ドルヲタと悪党とインフィニット・ストラトス (ミュラー)
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ベストマッチ(?)な奴ら

ジオウも中々面白そうなので初投稿です
ついでに小説書くのも初です


「ーーーーーーッ!!!」

 

全身に激しい痛みを感じながら猿渡一海は目を覚ました。

目を開けてまず映ったのは星空。

身を起こし徐々に引いていく痛みを感じながらまず状況を確認するべく辺りを見渡し

 

「目が覚めたかポテト。」

 

街灯に照らされる髭ヅラの男が傍のベンチに座っているのを見つけた。

一海とは時に敵対し、時に仲間として共に戦った『仮面ライダーローグ』氷室幻徳だ。

 

「ヒゲ……お前何してん……、いやエボルトは!?戦兎たちは……!?」

「俺も分からん。気付いたらお前と同じくそこの地面に転がっていた」

 

そう言いながら幻徳は周囲を見回した。一海もつられて周囲の風景を確認する。どこかの公園のようだ。開けた場所の端に遊具が点在している。少なくとも、一海の記憶の中にある風景ではなかった。

 

「どこだよここは……!パンドラタワーは……アイツらはどうなった……!?」

 

「……少なくとも俺たちがいたあの世界ではないはずだ。俺もお前も、あの世界では死んで消えた筈だからな」

 

その言葉で一海は最期の瞬間を思い返した。

仲間である桐生戦兎に使用を禁じられた武器「ブリザードナックル」を使った変身を行い、その反動によって自分の体は最愛の女性「みーたん」に看取られながら粒子となって消滅したハズ……なのだが

 

「どうなってやがんだ…?まさかここが戦兎の言ってた『新世界』なのか……?しかもヒゲ!お前『俺も』って……」

「……まぁ、そういう事だ。」

 

 

幻徳の言葉に戸惑いながら一海は自分の体を確認した。現実として自分の肉体は存在している。困惑しながら一海は自分の持ち物を確認した。懐にゴツゴツとした感触を覚えそれを取り出す。

 

「スクラッシュドライバー…!それに……」

 

コートやズボンのポケットをまさぐり、中に入っていたものを手に取った。

 

「ロボットゼリー!龍我がくれたドラゴンゼリーも、あとフルボトルに……」

 

『仮面ライダー』として共に戦い続けた道具たち。それが手元に残っていたことを確認し一海は少し安堵して地面に座り込んだ。これで少なくとも身の安全は守れる。そこで指先にも硬い感触を感じ

 

「これもあるのかよ……」

 

その硬いものをみて思い切り顔を顰めた。青い握り拳のような形状のガジェット。使用したのは1度きりだが……あまりいい思い出ではない。『グリスブリザードナックル』、そしてその力を引き出すためのフルボトル『ノースブリザードボトル』が一海の手元に転がっていた。

 

「俺達が持っているのはスクラッシュドライバーだ。またお前がどこからかビルドドライバーを持ち出したりしない限りは消滅する心配もないだろ」

 

ジャケットの懐からスクラッシュドライバーやらネビュラスチームガンやらを取り出しながら飛ばした幻徳の皮肉に「うぐっ」と小さく呻きながら一海は自分の持ち物の確認を終えた。

 

「さて、とりあえずここは何処なのかの確認をしねぇとな」

「東都では無さそうだ。スカイウォールも……パンドラタワーも見えん。」

 

幻徳の言葉に一海は遠くを見渡した。ビル街や住宅街など元いた世界でも特に珍しくない光景だ。ただ日本を3つに分断していた壁『スカイウォール』がどこにも見当たらないことを除けば。あの壁が無い、という事は桐生戦兎と万丈龍我はエボルトを倒し新世界を作り上げたのだろうか。

一海は姿の見えない2人の仲間に思いを馳せる。

自意識過剰でナルシストな、「ラブ&ピース」を胸に何度も悩みながら戦い続けた天才物理学者

その相棒でバカで暑苦しいが仲間の為なら幾らでも体を張る元格闘家のバカ。あの戦いで命を落とした自分と幻徳がここにいて、あの二人が居ないという事は────

 

「あーこんがらがってきた!そもそもここがどこかもわかんねぇし!」

「人が多いところに行けばまだ情報も集まるだろ。それに俺もまだ頭が混乱している 」

 

1度落ち着いて情報を整理する必要がある。二人は立ち上がりながら公園からも見える市街地に向かおうとする、が。

 

「そこの不審者二人!こんな時間にここで何をしている」

 

2人組の婦警さんが公園を出ようとした所で行く手を阻んだ。

 

「い、いやぁ、別に俺たち怪しいモンじゃないっすよ。なぁヒゲ」

「……(コクコク)」

 

嫌な汗をかきながら一海は弁明し、幻徳は必死で首を縦に振る。

 

「近隣の住民から怪しい男2人が公園で騒いでると通報があったぞ。身分証を出してもらおう。」

 

「…………身分、証?」

 

婦警さんの言葉にゆっくりと幻徳の方へ顔を向ける。少なくとも一海はドライバーやボトル以外には何も所持してなかった。現金や、あの肌身離さず持っていた『ドッグタグ』すら。

だが横の髭男はネビュラガスによる暴走状態だったとはいえ一時は首相代理として人々の上に立っていた男だ。

もしかしたら何か持っているかもしれない。いやでもヒゲだしな……仲間になってからの数々の奇行を知っている一海はそんな期待と不安を胸に幻徳の様子を伺うが……

 

「……(フルフル)」

 

幻徳はジャケットの前を開き、中のTシャツに刻まれた「なにもない」の文字を婦警さんに見せつけながら悲しい顔で首を横に振っていた。婦警さんはため息をつくと一海へと近づいていく。

 

「話は署で聞かせて貰うぞ」

「ちょっ……、待って、くっ!逃げるぞヒゲ!!!」

 

婦警さんの伸ばした手を払いのけながら一海は叫んだ。幻徳は頷くと素早く婦警さん2人の間をすり抜け公園の出口から市街地に向かって走り出す。一海も婦警さんがバランスを崩した隙に走り出した。そのスピードは人間のものではなく、見る見る間に婦警さんと二人の間の距離が開いていった。

 

「冗談っじゃねぇ!!身分証も何もねえ状態で捕まったらどうにもならねえじゃねえか!!」

「あぁ……!クソっ……」

 

ネビュラガス─────人体に注入することでその人間を強化するガス。耐性のない人間に注入すれば『スマッシュ』と呼ばれる怪人へと変貌してしまうが、この2人は『仮面ライダー』となる資格を得ると同時にガスへの耐性も獲得していた。とはいえ大きなダメージを負うと体が光の粒子となって消滅する、というリスクもあるのだが────今はそのガスにより強化された身体能力を惜しみなく使い走り続ける。

 

「はぁ…はぁ……何よあのスピード…!人間じゃない!?」

 

「不審者二人が逃走!特徴は黒いライダースジャケットに茶色いモッズコート───────」

 

追ってくる婦警さん達の声を背中で聞きながら2人は猛ダッシュでその場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの不審者!待ちなさい!!」

 

「待てねぇ!!ヒゲ!そこだ!」

「あぁ!!」

 

街中に入ってから警官の数はさらに増えていた。サイレンを鳴らすパトカー並のスピードで走りながら、追っ手を振り切り車の入れない路地裏に駆け込む。

 

「くそっ!冗談じゃねえ!!」

「ハッ……ハッ……ここまで大事になるとはな……!だが……ポテト、気づいたか?」

 

荒い息を整えながら幻徳は一海に確認するように声をかけた。

「あぁ、なんでか知らねーが婦警ばっかじゃねーか!」

「それもそうだが……それよりも街が綺麗すぎる。俺たちが死んでからそんなに長い時間が経っているとは思えん。少なくともそんな短期間でエボルトがやった破壊活動やスカイウォールの痕跡は消えないだろ。」

 

一海はその言葉を聞きニヤリと笑った。

 

「アイツらは、エボルトを倒して……新世界を作ったって訳だ」

「そう考えるのが妥当……だな。」

 

笑みを浮かべながら一海が突き出した拳に幻徳も自分の拳をぶつける。

戦ったことに後悔はない。だがあの二人に最後は全ての責任をおわせる形になってしまったことに負い目はあった。だが「仲間達」が目的を達してくれたのなら。桐生戦兎が創ろうとした「平和な世界」の礎となれたことを少し誇りに思いながら2人はかつての世界に思いを馳せた。

 

「あーーーーみーたんに会いてーーーー!!!」

 

一海が感傷を誤魔化すように叫んだ。その様子を見て幻徳も笑う。

 

「フッ……俺は…………」

 

桐生戦兎の作った新世界で親父は、内海は元気でやっているのだろうか。

 

自分のための犠牲となり命を落とした2人の恩人の顔を浮かべながら幻徳はせめてもの罪滅ぼしにと新世界での2人の幸せを願うのであった。

 

「!こっちで叫び声がしたわ!」

「急いで応援を要請して!反対方向へ回り込むのよ!!」

 

「……ポテトォ…」

「……ごめんなさい」

 

突然路地裏の入口の方が騒がしくなり、幻徳は一海に非難の視線を送りながら素早く立ち上がる。一海も立ち上がったのを確認しながら幻徳は騒がしくなった方とは逆の方向へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「っとォ!ヒゲ!!」

「あ!?どうした!」

 

しばらく走ったところで一海は自分の少し前を走っていた幻徳を呼び止めた。怪訝そうな顔で幻徳は足を止めて振り返る。

 

「ここに隠れるぞ!」

 

一海は横に立っている校門を指差していた。

 

「……確かにこのまま走り続けるのは得策じゃないしな。この時間なら生徒もいないだろう 」

 

幻徳は頷くと素早く校門を乗り越えた。一海もそれに続く。

 

「取り敢えず人気のなさそうな建物に入って、そこで一旦作戦を練るぞ!」

「……指名手配されて追いかけ回された桐生戦兎の気持ちが今ならよく分かるな……」

 

校庭を走り抜けていく2人。彼らが乗り越えた校門には『IS学園』の表札が掲げられていた。

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しま〜す(小声)」

「……それで、どうする。ここから(小声)」

 

思いの外巨大な敷地だった学校の、大きめな倉庫らしき建物に2人は身を潜ませていた。

 

「情報も何も足りてねぇな。一応使えそうなのは……」

 

一海はポケットから1つのボトルを取り出した。シャカシャカと振ってみるがボトル単体では何の現象も起きない。

 

「テレビフルボトル……だが今は使えないな」

 

「あぁ。いくらなんでも騒がしすぎる。くそっ、金も持ってねぇのかヒゲ」

 

一海の問いに幻徳は首を横に振った。

 

「俺も持っているのはドライバーとスチームガン、あとはボトルだけだ。」

「あーくそっ!戦兎のバイクみたいな移動手段がありゃあまた違ったのかもしんねぇけどよ……」

 

桐生戦兎が使用していたバイクに変形するスマホ型ガジェットを思い浮かべながら一海がため息をついた。八方塞がり、というやつである。

 

「……ここも朝までには脱出する必要があるな。学校なら生徒が登校してきてしまう。」

「消しゴムフルボトルがあればな…」

 

一海はかつて自分が使用した「透明になる」能力を持ったフルボトルを思い浮かべた。この状況に最適とも言えるボトルだが生憎と現状手元には存在していない。

 

「俺の手持ちはロック、ローズ、ヘリコプター、テレビ、ロボット、ノースブリザードのボトル、それとドラゴン、ロボットのゼリーだ。何か使えそうなボトルねぇのかヒゲ」

 

「こっちはフェニックス、ダイヤモンド……それにクロコダイルとサメだ。」

 

つまりこの現状を打破できそうなモノはないという訳だ。ヘリコプターもフェニックスも普段の移動はともかく今使用するには派手すぎる。仮面ライダーに変身すれば無理やり追っ手を突破することも可能だが……

2人はこの『仮面ライダー』の力をそんなことに使う気はなかった。あくまでこの力は『ラブ&ピース』のための力。それを怪人でもない一般人に向けて振るうのは2人の信念に反するのだ。

 

「ったく…平和な世界になったってのに俺らは全く平和じゃねーな……」

「あぁ……ッ!ポテト」

 

一海の軽口に相槌を打つ幻徳は突然何かに気づいたかのように舌打ちすると一海の腕をつかみ近くの物陰に引きずり込んだ。

 

「痛っ……何しやがんだヒ……」

「静かにしろ」

 

文句を言う一海を手で制しながら幻徳は物陰から倉庫の入口の方を伺う。やがてパチンという音と共に倉庫の中が明るくなった。

 

「誰かいるのか」

 

倉庫の入口に一人の女性が立っていた。

黒いスーツを身に纏い、その立ち姿は「美しさ」と「力強さ」が同居している。その姿を見て幻徳は息を呑んだ。おそらく、生身で彼女より強い人間はそういないだろう。初対面だというのに幻徳の思考は「ヤバい」という警鐘と「美しい」という賞賛で埋め尽くされていた。

 

冷や汗をかきながら幻徳は一海の方を確認する。彼も同じ感想を抱いたようでその表情は強ばっていた。

 

「話し声が聞こえたような気がしたが……」

 

カツ、カツと靴の音を響かせながら女性は2人が隠れている物陰の方に向かってくる。

 

(ヤバいヤバいヤバいヒゲどうすんだよ!!)

(ぉぉおおおおおちつ落ち着け落ち着け落ち着け!!)

 

アイコンタクトを交わすが、お互い動揺してて何の意味も成さない。

やがて女性は2人が隠れている物陰から少し離れた所で足を止めて周囲を見回すと入口に向かって歩いていった。

2人は安堵のあまり息を吐き、自分たちの姿を隠していたものに手を触れる。

 

──────その瞬間、ソレは光と共に2人の体にまとわりついた。

 

「うおおおおおおおぉ!!?」

「ぉぉぉぉっ!?」

 

2人が出した情けない声と光に反応し、背を向けて歩いていた女性は素早く振り返ると近くに置かれていた大型の剣らしきものを手に取り構える。そして

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

驚愕したような表情をみせる女性の前には苦笑いを浮かべながら両手を挙げて降参のポーズをとる、「女性のみにしか扱えない筈のIS」を装着した二人の男の姿があった。

 




劇場版ビルドの牢屋のシーンで映画館で爆笑しそうになりました。


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青春のリプレイ

タイトルと本文を何ヶ所か修正と追加しました。よろしくお願いします。


「氷室幻徳に猿渡一海。二人とも住所不明、身分証も無し、所持金も無し……それに別の世界から来ただと?」

 

目の前に座り書類を確認している女性、織斑千冬は鋭い目を幻徳と一海の2人へ向ける。

IS─────女性のみが使用できる「兵器」。世の中の男女のパワーバランスを大きく変えたその兵器を千冬の目の前で起動して見せた2人の男はその後あっという間に拘束され、このIS学園の応接室に押し込まれていた。

 

 

 

「いや、信じてもらえないかもしれないスけど本当なんスよ!工作員とかじゃないんです!見てくださいコイツの顔!工作員とか無理ですって!!」

「…………」

 

一海の必死な弁明と幻徳の恐怖すら感じるような笑顔を、千冬はくだらんと一蹴した。

 

「口ではなんとでも言える。それに……29歳と35歳だと?ふん、大人ぶるのは結構だが自分の年齢も把握できてないのか?」

 

千冬の言葉に「は?」と一海と幻徳は呆けたような反応をする。そのまま一海は隣に座る幻徳の方へ顔を向けた。

 

「いや若く見られるのは嬉しいけどよ……っておいヒゲ。お前なんか若返ってないか?」

 

一海の言葉に幻徳は怪訝そうな顔をする。が一海の顔を見て幻徳は首をかしげた。

 

「そういうお前も肌のツヤが増してないか?」

 

顔立ちは変わっていない。だが明るいところで改めて向き合ってみると肌の質感等が明らかに以前より若くなっていた。

 

「……まさか。」

 

「ネビュラガスの影響で若返ったとでも言うのか……!?」

 

何やら衝撃を受けている2人を無視して千冬は自分と彼らの間にあるテーブルへと目を向ける。

 

テーブルの上には、スクラッシュドライバーや2人が所持しているフルボトルが並べられていた。

 

「それで、これはなんだ。」

 

千冬が尋ねるが、2人は向かい合ったまま衝撃を受けていて反応しない。

 

「これはなんだァッ!!!」

 

再び、今度は強めの語気で尋ねると2人は飛び上がりこちらへ顔を向けた。

 

 

「…………」

「…………」

「なんだ、説明出来んのか?」

 

2人はしばらく無言でチラチラとお互いの顔を確認し合っていたが、やがて射抜くような千冬の目線に耐えきれなくなったのか一海がため息をついて立ち上がった。

 

「わかりました。見せますよ。でもこのままじゃ難しいんでこれ、取っていいすか」

 

両手を前に向ける。一海と幻徳は千冬に叩きのめされたあと両手を金属製の手錠で拘束されていた。

 

「あぁ、待ってろ。今鍵を……」

「ふんッ!!」

 

一海が力任せに手錠を引っ張ると手錠の鎖部分はバキンという音と共に砕けてしまった。

そのままテーブルの上のスクラッシュドライバーを手に取ると自分の腰に押し付ける。千冬は呆気に取られていたが、数秒後学園内に侵入した不審者が拘束を破壊したという事実を把握し立ち上がった。

 

「っ……貴様!」

 

一海に詰め寄ろうとした千冬を幻徳の腕が制止させる。気がつけばこの男も手錠の鎖を引きちぎっていた。

 

「離れた方がいいですよ。……危ないですから」

「何だと……?」

 

幻徳の言葉に千冬が眉をひそめると同時に、一海はテーブルの上に置かれていたロボットゼリーをドライバーに装填した。

 

「────変身!!」

 

一海の周囲を巨大なビーカーのようなものが包み込み、その内部を黒い液体が満たしていく。液体はやがて一海の体へまとわりつくと黄金のアーマーへと姿を変えた。そのアーマーへ更に液体が追加の装備を形成していく。

 

驚愕の表情を浮かべる千冬の前で猿渡一海は『仮面ライダーグリス』への変身を完了させた。

 

「これはライダーシステム。俺達がいた前の世界で愛と平和の為に一人の天才が完成させた『力』です。」

 

「IS……いや、ライダーシステムだと?それに天才……?」

 

千冬はその言葉に1人の友人を思い浮かべる。彼女なら確かにこんな物も作ってみせても驚かない。だが「愛と平和」の部分でその可能性を打ち消した。アレは、そんな事を言うような存在ではない。しかし、彼女以外にこういったものを作れる存在に心当たりがあるか、と言われると答えはNOだ。

千冬が考え込んでいると

 

「失礼します」

 

そこでドアが開き、他の教員が千冬に追加の資料を届けに来た。

 

「あ、あぁ、すまない。」

 

少し困惑した様子で資料を受け取った千冬はそれに目を通す。

目の前に座る2人の人間のデータとそれを世界中の人間のデータを照合したものだった。目を引くのは明らかに人間離れした身体能力のデータ。だが千冬はそれよりも照合の結果のページを見つめていた。

 

「二人とも……名前、指紋、遺伝子情報……一致無しだと?どういうことだ…本当にこの世界の人間じゃないのか?」

 

「最初っからそう言ってるじゃないすか!! 」

「……(コクコク)」

 

変身を解除して文句を言う一海とそれに同調する幻徳をガン無視して、千冬は資料を読み進めていき───最後のページで動きを止めた。

 

「…………猿渡一海、氷室幻徳 両名を世界2例目、3例目のIS男性適合者として認定し…当校で保護するものとする……」

 

「え、なんすか…?」

「どういうことだ…………?」

 

千冬の言葉に2人は首をかしげた。男性適合者?認定?保護?

話を完全に理解するにはまだ情報が足らなすぎる。

そんな2人の様子を見ながら千冬は大きなため息をついた。

 

「わかりやすく言ってやる。貴様ら2人には学生としてこの学園で生活してもらうということだ。」

 

「は!?」

「何?」

 

戸惑いつつも立ち上がった2人の肩を千冬は万力のような力で掴みそのまま無理やりソファに座らせる。「ちょっ、いた、痛い痛い痛い!?」「ぬおおおぁぁぁ!?」と痛みのあまり叫ぶ2人を無視して千冬はふぅと息を吐いた。

 

「取り敢えず貴様らが別の世界の住人だ。というのは信じてやろう。その代わりその身体能力やライダーシステムについて、洗いざらい話をしてもらおう。安心しろ、入学式は2週間後だ。時間はたっぷりあるぞ それと並列して入学の為にISに関しての基礎知識も勉強してもらうぞ……!」

 

「ぐぁぁぁあぁっ!!分かったから頼む!手を離し……離してください!!」

「潰れる!溢れる!流れ出るぅぅぅ!!」

 

こうして、一海と幻徳は2度目の高校生活を送ることが決定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員揃ってますねー。じゃあSHR始めますよー」

 

黒板の前で副担任の山田先生が微笑んだ。しかし教室内は謎の緊張感に包まれており、反応する生徒はいない。

 

「え、えっと…皆さん1年間よろしくお願いしますね」

「「「「「………………」」」」」

 

ちょっとうろたえる先生が可哀想だが、無理もないのだろう。幻徳は教室の中央の最後列の席からクラス全体の様子を見ていた。自分の前の席には猿渡一海、そしてこの列の先頭の席に自分と一海以外の唯一の男のIS適合者───織斑一夏。クラス全体の注目がこの3つの席に集まっているのが分かった。

 

クラスどころか、学園内でたった3人の男。一海という友人が目の前にいる自分と違いたった一人というのは不安なのだろう。織斑一夏は先ほどからキョロキョロと辺りを見回していた。

 

そうこうしているうちに自己紹介の順番が回ってきたのか織斑一夏が前に歩み出る。

 

「えー……っと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

シンプルな挨拶と会釈。だが教室内には不満そうな空気が流れていた。女子達の視線が一夏へと突き刺さる。

困惑しながらも席に戻れずにいる一夏に同情しながら幻徳は無表情を保ち続けながら自分の自己紹介の時にするTシャツ芸を考えていた。

 

「あー……猿渡一海だ。ここらへんじゃぁねえけど元々は遠くの方で仲間と農家やってた。まぁよろしくな」

 

いつの間にか目の前の席の一海が自己紹介を終えていた。女子からの反応は上々だ。「かっこいい…」「爽やかな一夏くんもいいけど、頼りがいのある猿渡くんもいいよね…!」等周囲から聞こえて来た。一海はその反応を見て上機嫌で席に戻る。

 

「えっと…次は氷室くんだね!自己紹介お願いします」

 

山田先生に呼ばれ、幻徳は軽く頷くとクラスの前に立った。「足長っ…」「スタイルいい…」と誰かが呟く。

 

「氷室、幻徳だ。」

 

幻徳はクラス全体を見回しながら名乗る。そして勢いよくジャケットを開き中に来ていたTシャツを見せつけた。

 

『夜露死九』

 

「よろしく頼む」

 

静寂が教室を包み込む。一海が「やりやがった」と頭を抱えるのが見える。だが幻徳は自分のファッションセンスに絶対の自信を持っていた。

2秒たち、3秒たち……そして、教室は笑い声に包まれた。

 

「氷室くん何それーー!」「顔怖いけど結構ノリいい人なのかなー」「ヒゲが素敵!」

 

笑顔の教室を見渡しながら幻徳は満足そうな笑みを浮かべ───────

 

パァン!!

 

「がぁっ!?」

 

炸裂音が教室内に響きわたり幻徳が前のめりに倒れ込み教卓に突っ伏する。

 

「自己紹介はボケる場ではない。簡潔に済ませろ馬鹿者」

「千冬ね────」

 

パァン!!

 

「グッ……」

「織斑先生だ。」

 

一人の女性が現れると5秒もしないうちに明くなっていた教室の空気が引き締まった。叩かれた幻徳と一夏は失神したのか動く様子がない。一海は先程とは別の理由で頭を抱えていた。

先程の自己紹介の時、山田先生はこう名乗った。「このクラスの副担任」と。

ではまさか…………一海は泣きそうになるのを堪えながら顔を上げた。あの倉庫で捕まってから今日の入学式までの2週間。ずっとISについての基礎知識や現在の世界情勢を叩き込まれていた2人は彼女の恐ろしさを身にしみて実感していた。入学すれば自由だ、そう言い聞かせて頑張ってきたのに……

教卓に突っ伏した幻徳を気にする様子もなく、その女性はクラス全員に名乗る。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ないものには────────」

 

教卓に立つ織斑千冬の言葉の後半部分は、白目を向いている一海に届くことは無かった。

 

「さあSHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。……それと猿渡。このあと氷室を起こして職員室までこい。……猿渡?」

 

千冬は返事のない一海の様子を確認する。彼は机に座ったまま魂が抜けたかのように白目を剥いて失神していた。

千冬はため息をつくと一海の席まで歩み寄る。クラスの生徒全員がこれから起こることを理解し、一海から目を背ける。

 

───────本日3度目の炸裂音が教室に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「失礼しまァーす」

「失礼します」

 

ズキズキと痛む頭を抑えながら、一海と幻徳の2人は職員室を訪れていた。

 

「来たか。渡すものがあってな。」

 

千冬は2人の痛みなどまるで気にする様子もなく、机の上に置いてあった2つのケースを手に取る。

 

「お前達の所持していた……スクラッシュドライバー?の解析が完了した。結論から言うとそれは現在の技術で作れる物ではないそうだ。……だがその情報が流出して混乱が起きても困る。そんなことになればお前達の身柄を狙う連中も出てくるだろう。そこでそのライダーシステムを学園では『IS』として扱うことになった。」

 

それを聞いて2人は慌ててケースを受け取ると中身を確認した。壊れた様子などはなく問題なく使えそうだ。

学園への入学を告げられた後、2人が持っていたライダーシステムは全て研究、解析の為に取り上げられていた。絶対に壊したりしない、という約束であったが万が一壊されたりしたらどうしようもなくなるのだ。一海も幻徳も態度には出さないがずっと不安を抱えながら毎日を過ごしていた。

 

「はー良かった……無事で」

「あぁ。」

「今後はお前達の戦闘データを取り、技術の解析を続けるそうだ。……あぁ、そうだ。」

 

 

安堵の表情を浮かべる2人に千冬は問いかける。

 

「どうだ。あのクラスは。やっていけそうか」

「あー、まあ何とか……」

 

曖昧な返事をする一海。

一方幻徳は「無問題」と描かれたシャツを千冬へ見せつけていた。

 

「………………」

 

パァン!!!

 

 

 

「教師への態度は改めろ。分かったな?」

「………肝に銘じておきます」

 

頭にたんこぶを作りながらうつ伏せで倒れる幻徳に苦笑いを浮かべながら一海は職員室から出ようとする。その背中に再び千冬が声を掛けた。

 

「そうだ。そのライダーシステム……お前達の専用ISとして登録する事になるが機体名称はどうするんだ?」

 

千冬の問いに一海はよろよろと立ち上がる幻徳と視線を交わす。幻徳は一海に頷くと千冬の方へと顔を向け、迷う様子も無く答えた。

 

「……仮面ライダーローグ」

 

 

 

『仮面ライダー』。元は兵器として創られた技術、そして地球外生命体の脅威に晒されていたあの世界で愛と平和のために戦った正義の戦士の名。宇宙開発の技術として創られながらも結局は兵器として運用されることになってしまったISとは真逆の経緯をもつ『力』だ。

この世界でもその名を名乗るという事は、「俺達は兵器になるつもりはない」という幻徳なりの意思表示であった。

それを察した一海は笑みを浮かべ千冬へと視線を向ける。

 

「俺は仮面ライダーグリスだ」

 

 

 

 

 

今ここに再び『仮面ライダー』が誕生した。

 

だが2人はまだ気づいていない。

自分たち以外にもこの世界に紛れ込んだ「異物」が存在していることを。

 

世界のどこか、誰も知らない場所。満天の星空の下で再び『蛇』は目を覚ました。

 

 




高校入学するのに29歳と35歳のままじゃアレだったんで無理やり若返らせました……
まあスタークもガスで人の顔変えたりなんだりしてたんで多少はね?


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暗躍するコブラ

書き溜めしてた分が尽きたので次はもう少し期間あくかもしれないです
よろしくお願いします


「むーん……」

 

金属とケーブルで埋め尽くされた奇妙な部屋で、まるで童話の登場人物のような青いワンピースと白いエプロン そしてウサギ耳のカチューシャを頭につけたこれまた奇妙な服装の部屋の主「篠ノ之 束」は何らかの作業に没頭していた。

ちきり、ちきりと音を立てながら指先を動かし続ける。数分ほどその作業を続けた後、束はつまらなそうに「終わっちゃった」と呟いた。

そこにあったのは精密に創られた「ISのプラモデル」。本物をそのまま縮小化したかのようなその模型を束は軽く指で小突く。とたんにパーツ同士の結合が外れ超極小のISはただの破片の山になってしまった。

 

「暇、暇ぁ〜」

 

自分一人しかいない部屋で不満そうな声を上げる。

その声に返事をする者など当然居ない。筈であった。

 

「よォ。退屈そうじゃねぇか篠ノ之 束」

「!?」

 

壮年の男の声が部屋に響く。

返ってくるはずのない返答が返ってきたことに驚愕し、束は立ち上がると周囲を見回した。

そして、自分の後方の壁にもたれかかっている人影に気がつく。

 

「お前、誰?それに何そのIS。そんなもの作った覚えないんだけどなぁ」

「俺か?俺は……そうだな、ブラッドスタークとでも呼んでくれ。」

 

赤い、まるで宇宙服をスマートにしたような形状のスーツの各所に存在するコブラのような意匠に、バイザーに覆われた頭部。ISの生みの親であり、世界最先端の技術の持ち主である束でもこんな形状のISは見たことがなかった。ブラッドスタークを名乗ったそれは両手を広げて危害を加える気は無いことをアピールする。

それに対し束は敵意を剥き出しにして尋ねた。

 

「おかしいなぁ。いっくん以外の男がISに乗れるわけないんだけど……それより何でここが分かったのさ」

「いやぁ……大変だったぜ?何しろ世界中を虱潰しに調べる羽目になったんだからなァ」

 

演技かかった仕草で肩を竦めてみせるとスタークはどこからか小さい何かを取り出してカシャカシャ音を立てて振ってみせた。

その小さいモノに見覚えがあった束は小さく呟く。

 

「フルボトル……」

「ほォ……流石は天才開発者だ。既にコイツを知っていたとはなァ」

 

数日前、IS学園で確認された正体不明の2人目と3人目の男性適合者。身元不明、さらに細胞におかしな点が無いのにも関わらず明らかに人間離れした身体能力。そして彼らが所持していたという謎の技術「ライダーシステム」。それらは基本的に他人に関心を持たない束の興味を引くには十分すぎるほど魅力的だった。自らIS学園のサーバーをハッキングしてデータを盗み出す程に。

──────だが、世界最高の天才である篠ノ之束でもあのライダーシステムを解析するのは不可能だったのだ。あの変身能力、フルボトルの成分は兎も角──ネビュラガス。そもそもこの地球上に存在しないはずの物質を前に束は困惑することしか出来なかったのだ。

これを創り上げたという顔も見た事がない「桐生戦兎」に束は激しい嫉妬と生まれて初めての敗北感を味わっていた。

ここ数日間、暇を持て余していたように見えたのも「やることが無い」というより「何もやる気にならない」というのが正解だ。

だが、目の前に現れた存在に束は笑みを浮かべる。コイツは、明らかにそれらの技術について何か知っているような様子だった。コイツから情報を引き出すことが出来れば、篠ノ之束(天災)桐生戦兎(天才)を越えることが出来る。

自分の中の枯れかけていた気力が再び燃え上がるのを束は感じていた。

 

「それで、お前の望みは何なのさ」

 

束の問いにスタークは待ってましたとばかりに身を乗り出しある物を差し出した。

赤い、ハンドルが着いた長方形のもの。形状こそ違うもののあのスクラッシュドライバーと似たような印象を受けた。

スタークは束が受け取ったそれを指で指し示す。

 

「こいつはエボルドライバー。俺の持ち物だが諸事情あって壊れちまってなァ。……アンタにはこいつを修復してもらいたい。もちろん必要な情報とかはこちらから提供する」

「ふぅん……でもそれだけじゃあ私にメリットがないね。」

 

束の返事にスタークはクックッと喉を鳴らしながら肩を揺らした。笑っているのか、バイザーに覆われたその頭部からは感情を読み取るのは不可能だ。

 

「アンタは了承するしかないんだよ。篠ノ之束。妹が殺されるのは嫌だろう?」

 

スタークのその脅迫に、束の全身から殺気が膨れ上がった。

 

「…………あのさぁ私がそんな事を許すと思う?」

「分かってないのはお前だ。世界中のどこの国も見つけることが出来ていなかったこの場所を見つけてみせた俺が、その程度のことを出来ないと思うかァ?」

 

束は表情を不快そうに歪まながら殺気を抑えた。その様子を見てスタークは再び肩を揺らす。

 

「安心しろ。さっきはあぁ言ったがそのドライバーの修復が終わるまでは俺も暇でね。それまで俺がお前の仕事を手伝ってやろうじゃないか」

「手伝う?」

「あぁ、何でもいいぜぇ。暗殺だろうと、工作だろうとやってやるよ。そいつが俺からお前へ払う『対価』だ。」

 

その提案に束は暫し思案する。……やがて顔を上げるとスタークの顔を睨みつけた。

 

「いいよ。その交換条件乗った。……でもお前の正体についてまだ聞いてないんだけど。」

「正体ィ?……あぁ、なるほどなァ。」

 

スタークは己の頭部に触れ、そのまま引っこ抜いた。

そこにあったのは肉の断面ではなく、空洞。引っこ抜かれた頭部の中にも脳や脊髄といった内部は存在していなかった。

 

「俺は宇宙人ってやつだ。この姿は肉体を変化させているだけでISじゃない。ご希望ならお前の好きな人間の姿になってやってもいいぜ?」

「……いらない」

 

流石に人類最高峰の頭脳の持ち主と言えども理解が追いつかないのか、束は疲れたように椅子に座りこんだ。

 

「それじゃあこれからよろしく頼むぜぇ篠ノ之先生。早速情報交換といこうじゃないか」

 

スタークは頭を元の位置に戻しながら床に転がっていたガラクタの山の上に腰を下ろす。

束は不愉快そうな態度を隠そうともせず乱暴にテーブルの上のPCを自分の手元へと引き寄せた。

 

 

 

 

 

星を狩るバケモノと人の形をした天災

 

史上最悪の協力関係となった2つの存在。人をおちょくるような態度を取るブラッドスタークと他人に対して関心を示さない篠ノ之束

 

一見全く合わなそうなこの2人だがその思惑は完全に一致していた。

 

 

 

 

「コイツは利用するだけ利用して、殺す。」

 

 




エボルトは平成ライダーキャラの中でもトップクラスに好きですね。
こんな化け物も数年くらいしたらお祭り作品で乱戦の中画面の端っこでボコボコにされたりするんでしょうか


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英国から来たエリート

次は少し期間あくとか数時間前に書いたような気もしますが気にしないでください。自分は気にしてないです。



感想などありがとうございます!くっそ嬉しいです。
よろしくお願いします。



「──であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証がひつようであり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法で罰せられ──」

 

すらすらと教科書を読んでいく山田先生。たまに常識知らずな所があるとはいえ、元政治家である幻徳にとってこの程度の教科書の内容を把握するのはそれほど 苦ではなかった。目の前の席に座る一海も先生の指導の賜物か、黒板の方へ顔を向けノートを取っている。戸惑っている様子は無い。

さらに前方へ視線を向けると、織斑一夏が不安そうな表情で周囲の生徒を確認していた。あの様子を見ると恐らく授業についていけてないのだろう。

 

(……仕方ない。後で教えてやるか。)

 

幻徳はノートを取りながら考える。学園で3人だけの男子だ。仲良くするべきだろう。

 

「織斑くん、何かわからないことはありますか?」

 

一夏の様子を見かねたのか、山田先生が声を掛けた。

 

「分からないことがあったら聞いてくださいね。私は先生ですから」

 

山田先生がえっへんと胸を張る。揺れた。幻徳は思わずカッと目を見開く。

 

「あっ氷室くんも何か分からないことがありましたか?」

「いえ大丈夫です。なんでもありません」

 

その表情を見て山田先生は一瞬ビクッとしてから幻徳にも声を掛けた。ブルブルと頭を横に振って心を落ち着かせる。集中、集中。幻徳は煩悩を打ち払い再びノートを取り始めた。

ここで対応を間違えれば恐らく教室の端に控えている織斑千冬の制裁が待っているはずだ。その証拠に彼女は先程から幻徳をロックオンしている。

 

「えっと…それじゃあ織斑くん。わからない所を教えてくださいね」

「先生!……ほとんど全部わかりません。」

 

一夏の返答に山田先生は顔を引き攣らせた。千冬は呆れたようにため息をつく。

 

「織斑、入学前に配布された参考書はどうした。」

「……古い電話帳と間違えて捨てました。」

 

パァン!!

 

幻徳は炸裂音がなる瞬間、一夏の方から顔をそむけていた。織斑千冬のあの出席簿アタックは見ているだけで痛い。

……そういえば目の前の一海がやけに静かだ。自分と同じくらいあの制裁を受けているはずだが、目を背ける様子もなく黒板の方へ顔を向けている。頭を抑え呻き声を上げる一夏と彼に参考書の再発行を告げる千冬を視界の端に捉えながら幻徳は一海の背中を小突いた。

 

(おいポテト……おい!)

(…………zzz)

 

器用なことに一海は背筋を伸ばし、顔を黒板の方に向け、手にはしっかりとペンを握った状態で寝ていた。寝息も幻徳が耳を澄ませてようやく聞こえるほど小さい。なるほど、これは並大抵の教師では騙されるだろう。だが彼らの前に立っているのは残念ながら並大抵の教師ではなかった。

 

(起きろ!ポテト……あっ)

「……………………」

 

気がついた時には千冬が一海の席の前に立っていた。幻徳は同情しながら顔を背ける。

 

「…………うへへ、みーた」

 

パァン!!!

 

気持ち悪い笑顔を浮かべながら寝言をつぶやき出した一海へ容赦なく出席簿が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、氷室に猿渡だよな。俺、織斑一夏。よろしくな」

「氷室幻徳だ。」

「猿渡一海……あぁ、一海でいいぜ。」

 

先程の授業の後、一夏と一海と幻徳は教卓の前にある一夏の席に集まり改めて自己紹介をしていた。

 

「しっかし大変だな。この量を1週間で覚えなきゃなんねぇのか」

 

一海は再発行されたらしい参考書を手に取る。一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、自業自得だしな。頑張るさ」

「……良かったら放課後に俺が教えてやろうか。中身は大体理解出来ている。」

 

幻徳の言葉に一夏は目を輝かせた。女子には頼み辛いし、先生の手を煩わせるのも気が引ける。唯一顔見知りだった幼なじみは何故か態度が冷たい。そんな所に幻徳の申し出は渡りに船だった。

 

「本当か!?よろしく頼───」

「いや、大丈夫だ。その役目は私がやろう。」

 

一夏と幻徳の間に体を割り込ませたポニーテールの女子が一夏のセリフを遮る。確か──篠ノ之 箒。幻徳は頭の中で目の前の女子の顔 と先日の自己紹介の時に覚えた顔を照合した。

 

「知り合いなのか?織斑」

「あ、あぁ。幼なじみってやつだ」

 

幻徳の問いに一夏は困惑しながら返答した。先程、6年ぶりに顔を合わせた時はずっと不機嫌そうな顔をしていてとてもじゃないが参考書について質問できるような雰囲気ではなかったのだ。それがいきなりどうしたのだろうか。

一夏の言葉を聞いた一海は箒と一夏の顔を見比べ「ほほぅ」と楽しそうな笑みを浮かべる。そして幻徳の腕を引っ張った。

 

「そういう事なら俺達は邪魔みてーだな。おら行くぞヒゲ!じゃーな一夏!また後でな」

「なんだポテト急にどうした?うおっ引っ張るな!おい!」

 

幻徳を引きずるように自分たちの机へと戻って行ってしまう一海。すれ違う時に箒に「頑張れよ」と小さく声をかける。「いきなりどうしたんだ?」と首を傾げる一夏の肩を顔を真っ赤にした箒の手が掴んだ。

 

「しっ、心配するな一夏!私がしっかりと教えてやる!1から!!10まで!!」

「わかっ、わかったから落ち着け!揺らすな!」

 

照れを隠すように一夏の肩を揺さぶる箒とガックンガックン頭が揺れる一夏の姿を教室の後方の自分の席から眺めながら、一海は「青春だな」と笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者をこの時間で決めようと思う。」

 

次の授業の時間、山田先生ではなく千冬が教卓に立っていた。

山田先生は何かの記録をとっている。

 

「代表者とはその名の通り、クラスを代表する人間だ。対抗戦だけでなく、生徒会の会議や各委員会への出席もしてもらう……わかりやすく言えばクラスの委員長だな。」

 

ざわざわと教室が色めきたつ。幻徳と一海は特に興味もなさそうだ。無論居眠りなどをすれば千冬の制裁が待っているため話だけは真面目に聞いている。

 

「はいっ!織斑くんがいいと思います!」

 

そうこうしている内に女子の1人が一夏の名前を挙げた。千冬は黒板に一夏の名前を書き込む。

 

「候補者は織斑一夏……他にはいないのか。自薦他薦は問わんぞ。」

「はいっ!猿渡一海くんがいいと思います!」

「氷室くんも良いと思います!」

 

千冬の言葉に他にも何人かの生徒が名前を挙げる。一海は面倒くさそうな表情を見せた。幻徳はまんざらでもなさそうだ。

 

「ちょっと待ってください!俺は──」

「自薦他薦は問わないと言った。拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ。」

 

思わず立ちあがった一夏の抗議は一瞬で切り捨てられた。言い返せなくなり一夏は仕方なく席に座る。

 

「他にはいないか?ならこの3人の中から───」

「お待ちください!!」

 

意見の時間を切り上げようとした千冬を甲高い声が遮った。1人の女子生徒がバンッと机を叩いて立ち上がる。わずかにロールがかかった綺麗な金髪を靡かせるその姿は「お嬢様」というイメージがしっくりくる。セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生で正真正銘本物の「エリート」である。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を1年間味わえとおっしゃるのですか!?」

「あ?」

 

セシリアの発した台詞に一海が反応する。しかし気圧される様子もなくセシリアは言葉を続けた。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスする気は毛頭ございませんわ!」

「誰が猿だコラ」

「大体イギリスだって島国だろ!」

 

セシリアの演説に耐えきれなくなったのか一海と一夏が抗議の声をあげる。

 

「大体こんな文化としても後進的な国で暮らさなくてはならないこと自体私にとっては苦痛で──」

「イギリスだって食文化最悪だろうが!なんだよ「うなぎのゼリー」って!うなぎに謝れ!」

「あっ、あなたねぇ!私の祖国を侮辱しますの!?」

「そうだ!イギリス料理は不味いものだけじゃない!偏見で物を語るなポテトォ!!」

「氷室!?どこに反応してるんだお前!?」

 

言い争いはヒートアップしていく。気付けば一夏&一海VS幻徳&セシリアの2チームに別れていた。

千冬はため息をつくと手にしていた出席簿で教卓を叩く。パァンという炸裂音と共に教室は静かになった。

 

「……候補者は織斑、猿渡、氷室、オルコットの4人か。……ちょうど2人ずつで別れているようだ。よろしい、では一週間後の放課後、第3アリーナで代表決定戦を行う。2チームに分かれ、勝利したチームの2人にはその2日後に一対一での勝負をしてもらう。4人はそれぞれ準備をしておくように。」

 

千冬が話をまとめる。言い争いをしていた4人は納得したようで大人しく自分の席についた。

 

(来週か。……一週間あれば基礎くらいはマスターできるだろうし、そんなに難しいもんでもないだろ)

 

一夏はかすかな不安を覚えながらセシリアの方を向く。セシリアも一夏を一瞥するとフン、とバカにするように鼻で笑い黒板の方へと顔を向けた。

 

 

 

 

 

「ったく、参っちまうな。」

 

一海は夕日でオレンジ色に染め上げられる校庭を眺めながら横に立っている幻徳を足で小突いた。

 

「イギリス料理を馬鹿にしたお前が悪い。いいか、イギリス料理はな──」

「いやイギリス料理はもういいっつうの。……そういやお前と戦うのは随分久しぶりだなヒゲ。俺とタイマンして以来じゃねえか?」

「フッ……久々の戦いで腕が訛ってないか見てやる。」

 

幻徳は手に持っていた炭酸の缶ジュースを飲み干すと近くのゴミ箱へ投げ込んだ。一海もジュースを飲み干す。

 

「あっ!氷室くん!猿渡くん!」

「ん?山田先生」

 

2人が声をした方へ顔を向けると、副担任の山田先生がこちらへ走り寄ってきた。

 

(揺れてる)

(揺れてる)

 

2人は走ってくる山田先生の体の1部分を食い入るように見つめ、気付かれる前にさっと目を逸らした。

 

「はぁ、はぁ、まだ学校にいたんですね。よかったです」

「はあ、まあ今から帰るところですけど」

 

山田先生の言葉に一海は頭をかいた。何か面倒事だろうか。男性である2人は女子しかいないIS学園の寮に入ることは出来ないため、学園側で用意してくれた学校外にあるアパートから通学していた。アパートと学校の間には割と距離があるのでなるべく早く帰りたい。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました!」

 

山田先生が笑顔で部屋番号と間取りが書かれた紙と2つの鍵を差し出した。一海と幻徳はそれを受け取りながら首を傾げる。

 

「あれ?俺ら男なんで寮には入れないんじゃないんすか?」

「俺もそう聞いてますが」

「そのはずだったんですけど、やはり男性適合者の保護という面から考えても学校外から通学させるのは不味いらしくて……急いで部屋割りを調整したんです」

 

なるほど、と山田先生の説明を聞いて一海は納得した。織斑千冬の話では男性のIS適合者というだけで誘拐や暗殺の危険性があるらしい。正直なところただの人間がネビュラガスによって強化された人間である一海と幻徳に勝てる筈がないのだが──好意は素直に受け取っておくべきだろう。

 

「アパートの荷物の方はもう寮に運び込んであるので今日から使用できますよ!あ、でもしばらく大浴場は使えないので部屋のシャワーで我慢してください!」

「なんだと……!?」

 

山田先生の言葉に幻徳がショックを受けていた。

「当たり前だろ」とツッコミを入れ、一海は鍵を受け取りながら山田先生へ疑問を投げかける。

 

「あれ?っていうことは俺らは男3人部屋っすか?」

 

ここにはいない男子、一夏の顔を思い浮かべる一海。だが渡された部屋の間取り図はどう見ても二人部屋だった。

山田先生は首を横に振って一海の言葉を否定する。

 

「いえ、織斑くんはまだ部屋の用意が出来てないので一時的に女子と相部屋になってもらいます。個室が用意でき次第そちらに移ってもらう形ですね。」

「女子と相部屋!?いいんですか!?そんなの!!」

 

一海は思わず大きな声を出してしまった。なんて男だ織斑一夏。俺がこのヒゲと相部屋なのにお前は女子と一緒に生活だと!?許されるだろうか、否!ぜってぇ許さねぇ!!

 

突然大きな声を出した一海にビクッと体を震わせながら山田先生は説明を続ける。

 

「いえっ、そのとにかく寮に入れるのが最優先ということでですねっ、でも織斑くんの相部屋の相手は篠ノ之さんで、幼なじみだから大丈夫だろうって織斑先生が──」

 

その言葉で一海はクールダウンした。今日の一夏との会話に割り込んできたポニーテールの少女の顔を思い浮かべる。そういうことかよ。なら、邪魔する訳にはいかねぇな。

 

突然大人しくなった一海の様子を少し怯えつつ伺いながら山田先生は説明を再開した。

 

「とっ、取り敢えずそういうわけなので、お二人には今日から入寮してもらいます。夕食は6時から7時、1年生用食堂で取ってください!─────あっ!すいません!私これから会議があるので、氷室くん!猿渡くん!ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ!」

 

 

説明を終え、慌てた様子で校舎へ戻っていく山田先生を見送る一海と幻徳。

 

その2人を、近くの校舎の屋上から観察する者がいた。

 

 

 

「あれが猿渡一海に、氷室幻徳か。お前達が何者かは知らないが……」

 

赤い宇宙服を象ったスーツで全身を覆うコブラ男、ブラッドスターク。

 

「精々強くなってくれよォ?俺が力を取り戻す為になァ」

 

フルボトルを手の中で弄びながら、スタークはどうやって彼らの「ハザードレベル」を上昇させるか思考を巡らせるのであった。




幻徳とカシラのハザードレベルは最期の瞬間に比べると1度死亡した事で下がってしまっている状態です
大体5.0〜5.2くらいですかね



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戦いのゴングが鳴る

前回の後書きに2人のハザードレベルは5くらいとか書いたんですけどやっぱりアレ無かったことにして下さい。2人のハザードレベルの現状などは後で作品内で改めて説明します。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
コメントで指摘して下さった方ありがとうございます!!


よろしくお願いします。


 

「IS……やっぱりガーディアン相手にするのとは訳が違うんだろうな」

 

翌日の昼食の時間、味噌汁を啜りながら一海は手元にあるISの教科書を読み込んでいた。その向かい側では幻徳が黙々と焼き魚の身肉と骨を分別している。周囲では女子達が2人その食事の様子をまるで動物園の観客のように観察しているのだが2人は全く気にする様子もなかった。

 

「当然だ。同じロボットでも機械による自動制御と人間が直接動かすのでは全くの別物、それにオルコットは代表候補生だ。織斑には悪いがあいつとはISの操縦技術も比べ物にならんだろう、実質2対1だ。この勝負はもらったな。」

 

頭をかく一海に幻徳が勝ち誇るような表情で言う。

 

「なんだとコラ。……悪ぃがそうはいかねぇよ。一夏だって勝負の日までただ遊んで過ごすわけじゃねえんだ。」

 

今日の午前中の授業の際、専用機が用意されることを告げられた一夏の特訓相手を申し出た篠ノ之 箒の顔を思い浮かべながら一海は幻徳の言葉を否定した。

 

「それに、俺はお前にだって負けるつもりはねぇからな」

「言うじゃねえかポテト…… 手加減はしないぞ」

 

視線を交わす。幻徳は焼き魚の骨の分別を終えたようで身肉を箸で掴んで口元に運ぼうとする。

そこで無情にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「……なんだと……!?まだ食べていないぞ!」

「早く食わないからだろバカ。次は実習だ、さっさと更衣室行くぞ」

 

気がつけば自分たちを取り囲んでいた女子達も殆ど居なくなっている。

一海は食べ終えた自分の食器トレイを手にさっさと立ち上がる。幻徳は悔しそうな顔をしながら何度か時計と綺麗に骨だけが取り除かれた焼き魚とご飯が乗ったトレイを見比べていたが、やがて諦めたかのように一海の後を追った。

 

 

 

 

 

 

そして、一週間後。

決戦の日がやってくる。

 

 

 

放課後、アリーナのピットで試合前に自分のISの調整を行うセシリアに幻徳は声をかけた。

 

「オルコット、油断するなよ。ポテト……猿渡はお前が思っているよりもずっと強い」

 

そのアドバイスに対しセシリアはふふんと鼻を鳴らす。

 

「怖気づいたのですの?このイギリス代表候補生、セシリア・オルコットが男相手に不覚を取るなどありえませんわ!」

 

自信たっぷりのその返答に、幻徳はおそらく今の彼女にはどんなアドバイスをしても無駄だと判断する。試合を前にして、彼は強い不安と焦りに襲われていた。昼食の時、一海にあそこまで自信たっぷりの勝利宣言をした以上負けるのはまずい。非常にまずい。

 

 

 

一方、反対側のピット。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

一海、一夏、箒の3人は無言で向かい合っていた。ピットの中に重苦しい空気が流れる。

一夏に用意される筈の専用機は、まだ彼の手元に届いていなかった。それだけではなく、特訓相手を志願した箒はなぜか一夏に剣道の稽古だけをしっかり付けたらしく彼はまだISについての基本的な知識や技術も身についていない有様である。

つまりぶっつけ本番で、イギリスの代表候補生と戦う羽目になってしまったのだ。

 

「「「…………」」」

 

空気が重い。箒も自分が指導すると豪語しておきながら結局1度もISについての指導をしなかった事に引け目を感じているのか先程から大人しい。

 

……とその時、慌てた様子で山田先生と千冬がピットへと入ってきた。

 

「織斑くん!すみません!遅れましたが今用意出来ました!織斑くんの専用IS!」

 

山田先生がまくしたてると同時にピットの搬入口が重い音を立てながら開く。扉の向こう側には、純白の装甲が操縦者を待ち侘びるように佇んでいた。

 

「これが織斑くんの専用IS、『白式』です!」

 

一夏はゆっくりと自分のISに触れる。その瞬間不思議と理解した。このISの「使い方」を。

 

「すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは戦いながらやれ。出来なければ負けるだけだ。」

 

千冬に急かされながら一夏は白式に身を委ねる。空気が抜けるような音と共に一夏と白式の意識は「繋がった」。視界が一気に広がっていく。

 

「準備は出来たみてーだな。」

 

隣に立つ一海はどこからか水色のガジェット───スクラッシュドライバーを取り出しながら一夏の装甲におおわれた背中を軽く叩いた。

 

「ぶっつけ本番だけどよ……あのイギリス女に見せてやろうぜ。俺達の実力を。」

「……ああ!行こうぜ一海!」

 

2人の男はゆっくりとピットのゲートからアリーナへと歩み出た。

 

 

 

 

 

「あら、出てくるのが遅いので逃げ出したのかと思いましたわ」

 

アリーナの中央付近に浮かぶ青いIS「ブルー・ティアーズ」を纏うセシリアが腰に手を当てながら嘲笑うように一海と一夏へ言葉を投げかける。その横には制服姿の幻徳が腕を組んで立っていた。

 

「よぉ、覚悟はいいなヒゲ」

 

スクラッシュドライバーを腰に装着しながら一海はセシリアの方を一瞥もせずに幻徳へ声を掛ける。

幻徳も横で「わたくしを無視しますの!?」と激怒しているセシリアに構わず同様にスクラッシュドライバーを腰へ装着し、懐から紫色の小さな筒状の物を取り出した。

 

「当然だ。…………行くぞ」

 

筒状の物────クロコダイルクラックフルボトルについているキャップを指で回し、赤い亀裂が浮かび上がったそれをドライバーへ装填する幻徳。

 

『Danger!!Crocodile!!』

 

一海もまるでウィダーゼリーの容器のような形をしたアイテム「ロボットゼリー」を取り出すとそのまま勢い良くドライバーへと装填した。

 

『ロボットゼリー!!』

 

「「───変身!」」

 

2人同時にドライバーに備え付けられたレバーを下げる。途端2人の体を巨大なビーカーのような物が覆い、内部で湧き出した黒い液体が飲み込んだ。

 

「なにあれ……IS?」

「でもあんなの見たことないよ」

「新型なのかな?」

 

アリーナの観客席で観戦していたクラスの女子達がざわめく。ピットのリアルタイムモニターでも山田先生と箒が驚愕した様子を見せていた。唯一千冬だけが冷静さを崩していない。

 

 

幻徳を包んでいたビーカーが、さらに展開された紫色の巨大なキバで叩き割られる。飛び散る破片の中から、紫色の鎧を纏った幻徳が姿を現した。何も映らない、漆黒の装甲に覆われた頭部へ顎部分から伸びた牙が喰らいつき、その一部分を破壊する。砕かれた装甲の下から現れた青い大きな『眼』が正面に立つ一夏と一海を睨み付けた。

 

『割れる! 食われる! 砕け散る!クロコダイル イン ローグ!!!オーウラァ!!!』

 

女性の悲鳴のような音と力強い男性の音声を響かせながら、幻徳は「仮面ライダーローグ」への変身を完了させる。

 

『潰れる! 流れる! 溢れ出る!ロボット イン グリス!!!ブラァー!!!』

 

一海も同じく男性の音声を響かせながら黄金の鎧を纏う「仮面ライダーグリス」への変身を終えた。

 

「手加減しないからな!」

「それはこちらの台詞ですわ!」

 

一夏は一海の変身が完了したのを確認し、自身のISに搭載された唯一の武器である近接ブレードを構える。

対するセシリアも大型のレーザーライフル《スターライトmkII》を手元に呼び出した。

 

 

白と青のIS、紫と金の仮面ライダー。4人はそれぞれ向かい合いながらゆっくりと己の武器を構える。

 

 

 

 

 

 

クラスメイト達が見守る中、戦闘開始を告げる鐘の音がアリーナに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

開始と同時にスラスターを吹かせながらブレードを構えセシリアへと突進する白式。セシリアは素早くライフルを向けるが、上空から撃ち込まれた光弾によって銃身が弾かれたことで狙いが逸らされてしまう。放たれたレーザーは一夏とは全く違う方向へと飛んで行った。

慌てて上空を確認すると腕に装着した武器《ツインブレイカー》をこちらに向けている金色の戦士グリスの姿。先程突進してきた一夏の影に隠れていたのだろう。更にそちらに気を取られている隙に接近していた一夏がセシリアの目の前で近接ブレードを振り上げる。

 

「もらったァ!!」

「させるか!」

 

すかさずブレードとセシリアの間に体を割り込ませた紫色の戦士ローグが手にした奇妙な形状の片手剣《スチームブレード》で一夏の攻撃を受け止めた。さらにもう片手に持っていたこれまた奇妙な形の拳銃《ネビュラスチームガン》をガラ空きになっている白式の胸部へ向け、光弾を数発撃ち込む。

 

「ぐぁっ……!!!」

 

威力はそこまで高くはないが、体を衝撃が貫き思わず仰け反ってしまう。ローグはすかさず白式へ蹴りを叩き込んで吹っ飛ばした。だがグリスが一夏の体を受け止めたことで思ったほどの距離をとることもできない。

 

「あっ…ありがとうございます」

「油断するなと言った筈だ…!集中を途切れさせるな!」

 

悔しそうな表情で礼を言うセシリアを幻徳が叱責する。先程一夏にあそこまで接近されたのは完全にセシリアの油断だった。セシリア自身もそれを理解しているのか普段のように幻徳を嘲笑うこともせず表情だけを歪ませた。

 

「分かってますわ!それにわたくしもまだ奥の手がありましてよ!」

 

ライフルを構え直すセシリアの周囲に4つの小型のマシンが浮かび上がった。IS《ブルー・ティアーズ》に搭載された自律機動兵器《ブルー・ティアーズ》。機体名と搭載された装備の名前が同じなのは分かりにくくないのか?自身のISの装備を自慢するかのように解説してみせるセシリアを横目で見ながら幻徳は正面に立つ一海と一夏の様子を確認した。

2人とも消耗こそしているが、決定的なダメージは与えられていない。……やはり連携の有無の差は大きい。2人で息を合わせて攻撃を行ってくる相手に対してこちらはコミュニケーションすらまともに取れていない状態だ。

 

それに……幻徳は自分の拳を握ったり開いたりして何かを確認していた。

 

(ハザードレベルが落ちている…)

 

あのパンドラタワーでの戦い以来の戦闘。あの時と比べると自分でもはっきり感じるほど戦闘力が低下しているのが分かる。これも1度死亡した影響なのだろうか。視線を向けると一海も違和感を覚えているのか自分の全身を確認していた。

 

「よそ見する余裕はありませんわ!」

 

そこへ、セシリアの《ブルー・ティアーズ》───ビットが一海と一夏へ狙いを定め取り囲む。直後、四方から放たれたレーザーが2人を直撃した。

 

「ぐあっ!?」

「うおッ」

 

一夏のIS──白式の肩部分の装甲が弾け飛び、グリスも衝撃で仰け反る。

そこへビットの銃口が再び攻撃を行おうと光を放った。グリスはすぐに体勢を立て直すとダメージの大きい一夏を庇うために跳躍する。だが

 

「そこですわ!!」

 

すかさずセシリアのライフルから打ち出されたレーザー弾が空中のグリスを直撃した。地面へと叩き落とされた一海と一夏へ、ビットからの射撃が殺到し2人は爆煙に飲み込まれる。

その様子を見て幻徳は舌を巻いた。ビットによる四方八方からの攻撃に加え、セシリア本人による精密な射撃。1度距離を取られた状況からこれに完全に対応するのはかなりの難易度だろう。自分や、一海のように戦いの中に身を置き続けた者とは違う、ただの16歳の少女にすらこれ程の戦闘技能を身につけさせるISという技術と、それを生み出したという篠ノ之 束へ幻徳は心の中で賞賛を送った。

だが、幻徳は知っている。アレが、この程度で倒れるような男ではないことを。横で勝利を確信し喜ぶセシリアへ声を掛けようとして────

 

「やってくれるじゃねぇか…コラ」

 

声が響くと同時に煙の中から茨のような物が飛び出し空中に浮いていたビットの1つを絡めとる。そのままビットは振り回されると別のビットに激突し爆発を起こした。

 

『チャージクラッシュ!』

 

黒煙の中から現れたグリスのドライバーにはゼリーではなくフルボトルが装填されていた。「茨」の成分が封じ込められた「ローズボトル」の能力。再びグリスの掌から茨が伸びていき3つ目のビットを絡めとった。

 

「オルコット!!」

「分かっていますわ!!」

 

幻徳の声に応じるようにセシリアはグリスへとライフルを向け引き金を引く。さらに放たれた光弾の間を縫うように駆けるローグが手にしたスチームブレードを構え直しグリスへととびかかった。グリスはビットへの攻撃を止め、回避の姿勢をとる。

次の瞬間、跳躍したローグへ向かって黒煙を切り裂くように光る刃が閃いた。

 

「何っ……ぐあっ!!」

 

完全な不意打ち。スチームブレードでの防御も出来ずローグの体はセシリアの近くまで吹き飛ばされていた。

 

「氷室さん!!」

 

セシリアが悲痛な声を上げる。空中で体勢を建て直しながら着地したローグは刃が飛び出してきた黒煙の中へ目を向けた。だがダメージは小さくないらしく、その場で膝をついてしまう。

 

薄くなる煙の中から、白式が姿を現した。だがその形状は、試合開始の時と比べて明らかに変化している。当初の機械的な形から、滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的などこか中世の鎧を思わせるデザインへと変わっていた。さらに先程の戦闘の中で吹き飛ばされた肩の装甲や胸部の損傷も修復されているようだ。

新しくなった白式を纏う一夏はゆっくりと、近接ブレード《雪片弐型》を構え直す。

 

「まさか……一次移行(ファースト・シフト)!?あなた、今まで初期設定だけの機体で戦っていたというの!?」

 

セシリアはその姿を見て驚愕の声をあげた。一夏は笑みを浮かべながら雪片の刀身から光を放つ。

 

「これでトドメだ、行くぜ一海!」

「あぁ、決めるぞ」

 

『スクラップフィニッシュ!!』

 

再度ロボットゼリーを装填し、レバーを下ろす。全身にエネルギーを循環させながらグリスは空高く跳躍した。そして両肩から黒いゲル状になったエネルギーを噴出させながら、セシリアと幻徳へ向けてライダーキックを放つ。

さらに地上では光り輝く刀を手に、白式がセシリアへ向けて疾走していた。

 

 

「───っ!!」

 

セシリアを守るように残っていた2機のビットが白式へ突進する。だが一夏はその動きを見切り一瞬でそれを切り捨てた。小さな爆発音が2度、連続して響く。勝った!一夏はセシリアの前で再び剣を振り上げる。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

一夏が勝利を確信したその時、雄叫びを上げながら飛び込んでくる影があった。氷室幻徳、ローグだ。

ローグは振り下ろされた雪片を両手で受け止めると、そのまま力任せに刀ごと白式本体を振り回し─────空中から迫っていたグリスへと叩きつけた。

 

「何ィーーーー!!?」

「ウソだろ!!?」

 

グリスのキックと白式の刀が接触し、爆発を起こす。

一海と一夏の体は纏っていた装甲を失い、地面を転がった。同時に幻徳も光と共に制服姿へ戻りその場へ倒れ込む。

 

 

『試合終了。勝者────セシリア・オルコット』

 

決着を伝えるブザーと共に勝者の名前が読み上げられる。アリーナには意識を失っている3人の男と、唖然とした表情のセシリアだけが残されていた。

 

 





ゲイツくんいいですよねあのデレっぷり
まだ3話目ですよ


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少女のファーストラブ

誤字の指摘などありがとうございます

ローグの変身音ミスってたの恥ずかしい……

よろしくお願いします


サァァァァァ……。

 

シャワーノズルから熱めのお湯が吹き出す。それを全身に浴びながら、イギリスの代表候補生セシリア・オルコットは物思いに耽っていた。

 

(今日の試合、わたくしが勝ったのに……)

 

決着の瞬間、自分を庇うように立ち一夏の刀を受け止めたあの紫色の装甲に包まれた背中を思い出す。

あの結果で自分の勝利を喜べる程、セシリアは愚鈍な人間ではなかった。

 

(氷室……幻徳さん)

 

あの、髭面のクラスメイトの顔を思い浮かべる。そして、試合中に投げかけられた叱責の声。仮面に覆われていても分かるほどの強い眼。本国でもこの学園でも、エリートとして振る舞い続けていたセシリアにとって誰かに叱られるのはとても久しぶりの経験であった。

3年前、鉄道の横転事故で両親がこの世を去ってからすっかり余裕を失っていた。両親の遺産を金の亡者から守るために、あらゆる勉強をした。その一環で受けたISの適正テストで高い評価を受け、第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者に抜擢され、稼働データと戦闘経験値の為に政府の指示で日本にやってきた。そして

 

出会ってしまったのだ。氷室 幻徳と。強い瞳と、意思を持った男。

知ってしまったのだ。凡人だと、男だからと、見下し、嘲笑し続けた自分をなんの躊躇いもなく庇ってみせたあの紫色の英雄の姿を。

 

「氷室、幻徳……」

 

その名を口にした瞬間、セシリアは自分の体温が上がるのをはっきりと感じた。

────なんだろう、この気持ちは。

意識すると途端に胸をいっぱいにする、この感情は。

────知りたい。

その正体を。その先にあるものを。

─────知りたい。幻徳のことを。あの不思議なクラスメイトのことを。

 

「……………………」

 

浴室には、シャワーの音だけが響き続けていた。

 

 

 

 

 

 

「いてててて…まだアバラが痛てぇ」

「俺もだ……」

「くっそぉ……あいつに何言われるかわかんねぇぞ……」

 

よろよろと足をふらつかせながら、学園で3人だけの男子生徒が並んで教室へと向かっていた。

猿渡一海、氷室幻徳、織斑一夏だ。3人とも足取りは重く、時折痛みを感じるのか肩や脇腹を押さえながら呻き声をあげている。特に一海と一夏は表情も暗く沈んでいた。まるで墓場から這い出てきたゾンビのような有様の3人に、周りの女子達はいつものようにはしゃぎながら取り囲んで声を掛けることもせず異様なものを見るような目で遠巻きに眺めているだけだ。

 

昨日の試合の後、気絶していた3人はそのまま医務室に運び込まれ朝になるまで眠り続けていた。そして目を覚ましたところ容態を見に来ていた織斑千冬に「その様子なら今日の授業には出れるな。遅刻をしないように」と有難いお言葉を頂き、痛む体を引き摺りながら教室へと向かっていたのだ。

 

「……気が乗らねぇ……」

「待てよ一海…逃げるのは無しだぜ…」

 

教室の前まで来て、来た道を引き返そうとした一海の肩を一夏が掴む。一蓮托生、死なば諸共。一海は仕方なく逃亡を諦めた。大人しくあのエリート様からの罵倒を受け入れるとしよう。

何やら覚悟を決める2人を尻目に、幻徳は教室の扉を開けた。

 

「「「一夏くん! クラス代表おめでとーー!!」」」

 

飛んできたのは一海達が予測していたセシリアの嘲笑うような声ではなく、クラスメイト達からの祝福の声。状況が呑み込めず幻徳と一海、それに祝福された張本人である一夏も揃って首を傾げた。そこへ、席から立ち上がったセシリアが歩み寄る。

思わず身構える一海と一夏だが───2人の不安はまたもや裏切られる事になった。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

深々と頭を下げるセシリア。一海と一夏は呆気に取られたようで周囲とセシリアを見回す。

 

「わたくしは大きな勘違いをしていました。お二人を男だからというだけで見下し、侮り──結果幻徳さんに何度も助けて頂くことになってしまいました」

「幻徳さん?」

 

2人の横で話を聞いていた幻徳が眉を顰めた。記憶が正しければ、彼女は自分のことを「氷室さん」と呼んでいた筈だ。どういう心境の変化か。

セシリアは幻徳のそんな反応を見て慌てた。

 

「あっ、あのっ……お気に障りましたか?」

「いや、急に呼び方が変わったから少し驚いただけだ…別に気にしない」

 

幻徳の言葉にセシリアはホッとした表情で胸を撫で下ろす。その頬は赤く染っていた。一海は幻徳へと熱っぽい視線を送るセシリアとそれに全く気がつく様子がない幻徳の顔を何度か見比べ、驚愕した表情で固まる。絶句している一海の代わりに一夏がセシリアの謝罪に応じた。

 

「あぁ、それについては俺達も売り言葉に買い言葉とはいえ……ええっと…」

 

どう呼べばいいのか分からず困惑する一夏に「セシリアで構いませんわ」と声を掛ける。

 

「セシリアの祖国をバカにしちまったんだ。その……悪かった!」

 

そう言って頭を下げる一夏。慌ててセシリアも再び「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。

 

頭を下げ合う2人と、口を大きく開けたまま凍りついている1人。その様子を眺めながら幻徳は「一件落着だな。」と頷き笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

「というわけで、一年一組の代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいいですね!」

 

山田先生は嬉々として喋っている。クラスの女子も皆盛り上がっている。後方を見るとまだ口を大きく開けて驚愕の表情のまま固まっている一海と真顔で拍手をしている幻徳の姿が。さっきはセシリアの謝罪で有耶無耶になってしまったが冷静に考えたら全然一件落着じゃない。

この状況を受け入れることができていないのは自分だけ、それを理解した一夏は手を挙げた。

 

「どうしましたか、織斑くん。」

「俺は昨日の試合に負けた筈なんですが、なんでクラス代表になっているんでしょうか?」

「それは───」

「それは私が辞退したからですわ」

 

山田先生の言葉を遮るように、セシリアが立ち上がった。以前のような高圧的な口調ではない、柔らかな口調だ。

 

「結果こそわたくしの勝利でしたが──内容をみればわたくしが代表に相応しくないのは一目瞭然ですわ。なので自主的に辞退させて頂きました。」

 

悔しいですけど、と自分の言葉の後に付け加えるセシリア。だが一夏は納得出来ない。

 

「それならセシリアとタッグを組んでいた氷室が代表になるべきじゃないんですか!?」

「あー、えーっとですね……」

「氷室と猿渡のISはお前達のものとは構造が違う特殊な物だ。なので今回はわざわざ闘ってもらっておいて申し訳ないが私の判断で代表候補から外させてもらった。」

 

答えに詰まる山田先生の代わりに、教室に入ってきた千冬が一夏の疑問に答えた。確かに、あの2人の専用機は一夏が知っているISの形とはかけ離れていた。そういうことなら──そういうことなのだろう。一夏は自分を無理やり納得させた。

正直まだ完全には納得出来なかったが千冬が来た以上、これ以上駄々を捏ねても意味がないのは明らかだ。

一夏は諦めたように溜息を吐いた。

 

「クラス代表は織斑一夏。依存はないな。…………ところで、そこで固まっている猿渡はどうした。」

 

まとめながら、千冬は鋭い目を一海へ向ける。凄まじい殺気を向けられて尚、一海は固まったまま動く様子は無かった。千冬が出席簿を手に一海の席へ向かって歩き出す。

クラスの生徒全員が一海から目を背けるのと出席簿が一海の脳天へ振り下ろされるのは殆ど同時であった。

 

 

 

 

 

 

「くっそ……未だに痛てぇ……」

 

只でさえ全身が痛むのに、朝っぱらからまたひとつ痛みの原因を増やしてしまった一海は1人ぼやきながら罰として千冬に課された放課後の教室の清掃をしていた。幻徳にも手伝わせようとしたが彼は授業が終わると同時にセシリアに引っ張られてどこかへ行ってしまったのだ。

……別に?悔しくないけど?俺はみーたん一筋だし。自分に言い聞かせながら、同時にあの世界で最期に見た少女の泣き顔を思い出して気分が沈む。

 

「……………………」

 

掃除を終え夕焼けに染まる校庭を窓から眺めながら、一海はあの世界での思い出に浸っていた。北都で共に生きてきた可愛い子分たち、初めは敵対し───そしていつの間にか最高の仲間になっていたあいつら、ずっと応援してきたみーたんに、そのマネージャーとしてしょっちゅう自分から金を巻き上げた紗羽さん。自分を人ならざる存在に変えたブラッドスターク……その正体である地球外生命体エボルトに、内海に、鷲尾兄弟に………………

 

「………………帰るか。」

 

思い出してるとキリがない。頭を振って、痛みに顔を顰めながら一海は教室を出た。

階段を降り、1度校庭へ出て寮へ向かおうとしたところでキョロキョロと周囲を見回しながら歩く大きなボストンバッグをもった小柄な少女を見つけた。何かあったのか、いらついたような表情で歩いていた少女は一海の姿を見つけるとそちらへ向かって歩いてくる。

 

「ちょっと!そこのアンタ!」

「迷子か?嬢ちゃん、校門はあっちだぜ。」

 

遠方を指さす一海に、少女のただでさえ不機嫌そうな表情が怒りに染まった。

 

「あたしは15歳だーーーーーッ!!」

 

思わず怒鳴ってしまう。少女はISを展開してぶん殴ってやろうかとも考えたが、自分の立場と政府高官に問題だけは起こさないでくれと何度も頭を下げられたことを思い出しそこはぐっとこらえた。

 

「そいつは悪かった。で、俺になんか用か?」

 

怒鳴り声に少し顔を顰めながら、一海は軽い調子で謝罪すると少女へ聞き返す。

そこで少女はあることに気が付き、逆に疑問を投げかけた。

 

「あれ?そういえばなんでIS学園にアイツ以外の男がいるのよ」

「なんでって……俺もここの生徒だからだよ」

 

一海の言葉にあぁ!と少女は思い出す。本国で日本に2人目と3人目の男性IS適合者が現れたと聞かされた時に見せられたデータ。そこで見た写真に映っていた男の顔と目の前の男の顔が少女の頭の中で一致した。

 

「ならちょうど良かった!総合受付事務所ってどこ?」

「総合受付事務所?……ああ、この校舎の1階だろ」

 

一海はすぐ横に建っている大きな校舎を指し示す。少女は一海に礼を言うとその校舎の入口へ向かって歩き出した。

一海も自分の寮へと向かおうとするが、すぐに先程の少女の声で呼び止められる。

 

「そういえばアンタ、織斑一夏って知ってる? 」

「あ?なんだ、一夏の知り合いか?」

 

一海の返答に少女は笑みを浮かべる。そして息を大きく吸うと

 

「一夏に伝えといて!!凰鈴音(ファンリンイン)が、中国から帰ってきたって!!! 」

 

叫んで、「それじゃ!」と手を挙げながら校舎へと向かっていく少女。一海はしばらく去っていく少女の背中を眺めていたが、やがて面倒くさそうに溜息をつくと今度こそ自分の寮へ向かって歩き出した。

 




カシラも誰かしら女キャラと絡ませたいけどやっぱりカシラにはみーたん一筋でいて欲しい(支離滅裂な発言)

これなかなか、難しいねんな


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忘れられたプロミス

最初に言っておく。特に言うことは無い。


よろしくお願いします


「中国から広東麺(かんとんめん)が帰ってきた?」

 

昨夜、食堂で夜遅くまで遅くまで続いたクラス代表就任パーティーのせいか少し眠そうな様子で教室の机に座っている一夏が素っ頓狂な声をあげた。

 

「ああ。なんかお前の知り合いってヤツに伝言頼まれてよ。」

 

その目の前にある教卓にもたれかかる男、猿渡一海が数日前に校庭で少女から預かった伝言を少し違う内容で一夏に伝えている。

 

「流石に五目ラーメンの知り合いはいないんだが……」

「いや、まて広東麺じゃなくて担担麺だったかもしれねぇ」

 

どっちにしても麺類の友人なんて一夏に心当たりはない。と、2人の元へ男が近づいてきた。長身の髭面男 氷室幻徳だ。

 

「よう。氷室、お前昨日あの後どこに行ってたんだ?」

 

一夏が昨夜パーティーの途中で姿を消した幻徳に声をかける。

 

「オルコットに誘われてな。部屋でイギリスの菓子や紅茶を馳走になってた。」

「お前ら仲良いなぁ」

 

表情ひとつ変えずに言う幻徳と嫉妬する様子なんて見せない一夏に一海はケッ!と苛立った様子でそっぽを向いた。傍から見れば一海もほかの2人に劣らず充分すぎるほど男前なのだが何故か彼だけあまりそういう浮いた話はない。

 

「猿渡くんは……彼氏って言うよりカシラ?」

「そうそう!兄貴分みたいな!」

「クラスで一番頼りがいがあるよね〜」

 

というのはクラスの女子達の言葉だ。かつての世界で一海が培ってきた「カシラ度(頼れる漢の中の漢、カシラの中のカシラだけに許された漢の度量と強さを示す単位 by.赤羽)」が今、思わぬ形で彼の前に立ち塞っていた。

 

「幻徳さん、一夏さん、一海さん。おはようございます。転校生の話お聞きになりました?」

 

そこへ金髪の綺麗な髪を靡かせながら一人の少女が会話へ参加する。先程も話題にでてきたイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットだ。初めの頃はその高慢な態度からクラスでも孤立しがちだった彼女だが、クラス代表決定戦以降人が変わったかのように態度が軟化していた。昨日もパーティーの中でクラスメイト達とかなり打ち解けたようだ。

 

「転校生?まだ四月だぞ」

 

セシリアの言葉に幻徳が疑問を浮かべる。時期がおかしい気がする。入学ではなく転入とは。それにこのIS学園は入学同様、いや確かそれ以上に転入の条件は厳しかったはずだが。

 

「先生にちらと聞いたが、なんでも中国の代表候補生だそうだ。」

 

幻徳の疑問に答えながら会話に参加してきたのは一夏の幼馴染、篠ノ之箒だった。代表候補生、という単語に一同の視線がセシリアに集まる。

 

「セシリア、会ったことはないのか?同じ代表候補生だろう」

 

箒の言葉にセシリアは首を横に振った。

 

「わたくしも他の国の代表候補生と直接会ったことはありませんわ。話に聞いたことはありますが……」

「ふーん、どんな奴なんだろうなぁ」

 

一夏の言葉に箒はムカッとした表情をする。

 

「なんだ、気になるのか?」

「え?まぁ、そりゃあ少しな」

 

一夏の返事が気に入らなかったのか、箒の機嫌があからさまに悪くなった。周囲の人間は幻徳を除いてあぁ……と呆れたような目を一夏へ向ける。

 

「今のお前に女子のことを気にしている余裕があるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに。」

「そう!そうですわ一夏さん!幻徳さんを差し置いてクラス代表になったのですから、勝っていただかないと困ります!その為ならわたくしセシリア・オルコット、どんな訓練にもお付き合い致しますわ!」

 

一夏につめよる女子二人。その様子を見ていたクラスメイトの女子達も一夏へ声をかけた。

 

「そうだよ織斑くん!やるからには勝ってもらわないと!」

「1位のクラスには学食デザートのタダ券半年分って話だからねー」

 

なるほど、そういう訳か。一夏は頭をかいた。道理で箒やセシリアも必死になる訳だ。女子ってスイーツ好きだもんな。

相変わらずの鈍感さを発揮しながら「まあ、やれるだけやってみるか」とつぶやく一夏。

 

「男たるもの初めからそんな弱気でどうする!やるからには優勝だ!!」

「そうですわ!一夏さんの評価がそのままクラスの評価に繋がってしまいますのよ!?」

 

だがこのクラスメイト達はそんな心構えでは許してくれそうにない。そんなにスイーツが欲しいのか。うーん、と悩む一夏に一海と幻徳が声をかけた。

 

「まぁ、代表戦まであと1ヶ月近く時間があるんだ。決定戦の時みてぇにぶっつけ本番みたいな形にはなんねぇだろ」

「結果としてお前に代表を押し付ける形になってしまったからな……俺達も特訓に協力させてもらおう」

「一海……氷室……!」

 

3人の男はガッチリと固い握手を交わす。持つべきものは同性の友。2人の存在に一夏は大きく救われていた。

 

「織斑くんファイト!」

「スイーツの為にね!」

「聞いた話じゃ専用機をもってるクラス代表って1組と4組だけらしいし!絶対いけるよ!」

 

いつの間にかクラス全員が盛り上がっている。この雰囲気を壊すのも忍びないので一夏は「頑張るぜ」と周りのクラスメイト達に応じた。

 

「──────その情報、古いよ。」

 

その時、聞きなれない声が教室に響いた。皆の視線が声の出処へと向けられる。

腕を組み、片膝を立ててドアにもたれている少女。その顔を見て一海が「あ!」と声を上げた。

 

「お前は……半ラーメン……?」

凰鈴音(ファン・リンイン)!!!アンタどうやったらそんなふうに間違えるのよ!!!」

 

ツインテールの少女、鈴は顔を真っ赤にして一海を怒鳴りつける。その顔と名前に一夏は覚えがあった。

 

「鈴……?お前、鈴か?」

 

一夏の言葉に鈴はこほんと咳払いをしてからふっと笑った。

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「何カッコつけてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ……なんてこと言うのよあんたは!!」

 

気取った喋り方は一夏の指摘で一瞬で元の口調に戻った。そもそも最初に一海に怒鳴ってしまった時点で手遅れだったのだが。

 

「って言うかもしかしてさっき言ってた広東麺とか担々麺とかって……」

「悪い、名前間違えてたわ」

 

一夏は一海へ白い目を向ける。一海は軽い調子で謝った。

 

「と!に!か!く!この1組の代表に、2組の代表であるあたしが─────」

「邪魔だ。」

 

仕切り直すように一夏へ指先を向けながら喋る鈴の声を、後ろから現れた人物が遮った。なによ!と振り返った鈴の顔色が真っ青になる。

 

SHR(ショートホームルーム) の時間だ。自分の教室に戻れ。」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生だ。そして入口を塞ぐな。邪魔だ」

「すみません…」

 

すごすごとドアからどく鈴。さっきまでの自信たっぷりな態度が台無しである。

 

「とにかく!また後で来るからね一夏!あとアンタ!後で覚えておきなさいよ!!」

「さっさと戻れ」

「はっ、はい!!」

 

鈴は一夏と一海の方へビシッと指を向けた後、千冬から逃げるように自分の教室へ向かって走り去って行った。

 

「いっ、一夏!さっきのは誰だ?知り合いか?やけに親しそうだったが」

 

鈴が居なくなった後、一夏は箒を先頭にするクラスメイトの群れに囲まれ質問攻めにあっていた。あっ。と一夏が声をあげる前にその並んだ頭へ流れるように出席簿が炸裂していく。

 

「席につけ馬鹿者共」

 

涙目になりながら箒達は自分の席へ戻っていく。その様子を見ながら一夏は苦笑いを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

「待ってたわよ!一夏!それと……」

「猿渡一海だ。」

「一海!!」

 

昼食の時間。男子3人+セシリア、箒の女子2人、計5人で食堂へ向かった一行を待っていたのは腕を組んで食堂の入口に立ち塞がる鈴であった。

 

「取り敢えずどいてもらっていいか?飯食えねぇし」

 

一海の言葉に鈴は「そ、そうね。」と慌てて道を開ける。取り敢えず話は注文をして席に着いてから──ということになった。

それぞれ注文した料理が乗ったトレイを手に空いていたテーブル席へ向かう。一海 幻徳 セシリア、その向かい側に箒 一夏 鈴の並びで席に着いた。

 

「それにしても久しぶりだな、鈴。1年ぶりじゃないか?元気にしてたか?」

「勿論元気よ。アンタこそ怪我病気はしてなさそうね!」

 

自分の料理を口に運びながら一夏と鈴は改めて再開を喜び合った。その様子を見ていた箒とセシリアが一夏を質問攻めにする。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

「そうですわ!一夏さん、もしかしてこちらの方とつきあっていらっしゃるの?」

 

そわそわと落ち着かない箒に対して、セシリアは単純に好奇心からの質問のようだ。その言葉に鈴は頬を赤らめながら慌てた様子を見せる。

 

「つっ、つきあっ!?べべべ、別にあたし達は付き合ってる訳じゃ……」

「そうだぞ。ただの幼馴染だ。」

 

さらりと言う一夏を鈴が睨みつける。その様子を見ていた一海とセシリアはあー……と残念なものを見るような目で一夏を眺めた。その2人の横で幻徳が蕎麦をすする。

 

「幼馴染……?どういう事だ一夏。お前の幼馴染は……その、私だけではなかったのか?」

 

不安そうな顔で箒は一夏へ質問する。一夏がその質問に答えるよりも早く鈴が箒の言葉に反応した。

 

「幼馴染?ふーん……ってことはアンタが篠ノ之 箒?……初めまして、あたしも一夏の幼馴染なの。同じ立場同士、仲良くしましょうね」

「ふん……望むところだ。」

 

鈴が笑顔で差し出した手を箒が不機嫌そうな顔のまま握り返す。傍から見れば2人の少女が親交を深めているような微笑ましいシーンだが、その現場は殺伐とした雰囲気に包まれていた。

 

「そっ、そういえば鈴!お前一海とも顔見知りだったみたいだけど…」

 

いたたまれなくなったのか、一夏が話題を変えようとする。箒から手を離した鈴はあぁ、という表情でうどんを啜っている一海の方へと目を向けた。

 

「一海には学園に初めて来た時道を教わったのよ。──そういえばアンタ、ちゃんとアレ一夏に伝えたの?なんかあたしの事さっき知ったみたいな様子だったけど」

「ちゃんと伝えたよ。なぁ一夏」

「は、はは。そうだな」

 

ジト目を一海へ向ける鈴の顔としれっと言う一海の顔を見ながら、一夏は引きつった笑みを浮かべた。この調子だと一海が鈴の名前を盛大に間違えていた事を知ったら今度は怒鳴られるだけでは済まないだろう。

 

「えーっと、それであんたが氷室 幻徳?写真で見るより厳つい顔ね。よろしく幻徳。」

「あぁ、よろしく頼む、凰。」

 

ずぞぞぞぞ!と音を立てながら蕎麦を食べていた幻徳は口の中のものを咀嚼し終えてから鈴に軽い挨拶をした。隣でその様子を見ていたセシリアが慌てた様子で鈴の視界に映り込む。

 

「ンンンッ!そしてわたくしがイギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ!!」

「ふーん、そう。よろしくセシリア」

「んなっ…もうちょっとこう、なにかありませんの!?同じ代表候補生として」

「うん。あたし他の国とかあまり興味ないし」

 

鈴の言葉にセシリアの顔が怒りで真っ赤になっていく。

 

「いっ、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

「そう、でも戦ったらあたしが勝つよ。だって強いもん」

 

当たり前のように言う鈴にセシリアはわなわなと拳を震わせる。宥めるようにその肩に幻徳が手を置くとセシリアはハッとした表情をして全身から力を抜いた。

鈴はその様子を気にすることなく自分のラーメンのどんぶりを持ってごくごくとスープを飲む。そしてドンッと音を立ててどんぶりをテーブルに置くと一夏へ視線を向けた。

 

「そういえばアンタ、クラス代表なのよね?」

「ん?おう。まあ成り行きでな。」

「ふーん……」

 

一夏の言葉に思案する鈴。やがて、何かを期待するような顔をしながら隣の一夏の方へと体を向ける。

 

「あの、さ。約束って覚えてる?」

「約束?」

 

鈴の言葉に、自分の記憶を掘り返す一夏。だが鈴はその様子に気付かず恥ずかしがるような表情で言葉を続けた。

 

「そうよ!もし、もしもよ?今度のクラス対抗戦であたしがアンタに勝ったら────」

「あ!思い出した!鈴の料理の腕が上達したら毎日酢豚を奢ってくれるって話か?」

「はい?」

 

鈴の表情が凍りついた。今度は一夏が鈴の様子に気付くことなく言葉を続ける。

 

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって話じゃ────」

 

パァン!と鳴り響く音が一夏の言葉を遮った。いや、音ではなく衝撃か。

 

「……へ?」

 

ジンジンと痛む頬に困惑する一夏と、彼にビンタを入れて俯いている鈴。箒も、セシリアも、一海も幻徳も、突然のことでどう反応していいのかわからないといった顔をしていた。

 

「…………」

 

一夏は恐る恐る鈴の表情を確認する。ゆっくりと顔を上げた彼女は───────泣いていた。

 

「おっ、おい鈴……?」

「最っっっ低!!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて!!男のクズ!バカ!アホ!一夏!」

 

一夏を罵倒し、食堂を飛び出していってしまう鈴。周囲の白い目に気付いた一夏は少し慌てて

 

「すまん!俺ちょっと謝ってくる!」

 

と鈴の後を追って飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、未だに謝れてねぇのか」

「あぁ……」

 

食堂での1件から数週間後。クラス対抗戦を来週に控え特訓の為にアリーナへ向かう途中、隣を歩く一海の質問に一夏は溜息をつきながら答えた。

 

「なんか、あれ以来避けられちゃってさ……顔合わせてもすぐ逃げられるし」

「まあ、約束を忘れてたお前が悪ぃな」

「くっ……でも、約束は酢豚を毎日食わせてくれるで間違って無いはずなんだけどな……」

 

その一夏の言葉に、一海は思わず足を止めた。

 

(それって、毎日味噌汁を作ってくれとかそういうアレなんじゃね?)

 

どーした?ときょとんとした顔をする一夏を眺める。恋愛関係に関しては絶望的に察しが悪いこのスーパー唐変木に、残念ながらそういった比喩表現は全く通じない。まだ1ヶ月程度の付き合いではあるが、一海はこの織斑一夏という人間を徐々に理解しつつあった。もしそうだとしたら、鈴のあの突然の怒りも理解出来る。

 

「い、いや。なんでもねぇ。……そういえばアイツ、お前に勝ったら約束がどうのとか言ってたよな?」

「ん?あぁ、そういえば。」

 

直後にビンタされてしまったので最後まで話を聞くことは出来なかったが、確かにそんなことを言っていたのを一夏は思い出す。

 

「ちょうどいいじゃねぇか。今度のクラス対抗戦、お前がアイツを倒して……謝って、改めて話を聞いてやれよ」

「うーん……そうだな!このままでいる訳にはいかないし、それが一番か!」

 

一夏はスッキリしたような顔で笑う。一海はそんな彼の様子を見ながら内心鈴に同情しつつアリーナへと向かうのであった。

 

 

 

 

そしてその翌日、生徒玄関前に大きく張り出された紙があった。

表題は『クラス対抗戦日程表』。

一年一組、織斑一夏の名前の横には一年二組、凰鈴音の名前が刻まれていた。




Vシネクローズにゴーカイジャーのシド先輩出るらしいっすね
キャスト情報見た感じカシラとげんとくんと美空と紗羽さんも出るっぽくてウレシイ…ウレシイ…

そのまま大ヒットしてVシネグリスとVシネローグとVシネマッドローグとVシネブロスも作れ(過激派)
なんなら葛城巧がエボルトと最上の野望を阻止する為に奔走する様子を描いた作品も作って欲しい



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白熱のクラスマッチ

仕事が落ち着いて10月頭辺りまで暇なので初投稿です
友人らも大学が再開してしまってマジで暇を持て余してるので投稿ペース上げていきます。


よろしくお願いします



世界のどこか、誰も知らない場所に存在するとある研究所。

 

そこで奇妙な椅子に座りカタカタとキーボードを叩く束の背中に声を掛ける者がいた。

 

「それで?俺の仕事はこのふたりの足止めってことでいいのかぁ?」

 

赤いパワードスーツに全身を包むコブラ男、ブラッドスタークだ。その手元にあるタブレット端末には二人の男の写真が映し出されている。

 

「そうだよ。私のゴーレムちゃんがいっくんの戦闘データを取り終わるまでの時間稼ぎ。殺しちゃダメだよ。後でその2人のデータも欲しいからね」

 

視線を目の前のモニターから一切逸らす様子のない束にスタークは肩をすくめてみせた。

 

「全く先生は人遣いが荒い。つい先日まで亡国なんとか?の拠点を潰して回ってたのに……」

「そういう契約でしょ。それにいっくんの戦闘データはこれの完成にも必要なんだよ」

 

束が指し示した先にあるもの、無数のケーブルに繋がれている赤いドライバーを見てスタークは「それなら仕方ない」とため息をつくような仕草をした。

そして、後ろを振り返り部屋の隅の暗がりへと声を掛ける。

 

「今回はお前達にも働いてもらうぞォ?」

 

光の当たらない闇の中で、2つの人影が静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日、第2アリーナ第1試合。織斑一夏VS凰鈴音。

 

噂の男子生徒と中国の代表候補生。専用機持ち同士の戦いとあって観客席は全席満員。一海達も人数分の席を確保することができず観客席最上段の通路からアリーナを見下ろしていた。

 

「中国で作られた第三世代型IS『甲龍(シェンロン)』。一夏さんの『白式』と同じ近接型のISだと聞いていますわ」

 

白式を纏った一夏と向かい合う鈴のISについて解説するセシリア。だがその声は途中で観客の歓声に遮られる。

 

「始まったか……」

 

幻徳が呟く。その視線の先では、刀を構えた一夏が鈴へ向かって突進していた。

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

日本刀型のブレード《雪片》を構え、スラスターを吹かせて鈴へと突っ込む一夏。対する鈴は回避する素振りも見せず手元へ呼び出した柄の両端から大型の青龍刀が伸びる武器《双天牙月》を振るった。お互いの刃がぶつかり合い火花を散らす。

 

「どう?一夏。今謝れば痛めつけるレベルを下げてあげるわよ?」

「いらん…っ!謝るのは試合が終わった後だ…!!そんなもん要らないから全力で来い!!」

 

言いながらも一夏は自分の刀が押されつつあるのを感じていた。正面からのパワー対決では分が悪い。そう判断し機動力による撹乱へと戦術を変えようとする。

だが

 

「──がっ!?」

 

後退し距離を取ろうとした一夏の上半身が突然衝撃を受け仰け反った。まるで思い切り顔を殴られたかのようだ。慌てて体制を直すが今度は腹部と肩へ続け様に衝撃を受ける。

 

「後悔させてあげるわ一夏」

 

にやりと笑みを浮かべる鈴。一夏は何が起きたのかも分からないまま、しかしこの衝撃が鈴からの攻撃によるものであることを瞬時に理解し、《雪片》を構え直す。

再び衝撃に備える一夏の目の前で、鈴の纏うISの肩部分のアーマーがスライドして開いた。

 

 

 

「なんだあれは……」

 

アリーナの様子を見下ろしていた箒が呟く。それに答えたのは横に立つセシリアだった。

 

「『衝撃砲』ですわね。空間に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じた衝撃を不可視の砲弾として撃ち出す第三世代型兵器……話には聞いていましたけどここまで厄介なものとは思いませんでしたわ…」

 

不安そうな表情を見せる箒とセシリア。それに対し隣に立っている一海と幻徳の顔にはそれほど深刻そうな様子は無い。

 

「まだ勝機はある。問題は織斑がそれに気付くか、だが」

「気付くだろ」

 

幻徳の言葉を一海が一蹴した。ネビュラガスによって視力も強化されている一海の目は、観客席の最上段からでもアリーナで戦いを繰り広げる一夏の表情をしっかりと写している。

 

「アイツの目は、まだ全然諦めてねぇ」

 

幻徳はそんな一海の様子を見て、以前の千冬の言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

「エネルギー無効化攻撃?」

 

思わず聞き返してしまった一夏に千冬は頷く。

クラス代表決定戦の後、自分のISの特性をよく理解できなかった一夏は一海と幻徳と共に様々なデータを確認していた。

だがいくら考えたりデータを見ても分かるようなものでもなく、その状況を見かねた千冬がやって来て説明をしてくれているのだ。

 

「お前の『白式』の刀──《雪片弐型》に搭載されている能力だ。ISがまとっているシールドや攻撃時に使用するエネルギーを無効化し、本体へ直接ダメージを与える。そうなった場合、どうなるか分かるな?」

「えっと……ISの『絶対防御』が発動して、大幅にシールドエネルギーを消費させる……でしたっけ」

「そうだ。氷室、あの試合で織斑の攻撃を受けた時、何か感じなかったか?」

「そういえば……」

 

幻徳はひとつ心当たりがあった。

《仮面ライダーローグ》に備えられている機能の一つ、外部からの衝撃を受けた際に装甲の内部を満たしているゼリー状のエネルギーが硬化しダメージを防ぐ『クロコダイラタンアーマー』。それが一夏のあの光る斬撃を受けた際発動しなかったのだ。

なぜ能力が発動しなかったのか。なぜ不意打ちとはいえたったの一撃で行動不能になるほどのダメージを負ったのか。なぜ刀が光っていたのか。その答えはただ一つ。

幻徳の疑問は千冬のその説明によって氷解した。そして同時に一夏との戦闘訓練は控えよう、と決意する。

 

「それって滅茶苦茶強いんじゃねえか?ISと戦うなら最高の能力だろ」

 

一海の言葉に千冬は首を横に振った。

 

「残念だが、能力が強力な分反動も大きい。《雪片》はその能力を使用するためにかなりのエネルギーを消費する。その消費分はどこから用意すると思う?」

「あっ、まさか……」

 

何かに気がついた様子を見せる一夏に、千冬は再び頷いた。

 

「つまり、白式本体を動かすためのエネルギーを攻撃に転化しているのだ」

「それって……」

「簡単に言うと欠陥機だ。」

「欠陥!?欠陥機って言ったか今!」

 

千冬に食ってかかった一夏の頭に出席簿が炸裂する。幻徳は顔をしかめて目を背けた。

 

「言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから欠陥も何もない。ただ他の機体よりもちょっと燃費が悪くて近接攻撃特化になっているだけだ。大方、他の装備を格納するための拡張領域(バススロット)も埋まってるんじゃないのか」

「それも欠陥なのか……」

「話をちゃんと聞け。本来拡張領域用に空いているはずの処理を全て使って《雪片》を使用しているんだ。その威力は全IS兵装の中でも最強クラスだ」

 

それに、お前には銃より剣の方が合っている。と付け加える千冬。その表情は先程までの教師の顔ではない、ただ弟を思いやる姉の顔である。

こんな顔もできるんだな、と一海は少し驚いた。

 

「一つのことを極める方が、お前には向いているさ。なにせ───私の弟だ」

 

 

 

 

 

 

「そうだよな……!」

 

鈴の放つ不可視の砲弾を直感だけで紙一重で回避しながら、一夏は口元に笑みを浮かべる。彼もまた、千冬の言葉を思い出していた。

加速と停止を繰り返し、《衝撃砲》を回避しながら鈴へと急接近した一夏が《雪片》を横なぎに振るう。鈴は咄嗟に《双天牙月》を構えその斬撃を受け止めた。そして後方へ飛び退いて一夏と距離を開ける。

 

「鈴」

「なによ。喋ってる余裕があるわけ?」

「次で決めるからな」

 

静かに、鈴へ語りかけながら《雪平》を構え直す一夏。その表情を見て鈴はどきりとした。

 

「そっ、それをわざわざあたしに言ってどうすんのよ。次で決めに行くから、手加減してくださいとでも言いたいわけ?」

 

言いながら《双天牙月》を大形の両刃の形状から一対の青龍刀へと変形させ、構え直す。両肩に浮かぶ《衝撃砲》も目の前の一夏へと狙いを定めた。

鈴の言葉に、一夏はゆっくりと首を横に振る。

 

「違う。覚悟を決めたんだ。この一撃が決まれば俺の勝ち、外せばお前の勝ち……ってな」

 

鈴の目の前で刀が、ゆっくりと光を放ち始める。そして一夏はその切っ先を鈴へと向け─────真っ直ぐに突っ込んだ。

 

「ちょっ……死ぬ気!?このっ……!!」

 

鈴へとまっすぐ飛んでいく一夏へ《衝撃砲》による攻撃が叩き込まれる。手を離れ、宙を舞う《雪片》。

だが、一夏の目には一切諦めの色はない。

鈴の意識が刀に向けられた一瞬の隙をついて、一夏は体制を崩したまま無理矢理全力で「加速」した。

一海や幻徳、セシリアに箒。彼らとの特訓の中で一夏が習得した技能「瞬間加速(イグニッションブースト)」だ。エネルギーを多く使うものの、一時的に代表候補生ですら完全に対応は出来ないほどのスピードを出すことが出来る。

鈴の視界から一夏の姿が消える。咄嗟に両手の青龍刀を前へ突き出そうとするが、それよりも早く衝撃が鈴の全身を貫く。次の瞬間その体は後方へと吹っ飛ばされ地面を転がっていた。ISのHPのようなものであるシールドエネルギーはまだ残っているが、突然のダメージで鈴本人の体が立ち上がることが出来ない。

先程まで鈴がいた場所に立っている一夏は回転しながら落ちてきた《雪片》を掴むと、倒れ込む鈴の目の前へ歩み寄りそれを振り上げる。自身の敗北を理解し、悔しそうに鈴は目を閉じた。

 

 

 

 

「決着だ」

 

それを見ていた誰もがそう思っただろう。ピットのリアルタイムモニターで山田先生と共に試合の様子を眺めていた千冬ですらそう思っていたのだ。

 

だが一夏の刀が鈴の纏うISに触れる寸前、爆発と共に「何か」がアリーナへ降り立った。

 

 

 

 

「何が起きた……!?」

 

観客席はパニックになっていた。

生徒達は皆押し合うように出口へ殺到している。先程までとは一変し、人がいなくなった観客席から一海たちはアリーナの様子を確認していた。

アリーナの中央に立ち込めている土煙から、深い灰色をしたISが姿を現す。その腕は異常に長く、つま先より先まで伸びている。さらに頭と肩が一体化したような形状の、おそらく頭部にあたる部分には剥き出しのセンサーレンズが並んでいた。

その長い腕から撒き散らすように放たれたレーザーを、鈴を抱えた一夏がギリギリで回避する。

 

 

「おいヒゲ、行くぞ!」

「ああ。……オルコット、篠ノ之。お前達は避難しろ」

 

スクラッシュドライバーを取り出しながら言う幻徳に、セシリアは首を横に振った。

 

「逃げるなら幻徳さんも一海さんもです!お二人だけ戦おうとしてるのを見過ごすわけには行きませんわ!」

「代表決定戦とは違う!これは実戦だ…!俺は、お前も、織斑にも、凰にも、誰にも傷ついて欲しくない……!!」

 

幻徳の言葉に何も言い返せなくなってしまうセシリア。その手を箒が引いた。

 

「……行こうセシリア、この2人は強い。私たちがいても足でまといにしかならないだろう………氷室、猿渡。一夏を頼む」

「っ……幻徳さん、わたくしは幻徳さんにも傷ついてほしくはありませんわ!どうかご無事で……」

 

出口の人の海の方へ走っていく2人の背中を眺めながら、幻徳はスクラッシュドライバーを装着した。

 

「随分と惚れられたな、ヒゲ」

 

同じくスクラッシュドライバーを腰に巻きながら一海がからかうように笑う。幻徳も小さく笑った。

 

「オルコットとはそんな関係じゃない。大体俺達は中身はオッサンだろ」

「へっ。そう思ってるのはお前だけだ」

 

軽口を叩きあいながら、《ロボットゼリー》と《クロコダイルクラックフルボトル》をそれぞれ握りしめてアリーナへと向かっていく一海と幻徳。

 

その背中に、聞き覚えのある声が掛けられる。

 

 

 

 

 

「おっとォ、悪いがそこまでだ。お前達をあの中に入れる訳には行かなくてなぁ」

 

 

 

 

2人は思わず足を止める。

それは、二度と聞きたくない声だった。

二度と聞くはずのない声だった。

 

一海と幻徳はゆっくりと振り返り、そして「それ」を視界に収め、両目を大きく見開く。

 

かつて、2人が仲間と共に戦った異形の存在。地球を滅ぼすために暗躍し、一海と幻徳に「仮面ライダー」となる資格を与え、そして最終的にその命を奪った『人類の敵』。

 

地球外生命体『エボルト』は、以前纏っていた赤いパワードスーツの姿で観客席に腰掛けていた。

 

 

 




最近のdocomoの謎のエグゼイド推しは何なんですかね

auは対抗してCMにタケル殿出せ



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暗褐色のナイトメア

感想とか誤字指摘とかありがとうございます
書く時は割と勢いだけで書いているのでこれからも多分誤字とかは普通にあると思います
あと前回投稿ペース上げるとか言ったような気がするんですけど一旦忘れてもらっていいですか

よろしくお願いします


「直接会うのは初めてだなぁ。俺の名は……そうだな。ブラ───」

 

観客席に座りながら、のんびりとした口調で名乗ろうとするスターク。だがその言葉は生身のまま殴りかかってきた幻徳と一海によって遮られた。スタークは慌てた様子で立ち上がると跳躍して2人から距離を取る。

 

「っとォ、おいおい名乗りくらいさせてくれよォ。失礼な奴らだ」

「名乗りだと……何をとぼけてやがるエボルトォ!!」

 

ボトルをドライバーに装填しながら叫ぶ幻徳。それに対するスタークの反応は彼らの予想するものとは大きく違っていた。

 

「何だと……?お前らが何故その名を知っている」

「お前が戦兎や龍我、みーたんにやったことを忘れたとは言わせねぇぞ!!!」

 

叫びながら黄金の鎧を纏う仮面ライダー『グリス』へと変身し、スタークへと向かっていく一海。その拳をひらひらと踊るようにかわしながらスタークは首をかしげる。

 

「せんと?りゅーが?みーたん?誰だ?そいつらは。一体なんの話をしている」

「……なんだと?」

 

幻徳はそのスタークの様子に違和感を覚えた。まるで本当に知らないとでもいうような態度だ。だが幻徳は知っている。このブラッドスターク──いや、エボルトの言動は全て信用に値しない、暇さえあれば他人を欺こうとするような存在であることを。

地球外生命体エボルト。かつて一海と幻徳が生まれた世界に宇宙飛行士の肉体を乗っ取ることで来訪した侵略者。彼のもたらした『パンドラボックス』と呼ばれる箱によって生み出された巨大な壁『スカイウォール』と浴びた人間の心を狂わせる『光』によって日本という国は大きく姿を変えた。一海も幻徳も、彼の手によって人生を大きく狂わされ、親や家族同然の存在だった弟分達を失い、そして自分自身もエボルトとの最終決戦の中でそれぞれ命を落としていた。

ローグへと変身しながら幻徳は《ネビュラスチームガン》をエボルトへ向けた。エボルトは一海と距離を取りながら幻徳の方へと顔を向ける。

 

「……カフェのマスターへの擬態の次は記憶喪失のフリか?ふっ、その様子だと負けてエボルの力は失ったようだな」

「記憶喪失だと?俺がか?クックック……悪いが俺は自分が生まれてからこの星に来るまでの間の出来事をぜんぶ覚えてるぞ?記憶力には自信があるんでなぁ」

 

言い終えて、エボルトは何かに気がついたかのように両手をパンと打ち合わせた。

 

「そうか!お前らもしかして俺が喰った星の生き残りか何かか?それなら『違う世界から来た』って話もうなずける!……俺の名前も知ってるって事は火星辺りかァ?」

「ふざけてんじゃねえぞ!」

 

エボルトが幻徳の方を向いている隙に死角から不意打ち気味に放たれた一海の《ツインブレイカー》による一撃を胸に受け、エボルトは大きく吹っ飛んだ。そのままアリーナを囲っているシールドに叩きつけられ、床に転がる。

 

「がはっ……コイツは驚いた……ハザードレベル4.1だと?……火星に、そんな奴はいない筈だ。居たとしてもベルナージュくらいか?だが、奴は俺がこの手で徹底的に殺した筈だ……」

 

よろよろと立ち上がりながら、エボルトは考え込んでいた。その体を挟み込むように左右に2人の仮面ライダーが降り立つ。

ふらつきながらも直ぐに2人へ対し構えをとるエボルト。その姿を見ながら先程までの会話によって幻徳の中に生まれていた1つの推測がゆっくりと確信へ変わった。

 

「まさかお前は……俺たちとは違う、初めからこの世界に存在しているということか!?」

「だから何の話だ……いや待てよ、そうか……お前らは本当に違う世界から来たって訳か……フルボトルを持ってたのも俺の名前を知っていたのも、それなら納得だ…なぁ、そっちの世界の俺は元気にしてるかぁ?」

 

言いながらエボルトは全身に赤い炎のようなオーラを纏う。次の瞬間、瞬間移動のようなスピードで幻徳の目の前へ移動し、肘を突き出した。幻徳の全身を衝撃が貫き、そのまま吹っ飛ばされる。エボルトは床を転がる幻徳に目もくれず、今度は一海に狙いを定めた。

 

「なっ……ヒゲ!ぐあっ!!」

 

驚愕し、駆け出した一海も頭上から放たれたエボルトの回し蹴りによって床へ叩きつけられる。着地するエボルト。たおれた2人の仮面ライダーの変身が解除された。だがエボルトもその全身から赤いオーラが消え失せ、肩で息をしている。

 

「はぁ……はぁ……チッ、流石にこの不安定な体じゃあ俺の全力には耐えられんか……ベルナージュめ…………」

 

忌々しげに空を見上げるエボルト。そして、倒れ伏す2人を見回す。やがて、とても楽しそうに笑い声を上げた。

 

「ふっ……フッハッハッハッハッ!だが!俺はツイてる!まさかこんな所で器候補を2人も確保できるとはなぁ!さて、お前らには俺と一緒に来て───」

「そこまでだ」

 

風切り音と共に飛来した何かがエボルトに直撃する。ゆっくりと自分の体へと目を向けた彼は胸部から鋼鉄の刃が生えているのを見つけた。

 

「侵入者、大人しく捕縛されてもらうぞ」

 

胸にIS用の大型ブレードを突き刺したまま後方を振り返る。黒いスーツに身を包んだ女性、織斑千冬が量産型IS「打鉄」を装備した学園の制圧部隊を引き連れてエボルトを睨みつけていた。アリーナの方へ目を向けると、ISが解除され横たわる一夏と鈴、そして一夏の刀を突き立てられ機能停止した「正体不明のIS」を取り囲む制圧部隊のISの姿が目に入る。

千冬が従えるISを装備した人間達は胸を貫かれたまま平然としているエボルトの姿に戦慄しているが、その先頭に立つ千冬だけは動揺する様子も見せない。

 

「おいおい、この学校では侵入者を見つけたら取り敢えず剣をぶっ刺すっていうルールになってるのかぁ?…………ンン?」

 

エボルトは胸のブレードを引き抜き、放り投げる。暫く無言で千冬と睨み合っていたが、やがて耳元に手を当て誰かと通信しているかのような素振りを見せたあと肩を竦めた。

 

「やれやれ、時間切れだ。こいつらのお陰で今アンタらと相手するのはキツい。あっちの仕事も終わったようだし、ここら辺で退散しようかね」

「逃げられると思うか。私はお前を逃がすつもりは一切ないぞ」

 

横に立っているISを纏った女性が千冬へ近接ブレードを差し出す。受け取った千冬はエボルトへとそれを向けた。同時に周囲のISが一斉にエボルトへ襲いかかる。

 

「おぉ怖い。でも俺は逃げるぞぉ?おーい」

 

緊張感の欠片もない声でエボルトがどこかへ呼びかける。次の瞬間、エボルトへと向かっていったIS三体が、一斉に弾き飛ばされた。千冬の顔に驚愕の色が浮かぶ。

いつの間にか、エボルトを庇うように2人の怪人が立っていた。それぞれ右半身と左半身を白と青の歯車のような装飾で覆い、そのもう半身は黒い機械的な装甲で包まれている。IS、というよりは幻徳と一海が使用する『ライダーシステム』、そして今目の前にいるエボルトの姿『ブラッドスターク』に近い印象を受けた。

 

「ちっ、仲間がいたか!!」

 

千冬は近接ブレードを構え2人の怪人へと斬り掛かる。振るわれたその刃を、白い歯車で半身を覆う怪人が掌で受け止めた。もう片方の怪人がエボルトを庇うように立ったまま、幻徳が使用しているものと同じ《ネビュラスチームガン》を取り出し千冬の方へと向ける。咄嗟に飛び退く千冬。だがその銃口から放たれたのは弾丸ではなく、黒い煙だった。

 

「何だと!」

 

千冬が体勢を立て直し再び斬り掛かるよりも早く、怪人とエボルトはその黒い煙に全身を包み込まれる。その中からエボルトの声が響いた。

 

「それじゃあなIS学園の諸君、そして織斑千冬。またあった時はよろしくな。チャオ!」

 

千冬が横なぎに振るったブレードが煙を切り裂く。だが手応えは全く無く、3人の怪人は制圧部隊の目の前から文字通り煙のように消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…………」

 

医務室のベッドで目を覚ました鈴は全身の痛みに思わず声を漏らした。

医務室の中には窓からオレンジ色の光が差し込んでいる。もう夕方なのだろうか。随分長いこと意識を失っていたようだ。

あの時、正体不明のISと戦いの途中から記憶が無い。最後に見たのは光る刀を構え敵に襲いかかる一夏の姿だった。

 

「──────ッ!!」

 

負けた。一夏に。そしてあのISに。言い訳のしようがない、完全な敗北。それを実感し、鈴は歯を食いしばる。目から涙が零れそうになる。

自分の強さに絶対的な自信があった。負けるはずのないという確信があった。

 

だが現実はこれだ。一夏に負け、それだけではなく助けられた。自分の情けなさが嫌になる。いっそこのまま消えてしまいたいとすら鈴は思った。

強くなりたい。一夏よりも、誰よりも。ただ助けられたくない。共に戦えるようになりたい。

ISが襲撃してきた時、動けなくなった自分を一夏がレーザー攻撃から庇ってくれた時のことを思いだし、自分への怒りから思い切りベッドを殴りつけた。

 

「自分の弱さが許せないのかぁ?」

 

突然耳元で声が響く。それも男の声だ。鈴は咄嗟に反応し周りを見回した。だがカーテンで仕切られたベッドの周辺には誰もいない。それどころか医務室の中に自分以外の人間の気配は感じられなかった。

 

「わかるぞぉ?弱さってのは罪だ。何も手に入れることも出来ず、誰かからお零れをもらうことでしか生きていけない。そんなのは嫌だよなぁ?」

「誰よアンタ。何が言いたい訳?」

 

鈴は痛む体を無理矢理動かしながらベッドから降りた。声は遠くから響いたかと思えば耳元で囁く。出処の掴めない謎の声に眉をひそめつつ鈴は敵意を剥き出しにしながら尋ねた。

 

「俺が誰かはお前が知る必要はない。今はな。だが、覚えておけ。その時が来たら、俺がお前に力を与えてやる」

「どういう─────」

 

意味よ、と鈴が声にする前にその体は意識を失い再びベッドに倒れ込んだ。ベッドに横たわる体からぬるりと赤い「何か」が這い出す。

 

「お前には期待してるぜ、凰鈴音。俺の器のスペアとしてな」

 

その何かはうねうねと蠢くと、膨張し人の形をとった。地球外生命体エボルト、その地球での偽りの姿「ブラッドスターク」だ。

 

「それにしても……この星は俺をどこまでも楽しませてくれるなぁ!ISに織斑千冬、篠ノ之束……そして異世界から来た『仮面ライダー』に…『ヘルブロス』!『エボルドライバー(俺の真の力)』を取り戻したらさっさと滅ぼしておさらばしようかと思ったが……予定変更だ。エボルの力で俺自らの手で全て喰らってやるとしよう」

 

エボルトは誰にも気付かれる事なく医務室から校舎の外へと出て空を見上げる。

そのバイザーに覆われた顔から表情を伺うことは出来ない。だがその声は楽しげだった。

 

「待ってろよベルナージュ……!お前に奪われた俺の肉体とパンドラボックス……いつか火星に封じられた物を必ず奪い返しに行くぞ……!!」

 

遠い星へ、届くはずもない宣戦布告をするエボルト。やがてその姿は夕焼けの中に沈むように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

鈴が寝かされていた医務室とは別の一室、3つならんだベッドに学園で3人の男子生徒が仲良く並んで寝かされていた。

痛みで呻く一夏の顔にはどこか安堵感のようなものが見える。だがその横で横たわる一海と幻徳の顔は深刻なものだった。

かつての世界で交戦したエボルト。それと同じ存在がこの世界にも存在しており、しかもそれと戦い敗北したのだ。その事実は、2人の気分を落ち込ませるには十分すぎた。

 

「元気出せよ二人とも。結局そのブラッド……なんとかってやつは逃げてったんだろ?」

 

一夏の励ますような言葉に一海は力なく笑う。

 

「逃げてったじゃねえんだ。逃がしちまったんだよ、俺らが負けたせいで」

 

その声には多少の苛立ちが含まれていた。一夏はそれが自分へではなく一海自身へ向けられたものだと理解していたが、その静かな迫力に押され口を噤む。

一海はベッドの横の小さな棚の上に置かれた物を手に取った。

青い拳のような形状をしたガジェット『ブリザードナックル』だ。

 

「こいつさえ使えれば……」

「おいポテト」

 

呟く一海に幻徳が咎めるように声をかけた。一海は自分を見つめる幻徳の目を見つめ返す。

 

「馬鹿な事は考えるな、お前があの時消えたあと皆がどれ程悲しんだか分かってるのか」

「そんなの……」

 

分かってるよ、と言おうとしたが喉から声が出なかった。幻徳から目を逸らしブリザードナックルを持つ自分の手を見つめる。

 

「……くそっ!!」

 

一海は乱暴に手に持っていたガジェットを置いてあった棚の上に置く。一緒に棚の上に置いてあった一海のフルボトルが振動で揺れた。

 

(あの時?消えた後?なんの話をしてるんだ……)

 

横で話だけ聞いていた一夏は幻徳の言葉にふと疑問を浮かべた。そしてそれを本人達に訪ねようとした時

 

「猿渡、氷室。意識が戻ったか」

 

織斑千冬がドアを開けて医務室に入ってきた。3人は一斉にそちらへ目を向ける。

 

「今日のクラス対抗戦の時に現れた侵入者について色々と聞きたいことがある。怪我をしているところ悪いが着いてきてもらうぞ」

 

有無を言わせないような千冬の言い方に、一夏は不安を覚えた。まるで二人が罪人のようだ。

 

「お、おい氷室、一海……」

「わりぃ一夏。つぅわけで行ってくるわ」

「お前はもう少し休んでるといい」

 

ドアが閉まる。1人になった医務室の中で、一夏は不安と疑問を心の中で渦巻かせながら2人が出ていったドアを見つめる。

数分後に箒とセシリアが様子を見に来るまでの間、一夏はずっとそうしているのであった。

 

 

 

 

 

 

 




あんまり先のこととか言いたくないんですけどグリスブリザードは絶対出したいです。何時になるかはわかりませんが。
プライムローグも。詳細まだわからないけど。


あとあのブリザードの色、美空色って言うらしいっすね(最近になって知った)


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ヘルブロスの決意

多少のガバは見逃してください(全力土下座)




よろしくお願いします


「……お前達が交戦していたあの怪人、あれについて知っていることを全部話せ」

 

かつて2人が侵入者として尋問された時と同じ応接室のテーブルの上にアリーナのカメラに捉えられたブラッドスタークの写真が並べられる。幻徳と一海は黙ったままだった。

千冬はため息をつく。

 

「黙っているだけではなにも分からん。……学園の上層部からもお前達とあの怪人の関係を疑う声が上がっているんだ」

「…………知りません」

 

一海の言葉に千冬は舌打ちした。明らかに嘘だ。証拠に目が凄く泳いでいる。千冬は手元に持っていた封筒から新しい写真を取り出し2人に見せつけた。

 

「これはあの赤い怪人の仲間が持っていた武器だ。見覚えがあるだろう」

 

そこには《ネビュラスチームガン》を手にした青い歯車の装飾で半身をおおった怪人の姿。それを見て一海と幻徳は思わず顔を見合わせた。

 

「リモコンブロス……!?まさか」

「鷲尾兄弟、か……」

 

言ってからしまった!と2人は慌てて千冬の方へ顔を向ける。彼女はその反応を見てニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

「ほう、リモコンブロスか……成程。名前まで知っているのか……さて、この怪人たちについて知っていること全部話してもらおうか」

 

千冬はゴキゴキと拳を鳴らしながら立ち上がる。2人は思わず抱き合いながら千冬の姿を見上げた。

 

 

 

 

 

「地球外生命体エボルトに……パンドラボックスに……スカイウォール?すまない、一度整理させてくれ」

 

2人からかつての世界での戦いについての情報を一通り聞いた千冬は眉間を抑えながらソファに座り直した。以前の彼らから聞いた話は、彼らの世界にはライダーシステムという技術があるということ、ネビュラガスという特殊なガスを人間に注入することでその肉体を強化する事が可能であり、2人の体にはそのガスが注入されているという事の二点だけである。突然飛び出してくる彼らが元いた世界の情報と新事実に千冬は軽く目眩を覚えた。それでもすぐに頭の整理を終え冷静な表情に戻る辺り流石は教師と言ったところか。 自分で一海と幻徳の話をまとめた紙に目を向ける。

 

「……成程、お前達の使用するライダーシステムとやらは元々はあのエボルトとやらに対抗する為に造られた物ということか」

 

皮肉なものだな、と千冬は小さく呟く。元々は平和のため、人々のために作られながら兵器として運用される。その経緯はISの成り立ちと非常に似ていた。異なる点はライダーシステムは最終的に元の目的通り平和の為の力として使用されたという所か。ISもいつか元の通り宇宙開発の為の技術として使われる日が来るのだろうか。自らの親友が生み出し、そして自分自身が兵器としての方向性を確定させてしまったIS技術を思い浮かべ、憂鬱そうな表情をした。

 

「……それで、お前達はそのエボルトとの戦いの中で突然こちらの世界に飛んできたという訳か…」

 

一海と幻徳は千冬に全てを語ったわけではなかった。自分たちがかつての世界ではすでに死んだ筈の存在であること、幻徳がかつてブラッドスタークを名乗っていたエボルトと組んでいたこと、ついでにエボルトが従えていた2人の怪人も幻徳の元仲間であること、あと自分たちの本当の年齢。

言ったら色々と面倒なことになりそうな部分は端折ったが千冬は疑問を浮かべる様子もない。受け入れがたそうな表情はしているが。

 

「ふん、これらの存在が知れ渡ったら混乱が起きるから黙ってただと?子供が無駄な気遣いをするな」

「ひゅみまへん(すみません)」

「へもほほまへやるのはひふらなんへもやりふひはほほほひまふ(でもここまでやるのはいくらなんでもやり過ぎだと思います)」

 

千冬の向かい側に座る一海と幻徳の頬は真っ赤に腫れ上がっていた。千冬の脅迫にもめげずに黙秘を貫いた結果、「それなら実力行使だ!」と口を割るまで往復ビンタをされ続けたのだ。グーで殴られなかっただけマシだろうか。

 

「……兎に角、このエボルトとやらの対策はこちらでも考えよう。……それにしてもお前達の話を聞く限りではこの…ブロス?がエボルトに従っているのはおかしな話だな」

 

千冬の言葉に2人は頷く。かつての世界で2人組の歯車の怪人「エンジンブロス」と「リモコンブロス」、そしてそれに変身していた鷲尾兄弟はエボルトへ反旗を翻し、彼の手で消滅させられていたはずだ。いくら蘇ったとしても自分たちを殺した相手(厳密には殺した相手と同じ存在)に従おうとするものだろうか?

それにスカイウォールで三分割された日本でエボルトと手を組み、世界を手中に収めようとした軍事企業「難波重工」 その会長である難波重三郎が設立した孤児院で育てられた子供達、通称「難波チルドレン」の難波への忠誠心は一海も幻徳もよく知っていた。特に幻徳はその忠誠心によって一度命も救われている。だからこそ、その難波チルドレンである鷲尾兄弟が難波会長を殺害したエボルトの側についているのが理解できないのだ。

いや、もしかしたら知らないのかもしれない。幻徳は考えた。よく思い出したら難波重三郎がエボルトに殺害されたのは鷲尾兄弟が殺害された後である。それを知らずにエボルトに協力してる可能性もある。

 

「もひはひはら、ははまにひひほめふはもしれまへん(もしかしたら、仲間に引き込めるかもしれません)」

「なんだ?何を言ってるか全くわからん」

「………………」

 

幻徳の非難するような視線を気にすることなく、千冬は証言をまとめた紙を畳んで封筒にしまうと立ち上がった。

 

「取り敢えずこの情報は上の方でも共有させてもらう。怪我をしている所悪かったな」

「ふひろへははへはへはんでふへど(むしろ怪我させられたんですけど)」

「悪いな。何を言っているのかさっぱりわからん」

 

一海の責めるような目線をかわすように千冬はスタスタと歩いて応接室を出ていってしまった。

2人は赤く腫れ上がった顔を見合わせる。

 

「ほひはく、ほへはひははざーほへへるほはへなひゃな(とにかく、俺達はハザードレベルを上げなきゃな)」

「はは、ははへっひゃひゃひひゃほわへねえ(あぁ、やられっぱなしじゃ終われねぇ)」

 

 

拳を突き合わせる2人。その顔からはいつの間にか医務室での落ち込んだ様子は消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたよォっと」

 

世界のどこか、誰も知らない場所に存在するとある研究所。帰還の挨拶をする赤い、血の色のパワードスーツに身を包む存在に労いの言葉をかける人間がいた。この研究所の主、篠ノ之束である。

 

「スターク、回収してきたコアとデータ」

「先生、もっと何かをないのかぁ?頑張ったねーとか、お疲れ様ーとか」

「残念だけどこれが私流の労いの言葉なんだよね」

「全く……」

 

やれやれと肩を竦めながらスタークと呼ばれた存在は束に何かを渡す。その様子を後ろから見ながら「リモコンブロス」の変身者、鷲尾風(わしお ふう)はこの奇妙な天才、篠ノ之束が赤い男「ブラッドスターク」ことエボルトへと向ける言葉の中に含まれる敵意を見抜いていた。無論、自分が気付いているのだからそれを向けられている当事者であるエボルト自身気付いているのだろう。それでも、エボルトが束に対して怒りなどを向ける様子を風は見たことがなかった。

 

(本当にこれがあのエボルトか……?)

 

この世界に来てから共に行動するようになりもう2週間ほど経つ。その期間で風は同じ疑問を何度も浮かべた。

あの、常に人を馬鹿にしているような態度は飾りだ。一見ふざけているように見えてその実プライドはとても高い。それが、かつての世界で風がエボルトに対して抱いた感想である。そのエボルトが、この1人の人間に対し明らかに敵対しないように気を使っている。それはあの世界でのエボルトの味方として戦い、そして最後は敵として戦った鷲尾兄弟にとっておよそありえない光景であった。

 

「あっ!ふーちゃん!らいちゃん!おかえりー!どうだった?前の世界ぶりの日本は!」

 

エボルトへは敵意たっぷりの態度をとっていた束が、背後に控えていた風と、その弟である「エンジンブロス」の変身者(らい)へ花が咲くような笑顔を向ける。雷が「らいちゃん……」と困惑しながら呟くのが聞こえた。エボルトはため息をつくと部屋を出て言ってしまう。風は内心雷の困惑に同調しながら、しかしその表情は変えない。

 

「いえ、同じ国とはいえ我々の過ごした場所とはやはり違いますから」

「んもー無表情だなふーちゃんはー!もっと笑ってほらほら!」

 

顔を近付けた束に頬をむにむにとされる風。されるがままの兄の姿を見て雷は思わず「兄貴……」と声を漏らした。

どうしてこうなったのか。風は数週間前の出来事を思い返していた。

気づけばスカイウォールの見当たらない世界で山の中で弟と倒れていた。再開を喜び、そして困惑しながらも周囲を散策していた所なぜか束と出くわし、腰に下げていた《ネビュラスチームガン》を見られ───紆余曲折あって束の研究対象兼護衛役として束の研究所で生活することになっていた。流石にその研究所にエボルトも居た時は兄弟揃って驚いたが……何故かエボルトは自分たちを見てもなんの反応もしなかったのだ。そこに不気味さは感じるが、今のところ特に問題も起きていない。いや、1度だけあったか。

何かの拍子にエボルトに触れられた際に「このハザードレベルは……!俺の器になれ」とかなんとか言われたことがあった。普通に断ったが。嫌いだし。

あやうく戦闘になりかけたが結局その件は束の「2人に手を出すならドライバーの修復は中止する」という言葉によってエボルトが退いたことで決着したのだ。風はその時のエボルトの「仕方ない、諦めるか」という言葉を聞いた時心臓が止まるかと思った。

 

自分達の知るエボルトとこの世界で邂逅したエボルトの違いに戸惑いながらも、兄弟は警戒だけは解くことがなかった。

人を騙すのはあの宇宙人の十八番であることを2人は十二分に理解していたからだ。

 

(…………もしアイツが本性を表す時が来たら)

 

風は頬をむにむにされながら雷へ視線を向ける。弟は、その視線を受けて頷いた。どうやら思いは同じようだ。

 

(束さんは、俺達が守るんだ)

 

立場上、どこかの国に頼るということができない篠ノ之束。命の恩人である彼女を何があっても守るという決意をしながら、元人間兵器の兄弟は今日も天才の遊び道具にされるのであった。

 





割と細部は忘れてたりしてこれからも細かいミスとかガバ要素はあると思いますがお付き合い頂ければ幸いです。
指摘はもうバッチコイです。直せそうな所は直していきたいです。すんません。

取り敢えず1巻分はこれで完了です。


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転校生はブロンド貴公子

UA20000ありがたや



よろしくお願いします


謎のISと侵入者の乱入によって中止になったクラス対抗戦から2週間。

 

一夏と鈴があの正体不明のISとの戦闘で負った傷も回復し、学園はようやく元の日常を取り戻しつつあった。

 

だが、あの事件による傷痕は目に見えるところ以外にも存在している。

 

その1つが中国代表候補生、凰鈴音の変化である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、げんげんにカズミンだ〜。やっほー」

 

夜、食堂へ向かって廊下を歩いていた幻徳と一海にのんびりとした声が掛けられた。パジャマ姿のクラスメイトの布仏本音、通称のほほんさんだ。その横の女子生徒は「ええっ!猿渡くんと氷室くん!?」と何やら慌てている。ラフな格好を見られたのが恥ずかしかったのだろうか。

 

「おす、のほほんさん。なんか用か?」

「あのさー、私たちと一緒にご飯食べよーよ」

 

特に断る理由もないので了承しようとする一海。その横をふらふらと体をよろめかせながら一人の少女が通り過ぎた。

 

「……あ、よう。鈴。体の調子はどうだ?」

 

一海の声を聞いて鈴はのろりとそちらへ顔を向ける。2人と、居合わせたのほほんさんとその友人はその顔を見て思わずギョッとした。そこにあの自信に満ち溢れた凰鈴音はなく、目の下に隈をつくりげっそりとした表情をしている。

 

「……ああ、一海ね。ごめん、ボーッとしてたわ」

 

自分の頬をピシャリと叩き背筋をピンと伸ばす鈴。だがその足取りはおぼつかなかった。再びノロノロとどこかへ向かおうとする。一海はひとまずのほほんさんからの誘いを断った。彼女は気にした様子もなく「またこんどね〜」と友人を連れて食堂へ向かっていく。

 

「大丈夫か凰、部屋まで送るぞ。ポテトが」

 

その様子を見て心配したのか幻徳が声を掛ける。なんで俺なんだよ!と一海は反発するが、鈴を心配する気持ちは一緒だった。

 

「これくらい平気、それにアタシには休んでる暇なんてないのよ……!」

 

そこで幻徳は鈴が向かおうとしている方向に気がついた。食堂とは逆方向、この先にあるのは寮の入り口と今2人が使用してきた階移動用のエレベーターだけだ。そして寮の入口から1度出てすぐの所にはIS訓練用のアリーナがある。鈴の言動から2人はなんとなく彼女がどちらへ向かっているの察する。

 

「まさか凰、その状態で特訓するつもりか?」

 

辞めておけ、と咎めるようにいう幻徳に鈴は思わず叫んだ。

 

「アンタ達には関係ないでしょ!アタシは強くならなくちゃいけないの!今のままで、いる訳にはいかないのよ……弱いままの自分を、許せない、から……」

 

感情をぶちまける鈴の目から大粒の涙がこぼれる。その言葉に対して、幻徳と一海は何も言い返せなくなっていた。その思いは、自分の弱さを許せないという怒りは、彼ら自身よく知っていたからだ。

 

戸惑う2人の前で鈴はゆっくりと顔を上げながら袖で自分の目元をこする。そしてまだ少し赤い目で2人を見つめて困ったような顔で笑った。

 

「……アハハ、ごめん。アタシ余裕無さすぎだよね、少し頭冷やしてくる。……今日は、休むよ」

 

ふらついた足取りのまま、今度は寮の入口ではなく階移動用のエレベーターの方へ向かっていく鈴。二人はその小さな背中にどう声をかけていいのかも分からず、ただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、俺のところに相談に来たのか?」

 

翌朝、一夏は自分の座る机の前に立つ二人の男を不思議そうな顔で見上げた。一海から昨夜のやり取りの話を聞いた一夏はうーんと首をひねる。

 

「ああ。アイツと1番付き合い長いのはお前だろ?」

「まあ、そうだけど……うーん、確かに俺も気になってはいたんだよなあ。でも最近は話しかけてもいつもよそよそしいっていうか、なんて言うか……」

 

話しかけないで、というオーラを剥き出しにされている。一夏はため息をついた。

 

「あいつ昔はケンカとかしてもそんな引きずるタイプじゃなかったんだけどなあ。お互い謝ったら、はい!この件はお終い!みたいな」

 

 一夏はおそらくクラス対抗戦前のいざこざをまだ引きずっていると思っているのだろう。一海は思わずはぁ、と呆れたようにため息をつく。

 

「いいか、鈴はな─────」

「SHRの時間だ。とっとと席につけ」

 

教室に入ってきた千冬の姿を見た瞬間、一海はすぐさま自分の席へ向かい背筋をピンと伸ばして着席した。どうやら先日の尋問の件は一海の中でトラウマになっているようだ。幻徳も仕方なく一夏に「後でな」と声を掛け、自分の席に戻っていく。

 

 

 

……近くの席で友人と談笑しながら、3人の会話にこっそり耳を傾けていたセシリアは、ぎゅっと握りしめられた自分の白い手を見つめながら何かを思案していた。

 

 

 

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。それぞれのISスーツが届くまでは学校指定のものを────」

 

教壇の前に立つ千冬の言葉を、一海はほとんど聞いていなかった。無論、制裁を回避するために姿勢だけは良くして顔はしっかり教壇へと向けている。だがその鼓膜は殆ど機能しておらず、一海の頭の中は鈴についてで埋め尽くされていた。

それは別に恋愛だとかそういうものではない。単純な心配だ。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも2名です!」

 

「「「えええええっ!!?」」」

 

いつの間にか千冬の話は終わり、山田先生にバトンタッチしていた。そして山田先生の言葉にクラスがざわめいているのに気づき、周りを見回す。

 

(なんだ?転校生……?ついこないだ鈴が来たばっかりだろ)

 

一海は疑問を浮かべるがここが世界中から人間が集まる特殊な学校であることを思い出し、すぐにそれを払拭した。国も、人種も、皆集まるのだ。そういうことくらいあるだろう。

教室のドアが開く。それと同時にクラスのざわめきが一瞬で止まった。

 

歩いて入ってきた2人の転校生。その姿を見た一海も少なからず驚いていた。なぜならそのうちの一人は────本来ここに存在しないはずの男子だったのだから。

 

 

 

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

転校生の一人、シャルルはにこやかな顔でそう告げて一礼する。あっけに取られた様子のクラスメイト達を教室の最後列から眺めていた幻徳は首をかしげた。

 

「お、男?」

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入してきました。」

 

誰かの呟きにシャルルはにこやかに反応する。そう、シャルルは制服のスカートではなくズボンを履いていたのだ。一見礼儀のいい立ち振る舞いに、中性的に整った顔立ち。髪はセシリアのような綺麗な金髪で、それを首の後ろで丁寧に束ねている。体は小柄で華奢に思えるほどスマートで、スラリと伸びた長い脚が目を引いた。

なるほど、男と言われれば誰もがそう思うだろう。貴公子という言葉がぴったりだ。だが幻徳だけは違う。

まるで後から男性的な立ち振る舞いを仕込まれているかのような違和感、立ち振る舞いや仕草の中にある「演技臭さ」を幻徳は完全に見抜いていた。

幻徳はゆっくりと手を挙げ、シャルルの「嘘」を指摘しようとして───動きを止める。

 

(……最近はLGBTとか話題になってるし、デュノアのもそういうやつかもしれない)

 

静かに手を下ろす幻徳。山田先生がその行動に気づき声をかけようとした瞬間、教室は歓声に包み込まれていた。

 

「きゃーーーー!!!男子!しかも4人目!!」

「4人もいて全員違うタイプって凄くない?」

「よりどりみどり!!」

「ヤベーーーーイ!!」

 

キャーキャー騒ぐ女子にシャルルは困ったような顔をしながら笑う。その表情がまた、なんというか絵画のような美しさでクラスの歓声が一層大きくなった。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

両手をパンッと打ち合わせて教室内の歓声を抑えてから千冬がぼやく。山田先生も慌てたように千冬に続いた。

 

「そうですよっ!皆さんお静かに!まだ自己紹介は終わってないんですから〜」

 

その言葉にクラス皆の視線がもう1人の転校生へと向けられる。まず視界に入ってくるのは長く、綺麗な銀髪。腰近くまで伸びたそれは整えてあるというよりただ伸ばしっぱなしというような印象を受ける。次に、左目を覆う黒眼帯。もう片方の目は先程のクラスのシャルルへの反応も、今自分へ向けられている皆の視線も、全く興味がないとでも言うかのような冷たい目だ。

幻徳が受けた印象は「軍人」。シャルル同様ズボンを履いているが男子の服装、というより完全に軍服のようだ。身長は小柄なシャルルに比べても小さいが、その全身から放たれる冷たく鋭い気配が彼女の体を一回りも2回りも大きく見せていた。

 

「………………」

 

銀髪の転校生は、腕を組んだまま微動だにしない。右目でクラス全体を見回したあと、千冬へと視線を向けた。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

ビシッと姿勢を直し、千冬へ敬礼する転校生──ラウラ。その様子にクラスの全員がぽかんとした表情をしていた。千冬は呆れたような顔をする。

 

「ここでは織斑先生と呼べ。それに私はもうお前の教官ではない。ここへ入学した以上お前もお前以外も皆等しく私の教え子でしかないぞ」

「了解しました」

 

敬礼していた手を腰につけ、クラスの皆へ向き直るラウラ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、出身はドイツだ」

 

静まり返るクラス。続く言葉を待っているのだがラウラの口はもう既にしっかりと閉じられていた。

 

「あ、あの……以上ですか?」

 

空気に耐えきれなくなったのか、山田先生がラウラへ尋ねる。だがラウラはその言葉に答えず、一夏へ視線を向けるとそちらへ向かって歩み寄った。

 

「えっ?何?何だよ」

 

いきなり近付いてきたラウラに困惑する一夏。だが彼女はそれに答えず黙って腕を振り上げた。

 

「貴様が教官を─────」

 

一夏へ向かって振り下ろされようとした腕、そこへ何かが直撃してその腕を弾く。幻徳の目の前で、座っていた一海が突然立ち上がり自分のペンケースをラウラの腕へ投げてぶつけたのだ。

弾かれた己の腕と、床を転がった一海のペンケースを見比べるラウラ。やがてその表情が怒りで歪む。

 

「なんのつもりだ、貴様」

「それはこっちのセリフだろ眼帯野郎。てめえこそなんのつもりだ」

 

言いながら後ろの席の幻徳のペンケースを手に取る一海。え?俺のも投げるの?という表情をしている幻徳にはお構い無しだ。

 

「貴様の名前はなんだ」

「猿渡一海だ」

「そうか、サワタリ。貴様と、織斑一夏は必ず私が始末してやる」

 

吐き捨てて、空いている席に座るラウラ。一海も舌打ちすると自分の席に座った。

一連の様子を静観していた千冬がわざとらしく咳払いをする。

 

「えー、ゴホンゴホン…これでHRは終わりとする。各人は着替えて第2グラウンドへ集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

パンパンと手を叩きながら千冬が行動を促す。幻徳は取り敢えず不機嫌そうな顔の一海を連れて教室から出た。このまま教室にいると女子の着替えが始められなくなってしまうのだ。

見ると一夏もシャルルを連れて教室から出てきていた。ふと幻徳はシャルルがどう着替えるつもりなのか気になったが、まあ男性として学園に来ている以上何らかの考えはあるのだろう。とすぐに頭を切り替え、男子用の更衣室へ向かった。

 

 

 

「改めまして、シャルル・デュノアです。シャルルでいいよ。

よろしくね」

「おう、俺は織斑一夏!一夏でいいぜ」

「氷室幻徳だ」

「……猿渡 一海だ。悪かったな、さっきは騒がしちまって」

 

更衣室について早速自己紹介をし、さらに教室でのラウラとの件をシャルルに謝罪する一海。それを見た一夏は慌てた。

 

「おい一海!あれは俺を助けてくれただけで……」

「うん、ボクも気にしてないから大丈夫だよ」

 

シャルルは微笑む。一海は「サンキュ」と小さく礼を言いながら時計を見て慌てた。

 

「あっ!時間やべえな、急いで着替えるか」

「えっそんな時間か?うおっ本当にやべえ」

 

言いながらバッと上着とシャツを脱ぎ捨てる一海と一夏。その姿を見たシャルルは顔を真っ赤にしながら2人に背を向けた。

 

「わわわわ!急になんで脱いでるのさ!?」

「なんでって……着替えるからだろ?なあ?」

「おう。……急にどうしたんだ?」

 

着替え続けながら不思議そうな顔をシャルルへ向ける2人。幻徳はため息をついた。スーパー朴念仁と29歳までネットアイドルの追っかけをしてた芋農家にそういう気遣いは難しいのだろう。……というか恐らくこの2人はシャルルが女であることに気が付いていない。

 

「何でもいいからさっさと着替えるぞ。先生に叩かれるのはゴメンだ、デュノアもさっさとしろ」

 

幻徳は言いながらさりげなくシャルルと一海らの間に体を割り込ませ、その長身で二人の視界を遮る。その言葉に一海と一夏は千冬の顔を思い浮かべて青ざめた。そして慌てた様子で着替える。シャルルはホッとした表情を見せ、幻徳の背中に隠れながら素早く着替えを済ませた。

シャルルに背を向け自分も着替えながら幻徳は小さくため息をつく。どう考えても無理があるだろ、その設定を押し通し続けるのは。

何やかんやで着替えを終えた4人は再び時計を確認し、大慌てでグラウンドへ向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

「では本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」

「「「はいっ!」」」

 

千冬への返事の声がいつもより大きい。1組と2組の合同実習なので当然だが。

 

「今日は初日だ。まずは戦闘を実演してもらおうか。──オルコット!凰!」

 

千冬に呼ばれた2人がみんなの前に歩み出た。キビキビと歩くセシリアに対し、鈴は足がふらついている。千冬はそれを見て眉をひそめた。

 

「凰、体調不良か?」

「いえ、大丈夫です。問題ありません。……実演の相手は誰ですか?……セシリア?」

 

明らかに顔色が悪い鈴を千冬は眺め回していたが、やがてため息をつく。大丈夫だ、と判断したのだろうか。

 

「いや、違う。お前達2人にはペアを組んでもらう」

「ペア?相手は誰─────」

「私です!」

 

対戦相手を探して周囲を見回した鈴とセシリアの目の前に、上空からISを纏った山田先生が落下してきた。危うく地面にぶつかるかと思われたが、山田先生の体は地表スレスレの所でまるで動画の停止ボタンを押したかのように停止する。

 

「お前達の相手は山田先生だ。こう見えても先生は元日本の代表候補生、ISの操縦技術ならお前たちよりも遥か上を行くぞ」

「む、昔のことですよ。それに皆さんなら私なんてすぐ越えられますから」

 

千冬の解説に山田先生は照れたように頬を赤くした。その前では鈴とセシリアが唖然とした表情をしている。いや、2人だけではなくその場にいた生徒全員が驚いたような顔をしていた。

 

「小娘共、何を惚けている。さっさと実演を始めるぞ」

「え?あの、2対1で……ですの?」

 

戸惑いながらのセシリアの言葉に対し、千冬は口元に笑みを浮かべる。そして2人を挑発するかのように答えた。

 

「安心しろ、今のお前達では山田先生の足元にも及ばん」

「……へぇ…なら、見せてもらおうじゃない!!」

 

 

千冬の挑発に反応した鈴がIS「甲龍」をその身に纏い、ゆらりと体を揺らす。次の瞬間、一瞬で加速した鈴が山田先生へ向けて巨大な青龍刀《双天牙月》を振り上げていた。その動きはまるで先程まで体調が悪そうに見えた人間のものとは思えないほど速い。

 

 

瞬間加速(イグニッション・ブースト)!?」

 

一夏は思わず叫ぶ。その加速は、クラス対抗戦で一夏が使用した技能と同じものだった。鈴に勝つために一夏が仲間の協力の元ようやく習得した技能だ。それをクラス対抗戦後からの短期間で習得してみせた鈴と、彼女の努力量に一夏は息を飲む。一夏の努力を知る一海、幻徳、箒もそれぞれ驚愕していた。

だが、山田先生は即座にそれに対応して見せる。

目の前に迫る鈴に対し、右手に呼び出した近接ブレードを突き出す。それを回避しようと上体を反らした鈴へ、左手に呼び出したアサルトライフル《レッドバレット》を突きつけた。その引き金が引かれる寸前、鈴の両肩の《衝撃砲》が迎撃の為に起動するよりも早くセシリアが撃ったレーザー攻撃が山田先生を襲う。近接ブレードを振るってレーザーを弾きながら跳躍して避難する山田先生。1歩遅れて放たれた空気の砲弾はアリーナの障壁を叩いた。

 

「セシリア!邪魔しないで!」

「それはこっちのセリフですわ!1人で突っ込んで勝手にピンチにならないでくださる!?」

 

体勢を直しながら鈴は、今自分を援護したセシリアへ怒りを向ける。セシリアもむきになったように言い返した。そこへ、距離を取った山田先生の放ったアサルトライフルの弾丸が降り注ぐ。

 

「ちっ────このぉ!!」

 

鈴は弾丸の雨を回避しながら手に持った青龍刀2本の柄を連結し、両刃の薙刀のようになった己の武装をアサルトライフルを連射する山田先生へ向けて投擲した。

だが、回転しながら飛んでいくそれと山田先生の間に2機のビット───セシリアのブルーティアーズが割り込んだ。

違う、飛んできた双天牙月を視界に捉えた山田先生が射撃でビットの位置を誘導し、自分との間に「割り込ませた」のだ。そして、同時に誘導していたのは「ビット」だけではなかった。

 

「なっ────きゃっ!?」

「えっ────わっ!!?」

 

そこで鈴は、自分と同じく弾丸の雨をかわしビットを操作していたセシリアに正面からぶつかってしまう。バランスを崩しもつれ合う2人。山田先生は最初からそうなることが分かっていたかのように、得意げな顔で予め手に持っていたグレネードを2人の元へ投擲した。

空中で爆発が巻き起こり、鈴とセシリアの2人はISが解除された状態で地面を転がる。意識はあるようで、悔しそうな顔をしながらすぐによろよろと立ち上がった。

 

「くっ……うぅ、わたくしがこんな無様な……」

「…………」

 

歯噛みするセシリアに対し、鈴は無言だった。やがて小さな声でボソリと呟く。

 

「……まだ、足りないんだ。もっと強くならなくちゃ……」

「……?あの───」

 

その言葉を聞いたセシリアが不安そうな表情で鈴へ声をかけようとする。だがその時千冬の声が響いた。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように。オルコット、凰。自分たちの列へ戻れ」

 

鈴の肩へ伸ばされたセシリアの腕は空を切る。鈴はセシリアを一瞥もせずに自分が元々座っていた場所へ戻っていく。2組の他の生徒達はその鈴の放つ殺気にも似た怒気に気圧されたのかまるでモーセの海割りのように立ち上がって道を開けた。

 

「…………鈴さん」

 

自分へ背中を向ける少女を見つめるセシリア。やがて、目を閉じて再び開く。鈴を見つめるその目には先程までの不安の色はなく、何かの決意によって満たされていた。



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プライドの咆哮

ネロちゃまいいよね……(唐突)



よろしくお願いします


放課後、第3アリーナ。

ISの訓練用施設であるこの建物は現状、実質中国代表候補生、凰鈴音の貸切状態となっている。

 

たった一人、無音のアリーナでISを纏った状態で佇む鈴。次の瞬間、その姿が消えると同時にアリーナの四隅に設置されたターゲットの1つが砕け散った。影が閃き、対角にあったターゲットが砕ける。さらに3つ目へ向かおうとし─────鈴の鼻先を掠めたレーザーが狙っていたターゲットの中心を正確に撃ち抜いた。

 

「………………」

 

動きを止め、レーザーが飛んできた方───IS《ブルー・ティアーズ》を纏い、ライフルを構えているセシリアを睨みつける鈴。その視線を正面から受け止めながらセシリアは不敵な笑みを浮かべた。

 

「なんの用?邪魔しにきたなら帰ってくれる?」

「邪魔しに来たわけじゃありませんわ。鈴さん、貴女に用がありますの」

 

明らかにイラついたような様子の鈴にセシリアは微笑んだ。そして手に持っていたライフルの銃口を鈴へ向ける。

 

「決闘を申し込みますわ!負けた方は勝った方の言うことを聞く!というルールでどうでしょう!」

「はぁ?」

 

あまりにも唐突なセシリアの提案に、鈴は思わず戸惑ったような声を上げた。

 

 

 

 

 

なぜこんなことになったのか、時間は今日の昼まで遡る。

 

「鈴さんを説得するその役目!このセシリア・オルコットにお任せ下さい!」

 

鈴とセシリアが山田先生にボロ負けした授業の後の昼休み、鈴の体調を心配した一海ら男子3人組がどうやって鈴を説得するかについて作戦会議をしていた所、箒と共にやってきたセシリアが突然こう言い出した。一海と一夏は顔を見合わせ、幻徳は首を傾げる。シャルルはトイレに行っていて不在だ。

 

「オルコット、何か考えでもあるのか?」

「ええ!もちろん!わたくしと鈴さんが決闘をして、勝った方が負けた方に1つ命令をできるというルールにして、わたくしが勝てば一件落着ですわ!」

「えぇ……」

 

その口から飛び出したあまりにもあんまりな作戦内容に男3人組も困惑するしかなかった。自信満々なセシリアの横で箒がはぁとため息をつく。

 

「私も無理があると説得したんだが……聞く耳を持たなくてな」

「無理なんかじゃありません!それに、わたくしだからこそ意味がありますのよ」

「どういうことだ?」

 

尋ねる一海にセシリアは笑みを浮かべた。

 

「同じ代表候補生であるわたくしが、鈴さんとは違うやり方で得た実力を見せつける!そうすれば鈴さんも自分のやり方の間違いに気が付くはずですわ!」

「うーん……無理矢理すぎな気もするけどなぁ…」

 

一夏は苦笑する。一方で幻徳はセシリアの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「……自信はあるのか。凰は強敵だ。そのルールでもし負けたらどうしようも無くなるかもしれんぞ」

 

その言葉と、幻徳の目をセシリアは真っ直ぐに見つめ返した。

 

「…………今は、信じてくださいとしか言えませんわ」

 

それを聞いた幻徳は無言でセシリアの背後に回りその背中をポンと叩いた。

 

「……なら俺は信じる、セシリア・オルコットを。俺はお前があの代表決定戦の後、織斑のサポートをしながら自分も特訓していたのを知っている」

「幻徳さん……」

 

幻徳に続くように一海も、一夏も、箒も、セシリアの背中を叩く。

 

「そこまで言うんだ、俺も異論はねぇよ」

「鈴のこと、よろしく頼むぜ!」

「ああ、私もみんなも、お前を信頼しているぞセシリア」

 

「ただいまー……あれ?みんな何してるの?オルコットさんの背中に何かある?」

「お、シャルル。お前も来いよ」

 

セシリアの背中に手を当てながら、一夏がシャルルへ手招きをする。状況が飲み込めないまま、シャルルはとりあえず周りと同じようにセシリアの背中に手を添えた。

 

「お任せ下さい!皆さんの信頼がある限りこのセシリア・オルコット!必ずや勝利してみせます!」

 

セシリアは背中に触れる手の温もりを感じながら胸を張り、高らかに宣言するのであった。

 

 

 

─────そんなこんなで、セシリアは鈴へ決闘をいどむことになったのだが、当然鈴からすれば青天の霹靂、寝耳に水。いきなりの事に困惑するしかない。

 

「なんであたしがアンタと戦わなくちゃならないの。邪魔するなら帰ってよ」

「あら、もしかして負けるのが怖いのですの?」

「……アイツらと仲良く友達ごっこしてるだけのアンタじゃ、アタシの相手にならないっての」

 

セシリアの露骨な挑発に、鈴は声を低くしゆっくりと構えた。その手に光が集まり《双天牙月》が形成される。

セシリアもISのスカート部分に格納された4機のビットを起動させた。

 

「さっきの、負けた方が言うことを聞くって話、忘れんじゃないわよ」

「申し訳ありませんが、以前の貴女ならともかく今の鈴さんに負ける気はこれっぽっちもありませんわ!」

 

ライフルと青龍刀、それぞれの得物を手にアリーナの中央で向かい合う2人。

やがて痺れを切らしたかのようにセシリアがライフルの引き金を引いた。銃声がアリーナに響く。

 

それが開戦の合図となり、2体のISは同時に動きだした。

 

 

 

 

 

 

ピットのリアルタイムモニターで、一海達はその戦いの様子を見守っていた。

全員表情は硬い。今はまだ互角だがたった1発の攻撃で戦況が左右しかねない状況だ。幻徳は腕を組んだまま意識をモニターへ集中させていた。

 

(オルコット……頼んだぞ)

 

レーザーと衝撃砲が飛び交い、《双天牙月》と《インターセプター》がぶつかり合う。画面の中の青とマゼンタのISは踊るようにアリーナ内で交差した。

 

 

 

 

 

 

5分経ち、気づけば勝負は一方的なものになっていた。

《衝撃砲》がセシリアを叩き、《双天牙月》がビットを砕く。

鈴も少なからずダメージを負っているがセシリアの損傷に比べれば微々たるものだ。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

振るわれた《双天牙月》によってセシリアの近接ブレード《インターセプター》はひしゃげてしまう。すぐさまそれを投げ捨てライフルを向けるも引き金を引く前に《衝撃砲》がセシリアの顔を叩いた。そのまま仰向けに倒れ込むセシリア。

 

「はぁ……はぁ……終わりね」

「いえ……まだです…………!」

 

よろよろと、立ち上がるセシリア。鈴はそれを見て苛立ちを覚えた。

 

「なんで、あたしにそこまで構うのよ!アンタも、一海も、幻徳も、箒も!……一夏も」

「友達だから……ではありませんの?」

 

最早ライフルを握る力も残ってないのか、セシリアは素手のまま構える。

 

「友達だから……自分自身を傷つけるアナタを放っておけないのでは?皆さん……優しいですもの」

 

ふふっと笑うセシリア。鈴は動揺したように言葉を止めた。

 

「何よ、それ……あたしは、あた、し…………」

「鈴さん、今からの攻撃はわたくしが一夏さん達との特訓の中で編み出したものです。────この一撃で、証明してみせますわ」

 

ブルー・ティアーズの拳部分に、生き残っていた二機のビットが接続される。そして、残存していたエネルギーを全て推進力へと回し、セシリアは流星の如く鈴へ殴りかかった。

 

「なっ…………」

 

鈴が呆気に取られる。遠距離型であるブルー・ティアーズでまさか殴りかかってくるなんて!反射的に《双天牙月》を振りかぶりながら、《衝撃砲》を展開する。

その瞬間、セシリアのISのスカート部分から2発のミサイルが発射された。

 

「奥の手は、最後まで取っておくものですわ」

「くっ─────セシリアァァァァァァァァ!!!」

 

ミサイルを衝撃砲で迎撃する。だがこれでセシリアへ対しては衝撃砲を使えなくなった。次の弾を放たれるよりも早く爆煙の中から飛び出したセシリアは鈴へと拳を振り抜いた。

 

「ぐっ……このぉぉぉぉぉぉ!!!」

「はぁぁぁぁぁぁぉぁぁっ!!!」

 

セシリアの拳を受け止めた《双天牙月》に亀裂が入る。気がつけば、ブルー・ティアーズ本体の加速に加え、拳に接続されたビットもスラスターを吹かせていた。鈴の顔に驚愕の色が見える。

 

「鈴さん!これが……!皆さんと共に得た、わたくしの力です!!」

 

砕け散る刃、セシリアの拳はさらに加速し───鈴のISを吹き飛ばした。直後、2人のISが同時に解除される。

 

「はぁ…はぁ……あんた、無茶苦茶やるわね…………」

「ふふっ…わたくし1人ではこんな発想できませんわ」

 

仰向けに倒れる鈴に手を差し伸べるセシリア。鈴は少し迷った様子を見せたあと、その手をつかみ返した。立ち上がり、しばらくのあいだ無言で見つめ合う。

やがて、鈴はぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……あたしさ、親が離婚しちゃってさ……それで一夏と同じ中学を転校して自分の国に帰ることになって……もう父さんとはずっと会ってないんだ」

 

微笑みながらセシリアが鈴の背中をトントンと叩く。鈴は心地よさそうに目を細めた。

 

「だから、ISの代表候補生になった時は嬉しかったんだ。一夏にまた会えるし、それにもしかしたら父さんとまた会えるようになるかもしれない」

 

でも、とそこで鈴の表情が曇る。

 

「一夏には負けて、あの変なISには手も足も出なくて……怖くなったんだ。このまま代表候補生を解任されたら、あたしはまた色んなものを失うことになる。そう思ったらいても立ってもいられなくて…………皆と一緒にいて、楽しくて、でもそれじゃあたしは、強くなんかなれないって……」

 

目に涙を浮かべながら自分の思いを語る鈴を、セシリアが抱きしめた。その胸に鈴の顔が埋められる。

 

「おバカですわね……本当に、以前のわたくしとそっくりですわ。自分一人の力で出来ることなんて、たかが知れていますのに…………さて、約束の件ですけど」

「なによ……」

 

胸に顔を埋めたまま、鈴が聞く。セシリアはふふっと楽しそうに笑った。

 

「わたくしと、わたくしたちと。これからも一緒に過ごしましょう。鈴さん」

「ズルいなぁ……セシリア……あたしに拒否権ないじゃん、そんなの…」

 

抱きしめられたまま、鈴の目から涙が溢れ出した。セシリアに抱きついたまま、わあわあと泣き出す。自分の制服が濡れるのも気にせず、セシリアは微笑んだまま鈴を抱きしめた。

 

 

 

 

 

「一件落着だな!」

 

一海はモニターを見ながら満足げに頷いた。これ以上見続けるのは野暮ってもんだ。とモニターに背を向ける。

一夏もうんうんと頷く。幻徳も珍しく満面の笑みを見せていた。

そんな中、モニターを眺めていた箒が眉をひそめながらぼそりと呟く。

 

「なんだ?アレは…………」

 

その箒の様子に全員がモニターに注目した。抱き合うセシリアと鈴、その後方からゆっくりと黒いISが現れる。

その操縦者に気づいた一海がその名を口にした。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!」

 

 

ガシャン、とその肩に搭載された大型のレールカノン砲が抱き合う2人へ向けられた。その意図に気がついた一海と幻徳は弾かれたように走り出す。一夏とシャルル、箒もそれに続いた。

 

「逃げろ凰!オルコットォーーーーッ!!!」

 

アリーナへ飛び出した幻徳が叫ぶ。驚いた様子でそちらへ顔を向けたセシリアと鈴の2人を、次の瞬間爆炎が呑み込んだ。

 

「テメェ!!何してやがる!!!」

 

怒りに拳を震わせながら、一海がラウラを睨みつける。その表情に全く動じる様子もなく、ラウラは淡々と挑発してみせた。

 

「織斑一夏に、猿渡一海。今ここで私と戦え」

「上等だてめぇ!」

 

叫びながら、一夏はIS「白式」をその身に纏う。一海も仮面ライダー「グリス」へと変身しその腕に装着された《ツインブレイカー》の銃口をラウラへ向けた。

 

 

 

 

「あ、あら?」

「う、うーん……?」

 

炎の中、セシリアはふと自分へのダメージがないことに気がついた。見れば自分と鈴の周囲を赤く、薄い膜のようなものが覆っている。

 

「オルコット!凰!無事か!?」

「セシリア!」

 

幻徳と箒、シャルルが駆け寄ってくると同時に赤い膜の表面が波打ったかと思うと、そのまま霧散してしまった。途端周囲の炎も一緒に掻き消える。セシリアは困惑しながらも、取り敢えず幻徳達の呼びかけに応じた。

 

「わたくしも鈴さんも大丈夫です!……けど、何なんですの今のは……」

 

周囲をキョロキョロと見回すセシリア。だがそこには幻徳たちと自分と鈴、そして離れたところで交戦するラウラと一海、一夏の姿しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「今のは礼だ。理想通りとは行かないが……望む物は手に入った……それに、次の手も打たせてもらったぜ?」

 

アリーナの外を歩くエボルト。そこへアリーナの中から這うように出てきた赤いスライム状の何かがまとわりつき──いつの間にかその手には青い筒状の小さなものが握られていた。一海たちの「フルボトル」によく似ているが装飾などは全く異なっている。

 

「じゃあな、凰鈴音。『フェーズ2』になったら、また会おうぜぇ?」

 

楽しそうに呟くエボルト。手にしていたボトルを自らの体へ飲み込むと、手にしていた銃から黒煙を放ちその場から掻き消えた。




何やかんやでエボルトもブラックホールまで出したいなぁ
怪人態も出したい
最初はエボルドラゴン抜いてエボルラビットをフェーズ2として出しちまおうかと思ってたんですけどやっぱりドラゴン欲しいから無理矢理出すことにしました。
許して


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バイオレンスな黒い雨

クソ文才の分せめて投稿ペースだけは早めていきたい(願望)


よろしくお願いします


「オラァッ!!」

 

こちらへ向けて放たれたワイヤーブレードをかわし、銃口を後ろへ向けパイルバンカーのような形状になった《ツインブレイカー》をラウラへと叩きつける。眼帯を外しその金色の瞳でグリスを睨みつけながら、ラウラは口元に笑みを浮かべた。

迫る杭の一撃を手刀で受け流し───その瞬間一海の全身が凍りついたかのように硬直する。

 

「くっそ……!また……」

「一海!このっ!!」

 

隙をつくように一夏が斬り掛かる。ラウラはすぐに意識をそちらへ向けると手刀で一夏の斬撃を受け止めながらレールカノンを白式へ向けた。同時に一海の体が正体不明の拘束から解放される。

 

「その程度か?……やはり教官にとって、貴様らの存在は不要!」

 

ガガガガガガ!と凄まじい音を立てて白式の装甲を弾丸の嵐が叩く。それと並行してラウラのIS《黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)》から再び放たれたワイヤーブレードが一海へ襲いかかった。

 

「ちっ……この野郎……!!いつまでも舐めてんじゃねえぞ!」

 

『シングル!ツイン!』

 

飛んでくるワイヤーブレードを弾き、躱しながら一海は腰のドライバーから引き抜いた「ロボットゼリー」と取り出した「ヘリコプターボトル」を銃口を戻した《ツインブレイカー》へ装填する。

 

『ツインフィニッシュ!』

 

力強い音声と共にプロペラのような形状のエネルギー弾が次々と放たれた。

一夏へ攻撃していたラウラの表情が驚愕に変わる。一海の攻撃を正面から受けた漆黒のISは巻き上げられた土煙に飲み込まれた。視界が塞がれる中、ラウラはすぐさまセンサーで周囲を確認する。

 

「まだ終わってねぇぞコラァァァァァァァッ!!!」

 

そこへ再び《ツインブレイカー》を変形させた一海が跳躍し、土煙を突き破って殴りかかる。同時に体勢を建て直した一夏も刀を構え直した。瞬時に判断し、先に一海の動きを停止させようとするラウラ。

だがラウラの金色の左目が能力を発動するより早く、一夏の攻撃はISを展開したシャルルのシールドで、一海の攻撃は仮面ライダー「ローグ」へ変身した幻徳が作り出した宝石のような盾で受け止められていた。

 

「おいヒゲ……何してんだコラ……」

「シャルルも……コイツは鈴とセシリアを……!!」

「落ち着け、オルコットも凰も無事だ。理由は分からんが、二人共怪我はない」

「そうだよ!だから一旦落ち着いて……っ!二人がかりで1人を攻撃するなんて一夏らしくないよ!」

 

幻徳とシャルルの言葉に、一海と一夏は少しクールダウンして武器を降ろす。その2組に挟まれながら、ラウラはフンと鼻を鳴らした。そして飽きたかのようにISを解除し、アリーナのゲートへ向かって歩いていく。

 

「おい、テメェ」

 

その背中に、一海が声を掛けた。ラウラは振り返らず、足だけを止める。

 

「何様だか知らねぇがな………俺のダチを傷つけた報いだけは受けてもらうぜ」

 

一海からの宣戦布告に、ラウラは背中を向けたまま答えた。

 

「……この島国でぬくぬくと育った貴様らに、負ける道理はない。貴様らのような雑魚のために教官がこの国で腐っていく姿など、見るに耐えん」

 

それだけ言うとそのままアリーナから出ていってしまう。一夏は去っていく背中を睨みつけていた。

 

「……くそっ、悔しいけどアイツの強さは本物だ。……あのクラス対抗戦の時のISよりも強いと思う」

「関係ねぇよ。相手が強いから諦める、そういう賢い生き方出来るほど頭よくねぇだろ。俺も、お前も」

 

一海は悔しそうに言う一夏の肩をポンと叩く。そこへセシリアを抱えた幻徳と鈴を背負った箒がやってきた。いつの間にか二人とも気を失っていたようだ。

 

「取り敢えず俺と篠ノ之は2人を医務室に連れていく」

「放っておくわけにもいかないからな」

 

あ、それなら俺が行く───と身を乗り出した一夏を箒はギロりと睨んだ。

 

「いや、いい。……その、男が年頃の女を抱えるのは……不埒な行為だからな」

 

箒の言葉に一夏は横の幻徳はいいのかよ、と首を傾げる。そんな彼の襟を一海がグイッと掴んだ。

 

「そこまで言うならしゃあねえな。一夏、シャルル。俺たちはあのドイツ野郎とどう決着つけるか考えようぜ」

「ぐえええっ、一海!くび、首締まる!」

「あっ、一夏!一海!待ってよ!」

 

一夏をズルズルと引きずって行ってしまう一海と、それについて行くシャルル。幻徳と箒はそれ見送ってから2人を抱えて医務室へ向かった。

 

 

 

 

 

「んー……どうしたもんかな」

「セシリア式でいいんじゃないか?」

「アレは多分凰さんだから通用しただけでボーデヴィッヒさんには無理じゃないかな……」

 

寮の食堂、まだ夕食には早い時間で人も余りいないその場所で一海達は本日2度目の作戦会議をしていた。

今度の議題は「どうやって、誰がラウラと決着をつけるか」である。

だがその会議は思っていたよりも早く終了することになった。

 

「あれ?そう言えば今月末に学年別トーナメントがあるって言ってたよね?そこで決着をつければいいんじゃないかな」

 

シャルルのその言葉に、一夏も一海も動きを止めた。そして素早くとシャルルの方へ首を曲げる。

 

「なんだって?」

「それは本当かい?」

「う、うん。確か今朝僕とボーデヴィッヒさんの挨拶の前に織斑先生が話してなかったかな?僕は廊下で待機しながら聞いてたけど……」

「あー……今朝か」

 

そう言えば朝は鈴のことで頭がいっぱいで殆ど千冬や山田先生の話を聞いていなかった。一海は頭をかく。

 

「まあ、そういうイベントじゃ俺とヒゲは多分今回も不出場か。しゃーねえ、あのドイツ野郎は一夏とシャルルに譲ってやるよ」

「いや、僕は別にボーデヴィッヒさんとそんな因縁は無いんだけど……ってあれ?一海は出ないの?」

「あー、一海のISは特殊でさ、先月のクラス対抗戦もそれが理由で出られなくて結局俺が出ることになったんだ」

「そういう事だ。ま、特訓ならいつでも付き合うからよ」

 

シャルルと一夏の肩を軽く叩く一海。そこへ、聞きなれない声が掛けられた。

 

「あら?貴方は出れないの?猿渡一海くん」

 

3人の視線が、いつの間にか一海の横に立っているその声の主に注がれた。口元に閉じた扇子をあて、いたずらっぽい笑みを浮かべている。胸元のリボンの色からして2年生───つまり先輩らしい。

 

「……えっと、どちら様すか?」

 

一海は困惑しながら尋ねた。一夏も、今日転校してきたシャルルも不思議そうな表情を浮かべているあたり、少なくともこの場の誰かの知り合いではないらしい。

謎の先輩は一海の質問には答えず、手にしていた扇子をパッと開いた。

『ノーコメント』、と文字が描かれた扇子を見て一海は目眩を覚える。

 

───────誰だか知らないけどこの人は間違いなくボケてる時の幻徳(ヒゲ)と同じ人種だ。

 

暇さえあればTシャツに文字を仕込もうとする相方の髭面を思い出しながらげんなりする一海、とっととお引き取り願おうと先輩へ声をかけた。

 

「あの、何か用すか」

「ふふん、私が君たちを出場出来るようにしてあげるよ。んん?それだけじゃあつまらないかなぁ……よし!今年の学年別トーナメントは2対2のタッグマッチにしましょう!」

「やべぇ……この人全然こっちの話聞いてねぇよ……」

 

1人でしゃべり続ける謎の上級生に一夏は怯えた表情を見せる。その背中に隠れながらシャルルも恐る恐るといった感じで様子を伺っていた。

結局、一海の疑問に1度も答えず先輩は食堂の出入口まで歩いていってしまう。そこで足を止め、開いた扇子で口元を隠しながら呆然としている3人へ顔を向けた。

 

「そういえば挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無(さらしき たてなし)。この学園の生徒会長よ。以後よろしく」

 

言いながら『ノーコメント』と書かれていた扇子をくるりと裏返す。そこには『再見』と書かれていた。やる事まで幻徳にそっくりである。

スタスタと食堂を出て行く謎の先輩───いや、更識楯無の姿に一海達は力なく「それぐらい口で言えよ……」とツッコミを入れることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「学年別トーナメント、オルコットと凰の出場は難しそうだな」

 

夜、寮の自室にてシャワーを浴びてパンツ一丁で出てきた幻徳が呟いた。ベッドに寝そべり漫画を読んでいた一海はそちらへ顔を向ける。

 

「ISの損傷が激しいのと……あとは凰に関しては体調面でもドクターストップがかかっている。本人達は出る気まんまんだったようだが……」

「まぁ、アイツには丁度いい薬になっただろ」

 

言いながら、幻徳の履くトランクスに視線を向ける一海。その尻にデカデカと描かれた『ヒゲタン』の文字と髭の生えたウサギの絵に心の中で「うわダサッ」とツッコミを入れながら、数刻前に遭遇した先輩の顔を思い出していた。

 

「そう言えば、そのトーナメント……なんかペアを組んでのチーム戦になるらしいぜ」

「何?そんなの聞いてないぞ。どこ情報だ、それ」

 

紫色のド派手なバスローブを羽織る幻徳に再び心の中で「ダサッ」とツッコミを入れながら一海は漫画へ視線を戻した。おそらくこのまま幻徳の姿を見てると延々とツッコミ続けることになりそうだ。

 

「生徒会長。多分明日辺りに発表されるんじゃねえか?」

「ペアか……組む相手がいないな……ていうかそれ俺達出れるのか?」

「そこら辺も出場出来るようにしてくれるとか言ってたぜ」

「ほう……なら、オルコットと凰の仇討ちと行くか」

 

パンッと、拳と掌を打ち合わせる幻徳。冷静そうに振舞っていたが、怒っていない訳では無かったらしい。そりゃそうか。自分を慕っている少女が目の前で殺されかけているのだ、怒らない方がおかしな話だ。とはいえ格好が恰好なので全く迫力が無い。

そんな幻徳へ、一海がビシッと指を突きつけた。

 

「お前とも決着付けてえからな。ヒゲ、今回もお前とは組まねぇからな」

「決着だと?代表決定戦は俺の勝ちだろ」

「あ?あんなのパートナーの戦力差があったんだからノーカンだノーカン」

「ふっ……負け惜しみか。情けねぇな」

「アァン?そんな余裕ぶっといて、試合で俺に負けた時泣くんじゃねえぞ?」

「言ったなポテト……覚悟しておけ……」

 

睨み合う二人。しばらくの間そうしていたがやがて二人同時にそっぽを向くとそれぞれのベッドへ潜り込んだ。

─────そして数日後、2人はこのやり取りを撤回することになる。

 

 

 

 

「氷室くん!私と組んでーー!!!」

「いいえ私と!!」

「あぁ氷室様!今日もヒゲが素敵!!!」

「一海くーーん!!」

「私と組みましょう猿渡くん!!」

「カシラーーーーー!!!」

 

バタン。

朝、教室へ行くためにドアを開けた先に広がっていた光景から逃げるようにドアを閉める。なんだあれは。寮の自室前の廊下が人で埋め尽くされていた。幻徳と一海は顔を見合わせ、もう一度ドアを開く。

 

「げんと「かず『バタン』。

 

すぐ閉める。状況が飲み込めない一海に、幻徳が「あ!」と声を上げた。

 

「なんだヒゲ」

「いや、たぶんこれ……トーナメントのペアの件じゃないのか」

 

その言葉に気がついたのか一海も「あ!」と声を上げる。だがそれが分かった所でどうしようもない。この寮の廊下の人の海を越えないことには、ペア探しどころか登校すら出来ないのだ。

悩む一海の前で、幻徳が自分の携帯端末を取り出した。そしてどこかへ連絡を入れる。

 

「織斑か?そっちは大丈夫か?あぁ、こっちも部屋から出れなくなっている。お前ペアは決めたのか?……そうか。…………まぁ、正常な判断だな」

 

通話を終え、携帯端末を降ろす幻徳。その顔には絶望のようなものが広がっていた。

 

「ど、どうしたヒゲ」

「織斑は───デュノアと組むようだ」

「それがどうしたんだよ」

「分からないのか、学年で4人の男子───残っているのは俺達2人だけ。織斑の方へ向かって来た女子達は、アイツらのペア結成を知ってこちらへ向かってきているそうだ」

「こ、ここからまた増えるのかよ!?」

「あぁ、不味いことになった……この状況を打破するには──────あ。」

 

考え込む幻徳が、一海の顔を見て再び間抜けな声を上げた。一海も幻徳の顔を見て同じような声を上げる。

 

 

バーン!と勢いよくドアが開き、詰めかけた女子達の前に二人の男が姿を現した。無数の視線を浴びながら、まるで記者会見のような状態だと幻徳は感想を抱く。いや多くの女子が2人を取り囲み、舌なめずりをしている様子はどちらかと言うとサバンナで肉食獣の群れに襲われている草食動物だろうか。

やがて、固唾を飲んで待つ女子達の前で2人は肩を組んでみせた。

 

「「俺はヒゲ(ポテト)と組むことにした!」」

 

その言葉に、2人を包囲していた女子達は互いに顔を見合わせる。先程まで喧騒に包まれていた廊下が、一瞬で静かになった。

 

「……ま、まあ、男同士も……ねぇ?」「そうよね、ほかの女の子に取られるよりは……」「嫌いじゃないわ……嫌いじゃないわ…………」

 

かいさんー、と誰かが言うと同時に女子達はぞろぞろと去っていく。この状況を切り抜けることに成功し、一海と幻徳は思わず安堵の息を漏らした。

やがて一海は女子達が去っていった後に、1人だけ立っている人物がいることに気がつき、その顔を見て「うげ!」と呻く。

 

「おはよう、猿渡一海くん。それに氷室幻徳くん」

 

生徒会長、更識楯無である。露骨に嫌そうな顔をする一海を楽しげに眺めてから、楯無は幻徳へ視線を向けた。

 

「氷室くんは初めましてね。私は2年の更識楯無。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

差し出された白い手を握り返す幻徳。腐っても元政治家。目上への礼儀はバッチリである。笑顔で握手をしながら、楯無はもう片方の手に持っていた扇子をパッと開いた。そこには『I am 生徒会長』の文字。

……だからそれぐらい口で言えよ。と一海は心の中でツッコミを入れる。幻徳は暫くそれを見つめていたが、おもむろに制服のジャケットの前を開け放った。中に着ていたシャツには『親しみやすさ』の文字が。それを楯無へ見せつけながら、幻徳は得意気な笑みを浮かべた。

 

「……いや話噛み合ってねえし。なんでドヤ顔してんだよ」

 

思わず幻徳の頭を叩く。幻徳は動じることなくジャケットを着なおした。楯無もパタンと扇子を閉じる。

そのまま無言で見つめ合う2人。一海だけがその2人だけの世界に入り込めず困惑している。やがて、楯無はクスッと笑った。

 

「氷室くん、貴方とはまた違う機会にじっくり話をしましょう」

「その時は、近くのホテルで朝まで語り明かし──ウヴァ!?」

 

とんでもないことを言いかけた幻徳へ一海のドロップキックが炸裂する。壁に叩きつけられた幻徳の足を掴み、引き摺りながら一海は走り出した。

 

「それじゃ!俺達授業に遅れちゃうんで!失礼します!!」

「がっ……ポテトお前……んだぐばっ!?」

 

引きずられながら何かをほざく幻徳の頭を近くの壁にぶつけて意識を飛ばしながら一海は逃げる。その様子を見ていた楯無は口元を扇子で隠しながらクスクスと笑う。

 

「期待しているわよ氷室くん、猿渡くん。違う世界からのお客様♪︎」

 

もう人の気配も全くない寮の廊下、そこに更識楯無の楽しそうな声だけが響いた。




次辺りからラウラ戦入れると思います

ぶっちゃけこれがやりたくてこの小説描き始めた感ある


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フェーズ0︰蛇の誘惑

とりあえずこれがやりたかった

他にもやりたいことはあるので別にこれで終わるとかそういう訳じゃないです


よろしくお願いします


「どういうことだ……」

「ん?」

 

トーナメントを来週に控えたある日の昼休み、一海達いつものメンバーにシャルルを加えた一行は屋上で弁当を広げていた。

復帰したのかそこにはセシリアと鈴の姿もある。

 

「天気がいいから屋上で食べるって話だったろ?せっかくだからみんなで食おうと思ってな」

「それはそうだが…」

 

悔しそうに拳をにぎりしめる箒。一海とセシリアは呆れたような目で一夏を見た。いきなり屋上で飯を食おうと言い出した時は何事かと思ったが─────成程、箒の誘いだったか。なんでコイツここまで鈍いんだろう。一海は思わずにはいられなかった。

 

「僕も参加しちゃっていいのかな?」

「いや、大丈夫だぞ、デュノア。せっかくクラスメイトになったんだ。遠慮することは無い」

 

申し訳なさそうなシャルルに優しく言って、そのまま自分の頭を抱える箒。セシリアがその背中を慰めるように優しく撫でた。

 

「はい。一夏、アンタの分」

「アンタの分?わっ!弁当箱を投げるな!」

 

鈴がタッパーを放り投げる。慌ててキャッチし、蓋を開けた一夏はおお!と声を上げた。

 

「酢豚だ!うまそうだな!」

「そ。今朝作ったのよ。約束だったでしょ、あたしの料理が上手くなったら食べてもらうって」

 

嬉しそうな一夏の横で弁当箱を開く箒が不機嫌そうな顔をする。─────そこで、箒は一海と幻徳も手作りの弁当を持ってきていることに気がついた。

 

「そういえば、氷室と一海も弁当なのだな」

「ん?ああ、俺元々農家やってたから自分で作物を料理するのもそれなりに好きでよ。たまにこうやって作ってんだ。ついでにこいつの分も。腕にはそれなりに自信があるぜ?」

 

一海の言葉にへぇー、と女子勢が感心したような声を漏らす。そして一海が開いた弁当箱を見てわぁ!と声を上げた。

唐揚げ、焼き鮭、卵焼き、スパゲッティ……入っている内容はオーソドックスな物だが、一目見るだけで美味しそうと思えるような弁当だった。

 

「氷室は?お前も料理するのか?」

「出入り禁止」

「?」

 

一夏の質問に、目を逸らしながら謎の返答をした幻徳に首を傾げる一同。代わりに一海が苦笑しながら答えた。

 

「コイツ寮のキッチンで揚げ物油に水ぶち込んで出入り禁止喰らってんだ」

「えぇ……」

 

気まずそうにする幻徳に隣のセシリアが大きなバスケットを差し出す。

 

「幻徳さん、わたくしが作ったサンドイッチはいかがですか?わたくしも料理にはそれなりに自信がありましてよ?」

「いただこう」

 

中に入っていた色とりどりのサンドイッチから、BLTサンドを取り出し口に運ぶ幻徳。次の瞬間、その顔が歪んだ。

 

「がふっ…………」

 

呻きながら口の中のものを飲み込み、そしてそのまま倒れこむ幻徳。一海はバスケットの中のサンドイッチと得意げなセシリアの顔を何度も見比べた。

 

「……オルコットさん。今ヒゲが食べたBLTサンド……何が入ってるんですか?」

「B(ぶぶ漬け)L(ロブスター)T(タバ「あ、やっぱいいわ」

 

冷や汗ダラダラで一海はバスケットに詰められた暗黒物質サンドイッチを眺める。なんてことだ。キッチンを出入り禁止にするべき悪魔の調理人がもう1人いたとは。

 

「セシリア……今度ヒゲの好物教えてやるついでに料理も教えてやるよ……」

「まあ本当ですの?楽しみにしていますわ!」

 

嬉しそうに笑うセシリア。一海は、横で白目を向いて倒れている屍に静かに合掌した。

 

 

 

 

 

「えーと、緑茶と、烏龍茶と……紅茶…………」

 

昼休みももうすぐ終わりという時刻、ジャンケンで負けた一海は全員分の飲み物を買いに購買を訪れていた。

 

「コーラに、水……ヒゲは……コーヒーでいいか。それと───」

 

自分の分の飲み物を探そうとして、横に立っていた人物に気がつく。その人物を見て一海のその整った顔が怒りで歪んだ。

 

「ラウラ……ボーデヴィッヒィ……!」

「……猿渡一海か」

 

怒りを剥き出しにする一海を気にする様子もなく、ラウラは購買でパンを購入する。そして、一海が持っている飲料が入ったカゴを見てフッと笑った。

 

「パシリか。極東の雑魚にはお似合いの仕事だな」

「はっ。友達もいなさそうなドイツ軍人様には理解出来ねぇみたいだな?」

 

睨み合う2人。そしてラウラが一海に仕掛けようとしたその時

 

「やめろバカ共」

 

スパパーン!といい音を立てながら2人の頭へ千冬のチョップが炸裂した。痛みで思わず蹲る一海。気がつけば目の前のラウラも同じような状態になっていた。

 

「元気がいいのは結構だが、それを発散する場くらい弁えろ。他の客に迷惑だ。それにラウラ、私からすればお前らはまだ全員等しく雑魚だ。調子に乗るのはいいが、追いつかれないように気を抜くなよ」

 

言いながら缶コーヒーの会計を済ませ、蹲る2人を見下ろす千冬。

 

「ですが教官……」

「織斑先生だ」

 

バシン!と再びチョップが炸裂。先ほどよりも大きな音を立てたその一撃はラウラの意識を刈り取った。

ぐったりとするラウラの小柄な体を軽々と担ぎあげ、千冬は一海に視線を向ける。

 

「お前もだ猿渡。男女仲が良いのはいい事だが人前で盛るな」

「はぁ!?俺とそいつはそんな関係じゃ───」

 

バシンッ!

 

「教師への態度を改めるように」

「はい…………」

 

あまりにも理不尽。一海は頭部の痛みに涙目になりながら返事をした。

 

 

 

 

 

六月の最終週、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色に変わる。その慌ただしさは一海たちの予想を越え、1回戦が始まる直前まで生徒も教師も関係なく雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っていた。

仕事を終え、試合会場のピットへ向かう一海と幻徳、そしてシャルル。来賓で埋まっているアリーナの観客席を眺めながらため息をついた。

 

「とんでもねぇ事になってるな」

「3年生には各国からのスカウト、2年生には1年間の成果を確認しに来ているからね。1年生には本来関係ないけど───今年は男性操縦者が3人もいるからそれの観客も多いんじゃないかな?」

「3人?シャルルを入れて4人だろ?」

「あれ?あっ、そっ、そうだね!あは、あははは!」

 

そんな一海とシャルルのやり取りを、幻徳はヒヤヒヤしながら眺めている。そこへ息を切らしながら一夏が走ってやってきた。

 

「たっ、大変だ!一海!氷室!」

「どうした一夏。そんなに慌てて」

「こっ、これ!これを見ろ!」

 

肩で息をする一夏が、手に持っていた紙を一海に見せ付ける。

どうやらトーナメントの対戦表のようだ。その、Aブロックの第一試合の欄、一海と幻徳の名前の横にはラウラと箒の名前が刻まれていた。……なんだか既視感のある状況である。

 

「クジ運がいいのか悪いのか……」

「いきなり本命か。上等じゃねえか」

 

げんなりとする幻徳と、やる気満々といった一海。

 

「あれ?僕と一夏は?」

「俺達は反対側のBブロックだから、一海達と戦うとしたら決勝だな!俺とシャルルのコンビなら負ける気がしねぇ!」

 

笑顔で言う一夏の顔を、頬を赤らめたシャルルが見つめる。あれ?こいつもしかして……と幻徳は一夏の顔を眺めた。まあ、仮に一夏がシャルルの正体に気がついたとして……性格から考えても特に問題は無いだろう。恋愛関係においてはドがつく程の天然ではあるが、人の不利益になるようなことをする男ではない。と幻徳は特に気にしないことにした。

 

「とにかく急げ!第一試合もうすぐ始まるぞ!」

「おっと、そんな時間か。じゃあな一夏、シャルル。決勝で会おうぜ」

 

漫画みたいなセリフを言う一海に一夏とシャルルはクスッと笑った。そしてふたりへ向けて拳を突き出す。

 

「あぁ!決勝で待ってるぜ!」

「あっ……えっと、待ってるよ!」

 

仲間の声援に片手を上げて応え、二人の男は試合会場のピットへ向けて走り出した。

 

 

 

「1回戦で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

「それはこっちのセリフだドイツ野郎」

 

アリーナでバチバチと火花を散らす一海とラウラの横で、幻徳と量産型IS「打鉄」を纏った箒は気まずそうに向かい合っていた。

 

「……もしかして織斑がデュノアと組んだせいで、相手が見つからなくなったのか」

「…………あぁ。……だが、文句を言っても仕方が無い。お前達を倒して、私は一夏を倒してみせるぞ」

 

こくんと頷く箒。幻徳は内心同情しながら「クロコダイルクラックボトル」を取り出す。

 

「悪いが俺達にも意地という物がある。篠ノ之、勝たせてもらうぞ」

「あぁ。望むところだ」

 

近接ブレードを構える箒、その横でラウラがIS「シュヴァルツェア・レーゲン」を展開する。一海はその漆黒のISを睨みつけながら「ロボットゼリー」を取り出した。

 

「てめぇは……心火を燃やして……ぶっ潰す!」

 

『ロボット イン グリス!ブルルァァァ!!』

『クロコダイル イン ローグ!オーウラァ!!』

 

力強い音声をアリーナに響かせながら、金と紫色の「仮面ライダー」が、2人の少女の前に立った。会場の観客席がどよめく。

 

「行くぜコラ……ここからが……祭りの始まりだァァァァァァッ!!!!」

 

試合開始の合図と共に一海が雄叫びを上げ、走り出した。

 

 

 

 

 

飛んでくるワイヤーブレードの間をすり抜け、放たれた砲弾を殴って弾き飛ばし、振り抜かれたエネルギー刃を纏った手刀を掌で受止め、そのまま振り回す。

一海の猛攻の前に、ラウラは完全に後手に回っていた。

 

(なんだこの男は……!以前とは動きが違う!?)

「激情ォ!!」

 

振り回されながらラウラが咄嗟に空いていた右手を向け、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載された第三世代型兵器《慣性停止能力(A・I・C)》を発動しようとする。だが、それよりも早く一海はラウラの体をアリーナの障壁へ向けて放り投げた。壁にぶつかる寸前で、ラウラは体を停止させる。───そこへ、一海の飛び蹴りが直撃した。

 

「ぐっ……!なっ!?」

「過熱ッ!!!」

 

背中から壁に叩きつけられ、全身に響く痛みに顔を歪ませながらも直ぐに前方を確認する。そこには右腕を巨大な機械腕に変化させた一海が拳を振りかぶる姿が。

直後、衝撃がラウラを襲う。脳が揺さぶられ、意識を手放しそうになるのをラウラはギリギリのところで耐えた。

だが、一海の攻撃はまだ完了していない。

 

「陶酔!!これが……俺のォォ!!力だァァァァァッ!!!」

 

動けないラウラへ左腕の《ツインブレイカー》の銃口をつきつけ、トドメとばかりに零距離射撃を撃ち込む。数発、撃ち終えたところでラウラの体が倒れ込んだ。一海は勝ち誇ったようにその拳を天に向かって突き上げる。

 

「足りねぇな……全然足りねぇ!!もっと俺を楽しませろォォォォッ!!!」

 

再び雄叫びを上げる一海。その姿を見て、幻徳と戦いながら箒は信じられないと言った顔をした。

 

「まさか……あのボーデヴィッヒをあそこまで一方的に……」

「よそ見をしている場合か?」

 

幻徳の振り上げた爪先が箒の手を打ちすえ、持っていたブレードを手放させる。他の武装を手元に呼び出すよりも早く、《ネビュラスチームガン》の銃口が向けられた。

 

『クロコダイル!!ファンキーブレイク!!』

「な────くぅっ!?」

 

紫色のエネルギー弾が、箒の体を吹き飛ばす。地面を転がったその体から、纏っていたISが光の粒子になって消失した。

 

 

 

「すげぇ……」

 

観客席からその戦闘を眺めていた一夏は思わず息を呑んだ。横に座るシャルルも頷く。

圧倒的、この戦闘を表すならこの言葉が1番しっくりくる。あのアリーナでの小競り合いとはレベルが違う。殆ど抵抗すら許さずにラウラをアリーナに沈めて見せた一海が、一夏の目にはとてつもなく恐ろしく写った。

 

「……ボーデヴィッヒさんのシールドエネルギーはまだ残っているみたいだけど……どう考えても勝ち目はないよね」

 

その通りだ。だが─────

 

(なんだ……?この胸騒ぎは……)

 

一夏は自分の胸をぎゅっと抑える。その様子に気がついたシャルルが「どうしたの?」と訪ねようとした時、観客席が再び大きくどよめいた。

二人は視線をアリーナへ向ける。よろよろと立ち上がろうとするラウラの漆黒のISが、赤い光を放った。

 

 

 

 

(こんな所で……負けるのか…………私は)

 

フラフラと、立ち上がるラウラ。その目からは闘志は消えておらず、二人の男を睨みつけている。

 

(いやだ…………また、あんな思いをするのは嫌だ)

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女には「親」という存在がいない。人口合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた「戦いの為に誕生させられた生命」。一般的な学問よりも先に、人殺しの技術を叩き込まれた。同じ境遇の子供たちで作られた部隊の中でも自分は最も優秀であったと、彼女は記憶している。ある時までは。

「ヴォーダン・オージェ」。彼女の左目へ埋め込まれた擬似ハイパーセンサーとでも呼ぶべきそれは、その瞳を金色へ染め上げ───そして、その過負荷は彼女を部隊のトップから一気に転落させた。

かつて上に立っていたものが転げ落ちた時、浴びせられるのは嘲笑と侮蔑といった悪意。待っていたのは「出来損ない」の烙印。

ゆっくりと、絶望に染まっていくラウラを救ったのはある日極東からやって来た1人の女性だった。

 

「ここ最近の成績は振るわないようだが、何心配するな。1ヶ月でその目を使いこなせるようにしてやる。すぐにでも部隊のトップに戻れるさ。なにせ、私が教えるんだ」

 

織斑千冬。自分を絶望の中から引き上げてくれた唯一の存在。彼女がこんな国で弱い人間に囲まれ、「温くなっていく」のをラウラは許せなかった。自分の力で、あの人をドイツへ連れ戻すと誓った。それなのに

 

(なぜ、私はこんな所で敗北しようとしている────)

 

負けられない。負けては行けない。再びあの思いをするのだけは絶対に嫌だ。倒さねば。殺さねば。邪魔をする者を。目の前に立つこの敵を。そのために──────

 

(力が、欲しい)

 

ドクン、と。ラウラの心臓の鼓動が響く。その想いに答えるように声が響いた。

 

『───願うか?汝、自らの変革を望むか?より強い力を欲す──ガが、ザザザザザザ』

 

無機質な男なのか女なのか分からない声は途中で途切れ、ノイズのような音だけが響く。やがて、困惑するラウラの脳裏に「男の声」が響いた。

 

『欲しいよなぁ?ラウラ・ボーデヴィッヒ。圧倒的な力が。全てを蹂躙できるような力が』

 

その声を聞いた瞬間、ラウラは恐怖心に襲われた。その声に従ってはいけない。それを受け入れれば───自分は自分を失う。拒絶の意思を示そうとしたラウラは、しかしその瞬間自分の存在が何かに締め付けられるのを感じた。視線を向けると赤い、血のような色をした蛇が自分の体に巻きついている。

 

『じゃあなラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

声が再び響くと同時に、意識が遠のいていく。ラウラは、自分が赤い世界に沈んでいくのを感じながら諦めたように目を閉じた。

 

 

 

 

 

Damage Level.....Error

 

Mind Condition.....Error

 

Certification.....Error

 

《Val》Error《ky》 Err《rie》or E《Tra》rror Error ErrorErrorErrorEEEEEE《Evolution》

 

 

 

「あぁあああああああぁああああああああああああああああああああぁぁぁッ!!!」

 

一海と幻徳の目の前で、ラウラが絶叫した。纏っていたシュヴァルツェア・レーゲンの装甲が波打ち、まるで粘土のようにその姿を変えていく。

 

「おいおいおい、なんだよこりゃあ……」

「何が起きている……!?」

 

困惑する二人。ラウラは苦痛で顔を歪めながら、両腕を胸の前で交差させた。そして、前方へ腕を突き出す。

 

「はぁっ……はぁっ…………へん……しん!!!」

 

泥のような状態で蠢いていたシュヴァルツェア・レーゲンだった塊は、ラウラの声に反応したかのように2つに別れ、その体の前後で何かの形を作り出した。まるで人の半身のような形状になったその2つの塊が、プレスするようにラウラの体を包み込む。

そのシルエットに一海も幻徳も見覚えがあった。

 

黒一色だったその姿は、やがて光と共に鮮やかに変化する。金色の、まるで天球儀や星座早見盤を全身に散りばめたかのような豪奢な装飾。赤いバイザーから光を放ち、ラウラ・ボーデヴィッヒは、その姿を完全に変化させた。

一海たちが知る姿と比べると腰に《エボルドライバー》を装着していないという違いはあるが、その外見は明らかにかつての世界で暴れ回ったエボルトの姿、「仮面ライダーエボル コブラフォーム」そのものである。

 

アリーナに降り立った3人目の仮面ライダーは自らの体を確認するような仕草を見せたあと、一海と幻徳へ視線を向けた。

 

「フェーズ1……とは言えねぇなぁこれじゃ。能力は使えねぇし、再現出来たのは身体スペックだけ。そうだな……さしずめ仮面ライダーエボル フェーズ0って言ったところか」

 

その声はラウラのものでは無い。2人がよく知るあの赤いコブラ男の物だ。

 

「エボルト……!!!」

「さぁ、始めようぜ《仮面ライダー》。せっかくの慣らし運転だ。……エンジンがかかる前に、せいぜい壊れてくれるなよ?」

 

ゆっくりと構えるエボル。正義(仮面ライダー)(仮面ライダー)は舞台を異世界へと変えて再び相対した。




コブラフォーム一番すき


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正義のレゾンテートル

Vシネクローズまさかのエボルトの兄登場はびっくり

自分より強い兄に反抗したくなっちゃう鎬昂昇みたいなエボルトが見れたりするんですかね


上下左右、全てが血の色に染った世界で

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは膝を抱えて蹲っていた。

その目にはいつもの冷たさも鋭さもなく、ただただ怯えの色だけが浮かんでいる。

 

(私は…………)

 

いつからか、ドンドン!ドンドン!とまるでドアを乱暴に叩いているかのような音が何も無い世界に響いている。

 

(私は誰だ……?)

 

その音に気がつく様子もなく、ラウラの意識はさらに深い「赤」の中へゆっくりと沈んで行った。

 

 

 

 

 

蹂躙。その光景はまさにその一言で表せた。先ほどまでのラウラと一海の激突が武道の達人が素人を圧倒するようなものだとすれば、今目の前で繰り広げられるこの戦いは人間が兵器に生身で勝負を挑んでいるかのような、そんな感覚。

 

赤と金の仮面ライダーが拳を振るうと同時に、紫色の仮面ライダーが吹き飛ばされ、アリーナの障壁に叩きつけられる。脚を振り上げると、金色の仮面ライダーの体が空高く打ち上げられそのまま地面へと転がった。

 

「ぐっ……」

「畜生……強ぇ……」

 

呻きながら、二人の戦士はそれでも立ち上がる。「エボル」はそれを見て楽しそうな笑い声を上げた。

 

「そうだ……!まだ終わってくれるなよ?」

「舐めてんじゃ……ねぇぞコラァァァァッ!!」

 

一海が叫びながら地を蹴る。空中で拳を振り上げるその体はエボルが掌を向けた瞬間凍りついたかのように停止した。

 

「ボーデヴィッヒのAIC……!?」

本来の機能(フェーズ1)に比べりゃ劣るが……人間の技術力も侮れねぇなぁ。……そらよォ!」

 

エボルの振り抜いた裏拳が一海を吹き飛ばす。その体はアリーナの障壁すら突き破り観客席へ叩きつけられた。

 

「ォォォォォォォォッ!!!」

「ハッハッハッハッハ!外見だけ真似したに過ぎない体だが……やっぱりしっくり来るなぁ!」

 

殴りかかった幻徳の拳をいなし、カウンターの肘を叩き込む。大きくよろめいたその体へエボルの後ろ回し蹴りが炸裂した。

ベキベキと何かが砕けるような不快な音が体の中に響き渡るのを感じながら幻徳の体はアリーナの地面を転がった。

 

「……さぁて、『準備運動』は終わりだ。……そろそろ本気を出すとするか」

 

楽しそうな声を突然冷たい無感情な物へと変え、エボルは両手を広げた。その全身から赤い炎のようなオーラが噴き出す。

アリーナに倒れ伏す幻徳へ向けて1歩踏み出した時、エボルの頭部が爆発を起こした。

 

「ンン?……なんだァ?」

 

黒煙の中から現れたその姿にダメージを負った様子はない。エボルはゆっくりと周囲を見回し─────そして破壊された障壁の穴から大型の銃をこちらへ向けて構えるシャルルの姿を視界に捉えた。

 

「デュ……ノア!よせ…逃げろ!」

「氷室くんから離れろ!」

「ほぉ……どうやら、死にたいらしいなァ……」

 

幻徳の呼び掛けに応じず、エボルを挑発するシャルル。それに反応したエボルは目標を幻徳からシャルルへと変え、そちらへ向けて歩き出した。

 

「うおおおおおっ!!」

 

勇ましく叫びながら、構えた銃を連射するシャルル。弾切れを起こすとそれを捨て、今度は別の武器を手元に呼び出した。

五九口径重機関銃《デザート・フォックス》。両手に一丁ずつ握られたその巨大な銃身が回転し、目の前の敵へ弾丸の嵐を撃ち出した。

エボルはそれを回避する素振りも見せず、自らへ向けて放たれた弾丸を全て体で弾いてみせる。やがて鬱陶しそうに掌をシャルルへと向けた。

 

「この程度の攻撃で俺を止めるつもりだったのか?」

 

 

その瞬間、降り注ぐ弾丸の雨が全てビデオの停止ボタンを押したかのように空中で静止した。シャルルの顔が驚愕で歪む。

エボルは足を止める。気がつけばもうシャルルの目の前に立っていた。鈍器代わりに振り回された機関銃は軽々と受け止められ、そのまま握りつぶされてしまう。エボルはただの鉄くずになったそれをつまらなそうに放り投げた。

 

「じゃあな」

 

丸腰になったシャルルの前で手刀が振り上げられる。その姿を見ながらシャルルは思わず目を閉じた。

そして次の瞬間、背後から一夏が振り下ろした近接ブレード《雪片弐型》の光る刃がエボルの背中を斬り裂いた。

 

「─────なにっ!?」

 

その声に初めて動揺の色が浮かぶ。一夏は素早くシャルルを抱えるとそのままスラスターを噴かせてエボルから距離をとった。

 

「悪い、遅れたな氷室。一海。中々助けに入るタイミングが掴めなくてさ。シャルルに頼んで隙を作ってもらったんだ」

 

シャルルを下ろし、刀を構え直す。その背後には幻徳に敗れアリーナの隅で倒れ込んでいたはずの箒が横たわっていた。幻徳は脇腹に走る激痛に顔を顰めながら、しかしその口元には笑みを浮かべる。

 

「お前達は……馬鹿野郎だな。皆と一緒に避難すれば良かったんだ」

「目の前でダチがやられてるの見て無視できるかよ」

「そうだよ、それにあの中には……ボーデヴィッヒさんが居るんでしょ?放っておけないよ」

 

一夏とシャルルの顔を見ながら、幻徳は全身に力を入れた。悲鳴をあげる全身を無理やり動かし、立ち上がる。

 

「千冬姉も先生達も……理由はわからないけどこっちへ来れないみたいだ。……俺たちだけでやるしかねぇみたいだな」

「一夏……簡単に言うけど、アレ相当固いよ。半端な攻撃じゃ弾かれちゃう──────」

 

3人はエボルへ視線を向ける。見れば体を覆う装甲の表面が切り裂かれ、僅かに少女の体が覗いていた。だがその傷はみるみる間に修復され、ラウラも再びエボルの体の中に飲み込まれてしまう。それを見て幻徳は気がついた。

 

「どうやら……織斑のエネルギー無効化攻撃ならあいつの装甲を切り裂けるみたいだな……」

「ああ。でも俺の《零落白夜》はエネルギー消費が激しい。連発は出来ねぇぞ」

「俺と、ポテトでなんとかあいつの動きを止める。デュノアは援護を。織斑はタイミングを見てその剣で攻撃してくれ」

 

幻徳は仮面の下を激痛で歪ませながら、それを感じさせないようにエボルの前へ歩みでる。心配そうにシャルルが声を掛けた。

 

「ポテ……一海って……動けるの?」

 

一海が吹き飛ばされた観客席の方へ目を向けるシャルルに、幻徳は即答する。

 

「動くさ。あいつなら必ず」

 

白煙に包まれる観客席、そこで──────青と金の雷が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

また、負けるのか。

 

よろよろと立ち上がる。見ればアリーナでは幻徳と、乱入した一夏とシャルルがエボルと向かい合っている。

いっそのこと逃げちまおうかと自嘲気味に笑いながら再び戦場へと向かおうとする一海。

 

思い出してみると、敗北してばかりだ。東都との戦いでも、西都との戦いも、難波重工との戦いも、エボルトとの戦いも。

猿渡一海は、ずっと負けてきた。

それでも逃げ出さなかったのは、「アイツら」が慕った「カシラ」を、「アイツら」が信頼した「猿渡一海」を裏切りたくなかったからだ。

でも、この世界には「アイツら」はヒゲ以外誰もいない。それなのに。

 

(なんで、俺はこんなムキになってんだ。この世界にはもうみーたんも、アイツらもいねぇのに)

 

朦朧とする意識で、ふとそんなことを考える一海。

 

 

 

 

その時、少女の小さな声が聞こえた。

 

「たす……けて…………」

 

視線を向けると、逃げ遅れたらしい眼鏡をかけた気弱そうな少女が観客席の隅でカタカタと震えていた。その涙で濡れた瞳が、金色の戦士を写す。

 

「たすけて……ヒーロー…………」

 

その、小さな声。助けを求める声を聞いた時、一海は……ゆっくりと天を仰ぎ、そして自分の顔を思い切り殴った。戸惑う少女の前で、一海の中でその心の火が勢い良く燃え盛る。

 

「……そうだよなぁ」

「……え?」

「俺は、《仮面ライダー》なんだよな。助けを求める奴がいて、守るべき場所がある……戦う理由なんて、そんなもんで充分だよなぁ」

 

ダン!と、地面をふみしめる一海。顔だけ少女へ向け、その仮面の下で笑った。

 

「待ってろ。俺が、俺達が。ぜってぇ助けてやる。お前も、あそこの馬鹿野郎も」

 

取り出した「ドラゴンゼリー」をドライバーへ装填し、レンチを捻る。青い炎が一海の全身を駆け巡り、その右手に2つ目の《ツインブレイカー》が形成された。

 

「力を貸してくれよ……龍我!」

 

『シングル!シングルブレイク!』

『シングル!シングルフィニッシュ!』

 

左右で違う音声を響かせながら構える一海。その体の周囲を青い炎の龍が取り巻く。跳躍した一海の《ツインブレイカー》から撃ち出された黄金のエネルギー弾が叩きつけられた瞬間、アリーナの障壁がまるでガラスが割れるように全て砕け散った。

その轟音と、凄まじいエネルギーにエボルは思わずそちらへ顔を向ける。

 

「なに─────────」

「さっさと起きやがれラウラァァァァァァァァッ!!!」

 

青い炎の一撃が、エボルの胸を叩く。これまで全くダメージを受ける様子のなかったその体が大きく仰け反った。

一海は再び拳を振り上げる。その右腕のツインブレイカーがゼリー状のエネルギーへと変化し、拳を覆う。

エボルも体勢を直しながらその拳へ赤いエネルギーを集中させる。二人の仮面ライダーはお互いの拳をお互いの顔面へと叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何の用だ」

 

血の色で染められた世界で蹲っていたラウラは、自分の右隣に腰を下ろした一海へ眼帯で覆われていない方の目を向ける。

 

「あれだけ偉そうにしてたくせに不様に負けたドイツ軍人様の顔を拝んでやろうと思ってよ」

 

その挑発的な言葉に言い返す気力もなく、ラウラは自身の膝に額を押し当てた。冗談だ、と一海は呟く。

無言、静寂が2人を包み込む。やがてラウラは少し頭を上げて一海の顔を見つめた。

 

「1つ聞かせろ猿渡一海。お前は……なぜあんなにも強い」

「強くねぇよ」

 

ラウラの問いを遮るような勢いで一海は答える。無表情だったラウラが驚愕するのを横目で見ながら、一海は笑った。

 

「俺は負けてばっかりだ。強さで言えば多分ヒゲにも勝てねぇよ…………けど、だからって立ち止まってなんかいらんねぇんだ」

「なぜ」

 

なぜそこまでして戦う。ラウラは理解できなかった。その視線を受けた一海は照れくさそうに頬をかいた。

 

「別に大した理由はねぇよ。……まあそうだな、言ってみりゃ愛と平和の為……ラブアンドピースって奴だな」

 

なんだそれは、とラウラは思わず笑った。

 

「この世界に傷つけられる奴がいて、傷つける奴がいる以上俺達は戦い続ける。それが──────」

 

仮面ライダーだ。一海のその言葉に、ラウラは胸に手を当てぎゅっと握りしめた。

自分の小ささを恥じて、そして目の前の猿渡一海という男に魅了され、ラウラはその白い顔を赤くした。

 

「……猿渡一海……私は……お前が好きになったかもしれん」

 

唐突な告白。一海は目を丸くして驚いていたが───やがて首を横に振った。

 

「悪ぃな。気持ちは嬉しいけどよ、俺にはみーたんって心に決めた相手がいるんだ」

「そうか。お前ほどの男がそう言うんだ。……きっと、魅力的な女性なのだろうな」

「あぁ。この世で1番、いや全宇宙で1番と言っても過言じゃねえぞ」

 

言って、2人は同時に笑う。失恋したというのに、ラウラの心は何故か晴れやかだった。

 

「なら、私を弟子にしてくれないか」

「弟子?……いや、悪ぃけどそんなガラじゃねえ。けど─────」

 

妹分ならいいぜ。一海のその言葉に、ラウラは嬉しそうに頷いた。

 

「私は……まだ何も知らない。お前のことも、それに私自身のことも。だから今は無理でもいつか、いつかきっとお前を振り向かせて見せるぞ」

「上等だ、全部受け止めて、その上で俺のみーたんへの愛を証明してやる」

 

立ち上がった一海は手を差し伸べる。その大きな掌を握り返し、ラウラも立ち上がった。

 

「行こうぜラウラ。あんな野郎に飲まれるほど、お前は弱くねぇだろ」

「当然だ」

 

体が、ふわりと浮き上がる。赤い世界の上方から光が差し込んでくる。2人はその光へと吸い込まれるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと……!?」

 

一海の拳を受けたエボルが膝をつく。その声に再び動揺の色が浮かんだ。信じられないといった様子で己の掌を見つめる。

 

「へっ……どうした…………まだ終わってねぇぞ!」

 

一海が地を蹴って殴り掛かる。その拳をかわしながら、エボルは明らかに困惑していた。

 

「どういう事だ……!?ラウラ・ボーデヴィッヒの意識は完全に封印したはず…」

 

拳を振りかぶる一海へ掌を向ける。AICがその黄金の戦士を凍りつかせる─────ことはなく、再びエボルの頭部が衝撃で揺さぶられた。

 

「何だか分かんねぇけど……チャンスだ!シャルル!氷室!」

「うん!」

「ああ」

 

エボルへ猛攻をかける一海、そこへ幻徳も加わり、悪の仮面ライダーは完全に劣勢になっていた。

同時に放たれた金と紫の拳がその体を吹き飛ばす。

 

「ぐぅっ……人間……風情がァァッ!!!」

 

空中で体勢を直し、着地しながら怒りのあまり叫ぶエボル。次の瞬間その上半身を爆炎が飲み込んだ。

 

「一夏ーーーーーっ!!」

 

バズーカ砲を放り、シャルルが叫ぶ。その声に応えるように白いISが光り輝く刀を構えて突進していく。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

迎撃しようと振るわれた腕は、幻徳に掴まれて止められる。防御することも叶わずエボルのその体は一夏の《零落白夜》を発動した《雪片弐型》によって斬り裂かれた。

開かれたその胴体から意識を失ったラウラが倒れ込んでくる。その体をしっかりと受け止めて、一海たちはエボルから距離を取った。

 

「ぐっ……う…………貴様らァ……ッ!!」

 

ラウラが居なくなったことで出来た空洞を埋めるように中身が流動し、切り開かれた体が修復していく。ラウラの体をそっと地面に寝かせて、一海はドライバーへ再び『ロボットゼリー』

を装填した。

2人の仮面ライダーがレンチを同時に捻る。

 

「ようやく借りが返せるぜ……エボルト」

「俺達の怒りを……思い知れ!」

 

『スクラップフィニッシュ!!』

『クラックアップフィニッシュ!!』

 

全身を循環するエネルギーが右足へと流れ込む。爪先からそれぞれの纏う装甲と同じ色のエネルギーを迸らせながら勢い良く跳躍した2人は空中でエボルへ向けて飛び蹴りの姿勢をとった。

 

「ふざけるなァァァァッ!!」

 

2方向から迫り来るライダーキックに対し、エボルは回し蹴りで迎撃しようとする。だが中身を失ったその体は正義の仮面ライダーの蹴りに触れた瞬間弾け飛んだ。

 

「ぐ──────あぁぁぁぁぁあっ!!!」

 

二人の蹴りで突き破られたエボルの体がゆっくりと崩れ、やがてその残骸は泥のように溶けていく。

 

キックの勢いのままアリーナの地面を抉りながら着地した二人の戦士は、お互いの拳を突き合わせた。

 

 

 

 

 

 

「終わったみたいですね」

 

迫り来るISのブレードを弾きながら、リモコンブロス────鷲尾風は静かに呟いた。その横ではエンジンブロスの鷲尾雷が引きずり回していたISの残骸を放り投げる。

ラウラに異変が起きた後、以前のブラッドスタークの襲撃もあり事前に用意していた学園のIS部隊がすぐにアリーナへ急行しようとした所IS格納庫内でこの2人組の襲撃を受けたのだ。

生身でIS用の大型ブレードを2本振り回しながら千冬は舌打ちした。生半可な腕では返り討ちにあうだけだ。そう判断し周囲のIS部隊を1度下がらせる。

 

「待て、鷲尾。お前達の目的はなんだ」

「ほお、俺達の名前を知ってるのか。……あぁ。そういえばお前らの所には氷室幻徳と猿渡一海が居るんだったな」

 

雷が納得したように言いながら手に持った《ネビュラスチームガン》で自分の肩を叩く。腕を組みながらその隣に立っていた風が千冬の問いに答えた。

 

「……言えませんね。申し訳ありませんがこちらにも事情がある」

「……あのエボルトとやらの目的はこちらも知っている。お前達も、この世界を滅ぼそうと考えているのか?」

「まさか」

 

風は、腕を組むのを止める。そして改めたように千冬へ向き直った。

 

「アレとまた共闘するなど、正直死んでも御免こうむりますね」

「ならば何故───────」

 

身を乗り出す千冬へ雷が銃口を向ける。そこから放たれた煙が2人の体を覆い隠す。千冬の視界が白く染まる中、耳元で風の声が聞こえた。

 

「私達は、あの人の意志に従うまでです」

 

晴れる視界、千冬の目の前から2人組の怪人は再び煙のようにその姿を消していた。

 

 

 

 

 

翌日、朝のホームルームにはシャルルとラウラの姿がなかった。幻徳も一海も、全身包帯まみれだが一応出席はしている。幻徳に至っては左腕が折れておりギプスをつけて首から腕を吊り下げている状態だ。

この傷のお陰で昨日の夜から解禁された男子の大浴場使用が出来ず幻徳は少し荒れていた。

─────ん?そこで、あることに思い至る。

自分と一海が使用できない以上、大浴場は一夏とシャルルの2人で使用したハズだ。あの二人まさか……

……いや、普通に考えて一緒に入ったりはしないだろう。だが今ここにシャルルの姿がない、という事実が幻徳の不安を加速させる。

やがて、疲れたような顔をして山田先生がやってきた。

 

「えー……おはようございます……朝のSHRの前に、皆さんに転校生を紹介します。……転校生というか、なんと言っていいか……」

 

教室がざわめく。この短い期間で3人も転校生が、それも皆同じクラスになるとは。

不思議に思う面々の前で、ガラリと教室のドアが開いた。

そこから現れたのは、スカート姿のシャルル・デュノア。呆気に取られた様子の皆の前にたった彼女はニッコリと笑った。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めましてよろしくお願いします」

「ええと、というわけでデュノア君はデュノアさんでした……はあ、また寮の部屋割り組み直さなくちゃ……」

 

ニコニコしているシャルル────いや、シャルロットの横で対照的にズーンと落ち込んでいる山田先生。しばらく呆気に取られていたクラスの女子達も自体が飲み込めたのか再びざわめいた。

 

「えっ?デュノア君は女の子……?」

「おかしいと思った!あんなに可愛い子が男の子なわけが無い」

「あれ?織斑くんってデュノア君と同室だったよね……」

「待って!確か昨日から男子の大浴場使用が始まったわよね!?」

 

幻徳の席からでも、一夏の顔がみるみる間に青ざめていくのが見えた。直後、教室のドアが文字通り吹き飛ぶ。

 

「ぃぃぃぃいい一夏ァーーーーッ!!!」

 

ISを展開しながらドアを爆破し現れたのは中国代表候補生、凰鈴音。修復していた甲龍も無事に戻ってきたようだ。

一夏へ衝撃砲を向ける鈴の様子を他人事のように眺める幻徳。

やがて一夏が逃げるようにこちらへ向かってきた。

 

「た、助けてくれ!氷室!一海!」

「ば、バカ一夏!てめぇこっちに来るな!巻き添えになるだろ!!こっちは怪我人だぞ!」

「いいや、一蓮托生死なば諸共!共に逝こう友よ!!」

 

慌てふためく一海と幻徳にお構い無しに鈴の衝撃砲が火を噴く。

3人の男は諦めたかのように目を閉じた。

轟音が響き渡る。

幻徳はゆっくりと目を開けた。どうやら生きているらしい。これも日頃の行いの成果か。

 

「…………」

 

いつの間にか、鈴と幻徳達の間にラウラが立っていた。その体には黒いIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏っている。

見ればラウラの目の前の空間が歪んでいた。

おそらく衝撃砲をあのAICで止めたのだろう。幻徳たちはホッと息をついた。

 

「助かったぜラウラ。いや、マジで死ぬかと───────」

 

礼を言う一海、その首に腕を回しラウラがいきなり自分の唇をその唇に押し当てた。言葉を失う全員の前で、唇を離したラウラが悪戯っぽい笑みを浮かべながら自分の唇をペロリと舐める。

 

「俺の……ファーストキス……みーたんに捧げるはずの……」

 

一海は呆然としながら震える指で自分の唇に触れる。なんでお前の方が乙女っぽい反応なんだ。と幻徳は心の中で突っ込んだ。

 

「カシラが言ったんだぞ。全部受け止めるって。私は本気だからな」

「カシラ?」

 

ラウラの言葉に一夏は首を傾げる。不思議そうな顔をする彼の前で少女は胸を張って得意げに笑った。

 

「日本では兄貴分を呼ぶ際に『カシラ』と呼ぶ文化があると聞いた。だからお前は私のカシラだ」

 

誰に聞いたんだそれ、とクラスのみんなが心の中でツッコミを入れる。

 

「俺の……俺のファーストキス……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

一海は、泣きながら教室を走って出ていってしまう。ラウラはISを解除するとその背中を追って走りだした。

 

「待てカシラ!どこへ行く!妹分である私も同行するぞ!」

 

そのまま居なくなってしまう二人。暫く呆気に取られていた鈴が、思い出したかのように再び衝撃砲を一夏へ向けた。いつの間にか、その横で箒も日本刀を構えている。

 

「……一夏、死ねーーーーーーッ!」

「り、鈴!女の子がそんな言葉遣いをするな!」

「うるさいうるさいうるさい!!都合のいい時だけ女の子扱いするなーーーー!!!」

「そうだこの……お前のようなやつはここで1度死ねっ!」

「鈴さん!箒さん!一夏さんはともかく幻徳さんも巻き添えにするならわたくしも黙ってませんわよ!」

「セシリア!ともかくってなんだよ!俺も助けてください!」

「やれやれ……」

 

呆れたように首を振る幻徳。やがてその口元に笑みを浮かべた。

 

「まあ、一件落着だな」




(原作2巻)工事完了です……

鷲尾兄弟の口調が安定しないのは許して
リモコンブロスとヘルブロスの変身音すき


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ローグの休日

無双OROCHI3とアサクリオデッセイが面白くてやり込んでていつもより期間が空いてしまいました。
あっそうだ(唐突)犬飼さん秋ドラマ出演決定おめでとうございます!


よろしくお願いします


氷室幻徳は 自室の布団の中でゆっくりと目を覚ました。

学年別トーナメントでの騒動からもう1ヶ月、再生の力を持つ「フェニックスボトル」をずっと握って生活していたおかげか折れていた腕も元のように動かせるようになるまで回復している。

隣のベッドの一海はまだ寝ているようだ。起こさないように静かに体を起こし、コーヒーを入れに部屋についている簡易キッチンへと向かおうとして、寝息がいつもより多いことに気がつく。

寝ているはずの一海へと視線を向けた幻徳は思わず叫びそうになった。

自分のベッドで大の字になって寝ている一海、その腹の上で全裸のラウラが体を丸めてすやすやと静かな寝息を立てていたのだ。

幻徳は慌てて目をそらしてため息をつく。あの一件以来、一海をカシラと呼び慕うようになったラウラは偶にこうして幻徳たちの部屋に忍び込んでくるようになっていた。くつろいでいる時等に来るのは別に構わないが────さすがにこれは見つかったら不味いだろう。千冬の顔を思い浮かべた幻徳は思わず身震いをする。

 

(おい、起きろポテト!おい!)

 

ラウラを起こさないように気を使いながら、一海の頬をペちペちと叩く。しかし一海は起きないどころか気持ちの悪い笑顔を浮かべながら気持ちの悪い寝言を呟き始める。

 

「でゅふふふ……待ってよみーたん〜……」

「…………」

 

急に面倒くさくなった幻徳は一海がベッドから落としたらしいタオルケットを上に乗るラウラに被せ、コーヒーは諦めてそのまま部屋を出てしまった。もうどうにでもなれ。

部屋のドアを開ける幻徳。外開きのドアに硬い感触と「痛っ」という声を聞き慌てた様子で部屋の外の様子を確認する。そこには額を抑えてプルプルと震えている豊かな金髪の少女、セシリア・オルコットの姿が。

 

「オルコット?こんな時間に何の用だ。まだ授業には早い時間だぞ」

「か、一海さんに幻徳さんはいつもこの時間に起きてると聞いたんですわ……」

「む、赤くなってるな。ちょっと待ってろ、氷を取ってくる」

 

そう言って幻徳は部屋の中に戻って行ってしまう。セシリアは額の痛みで少し涙目になりながら大きく深呼吸をした。

 

(今日こそ誘わなくては……!幻徳さんを、その、で、デートに……)

 

ラウラの暴走事件以来、状況は大きく変化していた。一夏には篠ノ之束の妹である箒、中国の代表候補生である鈴とフランスの代表候補生であるシャルロットがアタックしており、一海は妹分のラウラ・ボーデヴィッヒが目を光らせておりほかの女を寄せ付けない。

現状学園の男の中でフリーなのはミステリアスな髭男こと、氷室幻徳ただ1人。今や学園中の女子が彼を狙っているのだ。セシリアはそれを静観している訳にもいかず、他の女子より先んずるためにこんな早朝から幻徳の元を訪れていたのだが──────

 

(それなのに……早速失態を……気を使わせてしまいましたわ……)

「……大丈夫か?」

 

ブツブツと小声で呟くセシリアの額に幻徳が氷袋を当てる。突然の冷たさにセシリアはきゃっ!と小さな悲鳴をあげて飛び跳ねた。

 

「げ、幻徳さん……申し訳ありません……わたくしの不注意ですのに」

「いや、いきなり開けた俺も悪い。すまないな」

 

申し訳なさそうな顔で頭を下げる幻徳にセシリアは慌てて首を振った。

 

「いえ!そんな……ところで、幻徳さんは明日の土曜日なにか予定はありまして?」

「予定?いや、特にないが」

「あの……もし宜しければ一緒に買い物などいかがですか?」

 

上目遣いで尋ねるセシリア、その表情に幻徳は思わず一瞬ドキリとしたが直ぐに平静を取り戻す。

 

「ああ、構わない。その額のお詫びだ、荷物持ちでもなんでも任せてくれ」

「本当ですの!?ありがとうございます幻徳さん!楽しみにしていますわ!」

 

幻徳の言葉を聞いた瞬間、セシリアは満面の笑みを浮かべて小さくガッツポーズをした。

 

「それでは明日朝9時に駅前に集合しましょう」

「分かった」

 

上機嫌で幻徳に手を振りながら自分の部屋へ戻っていくセシリア。幻徳はそれを見送りながら軽く欠伸をした。

 

「……自販機で缶コーヒーでも買うか」

 

寮の廊下をセシリアとは別の方向へ歩いていく幻徳。この時、彼はセシリアとの会話を聞いている者がいるとは夢にも思っていなかった。

 

「ほほう…………」

 

未だに眠り続ける一海の体の上で、ずっと聞き耳を立てていたラウラが楽しそうな笑みを浮かべ兄貴分の頬を叩く。

 

「起きろカシラ。なにやら面白いことになっているぞ」

「ん……?あぁ、ラウラ……か…………」

 

目を擦りながら眠りから覚めた一海は、自分の胸の上にあるラウラの顔を見た瞬間その顔を青ざめさせる。その視線がゆっくりと下がっていき─────────

 

 

早朝の寮に、一海の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

「セシリアと氷室がデート!?」

「しっ!声が大きいぞ」

 

教室にて、ラウラから今朝の出来事を聞いた一夏は思わず大きな声を出してしまう。隣に座る箒が慌てた様子で一夏の口を抑えた。

 

「間違いないのか、ラウラ」

「ああ。セシリアと氷室幻徳が話をしているのを聞いた。明日、駅前で待ち合わせをしているらしい」

 

へぇー、と一夏はセシリアの席の方へと視線を向ける。席に座る彼女は傍から見ても明らかに上機嫌だった。どうやら先程の一夏の声も聞こえてないらしい。幻徳は無表情で自分の机に座り読書していた。

 

「……それで、その情報を僕達に教えてどうするの?」

「決まっているだろう。尾行だ」

 

ラウラの横に立っている金髪の少女、シャルロットが疑問を口にする。それに対し当然と言わんばかりの態度で即答したラウラは自信ありげに胸を張った。

 

「任せておけ、尾行は得意だ」

「尾行が得意だって……そんな2人に悪いよ」

「気にならないのか?あの氷室幻徳がそういう場でどういう行動をとるのか」

 

ラウラの言葉に一夏たちは動揺する。確かに、気になる。

思えば幻徳と一海に出会ってからもう3ヶ月にもなる。その間一夏は幻徳の休日の姿を見たことがないのだ。

一海によると部屋で寝ているかどこかへ出掛けているらしいが……

 

「あれ?そういえば一海は?」

 

そこで一夏は一海が先程から会話に参加していないことに気がつく。キョロキョロと周囲を見回すとラウラの背後で両手で顔を覆いめそめそと泣く男の姿が。

 

「どっ、どうした猿渡?」

「何があったの?」

 

心配そうに声をかける箒とシャルロット。泣きながら一海は弱々しい声で答えた。

 

「俺の……俺の人生初の添い寝の相手は……みーたんって決めてたのに…………」

「ああ。カシラなら私が昨夜夜這いをかけて以来こんな調子だ」

「よばっ!?」

「えぇっ!?」

 

サラリと言うラウラに狼狽する女子二人。一夏もギョッとした顔で一海を見る。

 

「誤解を招く言い方はやめろ……お前は俺の布団に入り込んできただけだろうが…………」

「?日本では好きな相手の布団に潜り込むことを夜這いというのではないのか?」

「いや、それは……」

「その……ねぇ?」

 

首を傾げるラウラに顔を真っ赤にしながら誤魔化すように笑う箒とシャルロット。

ごほん、と咳払いをしてラウラは仕切り直す。

 

「とにかく、私はカシラが自分より強いと言う氷室幻徳の秘密を暴きたいだけだ。ついでにセシリアへの謝罪も兼ねて2人の恋路を後押ししたい」

 

ラウラの言葉を聞き、一夏は思わずおぉ……と声を漏らした。まさかあの転校初日に人の顔をぶん殴ろうとしたラウラがここまで他人の為を想って行動するようになるとは。ついで扱いだけど。

 

「そういうことなら、俺も協力するよ」

「ま、まあ一夏も行くというなら私も同行しよう」

「ていうかラウラだけじゃ絶対ろくな事しないもんね……」

 

ん一夏に続くように箒とシャルロットも同行を申し出る。ラウラは満足そうに頷いた。

 

「あとは鈴にも声をかけよう、では明日の朝8時半に駅前で集合だ。カシラもいいな?」

「俺に拒否権はねぇのかよ……まあ、いいけどよ」

 

一海は諦めたようにため息をつく。ここに、氷室幻徳とセシリアの恋の応援隊は結成された。

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、待たせたな」

「いえ、わたくしも今来たところですわ」

「で、どこの店に行くんだ?」

「ここの近くのショッピングモールです、水着を買いたいのですが……幻徳さんに選んで貰えませんか?」

「俺が?ふっ、任せておけ。俺のセンスを見せてやる」

 

待ち合わせ場所で合流し、会話をしながら歩き出す幻徳とセシリア。朝から今日のラッキーカラーがピンクだからという理由で全身ピンク1色というふざけた格好で出かけようとした幻徳を取り押さえて、普通の服装に無理やり変えさせた一海は物陰からその様子を見ながら疲れたような顔をしていた。その横には一夏とラウラもいる。

 

「不安だ…………」

「なんでだ?いい雰囲気じゃないか」

「お前はあいつの服のセンスを知らねえからそんな事を言えんだよ。とんでもねぇぞ」

 

そんなになのか、と一夏は思わず息を呑む。と、そこで3人の携帯端末が軽快な通知音を鳴らした。同時に画面を確認する。

 

「あいつらは駅前のショッピングモールで買い物するって話だったよな?店にいる間に一旦合流しようってよ」

「OK、取り敢えず店に入るまでは尾行を続行する」

 

物陰から物陰へ移動しながら、デートの動向を監視する追跡者達。その姿が周囲の目線をかなり集めていることに全く気づかない程3人は幻徳とセシリアの行動に意識を集中させていた。

 

 

 

 

「幻徳さん、こちらの水着とこちらの水着、どちらが似合いますか?」

「どっちも少し露出度が高すぎるんじゃないか?いや、オルコットの好みなら構わないが」

「では試着してきますわ。それから選んで貰えますか?」

「ああ、分かった。俺はここで待っている」

 

パタパタと水着を数着抱えて試着室へ入っていくセシリアを見送る幻徳。その様子を店内の物陰から見ていた鈴は呆れたようにため息をついた。

 

「はぁー、セシリアみたいな子が水着姿を見せるって言ってるのに少しくらい動揺しないのかしらね」

「だがそれで鼻の下を伸ばしてデレデレするような男よりは好感が持てるな」

「一夏みたいに全く反応しないのも考えものだけどね……あっでも幻徳も全然気にならない訳じゃないみたいだね」

 

シャルロットが幻徳を指差す。つられて鈴と箒もそちらへ顔を向けた。幻徳は腕を組んでいつもの他人を威圧してしまうような顔で立っているが、よく見るとすごくソワソワしている。周囲をチラチラと確認したり、何度も腕時計を確認したり。女性用水着売り場で男が1人でこんなことをしているのだ。傍から見たら完全に不審者である。

 

「あっいた。氷室は?」

「水着の店か。そういえば私も用意しなくてはな。カシラ、後で一緒に来よう」

「他の奴と一緒に行け。俺は女の水着なんて選べねえよ」

 

そこへ一夏、ラウラ、一海も合流した。計6人で店内の物陰からソワソワしている男を観察する。最早全員不審者である。店員さんもその異様な光景に声をかけられないでいる。

と、その時1人の女性客が幻徳の肩を叩く。まさか、あれが噂に聞く逆ナンか!?と一海と一夏は思わず身を乗り出した。

 

 

 

「ちょっと、そこの貴方」

「……?もしかして、俺か?」

「そうよ。これ持ってくれる?」

 

女性は購入した服らしきものが入った袋を幻徳へ差し出す。わけも分からないまま受け取った幻徳は首をかしげた。

 

「なんだこれは」

「物わかりが悪いわね、荷物持ちをしろって言ってるのよ」

「何故俺が?」

 

女性の言葉に不思議な顔をしながら渡された荷物を突き返す幻徳。しかし女性は余裕そうな態度を変えない。

 

「あら、いいの?警備員を呼ぶわよ、今の社会での男の立場が分かってる?」

「……?いや、分からんが。男女平等じゃないのか」

 

その幻徳の反応が気に入らないのか、女性は少し苛立ったような様子を見せた。そして警備員を呼ぼうと周囲を見回す女性のその肩に白く細い指が掛けられる。

 

「え?」

「わたくしの御友人に何かご用ですか?」

 

水着姿のセシリアが怒りで全身を震わせ、だがその顔には笑顔を浮かべなから女性の肩を掴んでいた。その迫力に振り返った女性は怯えたような表情で幻徳に渡した荷物も忘れ慌てて逃げていってしまう。

 

「あの、大丈夫ですか?幻徳さん……その、ごめんなさい」

 

女性の姿が消えた後、セシリアが申し訳なさそうな顔で謝った。幻徳は首を横に振る。

 

「気にするな、オルコットが悪い訳じゃないだろ」

「いえ、ですが…………」

「助けて貰って謝るのはこっちだ……それと、その水着似合ってるぞ」

「……はっ!あ、いえ、これは試着してる時に幻徳さんが絡まれているのをみて慌てて飛び出してきただけでして……き、着替えてきますわ!」

 

幻徳の言葉で自分が水着姿だということに気がついたセシリアは顔を赤くして試着室へと駆け込む。幻徳は再び絡まれることがないように試着室の傍で待機することにした。

 

 

 

「……最近って多いらしいのよね。女ってだけで偉そうな奴が」

「ISが女しか扱えねえから……か」

 

先程の幻徳に絡んだ女性を見て鈴が放った言葉に一海は苦い顔をする。例えスカイウォールやパンドラボックスが無くてもこの世界にはこの世界の問題があるのだ。平和には程遠いな、と心の中で呟く。

 

「あ、でも今年になって一夏に一海に、幻徳って3人も新しく男のIS操縦者が見つかったんだし、これからまた変わってくんじゃない?」

「だと、いいんだけどな…」

「そもそも男だとか女だとかではなく、強い者が偉いという社会になればいいんだ。そう思わないかカシラ」

「いや、さすがにそんな世紀末な世界はお断りだぞ私は」

「……ってあれ?氷室とセシリアは?」

 

一夏の言葉に皆慌てて幻徳たちがいた方を確認する。試着室は既にもぬけの殻、追跡対象の2人はとっくに会計を済ませて出ていってしまっていた。

 

 

 

 

「随分と人が多くなってきたな」

「休日のお昼ですものね。幻徳さんは大丈夫ですか?」

「あぁ」

 

人混みの中を、比較的背の高い幻徳はスイスイと進んでいく。それに対し隣のセシリアは少し動きにくそうにしていた。幻徳はそれを見ながら少し考え、それから自分の左手をセシリアへ差し出す。

 

「へ?」

「手を繋ぐか?はぐれたら面倒だ」

「え?あ、は、はい!」

 

顔を真っ赤にしながら差し出された手を握り返すセシリア。長身のモデルのような男とこれまた綺麗な金髪の美少女が街中の人前でこんなことをしているのである。2人は周囲の目線が自分たちに集中していることに気がついた。

 

「……どこかの店に入るか?」

「そ、そうですわね。この先に人気のカフェがありますわ」

「じゃあそこにしよう…………少し急ぐか」

 

少し照れくさそうにしながら足を早める幻徳。セシリアは手を引かれながら少しでもこの時間が長く続く事を祈った。

 

 

 

 

 

それが数分前のこと。

そして今。

 

「両手を挙げろ」

「…………」

「…………」

 

2人は銃を突きつけられて両手を挙げていた。背後のドアの向こう側ではパトカーのサイレンと投降を呼びかける拡声器の声が響いている。

セシリアが案内した人気のカフェ、2人が来店した時その店は強盗集団が絶賛立てこもり中だったのだ。しかもその時は丁度強盗が来てから警察が駆けつけるまでの僅かな時間だったらしく、2人が店に入って銃を突きつけられるのと警察のパトカーがサイレンを鳴らして店の前にやってくるのはほぼ同じタイミングだった。運が悪いとかそんなレベルじゃない。幻徳は今朝、一海にラッキーカラーの服を無理やり着替えさせられたことを思い出し心の中で恨み言を吐いた。

 

「幻徳さん…………」

「心配するな」

 

不安そうなセシリアを落ちつせるように小さな声で言う幻徳。だがそのやり取りを気付かれたのか強盗の1人が幻徳を殴った。

 

「てめぇ……何をコソコソ話してやがんだ」

「別に、なんでもない」

「助けを呼ぼうとしても無駄だぜ。人質はお前らだけじゃねえんだ」

 

見れば店内の奥の厨房に人が集められていた。おそらく元々店にいた客や従業員達だろう。皆、不安そうな顔で幻徳たちを見つめている。

 

「オラ、頭振っ飛ばされたくなかったら大人しくしてろ」

 

強盗のショットガンの銃口が幻徳の額を小突く。強盗集団の中でも1番大柄な男が幻徳とセシリアの背中を押した。

 

「お嬢ちゃんも兄ちゃんも、痛い目みたくはねぇだろ?」

「……あぁ、そうだな」

「くっ…………」

 

表情一つ変えない幻徳と、悔しそうなセシリア。2人は押されて厨房まで連れていかれる。

 

「ブルー・ティアーズが出せれば……」

「代表候補生が街中でISを無断使用なんてしたら不味いだろ。……最悪代表取り消しみたいになるんじゃないか?」

「ですが……」

「おい、何ゴチャゴチャ言ってやがる」

「ぐっ……!!」

 

幻徳の後頭部に衝撃が走り、思わず前のめりになってしまう。どうやら銃か何かで後ろから殴られたようだ。

幻徳さん!と悲鳴に近い声を上げるセシリア。今度はセシリアへ向かって拳を振り上げる大柄な男を視界に捉え、幻徳の体は自然と動いていた。

背後へ回り込み、ハイキックを首筋へ叩き込む。意識を失った男は糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。カフェの床に転がった拳銃を踏み潰し、幻徳は周囲を確認する。

 

「……オルコット、お前は客や従業員と待っていろ。俺は連中をどうにかする」

「そんな!1人では危ないですわ!それに怪我も……」

「怪我は大したことない。俺の方は大丈夫だ、頼んだぞ」

 

食い下がるセシリアに告げ、幻徳は懐から何かを取り出し右手に握り込むと姿勢を低くして強盗達がうろついているホールの方へと飛び出して行った。

 

 

 

 

「……いたか?」

「いや、いない!」

 

ショッピングモール前の歩道で、息を切らしながら走ってきた一夏は一海の問いに首を横に振る。水着屋で幻徳とセシリアを見失って以来、追跡班は2人を再び見つけることが出来ないでいた。

一海はため息をつく。

 

「なぁ、もういいんじゃねえか?あの二人の恋愛に俺らが首突っ込む意味ねぇだろ」

「ダメだ!ここで中断しては意味が無い」

 

一海の提案にラウラは首を横に振る。説得に応じる様子ではない。一夏は不思議そうな顔をした。

 

「なんでそんなにアイツらのデートに執着するんだ?」

「それは…………」

 

目をそらすラウラ。一夏の目は真っ直ぐにラウラの顔を見つめる。一海もそれに同調するようにラウラへと視線を向けた。

 

「なんでだ?」

「うう…………」

 

咎めるような2人の視線にたじたじになるラウラ、そこへシャルロットが助け舟を出す。

 

「ま、まぁまぁ2人とも、それは今はいいじゃない。ここら辺じゃないなら向こうの飲食店エリアの方を探してみようよ」

「……そうは言っても…ん?」

 

一夏の横をサイレンを鳴らしたパトカーが通り過ぎ、ショッピングモール内の駐車場へ入っていく。これで5回目くらいか。パトカーが走り去って行った方を見て一夏は首をかしげた。

 

「さっきからパトカー多いな、何かあったのか?」

「そうみたいね。中のカフェで立てこもり事件だって」

 

そこへ一海達とは別方向を捜索していた鈴と箒が合流した。鈴は先程も話に出た飲食店エリアの方を指さす。

 

「なんか嫌な予感するな、様子見に行くか」

「そうだな、案外氷室達も巻き込まれてたりしてな!」

 

まっさかー!と全員で笑い合う。だが幻徳達の行先に心当たりもない一海たちは取り敢えずその立てこもり事件の場所へとむかうのであった。

 

 

 

 

 

「うおおおおおお!?」

「ふん!」

 

幻徳へ向けて銃口が火を噴く。しかし放たれた銃弾は駆ける髭男に命中することなくテーブルの上に置かれていた料理の皿を割るだけに留まった。

呆気に取られる強盗犯の顎に幻徳の掌底が直撃する。そのまま崩れ落ちる強盗犯の体を見下ろしながら幻徳は額の汗を腕で拭った。

 

(これで4人目……)

 

ネビュラガスで身体能力が強化されているとはいえ、きついものはきつい。とはいえ、元いた世界では銃で武装したサイボーグ兵士を生身で相手したことも何度かあるので、それに比べたらまだ楽だが。

 

「なぁ……てめぇ!?」

 

別の強盗犯が向けたショットガンが火を噴くよりも早く、幻徳が投げつけた皿がその顔面へ叩きつけられる。陶器が割れる音と共にうずくまった強盗犯の首筋へ幻徳の手刀が振り下ろされた。

 

(残り…………2人!)

 

店の入口付近で警察と大声で怒鳴りあっている交渉役らしき男と、その横でショットガンを持って立っている男。ショットガンの方は先程から店内で鳴っている銃声を気にしているのか周囲を警戒している。

身を屈めて店内を区切っているパーテーションの陰からその様子を確認しながら頭の中で考えを巡らせる。

────その時、幻徳の後頭部に固いものが押し付けられた。

 

「やってくれたなてめぇ……」

 

先程手刀で気絶させた筈の男がショットガンを幻徳へ突きつけていた。甘かったか。幻徳は顔を顰めて舌打ちする

 

「ちょっとま────」

 

幻徳が言い終わるのを待たずに、後頭部の銃口は火を噴いた。

 

 

 

 

 

「幻徳、さん───────」

 

心配し、こっそり幻徳の後を追ってきたセシリアはその光景を見て膝から崩れ落ちた。その大きな瞳から涙が溢れ出す。

うつ伏せに倒れる幻徳、彼を撃った男は笑いながら目の前で倒れる体へ蹴りを入れた。

 

「へっへっへ、大人しくしてねぇからこんなことにな……って硬っ!?なんだコイツなんか仕込んでやがるのか!?」

 

蹴った方の男がうずくまって自分の爪先を抑える。その直後、幻徳がむくりと立ち上がった。

 

「……痛てぇな」

「は?なっ……えっ?」

「えっ?……えっ?」

 

セシリアと強盗犯は、思わず同じような反応をしてしまう。立ち上がった幻徳は何かを握りこんだ右拳で困惑したままの強盗犯を殴り飛ばした。吹っ飛んだ体は近くのテーブルに突っ込んで大きな音を立てる。

 

「……持ってて良かった……」

 

そう言いながら右手を振る。その拳の中に握られたモノは振動に合わせてカシャカシャと音を立てた。

宝石の成分が込められ、持つ者の肉体を硬化させる「ダイヤモンドフルボトル」。その力によって今、幻徳の体は銃弾をものともしない程に強化されていた。

撃たれた幻徳を見てへたりこんでいたセシリアは目の前で起こった事が理解出来ず目を白黒させている。

 

「おい!?どうした!暴れてる奴の始末は済んだのか!?」

 

先程の音を聞いたのか、入口にいた男が向かってくる。パーテーションの陰からその男の目の前に躍り出た幻徳は思い切り拳を振り抜いた。鼻血を吹き出しながら男の体は空中で一回転して床に転がる。

 

「後はお前だけだ……!!」

 

顔を返り血で濡らす髭面の男がこちらへ向かって来るのを見た交渉役の男は恐怖のあまり震え上がる。そのまま持っていた銃を投げ捨て外の警察の元へと自ら走っていった。

 

「た、助けてくれ!ば、化け物だ、化け物がいる!」

「犯人確保!!大人しくしろ!」

 

助けを求め、そのまま警察に拘束される最後の強盗犯。その様子を店内から伺いながら幻徳は安心した様子でホッと息をつく。

 

「げ、幻徳さん……大丈夫なのですか?」

「ん?撃たれた箇所か?問題ない。そうだな……ISでいう部分展開みたいなもので防いだから─────なっ!?」

 

銃を向けられても平然としていた幻徳が、突然抱きついてきたセシリアに狼狽した様子を見せる。その胸板に額を押し当てるセシリアの体が小刻みに震えているのを見て、無理やり引き剥がすことも出来ず、幻徳はどうしようもなく天井を見上げた。

 

「わっ、わたくし……幻徳さんが、撃たれて、死んでしまったのかと…………」

「……大丈夫だオルコット。俺はそう簡単に死なん」

 

泣いているのか、しがみついたまま震えているセシリアの背中を落ち着かせるように軽く叩く。

 

「お父様とお母様も……わたくしを置いて出かけた時に死んでしまいましたわ、もう……わたくしだけ置いていかれるのは嫌です…………」

「………………すまん」

 

あの、人質の人たちと待ってろと言った時か。幻徳は少し顔を顰める。セシリアを傷つけないように下した判断が逆効果だったか。

──それからどれほどの間そうしていただろうか、店の入口の方が騒がしくなった。どうやら警官隊が突入してくるようだ。幻徳は舌打ちする。

 

「オルコット、ここで俺達が見つかるのはまずい。素性がバレる前に逃げるぞ」

「えっ────きゃっ!?」

 

ネビュラスチームガンを取り出し、抱きついていたセシリアの体を抱えながらその引き金を引く。お姫様抱っこの状態になったセシリアは顔を真っ赤にした。

 

「警察だ!動くな!」

 

突入してきた警官隊の前で、幻徳と彼に抱えられたセシリアの体が黒煙に包まれる。店内に突然発生した黒煙に警官たちはうろたえる。

 

「火か!?」

「いや、煙幕だ!」

 

騒ぐ警官達の声を聞きながら、2人の視界は黒で塗りつぶされる。次の瞬間、その体は店から離れた路地の上へと移動していた。

呆気に取られたセシリアの体が地面に降ろされる。

 

「……なんとかなったな。警察が来たなら人質の人たちも無事だろう」

「え?あの、ここは……」

「……ワープ能力みたいなものだ」

 

困惑するセシリアに幻徳は軽く伸びをしてから言った。

 

「どうせこの後も暫くあの周辺の店は使えないだろう、今日はもう戻るか?」

「……ええと、そうですわね。買い物自体は済みましたし……」

 

同意しながらも、セシリアの顔はどこか名残惜しそうだ。幻徳は小さくため息をつく。

 

「……今日は中途半端になってしまったからな。別の日で良ければ買い物くらいまた付き合おう」

「ほ、本当ですの!?約束ですわよ!」

 

幻徳の言葉に、セシリアは身を乗り出して詰め寄ってくる。少し困惑しながら幻徳は頷いてみせた。嬉しそうな顔になったセシリアはぴょんぴょんと小さく飛び跳ねる。その跳ねる体に合わせて揺れる胸部に幻徳は釘付けになりかけたが───ふと罪悪感を感じて目を逸らした。

セシリアも自分のはしゃぎ様が恥ずかしくなったのか顔を赤くしながらコホンと咳払いをする。

 

「では、帰りましょうか」

「あぁ、そうだな」

 

2人は学園の寮へ向かって歩いていく。気のせいか、その二人の間の距離は今朝よりも少し狭くなっていた。

 

 

 

 

 

 

「髭を生やした男の子が助けてくれたんです!」

「彼はどこにいったんだ!?」

「あの外国の女の子もいないわ!」

 

助け出された人質にされていた人々が警察に詰め寄っている。それを見た一海はハァとため息をついて手に持っていたスクラッシュドライバーを懐にしまい込んだ。

 

「やっぱりヒゲが巻き込まれてたか」

「外国の女の子ってセシリアの事か?2人とも、いないけど……」

 

一夏と一海は周囲を見回す。だが幻徳の姿もセシリアの姿も見当たらなかった。

そこへ遅れてラウラたちも駆けつける。

 

「カシラ!早いぞ……む?なんだこの人混みは」

「はぁ、はぁ…………あれ?連行されてるね、犯人」

「どうやら、既に解決したようだな」

「このご時世に男が強盗なんてアホな話よね、ISが出てきたら何も出来ないってのに」

 

鈴が連行される犯人たちを見ながら腕を組み呆れたような顔をする。一海は鈴のその言葉に何か言いかけたが────首を振って口を閉じた。

その様子を見た一夏は話題を変えるようにラウラへ声をかける。

 

「そういや、結局ラウラはなんで氷室たちを尾行しようとしてたんだ?」

「むっ……それは…………」

 

先程と同じ一夏の疑問にラウラは慌てた様子を見せる。一海と、さらに今度は鈴と箒からの視線も加わった。助けを求めるようにシャルロットを見るが彼女も今度ばかりは助けるのは無理だと言うように苦笑いを浮かべている。

やがてラウラは観念したかのように口を開いた。

 

「その……私は、デートというやつのやり方がよく分からなくてな、今回セシリアの行動を観察することで自分が誘う時の参考にしようと思ったんだ」

「へ?」

「ほう」

 

目を丸くする鈴と感心する箒、シャルロットはため息をつく。

 

「僕は昨日の夜のうちに先に聞いてたんだけどね……」

「そういうのって普通男の方が考えるんじゃないの?」

 

鈴のジト目を向けられた一海は気まずそうに目を逸らした。そもそもデートとかそういう関係じゃない、と呟くが鈴には届かない。

箒はラウラの言葉に共感を覚えているようでうんうんと頷く。

 

「分かるぞ、その気持ち」

「な、なんだよ箒、何が言いたいんだよ」

 

頷きながらもその目は一夏を睨んでいる。睨まれた一夏は戸惑いながら一海へと視線を向けた。

鈴に睨まれる一海の目が一夏に訴えかける。ここから逃げるぞ、と。箒の咎めるような視線に耐えかねた一夏は頷いてその視線に応えた。

 

「行くぞ一夏!」

「おう、一海!」

 

2人の男達が同時に駆け出す。

 

「あっ、逃げた!」

「待て一夏!」

「カシラ!どこへ行くんだ」

「あっ……もう、みんな待ってよ!」

 

取り残された少女達もワンテンポ遅れて走り出す。

結局、セシリアと幻徳のデートも、ラウラの計画も中途半端な形で終わる羽目になってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

篠ノ之束の秘密ラボにて、この施設の主は楽しそうな声を上げた。

 

「やーっと完成だねー」

 

プシュゥと、圧縮された空気が抜ける音と共に機械の扉が開く。そこには黒い、1つのドライバーが。

 

「束さん、これは……」

 

後ろに控えていた鷲尾風が珍しく感情を表に出して目を見開いた。彼は、この黒いドライバーに見覚えがある。

かつて自分がいた世界で何度も交戦した「仮面ライダービルド」が変身に使用していた道具、滝川紗羽(同胞)がこちらへ流していた情報の中にもあった《ビルドドライバー》だ。

束はたった今完成したそれをスーツケースに入れて蓋を閉じる。

 

「それじゃあふーちゃん、それにらいちゃん。行こっか」

「行く?どこへですか」

 

困惑する風に束は悪戯っぽい笑みを浮かべながら告げた。

 

世界最強(ちーちゃん)私の妹(箒ちゃん)のところへ」



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ビーチに集う戦士達

仮面ライダーエボル フェーズ0はオリジナルライダーってよりオリジナルISになりますかね
タグ付けした方がええんやろか




よろしくおねがいします


「海だー!」

 

トンネルを抜けたバスの中で女子達が歓声を上げる。その窓の向こう側には陽光を受けて煌めく大海原が広がっていた。

女子達ほどではないが、一海の横の席に座っている一夏も少しそわそわしている。

 

「やっぱ海を見るとテンション上がるよな!」

「そうかぁ?まぁ、そんなもんなのか」

 

窓際の席に座りながら低めのテンションの一海は海を見ても特に無反応だった。外見は若くても中身は29歳。もう海を見てはしゃげるような年齢でもないのだ。

 

「げんげん、海で一緒にビーチバレーしようよ〜」

「望むところだ。手加減はしないぞ」

「ならわたくしも幻徳さんと同じチームで参加しますわ!」

 

前言撤回。普通にはしゃいでいる35歳が一海の後ろの席にいた。思わず呆れたようにため息をつく。

 

「どうしたカシラ。車酔いか?」

「あ、酔い止めあるよ。使う?」

「いや、大丈夫だ。気にすんな」

 

通路を挟んで反対側の席に座っていたラウラとシャルロットの気遣いに感謝しつつも断わり、再び視線を窓の外へ戻す。

海は一海のテンションなどお構い無しにキラキラと光を反射させていた。

 

 

 

 

7月上旬の三日間、IS学園の1年生には校外実習というイベントがある。名目上実習となっているので三日間の内の半分以上はIS関連の授業で潰れるものの、残り半分は自由時間、つまり海で遊べるようになっているのだ。要するに臨海学校である。

ISという兵器に乗る訓練をしている人間とはいえ、中身は10代の少女達。海で遊べると言うだけでそのテンションは実習の一週間前から上がりっぱなしだった。

 

「そろそろ目的地につく。全員席に座り降りる準備を整えろ」

 

そんな浮ついた雰囲気も、バスの先頭座席に座っていた女教師、織斑千冬の一声でビシッと引き締まり、全員その指示に従う。

中身は10代女子でもやはり訓練生は訓練生なのだ。

海沿いの道路を走っていたバスはやがてゆっくりと減速し、目的地である大きな旅館の駐車場へと入っていく。

計4台の大型バスからIS学園の生徒達が降り、旅館の前で整列した。当然ながらかなりの人数である。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「よろしくおねがいしまーす」」

 

旅館から出てきた着物姿の女将さんに全員で挨拶する。女将さんは目の前に整列する生徒達を見てうふふと上品に笑った。

 

「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」

「それでは各自、荷物を持って自分の部屋へ向かえ。今日一日は自由行動だ。ハメを外しすぎないように」

 

はーい、と返事をして生徒達はそれぞれ従業員に案内されながら旅館の中へ入っていく。部屋についての連絡を受けた覚えのない一海達男3人と千冬、そして女将さんだけがその場に残された。

 

「そちらがもしかして噂の?」

 

一海達を見た女将さんが千冬に尋ねる。

 

「ええ、今年は男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

「いえいえ、そんな。それにいい子達じゃありませんか。皆しっかりしてそうで」

「そう見えるだけですよ。お前達、挨拶をしろ」

 

そう言って千冬はいちばん近くにいた一夏の頭を無理やり下げさせる。一海と幻徳もそれに倣って頭を下げた。

 

「お、織斑一夏です。よろしくおねがいします」

「猿渡一海です」

「氷室幻徳です」

「うふふ、ご丁寧にどうも。改めましてこの旅館の女将の清洲景子です」

 

先程のように上品に笑いながらお辞儀をする女将さん。その気品のある立ち振る舞いと、普段接することの無い年上の美人に一海達は少し緊張した様子をみせた。

 

「それじゃあ皆さんのお部屋は別館の方に用意してありますので、こちらへどうぞ。お着替えの場所も別館にありますのでお部屋の後で案内します」

「うっす」

「はーい」

 

一海たちは自分たちの荷物を持って別館へ向かう女将さんの後を追う。

……ふと、後ろを見た一海は自分たち同様、荷物を持って歩いている千冬に声をかけた。

 

「あれ?織斑先生も別館の方なんすか?山田先生は女子達と同じ方行きましたけど」

「お前らは私と同室だ」

 

帰ってきた言葉に、一海の足が止まる。幻徳も、一夏も、驚愕で目を見開き千冬へと視線を向けた。女将さんも不思議そうな顔をしながらつられて足を止める。

 

「なんて顔をしている。お前達だけの部屋にしたら夜中に押しかける女子が出るだろう」

「あー……」

 

否定はできない。というか最近よく布団に潜り込んでくる眼帯を付けた少女の顔を思い浮かべて一海は思わず納得してしまった。4人は再び歩き出す。だが幻徳だけは食い下がるように千冬へ疑問をなげかけた。

 

「しかし、織斑はともかく俺たちも先生と同室というのは不味いのでは?」

「なんだ?私が同室では不満か?」

「いえ、その……男女が同じ部屋で寝たりするのはどうかと」

「ふん、残念だが私はお前らみたいなガキなど相手にしない。お前らが私に劣情を抱くならともかくな」

「ハハッ、まさか」

 

バシン!と、幻徳の頭が引っ叩かれた。理不尽すぎる。前を歩く女将さんはそのやり取りを見ながら仲がいいわねぇ、と微笑んだ。

 

 

 

 

「何してんだ?一夏、箒」

 

他の生徒たちのように浜辺ではしゃぐ気分にもならず、かと言って千冬がいる部屋の中でくつろぐ気にもならず旅館の中をぶらついていた一海は、中庭に面する通路で呆けたような顔で並んで立っている一夏と箒に声をかけた。ちなみに幻徳はとっくに海へ遊びに行ってしまっている。

一海に気がついた一夏が中庭の中を指差す。その指先へ視線を向けた一海は、中庭の白砂に生えているウサギの耳を見て首をかしげた。

 

「なんだこりゃ」

「あー、えーっとだな、これは……」

 

一夏は隣の箒をちらりと見る。箒はため息をつくと無言でどこかへ行ってしまった。

しまった、というような顔で一夏は一海を見る。

 

「どうしたんだ?アイツ」

「ま、まあ色々あるんだよ。家族のこととか」

 

この目の前に生えているウサギ耳が家族となんか関係あるのか?当然の疑問を浮かべながら一海は目の前に生えているそれを掴んで引っこ抜く。

 

「なんだこりゃ?」

「ウサギ耳の……カチューシャ?」

 

一夏が想像していた物とは違ったらしい、作り物のそれを見た一海はそれを一夏へ向けた。

 

「イタズラか?俺てっきり束さんかと……」

 

一夏の言葉は、何かが飛行する音によって遮られる。その音は次第に大きくなっていき─────────

 

2人の目の前に、謎の飛行物体が突き刺さった。

 

「に、にんじん?」

 

にんじんだ。それもリアルなものではなく、イラストチックな物を巨大化させたようなもの。中庭に突き刺さったそれはパカリと真っ二つに割れ、内側から一人の女性と二人の男が這い出してくる。

 

「あっはっはっは……やっぱり定員オーバーだったね!」

「笑い事じゃありませんよ……」

「目が……回る……」

 

「「あ」」

 

一海と一夏は同時に同じ声をあげた。一海は二人の男を見て。一夏は一人の女性を見て。

 

「!猿渡一海……!」

「くっ……」

 

一海に気がついた二人の男、鷲尾兄弟はよろめきながら立ち上がりネビュラスチームガンを取り出す。

睨み合う3人の男、その間に謎の女性─────篠ノ之束が割り込んだ。

 

「ストップ!ストップ!ふーちゃんもらいちゃんも、そっちの猿渡一海もストップ!戦いに来たんじゃないんだよ!」

「……すみません」

「…………」

 

束の言葉に渋々と言った様子で身を引く鷲尾兄弟を、一海は笑いを堪えながら眺めた。

 

(ふーちゃん……らいちゃん……)

「何笑ってやがる」

 

一海の肩が震えていることに気がついた雷がムッとしたような顔で身を乗り出す。だが横に立つ風がそれを腕で制した。

 

「取り敢えず久しぶりだねいっくん!」

「お、お久しぶりです束さん」

 

一夏が持っていたウサミミカチューシャを受け取り、自分の頭に装着する束。童話のような青と白のワンピースも相まって一人不思議の国のアリスの完成である。ヒゲに負けず劣らずのファッションセンスだな、と一海は思った。いや、まだ見ていられる格好なぶんこっちの方がましか。

 

「ところでいっくんー、箒ちゃんは?さっきまで一緒だったと思うんだけど」

「ほ、箒ですか?えーと……」

「まあ私ならすぐ見つけられるけどね!なんたってこの箒ちゃん探索機があるから!」

 

先程装着した束のウサミミカチューシャの耳がピコピコと動き、ある方向を指し示す。じゃあねー!と手をブンブンと振りながら走り去っていく束。風と雷もその背中を追って走っていってしまった。

 

「……誰だありゃ。一応この実習って機密やらなんやらで部外者は立ち入り禁止じゃねえのか?」

「部外者っていうか……あの人一応、ISの産みの親だからな……」

「え?じゃあ、あの女が篠ノ之束?ん?篠ノ之…………」

「箒の姉さんだよ」

「ああ、そういや前にそんな話聞いたな。へぇ……」

 

一海は先程の箒の態度を思い出す。身内が世界中で知られる危険人物ともなれば普通の家族のように仲良く、とは行かないのだろう。

腑に落ちたような顔をしている一海の横で一夏が小さく伸びをした。

「んじゃ、俺は海でも行ってくるかな。一海は?」

「いや、俺は海なんて気分じゃ─────」

「見つけたぞカシラ」

 

背中に少女の声がかけられる。振り返った一海はゲッと声を漏らした。いつもの制服姿のラウラが浮き輪を腕に提げ立っている。

 

「遅いから探したぞ、さあ浜辺へ行こう」

「俺は行かねえぞ、違う奴と遊べよ……」

「いいや、来てもらう。私の水着姿を見せなくてはならないからな」

 

逃げようとした一海は、その行動を読んでいたかのように先に跳躍したラウラに襟を掴まれ、そのまま引き摺られる。

 

「やーめーろー!俺は初めて一緒に海で遊ぶ女の子はみーたんって心に決めてんだよ!」

「ふっ……言っていただろう、カシラ。私の思いを全て受け止めてみせると」

 

騒ぎながら去っていく2人を苦笑しながら見送った一夏は、自分も着替えるために別館の男子更衣室へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー!ちーちゃん」

「……はぁ、山田先生。少し席を外します」

 

教員達が会議や業務に使用していた旅館の部屋の襖が突然開く。そこから顔を出した束を見た千冬は大きなため息をつくと、隣で資料を整頓していた山田先生に声をかけて席を立った。

戸惑いながらも頷いた山田先生に見送られて千冬と束は部屋を出ていく。

 

「……なぜお前が居るんだ、束。ここは関係者以外立ち入り禁止だろう」

「んっふっふー、関係者っていうなら私がこの学園の1番の関係者でしょ!なんたってISの開発者だからね!」

「…………はぁ」

 

廊下を歩きながら、射抜くような視線にも全く動じず楽しそうに笑う束に再び千冬の口から大きなため息が漏れる。

 

「何の用だ。まさかただ遊びに来たわけではあるまい」

「えー?ちーちゃんの顔を見に来ただけいたたたたた!ちーちゃん!ギブ!ギブ!」

 

千冬のヘッドロックを受けた束は自身の首に食い込む腕をパシパシと叩いた。

 

「まあ、多分しばらくISの開発からは離れるけどね!色々とやらなくちゃいけないことがあるから!」

「なんだと……?」

 

その言葉に、千冬は眉を顰める。その時、束を締め上げるその腕を何者かが掴みあげた。

 

「束さんを離せ」

 

人間のものでは無い力で千冬の腕が締めあげられる。無表情な男、鷲尾風が千冬へ鋭い目を向けながらその手首を掴んでいた。

千冬はその声に聞き覚えがある。

 

「貴様は……あの歯車の怪人!」

「…………リモコンブロス、です」

 

訂正するように言った風は千冬の腕から手を離し、束を庇うようにその前に立つ。千冬は舌打ちした。

 

「どういうことだ束。何故お前がそいつと行動を共にしている」

「どういうことって……ふーちゃんは私のボディーガードだよ?」

「ふ、ふーちゃん?」

 

束の言葉に面食らった様子で千冬は風へ視線を向ける。風は気まずそうにサッと顔を逸らした。

 

「そいつらは……あのエボルトの仲間だろう、お前も、あの宇宙人に協力しているのか?」

「まっさかー!」

 

風から再び束に視線を戻し、その目を鋭くさせる千冬に束は笑いながら声を低くする。

 

「逆だよちーちゃん。私はね、アイツをぶっ殺してやりたくて仕方が無いんだよ。ふーちゃんも、らいちゃんもね。」

 

その、いつも無駄に明るい友人が不意に放った殺気に似た雰囲気に千冬は思わず後ずさった。

 

「ふーちゃんと、らいちゃんにアイツと同行してもらったのも単にデータ取りのため。ちーちゃん達を妨害したのもね。悔しいけどアイツの戦闘能力は高いよ、今世界中で最新ってことになってる第三世代のISを全部揃えても、多分勝つのは難しいんじゃないかな」

 

束の言葉に、千冬の背中を冷や汗が流れる。ISでは勝てないと「ISを最も良く知る人物」が断言する存在。そんなもの、人類に同行できる存在では無いだろう。

だが、目の前に立つ天才は悲観しているような様子はない。

 

「……なにか、対策はあるのか」

「もちろん!」

 

千冬の問いに、再び明るくなった束は得意げに携帯端末を取り出し空中に何かの映像を投影した。

そこに写っているのは一夏のIS、白式ともう一体。赤い、まるで鎧武者のようなIS。そして黒い、長方形と円を組み合わせたような形状の機会にハンドルが着いた謎のガジェット。

 

「第三世代で勝てないなら、第四世代型(もっと強い機体)を作っちゃえばいいんだよ」

「なんだと……?」

 

千冬は困惑した。第四世代──────そんなものを既に完成させたというのか、この天才は。今現在、世界各国では第三世代型のISの開発競争の真っ最中である。それだというのに。

まるで世界を嘲笑うかのような才能の化身。千冬は目の前に立つ親友に、ほんの少しの恐怖を覚えた。

 

「一夏の白式は……確かお前が完成させたものだったな。初めからこの状況を見越していたのか?」

「いや全然?いっくんの白式も、箒ちゃんの赤椿────あ、こっちの赤いISね。どっちも元々は別の計画のために作ったものなんだよねー。まあ、こうなっちゃった以上その計画も後回しだけど」

 

サラリと言う束。千冬は2体のISと共に映し出されたガジェットを指差した。

 

「これは、なんだ?これもISなのか?」

「よくぞ聞いてくれました!これは───────」

 

投影された映像が切り替わり、人型の何かが映し出される。

赤と、青の2色の装甲を纏う戦士。その人型の姿の横には装甲と同色の赤と青の小型のボトルの写真がある。その姿を見た千冬は自分の生徒である猿渡一海と氷室幻徳が所有する「ライダーシステム」を思い出した。

 

「『仮面ライダー ビルド』、それに変身するための「ビルドドライバー」。ふーちゃんたちが使ってる《ブロス》と、エボルトから得た《仮面ライダー》のデータを解析して再現した……こことは違う世界の技術で創られた発明だよ」

「仮面ライダー……猿渡達と同じ物か」

「そうだよ!でも猿渡一海達が使ってる《スクラッシュ》に比べてこっちは拡張性と汎用性に優れてる感じだよ。この技術が広まれば、きっとISを発表した時よりも騒ぎになるだろうねえ…………」

 

説明を終えた束の手元に、光の粒子が集まり銀色のスーツケースが出現する。束はそれを開け、中身を見せながら千冬へと差し出した。そこには先程見せられたドライバーと、赤と青のボトルが。

 

「ねぇちーちゃん。白騎士事件(あの時)みたいに、もう一度一緒に世界を変えてみようよ」

 

困惑する千冬へ、天災(てんさい)はニッコリと笑いかけた。




魔法少女ビーストさんジオウ出演おめでとうございます


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真紅のサムライ

僕の家芋農家なんですが、そろそろ収穫と干し芋作りのシーズンなので更新頻度落ちます多分




よろしくお願いします


 

「こちらナターシャ・ファイルス!本部、応答して!」

 

青い空と、青い海の間で。

空中を飛び回る機体を制御し、迫り来るエネルギー弾を回避しながら、女性が目の前に浮かんだディスプレイに向かって叫ぶ。しかし返って来たのは沈黙のみ。いつもなら返事をしてくるはずの声の持ち主の顔を頭に思い浮かべながら、女性は舌打ちした。

 

「くっ……なんなのコイツ……!」

 

女性が纏っているISは空中で体を一回転させ、背中の機械翼から無数のエネルギー弾を襲撃者へ向けて放つ。

海上で爆発が巻き起こり、真下の海面が激しく波打った。

勝利を確信した女性は空中に留まりながら、ホッと息をつく。

 

直後、その体を背後から何者かが貫いた。

 

「ぐっ……………………」

「悪いな、お前に恨みはねぇんだが……まぁ先生からの頼みだ。お前の体……貰うぜ?」

 

銀色の機体が、一瞬赤い閃光を放つ。先程までの動きは失われ、だらりと力を失い空中へ四肢を投げ出すISを見て襲撃者─────エボルトはクックックと喉を鳴らした。

 

「もうすぐだ。もうすぐ俺の力が戻ってくる……だから安心しろよナターシャ・ファイルス。お前も、お前の仲間も、国も。俺が全部一緒に喰らってやる……なんにも気にせず、暴れろ」

 

力を失ったISは再び起動し、翼を広げるとどこかへ向かって飛び出した。一瞬で遠くなっていく機体の姿を見送りながら、エボルトは虚空に立って腕を組む。

 

「……これで最後だろうなぁ、先生……いや、篠ノ之束。正直俺としても残念だよ…アンタとの契約が終わるのは」

 

そんな誰に向けたわけでもない、内容とは裏腹にとても楽しそうな声は、波と風の音の中にかき消えていった。

 

 

 

 

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へ移る!本日の実習は中止だ!各班迅速に撤収して旅館にて待機しろ!専用機持ちと篠ノ之は私と共に来い!」

 

校外実習2日目、何事もなく進んでいたISの各種装備試験運用とデータ取りは突然放たれた千冬の声によって遮られた。

幾分かの焦りも含むその声に生徒達は困惑しながらも撤収作業を開始する。

呼ばれた一海、幻徳、一夏、鈴、セシリア、ラウラ、シャルロット、そして箒は千冬のあとを追った。

教員用の大部屋に通され、そこで並んで座らされる。

 

「現状を説明する。山田先生」

「は、はい!」

 

千冬に呼ばれた山田先生が手元のキーボードを操作すると、一海達の前に大きなディスプレイが何枚か投影された。

1枚は物凄いスピードで移動しているらしき座標、もう1枚は機械翼を持ったISの画像。他には何かの数値がめぐるましい速度で変化していくグラフのようなものが映っている。

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカとイスラエルが共同開発している第三世代型IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が突然操縦者との通信が断絶、暴走状態に陥っているとの連絡があった」

 

ISの画像が大きくなり、詳細なデータが表示される。

 

「衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過することが分かった。時間にして50分後、学園上層部からの通達によりここにいる代表候補生及び専用機持ちで対処する事になっている」

 

千冬の説明に、一夏が手を挙げた。

 

「なんだ織斑」

「あの、なんで箒も呼ばれているんですか?」

 

一夏の横で、箒が不満そうな顔をする。千冬はあぁ、と思い出したかのように告げた。

 

「篠ノ之は昨日付けで専用機持ちだ。そういえばお前達はまだ知らなかったな」

 

ええ!?と、その場にいた千冬と山田先生以外の全員が驚いた様子で箒へ目線を向ける。全員に見られた箒は少し顔を赤くしながらコホンと咳払いした。

一夏が「あ!」と声を上げる。

 

「束さんが来てたのってそういう事だったのか!そういえば箒昨日の自由時間、途中からいなかったもんな」

「まぁ、そういう事だ」

 

一夏との関係において同じ専用機持ち、という事で箒の先を行っているつもりだった鈴とシャルロットはそれを聞いて一瞬苦い顔をした。

だが直ぐに真面目な顔に戻り目の前のディスプレイへ視線を向ける。

千冬は目の前の全員がこちらへ視線を戻したのを確認して説明を再開した。

 

「という訳でだ。福音の迎撃はここにいる諸君らに任せることになる。我々教員は量産型ISでこの旅館の防衛と周辺地域の封鎖に当たる」

「あのー」

 

今度は一海が手を挙げる。千冬はそちらへ顔を向けた。

 

「俺とヒゲ、飛べないんすけど」

「あ、そうだ」

 

幻徳も思い出したかのように両手を打つ。千冬はため息をついた。

 

「飛行能力が無いのか?」

「いや、飛ぶだけならともかく飛びながら戦闘になると俺もコイツも難しいって感じです」

 

フェニックスもヘリコプターも移動手段としてはかなり優秀であるが、飛行しながらの戦闘能力となるとISには叶わない。一海はバツが悪そうに頬をかいた。

 

「それなら陸地まで引き付けてそこで撃破するってのはどう?一海と幻徳が抜けるのは戦力的に痛いでしょ」

 

鈴の提案に千冬は首を横に振る。

 

「福音に搭載された第三世代型兵器銀の鐘(シルバー・ベル)が厄介だ。陸地では被害が拡大する恐れがある。海上で討つしかない」

「……ってことは2人は留守番ね…………うーん、厄介ねコイツ」

「ええ、わたくしの《ブルー・ティアーズ》と同じ範囲攻撃を得意とするタイプ……ですけど性能に関しては完全に上回られていますわ」

「このデータだと格闘性能が分からないな」

「少なくとも機動力を封じないと…」

 

代表候補生達は、次々と作戦を立てたり機体の弱点を指摘したりしていく。普段の彼女たちとは違うその雰囲気に一夏も、一海も少し驚いた。箒は静かに正座して話を聞いている。

 

「うーん長期戦に持ち込んで勝てる相手じゃないよね」

「そうね。短期決戦しかないわ、それも一撃で決める感じ」

「……ということは」

 

シャルロットと鈴、ラウラが同時に一夏へ視線を向ける。え、俺?と一夏は自分を指差した。

 

「そうよ。アンタの零落白夜で仕留めるのよ」

「ちょ、俺が!?俺が行くのか?」

「「「当然」」」

 

3人の声が重なる。一夏はため息をついた。

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。……無理強いはしないぞ」

 

千冬の、どこか心配するような声を聞いた一夏の顔が変わる。自らの頬をピシャリと叩き、覚悟を決めた目で千冬を見返す。

 

「いえ、やります。俺が絶対」

「よし。では具体的な作戦を決めるぞ。この中で最高速度が出せる操縦者は」

「わたくしですわ」

 

千冬の問いにセシリアが答えた。

 

「ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーもついています」

 

全てのISはこの「パッケージ」と呼ばれる換装装備を持っている。これを変更することで機体の性能と性質を変更し様々な作戦に対応させることが出来るようになるのだ。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

「よし、ではオルコットが織斑を作戦領域まで運搬、サポートはボーデヴィッヒ、凰、デュノア。……篠ノ之、猿渡、氷室は作戦が失敗した時に備えてここの防衛を───────」

「ちょっと待ったーー!!」

 

バーン!と襖を吹っ飛ばし、篠ノ之束が現れた。千冬は大きなため息をつくと束に近づき、その顔へ問答無用でアイアンクローをかける。

 

「痛たたたたた痛い痛い!あれ?逆になんだか気持ちよくなってきた?」

「……出ていけ」

 

顔をギリギリと締め上げられながら、束は笑う。

 

「ダメだよちーちゃん!箒ちゃんを出さないなんて勿体ない!」

「どういう意味だ?」

「箒ちゃんの赤椿のスペックを見てよ!パッケージ無しの素の状態でも超高速機動ができちゃうんだから!」

 

束が指を鳴らすと同時に福音のデータを表示していたディスプレイが赤いISの詳細データへ切り替わった。

箒の顔が不機嫌そうに歪む。

 

「説明しよう!箒ちゃんの赤椿はね、史上初の展開装甲を全身に搭載した第四世代型のISなんだよ!」

 

第四世代型のIS。その言葉に、代表候補生達は驚いた様子で思わず立ち上がった。千冬は束の顔へ食い込む指へさらに力を込める。

 

「…………束」

「痛たたたたた!!ごめんやっぱ無理ちーちゃんギブギブ!!」

 

千冬はしばらくしてからようやく束を解放した。赤くなっているこめかみを擦りながら束は笑う。

 

「では改めまして、展開装甲っていうのは私が開発した第四世代型の装備なんだよ、パッケージと違って攻撃、防御、機動と瞬時に用途に応じた機能へ切り替えができちゃう!操縦者のイメージ・インターフェースを利用した特殊兵器の実装を目的とした第三世代型を越える、即時万能対応機って訳!今のところこれを実装してあるのはいっくんの白式と、この赤椿だけなんだよ 」

 

束が説明を終える、その頃には皆黙り込んでしまっていた。その説明が正しければ一夏のISも第四世代型という事になるが、そんな事実も頭に入ってこないほど皆衝撃を受けている。室内に流れる沈黙にあれー?と束は空気を読まず呑気な声を上げた。

 

「……これが、天才『篠ノ之束』か」

 

ラウラが呟き、ごくりと息を呑む。一夏も、箒も、一海も幻徳も皆難しい顔をして座っている。セシリアや鈴たち代表候補生はもっと険しい顔をしていた。彼女たちのISは各国で作られた第三世代型ISの実験機である。それぞれの祖国で製造された技術の最先端、それを与えられた誇りや自信と言ったものがたった今目の前で打ち砕かれたのだ。

千冬は再びため息をつくと沈む空気を切り替えるように両手を打ち合わせた。

 

「……束、篠ノ之のISの調整にはどのくらいかかる」

「んー……7分かな」

「織斑先生!?」

 

千冬の言葉に、セシリアがハッと顔を上げ抗議するように声を出した。

 

「わたくしも参加できますわ!」

「ではそのパッケージへの換装にどれ程の時間がかかる?」

「そ、それは…………」

 

千冬の指摘でセシリアの勢いは一瞬でしぼみ、俯いてしまう。幻徳が慰めるようにその背中を軽く叩いた。

 

「では本作戦は織斑と篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は20分後、各員ただちに準備にかかれ。作戦要員は各ISの調整、それ以外はその手伝いだ!」

「まあ心配することはないよ!いざとなればちーちゃんがビル─────」

「さっさと調整を始めろ束」

 

何かを言いかけた束の顔へ再び千冬のアイアンクローが炸裂する。そのまま引きずられていく天才を見て一海は小さく笑った。

 

「同じ天才っても、やっぱ違うもんだな」

「そりゃ違う人間だからな。まあ変人という点では似たようなものだが」

「戦兎もお前にだけは言われたくねぇだろうな……」

 

幻徳と軽口を叩き合いながら立ち上がり、未だに沈んでいる少女達へ「さっさと手伝いするぞ!」と発破をかける一海。

 

「……そうだな。ここで落ち込んでいても仕方あるまい」

「うん、とりあえず篠ノ之さんのISは篠ノ之博士がやるみたいだし、僕らは一夏の調整の手伝いをしようか」

「そもそもいい機体に乗ったから強いって訳じゃないのよ、重要なのは操縦者の腕よ腕!」

 

少し元気を取り戻し、白式の調整のためにディスプレイを操作している一夏の元へ向かうラウラたちを見送りながら一海はふとISの調整のために部屋を出ていく箒達へ目を向けた。それに気づいた幻徳が声をかける。

 

「どうしたポテト」

「いや、箒のやつ何か不機嫌そうだったからよ」

「そうか?……専用機を貰えて嬉しいのを誤魔化してるとかそういうのじゃないのか?」

「あー……まあ、俺らが首突っ込むような問題でもねえか」

 

一海は大きく伸びをした。先程まで床に座りっぱなしだったからか背骨がポキポキと心地いい音を立てる。

そして、一夏の元へ向かおうとして──────もう一度箒が出ていった方へと視線を向ける。

一海の中には、説明出来ない気味の悪い不安が渦を巻いていた。

 

 

 

時刻は午前11時、先ほどまでは活気に包まれていた浜辺には人の姿がなく、一夏と箒の2人が並んでたっているだけだった。容赦なく降り注ぐ夏の日差しの中、2人は同時にISを展開した。

 

「よし、頼むぜ箒」

「……ああ」

 

ムスッとした表情の箒の顔を一夏が覗き込む。一瞬驚いたようにその大きな瞳がカッと見開かれたがすぐにいつもの睨みつけるような目に戻ってしまう。

 

「……なんだ」

「いや、ずっと不機嫌そうだからさ」

「………………いつもの顔だ」

「いつもより二割増で機嫌悪そうだぞ」

 

箒が何かを言おうとした時、2人のISの通信回線から千冬の声が響いた。同時に千冬の顔が出現したディスプレイに映し出される。

 

『織斑、篠ノ之。準備はいいか?』

 

頷いて返事をする。画面の向こうの千冬も頷いた。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間で決着をつけろ。篠ノ之、お前は今回が初陣だ。あまり無理をするな』

「……わかりました」

 

返事をするが箒は明らかに不満そうだ。一夏が横目でその様子を確認していると今度は個人用の通信回線から千冬の声が響く。

 

『織斑、篠ノ之は少し焦り気味のようだ。いざと言う時はサポートしてやれ』

「わかっ……わかりました」

『頼んだぞ』

 

個人回線が切れ、再び千冬の声が箒と一夏のISに響いた。

 

『では─────作戦開始!』

 

一夏が箒の纏う赤椿の肩を掴む。次の瞬間、2人の体は空高く舞い上がっていた。まるで瞬間加速(イグニッション・ブースト)のような加速に一夏は目を白黒させる。

 

「目標の現在位置を確認。……一夏、行くぞ」

「お、おう!」

 

赤椿の脚部や背部の装甲が展開され、エネルギーを噴出させた。凄まじい加速感を感じながら一夏は前方へ視線を向ける。

 

「一夏!」

「見えてるよ!」

 

翼を広げる銀色の天使のようなIS、銀の福音がこちらへ向かってくるのをISのハイパーセンサーが映し出した。

迎撃の為に雪片弐型を構える。箒はさらに加速した。

 

「うおおおおおっ!!!」

 

赤椿の肩から跳び、自身のスラスターを全力で噴かせながら白式が福音へと迫る。

《零落白夜》を発動し、光を放つ刃が福音を切り裂こうとしたその時。

 

「なっ!?」

 

福音は飛行するスピードを一切落とさないまま、身を捻った。まるですり抜けるように雪片の刃が回避される。

直後、ISが警告音を放つ。

 

『敵機、迎撃モードへ移行。《銀の鐘(シルバー・ベル)》、稼働開始』

「まずいっ─────!!」

「一夏!」

 

一夏の目の前でその背の翼を広げた福音へ、箒が抜き放った腰の刀を振るう。その腕から同時にエネルギー刃が放たれ福音へ直撃した。

敵機が怯んだすきに、箒は一夏の手を引いて1度距離をとる。

 

「サンキュ、助かったぜ」

「油断をするな、来るぞ!」

 

福音は再び機械翼を広げた。箒の攻撃が直撃しているというのに目立った外傷はない。

 

「La─────────」

 

まるで、歌声のような音が響く。その瞬間、福音は翼に搭載された砲門を全て解き放った。全方位へ向けて、光弾の雨が放たれる。

 

「この程度、問題ない!」

 

箒は両手に2本の刀を持ち、斬撃と同時に放たれるレーザー攻撃で光弾の雨を凌いでみせる。

だが一夏は、何かに気がついたようで海面へ向かって全速力で向かっていた。

 

「一夏!?何を……」

「うおおおおおおっ!!!」

 

瞬間加速で海面へ移動し、降り注ぐ光弾の雨を《零落白夜》で打ち消していく。刃をすり抜けた光弾の何発かが白式の装甲を抉りシールドエネルギーを削った。雨が降り止むと同時に、雪片の刀身が光を失った。

 

「何をしている!?」

「船だ!民間人がいる!!」

 

海面に立つ一夏の背後に小さな船があった。乗っている2人の中年の外国人は呆然と様子でその光景を眺めている。

 

「海上は先生達が封鎖している筈だろう!───くっ、密漁船か!犯罪者をかばって……そんな奴らなんか!」

「箒!」

 

その言葉を遮り、一夏が叫んだ。その剣幕に箒はたじろぐ。

 

「そんな事言うなよ、箒。力を手にしたら弱いヤツはどうでもいいなんて、らしくない。全然らしくないぜ、箒」

「わ、私は……」

 

箒の顔に動揺が浮かぶ。そして────それを振り切るように刀を持ち直し、赤椿は福音へ向かって加速した。

 

「それでも私は……!ここで自分の実力を証明しなくちゃいけないんだッ!!!」

「箒!?おい!!」

 

上空の福音は再び翼の砲門を開く。その狙いは全て箒へと向けられている。一夏は彼女を追うようにスラスターの出力を全開にした。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

放たれた光弾の雨を回避し、打ち払い、そして福音に肉薄した箒は刀を振り下ろす。だがその刃は福音の装甲に触れた瞬間、光の粒子になって消滅した。

 

「なっ……エネルギー……切れ……」

 

現れたディスプレイに表示された文字に箒の顔が絶望で歪む。目の前のISはまるで箒を嘲笑うかのように体を揺らした。その背の翼に搭載された砲門が、光を放つ。

 

「箒ィィィィィィィィィィ!!!!」

 

直後、箒の視界が暗くなる。同時に衝撃で体が揺れた。何度も、何度も衝撃を感じ、やがて体が落下していくのを感じる。

 

「一夏……?」

 

自分の体が一夏に抱きしめられていることに気がついた箒は、唖然としながらその名を呼ぶ。だが、返事は無かった。

2人の体から纏っていたISが消失し、そのまま海面へと叩きつけられる。

その光景を見下ろしながら、銀の福音はまるで胎児のように空中で体を丸めた。

 

 




檀黎斗王ってなんだよ…………


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天使にレクイエムを

忙しさのせいで駄文パワーが上がっていく




よろしくお願いします


「……くそっ!」

 

一海は苛立った様子で旅館の外壁を殴った。傍で腕を組みながら海を眺める幻徳も険しい表情をしている。

意識を失った一夏と泣きじゃくる箒が密漁船に乗せられ救助されて戻ってきたのが3時間前。一夏は全く目を覚ます様子もなく、箒は塞ぎ込んだままだ。

千冬は残っていた一海達に待機を告げたあと他の職員たちと共に会議用の部屋に篭ってしまっている。

 

「…………………………」

 

幻徳は無言のまま空を見上げた。少し傾き始めた位置にある太陽が彼らの気分などお構い無しに光り輝いている。

その眩しさに目を細めながら、幻徳は呟いた。

 

「…………仇討ちだな 」

「……なに?」

 

上を向いている幻徳へ、一海が怪訝そうな顔を向ける。ゆっくりと視線を目の前の男へ向けながら幻徳は再び口を開く。

 

「仇討ちだ、それに暴走した軍用兵器なんてモノを放っておく訳にもいかない」

「そうは言ったって、あのISが今どこにいるかもわからねえし、そもそも俺らじゃ空を飛べないだろ」

「私が運ぼう」

 

割り込むような声に、一海と幻徳はそちらを見る。タブレット端末を手にしたラウラがいつの間にかそこに立っていた。

 

「ラウラ……」

「2人だけで行くなんて水臭い、私はカシラの妹分なんだぞ」

「そうですわ」

 

ラウラの後方から、セシリア達が姿を現す。皆、真剣な眼差しで一海と幻徳を見つめていた。

 

「お二人だけで背負おうとしないでください、わたくし達も皆思いは同じですわ」

 

鈴も、シャルロットも、ラウラも、セシリアの言葉に同調するように頷く。一海はため息をついて頭をかく。そして、ニッと笑ってみせた。

 

「……そうだな、よしラウラ!あのISの位置の特定を頼む!あとの奴は全員作戦会議だ!」

「任せろカシラ!」

 

ラウラがタブレットを操作し始める。その横で輪になるように座った一海達はあれこれと意見を出し合い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

ピッ……ピッ……と、布団に横たわり眠り続ける一夏の体から伸びるケーブルに繋がれた機械が規則正しくリズムを刻み続ける。

箒は部屋の隅で膝を抱えながらその光景を眺め続けていた。

 

(私の……)

 

一夏は目を覚ます気配がない。ISに搭載されている操縦者の保護機能により意識を強制的にカットされている状態で命に別状は無いようだが……。

先程の山田先生の解説を断片的に思い出しながら、箒は顔を膝に埋めた。

 

(私のせいだ……)

 

戦闘中に抱いていた姉への反抗心、怒り、焦りといった激しい感情はどこかへ消え、ただ後悔だけが押し寄せてくる。

赤椿を受け取った時、ただ姉への怒りがあった。望まぬ形で与えられた力に、抵抗を持った。自分自身の実力を証明してみせる、姉の力なんて借りないと、驕りと焦りに囚われた。

結果、これだ。誰よりも大切な人間は、自分のために傷つきこうして意識を失っている。

 

(私には、もうISに乗る資格なんて──────)

 

その時、箒の思考を遮るように勢い良く音を立てて部屋の襖が開かれた。

ムスッとした顔の鈴が部屋に入ってくる。鈴は眠る一夏を一瞥した後、膝を抱える箒へと詰め寄った。

 

「立ちなさいよ」

 

目の前に人が立つ気配を感じ、そして声を掛けられても箒は顔を上げない。いや、上げられない。

鈴はため息をつくと、箒の襟を掴んで無理やり体を引き起こした。

 

「……聞いたわよ、一夏はアンタを庇ってこうなったって」

「……そうだ……私は……お前達のように戦えなかった……もう、ISに乗る資格もない………」

 

弱々しい声。鈴は舌打ちをすると思い切り箒の頬を平手で叩いた。箒の体はその勢いのまま床へ倒れ込む。

鈴は倒れる箒を見下ろしながら、怒りに任せて叫んだ。

 

「甘ったれてんじゃないわよ!アタシ達みたいにできなかった!?ISに乗る資格がない!?一回目の戦闘で失敗した位でメソメソ泣いてさぁ!この状況招いておいて、責任は他に押し付けて自分だけははいサヨナラって訳!?」

 

倒れる箒の襟をつかみ、再び力任せに引き起こす。箒は抵抗もせず、ただされるがままだ。

 

「……ここで退いたらアンタ本当に『篠ノ之束の妹』ってだけになるじゃない。それでいい訳?」

 

その言葉に、虚ろだった箒の目が大きく見開かれた。そしてキッと鈴を睨み返す。

 

「いいわけ……ないだろう…………だが、どうすればいいんだ……もうあのISも見失ってしまった、一夏も私のせいで戦えなくなってしまった…………どうしていいか、わからないんだ」

「………………戦う意思はあるのね。なら安心だわ」

 

鈴は、その箒の目を見つめ返し小さく笑った。そして襟から手を離す。箒は不思議そうな顔で鈴を見る。

 

「凰、ラウラが位置の特定を終わらせた。……篠ノ之」

 

その時、幻徳が部屋に入ってきた。そして髪が乱れている箒を見て足を止める。箒は幻徳の言葉にハッとしたような顔を鈴へ向け、鈴はその視線に頷き返した。

 

「………大丈夫なのか?」

 

幻徳の言葉に、箒は小さく頷いてみせる。そして彼へ向かって頭を下げた。

 

「心配かけてすまなかった、氷室。……私にも、もう一度戦わせてくれないか」

「……俺よりも凰に謝るべきだ。皆の中で誰よりもお前を心配していたからな」

「ちょっ……幻徳!!」

 

鈴は顔を赤くしながらそれを隠すようにそっぽを向いた。箒はクスリと笑いながら鈴へ頭を下げる。

 

「ありがとう、そしてすまない。鈴」

「ふ、ふん!同じアイツの幼馴染のよしみってヤツよ。それ以外の理由はないから!……ほら行くわよ!向こうの部屋で皆が作戦を練ってる、アンタも一緒に考えなさいよね!」

「……ああ!」

 

照れを隠すように足早で部屋を出ていく鈴と、少し元気を取り戻してそれを追っていく箒。2人を見送り、幻徳は眠る一夏の元へと歩み寄った。

 

「…………いい仲間を持ったな。織斑」

 

幻徳は一夏の傍で膝をつき、眠る彼の手に再生の力を持つ『フェニックスボトル』を握らせる。

一夏の体が薄い光に包まれるのを見ながら幻徳は立ち上がった。そして小さく呟く。

 

「まあ、ゆっくり休んでおけ。俺達が終わらせておいてやる」

 

意識が戻らない友へ背を向け、部屋を出る幻徳。そして皆が集まっている部屋へ向かおうとしたその時、背後から声がかけられた。

 

「……氷室。何をするつもりだ」

「織斑先生…………」

 

いつの間にか、幻徳の後方に千冬が腕を組んで立っていた。見えなくてもハッキリと感じる程冷たい視線に幻徳は身動きが取れなくなる。

 

「……まあ、何をしようとしているかなんて簡単に想像がつくがな」

「止めますか?」

「当然だ。私は教師で、お前らは生徒。立場上、力づくでも止めなくてはならない。独断での出撃なんて認めるわけにはいかないからな。…………あと2時間もすれば増援部隊が到着する。それまで大人しくしていろ」

 

それを聞いた幻徳は勢い良く振り返った。千冬は腕を組んだまま静かに幻徳の目を見据える。

 

「ですが、あんな機体をそんな長時間放っておいたら被害が広がる恐れがあります!戦える戦力はまだここに残っている、ならば戦うべきだ!」

「なら、作戦はあるのか?」

「それは……」

「操縦の腕はともかく、織斑の白式の能力は対IS戦闘においては最強クラスと言っていい程の力だ。それに加えて初陣とはいえ現行機の中で最高スペックを誇る篠ノ之の赤椿。この2機を殆どダメージを受けずに返り討ちにした程の機体に、お前達は何か対抗策があるのか?」

「………………」

 

千冬の指摘に、幻徳の顔が悔しげに歪んだ。一夏の零落白夜が無い以上、現状のメンバーでは決定打に欠けるのは事実だ。

だが、それでも。

 

「それでも……俺達は行きます。行かせてください。篠ノ之の為にも、それに織斑の為にも」

「……どういう意味だ」

「篠ノ之は……アイツは織斑の負傷に責任を感じている。このまま放っておけば、アイツはISに乗れなくなります。そうなった場合、誰が1番傷つくのか…………織斑だ」

「…………………」

 

幻徳を見つめていた千冬の表情が少し変化する。唯一の家族だからこそ、あの弟がその状況になった時どういう思考をするのか容易に想像出来るのだろう。

 

「俺はアイツらを友人だと……仲間だと思っています。本来ならここに居ない筈の俺達を受け入れてくれたアイツらも、織斑先生たちも皆大切に思っている」

「………………」

「だから俺は、皆が傷つかない選択をしたい」

 

幻徳は意を決したように息を吐き、頭を下げた。

 

「だから、お願いします!出撃の許可を!!」

「……ダメだ。教師として許可する訳にはいかない」

 

幻徳の懇願を、千冬はあっさりと切り捨てる。

だが千冬が次に口にした言葉は幻徳の予想を大きく外れたものだった。

 

「…………だが、そうだな。ここに来てからトラブル続きで私もロクに休めていない。ここで少し眠ってしまったとしてもバチは当たらんだろうな」

 

幻徳はハッと顔を上げる。千冬は腕を組んで立ったまま目を閉じていた。

その意図を理解し、一礼してから幻徳は千冬へ背を向けて走り出す。

 

「……氷室。これは、教師としてではない。織斑千冬という、私個人の言葉だ」

 

幻徳の背へ、千冬の声が掛けられる。足を止めた幻徳はしかし振り返らずに、無言でその言葉へ耳を傾けた。

 

「…全員、生きて帰ってこい。これは命令でもなんでもない、私からの頼みだ」

「……必ず!」

 

幻徳は力強く頷くと、そのまま走り去っていく。遠ざかっていく足音を聞きながら、千冬はため息をつき呟いた。

 

「……私もまだまだだな。教師失格だ」

「うふふふ、織斑先生ったら素直じゃないですね〜」

 

様子を伺っていたのか、どこからか現れた山田先生が千冬をからかうように笑う。千冬は再びため息をつくとジロリと睨んだ。

 

「……山田先生、後で組手をしようか。丁度いい、浜辺で3時間ほどじっくりと」

「あっ、いえ、その〜、すいません!仕事に戻ります!」

 

慌てた様子で職員用の部屋へと走っていく山田先生を見送り、千冬は廊下の窓から空を見る。

空は日が沈み始め、暗くなりつつあった。

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、これ」

 

一夏は、目の前に広がる光景を見て思わず呟いた。そびえ立つまるで神話に出てくるバベルの塔のような建造物。赤い光を纏うその塔を中心にして巻き起こった嵐があらゆる物を飲み込んでいく。

人ではない、異形が嵐に飲み込まれて消えた。

近代のものとは思えない、不思議な材質の建物が砕かれて消えた。

地球とは違う、緑一色の星が黒い嵐の中へと塵になって消えていった。

先程までいたらしい星が消える光景を目の当たりにしながら、宇宙空間を漂う一夏は星を飲み込んだ黒い嵐の中で笑う「何か」を目にした。

赤い、血のような色の体を持つ化け物。それは一夏の方を見るとゆっくりと掌を向ける。

その「何か」の顔が、笑うように歪むのが確かに見えた。

 

「うぉっ!?」

 

次の瞬間、景色が切り替わり一夏は見覚えのない砂浜の上に立っていた。先程目にした破壊の光景と化け物の姿を思い出して鳥肌が立つ。

 

(………………?)

 

ふと、波の音に混じって歌声のようなものが聞こえた。恐怖を振り払うように、その声がする方へ向かってふらふらと歩いていく。

白い少女は、そこにいた。

白い砂浜で、白い髪を風に揺らめかせ、白いワンピースを纏い、踊りながら歌っている。

一夏は先程まで抱いていた恐怖心も忘れその光景に見とれてしまう。

波の音と、少女の歌声。心地よい音に包まれながら、一夏はただただぼんやりと少女の姿を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

海上200メートル、一夏と箒を撃墜した時と同じ場所で『銀の福音』は胎児のように蹲っていた。その体を背部から伸びた翼が優しく包み込んでいる。

 

「───────────」

 

不意に、何かを感じ取ったかのように福音が顔を上げる。

次の瞬間、超音速で飛来した砲弾がその頭部を直撃し爆発を起こした。

 

「初弾命中。続けて砲撃を行う」

 

福音の位置から5キロほど離れた場所に浮かんでいるIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とそれを纏うラウラは、間髪入れずに次の砲弾を撃ち出す。

その姿は、通常装備と大きく異なっていた。かつて装備していたレールカノンよりもさらに一回り大きな八十口径レールカノン《ブリッツ》を左右の肩に二門ずつ、さらに遠距離からの砲撃や狙撃に対する備えとして4枚もの物理シールドが機体の四方を囲っている。

これが砲戦パッケージ『パンツァー・カノーニア』を装備したシュヴァルツェア・レーゲンの姿だ。最早ISというよりは動く要塞といった様相である。

 

「───ちっ!かわされたか」

 

ラウラのハイパーセンサーが砲弾をまるで踊るように回避しながらこちらへ向かってくる福音を捉える。

5キロも離れていたというのに、すでに両者の距離は2000メートルほどにまで縮められていた。遮るものの無い海上、お互いの姿が肉眼でも捉えられる。

 

「残り2000……!1000……!くっ……速い!」

 

間を開けずに放たれる砲弾の嵐を、福音は翼から放ったエネルギー弾によって撃ち落としていく。目の前でさらに加速した福音はラウラへ向かって腕を伸ばした。

砲戦仕様によって重装備になっているシュヴァルツェア・レーゲンではその速度に対応するのは不可能だ。だがラウラは自身を仕留めようと伸ばされる掌を見て口元に笑みを浮かべる。

 

「カシラ!」

「任せろ!」

 

ラウラを囲う物理シールドの陰から黄金の鎧を纏う戦士『仮面ライダーグリス』に変身した一海が跳び出す。

一海はラウラへと伸ばされた腕を蹴り上げ、そのまま振り上げた踵を福音の頭部へと叩きつけた。

銀色の天使は衝撃で体をぐらつかせる。一度物理シールドの上に着地した一海は再び跳躍し、飛び蹴りを福音へと撃ち込んだ。

防御もできず、福音は大きく吹っ飛ばされる。

 

「行ったぞシャルロット!」

「任せて!」

 

吹っ飛んだ先に待ち構えていたシャルロットは両手にショットガンを2丁呼び出し、福音へ向ける。だがその引き金が引かれるよりも早く空中で体を一回転させ体勢を建て直した福音は翼から放ったエネルギー弾の雨をシャルロットへ浴びせた。

 

「おっと、悪いけどこの『ガーデン・カーテン』はその位じゃ落ちないよ」

 

シャルロットは慌てる様子もなく、IS『ラファール・リヴァイヴ』の専用防御パッケージ『ガーデン・カーテン』によって増設された2枚の大型物理シールドと、展開したエネルギーシールドで福音の攻撃を防ぎ切る。

シャルロットの撃破をあきらめ後方へと飛び退き、全方位への砲撃を行おうと一度翼をたたむ福音。次の瞬間、その体をレーザーが貫いた。

 

「こちらですわ!」

 

強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したセシリアの『ブルー・ティアーズ』が2メートル以上ある大型BTレーザーライフル《スターダスト・シューター》の銃口を福音へと向ける。狙いを変えた福音は翼を広げると凄まじい速度でセシリアへと迫った。対するセシリアも腰部分にスカート状に接続されているビットのスラスターの出力を全開にし、福音の超スピードに対応して距離を保ちながらレーザーを撃ち続ける。

 

「──────────!」

 

痺れを切らしたかのように、福音はレーザーを回避するのを辞めて真正面からセシリアへと突っ込んだ。予想外の行動にセシリアの動きが一瞬止まる。翼の砲門が開き、エネルギー弾の嵐が迫った。

 

『ディスチャージクラッシュ!』

 

だがセシリアの目の前に出現した巨大な宝石の盾が無数のエネルギー弾と福音の特攻を阻む。

背中に隠れていた『仮面ライダーローグ』に変身した幻徳がセシリアの肩アーマーの上に着地し、腰に装着されたドライバーのレンチを捻っていた。

動きが止まった福音へ、ラウラの砲撃と一海とシャルロットの射撃が再開される。

福音は降り注ぐ弾丸の雨を踊るようにかわし、エネルギー弾で撃ち落として回避して行く。だが絶えることなく放たれ続ける攻撃にやがてその装甲が少しずつ攻撃で削られ始めた。

 

「La─────────♪︎」

 

歌声のような音を周囲一帯に響かせながら、福音は体を捻り一瞬で頭を下方へ向けるとそのまま翼のスラスターを噴出させて攻撃から逃れるように海面へ向けて突進する。

 

「逃がすかっての!」

「ここで仕留める!」

 

直後、海面が膨れ上がり2つの影が水飛沫と共に福音へと斬りかかった。

鈴の纏うマゼンダのIS『甲龍』と箒の纏う真紅のIS『赤椿』、それぞれ両手に構えた得物を振るって突っ込んでくる福音を打ち返すように上空へと斬り上げる。

幻徳はドライバーのダイヤモンドボトルを引き抜きクロコダイルクラックボトルを再装填しながらセシリアへ叫んだ。

 

「ここだ!オルコット、俺を投げろ!」

「はい!」

 

セシリアは肩の上に立つ幻徳の体を掴むと、体を一回転させ遠心力を利用して放り投げる。

風を切り裂いて福音へと迫りながら、幻徳はドライバーのレンチを捻った。

 

『クラックアップフィニッシュ!』

「おおおおおおおおおっ!!」

 

両脚に纏った獣の大顎のようなエネルギーが、空中でのけぞる福音の翼の片方に喰らいつく。

福音は振り払うように体をよじるも翼へ食い込む牙は剥がれない。

翼を足で挟み込む幻徳はまるでワニが仕留めた獲物の肉を噛みちぎるように体を捻った。

 

「─────────」

 

銀の天使は、片方の翼をもぎ取られて悲鳴のような高い音を全身から響かせる。

直後、残るもう片方の翼の砲門が全て開き目の前の幻徳へ向けてエネルギー弾が撃ち込まれた。

 

「ぐっ──────────」

 

空中で身動きも取れず、至近距離で爆撃を受けた幻徳は大きく吹っ飛ばされ海面へ落ちていく。

すかさずセシリアが猛スピードで回り込みその体を受け止めた。

 

「一気に畳み掛けるぞ!」

「ああ!」

「うん!」

 

一海が叫び、全員が頷く。ラウラとシャルロットが撃つ砲弾と弾丸の雨の中を縫うように加速する鈴と箒が接近戦を仕掛ける。

先程までとは違い機動力も火力も半減している福音にそれを捌ききることは不可能だった。

砲撃を浴びた福音がよろめき、そこへ斬撃を受けて大きくのけぞる。

さらに鈴の『甲龍』機能増幅パッケージ『崩山』によって増設された衝撃砲計4門から放たれる熱殻拡散衝撃砲が、ダメ押しと言わんばかりに福音の機体を吹き飛ばした。

 

「決めなさいよ箒!」

「任せろ!」

 

吹っ飛んだ先に待ち構えていた箒は右腰の刀《雨月》を抜き、それを両手で持つと吹き飛んでくる福音の残る翼へと突き刺した。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「───────────────────」

 

突き立てられた刃からエネルギー刃が放出され、福音の翼を削っていく。福音はもがきながら体を暴れさせて箒を振り回した。だが、箒はしっかりと刀の柄を握りしめて離れない。

 

「これで……!!最後だ!!!」

 

左手を離し、左腰の刀《空裂》を逆手で引き抜いてそのまま翼目掛けて振り下ろす。

2本目の刃が翼へ食い込み、発生したエネルギー刃がさらにその翼を削る。

その一撃によって、福音はとうとう両方の翼を失った。

ぐらりと空中にあったその体が傾き、ゆっくりと海面へと堕ちていく。

箒は翼から引き抜いた刀を鞘に収め、その姿を見ながら息を吐いた。

 

「やったじゃない、箒!」

「ああ、皆のお陰だ……」

 

近くに来た鈴が箒の肩を軽く叩く。箒はそれに微笑み返した。

 

「それじゃ、帰るとするか」

「ああ」

「福音の操縦者を回収しないとね。えっと、座標は……」

 

上空にいた一海たちも、幻徳とセシリアも皆、安心して気を抜いていた。

だが次の瞬間、ラウラが鈴たちへ向かって叫ぶ。

 

「鈴!箒!そこから離れろ!!」

「なに?──────くっ!」

 

ラウラの方へ顔を向いた箒の体が、鈴の蹴りによって吹き飛ばされる。体勢を建て直し、鈴へ抗議の視線を向けようとした箒の目の前には光の柱がそびえ立っていた。

上空で光に飲み込まれたらしい鈴の体が、木っ端のように吹き飛ばされるのが見える。

 

「な………………」

 

箒は唖然としながら柱の根元へ目を向ける。そこには海面を蒸発させながら、赤い雷を全身から迸らせる福音が佇んでいた。

その頭上でエネルギーが渦を巻き、再び先程の光の奔流を今度は上空の一海たちへ向けて放出する。

 

「一海!ラウラ!僕の後ろに!!」

 

シールドを展開したシャルロットが前に立ち、その奔流を受け止める。直後、その顔が苦しげに歪んだ。

 

「まずい……っ!!威力が高すぎる…………っ!!」

 

目の前の大型シールドに亀裂が走り、次の瞬間には突き破られる。すぐに割り込んだ2枚目の物理シールドも同じ結末を辿った。

 

「ぐっ……………………うわぁぁぁぁっ!?」

「シャルロットッ!!」

 

たった一撃で全てのシールドを打ち砕かれたシャルロットは、光の奔流を受けそのまま海へと落下していく。

 

「どうなってやがる……!?」

「これは…まさか、第二形態移行(セカンド・シフト)か」

 

一海とラウラが呻くように呟く。その声に反応したかのようにに海面の福音がゆっくりとそちらへと顔を向けた。その無機質な装甲に覆われた頭部からは何の感情も感じられない。

ゆっくりと、福音の背中から血のように赤いエネルギーで出来た翼が生えた。

 

『キアアアアアアアアアァァァァァァッ……!!!』

 

先程までの歌声のような音や悲鳴のような音とは違う、まるで獣の咆哮のような音を響かせながら福音は一海たち目掛けて飛び出した。

 

「速ぇ!!」

 

ラウラが迎撃の為に砲身を向けるよりも速く、福音が接近する。

一瞬でラウラの機体を囲むシールドの内側に到達し、砲身の上に立った福音の背の翼が震え、まるで鳥の羽根のような光が周囲を舞う。

 

「てめぇ!この……うおっ!?」

 

肩アーマーから福音と同じ砲身へと跳ぼうとした一海を、ラウラは掴んで放り投げる。

仮面の下で驚愕する一海へ、ラウラは小さく笑った。

直後、光の羽根と福音の翼が輝き爆炎が黒と銀の2体のISを飲み込む。

 

「ラウラァーーーーーッ!!!」

 

落下しながら一海は叫ぶ。纏っていたISをズタズタにされたラウラが煙の中から海面へと落ちていくのが見えた。

 

「手前……!!俺の妹分と仲間に……何してくれてんだァァァァ!!!」

 

レンチを捻りドライバーに装填されたロボットゼリーを押し潰す。全身を循環するエネルギーがゼリー状に実体化して両肩のアーマーから噴出した。

落下していた一海の体はその勢いで押し戻され、重力に逆らって福音へと向かっていく。

 

『スクラップフィニッシュ!!』

「キィァァァァァアアアアアアアアッ!!!」

 

一海のライダーキックを迎え撃つように福音の頭上で赤いエネルギーが渦を巻き、奔流が放たれる。

福音が再び獣の咆哮のような音を響かせた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!ぐっ…オラァァァァァァッ!!!」

 

一瞬、押されかけたものの、雄叫びを上げた一海の両肩からエネルギーが更に勢い良く噴出する。

奔流を真っ二つに裂きながら放たれたライダーキックが福音へ炸裂した。

しかし直後、一海は舌打ちする。

 

「ちっ…………マジかよコイツ……」

 

胸の前で両手を交差させ、キックを受け止めた福音を見て一海は顔を思い切り顰めた。

あの光の攻撃で威力を殺されたか、一海は分析しながら福音が攻撃行動に移るのを視界に捉えてもう一度舌打ちする。

福音が広げた光の翼がゆっくりと黄金の鎧を包み込もうとした。

 

「ポテトォ!!!」

「一海さん!!」

 

幻徳と、その体を支えるセシリアが叫ぶ。

その時、上空から急降下した赤い影が福音へ体当たりをした。

 

「猿渡!掴まれ!!」

「!箒っ!!」

 

衝撃で解放された一海は箒が伸ばした手を握り返す。

福音は少しバランスを崩すがすぐに体の各所から光の翼を生やして姿勢を建て直した。

 

「このままじゃジリ貧だ───────ん?」

 

箒の腕アーマーを掴んでぶら下がりながら、一海は眉を顰める。

前方で浮遊する福音が奇妙な行動を取った。

全身から生えていた赤い光の翼が全て巨大化し、まるで繭のようにその銀色の機体を包み込む。

これまで培ってきた戦闘の経験からか、一海の本能がその瞬間、全力で警鐘を鳴らす。

 

「やべぇ!!箒……くそっ!!」

 

一海は再びエネルギーを両肩から噴出し、赤い光の繭と箒の間へと割り込む。

直後、福音は全ての翼を勢い良く開き全方位へ向けてあの光の奔流を乱射した。

 

「ぐ……………………がぁぁあぁぁぁっ!!」

「猿渡!!」

 

両手を広げ、胸部の装甲で光を受け止めながら一海は苦悶の声をあげる。

 

「ぐ…………箒ィ!行け!!」

「猿渡……!!うおおおおっ!!!」

 

箒は叫び、奔流を受け止める一海の横を抜けて福音へと突進する。

一海はそのまま弾き飛ばされ海へと落ちていく。

放たれた複数の奔流の間をすり抜けるように飛行しながら、赤椿がさらに加速した。

 

「キュァアァァァアァァアァァ─────ギャッ!!」

 

迎撃のため新たな翼を生み出そうとする福音へ、幻徳の放った紫色のエネルギー弾とセシリアが撃ったレーザーが直撃する。

衝撃でのけ反り、形成されかけた翼は光の粒子になって霧散した。

福音は迫る刃へ対して腕を突き出す。

 

「これで…………!!トドメだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

赤と銀の機体が激突する。横薙ぎに振るわれた刀が福音の頭部に当たる──────────その瞬間、箒の握る刀が光と共に消失した。

 

「エネルギー切れ…!?また…………」

 

箒の表情が歪む。

福音の伸ばした手がその頭部を掴んだ。

 

「すまない─────皆、一夏…………!!」

「諦めるな!!!」

 

観念するかのように目を閉じた箒の体が、衝撃と共に解放される。

見れば幻徳が福音へと組み付いていた。恐らく再びセシリアに投げられたのだろう。腕を振り抜いた姿勢のセシリアが心配そうな目を向けている。

 

「まだ終わってないだろう!最後まで目を閉じるな!」

 

福音が身体を勢い良く回転させ、叫ぶ幻徳を振り落とす。

幻徳は空中でドライバーのボトルを差し替えて、レンチを捻った。

 

『チャージクラッシュ!』

 

青いエネルギーが幻徳の拳にまとわりつく。空中で振るわれたその腕から青いサメ型のエネルギーが複数体、福音へ向けて放たれた。

まるで自我を持つかのように空を泳ぐサメ達は福音が放った攻撃を回避してその体に食らいつき、爆発を起こした。

 

「幻徳さん!」

 

落下する幻徳の体を再びセシリアが受け止める。だが、そこへ福音が放った光の奔流が降り注いだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!?」

「ぐぁぁぁぁっ!!」

 

回避しきれず、二人とも光に飲み込まれて海中へと引きずり込まれる。

 

「セシリア!!氷室!!」

 

武装を失った箒は叫ぶ。だが最早、その声に答える者は誰一人居なかった。

 

「…………皆……」

 

鈴も、ラウラも、シャルロットも、セシリアも、一海も、幻徳も。皆、堕とされた。

絶望が全身を襲う。後悔で心が切り刻まれる。

だが箒はそれでも目の前で翼を広げる福音を睨みつけた。

諦めるな、と言われたから。

 

「きっと……お前も私を見たら同じことを言っただろうな。一夏」

 

ゆっくりと伸ばされた福音の手首を掴み、柔術の要領で投げ飛ばす。だが床も重力も関係ないこの場においてその攻撃は通用しなかった。

身体を回転させ空中で姿勢を制御した福音の掌が今度こそ箒の首を掴む。

 

「ぐっ………………うっ…………!!」

 

締め上げられ、圧迫された喉から苦しげな声が漏れる。

箒の喉を掴む福音の背中から広がった翼が、ゆっくりと赤椿を包み込んだ。

 

(まだ……終わってない…………!!)

 

声にならない声をあげながら、しかしその両目は福音を睨み続ける。

武装を失った両手を固め、福音の装甲をがむしゃらに殴りつけた。だがダメージを負う様子も無く、首を絞める力がさらに強くなるだけだ。

 

(一夏…………!せめて……お前に……………………)

 

機体を包む翼の輝きが増していく。それでも尚諦めない箒の心中に、1つの感情が浮かび上がった。

 

(会いたい………………)

 

会いたい、会いたい、会いたい。一夏に。

溢れ出した感情は抑えきれずに、口からも溢れ出た。

 

「会い…………たい……………………」

 

翼がさらに輝きを増す。箒は、思わず想い人の名を叫んでいた。

 

「いち……か…………!一夏!!」

 

 

 

 

 

「呼んだか?箒」

 

直後、箒の喉が圧迫から解放される。目の前に居たはずの福音の姿はなく、代わりに白い、雪のような純白のISが佇んでいた。そのISを纏う男の姿を見て、箒の目から涙が溢れ出す。

 

「いち…………かぁ………………」

「おう。悪かったな、遅くなって…………下がってろ」

 

泣きじゃくる箒の頭を撫で、福音へと向き直る一夏。そのISの形状は以前とは少し変化していた。

スラスターは巨大化し、左手には大型の篭手のような武装が装備されている。さらにその左脚にはスプリングのような形の意匠が追加されていた。

 

「散々やってくれたみたいだな、ここからは俺が相手だ!!」

 

進化した白式・第二形態を纏う一夏は《雪片弐型》の切っ先を福音へと向け、勢い良くスラスターを噴かせた。

 




取り敢えずストーリーは考え終わりました(投稿ペースが上がるとは言ってない)

7巻辺りまで原作ストーリーに沿ってそこからエボルト倒す話に入っていけたらいいなあと思ってます。あくまで理想。

次で一応3巻分終わります…………
4巻は強盗巻き込まれイベントを消化しておいたのでカットです



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スノーラビットは空を舞う

何故篠ノ之束がフルボトルを所持していたのか、私にもわからん(糞博士)
真面目な話、割とノリだけ書いてたのでそこら辺全く考慮してませんでした
天才なのでエボルトが持ってた現物から成分含めて作れそうなものは複製したとかそんな感じでお願いします

基本的にISキャラが仮面ライダーに変身することは無いです。
ただしエボルト憑依状態は除く

よろしくお願いします


「……ん?」

 

白い砂浜で、少女に見とれていた一夏はふと自分の手の中にある何かが熱を放っていることに気がついた。

手を開くとそこには淡い光を放つ赤い小さなボトルが。

これが何なのかは分からないが、見覚えはある。一海や幻徳が戦闘時に腰のベルトに差し替えて使用している道具だ。

 

「なんで俺が持ってるんだ……?って熱っ!?」

 

ボトルが強い光を放ち、同時に熱も持っていられない程に上昇する。

一夏は思わず手の上のボトルを足元の砂浜へと落としてしまった。

砂浜に突き刺さったボトルから赤い光が溢れ出し、一夏の目の前を覆い尽くす。

 

『………………織斑、一夏』

「………………へ?」

 

光が一瞬で赤から緑へと切り替わり、同時に人の形をつくった。その人型の光から名前を呼ばれ、一夏は間の抜けた声を出してしまう。

 

「だ、誰なんだ?俺に光ってる知り合いなんていない」

『我が名はベルナージュ。この世界の火星を治めていた王妃にして、戦いを見届ける者』

「か、火星!?ってことは、宇宙人?……地球以外の生命体なんて、聞いたことがないぞ」

『何をそんなに驚く。……お前達は既に出逢っているはずだ。お前達の星の外で生まれた生命、あの破壊の化身に』

 

ベルナージュと名乗る光の言葉に一夏は学年別トーナメントで交戦したあの『仮面ライダー』の姿を思い浮かべる。

 

「確か……エボル?………あれが宇宙人なのか……?確かに人間とは思えないけど……ってあれ?確か一海と氷室はアイツのこと知ってるって……じゃあアイツらも宇宙人なのか!?」

 

一夏は思わず緑の光に詰め寄る。光の、人の頭にあたる部分が横に振られた。

 

『違う。彼らは人間だ。ただし、お前達が生きるこの世界とは違う世界から来た存在だがな』

「ち、違う世界?ちょっと待ってくれよ……何がなんやら……」

 

ベルナージュの言葉に、一夏の頭がこんがらがった。宇宙人、火星の王妃、異世界人。普段生活している中であまり関わることの無いワードの連続に理解力が追いつかない。

 

『……簡単にまとめよう。私がエボルトに対抗する為に、彼らをこの世界に呼んだのだ。元の世界で、エボルトと戦った経験のある彼らをな』

「アンタが?それにエボルトに対抗する為にって…………」

 

困惑しながらも、取り敢えず頭の中で話を整理する。

ベルナージュの話が本当なら、あの一海と幻徳の代表候補生すら寄せ付けない強さも納得がいく。

そこで、ふと以前医務室のベッドで聞いた幻徳の言葉を思い出した。

 

『お前が消えたあと皆がどれ程悲しんだか分かっているのか』

 

 

 

「……なぁ、えっと……ベルナージュだったか。アンタ、エボルトと戦ってた一海達をこの世界に呼んだって話だったよな?それじゃあ、戦う奴がいなくなった元の世界は……」

『…………隠すこともあるまい。私がこの世界へと呼び寄せた5人の戦士……彼らは元の世界で皆、エボルトとの戦いの中で既に死亡した者達だ』

 

淡々と紡がれる言葉に一夏は衝撃を受ける。

なんとなく察しての質問ではあったが、簡単に受け入れることができる答えではなかった。

あの見かけによらず陽気な男と、頼りがいのある兄貴肌の男を思い浮かべる。

 

「…………あいつら」

 

そんな物を抱えながら、彼らは笑っていたのか。

そんな過去を背負いながら、彼らはいつも他人の心配をしていたのか。

 

「……………………………………」

 

言葉が出てこない。だが、一夏の中には言葉にできない怒りが渦を巻いていた。彼らへ向けられたものではない。自分自身への怒りだということだけは分かる。

そんな一夏の様子を見て、ベルナージュはゆっくりと腕を伸ばす。

 

『……織斑一夏。私は既にエボルトによって殺された身だ。直接お前達に手を貸すことは不可能だが─────』

 

ベルナージュは語りながら、掌を自身の後方で踊る少女へ向ける。

そこから放たれた光が、少女を包み込んだ。

 

「おい!!何を………」

『お前の想いは理解出来る。自分の弱さへの怒り、守りたいものを守れない絶望…………私が、お前のチカラの後押しをしよう』

 

身を乗り出した一夏は光に包まれた少女の姿が少し変化するのを見て唖然とした。光は少女の体に染み込むように消えていく。

同時に、ベルナージュの姿からは逆に光が失われ始めていた。

 

『与えたチカラの使い方は、お前のISが教えてくれるハズだ。…………戦え、織斑一夏。お前の、お前が秘めた力が、エボルトへ対する希望になるだろう』

「ちょっと待ってくれ……!まだ聞きたいことが沢山ある……」

『最後に一つだけ、私が呼んだ戦士達は飽くまで助力。この世界の運命を変えることが出来るのは、この世界で生まれた存在だ。忘れるな織斑一夏…………………………………………』

 

一夏は慌ててベルナージュへ駆け寄ろうとする。だがその光の体は指先が触れた瞬間、一夏の目の前で霧散した。砂の上に落ちた赤いボトルが小さな音を立てる。

呆気に取られつつ、落ちたボトルを拾い上げる一夏の前で、砂浜がサクサクと音を立てる。気づけば、少女が一夏の目の前に立って微笑んでいた。

その2つの瞳が、一夏の顔を覗き込む。

 

「あなたは、このチカラを何に使うの?なんで、チカラを求めるの?」

「え?………うーん………………」

 

突然の問いかけに一夏は腕を組んで首を捻る。正直頭はパンク寸前だ。

ベルナージュが語った事実を整理するのに精一杯だったが、それでも何とか答えを絞り出す。

 

「皆を守るため……かな。うん。そんな感じだ」

「守る?」

「そう。エボルトもそうだし、今の世の中って男女格差だとかテロリストだとか、色々大変なんだよ。そういうヤツらから、大切な人達を守れるようになりたい……それが力が欲しい理由かな」

 

千冬姉にそんなこと言ったら「お前なんかに守られる程弱くない」とか言うだろうけどな。と付け足して笑う。

少女はキョトンとした顔をして、再び微笑んだ。

 

「じゃあ、行かないとね」

 

白い掌が差し出される。一夏はそれを握り返した。

 

「ああ。行かないとな」

 

直後、視界が白で塗りつぶされる。何も見えない中で、一夏は掌に感じていた温もりが全身を包み込むのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぜ……白式!」

 

白式の左足に追加されたスプリング状の装飾が光を放つ。直後、その純白のISは箒と福音の目の前から姿を消していた。

 

「なっ…………速い!?」

 

箒は目を見開く。その加速は「瞬間加速(イグニッション・ブースト)」とは比べ物にならない。ISのハイパーセンサーですら殆ど捕えられない、瞬間移動といっていい程の速度だった。

福音も見失ったように周囲を見回している。

 

「こっちだ!」

 

福音の背中が背後に出現した一夏が振るった雪片の刃で切り裂かれる。

迎撃の為に生やされた光の翼が刃に当たって霧散した。

福音が悲鳴のような声をあげる。

 

「キィィィォアァァァァァァァァァァッ!!!」

「気をつけろ一夏!!第二形態移行(セカンド・シフト)の影響でそいつの武装は初戦とは比べ物にならない程強化されている!!」

「分かった!ありがとな箒!!」

 

箒へ礼を言う一夏から距離をとり、翼を生み出し直す福音の頭上で赤いエネルギーが渦を巻く。

次の瞬間、太いビームのような光の奔流が一夏へ向かって殺到した。

 

「《雪羅》!」

 

一夏が鋭く叫ぶと同時に左腕に装備されていた篭手が展開し、零落白夜と同じ光で構成されたシールドを作り出す。

福音が放った攻撃はそのシールドに触れた瞬間、霧散して消滅する。

 

IS「白式」第二形態の新装備《雪羅》。簡単に言えばこれは『状況に応じて形状を変化させることができる《零落白夜》』である。

 

シールドで奔流を打ち消しながら福音へ向かっていく。福音が後退しようとするのを見て一夏は再び左足のスプリング────《雪兎》を起動させた。

こちらの装備は機動力補助のためのもの。エネルギー消費が多いのが難点だが、「瞬間加速」以上の爆発的な加速を連発することが可能だ。

その能力によって一瞬で福音の目の前まで到達した一夏は左腕をシールドから《雪羅》をエネルギーの爪へと変化させ、それを福音の胸部装甲へと突き立てる。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

一夏は背中の大型スラスターを全開にし、腕をさらに福音へと食い込ませた。

銀色の体に亀裂が走り、その奥から赤い光が漏れ始める。

長く続いていた戦いに、とうとう決着の時が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「おい、ヒゲ……」

「あぁ、気づいてる」

 

気を失っている少女達の身体を抱えながら、一海と幻徳は海面から上空を舞う白いISの姿を眺めていた。

その姿はドライバーからボトルとゼリーを引き抜いたことで元の人間の姿に戻っている。

 

「一夏……だよな。だけどあの能力は……」

「まるで桐生戦兎のラビットタンクだな」

 

幻徳は険しい顔をする。その時、一夏とは別、まだ上空に残っていた箒の纏うISが赤い閃光を放った。

一海は慌てた様子でそちらを見る。

 

「今度はなんだ!?箒か!」

「…………悪い現象では無さそうだ」

 

2人の視線の先、福音の血のような色の光とは違う柔らかな赤色の光に包まれた箒が一夏を追うように飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「うぉぉおおおおおおおおお!!!」

 

左腕を福音へと突きこみ、右腕で構えた雪片で福音から放たれる反撃を防御していく。

傍から見れば一夏が優勢、だが本人の胸中は焦りで包まれていた。

 

(エネルギー残量20%!このまま押し切れるか!?)

 

元より燃費の悪さの原因だった《零落白夜》の消費量が、2倍。さらに《雪兎》による加速の消費もあり、白式の燃費は今や最悪と言っていいレベルにまで悪化していた。

福音に突き刺さるクローの光が徐々に失われていく。舌打ちした一夏は福音から左腕を引き抜き、その体を蹴って1度後退した。

 

「くそっ…………あと少しだってのに!!」

「一夏ーーーーーーーーっ!!」

 

背後から聞こえてくる声に、一夏はギョッとして振り向く。

赤い光を纏う箒が一夏へ向かって手を伸ばしていた。

 

「受け取れ!!」

「箒!?」

 

咄嗟に伸ばされた手を握り返す。その瞬間、一夏は繋がれた手を介して熱い何かが自分の体へ流れ込んでくるのを感じた。

同時に、光を失いつつあった雪片の刀身が再び強い光を放つ。

 

「エネルギーが……回復した!?」

「説明はあとだ!!行くぞ、一夏!!今度こそ終わりにする!!」

「お、おう!」

 

充填されたエネルギーを左足の《雪兎》へと送り、腰を低くする。雪片を収納し、左足に溜まったエネルギーを爆発させる。

直後、一夏の視界が歪み────福音の姿が一瞬で迫ってきた。

 

「これで─────────トドメだァァァァァァァァァっ!!!」

 

 

《雪兎》による爆発的な加速の勢いのまま、右足を前へと突き出す。福音の腹部へとその爪先が突き刺さり、銀色の体がくの字に折れ曲がった。そのまま押し込むように福音の体ごと一夏は飛んでいく。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

福音の身体へ蹴りを入れながら、再度《雪兎》で加速する。

白と銀の2つの光が海面を切り裂くように飛んでいく。

 

「キィィィァァァァァァァァァァァァオオオ!!!!」

 

福音の背中から、無数の巨大な翼が同時に生えた。それが羽ばたくと同時に一夏は足先に強い抵抗を感じる。

 

「まだだ……!!」

 

両腕を振り上げ、その手の中に再度《雪片弐型》を呼び出す。光と共に形成されたその刀を、一夏は福音へ向かって振り下ろした。

銀色の首筋に白刃が食い込むと同時に、その刀身と傷口から白い光が溢れ出す。同時に福音の背を覆うように出現した無数の翼が全て同時に消滅した。

 

「ィィィィィ……………………ンンンン」

 

それが最後の抵抗だったのか、福音の全身の各所から放たれていた赤い光が弱まり始める。

それを見て、一夏は吠えた。

 

「ォォォォォォォオォォォォッ!!!」

 

海面を切り裂きながら走る白い流星は海岸の岩場まで到達する。銀色の天使は音速を超える速度で巨大な岩へと叩きつけられ、とうとう全ての機能を完全に停止させた。

 

「ぜぇっ…………ぜぇっ………………」

 

白式を解除し、荒い息を整える一夏の前で岩へめり込んだ銀色の機体は光の粒子になって消失し、ISスーツを身にまとった金髪の女性が糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。

 

「おっとっと、危ない危ない」

 

その顔が周囲の岩に打ち付けられる前に一夏が身体を支えた。

だが体から力が抜けてしまい、女性を支えたまま尻もちをついてしまう。

 

「……………………はぁー……」

 

ふと顔を上げると、水平線の向こうが白くなり始めていた。もうじき夜明けらしい。

膝に女性の頭を乗せたまま、海を眺める一夏。そこへ、男の声が掛けられた。

 

「福音を撃破したか、織斑一夏」

 

慌てて立ち上がろうとして、女性を寝かせていることに気づいて首だけを周囲へ向ける。

近くの岩の陰に、スーツ姿の男が立っていた。一夏へ背を向けており、顔は見えない。

 

「……まずは彼女を救ってくれた事に感謝を。大きな怪我もないようだ、きっとイーリスも喜ぶだろう。……いや、もしかしたら自分が仇を討てなかったことを悔しがるか」

「イーリス?……もしかしてアンタ、この人の知り合いなのか?」

「そんなところだ」

 

男は懐から何かを取り出し、一夏へと放り投げる。綺麗な放物線を描きながら小さな物が一夏の元へと飛んできた。

慌てて手を差し出すも尻もちを着いた状態ではキャッチすることが出来ず、それらは掌にあたると地面に落ちてカラカラと乾いた音を立てる。

 

「これは礼だ。きっと君の役に立つ時が来る」

 

そこには1本のボトル、目を覚ました時に手の中に握らされていた物とは色が違うものの、形状は殆ど同じものだ。

困惑しながら一夏は体の近くに転がったそれらを拾い上げ、マジマジと眺める。

 

「これ……一海たちが使ってる奴と同じやつだ。……なんでアンタが…………?」

「……今はまだ名乗らなくていいだろう。だが私はキミの敵ではない。これだけは約束しよう」

 

それだけ言うと男は顔だけを一夏の方へと向けた。眼鏡を指で押し上げながら、一夏の目を見つめる。

 

「………………ひとつ警告しておく。織斑一夏。敵はエボルトだけでは無い。亡国機業には気をつけろ」

「亡国機業?」

 

なんだそれ、と聞こうと手元のボトルから男ヘ視線を向ける。だが一夏の目の前から男の姿は煙のように消え失せていた。

 

「あ、あれ?どこいった?っていうか知り合いなら置いてくなよ……」

 

キョロキョロと周囲を見回す一夏。その耳に箒の声が届く。

 

「一夏ーーーーーーーー!!」

「あっ、箒!ここだーーーーーーー!!」

 

手を振って叫びながら居場所を伝える。ISのハイパーセンサーならすぐに見つかるはずだ。

箒はふわりと一夏が座っている岩場の近くに降り立つと、ISを解除して走り寄ってきた。

 

「─────死ねっ!!」

「うおおっ!?」

 

殺気を感じ、咄嗟に頭を下げる。先程まで一夏の頭があった場所を風を切り裂きながら何かが通過した。

恐る恐る顔を上げると躱された事に舌打ちしながら再びハイキックの姿勢をとる箒の姿が。

 

「待て待て待て!今俺動けないんだが!」

「言い訳ならあの世でしろ!不埒者め」

「不埒者って……この人が倒れたところを助けただけだろ!」

「問答無……………………へ?」

 

蹴りを放とうとした箒の体がぐらつき、一夏へ向かって倒れ込む。

一夏は慌てて腕を伸ばしてその体を抱きとめた。

 

「す……すまない」

「いや、大丈夫だ……」

「…………………………………………」

 

膝を名前も知らない福音の操縦者の女性の枕代わりにし、腕で箒の体重を支える。

戦闘の直後ということもあり一夏の体は割と限界だった。

プルプルと箒の体を支える腕を震わせながら、声をかける。

 

「……あの、箒さん?できれば早くどいて欲しいんですが」

「なっ……!私の体が重いという意味か!?」

「いや、違う!俺も身体が限界なんだよ!!」

 

怒る箒の顔を見ながら、一夏はどこか安心感を覚えていた。

あの、福音と戦う前の余裕のない様子はない。いつもの幼なじみの姿に安堵の息を漏らす。

箒は少し慌てて立ち上がると、ジロリと一夏を睨んだ。

 

「何をため息などついている」

「違ぇよ。……そういや、皆は無事なのか?」

「ああ。学園の部隊に救助された。ISの損傷はひどいが、みんな大きな怪我もなく、無事だ」

「そうか…………良かった」

「ああ。………………ん」

 

箒が手を差し伸べる。一夏は一瞬意図を理解できずその掌を眺めていたが、直ぐに気づくと慌てて掴んだ。

気を失った女性の体ごと、その体が引き起こされる。

箒と、女性を背中に背負う一夏はそのまま岩場を歩き始めた。

 

「………………ありがとう、一夏」

「ん?なんだ箒。何か言ったか?」

 

波の音のせいでよく聞き取れず、一夏は横を歩く箒へ尋ねる。しかし箒はそっぽを向いてしまっていた。

 

「……………………ありがとう、そしてすまなかった。……助けに来てくれた時のお前は……その、か、かっ、かっこよかったぞ…………」

 

顔をそむけたまま、箒が言う。今度こそ聞こえたその内容に一夏も照れを隠すように顔を逸らした。

二人ともそっぽを向きながら、同じ歩調で歩いていく。

朝焼けのせいか、恥ずかしさのせいか。二人とも顔は真っ赤になっていた。

 

 

 

 

「福音の撃破作戦に成功、よくやった────と言いたいところだが、規則違反は違反。学園に戻ったら反省文と特別トレーニングだ。覚悟しておけ」

「「「はい…………」」」

 

大広間で並んで正座させられている一海たちはげんなりとした顔をしていた。帰還してすぐに呼び出され、そのまま説教タイムに突入。確かに規則を破ったのはその通りだが、もう少し温情とかないのだろうか。

 

「…………だが、よくやった。全員、よく無事で帰ってきたな」

 

ふと、千冬は柔らかな表情を見せた。そして、それを隠すように背中を向けてしまう。

 

「うふふふ、織斑先生、ずっと皆さんの心配をしてたんですよ」

「山田先生」

 

ニコニコしていた山田先生が千冬の顔を見てヒッと小さな悲鳴をあげる。一海たちへは背中を向けているのでその表情は計り知れないが、きっと鬼の形相をしているのだろう。

 

「……説教はこれくらいにしておくか。各自診察を受けたあと休息しろ。以上、解散。山田先生はこれから私と浜辺に行こうか」

「えっ!?いや、私水着忘れちゃいまして〜」

「安心しろ。組手だからジャージで十分だ」

 

涙目になる山田先生を放っておき、一行はぞろぞろと大広間から退出した。

女子達はそのまま診察をしに医務室として使われている部屋へと向かっていく。

廊下に出て、部屋へ戻ろうとしたところで一夏はあ!と声を上げる。

 

「なんだ!?」

「どうした」

「いや、なんか大切なことを忘れてるような……一海と氷室に関することだったような…………」

 

突然の声に慌てた一海たちは一夏の様子に首を傾げた。

 

「俺らのこと?」

「ああ。うーん……なんだったけな」

 

悩む一夏に幻徳が声をかける。

 

「まあ疲れてるんだろう。話は一旦休んでからにしよう」

「ああ、そうだな。取り敢えず風呂でも行ってくるかな」

 

そんな会話を交わし、2人と別れ男湯へ向かう一夏。

のれんをくぐり、脱衣所で服を脱いだ際にポケットに入っていた1本のボトルの存在を思い出す。

 

「……あ、そうだ。これを聞こうとしてたんだっけ」

 

透き通った素材でできたカラフルなボトルを1つ指でつまんでマジマジと見つめる。

あの眼鏡の男から預かった物。一海たちに聞けば何か分かるのだろうか?

独り言をいいながら、しかしその内容に何故か強い違和感を感じつつ、ボトルを置き体を洗うために腕に装着されたISの待機状態であるガントレットを外す。

 

「───────え?なんだこれ」

 

白いガントレットの下、一夏の腕には見覚えのない金色のブレスレットが着けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベルナージュの口調ってこんなんだったっけ

あとサイボーグおじさん本格登場はしばらく先になると思います


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