斑目一角はこの世で自分の卍解を作り直した2人目の死神、それも萩風と出会ってからたった2年での到達者である。

 

「……チリで見えないな、鬱陶しい風だよ」

 

 一角は壊れた自身の卍解を力の限り、回している。それは目の前にいる蒼都ですら一角を輪郭でしか捉えることが出来ないほどに砂埃を巻き上げ、巨大な竜巻を作り上げている。

 

 だが、蒼都は気付いていない。刃こぼれをした卍解が竜巻に吸い込まれている事に、そしてそれが一角の新しい卍解へ戻っていく事に。

 

 そしてそれが集まり終えた瞬間、竜巻は土煙を吹き飛ばしながら掻き消えた。

 

「あ、あれが……斑目か?」

 

 先程までの轟音は鳴り止んだ、竜巻も完全に消失し大きな鬼灯丸は何処にも見当たらない。

 

 にも関わらず砕蜂は目を見張る、肌を突き刺してくる異様な霊圧と放たれる当人の大きな変化に。

 

 まず、中に来た一角の身体には大きな変化がある。上半身が戦闘時にはだけていたのだが、その身体には刺青の様に黒い龍が螺旋を描きながら回り続けている。

 

 元から刺青のある者でもない、蠢いているそれは明らかに一角の呟いた新境地の一端なのは確かだろう。

 

 そして、その名はすぐに彼によって紡がれる。

 

廻帝登龍紋(かいていとうりゅうもん) 鬼灯丸(ほおずきまる)

 

 先の卍解とは似た名を持つそれは、全く新しい姿をしている。

 

 彼の手に握られるのは一つの刃、漆黒の斬魄刀だ。妙な赤黒いオーラを漂わせた不気味さを持ち、それに呼応する様に刺青の龍は踊っている。

 

 それを刀と言うには少し歪で、剣の柄には鍔はなく、生える刃は双方向に二つある。片刃の黒光りするそれは刀の時よりも分厚く幅も少し広い。そして刃の中にはそれぞれの刃の側面に赤い龍が刻まれている。

 

「それが、新しい卍解か。どんな物が来るかと思えば……馬鹿にするのも大概にして欲しいね」

 

 しかし、蒼都は呆れていた。それもそうだ、先程の龍紋鬼灯丸に比べて圧倒的に変わっている事がある。

 

 刀の色や形状なんていう些細な物ではない、決定的に異なる物がある。

 

「そんな《小さくなった》のが新しい卍解かい? さっきの方がずっと強そうだよ」

 

 それは卍解の時よりも遥かに小さくなった。片手で持ててしまえている程に収まり、始解された鬼灯丸と長さに大差がない程だ。

 

 大物の獲物を振り回していた方が強く見えるのも当たり前だ、大きさは張りぼてでもなければ一撃の重さに繋がる。

 

 一撃の重さが足りていなかったにも関わらずに使った切り札としては期待外れのものに見えるのも仕方ないだろう。

 

「また大口を叩いておいて、護廷十三隊には恥知らずが多いみたいだね!」

 

 そう言うと彼はその鉤爪で斬撃を放つ、小手調べを兼ねた雑な攻撃だ。

 それに対して、一角は焦りはない。それどころか自分の斬魄刀をこの程度で試されているというのに若干の腹を立てているのはこめかみに浮かぶ青筋で分かる。

 

「……なるほど、見かけ通りじゃなさそうだ」

 

 そして、一角は防御の為に斬撃を弾いた。だがそれは少しおかしい、普通ならば薙ぐだけで防げた攻撃なのだが彼は自身の右手とその握られた卍解・改を向けた、防御らしくは見えないその動作から、一角はあろうことか鬼灯丸から手を離す。

 

 そしてここからがおかしい所だ、一角は掌を攻撃に向けるとその掌を中心に鬼灯丸は回り出したのだ。

 

 それも高音を立てる程の速さであり、もしここに黒崎一護がいればヘリコプターのプロペラのようだと言うだろう。

 

 難なく、斬撃は弾かれていた。

 

「少し驚いたよ、よく回るし死神なんかやめて曲芸師にでもなるのを勧めするね。でもそれで傷はつかない、君じゃ僕には辿り着けない」

 

 一角も頭をおさえながら鬼灯丸を肩に背負うが、そこから悲壮感は感じない、ただ「あー、まだ足んねぇのか。思ったより硬ぇな」と呟くと掌を上に向けて再度鬼灯丸を回し始める。

 

「さっきから煩わしいよ、弱い癖に」

 

 耳に甲高い風切り音が響き続けている、それが不快なのか蒼都は今度はそれなりに力を込めた斬撃を放った。先程よりも力強く、かつ速さもある、にも関わらず一角からは大きなアクションはない。

 

 だが、近くで戦いを見守る砕蜂には叫ばずにはいられなかった。

 

「避けろ斑目!! さっきとは比べ物にならんぞ!!」

 

 その攻撃がいかに危険な物か瞬時に判断したのだろう、無理に喉から叫び少しだが血を吐いている。

 

 しかし一角は砕蜂達の方を一度見てニヤリと笑うと、目を閉じた。

 身体の龍は踊るまま、何かあるわけではない。

 

「っ!?」

 

 そのまま斬撃は着弾する、事はなかった。一角によって振り回された鬼灯丸が新たな斬撃を放ち打ち消したからだ。

 

 更に相殺しきれなかった斬撃は油断をしていた蒼都に着弾している、予想だにしていなかったのか蒼都の表情は驚愕に満ちている。

 

 ダメージはないが、それにより新たな危機感を感じているからだ。

 

「(さっきより速い、いやそれよりも……斬撃が、重くなった!? さっきのは本気じゃなかったのか? いや、ここで底を出せたなら問題は……)」

 

 内心が穏やかではない蒼都に対し、一角は「今のも耐えんのか、もうちょい力を貯めなきゃ無理っぽいな」と呟きながら鬼灯丸を回し続ける。ここでふと、蒼都は異変に気付く。それはその様子を見ていた砕蜂も同じようだが、大前田は気付いていない。

 

「音が変わった? いや……これは」

 

 だが、大前田もその砕蜂の呟きで気付く。最初に比べて、明らかに回転による風切り音が変化しているのだ。

 

 より高音に、より高速で刃が回転しているという事だ。

 

「まさか、お前は……」

 

 だが、砕蜂と蒼都はその一歩先にまで気付いていた。

 

 一角の霊圧の変化は当然だが大前田も気付いている、だが大気に存在する霊子の推移には両者ともに、特に蒼都は動揺を隠せていない。

 

 霊子は、一角の回す鬼灯丸に吸い込まれているのだ。それも強制的に、一角の体に居る龍はその充填を示す様に赤く尻尾の先から染まっている。

 

 だが両者の動揺の向きは異なる。

 

 砕蜂はその能力の一端を感じ取った故の動揺であったのに対して。

 

「(あれではまるで……いやあり得ない! あんなただの死神が!?副隊長や隊長も倒せた僕が、あんな副隊長ですらない死神に……!!)」

 

 蒼都は自身の種族、滅却師固有の侵害に大きく憤りを覚えていた。厳密に言えば異なるのだが、一角のそれは滅却師の領分への侵害という事に変わりはない。

 

 現に際限なく吸い取り続ける斑目一角の霊圧は最初のとは比べ物にならないものにまで膨れ上がっている。

 

「言ってなかったな。俺の新しい鬼灯丸は回せば回すほど、力が溜まる。それに……限度はねぇ」

 

 身体の龍は頭の先を残して真っ赤に染まっている。

 

「最初のは2万回転、2発目は4万回転だったが……仕留めるにはまだ足らねぇみたいだな」

 

 瞬間、一角は蒼都の後ろに居た。さっきまでの戦いでは考えられないスピードだ、身体的な能力は別次元に至っている。

 

「まぁ、条件きついぜ。力が溜まった卍解が壊れて初めて、寝坊助なこの鬼灯丸はやっと目覚める」

 

 そして、回すのをやめる。蒼都は動く事は出来ない、いや動く事がスキとなるのが分かっているので安易な行動は出来ないでいる。

 

「今ので13万回転だ、覚悟は出来たかバリカタ野郎」

 

「っ!?」

 

 もはや吸収した霊圧は隊長格すら凌駕している、その全てがこれから振り下ろされるたった一撃に凝縮される。

 外す事は無いだろう、攻撃の範囲もそうだが今の一角から逃げ切れる者は滅却師でも居ない。どれだけ硬かろうが理不尽な力での圧殺が行われる

 

「行くぜ鬼灯丸」

 

「待て、そんなのを放てば……!!」

 

 蒼都の制止の声は届くはずも無い。既に巻き上がる竜巻は刃に纏われている。戒めの牙は研ぎ終えているのだ、その力は龍の如き人知すら凌駕し得る旋風が飲み込む。

 

「『鬼龍(きりゅう)戒顎(かいがく)』」

 

 一撃の重さで言えば、今の彼は『護廷十三隊最強』である。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 蒼都を跡形も無く吹き飛ばした一角であったが、余裕綽々……という状況ではなかった。

 

「ぐっ……やっぱり、まだ修行が足りてねぇか」

 

 一角の卍解の先には課題がいくつもある。大いなる力にはそれ相応の反動があるのは当然だが、課題の一つに今の一角には身体的な強度が足りていなかった。

 

 この力の代償であるが、一角の身体に現れる龍の赤く染まるゲージは敵を倒すのに必要な力の貯蔵量ではない。あれは一角の限界が示されており、赤いゲージはその割合を示しているのだ。

 

 今の一角のフルパワーは体調により多少は前後するが約10万回転、絶好調であってもオーバーする力を使ってしまい全身を筋肉痛が襲っている。

 

 まだまだ不完全の力、敵の力量を測れなければ継戦が難しい力でもある。

 

 ただ今の一角が全力以上の力で放ったのはそれだけ、滅却師・蒼都を脅威であると感じていたからだ。

 

 それもそうだ、本来ならば格上の砕蜂を圧倒していた。今の状況下では確実に幹部を倒す方が重要と判断してのオーバーパワーだ。

 

 幸いにも蒼都は撃破し、砕蜂達も無事だ。一角も多少は休憩すれば負傷した彼らを運べる程度には回復するだろう。

 

 そうこうしていると、一角は1人の気配を感じとる。

 

「思ったより早かったね、一角(いっかく)

 

 同時に、側に降り立った男は一角へと手を貸す。

 

「そっちは終わったみてぇだな、弓親(ゆみちか)

 

 綾瀬川(あやせがわ)弓親(ゆみちか)がそこにいる。確かに普段から共に行動する事が多い2人だが、珍しい事に別行動を取っていたようだ。

 

 理由もなく別行動を取る事がない2人だが、もちろん理由はある。だがこれは一角側ではなく綾瀬川弓親の理由となるが。

 

「あっちは変な眼鏡がいたけど、もう大丈夫だよ。もう攻め込む余裕も理由もない」

 

 彼の任務は総隊長直々の物で、とある場所の護衛及び来るであろう敵の排除である。

 

 選ばれたのにはいくつか理由があるが、忙しい護廷十三隊の中でも十一番隊の隊長は不在であった事と、護廷十三隊でも指折りの実力者だったからだ。

 

 卯ノ花総隊長の指示を送れる隊長を介さずに引き抜ける実力のある兵は彼か一角、十番隊の松本ぐらいだ、一番隊は沖牙がいるが彼については卯ノ花に変わって指揮を取る可能性があったので除外されている。

 

 松本に関しては十番隊の指揮の代行があるので更に外され、一角は事実上の副隊長であったので除外されている。

 

 その上で彼は仕事をまっとうしてきたのだが、面倒であったのと本来の戦いの場所に戻るためにさっさと適当に片して来ているのは秘密である。

 

「にしても……無茶したね」

 

 その華やかさが売りの彼であるが、一角程では無いにしろ疲弊しているようだ。と言っても直ぐに戦闘が可能な程度、無茶をしたというわけではなさそうだ。

 

 しかしまだ戦いが終わったわけではない。

 

 一角も弓親も壁を納得しながら超えている。大きな進歩か後退かは分からないが、覚悟を決めて臨んでいるのが分かる。

 

 その代償が降りかかるのは分かっていても、信念を曲げる事になっても、死を選ぶ事になっても、戦い続ける覚悟がある。

 

「お、おぉ……張り切りすぎで全身筋肉痛が……」

 

 なお、早速代償を払っている一角は生まれたてのバンビのような足取りで四番隊隊舎に向かい始めるのであった。




◯綾瀬川弓親 Vs ●シャズ・ドミノ

◯斑目一角  Vs ●蒼都

☆☆☆☆☆

卍解・改 『廻帝登龍紋(かいていとうりゅうもん) 鬼灯丸(ほおずきまる)
使用者:斑目一角
一角の卍解を壊して直すという過程を経た事で目覚めた力であり、護廷十三隊では2人目となる解放者。当初は萩風の言う名前についてよく分かっていなかったが『廻して作る竜巻』と『場を支配する王』という特徴から名前を付けている。
また、力を幾らでも引き出す事は可能なのであるが一角が命を捨てればという条件付きである。
この戦争で使うつもりは無かったのだが、自身の先輩であり慕っても居た射場副隊長の死が大きく影響し、覚悟を決めて使用した。砕蜂がガッツリと見ているので、隊長にされないか心配している。


☆☆☆☆☆

弓親は中央四十六室に行ってました、そこで某メガネを卍解で倒してから合流したのですが護衛の仕事は面倒だったので全員追い出して来てます。
彼曰く『そこに護衛対象が居ないなら問題ない』という理論の穴をついてるので問題ないそうです。
後で怒られた時は隊長が居るから大丈夫という謎武装もしていますが、多分怒られます。


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37話 第二次侵攻 後半戦

 

 二次侵攻開始からどれだけ経ったか、元は四番隊の隊舎であった場所は臨時の救護施設にかわっているが、そこには耐えず負傷者が運び込まれている。中にはもう助からない者も、すでに事切れた者もいる。

 

 だがそれを悔やむ時間はない、悔やんでいては救える命が救えない。だからこそ、副隊長として虎徹はここで檄を飛ばし続けているのだ。

 

 事態は劣勢、だがそれでも希望はある。

 

「戻ってこられたんですね」

 

 そんな希望の1人が、檜佐木を抱えてやってきていた。

 

「状況は良くなさそうだな」

 

 阿散井恋次、上に運ばれ戻ってきた六番隊の副隊長だ。しかし、その霊圧はもはや副隊長どころか、以前の彼すら圧倒するものとなっている。

 

「はい、既に隊長が2人亡くなりました。被害も少なくなく、中でも吉良副隊長は重体で……」

 

「吉良……あの野郎、無茶しやがって」

 

 状況が良くない事は彼も理解している、だがここまでこの戦場を保ち続けている事も分かっている。自身の友人でもある吉良が卍解により命を投げうつ事も厭わなかったのも、いや彼だけでなく皆が命をかけて戦っているのを分かっている。

 

 だが感傷に浸る時間もない。到着して間もなく、彼は行く。ただ傷を治すためだけに上に行ったのではないのだ、ただ遅れて戦場へ来たのではないのだ。

 

「阿散井副隊長……お願いします」

 

「心配すんな、その為に戻ってきたんだよ」

 

 滅却師を倒す為、仲間の為に帰って来たのだ。

 

☆☆☆☆☆

 

「この戦いに散った者達の無念、晴らさせてもらう」

 

 ルキアは恋次に檜佐木を託し、この場に立っている。無論檜佐木が重傷であったというのもあるが、単独で立つのは自分自身の手で滅却師を討ち取るという覚悟があるからである。

 

「ほう、ワガハイに勝つとはホラを吹くのは悪党の特権だったか!」

 

 袖白雪の冷気が漂い、世界を白く染め上げていく。それが何を意味するかは滅却師には分からないだろう。瞬間、マスクの全身が凍り始める。

 

「き、貴様この氷……!?」

 

 始解の状態で、力の差を見せつける。

 ただ凍る体を見て戸惑っているようだが、手遅れだ。いくら星十字騎士団の精鋭滅却師であっても、氷像となればそう簡単には溶ける事はない。2000人の死神を擁する護廷十三隊の副隊長は甘いはずがない。

 

 しかし、簡単ではないのはお互い様である。

 

「がんばれがんばれ、スーパースター!」

 

 ルキアが氷結できる範囲は氷輪丸という最強の一振りと比べれば範囲が狭い。あくまでも彼女の斬魄刀は氷結能力が主たるものではなく、付随されたものであるという事もあるが、射程外からの歓声は目に見える変化を発現させる。

 

「ふむ、少し寒さかったがもう問題ないな! ナイスな応援だぞジェイムズ!!」

 

 氷像となっていた滅却師、マスクは氷を破っていた。いやむしろ氷に対する耐性でも付いたのか、まるで効いている様子ではない。

 

「なるほど、よく理解した。纏めて倒すのが良いというのもな」

 

 ここで朽木は檜佐木副隊長の残した言葉の意味をようやく理解する。あまりに隙だらけであったので大男から凍らせてしまったが、逆説的に子分を倒せば氷結はいくらでも可能だろう。

 

「喰らえ、スター・イーグル・キック!!」

 

 しかし、やはり目の前の相手は邪魔をしてくる。これをいなしながら子分を仕留める事は不可能ではないが、好都合であったのでルキアはそのまま蹴りを片手で受け止めた。

 

「私に触れるのは、やめておいた方が良い」

 

 瞬間、斬魄刀で触れてもいないはずのマスクの足が凍り始める。

 

「ワガハイの足が凍るだと!?」

 

 マスクは素手で攻撃を防がれてしまったが、それは別に驚いてはいない。それよりも凍りついた事に驚いている。彼の聖文字、Sのスーパースターは際限無くパワーを上げていく能力であるがそれは耐性という意味でも強化されていく。

 

 簡単に言えば、同じ攻撃では倒されない。

 

 先程と同程度の氷結能力であれば凍らされる事もないだろう、それはつまり彼女の氷は先程よりも強力である事を示している。

 

「私の斬魄刀、袖白雪は切先から冷気を放つ斬魄刀だと考えていた。しかし、それは違う」

 

 氷輪丸の完全な下位互換、いや氷結系の斬魄刀ならそう言われても仕方ないがその本質は異なる。どの斬魄刀にも系統が同じでも、全く同じ能力という事はない。

 

「私自身の体温を絶対零度にまで操る斬魄刀だ、そして心せよ……これから見せるのが、本当の袖白雪だ」

 

 ルキアの体温は氷点下、分子が完全に静止する絶対零度にまで下げられる。耐性がついたはずのマスクの体が凍りついたのはその影響である、そしてその力はまだ全てではない。

 

「卍解」

 

 瞬間、マスクどころかその子分であるジェイムズすら巻き込んで白い冷気が辺りを包んでいく。始解の時は異なる範囲と冷気の奔流、すぐにマスクは察した。

 

「ジェイムズ!! ワガハイは絶対に凍らないようなスターで……!?」

 

 ただ、その判断は遅過ぎた。

 

白霞罸(はっかのとがめ)

 

 卍解は基本的に2種類で分けられる。斬月のように圧倒的な速度という特異的な能力が新たに発現するタイプ、そして氷輪丸や千本桜のように既存の能力が圧倒的に拡張され発現するタイプ、袖白雪は後者にあたる。

 

「やはり、まだまだ扱いきれんか」

 

 辺りを瞬間的に凍結させたルキアはゆっくりと卍解を解く、まだ会得して日の浅すぎるそれは扱いを間違えれば全身が砕け散るだろう。

 

「だが皆が繋いだこの戦場で、甘えてなどおられぬ」

 

 ただ、敵対した滅却師を子分ごと粉砕する事は造作もなかった。

 

☆☆☆☆☆

 

 五番隊隊長、平子は優秀な死神だ。斬魄刀、逆撫は少々尖った能力を持っているが、時と場合を選べば敵を一方的に倒す事もできる。

 

 だが、真に優秀であるのは戦況をしっかりと考え駒として自分を動かせる事だろう。

 

 そんな彼は今、戦場を駆け回り続けている。

 

「アホ過ぎるな、ホンマ……」

 

 滅却師、BG9とは相性が悪過ぎた。サイボーグという逆撫の天敵とも言える存在は卍解が有効に働けない相手でもあり、千本桜が奪われていた時はギリギリで命を繋いでいた事が奇跡であった。

 

 しかし千本桜が無くなろうと、これを野放しには出来ない。故に平子が取ったのは時間稼ぎ、他の隊長や副隊長で手が空いた者に任せるという事だ。

 

 これに関しては策として悪くはなかった、というよりも最悪なのはこの滅却師を野放しにした時の被害が果てしなく大きいと考えていたからだ。

 

 実際、卍解レベルの火力が無ければ勝てない。それだけ硬いというのもあるが、複数で組まれた時に厄介な存在になると考えたのだ。近遠距離を自由に戦えるだけでなく、機械故に正確な性能はどの敵でもどの味方でもマッチして動ける。

 

「体力は尽きた筈だ、五番隊隊長平子真子」

 

 ミニガンのような文明的な武器は容易に遮蔽物ごと平子の体を貫いてくる。

 

「(っ、もう……足が言う事聞かへん)」

 

 そして唯一の懸念として、死神側が劣勢であった事がある。すなわち援護が来ないのだ、敵は感知し追い詰めてくる存在ゆえに絶対に勝てない鬼ごっこを強いられていたのだ。

 

 全く抗う事ができないというわけではない、ただじわじわとなぶり殺されていくだけだ。

 

 だが、もはや限界どころではない平子はまた立ち上がる。

 

「機械でも頭あるんなら分かれや、体力が尽きた程度で……隊長は止まらへんぞ」

 

 1秒でも稼ぐ、1秒でも生き延びればその分だけ他の負担を減らせる。玉砕覚悟で突撃する余裕なんてない、あとはみっともなく死ぬまで逃げるだけである。

 

 だが無駄ではない、これまで逃げた事で十分に戦況に影響を与えている。十分な仕事をしただろう。

 

「朽木隊長の卍解は、戻ったみたいだな」

 

 だからこそ、間に合った。弾丸の雨は平子に襲い掛かる前に、それは全て蛇腹刀によって叩き切られている。

 

「恋次、遅いねん……良いタイミングやでホンマ」

 

「すいません、平子隊長。大丈夫ですか?」

 

「アホか、どこをどう見たら大丈夫に見えんねん……さっさとアレ倒してまいや」

 

 卍解を封じられ、多くの死傷者を出していた護廷十三隊の戦力では拮抗する事すら難しかった、だからこそそこから離れていた個の力はまさしく平子の求めていた援軍であった。

 

「六番隊副隊長阿散井恋次、貴様のデータは既に掌握している」

 

 霊王宮にて治療を受け、復活した阿散井恋次がそこにいた。四番隊に檜佐木を届けていたが、即座に戦場へ駆け付けていた。

 

「残念だが、そりゃこの前までの俺だろ。今の俺じゃそんなの意味ねぇぜ」

 

 両軍に共に疲弊する者が多く、戦死者も大きく出ている。だからこそここから先は真の意味で強者しか残る事は出来ないだろう。

 

 第二次侵攻、後半戦が始まる。





◯朽木ルキア Vs ●マスク・ド・マスキュリン
●平子真子 Vs ◯BG9
阿散井恋次 Vs BG9


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38話 双王


ゆっくりですけど完走する予定です。



 

 サイボーグであるBG9はかなり滅却師としては異端な存在だろう。人間の上位種である滅却師は人間であるのが前提だと思われていたが、その概念を歪めている存在だ。

 

 だが滅却師の術も矢も使えるのだから、滅却師としかあらわせないだろう。

 

 そんな存在と帰還した阿散井恋次は──

 

「これが、今の恋次の力かいな」

 

 互角以上の戦いをしていた。以前とは見違えるほどの力を放っている、藍染と戦えるように修行した時よりもその力の伸びは遥かに大きい。それだけ霊王宮での修行は影響が大きかったのだ。

 

 特殊な空間で最高峰の死神からの手解きを受けて伸びないわけがないのだ。

 

 容易に弾丸を避けると、振りかざされた拳すら受け止めて殴り飛ばしている。

 

「データのアップデートは終わったぞ」

 

 ただそんな恋次を前にしても、BG9に焦りはなかった。その答えは、すぐに出る。

 

「ち、もう止めてくんのか」

 

 BG9は阿散井恋次の事を脅威とはカケラも認識していない。それは前回負かした相手というのもあるが、あくまでも前回得たデータとは異なりはしてもそこから成長を計算しているからだ。

 

 力とは成長する、だが極端な変化は起きないものだ。元の個人の性質は変わらない、力が増しても特徴的な動きはそう変わる事は無い。ゆえに推測する事は出来る。

 

 だからこそ、恋次の攻撃を受け止め始めたのだ。まだデータとの齟齬があるのかは分からないが、徐々に攻撃は受け切られてきている。純粋な破壊力でもなければサイボーグと滅却師の防御術ゆえに壊せないのだ、だからこそBG9という滅却師は星十字騎士団に名を連ねているのである。

 

「そう言えば、まだお前が取れてないデータがあるぜ」

 

 しかし、それで勝負が決まるほど阿散井恋次の進化は柔ではない。

 

「卍解狒々王蛇尾丸(ひひおうざびまる)の事か? それならばデータは取れている、今からどれだけの成長をしようとも計算内だ」

 

 だがそれでもBG9の自信は揺らがない。何故なら傲慢さなどとは無縁のデータによって裏付けされた確実な事実であるからだ。過去に起きた朽木白夜と阿散井恋次の戦いなどで卍解のデータは十分に集まっている、故にBG9は負ける事はない、そう確信するのは自然な事である。

 

「よーく見てやがれ、卍解」

 

 だからこそ、想定の範囲外からのデータに上書きされてしまうのは想定出来ない。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 霊王宮、そこで得られる経験は大きかった。僅かな期間でありながらも、身も心も何もかもが変わった、そうなるだけの重みと環境があったのだ。

 

 そして何よりも、零番隊に彼がいた事が大きかった。

 

「恋次よ、言いにくいのじゃが……それは真の名前ではないぞ」

 

「は、えぇ!? いや……現に卍解はできて」

 

 兵主部一兵衛、特記戦力の1人にも数えられている彼の存在は上に上がった死神、特に恋次への影響は大きかったのだ。

 

「嘘の名ではない、がまだ半分のみじゃ。まだ名は残っておる、その名しか教えておらんという事はまだお主を認めておらんという事じゃろう」

 

 この事に気付ける存在はそれこそ和尚、もしくは斬魄刀を作った二枚屋王悦だけだろう、でなければ気付けない。現に持ち主の恋次ですら卍解は会得し切ったものと認識していたのだから。

 

「そんな、今迄戦って来て……信じてもらえてねぇのか」

 

 これから滅却師との戦いも控えている、なのに自分はまだまだ実力不足だと己の斬魄刀から言われてしまっているのだ。強くなる為に、守る為に戦ってきた恋次にとってその衝撃は大きい。

 

 つまりいつ来るかも分からない滅却師が来るまでに、何とか名前を聞き出さなければならないのだが。

 

「そんな訳で、これからお主に蛇尾丸の真の名を教える」

 

「今の流れでか、ウソだろ……」

 

 正攻法とはとても言えない方向からその名を聞こうとしていた。

 

「わしは霊王様から『まなこ和尚』という名を頂いておる」

 

 しかし、そんな事が出来るのは彼だからである。

 

「真の名を呼ぶと書いて『真名呼和尚』じゃ。斬魄刀もわしが名付けた」

 

「っ!?」

 

 零番隊とはこの尸魂界で何かしらの功績を持つ者だけがその名に連ねる事が出来る。二枚屋王悦が斬魄刀を作り上げたように、和尚は尸魂界の歴史に名を残した上で霊王に認められてここにいる。

 

「卍解も、始解も、この尸魂界の全ての事象はワシが最初に名付けた。王悦から浅打が死神の手に渡った時には、その名も知っておる」

 

 いや、もはや彼にしか出来ない偉業である。名をつけるというのはただの力とは違う、名をつければ存在を固定する事ができる。あやふやなものを固定化する、世に共通の認識として作り上げる。そんな力を只人が持つはずがない。

 

 そしてそれに留まらず名を付けて封じる事も、名を付けて塗り替える事すら出来てしまう。

 

 それこそが、彼の存在の力である。

 

「まぁ、最近の一部は名付けておらんのじゃがな。名をつけるだけの力を持ってしまった故に、付け直すのも忍びないしのう……」

 

 ただ恋次はあまりに目の前の存在の大きさに空いた口が塞がらないようだ。ただただ驚嘆するしかない、それぐらいの事は恋次でも分かるのだ。

 

 そして、何故これから名を伝えられるのかの真意も。

 

「恋次よ、その蛇尾丸の本当の卍解の名を今からおんしに教える。おんしはその名を呼べるように蛇尾丸へその力を認めさせろ」

 

 滅却師が来るまでの僅かな時間、間に合うかどうかすら分からない短期間、その時間で和尚はやれというのだ。

 

「今、ここで」

 

 それをやる覚悟は、とうに決まっていた。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 恋次の霊圧が膨らみ放たれると、収束していく。

 

「卍解 双王蛇尾丸(そうおうざびまる)

 

 今迄の卍解が巨大な傀儡の蛇を操る大味なものだったものと異なり、新しい卍解は小さく纏まっている。しかし小さく纏まっている程度ならば警戒は緩まない、何故なら小さくなろうが卍解とは力の塊である事をBG9はデータから理解しているからだ。

 

「形状が既存データと異なる、肩部などに名残はあるようだが卍解そのものが形状が変わるような物ではない、有意義なデータが取れそうだ」

 

 何かしらの仕掛けがある、そう見抜いた上で全ての感覚危機を解放する。今迄の卍解とは何かが違う、しかしその真価は余程な事でもなければ大きく変わらないものだ。

 

 だからこそ成長したとしても、逆算して力量を予測する事は可能だろう。

 

「狒々王」

 

 ただし、その甘い認識は自身の腕を粉々に砕かれてから改めざるを得ないだろう。

 

「そ、損傷……!? 情報の上書きが」

 

 確かに卍解は大きく変わるものではない、仮に斬魄刀の真価を見直す事があるとしてもそれは始解の段階である。卍解まで見直す事は早々ない、でなければ斬魄刀に認められる以前の話である。

 

 見直しより効率良く使う場合はあれど、形態が変わる事はそうあるものではないのだ。

 

「オロチ王」

 

 そして滅却師の防御術や機械の頑強な体すら刃は貫抜いている、新たに聞いたオロチ王が加わった事で単純な計算なら阿散井恋次の卍解は倍程の存在となっているのだ。

 

「最後にこれも覚えとけよ、双王蛇尾丸」

 

 地獄など機械であるBG9にあるかはわからない、だが土産として、負けた過去を払拭する為、仲間たちの仇を取る為に、己の一撃をぶつける。

 

「『蛇牙鉄炮(ざがてっぽう)』!!」

 

 咬合は一瞬にしてBG9を燃えカスにした。機械だったのかすら分からない人型のそれは、尸魂界の風にさらわれて消え去っていく。

 

「データ不足だぜ、次はもっと勉強してきな」

 

 勝者、阿散井恋次。

 

 ☆

 

 今回の侵攻により瀞霊廷は作り替えられてしまった、地の利をを完全に失い敵は内側から侵攻してきたのである。そしてそれにより最も被害が大きいのは四番隊と十二番隊である。前者は治療の為の器具や設備が消え去り、後者は分析や連絡など護廷十三隊を潤滑に動かす為の機器が消え去った。

 

 だが、十二番隊の機能は停止していない。

 

「霊圧が収まっている、どうやら阿散井恋次も勝利したみたいだね」

 

 滅却師、見えざる帝国は内側から来た。それは影に身を潜めていたからである。故に誰も気付かなかった、遮魂膜を破ってどう現れたかと考える者では意表を突かれただろう。

 

 だがそれを見抜いた涅マユリは影を一つもなくした空間を作る事で自身の領域を守っていたのである。最初にやって来た星十字騎士団の滅却師も涅を警戒し退散しているほどだ。ただ廷内全てから影を無くすような時間はなかったが、十分に十二番隊は機能している。

 

「それで、いつまで居座るつもりなのかな」

 

 そしてそんな十二番隊に、隊士以外の者が混じっている。

 

「いやー、私は何かしようにも奴さんの出方次第ですし。ただ現状としては……ユーハバッハと隊長2人を仕留めた滅却師以外は、何とかなりそうですからね」

 

 浦原喜助、元は十二番隊の隊長である彼が何故かここにいる。いや来る事は難しくない、いつでも侵入できるだろう。ただ何をするでもなく、ここにいる。

 

 一応涅と共に十二番隊を襲いに来た滅却師、Vのグエナエル・リーを撃破している。全く何もしていないというわけではない、しかしそんなのは些事である。

 

 この1人でも戦力が欲しい状況において、何もしないでいるのは不自然としか言えないだろう。

 

 だが涅はそんな事を嫌味で言うが、ここにいる理由は分かっている。

 

完現術者(フルブリンガー)か、確かにまだ研究出来ていない領域だね。非常に興味をそそる」

 

 浦原喜助、特記戦力である彼は未知数の策略を警戒されている。ここにいるのは備える為であり、自分が戦うのと備えるのとを天秤にかけて備えた方が良いと考えているからこそ、ここに居る。下手に動く事は隙を作る事であり、自身を敵にとっての脅威と正しく認識している彼はまだ動かない。

 

 そして備えとして共にいるのは、マユリとは縁の薄い者達だ。

 

「是非、今すぐにでも解体してみたいところだが……私としてもまだ片付けなければならない厄介方があるのでね」

 

 銀城と月島、既に死人である完現術者の2人だ。浦原喜助と現世の完現術者は繋がっている、死人である彼等と繋がっていても不思議ではない。実を言えば他にグリムジョーといった破面も呼んでおきたかったのだが、ウルキオラから虚圏を守るよう頼まれているので断られている。

 

 だが何かあればこちら側に手助けに来てもらえるように手筈は整えている。

 

 実際にグエナエルは月島が対象に挟み込んだだけで圧倒している。ここに来たその滅却師は不幸としか言えなかっただろう。

 

「丁度いい、君達も手伝いたいんだろ? 後で好きな戦場を紹介しよう」

 

「手伝う?そんな気前の良い事があるのかな、僕達を調べるついでじゃないの」

 

「浮竹に会いに来たんだぞ、俺は」

 

 ただ少なくとも、ここで仲良くは出来なさそうである。




◯阿散井恋次 Vs ●BG9
◯涅マユリ他 Vs ●グエナエル・リー


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39話 怪物の帰還

 

 侵攻から時間は経っており、多くの死神が命を落としている。だが護廷十三隊の底力と隊長副隊長の尽力により、戦況は少しずつ死神側へと傾き始めている。

 

 そんな中で二代目護廷十三隊総隊長である卯ノ花は、総隊長として戦っていなかった。いや正確に言うならば、1人の隊長として敵と相対していたのである。

 

 星十字騎士団のリーダーである滅却師、それを指揮を取りながら相手取る程容易な敵ではないと分かっていたからだ。

 

 そしてそんな戦いも長く続いており、決着も近かった。

 

「私の盾が受けた不幸は、貴方により大きな不幸として天秤が傾きます」

 

 ユーグラム・ハッシュヴァルトは気付いていた、途中から異様に攻撃が緩くなっていたと。前回のユーハバッハとの戦いや、四番隊としてフル稼働していた疲労によるものかとも考えていたが、それにしても緩くなっていた。

 

 だからこそ気付いた。

 

「回道の抜け道、盲点ではあっても……私自身を傷つければ良いだけの話です」

 

 その理由は過剰回復による毒殺という手法だと看破したのである。幸運すら振り分けてしまうハッシュヴァルトの能力により不幸しか受け止められない盾をすり抜けてきたのだが、自身を意図的に傷付け不幸にする事でその幸運を打ち消すだけでなく、その不幸すら卯ノ花にぶつけていた。

 

 正攻法で戦う卯ノ花にとって、この滅却師との相性は悪くはない。正攻法からかけ離れた邪道ほど、この滅却師は何とでもできるだろう。それだけこの能力は異質であり、強力過ぎる。

 

 しかし卯ノ花が敵わないのは不幸を振り分けてきた事だ。斬魄刀による攻撃は霊子は当然影響する、それを完全に消すことなぞ誰にも出来ない。

 

 そしてハッシュヴァルトは最初は跳ね返せていなかった剣術による攻撃すら、跳ね返し始めていたのである。慣れてしまったのだ、霊子の関わる事象の大小すらもはや彼には関係ない。

 

「どうやら、傷を治す余裕すら無くなってきたようですが」

 

 そして卯ノ花は逆にズタボロにされている。治癒はしているので致命傷は受けていないが、時間の問題なのは明らかであった。

 

「まだですよ、ここからじゃありませんか。卍……」

 

 だからこそ、最後の切り札を切る時と判断したのだろう。彼女の斬魄刀が黒ずんで行くのとほぼ同時に

 

 ズガァンッ! 

 

 ーー大層な音を立て壁を打ち抜きながら、戦いの場に乱入者が現れた。

 

「なんだあ、随分としょぼくれた戦いしてんじゃねぇか」

 

 粉塵の中にはその当事者の声が響いてくる。今の今まで驚異的な体の強さと回復力により眠っていた猛獣が、そこにいた。

 

「更木隊長……私の弟子、萩風はどうでしたか?」

 

 更木剣八、十一番隊長の隊長にして滅却師侵攻前まで萩風と斬り合いをしていた滅却師にとって特記戦力として恐れられている死神だ。

 

 本来ならば力の封をしてしまった卯ノ花本人が直々に剣術の指南をするところであったが、どうやらその封は取り除かれている様子だ。元から萩風が生きて帰って来たのは知っているので、仕事をしてくれたのはわかっていたが、その仕事ぶりには十分満足できそうだ。

 

「次やる時は、こいつと一緒だからな。もっと愉しめると思うぜ」

 

「ええ、愉しめると思いますよ。何と言っても、私の扱きを耐え抜いた……たった1人の死神ですからね」

 

 ならば、ここで出来る仕事は終わりだ。卯ノ花はあえて回復していなかった体を治し、そのまま外に向かう。

 

「この場は貴方に任せます、頼みましたよ」

 

 その言葉を最後に、彼女は出た。

 

「そう易々と行かせ……っ!?」

 

 同時にハッシュヴァルトもまた、外に向かおうとするがそれは振り下ろされた斬撃により容易く遮られる。

 

「おい、無視する事はねぇだろ。てめえの相手は俺だ」

 

 どちらの勢力においても指折りの使い手、その戦いが始まる。

 

 ☆

 

 時間が経てば経つほど、負担が大きくなる部隊がある。前回の侵攻による被害は軽微であったが、その代わりに大量の負傷者を抱え、大量の薬剤や輸血液を使い、遂には残り少ない資材と機器を失った部隊がある。

 

「虎徹副隊長! 負傷者の数が……」

 

「医療機器までは求めません、布団だけでも掻き集めてください!」

 

 四番隊は隊長が不在だ、上に行ってしまったからである。総隊長として働く卯ノ花を頼る事も出来ない。ここの指揮は全て虎徹勇音に任せられている、そんな彼女がフル回転しても四番隊は回っていない。

 

 隊長達の霊圧が著しく下がっている事は分かる、まともに戦える隊長格は数人だろう。既に3,9番隊の隊長は死亡し、2,13番隊の隊長は重症の状態で運ばれており、5,7番隊の隊長は霊圧を感じ取れない。4,6番隊の隊長が上にいる事を考えれば、残っているのは総隊長を含めて数人だろう。

 

 副隊長でも2,3番隊の2人が運ばれており、他の者達も無傷というわけではない。

 

 そして隊長や副隊長でそうならば、隊士達の被害は凄まじいものとなっている。全体的に護廷十三隊の死神そのものが減っているのだ、だからこそ戦っているものは霊圧を放っているので分かりやすい。

 

 しかし、そんな状況で味方の近況を知れるだけのはずがない。

 

「な、なんだ!?」

 

 護廷十三隊において唯一被害が軽微であった故に死神が多くいる、そして運び込まれてくる負傷者の霊圧も集まり、それは感知されてしまったのだろう。

 

「滅却師……!!」

 

 壁どころか臨時の救護拠点としていた建物を吹き飛ばし、4人の滅却師が現れる。全て女性に見えるが、星十字騎士団のメンバーならそれだけの情報で誰かは分かるだろう。

 

「死に損ないがいっぱいいるわね、だけど……ちっ、あの副隊長いないじゃない」

 

 バンビエッタ・バスターバイン、以前の侵攻で四番隊隊舎にて萩風と戦い敗れた滅却師の1人だ。他の3人は彼女について来させられたバンビーズのメンバーである。

 

「檜佐木副隊長、その体では!!」

 

「そんなのは分かってる! 言う暇あったらさっさと怪我人連れてここを出ろ!」

 

 比較的、傷の浅い檜佐木は直ぐに始解した風死を手に皆の前に立った。砕蜂や吉良など下手をしなくても命の危険のある者は前に立てない、それに彼らは大なり小なり滅却師に打撃を与えている。

 

それならばまだ誰一人として倒せていない檜佐木が前へ立つ事に、躊躇はなかった。

 

「浮竹隊長!!」

 

 そして浮竹もまた、前に立つ。彼は元々体が強いわけではない、滅却師との戦争が始まってからも体調が良くない状態であり、そんな中で隊長として戦場に立っている。

 

 運び込まれた時も周りを庇い攻撃の大多数を受けて気絶してしまったのだが、砕蜂に比べれば傷そのものは大きくない。ただそれでも、星十字騎士団を4人も相手できないのは自分自身が一番わかっている。

 

「皆が踏ん張っている今、俺だけ休んではいられない」

 

 しかし、隊長としてここで立たなければならないのだ。そして2人に続いていくように、怪我人の隊士達が刀を手に前に出ていく。

 これが護廷十三隊の意気である。だが四番隊の隊士達はそんな事よりも体が悲鳴を上げている事を治療をしていたからこそ分かっているのだ、2人が前に出た事を静止したい気持ちも強い。

 

 仮に静止できるとしたら、副隊長である虎徹だけだろう。しかしそんな事が出来ないのを彼女は百も承知である。

 

「その体で卍解をすれば処置できる保証はありません……御武運を!!」

 

 虎徹は隊士達を負傷者と共に連れて行く、戦場となるここから離れなければならない。そのために彼らは立ち上がっているのだから。彼女自身残りたい気待ちはあるが、今の彼女は副隊長であり現四番隊の隊長の代わりも務めている。

 

それこそ彼らの思いを無駄にするだろう。

 

「さっきボコボコにしたのに、勝てると思ってるの?」

 

「勝てる勝てないで、刀を握った事はないかな」

 

 戦争はまだ、終わりが見えない。





更木剣八 vs ユーグラム・ハッシュヴァルト

浮竹十四郎&檜佐木修兵
     vs
バンビエッタ・バスターバイン&
ミニーニャ・マカロン&
キャンディス・キャットニップ&
ジゼル・ジュエル


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40話 残存戦力


護廷十三隊 余力(怪我人含む)

1番隊 隊長
4番隊 副隊長
5番隊 隊長 副隊長
6番隊 隊長 副隊長
8番隊 隊長 副隊長
10番隊 副隊長
11番隊 隊長 三席 五席
12番隊 隊長 副隊長
13番隊 副隊長

計15名


 

 更木剣八の能力について、未知数の力が脅威であった。卍解を持たない唯一の隊長にして、その力の底が常に見えない。そんな存在であったからこそ滅却師は警戒していた。

 

 しかし、ユーハバッハ(正確にはユーハバッハを真似たロイド)との戦いに敗れ、その脅威は過大評価であったと認識されている。事実その戦いをハッシュヴァルトは隣で目にしていたのだから、その力量はある程度把握している。

 

「あ、なんだ。さっきから傷が増えやがる、あいつもこれをやられてたのか」

 

 そしてその上で、ハッシュヴァルトは下手を打たなければ負ける事は無いと考えている。慢心ではない、堅実に戦えば勝てるのが分かるのだ。

 

「幸運だな、更木剣八」

 

 ひとえに、その能力の特異性がそう確信させる。

 

「今の私の攻撃を防いだ幸運、平等な不幸としてお前に降り注ぐ」

 

 ハッシュヴァルトの能力『世界調和』は不幸を振り分ける。幸運すら振り分ける事は出来るが、不幸を振り分けるというのが鍵である。

 

 どんな攻撃を防ごうと、それは更なる不幸として無効化できない攻撃として降り注ぐ。どれだけ相手の腕前が良かろうが関係ない、しかし不幸ては平等でありハッシュヴァルトにも降り注ぎはする。

 

 だが、それは全て『身代わりの盾(フロイントシルト)』により肩代わりされる。

 

 攻撃をしようともダメージは返ってくる一方で、攻撃をされればいつか必ずダメージを負う、普通にやれば絶対に勝てないのがこの能力である。

 

「そして私はこの盾が全てを受け止める、貴様の攻撃が届く事は……っ!?」

 

 だが、そんな非常識な存在であろうと彼には関係がなかった。

 

 ハッシュヴァルトが説明しいかに自分が優位に立っているかを話した次の瞬間には、身代わりの盾は一刀両断されていた。

 

「おいどうした、そんな板割られてはしゃぐなら準備運動にすらならねぇぞ」

 

 身代わりの盾はその性質を体現する為に、強固に作られている。それを壊すとなれば時間はかかる上にその過程で盾に溜まった不幸すら振り分けられてしまう。

 

 だからこそ盾を破壊するのは不可能であったのだが、この怪物は一太刀でその理不尽を破壊していた。

 

「なぜだ、この盾を切り裂く力など以前の貴様には……!」

 

 仮に壊すと考えても、その不幸が現に更木へと返ってダメージとして出ている。しかし、そんな事は彼には関係ないのだ。

 

「何言ってんだ。俺に切れねぇ、物は無え」

 

 更木剣八という怪物は前回と違い、手加減という言葉が辞書に無いのである。

 

 ☆

 

 即座にハッシュヴァルトは自身の考えを捨てた。前回の戦いで目を開くまでもなかった陛下に圧倒された死神ではないと、これが特記戦力たる所以であると。

 

 正確に測ったつもりであった、しかし測れないがこの存在。ならば、ハッシュヴァルトが取る手は一つしかない。

 

神の眼差し(ミライスオス)

 

 滅却師完聖体、ハッシュヴァルトもその能力は当然扱える。星十字騎士団の団長であり、陛下であるユーハバッハの側近である彼ならば使えて然る能力だろう。

 

 全身が光に包まれ、天使の様に羽が生えたその姿を見れば滅却師という人の枠組みすら超えた存在とも感じられる。

 

「これを、使う気などなかった」

 

 しかし、そんな力を使わなかったのには理由がある。

 

「おう、ちゃんと楽しめそうな事も出来んじゃねーか」

 

 更木は早速先程まで楽しめなかったハッシュヴァルトに斬りかかる。手加減などはない、ハッシュヴァルトの盾を叩き切った破壊力はその身を切り刻めないわけがない。

 

「この私の力は、我々滅却師側が劣勢であればある程に力を持つ」

 

 だが、何故か切り裂けなかった。盾より硬い体を持つならば盾など必要ない、にも関わらず更木の剣は傷一つハッシュヴァルトにつける事は出来ていなかった。

 

 同時に、更木の刃を体ごと吹き飛ばす。

 

「今の私は、貴様らの享受した幸運の分だけ力を増す事が出来る。戦局をひっくり返す力だ、楽しむ余裕なぞアリはしない」

 

 ハッシュヴァルトの能力は均等化する力、それを個々の間ではなく群の力としてとらえて扱える様になったのがこの力である。死神側が少しずつ優勢となり滅却師の犠牲者が多くなっている今だからこそ、使える力である。

 

 つまり、追い詰められなければ使えない力なのだ。今迄、卯ノ花や更木に手を抜いていたわけではない、ただ使えなかっただけなのである。

 

「刀が通らねぇとは、随分とそっちは劣勢みたいじゃねーか」

 

 ただ、それは滅却師側がキツイ状況である事を示している。ユーハバッハは戦場に出ていない関係上、まともな戦力は限られているのだ。その分だけハッシュヴァルトは強くなっている。

 

 防御力、破壊力、速度、反射、滅却師としての技量、そのどれもが戦局を覆すに値する能力だろう。

 

 ただしそれは、相手が更木剣八でなければの話である。

 

()め 野晒(のざらし)

 

 突如として、更木の斬魄刀が変化した。巨大ない鉈のようにも見えるそれは、更木の体よりも大きい。そしてそれを一凪した瞬間──

 

「な、んっ!?」

 

 ハッシュヴァルトの体に深い切り傷を刻んでいる。

 

「俺をやるには、まだ足りてねぇみたいだがな」

 

 特記戦力更木剣八、彼の底はまだ誰も分からない。

 

 ☆

 

 滅却師と死神との戦い、少しずつ死神側が盛り返して来ている一方で圧倒的な蹂躙をする滅却師が1人いる。

 

 グレミィ・トゥミュー、既に2人の隊長を屠った滅却師である。本来であれば封印されるだけの危険度のある存在であり、この戦場において会う事そのものが不運と言える。

 

「んー、よく寝た。次の隊長探しに行かないとなぁ」

 

 そして一度休憩を挟んだ彼は、周りの霊圧を探っていく。至る所で戦闘が起きており、隊長格らしき者もいくつかいる。あくまでも彼の目的は死神の殲滅ではない、それはついでなのだ。

 

「行くならどこに……」

 

 そして自身に対して、超える者はいないという絶対的な自信を持っている。それは戦った隊長達を見た客観的な事実であり、これと対峙して勝つ方法などそう簡単には浮かんでこない。

 

「誰かな、隊長さん?」

 

 そんな滅却師を相手に、1人の死神が立つ。

 

「護廷十三隊八番隊隊長 京楽春水だよ。随分と暴れてたみたいだね」

 

「僕はグレミィ・トゥミュー、よく見つけたね」

 

 グレミィが振り向くと、そこにはどこからともなく現れた1人の死神、周りに部下らしき者どころか周囲には死神らしき霊圧も感じられない。口振りから察するにグレミィが隊長を2人倒しているのを分かっていてここに来ているようだが、それを分かった上で単独で来るという事は余程の存在である事が察せられる。

 

「更地を作ってその真ん中に寝てるんだから、隠れる気なんてなかったんじゃないの?」

 

「分かってるなら、不意打ちでもしないの?」

 

「そういう相手ほど、易々と首は取らせてくれないからねぇ」

 

 そして驕りや甘え、そういった物を感じない。警戒をしていたのは正解だろう、この相手には常識というものは通じない。だからこそ常識と違ったルールで戦う彼が来たのだろう。

 

「そうだ、隊長さんなら分かる? 黒崎一護と萩風カワウソ、あと滅却師のリルトット・ランパードがどこにいるかさ」

 

「知っているとしても、タダで教えるわけにはいかないよね。他の隊長達もそうだったでしょ?」

 

 そう言われ、グレミィも「確かにね」と答えると京楽に対して初めて正面から向かい合った。

 

「なら遊んであげるよ」

 

「遊びは僕の得意とする所だよ」

 

 遊びで済まない戦いが始まる。

 

 ☆

 

 臨時救護拠点、そこを襲って来た滅却師の数は4人。更にその戦闘が呼水となり、2人も増えたので計6人の星十字騎士団が襲っていた。それと相対した護廷十三隊副隊長の檜佐木、隊長の浮竹を含む隊士達は無惨に散っていた。

 

「あー、雑魚ばっか! フラストレーション溜まりまくりよ!」

 

 四番隊を逃すので精一杯、息があるのは檜佐木と浮竹だけであり他の隊士達は命を落としている。いや命を落としているだけではない、もっとそれは惨い結果となっている。

 

「(六車隊長に鳳橋隊長まで……)」

 

 滅却師の1人が隊士達をゾンビ化させたのである。更に怪我人を運ぶので精一杯であった四番隊が残した死体すら、敵に利用されてしまっている。

 

 特に隊長であった2人の死体は圧倒的であり、ただでさえ余裕のない2人では対処できるはずもなかった。

 

「どうするの? また追いかける?」

 

「めんどくさいわね、今度は逃げられないようにあいつの部下っぽい奴だけ残してぶっ殺す事にするわ」

 

 もはや立ち上がることすら出来ない、殺してないのはただの気まぐれであり、抵抗の出来ない事を分かっているのだ。現に腑が煮えくりかえるような話し合いに、2人は口を開く事すら難しい。

 

「なら、この2人は?」

 

「好きにしなさいよ、ゾンビにしちゃえば?」

 

 そう言われたゾンビ使いの滅却師は「よかったー、憂さ晴らしに壊されたら大変だったからねー」と、陽気な様子で2人に寄ってくる。浮竹達は目にしている、敵の血を触れれば最後、体は言うことが聞かなくなり操られるがままにされる事を、自意識など消え去る事を。

 

 ただ倒されるだけでなく敵の手駒とされてしまう、これほど無力さを感じる事はない。

 

「散れ、千本桜」

 

 ただその歩みは、突如として舞う桜色の波に押し流される。

 

「戻ってみれば、てめーら暴れ過ぎだろ」

 

 四番隊と怪我人を逃す為に戦っていたのだ、当然敵も引き付けられるように、味方も引き付けられる。

 

「前回と同じく救護舎を狙うとは、随分と恥知らずのようだな」

 

「ったく、みっともねー様だな。浮竹」

 

 上から舞い戻った死神だけではない、散っていた護廷十三隊の実力者達が集まっている。その数は滅却師達よりも多い。

 

「一角、君も無茶したら危ないからね。言っても意味ないと思うけど」

 

「当たり前だろ弓親。さっさと倒して次の敵の場所を吐かせるぞ」

 

 無論皆無傷とはいかない、だが滅却師を撃破している強者も揃っている。

 

「護廷十三隊を舐めるなよ」

 

 阿散井恋次の声かけに、皆が同調する。残っている滅却師の実力者、その殆どがここにいる。ユーハバッハとの最終決戦を除けば、これが戦争の分岐点ともなるだろう。

 

「桃、2人連れてくで。頭数揃っとるみたいやし、ここは6人に任せた方が良さそうや」

 

「はい!」

 

 ただ平子と雛森は檜佐木と浮竹を連れ、その場を去る。この6人ならば大丈夫だと信じているのもある。ただ2人は他の6人に比べて疲弊は大きく万全とは言い難い状態である。それに雛森は回道により治癒の方が役立つとの判断だろう。

 

 一方で、残った6人であるが。

 

「いや何でお前が居るんだよ!? 一護に負けて死んだはずだろ!?」

 

「死んだからここに居るんだろうが」

 

 1人だけ護廷十三隊どころか、仲間かすら怪しいメンバーが混じっている。彼の名は銀城空吾、完現術者であり一護が死神の力を失った際に力を取り戻す手伝いをするフリをして力を奪い取った存在だ。

 

 仲間どころか、かつての敵である。

 

「いやそうじゃねーけど! 死神に恨みがあるんじゃねーのか!?」

 

「やる事やったら帰るから気にすんな、眉毛」

 

「お前、この俺のイカす眉毛を……!!」

 

 ただ口論を続ける2人ごと爆撃の雨が襲う。

 

「うっさいわね!! 全員ぶっ殺してやるわよ!!」

 

 確かに双方にとってかつては敵であった、それは今も部分的には変わらないかもしれない。

 

「まずはあっちから片すぞ」

 

「言われなくてもそうすんだよ」

 

 ただ敵の敵は、味方でもある。





京楽春水 vs グレミィ・トゥミュー

阿散井恋次&朽木白哉&朽木ルキア&
綾瀬川弓親&斑目一角&銀城空吾
vs
ロバート・アキュトロン&ナナナ・ナジャークープ&
バンビエッタ・バスターバイン&ジゼル・ジュエル&
ミニーニャ・マカロン&キャンディス・キャットニップ



ミーラ(運命)+イスオス(均等)
=ミライスオス

基本的に能力とか自己解釈で書いているので解釈違いがあるかもしれませんが、ご容赦ください。


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41話 やちる


星十字騎士団 余力

A,B,C,D,E,N,P,T,U,V,W,X,Z

計13名


 

 野晒、更木剣八の新たな力。その斬魄刀に特性があるとすれば、ただの力の塊である事だろう。一撃の重さにおいて、この始解に並ぶ斬魄刀などそうありはしない。

 

 事実『神の眼差し』で飛躍的な強化をしたハッシュヴァルトへ深い傷を負わせている。先程までかすり傷すらつかなかったその体にだ、この始解の単純故に強大な力が、特記戦力更木剣八の力が伺える。

 

 だが、ハッシュヴァルトのそれは致命傷ではなかった。

 

「更木剣八、言ったはずだ……劣勢になればなるほど、力を増すと」

 

 傷口を覆う様に、全身を光の膜で覆っていくように、また新たな存在へと進化させている。純白だった彼の礼服は血みどろになっていたが、それを作り替えるように黄金色の礼服に変わっていく。

 

 部分的な力の解放が、全身に行き渡るのが見て取れる。

 

「あぁ、まだ終わりじゃねぇだろ」

 

 そして、その変化を見届ける更木。野晒の解放で圧倒的な優位に立ったが、実は一つだけ予想外の事があった。それは一撃で殺せなかった事であり、それもまたハッシュヴァルトの能力ゆえにという事も気づいている。

 

 力の始解を防いだとは言わないが、耐えているのは十分に更木を高揚させる事が出来る。

 

 そしてそれは、正解だ。

 

「貴様が私を追い詰めれば、私は更なる進化を遂げる」

 

 新たな姿に変わったハッシュヴァルト、それに対して容赦なく更木は野晒を振るった。先程と変わらぬ手加減無しの必殺の一撃だ、致命的なダメージを与えた攻撃だ、それに対してハッシュヴァルトは──

 

「やればできるじゃねぇか」

 

 剣で受け止めた。だが、ただ防いだわけではない、張り合っているのだ。先程までは反応すら間に合わなかった攻撃に対応しているのだ、全てにおいて遥かに力を増している事が分かる。

 

 しかし、その力はまだまだ底を見せていない。

 

「これは、萩風でも防げなかったけどなぁ!!」

 

 張り合っていた刀を弾くと更木の猛撃をいなしていく、ただの暴力であるはずの更木の攻撃を、容易く防いでいく。

 

 そして徐々に更木の手数を上回っていき、遂には彼の胸に自身がやられたような傷をつけていた。

 

「言ったはずだ、どれだけ貴様が想像を超える力を得ても……これを使った時点で、勝負はついている」

 

 際限なく力を増やし続ける理不尽な力、それこそがハッシュヴァルトによる『世界調和』である。

 

 ☆

 

 卯ノ花の霊圧の揺らぎを感じ、目覚めた更木は直ぐに一番隊隊舎へと駆けていた。しかし1人ではない、いや1人ではあるがその腰には遂に言葉をかわせるようになった斬魄刀がいる。

 

「もう、剣ちゃんウソウソに避けられたのまだ悔しいの?」

 

「うっせーぞ、やちる! それに俺の斬撃は外してねぇ!」

 

 草鹿やちる、護廷十三隊十一番隊の副隊長を務める彼女は更木剣八の斬魄刀の具象化した存在である。これは護廷十三隊においては特殊な存在であり、当の更木も萩風との戦いで野晒を解放するまで気付く方はなかった。

 

 萩風との戦いで更木剣八の全てを出し切るだけではまだ届かなかったのだ、だからこそその声を聞く事ができた。最初は大人の声ではあったが、今では馴染みある幼い草鹿やちるの声も聞く事が出来る。

 

「ちっ、気絶してる間にあいつどっか行きやがったからな。ムカつく野郎だ」

 

 ただそれでも、あの決闘で更木は負けた。今迄の人生であれほど死力を尽くした愉しめた戦いは無かっただろう、しかし何故負けたのかについては理解出来ていなかった。

 

 確かに斬った感触もあり、崩れ落ちる姿も見えた。しかし現れた萩風ではない何かに斬られて負けたのだ、そして起きれば滅却師が攻め込んでいたのである。

 

 少なからず、フラストレーションも溜まっている。

 

「次は最初から一緒なんだし、絶対勝とうね!」

 

「あぁ!? 勝つに決まってんだろうが!」

 

 萩風を探したい気持ちもあるが、今は護廷十三隊の窮地であるのは感じていた。卯ノ花の霊圧が揺らいでいる時点で、他の隊長達の霊圧が弱まっている時点で、萩風が見つかるまでの繋ぎとしては十分愉しめる環境であるのを感じていた。

 

「だから、今日楽しめそうな人が居ても仲間外れにしないでよ」

 

「分かってるよ」

 

 だがそれでも、自身の全てを出し切れるとまでは考えてはいなかった。

 

 ☆

 

 この力を使うきっかけは、バザード・ブラックの死も少なからず頭の中にあったからだろう。

 

 共に最強の滅却師になろうと約束した友であり、仲違いをし迷いのまま秤にかけた決断をした仲間と、彼が考えていたかはハッシュヴァルトにはわからない。

 

 ただ、何も捨てずに陛下には選ばれる事はできなかった。だからこそ、ここでやる事は決まっていた。

 

「次の一手で終わらせる、確実に仕留める」

 

 ハッシュヴァルトは更木剣八を超えていた、その力は単純な力のぶつけ合いという更木の専売特許で超えていた。ただでさえ正攻法以外での耐性のあるハッシュヴァルトに対して、正攻法すら効かなくなってしまったのだから。

 

 それを更木も感じていただろう、自身の身に受けた攻撃は十分過ぎる力があった。護廷十三隊は優勢になるにつれて、ハッシュヴァルトは力を増していくだけでなく、ハッシュヴァルト自身が不利になるだけ力まで増してくる。

 

 そんな存在だ、勝てる道理などあるはずがない。

 

 そして更木は自身の負った傷口を触れながら──

 

「見つけたぜ」

 

 笑っていた。

 

「何を笑っている、まだ余裕があると思っているのか」

 

 ハッシュヴァルトも不気味に感じただろう。圧倒的な優位に立っている、更木剣八の始解という規格外の攻撃も防ぎ、その能力も既に上回っているのだ。仮にここから力を上げてきたとしても、その過程で更なる力をハッシュヴァルトは身に付けるだろう。

 

 負ける要素は、もう無いはずだ。そう確信できるだけの材料が揃っているのだ。

 

「しばらくは、あいつ以外に使えねぇと思ってたが……思ったより早かったな」

 

 しかし、何故か悪寒を感じる。冷や汗が頬を伝い、背中に震えが走る。何かが来る、何かは分からないが未知数の何かが来る事を察していた。

 

「愉しいよなぁ野晒……いや、野渫(やちる)!!」

 

 それが何か、深くは考え付かなかった。そもそも更木剣八は卍解がつかえない唯一の隊長である、付け加えれば始解すら身につけていなかった隊長でもあるのだ。それ即ち、今までのデータはあくまでも更木剣八という個人でしか集まらなかったものである。

 

 斬魄刀を扱う更木剣八なぞ、誰も知らない。

 

 斬魄刀を、卍解を、操る更木剣八など誰も想定していない。

 

「馬鹿な、貴様それは……!!」

 

 全身が赤くなると、片手に折れた大鉈を持つその姿はまさしく鬼だろう。だがただの鬼程度の力ではない、それを考えなくても理解してしまう。滅却師も死神もひっくるめて身体能力では他を圧倒する今のハッシュヴァルトを遥かに超える速度で、力で、威圧感で、捩じ伏せに来ているのがわかる。

 

「グォォォォォ!!」

 

 雄叫びをあげた猛獣は、ただ折れた鉈を振るった。無造作に、乱雑に、分かりやすく、防御の余裕はあった。しかしその刃は受けに来た剣を砕き、野晒の効果すら耐えた鎧を両断する。

 

「(バズ……)」

 

 自身の終わりと後悔を遺すことも無く、ハッシュヴァルトは堕ちた。

 

 ☆

 

「ちっ、ハッシュヴァルトの奴負けたわね」

 

 遠くで散った滅却師の気配を感じつつも、バンビは爆撃を続ける。一方でそれと相対する朽木白哉は千本桜や鬼道で防ぎつつ、同様に感じ取った戦いの終わりを察する。

 

「更木、あの霊圧はまさしく……」

 

 卍解、それどころか霊圧の雰囲気からして始解も新たに習得していたのだろう。常時解放型の斬魄刀などと皆から知られていたが、実際にはそのような斬魄刀は存在しないのやもしれない。

 

 ただ更木剣八が卍解を身に付けたというのは相当な事であり、敵の二番手らしき存在を倒したのも大きく戦局を傾けてくれただろう。

 

「でも、万が一にもアンタらに勝ち目なんて無いわよ」

 

 しかし、相対する滅却師達にその動揺がなぜか少なかった。ユーハバッハの右腕を倒されているにも関わらず、むしろ勝つ事に不安など無いとも感じられる。それはユーハバッハという滅却師の絶対的な王が居るというのもあるが、今の言葉はそれが理由ではない。

 

「グレミィなんてずっと閉じ込めとけば良いのに……特記戦力でもない誰かさんが戦ってるし」

 

 ジゼルがゾンビを操りながら白哉に語りかける。今遠くで戦っている霊圧は京楽のものだろう、そしてそれがやや劣勢にある事も感じている。

 

「まぁそいつは死んだわね、ご愁傷様!!」





◯更木剣八 vs ●ユーグラム・ハッシュヴァルト



歴代剣八の卍解は名前の読み方が変わらない共通点(例・皆尽)があり、野渫でやちると読めるし、のざらしと読んでも良いのではないかと考える人がいたのでそこから貰いました。


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42話 想像力の化け物

 

 

 グレミィは隊長達を瞬殺してきていた。正確に言うなら手加減をしている段階で倒してしまっていたという事だった、だからこそ少し驚いていた。

 

「お遊びか、面白いね」

 

 生き延びていたのだ、京楽春水という死神は護廷十三隊でも指折りの実力者であり、先に倒した2人よりも遥かに強い。

 

 護廷十三隊において隊長とは名ばかりの役職では無く、皆が一騎当千の強者めある。だが入れ替わりが少ないわけではない。

 

 100年以上隊長としていられる者など殆どいない、その限られた100年をゆうに超えて隊長を務めている死神の1人が京楽だ。

 

 しかし、京楽もまた今迄にないタイプの敵に頭を回し続けている。

 

「(不意打ちも効かない、艶鬼の致命傷すら治癒が遅れるだけで効いてない、これは参ったね……)」

 

 花天狂骨の能力は遊びを互いのルールに設定し、戦う能力を持つ。その能力の特性は攻守ともに応用が効く。

 しかし致命傷を与えた艶鬼も、影鬼による奇襲も、嵩鬼による単純な火力を底上げした攻撃も、効いていない。

 

 いや正確には、直ぐに回復されてしまうのだ。最初のうちは優位に攻撃を仕掛け続けていたが、グレミィの能力『夢想家』は想像の遥か上をいく能力であったのだ。

 

「見た感じ、隊長さんは影を操るのが好きみたいだね」

 

「影送り、慣れるものじゃないよ。遊びに夢中になるほど、君は僕を見間違える」

 

 しかし戦えている。花天狂骨の能力、そして京楽の死神としての能力により戦えてはいる。ただ戦いになっているかと言われれば、怪しいところではある。

 

 影に潜み、影で騙し、なんとか致命的な一撃を受けていない。それに合わせた攻撃も最初のうちは届いていた。

 

 ただ京楽の攻撃も届いていてもすぐに治されている。この敵を相手取るには手数が必要だろう、思考が遅れることで攻撃の手が遅れ、傷を負わせ続ける事はできるのだ。

 

 故にここに一人で来た京楽としてはどうしたものかと頭を悩ませているのだがーー

 

「楽しかったよ、他の隊長さんはそこまで保たなかったし。ただもう……飽きたかな」

 

 策を弄するまでもなく、辺りが何かに照らされた。光の球のようなものが360度、全方位から現れたのだ。しかしそれが攻撃をしてくるわけではない、それの目的はそうじゃない。

 

「(影が、消え……!!)」

 

 グレミィはそもそも戦っていない。正確には相手を殺してしまえば何の情報も得られないからこそ、殺さないだけなのだ。簡単に死なない京楽を相手に僅かではあるが、本気になってしまったのだろう。

 

「人の眼は射殺すって言われるぐらい鋭くなるよね、眼光とか言うし。なら……本当に殺せたらどうかなって想像した事はある?」

 

 そうしても、まだ死なないと。

 

「光って集まれば火をおこせるし、死神の体だって貫けるんだよ」

 

 グレミィ・トゥミューという怪物は最も恐ろしい滅却師である。何をしてくるか分からない、正攻法で戦える敵ではない。

 

 正攻法とは違うアプローチをしたとしても、勝てるとは限らない。

 

 事実、京楽の体を光の線が何本も貫いていた。

 

 ☆

 

 四番隊の大移動、深い傷を負った者達を抱えながら動くというのは難しい事である。当然それは、敵に察知されてしまう。

 

「虎徹副隊長! ここにも滅却師が……!」

 

「っ、私が……!」

 

「ですが、貴方でなければ吉良副隊長は!?」

 

 道中合流した松本と共に負傷者を運んでいると、またもや滅却師が現れる。星十字騎士団は居ないが、数はいる。しかもマトモに戦える隊士は虎徹と松本だけであり、虎徹に関しては治療を行いながら移動しているのだ。一刻も早く治療を再開しなければならないのだが、この状況では命を繋ぐのに精一杯であり厳しいとしか言えない。

 

「下がりなさい、私が相手を……っ!?」

 

 そして松本が灰猫と共に前に出ようとすると、敵の軍勢が横凪に切り裂かれた。このような芸当、斬魄刀をモノにした程度のそこいらの隊士に出来る事ではない。

 

 そしてそれはどこからともなく現れ、松本の真横を通り抜けてくる。

 

「破道の七十八 斬華輪」

 

 同時に、その元凶へと襲い掛かる残党も一刀で切り裂いていく。鬼道の刃ではあるが、刃そのものを人斬りの技術によって一段階上に昇華しているのがわかる。

 そして悠々と何事もなかったかのように刀を納める姿はまさしく、初代剣八として数多の敵を屠った夜叉そのものであろう。

 

「総隊長!!」

 

 卯ノ花がやってきたのだ、本人も無傷とはいかないが雑兵に手間取る気配はなかった。まだ四番隊の隊長が交代して日も浅いこともあり、隊士達は皆彼女の帰還に感涙している。

 

「吉良副隊長と砕蜂隊長をここに、私が治療します」

 

「総隊長、しかし……」

 

 だが、彼女は今は総隊長である。四番隊にかまけてはいられない、全ての隊の指揮を執る存在だ。その彼女が職務を放棄してまでやってきた事に、虎徹は副隊長として問うと。

 

「上から既に3人が帰還しています、彼もまた戻ってくるでしょう」

 

 その言葉で理解した。虎徹にとって、四番隊にとって最も待ち侘びていた隊長の帰還を。更木剣八との戦いで負傷し、その傷を癒してやって来る希望の1人を。

 

「それまで重篤者の処置を私が行います。また狼藉者が現れても、私が斬り捨てましょう」

 

 これほどまでに心強い者は居ない、隊長が来るまでの間に護衛としても回道の使い手としても助けられる命は飛躍的に増えるだろう。そうすれば、万全とはいかなくとも隊長達が戦線へ復帰する事も出来るかもしれない。

 

「ですが、指揮は?」

 

 ただそれでも、総隊長としての職務は残っている。それはどうするのかと、再度虎徹は問うがーー

 

「既に、済ませています」

 

 その仕事はもう、伝えていたという事である。

 

 ☆

 

 直ぐに察した、このままでは一方的に殺されると。そう考えた京楽は戦略的な撤退をする、しかしただで退がれるほど甘い相手ではない。

 

「我ながら、よく走れてるねぇ。この傷で」

 

 京楽の体は、一瞬で致命的な一撃をもらった。肩や脇腹、太腿や脹脛を抉られたように光で穿たれてしまい、掠った頭部からは血が流れ続けている。

 

 手加減をされていた、それ自体は察してはいれどここまで一方的になるとまでは想像はしていなかった。攻撃力が低い代わりに耐久力が異常な存在と想像はしていたが、攻撃力すら異常ならば隙などあるか想像できない。

 

「本当なら、即死して楽になれたんだろうけど……」

 

 京楽1人で相手に出来るかどうか、そんな問題ではないのかもしれない。護廷十三隊が相手にして勝てるかどうか、ユーハバッハ以外にここまでの怪物を用意していると誰が想像できるのか。

 

「なまじ強いと死ぬどころか気絶も出来なくて参るよ」

 

 だが、京楽は諦めてはいない。

 

「さて、万事休すなわけだけど……卯ノ花さんはこれを見越してたのかねぇ……」

 

 グレミィとの戦闘、京楽は卯ノ花から直々に討伐を命じられて戦っている。護廷十三隊において京楽を超える死神などそうはいない、でなければ二代目総隊長の候補に挙げられるわけがない。

 

「仮に萩風隊長の件での意趣返しだとしても、これは僕が相手出来て良かったかな」

 

 護廷十三隊の隊長がたった1人に2人も敗れたのだ、彼ならば理不尽な存在であろうと倒せる。

 

 そんな力を、持っている。

 

「万事の次の一手といきますか」

 

 一息つく京楽、そして刀を突き立て己の力を解放する。斬魄刀から流れ出る墨のような暗闇が世界を這い伸びていくその様は、黒い松を生やすようだ。

 

 確かに京楽は前回の侵攻で片目を失っている、更木剣八や萩風カワウソのように滅却師を倒しているわけでもなく、卯ノ花のように敵将と渡り合ってもいない。ただそれだけで彼を弱いという者は誰1人としていない。

 護廷十三隊において彼の力は有名というわけではないが、その力の大きさは知れ渡っている。

 

「卍解 花天狂骨枯松心中(かてんきょうこつからまつしんじゅう)

 

 100年以上隊長を務める死神の力もまた、理不尽なものだ。



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43話 枯松心中

感想いつもありがとうございます。
主人公はもう暫く出て来ませんが、お許しください。


 

「あ、戻ってきたんだ。隊長さん」

 

「追いかけて来なかったからね」

 

 グレミィはまるで戻ってくるのを想像していたかのように、悠々としている。京楽が戻ってくるのは自身と戦う為であり、護廷十三隊の隊長に逃走という文字が中々出て来ない者達という事を知っていたからだろう。

 

 そして待っている間から、準備がされている事も。

 

「これ、隊長さんの卍解ってやつ?」

 

「卍解ってやつだね」

 

 寒気が起きるような霊圧、グレミィは少しだけ期待しているように聞く。これが京楽の最後の一手ならばそれをへし折る事が勝負の決め手となる、絶対に勝てない相手として認識されれば目的の人物達についての話もしやすい。

 

「世界が暗く感じる、太陽が無くなったみたいに……そういう力なんだ」

 

 たが、期待はそこまで大きなものではない。

 

「でも知ってるよ、卍解はその使い手が死んだら終わりだって事ぐらい。使って死なれても困るんだけど?」

 

 その傷ならば、いつまでも維持できないと。それで何を仕掛けくるのか、先の2人は音や衝撃を特化させた能力であったが。

 

 子供の遊びを、どう昇華させるというのか。そう身構えているグレミィの体に──

 

「っ、いつの間に……?」

 

 いつの間にか、抉り取られたような傷が生まれていた。

 

「卍解ってやつだよ」

 

 無論それは、京楽の手である。

 

「花天狂骨枯松心中

 

 一段目 躊躇疵分合(ためらいきずのわかちあい)

 

 京楽のそれは攻撃ではあるが、目に見えたものではなかった。それもそうだろう、それは鏡写のように投影されているだけなのだから。

 

「相手の体についた疵は、分かち合うように自分の体にも浮かび上がる。ただその疵で決して死ぬ事は出来ない」

 

 京楽に与えた疵と全く同じ場所に疵が付いているのだ、そして死ぬ事は出来ない。常人がこの致命的なダメージを投影されてしまえば気狂ってもおかしくないが、この卍解の本質はそんなものではない。

 

「さて、二段目」

 

 グレミィが自身の疵を治す暇も与えず、次の攻撃の波が襲う。彼な体に黒い斑点のような物が浮かび上がってくると、体を蝕み始めている。

 

慚愧(ざんき)(しとね)

 

 これもまた、卍解の力である。

 

「相手に疵を負わせた事を悔いた男は慚愧の念から床に伏し、癒えぬ病に罹ってしまう」

 

 この卍解は謂わば一つの物語である。大人の遊びに興じた者達の末路、それがこの卍解における当事者達の末路になる。そしてそんな物語を防ぐ手段は無い、それまでに京楽を殺すか射程外に逃げるしか無い。

 

「あれよあれよと、三段目」

 

 そしてまだ、物語は終わりでは無い。

 

断魚淵(だんぎょのふち)

 

 グレミィと京楽は水の中に沈んでいた。息は出来る、しかし代わりに消費するものがある。

 

「覚悟を決めたものたちは、互いの霊圧の尽きるまで、湧き出る水に身を投げる」

 

「なら、ここから浮かんで……っ!?」

 

 ただここでグレミィは効果を範囲だと察したのだろう、自身の体を空気より軽いものと想像して浮かんでいこうとするが、いくら浮かんで行こうとも、水面は遠のいていくばかりである。

 

「何で、遠く……!」

 

「当たり前だろ、ボク達身投げしたんだから。もう後の祭りさ」

 

 しかし、この能力は発動した時点で終わりである。その範囲内にいる時点で、この卍解から逃げる事は出来ない。仮に解除するにしても、疵を負い 病に伏し 霊圧の尽きた状態で京楽を相手しろというのは無茶であろう。

 

「気持ちはわかるよ、冷えた水面に身を投げりゃ覚悟が凍てつく事もある。だけどそれはあんたの我儘、浅ましいにも程がある」

 

 大人の遊びに興じ、男は一方的に見放す。この卍解の視点はあくまでも女であり、その男の末路は想像に難くないだろう。共に身を投げる覚悟を見放されてしまえば、情けであろうと女は男を狩る修羅に見える。

 

「誓った男の浅ましさ、捨てて逝かぬは女の情け」

 

「そうじゃないかえ、総蔵佐(さくらのすけ)

 

 そして最後の段を唱えようとする京楽の背中に1人の女性が身を預けた。舞妓のような和服に眼帯のある女性は親しげな様子で、京楽に話しかけている。

 

「……久しぶりだね、お花」

 

「お花、だって? 馴れ馴れしいね。偶にしか遊んでくれないじゃない主が、どの面下げてそう呼ぶのやら」

 

「まぁそう言わずに、ご免よ お花」

 

 花天、京楽の斬魄刀だ。グレミィに見えているわけではない、精神的な具象化である。卍解をする時は誰しも斬魄刀に精神世界から干渉されるが、これもその一例だろう。

 

 ただ彼女の場合、偶にしか遊んで貰えないのはそれだけ敵が厄介であるからだとも分かっている。

 

「わっちと揃いになるとはの、刀と死神とは異な者よ。ただ罪悪感でわっちを呼び出すなら、赦しはないぞ」

 

「そんな事ないさ、意地悪な事言わないでよ」

 

「意地悪だろうが主の刀。好きも嫌いも呑み込んで 共に散ろうと誓った仲だろ」

 

 ☆

 

「随分と余裕みたいだね、これで勝ったと思ってるの?」

 

 グレミィの目には独り言を言う京楽が写る。余裕でもあるのか、はたまた挑発でもしてるのか、どちらにせよここまでやられっぱなしのグレミィはフラストレーションが溜まってきている。

 

「水の中には化け物がいっぱいいるの、知ってる? この中にも現れるって想像したことある?」

 

 京楽の展開する水を想像の糧として、水中に大量の魚を展開させる。サメやピラニアといった人も襲う事がある肉食の魚をひと回り大きくしながらも多数創造している。グレミィの想像力は物体や空間を作るだけでも異常だが、命すら作り上げる事の出来る存在だ。

 

 そんな彼の本気を見せに来ていた。

 

「女の情は如何にも無惨、あたける男に貸す耳も無し」

 

 しかし、京楽に焦りはない。

 

「いとし喉元光るのは、未練に濡れる糸白し」

 

 四方八方から肉食の魚が京楽の血の匂いを頼りに突き進む、全てを捌く事は不可能だろう。喰い千切られて骨すら残らない、それだけの質量の暴力が迫っている。

 

「せめてこの手で斬って捨てよう、無様に絡む未練の糸を」

 

 だがこの能力に、数の概念はない。

 

(これ)にて大詰(おおづめ)(しめ)(だん)

 

 京楽の手に一本の糸が伸びる。それはグレミィは勿論のこと、全ての魚にも伸びている。途中参加とは言えこの領域に踏み込んだのだ、例外にはならない。

 

糸切鋏血染喉(いときりばさみちぞめののどぶえ)

 

 引かれた糸は、すべての首を刎ね飛ばしていた。

 

 ☆

 

 京楽は首を刎ね飛ばすと同時に、魚は消えた。命が無くなったからか想像者が消えたからかは分からないが、それを横目に京楽の体はゆっくりと落ちていく。

 

「おっと……」

 

 するとそれを花天が受け止める。いくら京楽といえど今回の相手は難しかった、それを一番分かっているのは斬魄刀である彼女だろう。

 

「そんな体で卍解などしおって、わっちが居ないと駄目じゃないか」

 

「はは……お花の膝枕にあずかれるとは、偶の卍解も悪くないね」

 

 この卍解に唯一の弱点があるとするなら、それは範囲だ。無差別に誰でも意図せずに殺してしまう欠点がある。強力な化け物であるグレミィであろうと自身の副官であろうと、知りもしない赤の他人であろうと、誰でも殺す。故に今回の戦い、卯ノ花は京楽を1人で向かわせたのだろう。予め護廷十三隊の隊士が周りにいない、外れの場所で。

 

 またこの卍解のリスクとして寿命を削ってしまう、それを使わせたのだから卯ノ花なりの意趣返しと考えてしまうかもしれないが。

 結果としてグレミィと渡り合い、致命傷を与えた。首を切られて生きていられる人間などいやしない。

 

 居るとすれば、それは人間ではない。

 

「今のは、驚いたよ」

 

 だからこそ、ユーハバッハに幽閉されるだけの存在なのだ。

 

「……参ったね、こりゃ」

 

 悠々と京楽の前に現れたグレミィの体に傷はない。卍解による攻撃の後、間違いなく刻んだはずの傷や飛ばした首は元に戻っており、それでいて余裕があるように見える。

 

「ぼくをここまで追い詰めたのは隊長さんが初めてだよ」

 

 どこが追い詰められているのか、京楽は苦笑いをする事しか出来ない。もはや霊圧も底を尽き、体はボロボロなのだ。逃げる事すら無理だろう。

 

「傷を共有したり、病に罹ったり。どっちも想像したことが無いのに、させられた。最後の攻撃もそうなら勝てたかもしれないけどね」

 

 ただ卍解の最中に、グレミィは疵も病も治さなかった。それだけ追い詰めてはいた、治す余裕もなく連続で仕掛け続ける『花天狂骨枯松心中』はグレミィにとっても有効な卍解であったに違いはない。

 

「ぼくはぼくが死ぬ事を想像出来ない、だから首を切られても死ねない。最後の最後に相性が悪かったね」

 

 ただ、グレミィは自分が死ぬことを想像出来ない。首を飛ばされても、体を横凪に裂かれても、溶岩に入ろうと死ぬことが無い。それだけの存在なのだ、最初からそもそも勝ち目というものはなかったのかもしれない。

 

「じゃあ最初の質問、覚えてるよね。答えてくれたら殺すのは後にしてあげるよ?」

 

「そうだねぇ……出来ないと言いたいけど」

 

 京楽も絶対に勝てない手合いと理解してしまっている。護廷十三隊の隊長としてはやれることはやったが、やりきれなかったのを悔やむ時間もない。

 

 自身の終わりを察しったのか、京楽はグレミィに口を開く。

 

「もう、君の上にいる」

 

 瞬間、グレミィは上を向いた。京楽の言葉もあるが何かを感じ取ったのだ、しかしその答えは彼の背後から斬撃と共に現れ、吹き飛ばされる。

 

「京楽さん、凄い霊圧だったな。もしかして邪魔だったりしたか?」

 

「いや、間が良かった。助かったよ……一護君」

 

 こんな状況でこのグレミィに相手できる死神はいない。護廷十三隊でも殆どの戦力が四番隊に襲いかかった滅却師へ応戦し、即座に動ける者など居なかった。そもそも京楽が卍解を使う前提の指揮を卯ノ花が取っているのだ、駆けつけられるわけがない。

 

 だからこそ、彼が上からやって来たのだ。

 

「後ろからじゃないか、まぁそう言う事してくるとは想像出来てたけど」

 

 そして斬撃により吹き飛ばされたはずのグレミィは何食わぬ顔をして現れてくる。不意打ち気味の攻撃すら耐えているあたり、やはり化け物だろう。

 

 しかし、上からやって来たのはそんな化け物達と渡り合って来た存在である。

 

「黒崎一護、君がそうか。やっと殺せる」

 

「誰だてめーは?」

 

 霊王宮より、黒崎一護は舞い戻った。





●京楽春水 vs ◯グレミィ・トゥミュー

黒崎一護 vs グレミィ・トゥミュー



誤字は最後を書いてから纏めて修正する予定です、ご容赦ください。


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44話 英雄の帰還

 

 グレミィが護廷十三隊と戦うと決めたのは陛下、ユーハバッハからの命令だからというわけではない。いや幽閉されている彼を解放する名目としてそれは存在するが、それが主たる目的ではない。

 

 ただ関係のあった滅却師、リルトット・ランパードを殺した者たちを殺す為である。

 

「虚圏で3人を倒したんでしょ? それなりに強そうだ……想像通りに」

 

 グレミィは濁流を生み出した。京楽との戦いのイメージがまだ引っ張られているのだろう、濁流の中には先程生み出した凶悪な肴もおり一撃で殺すという意思を感じる。

 

 しかし、それに対して黒崎一護は小刀の斬月を横に凪いだ。

 

「月牙天衝」

 

 瞬間、濁流を斬撃が斬り飛ばした。濁流に存在した想像生物もその衝撃で切り裂かれ、吹き飛ばされている。そして斬撃は濁流を吹き飛ばしたのちに勢いのまま、グレミィに着撃した。

 

「へぇ、やるね」

 

 だが、効いていない。

 

「僕は空想した事を実現できる。この世で一番強い力は想像力だ、今だって僕が鋼鉄より遥かに硬いと想像するだけで斬られない」

 

 多少は濁流により威力は減衰したが、それでも十分に滅却師特有の防御術を使われてもノーダメージとはならない攻撃だった。上に行き遥かに力を増した斬月の攻撃を耐える、それだけこのグレミィというのが規格外なのを一護も察しただろう。

 

「次はどうする?」

 

 同時に、今度は水などという生優しい奔流ではなく灼熱の溶岩による波が襲い掛かる。一瞬で作り出したのだろう、先ほどよりも量は多い。ただそれに対しても、一護は両手の斬月を振るった。

 

「月牙十字衝」

 

 灼熱の奔流は十字に切り裂かれた、そして今度もグレミィに直撃すると鮮血を噴き出させる。軽く凪いだ最初の一撃とは違う、その程度と侮っていたつもりはないが、グレミィは想像力の修正を感じ取る。

 

「あー、そうだ。特記戦力だし、油断はしちゃダメか……でも君でも僕は殺せない」

 

 だが、それでもグレミィは傷を直ぐに治して向き直る。一護は即座に傷を治したことに驚いているが、それもまた想像の力だ。

 

「僕が一番強いからね」

 

 ☆

 

 グレミィと一護の戦い、それは始まってからどちらも本気を出す事はなく数分が経過していた。

 

 グレミィ自身は目的の為に、そして黒崎一護は──

 

「(よし、京楽さんは離れたな。後は……)」

 

 京楽が逃げるまでの時間を稼ぐ為に。自身の隊長の敗北を察した伊勢副隊長が駆け付けた事により京楽は何とか逃げることができた、今頃は四番隊で治療を受けている頃合いだろう。

 

 ただ、ここからが本番である。

 

「僕をどうやって殺すか、分かんないでしょ」

 

 グレミィに対し、一護は戦いをわざと間伸びさせるように展開している。この滅却師の能力は今までにあったどの敵とも違い、自由過ぎる。そして何よりも、ダメージを受けても即座に治してしまう事が問題であった。

 

「安心してよ、僕だって僕の殺し方なんて想像しないんだからさ」

 

 星十字騎士団、滅却師の精鋭部隊の名ではあるがその中でグレミィは異質なのだ。そしてその能力の自由度の限界を全く感じる事ができないのである。一応、想像力は彼自身の体験している事から連想されて発動している事は分かるが、それでも予期を出来るほど能力の幅は狭く無い。

 

 だからこそ、黒崎一護は自身の手で倒さなければならないと感じている。

 

 そう考えながら両手に斬撃を構えていると──

 

「君は、リルトットって知ってる? 虚圏にいた滅却師の一人なんだけど」

 

 グレミィは戦闘中とは思えない程にリラックスした声音で聞いてきた。

 

「知らねえよ、誰だそいつは」

 

「君が倒したんじゃないの? 星十字騎士団が3人も倒されたみたいだし」

 

 虚圏において多くの破面がウルキオラも含めて倒され、殺された。それに現地で関わっていた滅却師について一護も何人か相対したのでわかる。

 

 しかしリルトットという名前に聞き覚えもなければ、そもそも彼がマトモに戦ったのはジェラルドだけである。そしてジェラルドだけでなく、それ以外のほとんどを片付けたのは他の死神だ。

 

「それやったの、殆ど萩風だな」

 

 自分が知るわけもない、そう答えた一護であるが直ぐに異変に気づく。

 

「そっかー……じゃあ君はいいや」

 

 今迄脱力していた敵の肩が強張り、先ほど口にした口だけの殺意と違い明確に萩風に対する憎悪を燃やしているのを。

 

 恐らくここからがこのグレミィの本気だろう、そして黒崎一護に対してその暴力を振るうのは単なる憂さ晴らしであり、萩風カワウソを殺す迄の暇潰しである。

 

 黒崎一護はもう一度、斬月を強く握る──

 

「それで、そいつはどこにいるの?」

 

 ここからが、本当の勝負であると。

 

 ☆

 

 グレミィに向き直り、息を整える。まだ来たばかりというのもありギアが乗り切っていないのだ、いくら走って体は暖まっていても斬月達はまだ準備ができていない。

 

 しかし目の前の敵は斬月の力無しで勝てる相手ではないのだ、だからこそ霊圧を一気に高めて叩き起こそうと考えていると──

 

「黒崎一護、私の言葉が届いているだろう」

 

 突如として、彼に誰かが語りかけてくる。

 

「この声は……!」

 

 その声は、今回の戦争における諸悪の根源でありながら黒崎一護自身にとっても関係が深い者、ユーハバッハの声である。

 

「我らを光の下へと導きし者よ、感謝しよう」

 

 しかし、声は届いていても理解は出来ない。

 

「どういう意味だ」

 

 黒崎一護がここに来て助かる、それの意味がわからないのだ。護廷十三隊の援軍、つまり滅却師側にとって敵が増える事であり利などない筈なのだ。その利とは何か、考えているがその答えは当人が答えてくれる。

 

「お前のおかげで私は霊王宮へと攻め入る事ができる」

 

「っ!?」

 

 言っている意味を理解出来ない。霊王宮は王鍵を持つ者しか侵入が許されない、零番隊である彼等と共に向かわない限りは辿り着けない。例外であるウルキオラ達ですら萩風達の後ろからついて行くという裏技を使って通ったからこそ密航出来た。

 

 つまり普通に考えて霊王宮に向かう事は出来ない、その筈なのだが。

 

「お前が今纏っているその衣は『王鍵』と呼ばれる零番隊の骨と髪で編まれている。霊王宮と瀞霊廷との間に存在する七十二層に渡る障壁を強制的に突破させる為、そして何よりその際の摩擦からお前自身を守る為にそれ以外の素材では創り得なかったのだ」

 

 一護は自身の衣について、仕立てられた事は分かっていても素材までは把握できていない。知らなくてもいいからだ、戦う事に集中してもらう為に零番隊の面々も敢えて話していない。

 

「素晴らしい耐性、素晴らしい防御力だ。死神の手に出来る者の中で、それに勝る衣は無いだろう」

 

 だからこそ、その懸念も想像出来ていない。

 

「だがその絶大な防御力ゆえ、お前の突破した七十二層の障壁はその後6000秒の間、閉ざす事はできぬ!」

 

「っ!!」

 

 瞬間 一護は光の柱、その根元へ駆けた。ユーハバッハが光の柱を立てているのは霊王宮に向かう為である、そんな事を許すわけにはいかない。それに一護はユーハバッハを倒す為に戻って来たのである、それを逃すという気持ちにはならない。

 

 何よりも、色々と世話になった零番隊の元へ向かわせたくなかったのだが──

 

「僕がいるの忘れてるの? 想像力が足りないんじゃない」

 

 それをグレミィが阻む、元々戦闘中なのだから当たり前である。

 

 時間はない、かと言って片手間に倒せるような相手ではない。このまま指を咥えてユーハバッハが上に昇るのを見届けろというのか、そう葛藤をしていると──

 

「月牙天衝」

 

 斬撃が、飛んできた。その技は一護の最も頼りにしている技であり、最も見慣れた技である。だからこそ、それを扱える者は限られているのだが。

 

「お前は……銀城!?」

 

 斬撃の放たれた方向を見ると、自身が殺した完現術者である銀城空吾がいた。何故死んでも当たり前のように力を使えるのか、何故ここにいるのか、何故ここで手を貸すのか、何が何やらよくわからないが銀城が味方であるのは確かだろう。

 

「さっさと行け、これで義理は返す」

 

 その言葉を背に受け、一護は駆けた。それを見送る銀城であるが、相対するそれは素直に通してくれそうにない。

 

「一人で止められるとでも?」

 

 そう言うと、無傷のグレミィは一護の背に向けて手を向ける。何らかの攻撃を仕掛けるつもりなのだろう、元々彼は黒崎一護や萩風カワウソからリルトットについて聞き出した上で殺す為に来ているのだ。多少の攻撃では死なないからこそ、その上を行く想像力で押し潰そうと集中していると。

 

「何カッコつけてんだ、一人じゃねーよ」

 

 一護との間を阻むように、死神が現れた。それが阿散井恋次とは護廷十三隊の死神に対して興味を抱いていなかったグレミィは知る由も無いが、現れた死神は一人ではない。

 

「一護のこと追わせるわけ無いやんけ、アホか」

 

「鳳橋達の無念、我らが晴らさずして誰が晴らすと」

 

 怪我を押してでも集まる隊長達は、黒崎一護の道を行かせる。ユーハバッハは総隊長を屠った宿敵、しかしここにいるどの隊長も黒崎一護が向かうならばと喜んで殿を務めている。

 

 そしてそれは、隊長だけではない。

 

「霊王宮だか何だか知んねーけど、まだ俺たち残ってるのに逃げるのは甘いんじゃねえか?」

 

「一角、もう割とボロボロなの忘れないでよ」

 

 ここにいる護廷十三隊の隊士は、ユーハバッハに勝つ事を誰一人として疑っていない。難敵であると認めてはいるが、各々が信じる者達の為に喜んで道に置かれる石を取り除く。

 

「……いいよ、どうせ死神は全員殺すつもりだったからさ。でもその前にーー」

 

 そしてその石は必ず、破壊すると誓ってもいる。

 

「この中に、萩風カワウソって知ってる人いる?」

 

 下界における最大にして、最悪な敵との戦いが始まる。





グレミィ・トゥミュー vs 護廷十三隊+α


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45話 下界決戦・1

 

 光の示す場所、そこから昇っていく原理など分からない。ただそれが霊王宮へと向かう為の回廊であるのは明らかであった。

 

「待て、ユーハバッハ!!」

 

 そしてその根元まで、ユーハバッハを視認できる位置まで黒崎一護は駆けていた。後ろからは自身の代わりに相手をしている仲間達の霊圧を感じる、それは一護が行くなら代わりを務めるという意思だろう。

 

 故に、自分が止めなければならないという意志を持って一護は瞬足で駆けていた。

 

 幸いな事に、まだ上に行く準備は終わっていないようでユーハバッハはそこに居る。この光の原理は分からないが、それを準備する雑兵や術式ごと破壊すれば止められると思い一護は霊圧を一気に高めると──

 

「グレミィを撒いたか、だが見えていたぞ」

 

 光の雨が降り注いだ。最短距離で向かう一護に、滅却師の矢が飛んできていた。それがただの滅却師の矢ならば、雑兵に放たれた矢ならば一護は特に気に留める事も無かっただろう。

 いや、例え星十字騎士団の誰かが放った矢だとしても弾いて無理矢理にでも最短距離でユーハバッハを仕留めに向かえたはずだ。

 

 しかし、それを放った者には見覚えがあった。共に戦って戦友であり、同じ学校に通う級友であり、あえて声を掛けずに置いてきた仲間の姿がそこにあった。

 

「石田、お前……!?」

 

 ユーハバッハは光に包まれる、そして何故かそこにいる石田雨龍はその光から離れると一護に襲い掛かってくる。その雰囲気などは間違いなく石田だろう、ただ何故か石田らしさという物がどこか欠如しているように見える。

 

 ここで石田ならば少なからず弁明の言葉を述べるか、遠回しに何らかのヒントを落としてきてもおかしくはないのだが、それらしき言動は全くない。

 

 それ即ち、答えは──

 

「操られてんのかよ!」

 

 ユーハバッハの手駒にされているという事である。理由は分からない、どうしてそうなっているのかも分からない。ただ石田なりにユーハバッハと戦った結果である事は察せられる。

 

 石田の事は共に戦って来たからこそよく知っている。滅却師の戦い方は勿論のこと、彼自身の特性や戦闘時の癖や傾向も分かる。だがそれで油断の出来る相手ではない。

 

光の雨(リヒト・レーゲン)

 

 対して、向こうは手加減がない。操り人形であるにも関わらず、その能力が何かしら弱体化させられている様子はまるでない。何故ならこの石田雨龍は『黒崎一護の足止め』の為だけにここにおり、それが効果的であると分かっていてユーハバッハは放ったのだから。

 

 石田であれば一護は迂闊に攻撃が出来ない、殺す事などもっての外である。そしてそういった絡め手を相手する事が難しいのも分かっている。鬼道により拘束する事も出来ず、純粋な戦闘能力は高いがそれ以外は警戒に値しない死神なのだ。

 

 ならば他に任せれば良いと考えるかもしれない。護廷十三隊には鬼道に長けた者もいれば薬学に長けた者もいる、この石田を止めるのに適任な存在はいるだろう。それを邪魔する星十字騎士団の滅却師は殆どが倒されている、ユーハバッハを存分に追う事も出来る筈だと。

 

 だが無理だ。確かに下界の滅却師は殆どが倒されている、グレミィという特大の危険人物は残っているがそれ以外はない。しかし他の誰かに任せる余裕も護廷十三隊にはないのだ、星十字騎士団とぶつかり合って無傷なわけがない。

 

 もう隊長の中でマトモに動けるのは朽木白哉や卯ノ花八千流など数えられる程にしか居ないのだから。だからこそ、任せられない。ユーハバッハに逃げられるが、それは零番隊に任せるしかない。

 

「っ、効かねーぞ。お前を元に戻して、俺はユーハバッハを追う!」

 

 もし零番隊が敗れた時は天へと昇ったユーハバッハを追う方法など今は思い付かない、石田をどうやって洗脳を解くかも分からない、そもそもユーハバッハの目的も何か分かっていない。そんな事でこの戦争を終わらせられるのかも分からない。

 

だがまずは石田を止めてからの話である。

 

「月牙天衝!!」

 

 2人の戦いが始まった。

 

 ☆

 

 グレミィと相対する7人、救護舎を襲った星十字騎士団を倒した朽木白哉・朽木ルキア・阿散井恋次・斑目一角・綾瀬川弓親・銀城空吾の6人と総隊長から応急処置を受けてこの場に駆け付けた平子真子で計7人である。

 

 たった1人に対して過剰とも言える戦力である、どのような奇跡が起きても普通に戦って勝てる相手ではないだろう。

 

「卍解 千本桜景巌」

 

 ただ、それで迎え撃たなければならない程の難敵ならば話は違う。

 

「ははっ、馬鹿正直に手数で攻めてくるね」

 

 グレミィは3人の隊長を1人で倒した滅却師なのだ。たった1人に、しかもその全員の卍解を耐えて悠々と戦える存在だ。現に千本桜の卍解による奔流も生み出された濁流の奔流をぶつけて何事も無いように他を相手している。

 ルキアの放つ袖白雪の冷気で濁流を凍らせても、その濁流を即座に暖めて熱湯の奔流としてぶつけて来る。それを庇う様に阿散井恋次が狒々王の巨碗で瓦礫を投げ飛ばして流れを変えてルキアを守る。

 そんな事を繰り返している、いや繰り返させられている。それだけ7対1だというのに手数で押されているのだ。

 

「アホか、京楽さんの卍解喰らって生きとる奴に手数だけで攻めるわけ無いやろ」

 

 たが、7人は概念的な力へ馬鹿正直に突っ込むわけではない。そう言う手合いを相手するのに、無策なわけがない。

 

「最低限の能力は聞いとる、対してそっちはこっちに興味なかったやろ」

 

「そんな事ないよ、特記戦力と萩風カワウソの情報なら調べてる」

 

「ホンマ、俺らに興味ない奴の言い方やな!」

 

 7対1、圧倒的な数的優位だけで勝てるなら京楽の卍解を耐えれるわけがない。だからこそ平子は京楽からグレミィの能力について、耳にしている。

 

 そして、以下が最低限の情報と得ているが

 

 1.グレミィの想像力は命でも何でも創り出せてしまう

 2.想像力の方向性も自由である

 3.想像力には直近の経験から派生する傾向がある

 4.自身の修復はどんな攻撃を受けても即座に治せる

 5.思考が鈍れば回復は遅れる

 6.首を飛ばしても生き返れる

 

 これだけ聞いて勝機を見出せる自信はない。強いて言えば思考が鈍れば回復は遅れるので、回復の余裕が無くなるほど畳み掛ければ良いぐらいである。実際、それ以外の明確な策を思いつく事は出来なかった。

 

 殺して死なないだけならまだ封印するなど一応は何とかなる、ただ何でも出来てしまう存在を抑えるのは非常に難しい。

 

 なので7人は手数で何とか致命的な思考をさせないように立ち回っている、その余裕を作らせないで自身の回復に思考を費やさせる事で均衡を保っている。

 

「……隊長さん、逆さまだね。そう言う力?」

 

 だが、ここに皆が居るのは黒崎一護を追わせない為でも、でも時間稼ぎの為でもない。倒す為にいる、だからこそ平子も怪我を押してでもここにいる。

 

「俺の逆撫は色んな感覚を逆にする、そう簡単に慣れるもんちゃうで」

 

 平子はBG9との戦いの影響で治療は受けたが殆どまともに動けない。動きの質だけで言えば副隊長に並ぶか否かと言ったところだろう、だが京楽を破ったこの滅却師を相手するのに自身の斬魄刀は必要であると感じここにいる。

 

「前後左右上下を逆にするだけなら、僕の感覚器官を入れ替えたら良いだけだよ。その力で自由に入れ替えてくると思うけど、その都度変えれる。無理して来たみたいだけど、残念だったね」

 

 ただ、その情報の断片を聞き体感しただけでグレミィは直ぐに逆さまだった平子を逆さまじゃないように認識する。感覚器官を歪める力、ならそれにフィルターをかければ良い、そう考えてできてしまうのが彼だ。そう視覚器官を組み替えられる。

 

「はい右側、それじゃ斬る以前の問題だよ」

 

 無論、あくまでも対応なので入れ替え続けられれば後手にはなるだろうがその程度ならば対応できる。感覚器官に生じたズレはコンマ1秒に満たない時間で修正され、逆撫の能力も平子の存在意義も無かったことに出来る。

 

 実際に、斬り掛かった平子の斬撃は素手で受け止められてしまい『左足を一瞬だけ20トン程の重さがある』と想像された蹴りを受けて瓦礫の山に吹き飛ばされてしまう。

 

「なんやこいつ……もう目で見てるもん修正しとんのかい」

 

 逆撫は対応された。純然たる事実であり、この視覚的な能力はもはやグレミィの脅威ではなくなっている。

 

「破道の五十七 大地転踊」

 

 しかし攻撃の手を緩める暇はない。弓親の放った瓦礫の投擲はグレミィの平子への追撃を止めさせ、防御に回らせる。ただ生み出された溶岩の盾により瓦礫はドロドロに溶かされて防がれてしまったようだ。

 

「貰ったぜ!!」

 

 それでも、弓親の目的は陽動でもある。この程度の鬼道で倒せるなら苦労はしない、一角はその間に鬼灯丸を片手に空を駆けておりその刃はグレミィの懐まで迫っている。

 鬼道を苦手とする一角にできる事は突撃する事ぐらいであるが、それで勝てる程甘い相手ではない。いくら回復に思考を割かせるためとは言え、無謀だろう。だが一角は分かった上で鬼灯丸を片手にグレミィへ襲い掛かる。

 

「芸がないね、いい加減に……!?」

 

 先程の平子と同様の攻撃、自身の体を強化にして受け止め反撃すれば良い。この声の主である一角も吹き飛ばされる、ここまで数が多いと面倒ではあるので頭数は少しぐらい減らしておこう、そう考え振り返ったグレミィであるが──

 

「あー、言い忘れとったが。声の聞こえる方向も、逆にしといたで」

 

 声の方向とは別の所から、鬼灯丸が突き刺さっていた。

 

 ☆

 

 グレミィという滅却師は化け物である、その認識を全員が持っている。だが完璧な存在でない事も、同時に理解していた。完璧な存在であればこの場に居合わせた7人を瞬殺する、完璧な存在であれはユーハバッハは彼1人を送って護廷十三隊を殲滅していた、だがそうはなっていない。

 

 グレミィも滅却師の枠に入る存在、ならば人の枠にも当て嵌まる。ただ全員それは頭で理解出来ていても、納得出来るほど素直でも愚鈍でもない。

 

 京楽を含めた隊長3人を倒したのは紛れもない事実であり、覆しようのない脅威である事を知らしめている。その力を目の当たりにして少なからず『戦いになっていない』という意識が芽生え始めてもいた。

 

「なんだあ? 血はちゃんと出るみてーだな!」

 

 だからこそ、ここで一角が一撃を与えた事は大きかった。京楽の卍解で首を飛ばしたと言われても目にしたわけではない、ただ目の前で血を流す存在ならば殺せるという確信に変わる。

 

 平子ありきの作戦であったが、それはうまくいっておりかなり深い傷を負わせている。それを軸にして、また攻撃を畳み掛けていけば何れ回復の余裕を無くして倒す事ができるかもしれない。

 

「……それで?」

 

 ただ、一角の攻撃は致命的な一撃ではなかった。

 

「一角!!」

 

 弓親の声が届くよりも早く、一角の肩に拳がめり込む。咄嗟に急所を外したようだが、それでも勢いは殺せているわけではない。グレミィは身体能力が高い滅却師ではない、むしろ動きは素人そのものだろう。言うなれば固定の砲台であり、砲筒が回転しようがここにいる誰でも避けられるし受け流す事も出来るだろう。

 

 だが先程も平子は喰らっていたが、その攻撃が見た目に反して破格の攻撃力を持っている故に感覚がズレるのである。音や速度、材質を感じ取っておおよその威力を感じたり防御姿勢を取った平子を蹴り飛ばしたのはそういった背景がある。

 

 ならばなぜ一角は喰らったのか、それは距離の問題だけでなく鬼灯丸が引き抜けずに踏ん張ったからである。グレミィに攻撃を当てた時に一角も「こんなに簡単なわけがない」と頭の中でわかりつつも踏み込み過ぎていたのだ、そして鬼灯丸が抜けない様に『一時的に血をコンクリートのように固めて』動きを封じ、隙を生じた一角を殴り飛ばしたのである。

 

 そしてそれは、先程平子を蹴り飛ばした時よりも遥かに高い威力である事がわかる。

 

「っ……一角はあかん! さっさと四番隊連れて行け!」

 

 直後、地面を何度も跳ねて吹き飛び、左肩を破壊された一角は気絶している。生きているだけでも良い方だろう、あの一撃を滅却師との連戦で傷も疲労も溜まったあの体で受けて生きているのだから。

 ただでさえ卍解・改で自身の限界を超えた力を使っているのだ、ここまでよくやっただろう。

 

 だが間違いなく、均衡は崩れる。

 

 頭数が減るという事もあるが、平子の逆撫による不意打ちも、視覚的な能力と誤認させて効いただけであり次は効かないだろう。五感を反転させるこの能力、その真髄は読み解かれていると思われて良い。

 

「今度は、それの卍解で何とかしてみる?」

 

「そない都合の良えもんちゃうで、卍解は……!」

 

 弓親が一角を抱えて走り去る。

 残り、5人。グレミィを相手するには少々、足りない。



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46話 下界決戦・2

 

 一護の相対する石田は正気を失っている。何をされたのか、ただの人形として一護に襲い掛かる。現代で滅却師として幾度の死線を超えて星十字騎士団でも基礎的な能力はトップクラスの攻撃だ、一護も少なからず傷を負ってきている。

 

「随分と腕を上げたじゃねえか」

 

 石田が相手という事もあり全力が出せないというのもある、そもそもどうすれば元に戻せるかも分かっていない。頭を弄られたのか、それとも能力的なもので拘束されているのか、それがわからなければ石田を助けられない。ただその力はロボットというわけでもなく少なからず体に染み付いた石田の癖はある。

 

 だからと言っても、殺せるわけがない。ここで石田をどうにかするにも、その元凶はここにいない。

 

 そしてそんな考えをする程、ユーハバッハは遠のいていく。

 

「俺も、本気でやる」

 

 ならば、気絶させるしかない。治し方など卯ノ花や浦原など、頼れる存在はいくらでもいる。多少は痛めつけてしまうことになるが、手段を選んでいられる時間もない。一護は霊圧を高めながら、斬魄刀を構えた。

 

「ちょうど、試したい事もあるからな」

 

 すると、斬魄刀の色が変わっていく。元々漆黒だったそれは白く染まっていき、変化は一護自身にも起きていく。頭からは角が伸び、瞳の色が変わると霊圧が遥かに跳ね上がっている。

 

 その力の名は虚化、それも仮面を被るだけの物とは異なる。一護が暴走した完全な虚化の力だ、ウルキオラや萩風の二人を一時的とはいえ圧倒した力である。今まで、それどころかここ最近はまともに使っていない力だ。

 

「お前の霊圧で叩き起こさせてもらった、もう暴走はしねえ」

 

 だがそれを、完全にコントロールしているのが分かる。理性を保ち暴れる事なく、静かに石田を見据えているが霊圧は穏やかではなさそうだ。

 

 元々は母親から受け継いだ滅却師の力と父親から受け継いだ死神の力と溶け合ったそれは反目し斬月として打ち直された事で大人しくなっていたのだが、石田の攻撃で均衡をわざと崩して呼び起こしたのである。

 

 ただこれを石田相手に使う必要があるかと言われれば、そうではない。

 

 そこまでの力を引き出したのはまだこの力を扱って日が浅く、実践慣れをさせたいとい考えもあるが、素早く決着をつけるにはこれが良いと考えているからでもある。

 

「歯食い縛れ……月牙天衝!!」

 

 即座に石田の背後に移動し、刀を振った。石田ならば耐えられる程度の出力、しかし気を吹き飛ばすほどの力を込めた月牙天衝だ、それは直撃し石田を吹き飛ばす。仮にこの力を過去に身に付けていれば、ウルキオラなど一方的に倒せていたのかもしれない。

 

「よし、傷は井上に……!!」

 

 だからこそ、今の攻撃で石田は確実に無力化出来た確信を持つ。今の一護の力は上から修行を受けて戻ってきただけでなく、自身に宿る力の全てを完全にコントロールもしているのだ、石田とは大きな差が作れている。

 

 ただ今すぐにでも上に行きたい所だが、まだ皆が戦っている。それに行く方法も思い付かない。なので相手していたグレミィの方へと向かおうとするが──

 

「な、んだ……!?」

 

 自身の背中に鋭い痛みを感じる、何処かから攻撃をされたらしい。しかしそれらしき兆候はなかった、それどころか攻撃を受けるまで気付かないなどあり得ない。

 

 そして周りを警戒する為に振り返れば、無傷の姿で矢を構える石田がいる。

 

 戦いの勘だろうか、傷口の雰囲気や石田の状態から何となく一護は感じ取る。一護が新たな力を身につけたように、石田も何らかの方法で新しい力を身につけていると。

 

「ダメージ……全部返して来たのかよ」

 

 まだ、戦いは続く。

 

 ☆

 

「月牙天衝!」

 

 グレミィとの戦い、負傷した一角とそれを運んだ弓親を除いた5人で何とか戦っている。ただそれも、グレミィの攻撃の手を緩ませる程の数の攻撃で保っている均衡に過ぎない。

 

「ちっ、マジで効いてねえな」

 

 そして銀城は目の前の敵に、勝つビジョンが見えていない。

 

「(奪うにしても一撃が入らねぇ、そもそも……奪った所でどうにかならない可能性が高いタイプなのがやべぇ)」

 

 銀城には奪う力がある。過去には黒崎一護から死神の力と完現術の力を奪って我がものとしており、それで奪えるのは霊圧やその能力、そして相手の持つ経験値がある。

 だがそれにも例外はあり、あくまでもその奪った相手に宿る力を奪えはするが、特定の部位などに宿る力を奪えるわけではないからだ。

 

 グレミィの力は想像力、つまり考える力を起因とするなら頭が何かしら特別である事を意味する。一護の能力を奪えたのは元から死神代行であったから、そして滅却師でない銀城では奪うにしても受け止める器がないので奪えない。

 

 グレミィと今すぐに同じ頭を作り上げろと言われても不可能であり、やっても無駄に終わる可能性が高い。故に銀城はこの戦局を左右できる存在ではない。

 

「そろそろ現れても良いと思うんだけどなぁ……四番隊の副隊長も、戦えないわけじゃないでしょ?」

 

「萩風は副隊長ちゃうぞ、俺と同じ隊長や」

 

 そして同様に、平子も左右できない。逆撫を対応されてしまい出来る事は斬りかかって少しでも注意を引く事である。そもそも体はBG9との戦いで限界を迎えており、今すぐにでも治療を受けなければならない体である。それでも卯ノ花が見送ったのは、それだけこの戦場がシビアなものとなると考えての事だろう。

 

 そして、それは正しい。現にまともにやり合えていない。

 

「なら尚更……現れても良いと思うんだよね。もう2人ぐらい殺したら、来てくれるかな」

 

 グレミィは朽木白哉の千本桜を抑え、阿散井恋次や朽木ルキアの攻撃を片手間に弾いている。そろそろ数を減らさないと面倒と考えていたというよりは『萩風の前で殺したいから』などという余裕によって成り立っていた戦場である。

 

「まずは、オカッパの隊長さんから」

 

 当人がいないならばもう少し暴れようと想像力によって作り上げたのは現代兵器の象徴でもあるミサイルだ。複雑な構造をしているそれすら片手間に作り上げるのだ、もはやこれを避けれても更に大きな力で圧殺される。

 

 平子は鬼道が全く出来ない存在ではないが、これをどうにか出来るほどの余裕もなく、周りもそれを庇う余裕がない。

 

「(これはアカンわ、後はひよ里達に任せるしかないな……)」

 

 自身の終わりを悟りながらも、平子はその攻撃から少しでも離れて他の者達に被害を出さないように駆けた。特に彼自身が思い残している事はない、ただ願うのはこれからここに来るであろう同志たちにこの化け物を倒して貰う事だけである。

 

 護廷十三隊の隊長がまた1人、散る。ミサイルの誘導性能まで想像されており、その爆炎が平子の頭上にまでやって来ると──

 

「おい、随分面白そうな事してんじゃねえか」

 

 そのミサイルは、一刀で両断された。ついでと言わんばかりに、それは平子を抱えて跳び上がる。彼自身そんな事をする死神ではないのだが、あまりに満身創痍な平子を見て怪我人をすっこませる為の行動なのかもしれない。

 

「また新しい隊長さん?」

 

 ミサイルがぶつかろうとした時に運ばれて降ろされ、突然の事で惚ける平子だが、それは目の前にある十一の数字とギラついた霊圧で誰が何をしたのかを察する。

 

「更木……どこほっつき歩いてたんや」

 

「卯ノ花の所に連れてかれただけだ、お陰で祭りに遅れた」

 

 滅却師側のNo.2を倒し、以前よりも遥かに力強い霊圧を放つ戦いに飢えた猛獣が現れた。覚えたての卍解により一撃を振るった影響で負傷してしまったが、それは卯ノ花にしっかりと治されている。

 

「ふぅん、君が『更木剣八』か……」

 

 明らかな強者、それも特記戦力。他の誰とも違う底知れない戦闘力を持つ歴代最強の剣八、文字通り護廷十三隊最強の死神が現れたのだ。

 

「強そうだ、想像通りに」

 

 だがそれでも、グレミィの余裕は崩れない。

 

 ☆

 

 臨時救護舎に集まる怪我人の数は少しずつではあるが、減ってきた。雑兵や星十字騎士団の殆どが片付いたと言うのもあるだろう、しかしそれを捌くのに卯ノ花の存在は大きかったのもある。

 

 重篤者のみを対処していた卯ノ花であるが、その分を山田花太郎や虎徹勇音が他の怪我人の治療に動いていたおかげで救護舎は落ち着いてきたのである。

 

「総隊長、一角は……」

 

「無事ですよ、ただ戦線の復帰はしばらく難しいでしょう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 そして運び込まれた一角も、無事に治療された。左肩を粉砕されはしたが、持ち前の生命力と卯ノ花の回道により一命は取り留めた。弓親も連戦により負傷していたが、それもついでに治療を受けある程度は戦えるようになっている。

 

 ただこれ程の処置のできる卯ノ花でも吉良や砕蜂の回復まで手が回らない。彼らはただでさえ重体であった体で卍解を使用した、それだけの覚悟があり使用したのであるが、やはり戦線の復帰は難しいだろう。卯ノ花の治療では後遺症も少なからず残ってしまう。

 

「重篤者の処置は完了しました。この場はまた貴方に任せます」

 

 だが、ここから先は四番隊の仕事である。元四番隊である卯ノ花の仕事は、もうそれじゃない。

 

「総隊長、どこに……」

 

 また戦線へ戻るのか。確かに今、グレミィという巨悪が暴れ回っている。それと戦える護廷十三隊の隊士は限られているし、そもそも総隊長の仕事は護廷十三隊を導く事である。だからこそ、今やらなければならない事が他にあると分かっているのだ。

 

「彼らの狙いは霊王宮です」

 

 ユーハバッハは、空を登った。理屈や理論、目的も不明であるが霊王宮を襲いに向かったのは確かである。そして恐らく、それが最初からあった計画なのだ。護廷十三隊や死神を滅ぼす程度の野望ではない、もっと先の何かを求めていると考えられる。

 

「下の戦いは直に決着します、ですが待ってはいられない」

 

 ならば追うしかないのである。幸いにも下には隊長格が複数、中でも剣八として覚醒した更木剣八もいるので心配はしていない。逆にこれだけの戦力をもってしても勝てない相手ならば、もはやお手上げである。今日らへ卍解を遠回しに指示したものの、それを耐えている存在なのだから。

 

「しかし、王鍵もありません。どう向かうのですか?」

 

「そこは頼れる天才が護廷十三隊には居るではありませんか」

 

 だからこそ、そんな存在を時間稼ぎの囮にしているユーハバッハを追わなければならないのである。上には零番隊、そしてまだ残っているであろう萩風がいる、暫く時間の猶予はあると考えられるが急がなければならない。

 

「涅隊長及び十二番隊、並びに浦原喜助を召集。上に向かいます」

 

 上の戦いが、この戦争を決める戦いである。



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47話 下界決戦・3

何と今回で50話も出してるらしい。

と言うわけで、1万3千字の投稿です。


 

「っ、このままじゃ」

 

 遠くで感じる激しい戦い、その余波は離れていても一護は感じている。ユーハバッハを追えない今は石田を止める為に戦い続けてはいるが、やはり得体の知れなさがあったグレミィを5人に任せたのは少なからず不安もあったのだ。一護も今すぐにでも駆けつけたいのだ、グレミィのような滅却師と戦えるように強くなって来たのだから。

 

 ただ今の一護は満身創痍とはいかないものの、既に全身が傷だらだ。それも全て石田の能力である『完全反立』によりダメージを跳ね返されているからだ。正確には事象を2点間で入れ替える能力なのだが、最初はシンプルにダメージ状況を入れ替えた時と異なり徐々に『虚の力の混じった月牙天衝』によるダメージを入れ替えるなど細部を変えて自分にダメージを反映させないように立ち回っているのである。

 

 ラジコンにしては性能が良過ぎる、恐らく直に操っているのだろう。しかしそれらしき影は周りに無ければ、まともな滅却師の戦力はグレミィ以外に感じない。他にいるはずだが、それを倒す事ができないのだ。

 

 ただ上記の能力を分かっているがゆえに、石田を止める手立てを一護には思いつく事が出来ない。間違いなく、石田との相性が悪いのだ。これを相手するには戦闘力とは別の切り口から攻めれる、搦手が得意の存在が良いだろう。

 

「お困りみたいですね、黒崎さん」

 

 そして、そんな搦手に誰よりも長けた者が現れる。

 反射的に石田も矢を放つが、それは霊子構造や本人の霊圧を把握し尽くしているがゆえに容易く打ち消してしまう。

 

「石田さん、どうやら操られるみたいで」

 

 浦原喜助、そんな芸当が出来てしまう特記戦力の1人だ。

 

 ☆

 

 グレミィ・トゥミュー、この相手が下界に残る最大の難敵である事は戦った全員が理解している。護廷十三隊でも指折りの実力者とそれに並ぶ完現術者の共闘という想像し難いメンバーであり、現状集められる戦力の最大値に近かった。

 

 だが、それでも倒せない。想像力という底知れない力により、倒すどころか傷をつける事や、付けた傷を治させないといったことが出来ずに後手に回らざるを得なかった。

 

 護廷十三隊はたった1人の滅却師に殲滅されかけていたのである。

 

「どうしたあ! こんなもんじゃねえだろ!!」

 

 ただそれも、1人の死神が来るまでの話だが。

 

「マジかよ」

 

 更木剣八は攻めた、攻め続けた。手数で押し切れなかった相手に、力でゴリ押した。決定打を与えられなかった他の5人と違い、常に先手を打ち続け、押し切ろうとしている。

 

「ほぼ、1人で……」

 

 それも、たった1人で。

 

「これが、更木の本気かいな」

 

 平子とて護廷十三隊の隊長である。目の前の敵がどれほどの強敵か強者であるが故に理解し把握も出来ている、万全の状態でも勝機は薄いと感じる程だ。ただ、更木はそんな事を感じさせない。グレミィに対して、どんな能力であろうと叩き斬る事しか頭にないのだ。

 

 下手に介入するのは自殺行為であり、更木と連携を取るなど歩調が合わないどころの話では無いだろう。

 

 しかし、更木剣八無くしてこの戦場は成り立たない。それはこの場にいる朽木白哉も感じている。

 

「(奴の動きに余裕が無くなってきた。ならば……)」

 

 白哉は手数という点で攻めてきた。余裕を無くすための手段としてはそれが最善と考えられる、そう京楽が言っていた。手数という点で護廷十三隊でも有数の斬魄刀である千本桜ならばグレミィと渡り合える、事実更木が来るまでの殆どの時間を白哉がグレミィを相手していた。

 

 だからこそ分かるのだ、更木剣八と言えど決定打を与えられる相手では無いと。

 

「兄様、このまま卍解を維持するのは……」

 

 ルキアが駆け寄って来る、彼女も連戦で体力の消耗も大きいだろう。だが卍解を維持し続けていた恋次や限界をとうに超えた平子よりはマシな様子だ。まだ、戦える。

 

「ルキア、お前の卍解で奴の動きを止めろ」

 

 ルキアの斬魄刀、その真価を発揮すれば勝機はある。

 

「私が止めを刺す」

 

 体をいくらでも元に戻せるグレミィと更木は相性が悪い、仮に奴を倒すなら粉微塵にする他無い。その為の力を、彼は持っている。

 

 ☆

 

 更木剣八と戦い始めて数分が経過している。たった1人、というよりは周りを寄せ付けない戦いをしている更木が異常なのだが、一度としてグレミィも攻撃の手を緩めていない。

 

 現代兵器による機銃掃射はいなされ破壊され、溶岩の濁流も一撃で薙ぎ払われてしまい、骨をクッキーに変えてやろうとしてもその想像の最中に鉄より硬いと想像した自身を切り裂いて来る。

 

「すごいな、これだけ捌かれたの初めてかもしれない」

 

 ここまで力技でグレミィと渡り合ってきた存在はいない、逆に力技でどうにかされないという自信が少なからずグレミィにはあったので驚きである。搦手を使って来る他の隊長の方がまだ対処は楽であった、そうはならないと考えていた固定観念はこの死神を前にして崩れようとしている。

 

「今のダイヤモンドぐらい硬くしたのに、それでも斬って来るんだ。やっぱり隊長の中でも頭が抜けてる」

 

 だからこそ、グレミィは考えた。

 

「想像通りだよ、更木剣八」

 

 どこにも、負ける要素などないと。

 

 グレミィの固定観念は確かに崩された、だが想定していなかったわけではない。想像の範疇に収まる異常さであり、陛下であるユーハバッハでも可能であるという例外を知っている。その例外が1人増えただけであり、その例外を勘定に入れてしまえば良いのだ。

 

 そう想像して、出来ないわけがない。その自信が彼にはある。

 

「ただ、この世界で1番硬いのはダイヤモンドじゃない。想像した事ある? モース硬度がダイヤより倍もある物質が存在するんじゃ無いかって」

 

 想像の力は無限大だ、仮に存在しないものであろうと存在すると想像してしまえばその想像の範囲内には存在してしまう。それを具象化してしまうグレミィの力は、はっきり言って異常過ぎる。

 

「呑め 野晒」

 

 そしてそんな存在であるグレミィに向かっていく更木剣八という死神も、異常なのだが。

 

「っ、無謀にも程が……!?」

 

 瞬間、更木は斬った。力任せに振るわれた大斧が、グレミィにぶつかった。『斬れる筈がない、精々衝撃で吹き飛ばす程度が関の山だろう』と彼が頭の中でそう考えるのも仕方ない、逆に大斧が刃こぼれでもするか、そのままひび割れてしまうに決まっている。

 

 だが、そんな考えを嘲笑うかの如く野晒の刃はグレミィを斬り裂きながら吹き飛ばした。

 

「何言ってやがる、お前がどれだけ硬かろうが俺に斬れねえわけが無え」

 

 確かに例外と認めたグレミィだが、考えが甘いのだ。力押しで来る相手と分かってはいても、その底を測る事は出来ていない。何故ならそんなものは本人ですら分かりきっていないのだから。

 

「俺が、剣八だからだ」

 

 十一番隊の隊長とは、そういう存在なのである。

 

 ☆

 

「どうした、戦いに来たんだろ。ならもっと集中しやがれ」

 

 更木はまだ、本気じゃない。いや正確に言えばいつでも本気は出せるが、相手が本気ではないのでまだ待っている。始解をしたのもその本気を出させる為の余興に過ぎず、まだまだこの滅却師には底があることが分かっている。

 

「僕の想像を一時的とは言え超えたのは認めようかな、流石と言ってあげるよ」

 

 だからこそ、グレミィもまた顔色を変えた。

 

「良い顔して来たじゃねえか、ここからが本当の戦いだ!」

 

 今迄は本気の力なぞ出していない、敵を殺さない為の手加減をしていた。その手加減ですら隊長を2人殺し、一角を戦闘不能にしたのだが、それでも片鱗しか見せていない。

 

 グレミィの想像を超える事が出来たのは間違いなく、更木剣八ただ1人である。そしてその想像を超える力ですらまだ片鱗しか見せていない事を分かっている。

 

 戦いを楽しむ更木の気に当てられたのだろう、高揚させた気分を存分に発揮する。世界の理など容易く踏み越える、その力を全開にする。

 

「際限無く君を攻める、際限無く生まれる生物の奔流に轢き殺されろ」

 

 今まで水や溶岩、酸の海を操って護廷十三隊を苦しめたグレミィであるが質量の暴力は何も流動的なものでしか出来ないわけではない。構造が複雑であればその分のリソースを頭から割いて具現化させる、そして命を作る事はグレミィの中でも空間を操るよりも緻密な計算が必要となる。

 

 空間を作り変えるのも計算は必要であるが、更木剣八を覆う程度に歪ませるのは片手間にもできる、命を作る事も片手間に出来はする。だが一つ違う事があるのだ、それは命の流動性は個体差がある事を想像する必要があるからだ。

 

 それだけ複雑な攻撃を仕掛けられる一方で、物量を用意するとなるといくらグレミィと言えど本気にならざるを得ない。更木剣八に対して有効なのは空間を宇宙に作り変える事かもしれないが、グレミィは自身が本気である事を示したかったのである。

 

 だが、それで勝てるほど甘くはない。

 

「はっ、数が足らねえぞ。もっと出来るだろ」

 

 更木は四方八方から迫り来る昆虫や鳥、爬虫類などが合わせられた不気味な生物の群れを全て斬り殺した。それが出来たのは斬魄刀の新しい能力などではない、ただ単純に全方位から向けられた殺意に対して刀を振るったのである。

 

 野晒という怪物をぶつけられて形が残るはずも無く、ましてやその衝撃波ですら四肢を砕く力があるのだ。異形の群れなど、文字通り羽虫を払う程度の気を割いても余裕なのである。

 

 ただグレミィとて、これはあくまでも自分が本気を出すという意思表示の為に放ったものである。止めを刺すものではないし、止めをさせるとまで思い上がってもいない。

 

「この程度の物量じゃわけないのか、なら……」

 

 そして、グレミィは浮いた。更木を見下ろすように、ソウルソサエティを見下ろすように浮かび昇った。ただそれに対して更木は傍観する、グレミィとの戦いを楽しむ為だろう。少なくない時間をグレミィとの闘いに割いたのだ、その能力はこんなものでは無い事を分かっている。

 

 ただギリギリを求める戦いをするのではない、相手の全力を理解した上で全力で斬り殺す。それが新しい更木剣八であり、手を抜く事などあり得ない。

 

「本当に斬れない物量を見せてあげるよ」

 

 だからこそ、グレミィは更木だけを見ていた。他にも多少意識を割く余裕はまだあるが、90%以上のリソースは更木剣八へと向いている。いかなる妨害が更木から飛んでこようとも対応出来るように、身を液体化させて斬撃を無効化できるように準備もしていた。

 

 だからこそ、見落とす事になる。

 

「卍解」

 

 この戦いに参加しているのは更木だけではない、連戦により疲労困憊の死神がまだ生きている。ただ更木との戦いに介入する余裕もなく傍観していたのだ、意識を少しは割いていたがその意識程度なら不意を付ける瞬間はある。

 

白霞咎(はっかのとがめ)

 

 その刹那の油断、グレミィの体を氷の刃が貫いていた。全く余裕がなかったわけではない、更木との戦いに夢中になりながらも横槍を入れて来た瞬間に殺せるよう意識は割いていた。10%にも満たないリソースではあるが、グレミィは更木以外にも兵がいる事は理解していた。

 

 ただそれでも、介入出来ないという予感があったのだ。更木の動きに合わせれるほどの体力が残っていない者が殆どであり、不意をついた朽木ルキアも卍解後即座に戦闘不能となっている。最後の力を振り絞った一撃だ、しかし一矢報いる為の一撃とはグレミィは思えない。

 

 そしてそれは、直後に周囲に展開された刃の列を見て悟る。

 

殲景(せんけい) 千本桜景義(せんぼんざくらかげよし)

 

 更木を除く兵の中で唯一体力があったのが朽木白哉である、グレミィの攻撃に1番耐えていたのも彼だ。だからこそグレミィは更木以外に割いていたリソースの8割は朽木白哉の警戒に当てていた。

 

奥義(おうぎ)

 

 朽木白哉の不意打ちを受ければ更木の攻撃まで手が回らない、不意の攻撃は即座に回復が出来ないからだ。そしてその不意の攻撃が連続すれば、グレミィとて無事では済まない。

 

一咬千刃花(いっかせんじんか)

 

 刃の隊列は、凍り付くグレミィに向かっていった。

 

 ☆

 

 日の光によって氷の破片が空で煌めく。それはグレミィの凍った身体の破片なのだろう。

 

 グレミィを粉砕しようやく、白哉は卍解を解く。不意打ちとは言えそれ以外での勝機は薄かったので最善の策であっただろう。しかしそれで全員が丸く収まるわけではない。

 

「おい朽木、何勝手に手出して来やがる!」

 

 グレミィの底を引き摺り出していた更木としては面白くない結果だろう。最後に何かしらの攻撃を仕掛けに来ていたのもあり、それを横取りされればこの男が白哉に剣を向けながら食ってかかるのも仕方ない事だ。

 

「兄では相性が悪い、今倒せなければどうなっていたと思う」

 

 しかし、白哉も更木があのまま戦っていても勝てないだろうという予感があった。正攻法で攻め続けるのは敵にとっては如何様にも対応が出来る、それを皆知っている。それをどうにか他の手段で攻めるとすれば現状残っていたメンバーである2人の朽木の卍解を使うという考えに至るのは自然な事だろう。

 

「邪魔だって言ってんだよ、てめえから斬り殺すぞ!」

 

「貴様如き荒い剣に劣ることなぞ無いが、無駄な時間は過ごせん。奴を倒した今はユーハバッハを追うのが先決だ」

 

 そして何よりも時間がない事を白哉は分かっている。ユーハバッハが霊王宮に攻め入った事は分かっており、それを追わねばならないのだ。仮に更木が勝つ事を信じていたとしても、楽しむ為に時間をかけるのならば直ぐにでも終わらせる必要もあったのである。

 

 実際、更木の攻撃も治ってはいたのだ。このまま同じような戦いをしていればジリ貧である、白哉の選択は間違いではないだろう。

 

「倒せてないよ」

 

 ただし、それで勝てるかは話が違う。

 

 グレミィはまた五体満足の状態で、空に浮かんでいるのだから。

 

「危なかったのは認めるよ、でも君たちの誰でも僕を倒せないのが分かったでしょ。まして殺す事なんて、出来やしない」

 

 液体化して斬魄刀を避ける事、それ自体はグレミィの保険としていつでも発動できる準備があった。しかしそれはルキアの斬魄刀により凝固されてしまった事により千本桜を受け流すといった芸当が出来ないでいただろう。

 

 ただ、そこで思考が止まっていなかったのだ。凝固点を分子の動きの止まる絶対零度であっても凍らないと世界の法則を歪める想像した事により、千本桜の全方位攻撃を避け切ったのである。白哉も少なからず手応えを感じていたが、それは思考が遅れた一部の身体の凍った部分を破壊した事で感じ取ってしまったのだろう。

 

 ただこれで、同じ攻撃は通用しなくなった。ルキアは限界であり、白哉も千本桜の卍解をこれ以上維持するとなれば精細さを欠いてくるだろう。手札を消費しても、グレミィの手札はこちらに対応する度に増える一方だ。

 

「これだけ暴れて出て来ないんだ、もう上に居ることは分かってる。なら……ここはもう終わっても良い」

 

 もはや、まともに動けるのは更木剣八のみである。護廷十三隊全隊でも、まともに動ける隊長格も更木を除けば卯ノ花や涅ぐらいのものだろう。

 

「最後に僕の本当の力を見せてあげる」

 

 グレミィという最強を相手に、勝てる死神は居ない。

 

「僕が2人になれば、どうなると思う?」

 

 気付けば瀞霊庭を覆う程の巨大な影が現れる。それが巨大な落石である事は、想像出来たものは居ないだろう。

 

 ☆

 

「浦原さん、ユーハバッハが上に行った。何とか石田を止めて後を追いたい」

 

「そうですね、なんとかします。ところでその傷は?」

 

 石田からは目を逸らさず、浦原に話す一護。しかし浦原が気になるのは石田から傷つけられた体である。上から戻ってきた一護の戦闘能力は石田を含めた星十字騎士団を圧倒できる力を持っているのが分かるのだが、それで石田は無傷であるのに対して一護が受けているダメージが大き過ぎるのが気になっているようだ。

 

「石田に付けた傷が全部返ってきてる、殴って止めたいけど止められない」

 

 石田を一瞥すると、その能力を簡単に察する。星十字騎士団の滅却師にはユーハバッハから与えられた特別な力を持つ者が多くいる、そしてその能力について無理のない範囲でリルトットから浦原は耳にしている。ただその能力について、石田の情報は無かったが相当な能力なのは分かる。

 

 ダメージの反射か事象の書き換えや入れ替え、いくつか頭に候補が湧いて出て来る。この石田を相手するには相応の時間と策が講じる必要があるだろう。

 

六杖光牢(りくじょうこうろう)

 

 ただ、それを相手する余裕も時間もないのだ。即座に浦原は石田の動きを拘束する、相手を倒す手段はいくらでもあるが普遍的な相手を止める手段を死神は持っている。石田ほどの使い手ならば多少の抵抗をすれば解ける事にはなるが、重ねがけていけば止める事は容易い。

 

 しかし止めるだけだ、どのような力で操られているかは分からない。

 

「黒崎さん、今はユーハバッハを追わないと不味い状況です。急いで……!?」

 

 だからこそ、一護には一刻も早く上に合流して欲しいのだ。石田を助ける事を約束は出来ても、世界が終わってしまえばそんな約束は無意味になる。だけらこそ、少なからず検証の時間も欲しいのだが──

 

「鬼道も跳ね返すあたり、概念的なものまで跳ね返せそうですね」

 

 それは、跳ね返された鬼道が自分にかかった事で分かる。特に予備動作らしきモノは見当たらなかった、あったならばそれで少なからず反応できたが見事に浦原に鬼道がかかっている。ただ元は浦原がかけたモノなので解く事は難しくない、だが少なからず策の選択肢はいくつか消えるのも事実だ。

 

 どうしたものかと、浦原は軽く頭を悩ませるがそれは別の物々しい雰囲気に塗り替えられていく。急に世界が暗くなったのだ、何の前兆もなく。そしてそれが瀞霊庭全体に起こっているのも分かる。

 

「っ、あっちはようやく本気になったみたいですね」

 

 そして徐々に、影は薄まっていき代わりに上空から赫赫とした光が照らされる。それは摩擦によって起こされる熱エネルギーから変換された光であり、その元となっているのは巨大な隕石である。遮魂膜という言ってしまえば侵入を阻む絶対的な壁が瀞霊庭に展開されているが、あまりの質量に分解出来ずそのまま落下を始めている。

 

 あれを今すぐどうにかしろと言われても、浦原は手を打つのに時間が無さ過ぎる。前もって落ちてくる隕石の対処はできても、突然現れた生物を滅ぼす力はあまりにあまりな暴力なのだ。石田をどうにか振り切り、落下の威力だけでも何とか減衰させたい浦原であるが──

 

「浦原さん、石田を頼む」

 

 その意図を汲んだように、一護が走った。あの暴力に対処する為に、石田との相性が悪いのは明らかだったのでむしろそこに向かうのは適切なのかもしれない。

 

「無理は禁物ですよ、この後に本丸が控えてますからね」

 

 走り去っていく彼の背に向けて、届くか分からない言葉を送る。もう前しか向いてないのだ、そしてそれを信じて向かわせられる信頼の力を彼は持っている。

 

 そして、それを邪魔する無粋な事はさせられない。石田が矢をつがえて一護を狙うが、それは両者の間に浦原が割り込み防ぐ。任せられた仲間を助けるのは黒崎一護本人がやりたい事でもあるはずだ、それを頼まれたのだから、その信頼に応えたい気持ちがある。

 

「追わせませんよ……仕方ないっすね」

 

 そして今の戦いや状況から、ある程度の策を見出している。

 

「卍解」

 

 そんな中で着実な手立ては、ここにいる死神にも見せたことのない力。誰にでも使える力ではなく、敵を倒すよりも敵を調べる力に長けた力。

 

観音開紅姫改メ(かんのんびらきべにひめあらため)

 

 その解放が石田にも通じる事を、浦原喜助は分かっている。

 

 ☆

 

 空を覆う程の巨大な隕石、それがグレミィの作り上げた最大火力の攻撃だろう。しかしグレミィが最初に作り上げたのは隕石ではない、その隣にいるもう1人のグレミィだ。本物と全く同じ存在、つまり想像力も全く同じ、ならば2人掛け合わせた想像力の暴力は誰にも想像出来ない。

 

「終わりだよ、もう君達にはどうにもできない」

 

 ただ、単純に倍というわけではない。2人目のグレミィが頭のリソースを全て回せるのに対して、オリジナルのグレミィは2人目を想像するリソースを使用している。ゆえに理論上は無限に想像力を増やせるわけでもあるが、2人ですらこの破壊の塊を落とす事が出来るのだ。

 

「僕は瓦礫の中で生き残るけど、いや……瓦礫すら残らないか」

 

 命という複雑なものを想像する力と異なる、シンプルな落石である。ただその圧倒的な質量は重力に引っ張られて果てしないエネルギーとしてぶつかってくるのだ。グレミィの想像力を再高効率で利用した方法故に、ここまでの絶望を叩きつけられるのである。

 

「言っておくけど、あれはもう造り終えたものだから。僕を殺しても消えない、詰みって奴だよ」

 

 事実、それを目の当たりにしたルキアや恋次は刀を持つ手が震えている。あまりにあまりな終わりを目にして、勝ち筋を頭に描けないのだ。まだ2人に体力があれば反抗する気概もあったのだが、その体も2人ともボロボロであり他のメンバーもその反応に近い。

 

 ただ更木だけは腕を鳴らしながら「隕石か、それはまだ斬った事が無えな」とアレに向かって行くような素振りを見せている。遮魂膜ですら消せない質量を相手に、どうするというのか。ただ朽木白哉は少しでも生き残れるモノを増やす為に周囲の死神や銀城を千本桜で覆って行く。これで如何程に生存力が上がるのかは分からないが、今の白哉ではアレをどうにかする力は残っていないのだ。

 

 鬼道砲といった兵器も護廷十三隊は所有しているが、その類の物を使おうにも時間はないし、そもそも瀞霊庭を作り替えられた時点でそんな手段は消えている。そんな考えをしている白哉の視界を、一つの点が通り抜けて行く。

 

「あれは黒崎一護……まさか」

 

 アレをどうにかしようと突撃を考えていたのは、更木だけではない。確かにアレを完全に消し去る事は出来ないだろう、ただ白哉であってもヒビを入れて空中で粉砕すれば被害は大きく減らせる事ぐらいは分かっている。

 

 だからと言って、それやろうとする考えに至らなかった。

 

「卍解!!」

 

 グレミィの視界にも、黒崎一護は写っている。ただそれでも何か出来るとは思えていない、先ほど軽く手合わせをした力では届かないと分かっているからだろう。

 

 ただ、今の彼は虚の力と死神の力が溶け合い混ざっている。それを分かっていない。

 

「無駄だよ、もう手立てなんかない」

 

 そう言うと、グレミィは隕石から目を逸らした。元々萩風が居ないのであれば皆殺しにするつもりだったのだ、黒崎一護も今は例外ではない。下を終わらせ、上に行く。上に居なければ虚圏にでも向かうか、そんな考えしか今のグレミィの頭にはない。

 

 何故ならこれを防げた者などいなければ、ここまで使う事も無かったのだ。絶対的な勝ちを確信できる力を発動して余裕が作れないわけがない。

 

 ただ、そんな余裕の状態でも更木剣八は警戒する。死の間際であっても、グレミィに一撃を与えてくる可能性のある更木だけは警戒している。ただ、何故か隕石に顔を向けていた更木の顔が少し変わっている。

 

「ち、どいつこいつも横取りしやがる」

 

 瞬間に黒い閃光が一瞬だけ煌めいた。グレミィの背後からとてつもない霊圧の増大を感じるが、それに嫌な予感を感じてしまう。

 

「っ、まさか……」

 

 グレミィは振り返った。

 

 同時に凄まじい衝撃波と隕石のヒビ割れる音が、辺りに響いた。造り出した隕石は止まったんじゃないかと思うほど、速度が落ちていた。更に隕石のヒビから黒い光が噴き出し、ボロボロと崩れて行く様子が見える。中に赤い光もあるが、その全てがたった1人の人間によって起こされているのが分かってしまう。

 

 隕石の中で力を暴走させている、内側から隕石を弾き飛ばそうなどと考えた事などない。何故なら隕石とは逃げるものであり、迎え撃つものではないのだから。

 

天鎖斬月(てんさざんげつ)

 

 だからこそ、想像を超えていた。斬魄刀を解放し、更に自身の才覚すら解放した一護は、空に立っていた。

 

「勝負だ、グレミィ! お前を倒して、俺は上に行く!!」

 

 ☆

 

 上には黒崎一護、下には更木剣八。2人の特記戦力を前にして、グレミィの余裕はもうない。舐めてかかれる相手ではない事は今迄の2人の戦闘能力から察せられる。

 

 恐らく、更木剣八も隕石をどうにか出来たのだろう。グレミィがどうも出来ないと考えて放った最高効率の攻撃を、どうにか出来る力があるのだ。

 

 ならばもう、出し惜しみなど出来ない。いやしていたわけではないが、頭のリソースの全てをこの2人に集中しなければならない。他の雑兵の攻撃などもう無いのだから、そう考えたグレミィは100%以上のリソースを2人に向ける。

 

「まだ僕の数が足りてないみたいだね……一体何人まで相手できるかな!」

 

 ただ、その瞬間が終わりだった。

 

 それだけを待っていた者が、いつの間にか背後に居た。

 

「はい、挟んだ」

 

 自分を貫く刃をグレミィは見る、しかしただの傷であれば即座に治す程度の準備はしている。問題なのは、貫かれた胸元から血が流れるどころか傷一つ付けられていない事だろう。

 

 唐突な乱入者にグレミィは目的を測りかねる、ただ更木と一護の反応を見るに『彼等にとっても想定外』の乱入である事が分かる。格好は護廷十三隊や滅却師と違いただの人間のような格好であり、少なくとも何処かに所属した者には見えない。

 

 ただ、そんな者がグレミィの相手した奴らの中にいる。

 

「遅えぞ月島! ビビってたんじゃ無えだろうな!?」

 

 銀城、その名前をグレミィは知らない。護廷十三隊の死神かと思えば黒崎一護の技を使ってきた以外に特徴らしきモノを感じ取れなかった。他と変わらない死神程度の認識の存在、その彼だけがこの乱入者について分かっていたようである。

 

「そんな事ないよ、言ったじゃないか。余裕を無くさないと挟む時間が足りないって」

 

 いや、最初からここに混ざる事すら想定していたように見える。

 

「誰? 僕に、何をした?」

 

 長身の男は、刀を何かに変えてしまい込んだ。元からいた銀城の方も武器をしまうと、そのまま何事もなかったかのようにその場を後にしようとする。

 

「──答えろ、何をした!」

 

 だが、グレミィからすれば意味がわからない。戦いは終わったわけではないし、グレミィはまだ追い詰められてもいない。余力なぞいくらでもあるのだ、それにこの2人からは更木や一護と並ぶような雰囲気は感じる事ができない。

 

 何を考えているのか、分からなかった。

 

「まだそんなに喋れるの?」

 

 ただそれは、ベクトルが異なるからである。

 

「君、もうとっくに死んでるのに」

 

 瞬間、グレミィの胸から鮮血が噴き出していた。

 

 ☆

 

 グレミィが突然出血し死にかけている、それには当人もその場にいる一護達も戸惑っている。グレミィという存在は負傷する事はおろか、傷付けても簡単に傷のない状態に戻せる理不尽な力の持ち主である。それがなぜか突然、死にかけていれば戸惑うことも仕方ない。

 

 ただ、その戸惑いは銀城と月島には当然ない。

 

「君は僕の傷だけは治せない、そう言ってたじゃないか。これだけ暴れたらその傷口が開いちゃうよ」

 

 グレミィとて、体を治そうとしている。しかし治せない、そのカラクリもよくわからない。ただ治せないという事しか分からず、月島から話された根拠も根拠になっていない。

 

 だが、その根拠を聞くと何故か頭の中に『存在しない筈の記憶』が湧き出て来る。当たり前のように、疑う事など必要もなく間違いのないはずの記憶が蘇ったかのように湧いて来る。

 

「僕の過去を操って……!」

 

 そうグレミィが考え付いたのは、彼自身も何かしら違和感と月島が自身とは別のベクトルであれど、相応の能力を行使してきたという確信があったからだろう。

 

 月島秀九郎 保有する能力は『ブック・オブ・ジ・エンド』栞を完現術により刀に変え、斬った対象の過去を自身を挟み込む事で改変する事が出来る。その能力はただ本人の認識や過去を改変することに留まらず、その過去から枝分かれした未来にまで影響を与える。

 

 グレミィ同様、理を操る能力者だ。

 

「死のリアリティは保証するよ、僕の実体験を写してあげたからね」

 

 ただ、月島も気紛れでグレミィを斬ったわけではない。銀城が戦っていたから介入したわけでも、護廷十三隊のために戦ったわけではない。

 

 最初からグレミィを倒すために隠れていた、それは黒崎一護の義理を返す為に。ついでに理由を付けるなら、銀城が面会を求めている浮竹と会うのに邪魔だったからだ。

 

 しかし、いくら月島でも何の情報もない敵を倒そうとは考えない。取れる情報を取ってから戦う。しかし、グレミィに関しては月島としても運良く手に入った情報、気付けば手に入っていた情報だった。

 

「月島、お前も来てたのか」

 

「銀城に頼まれてね、君を手助けするように言われたからさ」

 

「違えよ、俺は義理を返せって言ったんだよ」

 

 たまたま、倒した敵がグレミィに繋がる存在だったに過ぎなかった。

 

 グレミィによって生み出された命、その中には星十字騎士団の滅却師もいる。1人は綾瀬川弓親によって倒されているが、もう1人については月島が斬って倒している。

 

 そしてこの月島の能力であるが、対象の能力はもちろんの事、隠し事や対人関係、その人間としての癖など全てを知る事が出来る。そして倒したグエナエル・リーはグレミィから作られた存在であるが故に、その能力の特性や他の星十字騎士団の情報を集める事が出来たのである。

 

 浦原喜助や銀城もその情報を共有しており、グレミィという存在が規格外である事を認識していた。この力では、護廷十三隊の全滅もあり得ると。

 

 だからこそ、月島がグレミィを討ち取る事は銀城や浦原との作戦で決まっていた。ならば何故、情報を知っているのにも関わらず銀城や他の護廷十三隊の死神と共にグレミィと戦わなかったのか。

 

 それもまた、グレミィを倒す為だ。

 

 グレミィの能力は頭を使う能力、逆に言えば頭に余裕がない時が最も大きな隙を生むことになる。その隙をつく為にあえて月島は戦闘に介入せず、不意を突くために傍観していた。

 

 いかに死神達が劣勢であっても、更木剣八や黒崎一護といった戦力が来る事を分かっていたので、グレミィの余裕が無くなる時まで隠れていたのだ。

 

 我慢の甲斐があっただろう。もし仮にグレミィに余裕がある状態で攻撃を仕掛けたとして、いくら月島と言えど不意打ちでは挟める情報に限界があった。返り討ちにあう可能性も十分にあった。

 

 故に頭のリソースを吐かせきり、余裕のなくなったグレミィでは幾らでも過去の改変は済んでいる。

 

「僕は……まだ死ね、ない……こんなところで死んだら、誰が……を……!」

 

 ただ、まだグレミィは死んでいない。いつ死んでいてもおかしくない状態ではあるが、何かしらの信念を支えに辛うじて命を繋いでいる。更木は興味がなくなったようでトドメを刺す気はないようだが、ここで確実に倒さなければならない敵なのは皆わかっている。

 

「僕の能力も完璧じゃない、こうなる事も想像出来てた。だから、あえて言うよ」

 

 白哉は刀を手に、グレミィに向かおうとするが月島はその必要は無いと一瞥する。

 

「リルトット・ランパードなら、ユーハバッハから離反して生きてる」

 

 グレミィの思い詰めたような、命を引き留めていた顔が変わった。緊張の糸が切れたのか、瞬間にグレミィの全身が光の粒子となって弾けて消え始めて行く。

 

 グレミィが求めていたもの、彼を引き留めていたもの、その願望の全ては月島が挟んだ時点で得ている情報だ。グレミィの心の支えにしているそれについて月島が何の情報も持っていなければ、ここからグレミィが戦況をひっくり返して来る可能性もあっただろう。

 

 だが、その柱はもう折られている。

 

「萩風カワウソと浦原喜助に保護されてる、君の使命なんて最初から存在しない」

 

 グレミィの中にあったそれは、必要がなかったのだから。能力を破られ、月島の能力に対抗していた思いの力も無くなり、負けたはずなのだが、グレミィの顔色は少し晴れているように見える。

 

「あーあ、こんなところで死ぬのか……想像、出来なかったなあ」

 

 思い残すことは無かったのか、それは分からない。

 

 ただグレミィ・トゥミューという滅却師は、脳の入ったカプセルを残して、この世から消え去った。





グレミィ・トゥミュー● vs 月島秀九郎◯

グレミィと戦闘した人一覧

鳳橋楼十郎 六車拳西
京楽春水  更木剣八
朽木白哉  朽木ルキア
阿散井恋次 黒崎一護
銀城空吾  月島秀九郎
斑目一角  綾瀬川弓親
平子真子



グレミィは月島さんが挟む以外で倒し方あるのかな……。

長かったと思いますが、これにて下界における戦いは終わりです。

次回から『千年血戦篇 霊王宮侵攻』をやって行きます。アニメを待つまでの暇潰しになれば嬉しいです。


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千年血戦篇 霊王宮侵攻
48話 王手



最終章 開幕


 

 下界では護廷十三隊と滅却師が激しい戦闘をし、更には合流した黒崎一護や月島秀九郎といった外的戦力の援軍もあり、殆ど戦争を終わらせようとしていた。上の修行を経て強くなった者達の影響は大きかっただろう、阿散井恋次や朽木ルキアは卍解を習得して敵を倒し、朽木白哉は千本桜を見つめ直して敵を撃破しており、黒崎一護も瀞霊庭の危機を卍解により救っている。

 

 それだけ、彼らが上に運ばれた事は大きかったのである。

 

 その一方で、未だに霊王宮に留まる者達がいた。

 

「もう、1ヶ月は経ったのか?」

 

 萩風達は霊王宮に持って来た空間、そこからまだ出る事が出来ないでいた。何もない空間、あるのは元から修行の為に準備したという食料などで、鍛錬場としての機能以外は持ち合わせていない。

 

 そんな場所に、1ヶ月はいた。

 

 ただ空間内の時間を歪めているので、正確には萩風やウルキオラといった鍛錬をしている者達が感じている時間であり、雪緒やリルカはそこまでの時間は感じていない。

 

「食料があるとは言え、いつ滅却師が攻めてきてもおかしくない。そろそろ和尚も気付いて来る頃合いだと思うが」

 

 ただ、それでも日番谷冬獅郎は焦りを感じている。修行をしたい気持ちは勿論あるが、下界の戦いに間に合わないのではないかと心配しているのだ。実際には間に合うどころか終わりかけているのだが。

 

 そしてその日番谷と鍛錬をおこなっているのが、萩風である。同じ護廷十三隊の隊長同士の戦いだ、それを何日も何時間も行なっている。ただ休憩の為に外に出た彼等に、その戦いを見てきたリルカは呟く。

 

「ねぇ、本当に強いの? 一回も勝ててないじゃない」

 

 日番谷冬獅郎に対して、萩風カワウソは一度として勝てていなかった。

 

「相性の問題、と言い訳にしたくはないけど……それを覆せないのが、俺の実力か」

 

「ユーハバッハの能力が分からない以上、俺と萩風が戦っても『この力』の慣れ以外の経験は得られないからな。そろそろ出る事は考えておきたい。隊を離れている時間は、短い方がいい」

 

「そうだな、俺としても四番隊を任せっきりにしたら不味い」

 

 ただそれでも、2人の顔を見るに修行の成果というものは出ているらしい。むしろ1ヶ月もこのような空間に閉じ込められていても修行をしていたのは、その方が滅却師との戦いに役立つと見ていたからだろう。なお2人は隊長で同格となり1ヶ月も修行をしていた事でそれなりに打ち解けている、互いの能力も大体把握できている。

 

 そして、これ以上は時間と得られる経験値の釣り合いが悪いとも感じているようだ。

 

「お前ももう休んでおけ」

 

「はぁ……はぁ……化け物どもが……!」

 

 そしてリルトットはウルキオラと手合わせをしていた。と言ってもリルトットの実力ではウルキオラの帰刃を引き出す事はできない。稽古をつけてもらっているような形だ。

 ウルキオラに関しては『力の調伏』そのものが完了しているという理由でもあるが、この3人はリルトットを遥かに上回る実力を持っているのだ、化け物扱いも仕方ないだろう。

 

 そんな彼等を1ヶ月分の時間を傍目に見ているのはリルカだけではない。

 

「(……随分と強くなったな。特に銀髪の隊長、前戦った時と別人過ぎるし)」

 

 雪緒だ、彼はずっと『この空間を管理』している。ただでさえ広くない空間を自身の能力で広げ、修行場として提供するだけではない。この空間を外との時間軸とずらし、修行に満足行くまで時間を稼いでいるのだ。

 

 この事を知っているのは雪緒だけであり、リルカも察してはいる。リルカは能力を維持している感覚があり、それを雪緒が操作しているのだ。まさか持って来た機械よりも小さいゲーム機で全てが管理されているとは下界について疎い彼らが気づく事は無いだろう。

 

 だが、今はウルキオラが装置をぶっ壊したという事になっている。その嘘も修行に頭を回さなくなった彼らがゲーム機に気付かずとも、空間そのものの不可解さに気づいて来てもおかしくない。

 

「(もう滅却師攻め込んでるっぽいんだよね、黒崎一護が焦ってたし。ただこれ以上閉じ込めるのも不自然だし、どうしようかな)」

 

 そして雪緒は中の管理だけではなく、外の監視もしている。零番隊が無理矢理に突破して来る事は事前に修行という名目で話を通しているが、それでも居座り続けていては良い顔はされない。なので実は何度か外に出ては修行の進捗を報告していたりもする。

 

 そして、滅却師が攻め込んで来ているという情報も耳に入っているのだ。ただその上で──

 

『最悪の時が来た時に、萩風カワウソは役に立つんでしょ?』

 

 と、浦原喜助から伝えられた言葉をそのまま使う事で滞在を許されている。それで零番隊は引き下がったのだが、何故引き下がって行ったかまでは雪緒には分からない。ただ分からなくても良い、浦原喜助に『完現術者の支援』を契約した雪緒としては、最低限の仕事さえできれば良いのだ。

 

 そして、その時が来る。

 

 ☆

 

 空間内の時間が更に1日進み、もう限界を感じていた時だ。

 

「そこの4人、今すぐ修行辞めて休息取って」

 

 雪緒は空間を解除、4人と時間軸を無理矢理同じにする。4人は無理矢理時間をずらされて酔っているようだが、そんな事を気にしていられる時間はない。雪緒は液晶を持って来た機材に投影して、4人へ外の世界を見せる。

 

「雪緒、お前急に」

 

「文句はこれを見てから言って欲しいね」

 

 雪緒が見れるのは精々隣接した場所のみであり下界までは目が届かない、しかしその目の届く範囲で異常が起きたのだ。それを液晶を通じて全員に共有する。

 

「外の映像? 和尚が急かしにでも……は?」

 

 そして、呆れながら映像を見始めた萩風は目を見開いた。それは他の者たちも同じであり、リルトットも驚いている。

 

「こいつは、ユーハ……っ!?」

 

 ユーハバッハが霊王宮にいる、その事実に皆が目を開いても仕方ないのだ。どうしてここにいるのか、そしてそれ以前に下にいた護廷十三隊はどうなったのか。そんな事を日番谷達は考えてしまう、ただ日番谷はその考えに至ってすぐに雪緒の胸ぐらを掴んでいた。

 

「どういう事だ」

 

「何? わざわざ知らせたのに」

 

「そうじゃねぇのは分かってるだろ!」

 

「はっきり言ってよ、遠回しじゃなくてさ」

 

「お前は、外の状況が分かってて……俺たちを閉じ込めていたのか!!」

 

 雪緒が外の情報を拾えていること、それを一度として日番谷達に伝えていない。そしてこんな所まで滅却師が来ているなら、下に滅却師が攻めて来たと知っていてもおかしくはないのだ。そしてこの空間の管理者は機械だと考えていたが、雪緒の手元にあったゲーム機を経由して映像は投影された。

 

 つまり、この機械でも空間の維持ができる可能性を感じたのだ。そしてそれは、正しい。

 

「人聞きが悪いね、浦原喜助に頼まれてたんだから仕方ないでしょ。それとも、何にも出来ずに全員死んでも同じ事を言えるの?」

 

 ただ雪緒としても、画策した当人ではないので悪びれていない。仮にこれを雪緒が拒んだとしても、何かしら他の方法で皆を留めていただろう。浦原喜助の名前を聞いて日番谷は少し驚くが、それで雪緒はあくまでも利用されている側と気付き手を解いた。ただそれでも納得している様子ではない。当然だろう、彼は隊長であり部下が彼の帰りを待っているのだから。

 

 隊長の帰りを信じたまま亡くなった者もいる筈だ、行き場の無い不甲斐無さが拳を握り締めているが、それは萩風も同じだろう。

 

「ウルキオラ、霊王ってなんだ。俺や日番谷隊長に嘘ついてまで、なんでここに引き留めたんだ」

 

 同様に、帰りを待つものが萩風は多い。四番隊という護廷十三隊において唯一の支援部隊の隊長なのだ、日番谷とは別の意味でも隊長としての責務が残っていただろう。

 

 だからこそ、有事であり仕掛け人の1人であるウルキオラに聞いたのだ。

 

「俺も、よく知らないが……世界の楔と浦原は言っていた」

 

 その答えに萩風は首を傾げる。楔と言われても規模が大き過ぎてイメージが出来ていないのだろう、なのでウルキオラは端的に噛み砕いて答える。

 

「霊王が死ねば、文字通り世界は終わる」

 

「何言って……すまん、嘘じゃなさそうだな」

 

 ウルキオラの色々と端折って説明に、付き合いのある萩風は冗談でも言い訳でもない事が分かる。世界が終わるなんて言葉を聞いて疑いたい気持ちもあるが、ウルキオラの目を見て本気である事が分かる。

 

 そして逆に、霊王という存在がそこまで大きなものとまで認識していなかったので嘘をついてでも引き止めたかった理由も分かる。もし言われなければ、萩風達は護廷十三隊への合流を目指している。万が一の場合に備えるよりも、確実に起こる戦いに参戦していた筈だ。

 

 この萩風カワウソという死神は王を守るためではなく、兵を守る為に動く兵なのだから。

 

 ただ浦原喜助はその万が一どころではなく、起こる可能性が高いと考えて動いてのだろう。

 

「俺たちは護廷十三隊が合流するまでの時間を稼ぐ為……と言われているが、俺はユーハバッハを倒す為にここにいる」

 

 ただ、ウルキオラとて虚圏をグリムジョーやハリベルに任して離れているのだ。萩風達と立場は同じだろう、それでもここにいるのが正しい対処と考えている。

 

「雪緒、お前がこの空間を操っているのは分かっている。直ぐに外へ出せ」

 

 時間稼ぎのためとは言えウルキオラに問題をなすりつけた事を追及する気も時間もない、ここまで滅却師がやって来たのなら直ぐにでも出る必要がある。その手綱を雪緒が握っている事はもう分かっているので、日番谷と入れ替わる形で前に出る。

 

 この為に皆、ここにいるのだ。ウルキオラは直ぐにでも戦える準備ができている。

 

「無茶言わないでよ、時間軸の調整に2時間はかかるんだから」

 

 ただ、雪緒はそうではないらしい。2時間というのは果てしなく長い、無理矢理時間軸を戻された日番谷達はその事情を理解はしていても、全てが終わった後に外に出る可能性の方が大きいだろう。

 

「そんな時間はかけられねえ、無理矢理にでも……!」

 

「日番谷隊長、無理矢理突破してもユーハバッハと戦う余力は無いだろ。落ち着け」

 

 そして日番谷が斬魄刀を引き抜く。無理矢理にも次元に穴を開けるつもりなのだろう、今の日番谷なら出来ない事ではない。ただその煩わしい冷気を萩風が止める、誰に言われたわけではないが次元の突破なぞ相応の霊圧が必要なのだ。

 

 そんな状態で、しかも今は修行の疲労が残った状態では参戦しても足を引っ張りかねない。

 

「せっかちだなあ、話は終わってないからね」

 

 ただ、そんな彼等を諌めるように雪緒はため息を吐きながらもゲーム機を見せる。

 

「2時間以上はかかるけど、それはこの空間での話だよ。外の時間じゃ10分程度の時間になるんじゃないかな」

 

 ユーハバッハが侵入した事は液晶で分かるが、それが酷くゆっくりなのだ。外とこことで時間軸が異なる事は理解していたが、想像よりもゆっくりと過ぎているのを理解しているようだ。ただ雪緒は「疲れるし集中するなら消すね」と言って写していたモノを消す。

 

 あくまでも概算の時間で前後はすると思われるが、これなら十分に間に合うだろう。それに今は修行明けという事もあるので、その回復も出来る。既に気を回した萩風が回復を促進する結界を展開しているようだ。

 

「今の間に作戦会議とかしながら体を休めておいてよ、世界が無くなったら僕も困るからね」

 

 それに、萩風や日番谷達は心配をしていない。ここにいる全員の力は分かっているが、外に居る5人もまた実力者である事を。護廷十三隊の隊長よりも力強い霊圧を持つ、豪傑である事を。

 

「外には零番隊も居る、あの5人なら……」

 

 萩風は呟く、10分ならば耐えてくれると。それどころか快勝するのではないか、それぐらいの信頼はある。ただ何故か分からないが、頭のどこかで悪寒を感じてもいた。それはウルキオラも同様のようで、ユーハバッハという存在を自分の目で認識しているからだろう。

 

 ユーハバッハという力が、どこまでに至っているかは誰にも分からないのだから。

 

 ☆

 

 下界の戦闘は趨勢が決している。生き残っている星十字騎士団がいるのかもしれないが、滅却師という戦力は殆ど残っていない。それだけ護廷十三隊が善戦したということでもあるのだろう、だがまだ敵は残っている。

 

 その次の敵を追う為に、黒崎一護は浦原の元にやって来たのだが──

 

「い、石田? 白目剥いてるけど大丈夫なのか……?」

 

「頭から神経を剥いだんで、今回の戦いには参加できないと思いますが……安心してください、後遺症は残しませんよ」

 

 いつの間にか石田を無力化した浦原喜助が色々と準備を整えていた。簀巻きにされた石田は地面に放置されており時折魚のように痙攣しながら跳ねてもいるが、生きてはいるらしい。ただ浦原喜助がどのような手を使って石田を倒したかは分からない、でも知る必要も時間もないだろう。

 

 そしてそれは、集まっている他の隊長格も同じであり、中には総隊長となった卯ノ花ですらいる。

 

「皆さんお集まりみたいですね、とりあえずこれを持ってください」

 

 浦原は集まった隊長格や一護に球状の何かを渡していく。どうやら霊圧を集めて転送する装置のようだが、詳しい説明はこれから始まるだろう。

 

「喜助、俺たちここに呼んだんや。集まりも悪いし、どういう事や」

 

 ただ今回の召集は切羽詰まっていたのを平子は感じている。今は駆け付けた卯ノ花に治療されて最低限の戦う力があるだけの隊長ではあるが、砕蜂ほど負傷していればここには立てていなかっただろう。

 

 そしてその招集に際して伝えられた言葉は『全隊長格は直ぐにでも戦闘をやめて集まれ』というものである。グレミィという危機を片して直ぐに告げられたこれはタイミングが良かったが、恐らくグレミィが倒されたから伝えられたのだろう。たが他の放っておいても仕方ないと割り切れる敵を残して集まれというのは異常事態である。

 

 そして平子の言う通り、集まりは悪い。

 

「2,3,7,9番隊は死者と負傷者で隊長副隊長共に召集が困難です。それと4,8,10,13番隊の隊長も来れません。12番隊も所用で遅れると連絡を受けています」

 

 集まれている隊長はたったの4人である。他は連絡が取れないか来られないか死んでいるかであり、まともな戦力が残っていない。確かに護廷十三隊は滅却師に対して善戦していただろう、しかし大打撃は喰らっているのだ。その上でまだ、本陣が残っている。

 

「てこと、来れる隊長格は俺らぐらいのもんって事か」

 

 銀城や月島は去り、一護達現世の戦力と護廷十三隊の残存戦力、それ以外の力は残っていないのだ。これで何かをするというのだから、平子は少々難儀なものとなる予感がしている。

 

「ボロボロやな、そないな俺たち集めてどうする気なんや」

 

 ただ、そんなボロボロの護廷十三隊を集めてやらなければならない事があるのだ。

 

「霊王宮に向かいます」

 

 浦原は周りが驚くことを気にせず、話を進める。総隊長からの依頼であったので卯ノ花は驚いていないようだが、元々浦原の中で可能性として準備はしていた事ではある。その為の布石も打っている。

 

「上には零番隊と日番谷隊長達が居ます、何とか押しとどめて欲しいところですが……」

 

 零番隊以外の戦力として上に兵は残しているのだ。ただその為に上に行く可能性も一つ潰しているが、それだけの価値のある戦力と考えがあっての事なのだろう。ただそれを一護や他の隊長達が知る由もない、推測できても発射されたのを知る涅マユリ程度であろう。

 

「間に合う……いや、足りるんか?」

 

 ただ、それでも平子は聞いた。今更ボロボロの護廷十三隊が行ったところで何が出来るのかというのも考えたが、それより先に自分達が必要となる状況になる敵ならば間に合うのかと聞いたのだ。

 

 既に彼らが上に向かって15分は経っている。零番隊をこの短時間で制圧出来てしまうのならば、その中の1人を知る平子としては戦力が足らないのではないかと考えてしまう。

 

「霊王宮は瞬歩でも時間がかかる事を上に行った皆さんはご存知だと思います。そして彼らの移動法は、少し見えましたが──上に登るエスカレーターみたいなものです。多少の時間はかかります」

 

 だが、浦原も多少の考えはある。グレミィが倒されるのをわざわざ待ってまで召集したのだ、希望的な観測ではあるが少なからず時間の余裕が出来るという考えもある。

 

「私達は皆さんの霊圧を集めて、霊王宮への門を作ります」

 

 ユーハバッハが上に昇った手法とは異なる方法で、上に向かう。それが浦原の目的であり、果たさなければならない任務である。それの失敗は世界の消失という計り知れないものなのだから、失敗はできない。

 

「点と点の移動です、移動時間は短縮出来るでしょう。これで間に合わせなければなりません」

 

 だからこそ、戦力が過剰な場合でも良い。取り越し苦労なら構わない、そうじゃない時に対応ができない事、それこそが問題なのである。ユーハバッハが万が一にも霊王を殺してしまえば、現世も何もかもが関係なく、消えてしまうのだから。

 

「待ってろよ、ユーハバッハ」

 

 一護の意思の籠った声が空を通って響いていく。今頃上では零番隊が相手している、その力を知るからこそ信じてはいる。一護や上にいた全員が強くなれたのだから、信頼というよりは知っているから当然という意味合いが強いのかもしれない。

 

 ただ何故か、その信頼とは逆に水面に写る魚影のような不安が頭の中から拭える事はなかった。

 

 ☆

 

 零番隊、その存在は能力だけで選ばれる者ではない。

 尸魂界において歴史に残る何かを成し遂げた、そういった偉人が霊王の眷属として上に招かれるのである。だがその力は偉人だからこそ、唯一無二の力を持つ者達であり、その戦闘能力はたった5人で護廷十三隊全軍を超えると言われている。

 

 故に、王族特務(おうぞくとくむ)。霊王を守護する、最後にして最強の盾が彼等なのだ。死神における最高位の存在と呼んで良い、そんな彼等は──

 

「零番隊も、この程度か」

 

 ユーハバッハの前に、完全敗北を喫していた。

 

 護廷十三隊最速とも言われている二番隊隊長砕蜂が感知できないほどの瞬歩の使い手であり、護廷十三隊初代四番隊隊長を勤めた回道の達人でもある麒麟寺天児郎(きりんじてんじろう)は床に血を吐いて倒れている。

 

 零番隊では新参者であり、護廷十三隊では浦原喜助の前に十二番隊隊長を務めていた曳舟桐生(きりふねひきお)は自身の絶対的な牢獄『産褥』を破壊され、体力を使い切ったのか普段の体力を貯めた豊満な体は萎んで檻に横たわるように倒れている。

 

 修多羅千手丸(しゅたらせんじゅまる)は六本の義手を使う零番隊一器用な死神であるが、その腕は全てが破壊されており、霊王の新兵と共に倒れ地面に血溜まりを作っている。

 

 全ての斬魄刀を打った死神である二枚屋王悦(にまいやおうえつ)は下に流せなかった斬魄刀を持って戦った。名を鞘伏、滑らかすぎる刃は鞘に入れられない程の切れ味を持っている。しかし、ユーハバッハには届かずに倒れている。

 

 零番隊の事実上の纏め役であり、特記戦力にも数えられた兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)はユーハバッハから名を奪い、一番善戦していた。他の零番隊と比べても頭1つ抜けた強さにいた彼であるが、今はバラバラにされて転がっている。

 

 零番隊は全員が隊長であるが、その全員が倒れている。圧倒的な力による蹂躙を受けていた。

 

「陛下、完全にお力を取り戻したようで」

 

 それも、たった1人の滅却師によってだ。

 

「あぁ、もはや霊王を守る盾は存在しない」

 

 親衛隊が出る事も無く、一方的な理不尽によって勝敗が決する。ユーハバッハという存在が如何に規格外なのか、誰にも分かっていなかったのだろう。

 

「行くぞ、世界を終わらせようか」

 

 最後に向かうのは霊王の安置所、文字通り世界を奪いに新たな王が生まれようとしていた。





Q.何で零番隊は負けたの?
A.ユーハバッハが最初からフルパワーだったから。力の試運転も兼ねて零番隊をぶっ倒して行きました。

零番隊の勇姿が見たい方は是非漫画と10月から始まるアニメを楽しみにしてください。


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49話 陥落


毎週投稿を目指してるけど、二本投稿は無理だった……。

そのかわり完結までは脳内にあるし走り切るから許して……。


 

 ユーハバッハが霊王宮に侵入し始めてから、萩風達は2時間が経過している。外の時間では10分程度しか過ぎてはいないのだが、萩風の結界による回復とウルキオラを主導とした作戦会議で準備は出来ている。

 

「雪緒、そろそろ時間じゃ無いか?」

 

 はやる気持ちを抑えつつも、萩風は聞く。その格好は零番隊が仕立てた物ではあるが本人の希望により背中には四の数字が書かれている。これから挑むのは護廷十三隊の隊長として初めての任務というのもあるが、やはり萩風にとって隊長というのは追い求めていた頂きである事が大きいのだろう。そして隣の日番谷も、それに倣ってか零番隊から仕立てられた衣の背中に十の文字が描かれている。

 

「もう少しだから待ってて、こっちは集中してるんだから」

 

 今回、雪緒やリルカは参戦しない。理由としてはこの空間の維持をする為だ。今からユーハバッハと戦いに行くが、誰かが負傷してもその怪我人に構う事は出来ないので、その避難先としての役目を担う必要があるからだ。

 

 この中にいる全員が五体満足で、ましてや生きて帰れるとは誰も考えていない。それだけの敵を相手にする事をリルトットから聞いている。

 

 ただ、その覚悟を皆固めている時に空間が振動を始める。

 

「っ、急いで欲しいけど無理は別に……」

 

 雪緒を急かし過ぎたかと、気遣うように萩風は言うが──

 

「いや、これ僕じゃない」

 

 その雪緒の顔色は悪い。次にその言葉を聞いたウルキオラの顔も険しくなっていく。この空間を維持しているリルカは突然の事で頭が整理できていないようだが、いくら鈍い萩風でもその異常事態に気づいてしまう。

 

「まさか……!」

 

「そのまさか、みたいだね」

 

 世界が震えている、恐らく全ての世界が。この世界、三界について作戦会議中にウルキオラから詳しく聞いているのだ、わからないはずがない。

 

「萩風! 霊王がやられたなら、お前の回道で治すしかない!!」

 

「わかってる!!」

 

 霊王の死、それは間違いないだろう。世界の楔である霊王がユーハバッハに殺されたのだ。世界のバランスを取るために存在するこの楔を破壊すれば三界はおろか、雪緒達のいる空間も例外なく壊れてしまう。

 

 だからこそ、それを止められるのは上にいる萩風達ぐらいのものだろう。浦原喜助も霊王が殺された場合の対処などウルキオラに伝えていない、ならば何としても霊王の命を繋ぎ止める必要がある。

 

 その為に萩風とウルキオラは外へ無理矢理飛び出そうするが──

 

「待てお前ら!!」

 

 それはリルトットが静止する。世界の終わりが目の前で起こっているが、冷静だったようだ。その声でウルキオラも我には帰る、しかし萩風はまだ気持ちが落ち着いていないようだ。

 

「全員殺されるんだぞ、何もしないなんて出来るか!!」

 

 下には虎徹勇音を始めとした護廷十三隊の仲間達、虚圏にはエミルーを始めとした破面の仲間達がいる。その全員が滅却師と戦い傷ついているのも萩風にとっては痛ましいのだ、例外なく全員殺されるのを黙って見ていられる何て出来る筈がない。

 

 それにこのメンバーの中で霊王を治す力があるとすれば萩風だけである、その力があるが故にその責任を感じているのだ。

 

 ただ、一つ失念している。ユーハバッハが霊王に辿り着いているならば、障害が片されている事を。

 

「霊王が死んだって事は、零番隊がやられたって事だろ。なら……さっき教えたヤバい奴らが揃ってるって事だ」

 

 零番隊、その全員が敗北している。その事実をウルキオラは先程の静止で気付けてはいたが、萩風はここでようやく認識する。霊王を守る為に存在する精鋭であり、護廷十三隊の隊長並かそれ以上の実力を持つ物達であるのは、元隊長である曳舟を知る萩風なら分かる事だ。

 

「そんなのとユーハバッハが固まってみろ、絶対負ける」

 

 一人で無策に突撃をかけても、無駄死にするだけだろう。しかもたった10分、この短時間で零番隊を倒した上で霊王まで手にかけている、それだけ滅却師の力が零番隊の想像を超えていたのだ。

 

 特記戦力に入る和尚を含めてのこの時間だ、特記戦力でもない萩風は自分の浅慮に「すまなかった」と言い、冷静さを取り戻す。

 

 だが状況としてはなも変わっていない、世界の危機は継続しており何かしらの手立てを打たなければならない状況だ。どうしたものかと、全員がまた頭を悩ませ始めると──

 

「待て、揺れが」

 

「収まった……何でだ?」

 

 世界の崩壊の足跡が止んだ。理由は分からない、ただ世界の均衡は何らかの影響で止まったという事でもある。浦原喜助の対策か、はたまた零番隊の能力か、霊王宮そのものにそういった対策機能があるのかは分からない。ただ少なくとも、世界の終わりが止まった事は確かである。

 

「……雪緒、外の様子を調べてくれ。敵の戦力を把握したい」

 

 ウルキオラは頭の中で可能性を模索しながら話す。今必要な事を、そして自分たちのなすべき事を知る為に。

 

「その前に、今の揺れで座標ズレやら色々修正するから待ってて。30分もあれば終わるから」

 

 ただこの時は知る由もなかっただろう。

 

 霊王という存在を、ユーハバッハが取り込んでいたことなど。

 

 圧倒的な存在が、更に上へ昇っている事を。

 

 ☆

 

 霊王宮、難攻不落の天界の城。そんなイメージを護廷十三隊の隊士は抱くのかもしれない、しかし辿り着くという部分が難しい一方で力ある者が霊王に辿り着いてしまえば陥落するのは簡単だ。

 

 現に、零番隊は敗北し霊王宮は堕ちた。

 

 そして今は元々予定していたのかはわからないが、ユーハバッハが霊王の力を吸収している。もはや阻む者などいない、仮に居たとしても霊王宮に辿り着けない。それだけ難しい場所にいるのだ、下界で疲弊している護廷十三隊は敵ではないだろう。

 

「ふぃー、なんつーか呆気なかったな」

 

 そんな霊王宮を、我が物顔で歩き回るのは親衛隊の1人であるアスキンだ。と言ってもここにはアスキン以外にユーハバッハの連れた聖兵の他にも同じ親衛隊のメンバーもいる。

 

 零番隊と戦う事はなかったが、その力は和尚を除いた零番隊を圧倒する程度にある事をアスキンは自覚している。アスキン自身がそれだけの力を持っているというわけではないが、他のメンバーがそれだけの力を持っているのだ。

 

 ただ、そんな親衛隊も既に2人欠けてしまっている。

 

「(ハッシュヴァルトさんが死んで、ジェラルドさんも行方不明のまま。親衛隊も残るはたった3人か)」

 

 元々5人居た親衛隊も、ジェラルドは虚圏にて浦原喜助や黒崎一護といった特記戦力と戦闘し敗北したのか消息は掴めず、ハッシュヴァルトは更木剣八に敗北した事で死亡している。一応、能力だけで見れば親衛隊に入っていてもおかしくはないグレミィは下界に残っているが、アスキンはそれだけで護廷十三隊は全滅するのではないかと考えている。

 

 どこかのタイミングで、勝手に合流して親衛隊の一員にでもなるのだろう。護廷十三隊を片したならばいくらヤバくとも、それを遥かに超えた力を得ようとしている陛下ならば、そうしてもおかしくない。

 

「(リジェさんに言っても『今まで呆気ない奴なんて居なかった』とか言うとは思うけど、ここまで致命的に暇だとなぁ……)」

 

 ただそんな事を考えるほど、暇なのが今のアスキンなのである。ユーハバッハに付き従っているのも『新しい世界』を作ろうとしている陛下に興味があるからであり、忠誠心もそこまであるわけではない。

 

 かと言って今手が離せない陛下の守護を放棄するわけにもいかず、ぶらぶらと霊王宮を歩き回っているのだ。ただここは世界の楔を置いておく為の場所でしかない為、直ぐに飽きてしまう。

 

 何かする事でもないかと思案するが、ふとそこでやり残していたわけではないがやっておいた方が良さそうな仕事を思いつく。

 

「そうだ、零番隊の掃除とかしとくか。流石に俺たちの誰かが行っといた方が良いし」

 

 零番隊の死体を放置したままだったのだ。全員の戦闘能力についてはかなり高い事は分かっているが、それよりも恐ろしいのは個々人の持つ固有の能力や技術だ。陛下がトドメを刺してはいるし、一番厄介な兵主部一兵衛もバラバラにされて死んでいるので復活するなんて事は考えていないが、何かしらの置き土産を仕掛けている可能性はある。

 

 そうなれば、生き残っているメンバーの中でリジェとは別のベクトルで1番死にづらい自分が赴くのが良いだろうと考えたのだ。と言ってもアスキンも死体をなぶりたいわけではないので、外から落として見なかったことにするだけだ。それならそこまで心は痛まない。

 

 そうなればさっさと死体が悪くなる前に片付けておこうと、アスキンは零番隊のいる南方へと歩こうとすると。

 

「オイが行くよ」

 

 そこには、上にいる星十字騎士団の中で唯一親衛隊ではない滅却師がいる。陛下が最初は雑兵の攻撃を避ける為に連れて来た、しかし自身の力の解放の為に使わなかった手駒であり、今は親衛隊でもない主戦力が護衛の仕事を受けて残っている。

 

零番隊(じぇろばんたい)の掃除をしたら、オイも親衛隊に入れてくれるらもしれないらろ?」

 

 ニャンゾル・ワイゾル、アスキンとしても相手して劣るとは考えていないが、それでも相手したいとは思えない能力を持つ滅却師だ。それに立候補するあたり、他の星十字騎士団と同様に相応の欲は持っているようだ。

 

「まぁ、任せるぜ。ただ致命的な事はすんなよ」

 

 何か零番隊が仕掛けてきたとしても、ニャンゾルならば問題ない。そういった罠はニャンゾルに届く事はない、むしろアスキンよりその処理は適しているだろう。

 

 ただ、意気揚々と遠のいていくその背中に届かないように呟いてしまう。

 

「ゴミ掃除して親衛隊になれるなら、グレミィはどうなっちまうんだか」

 

 その程度で親衛隊に選ばれる事はないのを親衛隊であるアスキンは知っている。アスキンも他のメンバーと比べられてしまうと見劣りしてしまうと感じてしまうし、死に難いから選ばれているだけなのは知っている。

 

 だからこそ、ニャンゾルはそこを超えてくる事はない。グレミィ程の存在でもなければ親衛隊にはなれない、それにグレミィ程強大過ぎても封印されてしまう。絶妙な塩梅の力を持つのが親衛隊、正確にはいつでも陛下に殺される事ができる存在なのだ。そして、制御が効かないなんて事はあり得ない。それはリーダーであるリジェであろうと、死にづらいアスキン自身であっても。

 

 ただ、これで仕事は本当に無くなってしまった。陛下の護衛も侵入者なぞ現れないはずなので、暇になる。だがそれも、陛下の見せる新しい世界までの現界への感傷に浸るぐらいの時間にはなるだろう。

 

「仕方ねえ、俺はゆったりと陛下が取り込むまで……っ!」

 

 ただ、暇な時間は直ぐに終わる。気づいたのはアスキンだけではないだろう、他の親衛隊も気付いている。

 

 今は霊王が住まう繭のような形状の本殿『霊王宮大内裏』にアスキン達はいるが、その周りにはいくつか本殿を囲うように『零番離殿』が浮いている。そして零番隊の死体が『霊王宮表参道』に存在するのだが、その表参道を始めにして多数の霊圧が現れ始めたのだ。

 

 数としては4つ、しかも直ぐに隠したので断片的にしか感じなかったが死神ではない霊圧も混じっていた。

 

「今頃になって侵入者かよ、致命的な奴らだぜ」

 

 ただ異常事態であるにも関わらず、アスキンは落ち着いている。現れた理由は浦原喜助でも関わっていると考えれば良い、そこは深く考える必要はない。

 

 ただ方々に散っているのは親衛隊をそれぞれ単騎で迎え撃たせる為なのだろう。恐らく能力を組ませると面倒と誰かが入れ知恵をしている、それに今は邪魔が入らないようにと護衛の任務が与えられている、頭数の問題として単独で迎え撃つしかない。そこは面倒だと思いつつもニャンゾルが向かった方向以外にリジェとペルニダが向かったのを確認しつつ、頭の中で残った方向の敵を憐れむ。

 

 別に自分と戦う事をじゃない。それを憐れむならリジェやペルニダと戦う誰かを憐れむ、その方が悲惨な死を迎えるのだから。しかしそうではない。

 

「万が一に陛下を殺せても、世界は消えちまうのによ」

 

 そもそも勝敗なぞ、自分たちの勝ち負けとは関係なくついているのだから。

 

 ☆

 

「零番隊のいる南に萩風、麒麟殿からはリルトット、鳳凰殿は俺、卧豚殿は日番谷に任せる」

 

 ウルキオラの指示に、皆が同調する。外の戦力を見たところ星十字騎士団らしき滅却師は4人、そして面倒なのが3人いるようだ。他にもいる可能性はあるのだが、それを考慮して作戦を吟味する時間は残念ながらないだろう。

 

 世界の崩壊が何故止まったのか、それすらわからないのだから。

 

「作戦通り、各々が親衛隊を撃破後にユーハバッハと対峙する。その体力は残しておけ」

 

 かと言って、親衛隊に出し惜しんでもユーハバッハと合流されてしまう。各々が確実に勝ち、ユーハバッハを叩く。それがシンプルな作戦であるが、その分急造チームで連携が劣るウルキオラ達は自由に戦えるだろう。滅却師側とチーム戦をしても、負けは濃厚なのだ。

 

「全員、死んだら治せないから死ぬなよ」

 

 一応、萩風が雪緒の空間内に応急ではあるが回復の出来る領域を結界で準備している。致命的なダメージでも負わなければ命は繋げられるだろう、その回収は雪緒達が請け負ってくれる。

 

「特に日番谷隊長、雛森さん悲しませないでくださいね」

 

「分かってる、これ以上血を流させねぇ……ここで終わらせる」

 

そして誰よりも闘志を漲らせているのは日番谷だろう。霊王宮に上がってから己の氷輪丸を見直しただけでなく、ここでその力に磨きを加えている。その力は護廷十三隊を、雛森を守ると誓って手に入れた物である。絶対に負けられないという意志は誰よりも強い。

 

「言い忘れていたが萩風、間違っても『あんな技』を見境無く使うなよ」

 

「使えるか、残弾調整とか忙しいんだぞ」

 

 ただ、皆ここまでに準備をして来ている。全ての準備を整えているとまでは言わないが、最大限にこの時に備えられている。技術や能力、闘志もだ。絶対に負けられない、負けた時こそ本当に世界の終わりである。

 

 ただ、そんな文字通り世界をかけた戦いでいつもマイペースなリルトットの腕が震えている。萩風やウルキオラも何故戦うのか、戦えるのかを聞いてはいないが、彼女は何かしらの覚悟を決めてここにいる。

 

 かつての仲間と戦うのだ、その力もよく理解しているだろう。だからこそ、餞別というわけではないが、萩風はリルトットにあるものを投げ渡す。

 

「リルトット、これ渡しとくぞ」

 

「……あ? んだこりゃ、気持ち悪いな」

 

「そう見えて手持ちに二個しかない貴重な物だからな? 使い捨てだけど捨てんなよ」




親衛隊とかいう意味分からない最強軍団との戦いが次回から始まります。やっぱり何度も言い回しとか能力の解釈の為に読み直してるんですが、全員月島さん案件ですね。それで、何で勝てたんですかね……?


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50話 親衛隊

三連休ですね、気付いたら投稿ミスってたので投稿です。


 

 霊王宮、そこは本来であれば王鍵無くして通ることの許されない空の旅を経て辿り着ける空の異界、黒崎一護が穴を開けた事でユーハバッハ達はその異界に足を踏み入れると、土足で踏み荒らし自分達の領地に変えてしまった。

 

 そんな場所へ、新たな侵入者が現れるのもおかしくはないだろう。その事は親衛隊には意外ではあれど想定外ではない、ただ時間としても零番隊を倒してからさほど経っていないのに驚きはある。

 

 ゆえに、下からやって来たのではなく上に隠れていたのだと考えられる。

 

「たった4人で攻め込んで来たのは、それだけ陛下を脅威に感じたか」

 

 その根拠として、リジェは下の戦場に見られなかった破面をスコープ越しに見ている。そこに映るのは1度虚圏で目にしたことのある存在、ウルキオラ・シファー、当初は陛下以外に戦ってはならないという御触れが出ていたほどの存在ではある。

 

「ただ杜撰な策だ、僕達をそれぞれ単独で迎え撃たせる為に霊圧を晒したのはね」

 

 ただ、それはあくまでも護廷十三隊、引いては零番隊に余力を残すためであり、倒せないわけではない。現にジェラルドが親衛隊から監視役として派遣はされた、特記戦力ではないが相応に警戒された存在ではある。

 

 だが、別に相手が誰であろうと気にすることではないのだ。

 

「君達は焦っている、でなきゃ侵入を報せるなんて馬鹿のする事だ。そうやって隠れて僕が現れるのを待っているし、隠れたつもりになっている」

 

 リジェのスコープにはゆっくりと、それでいて着実に、最良のルートを通って向かってくるウルキオラが写っている。リジェのような狙撃手を警戒した良い動きではある、ただそれだけならば甘いとしか言えない。

 

「そして杜撰な策と焦りは、狩人にとって人じゃない」

 

 最良のルートを通るという事は、敵にその道順が推測できてしまう。ウルキオラの考えはユーハバッハを倒す事であり、その前に出来るだけぶつかるであろう親衛隊に近づきたいのだろう。

 

 だが、そんな浅知恵はリジェには通用しない。

 

 リジェの狙撃が、音もなく行われた。次の瞬間には射線が隠れているはずのウルキオラの体を貫通し、穴の空いた壁からはウルキオラが倒れていく姿が見える。手応え、というと違うかもしれないが感覚的に当たった事も分かっている。

 

 呆気ない幕引き、それが戦場で起きる日常だ。

 

「兎を狩るより、容易いよ」

 

 しかし、リジェはスコープを覗いたままでいると倒れる瞬間のウルキオラと目が合った。狙撃手の存在に畏怖でもしているのか、想像は出来ていてもここまで一方的に一撃で終わらせたのだから何かしらの顔の色が出てくると考えていた。

 

 だが、それは死の間際にある者の顔ではない。そして口が話しかけるように動いてくる。

 

『そこか』

 

 破面とは虚と異なる事が多い。その一つが手足の破損などが起きた際に治せなくなる点がある。なので殺せないわけがない。

 

 急所を撃ち抜いた、滅却師特有の滅却矢ではないが彼自身の能力で着実に貫いた。だが、リジェは長年の戦闘の勘から背後に下がる。すると彼のいた場所に白い刃が振り下ろされていた。当然、それが誰によるものかは分かる。

 

「避けたか、次は当たるぞ」

 

 反射的に引けたリジェであるが、手に持つ狙撃銃は避け切れず切り裂かれる。ただそんな事よりも気になるのは傷だ、ウルキオラは破面の中で唯一傷を自由に再生できる存在であれど、臓器は治せない。

 

 故にこんな簡単に追いつけるはずも無いのだが、リジェは切られた弓──狙撃銃を治しながらウルキオラに向き直る。

 

「虚圏の王 ウルキオラ・シファー。陛下に力の差を見せつけられた筈だけど、今度は死なないとでも考えているらしい」

 

 胸に開けた傷、それは塞がっている。元からある虚特有の穴ではなく、心臓がある位置を撃ち抜いた筈だ。だがそれなら死ぬ迄殺せば良い、破面とは不死身の存在ではないのだから。

 

 リジェは冷静にウルキオラに銃を向けた。破面特有の外殻──鋼皮もこの銃ならば関係ない。少しでも受けるのが遅れればダメージは不可避であり、直撃すれば攻撃を畳み掛ける続けられる。

 

「ただ、そんな幸運はもうやって来ない」

 

 リジェは能力によって弾を放つのではなく、銃口と射程数キロ以上の間を貫通する能力『万物貫通』を持っている。つまり、幾らでも攻撃を仕掛けられる。近距離戦に持ち込んだからと言って、勝てる存在ではないのだ。

 

 ただ、リジェの相手は並の敵ではない。

 

「あの時は幸運だったな、俺と単独で戦う必要がなかった」

 

 響転、破面特有の歩法のそれはウルキオラも当然身につけている。しかし、その速力は黒崎一護の卍解『天鎖斬月』を帰刃の状態で簡単に上回る。速力に特化した、卍解をだ。それは他の破面でも出来る者は居たが、この速度を超えた存在は1人しか存在しない。

 

「ただ、その命運は尽きている」

 

 リジェの攻撃の全てをいなし、改めてリジェの銃を切り裂いた。その銃では殺せないと言うように、ウルキオラは敵の命を鎖しに刃を向ける。

 

 その穴の空いた胸元には、淡く暗い輝きが灯っていた。

 

 ☆

 

 リルトットの降りた場所は麒麟殿、萩風達が治療を受けた麒麟寺天示郎の担当する離殿だ。リルトットの目線の先にはユーハバッハがいるであろう霊王宮の本殿、霊王宮大内裏。元々は霊王のいた場所だ。

 

 しかし、そこに辿り着くには高過ぎる壁が立ち塞がる。

 

「まさか、お前が来るとはな」

 

 リルトットの前には1人の滅却師がいる。それについて彼女も面識はある。それが親衛隊に属している事も、勿論知っており謎の異名も耳にした事もある。ただ、どの星十字騎士団の滅却師よりも正体が不明なのだ。

 

「(ペルニダ、能力も何もわかんねぇ……俺が1番やり辛い奴)」

 

 星十字騎士団で関わりが薄いどころか、親衛隊内でもそこまで関係が強いとは思えない。能力について頭文字であるCは分かるが、何も想像出来ない。

 

 普段からフードを深く被り込み、話している姿を見た事がない。ただ、そんなフードの奥から幼さの残る声が響いてくる。

 

「クィンシー、ナンデ?」

 

 ペルニダは侵入者を迎え撃つ為にここにいる。しかし、それに相対した存在に違和感を感じているようだ。もしかすればフードの下には可愛らしい少女が居るのかもしれないが、リルトットは零番隊についでではあるが編んでもらえた装束を翻してペルニダへ向く。

 

「何でか……そうだよな、俺が戦う理由なんか親衛隊に選ばれてたらわからねぇよな」

 

 そもそもリルトットを星十字騎士団の者と認識していないのかもしれない。ただ、今は別のところにいるからこそ少しだけリルトットは対話をしたいと考える。この後に陛下と対面するなら少しでも力を残しておきたいと言うのもあるが、この声のように幼い考えを持つならば引き込めるとも考えたからかもしれない。

 

「陛下にとって俺たちってなんだ? 仲間か家族、それともただの部下だと思ってるのか?」

 

 ペルニダに反応はない。興味がないのか、話の意味がわかってないのかは分からない。ただ、リルトットは話を続ける。

 

「違う、そんな優しくない。駒だ、生き死になんて気にしちゃいない……だからここには、親衛隊ぐらいしか連れて来てない」

 

 ここには陛下に役立つと判断された者しか連れて来られていない。そうでなければ星十字騎士団のメンバーは特異的なニャンゾル以外にも連れてこられている筈である。

 

 そして星十字騎士団の滅却師は死ぬと陛下の元へと帰る。陛下の力を盃を仰ぐ事で能力を与えられるが、死ぬ時に能力と力を接収されるのだ。だから、死んでいる事に気づかない筈がない。

 

「それが普通だったし、弱いのが悪いぐらいにしか考えてなかった。ただ……向こうは違った、強さも弱さも違った」

 

 リルトットを助けようと考える動きがあれば、少しは揺らいだかもしれない。ただそんな動きは戦争を通して陛下にはなく、星十字騎士団にも気づかないだけかもしれないが無かった。

 

 護廷十三隊、引いては萩風の気に当てられてしまったのは否めないが、リルトットは陛下との決別を意識したのはそんな所である。ただそれだけならば滅却師勢力からの離反であり、死神の味方になるとは限らない。あの時助けられた分の借りは最低限の情報提供で相殺されて余りあるほどだろう。

 

 ただ、単純な理由。滅却師であろうが死神であろうが関係ない、そんな理由でここにいる。

 

「それに……捨てられた駒が叛逆するのは、悪い事じゃねえだろ」

 

 捨てられたから、やり返す。忠誠はあったわけではなくとも、働いて来た者に対するやり方ではない。そんな理不尽に反逆する為にここにいるのだ、護廷十三隊や浦原喜助と手を組んだのはそんな理由だ。

 

 ただ、そんな事を言っても目の前の滅却師は揺らいでいる様子はない。

 

「ヘイカ、ワルクチ……ペルニダ、ユルサナイ」

 

 滅却師同士の戦いが、始まる。

 

 ☆

 

 ニャンゾルが掃除に向かって間も無く、侵入者が現れた事を察した。それは自分の目指す場所にいる事も分かっており、他の親衛隊がその迎撃に向かって行く事も分かっていた。そして星十字騎士団としての数からして、一方向はニャンゾルに任せられる事も分かっている。

 

「誰らろ、お前」

 

 だからこそ、目の前に立つ死神が堂々と背を向けている事には疑問であった。

 

「名乗る必要は無いだろ」

 

 知らない顔、知らない出立、少なくとも相対した零番隊に6人目がいるという情報はない。ただ、彼の前には結界が張られており死体を守っている事が分かる。相応の存在ではあるのだろう、そしてその背中には四の数字がある。

 

「この背中の数字が、俺を語ってくれる」

 

 背中の数字、それが意味する事はわかる。ただ正直な感想を、ニャンゾルは口にする。

 

「誰ら?」

 

 だからなんだ、とでも言いたげな声でニャンゾルは敵を見る。

 

「……まぁ、隊長になったのはつい先日だからな」

 

 なんとも言えない表情で向き直るが、その背中の数字と羽織からして隊長である事は分かっている。ただ護廷十三隊の隊長の情報には無かったのもあるが、特記戦力ですらないのだ。警戒するには零番隊の攻撃をいなせる自信のあるニャンゾルは脅威と感じられない。

 

「まぁ敵らろ。掃除のついでに片じゅけたら親衛隊になれるかもしれないらろね」

 

 ただ、これは失言だったかもしれない。そうニャンゾルは思わなくとも、空気が少し重くなった。少しだけ緩かった空気が完全に戦場の空気感に変わったのだ。それをニャンゾルは気づいていないわけではないが、だからと言ってその態度は変わらない。

 

「その掃除は……そうか」

 

 彼の背後にある結界、それは治療ではなく死体の保全の為に張られてある。死人を治せる力なぞ、よほど特殊で限定的な方法でもなければ不可能だろう。

 

 結界を張るのは死者に対する敬意だ、それが必要であるからではない。ただ命を守る者として、その為に戦う者としての矜持からである。

 

「死者を冒涜するのは、俺への挑発では無いんだろうな」

 

 だからこそ、それを何の気もなく踏み荒らせる存在に苛つきを感じてしまう。

 

「護廷十三隊 救護班統括並びに四番隊隊長 萩風カワウソ」

 

 ここで名乗ったのは、自分を喧伝する為でも無ければそれで威圧する為でもない。最低限は護廷十三隊について調べている彼らが誰に対して喧嘩を売ったのか、知らせる為である。

 

 よりにもよって、最も命に携わる部隊の長が相手であると知らせる為に。

 

「死者の冒涜についてとやかく言うつもりはない、気にする必要もない」

 

 刀を引き抜き、抑えていた霊圧を放ち始める。針で刺されているような鋭い圧ではあるが、ニャンゾルは特段警戒心が強化されている様子はない。

 

 だが、相手が特記戦力ではなくとも隊長である事には変わりないので戦闘体制には入っている。

 だが、そんな意識をするからこそ地雷を踏み抜くのだ。

 

「ただ、お前が一線を超えただけだ」

 

 萩風カワウソ、他の命を守る為なら容赦無く刀を振れる者であり、親衛隊を1人落としている死神だ。それをニャンゾルが知る事はないだろう。

 

 ☆

 

 遠くでいくつも戦闘が始まっている、それはアスキンのいる卧豚殿にも響くほどの。

 霊圧の大きさからして相応の戦いに発展しているのだろう。中には見知った気配もあり、それと相対するのがペルニダである事を心の中で「ご愁傷様だな」と呟く暇もある。

 

 ただ、アスキンとて親衛隊のひとりだ。相対する敵はもう見えている。

 

「(あー、ありゃ隊長だな……確かエス・ノトにボコされてた。他はもうぶつかってるし、そっち終わってから袋叩きにしたら楽なんだけど……)」

 

 十番隊の隊長、その程度の情報はアスキンも得ている。名前は確か日番谷冬獅郎という死神だった筈だ。氷を扱う斬魄刀を扱い、天才と呼ばれる隊長である。

 

 ただそれだけであり、霊王宮にいるのも治療の時間が長引いたから程度の認識しかない。ウルキオラ・シファーの霊圧を感じる事からも、負傷者はここに連れて来られて治療を受けていると考えられる。その点で言えば、そこまで脅威には感じない。

 

 何故なら既に一度負けた相手だ、常に勝ち続けて来た親衛隊には関係がないのかもしれない。

 

「(にしても、リジェさんが本気ならヤバいかもな。少し離れとかないと、巻き込まれたら致命的過ぎるぜ)」

 

 ただそれでも、警戒はする。いくら敵が敗北者であっても、今は挑戦者であり、隊長だ。それにアスキンは他の化け物のような親衛隊とは異なり、死にづらいから親衛隊に選ばれたような滅却師だ。正面から殴り合うのは苦手としている。

 

「(まぁ、隠れながら不意打ちでもしてさくっと終わらせるかね)」

 

 だからこそ息を潜め、適当に張った罠で時間を消費させる。その間にリジェやペルニダが戦いを終わらせてしまえば、そいつらに丸投げしながら数の有利も押し付けて楽な仕事が出来る。戦う力が無いわけではないが、確実に勝つ為に面倒方は避けたいのだ。

 

 ただ、そんな面持ちのアスキンの真横を氷の刃が貫いてくる。

 

「(……ん? あれ、霊圧も隠してるし偶々だよな?)」

 

 範囲攻撃でもして来たか、それならそれで好都合ではある。ここで少しでも力を削っておくのは良い事ではあるし、時間も使える。ただ、その攻撃の範囲は辺りを見ても狭過ぎる。

 

「そこにいるのは分かってる、出てこい」

 

 それこそ、アスキンを的確に狙ったかのように。

 

「(バレてんのかよぉ〜!!)」

 

 アスキンはそのまま走った。先に他の戦いが終わり、楽をする為に。





ウルキオラ・シファー vs リジェ・バロ
リルトット・ランパード vs ペルニダ・パルンカジャス
萩風カワウソ vs ニャンゾル・ワイゾル
日番谷冬獅郎 vs アスキン・ナックルヴァール



リジェは射程について何も言ってなかったので、数キロとしてます。無限とかだともう意味わかんなくなりますけど、出来ても不思議じゃ無いのがあそこら辺の人達なのでヤバいと思う。


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51話 世界の楔

どんなに長引いても後10話以内に一旦終わると思います。


 

 霊王宮突入前、雪緒が空間の操作を行なっている間の時間に体を休めながら皆作戦会議をしている。ユーハバッハが上まで来た以上、悠長な事はしていられないのだが、確実に勝つ為の策が必要だった。

 

 その為にまずは敵を知らねばならない、日番谷達はその情報を握るリルトットに目をやるが。

 

「断るぜ」

 

 その作戦の要はこめかみに青筋を浮かべながら答えた。

 

「俺が誰彼構わず仲間だった奴らの能力話すわけねぇだろ、ふざけてんのか」

 

 それは仲間として扱われているリルトットとしては譲れない所がある。ユーハバッハから離反したのは、その価値観の異常さが萩風達と隔たりがあったからだ。そしていくら敵になったからといって、仲間を売る事は出来ない。それは萩風もそうであるし、日番谷やウルキオラもそうだ。

 

 故に、そう言った考えを持つ彼らと同じになりたいから断ったのだ。

 

「俺が裏切ったのはユーハバッハだけだ、他はお前らで勝手にしろ」

 

 だがその肝心なユーハバッハの能力はウルキオラが知る以上のことを彼女は何も知らない。これに関しては彼女がユーハバッハに興味がなかったのでは無く殆どのものが知らないだけなので仕方ない事ではある。

 

「ただ、どうにもならない奴らだけは教えてやるよ」

 

 だが、そんな意地を張って居ても勝てるならリルトットはここに居ないだろう。

 

「正直、ユーハバッハに届く前にそいつらに邪魔されたら倒す以前の問題だからな」

 

 あくまでもリルトットが売らないと決めたのは仲間、すなわちバンビーズくらいである。他は星十字騎士団同士で殺し合ってもおかしくない者もいる、それに加えて仲間と考えられる者もいるがその個人は能力が特殊過ぎるので話さないわけにもいかない。

 

「とりあえず、俺たちがユーハバッハと戦う迄に面倒な星十字騎士団はざっと8人、その中でやばいのは3人ぐらいだな。それ以外はお前らでどうにかしろ、俺でも勝てる」

 

 ☆

 萩風達の戦場、向き合ってから数秒が経つ。他の戦場よりも少し早く向き合う2人であるが、何故かまだ戦闘は始まっていない。ニャンゾルとしては相手の動きを如何様にも出来る能力という事もあり動いていないだけであるが、問題はもう1人の方だろう。

 

「……何ら?」

 

 萩風が動かない、しかもしきりに斬魄刀の方へ目をやっている。そして少しだけ溜息を吐くと、仕方ないと言った様子でニャンゾルに向かって歩き始める。

 

「どうやら、うちの刀は『卍解を使いたく無い』そうでな」

 

 卍解、斬魄刀の最終解放。隊長の持つ必殺技や奥義、切り札といったものだ。しかしそれを拒否されてしまったのだろう、それを聞くと思わずニャンゾルは顔を笑いで崩してしまう。

 

「仕方ないらろね、オイの力が分かったら諦めるのも仕方ないらろ」

 

 斬魄刀ですら目の前の滅却師が異質であると感じているなら仕方ない、そうニャンゾルは笑った。ただ零番隊の死体を片そうとして一線を超えたと言ってはいたが、その怒気で正常な判断が出来ず歩み寄って戦おうとしている萩風との温度差に笑ったのだ。

 

 大した敵ではないと。

 

「オイは親衛隊になれる滅却師って事ら」

 

 むしろ親衛隊へのステップアップにちょうど良い敵が現れてくれたのだ、ユーハバッハから上に連れてこられている滅却師の中で一番信用されていない彼であるが、これで陛下からの信頼を勝ち取れると確信している。馬鹿や雑魚であっても、仕事の実績として手土産があるだけ十分だろう。

 

「何か勘違いしてるみたいだが」

 

 ただ、ニャンゾルは読み違えている。萩風は至って、冷静だ。

 

「俺の斬魄刀は誰に似たのか決めた事を曲げられないんだよ。卍解は余程敵の数が多いか敵が脅威である時しか使わせてくれないし……その判断を間違えた事も無い」

 

 萩風は斬魄刀を完全に扱えている。ただ斬魄刀の我儘は基本的に全て受け入れているが故に、自分の卍解も彼女の判断に従っている。その判断で萩風はここまで戦えて来ているのだから。

 

 と言っても、間違える程の実戦を経験したわけではない。それでも修行中でも本当の限界を超えて死ぬ瞬間の限界だけは超えさせないストッパーとしての役割を担っていた。

 

 そして、そんな彼女が卍解をする必要がないと言っている。即ち、ニャンゾルはユーハバッハと戦うのに体力を消費していられない雑魚と評しているのだ。

 

「なら、さっさと信じて死ぬと良いらろ」

 

 その考えの意味をようやく理解してか、ニャンゾルは仕掛けた。萩風のいる空間を横凪に指を払った。すると空間が湾曲し萩風の体が上と下とでちぎれ飛ぶ、油断していようがしてまいが関係ない、ニャンゾルの持つ能力は警戒していなければそう易々と破られる事はないのだから。

 

「ニャンゾル、能力は『紆余曲折』」

 

 だからこそ、知られてしまえば対処される。

 

「空間を捻じ曲げて他人の攻撃を逸らし、更には空間そのものを歪めた力で敵の体を両断する」

 

 ニャンゾルは声のする方に振り返った。横目に千切れた萩風を見るが、それは朧のように揺蕩いて消えていく。声はいつの間にか後ろからしていた、それまでは目の前の幻影から聞こえていた。

 

 警戒をするニャンゾル、だがその一方で萩風は刀を仕舞い込みユーハバッハのいるであろう本殿へと歩み始める。

 

「どこに行く気ら? 背なんら向けて調子に乗り過ぎらよ」

 

 だがそれを許すわけがない。ニャンゾルは空間を歪める事で移動して萩風を背後から襲う。右手に『紆余曲折』の力を乗せている、当たればその対象の空間を捻じ曲げ磨り潰す惨殺の御手だ。

 

「俺の斬魄刀『天狐』の能力で最も得意とするのは陽炎を操り幻影を作る事だ」

 

 だが、その腕は何故か届かない。ニャンゾルは慌てて右手を見る、しかしそこにはあるべき右手は無い。

 

「それこそ、お前の身体が切り裂かれても見た目は気づかないようにも出来る」

 

 気付けば右手は落ちている。だがそれに気付いても別の事を見落としてしまう。

 

「注意しとくと、斬ったのは天狐の能力じゃない。苦痛なく逝かせる為の慈悲、単純な実力の差だ」

 

 体が重量に引っ張られて落ちていくのだ、しかし落ちているのは自身の半身であるのに気付けない。何故なら落ちていく右手もそうだが、そんな斬られた痛みなど感じなかったのだから。そもそも、いつ斬られたのかもニャンゾルは考える事は出来ない。

 

「俺の事を目で追えないんだ、うちの斬魄刀の通りにして正解だった」

 

 ニャンゾル・ワイゾルという滅却師は苦痛なくこの世の去って行った。

 

 ☆

 

 ニャンゾルの霊圧が完全に消え去ったのを肌に感じながら、アスキンは走り続けた。ニャンゾルが誰を相手したかは知るところではないが、陛下の元にその侵入者が向かうのは親衛隊としては命じられた任務を守れない事になるので迅速に片さなければならなくなった。

 

 故に、悠長にアスキンは日番谷冬獅郎を相手している暇も他が片付くのを待つのも時間がかかると見ている。だが不意打ちの為にどこに身を潜めようと、日番谷冬獅郎には見つかってしまうのだ。

 

「おいおい、何で霊圧とか諸々隠してたのがバレたんだよ」

 

 おかしい、アスキンの存在をしっかりと認識している。特段そういった事に秀でた能力は無いが、感知をすり抜ける程度の力はアスキンは持っている自覚があるのだ。何かしらカラクリはある、そしてそれはこれ以上逃げられても困ると考えたのか日番谷の口から話される。

 

「俺の氷輪丸は天を操る斬魄刀、本質的な能力はそうでも俺はそれが扱えていなかっただけでまだまだ力は引き出せた」

 

 日番谷冬獅郎はエス・ノトに一方的に倒された死神であり、隊長の中でも最年少の存在。他の護廷十三隊の隊長よりも腕は落ちる、そう考えてもいたがそうではない。史上最年少で隊長となったのが日番谷冬獅郎であり、斬魄刀に愛された天才である。

 

「今の俺はもう、大気中の水分の推移で空間の全てを把握できる」

 

 その能力は多岐に渡り、もうその力を扱えている。雲が千切り消えて行く様に、大気中の水分は動き続ける。そしてその中で熱を持つものがあれば少なからず動きがあり、その障害物があれば留まることもある。そんな微細な動きすらもはや感じ取れるのだ、日番谷が氷輪丸の力を引き出し続けている証拠だろう。

 

 昨日の彼よりも、今日の彼の方が強い。日番谷冬獅郎とはまだまだ発展途上の死神なのだ。その力は護廷十三隊でも随一であり、萩風との修行で更に磨かれている。

 

「それと、俺が逃げ回るだけの敵に無警戒な訳ないだろ」

 

 そんな日番谷が、無策でアスキンと相対するわけがない。

 

「アスキン・ナックルヴァール、能力は『致死量』だったか。罠を色々と仕掛けても無駄だぜ、そこにはお前のいた跡は残る」

 

 アスキンの能力はリルトットから耳にしている。厄介な8人のうちの1人として、対処を知らなければ負け戦に一瞬で変わりかねない能力を持つ存在として。

 油断などない、零番隊を倒した者たちを相手に力を温存はすれども、全力を出さないわけがない。

 

「それと、罠を張ったのがお前だけだと思うなよ」

 

 アスキンは罠や能力まで知られているとは考えていなかったが、やはり持久戦の構えを取る。アスキンの能力は霊圧の分析など済んでしまえばその霊圧に対しては絶対負けなくなるが、その前に仕留められてしまえば終わりだからだろう。今はまだ読みきれていない、その為に距離を取ろうと離れるが、それは左足が動かなくなり出来ない。

 

「(なんだこりゃ、花? っておいおいおいおい!!)」

 

 踏みつけたのは氷の花、しかしサイズは可愛らしい蒲公英程の大きさのものであり踏みつけたとしても払えば良いだけの話だ。しかし出来ない、それは踏みつけた瞬間から花から放たれたとは思えない程の冷気が足を侵食しているからである。

 

「『初霜の花』大気中に存在する水を仕掛けた花を起点に凍つかせる、その花を砕いても無駄だぜ……そいつは印付をする物でしか無いからな」

 

 アスキンが走り回る間、日番谷はただ罠を避けながら追い回していたわけではない。アスキンをいつでも一撃で戦闘不能にする準備をしていた。能力的にも相性が良く、自分が逃してはならない敵であるからこそ、準備をしていた、

 

「いくら致死量を弄れても氷の牢獄迄は壊せねえだろ」

 

 念入りに凍らせた氷の柱、その中には驚愕の表情を浮かべるアスキンは微動だにすることができない。あまりにもあっけない最後だが、その最後はユーハバッハを倒してから改めて訪れるのだろう。

 

 ☆

 既に戦闘が始まってから数分、リルトットはペルニダとの戦いを継続している。

 

「(こりゃ、リジェか? アスキンもやってるみてえだし、時間はかかるか)」

 

 自身の戦いに集中して他の戦場を気にかける余裕はあまり無いが、ウルキオラの方でそれなりに激しい事になっているのは気付けてはいる。

 

 だからこそここで勝たなければならない。ここで親衛隊を1人でも逃せばユーハバッハとの戦いに集中出来るわけもなく、負け戦になりかねないのだから。

 

「ち、当たんねえな」

 

 ただ、リルトットが未だに余裕を持って戦えているのは負けられないが故に慎重に戦っているからだけではない。

 

「(なんだ、こいつの能力……さっきから地面ひっくり返すだけで全然だぞ)」

 

 ペルニダの能力の全貌が、全く見えてこないのだ。リルトットが牽制で放つ矢は全て地面や壁を自身の手足のように使って防いでいるのだ。それが能力によるものなのは分かるが、リルトットが余裕を持って戦いをゆっくりと進めているからか本気を出してくる様子がないのだ。

 

「じゃあ、これはどうだよ」

 

 だが他の戦場がこの様子であれば、悠長にはしていられない。敵がここまでリルトットを警戒してくれているのか、それともそんな気も起きない雑魚と認識しているのかは分からないが、引き出す為にリルトットは矢を番え、二本の矢を放つ。

 

 壁を使ってくるなら、それを前提とした壁を壊す矢と本体に当てる矢を放てば良い。壁で視界が塞がっているペルニダは2本目の矢を気付けない。ただそこは滅却師の精鋭である、2本目の矢は当たる前に避けられる。しかし反射的な回避なのでフードは矢に剥ぎ取られた。

 

「やっと当たったか、フードの下はどんな面……っ!?」

 

 ようやくご対面だ。その顔はどうなのか、男か女か幼いのか老いているのか、幼女ならばやり難いと少なからず抵抗は生まれてくるが──

 

「待てよ、おい……そりゃなんだ」

 

 リルトットの想像は、全く異なる方向に裏切られていく。

 

 本来あるはずの目は一つしかないが、それは些細な事だろう。首から上には髪や鼻といった器官などが全く無いのだから。一体どこの器官を使って意思の疎通をしていたのか疑問であるが、その頭はまるで大きな左手のような形をしている。

 

「左腕って、暗喩じゃねぇのかよ」

 

 いや、左腕そのものだろう。髪や耳があるはずの場所には巨大な指が蠢いているが、どの様な仕組みになっているかはわからない。ただそんな事を考える余裕はないだろう、指は独自に動いている上でリルトットに攻撃の意思を向けてくる。

 

 そして、その指先から何かが射出された。

 

「っ、くそが!!」

 

 リルトットは向けられた何かを避けた。しかし、避け切れず左手に着弾してしまう。すると自分の左手が自分の物でなくなったかのようにコントロールが出来なくなるが、それで終わらない。

 

 先程まで矢を防ぐ為に壁や床を操っていたが、それと同じように彼女の左腕が歪み折り畳まれて行くのだ。羽が折れようが肉が裂け血を噴き出そうが関係ない、ただの肉塊に変わろうとしている。

 

 咄嗟の判断でリルトットはその左手を自身の能力『食いしんぼう』で切り離したが、左腕だった物は床に変わり果てた物として転がっている。判断が遅ければ肩先から下だけではなく、彼女自身もそのように変わり果てていた。

 

「はぁ……はぁ……今迄は手を抜いてたってか? ふざけやがって」

 

 ただここまで歪な存在であれば、何かしら喩えられても仕方ないのかもしれない。左腕、それもここまで異質な物であれば霊王の左腕と言われて仕方ない。

 だが親衛隊の事を甘く見ていたのも事実だろう。自分達星十字騎士団の上澄み程度に考えていたが、もはや存在の根底が異なると認識して良いのかもしれない。

 

「不気味さは親衛隊一かよ」

 

 そして、ペルニダ・パルンカジャスという怪物はリルトットには荷が重いのは事実である。

 

 ☆

 

 世界の崩壊、それは突然始まる。地震が起きたと思えば中々止まない、現世では世界中で同時に起こるこの現象の震源も何もわからないだろう。ただ、そんな揺れも何故か止まる。

 

「上はどうなってるんだ」

 

 一護は思わず呟く。仮面の軍勢も駆け付け、本格的に門を作る準備が出来た矢先の出来事に、作られた門の霊子も霧散して作り直しになってしまっているのだ。上では何が起きているのか、想像も出来ない。

 

「日番谷隊長達が間に合ったのか、理由は分かりませんが……世界の崩壊は止まったみたいっすね」

 

 ただ、上で霊王が一命を取り留めたのか世界の崩壊は止まった。それにより何とか世界は保っていられている。だがいつまで続くかはわからない、浦原喜助と言えど世界の楔を作る事も保つ事も簡単に出来る事ではないのだから。

 

「早くを門を作らな、間に合うもんも間に合わへんぞ!」

 

 悠長にはしていられない、しかし空には謎の天蓋がされており、それにより護廷十三隊は門が仮に出来ても繋ぐことは出来ないのだ。それは浦原喜助はわかっているのだが、違和感を頭の中で感じ続けている。

 

「(あれは僕達の邪魔を警戒したもの、それなら零番隊は落とされた可能性が高いか。一刻も早い門の創造と、天蓋の破壊が最優先……黒崎さんなら問題なく穴を開けるぐらいは出来るはず。ただ……何でこんなややこしい手を使って来た? 僕達を警戒するならそれこそ隕石は無くても離殿を落とせば良い筈、即ち……警戒に値してない? 壊されようとも、それまでの時間を稼げたら……いや、まさか)」

 

 頭の中で何かが纏まりかける。突然止まった世界の崩壊、閉ざされた空、門の創造、それら全てを繋げれば敵の意図が纏まってくる。だが仮にそれがそうならば、浦原喜助は自身の抱える可能性の中で最悪を引いたと言っても過言では無いだろう。

 

 だが、そんな浦原の考えを嘲笑う様に頭に声が響いてくる。

 

「今、何か……!?」

 

 それは浦原だけではない、周りを見てみれば隊長副隊長に限らず一般隊士もその声に戸惑っている。だが、それに続いて異変は起こって行く。

 

「待て、こいつは……!!」

 

 瞼を閉じた瞬間に、景色が変わるのだ。どういう仕掛けかは分からないが瀞霊庭にいる全ての死神に見せているのか、聞かせているのかもしれない。それだけの、絶対的な力を身につけて。

 

『聞こえているだろう、私の声が』

 

 最初はもやがかかるような声と景色であった。しかし徐々に回線の直って行くテレビの様に映像と音は鮮明になって行く。瞼を閉じて浮かぶ景色は黒い泥と炎が混じった様な何かを纏う男が、玉座に座る姿だ。そしてその声は、聞き覚えのある者はモヤのあった時から気付けている。

 

『我が名はユーハバッハ、霊王を取り込んだ新たな世界の王である』

 

 滅却師の祖であり王、総隊長を殺した者、そんな認識を塗りつぶす様な情報がなだれ込んでくる。霊王が何か、皆分かっているわけではないがいかにこの存在が不届きな事をしでかしたかは分かっている。

 

「霊王を、取り込んだ……!?」

 

 だが、それが嘘ではない事はその変わり果てた異様な外見から察せられる。

 

「ふざけやがって、零番隊は何やってんだ……!!」

 

 零番隊、護廷十三隊全軍の力を上回る5人の隊長は敗れたのだろう。その力を知る恋次からこそ思わず悪態をついてしまうが、それだけ敵の大きさが想像を超えていたという事でもある。それは先に戦ったグレミィで認識できていたつもりではあれど、こうも規格外な事を繰り返されて来られたら対応も出来ないものだ。

 

「浦原さん、霊王が取り込まれたって事は……」

 

「……はい、恐らく」

 

 ただ、そうなると倒さなければならない敵ではあるがそれが出来ない事が一番の問題だろう。霊王は世界の楔であり『替が効かない』存在である。世界の崩壊が止まったのはユーハバッハ自身が霊王を取り込んだからであり、世界の楔となったからだ。ただでさえ想像も出来ない敵であるが、それを殺してしまえば世界が本当に終わる事を意味してしまう。

 

『だが、これもまた貴様らの受ける報いであろう。霊王が敵に回るのは、貴様ら死神にとっては避けられぬ運命にある』

 

 ただそんな一護達の考えを見透かしているのか、あたかも自身の行動には大義があるかのように答えてくる。それも、戦争を仕掛け数多の命を散らせた張本人がである。

 

「何を言っている、霊王が敵だと?」

 

 霊王とは象徴であり死神達の王である、そんな存在を守る為に零番隊も霊王によって選ばれている。意味がわからない、それがこの声を聞く者たちの総意である。

 

『知らぬなら教えてやろう、貴様ら死神の背負う業をな』

 

 だが、そんな与太話はまだ続く。

 

 ☆

 

「霊王とは、私の……いや、この世界の産みの親だ」

 

 霊王宮の本殿、誰もいない城にユーハバッハはいる。連れて来た親衛隊も戦闘中であり文字通り孤独な玉座に佇んでいる。しかしその姿は数多の死神や生き残った滅却師など瀞霊庭にいる者たちには関係無く公開している。霊王の権能を利用しているのだろう、それを手に入れたという誇示と圧倒的な力を有しているという事を悟らせる為に。

 

「現世も尸魂界も、虚圏も分たれる前の一つの世界に生まれた世界に祝福されたかのような存在、それが霊王だ。貴様らの知る名ばかりの王ではない、本物の王であった」

 

 そして今しているのは、昔話だ。霊王を吸収した事でその叡智と記憶も手に入れたが、ただそれを話すためではない。

 

「その力は王の名に相応しく絶大だ。『全ての力』を持ち得た霊王は虚から人間を守る為に戦い、滅却をしては世界の循環を保っていた」

 

 心を折るために、話しているに過ぎないのだ。護廷十三隊の守る物、それがいかに矮小な物であるかをわからせる為に、犠牲の上でしか成り立たない世界の形を知らせる為に。

 

「だが、その貴様らの英雄は今の世界を分断する為の楔となった」

 

 霊王は個人ではあるが、霊王宮にあった彼は置物だった。水晶に閉じ込められ自由はなく、生きても死んでもいない状態の存在だった。

 

「両腕を落とし、心臓を抉り力を削ぎ落とし世界を維持する為だけの人形へ変えた」

 

 そしてそれは生まれてからそうなっていたわけではない。手足も臓器も備わっていた、だがそれは世界を維持するのに不要であると判断されたのだ。万が一にも反旗を翻されてしまえば、敵う存在ではないのだから。

 

 だが、そんな大罪人はその血を残している。

 

「それをしたのが、貴様らのよく知る五大貴族の事だ」

 

 瀞霊庭を取り仕切る貴族であり、中央四十六室にもその血を引く者は遠縁であれ多くいるだろう。今は志波家が没落した影響で四大貴族となっているが、その五大貴族が誰を指すのかは誰もが知る事だ。ただこの主犯はほぼ一つの家によるものではあるのだが、心を折る為に話すユーハバッハはあえてその事は言わずに話を進める。

 

「貴様ら死神は英雄を殺し、利用した。その犠牲の上に成り立つ護廷十三隊も尸魂界も、張りぼてのような物だ。正義も大義も貴様らにはない、藍染惣右介を完全な悪とした程度の蒙昧な貴様らではな」

 

 護廷十三隊に属する者は皆、何かしら守る為に戦っている。同じ隊士であれ流魂街の仲間であれ、尸魂界そのものであれ大なり小なりそれを支えにこの戦争を戦っているだろう。しかし、そんな各々の戦う理由は大悪によって塗りつぶされてしまう。

 

 英雄を殺した上で利用していた、そんな貴族の仕切る瀞霊庭や護廷十三隊を信じて戦えるのか、そんな思いが平の隊士達の間に伝播しているだろう。それこそがユーハバッハの狙いである、無駄な戦いを終わらせ新たな世界の創造に着手したい彼にとって圧倒的な力はあるが、その邪魔はいくら羽虫の群れとは言え煩わしいのである。

 

「だからこそ、私が作り替える。生も死もない、恐怖の無い世界を……その為に、全ては一度滅びるべきなのだ」

 

 世界創造の大義、それをあたかも正義であるかのように語り揺さぶる。これで護廷十三隊はどれほど弁明をしようとも纏まらない、力を合わせてユーハバッハに立ち向かう事はない。

 

 だが、それはあくまでも平の隊士だ。最も面倒な隊長格、そして黒崎一護や浦原喜助は必ず挑んでくるだろう。だが、そんな事も許さない。その為の下界への配信である。

 

「私は不要な殺生を嫌う。しかし、私に立ち塞がる者は残酷に殺す事となる」

 

 残酷な死、言葉にするのは簡単でも実感はできない単語だ。それを己に降りかかる災厄と認識させる為に、知らせるのに相応しい生贄が上にはいる。

 

「気に病む必要は無い、お前たちの持つ不要な希望はこれから見せるもので消え去るだろう」

 

 ユーハバッハはそれを最後に演説を止める。そして唯一の出入り口である門の方を見ると、それが爆炎と共に弾き飛んでいく。まるでユーハバッハはそれが来るのを分かっていたのか、それとも望んでいたのかはわからない。

 

重要でもないのだ。ただ一つの事実として、そこには1人の死神がいる。

 

「目玉が邪魔で時間がかかった……もう慣れたが、あれはお前の手駒か何かか?」

 

 霊王を吸収する際に霊王の力は大きく漏れ出た。本来であれば霊王の敵である死神にその力の群れは襲い掛かるのだが、その群れは何故か霊王宮に停滞していたのである。それは次元の軸が近く、死神としての力が色濃く出るものがいたからだろう。ユーハバッハとしても力を吸い取るまでの防波堤となるので特段いじる事もなかった。

 

 だが、ここまで早い到着は面白いとも感じている。

 

「力の残滓を払った程度で随分と強気だな、萩風カワウソ」

 

 ニャンゾルを破り、萩風は最速最短でやって来たのだ。本殿に居るのは分かっていたのだろう、そしてその力の波はユーハバッハを前にしても落ち着いている。演説も霊王宮本殿には響いていたので聞こえていたかもしれないが、それでもユーハバッハへと向く足は止まっていない。

 

「私の霊圧を感じられないのか……哀れだが、仕方ないと言うべきか。愚鈍であろうとここに来たという事を下界の者に示さなければならん。世界の王に歯向かう者の末路を見せなければ根拠の無い希望を持ってしまう。だからこそ無意味な抵抗が、どのような結果を生むか……見せてやらねばならない」

 

 斬魄刀は既に引き抜かれている。臨戦体制だ、しかしその萩風を前にしてユーハバッハの余裕は全く崩れていない。玉座に腰掛ける姿は、席を動かずとも初撃をどうとでもできるとでも言うような構えをしている。

 

 以前の萩風を相手に剣を構え能力を行使しようとした時は違うのだと、もはや次元の異なる存在であるという事を示している。

 

「あの時と同じにしないでもらいたい」

 

 だが、あの時と違うのはユーハバッハだけではない。

 

「四番隊隊長 萩風カワウソ。貴様を斬る、護廷の刃だ」

 

 護廷十三隊の隊長として、彼はここにいる。四番隊である事を誇りにし、どれだけ嘲られ不遜な態度を取られても、戦う意志を示している。向こうがまだ戦うという意志を見せていないが、その態度にようやくユーハバッハも玉座を降りる。

 

「そうか、ならば貴様にはこの力で相手してやるのが相応しいだろう」

 

 そして懐から手のひらに収まる程度の何かを握りしめている。すると一瞬だけ光を放ったかと思えば、手には黒い刀が握られている。煤けたような刀だ、しかしその見た目とは異なり突如として爆炎がその刃から吹き出してくる。

 

 護廷十三隊の誰もが知る存在、焱熱系においては最強の一振りであり、1000年以上死神の長として指揮を取り続けた者の力。あの藍染惣右介でさえ尸魂界の歴史とも言えるこの存在には特別な措置を取った。

 

 護廷十三隊の隊長として挑むならば、それを試すに相応しい力をユーハバッハは既に奪っている。

 

「卍解 残火の太刀」

 

 山本 元柳斎 重國、最強と呼ばれた死神の奥義を片手にユーハバッハは悠然と萩風に歩み寄って行く。

 

「さぁ、死合おうか」

 

 世界の終わりがかかった戦いが、始まる。





アニメPV、良かった。楽しみ過ぎる。
個人的には花天狂骨枯松心中が一番楽しみです。


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52話 残火


17,225文字



 

 日番谷は無事に今回の襲ってくるであろう厄介な敵の中で倒す、という点では相性の悪いアスキンを閉じ込める事に成功している。能力の分からないペルニダも居るが、純粋な氷の攻撃を得意とする日番谷にはアスキンという滅却師は致命的な存在であったのだ。早々に罠へかけ、凍り付かせたのは上手くいっただろう。

 

 だが、それは本殿から感じる懐かしくも威圧的な霊圧で即座に考え直す。

 

「この、霊圧は……!!」

 

 知らぬはずが無い。護廷十三隊があの戦場で戦い皆鼓舞された、知らぬはずが無い焱熱系最強の卍解を、そんなものが発動してしまえばどうなるか日番谷はよく分かっている。

 

 日番谷の氷輪丸とは対立したその能力ははっきり言って相性が悪い。それは氷が炎によって溶けるから、などという理由ではないのだ。それは徐々に大気から消えて行く水分を肌に感じる事から、より実感して行く。

 

 日番谷は一度、卍解を奪われている。今は虚化によって奪われた卍解は取り戻しているが、使用者が死んだ時に奪われた卍解はどうなるのか? 答えは奪われたままだ、例として雀部の卍解は奪われたままだった。そして前総隊長 山本元柳斎重國のものも奪われたままである。これが使われる可能性は考えてはいた、しかしそれは使われてしまったらどうしようもないのだ。卍解『残火の太刀』と相対した者が処理する、それしかない。

 

 ただ、問題は目の前の敵なのだ。

 

「ふぅ、危うく致命的な失態を犯すところだったぜ」

 

 溶けて薄くなった氷の牢獄、それは容易くアスキンに破られてしまう。日番谷が唯一卍解を使っても対処できない状態になってしまった相手を前に、冷や汗を流しては蒸発させてしまう。

 

「無駄だぜ、もう霊圧はたっぷり浴びたからな。その氷じゃ俺は殺せねえよ」

 

 アスキンは氷で殺せない、それは割り切っていた。だがユーハバッハと戦う時の邪魔が入らなければ良いので閉じ込めていたのだ、それを防がれた日番谷としても対処が難しい相手となってしまった。

 

「まぁ、もう氷は使えねぇと思うけどな」

 

 ユーハバッハの使う残火の太刀が破られる可能性は正直言って分からないと答えるしかない。少なくともアスキンは破られる事はないと確信しているようだが、日番谷はいくらか勝機はあると考えている。ただ相対するのがいくら萩風と言えど時間はかかるだろう、それまでこれと戦うのは骨が折れる。

 

 だが、全く対応できないわけではない。

 

 日番谷は氷輪丸をただの刀として扱い、更に顔に手をやり霊圧を変異させて行く。

 

「うおっと! まだそんな手札あんのかよ」

 

 攻撃は外れた。今迄は卍解が奪われた時の対処法としか扱っていなかった力だ、煩わしさのある仮面に慣れていないのもあるが虚の力を込めた斬撃は外れた。

 

「虚化って奴か、ただ……致命的に持続できねぇみたいだな」

 

 そして何よりも、日番谷はこの力を扱う鍛錬をしていない。仮面を付けれるのは5秒が限界であり、付け直すにも数分の時間がかかる。ただでさえ不利な相手に、その分は悪くなって行く。仮に残火の太刀が破られたとしても、日番谷冬獅郎では絶対にアスキン・ナックルヴァールは殺せないのだから。

 

「んじゃ、続きやろうぜ」

 

 絶対に負けない戦い、そう考えられても仕方ない戦いが再開する。

 

 ☆

 

 残火の太刀、その名を知る者は多いわけではない。ただそれが誰の卍解であるかは、見れば分かる。ユーハバッハによって見せられているその力が誰から奪われたものか、わからないはずがない。

 

「殺……殺さ、れる」

 

 一般隊士ですら分かるのだ、大き過ぎる力の奔流が。最強の一振りの放つ威圧感を視覚だけでも感じ取れてしまうのだ。そして、そんな事を一般隊士が感じ取れるなら隊長はそれ以上を感じ取れてしまう。

 

「喜助! 門はまだなんか!?」

 

 平子は眼を閉じ臨戦体制の2人を見届けながら、浦原喜助に怒鳴るような声の荒げ方をして聞いている。元々霊王宮には向かうつもりだったのだ、ユーハバッハの実力が総隊長の卍解という分かりやすい脅威によってハッキリしてきたのもあるが、急がなければ目の前で1人の死神が消え去る事は確かだろう。それだけの力が、あの斬魄刀にはあるのだから。

 

 ただ、それを分かってはいても上手くはいかない。

 

「そ、それが……向こうが座標の軸をずらしているみたいで、出来ても移動する事が出来ないようにされてます」

 

 もはやユーハバッハは下界からの介入を拒否していた。それは来られたら困るというよりは面倒だからという事だからだろう。そもそもこんなショーを演出しているのだ、蟻を潰す作業よりも速く世界の創造に取り掛かりたいのもあるのかもしれない。

 

 ただ、それだけならば『萩風と戦う』などという選択肢は取らない。何かしら理由はあるのだろう、ただそこまでは浦原喜助とは言え見抜けてはいない。

 

「ほなむざむざと萩風が殺されるん見とけって事かいな!?」

 

「それが、狙いみたいですからね」

 

 平子とて萩風とはそれなりに長い付き合いだ。他の隊長副隊長も何度も顔を合わせただけでなく、それなりに親交があった者も多い。元は四番隊の副隊長であった事もあり他の副隊長達よりも顔が浅く広いのもあり、身近な者として感じやすいだろう。

 

 むしろそれが狙いの一つでもあるのだ、この状況はユーハバッハの想定通りだった。そんな存在を目の前で殺す為なのだから。

 

「総隊長、このままじゃ萩風隊長は……!!」

 

 そして総隊長に対して恋次は声を掛ける。元は卯ノ花総隊長の部下であったのが萩風カワウソだ、そしてここにいる誰よりも付き合いが長い。それだけにこのユーハバッハの見せ物は悪夢でしかないはずなのだ、自分の手の届かない所で虐殺されるのは死神であろうが人間であろうが、気持ちの良いものじゃない。

 

 ただ静かに瞳を閉じる卯ノ花に対して恋次は求めたのだろう。何かしらの割り切った答えを『萩風を切り捨てて時間を稼ぐ』でも『萩風を助けに行く』でも、何かしらの答えを。でなければ護廷十三隊が瓦解してしまうと察して。

 

 ただ、そんな恋次の求める答えに対して──

 

「問題ありません」

 

 瞳を開ける事もなく、卯ノ花は言い切る。助けるでも見捨てるでもない、問題が無いと言い切った。誰もが最強の卍解を目にして、絶望が伝播していたにも関わらず、その絶望の色が全くなかった。

 

 そして、続けてこうも言葉を続ける。

 

「彼ほど、山本総隊長と渡り合える死神は存在しませんからね」

 

 護廷十三隊を勇気づける為か、この絶望に歯止めをかける言葉を吐いた。皆、萩風は助からないと決めつけて動いていたのだから。浦原喜助ですら今の事態が悪化の一途を辿っているのを分かっているのだ、今も頭の中で様々な策を考えている中でこの割り切り方は胆力だけで語れるものではないだろう。

 

「それは、卍解がそんなに」

 

 ならば、その力に秘密があると考えるのも自然だろう。

 

「いえ、彼の卍解だけで語るなら阿散井副隊長の方が上だと思いますよ」

 

「なら……なぜ!?」

 

 だが、それだけじゃない。最も卯ノ花の知る死神であり、技術の粋を叩き込んだ男だ。それも数百年も音を上げる事もなく、ただ染み込ませている。仮に剣八の後継者が更木剣八とするならば──

 

「あと100年、彼が早く隊長になっていれば──この羽織を着ていたのは彼でしたからね」

 

 萩風カワウソは、護廷十三隊の後継者となりえる。

 

 ☆

 

 山本総隊長の卍解、それを知識も経験も無くともそれがそうなのが萩風も感じ取れていた。世界から水という元素を消して行くほどの力の余波に、間違いなく最強の斬魄刀と称するに相応しいものだ。

 

 しかし萩風は卍解を使うのを待機している。理由としては萩風の卍解がそこまで単純なパワーアップではないからだろう。

 

「分かるだろう、貴様の斬魄刀とは格が違う」

 

 萩風の卍解は簡単に言えば100人に増える卍解だが、霊圧まで100倍になるわけではない。仮に全ての陽炎が九十番台の鬼道を放てばいくら萩風と言えども霊圧などすぐに空になってしまうだろう。そしてこの卍解は手数が増えるという利点がある一方で、陽炎のダメージが本人に反映されてしまう欠点が存在している。範囲攻撃には弱く、本体は陽炎と違い虚像化出来ないので単純な能力は卍解前とは変わらない。使い時を間違えれば己の首を絞めてしまう。

 

 それだけ、萩風の卍解は残火の太刀と比べてしまえば劣っていると言われても仕方ない能力の欠点を抱えている。

 

「格や霊圧の違いだけで、勝敗は決まらないはずだが」

 

 ただ、萩風は卍解を使う事なく始解した斬魄刀を片手にユーハバッハに向き続ける。

 

「ほぅ……私の霊圧を感知できているのか」

 

「出来ないと思ったのか」

 

「ならば尚分かるはずだ、圧倒的な力の差がな」

 

 ただユーハバッハにとって残火の太刀は本気ではない。それが分からないはずがないだろう、その霊圧を感じ取れているなら察せないわけがない。あくまでも残火の太刀は隊長として挑んでくる萩風に対する皮肉であり、萩風を殺す為のものではない。だがそれでも護廷十三隊の隊長程度、圧殺できるものである。

 

 それを分かっていてなお、挑める萩風の真意を問うのだ。

 

 ただの馬鹿か、策略があるのか、それなら浅いとしか言えないが。

 

「力の差があるから挑む挑まないを考えるとでも? どう挑むか、それが護廷十三隊の死神だ。俺は卯ノ花総隊長に、そう教わって来た」

 

 萩風はそんな所で戦っていない。ここに立つのが他の隊長であっても激昂する事はあれど、そうしただろう。戦わないという選択肢はない、どう戦うか、どう打ち破るか、負けられない戦いに背を向ける事は護廷十三隊の隊長がする事ではないのだから。

 

「だが甘さのある貴様の事だ、この技をどう受けるか見ものだな」

 

 問答は終いか、萩風の意思を確認したユーハバッハは容赦なく刀を地面に突き刺した。そんな事をすれば霊王宮が跡形も無く消えてしまいそうにも感じるが、異変はすぐに起きる。

 

「残火の太刀 南 火火十万億死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)

 

 焦げて黒ずんだ骸骨が、灼熱の中から無尽蔵に生まれているのだ。世界の終わりを想起させてもおかしくない光景が広がり、その全てがユーハバッハの操るものであるのが分かる。

 

「私の過去に殺した全ての死神の骸だ、お前に罪無き亡者を殺す覚悟はあるか?」

 

 津波が起こせるのではないかと思うほどの物量が、そこにあった。そして萩風は刀を構えたが、少しだけふっと力は抜ける。刹那の間だ、握り直してはいるが顔付きが変わる。それはその骸の中に何人か見覚えのあった死神がいたからだろう、侵攻によりユーハバッハにより直々に処された仲間達だ。中には総隊長の姿らしきものまである。

 

「卍解」

 

 静かに、萩風は告げた。陽炎天狐だ、展開された陽炎は火の海に浮かぶ骸の群れを前に並び立っていく。そして1人ずつ、その首を刎ねていく。いくら総隊長の格好をしていてもただの骸だ、単純な剣術だけで骸の海は切り開いていける。いくら萩風が100人に増えても数は上だ、しかし一人当たり10人以上倒していけば、容易に骸は処理されていく。

 

 ただ1人ずつ首を飛ばして行くたびに、その顔色は暗く沈んでいく。これの元は総隊長の技だ、総隊長もそのように使ってはいたのだろう。ただ先のニャンゾルもそうだが、死者を冒涜する事に何の躊躇いが無い事が分かる。それをユーハバッハが使う事に、ざわつかないわけがない。

 

「躊躇なく屍を刎ねたか、どうやら最低限の甘さは消えたらしい」

 

 そしてそれは、最低限のハードルでしかない。あくまでもユーハバッハに特記戦力として数えられなかった理由などでもなく、脅威と判断されなかった材料でしかない。

 

「では最低限の兵士としては認めてやろう、次は……私と相対するに値する戦士であるかを見てやる」

 

 そして、ここからが本番だろう。

 

「最初から私本来の力を試してやるつもりであったが、これを防げぬなら試す価値も無い」

 

 そう言うと、ユーハバッハの霊圧が煤けた太刀に集まっていく。それは業火となり、離れていても周りを焼き尽くすような熱を持ち、萩風に向いてくる。

 

 最強の斬魄刀、その一つと言われる卍解の奥義。必殺技にして耐えた者など居ない最強の力、そんな暴力が牙を剥く。

 

「残火の太刀 北 天地灰燼(てんちかいじん)

 

 音が消えた、そう感じる程の熱量と速さがそこにあった。

 

 ☆

 

 日番谷が苦戦をしてる間、リルトットもその霊圧の流れから不味い状況になっている事は察していた。アスキンは殺せないし氷でも止まらない、ならば助太刀しに行かねばらならない。でなければ日番谷冬獅郎は殺されてしまうのだから。

 

「アセッテル?」

 

 だが、そんな余裕はリルトットには無かった。

 

「くそが、左腕が左腕奪えて満足かクソ野郎……!」

 

 嘘か誠か分からないが『霊王の左腕』そういう存在を相手して四肢を一つ失っているのだ。霊王の左腕などという真偽は分からないのに変わりはないが、少なくとも目の前の敵はまだ本気を出していないのは明らかだった。

 

 ニタニタと笑いながら、リルトットの失った左腕を見ている。滅却師というのは弓を使う種族だ、そして弓とは基本的に両手を使う武器である。それをまだ戦う力が残っていながらも唯一の道具を失ったのを笑っているのかもしれない。事実、リルトットは一気に劣勢へと追い込まれている。

 

「ふざけやがって、片手が無きゃ弓を引けねぇとでも思ってんのか?」

 

 だが、まだリルトットは戦う事を諦めていない。

 

「甘えんだよ!!」

 

 片腕は失った、だが弓が弾けないわけではない。番た矢を歯で引っ張り撃ち抜く、それぐらいやろうと思えば出来るのだ。ただ、コントロールや力加減なぞ出来ない。それは容易くめくり上げられ地面が壁となり防がれる。

 

「(地面にまで這わされてる、こりゃ『神経』か? どうりで好き勝手出来るわけだぜ……!!)」

 

 だが、雑に使われたペルニダの力を予想は出来た。自分の体のコントロールが完全に奪われ折り畳まれた、それは神経のような者で操っていたからという事なのだろう。

 

 ただの滅却師の矢を放つだけでは勝てない。リルトットの能力である『食いしんぼう』もペルニダの神経操作を相手にするにはリスクが高過ぎる。そう考えたリルトットであるが、ふと自分の懐に仕舞われた物を感じる。

 

「(これを使って……いやダメだ、こっちの切り札は使えねぇ。ユーハバッハと戦うなら、必要になるし……最悪自爆用だ)」

 

 だが、ペルニダは前哨戦なのだ。本命であるユーハバッハと戦う為に力は残しておきたいのが本音なのである。ただ、そう分かってはいてもここで勝たなければユーハバッハと相対する事すら出来ない。

 

 そして、ペルニダもやっとギアを入れてくる。

 

「っ、そりゃそんぐらい出来るか」

 

 ペルニダとて滅却師、矢を使える。リルトットのそれより上と示したいのか、放った矢を壁や地面に這わせた神経を利用して軌道を曲げて翻弄しながら迫らせる。

 

「ただ俺だって、元は星十字騎士団なんだよ!!」

 

 だがリルトットとて滅却師の精鋭。矢をまた番ると今度は迫るペルニダの矢に向けて放った。確かにリルトットは口で矢を放つなんて芸当は初めて行っている、指ほど正確な射出は出来ないだろう。

 

 だが、リルトットの能力『食いしんぼう』は口を使う能力である。少なからず素人が口で矢を引くよりも遥かに卓越した腕……いや、口で矢を放てる。そして放たれた矢は意図的に角度をつけてぶつけ合わせるとリルトットに当たろうとした矢の軌道を変えて避けさせる。対してリルトットの放った矢は軌道を変え──

 

「ギャァァァァ!!」

 

 ペルニダの小指に着弾しその指を分離させた。悲鳴を上げて流血を撒き散らしているあたりに最低限のダメージは効いているようだ、これだけ得体の知れない敵だが、少なくとも殺せる可能性は十分にある。

 

「ち、指一本弾けただけ……っ!?」

 

 ただ、そこまで体力が持つかは分からないな──などと考え始めていたリルトットの期待は嫌な方向に裏切られていく。背後から気配があったのだ、振り向くよりも先に避けるのを優先したおかげで回避は成功していたが紙一重で自分の体の横を何かが通り過ぎて行った。

 

 そしてそれは、見間違えるはずが無い。

 

「ヒドラかなんかてめぇ、左腕野郎が!!」

 

 切り離した小指が、左腕となり襲いかかってきたのだ。先程まで殺せるかもしれないなどと淡い希望を抱いていたが、それすら踏み躙ってリルトットに絶望を叩き付けに来ている。

 

「ヒダリウデ、違ウ……名前、ペルニダ」

 

「知ってんだよそんな事は! 滅却師の力だけ持ったバケモンだろ、何者なんだよてめえは……!!」

 

 だが、完全に勝機を失ったわけでは無い。滅却師とはその名の通りに滅却する力を持つ者達であり、ペルニダの事も魂魄ごと滅却してしまえば勝てないわけではないだろう。

 

 だがやはり認められない。このような怪物が存在してしまっている事を、それがさも滅却師であるかのような立場にいる事を。

 

「ナニモノ……ペルニダは最初からペルニダ」

 

 ただ、ペルニダは親衛隊としてユーハバッハの部下として存在している。

 

「バケモノとは、良く言うが。余は元より滅却師である」

 

 そして元々、ペルニダは陛下から力を与えられずに能力を持つ滅却師である。

 

「(っ、今のは何だ……マジで霊王の血でも引いてんのか? 意味分かんねえだろ)」

 

 リルトットは一時的かは分からないが、先程までとは言葉遣いも圧力も異なったペルニダの変化に畏怖する。ただの頭のない敵が知性まで持ってきてしまえば、もはや太刀打ちできるレベルの敵ではない。

 

 だからこそ──

 

「(あー、こりゃ……使うしかねぇな)」

 

 リルトットは、ここでペルニダを倒さねばならないのだ。

 

 ☆

 

 攻め込んだ4人の中で一番戦闘範囲が広いのはウルキオラだろう。全力で戦ってはいないが、リジェの狙撃を避ける為に広く鋭く、それでいて素早く動き回ってリジェに迫っている。狙撃手はスコープを除いて敵を狙うが、そのスコープから外れてしまえば狙い直さねばならないのが普通だ。だから現世でもスナイパーに見つかればジグザグに走って逃げろと兵士は教わる、やっている事はそれと本質的には変わらない。

 

 ただ、ウルキオラは帰刃によりある程度の力を見せてもまだリジェにダメージを与えられていなかった。

 

「他の戦場が気になってるのか」

 

 リジェは余裕があるのか、動き回るウルキオラの動きに澱みが生まれたのを見逃さないどころか声までかけてその精神を削りに行く。

 

「アスキンは甘いように見えて手を抜く男じゃないし、ペルニダも負けた事は無い」

 

 たった4人で攻め込んできた度胸は驚きを通り越して呆れになる。それもここにいるのは滅却師の精鋭であり星十字騎士団でも群を抜いた者達しかいない、親衛隊とはそういう存在なのだ。

 

「それとも、陛下に1人で戦う無謀な馬鹿の方が気になってるのか」

 

 そして、その親衛隊の上に立つユーハバッハに勝てる者など居ないだろう。居たらそれは少なくとも、死神や滅却師といった存在の枠組みに収まらない。霊王を吸収し完全に並ぶ者が居なくなったのが、今の新たな世界の王なのだ。

 

 その強奪が済むまでの護衛の命令もあったが、もはやその必要もない。それは霊王を取り込む前のユーハバッハにすら敗北したウルキオラには、よくわかる事だろう。

 

「よく喋るな、滅却師」

 

 だが、そんな精神的な攻めは聞いてないのか効いてない。

 

「萩風を先に行かせても問題は無い、直ぐに追いつく」

 

 今迄、ウルキオラは目の前の敵を力を使わず倒す事を念頭に置いて戦っていた。何故なら圧倒的な機動力によりそう簡単に被弾せず、一方的に勝つ事も出来たからだ。帰刃をしたのはリジェが想定よりは腕が良かったからであり、もはやリジェの能力で貫かれる事はない。

 

 だが、萩風が先にユーハバッハと戦っているならば加勢に行かなければならない。そうしなければならない敵なのだ、ここで時間を使ってはいられなくなった。

 

「そして貴様の命は、じきに鎖される」

 

 ウルキオラの体が変異していく。今迄の白を基調とした体は黒ずんでいき、霊圧は一気に重苦しいものになる。藍染惣右介によって生み出された破面の数は多いが、その中には幾人ものヴァステロード級の虚がいた。その中でNo.4の立ち位置にいたウルキオラ、しかしその領域に至れたのはたった1人である。

 

刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)

 

 ただでさえウルキオラの動きを捉えられていなかったリジェの体には、翡翠に輝く槍が貫かれていた。

 

 ☆

 

 ウルキオラの槍は容易にリジェを貫けた。それはやはり圧倒的な力をウルキオラが持っていたからに他ならないからだろう。そもそものウルキオラの実力でも卍解状態にある黒崎一護の事を上回っていたのだ、そしてその時よりも成長もしている。

 

 この結果そのものは、当然と言っても差し支えはない。ただ、そんなウルキオラの表情は暗い。

 

「あぁ……しまった」

 

 リジェの事を貫いておきながら、勝ち誇る様子がカケラもないが……それはそうだろう、

 

「三度目だ」

 

 圧倒的な力の差を見せつけても、一度としてダメージを与えられていないのだから。別に攻撃が届かなかったわけではない、攻撃そのものはリジェに二度は届いていた。

 

 ただ、リジェの持つ能力が異質過ぎたのである。

 

「僕は両目を開いている時だけ『万物貫通』の真髄を行使できる、つまり──僕の銃撃はお前の体を貫き、僕の体はお前の攻撃を貫く」

 

 リジェの攻撃は防げない、そしてどんな攻撃を受けても効かない。そんな理不尽な能力を持っていたが故に、ウルキオラはここまでの力を解放して戦っているのだ。知覚が遅れればダメージを与えられるかもしれないと考えての攻撃であったが、残念ながら最高速のウルキオラの動きでは足りなかったようだ。

 

「今この瞬間この世界に、僕を殺せる武器は存在しない」

 

 無論、そこまでの能力とリルトットから耳には出来ていない。全てを貫く狙撃が出来る滅却師、ただそれだけだ。しかしその程度で親衛隊のリーダーを任せられる筈も無いのでリルトットも「多分、ヤバい能力がある」と警戒は促していた。だが警戒なぞ、この能力の前には無意味であっただろう。

 

「僕は戦闘で危機に陥ったごく短い時間だけ、両目を開く事が許されている。僕が両目を開いたままでは罪人共に不公平だからだ」

 

 ウルキオラは強い、だが理不尽なのは自力の部分でありそれ以外はハッキリ言って虚の延長線上にしかない。間違いなく破面において最強なのは彼であるが、理不尽を正面から破る力はない。いやそもそも、そのような力を持つ者は死神であってもそう居ないのだ。

 

「だが、一度の戦闘で三度目を開いた場合のみ、以降眼を開いたまま戦う事が認められている」

 

 リジェの双眸がウルキオラを睨む。それはウルキオラを脅威として認識……などという優しいものではない。瞳の奥に怒りはある、だがそれは誰に対してかと言われればウルキオラに対してではあるのだが、それは許容できないという眼をしている。

 

「僕は陛下が最初に力をお与えになった最初の滅却師──陛下の最高傑作──神に最も近い男」

 

 神に最も近いと自称する彼がウルキオラ”程度”に力を引き出された。そんな事が許されて良いはずが無い、何故ならリジェはウルキオラと同格であってはならないのだから。

 

「御託はいい、さっさと来い」

 

 だがウルキオラに焦りはない、神を自称しようと悪魔を自称しようとそんな事はどうでも良い。ただ今は萩風がユーハバッハと戦っているのだ、こんな所で時間を食っていられない。

 

「その僕が三度も眼を開く事など、あってはならない事だ」

 

 リジェの開かれた目から閃光が煌めく。するとその光はやがて彼の前身に宿っていき、人の形から離れて行く。

 

 ☆

 

 光が収まり始めた時、そこにはリジェの姿は無かった。

 

神の裁き(ジリエル)

 

 神の使徒として、裁きを与える存在としてリジェという人だった者がそこにいたのだ。不要な腕は消え、代わりに8つの翼が生え、光輪が頭に乗っている。まるで天使という物を歪な形で想像力したような格好だろう、しかしそれにリジェは酔いしれているような顔をしている。

 

 これになった彼は、絶対に負けないという自信があるのだから。

 

雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)

 

 ただ、ウルキオラはそれに対して一気に攻める。ウルキオラの圧倒的な速度は健在であり、リジェの裏に回ると淡い翡翠の槍を投擲する。回避する事もなくリジェに着弾した槍は、そこを起点に辺りを巻き込んで大爆発を起こした。自身ですら間近に投擲する事を避けるその威力は絶大であり、離殿の一部を大きく損壊させる。何度も使用すればこのフィールドそのものがもたない、そんな威力の技だ。

 

 ただ、相手が悪い。

 

「言ったはずだ、この世界で僕を殺せる武器は存在しない」

 

 リジェは避ける素振りすら無かったが、それは避ける行為が必要無かったからだろう。技の威力だとか、速さなど関係がない。ただ攻撃が効かない存在なのだ、正面から挑んではならない。搦手でなければ傷を負わせる事すら不可能なのだ。

 

「ならば、貴様らの天敵の技はどうだ」

 

 だが、まだ諦める段階ではない。攻撃を無力化する存在であっても、滅却師である事には変わりはないのだ。そして虚とは滅却師の天敵であり、その力は有毒である。

 

王虚の閃光(グランレイ・セロ)

 

 その禍々しい霊圧から離れた最強の虚閃(セロ)は、雷霆の槍で開けた大穴を更に広げていた。

 

 ☆

 

 残火の太刀の灼熱の閃光、防御負荷と言えるだけの威力と速度を持つそれが放たれてしまえば勝負は決したと言っても良いだろう。そんなものを耐えれるならば、それは死神でも滅却師でもないだろう。

 

 ただ、受ける方法も避ける方法も無いわけではない。

 

「陽炎か、そんな物で避けるとはな」

 

 ユーハバッハは落胆したような声で、萩風の居る方に向く。萩風の斬魄刀『天狐』の能力は陽炎を作り操る事、周囲の気温に依存するそれは残火の太刀によって引き上げられた気温で相応の力を行使できたのだろう。それこそ、ユーハバッハが気付かないほどに奥義を対処した。

 

 だが、だからこそユーハバッハは落胆している。

 

「今のを正面から受けれない時点でお前の底など知れている」

 

 避けるのは悪くないだろう、しかしこれを防げなかった時点でユーハバッハが本気を出せば簡単に潰れてしまう事に落胆してしまったのだろう。ユーハバッハは遥か先にいる、その力を試せるかどうかというのもあったが、それよりも見せ物にしている萩風と言う死神のレベルを高く見積り過ぎていた事にガッカリしているのだ。

 

「本来であれば、ここには黒崎一護が来るはずであった。だが貴様のような異物が混ざり込んだ者がいる事で未来が変わり、貴様がいる……それをどこで手に入れたのか興味もあったが、もはやそんな物はどうでも良い」

 

 何やら呟いているようだが、萩風は卍解に残火の太刀に備えて距離をとっている。ユーハバッハとお喋りをする為にここにいるのでは無いのだ、そして小手調べ程度にしか使われていないこの卍解を破らねばならないのだから、余裕なぞあっても微々たるものだろう。それだけ、残火の太刀というのは規格外の卍解なのだから。

 

「それに問題も無い、黒崎一護の元へは後で行ける。そして全てを奪い、世界を作り直そう」

 

 萩風の卍解は解除されている。この能力を前に相手するのは愚策と考えての事か、はたまた時間制限でもあるのか。少なくとも卍解は卍解に太刀打ちできると言われてはいるものの、ここまで力という点において差があれば話は異なるだろう。

 

「まずは、この一撃で貴様の体を消し炭にしてからだがな」

 

 また霊圧が煤けた太刀に込められている。今度は逃さないつもりなのだろう、確実に本体を狙っている。陽炎の欠点として動かなければ本体を誤魔化せる一方で、動けば相応の使い手には見抜かれてしまう事がある。それも情報として得ているのだ、藍染惣右介のような斬魄刀──鏡花水月の完全催眠でもなければ、ユーハバッハを欺く事などできやしない。

 

「さらばだ」

 

 そして、ユーハバッハのその一言と共に閃光が放たれた。熱の塊は全てを消し飛ばず、どんな盾や鬼道でも跳ね返せない。ユーハバッハですらこの卍解との戦いは避けたのだ、護廷十三隊を絶望に染め上げる一撃は容易く希望を消し飛ばしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、一方的に喋るが……満足したか?」

 

 が、そんな事は起こらなかった。陽炎でぼかされる事などは無く、残火の太刀による一撃は萩風を穿つ事なく受け止められている。斬魄刀、それも始解しかしていない斬魄刀が止めていた。あり得ないと言っていいだろう、そんな事ができる程の使い手でも斬魄刀にはそんな強度はない。

 

「俺の斬魄刀、天狐の能力は陽炎を作る事……ではない」

 

 ただ勘違いしていたのも仕方ない。萩風は斬魄刀の能力を伝えた事など殆どない。知るのは護廷十三隊においては自身の師と一時的に弟子だった死神だけであり、その2人ですらどこまで扱えるのかを知らない上で『陽炎を操る』という能力が主だったものであると話している。

 

「得意としてるし、そう話した事もある。ただ本質はそんなものじゃない」

 

 でなければこの能力は特異的な時を除き、弱い。それに説明する時が来た時にそう伝えれば済むし、実際それ以外で戦闘に扱える能力は無いと言っても差し支えはないだろう。

 一応、焱熱系の斬魄刀なので炎を生み出す事はできるのだが、同じ霊圧を込めても出せる火力は『飛梅』などに大きく劣る。

 

 だからこそ、ここまでの力があると知られていない。

 

「炎という元素の隷属、世に存在する炎は火力の大小と方向性に関わらず支配権を得る。俺の知る限り……どんな炎であっても、だ」

 

 本人でも偶にその能力を忘れかける程度に使うことの無い力であり、一時期は陽炎の操作に没頭していた時は完全にそういう能力と思い込んで自身の斬魄刀に怒られた事もある。そしてそれだけ、誰にも知られていない能力でもある。

 

 そもそも、そんな機会もなかったのだ。萩風は死神としては100年以上を生きていても、実戦経験はその時間の割に圧倒的に少ない。それに炎を操れるからと言ってどうにかなる敵は殆ど居ない、何故なら護廷十三隊にはその領分における最強がいるのだから。萩風が出るなんて事態が起きるはずも無い。

 

「ただ純粋な出力は焱熱系最弱の自覚はある、卍解してまともな火力になれる程度で宝の持ち腐れだったのは否めないが……その斬魄刀ほど、相性の良い相手は存在しない」

 

 ゆえに萩風は、斬魄刀の力を鬼道や斬術で補った。でなければいくら扱えるようなっても強くなれないからだ。総隊長と戦うなんてことがなければ輝く事などないと言える斬魄刀、焱熱系最強の斬魄刀が流刃若火ならば天狐は焱熱系最優の斬魄刀にはなれる。

 

 だがそれも、始解や卍解までの話だ。

 

「卍解・改 紫怨(しおん)火狐ノ皮衣(ひぎつねのかわごろも)

 

 広範囲に炎を操る力を持つ『陽炎天狐』の力をそのままに、それを一極集中した上で霊圧の出力も萩風100人分を1人で出せるようになった姿がこの『紫怨・火狐ノ皮衣』だ。背中で揺蕩う尾は本人の出力限界を示しており、本人が万全なほど力の引き出しが許可される。

 

「総隊長の火は、お前が持っていて良いものじゃない」

 

 そして最初から四本の尾を漂わせ、萩風は紫紺の斬魄刀を握り締める。その刃の周りには残火の太刀の奥義二回分の焔が宿っており、更にユーハバッハの展開していた他の炎も根こそぎ吸収し、暗く淡く輝く一撃に込める。

 

「奥義 天地斬滅(てんちざんめつ)

 

 本殿が一撃にして、その形を失っていく。それだけの火力が、この斬撃には乗せられていた。

 

 ☆

 

 世界が赤い。まるで地獄のように炎だけに包まれた世界、太陽の中に国があればこんな景色なのかもしれない。それが下界の全ての死神やその他大勢の者達に見せられている光景であり、その中を二つの影が動き回っている。

 

 そして、それを見る事は瞳を閉じれば病人であろうと怪我人であろうと関係ない。そしてそれは、まだ覚醒しきれていない砕蜂の瞳の裏にも映り始めている。

 

「(これは、夢……なのか?)」

 

 頭の中がまだ覚醒していないからか、視界がぼやけている。その中で得体の知れない黒い影に包まれた何かが、炎をばら撒いている。屍を使役し、炎を向かわせ、もう一つの影に追わせている。何が駆り立てるのか、ただこれが夢のようでそうではない事を少しずつ理解していく。

 

 何が起こっているのか、炎が知らせてくれる。

 

「(あぁ、あれは残火の太刀……それと渡り合うのか。これが……)」

 

 総隊長の力が奪われ、使われている。許し難い現実が見えている理由は分からないが、そうである事を砕蜂は理解した。そしてそれと戦っているのが誰かも分かってしまう。顔や装束はぼやけてはいても、その背中にある四の数字が見えるからだ。

 

 そして、護廷十三隊の誰もが萎縮してしまいそうな山本総隊長の卍解へ臆する事なく戦い続けている。そんな事が出来る隊長を、割り切れて戦えるような死神を彼女は1人しか知らない。

 

「(そうか、萩風は……)」

 

 かつて耳にした萩風の隊長としての心構えが、頭の中に浮かんでくる。隊長とは何なのか、卍解の有無ではないと語った姿が浮かびそれの後の言葉が響いてくる。

 

「……もっと早く隊長になれと、言ったのだがな」

 

 思わず、満身創痍な体からでも言葉が漏れてしまう。目を閉じていたいが、閉じていては何も出来ない。ただ見守る為だけに、護廷十三隊の隊長をしているのではない。

 

 目を開ければあるのは知らない天井、だがどうやら四番隊の治療を受けているようで、幾分か体は楽になっている。致命傷を受けたとも考えていたが、相当手を尽くしたのだろう。今の砕蜂は起き上がるだけなら問題無く出来る。

 

 そして、忙しなく動いていた副隊長がそれに気付く。

 

「砕蜂隊長!? 目を覚ましたんですか!?」

 

 虎徹は四番隊として門を作る者たちとは別に、ここに残っていた。万が一にも滅却師に襲撃されても大丈夫なように、万が一にも容体が急変しても対応ができる虎徹勇音が残っていたのである。

 

「寝てなどいられぬな……次の総隊長の勇姿を、見逃すわけにはいくまい」

 

 周りを見てみれば、怪我人の殆どが目を開けていない。目を覚ましていないというわけではないのだろう、ただどこかで起きているこの2人の戦いから目が離せないのだ。

 

 ただ、1人だけ違う。それは砕蜂が起きたのにもすぐ気付けたから、気づけたとも言える。他の四番隊の隊士でも目を閉じて観戦しているが、彼女だけは目を閉じていない。

 

「何だ、萩風が負けると考えているのか?」

 

「いえ、ただ……」

 

 別に圧をかけた言葉ではないが、彼女は言い淀む。そんな深い意味の言葉を吐いたわけでもないのだが、虎徹は何やら身を浅く捩らせながら手元を結んでは離しまた結んでは開いてを繰り返している。そしてそれが、顔が見られるのが恥ずかしいからという行為であるのが察せられれ。

 

 それが何なのか、いくら疎い砕蜂でも気付く。

 

「どこか、隊長が遠くに行ってしまうのが……置いていかれてそこにいない自分が、嫌なんです」

 

 虎徹勇音は常に萩風の後ろにいた死神だ。後ろから常に萩風カワウソという死神を追いかけ、誰よりも萩風カワウソを見ていた。だからこそ、また見ているだけの自分が嫌なのだろう。でなければここで隊長の帰る場所を守ってなどいない。

 

「だから、この戦争が終わったら……」

 

 その言葉の後が消え入ってしまったが、何を続けたかったのか分かってくる。彼女からしたら同性であり、心中を打ち明けても心に余裕のある人の多い隊長ならばと口にしたのかもしれない。不安から口を開いてしまうのは、悪い事ではないだろう。

 

 ただ、砕蜂は虎徹から目を逸らす。

 

「(そうか、慕われているのか……隊長としてだけでなく、1人の……)」

 

 そんな想いを目の前にしてしまい、彼女にとって萩風カワウソという死神の大きさが見えてしまう。ならばと、砕蜂は簡易的に作られた病床から立ち上がる。

 

「なら、私は行こう」

 

 ここで呑気に観戦していても、何も変わらない。いや瀞霊庭での戦いなどとっくに終わっているのが霊圧を感じ取ればわかる。それに今の砕蜂は万全とはほど遠い。

 

「砕蜂隊長!? まだ万全じゃ……」

 

 そんな彼女を虎徹は静止するが、それが聞かないのは分かる。何故ならそんな言葉を毎回断る上官が居たのだから、それと同じ目をしているのだから。

 

「まだ隊長としての仕事は、あるはずだ」

 

 砕蜂もまた、帰る場所を守りに行くのだった。

 

 ☆

 

 本殿が半壊し、視界が開けた。同時に残火の太刀によって消えていた水が戻り、雨となって霊王宮に降り注いでいる。

 

 霊王宮という名は伊達ではないのか、萩風の放った攻撃で上部分は全て消え去ったが、その程度済んでいるのは奇跡とも言える。あの技はウルキオラとの戦いでも使わなかった萩風の持つ最大火力の技であり、自身の陽炎を消費して放つ一度の卍解で数の限りのある大技である。一言で表すなら炎の斬撃としか表せないが、総隊長の炎を吸い上げて放たれたそれは大気の雨から湯気が出ている程の熱量があった。

 

 正真正銘、卍解・改という萩風の到達点から放たれた最大火力であった。

 

「お前と私の違いを、教えてやろう」

 

 だが、それでも届かない。ユーハバッハという存在には、勝てない。しかし、当たっていなかったわけではない。

 

「格だ、存在そのものがもはや大きく乖離した存在なのだ。だが今の一撃、卍解の破壊に注力しなければ手傷程度は受けただろう……何故そうしなかった」

 

 萩風は総隊長の卍解、その破壊を最優先として技を放った。それによりいくらかユーハバッハに対しての威力が減衰したのだろう。それにユーハバッハには元々この一撃を耐える力を持ってしまっている、手傷を与えるという点は正しいが、そんな傷は即座に治癒されてしまうだろう。

 

「山本総隊長の卍解をお前が持ち続ける事は護廷十三隊の一隊士として許せなかった、それを取り返せずとも取り上げる事は不自然な事ではないはずだが」

 

 だからこそ、萩風はそれを見越して斬ったのだ。意味ある行動をした、傷を負わせて勝てるほど甘い相手ではない事は計り知れない霊圧を感じ取っているからこそわかっている。

 

 萩風自身、その霊圧を感じ取れるだけでユーハバッハに何が出来るかは分かっていない。ただ何でも出来る、そう感じさせてしまう霊圧を持っているのだ。

 

「その理に適った考えが、貴様の弱さだ」

 

 そしてそんな萩風をなおも落胆した双眸が、数多の眼が見ている。

 

「お前は誇りを気にし、勝たなければならない戦いに見かけを気にし、心情を優先する。護廷十三隊の隊長でありながらお前はこの戦いで唾棄すべき心構えで勝機を逃した」

 

 影は萩風を取り囲んでいく。逃さないという意志を感じるが、それ以上に明確な殺意が宿っている。ただそれが霊王の意志によって引っ張られているのか、それともユーハバッハの力がまだ安定していないのか、目は萩風を様々な表情で見ている。目だけでも読み取れてしまうほどに、萩風に集中しているのだ。

 

「致命傷を与える可能性があったのはあの技だけだろう、その可能性を貴様は無駄にした。私の油断のある時間で機を失い──

 

 

 その時間は今終わった!!

 

 そして、絶望が目の前に具現化する。

 

「褒めてやろう、想像以上に護廷十三隊は希望に満ちている! だがもはや貴様の力を支えていた山本元柳斎の力も消えた! 貴様の作り上げた希望は、より深い絶望へと堕とす為の重石でしか無い!!」

 

 萩風の力を出した。ウルキオラを圧倒した時よりも強かった、だが勝てない。そう思わせるほどの霊圧の差がある、不気味さがある、底の知れなさがある。勝つという言葉を虚勢で吐くにも躊躇うほどに、目の前の巨悪が大き過ぎた。

 

 それを相手に萩風はよくやった、護廷十三隊の誰もがそう言うだろう。総隊長の卍解を取り上げ、能力を使っていないとは言えこのユーハバッハと渡り合えてもいた。

 

 だが、その全開を更に超えた力でも勝てないならば諦める他ない。世界の終わりを眺める事しか出来ない。自分の死に方は選べない。

 

「さぁ、その卍解も……」

 

 力を出し尽くしただろう? そんな言葉を続けるつもりだったのかもしれない。ただそれは──

 

「山本総隊長の力は偉大だった。そして、その全てをお前は奪えなかった」

 

 ──更に膨らんだ霊圧に遮られていく。

 

 ☆

 

 卍解・改は解かれた。にもかかわらず霊圧が膨らんでいく。先程のが全力ではなかったのか? そうユーハバッハが聞くまでもなく、それが全力でなかった事を示している。

 

 いや、本気ではあったのだろう。ただ単純に、それが出来るところまでしか出せなかったというのが正しい。

 

「築いてきた歴史と紡がれてきた意志、それは護廷十三隊に宿っている。そして何よりも……誇りを奪う事は出来なかった」

 

 総隊長の卍解を壊したのはそれを優先したからというのは勿論ある。奥義を使い、総隊長の炎を取り込み、最高の一撃を放ったのは間違いない。ただそれは、あの状態の萩風にとって最高の一撃である。

 

 いくら萩風と言えど、自身の持つ最高の一撃をユーハバッハに向けないわけがない。総隊長の卍解を取り上げる以上に、ユーハバッハという宿敵を倒す方が必要であり、その結果として総隊長の卍解も解放できる。

 

 そうでないなら、あの行動はしない。

 

「誇りか、ならばその誇りとやらで何が出来る」

 

 斬魄刀から放たれた炎が萩風を周り舞う。それは何かを待ち侘びているかのように、世界から色を抜いていくかのように滑らされている。萩風という存在を世界から強調するそれが、萩風という存在を塗り替えていく。

 

「見ろ、そして慄け。これが──誇りの力だ」

 

 斬魄刀の色が変わる。薄い橙色に変色したかと思えば赤くなり、まるで炎のように色を変える。世界というものに左右されないものが、現れようとしている。

 

「卍解」

 

 呟く言葉が号令となる。舞っていた焔は萩風を包み込む。もはや常人では感じ取れないような霊圧が放たれ、刀と死神が焔の中で溶け合っていく。腕から入り込んでいくそれは、帰るべき場所へと回帰していくようにも見える。

 

 いくらでも疑って来ただろう、斬魄刀という力を信じられずにいた時期もあった。隊長というものが自分より格下に思えてしまった事も多かった。そんな力がない事を説明する方が楽な程に力を付けた自覚もある、そしてそんな力を目にする事が一度として無かった。

 

 聞く事は出来なかった、聞いてしまえば存在しないと言われてしまいそうだったから。そう言われて諦めるなら、そもそもそこに至れる才覚は無いと言われているような気がしてしまったから。

 

 何百年も、自分の事を信じられなかった。

 

 だが、辿り着く事を諦める理由にはならなかった。

 

改弍(かいに)装衣(そうい)

 

 ここからが、萩風カワウソという隊長の戦いである。





今回は3週分ぐらい書いた気がする。感想見たら燃えちゃって気づいたら書いてた。このまま燃え尽きるまで頑張りたい。


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53話 改弍・装衣


18,044文字
 


 

 霊王宮に連れてこられてから、時間が経った。時間としては2日も経っては居ないが、萩風にとってはそうではない。

 萩風がいる空間は雪緒の能力により歪んだ時空で1週間は経っており、その間は修行に勤しんでいた。黒崎一護が斬魄刀を打つ際に冷やす為の水を干上がらせたので斬魄刀の打ち直しは行っていないが、飯を食らい服を仕立てられて万全の状態ではある。

 

 だが、まだ下に向かっていない。いや、向かえないのだ。それは滅却師の力や虚の力の制御が出来ないから、なんて理由ではない。無論それは要因ではあるが、萩風は自分の意思で上に残っていた。

 

 それは隊長として戻る為に、皆を守る為だ。

 

 萩風は今の自分ではユーハバッハどころか藍染惣右介にも勝てないことを分かっている。黒崎一護に敗れたという藍染惣右介、しかし萩風は自分の力が彼に劣っているとは考えていない。だからこそ何かしらの手を使ったと思うが、ありふれた手段を圧倒する事はよく分かっている。

 

 だからこそ、その境地があるのでは無いかと考えていた。まだ、そこに行く可能性を諦めていなかった。

 

 ただ、そんな萩風を見兼ねたのか。はたまた何かを諭したいのか、突然萩風は精神世界に引き込まれていく。

 

「……修行中に珍しいな、そっちから呼び出すなんて」

 

 それはあらゆる決定権を委ねている自身の斬魄刀、最も付き合いが長く萩風にとっては最愛の存在『天狐』が呼び出したからに他ならない。ただ、呼び出される事は珍しい。

 

 今迄呼び出された事はあるにはあるが、それは限界を超えて死にかけた時だけであり少なくともそれ以外で呼び出された事はない。それに呼び出された時は大抵罵声から入りしこたま怒られては膝枕をされて諭される迄が一連の流れでもある、今回はそれが無い。

 

 そして、長い付き合いだからこそ彼女の顔色が意味深に沈んでいるのも分かってしまう。

 

「いや、分かってるよ。長い付き合いだしね──伝えにくい事なんだろ」

 

 彼女が伝えにくい事、それでいて呼び出すほどの事は殆どない。そして互いの共通認識の中で、あるのは一つだけだろう。無駄な努力を、無益な自分への虐待を、止めたいと考えている。それだけの事を、その根源に言いたい事があるのだ。

 

 そんな事は、やはり一つしかない。

 

「卍解・改弍なんて、存在しない。幻想を追いかけるのはやめろって話でしょ?」

 

 ただこの問答そのものは昔からあった。

 

「分かってる、分かってはいたんだけどね……無くても新しく創る以外に、もう俺には進む道が見えなかった」

 

 だが、諦められなかったのだ。いくら自分の斬魄刀に否定されようと、一度としてその力を周りから感じた事が無くとも、一度として自分の力を信じていられなくとも、辿り着く以外に死神としての歩み方を知らなかった。

 

 もはやただの届かない目標、形骸化した夢であり自分を無心で反射的に鼓舞する為だけ存在したそれは、呪いのようだった。

 

「何かを掴みそうだったのに、結局……俺は足りなかったんだ」

 

 どこかで救いを求めていたのかもしれない。誰からもその存在について聞けなかった、その答えが自分の求める事とは離れたものになると感じていたからだろう。実際何度か卯ノ花総隊長から指南を受けて、境地に至らずともその力を超えた自覚もあったが、そんな事で超えてしまった現実を受け止められなかった。

 

「昔は自分の力が跳ね上がる環境にいたからか、いつの間にか修行して強くなるのが嬉しかったし、苦痛はあっても心は大丈夫だった。

 ただ──折れる時は、折れるんだな」

 

 新たに創る力もなく、ただ止まった成長を少しでも長引かせる為に体を酷使して来たが、その力ももうここに呼ばれた時点で気力が保たない。

 

 上に残っているのはその力に踏ん切りをつける為だ。その境地に至るか、諦めるか。その二つに一つ、萩風はもう諦める方に折れかけていた。あと何か一押しがあれば夢は儚く散るだろう、ただそれでもギリギリで踏ん張って耐えているのか握りしめた拳は精神世界でも血を流している。それだけの存在だったのだ『卍解・改弍』という夢想はまだ萩風に淡く微かな光を見せているのだ。確かに無いと論ずる方が簡単だが、あると論ずる根拠もゼロでは無い、だからまだ踏ん張れている。ただ踏ん張れているだけで、やがて摩耗した精神が擦り切れるまでの時間しか保たないだろう。

 

「カワウソ、一つ昔話をする」

 

 そんな主人に向けて、天狐は慰めるでもなく話を始める。萩風は自嘲するように上を見上げて如何に自分が小さかったかを考えているのかもしれないが、それを気にせず天狐は続ける。

 

「世界まだ生死の境が無かった時代、緩やかに消えていく世界の中で1人の存在が生まれた」

 

 興味がない、そもそも座学にそこまで熱が入らなかった萩風にはすり抜けて行くのは必然だろう。鬼道を覚えられたのも、抜群の使い手である卯ノ花から習ったからでありそれ以外に興味はない。

 

「羨ましかった、同時にあんな者が存在していた事が──許せなかった……!!」

 

 ただ、そんな萩風でも熱の入った彼女の声は響いて来た。普段の彼女からは現れない激情であり、萩風を叱る時に含まれた怒気を10割にしたような悲痛な叫びが精神世界にこだまする。

 

(わらわ)の力は、そやつへ届く前に潰えた」

 

 今まで、斬魄刀の『天狐』から話がされた事はなかった。そもそも話す事なんて世間話や修行についてであり、萩風の話す内容を一方的に聞き流していた。自分の事について語った事があるのは『始解』や『卍解』について語った時以外に無い。

 

「その潰した奴が貴様の知るあの坊主だ、完膚なきまでに潰されたんじゃろうな。名を失い……全てを失った」

 

 何が彼女をそうさせたのか、それはその原因たる和尚のせいか。しかし和尚について萩風は深く関わっておらず稽古は必要無しとして見送られており顔を合わせた程度の関係だ。だが、彼女はそうではなかったらしい。

 

「あやつの力は名を名付けるというのもあるが、力ある名が現れたら自動的に認知するからの。妾のように力を失くし取り戻してもいつでも力を奪い取りに戻って来れる、前に斬魄刀は誰かに名付けられた物とは言ったがあくまでもそれは妾など一部の例外じゃったな。正確には『名を付ける力』と『名を知る力』があの坊主の持つ能力じゃ」

 

 知るはずがないことばかり話される。ここまで饒舌な彼女は初めてだろう、それだけ止めどなく流れ出ているのだ。しかし、それはあくまでも前振りである。

 

「だがあえて言う、これは私が主人と認めたお主には伝えなければならん」

 

 ここで萩風は天狐と初めて目を合わせる。紫紺の瞳に吸い寄せられるような感覚に陥るがそれは初めて会った時もそうだった、妖艶な彼女を引き立たせる豪奢な金髪と獣耳、そして尻尾は彼女をこの世のものではないかのように輝かせている。いつもは結っている髪も今は降ろし、深紅の爪を向けて萩風を指差す。

 

 その姿を萩風は見た覚えがある、それは『卍解』を伝えた時に感じたものと同じだった。この後に続く言葉が萩風の力を変えた、道を示した。その時と同じ空気が流れている。

 

「カワウソ、よく聞け。今から妾の本当の名を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──伝える事は出来ん」

 

 天狐は目を逸らした、何処か申し訳なさそうに、顔を少し紅くして目を逸らした。同時に、今まで沈んでいた萩風は天狐の足に抱きつく。

 

「この流れで!? そんな信用無かった!? 普通ここでトドメ刺してくる!?」

 

「ええい黙れ! 縋り付いてくるな! 妾だって恥ずかしいんじゃからな!?」

 

「素直に諦めさせるならやり方があるじゃん! 上げて落とすなんて人の心の中に住んでる癖に薄情だよね!!?」

 

 萩風の気持ちもわかるだろう。折れそうになっていた心の柱が立て直されそうになった途端にへし折ろうと飛び蹴りを入れられたのだから、それも背中を信じて任せていた相手から背中に蹴りを貰ったのだからこうもなるだろう。

 

 ただ、天狐とてそんな薄情な斬魄刀ではない。

 

「思い出せんのだ、そもそも今の話も名という枷で縛られた妾が緩んだ時に思い出した断片的な記憶に過ぎん! だから言いたくなかったんじゃぞ!? 思い出せなかったなんぞ恥ずかし過ぎて火が出るような気分になったわい!!」

 

 伝える事が出来ない、そう彼女は言った。それは言いたくとも伝えられないと言う事であり、そもそも話す事なんて出来ないのだ。それに天狐の記憶にあるのは精々そんな時代が存在した事やその時の一際強く残っていた激情などであり、曖昧な部分も多く話すにしても全てを話す事は到底出来ないのだ。

 

 だが、話したのはその為ではない。あくまでもそれが前座だ。

 

「それにお主、鈍感なのは今に始まったわけじゃないが……違和感に気づけ」

 

 萩風を振り払い、顔を近づけてデコピンで無い頭を跳ねさせる。頭をしっかり働かせろと言いたいのだろうが、働くまで待っていては日が暮れてしまうかもしれない。それだけ萩風への信頼というのは長く共にいるからこそ分かっているのだろう、彼女は話始める。

 

「斬魄刀とは心を写した物じゃろ? それが何故そんな生まれる前の記憶を持っているのかぐらい不思議に感じろ」

 

「え? そんなもんなの?」

 

「こいつ……学院時代に妾を目覚めさせておけば、扱き尽くしておったぞ。というか後で絶対扱く」

 

 知識もないのに変な勘や運だけで生きてるこの死神にため息が出ると同時に何かしらの意志を固めたが、そんな事に突っかかっていては話は続かないし終わらない。仕方ないので流していく。

 

「結論から言えば、妾はお主に紛れ込んだ魂魄の断片なのじゃろう。その証拠に、妾はお主とそこまで似ておらん」

 

 呆れながら答える天狐の顔色はもう青くなってきている。ここまで話すのが面倒になるとは思わなかったのかもしれないが、それとは対照的にかなり大きな事を呟いている。魂魄が紛れ込む事は確かにあるがそれが意志を持つほどになるのは少ない事例だ、元々の萩風カワウソという魂魄が弱かったからこそ割合として少なくとも大きくなっていたというのもあるが、萩風と共に強化されていったからというのもあるだろう。

 

「その影響かは知らんが、お主の心はずっと若いままでな……そろそろ年相応に落ち着いて欲しいんじゃがな? というか外面は普通に年相応なんじゃから頑張ってくれんか?」

 

「頑張ってるから外面が相応なんだけど」

 

「こいつ、所帯でも持たんと落ち着かん系統の男か……」

 

 何か諦めたように溜息を吐く天狐、何か呟いているようだが萩風の耳には届かない。ただ本当にここで問い詰めたい所ではあるものの、仕方ないので流そうとしているみたいだが『ここから先の話について来れるか? 無理だよなぁ』という顔をしている。

 

「ところで、なんでこんな話したの?」

 

「はぁ? 何で妾が恥辱に塗れながらうろ覚えの昔話を引っ張り出したと思っとるんじゃ」

 

 ただ、そんな彼とは数百年以上の付き合いがある。そこには時間だけでは語れない物が、誰よりも長く居たからこそある仲であり、互いを絶対に裏切らない程の繋がりがある。

 

「お主が望んだからに他ならんわい」

 

 自分の全てを曝け出す事に躊躇いこそあれど、後悔する事はない。必要ならばどんな屈辱的な記憶でも、恥辱に塗れて話すだろう。それが主人と認めた萩風カワウソの求めた事ならば、天狐は必ず打ち明ける。

 

 そして彼女は誰よりも萩風カワウソの求めた境地への渇望を知る。それについて誰よりも頭を悩ませていた者でもある。

 

「あの坊主も、その上にいる奴も出し抜く。お主と妾なら出来る。そして──その先の力の名を考えて貰う」

 

 名前、そう聞いて萩風は一つの記憶が呼びでてくる。

 

「名を……天狐に付けるのか?」

 

 彼女に名付けた事は一度だけある。それは壊れた卍解を修復し、新たな形に固定する為に必要であった力『卍解・改』を名付けた時だ。あの時も何日か名を悩み、やっと了承を得たものであるが学があまりない萩風にとってはある意味頭の痛かった記憶だ。それが思い出されているのか少しだけ言葉に表しづらい顔をしている。

 

「『また名付けて欲しいの?』みたいな顔をするな。あれは卍解を新しい型に嵌めたものであって、本質的なものは変わっておらん。死神という枠に収まったままのものじゃ」

 

 ただその『卍解・改』とはあくまでも形態を表す為の名があるなら『補修卍解』である。名が緩んだ所に斬魄刀の保有者が力を加える事で卍解の形や方向性が変異した存在であり、あくまでも本体の出力は大きく変わらない。萩風のそれも1つに集めた力に変わっただけであり、斑目一角の能力も周囲の霊子を吸収・放出する力を得た以外に変わったのは形状ぐらいである。

 

 ただ天狐の名前は確かに変わり、強くなった事は間違いない。それでも十分に護廷十三隊はおろか、尸魂界の歴史に名を残せる偉業ではあるだろう。

 

 だが、まだそれは死神という枠組みに収まっている。

 

「妾はもう名を思い出すのは諦めた、代わりに主が名付けろ」

 

 だからこそ、その枠を外しに向かう。

 

「この力は妾とお主が完全に融合した新たな個としての名前じゃ、半端な名を付ければお主も妾も固定されず分解されて消えてしまうような力になるが理を少し、曲げる程度は出来るじゃろ。

 

『融合卍解』とか表す所じゃが、まぁ一言で言えば──」

 

 萩風カワウソは正直地頭は悪くはない、回転などはしっかり出来る。ただ単語の羅列をした時など国語力が学院時代に築けなかったのでよく回転が間に合わなくなる。

 

 だからこそ、簡潔な言葉が一番響く事を知っている。

 

「──お主の望む『卍解・改弍』に、至れる」

 

 この言葉が彼女から、それも自発的に否定以外の言葉で出てきた事はないだろう。彼女自身その言葉を避けていたというのもあるが、辿り着けないと最初に諦めを促していた者でもあるからだろう。頭を悩ませていたのも萩風がその境地を諦めず邁進していたからであり、その可能性と気力をーー主人の生きる意味の主軸に関わるそれを折りたくはなかったのもある。

 

 ただ、その境地を彼女も求めていなかったわけではない。

 

「何で、そんな……今迄は」

 

 感化されたのは否めないが、彼女も全力でその力を欲した。それだけの熱があったし、理由がそれに油を注いでいた。強くなりたい、強くありたいと考えているの萩風だけではなかったのだ。

 

「何故今って顔じゃな? 理由はあるぞ」

 

 ただ何故今なのか、それは彼が折れかけていたというタイミングでもあるからだが、それだけが理由ではない。和尚に出会い、自身の起源を知り、記憶を掘り出し、必要な力の根源に近づいたからでもある。

 

 だが、一番の理由はそれではない。

 

「今のお主レベルにならんと名をつけてもそのまま固定なんぞ出来るものか、そもそも気付けている斬魄刀なぞこの世界に片手で数えられるほどしかないと思うしの」

 

 萩風は強くなった。本人の自覚は薄いが、それこそ横に並び立てる者をあげる方が難しくなるほどに。ただ努力し身を削っては自身を治してきた萩風カワウソという死神は、誰よりも前を向く力がある。そしてそのまま、臆せず進める事を彼女は知っている。

 

「それでは、名付けて貰おうか。妾と主の新たな名を」

 

 天狐は前を向いた萩風の目を見る。もはや折れかけていた死神は居ない、もう前を進む事しか考えていなかったひたむきな馬鹿の姿があり、そんな馬鹿に感化されてしまった自分の事も瞳の奥に映っている。

 

「和尚も霊王も超える、最高の名じゃ」

 

 もう、理や世界が阻もうと彼らは止まらない。向かう先は理の果てである。

 

 ☆

 

 その姿は尸魂界に震撼を与えていた。萩風カワウソが単独でユーハバッハに挑むという見せ物は山本総隊長の卍解を打ち破るところから始まり、本気を出したユーハバッハとの戦いに入ろうとしていた時だった。そんな2人の戦いに全ての死神は釘付けであった。

 

 そしてその中で、最も皆の視線を集めたのは萩風の新しい卍解の事だろう。名称など耳にした事は無い力であり、山本総隊長の卍解を打ち破った卍解の先にある力を超えた力の解放だ。そしてそれが口先のことでは無いのは、炎の中から現れた存在から察せられる。

 

 ただ、そんな姿に思わず浦原喜助は戸惑っている。

 

「卯ノ花、総隊長……あれって何ですか?」

 

 その姿を、浦原喜助はこの中で知る数少ない死神だ。しかしそれはあくまでも知識として有している程度であり、実際に目にしたわけではない。この問いかけは「これはなんだ?」という問いかけというよりも「何故こんなのを萩風カワウソが使っているのか?」という問いだ。

 

「いえ──私も初めて見ます」

 

 ただ、卯ノ花ですら初めて目にする力だった。そして他の隊士達も似たような反応であり、見たことの無い力を、卍解を明らかに超えた何かの登場に戸惑いと興奮が混ざり込んだ希望を持って見届けている。

 

 ただ、そんな中で唯一この力の領域に至った者が信じられないといった顔をしている。

 

「(これって間違いなく、最後の……っ!?)」

 

 黒崎一護だ。この力の存在を知り実際に行使し、そして霊圧の全てと死神としての能力を失う代償を払った技と同じ境地に至っている事を察していた。それをその時の力を見られたわけでもなく、崩玉を取り込んだ藍染惣右介の力を目の当たりにもしていない死神が至っていた事に、目を見張った。

 

「なるほどな」

 

 そして唯一萩風との殺し合いをした事のある更木剣八もそれを見て笑うが、頭の中で合点が言った様子で呟く。

 

「あの時に俺を止めたのも、萩風(てめえ)だったか」

 

 あの力を唯一体感した事のある彼は、その力を楽しそうに眺めている。萩風カワウソという死神の、最後の切り札を全ての死神が見ている。彼が最強、と言うよりは最果てに至る死神と表せる存在だった事を、世界は初めて知ったのだ。

 

 ☆

 

 爆炎が舞っていた。何かを待っていた。

 

「改弍・装衣」

 

 その呼び声に、炎が一つに集まっていく。ただ焔の隙間から萩風カワウソという死神の格好が炎に溶け合っていくのが見えている。何かを纏っているというよりはそう表した方が適切だろう、王鍵で編まれた服も取り込まれているようであり、装衣とは名ばかりの繭から羽化を目指しているようにも見える。

 

「……なるほど、貴様は萩風カワウソではないな」

 

 呟いたユーハバッハはその炎の繭を前にして、羽化を待つ。それは下手に刺激してこの力の奔流が弾け飛ぶ事を恐れてか、仮に羽化してもどうとでも出来ると考えてかはわからない。

 

 ただ少なくとも、その羽化に興味があった。

 

「いや、本当の萩風カワウソか」

 

 荒ぶっていた霊圧が収まる。徐々に収束していた炎が散り、中から1人の着物を着た『女性』が現れる。繭から羽化した蝶と表す以外にない程の変異を伴い、それが現れた。

 

玉藻舞姫(たまものまいひめ)

 

 長い黒髪には金髪のメッシュが入っており、紫紺の瞳と深紅の指先、頭に生えた獣のような耳と、もはや萩風カワウソだったのかと思えないような存在に変わっている。その手には真紅の斬魄刀が握られており、卍解の時と同じ紅玉のような刃を持った刀だ。そして同一人物とは思えない程に顔が違う、顔つきが変わったなどという段階にない。面影は多少残ってはいるが異性に変わっている事もあり本人とは気付けない程の絶世の美女がおり、萩風カワウソが遠い先祖にいるかもしれないと思うぐらいの変わりようだ。

 

「待たせて済まないな、まだ変化には慣れてないんだ」

 

 また卍解・改のように背には9つの紅い炎のような尻尾が揺らめいている。ただその一本一本には、とてつもない霊力が込められているのだろう、とてつもない威圧感と霊圧がそこから発せられている。

 

「素晴らしい、死神の身でそこまで至るとはな」

 

 まさしく萩風カワウソの秘めていた切り札であり、黒崎一護の過去に成った『最後の月牙天衝』と同系統の能力だ。人の身ですれば霊圧を失うだけで済んでいたそれを死神の身で行えば存在そのものが消え去るだろう、そんな覚悟を持ってここで使ったとするならば大した度胸である。

 

「だが、私はその先を歩んでいる」

 

 ただ、残念の事に相手をしているのはその先すら行く怪物だ。

 

「素晴らしい力だ、萩風カワウソ。その力は十分な脅威であり、この私の霊圧に並ばずとも半分に満たない程度を有している、だからこそ──未来で折っておいたのだ」

 

 萩風は右手に持つ刀を一瞥する。そこには半ばで折られており、その折れた刃先はユーハバッハの手に握られている。予備動作も何も無かった、ただ気付けば萩風の刀はユーハバッハの手にあったのだ。

 

「私と戦ったウルキオラ・シファーや卯ノ花八千流から聞いたのだろう、私の能力が『未来を見る』能力であると。ただその認識では甘いと言わざるを得ない」

 

 萩風とてユーハバッハの能力について大雑把に、2人から耳にはしている。ただその能力の本質が何かまでは確かに掴めていない。それに未来を見る能力という所までは萩風でなくてもウルキオラは掴めていた、問題はその先にある力のことだろう。

 

「未来は変えられる、その力なら覆せる。その甘い考えが愚かと言えよう。疑問に考えなかったのか? 未来を見るだけの力で──あの2人を圧倒した事を」

 

 何も出来なかった、力の底が見えなかった。その程度の情報しか戦った2人ですら得られていない。ただただ理解不能な能力をもつ存在、そして──最も理不尽な力。

 

「『全知全能(ジ・オールマイティ)』は未来を改変する能力だ」

 

 運命というのは、この男の掌にある。

 

 ☆

 

 萩風の赫刀は折られた。万力の握力で握りしめようとも不変である筈のそれが、壊されていた。新たな力、恐らくそれを完全に確立し完成させた死神は彼が初めてだろう。ただそんな力は容易く、ユーハバッハにへし折られてしまったのだ。

 

 それは見ている全ての死神を絶望の底に堕とす為に、態々ここまで待っていたのだ。萩風カワウソの力は遥かに跳ね上がった、それこそ霊王を吸収していないユーハバッハなぞ簡単に押しつぶせる様な霊圧が放たれている。

 

 藍染惣右介や更木剣八、黒崎一護といったどの特記戦力をも超えた霊圧と力は今のユーハバッハですら間違いなく脅威として相応しい存在になっていた。だからこそ、その力に至る事も未来で見えたので分かっていた。いや正確には萩風が山本重國の卍解を吸収し放った時から見た未来に、その存在が写っていたのだ。

 

 明らかに異質、明らかな脅威、だからこそここで卍解を直々に折る必要があったのである。

 

「無駄だ。折れた卍解が回帰する事は、無い」

 

 ただそれでも、刀を両手で構え振り下ろそうと掲げている姿に少なからず戸惑いがあった。折れた卍解の力は遥かに小さくなる、力の起点が壊されるのだから安定もしなくなり弱体化するのは当たり前の事だろう。

 

 ただ、その筈だが──萩風は間違いなく攻撃の体制をとっている。

 

「萩風カワウソ、もうよせ。私の勝ちだ。刀を構えようとも、その折れた刃で何が出来……っ!?」

 

 そしてユーハバッハは萩風に見せ付けるように折れた刃を掲げた。この心を折る戦いは確かに護廷十三隊の心を折る為でもあるが、目の前脅威である萩風カワウソの心を折る為にも行っているのだ。その心が卍解を壊されて折れないわけがない、ただユーハバッハは瞬きをした瞬間に異様なものを目にする。

 

 いや、目にしなくなったと言うべきか。

 

「(あり得ん、私の手には折れた刃が……っ!?)」

 

 掲げていたはずの折った刃が、手元から消えたのだ。萩風カワウソは全く動いていない、そして何よりも『未来で折ったままのはずの刃』が消えたことが一番の問題だろう。間違いなく折った感触もあり、間違いなく手元にあったのだ、気のせいなわけがない。

 

 そしてその原因は間違いなく──

 

「訂正しよう、お前が戦っているのは萩風カワウソなどではない」

 

 彼女によるものだろう。振り上げられた刀は『折れた跡』なぞかけらもなく、最初から折られていなかったかのようにユーハバッハを見る。今戦っているのは確かに萩風カワウソであるが、もう萩風カワウソではない。萩風カワウソという死神の枠組みにいた存在ではもはやない。

 

玉藻舞姫(たまものまいひめ)、世界を統べる女傑の名だ」

 

 ゆったりと、スローモーションのようにも見えるような流麗さで刃を振り下ろされた。瞬間に先程の放たれた萩風と山本重国の炎を合わせた一振りすら優に超えた圧縮され完全にコントロールされた炎の一撃が天を割る。

 

落日(らくじつ)

 

 世界を分かつような斬撃は、容易に霊王宮の本殿の一部を消し飛ばしていた。

 

 ☆

 

 ペルニダとリルトットの戦いは佳境に入っていた。そして終わろうとしていたのはペルニダが本気を出し、リルトットを追い詰めていたからだろう。

 

「焦ってる?」

 

「さぁな? ただ、ここまでやられたのは初めてだクソ野郎」

 

「もう少し、焦ってみる?」

 

 自身の指を折り取り、三体に増えたペルニダを前にリルトットの顔色は悪くなる。どの個体も変わらぬ能力と存在感があるが、言葉を喋る個体が本体なのだろう。ただこのままでは間違いなくリルトットは負けることがわかっていた、自分がただの肉塊にされて枯れ果てる姿を容易に想像出来た。

 

「俺も、これを使う気は無かったんだけどな」

 

 ならば、仕方ないだろう。元々はユーハバッハと戦う為の体力を残す予定であったが、その余裕はもう無い。ならばここでリルトットが成し遂げなければならない仕事は、こいつをユーハバッハの元に戻らせない事である。

 

 リルトットは強い、滅却師の精鋭である星十字騎士団の中でも上位にいる。だが他の3人はその遥か先を行き、親衛隊すら容易に突破する姿を想像できる。この3人に全てを賭けるしかない、この3人を阻むペルニダを、必ず倒さなければならない。

 

「手癖……いや、口癖が悪いこいつは、俺でも間違えたら御陀仏だからよ」

 

 リルトットは矢を番た。鏃の部分に球形のものがついたそれは、何かを穿てるような脅威はない。ただリルトットは残っている体力の全てをこの一撃に込めた、これが防がれたら無抵抗に殺される程に力を込めていた。

 

喰らう底無しの滅却矢(ブリッツ・ビートゥン・バイト)

 

 矢を放つ、と同時にリルトットはその場に蹲る。腕を持っていかれ血を多く流していたのだ、それによる目眩もあるだろう。だからこそ、ペルニダはリルトット最後の悪足掻きを正面から迎えうちに向かう。神経を放ち、その悪足掻きを暴発させに向かう。彼女の目の前でその一撃を完璧に破壊し徹底的な勝利を掲げる為なのか、気紛れかは分からないがペルニダは正面から迎え撃った。

 

「あ、あぁ!? ぎゃぁぁぁぁ!!!」

 

 それが、間違いだと気づくのはその後だった。急旋回し、腕の一本の中に矢先が涎を垂らしながら飛び込むと、体の中に入り込み内側から脅威的な速度でペルニダを喰らい始めたのである。今迄喋っていなかったが、どうやらおしゃべりな機能そのものは他の腕にもあるらしい。

 

「誰にも言ってなかったが、俺の能力は矢にも込めれる」

 

 腕を丸々一本食べ尽くした矢は、もう一本の腕に向かう。迎え撃とうと矢を放っているようだが避けて進み、放たれた神経すら喰らって突き進んでいる。

 

「放たれた矢は際限ない飢餓状態にしててな。消化して喰らい尽くすまで止まらねえし、止まる時は全部食った後だ。無論、俺も死ぬだろうよ」

 

 リルトットがこの力を使わなかった理由は一つだけ、自分が死ぬ可能性が高かったからだ。この矢は強力な力を持っているがその反面純粋な食欲という本能が宿っているのでコントロールが効かないのだ。リルトットはこれを放ったら戦場を放棄して逃げる以外の助かる方法を知らない、それを放ったのはもはや自分の命を賭ける以外に勝ち筋を見出せなかったからだろう。

 

「くたばれ左腕、てめーに食わせるもんは無えよ」

 

 二本めの腕も食い付くし、最後の腕にも矢は飛び込んでいく。矢を躱し、新たな肉を求めたペルニダ本体の指を噛みちぎって食らっていく。もはやこの止め方はリルトットですら知らないのだ、そんなものをどうにか出来るほどペルニダの頭は無い。そして最後の腕を食い破ろうと、ペルニダに向かっていく。そして──

 

「……は?」

 

 矢は、食べられた。そう表す他なかった。ペルニダの口先が伸びると、それが捕食され咀嚼されていた。ただリルトットは矢を止められた事よりも、その矢が咀嚼されている事に驚愕する。

 

「あり得ねえ、そりゃ俺の……っ!!」

 

 リルトットの能力、それを使っていたのだから。

 

 ☆

 

 勝敗は、決した。

 

 リルトットはすぐに立ち上がるものの、もはや体力は残っていない。そんな彼女がまだ生きていたのは奇跡という他無いだろう。ただその命運は尽きている。

 

「(あー、右足までやられたか……こりゃ逃げれねぇ)」

 

 リルトットは左腕を失い、更に右足も失い無様に地面を這わされている。体力があれば避けれた攻撃であったが、もはや逃げ回る体力も無い彼女はペルニダに『真似された』能力によって右足を食いちぎられたのだ。幸いな事は能力の使用に慣れていなかった事で致命傷を避けた事だが、そんな心配はもう動く余力もないリルトットには関係ない事だろう。

 

「(こんな最後かよ、生きたまま喰われて……今迄喰い殺して来た俺の最後なら、ヤキが回ったな……)」

 

 もう、随分と戦った。血も流し過ぎただろう、頭に回す血も足りなくなってきた。このまま失血死するのも時間の問題なのだろうが、このまま食い殺されるのは目に見えている。

 

 リルトットはペルニダの腕を二本食い尽くし、更に本体の指を一本食べさせたが、その分空腹感でも現れたのか先程折りたたんだリルトットの腕だったものを今は賢明に咀嚼している。これがリルトットの能力を取り込んだが故のものか、本来の奴の本能かは分からない。ただ次は自分なのだと、彼女は分かっていた。

 

「お腹、空いた……食べ物、食べる」

 

 そしてのそのそと、ペルニダはリルトットの方へとやってくる。もはやペルニダにリルトットは空腹を満たす肉にしか見えていない。血の匂いに釣られ、ただリルトットを捕食しに歩んでいく。だが、その歩みは唐突に止まる。

 

「(……なんだよ、殺すならさっさとしやがれ)」

 

 リルトットは完全に生きる事を諦めている、ここから助かる方法など無いのだから仕方がないだろう。しかし今にも食い付きそうだったペルニダは一点を凝視しており、何があるのかとリルトットもなけなしの力で首をそちらに向ける。

 

「あれ、あれ……ペルニダの!!」

 

 そう言って、ペルニダは飛びついた。何に飛びついたかは分からない、ただ何かを舐め取っているのが後ろ姿と音で分かる。空腹感に襲われている筈だが、それをリルトットを食べるのを中断してまでそれに飛び込んでいた。

 

 ただ、それが何かリルトットは思い当たるものがある。

 

「馬鹿が、そんなもんに……食い付きやがって」

 

 萩風から最悪の場合、自決用として渡されたものであり、中身はあえて聞かなかった瓶詰めの何か。いつの間にか、ポケットから飛び出ていたのだろう。

 濃密な血の匂いが割れた瓶から自分のと混ざり合っていたので気づかなかったが、あれは間違いなく肉と血を煮詰めた何かだった。

 

 ペルニダが何故、人1人とそれを天秤にかけてそちらに食い付いたかはわからない。ただ食べ終え光悦な表情を浮かべるあたり、満足がいくものだったようだ。だが、それが最後の晩餐である。

 

「美味し……アレ? 何で、体が熱く……!!」

 

 ペルニダの体から湯気が出てくる。煮えたぎった血が体の中で暴れ回り、血を吹き出し始めている。そして溢れた血液は地面に落ちては蒸発、いや燃え尽きている。一体何を取り込んだらこうなるのかリルトットには想像は出来ない、ただそれにより何が起こるかは聞いている。

 

「お互い、火葬は要らなさそうだな」

 

 ペルニダの体から、炎が吹き出す。体を突き破り、辺りを巻き込んで炎が立ち昇っていく。その炎に、リルトットも包まれていった。

 

 ☆

 

 遠くの離殿で火柱が上がる。それは萩風の有する鬼道『破道の九十六 一刀火葬』なのをウルキオラは知っている。だがそれを萩風が離殿で使う事はない、何故なら本殿でユーハバッハと対峙しているのだから。即ち、萩風の預けた切り札の暴発である。

 

 そしてそれは、1人の少女に預けられていた。

 

「……ここに来れば、命を落とす事はわかっていた筈だ」

 

 ウルキオラはそちらを振り向かない。それは彼女の望む事ではないのだから。親衛隊の力は彼女が誰よりも知っていた、それでもここに彼女は来た。自身の命を賭ける事になるのは、誰よりも分かっていた筈だろう。

 

「ならばその命、無駄にはしない」

 

 ウルキオラは今しがた虚閃を放った離殿の跡を見る。先程よりも大きな穴を開け、蒸発した地面や砂が湯気となり昇っている。ただ、それを受けた標的は悠々とその場にいる。

 

「無傷か、頑丈だな」

 

 リジェのジリエルは、ウルキオラ渾身の虚閃を受けても悠々と浮かんでいた。大したダメージは無いだろうと考えてはいたが、無傷となるともはや正攻法で倒す事は不可能と言える。そんなリジェを見下ろすウルキオラであるが、それが気に食わないのかリジェはまるで光のような速さでウルキオラの上に浮かぶ。

 

「言っておくけど、頼みの綱のスピードも僕が遥か上を行く」

 

 攻守共に隙がないだけではない、リジェが自分を神の使徒と称するに相応しい力を持ってしまっている。負ける方法を考える方が難しい、それだけの存在となってしまっているのだ。

 

「そして罪人は、跡形も無く消える定めだ」

 

 その閃光は、容易にウルキオラの体を穿つだろう。今迄は速度の違いにより当てられていなかった攻撃も、当たる事になる。勝敗を決していると言えるかもしれない。ウルキオラ渾身の一撃を二度も無傷で耐えているのだ、もはや戦闘行為そのものに入る以前の問題だ。

 

 そして、そこまで徹底的に自身の優位さを見せつけたリジェの放った『万物貫通』は──

 

「何だ、今のは……」

 

 防がれていた。突然ウルキオラが左手を掲げたかと思えば、そこから展開された闇が光を遮ったのだ。あり得ないと言える、そもそもこの能力に貫けないものは存在しない筈なのだが──

 

「虚無だ、お前には分からないだろう」

 

 ウルキオラもまた、本気で戦う意志を固めていた。

 

「俺はお前の攻撃も存在も拒絶する。俺の前に立つなら、その存在は無に飲み込まれる」

 

 本気で戦う気はあった、しかしここではなかった。ユーハバッハと対峙し、そこで使う筈であった。だがリルトットの死は十分に、ウルキオラの奥で燃える激情を刺激していた。短い時間とはいえ彼女を鍛え、送り出した者の1人として、ウルキオラの心を動かす。

 

黒翼天魔(ムルシエラゴ)新天地解放(レクイエム)

 

 過去に萩風との戦いで解き放った力、そして失ったはずの力。その力は翡翠と闇の奔流を纏い、顕現する。

 

 ☆

 

 時は遡り、黒崎一護や浦原喜助が協力しジェラルドを倒した後、ウルキオラは傷を癒しながら人を待っていた。虚圏は大きく荒らされ、王としての責務を果たせなかった。その無力感が胸の中にある、何も出来なかった。誰も救えなかった。そしてそんなウルキオラを助けたのが、萩風カワウソである。

 

 そして彼はまだ戦うだろう、ユーハバッハとの再戦の時は近い。ならばその戦いについて行かないわけにはいかない、リベンジを果たさないわけにはいかない。なのでウルキオラ・シファーは──

 

「ウルキオラさん、約束の物です」

 

 浦原喜助と手を組んだ。いや組む事は決まっていた、ただそれは霊王宮に向かう事が浦原喜助にとって保険となるからだ。しかし保険として上に向かう事の条件に、ウルキオラはあるものを欲した。

 

「これが、本物の崩玉か」

 

 崩玉、藍染惣右介が求め手に入れた、死神を超え世界の王として天に立つ為の道具。

 他人の心を具現化し取りこむ事で文字通り死神とは隔絶した存在に至る力を持つそれは、黒崎一護の力が無ければ容易に天へ昇り、立っていただろう。

 

 ただ、そんな力をタダ同然で浦原喜助が渡すはずもない。

 

「その崩玉は貴方自身の心のみを取り込み具現化します。安全装置をいくつか準備していますが──その力を、人間や死神へ向けた瞬間に貴方の魂魄を食い尽くし消え去るでしょう」

 

 現世も巻き込んだ大事件が藍染惣右介による反乱だ。その反乱の主要因となった力をそのまま渡すはずが無い。ウルキオラにしか使えず、その力を使ったまま死神や人間を敵にした場合に自動的に消滅を行うプログラムを根底に作られた崩玉ではあるが、オリジナルとは程遠い機能としてウルキオラの手にある。

 

 だがそれほどの物でも、浦原喜助は渡す事は無かったはずだ。

 

 ただ、ウルキオラにはそれを引き出せる手札があった。

 

「びっくりしましたよ、まさか崩玉の模造品なんて持ってるなんて。しかもあんなの使われたら本当に──虚圏が欠けてもおかしくないですからね」

 

 ウルキオラが提示したのは以前萩風と戦った時に使用したレプリカである。これを好きにして良いという条件の元に、ウルキオラは自分専用の新たな崩玉を求めたのである。これを作り上げたのは浦原喜助だ、そして浦原喜助ならば事前知識さえあれば、制限を掛けてウルキオラに渡す事も可能だと考えた。

 

 そしてこのレプリカはそもそも機能としては黒崎一護に壊されているので安定していない。これを使う危険性は分かっており、治す技術をウルキオラは持ち合わせていない。だからこそ封印していたのだが、それを解きわざと浦原喜助に見せる事で交渉に持ち込んだのだ。

 

「約束通り、あのレプリカはそのまま貴様に渡そう。その代わりの力は、これで補う事とする」

 

 自分の心を使い戦う、ウルキオラは井上織姫と関わり黒崎一護や萩風カワウソと戦ってから経過したこの2年で心とは何かわかろうとしていた。ただ定義できない曖昧な物であり、それを使うとなれば恐らくウルキオラは多少の時間が必要な事をわかっていた。それに、自分の心を具現化し取り込んだとしても以前のような力を得るとは限らない。

 

 だが、同時にウルキオラの胸が静かに拍動する。

 

「暫く俺は力の調伏に時間を費やす、萩風を追うのはそれからだ」

 

 ようやく、萩風の横に並び立てるかもしれないのだ。その時を誰よりも待っていた。

 

 ☆

 

 胸の奥に何かが光っており、それを起点とした変化なのはリジェは分かっていた。白く長い髪と、闇を纏ったように黒い四肢と翼、翡翠色と黒色の混じった長さの違う左右非対称の角、胸を脈打つ翡翠の光、それは先の力の上を行く事が容易に想像できる。

 

「何だ、それは? 罪人らしい格好をすれば、僕と並べるとでも思ってるのかい?」

 

 ウルキオラの姿が変わった、しかし少しだけ呆れたような声を出す。姿形がリジェの模するものとは対極的な、悪魔のような姿であれば癇に触るのも仕方ない。

 

「それは随分と……侮辱的だよ」

 

 ただ、リジェとて馬鹿ではない。目の前のそれが、挑発のためだけに変わったのではない事は分かっている。そして何より『防げない攻撃を防いだ』事を最大限に警戒する。確かに防がれただけで、攻撃されたわけではないのだが、リジェはその力に根源的な恐怖を微かに感じている。

 

 ただの闇ならばそんな事は感じない、ただの虚の力でも屈する事はない。だが、何か得体の知れない何かがその中にある。

 

「お前の攻撃は俺に届く事はない。そして……お前の身体は、もう俺の攻撃を防ぐ事は出来ない」

 

 そしてその感覚に、間違いはなかった。

 

「な、貴様いつの間に!!」

 

 ウルキオラはいつの間にか、リジェの隣に居た。反射的にウルキオラから距離を取るが、その判断は悪くないだろう。でなければ一撃で勝敗を決していた。

 

「馬鹿な、僕の能力が……!?」

 

 いつの間にか脇腹が、抉り取られている。絶対的な防御能力を持ち、破られるはずが無い能力が破られている。血を流し、痛覚の警報から間違いなくダメージを負ったことが明らかである。そしてそれが、ウルキオラの持つ大鎌によるものと分かる。

 

「今、お前の脇腹は存在しなくなった。どれだけお前が頑丈であっても──存在が消える事は防げない」

 

 ウルキオラの力が何なのか、リジェには分からない。ただそれが何によるものかは分からない。分かるのは自分の能力の天敵であり、格上である事だけだろう。

 何故そんな力を使える、何故そんなもので神の使徒に傷を負わせる、何故──貴様の胸に光る球体は恐ろしく見えるのか、分からない。

 

無尽蔵の光明(インフィニト・ルフ・ディストルビオ)!!」

 

 それに対して、リジェの出来る事はもはや全力を出してウルキオラを拒絶する事だけだろう。存在してはならない、許してはならない。間違いなくリジェとは対をなす存在ではあるが、その在り方がまるで異なる。リジェの理不尽よりも、更に理不尽を行使する事が分かってしまう。

 

無の死鎌(オズ・デル・ナーダ)

 

 気付けばリジェの光を全て避け、その隣を通り過ぎていた。瞬間に鎌で切り付けた体が、傷口の闇に引っ張られて存在が消えていく。吸い込まれている、それがどこに行くのかは分からない。いや──どこでも無い場所に行くのかも分からない。ただそれが、存在が消えるという意味合いでは間違いないだろう。

 

「礼を言っておこう、リジェ・バロ」

 

 その消えゆくリジェへ、ウルキオラは選別の言葉を呟く。

 

「奴と戦う前に、神殺しの箔がついた」

 

 リジェ・バロという滅却師は消えた。悪魔によって飲み込まれ、勝敗は決した。

 

 ☆

 

「おいおい、マジか」

 

 アスキンは遠くで消えた残火の太刀の気配を感じ取っている。それ即ち、陛下の使った死神の親玉の卍解が破られたという事を意味している。ここにたった4人で攻め込んでくるだけあり、相応の力を持ってここにやって来ていたようだ。しかし少なくとも、アスキンは目の前の敵にどうこうされるとは考えていない。

 

「まぁ、氷が使えてもどうなるって話だよな」

 

 アスキンの前には疲弊し切った日番谷冬獅郎がいる。氷を奪われ霊圧を読み取られた彼は絶対絶滅のピンチにあり、今もアスキンの展開した領域に囚われ『霊子酔い』状態を重篤化され、地面に這いつくばらされている。

 

「そうだな……お前なら、そう考えてくれると思ったぜ」

 

 ただ残火の太刀が止まった瞬間に、日番谷の目に光が灯った。いや正確には潰えていなかったが、勝機を見出した目をしていた。だが手足を動かす余裕はない、なので氷を氷輪丸で生み出すと自身にぶつけ押し出して領域を突破する。アスキンは日番谷が弱ってから殺そうと考えていたが、今回はそれが仇となったらしい。ただこれに関してはアスキンの気質としてそういう在り方をしているので、仕方ないとも言える。

 

「まだ戦うのか、致命的に相性悪いの分かってるだろ?」

 

 だからこそ、そんな形でまだ戦う意志を見せる日番谷にアスキンは話す。

 

「親切心で教えてやるが、俺はそっちがどれだけ強くなろうが致死量を弄って耐えれる。卍解しようがそれ以上の何かをしようが、元の霊圧を基準にしてるから完全に対応できるんだぜ? それに勝つってのは、中々厳しいもんだと思うけどな」

 

 アスキンは絶対的な根拠の上で、自分にはもう勝てないと教える。これはもはや死なない事においては絶対的な自信を持つ彼だからこそ言える、氷でもう閉じ込められる事はおろか傷を負うことも無いと。ただその上で、彼は提案をする。

 

「どうよ、ここで陛下が片付けるまでお喋りでもしてるってのはさ」

 

 座り込み戦闘の意思が無いと見せるアスキン、日番谷が霊子酔いの感覚を晴らしていて余裕がない今がチャンスではあるが、だからこそこの瞬間に言葉が響くと分かっていて、アスキンは提案している。

 

「認めるぜ、あんたは強い。正直倒すにしても面倒だし、その後に疲れ切った体で新しい世界を拝む気は起きて来ねえんだよ」

 

 目的の為に過程は必要だ、しかしその目的を達した時に疲労困憊ではありたくないのだ。正直言って見過ごしても良いのだが、陛下に叱責され消されてしまえば目的も達せないので、仕方なしにここへいるのだ。

 

「悪いが、断らせてもらう。萩風を見殺しに出来るほど、俺は大人じゃないんでな」

 

 ただ、その提案は考えるまでもなく却下される。今も萩風が戦っているのを知る日番谷にとって、まだここで足止めを食らわされている事自体が一番不甲斐なさを感じるところなのだ。アスキンがどんな甘言を繰り出そうと、それに乗ることはない。

 

「まぁ断るとは思ったぜ。で、どうすんだ? 言っとくが低体温症とか起こしたところで、冷え性になった俺でも対応出来るぜ」

 

 ただ状況が好転したわけではない、何も変わっていない。日番谷冬獅郎の霊圧ではアスキンを凍らせる事も、殺す事も出来ない。虚化の力もまだまだ未熟な上に試しているうちに耐性をつけらてしまうだろう。もはや日番谷の持つ手札では敵わない。

 

「卍解」

 

 だがそれはあくまでも、今迄アスキンに対して繰り出していた手札だ。

 

「改弍・装衣」

 

 この手札は、まだ見せていない。





ウルキオラ・シファー◯ vs リジェ・バロ●
リルトット・ランパード● vs ペルニダ・パルンカジャス●



 明日夜24:00からBLEACH千年血戦篇が始まります、そのついでにこれは読んでください。とりあえずPVは神だった。


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54話 氷室


13,548文字
 


 

 日番谷冬獅郎が霊王宮に連れてこられたのは、卯ノ花や萩風では完治させる事が出来ないほどのダメージを負ったからである。卍解を奪われると全身を氷漬けにされ、生命維持すら危うい状態にあった。

 

 そして上に運ばれ無事に治癒し、飯を食べ服を仕立て和尚からの修行の手解きを得て、雪緒達と行動を共にした。理由は卍解を取り戻すのに虚化が必要であったから、そして修行の時間が欲したからでもある。

 

 まだ足りない、皆を守るのには力が足りない。なので日番谷は更木剣八と戦い生き残った萩風カワウソからも何かしらの師事を受けようと共に雪緒の空間に入った。

 

 そして、それを見せられた。

 

「な、何だそれは……卍解なのか……?」

 

 自分の纏う大紅蓮氷輪丸が日番谷冬獅郎の卍解であるが、目の前のそれは何か卍解という枠組みにいない、そう感じ取れるだけの何かがあった。

 

「卍解改弍 玉藻舞姫──本気の俺達の姿です」

 

 卍解改弍を使う萩村カワウソを観測した初めての存在というのもあるかもしれないが、その驚きは大き過ぎる。異性に変わった事など些末であり、まずそれだけの存在感を放ちながらも全く霊圧を感じさせていない。

 

 変わる時に装衣と号令をかけていたが、融合した姿なのは明らかだ。しかし、斬魄刀と融合しただけで至れる程甘い境地では絶対にない。

 

「日番谷隊長、貴方も見せてください」

 

 そしてそんな力を、日番谷も使えると本気で思っている。この萩風という死神は自分でこの境地には至ったが、至ってしまった故に本当にあるんだから「隊長が出来るのは本当だったんだろう」と謎に自己完結をしている死神である。

 

 天狐はその合点をされて頭を抱えた事を日番谷は知らない。

 

「もしかして、日番谷隊長は使えないんですか?」

 

「使えないどころか知らねえ、改弍なんざ聞いた事も無えよ!!」

 

 ただ日番谷が使えないと言っても「いや新米だからか、あの時も急に隊長居なくなったし将来性とかで……」何か勝手に納得しようとしている。

 

 どうやら本気で隊長達が自分の境地に至れると考えているらしい、いくら自分が非才であったからと言ってもその過ごしてきた時間の密度を考えれば十分遥かに追い越しているのだが、それに暫く気づく事はないだろう。

 

「それは、いつから使えるんだ」

 

「この部屋の中で1週間前です、まだ変化には慣れてませんが」

 

 ただ、正直言って日番谷は「隊長なら使える」だとか勘違いされた事や「何で使えないんだろ」と勝手で歪んだ常識から投げかけられる疑問を解消する気は無い。そんな事を問答する時間よりも、その力を見て考えたのは一つだけだ。

 

「それを、どうやったら使える」

 

 自分のものに、出来るか否か。その境地に至った先人に、その力を導いてもらう事しか考えていなかった。目の前に自身の求めた力の姿があるのだ、そして萩風の言葉を信じるなら『隊長格なら使える』とも言っていたのだ。

 

 ならば自分に出来ない道理はないが、使うにしても存在が異質過ぎる。これに単独で至れる時間は、もうない。

 

「俺は強くならないとならねえ、絶対に……雛森も誰も悲しませない、力が必要なんだ!頼む、俺に教えてくれ!!」

 

 日番谷は頭を下げた。藍染惣右介を越える為に、雛森を守る為に、強くるなる為に。

 

「俺の力も知恵も役立ちませんが、ここに至る足掛かりぐらいなら」

 

 そんな力を渇望する日番谷を、萩風が拒む事はない。

 

 ☆

 

 雪緒の能力により時空を歪ませられているおかげで、日番谷には時間があった。滅却師がまた攻め込んでくるまで、鍛錬に没頭出来た。

 

 しかし、辿り着けない。

 

「日番谷隊長、何日も寝てないらしいですね……一度休んでください。救護班統轄長としても、見過ごせない体の酷使ですよ」

 

 日番谷は三日三晩を超えて、自分の卍解の先へ向かうために斬魄刀との融合を繰り返していた。しかしそれだけで辿り着けるなら萩風はもっと早くに辿り着けている。

 

 ただ自分と斬魄刀を一つの個とするのは単純に聞こえるが、それを持続すれば霊圧の全ては失われてしまう。何故ならそれを引き換えにしなければ辿り着けないような力を得るのだから。

 

 三日三晩も融合を繰り返した事で、日番谷とてその領域の認識までは辿り着けてはいる。だが、萩風のように安定させる事は全く出来ていない。

 

 数秒の維持が限界であり、そこから安定せず力が霧散してしまう。安定しないまま力を暴走させる事は出来るだろうが、暴走状態で安定させてしまえばやはり霊圧を失う事になる。いや、死神としての存在そのものが消える事すらあり得るだろう。

 

 それだけの力が、そこにあるのだ。1日や2日で辿り着けるほど甘い力ではない、いくら最年少で隊長となった日番谷でも険しすぎる道のりだった。

 

「俺は、ならなきゃならないんだ……藍染と戦える力で、雛森を守らなきゃならないんだ……!!」

 

 だが、諦められない。日番谷の心は体の疲労と比例せずにまだ燃えている。『玉藻舞姫』からそれだけの力の波動を感じていたのもあるが、それに至れる可能性を諦められなかったのだ。

 

 そこに存在する事は間違いない、何か条件がある事は分かっているがそれは萩風ですら分かっていない。そして萩風よりも日番谷の力が劣る事はここ数日で嫌という程に分かってもいる。

 

 霊圧もそうだが死神としての練度がまるで違った、何故この男が隊長になっていなかったのか分からないほどに差があった。

 

「でも、俺には……この力を安定させる事が出来ねぇ……!」

 

 何が足りないのか、何かは足りない。和尚を認識もしているし、新たな名を付けてもいる、萩風カワウソという前例を目にした事で領域の力を認識も出来ている。だがそれだけでは成れない、日番谷冬獅郎という天才でも辿り着けない。

 

 この萩風が口にしなければ気づきもしなかった領域を諦めるしかない。時間が足りないのだから、仕方ないことではある。

 

 頭では分かっている、だが氷輪丸と共にそこに至りたいと心から叫んでいた。何でも良い、条件が分かれば絶対に物にして見せると誓えるが条件が分からないのは無理だ。説明書が無ければ乗ったことのない飛行機を動かす事は出来ないのだから、分かったところで扱うのに間に合わない。

 

 ただ、そんな日番谷に萩風は──

 

「日番谷隊長、名前は?」

 

 助言を与えるでもなく、名を聞いた。

 

「名前、何でそんな事を……」

 

 萩風は出来る事をしてくれている、知る限りの事を教えてもくれた。ただ具体的な能力の発現条件を知るわけでもないのだから助言出来る事はもう無い。だから励ますぐらいしか出来ないのだろうが、何故ここでそれを聞いたのか日番谷には分からない。

 

「名には力が宿る、それを俺は誰よりも知ってます。教えてください」

 

 和尚、兵主部一兵衛の力は知っている。それに名をつける以外にも様々な名に関する力を持つ者だ。固有の能力を持つ零番隊の筆頭であり、日番谷の会った中でも一際得体の知れなさを感じた死神でもある。

 

 だからこそ萩風は名を先に付ける事を勧めてはいた。名を付けた方が、ごちゃごちゃした事を考えなくて済むからと。

 

 正直に言えば、その名を伝える時は完成した時だと考えてもいたので言い辛くはある。名だけが先に行っても力が追いつくわけではない、力があるからこそ名がつくのが普通であり、基本的な順序は逆なのだから。

 

「────、それが名前だ」

 

 しかし、求められて日番谷は伝えた。萩風には色々と世話になったのだ、最後ぐらい供養の意味も兼ねてその名を伝える。すると何か考えているのか、萩風は黙り込む。

 

「どうした、何か悪いか」

 

 別に、名は多少考えたがそこまで深い意味のこもったものでもない。むしろ分かりやすい名前だ、だが何か萩風は目を細めて意外そうな目で日番谷と氷輪丸を交互に見る。

 

「いえ、良い名前ですね」

 

 何か気づきがあれば助言が貰えるのではないかとも考えていたが、萩風でも名を誉める以外に出来ないのか。日番谷は頭の中でもう割り切る事にする、この力をこの戦争に間に合わせるのは難しかったと。

 

 そもそも卍解ですら完全な状態にする事ですら難しい日番谷には、ここが限界だったのだろう。

 

「それで、他に何……っ!?」

 

 そう、自分を無理矢理納得させようとしていた時だった。

 

『冬獅郎、此奴何者だ』

 

「どうした、氷輪丸」

 

 氷輪丸の様子が変わった。今迄卍解・改弍の融合を繰り返していた影響か静かになっていたのだが、それだけの衝撃があったのか信じられない者を見るように萩風を見据えている。

 

『ただの死神ではあるまいな、我等の存在を担保しおったぞ』

 

「はぁ? 何言って……おい勝手に!!」

 

 そして、日番谷が望んでもいない間に融合を試してくる。と言っても手先のみが斬魄刀と融合した状態だ、これだけならば日番谷も10秒は維持できた。

 

 ただそれでも氷輪丸から融合して来た事はなかった、諦めようとする日番谷の意志をあえて無視しての行動に日番谷は無理矢理引き剥がそうかと考えていると。

 

「(な、なんだ? 今迄とまるで……)」

 

 今まで、一度として安定しなかった力が安定しだしたのだ。力が続く限りはいくらでも維持が出来るだろう。ただそんな簡単に行けるなら初日で掴めているはずだ、何かに氷輪丸は気づいていたようだが日番谷は分からない。

 

 ただ、それが誰によってのものかは分かってしまう。

 

「萩風、何を……」

 

 突然の事だった、まるで1人で支えていた何かに補助が出来たように、途端に力が安定していく実感があった。

 

 日番谷はまだ発展途上の死神であり成長の余地がある、それ故にまだまだ実力が不足していた側面があるとは考えていたが、それは間違いではない。そして何かを萩風が補ったのだ。

 

 しかし萩風がした事は、名を聞き存在を認識しただけだ。それ以外には何もしていない、ただそれだけで辿り憑ける道筋が見えてしまった。

 

「済まない萩風、休む前に一度だけ戦ってくれ」

 

 日番谷は手のみに融合させていたそれを、今度は完全に自身の体へと溶け込ませていく。途端に冷気が舞い、萩風のそれとは異なる方向に向かう力が発現しようとしている。

 

「今戦わないと、俺は後悔する」

 

 この日、1人目の後を追い史上2人目の完全到達者が現れたのは言うまでもない事だろう。

 

 ☆

 

「卍解 改弍・装衣」

 

 日番谷冬獅郎の言葉に、冷気が隷属する。繭のように彼を閉じ込めると、内側から爆ぜるように氷の粒が飛び散り、それは羽化する。

 

 中からは先ほどとは見違えるほど『大人』になった背丈になり、本人特有の銀髪の中には青いメッシュが入っている。刀は氷や硝子で出来たように薄く透けており、冷気が常に漏れている。

 

 格好もいつの間にか零番隊に仕立てられた装束ではなく、紫紺と翡翠の袴を氷で飾りつけたような格好に変わっている。

 

龍仙氷室命(りゅうせんひむろのみこと)

 

 ただ、そんな変化は威圧感を形容する一部でしかない。

 

氷室(ひむろ)って、確か冷蔵庫とかそんな意味だろ。ちょっとオシャレにする気もないのか?」

 

「氷室は氷のある空間を意味する、俺はこの名前を気に入ってるぜ」

 

 明らかな変化がある、それは外見にではない。霊圧が全く感じ取れなくなっているのだ、アスキンは経験としてとてつもない雰囲気と比例して霊圧が上がっていく事を分かっている。

 

 だが、霊圧が全く感じ取れないというのは初めての事である。

 

「な、なるほどな……霊圧を隠してるのか? だがそれじゃ甘いぜ、あくまでも元となるあんたの霊圧を読み取ってるからな」

 

 ただ、そうじゃない。アスキンの能力をすり抜ける為の努力としてこんな事をする筈がない、むしろ日番谷冬獅郎は何もしていない。そんな事をする労力はアスキンの能力には無駄なのだ、いくら霊圧を隠しても攻撃に使う時には発現するのだから無意味な行動だ。

 

「俺の能力は、そんな力じゃねえよ」

 

 そして、そんな思考に耽るアスキンを嘲笑うように一瞬で日番谷は背後に回る。

 

「(速過ぎんだろ!! 全く目で追えないってマジでか!?)」

 

 アスキンは末席とは言え親衛隊の滅却師、最強の1人だ。そのアスキンでさえ全く動きを捉えられない事など今迄に一度としてなかった。体が追い付かずとも、動きを捉えられない事などあるわけがないとまで考えている程の強者だ。それを動きが誤魔化されたわけでもなく、ただただ見切れなかった事にとてつも無い違和感がある。

 

 何故、まだ霊圧を感じないのか。

 

「ところで、お前はユーハバッハと萩風の霊圧を感じ取れてるのか?」

 

「は? そんなの感じ……」

 

 そして、そんな彼を見透かし疑問に重ねるように話す日番谷。ただ、そんなもの感じているに決まっている。現に残火の太刀が使われた時の霊圧も、萩風カワウソの霊圧も感じられていた。

 

 そしてその戦いがまだ続いている事は音や衝撃、放たれた天を割るような赤い一撃を見れば明らかである。だが、アスキンは考えてもいなかったことに気付く。

 

「(いや、感じねえ。戦ってて全く感じないなんて事あるわけねえ、そんな事が……)」

 

 滅却師は霊圧を感じなくなる程技量が上がっていくと言われているが、それとは全く違う。どれだけの滅却師でも、どれだけ隠密能力に長けていても霊圧を完全に戦闘中に消す事は出来ない。

 

 周りの空間に合わせて隠す者はいる、しかし完全に隠すのではなく消すとなれば話が違う。仮にそんな事が出来るなら、答えは一つだろう。

 

「俺は、感じ取れる」

 

 感じ取れないほど、次元の隔たりがある事だけだ。

 

「『神の毒見(ハスハイン)』!」

 

 瞬間、アスキンは完聖体へと変化する。これは能力によって免疫のあるなしに関わらない、確実に自身の全力を出さなければならない敵だと認識した。その判断は良かっただろう、実際にこの2人の力には隔たりがあるのだから少しでも縮める必要がある。いくら疲れるのが嫌でも、ここは全てを出し切らなければならない。

 

「済まねえが、もう勝負はつく」

 

 ただ、遅かった。

 

 ☆

 

 アスキンは完聖体となり、その手に大物の武器を構えた。どんな攻撃が来ても耐えれるが、日番谷を倒すには全力を出すしか無いと考えての行動だった。その考えは間違いではなく、慢心をしていたわけでもない。

 

 だが、もう彼は動けない。

 

四界氷結(しかいひょうけつ)

 

 いや、彼だけではない。日番谷とアスキンのいた離殿は、白く霞がかったような世界で静止している。風が止まり、雨が地面にたどり着くことはなく、音すら世界から消えている。

 

「四歩のうちに踏み締めた空間の、地水火風の全てを凍結する」

 

 たったそれだけで、離殿全てを支配した。その中に今回はアスキンしか居なかったが、その氷結範囲内に居れば数は関係なかっただろう。氷の効かない筈のアスキンであったが、見事に凍てついている。ただ、それは氷によってではない。

 

「だが、それは卍解を制御した時の話だ。お前は凍っている事に気付かない、この氷結圏内は空間の全てが静止し──俺以外に動く事は出来ない」

 

 空間の停止、ただそれでは正確ではない。空間の停止は大鬼道長といった鬼道の達人でも禁術ではあるが可能な術だ。これは、そうではない。

 

 氷結範囲内の時間停止、それがこの状態における日番谷冬獅郎の理を曲げた能力。そしてそんな中で何事にも縛られずに、悠々と停止した時の中を歩み去っていく。

 

 萩風カワウソですら破る事の出来なかった、いや正確には一度だけ破られたが、一度かかってしまえば日番谷自身ですら抜け出し方を分からない力だ。自分から能力を解かない限り、この空間は止まり続ける。

 

「こんな勝ち方納得しねえかもしれねぇが、それだけお前が強かったんだ。許しは乞わねえよ」

 

 アスキン・ナックルヴァールは敗北した事すら気付くことなく、勝負はついた。

 

 ☆

 

 天を割る一撃は、一瞬とは言え蒼天に座す霊王宮の空を夕暮れ時のように赭く染めた。恐らく黒崎一護がこれを見ているなら『無月』という技を想起していただろう。

 

 それの属性が萩風の炎の形に変わっただけでそれと比肩する威力のものだった、間違いなく萩風カワウソの有する技の中で最も一撃の重さのある技だっただろう。

 

 ただ、それで勝てる程敵は甘くない。

 

「正直……これを耐えられるのは想定してなかったな」

 

 ユーハバッハに直撃した、その手応えがあった。それは間違いない。しかしユーハバッハの霊圧ははっきりと感じられる。全く弱まっていない霊圧を、吹き飛ばした雨によって出来た霞の奥から感じられる。

 

「日を落とす、か。その名に恥じぬ素晴らしい一撃であった」

 

 霞が晴れ、そこには半身が人の形をし半身が黒い炎のような体に変わったユーハバッハがいた。恐らく半身はガードが間に合った、と言うよりは半身だけガードを間に合わせる為に半身を捨てたのだろう。

 

 ただそれでも死んでいない、その半身を間違いなく吹き飛ばしたようだがそれだけで死ぬような存在ではなかった。

 

「私の中にまだ油断があったようだ。だがそれが最後の隙だろう」

 

 ただ、ユーハバッハはその油断をもう晒さないだろう。冷静に、自身に一撃を与えた脅威として、萩風を見ている。そして、それに気づく。

 

「尾の数が減ったな、あれを撃てるのも後8回といったところか」

 

 萩風の背に揺蕩っていた尾のような霊圧の塊が消えたのだ。あれだけの一撃だ、それを無尽蔵に打てる筈がない。それは外付けした貯蔵タンクであり、それを消費してあの一撃を放ったのだろう。

 

 過ぎた力には代償と危険があり、この力も例に漏れず制約はあるようだ。ただ、その力の消失で勝つ気などユーハバッハにはない。

 

「その間に、私を倒せるかは話が違うがな!」

 

 ユーハバッハは自身の霊圧によって作り上げた剣を持ち、萩風に斬りかかった。萩風もまたそれに対して刀で受け止めるが、ただの純粋な力で押し出されて行く。

 

 そしてもう片腕で作られた新たな剣で首を飛ばそうと横薙ぎに振るってくるが、それを首の動きだけで避けると鋭い炎の一撃を刀から放って距離を取る。

 

 ただ間合いは一瞬で詰められる、あえて乱雑に振るわれている力だけの剣を相手に萩風は弾いては受け流し、呼吸を乱そうと刀を操っているが、それは刀を折られる事で瓦解する。

 

「速度、膂力、反射、全て強化されている。誇りの力と豪語しただけはある」

 

 そして、ユーハバッハは折れた刃を踏み付けながら踏み込み、萩風の胸を貫こうと剣を向かわせる。折れた刃で萩風はそれを何とか逸らしたようだが、もう片方の体を袈裟斬りしようと振るわれた剣までは対応出来ない。そうユーハバッハは考えたが──

 

「またか、やはり折れても治っている」

 

 萩風は折れていない刀を逆手に持ち剣を鋒で突き破壊する事で防いだ。それだけでなく回転しながらゼロ距離の斬撃を放ってもいる。ただそれは片手で受け止められたのでユーハバッハにダメージはない。もはや折れた刃を元に戻すのは何かの奇跡でも勘違いでもない、間違いなく何かをしている。

 

「いや、折られていない事にされているのか。興味を唆るな」

 

 ただの死神がここまで至ったのだ。霊王の欠片を持って生まれたわけでもなく、特別な才覚を持って生まれたわけでもなく、特殊な種族に生まれたわけでもなく、鍛錬をしてきただけの死神がここに至っている。ただ鍛錬については特殊であったのだが、それをユーハバッハが知る事もないし知る必要もない。

 

「まだその程度ではあるまい、卯ノ花の剣術だけで防ぐにも限界はあるのだろう?」

 

 萩風は斬りかかる、先手を譲ってばかりであったので仕掛けたのだろう。しかし、それを敢えてユーハバッハは許す。それは振り下ろされる刀の一部を未来で折っておき、持っておく。その力が何なのか観察する為だ。

 

「(さぁ、ここで折れた刃をどう……!!)」

 

 ただ、刀は手から消えなかった。観察されている事を分かっていてわざと治さないのかとユーハバッハは考えるが、それは振り下ろされて行く刀の刀身が伸びて治って行く事で考えを改めて刃を受け止める。

 

「成る程、その刃は貴様の持つ別の能力か」

 

 萩風は一度引く、また折られてしまった刀であるがそれは炎を伝わせ刀の形に型取らせると、余分な炎を振り払い元の姿に戻す。折られてた事など知らないように、傷一つない新品の刀がそこにある。

 

 だが折れた卍解が元に戻る事はない、萩風の生み出した方法では可能ではあるが時間はかかる。故にそれとは違う、治しているわけではない。それよりも適切な言葉がある。

 

「その刀は、卍解では無い。玉藻舞姫、お前自身が卍解なのだ」

 

 作り直している。斬魄刀と彼は融合している、そして彼は幾らでも刀を生み出す事が出来るのだろう。卍解の本体は『玉藻舞姫』自身であり、それ自体が破壊される──即ち殺される以外に卍解そのものを壊す事は出来ないのだろう。だからこそ刀を使い捨てる事も出来る上で、刀を折られる事を前提にした戦いをする事が出来る。

 

 ただ、それだけならばユーハバッハは警戒しない。態々戦いを中断しない。

 

「いくら折ろうといくらでも作り出せる、だがそれでは説明出来ない事があるな」

 

 それは手から消えていなかった刃を見て呟く。今し方塵となり消えていったが、存在そのものが瞬きの間の一瞬で消えたわけではない。何か別の力、この能力そのものの固有の何かがまだ他にある。その確信があった。

 

「私の手から刃を消したのは別の力だろう、それも──私の能力と似た能力と見た」

 

 この程度ではない、萩風の力はこんなものではない。そうであれば単独で今のユーハバッハに挑もうなど考える筈がない。何か秘策が、確実に勝つ為の何かの力がある。

 

 だからこそか、気取られない為に萩風は戦いのギアを上げる。

 

「瞬間移動か、そんな事も出来るとは……だが見えている!!」

 

 一瞬で背後に回った萩風の不意をついた一撃、それはユーハバッハに容易く受け止められる。超高速による線の攻撃も、瞬間移動による点から点に移る攻撃も効かない。未来を見るだけの力ならここまでにはならない、ユーハバッハが未来を見る力があるからこそ、ここまで萩風を対応出来るのだ。

 

「どうした、まだ貴様の手札は見えるぞ」

 

 萩風の今迄培って来た力と新たに得た力、それを合わせても届くかは分からない。萩風カワウソという死神の手札は確かに多いが、ユーハバッハに通用する可能性を持つ手札となれば限られてくる。

 

「そうだな……なら、見えていても関係ない攻撃はどうだ」

 

 ならばと、萩風は通用する可能性を持つ技を放つ。

 

「破道の九十九 五龍転滅」

 

 今の状態の萩風から放たれる鬼道だ、それも霊王宮という霊子に満ちた空間から放たれる五龍転滅は無詠唱であっても果てしない威力を持った大技となり以前ジェラルドに放った時とは比べ物にならない威力でユーハバッハに襲い掛かる。

 

「甘いぞ、萩風カワウソ。お前の龍は落ちている!!」

 

 だが、それは届く前に自壊させられてしまい当たる事はない。ただ、そのぐらいなら萩風も読み取れていただろう。

 

「成る程、視界を塞げば私の能力の妨げになると考えているのか」

 

 ただ霧散した五龍転滅は霧のように濃密な霊子をユーハバッハの周りに漂わせる。未来を見る力と言ったが、その能力を萩風は把握出来ていない。ユーハバッハが萩風の力を観察するように、萩風もまたユーハバッハの力を観察している。

 

 それを見る為の一撃でもあったのだろう、そして霧の奥から刀を構えた萩風は──

 

「見えているぞ」

 

 胸を貫かれた。ユーハバッハの放った虚閃のような一撃を、モロに喰らってしまった。心臓は外したようだが、呼吸が大きく乱れている。霧ごと吹き飛ばそうと考えていたが、逆に霧を利用されてしまったようだ。

 

「今のは深く入ったか、治す時間をやろう。回道の腕に自信はあるのだろう?」

 

 ただ、萩風は治す事なくそのままユーハバッハに向かって行く。特攻かとも思われたが、敵の情けを受け取るような真似はできないと考えての行動かもしれない。ただ、止まらない事はユーハバッハには見えていた。

 

「その程度では止まらぬか、どうやらまだ足りぬらしい」

 

 そして、止まるまでどれだけ保てるかもユーハバッハには見えていた。

 

 ☆

 

 ユーハバッハと萩風の戦いを皆見ている、そして少しずつ劣勢となり追い詰められている事も分かっていた。明らかに自分達よりも高次元で戦う萩風の力ですら届かない、そんな力を放つユーハバッハへの絶望が伝播していっている。

 

 ただ、ここにそれとは別の視点で見るもの達がいる。

 

「月島、気付いてるか」

 

 銀城と月島だ。彼らはこの戦いから身を引いたが、戦いの結末を見届けていた。そんな中でユーハバッハよりも萩風の方に目を向けていた。あの力は強大であり銀城ですら目に終えない速度で動く事もある、そんな力を使っているから──という、理由ではない。

 

 目を引いたのは、そんな力を使うからではない。そこに自分達の見知った力を使っていたからに他ならない。

 

「彼、完現術者(フルブリンガー)だね」

 

 移動の際に、空気や地面の魂を使役して移動速度を上げている。そんな事が出来るのは魂を使役できる完現術者しか居ないだろう。萩風の瞬歩は確かに早いが、その基本性能を完現術で底上げしているのだ。それも恐らく、無意識のうちに。

 

「黒崎以外の死神にそんなやつ見た事無えぞ、虚に襲われればああなるのか」

 

「さぁね。ただ僕達が虚に襲われたから完現術者になったのか、何か虚に襲われるような要因があるから完現術者になったのか。彼を見ると後者に感じるけど」

 

 萩風がどういった芸当でそれを身に付けたかは知らないが、無意識で使っている事は間違いないだろう。意識的に使おうとしている動きの澱みが全くないのがその証拠だ。ただその力も基礎能力の底上げのみに使われており、完現術者特有の固有能力は発現させている様子はない。

 

 恐らく使わないのではなく、使い方を知らない。本人が基礎能力の底上げの為だけに完現術を習得したのも、より強くより速く動く為の修行の中でもいつの間にか手に入れた力であるのを無自覚なのだから分かるはずもない。

 

「そんで、こいつに勝てると思うか」

 

「いや、無理でしょ」

 

「まぁ、そうだよな」

 

 ただ、その上で萩風カワウソが負ける事を疑わない。

 

「力の差が出てる、正直これと正面から殴り合えるだけ彼は異常だよ」

 

 確かに萩風カワウソという存在は理解出来ない。完現術を扱えるのもそうだが、この領域に至りユーハバッハと相対出来ている時点で相応の存在なのだろう。ただユーハバッハという霊王を取り込んだ存在よりは劣る、それを分かっている。

 

 ただそう結論付けるなら二人はまだ戦いを見ていない。

 

「でも、ここまで戦うんだ。まだ何かあるね」

 

 まだ結論付けるには、萩風カワウソは何もしていないのだから。

 

 ☆

 

 どれだけの時間が経ったか、それすら感じ取れない。ユーハバッハとの高次元の戦いでは一瞬が無限のように感じられるのもあり、時間感覚は狂ってくる。1時間経ったのか、5分も経っていないのか分からない。ただ一つわかる事はある。

 

「随分と、見窄らしくなってきたな」

 

 萩風カワウソは、ボロボロにされていた。最初のうちは渡り合っていたように見えたが、能力を使わずただの力の差によって押し潰されて致命的なダメージを幾度とくらっている。

 

 もはや血塗れていない場所を探す方が難しく、白く艶やかな肌も赤黒く固まった血の塊が幾つも付いている。

 

「はぁ、はぁ……まだだ」

 

 ただ、まだ萩風の眼は死んでいない。卍解・改弍ですら届かない力の差に打ちのめされるわけでもなく、まだ敵を見据えている。絶対に折れないという意志をそこから感じる。

 

 だが、根拠のない自信であればユーハバッハには響かない。

 

「尾の数も2本減った、それは貴様の持つ制限時間だな。そしてあの一撃もその様子では一度の戦いで3回が限度といったところか」

 

 萩風の背にある尾の数は残り6本、1/3を使った状態になっている。これは消耗の激しいこの力の維持だけでも相当の霊圧を消費しているからである。死神の範疇を優に超えた速度と力だ、それを何の代償も無しに行使できる筈がないのだ。

 

「まだ、俺は死んでいない」

 

「私の目には貴様の死に様が写っているがな」

 

 ただ、もはや限界に近い萩風の体ではユーハバッハを捉えきれない。反射的に防御に向けた刀を弾かれ、無防備な体を霊王のエネルギーによって作られた剣で袈裟斬りにする。

 

 未来で見えた通りのことが起きた、萩風カワウソがどれだけ回道に秀でていても確実にトドメを刺した。その魂が散るのも時間の問題、そんな一撃で幕を引く。

 

 その目から光が失われていき──

 

「しかし、もう一人のお前も写っている!」

 

 別の何かが、ユーハバッハを斬り裂こうと飛び掛かった。しかしそれは未来が見えていたユーハバッハにより弾かれている。確かに目の前には事切れた萩風カワウソがいる、だが目の前には何故か無傷な状態の萩風カワウソがいる。

 

 存在が矛盾している。グレミィのような能力かと考える事も出来るが、それでは説明できない点もある。例えば瞬間移動、あれも間違いなくこの能力によって繰り出されたものだろう。そして傷の回復や刀の修復、どちらも絶対にこの力が関わっている。

 

 ユーハバッハの能力に近しく、そんな能力を使う方法。そんな方法が頭の中に一つ浮かぶ。

 

「その力……別のお前に乗り換えているな?」

 

 萩風カワウソは死んだが、死んでいない萩風カワウソに乗り換えられた。そんな事をして来た、そんな想像できない能力ではあるがユーハバッハに映る未来の言う通りならば、萩風カワウソは何度死んでも死なない。

 

(わらわ)の能力は、運命を乗り換える」

 

 そして、何故か口調の変わった萩風が刀を構えなおしている。

 

「幾多の枝分かれした運命を歩む自分と入れ替わり、傷だらけだった妾は陽炎のように消失する」

 

 本来なら死んでいる事があれど、死んでいない自分に乗り換える事でいくらでも復活する事が出来る。瞬間移動をしていたのもこの能力によるものであり、今いる自分の位置とは違う場所にいる自分と入れ替わり斬りかかる事が出来る。

 

 玉藻舞姫の事を見ているだけでは未来を掌握は出来ないのだろう、数多あるこの可能性の全てが玉藻舞姫の真骨頂。

 

「玉藻舞姫、唯一にして固有の能力『灯籠渡(とうろうわた)り』」

 

 更木剣八に殺された時も、殺されなかった自分と入れ替わる事で生き延びた。ただその時は能力の現れた自覚も薄く傷の少ない自分に乗り換える余裕も練度もなかった。だが1ヶ月近く、この技のみを鍛えて来た萩風にはこの能力は何者であろうと裏を掻く力だ。

 

 萩風カワウソという死神は強い、そしてその強さの分だけ可能性というものは膨らんでいくがただ戦闘能力が高いだけでは運命は枝分かれ出来ない。

 

「今の妾(俺)は無傷の自分と入れ替わった、簡単に行くと思うなよ」

 

 声が重なり、聞こえてくる。数多ある可能性が相手であると言っているように。

 

 鬼道・剣術・瞬歩・能力がかけ合わさることで生まれる可能性は幾らでも生まれる、万能の死神だからこそ万の枝分かれする未来を作れる。100mを10秒で走れるならば鬼事で半径100mの中を自由に動き回る可能性が1分でも無数にあるように、萩風カワウソでこそ輝くのがこの能力だ。

 

「なるほど、簡単では無かろう」

 

 しかし、ユーハバッハはそれが完全無欠な能力ではない事を分かってはいる。

 

「だが、尾の数は変わらないようだな」

 

 制限時間は変わらない、そして恐らく『落日』を使った可能性は統合される。尾の数が変わらないのはそんな条件があるからだろう、それに本人の見える可能性の数について何も萩風は言っていない。数多ある可能性とは言うが、その可能性の全てで敗北すれば命を落とすだろう。

 

 そして最大の理由として──

 

「それで貴様は、私とどう戦うつもりだ? 今の戦いで力の差ははっきりとしたはずだが」

 

 萩風が強くなったわけではない、玉藻舞姫という力が底上げされているわけではない。速度も膂力も何もかもの力がユーハバッハと渡り合える力を持っているが、そこから伸びるわけではない。萩風カワウソは確かにある種の領域に至ってはいるが、そこが限界という事である。

 

「嫌味な奴じゃな、どうせ見えてるんじゃ……あー口調も意識も引っ張られる。調子狂うな」

 

 ただ、萩風とて『自分の敗北』は分かってここにいる。そしてそれを理解しているのは、萩風とユーハバッハだけではない。この戦場に駆け付けた一人の悪魔も、それを分かっている。

 

「遅くなったが、元気そうだな」

 

「遅いぞ、時間稼ぎで尾を3本も使った」

 

「そうか、やはり霊王を取り込んだようだな」

 

 負ける事は分かっていた、霊王を取り込んだ霊圧を感じていたからこそ全員理解していた。一人では勝てないと、それだけの存在だと。

 

 だからこそ、萩風は待っていた。自分以外の戦力を。そして数刻の間もなく、日番谷もやってくる。

 

「先に終わらせてても良かったが、そう簡単じゃ無さそうだな」

 

 自分と同じ境地に至った日番谷冬獅郎、方法は異なるが理を曲げる力を得たウルキオラ・シファー、この2人とならば戦えると信じていた。敵は零番隊を単独で撃破した存在、それに萩風が1人で勝てると考えるほど甘く考えていない。だからこそ、時間を稼ぐことに焦点を置いて戦っていた。

 

「やれやれ、まさか3人もここに来るとはな。それも私に迫る力を持つか」

 

 ただ、そんな事をユーハバッハは分かっている。

 

「お前たちの誰もが私の脅威でなかった、それがここまでになるとは驚きだ。正しくお前達は世界の希望なのだろう、それだけ希望が膨らんでもいる」

 

 ユーハバッハの霊圧はこの3人を合わせても超えている。ただ自分の霊圧をそれぞれ2割・4割・3割に相当する力を持つ者達だ、油断の出来る相手ではない。

 

「ただその希望が弾けた時が、お前たちの三界が終わる時だ」

 

 文字通り、世界をかけた戦いが始まる。





日番谷冬獅郎◯ vs アスキン・ナックルヴァール●

萩風カワウソ&
日番谷冬獅郎&
ウルキオラ・シファー 
vs
ユーハバッハ



卍解改弍の条件
1.卍解に辿り着けている事
2.領域を認識している事
3.和尚とその能力を認識している事
4.??の??を??????に認識されている事

改弍とは斬魄刀と主人が融合した状態の卍解
その容姿は斬魄刀に大きく引っ張られるので女体化する事も大人化する事も、幼女化する事もあり得る。また力を安定させている場合は何かしら固有の能力を持ち『運命の乗り換え』や『自分以外の時間と空間の凍結』といった、理に縛られない力を萩風カワウソと日番谷冬獅郎は得ている。


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55話 全知全能


15010文字
 


 

 ユーハバッハの前には、破面や死神の枠すら超えた3人がいる。ユーハバッハの言う通りに尸魂界や虚圏、現世の三界を合わせても間違いなく5本の指に入る3人である。星十字騎士団の精鋭達を撃破し、ユーハバッハを倒すべく集まった者達だ。恐らくユーハバッハを相手にここまで纏まった戦力が集まる事は今後無い、そう考えられるだけの実力者がいる。

 

「それで、萩風。お前程の使い手が遅れを取っている理由はなんだ」

 

 ただ、ウルキオラはその中の1人である萩風カワウソが単独で倒しきれなかった事に疑問を持つ。萩風カワウソはこの中で最も霊圧が高い、だがここまでのレベルになれば相性の方が関係して来る事をわかっているのだ。そして、この萩風の『本気』を知るウルキオラからすれば正攻法で勝てないのには違和感がある。

 

「向こうが未来の改変って言う能力を使ってるからだ、未来で卍解を折る事は当たり前……鬼道も弾くし、意図した所に罠を作る事も出来る。じゃなきゃ零番隊も一方的には負けないだろ」

 

 だが、それはやはり相性によるものと理解する。

 

「成る程な、だがお前が生きているなら穴はあるだろう」

 

 そこまでの能力ならば萩風が尾を三本も時間稼ぎに使った事が理解出来る。霊王という存在がどこまでのものなのかウルキオラには分からないが、少なくともそれを取り込んだユーハバッハが相応の存在に成り果ててしまったのは間違いないらしい。

 

「ほう、ウルキオラ・シファー。貴様は随分と信頼しているようだな」

 

 ただ、ウルキオラと闘い既に一度破った事のあるユーハバッハからすれば彼は脅威ではなかった。単純な戦闘能力が高い事は認めても能力の前には無力であり、敵ではなかったのだから。

 

 だからこそ、放置していた。どんな事が起ころうとユーハバッハそのものの脅威にはならないと考えていたからだ。

 

「あぁ、貴様と違ってな」

 

 だが、ここまで至れたウルキオラは親衛隊であるリジェを撃破している。そしてそれすらも、この男ならば見通していただろう。自身が霊王を取り込むまでの時間稼ぎの駒として扱っていたのは明らかであり、今のこの男にはその親衛隊が生きていたとしても躊躇無く切り捨てる様な存在であると分かってしまう。

 

 畏怖のみで居座っていた王だ、万が一にでもこの世界を手渡せばその未来はどうなるか火を見るよりも明らかだろう。

 

「未来見るだけの力では無いことは分かっていた、だがどちらにせよ貴様の目を潰すだけだ」

 

 だからこそ、それを止める為にウルキオラはここにいるのだ。

 

 ☆

 

 下界からは未だに、ユーハバッハの中継が続いている。まだその余裕があるのか、いかに自身の力がかけ離れたものかを示す為だけに見せている。そして、その効果は確かにあった。一時は萩風カワウソが惨たらしく追い詰められていく姿に皆の気も消沈していた。

 

 絶対に勝てない。能力を解放してから萩風カワウソの攻撃の全てを防ぎ一方的に圧殺していたのだから、そんな気にさせられて仕方なかった。

 

 だが、その気はギリギリで繋ぎ止められる。

 

「シロ、ちゃん……?」

 

 雛森のよく知る死神、日番谷冬獅郎。それが何らかの方法で大人の姿となってユーハバッハの前に立っている。その出立もそうだが、明らかに萩風と同レベルの覇気を放っている。

 

 そして同様に、駆けつけたウルキオラ・シファーも同じ段階にいるのだろう。その手にある翡翠の刃を持つ黒い大鎌からは考えられないような生存本能に訴えかける死のイメージが放たれてしまっている、何かを司るかのようなそんな雰囲気があるのだ。一護はとても以前戦った存在と同じ破面であると感じられない。

 

 そして、そんな存在が自然発生するような事があるわけがない。

 

「なぁ喜助、あの3人に何したんや」

 

 それは、隊長である平子真子も感じている。いや平子だけではない、総隊長である卯ノ花やその段階に片足を入れた事もある黒崎一護も、そこに至るという事がどれだけあり得ない事か分かっている。

 

「明らかに死神とかそんな段階やない、全員に崩玉でも配ったんか?」

 

 もはや同じ死神や次元で語れる者なのかどうなのか、そのレベルにあるのだ。藍染惣右介と戦った事のある者としては、それ以上に至っているあの3人は何なのかと聞いているのだ。

 

 ただ、浦原喜助が答えられる事は多くない。

 

「アタシが手を貸したのはウルキオラさんだけです」

 

 ウルキオラの持つ崩玉、それに関してのみ浦原は関わっている。自身の心のみを消費して扱えるように崩玉を再認識した浦原が改変して渡したものであるが、それでも感情の起伏が少なく心を認識すらしていなかったウルキオラが、あそこまで至っていたのは想定外ではある。

 

 だが、それだけではない。あの力はわざと安定感が無いように作ってもいたからだ、でなければ過去の藍染惣右介に並べる程の出力を引き出せるはずがない。

 

 そして、そんな可能性を浦原喜助は一つだけ思い当たってもいる。

 

「それにあの姿、恐らく萩風隊長は独力で至っています」

 

 過去に模造品とは言え崩玉を使うウルキオラを圧倒し、最初の侵攻では卍解無しに8人の星十字騎士団を撃破するどころか、その中で本来なら倒せるはずもない『霊王の欠片』を持つ滅却師も焼き尽くし、霊王の召集を受けた死神。

 

 浦原喜助としても、その力を知ったのはジェラルドとの戦いでだ。完現術による魂の使役と瞬歩でどちらも扱える黒崎一護の卍解以上の速度を維持し、鬼道では当たり前のように九十番代の破道を詠唱する。更に後で聞いてみれば虚化すら掴みかけていたらしく、ユーハバッハが何故特記戦力にしていなかった不思議なほどに底が見えない死神であった。

 

「っ!? あないな力、知ってても目指せるもんやないやろ!!」

 

 だからこそ、あんなものを目指していたと誰からも悟られなかった。

 

「アタシも知りませんでしたよ、そもそも卍解の先を目指そうと考えてもあんな形に至るとは知りませんでしたからね」

 

 小さく「少し前までは」とは呟くが、そんなものだ。浦原喜助の知る事は多くはあれど、全てにおいて深くとはいかない。それに彼が目指していたのは卍解の先ではなく死神の先だ、ただ結果としては萩風カワウソはその先にいると言っても良いだろう。

 

「なら、日番谷隊長はどうなんです!?」

 

 そしてそれは、隣にいる日番谷冬獅郎も至れている。手を貸したのはウルキオラのみと答えているのなら、日番谷冬獅郎も独力で至ったと答えるはずだ。しかしそうは言っていない、それは現状の日番谷冬獅郎が至れるとは考えていないというが大きいのだが──

 

「これに関しては推測でしかありませんが……萩風隊長から卍解の先を聞いた上で、何かしら補助があるのかと。ウルキオラさんも同様に」

 

 ──萩風カワウソが関わっていると考えた方が纏まりやすい。何かしら力を安定化させる方法を彼が持っているのだと、それならばウルキオラの力の安定化についても説明が出来る。

 

 ただその上で、卯ノ花は聞く。

 

「それで、勝算は如何程ですか」

 

 ここまでの戦力、恐らく三界の実力者を集められたのは意図して起こした浦原の奇跡によるものだ。ここまで至るとは考えていなかった、間に合いはしなかったものの、あのユーハバッハと相対する事のできる程に三人は強い。

 

「勝算は……分かりません」

 

 ただその上で、何も分からない。

 

「初めて見るものです、あの3人の力はここにいる隊長格全員を単独で遥かに上回っていると思われますが……未知数なのは向こうの方です」

 

 相対する敵の大きさだけが、浦原喜助には計れなかった。

 

 ☆

 

 もはや常人では関わる事のできない次元の戦いが繰り広げられている。速度もそうだが、空間を歪ませる程の衝撃波が飛び交うこの戦いは、隊長格であっても見る事が精一杯であろう。

 

「ウルキオラ・シファー、随分と変わったな」

 

「あぁ、お前を倒せるように至れたところだ」

 

 そして、異次元に至れた萩風・ウルキオラ・日番谷の3人に対して、ユーハバッハは単独で渡り合っている。

 

「散れ、黒翼の矢(ネグロ・グラバ)

 

 虚無の力も込めたウルキオラの飛ばした矢はユーハバッハの防御を貫通出来るだろう。しかしそれは飛翔中に霧散させられてしまい届かない、代わりに背後から日番谷が踏み込むもののその刃も受け止められてしまう。

 

「日番谷冬獅郎、貴様がそこに至れる死神ではなかった筈だが」

 

「そうかよ、お得意の未来視とやらも完璧じゃないらしい」

 

 日番谷が氷を舞わせ、全方位から氷柱の雨を襲わせてもそれはユーハバッハの暗い影によって吹き飛ばされる。ウルキオラの大鎌も振るわれるが、それは受けては駄目だと『知っている』ので回避すると、日番谷を押し出しウルキオラに向けて剣を振るう。ただそれは萩風に受け止められ、代わりに日番谷とウルキオラが真横から迫る。

 

「縛道の九十一 雁字(がんじ)縛り」

 

 更に萩風の鬼道で影を拘束し、反撃の目を塞ぐ。ただ大鎌はまたも避けられると、日番谷の攻撃は生み出されたもう一つの剣で受け止められる。ただそれに意識が裂かれた事で緩んだ剣を萩風は受け流し、ユーハバッハへと踏み込み刀を穿ちに向かう。ウルキオラも避けられる前提で回避方向を絞り、次の行動を限定したのでそのまま二段目の攻撃で決着に向かわせる。そして日番谷を受け止めた剣と片腕は、瞬く間に肩先まで凍らされていく。

 

 影を封じ、片腕を封じた。そして2人の攻撃は──

 

「中々やるな、このままでは手傷を負うのは私の方か」

 

 空を斬り、ユーハバッハはいつの間にか3人の目の前から消えていた。足元を見るに影と影が繋がっているようで擦り抜けたようだ。しかしそれならば次に対応できる、日番谷が足元を凍らせるか萩風が足元を完全に封じるか、手は打てる。次に詰めれば、間違いなくダメージを与えられる。

 

「どうやら、力押しだけで測るのは無粋だったようだ」

 

 ただ、ユーハバッハはもうそんな戦いをするつもりはない。

 

「さぁ、戦おうか」

 

 すると、ユーハバッハが影も含めて目を見開いた。瞬間踏み込もうとした3人であるが、それぞれの持つ得物は半ばで折れている。しかもその折れて無くなった先はユーハバッハの手にある。能力を全開にしていなかったのだろう、この3人の力を計り下界の者達に見せる事で『これから圧倒する姿』による落差を作る為に。希望を根こそぎ、潰す為に。

 

 それを悟ったのか、萩風は自身も含めて2人を隠す。萩風の斬魄刀は炎を完璧に操る事で陽炎を扱える、それによる幻影は今の状態に至る彼ならば偽りの世界と悟られはするが完全に姿を消す事が出来る。

 

「ほう、目眩しか。私にはいつお前達がどこからやって来るかはみえているがな」

 

 ただそれでは勝てない、ユーハバッハには見えている。萩風がそうしたのはあくまでも作戦を立てる為の時間稼ぎだろう、今に至るまでに集めた情報で、ユーハバッハを倒すための策を作り上げなければならない。

 

「それを待ってやる程、私は暇ではないが……」

 

 だが、ユーハバッハを完全に自由にさせてしまえば時間を稼げるはずがない。故に萩風は、自分の他の可能性に時間稼ぎを任せる。

 

「ゆるりと、貴様の可能性とやらを潰してやろう」

 

 陽炎の中から現れた100を超える萩風の可能性、その全てが時間稼ぎの為だけにユーハバッハに襲い掛かった。

 

 ☆

 

 萩風の灯籠渡りは、玉藻舞姫固有にして唯一の能力。しかしユーハバッハにその全てを話しているわけではない。この能力は別の玉藻舞姫に乗り移る能力ではあるが、逆に呼び寄せる事も出来る。尾を消費する大技は使えないが、それを除いた全く同じ性能を持った軍勢を召喚する事が出来るのだ。

 

「5分だ、それ以上は維持できないからな」

 

 しかし、それが出来るなら最初からしている。尾を5本も消費した上で、この技は出せる玉藻舞姫の『可能性』に限りがある。それに維持の時間制限もあり、ユーハバッハに対しては有効な手段とはなり得ない。だからこそ時間稼ぎの為だけに、あのままでは一方的な蹂躙を受けると悟った萩風が使った技である。

 

 そして、こうなる事は予期していた。

 

「成る程な、アレが能力か」

 

 ウルキオラは今回の策を全て練っていた。ユーハバッハと戦った事のある者は彼だけであったのもあるが、知略において萩風の遥か上にいるからだ。ユーハバッハの気質を理解し、厄介な親衛隊を単独で倒す事は問題無い事も理解した上で、リルトットの敗北すら勘定に入れて策を考えている。正確にはいくつも可能性を吟味しこの時点で萩風や日番谷、己自身が死んでいる場合も考えているが、今の状況は最高と言わずとも相応にユーハバッハと相対出来る条件は揃っている。

 

 だが、ユーハバッハの真の能力によりその可能性は潰えようとしている。

 

「で、どうするウルキオラ。正直言って俺は相性が良いわけじゃない」

 

 萩風カワウソの能力はユーハバッハに破られてはいないが、時間の問題だろう。可能性の全てを見られてしまえば恐らく無傷の自分は存在しなくなる、そうなれば追い詰められていくだけだろう。現に萩風の可能性による軍勢は、ユーハバッハにダメージを与えられていない。一撃与えられたのも虚をついたからであり、武器の生成では虚をつく事はできない。

 

「いや、今の俺たちに攻撃が来ない時点で能力の範囲は絞れる」

 

 だが、ユーハバッハの能力が完璧では無い事をウルキオラは見抜いている。

 

「奴の未来視の視点はあくまでも奴だ、姿を隠した俺たち迄は把握出来ない」

 

 ユーハバッハの未来視の力、そして改変する力。どちらも繋がっているが元となっているのは未来視の力である、そちらを封じる事が出来れば自然と改変する力を封じる事も出来るだろう。それがウルキオラの見立てである。

 

「俺もそれ目的で目眩しをしたけど反撃されたぞ」

 

「奴は攻撃される未来を逆算する事でのみ確実な予測を立てた動きをするのだろう、お前を攻撃したのもその方向への範囲攻撃ではなかったか?」

 

「……確かに、射線上を貫く攻撃で急所は外れてた」

 

 ユーハバッハの力が完璧ならば、もっと早くに致命傷を与えて萩風の灯籠渡りを引き出せていた。全てを見渡せるならば、今隠れているウルキオラ達が攻撃されていない事が根拠として揺るがなくなる。

 

 ただそれが分かったとしても、ウルキオラ達がいつどこから攻撃を仕掛けてくるかぐらいは分かっているだろう。ならば必要な要素は二つある。

 

「奴の能力の底が見えない以上、この中で決め手は──日番谷冬獅郎、貴様だろう」

 

 その一つは、彼だろう。

 

「お前の『時空間凍結』は萩風の運命すら完全に止められる、ユーハバッハの認知が及ばない可能性があるのはそれだろう」

 

 先ずは『攻撃を受けたという認知』をさせない事だ。元々の条件はこれだけであったが、玉藻舞姫の灯籠渡りすら完全に封じるこの力は時間が止まっているという認識すら出来ない。萩風が日番谷との改弍同士の戦いで一度として勝てなかったのは能力での相性が最悪だったからであり、この次元の相性は覆せる程優しくない。

 

 そして、事実として萩風とユーハバッハの相性は良くない。更に加えれば、もう一つの条件にも合わない。

 

「分かってる、ただ今の俺じゃ2人を巻き込まないことは出来ないぞ」

 

「そんな事は構うな」

 

「分かった、それで……止めは?」

 

 ただ、日番谷でももう一つの条件『確実に滅する事』が出来ない。ユーハバッハに止めを刺すには一撃で滅ぼさなければならないのは萩風の一撃を耐えた事で証明されている。普通の存在であれば致命傷であったあれで倒れないならば、日番谷では倒せない。そして萩風もあの一撃を当てても勝てない。

 

「俺が存在そのものを消し去る他ないだろう」

 

 ならば、防御も何も関係ないウルキオラの力を使う以外に勝ち目はない。

 

 ☆

 

 ユーハバッハの手にある剣は霊王の力によって作られたエネルギーによって成り立つものであり、単純な火力もそうだが折れようともいくらでも治せる上でいくらでも作り出せる単純な武器だ。ただ、それに切り裂かれた萩風の可能性は焼き尽くされている。

 

「ここまで、透き通るほど見えるとはな」

 

 数にして100を超えた萩風カワウソ、その全てをユーハバッハは殺し終えたところだった。偽られた世界から、尾の数が一本にまで減った萩風が現れる。

 

「作戦会議は終えたか? 萩風カワウソ」

 

「……無傷は、想像してなかったな」

 

 萩風はユーハバッハの余力を見誤っていたのか、全ての可能性が消失させられている事に冷や汗を流している。あれは玉藻舞姫の得意技でもなければ扱いきれていない力だ、だが一度の戦いで尾を半分以上も使う大技なのでユーハバッハにダメージを与えられていない事や、疲労すら感じさせない事に底の知れなさを感じてしまったのだろう。

 

「貴様は私に、この能力について全てを語ってはいないな」

 

 その上で、ユーハバッハは力を見る余裕すらあった。

 

「だったらなんだ、そっちもそうだろ」

 

「あぁ、貴様が捨て石だというのも分かっている」

 

 ウルキオラと日番谷は出て来ない、機を伺っているのだろう。ただユーハバッハは、そんな気を起こさせる気はないようだ。引き摺り出す為に萩風に対して両手にそれぞれ持つ剣を向かわせる。

 

「ほう、躊躇いなく乗り換えるか」

 

 萩風は受け止めるが、刀が保たないと察し直ぐに別の自分に乗り換えて背後から斬りかかる。その上で片手に持つクナイを投げつけて行動を制限しながら間合いを更に詰めて行く。ユーハバッハはそれに対して横凪に両手の剣をぶつけに向かうが、それは萩風の生み出した二つの刀で受け止められる。

 

「なるほど、作れるのも扱えるのも刀だけではないようだな」

 

「うちの師は何でも出来るんでね」

 

 暗器の扱いにも卯ノ花は長けている、しかし普段から使うものでもない。だが、刀以外でも戦える事を教えていた。それはそういった敵と戦う時に、自分が扱えるならば対応しやすいからだ。なので心得だけはある萩風は少しでも虚をつくための動きをしていく。

 

仙狐葬送(せんこそうそう)

 

「見えている」

 

 だが、未来が見えているユーハバッハには届かない。炎を生物のように扱い向かわせても、クナイを起点に炎を噴き出させても、別の自分との時間差の攻撃を仕掛けても、自分がいくら捨て身の攻撃を行おうとも、虚をつくにはその程度では足りない。

 

「そろそろ、お前には飽きてきたな」

 

 そして、ユーハバッハが手を向ける。ただそれだけの行為、しかしそれだけで何が起こるのか想起できてしまう。

 

「っ!!」

 

 萩風は察する、避けられ無い事を。それも乗り換えて避けた先も当たる、どれだけ探そうと無傷な自分を探せないと、軽傷の自分すら探せない事を、感じてしまう。

 

 そしてその時は──

 

「四界氷結」

 

 ──訪れる前に、静止していた。

 

 ☆

 

 下界では護廷十三隊の面々が固唾を飲みながら戦いの行方を見守っている。ただそんな中で、何故か卯ノ花は戦いを見守るのをやめて動き出す。

 

「卯ノ花総隊長、どこへ?」

 

「藍染惣右介の元へです」

 

 それは、皆を戦いから目を逸らさせるには十分な言葉であった。藍染惣右介、護廷十三隊の裏で非人道的な方法で霊王に取って代わろうとした存在。特記戦力にも数えられているそれは、銀城よりも手を取りたいとは思えない──かつての敵だ。

 

 そして、それを呼び出す理由は彼の持つ斬魄刀の能力があるからだ。

 

「未来を改変するのに見る必要があるならば、彼の完全催眠は有効な可能性があります」

 

 五感全てを支配するそれは脅威であった、敵も味方も区別がつかなくなる程度のものではなく、自分の目にしているものを信じられなくなる、それだけ巧妙にいつから催眠状態にあるかも分からなくなる、間違いなく強敵であった。しかも真に恐れるのは使い手であるのが藍染惣右介である事なのだ。

 

「ですが、萩風隊長達はそんな事を望むとは……!!」

 

「全ての可能性を吟味する、それが総隊長です」

 

 今、萩風達は戦っている。間違いなく下界の者達の希望となっており、そのまま勝てるならば無用な行動であるのは間違いない。それだけでなく、不信を買ってしまう。藍染惣右介によって生まれた悲劇は多過ぎるのだ、それを許容する事はここにいる誰もが出来るわけもない。

 

「浦原さん、貴方は何かしらユーハバッハに有効な策を考えついているのでは? 藍染惣右介もその一つだと思いますが」

 

 だが、卯ノ花の考える事は先に考えているものはいる。

 

「恐らく、能力からしても藍染隊長の鏡花水月を使うのは悪い手じゃ無いです。ただ正直、問題はそこじゃありません」

 

 浦原とてそこまで当然考えている。それに加えれば藍染惣右介が手を貸すならばユーハバッハと渡り合う事が出来る自信も持っている。特記戦力とされている4人と残った隊長の力を結集すれば、その大多数が犠牲になった上での勝利を得られるとも推測できている。

 

「倒さなければならない敵でありながら、倒せば世界が崩壊する。僕達は今、どちらに転んでも負けの戦をしています」

 

 だが、最初から負け戦だからこそ勝ち筋を見出せていない。倒せば負け、倒せなくても負けの詰んでいる状況の打開まで至れていないのだ。なので倒さずにその存在を固定するといったプランも必要なのだが、加減をして勝てる相手ではない事も分かっている。

 

 だからこそ、そんな考えも伝播している。

 

「では、萩風達は何故戦っている」

 

 浦原に声をかけるのは、傷だらけで歩くのも集中しなければよろけてしまいそうな状態の死神だ。隊長羽織を着ている事でその意識に命をかけているようだが、まだ戦うとい意思を目に宿している。

 

「砕蜂隊長」

 

 砕蜂には、分かっている。同じ二番隊にいたからこそ、彼の事を知ってしまっている。更に最近は護廷十三隊でもないこの男について理解できる部分すら多く感じてしまっている。

 

「あの破面は、どうせお前が連れて行ったのだろう。色々と思考を巡らせているなら、この可能性を吟味出来ないお前ではない」

 

 だからこそなのか、何かしらの結論を持っている事を察している。

 

「あの3人の誰かを、人柱にする気か」

 

 霊王が楔である事は、耳だけでもユーハバッハに向けていたので分かっている。そして態々破面であるウルキオラを時間稼ぎの駒としての理由だけで上に送るようなマネはしない。全てに備えをする浦原喜助と言えど優先順位はある、その優先度が相応にあった事は上に送っている時点で明らかだろう。

 

 砕蜂の言葉に、皆が浦原を見る。誤魔化せないと悟ったのか、最悪の事態を態々言う必要も無いと考えていた案を、浦原は呟き始める。

 

「霊王は、全ての力を扱える者だったと言われています」

 

『滅却師・死神・完現術者・虚』その全ての力を最初から有していたのが霊王だ。無論これ以外にも固有の能力は有していただろう、しかしこの四つの土台となる種族が彼を構成していた。ユーハバッハは詳しく語っていなかったが、浦原喜助にはそこまでは黒崎一護が霊王宮へ召集を受けた時点で気が付いていた。

 

「逆説的に言えば、全ての素養のある者が霊王に代われるとも言えるでしょう。そして恐らく、これは正しかった」

 

 だが、もう1人理由無く連れて行かれる死神が悩みの種であった。黒崎一護は素養という点で条件をクリアしていても、もう1人は純粋な死神であった故に条件を満たしているはずがなかった。だからこそ、条件が満たせる存在と仮定して2人を送り込んだのだが──

 

「萩風隊長を贄に捧げれば、恐らく世界は保たれます」

 

 ──萩風カワウソは、楔として黒崎一護以上に適した人選であった。

 

 ☆

 

 霞がかかったような世界、この世界はもはや異界と言っても良いだろう。日番谷冬獅郎が完全に支配した世界、萩風の玉藻舞姫ですら事前にこの技を知っていたからこそ範囲外に一度跳躍して世界を溶かそうと一撃を放って来た以外に対処と言える対処法は存在しない。初見では必ず、破れない道理のある技だ。

 

「未来の見えるお前でも、止めた世界までは見えないだろ」

 

 そして、未来が止まるならばユーハバッハにも感知される事はない。日番谷の前には完全に静止したユーハバッハが萩風がいた方向に向けて腕を向けて虚空を眺めている。

 

 萩風の陽炎の中で隠れていた日番谷は、ユーハバッハの余裕が少しでも削れたタイミングを探っていた。萩風の仕事は捨て石だったのだから仕方ないが、最初から止めても問題は無かったのだろうが、念には念を込めたという事だろう。

 

 そして、陽炎に隠れていたのは日番谷だけではない。

 

「それとウルキオラ、その範囲出たら止まるから出るなよ」

 

「分かっている」

 

 ウルキオラだ、彼は自分の周りだけを虚無で覆う事で静止する世界の中に自分の空間を作っていた。対処法らしい対処法は無いとは言ったが、それはあくまでも正攻法によるものに関してである。ウルキオラの虚無はウルキオラ固有の能力であり、そんなものは例外である。だがウルキオラとて日番谷の能力を理解していなければ気付く事もなく時間を止められていただろう。

 

「萩風はギリギリで範囲外まで離れたな、器用な奴だ」

 

 萩風は範囲外まで移動する事で回避する事は出来るが、この世界に踏み込めば動けなくなる。なので対処は出来ても攻略はしていないし、ウルキオラとて範囲外に出れば一瞬で静止してしまうが、それならば態々この世界に来る事はない。

 

「それで、どうするんだ」

 

「この鎌には、斬りつけた対象を虚無の果てに吸い込む力がある」

 

 そう言うとウルキオラはユーハバッハとの間にある空間を切り裂き、ユーハバッハを引き寄せる。範囲さえ作れてしまえば引き寄せる手順は必要であるが、この空間全てウルキオラの射程圏内である。

 

 ただ日番谷が聞いているのはユーハバッハに止めを刺す方法、ではない。

 

「世界の楔は、どうすんだ」

 

 霊王を取り込んだ、ならば世界の維持はこのユーハバッハによって行われている。恐らく何らかの維持の力ごとユーハバッハが取り込む事で保たれているこの世界は、ユーハバッハを殺せばまた崩壊の道を辿る。日番谷はあえて触れていなかったが、それをわかっていないウルキオラでは無いので、何かしら考えがあるはずだと考えていた。

 

 そして、ウルキオラは自身の胸に手を当てて答える。

 

「俺が成れば良い」

 

「お前……本気か?」

 

「藍染様は崩魂(これ)を使って天の上に立つと考えていた。ならば俺に出来ない道理も無いはずだ」

 

 ウルキオラの崩玉は、ウルキオラの心のみを消費する。またそれによる能力は虚無の力の行使に向けられていたが、それを世界の維持に向ければ不可能では無いだろう。その確信がこの力を使って来たウルキオラにはある、ただそんな単純な力ならば霊王の代わりは見つかってくれる。

 

「良いのかよ、萩風に何も言わずに」

 

「上手く説明しておいてくれ」

 

 ウルキオラでは世界の維持をするのに、限界がある。あくまでも崩壊を先延ばしにする事しかできず、楔としての役目は果たせないだろう。世界を維持するにはウルキオラが力不足というわけではない、単純に条件が揃っていない。そしてその条件は、ウルキオラには揃えられないのだ。だが、他の誰かが揃えるまでの時間は稼げる。

 

「奴との時間は、井上織姫の物よりも刺激的であったとな」

 

 ウルキオラは鎌を構える。全てを吸い込み闇に葬る虚無の刃は暗く、それでいて蛍のような淡い翡翠のオーラを漂わせている。当たればどれだけの防御力や能力であろうと貫通するのはリジェで試し分かっている。この虚無の先など知り得ないが、そんな不安もこの刃は吸い込んでくれるだろう。

 

「萩風への借りの全てを、ここで返す」

 

 ウルキオラの一振りが向かう。無防備な首にそれは向かう、生物の息の根を止めるためにそこに向かっていく。

 

 ☆

 

 結論から言えば、ウルキオラの虚無は届かなかった。

 

「貴様、なぜ……!?」

 

 ユーハバッハに向かって行く刃は、首筋に当たりはしても刃が通っていなかった。また虚無の力が霧散されたわけではない、単純に消せないのだ。恐らく、ウルキオラの虚無であっても霊王は消せなかっただろう。ウルキオラの力は存在を消す力であって『存在感が高過ぎる存在』の事は消せないのだ。仮に霊王の欠片を持つ敵を相手にしたならその欠片部分を除いて全て虚無送りにできるが、その全身に霊王の力があれば消す事はできない。

 

 これはウルキオラがこの力を覚えたのが最近だったからというだけの理由ではない。単純にそんな例外を知る機会が無かったのだから仕方ない、理は曲げられても霊王という存在を拒絶出来ないのだ。

 

 だが、最初から霊王の部分には通らないと考えがあったなら結果は違ったものになっていたかもしれない。首を斬るのではなく、全身を虚無で吹き飛ばせば霊王部分以外を虚無に送れただろう。更に言うなら虚無の力にリソースを捧げない単純な火力でも、ユーハバッハに致命傷を与えられていた。

 

「ウルキオラ・シファー、私の喉元に刃を当てたのは貴様だけだろう。知略もそうだが、この虚無の力は──私を殺せる唯一の力だったな」

 

 ただ、凍てついた世界を我が物顔で動くユーハバッハに鎌を折られるとそのまま滅却の力で羽や腕など全身に風穴を開けられてしまう。あまりに一瞬の事であったが、ウルキオラの虚無は敗れた。

 

 しかし破れたのは虚無の力だけではない。自身の能力も破られていると気づいた日番谷は反射的に能力を解き、斬りかかるがそれは素手で受け止められる。

 

「世界を止めるか、脅威的な力だな。日番谷冬獅郎、お前の力は間違いなく私の想像を超えていた。だが──私の下界に向けていた意識までは止まらなかったぞ」

 

 日番谷冬獅郎の能力は確かにユーハバッハと相性は良かった。未来を止める彼の力ならば改変前に対応できる、しかし止めたのは彼らの周りだけでありユーハバッハの全てを止められたわけではなかった。それが誤算であり、日番谷もウルキオラ同様に穴だらけにされ地面へ転がされてしまう。

 

「ユーハバッハ!!」

 

 ただここで日番谷が能力を解いた事により、静止空間が消え突入してくる影がある。尾が一つとなった萩風だ、最後の灯火を伴い駆け付けた彼の一振りはユーハバッハは目にすらしていない。

 

「萩風カワウソ、貴様は私に能力を見せ過ぎた。もう全て──見えている」

 

 もう、振り向く必要もなかったのだ。突然胸から血を吹き出し勢いのままに地面に転がされてしまう。未来からの攻撃を受けたのか、萩風の認識できなかった攻撃は容易に灯籠渡りによる運命の移動すら許さない。移動先すら、ユーハバッハの視野に入ってしまっている。

 

 ただ、3人の眼はまだ死んでいない。

 

落日(らくじつ)

雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)

龍鱗氷刃(りゅうりんひょうじん)

 

 各々が今、放てる最大火力の技を放つ。萩風の最後の尾を消費して放たれた斬撃、ウルキオラの己の霊圧と崩玉の力を込めた破壊力の塊である槍、日番谷の大気中に存在する水の全てを龍の鱗のように刃に纏わせ放たれた吹雪のような斬撃、そのどれもがユーハバッハを倒す為だけに──お互いの事を鑑みない威力の技を放っていた。

 

「巻き込む事も厭わないその精神、賞賛しよう」

 

 ただ、ユーハバッハの事を認識した攻撃は己から自壊していく。同時に、その余波だけが3人に襲い掛かると──

 

「これで私は、私を再認識出来た」

 

 3人の胸を薔薇のような刺々しい黒い力の奔流が内側から彼らの胸を貫いて血を噴き出させる。回避すら許さない、理不尽な力の差がそこにある。

 

「もはや我が覇道を阻む者は、存在しない」

 

 ユーハバッハの前に、3人は倒れる。

 

 全知全能の前に、力尽きていた。

 

 ☆

 

 3人を倒した、下界の死神達は失意の底に堕ちている。絶望を渦巻かせているのはそれだけの力を持つ彼らを予定通り圧倒したからであるが、まだ何人かは失意の気配すら感じさせていない。

 

 だからこそ、その中の1人であり傍観に徹する罪人へユーハバッハは話しかける。

 

『見えているだろう、藍染惣右介』

 

 この放送は尸魂界全体というわけではないが、無間にも写されている。付け加えるなら虚圏にも送られており、そちらはウルキオラの敗北に破面達が絶望している。ただ、何故かこの藍染惣右介だけはこれだけの力を目の当たりにしていても──絶望の色すら現れていなかった。

 

『煩わしいか? 目と口ぐらいは開けてやろう』

 

 ユーハバッハは遠隔で藍染を覆っていた枷の一部を剥がす。左目と口を自由にした彼であるが、それでも中々口を開く気も無いようでただただユーハバッハの放映している霊王宮を見ている。

 

『貴様の言う事は起こり得なかったな』

 

 藍染とは一度、最初の侵攻で訪ねている。その時はユーハバッハの事など気にも止めず、軍門に下る事もなかった。その上で色々と話も聞いているが、ここで漸く彼は口を開く。

 

「萩風カワウソを特記戦力に至らせなかった事は、理解に苦しむがね」

 

 特記戦力の1人である彼は、誰の支配も受けない。その支配を受ける事を彼は拒み続けているからこそ、霊王に対して反旗を翻しているわけだが、それでもその特記戦力の中に萩風が加えられていない事を憐れんでいる。

 

『まだ、私を倒せる者が居るとでも考えているのか?』

 

 ただ、その憐れみを受け流せる余裕が今のユーハバッハにはある。

 

『黒崎一護はお前を倒しただけだ、私を倒すには至らぬ。貴様の過度な期待に沿う者など、もはや存在せぬ」

 

 山本総隊長も、零番隊も、並び立ったと称しても良い浦原喜助の準備した3人すらユーハバッハは破った。どこをどう考えても、ユーハバッハと戦えるだけの戦力を集める事が出来ないだろう。

 

『残りの特記戦力も、私の敵ではない。用事の後にお前達4人を揃えて戦えるように御膳立てしてやっても構わぬぞ』

 

 だが、それだけの戦力を集めただけではユーハバッハは自分が破れる未来が見えないからこそ、そんな言葉を吐けるのだ。

 

 ☆

 

 藍染惣右介が絶望しない理由に対して興味を持ったが、特に理由もないものであったので内心ユーハバッハは落胆する。この調子なら他に絶望していない卯ノ花や浦原も自身の警戒に値できないと、自分の存在を再認識したつもりであったが、どうやら周りの再認識もした方が良いらしいと、難儀なものと考えながら目的地に到着する。

 

 場所は麒麟殿、霊王宮の離殿の一つであるそこに目当ての物がある。それは周りを焼き尽くされたのか炭化した建物の中に、まるでそこだけ避けたかのように白い地面と片足を失った少女が息をしている。

 

「リルトット、まさかお前に左腕が回帰するとはな」

 

 失くしたはずの腕が、リルトットにはある。それは本来ペルニダ・パルンカジャスに宿っていたものであり、それが死した事でユーハバッハに回帰するはずであったものだ。霊王の左腕、前身を司る霊王の権能を宿したユーハバッハの目にすら映らない力だ。

 

『その少女から、霊王の欠片を奪ってからこちらに来るのか。随分と慎重のようだね』

 

「挑発のつもりか。その程度で響くわけもないがな」

 

 藍染惣右介とのバイパスを繋いだままであったが、ユーハバッハは気にすることなくリルトットへと歩み寄って行く。繋いでいるのも下界に降りた時に纏めて彼らを潰す為に残しているからであるが、そんなユーハバッハへ藍染は言葉を刺していく。

 

『そうかい。では、聞くが……貴方はなぜ

 

 ──萩風カワウソから何も奪わなかった?』

 

 リルトットへの歩みが止まる。何か思い当たるのか、はたまた何を出鱈目を言うのかと興味が出たのか、ユーハバッハはその次に紡がれる彼の言葉へ耳を向ける。

 

『君は恐れているんだよ、彼の中にある力に。霊王とは異なる起源の力に、それを支配出来ない事を恐れている』

 

 萩風カワウソが至った境地の力、あれを全ての死神が至れるわけがない。藍染惣右介ですら目指せない、正確には目指すには条件が足りていない。そしてそのピースが決定的に、重要なものが足りていない事を分かっている。

 

 そんな力に至れる彼が、何の力も持たないわけがない。しかし藍染は彼の中にあるのは霊王の欠片では無い事を知っている、それとは同質であるが異なる何かである事を分かっている。

 

 だが、そんな事はユーハバッハも知っている事だ。

 

「ふっ、そんな事か。あんなもの私が欲するとでも思うか、霊王の劣化した何かなど取り込む必要はない」

 

 藍染の紡ぐ言葉は期待したものとは違ったのか、またリルトットへと歩み寄って行く。満身創痍な彼女にはユーハバッハを妨げる事は出来ないだろう、これから藍染がユーハバッハの気を惹かせる言葉を吐いても避けられない未来がある。

 

『私が最も警戒した死神は、黒崎一護でも山本元柳斎重國でもない』

 

 藍染の言葉は届かない、リルトットの左腕しかユーハバッハには写っていない。それを取れば霊王宮でやり残した事など、何も無くなる。下界の掃除を済ませれば、ゆるりと世界の創造に着手出来る。

 

 だが、それは叶わない。

 

『今から、君を阻む死神だ』

 

 左腕に辿り着く前に、それは阻まれてしまうからだ。

 

「……まだ、動けたか」

 

 付け加えるならば、この未来を見通す事は出来ていなかった。

 

「無防備な女の子を襲う変なオッサンぐらい、倒せる力は残ってる」

 

 あそこで潰えたはずだった、あそこでただ息絶えるのを待つだけの存在だった、こんな所に立っている事はなかった。だが何故か、ここに居る。

 

「萩風カワウソ、どうやら確実に息の根を止めておかなければ止まらぬらしい」

 

 リルトット・ランパードを抱え、萩風カワウソはもう一度ユーハバッハを阻みに立っていた。





次回
ユーハバッハ vs 萩風カワウソ


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56話 天界


10428文字



 

 ウルキオラの体には致命的なダメージがある。破面としては破格の回復力を持つ彼は更に崩玉の効果により内臓機能を破壊されてしまえば治せなかった場合でも、いくつのかの主要臓器を除いて治癒ができるようにはなっている。先のリジェの戦いでも、それでわざと攻撃を受けて最低限のダメージで探知を行なっていた。

 

 ただユーハバッハとの戦いのダメージは致命的なものだ。数刻もすれば自然に死んでしまうほどのそれは、噴き出ていた血の量を見れば明らかだろう。もはや助かる可能性も無かった彼であるが──

 

「萩、風……」

 

 ギリギリで、命を繋ぎ止めていた。

 

「俺は、2人より浅かったからな」

 

 横目には既に治療を受けてある程度安定している日番谷冬獅郎も見える。彼もウルキオラ同様に致命傷を負っていた筈だが、何とか繋ぎ止められたようだ。しかし、ウルキオラはそんな事で安心は出来ない。

 

「これ以上よせ……お前も、体力は無いはずだ」

 

 萩風とて致命傷を負った筈なのだ、それは治したようだが霊圧は小さくなっている。玉藻舞姫という過ぎた力は異常だ、明らかに何かしらの代償を背負った卍解を行使しているのだから、ダメージ以上の疲労はあるだろう。

 

 崩玉の力でもウルキオラという規格外の存在の心を消費する事で初めて行使できる力であるが、萩風と日番谷は違う。何か副作用はあるのだろう、そしてそれはウルキオラには意図して話していないことも分かっている。どれだけの代償を払おうとも、彼らは必ず戦うのだから。

 

「引こう、俺達は……」

 

 そして、それだけの力をもってしても負けた。この3人ですら、敗北した。ユーハバッハの未来を改変する力は容易に3人の力を捩じ伏せていた。霊王を取り込んでいるだけならばここまで差はつかなかったのだろうが、ユーハバッハが取り込んだ事でここまで圧倒的な敗北を喫している。

 

 もはや世界の崩壊を待つしかない、そうウルキオラは頭の中を絶望に染め始めるが──

 

「(……待て、奴が俺達を生かす可能性は限りなくゼロのはずだ。何故俺たちはまだ生きている?)」

 

 頭の中に残る違和感が、それを避けさせる。

 

「(萩風なぞ回道の使える死神だ、確実にトドメを刺す筈だろう。いや……俺も日番谷も、萩風が居なければ死んでいた)」

 

 最初、生かされているのはユーハバッハに世界の崩壊を見せつけられる為だと考えていた。殺さない理由はない、ユーハバッハにとって3人は自分を殺す可能性を持つ存在なのだから、息の根は止めたい筈だ。いや、止まっている未来が見えたからこそ放置したとも考えられる。

 

「萩風、手を貸せ」

 

「動くな、患者は言うことは聞いて……っ!」

 

 ウルキオラは、治療の為にかざされる萩風の手を掴む。同時にウルキオラは自分の中に残るありったけの力を込め、萩風に送り込む。

 

「お前、無理できる体じゃ無いんだぞ……!」

 

「っ……構うな、俺はどうせ戦えん」

 

 そして、萩風から手を払うと完全に脱力して地面に横たわる。萩風に支えられてはいるが、自分の中に残る力の全てを出し切ったのだろう、今は息をするだけで精一杯という様子だ。

 

 だが、萩風の目を見ると錆び付いた扉のように力無く口を開き始める。話さなければならない、ここで無理をしてでも話さなければ、ウルキオラは力尽きる事はできない。

 

「今、ユーハバッハを止められるのはお前だけだ」

 

 世界はこのまま崩壊させられるのは止めなければならない。誰かが止めなければ、ユーハバッハが全てを無くしてしまう。そして、ウルキオラには止められる力は残っていない。時間稼ぎが出来るほどの体力もない、何よりも勝てるはずがない。

 

 ユーハバッハに勝てない事実は変わらない、未来を見られる時点で勝てないのだ。虚無の力ですら効かないのだから、ウルキオラでは挑んでもまた同じ結果を辿るだろう。ただそうなると分かっていても、1人ならば挑んでいただろう。負けると分かっていても、挑めていただろう。王として、ウルキオラ・シファーとして挑まなければならないのだ。一度虚圏を落とされ、多くの破面が犠牲になったのだから、その敵を討ち取りたい気持ちは強いだろう。

 

 そんなウルキオラが、その意志を押してでも残る力を預けて託せるのは1人しかいない。

 

「恐らく、お前だけはユーハバッハに見られていない未来がある。それを引き出せば、勝機はある。それに──」

 

 ユーハバッハに勝つには2つの要素が必要だ。それは『認識』と『破壊力』であり、萩風はユーハバッハの認識を何らかの理由ですり抜けたからこそ生きている。未来を見る力は完璧ではない事はわかっている、ならばそこに勝機はある。

 

「──俺達に黙っている切り札が、あるな」

 

 そして、萩風に隠し事があるのをウルキオラは勘づいている。萩風も見抜かれているのを気づいたようで少し無言になる、ただそれはユーハバッハという絶望に挑む事による悲壮感はない。何か頭の中で考えているのだろう、今迄相対した怪物の能力を読み解いている。自分がユーハバッハにどう挑み、どう倒すのかと、覚悟を決め直した顔をしている。

 

「頼む、ユーハバッハを倒してくれ。お前にしか、託せない」

 

 萩風は簡易的な結界を張り、ウルキオラと日番谷を中に安置する。回復も出来る結界でありながら、ある程度の外的な衝撃も耐えられるものだ。しかしユーハバッハの流れ弾など飛んで来れば木っ端微塵に吹き飛ぶ程度のもの。萩風とてそれを耐えられるようなものを準備する時間も、使っていられる余力もない。

 

「勝手に死ぬんじゃないぞ」

 

 それだけ告げると、萩風は駆けていく。向かって行くのは麒麟殿、リルトットの戦っていた方向だ。少しだけ意識を向けてみれば弱々しいがリルトットの霊圧を感じられる、そして霊王を取り込んだ事に慣れてきたのか、霊圧が更に膨らんでいるユーハバッハの存在を感じる。

 

「許せ萩風、お前を死地に送り込む事を」

 

 もはや瞼を開けるのも苦しくなってきた、ただ贖罪のつもりか虚空に向けてウルキオラは呟く。

 

「まだ俺では、隣に立てないらしい」

 

 虚圏の王は、全てを託し寝静まる。最後の時に目を開けられるかは分からないが、唯一託せる死神に託し目を閉じた。

 

 ☆

 

 萩風はリルトットを抱え、間一髪でユーハバッハの凶手から守る事が出来ていた。ただそれが出来たのは虚を付けたからだろう、次の攻撃をリルトットを庇いながら避ける事はできないし、戦う事は出来ない。

 

 だからなのか、なぜか萩風は自身の踏み締める地面を全力で踏みつけた。ただその理由は直ぐに、彼の足元から広がっていく異空間によって知らされていく。黄金色の雲海のような、霊王宮全体の空間と同等の広さの異界が広がっていく。

 

「(固有の結界……いや、これは)」

 

 ユーハバッハも警戒しているのか、身構える。藍染惣右介は最も警戒した死神と言ったが、その言葉の意味が正しくない事を知っていても身構える。藍染惣右介は萩風を警戒した死神と言ったが、あれは警戒に値する死神が居ないからこそ相対的に警戒度が高かったのが彼だったというだけなのを分かっている。実際に山本重國にも専用の破面を準備したが、ウルキオラのように模造品とは言え崩玉は託していない。あれはユーハバッハを挑発するための誇大にされた言葉だったのだろう。

 

 萩風カワウソは藍染惣右介にとって賞賛に値しても、警戒に値しない死神だったのだ。そして、その筈だった。ユーハバッハも警戒に値する死神ではなかった、何故ならこの2人とも自分の喉元にまで刃が届かない事を知っていたからだ。自分の手駒がどれだけ厳しい戦いを強いられても、自分を殺すには足り得ないと分かっていた。

 

 ただ、ユーハバッハは別方向からの戦闘準備に目を見張っている。そして、そんな空間の1箇所にだけ、穴が広がって行く。

 

「雪緒!!」

 

 萩風はユーハバッハから目を離す事は無いが、その隣に開いた穴の中にいる1人に声をかける。

 

「ちょっと、なんでそっちから開けられ……っ!?」

 

 中からは1人の少年、雪緒が出て来るが何か戸惑っている様子だ。隣にはリルカも居るが、いつも騒がしい彼女は今は無言だ。雪緒もユーハバッハに目をやり、あまりの歪さと覇気に当てられて目を見開きながら冷や汗を流している。霊圧を感じられなくとも、やはり存在感だけで敵の大きさを感じてしまったのだろう。

 

 しかし、萩風はそんな2人を戦わせる為に呼んだのではない。

 

「任せた」

 

 リルトットを放心気味のリルカに投げ渡すと、すぐに穴を閉じる。どうやら単独で、ユーハバッハを止める気のようだ。いや、上の空間で頼りにできる戦力など、彼自身しかないだろう。この次元に立てるものは、そもそも少ないのだから。

 

「卍解 改ニ・装衣 玉藻舞姫」

 

 同時に、萩風は自身の体と斬魄刀を融合させる。先程ユーハバッハに見せた玉藻舞姫と変わりはない、ただ今度の覇気は先のものとは違うものになっているだろう。

 

 ウルキオラと日番谷を頼りに捨て石として戦っていた時とは心の持ちようが違うのだ。己だけで倒すと、自分の力を信じてユーハバッハを見据えているその眼には、はっきりとした意思を宿している。

 

「力尽きた筈だが、何か取り込んだのか」

 

「お手製の栄養剤だ、飲めた物じゃなかったが」

 

 そう言うと、萩風は懐から取り出した瓶を放り投げて割る。見てみればその硝子には赤黒い液体の入った跡があり、それはリルトットが見れば何なのか気付けているだろう。

 玉藻舞姫を使う余力は、萩風にはなかった。今ここに立てているのはウルキオラの力と、萩風の情報の詰まった鬼道用の触媒を飲み干しているからである。

 

 鬼道用の使い捨てのものとは言え、情報量で言えば萩風の片腕以上のものが詰まったそれがあればここには立てるだろう。しかし、ユーハバッハはそれを一瞥すると萩風に向き直る。

 

「尾が三本、全力とは程遠いその力で何が出来る」

 

 九本とは程遠い、制限時間が短くなった萩風を睨み付ける。万全であったなら100通り以上の可能性の軍勢を呼び寄せられたがそれは出来ない、本気の一撃も乱雑には吐けない、そんな状態では萩風達との戦いで霊王を取り込んだ事に慣れてきたユーハバッハに勝てるはずがない。

 

「試してみるか?」

 

 だが、萩風は踏み込んだ。同時に尾が1つ消え、手に持つ赫刀は灼熱を帯びて輝き出す、日を落とすと形容する一撃を放とうとしているのがわかる。もはやユーハバッハに対して小手調をする必要も余力もないのだから、最初から全力の短期決戦で終わらせなければ勝てないのだから間違いではない。

 

 ただ、その放たれた斬撃はユーハバッハには届かない。いや、届かないどころではない。

 

「っ……!!!」

 

 萩風は何かを感じ取ったのか、自分立っていた場所から離れる。その勘は正しかっただろう、それは放たれたと同時にユーハバッハにではなく萩風に対して襲い掛かった斬撃を見れば明らかだ。

 

 ユーハバッハの未来改変は未来で見た攻撃を折るだけではない、未来で見た力を味方に付ける。先の戦いで日番谷の凍結空間を自由に動き回ったのもそれが理由であり、ウルキオラの虚無を霧散させる事も出来る。そして、萩風の灼熱の支配権すら強奪する。

 

「利き腕も取れんか──忌々しき幸運だな、カワウソ」

 

 避けきれなかった萩風の左腕は、黒く炭化し煤けていた。

 

 ☆

 

 萩風は片腕で刀を振るう。それを容易に、ユーハバッハは片腕で受け止める。

 

「この空間、成程……その程度で済んだのは『霊子が霧散』するからか」

 

 ユーハバッハには余裕がある。萩風のこうなる未来は見えていたが、なぜその程度で済んでいたのかを考えていた。ユーハバッハですら自身の半身を灼き消した一撃だ、防げても受けてしまえば萩風の左腕など消しとばしていただろう。

 

 その理由が、萩風の展開したこの空間にある。

 

「この私ですら、長時間いれば存在が希薄化するだろう。だがそれを望んでの事なら悪手とかしか言えんぞ」

 

 この異界には、霊王宮のような霊子の満ちた空間と異なり霊子が殆ど存在しない。しかし徐々にではあるが、霊子が満ちようと濃度は上がってはいる。しかしそれはこの2人から剥ぎ取っているからだ。

 

 ユーハバッハ程の存在ですら自分の体から霊圧が散ろうとしている事を感じている。そして自身の作る剣や矢は、作られた途端に威力が減衰していくのも分かっている。

 

 この空間に居れば、どんな隊長格であってもただの霊子に変えられるだろう。それだけ、この霧散させる力は強い。ただユーハバッハは、この展開した空間の意図が読めていない。

 

「お前は自身の手札である鬼道を捨てただけだ、そしてその腕も使い物にならぬだろう。治す余力すら回せない、いや……この空間では治癒すら困難か?」

 

 ユーハバッハは自分をこの空間で安定させる事が出来る、意識を多少割くだけで平時と何も変わらない。強いて変わると言えば攻撃の威力が下がる事だが、それは萩風も同じだ。

 

 にも関わらず、運命を乗り換えて果敢に攻めて来る。その様子を見るに能力を探っているのだろう、能力に近づかなかった先の戦いではなく能力をすり抜ける事を模索している。何かしら、この空間にもかけている様子だ。

 

「カワウソ、貴様は運命を渡るというが……その表現は正確ではないな」

 

 ただ、萩風はユーハバッハと戦い過ぎた。

 

「貴様は運命を乗り換えるが、その運命は統合される。死んだ貴様は消えるのではなく、別のお前と一体化する。消えると言ったのは、私の眼を逃れるための虚言だったな」

 

 この虚言を吐いたのは可能性は全く別の自分であると、認識させる為だろう。そしてそれは正しい、この嘘を吐いたのは天狐の案であるが実際うまくいっていた。しかし、もう見せ過ぎたのだ。萩風は誰よりもユーハバッハに立ち向かったが、その分能力を開示し続けてしまった。

 

「お前には可能性の全てが統合の瞬間がある。それはお前が私に止め刺す可能性のあった、日を落とす瞬間だ」

 

 落日、萩風の尾を消費するあの技だけは可能性が統合されてしまう。いや尾の数を起点としているのか、他の可能性が消えてしまうのだ。ユーハバッハに唯一ダメージを与えた技は──

 

「もはや、私の目から逃れる事は出来ぬと知れ」

 

 もう、届かない。

 

 そして、両者には圧倒的な力の差もある。

 

「カワウソ、お前の力は可能性を渡り歩く。運命は変えられるだろう、お前はその化身であると言っても過言でも無い。だが──運命とは、無数に散る砂のようなものだ。それを私は遥か上より見下ろす事が出来るだけのこと」

 

 萩風には徐々に傷が増えて行く、散った血肉はこの空間で蒸発する。これを萩風が出来たならこの空間も理に適ったものとなっていただろう、しかしそれは出来ない。

 

「そして、お前は運命を乗り換えるだけで運命を作り出すわけではない」

 

 ユーハバッハの一撃が萩風を貫く、しかし乗り換えが間に合ったのか致命傷を負えていない萩風が、ユーハバッハから距離を取る。

 

「この世界を作ったのも、お前を目にしてから見えていた。だが解せんのは、この私の眼を持ってしてもここに貴様がいる未来が見えていなかったことだ」

 

 だがまだ生きているのは意図してユーハバッハは殺さなかったからだろ、偏にそれは萩風の特異性を見ているからだ。

 

「霊王を取り込み、前とは違い貴様の未来は透き通るように見える。数多の可能性が分岐して行くのが、統合されていくのが見える。ならば何故、この未来を見落としたか……」

 

 ユーハバッハは警戒する、なぜあの時に殺せなかったかを。今ここで理解出来なければ、この死神はまたユーハバッハの前に立ち塞がるという事が分かる。今ここにいる理由を、未来視をすり抜けた条件を知らなければ、ユーハバッハの喉元に手が届いてしまう。そんな曖昧な理由による確信があった。

 

「お前の体は、霊王に似た何かで構成されている。ただ存在感としては4割程度、十分に見下ろせる力量差だ」

 

 萩風の体は霊王ではないが、霊王に近い。しかし霊王と同等ではないのでユーハバッハには見下ろせる所にいる。一応ユーハバッハは霊王の欠片を強く持つ者ほど見えづらくはなるのだが、今の状態に至るユーハバッハには些細な違いだろう。見下ろせないわけがない。

 

「だからこそ、まだ見る必要がある」

 

 だからこそ、ユーハバッハは確かめるのだ。

 

「お前の事は認めよう、霊王とは突然産まれた奇跡であるがお前もまたそれに並ぶ奇跡だとな」

 

 霊王には力が宿る。力があるもの霊王と呼ぶわけではないが、少なくとも──三界に新たな世界を作り増やしたこの死神は、最も霊王に近い存在だ。

 

「まさか、私よりも先に世界を創るとまでは思わなかったが」

 

 それも、意図しての事だろう。

 

「分断、いや……この世界なら未来が見えないとでも考えたか?」

 

 萩風は霊王がどのような存在かウルキオラや天狐から耳にしていた、しかしそこに至れるという自覚はなかった筈だ。霊王とはどこまでの存在であるかまで認識していなかったが、世界を作るなんて事を思い付きで出来るようなはずもない。

 

 ただ、霊王としての萩風は分からずとも間違いない事は一つある。

 

「息苦しさはあるが、この黄金色の世界……貴様の墓標を建てるには良い場所になるだろう。敬意を示しながら、最後に消すとしよう」

 

 この死神だけが、ユーハバッハという滅却師と同格だった事に違いはない。

 

 ☆

 

 ユーハバッハと萩風が別世界で戦いを繰り広げている一方で、その巻き添えを喰らう者達がいる。

 

「あーもう、座標ぐちゃぐちゃだよ! これ2人の回収面倒すぎるんだけど!!」

 

 雪緒達だ、雪緒は空間の維持を行う一方で周りの空間の監視も行なっていたが、萩風達の戦闘による余波で零番隊の回収すら出来ていない。空間の凍結や空間を歪ませるような衝撃を飛び交わせているどころか、新しい空間まで作られたので、空間の維持を保たせているだけ雪緒は優秀だろう。

 

 そんな中で、1人の少女が薄らと目を開ける。

 

「雪緒と、リルカか……? 俺は何で……生きて……」

 

 リルトットだ、朦朧とした意識の中で焦りに焦り何かしらの作業を延々と繰り返す雪緒と、そばで何かあった時に護れるようにと彼女を抱えるリルカが見える。

 ただリルカは安堵した顔をした瞬間に、また無理に話をしようと咳き込み血を吐くリルトットを見て青褪めていく。

 

「ちょっと、無理に喋んないでよ! この結界も応急処置しか出来ないって言ってたんだから、無理しても私何も出来ないわよ!?」

 

 空間が振動している、それ即ちまだ戦いは続いているのだろう。世界の崩壊ならば雪緒は諦めて崩壊を待っていただろう、実際先の崩壊が始まった時は延命しようと言う意思は感じなかったのだから。だからまだ、ユーハバッハとの戦いは終わっていない筈だ。

 

「今、どうなって……る?」

 

 しかし、問いかけられたリルカの顔色は思い出したのか更に悪くなる。

 

「ウルキオラ達は、負けたわ」

 

 重々しく、リルカは口を開く。リルトットは目を見開くと、周りを見る。自分が回収されているなら他の3人も運び込まれているのだろうと考えての事だ、しかし周りには日番谷・ウルキオラ・萩風の3人はいない。

 

「今からその回収よ、でもユーハバッハと3人が空間ぐちゃぐちゃにしたお陰で雪緒はひいひい言ってるけど」

 

 ウルキオラ達は霊王宮にいる。しかしそちらの方が安全なのかもしれない。雪緒としてはこの隣接した空間が直に衝撃を受けてしまっている現状を何とかしようとしている状況なのだが、治療用の結界はここにしかない。

 

 ならば、今は誰が戦っているのか。間違いなく戦いは続いている、そしてそんな問いが口から出る前に、リルカは呟く。

 

「そんで、今は萩風が1人で戦ってるわ」

 

「っ……」

 

 一人でユーハバッハと戦っている。それ事態はまだ戦いは続いているという事で安堵はする、ぎりぎりで踏ん張れているのだと安堵ができる。しかし、それを言うリルカの顔色は悪過ぎる。

 

「はっきり言うけど、勝てる気しない。あんな見るだけで死ぬって分かる奴と戦うなんて……正気じゃないわよ」

 

 萩風は異空間から無理矢理雪緒達のいる空間をこじ開けた、そんな力があると聞いてもいないし分かっていても出来るはずがない。浦原喜助ですら色々と道具と知識があるからこそ門を開ける、こじ開けるのは異常だ。

 

 だがそれ以上に、萩風の前に立つユーハバッハが異常だっただけである。

 

「そんな顔しないでよ、こっちまで気が滅入るじゃない。そんな体で生きてるだけラッキーぐらいに思ってなさ……ちょっと!!」

 

 しかし、それを聞いたリルトットは立ちあがろうとする。しかし立ち上がれずにそのまま転ぶ。無理もないだろう、そもそも全快とは程遠いというのもあるが、彼女には片足が無いのだから。

 

「足なくなってんのよ、悪い事言わないから寝ときなさいって!」

 

 彼女はペルニダという親衛隊と相討ちした、正確には負けたが何とか萩風の用意した爆破瓶で焼き焦げた筈だ。その時の傷も無くなった血も体力も戻っているわけでもないのだ、立てる力も残っていない。

 

「あぁ、すま……?」

 

 ただ、リルカに左腕を引っ張られて肩を貸されるリルトットだが、違和感を感じる。本来なら無くしたはずのものが、足と同様に取られたものが、なぜかしっかりとついているのに気づく。

 

「(何で、何であるんだ?萩風でも欠損は治せねぇって……っ!!)」

 

 一瞬萩風が治したのかとも考えたが、そうではない。それに左腕に意識を向けてみれば、自分のものではないかのような感触を受ける。だがそれだけではない、体全体に言いようのない違和感がある。

 

 そしてリルトット、自分と戦った滅却師の異名を知っている。

 

「なぁ雪緒、それにリルカも……頼みがある」

 

 消え入りそうな声で、リルトットは声を紡ぎ出す。

 

 ☆

 

 萩風とユーハバッハの戦いは、佳境に入っている。萩風の持つ謎の究明を行うユーハバッハと、自身の力の究明を急ぎユーハバッハの目をすり抜けようとする萩風、どちらも探りながらの戦いになる。しかし、その探り合いですらユーハバッハの圧力に萩風は押されて行く。

 

「分からぬ、どう見ても私には貴様の亡骸しか見えぬ」

 

 そして、遂にその時が来てしまう。

 

「ただでさえ消耗の激しいその技で、私と戦う力は残っていまい。まだ戦うか?」

 

 萩風の三本あった尾も、今は消えかけている。そもそも一度戦った時ですら圧倒的な力の差があったのだ、霊王の体に慣れていくユーハバッハと異なり、萩風の体には疲労が溜まるだけだ。

 

 加えて萩風の作り出したこの異界では、消耗が激しくなる。最後の灯火が消えるのも、仕方ない事だろう。時間も足りない、手札は見られている、力も残っていない。萩風には、もうユーハバッハに抗う力は残っていない。

 

「尾が消えたら、終わりなんて言ってないぞ」

 

 この、最後の手札を除いて。

 

「尾は制限時間なのは合ってる、ただそれは……俺がこの力を抑えつける事が出来る時間だ」

 

 最後の尾が消えた、同時に──萩風の霊圧がユーハバッハと同等にまで膨れ上がる。髪や獣耳の毛は白く変色していき、目は赤く輝き始めるる。赫刀は消え、代わりに彼女の指先の爪が鋭利な刃へと変わっていく。纏っている装束も、燃え上がるように千切れ飛んでは揺らめき初め、血塗れていたことなど気に出来ないほどに深紅の姿に変わっていく。

 

「なぜ、それを使わなかった?」

 

「これを使えば、どうなるか分からんからな」

 

 ユーハバッハには見えていなかった。性能がどうこうという話ではない、霊圧だけで言えば同格には至れているがそれだけだ。滅却師としてのユーハバッハと死神としての萩風カワウソは同格であるのは認めているが、霊王を取り込んだユーハバッハには天と地ほどの隔たりがあるはずなのだ。

 

「本当なら、見られてない未来を見つけてから使いたかったが間に合いそうにない。だがら不器用なりに──俺に残る全てを使うしかない」

 

 ただ、そんな力にリスクがないはずがない。

 

「今迄乗り換えていた可能性の全てが、集約される。尾はあくまでも制御出来るように灯籠渡りの起点とした外付けの霊圧貯蔵器官に過ぎん」

 

 萩風の可能性を全て集める、言い換えるなら自分の意思が色々と重なり混ざり合うという事でもある。それを制御する為に外付けの貯蔵器官を準備し、正常な状態で戦っていたのが今迄の玉藻舞姫だ。しかし集約される可能性は、もはや自分であっても機微がありその機微が重なれば精神は崩壊する。それだけ、萩風の枝分かれしていく可能性は多過ぎる。

 

「まだまだ制御ができない、10秒も保たんが……今回は、最後まで解かん」

 

 耐える事は出来る、だがこの力を制御しつつ戦うには萩風は色々と足りていない。そもそも集中できる時間も萩風ほどの死神であっても限界があるのだ、そして霊圧を察するに──本人が周りを気にして戦える事は無いだろう。

 

「お前を倒さなければ、俺の帰る場所が無くなるからな」

 

 迸る霊圧の奔流は、間違いなく萩風の数多の可能性を重ねた事により引き出されたものだ。今迄ユーハバッハに対して捨て石として、時間稼ぎとして戦っていた時は違う、絶対に倒す為の姿となっている。

 

「(やはり見えなかった、だが変わった後は見えるがボヤける……いやまさか)」

 

 その点で言えば、尾が無くなったその姿が完成形なのだが──ユーハバッハにはこの未来が見えていなかった。いやこの感覚は、以前も感じていただろう。萩風カワウソと初めて対峙した瞬間、能力を完全に扱えるほど力を取り戻せていなかった時に、未来が霞がかるように見えた。

 

 あの時は同格であったが故に見えない部分があったのだろう、しかし今は同格ではない筈だ。ならば、なぜか。

 

「そうか、そう言う事か」

 

 そして、何かを納得する。同時に萩風が刀を捨てたように、ユーハバッハもまた剣を捨てる。

 

「宣言しよう、萩風カワウソ。貴様は私に、胸を貫かれて死ぬとな」

 

「それはどっちの方か、わからんがな!!」

 

 この戦いの決着に、1分も時間は掛からないだろう。だがこの世界で最も長く、濃い時間が過ぎるのは間違いない。





 ネタバレじゃないですが、この世界で獄頣鳴鳴(ごくいめいめい)篇は無いです。誰かさんのせいで天理滔滔(てんりとうとう)篇とかになる。



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57話 散王


10,250文字
 


 

 ウルキオラ達の思いを背に、萩風は駆けていく。向かっている麒麟殿には弱々しくもまだ息のあるリルトットと、それにトドメを刺しに向かうユーハバッハの覇気を感じる。今更そこで彼にとっては羽虫と言っても良い実力差のリルトットを狙う理由は分からない、ただ萩風はそれも含めて止めに行くだけだ。

 

 だが、馬鹿正直には行けない。

 

「カワウソ、今のお主では勝てんぞ。どうする気じゃ」

 

 天狐は問いかける。一刻も早く駆け付けねばならないと考える反面で、負けられない戦いへ挑むのに策を練られる余裕が作れないと焦りがある。リルトットとは短い付き合いではあるが、情もある。そしてここで命を天秤にかけられて、急げない萩風ではない。

 

 だからこそ、思考の代行を彼女が行う。

 

「異界を創れば他を巻き込む事は無い、創れてしまう事には突っ込まんが……それでどうする」

 

 ウルキオラ達を巻き込まない為に、そして周りを気にせず戦う為に萩風は異界を創る気でいた。世界の創造など到底無理な事なのだが、世界という空間についてジェラルド戦や霊王関係の話と理解が深まってもいる。ウルキオラや浦原喜助、天狐の話を聞いて自分で試してみれば創れる事は分かっている。

 

 三界を創造した霊王と同じ力だろう、ただそれが出来て喜ぶ余裕はない。萩風とて代案を浮かぶ迄の時間で敗北後に空間を意識して触ってみれば触れられないものを掴めてしまい、霊王に並ぶ偉業を行使できてしまう事が分かってしまっただけなのだ。

 

 ユーハバッハは時々、萩風に対してのみ何かを感じていたがそれに賭けてみればそんな事が起きてしまったのだろう。なぜこんな事が出来るのか、なぜ『思い付いてしまった』のかも分からない。

 

「アレを使えても、勝てる事は無いぞ」

 

 そしてこれだけで埋まる程、力の差は狭くない。だからこそ最後の手段を使う事は決まっているのだが、それだけでは全てを賭すには世界という天秤は重過ぎる。

 

 全ての可能性を統合すれば、萩風は自分の力の全てを文字通り行使した事にはなる。それによる副作用も理解しているが,それを出し切る事しか出来ないだろう。ユーハバッハと渡り合うには、それは必要だ。

 

「もはや奴には全てを見られておる、その自覚も妾にはある」

 

 ただ、天狐の表情は暗い。萩風も戦いに向かう為に走っているが,敗色濃厚な事から目を逸らさせる為にも走る事に意識をしている。全てを出し切り、ウルキオラよりも足りない知恵を絞った所で妙案は出ないのだから仕方ない。そこが、萩風カワウソの限界だ。

 

「だからこそ、耳を貸せ」

 

 だからこそ、彼らは2人で1人の死神になのだが。

 

 ☆

 

 狐の尾が消え、顕現した存在は片腕を使えないはずだ。全力と言っても完全な力ではない、しかし霊圧だけでもユーハバッハに並んでいる事実もある。

 

「速いな、この私を上回るか!!」

 

 ユーハバッハと萩風の殴り合いは、力で勝るユーハバッハを速度で勝る萩風が翻弄する形で進んでいる。10秒が限界とは本人から語られていたが、この永遠にも感じられる濃密な時間は10秒であっても十分な時間だろう。

 

「だが、見えている!」

 

 だが、届かない。ユーハバッハが睨み付ければ、萩風は足を貫かれ体制を崩し地面を転がり回る。だが即座に治癒したようで、そのままユーハバッハへと直進して行く。最初のうちは陽炎の操作もしていたようだが、今はその余裕を感じられない。故に直進、小細工無しの純粋な力をぶつけに向かう。

 

「ふははは!! まだ動くか、もはやただの獣だな!!」

 

 ただユーハバッハを穿とうと振るわれる爪は、届く前に別方向からやって来る力の奔流に押し流されて届かない。白い髪は自身から飛んでいく血で所々赤く染まり、反対に顔色は青白く染まり始めている。能力の限界なのだろう、だがまだ最後の力を振り絞って向かい続ける。

 

「この世界を守るか、犠牲の上で成り立った紛い物の世界を!!」

 

 狐が腕を振るう、そして今度は掠っただけとは言えユーハバッハが鮮血を流す。忌々しいという目で自身の能力に迫る存在を見ると、それ以上のダメージを送り返す。

 

「っ!!?」

 

 だが、次はその異次元からの攻撃を回避した萩風の回し蹴りが大地を砕く踏み込みをしながら振るわれる。それを受け止めるが、押し出されていく。意識を自己の維持に向けられなかったのか、途端にユーハバッハから霊子が霧散するがすぐに収束させられる。ただ追撃をする萩風の手は止まらない、しかし今度は穿たれる腕を掴み取る。

 

「そうか、そうか!! だが、そこに辿り着くには遅過ぎた!!」

 

 萩風を蹴り払う、萩風も足で受け流そうとしていたみたいだが流し切れずに地面を跳ねさせられながら吹き飛んでいく。ここが異界では無く霊王宮であればウルキオラ達には容易に被害が及んでいただろう、それだけ二人の戦闘範囲が広く力が撒き散らされている。

 

「物言わぬ獣と成り果てた貴様には届かぬだろうが、教えてやろう」

 

 だが、ユーハバッハには余裕がある。萩風は徐々に理性を失い、今はただ闇雲にユーハバッハに襲い掛かるだけだ。ただ獣の勘でユーハバッハにダメージを与え、ユーハバッハからの攻撃を避ける事もある。

 

「この世界にある全ては、私が奪う為に存在するのだ!!」

 

 だが、限界は近い。

 

「片腕でよく戦った、貴様が霊王の生まれ変わりか何かと言われても納得がいく。ならばそれも、取り込むと決めたぞ!!」

 

 萩風がこの力を解放して10秒なぞとうに過ぎた、理性無き獣の鋭い勘を持っているが、その鋭さ故に後が無いことも勘付いている。だが最後の一振りのつもりか、残っている霊圧を右手に凝縮し始める。

 

 同様に、ユーハバッハも右手に力を溜め始める。萩風の刺し穿つという意志に敬意を示しながら,宣告した未来を見せる為に溜めている。

 

「私の胸を貫くのだったな。さぁ、最後にしようか」

 

 大気が震えるほどの圧力、それがどちらも右手に集中されている。どちらが合図をしたわけでも無いが、両者は同時にその右手を心臓を穿とうと差し向けた。

 

 ☆

 

 轟音の後に、静寂がやって来る。この世界ですらひび割れてしまうのでは無いかと思う程の衝撃の後、世界の震えが収まる。そして──

 

「カワウソ、お前は私の前に立った最後の脅威であった。未知であった、特記戦力にしていればお前の事は『未知数の怪異』として表していたかもしれぬな」

 

 ユーハバッハの右手には、胸を貫かれて息絶える寸前の萩風が居た。

 

 死神でありながら、死神ではない何か。底知れぬ存在としてユーハバッハは知っていれば警戒としていたのかもしれないが、その障害は今取り除かれた。玉藻舞姫の維持をしているが、抵抗する力は残っていないのかユーハバッハの腕を掴む力は弱々しい。

 

 そしてそんな萩風に、ユーハバッハは語りかける。

 

「カワウソ、私にお前の未来を見えなかった理由は2つある。1つは貴様が萩風カワウソだけではなかったからだ」

 

 萩風カワウソの中には、萩風カワウソではない魂魄が紛れ込んでいる。それと同化した事で萩風カワウソとして見ていた運命に淀みが生じ、本来起こると考えていた未来と差異が生まれていた。これが萩風にトドメを刺せず、生きていた理由なのだろう。

 

 だが、それだけではない。それだけならば運命を見間違えるだけであり、見えなくなるわけではない。本命は、もう一つの理由だ。

 

「そしてもう1つが、貴様の力は霊王の力と共鳴するからだろう」

 

 萩風カワウソは霊王に最も近づいた死神だ、その力は欠片ではなく全身にある。元は死神の体ではあったのだろう、しかし死神としての体では脆いと言える程に過酷な修練で体は壊され続け、死の瀬戸際を感じる時があっても治癒しては壊していく。徐々に修行に慣れていけば、そこには死神の要素だけで耐えられる体はなかったのだろう。その上の次元の存在へと変わっていった。

 

 そしてユーハバッハは、その変異した体に気付いている。

 

「共鳴したその力は、一時的にとは言え霊王の欠片と同等に至る。それが私の未来を曇らせた、だが──お前は最後の最後で、全ての可能性を統合してしまった」

 

 見えない未来があったのもそれが理由だ。萩風カワウソは常にとはいかないが、霊王の力に呼応して力を膨張させている瞬間があったのだ。そしてその瞬間だけは、ユーハバッハは感じ取る事が出来なかった。

 

「お前に共鳴した可能性だけを統合する力があれば、私は敗北していた。だがもう、私には貴様の可能性を辿り共鳴した未来すら見通せる」

 

 しかし、先に気付いたのはユーハバッハだった。これは知識の差なのだから仕方ない、萩風も獣の勘で攻撃を当てる未来を引き当ててはいたようだが、それでは遅かった。今はどれだけ共鳴を起こそうとも、萩風の攻撃は他の萩風の可能性を伝って読み取られてしまう。

 

「さらばだ、カワウソ。私を阻んだ最後の死神よ」

 

 最後に、ユーハバッハは左手に力を込める。萩風を終わらせる為でもあるが、その左手に宿した力で根こそぎ萩風カワウソという存在を奪い取る為だろう。もはや、避けようのない運命に萩風は力無く顔を向ける事しか出来ない。

 

 ただ、最後の力を振り絞っているのか。はたまた何かに気付いたのか、口を動かす。

 

「そうか……」

 

 何を紡ぎ出すのか、最後の時に遺言を残したいのか。ユーハバッハはそれに耳をやりながらも全てを奪い取る準備を進めている、もうこの貫かれた存在が終わる未来は見えているのだから最後の言葉ぐらい興味はあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カワウソに、()()()()()()

 

 しかし、彼女は最後に笑いながらユーハバッハの腕を力強く握り締める。だが間違いなく、今この瞬間に命を落としている。眼から光が消え、握り締めた手は弛緩し、崩れ落ちる。ここまで見えていた、力尽きる寸前に腕を握りしめて何かを笑いながら呟き死ぬまで、だがそこから先は見えていない。

 

 見る必要が無いのだから、見なかっただけだが──

 

「まさか……っ!!?」

 

 ユーハバッハは、即座に能力を再使用しようとするがそれは遅かった。それよりも早く、自身の胸を貫く黒焦げた左腕が目に入ってしまうだろう。

 

 瞬間、その腕はひび割れユーハバッハを穿つ灼熱の刃へと変わっていった。

 

 ☆

 

 ユーハバッハと再度相対する前まで、時間は遡る。麒麟殿まで、直通で駆けていけば早いのだがユーハバッハが空間の霊子を支配している影響により、空を駆ける事が出来ない。急ぎはする、だが逆に天狐が策を伝えるのに十分な時間が作れていた。

 

 彼女は聡明だ、勘も良い、そして器量もある。だからこそ、萩風の思考における参謀官は彼女である。そして、その彼女以上の案を萩風は得られないことを知っている。

 

 だが──

 

「妾は、見捨てろ」

 

 今回だけは、彼女の策に否定から入らざるを得ないだろう。しかしそんな萩風の気質を何百年も共に過ごしてきた事もあり、反論の間も与えずに芽を摘みとる。

 

「奴は勝利の瞬間、能力を解く。どのような達人であろうと勝利の瞬間だけは隙を晒す、奴も例外ではない。その隙を晒したからこそ『落日』も当たった」

 

 ユーハバッハは絶対的な存在だ、霊王を取り込みその力は想像を軽く超えた怪物に成り果てている。いくら萩風が卍解を超えた力を使おうと、追いつけないほどの差があるだろう。

 

 そして、ユーハバッハは自身が絶対の存在であると誰よりも認めている。ならば隙など無いと思うが、逆に隙だらけになるのだ。敵を殺した瞬間を知ると、必ず慢心をする。萩風もわざと一度殺されたがその時は後にウルキオラ達が合流する未来まで見られていたので、気づかれたのだろう。だが、戦闘が終わったと考えた瞬間の──勝ちを確信させた瞬間ならば、隙は出来る。だからこそ、卍解を折ったと確信させた瞬間に攻撃は通った。

 

 全知全能の視点はユーハバッハ自身、勝利を確信させれば勝機はある。ウルキオラの案である見られていない未来を探した上でダメな時の最終手段にはなるが、萩風達としては『見られていない未来を探すよりも見つけられる』方が早いと感じている。

 

 ならば、勝ちを確信させた瞬間を狙うべきだろう。

 

「同じ手は使えん、単純な力押しでも勝てん。なら、妾を切り捨てろ」

 

 真の目的はその瞬間を狙う事、そして見られていない未来を模索するように戦う事だ。

 

 だが、その瞬間を作り出すにはその材料が必要となる。即ち、囮の確実な死だ。

 

「それは……」

 

 案としては、確実に勝つ為に考える価値がある。玉藻舞姫の能力では景色は偽れても鏡花水月のように人を完全に別人や死体に見せる事は出来ない。

 

 だからこそ、萩風は躊躇う。他に方法があるのではないかと、彼にとっての彼女はなくてはならない存在であるのだから。

 

 そして、そんな心情も天狐は分かっている。

 

「お主が生まれ落ちた時から、妾には主が見えていた」

 

「曖昧な意識ではあるがな」と、天狐は言うがその言葉はまるで赤子をあやすかのように優しい。今迄萩風に対して母親のように接してきたわけではないが、今の彼女は覚悟を決めた者として導く仕事を残している。

 

「主が力を求めたのは、女子にもてはやされるなどという軟弱なものに見えるが──孤独を恐れていたからなのを、妾は知っておる」

 

 萩風カワウソが生まれ、育ったのは流魂街──ではない。そこから更に外れた僻地、80区の更木なぞよりも遠く治安など人が居ないせいで存在しない場所。そんな場所に生まれ、人恋しく生きてきたのを知っている。家族を求め、護廷十三隊はその彼が帰る場所となった、そして彼は友を、家族を害する者の為に戦う。孤独を恐れた魂は、いつしか死神として後を追う者達を引っ張る程に成長している。

 

「もはや主に、恐れる者は無い。帰る場所も、家族として寄り添える者もおるじゃろう」

 

 だからこそ、彼女は彼の求めているものがもう手に入っているのを知っている。あえて横から恋慕の情を抱いている者を指差したりはしなかったが、そんな事をしなくても彼を支える者は多い。萩風カワウソに自覚は薄くとも、彼の周りに居たい者がいるのだから。

 

 ならば、その全てを無にする存在には必ず勝たなければならない。

 

「隊長なのじゃろう、時には命を選択する。その最初の選択じゃ」

 

 自分の手で、頭で、覚悟で、選ぶ。自分と最も過ごしてきた斬魄刀を、己の意志で死を受け入れる。友を失った萩風は、それ以上の喪失を感じるのは考えるまでもないだろう。

 

 他に方法があれば良いのだが、それ以上の案は無い。

 

「必ず勝て」

 

 そこから、天狐は話さなくなった。これを別れの言葉と決めていたのか。最後の瞬間、2人の間に言葉はなく、ただ見送られていく事になる。それが、萩風カワウソという死神が初めての家族を失った瞬間であった。

 

 ☆

 

 爆炎が、内側からユーハバッハを焼き焦がし弾け飛ばせる。萩風カワウソという霊王に最も近しい存在の左腕全てを捧げた犠牲破道は、ジェラルドを屠った一撃よりも範囲や威力も高い。

 

 闇は炎で焼かれ消えると、一部の残った闇が呻き声をあげながら生き残ろうともがいている。しかし、萩風もそれにトドメを刺すだけの力は残っていない。

 

 だが、最後の瞬間だからとユーハバッハに対して餞別として何が起きたのかを知らせる。

 

「俺が……改弍に、装衣と号令をかけるのは、その方が正……と思ってるからだ」

 

 萩風は肩先から無くなった左腕の傷口を押さえて、ユーハバッハに対して語りかける。ただ所々声に力が入っていない、喋ることすら難しいのだろう。むしろここに立てているだけ、褒められるぐらいだ。ただ、まだ萩風は言葉を紡ぐ。

 

「天狐は別の魂魄、だから玉藻舞姫に力を残しておけば一時的にでも俺だけ離れられる。だから……俺は、あんたに勝てた」

 

 萩風が装衣と号令をかけたのは、着脱が出来るからである。日番谷はそれを真似て号令をかけているので、これが出来るかはわからない。それに、これが改弍特有の能力ではなく萩風達特有の能力かどうかなのかも分からない。ただ敵が1人に見えるが中身が2人である事迄は認識していたユーハバッハでも、2人になられてしまっても気付く事は出来ない。気付けなければ、未来を見えていても変わらないのだから。

 

 後は陽炎の中で、その時──天狐が殺される瞬間を待つだけだ。何度も助太刀しようと心は急いたが、その度に彼女の意思迄も殺すわけにはいかないと、彼は耐えて仕留めたのだ。

 

 でなければ、勝てなかった。

 

「カワウソ、貴様は……!!」

 

 亡霊が闇を纏って叫んでいる。ただ萩風に近づくには自分の存在が消えないように保つ事に精一杯のようで、攻撃の余裕は無いらしい。しかし、その嘆きはどうやら失望したかのような言葉にも聞こえる。

 

「私の世界を阻んだ、生と死の無い世界はもうやって来ない! 貴様は世界から、恐怖を消す事を拒んだのだ!!」

 

 ユーハバッハにとって、この戦争はただの憂さ晴らしではない。真なる目的、世界を作り直すというものが彼の中であった。霊王を元から取り込むつもりはなくとも、生と死の無い世界──楔が存在しない世界を求めていた。それを知る者はいないだろう、しかしそれは萩風に阻まれた。

 

「ユーハバッハ、あんたは」

 

 全てを使い、全ての障害を破る。その目的の為にのみ前進して来たのだろう、だからか──萩風は、その真意を見てしまう。驚きに満ちた眼で、そんな事でここまでの事を成してしまうのかと分かってしまう。

 

「ただ、死ぬのが怖かっただけなのか」

 

 萩風の目には、死を間近にして恐れ抗いもがき苦しむ闇の塊がある。誰よりも死を与えて来た存在の最期に、萩風は目をやる。

 

 ユーハバッハは元は目も見えず口も開けない何も持たない暗闇から生まれた存在だ。その意味では、誰よりも死に近かった存在だ。誰よりも死を恐れても仕方ない、いつ消えてもおかしく無い存在であった。だがそれは他者に与え奪い形で補われていく事により、ユーハバッハは誰よりも高位な存在として君臨していた。

 

「誰よりも強いあんたは、誰よりも死を恐れた。だから捻じ曲げたかった」

 

 そして死から誰よりも遠くなったはずの彼だからこそ、この瞬間を作りたくなかった。本来ならそんな事を考える方が解決策もないのだから無駄と言っても良いのだが、誰しも起こる死という終わりを捻じ曲げる力も方法もユーハバッハにはあった。

 

 だが、それは阻まれた。

 

「俺も怖い、でも死んだからと言って──俺が残してきた事が消えるわけじゃない」

 

 萩風カワウソでなくとも、護廷十三隊の隊長になったとしても、死は恐れるものである。だがその恐怖に抗い立ち向かえるからこそ、後に人は着いてくる。そして先頭を歩む誰かが亡くなろうと、その誰かの意思を引き継いだ者が前を歩く。

 

 人も死神も死ぬ、だがその意志が殺される事は無い。真なる意味で死ぬ事はないのだ。紡いできた意志が残り、必ず後世に繋がれていくのだから。

 

「俺とあんたで違ったのは、背負っている者の重さだけだ」

 

 だからこそ、彼も隣にいた彼女を背負っている。今はこの空間の中で、残骸すらも鉄屑として消え去ろうとしている彼女を。存在が消えようと、彼女の残したものが彼の中に残り続けている。

 

 だからこそ、もはや己の恐れる孤独なんてものは彼にはない。死を恐れる心も、無い。

 

 だが、それを聞いてもユーハバッハにはまだ疑問が残る。

 

「1つだけ分からん、貴様はなぜ……この世界を創った?」

 

 ユーハバッハとの分断だけならば、態々自分も不利となるこの空間を作った理由だけが分からなかった。霊子が霧散するこの世界による影響で現にユーハバッハは自身を保つ事が出来ず死を待つのみになっているが、そうならなければ作る意味もない場所だ。

 

 何故、ここまで見通せたのか疑問だったのだが。

 

「あんたは殺しても死なない、そんな気がしたからだ」

 

 萩風カワウソは、そんな予感があったから作った以外の言葉は出てこない。しかしそれが答えとして一瞬だけユーハバッハが固まったかと思えば、それが何を意味するかを理解してしまうと途端に世界に響く程の大声で笑い始める。

 

「ふ、ふははは!! そうか、お前にも……見えずとも感じる力があったのか!!」

 

 その言葉を最期に、ユーハバッハが散った。闇を撒き散らし、その存在感が一気に薄いものとなった。ここまでになれば自力で復活する事も無いだろう、時間が解決してくれる。

 

 だが、同時に彼も崩れ落ちる。

 

「俺も、背負い過ぎたのかもな……」

 

 この空間に長時間、それも最後の一撃に全てを注いだ彼には力は残っていない。まだやらなければならない事はいくつも頭の中をよぎっていくが、その思考は暗闇の中に落ちていく。

 

 ただ、彼女だった鉄屑の一部を握りしめて。

 

 ☆

 

 闇が散った、王が散った。ユーハバッハの最期は、そんな瞬間だっただろう。この空間の霧散の力は抵抗した程度ではどうにも出来ない、それを創った本人だからこそ萩風は知る。だからこそユーハバッハが弾け存在が希薄となり、勝ちを確信し全てが終わったと感じた彼の緊張の糸は切れ、意識を失った。

 

 どんな者でも勝ちを確信した瞬間は大きな隙を晒す、そして萩風も例外ではなく、それを望んでわざと存在を希薄化させた者がいる。

 

「素晴らしい、素晴らしいぞカワウソ!!」

 

 ユーハバッハは、自身にやられた事をやり返しただけに見えるがそうではない。実際にユーハバッハは僅かであっても残っていた力を手放し、死を演出した影響で死にかけてはいる。たたユーハバッハの自我を維持する程度の力は、残していた。

 

 だがこのままではユーハバッハは死ぬ、自力での脱出が困難なのは確かな事だ。空間に閉じ込める事すら計算内だったのかもしれない、そもそも今の状態で脱出できても霊王宮を出る力すら残っていない。

 

 だがその全てを解決する方法が一つだけある。

 

「私は諦めん、お前の体を奪えば……世界を変えられる!」

 

 萩風カワウソ、その全てを奪えばユーハバッハは復活出来る。それも本来の実力どころか、霊王を取り込んだ時に少し劣る程度まで回復した状態になれるだろう。何故なら、萩風カワウソはあの胸を貫いた瞬間にユーハバッハを消し飛ばすと同時に、奪い取っていたのだから。

 

「いくつか私から奪ったお陰でな! 未来を見る力を失おうとも、十分に私は力を取り戻せるだろう!!」

 

 霊王の力が萩風に満ちている。本来の彼の力とその欠片の力は合わせてみれば十分過ぎる力が宿っている。ユーハバッハの取り込んだ力の7割程度を持っていかれたが、それだけでも世界を作り直す分には問題ない。

 

「貴様は霊王と同じ滅却の力を宿していたな、ジェラルドを殺したのも納得だ。その血は私と異なれど、滅却師の力を宿すに十分過ぎるだろう!」

 

 だが、ユーハバッハが受けた致命傷はただの業火ではなかったので、未来を見る力が滅却されてしまっている。あの一刀火葬はただの鬼道ではない、もはや彼固有の力だ。そして萩風カワウソ達にジェラルドが倒された事をユーハバッハは知りはするが、彼の中にあった力を接収出来なかった違和感もこれで納得がいく。

 

 恐らく、ユーハバッハの自身に回帰させる仕掛けを焼却したのだ。だからこそペルニダは左腕がユーハバッハの元に行かず、ジェラルドも魂を焼却され心臓はユーハバッハ以外の誰かに回帰しているか、どこかを彷徨っている。

 

 だが、そんな事はどうでも良い事だろう。重要なのは、今からこの力を手にし、下界の掃除後に世界を創造する事だ。

 

「死を受け入れた貴様ではなく、死を恐れた私の勝ちだ!!」

 

 ゆっくりと、それでいて着実にユーハバッハの闇が萩風に近づいて行く。自分の自我を形成する余裕も無くなって来てはいるが、十分に萩風カワウソから奪いとる時間はあるだろう。この空間もユーハバッハ程の存在であっても溶かしきるのに時間はかかる。

 

「お前に敬意を示し、姿形はそのまま貰い受ける。そして、私は生まれ変わ……っ!!?」

 

 だがそれは、突如として自分を貫いた閃光により阻まれる。

 

「な、なぜ……!?」

 

 あり得ない、この空間には萩風とユーハバッハしか居ないはずだ。なのに何故、自分の体に『滅却師の矢』が刺さっているのか。それも高密度、ユーハバッハを仕留める為にしても並の星十字騎士団の放ったものではない。だがそれを放てるような滅却師は全員死んでいるはずだ、それをユーハバッハは分かっている。

 

 だが、その答えは背後から声を掛ける。

 

「悪いな陛下」

 

 振り向いたユーハバッハに見えたのは黄金色の空間に開いた黒い穴、そしてその中にいる3人の部外者。1人は金髪の少女で矢を番ているが片足が無く、それを支えるように赤髪の少女が肩を貸している。そしてもう1人の少年が空間に穴を開ける事を維持している。それぞれが誰かは知らぬが歯牙にもかけていなかった者達だ、戦局を動かせるような力を持つ者達ではなかった。

 

「そいつには、借りが多過ぎる」

 

 だが今この瞬間だけは、ユーハバッハを阻む最後の──萩風カワウソを守る最後の砦となれる。

 

「リルトッ……!!!」

 

 リルトット・ランパードは亡霊に最後を与える為、回帰した左腕の力だけではなく、自信に宿ってしまった新たな加護を力にした矢を放った。ただでさえ自身の維持に精一杯であったユーハバッハという存在は、自身の子孫の滅却の力に滅び行く。最期に目にしたのは1度として気にかけた事もない少女がたどたどしく、寝転んだ男を連れて行く瞬間だった。

 

 1人の滅却師によって始められた戦争は、その子孫であり裏切り者となった1人の滅却師の少女に矢を向けられた事で終わった。運命の中に混ざり込んだ異物は、その最後を迎えるのはまだ先になりそうである。





 リルトットが居ないルートだとユーハバッハに体を奪われた後に下界で卯ノ花や砕蜂といった知り合いを曇りに曇らせた挙句に最後は藍染惣右介と黒崎一護に討ち取られ、遅れてやって来た虎徹勇音にその最後を見られて終わり、更に後からやって来た零番隊に死体を回収されるという感じになります。黒崎一護は英雄になって色んなキャラにも見せ場が出来るし、萩風は皆んなの記憶に残ってめでたしめでたしルートです。

とりあえず、もう少しやったら終わりです。お付き合いください。


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天理滔滔篇
58話 魂葬礼祭



22,720文字
 
前もって獄頤鳴鳴篇を読んでおく事をお勧めします。



 

 何も無い空間、暗く広いだけのそこは罪人が1人いるだけの空間だ。空気ですら出入りもしない静けさのあるこの場所は、それは罪人の中でも殺したくとも殺せないような罪人が行き着く果てと言える。そして、それだけの事をしたものがここにいる。藍染惣右介はその罪人の1人だ。

 

 そんな彼の所へ、人が来る事はない。

 

「久方ぶりの来客だね」

 

 無論、特異な時を除いて。過去にはユーハバッハから麾下に入るよう求められた時と、総隊長となった卯ノ花からユーハバッハと戦う為の戦力として求められた時がある。そしてどちらも、力を求められた。彼は罪人であるがそれを押してでも強者であったからこそ、稀に来訪者が現れるのだ。

 

「ここへ自由に出入り出来る辺り、どうやら相応の存在には至っているようだ」

 

 そして、今回の来訪者もその類であろう。

 

「要件は何かな、まさか私に復讐をしに来たわけでもあるまい」

 

 来訪者の姿は見えない、だが間違いなくそこにいる。その理由は分からないが、どうやら意図して姿は消しているようだ。藍染惣右介を警戒しての事前準備なのかもしれないが、それよりも情報に対する何らかの防衛策のようにも感じる。

 

「────、────────」

 

 そして、空間の中に声が響く。男なのか女なのか、老いているのか幼いのかも分からないような言葉、これも意図したものなのだろう。とことん隠したがっているのか、何かを悟られるのを避けたいのかもしれない。

 

 だが、その話しかけて来た誰かの正体を藍染惣右介は看破している。

 

 そしてその上で、頼まれた申し出に対する答えも決まっている。

 

「自惚れるなよ、()()

 

 天に立つ為に排除する予定だった存在、手に届かなかったその存在が今同じ空間にいる。あんな紛い物の王ではなく、ただの楔としての役割だけを持った装置でもない、確かな超越者がここにいる。

 

 だが、そんな存在が態々ここに出向いて来た上で求められた事に藍染惣右介は呆れている。その申し出をして来た当人を知っているからこそ、より呆れている。

 

「その望みは断るが、君の席はいずれ私が奪い取る。その時を悠久の時間を過ごしながら待っているといい」

 

 その意志を宣告すると、気配は前触れもなく空間から消えて行く。その申し出を引き摺らないあたり、本気ではなかったのだろう。ただそれに向こうからして色良い返事をしていれば、その望みが叶っていたと思うと藍染惣右介はらしくない溜息を吐く。

 

「やれやれ、感覚器を前よりも増やしたか。どう対処するかは、天に挑む楽しみと考えようかな」

 

 こんな時でも鏡花水月を軽く試してみたが、どうやら掛りは甘かったらしい。暇潰しにちょうど良いとも思いながら、藍染惣右介はまた彼1人だけの世界に思考を置いていった。

 

 ☆

 

 戦争が終わってから、十二年が過ぎた。黒崎一護は隕石を破壊し尸魂界を救った英雄の一人として数えられ、井上織姫と結婚後は子供をもうけ平和に暮らしていた。

 

 そして平和な時代を暮らしていたのは尸魂界も同じだろう、事件らしい事件も無いわけでは無かったが動乱は落ち着きを見せている。

 

 黒崎一護に連絡が向かったのは、そんな時であった。

 

「どうした恋次、儀式って。言っちゃあれだが亡くなったのって……」

 

「体裁的にはするんだとよ、今回で5人目だ」

 

 護廷十三隊の戦死した隊長の葬儀をあげてから十二年おきに行う儀式、その招待を受けていた。隊長という元々強過ぎる者達は中々死なないので、いかに前回の戦いがここ数百年で大きなものであったかを示している。それが5人、となれば相当だ。

 

 だが、今回呼ばれたのはその5人の中のある人物の儀式の時だ。

 

「お前も来とけって総隊長からな、あの人とはそれなりに顔も合わせてんだろ」

 

 その5人の隊長と面識がないわけではない。ただこの1人に関しては共に戦い、守られ、自分が戦うつもりであった存在と戦い果てたと聞く死神にして、先の大戦における英雄の1人でもある。

 

「で、その虚コロシ祭りに参加すれば良いのか?」

 

魂葬礼祭(こんそうれいさい)だ!」

 

 その隊長の前で虚を殺す、そんな儀式に呼ばれている。

 

 ☆

 

 阿散井恋次から連絡を受けてから数時間、現世には虚を捕縛しに多くの死神がやって来ている。今夜行われる魂葬礼祭の『序儀 面霊縛』の為に集まっているのだ、それも集まっているのは並の虚程度撫で斬りに出来る者達である。

 

「おぉ、副隊長全員集まってんのか」

 

 そんな中に、黒崎一護も霊圧を感じてやって来ている。

 

「おい一護、お前なんでこっちにいるんだよ!?」

 

「呼ばれたのにお呼びじゃないってか、ややこしいな」

 

「お前には式典に参加しろって言ったんだよ!」

 

 やって来てすぐに阿散井恋次が一護につっかかる。今行っているのはあくまでも一護を誘った儀式の前段階、生きた状態の虚を捕まえる所だ。お呼びの段階ではないし、そもそも儀式に参列出来るのは基本的に隊長だけである。

 

 なので副隊長の集まるここに来る必要も無いのだが、それを見兼ねて1人が近寄ってくる。

 

「なんじゃ、久しいの」

 

 頭を角刈りに決め、サングラスをかけた渋めの死神がやって来る。見たところ腹や腕を隠しているようにも見え、その顔には見覚えはあるが名前は出てこない。

 

「えっとー……」

 

「十一番隊の射場副隊長だよ」

 

 言い淀む一護に対し、フォローとして恋次は名前を言う。以前は七番隊で副隊長をしていた射場が今は十一番隊で副隊長を務めている。なお射場は元々十一番隊の人間でもあり、更木剣八の斬魄刀となった前副隊長の代わりを務めている。

 

 しかし、その情報に少しだけ一護は違和感を覚える。

 

「十一番隊って、確か副隊長は一角だろ?」

 

 一護の記憶が確かなら、戦争が終わってすぐの頃に一角が副隊長に就任していた。他の副隊長の席が埋まっていないからという理由程度で移動する者でもない筈だ、そもそも斑目一角という男は更木剣八の元で戦って死ぬ事を本望と考えている死神なのだから、異動を受け入れることは無い筈でもある。だからこそ生まれた違和感であるが。

 

「アホ抜かせ、あいつは隊長になっとる」

 

「一角が、隊長!?」

 

 どうやら、少し見ない間に時間は大きく流れているだけでなく、護廷十三隊も変わっているらしい。

 

「あぁ、一角さんは6年前に卯ノ花隊長から隊長に推挙されたからな。まぁ逃げた一角さんに総隊長が更木隊長を一騎討ちで戦わせた後、割とすんなり七番隊の隊長になってたな」

 

 また補足として恋次は経緯を語るが、七番隊が壊滅状態となった結果副隊長迄しか代わりを準備出来なかった事やその結果として砕蜂や卯ノ花に推挙されて隊長になった事迄は語らない。なお隊長を本気で嫌がっている事も恋次は知っている。

 

「他にも副隊長だと勇音さんと檜佐木さんが隊長になってる、ちょうど良いし後で紹介するけど副隊長も新顔がいるしな。ただ一番隊だけそこは空席のままだが」

 

 あの大戦で隊長が5人も居なくなったのだ、なおそのうちの2人は悠々と仮面の群勢に戻っているのだが。更に言えば狛村の小さくなった霊圧を皆感じているので、亡くなったのは1人の例外を除いて前総隊長の1人である。ただ入れ替わりという意味では数年前に八番隊の京楽も再起不能という名目で今は教師をしており、それに伊勢七緒もついて行き鬼道の教鞭を取っている。なのでここ数年で6人の隊長が入れ替わったということでもある。

 

「あの戦いで隊長が一気に居なくなったんだ、顔が変わってない副隊長も俺やルキアに吉良、雛森……まぁ、半分ぐらいだからな。顔見知りも減るだろ」

 

 結果として、護廷十三隊の隊長が6人も変わったのだから見知らぬ顔があっても仕方ないだろう。特に副隊長は新顔もある、そしてそんな新顔の1人が寄ってくる。

 

「おぉー、隕石をブッ壊して尸魂界を救った英雄さんじゃないっスか!」

 

 話しかけられた一護は振り返る。するとそこには護廷十三隊の死覇装を改造したのか、尸魂界では見慣れない露出が多く浅黒い肌と染められた金髪の死神がいる。

 

「どーもっス! 八番隊副隊長の八々原熊如(ややはらゆゆ)っス、よ〜ろろん☆」

 

「悪りーな、現世のギャルってのにかぶれてんだ」

 

「現世にこんなギャルいねーよ」

 

 一護は英雄と言われているが、やはり大勢の死神が目にした危機を救った事が大きかっただろう。対してもう一人の英雄とされる者が戦ったあの時は、殆どの死神が気絶しているか死んでいる時であったので、英雄として広く知られているのは実は一護の方であったりする。

 

「ちょっ、せっかく写メりたかったんですけど!?」

 

「さっさと働かんかい、迷惑かけてまた与ウ困らせられても困るんじゃ」

 

 なお、そのギャル被れは射場に連れて行かれる。先輩という事もあってか、八々原は強制的に見回りに戻されるが、その手に構える機器を見る限り、写メを諦めるつもりはないようだが。

 

「んで、虚捕まえて殺すんだろ。物騒だけどこれ伝統なのかよ」

 

 周りも落ち着いて来たので、一護は本題に入る。ここに来るまで疑問であった事だ、古い習わしとは言え血生臭さがあるのは何となく引っ掛かり、納得出来ない部分があるのだろう。そもそも、この儀式での事前知識が無いのも原因にあるが。

 

「意味ある伝統だ」

 

 その知識を、しっかりと持つ者も当然いる。朽木ルキアなど、その最たる例だろう。

 

「相変わらず壮健なようだが、織姫を悲しませてはおらぬな?」

 

 朽木ルキア、十三番隊の副隊長を務める彼女は浮竹の右腕として働いている。恋次と同じく卍解の使える副隊長であるが、その恋次と結婚し1人の子をもうけている。なお本名も阿散井ルキアに変わっているが、阿散井と呼ばれるのが恥ずかしいと言う理由で、変更の届出は護廷十三隊には出していない。なお同様の理由で雛森も出していなかったりする。

 

「大丈夫だよ、今も子供寝かしてくれてる。苺花ちゃんも元気か?」

 

「あぁ、現世に仕事と言えば勝手に着いてくるぐらいには活発だな」

 

 またお互いに子供も仲が良いようで、子育ての悩みなんかを互いに話す事もある。最初の出会いから大きく時間は経っているが、やはり変わらないものはあるのだろう。

 

「で、虚殺すのって何の意味があんだ?」

 

 それで最初の話に戻る。結局、この儀式の虚を殺すことが何なのかと言う疑問は解消されていない。それを聞く迄に情報が多かったので寄り道したが、ようやく話せそうなルキアが現れて一護もホッとする。

 

「それは知らん」

 

「知らねえのかよ!?」

 

 ただ知らないらしい。と言ってもルキアが学院時代不真面目であったというわけでもなく、情報としてそこは儀式の一つであると学んでいるだけなのだ。しかし、その儀式には役割がある。

 

「だが、これは意味がある。そもそも魂魄は……」

 

 なのでその役割について、彼女が話そうとした時なのだが、彼女の言葉が止まる。ただ止まったのは彼女だけではない、それを感じ取った彼女以外の全員もその方向へと目を向けている。

 

「ん? なんか、遠くから霊圧感じたけど。死神……じゃねえよな」

 

「いやそれよりも、こっちに近づいてなかったか?」

 

 一瞬だけ、複数の霊圧を感知したのだ。それも気のせいかと感じる程度のものであるが、死神ではない何かの霊圧であったのは定かだ。ただそれが死神以外の何なのかまでは感じ取れていない。

 

「仕方あるまい。確認に行ってくるか」

 

 ルキアがそちらの方へと駆けていく、そのすぐ後に「なら私も行くよ!」「まぁ、儂も行こうか」と虎徹副隊長と射場副隊長も後を追っていく。ただ聞きたかった話を遮られたと言うのもあるのか、一護は去って行くその背中をずっと見続ける。なので恋次は声を掛ける。

 

「ルキア達になら任せて大丈夫だろ、戦争終わってすぐに浮竹隊長が倒れた時は隊長になるって話もあったしな」

 

 卍解の使える副隊長は少ない、その1人であるルキアもあの戦争から力をつけて卍解を磨き上げている。ここにいる副隊長の中で強さで語るならば、可能性は三本の指に入るだろう。ただ、一護が気にしているのはそれではない。

 

「その心配はしてねえんだが、あの気配はどっかで感じたような気がすんだよな……」

 

 一護は少しであるが、霊圧の細部を感じ取れてはいた。数は3、悪い気配ではないし敵意も何も感じられなかった。なので戦闘になるという事を心配はしていない、だがその霊圧を思い出せないがどこかで感じた記憶があるのである。

 

 ただ、そんな事を考えながら数刻が経つと空気が澱み始める。

 

「まぁ、俺たちで虚を探して……」

 

 恋次が切り替えようと、皆に声をかけた時だった。空に轟音が響き始めると、中々見慣れない骸骨の埋まる両開きの門が現れる。

 

「ち、タイミング悪いな。こんな時に地獄の門が開き……」

 

 地獄、生前に罪を背負う魂を輪廻の理から外す浄化の機構。それはいつも突如として現れ罪人を連れて行く、尸魂界でも知られたものであるが、それを実際に目にする死神は多いわけではない。

 

 今から虚を捕まえようと考える副隊長達には、獲物を横取りされるわけであるので面倒だと考える者も何人か見受けられる。しかし、そんな思考は開かれた門と──中から溢れ出す餓鬼の群れに塗り潰される。

 

「何で地獄から亡者が溢れて……っ!!」

 

 虚のようにも見えるが、少なくともこれは敵意を持って現世に降り立っていることが分かる。それ即ち、地獄に入れられる程の罪人達が暴れ回るという事でもある。

 

「月牙──天衝!!」

 

 一護は咄嗟に出てきた最初の怪物達を薙ぎ払う。一体一体の力はそこまで高くはないようだ、しかし問題なのはその数だろう。一護が薙ぎ払ったは良いものを、続々と門からは化け物が溢れてきている。それも方々に散り、街を目指している。

 

「ちょっとー! 虚捕まえるどころじゃ無いんだけどー!」

 

「こいつら霊圧が無い、奇襲に警戒してくれ!」

 

 九番隊副隊長の久南白や三番隊副隊長の吉良イヅルも、迎撃に上へ向かって行く。その後に二番隊副隊長の大前田や五番隊副隊長の雛森も上に向かい、それぞれ交戦を始める。

 

「俺だ、涅隊長に至急連絡しろ! 地獄から現れた怪物に襲撃を受けているとな! それと街全体の空間凍結と副隊長の限定解除、いつでも出来るよう手配しろ!」

 

 また十二番隊の阿近も伝令を送りはするが、数の多さに直ぐに自分も手を回さなければ被害が出ると感じ上に向かう。副隊長と黒崎一護、その全員が迎撃に向かい阿散井恋次もそれに追従しようとするが──

 

「よし、俺も……っ!?」

 

 それは、足に結びついた謎の鎖によって阻まれる。だが直ぐに警戒度を高めて鎖を断ち切り距離を取る、すると闇夜の影から何かが蠢き出す。鎖を出した張本人が、阿散井恋次の前に現れる。

 

「随分と焦ってるじゃないか、君へ会いに態々出向いてきたというのにさ」

 

 気狂いしているかのような声音と、黒い粘着質な何かに覆われた体。顕現するそれは、明らかな敵意を目に宿して恋次を見据える。ただ恋次にはこいつの見覚えがある、何よりも戦ったことのある敵であり、涅マユリによって殺されているはずの破面だ。

 

「君だけとは、随分と淋しいじゃないか」

 

 元第8十刃、石田雨龍と阿散井恋次の2人をしても勝てなかった敵。

 

「ザエルアポロ……!!」

 

 ザエルアポロ・グランツが、そこにいた。上にいる亡者の群れとは違う、明らかな上位存在として立っている。

 

「文字通り、地獄から舞い戻って来たのさ。まぁ会いに来たのは君だけじゃないがね」

 

 他の副隊長や一護は被害を抑えるのに全力を尽くしている。これが現れた事は上の亡者同様、霊圧が感じられない影響で皆気づいていないようで、彼1人しか気づいていない。

 

「お前ら、どうやって出て来やがった!」

 

 いや、彼だけしか気づかせなかったのだろう。

 

 ☆

 

 副隊長達が虚を捕まえに向かっている同時刻、1人の死神が駆けていた。背中に七の数字を背負い、瀞霊庭の外にある流魂街からも離れた場所から駆け続けていた。特徴的な金柑頭は剃っているものの、かなり駆け続けているのか額に汗が見える。

 

 ただ急いでいた彼であるが、それは漸く知り合いの人影が見えた事で減速する。

 

「なんだよ、早く来すぎたか?」

 

 七番隊隊長 斑目一角、そして彼の顔見知りと言える隊長は更木剣八を除いて彼だけだけだろう。

 

「いや遅いからね、一角隊長」

 

 同じく三番隊の隊長を務める綾瀬川弓親は、隊長になりより一層修練に励む修練馬鹿となった一角を見て少し溜息を吐く。同じ志を持つ者としても、在り方は気にしていないが巻き込まれるのに笑みも出るが総隊長に叱責される事を考えると少しだけ面倒だと感じてもいる。

 

「しゃーねぇだろ、ここ修練場から遠いんだからよ。早く卍解完璧にして、修練場より遠い場所目指さなきゃならねえんだからな」

 

「四十六室に聞かれたら面倒だよ、大っぴらには言わないでね。僕も巻き込まれたくないし」

 

 斑目一角、そして綾瀬川弓親は6年前に十一番隊からそれぞれ隊長に推薦された。どちらも先の大戦で戦功を挙げていだというのもあるが、共に更木隊長と無理矢理戦わせられて隊を移動している。その時に『俺がいつ俺の戦いで死ねって言った、そんな考えするぐらいなら俺を殺せるぐらい強くなって来やがれ』と言われたのもあり、2人は隊長になりより先を目指して邁進している。

 

 だが、その邁進して行く先は通行止めにされてもいる。

 

「ったく、面倒な話だぜ」

 

 あの大戦で、尸魂界は変わった。被害もそうだが、何よりも新たに現れた概念によって、あのときの戦いを見ていたものは魅了されていた。戦う事すら億劫になるような力と権能を持つ存在を相手に、己と斬魄刀の力で未来を切り拓いた者達の戦いは、今でも脳裏に思い浮かぶ。

 

 だが、そう考えられたのは力を持つ者達だ。力を持たない者達は、その逆に目が行ってしまった。

 

「あの戦争以来、改弍は習得してはならないと御触れがでたからね。隊長だと唯一の使い手である日番谷隊長も使用が禁止されてるし、破れば封印措置なんて脅しもあるのは相当だよ」

 

 貴族、特に尸魂界の法とも言える四十六室の大半の者達がその力を恐れたのだ。日番谷冬獅郎に対しては卍解ですら瀞霊庭内での使用を原則禁止する程であり、それだけあの戦いで卍解の先を恐れてしまった事による措置であるのは確かだろう。あの戦いについての緘口令すら敷かれる程であり、代わりに尸魂界の英雄として黒崎一護の事が広まる程に触れてはならないものとされている。

 

「早く更木隊長1発殴り飛ばして俺は副隊長に戻りてえんだよ、隊長は柄に合わねえ」

 

「僕だって、戻りたいけど……総隊長が許してくれそうにないからね」

 

 ただ2人としても隊長になっているのはあくまでも強くなって十一番隊に戻る為であり、改ニの習得を目指すのもその過程に過ぎないのだが。こっそりと修練をしているのは彼らだけでは無いのを、話してはいないが隊長達の間では周知されている。なのでこの2人だけに厳罰が降る事も無いだろう。何よりもこっそり改ニの修練に励む日番谷隊長の姿を、流魂街の外れで偶々目にした事もあるのだから。

 

「そう言えば、また苺花ちゃんが稽古付けてもらいに来たんだって? 元気?」

 

「元気過ぎるな、ありゃ隊長になったら誰かしら振り回すだろうよ」

 

 2人は駆ける、雑談をしながらもこの12年で大きく世界が変わった事を実感して来たが、何よりも平和な時間が長かった事を感じている。新たな世代が現れ、卍解の先という新たな力が現れた時代の移り変わりを肌身に感じる12年であった。だからこそ、その時代の区切りとして今日の儀式は相応しいのかもしれない。

 

「げ、もう全員居んのかよ」

 

「だから言ったじゃない、君が一番遅かったんだから」

 

 粛々と進められる儀式の準備、ただまだ虚が準備もされていないのにそこには全員居る。一角と弓親も確かに遅めにやっては来たが、彼らの殆どが遥か前に用意を済ませているのがよく分かる。

 

「何か、今日のは雰囲気違うな」

 

「当たり前でしょ。今日は、あの人の魂葬礼祭だからね」

 

 護廷十三隊では副隊長として誰よりも現総隊長の右腕として務め、その最後を全うした死神。特段親しい者も他の隊には少なかったが、彼らだけがその彼が成した事を口にせずとも覚え続けている。

 

「あの人、今何してんだろうな」

 

 何も入っていない墓前を前にして、一角は呟いていた。

 

 ☆

 

 数が多い、遥かに多い。東と南に向かおうとする地獄からの来客に、歓待をするのは5人の死神だ。全員が副隊長ではあるが、その数の差は軽く見積もっても数百倍といったところか、その数にモノを言わせて攻めて来るのは門から一番近いというのもある。

 

 だが、この程度で引くならば彼らは副隊長にはなれていない。

 

『鷹』

 

 七番隊副隊長、輪堂与ウ(りんどうあたう)は言葉を話せないが『生め』と指で刀をなぞると、始解した斬魄刀を鷹の群れに変えて地獄の客人を啄んで殺す。だがその後から直ぐに現れた亡者の群れに鷹は散らされ、抑えられずに徐々にではあるが後退していく。

 

 そしてそれは、他の副隊長も同様だ。

 

「ちょっと、多すぎっスね」

 

 八々原も何体か弾き飛ばすが、その数を超えて現れる怪物の物流に押されていく。ただ2人を庇うように松本乱菊の灰猫が援護に回る事で何とか戦線の維持は出来てはいるが、正直言ってジリ貧の状況だった。

 

『多い』

 

 ただ、ここで取りこぼしは出ても他に行く数を抑える事で全体の戦線の維持は出来ており、辛うじてではあるがこいつらによる現世への被害は防げていた。ただ、それも時間の問題だろう。

 

「4人とも、出来る限り離れて貰えるかな」

 

 だからこそか、吉良は4人に向けて声を掛ける。

 

「これ以上の取りこぼしを出せば現世にも被害が出る頃合いだ──なら、囮は絞らせた方が良い」

 

 吉良が発した言葉の意味を、理解できないわけではない。今の状態では戦線の維持は出来ないどころか、崩れた瞬間に現世は大きく蹂躙されるのは目に見えていた。敵の数が多過ぎるのだ、いくら一体一体は大した力を持たなくとも、この数を全て捌くとなれば副隊長と言えど無理が出る。

 

 そして、その無理をすると彼は言ったのだ。

 

「いや、いくら吉良でもこの数はキツいだろ!?」

 

 大前田も同じ副隊長として味方を囮にする案には承諾しかねる。吉良の言った案は吉良を見捨てて一時的にではあるが戦線を敷き直せと言っているようにしか聞こえないのだから、考え直せと言うのも無理はないだろう。

 

「前の戦争で敵の精鋭倒したからって、ゆゆは足手纏いにはならないっスからね!」

 

「そうよ、皆で戦うに決まってるでしょ!」

 

 八々原と松本も同調する、輪堂も声こそ出ないが頷いて見捨てないと言う覚悟を見せている。吉良は前の戦争から明らかに力を上げている、死地を経験すれば実力は大きく上がるというが、それでどうにかなる数ではない。ただ状況を打開しなければならないのは事実である、なので松本は「なら、私の……」と何かを悩んでいるようだが、それに被せるように吉良は言う。

 

「巻き込まれたら4人とも泣き喚きながら頭を掻きむしる事になるけど、それでも良いなら残ってくれ」

 

「「「ご武運を!!」」」

 

 斬魄刀から放たれた悪寒を感じた4人は、吉良を置いて去って行く。ここまでうまく行くとまでは考えていなかったが、吉良としては好都合ではあったので門の方へと向き直る。

 

「はぁ……もう少し、僕も言い方があるだろうに」

 

 黒崎一護が多くの敵を倒しているが、それでも敵の数を大きく減らさなければ戦線は維持できない。幸いにも門に一番近いのは吉良だ、殆どの亡者は吉良を踏み潰そうと襲いかかって来る。

 

「どうやら地獄から出た先で、苦しむ事は無いとでも考えているらしい」

 

 ただ、それは吉良にとって全て都合が良かった。

 

「卍解」

 

 この力に、数という概念は関係が無いのだから。

 

 ☆

 

 吉良が上で大多数の餓鬼を相手している間、阿散井恋次はひたすら1人の敵と戦い続けていた。限定霊印による縛りを受けたままで、ザエルアポロを相手に現世の被害を出さぬよう立ち回っていた。

 

「わからないか、君達は何も知らないままのんびりとしていたようだな」

 

「のんびりとだと、平和ってのは作ろうとして簡単にはいかねーんだよ!!」

 

 ただ、ザエルアポロも力を抜いているのか戦いは膠着している。何故なら彼は阿散井恋次と戦う為に来たというよりは、絶望を伝えにやって来た使いでしかないという事を、まだ話していないのだから。

 

「本当に知らないのか、世の理が変わった事を」

 

 ただ、ザエルアポロはここまで護廷十三隊が何も知らなかった事に驚きを隠せていない。いくら平和を享受していようと、見過ごしていた世界の流れに呆れすら出て来ている。

 

「君達の行なっている、魂葬礼祭……魂がどこに行くのか知ってるのか?」

 

 だからかだろうか、戦いながらでも余裕を見せるザエルアポロは一から話を始める。恋次としても限定解除が許可されないうちは時間稼ぎに徹せなければ勝てる相手では無いので、聞き入れてはいるが油断は出来ない。その気になれば、ザエルアポロはいつでも現世を破壊し尽くせるのだから。

 

「霊威、という魂の等級を測る尺度があるな。本来であれば死んだ魂は尸魂界の地や空気に帰化する。だが隊長格やそれに並ぶ存在の魂は尸魂界にかえることはない」

 

 恋次は放たれた鎖を斬り払いながらザエルアポロを蹴り飛ばす。しかしなんて事が無いようで、舐めとるように見せる気色の悪い笑みからして大して効いてはいないようだ。話す余裕はまだまだあり、底を見せていない。

 

「それを還すのが今行っている儀式だな、笑わせてくれる」

 

 ただそれ以上に、話している内容の真意が見えていなかった。

 

「強さには代償がある。隊長以上の魂魄は霊子濃度が高過ぎる影響で、尸魂界には還す事は到底出来ない」

 

 儀式について、霊術院時代に皆そのしきたりを習っている。なので言っていることに矛盾する事があるのも分かる。本来この儀式は戦死した隊長の魂を尸魂界に還す為に行われているものだからだ、だがそれを行う事がそもそも出来ないとしたら何の為に儀式を行っているというのか。その疑問は、直ぐに答えとしてザエルアポロが話す。

 

「だからといっていつまでも還れない魂を放っておけない。だから貴様らは、死んだ隊長達を地獄に堕としていたのだ!!」

 

 恋次が知るはずも無い話に至っているザエルアポロ、地獄の輪廻に囚われているからこそ説得力がある。過去にはトチ狂った科学者として藍染惣右介に仕えていた破面だ、それも更に信憑性を高めている。地獄は尸魂界どころか三界が出来る以前から存在した場所だ、それを手に余るモノを入れるゴミ箱として過去の貴族達が考えていてもおかしくはない。

 

 だが、まだ一つ分からない事がある。

 

「その話と、お前が地獄から出てきた理由は何の関係があるってんだ!!」

 

 世界の理が変わったと、ザエルアポロは言った。だが今の話ではただ隊長達に対する非道を説かれただけであり、新たな理が生まれたという話に繋がりがない。そもそも魂葬礼祭は昔からあった儀式なのだから、今更理が変わったというにも疑問が残る。

 

 だからこそ、その答えもザエルアポロは握っているという確信がある。

 

「どうやら君は十二年前の戦いで、新しい世界が出来たことも知らないみたいだね」

 

 だが、ザエルアポロから出された話題に恋次は全く聞き覚えが無かった。三界という概念も、霊王という世界の楔も理解しているし、地獄についての知識もある。だが新たな世界と言われ、そんな事が出来てしまうような存在は世界を統合すると言っていたので違和感がある。新たな世界を創るとなれば、それは死神であろうがなかろうが出来る事ではない。

 

「誰が何故作ったのか、偶発的なのか意図的なのか、恣意的なのか計画的なのか、それすら分からないが新しい世界が出来た。名を『天界(ヒーヘイブン)』というが、地獄じゃ天国と呼ぶ者もいるのかな?」

 

『天界』それを聞いて恋次の脳裏にはその名に相応しい瀞霊庭の空に座す霊王宮が思い浮かぶが、あれは尸魂界にある一区画に過ぎない。ただ異空間とも言える空気もあり、特殊な場所である。

 

 だが、新たな世界と言うならばこれではないのだろう。

 

「その世界は尸魂界に還ることの出来ない魂すら霧散させ尸魂界に還す。地獄とは異なる浄化機構さ、ただその機構だけを根底としたつまらない世界でもある。さて……ただそんな機能を持つ世界が、理として組み込まれたらどうなる?」

 

 一から十まで耳にしたことの無い話に、恋次は思考が鈍らされる。恋次とて副隊長だ、普通の死神では手に入らない情報を耳にする機会もある。だが今迄の常識の全てを置いてけぼりにされるほど、ザエルアポロの話す新しい世界は異常な物であると理解できてしまう。

 

 輪廻から外し閉じ込める事で浄化を図る機構を持つ地獄、根本的に存在そのものを浄化する機構を持つ天界、そんな異界が新たな理として世界に組み込まれたらどうなるのか。

 

「今のそこは、地獄の刑囚で溢れかえっている」

 

 世界が新たな循環を作り出すのも、不思議ではなかった。

 

「輪廻を回す為の機構としては必要な場所だった、だから世界に組み込まれた。だけど……地獄にはどれだけの囚人がいると思ってるのかな? 一体どれだけ──()()()()()()()()()()()

 

 だが浄化機構が組み合わさっただけなら、問題は無いはずだ。地獄に囚われた過去の隊長達も本当の意味で解放されるのだから、悪い話では無いはずなのだ。むしろ廻っていく行く輪廻から出続ける罪人を取られ続けていては、3界から魂魄が減り続けてしまう。その世界ができた事で真なる意味で輪廻は廻り、世界は一つの流れとして不都合があった部分も上手く繋がるだろう。

 

 だが、それが問題になる可能性がある。それは話を聞いていた恋次も、最悪の可能性として感じ取ってしまう。

 

「この12年で天界には異常な量と濃度の霊子が満ちている、尸魂界に還す量の数百倍が常に入り込んでいるのだからね。僕も少しだけ入っていたけど、あの空間であんなものが見れるとは思わなかったよ」

 

 地獄には何千年、何万年──いや知らぬだけでそれ以上の時間、浄化機構として罪人の魂魄を省き続けていたのかもしれない。そしてその魂魄の総量は考える事すら億劫になるが、隊長達の質の高い魂魄も大量に流れ込んでいるだろう。

 

「そのどこに、お前が出て来た話が繋がるってんだ……?」

 

 だが、そこから何が起こるかまでは想像がつかない。いや正確に言うなら、何が起こってもおかしくないという事に冷や汗を流す。ただ阿散井恋次という死神の知識と経験では絞り込む事も、思い付く事も出来ない。

 

 ただ、その答えもザエルアポロは持っている。

 

「あぁ、君の疑問に答えよう。何故、僕が出て来れたか」

 

 ザエルアポロが答えるのと、ほぼ同時にだろう。地獄の門が大きく開け放たれた。あれだけの数であっても、今迄は隙間から餓鬼が溢れていた程度のものが文字通り溢れ出て来る。だがそれよりも目を引くのは、地獄の門ですら片手で押さえられる何か──

 

「門を、内側から開けれたからだよ」

 

 ザエルアポロや餓鬼達を解き放った、異界からの来訪者がそこに存在していた。

 

「超高濃度の霊子空間で満たされた異界だ、新しい生命が産まれてもおかしくはない……いや、産まれなければ不自然だ。まぁあんな所で産まれたら、どうなるかも必然か」

 

 恋次の目先には世界を震わせながら、災厄を撒き散らさんと吠える何かが見える。しかしまだ扉を開けただけで出て来る気配は無い、ただあれが出て来れば本当に現世への被害を考える余裕は無くなるだろう。

 

 ただ、恋次は少しだけ安堵もする。

 

「(確かにヤバそうだが、アレなら隊長が何人か居れば……!)」

 

 いかにもな存在であっても、以前戦ったグレミィ・トゥミュー程の存在ではない。あれは滅却師の中でもユーハバッハに次ぐ異常な存在ではあったが、アレには間違いなく及ばない。仮に今直ぐ降りて来たとしても、恋次やルキア、一護達が万全の状態で卍解を使えれば倒す事は出来るだろう。

 

 だが、そんな恋次の考えすら見抜いているザエルアポロはなんて事も無い事のように淡々と事実を突きつける。

 

「あぁ、あれは眷属だよ。本体じゃない」

 

「っ!!?」

 

 霊圧は感じないが、気配は間違いなく高位な存在なのは確かだった。だがそれですら眷属、つまり部下に過ぎないという事だ。いや眷属と言うのだから、生み出されたモノなのかもしれない。そうならば、あの怪物が幾らでも生まれて来ると言う最悪な可能性まで頭に浮かんで来る。

 

 ただ、ザエルアポロはそんな恋次の反応を楽しんでいるようで、ここで思考的にも余裕の無くなって来ている彼に、トドメを刺すが如く彼の背後に指を指す。

 

「さてと、所で……さっきからこっちを見てるその子は、知り合いかい?」

 

「あ、何言って……っ!!」

 

 ザエルアポロの言葉に、恋次は目を向けなかったが余裕が無く気付けなかった気配を感じる。罠ではない、だが間違いなくそれが狙いである事は分かる。現世に向かうのをいつも楽しみにしている事は知っている、仮に現世へ赴く事を知っていたとしたらこっそりついて来ても不思議ではない。

 

 恋次は振り返る、そこには不安気な顔色で恋次を見る彼の生写しが身を震わせながらこちらを見ていた。

 

「なんてな、分かっているさ。娘から殺そうか!」

 

 ザエルアポロの鎖が、恋次をすり抜け彼女へと向かった。

 

「苺花、早く逃げろ!!」

 

 恋次は鎖を引き受けようと間に入る、しかし真正面から全てを受け止める事は出来ず何本かは震える愛娘の元へと向かって行く。間に合わないだろう、目の前で守れずに、それも力を出し切る事も出来ず、油断が生んだ隙で失わせる。この光景を、延々と頭の中で流し続ける事になるだろう。

 

 そんな阿散井恋次の絶望を見にやって来たのだから、このタイミングでザエルアポロがしくじるはずも無い。

 

 だが、その鎖は何故が弾け飛ぶ。

 

「この矢、見覚えがあるな」

 

 そして、ザエルアポロと阿散井恋次の間に降り立った小柄な誰かが向けられた鎖を左手を翳し粉々にすると、そのまま左手で殴り飛ばす。ただ、その殴り飛ばされる最中にその妨害者にザエルアポロも見当が付く。

 

「──石田雨龍のものにそっくりだ」

 

 更に遅れて、先に降り立った少女の隣に同様の装束を身につけた男女が降り立つ。フードを被って顔まで見えないが、その雰囲気と格好は恋次には見覚えがある。それどころか恋次には、片手に展開される弓を見て助太刀に来た彼らの素性を察する。

 

「ルキア、それに……滅却師!?」

 

「話は後だ、苺花は私が連れて行く」

 

 謎の霊圧の確認に向かっていたルキアもいる、苺花を確保して安全地域まで一気に走って行くが、残された恋次には状況がよく分からない。ここに居る3人は間違いなく滅却師だ、ザエルアポロをどういう力を使ったかは分からないが吹っ飛ばしていたので敵では無いだろう。更に言えば、過去に自分も纏った事のある『王鍵』など零番隊の髪や骨で編まれた装束を纏っている事に、違和感が溢れ出て来る。

 

「何なんだよさっきから、お前らも地獄から出て来やがったか?」

 

 絶対に違う、だが少なくとも地獄とは敵対している。すると鬱陶しかったのか、はたまたこいつらには顔を見せても問題無いと判断したのか、3人は示し合わせたかのようにフードを外して顔を見せる。間違いなく滅却師だ、しかしその中の1人に恋次は見覚えがあった。

 

「(待てよ、あいつ朽木隊長が倒した筈の……!!)」

 

 黒髪の女滅却師に、恋次は見覚えがある。自身の隊長である朽木白哉が殺したはずの滅却師であり、朽木白哉が片付けたと言ったのだから間違いなく仕留めたはずの滅却師だ。ただその時には涅隊長が介入したようなので、実際に仕留めたのは白哉ではないのかもしれないが。

 

 それでも、この爆弾女は敵であったのは確かだ。

 

「おや、随分とお仲間を連れて来たね」

 

 ただザエルアポロの余裕は崩れない。いや崩せないのだろう、それこそここでの戦局など大局には全く関係しないと知ってるからか。3人の滅却師を目にしても、自身の優位を疑ってもいないようだ。

 

「恋次!」

 

 ただ、それは更にやって来た黒崎一護の登場により少しだけ顔を歪ませる。恋次も漸くここで余裕が出来てきたので周りを見てみるが、上では吉良が一人で殆どの敵を抑えているようだったが、更にやってきた3人と同業者らしき者達の介入により何とか片付きそうである。

 

「大丈夫か、随分と意味わかんねえ事になって来たが」

 

 一護は斬月を構えて敵に向き直る。しかし、ザエルアポロとしても今の戦況は徐々に不利なものとなっている事を察しているのか、先程までの余裕は減っているように見える。

 

 ただ、それよりも余裕を見せている一人の少女から一護は声を掛けられる。

 

「あぁ? 黒崎一護か、久しぶりに見るな」

 

 金髪の少女だ、滅却師であり雰囲気からしても昔攻めて来た星十字騎士団の一人である事は間違いないだろう。そして先程離れた気配の中で感じ取っていたのは、この気配なのが分かる。

 

「お前は……どこかで、見た気が」

 

 見覚えがある、しかしどこで会ったかは思い出せない。そもそも戦った滅却師の数は多くはなくとも、一々敵を覚えては居ないのだ。それにあの時はユーハバッハだけを見据えていたという事もあり、記憶も薄まっている。

 

「思い出さなくてもいいぜ、こっちとしては仕事の邪魔して悪かったとは思ってるからな」

 

 すると、3人の姿がブレる。同時にザエルアポロに対して三方向から攻撃を浴びせる、護廷十三隊の隊長と同等かそれ以上の力をぶつけてあたるのが、当然ザエルアポロは吹き飛んでいく。

 

「滅却師風情が、王を失って憂さ晴らしか? もうお前達が天を取る事は無……っ!!」

 

 ただザエルアポロも弱者ではない。展開していた鎖を一纏めにして一人に向かわせるが、またしてもその少女が左手を翳せば自壊していく。更に黒髪の女滅却師が羽──滅却師完聖体を展開すると、上から防御姿勢を取る鎖ごと爆撃してザエルアポロを粉砕する。

 

「君達のような敗北した低劣種が、僕に逆らうか。言っておくが、僕はまだ本気なんて出しちゃいない」

 

 だが、何らかの力があるのか。ザエルアポロは吹き飛んだ体を治すと一気に距離をとり今度は男の滅却師に向けて鎖を向ける。ただ今度は殺す為ではなく、捕縛する為だ。広く展開された鎖の網を回避が出来ぬように縛りに向かわせる。

 

「ただ、本当の力を見せずとも一人ぐらい殺さないと僕の感性が許せないがね!!」

 

 しかし、男に抵抗の様子はない。回避が出来ないのだとして潔いにも程がある、間違いなくこの状況をどうにか出来る余裕があるのだ。そしてその予感は正しい。

 

「悪いな、あんたの燐気はもうあいつから分析済みなわけなんだわ」

 

 恋次を指差し、絡まった鎖を片手で振り解く。鎖の攻撃が全くとして効いていなかった、そもそもこの鎖を容易く片手で薙ぎ払うなど有り得ないとも言える。ただ、他の二人とその程度容易く対応すると分かっていたかのように見える。

 

「アスキン、こいつ誰? 何かイカレ科学者と同じ匂いがするんだけど」

 

「知るかよ、とにかくさっさと片付けるに限るぜ。じゃねえとうちの隊長から致命的な折檻が飛んでくるからな」

 

「誰が致命的な折檻飛ばすって?」

 

「おー、怖い怖い。陛下にも叱られないよう程々に働くとするか」

 

 それに、全員から余裕を感じる。まだまだ力を隠している、そしてそこを見せる必要が全くないと──ザエルアポロを誰一人として、脅威として数えていなかった。破面の中でも元は抜きん出た力を持っていた存在だ、それを相手に──こけにされている事に青筋を立てる。

 

「良いだろう。石田雨龍を相手する前に、滅却師のモルモットは欲しかったからな!!」

 

 ザエルアポロは本気を出すのだろう。地獄の燐気を纏い、明らかに何らかの上位存在による加護を纏い、3人を仕留めに動いて来る。それを感じてこれは不味いと、黒崎一護と阿散井恋次も助太刀しようと前に出ようとするが──それは、金髪の少女に静止させられる。

 

「言っとくけど、今日で功績立てて隊長の座は私のもんになるんだからね!」

 

 代わりに前に出たのは羽を生やしそこに至ったザエルアポロですら単独で渡り合う滅却師の姿だ。先程まで違い本気で戦っている相手を前に、全く余裕を崩さずに猛撃を繰り出して圧倒している。

 

「悪いな、黒崎一護。『地獄と天界(こっち)』は俺たちの仕事だ」

 

 だが、ザエルアポロは察する。この3人の滅却師の力は異常であると、過去に戦った滅却師の一人である石田雨龍よりも遥かに強い力を持っているのは間違いない。ただこの強さは滅却師の練度によるものとは考えられない、熟練の滅却師であるのは間違いないのだがその能力はただの能力ではない。

 

 そして、その力を支える加護に心当たりはある。

 

「この力────貴様ら、霊王の眷属か!!」

 

 そんな加護を与えられるのは、限られている。滅却師達が仕掛けた戦争は地獄から見えていた、ただその千里眼ですら霊王宮での戦いまではユーハバッハが座標をずらしていた事もあり見えなかったのだ。そこでユーハバッハは敗北したわけであるが、奴は地獄には居ない。何故なら存在を滅却されたからなのだが、滅却するとなればその力を持つのは滅却師だと想像がつく。

 

「尻軽な女どもが、直ぐに鞍替えしたか!? そんな矜持も持たぬ貴様らだから、死神に敗北したのじゃないか!!」

 

 大方、霊王の力に屈したのだろうとアタリをつけてザエルアポロは言う。何故このような場所に都合よく滅却師が現れたのかは誰の意図なのか理解できていなかったが、霊王の意志ならば理解が出来る。天上から見下ろすことしか出来ぬ楔は動かして良いものではないだから、使いを送るのは必然だ。

 

「ただ対応の速さは想定外ではあるが、それですら遅い」

 

 だが、そんなものは零番隊の介入を想定していて事からすれば、予測の範囲である。

 

「ち、門が完全に開いたか」

 

 3人は止まる、空を見上げれば扉が完全に開け放たれており、そこには人影がある。門を開ける巨大な眷属の姿も目に映るが、問題なのはその前にいる小さな方の影だ。

 

「「「っ!!」」」

 

 瞬間、この場にいる全員が察した。あれは自分達の手を出して良い存在では無いと、ただそこに立っているだけで明らかに次元が違う存在である事を知らしめている。流石に霊王を取り込んだユーハバッハとまではいかないが、それがそこに近しい存在なのは間違いが無いだろう。

 

「僕の計算によれば、地獄の囚人を正常に循環させる迄かかる時間は1372年だ。流入事態はもう終わっているからね、ただこの先どうなるかな?」

 

 価値を確信したのか、本来の絶望の伝播という役割を思い出したのか、ザエルアポロは丁寧に天上にいる存在について語り始める。口には出していないが、彼の力を底上げする加護もあれから渡されたものなのだろう。

 

「君達はこれから常に恐れるのさ、天から産まれる新たな上位生命により支配される事を! それと共に加護を纏し地獄の亡者達が、溢れ出るのだ!!」

 

 固まる皆を前に、語らうザエルアポロの言葉は止まらない。それが嘘ではなく真実であり、続いていた平和容易く踏み砕いて行く騒乱の時代がやって来ることを示している事に他ならない。

 

「滔滔と流れゆく三界に現れた天上の理は、全ての世界を新たな色に染め上げる。山本重国やユーハバッハと並ぶ……いや、それ以上の存在が生まれ続ける事に抗ってみるがいい!!」

 

 新たな時代の流れが始まるだけだ、その流れに耐えられない者だけが押し流されていく。滔々と流れ行く時代の流れが天の理の流れとして変わるだけで有り、まだユーハバッハ達との戦いの傷が癒え切れていない護廷十三隊であるが、抗わなければならない。

 

 

 

 天理滔滔(てんりとうとう)篇 四界と地獄の全てを巻き込んだ、自然淘汰の時代がここから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははー! はははーっ、は……は?」

 

 ただ、少なくとも高笑いをするザエルアポロの見上げた地獄の門であるが、突如として片扉が閉じる。同時に、その門を支えていた片腕がザエルアポロの近くを通り落ちて来る。

 

「もう零番隊が来たのか? まぁこいつらも居るし予想はしてたが、今更来た所で……っ!?」

 

 地獄の門なぞいつでも開けられる、そう考えての言葉だったようだがその口は途中で止まり始める。地獄には霊圧という概念は無い、なので死神や滅却師に霊圧を感じ取られる事は無い。しかし、地獄にいる者たち同士はその存在を霊圧のようなもので感じ取れている。

 

 そして、ザエルアポロは扉の奥から感じる違和感に信じられないといったような目を向ける。

 

霊徒(エルデ)が、一瞬で? いやあり得ん、まだ白痴とは言え地獄にある来訪者(シュヴァルツアーデ)の気配がここまで揺らぐはず……!?」

 

 はっきり言って藍染惣右介が現れたとしても、ここまで急に何かが起こる事が無い事をザエルアポロは分かっている。そして、そんな事を起こせてしまう可能性に思い至ってしまう。

 

「まさか、いやまさか……!!」

 

 今度は眷属である滅却師3人の方を見る、すると先程までの固まっていた顔が嘘のようで「おっせー、だから直接行くとか言わなきゃ良かったのに」と口々にこの事が起こる事を分かっていたかのような反応を見せている。

 

 既に来訪者は何かと戦っている、そして押されている。そんな事ができるような存在は居ないはずだ。ユーハバッハや藍染惣右介といった蓋をしていた強大な力を持つ者達が離れた事で扉は開きやすくなったのだ、この世界には蓋の役割をする存在が、まだ居るはずがないと。

 

「この悪寒、まさか直々に処理を行うだと? 零番隊にすら任せず? そんな事があり得るはずない!! ただの楔が、そんな危険を犯すわけが……っ!!」

 

 ただ、その答えを伝える為か金髪の少女──リルトット・ランパードは左手でザエルアポロの首を掴むとそのまま指一本動かせなくさせる。その左腕に宿った力によるものだろう、完全に使いこなしている彼女を相手したのだから最初から勝負は決まっていたのかもしれない。

 

 だからこそか、意趣返しとしてザエルアポロへ高らかに宣言する。

 

「零番隊は仕事してるぜ、三代目候補の護衛でな」

 

 その門の先で戦っているのは、お前の予想通りであると。

 

「あいつは自分が楔だとか霊王だとか、気にしてねえ。自分の代わりは居るなんて本気で思ってる大馬鹿野郎だしな」

 

 そしてその華奢な腕からは考えられないような力で、ザエルアポロを地獄の門へと投げ飛ばす。ただザエルアポロは抵抗する力を出せないだけでなく、また彼女の左腕による能力で一直線に物理法則を無視した軌道を描きながら地獄へと送還されて行く。

 

「まぁ、そんな大馬鹿野郎の御尊顔でも拝んで来いよ」

 

 そして、彼女が左手の指を鳴らすと扉も閉まる。まるで最初からここまでいつでも出来たかのように、軽く伸びをして仕事が終わったといった雰囲気を出している辺り、そのつもりだったのだろう。

 

「自信無くなるくらいには、整ってるからな」

 

 その言葉を最後に呟く時には、地獄の門は現世から姿を消していた。

 

 ☆

 

 事件なら数時間後、式典に集まっていた隊長達はそのまま緊急で隊首会を執り行っていた。それは相応の事態であると、護廷十三隊二代目総隊長である卯ノ花八千流が判断したからだ。

 

「──以上が、今回の事件における報告になります」

 

 そして今し方、集められた状況報告を隊長達は届けられた所だ。地獄から現れたザエルアポロを始めとした囚人が脱獄し、現世に現れた事に始まり、明らかに隊長すら超える存在が地獄の門を開けたかと思えば、更にその上に立つ存在を確認したというのだ。

 

 現在和平を限定的ではあるが結んでいる虚圏にも使いを送っているが、恐らく感知していない事件である。

 

 ただ副隊長に負傷者は出たものの、幸いな事に今回の事件における現世の被害は出ていない。

 

「綾瀬川隊長、今回の被害を防いだ功労者である吉良副隊長を労ってあげてくださいね」

 

 吉良が時間を稼ぎ囮として機能していた事が今回の功績であろう、そのおかげで副隊長達に大きな被害は出ていないのだから。その総隊長の言葉に、三番隊隊長として綾瀬川弓親は優雅に答える。

 

「ええ、僕と隊長を代わって欲しいぐらいですから」

 

「冗談はそのぐらいにしておかないと、飛びますよ?」

 

 だが優雅な笑みを浮かべながら返された言葉に「な、何がですか……?」と戸惑うが、何が飛ぶとは答えずに笑顔を向ける総隊長の姿に「あれ、本当に何が飛ばされるんだ?」と途端に顔色が青くなっていく。どうやらまだまだ隊長を辞める事は許されなさそうである、これが初代剣八の圧でもあるのだろう。

 

「ただ、問題は……やはり新たな敵ですね」

 

 そう言うと、卯ノ花は笑みを消して涅の方を見る。今回の事件から最初に連絡を受けたのは彼である、そして当然もう数時間も経過しているので相応の情報は集められてもいる。

 

「さてと、件の異界──仮に奴らの曰う『天界(ヒーヘイブン)』と呼称するが、これ自体は前々から観測は出来ていた物だ。過去に何度か内部の構造や霊子構成は外界から探ってみたりもしたのだが、どの計器で試みてもマトモな数値は検出が出来なかった。まさに未知の領域、分かっているのは定期的に尸魂界と虚圏に霊子を放出している事だけだヨ」

 

 十二番隊はその存在を認識してはいた。ただ報告をしていなかったのはそれが何であるのかの情報を得られていなかったからでもある。ただ単に新しい世界が出来た、だけならば誰も警戒などしない。十二番隊はその空間の全容どころか何も掴めていなかったのだから、説明しようがなかったのだ。

 

「ただ今回の事件で、その霊子の放出元と原因が分かったわけであり。どうやら突入しようにも計器に異常をきたす程の生命が生まれるような蠱毒の空間のようだ、天界とは名ばかりの灼熱地獄だヨ」

 

 そして、その空間の異常さは計器では計れずとも会敵したというザエルアポロの方便からある程度の推測を立てられている。そのザエルアポロの言葉が虚言である可能性もあるが、逆に計器を色々と弄ってみればそれを裏付けるような条件ばかりであったので、現状としてはその存在と原理は推測と大凡変わるものではないだろう。

 

「要するに、我々は座して待つしか無いと言う事ですかね」

 

 ただそれを聞いて卯ノ花は察している。この敵とは長い付き合いになる事を、容易にはいかないことを。

 

「その通り、地獄の亡者達を霊子に分解する機能を有しているみたいだが、いつまで続くかは尸魂界の歴史よりも長いあそこの亡者の数を知らない限り分からない。推計も馬鹿馬鹿しいものだネ。ただ暫くこの天界から厄介な客人が来る事は確かだヨ。それと突入や間引きを考える隊長などいると思うが、まともな頭を持っていればそんな所に穴を開けても地獄から奴らを解き放つ手助けをするだけなのは分かるからネ、おすすめはしないヨ」

 

 仮に何とか出来るような状態であれば、涅マユリが何とかしているし、現世にいる浦原喜助と動いているだろう。ただ動いていないのは動けないからに他ならない。その空間にそもそも穴を開けるというのは霊子が満たされていても弾けない事から相当難しい事なのは目に見えており、仮にそれが出来ても溢れ出た魂魄により世界のバランスが崩される事は目に見えている。

 

 しかし、今回現れたのは脅威だけではない。

 

「ただ、今回の乱入者──霊王の従属官を自称する滅却師については現在調査中だ。仮にそれが真実であった場合は、天界は何かとお騒がせな二代目が創った可能性もありそうだネ」

 

「いろいろな意味で、頭が痛くなりますね」

 

 卯ノ花は総隊長として初めて、片手で頭を抱える。自分の立場もわかっていないかどこぞの自由奔放な死神に、手を焼かされる未来がありありと見えていた。

 

 ☆

 

 現世では、まだ真夜中の時間。地獄から多くの怪物が現れてから数時間も経っていない頃、草木も寝静まるような時間に一人の少年が神社の境内に居る。いや、正確には一人ではない。

 

「怖がらなくて良いよ、みんな居るからね」

 

 その少年の隣には俗に呼ぶ幽霊、一人のおっさんに見える15歳の青年がいる。更に言えばお守り役なのだろうか、人型のファンシーなライオンのようなねいぐるみも歩いている。ただ、この青年を寂しくない場所に連れて行くためにだろうか、その少年──黒崎一勇(くろさきかずい)は異様な空間を繋げて開ける。

 

 そこに何があるのか、青年とぬいぐるみには分からない。

 

 ただ、寂しくないほどの何かが居ることだけが見えている。そんな所へ一勇は青年の手を引いて連れて行こうとする時だった。

 

「君、何物騒なもの開けてるの」

 

 中世的な、男か女か分からないような声がかけられる。反射的に一勇も振り向いてしまうと、そこには一人の影がある。深夜の森で目立つような白を基調とした装束に、赤いメッシュの入った黒髪、そして腰に下がっている斬魄刀、そした漂うどこか浮世離れしたかのような雰囲気に、一勇は少し驚きながらも、その存在に近寄っていく。

 

「お姉さん、誰?」

 

 背は170cm程だろうが、女性にしては高めだ。しかしお姉さんと呼ばれると少しだけ戸惑っているのか、苦笑いをしながら少年と目線を合わせて話す。

 

「お姉……まぁうん、外見どころか背とかもかなりそっちに寄ったからなぁ……一応男だから、お兄さんと認識して欲しいけど。それと魂葬は死神の仕事、君みたいな……」

 

 そして彼が現れた理由だが、この異空間をつなげた事によるものだろう。なのでため息を吐きながらも片手でそれを閉じると青年に向けて指を鳴らすとそのままどこかへ飛ばしていく。少なくとも一勇の開けた場所とは別のところに飛ばされたのだろう、それが本来還る場所なのだが。

 

 ただ、ふと話しながらその白装束の者は一勇の顔や体をじっと見つめる。そして何か思い至ったのだろう、その頭を撫でながら恐らく間違ってはいないが確証を得る為に問いかける。

 

「なぁ、もしかして黒崎一護の息子だったりする? 名前は? こんな時間に歩き回ってたらダメだぞ、家まで連れてってあげるから」

 

 特徴的なオレンジ色の頭は覚えがあるのだろう、しかし一勇の反応は純粋だ。

 

「お母さんが知らない人に名前聞かれても教えちゃダメだって、それに付いて行ってもダメって言ってた」

 

 ならこんな夜中に出歩いたらダメだって事ぐらい言われてるだろ、とまでは言わないが白装束の者は溜息を吐く。ただちょっと大きめの仕事と掃除をした帰り道で、通りすがりに見てしまっがゆえに放って置けないのだが、放っておいたら後々めんどくさそうな予感を感じているのでどうしたものかと頭を悩ませている。

 

 すると、今度は隣から赤い着物のような格好で瓜二つの容姿の女性が現れる。

 

『なんじゃ、最近のガキは随分と物怖じせんな』

 

「こら天狐、聞こえてなくてもそんな風に言わないの」

 

 ただ、目つきの鋭さが違う。子供を相手にしている顔ではない、ただ一勇はそんな事を気にしている様子はなく、ただ目の前の事象に頭を傾げている。

 

「お姉さん、双子?」

 

 突然現れた二人目、それと目を合わせると何故か二人目の方の目が見開かれている。そしてそのまま何かを察したのか、そのまま背後に居座る。ただ、その様子に一人目の方は「面倒な事になったかなぁ」と呟きながらも、頭を掻いた手をそのまま顎に当てて一勇をもう一度見る。

 

「他人の具象化した斬魄刀が見えて声も聞こえるのか、やっぱりちょっと放っておけないな。欠片は……無くはないけど、これ欠片持ちの血を親から引き継いだ時のみたいだし、厳密には持ってないのか」

 

 色々とその白装束の者は一勇の分からない言葉を言っては納得しているようだが、どうやらまだ少年に何があるのかまでを見切れてはいないようだ。ただ今では的中率が9割以上の第六感から、少年には何かがあると見ているようだ。

 

「あー、じゃあ俺が自己紹介するから。護廷……じゃないもんな、なんか良い感じの肩書き……零番隊でもないしな……」

 

『主、頑なにアレを名乗らんもんな……』

 

 ただまたよく分からない事で頭を悩ませているようで、何度目か分からない溜息を吐きながらも少年の前に改めて向き直る。ただその雰囲気はやはりどこまでも温和なものだ。

 

「萩風カワウソ、次の霊王を探してる霊王代行だ。よろしく」

 

 自称霊王代行、通称二代目霊王 その者がここにいればそれこそ尸魂界が慌てふためくような状況であるが、それを目にして天狐は補足として呟く。

 

『この世で最も偉く、そして最もこの地位を捨てたがる大馬鹿者だ』

 

 二代目霊王『萩風カワウソ』世界を維持する大いなる楔。自由に動き回る彼は、歴代で最も自由な霊王として語り継がれていくだろう。





12年後時点の護廷十三隊

一番隊隊長   卯ノ花八千流
一番隊副隊長  不在

二番隊隊長   砕蜂
二番隊副隊長  大前田希千代

三番隊隊長   綾瀬川弓親
三番隊副隊長  吉良イヅル

四番隊隊長   虎徹勇音
四番隊副隊長  虎徹清音

五番隊隊長   平子真子
五番隊副隊長  雛森桃

六番隊隊長   朽木白哉
六番隊副隊長  阿散井恋次

七番隊隊長   斑目一角
七番隊副隊長  輪堂与ウ

八番隊隊長   矢胴丸リサ
八番隊副隊長  八々原熊如

九番隊隊長   檜佐木修兵
九番隊副隊長  久南白

十番隊隊長   日番谷冬獅郎
十番隊副隊長  松本乱菊

十一番隊隊長  更木剣八
十一番隊副隊長 射場鉄左衛門

十二番隊隊長  涅マユリ
十二番隊副隊長 阿近

十三番隊隊長  浮竹十四郎
十三番隊副隊長 朽木ルキア



次回、最終回(予定)

今迄ありがとう!次回の更新をしたら感想に来る質問とか答えられるよう頑張るのでよろしく!!


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最終話 狐飛姫

 
23,555+α文字
 


 

 ユーハバッハとの戦い、萩風カワウソは敗北したと考えている。肌身離さず共に生きてきた斬魄刀を失い、更には異空間を作るという荒技を持ってしても最後は限界を迎えた事で意識が途切れ、リルトットや雪緒といった介入が無ければ新たな災厄として尸魂界を襲っていただろう。

 

 あの戦争で、萩風カワウソは多くのものを失った。友も居場所も、隊長という肩書きも。得られるものこそあれど、敗北者として過ごして1ヶ月が経とうとしていた。

 

「ねぇ、そろそろ何というか……」

 

 そして、その萩風は霊王宮にて縮こまる一人の少女へ向けて話かけ続けている。

 

「頑張ったんだし、抱きつくぐらいダメかな。

 

 

 天狐?」

 

 それは、自分の最愛の斬魄刀であり、ユーハバッハとの戦いで死ぬ事を受け入れた家族。今から新しく斬魄刀を作るとなれば、彼女が現れる事は無い。だが、それは喪失感が見せる幻ではない。

 

「嫌じゃ! 妾は今、過去に戦った霊王の眷属やユーハバッハよりも、お主が怖い!」

 

 天狐、彼女は生きていた。いや────正確には、生き返らせられていた。

 

 あの戦いで,萩風カワウソは確かに彼女を失った。しかし、彼は新たな霊王として世界の楔となった。相応の力を手に入れてしまい、更に雪緒やリルカといった今回の功労者から『完現術』を耳にしてしまい、彼は一筋の希望を見出してしまう。

 

「自分で言うのはアレだけど、今の俺は霊王だし……出来ても不思議じゃないでしょ?」

 

 完現術は魂を使役する力、それ自体は萩風カワウソもいつの間にか身に付けている。それは本来『霊王の欠片』を持つ者だけが身につけられる能力であるのだが、二代目霊王としての素養が後天的にあった萩風も、それが身につけられない道理はない。しかし、その先の力を萩風は知らなかった。

 

 完現術には使い慣れたり、愛着のあるものの形を変えられる。物質の性質や大きさまで変えられるのだが、それを媒体にした固有能力も発現出来る。

 

 そして、その使い慣れ愛着もあった『天狐の欠片』を気絶していても、握りしめていた。

 

「やっと子離れしおったかと思い成仏した筈が、絶対生き返れないはずの妾を復活させて来たんじゃぞ!? しかも何か昔の記憶とか色々蘇ってくるんじゃぞ!? とても怖い!!」

 

 そこから零番隊を蘇生し、二枚屋王悦に斬魄刀を作る準備をさせた。ただ天狐の欠片だけでは万全を期せないと考えた萩風は、尸魂界中から集められるだけの天狐の魂の断片も回収し、それらを合わせて斬魄刀を打ち直して貰ったのだ。

 

 そして霊王としての力、同居人として居続けた萩風カワウソの魂、それらを使い辿り『戻って来い、天狐!!』と彼は叫びながら力果てるほどの心血を注いだ時には、彼の右手に天狐は帰って来たのである。

 

 完現術がなければこうはいかなかった、過去に卍解を折ってしまい愛する者を失ったなら取り戻すという『覚悟の決まってしまっている男』なのだから、こうなるのは必然だったのだろう。

 

 天狐は狼狽しているが、やってしまったのだから仕方ない。それだけ彼女が愛されていたと言う事なのだから。

 

 ただ、あの戦いで取り戻せたのは霊王の力や天狐の力があったからだけではない。

 

「なぁ、所で俺の体どうなってんだ?」

 

 リルトット・ランパード、彼女無しではユーハバッハには勝てなかった。そしてそんな彼女は最後の一撃に『明らかな補強』が入っていた自覚がある。それは彼女の左手に宿る『先代霊王の左腕』の力もそうだが、それ以外に一つ要因がある。

 

「あー……王鍵って知ってる?」

 

「あ? 知っては……てめぇ、俺を勝手に眷属にしたのか!?」

 

 リルトットは萩風の最初の眷属となった。しかしあの時はそんなつもりは欠片も無く、重傷を負っていたリルトットを何とかしたいと言う考えからそうなってしまったと言うのが正解である。

 

「いや、無自覚ですらあるけど……一応双方の合意が無ければ、出来ないはずだし」

 

「へ? そ、そうかよ。まぁ……俺はお前を救ったからな、とんでもない貸しを作ったわけだよな! だから今回の話はこれで終わりだな!」

 

 何か思い当たる節があるのか、リルトットは意図的に話を切り上げる。彼女としてもそのおかげで霊王宮に滞在していても何も言われなかったのでそこは助かっている。ちなみに日番谷やウルキオラ達は萩風の治療を受けて全員虚圏や現世に送られているので、ここにはいない。

 

「所で、アレは?」

 

 だからだろう、リルトットはここに何故かいる者達に向けて指を指した。

 

「死ね! 死ね! 死ね! クソ変態野郎が! 私の体で何しやがったんだ!!」

 

「ナニって、女の子がそんなはしたな……ちょ、そろそろ不味い」

 

 そこには顔を真っ赤にさせながら、殺してもまるで死なないサンドバッグを爆撃し続けている爆弾女の姿がある。リルトットのかつての仲間、バンビエッタ・バスターバインであり、サンドバッグの名はジゼル・ジュエルだ。

 

 しかし、二人の関係はあんなものではなかった筈だ。一体何があったのか、リルトットは聞かない方がめんどくさく無いと思い2人からは聞いてなかったが、連れて来た当人くらいから理由は聞いた方が良いだろう。

 

「あー、王悦さんが刀の準備してたからその間に下界で天狐の魂魄を集めてたんだけど、その時に拾った」

 

 拾った、概ね先の戦いで生き残った星十字騎士団を見つけてしまったと言う事なのだろう。ただそれだけの理由で拾うのは少し薄い気もする。

 

「まぁ、リルトットの記憶の中じゃ和気藹々としてたし。知り合いなら連れてきた方がいいかなって」

 

「和気藹々……?」

 

 ただそれはリルトットの同僚でかつ、仲間だったからだろう。ここに連れて来られた当初は肌の色がゾンビ化していたバンビエッタであったが、それは霊王によって蘇生と治療、更に寿命の問題を解決する為に眷属化するという事で元のバンビエッタに戻れている。

 

 ちなみにアレだけ爆撃されてジゼルが生きているのも眷属化したからだ、それを今なら分かるリルトットとしては『そんな振り撒いて良いものなのか?』とジトッとした目で振り撒いた霊王を見る。

 

 ただ萩風としても『え、あげたら不味いの?』という目をしているので、恐らく本人に霊王という存在の自覚が無いのだろう。その自覚が出来た頃に頭を抱えていそうだが。一応理由としては全員ユーハバッハの力の残滓『血杯』による力から復活する可能性を潰す為ではあるのだが、星十字騎士団をそのまま自分の支配下に置くつもりなのだろうか。

 

 そうこうしていると、もう一人の眷属が現れる。

 

「ったく、騒がしいったらありゃしねえぜ」

 

 アスキン・ナックルヴァール、この戦いで日番谷冬獅郎によって時間を止められてしまい、霊王によって解放されるまでは戦いが終わっている事すら気付かなかった男だ。そんな彼も、今は霊王宮に居座っている。飯でも食って来たのだろう「ここ飯は美味えな」と気分は良さそうだ。

 

「うっさいわよ! 陛下に助けてもらってきゃ、私の純潔ぐちゃぐちゃにされたままだったんからね!?」

 

「まぁ同意も無しに、するのはなぁ……」

 

 なお、バンビエッタの方はずっと不機嫌だ。それも仕方ない事なのだろう、萩風としても割と純情なので手を尽くして治したところではあるが、心の方までケアできるわけでは無い。そして、そんな萩風に彼女は擦り寄ってくる。

 

「ただ、陛下……私やっぱり、体は大丈夫でも心はボロボロなんです。だから、陛下の温もりで……」

 

 どうやらユーハバッハが敗北した事や色々鑑みて鞍替えする気満々のようだ。萩風としても護廷十三隊と戦った敵ではあるのでいきなりこの態度は厚かましいにも程があるが、それはリルトットが左腕を使って引き離す。

 

「痛いわね! てか、今何したのよ!?」

 

「いちゃつくんじゃねえよ、気持ち悪い」

 

 バンビエッタに対して昔よりも毒を吐く態度を見せるリルトットに「私がリーダーなのよ!?」とじゃれ合い始める。萩風は暫くリルトットの元気が無かったとは雪緒達から聞いていたのもあり連れて来たが、結果としては良かっただろう。

 

「アスキン、あの二人っていつもあんな感じ?」

 

「まぁ概ね」

 

「なら良かった」

 

 だが、漸く全てが落ち着いたと見たのか。アスキンは膨れた腹を押さえていた手を腰に回すと、萩風に向き直る。

 

「で、陛下。俺たち匿うのは何でですか」

 

 その言葉に掴み合っていたリルトットとバンビエッタ、またボンヤリと行く末を見ていたジゼルの動きが止まる。そして萩風もそれが本音で話さなければならないものだと察する。

 

「俺たちは死神全員殺そうとしてたんですぜ、それに復活を防ぐ為だけに全員を眷属にしたり、何の意図があるんですかい?」

 

 萩風カワウソは、死神だった。護廷十三隊寄りの存在なのは今も変わらない筈であり、ここにいる全員が何らかの形で敵対し命を奪っている。破面にしろ、死神にしろだ。それは命という物を尊重している萩風という霊王にとっては許せない事だろう、だが殺されていない。

 

「俺は今、霊王だ」

 

 そして、その理由は──

 

「滅茶苦茶、この肩書き捨てたい」

 

 あるにはあるが、そもそも本人は霊王を辞めたかった。

 

「……え? あ、え?」

 

 その反応に、アスキンは思わずぎこちない反応をする。それは他の者たちも同様である。何故なら霊王とは明らかに異次元の存在であり、世界の楔という責務はあるものの、持っている権能は文字通り世界を支配する力を持っている。

 

 ユーハバッハや藍染惣右介が堕とそうとした頂に立つ者、それが霊王なのだから。誰しもが成ろうと思って成れる者ではなく、楔である理由意外に成りたくないと考える要素は無いはずなのだが。

 

「俺はようやく隊長として一歩を踏み出したのに、王って……しかも世界の楔とか、俺じゃ無くてもいいだろ」

 

 本人には、霊王が特別な席だとは欠片も考えていなかった。無論無条件になれると迄は考えていない、しかし「条件に揃う者はいくらでも居るだろ」とか考えている。

 

 なお、口には出してないが『王という立場で求婚とか、無理だろ』など頭の中に埋め尽くされているのも理由にある。護廷十三隊の隊長は確かに格は違うが、王に比べれば遥かに身近な存在だろう、だから早く彼は隊長に戻りたがっている。あまりに考えが小市民であった。

 

「だから俺、先代霊王の欠片を出来る限り集める旅に出る事にしたんだが、やっぱ人手が欲しくて……それに全員、命を奪ったんだから相応の贖罪として手伝わせるのに問題無さそうだし」

 

 滅却師達に加護を施したのもユーハバッハ復活の阻止と諸々の処置以外にあった理由はそれだ。萩風は命を奪い奪われるような事を忌避しているが、だから死んで償うなど虫が良過ぎると考えており、生きて贖罪をさせる事────霊王の眷属として、働き続けさせるのはその一環となると考えている。

 

 それに滅却師ならば世界に不協和音を生み出す魂の滅却が出来る、その意味では死神には出来ない仕事を任せる事も出来るだろう。

 

 ただ、それを鑑みてもリルトットは聞く。

 

「それなら、護廷十三隊の死神に頼めば良いだろ」

 

 霊王ならば、護廷十三隊に命令が出来る。確かに滅却師達に仕事をさせるのは難しい事ではない筈だが、先程から彼ら以外に頼るのに少なくとも、人手という問題は解消出来るのに頼らない理由が無い筈だ。

 

「それは……」

 

 ただ、何か萩風は言い淀む。今迄の適当な相槌を取っていたようなものと違い、顔色が少し目が険しくなっている。そこで皆気付くだろう、萩風カワウソは霊王としての自覚は少なくとも、霊王とはどういう存在か理解しているのかという事に。

 

 世界の楔であり、誰しもが求めるような存在が護廷十三隊に近ければ人質を────萩風カワウソと親しかった者を盾に霊王の力を寄越せと言う存在が現れる可能性も出て来る。

 

 滅却師というユーハバッハの手を離れ独立する彼らに影響は無いが、護廷十三隊を巻き込む事は出来ないと。霊王となってしまった萩風なりの、彼らへの葛藤があるのだろう。そんな考えをしていると皆が萩風を察していると、ここの管理者である和尚がやってくる。

 

「おぉ、萩風霊王。今し方、四十六室を通して総隊長がおんしに面会を要望してきたんじゃが」

 

「断っておいてください!」

 

 即答した、ただ何故かその断り方が少し違う。リルトット達の考える場合の断り方なら焦燥しながら断らないだろう、急激に滅却師四人の萩風を見る目の温度が冷えてくる。

 

「今は帰れない、会わせる顔が無いってのもあるけど卯ノ花隊長に怒られたくないし。熱りが冷めるまで帰れないし今の状態で帰りたくない、あと怒られたくないし」

 

 もう取り繕うのは辞めたのか、あっさりと白状した方が楽になるとでも考えたのか先程のリルトット達の気遣いを消し去るような言葉が並べられている。

 

「怒られたくないだけじゃねえか!!」

 

「そうだよ。卯ノ花総隊長が怒ってみろ、とても怖い」

 

 悪びれる事もなく答える新霊王に、ここまで王としての器が欠片も無いとは思わなかったと、温度差と同時に心の距離も広がっていく。ただ萩風も最初の侵攻の時の叱りも後回しにされているので、溜まっている説教の時間は凄まじいものになっているのだろう。それを時間が沈静化してくれると信じているのだ。

 

 ちなみに巻き込む云々も理由としてはしっかりとあり、王のうちに護廷十三隊に顔を出すつもりはない。

 

 ただ、それを聞いた上で皆の反応は当然良くない。

 

「僕はパス、バンビちゃん取られたし面倒臭い」

 

「俺も手を組むのはここまでだ、借りは助けたのでチャラだろ。なんなら俺に借りがあるんじゃねえか?」

 

「まぁ、俺も楽しみ無くなったし。致命的に暇でもやるのはなぁ……」

 

 バンビエッタ以外はすぐに反応した。やはり贖罪として働かさせられてもアスキンやジゼルとしては『自分以外でも殺してた』という認識があるので、それを求めるのはユーハバッハに対してのものだという考えがある。

 

 そしてリルトットに関しては足は再生して貰ったが、それ以上付き合うとなれば話が違ってくる。ユーハバッハと戦う為に手を組んだのだから、眷属になっても手を貸すとなれば理由が弱い。

 

 バンビエッタはあっさりと新しい陛下を見限ってく3人に『え、じゃあ私も辞めとこ』とあっさり手のひらを返そうとしている。

 

 そうして、4人が各々の新しい道を歩んでいこうと、話は終わりだと萩風に背を向けて歩き始めると──

 

「あ、言い忘れてたけど。霊王を放棄出来たら叶えられる事何でも一つ聞くよ」

 

「「「ご命令を、陛下」」」

 

「こいつらマジか」

 

 ──萩風の呟きにリルトット以外の全員が振り返り、口々に陛下と言い始めたのは語るまでもない事だろう。

 

 ☆

 

 ユーハバッハとの戦いから、120年が経っている。そんな節目でもない日でもあるが、萩風カワウソにとってはそうではない。尸魂界そのものの歴史の転換点でもあるのかもしれないが、間違いなく重要な日なのだ。

 

「はい、これで正式に僕が三代目霊王ですね」

 

 彼、と言っても性別は無いが名前は産絹彦禰(うぶぎぬひこね)。三代目霊王であり、萩風カワウソによって先代霊王の集められた欠片をもってして霊王となった存在だ。その欠片はユーハバッハから取り返したものも含んでおり、正真正銘世界を維持する新たな楔である。

 

 三代目候補として長い間治療を受けていたが、漸く彼を維持し作り直せるだけの欠片と仕事を終えた萩風によって、本人も快く霊王をしている。

 

「それじゃあ『狐飛姫(ことぶき)』さん、下界のお仕事頑張ってくださいね」

 

「アウラさんも、霊王の教育係頑張って下さい」

 

 そして完現術者であり、彦禰の母親としても働いている道羽根アウラは新たな霊王から名付けられた名で彼を呼ぶ。霊王の移譲と共に零番隊の隊士として就任した萩風カワウソは王族特務の一員とし、所属する運びとなったのだ。

 

 ただ、零番隊としての仕事にはそこまで縛られてない。

 

「もう行くのか、カワウソ」

 

「また最近、天界の動き活発になってますからね。就任の挨拶として瀞霊庭に行かないとですし、護廷十三隊の挨拶も兼ねて早めに行きますよ」

 

 零番隊 天界神将 第五神官 狐飛姫、彼の仕事は天界の管理だ。それはここに居ては対応出来ない、いつどこから天界(ヒーヘイブン)から来訪者(シュヴァルツアーデ)が襲ってくるかまでは萩風達には分からないからだ。だからこそ虚圏や尸魂界の至る所に向かい、天界を監視している。霊王宮程しか無かったあの空間も、いつの間にか他の世界程ではないが相応の大きさに広がってしまい、四界と言われるに相応しい立ち位置になってしまったのだから仕方ない。

 

 ただ、その分地獄送りにされたここ100年以上の魂魄も流転し屍同然とされたら直ぐに向かうようになってしまい、天界の動きは未だに収まらない。

 

「カワウソ、おんしはただの死神では無い。それを肝に銘じるのじゃぞ」

 

「ただの死神に戻りたくて色々やって来たんですよ、上の事は任せました」

 

 萩風とて仕事はまだ溜まっている。監視も皆に任せているところはあれど、生まれてくる存在と戦えるのは時間稼ぎでも彼を除けばリルトットぐらいだ。

 

 萩風は一瞬で霊王宮を降っていく。現世の世界を周りきる程の速度で、この日を彼が待ち望んでいたというのは途轍もなく大きい事なのだから、その足が速くなるのは当然だろう。

 

 ただふと、見送る和尚は気になる事がある。

 

「ところで霊王様、四十六室に伝令を送っておらん気がするんじゃが」

 

「あ、そうですね。でも今日は眠いですし、明日知らせましょう!」

 

 そう言って三代目はアウラに連れられて宮殿に戻っていく。教育係とは名ばかりの甘やかしっぷりに流石の和尚も口には出さないが、そのまま彼らを見送る。

 

「あやつの足なら、5分と経たずに着いていてもおかしくないんじゃがのう……」

 

 これから苦難が起きそうな彼に向けて呟くと、和尚もその場を去っていった。

 

 ☆

 

 その事件による報せは、すぐに全瀞霊庭の死神に響いていた。

 

「現在侵入した旅禍は黒陵門を突破後逃走中、土地勘は無くしきりに自身を『零番隊の第五神官』と名乗っており、中央四十六室に確認した所そのような役職の者は過去にもいない事が分かっております」

 

 一番隊の隊長室に報告に来た死神は資料をもとに、その部屋の主人に報告をする。瀞霊庭に侵入者が現れたのは120年振りの事であり、その記憶がある死神も隊長格を除けばそこまで居ない。

 

「また先代総隊長の卯ノ花御意見番が狙いのようで、現在二番隊が警備体制を敷いています」

 

 ただどちらかと言えば滅却師が攻めて来た時よりも黒崎一護達が朽木ルキアを助けに来た時と似ている。ただあの時と違い侵入して来たのは1人、更にその1人が未だ捕まる気配がない。だが問題なのはそこではない。

 

「それで、被害は」

 

 資料を捲る音だけが響く、今もまだその賊が瀞霊庭内に潜んでいるという事もあり事態は火急であるのは明らかだ。そして、それは正しいだろう。

 

「確認されているだけで接敵した副隊長2名を含む120名が昏倒させられており、死者こそ出ていませんが……まだ伸びるかと思われます」

 

 今の護廷十三隊は、人材不足であり人手不足だ。見えざる帝国との戦いで多くの隊士を失い、立て直しは進んでいたところに現れた新たな敵である天界からの来訪者と、今では6000人いた隊士も戦争で半数が亡くなり、更に来訪者の影響などもあり昔よりも少ない4000人程度の隊士しか居ないが、よくここまで回復出来ただろう。

 

 そのうちの120人が副隊長2人を含めて倒されたのだ、相応の素早い決断が必要となる。そして、その決断をする護廷十三隊の総隊長である彼だ。

 

「いかがなさいますか、日番谷()()()

 

 日番谷冬獅郎、護廷十三隊三代目総隊長は改弍の副作用によって伸びづらくなった背を縮めながら、斬魄刀を背負い賊の意図を探っているが特に思いつくようなことは無い。

 

 ただ、それが久しぶりに帰ってきた彼であるなら四十六室を通して一報があるはずなのだがそれもない。

 

「天界以外からの客は、久しぶりだな」

 

 先代の意志を継ぎ、現護廷十三隊において唯一の改弍到達者の力は次元が違う。100年前と違い完成し掌握したその力は、もはや誰も止められず、誰でも止めてしまうだろう。

 

「最悪の場合は俺が出る、四十六室にもそう伝えておけ」

 

 だからこそ、そんな彼が出るのは最後の時だけだ。

 

 ☆

 

 門を突破し、知り合いを探して数時間。萩風カワウソは道に迷っていた。仕方ない事だろう、いくら死神として長く居ても120年前の侵攻で瀞霊庭そのものを作り変えられてしまったのだから。修復にも多大な時間がかかり、瀞霊庭は新しいものに変わった。

 

 だからこそ萩風は、四番隊として馴染みもあった地下水路に身を潜めている。

 

「で、ここも変わってるのか。100年以上も離れてたら流石にそうなるか」

 

 ただそれでも分からない、地下の掃除は四番隊の仕事でもあったので馴染みがあったはずなのだが、それも変わってしまっている。もはやここは知らない土地なのだと思い知らされている萩風だが、こんな時のためにしっかりと準備はしている。

 

「それで、山田アルマジロだっけ」

 

「山田有次郎(あるじろう)です! 元四番隊副隊長の山田清之助の息子にして……すいません調子乗りました、殺さないでください!!」

 

 それがこの拾った四番隊の隊士である。問答無用で襲いかかってくる護廷十三隊の死神を仕方なくちぎっては投げ、ちぎっては投げ続けていたがそのままでは埒が明かなかったので捕まえたのである。

 

 ただその捕まえた死神がどこか見た事のある雰囲気を持っていたから道案内を頼む腹づもりになった。

 

「清之助なぁ……どっちかというと花太郎の息子に見えるが」

 

 一時期は自分の上司でもあった死神だ。三代目霊王を作る過程でおいたを知るの分かっているが、一応は萩風の後輩だった死神だ。ただ席を拒み続けてる時だったので、先に副隊長になった記憶がある。なおその当時でも卯ノ花の側には萩風の方が控えていたりもする。

 

 ただ、萩風は道案内を任せるにもちょっと落ち着いてくれないので仕方なく話を聞く所から始める。と言っても、この流れは三度目ぐらいなのだが。

 

「ちなみに、『萩風カワウソ』って名前に聞き覚えはやっぱり無い?」

 

「ありません!」

 

「二代目霊王って単語は?」

 

「昔の戦争で死んだ人ですよね? 二代目とか分かんないです!」

 

「じゃあ、玉藻舞姫も?」

 

「全く聞いた事はありません!!」

 

 やはり全ての質問において、彼は知らない。それどころか霊王という存在すら情報が殆ど無い、これは異常だろう。あの萩風ですらその単語に聞き覚えはあり、アレだけの情報が下界に発信されたのだから皆が皆知らないはずはないだろう。ただ、その理由は想像がつかない。

 

「本当に俺って存在、消え去ってるなぁ」

 

 しかし、120年もすればそうなっても仕方ないかと納得はしている。音信不通となった隊長が居れば行方不明か死亡扱いになるのは勿論の事、そもそも萩風は隊長として在籍した期間は10日よりも無いのだから、それで名が広まるわけもない。

 

「あ、なら120年前の戦争でユーハ……滅却師の王は誰が倒したって聞いてる?」

 

「護廷十三隊の隊長と虚圏の破面が力を合わせて倒したと勉強しました!!」

 

「まぁ、間違ってはないか」

 

 ここまで昔の戦争についての話が不明瞭なのは疑問も残るが、上の貴族がそう決めたのだからそれが都合が良いのだろう。萩風としても霊王だった時は一度として四十六室に干渉していないので、どうなっているかも分からない。

 

「天界については、どのくらい知ってる」

 

 ただここで、一番認識しておきたい事実を聞く。萩風カワウソによってユーハバッハを倒す為だけに作られた異空間、その手を離れて三界の脅威となってしまった世界について話を彼に聞く。

 

「凄く、危険な場所だって……以前来た化け物は総隊長が倒しましたけど、それまでに隊長が4人も救護舎に運ばれて……」

 

 護廷十三隊の隊長が4人、その言葉に萩風は頭を押さえる。隊長程の使い手であっても倒してしまうという事は、最高位の存在と、それも相性の悪いタイプと戦ってしまったのだろう。萩風の認知する限りでこの120年に7体の来訪者が生まれ、3体は萩風が、ウルキオラが1体、護廷十三隊が1体を倒して居るのを知っている。残りは未だに所在は掴めていないが、護廷十三隊にそれだけの被害が出ていたことを萩風は初めて知る。

 

「……やっぱり、責任取って俺が何とかしないとな」

 

 零番隊天界神将はその管理を任せられた彼に与えられた肩書きだ、生み出してしまった責任を萩風は取らねばならない。

 

「え? 何か言いました?」

 

「とりあえず、出るって言ったんだよ。知り合いに会えれば話も通じるだろうし」

 

 まずは今直面している問題から対処しなければならないので、山田を抱え萩風は外に向かう。

 

「先ずは、四番隊隊舎から行くか」

 

 古巣である、救護舎へと。

 

 ☆

 

 外に出て早々、その者達は現れる。まるでそれは、そこから出てくるとあたりをつけていたかのように。

 

「おー、出てきたな」

 

 その声に霊圧を消していた萩風は意味がないものとして解く。萩風はともかくとしても、連れている隊士の霊圧は垂れ流されているのだから仕方ない。地下でそんな霊圧を感じ取っていたのか、後は出てくるのを待っていたのだろう。

 

「待ってたぜ、一護以来だなこりゃ」

 

 そして、それを待っていた影は4つある。

 

「斑目隊長と倫堂副隊長!! それに綾瀬川隊長と吉良副隊長も!?」

 

 護廷十三隊の隊長格が4人、それが待ち構えていたと知り山田はその圧に思わず尻餅をついてしまっている。それを横目にした萩風は彼等のいる屋根上まで一気に上がっていく。山田を巻き込まないようにと言う配慮も見えるが、話し合いには目線は合わせた方が良いと考えての事だろう。

 

「久しぶりだな、一角。隊長になったか」

 

「あー、聞こえねえな。旅禍の声なんざ」

 

 今の萩風は頭を傘のようなもので隠している。ただその身につけているのは零番隊を知る者ならば覚えのある格好なのは確かだ。漸く萩風はまともな話し合いの出来る知り合いに会えたと安堵するが。

 

「だから俺は、全力で戦わなきゃいけねえなぁ!!」

 

 その安堵は、急激に高まる斑目一角の霊圧に押し黙らせられる。

 

「卍解!!」

 

 無防備な相手への容赦の無い卍解、それを正面から萩風に叩き付けるとそのまま吹き飛ばし瓦礫の中へ埋めてしまう。龍紋鬼灯丸は破壊力に比重を置いた卍解であり、その力は何度も天界からの来訪者と事を構えているからこそ末端の隊士でも耳にしたことぐらいはある。

 

「萩風さん!!?」

 

 山田の目線の先には粉塵の中で恐らく見るも無惨な姿となった彼がいるだろう。ここまで一緒に過ごしていていつでも自分を無理やり従わせられても、落ち着くまで待ったりとどこか悪人とは見えない者だっただけにその結末は受け入れ難い。

 

「斑目隊長、いくらなんでも話を聞かずに」

 

「あぁん?」

 

「は……何でもないです」

 

 そして、一角に異議を申し立てるような心の強さは持ってない。側から見れば適切に賊を処理したのだから、賊に絆された方が良くないことだろう。しかし、一角はまだ霊圧を欠片も緩めていない。

 

「安心しろ、この程度で死ぬような人じゃねえよ」

 

 すると、一角の展開していた卍解が投げ返される。ただそれは一角に帰すようなものであり、まるで一角に対して行った攻撃には見えない。そして、その投げ飛ばした本人は粉塵の中から現れる。

 

「お前、絶対分かってるだろ」

 

 それも、無傷の姿で。

 

「ひっ、生きてる!?」と山田は山田をしているが、それを気にすることなくまた一角と同じ目線の高さまで萩風は登っていく。今度こそ話し合いをするぞという意志を持たせながら。

 

「えらく声と背丈が変わりましたね、萩風さん。素手で受け止められたのは納得いきませんが」

 

「やっぱり分かってたか、俺じゃなきゃ絶対死んでるぞ」

 

 一角はバトルジャンキーではあるし相応の頭の足らなさもたまにあるが、馬鹿ではない。こんな時期に倒された隊士の数は120以上、しかし全員が軽傷で気絶で済まされているとなれば天界からの刺客ではない、そして零番隊を自称するとなれば存在は限られてくる。

 

「で、その面隠してるのは理由があるんですかい?」

 

「……俺の顔、面影が消えつつあるからな。いきなり見せたら色々大変そうなんだよ」

 

 ただ、やっと腰を据えて話し合いが出来ると安堵する萩風の考えは甘かいとしか言えないだろう。それは未だに仕舞われていない卍解と、抑えられるどころか高まっていく彼の霊圧に違和感を覚えるべきだっただ。

 

「そうなんすね……まぁとりあえず────続きをやらねえとなぁ!」

 

 斑目一角はバトルジャンキーになる時ほど、頭が回る。そんな彼が敵の力も分からないうちに最初から卍解をぶつけることなどない。萩風であると分かった上での攻撃だ、しかし彼にとってそれは大した問題ではない。

 

「待て一角、俺と戦う理由はもう無いだろ。卯ノ花総隊長に報せを……」

 

「いやー、旅禍の声は聞こえねえなぁ!」

 

「お前、俺と戦いたいだけかよ!」

 

 昔に比べて遥かに力をつけた一角の卍解を相手に、素手で相手するのは限界があるだろう。かと言ってここで戦ってしまえば本当に収集がつかなくなるのは目に見えている。後でいくらでも手合わせならしてやるからと宥めようにも、もうその気になってる一角は止まらない。

 

「行きますぜ、卍──」

 

 そして、もう一つの完全に身に付けた力を解放しようとした時だった。

 

「おい、随分と楽しそうじゃねえか」

 

 もう1人の隊長が、降り立っていた。隊長格が卍解をして戦っているのは瀞霊庭に響き渡るのはもちろんの事だが、そんな霊圧を振り撒いていてこの男が気付かないわけがないだろう。そしてそんな霊圧に誘われて、来ないはずがない。

 

「げ、更木隊長……」

 

 更木剣八の登場に、一角は渋々卍解を収める。ここで更木剣八が来たという事は他の隊長格が来るのも時間の問題であり、自分が楽しむ時間はそこまで残っていないと察したのもあるが、横取りされる事が目に見えていたからだろう。ここまでの獲物を、戦わない理由がない。

 

「更木隊長、お久しぶりですね」

 

 ただ、そんな事は梅雨知らず萩風は更木の元へ寄っていく。話の通じない一角や面識はそこまでない弓親よりは過去に斬り合った仲である更木の方が話が通じると考えての事だろう。

 

 ただ、それは悪手なのに気付かない。

 

「あぁん? お前、萩風か」

 

「雰囲気だけで気付いたんですか? それなら話が」

 

 早い、そう続けるつもりだったのだろう。しかし萩風がその言葉を紡ぐ前に感じ取った殺気に紙一重で回避し下がる。萩風の頭のあった位置には大斧が振るわれており、現に萩風の顔を隠していた笠のような覆面は空を舞って落ちて来ている。

 

「なんだ、随分と顔が変わったな。それに変な耳まで生えてやがる」

 

 そして、現れた頭には獣のような耳が生えている。顔も背丈も変わったが、それば卍解・改弍よる副作用だ。改弍は使用を重ねれば重ねる程、何らかの影響が使用者に現れる。日番谷冬獅郎は体の成長速度が遅くなるが、萩風カワウソはその体が徐々に天狐へと近づいていく。今では外見は尻尾や爪、髪に一筋混じる金髪ぐらいでしか見分けが付かないだろう。

 

「昔の狛村隊長の気持ち、こんな形で知る事になるとはなぁ」

 

 ただ、そんな萩風の迷いなどお構い無しに更木は斬りかかる。あの大斧で過去に萩風の体は泣き別れにされた事もある、抜刀し受け止めるもののやはりかつての仲間というのもあり受け流すことしかできない。

 

「更木隊長、俺は昔の仲間で三代目四番隊隊長の萩風カワウソですよ! 覚えてるんでしょ!?」

 

 しかし、その言葉は届いていないのか更木の手は緩む事はない。そしてどんどんギアを上げ、萩風の顔色も悪くなってくる。こんなじゃれあいと言い訳も出来ない戦いで瀞霊庭を荒らしてもいるのだ、この後に面会予定の四十六室や総隊長とどんな顔をして出ていけば良いのか分からない。

 

「俺はお前が萩風だろうが萩風じゃなかろうが、どうでもいいんだよ」

 

 ただ、そんな萩風の事情なぞ更木にはどうでも良い事なのだ。総隊長に叱責されようが、御意見番に諭されようが、四十六室に糾弾されても知った事ではないのだ。

 

「お前が俺を楽しませるだけ強いか、それだけだ!!」

 

 ただ己を楽しませられるか、それだけだ。

 

「卍解!!」

 

「っ!!」

 

 120年振りの侵入者が過ごす1日は、まだ終わりそうに無い。

 

 ☆

 

 山田有次郎は、今日は厄日であると分かっている。どこからか現れた侵入者に捕まり、その侵入者の戦いに巻き込まれ、そしてまた地下に連れて来られている。それも今度は、しっかりと霊圧すら隠されて。

 

「何で僕、こんな所に居るんですかね……」

 

 何故だろう、頭の中に色々な情報があり過ぎて旅禍と居ても全然気になっていない。ただ、その情報量を持ち鍵で有る当人は無防備に一息をついている。

 

「危なかった、本気で戦ったら更地になってたぞ。ギリギリ逃げれて良かった」

 

 そんな呟きをしているが、そんな余裕があるだけ目の前の存在はおかしいのだ。護廷十三隊において、隊長とは絶対の存在でありそれから逃げ仰るのは勿論のこと、戦えるような存在は稀有なのだ。中でもあの3人の隊長は100年以上隊長を務めている怪物であり、逃げている時点でこの萩風という存在は異常だろう。そして、その異常な存在はもう一つ気になることを言っていた。

 

「四番隊って救護班ですよ? 先々代は総隊長やってたし、先代は隊長3人から逃げれたり、もう色々おかしいですよ……」

 

 この男が護廷十三隊の元隊長であっても、おかしい。仮にそうだとしても逃げた事や戦えた事は理解できても、今更帰って来た理由も分からない。追放されたのか行方不明にでもなっていたのか、少なくとも100年以上隊長をしている自身の隊長を知る山田有次郎からすれば、やはり不気味に映る。だが、悪いもので無いのも分かってしまう。

 

「とりあえず、四番隊隊舎向かうか。昔と地形変わり過ぎててわからないけど、案内頼む」

 

「僕、隊長に殺されないですかね?」

 

 渋々といった様子で山田は拒否してもどうせこの人は四番隊に行くだろうと諦めながら溜息を吐く。それならまだ自分が話を通した方が被害は少ないだろう。ただ、そんな憂鬱な彼を察してか萩風は声をかける。

 

「今の四番隊の隊長って、虎徹勇音さん?」

 

「え、あ、はい。そうですけど」

 

 ただ、それを聞いて萩風は安心する。彼女なら問題は無いだろうと。

 

「なら大丈夫、あの人優しいし。俺の事は好まれてたかは知らないけど、そこまで嫌われてないと思うから。まぁ……遺書読まれてるよなぁ、忘れてくれてるかなぁ」

 

 ただそんな懸念を持つぐらいしか、彼女には信頼がある。卯ノ花を除けば間違いなく、護廷十三隊として共に過ごした時間の長い死神は彼女なのだから。

 

 ☆

 

 虎徹勇音、四番隊隊長の彼女はただその時を待っていた。どれだけ待ち侘びていたか、分からないほどに。古く萎れボロボロになっていく最後の手紙を胸にしまっていると、遠く離れていてもいつまでも近くにいるかのように感じられる。だからこそ、いつまでも慕う彼が戻ってくるのを待っている。

 

「隊長! 山田9席が────旅禍と共に戻って来ました!」

 

 そして、それが今日だった事を彼女は侵入者の存在を知ってから察している。誰1人大きな傷を与えず、副隊長ですら容易く対処できるような誰かは、彼女は想像できてしまっている。恐らくこれは総隊長や御意見番と当時の彼を知る者なら分かっているだろう。

 

 ただそれでも、誰も分かっていても話していないのはそういう事なのだろう。

 

「他の隊への伝達は、出来る限り遅らせて下さい」

 

「は! ……は? いや、隊長どういう……!?」

 

 そう言葉を残し、彼女は騒がしい外に出る。本当の賊であればこの時点で多くの死者が出ているし、大人しく待っている事なぞあり得ない。ただ待っているのが誰であるのか、彼女はそれが自分であると分かっている。

 

「だから、隊長呼んで欲しいんだって。俺の話通じる人それ以外思いつかないし」

 

「貴様のような賊に易々と隊長を呼ぶわけあるか! 四番隊三席である、この私が……!!」

 

 外に出てみればどうやら睨み合い、というか一方的に自分の所の三席が刀を構えて威圧している。ただそれを向けられた方はというと全く動じておらず、辟易しながら戦わないようにしている様子が見える。他の隊士が不安な眼差しを向け、その行末を見守っているが埒が明かないだろう。なので彼女は前に出る。

 

「およしなさい」

 

 そう言うと、彼女は部下に刀を下げさせる。隊長に言われた事で流石の三席もたじろいでしまい、刀を納めて下がる。代わりに前に出た彼女は改めて相対する賊を見る。その姿は過去に刻まれた彼の姿とは、かけ離れたものだ。

 

「久しぶりだね、虎徹……いや、虎徹勇音隊長」

 

 しかし、性格や雰囲気は変わらない。言葉遣いも昔から、自分に対して優しく、苦労をかけないように抱え込む事を知っている。そして性別が変わったと見紛う程に整った容姿はかつての戦争────ユーハバッハと相対した時の彼の姿と瓜二つだ。

 

「時間が経つのは早いけど、偉く美人になって……卯ノ花隊長と風格は似て来たのかな」

 

 今では護廷十三隊の隊長格でしか認識を許されない霊王の1人であり、あの戦争における功労者。卍解の先に向かい世界の崩壊を防ぐだけでなく、世界そのものを救ってしまった一部の者に口伝のみで語られる英雄の1人。

 

 虎徹勇音の師にして、卯ノ花八千流の弟子。その者に対して彼女は──

 

「改めて、萩風カワウソ。霊王を降りて帰って来」

 

 ──容赦の無い斬撃を飛ばしていた。咄嗟に萩風は刀を引き抜いてそれを弾いてはいるようだが、あまりに突然の事で目を見開いて周りと彼女を見ている。

 

「……え?」

 

 ただそれでも、状況は何も分からない。それもそのはずだろう。

 

「卯ノ花八千流が二番弟子 護廷十三隊四番隊隊長 虎徹勇音」

 

「え、え?」

 

「参ります」

 

 100年以上も待たされた上に一言も無く突然帰って来た死神に、溜まるものもあるのだから。

 

 ☆

 

 虎徹勇音に襲い掛かられた萩風は刀を交え、その後に集合した隊長達によって拘束された。と言っても拘束は御意見番のいる場所までの護送の為であり、そのまま解放され彼はここに来た目的の一つである彼女との面会に漕ぎ着けていた。

 

「あら、久しぶりですね。萩風」

 

「は、はい……お元気そうですね、卯ノ花隊長」

 

 卯ノ花八千流、護廷十三隊の前総隊長である。今は御意見番という立ち位置で護廷十三隊の新総隊長の助言役をしており、前線に立つ死神ではない。ただその貫禄は健在であり、今もなお語り継がれる生きた英雄だ。

 

「もう隊長ではありませんよ、長い事総隊長を務めましたが先代のようには行きませんね。私の隣を任せられる副隊長も、一言もなく帰って来ませんでしたから」

 

 そんな彼女も当然、萩風に対して思うところが無いわけではない。むしろ待たされていた者の中では一番、彼女は溜まるものがある。それこそ正式な霊王に対する面会の希望をここ100年で50回以上出しており、その全てで断られているのだから。

 

「それは、その……色々と事情とか」

 

「どこかの誰かさんと一度も会えなくて大変でした、それなのに仕事は増えるばかりでしてね。天界からの客人の始末で刀を振ったのも一度や二度ではありませんでした」

 

 ただそれはまだ責められない。笑顔の下がとんでもない事になっているのを萩風は長い付き合いなので分かってしまう。時間が彼女のそれを収めてくれると信じていたようだが、それは大きな間違いだったのだろう。

 

「どうしたのですか、いつまでも立っていては疲れるでしょう」

 

 ただ優しく、彼女は萩風に語りかける。その全ての所作が惚れ惚れしてしまう程に流麗で、かつての記憶も蘇ってくる。本当は怒ってないのではないかと淡い希望も持ってしまうほどだ。

 

「とりあえず────そこに、正座して下さい」

 

「……はい」

 

 しかし、座布団の無い畳の上を指差されそんな淡い希望はすぐに消え去るのであった。

 

 ☆

 

 卯ノ花からの叱責は、日が落ちても続いた。日が昇り始める時間から今回の事件は始まったが、まさかこんな事になるとはと萩風は自身の見立ての甘さを嘆く余裕もない。本来であれば天狐が何らかの助言を与えてくれるのだが、今回は「痛い目を見ろ」と遠回しに言われているのだろう。

 

「まさか、貴方がそんな理由で帰って来なかったとは思いませんでしたよ。猛省してください」

 

「はい、すいませんでした」

 

 そしてもう隠す事も出来なかったので洗いざらい全てを話した。もう霊王だったとか関係なく、この人の前で嘘をつけないと萩風は全てを話した。ユーハバッハと戦う為に天界を作った事、ユーハバッハとあの後1人で戦った事、死にかけて助けた滅却師がユーハバッハを倒さなければ体を乗っ取られていた事、新しい霊王を立てる為に手を尽くしていた事、天界からの来訪者と戦い続けていた事、様々な事を話せる限り話した。

 

 あの後に多忙であったのは嘘ではないので包み隠さずに話した。護廷十三隊に自分の問題なので迷惑はかけられないと動いていたのだが、それも含めて色々と叱責をされた。自分1人で抱え込み過ぎであると、その態度に途中から彼女も溜息が増えていた。

 

「ところで、私達を巻き込むかもしれないから帰らないというのはどういう了見でしょうか? 私がただの乙女扱いされるとは思っていませんでしたよ」

 

「本当に巻き込みたくなかったんです! なので許してください!!」

 

「許す? 面会を拒絶して距離を意図して取ろうとした貴方がそれを言う権利があるとでも?」

 

 思わず卯ノ花が胸ぐらを掴み上げる。萩風としても自分に非があるのを分かっているので抵抗はしていない。卯ノ花の笑顔が全く崩れていないが、こめかみに青筋が浮かんでいる時点でかなり不味いだろう。卯ノ花が手を出すような事は殆どないのだが、それぐらい萩風はやらかしているのだから仕方ない。

 

 ただ、そんな修羅場状態の部屋にノックが響く。

 

「卯ノ花御意見番、失礼しま……萩風さん!?」

 

 そこには頭に包帯を巻いた虎徹勇音がいる。萩風と本気で戦った時に誤って刀を弾かれた時に額を切ってしまったのだ。その時の傷はいつでも治せるが、包帯を巻くだけに留めているのは何か理由があるのかもしれない。

 

 そんな彼女がやって来て最初に見たのが掴み上げられた萩風である、急いでその場を諫めようと間に立って何とか萩風も解放される。

 

「虎徹さん……ありがとう、急に斬りかかって来た時は人違いかと思ったけど、相変わらず優しいね」

 

「その……私としても、強くなったんだって知って欲しかったですから」

 

 久しぶりに見せる萩風の笑顔に、虎徹は目を逸らす。昔は常に共にいたが、ここまで自分だけに向けられた笑顔は記憶に無い。ただ萩風としても本当に助かったと感じているからの感謝の笑みなのだが、勇音は気付いていない。

 

 萩風が戻らなくなった四番隊で、自分だけではやっていけないと妹に泣きついて副隊長になってもらい、それではいけないと卯ノ花に斬術の師として弟子入りし、胸を張って護廷十三隊の隊長として立つ為に過ごして来たのだから。それに萩風の遺書を独り占めしていた事も彼女としても隠し事ではあるので、その後ろめたさもあるのだろう。

 

 だが、とりあえず一件落着といった所だろう。一番の懸念であった卯ノ花の叱責も落ち着いており、これから小言は暫く言われるだろうがそれは自分の過ちとして認められる事なのだから。

 

 ただ何故か、先程から卯ノ花の声が全く聞こえない。

 

「とりあえず、霊王様の連絡も後で来るはずで……あの卯ノ花師匠? 聞いてま……あっ」

 

 何故なのか、そう思い漸く彼は振り向く先にいる卯ノ花は萩風の足元を見ていた。何なのかと思い彼も足元を見る、そこには確かに何かはあるのだが────卯ノ花は先程までとは比にならない怒気を込めた声で、彼の足元を指を指す。

 

「萩風、その写真は何ですか?」

 

 写真、ただの写真だ。正直言うことでもなかったものなので話してなかったものであり、何故怒っているかも萩風には分からない。ただ、今が非常に不味い状況であるのを分かっている。先程までの『全く、困った弟子ですね』みたいな怒り方ではなく『お前何やってんの?』と言う怒り方なのだから、空気も変わる。

 

 ただその写真には破面が写っているだけだ。虚圏でウルキオラの右腕として働いているハリベルとその従属官達、そしてもう1人の少女が写っているだけの写真だ。その少女を皆微笑ましく眺めているだけの健全なものであり、叱責される要素などないはずだ。

 

 ただ、問題があるとすれば──

 

「特にその写っている幼子、誰かの面影を感じるのですが?」

 

 ──そこに写っている現世の基準なら小学生ぐらいに見える少女がその写真に映る1人の面影と、更にこの写真の持ち主の面影を併せ持っている事だろうか。

 

「ま、待ってください! 違うんです、説明させてくださいって!!」

 

 何かやばい、何がヤバいかは分からないが萩風は全てを話すと言う意志を見せる。何故か分からないが萩風の第六感が卍解を使われる未来を予期しており、絶対にそれは阻止しなければならないと危険信号を送っている。

 

「彼女とはその、昔から親交があって……知恵をつけてきた天界の奴等に巻き込ませないようにする為に、もう会う事は難しいって話をしたら、その……そういう雰囲気になってて」

 

 彼女、エミルー・アパッチとは長い付き合いだ。それこそ虚圏に行けば必ず会うぐらいの仲ではある。しかし破面と死神、それも霊王となれば関係を深める事は難しい問題がある。ウルキオラやハリベルには認められていても、それ以上の関係にはなれない。

 更に言えば萩風は霊王として果たさなければならない責務があり、その過程で虚圏にいる彼等が危険に晒される可能性を考えていたのだ。天界の来訪者は知恵をつけ始め、元が地獄のならず者であるので邪悪な存在として産まれることが殆どだ。そして、そんな存在を狩る霊王を敵にするなら、虚圏で萩風と親しい者に目を付けないわけがない。

 

 なので萩風は彼女を諦めた、そしてそれを伝えた。そうしたらそういう雰囲気になり、ウルキオラとのみ面会していた時に出来ていたことを聞いたのである。なお耳にしたのはほんの数ヶ月前であり、その写真もウルキオラから貰ったものだ。今はスクスクと育っているようで、霊王の血を引いているおかげでとんでも無い素養があるらしい。

 

「なるほど、そういう雰囲気にして子供を作る余裕はあったのですね。こちらには一度として顔を見せた記憶は無いのですが」

 

 ただ親としての自覚を持つよりも周りの問題を解決しなければいけなかったのでまだ会いに行けてはいない。霊王を辞めた今なら会っても多少はマシになるはずなので、その為にこの写真は胸元にいつもしまっていたのだ。

 

 なお、それは置いておいても護廷十三隊に顔を出さなかった事に卯ノ花はキレている。それこそ今すぐにでも斬魄刀を引き抜こうとするほどであり、その豹変振りに「え、今のどこに殺意が!? いやあの、責任は取りますけど!!」と萩風は情けない雄叫びをあげている。

 

 ただ、そんな卯ノ花の手を勇音は止める。

 

「もうやめましょう、卯ノ花さん!」

 

 目には涙が浮かんでおり、その手を収めるというよりは懇願して思い止まらせるようなものになっている。彼女も何か胸中が複雑な思いで一杯なのだろう、しかしそれでも彼女は止める。

 

「もう、萩風さんは幸せにしなきゃいけない人が居るんです。だから……」

 

「勇音……そうね、少し気が動転していたようだわ」

 

 だから、その先の言葉は萩風には分からない。しかし卯ノ花はそれを理解していたのか殺気を完全に収める。その様子に今度こそ落ち着いたのだろう。ただ萩風は『子供作って責任取らない屑野郎』という点に怒っていると思っているので、反省しているようで反省出来てないのだが。

 

「はい、ちゃんとしまって……」

 

 そうして、勇音が写真を拾い上げて萩風に渡しに向かう。これはしっかりと、また胸の中にしまっておくものであると。

 

「虎徹さん……ん?」

 

 ただ何故か、今度は彼女の手が止まる。彼女に手にある写真は別に見せられないものではないはずだ、しかし彼女はその2枚目の写真を見ると──

 

「萩風さん、これはどういう事ですか?」

 

 ──荒ぶる霊圧を纏い、萩風の胸ぐらを掴んで彼の眼前に一枚の写真を突き付けていた。あまりにあまりな行動に反応が遅れたというのもあるが『これ対抗したらダメなやつだ』と霊王であった第六感が警報を鳴らしていたので無抵抗のままその写真を見る。

 

 そこには金髪の少女と萩風カワウソの2人が写っている。それだけだ、しかし強いて言えばその写真はある意味もう1人写っているという事だろうか。

 

「違うんだ、虎徹さん。事情はあるから話させてほしい」

 

 その少女、リルトット・ランパードは萩風カワウソの最初の眷属にして現在は萩風直属の部隊の隊長を務める滅却師だ。来訪者を対応する為に滅却師の滅却の力は役立つものであったので、今では魂魄のバランスは彼女達無しでは取れたものでは無い。

 

 ただ、問題なのはそこではないのだろう。

 

「このお腹の膨れた少女、身籠った子の親は誰ですか?」

 

 リルトットのお腹が大きいのだ。まさしくそれは命の宿っている事を示しており、隣に写る萩風の顔も何処か親しげに見える。

 

「…………それは、その」

 

「誰ですか?」

 

 ここに来て漸くだろう、彼女達が何故キレているのかを察する。自分達を放っておいて、どこでうつつを抜かしていたのかと。会いに来る余裕が無いやら巻き込むことが出来ないなど色々と言いながら、何をしていたのかと。過程は知らない、事実を語れと言っている。

 

「………………俺、です」

 

 その言葉を聞いた瞬間、勇音によって首は滅茶苦茶に揺らされた。力任せに、殴る蹴る斬るなどは彼女の気質として出来ないようだが、それでも先ほどとは違い怒気10割の萩風の気遣いなぞ欠片も無い揺さぶりをしていた。

 

 ちなみにリルトットが孕んだのはそれが霊王を放棄した時の願いであったからだ。もう放棄が決まったような時期、ちょうど1年前ぐらいに『俺に出来る事なら何でもするんだよなぁ?』と言われてしまい、やってしまったわけである。今は元気に育っており、零番隊も手伝っているらしい。その写真は別で胸の中にあるが、そう説明する余裕は無いだろう。

 

「まさか、こんな節操無しとは思いませんでした。霊王になって変わってしまいましたね、それもこんな可愛らしい……私なんかとは程遠い女性ばかり!! この大きい背があっても、私の事なんて視界にすら入ってなかったんですね!!」

 

 色々と言っているが、萩風は聞き取れない。120年も家族とも言えた護廷十三隊に帰らず子供作って意気揚々と帰ってきたと羅列させてみれば中々に屑な事をしているように感じ『天狐、俺どうしたらいい?』と匙を投げて流れに身を任せる以外に出来ないのだから仕方ないだろう。下手な言い訳や抵抗も、彼女達の神経を逆撫でするだけなのだから。

 

 しかし、その勇音の手を今度は卯ノ花が収める。

 

「まぁまぁ勇音、落ち着きましょう。やはり王様というのはそれだけ豪気でなければ務まりませんものね」

 

 だが何故だろうか、先程と異なり萩風は全く安心出来ていない。それはあれ程までに激昂していた卯ノ花が笑顔のままに彼女を諫めているというのもあるが、その卯ノ花が明らかに何かを思いついたかのような表情と昔に萩風と決闘をしていた時の獲物を見る目をしているからだろう。

 

「ところで萩風、私は待たされたわけですがそれについてどう思います?」

 

「あ、その……」

 

「誠意を、見せられない甲斐性無しに育てた覚えは無いですが……どうですか?」

 

「俺に出来る事なら、何でも聞きます」

 

 何故か、抵抗が出来ない。抵抗したらダメな気がして何も言えない。萩風カワウソはユーハバッハと相対していた時は感じていなかった恐怖を、今頭の中で感じていた。護廷十三隊の総隊長や初代剣八であった圧から、何か危険な雰囲気を感じていた。

 

「そうですか、そうですか! 実は、貴方からしか貰えないものが二つあるんです」

 

 そしてその予感は、やはり正しい。この危機感知という二代目霊王としての権能の正しさに、萩風は初めて後悔をする。あまりに希望がない事に、避けようのない何かに抵抗できないのであれば死刑の宣告でしかない。

 

 そして、その卯ノ花の要求は──

 

「一つは────苗字です」

 

 ──拍子抜けするほど、軽いものに聞こえた。

 

「え、そんなので良い……いやなんでもないです、どうぞ好きなようにお使いください」

 

「えぇ、そう言ってくれると思いました。ではもう一つも頂きますが構いませんね?」

 

 ただそれを口に出しては不味いと思い萩風は思い止まる。願いは二つと言った、もう一つをまだ聞いていない。この一つ目はその落差を作る為に敢えて軽くした可能性すらある、こんな考えを卯ノ花に対して何故しなければならないのか、萩風は胸中が涙で一杯にしながら最悪の可能性ではない事を確かめる。

 

「命では無いですよね?」

 

「あら、正解ですよ」

 

 ダメだったようだ、萩風カワウソは自身の墓がここであると悟り無気力なまま膝を折っていた。

 

 ☆

 

 萩風カワウソが瀞霊庭に侵入してから、一月が経とうとしていた。そんな中で開かれた隊首会には萩風の姿もあり、四番隊の隊長が立つ位置に立っている。

 

 中央には総隊長である日番谷冬獅郎と側に控える副隊長の雛森桃(苗字を変える届出は出してない)がおり、萩風の見知った顔も他にはいるが、見知らぬ隊長の顔も多い。

 

「卯ノ花御意見番と四番隊の虎徹隊長は産休に入る事になった。それと二番隊の砕蜂隊長も身籠った事を機に引退、代わりに二番隊の隊長は副隊長だった四楓院夕雲に任せる」

 

「はい、頑張ります!」

 

 新たな隊長として闘志を燃やす彼女とは異なり、今回の隊首会の温度は冷えている。と言っても冷えてないものもいるが、冷ややかなその目線は全員、萩風カワウソの方へと向いている。

 

「それと、人手を一気に減らした張本人である零番隊の萩風カワウソには暫く四番隊の隊長代理をしてもらう。顔の知らない奴は覚えておいてくれ」

 

 隊長と御意見番の3人を孕ませた零番隊のクソ野郎、そのレッテルが貼られているのだから仕方ない。命を貰うと言われた萩風であるが、まさかあんな事になるとは思ってもいなかったのでげっそりとしている。ここ最近はその手続きやら対応やらで色々と気を回していたのだ、更に四十六室の対応も重なれば精神的な疲労が体にも現れてくるだろう。

 

「あんな騒動を起こしたこの女を、信用しろと?」

 

「あの、こう見えて男です」

 

「御言葉ですが総隊長、今は天界の来訪者との戦いが続く戦時下です。先の戦いでも隊長が2人も入れ替わりました、そんな非常時にこの女を入れる理由は分かりかねます!」

 

「あの、男なんですけど……」

 

 なお、そんなクソ女が3人の女性を孕ませたとして非難の目を向けられているのだ。ただそう言うのは萩風とは面識の無い隊長達であり、他の面識のある隊長達は静観を決め込んでいる。なお萩風の主張する言葉は全く耳に入っていないように見える。

 

「信用するかどうかは今後の萩風を見てお前らで判断しろ、だからと言って決闘はするなよ」

 

 日番谷はそう収めるが、それで収まるはずがない。顔見知りである護廷十三隊の隊長の方が多いのであまり厳しい視線は少ないが、そうでは無い5・8・9番隊の隊長達の視線は厳しい。

 

「うちの副隊長やっといて、ただで済むと思わん事だな」

 

「この変態が……」

 

 口々に護廷十三隊を穢す悪辣な存在として威圧するが、そう言われてしまっても肩書きやらやって来た事実だけを並べてしまえば少なくとも自分から誤解を解く事は出来ないだろう。だからこそ日番谷も総隊長として『自分の目で判断しろ』と言っているのだ。

 

「……誰か庇ってくれたりしません?」

 

 だがここまで逆風を起こされていれば少しは居心地が悪いだろう。そんな眼差しを周りに向けると、十番隊の隊長と目が合う。

 

「大丈夫だろ、また肩を並べて戦えるのが俺は嬉しいぜ」

 

 そうじゃないんだよな、とは言わないが久しぶりに会った黒崎一護の顔に『まぁダメな時は潔く殴られる……殴られるだけで済むかなぁ』と内心複雑なまま、隊首会に臨んでいく。

 

 ただそれも砕蜂や朽木白哉が入った事により寛容となった四十六室による情報統制が緩む時まで、その居心地の悪さは続くのであった。

 

 ☆

 

 萩風が霊王宮を出てから数日、三代目霊王の書簡が届いた頃に2人の死神が下を見下ろしていた。零番隊の麒麟寺天示朗と兵主部一兵衛だ、彼らは一つの時代に区切りがついたと肩の力を抜いていた。

 

「ようやく、あいつは霊王辞めたか」

 

「辞めたと言っても、三代目に何かあればいつでも代われるがの」

 

 だが何かあった時にはいつでも霊王として楔になれる、それが萩風カワウソである。ただ楔としての仕事も含めて移譲し、ただの死神と思い込んでいる彼の認識の甘さには2人とも頭を抱えている。

 

 ただの死神が零番隊にはなれない。霊王が変わろうと、零番隊の条件は変わらない。その加入の条件は霊王に認められた尸魂界の歴史に変革を起こす程の名を残す偉業を成す事だ。

 

 そして、萩風カワウソにはそれが当て嵌まるからこそ零番隊に居るのだ。

 

「理論上はどんな奴でも霊王になれる、そんな結果を残した唯一の死神ですからね」

 

 萩風カワウソと全く同じ時間、同じ状況、同じ修行を行えば誰しもが霊応に足る器を手に入れると証明してしまったのだ。萩風カワウソには必要な素養は何も得ておらず、むしろ死神としての素養も霊力は天狐由来のものから発現したので零と言っても過言ではなかった。

 

 そして、そんな存在が霊王としてこの120年を治めていたのだ。零番隊として入れない道理はない。

 

「で、あそこどうするんです? また萩風みたいなの産まれたら面倒ですぜ、あいつみたいな奴が成るとは限らねえですし」

 

 ただそうなると、麒麟寺は萩風が霊王となってしまった要因でもある『過去に霊王を貴族が襲った洞窟』の対処を和尚に問う。萩風が特別に変わった要因はあそこだ、あそこで同じ事をすれば誰でも器を手に入れられるだろう。

 

 しかし、それに対して和尚は首を横に振る。

 

「居らんよ、また同じ死神は現れん」

 

 和尚は知っている、萩風カワウソがどのような死神でありどのような意志と時間をかけてあそこに辿り着けたかを。死の間際を数千数万と意図して飛び越えさせ続けた末に適応という形で変異し出来た器を、卍解ですら先に折れてしまう程に過酷な鍛錬の先にしかそれが無い事を。

 

「奴が特別な必要がある所以外が特別強かった、それだけじゃよ」

 

 萩風カワウソ、あれは霊王に次ぐ奇跡だったのだから。

 

 ☆

 

【護廷十三隊】

 

『御意見番』

 卯ノ花八千流が総隊長を退き護廷十三隊からも引退しようとした所、経験の薄い新総隊長である日番谷冬獅郎から引き止められて就いた役職。基本的な決定権は無く、隊首会などで日番谷から意見を求められた時に自身の考えを伝える役割を担い、二代目総隊長としての威厳は未だに轟いている。現在はその役職を務めながらも、育児に精を出しているらしい。なおその子供が後の総隊長となるのは別の話である。

 

『一番隊』

 日番谷冬獅郎の指揮する部隊。総隊長である彼は唯一の改弍の使い手として卯ノ花に推薦されその責務を全うしている。背はここ100年で2cmも伸びておらず、これは改弍による副作用で成長が遅くなっているからである。なお副隊長の雛森桃とは子を設けており、今は護廷十三隊になる為の勉強中である。

 

『二番隊』

 砕蜂が指揮していたが、引退に伴い四楓院夜一の弟である夕雲が隊長となっている部隊。なお副隊長は大前田希千代の妹である大前田希代が務めている。また砕蜂な育児をしながら貴族という事もあり四十六室に所属するが余りにも萩風や霊王について秘匿しようとしていた動きに後に語る朽木白哉などと協力して尸魂界を変える為の働きをしている。なおその娘が貴族会のトップに立ち「血統」と「力」と「知性」で支配するのは別の話である。

 

『三番隊』

 綾瀬川弓親が隊長を務める部隊。元は鳳橋隊長が纏めていたが本人は死亡扱いで現世にて活動している。辞めた理由は当時の副隊長になら隊長を任せられれと判断しての事だが、本人が固辞して綾瀬川が隊長となる。なお本人はさっさと隊長を辞めたがっているが辞められないまま100年が過ぎ、改弍に至れない不甲斐なさを感じながらも表には出さず副隊長である吉良イヅルと共に三番隊を背負っている。また吉良は隊長と遜色ない力持つ副隊長なのでさっさと変わって欲しいとも感じている。

 

『四番隊』

 虎徹勇音が隊長を務める部隊。以前までは副隊長をお願いしていた妹も居たが、甘えたままではいけないと感じた勇音の願いにより十三番隊に戻っている。なお代わりに副隊長へ任命された山田花太郎であるが、萩風という副隊長を知る彼からすれば荷が重すぎると苦労している。また勇音の産休中は代理隊長として萩風カワウソが仕事を代わっているが、一般隊士からの風当たりは強いらしい。

 

『五番隊』

 以前は平子真子が隊長を務めていた部隊。しかし天界からの来訪者が現世にも出没する事から後述する八番隊の隊長と共に隊長を引退し、仮面の群勢として現世で活動している。なお後任となった隊長は萩風カワウソを護廷十三隊に紛れ込んだ異物として警戒しているようだが、後にその認識は来訪者との戦いで改めていく。

 

『六番隊』

 朽木ルキアが隊長を務める部隊であり、副隊長として阿散井恋次が彼女を支えている。四十六室を変えるべく引退した朽木白哉の後任としてルキアは隊長となっており、隊長副隊長共に隊士からの信頼は厚い。萩風カワウソが帰還した時は下手に関わって状態を悪くするよりはその戦う姿を見せた方が早いだろうと特に間に入ろうという意思はない。なお元隊長の朽木白哉は四十六室で後に砕蜂の娘の後ろ盾として活動するが、想像と違ったタイプの是正にドン引きするのは別の話である。

 

『七番隊』

 斑目一角が隊長を務める部隊であり、元隊長の狛村は雛森に介抱された後に山の中で過ごしている。綾瀬川隊長と同様に隊長を辞めたがっているが、改弍に至れない事を理由にまだその時では無いと鍛錬を続けている。副隊長の倫堂与ウとしてはこのまま隊長を続けて欲しい気持ちはあるが、その気持ちが変わる事は無いらしい。

 

『八番隊』

 元は京楽春水が隊長を務めていた部隊であるが、本人が『後進の育成がしたい』という要望を当時の総隊長であった卯ノ花に伝え、再起不能扱いで護廷十三隊を引退しており、副隊長であった伊勢七緒もそれに付いて行き教官をしている。そして後任である矢胴丸リサは暫く隊長を務めていたが平子同様に現世に戻り、今は更に後任の隊長が部隊を指揮している。

 

『九番隊』

 元は六車拳西が隊長を務めていた部隊。ただ彼は鳳橋楼十郎と同じく戦死者として扱われているが、今は仮面の群勢として現世で活動している。隊長退いた理由はまだ精神的な甘さも残っていた檜佐木を隊長にする事で無理矢理矯正しようという考えからであり、実際に産絹彦禰と関わった事件で大きく隊長として成長も出来ていた。ただ檜佐木は度重なる卍解の使用で隊長を退き、今は何故か結婚した久南白と共に新聞を瀞霊庭内に発行する記者として活動している。なお後任の隊長は義理と人情に熱いタイプであり、萩風の何人も孕ませた行為に立腹している。

 

『十番隊』

 10年前に日番谷冬獅郎が総隊長へ昇進した時を境に黒崎一護が隊長を務めている部隊。副隊長だった松本乱菊は護廷十三隊を引退し、思い人の墓を整えている。代わりに副隊長となったのは斬魄刀を持たない茶渡泰虎であり、最初こそいきなりのこの扱いに多少の不満も出ていたが今では十番隊をしっかりと率いられている。与えられた仕事は虚圏との関係を保つ謂わば外交官的な立ち位置であり、虚圏の王であるウルキオラとは良好な関係を築けているらしい。なお黒崎一護の妻である井上織姫も四番隊で末席ではあるが席官をしている。

 

『十一番隊』

 更木剣八が隊長を務める部隊。過去には単独で来訪者を撃退もしているが、知恵をつけてきた彼らには苦戦している模様。なお副隊長を務める 射場鉄左衛門は120年前の戦いで故人となっていたが涅マユリによって蘇生されて副隊長を務めている。なお三席には黒崎一護の息子である黒崎一勇がいる。彼は色々と特質的な能力があったので萩風に目をかけらており、師弟に近い関係を築いている。なおお姉さんとしか呼んでいない模様。

 

『十二番隊』

 涅マユリが隊長を務める部隊。副隊長であったネムはジゼル・ジュエルとの戦いで不調が出てしまった為、眠八號として再構成され今は三席を務めている。代わりに副隊長となった阿近は他の隊長格からの何でも屋扱いされて色々仕事が溜まっているらしい。

 

『十三番隊』

 浮竹十四郎が隊長を務めている部隊。肺に居着いていた霊王の右腕は終戦後に欠片の回収をしていた萩風との交渉により健康な内臓機能を手に入れた事で今もなお隊長として働けている。なおその影響で多少は霊圧が落ちてしまったが、それでも十分なほどに古参の隊長として護廷十三隊を支えている。副隊長は朽木ルキアと阿散井恋次の娘である阿散井苺花が努めており、本人は彼女が成長した時が隊長の辞め時だと考えてもいる。

 

『藍染惣右介』

 過去に護廷十三隊と敵対した元五番隊隊長。萩風カワウソの特異性に鏡花水月中の斬撃を避けられた事から察しており、霊王として感知する力を有しているとまで見抜いていた。だからこそユーハバッハが特記戦力にしていなかった事に落胆し、霊王を吸収したユーハバッハを倒す可能性を捨てていなかった。過去に霊王にならないかと誘いを受けた時もあったが断っており、今は感覚器を増やして対処してくる萩風を相手にどう戦おうか楽しみにしつつ、その時を待っている。

 

『先輩』

萩風に嘘をついてしまい色々世界の命運とか分けてしまったキッカケ。萩風と仲が良かったのは出身地が近いというのもあったが、それは彼の中に「天狐の魂魄の断片」が紛れていたので属性的にも仲良くなりやすかったのも要因としてある。現在は隠居しており、隊長していた事すら最近まで知らなかった。

 

【完現術者】

 

『現世組』

彼らは浦原喜助の支援により普通の暮らしを手に入れられていた。ただ力を望んでいないものもいたが、それは後に『先代霊王の欠片』を集めて回る萩風カワウソに願ったものは回収され普通の人間になっている。

 

『死人組』

銀城は浮竹と和解し、諸悪の根源であった存在と戦いに向かったがその存在は霊王の新しい器を奪われるだけでなく遥か高みから全て掌で踊らされていた事に気づき最後は魂を滅却されて息絶えた。なおそれをやった萩風カワウソは無自覚で計略を利用していただけなのを知らない。またグレミィを倒した月島も普通に流魂街で暮らしており、死後の世界でのんびりしている。

 

【虚圏】

 

『虚夜宮』

 虚圏の王であるウルキオラ・シファーの治める城、破面の多くが住んでいる。浦原喜助からの技術支援などもあり、今では何もなかったこの世界でもテレビが見れるようになっている。なお最近の悩みはハリベル達の育てている萩風カワウソの子供『リーンレイス・アパッチ』が無意識に『王虚の閃光』を放つ事であり、それを止める為に執務を中断する事がしばしばある。なおその子供が卍解と帰刃を身に付けてウルキオラに対して王座を分捕り婿に据えようとするのは別の話である。

 

【零番隊第五神官】

 

『星十字騎士団』

 ユーハバッハが死に、殆どの星十字騎士団も死んだ。生き残ったのもたったの4名であり、石田雨龍を除いた全員が(石田雨龍も死後に)霊王の眷属となっている。

 

『バンビーズ』

 零番隊『狐飛姫』直属の部隊であり、名前はバンビエッタが付けた。隊長はリルトット 副隊長はアスキン、そして所属メンバーは8人であり、全員が元星十字騎士団。アスキンと石田、そしてグレミィ以外は元バンビーズであり涅マユリの骸部隊から萩風が強奪し蘇生(体内の菌も除去)した事で形成された部隊。

 

 石田雨龍は萩風カワウソから直々に招待を受けたが初めは断り、死後に再スカウトをかけた萩風の言葉にしょうがないといった様子で受けているが、それは黒崎一護などかつての仲間が護廷十三隊に入隊した影響が大きい。今はバンビーズの参謀を務めている。

 

 リルトット・ランパードは霊王の左腕の力を使い敵を倒すバンビーズの隊長を努めており、過去には霊王の特別世話係という役職で呼ばれていたが名前にセンスのかけらもなかったのでバンビエッタに変えさせた。実は力の宿った左腕よりも治してもらった右足の方を大切にしており、それをアスキンに指摘されてから萩風を意識してしまい、願いでは『萩風との子を作る事』を望んだ。霊王と滅却師の子供という事もあり、無茶苦茶な力を持つのはまだ先の話だろう。

 

 バンビエッタ・バスターバインはバンビーズの1人であるが隊長どころか副隊長ですら無い事に納得いっていない。なお萩風もその役職は眷属になった順番で任せているので他意は無いのだが、気にしている。また何故かアスキンと結婚しているが副隊長の座を寄越せと毎日詰め寄っているらしい。願いではリルトットの気を萩風に向かわせない為に『グレミィ・トゥミューの蘇生』を求めたが、結果としてその思惑はうまくいかなかった。

 

 アスキン・ナックルヴァールは副隊長を務めているが、何故かバンビエッタ・バスターバインと結婚している。理由は零番隊に仕立てられた服が似合っていたなどが重なってなのだろうが、凸凹夫婦として萩風カワウソを支えている。願ったものは『飽きない世界』であり、天界というはちゃめちゃな世界の誕生にユーハバッハでは見られなかったものを体感して相応に満足している。

 

 ジゼル・ジュエルはバンビーズに所属する滅却師。バンビエッタをゾンビ中に好き放題した影響で彼女から距離を取られている。願ったものは『人形(ガチ)』や『バンビちゃん(ゾンビ)』といった萩風の倫理的に応えられるものではなかったので、代わりに「そんなに女の子の振りするなら、女の子にしてあげるよ」と『女の子にされてしまう』という形で無理矢理願いを消化されてしまう。なお反論しても周りから援護はなく、今は男の子に対して時折起こる胸の高鳴りと戦っている。

 

 グレミィ・トゥミューはバンビエッタの願いによって蘇生された滅却師、しかしその脳は三代目霊王に使われており蘇生なぞ出来るはずもなかったが細胞の培養など萩風が霊王として本気で手を尽くした結果受肉し能力も『想像したお菓子を出せる』程度になってしまったが、それでリルトットの胃袋を落とすことが出来ず惨敗、何故かミニーニャ・マカロンと最近は雰囲気が良い感じであるが、本人は気づいていない。

 

『萩風カワウソ』

 零番隊に所属する死神であり、元は二代目霊王。正式な肩書は『王族特務零番隊 天界神将 第五神官 狐飛姫』であり、完現術により完全に復活させた斬魄刀『天狐』と共に戦う姿からその名は名付けられた。外見は天狐にかなり近づいており、いずれ完全に女性になるのでは無いかと不安がある(その不安は的中する)。

 霊王宮には離殿もあり名前は天狐殿とされ、滅却師達が普段は生活している。その仕事は天界と地獄(地獄は天界のついで)の管理であり天界から現れる来訪者と戦う事が主な仕事。

 既に5人の子供がおり、何故そうなっているのか全く心当たりがない模様。ただ等しく全員に責任を持って子育てをしに行きたくとも仕事が多過ぎてまともに動けないらしい。また自身の二代目霊王としての力は扱えており、初代には及ばずともいつでも新たな楔として代われるらしいが、その事は零番隊以外には知られていない。最近の悩みは隊長の誰も卍解・改弍について語ってくれない事であり、それを聞いた日番谷は「まだそんな非常識が常識なのかよ」と頭を抱えている。





完結

色んなキャラに見せ場を作ろうというコンセプトで作った本作ですが、満足頂けたなら嬉しいです。正直この作品のどの辺りを気に入っていたのかもあまり分かっていませんでしたが、とりあえず文章力とか2年前より多少は上がって見られるものにはなったかと思います。

ちなみに初期では黒崎一護が主人公である事を尊重して萩風を乗っ取ったユーハバッハを力を合わせて倒すみたいな形にしようとしてましたが、それよりは普通の大団円にした方が良いかと思いそうしました。ただヒロインとかそれっぽくして繋げる気はありませんでしたが、希望が多かったのでこういう終わり方になった次第です。

とりあえず長かったこの作品は終わりますが、またどこかで『赤茄子秋』って名前を見たらこんなの書いてたなと足を運んでくだされば嬉しいです。今後の創作はオリジナルの何かを書きたいと考えてますが、纏ったら出す予定です。とりあえず今はアニメを楽しむ予定。

最後に、神作品の創造主である『久保帯人』先生に感謝の言葉を述べさせてもらい締めたいと思います。

ありがとうございました!


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