光と闇は歪に絡み合う (シゲキ)
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一話 あの日の約束

どこかで見たような話ですがご了承ください。
読みたくて探してもあの作品は見つからなくて自分で似た話を書くことにしました。


 

 

幼い頃の記憶。俺はあの日、あの人と約束をした。

 

 

「お姉ちゃん。ぼく、お姉ちゃんと結婚したい」

「え〜?……じゃあ、君が私の隣に立つに相応しい人になれたら、いいよ」

 

 

あの約束を、俺はまだ覚えている。

 

あの人はどうだろうか?

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

春に入り風もほのかに暖かくなってきた四月中旬。

職員室の空き空間に設けられた、しきりで区切られた程度の小さな生徒指導室。

室と呼べるかも分からないその場所で、ソファに腰掛けながら空を舞う桜の花びらを目で追っていると、目の前にいる人物の咳払いが耳に入ったので花びらからその人物へと視線を移した。

 

 

「人の話を聞いているのか比企谷」

 

白衣を羽織った、比較的若いと言える女教師平塚静が俺に問いかける。

スタイルも良く結構綺麗で人望も厚いため生徒からの人気が高い。

おそらくこの学校で、生徒から最も信頼されてる教師だろう。

 

「聞いてませんでした」

「はぁ……まったく。君の不真面目さにはつくづく呆れるよ。お前がツイッターを使って援助交際行為……オフパコをしていた事の話だ」

「はい」

「はい、じゃない!大人しい優等生かと思っていれば、ろくでなしのジゴロだったとわな。くっ、女の敵め!」

 

平塚先生は怨みったらしく俺を睨みつけてくる。

俺は平塚先生が言う通り、ツイッターを使い所謂裏垢を使用してオフパコをしたりしてお金をもらったり、ハメ撮りをネットに上げて小遣い稼ぎをしていた。

まさかバレるとは思わなかったが、誰かからのリークがあったらしい。

幸いに動画販売の事実はバレなかったが……もしバレれば間違い無く児童ポルノで捕まってしまう。

こんな事をしてるなんて誰にも話して無かったが、心当たりはあった。

 

 

「そんな目の敵みたいにされても困りますよ……なんか男に怨みでもあるんですか、平塚先生?」

 

「いや、怨みというか……数年前付き合っていた彼氏が居たんだが、所謂ヒモでな。それでも好きになった相手だから面倒見てやってたんだが、ある日突然、私の家の家具を全部持って消えやがったんだあの野郎……っておい!どさくさに紛れて人の過去を聞き出そうとするな!そうやって女の弱みに付け込んで手玉に取るんだろう!」

 

 

そんなつもりで聞いたわけでは無かったが、俺を完全にクズ男と認識している平塚先生はまた俺を睨みつけてきた。

美人で、それでいて公務員なんだからいくらでも良い相手が見つかりそうな気がするけどな。

まあとんでもなく男運が悪いんだろう。

 

「ともかく、お前がSNSを通じてこのような事をしていた事実が判明した以上見過ごすわけにはいかん。最悪、SNSの使用を禁止する校則が作られる可能性もある。もちろんお前には相応の罰則をかせるつもりだ」

 

「停学ですか?」

 

「そうしたいところだが……いやしかし……う〜ん……」

 

なにやら平塚先生は悩み始める。

停学にしたいなら停学にすればいいじゃないか……。

 

「とりあえず、付いて来い」

 

そう言って立ち上がった平塚先生の後を、言われた通りに追いかけた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

職員室から出て、特別棟へと向かった平塚先生。後ろを付ける俺を気にした様子でチラチラ見てくる。

おそらく後ろからの、俺の視線を気にしてるんだろう。

気を利かせて隣を歩いてやると、平塚先生はよそよそしく距離を取る。

 

 

「先生、流石に先生のことそういう目で見ないんで……」

 

「若い女にしか興味ないってか!?つくづく女の敵だお前は!」

 

「いや、俺は年上好きですよ。さっきのは教師相手にそんな気は起こさないって意味で言ったんです」

 

「年上好き?本当か……少しは見直したぞ比企谷」

 

 

感心したように頷く平塚先生。年上好きなだけで見直すとか基準緩すぎだろ……こんなんだからダメ男に引っかかるんじゃないのかこの人。

 

「年上好きってより好きな人が年上なだけなんですけどね」

 

「なんだ、お前あんな事をしておいて、好きな人がいるのか。どうせ、アイドルとか女優だろ?」

 

「いえ、小さい頃に面倒見てくれた人がいて。今でもずっとその人のこと好きなんですよ」

 

 

……余計なこと言ったな。

自分の話をするなんて柄でも無いのに。

 

 

「あんな事をしておきながら純粋じゃないか……ちなみに比企谷、その相手はいくつ歳上なんだ」

 

「彼女は俺より3つ上なんで今は19歳ですね。今年二十歳になりますよ」

 

「なにが年上好きだ、その女も十分若いじゃないか!……そうか、19か。おい、付いたぞ比企谷、ここだ」

 

そう言って平塚先生は空き教室の前で足を止めた。

只でさえ空き教室だらけでガラガラである特別棟の、一番奥にあるこんな教室になにがあるってんだ。

 

そう思ってるうちに平塚先生がドアを開けて教室に入って行った。

 

 

「雪ノ下、ちょっといいか?」

 

「平塚先生、部屋に入るときはノックをして下さいと言ってるじゃ無いですか」

 

「君が返事をした試しはないだろう」

 

「返事をする前に先生が入ってくるんです。ところで、要件と言うのは?……ひ、比企谷くん?」

 

「雪乃……」

 

雪ノ下雪乃。俺はこの女を知っている。

と言うか普通に知り合いだ。

決して友達ではないけどな。

彼女は俺と目が合うと、少し面食らったような表情をしてから怪訝な表情を浮かべた。

 

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「ええ……少し……」

 

「実はこの比企谷を新入部員として紹介したいんだが……」

 

「平塚先生、悪いんですが俺がここに入部するって話は無しにしてもらっていいですか?」

 

「お前に拒否権などあるわけないだろう比企谷」

 

「その子と俺、仲悪いんですよ。毎回テストで学年主席を争ってるってのもあるし、性格が合わなくて」

 

「あぁ、たしかにな……お前のようなゲスを雪ノ下は嫌いそうだ。それに、お前を女子と二人きりにさせるのは流石にまずいよなぁ……学年トップを争う二人を同じ部活に入れて競わせれば面白いと思ったんだが……」

 

平塚先生はなにやら呟く。

この人は、学年主席を争っている俺と雪乃を同じ場所に集めてなにやらしたかったようだが、とてもじゃないが2人でいれるような関係じゃない。

 

そもそも、俺がSNSで出会って女に手を出しまくってたのを知ってて女子と2人きりにさせるとか正気かよこの人。

 

 

「わたしは構いませんが」

「は?おい何言ってんだ……」

 

「そうか、雪ノ下が構わないならいいが……いやしかし……おい比企谷、分ってるだろうが変なことは考えるなよ?」

 

「そもそも、俺をここに入れなければ済む話だと思うんですけど」

 

「そうなんだよ。くそ、お前がこんなクズ男だとは思っていなかった……」

 

平塚先生は、前々からこうやって俺たち二人を接触させて何か競わせる機会を伺ってたんだろう。

 

 

「比企谷くんが、何かしたんですか?」

 

「え、いや雪ノ下、別に大したことではないんだが……」

雪ノ下に聞かれて平塚先生は明らかに動揺する。まあこんな話隠せるようなものじゃないだろうし、俺のオフパコ事件が生徒の間で噂になるのも時間の問題だろうな。

その噂が流れた時、俺が停学になっていたら完全に事実だと言うことになる。

 

……平塚先生は、俺が停学にならないよう別の形での罰則を用意してくれたのかも知れない。俺の中で平塚先生への評価がうなぎ登りだ。

 

まあだからと言って雪乃に事実を話すわけにもいかない。

適当に嘘をついてごまかすか。

 

 

「深夜徘徊で警察に補導されたんだよ俺」

 

「そうだったのね……確かに校則違反ではありますが、それでクズは言い過ぎじゃないですか?平塚先生。」

 

「あ、ああ。確かにそうだな……」

 

平塚先生もうまく話を合わせてくれたようだ。

 

 

「それでだ。最初の話に戻るが、校則違反を犯すような比企谷をお前の手で更生して欲しいんだ雪ノ下。頼めるか?」

 

「私は構いませんが……」

 

「意外だな、てっきりお前の事だから断ると思っていたんだが」

 

「いえ……知らない仲じゃないので……」

 

勝手に話が進んでいく。

このままでは本当に俺はこの部活に入れられてしまいそうだ。

 

「俺はできれば断りたいんですが」

 

「お前に拒否権などない!それに、嫌がることをしてこそ罰則の意味があるんじゃないか」

 

平塚先生は胸を張ってそう言うとニヤッと笑った。

 

「貴様にもやる気を出してもらうために、私が一つ提案しよう!」

 

上機嫌で楽しそうに言う平塚先生。

はしゃいで遊ぶ子供みたいだな、まるで大人に見えねえよ。

この人絶対少年漫画好きだ。

 

 

「勝った方が負けた方に、一つ何でも命令できる!どうだ、これでやる気が出ただろう!」

 

相手に何でも命令できるって、男と女だぞ、何考えてるんだ平塚先生……。

それに……。

 

 

「いや、そんなルールいらないですよ……」

 

「なんだ、お前ならなおさら喜んでウケると思ったんだが」

 

「女子に命令なんてそれこそ危険でしょ。半分犯罪ですよ」

 

「なんだ、負けるのが怖いのか比企谷?」

 

「いや全然。俺の負けでいいんでそんなルール無くていいです」

 

「なっ……くぅ!比企谷!ノリが悪いぞ!」

 

 

逆にあんたは何でそんなノリノリなんだよ平塚先生。

 

 

「私は構いません、そのルールでも」

 

「おお、さすが雪ノ下!やはり優等生は言うことが違うなぁ!」

 

「いやいや……ちょっと待ってくれよ……」

 

「よし、じゃあルールを説明しよう!君たちにはここで人助けをして競い合ってもらう。勝敗の基準は私の独断と偏見の元で行う。そして勝った方はさっき言った通り、相手に命令できる権利を与える!分かったな!?」

 

「はい、分かりました」

 

「よし!じゃあ頑張りたまえ君達!」

 

 

そう言って、無理やり話をまとめ上げた平塚先生は逃げるように教室から飛び出して行った。

 

俺に拒否権はないのか……。

 

 

 




誤字などが有れば報告ください。


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二話 奉仕部

 

 

 

古い記憶が脳裏をよぎる。

 

 

「八幡くん……好き、です。私と付き合ってください」

 

「……ごめん、雪乃ちゃん。俺好きな人いるんだ」

 

 

あの時、雪乃は泣いていた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

平塚先生が去ってから数分。二人きりの状態で俺たちは部屋に取り残された。

……気まずい。

 

 

「はぁ……」

 

「取り敢えず、座ったら?後ろの椅子を自由に使っていいから」

 

「ああ」

 

教室の後ろに並べられた椅子を一つ手に持ち、長テーブルの右端側に椅子を置いて座った。

 

 

「……久しぶりだな、雪乃」

 

「ええ、久しぶり。比企谷くん」

 

 

雪乃は、読んでる本を閉じて俺の方に顔を向けた。

まだどこか幼さは残るが、凛とした綺麗な顔立ち。昔から可愛かったが、当然のように美人になったな。

……胸の成長は中学生で止まってる様だが。

 

 

「ねえ、今失礼なこと考えたでしょ?」

 

「別に。……ところで、ここは何部なんだよ」

 

「さあ、当ててみたら?」

 

「……ボランティア部か何かだろ?さっき平塚先生が人助けをして競えって言ってたからそうだろ」

 

「大体合ってるけど、少し違う。正確には、ここは奉仕部よ」

 

 

なんだその卑猥な部活名は。

 

 

「生徒からの相談を解決するために協力するのを目的とする部活動なのだけれど、今のところ相談者が来たことはないわね。部員は私一人だし……いえ、今は比企谷くんと二人ね」

 

そう言って雪乃は微笑む。

……その純粋なお前の笑顔を向けられるたびに、俺は罪悪感で心が痛む。

 

 

「一応聞くけど、お前が仕組んだんじゃないよな?」

 

「なんの話?」

 

「入部の話だよ」

 

「本当に知らない。私も、貴方が来てびっくりしたもの」

 

「そうか、疑って悪かったな」

 

「別に構わないわ。それに、私は嫌じゃないもの、貴方が来てくれて」

 

「……」

 

 

俺と雪乃は、二人で居られるような仲じゃない。あくまで俺からみた場合の話ではあるが……。

 

雪乃とは小学生低学年の頃からの知り合いだ。

当時通っていた書道教室で一緒に習っていたからだ。

小学校を卒業するまで書道を習ってたから、その間そこそこ交友があった。

 

それでなぜ俺は雪乃と二人になりたくないかと言うと、当時雪乃は俺の事が好きだった。告白して来たのだ。

そして、俺はそれを断った。

 

中学に上がり、学校も違うし書道も辞めたから疎遠になっていたが、総武高校に入学して雪乃と俺は再会した。

再会した時、雪乃はまだ俺に好意を寄せていた。

雪乃の様子を見る限り、今もまだ想いは変わらないのだろう。

 

雪乃の想いには応えれないから、一緒にいても辛い思いをさせるだけだと思ってなるべく接触しないようにしてたんだが、こんな形でまた関わる事になるとは。

 

 

「できれば入りたくなかった。酷いこというけど、できればお前と関わりたくなかったよ」

 

「うん、分かってる……でも、貴方と近くにいれると思うと、嬉しかったの。……ごめんなさい……本当は断るべきだったのに……今からでも……断ってくるから……」

 

「……いや、いいよ。もう起きたことはしょーがないだろ。それに同じ学校にいるんだ、干渉しないでいるのにも限界がある」

 

「うん、ありがとう。比企谷くん。……ぐすっ」

 

「お、おい。何で泣いてんの?」

 

「ごめん、なさい。また貴方の優しさに甘える事になって……やっぱり私……まだ貴方のことが……」

 

「おい、やめろ雪乃。何も泣くことは無いだろ」

 

雪乃が泣きやむようにあやしていると、ドアが勢いよく開かれて、平塚先生が再びやって来た。

 

「どーだ?上手くやっているかね……っておい、比企谷貴様!さっそく手を出しやがったな!」

 

俺と雪乃の状況を見て勘違いした平塚先生が、即座に俺を取り押さえようと向かってくる。

迫ってくる平塚先生の右拳を、掴んで受け止めた。

 

 

「むっ!私の正拳突きを受け止めるとはやるじゃないか……」

 

「待ってください、違いますよ。口喧嘩の延長で泣かせてしまって……だから俺とこいつ仲悪いって言ったじゃないですか」

 

「なんだ、襲ってるわけじゃないのか?とはいえ、そもそも女子を泣かせる事自体が問題だ比企谷」

 

「いえ……大丈夫です平塚先生」

 

急いで泣き止んだ雪ノ下が、目尻の涙をハンカチで拭う。

雪ノ下の説得とあって、平塚先生は納得したようだ。

 

 

「しかし、あの雪ノ下が泣かされるとはな……やはり面白い事になってるじゃないか!」

 

「いや、女子生徒が男子生徒に泣かされてんのにそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 

「なに、構わん。これで負けず嫌いの雪ノ下にも火がついた事だろう!」

 

「……ところで、雪乃…ちゃんの話じゃこの奉仕部には肝心な相談者が来ないとのことらしいですが、これじゃ勝負以前の問題だと思うんですけど」

 

「ああ、だから今日は記念に相談者を連れて来てやった。入っていいよ、由比ヶ浜」

 

「こ、こんにちわ……って、何でヒッキーがここに!?」

 

 

入って来たのは、明るい茶髪に、雪乃とは正反対で胸が主張の激しい巨乳の女子由比ヶ浜結衣だった。ちなみにこいつは俺と同じクラスの生徒だ。

 

 

「何だって、さっきから平塚先生が俺の名前呼んだりしてるからその時点でわかってただろ」

 

「え!?そ、そんなことないもん!」

 

 

意地っ張りめ。

平塚先生は、まだ仕事があるとのことでそのまま職員室に帰ってしまった。

 

 

「俺がここにいる理由は俺がこの奉仕部の部員だからだ」

 

「そうだったんだ。ヒッキー、部活やってたんだね」

 

「まあ今日入ったばっかだけどな」

 

 

俺は椅子を一つ持ってきて、机を挟んだ雪乃の正面に椅子を置いて由比ヶ浜に座るように促した。

 

 

「あ、ありがと」

 

「それで、どういった相談かしら」

 

「その……あの……」

 

 

由比ヶ浜は俺の方をチラチラと見てくる。なにを気にしてるのか知らんが男、少なくとも俺には聞かれたくない話の内容なのだろう。

 

「飲み物買ってくるけど、何かいるか」

 

「あっ!じゃあ、あたしはいちごオレ!」

 

「私は、マックスコーヒーを……」

 

「マックスコーヒー?お前が?……嘘つけ。午後ティーでいいか?」

 

「うん……お願い」

 

「おう」

 

 

俺は席を立ち、奉仕部の部室を後にして自販機に向かった。

 

 

「雪ノ下さんとヒッキーって、仲良いの?」

 

「……急に、どうして?」

 

「なんだか、気心が知れたような会話だったからさ」

 

「彼とは……知り合いよ。彼と私、テストで毎回トップを競ってるから」

 

「あ〜、なるほどね。それで、相談の方なんだけど……」

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

奉仕部の部室に戻ると一枚のルーズリーフが長テーブルの上に置いてあり、そこには家庭科室に居ますと書かれていた。

 

紙に書いてあった通り家庭科室に向かう。

ドアを開けると、何か焦げた匂いが鼻についた。

 

 

「あぁ〜、また焦げちゃった……」

 

「はぁ。ちゃんと一から説明してるのにどこで失敗するのやら……」

 

「うう……ごめんなさい……」

 

 

何か料理を作ってるようだが、由比ヶ浜が失敗しているようだ。

まあ無理もない、今時料理できるやつの方が少ないだろう。

 

 

「飲み物買ってきたぞ」

 

「あ、ヒッキー!」

 

「お疲れ様、比企谷くん」

 

 

雪乃と由比ヶ浜にそれぞれ午後の紅茶とイチゴオレを手渡す。

オレはもちろんマックスコーヒーだ。

 

 

「で、なに作ってんの?」

 

「クッキーよ。昔お世話になった人に恩返しをしたくてクッキーを作りたいらしいの」

 

「クッキーか……」

 

 

言われるまでわからなかったが、皿の上に盛られた黒く焦げた塊はクッキーだったらしい。

まあ料理できない奴がいくらやったところで、1日やそこらで改善するとは思えないしな。

 

 

「やっぱり私には無理なのかな……雪ノ下さんみたいに器用じゃないし……」

 

「そう言われるの、不快だからやめてちょうだい」

 

「えっ……?」

 

「最低限の努力をしない人間には才能のある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は、成功者の努力を想像できないから成功できないのよ」

 

 

雪乃は、由比ヶ浜のネガティブな態度が気に食わなかったようだ。

昔からまっすぐな子だったからな。

雪乃はこういう所で繊細な部分がある。

 

 

「かっこいい……」

 

「え?……私、今結構きついこと言ったのだけれど……」

 

「建前とか無しで、本音で語れるのは凄くかっこいいというか……そういうの、憧れる」

 

 

まじか、由比ヶ浜。俺はてっきり帰るとか言い出すのかと思ってたよ。

意外と芯のある子なんだな。

見直した。

 

 

「ちょっと廊下に出て待っててくれ。手作りの極意ってやつを教えてやるよ」

 

俺は2人を家庭科室から追い出して、由比ヶ浜が作ったクッキーの中から比較的マシなやつを選んで別のさらに取り合わせた。

 

そして2人を呼び戻して座らせて、2人の前にクッキーを出した。

 

 

「ほらよ」

 

「もう、あんなこと言っておいてヒッキーも下手くそじゃん!うえ〜、美味しくない……」

 

「……これ、本当に比企谷君が作ったの?」

 

 

雪乃はすぐ勘付いたようだ。

 

 

「ああ、そうか。美味くなかったか。……悪かった、もう捨てるよ」

 

俺が由比ヶ浜たちの前にある皿をとってゴミ箱にクッキーを捨てようとすると、由比ヶ浜が引き止めてきた。

 

 

「ま、待って!なにも捨てることないよ、せっかく作ってくれたんだし……」

 

「手作りにおいて、その気持ちが大事なんだ」

 

「え?」

 

「由比ヶ浜、これはお前が作ったクッキーだよ。俺はそれを別の皿に盛り直しただけだ」

 

「えっ、えー!?」

 

「要するに、手作りってのはその出来に関係なく、それが手作りである事が重要なんだよ。美味いクッキーを渡したいなら市販の物を送ればいい」

 

「なるほど……分かったよ!頑張ってみるね!」

 

 

由比ヶ浜は笑顔でそう言うと、元気よく走り去っていった。

 

 

「流石ね、比企谷くん」

 

「違う角度からの解釈を教えただけだ」

 

「私では、あの子の相談は解決できなかったと思う。あなたの言う通り最後は市販の物を買わせてたと思うわ」

 

「物事の捉え方の問題だ。お前は、俺のように曲がった角度から物事を見る必要が無いからな」

 

「嫌味?」

 

「そうじゃねぇよ。お前は自分をまっすぐ突き通せる人間だって言ってんだよ」

 

「……貴方の方が、私よりもずっと強いじゃない」

 

「そう思ってんのは、お前だけだよ雪乃」

 

 

翌日、由比ヶ浜から相談のお礼としてクッキーを受け取った。

相変わらず不味いクッキーだったが、俺はそれを全部食べた。

 

美味しくはないが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 




この世界では、ヒッキーは事故に遭う事なくサブレを助けた設定です。



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三話 逆境の先に成長がある

評価付与してくださった方、ありがとうございます。


 

 

自分で言うのもなんだが、俺は昔から優秀だった。小学校のテストでは百点以外とったことがない。

中学の成績は全学期通してオール5。

テストの成績も常に学年一位。

運動でも、サッカー、野球、バスケ……100mは11秒で走るし、英語弁論大会では県代表に選ばれた。

何をやっても1番だった。

 

 

だが、俺には大きく足りないものが一つあった。

それは人望だ。俺にはそれが大きく欠落していた。

大半の人間は、俺をスカしてるだの調子乗ってるだの難癖をつけて排除しようとして来た。

小学生のうちはまだ良かったが、中学になると暴力を振るってくるやつもいた。

 

 

「調子乗んなよ比企谷、カッコつけてんじゃねえぞ」

 

「なに勘違いしてんの?誰もあんたに興味ないから」

 

様々な罵倒や屈辱を受けた。

潰れそうにもなった。

だが、俺にはそれを覆せる能力があった。

 

格闘技を習ったり、人気のある女を俺に惚れさせたり、破壊工作をしてクラスのグループを崩壊させたり。

そうこうしてるうちに、中学三年に上がる頃には誰も俺に逆らわなくなっていた。

 

みんな俺を恐れて、関わらない。

俺に命令されれば、逆らえない。

 

まるで、王様になった気分だった。

 

 

ある日のこと。とある公園でタイマンを張れと喧嘩を売って来た他校の不良をシメている時のことだった。

なんでもコイツは俺と同じクラスにいる女子の彼氏らしく、俺の噂を聞きつけて潰しにきたらしい。

 

 

「二度と俺に刃向かうなよ」

「ご、ごめんなさい!比企谷くん!もう調子乗らないんで勘弁してください!」

 

 

金属バットで殴りつけて来やがったが、俺はそれをスウェー躱し、ローキックから右ストレートを当てた。

たった2発で膝をついたそいつの首を鷲掴みにすると、すぐに降参した。

 

俺に刃向かったことを心の底から後悔させる必要がある。

俺は降参する不良の顔面を膝で蹴り飛ばした。

鼻を折られた不良は、顔を押さえながら逃げて行った。

 

 

 

夕暮れ、日が沈み街灯の明かりだけに照らされてる公園。

言い様のない虚しさに黄昏て、ブランコに座り空を眺めていた俺を、誰かが灯したライトが照らした。

 

 

「そんな所で満足してるようじゃ、とても私の隣に相応しい人にはなれないよ。比企谷くん」

 

光の方へ目を向けると、憧れのあの人がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

2-F組、俺が所属するクラスだ。

この学年の中で比較的活発なクラスで、それは葉山を中心としたグループがいる事が理由だろう。

五月蝿いから普段は屋上など外で昼飯を食べているが、今日は生憎の雨で教室で食べることとなった。

 

 

「でさー、今日みんなでサーティーワン行かない?なんかアイス食べたい気分だし」

 

「おー、いいね優美子。私はいいよ」

 

「隼人は?」

 

「今日は雨だから部活も休みだろうし、大丈夫だと思うよ」

 

「よっしゃ。じゃあ今日決まりね」

 

 

葉山グループのナンバー2、三浦優美子がアイスを食べるだのなんだのテンション高めだ。実質三浦が葉山グループのボスといっても過言ではない。

 

 

「あ、あの優美子、あたしちょっと用事あるから……」

 

「え、なに?じゃあついでに飲み物買って来てくんない?午後ティーね」

 

「その、昼休み中はずっとって言うか、戻ってこれないと言うか……」

 

「あ?……てか結衣、あんた最近付き合い悪いよね?何してんの?」

 

「私事で恐縮ですと言うか……」

 

「だからなんの理由があってあーしの言うこと断ってんのって聞いてんだけど」

 

「あう……ごめんなさい……」

 

「だからぁ、そのはっきりしない態度じゃなんもわかんないってば!」

 

 

ピリピリした空気が流れ出し、教室にいる連中が廊下へと避難していく。

中には面白がって見物しようとしている奴らもいたが、葉山に睨まれてそういった奴らも教室から出て行った。

俺は関係ないから気にしない。ほかに何処で弁当を食えって言うんだ、便所でなんか汚くて食えたもんじゃない。

 

ふと三浦と由比ヶ浜の方に目を向けると、由比ヶ浜と目があった。

涙目で、一瞬だけ俺に助けを求めるような視線を向けたがすぐに目をそらした。

助けて欲しいけど、やはり部外者の俺に頼るわけにはいかないと思ったのだろう。

 

哀れだ。派閥なんて作っても、得するのは上に立つ人間だけだからな。

下に立つ人間は、ああなる。

上の人間に逆らえず、言われるがままだ。

 

 

「で、まさか今日も放課後用事あるとか言わないよね?」

 

「その……ごめん……」

 

「だから、言いたいことあるならはっきり言えって言ってるでしょ!?」

 

「おい」

 

 

俺の声に、三浦たちの視線が俺に集まる。

呆気にとられたような三浦だったが、三浦はすぐ俺を睨みつけて来た。

 

 

「なに?なんか文句あんの?」

 

「五月蝿いから、少し黙ってろ」

 

「は、はぁ!?」

 

面を食らった様子の三浦。

空かさず、三浦の取り巻きの戸部、大岡、大和が俺の方へ向かって来た。

 

だが、葉山がそれを静止した。

 

 

「待て、落ち着けよお前ら。ヒキタニくんも、その言い方は良くないと思うよ」

 

 

葉山はイケメンでスポーツ万能で学業優秀な人気者だ。

人気者な点を除けば完全な俺の劣化版である。

 

……負け惜しみ感ハンパないな。

 

 

「ヒキタニって誰?お前学年3位の成績でおきながら、去年新入生代表でスピーチした俺の名前知らないの?」

 

「いや、その時教頭先生が君の名前をヒキタニと呼んでたから……ごめん」

 

「そ、そうか……」

 

 

なんとも微妙な空気になってしまった。

緊張感のある、ピリついたシリアスな空気から、俺と葉山の間で急に気の抜けた緩い空気が流れ出す。

しかし、三浦の怒りは当然まだ治っていないようだ。

 

 

「あんた、誰に刃向かってっか分かってんの?」

 

「お前、自分が何様だと思ってんの」

 

 

俺の挑発に耐えきれなくなった三浦が勢いよく立ち上がったその時、同時にドアが開かれた。

目を向けると、そこに立っていたのは雪ノ下雪乃だ。

 

 

「由比ヶ浜さん、人と約束しておきながら待たせるとはどう言う事かしら」

 

「ゆ、ゆきのん!」

 

「なんで雪ノ下さんがここに来るわけ?」

 

 

突如現れた雪乃に、三浦は敵対心むき出しだ。当然といえば当然か。

雪乃はこの学校で最も容姿が良くて優秀な女子だ。

同性なら無意識に敵意を持つだろう。

 

 

「どうしても何も、そこにいる由比ヶ浜さんとお昼を一緒に食べる約束をしていたから迎えに来たのよ」

 

「結衣、あんたどーいう事?」

 

 

露骨に慌て出す由比ヶ浜。

由比ヶ浜は三浦に隠れて雪乃と絡んでたんだろうが、無理があったな。

どちらかを優先できない奴はどっちも失うことになる。

 

 

「由比ヶ浜、自分の口でしっかり言わないと相手には伝わらないぞ」

 

「!?」

 

ちょうど弁当を食い終えた俺は、それだけを言って廊下に出る。

雪乃とすれ違うときに、小声で耳打ちをした。

 

 

「あとは由比ヶ浜本人に任せよう」

 

 

俺の言葉に、雪乃は無言で頷いた。

過保護になりすぎても良くない。それこそ、由比ヶ浜と三浦の対立をより助長させるだけだろう。

あまり助けすぎると、由比ヶ浜は明確に雪乃側の派閥の人間と認識されてしまう。

 

「由比ヶ浜さん、部室で待っているからあまり遅くならないでね」

 

 

雪ノ下はそう言って奉仕部の部室へと帰っていった。

廊下で教室内の声を聞いていると、由比ヶ浜が自分で説明し始めていた。

 

 

「あのね、優美子。あたし部活に入る事にしたんだ。優美子ともちゃんと遊ぶし、このグループから抜けるつもりはないけど、でも、やりたい事があるから」

 

「……」

 

「だから、たまにこうして居なくなる事を許して欲しいな」

 

「……あっそ。……好きにすれば」

 

「うん、ありがとう優美子」

 

 

教室から出て来た由比ヶ浜と、目が合う。

 

 

「え、ヒッキー!聞いてたの?」

 

「いや、聞いてない」

 

「嘘つき!変態!……助けてくれてありがとね、ヒッキー」

 

「助けたつもりは無ぇよ。……早く行かないと、雪乃…ちゃんが待ってるぞ」

 

「うん!」

 

 

由比ヶ浜は元気よく走り去っていくが、途中出くわした教師に廊下を走るなと叱られて居た。

なんともアホというか天然というか。

 

クッキーの件以降、由比ヶ浜はこうして雪乃と交友があるようだ。

 

 

よかったな雪乃、良い友達ができそうで。

 

 

 




評価して貰えるとありがたいです。


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四話 勢い任せ

評価付与ありがとうございます。


 

 

 

奉仕部に入ってから1週間ほど経ったある日。

普段通り奉仕部に向かうと、部室の前で雪乃と由比ヶ浜が立ち往生して居た。

 

 

「何してんの?」

 

 

声をかけると、2人は驚いた猫のように肩を弾ませた。

ついでに言うと由比ヶ浜は三浦との件以降奉仕部に入部している。

雪乃と2人きりは気まずさがあったため正直ありがたいことではあった。

 

 

「もう、びっくりさせないでよヒッキー」

 

「で、どうしたんだよ」

 

「部室に不審者がいるの」

 

「不審者?」

 

 

ドアの隙間から覗くと、窓の方を向いて仁王立ちする大柄な男の姿が見えた。

俺はドアを開けて部屋に入る。

 

 

「何してんだよ材木座」

 

「フハハハハ、待ちわびたぞ盟友よ!」

 

 

材木座は俺の声を聞くや否やハイテンションで振り向いて来る。

俺に続いて、雪乃と由比ヶ浜も部屋に入って来た。

 

 

「比企谷くん、この人は?」

 

「こいつはJ組の材木座、体育の授業でお互いボッチだからたまにペアを組む」

 

「ちょっと八幡!寂しいこと言わないで!」

 

「そう、よろしく材木座くん」

 

「……ところで八幡よ、この度我は貴殿に相談があって来たのだが」

 

「相談?とりあえず話を聞いてあげるから椅子に座ってちょうだい」

 

「……は、八幡よ」

 

 

女と喋れないのかこいつ。

俺は材木座に椅子を用意してやると、材木座は雪乃と由比ヶ浜から離れた俺の近くに腰かけた。

 

 

「我の書いた小説を評価して欲しいのだ!」

 

「小説の評価?そんなのネットにでもあげれば良いだろ」

 

「ネットの奴らは心無い誹謗中傷を容赦なく書き込んでくるからな……」

 

「大衆の目に触れるからには仕方ないだろ。プロになって出版する事を目指してるならそんな事言ってられないぞ」

 

「ぐぬぬ……そうなんだが……」

 

「とりあえず、その小説を見せて欲しいのだけれど」

 

 

俺は材木座から小説を受け取り、それを雪乃に渡す。

雪乃は1ページ目を読んで溜息をついた。

 

 

「文法もめちゃくちゃ。それになぜ暗黒騎士でブラックナイトと呼ぶの?それにたった数回の会話でこの女の子が主人公に惚れる理由が見当たらないわ」

 

 

雪乃に追求されて明らかに萎縮する材木座。まあ無理もない。

まさか初対面の女子に自分の妄想小説を読まれるとは思ってなかっただろうしな。

 

 

「雪乃…ちゃん。それは小説の中でもライトノベルと分類される作品の一種だ。主に画材がなく絵が描けない漫画家崩れが書くことが多い。まあ漫画の台詞をそのまま文字起こししたようなものだ」

 

「なるほど」

 

「俺も中学生の頃暇潰しを兼ねた賞金目的でとあるネット小説サイトに投稿して銀賞を貰い、その小説を出版してもらうことになったんだが、半年で打ち切りになった。こういうライトノベルを読む層は一般文芸的な作品よりもラフで手軽に読める作品を好む。それこそより漫画に近いような作品をな」

 

「あなたの作品も受けなかったということね……是非読んで見たいものだけれど」

 

「出版記念に20冊ほど貰ったけど、要らないし渡すような人もいないから捨てちまったな……」

 

 

そういえばあの人には渡してたっけな。

あと小町にも。

 

 

「確か応募したのが……2015年度ガガガ文庫のネット部銀賞受賞作品を調べれば出てくると思うが」

 

「本当だ、見つけたわ。……『憧れた太陽と夜に住む悪魔』……これって……」

 

 

雪乃には教えない方が良かったな。

まあ三巻で打ち切りになったから、読んだところで大して内容進んでないから問題ないだろう。

最後まで書ききっていたらそれこそあの人にしか見せれない。

 

 

「つまりだ材木座、実行無しに夢を語る事は出来ないんだよ。それにそういう物はノリが大事だ。慎重に進めても結局現実を理解して諦めることになる。それならもう最初から勢い任せで行けるところまで行った方がいい」

 

「そ、そうだな!なんか勇気が湧いたぞ八幡!ありがとう!」

 

 

こうして材木座は元気よく去って行った。少しでもあいつの心の足しになったのなら良かったぜ。

材木座が去った後、後10分もすれば下校時刻になり奉仕部も解散になる。

雪乃は小説を読み、由比ヶ浜は携帯をいじっている。

 

その時、急に由比ヶ浜の携帯が鳴った。

 

 

「ママから電話だ!時間も時間だし、あたしこのまま帰るね!ばいばい!」

 

 

親から電話がかかって来たようで由比ヶ浜は忙しそうに部室から去っていく。

俺と雪乃が残されたところで、雪乃が本を閉じた。

 

 

「……まだ、姉さんのことが好きなの?比企谷くん」

 

「……」

 

「ねえ、答えて」

 

「だからお前とは関わりたくなかったんだよ。俺はお前の気持ちを知ってるから、それに応えれない俺はお前の側にいちゃいけない」

 

「……私も、まだ貴方のこと好きよ」

 

「お前にとっては辛い事を言うが、俺はずっと陽乃さんのことが好きだよ」

 

 

はっきりと、そう言う。ここであやふやに応えて雪乃に期待させてはいけない。

俺は雪乃のことは嫌いじゃない。

むしろ俺はこの子を信頼している。

が、その心を弄ぶような事をしてはいけない。

俺はこいつの想いに応えられないから。

 

少し涙目になる雪乃だったが、目尻を指で摩ると微笑んだ。

 

 

「平塚先生が言ってたルール覚えてる?」

 

「……覚えてるが」

 

「良かった。わたしが勝ったら、貴方には私と結婚してもらうわ」

 

 

雪乃はそう言って微笑む。

この子は諦めが悪い、負けず嫌いだ。

 

万が一にも俺は雪乃との勝負で負けるかもしれない。雪乃は高い能力をもっていて、優秀だ。

そして、簡単に諦めるようなヤワな女じゃない。

だが、この方法が1番いいかもしれない。

この条件を受け入れた上で雪乃に勝てば、雪乃は俺を諦めるかもしれない。

 

 

「ああ、いいよ。その代わり、俺が勝てばもう俺のことは諦めろ。雪乃」

 

「……。うん」

 

 

普段は凛々しい雪乃だが、子供のように頷いた。

 

「それと、一つお願いがあるの」

 

「何だよ」

 

「みんなの前だからと言って、無理にちゃんを付けなくてもいいわ」

 

「変に仲良いと思われても困るだろ」

 

「だって実際、仲良いじゃない」

 

「そうか……」

 

 

雪乃と俺の勝負が、今日ここで明確に始まった。

 

 

 



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五話 生い立ち

評価付与してくださった皆様、ありがとうございます。


 

 

小学2年の頃。学校の書道コンクールで優勝した俺は先生の勧めで書道教室に通うことになった。

俺は別に書道を習いたかったわけじゃないけど、親が乗り気だったし放課後遊ぶ友達もいなかったからとりあえず入ることにした。

今となっては書道教室を紹介してもらえたことは有難いことだし、俺の人生を大きく帰る出来事だった。

 

 

「比企谷八幡です、よろしくお願いします」

 

 

書道教室に入り、書道を習った。

生徒は十人ほどいたが、当時まだ小学2年の俺でも大半の生徒より上手に書くことができた。

 

 

「上手だね君。ね、雪乃ちゃん?」

 

「……うん」

 

 

俺と同い年くらいの女の子を連れた、年上の女の子がそう俺に話しかけてきた。

 

俺と彼女の最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

昼休み。俺は昼食スポットの一つである体育館裏の犬走りで弁当を食べていた。

時折吹いてくる潮風が心地いい。

 

 

「あ、ヒッキー!何してるの?」

 

「なにって、弁当食ってんだよ」

 

「へぇー、教室で食べればいいのに」

 

「お前のとこの三浦たちに目の敵にされてるし、最近流れてる俺の噂くらい聞いてるだろ?とても教室でのんびりできる境遇じゃねえんだよ」

 

「ヒッキーがその……女遊びしてるって話でしょ?……嘘だよね?」

 

「さあな、火の無いところに煙はたたねぇよ」

 

「え、じゃあ……」

 

「信じるか信じないかは貴方次第です」

 

「もうヒッキー、ふざけないで!」

 

決め顔で由比ヶ浜に指を指すと、その指を叩かれた。

痛いな。突き指したらどうするの。

 

 

「で、お前は何しにここに来てんの?」

 

「ゆきのんにじゃんけん負けて、罰ゲームでジュース買ってくることになったんだ」

 

「へぇ、あいつがそんな遊びするとは意外だな」

 

「なんか、勝つ自信無いんだって言ったらすぐ乗ってくれたよ」

 

 

雪乃、お前由比ヶ浜に手玉に取られてるぞ……。

背中を叩いてくる由比ヶ浜をあしらっていると、誰かが近づいてくる気配を感じた。目を向けると、華奢な体をした綺麗な銀髪の生徒。

たしか、こいつはクラスメイトの戸塚彩加だったな。

 

 

「あっ、彩ちゃん!」

 

「こんにちわ、結衣ちゃん、比企谷くん。何してるの?」

 

「いまねー、ヒッキーとおしゃべりしてたんだ!」

 

「そうだったんだ、楽しそうだね」

 

 

しかし、この戸塚は男とは思えないほど綺麗で可愛い顔をしてる。

目が合うと、戸塚は恥ずかしそうに目をそらした。

 

 

「ひ、比企谷くん……その……僕男の子だよ……?」

 

 

そうか。俺が女誑しみたいな噂が立ってるから必然的に俺の視線は下心のあるものと捉えられてしまうんだな。

仕方ないとはいえ、これじゃ女がいる方角に顔を向けれねぇよ。

 

 

「知ってるよ。戸塚は何してたんだろうと思ってたんだよ」

 

「僕の名前、覚えててくれたんだ」

 

「クラスメイトの名前くらい覚えてるよ」

 

「嬉しいなぁ。僕はお昼休みを使ってテニスの自主練してたんだよ、といっても壁当てするだけだけどね」

 

「壁当てでも十分だろ、寧ろ一人でできる練習をしっかり熟す事が大事だ。常に練習パートナーがいるとは限らないからな」

 

「そっかぁ、そう言えば比企谷くん、テニス上手だもんね」

 

「まあ、昔付き合いでやらされてな」

 

「えー意外!ヒッキー運動ダメダメだと思ってたよ」

 

「何言ってるの結衣ちゃん、比企谷くんは去年も今年も体力テストのほとんどの競技で学年一位なんだよ」

 

「え!?そうだったのヒッキー?」

 

「まあな。……そう言えば由比ヶ浜、お前ジュース買いに行かなくていいのか?」

 

「あー!忘れてた!」

 

 

由比ヶ浜は急ぎ足で自販機へと向かい走り去っていった。

 

 

「比企谷くん、よかったら今度テニス教えてくれないかな?」

 

「一緒に練習するくらいなら」

 

「うん、ありがとう!」

 

 

いい子だなこいつ。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「やっはろー!」

 

「元気そうで何よりね由比ヶ浜さん」

 

部室で本を読んでいると由比ヶ浜が遅れてやってきた。

ちなみに何を読んでいるかと言うと大物政治家の自伝だ。何故こんなつまらない本を読んでいるかと言うと、成功者と呼ばれる者たちの生い立ちと人間性を知るためである。

 

ちなみに俺の将来の夢は社長だ。

 

 

「今日はあたしが相談者連れてきたよ!」

 

「よろしくお願いします。あ、比企谷くん」

 

 

由比ヶ浜が連れてきたのは戸塚だった。

大方、テニスの練習に付き合って欲しいとかそんなところだろう。

 

 

「始めまして、戸塚くん」

 

「僕の名前知ってるんだ」

 

「ええ、全校生徒の名前を把握しているから」

 

「そうなんだ、凄いね」

 

「それで相談というのは?」

 

「実は、最近テニス部の内情が良くなくて……今年のキャプテンがやる気のない人で、それにつられてみんな部活に来なくなったり真面目に練習してくれなかったり……でも僕はちゃんとテニスがしたいんだ。だから練習に協力して欲しいんだけど、お願いできるかな?」

 

「ええ、勿論。私たち奉仕部が協力するわ」

 

 

そして奉仕部は、1週間の間戸塚のテニスの練習に付き合うこととなった。

 

 

 



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六話 テニス部の現状

 

 

戸塚彩加強化計画が始まって1日目。

俺たち奉仕部と戸塚は体操着に着替えて、総武高校のテニス場に訪れていた。

放課後なのに、戸塚以外のテニス部員の姿が一人も見当たらない。

 

「本当に誰も居ないな。部員は何人いんだ戸塚」

 

「20人くらいはいるんだけどね。ほとんどの日、誰も来ないよ。一応顧問の先生が来る金曜日だけはみんな来るんだけど」

 

 

そもそも顧問が金曜にしか来ない時点で部活として機能してないよな。

それじゃあサボるのも当たり前だ。

部活の意味がないだろ。

 

 

「とりあえず、体力作りから始めましょう。腕立て伏せ100回、腹筋100回、テニス場100周。まずはこれからね」

 

「え、そんなの無理だよ雪ノ下さん……」

 

 

この学校のテニス場の外周は一周150メートル。

平凡な学生がいきなり100周だなんて、普通に考えて無理だ。

 

 

「やる前から諦めていては何も成し遂げられないわよ」

 

「おい雪乃、無理を言うな。いきなりそんなの無理に決まってるだろ」

 

「これは戸塚くんのやる気を確かめようと思って」

 

「誰しもがお前みたいに強靭な精神力を持ってるわけじゃない、人には人に合ったやり方がある。とりあえず腕立て20回、腹筋20回、テニス場20周。多少キツイだろうが、これなら頑張ればできるだろ」

 

 

雪乃は昔から肺が弱く、体力が無いから有酸素運動が昔から苦手だ。

だから、こういった長時間の運転の過酷さをイメージできないのだろう。

 

 

「うん、頑張ってみるよ!」

 

「よし、じゃあ全員でこのメニューをやるぞ」

 

「え!?あたしもやるの!?」

 

「当たり前だろ。体力作りのいい機会だと思って頑張れ」

 

「うぇー。頑張ろうゆきのん」

 

「私は……」

 

「雪乃は喘息持ちだからあんまり激しい運動はできないんだ。まあついて来れる範囲でやってくれ、無理すんなよ」

 

「ええ、ありがとう……」

 

 

こうして体力作りのトレーニングが始まった。

俺は10分ほどで完走したが、戸塚はまだ12周目。由比ヶ浜に至っては今やっとランニングに入ったところだ。

ちなみに雪乃は、ランニング10周目までは俺の次に早く進めていたが、途中でダウンしてベンチで休んでいる。

 

 

完走するのに戸塚は17分、由比ヶ浜は30分かかった。

走りきった由比ヶ浜は膝をついて倒れる。

しかしよく走りきったものだ。

時間がかかったとはいえ、途中で投げ出すと思ってた。

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……やっと終わった……」

 

「お疲れ由比ヶ浜、これ飲んで座って休んでろ」

 

「ありがとうヒッキー……」

 

 

買ってきておいたスポーツドリンクを由比ヶ浜に渡す。

由比ヶ浜はベンチに座り、スポーツドリンクを勢いよく喉に通した。

 

「ぷはぁ!生き返る〜」

 

 

「じゃあ戸塚、アップがてらラリーでもするか」

 

「うん、お願い!……って、さっきのアップだったんだ……」

 

戸塚と対角線上に立ってラリーを続ける。

やはり戸塚もテニス部なだけ合って、ラリーは問題なく出来るようだ。

 

 

「それで、お前は何を鍛えたいんだ?」

 

「うーん、全部かな……」

 

「全部と言ってもな、どこから教えればいいのか分からない。それこそ身体を鍛えれば根本的なパフォーマンスの向上に繋がるが、短期間で成果を望めるものじゃない」

 

「簡単じゃない、一度比企谷くんと戸塚くんで試合をすればいいのよ。私が戸塚くんの足りてない部分を探すから」

 

「一応言うけどお前の判断ではなく、あくまで戸塚の中で足りてない部分を探すんだからな」

 

「分かっているわ……」

 

 

そして俺と戸塚は試合をした。

大分手加減してやったが、結果は俺のストレート勝ちだった。

 

 

「比企谷くん、本当にテニス上手だね……僕もテニス部なのに……」

 

「落ち込むなよ戸塚、自慢じゃ無いが俺はかなりテニスが強い」

 

 

戸塚はありがとうと微笑むが、やはりどこか悲しそうだ。テニス部ではない俺にここまで実力の差を見せられて、落胆しているのは明らかだった。

 

 

「私が見る限り、戸塚くんはリターンが苦手のようね。体幹の弱さが原因だと思うけど」

 

「たしかに、僕は身体が細いし……」

 

「意識の違いだな、体の動かし方をまだ分かってない。腕じゃ無く体幹を回してラケットを引く、言葉では簡単だが無意識に実行できるようになるにはそれ相応の鍛錬が必要だ」

 

戸塚に正しいフォームと身体の動作を教えて、素振りをさせる。

時折実際にサーブをリターンさせたりして、この日の練習を終えた。

 

 

「みんな、今日はありがとう!久しぶりに充実した練習ができたよ」

 

「いえ、また明日も頑張りましょう」

 

「うん、さよなら」

 

「ばいばい彩ちゃん!」

 

「じゃーな戸塚」

 

 

全員で備品を片付けて、戸塚はテニス場の鍵を返しに職員室へ向かった。

それを見送り、俺たち奉仕部は先に帰る。

 

 

「テニス部の内情は想像以上にひどい状況だな」

 

「一人も部活来ないなんて……ありえないよね」

 

「いくら私たちが戸塚くんの練習に付き合っても、このままでは根本的な問題の解決にはならない。テニス部全体に改革が必要のようね」

 

 

雪乃が核心を突くことを言った。

その通りである。

俺たちがいくら戸塚の練習に付き合ったところで、俺たちが居なくなれば戸塚はまた振り出しに戻されるのだ。

 

 

「適当に近郊に住むテニスのインストラクターかOBを探して、テニス部に指導者として顔を出して貰えば部員も顔を出さない訳には行かなくなるだろ」

 

「でもそれじゃあ、今やる気ない部員はそのまま部活辞めちゃうかも」

 

「たしかに、そうね。……とりあえず、私は家に帰ったら指導に当たってくれそうな人を調べて見るわ」

 

「ああ、頼んだ」

 

「じゃあ私はそれとなくテニス部の人にラインで話し聞いて見るよ!」

 

「ああ、頼んだ」

 

 

……俺は何をすれば良いんだ。

 

 

雪ノ下が迎えの黒いセダンに乗って帰っていった。

……あの人はいないか。

 

由比ヶ浜のバス停の方角と俺の帰路が同じであるから、バス停まで一緒に歩く。

 

 

「そう言えば、ヒッキーとゆきのんって仲良いの?」

 

「藪から棒にどうした」

 

「だってさ、ゆきのんのこと呼び捨てにしてるの、ヒッキーだけだよ」

 

「お互い周りには言ってないけど、実はあいつとは小学校からの知り合いでな」

 

「え、そうだったんだ!いいなー、幼馴染って感じ……でも、知り合いって。友達じゃないの?」

 

「あいつと俺は、とても友人になれるような間柄じゃない」

 

 

少し、俺と由比ヶ浜の会話が途切れる。

バス停に着いたのと同時に、由比ヶ浜が口を開いた。

 

 

「なんか、よく分からないけど色々あるんだね。……ねえ、ヒッキー、良かったら今度どこか遊びに行かない?も、もちろんゆきのんも連れて!」

 

「別にいいけど」

 

「本当に!?約束だよ、ヒッキー!……あっ、じゃあライン交換しよ?」

 

「いいぞ」

 

 

俺は自分のQRコードを由比ヶ浜に見せる。

由比ヶ浜はそれを読み込んで、間も無く俺のラインに由比ヶ浜からのメッセージが入って来た。

 

『やっはろー!』と一言。

俺は由比ヶ浜をラインの友達に追加してやった。それを見て、由比ヶ浜は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「えへへ……。じゃ、じゃあ、後でラインするから!」

 

「おう、じゃーな由比ヶ浜」

 

「うん、ヒッキーばいばい!」

 

 

こうして、俺と由比ヶ浜は連絡先を交換した。

今更だけど、ヒッキーってあだ名、割と酷くないか。

 

まあいいんだけど。

 

 

 



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七話 歪な関係

今回の話はいきなりぶっ飛び過ぎたと思います。
賛否両論あると思います。


 

 

学校からの注意が入りSNSで女を使った小遣い稼ぎが出来なくなった。

隠れて新しいアカウントを作れば済む話だが、この稼ぎ方も潮時だったと言うことだろう。

女から小遣いをもらったり、女を他の男に紹介したり、ハメ撮りを売ったり、結構稼ぎは良かったが。

 

そろそろ新しい金稼ぎを見つけなければならないな。

俺は高校卒業までに五千万程貯めたい。

 

 

自分の部屋のベッドの下に隠してあるダンボール。

そこに俺は貯金を蓄えている。

高校入学と同時にお金を貯め始め、今は

一千万円近いの蓄えがある。

 

10ヶ月程度でこれだけ集める事が出来てたら上出来だろう。

高校を卒業したら起業するつもりだ。

 

 

早朝5時。

ジャージに着替えて、家から出る。

登校前に毎朝1時間走るのが俺の日課だ。

 

いくつか決めてあるコースのうちの一つを走っていると、隣に黒いセダンが並んで来た。

 

俺が立ち止まると車も止まり、スモークフィルムの窓が開き、中から伸びて来た手が俺の腕を掴んだ。

 

 

「ひゃっはろー!おはよう、比企谷くん」

 

「陽乃さん……!」

 

 

 

 

 

まだ20分ほどしか走ってなかったが、陽乃さんに言われて車に乗せられた。

 

 

「久しぶりです、陽乃さん」

 

「久しぶり〜比企谷くん。元気してた?」

 

「はい。……一年ぶりくらいですね、最後にあったのは去年の入学式の日だったっけな」

 

「そーだね。寂しかった?」

 

「はい。……会えて嬉しいです」

 

「あはは!相変わらず可愛いなぁ君は。お姉ちゃんも寂しかったよ」

 

十分程車を走らせていると、車が停まった。運転手の都築さんが降りて来て陽乃さん側のドアを開けたため、俺も自分側のドアを開けて降りる。

 

車から出ると、そこは寿司屋だった。

当然、回らない寿司屋。

ここら辺じゃ1番高い寿司屋だ。

 

 

「じゃあ朝御飯にしよっか」

 

「朝から寿司ですか……」

 

 

陽乃さんに連れられて寿司屋に入る。

自動ドアをくぐるとすぐ隣に大きい生簀があり、鯛や蟹が泳いでいる。

 

「お待ちしておりました、雪ノ下様」

 

ウェイターに連れられて座敷へと連れられて、俺と陽乃さんは机を挟んだ正面に腰を下ろした。

 

 

「こんな急に来なくても、連絡くらいくれれば良かったのに。こんな服装で貴女と外食だなんて」

 

「いいよ気にしないで、ちょっとしたサプライズだと思ってさ」

 

「……なんたって急に会いに来たんですか」

 

「だから言ったでしょ、寂しかったって。なに?嬉しくないの?」

 

「いや、凄い嬉しいけど……」

 

「じゃあ良いじゃない。最近どうしてるかなーって思ってさ」

 

 

そう言って、陽乃さんは見惚れるような綺麗で愛らしい笑顔で俺の顔を見る。

非の打ち所がない完璧な笑顔だが、俺や陽乃さんを良く知る人には分かる。

 

それは由比ヶ浜や戸塚のような純粋無垢な笑顔ではなく、不敵で、影のある、それでいて妖艶。

俺の顔を舐め回すような、そんな視線。

この人は、相変わらずのようだ。

 

予め、全て予約していたようで、大皿いっぱいのフグの刺身と鯛の刺身が運ばれて来た。

 

 

「さあさあ、食べようよ」

 

「じゃあ。……いただきます」

 

 

陽乃さんが食べるのを待っていたが、陽乃さんはフグも鯛も一口食べると全部俺の方へよこして来た。

 

もう食べないんですか?なんて聞くのも野暮だろう。この人は飽き性だからな。

 

 

「……いただきます」

 

「うん、どうぞ。そういえば、雪乃ちゃんと同じ部活に入ったんだって?」

 

「はい、成り行きで。平塚先生っていう人に強制的に入れられました」

 

「ふーん、静ちゃんがねぇ。あの人に、君の名前教えてないんだけどな」

 

「知り合いなんですか?」

 

「私が総武に通ってた時も居てさ、結構仲良かったんだ。今でも偶にご飯食べたりするよ。それで、雪乃ちゃんはどうだった?」

 

「どうって……昔と変わってませんよ」

 

「ふーん、まだあの子も比企谷くんのこと好きなんだ」

 

 

次に来た寿司や刺身も、陽乃さんは少し口を付けるとすぐ飽きてしまうようで、残したものを全部俺に押し付けて来る。

気づけば、俺の前には大量の寿司と刺身が並んでいた。

と言うか、もはや机一杯に魚の山。

軽く10人前はあるだろう。

 

 

「全部食べて♪」

 

「本気ですか……」

 

「うん、食べて」

 

「……分かりました」

 

 

30分ほどかけて、俺は全ての品を食べ終えた。

ただでさえ量が多かったのに生物と来ては更にキツイ。少し吐きそうだ。

 

 

「よしよし、良い子だね八幡。じゃあ帰ろっか」

 

「陽乃さん……少し休ませてください……」

 

「ヤダ。私は早く帰りたいの、早くして比企谷くん」

 

「……はい。分かりました」

 

 

満腹の腹をさすりながら、俺は陽乃さんに手を引かれて寿司屋を後にする。

前払いなのか付けなのかは分からないが、カウンターで料金を払うことはなかった。

 

運転手の都築さんが陽乃さんのために後部座席のドアを開ける。

俺はその反対側に回り、陽乃さんの隣に乗った。

 

 

「美味しかった?比企谷くん」

 

「……はい、美味しかったです」

 

「どのくらい?」

 

「ここ半年で1番、良いものを食べさせてもらいましたよ」

 

「そっ、じゃあ良かった」

 

 

そう言いながらも、俺の言葉には興味なさそうにスマホをいじる陽乃さん。

 

「ねえ、これ見て?」

 

そう言われて、陽乃さんの方をみるとスマホの画面を向けられる。

何かの動画が再生されて、すぐに俺はそれが何の動画か分かった。

 

 

「……勘弁してください」

 

「えー?何が?」

 

「そんな汚いもの、見ないで下さい」

 

「良いじゃん別に。女の子だってこう言うのみるんだよ?もしかして比企谷くん童貞だから知らなかった?」

 

「……許して下さい陽乃さん」

 

 

陽乃さんが見せて来た動画、それは俺がSNSで知り合った女と行為をしているその動画の一つだった。

声も、顔も、俺は何一つ俺の手がかりを出してないのに、陽乃さんは俺を特定したらしい。

 

俺の事を学校にリークしたのは、やはり陽乃さんだったか。

それは何となく察していたが、まさか1週間以上経過したこのタイミングで接触してくるとは思わなかった。

 

 

「陽乃さん、俺は……ぐあっ」

 

陽乃さんの掌が俺の鳩尾に深く突き刺さった。

胃袋の中身が吐き出されないように、俺は必死に堪える。

 

 

「私の許可なしに、勝手なことしないで?」

 

「分かりました、もうしません」

 

「当たり前でしょ」

 

もう一度、陽乃さんは俺の胃袋を抉るように指を深く突き刺して来る。

思わず胃の中身を吐き出しそうになり、俺は上を向いて口を塞いで、逆流して来たものを無理やり飲み込む。

 

 

「君は、これからどうやって私を楽しませてくれるの?教えて?」

 

「……貴女が望むなら、俺は……俺は貴女が望むなら、貴女のための国を築きます」

 

「あはは、何それ」

 

 

鼻水とヨダレを垂れ流す俺を、陽乃さんは抱きしめて頭を撫でる。

俺の顔に陽乃さんの髪が触れて、その綺麗な髪が俺の体液で汚れてしまう。

 

 

「許してあげる、八幡」

 

歪な関係だ。こんなの普通じゃない。

けど、心地いい。

俺はこの人のそばにいたい。

 

俺が陽乃さんを抱きしめ返そうとしたところで、陽乃さんは俺を突き飛ばして離れてしまった。

外を見ると、ちょうど俺の家の前で車が止まった。

 

 

「6時30分か……ごめんね、時間取らせちゃって」

 

「いえ……全然。楽しかったので」

 

「え、本当に?ドMなの?」

 

「……陽乃さんがドSなんでしょ」

 

「あはは、そうかもね。じゃあ、また遊ぼうね比企谷くん」

 

 

そう言い残して、陽乃さんは窓を閉める。

そして陽乃さんを乗せた車は走り去っていってしまった。

まさしく、嵐のような人。

その言葉がよく似合う。

 

玄関脇にある水道で顔を洗い、玄関を開ける。親父とお袋はすでに仕事に向かっていて家にはいないようだ。

 

ドタドタと走る音が騒がしく聞こえて来て、勢いよくリビングのドアが開くと、パンを片手に持った妹の小町が現れて、出迎えてくれた。

 

 

「今日は随分遅かったね、お兄ちゃん」

 

「ああ、いや……クラスメイトのテニス部のやつから練習に付き合って欲しいと頼まれててな。その為のメニューを試してたら遅れた」

 

「ふーん。……あ、そういえばなんか手紙届いてたよ?差出人の名前は書いてないけど」

 

「学校からじゃねぇかな、見せてみろ」

 

 

俺は小町から手紙を受け取り、自室へと向かう。

封筒を開けると、其処には一枚の手紙が入っていた。

 

『女の子を悲しませた罰です。明日までに私の口座に800万円振り込んでね♡

出来なかったら貴方とは縁を切ります』

 

 

陽乃さんからの手紙だった。

800万……俺が一年をかけて貯めた金のその大半。

 

これも、あの人なりのヤキモチか……。

捻デレめ。

 

 

 

 



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八話 努力の成果

誤字の報告ありがとうございます。



 

 

 

戸塚のテニス練習協力最終日。

最初と比べたら、ほんの少しではあるが戸塚はテニスが強くなった。

俺や雪乃といった実力者とプレーすることでその環境に少し適応して実力が上がったのだろう。

 

 

「由比ヶ浜、上手く話したか?」

 

「う、うん!大丈夫……たぶん」

 

……不安になってきた。

打ち合わせ通りことが進めば良いが。

 

今は昼休み中の練習だが、訳あって雪乃には部室で待機してもらっている。

 

 

「じゃあ取り敢えずリターンの練習するか」

 

「うん、お願い比企谷くん」

 

「由比ヶ浜、お前も一応軽く走っておけ」

 

「うん、分かったよ」

 

由比ヶ浜は、俺に言われた通りテニスコートの外周を走り始めた。

 

 

「戸塚、よく攻撃は最大の防御と言われるが、それは違う。現実は高い防御力があってこそ攻撃力が発揮できるんだ。この話は何回もしたよな?」

 

「うん」

 

「だからまずは堅実なディフェンスを習得する必要がある。結構良い動きができてるからその調子で今日イメージを固めよう」

 

 

戸塚は俺に言われた通りに、ステップとラケットを引く動作の練習を繰り返す。

今の戸塚なら地区大会入賞くらいなら出来るだろう。

 

その時、テニスコートのフェンスが開かれ、誰かがテニスコートに入ってきた。

 

 

「まじでテニスしてんじゃん。あーしらも混ぜてくんない?」

 

 

現れたのは三浦とそのご一行だった。

走っていた由比ヶ浜の方を見ると、目が合ってこっちに戻ってきた。

 

 

「あー、悪いけど部外者は使用禁止なんだ。また今度にしてくれ」

 

「うわヒキオ……。部外者って、あんたテニス部じゃないでしょ?アンタだって部外者じゃん」

 

「テニス部の戸塚に練習に付き合って欲しいと頼まれたから顧問の許可を取って使ってるんだよ。使いたいなら許可取ってきてくれ」

 

「は?めんどくさいし。てかいいじゃん、あーしこう見えて中学の時県大会出てっからね。ヒキオより断然テニスうまいから」

 

 

三浦が腕を組んで、高圧的に俺をにらみながら鼻で笑った。

県大会出てんのか。見た目によらず凄いじゃないの。

 

 

「まあまあ、優美子もヒッキーも落ち着いて!」

 

「結衣〜、あんたもこいつ説得してくんない?」

 

「ちょ、ちょっとだけならダメかな?ヒッキー?」

 

由比ヶ浜、こいつ演技下手くそだな……。

嘘つけないタイプの人間なんだろう。

 

 

「いや、でもだなぁ……」

 

 

俺が再び反対しようとすると、俺の前に葉山隼人が割って入って来た。

 

 

「ここはどうかな、テニスで勝負して、その勝敗でテニスコートを使っていいかどうか決めるっていうのは?」

 

「そんな事してたら昼休み終わるだろ」

 

「そ、そうだけどさ……」

 

提案してきた葉山だが、俺に突っ込まれて苦笑いする。

が、しかし俺と由比ヶ浜が狙っていたのは葉山のこのセリフだ。

あらかじめ、由比ヶ浜にはそれとなくテニスの練習をしてることをグループで話してもらい、三浦たちがテニスコートに訪れるよう誘導してもらったのだ。

 

 

「いいじゃんヒッキー、彩ちゃんの実力を試すいい機会じゃない?」

 

「ああ、確かに。大丈夫か戸塚?」

 

「うん、僕は大丈夫だよ!比企谷くん達以外との試合なんて久しぶりだし、助かるよ」

 

「なに?試合?面白そうじゃん、やるしかないでしょ」

 

 

既にノリノリの三浦。

三浦はテニス部の備品のテニスラケットを手に取り、葉山もそれに続いた。

 

「じゃあダブルスでいいっしょ?こっちはあーしと隼人で組むから、そっちはヒキオと誰?まあヒキオなんかとくんでくれる人いないでしょ」

 

笑いながらいってくる三浦だが、俺はラケットを二本とると戸塚と由比ヶ浜にら手渡した。

 

「いや、お前らの相手は俺じゃなくて戸塚と由比ヶ浜だ」

 

「え!?ちょっとヒッキー!?」

 

「結衣、あんたテニスできんの?」

 

「ちょ、ちょっとだけなら……1週間だけやったから……」

 

「1週間?そんなんであーしに勝てる訳ないじゃん。断れば?」

 

由比ヶ浜は弱々しい視線を俺に向けてくる。同じグループの人間だ、流石にここで対立させる理由はないか。

 

変わってやろうかと、俺がラケットを手に取ろうとした時、由比ヶ浜が急に自分の頬を両手で叩いた。

 

「やるよ!あたしだって、この1週間彩ちゃん達と頑張ったんだ!その努力の成果を見て欲しい!」

 

「へぇ。……泣いても知らないかんね」

 

こうして、戸塚と由比ヶ浜VS葉山と三浦の試合が始まった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

体操着に着替えて、由比ヶ浜タッグと三浦タッグがコートに立つ。

審判は俺が務めた。

 

由比ヶ浜と三浦がジャンケンをして、勝った三浦側がサーブすることになった。

 

 

「んじゃ行くかん、ねっ!」

 

三浦のサーブがまっすぐ伸びていく。

経験者、それも県大会レベルなだけ合ってなかなかの打球が伸びていく。

 

だが、しっかり打球に反応した戸塚が、サービスリターンを返す。

もともとリターンが苦手だった戸塚が、三浦の上質なサーブをしっかり返した事から戸塚の成長が見て取れた。

 

 

しかし、前衛の葉山が由比ヶ浜とは逆の方向にボールを落とし三浦チームに得点が入った。

 

その後も必死に食いつく戸塚と由比ヶ浜だが、三浦達が着実に点を取っていく。騒ぎを聞きつけて見物に来た生徒の数と比例するように点差も広がっていく。

 

 

そして、気付けばゲームセット目前になるまで、戸塚と由比ヶ浜は追い詰められてしまった。

 

 

「意外とやるじゃん、驚いたよ結衣」

 

「うん、普通に上手いよ二人共」

 

 

三浦と葉山が、由比ヶ浜と戸塚を認めるようにいうが、ここまで実力差が開いていると嫌味に聞こえてしまう。

 

数十人規模で集まった観衆は、全員葉山達を応援している。このムードも、由比ヶ浜達の精神的なスタミナを大きく消耗させていた。

 

 

「ふっ!」

 

三浦の鋭いサーブが伸びていく。

必死に追いついた戸塚が、どうにかそれを弾き返した。

だな、その打球に力は無い。

緩く浮かび上がったボールを、三浦が強烈なストロークで返す。

追いつこうと走る戸塚だが、追い付けず勢いよく転けてしまった。

 

 

「うぅ……」

 

「彩ちゃん大丈夫!?」

 

転けた戸塚に、由比ヶ浜が駆け寄る。

俺も近くに行ってみると、戸塚の膝が擦りむけて血が出ていた。

結構強く擦ってるな。それにだいぶ疲れてるようだし、これ以上は厳しいな。

 

 

「由比ヶ浜、保健室に行って医療箱を持って来てくれないか?」

 

「で、でも試合は?」

 

「俺に任せろ」

 

「うん、分かったよ!」

 

 

由比ヶ浜は、医療箱を取りに保健室へと向かい走って行った。

……お前まで転ぶなよ。

 

由比ヶ浜の背中を見送ってから、戸塚を姫さま抱っこして審判台まで連れて行ってやる。すると、三浦グループの海老名という女子が、興奮気味に鼻血を流して倒れてしまった。

 

「戸塚、審判を任せていいか?」

 

「うん、大丈夫だけど……比企谷くんは?」

 

「選手交代だよ、こっからは俺がこいつらの相手をしてやる」

 

 

俺はテニスラケットを持って、戸塚達が立っていたコートに入る。

 

 

「やっとお出まし?つっても、これじゃあ試合どころじゃ無いでしょ、あんたのパートナーいないじゃん」

 

「少し待ってろ、今に来る」

 

 

俺がそう言うと、コートの入り口を開けて一人の少女が現れた。

綺麗で長く伸びた黒髪と透き通るよう白い肌。

テニスウェアが良く似合う綺麗な顔。

 

満を持して、雪ノ下雪乃のお出ましだ。

 

 

「比企谷くん、あたしの助けが必要のようね?」

 

「へぇ、雪ノ下さんね」

 

 

目に見えて、三浦の敵対心がむき出しになる。

俺と雪ノ下、三浦にとっては目の敵を二人同時に相手できるチャンスだろう。

ギラギラとその瞳に、隠し切れない闘志の炎が見えている。

 

 

「ポイントは引き継ぎでいいっしょ?」

 

「ええ、構わないわよ。私たちが負けるはずないもの」

 

「その自信、へし折ってやるし!」

 

 

 

俺と雪乃、葉山と三浦の試合が始まってから約10分。

由比ヶ浜は救急箱を持ってきて、戸塚は傷の治療を終えている。

 

俺と雪乃はあっという間に葉山達と同点まで追いついていた。

 

 

「な、なんなんあんたら……!?」

 

「やばいな優美子。俺たち、完全に力負けしてるよ」

 

 

結果こそ見れば俺と雪乃の圧勝だが、内容はそこそこ接戦している。

観衆のボルテージは最高潮だ。

 

 

「負けるわけにはいかないもん!これで決めるしっ!」

 

三浦の渾身のサーブ。今日1番の球威だ。

長時間の運動で疲れが出始めていた雪乃だが、持ち前の運動神経でそのサーブを弾き返してみせた。

 

「どりぁー!」

 

三浦がストロークを返して来るが、その打球を完全に見切った前衛の俺はそれをスマッシュで叩き落とそうと一歩足を踏み出す。阻止しようとブロックに入って来る葉山だが、葉山の進行の反対方向にボールを落とせば良いだけだ。

 

俺と雪乃の勝ちが確信したと思われたその時、昼休み終了のチャイムが鳴る。

俺は敢えてスマッシュを撃ち込まず、テニスボールをキャッチしてそのボールをボール籠に放り投げた。

 

 

「引き分けだな葉山」

 

「わざとトドメを決めなかったな。……正直負けるよりも屈辱的だよ、比企谷」

 

「お前のとこの女王様のいい暇つぶしにはなっただろ。それに、今回はお前達に感謝してるよ。結果はまだ分からないけどな」

 

「よく分からないが、何か企んでいたんだな。あまり優美子を虐めないでくれよ、あれでいて結構打たれ弱いんだ」

 

「そんなつもりはねぇよ……」

 

 

葉山達と、試合を見物していた生徒たちは帰っていく。

俺と雪乃と由比ヶ浜と戸塚は、備品などを片付けてから教室に戻った。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

休日が開けた月曜日の放課後。

奉仕部の活動時間が終わり、テニスコートの近くに俺たち奉仕部は立ち寄った。

 

テニスコートには5人ほどではあるが、戸塚以外のテニス部員が来ていた。

雪乃が探し出した総武卒業生のテニスコーチを指導員として学校に紹介したところ、平塚先生が話を付けてくれて来週から指導員としてテニス部に顔を出す事になったらしい。

 

「何人かだけど、ちゃんと来てるじゃん」

 

「この前の葉山達との試合を見たテニス部員の何人かが、戸塚の頑張りに胸を打たれたんだろ」

 

「何はともあれ、問題の解決が上手くいったなら良かったわ。……ところで、今回は誰の勝ちになるのかしら」

 

「ゆきのん、誰の勝ちって?」

 

「平塚先生が私と比企谷くんに勝負を持ちかけたのよ。より多くの問題ん解決できた方の勝ちというルールのね」

 

「なにそれ、あたしも混ざりたい!」

 

「やめておけ由比ヶ浜、万が一にもお前の勝ち目はない」

 

「ひどっ!」

 

 

コートの近くで騒いでる由比ヶ浜の声が耳に入ったのか、戸塚が駆け寄って来た。

 

「みんな!どうしたの?」

 

「お前が上手くやれてるかどうか見に来たんだよ。上手く行って、良かったな戸塚」

 

「ううん、奉仕部のみんなのおかげだよ。ありがとうね、八幡」

 

「八幡?」

 

「う、うん……名前呼び……ダメかな?」

 

「別にいいよ」

 

「うん!ありがと、八幡!」

 

 

そう言って微笑んだ戸塚は、部活の練習へと戻って行った。

 

それを見届けて、俺たちはテニスコートを後にして帰路についた。

 

 

 



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九話 葉山のグループ

誤字報告ありがとうございます。


 

 

戸塚の依頼を解決してから1週間ほど経ったある日。いつものように、以来の来ない奉仕部の部活で本を読んでいると。

珍しくドアがノックされた。

 

 

「あ、お客さん!どうぞー!」

 

由比ヶ浜がそう声をかけると、ドアが開かれて、訪れたのは葉山隼人だった。

 

 

「依頼を頼みたいんだけど、いいかな?」

 

「……断るわ」

 

「え、ゆきのん?」

 

「雪乃ちゃん……」

 

「気安く名前で呼ばないでくれるかしら葉山くん」

 

「ご、ごめん。雪ノ下さん」

 

 

おいおい、穏やかじゃないな……。

葉山隼人。確かこいつ、雪ノ下家の専属弁護士の息子だろ。

それで陽乃さんと雪乃と、子供の頃から交友あるって昔聞いたな。

何にしても、雪乃とこいつの間で何かあったことは明白だ。

 

 

「話くらい聞いてやってもいいんじゃないか?」

 

「誰にでも、関わりたくない人の一人くらいいるでしょう。こちらにも相談者を選ぶ権利があるはずよ」

 

「言っちゃ悪いが雪乃、お前が人のこと言えた事じゃないぞ」

 

 

雪乃は俺が奉仕部に入った経緯を思い出したようで、少し不貞腐れているが葉山の相談を聞くことにしたようだ。

 

 

「実は最近、クラス内で悪い噂が回ってるんだ」

 

「あ〜……」

 

同じクラスの由比ヶ浜は、葉山の話にすぐ勘付いたようだ。

ちなみに俺も同じクラスだが、なんの話だか全くわからん。

 

 

「そう。その噂の内容というのは?まさか比企谷くんが女癖の悪いスケコマシだという話じゃないでしょ?」

 

「それもあるんだけど、今回はまた別の噂なんだよ。俺の友人の戸部と大岡と大和に関する噂がツイッターとかラインで拡散されてて、この噂を止める方法を一緒に考えて欲しいんだ」

 

「簡単じゃない、噂の出所を特定して潰せばいいだけよ」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

「そうじゃなくて、なに?噂の根源が無くならない以上、止むはずないでしょ」

 

雪乃に押されて言葉をかき消されてしまう葉山。由比ヶ浜もどこか表情が暗い。

自分たちのグループの話だ、あまりいい気分はしないだろう。

まあ雪乃の言ってることは正しいんだけどな。

 

 

「葉山は噂を流してる大元を特定した時の事を危惧してんだよ。もし噂を流してる奴がこいつの取り巻きの一人だったとしたら?それこそコイツのグループは崩壊する」

 

「ありがとうヒキタニくん、彼のいう通りなんだ雪ノ下さん。」

 

「それにしてもヒッキー、よくそんな事が分かったね」

 

「俺も昔、同じ様な事をして邪魔なグループを潰した事があるからな」

 

「ヒッキー……」

 

由比ヶ浜がドン引きした表情で、ジト目で俺を睨む。

 

 

「けれど、犯人を特定する以外に噂を止める方法なんてあるのかしら」

 

「とりあえず、俺と由比ヶ浜でクラスの様子を観察してみるわ」

 

「ええ、それが良いわね。

じゃあ明日から早速はじめましょう」

 

「ありがとう、よろしく頼むよ」

 

 

こうして、葉山グループの観察をすることになった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

次の日、早速俺と由比ヶ浜はそれぞれ葉山の取り巻きの観察を始めた。

普段通り誰かの恋愛事情だのなんだので盛り上がる葉山と、戸部と大岡と大和。

 

……まあ、犯人は大和だろうな。

大岡ってやつは五月蝿いし、ずる賢そうに見えるが実際はただのバカだろう。

戸部は生粋の葉山信者だからグループの崩壊は望んでいない筈だ。

 

そして大和。コイツの噂の内容は三股の女誑し。コイツの噂は俺の噂と微妙に被っているからインパクトが薄い。

それでいて男にとっては複数の女を侍らす事はステータスだ。

 

こいつは口下手だから、お喋りな戸部と大岡の中では霞んでしまう。

その事から、どちらかをグループ内から排除して自分の立場を確保したかった。

 

そんな所だろう。

 

……が、今回の依頼は平和な解決だ。

犯人を吊るし上げる事が目的じゃ無い。

 

 

「じゃあちょっと俺、職員室に用があるから」

 

そう言っては葉山は、俺と目を合わせて廊下に出て行く。

葉山の取り巻きたちの様子は……ああ、なるほどね。

 

 

「なんか分かったか?ヒキタニくん」

 

「ああ、だいたいはな。犯人と、平和な解決方法までなら」

 

「平和な方を教えてほしいな」

 

 

廊下を歩きながら話していると、後ろから由比ヶ浜も追ってきた。

 

 

「やっぱり二人で話してたんだ。ごめん、あたしじゃ何も分からなかったよ」

 

「いや、俺がもう解決策を考えたから大丈夫だ」

 

 

クラスから離れた廊下の窓際で、俺たち3人は足を止める。

 

 

「まあ単純に言えば、あいつらは葉山のグループって事だ」

 

「……うん、そうだな」

 

「何当たり前のこと言ってるのヒッキー……」

 

「はぁ。だから、アイツらは葉山ありきのグループなんだよ。

葉山がいる時こそ楽しそうに喋りはするが、葉山がいない時のあいつらは会話一つ無い様子だった。

あの3人自体は仲良くないってことだ」

 

 

俺がそういうと、由比ヶ浜は納得した様で、頷いた。

 

 

「たしかに、分かるかも」

 

「本当か?結衣」

 

「うん、あたしも昔そういうのあったし……それに隼人くんいない時の3人たしかにテンション低いかも」

 

「そうか……3人にも仲良くなって欲しいんだが……」

 

「それならいっそのことお前からあの3人を一度引き抜けばいい。3人で話すしか無くなればそれなりに仲良くなるだろ」

 

「でも、難しいよね。グループをいきなり抜けるなんて。ましてやリーダー的存在の隼人くんならなおさらだよ」

 

「それは葉山のやる気の問題だ。俺は頼まれた通り、俺なりの解決策を提示しただけだからな」

 

「そうだね。俺も、できるだけの事はしてみるよ」

 

「ああ、頑張れよ。じゃあ先に戻るわ、一緒に教室戻ったら不自然だからな」

 

 

まあ葉山の器量なら上手くやれるだろう。

しかし、本当に大事にしたいグループなら、組織が崩壊する様な事を起こす奴をグループ内においとくべきじゃないと思うけどな。

 

 

 

ーーー

 

 

 

翌日、俺は職員室に呼び出されていた。

もちろん平塚先生に。

いつだかにも来た職員室で、平塚先生の正面に腰を下ろす。

 

 

「それで、職場見学の場所は決まったか?」

 

「いえ」

 

「なんだ、まだ決まらないのか?」

 

「いや、家です」

 

「いえってそっちの家かよ!はぁ、家でどうやって職場見学するというのだ。まさかヒモになりたいからとか言わないだろうな?」

 

「違いますよ。俺は高校卒業したら起業するつもりなので職場見学なんか行くより家で経営学でも学んだ方がよほど有意義です」

 

「ほう、起業か……意外と野心家だなお前は。なら、起業しようと考えてる分野の職場に見学に行けばいいじゃないか」

 

「行ったところでたいした話聞けないでしょ。向こうは未来の労働者としてしかこっちをみてないんだから、足しになる様な話は何も聞けないですよ」

 

「しかし、労働者の心を知らずには良き経営者にはなれないぞ」

 

「いや蛇足でしか無いです、低賃金で数年間を潰したく無い。……それに、俺は何が何でも若いうちに成功者になる必要があるんです。それこそ十年……五年以内に結果を出さなければならない」

「はぁ。……まあお前がどういった野望を持っているのか知らんが、学校側として職場体験に向かわせないわけにはいかないんだ。適当に無難な場所を見繕っておけ」

 

「あぁ、家が良かったのに」

 

「おい、本音が出てるぞ!まったく真剣な表情で語っておいて建前か?」

 

「まさか。本気ですよ」

 

「まあいい。それと、3人一組の班での行動になるからお前も何処か空いてるところに入っておけよ。そもそも、お前が自宅を選択するならお前は同じ班のクラスメイトを連れて家に行くことになるがな」

 

「俺の家は一見さんお断りなので他の二人には帰ってもらうまでです」

 

「この減らず口が。とりあえず、放課後までに決めておいてくれ」

 

「分かりましたよ」

 

 

職員室から出て、俺は教室に向かう。

教室について自分の席に座ると、どうやらもう職場体験の班決めは始まっているようで、葉山グループも何やら話し合っていた。

 

「3人か……」

 

「四人じゃダメなんかな?先生に聞いてみっかな」

 

「えー、俺隼人くんと同じ班がいいぜぇー」

 

葉山の取り巻きの3人は突然、自分がグループから漏れないように必死だろう。

 

「ごめん、俺他に組む人いるんだよね」

 

「え、隼人くん!?」

 

葉山は3人をおいて俺の方に向かってくる。そして俺の前の席に腰かけた。

まあ、ああすれば必然的に、あの3人で班を作ることになる。

葉山なりに考えた結果なのだろう。

 

 

「これでどうだろう、3人で仲良くしてくれるかな」

 

「さあな、分からん」

 

「ところで比企谷、班は決まったか?」

 

「いや、決まってない」

 

「そうか、じゃあ一緒に組もう」

 

「俺とお前が接触するたび、お前のとこの女王様はご機嫌斜めのようだが」

 

三浦の方を見ると、俺と葉山が話しているのを見て明らかに不満げな表情を浮かべていた。

 

 

「ははは、まあ大丈夫だよ」

 

「お前がいいなら良いけどよ」

 

 

葉山グループの3人の方を見ていると、どうやら3人で班を組むことに決めたらしい。

3人が班のメンバーを黒板に書き出しに行ったのを見ていると、それ遮るように誰かが視界に割って入って来た。

 

 

「八幡!」

 

「戸塚、どうした?」

 

 

戸塚彩加。

こいつとは、テニスの練習に協力して以降たまに話をすることがある。

というか戸塚が話しかけてくるから俺はそれに適当な返事をしてるだけだ。

 

 

「八幡、よかったら職場見学で一緒の班になりたいんだけど……もしかして、決まっちゃった?」

 

「いや、俺と葉山で組んでてあと一人空いてたとこだよ」

 

「ほんと?じゃあ混ぜてもらってもいいかな?」

 

「いいぞ」

 

「やった!」

 

「よろしく、戸塚くん」

 

「うん、葉山くんよろしくね。……でも、意外だよ。葉山くんと八幡が班を組むなんて」

 

「逆に俺と組んで、意外って言われない奴なんか居ないよ」

 

「そうでもないだろ。雪ノ下さんや、結衣はヒキタニくんと組んでても違和感ないと思うよ」

 

「たしかに、僕もそう思う。それに、僕だって八幡と友達でしょ?」

 

「友達か。高校生活始めての友達だわ」

 

 

 

 



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十話 ノンアルコール

誤字の報告ありがとうございます。


 

 

ある日の放課後。

今週はテスト期間のため学校が早く終わり、もちろん部活も休みである。

 

テストなんか家で少し予習するくらいで良い成績を取れるが、トップを取るにはやはり相応の復習が必要である。

学校帰り、塾に行く前に軽く何か食べようと立ち寄ったミスタードーナツで、見知った顔を見つけた。

 

 

「よお、何してんの」

 

「あ〜!ヒッキー!人の誘い断っておいて何言ってんの!」

 

 

テーブル席に座る、雪乃と由比ヶ浜と戸塚。

ああ、そう言えば放課後何処か行かないかと奉仕部のライングループに由比ヶ浜からメッセージが入ってたな。

最初は無視して居たが、あまりにもしつこいから塾に行くと断ってた。

 

 

「いや、塾行く前にちょっと腹拵えしようと思ってな」

 

「折角だから一緒に食べようよ八幡」

 

俺は戸塚の隣に座った。因みに由比ヶ浜と雪乃は隣に座っている。

 

3人は勉強会をしているようだ。

しかし、由比ヶ浜は乗り気じゃない。

 

大方、遊ぶつもりで雪乃を誘ったものの雪乃の提案で勉強会をすることになったんだろう。なぜテスト期間中に学年トップの秀才が遊んでくれると思ったんだ。

雪乃なんて、絶対毎日3時間くらいは自宅勉強してるだろこいつ。

 

俺は週に一度塾に通うぐらいで、自宅学習は一日1時間程度だ。

そもそも塾に通っているのだって、スカラシップ制度を利用して小遣い稼ぎをするためだし。

テスト期間が近くなれば学習時間を増やすけど、普段はあんまり勉強はしない。

 

 

「俺は食うもの食ったらすぐ行くよ。

塾の時間は特に決まってないけど、遅くなると混むからな」

 

「塾なんかより、私と勉強した方がよっぽど有意義だと思うけれどね。貴方にとっても、もちろん私にとっても」

 

「お前と勉強なんて、学校より面倒くさいから嫌だ。そーいやお前は塾とか行ってんの?」

 

「いいえ、通ってないわ。自分で考えてこそ意味があるのよ」

 

「お前らしいな」

 

 

雪乃と話していると、由比ヶ浜が割って入って来た。

 

 

「むー、また二人だけで話してる」

 

「お前も勉強して頭良くなれば俺たちの会話についてこれるぞ」

 

「そういう問題じゃないよ〜」

 

由比ヶ浜は机に突っ伏して項垂れる。

本当、勉強嫌いだなこいつ。

 

 

「あれ、お兄ちゃん?雪乃さんも」

 

その声が耳に入った瞬間に誰の声か分かったが、声の方に目をやると、やはりそこには小町がいた。

隣には同級生らしき男の姿があった。

 

 

「おい、誰だそいつは」

 

睨みを効かせると、小町の同級らしき男は苦笑いした。

 

 

「この人は他校の友達の大志くん、ちょっと相談に乗って欲しいって言われただけだよ」

 

 

小町は雪乃の隣に、大志は俺の隣で身体を縮めてちょこんと座っている。

 

 

「はじめまして、比企谷小町です。兄がいつもお世話になっています」

 

「ヒッキーの妹さんかぁ。あたしは由比ヶ浜結衣です!よろしくね」

 

「僕は戸塚彩加です、よろしく」

 

「お二人とも、よろしくです」

 

 

小町は、由比ヶ浜と戸塚と自己紹介を終えたようだ。

そして小町は、雪乃に視線を移した。

 

 

「ていうか、驚きましたよ。雪乃さんとお兄ちゃんがまた遊んでるなんて」

 

 

小町は俺と雪乃が昔交友があったことを知っている。というか小町も俺の後追いで同じ書道教室に通っていたから小町も雪ノ下姉妹と交友があった。

もちろん、小町は俺と彼女たちの関係も知っている。

 

「同じ部活になってな。今日は偶々会ったから少し相席してただけだよ」

 

「ふーん。あ、お兄ちゃんこれちょーだい!」

 

「あー!おい、最後に食べようと思って取っておいたんだぞ……」

 

「しょーがないじゃん、小町もこれ好きなんだもん」

 

「全然しょうがなくねぇよ」

 

 

小町は俺が取っておいたポンデリングをペロッと平らげてしまった。

イラっときたが、たかが100円程度だしそれに小町は可愛いから許す。

 

 

「大志くん、ちょうど良い機会だし相談聞いてもらったら?ここにいる人全員総武高校の人だよ」

 

「う、うん。実は最近僕のお姉ちゃんが帰り遅くて……毎日夜中に帰ってくるし、酷い時には朝まで帰ってこない日もあって。それでお姉ちゃんが総武高校に通ってるから、みなさん何か知ってないかなと思って」

 

「で、姉ちゃんの名前は?」

 

「川崎沙希って言うんす……」

 

「ああ、同じクラスだ。でも俺はあまり交友がないから由比ヶ浜か戸塚の方が詳しいかもな」

 

「うーん、沙希ちゃんかぁ。ちょっとしか話したことないけど、それに誰かと話してるとこあんまり見たことないかも」

 

「たしかに、僕も川崎さんが誰かと話してるところあんまり見たことないな」

 

「なんだ、俺と認識変わらないのかよ。まあボッチでは無いだろうが学校生活に期待してないんだろう。自分から友人を作る努力をしてない感じだな」

 

「やっぱりそうすか……姉ちゃん、無愛想で昔から友達少ないんで……」

 

「で、学校の様子からじゃあんま分からないだろ。何か心当たりないのか?」

 

 

そう問いかけると、大志は少し悩みこんでから顔を上げた。

 

 

「塾っすね。姉ちゃんはずっと通ってたんですけど、僕も受験のために通い始めてから……」

 

「じゃあ、バイトじゃないの?」

 

由比ヶ浜が言う。その通りで、バイトでもしてるんだろう。だが、大志だってそんなことは分かってるはずだ。

問題は夜中にいなくて朝まで帰ってこない所にある。

 

 

「要は、姉ちゃんが変な店で働いてないか不安ってことだろ?」

 

「そうです!さすがお兄さん」

 

「お兄さん?お前それ俺のこと言ってんのか?」

 

「は、はい!」

 

クソガキめ。お前なんかに小町はやらん!

由比ヶ浜と戸塚は、大志の悩みに納得したように頷いていた。

 

 

「でも、家族がそんな事してたら確かに気になるよね。あたしもパパ帰って来るの遅くなったら不安になるし」

 

「うん。僕もお姉ちゃんがいるから分かるよ」

 

「取り敢えず、話は聞いたわ。奉仕部として協力しない訳には行かないわね。とは言っても、今日は忙しいから明日からにしましょう」

 

雪乃が言う通り、今日は俺も塾がある。

その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

翌日から俺たちは川崎の調査を始めた。

まず分かったことは、やはり川崎は交友関係が薄い。

あまり、友達を必要としないタイプの人間なのだろう。

 

そして二つ目、制服を改造したりと割と不良生徒であった。

不良で毎晩出歩く女……普通に考えればろくなことやって無さそうだが……。

 

実際、俺が裏垢を通じて出会ってた女には、現実の孤独感を埋めるために売りをしてるやつも多かった。

 

その日の放課後、俺たちは小町と大志と再び呼び寄せて、作戦会議を開いた。

 

場所はもちろん、サイゼリヤ。

 

 

「そう言えば、バイト先に心当たりとかないのか?電話掛かってきたとか」

 

「そう言えば、昨日姉ちゃんのバイト先から電話掛かって来たっす……エンジェルなんとかって店なんすけど」

 

 

調べると、この付近にエンジェルとつく店は二つあった。

一つはメイド喫茶、もう一つはバー。

 

 

「この二つを取り敢えず回ってみるか」

 

「でもどうしましょう、どちらから調べる?」

 

「メイド喫茶の方でいいだろ、ちょうど知り合いに詳しい奴がいる」

 

 

そして電話一本で呼び出しに応じたの材木座だ。

相当暇だったようで、一つ返事で呼び出しに応じてくれた。

 

 

「んじゃ入るか」

 

俺と戸塚と材木座と大志と、

雪乃と由比ヶ浜と小町。

 

こんな大所帯の学生がメイド喫茶に来ることなんてあるのだろうか。

 

まだ早い時間帯だからか客は少ない。

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様♡」

 

メイドのコスプレをしたウェイトレスが出迎えてくれた。

なにやら女性客にはメイドコスプレの体験があるらしく、雪乃と由比ヶ浜と小町はコスプレをするために店の裏へと入って行った。

それはシフト表を見て川崎の名前を探してもらう目的も兼ねている。

 

 

「しかしお兄さん、総武高ってレベル高いっすね?」

 

「お兄さんと呼ぶな。レベル高いって、偏差値の事か?」

 

「顔面偏差値の方ですよ」

 

「如何にも、我らが総武高校はエリートの集まりだ」

 

 

たぶん、お前には言ってねえよ材木座。

それに雪乃と由比ヶ浜は総武高校の中でもかなりレベル高い方だし。

雪乃に関しては今の総武高校じゃ一番綺麗だろう。

 

 

「でも確かに、可愛い子多いよね。特に雪ノ下さんと結衣ちゃんは人気だし」

 

「そ、そう言う戸塚さんも、可愛いっすよ」

 

「大志、戸塚は男だ」

 

「……え!?」

 

驚くよなそりゃ。俺も最初は学級名簿の性別が間違って記載されてるのかと思ってたし。

普通に男子トイレ入ってるのを見て男だって分かったけど。

 

 

「ご、ご主人様」

 

メイドのコスプレに着替え終えた小町たちが戻ってきた。

コスプレか、よくやったな俺も。

 

 

「じゃじゃーん、お兄ちゃん可愛い?」

 

「ああ、よく似合ってるよお前ら」

 

「ほんと?ヒッキー」

 

「いちいちそんな嘘つかねぇよ」

 

「……少し恥ずかしいわね」

 

 

事実、よく似合っている。

メイド喫茶で働いてる人たちよりもレベルが高い。

材木座と大志は、鼻の下を伸ばしてるし。

 

 

「で、川崎の名前あったか?」

 

「無かったわ。それに、このお店は21時閉店だから川崎さんとは時間が合わないわね」

 

「となると、もう一つの方……」

 

「丁度いいから、今夜行きましょう。そのバー、私が住んでるマンションにあるから」

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

夜の9時30分。一度解散して、俺と由比ヶ浜と雪乃は、川崎が働いてるであろうバーに調査に向かった。

 

高校入学祝いに陽乃さんから貰ったオーダーメイドの背広を着て、雪乃の家があるタワーマンションの前で待つ。

 

しかし、高校生がタワマンに一人暮らしか。さすが雪ノ下家はスケールが違う。

 

 

「お待たせ、比企谷くん」

 

腕時計で時間を見たのとほぼ同時に、雪乃と由比ヶ浜が出てきた。

子供が行く場所じゃないから、由比ヶ浜は雪乃からドレスを借りたようだ。

 

 

「ヒッキー、スーツ凄く似合ってるね」

 

「お前も似合ってるよ」

 

由比ヶ浜は胸が大きいからドレス姿でより冴えている。

雪乃は、スタイルが良い正統派といった感じだ。

 

 

「ちょっと待って!3人で写真撮ろ?」

 

由比ヶ浜は強引に俺と雪乃を並べると、俺と雪乃の真ん中に入ってスマホで写真を撮った。

 

「よし、行こ!」

 

由比ヶ浜は満足したようで、俺たちは雪乃に連れられてタワーマンションの最上階にあるバーラウンジに向かう。

 

エレベーターが止まり、降りると広いフロアに着く。

ドアマンが扉を開き、俺たちはその門を潜った。

 

幕張の街が一望できるラウンジ。

当然、訪れている客層も相応の者だ。

 

バーの方に目をやると、そこに目的の顔が見えた。

 

 

「プッシーキャットを一つ」

 

「そちらの御二人は?」

 

カウンターに座り、雪乃がノンアルコールのカクテルを注文する。

俺たちが来たのを見ても動じない様子でいる川崎は、俺と由比ヶ浜にも注文を促して来た。

 

 

「えーと、あたしは……」

 

「こいつにはクランベリーキューティ、俺はウーロン茶で」

 

「かしこまりました」

 

 

俺たちの注文を聞き終えた川崎はカクテルを作り始めた。

その様子を、俺たちは眺める。

 

「ありがとね、ヒッキー。あたしこういう所全然わからなくて」

 

「俺らの歳じゃ、こんな所来る機会ないからな」

 

「逆にヒッキーが慣れてる感じなのは驚いたけどね」

 

「まあたまにこういうとこ来る機会があってな」

 

「……比企谷くんは私の姉とたまにこういう所に来るのよ」

 

「ゆきのん、お姉ちゃん居たんだ!」

 

「由比ヶ浜さん、あまり大きな声は出さないほうがいいわ」

 

「ご、ごめん……。いやさ、ゆきのんはしっかり者で妹って感じしないから」

 

 

確かに雪乃は人から見たら、あまり妹という感じはしないかもしれない。

普段の学校とかで見る雪乃がしっかりしていて凛々しいからだろう。

実際の雪乃は、意地っ張りで負けず嫌いで寂しがりやで……結構子供っぽいところもある。

 

 

「ヒッキーとゆきのんのお姉ちゃんも、仲良いんだ?」

 

「……」

 

「……そう、ね」

 

 

俺と雪乃は、露骨に返事に困ってしまった。あまり雪乃の前で陽乃さんの話はしたくない。

関係が複雑すぎる。ドロドロだ。

 

由比ヶ浜もなんとなく雰囲気を察したようで、苦笑いでごまかしていた。

 

 

「お待たせしました」

 

タイミング良く、頼んでいたノンアルコールのカクテルが出された。

 

 

「ありがとう。少しお話をしましょう、バーテンダーさん」

 

「……なんでしょうか、お客様」

 

 

雪乃が、川崎を呼び止める。

いよいよ本題突入だ。

 

 

「未成年の飲酒は禁止。……同じように深夜労働もね」

 

 

雪乃にそう言われた川崎は、一度眉をヒクつかせると露骨に態度が変わった。

 

 

「……なに、態々注意に来たわけ?御苦労な事だけど余計なお世話だから」

 

「そういう訳には行かないわね。貴女の過ちを知った以上、私にはそれを止める義務がある」

 

「は?何で。アンタには関係ないでしょ、それに、家がお金持ちでなんの苦労もしてないアンタには私の事なんか理解できないでしょ」

 

 

見るからに雪乃が不機嫌になる。

このまま続けば雪乃も冷静ではなくなって来るだろう。

 

家のおかげ。それは雪乃にとっては1番言われたくない言葉だ。

 

 

「雪乃、落ち着け。あとは俺が話しとく」

 

「だけど……」

 

「由比ヶ浜、雪乃を連れて部屋まで送ってってくれ」

 

「分かったよ。行こう、ゆきのん」

 

 

由比ヶ浜が、雪乃を連れてバーを後にした。

俺は、一人残り川崎と向かい合う。

 

 

「カルーアミルクを一つ」

 

「あんた、未成年でしょ」

 

「お前だって人のこと言えないだろ、目を瞑れよ」

 

 

川崎は、渋々といった様子でカクテルを作り始めた。

様子を見て、ウーロン茶を飲みながら問いかけた。

 

 

「俺の妹を通して、お前の弟から相談されたんだ。姉の帰りが遅くて心配だってな。お前、塾の学費を稼いでんだろ?」

 

「……だったら何?さっきも言ったけど、余計なお世話だから」

 

「そう言わずに聞けよ。スカラシップ制度を使えば学費が返ってくるんだ、まあ奨学金だな」

 

「スカラシップ……」

 

「ああ、お前も申し込んで見るといいよ。もっと楽に金を稼ぐ方法もあるけど、お前みたいな優等生がやることじゃない」

 

「優等生って……」

「取り敢えず高校生が夜勤は良くない。寝る時間もなくなるし生活習慣も乱れるから結果的に勉強の効率が落ちる」

 

 

出されたカルーアミルクを飲み干して、俺は会計をすませる。

 

 

「バイトするなって言ってる訳じゃない。ただスカラシップを利用すればだいぶ楽になるって話だ。興味あるなら試してみろ」

 

2000円程の会計だったが、俺は五千円札を置いてバーの出口に向かった。

 

 

「ねえ、お釣り」

 

「チップだよ、受け取れ」

 

 

 

俺たちに川崎の選択は強制できない。

何をどうするかは、結局のところ自分自身の問題である。

 

 

 



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十一話 わんにゃんショー

久々の投稿です。
ストック切れたので投稿頻度落ちます。


 

あれはいつだろう、中学2年時の文化祭あたりか。

文化祭の準備期間。俺に嫌がらせをしてた奴らがいつも以上に浮かれて、昼休みに俺を倉庫に呼び出して五人で囲んだ。

 

 

「あー喧嘩してぇ。比企谷、喧嘩してぇから相手してくんねー?」

 

中一の頃から、殴られたり蹴られたりはしていたが、ここまで露骨に暴力を振るおうとして来たことはない。

 

だが、同時にこれは良い機会だった。

半年前から俺は格闘技を習っている。

今の俺は喧嘩にだって自信がある。

 

これはターニングポイントだ。ここでやられれば俺はこの先こいつらのサンドバッグとしての立場が確立される。

だが、ここでコイツらをぶちのめしたら?どうなる?

もっと大勢で俺を潰しに来るか?

 

関係ない。今はこいつらの流れに飲まれないことが1番大事だ。

 

俺は、目の前で下手くそなシャドーボクシングをしてる同級生の藤井に向かって拳を構える。

 

「おっ、なに比企谷、お前がちでやんの?」

 

「舐めてんな。全員でボコるぞ」

 

「待て、俺一人で十分だ。お前らはこいつが逃げねえようにドアを塞いでろ」

 

 

コイツらのボス格の原田が、藤井を退かして俺の前に立ち構える。

原田は空手をやっていて、中学生フルコン空手の全国出場経験もある実力者だ。

 

俺も半年間格闘技を習ったことで、そこら辺の雑魚なんか簡単に倒せることは分かってる。

多数の相手や、コイツみたいな実力者相手だとどうだろうか。

どうであれ、こうなったらもうやるしかないだろう。

 

 

 

 

 

昼休みが終わり、俺は教室に戻る。

教室に入る前に、水道で汚れた制服を洗うがなかなか汚れは落ちなかった。

5限目のため教室に来た教師が俺の姿を見て唖然とした。

 

 

「ひ、比企谷、お前なんなんだその汚れは……血か?」

 

 

その日、俺は五人の生徒を病院送りにした罪で親と共に校長室に呼び出された。

 

その日を分岐点に、俺と言う人間は明確に変わって行った。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

とある休日。

リビングで寛いでいると、ソファに寝転がる俺に小町がくっ付いてきた。

小町は俺へのボディタッチが割と多めでスキンシップが激しい。

 

 

「そう言えばお兄ちゃん、大志くんがお姉ちゃん帰ってくるの早くなったって言ってたよ」

 

「ふーん、良かったな」

 

「小町も、最近お兄ちゃん帰ってきてくれるの早くて嬉しいよ」

 

「やっぱ家にいるのが1番だと思ってな」

 

 

先月までは女に会いに行ったり、売りの仲介に行ったりしてたから夜出歩くことが多かった。小町にはパチンコにハマったと嘘をついていた。

 

 

「うん、その方がお兄ちゃんらしいよ」

 

小町は俺に抱きついたままスマホを弄り始めた。

決して嫌では無い。だが、鬱陶しい。

 

「そういえば、結衣さんのインスタに写真載ってたよ。雪乃さんと結衣さんとお兄ちゃんの写真」

 

「写真?……ああ、大志の姉ちゃんを説得しに行った時のやつか」

 

 

そういえば由比ヶ浜写真撮ってたな。

カクテルの写真も丁寧に撮ってたよ。

インスタ映えか。

 

俺のお腹の上で寝転がってた小町は、急に勢いよく起き上がった。

 

 

「あ!そう言えば今日メッセでワンニャンショーだよ!」

 

ワンニャンショーとは、さまざまな可愛い動物を紹介するイベントである。

年二回行われていて、俺と小町は毎年では無いがよくこのイベントに行く。

 

 

「わざと言わないで居たのに、気付いてしまったか」

 

「うわ、お兄ちゃん意地悪だなぁ。もちろん、行くよね?」

 

「お前が行くっていうなら行かない訳にはいかないだろ」

 

「やたー!お兄ちゃん大好き」

 

「はいはい愛してるよ」

 

 

俺は30分ほどで支度を済ませたが、肝心の小町がシャワーを浴びて着替えてなんやかんやしてるうちに2時間近く経ってしまった。

 

お昼過ぎ、1番混む時間帯に俺と小町は電車でメッセに向かう。

 

着くと、当然人盛りだ。

休日のお昼時だから当たり前なのだが。

 

 

「お兄ちゃん、行くよ」

 

小町に手を引かれてワンニャンショーの会場へと向かう。

会場に着くと、今年もやはり可愛い動物がたくさんだが、何回も来てるから俺は飽きてしまっている。

 

このイベントではペットの販売もしていて、気に入った子がいればその場で買って帰れる。

ちなみに今比企谷家にいる愛猫のカマクラはここワンニャンショーで買い取った猫ちゃんだ。

 

 

「お兄ちゃん!ペンギンだ!」

 

「もう動物園で良いじゃん……」

 

 

俺と小町は、鳥類コーナーで足を止めた。小町はインコ、俺はフクロウの籠の前で足を止める。

最近は鳥類の飼育がブームらしい。

 

 

「最近小鳥にも興味あるんだよね。動画とか見てると結構懐いて可愛いんだよ」

 

「鳥は、人間が思ってたより賢いことが近年明らかになったからな。だからと言って無条件に懐くわけじゃないからただ育てれば良いってもんじゃ無い」

 

「分かってるって。ただ、可愛いなって話だよ」

 

「そうか」

 

俺が見てるのは、手のひらほどのサイズのフクロウだ。フクロウはその習性から動きが独特で可笑しい。

そこがまた不思議で可愛らしい。

 

 

「鳥は飼えないな、うちにはカマクラがいるから」

 

「だね。かーくんと喧嘩しちゃう」

 

 

喧嘩というか、もはや食われる。

不謹慎だがこのタイミングで腹が減って来た。俺と小町はどこか食べに向かうことにした。

 

 

「あっ、雪乃さんだ」

 

駅への道中、小町が指差す方を見ると、雪乃がパンフレット片手に壁際でなにやら周りをうろちょろ見ている。

待ち合わせと言うよりは何かを探している様だ。

 

 

「何してんだ」

 

「ひゃっ!……脅かさないで、比企谷くん」

 

「脅かしたつもりはないけど」

 

 

一瞬驚いた雪乃だが、声をかけて来たのが俺と小町だとわかると安心したように肩を下ろした。

 

 

「今歩いていたら偶然雪乃さんのこと見かけたので」

 

「そうだったのね。二人はどうしてここに?」

 

「今日ここで開かれてたワンニャンショーを見に来てたんですよ」

 

「ワンニャンショー……!」

 

 

よく見ると、雪乃が持っているのはワンニャンショーのパンフレットだった。

こいつ、ワンニャンショー見たくて来たのか。こういう人混み苦手だろうに、ましてや一人で。

 

 

「ワンニャンショー見に来たんだろ?俺と小町が一緒に回ってやるよ」

 

「そうだね、一緒に行きましょ!」

 

「ありがとう。」

 

 

放っておく訳にもいかず、俺と小町は再びワンニャンショーの会場へと向かう。

ワンニャンショーの会場に到着した雪乃は、猫好きであるため様々な種類の猫を見て興奮気味である。

 

 

「かわいい。」

 

「雪乃さん猫好きだもんね」

 

「触れ合いコーナーもあるから、触って見るか」

 

 

スタッフに声を掛けて、子猫と遊ばせてもらう。

雪乃は、自分の周りに集まって来る子猫をどの様に触ればいいか分からなくてあたふたしていた。

 

「猫はこうやって手のひらで掬い上げるように抱き上げるんだ」

 

「ごめんなさい……その、力の加減とか分からなくて。怪我させてしまったら大変だし……」

 

「大丈夫ですよ雪乃さん、よっぽど乱暴にしない限りそう易々と怪我しませんから。」

 

 

雪乃は猫を一通り触り終えて、猫の写真も撮れて満足した様だ。

 

俺たちはワンニャンショーの会場を後にする。

 

 

「あれ?雪乃ちゃん?それに比企谷くんも」

 

よく知った声に振り向くと、そこには複数の友人を連れた陽乃さんがいた。

 

 

「ごめん、みんな先行ってて」

 

陽乃さんは一緒にいた友人たちにそう言って、俺たちの方によって来た。

陽乃さんを含めて男四人女三人……あの中に陽乃さんの彼氏はいるのか?

陽乃さんを狙ってる人間は?

 

陽乃さんと一緒にいた男どもを観察していると、後頭部に軽い衝撃が疾る。

 

 

「いでっ」

 

「こら、比企谷くん。人の友達を睨みつけないの」

 

「すみません」

 

いや、しかし。陽乃さんに雪乃に小町。

俺にとっては揃って欲しくないメンツが揃ってしまった。

 

 

「へぇー、雪乃ちゃんと比企谷くんで遊んでたんだ」

 

「別に、遊びというか……ワンニャンショーを見に来ていただけよ」

 

「ふーん」

 

「小町と来てたんですけど、たまたま雪乃と会ったので一緒に行動してたんですよ」

 

「なるほどね。久しぶり、小町ちゃん」

 

「お久しぶりです」

 

 

言葉にこそ出してないが、緊張感が尋常じゃない。ここら一体の空気がピリピリしている。

陽乃さんと、小町と雪乃。

この3人の関係は少し複雑だ。

 

 

「今からご飯を食べに行くところだから、邪魔しないでちょうだい。姉さん」

 

「邪魔?酷いなー、お姉ちゃんも一緒に食べたいなぁ。ねえ比企谷くん、私邪魔?」

 

「そんな事ないですよ」

 

俺が陽乃さんにそう答えると、雪乃は見るからに不機嫌になった。

あからさまに妬いているのが分かる。

それを見て、陽乃さんはクスッと笑う。

 

 

「冗談だよ、私がいたら比企谷くん独り占めになっちゃうもんね。今日はみんなで楽しんでおいで」

 

 

そう言い残して、陽乃さんは友人が待つであろう方向に去って行った。

 

 

小町と雪乃から、なんとも言えない、気不味い空気を感じる。

原因は当然陽乃さんだろう。

ああやって、人を引っ掻き回すのが昔から好きな人だ。

 

駅に向かって歩いていると、前方から小型犬がこちらに向かって走って来る。

それに気付いた雪乃が俺の陰に隠れた。

こいつ、犬が苦手だったっけか。

 

しゃがんで手を振ると、犬は尻尾を振りながら俺の前までやって来て腹を見せて寝転がった。

 

ダックスフンド。

ずいぶん人懐っこいな。

 

 

「こんな人混みでリード外しちゃ危ないよ」

 

 

小町の言う通りだ。この人だかりじゃ何かの拍子で踏まれる危険性もある。

 

「すみませーん!うちのサブレが……って、ヒッキー!?それにゆきのんと小町ちゃんも!」

 

「あら、由比ヶ浜さん」

 

「まさかの結衣さん登場!」

 

 

由比ヶ浜は、犬を抱き上げるとぎゅっと抱きしめた。

 

 

「もぉー、勝手に走って行っちゃダメって言ったでしょ!」

 

この光景、どこかで見たことあるな。

巨乳の少女に抱き抱えられたダックスフンド。

 

……思い出した、去年の入学式の朝に助けた犬とその飼い主だ。

まあ気付いたからと言って態々言う必要もないか。なんか、恩着せがましいし。

 

 

「それより!みんなずるいよ、あたしだけ呼ばないで遊ぶなんて!」

 

「違ぇよ、偶然会ったから一緒に飯でも食いに行くかってなっただけだ。お前は何してたんだよ」

 

「むぅー。ずるい。」

 

 

人の話を聞けよ。

ふと由比ヶ浜と犬を見ていると、リードと首輪を繋ぐ部分が外れているのが分かった。リードが壊れてたのか。

 

 

「サブレのトリミングに来てたんだ。今帰るとこだよ」

 

「良かったら結衣さんも一緒にご飯いいきませんか?」

 

「うん、いきたい!……でもサブレいるから、外で待たせるの可哀想だし……」

 

「一度、その子を家に置いてくればいいじゃない」

 

「え、待っててくれるの?」

 

「そのくらい、構わないわ」

 

「ありがと!」

 

 

由比ヶ浜はサブレを家に置いて来て、俺たちは昼食を摂った。

雪乃は乗り気ではなかったが、いきなりステーキで食べた。

 

 

 

 

 



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十二話 そうだ、千葉に行こう

すごい久々の投稿です。まだ読んでくれる人いるかな。


 

 

 

 

 

高校2年の一学期。不本意に部活に入れられることや、古い友人との再会などいろいろあったが気付けばもう夏休みだ。

しかも、もう五日目。

 

まったく、休日というのは過ぎ去るのが異常に早い。嫌なものだ。

 

 

「お兄ちゃん!支度して!」

 

リビングでだべっていると、勢いよくドアが開かれて小町がやって来た。

小町は持ってきた俺のバックを俺に向かって投げつけて来た。

 

 

「支度って、何の支度だよ」

 

「あれ、平塚先生に聞いてないの?千葉に行くんだよ」

 

「いや、聞いてねぇけど」

 

「えー、平塚先生から連絡入ってると思うんだけどなぁ」

 

「今日スマホ一回もいじってねえわ」

 

「もう……。とにかく!早く準備して!2時に出発だよ!」

 

 

2時って、今12時半だぞ。

幾ら何でも急すぎるだろ……。

 

小町の言うことを聞かないわけにも行かず、俺は支度を始める。

シャワーを浴びて風呂から上がると、小町が俺の荷物を準備してくれたようだ。

 

 

「……荷物多くね?」

 

「二泊三日だもん」

 

「まじかよ……。で、何で急に平塚先生とお泊りに行く事になったの?」

 

「平塚先生とっていうか、奉仕部の皆さんと、戸塚さんと材木座?って人で小学生の林間学校合宿の助っ人に行くらしいよ」

 

「なるほどな」

 

 

納得はできたが、なぜ俺まで一緒に行く必要があるんだ。

 

そんな不満を嘆く暇もなく、小町の手で総武高校まで俺は強制搬送された。

 

時間は1時50分。

校門の前で、平塚先生が待っていた。

 

 

「比企谷お前、人の連絡を無視しおって……」

 

「いや、スマホ見てなかったんで」

 

「ともあれ、こいつを連れて来て貰って助かったよ小町くん」

 

「いえいえ!むしろ呼んでもらえて嬉しいですよ」

 

「なに、構わんよ。それじゃあ、千葉に行こうか!」

 

「千葉ってか、千葉村だろ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

平塚先生の運転で、俺たちは千葉村へと向かう。

ちなみに、俺は助手席で、由比ヶ浜と雪乃と小町、材木座と戸塚に分かれて後部座席に座っている。

 

 

「はぁ、千葉村なんて2時間近くかかるでしょ。完全な休日ムードだったのに」

 

「まあいいじゃないか。ドライブだよドライブ」

 

出発から1時間ほど経っていて、喋り疲れた由比ヶ浜と雪乃と小町は寝ている。

材木座はスマホでゲームをしていて、戸塚は外の景色を眺めていた。

 

 

「運転手って暇じゃないですか?俺なら絶対やりたくないですね」

 

「何だ比企谷、煽ってるのか?」

 

 

眉間をヒクつかせながら、平塚先生が問いかけてくる。

煽ってるわけじゃないんだが、無意識に人の事を煽るような言い回しをしてる事はある程度自覚している。

 

 

「いや、労ったつりもなんですけど……それにしても、平塚先生も大変ですね。生徒連れてど田舎に休日出勤だなんて」

 

「貴様は本当毒がある言い方ばかりだな……なに、私はこうして生徒と関わることが好きだから問題ないよ。それに暇だしな……チッ。」

 

「今は彼氏いないんですか?」

 

「な、なんだよ急に」

 

「いや居ないんだろうなと思って」

 

「くそ、運転中じゃなければ殴っているぞ……」

 

 

あまりストレスを掛けさせるのも可哀想ではあるが。

個人的にこの人には興味ある。

 

なんたって陽乃さんと深く関わりのあった人だ。相応の人間なのだろう。

 

 

「性格も良いし、美人だし、社会的地位も良いのに」

 

「な、なんだ急に、褒めても何も出ないからな……」

 

「まあ先生みたいな良くできた人に限って、ダメな男に引っかかって苦労するのはよくある話なんですけどね」

 

「言うじゃないか比企谷……しかし、逆もまたしかりだ。優秀な男が女に引っかかって失敗するのも良くある話だろ」

 

「男は優秀とか関係なしに女に引っかかる奴多いでしょ」

 

「まあ、確かにそうだな」

 

 

平塚先生はSAエリアに車を止めた。

あと30分もすれば千葉村に到着するが、ここで少し休憩したいようだ。

 

 

「5時までに向こうに着けば問題ないからな。少し休みたい」

 

「んじゃコンビニ行ってくるけど何か欲しいものありますか?」

 

「お、気が効くな。アイスコーヒーと……いや、アイスコーヒーだけでいい」

 

 

そう言って平塚先生はトイレに向かって行く。

平塚先生はアイスコーヒーともうひとつ何か言いかけていたが……空になったタバコの箱を気にしていた様子だったな。

タバコが欲しいってことだろう。

 

 

俺はコンビニで全員分の飲み物と平塚先生のタバコを買って、トイレの前にあるベンチに座って平塚先生を待つ。

五分ほどして、平塚先生がトイレから出て来た。

 

 

「どうぞ」

 

「ああ、すまないな。……おい、これは何だ比企谷」

 

「煙草欲しかったんでしょ?」

 

「そう言う話じゃない。未成年のくせにタバコなんか買いやがって、しかも教師の前で堂々と。未成年のくせに何をしてるんだ、未成年のくせに」

 

未成年未成年言い過ぎでしょ。

 

 

「いいじゃないですか、俺が吸うわけじゃないし」

 

「お前なぁ……言ったところで聞くような奴じゃないか……」

 

「よく分かりましたね」

 

「はぁ。奴にそっくりだ」

 

 

奴にそっくり。それは陽乃さんの事を指しているのだろう。

 

 

「……陽乃さんのことですか?」

 

「なんだ、あいつの事を知ってるのか?」

 

「はい。昔からお世話になってるんです」

 

「そうか。……たぶん、あいつが時々話してた男の子っていうのは、お前の話だったんだろう」

 

 

平塚先生は、俺の隣に座ってタバコを吸い始める。

人がいないとはいえ、ここは喫煙席じゃない。マナー違反だ。

平塚先生も大概人のこと言えたものじゃないだろう。

 

 

「必死に後を追いかけてくる可愛い男の子がいると常々語っていたよ。直接お前の名前を聞いたことは無かったから、入学していた時は分からなかった」

 

「そうだったんですか……」

 

「お前が言っていた好きな人というのも、陽乃のことだろう?」

 

「そうですよ」

 

「それなら、お前にとって本当に嫌な事をさせたかも知らないな。陽乃の話を繋げれば答えが見える。雪ノ下はお前のことが好きで、お前は陽乃が好きだ」

 

「……どうせなら、もっと早く気付いて欲しかったんですけどね」

 

「はぁ、青春しやがって。……そろそろ行くか比企谷」

 

「そうですね」

 

「陽乃は無慈悲な女だ。アイツと結ばれるためには苦労することになるぞ」

 

「そんな事わかってますよ」

 

「ははは。確かに、今更言ったところでだな」

 

「ええ」

 

 

俺と平塚先生は車に戻る。どうやら小町たちは目を覚ましていたようだ。

 

少し車を走らせて間もなく、千葉村に到着した。

 

 

「ふぅ〜、やっと着いたねー」

 

「乗せてもらっていただけなのに、少し疲れたわね」

 

 

車を降りると、隣に別の車がやって来て止まる。

その車から降りて来たのは、葉山と三浦と戸部と海老名だった。

 

 

「げっ、なんでヒキオと雪ノ下さんがここにいんの?てか結衣もいんじゃん」

 

「優美子!なんでここに?」

 

 

「比企谷、お前も来てたのか」

 

「お前もって、んじゃお前らも林間学校のアレできてんのか?」

 

「うん、そうだよ」

 

 

同級生で集まって宿泊なんて中三の修学旅行以来だな。

まさか休日にわざわざ集まってお泊まり会することになるとは思いもしなかった。

 

 

駐車場で喋っていると、今回の林間学校合宿に来る小学校の先生であろう人が来て、俺たちを広場に案内した。

 

しばらくすると、小学生を乗せたバスが駐車場に入って行くのが見えた。

 

代表で挨拶を頼まれた葉山が、整列した小学生たちの前に出て挨拶を済ませる。

 

小学生キッズである女子たちへの印象はかなり良かったらしく、女子たちがなにやら盛り上がっていた。

 

小学校の教頭などの話が済み、俺たちは小学生たちを連れて山の上にあるキャンプ場へと向かう。

 

その途中で、ふと一人の少女が目に入った。

その少女を眺めていると、隣にやって来た雪乃が俺に問いかけて来た。

 

 

「どこにでもあるのね、ああいうの」

 

「人間……いや、生物としての本質だからな」

 

 

一人の女の子が他の子たちからハブにされていた。

年齢や性別なんて関係ない。どこにだってある、言わば日常的な光景。

 

 

この合宿も何か起きそうだ。

 

 




執筆がなかなか進みませんがこれからも書いていくので是非読んでください。


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十三話 その問題には答えが存在しない。

今回は雪ノ下回です。


 

 

 

時間は既に午後6時。小学生達が夜食のカレーを作るのを俺たちは手伝う。

とは言え、二百人近く訪れている小学生全員が調理に参加するわけではない。

それぞれのクラスから五人ずつ選ばれたメンバーがカレーを作り、俺たちはそのフォローをする。

だから三十人の面倒を見るだけで済んだ。

 

どちらにしろ、高校生十人ほどと平塚先生一人に丸投げというのはどうかと思うが。

全員、この生徒達が通う小学校とは縁の無い余所者だぞ。

 

 

「ジャガイモ剥ける人、手あげて」

 

葉山が見ている班は大盛り上がりだ。

小学生の女の子達が葉山にメロメロである。

小学生からしたら高校生の、それもイケメンで優しい男なんてまさに王子様そのものだろう。

 

その他の班も、葉山グループの面々がしっかり面倒を見てくれてるようなので、俺は何もしないで済んで助かるが、由比ヶ浜だけはそこに居てはいけないと思う。

料理できないだろ、お前。なに包丁片手にやる気出してるんだ。

 

それと、何気に材木座は小学生から人気だった。まあ男子だけだけど。

あのうるさい感じが小学生のツボにはまったのだろう。

 

 

「暇そうだな比企谷、私と一緒にそれぞれの釜に火を起こして回るのを手伝え」

 

 

俺は平塚先生と一緒に火をつけて回る。

最後の一台に火をつける平塚先生を眺めていると、ある事に気付いた。

 

 

「随分火起こすの上手いですね」

 

「そうか?強いて言うなら、大学時代登山サークルの合宿で同じ事をやったからその時の経験が今生きてるのかもしれないな。他の奴らはカップル同士で……チッ、嫌な事を思い出した。何かあったらお前に任せだぞ比企谷、私は疲れたから少し休む」

 

 

先程までの楽しそうな笑顔は何処へやら、不貞腐れた様子で丘の上にある休憩場へと登って行ってしまった。

刃物と火がある場所に子供だけとかヤバいだろ。何かあった時に責任を取れる人間が誰も居ない。

 

まあなんかあったところで小学校教員側の監督不行届だしいいか。

 

 

特にやることもないから調理場から離れた木陰で休む。

雪乃もこっちにやってきて、隣の木陰で同じように休み始めた。

 

 

「こういうのは、彼女達の方が得意ね」

 

「子供が苦手なのか?」

 

「苦手ではないけど……好きでは無いわね。分かるでしょ、私騒がしい人があまり好きじゃ無いの」

 

「俺もだ気にすんな」

 

 

しばらく二人で料理する小学生と葉山や由比ヶ浜達の様子を眺めていると、一人の小学生の女の子が俺と雪乃の近くにやって来た。先程グループ内でハブられていた少女だ。

 

俺と雪乃はその少女を戻るよう注意する事なく、少女に特に触れずにカレーを作っている光景を眺めていると、少女が俺たちに問いかけてきた。

 

 

「怒らないの?私がカレー作りをサボってること」

 

「私達もサボってる様なものだし、人に言える立場では無いもの」

 

「義務でも無いし、嫌なら強要させたりしねぇよ。それに、俺やお前みたいなのが少し抜けたところで問題なく作業は進んでる」

 

「……二人は、あっちのみんなとは違う気がする。私も違う。あんな奴ら、みんなバカばっかり」

 

 

少女は、体育座りをしながら、自分の膝に顔を埋めて悲しげにそう呟く。

色々と闇がありそうだ。

 

少女は、横目で俺に視線を向けて来る。

 

 

「名前……」

 

「名前が何だよ」

 

「名前……!名前聞いてるの、分かるでしょ?」

 

 

俺が言うのも何だが、この少女は少し捻くれているようだ。

悪意を浴びる劣悪な環境にいたら、相応に性格が捻くれるのも仕方ない事だが。

 

だが、俺とは違い雪乃は少女の横暴な態度を見逃さなかった。

 

 

「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものよ」

 

「っ……私は、鶴見留美」

 

「そう。私は雪ノ下雪乃」

 

「俺は比企谷八幡だ、よろしく」

 

 

雪乃に少し怒られて怯えた様子の鶴見だったが、俺と雪乃の自己紹介を聞いて安心したのか、鶴見の表情が柔らかくなった。

 

俺たちが休んでいることに気付いた由比ヶ浜が、駆け足で俺たちの所にやってきた。

 

 

「もー、二人だけ休むなんてずるいよ!」

 

「やる事がないからな」

 

「小学生の手伝いとかいろいろあるじゃん」

 

「そうしたい所だけど、そういうのは私の得意分野じゃ無いから」

 

「だからって二人でおしゃべりはずるいよー! あれ?君はお料理一緒にしないの?」

 

 

由比ヶ浜が俺と雪乃から少し離れた場所に体育座りしている鶴見に問いかける。

 

鶴見は、つんとした様子で由比ヶ浜の言葉をシカトした。

可愛くいうと知らんぷり。

 

 

「あんなバカ達と一緒にやってられない」

 

「バカとは言っても、楽しく学校生活を送りたいなら、あーいうバカ共と付き合って自分自身もバカになる必要がある」

 

「無理。どうせ後一年の我慢だし、中学に上がればやり直せるもん」

 

「それは無理よ。中学校に上がって多少環境が変わったとしても、今貴女を笑ってる人たちが別な人たちと手を組んで同じ事を繰り返すだけよ」

 

 

雪ノ下にそう言われて鶴見の表情が暗くなる。雪ノ下の言う通りだ。逃げることに期待したところで何にもならない。

高校デビューならまだしも、中学デビューなんてあり得ないだろう。余程生徒の数が多いマンモス校ならまだしも。

 

 

「このまま変わらないのかな……」

 

悲しそうに呟く鶴見に、誰も返事を返さない。カレーが完成し夕食の集合に向かう鶴見の背中は震えていた。

 

 

 

 

 

××××

 

 

 

 

 

小学生が夕食をとることになり、俺たちもそこから少し離れた所でカレーを食べていた。

 

 

「それで、何か困ったことはないか?」

 

 

平塚先生の言葉に葉山が手を挙げた。大方鶴見のことだろう。

 

 

「少し浮いてる子が居て……」

 

「あ〜、あの子ねー。顔は可愛いんだから軽くしてればいいのに」

 

 

スマホをいじりながら軽い感じに三浦は言った。明るくしてればいいと言っても、虐められてて明るくするなんて無理だろ。

弄られ役ならまだしもハブられてるんだから明るくした所で惨めなだけだ。

 

 

「何人かの子に話を聞いた感じだともともと瑠美ちゃんも虐める側の人で、順番にいろんな人を虐めているうちに次は瑠美ちゃん自身が虐められちゃったらしいです。あっ、ちなみに瑠美ちゃんってのはその子の名前です!」

 

 

さすが小町、単独で調査して既に状況をリサーチ済みだ。

 

 

「なら自業自得じゃない。自分も集団で弱者を排除してきたんだもの、因果応報よ」

 

「でも、可哀想だね……本当は楽しいはずのイベントなのに」

 

「楽しいか楽しくないかを判断するのは個人の問題だろ由比ヶ浜。鶴見瑠美以外にもこう言った問題を抱えてこの林間合宿を嫌に思ってる日陰者は複数居る。ちなみに俺もその一人だ」

 

「我もだ!」

 

 

「なにアンタら、楽しくないなら帰れば?」

 

「じゃあお前が駅まで送ってくれ三浦」

 

「は?なんであーしが」

 

「俺に帰って欲しいならお前が責任を持って俺を送れよ」

 

「落ち着け二人とも」

 

 

今にも暴れ出しそうな三浦を見て、葉山が仲裁に入った。三浦は俺を睨んでくるが、俺はそれを気にせずカレーを食べる。

 

……なんでネギ入ってんだよ。

 

 

「話し合いをさせてみたらどうかな?」

 

「話し合いをして何になるの?ハブるのを辞めて仲良くしなさいなんて言って無理やり一緒にさせたところで、余計に肩身狭い思いをするだけよ」

 

「なに?んじゃグループ変えればよくない?」

 

「班行動が決まってるからそれは無理だよ優美子」

 

 

結局具体的な解決策は浮かばずに俺たちは夕食を食べ終えた。

そりゃそうだ。いじめ問題には、解決策もなにも導き出す答えが存在しないのだから。

 

 

 

 

 

夕食を片付けた俺たちは今回宿泊する宿に向かった。木造のコテージが二つ。

 

 

「俺と小町は同じ部屋で寝るとして……」

 

「なに言ってんのお兄ちゃん、男女で別れるに決まってるでしょ」

 

「つっても、いきなり知らない人の中に放り込まれても困るだろ小町」

 

「雪乃さんも結衣さんもいるから大丈夫だよ。それに、小町はお兄ちゃんみたいに誰彼構わず敵対したりしないから」

 

 

そう言って、小町は雪乃たちと一緒に女子のコテージに入っていった。俺も男子のコテージに入り、布団を敷く。その後順番に風呂に入った。

ちなみに俺と戸塚は一緒に入った。

 

 

「てか、ヒキタニくんの妹ちゃんマジ可愛くね?」

 

「手出そうとか考えるなよ戸部」

 

「分かってるって〜。俺の狙いは海老名さんだしー。って、言っちまったべ!」

 

 

口軽すぎだろこいつ。誘導すればなんでも喋りそうだな。

やることもないため俺たちは横になる。葉山たちは四人でソシャゲをやってるようだ。

俺はあまりソシャゲをやらないから混ざらないでいたが、ゲームを介して材木座のような奴が自然と葉山のような奴の輪の中に入れるのは素晴らしいことだと思う。

 

 

「てかみんなの好きな人も教えてくんねー?恋バナするべ、恋バナ!」

 

「嫌だよ」

 

「えー、いいじゃん葉山くん。俺だって教えたしさー」

 

「それはお前が勝手に言っただけだろ……」

 

 

まったく、葉山の言う通りだ。戸部が勝手に口走っただけである。

 

 

「戸塚くんは誰か居ねーのー?」

 

「うーん、僕は居ないかな」

 

「そうかー。つーか戸塚くんは可愛いからあんまり女好きな感じしないもんな。逆にそれで肉食だったら超怖いべ」

 

「あはは……」

 

 

戸部はそう言うが、ショタ系で女を食いまくる男なんていくらでもいる。戸塚はそうじゃないどころか童貞だけど。

さっき一緒に風呂入った時に息子を必死に隠そうとしていたから分かる。

 

 

「あっ……」

 

「むっ?我か?」

 

「いや、何でもない」

 

 

……材木座にも聞いてやれよ。俺も全然興味ないけど。

 

 

「てか葉山くんの好きな人気になるわ。イニシャルだけでもいいから教えてくれないかな!誰にも言わんから!」

 

「はぁ……。Yだよ」

 

「えっ、それって……」

 

「俺は疲れたからもう寝るよ。おやすみ」

 

 

呆れたようにイニシャルを答えた葉山は、そのまま布団に入ってしまった。

 

困惑する戸部と、苦笑いする戸塚。

あんだけしつこくしてりゃそりゃそうなるだろう。

 

……それにしてもYか。候補は雪乃、結衣、優美子。

まあ興味はないが、もし仮にこいつの好きな相手が雪乃なら……雪乃の恋愛に俺がどうこう言う資格はないか。

 

 

葉山も戸部も戸塚も寝付いた深夜。いまいち寝付けずに居た俺は、新鮮な空気が吸いたくなって外に出る。

 

 

暗闇がわずかに月明かりに照らされる森の中を少し歩くと、綺麗な小川に出る。

 

そこで、雪乃が星空を眺めていた。

 

 

「何してんだ雪乃」

 

「っ……比企谷くん。びっくりさせないでちょうだい」

 

「いや逆に俺がびっくりするわ。こんなところで何してんだお前」

 

「いえ……三浦さんと少し言い合いになって、泣かせてしまって」

 

「それで居づらくなってコテージから出てきたのか」

 

 

無言で頷く雪乃。こう言う仕草は、本当に幼い子供みたいだ。

俺や陽乃さんみたいな、信頼してる人間には弱い姿を見せる。

 

 

「それにしても、お前は怖がりだろ。こんなところで平気なのかよ」

 

「別にっ、怖がりじゃないわ。……それに、こんなに綺麗な星空を観てれば、恐怖の感情なんて少しも湧かないもの」

 

 

空を見上げる雪乃につられて、俺も空を見上げた。空気が澄んだ田舎だからこそ見える、都会からは見えないような綺麗な星空。

 

 

「ねえ、比企谷くん」

 

「なんだよ」

 

「今年の冬、二人で星を見に行きましょう」

 

「二人でって……お前な」

 

「勝負が続く一年の間、近くにいる事を許して」

 

 

そう言って、雪乃は俺に抱きついてきた。誰も居ない、本当の二人きりだからって、大胆な行動に出たものだ。

こうやって体で来られれば、強く拒否することもできない。乱暴に引き剥がすわけにもいかない。

 

 

「雪乃、いつまでそうしてるつもりだ」

 

「時間が許す限り」

 

「一年後がタイムリミットだ。俺が勝負に勝ったらお前は俺から離れて行け」

 

「嫌よ。離れたくない、嫌……」

 

 

痛いほど強く俺を抱きしめて、俺の胸に顔を埋める雪乃。雪乃がそれ以上暴走してキスを迫って来ないように、雪乃の頭を優しく抑える。

 

雪乃は、今の俺にとって最大の問題だ。縁を切らなければならない相手なはずなのに、決して縁を切ることはできない。

 

俺は陽乃さんが好きで、雪乃は俺が好きで。

そして雪乃は陽乃さんの妹で。

 

俺と関わる限り雪乃は辛い思いをするが、陽乃さんといる限り俺は雪乃と縁を切れない。

 

この問題に解決策なんて無い。元から答えなんてないのだから。

 

 

「ねえ、比企谷くん」

 

「どうした」

 

「好きよ」

 

「……分かってる」

 

 

俺に抱きついて離れない雪乃。

 

二時間近く経ち、そのまま眠ってしまった雪乃を女子たちのコテージに連れて帰った。

 

 



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