墳墓大戦 (天塚夜那)
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開戦

皇帝のナザリック訪問から一ヶ月後

 

 スレイン法国、バハルス帝国、リ・エスティーゼ王国の三国は、度重なる秘密会談の末、ついに対アインズ・ウール・ゴウン大同盟の前進となる三国防魔同盟を締結。

 周辺国家に加盟を求める信書を送り、ナザリック地下大墳墓に対しては、三ヶ国代表の署名が入った文書が使節団によって届けられた。

 主な文書の内容は、ナザリック側に三国同盟への納税義務や技術開示の要求であり、それは実質的な降伏勧告であった。

 この文書に魔導王アインズ・ウール・ゴウンは激怒。

 使節団を惨殺後、三国同盟に対し徹底抗戦を宣言。ナザリック第一層守備隊を地表部に展開した。

 対する三国同盟側は近隣国家最強である法国は、一時出兵を見送ったものの、帝国、王国が即応、帝国軍四万、王国軍十二万がナザリック地下大墳墓周辺に展開。

 後に一ヶ月戦争と呼ばれる戦いの幕開けである。

 

 

―――――

ナザリック地表部城壁上、ナザリック守備隊指揮所

 

 

 陣幕の中に入ると、待機していたアンデッド達が一斉に跪いた。

 皆今回の戦いで彼の部下として与えられたアンデッド達で、その中でも特に知性の高い個体が集まっている。

 

「皆立て、して状況に変化は?」

「有りませんクリプト殿。しかし、敵側に僅かな動きが」

 

 彼――地下聖堂の王(クリプトロード)に応えたのは、エルダーリッチの一体だ。

 「そうか」と言いながら中央にどっしりと構える巨大な机の前に移動するとアンデッド達も机の周囲に集まった。

 机の上にはナザリックを中心とした地図が置かれ、その上には敵味方の部隊の示す駒が置かれている。

 駒の配置はクリプトが退出した時とほとんど変わっていないが、敵側の駒の数が若干増えていた。

 

「敵の増員か」

「はい。先程までで二度、一度目はエ・ランテルから来た増員でした。二度目は補給部隊でしょう。直ぐに引き返したようです」

 

 クリプトが無言で片手を差し出すと、スケルトンメイジが紙束を乗せた。

 そこには敵の動きが五分おきに細かに記されている。

 

「ふむ……。ようやく敵が集結したという事か。では、そろそろ始まるかもしれんな」

 

 クリプトは視線を前に移す。

 正面の天幕は開かれており、眼下の両軍を一望に収める事が出来る。

 奥に視線を向ければ様々な旗が掲げられた人間共の陣地が見え、手前には無数のアンデッド(同胞)達が布陣しているのが見える。

 アンデッド達はレベルの低い個体ばかりだがこれほど集まると壮観だ。

 

(素晴らしいな)

 

 クリプトがこの景色に、ある種の感動に近い物を感じていた。すると、エルダーリッチが声を掛けた。

 

「そういえばクリプト殿、アインズ様はなんと仰っておられたのですか?」

「うん? ああ、アインズ様からの厳命を賜った。皆、心して聞け」

 

 アンデッド達が再び跪く。

 

「このナザリック地下大墳墓を侵さんとする者に慈悲など無用。圧勝せよ、この一言の他に、言う言葉は無い」

 

『御意!』

 

 

―――――

同盟軍本陣

 

 

「なぜ攻めないのですか?!」

 

 見れば怒声を上げているのは貴族派閥の代表として来ている男だ。爵位はそれほど高くないが武人としてそれなりに実力のある人物である。

 

「王よ、よもやアンデッド風情に臆したのではありませんな?」

「貴様!無礼だぞ!」

 

 今度は王派閥の貴族が対抗するように大声を張り上げる。

 いつもならここから不毛な言い争いが始まるところだが、今日は両者それ以上の発言はせず、睨み合いに終わった。

 理由は自分達の向かい側の席にある。

 そこにはカーベイン将軍をはじめ、帝国の優秀な指揮官達が並んでいた。

 もっともガゼフとしては今更取り繕ったところでなんの意味があると言いたいところだ。

 既にこちらの内部不和は相手に知られているのだから。

 

「確かに、たかがアンデッドにいつまでも手をこまねいている場合ではありませんな。国王陛下、我々はいつでも戦えます。如何されますか?」

 

 カーベイン将軍が武人というより上流貴族のような笑顔で述べる。

 

「お待ち下さい。アインズ・ウール・ゴウンは危険です。安易な行動は慎むべきかと」

 

 ガゼフはこのどこか弛緩した空気に堪らず口を開いた。

 ここに居る者は皆、アインズ・ウール・ゴウンという強大な魔法詠唱者の存在を知っている。

 しかし、いざ戦地に来てみると、待っていたのは下級アンデッドばかりで拍子抜けし、今に至る。

 だが、ガゼフはアインズという人物がただならぬ力の持ち主だと知っている。

 そもそも相手は、ガゼフでさえ勝てるか分からないようなアンデッドを生み出していた男だ。

 そんな相手の軍勢が、下級アンデッドばかりとは思えない。

 

「ガゼフ・ストロノーフ殿。確かに軽率な行動は慎むべきだ。しかし、このままここでじっとしていても何も変わらない。ここは一当たりして、敵の実力を見るべきでしょう」

 

 カーベインの言葉は正論であり、それ故に感覚で反対しているガゼフには返す言葉が無い。

 ガゼフは無言で了承の意を示すと、今まで黙って話し合いを聞いていた王ーーランポッサ三世に目を向けた。

 この軍の実質的な指揮官として、今は踏み止まって欲しいという想いを込めての行動だったが、想いは伝わらなかった。

 

「確かにこのまま何もしない訳にはいかん。全軍の集結が完了次第攻勢を仕掛けよ」




本当は初戦も一話目で書くつもりだったんですが合戦描写をまとめられなかったのでかなり短くなってしまいました。
申し訳ありませんm(_ _)m


そういえばアインズ様以外のアンデッドには感情抑制機能って有るんですかね?シャルティアさんを見てる限り無さそうだけど

ボルテルさん誤字報告ありがとうございます


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第一戦

合戦描写が本当に難しい。
自分で見てて「それはどうなんだ?」って思うところも多々ありますがこれ以上は能力的に無理だったんです。はい


それじゃどうぞ…………


ナザリック守備隊指揮所

 

 

「敵の全軍が、動いた?」

 

 クリプトは驚国と共に腕を一振りする。

 すると、途端に陣幕内は騒がしくなった。アンデッド達は地図の上に置いた駒を素早く動かし、広げていた計画書を片付け、他の計画書でどれが最適か議論し出した。

 そんな中でクリプトは一切発言しなかった。

 それ以上に自身の胸中を占める疑問の方が個人的に重要だったからだ。

 

(何故、王国側は動いたのだ)

 

 騎兵が主の帝国軍と比べ、歩兵が主力の王国軍はナザリック守備隊と相性が悪い。その上、王国軍の主兵装は接近戦に不利な長槍だ。

 この種の武器は、刺突よりも相手の頭部を打ち据える打撃武器のように使う。だが、対するナザリック守備隊の主力はアンデッド。頭を殴られたところで、文字通り痛くも痒くも無い。

 結果として、王国軍の最も効果的な使い方は、槍衾を形成し、敵を退けつつ負傷した帝国騎士達を受け入れる、セーフゾーンとしての働き。と言うより、それ以外では犠牲が増えるだけだ。

 

(さっぱり分からない。もしかすると政治的、感情的な理由なのか。……はぁ、これ以上は考えても無意味か)

 

 クリプトが片手を挙げると議論を続けていたアンデッド達は一様に口を閉じ――元々動かないが――クリプトに注目した。

 

「来ると言うならば迎え討つのみ。全隊に通達、総力戦だ!」

 

 

―――――

 

 

 地鳴りの如き轟音と共に、同盟軍が前進を始めた。

 鶴翼の陣形を取り、右翼に帝国、左翼に王国、中央に連合軍を配置した。

 全体が歩兵の動きに合わせるよう、ゆっくりと進撃する。

 同盟軍の前進から遅れて、ナザリック守備隊、総数三万の中から、前衛を務めるスケルトン系のアンデッド、一万五千が魚鱗の陣で進む。

 スケルトン達はその身軽さと統率のとれた動きにより、同盟軍に急接近した。

 雄叫びが空気を揺らし、両軍がぶつかり合おうとした刹那、スケルトンの間から無数の影が飛び立ち、同盟軍の中を通り抜けた。

 直後、同盟軍の動きが止まる。

 本来集団の先頭が急に止まったなら、勢い余った後続に踏み潰される。

 だが、同盟軍ではそのような事は一切起こらなかった。

 何故なら、後続もまた止まっていたからだ。

 つい先程まで、ナザリック守備隊へ向け突撃していた筈の十万を超える同盟軍は一様に、その場で立ち止まってしまった。

 しかし、その理由はすぐに明らかとなる。

 先程までに倍する空気の震え。

 それは戦いの雄叫びではなく、恐怖から来る絶叫だった。

 戦闘を前にした兵士達が恐怖から動きを止めていたのだ。

 

 

 

 兵士達が恐怖に駆られた理由は当然、両軍の陣形を駆け抜けていった影。

 その正体は死霊(レイス)を始めとする複数の非実態アンデッドだ。

 非実態アンデッド達は、物体を透過するその肉体と恐怖のオーラによって敵軍の中をすり抜けながら、その動きを止めたてみせた。

 種が分かれば単純だが、こと戦場において、この作戦は極めて効果的であった。

 

 

 

 そして、恐怖が駆け抜けた後、草刈りが始まる。

 スケルトン達は勢いのままに同盟軍に飛び掛かり、斬りつけた。

 いくらスケルトンの装備が貧弱とは言え、恐怖によって逃げ惑っている敵であれば問題無く倒す事が出来る。

 加えて、アンデッド達の疲労も、痛みも、恐怖も無い身体から放たれる攻撃は、全てが全力の一撃だ。

 血が舞い、血が舞い、骨が舞い、血が舞う。

 最初の衝突で同盟軍は多大な損害を出した。

 特に被害が大きかったのは、恐怖に抵抗する事が出来なかった王国側、対して、帝国騎士達は素早く恐怖から立ち直り、応戦を開始していた。

 無論、王国側も戦士達などを前方に出そうとしたが、逃げ惑う民兵達によって上手く交代出来ていない。

 そして、更なる追い討ちがかけられる。

 ナザリック守備隊後方、ナザリックオールドガーダーやスケルトンアーチャーからなる弓隊が射撃を開始した。

 目標はナザリック守備隊の被害が拡大しつつある右翼、帝国軍。

 

 

 

 もしこれが普通の、人間の軍隊ならこの様な攻撃は行われないだろう。

 なにせ前方では敵味方が入り乱れる乱戦が起こっている、同士討ちになるのは火を見るように明らかだ。

 しかし、刺突への完全なる耐性を持つスケルトン達を前衛としているナザリック側は問題無く射撃出来る。

 とは言え、もし前衛が動死体(ゾンビ)など、矢によるダメージを受ける者達であったとしても、クリプトは迷う事なく射撃を命じただろう。

 理由は兵士達とアンデッド達の価値の違いだ。

 ナザリック守備隊はポップするアンデッドを主体に編成されている為、すり潰すような使い方をしても問題無い。

 

 

 

 矢の雨が降り注ぎ、幾多もの血飛沫が上がる。

 スケルトン・アーチャーの弓では弓勢が弱く騎士達の身を包む鎧を貫くことが出来なかっただろう。

 だが、それを補う為のオールドガーダー達だ。

 彼らが持つ魔法のかかった弓なら、騎士達の鎧も容易く貫ける。

 友軍の危機を察した重装騎兵達が弓隊に近づこうとした。

 だが、そう易々と弓隊への接近を許す者など居ない。

 弓隊の前方に布陣する護衛部隊から獣の動死体(アンデッド・ビースト)が重装騎兵達へ向け突撃した。

 小型の個体は、低い位置から騎馬の脚に喰らい付き、大型の個体は、突進の勢いのままに馬ごと吹き飛ばしていった。

 重装騎兵達も応戦するが、倒れた馬や味方が邪魔になり、持ち味の機動力が活かせない。

 加えて、馬上から攻撃しようにも小型の個体は動きが早く、こちらの攻撃が当たらない、大型の個体は体力にあかせて突っ込んで来るので、効果的とは言えない。

 それでも一部の騎兵達は獣の動死体(アンデッド・ビースト)達の攻撃を掻い潜って弓隊に迫るが。そこには残った半数の護衛部隊であるナザリックエルダーガーダー達が待ち受けている。

 

 

 

 王国兵の入れ替えが終わり、スケルトン達の数が半数を切ったところで同盟軍から退き太鼓が鳴った。

 帝国軍は重装騎士を、王国軍は戦士達を殿として撤退を始めた。

 殿軍も無理に戦おうとはせずゆっくりと後退する。

 相手が追撃を仕掛ければ、死力を尽くして応戦するつもりだ。だが……。

 ナザリック守備隊は微動だにしなかった。

 

 

―――――

 

 

「クリプト様、追撃を行いますか?」

 

 訪ねてきたエルダーリッチに否定を示す。

 

「何故ですか?スケルトン隊は壊滅状態ですが、まだスケルトン・ウォリアー達も居ます。今追撃を仕掛ければ敵を一気に殲滅出来ます」

「だから、だよ」

 

 クリプトの返答に疑問を示したエルダーリッチの方へ向き直り説明する。

 

「殲滅出来てしまうから、だ。敵をここで殲滅すれば、奴らは軍を退くだろう。だが、それではいけない」

 

 そう、彼らの任務は同盟軍相手に圧勝する事と共に、もう一つある。

 それはいずれ起こるかもしれない『戦争』の為の実験なのだ。

 至高の主や守護者に頼らない、国対国、軍対軍の戦い。

 

「はっ。申し訳有りません。失念しておりました」

「気にするな。私とて出来るなら奴らを殺し尽くしてしまいたい」

 

 それはここにいる者達だけでなく、ナザリックに連なるほぼ全ての者に共通する意思だ。

 

「とは言え、勝手な行動は許されていない。今は堪えろ」

 

 これもまたナザリックの中で共通する考えだ。

 至高の存在がそうせよと命じたのなら、それを完遂することこそ配下の務めなのだから。

 

「それより死体の回収を急げ、敵に回収される前に済ませないとな」

「目下、城壁の中に戦利品共々運ばせております。クリプト様、集めた死体はいかがいたしましょう?」

「適当に重ねておけば良い。終わり次第シャルティア様に連絡しろ。私はデミウルゴス様の元へ報告に行く」




虫食いでないさん誤字報告ありがとうございます


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再戦準備

感想、お気に入り登録、ありがとうございます!!

かなり自分の好みに寄った作品だったのでこんなに楽しんでもらえて嬉しいです
それとお礼を言うのが遅れてしまい、すいません。
確認を怠ってましたm(__)m

今後も不定期ながら頑張って参ります!




 ナザリック守備隊と防魔同盟軍との初戦を、同盟軍は痛み分けと伝えたが、実質的にナザリック守備隊の勝利となった。

 今回の戦闘における同盟軍の被害は王国では死者は五千人に昇り、重傷者約一万を超えた。帝国では死傷者合わせて五千を超えたという。

 ナザリック守備隊の損害は前衛のスケルトン達およそ八割、弓兵を護衛した部隊を、半数失った。

 しかし……

 

 

―――――

翌日、同盟軍王国側陣地

 

 

「ばっ、かな……」

 

 本陣が置かれた小高い丘から戦場を見下ろしたガゼフは、文字通り開いた口が塞がらなくなった。

 

「そんな……どうして?」

「これは、予想外だな」

 

 隣で同じ景色を見ていたブレインとクライムも驚きを口にする。

 それはそうだろう。彼らが居る場所からは、格子門の前に布陣するナザリック守備隊を見下ろす事が出来る。だが、恐ろしい事に、その数は昨日の戦闘前とまるで変わっていない。

 

「敵は無限にアンデッドを生み出せるのでしょうか?」

 

 クライムの呟きに、ガゼフは苦虫を噛み潰したような表情で答える。

 

「かもしれないなクライム。ただ倒しているだけではこちらの犠牲が増える一方だ」

 

 その言葉にクライムは――そして、珍しい事にブレインも――同じ表情で頷く。

 彼らは昨日の戦いとも言えない戦いの場に居た。次々と民兵が殺され、仲間が傷つくのを見てきのだ。

 無論、戦争とはそういうものだ。犠牲が出るのは仕方がない。

 だが一兵士として、その犠牲が無意味だとは思いたくなかった。

 

「それで、お偉いさん達はどうするつもりなんだ?」

 

 問いかけてきたブレインにガゼフは昨晩の会議の話をする。

 

「現状、負傷者をそれぞれの国へ帰還させつつ、援軍の到着を待って再度攻撃を仕掛けるという方針で進んでる」

「援軍というのは法国の軍ですか?」

「いや、法国の到着までまだまだかかるそうだ。だから、それぞれの国から増員をかけるぐらいだな」

「そうですか」

 

 クライムの声には落胆の色が滲んでいた。

 

「そう落ち込むなよクライム君。昨日の戦いは間違いなく戦い方に問題があった。上手く戦えば、相手がいくらアンデッドを生み出してきても問題無いさ」

 

 ブレインの言葉にクライムもガゼフも笑顔を浮かべた。

 不安は多々あるが戦場に来た以上、戦いが始まった以上、考えても仕方がない。

 戦いが始まれば兵としてただ戦う、それだけなのだから。

 

 

―――――

更に一週間後、ナザリック守備隊指揮所

 

 

「ほう、これほどか」

 

 報告書を作成していたクリプトは予想外の報せに目を見開いた。

 と言っても敵の増援が意外だったのでない。そんなものは初戦の直後から予見していた。

 予想外なのは敵の数。王国軍十二万、帝国軍二万という大軍勢が迫っているというのだ。

 

「はい。哨戒中の死霊(レイス)からの報告です。エ・ランテル並びに帝国のカッツェ平野駐屯地にて発見、とのこと」

「なるほど。敵も戦力の逐次投入を是とするほど愚かではない、か」

 

 侮っていたな、とクリプトは呟くと、すぐさま部下を見据えて問いかけた。

 

「それで敵の構成は? どんな紋章旗があった?」

 

 クリプトの問いかけにエルダーリッチは申し訳なさそうに答える。

 

「それが、死霊達には紋章旗を見分ける事が出来ないそうです」

「そうなのか? いや……そうか」

 

 思い出せば以前、敵の紋章旗を確認しようとした時も、確かに抽象的な受け答えばかりだった。

 

「仕方ない。私が王国軍の紋章旗を確認する。お前は帝国軍の構成を調べてくれ」

 

 言うが早いか、クリプトは巻物を使って魔法の感覚器官を作り出し、エ・ランテルへ飛ばした。

 三重の城壁の外側で待機する軍勢を見渡し、目についた紋章旗を手元の資料と見比べる。

 

「ほう、これはこれは。第一王子に名だたる大貴族が全員集合とは、我らの力を見せつけるにはちょうど良い」

 

 軍師の笑みを浮かべたクリプトは、机の上に広げられた地図を見下ろしながら、現在の戦力でいかに戦い抜くかを考える。

 とは言え、帝国側の戦力が分からない以上作戦の建てようがない。もしかしたら、こちらも増員をかける必要が出てくるかもしれないし、今より多様な戦力が必要になってくる可能性も有る。

 

(どのみち報告待ちだな)

 

 思い直したクリプトは中途半端だった報告書を仕上げる。

 報告書が完成し、ナザリックマスターガーダーに手渡そうとしたタイミングでエルダーリッチが戻ってきた。

 

「帝国軍はどうやら信仰系、魔力系など、複数の魔法詠唱者の部隊を動員したようです。詳しい数は分かりませんが少なくとも百を上回るかと」

「やはりか」

 

 予想していた報告に一つ頷くとマスターガーダーに下がるよう命じ、エルダーリッチに新しい指示を出す。

 

「死霊達を二つのチームに分けろ。一方は今まで通り哨戒、もう一方は嫌がらせ(ハラスメント)要員だ。こちらは上位死霊などの上位個体で固めろ」

「畏まりました。しかし、あまり敵を追い詰め過ぎてしまうと戦わずに逃げてしまう可能性が有りませんか?」

 

 エルダーリッチの意見にクリプトは不敵に笑いながら答える。

 

「逃げんよ。奴らは逃げん」

「何故でしょう?」

「死人が出ているからだ、既に少なくない死人が出ている。だからこそ、奴らは更に犠牲を積み上げねばならない、引くに引けんというやつだ」

「なるほど、了解しました。では、おっしゃる通りに分配致します」

 

 納得したエルダーリッチが自身の仕事に取り掛かるのを見届けて、クリプトも行動を開始する。

 

(さて、この報告書は私の手でお渡しするとしよう)

 

 クリプトは巻物の束から連絡用に渡されている〈伝言〉の巻物を取り出し、発動する。

 相手は勿論、彼らの唯一絶対なる主人だ。




同盟軍側とナザリック側で明らか作成のスピードに違いを感じる今日この頃。

なんかアイデアの湧きが悪いんですねぇ

黒帽子さん、一読さん、ニンジンガジュマルさん誤字報告ありがとうございます


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第二戦

確認ついでに色々書き足してたらいつのまにか文字数が六千超えてた。
ひょっとしたら予定してる最終回より多いかも……
いや、それはダメだね(個人的に)、何とかします。はい。



それじゃ、どうぞ…………


同盟軍本陣、初戦から二週間後

 

 

「何を悠長な事を言っているのですか!」

 

 両国代表が集まった会議の場にボウロロープ候の怒鳴り声が炸裂する。

 憤怒に彩られたその顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。

 もっとも、それはボウロロープ候に限ったことではない。この陣幕の中にいる者は皆、一様に同じ状態にある。

 理由は増援の到着と同時期に始まった敵の嫌がらせ(ハラスメント)だ。夜になると死霊などの非実態アンデッド達が恐怖のオーラを撒き散らしにやって来るのだ。その度にたたき起こされていれば疲労も溜まる。

 

「仕方あるまい。兵の士気を回復させんうちは不用意な攻撃は控えるべきだ」

 

 ここに居る者達よりも実際に恐怖にさらされている兵士達の方がら疲労や士気の低下は顕著であり、ウロヴァーナ辺境伯の発言に同意する声が上がる。

 しかし、ボウロロープ候は反論したウルヴァーナ辺境伯に苛烈な視線を向けた。

 

「ふん! 敵の攻撃が止む気配が無い以上、士気の回復など出来るわけが無い。むしろ先手を打って敵に一撃喰らわせるべきだ!」

 

 ボウロロープ候の言葉に先程以上の同意の声が上がった。

 

「では、法国の軍が来るのを待ってみては如何でしょう?」

 

 帝国軍の副官にも同様の視線を向けそうになるがなんとか自制心が勝ったようだ。

 

「ならばお聞きしたい。法国はいつになったら軍を送ってくると言っているのですか」

 

 ボウロロープ候のその言葉で帝国軍の副官は答えに詰まった。それもそのはず、法国は未だ派兵に関する発表を一切出していないのだから。

 

「来るかどうかも分からん増援を待つ余裕なんて無い。違いますかな」

「ボウロロープ候、そのへんに」

 

 レエブン候に諭され、ボウロロープ候は若干不服そうにしつつも矛を収めた。ボウロロープ候が大人しく席に着くのを見届けたレエブン候は奥に座る二人に目を向け、口を開いた。

 

「陛下、カーベイン殿、私も侯爵と同意見です。このまま攻撃を受け続けていては、たとえ法国の軍が来ても満足に戦えません。後手に回るのは避けるべきです」

 

 レエブン候の言葉を受けても二人は口を開かない。

 しかし、表情が雄弁に心中の迷いを物語っていた。

 元々、先の戦闘を経験した者達は法国からの援軍を待つつもりだった。だが、敵の度重なるハラスメント攻撃によって、もはやその余裕は無くなりつつある。

 それはまるで、敵に誘われているような不気味さがある。しかし、増援部隊の言う事も事実だ。このまま手をこまねいていては、ゆっくりと真綿で首を絞められていくのみだろう。

 

 

 

 この後、二時間を超える議論の末、先発隊が増援部隊の意見を飲む形で攻撃が決定した。

 だが、戦列を整えた同盟軍の前に、多様なアンデッドを加えたナザリック守備隊が立ちはだかる。

 

 

―――――

 

 

 負傷者を離脱させ、増援を迎えた同盟軍は総数約三十万五千。

 対するナザリック守備隊は総数三万八千。

 戦力差は十倍近く、一見すると理不尽な戦闘は、先の戦い同様、同盟軍側から進攻する形で始まった。

 だが、以前とは大きく違う点がある。

 先の戦いのような横並びの陣形ではなく、王国兵の大半、二十四万が後衛として待機して槍衾を形成し防御を固め、帝国騎士と王国軍の選抜された部隊、六万五千は前衛として縦隊で整列し、前進を始めた。

 ナザリック守備隊側は同盟軍と同じ縦隊で前進する。

 同盟軍側の雄叫びが空気を震わせ、スケルトン達の骨の体が発生させるカタカタという音が鳴り響く。

 あの時と同じように死霊(レイス)達が飛び立ち、同盟軍の中をすり抜けて行くが、今回は動きを鈍らせる事は出来ても、完全には止められなかった。

 恐怖に対する耐性を持ち、更には信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)による耐性強化も受けていれば、死霊達の恐怖のオーラによる影響をかなり抑え込める。

 そして、両軍の先鋒がぶつかり合い、骨の砕ける無数の音が鳴り響く。

 同盟軍の前衛に配置された重装歩兵達は全身をすっぽり覆う大盾とフレイルを装備していた。彼らはスケルトンを退けつつ、その骨の体を砕き、凄まじい勢いでナザリック守備隊の前衛をすり潰していった。

 更に同盟軍の中段から騎馬隊が飛び出し、ナザリック守備隊の側面から陣形の中を横断するように突撃する。

 しかも、騎馬隊は従来の騎士槍(ランス)ではなく、両手持ちのフレイルやハンマーを装備しており、瞬く間に陣形の中を走り抜け、反転して再突撃を開始した。

 これらの装備は、先の戦いで正規の兵装では効果が薄いと悟ったカーベインが、ジルクニフに掛け合った結果、増援部隊によって持ち込まれた物だ。

 更に、同盟軍の後方から複数の魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が飛び立ち、ナザリック守備隊の頭上から〈火球(ファイヤーボール)〉などの炎系攻撃魔法を連射した。

 魔力によって作られた炎により偽りの生命を焼き尽くされたアンデッド達が次々と崩れ去る。

 

 

 

 戦闘は同盟軍の圧倒的有利に進んだ。

 確かに未だ敵の後衛も中衛も残っている。しかし、現状、同盟軍側はほとんど被害を出していない。このままいけば、どのみち数の差で押し潰すのは容易い。

 容易い、はずだった……。

 前衛の重装歩兵の一人が突然、周りの兵にも聞こえるような大声を上げた。

 

「敵が強くなってる!」

 

 突如、立ちはだかるスケルトン達の動きが変わったのだ。

 ただ闇雲に攻撃しようとせず、こちらが攻撃しようとすると素早く距離を取るようになった。

 いや、動きだけではない。

 先程までのスケルトンは錆びた剣しか持っていなかったが、今目の前に現れたスケルトン達は鎧を着用し、その手には鈎刀(シックルソード)円盾(ラウンドシールド)を装備していた。

 それに、体格も若干良いように見える。

 

骸骨の戦士(スケルトン・ウォリアー)!」

 

 スケルトンの上位種だが能力値はまるで異なり、帝国騎士を上回る程の能力がある。

 だが、重装歩兵達は構わず攻撃する。

 いくら強いとはいえ、今彼らはスケルトンに有効な武装を装備しているうえに、何より圧倒的な数の差があるのだ、力技で押し通れば良い。

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 突然、凄まじい悲鳴が聞こえた。

 無論戦闘中なのだ、悲鳴など珍しくない。

 もっともそれが、声を発さないアンデッドの中から聞こえたのでなければ。敵の新手を警戒し声のした方を見れば、アンデッドに見え隠れする一人の重装歩兵が見えた。

 盾もフレイルも持たない手を溺れているかのように振り回しながら、今まさに滅多刺しにされている兵士が。

 たとえ、死を覚悟した兵士であっても、仲間が滅多刺しにされ無残に殺されていく光景を見れば怖気が震う。

 そして、それ以上に何故、あの兵士が敵陣内に居たのかが分からない。

 敵味方が入り乱れる乱戦ならともかく。現状、重装歩兵の後ろに回って来たアンデットは居ない。にも関わらず、あの兵士は何故あんなところにいる。

 困惑している兵士達は、次の瞬間にその答えを知る。

 唐突に盾に凄まじい衝撃が走り、盾を持つ手が弾かれた。

 そして、盾が弾かれた隙間から鈎刀を持つ骨の手が入り込み、その刀身を鎧に引っ掛け、力任せに引っ張った。

 あまりに突然の出来事に耐え切れず兵士は引き倒され、敵陣内に引きずられていく。

 あとは先程見た光景の繰り返しだ。

 絶叫が空気を震わせ、血飛沫が上がる。

 引き倒された兵士の後ろに居た者達は突然の衝撃の正体を――贅肉の塊のようなアンデッドを見た。

 血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)だ。

 筋力にあかせて殴る以外のこれといった攻撃手段を持たないが、膨大な体力と再生能力によって同レベル帯ではかなりのタフネスを誇るモンスターだ。

 

 

 

 血肉の大男も骸骨の戦士も本来この様な組織だった事を行う知性は持ち合わせていない。

 では、何故彼らはそれが可能なのかというと指揮官の能力によるところが大きい。

 クリプトが全体を見つつ指示を出し、それぞれの担当を割り振られたエルダーリッチ達が適切に部隊に伝える。まさしく、一つの群体の如き動きは敵に付け入る隙を与えない。

 

 

 

 今まで容易く敵を倒していた重装歩兵達が次々と惨たらしく殺されていき、驚愕の表情を浮かべる同盟軍兵士達に更なる追い討ちがかけられる。

 ヒューーという空を切る音と共に、兵士達に影が射した。

 兵士達は上を見上げるが、その正体を理解するより先に《それ》は落ちて来た。

 そして、吐き気を催す音と共に、爆ぜた。

 爆発によって発生した荒れ狂う負のエネルギーによって周囲の兵士はバタバタと倒れ、負傷したアンデッドは回復していく。

 

 

 

 平原でナザリック守備隊と向かい合う兵士達には、何が起こったのか分からなかった。たが、周囲の丘の上から戦場を見下ろしていた者達はすぐに理解した。

 ナザリック守備隊最後方、弓兵隊より更に後ろに配置された三体の巨人――集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の内一体が足元に整列する、はち切れんばかりに膨れ上がった身体を持つアンデッド――疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)を投擲したのだ。

 そして、他の二体もその巨体を屈めた事で、今のが始まりに過ぎないという事を物語った。

 

 

 

 そこからは文字通り流れが変わった。

 今まで圧倒的有利な状況にあった筈の同盟軍はどんどんナザリック守備隊に押し込まれていく。

 重装歩兵の盾はすぐさま血肉の大男によって引き剥がされ、殴打武器の配備が間に合わなかった兵士達は骸骨の戦士によって切り裂かれ、そこに投擲(カタパルト)部隊とナザリックオールドガーダー達で構成された選抜弓隊の支援攻撃も加えられる。

 もっとも集合死体の巨人による攻撃は狙いが甘く、敵陣の中央に落ちる事もあれば、味方のスケルトン達の上に落ちる事も、全く見当外れの場所に落ちる事もある。

 しかし、そのリスクを差し引いても、敵の殲滅と味方の回復を同時に行えるこの攻撃は有効だ。

 

 

 

 勿論、同盟軍側もやられっぱなしでは終われない。

 魔力系魔法詠唱者達が敵の後衛を射程に収めようと〈飛行〉の魔法で同盟軍の頭上を飛ぶ。

 だが、あと少しで投擲部隊を射程に収められるというところで。突如、空に一筋の稲妻が走り、先頭を飛んでいた者が貫かれた。

 魔法詠唱者達はその稲妻の正体を瞬時に理解した。と言うより、多少の雲が有るとはいえ、太陽が燦然と輝く中、空へ向けて走る稲妻が自然現象で有るわけがない。

 

「〈雷撃(ライトニング)〉!」

「直線で並ぶな!散れ!!」

「無理に反撃しようとするな。回避に専念しろ!」

 

 すると、魔法詠唱者達の声に答えるように、複数の稲妻が放たれ、幾人かが貫かれた。

 魔法詠唱者達はジグザグに飛びながら発射地点を見極めようとした時、敵の後衛から複数の影が舞い上がる。それは豪華だが古びたローブで、異常なまでに細い身体を包んだアンデッドの魔法詠唱者。

 

死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)?!」

 

 一つの叫び声として表れた驚きの感情は、瞬く間に周囲の者達にも伝播した。

 

「そんな……」

「なんで、エルダー・リッチほどのアンデッドがこんなにいるんだよ?!」

「まずいぞ! このままじゃ下にいる騎士達が」

 

 編隊を組んだエルダー・リッチ達は魔法詠唱者達の更に上方を陣取って、様々な攻撃魔法を連射し始めた。

 対する魔法詠唱者達は部隊を半分に分け、一方がエルダー・リッチに応戦し、そしてーー。

 

「お前らは行け!!」

「なんとしても、敵の後衛を!」

 

 もう一方はそのまま後衛に強襲を仕掛けようとした。

 互いの能力に大きな開きが有る中でこの手段にでるのは半数を犠牲にしてでも敵に一撃を加えようという覚悟の現れだ。

 だが、戦場では覚悟でどうにかなる事など、皆無に等しい。

 接近した魔法詠唱者達に向けてスケルトン・メイジ達から無数の〈魔法の矢〉が雨の如く放たれる。

 破壊力は低いが回避不能の魔法によって、魔法詠唱者達は蠅のように叩き落とされていった。

 

 

 

 一方、二度目の突撃を終えた騎馬隊は何が起こっているのか把握出来ずにいた。

 それでも、先程まで優勢だった筈の自軍が押されているという事は分かる。

 そこで反転して、再び突撃を仕掛けようとした時、騎馬隊の数人が、戦場となっている草原を囲むようにそびえる丘の上に、小さな光を見つけた。

 その光は加速度的に広がっていく。ただ、奇妙なのはその光はまるで、丘の稜線に沿うような形で広がっていくのだ。

 数人が見当違いの場所をじっと見ていたら、周りの者も釣られて同じ方向を見る。こうして、騎兵達全員が戦場とは反対側の丘を見上げながら動きを止めた。

 今この瞬間も、多くの命が失われている状況にあって、彼らはその光から目を離せない。

 何故なら、奇妙な確信に近いものが有ったのだ。自分達はあの光を見たことがある、と。

 そして、光が丘の稜線より高い位置に上った時、光から下に伸びる無数の棒と整列した騎兵を目にした事で予想が現実に変わった。

 光の正体は鋼鉄の刃。林立するハルバードが陽の光を反射して輝いていたのだ。

 そして、突如現れた騎兵達は互いに糸で縫いつけられているのかと思えるような動きでハルバードを構え、突撃してくる。

 

「ウォオオオオオオ!」

 

 突撃の雄叫びと言うよりも、地の底から這い上がる亡者の如き声を上げ、突進してくる騎兵達。

 だが、身に纏う鎧の上には本来あるべき頭部が存在しない。よく見れば、雄叫びを上げている正体は騎士達の腰に結び付けられている腐り始めた生首だ。

 霊馬を駆る首無し騎士(デュラハン)達は、丘を下った際の加速を得て凄まじい速度で帝国騎兵達の側面にぶち当たった。

 

 

―――――

ナザリック守備隊、指揮所

 

 

 至る所に夥しい量の血痕が残り、所々負の爆発によって草が枯れている戦場を見下ろすクリプトは深い満足感を得ていた。

 勝利だ。完全なる勝利である。

 敵は数万を超える死者を出し、その倍近い負傷者を抱えて自陣へと逃げ帰っていった。

 もし追撃していれば蹂躙も殲滅も容易かっただろう。

 無論、こちらも残存戦力の半数を失う事になるだろうが、その程度何の問題もない。

 兵力は明日になればまた最大まで回復できるのだから。

 しかし、軍として無視出来ない深手を負った敵は、もはやまともに戦えるのかすら怪しい。

 正面から戦うなら、少なくとも自国から援軍を連れてくるか、他国の支援を得るしかないだろう。

 

(まぁどのみち戦えない。いや、戦わせんがね)

 

 クリプトはつい先程、主人から実験の締め括りを命じられた際に直接賜った言葉を思い出すと、勝利の喜びを上回るほどの歓喜のあまり顔が自然と笑みを象る。

 

(我らに刃を向けし愚か者どもに力を見せつける。ああ、何と素晴らしい任務なのだろう)




書いててデュラハンはともかく、死体の巨人はナザリックに居ないかもって思ったけど、まぁ第一から第三階層もなんだかんだで広いし居ると信じてる。
デュラハンはユリが居るから存在するのは確実だし、個人的に好きなアンデッドだから登場。(というかユリ姉さん推しです)

さて、ストーリーも大詰めに近づきつつあります。
夜那はこのまましっかり書き切ることが出来るのか(出来なきゃダメだけど)
乞うご期待!



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最上の切り札

3日後、同盟軍帝国側陣地

 

 

 二台の粗末な馬車が陣地内を走り去る。

 それを見た騎士達は皆、訓練や作業の手を止めて敬礼で見送った。

 理由はこの馬車の積荷――ナザリック守備隊との戦いで死んだ仲間の遺体だ。

 ほとんどがこの陣地に帰った後の死者であり、実際の死者数の半数にも満たない数だ。だがそれでも、少なくない仲間が〈保存〉の魔法をかけられてカッツェ平野の拠点に送られ、埋葬される。

 

 

 

 カーベインは天幕で机に向かい、手紙を書いていた。

 宛先は死んだ騎士の遺族達。

 始めの頃は、将軍として数々の執務をこなすカーベインですら、作業は遅々として進まなかった。

 だが、今となっては随分手早くこなせるようになり、書き上げた手紙の量に苦しさを感じる事も無くなった。

 

「ニンブル」

 

 手紙を副官に渡したカーベインは帝国最強を誇る騎士の名を呼ぶ。

 

「どうなさいましたか? カーベイン将軍」

 

 執務が終わるのを待っていたニンブルは爽やかに答えた。

 

「この戦いはいつまで続くのだろうな。初めはあの程度の軍勢、容易く破れると思っていたのだが……。また、なのだろう?」

 

 ニンブルが沈痛な表情を浮かべる。

 

「はい。前回と同数と思われます」

「そう、か……そうか」

 

 カーベインの声は陣幕の中に溶けて消えた。

 

「奴らに勝つ手段などあるのか。勝つ為に出来る限りの事をした。幾人もの騎士を犠牲にした。それでも、同数?」

 

 微かな笑いを含んだ言葉には狂気の色が滲んでいる。その言葉を聞いてもニンブルはただ俯く事しか出来なかった。

 しかし、同僚達から聞いた魔導王の力はこんなものでは無い。それを知っている身としては、今カーベインに狂われてはたまらない。

 その危機感がどうにか口を開かせる。

 

「それでも、まだ諦めてはなりません。死んでいった者達の為にも……」

 

 敵の首魁は伝説級のアンデッドを容易く生み出せる存在。そんな相手が何故あのような軍勢を展開しているのかは不明だ。

 だが少なくとも、こちらにとって嬉しい理由でないのは確実だろう。こんな状況でカーベインが正気を失おう者なら、間違いなく帝国軍は崩壊する。

 

「ああ、そうだな、まったくその通りだ」

 

 その顔に浮かぶ疲労の色に変化は無いが、幾分か理性は取り戻したようだ。

 

「そういえば将軍。今朝本国から良い茶葉が届いたのですが、よろしければご一緒にいかがです?」

 

 気分を変えようとニンブルがティーセットを手に取ろうとした時、息を切らせた騎士が荒々しく戸布をめくった。

 

 

―――――

同日、王国軍本陣兼同盟軍中央陣地

 

 

「この度は遅参のほど申し訳ありません」

 

 二人の男は頭を下げた。

 もっとも、本当に申し訳なく思っている訳ではないし、謝罪された側もさほど不快に感じているわけではない。

 無論、もう少し早くと思わないではないが、それ以上に八方塞がりの状況に光明が差した事を喜ぶ気持ちの方が大きい。

 

「頭をお上げください。法国の皆様の到着が遅れたのは仕方がない事です。さぁ、どうぞ席にお座りください」

「御理解頂けて感謝致します」

 

 答えたのは火神の紋章が刻まれた全身鎧(フルプレート)を身に付け、その上から法衣を纏う男だ。

 その隣で無言のまま頭を上げた男は、鎧の類を身に付けていないが、その身を包む衣服は布ただのではない光沢と魔力の輝きを宿している。

 前者は法国軍聖騎士隊の隊長であるフェルネス。そして、後者は同騎士隊の魔術師班、班長であるサンド・デイル・ダーレン。

 二人はランポッサ三世とカーベイン将軍の対面に腰掛けた。

 

「現在の戦局については道中、使者殿から聞き及んでおります」

「話が早くて助かる。それで……勝てそうかね?」

 

 それまで一度も口を開かなかったサンドが答える。

 

「必ずや」

 

 溢れ出るような自信に裏打ちされた発言に、両陣営から感嘆の声が上がる。

 しかし、その声の中に幾つか訝しげな物が混じっていた。

 いくら周辺最強の国家といえど、あれ程のアンデッド軍に勝つ手立ては有るのか。根拠のない勝利への期待がどれほど虚しいかは、身をもって理解したのだから。

 

「それは素晴らしい。しかし……出来れば何か根拠となる物を見せて頂きたい。あなた方の力を信用していないわけではないが、なにせ今回のあなた方の軍の総数は僅か千と、この戦闘に参加しているどの勢力よりも少ない」

「数が全てという訳ではないでしょう。将軍殿」

 

 サンドの代わりにフェルネスが答えた。

 

「もちろん、その通りだとも。しかし、戦力を判断する際の重要な要素の一つだ。それに、敵の動きを見るに高位のアンデッドも控えていると思われる。そういった者への対策はあるのかな?」

 

 カーベインの疑問を受け、フェルネスは隣に座るサンドの無表情の顔に僅かに視線を向けた。それに対しサンドは小さく頷いた。

 

「根拠、もとい我々の切り札は彼です」

 

 その言葉に陣幕内に居た全員の視線がサンドに集中する。

 

「彼の持つ生まれながらの異能(タレント)は儀式簡略化、というもの。これを用いて高位の天使たちを召喚し、奴らにぶつけます」

「なるほど、それは期待できそうですな。国王陛下はいかがですか?」

「我としても異存は一切ない。法国の兵が協力してくれるなら、これほど嬉しい事はない」

「そう言って頂けて光栄です」

 

 淡くも新しい希望を得て陣幕内の者達は、その顔に久しぶりの笑みを浮かべた。

 

 

―――――

一週間後、ナザリック守備隊指揮所

 

 

「ようやく揃ったか。遅い到着だな」

 

 偵察に出している死霊達の報告を確認し終えたクリプトは、不敵な笑みを浮かべた。

 

「しかし、総数僅か千か、随分と少数で来たものだな」

「では、私が偵察に出ようか?」

 

 クリプトは小さな椅子に腰掛けている者に目を向ける。小さい言ってもクリプトが座るには十分過ぎる大きさであり、小さいと感じるのは、単純にそこに座る者がそれほどの巨体を持つという事た。

 

「いや、その必要は無いさ、シルア殿」

 

 クリプトの否定にシルアは怪訝な――見た限り表情というものは無いようだが――表情を浮かべた。

 

「何故だね? 敵が少数の時は伏兵や強力な個の存在を警戒すべきだろ?」

「それも間違ってはいない。だが、君は今回の戦争における切り札的面を持つ、出来る事なら温存したい」

「しかし……」

 

 更に続けようとしたシルアをクリプトは手を挙げて制する。

 

「シルア殿の言いたい事は分かっているとも。だが、これで良いんだ」

「どういう事だね?」

「そもそも、哨戒班からの報告では周囲三キロに伏兵を確認できていない」

 

 クリプトが説明を始めるとシルアは立ち上がり、机の上に広げられた地図を見下ろす。

 

「勿論、隠密を警戒して魔法的監視も行なっているので、まず伏兵は有り得ないだろう。そうなれば、強力な個が存在する可能性が高くなるが、嫌がらせ(ハラスメント)ついでに上位死霊達で敵陣中央部へ威力偵察を仕掛けた。しかし、それらしい存在は発見出来ていない。漏れが無いとは言わんが、そういった存在もまず居ないだろうね」

「なるほど」

 

 シルアは頷きながら友人(クリプト)が指揮官としてこれまで以上の実力を身に付けた事を嬉しく感じていた。

 

「まぁ、戦闘開始後に転移してくる可能性も有るが、あまり気にしすぎて動きが鈍くなってもいけない。そちらの炙り出しはお任せする。

「任せてくれ。それと彼らにはいつ来てもらうんだ?」

 

 クリプトは口元に手を当てて考え込む。

 

「そうだな、逃げられても困りものだ。戦闘が始まる直前に連れてくる事は可能かね?」

「うーむ……なにぶん数が多いからな。その後の事も考えると支援があったとしても不安が大きい」

「ならば、あちらの準備が完了し次第、壁内に転移させておいてくれ」

「承知した」

 

 すると二人は揃って後ろを向く。そして、そこに掛けられた旗を見上げる。

 

『全ては至高の御身が為!!』




miikoさん誤字報告ありがとうございます


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羊と悪魔

さらに一週間後。開戦より一月。

 

 

 格子門の前に布陣するナザリック守備隊を囲むように、突如濃い霧が立ち込めた。

 付近に水源など無く、自然に霧が発生する可能性は皆無に等しい。

 魔法、という唯一無二の手段が兵士達の中を囁きとなって通り抜ける。同時に、彼らは素早く戦列を整え出す。

 そして、全軍の整列が完了したその時。霧が晴れ、ナザリック守備隊が新たなーー否、本来の姿を見せた。

 

 戦列は、矢印状に兵を配置した鋒矢陣形。

 布陣は、中、後衛を死の騎士(デス・ナイト)、前衛の広がった部分を死の騎兵(デス・キャバリエ)が務める。

 そして、前衛の中でも最前には四体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を従え、左手に奇妙な旗を掲げた、枯れ木のような化け物が立ち塞がっていた。

 

 総数は僅か三百ほどだが、異形の怪物を除いてもどのアンデッドも膨大な力と恐怖を感じさせる者達ばかり。

 

「本気だ」

 

 誰かが呟いた言葉は、雲一つ無い虚空に消えた。

 

 

―――――

 

 

「ふむ、やはり動きは無いな。囮として、それなりの兵力だと思うんだが」

 

 誰にともなく言ったシルアの呟きに答える声があった。

 

「問題ない。ここまでは予想通りさ」

 

 シルアは思わず、辺りを見回してしまうが、当然声の主は近辺に居ない。彼は、今指揮所からこの戦場を見下ろしている筈だ。

 

「クリプト殿、予想通りとはどういう事だね?」

「これはあくまで私見なんだが今ここに来ている法国の兵達は、法国軍であって法国軍ではないと思う」

「……すまない。もう少し分かりやすく頼む」

 

 頭の中に考え込むような唸り声が響く。

 

「そうだな。まず、今回法国が送り込んできた兵を、シルア殿も見たと思うが、彼らは何か所属を示すものを持っていたか?」

 

 そう言われ、シルアは魔法で盗み見た敵兵を思い出す。

 クリプトの言う通り、彼らは信仰する神を示す聖印や、それが刻まれた装備品は持っていたが、情報にあった法国の紋章を身に付けている者は一人も居なかった。

 

「確かに、言われてみればその通りだ」

 

 しかし、シルアは異を唱える。

 

「確かに奴らは法国の兵であることを示す物は所持していない。しかしだ、それでも他ならぬ奴ら自身がそれを認めている。それで十分に奴らの所属が明らかになっていると思うが?」

 

 打てば響くようにクリプトが答えた。

 

「跳ねっ返りだ、と答えれば良いんだよ」

「答える? いったい誰……そうか」

 

 これまでシルアの中で引っかかっていた疑問が完全に消え去った。

 

「つまり、奴らは鉱山のカナリア兼免罪の羊(スケープゴート)、という事か」

「おそらく、だがね」

 

 シルアはなるほど、と言いながら何度も頷く。

 

「同盟国には、今送れるだけの兵力を送ったと伝え、我々には、一部の、それこそ過激な跳ねっ返りが暴走したと釈明する。恐らく、奴らには神託を受けし神兵達だ、とでも言って送り出したのだろうな」

 

 シルアの頭の中にクリプトの関心したような声が響いて来た。

 

「ほぉう。最後の発想は無かったな。確かにカナリアと違って、人間は言いくるめておく必要があるな。しかし、君からその手の単語を聞くのは、なんだか不思議な気分だ」

 

 笑みを含んだ声にシルアも笑みを――浮かべたかったが、残念ながらシルアの表情は自分で変える事は出来ない。

 

「まぁ私自身、実に滑稽に感じているよ。うん? おやおや、ようやく動きを見せ始めたようだぞ、クリプト殿」

 

 シルアの目線の先――同盟軍の中央付近で複数の光が生まれ出した。

 

 

―――――

 

 

 同盟軍が有する数少ない切り札は、あろうことか両軍がぶつかり合う前に発動された。

 このあまりに早すぎる切り札の使用が、同盟軍の焦りを如実に表している。

 彼らの切り札ーー高位神官達による天使召喚儀式は、複数の天使を召喚出来る為、性能だけ見れば第六位階の天使召喚魔法に匹敵する。

 しかし、彼らの召喚儀式は、複数召喚する性質上、召喚出来るのは最高でも権天使までで、使い勝手は悪い。

 だが、伝説級のアンデッド軍を目の当たりにし、恐怖に身を震わせていた兵達には、光の柱と共に現れた天使達はまさに希望だった。

 例えそれが、どれほど儚くとも。

 

 無数の天使達が、シルアに向けて殺到する。

 更に、儀式に加わっていなかった神官が召喚した天使も、追加でシルアめがけて飛びかかった。

 その様子を退屈そうに見ていたシルアは、隊列から僅かに歩み出ると、背後にアインズ・ウール・ゴウンの旗を突き立てた。

 そして、鉤爪の生えた両手を構える。

 先頭を進んでいた炎の上位天使達が剣を振り下ろそうとしたその刹那、シルアの右手が霞み、無数の光の粒子が舞い散る。

 それはどこか幻想的で、兵士達の一部からは感嘆の声すら上がった。

 死をものともしない天使達は、鉤爪の生えた巨腕を意に介さず、次々と武器を構えて飛びかかり、それを振る間も無く消し去られる。

 そして、ものの五秒ほどで突撃した天使達は全て光の粒子に成り果てた。

 異形の存在の周囲を無数の光が乱舞する、その現実離れした光景を兵士達はぼんやりと眺めていた。

 そこには切り札を失ったという危機感は見られない。それとも受け入れる事を拒否しているのか。

 しかし、そんな同盟軍に現実を叩きつけんとナザリック守備隊が行動を開始する。

 

 

―――――

 

 

「お見事」

「大したことはないよ。あの程度なら私じゃなくても対処出来る」

 

 クリプトの賞賛の言葉に対し、シルアは謙遜を述べるが、クリプトは友人が、満更でもなさそうにしているのがよく分かった。

 

「ではクリプト殿、あとはお任せする。それと王国の軍には手を出さないということだったな?」

「その方向で頼む。かの御方の力を知らしめるために」

「了解した、では後ほど」

「ああ、武運を」

 

 それだけ言うとクリプトはスキルで強化していた〈伝言〉の魔法を終了する。

 

「さてさて、こちらも動き出すとしようか。|投擲《カタパルト〉隊攻撃開始。デス・ナイト、デス・キャバリエ両隊は敵左翼、帝国軍へ向け突撃。その後デス・キャバリエは敵の前衛の背後に回り、これを分断、デス・ナイトは正面から敵兵を狩り殺せ」

 

 そこでクリプトは息を深く――勿論、ただの真似事でしかないのだが――吸い込み、命令を発する。

 

「協力を約しておきながら至高の存在に刃を向ける、汚らわしい肉袋共に、恐怖を教えてやれ!!」

 

 雄叫びを上げ、クリプトの新たな同胞達はかつての仲間の元へ突撃する、殺戮の歓喜と共に。

 

 

―――――

 

 

「では、行くか。っとその前に」

 

 シルアは自分の護衛として貸し与えられた骨の竜達に目を向ける。

 

「お前達はクリプト殿の指示に従うように、それと悪いが一体はこれを守っていてくれ」

 

 シルアは、傷はおろか汚れ一つない旗を指差す。

 骨の竜達が了解の意を示すと、シルアは一つ頷いて転移魔法を発動した。

 景色が一変し、目の前には、簡易の住居群が広がっている。

 

(あれが本陣だったな。一応、確かめておこうか)

 

 シルアは生み出した魔法の感覚器官を敵の本陣まで飛ばす。

 感覚器官は障壁などに一切妨げられることなく本陣内に侵入を果たした。

 

(アインズ様が仰っていた殺してはいけない者はと。やはり居るな、なら少し離れた場所を狙うか)

 

 本陣の周囲に建てられたそこそこの大きさの天幕をターゲッティングし、スキルを使用する。

 もっとも、モンスターとして魔法行使能力に長けているだけのシルアには、通常の魔法詠唱者のように魔法強化のスキルを使う事は出来ない。

 だが、模倣する事は出来る。

 模倣するのは当然、魔法三重化。

 

「〈魔法三重化・朱の新星〉」

 

 同盟軍陣地内で荒れ狂った炎は、その範囲内に有ったあらゆる生命を焼き尽くし、そして、夢幻のごとく消え去った。

 しかし、真っ黒な焼け跡と焼け跡の中に点在する、もはや誰の物かも判別出来ない死体だけが、先程の炎が夢でなかったと、物語っている。

 破壊に満足したシルアは、僅かな落胆と幾ばくかの期待を胸に歩を進める。

 

 

―――――

 

 

 ガゼフとブレインは、レエブン候配下の元オリハルコン級冒険者チーム、スレイン法国聖印騎士隊の隊長フェルネスと精鋭班五十人、そして魔術師班五十人――他は最前列に投入されている――と共に、同盟軍陣地の前に立っていた。戦士達とクライムは王を逃がすために本陣内に残っている。

 もっとも、陣地とはいえここは複数のテントが建ち並んでいるだけ。柵などの防御設備は一切無い。

 主な理由はただ費用を用意できなかったから、というものだが。実際の理由は不完全な協力体制にある。

 帝国は自前の陣地しか使用していない為、実質王国軍陣地である、こちらの陣地に費用を割く気は無い。法国は兵を送れない分を物資などで支援していたが、大軍を賄う為には雀の涙だ。

 結果として、同盟軍の本陣は、ただのテント群となった。

 ガゼフ個人としては、いくら元は敵同士とはいえ、こんな時は素直に手を取り合えないのか、と言いたいところだ。

 しかし、今は柵が無くて良かったとすら思える。

 柵が有れば退路を抑えられる可能性が高い、散り散りに逃げた方が個々の――王の生存率も上がるだろう。

 

「ストロノーフ殿、どうかされたのか? 何か気になることでも」

 

 声を掛けてきたボリスに首を横に振りながら答える。

 

「いや、なんでもないさ」

「忘れ物でもしたんなら早く取りに行ったほうが良いぞ。あの化け物が待ってくれるとは限らないしな」

 

 ブレインの軽口に笑みを返しながら、視線を前に向ける。

 そこには、ゆっくりと歩を進める悪魔。

 枯れ木の様な骨と皮ばかりの身体。そこから伸びる、枝分かれした様な首と先端にぶら下がる四つの人間の生首。

 大人の男と思われる物も有れば、まだ少女のような幼い顔つきの物も有る。

 子供が描いた化け物が実体を持った様な、不気味な存在。

 そいつは、ガゼフ達の前方、百メートル程で歩みを止めると一人ずつ順に見回した。

 

「なるほど、君たちが私を食い止める壁役という訳だ。私は戦場の習いというものに明るくないんだが、名を聞けばいいのか?」

 

 思っていたより理知的な、人の様な声だ。

 もっとも、この声があの悪魔自身の声なのか、それとも飾っている生首の持ち主の物なのかは分からないが。

 

「私はリ・エスティーゼ王国王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ」

 

 答えると悪魔の四つの頭がガゼフの方に向けられた。

 

「まったく、どっちも律儀なもんだ……ブレイン・アングラウスだ」

「火神の聖騎士、ボリス・アクセルソン」

「風神の神官……」

 

 ブレイン、元オリハルコン級冒険者達が順に名乗り、悪魔はその全員に一度ずつ目を向け、最後にまだ名乗っていない法国の騎士達の方に目を向けた。

 

「それで、そちらは?」

「悪魔風情に名乗る名は無い」

 

 サンドが切りつけるかの様に答え、他の騎士達は無言の同意を示した。

 しかし、悪魔は彼らの敵意を意に介さず、口を開く。

 

「そうか。まぁ、それならそれで構わない。では、こちらも……。我は恐るべき力の王、アインズ・ウール・ゴウン様の配下に名を連ねし兵卒が一人、頭飾りの悪魔(シルクハット)、シルア。貴様らにチャンスをやる。武器を捨て、頭を垂れるなら主人より頂いたこの名にかけて、命だけは助けてやる」

 

 ガゼフ達は一瞬驚きの表情を浮かべるが、シルアから発せられている殺気がまるで変わっていない事に気付き、戦士の笑みを浮かべた。

 相手もこちらがどう答えるか分かっているのだ。

 そして、この場に集まった全員が各々の武器を抜き、眼前の化け物に向け、吼えた。

 

『断る‼︎‼︎』

 

 人として最高に等しい力を持つ者達の咆哮は空気を震わせ、立ち昇る闘気で景色が陽炎のように揺らいで見せる。

 普通の人間なら、いや、例え幾多の死線を潜り抜けてきた者ですら、たまらず逃げ出すような気迫を前にしてもシルアは平然と告げる。

 

「やはり、な。ならば良いだろう、貴様らに絶望を教えてやる!」




対艦ヘリ骸龍さん誤字報告ありがとうございます


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決戦

前の投稿から二ヶ月も空いてしまい誠に申し訳ありません
やはり不定期という言葉に甘えてる節がありますね

まぁ今回制作に時間をもらった事で人生初の一万字越え小説となりました
一応確認はしましたが誤字脱字や蛇足等多数有ると思います
最後まで読んで頂ければ幸いです


 ドスン、という音と共に大地が震える。

 目を凝らせば叩きつけられた足と地面の間から鎧を装着した手足が生えている。それはしばらくの間ビクビクと痙攣した後、動かなくなった。

 次いで、左右から飛びかかった聖騎士は、振り払われた悪魔の鉤爪によって切り裂かれ、大地に散らばった。

 再び歩き始めた悪魔の飾り物の首の一つが口を開く。

 

「〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉、〈上位硬化(グレーターハードニング)〉」

 

 詠唱を止めようと、四人の聖騎士達が悪魔に飛びかかるも、瞬く間に切り裂かれ、潰される。

 その間も魔法の詠唱は止まらない。

 

「〈上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉、〈魔法増幅(マジックブースト)〉」

「……もう五十人はやられたぞ」

 

 部下の恐怖に彩られた声にサンドは焦りを感じた。

 先程から悪魔はほとんど歩を止めずに聖騎士達を殺し、魔法による自己強化を行なっている。

 どういう能力かは不明だが、この悪魔は直接戦闘をしつつ、魔法詠唱が出来るらしい。

 その現実離れした能力に――いや、理不尽な強さに、最初は自信をみなぎらせていた聖騎士達と彼の部下達は今や追い詰められた小動物のような有様だ。

 サンドはすぐさま安寧の権天使(プリンシパリティ・ピース)に全体鎮静化をさせると、自身も声を張り上げた。

 

「怯むな! 支援を行いつつ魔法攻撃を開始する」

 

 そう言ってサンドは即座に詠唱を開始する。

 

「〈石筍の突撃(ストーン・オブ・スタラグマイト)〉」

 

 サンドに続いて部下達も一斉に詠唱した。

 その結果、無数の石筍が雨のように悪魔に向けて放たれたが、サンドは普段全く動かさないよう努めている表情を怒りに歪めた。

 部下にではなく己にだ。

 指揮に長けた者であれば、部下に的確かつ瞬時に命令を下せただろう。

 だか、ある部隊の生き残りでしかなく、その中で最も力があるというだけで隊長になったサンドに、そのような能力は無かった。

 事実、部下達は全員攻撃魔法を放ってしまっている。

 そのせいで、聖騎士達への支援がほとんど出来ていない。

 無論、部下達の気持ちもサンドとしてはよく分かる。

 あんな存在が近づいて来る。

 それは竜巻が眼前に迫るようなもの。恐怖のあまり最も確実な対処法を選んでしまったのだろう。

 だが、今全員が攻撃魔法を放ってしまうのは悪手だ。

 

(いや、そもそも全員で魔法を放ったとして奴に攻撃が届くのか)

 

 サンドの予想は即座に肯定される。

 

「〈魔法効果範囲拡大化衝撃波(ワイデンマジック・ショックウェーブ)〉」

 

 衝撃波によって石筍は粉々に砕け散る。

 部下達の顔が恐怖に染まる中、突撃した天使達もシルアの巨腕に消し去られ、兵士たちが回復を受けられないまま、薙ぎ払われるように死んでいった。

 

「くそ、やはりだめか。魔術師隊各員、部隊を三つに分ける。第二は前衛の支援に専念しろ。第一は奴に攻撃魔法を集中。第三は天使を召喚し続けるんだ」

 

 部下達がこれまでの訓練とは段違いの洗練された動きで部隊を分けてゆく。

 その様子を見届けながらサンドは自身の安寧の権天使を第三隊の護衛につかせ、ガゼフ達の方に声をかけた。

 彼らは聖騎士達の邪魔にならないように待機させておくよう、フェルネスが言っていたが、あれ程の戦力を使わずに放置しておくのはあまりにもったいない。

 

「王国戦士長殿、貴殿らには我々の護衛をお願いしたい」

「心得た」

 

 ガゼフ達が範囲魔法に巻き込まれないように間隔を開けて並ぶ。

 もっともあの悪魔の力を知った今――無論、まだ本気を出していない可能性は充分に有るが――彼らでも護衛として心許ない。しかし、居るのと居ないのとでは精神的に大違いだ。

 だが、僅かに落ち着きを取り戻したサンドは不意に悪寒のようなものを感じた。

 周囲を伺うと前方の悪魔と目が合った。

 悪魔の頭部は飾りであり、白目を剥いていて、どこか決まった場所を見ている様子はない。

 しかし、サンドは悪魔が自分を見ているという確信があった。

 すると、悪魔が口を開く。

 

「いい加減鬱陶しいな。消すとしよう」

 

 軽い物言いだが、そこには絶望的な鋭利さを感じさせた。

 殺される、それを最も強く感じたのは誰だろう。

 ひょっとしたら第二隊の前で光り輝く盾と騎士槍(ランス)を構えたフェルネスだったのかもしれない。

 

「かかってこい! 薄汚い悪魔めが! 貴様など、どうと言うことわない」

 

 その声に引かれるように悪魔の頭部と腕が僅かに動く。

 

「そうか、そうか。それでは――〈火球(ファイヤーボール)〉」

 

 悪魔の指先に纏わり付いた炎は球体に変わり、撃ち出される。

 着弾の瞬間、フェルネスの持つ盾の輝きが増した。

 盾に込められた魔法を発動したのだろう。

 炎が消え去った時、フェルネスとその周囲の地面はそのままで、下生えすら残っている。

 

「どうした化け物、その程度か⁉︎ ハッ、貴様の攻撃なんぞいくらでも耐えられるぞ!」

 

 嘲りを含んだ挑発に対して悪魔は僅かな苛立ちも感じていないような、平坦な声で答えた。

 

「いくらでも、か。それは素晴らしい。では、少し実験をさせて貰うとしよう」

 

 そう言うと悪魔は僅かに広げた両手をフェルネスへ向け、魔法を唱え出した。

 

「〈魔法三重化火球(トリプレットマジック・ファイヤーボール)〉」

「〈魔法三重化雷撃球(トリプレットマジック・エレクトロスフィア)〉」

「〈魔法三重化氷球(トリプレットマジック・アイスボール)〉」

「〈魔法三重化酸の投げ槍(トリプレットマジック・アシッドジャベリン)〉」

 

 広げた手の間に四種類の光が三つずつ現れる。

 赤は全てを焼き尽くす炎へ、黄は猛り狂う雷へ、白は極寒の冷気へ、緑は鉄を容易く溶かす酸へ。

 

「さぁ、頑張って耐えてくれよ」

 

 その声に先程のフェルネスのような嘲りの色は無い。どのような結果が出るのか心待ちにしている科学者のようだ。

 そして、魔法が放たれる。

 火球を受けた時のように、フェルネスの持つ盾がその輝きを増した。しかし、それは迫り来る力に対してあまりに無力だ。

 フェルネスの身は酸に溶かされ、冷気に凍らされ、雷に焼かれ、炎に包まれる。

 炎が消えた時、そこに残っていたのは大きな炭の塊と輝きを失った盾のみ。

 

「なんだ?二発目の氷球で死んでしまうとは予想外だ」

 

 悪魔は一度肩をすくめると再び視線をこちらに向けた。

 

「まぁいい。さっさと済ませよう」

 

 その視線を受けただけでサンドは肉食の獣に睨まれた小動物のように脚が竦み、動けなくなった。

 今まで多くの命を奪ってきたくせにと、自分でも滑稽に思うが襲いかかってくる恐怖はサンドの心を掴んで離さない。

 悪魔は再びこちらへ向けゆっくりと歩を進める。

 まるで戦場に似つかわしくない気楽な歩き方だが、その間もあらゆる攻撃が容易くあしらわれていった。

 聖騎士の最後の一人が上半身を切り飛ばされた時、悪魔は唐突に歩みを止めた。

 

「ちょっと理解出来ないんだが、聞いてもいいか」

 

 その問いは法国軍に向けられたではなく、サンドの手前で悪魔の接近を待ち構えていたガゼフ達に向けたものだった。

 

「王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。お前は何故戦っている? 王を守る為か、ではもし、私が今戦士達と共に、丘の影を必死に逃げいる王を殺さないと言ったら、お前は私との戦いを諦めてくれるのか?」

 

 ガゼフはその問いに僅かな笑みを浮かべて答えた。

 

「それは俺と戦いたくない、ということか?」

「勘違いするな。もう気付いているとは思うが、お前も、お前の仲間も、そしてお前の後ろで震えているゴミ共も、誰一人として私に勝てる可能性は無い」

 

 普通なら挑発と捉えるような発言だが、やはりそこに嘲りの色は無く、ただ事実を述べているだけのようだ。

 

「それを知っていて何故逃げない? 他の奴らのように尻尾を巻いて逃げれば助かるかもしれないぞ」

「なら、お前なら逃げるのか?」

 

 ガゼフは真剣な表情で正面から悪魔に問い掛ける。

 その目にはサンド達のような嫌悪もガゼフ以外の全員が抱いているだろう敵意もない。

 

「お前は主人の為に戦う時、相手が強ければ逃げ出すのか?」

「そんな事があると思うのか? 劣等種」

 

 その時、悪魔の声に含まれる感情がこれまでと変わった。

 対するガゼフは先程とは幾分種類の違う笑みを浮かべていた。

 

「そういうことだ」

 

 サンドには悪魔の感情など微塵も理解出来ないし、理解しようと思った事もない。

 だが、サンドには何故か悪魔がガゼフの言葉を噛み締めるように何かを考えている、そんな気がした。

 僅かな時間の後、悪魔は一度肩をすくめると口を開いた。

 

「そうか。なら、もはや何も言わん。行くぞ」

 

 そして、悪魔が再びその足を踏み出した。

 

「ガゼフ!」

 

 ブレイン・アングラウスが声を上げると、ガゼフはそちらを一瞥し、剃刀の刃を構える。

 

「〈流水加速〉!」

 

 瞬間、ガゼフの姿が消えた。

 金属音に目を向ければ、悪魔の鉤爪と剃刀の刃が激しくぶつかり合っていた。

 並の騎士どころか、達人と呼ばれる者ですら、回避も防御も困難な攻撃を悪魔は片手で防いだ。

 それどころか空いたもう一方の手で攻撃を仕掛ける。

 ガゼフは反撃の正拳突きを〈不落要塞〉で耐えると今度は〈流水加速〉で背後に回る。

 そして、先程までガゼフが居た場所にはブレイン・アングラウスが移動していた。

 

「俺なんかも居るぞ」

「そうかい、悪かったね。しかし、理解してほしいな。私の物差しでは君達程度の存在を測る事は出来ないんだ。なにせ……」

「俺達が低すぎるから、だろ?」

「分かってもらえたようで光栄だ」

 

 ブレインは微かに笑うと居合いの姿勢で構え、凄まじい闘気を立ち昇らせる。

 だが、悪魔は構わず進む。

 見れば悪魔の後ろでガゼフもまた剣を構えていた。

 そして二人はそのまま一言も言葉を交えず、阿吽の呼吸だけで斬撃を放った。

 

「〈四光連斬〉!」

「〈秘剣爪切り〉!」

 

 それぞれの斬撃は全く同じタイミングで放たれ、合計八つの斬撃となって悪魔の前後から迫る。

 放つのは周辺国家最強と謳われる男とその男をして並ぶと言われる男。

 すなわちこれは周辺国家において最強の斬撃。

 しかし―――。

 

「ほう。だが、つまらんな」

 

 悪魔が両の手を薙いだ瞬間、澄んだ金属の音色が一つ辺りに響いた。

 つまりはそういうこと、周辺国家において最強の斬撃もこの悪魔にとってつまらない攻撃の一つでしかないのだ。

 すると突然、それまで一度も落ち着いた姿勢を崩さなかったブレインが悪態を吐いた。

 

「クソが! バラけたか!」

 

 ブレインが凝視しているのは悪魔の手、そしてその先にある五本の鉤爪だ。

 悪魔はその手をヒラヒラと振りながら、口を開いた。

 

「見事だったが防げない事もないな。まぁいい、面白いものも見れた。そろそろ最初の目的を果たそう。―――〈次元移動(デイメンショナルムーブ)〉」

 

 悪魔の姿が消え、辺りを見回そうとした時、突如サンドは強い圧迫感と浮遊感を感じた。

 視界が百八十度回転した先に有ったのは八つの虚ろな瞳。

 それに見つめられサンドの身体は恐怖で身動ぎ一つ出来なくなった。

 

「うーむ。これらは全て御方からの頂き物。出来る事なら捨てたくはないのだが、仕方ない。スキル発動〈衣替え〉」

 

召喚した天使が召喚主を助けようと近づいて来るが、もう間に合わないだろう。

 悪魔の首の一つが何度か左右に傾げ、熟れた果実のように地に落ちた。

 そして首があった場所には細く、長い触手が伸びている。

 その触手が僅かに揺らめき、こんどは凄まじい速さで視界外に消えると同時に首の裏に強い衝撃を感じた。

 痛みは無い。いや、痛みを感じる事が出来ない。

 ゆっくりと意識がどこか、深い場所へ引き摺り込まれて行く。

 視界は白濁になり、声を発する事も出来ず、痴呆のように口を半開きにするばかり。

 そんなサンドの薄れ行く意識を占めるのは今は亡き尊敬する隊長への謝罪の念ばかりだった。

 

(ニグ…さ……。もう…わけ……ありま…せん)

 

__________

 

 

 悪魔―――シルアがその手を広げるとサンドの身体は首から血を吹き上げながら地面に落ちた。

 その頭部を宙に残したまま。

 残った頭部からはシルアの首に当たるのであろう触手が生えている。

 そして、触手は元の位置まで戻り、かつてはサンドの物であった首を他の男女の首三つの横に並べた。

 シルアは新しい首の座りを確かめるように、何度か捻ると満足気に呟いた。

 

「やはり第四位階魔法の使い手。こちらの方がしっくりくるな」

 

 転移魔法の発動によってその姿が掻き消える。

 急いで辺りを見渡せばシルアは戦闘を開始した時と同じ場所に現れた。

 

「さあ、次は何をして遊ぶか」

 

 そして再びゆっくりと歩き出した時、突如ガゼフの視界の端でブレインが苦しげに身体を折っていた。

 

「化け物め」

 

 再び闘気を発したブレインと共に、迫り来るシルアに切っ先を向ける。

 すると突然背後から声を掛けられた。

 

「お二人さんちょっといいか?」

 

 見るとそこにはボリス達、元オリハルコン級冒険者が集まっていた。

 他の者達が強化魔法をかけ直している中で、ロックマイアーが口を開いた。

 

「俺たちにちょっとした策がある。ひょっとしたら奴を倒すまではいかなくても重傷を負わせられるはずだ」

 

 ガゼフはシルアに聞かれていないかと僅かに視線を向けるが、どうやらシルアは残った法国軍ががむしゃらに撃ち出す魔法を捌きつつ、魔法を撃ち返しているためにこちらを見ていないようだ。

 しかし念の為に、声は少し落としてロックマイアーに尋ねた。

 

「その策とは?」

 

 対してロックマイアーはただ不敵に笑うのみ。

 彼自身、シルアに聞かれているかもしれないと思っているのだろう。

 

「とにかく戦士長達は死なない程度に時間を稼いでくれ。頼む」

 

 それはこの状況で最も難しい行為だ。

 しかし、他に方法が無いならばやるしかない。

 

「それではお二人ともよろしいですか?」

 

 完全武装になったボリス達がガゼフの横に並んだ。

 

「よし、行くぞ!」

 

__________

 

 

 放たれる〈火の雨〉を〈氷結爆散(アイシー・バースト)〉で相殺し、幾人かを凍り漬けにする。

 逃げようとする者には〈重力渦(グラビティメイルシュトローム)〉を投じ、その身を打ち砕く。

 祈りを捧げている者、恐怖に震えている者には〈連鎖する龍雷(チェインドラゴンライトニング)〉と〈獄炎(ヘルフレイム)〉を同時に放つ。

 それだけで敵のほとんどが死に絶えた。

 残るは武器を構え直したガゼフ達と、テント群に紛れるように逃げようとする者だけだ。

 再び向かってくるガゼフ達に向き直りつつ、テント群へ向け〈核爆発(ニュークリアブラスト)〉を撃ち込む。

 魔法によって生み出された白色の光が一度の爆縮を経て、全てを消し去った。

 ガゼフ達はその爆発に僅かに気を取られつつも、シルアに向け一斉に飛びかかる。

 放たれる複数の武技、スキルを鉤爪で弾き返し、殴り飛ばす。

 魔法を放ちたいところだが、それぞれが頭を狙った連撃に詠唱の機会が無い。

 だが、どれほど息の合った攻撃であっても、基礎能力の差を埋められるほどではない。

 何度目かの一斉攻撃を捌いた際に四本の剣を持つ戦士――フランセーンをシルアの巨腕が捉えた。

 フランセーンは必死にもがくが、シルアの手を振りほどく事は出来ない。

 シルアは戦士を掴んだ手に力を込めた。

 最初は弱く、そして段々と力を強めて。

 戦士の苦しげな様子に、呆気に囚われていた者達は、シルアが何をしようとしているか察したらしい。

 一切にシルアに向かって飛び掛かる。

 だがもはや、手数が足りない。

 もしこの時、シルアの表情が変わったとしたら、きっと悪魔という種族に相応しい悍ましい表情だっただろう。

 そう感じさせるに充分過ぎるほどの悪意と嘲笑と共に魔法が放たれる。

 

「そうだ良いぞ。もっと足掻け、無様に踊り狂え。――〈魔法三重化黒曜石の剣(トリプレットマジック・オブシダントソード)〉」

 

 三振りの黒曜石の剣が近づこうとした者達を迎撃する。

 振り払われる戦士達を見ながらシルアは腕に込める力を更に強くしていく。

 

「ぐっぎぎ…ふっ〈不落要塞〉」

 

 フランセーンは武技を使ったがシルアの力を耐えるには不十分だ。

 そしてゴリッ、という嫌な音と共にシルアの手から血が吹き出した。

 

「きっ貴様!」

「全員離れろ!!」

 

 ルンドの怒鳴り声で、シルアに飛び掛かろうとしていたヨーランは顔を歪めながら少し距離を取った。

 

「〈魔法二重化火球(ツインマジック・ファイヤーボール)〉」

「〈氷結爆散〉」

 

 二つの火球をなんなく消し去った冷気はそのままルンドの体まで蝕んだ。

 もし彼が先の戦いからシルアの出方を学び、あらかじめ冷気耐性を上げておかなければ、この一撃で死んでいただろう。

 だが彼は辛うじて生きていた。

 

「まったく、しぶというえに鬱陶しい。特に……」

 

 シルアは言葉を切ると一気に踏み込んだ。

 そして、ガゼフ達ですらどうにか目で追える程度の速さでその頭上を飛び越え、虚空に向かって腕を一閃する。

 そして、持ち上げられた手の中に捕まっていたのは、必死にもがくロックマイアーだった。

 

「ちょろちょろと動き回って鬱陶しいぞ。何か頑張って用意していたようだが―――〈衝撃波〉」

 

 シルアが指を指した方向に不可視の衝撃波が放たれ、そこにあった金属の棒のような物が土と共に吹き飛んだ。

 

「こんな小細工では私は倒せんよ」

 

 そう言ってシルアは握った手に力を込める。

 しかし、ロックマイアーは苦し気な呻き声を上げながらもシルアに向かって不敵な笑みを向けた。

 

「だろうな。お前はきっと……俺達が今まで、出会ってきた化け物の中でも、飛び抜けて強い。だが、な。俺達にも……意地が有る!!」

 

 そう言ってロックマイアーは右手を一閃し、杭のような物をシルアに向かって投げつけた。

 だがそれは素早く動いた鉤爪によって容易く振り払われる。

 

「無駄だ、と言っているんだが」

 

 それでもロックマイアーは先程と同じ笑みを浮かべていた。

 

「そうでもないさ。ルンド!!」

 

「なるほど、諸共攻撃する、か。悪い手ではないがしょせ……なんだ?」

 

 シルアはこちらに魔法を放ってくるであろう敵の方向に首の一つを向けた時、思わず訝しむような声を上げていた。

 何故なら、ルンドクヴィストの指先は、シルア達の居る場所かなりずれた位置に向けられていたのだ。

 

「〈魔法抵抗突破化雷撃〉」

 

 放たれた雷はシルア達の遙か向こうに散乱した金属の棒の一つに当たった。

 そして雷は棒に纏わり付くと、しばらくして先程以上の大きさになって別の棒へ、それが何度も何度も繰り返され、その度に雷はどんどん大きくなっていく。

 シルアはその光景から目を離せなくなった。

 何故なら、こんな現象はシルアの知識に無い。

 一体何が起こっているのか知りたいという欲求を抑えられなかったのだ。

 また、自分の強さを知るからこその油断もそこに拍車をかけた。

 シルアが目を奪われたこの現象は〈反射〉という、この世界特有の魔法付与の一種によるものだった。

 この魔法付与は低位階の魔法を無効化し、同じ属性エネルギーを撃ち返すというもの。

 これをルンドクヴィストが改良し、より高位の魔法を、倍の属性エネルギーで撃ち返すようにしたものが、鉄の棒に付与してある。

 そして、棒は互いに雷を倍のエネルギーに増幅してはまた別の棒に向けて放つ、これがこの現象の実態だ。

 それを知らないシルアは一時とは言え、ただその光景を見つめてしまっていた。

 だからこそ、ロックマイアー達がその命を賭して仕掛けた小細工(・・・)の正体に気付けなかった。

 

「避雷針……起動」

 

 ロックマイアーが小さくつぶやくと、先程シルアが弾いた黒い杭が輝いた。

 そして、増幅された雷が杭へ向けて飛ぶ。

 金属の棒と杭の間にはシルア達が居る。

 シルアはこれが何を意味するか、頭ではなく、もっと別の、本能とでも言うべきものによって理解した。

 邪魔でしかないもの(人間)を投げ捨て、対電気系の防御魔法を……。

 シルアの視界は白い閃光によって包まれた。

 

 

―――――

 

 

「ぐぉおおおおお!!」

 

 凄まじい咆哮が空気を震わせる。

 雷によって生じた巨大な白球が周囲一帯を照らす。

 ガゼフ達は全員、目を閉じ、手をかざした。

 そして、彼らの視界に焼き付いた光が消える前に、ドスンという、重い物が地面に倒れる音がガゼフ達の耳に届いた。

 

「ロック、大丈夫か?!」

 

 直前に投げ出されたロックマイアーの元へ全員が駆け寄る。

 

「ああ、何本か折れてるがどうにか無事だ」

 

「待ってろ。今治癒する」

 

 ボリスがロックマイアーに向けて癒しの魔法を発動すると、苦し気だったロックマイアーの呼吸が段々と落ち着いたものになっていった。

 

「それで奴は……死んだ、のか?」

 

 ガゼフは未だ剃刀の刃を構えたまま誰に言うともなく言う。

 そして、万全ではないが、ある程度回復が済んだロックマイアーがそれに答えた。

 

「おそらくな。あれが直撃したなら壮年ドラゴンでも一撃だ」

 

 その言葉で全員の顔に隠しきれない安堵の色が出る。

 しかし、全員武器は握りしめたままだ。

 ひょっとしたら、という言葉は誰も口にしなかった。

 しかし、全員の胸の内を占めるその言葉を消し去ることが出来ないかった。

 

「にしても、さっきの魔法は一体何だったんだ? あんなの初めて見たぞ」

 

 ブレインの言葉にルンドはどこか懐かしむ様子で答えた。

 

「俺達が現役時代にドラゴンハントの切り札として作ったアイテムですよ」

「用意するには金も時間も足りなくて、完成する前に俺達に限界が来たってのがオチですけどね」

 

 かつて人間という種の最高位に最も近い場所まで登りつめた男達はよく似た男臭い表情で笑い合った。

 

「よし、回復終わったぞ」

「おう、んじゃ早いとこフランセーンの遺体を持ち帰るとしようぜ」

 

 そう言ってロックマイアーとヨーランはフランセーンの亡骸の元まで行き、安眠の屍衣を取り出す。

 

「では、我々は奴の首を回収しましょう。持ち主は分かりませんが、悪魔の道具にされたままというのも忍びないですし」

 

 そして、ガゼフ達は倒れ伏したシルアの元へ歩き出した。

 だがその刹那、視界の隅を何かが駆け抜ける。

 それが何であるか悟る前に、肉の裂ける音が響いた。

 音の発生源を見ると黒曜石の剣に胴体を貫かれたヨーランの姿と呆然とそれを見つめるロックマイアーの姿。

 

「〈獄炎の壁〉」

 

 

 突如、目の前に黒炎が吹き出し、ガゼフ達は慌てて飛び退く。

 そして、壁のような炎が消えるとそこには先程まで倒れ伏していたシルアが悠然と立ち塞がっていた。

 その周囲を黒曜石の剣が二本舞っている。

 

「全く、ここまでやられてしまうとは。私もまだまだ未熟ということか、これでは御方に申し訳が立たないな」

「なっ何故……」

 

 誰かの発した声は消え入りそうな程小さかったが、シルアの耳には届いたらしく、平然と答えた。

 

「正直かなり危険だったさ。もし、何の対策もしていなければ、先程手に入れたこいつの首が無ければ或いは……。いや、所詮は仮定、ただの慰みでしかない。君らはよくやった。しかし、私には届かなかったというだけのこと。さあ、もう幕引きだ」

 

 シルアの手に三つの黒球が現れる。

 

「〈魔法三重最強化重力渦〉」

 

 三つの黒球が最も離れていたロックマイアーに向け飛翔する。

 ロックマイアーは盗賊特有の身軽な動きで初弾をどうにか回避するも、体制が大きく崩れたところに残りの二発が炸裂した。

 二つの重力球が荒れ狂った場所には人の形をしたものは何一つ残っていない。

 有るのは原型が分からない程砕かれた肉片のみだ。

 その様に、ガゼフは自身の内から溢れる恐怖を抑えることが出来なかった。

 当然だ。覚悟など関係ない。恐るべき存在からの圧倒的な力、これを恐れない者が居るなら、それは人としての感情を無くしている。

 しかし、震えそうになる手を意思の力で押さえつける。

 王国戦士長として、こんな所で震えている場合ではないのだ。

 周りを見ればブレインも、ボリスも、ルンドも恐怖こそ感じているものの、その目に宿った光は消えていない。

 

「覚悟有り、か。……下らないと思ってしまうのが少し、寂しいな」

「行くぞ!!」

 

 

―――――

 

 

 三人は正面と左右、それぞれ別の方向から突撃した。

 正面から進むガゼフの頭上をルンドの〈雷撃〉が翔る。

 放たれた〈雷撃〉は命中こそしたものの、単体ではほとんどダメージを与えることは出来ない。

 

「先ほどの魔法は本当に見事だったよ。お返しだ、よく味わうと良い。――〈万雷の撃滅(コール・グレーターサンダー)〉」

 

 足元の影が背後で荒れ狂う力の強大さを教えてくれる。

 しかし、誰も振り返りはしない。

 振り返らずとも、そこに有るであろうものは分かっている。

 ならば、分かり切っていたことの為に足を止めている場合ではない。

 

「〈四光連斬〉」

 

 放った斬撃は最初と同じように片手で弾かれる。

 追撃を放とうとしたが、黒い壁が視界いっぱいに迫ってきた。

 シルアがすくい上げるような回し蹴りを放ったのだ。

 蹴りは飛び上がって回避したが、空中の無防備なガゼフにシルアの握り込んだ拳が振るわれる。

 剣を眼前に構え盾とするも、ガゼフの身体は紙人形のように容易く吹き飛んだ。

 

「〈神閃〉」

「〈聖撃〉」

 

 左右から放たれる攻撃は黒曜石の剣によって防がれる。

 

「〈魔法三重最強化衝撃波〉」

 

 立ち上がろうとしたガゼフの身体は不可視の強力な衝撃波によって何度も吹き飛ばされる。

 しかし、ガゼフは剣を手放さない。たとえ、立つのがやっとでも、地面に倒れ伏したままでは終わらない。

 その姿に笑みを浮かべたブレインは居合いの姿勢を取る。

 その行動が意味するところを知っているシルアは黒曜石の剣を全てボリスへの迎撃に回し、鉤爪を構える。

 

「〈秘剣爪切り〉」

 

 鋭い斬撃だが、それでもシルアの身には届かない。

 

「ふんっ」

 

 全力の攻撃を弾かれ、体勢が崩れたブレインはシルアに蹴り飛ばされ、地面に転がる。

 ブレインの全身を耐え難い激痛が襲う。

 それでもブレインが歯を食いしばって立ち上がろうとした時、シルアの手の中にあの黒球が生み出されるのが見えた。

 その魔法の詳細を知らなくても当たればどうなるかはここに居る全員が嫌と言うほど理解している。

 感覚が間延びし、全てがゆっくりに見える世界でシルアは無造作に手の中の黒球を放つ。

 

「〈重力――」

「おおおおおおお!!」

 

 雄叫びはシルアの背後、黒曜石の剣に全身を切りつけられ、血塗れになったボリスから発せられていた。

 ボリスは更にその身に傷を増やしながら、聖なる力を込め、輝きを増した武器をシルアの脚に叩きつけた。

 突然の脚部への攻撃によって、僅かに姿勢が崩れた結果、シルアの狙いがはずれ黒球はブレインの眼前、地面に炸裂する。

 しかし、それで終わる訳が無い。

 シルアが振り返りざまに放った鉤爪の一撃で、ボリスの身体は宙を舞った。

 それでも巨大な鉤爪に引き裂かれ、宙を舞うボリスの表情はどこか晴れやかだ。

 その表情は仲間を救ってくれた恩に報いることが出来たからこそ。

 

「〈龍雷(ドラゴンライトニング)〉」

 

 シルアの指先で鎌首をもたげた雷は瞬時に宙を翔け、重力によって地面に打ち付けられたボリスに命中する。

 雷が消えた時、ボリスの姿は彼をよく知る者ですら判別出来ない程、黒く焼き焦げていた。

 ガゼフ達がどうにか再び立ち上がると、それを待っていたようにシルアが振り返る。

 その両手にはそれぞれ荒れ狂う炎と雷が纏わり付いている。

 目を合わせたガゼフとブレインはお互いの意思を確認すると武器を構え、シルアに向け突撃しようと踏み出した。

 しかし、その時、大地を震わせる程の歓声が轟く。

 

「「「ウオォオオオオオオオオ!!!!」」」

 

 地の底から上るかの如き歓声に引かれる様にしてシルアの首が後方を振り返った。

 歓声が上がったのはシルアの後方、帝国軍の最前線―――だった場所だ。

 今そこは水を撒いた様に黒く変色した地面と歓声を上げる無数のアンデッド達ばかりで人間の姿は見えない。

 

「終わってしまったか」

 

 シルアはこちらを見ずにそう言うと、そのままガゼフ達に背を向けて歩き出す。

 王国の兵達の視線は悠然と歩くその背に注がれていた。

 しかし、誰一人として攻撃はおろか罵声の一つも飛ばすことはなかった。

 ガゼフ達から少し離れた場所で立ち止まったシルアはその背に燃え上がる翼を生み出した。

 その時初めてシルアは四つの首をこちらに向けた。

 

「せいぜい楽しめ」

 

 それだけ言うとこちらが口を開く前に炎の翼をはためかせ、ナザリック守備隊の陣地へと帰っていった。



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宣告(終)

 午前に始まった同盟軍とナザリック守備隊総出の決戦は、昼を迎えるより前に決着がついた。

 勝利したナザリック守備隊は、追撃は行わずに戦利品の収集始めた。敗北した同盟軍は、カッツェ平野に築かれた帝国軍の砦まで後退して行った。

 逃げ延びた同盟軍の内、帝国軍は砦内で、王国軍は砦の外で休息を取る事となった。

 拠点が別れた理由は至極単純で、二十万を超える大軍である王国軍を受け入れられるスペースが拠点内に無かったからであり、同時に、同盟国相手でも、拠点内の機密に触れてほしくないという帝国側の要請のためだ。

 もっとも、理解する事は出来ても、納得出来るかは別だが。

 ちなみに、王国軍が要塞都市エ・ランテルに向かわなかったのは、民間人が巻き込まれるのを危惧した為と、食料庫であるエ・ランテルを戦場にすべきではないという理由からだ。

 

 

―――――

決戦から七時間後、ナザリック地表部中央霊廟前

 

 

 太陽が丘陵の影に沈み始めた頃、アインズは鎧を着用したアルベドとローブを纏ったマーレと共にナザリックの地表部に来ていた。

 辺りを見回すと、周囲ではアンデッド達によって戦利品である同盟軍の武器、防具、物資などが種類ごとに仕分けられている。

 もう一つの戦利品である死体はすでに第五階層に運び終わっていた。

 こちらに気付き、手を止めて跪くアンデッド達に作業を続けるよう言い、束ねられた剣の山からブロードソードを手に取る。

 以前、カルネ村で見たのと同じ、帝国軍の正規品であるただの鉄の直剣だ。

 アインズが手に取った物はまだ綺麗な状態だが、集められた剣のほとんどが折れたり、欠けたりしている。

 その他の防具や馬鎧なども破損している物が多いが、これらの後の使い方を考えれば何ら問題はない。

 

(どのみち、ただの鎧や剣は同じ重さの鉄と同じ価値でしか判断されないからな。まぁ、これだけあっても大した額にはならないだろうけど、アンデッド達の召喚分ぐらいは賄えるか)

 

 剣を元の束に戻すとそれを待っていたようにアルベドが口を開いた。

 

「アインズ様。本当に供は私達だけでよろしいのですか? 予想される脅威を考えますと、御身をお守りするのであれば万全を期すべきでは?」

「何も心配する事は無い、アルベド」

 

 アルベドの言葉に、アインズは毅然とした態度で答える。

 

「この身を守るのはお前達二人だけでも充分だ。それに、これを使ってみるには良い機会だしな」

 

 そう言って、アインズは一本の杖を取り出す。

 その杖は、先端に火が灯り、白木に金の装飾が施された豪奢な物で、名を『太陽王の錫杖』。

 能力は、テキスト通りなら王の軍勢の召喚。

 もっとも、これを手に入れたのは、仲間達が次々と去って行った頃に行われていたコラボイベントの際だったので、詳しい効果はうろ覚えだ。

 杖から視線を戻したアインズは目の前の二人を交互に見る。

 

「それにお前達ほど私の身を守るのに相応しい者は居ない。頼りにしているぞ」

 

「はっはい! 頑張ります!!」

「お任せ下さい、アインズ様! この身に代えましても、何人(なんぴと)たりとも御身には指一本触れさせませんわ!!」

 

 快活な返事を受け、前を向いたアインズは転移門を発動する。

 

 

―――――

同時刻、帝国軍カッツェ平野駐屯地城壁内

 

 

 多くの騎士が天幕の中に籠もってしまっている為、普段は訓練の音などで騒がしい駐屯地内は異様に静かだった。

 そんな中、天幕の間に出来た太い道を騎士の一団が城壁へ向け進んで行く。

 交代する見張りの騎士達だ。

 そして、その一団から離れる騎士が一人。

 騎士はそのまま天幕の間を縫うように進むと一つの天幕の前で立ち止まる。すると、僅かに開いた戸布の隙間から声がかかる。

 

「どなたかね?」

「水を一杯貰えるか? 六人分を白い器に入れてくれ」

 

 答えると戸布がより大きく開かれた。

 中に入ると四人が向かい合うようにして座っている。

 四人はそれぞれ、帝国軍大隊長、給仕、神官、娼婦などの格好をしていた。

 どうやら、この地に潜入している法国の密偵は全員集合しているようだ。

 騎士が空いていた椅子に座ると真っ先に娼婦が口を開いた。

 

「全員集まったね。それでは報告を頼む。まずは会議の結果から」

 

 大隊長の格好をした者が座ったまま答える。

 

「将軍達は一旦皇帝からの命令が下りるまで待機する事にしたらしい。兵を休ませるべき、との結論が出た」

「王国の意見は?」

「あいつらは徹底抗戦派と反対派で延々と内輪揉めを続けてたよ」

 

 そう言うと大隊長はお手上げというように肩をすくめる。

 

「そうか……次、騎士達の様子は?」

 

 それには給仕が答えた。

 

「騎士達は疲弊しきっていたわ。再戦はもちろん、今のままでは、兵力の回復も困難でしょう」

 

 給仕の言葉に続くように椅子に座った騎士が口を開く。

 

「自分も同じ印象を受けました。騎士達は疲弊し、士気はどん底まで落ちています。自分が話を聞けたのは一部隊だけでしたが、七割以上が帰国を望んでいました。ちなみに約三割は騎士団を辞めたい、と」

「やはり、か……では、王国の様子は?」

 

 フードの人物以外が互いに顔を見合わせると神官が代表して答えた。

 

「先程出た通り、貴族の一部は徹底抗戦を唱えている者達も居ます。民兵達は長い行軍で疲れてはいますがそれ以外は別段変化は無いですね」

 

 そして、それぞれが神官の言葉に続ける。

 

「あいつらの事だ、死の騎士を見ても何も感じなかったんじゃないか?」

「その可能性も有りそうね。食事の時も談笑する余裕があるぐらいだったわ」

「緊張感というものがまるで感じられませんでしたからね。――そういえば、そちらはどうでした、何か聞き出せましたか?」

 

 騎士の言葉で全員の視線が娼婦に向く。

 

「情報は無い。と言うより誰一人慰安所を訪れる者は居なかった。流石に戦いの興奮より恐怖が勝ったらしい」

 

 やはり、という空気が天幕内を包む。

 

「まぁ仕方ない。とにかく本国に現状を報告して新しい指示を――やけに騒がしいな」

 

 その時、天幕の外から複数の足音や人の声が聞こえて来た。

 

「何事でしょう? 確認して来ます」

 

 騎士が戸布を持ち上げた時、中に居た全員が異様なものを見た。

 それは光。

 既に日が沈んで随分時間が経つのに《永続光》が置かれている天幕内を照らす程の光が外から入り込んでいる。

 予想だにしなかった事態に中に居た者達は、全員が外に転がり出る。

 どうやら光は駐屯地を囲む防壁のさらに外側から来ているようだ。

 

「こっちへ」

 

 娼婦はそう言うと、置いてあった木箱や荷馬車を足掛かりに、素早く防壁の上によじ登った。そして、他の密偵達もそれに続く。

 

 

―――――

 

 防壁の上に出た密偵達が最初に見たのは、王国の野営地の外に現れた巨大な光の半球だった。

 無数の魔法陣によって構成される半球は、眩い光を放っているが、眩しさを感じる事は無い。現に、この光景を目にした同盟軍からは素晴らしい物を見た感嘆の声が上がっている。

 だが、密偵達には見えていた。

 巨大で美しい、魔法の半球。その中に凝固した、闇を。

 闇の左右には漆黒の鎧を纏った騎士と小柄な人物が付き従っている。そしてその後ろには、銀の騎士達が無数に連なり、跪いていた。

 

「あれが……魔導王」

 

 誰かが呟いた言葉に、皆思わず頷いた。

 そうだ、あれこそ、魔を導く王。

 今まで密偵達が聞かされていた、いくつもの荒唐無稽な情報が、魔導王という一つの言葉の下に繋がった。

 天使を従え、悪魔が服従し、ドラゴンを使役するアンデッドの王。それは正しく王を超越せし王(オーバーロード)だ。

 

「これほどの相手だなんて……本国に知らせて、漆黒聖典の派遣を!」

 

 給仕が突如そう叫んだ。

 恐るべき真実が、彼女の心から理性というものを奪ってしまったのだろう。

 漆黒聖典は存在自体が機密情報だ。それをこんな場所で、しかも密偵が叫ぶなど正気の沙汰ではない。

 周りの密偵達は慌てて給仕を宥めようとした。

 だがその時、半球とは反対の方向から、けたたましい音が響いた。

 バリバリバリバリ!

 それは空を裂く雷の音。

 音の方向に目を向ければ、先程魔導王の後ろに跪いていた銀の騎士達が、剣を手に立っていた。

 銀騎士達の足元の地面は黒く染まり、周囲には焼き焦げた無数の死体が転がっている。

 そして、先頭に立つ銀騎士が手にした槍を掲げて、吠えた。

 

「魔導王陛下の命である! 殺し過ぎず、適度に報いを受けさせよ。この王命に則り、我らは目に着いた者だけを殺す。死を恐れる者は地に伏せ、そして伝えよ! 愚劣な行いがもたらした結末を!!」

 

 すると、銀騎士達は一斉に片手を天に向けて突き上げた。

 だがそれは、勝鬨でもなければ咆哮でもなかった。

 銀騎士達の手に雷が宿る。その雷は形を変え、鋭く長い巨大な槍となった。

 そして、銀騎士達は眩い光を放つ雷の槍を王国の民兵へ向け、無造作に放った。

 無数の雷の槍が空を駆け、再び辺りにけたたましい音が響く。そして再び、民兵達の無数の死体が不毛な大地に転がる。

 すると、今度は王国の方からけたたましい音ーー否、声が響く。

 それは叫び。

 突如現れ、殺戮を繰り返す異常な銀騎士達への恐怖から来る絶叫だった。

 この異様な状況に、民兵達は騎士に助けを求めた。

 王国の民兵達は、背後で斬り捨てられる者達の悲鳴に押されながら、目の前の味方を押し倒し、踏みしだいて、帝国の砦へと殺到する。

 その様を見ていた帝国の騎士達の側から、怒鳴り声が届く。

 

「門を閉めろ!」

「王国の奴らを入れるな!」

「押し出せ! 巻き添えはごめんだ!!」

 

 先程の槍持ちの銀騎士の話しから、巻き添えで虐殺にあうことを恐れた帝国の騎士達は、民兵達を盾で押し返そうとしていた。

 無論、騎士の身体能力は民兵達よりはるかに上だが、押し寄せる民兵達をなかなか押しのける事が出来ない。

 民兵達も生き残ろうと、まるでアンデッドのように門へ押し寄せて来た。

 民兵達と騎士達の間でいくつも血飛沫が上がる。

 その時、民兵達の背後に迫った銀騎士達から眩い閃光が放たれ、その手に巨大な雷が宿る。

 一連の光景を見てきた騎士達はその意味を瞬時に理解した。あの雷は門の内にまで届く、と。

 そして、誰かが叫ぶ。

 

「武器を使え! 殺しても良い!!」

 

 盾を構えていた騎士達は槍を振るい、見張り台に居た者達は後方の民兵達に向け弓を放つ。

 先程までと比較にならないほどの血飛沫が上がった。

 同じ人間に攻撃された。その事実に民兵達の動きが止まる。

 その間に騎士達は武器を構えたまま後退し、同時に門も閉ざされた。

 瞬間、雷の槍が放たれ、立ち尽くしていた民兵達がバタバタと倒れていく。

 人間がゴミのように死んでいくその光景に思わず目を背けた。

 その時、密偵の一人が銀騎士と視線が重なった。

 

「あっ」

 

 間の抜けた声に他の密偵達もその視線を追い、後悔の念に苛まれる。

 全てがゆっくりと流れる時間の中、銀騎士の手に雷が宿った。どこからか仔山羊の声が聞こえる。

 

 

―――――

 

 

 この虐殺の後、エ・ランテルに落ち延びたランポッサ三世は、その場で同盟からの離脱、並びにナザリックに対して全面降伏を宣言した。

 同盟の発起人であった王国が降伏した事で帝国、法国も相次いで降伏。

 一ヶ月戦争は魔導国の勝利で幕を閉じた。

 戦後賠償において、王国は当初の魔導国の要求通り、エ・ランテルを返還。一方で、ガゼフ・ストロノーフをはじめ多くの兵、貴族、民を失った王国の状況を鑑み、賠償金は請求されなかった。

 帝国はカッツェ平野に駐留させていた全軍を撤退させた。その後、新たな同盟を作ろうと奔走するも、カッツェ平野での帝国軍の行動が諸外国に広がり、周辺国家は会談にすら応じなかった。終戦の半年後、帝国は近隣国家で初めて、魔導国の属国となることを宣言した。

 法国はついに戦争への関与を認めず、賠償金の支払いを受け入れなかった。

 その一方で、軍の一部を更迭。事実上の謝罪の意を表明し、魔導国との相互不可侵条約を締結した。

 この後も、魔導国は周辺の国々との間で幾度かの戦争や動乱が発生するが、これらの戦争の中で、この一ヶ月戦争こそ、全ての先駆けと言うべき、極めて興味深い一戦であった。

 

 

――――――――――

最古図書館所属、アエリウス著。

 




今回で「墳墓大戦」は完結となります。ここまでのご愛読ありがとうございました!!

もっと短くするつもりがいつの間にやら自分でもびっくりするぐらい話が延びてしまった
やはり見切り発車の弊害ですかね
それでもどうにか平成のうちに書き上げられてほっとしております

今後も気が向けば見に来ていただければ幸いです

すたたさん誤字報告ありがとうございます


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