Listen to my song, again. (いつのせキノン)
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頭痛

※「憑依」「ガールズラブ」のタグは直接的な表現が出てくるかは微妙ですが一応付けています。
※「憑依」→厳密には憑依ではないため、作者本人も迷ってるところ。客観的に見れば憑依と見ることもできるので付けてる。
※「ガールズラブ」→主に393あたりで引っ掛かりそうだったので。





記憶を引き継いだ2周目の響が、悩みながらも歌を紡ぐ物語


 

 ここ最近は頭痛が酷い。

 ほぼ毎日、同じ時間、決まって頭全体を締め付けられるような痛みがする。

 未来(みく)だけじゃなくて、他の友達にも心配されるくらいに、いつもいつも頭痛に悩まされる。

 流石に病気なんじゃないかとお父さんやお母さんも心配になり病院で診てもらったけれど脳に異常はなし。血液もサラサラで血管の病気などもなく、むしろなぜ頭痛が頻繁に起こるのかわからないほど。

 疲労や寝不足かもしれない、と一応言われたけれど、寝不足はないだろう。だって毎日10時くらいには寝ちゃうし。

 疲労……はどうなんだろう。人並みに運動はしてるし、疲れやすい体質でもない。

 

 とまぁ色々とあったけど、結局のところわからずじまいのまま過ごしてる。

 痛み止めの薬を毎日飲むようになったのと、一月(ひとつき)に一回通院するようになったのが最近変わったことだ。原因が全くの不明でかなり心配されてるらしく、近々大きな病院や海外の病院とかも紹介される、みたいな話をされた。

 すごいなー、とは思うけど、お金かかるんだろうなー、と子供心ながらにそんなことを考えた。お父さんとお母さんには無理しなくてもいいよ、と伝えたけれど、響のためだから、と2人は笑ってくれた。ありがとう、とわたしは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日のこと。

 わたしと未来(みく)は多くの人でごった返す広場にやって来た。

 なんと、今日は人生初のライブ!! しかも今をときめく日本の歌姫たち、ツヴァイウィングのライブだ。未来(みく)がチケットを当てたらしく、わたしと一緒に行きたいと誘ってくれたのだ。

 特に音楽界に興味がないわたしでもツヴァイウィングはよく知ってる。まさに国民的なシンガーたちだ。そのライブに行けるなんて、多分今後の人生ではもう経験できないだろう。天羽奏さんと風鳴翼さんのユニットはそれ程までに大人気なんだ。もうここにいるのが奇跡ってくらい。

 未来(みく)と一緒に待機列に並べば、正面に大きなアリーナが見える。根本から上に向けて、花弁みたいに広がっていく扇状の形をした、歌を歌うためのアリーナだ。ツヴァイウィングのホームアリーナとしても有名であり、近未来的なデザインが評価されてる、と聞いたことがある。

 隣の未来(みく)と手を繋いで「楽しみだねー」なんて他愛もない話をしながら待つ。

 

 不意に、また、ズキリと頭痛がした。

 

 変だ。今日はまだいつもの時間じゃないのに……。

 

「――響? もしかして、また頭痛?」

 

 心配そうに未来(みく)が覗き込んできた。大丈夫、気のせいだよ、と返す。

 

「ホントに? 無理しちゃダメだからね? 具合悪くなったらすぐに言ってね、我慢しちゃダメだからね」

 

 念を押すように顔を近付けてくる未来(みく)に「ありがとう、大丈夫」と落ち着くように告げた。

 事実、もう頭痛はない。気のせいみたいに、綺麗さっぱり。

 

 それを読み取ってくれたのか、未来(みく)もいつもの笑顔に戻ってくれた。

 

 全く、こんな時に限ってやってくれるな、とわたしはアリーナの方を仰ぎ見た。

 なんで、そっちを見たのかは本当にわからなかった。

 

 けれど、なんとなく。アリーナを見上げる光景に、変なデジャヴを感じていた。ここに来るのは、初めてのはずなんだけどね。

 

 

 

 

 

 あれから会場に入ってからも時折頭痛がしたけど、努めて顔に出さないようにした。そうしないと未来(みく)に心配をかけちゃうから。せっかく2人で楽しみにしてたライブなんだから、嫌な思い出は作りたくない。それに、我慢できる痛みだった。

 

 ライブ前、トイレで隙を見付けて即効性の頭痛薬を飲んでおく。

 段々と、頭痛の頻度が狭まってきてる。そんな気がした。心なしから痛みも増してきているような……。

 

 いやいやいや、気のせい気のせい。良い時に限って変な方向に思考が回っちゃってるだけ、思い込みだ。

 

 へいき、へっちゃら。

 

 このくらい、ライブで盛り上がれば終わる頃には忘れてるはずだ。

 

 顔を洗って気合を入れ直して、自分の席へ戻った。

 

 

 

 

 

 ライブが始まった。

 

 それはもう、見事、素晴らしい、エクセレント!!

 ああ、これがライブなんだと感動した。何度も襲ってくる頭痛すら気にならなくなるほどに、ツヴァイウィングのライブは心を動かされた。一目惚れ、みたいなものかもしれない。

 ツヴァイウィング。2人で一対の翼を成すユニット。力強いサウンドと歌声が、わたしを魅了する。

 テレビでしか聴いたことはなかった歌だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 すごい、すごい、すごい!!

 

「すごいね、未来(みく)!!」

 

 思わず、わたしは隣で一緒にサイリウムを振っていた未来(みく)に言った。未来(みく)も満面の笑みを浮かべて大きく頷いてくれる。

 良かった、未来(みく)と一緒に来れて。

 

 ――――痛い。

 

 もう二度と来れないかもしれないツヴァイウィングのライブ。

 

 ――――頭が、痛い。

 

 一番の親友と来れたというのは、何よりもわたしの宝物だ。

 

 ――――嗚呼、この後は、確か……。

 

 大切にしよう。そうだ、後でグッズを買って、一緒に記念撮影もしないと!!

 

 ――――ノイズ、が。

 

 ああでも、次の曲もあるんだ。それにプログラムもまだまだ序盤、終わった後のことは終わってから考えればいいんだ。

 

 ――――逃げないと。

 

「――――響? ねぇ、響、大丈夫!?」

「あ…………え?」

 

 ハッと未来(みく)の方を振り返った。

 今は1曲目が終わったところ。ツヴァイウィングの2人がオープニングトークを始めようとしているところ……。

 

「響、すごく顔色が悪いよ。頭、痛いんだよね?」

 

 顔に、出てたのだろうか。

 痛い。頭が、ものすごく痛い。

 何も考えたくない。

 手すりに捕まってるから平気だけど、あまりに痛くてロクに動けそうになかった。

 

「すぐに、医務室に――――っ!?」

 

 その時だった。

 轟音と共に足元が揺れて、2人揃って手すりに掴まった。

 

 ――――嗚呼、やっぱりそうだ!!

 

 頭が痛い。

 

 耳をつんざく悲鳴が聞こえる。

 

 爆発音。コンクリートや鉄筋が崩れる音。泣き叫ぶ人の声。怒号。悲鳴。雑音(ノイズ)

 

「っ、未来(みく)っ……!!」

「だ、大丈夫、大丈夫……」

 

 ぐらぐらと視界が揺れてる。これは、めまい?

 

「逃げよう、響!! 私が支えるから……!!」

 

 ――――ノイズが来る!!

 

 眼下、アリーナの中、1階席。

 地面を突き破って奴らが出てくる。

 

 認定特異災害、ノイズだ。

 

「ノイズ!? なんで、こんなに……っ!?」

 

 未来(みく)も見つけたらしい。

 逃げ惑う観客たちに、ノイズが襲い掛かる光景が見える。

 

 人が、炭素となって、死んでゆく。

 

 ――――助けなきゃ……ッ!!

 

 助ける? どうやって? 触れもしないのに?

 

 ――――できる!!

 

 無理だ。頭が痛い。今にも倒れそうなくらい。

 

 ――――わたしには、歌がある!!

 

 足元が覚束ない。立ってるのがやっとだ。

 

 痛い。痛い。痛い。

 

 頭が、痛い。

 

 

 

 

 

【――――Croitzal ronzell Gungnir zizzl――――】

 

 

 

 

 

 ――――その声をわたしは久しぶりに聴いた。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 ふと、わたしは視線を上げた。

 

 そこには、眩しい背中があった。

 

 ――――ガングニールのシンフォギア装者、天羽奏。

 

 天羽奏。ツヴァイウィングの、1人。

 なんで? 彼女は、何を?

 

 ――――翼さんも、戦ってるッ!!

 

 歌が、聴こえる。

 天羽奏も、風鳴翼も、ノイズと戦っている。

 なにか(シンフォギア)を纏って、戦っている。

 

 あれは、なに?

 

 …………あれは、()()()()()()

 

 ――――そう、シンフォギア。

 

 なぜ? わたしは知らない。けど、知っている。

 

 頭が痛い。

 

 流れ込んでくる。

 

 知識。経験。記憶。

 

 頭の奥の、そのまた奥の、ずっとずっと奥の方。

 

 天羽奏、風鳴翼、二課、ノイズ、聖遺物、ネフシュタンの鎧、ソロモンの杖、デュランダル、フィーネ、カ・ディンギル、雪音クリス、ルナ・アタック、

 

 ――――シンフォギア。

 

 

 

 

 

「ぐぁあッ!?」

 

 その呻き声に、現実に引き戻される。

 

 奏さんが、ノイズに弾かれて吹き飛ばされる。

 シンフォギアがボロボロになっている。あちこちにヒビが入っていて、手にするガングニールも崩壊寸前。

 

 ()()()()()()()()

 

 じゃあ、どうする?

 

「おい、早く逃げろ!! ここはあたしが――!!」

 

 ノイズが来る。奏さんがガングニールで応戦。波状攻撃が来る。

 嗚呼、それじゃあダメだ。それでは、防げない。

 

 バキッ、と。ガングニールが欠ける。破片が吹き飛ぶ。

 

「しまッ――――!?」

 

 ズッ、と。胸が、赤く、染まる。

 

「ぁ――――」

「――――響ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!!」

 

 ガングニール……聖遺物……。

 

 全部、わかる。

 

 わたしの胸に、ガングニールの破片が、突き刺さった。

 

 頭痛は、もうしなかった。

 

 ――――立たなくちゃ……。

 

 そうだ、立て。立つんだよ、立花響。

 

「くそっ――!!」

 

 奏さんが、泣きそうな顔で駆け寄って、わたしを抱き起こしてくれる。

 未来(みく)が顔をぐちゃぐちゃにして、何度も名前を呼んでくれる。

 

 ――――あったかいなぁ。

 

 ああ、あったかい。とても、とても。

 全然、寒くなんてないんだ。

 

 ()()()を、思い出す。

 

 死に掛けていたわたしに声をかけてくれた、奏さんの言葉。

 

「生きることを、諦めんなッ!!」

「……生きる、ことを……諦め、ない……」

 

 嗚呼、確かに、奏さんだ。

 そして、奏さんだから、わかる。

 わたしは、嫌なほど、知っている。

 

 前方にはノイズの大群。既に逃げ道はない。

 ノイズを蹴散らす他に手はなくて。

 

 そのためには、歌うしかない。

 

 奏さんが、命をかけて……。

 

「――――こうなったら……、」

「…………ダメ、ですよ、奏さん……絶唱、は……」

「ッ!?」

 

 奏さんは、歌う気だ。絶唱を使う気だ。

 あの時みたいに。全力で、迷わず。他人だったあの時のわたしを、助けた時のように。

 

「絶唱、使ったら……死ん、じゃい、ます……それは、ダメ……つばさ、さん、泣い……ちゃう、から……」

 

 ――――今なら、まだ間に合う!!

 

 ああ、そうだ。まだ、間に合う。

 

 なぜなら、

 

 わたしの胸には、

 

 ()()()()()()!!

 

「ガン、グ……ニール……力を、貸して……ッ!!」

 

 わたしに力を!!

 

 皆を助け出す力を!!

 

 悲劇を吹き飛ばす、強い力を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――――Balwisyall Nescell gungnir tron――――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っててください。わたしが、皆を、助けてみせます」

 

 

 

 

 

 

 



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不安

 

 アリーナに、静寂が訪れた。

 

 ノイズはわたしと翼さんで殲滅。

 シンフォギアがもうボロボロな奏さんも未来(みく)も無事。

 

「……良かった」

 

 大切な人を守れた。まずは安堵する。

 

 けれど、守れなかった人たちもいる。

 そこら中に落ちている煤の山を眺めて、わたしは口をつぐんだ。

 

「お、まえ……シンフォギアを……、」

 

 ふと後ろから声がして振り向けば、奏さんがわたしを見て驚いた表情をしていた。その傍らにへたり込む未来(みく)も同じように目を見開いてポカンとしている。

 無理もないよね、と思う。シンフォギアは適合者しか纏えず、本来ならわたしはただの一般人でしかないから。

 それに、ガングニールはまだ奏さんが纏っている。混乱するのは普通だ。

 

 だから、名乗る。

 

「……初めまして、天羽奏さん。わたしは、立花響です。聖遺物ガングニールとの、融合症例第一号……」

 

 胸に手を当てる。空いた穴はすっかり無くなって、僅かな傷が見えるだけ。あの重傷も治っていた。

 

「奏っ!!」

「あ、あぁ、翼……、」

 

 翼が走ってくる。真っ先に奏さんの元へ駆け寄り、「大丈夫っ!?」と支えた。

 

「いや大丈夫だ。立てるよ、翼。それよりも……、」

「っ」

 

 奏さんと翼さんがわたしの方を見てくる。

 その目には困惑が色濃くて、また翼さんは警戒と敵意が混じっていた。

 

 …………少し、つらい。

 

「……立花響って言ったっけ。あたしは天羽奏だ。よろしく。それと、ありがとな」

「へっ?」

 

 けれど。

 奏さんは、すぐに人の良い笑顔を浮かべて手を差し出してくれた。それが握手を求めてるものだと気付くまでかなり時間がかかった。

 

「? 何を驚いてるんだ。助けてくれたんだし、礼くらい言うのがマナーってものだろ」

 

 そう言って、奏さんはわたしの手を取ってくれた。嬉しそうに強く握ってくれて、少し痛い。

 

 けど、悪くない。そう思う。

 

「奏、その人は……知り合い、じゃない、のよね……?」

 

 奏さんの後ろから、翼さんが恐る恐る覗き込むように出てきた。

 ……なんだろう、()()()が知ってる翼さんよりオドオドしてて、少し可愛い。

 なるほど、奏さんと一緒の翼さんは、こんな一面も持ってたんだ。そう理解して、よくわからないけど得した気分になった。

 

「たった今知り合いになったけどな」

「初めまして、風鳴翼さん。立花響って言います」

「え? あ、えぇ、初めまして……、」

 

 歯切れが悪いけど、翼さんから敵意は無くなったように見える。きっと奏さんが対応してくれたから、だと思う。

 

 さて、2人には取り敢えず挨拶をしたところで、と。

 

未来(みく)、怪我はない?」

「……響……、」

 

 座ったままの響の前にしゃがみ込んだ。

 うん、怪我はないみたいだね。良かった良かった。

 手を差し伸べて立たせるけど、まだ状況について行けてないのか上の空で困惑している。

 

「もう大丈夫だよ、未来(みく)

「っ……、」

 

 だから、わたしはそっと未来(みく)を抱き寄せた。しっかりと、背中に手を回して、もう怖くないよって。

 一瞬だけ、ビクッと震えた未来(みく)だけど、それからすぐに、わたしに抱き付いてきた。

 

「こわかった……こわかったよ……」

「うん、うん……」

 

 耳元で震えた声がする。

 優しく背中を撫でて、大丈夫だよ、怖くないよ、そう語りかける。

 

 わたしがついてるから、守ってあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動は一応の終息という形に。

 自衛隊員たちがアリーナへと駆け込んできて瓦礫や煤の撤去を始めた。

 

 わたしと未来(みく)は離れた場所で待機し、作業をボーッと眺めていた。奏さんや翼さんも近くで休んでいて、もうシンフォギアは解除してある。

 わたしの身の上話とかは基地に戻ってからということにした。やっぱり色々と大人の人たちがいてくれた方が都合がいいのだ。

 

 そうやって、誰が何を話す訳でもなく静かな時間が流れて。やがて数人の黒服たちが近付いてくる。どこか見覚えあるなぁ、と思えば、やはり特異災害対策機動部二課の人たちだった。どうやら迎えらしい。

 

 装甲車に乗せられ本部へ向かうこととなった。無理を言って未来(みく)も同じ車両に乗せるようにしてもらう。流石に精神的に疲弊してる未来(みく)を1人にはさせられなかった。

 

 移動時間もそうかからず、到着したのは私立リディアン音楽院高等科の校舎の裏口。やっぱりこの地下に二課があるみたいで記憶どおりだった。

 

 昇降機に乗って強い慣性を感じながら地下へ降りていく。

 窓から見える幾何学模様のような、よくわからない文字や絵が描かれた壁。やっぱり、記憶と合致する。

 ということはフィーネが月を破壊し『バラルの呪詛』を解こうとしていることもわかる。そのためにノイズを使い、多くの犠牲者を出すことになるのも……。

 止めなくちゃいけない。

 それが例え叶えたい夢であっても、他の誰かの命を奪ってまでするのは絶対に間違ってるから。

 

 けれど、どうすればいいんだろう、と思う。

 わたしの記憶には『ルナアタック』として事件のあらすじがわかる。

 けれどそれはあくまで当時の()()()が行動した記録で、そして天羽奏という存在が無かった時代の場合。

 

 既に歴史は分岐を始めてる。

 

 けれど、まだ大筋が変わった訳ではない。

 

 でも、と思う。

 

 一番わたしが心配しているのは、わたしと未来(みく)の生活だ。

 

 ライブでの事件は間違いなく起こり、わたしたちは生き残った。

 それなら、きっと世論は()()()が覚えている通りに動くだろう。生存者と、その関係者へのバッシング、迫害行為が。

 

 わたしは…………まぁ、大丈夫じゃないけど、記憶と経験によれば何とかなってる。

 

 しかし未来(みく)は違う。

 ()()()の記憶では、未来(みく)はこのライブには家の都合で来れなかった。そして、()()()だけが事件に巻き込まれて生き残り、いわれのない誹謗中傷を受けた。

 今回、未来(みく)も一緒にライブに来てしまって、生き残った。そうなれば例外なく、未来(みく)も、その家族も、非難の的になってしまう。

 

 家族が、壊れてしまう。

 壊れる保証はないが、逆に壊れない保証もない。

 家族がバラバラになってしまうことのつらさは、誰よりもわかる。わたし自身のものじゃないけど、()()()は知っている。

 

 だから、未来(みく)を守らなくちゃ。

 わたしの家族も、未来(みく)の家族も。

 

 

 

 

 

 一応のバイタルチェックや応急処置などを済ませ、司令室まで通される。

 待っていたのは案の定風鳴弦十郎さん――師匠だ。わたしの師匠、とはまた違うんだけど。

 背丈が大きくて、ガッシリした筋骨隆々の肉体。本当に日本人なのかと思うくらい鍛えられてて、初見ではビビるに違いない。現にわたしの隣で未来(みく)がちょっと怯えてて、わたしの手をさっきよりも強く握ってきた。

 

 ……了子さんは、見当たらない。

 

「ようこそ、特異災害対策機動部二課へ。新たな装者を歓迎しよう」

 

 そう言って師匠は力強く笑ってくれた。厳ついのに人懐っこさを感じる、優しさが裏付けられた笑みだ。

 

「聞きたいことは山積みだが、まずは我々二課のことについてから話すとしよう。それと、一般人への対応についてもな」

 

 一般人、というのは未来(みく)のことだ。本来なら現場で機密保持のために契約書にサインして返されるんだけど、わたしの友達でかつ行動を共にしていたとこから無理を言って来てもらった。

 これも全て、未来(みく)にわたしのことを教えたかったから。未来(みく)に隠し事をしたくなかったから。

 苦い記憶が自分のことのように思い出せてしまって、思わずに顔に出そうになるのを努めて我慢する。

 

 

 

 これから話す内容は国家機密に関わることであり、それを秘匿する義務を負うことを契約書にサインして説明が始まった。

 その内容は()()()が知っていることと全て合致した。

 とある聖遺物の暴走、それに伴う作為的なノイズの発生による被害。二課の存在意義と保有する力――シンフォギアについて。

 ()()()の記憶ではネフシュタンの鎧が、ツヴァイウィングの歌によるフォニックゲインの高まりで暴走シたとある。その暴走が意図的に起こされたことも。ネフシュタンの鎧については伏せられたけど、状況的に見て間違いないはずだ。

 

 記憶と相違がないか確認しながら話を聞いて、時折隣に座っている未来(みく)を見やる。やっぱり少し混乱気味で、全部を理解してる訳ではないように思える。

 まぁ、そりゃそうだろうなぁ、と。()()()も最初は理解できなかったし。

 

 説明を聞き終えて、()()()の記憶との比較も終わって一息つく。相違ない世界で安心した。

 

 話は一区切りとなり、次はわたしの話となる。

 なぜわたしがシンフォギアを纏えるのか、なぜわたしがシンフォギアについて知識を持っているのか。

 あらかじめ未来(みく)は何も知らないことを前提に話すと告げて、わたしは口を開いた。

 

 ただし、その大部分をぼかして伝える。

 

 シンフォギアを纏えるのは、今も心臓に刺さっているガングニールの破片によるもの。奏さんに絶唱を止めるように告げたのは、その時既に胸のガングニールから知識が流れ込んできた、ということにしておく。

 流石に自分でも、なんで突然見たこともない聞いたこともない未来の知識などが流れ込んできたかはわからないし、説明のしようがなかった。

 それまでに頭痛があったことも伏せておく。多分、この()()()の記憶が流れ込んできたことに関連するのだろうけど、既に治まった以上は気にしても意味がないから。

 

 わたしが特別という言い訳は、ガングニールの欠片でシンフォギアを纏えるというところから十分通用する。これからはどんどん活用させてもらう所存だったり。

 

 あと、戦闘中の武術については「飯食って、映画見て、寝る!!」って言っておいた。全ての()()()の経験はそこから来た訳だし、師匠も「よくわかってるじゃあないか!!」と笑ってくれた。やっぱり師匠は師匠だった。

 

 奏さんと翼さん、あと未来(みく)は顔を引きつらせてたけど。

 

 最後は、わたしの処遇について。二課からすればやはり、シンフォギア装者はノイズへの対抗策として喉から手が出るくらいには欲しいみたいで、力を貸してほしいと言われた。

 けれど、わたしはまだ中学生で、この近くに住んでるわけでもない。

 記憶によれば、リディアンに通っている2年後であれば全然問題はなかったのかもしれないけど、今はまだ地元にいた方がいいのかもしれない。

 

 ……あ、そっか。既にここでわたしが二課に接触してる以上、何かしら変わってるのかもしれない。もしかしたらルナアタックが早まる可能性も……。

 

 だとしても、わたしは考えるのが苦手だ。身体を動かす方が性に合ってるし、多分対抗策なんて思い浮かばない。一応、考えてはみるけど……自虐だけど望み薄だ。

 

 取り敢えず、保留にさせて下さい、と伝えた。これからどうするのか、ちゃんとお父さんやお母さんと話し合いたいし、未来(みく)とも2人で話しておきたい。

 

 

 

 

 

 解放されたのは夜になってから。家へは車を出してくれるとのことでお言葉に甘えることにした。

 と言うか、近場の公共交通機関が軒並み運転を見合わせていて帰れなかった。送ってくれるのならそれに越したことはない。

 しかし周辺地域も道が混雑していて、やはりアリーナでの事件がかなり大きな混乱となっていることがわかる。

 ()()()は病院に運び込まれてそのまましばらく外に出れなかったからわからなかったけど、こんなことになってたんだ。

 

 行きよりも長い時間車に揺られ、気付けば未来(みく)と一緒に寝落ちしていた。目が覚めたのは未来(みく)の家の前についてからだった。

 

 休み明けに学校で、と未来(みく)と別れて、車の中で1人考える。

 

 …………これから、地獄のような日々が始まるのかもしれない、と。

 

 すぐには来ないだろう。

 けれど、あと2年。中学校を卒業するまでに何も起きないとは、とても考えきれなかった。

 

 

 

 

 

 



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役目

 

 案の定、ライブ会場での惨劇を生き残ってしまった人への風当たりは強くなってしまった。

 ただまぁ、予想してた通りで狼狽する程のことでもなかったり。

 事前にできうる限りの対策は施して、お父さんやお母さんにもわたしが無事ということはあまり口にしないよう告げた。これで、少なくともお父さんやお母さんの仕事がなくなることはない……と、思いたい。

 記憶を掘り返すまでもなく、お父さんやお母さんは立派な人だ。()()()が好きだったように、わたしもお父さんを嫌いになんてなれる要素がないくらい、良くできた父親だ。

 

 風当たりは強くなったが、わたしが入院しなかったおかげか無駄にヘイトを溜めることはなかったらしい。

 知識と経験の中にあるいじめだとか家に落書きをされたりだとか、そういったことはまだ起こっていない。

 起こってないだけでこれからある可能性がなくもないけど、取り敢えずもうしばらくは大人しくしてれば下火になる……ハズ。なってくれ。

 

 学校では、わたしと未来(みく)から露骨に人が離れた。

 ちょっかいを出しに来た子はいたけれど、そこは伊達ではない経験と知識の使いどころ。然るべきとこに報告させてもらう、と言えば万事解決だ。こうなることを予測してたからこそ、事前に嫌々ながら詰め込んだ知識が役に立った。勉強ってすごい。でも二度とやらない。知恵熱出て寝込むかと思った。

 けどまぁ未来(みく)のおかげというのもある。独りじゃないっていうのは心の支えになるし、頭の方に関しては未来(みく)の方がよっぽどいいので頼りになる。持つべきは親友だね、ってどっかの映画だったかドラマだったかであった気がするけど、まさにその通り。恵まれた環境と親友に感謝だ。

 

 

 

 ……最近、未来(みく)に「……響って、ちょっと腹黒くなってない?」と言われた。

 そして、言い返せなかった。自覚したくないけど、自覚しかけてる。

 普通なら中学生が加害者に対して「然るべきとこに報告させてもらう」とか言わないよね、と。

 

 いやいや、これは正当防衛、正当防衛だから……。むしろ当然の権利でしょう。

 確かに、権力に縋ってる感じはあるから心象は良くないかもしれない。

 

 …………けれど、仕方ないことだと割り切ってしまっている自分がいる。

 

 真っ向から、いじめに意味はないって言い返すことだってできた。

 だけど、それは相手にとって不愉快になるだけの言葉。いじめがエスカレートするのは目に見えてるし、そうなったら未来(みく)や家族まで巻き込んでしまいかねない。

 

 ……家族を引き裂かれてしまう痛みを知ってるから、わたしは行動した。

 わたしは、()()()が経験したあの痛みが何よりも怖い。

 底が見えないくらいに、思い出したくない感情。

 一度経験したからと言って、絶対に耐え切れる自信がわたしには無かった。

 

 未来(みく)には「ごめんね」と謝った。皆が幸せになるためには、これしかないと思ったから。

 未来(みく)は「いいよ」って笑ってくれた。わたしが、一笑懸命だから、守ろうと頑張ってくれてるから、そう言ってくれた。

 とても、嬉しかった。その言葉を聞いて報われる。

 まだ頑張れる。へいき、へっちゃら。未来(みく)が隣にいてくれるなら、全然怖くないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしの新たな生活リズムに、月一で二課へ顔を出すことが加わった。

 二課へ誘われてはいるけど、その話は先延ばしにしてもらった。

 少し早いけど、高校はリディアンに行くことを決心したからだ。ちなみに、未来(みく)も一緒。

 未来(みく)はピアノと、あとは部活で陸上をやってる。すごく脚が速くて体力もあるんだ。

 けど、しばらくタイムが伸び悩んでいて、未来(みく)自身そろそろ辞め時だと思っているみたいだった。

 辞めるかどうかは未来(みく)次第。わたしは、未来(みく)のしたいことをすればいいと思うよ、と言った。

 

 ちなみにわたしはインターアクト部っていう、ほぼ社会貢献活動のためのボランティア部のようなとこに所属してる。

 

 相談に乗って、そのあと未来(みく)はピアノの道に進むことを決めたらしい。だから、リディアンへと行くことを決めた。

 わたしは……まぁ打算もある。二課のことや、シンフォギアのこと。記憶から、やっぱりリディアンには行くべきだと思う。

 あとは、やっぱりツヴァイウィングかな。わたしが入学する頃には奏さんは卒業だけど、翼さんとは1年被る。是非ともお近づきになりたいところだ。

 なにせ、ファンである。記憶で何度も語らって、戦友となった身であることは重々承知。

 されど、まず第一にファンである以上は学園生活を共にするというのもまた……いい。今度こそ、記憶にあるテンパってしまったアレをリベンジしたい、と()()()は決意するのであった。

 

 

 

 

 

 とまぁ何だかんだと、少し変わった日常を過ごしている。

 ライブの惨劇から半年が経って冬になったけど、その間に実戦でシンフォギアを纏うようなことは起こらなかった。つまり、フィーネはあのライブ以降行動を起こしていないということになる。

 

 この世界でのフィーネは、やはり了子さんなのか。

 何度か二課へ通ううちにかなりの頻度で顔を合わせたけれど、了子さんはどこからどう見ても普通の了子さんで、やっぱりフィーネとは思えなかった。疑うのは、心が痛い。

 ()()()はまだ、了子さんを信じているみたいだから。

 

 わたしが()()()の記憶を見るとき、それは確かに自分のものとして認知できるんだけど、同時に時系列順に並べられた本棚から任意の記憶を取り出すようにも思えた。つまり、他人の記憶を覗いている感覚だ。

 そして記憶を視れば見るほど、わたしは()()()に染まっていく。わたしが()()()と混じってゆく、そんな気がする。

 

 

 

「――――浮かない顔してんな?」

「はぇ?」

 

 二課の会議室でのブリーフィングが終わってボーッとしてると、横あいから声がかかった。

 自分でも間抜けだなって思う腑抜けた声を出しながら首を巡らせると、薄く笑みを浮かべた奏さんがいた。

 思わず、緊張してくる。奏さんと接するのは記憶や経験になく、その全てが初めての体験。

 何が失礼なのか、喜ばれるのか、手探りにやっていく感覚は緊張感を加速させる。

 

「い、いぇ、すみません……答えのない問題……悩みに、直面してる、といいますか……あはは、自分でもよくわからなくって……」

 

 歯切れ悪く、しどろもどろになりながら返した。

 

「んー、課題とかそういう悩みとは別っぽいな。もしかして、シンフォギアとかそれに関連する?」

「……いえ……たぶん、自分の問題、だと思います……言葉にするのが難しくて……」

「ブリーフィングも上の空っぽかったしね。よし、ここは先輩が話を聞いてあげようじゃあないか」

 

 翼ぁ、と奏さんは資料を片付け終わって出て行こうとしていた翼さんを呼び止めて手招き。翼さんが不思議そうな表情でやって来た。

 

「どうしたの、奏」

「いやなに、1つ後輩の役に立とうじゃないかってね。響が悩んでるから、先達からアドバイスでも」

 

 いいだろ? とニカッと笑っていう奏さん。

 翼さんは一度こっちを見て一瞬考え込み、「まぁ、いいけと……」と近くの席に腰を下ろした。

 いやはや、お手数お掛けします……。

 

「それで、立花の悩みとは?」

「今から聞くとこ。で、響は何に悩んでるんだ? 抽象的でもいいから話してみると案外気が楽になるぞ」

「えっと、いいんですか……? ご迷惑では……」

「気にすんなって。むしろ、そこまで表情に出てるとあたしが気になるんだ。芽は早いうちに摘んどくに限る、だろ?」

 

 まぁ、合理的な話だと思う。

 翼さんは「奏がそう言うなら……」と傍観的なスタイルを貫くらしい。

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えさせてください……」

 

 そこからポツリポツリと、わたしの表現できる言葉で、()()()の記憶のところなどはぼかして話し始めた。

 

 

 

 例えばの話。

 

 突然、夢でも見たことがないデジャヴを感じるようになる。

 初めての場所、初めての体験、初めてだらけのこと。わたしはそこでこのデジャヴが何なのかを考える。

 気のせいで片付けるには妙に馴染み過ぎていて。自分の記憶とするにはあまりに突然で受け入れられない。

 では、このデジャヴは何なのか。誰のもので、()()()()()()()()()()()()()

 わたしはそれを知っていて、()()()はそうだと納得させてしまう。

 なにせ、この身体は()()()だ。()()()の記憶が他人のものな訳がない。

 だから、わたしは()()()なのだ。いや、わたしが()()()となるのだ。

 

 じゃあ、わたしはどうなる?

 ()()()になってしまったら、これまでのわたしは、消えてしまうのか。

 

 ふと、考えたことがある。

 

 そして、わたしは酷く寒気を覚えた。指先が冷たくかじかんだ。

 

 確かにわたしはここにいるのに、気付けば()()()しかいなくなっているのかもしれない。

 けれど、わたしはそれに違和感を抱かないし、抱くはずもない。

 ()()()はわたしだ。だったら、何も間違ってない。

 

 

 

「――――予想以上に哲学的だな」

 

 奏さんは一通りわたしの話を聞いてそう言った。

 

「響は、不安を感じてるんじゃないか?」

「不安……はい、そう、だと思います」

「そうだな。じゃああたしの個人的な見解を述べるとすれば、響が感じる不安、反対に正当性。どっちも正しいモノなんじゃないかな」

 

 矛盾。それを奏さんは肯定する。

 

「自分が自分でなくなる。そのことに違和感を抱けないことに違和感がある。これでいいのか、後悔しないのか。響が感じる不安はそんなところなんじゃないかって、あたしは思う」

 

 自分が自分でなくなる。その言葉を反芻してぼんやり考えた。

 

 あの頭痛が来たとき。既にわたしはわたしでなくなったのかもしれない。

 

「聞いといてアレだけど、そっから先は響の問題だな。二重人格かそうじゃないかなんてわかんないし、本人が自覚するってのも妙な話だ。響自身、自分が二面性であるなんて微塵も思わないだろ。だったら、響は響さ。何を経験しようと、感じようと、それらに対峙して飲み込んでくのは響だからな」

 

 

 

 

 

 二課から出た後は送りの車に乗せてもらう。

 

「…………………………………………」

 

 奏さんの言葉をぼんやりと思い出す。

 わたしは、わたし。全てはわたしが生きていくこと。

 

「……今度、未来(みく)にもちょっと相談してみようかな……」

 

 明後日からはまた学校。冬休みも近い。

 休みに入る前に、未来(みく)にも言っておきたかった。きっと未来(みく)なら、話を聞いてくれるかな、なんて。ワガママな考えをする。そうだと、いいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏は、立花のことを気にかけるのね」

 

 会議室を後にする道すがら、隣を歩く翼からの言葉に奏は不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたんだよ、翼。やぶから棒に」

 

 本当に急な話だな、と奏は小さく呟いた。

 

 立花響とは月一回顔を合わせる程度だが、知り合ってから既に半年以上が経過している。

 巻き込んでしまった結果とはいえ、特異な融合症例であり、かつ、同じシンフォギア装者でもある。月一の戦闘訓練でも度々共に動き回っているのだから、ただの顔見知りともいえない間柄だ。

 

「……その、相談に乗ってあげたりとか、色々してるし……」

 

 普段は凛とした佇まいをしており、ゆえにファンが多い翼なのだが、今の彼女はどこかオドオドしていて乙女のようだった。少しうつむき加減に、お腹の前で組んだ手の中で指をつんつんとさせている。

 

 もしやこれは、と。奏はニタニタとおもちゃを見つけたような人の悪い笑みを浮かべ始める。

 

「……翼、もしかして構ってもらえなくて嫉妬してる?」

 

 と、言った途端、翼はバッと勢いよく顔を上げて隣の奏を凝視。パクパクと口を金魚のように動かして、だんだんと顔も真っ赤になっていく。

 

「ちっ、ちがっ、そんなことはなくって……っ!!」

「えぇ〜ほんとにござるかぁ? 翼ってばいつもあたしにベッタリだしさぁ〜」

「ぁ、う……っ」

 

 うりうり〜、と肘を当ててやると、図星らしく「ぁぅぁぅ……」と鳴くばかり。

 ファンの前では絶対に見せない、翼と奏の仲だからこそ見せてくれる表情だ。相棒の実に乙女ちっくな反応に、奏は大満足だと笑い、頭を撫でてやった。

 

「可愛いなぁ、翼は。……大丈夫だよ、翼はあたしの相棒だからな。響にかまけて放置なんてしないさ」

 

 なだめるように、姉のように、優しい声音でサラサラとした髪を優しく撫でてあげる。こうすると翼が落ち着くことをよく知っていた。

 

 ここで言っておくべきか。

 奏は一瞬考えて、ちょうどいいと口を開いた。

 

「……あたしさ、ずっと思ってることがあるんだ。言ってもいいか?」

「……奏の言う事なら、受け止める。それが、相棒の役目だから」

 

 翼はしっかりと頷いてくれる。ありがとう、と奏は礼を告げる。

 

「……あたしさ。響を巻き込んじまったって思うんだ。あのライブの時、逃げ遅れた響や小日向を守らなきゃって思って……けど、あたしがLiNKERを使わなかったから、ガングニールが砕けて、響は装者になった……」

 

 ノイズから一般人を守るのは装者の役目だ。だから、あの時奏は響たちを捨て置くことなんてできなかった。見捨てていたら、二人はもうこの世にいなかったのだろう。

 

「……そして、助けてくれた。守ってみせるって……すごく、眩しい背中だった……」

 

 あれは生粋の善人なのだろう。心の底から守ってみせると言い切ってるからこそ、あの時の響の言葉は何よりも力強かった。

 

「……あたしはさ、翼。響のために責任を取らなきゃならないんだ。巻き込んで、助けてもらって……あたしは響にまだ何もしてやれてないんだ」

 

 立花響は強く敏い子である。この半年で、まだ幼い響を見てきた奏は思った。

 彼女は奏に「ありがとうございます」と言ったのだ。守ってやれず、怪我を負わせ、逆に守られたというのに。

 

『奏さんが、生きるのを諦めるなって言ってくれたから、わたしは皆を守れるんです』

 

 かつて、響は奏にそう言った。

 

「……言葉だけじゃダメだ。響の先輩として、あの子のためにできることを、やってあげなくちゃいけない。先達の役目ってのはそういうものだと、あたしは思うんだ」

 

 

 

 

 

 翼はぼんやりと奏の顔を見上げた。

 同時に、悟った。

 

 嗚呼、奏は、とても苦しいんだ、と。

 

 何年も背中を追いかけ、背中を合わせ、肩を並べてきたことか。彼女の背負うものの重さに、翼は気付くことができた。

 

 立花響。

 半年前のライブでの惨劇に巻き込まれ、胸に食い込んだ聖遺物の欠片によってシンフォギア装者となった女の子。

 

 翼にとって立花響という存在は、ただの知り合いやファンという遠い存在でも、仲間と言うほどに近い存在でもなかった。

 簡単に言えば、顔見知り以上友達未満という微妙な距離。

 特殊な生まれで生きてきた翼に友達と呼べる存在は皆無。奏は親友以上恋人未満で相棒と、友達カテゴリーに入れるには少し違う。

 

 ようは他人と上手に接する方法がわからない翼は、彼女との距離をはかりかねていた。

 

 それもあって翼は、なぜ奏が真摯に響に接するのだろうと考えていた。

 

 けれど、奏の言葉を聞いて翼は自分自身に少なからずショックを受けていた。

 立花響は巻き込まれたにも関わらず、奏を助けていたのだ。重傷を負って生死の狭間を漂ったというのに。

 もし仮に、あの時響がシンフォギアを纏っていなかったら、奏か翼のどちらかが、もしくは二人が、もうこの世に存在しなくなっていただろう。

 

 だからこその自身への失望。私は、立花響が奏を助けてくれた、自分を助けてもらった礼すら言えていないのだと。

 

 奏と同じガングニールを纏って、心のどこかで警戒していたのだ。

 この人が、奏のいるところを奪ってしまうかもしれない。奏の存在意義を無くしてしまうのかもしれない。

 つまり、天羽奏という存在の否定、死。

 

 翼は無意識に、それを恐れていた。

 

 脳裏に響の顔が浮かんだ。

 立花響という少女は、誰にも臆することなく接することができる子だ。心優しく、翼や奏に屈託のない笑みを向けてきてくれる女の子だ。

 半年間顔を合わせてきて、翼は今更それに気付いた自身を恥じた。

 

「……奏」

「? どうした?」

 

 だから、風鳴翼は告げる。相棒だからこそ、ツヴァイウィングの片翼、二人で一対の翼だからこそ、言わねばならない。

 

「私にも、背負わせてほしい。あのライブの日、私は……私たちは、立花に助けられた。だから、あの子に返さなくちゃいけない。あの子のために、私のできることを、やりたい」

 

 強く、奏の瞳を見つめて伝える。

 同時にこれは自身への戒め、宣言、誓いである。

 防人として、彼女を守ると、剣として約束する。

 

「……そっか。じゃあ、一緒に頼むよ、翼。可愛い後輩のために」

「うん……今度、もう一度、立花とはしっかり話をしないとね」

「そーだな。あたしの後ろに隠れて警戒してた誰かさんは、もっとシャンとしないとな?」

「っ、ぁ、もうっ……奏はいじわるだ……」

 

 

 

 

 

 



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相談

 

 小日向未来にとって、立花響とは太陽である。

 立花響にとって、小日向未来とは陽だまりである。

 お互いにとって、立花響は、小日向未来は、なくてはならない存在である。

 二人の仲は、それはもう何者も邪魔できないくらいに睦まじいものだ。

 

 だから、お互いが何を思っているのかは、何となく察することができる。

 

 例えば、今の響は――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相談? いいよ」

 

 学校の帰り。隣を歩く未来(みく)は、「相談したい」というわたしの言葉に笑顔で答えてくれた。

 

「響、ずっと何か言いたそうにしてたから、待ってたの。やっと言ってくれたね」

 

 未来(みく)にはずっと見透かされてた。未来(みく)から言わなかったのは気を使ってくれてたんだ。敵わないなぁ……。

 

「バレてたんだ……ごめんね」

「うぅん。もう許す。だって、ちゃんと言ってくれるんだし。でも次からはもっと早く言ってくれると嬉しいな」

 

 帰り道の公園によって、年季の入ったブランコに腰を降ろす。ギィ、と錆びた鉄が擦れる音がやけに耳に残った。

 

「……突然なんだけど、さ。未来(みく)は、これから先の未来に起こる可能性があることを知ったら、どう思う?」

「未来予知ができたら、ってこと? うーん……全然想像できないけど……、嬉しくもあるし、悲しいのもあるかも」

「嬉しい、だけじゃなくて?」

「うん。もちろん、未来が見えることは良いこともあると思うよ。雨が降りそう、とか、明日授業で当てられるのかな、とか……。でも、同じくらい、悲しいこともある」

「……それは……?」

「響のこと」

「わたし、のこと……?」

 

 思わず、未来(みく)の方を見た。

 未来(みく)もわたしの方を見て目が合う。

 

「……最近、響はすごく、……焦ってる、って言うのかな。何かを警戒してるみたいで、生き急ぐ人を見てるみたい。警戒心の強い猫を眺める気分だよ」

 

 ……そんなに態度に出てただろうか。確かにぼんやりとこの先のことをどう対処していくべきか考えてはいたけど……。

 

「きっと、すごく悩んでるんだよね」

「まぁ……うん。堂々巡り」

「だと思った。同じことを考えてると、ずーっと右手でペンを回すもん」

「えっ、そうなのっ?」

 

 自分でも気付かなかった癖に、未来(みく)は「そうだよ」と小さく笑いながら肯定した。

 流石にそれは記憶にもなかったので本当に驚きだったり。

 

「……わたしにはね、すごく危なっかしく映るんだよ。何か、わからないけど、危険なことをするんじゃないかって……そんな未来が見えたら、悲しいじゃない」

 

 そう言って悲しげに顔を伏せた未来(みく)

 

 そうだった。

 未来(みく)はいつも、どんな時も、わたしを心配してくれていた。()()()も知っているし、身に沁みて覚えている。

 ここまで献身的に面倒を見て、思ってくれる親友なんているだろうか。

 いる訳がない。未来(みく)みたいな優しくて暖かい人は二人といないんだ。

 

「もし、響が危ない目に遭う未来を見ちゃったら……わたしは、悲しいよ。すっごく嫌で、胸が苦しくなる。助け出したいって、思う」

未来(みく)……」

 

 わたしはまた未来(みく)に心配されていたんだ。

 情けない。情けななぁ、わたし。

 ()()()も思わず溜息だ。散々守る守ると言っておきながらこの体たらくである。

 結局のところ、わたしはいつだって未来(みく)に心配をかけてかけてかけまくって、それでヘラヘラと帰ってくるお調子者。そりゃあ愛想尽かしたくなるような人だ。

 それでも助け出したいって言ってくれる。わたしが守りたい大切な人は、()()()そう言ってくれるみたい。

 

 だとするならば。

 わたしはもっと未来(みく)に伝えなくちゃいけない。

 出し惜しみをして、いらぬ隠し事をして、そして失敗して、後悔して……離れ離れになるつらさがわかるから。

 

「……未来(みく)。わたしが悩んでるのってさ、それだけじゃないんだ。そういう未来が何となくぼんやりわかってて……けれど、それが見えるのは、わたしじゃなくて、何か別の、誰かが乗り移ってる、みたいな……わたしが呪われてて、何かに取り憑かれたのかなって」

「あんまり穏やかじゃないね」

「そう、だよね。うん……」

「……それじゃあ、響は昔のことを忘れちゃったりしたの?」

 

 その言葉に、思わず「えっ?」と顔を上げて聞き返す。

 

「…………うぅん、忘れては……ない、と、思う」

「なら、大丈夫じゃないかな。響は何も変わってないよ。()()()()()()()()()

「っ…………、」

 

 戸惑っている。

 未来(みく)の言葉が、ストンとわたしの中におさまった、気がした。

 

「……なんで未来(みく)ってわたしよりわたしのことわかってるんだろ……」

「それは……ずーっと一緒だったから、かな? 響のことなら全部知ってるって言えちゃうかもね?」

 

 なんて、未来(みく)は冗談だとクスクス笑っていた。わたしにはどうも冗談に聞こえないあたりがちょっとしたミステリーだ。

 笑顔の未来(みく)を見て、思わずわたしも釣られて笑った。個人的に重い相談であったはずなのに、こうもアッサリ片付けられるとは思わなかった。拍子抜けして、肩の力が緩んだのかもしれない。

 

 ……重荷が取れたような気分がして、少しスッキリした。

 

 ひとしきり笑い合って、久々に晴れやかな気持ちになれた気がする。

 

「ありがとね、未来(みく)。色々解決したと思う」

「そう? なら良かった。今の響、吹っ切れた感じがするよ」

「そ、そう?」

 

 どこを見て判断されたのか……。ぺたぺたと無意識に頬を触ってみるが、自分じゃわからない。

 

「顔に書いてあった……?」

「さぁ、どうでしょう」

 

 はぐらかしてくれる……。

 ……まあ、いいか。

 

 未来(みく)に伝えたいことは、伝えられたかな。

 

 ちょっとばかり爽やかな気持ちになれて、帰ろっか、と未来(みく)に声をかけた。

 そうだね、と返ってきて、自然と肩を並べて。

 

 

 

 

 

 ――――そこで悪寒が背筋を駆け上がった。

 

 

 

 咄嗟に未来(みく)を背に庇って……直後、わたし達だけがいる公園にノイズが現れた。

 入口ごとに大きな個体、わたし達を囲うようにぐるりと一周、小型ノイズがわんさか……数を数える気にはなれない。

 

「なんでここに……!?」

 

 完全に想定外。()()()も流石にこれは予想してなかった。

 

 いや、けれど。

 ()()()が思うに、既にソロモンの杖を起動させられていたとしても何ら可笑しくはない時期だと結論付ける。記憶の中の白い彼女は、この年には日本に戻って来ていたはず。

 

「響、これ……」

 

 肩越しに聞こえてくる未来(みく)の震えた声。

 

「――――じっとしてて。絶対に、動かないで……ッ!!」

 

 背中で頷く気配を感じ取りながら、聖詠を唄い、ガングニールを纏って構える。

 

 ……けど、この状況はマズい。何がって、後ろに未来(みく)がいる。守りながら戦うのは、近接戦闘が主なわたしには少々……いやかなりキツい。この場を離れたとき未来(みく)を襲われたら対処が難しい。

 逃げようにも退路はなし。ご丁寧に上空にも飛行するタイプのノイズが配置されて逃げ場を潰している。

 遠く、ノイズ発生を知らせるサイレンが鳴り響いているのがわかる。翼さんと奏さんが駆けつけるまでどれくらいか……それまで一人で耐えきらなきゃいけない。

 

 どうにかできないか、ない頭を出来る限り捻っているけど、策は出てこない。

 そうこうしている間に、周りのノイズたちが一斉に襲い掛かってきた。

 

 ああ、迷ってられない……ッ!!

 

 胸に浮かぶ歌を唄い、とにかく近くにいるのを片っ端から殴って蹴って投げ飛ばして。

 

 殴れ。殴れ。殴れ。

 

 足りない。

 

 蹴って。

 

 足りない。

 

 手と足が足りない!!

 

 歌は止められない。歌が止まれば、フォニックゲインは低下する。すなわちパフォーマンスは下がる。

 全身の躍動、さらには歌、呼吸は歌の合間の息継ぎのみ。

 圧倒的酸素不足。喉の奥が苦しい。息がしたい。

 視界が狭まる。

 もっと早く。速く。

 加速する。

 拳が唸る。

 もっと強く、強く、強く。

 歌はまだ続く。

 体はまだ動く。

 殴れ、蹴り上げろ、吠えろ。

 歌い上げろ。

 視界が明滅している。

 それでもまだ体が動くならば。

 

 音が一瞬遠ざかる。

 

 咄嗟に振り向いて脚を振り抜いた。

 しゃがみ込んでいた未来(みく)の頭上を越えて、ノイズをまとめて蹴り払った。

 

「――――ッカ、ハァ……ッ!!」

 

 一瞬だけ、包囲網が崩れる。か細い息を吐き出して、全力で酸素を吸い込む。

 

未来(みく)、口閉じててッ!!」

 

 すぐさま未来(みく)を横抱きに抱え込んで、一番壁の薄いところへ全力でタックルをかます。

 吹き飛んだノイズたちを尻目に駆け出して、公園を離脱。出入口を避けて茂みから飛び出した。

 

 包囲は抜けた。後はとにかく追い付かれないように駆ける。

 

 立地的に丘の上、眼下には街並みが見えて、海沿いの方から遠目に大型ヘリが飛んでいるのを目視。陸路には何やら大がかりな部隊がこちらの方向へ走ってきているのが見えた。

 

 一度足を止めて未来(みく)をその場に降ろす。

 

未来(みく)、こっからはとにかく真っ直ぐ走って!!」

「響はどうするの!?」

「足止め!!」

「あの数を……ッ!?」

「大丈夫、今更あんなの、数じゃないッ!!」

 

 既に後方には大型ノイズの影が二つ。追い付かれる。

 

「もうすぐ翼さんと奏さんも来る!! 部隊も来てるし、そこなら安全だから!!」

「っ……、わかった……。響、絶対戻って来てね!?」

「約束する、絶対ッ!!」

 

 逡巡する未来(みく)だけど、力強く頷いてくれた。

 

 言葉を胸にしまって、後方に振り向く。目と鼻の先、接触までもう間もなく。

 

「……来い……ッ!!」

 

 わたしも全力で、真っ向から突っ込む。

 緑色の大型ノイズが腕を振りかぶって叩き付け、それを殴り返す。全くもって、痛くも痒くもない。逆にノイズの腕を肩の根本から吹き飛ばした。

 

「もっとォッ!!」

 

 空いた土手っ腹に駆け込み、撃鉄を起こした左腕の拳を叩き込む。轟音と同時に風穴が穿たれ、その向こう、ノイズの大群を目視。

 

「っ!?」

 

 直後、ノイズたちが細く捻じれ弾丸となって突っ込んできた。

 咄嗟に身体を捻って拳と脚で叩き落とし、弾き、けれど一つが懐へ。

 

「が、ふっ!?」

 

 腹に激突。

 痛い……けどっ!!

 

「まだまだァッ!!」

 

 シンフォギアだからこそ触れても問題ない故にできる芸当。そのノイズを抱え込み、力で持って両手で締め上げ、潰し千切る。

 

 刹那、地面に落ちる影。視線を覆うほどの大型ノイズが迫っていた。

 振り上げられる腕を見て、回避は不能。

 

 だったら、受け耐えるのみ。

 

 振り下ろされる剛腕を、両腕を交差して受け止める。

 圧倒的な重量が真上から衝撃でもってのしかかってくる。ソレを歯を食いしばって耐えて。

 

「どっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!」

 

 全身で弾き返す。

 反動で大型ノイズがたたらを踏む、隙をついて肉薄、細い脚目掛けて拳を振り抜く。

 一撃で膝から下が消し飛んだ。倒れ込んでくる巨体へ向けて、アッパー。巨体が炭素へ返ってゆく様を見届ける。

 

 だけど、次が来る。

 

 大型は全て片付けた。後は小型ノイズのみ。奴らがまとめて飛び掛かって来る。

 退いてはいられない。腰のブースターを全力で噴射し、右腕の撃鉄を起こし、一直線に突撃。群れのど真ん中へ向けて、全力の一撃。

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 音を置き去りに。衝撃を置き去りに。影すらも置き去りに。

 確かな手応えと共に、背後でノイズが消滅していくのを感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズは消え去って、人っ子一人いやしない。

 ヘリのローター音が頭上までやってきて、すぐにシンフォギアを纏った奏さんと翼さんが降りてきた。

 お疲れ様です、と声をかけて、奏さんが「お疲れさん」と、翼さんは「ご苦労」と返してくれる。

 

「いやはや、戦闘スキルはやけに高いとは思ってたけど、あたしらの出番がないとはね」

 

 ……そう言えば、気付けば全部ノイズは処理し終わってる。撃ち漏らしがなければいいんだけど……。

 

「あっ、そうだ。未来(みく)は見ませんでしたか!?」

「小日向なら一課の部隊の方が保護したと報告がある。案ずることはない」

「そ、そうですか……良かった……」

 

 翼さんの言葉に安堵する。先回りされてたらどうしようかと思ったけど、本当に、良かった。

 

「響、丁度放課後の下校途中だったんだって?」

「あ、はい。ちょっと公園で未来(みく)と話し込んでたらノイズが現れて……」

「そりゃあ災難としか言えないなぁ。いやでも、一人でよく無事だったよ」

「あはは、ありがとうございます」

 

 ぽんぽんと、奏さんが頭を撫でてくれる。憧れの人にこうしてもらえるのは、素直に嬉しい。

 ……っていうかファンとしてはメッチャ幸運なのでは? うん、そうに違いない。

 

 この後はノイズ出現場所付近の警戒と、被害状況の確認がある。奏さんと翼さんがそのまま行くみたいで、わたしは未来(みく)の方へ行って良いと言われて、その言葉に甘えることにした。

 

 

 

 ひとまず、今日の事態は終息となった。

 ただし、気が抜けない状況だとわかったのは幸か不幸か。

 記憶に(よぎ)る白い少女の影が脳裏をチラついた。

 

 

 

「…………変なことにならないといいなぁ……、」

 

 

 

 

 

 



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対峙

 

 雪が降って、雪が溶けて、桜の木が蕾をつけ始めた。

 気付けば春休みも終わりに近付き、新学期が始まる。

 

 中学3年生になる。もう1年もしないうちに受験シーズンに突入だ。

 

 この頃までの状況だけど、ノイズの発生は日に日に増えてきた、と思う。出現範囲も非常に広く、奏さんや翼さんはかなり頻繁に出動している。わたしも、手伝える時は極力出るようにしてるけど、如何せん間に合わないことが多い。

 以前会った孤立して囲まれる事態にはならないものの、最近はなるべく大勢で固まって行動、部活動も早期に切り上げる等の措置がなされている。

 幸いなことに人目に付く場所でシンフォギアを纏う事態にまでは陥っていない。今のところ未来(みく)だけがわたしの秘密を知ってるわけだけど、流石に校内の外に人に知られるのはマズい。二課の方に負担が回るのも事実だし、何よりこの場にこれ以上居づらくなるというのは避けたいのが本心だ。

 

「響、考え事?」

「んな?」

 

 昼休み、机に座って頬杖をついてぼんやり外を眺めていると、未来(みく)がやってきた。

 

「ボーっとしてるし、疲れてるんじゃないの?」

「あー……まぁ、そうかも。授業中にノイズが出るんじゃないかなって考えてると落ち着けないかな」

 

 近場に出たなら避難するときに紛れて出たりしてたんだけど、点呼で不在だったりして色々と迷惑がかかるわ何だで最近は結構厳しい。未来(みく)に誤魔化してもらったりしてるけどそろそろ限界だ。

 

「いい加減どうにかしないと……学校に事情通せたりしないのかなぁ」

 

 ま、できたら苦労しないんだけど。リディアンならともかく、一般の中学校じゃ無理だ。

 

「ダメ元で弦十郎さんとかに頼んでみるのはどう?」

「うーん……どうにもなからない気がするけどやるだけやってみようかなぁ。やって損はないしねー」

 

 まぁ()()()曰くリディアンでもそんなに融通利かなかったらしいし、期待しないのが正解かもしれない。

 

 

 

 なんて、のんびり考えていたら、突然窓の外からサイレンが鳴り響いた。

 

「ノイズ!?」

「またぁっ!?」

「お、おい、落ち着けって……っ」

 

 ノイズ発生警報だ。

 昼休みの教室内がにわかに騒がしくなる。

 

「こんな時に……昼休みだったからいいけどさっ」

 

 机の横に掛けた鞄を漁って、二課から渡されている携帯端末を取り出す。

 ディスプレイ部分には早速二課本部からノイズの発生場所の情報が届いていた。ついでに、奏さんと翼さんの情報もある。二人とも出動するみたいだ。

 場所はここから駆け付けられる距離。本部よりわたしの方が早く到着できる。

 

「響、また出るの……?」

「うん、奏さんたちも来るけど、わたしが出た方が早いし、その方が被害が抑えられる。未来(みく)、先生に訊かれたらわたしはペストと赤痢と腸チフスを併発して死にそうだったって伝えておいて!!」

「えっ、えっ!? ちょっとそれ洒落にならない気がするんだけど!? 響ッ!?」

 

 未来(みく)の悲鳴みたいな声を置き去りにして、廊下に飛び出した。

 先生に鉢合わせしないようにトイレに駆け込んで窓を全開に。そこから飛び出して学校から情報にあった方向へ走る。

 

 未だにサイレンは鳴ってるし、住宅街のあちこちで慌ただしく動き回る人達が見えた。

 またこの辺にまでは来ていないけど、装者が行かない限りノイズはほぼ止められない。

 

 人目につかない場所で聖詠を歌い、ガングニールを纏って飛び上がる。

 屋根伝いにショートカットを駆使して、煙が上がっているらしい沿岸の工場地帯を睨んだ。

 

 

 

 

 

 ――――瞬間。

 

「えっ」

 

 遠いはずの工場プラントの上に立つ人影と目が合った。

 

 じくり、と、脳の奥が痛む、気がした。

 

 電送塔の上に飛び上がって見れば、彼女は()()()()()”出で立ちで悠然と佇んでいた。

 

 白を基調とした鎧、肩部に着く刺々しいショッキングピンクの装飾と、そこから伸びる鞭のようなモノ。顔半分を覆い尽くすバイザーで顔はほとんどわからない。

 

 けれど、()()()()()を知ってるみたいだ。

 

 そんな彼女はプランの上から跳んで、わたしと同じように電送塔の上へと着地。同じ視線の高さで互いを見やった。

 

「……いい加減待ちくたびれたぞ。シンフォギア装者、立花響」

 

 腕を組んで、こちらを見下すようにふんぞり返る。それと、男勝りな口調。あとは小柄な割によく育った身体。

 

「……()()()()()()、だよね」

「……だからどうした。呑気に挨拶でもしようってか?」

「そりゃあ、出会ったからには、ね?」

 

 そう笑ってみるけれど、彼女は苦虫を噛み潰したような表情をする。うん、だと思った。

 

「……わたしは立花響、14歳。誕生日は9月の13日で血液型はO型。身長はこの間の測定では155cm。体重は、もう少し仲良くなったら教えてあげるね。趣味は人助けで、好きなものはごはん&ごはん。それと、彼氏いない歴は年齢と同じ。自己紹介、お願いしてもいいかな」

 

 だから、言い切った。構えず、気張らず、自然体に、笑顔で。

 しかし、だから、だろうか。彼女はますます困惑した顔で、しかめっ面をつくった。フラッシュバックする()()()の記憶に、その表情が重なる。

 

「戦場で、頭がイカれてンのか……?」

「仮にそうだとしても、わたしはわたしだよ。無闇に拳を交えるだなんて、そんなことは絶対にしない」

「ハン……だったら正真正銘のノータリンだな。言葉を交わす意味なんぞ、初めっからねぇんだしよ」

「そうかな。わたしは、あると――――、」

 

 刹那、だった。

 視界の端、何か目が痛くなるような色が翻っていたように見えて。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に膝の力を抜き切って脚を畳み込み、仰向けに姿勢を落とした。

 瞬間、眼前をあの鞭が風を切って右から左へ。

 

 ……危なかった。

 

「最後まで喋らせてほしいなぁ」

「ぬかせ」

 

 続いて、足場が切り刻まれる。目で追うのも厳しいくらいの鞭の一閃が、死角から飛んでくる。

 

「ッ」

 

 崩れてく鉄塔の欠片を蹴って飛び上がった。

 

 いや、なんていうかっ、()()よりずっと速いッ!?

 

「――――跳んだな?」

「はッ!?」

 

 しまった、と思ったときには衝撃が身体を揺るがした。

 先制されて地面を失った以上、空中に飛ぶほかなく、そうなったら後は叩き落されるだけ。

 

 かろうじて頭上に腕を交差して上げたけど、その上から襲ってくる一撃に一瞬意識が飛びかけて、直後に背中への衝撃。内臓が吐き出されそうな嘔吐感に目が覚める。

 

「ぐ、ふっ……ぅ……ッ!! 速い……ッ!!」

 

 そう、速い。()()から違う可能性があったってことは頭の片隅にあったけど、正直に言おう、ちょっと油断してた。

 

 次の一撃が来る前に地面を横に転がって――ズドンッ、と真横に一撃。案の定狙ってきてた。

 衝撃を姿勢を低くしてやり過ごし、すぐさま前方に駆け出す。

 

 予想よりもずっと巧くて速い以上、認識を改めないといけない。

 

 一瞬、視界の端にひらめく色に向けて反射的に拳を翻す。

 一撃、二撃、鋭い衝撃を真っ正面から撃ち返して、どんどん鉄塔の麓へと近付いて行く。

 

「話を聴かせてッ!! 何が目的で、何でこんなことをするのかッ!!」

「よくもまぁ口を開いてる余裕があるなぁッ!?」

 

 エネルギー球が上から飛んできた。迎撃は愚策、パワージャッキを撃って身体ごと左右に振り、避ける。

 視界端の地面が抉れてく光景を尻目に鞭を弾き、鉄塔の麓に到着。駆け寄って鉄骨に足を掛けて、腰のバーニアをフルスロットルで噴射し一気に駆け上がった。

 

「大人しく、しろォッ!!」

 

 視界いっぱいに鞭がしなる。一、二、三、四、・……明らかに二本で振るわれてる数じゃない……ッ!?

 

 けどッ、それがどうしたッ!!

 

「どりゃらららららららららららららららららららららぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

「ハァッ!?」

 

 全部ッ、片っ端からッ、殴り飛ばすッ!!

 

「クソッ、お前の目どうなってんだぁッ!?」

「わたしが知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 足元、目の前、全力で拳を振りかぶる。

 

「チィッ!!」

 

 すかさず、跳躍して交わされる。

 空振り、だけど、狙い通り!!

 

「跳んだねッ!!」

「っ、しまっ――――ッ!?」

「お返し、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 1歩、空へ、踏み込む。

 拳、全力でぇぇぇぇぇッッ!!

 

「インパクトォォッ!!」

 

「ガッ、はッ――――ッッ!?」

 

 ハンマーをスライドして、全力の一撃。土手っ腹ど真ん中、腹に響くほどの衝撃が突き抜けた。

 

 打ち上げた身体が空へと落ちる。

 さらにバーニアを噴かせて上へ、追いかける。流石にそのまま地面に落とすのは忍びない。

 届け、と念じて鉄塔を踏み台に跳び上がり、ぐったりした彼女の身体を抱きとめた。

 

「っと、あわっ!?」

 

 けど、バランスが悪い。流石に二人分の重さだとバーニアの出力が弱過ぎたかも。あと両腕が塞がってて横にバランスが取れない……っ。

 

「――――お前の目は節穴か……っ!!」

「えっ!?」

 

 腕の中から声が。

 咄嗟に視線を向けると、懐からしかめっ面がこっちを見ていた。

 

 同時に、鞭がしなってわたしごと身体に巻き付いてきた。

 

「なっ、何する気っ!?」

「っ、決まってんだろーがよ……、この高さ、シンフォギアでも、くっ……タダじゃ、済まねえ……だろうな……?」

 

 視界端、地面までの距離はざっと100メートル……着地ができれば問題ないけど……ッ!!

 

「道連れだ……ッ!!」

「うわぁッ!?」

 

 ぐるん、と視界が急に回りだした。

 明らかなきりもみ回転、三半規管が上下を見失って、けれど何か頭の方に引っ張られる感覚。

 腕の上から鞭で縛られて身動きはできないし、このままだと地面に――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――かぁ、ヒュっ……ッ、は、はぁっ……!?」

 

 全身が痛い。

 急激に酸素が肺に潜り込んできて、目がちかちかする。

 

「ぉ…………ぁ……っ、…………」

 

 酷い倦怠感だった。力が全くもって入らないくて動けない。視線を動かすのがやっと。口もろくに動かなかった。

 耳も、耳鳴りと、音がくぐもって何も把握できない。

 

 ぼんやりとモヤのかかった白い視界が、徐々に青とオレンジ色を映し出す。ああ、そう言えば夕方だっけ、と思い至った。っていうか、そんなに気絶してたの……?

 背中側には固い瓦礫の感触があって、記憶どおり地面に落ちてそのままだったみたい。

 

 何もできず、ボーッと時間が経過していくのを待った。

 しばらくして、ようやく手先の感覚が戻ってきて、腕と首が少しだけ動くようになる。震えながら何とか握り拳を作って、目の前にゆっくりと持ち上げた。

 ……うん、大丈夫、骨は折れてなさそう。まだ痛いけど、我慢できる。

 

 全身の痛みを堪えて、たっぷり三十秒も時間をかけ、何とか寝返りをうってうつ伏せになり、腕の力で上体を起こしてへたり込む形で座った。

 ちょっと、今はこれが限界。これだけでものすごい疲れる。

 

 その頃にはすっかり耳も回復したみたいで、周囲の音もクリアに聞こえた。って言っても、周りがあまりに静か過ぎて、特に何も聞こえなかったんだけど。

 

 周囲を見渡すと、わたしは陥没した道路のど真ん中にいたらしくて、その周辺は衝撃でめちゃくちゃになってる。工場地帯と住宅街の間で建物自体は少なかったけど、比較的新しく舗装された道が軒並みダメになっちゃった。

 

 震える腕でクレーターから這い上がってみて、ふと気付く。一緒に落ちたであろう彼女の姿がどこにもない。既に撤退したのか、はたまた……。

 

「響っ、大丈夫かッ!?」

「っ、……あっ、奏さん……」

 

 声がした方に視線をやると慌てた表情の奏さんが駆け寄って来ていて、目の前で膝を突いて肩を貸してくれた。

 

「派手にやられたな……動けるか?」

「大丈夫、ですよ。打撲程度です。それより、ノイズたちは……、」

「あたしと翼で殲滅したさ、心配いらない。もう休んでいい」

「あぁ……すみません、力になれなくて……」

「いや、いい。いいんだ。不審人物と接触して戦闘したんだって? 一対一で……大したモンだよ。これで今までのノイズ大量発生の原因が偶発的なものじゃないって裏付けができたんだ。いくらかの情報も特定できた。悪いことばっかじゃない」

 

 よくやったよ、と笑って頭を撫でてくれる奏さん。

 ああ、何か、安心する。これが姉御肌ってやつななのかな……。

 

「……そういえば、翼さんは……?」

「翼なら向こうの現場に残って検分の手伝いだ。流石に二人でこっちに来る訳にもいかなくってね。……翼の方が良かったか?」

「え、いや、そんなことは……どちらでも構わないと言いますか、来てくれただけで嬉しいですし……、」

 

 よくよく考えてみればツヴァイウィングの二人、もしくらどちらか一人にこうして寄り添ってもらえるってものすごい豪運なのでは……いやそうに違いない。

 

「冗談だよ。響はあたしたちのファンだもんな、どっちが来たって喜ぶって知ってるよ。…………ちなみにだけどさ、強いて言うならあたしと翼、どっちが上?」

「えぇ……それを本人を前に言わなきゃですか……」

 

 ちょっと鬼畜過ぎやしません?

 

「…………ほ、保留で……、」

「はははっ、逃げられた。ま、悩んでくれて全然いいんだけどさ――――っと、回収班の到着だ」

 

 遠くから装甲車の走る重いエンジン音が聴こえる。

 奏さんに肩を借りながら立ち上がって、ふと思い至る。そう言えば、学校はどうなったんだろ、と。

 未来(みく)が心配してるのかな。また夜はケータイが鳴り続けるのかな。

 

 ……取り敢えず、なるべく早めに謝ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、こっぴどくやられたものだな」

「………………………………………………………………」

「フン、だんまりか。まぁいい」

 

 身体の節々が痛む中、何とか帰ってみれば、フィーネが祭壇の上からあたしを見下ろしていた。

 あたしは、何も答えない。図星なのが、何より悔しかった。言い返す気なんて、端からなかったけど。

 

「血は取ってきただろうな?」

「……ん……」

 

 言われて、太腿のホルダーから掌二つほどの長さの、バトンみたいな円筒を取り出した。

 継ぎ目のない透明なソレの中身は、赤黒い血がたんまりと。……立花響の血だ。かなりの量を取っちまった気がするけど、まぁ死にはしない。貧血と倦怠感で済むはずだ。

 

「仕事はした、か。及第点くらいはくれてやる。では、さっさと服を脱げ」

「っ……あぁ……、」

 

 いや、今更なんで立花響(アイツ)の心配をしなくちゃなんねぇのか。意味がわからん。

 アイツは敵だ。あたしが目的を達成するためには、排除しなくちゃいけない敵。そうだ、敵以外の何者でもない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、乱暴に服を脱ぎ去った。

 

 

 

 

 

 



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戦闘

 

 完全聖遺物デュランダルの移送計画が実行段階へと移される。

 

 突然だけど、師匠から話があった。

 なんでも、二課が保管しているデュランダルが狙われていると推測され、保管場所を移すらしい。

 ネフシュタンの鎧の反応が出て来たのと同時刻、二課本部にも外部からハッキングがあったとのことだ。

 これをもって政府は正体不明の組織がネフシュタンの鎧と同じ完全聖遺物を狙っているものと断定したので、場所を移すのが常套だろう、とか。

 

 とは言うけど、今回わたしはお留守番。というか、いつも通り学校に通うことになりそうだ。

 移送の護衛は奏さんと翼さんが担当する。()()と違って、装者は2人、本来なら十分すぎるくらいの戦力だ。

 

「……無事終わるといいけど……、」

 

 時刻は夜10時を過ぎたところ。未来(みく)に口酸っぱく注意された宿題を何とか終わらせて、お風呂も済ませて明日の準備も終えてあとは寝るだけ。けど、どうも素直に眠気に身を任せられなかった。

 作戦決行は早朝。あと7時間もすれば始まるハズ。

 

「……ってわたしが悩んでても意味ないんだよね……」

 

 ほんとに、その通り。何かが通じるはずもなく、ここでわたしが考えたところで何もならない。精々、うまくいくことを願うくらいか。

 

「……寝よう……」

 

 流石に、眠くなってきた。踏ん切りをつければ、案外寝れるモンだなぁ、というのは小さな発見だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い感情が押し寄せてくる。

 

 壊せ、殺せ、破壊しろ。

 

 自分で自分でなくなってゆく感覚。

 氷のように冷たい波が、手の先から全身へと染み渡り、どんどんと意識が遠のいてゆく。

 

 手の中には黄金と蒼の大剣(デュランダル)

 じわりじわりとやってくるソレに身を任せてしまえば……。

 

 悪寒が背中を駆け上がり脳天を突き抜ける。

 

 竦み上がる身体はいつしか黒い泥の上に倒れ込み、ごぼりと沈み込む。

 

 いくらもがいても浮上できず、ずぶずぶと底なし沼へと引きずり込まれてしまう。

 

 

 

 寒い。

 

 

 

 そこは、とても寒かった。

 

 何も、温かくない。

 

 日陰のように冷たくて、じめじめして、気持ち悪い。

 

 

 

 怖い。とても、とても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――ッ!!!!!!!!」

 

 冷や汗に目が覚めて、咄嗟に枕もとの時計を掴んで目を凝らした。

 薄暗い部屋、時計は4時58分を指し示している。

 

「わたしのバカ、何でこんな大変なことを……!!」

 

 まだ半覚醒状態の身体でベッドから飛び起き、とりあえず適当なジャージに袖を通して部屋を飛び出した。

 なるべく音を立てないよう気を付けて……靴を履き替え、メモ帳に走り書き。それを玄関に投げつけるように置いて、日が昇ったばかりの外へと飛び出した。

 

 本当に、バカだった。デュランダルの移送計画中に何が起こったか、()()()はわかっていたのに……ッ!!

 

「――――Balwisyall Nescell gungnir tron――――」

 

 聖詠を唱え、ガングニールを纏う。とにかく、走るしかない。

 

「デュランダル起動……、どうにかしないと……ッ!!」

 

 また屋根の上を駆けることになるし、今は朝方。五月蝿くなるのは許してほしいなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下を見下ろして、遠目に見える無人のバイパスを駆けて行く車列を見やった。

 大型バイクが一台、先頭。後続に黒のセダン四台に囲まれて黄色のコンパクトカーが走る。

 

「……わざわざ目立つように走るたぁ……死にたがりか?」

 

 ご苦労なことに、大規模な交通規制を敷いて目立つこと目立つこと。狙ってくれと言わんばかりだ。

 

「ま、遠慮なくやるのは変わらねぇ」

 

 送電塔から飛び降りて、バイパスへ。落下の勢いに乗じてネフシュタンの鎧の鞭を叩き付ける。

 狙うは架橋接合部、一撃でもって橋を分断。同時に内部を通る水道管やらガス管やら、諸々を鞭が両断し、コンクリートを突き破って噴き上がった。

 

 連鎖して、衝撃と自重で橋が足場から崩壊。

 道路が割れて車列が乱れ、バイクだけが先攻してきた。

 

「はぁぁッ!!」

 

 案の定、青いのがシンフォギアを纏ってバイクから飛び上がり、斬り付けて来た。

 正眼、上段、八相、ありとあらゆる角度から刀が斬り込んでくる。それを鞭で返し、いなし、反撃。

 

「――――フゥッ!!」

 

 向こうから、短く細い息。一瞬、影がブレた。

 

「――っ、づぅ……ッ!?」

 

 刹那、脇腹に鋭い痛みが走った。

 瞬間、意識よりも大きく鞭を横に振るい後退。払う動きで距離をあけた。

 右手で触れれば鎧が切り裂かれ血が。深くはないが、痛みが残る。

 

「っ、鎧ごとかよ……」

「鎧があれば斬れぬとでも思ったか。ナマクラと侮るなよ」

「ッ、うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッッ!!」

 

 【NIRVANA GEDON】

 エネルギーを収束し、叩き付けるように投じる。

 

「狙いが甘いッ!!」

「知ってらァッ!!」

 

 案の定、大きく動いて躱される。チャージが必要で大振り、当然だ。

 鞭の間合いの内側に踏み込まれそうになれば、自身に巻き付ける形で鞭を振る。横一閃の攻撃にはたまらず向こうも跳んで回避か後退、もしくは素直に受け流す他なし。

 

 右方向、回り込んで刀が迫る。

 横、一瞬遅れて縦の一閃、鞭で迎撃し、逃げ道を絶つ。

 

 情報で聞いてたが、刀さばきが尋常じゃない。しなる鞭をいなすのは生半可な技術じゃ不可能だってのに、それを易々としてみせる。

 

「だったらァ……ッ!!」

「ッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 肩口前方だけだった鞭を更に背中側から引き延ばし、全部で四本。

 

「さばけるモンならさばいてみなッ!!」

 

 単純計算で二倍、偏差を織り交ぜ、隙を与えない。

 何度も何度も、振るっては弾かれ、いなされ、流され……けれど、奴をそこに縫い留める。

 

「動きが止まったな!!」

「しま――――っ!?」

 

 止まったところで脚を絡めとり、斬られる前に刀を弾き飛ばす。

 思い切り脚を引っ張り、体勢を崩したところに一撃、真上から叩き付けた。

 

「次はッ、当てるッ!!」

 

 【NIRVANA GEDON】

 

「くッ、かくなる上は……ッ!!」

「遅いッ!! だらああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 何かをされる前に、動けない内に。

 大きく振りかぶって、溜め込んだエネルギーを全力で振り下ろした。

 

 

 

 ――直後、轟音。バイパスが大きく揺れた。煙が舞い上がり、コンクリートが割れて真下へ落ちて行く。

 

 

 

「……ハッ、あっけねぇ」

 

 完全に直撃した。手ごたえもあった。

 さっきまでアイツがいた場所は穴が開いて、下を流れる川が見える。今も水面が激しく波打っていた。

 

 落ちた。これでいい。

 あとは、デュランダルを。あれさえ回収できればいいんだ。持って帰れば、あたしは、まだ、あの人の元で……、

 

 

 

 

 

「――――油断したな」

 

 

 

 

 

「ッ、どこに――――か、はッ!?」

 

 刹那、背中から衝撃。視覚外、突然の痛みに身体が強張った。

 

「っ、ぐっ!?」

「詰めが甘かったな。そう易々と私が倒れると思うな」

 

 地面に押し倒され、肺が圧迫されてむせる。一瞬、市会が明滅して、身体が弛緩。

 腕も背中側できつく拘束され、完全に身動きが取れない。

 

「クソッ、いつの間に……ッ!? 確かに当たったはず……!!」

「ああ、当てられた。()()()。重い一撃だった」

 

 首を巡らせれば、そいつは半ばから折れた刀を持っていた。

 

「そんなほっそい剣如きでか!?」

「否。私の剣は変幻自在。知っているものと見ていたが……」

 

 見れば、剣は一瞬で大きさを変えて大剣ほどに。

 つまりだ、こいつは剣をデカくして防いだ、と。

 あんだけエネルギー込めた一撃で、剣一枚ごときを貫けなかったってか……ッ!!

 

「流石に完全には防ぎきれはしなかったが、衝撃のおかげで脱することはできた。後は気配を消し、音を消し、忍んだだけのこと」

「剣士が忍者みてぇなこと言いやがって……」

「優れた師がいる。守るためならば、剣であろうと忍ぶことも厭わん――――さて、時間か」

 

 そう言った、直後だった。車のエンジン音が聞こえて、あたしの背後を通過していった音がした。

 音からしてコンパクトカーの方、間違いなくデュランダルが乗ってる方だ……ッ!!

 けど、道路は寸断したはず、だってのに何で……ッ!?

 

「――――なッ、剣で橋を……!?」

 

 見れば、破壊した橋の間に渡されている大きな剣が一本。

 つまり、あたしが見失った一瞬を狙って橋を架けやがった……!!

 

「クソッ、どけっ!!」

「断る。大人しくしていてくれ。話ならば本部に戻ってじっくり聞こう」

「知るか!! あたしは、あたしがやらなきゃならねぇんだ!! ここで出来なきゃ、あたしは……ッ!!」

 

 

 

 そうだ、()()()()!! あたしはまだ、終わってない!! だから……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――()()()()()()()だァッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズン、と。腹を底から揺さぶる音がして、後部座席から後ろを振り返った。

 

「何だ、明らか翼の攻撃じゃないぞ……?」

「となれば、明らかにあのネフシュタンの鎧の子のものじゃないかしら」

「あんな派手なのがか……っ?」

 

 抱えたトランクを強く握りしめて、後方に立ち昇る煙の向こうを睨みつけた。

 煙は崩壊していく橋が上げるソレで、不自然な揺れが車を揺らしている。

 

 その、直後。

 

 

 

「――――Killter Ichaival tron――――」

 

 

 

「ッ、まずいッ!! 博士――――ッ!!」

 

 煙を突き破って、小型ミサイルの群れが飛来する。

 視界横いっぱい、直撃コース。それを直感的に判断して、後部座席から身を乗り出して、博士を抱え込んだ。

 

「――――Croitzal ronzell Gungnir zizzl――――」

 

 聖詠を唱えて、刹那に衝撃が車を丸ごと跳ね上げる。すかさず、フロントガラスをガングニールで砕いて飛び出した。

 スローモーションの世界、眼下には爆風に飲まれて粉砕されていく車の様子が。危なかった、間一髪だ。

 反転した視界を戻すように空中で一回転して着地、腕の中の博士とデュランダルが無事なのを確認した。

 

「中々にハリウッドだったわねぇ」

「……ちょっと心配したアタシがバカだった……、」

 

 けれど、博士は相変わらずケロッとした表情だ。この人の慌てた表情ってのをとんと見なくなって久しい。本当に肝が据わってる人だ。

 まぁしかし無事ならばよし。博士を降ろして背中に庇い、土煙と相対する。

 

 やがて、コツ、コツ、と足音が響いてきた。

 煙を掻き分けてやってきたのは……赤。見てくれは、それこそシンフォギアだ。

 

「……まさか、また新しい装者か……?」

 

 ネフシュタンの鎧を着ていた、同じ少女だ。腰部から今なお余熱が揺らめいて、恐らくアレからマイクロミサイル群を撃ったと推測できる。両手にはガトリングが計4門、察するにリコイルが多大なことから固定砲台ってところか。長いこと前線に立ってると嫌でもこんな知識がついちまう。

 

「隠し玉たぁ……上等ッ!! 博士、早いとこ向こう岸へ」

「ん、任せたわ。あとできるだけデータが収集できるようにお願いね?」

「余裕があったら、やってみますよ」

 

 相も変わらず、余念がない博士だ。こんな時にまでマイペースに研究の事とは……全く、恐れ入る。

 

 博士が遠ざかっていく気配を背で感じながらガングニールを構える。応じて、向こうも両手のガトリングガンを構えた。

 距離は開いており、レンジで言えば向こうが有利。ガングニールのレンジに持ち込めれば良いが、そうさせるとは思えない。いかに短時間で、弾幕を張られないうちに肉薄できるかが鍵になる。

 

(遮蔽物がないのが痛手か……)

 

 視界の中に射線を切れるモノは何もない。

 こっちも向こうも動きはなし。何かの拍子で動くだろうけど、こちらが不利である以上迂闊な行動は控えたいところだ。

 絶唱を唄う暇もありゃしない……被弾覚悟の特攻が一番か?

 

 ピシッ、と。コンクリートにヒビの入る音がした。橋が崩れようとしている。

 視界の奥、ヒビはどんどんと広がっていって……やがて、橋の一部が大きく欠け落ちた。

 

 遥か下、水面にコンクリートの塊が叩き付けられた音がした。

 それが合図。互いに、同時に動き出した。

 

 

 

 

 

 



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意地

 

 再び、水面が音を立てた。

 

 橋が崩れ落ちてゆく。

 

「……いつになったら倒れるんだよ、テメェ……」

「ははっ、そう簡単に倒れるとでも?」

 

 予想以上にジリ貧だ。

 赤い装者が傷付いた右腕を力なくぶら下げて、苦虫を噛み潰すような表情。それに無理矢理笑みで返した。

 

 有効打は初撃のみ。特攻で弾幕を無理矢理切り開いたけど、想像以上にダメージが大きかった。

 向こうも自身が固定砲台なのを理解してるらしく、自衛能力には長けていた。

 一撃目に片腕を潰したのでガトリングは二門剥がせたけど、マイクロミサイルがとにかく厄介だ。近接信管と瞬発信管が混じって避けづらいのなんのって。

 おかげでこっちは全身ボロボロ。まだ動けるけど、このままの長期戦はLiNKERのこともあるので避けたい。

 

(絶唱……は、流石に許しちゃくれないか)

 

 コンディション自体は歌ったからと言ってあの時のように命を捨てるまでは行かない。が、しかし、そんな隙を晒すような余裕は無かった。こればかりは正規適合者との違い。無理矢理強引に身体にとってつけたような機能じゃ敵わない。

 

 さて、これ以上大した手札は無いわけだが、どうする?

 

「――――動かねぇってなら、こっちから仕掛けるッ!!」

「ッ……!!」

 

 再び、大量のマイクロミサイル弾幕。回避できる隙間は――――、

 

「あるわけないかぁッ!!」

 

 咄嗟に、()()()()()()()()()()()()()()

 足元はコンクリート製の橋。破壊すれば、自ずと身体は落ちる。

 空いた穴に飛び込んで――刹那、真上から爆風が穴を抜けてやってくる。

 直撃は免れたが、ミサイルはミサイルに変わりなく。

 衝撃波に煽られ、重力に引かれ、遥か橋の下、巨大人工貯水池に落ちていく他に手段は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………終わっ、た……?」

 

 雪音クリスは小さく呟く。そうであってくれと願うように。

 

 眼前には大穴の空いた橋。コンクリートたちが崩れ落ち、眼下の池へと飲み込まれてゆく。

 それを確認して、後方を振り返る。そちらも同じように、荒れ果てた橋の光景ばかりだ。追手らしき影は確認できなかった。

 

「……ハン、案外、どうとでもなるじゃねぇか……」

 

 右腕は潰されてしばらく動かせそうにないが、勝ちは勝ちだ。そう判断し、徒歩で橋を渡ってゆく。

 

 

 

 岸も近かったらしく、橋のたもとには直ぐ着いた。

 そして、中央分離帯の縁に座り、手持ち無沙汰にしていた人影も見つけた。

 

「あら、存外に早かったこと」

 

 向こうもクリスを見つけたらしく、まるで状況に似合わない笑みで出迎えてくれる。

 ピンクのショートワンピースを着て、その上に白衣をまとい、赤縁の眼鏡をかけた女性。

 

「目的は、これのことかしら?」

 

 そう言って彼女――櫻井了子は、特殊な耐衝撃ケースを見せびらかした。

 言うまでもなく、ケースの中身は完全聖遺物のデュランダルだ。世界に数少ない、保存状態が良い聖遺物の一つである。

 

「……命が惜しけりゃ、ソイツを寄越せ」

 

 左手の銃口を向ける。歌わずとも、シンフォギアの攻撃は容易く人を傷付ける。使いたくかった、歌いたくなかった、けれども、使わねばならぬ。

 

「そうねぇ、流石に命を狙われたら渡す他ないわよねぇ」

 

 櫻井了子は白々しくもそう言い、肩を竦めるとケースをその場に置き、足で蹴ってクリスの下へと滑らせた。

 

「どうぞ、行方不明のはずのお嬢ちゃん。雇い主にしっかり届けてあげなさいね?」

「……あぁ、わかってる」

 

 普通なら、ありえないやり取り。本来なら、全てわかっているならば、この会話は無駄な茶番である。

 心の奥底、不安のような何かが渦巻いて止まない。

 だから、クリスはずっと顔をしかめて影を落としつつも、銃口を下ろして左手でケースの取手を掴んだ。

 

 これで、目的は達成した。あとは早くこの場を立ち去り、ケースを届けさえすれば……、

 

 

 

 

 

 

「そう簡単に事が運べるとは思わないことだ、イチイバルの装者」

「……なるほど、甲冑を脱ぎ捨てた意味はヤケじゃあなくて、危険(リスク)(おか)してでも得意な得物を使いたいと思ったってこった」

「――――――――――――ッッ!!??」

 

 刹那、背筋が凍るような鋭く冷たい声音に、クリスは驚愕する他なく、声の方向へと振り向く。

 

「なン……っ!?」

 

 手応えはあった。確かに大きなダメージは与えた。

 

 だと言うのに。

 

「テメェら、なんでソレで立ってられる……!?」

 

 

 

 そこに立つ彼女たちは。

 

 

 

 天羽奏も、風鳴翼も、満身創痍であった。

 

 

 

 二人ともずぶ濡れで、傷だらけで、流血も止まっておらず。

 シンフォギアはあちこちが砕け、破れ、今にも機能を停止しそうな程にダメージを負っている。

 

 けれども。

 

 天羽奏は口元についた血を拭って、こう言った。

 

「――意地だ」

「は、っっ、ぁ……?」

「言わなくたってわかるだろ? 気合だよ。今目の前で、盗まれちゃあいけないモノが、どこの誰かもわからんやつに強奪されかけてる。相手の目的? 知らん。けどな、ここまで派手にやられて悪事働くんだ、どうせろくでもないことだろうよ。だったら、止める他に選択肢なんざ存在しない」

 

 その言葉に、翼は「然り」と深く頷いた。

 

「例え辛かろうと、やらねばならない。苦しかろうと、痛かろうと……。何故なら私は、防人であるからだ。人を守るため、ここにいるからだ」

 

 槍と剣が構えられ、一歩前へ。

 

 同時、クリスは顔を更にしかめ、一歩後ずさった。

 

「……歌うぞ、翼」

「……うん、歌おう、奏」

 

 今度は、二人で。

 歌を口ずさむ。

 

 地面を踏みしめ、同時に駆け出す。

 歌に乱れなく、旋律を奏で、風のように。

 瞬きの一瞬、クリスが認識するよりも速く、二人が肉薄した。

 

 遅れて、クリスが二人の影を認めた時、反射的に一歩下がった。

 左右から迫る槍と剣。目では追えず、ただただ第六感(センス)と経験が告げる、より安全な方へと身体が流れる。

 図らずも、上体が逸れて、脚の反応が遅れた。体重移動が追いつかない。

 頭が重力に引かれ、次いで身体が倒れ行く。

 

 あぁ、転んだ。

 

 脳が理解する。

 

 次の一手で、詰む。

 

 

 

 空を切った槍と剣が、すぐさま返しの一閃で迫ってくる。

 避けられるはずがない。そうなれば、防ぐしかない。

 どうやって? 今動く手は、左手のみ。手に持つモノは(武器)ではなく。

 

「クソッ……!!」

 

 咄嗟に、デュランダルが入っていたケースを盾にしようとして、気付いた。

 

 ケースが、本来ありえない形に歪んでいることに。

 言うなれば、()()()()()()()()()()()()をしていた。

 

「っ!?」

「なにっ!?」

「これは……っ!?」

 

 その刹那。

 ケースが内側からかかる力に耐え切れず、留め具が弾け飛んで中から強烈な光が衝撃と共に溢れ出した。

 光の柱を中心に巻き起こる暴風にたたらを踏んで奏と翼は後退。クリスは地面にひっくり返りながらもうつ伏せに伏せ、顔を腕で覆いつつ隙間からその光を見た。

 

「デュランダルが、起動しやがった……ッ!?」

 

 煌々と光り輝くその中心には、黄金と蒼の装飾を持つ大きな剣があった。

 

 完全聖遺物『デュランダル』

 

 世界でも数少ない完全聖遺物の一つであり、秘められた力は欠片のシンフォギアでは到底叶わないと、あの櫻井了子が述べるほどの物。

 

「ッ……!!」

 

 ()()()()()、クリスは一目散に起き上がって、デュランダルへと手を伸ばした。

 アレさえあれば、アレさえ手に入れることができれば……。

 

 その()()()()()()()()()()()()()()()()に突き動かされ、脇目も振らずに、宙に浮かぶデュランダルを両手でしかと掴んだ。

 

「ッ、いっ、……っ!?」

 

 次いで、痛みが全身を駆け巡る。

 

 デュランダルからとめどなく溢れ出るエネルギーの濁流が、身に纏ったイチイバルへと容赦なく流れ込み、クリスの身体へ激痛となって浸透する。

 

 腕が悲鳴を上げて、次は身体が、脚が。

 あまりの痛みに視界が歪み、声にならない音がかすれて口から微かにこぼれる。

 

 膝を着き、それでもなお、離そうとした手は硬直していた。

 

(腕が、離れねぇ……ッ!?)

 

 熱と、痛み。

 全身を蝕むソレは更に増す。

 歯を食いしばり、しかし身体は動こうとしなかった。

 否、既に動けなかった。

 

 呼吸ができない。

 

 筋肉が硬直し、満足に息を吸うことさえままならなず。

 

 靄に霞んだ視界の中で、それでもデュランダルは煌々と輝き続け、次第に大きく風を巻き上げてゆく。

 同時に、膨大なエネルギーに晒され続けたイチイバルの装甲にヒビが入り始めた。

 

 自ずと、クリスの本能は理解した。

 デュランダルの暴走、エネルギーの発露。

 あと数秒で、臨界点に達するだろう。

 そうなれば、エネルギーは行き場を求めて発散……イチイバルとクリスを媒体に、爆発を起こす。

 

 つまりは、

 

(死ぬ……?)

 

 意識が遠のき始めた。

 もう痛いのかどうなのかすらわからない。

 魂が剥離するかのように、感覚は遠くへ。

 空へ吸い込まれるように、落ちてゆく。

 

(ここで、終わるのか……あたしは……? まだ、何も……、)

 

 まだ何も、できていない。

 パパとママを殺した戦争を、地球上から争いを、醜い闘争を消し去るのが、自分の使命だと言うのに。

 

 このまま、無惨に、死ぬのか?

 

 嗚呼、けれど、もう、何も。

 

 何も、できなかった。

 

「いや、だ……あたしは、っ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁにいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ合ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 見える!!

 眼下、光の柱の中、デュランダルを抱えて、倒れそうになっているその姿が!!

 

 歌を!!

 今、燃え尽きようとしている彼女(クリスちゃん)を助けるための、()()()()()()!!

 

 

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁなあああああぁぁぁぁぁぁれえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 爆風すらも貫いて、私の拳に全てをかけて!!

 狙うはデュランダル、イチイバルを蝕む、その元凶を!!

 

 全身全霊で殴り飛ばす!!!!

 

 

「ちぇすとおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 上空から、ブースターもノンストップで、ノーブレーキの飛び込みで、拳の一撃を、デュランダルに、叩き込む!! 

 

 ガツンッ、と衝撃。手応え、アリ。

 

 即座に、デュランダルはクリスちゃんの手を離れて、大きく弾け飛んだ。

 ガランガラン、と、地面に打ち付けられて――――直後、エネルギーが暴発した。

 

 まるで爆弾のように、轟音。

 咄嗟にクリスちゃんを無理矢理抱きかかえて、爆発に背を向けた。

 

「あ゛っ、づぅ……ッ!?」

 

 鉄板が焼けるような熱気に、思わず声が出た。それくらいに熱い。

 けど、腕の中でぐったりと気を失っているらしいクリスちゃんがいる以上、耐える他に選択肢なんて無い。歯を食いしばって、背中の痛みをとにかく我慢するしかなかった。

 

 

 

 ……やがて、風が徐々におさまって、デュランダルを中心に溢れていたエネルギーも止まり、眩しいほど輝いていたデュランダルも淡く光るだけになった。

 

 火傷直後みたいな痛みを訴える背中や首のことは無視して、辺りを見渡す。

 道路は荒れに荒れているけど、()()()の記憶にある惨状に比べれば全然マシだった。何より、工場地帯への被害がほぼゼロ。デュランダルが起動してしまって、けれどここまで被害が小さいというのは不幸中の幸いっていうやつかもしれない。

 

「――――っだぁぁっ、重いッ!!」

「あ、奏さんっ!! 翼さんも、無事だったんですね!!」

 

 不意に道端の瓦礫の山が弾け飛んだかと思えば、コンクリートを蹴り抜いたポーズの奏さんが出てきて、その後ろからはひょっこりと翼さんが顔を覗かせていた。良かった、みんな無事で……。

 

「おー、やっぱり響だったか。歌が聴こえたと思ったら案の定だ」

「立花、今日は非番だと聞いていたが……」

「あー、ははは……いやぁ、何か嫌な予感がしたー、みたいな?」

 

 そう言えば、何でここに来たのか言い訳を考えてなかった。起こるはずだった出来事を知ってた、なんて言えるわけないし……。

 

 あ、そう言えば。

 

「そうだ、この子を……」

「ん? ああ、その子か。気絶してんなら、早めに救急隊を呼んだほうがいいな」

 

 懐の中で気絶したらしいクリスちゃんの顔を覗き込んで、奏さんは納得したらしい。すぐに連絡を取ってくれた。

 その最中、翼さんがたずねてくる。

 

「立花、櫻井女史は見なかったか? この辺にいたはずなんだが」

「へ? 了子さんですか?」

 

 デュランダルとクリスちゃんに必死で見てなかった……。

 確か、この時だったっけ。了子さんが、摩訶不思議な力を使ってるのを見たのって。意識を失う直前だったからほんの見間違いだったのかもとあの時は思ったけど……。

 

 なんて、思ってたら、

 

「はぁ〜い、呼ばれて飛び出てなんとやら〜。了子ちゃんは無事よ〜」

 

 探すまでもなく、無傷で笑顔の了子さんがどこからともなく歩いてきてた。

 

「あーっ、博士!! どこ行ってたんだよぉ、心配させて」

「デュランダルが起動して暴走したのよ? 流石に逃げるってものでしょ」

「よくもまぁ生身で……運が良かったのですね」

「ギリギリだったけれどねぇ。響ちゃんのおかげで無事よ〜」

「はえ? 私のおかげ?」

「そうよ、あなたがデュランダルをその子から離さなかったら……イチイバルを経由してとんでもないエネルギー爆発が起こったでしょうから、装者ごと“ドカン”だったかもしれない。今回はデュランダルから余剰エネルギーが漏れ出るだけで済んだのは僥倖よ」

「余剰エネルギーだけで、の有様か……恐るべし完全聖遺物……」

 

 翼さんの言うとおり、完全聖遺物は本当に侮れない力を秘めている。今回は本当にギリギリだったけど、一歩間違えれば、考えたくもない展開になっていたかもしれない。

 

『現場の装者全員と了子君、聞こえてるか?』

「お、旦那か。感度良好、聞こえてるよ」

『よし。色々と聞きたいことはあるかもしれないが、まずは指示に従ってくれ。上層部よりデュランダル移送作戦の中止が通達された。部隊を今すぐ撤収させるから、一緒に現場を離れてくれ。その後は1課が引き継いでくれる』

「了解。取り敢えず撤収までは目立たないよう現場待機でいいよな?」

『ああ、それで頼む。保護した子に関しても撤収時に医療班が同伴するので安心してくれ。了子君は起動したデュランダルの経過観察を、何か異変があったらすぐに知らせてくれ』

「了解よ〜」

 

 司令から指示が出て、通信が切れると同時に、一気に肩の力が抜けた。一応、これで事は片付いた……んだと思う。

 

「……ふぅぅ、疲れた……」

 

 寝起きで飛び出して来たので流石に疲れた……。

 

 時間は……うん、一限目は遅刻確定かな……。ふふ、つらい……。

 

 

 

 

 

 



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