〖音楽を辞めた少年は、少女達と共に夢を視る〗 (Y×2)
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オリ主紹介
〖篠崎 朧とは〗


これはキャラクター設定となっております。

なるべくネタバレを含まないようにはしますが、閲覧は微注意です。


主人公 篠崎 朧( 21歳 )

 

身長 185cm

 

体重 73kg

 

足のサイズ 28.5

 

血液型 A型

 

誕生日 9月26日

 

星座 天秤座

 

干支 丑年

 

得意なもの ・楽器を弾くこと ・歌を歌うこと ・運動をすること ・暗記、暗算 ・集中すること ・反射神経テスト ・ゲーム

 

特技 ・楽器演奏 ・歌 ・運動 ・絶対音感 ・泣いている子供をあやす ・空手 ・ボクシング ・ボウリング

 

 

 

基本的に触れた楽器は遅くても2ヶ月程でマスターできる。

8歳で音楽を辞めた後、勉強や娯楽に時間を費やした。

・8歳から勉強にかなり力を入れ始める。

7歳の頃には中学一年までの範囲を習得していた。

 

・10歳で空手を開始。週3日2時間空手に通い、最初の昇級試験で異例の4級飛びを果たす。10級から6級までの飛び級。

16歳の段階で空手2段を取得。

 

・12歳になると、高校までの範囲の勉強を全て終わらせる。IQは160程度と予想される。

 

・15歳でTOEIC満点を取得。

 

・16歳にして取り敢えず勉強する事が無くなったので、色々なゲームをやり込む。

(一年でテ〇リス、ぷよ〇よ、FPS、RPG、音ゲーなどを一通りマスター。全てプロ級の域に達する。)

・そして楽器を再開。吹奏楽部に入部しようとするもレベルの低さに落胆し昔の様に自己流で楽器を演奏し始める。

 

・18歳。なんとなくテレビを見ているとボクシングがやっていたので、何となくボクシングと教員免許の勉強をし始める。音楽の短期大学に入学。

20歳でプロテスト合格。これと同時期に卒業と共に教員免許を取得。

 

・21歳になる年、母からの勧めがあり非常勤講師となる。それと並行して生活費を稼ぐため、ボイストレーナーを始め、現在に至る。

 

 

 

篠崎 朧の家系は、母が元銀行員の教師、父が医者かつ有名なヴァイオリ二ストのお金持ちであり、基本父と母は朧のしたいことをさせてきた。

 

朧の特色としては、好きでもない事にも集中する事が出来る力を持ち、それを完全習得するまで諦めることがないという鋼の精神。

 

常人より感性が遥かにすぐれており、何事も上手くこなす。

 

手が大きく、指が長いため楽器を弾く時はかなり有利。

 

なるべく有名になるのを避けている為、インタビューなどは殆ど受けていない。

目立ったことは6歳のピアノコンクール以降なにもない為、篠崎 朧という名前を知るものはかなり少ない。

 

しかし、中には朧を知る人物も居る。

目立たなかったとはいえ、圧倒的才能を持った朧に気付く人もいると言うことだ。

 

今後、朧を知る人物達は物語に大きく影響を与えていくに違いない。

 

そんな事を朧は知る由もなく、運命の歯車は少しずつ変わっていくのであった。



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第一章
第一話 〖篠崎 朧という人間〗


感想、評価など沢山募集しております。


 

俺が音楽を始めたのは、3歳の頃だった。

きっかけは単純で、お父さんが弾いていたピアノを聞いて自分も好奇心で始めてみた。

その結果、どうやら俺には音楽の才能があったみたいで、5歳になる頃には譜面を一度見るだけで弾ける様になるまでになった。

 

俗に言う天才というものだったらしい。

 

6歳で小学校のピアノコンクールで優勝し、

そして7歳を迎える頃には、ドラム、ギター、ピアノ、ベースをほぼ完璧にマスターしていた。

その他の楽器もある程度マスターしていた俺は、幼くして一つの壁にぶち当たっていた。

 

それは、《する事がなくなった》と言うこと。

 

なんでもかんでもマスターしてしまうが故に、する事がなくなってしまったのだ。

そしてモチベーションが無くなり、8歳の誕生日目前に音楽を辞めた。

 

…まぁ、他にも理由はあるのだが。

 

稀代の天才、篠崎 朧《しのざき おぼろ》はこうして人知れず姿を消したのであった。めでたしめでたし。

 

 

月日は流れ、今は俺は21歳。

学校教師とボーカルトレーナーをしながら生計を立てている。

 

え?音楽はやめたんじゃなかったのかって?

確かに音楽をする事は辞めたが、人に教えるという点に関して言えば、俺はとても好きなのでノーカウントだ。

 

そして、今日も教師として平凡な1日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

「先生、またね〜!」

「お〜う。気を付けて帰れよ〜。」

 

俺が通う学校の名は、花咲川女子学園。まぁ読んで時の如く女子校である。

理由は特にない。女の子とお話したいとか、ちょっとモテてみたいとかそんな欲望とか全然ない。うん、多分。

 

ここで働いている理由は、母がここに少しパイプがあったので紹介してもらったら、割とすぐに受け入れて貰えた。

これに関しては運が良かったとしか言えない。

 

 

そして今はここの非常勤講師として、音楽を教えている。

決して濃密な日々ではないが、俺にとっては毎日が音楽をしている時より充実していると言う実感があった。

 

なんせ、時間があれば楽器に触れ、弾き、歌い、ひたすら学習していたので自由という時間が無かったのである。

 

今思えば、よくもまぁあれ程熱中出来ていたものだ。若いからなせる技なのか…。

 

「っと。今日はボーカルトレーニングがあるんだったな。早く帰らないと」

 

今日来る子は、バンドを組んでいてボーカル担当と聞いているので少し楽しみでもあった。

 

ボーカルを教えるにあたって、最初から基礎が出来ている人が来る事は少なく初心者の人が多い為、応用を教える事が少ないのである。

故に、今日はその子がどれ程の実力か楽しみにしていた。

 

 

自転車で片道15分。自宅の敷地に自転車を止めると、鍵を開けて家へ入る。

自宅は二階建てであり、一階は自分のプライベートルーム。

二階は完全防音のボーカルトレーニングルームになっている。

二階で2時間3000円と言う破格の値段でトレーニングを行い、それざ終われば一階の部屋で甘いものやお菓子を振る舞うことにしている。

 

その事があってか、割とトレーニングが人気であり、生活費に大きく足しになっている。

 

その子が来るまでに、ピアノとギターを準備しておく。

どうやらギターも弾けると言うことなので、教えて欲しいと言われた時の保険だ。

 

 

「よし、準備完了っと。あとは来るのを待つだけだな。あと20分ぐらいで来るから…。」

 

ちら、とギターを横目に見る。

 

「久々に弾いてみるか。」

 

かなり使い古されたギターを持ち、弦へ指を添える。

 

懐かしい感覚に、少し頬が緩んだ。

 

昔はこれをマスターするまで何度も何度も弾きまくって、指が血だらけになった記憶がある。

ビン、と軽く音を鳴らす。そして、記憶の中にある譜面を思い出しながら弾き始める。

 

今弾いている曲は、自分の中で一番記憶に残っている曲。題名は無い。

何故なら自分で作った曲だからである。

 

バラード調の曲であり、自分が音楽に飽きを感じた時に作った曲だ。

ギターの音に合わせながら、軽く歌詞を口ずさむ。

 

「儚く散った想いの欠片…それを今拾い集める。でもそれは…雲のように掴めない。当たり前だった。だってそれは自分が捨てた夢だったんだから…」

 

感傷に浸りながら、一つ一つの言葉を紡いでいく。

気が付いた時には、5分もギターを弾き歌っていた。

 

「おっとと、ダメだな。一回集中すると時間を忘れる悪い癖…まだ残ってたんだな。」

 

苦笑を浮かべながらギターを置き、その子が来るのを待った。

 

そして10分前キッカリにインターホンが鳴ると、朧は下へ降りて玄関の扉を開けた。

 

 

そこには、髪に一筋の赤いメッシュを入れており、ネックまであるグレーのニット服の上に黒のダブルライダースを着て、ギターを担いだ女の子が立っていた。

 

 

顔立ちは凛々しく、しかしどこか幼げがある様で…表現するなら、クールキュートという矛盾しているパワーワードが頭の中をよぎった。

 

その女の子の容姿に見惚れていることに気付くと、ハッと我に返る。

 

「い、いらっしゃい!ボーカルトレーナーの篠崎 朧です。宜しく。」

 

こちらが自己紹介を述べると、女の子も簡潔に自己紹介を述べた。

 

「美竹 蘭です。宜しくお願いします。」




初めての投稿です。
拙い文ではありますが、読んでもらえると嬉しいです。
最初の方は短めの話が続くと思います。


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第二話 〖美竹 蘭と言う人間〗

感想、表情など沢山募集しております。


私は羽丘女子学園に通う高校一年、美竹 蘭。

 

高校ではAfterglowってバンドを組んでて、そこでボーカル&ギターを担当してる。

Afterglowのみんなは昔からの幼馴染で、中学の文化祭をキッカケに幼馴染と一緒に居られるツールで結成されたの。

 

私自身、Afterglowのみんなと居る時間はとても楽しい。けれど、その分華道も頑張らなきゃいけない。

私の家は100年以上の歴史がある華道の一家で、その事で一時期父さんとモメたりしてた。

けど今は父さんに華道を頑張るならバンドを続けていもいいと許可を貰って、私はバンドを続けてる。

 

みんな凄く情熱的で、一人一人が楽しくありのままで演奏する事をモットーに今までしてきたけど、私はボーカルとしてもう一段階レベルアップして、みんなを引っ張っていきたいと思った。

華道との両立でたまに練習に顔が出せない時があるから、広告で見かけたこのボーカルトレーニングはチャンスだと思って連絡してみたら、若い男の人が電話に出てきて私にこう言った。

 

「へぇ〜!経験者なのか。それは教えるのが楽しみだよ!」と。

 

こんな軽そうな人が本当に教えられるのか心配だったけど、取り敢えず一回行ってみて合わなかったら行かなきゃいい。

…そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

「…予定より早く来ちゃったな。」

 

腕時計を眺めると、まだ20分程時間があった。

なんせ、初めて受けるボーカルトレーニングに緊張していていつもより早く歩いてたみたいだった。

「まぁいっか。」

 

インターホンに指を伸ばしたその時、ふとどこからか歌声が聞こえる様な気がした。

ハッと頭を上げ、キョロキョロと辺りを見回し音の元を探した。

どうやらそれはこの家の中から聞こえているようであった。

 

「…あんまりこういうのは良くないと思うけど。」

 

蘭はその声が気になり、玄関のドアに耳を少しだけ当ててみた。

 

聞こえてきたのは、バラード調の曲と今にも消えてしまいそうな切なく儚い歌声。

蘭は思わずそれに聴き入ってしまった。

 

蘭がボーカルを務めるAfterglowは、ロックやポップなどほカッコよくアップテンポな曲を得意としていた。

正直、バラードの様なしんみりとした歌は得意では無かった。

 

しかし、その気持ちなど何処へやら。

蘭は初めて心の底から、《バラードを歌ってみたい》と思ってしまったのだ。

ギターの奏でる音と歌声が完璧にマッチすると、ここまで人を惹き付けてしまうのか。

自分がもし、このレベルに達する事が出来た時。Afterglowは更に進化する。そう感じ取った。

 

 

そして蘭は一人静かに決意する。

 

 

この人に教えを受けよう。

 

この人の技術を盗まなければならない。

 

今後こんな人は現れないだろう。

このチャンスは逃せない。

 

私…いや、Afterglowの為に。

 

 

 

蘭は、ふと思い出したかのように腕時計に視線を落とすと目を見開いた。

いつの間にか5分も経っていたのだ。

聴き入っていたのは確かだが、5分もドアに耳を付けて聞いていたことを考えると、ふつふつと恥ずかしさが込み上げてきて顔を仄かに紅くする。

 

「何やってんのよ私…!」

 

ふるふると首を左右に振り、パシンと軽く両頬を叩き気合を入れる。

 

「よし…。」

 

先程とは別人の様にキリッと表情を整えると、少し震える指でインターホンを押した。

 

「はーい。」

 

と、中から返事が聞こえ鍵が開き、扉が開かれる。

中から出てきたのは、想像通り若くパッとしない人だったが、蘭はもうそんな偏見など消し去り、目の前に居るのは自分が目標とする人である事をしっかりと認識する。

 

「い、いらっしゃい!ボーカルトレーナーの篠崎 朧です。宜しく。」

 

そしてこちらも簡潔に名前を述べる。

 

 

「美竹 蘭です。宜しくお願いします。」




前回に引き続き短いです。
今後は割と長くしていくつもりなので宜しくお願いします。


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第三話 〖進化する為に〗

今回はちょっと長い文章が多めかもしれないですがご了承ください。


「さて、じゃあ取り敢えずそこに座って。」

 

「はい。」

 

美竹 蘭は、篠崎 朧に言われた通りに椅子に腰掛ける。

二階に上がるとピアノと…ギターが用意されていた。

 

「あの…えっと…」

 

「みんなは朧先生って呼んでるよ。」

 

蘭の表情を見て察すると、小さく微笑み上記を述べる。

 

 

「じゃあ朧先生。なんでギターを置いてあるんですか?」

 

「蘭はボーカル&ギターなんでしょ?だから、蘭がもし良ければだけどギターも次いでに教えようかなって。」

 

蘭にとっては願ってもない申し出だ。

 

 

「是非お願いします!」

 

ずい、と身を乗り出す蘭。近い、顔が近い…!いい匂い……じゃない!!

 

「と、取り敢えず落ち着いて…ね?」

 

両手を小さく上げて相手を落ち着かせると、朧はピアノに手を添えた。

 

 

「最初はちゃんと基礎練習からだ。蘭は音階練習は言わなくても分かるよな?」

 

 

蘭はコクリと頷く。

音階練習というのは、ドレミファソファミレドの音階を基本とし、そこから半音ずつ上げていくボイトレの中でも基礎中の基礎練習だ。

 

「よし、じゃあ始めるか。声を出す時は喉の奥を大きく開くイメージで。で、鼻の上がビリビリ響くのを意識して。いわゆる軟口蓋って所だね。」

 

 

《軟口蓋《なんこうがい》……詳しい説明は省くが、舌で口の上側の奥のほうに触れてみると柔らかい場所がある。そこが軟口蓋と言われる場所であり、そこをイメージする事で喉が開き響きのいい声が出せる様になる。因みに滑舌などの練習でも意識するといい。》

 

 

 

蘭は首だけで返事を返すと、言われた通りにイメージをしながらボイトレを始める。

 

…うん、やっぱりバンドのボーカルをしているだけあって、基礎はだいぶ出来ている。

音は少し怪しいところがあるけど、これぐらいならすぐに修正できる範囲だ。これなら次のステップも大丈夫だな。

 

 

「はい、一旦ストップ。流石、バンドのボーカルを務めてるだけあって基礎はほぼ完璧だ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「じゃあ、次はオクターブ練習をしよう。これは知ってるかな?」

 

「声を1オクターブの幅で揺らす練習ですよね。」

 

「ピンポーン!大正解だ。」

 

 

 

《オクターブ練習…低いドの音から高いドの音までを1オクターブと言う。その低いドから高いドの音を交互に出す練習の事。これも半音ずつ上げていく。》

 

 

 

 

「分かってるなら話が早い。早速やってみようか。」

 

「はい。」

 

蘭は指示された通り、ピアノの音に合わせながら発声をしていく。

 

 

 

…良い感じだ。けど、裏声が少し弱いな…。

 

 

「はいストップ。蘭は裏声が少し苦手か?」

 

「そう…ですか?」

 

「うん、ちょっと弱いと思ってね。普段はミックスボイスを主に使ってるんじゃない?」

 

「……!は、はい。そうですけど。」

 

 

《ミックスボイス……地声と裏声を混ぜて歌う事により、力強い地声に聞こえるという技術。簡単に言うならダウン〇ウンの浜田〇功、ジャパネットた〇たの高〇社長みたいな声だ。》

 

 

 

 

「いいミックスボイスだ。響きもあるし声もよく出ている。けど、少しブレる所があるんだ。理由としては、腹筋か声量の問題だ。蘭は声量に関して問題ないと思ってるから、声を支える腹筋が足りないんじゃないかな。」

 

 

…図星だった。蘭は普段から筋トレなどは余りしていなかった。

それをこうも容易く見抜かれるとは思ってもみなかった。

 

 

 

「君ほどの実力があれば、それをしないってのはめちゃくちゃ勿体無いからな〜。…これを渡しておこう。」

 

朧はそう言うと、近くの机から小さなメモ用紙を取り出しそれを蘭に渡す。

 

「これは…?」

 

「筋トレ嫌いな人の為に、俺が考えたメニューだよ。一つ一つは全然苦じゃないから、それを続けてみたらいいと思うよ。」

 

 

メニューには、腹筋20回×3セット。体幹トレーニングである、フロントブリッジとサイドブリッジを30秒×3セット。と書かれていた。

 

 

 

《フロントブリッジ……体幹トレーニングの中でも1番メジャーなトレーニング。両肘と両足を床につけて、腰を浮かせ腹筋と背筋を効率よく鍛えることが出来る。サイドブリッジは、それを横向きにするだけ。詳細はググッてくれ。》

 

 

 

 

「…これを毎日、ですか?」

 

「出来ればね?けど、筋肉痛の時とかは無理しなくていいよ。」

 

「…分かりました。やってみます。」

 

 

この人が言うことだ。間違いはない。

この人の言うことは一つでも多く吸収しなければいけない。

蘭は本気で筋トレを頑張ろうと決意した。

 

 

 

「ん!じゃあ発声練習の続きをしようか。」

 

「あの…!一ついいですか…?」

 

「一つと言わずになんでも聞いてくれ。答えられる範囲でなら答えるぞ?」

 

「…私達の歌を、聞いてくれませんか。Afterglowの歌を。」




今回は少し長めかも知れません。
感想や評価など戴ければ今後のモチベーションに繋がります。


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第四話 〖75点〗

感想、評価などを戴ければ幸いです。


「私達の歌…?」

 

 

篠崎 朧はいきなりの提案に少し眉を顰めた。

 

 

「はい。Afterglowのみんなで作った曲です。聞いてもらえないでしょうか。」

 

 

美竹 蘭の真剣な眼差しを、朧はじっと見つめ返す。

 

 

目は揺らがない。どうやら本気のようだな。

 

 

ふっと視線を落とすと、再び蘭を見つめてこちらも質問を返す。

 

「聞くのはいいけど、俺に聞いてもらってどうしたいんだ?」

 

「それは……っ。」

 

蘭は視線を逸らす。どうしたいかなんて心の中では決まっているのに、いざ言おうとすると照れくさくて中々言葉が出てこないのだ。

 

「…言わなきゃ分かんないぞ。特にないならボイトレを続けるけど。」

 

朧はそう告げると、ピアノに手を添えてボイトレを続行しようと思った時、蘭が静かに口を開いた。

 

「み…みんなの為に、私はもっと成長したいと思ったからです。」

 

…思った通りの答えだ。この子は人一倍素直になれない子だと、一目見た時から分かっていた。

その分、裏でとても頑張るタイプでもある。

いわるゆツンデレというやt…

 

「先生、失礼な事考えてませんよね?」

 

「え"ッ!?ん、んなわけ無いだろ!?」

 

「その割には声が上ずってますけど。」

 

 

じとり、と目を細めてこちらを見てくる。やめて。その視線凄い傷付くから…。

 

「と、とにかくだ!それをなんで俺なんだ?たまたま見つけたボイトレコーチに聞かせても、いい返事が貰えるとは限らないぞ?」

 

「…私、先生の歌を聞きました。」

 

「…はぇ?」

 

 

思わず言葉になってない曖昧な音を口から無意識に放っていた。

 

 

「き……聞いたって…どこで?」

 

「私がここに来た時、先生の歌声が聞こえてきたので…。」

 

…流石に聞き耳を立ててただなんて言えないよね。

 

「ま……マジかぁ〜…!!そんな大声で歌ってなかったのに…!」

 

朧は顔を真っ赤にして頭を抱える。

まさかあんな臭い歌詞の歌を聞かれてただなんて…。俺もうお婿に行けねぇ…。

 

「それを聞いて私は思ったんです。この人しか居ないって。」

 

「何がだよ…。自分の玩具にするのはこの人が一番ってか?」

 

「違いますよ!どうしてそうなったんですか!」

 

「あんな中二病こじらせた様な歌聞かれちゃもう生きてけない…。」

 

「どんだけ自己評価低いんですか…。私は少なくとも目標にしたいと思いました。」

 

「中二病をか?」

 

「歌の技術です!!」

 

この人想像以上に面倒くさいと思いながらも、蘭は言葉を続けた。

 

「とにかく私達の歌を聞いて下さい。で、先生が思った事を私に言ってほしいんです。お願いします。」

 

 

蘭は浅く頭を下げると、ギターの弦に指を添える。

 

「…分かったよ。じゃあ好きなタイミングで。」

 

「はい。では聞いて下さい。Scarlet Sky。」

 

すぅ、と息を吸い呼吸を整えギターを弾き、歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

朧はその曲を真剣な表情で聞いていた。

とてもいい曲だ。

本当に高校生が作った曲とは思えないほど完成されている。

 

が、一番凄いのは蘭の表現力だ。

歌を聞いているだけで、夕焼けの空を5人で仲良く見つめている風景が自然と見えてくる…。

5人で笑い、5人で泣き、5人で喜び、5人で喧嘩し……そんな当たり前の日常が、ふと突然無くなったら。

そんなことを考えれば、誰でも怖くなる。

 

5人で居たいから、自分は変わったんだ。

それを訴えかけて来ている。

 

 

「…どうでしたか?」

 

歌い終わった蘭は、少し心配そうに朧を見つめる。

 

「…100点満点なら、75点、と言ったところだ。」

 

「そうですか…。」

 

思っていたよりも低かった。けれど、この人の評価は間違ってはいない。

 

所々ミスしたし、音程も少しブレていた。妥当だろう。

 

「何をしょんぼりしてるんだ?100点満点中、"表現力"だけで75点だぞ?」

 

「…え?」

 

「歌唱力も含めたら、145点ぐらいだ。つまり、俺の予想を遥かに超えてきたんだよ、蘭は。」

 

にこり、と微笑みを浮かべる朧。

 

「所々ミスしたのは気づいた。けど、蘭は何よりも大切な事を思って歌っていた。それを俺は感じたんだ。」

 

蘭は困惑していた。これは喜んでいいのか、まだまだだと自分に言い聞かせるのか、と。

 

「蘭、喜べ!褒められたら喜ぶべきだ。俺の予想を超えたんだ!自分を誇れ!」

 

先程よりも大きく笑みを浮かべると、ポンと蘭の肩に手を置く。

 

 

「…今まで頑張ってた事、全部俺に伝わったぞ。」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、蘭は自然と涙を流していた。

悲しい訳ではない。嬉しいという感情と安堵の感情が織り交ざった様な、そんな温かい気持ちだった。

 

 

「よ…よかったです…。」

 

蘭は袖で涙を拭い、小さく笑みを零した。

 

 

「…さ、ここまで歌えるなら次のステップへいこうか。お望み通り、今までより更にその先へ案内してやる。」

 

朧は自分でそう言いながら、一番自分が楽しんでいると感じていた。

この子を磨ける喜び。そして、その先の未来像を考えると、朧は頬が緩みっぱなしであった。




今回ちょっと長めです。

誤字脱字報告があれば宜しくお願いします!


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第五話 〖覚悟〗

1500UA到達ありがとうございます。
死ぬほど励みになっているので、これからも是非ご贔屓によろしくお願いします。

評価、感想などお待ちしております。


「さて蘭。更に上のランクに目指すにあたって、一番大切なものは何だと思う?」

 

篠崎 朧は唐突にそんな事を蘭に訊ねた。

 

「そうですね…。努力…ですか?」

 

美竹 蘭は少し考えた後、自信なさげに答える。

 

 

「無難なところ言ったな〜。まぁ間違っちゃいないが、努力する為には何が必要だ?」

 

「モチベーション…とか?」

 

「間違ってはないな。正解はハングリー精神だよ。」

 

 

「ハングリー精神…?」

 

「そう、これは全てに通ずる事だ。上手くなろうと思う事は誰でも出来る。けど、それを実行し更に高みを目指し、何事にも満足しないという気持ちだ。」

 

朧は確かに音楽の才能を持っていた。

しかし、才能をもつ者など世界中何処にでもいる。

その中でも頭一つ抜けている人は、努力の中に秘めたハングリー精神が他の才ある者達とは違うのだ。

 

言うなれば、朧はハングリーの塊であり、ハングリーの天才なのだ。

だから幼くして数々の楽器をマスターし、全て妥協すること無くそれを成し遂げる事が出来た。

 

「さっき褒めた時、俺は喜べと言ったな。確かに褒められたら喜ぶべきだ。けど、喜んでもいいが満足していいという訳じゃない。」

 

蘭は静かにその話を真剣な表情で聞いている。

 

「俺は何かを成し遂げた時、その時だけ満足していた。でも満足するのは一瞬で、またすぐに他の事に手を出した。なんつーか…麻薬なんだよ、満足は。俺は満足を得るためにひたすら頑張った。で、今に至る訳よ。」

 

 

成程。この人は自分が想像していた100倍努力しているんだと、蘭は自分の努力がどれだけ小さかったかを理解した。

 

別に今までの努力を否定するわけじゃない。けれど、この人の歌や音を聴くと、まるでちっぽけに感じてしまうのだ。

 

「蘭はまだ16歳だろ?才能で言えば俺よりあると思う。違うのは、もっと知りたいという気持ちだけだ。」

 

「なんか先生がそれを言うと嫌味に聞こえるんですけど…。」

 

「いやいや、俺は才能ない人とか下手くそな人にはちゃんと言うぜ?才能ないとが下手とか普通にな。」

 

「それはそれで可哀想な気が…」

 

「バカ。それだけな訳ないだろ?その後に絶対こう聞くんだよ。"上手くなる覚悟はあるか"ってな。覚悟のない奴何しても無理だ。」

 

「覚悟…。」

 

 

私も色々覚悟はしてきた。

バンドを続けるための覚悟をしたから、華道も頑張ってる。

 

だけど、歌に対する覚悟と言われると曖昧だ。

湊さんみたいに、歌に全てをかけてる人になれるかと聞かれると…迷ってしまう。

 

「難しく考えなくて大丈夫だ。頭を柔らかくしてみろ。割と些細な理由で覚悟は決まるもんだ。」

 

…そうだ。湊さんも、自分の歌に自信があるから覚悟が決まってるんだ。

血の滲むような努力の先にある、目標に向かって…。

 

なら、私の覚悟は…

 

「…私は、Afterglowのみんなの為なら頑張れます。」

 

いい目をしている。この子は本当に友達思いでいい子だ。

そういう子ほど伸び代がある。

 

 

「…二言はないと見た。なら本格的にボーカルの技術を叩き込むぞ。覚悟は出来てるか?」

 

「はい!」

 

私は、歌にかける覚悟は持ち合わせてない。

けれど、バンドの為なら覚悟を決められる。

 

みんなの為に、私は歌の覚悟を決めた。




読んで頂き、ありがとうございます。

次はだいぶ長くなると思いますので、よろしくお願いします。


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第六話 〖どこから声を出す?〗

感想、評価などお待ちしております( ´△`)







「蘭、声って何処から出す?」

 

篠崎 朧は、唐突に質問を目の前の女の子へとぶつける。

 

「それは…お腹ですか?」

 

美竹 蘭は、怖々と答えを述べた。

 

 

「ん~、可もなく不可もなく…だな。」

 

意地悪そうに蘭を見つめると、蘭は眉をへの字にして首を傾げる。

 

「違うんですか??」

 

「合ってるっちゃ合ってるさ。けど、もっと根本的な所を考えてみ?」

 

「根本的な所…。」

 

むむ…と目を細めて考え込む。

 

根本的と言われても…。お腹より更に前が影響してるとなると…。

 

 

「丹田《たんでん》…ですか?」

 

「お、よく知ってるな!そこも確かに重要だが、まだ浅いな。あ、丹田が分からない人は自分でググッてくれ!」

 

「…誰に話しかけてるんですか?」

 

「あ、いやいや、気にしないでくれ。ほら、他にあるだろ?」

「他って言われても…。」

 

蘭はいよいよ答えが見つからない。

お腹以外から声を出す方法なんて、物理的に有り得るのかと困惑していた。

 

「なんだ、ギブアップか?」

 

「はぁ…まぁ分からないのでギブアップでいいです…」

 

「じゃあ教えてやろう。正解は、" 心 "だよ。」

 

「…はい?」

 

意外な答えに蘭は眉を顰めてまぬけな声を出してしまう。

 

「心だよ心。まさか、お前には心が無いのか…!」

 

「ありますよ!そう言うのいいんで、それがどう関係するか教えてもらえませんか?」

 

「そんな言い方するなよ。普通に傷つくわ…。まぁ言うなれば、心が及ぼす身体への影響ってどれぐらいあるか分かるか?」

 

「…具体的には分からないですけど、相当なんじゃないですか?」

 

「そうだ。相当身体に作用する。つまり、心がいい状態じゃないと、いい声も出ないって事だ。蘭、お前はバンドメンバーと演奏する時、周りの音がよく聞こえて気持ちよく歌えた事はあるか?」

 

「ありましたね…そんな事も。」

 

「それは、"ゾーン"と呼ばれる現象だ。聞いたことぐらいはあるな?」

 

 

コクリ、と黙って頷く蘭。

 

ゾーンとは、簡単に言えば極度の集中状態の事であり、スポーツ選手などによく見られる現象である。

試合中、何もかもが上手くいって負ける気がしないだとか、自分の動きが上空から見えていたなど、信じ難いような現象を引き起こすのである。

 

「ゾーンってのは、心と身体が完全に調和した無我の境地なんだ。つまり、最高のポテンシャルを引き出してくれる一時的な脳のドーピングみたいなものなんだよ。」

 

「…それが声と関係あると?」

 

「簡単な話だ。心が乱れてる時は声の調子も悪くなるし、多々ミスしたりする。1番身近なものなら、緊張ってやつだな。」

 

「成程…。つまり心が強ければ強い程、平均して調子の良い声や音を出せるってことですか。」

 

「そう!察しが良くて宜しい。だから、声は心だ。物理的には勿論腹から出てるものだが、それ以前に心を通して声は出てるんだよ。」

 

蘭は納得したように頷くと、小さなメモ用紙にその事を書き込む。

 

「じゃあ、心を強くする方法ってなんなんですか?」

 

「ん〜…具体的には俺も分からない。だだ、俺は"心を揺らすこと"だと思っている。」

 

「心を揺らす…?」

 

蘭は小さく首を傾げる。

 

「そうだ。泣き、笑い、哀しみ、嬉しさ、怒り、悲しみ、妬み、好き、嫌い…こういう感情と呼ばれるものは、全部が心を刺激し動かしてくれるものなんだ。これを日常生活の中で、どれだけ感じているか…だな。」

 

「……。」

 

 

私は思わず俯いた。

自分自身意識したことはないけど、クールとよく呼ばれる。

多分…私があまり感情を出さないから、そう言われてるんだと思うけれど…、正直どう感情を出せばいいか分からない。

 

なんというか、出すのに恥ずかしさを感じたりする。

 

 

「蘭は苦手そうだもんな、心を動かすの。」

 

朧は微笑みながら俯く相手を見つめる。

 

「…その通りですよ。私は余り意識したことが無かったです。」

 

「まぁそうだろうな。日常的にそんなこと考えながら生きてる人間なんてそうそう居ないもんだ。なら簡単だ。これから意識すればいい。」

 

「そんな簡単に言われても…。」

 

「分かってるさ。だから、もう布石は打ってある。」

 

 

ニンマリと笑みを浮かべる朧を見て、蘭は再び首を傾げた。

 

 

「布石…?」

 

「そうだ。俺がただ適当にボケてるだけと思ってたか?」

 

「…それって…。」

 

「あぁ、さっきから俺が馬鹿なことばっか言ってたのも、蘭の心を動かす為だ。」

 

「…それ後付けじゃないんですか?」

 

「違うわ!ちゃんと布石としてな…!」

 

「はいはい分かりましたよ。」

 

くすっと微笑む蘭を見て、朧は安心した。

 

全く表情が変わらないことはないらしく、きっと身内に気持ちを曝け出すのが恥ずかしいのだけなのであろう。

 

こうやって先生と生徒という関係ならば、蘭も気持ちを出しやすいと、朧は理解していた。

 

 

「さ、声の出す場所も分かった所でさっきの歌、もう1回歌ってみようか!」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

蘭は最初より深く頭を下げ、そして再びScarletSkyを弾き、歌い始める。

 

…先程とは別人のようだ。

さっきはお腹から声を出す事を優先していた声が、心優先になった事により、更に蘭のイメージするものが明確に見えてくる。

 

技術的なことは特に教えていない。

ただイメージするだけでここまで人は変われる。

 

 

 

それを一番実感していたのは、蘭であった。

 

たったワンコーラス。しかし、蘭はその中に様々な感情を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

…あぁ、私は本当にみんなの事が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…先生、どうでしたか…。」

 

蘭が歌い終えると、朧は何も言わずに拍手を送った。

 

 

額に汗を滲ませ、肩で呼吸をしている。

相当疲れたのであろう。

 

それもその筈。

人は気持ちが乗ればアドレナリンが放出され、体の疲労が麻痺するため、普通に限界を超えることが可能であるからだ。

 

蘭は、きっとワンコーラスに相当な神経を使ったに違いない。

それは蘭の表情を見れば分かる。

 

 

「さっき歌ったより、格段に良くなったぞ。俺はまだ技術的なことを教えてないのに、な?」

 

にこりと笑み、蘭を見つめる朧。

 

「…意識するってことがどれだけ大事か、とても分かりました…先生。」

 

朧の目を、力強い眼差しで見つめ返す。

 

 

刹那───

 

 

ゴーン…ゴーン……。

 

 

と、時計の音が鳴り響く。

どうやらもう2時間経ったようである。

 

 

「もう2時間経ったんですね…。」

 

蘭は驚きと同時に、名残惜しそうに時計を見つめる。

 

「俺のボイトレは時間が過ぎるのが早いってことでも有名でな?」

 

本当か嘘か分からないような曖昧な答えを返すと、朧は椅子から立ち上がった。

 

「来週も、来たくなったか?」

 

 

蘭は、その質問の答えは言わずもがな決まっていた。

 

 

「…はい!よろしくお願いします!」

 

 

 

 

こうして、美竹 蘭の初ボイストレーニングは幕を閉じた。




今回でボイトレ回は終了です。
ここまで読んでくれた方にめちゃくちゃ感謝しています!

次は朧とポピパの皆を絡めた話を書こうかなと思っております。

よろしくお願いします( ´_>` )


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第七話 〖ガールズバンド〗

多少のキャラ崩壊はお許し下さいorz

感想、評価お待ちしております( ´△`)


「…俺に音楽を教えて欲しい!?」

 

篠崎 朧は、突然のお願いに目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

遡ること数時間前、朧はいつも通りに音楽の授業を行っていた。

 

と言っても、クラスメイトを交えた適当な雑談みたいな感じである。

 

 

「先生!先生っていっつも喋ってるけど、音楽出来るんですか〜?」

 

一人の女子生徒が、小馬鹿にしたように朧に質問を投げる。

 

「そりゃ勿論。じゃないと音楽の教師なんてしてないさ。非常勤だけどな?」

 

ははっと笑う朧に、女子生徒達は次々と質問をぶつける。

 

「じゃあ、なんか弾いてみて下さいよ!」

 

「いつから音楽してるんですか!」

 

「そんなこと言いつつ本当は弾けないんでしょ〜?」

 

 

「ちょ、ちょっと待てお前ら!俺は聖徳太子じゃないんだから一気には答えられないっての…。じゃあ…君、質問あればどーぞ。」

 

「はい!先生は、どんな楽器を弾けるんですか!」

 

勢い良く手を上げ選ばれたのは、髪型が猫……?みたいな女の子だった。

 

名前は確か…戸山 香澄、だったかな?

 

「そうだな〜。ピアノ、ギター、ベース、ドラム…まぁ他にもあるけど、これらが一番得意だな。」

 

教室の中がどよめくと同時に、すぐに疑いの目が朧に振りかかる。

 

そりゃ一人でバンド組める様な楽器全部できるなんて言ったら、誰だって疑うであろう。

 

 

「じゃあ、弾いてみてくれませんか!おたえ、今ギターある?」

 

「うん、あるよ〜」

 

戸山は、友人である花園 たえに提案する。花園は呑気に返事を返し微笑んでいた。

 

人に楽器を貸すのに抵抗がある事が普通だが、大丈夫か…?

万が一壊されたり雑に扱われたりしたら、と考えると妥当な判断である。

 

「先生が弾くところ見たいよね!ね!」

 

「と、戸山…。別に俺もそこまで弾ける訳じゃないから無理して…」

 

「はい、どーぞ。」

 

 

花園ギターケースを持つと、朧の前に差し出した。

 

渡すんかい!と心の中でツッコミを入れながらも、花園のギターを受け取る。

 

 

「…悪いな、花園」

 

「いえいえ〜、期待してますよ〜?」

 

「プレッシャーかけるのやめてくれないか…?」

 

花園が席に戻るのを確認すると、ギターケースを開ける。

 

中には、青色のギターが入っていた。

相当使い込まれている様に感じた朧は、いよいよ丁重に扱わなければならないと身体を強ばらせ、小さく唾を飲むとギターを手にする。

 

 

「…いいギターだ。あ、曲のリクエストがあれば聴ける範囲で聞くぞ。」

 

「じゃあ、私がギターを貸したので私でいいですか?」

 

「異論は無い。どうぞ?」

 

「この楽譜ですけど…。先生は初見弾き出来ますか?」

 

「まぁ、ある程度はな?」

 

 

花園から手渡されたのは────

 

 

 

「…夢見るSunflower、か。」

 

「はい。この曲は私たちのバンド、Poppin'PartyがSPACEっていうLIVEで使った曲です。」

 

「えっ。そんな大層なものを、俺が弾いて良いのか?」

 

「初見弾き出来るって先生が言ったんですから大丈夫ですよ〜!」

 

「…まぁ頑張るけどよ。」

 

花園は席へ戻ると、朧を見詰める。

 

 

 

朧がギターの弦に手を添えた時、花園は目を見開いた。

 

花園 たえは6年間ギターを弾き続けているので、ギターの構えなどを見ればある程度弾けるかなどは分かる。

 

 

 

 

…あの人は、私なんか手も足も出ない。そんな次元に居る。

 

 

 

と、一瞬で悟ったのだ。素人目には分からない。花園だからこそ、それを理解した。

 

 

ジャラン、と弦を鳴らすと朧は楽譜を見ながらギターを弾き始めた。

 

その瞬間、教室全体が耳が痛く成程の静けさになる。

そこには朧が奏でる音だけが、空間を満たしていた。

 

 

 

なんて綺麗な音色だろう。この意見はきっと満場一致だ。

 

 

けど、綺麗だけどどこか儚い…。なんだろう…この感じ。

 

花園は、音色に込められた感情を全て読み取る事はが出来なかったが、確かに伝わるものはあった。

 

 

 

 

 

朧が曲を弾き終わる頃には、誰一人として朧を馬鹿にする者など居なかった。

 

教室の妙な静寂を切り裂いたのは、朧の声だった。

 

「えっと…みんなどうした?」

 

その声にハッと皆は意識を戻すと、一斉に拍手を送る生徒達。

 

その光景に驚くも、同時に照れ臭くもあり小さく頭を下げる。

 

 

「先生凄い!!」

 

「カッコイイ〜…!!」

 

などと黄色い声援を生徒達が飛ばす中、その中の4人だけは反応が違っていた。

 

戸山 香澄、花園 たえ、そして────牛込りみ、山吹沙綾だ。

 

 

そして、授業の終わりを告げる鐘が鳴り教室を出ようとすると、朧の服を誰かが掴んだ。

 

 

「…先生、私達に音楽を教えて下さい!!」

 

4人は、深々と頭を下げた。




今回からポピパメインの話です。
どこまで行くかは不明ですが、なるべく時系列考えて書いていきたいと思います。


因みに余談ですが、この事があってから朧はめちゃくちゃ女の子から告白されまくったそうです( ´_>` )


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第八話 〖勿体無い…!!〗

感想、評価などお待ちしております(´△`)

70お気に入り&5000UAありがとうございます!!
嬉しすぎて死にそうです。


篠崎 朧。御歳21歳にしてモテ期到来致しました。

 

 

 

俺がギターを弾いてから1週間。

数えるだけでも十数人の女の子から告白された。

 

 

いやね?嬉しくないと言ったら嘘じゃないけど、今はそれよりも大変な事が山積みなんだよ…。

 

特に…────

 

 

 

 

「ここがCIRCLEってライブハウスか…。こんな所にあったんだな。」

 

朧は先日、戸山 香澄がリーダーを務めるガールズバンド、Poppin'Partyの4人に音楽を教えて欲しいと頭を下げられた。

 

女の子4人に頭を下げられては朧も断りづらく、渋々だが了承してしまったのだ。

 

「とは言え、教えると言ったからにはちゃんと教えないとなぁ…。ま、取り敢えず入ってみるか。」

 

CiRCLEと書いてある看板を見上げながら、朧はその扉の前に立ち、覚悟を決めようと深呼吸をする。

 

が、扉が勝手に開いた。

…自動ドアだった。

 

 

なんの為の時間だ!などと自分にツッコミをかましながらも、受付の方へと歩いていく。

 

「あの〜、今日ここを予約しているPoppin'Partyってバンドが居ると思うんですけど…」

 

「あ、はい!伺っております。少々お待ちくださいね。」

 

 

朧はふと視線を腕時計に落とす。

 

「…ちょいと早く来過ぎたかな?」

 

時計の針は午前10時を指していた。約束の時間まであと1時間程度。

 

迷ったらと思い時間に余裕をもって来たものの、案外早く着いてしまった。

 

「お待たせしました。7番のお部屋をお使い下さい。」

 

そう告げられると、朧は7番の部屋の鍵を受け取り先に向かおうと振り返った瞬間、誰かと肩が少しぶつかる。

 

「あっ!すいません…!」

 

急いで謝罪を述べると、相手の女の人も頭を下げる。

 

「こちらこそ不注意でごめんなさい…!って、あら?貴方…あの子達が言ってた先生って人?」

 

 

20代半ば?の女の人が朧を見上げながらそう訊ねると、朧は驚きこちらも訊ね返す。

 

「え…なんで知ってるんですか?」

 

「香澄ちゃんから聞いててね?ここのライブハウス良く使ってくれてるからさ〜。香澄ちゃん、とても楽しみにしてたわよ?」

 

「はは…あんまりハードル上げられても困りますけど…。」

 

ポリポリと眉をへの字にしながら頬を掻く朧。

 

いや、ほんとに期待しないで欲しい…。最近責任が重いものばっか引き受けているような気がして身体とか頭が休まらないよ…ホント。

 

「あ、私は月島 まりな。貴方は?」

 

「俺は篠崎 朧って言います。」

 

「朧君ね!じゃあ、今日一日あの子達の事、宜しくね?あ、間違っても手は出しちゃ駄目よ?」

 

「出しませんよ!!」

 

まりなさんはふふっと悪戯っ気のある笑みを浮かべながら裏へと消えていった。

 

 

「ったく…。」

 

変わった人だな…などと思いつつ朧は7番の部屋へと歩みを進める。

 

部屋が近くなって来た時、ふと何処からか音が聞こえた。

朧は、音の方向に顔を向ける。

 

 

「…他のバンドも今日は利用してるのか。」

 

少し気になった朧は、その音の鳴る方へと歩いていく。

 

そこでは…

 

 

「あこ、今のところ少し音が遅れてたわよ。」

 

「ご、ごめんなさい!友希那さん!」

 

「リサも、楽しむのはいいけれど、音がブレる場所があるわ。もっと集中して。」

 

「OK!」

 

「じゃあもう一度行くわよ。3…2…1…!」

 

 

 

…いい演奏だ。特にあのボーカルの子。あの子は才能の塊みたいな子だな。

 

 

けどなんていうか…上手いだけだな。

歌と感情が混ざりあってないというか…2段構造のツインシューみたいにお互い調和していない様な…。

 

言わば、上手い素人だ。

 

 

…あー!!勿体無い!!あれだけ歌えるなら、もっと先を目指せるのに…!!

 

 

朧は一人で頭を抱えながら悶絶していた。

傍からみれば変人だ。通報されても仕方ない。

 

 

「…違う違う。今日はアイツらを教える為に来たんだから…。てか、いきなり部屋入って教えさせてくれ!とか言ったら社会的にお陀仏出来る自信があるわ。」

 

 

朧は悶々とした気持ちを抑えながら、待ち合わせ場所の7番の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…行きましたね。」

 

淡いグリーンの髪の毛を腰辺りまで伸ばしたギター担当の女の子が口を開く。

 

「あ〜!怖かったぁ〜…。入ってきたらどうしようかと思ったもん…。」

 

茶髪にカールをかけて、まさにギャルという言葉が似合いそうなベース担当の女の子が安堵の溜息を吐く。

 

「わ、私…怖くてちょっとミスとかしちゃいました…。」

 

綺麗な黒のロングヘアーで、引っ込み思案そうなキーボードの女の子が身体を震わせながら鼓動を早くしていた。

 

「あこ、泣きそうだったよ…」

 

バンドの皆より一回り幼いあこと名乗る女の子は、ドラムスティックを握りながら目尻な涙を浮かべている。

 

「確かに不気味だったわね。けど、そんな事に気を取られてる暇は無いわ。練習を続けましょう。」

 

灰色の髪のロングヘアーに、灰色の瞳。そして朧が一番気にしていたボーカルの女の子は、バンドメンバーに鶴の一声で再び緊張感を持たせる。

 

 

 

────Roselia。

 

このバンドもまた、朧の運命へと大きく関わって来ることになるが、それはまた別の話。




沢山の人に作品を見ていただき嬉しいです。

これからも作品をよろしくお願いします_(:3 」∠)_


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第九話 〖いいね…!〗

90いいね&5500UAを超えました。

自分自身でも信じられないぐらい驚いてますが、これからもどうぞよろしくお願いします( ´△`)


「…さて、これからどうしよっかな〜…。」

 

朧は早く来過ぎた為、時間を持て余していた。

一瞬弾き語りでもしようかと悩んだが、前に聞かれてたと言うこともあり、決断に踏み切れなかった。

 

だって、あんな厨二臭い歌詞の歌……流石にくどいか。

 

とは言え、また聞かれたりしたら恥ずかしさで死にそうになるので、今回は自重だ。

 

 

…Poppin'Party。ここに来る前に少し調べたが、まだまだ新しいガールズバンドらしい。

 

けど、SPACEのあの人に認めて貰えたのならば、成長するという事は間違いないと思う。

 

あの人と言うのは、SPACEのオーナーである"都築 詩船《つづき しぶね》"だ。

 

その人とは少し面識があり、俺もライブを見せてもらったことがある。

少し怖そうに見えるけど、根はとても優しくおおらかな人だ。

 

 

…SPACEが閉店した時は少し寂しかったけど、詩船さんなりの考えがあったのだろう。

 

と、朧は昔の記憶を思い返していた。

 

 

あの時、詩船さんにかけられた言葉を今でも忘れない。

 

 

 

 

────…あんた、何を躊躇ってるんだい?こっちで一緒に楽しもうじゃないか。

 

 

 

 

「…あの言葉が無かったら、今頃俺は音楽すらしてなかっただろうな。」

 

自身の掌を見つめながら、その手をきゅっと握る。

 

 

もうあの頃の俺じゃない。今は教える事に時間を費やすと決めたんだ。

 

 

 

 

過去の感傷や記憶を思い返していると、いつの間にか約束の時刻が迫っていた。

 

「…まーた悪い癖だ。あんまり気負い過ぎんなよ、俺。」

 

パシッと両頬を叩き気合を入れると、彼女達が来るのを部屋の中で待った。

そして5分弱経ったその時、部屋のドアがノックされる。

 

 

 

「失礼しまーす!先生、来るの早いですね〜!」

 

先陣を切って勢いよくドアを開けて入ってきたのは、戸山 香澄だった。

 

「ちょっと早く来すぎたけどな。ほら、とっとと準備しろよ?」

 

香澄は、はーいと元気に挨拶を返すと荷物を置き、テキパキと準備を進めていく。

 

他のみんなも朧に軽く挨拶を済ませると自分の作業へと入っていく。

 

「………。」

 

…なにやら視線を感じる。その視線の先に目をやると、キーボード担当であろう女の子がこちらをじっと見ていた。

 

 

「…えと、どうしたのかな?」

 

「いえ…別に…。」

 

女の子はそっけなく返事を返すと、自分の持つキーボードに視線を落とし調整を始めた。

 

市ヶ谷 有咲。Poppin'Partyのキーボード担当であり、暴走する戸山を抑制する係をしているのを結構な頻度で目撃する。

 

あと、あまり学校に来ないが成績優秀であり、中学の頃は学年一の成績で卒業して、この学校の入学者代表に選ばれていたのも、記憶に新しい。

 

 

で、問題はさっきの視線なのだが…まぁ察するに、疑いの目だろう。

こんな人が教えられるのかな?みたいな目だった。

 

身長しか取得がなくて、どうせ女の子に音楽を教えた見返りとして身体を求めるような狼男なんでしょ。

モテたいのが見え見えなんだよ。

 

などと訴えかけて来るような目線だった。

 

ヤバい、自分で言ってて泣きそう。心が285°ひん曲がりそう。

 

 

朧が一人で自意識過剰に自虐しているとは誰も知る由もなく、彼女達は軽く会話をしながら作業していた。

 

「今思い出しただけでも凄かったね、あのギター…!」

 

「うん。思わず呼吸をするのを忘れるぐらいだったもん。実際はしてたけど、この比喩表現を使う時が来るとは思ってもみなかったよ。」

 

「あれぐらい弾けるんだったら、ベースもきっと上手いよね!」

 

「ドラムは聞いてないから分からないけど…期待はしてるかな。」

 

香澄、たえ、りみ、沙綾の4人が盛り上がっている中、一人…有咲だけは、まだ朧を信用しきってはいなかった。

 

みんな盛り上がっちゃって。そんな技量持ってるなら、非常勤講師じゃなくて音楽の道行けばよかったのに…。

 

有咲は納得出来なかった。Poppin'Partyの中に、一人別の人が混ざるということに違和感しか無かったのだ。

 

そして有咲は、なにかの覚悟を決めると、朧の元へツカツカと歩いていく。

 

そして、

 

 

「篠崎先生。」

 

「…ん?」

 

「私が今日の練習で納得いかなかったら、もう来ないで下さい。」

 

「なっ……。」

 

唐突に突きつけられた言葉に、朧は一瞬声を失う。

 

 

「ちょ、ちょっと有咲!それは流石に失礼過ぎじゃ…!」

 

「私は本気だよ、香澄。」

 

それだけ言い残すと、有咲はとっととキーボードの方へと歩いていってしまった。

 

「ご、ごめんなさい先生!有咲、今日は気が立ってるみたいで…!いつもは優しい子なんですけど…。」

 

「そ、そうなんです!だから…!」

 

慌てて沙綾や、りみフォローに入る。

 

 

その時、朧は…────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…いいね…!!

 

 

 

と、心の中で熱い炎を灯していた。

 

 

 

これほど堂々と挑戦状を叩きつけられたのは初めてだ。

 

 

俺が本格的に音楽に打ち込んでいた時、大人から子供まで、みんな口を揃えてこう言った。

 

 

「才能がある」 「天賦の才」 「音楽に愛された人間」 「朧に勝てる人なんていない」 「朧には敵わない」「才能があるから」 「才能」 「才能」 「才能」

 

才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能才能────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────…うるせぇ。

 

 

 

 

 

 

 

才能があったのは確かだ。だが、才能の影に隠れた努力を認めてくれる人なんていなかった。

 

血の滲むような努力。

 

自分の才能に見合った努力をしなければ、どんどん腐っていく恐怖。

 

みんな分かっていなかった。

 

 

 

努力し続けるということが、俺の才能だと言うことに。

 

 

俺に誰も何も言ってくれなかった。

 

 

この子なら大丈夫。何でもできるから。任せておけばいい。

相変わらず上手いね! 文句無し!パーフェクト!

 

 

そう。誰も俺の音楽に反抗してくれなかった。

 

 

 

意見を述べてくれなかった。

 

 

 

そして何も分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 

けれど今、一人の女の子が俺に挑戦状を叩きつけたのだ。

俺の実力を知らないとは言え、嬉しかった。

 

 

気分が高揚して、胸の中が熱くなった。

 

堪らない…!楽しい…!

 

なら応えよう。その挑戦状に……!!!

 

 

「…市ヶ谷。俺は命を賭けてでも、お前を納得させてやる。」

 

 

その時の朧の瞳は、遠い昔に失った少年の様な瞳をしていた。




今回は少し長いです。

朧の少年時代の話は、間章としてどこかに書きたいと思います。


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第十話 〖俺とお前達の音〗

100いいね&6900UAありがとうございます。

誰かに操作されてんじゃないかと思う程見てもらってるので、どうせならもっと見て下さい。はい。

嘘です。もっと見てほしいですが、暇な時だけでいいので。


感想&評価、お待ちしております( ´△`)





「よし、準備出来たか?」

 

朧の問いかけに、Poppin'Partyの5人は軽く頷く。

 

「先生、今日は宜しくお願いします!」

 

Poppin'Partyのリーダーである戸山 香澄が挨拶を述べると、残りの4人もこだまして挨拶をする。

 

 

「こちらこそ宜しくな。じゃあまず、1曲弾いてみてくれ。自分達が一番得意なものでもいいし、逆に苦手なものでも構わないぞ。」

 

「じゃあ……」

 

 

五人は顔を合わせると、小さく頷いた。

そして、朧へ自分たちが奏でる曲を伝える。

 

 

「夢見るSunflowerでお願いします!」

 

やっぱりな、と朧は微笑みを浮かべる。

 

 

「OK、それで行こう!お前達の好きなタイミングで弾いていいからな。」

 

コクリと香澄が頷くと、ドラムの山吹 沙綾に目配せする。

 

 

「…1.2!1.2.3.4!」

 

 

沙綾の掛け声と共に曲が始まる。

 

 

…出だしは悪くない。戸山は今年から始めてスコアも読めなかったと聞いていたが、誰よりも楽しそうだ。

演奏はまだ少し雑だけど、直せる範囲だな。

 

楽しむという感情は、音楽の中で最上位に食い込む程大切な事だ。

何事も、最初楽しかったから今がある。

 

楽しくなければ続いてない。そういうことだ。

 

花園は流石だな。小学校からギターをしているだけあって、音が全然ブレてない。

若干ミスしてるが、許容範囲だ。

 

山吹も、ちゃんとみんなをリードしている。

周りの音をキチンと聞いているから、自分も音に乗りつつ4人をサポート出来ている。

これはドラムとして大事な事だ。

 

牛込はちょっと控えめだが安定しているな。音をもう少し目立たせれば、自分の心もみんなの心も弾ませる事が出来る。

 

…さて、問題は……。

 

キーボードを弾く市ヶ谷 有咲を見て、小さく溜息を吐く。

 

 

 

…こちらを気にし過ぎている。俺の事が気に食わないのは分かったが、それで演奏がブレてしまっては元も子もない。

 

ほかの四人もチラチラと有咲を一瞬だが何度か見ている。

みんなも市ヶ谷の音がいつもと違う事に気付いている様だ。

 

みんなが必死に自分の音やリズムでカバーしようとしているけれど、これでは演奏が台無しになってしまう。どうしたものか…。

 

 

 

…ごめんな市ヶ谷。少しキツいかも知れないが、我慢してくれ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、演奏が終わる。

 

五人は額に汗を滲ませ、呼吸も少し早くなっていた。

そりゃそうだ。一人出来てなければみんなに影響が及ぶ。

 

つまり、一人の負担は全員の負担。言わなくても分かっているだろうが、今回は少々酷いな。

 

 

 

「…なんだ、この演奏は。」

 

五人の顔が一気に血の気を引く。

 

当たり前だ。出来ていなかった事は事実だし、怒られるであろうと予測もしていた。

だが、いつもの雰囲気と全然違う朧を見て、思わず唾を飲んでしまう。

 

 

「…市ヶ谷、俺がそんなに気に食わないか?」

 

「…っ……。」

 

「せ、先生…有咲は緊張してるだけなんですよ!だから…」

 

「静かにしろ、戸山。今、俺と市ヶ谷で話をしてるんだ。」

 

 

ビクッと小さく肩を震わせると、ごめんなさい…と小さく朧に謝罪を述べる。

 

 

 

…ごめんな、本当にごめん。けど、これは今必要な事だから。

 

 

朧はとてつもなく心を痛めていた。本当はワイワイと楽しく教えたい。

けれど、今この状況でそれをしてもPoppin'Partyは成長しない。

一人でも欠けてはいけないのだ。置いていっては駄目なんだ。

 

 

 

「………。」

 

「答えられないか、市ヶ谷。分かった…じゃあ、キーボードを俺と変わってくれ。」

 

 

唐突過ぎる提案に、視線が下へと落ちていた五人の顔が一気に上がり、朧の方へと向けられる。

 

 

「な…い、いきなり何を言ってるんですか…!」

 

「気に食わないなら、認めさせてやる。俺が、お前を……お前達を指導するのに相応しい人間かどうかをな。」

 

 

市ヶ谷は黙り込むと、キーボードの前から退き、前の椅子へと腰掛ける。

 

 

「…じゃあ、もう一回やろうか。四人とも、準備はいいか?」

 

 

余りに突然の事でで心の覚悟が決まってない四人だったが、朧にそう言われては覚悟もクソ無い。

 

余裕のないまま四人は頷くと、急いで準備に入る。

 

そして、山吹が再び合図を送り、演奏が始まった。

 

 

その瞬間────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は、朧に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っ〜…────!!

 

 

市ヶ谷は目を大きく見開き、演奏が十数秒過ぎた辺りで察した。

 

 

 

この人は化物だ。今までしてきた自分の演奏を全て否定された。

 

それも、たったの十数秒弱で。

 

 

これまでとない焦燥感に駆られる市ヶ谷。

 

 

まさかこれ程とは思ってもみなかった。こんな人に喧嘩を売った十分前の自分を殴りたい気持ちだった。

 

そして同時にこう思った。

 

 

 

 

私はPoppin'Partyに必要なのか──…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なに…これ。いつもの演奏じゃない…!音が全部キーボードに引っ張られていく…!

 

朧を除外した四人の気持ちは、言わずとも一致していた。

 

 

 

多分今までで一番いい演奏をしている。音が一つに纏まって、全ての音を聞き取ることが出来る。

 

失敗する気がしない。

 

 

 

 

 

 

…けれど、何かが違う。これは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演奏が終えた四人の表情には、先程と違って余裕があった。

息切れもしてないし、汗は多少滲んでいるもののそこまでかいてはいない。

 

「…市ヶ谷。これが俺の演奏だ。」

 

 

 

有咲は何も言い返せない。

 

こうも真っ向から押し潰されては、反抗の言葉など出てこなかった。

 

 

「お前達はどうだった。」

 

 

何も答えない有咲を他所に、四人に意見を訊ねる朧。

 

 

「…今までで一番いい演奏が出来ました。」

 

「私も…。」

 

香澄とりみが答える。

他の二人は目を伏せているが、きっと同じ気持ちだ。

 

 

「…私、何やってきたんだろ。勝手にイライラして、勝手に喧嘩売って、勝手にミスって…そんでもって……完膚なきまでに負けちゃって…。…私なんかPoppin'Partyに…──」

 

「でも私は、有咲のキーボードの方がいいです。」

 

 

香澄は、朧の目を見てハッキリと上記を述べた。

 

 

これには周りの四人も驚きを隠すことは出来なかった。

 

特に有咲は、何言ってんだと言わんばかりに香澄を凝視していた。

 

 

「確かに今までで一番やりやすかったし、気持ちよく演奏出来ました…。けど、これはPoppin'Partyの音じゃないです。先生を否定してる訳じゃ無いですけど……それでも、有咲が居ないとキラキラできないんです!」

 

香澄の言葉に、有咲は涙を浮かべた。

 

一瞬でも自分は必要ないと思ってしまったことに、情けなさを感じた。

 

 

「香澄…。」

 

「ね、有咲。有咲が居ないとキラキラ出来ないから、一緒にやろ?それとも、まだ先生の事認められない…?」

 

 

有咲は苦笑を浮かべ、一言こう述べた。

 

「…んなわけないだろ、バーカ。」

 

 

 

 

 

 

 

…よがっだぁぁぁぁぁぁぁ!!!

認めて貰えたぁぁぁぁぁ!!!

 

 

朧は心から安心した。めでたしめでたし。




Poppin'Party編はあと一話程度続くかもです。

次はRoselia編でも書こうかなぁと思ってるんですが、多分1番長くなるので、次はPastel❁Palettes辺り行こうかと思います。


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第十一話 〖最高の演奏だったよ〗

お気に入り130&閲覧7500を突破致しました。

これも神の悪戯か。はたまた悪魔のお手伝いなのか。

何にせよありがとうございます!
めちゃくちゃ励みになっているので、これからも篠崎 朧とこの作品をよろしくお願いします。

感想&評価、お待ちしております( ´△`)







「さ、俺も市ヶ谷に認めて貰ったし…本格的に練習するか!」

 

コクリとPoppin'Partyの全員が頷く。

 

 

一時はどうなると思ったが、全員が同じ気持ちになってくれて良かった…。

 

俺のせいでバンド辞めるとか決められたら、死ぬしかなかった。マジで…。

 

 

過ぎたことは良しとして、ここからはボイストレーナー、及びバンドのコーチとしてしっかりと教えていこう。

 

 

「じゃあ、一人づつ課題を言っていくぞ。まず、戸山。楽しく弾くのはバッチリだが、その気持ちにまだ技量が伴ってない。歌もあるから大変だと思うが、次はしっかり自分の音を聞いてみろ。」

 

「分かりました!」

 

「次は牛込。とても安定した演奏だ。けど、少し音が引っ込み思案だぞ。もっと自分を前に出しても大丈夫だ。それでやっと音がみんなに届くから、騙されたと思ってやってみろ。」

 

「はいっ…!」

 

 

「山吹は、一番みんなの音をよく聞けている。リズムの取り方も申し分ない。が、その分音が単調になってるぞ。真面目過ぎってところかな?次は少し遊んでみるといい。」

 

「わ、分かりました。」

 

「おたえ。いい腕をしている。流石6年やってるだけあるな。微妙な音のズレは自分でも気づいているだろうから、そこだけ気を付ければ大丈夫だ。」

 

「はい!って、なんで私だけ名前呼びなんですか?」

 

「その方が呼びやすいからだ。次、市ヶ谷。」

「は、はいっ。」

 

 

「…自分が思うように、楽しくやれ!以上!」

 

「え…そ、それだけですか?」

 

「それが一番難しいんだぞ?」

 

 

ニコリと市ヶ谷に笑みを向けた後、五人の方へと身体を向ける。

 

 

「今言ったことは市ヶ谷以外、正直難しくない事だ。けれど、その基本がどれだけ重要かってことは、次の演奏で分かる。もう一度言うが、俺の言ったことを騙されたと思って実行してみろ。」

 

 

掛け声は俺がやってやろう。と五人に告げると、朧は手拍子の準備をする。

 

 

 

 

…楽しく…──自分の音を聞いて…──もっと自分を前に…──同じ所はミスせずに…──単調にならずに…──

 

 

それぞれの思惑が飛び交う中、3回目の演奏が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

…ここだな。

 

 

「1.2. 1.2.3.4!」

 

 

数字に合わせ手拍子を鳴らし合図を送る。

 

 

それと同時に五人も息を合わせ楽器を構え、最後のタイミングで演奏が始まる。

 

 

 

「(…!す、凄い…!最初より音がちゃんと纏まって聞こえる…!)」

 

 

出だしの音から全く違うものになっている事に五人は気付く。

 

 

香澄の歌は楽しさが少し抑えられた反面、ちゃんと音に集中出来ているので、音程のブレがだいぶ改善されている。

 

りみのベースも、自分の音を聞いて欲しいと言わんばかりに強調してくるが、それがかえっていい効果を生み出しており、リズムに乗せて身体を動かしたくなる程だ。

 

沙綾のドラムは真面目から一転、少しアレンジを加えつつのお洒落かつ大胆な演奏になっている。

 

おたえは先程ミスした所を完璧に改善し、他の音に消えないようにギターを奏でている。

これも流石の一言に尽きる。

 

 

そして、有咲。

見違えた。最初演奏した時の100倍はいい音を奏でている。

これはお世辞ではなく本音だ。

こんな音を出せるなら、最初から出せよと言いたいところだか、俺の責任が10割なのでそこは口が裂けても言わない。

 

 

五人とも、いい顔をしている。

香澄の言っていた、キラキラって言うのはこういう事なんだなと、朧も納得させられた。

 

 

Poppin'Partyの一人一人が、自分の音と向き合い、そしてメンバーと心を通わせる事によって生まれるその音は、この五人の他には誰にも出せない音だ。

 

 

妬けるぜちくしょう。俺もこんなメンバーに出会って見たかったぜ…。

 

と、心の中で厨二臭いことを思いながらも、朧は終始笑顔で演奏を聴いていた。

 

 

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎると言うが、本当にあっという間だった。

 

気づいた時には演奏が終わっており、朧も、五人のメンバーもキョトンとした顔をしていた。

 

 

「もう…終わったの?」

 

りみが最初に口を開く。他の四人も同じような事を思っていたであろう反応を見せた。

 

 

「…凄い。今までで一番キラキラしてたよ!私達!」

 

香澄が嬉しそうに両腕を上げ、有咲へと抱き着く。

 

「ちょ、香澄……!は、恥ずかしいからやめろって…!」

 

 

と言いつつ、満更でもない顔をしている有咲を見て、他のメンバーはニヤニヤとその光景を見つめていた。

 

「ちょ…お前らニヤニヤするな!てか香澄早く離れろって!!」

 

 

やっと香澄が離れたかと思うと、次は朧が有咲の前に立つ。

 

「な、なんですか…。」

 

 

流石に身構える有咲であったが、朧がとった行動は誰も予想が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ぽふ、と大きな手を有咲の頭に乗せ、そして

 

 

 

 

 

「キラキラしてたぞ。最高の演奏だった。」

 

 

小さく微笑みそう述べると、スッとすぐに手を引く。

 

…ずっと触れられるのは流石に嫌だろうからな。

 

 

 

 

 

ボフンッ、という擬音が有咲の頭の上に見えたかと思うと、パタリとソファーに倒れて有咲は目を回してしまった。

 

「あ、有咲!?」

 

香澄が慌てて有咲に近付き肩を揺らす。

 

「えっ!?ちょ、市ヶ谷!?そんなに嫌だったの!?」

 

わたわたと慌てている朧を他所目に、香澄と有咲を省いた三人はヒソヒソ話をしていた。

 

 

アレはずるいだの、先生って無自覚たらしだの、そりゃそうなるわだの、意味不明な事を言ってないで助けて…!!

 

 

と、朧は涙目になりながら有咲が起きるまで待っていた。

 

 

 

因みに、有咲が起きた瞬間にめちゃくちゃ土下座した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あの演奏。聞こえましたか、湊さん。」

 

「えぇ、聞こえたわ。Poppin'Partyのみんなも利用していたのね。けれど…いつもとは全然違う気がしたけれど。」

 

「なんか、すっごい楽しそうでしたね〜!あこ、思わず身体がノッちゃいましたよ!」

 

「私も…なんだか温かい気持ちになりました…。」

 

「練習し始めて1時間ちょっとなのに、最初と違って音変わったね〜…。ね?友希那。」

 

別室で練習していたRoseliaは、たまたま聞こえていた演奏に耳を傾けていた。

 

五人は疑問だった。最初の方はボロボロだった音が、今は完全に修復されていた事。しかも、僅かな時間で。

 

 

「…誰かが指導している、としか思えないわね。」

 

「じゃあ、あこ達も教えて貰いましょうよ!今ならまだ居ると思いますよ!」

 

「ダメよ。他人の手を借りては、Roseliaの音じゃ無くなるもの。それに、仮に教える人がいたとしても今行っても迷惑なだけだわ。私達は、私達の練習をしっかりすればいい。」

 

「う〜…分かりました。」

 

しょんぼりと肩を落とすあこを、側に居た燐子が慰める。

 

「(私達の練習は確かに質が高いとは思ってるけど、最近伸び代が少なくなって来ているのが何となく分かる。友希那…。)」

 

今井 リサは、何となく嫌な雰囲気がしていた。

 

昔もこんな事があった。お互いの意見が食い違って、一時期みんなで演奏出来なかったこと。

 

その時は友希那が本音を言ってくれたから、また音を取り戻すことが出来たけれど…正直、私達はまだ高校生。

 

自分達でやるには限界があると、リサは薄々気づいていた。

 

 

〖 FUTURE WORLD FES.〗

 

それが今の私達の目標。

 

 

…今のままで本当にいいのか。

リサの考える事など、誰も知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、友希那と朧の間に、大きな因縁がある事も…誰も知らない。




最近長文になってきましたが気にしないでください。

更新頻度は1〜3日を目安にしてます。
適当な時に適当に読んでくれると嬉しいです。


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第十二話 〖完璧だから…〗

もうちょっとで1万UAを超えそうなので、心がるんってしてます。
はい。

今回はPastel❁Palettesにちょこっと触れた物語になっております。

主は、パスパレの事は殆ど分かっておりませんが故、次話までにパスパレの事を色々調べておきます。

感想&評価、お待ちしております( ´△`)








Poppin'Partyの一件があってから、2週間が経った。

 

美竹は相変わらずボイストレーニングに通っていて、時々学校の話やプライベートな話を少ししてくれるのだが、

 

「朧先生。今週の土曜日、AfterglowのライブがCiRCLEって所であるんですけど、見に来てくれませんか?」

 

 

と、お願いされた。

 

特に断ることも無かったので、美竹とCiRCLEの前で待ち合わせする事になったのだが……

 

 

 

「ら〜ん〜、いつから付き合ってたの〜?」

 

「蘭の事、大切にしてあげて下さい!」

 

「告白はどっち!?どっちからなの!?」

 

「はわわ…!蘭ちゃんが男の人と…!」

 

 

とまぁ、すんごいめんどくさい事になっている訳で…。

 

 

「いや…別に俺と蘭はそういう関係じゃなくてだな…?」

 

「いいんですよ〜隠さなくても〜。」

 

「モカ!ちょっと黙ってて!!」

 

さっきから蘭をからかいまくっているショートヘアーの銀髪灰眼の青葉 モカと呼ばれる少女は、独特な話し方で蘭を永遠と弄っている…。

 

それに便乗して、宇田川 巴と言う女の子もニヤニヤとしながら蘭をからかっている。

成程、普段はこの二人が面倒なんだな…。

 

それに比べて、羽沢 つぐみ、上原 ひまりと呼ばれる二人は純粋に信じ込んでいる見たいで、こちらはこちらで面倒なことになっている。

 

つまり総じて言えば、凄く面倒臭い時間となっているのだ。

 

「あー、もう!みんなうるさい!今日はライブなんだから、もっと緊張感持ちなよ!」

 

美竹が怒り口調で言っても、みんなはニコニコとしながら反省の色は見えない。

…美竹、頑張れ…と心の中で応援しつつ、朧は口を開く。

 

 

「改めて自己紹介するが、俺は篠崎 朧だ。今は非常勤講師と、ボイストレーナーをしている。今日は美竹に頼まれてライブを見に来た。宜しくな。」

 

「こちらこそ宜しくです〜。あ、蘭から朧先生の話をよく聞くんですよ〜。例えば〜…」

 

「ちょ、モカ!いい加減にしないとその口縫うよ!!」

 

 

ガバッとモカの口を手で覆い隠す美竹。

隠されても、モゴモゴと何かを言っている青葉…何を言ってるのかめちゃくちゃ気になるけど、今はそっとしておこう。

 

 

「みんな、ライブまであと1時間ぐらいだから、少しだけ音を合わせとこ!」

 

その空気を断ち切るかの様に、Afterglowのリーダーである上原が先陣を切ってCiRCLEへと入っていく。

 

助かった…いつまで続くんだと思ってたからな…。

 

 

…2週間ぶりのCiRCLE。あの時いたバンドは出てないのだろうか…と近くに置いてあったパンフレットを手に取る。

 

 

「…結構出てるんだな〜。お、ここにAfterglowが入ってるのか。いい位置だな。…ん?このバンドは…。」

 

1つのお洒落な名前に目を引かれる。

 

「Pastel❁Palettes。みんなはパスパレって略してますよ。」

 

背後から覗き込む様な形で、宇田川が教えてくれる。

 

「変わった名前だな。どんなバンドなんだ?」

 

「そうですね…私よりみんな可愛くて、華やかなバンドですよ。」

 

「自分を下卑した言い方は良くないぞ?魅力はそれぞれ違うんだから。」

 

「す、すみません…つい。私ってほら、男っぽいとかよく言われるんで…」

 

「…ま、確かに言われそうだな。美形だし、身長高いし。」

 

「ですよね〜…!」

 

苦笑を浮かべる宇田川を、朧はじーっと見つめる。

 

「な、なんですか…?」

 

何も言わずに、畳んでいた膝を伸ばして立ち上がる。

巴は少し驚いた。

 

巴が身長高いとはいえ、朧は180cmを超えている。

 

「俺から見れば、宇田川も可愛いもんだよ。」

 

にっと微笑みを浮かべると、そのままCiRCLEへと入っていった。

 

「か……可愛い…」

 

可愛いなどと殆ど言われない巴にとって、それは顔をリンゴのように真っ赤にするには充分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もうすぐ始まるね。」

 

少し緊張した声色で、ひまりは自分達の番が来るのを待っていた。

 

「そ〜だね〜。」

 

「もう…モカは相変わらず緊張感ないなぁ…。」

 

「これでも緊張してるんだよ〜?」

 

「そう見えないんだけど…」

 

「ま、モカがいつもこんな感じなのは今に始まった事じゃないし、こういう時にモカの性格は頼り甲斐があるよ。」

 

鏡で衣装を確認しながら、巴はモカを見て微笑む。

他のみんなも小さく笑いを浮かべながら、自分達の衣装の最終チェックと、楽器の調整を行っていた。

 

が、一人姿が見えない。

 

蘭だ。

 

みんな蘭が居ない事には気づいていた。

しかし、さっきみたく彼氏ネタを思い浮かべるメンバーなど居なかった。

 

蘭が変化したのは、間違いなく朧のボイストレーニングを受けてからだった。

 

リハーサルで聞いた歌声は、前より一層磨きがかかり、会場全体に綺麗に響き渡っていた。

 

それだけではない。ちゃんとみんなの音を聞きながら、感情を上手く乗せて歌っている。

みんながそう思っていた。

 

今蘭が居ないのは、きっと先生の元で最終調整を行っているからと、全員が理解していた。

今回のライブでは、一回り成長したAfterglowを見せることが出来ると、誰もが思っている。

 

後は、蘭を待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこが少しズレたが、後は言う事なしだ。」

 

「はい!じゃああと1回…」

 

「ダメだ。もうライブ15分前なんだから、クールダウンしろ。」

 

「で、でも…」

 

「そう不安になるな。逆に考えろ。今のとこしかミスが無かったんだ。3曲の中で、ミスが二つ三つなら上出来だ。」

 

「……。」

 

蘭は悔しそうに俯く。

確かに、今までの私ならもう少しミスが多かったかも知れない。

 

けれど、ボイストレーニングを受けていくにつれて、自分が成長していくのが分かっていた。

 

もっと…──もっと上手く……。

 

 

「…蘭、完璧を求めるな。完璧なモノほど…──……だ。」

 

蘭は、その言葉を聞いて目を見開いた。

まさか、朧からそんな言葉が出るとは予想だにしていなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、今日は来てくれてありがとう。私達は、Afterglowって言います。それでは聞いてください。一曲目、"ScarletSky"。」

 

 

…始まった。

 

朧は特別に、舞台袖からAfterglowを見ていた。

出だしは好調。

練習の甲斐があってか、蘭のボーカルにみんなが上手く乗っかっていった。

 

今回のライブは、Afterglowを少なからず有名にするだろう。

歌声の変化は、観客もきっと気づいているはず。

 

更にファンが増えてくれれば、俺も嬉しいし、Afterglowのメンバー全員が自信を持つことが出来る。

まさに一石三鳥だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特に何事も起こることは無く、Afterglowは出番を終えて舞台袖へと帰ってくる。

 

「お疲れさん!めちゃくちゃ良かったぜ!」

 

親指を立てて大きく笑顔を見せる朧に、皆も嬉しそうに笑顔を返した。

 

 

…さてと、用は済んだし、メンバーになんか奢ってやって帰るか。

 

そうして踵を返し舞台袖から降りようとした時、次の出番のバンドであろう五人とすれ違う。

 

その中に

 

 

 

 

 

…ん?

 

朧は気配を感じた。

自分と同じ【天の才を持つ者】の気配を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、こんにちは。今日は来てくれてありがとう!私達、Pastel❁Palettesって言います!今日は宜しくお願いします。それでは聞いてください、パスパレボリューションず☆!」

 

 

朧は数分その演奏を聞いた後、再び背を向けて舞台袖を降りる。

 

 

 

…ギター担当の水色の髪の毛をした女の子、あの子は天才だな。

独特のリズム、ブレないギター、それに緊張を感じない自由な演奏。

 

 

超一級品だ。だけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…完璧なモノほど、つまらない。




ここまで読んでくださりありがとうございます。

自分は別にPastel❁Palettesが嫌いって訳じゃないですよ!?
単純に次への布石なので安心して下さい。

なんか話を重ねるごとに長文になってますけど、それはお許し下さい。


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第十三話 〖分からない…〗

11000UA&220お気に入りありがとうございます。

文はまだまだ拙いですが、これからもよろしくお願いします。

感想&評価、お待ちしております( ´△`)







Pastel❁Palettes。通称「パスパレ」

 

リーダー丸山 彩を筆頭に、ベース:白鷲 千聖、ドラム:大和麻弥、キーボード:若宮 イヴ、ギター:氷川 日菜の五人で形成されたアイドルバンド。

 

氷川 日菜以外は同じ事務所の所属で組まれている。

 

パスパレは最初のライブで機材のトラブルにより口パク&偽演奏だと言うことがバレてネットが炎上し、暫く活動自粛をしていた。

 

が、丸山 彩と白鷲 千聖が大雨の中でライブのチケットを配っていたことがネットで拡散され、一気に話題となった。

 

次のライブで生歌と生演奏を披露し、パスパレのファンが一気に増えた…か。

 

朧は、自室でパソコンを弄りながら、この間見たバンドを調べていた。

自分が今まで見た中では一番ガールズバンドっぽいバンドだ。

事務所に所属している中から選ばれ、そしてバンドを組むと言うのが社会的には一番安定した道筋であり、趣味とはまた違う"仕事"としてバンドをこなす為、他のバンドよりもレベルは高いと言える。

…やっぱり俺が思った通り、あのギターの子は天才だった。

パスパレのギター担当オーディションから選ばれた氷川 日菜という女の子は、受けた理由が"なんとなく"であり、しかも難なく合格した。

 

他にも、運動神経抜群、成績優秀、台本は一度読めば要らないなど、天才と言わしめる様な内容が書かれていた。

 

白鷲 千聖は昔からテレビで芸能人として活躍していた為、朧も名前は知っていた。

まさか、パスパレにベース担当として居るとは思わなかったが。

 

だけど、一番凄いと個人的に思うのは丸山 彩と言う子だ。

 

研究所で3年努力し、パスパレのボーカルに選ばれ、そして今はアイドルバンドとして全国に名を馳せる迄に成長した。

 

正直、丸山 彩には才能が無いと前の歌を聴いて思っていた。

しかし、あの子は誰よりも"アイドル"をしていた。

 

アイドルとは、確かに歌が下手な子やダンスが下手な子は沢山居て、その中で容姿で選ばれる子も少なくない。

 

けど、俺がアイドル以前に人間とって一番大切だと思うこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、"諦めない気持ち"だ。

丸山 彩は幾度となく壁にぶつかったに違いない。それでも3年間諦めずにパスパレというチャンスを掴み取った。

凡人で有りながら、自ら才能を作り出した……努力という才能を。

 

 

そう、才能はこの世に生を受けた時から持っている人の方が多い。

それを気が付こうが付かまいが、磨き続けた者のみが"才能がある"と世間から評価されるんだ。

 

この子はきっと、気付かない内に己の刃を磨いていたのだ。

 

 

 

…そして、その中に稀代の天才が居るという。末恐ろしいバンドだ。

 

 

 

ギシッと椅子に凭れかかる。

今自分が指導しているのは、Poppin'PartyとAfterglowの二つのバンド。

 

この二つのバンドと、残り三つのバンド。

 

パスパレ…ハロー、ハッピーワールド!…Roselia。

 

この5つのバンドは、ほぼ全員が知り合いで関わりがあると、蘭や戸山から聞いている。

 

「…どうにかしないと呑まれるな。これは…」

 

ポピパとアフグロは、ほかの三つのバンドと比べて個性が少ない。と言うよりかは、上位互換が他のバンドに存在する。

全てのバンドをリサーチして考えた結果、今教えている二つは、早い時期に存在感を無くしていくタイプだ。

 

…せめて卒業までに、ポピパとアフグロをちょっとでも全国に名前が知られるバンドにしたいのだが…。

 

「…あ〜……どうしよう。今更個性出せなんて言えねえし…。どうやって存在感をアピールしよう…。」

 

机に置かれたコーヒーを手に取り、眉間に皺を寄せて唸る朧。

ふと、何かを思い付いたかのように頭を上げる。

 

「…行くか、見学に!パスパレの事務所に頼んで、少し練習内容を見せてもらおう。何か分かるかも知れないしな!」

 

思い立ったがすぐ行動。

朧は急いで身支度を済ませると、パスパレの事務所の住所を調べタクシーを捕まえ、そしてパスパレの元へと向かった。

 

 

…が、そう簡単に行く訳もなく。

 

 

「す…すみません……いきなり練習を見せろと言われましても、上の方に話を通していただかないと…」

 

「練習ぐらいいいじゃないですか〜!お願いしますよ〜…!」

 

まるでお菓子を強請る5歳児の様に駄々をこねる朧。

かれこれ15分はずっとこうしている。

 

「で、ですから…何処の人かもわからないのに、いきなりパスパレの皆さんの元へ案内して何かあったらどうするんですか…!」

 

「何にもしないです!!神に誓います!!」

 

「誓われても無理なものは……」

 

「どうしたのかね?」

 

受付の人の背後から、この事務所の社長と思わしき人物が姿を現す。

多分誰かが連絡したのであろう。

そりゃそうだ。どっからどう見ても熱烈なファンか、それとも不審者にしか見えない。

 

「あ…社長!この人がパスパレの練習風景を見たいと…」

 

「ん〜…それは難しいなぁ…。すいませんがお帰り頂いて……」

 

社長が朧の顔を見た瞬間、凍り付いたかのように動かなくなった。

受付の人も、いきなり動かなくなった社長を見て困惑の色を浮かべる。

朧も、何事かと首を傾げる。

 

 

「も……もしかして…君は……し、篠崎 朧君…いや、さん…ですか?」

 

朧よりも年齢が上なのにも関わらずいきなり丁寧口調になる社長。

 

「え……あ、はい。そうですけど…。」

 

それを聞いた瞬間、社長の背筋が伸び、ネクタイを締め直し、まるで別人の様に化した。

 

「受付君。この方を丁重に案内して差し上げなさい。絶対に無礼な事はするな。」

 

はっ?と何を言っているか分からないような顔で社長を見上げる受付の男性。目上の接待でも無いのに、いきなりそんな事を言われても…と言うような表情をしている。

 

「…早くしなさい!!」

 

社長の怒号がフロアを巡る。

その気迫に思わず男性も"ひゃいっ!"と返事を返す事しか出来ず、渋々朧を案内する事になった。

 

「え……えと、なんかアリガトウゴザイマス…。」

 

自分でも何が起こっているか分からない朧は、キョトンとした表情のまま男性の後を付いて行った。

 

 

朧の姿が見えなくなったのを確認すると、社長はドサッと近くの椅子に腰掛ける。

 

尋常じゃない程の汗と息切れだ。

 

 

「しゃ、社長…大丈夫ですか…!」

 

女性社員がそれを見て、水とハンカチを手渡す。

 

「あ…あぁ、ありがとう…。まさか…ここであの人の"息子"と会うことになるなんてな…。」

 

「あの人…とは?」

 

「…あの人はな……───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訳も分からず案内され、今はパスパレが練習する部屋の前に立つ朧と男性。

 

「ここでパスパレの皆さんが練習していますので、少々お待ち下さい。」

 

コンコンとドアをノックすると、先に男性の方が入っていき確認を取る。

朧はここに来て少し緊張していた。

何話そう…特にアテもなく来ちまったけど……。

 

そんなこんなを考えている内に、男性からOKサインが出される。

 

朧は生唾を飲み込み、恐る恐る部屋の中へと入っていく。

 

 

 

「「「「「おはようございます!!」」」」」

 

ビクゥッ!!と身体が思わずビックリしてしまった。

 

めちゃくちゃ元気な挨拶だなおい…流石は事務所所属って事はある…。

 

などと思いながら五人の前に立つ。

 

 

「今日いきなりですが、見学する事になった篠崎 朧さんと言います。」

 

「えと〜…いきなり押し掛けてすいません…。今紹介して貰った通りなんですけど、篠崎 朧って言います。今日は宜しくお願いします。」

 

朧が小さく頭を下げると、五人は朧の3倍ほど深くお辞儀をして10倍大きな声で「よろしくお願いします!」と返してきた。

 

若いっていいなぁ…。

 

 

「それでは、僕はこれで。朧さん、くれぐれも何か起こさないで下さいね?」

 

「だから起こしませんって…!」

 

完全に不審者扱いされているとは、朧は気付いていなかった。

 

 

 

「えっと、朧さん…でしたよね?今日は何故練習を見にこられたんですか?」

 

長く淡い金髪で、顔立ちの整った白鷲 千聖が朧に質問を投げる。

 

「それは〜…ちょっと"個性"を見に来たと言うか〜…」

 

「個性…ですか?」

 

綺麗な銀髪を三つ編みにし、目は大きくまつ毛も長い元モデルの若宮 イヴは首を傾げる。

 

「そう。俺も音楽関係にちょっと携わってるんだけど、今少し作業が難航していてな…。」

 

「でも、どうして私達なんですか?個性豊かなバンドなら他にも…」

 

大和 麻弥がそう言うと、他のメンバーも軽く頷く。

 

「俺は君達が参考になるかと思って来たんだよ。君ら理解してないだけで個性有りまくりだぜ…?」

 

「そーかなー?」

 

居た。稀代の天才、氷川 日菜。君が一番個性あるんだけどね!!

 

「でもまぁ、そういう事なら別に大丈夫でしょ。私達は普段通り練習しよ?」

 

リーダーの丸山 彩がそう言うと、メンバーはいつも通り練習の準備に取り掛かる。

 

朧は後ろのソファーにちょこんと座ると、その光景を眺める。

 

 

 

…さて、聞かせてもらうか。【一番纏まりのない音】を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽器の準備をしている最中、一人だけずっと難しい顔をしている者が居た。

 

「…日菜さん、どうしたんですか?そんな顔をして。」

 

イヴが心配そうに日菜の顔を覗き込む。

 

「 へっ?あ〜、何でもないよ!ちょっと考え事してただけ…!」

 

日菜は明るい笑顔を浮かべると、慌ててイヴに上記を述べる。

 

「そうですか?じゃあ、今日も頑張りましょう!」

 

ぐっと両腕を前に出して気合を入れるイヴ。

他の皆も、いつも通り演奏の準備に取り掛かっている。

 

 

しかし、日菜は何故かモヤモヤしていた。

 

鼓動の音が早い。手が震える。何もしてないのに汗が滲む。

 

 

 

 

 

 

 

日菜は…──緊張していた。いつもはどんな舞台でも緊張しない日菜が、何故か一人の人間を相手に緊張していたのだ。

 

 

おかしい…。私が私じゃないみたい…。

 

日菜は、慣れない緊張に動揺していた。いつもよりギターが重く、集中出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

日菜はこのモヤモヤを感じていながらもその理由が分からなかった。

 

しかし、日菜の細胞と無意識は理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分より上の次元の存在に、演奏を聞かせるというプレッシャーを。




Pastel❁Palettesのストーリー全部みたけど、好きになってしまった…。

尊い、彩が尊かった…。


次も頑張って書きます…_(:3 」∠)_


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第十四話 〖馬鹿にしないで〗

12000UA&250お気に入りありがとうございます。

日間ランキング3位に入ってました、怖い。

これからも頑張って書いていきたいと思っておりますので、どうかご贔屓に。
感想&評価、お待ちしております( ´△`)

今回から行頭一字下げを使ってます。ご了承下さい。


 猪突猛進でパスパレの事務所に突撃し、何故か練習風景を見ていいとOKを貰えた朧は、今始まろうとしている演奏に耳を傾けていた。

 

 今の俺の教え方に足りないものや個性の出し方。

 そして、【社会が管理下に置くバンドの音】を、知りたいと思っていた。

 

 「それじゃ、最初はいつも通り…パスパレボリューションず☆からね!」

 

 丸山 彩がそう言うと、メンバーは頷きそれぞれ準備に入る。

 

 

 

 

 天才、氷川 日菜は今まさに始まろうとしている演奏の掛け声に気付いていなかった。

 今頭の中を支配しているのは、何処から来ているか分からない重圧《プレッシャー》と、早い鼓動、浅くなる呼吸だ。

 

 ドラムの大和 麻弥がスティックで1.2.3!と合図をする。

 

 ハッと顔を上げた日菜は、急いで準備に入るも少し出だしに遅れてしまった。

 

 他のメンバーは驚いた。今まで数える程しかミスをしなかった日菜が、何度も弾いている曲で、しかも大勢の前で演奏している訳でも無いのに出だしに遅れるなど、信じられなかったのだ。

 

 『何してるんだろ私…!』

 

 日菜は何とか持ち直すが、音がいつもより固くテンポも悪い。

 自分でも分かっているのに、まるで自分の身体を誰かに押さえ付けられているかの様に重いまま。

 

 『…日菜ちゃん、どうしたんだろう。いつもあんなに笑顔で自由に演奏してるのに…今は顔が笑ってないし、ギターに必死になってる…。もしかして……緊張?あの日菜ちゃんが…?』

 

 メンバーは、大型ミラー越しに日菜を見ていた。

 

 みんなはいつも通り楽しく演奏しているが、やはり日菜だけは何処か様子がおかしい。

 

 朧よりも、日菜がどういう存在かはメンバー全員理解している。

 

 いつも擬音ばかりで表現するから何言っているか分からない時もあるけど、日菜ちゃんはいつも自由でマイペースで、ちょっと鈍感な所もあるけど、演奏は楽しそうで、るんっとしていた。

 だから、緊張なんてした所を見たことがないメンバーは、その動揺に釣られて思う様に演奏出来ず、結局そのまま演奏が終わってしまった。

 

 気まずい空気がレッスン場を包む。

 

 

 朧は、なんか悪い事をしたかと思考を巡らせた。

 いきなり押し掛けた事は少し悪かったと思っていたが、間違いなく普段から奏でる音はこんなものじゃないと分かっていた。

 …特に氷川 日菜。舞台で奏でていた音よりも酷いものだった。

 

 緊張、か。

 

 確信は無かったが、恐らくそうだろうと予想していた。

 緊張していた理由は分からないが…。

 

 

 そんな空気を断ち切る様に、リーダーの彩が口を開く。

 

 「こ、こんな日もあるよ!調子って上がったり下がったりだから、今日は下がってる日なんだよ!だから、あんまり気にしないで次に行こ…!」

 

「そ、そうですね…!昨日の敵は今日の友って言いますし…!」

 

「イヴさん、絶対意味分かってないっスよね…。」

 

 「うふふ、そうね。彩ちゃんの言う通り、こんな日もあるわ。次はそれぞれ問題あったと思う所を修正すれば…」

 

 「…ごめん、ちょっと頭冷やしてくるね。」

 

 笑顔を無理に浮かべ、日菜はそのままレッスン場を出ていってしまった。

 

 「ご、ごめんなさい朧さん…!日菜ちゃんいつもあんな感じじゃないんですけど…!」

 

 「いや、俺の方こそなんかごめん…。やっぱこの空間に一人だけ男が居るのが嫌だったのかも知れないな…」

 

 朧は申し訳なさそうに俯く。しかし、それをフォローするように千聖が朧へ話しかける。

 

 「いえ、そんな事を気にするような子じゃないんです。もしかしたら、家でまた何かあったのかも…。」

 

 「けど、最近紗夜さんとは仲良いって聞くッスよ…?」

 

 「じゃあ…何があったんですかね……。私、ちょっと行ってきます!」

 

イヴは小走りでレッスン場から出ると、メンバーもつられて出ていってしまった。

 

 一人取り残された朧は小さな罪悪感に苛まれながら、取り敢えず自分も向かおうと席を立った。

 

 自分が原因なら謝罪しなければならない。

 

 そう思い、皆が向かったであろう方向へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日菜は一人、外の景色が一望出来る広いフロアで水を飲みながら椅子に座っていた。

 

 …分からない。何故自分がこうなっているのか。

 いつも感覚と才能に身を任せて弾いていた。

 今まで緊張した場面なんて、お姉ちゃんと話す事ぐらいだったのに…。

 

 それが今日、普通の練習で…しかも、一人見学者が居るだけで緊張してしまった。

 …あの人が原因?

 

 確たる証拠なんて無いし、それを言い訳にするのも嫌だった。

 でも、あの人が居るだけでいつも感じていたるんっとした感じが来なかった。

 

 「あ、日菜ちゃん!やっと見つけた…!」

 

 日菜を見つけた彩は、急いで駆け寄る。

 

 「もう…いきなり出ていったらビックリするでしょ?みんな心配してるんだから…!」

 

 ゼェゼェと息を切らしながら、袖で汗を拭う。

 

 「ごめんね…今日、なんか変なんだ私…。いつもの私じゃないって言うか…」

 

 「そんな日もあるよ。確かに日菜ちゃんは天才だけど、一人の人間なんだから…!」

 

 彩は日菜の手を握りながら微笑み、上記を述べた。

 

 「…よく分かんないけど、やっぱり彩ちゃんって面白いね…!なんか元気出てきちゃった…!」

 

 日菜は表情を明るくし椅子から立ち上がると、彩の手を握り返した。

 

 「あ、日菜さーん!彩さんも…こんな所に居たんスか…!」

 

 遅れて他の4人も到着する。

 

 「大丈夫ですか日菜さん…?」

 

 「うん、ありがとうイヴちゃん!それにみんなも…迷惑かけてごめんね…!」

 

 ううん、とメンバーは首を横に振る。

 

 「さ、戻りましょう。さっきの人もきっと待っている事だろうし。」

 

 千聖がそう言いレッスン場へ戻ろうとした瞬間、

 

 

 「…あ、こんな所に居たのか!」

 

 遅れて朧も到着した。

 

 その瞬間、日菜は再びドクン…と鼓動を早くした。

 

 そしてそれと同時に、何故か朧に嫌悪感を覚え始めたのだ。

 

 理由は分からない…だけど、あの人が気に入らない…。

 何故…なんで……なんでなんで…………!!!

 

 

 「ごめんな〜…俺が来たせいで変に動揺させちまってなら悪い事したよ…。」

 

 朧は頭を掻きながら頭を少し下げ謝罪を述べる。

 それに対してメンバーは、そんなことない、頭を上げて下さいと慌ててフォローに入る。

 

 

 

 …一人を除いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…謝らないで下さい。馬鹿にしてるんですか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言に、時間が凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な……何言ってるの日菜ちゃん…!!それは失礼過ぎるよ…!」

 

 唐突にそんな事を言い出した日菜に、思わず彩は日菜の肩を掴み大きな声で叱りつけた。

 

 「俺が来たからって…そんな事ないし…自意識過剰でしょ…。ちょっと音楽関係絡んでるからって自分の方が上の立場だと思いながら、見下して見てたんでしょ。演奏が下手だなって…!!」

 

 

 朧は、日菜の言っていることが分からなかった。

 純粋にパスパレの個性と、その技術を見に来ただけなのに何故そこまで言われるのか。

 怒りよりも、困惑が頭の中を巡っていた。

 

 「日菜ちゃん!!」

 

 「…っ!!!」

 

 千聖が日菜を止めようとした瞬間に、日菜は彩の手を振り払い再びどこかへ走って行ってしまった。

 

 「日菜さん!!」

 

 「日菜ちゃん!!」

 

 麻弥と彩が急いで後を追いかけていく。

 残ったメンバーは、この気まずい雰囲気をどうしようかと考えていた。

 千聖は昔から役者をやっていた為、頭の回転は早い。

 だが、こうもフォロー出来ない状況は久しぶりである為、何も言うことが出来なかった。

 

 「あの…朧さん……」

 

 その空気を断ち切ろうとイヴが言葉を発するも、次の言葉が出てこない。

 

 「…っはは、なんかごめんな。俺のせいでこんな気まずくなって…。」

 

 朧は苦笑を浮かべる。そして出口の方へと歩みを進めていく。

 

 「…っ!私達、3週間後にライブがあるんです…!見に来て下さい!日菜ちゃんには秘密にしておきます…。だから、日菜ちゃんを嫌いにならないであげて下さい!!」

 

 千聖は、朧の背中に誠心誠意頭を下げる。そして、イヴも同じく頭を下げた。

 

 「…嫌いにはなってないよ。ライブも見に行くと約束する。」

 

 振り返った朧は微笑みを浮かべていた。しかし、その笑みを見た二人は、背筋をなぞられる様な寒気に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「期待…しているからね?」

 

 

 

 

 

 

 日菜と朧の溝の原因。それは…────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《 同 族 嫌 悪 》




ここまで見てくださりありがとうございます。

二人の溝は果たして埋まるのか…。
朧はどうやって埋めるのか。

書いている自分も楽しみです(*^^)

いつも多くの人に見てもらって本当に感謝しております!
次回も宜しくお願いします。


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第十五話 〖これが、篠崎 朧。〗

いつも見てくださる方、ありがとうございます。
そしてこれから見てくれる方も、ありがとうございます。

15000UA&330お気に入りを突破致しました。
これからも日々精進して参りますので、宜しくお願いします。

感想&評価お待ちしております( ´△`)





 

 

 

 

 

 

 

 

 「期待…してるよ?」

 

 

 

 

 

 ……最低だ、俺は。最後の最後で、隠してた怒りの部分が出てしまった。

 カチンと来たのは正直な所あった。けれど、それは俺が来たせいであり、彼女らに罪はないと言うのに…。

 本当に最低な男だ……俺は。

 

 朧は只ならぬ罪悪感に支配されていた。

 単純にパスパレの音や個性、技術を見に来るつもりだったのに、彼女達に嫌な印象を与えてしまったに違いない。

 

 「…3週間後のライブ…か。」

 

 朧は迷っていた。確かに、そのライブに行けばナチュラルな彼女達を見ることが出来るかも知れない。

 それでも、バレてないとは言え気まずいのに変わりはない。

 

 「…先生、そんな顔してどうしたの。」

 

 ボイストレーニングを受けていた蘭が、いつもと様子が違う朧にそう尋ねる。

 

 「えっ?あぁ…いや、何でもねぇよ!」

 

 朧は慌てて両手と首を横に振る。

 

 「何でも無かったらそんなに挙動不審にならないでしょ…。何かあったんですか?」

 

 蘭は小さく溜息を吐き、近くの椅子に座る。

 

 「今日の練習、先生ずっと上の空でしたよ。感想も曖昧で、いいんじゃないかな?とか、いい音だ、とか…。いつももっと具体的な事を言うのに、今日は抽象的な事しか言ってくれない。正直練習にならないですよ。」

 

 うっ…と朧は顔を顰める。痛い所を突かれた…。

 

 「…何かあったんなら言ってください。私が力になれなくても、話ぐらいは聞けますから。」

 

 …何この子カッコいい…思わず惚れそうになるわ…。

 これじゃ男である俺が女々しく見えてしまう…。

 

 「…実は……。」

 

 朧は蘭に事情を事細かに話した。…個性が足りないと言うこと以外は。

 

 「…それって、同族嫌悪ってやつじゃないですか?」

 

 「同族…嫌悪?」

 

 「はい。これは私個人が思うことですけど、あの子は先生も知るとおり天才だと思います。けれど、先生はその更に上の天才だと思います。自分より上の天才に会ったことのないあの子にとって、先生が不気味に見えて、怖くなっちゃったんじゃないでしょうか。」

 

 …同族嫌悪…その選択肢は無かったな。

 けれど、よく考えて見れば分かるかも知れない。仮に自分より上の存在が出てきたとしたら……。

 

 …確かに不気味だ。それに、負けたくない気持ちってのが出てくるに違いない。

 だから氷川は俺を避けてたのか…。

 どこかで感じていたんだ。負けたくないというプライドを。

 

 「…ありがとう蘭。お陰で答えが出たよ。」

 

 朧はニッと微笑みを浮かべた後、心の中で決断を下す。

 3週間後のライブに行くこと。そして……。

 

 

 

 「…先生、悪い事考えてるでしょ。」

 

 じとり、と一部のマニアには受けそうな視線でこちらを見てくる蘭。

 …悪いな蘭、俺にそういう趣味は無くてな。

 

 「悪いことじゃあない。要するに、氷川に俺を認めさせればいいんだろ?」

 

 「それってどういう……。」

 

 「…ガールズバンドのライブに乱入する。」

 

 「………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、3週間後。

 

 朧は今日パスパレが出演するというライブハウスへと来ていた。

 

 「ここか。仕事の都合で予定よりも遅くなったが、あと十分あるな。」

 

 朧は前に彩から渡されたチケットを握り、ライブハウスの受付を済ませ中に入ろうとした時……

 

 「先生、思い直して下さい!今なら間に合います…!」

 

 朧の背後には、蘭、及びAfterglowの面々が揃っていた。

 どうやらみんなで朧を止めるべく集まった様だが、結局止まることは無かったらしい。

 

 「そうですよ先生…!流石に乱入は不味いんじゃ…。」

 

 ひまりは心配そうな表情で朧の背に話しかける。

 

 「言葉で分からないのなら音楽で。俺は今までそうやって生きてきた。例えここで捕まる事になろうとも、俺は後悔したくないんでな。」

 

 心配するな、と言うように朧は微笑むとそのまま中へ入っていってしまった。

 

 「ど、どうしよう…!先生捕まっちゃったら…!」

 

 つぐみは今にも泣きそうな顔で巴を見つめるが、巴もどうしたものかと眉間に皺を寄せていた。

 

 「…大丈夫。この日の為に5人分のライブチケットは取っておいたから。先生よりは後方になるけど、それでもいざという時止められる。」

 

 蘭は、鞄から5枚のチケットを取り出す。

 これは朧の話を聞いた後に、止めるための保険として取っておいたチケットであった。

 

 「蘭…お前天才か…!」

 

 「やりますなぁ〜蘭〜。」

 

 「べ、別にそういうのはいいから!さっさと入るよ!」

 

 蘭は頬を僅かに朱に染めつつ、それを隠そうとさっさと背中を向けて歩いて行ってしまった。

 

 4人はそれをニヤニヤしやながら見ていた事は、蘭は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…もうすぐですね、ライブ。」

 

 「そうね……。」

 

 控え室で待っているパスパレのイヴと千聖は、朧が来ることを知っている為いつもよりかなり緊張していた。

 

 それを知らない三人はいつも通り支度をしているが、二人の様子が変だと言うことは前々から分かっていた。

 理由を聞いても話してくれないまま、ライブを迎えてしまったことに、大和と彩は少々不安を抱いていた。

 

 日菜はいつもと変わらずマイペースに準備を進めていた。

 

 「結局、話してくれなかったね…。」

 

 「そうッスね〜…でも、だからといってしない訳にもいかないっスから……。」

 

 千聖もイヴも、三人には申し訳ないと思ってはいるのだが、あの一件があってでは、今日朧が見に来るなどと言えるはずもない。

 

 「Pastel❁Palettesのみなさーん。準備お願いしまーす!」

 

 スタッフがメンバーを呼びに来ると、五人は立ち上がり『宜しくお願いします!』と返事を返す。

 

 そして舞台袖に立つやいなや、とてつもない緊張感に襲われる。

 

 いつも緊張するのはそうだが、今回はまた違う緊張が二人を襲っていた。

 麻弥と彩も、不安を残したまま本番を迎えた事で別の緊張に襲われている。

 ただ、日菜だけは何か決意に満ちた目で今から演奏する舞台を一点に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「蘭、見つけたか?」

 

 「いや、まだ…。先生身長大きいからすぐ見つかると思ったんだけど…。」

 

 「いやぁ、ともちんでも見つけられないならチビの私達じゃ無理ですな〜。」

 

 「そんな呑気なこと言ってられないよモカ!早く見つけないと先生が…!」

 

 「ひまりちゃん落ち着いて…!きっと見つかるから!」

 

 Afterglowの五人は相変わらず朧を探していたが、人混みもあり中々見つけられない状態であった。

 いよいよ気持ちが焦ってきた五人は、近くの人やスタッフに聞いてみるも、誰も朧らしき人物を見ていないと言うのだ。

 

 「…どこに行ったのよ…先生…!」

 

 

 

 

 

 蘭が小さくそう呟いた瞬間…────

 

 

 

 

 

 ワァッ!!と会場が歓声に包まれた。…始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「みなさーん、こんにちは〜!!私達、Pastel❁Palettesです!今日は見に来てくれてありがとうございます!」

 

 再び歓声が上がると、おびただしい数のピンク色や青色などのペンライトの光がパスパレのメンバーを迎える。

 

 「今日も頑張って行きますので、大きな声で応援宜しくお願いしまーす!じゃあ、早速一曲目!パスパレボリューションず☆!」

 

 ドラムの麻弥がスティックを構える。

 そして、カッカッカとスティックを叩き合図を送ると、演奏が始まった。

 

 ……が…────

 

 

 

 

 

 

 音が一つ足りない。一人、音が聞こえない。何かが欠けている……何が………。

 

 

 

 『…ギターって、どうやって弾くんだっけ。』

 

 

 稀代の天才、氷川 日菜は……ここに来てスランプへと陥っていた。

 

 フレーズは頭にあるのに、身体が動かない。

 恐怖しているのだ。自分が奏でる音に自信を無くした故に。

 舞台袖で決意した、『絶対に失敗しない』というプレッシャーが裏目に出てしまったのだ。

 

 

 

 

 いつも感覚で弾いていたものが、感覚じゃ無くなった時、日菜はどこでどうギターを弾けばいいか分からなくなってしまったのだ。

 

 やばい……ヤバいヤバいヤバい…!!

 

 とてつもなく大きな焦燥感は、天才である日菜をどんどん凡人以下へと貶めてゆく。

 

 その時……────

 

 

 「おいギター!!何やってんだ!!!演奏は始まってんだぞ!!!」

 

 

 何処からか大声でそう聞こえた。

 はっと首を上げて声の元を探そうと辺りを見回す。

 

 声はどうやら舞台袖から聞こえていた様で、そこに立っていたのは……

 

 

 「それがお前の努力の結果だ…!!」

 

 

 朧であった。しかし、マスクに帽子、それに眼鏡を掛けている為パッと見誰だか分からなかった。

 

 このライブハウスに入った瞬間から変装していた為、Afterglowのメンバーも見つける事が出来なかったのだ。

 

 「…なんでここに居るの……。」

 

 最悪だ……こんな所見られたらまた馬鹿に………

 

 

 

 「馬鹿になんかしてねぇ!!!いい加減理解しろ……それは言い訳だってことに…!!!」

 

 「っ……!」

 

 

 舞台で起きている事を理解しているものなど殆ど居らず、いきなりの乱入者に、演奏も止まり観客も静まりかえっている。

 普通に見れば事故だ。警察沙汰になってもおかしくない。

 

 しかし、警察に連絡するものなど誰もいなかった。

 朧の余りの気迫に、ただただ立ち尽くすしかなかったのだ。

 

 

 朧はお構い無しに舞台に上がると、日菜の前に立つ。

 

 「お前は努力を怠った。その結果がこのザマだ。」

 

 「っ……私の何が分かるの!!アンタはパスパレでもないのに…!」

 

 「あぁ、分かんねぇよ。自分の才能に溺れて努力しない奴の気持ちなんざ、分かろうとも思わねぇよ。…なんで自分から才能を潰す。わざわざ凡人に成り下がる…!!天才が努力しないで、自分を天才と呼ぶんじゃねぇ!!」

 

 日菜はその言葉に言い返すことなど出来なかった。

 全て、的を得ているから。

 

 「…お前が俺を気に入らない理由ってのは分かってる。けどな、俺は別にお前が嫌いって訳じゃない。才能だけで演奏してんのが気に食わねぇんだよ…!!」

 

 朧はそう言うと、日菜の持っていたギターを奪い、そしてギターの弦に手を添える。

 

 「ちょっと…勝手に何する気なの…!」

 

 「…ここに居る全員聞け!!音楽ってのは好きな奴が好きな様にすりゃいい。けど、それは妥協していいって訳じゃねぇ。好きな力を努力に費やせた奴が、一番カッコいいんだよ。……よく聞け。俺が今まで一切妥協してこなかった音を。永遠に忘れさせない、努力の音をな。」

 

 

 

 

 そして、朧一人の演奏が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは圧巻であった。

 最早世界レベルといっていい程のギターの音が会場を包み、観客を一気に湧かせた。

 ギターだけでここまで観客を熱狂できるものなのかと、日菜を含めたパスパレのメンバーは驚きを隠しきれなかった。

 

 特に日菜は、自分が忘れかけていたるんっとした気持ちを、朧の音を聞いた瞬間に思い出した。

 

 …そうだ。自由でいいんだ。自由で楽しく演奏すればいいだけだったんだ…。

 私は…それをする為の努力を怠っていた……。

 

 …自分より技術がある先生を、いつの間にか言い訳の材料に使ってたんだ…。

 そう思うと、日菜はもう馬鹿らしくなった。

 グダグダ考えずに、今はギターを弾こう。パスパレのみんなと一緒に…!!

 努力なら、これから幾らでもする!!

 

 日菜はギターを朧から取り上げると、満面の笑みで朧にこう告げる。

 

 「…私負けないから!絶対に先生を超えるね…!!」

 

 「…やってみろ、天才少女。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、篠崎 朧。音一つで人を変えてしまう、努力の天才だ。




日に日に文が長くなって来てる…気にしない気にしない。

取り敢えず謝罪しなければならないのが、自分の知識不足により話に少し矛盾している所がありました。

イヴ、彩、千聖はPoppin'Partyと同じ学校に居るにも関わらず朧と初対面というところです。

ここは、完全に自分が原作を見ていなかったのが悪かったので謝罪致します。申し訳ございません。

話が一通り書き終われば、大幅に話を変更しつつ矛盾点を無くしたいと思っていますので、宜しくお願い致します。


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第十六話 〖いや、何で?〗

いつもちょっとシリアスな感じなので、今回はほのぼのした感じにしています。

ここから何話かはほのぼのして、その後にハロハピ、Roseliaの話へと移行しようと思っています。

微エロ注意でお願い致します。

感想&評価お待ちしております( ´△`)


 Pastel❁Palettesのライブ乱入事件から早三日。

 

 SNS上では、多少炎上していたものの乱入者を支持する声が圧倒的に多かった。

 理由としては、やはりギターの技術が真っ先に上げられた。

 

 名も無き乱入者にネットが盛り上がっている中、幸い朧と分かる痕跡の様なものは残っていなかったらしく、何の音沙汰も無しにライブは終了した。

 

 朧が韋駄天で逃げ帰ったのは、ほんの一部の人間しか知らない。

 

 

 

 

 「…めちゃくちゃ危ない橋とは分かっていたけど、取り敢えず認めて貰えた?なら良かったぜ……。…で、君はなんでこんな所に居るのかな?」

 

 朧の背中に抱きつきながら一緒に携帯を眺める人物は、朧の次に話題になっている人物だった。

 

 「だって先生を超えるなら、先生の技術を盗まないと無理でしょ〜?」

 

 「その言い分は分かったから、取り敢えず離れてくれないかな〜…?」

 

 さっきから柔らかいものがずっと背中に押し付けられてんだよ…!!

 こう見えても俺はまだ21歳だぞコラ…!!

 

 

 「え〜…?だってこうしてるとるんっとした気分になれるから離れるの嫌〜!」

 

 「るんってなんだよ!俺はおふってなるから止めなさい!」

 

 まるで猫を持つように日菜の服の襟を持ち、半ば無理矢理引き剥がす。

 

 「ちぇ〜。」

 

 むすっとした表情で朧の向かいの小さな椅子に座る日菜。

 

 何故こうなっているのかは全く分からない。ライブの次の日に俺の家に来て、玄関先で思いっきり抱き着かれた記憶はあるが、正直思い返したくない。

 …だって破廉恥だろ!!

 

 「…で、なんでライブ終わった次の日から毎日俺の家に来るんだ!女の子が一人で男の人の家に出入りしちゃダメでしょ!」

 

 「なんで〜?」

 

 「いや、なんで〜って言われてもだな…。そもそも、氷川は俺の事嫌いだったんだろ?」

 

 「うん。でも、あの演奏を聞いてからそんなのどっか行っちゃった。今は、先生と会うと胸の奥が凄くきゅっとするもん。」

 

 まだ憎悪の欠片でも残ってんじゃねぇか…?などと思いつつ、今日も適当に日菜の前でギターを弾く。

 こうしないと帰らないので渋々だが、日菜は真剣に聞くのでこちらもそれを無下にすることは出来なかった。

 

 「…毎日聞いて飽きないのか?」

 

 「うん…!先生の音、色んな色がぱーっとしてキラキラして、ガクってなったらギューンてなるところが凄く好きなの!」

 

 相変わらず抽象的な事しか言わないからあんまり理解出来ないが、間違った事は言ってない。

 きっと俺が奏でる音の元をそう表現しているんだろう。俺もそういう感じで弾いてる時もあるからな。

 

 …少し試して見るか。

 

 朧は演奏中に、凡人では分からないようなちょっとしたミスを組み込んでみた。

 

 すると

 

 

 「あ、先生いまミスしたでしょ!」

 

 と、すぐに反応しミスを指摘した。

 

 こういう所は天才的なセンスが感じ取っているな…。

 

 「先生もミスする時あるんだね〜?」

 

 と、嫌味たらしく朧を見ながらニヤニヤしている日菜を見て、朧は冷静に言葉を返す。

 

 「俺がわざとミスした、って見抜ければ百点だったんだけどな。」

 

 「え〜言い訳〜…?」

 

 「あの演奏を聴いて、俺がこんな簡単な音をミスするとでも?」

 

 「…ちぇ。それ言うのは卑怯だよ!!」

 

 再び仏頂面になる日菜を見て、思わず吹き出してしまう朧。

 こういう子供っぽい所は可愛いと思える。

 

 「で、今日も聞いていくだけなのか?実際に弾けばいいだろ?」

 

 「ヤダ。それだと先生に負けてる感じするもん。私は覚えて、家で弾く!」

 

 いや既に負k……いや、何でもない。そんな事を言ったら何されるか分かんないからな。

 

 「既に負けてるのに…とか思ったでしょ。」

 

 ピョン、とギターから変な音が出る。

 …なに?女の子ってエスパーなの?人の心そんなに読んで楽しいの?

 

 「…思ってねぇ「絶対思った!!」

 

 俺の言い分も聞かず間髪入れずに攻めてきやがった。

 

 「…い、今は俺の方が上だからな!俺から教えられると言うことは、"今は"負けって事だ!」

 

 朧は大人気なく開き直ると、しょうもない言い分を述べる。

 

 それを聞いた日菜は、うぎぎ…と歯を食いしばり

 

 

 「もー!先生なんて知らない!!」

 

 と言い捨てて部屋を出て行ってしまった。

 

 ……本当に嵐みたいなヤツだなあいつは…。…ん?これは氷川の…。

 

 日菜が付けていたヘアピンが落ちていた事に気付くと、それを拾い慌てて日菜の後を追おうと小走りで扉に手を掛ける。

 

 その瞬間

 

 

 「ヘアピン忘れた!!」

 

 朧より一足先に扉を開けた日菜。そして朧の手は虚しく空を切り、そして、日菜の程よく膨らんだ胸元へと吸い込まれていく。

 

 「……………。」

 

 「…………。」

 

 「…あ、案外やわらk…」

 

 何かを言いかけた時には、既に日菜の平手打ちが朧の頬を捉えていた。

 あぁ……人って本気でぶたれると視界が真っ白になるって本当なんだな…などと思いつつ、朧はモヤモヤした意識の中バタリと倒れる。

 

 「〜〜〜……っ!//」

 

 日菜は朧の手に握られていたヘアピンをぶんどると、勢いよく扉を閉めて帰っていった。

 

 

 その後、ボーカルトレーニングを受けに来た蘭が倒れている朧を見つけて急いでメンバーに連絡した後に、何処からの(つて)で「先生は私の胸を揉んだ!」と様々な人に伝播し、そこから一週間蘭は口を聞いてくれず、他のメンバーからは変態教師のレッテルを貼られた事は一生忘れないだろう。勿論誤解とは伝えたが…

 

 

 

 

 あぁ、女の子って怖いなぁ……。




なんか日菜がすっごく可愛い感じになったけど、実際可愛いから問題無いですよね!!

次もネタを沢山入れたほのぼの系を書きたいなぁ…。


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第十七話 〖…マジかよ〗

もうちょっとで2万UA到達です。
いつも見て下さる方ありがとうございます!

先週、週間ランキングも第三位と、自分には勿体無いような結果を得られているので本当に嬉しいです!

今回の話もほのぼの系なので、ごゆっくり見ていってください。
それではどうぞ。

感想&評価お待ちしております( ´△`)





 「…あ、来た。」

 

 「お待たせ。待たせたか?」

 

 「いや、私も来たところです。今日はわざわざ買い物付き合ってくれてありがとうございます。」

 

 「うん。ほぼほぼ脅迫みたいなものだったけどな。」

 

 今日は祝日の為、学校は休み。

 家でゆっくりゴロゴロしようかな〜と思っていた矢先、蘭から連絡があった。

 

 『先生、今日買い物に付き合ってくれませんか。付き合ってくれないなら変態って事言いふらします。で、場所は……』

 

 最初に逃げ場を無くしてくるスタイルか。悪くない。悪くないけどそういうのは趣味じゃないし、嫌いだけど好きじゃない。

 

 

 …けれど、一応教え子だ。脅迫されていなくとも、断ってはいなかっただろう。

 

 「じゃ、行きましょうか先生。」

 

 素っ気なく目的地へと歩き出す蘭。

 …やっぱりあの不可抗力にも関わらず変態とレッテルを貼られた事件があったから軽蔑されてんのかな…。

 俺だって必死だったんだぞ!人の胸触って冷静で居られる奴なんかいねぇだろ!咄嗟に出た言葉が最悪だっただけだ!

 

 …あの言葉さえ無ければなぁ……。

 

 はぁ……と溜息を吐き肩を落としながら、蘭の後ろについて朧も歩き出す。

 

 

 

 一方、蘭はこれまでに無いほどドキドキしていた。

 素っ気なくなってしまっているのは単純に照れ隠しであり、実は朧を買い物に誘おうと決断したのは蘭ではなかった。

 

 

 

 今から二日前程度、蘭はいつも通りに学校でAfterglowのみんなとバンド練習をしていた。

 

 「ねぇ蘭〜。先生とは上手くいってるの〜?」

 

 相も変わらず蘭を弄り倒しているモカだが、蘭はそのネタには飽きたのか適当に返事を返す。

 

 「普通。」

 

 「へぇ〜?じゃあお出かけとかしないの〜?」

 

 「お…お出かけ……?」

 

 何を言ってるか分からないと言うように、小首を傾げる。

 

 「いつも先生のトレーニング受けてるんでしょ〜?じゃあ、お出かけの一つや二つあるかと思って〜。」

 

 「そ、そんなのないよ!私は只の生徒だし、先生とで……で、デートとかダメに決まってるでしょ…。」

 

 「私はお出かけって言ったんだけど〜…?」

 

 「う……うっさい!!早く練習続けるよ!!」

 

 

 その後の練習は言うまでもなくボロボロだった。

 頭の片隅に朧の姿がチラついては、集中など出来ない。

 

 

 

 

 「…モカのせいだからね!!」

 

 ぐにぐにとモカの頬を引っ張りながら怒りを顕にする蘭。

 

 「あっはは…まぁまぁ、落ち着いて蘭。モカがこんな感じなのは今に始まった事じゃないだろ?」

 

 「ひょうひょう〜(そうそう〜)。」

 

 「朧先生を出した事がダメなんだよ…!」

 

 全く…と、モカの柔らかい頬から手を離し溜息を吐く。

 

 「だって〜、蘭が朧先生の話する時すっごく楽しそうだし〜。ちょっと妬けちゃうな〜?」

 

 「確かに…」

 

 そう言われてみれば…とつぐみは顎に手を置く。

 

 「た、確かに先生のトレーニングは楽しいけど……そ、それよりもみんなで演奏してる時の方が……」

 

 語尾にいくに連れてどんどん音量が下がっていく。

 しかし聞き取るには充分であり、それを聞いたメンバーは顔を合わせると、一斉に蘭へと抱きつく。

 

 「もう!蘭ちゃん可愛い!」

 

 「いつもこれぐらい素直ならね〜!」

 

 特につぐみとひまりは、激しく蘭の頬に頬擦りしながら嬉しそうに抱きついている。

 

 「ちょ、みんな暑いから離れて……!」

 

 

 

 …みんなが離れた時には、蘭はかなり疲弊していた。

 

 

 

 「もう…こういうのは疲れるからやめてよ……」

 

 「満更でもなさそうだったけどな?」

 

 「う、うるさい…。」

 

 「あ、蘭〜。お出かけするならここがお勧めだって〜。」

 

 モカが携帯画面を蘭に見せる。そこにはオススメのデートスポットや、お出かけの情報が多数載っているサイトであった。

 

 「…なんで出かける前提なの?」

 

 「いやぁ、明後日って祝日でしょ〜?だから、その時に先生と出かけたら良いかなって。」

 

 「出かけないし!その日はみんなでバンドの練習を…」

 

 「ともちんはあこちゃんと出かける予定だし、私もバイトあるし〜。」

 

 「私も珈琲店のお手伝いしなきゃだから…」

 

 「私は空いてるけど、私と蘭だけじゃ練習できないし…ね?」

 

 なんでこう都合の悪い時に限ってみんな空いてないの…!?

 と、タイミングの悪さに頭を悩ませる。

 

 「最近、日菜さんが先生の家を出入りしてるじゃん〜?だから、蘭もあっという間に抜かされちゃかもよ〜?」

 

 「いや、日菜さんは天才だし私が敵う訳…」

 

 「あ、それ先生が一番嫌いなことだよ!才能がないから妥協する奴は嫌いだって!」

 

 「うっ…。」

 

 ひまりの言う通りだ。先生なら絶対にそう言いそう…。

 

 「丁度いい機会だし、先生とお出かけして色々話を聞くって言うのはどうかな?今まで話してくれたことの無い話とかしてくれるかもよ!」

 

 つぐみがそう提案すると、蘭は考える。

 確かに自分のプライベートを話したことは何度かあるけど、先生のプライベートを聞いたことは殆ど無い。

 

 「楽器屋さんに行って一緒に見てもらうのもありかもな。今使ってる蘭のギターにあった色々な物を選んでくれそうだし!」

 

 「成程……」

 

 そう思うと、悪くないかな…と思い始めた蘭。

 ただどうやって誘うかが問題だ…。

 

 「誘い方に迷ってるね〜?なら、この方法で絶対にいけるよ〜?」

 

 「え、そんな方法あるの…?」

 

 「ちょっと耳かして?」

 

 モカは蘭にごにょごにょと何かを告げると、蘭は驚いた様に目を見開く。

 

 「ちょ、それ脅迫じゃん…!そんな誘い方したら先生に悪いでしょ…!」

 

 「けど、他に誘い方ある〜?」

 

 ぬぐぐ…と悩んだ挙句………

 

 

 

 

 今に至る訳である。

 

 

 「…しっかし、折角の休日を俺となんかで過ごして良かったのか?Afterglowのみんなは?」

 

 「今日はみんな用事があるんです。なんで暇そうな先生なら行けるかなと思って。」

 

 「失礼だな!?いやまぁ…暇だったけど今日は…。」

 

 「ならいいじゃないですか。さっさと行きましょう。」

 

 ツカツカと先に歩いていく蘭を早足で追いかける。

 

 ……自分と蘭に向けられた四つの視線には気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おぉ〜…こりゃでけぇな…!」

 

 電車やバスを乗り継いで蘭に案内された場所は、大きなショッピングモールであった。

 朧はこういう所にあまり足を運ばないので、その規模の大きさに目を輝かせていた。

 

 蘭も、いつも行っているショッピングモールよりも一回り上回る大きさに顔を上げている。

 

 「えっと……まずここから回って……。」

 

 蘭は、モカから送られてきたオススメルートを携帯で確認する。

 

 「蘭、何を見てるんだ?」

 

 「へっ!?あ、いや…何でも無いです!ほら、行きましょう!」

 

 急いで携帯を隠すと、1つ目のオススメスポットへ歩き出す。

 

 「……?変だな…蘭の奴。」

 

 ポリポリと頭を掻きながら蘭に並んで歩きながら、ショッピングモールの店々を眺める。

 

 …こんなに大規模な所に来るのは、6歳のピアノのコンクール会場以来だ。

 プライベートとなると、初めてだな…。なんか楽しくなってきたぞ…!!

 

 

 ウキウキしている朧とは裏腹に、蘭はずっとドキドキしていた。

 何を話せばいいのだろう。服はダサくないよね…。髪の毛は……などと、頭をそういう事ばかりが支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ねぇ、今どうなってる?」

 

 「ちょ、モカ…!押すなって!見えちゃうだろ?」

 

 「モカちゃんも見たいんだけど〜。」

 

 「はぁ〜…見てるこっちがドキドキしちゃう…!」

 

 

 ひまり、巴、モカ、つぐみの四人は何故かショッピングモールで二人を尾行していた。

 

 理由は単純であり、朧と蘭がどういう感じでデーt…お出かけするか見たかったのだ。

 

 巴の用事やつぐみのお手伝いは尾行する口実であり、四人が裏で手を組んでここまでこじつけたのだ。

 

 

 「ほんと悪いよなぁ〜モカは…。」

 

 「ん〜?これはチャンスだと思ったんだよ〜。だって蘭は〜…」

 

 「ちょ、巴ちゃん!モカちゃん!」

 

 つぐみが二人を慌てて呼ぶと、朧と蘭の方に指をさす。

 

 

 

 

 二人は、柄の悪そうな3人組に絡まれていた。

 

 

 

 

 「…マジかよ。」

 

 巴は無意識に上記を述べていた。




ここまで見て下さりありがとうございます!

次も朧&蘭の話になりますので、お付き合い下さい_(:3 」∠)_


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第十八話 〖先生って何者…?〗

20000UA&400いいね、ありがとうございます!

まさかに400いいね超えるとか…マジ卍!
はい、しょーもなくてすみません。

今回はかなりネタをぶっこんでるので、キャラ崩壊注意かも知れません。
それではどうぞ。

感想、評価お待ちしております( ´△`)




 前回のあらすじっ!

 

 「あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ…。私は、モカの話を聞こうと思ったら、いつの間にか二人がガタイのいい男三人に絡まれていた…。

 な…何を言っているのか分からないと思うけど、私も何がどうなってるかわからなかった…。頭がどうにかなりそうだった…勧誘だとかナンパだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない…。もっと恐ろしいものの片鱗を今味わってる…。」

 

 「…ともちん、何言ってんの〜?」

 「あ、いや……人生で言ってみたい言葉ランキング五位をまさかここで使うとは…。」

 

 「そんなことよりどーするの!?あの男の人達めちゃくちゃムキムキで怖いよ…!?警察呼ばないと…!!」

 

 つぐみが携帯を取り出し慌てて警察に連絡しようとする。

 

 「警察に連絡しても、まだ事件性が無いから解決してくれないかもよ〜?」

 

 「え〜…!!じゃあどうしよう…!」

 

 「取り敢えず、今は様子を見るしかないな…。ここで出ていっても、蘭と先生にバレるし、事態を悪化させかねない…。」

 

 まさかこんなことになるとは…と、四人は固唾を呑んで二人を見守る事しか出来なかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…あの、何か御用ですか?」

 

 朧は小さく微笑みながら、三人の男に話しかける。

 

 「あ〜、アンタには別に用はねぇよ。用があるのはそっちのおねーちゃんだ。さっき歩いてる時よぉ…そのギターケースが俺の肩に当たったんだわ。」

 

 「…それなら謝ったと思うんですけど。」

 

 「いやぁー!痛かったわ〜…!!謝られた程度じゃwin-winじゃねぇからさ、今からちょっとお兄さん達と遊ぼうぜ?そっちのお兄ちゃんよりかは楽しく出来ると思うんだけどなぁ?」

 

 成程、そういう手のナンパか。と、勧誘を受ける蘭を見る。

 

 確かに蘭はかなり可愛いという部類に入るだろう。

 改めて近くで見てみると、つくづくそう思う。横顔も綺麗だし…。

 

 …じゃねぇや。今はこの状況を何とかしないと。

 

 「すいません。今日は俺と出かけるって予定だったので、いきなりナンパされても…」

 

 「だから、誰もオメーとは喋ってねぇんだよ。」

 

 リーダー格の隣にいた一人が、朧の胸ぐらを掴む。

 蘭は慌てて止めようとするも、もう一人いる男に遮られ、再びしつこくナンパを受け始める。

 

 「ちょっと…!どういうつもりよ!こんな事して警察がタダじゃおかないわよ…!」

 

 「あー、そうだな。だけど、だーれも連絡しようとしてないぜ?本当に意気地無しばっかだよなぁ!」

 

 道行く人々はチラチラとこっちを見るだけか、立ち止まって野次馬するだけ。挙句にカメラで撮影し始める奴もいる。

 

 顔が写ったら不味い…!Afterglowのみんな、それに先生にまで迷惑かけてしまう…。

 …ここは大人しく従った方がいいのかな…。

 

 顔を顰め地面を見つめる蘭。確かにそうするのが一番平和的なのかも知れない。

 しかし、そんな考えなどすぐに打ち砕かれる事となる。

 

 「はひゅっ」

 

 と、間抜けな声が聞こえたかと思うと、朧の胸ぐらを掴んでいた男が地面に勢いよく倒れる。

 これには蘭も、残った二人の男も、周りの人達も驚くしかなかった。

 

 「…はぁ、やっちった。まぁ、自己防衛って事で。」

 

 「てめぇ…何しやがった!!」

 

 囲いであるもう一人の男が朧に殴りかかる。

 が、朧は軽く拳を躱しその男の足に足を引っ掛けると、男は派手に顔から転んだ。

 

 「ぷっ…」

 

 あまりの派手さに思わず蘭も吹き出す。

 

 「…お前、そんなことしてただで済むと思うなよ。」

 

 最後に残ったリーダーらしき男は、ボクシングの様な構えをとる。

 …いや、ボクシング経験者だろう。構え方が様になっている。

 

 「君は、ボクシングをしていたのかな?」

 

 「あぁ、そうだな。だから怪我する前に謝った方がいいと思うぜ?土下座で誠心誠意謝れば許してやらなくもないけどなぁ…?」

 

 「確かにそうしたら許して貰えそうだし、怪我もしなさそうだな……。」

 

 「そうだ…だから怪我したくなきゃとっとと土下座…」

 

 「"だが断る"。この俺が最も好きな事のひとつは、自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ…!」

 

 

 …は?と、木枯らしが吹きそうなぐらい冷たい空気が辺りを包む。

 

 「…あ、知らないのこのネタ!これはジョ〇ョの奇妙な冒険第41巻、ハイウェイスターその3で出てくる岸〇露伴がハイウェイスターを使う相手に言った…」

 

 「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 朧の話を遮り、男はキレのある右ストレートを放つ。

 

 …が

 

 朧は上半身を右に逸らし、その右ストレートに合わせて右フックを相手の顎に軽く掠める。

 そう、軽くでいい。弱点にさえ当たれば人は誰でも脆い。

 

 男は軽い打撃にも関わらず、顎に当てられたことにより脳が揺れ、そのままバランスを崩して地面に倒れ込む。

 

 「蘭!逃げるぞ!!」

 

 蘭が返事を返す前に手を握り、そのまま走り出す朧。

 

 その後すぐに警察が来た為、間一髪と言ったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 Afterglowの面々は愕然としていた。ガタイのいい男三人を、あんなに呆気なく倒してしまった事が信じられなかった。

 

 普段は冴えない感じなのに、こういう時に見せるギャップはズルいなぁ〜…と、モカは苦笑を浮かべていた。

 

 「そりゃ惹かれるよね〜…。」

 

 ボソリ、と独り言を述べるモカ。

 

 つぐみが"何か言った?"とモカに尋ねるもモカは何も答えず、"早く行かないと見失うよ〜?"と三人に伝える。

 

 そして三人は慌てて二人の後をついて行く中、モカは少し後ろを走りながら、人知れず微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っはぁ…はぁ…!ここまで来たら大丈夫だろ…。」

 

 朧と蘭は取り敢えずショッピングモール端の休憩室へと滑り込み、椅子へと腰掛ける。

 

 ここは人があまり立ち寄らないし、いざと言う時はすぐに逃げられる。

 

 「せ…先生……。速く走り過ぎですよ…。」

 

 蘭も朧の隣の席を一つ席を開けつつ座る。そして鞄に入れておいたタオルで汗を拭う。

 

 「…先生って、昔喧嘩とかしてたんですか。」

 

 唐突な質問に、朧は目を丸くする。

 

 「はっ!?いやいや、そんなことした事ないぞ!?」

 

 「でもさっき、男の人達を簡単に倒してましたよね…。喧嘩慣れしてるというか…。」

 

 「あ〜…違う違う。あれはボクシングだよ。今回は自己防衛で仕方なく使ったけど、本当は絶対に使っちゃいけないからな。普通に人が死ぬ。」

 

 「ボクシングって…そんなの習ってたんですか!?」

 

 「おう。後は空手とか柔道とか…まぁ護身に使えるものは大体齧ったな。」

 

 「…先生って何者ですか。音楽だけじゃなくて武術も出来るなんて……人間ですか?」

 

 「人間だよ!!失礼だなぁ……。」

 

 まぁ、アレを見たら怖いと思われるよなぁ…と、朧は溜息を吐きながら頭を掻く。

 まさか見せる時が来るとは思ってなかったけど、怖がられても良かった。護ることさえ出来れば、それでいい。

 

 「怖がらせたならごめんな。今後気を付ける様にするからさ?」

 

 「あ、いや…違うんです。寧ろお礼を言わないとなって…。その……あ、ありがとうございました…。ほんの少しだけ…カッコイイトオモイマシタ…。」

 

 …語尾の方はよく聞き取れなかったけど、怖がられて無くてよかったぁ…!!と、心の底から安堵した朧。

 しかし、その安堵もつかの間、次の問題がある。

 

 「…どうする、こんだけ目立ったらここでの買い物は難しいぞ。」

 

 「そう…ですね。」

 

 そう。先程の騒ぎによって、ショッピングモールは慌ただしくなっている。

 それに加え二人の目撃者も少なからず居るので、早めにここを離れておきたい。

 

 「じゃあ…ちょっと早いですけど、水族館行きませんか?」

 

 「水族館…?そんな所あったか?」

 

 「はい。ここからバスで15分ぐらいの所なんですけど……だ、ダメですか?」

 

 もじ、と太腿の間に手を挟みながら恐る恐る朧を見上げ尋ねる蘭。

 すると朧は

 

 「行こう!!俺水族館とか言ったことねぇからさ!すっげぇ楽しみだ!」

 

 と、子供ばりにテンションを上げている。

 良かったぁ…と小さく溜息を吐く蘭は、椅子から立ち上がり携帯で水族館の詳細を確認する。

 

 「モカからの情報だと……ここは全国で最も魚の種類が集まっている場所であり、特に直径50mにも及ぶ筒型の巨大水槽が一番人気である。そしてもう一つ特色を上げるならば、どの水族館よりもカップル……が多い……。」

 

 ……はぁぁぁぁぁぁぁ!?

 蘭は心の中で声にならない叫び声を上げていた。

 

 モカの奴〜…!!1番目立たない所に書いてたな〜……!!

 

 とは言え、もう引き返す事は出来ない。

 蘭は仕方ない…!と覚悟を決めて、携帯をポケットにしまう。

 

 

 「…行きましょう先生!!」

 

 そう言うと蘭は、早足でバス停へと歩き出す。

 

 「…なんで今から戦場に向かう兵士みたいな気合入ってんだアイツは…。」

 

 変なやつ…などと思いながらも、朧は笑顔を浮かべながら蘭の後ろをついて行くのだった。




ここまで読んで下さりありがとうございます!
今回で終わらせるつもりだったのに、書いたら止まらなかった…。

すみません、蘭とのデーt…コホン。お出かけ編はもう少し続くと思いますので、お付き合いください!汗

にしても朧は少しチート過ぎますよねぇ…羨ましい。


次回も宜しくお願い致します!


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第十九話 〖信頼〗

感想、評価お待ちしております( ´△`)














 蘭と朧は、水族館直通のバスを待っていた。

 今のところさっきの騒動を起こした二人とはバレていない。

 

 朧がいつも持ち歩いているマスクが案外効果を発揮し、二人はなるべく帽子を深く被りバレないように努力する。

 

 「…このまま何事も無ければいいんですけどね。」

 

 「多分大丈夫と思うけどなぁ…。バスが来るまであと5分か……長く感じちまう…。」

 

 キョロキョロと辺りを見回す朧の横顔を、蘭は無意識に見つめていた。

 こう見ると普通の人なのに、いざ楽器を持つとまるで別人になる。

 

 …先生の顔をしっかりと見たことなかったけど、まつ毛が長くて鼻もスラッとしてて…俗に言うイケメンってやつかな。

 身長も高くて、手も大きくて……凄く男の人の手って感じがした。

 

 あの時……男の人達から逃げる時、手を握られた瞬間に思った。

 この人は本当に努力家なんだなって。

 掌はマメが何回も潰れたんだろう……とても固くて、ガッチリしてた。

 それに比べて私の手はどうだろう…。多少マメはあるけど、先生に遠く及ばない……。

 この人は、どこまで高みを目指してたんだろ…。

 

 もっと先生の事を知りたい。どうやったら…そんなに強くなれるんですか…。

 

 「…ん?蘭…どうかしたか?強くなるってなんだ?」

 

 はっ、と正気を取り戻す蘭。どうやら最後の方の言葉だけ無意識に発していたらしい。

 

 「えっ…あ!!別に何でも無いです!もっと身体を鍛えなきゃなーと思ってただけです…!」

 

 慌てて弁解を図る蘭。この言い訳は流石に苦しいか…。

 

 「お、いい心掛けだ!健全な肉体には健全な心が宿る。音楽をするにあたってとても大事な事だ。蘭が筋トレ嫌いなのは知っていたけど、最近ちゃんとやってるみたいで安心したよ!」

 

 なにも疑わずにすんなりと受け入れられた。こういう所は鈍いんだな…と、蘭は苦笑を浮かべる。

 

 …そう、本当に鈍い。

 

 

 

 

 

 「お、蘭。バスが来たぞ!やべぇ…こんな所なのにもうドキドキしてるぜ…。」

 

 

 この人でも分かる様に、いつか私の気持ちを届けよう。音楽で…。

 

 

 「…先生、まだ着いてもないのに早いですよ。」

 

 クスッと微笑み先にバスへ乗る蘭。そして朧の方へ振り返り

 

 「私も楽しみですよ。」

 

 と、満面の笑みで朧に笑いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事にバスに乗れた二人は、バスの中で色々な雑談をした。

 

 話している内に、蘭は朧の意外な面を知る事が出来た。

 

 8歳で音楽を辞めたこと。その理由は聞かせてくれなかったが、家庭の事情と述べられた。

 めちゃくちゃ頭がいいと言うこと。特に15歳でTOEIC満点と聞いた時は、流石にこの人は人間じゃないと思い始めてしまった。

 

 しかし、1番印象に残ったのは……今まで恋愛経験がないと言うこと。

 朧曰く、「俺はまだこの人って人と出会えてないし、人を好きになったこともない。だから、多分俺は恋愛に向いていないと思うんだよ。」らしい。

 朧ほどの人間なら、何回告白されて来たのだろう。しかし、それを全部断って音楽や勉強に没頭していたと考えれば、確かに向いてないのかも知れない……。でも、それは「好きじゃない」という前提の元だ。

 

 朧がもしこの人と思う人と出会った時、きっとその人に没頭してしまうんだろうな…と蘭は心の中で小さく笑った。

 

 そうしている内に、窓の外には綺麗な海が広がっており、その先には巨大な水族館が姿を現す。

 

 「おぉ〜…!!蘭、見てみろ!めちゃくちゃデカイな…!!」

 

 相変わらず子供のようにはしゃぐ朧に、バスに乗っている人の視線が集まる。

 こっちまで恥ずかしくなった蘭は、「もう少し落ち着いて下さい…!」と、朧を落ち着かせる。

 

 そして、その数分後。バスは水族館前の停留所に停止し、人がゾロゾロと降りていく。

 

 「着きましたよ先生……って、何してるんですか?」

 

 「え?あ〜、思い出に写真と取っとこうと思ってな!これT〇itterに載せよっと。」

 

 「まだバスの中ですけど…てか、バスの座席の写真みて誰が水族館って分かるんですか。」

 

 「…あ、それもそうだな。じゃあ、降りたら水族館の前で写真を撮ろう!」

 

 「好きなだけ撮って下さいよ…。」

 

 蘭は苦笑を浮かべながら、運賃を支払い朧と共にバスを降りる。

 

 

 バスを降りた2人を待っていたのは、"Welcome!"と書かれた大きな看板であり、その先は沢山の人で賑わっていた。

 

 「ほら、写真撮るんでしょ先生。この看板とかいいと思いますけど。」

 

 「そうだな!じゃあ撮ろう……。あ、すいません!ちょっといいですか…?」

 

 朧は他の人に写真を撮ってもらおうと、見るからにカップルであろう二人に声をかける。

 

 「ちょっと先生…!看板なら一人でも撮れますよ?」

 

 「バカ。俺と蘭を写して貰うんだよ。あ、いいですか?ありがとうございます!」

 

 「えっ……わ、私も…!?」

 

 「ほら蘭!俺の隣に立って一緒に撮って貰おうぜ?」

 

 「いや……それはちょっと…!!」

 

 「つべこべ言わずに、ほら!」

 

 朧は蘭の手をとると、看板の前まで引っ張り込む。

 そして蘭の右肩に手を回し、ニッコリと微笑む。

 

 はいチーズの掛け声と共に写真を撮って貰うと、朧は写真を確認する。

 

 「…んー、蘭がちょっと俯いてるけどいっか!ありがとうございます。」

 

 写真を撮って貰ったカップルにお礼を言うと、蘭の元へと戻る。

 

 「記念すべき一枚目だな〜!これをT〇itterに……」

 

 「絶対に載せないで下さい!!」

 

 蘭は帽子を深く被ったまま早足で中へと入っていってしまった。

 

 「ちょ、蘭!?そんな怒らなくても〜……。」

 

 情けない表情を浮かべながら、朧は蘭の後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡い青の証明と水の色がとても心地よく混ざり合う空間にある受付に、二人は並んでいた。

 蘭はさっきの事があってから全然口を聞いてくれなくなったが、朧はそれよりも早く中に入りたいという興奮が意識を巡っていた。

 

 「もうちょっとですから。」

 

 やっと話しかけてくれたからと思うと、ぷいっと再び反対側を向いてしまった。朧は、5のダメージを受けた。

 

 そして二人の番が回ってくる。受付の人がこの水族館のことを軽く説明した後、こんなサービスがあると伝えてきた。

 

 「カップル割り?」

 

 「はい。今なら3割引きさせていただいておりますが……。」

 

 「…蘭、ここはカップルを装う方がいいんじゃないか?」

 

 朧は蘭に上記を耳打ちする。

 

 「し……仕方ないですね。割引きされるなら…。」

 

 蘭もOKしてくれたので、二人は通常よりも30%安く入る事が出来た。

 入場券を手にし、いざ水族館へ!と歩みを進める二人。

 

 

 水族館の中は、入口から壮大な景色が広がっていた。

 

 天井や壁は一面ガラス張りで、そこを優雅に魚達が泳いでいる。

 何回か来たことのある蘭は感動が少し薄めであるものの、無意識に笑みが浮かぶ程であった。

 

 朧に関しては、開いた口が塞がらない状態だった。壁を、天井を魚が泳いでいるというなんとも摩訶不思議な世界に、どっぷりと魅力されていった。

 

 その先には、種類別に分けられた魚の部屋が幾つもあり、その中でも朧は"ハダカハオコゼ"という全然動かない魚とにらめっこをしていた。

 そしてハダカハオコゼが少し動くと、「よっしゃ俺の勝ち!」などとくだらない遊びをしていた。

 

 蘭は朧の隣で呆れたような表情を浮かべるものの、純粋に楽しそうな朧を見て自分もなんだか楽しくなってきた様であった。

 

 そしてそのスペースを抜けると、次は深海の生き物が展示されている部屋へと通じていた。

 

 仄暗いブルーライトに照らされながら、不気味だがどこか神秘的な魚や蟹、貝など様々な深海生物を見る事が出来た。

 

 そこを抜けると、この水族館一の人気を誇る場所。直径50mにも及ぶ筒型の巨大な水槽が現れる。

 ここは一番人気だけあって人がごった返していたものの、僅かなスペースに入り込み二人はいい位置で水槽を眺めることが出来た。

 …朧は身長が高い為、場所等はほとんど関係無いが。

 

 「…凄いな、蘭。これを人が造ったって考えたら……俺は感動するよ。どんな努力をしてこんな物を造れたんだ…。」

 

 朧の瞳が僅かに潤んでいる様な気がした。

 蘭はその瞳から目を逸らすと、同じ様に水槽を眺める。

 

 ……考えた事も無かった。これが人が造り上げた努力の結晶などと言うことは。

 先生は普段からそういう事を考えているからこそ、何事にも貪欲になれたのだろうか…。

 

 蘭にはまだ全然分からない。しかし、今はそれでいい。

 焦っても仕方がないから、今はこの人について行けばいい。

 この人と居れば、きっとその答えも見つかるだろうから。

 

 「……先生。」

 

 「ん?」

 

 「私……先生の事………。」

 

 

 蘭の表情に、思わず朧は鼓動を早くする。

 僅かに潤んだ緋色の瞳に、綺麗な肌色をした頬に浮かぶ朱色。

 およそ16歳とは思えない艶やかな表情でこちらを見られては、朧も生唾を飲む。

 

 

 「……信頼、してますから。」

 

 その言葉に、朧は何も言わず…ただ小さく微笑み相槌を返す。

 信頼……か。そんな言葉、本心で誰にも言われた事なかった。

 

 

 俺は、教師をしてて良かったのか。音楽を続けていて良かったのか。

 それを今全て肯定された。これ程嬉しくて安心できるものは無い。

 

 何があっても、俺は教える事を辞めない。例え自分から音楽が失われても、俺は音楽を教え続ける事だろう。

 こんな経験してしまったら、誰だってそう思うさ。

 

 

 

 

 

 

 

 二人は力強く自由に泳ぐ魚達を見ながら、一言も言葉を発さずに今の時間を楽しむのであった。




今回でお出かけ編は終了です!

因みにAfterglowの他の4人は、まさかそんなに早く水族館には行くと思っておらず、ショッピングモールから水族館へ行った時には既に二人は帰ったあとだったとさ。チャンチャン。

次回からはハロー、ハッピーワールド!の話を書いて行きたいと思いますので、そちらも宜しくお願い致します。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


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第二十話 〖いや、怖い怖い〗

どうも、Y×2です。
25000UA突破ありがとうございます。
これからも日々精進致しますので宜しくお願い致します。

感想&評価お待ちしております(≖ᴗ≖๑)


 蘭とのお出かけから帰って来た後、俺は自分のスマホに入っている写真を眺めていた。

 

 総数で言えば50枚ほど撮った。

 その中で二人が写っているのはたった二枚しかなかったが、それでもニヤニヤが止まらなかった。

 

 …決してやましい感情じゃないぞ!単純に蘭が一緒に写ってくれた事が嬉しいだけだ!!

 

 って、俺は誰に言い訳しているんだ…。

 

 

 因みに水族館の後は蘭とレストランで食事をした。特に高い訳でもない普通のファミレスだったけど、そこで大いに話が弾んだ。

 

 特に蘭がAfterglowのみんなについて話している表情は、写真に収めたいぐらい楽しそうで可愛い笑顔だった。

 五人が全員幼馴染と聞いた時は驚いたが…。

 

 ともあれ、多少のいざこざがあったとは言えお出かけは成功と言えるだろう。

 今はもう泥のように眠りたい……。

 

 朧はいつの間にかソファーの上で携帯を開いたまま寝落ちしてしまった。

 

 

 

 

 カーテンの隙間から差し込む光が、ちょうど朧の顔を照らす。

 朧はその眩しさに声を唸らせると、光を避ける様に寝返りを打ちゆっくりと起き上がる。

 大きな欠伸をした後、目尻に浮かぶ涙を拭い時計を見上げる。

 

 「…昼の12時か。こんなにゆっくり寝たのは久々だな。」

 

 そう、今日は珍しく予定が何もない日なのである。

 滅多に来ないそんな日を無駄にする事は出来ないと、朧は今日を有意義に過ごす為に色々と思考を巡らせる。

 

 が、結局辿り着いたのは家でゴロゴロすると言うことだった。

 とにかくやる気が起きない。ずっと布団に潜っていたい。

 

 いかに完璧な朧といえど、そういうの自堕落な時間がなければストレスでどうにかなってしまう。

 なので、今日は一日全力で怠けることにした。

 

 まずソファーから立ち上がるとシャワーを浴びに風呂場へと向かう。

 そして30分程ゆったりと風呂に入った後は、トーストに卵焼きを乗せて、珈琲を啜りながらテレビを見る。

 

 …あぁ、幸せだ。これが毎日ってのはちょっと考えにくいが、やっぱり月に2回は欲しいなぁ……こういう時間は。

 

 朧は食事を終えると、ほんわかと表情を緩ませながら人をダメにする事で有名なクッションに身体を預ける。

 

 「…もう一眠りするか……と言いたいところだが、ご飯の後は運動しなきゃだからな。取り敢えず30分休憩したらランニング行きますか…。あ、それとCiRCLEにも顔を出しておこう。丁度ランニングする場所から近いしな。」

 

 そのままクッションで30分弱休憩した後、クローゼットからランニングウェアを取り出し手早く着替える。

 

 途中で塩分を補給する為の飴と、水分補給の為の水を腰に巻くタイプの鞄に入れると、朧は家の中でストレスッチを行う。

 

 自慢じゃないが、俺は180°開脚が出来る。男じゃ珍しいだろ…!と、誰に向けての自慢かは知らないがそんな事を考えながらストレッチを終わらせると、鍵を閉めて家を出る。

 

 「…今日はいい天気だな。絶好のランニング日和だ!」

 

 朧は耳にイヤホンを付け、いつも聞いている音楽のルーティーンを確認し、自分のペースでランニングを開始した。

 

 いつもと変わらない風景を見て、いつもと変わらない空気を吸い、いつもと変わらない音楽を聞きながら走る。

 そんな他愛ない事が朧にとっては、一番のストレス解消法だった。

 

 楽器を弄っている時も確かにストレス解消にはなるが、多少集中しなければならない。

 何も考えずにただ走るだけのランニングは、凝り固まった朧の身体や心を自然に解していってくれる。

 

 今日も、偶にある休日のいつもと変わらない一日を過ごしていく……筈だった。

 

 久々のランニングで意識が散漫になっていた。歩道の信号が赤のままで、車が迫っている事に気付かず、朧はそのまま歩道に差し掛かってしまった。

 

 視界の端に黒い車の影がチラついた瞬間、それに気付いた。

 

 「っ……ヤバッ…!!!」

 

 朧は瞬時に前へスライディングする様に飛ぶ。

 

 

 

 幸い朧は車に轢かれること無く、朧のいた場所から少しだけ離れた場所で急停車する。

 

 「あ……あっぶねぇ…。楽しくて全然信号見てなかった…。…いっ…!」

 

 車に謝りに行こうかと立ち上がった瞬間、右足首に痛みが走る。ほんの少しだが、車と足が接触していたのだ。

 あまりの痛みにぐらっとよろけ壁に凭れ掛かる

 

 「やっちったな…捻挫か…。」

 

 取り敢えずその場に座り込み、足首の状態を確認していると、車に乗っていたであろう人が駆け寄って来た。

 今回悪いのは明らかに自分だ。誠心誠意謝らないと…と顔を上げると

 

 

 「すみません!大丈夫でしたか?」

 

 そこに居たのは、黒服とサングラスに身を包んだ女性が三人立っていた。

 

 ……え、いやいや怖い怖い。普通に銃とか持ってそうな風貌なんだけど!?

 冷や汗が頬を伝う。マジでどう謝ろう……と、表面上は冷静に見せているものの、心はとんでもなく焦っていた。

 

 「は…はい。大丈夫ですよ…!」

 

 精一杯の笑顔を浮かべて言葉を返す。違和感は無かったはずだ…多分。

 

 「しかし、先程足を痛めている様な素振りを見せておりました。車と接触なされたのでしょう。宜しければこちらで治療を…」

 

 と、黒い車を目で指す黒服の女性。

 

 「いや、でも悪いのは俺ですし…!!全然そっちは悪くありません!」

 

 ヤバいヤバい…アレに乗ったら絶対殺される!!

 

 「ですが……」

 

 「怪我をしたなら、家で治療するわよ?」

 

 「本当に大丈夫ですよ…!……ん?」

 

 なんか一人知らない子が混じってる様な気がするよ?長い金髪で、金色の瞳の子なんか居たっけ?あれれ〜?

 

 「遠慮は要らないわ!家にはお薬がいーっぱいあるから!さ、行きましょ!」

 

 「え、ちょ……まっ。」

 

 俺が何かをいう前に、俺は黒服の2人に肩を貸され、半ば強制的に車へと乗せられてしまった。

 

 黒服の二人に挟まれながら後部座席を乗せられた俺は、人生の三本指に入るぐらい困惑していた。

 俺が100%悪いのに、家で治療するなんて事が有り得るのか。

 このまま山奥へ向かうようなら…仕方ない。女の人を傷付けるのは嫌だけど、無理矢理にでも出るしかない…。

 

 「あなた、名前はなんて言うのかしら!」

 

 …ここで名前を出して特定されるのも嫌だな。取り敢えず偽名を使うか。

 

 「…山田太郎。」

 

 「たろうって言うのね!分かったわ!」

 

 いや、信じるの早っ!どんだけ純粋なんだよ…。

 

 「こころ様、先程は申し訳ございません。急ブレーキを踏んでしまいましたが、お怪我はありませんでしたか?」

 

 「えぇ、大丈夫よ!シートベルトのお陰ね!」

 

 どんなやり取りだよ。てか様付けって……この子はもしかしてめちゃくちゃお嬢様なのか…?

 車もだいぶ豪華だし…。

 

 

 

 朧の予想は大当たり。目的地へ着き肩を貸されながら車を降りると、朧は一瞬言葉を失った。

 

 デカい、デカすぎる。なんだこの家は…!!入り口の門からして現実離れしたデカさだ…。

 

 その奥に見える家も、言わずもがな大きいし広いし……なんか疑って申し訳無かったな…。

 こころって子も悪い子には見えないし…今は静かにしておくか。

 

 「ここが私の家よ!さ、入って!」

 

 緊張で身体を強ばらせながら大きな門を抜けると、鮮やかな花で彩られた庭を歩いていく。

 中央には噴水みたいなものも置かれており、正しく豪邸という名に相応しい庭だ。

 

 現実離れした風景にキョロキョロと周りを見渡す朧を他所に、こころと名乗る女の子は玄関の扉に手を掛ける。

 

 「黒服さん、私は今からみんなといつも通り練習するから、たろうの治療、お願いね!」

 

 「はい。」

 

 練習…?と朧は首を傾げる。

 

 「たろう、また後でね!」

 

 と、手を振りながらこころは2階に駆け上がっていってしまった。

 

 「太郎様、こちらの部屋で治療致しますので、後少し頑張って下さい。」

 

 「は、はい…。……あの、一つ質問いいですか?」

 

 「はい、どうぞ。」

 

 「練習って言うのは何の練習なんですか?」

 

 「こころ様はバンドをしておられるので、その練習です。」

 

 「あ、そうなんですか。……えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とハロー、ハッピーワールドとの出会いは、最初から刺激的なものとなった。

 …これからもっと苦労する事など知らずに。

 




お久しぶの更新です。

最近忙しくて中々書けませんでした…申し訳ありません。
今回からハロー、ハッピーワールド!編と言うことで、朧はこれから手を焼くでしょうね…。

朧はそこをどう乗り切るか…!!

ここまで見てくださりありがとうございます!



誤字修正致しました。ご報告ありがとうございます!


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第二十一話 〖アンラッキーからの…〗

どうも、Y×2です。
今回からハロー、ハッピーワールド!編とさせていただくにあたって、注意事項を申し上げます。

注意事項というのは、主人公の朧は花咲川の非常勤講師として働いていますが、前の話でこころを見たのが初見だという矛盾です。

なので、朧はこころと殆ど面識が無く、噂程度でしか知らなかったというていで話を進めていきます。

これは、完全に主の見落としでしたので、くどいとは思いますが改めて謝罪致します。

という事で、第二十二話始まります。

感想&評価、お待ちしております( ´△`)









 花咲川の異世界こと、弦巻こころ。

 彼女の噂はかなり耳にしていた。

 

 とんでもないお金持ちであり、身体能力は一般人よりも飛び抜けている。

 そして何よりそのポジティブ過ぎる性格で、そう呼ばれるようになったらしい。

 

 俺は弦巻とは違うクラスであり、非常勤講師と言うこともあり面識は全然無かったが、まさかこんな風に出会う事になるとは…。

 

 朧は案内された部屋で治療を受けながら、だだっ広い空間を見渡していた。

 そこら中に置かれた高級そうな絵や骨董品、それに巨大なシャンデリア。

 お金持ちに相応しいものがズラリと並んでいる。ここを治療室に使うとか……。

 

 

 

 …いやはや、ハロー、ハッピーワールド!の事は、前に色々サーチしたから軽く知っていたが、まさかここで出会うなんて思っても見なかった。

 

 ハロハピの音楽は、唯一無二の個性を誇っている。

 あれを他のバンドが真似をすると……いや、考えるだけ無駄か。俺でも真似できる気がしない。

 

 しかし、今日はハロハピの面子が集まってると言っていたし、生で演奏を聴くチャンスかも知れない…。

 ……ダメ元で頼んでみるか。

 

 「あの、ハロハピの皆さんと会うことって出来ますか?」

 

 「はい、可能です。」

 

 「ですよね〜…やっぱりダメ……えっ?」

 

 「大丈夫ですよ。こころお嬢様も、また後でと仰っていらしたので。」

 

 「そ、そうなんですか…ありがとうございます……。」

 

 めちゃくちゃすんなり受け入れるじゃん!!返して!?俺の覚悟返してよ…!?

 

 

 朧の治療を終えた黒服の人は、親切にも松葉杖を貸してくれた。

 その後ハロハピのいる部屋へ案内して貰い、今その部屋の前に居る……のだが。

 

 「……えぇ…。」

 

 なんで部屋の中からDJが使うターンテーブルの音とか聞こえるんですかね……?

 まさか家の中にあるのか?いや、有り得るな……ここに常識を求めたら負けだ…きっと。

 

 ゴクリ、と生唾を飲み込み部屋のドアノブに手を掛ける。

 

 「し…失礼しまーす…。」

 

 ガチャリと慎重にドアを開けて、ひょっこり顔を覗かせる朧。

 

 「あ、たろうじゃない!良く来てくれたわね!」

 

 いつも通り明るい笑顔で近付いてくるこころに対し、他のメンバーの頭には、ハテナが浮かんでいるように見えた。

 

 「こころ、その人は知り合いかい?」

 

 こころに質問を投げかけたのは、高身長で紫色の長髪、そしていかにも女の子にモテそうな容姿をした女の子だった。

 

 「えぇ、たろうって言うのよ!私の車で怪我をしたから、家で治療してもらっていたの!」

 

 「えっ、大丈夫なの!?轢いたって事!?」

 

 「いや、俺が前方不注意だったんだよ…!……って、君は…」

 

 朧の事を心配そうに見つめる女の子に見覚えがあった。多分花咲川の生徒だったはず…。

 

 「…えっ、もしかして…朧せん─…」

 

 その単語を口にした瞬間、足を怪我していると思えない程のスピードでその子に近づくと、そっと口を手で覆い、小さく耳打ちする。

 

 「確か奥沢…だったよな?今は訳あってたろうなんだ…。すまないが合わせてくれ…。」

 

 何かを察した様に、奥沢 美咲はコクコクと頷く。

 朧はそれを見てゆっくりと手を退けて、小さく"ごめんな"と謝罪を述べる。

 

 「…えと、もしかして朧せんせ…──」

 

 朧の身体がとんでもない速度で名を口にした女の子へと近付くと、再びその子の口をそっと抑え、再び小声で耳打ちする。

 

 「君は〜…誰か知らないけど、俺の名を知ってると言うことは花咲川か…ッ!?今はたろうなんだ…いいか、たろうだ…!」

 

 余りの気迫に女の子は涙目になりつつも、小さく頷く。

 

 朧はそれを確認し、ゆっくりと手を離したあと" ほんとにごめん…"と謝罪した。

 

 「たろう、凄いわね!怪我をしているのにそんなに早く動けるなんて!それよりも朧って誰かしら?」

 

 「いやぁ〜!!全然知らないなぁ!うん、本当に知らない!」

 

 今なら新人俳優賞取れるんではないかと言うほどの演技力で、何とか誤魔化す朧。

 

 「そう?ならいいわ!」

 

 相変わらず何でもすぐに信じ込むなぁ…。罪悪感が凄いけど、今更後には戻れないし…。

 

 「コホン…えー、弦巻から紹介された通り、俺は山田 太郎って言うんだ。今日は訳あってここに偶然来たから、ついでにハロハピの演奏を聞いていこうかなって思ったんだ。迷惑なら帰るが…」

 

 「全然迷惑じゃないわ!寧ろ歓迎するわよ?」

 

 「ふふ、一人観客がいる練習なんて、いつもと違っていいじゃないか。」

 

 「はぐみ、ちょっと緊張するけど頑張る!」

 

 …良かった。取り敢えずは歓迎されたみたいだ。

 

 「じゃあ早速始めましょ!美咲、ミッシェルを呼んできて頂戴?」

 

 「あ〜、うん。」

 

 そう言えば、このバンドは珍しくDJがいるバンドだったな。あのミッシェルとかいうぬいぐるみがDJしてるって話題が、割とSNSとかでも流れてきていた。…成程、中身は奥沢だったのか。

 

 絶対夏場暑いだろうな…などど眉を顰めて、それぞれ準備に入るメンバーを眺める。

 

 偶然とは言え、ハロハピの演奏を近くで聴けるチャンスなんて滅多にない。

 ここで少しでも技術以外の何かを盗めれば、御の字だ。

 

 「…あ!来たわねミッシェル!…そう言えば、ミッシェルにはこの人を紹介していなかったわね!この人は…」

 

 「あ~…この人の事は美咲ちゃんから聞いてるから大丈夫だよ〜?」

 

 …えっ、もしかしてこころは、中が奥沢だと気付いてないのか!?

 どんだけ純粋なんだ…そりゃ俺が太郎って言っても信じるわな…!!

 

 「あらそう?じゃあ早速始めましょ!みんな、準備はいいかしら?」

 

 メンバーは軽く相槌をうち大丈夫だと合図を送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…聞け、俺。俺に足りないものを探せ。そして、音楽にとって1番不可欠な、"楽しい"という感性の塊…ハロー、ハッピーワールドの音から……学ぶんだ!




久々に更新しました~…。
いや、最近めちゃくちゃ忙しかったんです…ホントに。

しかし、次話は1週間以内に書けるよう頑張ります!

次回もよろしくお願いします!


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第二十二話 〖嵐の前の静けさ〗

今回も見て下さり、ありがとうございます。

今更ですが、3万UAを超えました!ありがとうございます!
今後も引き続き、この作品をご贔屓にお願いします。

感想&評価、お待ちしております( ´△`)










 「さ、今日は"ハピネスっ!ハピィーマジカル!"の練習だったわよね?早速準備しましょ!」

 

 こころがそうメンバーに告げると、皆は演奏の準備に入る。

 

 そして、ドラム担当の松原 香音がスティックでスタートの合図をすると共に演奏が始まった。

 

 

 「これは……。」

 

 やはり今までに無いタイプだ。まずDJが居ること自体かなり珍しいのだが、それだけではない。

 

 これは個人の意見だが、正直このバンドの演奏技術はさほど高くない。

 しかし、それを無いものにするような"表現力"と、何よりも"楽しんでいる"と言うことがこちらに伝わってくる。

 この二つの技術は、プロのバンドなら殆どが持っている。

 しかし、高校生の段階でさっき述べた二つをこなすには至難の業だ。

 …しかし、ハロハピに関してはプロと張り合えるレベルだ。これは断言出来る。

 それがこなせているのは、もちろん全員の力があってこそのもの。が、それを大きく引っ張っているのが、ボーカルである弦巻だ。

 

 いい意味でも悪い意味でも純粋が故に、誰よりも音楽を楽しんでいる。

 歌の技術はある程度完成されているし、楽しむという一点においては、今まで見てきたバンドの中で1番だと思う。

 

 また一つ勉強になったな…。

 と言っても、俺でもこればかりは真似出来ない。

 

 俺はもう、音楽の悪い所を知ってしまっているから。

 音楽は楽しい。けれど、あれだけ楽しく演奏出来ることは、もう無いだろう。

 

 頭の中で音楽の分析をしている間に、一曲目の演奏がいつの間にか終わっていた。

 

 「…どうだったかしら!」

 

 にぱっ!と大きく笑みを浮かべてこちらに感想を求める様に視線を向けるこころ。

 

 「…正直、驚いたよ。高校生なのにここまで出来るなんて…凄いな。」

 

 「あら、ありがとう!それはみんなのお陰だわ!」

 

 「こころ…いつもにも増して楽しそうだったね。何かあったのかい?」

 

 ギターを弾いていた瀬田 薫が、サラリと前髪を払いながらこころにそう訊ねる。

 

 「だってお客さんがいるんだもの!やっぱり人前で歌うのは楽しいわ!」

 

 「お客さんって言っても一人だけどね…。ていうかこころ、次のライブでやる曲もやっておいた方がいいんじゃないかな〜?」

 

 …奥沢も大変だ。いちいちキャラを作らないといけないんだから…。

 ……後で悩みでも聞いてやろう。多分丸一日は潰れるだろうな。

 

 「あ、そうだったわね!じゃあその練習をしましょ!あ、たろう。もし良かったら、たろうの感想も欲しいわ!」

 

 「え、お……俺?」

 

 「確かに、第三者の意見というものも大切だからねぇ…。」

 

 「はぐみも感想聞きたい!どんな風に聞こえてるか気になるもん!」

 

 

 …だいたい理解してきたぞ。このバンドでマトモなのは二人しかいないんだな。

 そりゃ苦労するわけだ…。

 

 「俺の意見でよければいいけど…。」

 

 「決定ね!早速練習に入りましょ!」

 

 メンバーそれぞれが、次のライブでやるであろう譜面を取り出す。

 それをぼんやりと眺めていると、ミッシェル…もとい奥沢が、てててっとこちらに歩いて来て、各楽器の譜面を朧へと渡す。

 

 「…なんで俺に譜面を?」

 

 「先生の噂、一年から三年まで結構有名なんですよ?ギターが超絶上手い先生がいて、色んな楽器を弾けるって。」

 

 「え"っ。マジ!?」

 

 思わず変な声が出た。まさかそこまで広まっているなどと思っても見なかった…。流石は女子校といったところか…。

 

 「なんで、もし良かったら変な所があれば教えて貰えたらな〜と思いまして…あ、迷惑なら全然大丈夫なんで。」

 

 「いや、大丈夫だ。それよりも、奥沢…頑張れよ。」

 

 ぽん、とミッシェルの肩に手を置く。

 

 「あはは〜…ホント、毎回大変ですよ…。けど、それが楽しい時もあるんで…。」

 

 着ぐるみ越しに苦笑を浮かべ、奥沢はDJブースへと戻っていった。

 

 

 朧は手渡された譜面に目を配る。

 曲自体はさほど難しいものではない。一番難しいのは、やはり奥沢だろう。

 その場のフィーリングによって音の調節をするDJは、音の大小だけじゃなく、色々な技術を要するものだ。

 最近は大小だけで操作する奴もいると聞くが、それは最早DJではない。

 

 そんな高度な技術が必要なDJを引き受けつつ、あの三人の相手…考えるだけで疲弊しそうだ…。

 

 「こころちゃん、準備出来たよ。」

 

 「こっちもOKだよ〜。」

 

 「はぐみも大丈夫!」

 

 準備を終えたメンバーが口々に完了の言葉を述べていば、それを聞いたこころは早速練習を開始する。

 

 ハロハピ練習中の雰囲気は、緊張感と言う言葉より程遠いものだった。

 基本的に奥沢と松原が率先的に気になる場所を指摘し、そこを残りの三人が訂正していくという流れがテンプレートのようだ。

 

 「…松原、2フレーズ前の所、少しテンポが乱れてたな。苦手か?」

 

 「よ、よく分かりましたね…。はい、ちょっと苦手な所で…。」

 

 「なら、そこはクロスしてる右腕をもう少し伸ばしてみるといいぞ。ちょっとこじんまりとしてるからやりにくいんだと思う。」

 

 「は、はい!やってみます…!」

 

 朧も気になった所は見逃さずに指摘する。その事に、あの子が食いつかないはずも無く…

 

 

 「たろう、凄いわね!たろうもドラムをやっているのかしら?」

 

 「えっ。あ、あぁ…昔ちょっとな…あはは……。」

 

 「良かったわね花音!教えて貰えるのは羨ましいわ!」

 

 「そ、そうだね、こころちゃん…。」

 

 松原も、なんとか俺の素性を隠してくれている……ほんと、申し訳なさで心が痛い…。

 

 …せめてもの罪滅ぼしだ。今日だけは、この三人を俺が率先して請け負おう!

 

 「えと〜、一応ギターとベースを昔やってたから教えられるし、ボーカルも習ってたことがあるから、ある程度教えられるぞ…。」

 

 「「「ほんとに(かい)!!」」」

 

 うわぉ、やっぱりガッツリ食い付いた…大きな魚が三匹も…。

 

 「あ、あぁ…。だから、そのままいつも通りに練習しててくれ。おかしな点があったら言うからさ?」

 

 「分かったわ!はぐみ、かおる、それにミッシェルにかのん!今日は楽しい一日になりそうね!」

 

 …あの二人ははぐみと薫って言うのか。ここに来ていきなり練習始まったから名前を聞く時が無かった…知れてよかったぜ。

 

 「そ、そうだね…。て言ってももう昼過ぎだけど…。」

 

 奥沢、もといミッシェルが時計を見て苦笑を浮かべる。

 

 「まぁ、まだ時間はある。教えられる範囲で頑張るから、宜しくな。」

 

 ……朧はこの時油断していた。ハロー、ハッピーワールド!が、どれほどの強敵とも知らずに。

 

 ここから、地獄の様な時間が始まるのであった。




ども、Y×2です。
少し更新が遅れましたが、なんとか書き終えました。

次話は、朧が経験した事の無い苦労をする回です。
果たしてハロー、ハッピーワールド!にちゃんと教えることは出来るのか…乞うご期待。


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第二十三話 〖語彙力ゥ!!〗

どうも,Y×2です。
めちゃんこ更新が遅れたのは、色々と忙しかったのと、いいネタが中々浮かばなかったのが理由でございます。

もっと更新頻度はあげたいと思っていますので、どうか温かい目で見守っていて下さい(汗)



感想&評価、お待ちしております( ´△`)









 さて、俺こと…篠崎 朧は、今ハロー、ハッピーワールド!に曲に対する意見と修正箇所を言ってほしいと頼まれた為、皆に教えている最中なのだが…。

 

 「たろう!ここのフレーズなのだけれど、もっとみんながハッピーになれる様な歌い方はないかしら?」

 

 「うん、こころはそのままでいいと思うよ。それ以上ハッピーになったら多分歌にならないから…。」

 

 「そう?分かったわ!」

 

 「先生、私はここを薔薇の花が散り行く姿を儚そうに華を見る乙女の様な感じで弾きたいんだが…」

 

 「うん、そこまで具体性があるイメージなら大丈夫かなぁ。それよりもまず音の精度を上げた方がいいと思う…。」

 

 「あぁ、分かったよ…!」

 

 「せんせー!はぐみ、ここが苦手だから聞いて欲しいの!」

 

 「はいはい、ちょっと待っててくれ…!」

 

 とにかく忙しい。確かに教えると言ったのは俺だが、この三人は抽象的な事しか言わないから、理解するのに時間がかかる。

 時間をかけて理解している事を褒めて欲しい位だ…。

 

 奥沢や松原にも教えたいのだが、中々手が空かない…。

 ちくしょう…俺がもう一人いれば…いや、それは気持ち悪いからナシだな。

 

 「…先生、大丈夫ですか?」

 

 それを見兼ねた奥沢が、心配そうに朧に耳打ちする。

 

 「…まだ大丈夫だ。しかし、毎日あの三人と過ごしてる奥沢と松原は凄いな…。俺なら爆発してしまいそうになる…。」

 

 「ホントですよ…。でももう慣れたんで…。私もそっち手伝いましょうか?」

 

 「ダメだ。今日は俺が教えると約束したし、名前を偽ってかつ、お前と松原に素性を隠してもらってるんだ。せめてもの罪滅ぼしだよ。」

 

 「いや、そんな大袈裟な…。でも、先生DJ教えられるんですか?先生の技量を疑ってるわけじゃないですけど…。」

 

 「…ま、他の楽器よりかは知識か疎いさ。けれど、教えられない事はない。取り敢えず今は待っててくれ。向こうの三人の音を固めてから、松原と奥沢に集中して教えるからな。」

 

 「分かりました…頑張って下さい。」

 

 「あぁ、ありがとう。」

 

 …とは言ったものの、自分自身の中にもあの三人の音がどうすれば本人達の理想に近付くのか、まだ見えてこない…。

 トレーナーとして、そこはハッキリさせてあげたい所ではあるが…ここまで苦戦するとは思っていなかった。

 

 21年生きてきた中で、一番の強敵だと言っても過言じゃない。

 しかし、こんな事で諦めていてはボーカルトレーナーとして失格だ。

 

 まず、分からない事を分解していこう。今俺が分からない事は、この三人が理想とする音だ。

 で、三人は抽象的に理想の音を俺に伝えようとしてくる。

 

 つまり、その抽象的な表現さえ分かってしまえば…理想の音を導き出せる。

 

 …する事は固まった。後は数をこなせばいい。

 

 「こころ、ここのフレーズはもっとハッピーな方がいいんだよな?」

 

 「えぇ!もっと笑顔になれるように歌いたの!」

 

 「分かった、じゃあここはこうしよう。」

 

 すると朧は唐突に、その身長には見合わない、まるでアイドルがする振り付けを踊り始めた。

 普通の人が見ればドン引きする様な振り付けだ。実際奥沢の笑顔が引き攣っていたのを、俺は一生忘れないだろう。

 

 朧がしている事は単純。その抽象的な表現を、" 身体で表現 "しているだけ。

 しかし、こういう方法こそこういう天才肌達には良く効くことを朧は思い出した。

 

 そう、言葉で伝えるより…感覚で伝える方が分かりやすい奴等もいるという事だ。

 

 「…どうだ、こころ。」

 

 やりきった…!!絶対黒歴史認定される様な行動を、俺はやりきった…!

 これで伝わらなければ万事休すだ。奥の手はまだ使いたくない…ていうか、女の子には使いたくない。頼む…伝わってくれ…!!

 

 「…いいわね!そんな感じでやってみるわ!」

 

 よしっ!!と、朧は心の中で大きなガッツポーズを決めた。

 

 「い…今ので通じるんだね…美咲ちゃん…。」

 

 「私も驚いてますよ…。私ならあんな事する度胸ないですし…流石は先生と言ったところなんでしょうかね……。」

 

 二人は苦笑を浮かべながらも、良かったと安堵の溜息を零す。

 

 そこからの朧は凄まじいものであった。

 

 厄介トリオが質問するたび、それに合った動きをしながら指導するという、普通では考えられないやり方で三人をなんとか教え続けた。

 

 三人を教え続ける朧はふと窓の方を見つめると、目を丸くする。

 夕焼けの光が,窓から差し込んでいたのだ。

 

 時間にして実に4時間弱、朧は三人+‪αの指導をしていたのだ。

 

 「あら、もうこんな時間なのね!じゃあ最後にみんなで演奏しましょ!私、今なら一番ハッピーに歌える気がするわ!」

 

 「それは同感だよこころ…。先生のご指導により…私の儚さに、より儚さが増した感じがするんだ…。」

 

 「はぐみも!今だったらすっごく楽しく弾けそう!」

 

 の…乗り切った…。正直教えている時はアドレナリンが分泌されてて疲れなんて感じなかったが…今になってどっと疲れがのしかかって来た……。

 あ、足もズキズキする…そりゃそうか。あんだけ動けばな…。

 

 「お疲れ様です先生…大丈夫ですか?」

 

 「あ…あぁ、ありがとう奥沢。正直死にそうだ。」

 

 「あはは~…無理もないですよ…。あの三人相手に本当によく耐えましたね…。」

 

 あぁ…なんか今は奥沢にバブみを感じる…。癒しだ癒し…。

 

 「せ、先生…これ、お水です…。」

 

 「松原…ありがとな。」

 

 「い、いえ…!私の方こそありがとうございました…!みんなの相手しながら、私のドラムまで教えて貰って…。」

 

 「いいんだよ。俺が引き受けた事だし…。それに、松原は俺を気遣って余り質問しなかったろ?奥沢もだが。」

 

 「そりゃあ聞き辛いですよ…。」

 「先生とても頑張ってましたから…。」

 

 奥沢と松原は同時に苦笑する。

 

 「…特別に、今度時間あれば分からないところを教えよう。不公平なのは俺の性に合わないし。」

 

 「そんな…大丈夫ですよ!充分教えて貰いましたし…!」

 

 「ははっ、松原は優しいな…。けど、いいんだぜ?俺は先生だ。利用してやるっていうぐらいの気持ちが無きゃな?」

 

 「利用だなんて…迷惑が掛かりますから…」

 

 「俺は迷惑じゃない。松原、今日教えたこと以外にもまだまだ沢山教えたいことがあるんだ…。頼む。」

 

 「…分かりました、先生。」

 

 花音は観念したように小さく微笑を浮かべた。

 

 「勿論、奥沢もな?」

 

 「分かってますよ。ていうか、身近でDJ教えられるの先生しかいないですし?」

 

 奥沢は松原と違ってだいぶ乗り気の様だ。

 今まで独学だった分、他人に教えて貰う楽しさというものを短い時間だったが分かって貰えたみたいだ…良かった。

 

 「…さ、みんな!改めて聞かせてくれ。今まで教えた事を思い出しながら、楽しく、明るく、ハッピーに演奏してくれ!」

 

 おー!と元気のいい返事を五人が返す。

 

 「さー、練習の成果を出すわよ!ハピネスっ!ハピィーマジカルっ♪」

 

 こころが曲名を告げると、全員が一斉に楽器を構える。そして、花音がスティックで合図を出す。

 

 演奏が始まるや否や、メンバー全員が気付いた。最初に演奏した時とは全く音の質に。

 

 弦巻のボーカルを筆頭に、音は一つに纏まり、楽しさや幸せさがより鮮明に表へと出ている。

 

 何より、今演奏している皆がとても楽しそうに演奏している。

 

 基礎を身に付けた上で、更にそこへハロハピの個性を乗せた。

 只それだけの事なのだが、基礎がどれだけ大切か。

 

 ハロハピの面々は演奏しながらその事に気付かされていた。

 

 凄いわ…!みんな楽しそうに演奏している!こんなのを見たら、私…もっとハッピーになるわ!

 

 弦巻の感情も昂りつつあり、良いタイミングでサビへと入る。

 

 …完璧だ。自分で言うのもなんだが、短時間でよくここまで成長したと思う。

 演奏技術は大したことない。なら技術を上げればいいと安直な考えではあったが、まさかここまで化けるとは…。

 

 正直見くびっていた……あの子達の可能性を。

 それを感じられなかったのは、単純に俺の技量不足。まだまだだな…。

 

 黒部は小さく溜息を吐き、コツッと自分の頭を軽く叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たろう!どうだったかしら?」

 

 朧は拍手を送る。

 

 「良かったよ、本当に良かった。今のを本当のライブで見せたいぐらいだ。少し勿体無い気持ちになるな…。」

 

 「私もそう思ったよ…。今の儚さをここで終わらせてしまうのは余りに惜しいと…。」

 

 「私も…です。今までで一番いい演奏が出来ました…!ライブでも、これぐらい叩きたい!」

 

 「珍しく花音先輩が熱くなってる…。」

 

 …なーんて。私も正直、恥ずかしいぐらいノリノリで演奏してたけど。

 

 「はぐみも、今までで一番楽しく弾けた!これをライブで出来たら、絶対楽しいと思うの!」

 

 各々が感想を語る中、朧は立ち上がり5人の前に立つ。

 

 「みんな、その気持ちを大切にして欲しい。もっと弾きたい、もっと叩きたい、歌いたい。そういうハングリー的な部分を忘れてはいけないよ。それは成長するにあたって、一番大切な要素だからさ。」

 

 コクリ、と5人は頷く。

 黒部の言うことが間違いでないということを、今の演奏でしっかりと理解したからだ。

 

 「たろう、本当にありがとう!たろうが居なかったたら、私達は成長出来ていなかったわ!」

 

 「よせよ。俺が迷惑掛けたから、そのお詫びみたいなもんなんだから。でも、良かった。そう言ってくれると嬉しいよ!」

 

 ニッコリと満面の笑みを浮かべる朧。

 そう、感謝される事は本当に嬉しい事だ。先生として、人として何かを成せた。

 ちゃんとお詫びになっていたなら良かった…。

 

 「ねぇたろう。もし良ければだけど、また私達に演奏を教えてくれないかしら!たろうの教え方はわかり易いし、楽しいんだもの!ね、みんな!」

 

 4人は笑顔を浮かべながら、大きく頷いた。

 

 …参ったな、泣きそうだ。ひょんな事で出会ったこの子達に、ここまで信頼されては、その問に無理だ、などと返す事など出来ない。

 …ま、無理と言うつもりもない。

 

 「……あぁ、勿論だ!」

 

 その答えを聞くと、ハロハピのメンバー全員がパァッと表情を明るくする。

 

 大変なのは分かってる。でも、教える事は止められない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな笑顔を見せられてしまっては。




どうも、Y×2です。

あけましておめでとうございます!

更新遅れた事は本当に申し訳ないと思ってます…。

色々事情があって年を越しての更新となりましたが、何とか書き切る事が出来ました。良かった…。

もっと更新頻度を上げたいところなんですが、今年の三月までは忙しい期間が続くので遅い更新になります。
それでもまだ見てくれる人がいたら、本当に感謝しています。

心から、ありがとうございます。

では、次の話で会いましょう!


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第二十四話 〖因縁〗

どうも、Y×2です。

今回からRoselia編となりますが、Roselia編はかなり長くなる予定です。
理由としましては、タイトルにある通り、朧とRoseliaには「因縁」があるからです。
その因縁とは…。

第二十五話 始まります。






























 私はお父さんの事を、心から尊敬していた。今もこの気持ちは変わらない。

 

 ……お父さんから音楽を奪ったFUTURE WORLD FES。

 私はそれに出場して、自分の音楽…いえ、お父さんの音楽が正しかったことを認めさせる為に今まで練習してきた。

 

 そして、Roseliaというバンドを作った。ただ頂点をひたすらに目指す為に、一切の妥協を許さなかったわ。

 

 でも、いつしかそれが負担になって…Roseliaは解散しかけた。

 自分の事しか見ていなくて、周りの気持ちなんて考えていなかった。

 そう……悪い言い方をすると、「利用していた」。

 

 私達なら頂点を目指せる、なんて言いつつも自分が不安にならないための言葉だった。

 

 …そんな私にずっとついてきてくれているメンバーには、本当に感謝しているわ。

 

 今のRoseliaなら、頂点を目指せると確信がある。

 

 私達の音なら……────。

 

 

───────────────────────

 

 「はっはっは。友希那は歌が上手いなぁ!歌うことが好きか?」

 

 「うん、大好き。私もお父さんみたいになりたいの!」

 

 「そうか…!なら、お父さんも頑張らないとな!」

 

 

 …私の古い記憶。幼い時からお父さんの音楽を見てきた私は、自分もお父さんみたいになりたいと音楽を学んできた。

 

 そしてメジャーに行くと聞いた時は、似つかわしくない位に喜んだ。

 

 「お父さんの音楽を、必ず届けてみせるからな!」

 

 お父さんの音楽がみとめられたんだ!本当に凄い…カッコいい!!

 

 

 

 

 …けれど、その喜びは打ち砕かれた。

 FUTURE WORLD FESによって。

 

 お父さんのバンドは、それに出る為に色々なアレンジや音を組み込まされて、音楽の方向を見失って解散した。

 

 

 

 許せなかった。勝手な事をした人達にもだけど、どんどん奪われていくお父さんの音楽を、ただ歯噛みして聞くことしか出来なかった自分に。

 

 そして、解散に追い込んだ" もう一つの理由 "にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お父さんが音楽を辞めてから、一度だけ質問をしたことがある。

 

 それは、「なぜバンドを辞めたか」。

 

 一つ目の理由は強制的な音楽による方向性の消失。

 

 そしてもう一つの理由は……

 

 

 

 

 「友希那。天才って言うのは沢山居るんだ。バンドでもそう、歌が上手い奴なんて沢山いる。けど、出会ってしまったんだ。私が一生努力しても届かない、" 本当の頂点 "に。…私は後悔していない、と言ったら嘘になるが、今は良かったと思っている。あの子と同じ土俵に立つ勇気なんて…私には無い。」

 

 

 それを語るお父さんの顔は、言葉とは裏腹にとても悔しそうに見えた。

 ……その子がたった8歳と聞いた時の衝撃は、今でも覚えている。

 

 

 

 とあるステージで演奏を終えて、楽屋に戻ろうとした時に、その子を見つけたらしい。

 その子は舞台袖にいて、お父さん達の演奏を聞いていたみたいだった。

 

 舞台から降りようとすれ違った刹那、その子が不意に口を開いてこう言ったという。

 

 

 

 「おにーさん達の音、つまらなかったよ。いや、可哀想だった。」

 

 そう言って帰って行った…と。

 

 

 

 

 「……私も気付いていたよ。自分達の音楽がつまらなくなっている事には。でもね、可哀想なんて表現までされるとは思ってなかった。それも8歳の男の子にね。言い返せなかったなぁ…。なんせ、何も間違っちゃいなかった。その子はあの歳にして私に無いものを全て持っていたからね……。友希那、もしその子と出会う時があれば、突っかかったりしてはダメだよ。寧ろ交友関係を築いて欲しいぐらいだ。確か名前は………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …篠崎 朧。私は貴方を超える。

 

 たった8歳にしてお父さんの音楽を否定し、解散させる原因にもなったあなたを…私は許さない。

 

 お父さんはあぁ言ったけど、交友関係なんて築く気なんて全くない。

 

 私はRoseliaと共に頂点を取る。そして…私達の音楽を認めさせる!!




ここまで読んで下さりありがとうございます!

冒頭で言った通り、Roseliaはかなり長くなります。
飽きないように試行錯誤していくつもりですので、何卒よろしくお願いします!

ではまた次でお会いしましょう。


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間章
間章1 〖篠崎 朧〗


この話は朧の幼少期のお話になります。

幼くして天賦の才を与えられた朧。
純粋が故の犯した過ち。

これは、篠崎 朧の始まりの物語。


 俺は、2歳の頃から楽器や音楽に触れていた。

 

 親父が偶にコンサートなどに出ていたので、それを母さんと見に行った記憶がある。

 

 それに影響されたという訳ではなく、物心つく前から既に何故か音楽が好きだった。

 これは生まれつきとしか言いようがない。

 

 3歳を迎えた年からは、楽器を弾き始めるようになった。

 

 まず最初に弾いたのはギター。そして、その次にピアノに手を出した。

 ピアノに関しては習いに行っていたが、ギターは独学で学んだ。

 

 親父は医者の仕事が忙しいとか言って家に殆ど居なかったので、代わりに母さんがギターの本や動画を見せてくれていた。

 

 二つ並行して学ぶ事は、全く苦では無かった。

 むしろ心地良かった。

 

 ……俺は母さんが大好きだった。

 親父が居ない中、銀行の仕事を休んでずっと俺の面倒を見ていてくれた。

 親父が医者と言うだけあってお金にはあまり困らなかったので、仕事を長期に渡って休めたのは幸いだ。

 

 親父との記憶なんて、偶にあるコンサートの控え室で少し話す程度のものしかない。

 家に帰って来るのは年に数回。しかも、夜遅くに帰って来ては次の日の朝早くにはもう居なかったので、会話のしようが無かった。

 正直言って、親父のことはあまり好きでは無かった。

 と言うか、どこか苦手だった。何を考えているか分からなかったのだ。

 

 控え室でにこやかに「頑張るよ、朧。」と声を掛けてくれた時、俺はどこか不気味さを感じた。

 傍から見れば親子の他愛ない会話だ。けれど、俺にはそれが別の意味を孕んでいる様に感じて堪らなかった。

 

 ……そして、俺が4歳に迎えた年。

 

 

 

 

 

 

 親父は俺と母さんを捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 恨んだよ。憎かったよ。

 離婚届だけ置いて何も言わずに出ていった事や、銀行から自分の金だけを持っていった事。

 理由を挙げるならキリがない。

 

 けど、一番の理由は……母さんは泣いていた。

 

 いつも笑顔を絶やさなかった母さんが、俺が生まれて以来…1度も弱音を吐かなかった母さんが……顔を涙でぐしゃぐしゃにして、ずっと俺を抱き締めて謝っていた。

 

 

「…ごめんね朧……本当に……!!」

 

 違う、違うよ母さん。

 

 母さんは何も悪くないじゃないか。悪いのは……親父だ。

 見返してやる。あのクソ野郎を…。

 

 アンタが居なくても、俺は母さんと生きていける事を証明してやる。

 ……やるんだ、篠崎 朧。将来、母さんを楽をさせてやる為に…俺が今出来ることを全力で…!!!

 

 そこから、怒涛の人生が始まった。

 

 ギターとピアノ以外にも、ベース、ドラム、トランペット、オーボエ、フルート………とんでもない数の楽器に手を出した。

 それはもう、一人でオーケストラを出来る程。

 

 

 出来ない楽器は幾つもあった。けれど、絶対に諦める事は無かった。

 自分が出来る一番最大のものが、音楽だったから。

 

 仮に音楽が出来なくなった時を考えて、勉強する事も惜しまなかった。

 小学校に入った頃には、既に中学校までの勉強を終えていたので退屈で仕方なかった。

 

 家に帰れば楽器、勉強の日々。

 それでも俺は充実していた。楽器をしている時の母は、いつも笑ってくれていたから。

 もう泣いてる姿なんて見たくない……その一心で、我儘も言わずにひたすら勉強と音楽にのめり込んだ。

 

 そして……俺の人生を大きく変えた、8歳。

 

 学校から帰って、いつも通りのルーティーンで一日が終わる筈だった。

 食器を片付ける母にただいまと述べ、自室へ向かおうとした時、母が俺を呼び止めた。

 

 「ねぇ、朧。そんなに無理しなくていいんだよ…?」

 

 俺にはよく分からなかった。

 

 「俺は無理してないよ。」

 

 「じゃあ、なんでそんなに音楽と勉強を頑張ってるの?」

 

 俺は言葉に詰まった。

 普通にアイツを見返す為だと言えばいいのに、母の泣き顔が妙に脳裏に浮かぶ。

 

 「そ…それは、将来の為に…。」

 

 凡そ8歳の口から出る言葉じゃない。まだ将来の事など考えるには早過ぎる。

 だけど仕方が無かった。勝手に身体が動いていたんだから。

 

 アイツを見返そうと思ったら、じっとしていられなかった。

 

 「…お父さんの事、気にしてるんじゃないの?」

 

 ビクッと身体が震える。図星だ。

 

 「やっぱり……そうなのね。」

 

 あぁ…母さん、やめてくれ……!!そんな暗い顔をしないで…もうそんな顔は見たく…っ!

 

 徐ろに近付いてきた母さんは、力強く俺を抱きしめ……耳元でこう囁いた。

 

 「……ごめんね朧…っ。まだこんなに幼いのに……私とお父さんのせいで……!!」

 

 母さんは、また泣いた。

 

 なんで?俺は母さんを泣かせない為に努力してきたのに、なんで泣いてるの?

 

 6歳の時、コンクールで全国優勝したよ?

 学校のテストで95点以下を取ったことないし、ずっと学年で一番賢かったんだよ…?

 

 ずっと俺を抱き締める母さんの嗚咽を聞くしか出来なかった俺は、いつの間にか涙を流していた。

 

 泣いた、生まれた瞬間以外泣いたこと無かったのに。

 

 俺は悟った。結局、俺が努力しても泣いてしまうんだ……。ならもう、努力なんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして篠崎 朧は、8歳で音楽を辞めた。




どうも、Y×2です。

今回は朧の過去を書きましたが、次回も朧の過去について書こうと思っています!

次は友希那パパと朧の出会い、そしてCiRCLEのオーナーとの出会い等を書きたいと思っています。

では、また次でお会いしましょう。


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間章2 〖 父さんは一体…… 〗

久々の更新です!
今回も前と同じ朧の過去についてのお話です。

感想、評価お待ちしてます( ・∇・)










 「 朧、ご飯出来たわよ。」

 

 カーテンの隙間から陽射しが差し込み、小鳥たちが朝を伝える囀りを奏でる頃、母さんが俺を起こしに来る。

 

 …音楽を辞めて早1年。

 あれから母さんの泣く姿は見ていない。

 

 音楽は辞めたものの、勉強は継続していた。

 流石に何もしないってのもダメな気がしたからだ。

 

  朝食はいつもパンにバターを塗り、その上に卵焼きを乗せたものと

、サラダのみ。

 少なく思えるが、朝はこれを食べなければ俺は力が出なかった。

 

 「 …ねぇ朧、あれから楽器とか…」

 

 「 触ってないよ母さん。」

 

 食い気味でそう答える。

 

 母さんが泣く努力なんて必要ない。必要なのは、母さんが笑ってくれる…そんな努力だけでいい。

 

 「 朧、今度の日曜日…出掛けない? 」

 

 唐突に持ちかけられた誘いに、朧は少し目を丸くする。

 なんせ、一緒に出掛ける事など殆どなく凡そ1年振りぐらいだったからだ。

 

 「 それはいいけど…どこに行くの? 」

 

 「 …こんなものが届いたの。" 父さん "から。」

 

 母さんが取り出したのは、一枚の手紙と2枚のチケットが入った封筒だった。

 

 俺は無意識に眉間に皺を寄せる。

 もう3年も音信不通だった男からの手紙とチケット。

 こんなもの、本当なら見たくも受け取りたくもない…。

 

 「 …なに、それ。」

 

 「 母さんはよく知らないけど…FUTURE WORLD FES って知ってる? 」

 

 その名前を聞いた時、俺は母さんからの誘いよりも驚愕した。

 

 FWF…。世界中から有名なバンドが集まる、世界最高峰のフェスだ。

 そのチケットの倍率は、宝〇歌劇団に入る比にはならない。

 俺は手紙を横目にそのチケットを手に取れば、思わず冷や汗を滲ませた。

 

 「 FWFの…特別招待券…!? こんなの、普通の人じゃ取れないヤツだよ……!」

 

 そう。そのチケットは、他の席とは違い、誰にも邪魔されず間近で座って見られるというSS級の代物だ。

 勿論普通のルートでは手に入らず、FWFの関係者、もしくはそれに該当する様な権力者のみが手に入れる事が出来る。

 

 「 …母さん。父さんは一体何者なの。」

 

 「 私もよく分からないわ…。出ていった日からもう5年も経つもの…。今どこで何をしてるかなんて、把握してないわ。」

 

 …父さん。アンタは何がしたい…。今何をしている…。

 聞きたいことは山程あるが、それはフェスに行かなければ聞けない…。

 俺は音楽を辞めた。本当なら行くつもりはなかったが、俺は確かめなければならないと思った。

 …ここに行けば聞けるかも知れない。真実を…。

 

 「 そうだ…手紙にはなんて書いてあったの? 」

 

 俺はふと思い出したかの様に母さんに手紙の内容尋ねた。

 

 「 …久しぶりだね。このチケットを送るから、楽しんでくれると嬉しい……それだけよ。」

 

 あの時の謝罪も無しかよ…つくづく腹が立つ男だ…。

 

 そして決断した。これが誘いだろうがなんだろうが、行けば会えるという確信が心のどこかにあったからだ。

 

 会ったら全部聞いてやる。今までの事全てを……。

 

 「 …母さん、行こう…FWFに。」

 

 母さんは、静かに頷いた。




どうも、Y×2です。
更新が大幅に遅れてすいませんでした…!

今色々忙しい時期という言い訳をしておきます…。( 汗 )
次の更新はいつになるか分かりませんが、なるべく早く投稿したいと思います!

あと、なろうの方でも創作小説を書こうと企画を練っている途中と言うことをお伝えしておきます!

それでは次の話で会いましょう!


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間章3 『 邂逅 』

超久しぶりの更新です。覚えてくれてる人がいたら嬉しい…。


朧と母親はFuture World festivalの会場へと足を運んでいた。

 

家族を捨てた父親に会いに来たと言う理由が九割方だが、一割は少しの期待だった。

 

恐らく父親が出て行かずに楽器を続けていたら、間違いなくこのステージを目指して特訓していただろう。それ故に余計に腹が立つ。

 

自分達を捨てた人間がこんな大きな舞台に出る。不幸にもならずにのうのうと音楽を続けているんだ。本当は顔も合わせたくないが、色々聞くこともあるので渋々この場所へと来た。

 

「わぁ、凄いわね朧…こんな大きなステージ見た事ないわ」

 

お母さんは目を輝かせながらステージを眺めている。音楽には無知だが父親の演奏会には良く行っていたし、帰ってくる度に嬉しそうな顔で父親が活躍していた事を俺に報告してきた。

 

その時のお母さんの顔を今でも覚えてる。…ここ数年はその笑顔を見た覚えはないけど。

 

「ねぇ母さん。始まる前に控え室に行くんでしょ?」

 

「…あぁ、そうだったわね」

 

母の表情が少し曇る。控え室に行くとはつまり、父親と数年振りの再会をするという事。不安も緊張も俺より遥かにしているだろう。

 

「行きたくなかったら行かなくていいんだよ?」

 

「…いいえ、行くわ。ありがとう、朧」

 

朧へ笑顔を向け前に向き直ると、母は朧の手を引き控え室へと向かう。特別招待券にはその様な特典もあり運良く手に入れた人は好きなバンドの人と数分だが会話や握手を出来るのだ。

 

本当は好きな人に会うための券だと言うのに皮肉な話だ。

 

控え室へ続く道はスタッフが忙しそうに行き交い、機材やら証明その他諸々を準備している。

各バンドの部屋にはそれぞれ名前の札が付いており一目で誰が何処にいるか分かる状態だ。

邪魔にならない様に通路を進んで行くと、とうとうその文字が目に入る。

 

『Future World fes. 篠崎 帝(しのざき みかど)様 』

 

二人の緊張感は一気に高まる。このドアの先に因縁の相手がいるのだ。たかが数秒の間であっただろうが、二人に取っては数時間とも言える緊張の瞬間。

その沈黙を破ったのは母で、扉に手をかけるとゆっくり開いていく。

 

忘れもしないその後ろ姿。昔は大きく暖かく、そして憧れたその背中。

 

「…来たかい?」

 

懐かしい声色と共に振り向く男、篠崎 帝。今年のFuture World fes.の大トリを飾るバンド" Kings "のギター&ボーカルを務める今世紀最大の天才。過去にオーケストラに所属しヴァイオリンを担当。しかしヴァイオリンに限らず弦楽器全てをハイレベルにこなしていた。

オーケストラを抜けた後自身でバンドを結成すると、そのバンドは瞬く間に有名となり今や知らない人の方が少ないだろう。

初発売のシングルでミリオンを叩き出したのは今でも伝説と語り継がれている。

そんな男の背景に家族を捨てたなんて知る由もないファンは狂った様にこのバンドを崇拝しているのだ。俺から見れば反吐が出そうになる。

 

「久しぶりだね、元気だったかい?朧はかなり大きくなったな…」

 

呑気に話しかけてんじゃねえよ。なんて言う度胸も無く、今は母の手を強く握る事しか出来ない。

 

「貴方は変わりないわね、帝さん。チケットを送ってくれたのは嬉しかったけれど、どういうつもりかしら」

 

流石は母さんだ。昔から怒った時に一番怖いのは母さんだった。俺は怒らせた事無いけど、近所迷惑だった変なおばさんに正論を噛まして引っ越しさせたのは近所で有名な話になっている。

 

「どうもこうもないよ。私はただこのステージを楽しんで欲しくて呼んだだけだ。それ以上の理由はない」

 

「いいえ、私は馬鹿じゃないし貴方はそんな理由で人を呼んだりしないわ」

 

父親は沈黙する。母さんと父親は8年の時を経て結婚した。出て行くまでの12年間でお互いの事は理解出来ている。嘘なんて通用はしない。

 

「…敵わないな、君には。そうだね…これが今私に出来る最大の贖罪だと思ったからだ」

 

贖罪だと?

 

耳を疑う言葉に朧の表情は固まる。この男からそんな言葉が出て来るなんて思いもしなかった。

 

「私が間違っていたよ。君と朧を置いて出て行き、あまつさえ金を持って行った事。あの時の私は音楽に取り憑かれていた、音楽の全てを理解したかった。その為に海外を飛び回り勉強する金が必要だったんだよ。…君達の事なんて何も考えずに、ね。はは、本当に愚かだった」

 

やめろ、今になってそんな顔で謝罪するな。悪役は悪役らしく憎まれろよ。なんで本当に悪かったみたいな顔をしてるんだ。自分勝手にも程があるだろ。

 

「自分勝手ですね、貴方は。それで許されると思っているんですか?お金の事も勉強の事もいいんです。今の貴方が一番謝罪しないといけないのは何も言わずに出て言った事と朧の事でしょう。この子は音楽を辞めたのよ、貴方のせいで。音楽をすると悲しむからって、無理して辞めたの。一番大好きだった物を取り上げられた挙句、それを我慢し続けて今になってこんな舞台見せられて…朧が喜ぶと思うの!?」

 

母は目尻に涙を浮かべながら激情する。こんな母は見た事がなかったので朧も驚いたが、母の感情に釣られて頬に涙を伝わせる。

ここまで大切に思われて来た事に感謝しか感じない。この母の息子で良かったと心から思えた。

 

朧が音楽を辞めたと聞くと、帝は信じられないと目を見開きそっと俯き片手で顔を覆う。

 

「そうなのか…そうだったか。朧…済まない…本当に…」

 

もういい。お前の顔なんて見たくない…俺は…!!

 

握っていた母の手を振りほどくと、朧は勢いよく控え室から飛び出した。何処に向かうなど考えていない。ただ遠くへと逃げたかった。

 

「…幾ら貴方が贖罪しようと私は許しません。会うのはこれっきりにして下さい。ただ…少し安心しました、貴方が謝罪出来る人だって知れて」

 

母はそう言い残すと、急いで朧を追い掛けていった。

 

「ふふ、本当に昔から何も変わらない。愛していた…愛していたのに…」

 

帝は机へと項垂れれば、静かに嗚咽を漏らすのであった。




見ていただいてありがとうございます!


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『そして…』

結局朧は父親のステージを見ること無く、逃げる様に会場から去っていった。

俺に追い付いた母は何も言わずにただ俺を抱き締めてくれた。

その温もりは今でも忘れない。

 

母はもう涙を流さなかった。ただ俺に謝りながら、二人で頑張って行こうと声を掛けてくれた。

 

俺も母を苦しめる事はしたくない。だから結局音楽を始める事は無かった。あの日迄は…。

 

中学、高校はエスカレーター方式で上がれる場所を選択し、俺は16歳になった。高校二年ともなれば青春真っ盛りだろうが、俺はそんな事に興味はない。

この高校は吹奏楽部があるらしくそれなりに成績を残していると有名だった為少し覗いて見たものの、自分にとって何の刺激にもなりはしなかった。

 

未だに音楽をやる気は起きず部活にも入らず、家に帰り適当に勉強をしてのんびりする毎日。

退屈だと思われるだろうが、俺はそんな日々を堪能していた。

一通りゲームをこなしたけど、直ぐに全部マスターした為飽きてしまい続くものは無かった。

 

そんなある日、散歩がてら適当に歩いていると一つのライブハウスを見つける事になる。

「…SPACE?こんなライブハウスあったんだな」

 

いつもは通らない道だった故に今まで存在を知らなかった。本当に何となくそのライブハウスへと入って行くと朧は驚いた。

 

「出演、女の人ばっかりのバンドだな。ガールズバンドってやつか」

 

この頃ガールズバンドはメジャーではなく朧自身も余り関わった事はない為とても新鮮に思えた。

丁度バンドが演奏中だった為、ワンコインを払いステージの方へ向かい扉を開くと、中は熱気で煙たく耳が痛い程の歓声で満たされていた。

久し振りに感じる熱気に少し鳥肌を立たせつつも、隅の方へ移動し適当な場所を取りバンドを眺める。

 

何だろ、この感じ。音楽を辞めた筈なのに…嫌いになった筈なのに勝手に身体がリズムを求めて動いてしまう。

どうしても心地良いと思ってしまうんだ。

 

朧の心の深くには刻まれていた。音楽の楽しさ、素晴らしさ、美しさ…沢山の思い出が。

母の前で演奏した時に見せてくれたあの笑顔。嬉しそうな声色。聞いてくれている時の静かな顔。

全て音楽が魅せてくれた景色だった。

初めから嫌いになるなんて無理だったのだ。

 

しかし、いざ楽器を持つと演奏出来る気がしない。父親の顔がチラついて手が震えてしまう。

結局弾けないのなら好きである意味が無い。だったら音楽から身を引く方がいい。ずっと未練を残して生きていくのは辛いから。

 

そのバンドの演奏が終わり、朧は小さく拍手しながら帰ろうとしたその時、隣の女の人に声を掛けられた。

 

「アンタ、もう帰るのかい?」

 

横に視線を向けると、少し年配の女性が壁に凭れてステージを眺めつつそう述べた。

 

何だこの人…と思いつつも、同じ様に壁に背中を預けて言葉を交わす。

 

「まぁ…色々満足したんで」

 

「私にはそう見えないね。まだ身体が疼いてるだろう」

 

図星だ。本当はもっとこの空気感を味わっていたい。でもここで帰らなければまた音楽を始めたいと思ってしまう。

 

「おばあちゃんには関係ないっすよ」

 

「あるよ。音楽が好きな人間は皆仲間だ。無論アンタもね。何抱えてるか知らないけど、ここに来たからには最後まで見ていきな?」

 

女性は朧に着いてこい、と言うように手招きするとステージ袖へと案内してくれた。

一般人の俺をこんな所に招いて良いのかと思いながらも取り敢えず女性の隣で準備中のバンドを眺める。

 

次に出演するバンドの面々は緊張した面持ちでステージを眺めていた。そのメンバーに向かって女性は

 

「アンタ達、シャキッとしな!お客様を楽しませないと承知しないよ!」

 

と激励?の言葉を送る。メンバーはその言葉にこくりと頷き、どこか緊張が解れた様な顔をしている。

 

「このステージに出られるバンドは、私がオーディションしてるんだ。かなりの人数が受けてくれるんだけどね…出られるのはほんの数組程度さ」

 

「そりゃ結構な倍率っすね。基準は何なんですか?」

 

この人オーナーだったのかよ。と少々驚きはしたものの会話を続ける。

 

「…やりきれたかどうか、さ。毎回聞くんだよ、やりきれたかい?ってね。やりきれたと答えるバンドは少ないし、その中でもやりきれたと思っている子達だけを出してるのさ。演奏の上手下手関係なくね」

 

意地悪なばあさんだ。やりきれたかどうか何て聞かれても困るに決まってる。

ま、それは意図があってしているに違いないし何も言わない。

 

「アンタの顔を見てたらね、楽しそうなのにどこか寂しそうだったんだよ。アンタ、まだやりきってないだろう」

 

「やりきりましたよ、これ以上無いってぐらい。でももう弾けないんです」

 

「弾けない、じゃない。弾かない、だろう?」

 

朧は黙り込む。弾けないではなく弾かない。確かにそうかも知れない。ずっと音楽から逃げてきた。

思い出すと言い訳して、弾かない理由を探していた。

この人はそれを直ぐに見抜いてしまったのだ。

 

「おばあちゃん何者よ。怖いんだけど」

 

「おばあちゃんって呼ぶんじゃない。私の名前は都築 詩船だ」

 

「…詩船さん。なんでそんな話を俺に?しかもこんな所に連れ込んでさ 」

 

「アンタ、相当な腕を持ってるにも関わらず諦めた様な顔をしていたからだよ。手や顔を見れば分かる、相当努力してきただろう?諦めた理由は知らないけど、遊ばせておくには余りに勿体ないよ」

 

努力…母以外に初めて努力を認めてくれた人かも知れない。その言葉に朧の心にかかっていた霧が晴れていく。

 

「アンタ、何を躊躇してるんだい。こっち側に来て一緒に楽しもうじゃないか。大丈夫、音楽は裏切らないさ。アンタが努力しただけ、音楽は応えて皆を笑顔にしてくれる」

 

朧は俯き、少し間を開けてからゆっくりと顔を上げる。

 

「出来るっすかね、俺に」

 

「アンタしか出来ない音楽がある」

 

「…アンタじゃないよ、俺の名前は朧。篠崎 朧っす」

 

「朧、私は楽しみにしてるよ。アンタが奏でる音楽の先に何があるか…ちゃんとやりきりな」

 

朧は小さく頷くと、全てのバンドが演奏し終わるまで詩船の隣でステージを眺め続けた。




見て頂きありがとうございまする!


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『進み始めた時間。そして現在へと』

もうすぐ6万UA…ビックリです。


「…久し振り」

 

 俺は都築 詩船の言葉に勇気を貰い、自室の部屋の隅に埃を被った一つのギターへそう呟く。

 

 もう十年近く触れていない為、チューニングに手間取ったが何とか調整を終えると、椅子に腰掛けてギターを構える。

 

 俺だけが出来る音楽。俺しか弾けない音。もう父親なんて関係ない、俺が弾きたい様に弾けばいい。 

 

 そして、小さく弦を弾く。懐かしい感覚だが指は驚く程素直に動いた。朧は天才だが自分自身がそうだとは思っておらず、愚直に努力した経験値と才能が指を滑らかに運ぶ。

 

 …気持ちいい。音楽は自由だ。何にも囚われず、好きな事を好きなだけ出来るんだ、誰にも邪魔されずに。

 

 朧の音色は激しさを増し、それにつられて身体も揺れ始める。いつしか椅子から立ち上がり思いのまま身体を動かしながら弦を弾いていく。

 音色は母の耳まで届いており、それを聞きながら母は密かに涙を流した。

 

 凡そ十年振りに聞く音色は昔聞いた音色と何ら遜色無い。寧ろ昔よりも洗礼されていた。

 身体が大きくなり小さい頃に出来なかった事が今出来るようになっている。

 止めどなく流れる涙を拭いながら、母は一人静かにその音に身体を委ねるのであった。

 

 満足がいくまで弾き続けた後、朧は音の無くなった静かな部屋の余韻を感じながら目を開く。

 

 弾けたよ、詩船さん。俺は俺にしか出来ない音楽を極めるよ。それが、今まで無視し続けた音楽への償いだから。Future World fesに俺は出る。どんな形でもいい、俺の音楽を世界に響かせてやる。父親を超えてな。

 

 心の中でそう誓いを立て、次の日から再び幼少期の時の様に音楽と勉強の毎日へと移り代わっていった。

 

 

 

 18歳。もうすぐ高校を卒業する歳となった朧は進学先を考えていた。音楽の大学へ行くのも良かったが、授業料が馬鹿にならない。

 かと言って普通の大学ではつまらない。

 

 うんうんと唸っていると、母がそっと朧の隣に腰掛けて進路調査票を覗き込む。

 

「朧、何処に行きたいか決まっていないの?」

 

「うん…どこも学費が高くてさ」

 

 苦笑気味にそう伝えると、母は優しく微笑んだ。

 

「お母さんはね、朧が進学に困らない様にちゃんと貯金してあるの。だから、朧が行きたい大学に行きなさい」

 

 朧は驚いた表情を浮かべつつ首を横に振る。

 流石にそこまで甘えては母の負担になってしまうだろう。せめて学費の半分程度は自分で稼ぎ、家にもお金を入れようと思っていた。

 

「朧」

 

 母はかつて幼かった頃の様にそっと頭に手を添え髪の毛に沿って撫でる。

 

「これで最後でいいから、甘えてちょうだい? それとも、迷惑だったかしら?」

 

 …ずるいな、母さんは。そんなこと言われたら断れないの知ってる癖に。

 

 母の優しさに観念し、朧は一つの大学を指差した。そこは音楽にかなり強い短期大学であり、音楽を学ぶと同時に教員免許も取得出来ると言う大学。

 

 母は不思議そうに何故この大学にするのかと問い掛けてきた。

 

「俺はレベルの高い環境に身を置きたい。それに、人に教えるのは好きだからさ。昔母さんにギター教えた時、凄く楽しかった。だから……かな」

 

「朧……」

 

 母は感無量で朧を胸元に強く抱き締めた。流石にこの歳になると少し恥ずかしいが、大人しく抱き締められる。

 柔らかく力強い鼓動を耳に感じつつ心地良さそうに目を細めてそっと身を離す。

 

「母さん、俺ももう18歳なんだからそう言うのは控えてくれよ?」

 

「ふふっ、朧が何歳になっても私の息子よ? 嫌でも抱き締めるんだから」

 

 その返答にやれやれと少し呆れた笑みで頬を掻いた。やはり母には敵わない…。

 

 大学の偏差値には充分届いていた為、受験勉強をそれなりにしつつ音楽も抜かりなく勉強した。

 受験の日、俺よりも母さんの方がそわそわしていたけれど、心配ないと一言置いて家を出た。

 その日は雪が疎らに降っていた。吐いた息は白く空気に混じり、いつも歩いている道は今日違って見える。

 久々に緊張してるな、少しだけど。

 

 入学には筆記試験と実技試験、そして質疑応答と面接の4つがある。取り敢えずどれも大丈夫と踏んでいるが、緊張でド忘れしない様にと頭の中で予め用意した応答と面接で述べる為の文を復唱する。

 

 そうしている内にいつの間にか現地へと到着していた。

 写真で見るより大きな大学だ。門を潜る男女はきっと同じ受験者だろう。これから競い合わなければならない人もこの中には居る。

 

 しかし朧は誰一人として気に留めていない。ここで得たいものは教員免許だけ。

 勿論授業はちゃんと受けるが、家に帰ってからの練習が本番だ。

 

 朧は受験票を片手に門を潜り大学の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春。それは出会いと別れの季節。俺の場合は始まりと出会いの季節だ。

 

 朧は難なく大学に入学する事が出来た。筆記試験は一位、実技試験においてはその実力から特待生として迎え入れられ授業料の3分の1が免除された。願ってもない収穫だ。これで母の負担も減るだろう。

 

 合否結果は母と共に見に行ったが、自分の番号を見つけたとき朧は安堵し母はとてつもなく喜んでいた。

 人目をはばからず思いっきり抱き着いて来たので流石に剥がしたが、心の中では少し喜んでいる自分も居た。

 

 入学の挨拶を任せたいと学長に提案されたが拒否。余りに目立つのは好きではないからだ。

 と言っても試験も実技もトップクラスだった朧が目立たない訳もなく、入学してすぐに人集りが出来るほどの人気者になり、弦楽器に限らず管楽器や打楽器にも精通してる事もありご教授を願いたいと休み時間は列が出来るほど人が並んだ。

 そんな忙しい毎日を過ごしていく内に人への教え方を勝手に学び、教える事で復習にもなる為更に朧の音楽は鋭さとしなやかさを増していった。

 

 そしてあっという間に二年が過ぎ、20歳。成人した朧は大学のラストコンサートで伝説を残す。

 ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、コントラバス。その四つのソロパートを全て弾いたのだ。

 普通であれば有り得ない事だが、提案したのはクラス全員の意志であり満場一致の賛成だった。

 その異例の決定に教師陣もざわついたが、朧の実力ならばと許しを得る。

 

 コンサートは過去に見ないほど盛り上がり盛況だった。そこで朧を知った人間も多いが、この時朧は偽名を使う事の許可を経た。相変わらず目立つのは余り好ましくないからだ。

 

 音楽を聞いた人々の記憶に「山田 太郎」と刻まれ、そのコンサートは太郎伝説と名付けられた。

 

 そんな太郎伝説から2ヶ月。卒業の時期が近付くと母からこんな提案を受ける。

 

「朧、卒業したら教師になるんでしょう? 朧なら何でも教えられそうだけど、音楽だけなら非常勤講師として働ける場所をお母さん聞いたのよ。そこはね、花咲川女子学園って言うんだけど……」

 

「え、女子高? いきなりハードル高くない?」

 

「朧ならすぐモテモテになるわよ。大学じゃあんなに告白されたのに何で断ったの? ミスコン優勝者にも告白されたんでしょ?」

 

「何で知ってんだよ…。そうだけど、俺にはもう大切なものがあるんだ」

 

「それって…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして朧は花咲川女子学園、通称花女の音楽担当で非常勤講師となった。




見ていたきありがとうございました。
これで軽く過去編は終了です!


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続・一章
第二十五話 『ここから』


 朧はこれまで四つのバンドに指導を行った。Afterglow、Pastel❁Palettes、Poppin'Party、ハロー、ハッピーワールド。

 

 残ったバンドはあと一つ。孤高とも言えるハイレベルバンド、『Roselia』。

 

 だがこれ迄はなりゆきで偶然教えた様なもの。Roseliaとは接点も何もないのでこれから教える事は無いだろう。

 

 そんな事を考えながら、朧はPoppin'Partyの面々から貰ったLIVEのパンフレットを眺めていた。

 そのパンフレットの出演バンドの中にRoseliaと表記されている事に気付いた朧は、一度どれ程の実力かを見に行く事に決める。

 

 かつて孤高の歌姫(ディーヴァ)と呼ばれてた湊 友希那。湊…何処かで聞いたような名前だな。

 しかし覚えていないと言う事は大した事ではないだろうと割り切り、朧はパンフレットを机へと置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステージ当日、Roseliaはいつも通りに控え室で準備を進めていた。

 

「今日は練習の成果を出すまでよ。皆んな分かってるかしら」

 

 湊 友希那は他のメンバーへそう声を掛ける。

 

「ええ、勿論です」

 

「分かってます!あこ、今日もカッコよく決めちゃいますよ〜!」

 

「は、はい…頑張ります…」

 

「OK!(…友希那の隣にいる為に、今日も頑張らなきゃ)」

 

 それぞれの意気込みを述べたメンバー。友希那は全員に軽く目配せると背を向けて歩き出す。

 

「行くわよ」

 

 

 

 

 

 観客席はかなりの人で埋めつくされていた。朧は早めに到着していたので割と見晴らしのいい場所を確保した。

 

 凄い数の客だな。おおよそRoselia目当ての客層だろう。しかしこれだけの人数を集めるとは高校生にしてはかなりのバンドだ。

 朧は内心期待しながらRoseliaの出番を待つ。Roseliaは大トリなので、それまでに出演するバンドを静かに見守る。

 皆んな楽しそうな顔をしている。演奏技術はハッキリ言って素人だが、それでも楽しむ事が一番だ。笑顔は伝染するし、楽しさも伝染する。本人達が楽しんでなければ始まらない。

 

 朧は退屈する事なく大トリまでを見届けると、遂に本命のバンドが姿を表した。

 

 えっ、この子達は前にPoppin’Partyに指導する時に見かけた…この子達だったのか!これは思ってもない収穫だ。

 

期待に胸膨らませながらステージを眺める朧。

 

「…Roseliaです。聞いて下さい、BLACK SHOUT」

 

 バンドのボーカルであろう子が手短に挨拶を述べると、直ぐに演奏が始まった。

 

 やはり凄い。朧の初印象はそれだった。高校生にしてこの演奏技術と表現力。今まで教えてきたどのバンドよりも遥かに優れている。

 一人一人が妥協せず努力をしている音の鼓動が、朧の身体に打ち込まれていく。

 特にボーカルは凄まじい才能を持っていた。本気で何かを目指しているとひしひし伝わってくる。

 勿論努力も怠ってはいないだろう。このままいけば間違いなくメジャーデビューを果たせると思う。

 

 たが、足りない。個々の努力は問題無いが、全員が「個」として動いてしまっている。

 実力が高い故に纏まって聞こえるが、本来はそうじゃない。高みを目指すのはいいが目指し方を間違えちゃいけない。個で成り立つバンドは存在しないのだから。

 少し落胆しつつも、Roseliaのステージを最後まで見終わると軽く拍手を送りさっさと会場から脱出する。元々人混みが嫌いなので長居は無用だ。

 

「…はぁ〜あ、勿体無いな。もっとお互いを理解し合えればFuture World fes.だって夢じゃないのに」

 

 Roseliaには二人曲者がいる。一人はボーカルの湊 友希那。あの子は多分ストイックの化身だ。俺はああいう子を何人も見てきたが、湊 友希那は類まれなる努力する才能を持っている。それに歌の才能も加われば間違いなくトップクラスのボーカルとしてやっていけるが音色が硬すぎる。Roseliaを見て、では無く自分を見て、と言う独り善がりな歌声だった。

 

 もう一人は青緑色の髪の毛をしたギタリスト。名前は…え〜、氷川 紗夜。氷川…もしかして姉妹!?

 

 パンフレットの名前を見て驚愕の表情を浮かべた。パンフレットには写真が無かったので同姓同名とは珍しいなと思っていただけだったが、今顔を思い浮かべたら確かに日菜とよく似ていた。

 

 日菜はバンドの話はよくしてくれたが、姉妹がいるなんて話は聞いた事がない。…何か理由があるのか。

 

 それはともかく、あの氷川 紗夜もまた頑固な音色だ。まるで機械の様なギター。ミスしないという点では完璧だが耳の肥えた客には一発で理解出来るだろう。自分らしさのない音色は、他の音色に呑み込んで主張するか呑まれてただ消えるだけ。

 

 バンドの花形とも言われるギター。だがあの様な弾き方ではコードは伝わっても雰囲気が固くなってしまう。本来はもっと楽しむべきだ。だが、かなり難しいだろう。あそこまで頑固だと溶かすには時間がかかる。しかも近しい人で無ければ無理だろうな。

 あとの三人は音楽の理を少なからずキャッチ出来ていた。自分達が楽しみながら演奏する、これ大事、ゼッタイ。

 

「Roselia…出来れば腐らないで欲しいバンドだな」

 

 朧は一人ぼやきやがら自宅への帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、気付いた?」

 

 リサが唐突に皆へ問い掛ける。

 

「少し前に練習覗いてた人来てたよね」

 

「あこも気づいたよ!」

 

「私も…気付きました…」

 

 二人は同意する様に首を縦に振る。

 

「そうですか?私は気付きませんでしたけど。というか、人探しをする暇があったらちゃんと音楽に集中して下さい」

 

 紗夜に注意を受けたメンバーはしゅんとしながらそれぞれ謝罪を述べる。

 

「……」

 

 私も気付いていた。歌っている時に観客へアピールするのは当たり前だから、人の顔もよく見ている。

 その中で、私への視線が明らかに違う人が居た。

 まるで何かを訴えかける様な…こんなもんかと言われた様だった。

 

 友希那は一人その男の事で思考を巡らせていた。

 何故か分からない悔しさが胸に痛みを与える。こんな経験今迄になかった。

 周りの人達には何も思わないのに、何故あの男だけ…。

 

 しかし考えても仕方がないと、友希那は直ぐに切り替えて全員に声を掛ける。

 

「今日も反省するべき点が沢山あるわ。後で反省会よ」

 

 慣れた様にはーい(わかりました)と返事をするメンバー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Roseliaと朧、二つの歯車が相対するまでそこまで時間は無かった。



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第二十六話 『行ってこい』

俺は相変わらずレッスンを行っていて、今面倒を見ているのは5人程度。

 

美竹蘭、戸山香澄、氷川 日菜、花園たえ、市ヶ谷有咲だ。

 

皆んな週に一度レッスンを受けに来てくれる。そこで様々な情報を得る事に決めた朧は、取り敢えず全員に今の現状を聞くことにした。

 

「…Afterglowが今どうかですか?特に変わった事は無いですけど。強いて言えば私と朧先生との関係を毎回毎回聞かれて疲れるぐらいですかね…」

 

「…面目ない」

 

何で先生が謝るんですかと、蘭は苦笑を浮かべた。

 

「なぁ、湊 友希那って知ってるか?」

 

何となく蘭へ問い掛ける。

 

「知ってるどころか私の学校の先輩ですよ」

 

マジか!?世界は狭いなぁ、と驚きの表情を浮かべた。なんで湊先輩の事を?と不思議そうに首を傾げる蘭にステージを見に行ったと経緯を伝えた。

 

「そうなんですか。…で、どうでした?」

 

「そうだな、一言で言えばセンスの塊だ。間違いなくガールズバンドを牽引する存在になるだろうよ」

 

そう蘭に告げると、不貞腐れたような表情を浮かべた。何故だ…。

 

「でも、あのままじゃ成長は見込めないな」

 

「え…何でですか?」

 

そこが分からない様じゃまだまだだなぁと少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべると蘭に脛を蹴られた。普通に痛い。

 

「な、なぁ、蘭。Roseliaが何を目指して頑張ってるとか知ってるか?」

 

「RoseliaはFuture World fes.を目標にして頑張ってますよ。しかもかなり執着してるみたいで…理由は知らないんですけど」

 

「マジか!」

 

それは嬉しい情報だ。俺もFuture World fesを目指す身、しかし俺はバンドを組んで居ない。理由は色々あるが、もしRoseliaがそれを目標にしているなら俺が指導を行い要所要所を詰め直ぐに成長を見込める。

問題は本人達が指導を受けるか、だが、多分一筋縄ではいかないだろう。でもチャンスをみすみす見逃したりは出来ない。

 

朧がうんうん唸っていると、蘭は片眉を下げて覗き込む。

 

「あの、何を悩んでるんですか?」

 

「いやぁ、俺の目標もFuture World fes.だからよ。Roseliaなら多分出られる。もし良ければそこに俺の指導を加えてその舞台に連れて行きたいって思ってさ」

 

「…幾ら先生でも少し傲慢じゃないですか?まるで俺の力で連れて行くみたいな。あくまで頑張るのはRoseliaなんですよ?」

 

なんかムキになってるな…。でも確かにそうだ。いきなり第三者が介入して教えれば、日菜の時や有咲の時みたいになりかねない。

であれば、やる事は一つ。

向こうが指導をお願いしたくなる様な何かをアピールする…か。俺には音で伝える事しか出来ない。でもガールズバンドじゃ俺はステージに出られないし…

 

次から次へと問題が見つかって頭がごちゃごちゃする。そんな時、蘭がこんな提案を朧へ告げた。

 

「先生、今度CiRCLEで行われるステージに出ないかって誘われたんですけど、そこにRoseliaも来るそうですよ。良かったら来ます?」

 

「お、おう。見に行ってもいいなら見に行くぜ?」

 

ぱぁっと笑顔を浮かべて嬉しそうにする蘭。なんだよ可愛いかよ。

 

「あと、Poppin’PartyとかPastel❁Palettesとか…ハロー、ハッピーワールドも出る予定ですね」

 

わぉ、現役JKガールズバンド揃い踏みか。しかもRoselia以外全員教えて…ん?Roselia以外に教えてる…それなら。

朧は何かを思い付くと、蘭にそれを伝える。蘭はかなり驚いていたが、大きく頷き快諾した。

 

「楽しみです、先生」

 

蘭はそう呟き微笑を浮かべる。朧も同じ様に笑みを浮かべては、そのLIVEを心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてステージ当日。控え室にはそれぞれのグループが集まり準備をしていた。

勿論、そこにはRoseliaの姿も見える。

しかしRoseliaのメンバー達は他のバンドの様子に違和感を抱いていた。

 

全員一皮向けたような顔をしており、いつもなら騒がしい面々も今日は割と静かに過ごしているのだ。それは違和感を抱いても仕方ない。

 

Roseliaのベース、今井リサは湊 友希那に小さく耳打ちする。

 

「ねぇ友希那、今日何だか変じゃない?緊張感あるって言うか…」

 

「…常にこれぐらいの緊張感があって欲しいけれど、確かにそうね」

 

いつもは突っかかってくる美竹 蘭は今日は姿が見えない。他にも氷川の妹、日菜、Poppin’Partyに至っては全員どこかへ行ってしまっている。

LIVEまであと30分。荷物はあるので遅れていると言う訳では無さそうだが、Roseliaよりも早く到着し準備を整えることなど滅多に無かったメンバー達。

 

「周りがどうであろうと関係ありません。私達は私達のするべき事をする迄です」

 

いつも通りドライな発言をしながら準備をする氷川 紗夜。それに肯定し首を縦に振る友希那。

 

「紗夜の言う通りよ。リサもちゃんと準備をしておきなさい。まだまだ反省すべきところが沢山あるんだから」

 

「あはは…はーい」

 

頬を掻き苦笑するリサは、飲み物を買うと言う名目で控え室から出ると居ないメンバーを探しに行く。

すると、何処からか演奏する音や歌声が聞こえてきた。そこに引き寄せられる様に歩みを進めていくと、その音が鳴る部屋へと辿り着いた。

 

「市ヶ谷、少し音色が硬いぞ!戸山も歌ばっかに集中するな!楽しむ事は大事だけど演奏を乱しちゃ意味ない!日菜、そのままギターを弾いててくれ。勿論ミス無くな?蘭、日菜のギターに合わせて今日歌う曲を歌え。大丈夫、全部聞こえてる」

 

それは驚愕の光景だった。一人の見知らぬ男が指導しているのもそうだが、とてつもない熱気と緊張感。これが本当に30分前の練習だと言うのかと今井リサは視線を奪われていた。

 

「…よし、ここまでにしとこう。後15分はちゃんとクールダウンしとくんだぞ」

 

はい!と全員が返事をし急いで控え室に帰る準備を始めた。

 

「遅かったわね、リサ」

 

リサは戻ると、この事を言うべきか言わないべきか迷った。

だが、今この事を伝えると演奏に影響が出るかも知れない。

…今は止めておこうと一人心に留めて置くリサであった。

 

「ごめんごめん、トイレに行っててさ〜…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本番直前、最初にステージに出るAfterglowは袖で待機をする。そこに朧も合流し全員へ激励を送る。

 

「いいか、このステージは必ず成功する。しかも今までで一番いいものになるだろうな。…二週間、学校も忙しいのによく頑張ってくれたな、蘭。お前は確実に上手くなった。自信を持ってステージに上がれ!」

 

蘭は笑顔で頷くと舞台へと五人がステージに上がる。

 

 

「…こんにちは、皆さん。Afterglowです。まずは聞いて下さい、Scarlet Sky 」

 

 

 

 

CIRCLE史上最高のステージが、今始まる。



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第二十七話 『圧巻』

ウマ娘ハマってて更新遅れてます( ˙꒳˙ )
沼ゲーだ…オグリ好き…。


 その変化は控え室に居たRoseliaも瞬時に感じ取った。いつもと音の厚みが違うと。

 いや、違う。美竹蘭のボーカルに全員が引っ張られて最大限の力を発揮しているのだ。こんな歌唱力少し前には無かった。ならば考えられる可能性は二つある。

 

 自分で努力したか、誰かに教わったか。恐らく後者だろうけど、たった数ヶ月前程度でここまで変化させられる人物が居るなんて…。

 

 湊 友希那は焦りを感じていた。Roseliaは歌唱力、演奏力共にどのバンドにも負けないという自負があった。しかし、他のバンドは何故か驚異的な伸びを見せている。

 このままではいずれ…。そう考えた友希那は小さく深呼吸してメンバーに話し掛ける。

 

「いい?今日も私達Roseliaが一番だと証明する。皆んなも気付いているだろうけど、他のバンドの人達がどんどん上手くなっている。でも私達は負けない。私達は私達の音楽を貫き通すのよ」

 

 当然!と言うように四人は頷く。

 

 今回は唐突に投票制度が加わったが関係はない。いつも通りRoseliaが一番だろう。そう皆んなは信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 投票結果(ネット投票含む)計13057票 ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一位 Afterglow 3396票

 

 二位 Poppin’Party2674票

 

 三位 ハロー、ハッピーワールド2487票

 

 四位 Pastel❁Palettes2380票

 

 五位 Roselia 2120票

 

 

 

 

 

 

 

 

 評価とレビュー

 

 Afterglow ★★★★★ Afterglow最高

 

 いつもと全然違った。昔からファンだったけどもっとファンになった!心做しか蘭ちゃんの色気が増してるのは気の所為であって欲しい

 

 

 Poppin’Party ★★★★★ 土佐錦と

 

 前のライブよりめちゃくちゃかっこよく可愛くなってました!じゃんぴがーる!じゃんぴはい!じゃんぴすかい!Poppin’Partyしか勝たん!

 

 ハロー、ハッピーワールド ★★★★★ 涼香

 

 このライブを見て、私もハローハッピーワールドの様なみんなを笑顔にできるバンドをやりたいと思いました。ずーっと応援してます!

 

 

 Pastel❁Palettes ★★★★★ 丸山ァ…

 

 何だよ、いつも泣き虫だったのに成長しやがって丸山ァ…。最初は歌下手クソだったのに丸山ァ…。いつの間にか沼らせやがって丸山ァ…!!Pastel❁Palettesずっと応援してやるわ!!!追記 勿論丸山ァ意外のメンバーも超好き。日菜最近垢抜けてない?彼氏出来たの?死ぬよ?

 

 Roselia ★★★★☆ ロゼファンマン

 

 いつも通り最高だった。けど今回は他のバンドが圧巻過ぎてビビった。身体に来る音圧の違いが…今回は次への期待を込めて星四にしときます。次は負けるなRoselia!

 

 

 

 

 

 その結果を見たRoseliaは言葉を失った。最下位?有り得ない。Roseliaが一番下だった事なんて一度もない。これは夢か見間違い。

 

 何度も結果を見返しても、更新ボタンを押しても結果は変わらなかった。紛れもなく最下位。

 

「…なんで」

 

 現実を受け止めきれない友希那をそっとリサが抱き締める。そして、あの日あった出来事を打ち明けた。

 

 開演15分前まで練習をしていた事。指導する男がいた事。それを直ぐに打ち明けられなかった理由。

 

 友希那はただぼーっとしながらその話を聞いていた。

 

「日菜が最近よく出掛けていたわ、練習があるからって。まさかその男に習って…」

 

「最近おねーちゃん忙しそうにしてた。いつもなら学校終わってすぐ帰って来るのに遅かったり、太鼓休んだり…」

 

「Afterglow…いえ、その他のバンドもその男の練習を受けていたと捉えるのが妥当でしょう。でなければこの様な順位は有り得ません」

 

紗夜はそう推測しながら顎に手を当てる。

 

「…リサ、その男はどんな人だったの?」

 

 友希那が小さな声で問い掛けると、リサは記憶を辿り説明した。

 

「背が大きくて、髪の毛は黒色…だったかな。二つのバンドの音を同時に聞いて指導してた…」

 

 四人は目を見開き驚く。そんな指導者が居るなんて聞いたことも無い。

 

「名前は?」

 

「…ごめん友希那、そこ迄は」

 

「…いいのよ」

 

 私は今まで自分達の力で頂点を目指そうと思っていた。でも今回のライブでハッキリした事もある。

 いつも通り最高という事は、私達の音は昔から変わっていないと言うこと。もう認めざるを得ない。

 何か変われるきっかけを探さない限りRoseliaは終わってしまう。

 それを最短で成し遂げられるのは…

 

「…貴方達は誰かに指導を受ける事を嫌うかしら。私は…本当は嫌。自分の音楽でFuture World fes に出たい。でもこのままはもっと嫌…」

 

 葛藤する友希那に、リサは優しく微笑み小さく告げる。

 

「友希那が選んだ道ならついて行くよ。私はずっと隣にいるから」

 

「あこも、もっともっとかっこよくなってRoseliaが一番ってみんなに知って欲しい…!」

 

「演奏技術が付くのなら、私は指導も厭いません」

 

「このまま私も…Roseliaで演奏していたいです」

 

 皆の意見は満場一致となり、Roseliaは指導を受ける事を決意した。だが、ここからが一番の難関だった。

 

 

 まさかその男が因縁の相手など知る由もないのだから。




評価と感想お待ちしております( ´﹀` )


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第二十八話 『 ここで… 』

 指導を受ける事に決めたRoseliaは、その男の情報を集めて回った。幸いガールズバンド界隈で割と有名な存在だった為すぐに情報は集まった。

 

 そして集めた情報を全員で共有する為、いつものファミレスで待ち合わせをし5人は席に着く。

 

「…さて、皆さんどうでしたか?」

 

 先陣を切って紗夜が会話を始めた。

 皆が持つ情報の中で共通するのは、背が高くて男。そして楽器の演奏が上手いと言うこと。

 

「私は実際弾いた所は見てないけど、一度に二つのバンドの音を聞いて指導するなんてまだ信じられないし目を疑ったもん。絶対凄い指導者に違いないよ!」

 

 うきうきと話すリサは、今回の事でまた一歩進めると思っていた。分かっていたのに言い出せなかったのは、言ったところでどうしようも無いからだった。

 練習の方法を変えるといっても、これ以上ストイックにしては日常に支障が出てしまうし、かと言って楽にやろうと思う友希那ではない。

 こんな身近に凄い指導者がいた事は奇跡だった。

 

「日菜に聞いたところ、その腕は悔しいけど自分より上だと言っていました。…それ程優れた人材が何故今まで知られていなかったのでしょう」

 

「強い力があるのにわざと隠してる…なんかカッコイイ!」

 

「そ、そうかなぁ…」

 

 燐子は苦笑を浮かべる。自分はあまり情報を集められなかったが、市ヶ谷 有咲から得た情報によれば" なんでもお化け " らしい。一人でバンドで扱う楽器を大体扱えると聞いた時には驚いた。

 

「とにかく、その人に指導を受ければ私達は更に進化出来る。名前はなんて言うのかしら」

 

「あ、私モカから聞いたよ!えっとね…」

 

 少し間を開けた後、思い出した様に名前を述べた。

 

「篠崎 朧さんって人!」

 

 その名前を聞いた湊 友希那は固まる。かつて父親から音楽を奪ったFuture World fesと稀代の天才、篠崎 朧。

 

 必ず超えてみせると違った相手がまさか指導者だったなど、神はどれだけ馬鹿にすれば気が済むのか。

 他のバンドは篠崎 朧に指導を受け私達を越えてきた。

 これはある意味チャンスでもある。次のライブで他のバンドより凄いと言わせれば私達はその人よりも上だと証明出来るからだ。

 

「…みんな、やっぱり指導を受けるのはやめましょう。私達は私達で頂点を取る、そう最初に誓ったはずだから」

 

 明るいムードが一点、友希那の言葉に全員が何故だと言う評価と表情を浮かべた。

 そもそも自分から言い出した事だと言うのに。

 

「ちょ、友希那?何言ってるの、友希那から言い出したんだよ?」

 

「気が変わったの」

 

「それでは納得出来ません。納得出来る理由を言ってください」

 

 怪訝な表情で友希那を見つめ、紗夜は腕を組む。その指導者に教えて貰えれば更に技術が上がる事は間違いないと言うのに、合理性に欠けた判断に不満なのは当たり前だ。

 

「その人のせいでお父さんが音楽を辞めたからよ」

 

「お父さんが?でもそれはFuture World fesのせいだって…」

 

「もう1つ理由があったの。お父さんがとあるライブハウスで演奏し終わった後、その人がこう声を掛けたらしいわ。音がつまらない。いや、可哀想だって。その後にステージで演奏したらしいけど、それを見た父さんはバンドを辞める決意をしたの。その人と同じ舞台に立つ度胸はない…って」

 

 四人は言葉を失った。そんな理由は初めて聞いたし、思っていたよりかなり深刻な様子だった。

 

「…それも含めて私は私達の音楽で頂点を取ると決めたの。でも感じていたわ、このままではいけないと。だから見返す為にも使えるものは使おうと思った矢先これよ…。やっぱり、私達で頑張れと運命が言っているのだわ」

 

 そのような理由を述べられては、返す言葉もない。だが、このまま練習をいつも通りに行えばまた停滞してしまうに違いない。

 

 ミーティングはそのまま終わり、家に帰ったリサはベッドへ突っ伏し枕に顔を埋める。

 きっと友希那は決意を曲げない。そういう顔をしていた。

 だけど、もう止まる訳にはいかない。だったらすることは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒部はネットでその結果を眺め少し驚いていた。まさかここまで効果があるとは思ってもいなかったのだ。

 流石に三位辺りに食い込んでくると思っていたけど、まさか最下位とは…俺の教え方が身を結んだか?いや、Roseliaが止まったままなんだ。

 

 このまま止まり続けたままか。はたまた誰かが時を動かすか…。

 

 そう考えていた時、家にチャイムの音が鳴り響く。今は午前9時の土曜日、普段なら日菜が来る時間帯だ。今日もまたレッスンだな、と腰を上げて玄関へと向かい扉を開けた。

 

「せーんせっ!」

 

「ぐぼはッ!?…おはよ日菜。……ん?」

 

 そこに居たのはいつも通り笑顔で突進してくる日菜と……あと一人見た事のある顔だ。

 

「 …始めまして、今井リサといいます。突然で凄く申し訳ないんですけど、お願いがあってきました。…私にベースを教えて下さい」



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第二十九話 『変わりたいから』

久々の更新です。お待たせしました。


 ベースを教えてくれと頼んできた女の子の名前は今井リサと言った。その名前は一応パンフレットで見たことがありRoseliaのベースと言う事も知っていたが、唐突にそう頼み込まれた黒部は少し困惑して頭を掻いた。

 一先ず玄関で話すのも何だと二人を中へ入れソファーに座らせると、机に菓子とお茶を置いて対面に腰掛ける。

 

「えっと、今井リサ…だったよな。どうして突然?」

 

 そう問いかけられたリサは少し複雑そうな面持ちで俯きながら口を開く。

 

「前のバンド投票で最下位になったって事もあるんですけど、それよりも今のRoseliaが前に進む為にはキッカケが必要だと思ったからです」

 

 成程、納得の理由だ。だが疑問点はある。

 

「なんで君だけなんだ? 他の皆は?」

 

「実は……」

 

 リサは朧と友希那の間にある因縁を説明した。それを聞いた朧は、まさかそんな理由があったとは知らずに凄く驚いた表情を浮かべた。

 改めて、世界は狭いのだと実感する。

 

「……済まないな。あの頃は言葉に責任を持つ事を知らなくて 」

 

 だが、言った言葉に後悔はない。あの音色は本当に可哀想だと思ったのだ。楽しむ事を失い、ただ決められたフレーズ呑みを引き続ける虚しさ……自由を失った音楽は、籠に囚われた鳥と同じで空には羽ばたけず誰の目にも止まる事は無い。

 音楽とは、音を楽しむから音楽なのだ。楽しむ事が出来なくなれば、それは音楽では無い何かになってしまう。

 

「 私は勿論、他のメンバーもそんな事は知りませんでした。だから、友希那を除いて本当に指導を受けても良いのかって迷っていて。でも…でも私は変わりたい! もう隣に居るだけの幼馴染は嫌なんです。それなら、私だけでも何かしないとって!」

 

 …この子は本当に優しいな。見た目はギャルっぽくて真面目そうには見えないが、Roseliaの大黒柱なのは間違いなくこの子だろう。こんな熱意を見せられては、答えるべきは一つ。

 

「 分かった、君の覚悟は本物だ。俺で良ければベースを教えるよ 」

 

 その言葉を聞くと、リサは強ばっていた身体の力が抜けて安堵の笑みを零した。ここで断られたら、何が何でもお願いするつもりだったからだ。

 

「 今井 リサは長いから、これからリサと呼ばせて貰おうか。今日から早速レッスンに移るが、その前に。日菜、一時間程度時間をくれ。その時間でリサにベースの基礎を叩き込む 」

 

「 え〜! またいつものメニューなの〜? もう飽きちゃったよ……まぁでも、リサちーの為なら仕方ないか! 隣の部屋借りるね!」

 

 そう言うと、日菜は隣の部屋にある防音室へと入り練習を始めた。

 

「 さてと、リサ。君はベースだが、その役割を理解しているか? 」

 

「 えっと……低音域でギターとドラムなどの隙間を埋める役割だって聞いた事あります 」

 

「 うん、その認識で間違いは無い。だが他にも大切な役割は沢山ある。ベースって言うのは、リズムとメロディーを両方扱う事になるからベース……つまりバンドの土台と言うわけだ。そこが崩れれば全体が崩れてしまう。だが逆を言えば、土台さえキチンとしてれば演奏が乱れる事はそうそう無い。とても重要な立場だと言う事を認識するんだ 」

 

 この人の言葉一つ一つに重みがある。きっと本当に自分と向き合ってくれているのだと、リサは真剣に話を聞く。

 

「 他の楽器に比べれば単調な所が多いが、それ故の難しさもある。曲の進行、リズム、テンポ、ビート…考える事は山程ある。幸いRoseliaの演奏を聞きに行った事があるから、何が足りないかはある程度分かっている 」

 

 そして朧は、練習用のベース譜面を差し出す。いつもRoseliaでしている譜面よりかは簡単なものだろう。

 

「 分かりました…やってみます 」

 

 リサは緊張した面持ちで深呼吸をして、その譜面を弾き始めた。

 …悪くない。譜面に忠実で丁寧に弾いていて、リズムキープもある程度出来ている。

 

「 うん、いい感じだ。ただ足りないとすれば、グルーヴ感だな。譜面通りに弾いていても面白く無い。今度は抑揚を意識して弾いてみてくれ 」

 

「 は、はい! 」

 

 リサはもう一度ベースを弾き始める。だが…

 

「 ストップ。リサ、グルーヴって言うのは分かるか?」

 

「 言葉は知ってますけど、余りピンと来てないです… 」

 

 それもそうだ。グルーヴとは日常で聞くことはあるが、それが何かと掘り下げる人は少ない。今まではRoseliaの一員として感覚で弾いていたのだろう。だがいざ一人になれば、グルーヴの作り出し方が分からないと言った所だな。

 

「 グルーヴとは、簡単に言うと身体が喜ぶビートだ。結構あるだろ?音楽を聞いたりしてたら身体が動いてしまう事が 」

 

「 確かにありますね… 」

 

「 あれがグルーヴだ。今のリサは、音の大小のみでグルーヴを作り上げようとしている。それだけじゃなくて、ワザとリズムをずらしたり音を足したりして遊んでみるといい 」

 

 試しにやってみよう、と朧はベースを軽く弾く。

 

 リサはその技術に圧倒された。同じ譜面にも関わらず、全然違う曲を聞いている様だ。リズムがズレても違和感は無く、音符が無いところに音が足されてもそれは寧ろ無くてはならない物に聞こえてしまう。

 こんな人に教わっているのは、とても幸運な事なのだと改めて感じた。

 

「 ま、こんな感じだ。今のは分かりやすくグルーヴを付けてみたが、どうだった? 」

 

「 す、凄いです! なんて言うか、身体が勝手に… 」

 

「 それがグルーヴだからな。無意識に身体が動きたくなってしまう…本能に訴えかけるビートを学べば、自ずと曲にもうねりが出来て飽きなくなる 」

 

「 つまり、ビートから学べと言うことですか? 」

 

「 だな。まずは4ビート、8ビート、16ビートを基礎から丁寧にやろう。基礎がしっかり出来れば、アレンジを入れる余裕もより多くなるだろうし 」

 

「 はい、お願いします!」

 

 こうして一時間、みっちりと訓練を受けたリサのベースがRoseliaにどの様な影響を及ぼすのか。

 それは次の練習の日に分かる事となる。




読んで頂きありがとうございました!


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第三十話 〖 忍び寄る憎悪 〗

アンケート機能にて、皆さんに質問を書きました。良ければ投票お願いします!



 朧のレッスンを終えたリサは、家に帰ってからもひたすら出された課題を練習した。

 たった一時間。だが、確実に何段も階段を登った実感がリサにはあった。

 

 今までは動画でや本だけで見て練習していたものが、朧の指導により更に具体性を増して演奏の技術を底上げしている。その高揚感に、次の練習日が待ちきれんとばかりに頬を緩めた午後0時だった。

 

 

 そして迎えた練習日。結局指導を受けるか受けないかで曇った心(リサ以外)のまま集まった。

 

「 …今日も練習を始めるわよ 」

 

 友希那が先陣を切って言葉を発すれば、各々返事をして準備に取り掛かる。

 

 ただ一人、異様に元気なリサに友希那は疑問符を浮かべるも、今は練習だと質問はせずに其の儘開始された。

 

「 いい?Future World Fes の予選… 今の状態ではとてもじゃないけれど突破は出来ない。一層厳しくいくから 」

 

 無意識に焦燥する友希那に掛ける言葉が見つからないメンバーは、首を縦に振る事しか出来ずに楽器を構える。

 

 …もう失態を晒す訳にはいかない。あの日、最下位になったのはただの練習不足。今まで雰囲気が柔らかくなっていたせいで、昔あった緊張の音色が無くなっていたんだわ。それなら、昔のようにより厳しく、馴れ合いを無くすしかない。…篠崎 朧 、私は貴方を…私の音楽で否定する!

 

 友希那が3.2.1と合図を掛け、一斉に音を奏でる。その一音目にして、全員が違和感を覚えた。

 いつもと演奏が全く違う。まるで川の流れに身を任せるが如く、自然とリズムが頭に刻まれていく。誰かに演奏を操作されている様な、そんな感覚。

 

 Roseliaに今迄無かったビートが全員の鼓動の速度を上げ、無意識に頬が綻んだ。

 

 あぁ、なんて弾きやすいリズムだろう。これならば、その音に身を任せて自由に弾くことが出来る!

 

 そう思った全員は、各々に自分の音色を付け足していく。曲の雰囲気は崩さず、尚且つ今迄以上に鮮明で荒々しく…青い薔薇は、更に美しく咲き誇った。

 

 気付けば演奏は終わり、その音の余韻に口を半分開けたような状態で皆は放心状態。1番先に我に返ったのはあこだった。

 

「 す、凄い凄い!! 今までで一番かっこよかったぁ!! 」

 

「 私も…こんなにピアノが弾きやすかったのは始めてです… 」

 

 その理由は、大体検討がついていた。土台がしっかりとビートを刻んだ故に、出来なかった事が出来るようになった。

 それだけで?と思うだろうが、それがベースと言うものなのだ。

 

「 …リサ、貴女に一体何があったの? 」

 

「 今井さんのベースがいつも以上に聞こえて、思わずそれに乗っかってしまいました… 」

 

 たった数日で進化を遂げたリサに、メンバーは喜びと言うより困惑を隠せない表情を浮かべている。

 リサはメンバーの中で最も初心者に近い。しかし先程弾いていたベースは数年単位で練習を重ねた者の音色だった。

 

「 …アタシ、朧さんに指導を受けてきたの 」

 

 その言葉に驚愕の意を見せるメンバー。その中でも一際驚いていたのは友希那だ。

 

「 …なんでそんな事を 」

 

「 アタシは、Roseliaがこのままで良いとは思わない…だから変わろうって思った。私一人でも変われば、皆が変わるキッカケになるんじゃないかって。それに、もう足を引っ張るのは嫌だから…友希那の隣に、自信を持って立ちたいから 」

 

 友希那は静かにリサの話を聞く。他のメンバーはそれを聞いて小さな笑みを零した。

 

「 …あこも迷ってました。このままじゃカッコイイRoseliaじゃ無くなるかもって。でも、今日の演奏を聞いてRoseliaはもっともーーっとカッコよくなれるって分かりました!だから、指導を受けてもいいと思います…!」

 

「 私も… あこちゃんと同じ気持ちです 」

 

「 今井さんがここまで変われるなら、相当な腕の持ち主に違いありません。湊さん、どうか懸命な判断をお願いします 」

 

「 友希那…過去の事は分かってる。けど、私達が先に進む為には嫌な事も受け入れていこ …?」

 

 薄く目を閉じた友希那は小さく呼吸をし、そっと頭を上げて目の前のリサへ視線を向けた。

 

「 そう…だったら貴女達で勝手にして。私は…私の力であの男に勝つ。Roseliaは活動休止よ 」

 

 想像より遥か斜めの答えに、全員は騒然とする。

 

「 ちょ、ちょっと待ってよ友希那!確かにあの人がお父さんの仇だって知ってる…けど、何も活動休止なんて!」

 

「 貴女達には分からないのよ。私にとって父の音楽は生き甲斐の一つだった。それを奪ったあの男に教えを乞うなんて、死んでも出来ないわ 」

 

「 そんな… 」

 

 突然の言葉にあっけらかんとするリサ。あこに至っては泣き出してしまう始末だ。一体何をそこまで憎むのか…確かに自分達では分からない。だが今の友希那がしている事は

 

「 今の湊さんがしていることは、ただ音楽を私的に利用しているだけです!そんな事をして、一体その先に何があるというのですか…!」

 

「 それは後から考えれば良いわ。今はあの男を… 」

 

「 あの男あの男って…友希那さんは…っ…Roseliaの方が大切じゃ無いんですか…!」

 

 嗚咽を漏らしながら訴えかけるあこに、冷たい支線を送りながら言葉を発する。

 

「 Roseliaは大切よ…でも、指導を受けたRoseliaは最早Roseliaでは無くなってしまう。私達の音色は、私達で作り上げるものよ 」

 

 そう言って視線を逸らす友希那。自分の言葉は届かないと、再び泣き出してしまうあこを燐子が慰める。

 

「 …アタシがした事、迷惑だった ? 」

 

 リサは消えそうな声色でそう呟きながら友希那を見つめた。その頬には、一筋の涙を流して。

 

「 アタシ…少しでも友希那の力になろうって思って…。でも、それが迷惑だったなら謝るから。だから活動休止なんて言うの止めよ ? 」

 

 必死に笑顔を浮かべるが、声が震えて上手く伝える事が出来ない。友希那はそれを見ても何も答えることが出来ず、ただ視線を伏せるだけであった。

 それを見兼ねた紗夜が、ギターケースを担ぎドアに手をかけたのを見て、燐子は慌てた様にその背中へ声を掛けた。

 

「 ひ、氷川さん!どこに行くんですか…? 」

 

「 …今の湊さんについて行く理由がありません。活動休止と言うのなら、私は勝手にします 」

 

 それだけ言い残すと足早にその場から去ってしまった。

 

「 紗夜… 」

 

「 …今日の練習は止めにしましょう。それから、この先に入っていた予定も全部取り消す 」

 

 残ったメンバーにそう述べると友希那も部屋から去ってしまい、残された三人は何をすればいいか分からずただ機材を片付けることしか出来なかった。

 

「 これからどうなるの…ねえ、友希那。やっぱりアタシじゃ止められないの …? 」

 

 また一筋、涙が頬を撫でた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友希那は帰路を辿る中で考えていた。何故皆が執拗にあの男の指導を受けたがるのか。

 確かにリサのベースは確実に技術が増していた。だが、それが果たしてRoseliaの音と言えるのか。今までの苦労も、そんな人に頼らずとも乗り越えて来られた。

 指導を受けるのは楽な道。楽をして頂点には立てない、絶対にRoseliaの…Roseliaだけの音色で頂点を獲る。そしてあの男は不必要だと突き付けて父さんの仇を取るのよ…!

 

 改めてそう心に違った友希那の前に、突然人影が現れた。

 

「 湊 友希那さんですか? 」

 

 目の前に居たのは少し長身の女性。見た感じではどうやらマネージャーの様だ。またスカウトかと思いつつ、そうだと返事をする。

 

「 私は○○プロデュースの者です。風の噂ですが、貴女には憎む相手がいるとお聞きしたのですが 」

 

「 …! 」

 

 何故その事を…と目を見開く友希那に、その女性は更に畳み掛ける。

 

「 もしもその相手を完膚無きまでに倒せると言ったら、貴女はどうしますか? 」

 

 何を言っているのか分からない。いきなり目の前に現れたと思えば自分の秘密を知っていると言わんばかりに。でも、それが本当の事なら…

 

「 篠崎 朧…ご存知ですよね? 私も少し因縁がありまして…良ければ共にあの男を倒しませんか?」

 

 その名を聞いて確信に変わった。いや、名前だけでは無い…その女性の目に宿る憎しみは、自分と同じものだ。それならば…

 

「 …話を聞こうかしら 」

 

 

 誰も知らない所で、朧を倒す為の″ 最強バンド ″ が結成されようとしていた。




現れた女性は一体誰なのか。その憎悪はなんなのか…Roselia編、さらに加速します。

読んで頂きありがとうございます!


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第三十一話 〖 何故? 〗

シリアス展開が少し多いですが、ご了承ください。













 Roselia活動休止と告げられてから一週間。湊 友希那は学校に一度も来ていない。 連絡しても返事は無く、先生に尋ねても私用だと言われそれ以上は何も分からずじまいだ。

 

 リサは家が隣の為、直接家族に聞きに行っても詳細は知らず、友希那の父親も心配をしていた。何処かは分からないが、とある場所で泊まり込みの練習だとだけ聞いたらしい。強く止めたが聞く耳を持たずに行ってしまったと…

 

 友希那を除いた四人は、いつも反省会をするファミレスに集まった。理由は言わずもがなRoseliaの事と友希那の事だ。

 

「 現状考えられるのは、友希那さんは一人で練習をしているか、それとも別の誰かと練習しているか… ですね 」

 

「 えっ、じゃあもうRoseliaを捨てちゃったの…!? 」

 

「 いいえ、そうと決まった訳じゃ無いわ宇田川さん。湊さんは活動休止とは言ったけれど、解散とは言っていない。つまり、まだ多少なり未練があるのでしょう 」

 

「 未練…でも、Roseliaを活動休止にする程まで朧先生に対する憎悪があるんでしょ? そんなの、アタシ達でどうやって解決すれば… 」

 

「 …今井さんが指導を受けた朧さんに、一度みんなで会いに行きませんか?」

 

 唐突に燐子が提案した内容に、面々は少し驚いた。元々燐子は男の人が苦手な傾向にある為だ。

 

「 ですが、会った所で何も解決はしないのでは… 」

 

「 …音でなら、分かり合えるかも…知れないです。私達四人が指導を受けて、Roseliaはまだ進化出来るんだと……そう伝える事が出来れば 」

 

 過去にも解散になりそうな時があった。その時も、自分達はここまで楽しんで演奏を出来ていると認識できた。

 音でなら分かり合える。もう一度Roseliaとして出発するなら、それしか無いと考えた燐子の決意。皆はその目を見て、覚悟を受け取った。

 

「 …もう何も出来ないのは嫌。だから、あこも練習を受けるよ!それで友希那さんに伝えるの!Roseliaは誰にも負けない、超超カッコイイバンドだって!」

 

「 そうね…何もしないよりかは良いかも知れないわ。湊さんには一度、目を覚まして貰わないと 」

 

「 みんな…うぅ、ありがとう……!」

 

 また泣き出したリサに、皆は笑顔を浮かべながら慰めた。

 

 昔の様にバラバラになりそうでも、みんなが居ればまた繋がれる。きっと友希那は自棄になってしまっているんだ。それなら、友希那はRoseliaに必要なんだって伝える。誰の指導を受けても、色褪せないアタシ達の音色で目を覚まさせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間前 某所

 

 

「 さて、此処に集まって貰った理由は…史上最高のバンドを作る為です。全国から選りすぐった貴女達なら、ガールズバンドはおろか普通のバンドとしても最高峰の実力よ 」

 

「…確かアンタRoseliaの湊 友希那だろ?こんな話に乗っかるなんて暇だったのか?」

 

 茶髪をセミロング程に伸ばし、耳にピアスを幾つも付け黒い瞳をしたドラム担当が友希那につっかかるが、友希那は見向きもせずに言葉だけを返す。

 

「 貴女よりかは忙しいわ。でも、今回は自分に利益があるから乗っただけ 」

 

「 ほーん…まぁどうでもいいけど。私はすげぇバンドが組めりゃそれでいいんだ。足引っ張る奴は私の音で呑む。それだけだ 」

 

「 すぐ人に突っかかるのやめなさいな…言葉遣いもはしたないですし… 」

 

 その空気を断ち切ったのは、ゴシック調の服を着た女性。言葉遣いも丁寧であり、いい家の育ちだと分かる。

 

「 うっせ〜 、これが私なんだよ。文句あるか? 」

 

「 …はいはい 」

 

 どうやらドラムとギターは知り合いの様だ。残りのピアノ、ベースの二人は各々椅子に腰掛けて話を聞いている。…いや、ベースの人は携帯を弄っている。

 

「 態度、言葉遣い…それを咎めたりはしません。ただ貴女達に望むのは今までの音楽を覆す力です。これから対バンのスケジュールを配ります。各自 目を通しておいてください。私達のバンドの名前は… U・F・D 。Undefeatedの略で、分かりやすく ″ 不敗 ″ と言う意味です 」

 

「 不敗かぁ…ははっ!良いじゃねぇの〜…確かに何処にも負ける気がしねぇし 」

 

「 少し安直過ぎる気もしますが、私は何でも構いませんわ。私の音を世界に知らしめることが出来ればそれで 」

 

「 …練習とか面倒だけど、お金貰えるからやる。それだけ 」

 

 ポチポチ携帯を弄っていた暗いグレー髪のロングヘアーなベース担当が適当な意気込みを語ると、すぐ携帯へと視線を戻した。

 

「 わ、私は…頑張ります……!!」

 

 ピアノ担当はおどおどとした様子で大きく頭を下げた。すると鍵盤に頭を打ち″ぴゃあ!″と間抜けな声を出して頭を抑える。

 

「 それじゃ、改めてメンバーを紹介しておきましょう 」

 

 

 

 Vo . 湊 友希那 。155cm。羽丘女子学園2年。低音から高音まで幅広く扱えて、孤高の歌姫の異名を持つ。実は猫が好き。

 過去にも様々なスカウトを受けるが全て断り、Roseliaのボーカルとして活動。

 灰色のロングヘアーに黄色の瞳の美少女。

 今はRoseliaを活動休止にするという条件で加入。

 

 Ba . 社 楓叶( やしろ ふうか)。身長159cm。 仲町谷高校2年。 ベースを始めたのは高校一年の頃。しかし、その腕前は音楽の女神に好かれており一流。偶にプロのバンドのアシストとして入る事もある。口癖は眠い。

 暗い灰色の髪を腰まで伸ばし(散髪が面倒)、暗いオレンジ色の瞳を持つ。

 年俸 ○○○万円と言う事で加入。

 

 Gu . 岡神坂 樺恋 ( おかかみざか かれん ) . 163cm。名門私立 秀院学園3年。幼少の頃から音楽の英才教育を施された秀才。数多の楽器を使いこなす姿に学園のファンもかなり多く、コンクールで何度も優勝を飾っている。実は甘い物が苦手。

 金色のクルクルツインテールに、碧色の瞳を持ったお嬢様。

 更なる技術を求め加入。

 

 Dr . 竜倉 神音 ( たつくら かぐね ) 171cm 。雨城山高校3年。樺恋とは幼稚園からの腐れ縁であり、ドラムも樺恋の影響で幼稚園から始めた。

 その腕前は疑う余地なく一流だが、バンドを組んだ事は無く今回が初めて。見た目は怖いが肉より野菜が好きでパンダが好き。

 樺恋が加入するとの事で、気分で加入。

 

 Pi . YORU ( 夜美 響奏 )(やび きょうか) 。156cm。私立 郷浜西高校一年。

 ネット上で ″ ヨル ″ と源氏名を使い活動する女の子。

 その日の気分で曲を奏でる即興ピアノが人気であり、登録者数は20万人を超えている。引っ込み思案で、黒髪を肩まで伸ばし茶色の瞳、少し厚めの眼鏡をかけている。メガネを外すと凄く美人 。家では犬を三匹飼っている。

 最近伸び悩む登録者数の為に、知名度を更に上げようと加入。

 

 マネージャー 華山 朱里( はなやま あかり ) 167cm ○○事務所のマネージャーをしてる。

 有名な短期音大の卒業生。過去には様々なコンクールで金賞を取っていた天才だが、ある事をきっかけに音楽を破棄。異様な程に朧を敵視している。

 黒髪を背中の真ん中辺りまで伸ばし、黒色の瞳、常にスーツを着用している。

 趣味は無く、バンドに力を入れている。

 

 

 

「 …さて、自己紹介を終えたところで、練習スケジュールも配っておくわ。練習は朝7時から夜の8時まで。途中に休憩を挟むけれど、余り自由な時間は無いと思って 」

 

「 え〜…凄く嫌なんですけど 」

 

「 お金が要らないなら練習しなくていいわよ、楓叶 」

 

「 …やりま〜す 」

 

「 今日はこれで終わりにするから、明日に備えて早く寝なさい。以上 」

 

 それだけ告げると、朱里はさっさと消えてしまった。

 

 残された四人に沈黙が広がる。全員が初対面、何を話せば良いか分からない。

 しかし、最初に話を切り出したのはお嬢様 樺恋だった。

 

「 マネージャーさんもああ言っていたことですし、今日は休みましょう。各々の実力は明日になれば嫌でも分かるでしょうし…どうか私を落胆させないで下さいね 」

 

「 あ、ちょっと待てよ樺恋〜!」

 

 上記のセリフを吐き捨てる様に述べた樺恋は割り当てられた部屋へと向かっていった。その背を追うように神音も廊下へと消えていく。

 

 友希那も部屋へ向かおうとしたその時、声を掛けたのは楓叶であった。

 

「 ゆきっちゃんの歌聞いたけどさ〜、なんかぬる〜いよね。私、今みんなと音楽してるんだ!みたいな歌声。アレじゃここでやってけないよ〜 」

 

「 その呼び方やめて。それと、貴女こそろくに練習しないで寛いでいる様だけれど…精々足をすくわれない様に気を付けなさい 」

 

 ぴり、と走る緊張感。戸惑う事しか出来ない響奏。少しして、友希那は踵を返し改めて部屋へと向かった。

 

 …私は何に怒っているのだろう。ぬるい歌声と言われて…?それもあるけれど、一番はRoseliaを否定されたから?…確かにRoseliaで歌っている時は楽しかった。でも、仲良くなり過ぎて緊張感が無くなったから、Roseliaは成長出来ない…そう、その筈なのに…何故。

 

 胸のわだかまりに眉を顰め、終わることの無い思考を巡らせながら顔合わせは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Roseliaのメンバーは、朧宅へと向かっていた。リサはどんな人か知っているが、他のメンバーは初対面。少し緊張の色が見える。

 

「 みんな顔が強ばってるよ〜?そんなに怖い人じゃないから大丈夫大丈夫!」

 

 凝り固まった空気を解そうとリサはみんなに話しかけ続けた。その甲斐あってか、朧の家に着く頃には随分と雰囲気が柔らかくなった。

 

「 今日行く事は連絡しておいたから、安心してね?ちゃんとOKだって返事貰ったから!」

 

 そしてインターホンを押せば、少しの間を経て扉が開かれる。

 

「 初めまして、俺が篠崎 朧です。今日よろしくお願いしましゅ… 」

 

 …噛んだ。言わずとも心の中で満場一致する。

 

 実は朧、大人数の異性を相手する事に慣れていなかったのだ。盛大にスタートダッシュをミスった朧は、ただただ赤面する他無かった。




もう少しだけシリアスにお付き合い下さいませ…これからが本番です。

読んで頂きありがとうございます!


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第三十二話 〖 覚悟 〗

今回も読んで下さりありがとうございます!












 静まり返る玄関前。話しかけようにも何を話せば良いか全く分からない。

 

「 …どうぞぉ 」

 

 結局そのまま家へと招き入れた。絶対に頼りない人だなぁ…と思われたと一人で落ち込みながら四人を二階へと案内し、お茶と軽い菓子を準備する。

 ありがとうございますとそれぞれがお礼を告げ、いよいよ本題へと入る。

 

「 …リサからは事情を少し聞いた。それを踏まえて、謝らせて欲しい。俺の無責任な発言でこんな事になるなんて思っていなかった 」

 

 深々と頭を下げる朧に、慌てた様な表情を浮かべるメンバー達。

 

「 それは仕方ないですよ…!10年以上前の事なんですから 」

 

 リサがフォローを入れつつ、言葉を紡ぐ。

 

「 それに…アタシ達も友希那を止められませんでした。友希那の抱える物に怖くなって… 」

 

「 Roseliaを活動休止にする程だからな…相当恨まれてるなこりゃ 」

 

 苦笑を零しながら、どうしたものかと朧は眉を八の字に下げる。こうなった以上、自分も出来うる限りの協力をする。ただ何をすれば力になれるか…演奏を教えた所で、それが湊 友希那の心に届くかは分からない。寧ろ俺が教えた音楽なら尚更だ。

 

「 友希那さん…先生に指導を受けたら、Roseliaの音色じゃなくなるって言ってました。でもあこは思うんです!練習を受けた上で、Roseliaの音にすればいいんじゃないかって。何言ってるか分からないかも知れないですけど… 」

 

 Roseliaの音に……そうか、その手があるか!!

 

「 君達が今までやってきた曲の楽譜はあるか?なるべく多くで頼む 」

 

 唐突にそう尋ねる朧に、皆は頭に疑問符を浮かべつつも今持っているスコアや楽譜を取り出して朧へ渡した。

 

「 成程、高校生にしてはかなり難易度の高いものばかりだ。だが、まだまだ改良の余地はある。更に難易度が上がるかも知れない…それでも良いなら、お前達の音を残したまま曲の質を格段に上げられる 」

 

「 本当ですか…? 」

 

 紗夜はまだ少し疑っている様子だったので、試しにRoseliaの曲から適当にワンフレーズを選んでギターを奏でた。

 

 そのギターを聞いた紗夜は、今まで疑いを向けていた事を酷く後悔した。

 

 同じギターと言う立場として、ここまで次元の違う人は見た事が無い…日菜が興味を持つのも頷ける。この人に教わるのならば本望だ…そう思える程。

 

 紗夜はいても立ってもいられず、椅子から立ち上がると朧に謝罪を述べた。

 

「 済みませんでした!少しでも疑った私は馬鹿でした… 」

 

 何事かと朧は驚くが、すぐ笑みを浮かべて声をかける。

 

「 疑うのは当たり前だ。百聞は一見にしかずと言うように、結局は自分の目と耳で感じなければ真実は分からない。疑いが晴れたのなら良かった 」

 

 そんな会話をしていると、リサの携帯に一つのメールが入る。内容を確認したリサは、意図せず驚愕の声を漏らしてしまった。

 

「 そ…んな… 」

 

 リサの表情から察するに、良い内容のメールだとは思えない。嫌な予感を覚えつつも、意を決して内容を問い掛けてみる朧。そして返ってきた返事は耳を疑うものであった。

 

「 友希那は..新しいバンドを組んで、ガールズバンドに宣戦布告するって…… 」

 

「 はっ…!? ならRoseliaはどうなるんだ! 」

 

「 Roseliaは実質活動休止…今頃YouT○beにも動画出るらしいよ 」

 

 Roseliaを活動休止してまで何を成し遂げたいかのか分からない。確かに俺に恨みはあるだろうが、Roseliaと天秤にかければ間違いなくRoseliaを選ぶだろ普通。俺が思っている以上に重症なのかも知れない…て言うか、新しいバンドだと? そんなの組んでいつRoseliaに戻ってくるつもりなんだ。

 

 幾ら考えても思考は纏まらず、ただ顰めっ面を浮かべる事しか出来ない朧。ふと、先程リサが述べていた ″ YouT○be ″ の動画を思い出し、それを見ようと提案する。

 

 本当は4人とも不安で仕方ないだろう…だが、全員が頷いた。ちゃんと覚悟を持っているようだ。

 

「 …この動画をご覧の皆さん、こんにちは。湊 友希那です。唐突な報告になりますが、私は新しいバンドのボーカルとして活動する事にしました。Roseliaはその間活動休止となりますが、ご了承ください 」

 

「 この度、私が立ち上げたバンド ″ F・U・D ″ は出来うる限りの範囲で対バンをしていきたいと思っております。男女は関係無く行う予定です。…対バンには投票制度を設けており、どのバンドが一番良かったかをお客様に選んで頂くことになります。勿論、対バン断っていただいても構いません」

 

 分かりやすい挑発だ。対バンと言っても、普通は複数の出演者が和気あいあいと共演して讃え合う事が多い。確かに競う形の対バンもあるが、これは宣戦布告と言ってもいいものだ。ま、やるメリットがあるとは余り考えられないが…こういった挑発はバンドマンには効きやすい。断っていいと言われて断るバンドなんていないだろう。プライドが高い奴らが多いからな。

 

 にしてもこの女性。恐らくはマネージャーだろうが、何処かで…

 

「 対バンはこちらからお願いするものもあれば、其方から予約する事も可能です。開催地はBIGフロンティアTokyo 、月に二回を予定しています。出演出来るバンドは7チーム迄とさせていただきます」

 

 BIGフロンティアTokyo…キャパが5万を超えている大規模なステージだ。そんな所を月に二回も使うとなれば、相当な資金がいるだろう。だが…それだけのステージに誰でも立てると言うのなら、恐らく全国から予約が殺到すると予想がつく。

 

「 この事務所、最近かなり右肩上がりで有名です。何でも、この女性マネージャーが担当したバンドは全て名を馳せると聞きますから 」

 

 紗夜の言葉に俺含め全員が驚いた表情を浮かべた。

 

 しかし、よりによってこのタイミングで湊 友希那を引き抜くとは…前々から狙っていた?まぁ湊 友希那を狙う事務所なんて幾らでもあるが。

 

「 とにかく、お前達が変わらないと前には進めない。俺もその責任の一端を担いだ以上、出来ることは全てやる。そして向こうから対バンの申し込みをさせる程になってやろう…湊 友希那を取り戻す為にも 」

 

 四人は静かに頷いた。各々が抱える不安、悩み、悲しみを俺は全て理解は出来ない。

 だが、音楽でなら分かり合える。湊 友希那…過去との因縁に決着を付けよう。

 

 

 久々に本気で音楽と向き合う時が来た。



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