からすやの窓 (石影)
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秋の話

ハルヤさんとアモンが栗をむく話


 ハルヤは大きく息を吐いた。

 

 めずらしく自分に声かけてきたカラス頭の少し手伝ってくれという話をやすやすと乗ってしまったのが運の尽きだろうとハルヤは苦笑する。

 

 アモンがキッチンの奥から持ってきた大きめのザルに山盛りの栗が5つ分。

それがキッチンカウンターに並んでいた。

まさか、全部の栗を剥くんのかと聞くと、意気揚々と頷いたカラス頭に思うところがあるものの引き受けた以上。ハルヤは長い黒髪をひとまとめに結びなおし気合い入れなおす。

 

 今、この店にはカラス頭の店主と自分と戦力にならないだろう幼い双子だけだ。

こんなことならラタトクスかアインに声をかけるべきだったか……後悔してもう遅いが―――

 

 昨日、店を休んで山に出掛けたアモンと灰色の双子が帰ってきた時、やけに機嫌が良かった事を思い出した。

 

その結果がこれなのだろう。

 

カウンターの向かい側には褒めて褒めてと見つめてくる双子がいる。

頑張ったと労うように撫でてやれば、ふたりとも目を細めて嬉しそうに笑っていた。

いつもはおマセな双子で少々ハルヤにとっては苦手な相手だが、こういう時は子供らしくて可愛い。

 

「さぁ、始めるぞ。ハルヤ!あー忙しい!渋皮煮と甘露煮とマロングラッセの食べ比べセット、モンブラン、栗羊羹を作るからな!!ふふっお前が皮剥きに失敗した分は今日の夕飯の栗ご飯に化けるから程々に失敗してくれると嬉しいな!あ、栗おこわのほうが好きか?」

 

 すこぶる上機嫌なアモンの口から次々と料理名が飛び出してくる。双子も「栗ご飯が良い」「栗おこわが食べたい!」と囃し立てる。このカラス頭は一度こうなってしまうともう止まらない。

 このままでは手伝いをする前に気疲れしてしまいそうなのでハルヤは希望を込めて、再度、栗の山を見ながら訊く。

 

「……楽しそうだな。アモン。これは今日終わるのか?俺、つーか失敗前提なの?」

「何言ってるんだ?終わらせるんだ!まずは渋皮煮の下ごしらえだ。ほら、こうやって、栗のお尻ほうをザラザラしたところから渋皮を傷つけないようにきれいに鬼皮を剥くんだ」 

 

 さも当たり前のように終わらせると宣言したアモンはハルヤに手元を見せながら慣れた手付きで栗の鬼皮を剥いていく。

すると彼の手中には綺麗に渋皮ついた栗があらわれた。

それを見た双子にパチパチと称賛の拍手をされるとアモンは得意げに胸に手をあて優雅な礼をして応えてみせた。

そしてそのクチバシをしゃくりあげてハルヤにやってみろと促してくる。

色々とツッコミたい……

けれど目の前の栗の山を減らすことに集中することにしたハルヤはしぶしぶ包丁を握って鬼皮を包丁を入れると思っていた感触よりも柔らかい。

 

「ん?意外と思ったより硬くないな。こんくらいなら腱鞘炎ならずに済むか……げっ!渋皮までむいたか……」

「ああ、一晩、水に漬けといたから多少は剥きやすいと思うぞ。あと、それは渋皮をきれいにむいて甘露煮行きだな」

「はいはい、了解」

 

 初めからうまくはできないのは分かってはいるがなかなか悔しい。

失敗しても使い道はあるのは良いが、仮にも頼まれているから失敗は少なくしたい。

ハルヤは渋皮をきれいに剥いて次に取り掛かる。

 

「まぁ、渋皮煮の分はザル一杯分あればいいから気楽に剥いてくれ」

 

 作業に集中し始めたハルヤにそう声かけると、アモンも栗の山に手をつけだした。

 

 

 

 

 栗をむき始めた頃は昼間だったがもう西日が射す時間。窓の外はだんだんとオレンジ色に染まってゆく。

 

 手づかずであった栗の山盛りのザルはあと1つとなっていた。

カウンターに立って作業するのが面倒くさくなった男二人は客席のテーブルに向かい合い座って栗をむいている。

双子も最初は興味深そうに見ていたが手伝いも出来ないのを知ると、つまらなそうに何処かに遊びに店から出ていった。

 

「そろそろ手が痛いな……あとめっちゃベタベタする」

「もう、少しだから頑張れ。こういう作業は嫌いでもないだろう?」

「まぁ、好きなほうだけど、量に限度ってもんがあるだろう……はぁ……」

 

 文句は言うが作業する手は止めないハルヤを律儀に思いつつ、アモンは労うように言う。

最初こそ大量の栗に慄いていたが、たった5、6個の栗を剥いてコツを掴んでしまうあたり器用な男なのだろう――――頼んで正解だったとアモンは悦に入る。

 もしラタトクスだったらこんなに早く終わるどころか途中で逃げ出すに違いない。アインも真面目してくれるだろうが、やっぱりハルヤに比べると遅いだろう。

 

「アモン。手が止まってる。もう早く終わらせようぜ……夜中までやるのは勘弁してくれ」

「あーすまん。ハルヤがとても優秀だから。ほん少しサボってしまってようだ。では、あとは頼んだぞ」

 

 もう栗なんてうんざりだと言うハルヤには可哀そうだが、そろそろ夕飯の仕度をするために、アモンは立ち上がりハルヤに向かって清々しいほどのウィンクする。

 

「おいっ……そんなんで!誤魔化されないからな!」

「大丈夫。ふふっハルヤなら夕飯が出来るまでには終わるさ」

「はぁーーー!!無理っ無理だって!」

 

 片手をあげてよろしくと調理場に向かうアモンを見て悲痛な叫びをあげるハルヤに思う。

彼はきっとなんだかんだで残った栗をきれい片付けてくれるだろうと。

 

 

「ただいまー!あら、いい匂いがするのね!」

 

 ご飯の炊きたての匂いに混じる少し甘い香りに心躍らすのは銀髪の美女だ。

 

「丁度良かったよ、ミスティ。そろそろ栗ご飯が蒸らし終わるところだよ」

「栗ご飯!この季節だから食べたかったのよねー!すごく楽しみ!!」

 

 満面の笑みで嬉しそうにカラス頭の店主とミスティが会話するの後ろでは気まずそうに男三人が話をしている。

「ハルヤさん、大丈夫ですか……?」

「おーい、生きてっかーこりゃ拗ねてますな」

 

 青い髪の少年アインが心配そうにしてるのに対して白髪の痩せ男は面倒くさそうに黒髪の青年の頭を指でつついている。その様子に青髪の後輩はラタトクスを咎めるように見ている。

 普段ならその指を掴んで払うハルヤが投げやりテーブルに伏したままで……今度は頬を摘まんでひっぱってみる。それはそれとしてハルヤが反撃しないなら遊んでみたいのがラタトクスだ。

 

「どうしちゃったわけ?そんな死んだ魚の目してるとミスティに嫌われちゃうって――――あっすいません」

 

 ハルヤは言葉を発することすら怠そうにその視線だけ、ラタトクスに向けている。

いつもの気怠けなように見えるが、ほん少し、虫を殺すような剣呑さも入ってるのが怖い。

 

「はーい、みんなーご飯よ!今日は栗尽くしなのよ!さあ、皆手伝ってね…って?あれ?どうしたの?」

 

そんな空気を読まないミスティはキョトンとこっちを黙って見てる男三人を怪訝そうに首をかしげる。

 

「いや、なんでもないよ。手伝う」

「あっ!俺も手伝います!!」

 

 そんなミスティに脱力したのかハルヤは大きく息を吐くと椅子から立ち上がり、カウンターに料理を取りにいく。それを見たアインも慌てて続く。

ラタトクスも向かおうとするがミスティに呼び止められる。振り向くとクスクスと笑う彼女がいた。

 

「ハルヤは今日慣れない事して疲れちゃったみたいなの。だから程々にからかうのはよしてあげてね」

「分かってたのかよ……もう少し早く止めてくんない?俺けっこうヤバかったんだけど……」

 

 おどけるように両手で肩を抱き怯えるラタトクスに「あら、自業自得よ」とミスティはニコニコと微笑む。チラリとテーブルを見ると配膳は終わったようだ。

ハルヤは早々に席につきミスティを隣の席に手を振って誘う。

 

 ミスティは今日1番の頑張り屋さんを労おうとテーブルに向かう。

事務所に新人が入ってから、さらに会計処理に頭を悩ませているハルヤを気分転換をさせたいとアモンに相談したのだが悪かったのだろうか……

 

 でもいつもよりはいくばくか顔色は良さそうなので成功はしてたら良いなぁと隣に誘ってくれる彼に優しく微笑んだ。

 

 




しばらくはハルヤは警戒してアモンさんのお手伝いしないんじゃないかなーと。
でもこういう細かい単純作業大好きなハルヤさん。


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秋の話2

ある来訪者の話


 小春日和の穏やかな午後。

朝は少し肌寒かったが、昼になるれば柔らかく暖かな陽光が窓に射しこんで心地よい。

忙しなかったランチタイムも過ぎ去り、落ち着きを取り戻した喫茶店の内には店主であるアモンだけだ。

いつもはオヤツを強請りにくる灰色の双子も今日は居ない。アモン、ひとりだけのおやつタイムだ。

行儀が悪いがキッチンに立ったまま先月作った渋皮煮の瓶詰めを開ける。煮栗をフォークで刺してそのまま一口放り込むと栗の甘露煮のホロホロした食感とは違う、滑らかな舌触りと控えめな上品な甘さに良い出来栄えだとアモンは満足気に頷く。

時計を見ると、そろそろ夜の開店準備をしなければならない時間だ。CLOSEの看板を表に出そうするとき来客を告げるドアベルが鳴った。

 

 店内に入って来たのは黒いマントを羽織った金髪の青年。

一際、目に惹くのは両目を覆う黒い眼帯。その怪しい不審者めいた雰囲気も相まって、普通はイタそうみえる服装は不思議と彼には品良く似合っていた。

青年はゆっくりと見渡すように左右に首を動かす。

静かな店内に疑問を覚えたのか。

アモンがいるほうに身体を向けると怪訝そうに尋ねる。

 

「あれ?静かだねぇ〜?今はお店は閉まってるのかな?」

「……夜営業の準備をしようと思っていたところだ。ヘズさん、今日もサボりですか?」

 

 店主はカラス頭のわかりづらい表情で顔をしかめる。この男は苦手だ。

ヘズことホズル・イグドラはイグドラの姓を持つ由緒正しい神子の家柄。最高位の悪魔であるアモンでも敵に回すと厄介な部類に入る一族のひとり。

この店にはそんな厄介な客が入らないように結界を張っていたのだが、その強固な結界を突破するのはアモンと同等かそれ以上の存在だ――――

平然と彼が入店したときにイグドラの名前を聞いてカラス頭の血の気が引いたのは苦い思い出だ。

そんなアモンを知ってか知らずか彼は甘ったるい声色でからかうように大きく口を三日月形に釣り上げた。

 

「ねぇ、アモンちゃん冷たくなぁい?もう少し愛想良くしたほうがいいんじゃあない?」

「いや、己を省みろ。どうせ仕事抜け出して来たんだろう。秘書方に怒られるのでは?」

ヘズに振り回される神経質そうなピンクの色男を思い出す。

「うっ……そんなこと言わないでよぉ。ちょっと…、ほんのちょっとだけ罪悪感があるんだよ」

「そうかぁ?罪悪感がある大人は何度も内緒でサボりには来ないぞ?」

「さぁ〜てマスター?今日のオススメは何かな〜?」

 

 彼にとって耳が痛い話を振れば先程の態度とは一変。ヘズは逃げるように話を変えてアモンの居るカウンターへと歩み寄る。

都合が悪くなると分かりやすいくらい態度が変わるのは誰かを彷彿とさせ、アモンがなんだかんだ流されるのは毎度のことだ。

きっと上手く隠すことは出来るだろうが、それが彼らなりの甘え方なのだろうとアモンは無理矢理に自分を納得させている。それにヘズは舌の肥えた良い客なのは間違いないと気を取り直す。

 

「この時期は和栗のモンブランがオススメだ。だが在庫切れだな」

 

 小ぢんまりとしたカウンターのショーケースの中にはアップルパイひと切れ、かぼちゃプリン、スイートポテトが2つと3つがあるにはあるが、オススメのモンブランは入っていない。

 

「ええっ!そんなぁ!せっかくセブンを撒いて、ハルちゃんの居ない時間帯を狙ってきたのにさ〜!」

「残念だったな……あっ栗の甘煮ならあるな」

 

 アモンはキッチンの棚からシロップに漬けた栗の瓶詰めを取り出す。そこから3つほど煮栗を食べやすいように楊枝を刺して小皿をヘズの前に並べた。

ヘズは眼帯に隠された目線をさまよわせ少し困ったように笑うとカウンターにそろりと手を這わせる。

 

「ここにあるぞ」

 

 彼の探るような仕草を見たアモンは彼の手を優しく掴んで小皿の縁に触れさせる。普段は厚かましいタイプなのに、こういうところは遠慮がましい奴だ。

「……ありがとう。こういう細かいところが不自由だから助かるよ」

 

 ヘズは柔らかく笑って素直に礼を言うと場所を教えてもらった渋皮煮の小皿を手に取り食べ始める。

「うん!おいしいね!前に貰ったマロングラッセよりもアッサリしてるね〜」

「どういたしまして」

 甘いモノを食べれて満足そうなヘズの姿を見て、アモンも満更ではないように返事する。苦手な相手でも褒められるのは嬉しいものだ。

最後の一口に取り掛かろうとしたところでヘズは小さく顔をしかめる。そのままマロングラッセを口に放りこむと紅茶を一気に飲み干す。チラリと紅茶の水面にピンクの影が映ったように見えた。

 

「どうかしたか?」

「見つかっちゃったみたいだ。お節介な部下が煩いから帰る。また来ていい?」

「貴方は来るなって言っても来るだろう。次のご来店お待ちしております」

 

「ははっ!そうだね。次はゆっくりお茶でも呑みに来るよ」

「じゃあ、部下の奴も一緒に連れてきたらどうだ?」

「そんなことしたらマスターの美味しいケーキがお預けになるから絶対に嫌だねぇ」

 

拗ねた子供のようにヘズは言うと煙のようにアモンの前から消えた。

カウンターの上に残ったのは小皿とティーカップ。

そしてプロメンガト金貨が数枚と誰かさんが好きな銘柄のタバコだ。

 

「やれやれ……直接、渡してやればそれなりには喜びそうではあるんだが、そうもいかないもんかね」

 

 



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ある日の昼下がり

警備隊の話


 

 警備隊の詰め所の昼下がり。

休憩室には食事したり、気の良い仲間と情報交換がてらお喋り、ある者は武器の手入れをしたりと隊員達は好き勝手に各々過ごしていた。

そんなのんびりとした空間に突如として響きわたる大声。

 

「えっー!!ええっ?ハルヤ!なんか変なもん食べた!?」

 

 おのずと声がした4人組が座るテーブルへと部屋中の視線が集中する。それなりに警備隊の有名人だからか余計に好奇の目に晒されるのだ。

気づいた声の主は慌てて両手で口を塞ぐ。

しかし、もう遅い。

「ヴェルズ、うるさいぞ。どうして財布を盗まれたくらいで驚かれなきゃならないんだ……?」

ヴェルズをなだめる黒髪の男は集まった視線を鬱陶しげに溜息をついた。

向かい側の席にいる眼光鋭いメガネの大男もやれやれと頷いて、叫び声を上げたヴェルズの頭に一発かます。

「黙れ、にわとり頭」

「痛っ!!叩くことないじゃん!フレース!うぅ…痛いよぅ……」 

「たしかにね。騒ぎすぎよねー」

 黒髪の男の隣に座った緑色のポニーテールの少女も興味なさげに同意する。

マニキュアを塗ったばかりの緑色の爪を見て満足そうだ。泣き真似をするヴェルズを心配する様子はまったくない。

 そんな周りの反応にふてくされたヴェルズは目の前のハルヤに向かって指を指して主張する。

「だってぇー!冷徹非道な副長が手を出されてるにも関わらず無傷で逃がすなんて……!そんなに優しいはずがない!!」

「えっ?どこが?冷徹非道だってヴェルズ?」

 ハルヤは冷酷非道と言われる謂れはないと呆れたように言う。

その隣でヴェルズの言い分に引っ掛かったのか、緑の彼女は整えられた爪を見るのを止めて不思議そうに小首をかしげる。

「確かにおかしい。副長は具合でも悪いの?」

「いや、すこぶる体調は良いけど。それに俺は優しいほうだぞ?」

「優しい人は自分で優しいって言いませーーん!」

腕をバッテンにして言うヴェルズにフレースは頷き、眉間にシワを寄せた。

「ハルヤ、いちおう聞くが、捕獲対象が近くにきたらどうする?」

「………とりあえず動かないように手足を折って、それが無理そうだったら足の健を切る?」

「わーお!鬼畜!無自覚で言ってるのがヤバい!ねっ!隊長!」

「ああ、予想はついてたが……お前には容疑者の捕獲とか頼まないようにしよう。これ以上は胃を痛めたくないからな」

ちゃんと真剣に考えて言ったハルヤだが、フレースの肩を激しく叩くヴェルズと目頭を押さえて揉み込むフレースの様子を見る限り、どうやら不正解らしいと察した。

 

 



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やぁ、元気だったかい?


『お題bot理想幻論』様にてお借りしました。


 

 

「やぁ、元気だったかい?」

 

 

 

 ハルヤは仕事の息抜きにと街を散歩していた足を止める。声を掛けられたほうを見れば、ニコニコと笑う見知った顔がいる。父親譲りの白金の髪に母親譲りの優し気な雰囲気がある丸眼鏡の好青年。最後に見た壮厳な祭服とは違い、今は三つ揃えのスーツにフロックコートを羽織って品良く着こなしている。

 

 しかしこの街には居るはずのない人物だ。

その姿に思わず、ハルヤは眉間にシワを寄せる。

「何です!その顔は!久々の幼馴染の再会にそのしかめっ面は無いでしょう?!」

 幼馴染と言うが彼は、フォルセはハルヤよりも年上だ。しかも甥っ子にあたる。

普段は涼しげな知的な青年だが気心が知れた相手だとネジが緩み、突拍子もない行動に出ることもある。街なかでは迂闊に言えない超がつくお偉いさんではあるのだから、もうそろそろマジで落ち着いて欲しい。

 

「いや、これから起こる厄介事に巻き込まれると思うとな……はぁ、帰れ帰れ」

「ええ〜せっかく来たのに……今日は大市と聞きましたよ。是非とも買い食いをしたくてですね!!」

 無邪気にキラキラ楽しげに詰め寄る青年をウンザリしたように追い払うハルヤの姿は子供に振り回され気疲れした保護者のようだ。

「そういえば、いつもの馬はどうしたよ?」

 馬というか、秘書と言ったほうが良いだろう。

フォルセの神経質な癖にもめげない真面目な男だったとハルヤは記憶している。

この周囲を見渡せば、フォルセは1人のようだ。

悪い予感がする。

流石に護衛なしでほっつき歩くのはやめて欲しいところなのだが……。

「ああ!グラネですか?ちゃんと巻いてきましたよ」

「おい待て。今、なんて言った?」

 花が飛びそうな笑顔で言ったフォルセの台詞が信じられなくてもう一度聞く。

「だ・か・ら、警備から抜け出して来ましたよっ」

「そうか、そういう思いっきりの良さはお義姉さん似なんだなぁ………!」

 ハルヤの願いは儚いモノだったらしい。

むかし置いてきたであろう思い出と疲労感が一気によみがえる。これから来るであろう街中を巻き込んだ壮大な鬼ごっこを想定し、ハルヤはその場でしゃがみこんで髪を乱して頭を抱える。治ったはずの偏頭痛がぶり返しそうだ。すごい面倒だ。とても面倒だ。

「まあまあ、きっと大丈夫ですよ。ヴァーリの事は内緒にしますし、私が勝手に抜け出したので、レーラズの警備隊の皆さんにはご迷惑はお掛けしますけど、お咎めはないようにしますから。」

 フォルセはハルヤを安心させるように背中を優しく叩く。見上げれば、さっきの子供っぽい表情とは打って変わって理知的な大人な顔をしている。とても現在進行形で迷惑をかける奴には思えない。

「当たり前だ……あとヴァーリじゃなくハルヤな」

 まだ頭痛がするような気がするが、このくらいで気にしているようでは彼の幼馴染は務まらない。

とりあえず落ち着くために煙草を吸おう。

隣から嫌そうな目線を感じるがこの際は無視だ。

「ハルヤですね。了解です。あとは薄々気づいていると思うのですが……久々に鬼ごっこをしましょう?ちなみにオレルス殿には許可済みです!」

「おいおい、レーラズ総督官まで巻き込まれてるのかよ……たかだか、買い食いのために」

「彼も愉快犯なところがあるからね。警備隊の機動力を調べたいらしいのですぐにOKでましたよ」

 オレルス・オクソール。レーラズ自治区の総督官で、一見穏やかそうだが目の奥には強かな狡猾さを隠す老紳士。めずらしくアモンが知人に似てるからと理不尽な理由で嫌う人物だ。オレルス本人は仲良くしたいらしいが……まあ、それはさて置き、どうせ断われないなら仕事にしてしまえば良い。

「で、報酬は?」

「はぁ……久々の幼馴染の遊びにビジネスライクはよろしくは無いとは思いますが、成功報酬はプロメンガト産の煙草1カートンでどうでしょう?」

 まったく情緒が無いと呆れたようにフォルセは言うが、こうでもしないとやってられないのだ。

「なんでお前らは煙草で俺が釣れると思ってるだろうなぁ……1カートンじゃ足りない。せめて10な」

「いいえ、3です」

「じゃあ、7は?」

「ほんと身体に悪いですよ……しょうがないですね。後日、グラネに6カートン届けさせましょう」

 ハルヤにとって煙草は必需品だ。仕事の止め時に必要なモノだ。特にプロメンガト産の煙草は手に入り難いので有り難い。これ以上駄々を捏ねると今度はフォルセの機嫌を損ねそうなのでここで交渉は切り上げる。

「取引成立な。そんときは駅前に持ってきてくれよ。彼女に一応は煙草はとめられてるんだ」

 ハルヤは煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消す。どうやらこちらに向かってくる足音がいくつか聞こえてくる“鬼ごっこ"が開始されたようだ。

 

「さて何軒食べれると思います?最低は3軒くらいは行きたいもんですね〜」

「はいはい、ご希望に添えるように頑張るわ……ほんとワガママな客だ」

 

 能天気な彼に呆れつつもハルヤはフォルセの手を引いて走り出す。まずはお客様の要望に沿って大市を目指し、ハルヤは目隠しのルーンを宙に描いてそっと呟く。すると2人の姿は町から見えなくなった。

 

 

 



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角砂糖

秋の話の後


 

 

 口に含んだ角砂糖が砂粒のようにザラザラと舌にさわる感触にヘズは顔をしかめる。

角砂糖も甘いは甘い。それは長続きはせずに消えてしまう。口の中に甘さが消える前に、次の角砂糖を放り込むが味気なくかえって不満が残る。

そう考えている間に手を突っ込んだ角砂糖を入れた陶器の底にヘズの指先があたる。どうやら食べついくしてしまったらしい。近くにいるであろう従者に不満げに顔を向ける。

「そんな不満そうな顔したってダメです。その机の上にある書類の山を片付けるまでは逃しません!」

 どうやら従者はご立腹らしい。

ヘズが仕方がないと諦めて書類を触ろうとすれば、従者に砂糖の付いたベタベタの手で触らないでくださいと嫌そうに手拭きを渡される。無断で仕事を抜け出してレーラズに行ったのが不味かったのか。帰ってきた途端にタイミングを図ったように首根っこを掴まれて、ずるずると引きずられて書斎へと無理やり連行されたのだ。

「えーだってこの書類さぁ。ボクである意味があんの?いつも通りさ。セブンがやってくれれば良いのに……」

 盲目のヘズには見えはしないが、目の前に迫りくるように机の上に積み上げられた書類に圧迫感にうんざりする。嫌々ながら1枚とって指を滑らせて僅かな紙の凹凸をたどり、サインを書くであろう位置に魔法で火花を散らせて自身の名前を焼きつける。

 ああ、甘さが足りないと爪を噛む。

昨日はそこまで書類は溜まってなかったはずだ。なのに1日でこんなに増えるものなのか。

そんなイライラを隠そうもしないヘズを見ていたセブンは面倒そうに溜息をつくと、これ以上ヘズが不貞腐れないように経緯を説明し始めた。

彼の話す声色に苛立ちと面倒臭さが含まれている。

「枢機卿の方々が是非とも盲目の神子であるヘズ様のご署名が直々に欲しいとの事で――――」

 ああ、枢機卿の爺さん達か……大人しく地位にしがみついて甘い蜜でも吸ってればいいものを。あの優しい甥がしっかりしないからつけあがる。

神子を補佐する機関と言いながら何かにつけて文句ばかり言う奴らだ。どうやら従者は話すことはないと何度も追い返しているが、とうとう彼らを閉め出す理由がなくなって、この面倒な書類たちを押しつけられたらしい。

「はぁ〜ボクの名前を使って好き放題やりたいってコトねぇ。書類に書いてある事が見えないからって、バレないって思ってのかな〜。悪意は読めるんだけどねぇ」

 もともと従者任せなヘズが周囲から仕事が出来ないとバカにされたり、舐められるのは日常茶飯事だ。ヘズもある程度は気にもしない。

 

「だが、こうやって無意味な仕事を増やされるのはいちばん嫌いだ」

 

 書類の山の側面を指先で撫でて、何枚か引き抜く動作をすれば、欲にまみれな書類は引き寄せられるようにヘズの手元を集まった。それを数枚ひき抜いて一気に灰へと変える。多少の八つ当たりは大丈夫だろう―――

どうせ。セブンが何とかする。

そう思ってた矢先にヘズの額に衝撃が走る。

僅かに指を弾いた音がしたのでデコピンをされたんだろうか。地味に痛い。

「痛っ!」

「それくらいは大目にみますが、これ以上は燃やすと後処理が面倒なんでやめてくださいませんか?大して役には立ってない蛆虫どもですけど、機嫌を損ねると面倒なので諦めて仕事してください……誰が嫌味を言われると思ってんだバカ!」

 とうとうセブンが従者として取り繕うとする気は失せたらしい。それを突っ込むと更に甘味が遠ざかるのを知っているのでヘズはあえて触れない。個人的には世界樹の怪物が神に牙を剥けてる様はゾクゾクするんだけどなぁ。そっちのが面白い。

「あー甘味が欲しい。もう何時間たった?」

「まだ30分も経ってないですね。ほら、レーラズでたくさんケーキやらお菓子を食べたんでしょ?十分に糖分は採れてますよね」

「ええ〜キャンディ1個でもいいよぉ。やる気がでないぃ〜ねぇセブンちゃん?お願い?」

「チッ……きめぇなぁ……」

「うわぁ…セブンちゃんコワいよ。女の子に嫌われちゃうよ」

「少なくとも貴方よりもモテるのでお構いなく……これ以上駄々捏ねると一週間はお菓子無しですよ。せっかく今日のお仕事が終わったら、ヘズ様お気に入りの"とっておきのザッハトルテ"をご用意していたんですが……ノルンの方々にでもお裾分け―――」

「やる!仕事するから!ケーキ没収はだめ〜!!」

「それはヘズ様の頑張り次第ですね」

「むぅ……あっそうだ!次の“間引き"はさぁ。此処にしない?」

 三日月のように口を歪ませたヘズは手元に残った書類をセブンのほうに渡す。余計な書類をしなくてもいい案を思いついた。角砂糖にまとわりついたアリたちは取り除かなければならない。

「やっても良いですけど、オクソール家の方々は嫌な顔するでしょうね。確かにそろそろ新しいモノに交換するもの必要ですが……」

「大丈夫。不運にも遺骸が彼らの近くにたまたま発生してしまっただけだよ。それにオクソール家がうまく収めることが出来れば彼らの株はあがるでしょう?」

 まぁ、頭まで筋肉をぎっしり詰めた若造がどう処理できるかは見物だが……関係ないヘズには預かりしないところだ。

「たまたまね………なら、しょうがないですよね。ではノルン様方々に相談に行くので申し訳ありませんが、ヘズ様のケーキは没収します」

「ええ!?なんで!いい案を考えたよぉ〜!どうしてなの!セブンちゃん!!」

「今からノルン様の許可を取りにいくのに手土産ひとつ無いのはおかしいでしょう?」

「うぅ……」

「とりあえずノルン様の所へ行って来ますので、ヘズ様はその机の書類を片付けておいてくださいね。良い子にしてたら、最近話題のチーズケーキでも買ってきますから」

「チョコがいい……」

「かしこまりました。では、ちゃんと仕事終わらせてるんですよ。今度こそやってなかったら1週間甘味禁止です!」

「厳し過ぎなぁい?」

「誰かさんがサボり過ぎて他の方々にご迷惑をおかけしてるんですよ」

「……分かったよぉ」

 ヘズだって引き際は分かっている。

しばらくはこの書類の山から動けないが、多少の八つ当たりは出来そうなので、気分はいくらか晴れている。ケーキを買ったセブンが帰ってくるまでは大人していよう。

 

ヘズは書類を一枚とって山になった仕事を再開した。

 

 

 



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