臆病者の讃歌 (ろくす)
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1話

 日中なのに遮光カーテンがかかった、薄暗い部屋だった。部屋の隅っこには高校の教科書やプリントが埃を被ったまま沈黙している。換気もろくにしないから部屋の中はカビ臭かった。

 僕がこの部屋に帰ってきてから一ヶ月、この部屋から出ることは一度も無かったし、この部屋に誰かが入ったこともない。

 僕は俗に言う引きこもりである。二年間眠り続けて弱った身体の為にリハビリした二ヶ月前の方が健康的だった気がする。

 

 悪夢のようなあの世界から解放された筈だった。なのに僕はまだ、悪夢の続きを見ている。

 

 

 

 ソードアート・オンライン。それが、悪夢のような世界の名前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 元から内気だった僕はゲームだけが友達だった。

 ゲームの世界では現実のことを忘れられたし、ちょっとした優越感が得られた。ゲームの中の法則に従えば僕は弱者じゃなかった。

 現実では男子の力のあるグループにこき使われていたから余計ゲームにのめり込んでいた。まだいじめでは無かったと思う。パシリにされることはあってもお金は払ってくれたし、悪いことをするとき連れていかれたりはしなかった。ただ、ちょっと彼らよりヒエラルキーが低かっただけなのだ。

 彼らから逃げるようにゲームにはまっていった僕はとあるゲームに興味を持った。

 それが、『ソードアート・オンライン』。

 βテスターにはなれなかったけど、本チャンで一万分の一になることができたことは嬉しかった。

 クラスで僕をパシリにするグループの数人が自慢しているのを聞いたけど、所詮ゲームだしアバター越しなら普通に付き合える自信があった。

 

 それらが覆されたのが、手鏡とデスゲーム開始の知らせだった。

 僕の姿は盾とメイスを持った勇気ある戦士のスカイから、自信がなくて内気な伏見空になってしまった。

 混乱の中、偶然遭遇したクラスメイト。最初は異国で同郷の者を発見したような気持ちだったのだろう、普段の高圧的な態度は鳴りを潜めているクラスメイトに僕も安心した。

 でも、人間とは慣れる生き物だ。

 次第にいつもの調子を取り戻した彼等は段段と元の関係に戻っていった。虐げる者と虐げられる者に。

 彼等の中に盾持ちが居なかったことと僕が当初タンカー志望だったこともあり、いつしか危険な狩りに連れていかれるようになった。

 遅れていたレベリングの為に少し上の狩場に行って、僕がボロボロになっていく側で安全にレベルを上げていく彼等。僕はモンスターの攻撃を防ぐので精一杯でなかなか攻撃が出来ないためなかなかレベルが上がらなかった。

 生命線は僕だったから装備品だけはちゃんとしたものをくれたけど、そのせいで僕に収入と呼べる収入は無く、ただ辛い想いをしていた。

どうして僕がこんな目に合わないといけないのか、こっそり泣いたこともある。

 

 僕という踏み台のお陰で急速に力をつけていく彼等はつい、見誤った。

 僕が捌ききれない数のモンスターに教われ、あっけなく全滅したのだ。

 

 僕は悪くない。

 僕は被害者だ。

 

 そう始まりの街の安宿でずっと自分に言い聞かせて恐怖心を紛らわさせる毎日。

 攻略組によってクリアされた時、僕は漸く救われた気がした。

 

 

 しかし、悪夢は終わらなかったのだ。

 

 

 



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2話

 ゲームがクリアされ、現実に帰還した後は大変だった。一応軽く身体を動かしてくれてはいたようだが寝たきりだった身体はやせ衰え、当初は起き上がることすらできなかった。そのために社会復帰する前にリハビリをする事になった。

 

 5ヶ月間のリハビリも順調に進み、もうすぐ退院も視野に入ってきた頃に事件は起きた。

 スロープを伝っての歩行訓練が終わったことでベンチで一息ついていたら、突然ものすごい力で引き倒されたのだ。

 

「どうしてあんたが帰ってきて伸治が帰れないの!あんたのせいなんでしょ!伸治を返して!返せ!」

「落ち着いてください!」

「おい!引き離せ!」

 

 訳が分からなかった。僕のほかにも数人がリハビリをしていたのに何故僕だけが攻撃されたのか、何故僕が悪いと責められているのか。このとき僕はとにかく盾が欲しかった。あの世界で唯一の味方だった僕の盾が。

 髪の毛を振り乱した、幽鬼のような形相の女性は家にしたら凶悪なモンスターにしか見えなかった。隠れる場所も、身を守る武具もない僕はただ身体を丸めることしかできなかった。

 

「空くん怪我はないっ!?」

「は、はい……」

 

 女性はすぐに取り押さえられたが、彼女の言葉は鋭いトゲを伴って突き刺さった。伸治という名前に聞き覚えはなかった。僕を虐げていたやつらの母親ではないことは確かだ。でも、まるでやつらの母親に言われたような気分だった。

 付き添いの看護婦によるとあの女性は情報が拡散される前にナーブギアを取り外してしまった213人の1人なんだそうだ。自分の手で子供を殺してしまったのだと思いつめて心を病んでいったらしい。

 

「空くん、気に病まないで。空くんは何も悪くはないわ。茅場以外、誰も悪くなかったわ。ただ、運が悪かったの」

 

 看護婦さんの言葉が痛かった。僕は、やつらを見殺しにした。心の中の誰かが、僕は人殺しの犯罪者なのだと囁きかけてきた。

 

 リハビリは大体完了していたことと、女性による襲撃もあり僕は安全な実家に帰ることになった。二年間ろくに過ごしていない家族のもとへと。

 

 

 

 

 

「お帰りなさい」

「……ただいま」

 

 二年ぶりの我が家はよそよそしかった。固い笑顔の両親、窓から伺っている野次馬、住人の居なくなった犬小屋などを目にすると改めて僕は異物なのだと突きつけられた気がした。すっかり動かし方を忘れていた頬の筋肉を引っ張って笑う。

 ここは僕の家なんだ。もう襲ってくる敵は居ないし、笑顔で裏切ろうとするプレイヤーもいない。必死に自分に言い聞かせたけど、肩の力は抜けなかった。

 大きくお腹の膨れた母さんは僕の帰還を喜んでいるようには思えなかった。

 

 この家に、もう僕は必要無いのだと突きつけられた気がした。

 

 

 僕が再び引きこもりになるのには1ヶ月しかかからなかった。

 心無い第三者達は僕の心に傷をつけることで何か報酬を得ているのではないのかと疑いたくなるほど執拗で、悪質だった。善意という皮を被ったナイフに何度も斬りつけられた。それに対して僕が何か反応すると、まるで不当なことのような反応をされる。

 身勝手な感情による言葉の攻撃は僕の心に傷を残したし、両親は僕という爆弾の扱い方がわからずおどおどと顔色を伺ってきた。その様子はまるで暴君に仕える家臣のようであり、その態度にまた僕は傷付いた。

 

 もう傷付きたくなかった。

 始まりの街で誰にも会わないで引きこもり続けた時のように誰にも会いたくなかった。誰も僕なんか気にしない、優しい世界が欲しかった。

 学校の遅れを取り戻す為と称して通信教育の教材に没頭する日々。部屋から出ようとしなかった僕を両親は無理に引っ張り出そうとはしなかったので気がついたら家に帰ってから2ヶ月も経っていた。本当にこのまま誰にも会わないで逃げ続けて良いのか。そう悩み出したころ、再びフルダイブ型のゲームが出るのだという情報を手に入れた。

 

 

 

 

 



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3話

アニメ知識中心なので間違ったところがあったらご指摘お願いします。

発売前のアルヴヘイム・オンラインについては捏造過多となっております。


 レクト社が発表した第二のソードアート・オンライン、ーーアルヴヘイム・オンラインだったかーーに対する世間の評判は非難一色だった。ネットでは“自称”ソードアート・オンラインに閉じこめられていた人による、批判または肯定的な意見などが沢山溢れていた。彼らは【生還者】(サバイバー)と呼ばれるようになる。

 しかしその【生還者】の発言数を検索した結果の数と比べると、明らかに1万人越えている。一体このなかの何人の人が実際にソードアート・オンラインを体験したのかを考えると笑ってしまった。

 

 しかし、どんなに企業が安全をアピールしようと、どんなに肯定的にとっても、実際に大量の死者を出してしまった事実はどうしようもない。世論はやがて反対一色に染まろうとしていた。

 そんな中動きがあったのは公式発表から1ヶ月後だった。

 

 なんと、一部の生還者にアルヴヘイム・オンラインをプレイしてもらったというのだ。

 

 正気の沙汰とは思えなかった。

 実際世間は更に過敏に反応し、被害者のことを考えろといった内容に脅迫紛いな文章が添えられた抗議文が大量に届いたらしい。しかし、プレイした生還者の感想は全く違ったものだった。

 純粋にゲームとして楽しめたこと。ソードアート・オンラインの思い出には確かにつらいものもあったが

それだけではなく、その思い出を思い出せたこと。現実では不可能なことが可能になるゲームの世界をまた体験できて嬉しかったことなど、肯定的なものだった。

 その現実では不可能なこととは何かという記者の質問に、与えられた回答はなんと、“空を飛ぶこと”だった。

 これには誰もが驚愕した。空を飛びたいと思ったことのある人はどれだけ居るか、正確な数はわからない。しかし、反応一色だった意見が賛成に押されるくらいには望む人が居たのだ。

 ソードアート・オンラインでは不可能だったことを可能にしたことにより別物だというイメージが強くなった。更に後押しのように安全性も問題がないと様々な機関が証明し、そして気が付いたら正式に発売が決定したのだ。

 

 この一連の騒ぎによって僕宛に連絡を取ろうとしてくる人も居た。それは反対派の人であったり、肯定派の人であったり、どちらにせよ共通していたことは僕の意見なんて求めていないことだった。

 生還者という記号を冠した僕に同調してもらうことで自分達の意見がより正しいのだという保証を得たい人達。彼等はどこから情報が漏れたのか(どうせ近所の人であろうが)“生還者の伏見空”に対して何度も接触しようとし、そのとばっちりを両親が受けてしまった。

 すでに引きこもっていた僕は外との交流手段は両親だけであり、誰にも会いたくないと言った僕の思いを尊重しようとした両親は外部からの接触を拒否した。そのせいで、実は両親は僕を虐待しており、そのため会わせることができないのだなんて不愉快な噂を立てられた。

 真に受けた人によって児童相談所にまで連絡が行ったらしく、職員が訪ねてきた時は流石に僕も直接話した。

 状況を説明して根も葉もない噂でしかないことを説明するとあっさりと理解してもらえた。難航する可能性も考えていたので簡単な質問の後あまりに簡単に信じてもらえて逆に拍子抜けしたくらいだった。

 

 どうにもその職員によると似たようなことがすでに何件か起きていたらしい。

 “生還者”というデリケートな問題に周囲が過剰反応して逆に追い詰められ、僕のように引きこもってしまった人は少ないながらも居るらしいのだ。そのことを踏まえて、政府の運営する生還者用の学校に通う気は無いかと聞かれた。

 

「……ごめんなさい」

 

 以前も誘われてはいた。しかし、僕は拒否した。対外的には学校の生徒たちを見てソードアート・オンラインのことを思い出してしまうから、という理由になっている。実際その学校には下層に籠もりきっていた僕ですら聞いたことがある“黒の剣士”などが居るため、僕の言い訳は信じられ通常の学校に通わずに専用の授業を受けることが許されたのだ。

 

 しかし、本当は違う。

 

 僕は彼らに責められることが怖かったのだ。



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4話

 彼らが命がけで攻略しているなか、僕はただ震えていた。

 攻略組と呼ばれる彼らが仲間を失って、傷をおって、それでも諦めずに進み続けていたその時に僕は下層の宿で震えているだけだった。誰とも関わらず、何もせずにただ責められることを恐れて。

 

 あのとき、目の前で砕けてしまったのは彼等だけではなかったのだ。

 

 クラスメイトが死んだ後、僕自身も限界だった。装備は比較的良いとはいえ、レベルは適正ぎりぎりでマージンはほぼ無いも同然。メイスでダメージを与えても僕のステータスではほんの気休め程度。僕自身がポリゴンとって砕けるのも時間の問題だと覚悟したそのときだった。

 

「今加勢する!」

「いくぞ!」

 

 僕だけ助かってしまった。

 

 彼等は守れなくて死んでしまったのに、僕だけ。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 何度も夢に見た。何度も謝った。でも夢の中の彼らは僕自身であり、僕を許してくれなかった。

 

 学校での思い出や家族の顔がこの世界の思い出に塗りつぶされていく中で彼等のことだけは忘れることが出来なかった。

 

「僕は被害者だったんだ……無理やり高志君たちが連れて来ただけで…無理だって言った。レベルを下げて戦おうって言った……聞かなかった高志君たちがわるい」

 

 僕は悪くない。

 

 でも、僕のせいだ。

 

 

 そして、世界はクリアされた。

 

 それまで一体自分は何をしていたのか。もしかしたら僕が戦い続けていたら変わっていた何かが在ったかもしれない。僕は何をしていたのか。

 そんな気持ちのまま帰還してしまった僕は、攻略組と呼ばれる彼等に会って何を言われるか怖くて仕方なかった。加害妄想としか言えないが自分の行いが許せない僕はまた逃げた。

 

 けどこのままじゃいけないことも解っていた。僕は決着をつけないといけない。

 そのために、アルブヘイムオンラインが欲しかった。

 あのネットの中で誰かを助けることが出来たなら、彼らを助けることが出来なかった罪も許されるのではないか。そんな馬鹿らしい考えに縋った。

 

「母さん……」

「空……!」

 

 臨月を迎え、じっとしていることが多くなった母。子供のためにもストレスは良くないのに、僕というストレスの固まりが帰ってきてしまったことによりずいぶんとくらい顔をしている。

 それでも、僕の自惚れでなければ僕が部屋から出てきたことにほっとしたような顔をしてくれた気がした。

 ご飯は毎日食べていたけど、こうして直接話すことはずいぶんと久しぶりだった。

 

「……お腹の子、男の子と女の子とどっち?」

「男の子よ。空は、お兄ちゃんになるのよ」

 

 帰ってきてからずっとお腹の子についてふれたことはなかった。お腹の子は両親が僕を諦めてしまった証拠のように思えたから。

 実際どうかはわからないけど、不安定だった僕に両親から積極的に説明があったわけてはなかった。

 

「そっか…僕、お兄ちゃんになるんだね」

「ええ、ええ、……。名前はまだ決まってないわ。だから、出来れば空が考えてくれないかしら」

「僕が?」

「ずっと考えていたの。でも、良い名前が思い浮かばなくて……」

 

 優しく、労るようにお腹をなでる母さん。そこに弟が居るのだと思ったら、それはとても凄いことだと思った。

 

「僕の名前は、どうやって決めたの?」

「そういえば、言ったこと無かったわね。空の名前はね、お爺ちゃんが決めてくれたの。そのときも母さんとお父さんは名前に悩んで悩んで、決められなかったわ」

「どうして?」

「名前は、親から子供への一生のプレゼントだから、特別なものにしたかったのだけど二人とも凄く迷って。じゅげむって落語知ってるわよね?本当にあんな感じになったこともあったの」

 

 それはひどい。じゅげむは例えだとわかってはいるが、一体何文字の名前になる予定だったのか。

 

「けどね、あんまり悩んでばっかりだったから、お爺ちゃんが見かねて空はどうだって言ってくれたの。空は大きなもので、ずっと見るもので、一生一緒に居るものだって」

「……」

「素敵な理由だと思ったから空ってつけたの。そのときの候補だったどんな名前よりしっくりきたわ」

 

 一生一緒に居るもの。それがついこないだ壊されそうになっていた。本物の空は無くなって、家族の絆も無くなってしまったように思っていた。

 ぜんぶ、間違っていたのか。

 

「……大樹って書いて、だいき」

「大樹……良い名前ね。理由は?」

「真っ直ぐ伸びて、おっきくなって、いつでも見つけられるように」

「……ありがとう、空。大樹も喜んでいるわ」

 

 言わなくては。

 

「母さん。お願いがあるんだ」

「なあに?言ってみて」

「アルブヘイムオンライン、欲しいんだ」

「空……!!!」

 

 ずっと傷ついているのは自分だけだと思い込んでた。でも、僕を待っている両親も同じだけ傷ついていたんだと知った。だからこんなこと言ったら悲しむって解っていた。

 

「けじめを、つけたいんだ」

「空……」

「あの世界にはたくさん置いてきてしまった。僕自身も、何もかも」

 

 取り戻さなくてはならない。

 

 伏見空を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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