ドSの銀髪美少女が姉になった (睡眠欲求者)
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入学編
プロローグの少し前


突然だが、聞きたい。ある日、突然美少女の姉ができたらどうする?

 

何を言っているのかわからないと思うが、俺はそんな摩訶不思議な出来事に出会ってしまった。

 

あの雪の日に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、ある日訳あって坂柳という家に引き取られた。引き取った、坂柳氏は高度育成高等学校の理事長をやっている。何でも、卒業生は希望する進路をほぼ100%認められるというふれこみらしいが胡散臭いにもほどがある。大抵、100%なんて数字には裏があるものだ。しかし、そんなことは大した問題ではない。俺にも関係ない話だ。

 

「紹介しよう、娘の有栖だ」

 

そこには、銀髪の美少女がいた。端正な顔立ち、ほんのりと上気した頬、吸い込まれてしまいそうな蒼色の大きな瞳。まさに絶世の美少女であった。もう俺のテンションは上がりまくりだ。新しい環境に対して不安を感じていたが、中々良い感じのような気がする。

 

「有栖は、心臓病を患っているため医師から一切の運動を禁じられていてね、歩行時には杖の使っている」

 

「有栖です、よろしくお願いしますね流都君」

 

「よろしく…何と呼べばいい?」

 

「………そうですね………私のほうが上なので『お姉ちゃん』と呼んでくれてもかまいませんよ」

 

そう言って、有栖はいたずらぽく笑みを浮かべる。普通なら、一瞬で恋に落ちてしまうであろうその笑みを俺は素直に喜べなかった。一瞬で、興奮が冷めていくのを感じ………警戒心が高まってきた。

 

確かに、パッと見は美しいだけの笑みだ。だが、その目は笑っていなかった。そこにあるのは、強者が弱者を見る目だ………昔、さんざん見てきたあの目だ。神経が泡立つのを感じる、不快な目だ。あの頃をほうふつとさせる。頭に血が上がった。

 

「じゃあ、有栖と呼ばせてもらうよ。それに上なのは俺の方だと思うけどな~」

 

先きのセリフ、つまり年の話ではなく『実力』が上だといいたいのだろう。

 

「ほー、そうですか。では、流都君。ゲーム(勝負)をしませんか?」

 

ゲーム(勝負)?」

 

「そうです、勝ったほうが相手に何でもいうことを聞かせることができるというルールで」

 

言いたいことは理解できた。ねじ伏せてやるからかかって来いということだろう。好戦的なことだ。だが、いいだろう。上等だ。

 

 

「何をする?」

 

「そうですね、私はこの通り動けませんので運動系はなしにしてもらいたいですね」

 

「なら、坂柳氏から一つ、案を出してもらうのはどうだ?」

 

「良いでしょう」

 

有栖は、恐ろしく妖艶な余裕の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

坂柳氏が提案したのはチェスだった。しかし、言うだけ言ってあとは二人で楽しみたまえと言ったきり、仕事場に戻ってしまった。

 

有栖と向き合った状態で座る。

 

「では始めましょうか」

 

「ああ」

 

チェスは、個人的にだが性格が出る遊びだと思う。もちろん絶対とは言わないが、少なくとも有栖は駒の動かし方に性格が出ている。凄く好戦的、攻撃的なコマの動きなのだ。しかし、その実完璧に道筋が見えているらしくて気が付いた時には結構追い詰められていた。

 

「流都君、あなたはチェスは好きですか?」

 

「………嫌いではないが、どちらかというと将棋のほうが好きだな。有栖はどうなんだ?」

 

盤面を見ながら、有栖に問い返した。

 

「私は好きですよ。駒を動かし、相手を完封した時の快感はたまりません。まあ、それは現実でも変わりませんが」

 

そう言いながら、俺のビショップを取る。昔なら、俺もチェスを好きだといっていただろう。だが今は違う………

 

「チェスは、()を動かして相手の首を取るゲームだ。だけど、本当に優秀なやつは()を使うのではなく()を生かす。そういった意味でも俺は将棋のほうが好きだな」

 

 

「ほー。中々、興味深いお話ですね」

 

次第に、有栖の顔を見る余裕もなくなってきて、必死に頭を回転させた。

 

しかし、何をどうやっても勝てるビジョンが見えなかった。しかし、リザインする気にもなれずずるずるとやっており、結局その勝負は三十分にも及んだ。結果は俺の敗北だったが。

 

 

「フフ、大口をたたくには少し実力不足でしたねぇ~。ですが久しぶりに楽しめました。しかし、これであなたは私の言うことを一つ聞かなくてはありません」

 

そう言い放つ彼女の顔は、凄く楽しそうだった。それは征服感からくるものか、退屈を忘れたことへのうれしさなのかは分からない。そして同時に恐怖する、どんな無茶な命令をされるのか。

 

「ルツ、あなたはこれから私の言うことには絶対服従です」

 

予想以上にきつい命令に思わず顔が引きつる。しかし、有栖は「ただし………」と続ける

 

「これから先、また私とあなたが勝負することもあるでしょう。その時、私に勝てればこの命令は取り下げて差し上げますよ。何でしたら、私に何でも好きなことを言ってもらって構いませんよ?」

 

 

驚きで、固まった。つまり、彼女はこういっているのだ。

 

『これから先も私が負けることなんてないでしょう』っと。

 

「ハハハハハ」

 

余りの傲慢さに、笑いが出てしまう。なめやがって………とは思わない。それだけの実力を備えていた。だが………

 

「吐いた言葉は呑み込めないぞ………覚えておけよ!坂柳有栖」

 

「ええ、忘れませんよ。それから有栖ではなくお姉ちゃんです」

 

再びフリーズ。この女は、思春期真っ盛りの中学生男児になんていうことを言うんだ。

 

「………俺と有栖は同い年だ。誕生日が2日遅いだけで………「お姉ちゃんです」………」

 

「それは、命令だよな?」

 

「はい」

 

良い笑顔でそう答える有栖の顔は、本当に可愛いい。

 

しかし、それとこれとは話が別だ。高校入学までに、何としてても勝たなければ。

 

「それと、これは強制ではないのですがどうして『あれ』を使わなかったのですか?」

 

ピクッ。体が勝手に反応した。

 

「あなたの体質は、父から聞いています。使えば、もっといい勝負ができたかもしれないのに」

 

「ノーコメントで」

 

俺は、答えなかった。否、答えたくなかった。

 

「まあ、いいでしょう………時間はたっぷりとありますし」

 

 

 

 

 

 

 

 



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プロローグ

高度育成高等学校それがこれから通うことになる国立高校だ。最新設備を備え、毎月電子マネーが支給される特典があり、卒業生は希望する進路をほぼ100%認められるというふれこみで有名。町一つに相当する広大な敷地を有しており、その中で生徒に生活させるかわりに外部との連絡を禁じている。………胡散臭いにもほどがある。絶対何かあるだろ。

 

そんなことを思いながら、俺と有栖は通学バスに揺られて学校に向かっている。

 

そういえば、有栖の呼び方だが、交渉の結果、高校の中で有栖が特別指示しない限りは『お姉ちゃん』ではなく『姉さん』で許してもらえることになった。その代り、寮や学外ではお姉ちゃん呼びは強制なのだが………まあ、これだけ譲歩させるのに代価として中々の精神ダメージを被ったわけでこれ以上は俺が持たなかったので良しとしよう。

 

 

「人は平等であると思いますか?」

 

「藪から棒になんだ?」

 

バスの中で、俺と有栖は一番後ろの席に座り談笑?している。何故か、周りに人はいない。

 

「暇つぶしの問答ですよ」

 

「………生まれ落ちた瞬間から人は不平等だと思う。才能から、家柄、人種、容姿、性格、全てが不平等にできている………姉さんはどう思っているんだ」

 

「この世界に凡人と天才が存在するように人にも不平等は常に存在すると思いますよ。生まれ持った才能は永久不変であり、努力だけでは埋めようがありませんから。それこそが人は平等ではないという証ではないでしょうか?」

 

「………大体の意見には同感だ。だが、才能と実力はイコールではない………努力では埋められない?ああ、でもそれ以外の手も駆使すれば埋められる」

 

「フフ、随分かみついてきますね」

 

有栖は、心底面白いものを見る目で俺を見てくる

 

「おっと、そろそろつきますよ」

 

そう言われて、外を見ると目的の我らが高校が見えてきた。

 

 

 

バスから降りるとき、最近はもう日課になった有栖の補助をする。転ばないように手を引いてやり、バスから降ろす。

 

「よくできました」

 

からかうように、有栖は俺をほめてくる。

 

「茶化すな………早く行くぞ」

 

「ええ、でも」

 

そう言って俺に手を差し出してくる………これはつまりあれか。

 

「ちゃんとエスコートしてください♪」

 

「ハァ~」

 

俺は諦めたように、ため息を吐くと黙ってその手を取った。

 

 

教室につきどっと疲れた。視線がすごかったのだ。まあ、仮にも有栖は杖を使用しているので多少の理解は得られるだろうがやはり嫉妬の視線が痛かった。有栖は美少女だ。本性を知らなければ、一瞬で恋に落ちてしまうぐらいに。だからその手を握っている俺への視線はそれはもう………痛かった。

 

腹が立つのは、有栖は絶対分かっていてやったことだ。

 

「まったく、酷い目にあった」

 

ため息をつきつつ有栖にジト目を送るが、そんな視線に全く悪びれた様子も無く微笑む有栖。

 

「お姉ちゃん呼びをさせなかっただけましだと思いなさい」

 

「いや、その理屈はおかしいだろ」

 

しかし、あそこでお姉ちゃん呼びをしていたら俺のメンタルが死んでいたかもしれない。

 

 

そんなことを考えていると、有栖は周りの生徒を観察していた。もう情報収集か。しかし、それはまだいいだろうと判断し俺は文庫本をカバンから取り出した。

 

しばらくすると担任と思しき人物が教室に入ってきた。

 

「新入生諸君。まずは入学おめでとう。私はAクラスを担当することになった真島智也だ。これからこの学校について説明していく。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任として諸君と学ぶことになると思う。よろしく頼む。今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配布させてもらう。以前にも入学案内と共に配布してはいるが、持参しているものも全員ではないだろう。念のためだ。」

 

真島と名乗った先生はその後、本学校ではクラス替えを行わないこと、担任も変わらないことを説明すると、この学校のシステムの説明に入った。しかし、ここで問題が発生した。

 

「ポイントは毎月1日に振り込まれる。1ポイントで1円の価値だ。お前たちにはすでに今月分のポイント、10万ポイントが支給されている」

 

耳を疑う話だ。胡散臭くて、嗤ってしまいそうだ。

 

「最初に言っておくが、当校では実力で生徒を測る。倍率が高い高校入試をクリアしてみせたお前たちにはそれだけの価値があるということだ。若者には無限の可能性がある、その評価のようなものだと思えばいい。ただし、卒業後はどれだけポイントが残っていても現金化は出来ないので注意するように。仮に百万ポイント……百万円貯めていたとしても意味は一切ない。ポイントをどう使おうかそれは自由だ」

 

担任のは話続く………しかし、どうも時間と季節が悪い。俺の席は一番後ろの窓側というベストポジションその上、温かい日差しと、静かな空間のおかげですぐに眠りに着けそうだ。もはや寝てくださいと言わんばかりのぴったりの条件が揃っている。

 

話は、ボイスレコーダーに録音してあるし後で聞けばいいか。そう思いながら両腕を組み、机の上に伏せる。しかし、何となく横が気になり顔を上げる。

 

すると、有栖と目が合った。有栖は、満面の笑みを浮かべているが目が笑っていなかった。

 

瞬時に俺は居眠りを諦める。

 

俺が再度聞き始めた時には「最後になるが………」と言っていた。

 

「先程配った学生証カードにあるポイントは、説明した通りクレジットカードのようなものだ。学校内においてこのポイントで買えないものは無い。学校の敷地内にある物なら何でも購入可能だ。では以上で私からの話は終わりだ。私は職員室にいるが、何か質問があるなら遠慮せず聞きに来るように。」

 

 

そう言って、担任である真島は教室を出て行った。

 

 

さっきの話気になるな………学校内においてこのポイントで買えないものは無い、この学校の特殊なルール。実力で生徒を測る、現段階では十万円の価値がある俺ら生徒。………・・少し調べてみるか。

 

クラスでは、軽く自己紹介をやっていたが今はこの疑問点のほうが優先するべきだと感じ適当に流した。まあ、有栖の弟ということで少し、いやかなり目立ってしまったが。

 

 

 

その後入学式を終えた俺たちは、教室に戻って点呼を取り解散となった。時間的には随分と早いが、入学初日だからこのぐらいが妥当だろう。

 

早速俺は、有栖に今後の予定を伝えた。

 

「姉さん、少し確かめたいことがあるから自由に動いていい?」

 

「ええ、構いません。私もやることがあるので」

 

そう言って、有栖と別れた。

 

 

一日目が終わり、校舎から出るとまずコンビニへと向かった。まずは考え事の前に日用品の買い物を済ませるべきだと判断したのだ。一通りコンビニの中を見て回ると、普段のコンビニとなんら変わりはない雰囲気である。だがその中で、棚の所々に興味を惹かれるもの………無料コーナーと呼ばれるものがあった

 

 名前の通り値段は無料で、品質はまあ悪くはない。普通に暮らす分には問題は無いレベルだ。

 

気になったが頭の片隅に止めて置き、会計を済ませ店を出る。すると、何やら上級生らしき人物ともめている一年生を見かけた。

 

「可哀想な『不良品』のお前らには、特別に今日はココを譲ってやるよ。感謝するんだな」

 

「逃げんのかオラ!」

 

「弱い犬ほどよく吠える。精々最初で最後の楽をするがいいさ。地獄を見るのはお前らだからな!」

 

『不良品』? 地獄を見る?

 

ああ、何となくだが答えが出そうだ。

 

 

 

俺は少し落ち着ける場所を探して 近くのベンチにたどり着く そこでボイスレコーダーにイヤホンを差し込み 先生が言っていた事を聞き直す

 

もう少しで何か掴めそうだ。

 

俺は、少しだけあれを使う。

 

 

十万円の配布、実力で判断。不良品、毎月支給されるポイント、希望の就職率、進学率100%、ポイントで買えないものはない………。

 

何となくは見えてきた、あとは職員室だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 


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前途多難

評価ありがとうございます。励みになります


太陽が傾き夕日が差し込む廊下を抜け、俺は職員室に来ていた。

 

「こんな時間に来るとはな………それで?何が聞きたい?坂柳」

 

俺は今、職員室ではなく、生徒指導室の中で真島先生と対峙している。

 

「答え合わせに来たんです」

 

「答え合わせ?」

 

「はい、この学校のルール………いや、システムについて」

 

「ほう、聞かせてみろ…」

 

「まず、ポイントについて。月初めに配布されるポイント。先生は実力で判断するといいました。それに加え、毎月十万ポイント入るとは言ってない。つまり、ポイントは何らかの評価方法によって俺らを審査しその評価ごとに与えられるんじゃないんですか?」

 

先生は、目を細める。

 

「続けろ」

 

「さっき先輩が、Dクラスの生徒にお前らは不良品だから地獄を見ると言ってました。これは単なる勘なんですが………この学校のクラス分けは実力順なんじゃないんですか?」

 

「クハハハハハハ」

 

先生は笑い出した。

 

「優秀だ、実に優秀だ。歴代のAクラスの連中もここまで初日で見抜いたやつはいなかった。正解だ、坂柳。システムについては、そうだな80点だな。それで?他には?」

 

 

「分かったのはここまでです………ただ、これは質問なんですが。先生は先ほどポイントで買えないものはないといいました。つまり、そういうことが必要になるということですよね」

 

「さあな、ただ、普通の学校生活とは違うだろう」

 

「どの辺がですか?」

 

「そこまでは言えんな。だだ、この学校の試験は特殊だ」

 

特殊な試験………ポイントが必要になる………分からないな。俺の頭では理解不能だ。有栖ならまた違ったのかもしれないが…

 

「分かりました…質問はこれだけです」

 

「そうか、ではこれで終わりにするか…もう時間も遅い。早く寮に戻れ」

 

「はい」

 

あらかたの疑問は解決した。今日はこれで帰るとしよう。俺は扉に手を掛け、外に出る。

 

「あ、先生。最後に一ついいですか?」

 

「何だ?」

 

「人一人を購入するには何ポイントいります?」

 

「ッ!………」

 

先生は、度肝を抜かれたように体を硬直させ、目を見開く、そし笑った。

 

「お前は実にユニークな男だ。そうだな、少なくとも2000万ポイントは固いな」

 

「なるほど、では今度こそ失礼しました」

 

俺はそう言って、指導室を後にして携帯を取り出す。そこには、20分18秒と数字が記録されている。

 

「録音完了と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮の部屋に帰ると、有栖から着信が来た。

 

「部屋に今すぐ来てください」

 

それだけ言い残して、着信が切れた。残されたのは静寂だけだった。あの姉は、自分を女王だとでも思っているんだろうか。

 

しかし、従わないわけにもいかず、諦めて部屋を後にする………

 

 

「来ましたか」

 

部屋に行くと、寝間着姿の有栖がいた。シンプルな寝巻の上に、白いカーディガン。シンプルが故に、有栖の愛らしさが際立っている。セットされていた髪はストレートに、いつもの杖は別途の端に立てかけられている。

 

「何の用だよ、お姉ちゃん」

 

「お姉ちゃんではなく、有栖お姉ちゃんです」

 

「………………………有栖お姉ちゃん」

 

自分のほほが熱を持っているのを感じる。

 

「フフ、よくできました。ルツ」

 

嗜虐心むき出しの笑みを浮かべながら笑う有栖。どこまでドS何だこの女。

 

「それで何の用?」

 

「いえ、特には・・あえて言うなら、学校のシステムについてはどのくらい理解できましたか?ポイントについてですか?クラスの基準についてですか?就職率、進学率の謎についてですか?」

 

「………」

 

分かっていたことだ。この姉なら、俺よりも早くからくりに気づくだろうと。悔しくないといえばうそになる。だが、それぐらいでなくては意味がない。最後に勝つのは俺だ。在学中に何としてでも俺はこの姉を超える。

 

「あらかたのことは理解できた。それで、有栖お姉ちゃんは何をしていたんだよ?」

 

やけくそ気味に答える。

 

 

「恐らくですが、先生がポイントを与えるために審査しているのは、授業態度や成績、素行でしょう。それぐらいしか、今のところ判断するものがないですからね。まあ、そこはAクラス。私が忠告しなくても問題ないと判断しました。それよりも私は、自分のために簡単に動かせる駒を作ることが先決と思い、候補の何人かと接触しました」

 

「駒………ねぇ」

 

「分かっているとは思いますが、この先もAクラスがAクラスのままで居れる保証はありません。問題行動を起こせば、評価は下がり他のクラスに逆転されるかもしれない」

 

か、考えてなかった~。そうか、何もポイントが減らされて困ることは生活費だけではないのか。生徒の実力を判断するということは、それが逆転すればクラスも変わるということ。

 

「その様子ではわかっていなかったのですか」

 

「………………………」

 

「本当に不出来な弟ですね」

 

「ッッッ!」

 

『不出来な子だな。お前は失敗作だ。本当に愚かな息子だ』

 

昔のことがフラッシュバックする。耳にこびりついて離れないあの言葉(呪詛)

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、フゥ~」

 

苦しくなった呼吸を整えて、有栖に向き直る。そこには、心なしか顔を上気させた有栖の顔があった。

 

「このドSめ」

 

「フフ、トラウマを穿り返されてもすぐに立ち直るんですね。少し意外です。まあ、根は深いようですが」

 

「なめんな、この程度はもう卒業してるんだよ!」

 

「ええ、それにさっきのは嘘ですよ。初日でそこまでたどり着いたのには称賛に値します。全くあなたといると退屈しません」

 

「クソッ!人を玩具だと思いやがってッ」

 

「知らないのですか?弟は姉の玩具なのですよ?」

 

「そんなジャイアニズムは知らない」

 

とんでもないジャイアニズムだ。世界中の弟に謝ってほしい。

 

「ウフフフ、まあいいです。少し話を戻しましょうか。明日から私はさらに手足となる駒を増やしていきます。あなたはどうするのですか?」

 

「Aクラスで、リーダーとなりえるのは有栖と葛城だろ?考え方は今日見た限りっだけだが、有栖と同じく好戦的な性格には見えない。間違いなく対立するな。つまり、どちらかのグループに属さないといけないわけだ。答えは決まり切ってるな」

 

「ほー。聞かせてください」

 

「有栖のグループだな」

 

「………理由を聞かせてもらっても?」

 

「簡単だ、葛城では有栖には勝てないからだ」

 

葛城がどの程度優秀かはわからない。でも、俺は天才というものをよく知っている。故に何となくわかるのだ。そいつが天才なのかそうじゃないのか。葛城は間違いなく秀才だ。付け加えるなら天才よりの秀才だろう。天才じゃあない。それじゃあ、勝てない。ましてや、相手は坂柳有栖だ。たかが天才程度(・・・・)じゃ勝てない

 

「悪くない答えです」

 

「俺は俺でしばらくは好きにさせてもらうよ」

 

「ええ構いません、ですが、その前にやってもらいたいことがあります」

 

「?何を?」

 

「さっき、有栖と私を呼びましたね」

 

「あ………」

 

ブワァッと汗が全身から出てくる。やらかした、そうとしか言えない。

 

「罰が必要ですね」

 

「………………すみません」

 

「フフ、謝っても無駄ですよ」

 

ああ、死んだな。

 

「そうですね、まず、私のこの寝巻の感想、大きな声で言ってください」

 

処刑が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

なお次の日の朝、俺は死にそうな顔をしていたらしいと後に友人となる綾小路清隆から聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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雲行き怪しく

バーに色がついてて驚きです。評価ありがとうございます。

今回は、あんまり有栖お姉ちゃんは出番がないです。

あと、一巻、二巻の部分はかなりここから巻きでいきます。


あれからあっという間に月日が過ぎ、気づけば5月になっていた。

 

「今日はお前たちに重要な報告がある」

 

 

 

そう切り出して、真嶋先生は黒板にABCDっとアルファベットを書き連ねていき、それぞれの横にそれぞれ960などの数字を記入、最後のDの横には0と書き込まれている。

 

 

「これは1ヶ月間、お前たち達一年生の授業態度や成績を各クラス毎に評価し、それをポイント化したものだ」

 

周りがざわついていくのを聞きながら、再度ポイントを見る。やはり、このクラス分けは能力順だったってわけだ。

 

 

「諸君は書いてある通り960。見ればわかるが、各クラスの中で最高の評価だ。これは誇るべき数字だ、この高度育成高等学校の歴史の中で、一年生の最初で減点をこれだけ抑えられるのは稀だ」

 

先生は、嬉しそうに語る。だが、そもそもこのことに気づけていない生徒がかなり居るようだ。意味が分からないという顔の生徒が何人もいる。分かっているのは、恐らく有栖の派閥の人間と一部の切れ者もしくは疑り深いやつだろう。

 

「・・・いきなりこういうことを言われてもわからないか。簡単に言えば、諸君は優秀な生徒でそれが評価されたという話だ」

 

 

 

有栖は当然だと言うように笑っている。しかし、有栖が感じている感情は『退屈』だろう。

 

 

 

「だからこそ、君達には今月、96000ポイントが振り込まれた」

 

 

 

そう、全員今日の朝起きてポイントを確認すれば10万ポイントではなく96000ポイントが振り込まれていた。何かの不具合ではないか、と葛城派の人間は愚痴っていたが有栖派閥の人間は皆冷静だった。どうやら、有栖は自分の駒にはしゃべったらしい。この時点で葛城派は、後れを取ってしまったな。

 

「せ、先生!優秀な生徒なのに俺らは10万以上のポイントをもらえないんですか?」

 

 

「・・・弥彦、君は疑問に思わなかったのか?」

 

 

 

確かに今までの話だけなら毎月基本の10万ポイントで、そこから加点方式とも思えなくはない。・・・だが、そうじゃない。

 

「な、何がですか」

 

「高校の一生徒に毎月10万。そんな大金を学校が無償で与えているとでも?」

 

「それは・・・」

 

うまい話には何かしらの裏があるものだ。もちろん例外がないとは言えないが。まあ、普通の高校生ならこういう考え方でも仕方がないと思う。有栖みたいなのが特殊なだけだ。

 

「君達には入学して、各クラス1000ポイントを与えていた。1ポイントは100プライベートポイントと同じ価値を持つ、だからこそ10万ポイントが与えられていた。それがこの1ヶ月で40ポイント減少しただけだ」

 

「ポイントは、この1ヶ月間の行事で減点されるが、ポイントが増える行事は無かった。つまり、入学してからの1ヶ月は、如何に減点を抑えられるか、という試験だったということだ」

 

試験・・・ねぇ。なんとなく先生があの時言っていたことが分かった。つまり、この学校にはこのような学力以外を測る試験があるわけだ。そして、それには高いリスクと高いリターンがあるわけだな。そう考えていると、有栖が声を上げる。 

 

「真嶋先生、では、これからは何らかの試験で増えることもあるのですね?」

 

「流石だ、坂柳。その通りだ。直近で言えば中間テスト。優秀な君達なら最初の1000ポイントを超えることも容易だろう」

 

その言葉に皆安堵しほっとする者が多数いるのが見える。

 

「諸君の頑張りしだいでは、かなりプライベートポイントは増えていくということだ。さて、残りの時間は自由に過ごしてくれ、何をしてもかまわない」

 

 

そう言って、先生は教室から出ていく。その瞬間、クラスの静寂は大きく崩れる。クラスの何人かが立ち歩き、葛城と有栖のところに分かれていく。面白いぐらいに、二つに分かれてしまったな。

 

 

それを眺めながら、俺は先生の後を追うように教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生」

 

俺が声を掛けると、真島先生は驚いた表情で振り返る。確かに、この状況で追ってくるとは思わないだろうな。

 

「何だ、坂柳」

 

「確認しておきたいんですけど、中間テストって赤点とか取るとどんなペナルティーがあるんですか?」

 

「・・・お前らは姉弟そろって鋭いな・・・赤点の者には退学という道が付きつけられる」

 

「退学、それって個人の問題ではないですよね。クラスにはどんなペナルティーがあるので?」

 

「そこまでは言えんな」

 

「・・・分かりました。ありがとうございます」

 

「構わんよ」

 

そう言って、俺は教室に引き返した。

教室に戻った時には、授業の終了を告げるチャイムが鳴っており授業の準備をする生徒が大半だった。この日は、放課後まで結局何事もなく過ぎた。いや、実際は俺がいない間のなん十分かに何かあったのだろう。なんとなく予想は付く。しかし、それはおいおい、知ればいい・・・今は他のクラスの状況だ。

 

俺は足早に、廊下を歩いていく。

 

 

 

 

 

屋上にて

 

 

 

「呼び出して悪かったね、綾小路君」

 

「構わない、大した用事があるわけでもないしな」

 

「君、友達少ないもんな」

 

「お互い様だ」

 

「しかし、いいよねこの学校は。屋上が解放されているなんてさ。人が少ないところは大歓迎だ」

 

「そうだな」

 

綾小路清隆・・・この男に最初に会ったのは、入学してすぐだ。図書室で偶々見かけ、一目見て、やばいやつだと分かった、有栖やあの男と同じような臭いがしたからだ。。聞くところによるとか綾小路清隆はDクラスの男子生徒で、クラス内でも特に目立たず、やる気のない性格をしているらしい。目は常に半開きで抑揚のないしゃべり方をする。何事にも動じず、常に冷静に物事を見極めながら雰囲気に合わせて多数派の中にうまく溶け込んでいる。だが、本性はそんなものではないと思う。しかし、話してみれば、こちらに対する敵意はない。今のうちに、関係を持っておくのも悪くはない。そう思い、近づいた。

 

 

「今日のクラスはどんな感じだった?」

 

「かなりの荒れ具合だったな・・・正直先が不安だ」

 

死んだ瞳で、彼は語った。「そっちは?」

 

 

「まあ、中々面白いことになってるよ」

 

「そうか」

 

それから少し情報交換をして、別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、時間がいくばくか過ぎ去り中間試験が近付いてきた。夜に、例のごとく有栖の部屋に呼び出された。

 

「勉強の方はどんな感じですか?ルツ」

 

「そこそこ、かな」

 

「You are my cute toy. I will never let go and do not break easily. DO you understand?」

 

「理解はできたけど、口には出したくないな」

 

「All you can say is thankful words?」

 

「・・・」

 

「あなたは、英語が壊滅的です。過去問は手に入れているのでしょう?」

 

「まあ、一応」

 

「そうですね、100点以外を取ったら罰を与えます」

 

有栖は、楽しそうに言い放つ。

 

「え・・・」

 

「これは勝負ですよ。私に勝てるチャンスです。喜ぶべきことではありません?」

 

そんなことは断じてない、自慢ではないが俺はそんなに勉強が得意ではない。加えて、余り容量がいいわけでもなく・・・学力で言えば、Aクラスのレベルではないだろう。特に英語は壊滅している。過去問がなければ、今頃は机にかじりついているであろう・・・それを有栖は知っているはずである。なのに、俺にこの勝負を持ち抱えてきたということは・・・いや、あの表情を見る限り、俺で遊びたいだけらしい。

 

「分かった、受けるよ」

 

まあ、過去問があればなんとかなるだろう。最悪、ポイントを使えばいい。

 

この数週間後、全力で俺はこのことを後悔するのだった。くだらない意地など張らず、いったん引いておくべきだったと。

 

 

 

 




真島先生の口調が安定しないなー。


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中間テスト

評価ありがとうございます。今回は、本当に有栖が出ないです。つ、次は出るので・・・たぶん


その夜、部屋にいるのも退屈で俺は外に出た。

 

20分ほど散歩を満喫し、夜風にあたる・・・そろそろ寮に戻るかと考えていると、道の途中で男子生徒に襲われている綾小路を発見した。すぐ近くに黒髪の女子生徒もいる。・・・堀北だったかな?綾小路が言っていたよく話奴だ。

 

俺は気配を殺し、綾小路を襲っている男子生徒の背後にそっと近づき、追撃を加えようとする手を掴んだ。

 

「ッ・・・」

 

「綾小路君に気を取られすぎですね。生徒会長。こんなところで、暴力沙汰とは、外聞が悪くないですか?」

 

「一年Aクラスの坂柳か」

 

「あれ?何で知ってるんですか?」

 

「入学初日でSシステムに気づいた姉弟がいると有名な話だ」

 

息を飲む音がが聞こえる。堀北からだ。綾小路の表情は動かない。

 

 

「それに、そこの綾小路も随分と面白い生徒のようだ。今回の入試全教科で五十点を取った生徒がいるらしい。加えて、小テストも五十。狙ったな?」

 

「偶然って怖いっすね・・・」

 

一ミリも表情を変化させないまま答える・・・しかし、もう確信犯だろう。予感はしていたが、やはり有能なやつだったか。能ある鷹は爪を隠すってね。

 

「フッ・・・二人とも中々ユニークな男だ」

 

「鈴音、お前に友達が居たとはな。正直驚いた」

 

「彼らは・・・友達なんかじゃありません。ただのクラスメイトです。坂柳君に至っては知り合いですらないです」

 

「鈴音、相変わらず孤高と孤独を履き違えているようだな。上に上がりたければ死に物狂いで足掻け」

 

そのまま生徒会長は、俺たちの横を通り過ぎ、寮へと消えていく。

 

「俺は寮に戻るけど、綾小路と堀北はどうする?」

 

「ちょっと待って、何であなたは、私の名前を知ってるの?」

 

「いや~、綾小路君がめちゃくちゃ可愛いクラスメイトが俺の隣の席なんだと自慢してくるからさー。よく話を聞かされてるんだ」

 

「・・・」

 

もちろんそんな事実は存在しないが、何となくからかって見たくなった。ストレスが溜まっているのだろう。これは全部有栖のせいだな。

 

堀北は、ゴミを見る目で綾小路を見る・・・綾小路は、少し動揺しているように思える。

 

「堀北。助けてくれた坂柳に経緯を説明した方がいいと思うんだが、どうだ?」

 

「・・・分かったわ」

 

どうやら今回の件について教えてくれるようだ。場所を近くのベンチに移し、綾小路と堀北から生徒会長に襲われることになった経緯を聞いた。

 

実の妹に暴力を振るう兄・・・弟を玩具だと思っている姉・・・親近感が少しわくな。

 

時間が経ち、話題は堀北主催の勉強会に変わっていた。聞く話によると、堀北は完全に赤点組を切り捨てたようだ。堀北にとっては彼らはもう不要な存在なのだろう。しかし、もうこの時点で、堀北の限界が知れた。孤高と孤独をはき違えている良いえて妙だ・・・流石生徒会長。

 

そんなことを考えていたら、綾小路が堀北の考えを否定していた。綾小路も自分の意見を押し通すことがあるんだな。意外に思いながらも2人の話を黙って聞いてると、綾小路は、堀北の欠点を指摘し出した。他人を見下す考え方こそが堀北がDクラスに落とされた決定打、だと。

 

そうだろうな。その考え方が原因で協調性もなくなってしまったのだろう。

 

人の使い方も理解できないうちは絶対にあの先輩には勝てないだろう。

 

 

「堀北さんはさ~。自分にできることは他人もできるのが当然だと思うタイプだろう。でもそれは、間違いなんだ。少なくとも、自然と君ができることができる人間のほうが少ないんじゃないの?だってそうだろう?君にできることが、何の障害もなく他の人間にできたら、君の価値はないじゃないか?」

 

「それは・・・」

 

「君は、ほかの人のことをきちんと理解した方がいい。いや、この場合は分析だな」

 

「どうして、Aクラスの人間が私にアドバイスするのかしら?」

 

「どうしてだと思う?」

 

「あなたも綾小路君もよくわからないわ」

 

「・・・それじゃあ、俺はもう行くよ。寒くなってきたしさ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嵐のような奴だったな」

 

俺は、うつむいている堀北に声を掛ける。最初に会った時目についたのは、きれいという評価を付けられるだろう銀色の髪と深紅の眼。整った容姿。だが、それ以上にその身に内包した独特の雰囲気。普通の生徒ではないと直感して、話しかけた。優秀だとは予想していたものの、生徒会長の話を聞く限り想像以上に頭が切れるらしい。まあ、今はどうでもいい話でしかない。

 

「兄さんが言ってたわ。Sシステムを初日で見抜いたって」

 

「そうだな」

 

「Aに上がるには、それくらいでないと駄目なのかしら」

 

珍しく、弱音を吐く堀北。

 

「さあ?だが、とにかく、今は目の前のことを片付けるのが先だと思うぞ」

 

「そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

各々がテストの対策を前日の夜までし、ついにテスト当日を迎えた。

 

テスト当日の教室内はいつもの教室とは違う張り詰めた空気が漂っていた。Aクラスとはいえ緊張はするのだろうな。いつもは騒いでいるクラスメートたちも今日ばかりは仲の良いものたちで、テスト前最後の確認をしていた。この間の先生の言葉で火が付いただけではないようだ。有栖が何かしたのだろう。高度教育高等学校1年生のテストは1日でまとめて行われる。高校1年生は詳しく分野が分かれていないからだ。テスト日程は、社会、国語、理科、数学、英語と予告されていた。

多くの人たちは集まって、ここはこうだよな?などと確認しあっているが、ここでも面白いぐらい半分に分かれている。教室の真ん中で不可視の壁があるようだ。もちろん俺は、有栖の側にいるが。

 

俺は、結構勉強もしたはずだ。過去問を受け取り、満点を取れるようにしたと思う。

 

 

「ちゃんと勉強できましたか?」

 

「ああ、満点取れるようにしてきたつもりだ」

 

「そうですか、出来るといいですが」

 

そう言い、ほくそ笑む有栖を見ながら思う。この、自信は何処から出てくるのか。確かに、有栖ならば100点くらい簡単だろうが、俺だってとれるようにしてきた。そんなこと有栖だってわかっているはずなのに。

 

もやもやした思いを抱えながら俺はテストを受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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試験と結果

お気に入り、評価をしてくれた方ありがとうございます。


数学までのテスト日程が終わり、休憩となった。各々最後の科目である英語の確認をしながら話しをしていた。、問題が過去問と一緒かを確認した。

 

ほとんどの問題が怖いくらい同じ答えだった。少なくとも一見しただけでは、違いを見つけることが出来ないほど、同じ問題が並んでいる。ここまでのテストは完璧だ。恐らく、計算ミス以外では間違えていないだろう。

 

「ルツ」

 

隣の席から、有栖が話しかけてくる。机の上に参考書の類は存在していない、もはや見る必要すらないといいたいようだ。

 

「何だよ、姉さん。俺は今忙しいんだけど」

 

「あなたは何処から過去問を入手したんですか?」

 

「…話す必要性を感じないかな」

 

「では質問を変えましょう、その過去問本当に信用できる人から受け取ったものでしょうか」

 

イヤな想像が頭を横切っていく。恐る恐る有栖に聞く。心臓の鼓動がやけに大きいい。まるで、耳の隣に心臓があるようおに感じる。

 

「姉さん、神室真澄は姉さんの派閥に入っているのか?」

 

俺はポイントの発表があった日、クラスで数人どちらの派閥にも入っていない生徒を確認していた。その中で目を付けたのは神室真澄だ。彼女は、恐らくこのクラスの中でもかなり、理性的に行動していると確信した。

 

だから、ポイントと引き換えに過去問の入手を依頼した。

 

 

「ええ、彼女は私のお友達()ですよ」

 

「ッ・・・」

 

絶句だ。やられた。神室のしぐさは演技だったというわけだ。つまり、この過去問には細工がされている。それを、試験開始五分前に言うあたり性格が悪い。どの程度の細工なのかはわからない。しかし、最悪の場合、この過去問は役に立たないだろうな。

 

血の気の引いていく俺に、有栖は言い放つ。

 

「この場で、有栖お姉ちゃん助けてくださいといえば助けてあげなくはないですよ?」

 

いつもと同じ、嗜虐心あふれる笑み。相手を征服した奴特有の笑みだ。だが…なめるなよ。

 

「俺は、過去問がなくても百点が取れるようにやってきたつもりだ。その提案は断固拒否だ」

 

ほとんどがただの意地…冷静に分析すれば詰んでいる。しかし、残り時間の少なさと緊迫した状況が俺の判断力を鈍らせた。

 

「そうですか、残念です」

 

予冷が鳴る。

 

「英語の試験を始める。全員、筆記用具以外しまえ」

 

先生の言葉を聞きながら、俺は考える。恐らく、今までの問題を見る限り、難しいのは最後の問題だけだ。それさえ乗り切ればなんとかなる。俺は思いこんだ………自分に言い聞かせるように

 

 

 

 

 

 

 

 

「何かあたしに言うことないの?」

 

テストが終わった放課後、俺は神室に呼び出された。

 

「特に何も?」

 

「あんたのこと騙したんだけど・・・」

 

「神室が自分の意志でだましたならとにかく、姉さんの指示なら仕方ない。見抜けなかった俺の責任だ・・・神室を攻めるつもりはない」

 

神室は納得していないようで、不満そうな顔をしている。

 

「俺は君が使えると思って利用した。君にはそれだけの価値があると踏んだ。それ自体が間違っていたとは思わない。姉さんが使っていることがいい証拠だ。加えて、神室さんさあ、姉さんのこと好きじゃないでしょ?」

 

「そうね」

 

あっさりと言い切った。

 

「だからさ、姉さんを裏切る可能性がある人間を潰そうとは思わないんだ」

 

「………一つ聞いてもいい?」

 

「何かな?」

 

「あんたら姉弟って、仲悪いの?いいの?」

 

「良いように見える?」

 

「少なくとも、姉の方は弟をからかって遊んでいるだけにしか見えない」

 

「まあ、俺をお気に入りの玩具ぐらいには思ってるんじゃない」

 

「あっそう、お互い苦労するわね」

 

 

 

 

 

 

 

中間テスト結果発表日、真島先生は教室に入ってくるなり、簡潔に言葉を述べ、試験結果の書かれたポスターを黒板に張り出す。

 

そこには多くの生徒が高得点をとり、喜んでいた。その中、俺は英語の点数だけが気になっていた。

 

国語 100点

数学 89点

社会 100点

理科 100点

英語 91点

 

今すぐに、教室から逃げ出したかった。否、有栖の隣から逃げ出したかった。

 

「フフ、残念でしたね。ルツ。あなたは、あの時、私の提案をのむべきだった。そうしておけば、あの一瞬で楽になれたのに」

 

 

確かにそうだ。条件が分かっている罰ゲームと何をされるかの予測すら立たない罰・・・どちらがましかなんて比べるまでもない。

 

「まあ、あなたならそうすると思ってそう提案したのですけどね。最も懸念すべきは、あなたが真澄さんにポイントを条件に過去問の詳細を聞きに行こうとすることだった。どうしても、あの場であなたを席から立たせるわけにはいかなかったのですよ」

 

「……いいよ。神室真澄が姉さんの派閥の人間だと見抜けなかったのは俺だ。俺に見る目がなかっただけだ」

 

「ウフフ、潔いですね・・・今はまだ、あなたに罰は与えません。そのほうが、あなたはつらいでしょうから」

 

そう言いながら有栖はぞっとするほど妖艶な笑みを浮かべる。

完璧に有栖の手のひらで遊ばれていたことに、悔しさを覚える。だから、まだ大丈夫だ。悔しいと、憎いと思えるうちはまだ大丈夫だ。

 

 

俺は頭を振り、意識を切り替える。

 

 

ちなみに有栖の成績は

 

 

 

国語 100点

数学 100点

社会 100点

理科 100点

英語 100点

 

だった。

 

 

 

 

ピピピピピピ――――携帯の着信が鳴る。

 

「そろそろかけてくるころだと思っていました、真澄さん」

 

『あんたの言った通りの展開になったわね』

 

「ええ、期待通りの働きでした。真澄さん」

 

『質問いい?』

 

「構いませんよ」

 

『何で、あんたの弟は私に接触してくると分かったの?』

 

「義弟の思考を読むのは姉の必須スキルです」

 

「………」

 

電話の向こうから、呆れたようなため息が聞こえます。不思議ですね~。

 

『もう一ついいかしら』

 

「はい、構いません」

 

『あんたが、今回弟に偽の過去問を渡したがった訳は何?あんた、何がしたいの?』

 

「ウフフ、簡単ですよ。ルツは、私の可愛い可愛い大切な義弟(玩具)です。からかいたくなるのは当然じゃありませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何か微妙な出来・・・そのうち修正を加えるかもです。
次回からは、二巻の内容ですがほとんど触れずに、三巻に行くと思います。


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進撃のCクラス編
進撃のCクラス


暑い、六月の下旬。それは、梅雨の真っ最中。気温と湿度の高さが相まって、外に出たくなくなってしまう季節だ。しかしそうもいっていられない。

俺はいつも通り早起きして教室に行き、一限目の準備をしてから机に座ってぼんやりとしている。あまり遅くいくと、有栖に鉢合わせるのだ。朝から遊ばれるなど冗談ではない。そんなことを思っていると、クラスメートたちがやってきた。いつも賑やかなクラス内だが、今日はいつにも増して騒がしくなっていた。その様子はみなが浮き足立っているようであった。

 

ポイントの支給日はやはり浮足立つ。

 

そうしてざわついていると、有栖が入ってきた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう坂柳さん」

 

「おはよう」

 

教室に入ってきただけで、どこぞのアイドルのような扱いだ。

 

 

「おはようございます、皆さん」

 

 

クラスメイトに、挨拶を終えると有栖は俺の隣に歩いて来る。急いで逃げようと、立ったが遅かったようだ。

 

「最近は、私よりもずいぶん早く来ていますね」

 

「・・・そうか、気のせいじゃないのか」

 

「私と一緒に登校するのは嫌・・・ですか?」

 

上目遣いをしながらわざと俺の体にもたれかかるように話す。一瞬、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。破壊力抜群の上目遣いに一瞬たじろいき、くらくらとしたが、どうせ演技だろうと有栖の体になるべく負担をかけないように優しく自分の体から離してから、悪ふざけは辞めろという。

すると何がおかしいのかクスクスと笑う有栖、少しでもドキッとしたことが悔しい。

 

「ルツ、気づきましたか?」

 

「何が?」

 

「異常事態にです」

 

表情をいつものように戻すと、急に話を変えてきた・・・。

 

「ポイントが振り込まれていないこと?」

 

「はい、正解です」

 

「先生から説明があるだろう」

 

「そうですね」

 

そんな風に話していると案の定先生が入ってきて、説明を開始している。

 

「諸君、まず試験ご苦労だった。さて、気づいているとは思うがポイントの話だ。まずは結果報告といこうか」

 

黒板に点数が張り出される。Aクラスから順に書かれているためまずはAクラスのポイントが見える。そこにはAクラスのポイントが1004ポイントと書かれていた。それだけではなく、BやCクラスのポイントも、先月と比べ100近く数値を上昇していた。早くも、ポイントを増やす方法を見つけたようであった。Dクラスは87ポイント。綾小路たちのクラスもどうやら少しは打開策を見つけたらしい。

 

「この結果は廊下の電光掲示板、諸君の端末からも確認できる。さて、通常であればポイントは振り込まれるべきなのだが、1年生のポイント支給が遅れている。少し問題が生じてな・・・まあ、このクラスには、ほとんど関係のない話だ。ただ、ポイントの配布は少し遅れるとだけ思っておいてほしい」

 

そのほかの要点を言うと先生は、ホームルームを終わらせた。

 

「どう思いますか?ルツ」

 

「俺たちには関係がないという言葉から、何らかの問題は起こったが俺たちは当事者じゃないってことだと推測できる。まあ、十中八九、Cクラスだろう。あそこのリーダーは好戦的らしいからな」

 

「あら、どこでそんなこと知ったんですか?ルツに、お友達なんていないと思っていたのですけども」

 

「友達くらいいる・・・」

 

「例えば?」

 

最初に思い浮かんだのは綾小路だ。だが、彼は、有栖を倒すための一つの手段だ。情報をくれてやる必要はない・・・とすると後は・・・

 

「・・・・・・・・・・姉さんだっていないだろ」

 

よく考えると、俺って友達いなかったな。

 

「いますよたくさん」

 

「友達じゃなくて、お友達()がだろ」

 

「否定はしません」

 

俺は席を立つと、教室の外に向かう。

 

「何処に行くのですか?」

 

「散歩」

 

そう言って俺は教室を出る。向かうのは、屋上だ。綾小路に、メールを送る。

 

『今から、屋上に来れる?』

 

返信はすぐに帰ってきた。

 

『ああ、了解した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何があったの?」

 

「須藤が、問題を起こした」

 

「須藤?」

 

「Dクラスの人間だ。問題児でな、日頃の行いも悪くてな、悪目立ちしまくりだ」

 

「なるほど何となく見えてきた」

 

「須藤曰く同じバスケ部の小宮と近藤が須藤を特別棟に呼び出し石崎という男がそこで待っていたらしい。小宮と近藤はそいつらの友達でDクラスの須藤がレギュラーに選ばれそうなのが我慢ならなかったという話だ。痛い目みたくなけりゃバスケ部を辞めろと脅してきた。須藤はそれを断ったら殴り掛かってきたから、やられる前にやったってことらしい」

 

 

大体のことは理解できた。Cクラスが須藤をはめるために考えた罠だろう。恐らくこれは、Cクラスのリーダーの考えていた話だろう。罠にはめようとしてきているあたり、大体のことは想定しているだろう。これはなかなか対策が大変そうだ・・・

 

 

 

 事実を報告すれば信じてもらえるというそんな単純な話ではない。須藤が話したことはすでに学校側にも話しているはず。それでも、停学になるかもしれないというのは、受け入れられなかったことを示している。証拠も無ければ、日ごろの行いも悪い。これが普段真面目な生徒であれば情状酌量があったのかもしれないが。

 

 

 

「因みに、学校側は今の須藤の話を聞いてなんて言ったんだ?」

 

「無実の証拠を提出しろっ、とだけ」

 

十中八句、教師が介入しているだろう。しかも私情でだ。証拠がないのは、向こうも同じはずなのに扱いの差が大きすぎる。Cクラスのリーダーは、教師を買ったのだろうか。それとも、教師は自分のクラスの成績が上がる何かいいことがあるのか?

 

「何処で起こったの?」

 

「特別棟だ」

 

「ああ、なるほど」

 

確かにあそこには、監視カメラがない。

 

「何にしても、なかなかやばいな。だけど、聞き出してこういうのもなんだが、俺はこの件に介入できない。一応、立場がある」

 

「そうか」

 

「ただ、そうだな。なるべく目立たない形で、協力はしよう」

 

「何でそこまでしてくれるんだ」

 

「君に、貸しを作っておくほうが役に立つだろうからさ」

 

「俺は、Dクラスだぞ」

 

「それが?俺は、君を買ってるんだよ。まあ、無理にとは言わないさ」

 

「・・・考えてはおく」

 

「そう・・・それはどうも」

 

そう言って、俺と綾小路は別かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

有栖が、教室で流都にしだれかかったとき・・・

 

 

「今、坂柳が抱き着いたように見えたぞ」

 

「あの二人の距離感ってさ、姉弟の距離感にしては近くない!?」

 

「姉と弟の禁断の恋・・・ブハァ」

 

「そ、創作意欲がわいてきた!」

 

 

外野が大盛り上がりだった。

 

 

 

 



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ドラゴンボーイ

今回で、二巻は終わりです。


問題が発生してしばらくして、綾小路からメールが来た。

 

話があるから来てくれと

 

メールを見て、俺を内心ほくそ笑む。楽しみだ。実に楽しみだな・・・綾小路はどうやってこの問題に対処する?綾小路はどんなやり方で、解決するのかな。

 

「神室さん、少しいいかな?」

 

教室を出る前に、神室さんに声を掛けておく。

 

「何の用?」

 

「Cクラスについて調べてくれない?」

 

「・・・何で私が・・・」

 

不満そうな顔をする神室。

 

「Cクラスだけでいいのね?」

 

しかし、この間の事で負い目を感じているらしいく、文句を言いつつ、引き受けた。

 

「あと、Cクラスのリーダーについても」

 

「わかった」

 

 

 

 

 

「話って何かな?」

 

いつもの場所、最近では密会場所になっている屋上にて、彼は待っていた。

 

「単刀直入に言う。5万ポイント貸してほしい」

 

五万ポイント、結構な額だ。いったい何を買う気だ?

 

「それで今回の騒動を解決させると?」

 

「・・・解決はしない。何故なら問題など起こってないからな」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかったが、瞬時に理解した・・・余りの予想外な回答に思わず笑いそうになった、なるほどつまり

 

「買うのは、監視カメラだな?」

 

「そうだ、事件そのものの存在をなくす」

 

監視カメラがあったことにして、相手に訴えを取り下げさせる予定なのだろう。

 

「なるほど、効果的だ」

 

存在しないはずの事件には、学校側も何も言えない。昔似たようなこともみたことがある・・・しかし、これにはいくつか条件がある。

 

「相手が、自分の記憶を信じればこの手は通じないぞ」

 

「それは考えてある。冷静に、思い返せば簡単に否定できることでもパニック状態なら意味はない」

 

「どうする?」

 

「退学をちらつかせる。そのうえで、考える暇など与えないほどに追い詰める。危険な薬品が管理されている理科室があるのに監視カメラが特別棟にだけないのは不自然だとでもいえば、納得するだろう。」

 

・・・少し賭け要素が強い作戦に思える。だが、有効な手段であり一番穏便だ。

 

「分かった。五万ポイント君にあげるよ」

 

「別に貸してさえくれればいい」

 

「いや、貸しにしておくよ。そうそうDクラスに返せる金額じゃないだろ」

 

「・・・分かった」

 

去っていく彼の背中を見ながら俺は思う。

 

さっき、彼は語らなかったけどCクラスの人は証拠がないと確信しているからこそ乗っているだろう。監視カメラの話をすれば冷静になる前に、向こうから勝手にべらべらと話し出すなんて展開にするのも不可能じゃない。

 

「結果が楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

 

Cクラスが訴えを取り下げたという報告と同時に頼んでおいた情報の報告も来た。

 

神室から、受け取った紙面を読み込んで、元から知っていた情報と合わせ頭の中で整理する。

 

龍園はCクラスのリーダーを務める男で、クラスメイトを暴力で従える独裁者兼王者に近い存在。頭の回転も速く、手段を選ばずに様々な奇策で標的を陥れる。時に卑劣で非道とも言える手法も取る。葛城からかなり危険視されている。一方、Cクラス内では彼を恐れつつもクラスメイトの大半は彼に忠実に従っている。

 

彼には、何人か取り巻きがいるらしい。その中でも、目につくのは山田アルベルト。黒人と日本人のハーフでかなり強いらしい。

 

「・・・確かめてみるか」

 

外は雨が降っている・・・

 

今この時間だと、人目につかないところと言えば・・・校舎裏かな

 

 

「俺の許可なく訴えを取り下げた奴は誰だ?」

 

「さ、三人で」

 

ビンゴだ。学校指定のカッターシャツとは違う黒色のシャツ。いかつい容貌。取りまきたち・・・座り込んでいる生徒三人。恐らくあれが、龍園だろう。

 

取りまきの黒人ハーフに、実行犯であろう人間を殴らせているところに、俺は音を消して近づいていく。

 

「底辺を脱落させて学校の反応を見るつもりが台無しだ無能共。これくらいの痛みは当然だ・・・お前らをハメた奴の名前を教えろ」

 

「随分と、圧政を敷いているようだね」

 

「ッ・・・」

 

龍園は、勢いよく振り返ると警戒の色を浮かべ、目を細める。

 

「坂柳か・・・」

 

驚いたことに、俺のことを知っているらしい。俺は、最近まで龍園の存在は知っていても顔と名前が一致していなかったというのに。

 

 

「よく知っているね。龍園君」

 

俺が近付くと、驚愕していたはずの取り巻きが我を取り戻し、警戒する。

 

「何の用だ?」

 

「いや、何、君という人間に興味がわいたのさ」

 

「何だと?」

 

「暴力のみでクラスを支配する。中々、難易度の高い支配方法だ。そして、今回の騒動。君に興味を持つ理由としては十分だと思うけどな」

 

「気に入らねえな。その上から目線。・・・アルベルト」

 

龍園の指示が飛ぶ。Don ' t hate meと言い放ち、 アルベルトは屈強な体で突進してきてその 豪快な腕を振る。 突き出された右拳を最小限の動きで避け続いて繰り出されるラッシュを全て最小限の動きで避け続ける。

武術によって最適化された動きでも、経験によって熟練された動きでもないが、その丸太のような腕から放たれる拳には 圧倒的とも言える威力とスピードがあり受けたらただでは済まないであろうそうの威力を孕んでいる。

カウンターを狙う形でアルベルトの腹部に拳を叩き込むが 純粋な日本人ではない恵まれた肉体に加え相当鍛えられていることを 感触から察した。

故に絶対に鍛えられないところを俺は狙う。すなわち目である。俺の指がアルベルトの眼球を潰す。手加減はしたが、かなりの痛みだろう、アルベルトは痛みに悶え 目を手で覆う。目の痛みによって隙だらけになったアルベルトに現段階での本気の蹴りを放つ。眼球の痛みと蹴りの痛みによって、痛みの許容範囲を超えたアルベルトが膝をつく。

 

「 Don ' t hate me アルベルト」

 

「なッ・・・」

 

「嘘だろ!?」

 

驚愕する取りまき達。だが、指示を出した当の本人である龍園は驚いた様子もない。

 

「ハハハハハハハハハハ、流石は、Aクラスだ!!!。あいつの弟である時点でただ者じゃあねえと分かっているつもりだったがここまでとはな。暴力に関しても一級品だ。アルベルトをこうも簡単に下すとはな」

 

 

「これなら、生徒会長のほうが強いぞ」

 

「そうかよ」

 

「なあ、君にとって実力とはなんだ?」

 

龍園は、少し怪訝そうな顔をした。

 

「・・・俺にとって、実力ってのは圧倒的な暴力だ」

 

少し、返答に迷ったようだが、龍園は自信満々に吠える。なるほど暴力か・・・つまらない回答だ。

 

しかし、彼には何となく興味がある。もう少し話すか・・・そう考えていると

 

「あらなかなか、面白そうなことになっていますね」

 

現時点で、最も聞きたくない声ナンバーワンの声が聞こえた。

 

 

振り向くと、見慣れた銀髪の髪に蒼い目。学校指定のせい衣服に、杖とベレー帽。

 

そこには、俺の姉である坂柳有栖が取りまきたちを連れていた。龍園の姿を、視界に入れると、橋本君たちは、有栖と神室さんをかばう形で前に出る。というか、神室さん・・・有栖の傘持ちやらされているのか・・・今度なんかおごってあげよう。

 

場は緊張していくのに対して、俺はなんだか冷めてしまった・・・つまらないな。

 

「坂柳有栖か」

 

「あなたは、確かCクラスの・・・」

 

「入学早々女王様気取りか?いい気なもんだな。Dクラスは俺が潰す。次はB。最後にAクラス。お前ら姉弟を潰す」

 

ちゃっかり、俺も標的になっている。

 

「あなたにできるでしょうか?」

 

声も、はかなげな笑みもいつも通り。しかし、その目は好戦的な炎が宿っており、強い意思を感じさせる。

 

「王は一人で十分だ」

 

「そうですね」

 

有栖は笑顔で返す・・・完全に置いてきぼりを食ったな。

 

そう思っていると、有栖が俺に話を振ってきた。

 

「ルツは、ここで何をしているのですか?」

 

「少し彼と話をしていただけだよ」

 

「そうですか・・・では帰りますよ・・・ついてきなさい」

 

有無を言わせぬ眼力に負け、今日は帰ることにする。

 

「じゃあね、龍園君」

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

氏名 坂柳 流都

 

クラス 1年A組

 

部活動 テニス部

 

誕生日 3月16日

 

 

 

学力 C‐

 

知性 A-

 

判断力 B+

 

身体能力 B‐

 

協調性 C

 

面接官のコメント

 

表示不可

 

 

担任メモ

 

入学初日で、Sシステムに感づいた生徒の一人であり、そのポテンシャルは高いように思われる。学力も、英語以外は向上している。しかし、過去のこともあってか危うく見える部分もあるので注意して経過を見守っていきたい。

 

 

 

 

 

 

 



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無人島編
無人島


感想、評価、ありがとうございます。

この章は、ホントに有栖が出てこないのでご了承ください


俺は今、船の上にいる。

船、と言っても、俺らがすぐに思い浮かべるレベルのものではないいうなれば豪華客船。そりゃもうやりすぎだろってくらいの。

 

高級レストラン、プール、シアタールーム、高級スパなんてものまで………しかもそれらが全て無料で使え、かなり快適だ、普通はテンション上がらずにはいられないだろう。

 

夏休みのバカンス………という建前だが、十中八九何かあるだろう。それは、有栖も言っていた。

 

もちろん、それでもバカンスは大変喜ばしいことだ。朝の出発時にも、みんな一様に浮かれた表情を見せていた。

 

しかし………少し憂鬱になる生徒がいることもご理解いただきたい。俺の今の最大の敵、それは………「酔い」。幸い出港前に服用した酔い止めが効いているのか、まだ船酔いはしてないが………あんまり油断はできない。酔ったが最後、ここは逃げ場のない船の上だ。地獄の船旅が続くだろう。顔色も悪くなる。そのため船に乗り込んでからほとんどの時間、俺は船内の部屋を出ていない。

 

今も何もすることなく、部屋のベッドでゴロゴロしてぼーっとしている。これなら、有栖とチェスをしているほうが楽しい。

 

本なんて読もうものなら、一瞬でリバースの未来が見えるので様子見だ。英単語帳(有栖作)も一応持ってきはしたが………………………まあ、使うことはないんじゃないだろうか。多分。

 

酔わないだけならプールにでも入っていればいい。あそこはある程度揺れるのが当たり前だし、船の揺れを感じないので酔うリスクは少ない。ただ、今プールでは沢山の生徒が賑やかに遊んでいるはずで、友達の少ない状況で行く気にはならない。

 

思考を巡らせども、暇つぶしの方法は見つからない。考えるのを諦めて再びベッドに寝ころがろうとしていたその時、ピンポンパンポーンというありがちな機械音が部屋内に響いた。

 

 

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、デッキにお集まりください。まもなく島が見えてまいります。数分間の間、非常に意義ある景色をご覧にいただくことができるでしょう』

 

 

 

そんな、違和感しかない内容のアナウンスが耳に入り、聞こえてきた方に目を向けた。酔うのを恐れて、これまでこの無駄に豪華すぎる客船内をまともに歩いたことがなかった俺だが、さすがに今の放送は気になって、指示の通りデッキに行くことにした。部屋を出て歩いてみると、俺が想像していたより揺れは酷くなかった。ふーん、これならしっかり注意してれば、部屋から出ても大丈夫だったかもな。少し歩き、曲がり角に差し掛かった時だ。コツン、と誰かにぶつかってしまう。

 

 

 

「いって」

 

「あ、ごめん………えっと、坂柳君だよね?」

 

そこに居たのは、確かBクラスのリーダーを務める女子で、一ノ瀬、という名前だったかな。ロングヘアでスタイルの良い美少女だ。しかし、何か有栖を見ているせいだろうか。美少女に対する耐性みたいなものがついてしまっている気がしてならない。

 

「そっちは、一ノ瀬さんだよね?ごめん、よそ見してて」

 

「こっちこそ、よそ見しててごめんね」

 

お互い立ち上がって、目を合わせる。

 

「一ノ瀬さんも、外の景色を見に?」

 

「そうそう、坂柳君も?」

 

「ああ、とても意義のある景色らしいから」

 

「だったらさ、一緒に見に行かない?」

 

何というコミュ力………俺にはまねできないな。

 

「いいよ」

 

しかし、断る理由もなく一緒に行くことにした。

 

 

意義のある景色ね………恐らく、この後にやるであろう試験に関係しているのかもね。

 

そう思って、デッキに出た時。

 

「おい邪魔だ、退けよ不良品共。」

 

「てめぇ何しやがる!」

 

見覚えのある生徒、もとい同じAクラスの生徒数名が他クラスの生徒と数名少し揉めていた。

 

「お前らもこの学校の仕組みは理解してるだろ。ここは実力主義だ。Dクラスに人権なんて無い。不良品は不良品らしく大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ。」

 

先程威嚇をしていた赤髪の男子が悔しそうに引き下がる。あいつは確か須藤だったか。聞いてた情報より大分おとなしい気がした。流石に言い返せないのか、それとも成長しているのかは分からないが、この人目に付く場所でこれ以上は不味いだろう。Dクラス側は追い出されるように船首から離れていく。

 

「一ノ瀬さんさ、先に行ってていいよ」

 

「え?」

 

俺は、もめている一団に近づく。

 

「随分な言いようだね………こんな人目につく場所でさ。君は一体何様なのかな?」

 

「ウッ………坂柳………」

 

俺を見た瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をするクラスメイト。

 

「森重君、竹本君………君の行き過ぎた発言は、Aクラスの品位を落とす行為だ。プライドを持つ行為は良いことだけど、行き過ぎた発言には感心しない………謝罪したほうがいい」

 

少し、有栖を意識した笑いながらでも、目で威嚇するというのをしてみる。効果はてきめんで、顔を青くした森重君たちは立ち去ろうとしていたDクラスのほうを向く。

 

「………………悪かったな」

 

そう一言言い残して、逃げるように去っていく森重君達。あれであれだけビビるとは、どうやら有栖のことがよっぽど怖いらしい。困惑と驚愕の感情が混ぜこぜになっているDクラスの面々に改めて挨拶しておく………。

 

「初めまして、俺はAクラスの坂柳流都だ。クラスメイトが失礼をした。すまなかったよ」

 

「お、おう。別にいいんだ」

 

「意外だな、お前みたいなやつもいるんだな」

 

「まあね、みんながみんなあんな愚か者だったら今頃Aクラスではなくなっているって」

 

「お、おう」

 

何故か少し距離を取られたが、気にしない。このまましゃべっていようと思ったが、一ノ瀬を待たせているのを思い出し、退散することにする。

 

「あ、ごめん、人を待たせているんだ」

 

「そ、そうか。じゃ、じゃあな」

 

そう言って、去っていくDクラスの面々。あれ、なんかしたかな?

 

「やっときた、どこに行ってたの?」

 

「少し、クラスメイトを見かけてね、それよりどうかな?意義のある景色とやらは?」

 

「うーん。さっきから、島を回ってばっかりなんだよね」

 

「へー、島をねー。………でもさっきの放送から推察するに景色をただ見せるだけではない。しかし他に考えられそうな理由はないな。となると………ただ観光のためではない、何かしらの試験がこれから行われるといったところかな」

 

「おおー、この学校ならあり得なくもないね!と言うことはこの景色はその試験を優位に進めるためのものってことかな?」

 

「恐らくだけど………。この景色はしっかりと記憶しておく方がいいだろうな」

 

これが本当なのかはまだ分からない。しかし、この学校の今までのことを考えればあり得なくはない話だ。とりあえずこの景色を覚えておこう。

 

「でも、凄いな~。私、全然気が付かなかったよ!!!」

 

「たまたまだよ」

 

「え~、そうかな~」 

 

そんなことを言いながら、しばらくの間二人で船から見える景色を眺めていると、船内にアナウンスが鳴った。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』

 

 

 

アナウンスが鳴り終わると、周りにいた生徒たちも、各々の部屋へ戻るために移動をし始めた。

 

俺もそこで一ノ瀬と別れて、いったん部屋に戻る。

 

 

道中で姉さんに遭遇した。

 

「ルツ」

 

「………姉さん」

 

「ついてきなさい」

 

有無を言わさずに、言われて仕方なくついていく。

 

たどり着いたのは、有栖の部屋の中だった。

 

「ルツ、さっきの放送の意味気づきましたか?」 

 

有栖は授業をしている教師のように質問をしてくる。その様子から有栖はすでに気づいていたのだろう。

 

俺はさっき一ノ瀬に言ったことを説明する。

 

「正解です♪」

 

有栖はいつものように不敵に笑い始めた。この笑い方をするときには大抵いいことは起きない。

 

「楽しそうだな」

 

「そうですね。ルツには今回してほしいことがあります。もちろんやってくれますよね?」

 

「………拒否権は?」

 

「姉の命令は絶対です♪」

 

最高に可愛い笑顔で、即答で否定された。

 

「ルツ、他の皆さんにはもう伝えてあるのですが、私は今回無人島での生活には参加しません。」

 

これは予想していた為、それ程驚かなかった。だが、もちろん話はこれで終わりではないらしい。

 

「ですが逆にこれは好都合です」

 

「好都合、ね」

 

「今回の試験で、葛城くんの勢力を削ろうかと思います。恐らく彼は、私の派閥の者を警戒して思うように動けないでしょうから、そこを利用します」

 

 

 

「………………」

 

 

全力で、葛城君に逃げろと叫びたい。

 

「彼が自滅するようなら、それでいいのですが、そうでないならあなたが彼を潰してください」

 

「………………」

 

 

「随分いやそうですね」

 

「彼が自滅すれば、いいんだよな?」

 

「ええ」 

 

「分かった善処はする………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




葛城君・・・逃げろ~


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葛城君潰し前編

お久しぶりです。長い間、更新を止めてしまい申し訳ありません。まあ、次も更新がいつになるかはわからないままなんですが・・・有栖が出せない無人島編は早めに終わらせるつもりなので、今月中には更新します。たぶん


あの後、Aクラスから順に島に降り立った。

 

「今から各クラス点呼を行う。名前を呼ばれた生徒は返事をすること」

 

 

各クラス担任が整列を促し、点呼を行う。俺は、各先生の格好は自分たち生徒と同じようにジャージ姿でありことに嫌な予感と想像をした。いや、有栖がこの無人島生活に不参加なことを鑑みれば、その想像は必定だろう。

 

 

案の定、全クラスの点呼が終わると同時にAクラス担任の真島先生より真実が告げられる。

 

「ではこれより、本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

真島先生の発言を聞いて多くの生徒たちがざわめき出した。しかし、そんな生徒たちを黙るように言い、言葉を続ける。

 

「試験期間は今より一週間。8月7日の正午をもって終了とする。続いて試験内容、君たちにはこれからの一週間、この無人島で集団生活を行ってもらい、無事過ごしてもらうことだ。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを最初に言っておく」

 

「無人島で生活って・・船ではなくて、この島で寝泊まりをするということですか?」

 

Bクラスの生徒が質問する。 

 

「そうだ。試験中の乗船は正当な理由なくして認められない。この試験中、君たちは寝泊まりする場所、食料全てを自分たちで確保しなければならない。ただし、スタート時、各クラスにテントを2つ、懐中電灯を2つ、マッチを一箱づつ支給する。それと同時に日焼け止めは無制限に借りることが可能だ。歯ブラシに関しては各1人ずつ配布され、特例として女子の場合に限り、生理用品は無制限に許可される。日焼け止め、生理用品を借りる場合は各クラス担任に申し出るように。以上だ」

 

 

 

ざっとではあるが、大まかな内容は把握した。以上だということはそれ以外のものは渡されないし、もらえないということ。こうなると、どうやって一週間を過ごすか、生活ポイントをどこにするか、そこがこの特別試験の鍵だろう。面倒くさいな。

 

「もしかして、ガチの無人島サバイバルとかそんな感じ?そんな無茶苦茶な話、聞いたことないですよ。アニメや漫画じゃないんですから、テント二つ者全員寝れないしそもそも飯とかどうするんですかありえないっす」

 

全体に聞こえるほど大きな声で、Dクラスの誰かが騒ぎ立てた。無人島で自給自足の生活を行う展開である。野生の動物を狩り川で体を洗い木々で寝床を作る。確かに映画や小説ではよく見る話だ。まさかそれが学校の試験になる日が来ると誰が予想できただろう。

 

でも真島先生から冗談だと訂正されることは全くなかった、いやそれどころかDクラスの誰かの言葉に対して心底呆れているようにも見えた。

 

「君はありえないと言ったがそれは短く浅い人生を送ってきたからに過ぎない。事実無人島での研修を行っている企業は存在する。それも誰もが知っている大手企業が試みていることだ」

 

その言葉を聞いてなお Dクラスの誰かは反応したが、Dクラスの担任教師であろう人物が窘め黙らせる。

 

「だが、安心していい」

 

真島先生が強い口調で話した。そこまで不平不満を漏らしていた生徒たちは一度不満を漏らすことをやめ、話を聞こうとする。皆が黙ったのを確認して、真島先生は話を続ける。

 

 

「これが過酷な生活を強いるものであったならば批判が出るのも無理のない話だ。だが、特別試験だからと言って身構える必要は一切ない。今から、君たちは海で泳ぐことをするのも、バーベキューをするのも悪くない。時にキャンプファイヤーを囲んで友と語り合ってみるのも良いだろう。この特別試験、テーマは『自由』だからだ」

 

 

 

真島先生の言葉に再び生徒たちがざわめき出す。試験であるのに自由にできる。その意図が汲み取れず、皆が動揺しているようであった。何人かは察しをつけて、頭を悩ませている。

 

 

「この特別試験では大前提として、各クラスに試験専用のポイントを300支給される。このポイントをどのように使ってもらっても構わない。使い方では旅行のように楽しめることだろう。そして、そのポイントに関したマニュアルも用意している」

 

すると、別の先生が、真島先生に数十ページほどの冊子を渡した。それを読み、説明を続ける。

 

それにしても、自由というのはなんとも甘美で、胡散臭い言葉だろうか。

 

「このマニュアルに、特別ポイントを使う事で入手できる物のリストが全て記載されている。一例を挙げよう。生活必需品である、飲料水、食料はもちろんのこと、バーベキューをするための機材や食料、海で遊ぶためのモーターバイクなどなど、無数の道具を揃えている」

 

「つまり、ポイントで買えるものは何でも使っていいってことですか?」

 

「ああ、そうだ。あらゆる使い方をしてもらって構わない」

 

どうせ裏があるんだろうな。

 

 

「そして、この特別試験終了時に各クラスに残っている特別ポイントは、全てをクラスポイントに加算をし、夏休み明け以降、反映をする」

 

 

 

その説明は今日一番生徒を驚かせた。ここの7日間を楽しむか、これからの学校生活に活かせるクラスポイントのために我慢をするか。この二つを天秤にかけられたようなものだ。これまで楽しく過ごすつもりであっただろう生徒たちの顔は一気に変わった。

 

 

その後長い説明もあったが、そこそこに聞き流し思考にふける。

 

 

 

「そして、マニュアルは各クラスに一冊ずつクラスに配布する。紛失した際、再発行することは可能だが、その際ポイントを使用することになるので、注意をしておくように。また、今回の試験を欠席になった者はAクラスの生徒だ。特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした者がいるクラスにはマイナス30ポイントのペナルティを与えることとなっている。そのため、Aクラスは初期ポイントを30ポイントマイナスとし、270点より開始とする」

 

表面上は、誰も動揺しているようには見えない。いたって普通に先生の話を聞いていた。葛城派の人間も、リーダーの葛城君が不満そうにしていないので、表立って不満を言うことはなかった。

 

寧ろその様子を見ていた他クラスの方が動揺しているようであった。

 

 

「質問が内容であれば試験を開始する。開始の合図をした後は各クラス担任の元へ集まり、備品などを受け取りなさい。では質問がある生徒はいれば、質問を許可する」

 

真島先生は質問を受け付けるというが、誰も質問をするような生徒はいないようであった。

 

「・・・いないようだな。ではこれより現時刻を持って特別試験を開始する」

 

 

 

真島先生の言葉により、特別試験が開始された。

 

 

 

すぐに、クラスごとに集まり話し合いが始まったが、俺は現状をまとめるので忙しかった。

 

スイッチを入れ、今までの情報をまとめ対策を練る。

 

前提として、一週間無人島で生活する試験で、各クラスに試験専用の300ポイントが支給され、これを支払うことで様々な物品が入手できる。試験終了時に残っていた試験専用ポイントがそのままクラスポイントとして加算される。体調不良によるリタイア、環境を汚染する行為、点呼時の不在、他クラスへの暴力行為などはペナルティの対象であり、試験専用ポイントがマイナスされる。

 

そして、スポットの占有については最初に各クラス一人リーダーを決める。リーダーにはキーカードが支給され、リーダーのみがこれを用いて島の各所にあるスポットを占有できる。占有したスポットはそのクラスのみが使うことができ、一度の占有につきボーナスポイントを1獲得する。占有の権利は8時間で自動的に取り消されるが、連続して占有できる回数及び同時に占有できるスポットの数に制限はない。得られたボーナスポイントは暫定的なものであり、試験中の使用は出来ない。正当な理由なくクラスのリーダーを変更することは出来ない。

 

恐らくこの正当な理由とは、怪我や風邪などの不測の事態のことだろう。

 

最後にリーダー当てについてのルールについては、最終日の点呼の際、他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。他クラスのリーダーを当てた場合、1クラスに付き50ポイントが手に入り、見誤った場合、1クラスに付きマイナス50ポイントとなる。その代り、他クラスにリーダーを当てられた場合、1クラスに付きマイナス50ポイントとなり、さらにそれまでに貯めたボーナスポイントも全て没収される。

 

 

 

・・・こんなところだろうか?

 

有栖なら相手のリーダーを当てることに専念するだろう。葛城君はどうだろう?スポットの占有でポイントを稼ぐことを優先しそうだ。いや、彼の性格上そうするだろう。隙をつくならここだろう。どうにかして、葛城君に、リーダーを当てさせることで、ポイントを稼ぐという戦略にシフトさせる。その後、誰かに情報を流させて自滅させる。

 

うん、これにしよう。これがいい。

 

 

「ねえ、神室さん。ちょっといい?」

 

「・・・何?」

 

近くにいた神室さんに声を掛ける。少し不満そうな顔をしながら、こちらを向く神室さん。

 

流石俺の友達、ツンデレかな?あ、少し俺を見る目が、ごみを見る目に変わった。

 

「姉さんからどこまで聞いてる?」

 

「あたしと橋本はアンタに協力するように言われてる」

 

「なるほど、十分だな。じゃあ、早速だけど橋本も呼んで作戦会議だ」

 

 

俺は、笑顔で神室さんに言ったが、神室さんからは俺の笑顔が不評で、何でも悪だくみしてる時の有栖に似てるらしい。失礼な話だ。

 

 

 

 



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葛城君潰し後編

結構急いで書いたので、完成度は・・・お察しです。


「で?俺は何をすればいいので?」

 

「そうかしこまらないでよ。別にタメ口でいいよ」

 

「何をすればいいんだ?坂柳」

 

「フランクでよろしい」

 

少し、不満げというか警戒して動けないといった感じだが、橋本は俺の話を聞く気のようだ。

 

「君には弥彦君に圧力をかけて、坂柳派を出し抜きたくなるようなことをしてほしいんだ」

 

「っというと?」

 

「彼は、うかつな行動をとるだろう。スポットの占有でポイントを稼ぐなら少し不利な状況だと勝手に自滅してくれると思う」

 

「・・・・・・」

 

橋本は、俺の意図を測ろうと考えこんでいる。

 

 

「そしたら、こっちのものさ。必然的に葛城は、リーダーを当ててポイントをゲットする作戦に切り替えるだろう。何せ、彼とて今回の特別試験勝ちたいだろうからね」

 

弥彦も葛城も、坂柳派と葛城派の勢いが拮抗しているのを感じているだろう。そんなところでの有栖の不在。葛城派にしてみれば最大のチャンスだ。それと同時にこれはリスキーでもある。しくじれば、一気に坂柳派が勢いを増す。それ相応のプレッシャーがかかっているはずだ。

 

 

「確かに今の状況なら、慎重な葛城もあせって攻めに転じてもおかしくない」

 

 

「葛城がしくじらない可能性もあるって顔だな?確かに彼は優秀だよ。うまくやるかもしれない。だからもう一つ君にやってもらいたいことがある」

 

「やってもらいたいことか」

 

「そう、今後の展開次第だけどAクラスの情報を売ってほしい」

 

「マジですか・・・」

 

「そんな顔をするなよ。得意だろ?っていうか、必要に駆られれば坂柳派の情報も売りかねないだろ君?」

 

「ッ・・・」

 

一瞬だけ息をのんだが、彼はほとんどポーカーフェイスのまま了承した。

 

「作戦は分かった。取り合えずの仕事は弥彦に圧力をかけることだな?」

 

「そうそう、他の坂柳派にも伝達しておいてね」

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、弥彦はやはり先走り葛城の忠告を無視して、スポットを占有した。場所は洞窟だった。立地は悪くはないし、水場も近かったが、やはりうかつとしか言えない行動だっただろう。

これにより、葛城は思惑通りに他のクラスを出し抜きリーダーを当てる作戦に切り替えた。少し予想外だったのは、二日後に彼が協力者として選んだのが龍園だったということだ。

 

「葛城君、ちょっといいかな?」

 

 

「何だ坂柳?」

 

「龍園との契約、本気なのかい?はっきり言って正気の沙汰じゃない」

 

「龍園とはじっくり交渉をした末に契約しても問題ないと判断した。不満があるかもしれないが任せてほしい」

 

確かに、現段階でこのまま順調に進めば多大な損害は表面上でないように思われる。

 

「俺は、反対だ。絶対にやめたほうがいい」

 

坂柳派の中の一人が俺に追随する。そう、恐らくこの提案は通らない。仕方がないとはいえ、有栖の欠席のせいで30ポイントも失っているのだ。坂柳派はあまり強く葛城派に噛みつけないのだ。だからなるべく、みじめに、焦っているかのように演技する。

 

このままでは、葛城派が手柄を持っていく、それはダメだと。葛城派に手柄を持っていかれるのを止めたそうに振る舞うのだ。

 

 

「いい加減にしろ!葛城さんは、出来るといっているんだ」

 

ここでやはり、弥彦が出てきた。

 

「君に話はしていない」

 

「いい加減にしろ坂柳、見っともねえんだよ!!!」

 

弥彦は、優勢であるこの状況に酔い俺を軽く突き飛ばした。本当であれば、倒れることもないふらつく程度レベルだが俺はあえて派手に転んだ。

 

 

「坂柳!?」

 

「大丈夫か」

 

「やりすぎだろ」

 

坂柳派の人間から心配する声が上がる。加えて、葛城派の人間からも少し同情的な視線が飛んできた。俺は、男子にしては小柄な方なので体の大きい弥彦に突き飛ばされるとやはり被害者のような雰囲気が醸し出される。

 

「弥彦辞めろ!!!みっともないのはお前だ」

 

「す、すみません」

 

すぐさま、葛城から叱責が飛び弥彦がうなだれた・・・哀れ弥彦。

 

「坂柳すまないが、理解はしてほしい」

 

申し訳なさそうにしながらも、その目には自信によって裏打ちされた確信の光が秘められていた。

 

「・・・分かったよ」

 

表面的には、納得していないという風に取り繕うと同時に、ここまで想定通りに動きすぎて俺は貌がにやけるのを隠せているかどうか不安だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまくいったな」

 

「弥彦が扱いやすい人間で助かったぜ」

 

「・・・・・・」

 

 

Aクラスのキャンプから五分ほど離れた茂みの中で、橋本と神室さんと俺は集まった。

嬉しそうな顔の橋本、浮かない顔の神室さん。この二人の今の表情は、対照的だ。

 

「神室さんは、やっぱりこの試験きつい?」

 

「・・・何でそう思うのよ?」

 

「そもそも、女の子にはきつい試験じゃない?これ。神室さん浮かない顔してるし」

 

 

「・・・否定はしないけど」

 

「まあ、神室さんがきつい分、仕事は橋本にやってもらうから」

 

「え?」

 

さっきまでの、うれしそうな顔を引っ込め面倒くさそうに顔色が変わる橋本。いつもへらへらしている奴がたまに見せるこういう表情はたまらないと思う。

 

 

「ここ数日、俺らの人為的な行動で弥彦がミスをしたと思わせないこと、坂柳派には抵抗できる力が残っていないことを印象づけられたと思う」

 

「俺が龍園に情報を流せば、葛城を失脚させられるほどの失態を作れる。葛城派の勢いは削れるな」

 

 

「・・・でも、この作戦じゃあ私達のクラスポイントは低めになるんじゃないの?」

 

少し不満そうに、神室さんはこぼした。確かに、このままでいくと下手をすればBクラスや他のクラスにも大きな差をつけられるかもしれない。

 

「坂柳さんがいないんだし、そこまで望むのは高望みってやつだろ」

 

橋本は、こちらを向いてそう言ってきた。神室さんに向けた言葉ではなく俺に対しての挑発だろう。つまり、『おまえじゃあ、これ以上は不可能だろう』っと。ハハハハハハ、不愉快だ。この間の仕返しのつもりか?有栖に俺が劣っているだと?

 

 

「そこは任せてほしい、少なくともBクラスあたりと大差がつくなんてことにはならないからさ」

 

俺は自信満々で言う。すると、神室さんは胡散臭そうに俺を見た後、ハァ~っと溜息をつき了承した。

 

「分かったわよ」

 

少しだけ信頼が垣間見えたのと思わず強がってうかつにも挑発に乗ってしまったので、実は何も考えていませんでしたなんて言う気にはなれなかった。

 

数日後、橋本にはAクラスのリーダーの情報を流しに行ってもらい俺は本格的にこの試験でなるべくポイントを失わない方法を考え始めた。結構後悔したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試験終了まで残り三日

 

 

 

 

目が覚めた時すぐ隣に他人がいるというのは中々に不快なものだ。無人島試験四日目でこの島にはプライベートな空間がないのだと、改めてそう思い知らされる。

 

他人が自分のテリトリーの近くにいるのは耐えられないタイプなのでこの試験は苦痛だった。というか、みんなよく平気だなと思う。自分以外の人間が近くにいるなんて気が休まらないにもほどがある。

 

そんな最悪のテンションで朝を迎えた俺を出迎えたのはポイントで購入した栄養食だ。口の中の水分が根こそぎ奪われるタイプだった。

 

ポイントで購入した飲料水は、昨日飲み干してしまい今日も分をまだ購入していないので、口の中がかなり不快なことになっている。

 

気分を変えるために、洞窟から外に出る。天気は悪くないし、Dクラスのテントに行き、綾小路を訪ねようと決め、歩き出した。

 

 

 

あらかじめ、神室さんに場所を聞いていたので結構早くDクラスのテントにたどり着いた。一応CクラスもBクラスのテントも見に行ったのだが、Bクラスはこの無人島試験の模範解答のような感じでCクラスは案の定豪遊状態だった。Cクラスのところに言ったら、龍園に何を企んでやがるって警戒されたけど気にしないでおこう。

 

話を戻して、Dクラスのテントなのだがこれはまさに模範的な不正解とでも言うべきひどい光景が広がっていた。

 

雰囲気は悪いし、男子と女子の空気が険悪すぎる。もう少し、何か悪化する要素があれば、爆発しそうだな。

 

そんなことを思いながら、綾小路を探す。すると、結構簡単に見つかった。あまり騒ぎになってほしくはないので、俺はなるべくばれないよう手を振る。綾小路なら気づいてくれるだろう。案の定、綾小路はこちらを見た後少し迂回しながらこちらに向かってきた。俺も、Dクラスのテントから離れ森の中に姿を隠す。綾小路と一定の距離を保ったまま森を歩き、しばらくしてから、周りに誰もいないことを確認して振り向いた。しばらくすると、綾小路も追いついてきた。

 

 

「久しぶりだね、綾小路君」

 

「ああ、久しぶりだ。それで何の用だ?」

 

相変わらず、無機質な目をしている。いっそ、機械だといわれたほうが納得できる。全く持って、出来のいい仮面だ。果たして、この仮面は生まれつきのものか、人工的なものか。

 

「・・・単刀直入にいこう、俺らは今回の試験勝つつもりはない」

 

「どういう意味だ、それ?」

 

「俺らの最優先事項は派閥争いにけりをつけることだ。そのための手は打った。だけど、流石にこのままだとポイントがよろしくない。新たな手を打ちたいのだけれども、君と敵対することも避けたい」

 

「つまり、こっちがどう動くか知りたいっと?」

 

「その通り、まずどこまでわかってるか聞きたいんだけど?」

 

「・・・納得するとでも?」

 

そう簡単にはいかないらしい。まあ、予想は出来ていたこと。対抗策は講じてきた。

 

「君が協力してくれるのなら、Dクラスのリーダーは当てないと確約しよう。現在のリーダー以外を立てる気なんだろ?」

 

「・・・足りないな」

 

「だろうね。ではもう一つ追加だ。君は俺に貸しを作れる。これでどうかな?無理のないレベルで協力しよう」

 

「・・・いいだろう」

 

「龍園のことは?」

 

「ああ、あの男が島に残っていることも知っている。他のクラスのリーダーもある程度目星がついている」

 

流石だ、期待通り過ぎる。俺は、色々な人間を使ってある程度の推測ができたが、彼は使えるコマなどいないはず。単独で、たどり着いたのか。思わず、笑ってしまいそうだ。確実に、この男をうまく使えば有栖を突き崩せる。

 

「なるほど?お互い考えていることは同じだと思うか?」

 

「ああ、恐らく今回のリーダーの指定の抜け道は・・・」

 

「期待通りの男だよ、綾小路君。君は聡明だから、このやり取りだけでわかっただろ?何が言いたいのか」

 

「もう用は済んだな、帰っていいか?あまり、勝手な行動をするわけにはいかない」

 

「ああ、健闘を祈るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、なんやかんやあり三日が経ち試験最終日となった。

 

「只今をもちまして特別試験を終了します。生徒の皆さんは試験開始時に配布された腕時計と鞄を返却してください。担任の先生方は支給品の回収と並行して、各クラスの点呼を行ってください」

 

砂浜に響いたそのアナウンスに、俺は大きく息を吐いた。かなり疲れた。

 

 

燦々と陽光が降り注ぐ砂浜の一画には、運動会や体育祭などでよく見る6本足の白いテントが並んでいた。日陰と椅子とドリンクを求め、多くの生徒が休憩所に殺到する。まるでゾンビのようだ。しかし、それだけ今回の試験は生徒に負担を掛けたのだ。

 

俺も飲み物をもらいに行こうとすると、突然砂浜にどよめきが起こった。

 

「おい、あれ見ろよ・・・」

 

「なんかヤバくない?」

 

「ひどいな・・・」

 

そんな会話がどこからか聞こえてきた。何となく龍園が来たのだと感じた

視線を向けると案の定、飢えた肉食獣のごとき獰猛な光があった。龍園は全身傷だらけだけれど、今すぐ医務室に行った方が良さそうな有り様だが、彼の双眸には、勝利を確信した光がともっていた。学年一の要注意人物の、その思わぬ姿での登場に、砂浜にいた生徒たちは騒めきを抑えられない。それでも誰一人として彼に近付こうとはしなかった。

 

全生徒に聞き取れる音量で拡声器は高くキィンと鳴った。

 

「そのまま、リラックスした状態で構わない」

 

生徒の注目が集まったことを確認し、真嶋先生は話を始めた。

 

「これより特別試験の結果を発表する。結果に関しての質問は一切受け付けない。自分たちで受け止め、分析し、次の試験へと活かしてもらいたい」

 

左手に持った白い紙に記されているのであろう特別試験の結果を、真嶋先生が読み上げる。

 

 

 

「まず最下位は――0ポイントでCクラスだ」

 

「・・・は?」

 

告げられた結果に龍園の表情は一瞬固まり、見る見るうちに険しいものに変化していく。どこからか、須藤君の「ぶははは!」といういかにも楽しげな笑い声が聞こえて来た。

 

現実が受け止めきれていない様子の龍園。しかし、生徒個々人の心中など気にすることなく、結果発表は淡々と続く。

 

「BクラスとAクラスは同率の2位、140ポイント」

 

 砂浜がどよめいた。読み上げられた結果から予測される結果に。誰も、誰もが予想していなかった展開なのだろう。

 

「そして――」

 

真嶋先生はここで一呼吸おいて、これが真実であることを強調するような口調で、その紙に記された最後の一行を拡声器に通す。

 

 

「1位は175ポイントでDクラスだ。以上で結果発表を終わる」

 

そう言って、生徒のリアクションになんか見向きもしないで、真嶋先生は職員用のテントに帰って行った。

 

 

「よっしゃああああああ!」

 

「はっはっは! ざまあみろ!」

 

「クソォォォォォォォォォ」

 

「まあ、こんなものだよね」

 

 

 

綾小路は、ダメもとでこちらのリーダーをあてに来たのか。案外無駄なことをするんだな。それとも他に意図があるのか?・・・まあ、今はいいや。正直、結構限界なのだ。俺の何度もスイッチを入れたのに、休息があまりとれていなくて、疲労はたまる一方だった。早く帰って寝たい。そう思い、取り合えず、周りもグルっと見渡しAクラスを探す。

 

 

 

あっちにもこっちにも騒いでいる生徒ばかりだが、中でも特に荒れているのはやはりAクラスだった。

 

「どういうことだよ葛城!」

 

「なんで俺たちが3位なんだよ!」

 

「話が違うじゃねえか!」

 

「坂柳派の奴が信用できないから、葛城さんはうまく動けなかったんだ!」

 

クラスメイトに詰め寄られている葛城君。葛城君をかばう怪我が痛々しい(・・・・・・・)弥彦君。

 

「坂柳流都何をした?」

 

「何で俺が何かをした前提なのさ」

 

「お前らが何かしたからこうなっているんだろ!」

 

「あれ弥彦君、傷はもういいのかい?心配したんだよ?偶々、俺の目の前で転んで頭を打つなんて」

 

「ふざけんな、あれが偶然なもんか!!!お前らが何かしたんだろ!!!」

 

「でも君は何も覚えてないんだろ?」

 

俺は、果たして今にやけないで居れているだろうか?

 

「葛城君、俺は龍園との交渉は止めたんだよ?でも、君は強行した。その結果がこれだった。それだけのことだろう?」

 

実際に、葛城君の自滅と言えば自滅だ。俺は、葛城君の怪我に塩を塗っただけに過ぎない。

 

俺がやったことは少ない。葛城君を龍園と交渉テーブルにつかせ、そのうえで情報を流す。これだけだと、AクラスはBやCに負けかねないから、終了の直前でリーダーの弥彦君を事故に見せかけ、蹴り飛ばし怪我を負わせリタイアさせる。やったのはたったこれだけだ。

 

ね?ただの自滅だろう?

 

 

用はもう済んだので、船に戻ろうとして大事なことを思い出す。

 

「橋本、これで満足かな?」

 

それはもう、人生で一番じゃないのかというぐらいいい笑顔で聞いていたと思う。見事にひきつった顔で橋本は

 

「あ、ああ」

 

掠れた声で、そう返してきた。

 

余談だが、マジで俺の笑顔は有栖に似てきて不愉快だからやめろと謎の罵倒を神室さんにされてしまった。




後編は終わりです。もう一話書いて、三巻は無人島編は終了となります。やっと、有栖を書ける。

後何気に、ブックマークが減っていてダメージが入りました(グフゥ)


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エピローグ

橋本視点

 

 

俺は、勝ちあがるために坂柳のグループに入ったんだ。俺は約束されたAクラスが欲しい 。2000万ポイント貯めればAクラスに移動する権利が買える。それを手にした生徒は安泰、誰もが羨む状況だ。

しかし現状はそれは難しい。だから、価値がありそうな有能なやつに取り入り、寄生することにした。当然必要とあらば坂柳を売る覚悟もある。ただ現状坂柳を売るのは安くない。今のところクラス内に坂柳より上に立てる人間はいない。そうそう、坂柳が崩れることはないだろう。そう思っていた。

 

だが、坂柳の弟、坂柳流都と過ごして少し認識が変わった。

 

俺は、坂柳に坂柳流都を手伝うように坂柳に言われ、無人島生活で流都の指示通りに動いた。印象としては、やはり姉の方が優れているという印象を最初に受けた。だが、

 

『そんな顔をするなよ。得意だろ?っていうか、必要に駆られれば坂柳派の情報も売りかねないだろ君?』

 

きちんと話したことはないのに、一瞬で見透かされたんだ。俺の考えも、理念も行動も。

 

正直、あの時の流都の瞳からはぞっとするほどの何かを感じた。だが、現段階ではどうしても姉のほうがやはり優れていると判断せざるを得ない俺は少し試す意味合いを含めて

 

『坂柳さんがいないんだし、そこまで望むのは高望みってやつだろ』

 

と挑発した。流都が、姉に対して劣等感みたいなものを感じているのは分かったから必ず乗ってくると思った。そして、案の定流都は乗ってきた。これで、あいつも判断できる。そう思っていた。

 

結果から言えば、あいつは見事Bクラスに並んで見せた。それも、弥彦蹴り飛ばし負傷させることでリーダーを当てられることを防いで見せた。その手法もさることながら、最も戦慄したのは弥彦を蹴り飛ばした時のあの男の顔だ。

 

加減はしているようには見えたが打ち所が悪ければ、死んでいたかもしれない………そんな蹴りを入れておきながら表情には全く罪悪感がなかった。少なくとも俺には罪悪感なんてないように映った。ただ、勝つためだけに弥彦を躊躇なく蹴り飛ばしたのだ。

 

その冷徹さは、坂柳有栖を彷彿とさせた………いや、もしかしたら………

 

 

坂柳流都は、今よりも成長すれば坂柳有栖にその爪を立てることができるのではないかと思わせる何かを持っていると感じさせられた。であるならば、今の陣営が完全に安全だとは限らない。

 

現状では素晴らしく有利な陣地にいるのだ。それは変わっていない。しかし、手は打っていくべきかもしれない………世渡りは得意な方だ、うまく風上に立たせてもらいたいものだと改めて考えた試験だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様でした」

 

試験が終わり、疲労でグロッキー状態の俺に有栖は話しかけてきた。体の節々が痛い。頭もいたいし、船酔いも気持ち悪いし。最悪だ。

 

「ここ、俺の部屋なんだけど」

 

「ええ、他の方のは出て行ってもらいました」

 

笑顔で、言う有栖。何を言って、出ていかせたのだろう。

 

 

 

「その様子だと、かなり今回の試験は負担だったらしいですね」

 

「ああ、有栖お姉ちゃんがだいぶ無茶なことを依頼してきたからな。無理する羽目になった」

 

 

「よい結果でした。お見事と言っておきましょう………葛城君の失脚だけで終わるかと思っていましたがBクラスに並ぶとは」

 

 

「………有効策は最初に浮かんではいたんだ。おぼろげだけどね。まあ、賭けの要素は強かったけどさ。運がよかった」

 

「運も実力のうちと言いますし、今回は良いでしょう。そんなに拗ねないでください」

 

どうやら、俺はだいぶ拗ねているように見えているらしい。いや、だいぶ拗ねているだろう。最善策ではなかった。有栖なら、もっといい考えが浮かんでいただろう。

 

はっきり言って、今回の龍園が持ち掛けた契約は受けるべきではなかった。あまりにもデメリットが多すぎる。龍園は、この先大して行動をしなくても2000万ポイントを手に入れることができるだろう。

 

「私はこの夏休みの試験では派手に動くつもりはありません。ですから、多少の失点は問題ないのですよ」

 

「動くつもりがない?」

 

「ええ、この夏休みは葛城君の勢力を削ることに集中します」

 

憐れ葛城………。天使の皮をかぶった悪魔を敵に回してしまったばかりに、完全に心が折れるまで潰されることだろう。

 

「恐らくこの後も試験はあるでしょう」

 

「………………」

 

「せっかくです。次の試験も葛城君に任せてみましょう。流都もあまり頭が回る体調ではないようですしね」

 

「ハハハハハ………ハァ、すみません」

 

「おや、素直なのはよくありませんね。虐め甲斐がない」

 

「ああ、そうかよ」

 

「まあ、いいです。疲れているでしょうから、今は帰りますのでゆっくり休んでください」

 

そう言って、有栖は出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?待っていたのですね?真澄さん」

 

「珍しいわね。あんたが、弟をいじめないで出てくるなんて」

 

「本当は、虐めたかったんですよ。ええ、ゾクゾクとこみあげてくるものをこらえるのは苦労しました。フフ、弱っているところを隠そうと強がっているところなんて、いじらしくてつい踏みつけたくなってしまいました」

 

「………」

 

うっとりと顔をほころばせて、嗤っている坂柳を見て神室はドン引きしていた。それと同時に流都に同情していた………それはもう、これからは優しくしてあげようと心に誓うぐらいに。

 

「ですが、あの様子だと相当きているようだったので、許してあげました。木偶の坊になってもらっては困りますので」

 

「あんた結局、弟は好きなの?嫌いなの?」

 

「フフフフ、決まっているじゃないですかもちろん――――――――」

 

 




やっと三巻が終わりました。次から四巻ですね。今度からは、少し他の人の視点でも書いてみようと思います。

ちなみに、最新刊読みましたか?全体的に、中々考えさせられる内容でしたね。もう最ッッッッッッッッ高に有栖がかわいかったですよね。

あと、神崎君のホワイトルーム説どう思います?



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嘘つき探し
何でお前は美少女じゃないんだ!


無人島における特別試験が終了し、数日が経過した。

大半の生徒は贅沢すぎる豪華客船の上でバカンスを満喫していた。そんな中俺は———

 

「きもぢわるい~」

 

無人島生活での疲労と船旅での疲れ、そして酔い止めを飲み損ねたことによる船酔いの気持ち悪さが爆発し、俺は現在進行形でベットとお友達になっていた。どうやら俺の三半規管は他の人間よりもデリケートらしい。

 

「だ、大丈夫かよ」

 

同室の橋本が心配そうに声をかけてくれるが、そんなものに意味はない。せめて美少女の膝枕とかじゃないと、何の足しにもならない。

 

「これが大丈夫に見えるのかよ~くそ、何故お前は美少女じゃないんだ~」

 

「俺が美少女だったら美少女だったできもいだろ?」

 

「否定はしない」

 

「そんなに美少女に看病してもらいたいんなら、お姫様に頼んだらどうだ?」

 

「ぞっとすること言うな!姉さんに看病なんて頼んでみろ!!!何されるかわからないだろ」

 

「過去に何されたんだよ…」

 

「あ~あ~あ゛…何で船は動くんだろうな」

 

薬を飲み忘れてグロッキーになるなんてマジで不覚だ。薬は飲みなれているから、いつもなら絶対に忘れないのに…。

 

そんなことを考えていると、いきなりアナウンスが流れた。

 

『ただいま、全生徒に一斉メールを送信しました。記載されている内容の指示に従ってください。受信できていない生徒は、近くのスタッフに申し出てください。重要事項ですので、確認漏れのないようお願いします。繰り返します……』

 

メールを見た限りでは、特別試験を始めるから指定された部屋にこい、遅刻したら…どうなるかわかるよな?ってことらしい。

 

「橋本君、お呼び出しがかかったみたいだから行ってくる」

 

「え?体調はいいのか?」

 

「よくないから、戦力としては数えないように。って言っても姉さんの話だと今回も葛城君任せにするらしいけどね」

 

そう言い残して渋々重い腰を上げて部屋を出る。指定された時間に部屋に向かい、ノックして返事をもらってから入る。

 

するとそこには、我らが担任の真嶋先生が椅子に腰掛けていた。

 

「お前で最後だ。席に着け」

 

俺が部屋に入るやいなやそう声をかけてくる。おかしい…5分前なのになんで俺が最後なんだ?

 

いったいどんな奴がいるのかと思い周囲を見渡すとそこには見知った顔が並んでいた。

 

町田と森重だ。たしか、町田君は葛城派だったかな?

 

「……随分と顔色が悪いが大丈夫か?」

 

真島先生が心配そうに声をかけてきた。割とガチトーンで町田君も心配してきたので、かなり具合が悪そうに見えるのだろう。まあ、実際よくはない。だが、体調が悪いのは慣れっこだ。

 

「問題ありません」

 

「そうか……わかった。それでは今から、第二回特別試験の説明を行う。質問は許可するまで受け付かないのでそのつもりで。逆に、こちらが質問したら、答えられる範囲で答えるように」

 

「「はい」」

 

「それではまず質問だが、きみたちは十二支を知っているか?」

 

脈絡もない質問に、俺は面食らった。面食らったのは俺だけではなく、町田君と森重君も戸惑た表情を見せている。

 

「子、牛、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥のことを総称したものですよね?」

 

「その通りだ。今回の特別試験では、一年生全員を十二のグループ、つまり、干支に分けて行う。そして試験の目的はシンキング能力を問うものとなっている」

 

「社会人に求められるのは多くあるが、しかし、基本的には大きく三つに分けられる。行動力、思考力、そして協調性だ。この前の無人島生活では、協調性に比重が置かれていた。それはきみたちが一週間で身をもって痛感しただろう。だが、今回は思考力だ」

 

思考力ね…。有栖の得意分野だな。

 

「察しているとは思うが、ここに居る四人は同じグループとなる。そして今この瞬間、別の部屋でもきみたちと同じグループとなる生徒たちに同じ説明がされている」

 

…なるほど、他のクラスのやつと同じグループになるってわけか。一グループ12人~16人ってとこか。

 

「今回、きみたちが配属されるのは『卯』のグループ。そしてここにメンバーリストがある。必要を感じるのであれば、メモをとってくれても構わない。退室時には返却してもらうので、そのつもりで」

 

真島先生からB5サイズの紙が渡される。そこにはグループ名である『卯』の文字と──『兎』とかっこで書かれていた。

 

 

A森重卓郎 町田浩二 坂柳流津

B一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太

C伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希

D綾小路清隆 軽井沢恵 外村秀雄 幸村輝彦 

 

あ、綾小路がいる…。それに一ノ瀬かぁ…。まあ、今回は葛城君任せで、勝つ必要はないわけだしいいか。ざっと目を通してから、真嶋先生の話を再開させるためすぐに聞く姿勢をとった。

 

「各グループは一つのクラスで構成されることなく、各クラスから三から五人ほどを集めて行われる。そして、この試験はAクラスからDクラスまでの関係性を無視することがクリアの近道だと言っておこう」

 

クラスの垣根を越えて協力しろってことか?前の試験とは明らかに毛並みが違うな…。

 

「特別試験の各グループに於ける結果は四通りしかない。例外は存在せず、必ずどれかに当て嵌る。これはそういった試験だ。このプリントに分かりやすくまとめてある。持ち出し、複写は厳禁だ。今理解するように」

 

そう言いながら、一人ひとりに次の資料が配布される。

 

─夏季グループ別特別試験説明─

 

本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を基点とした課題となる。定められた方法で学校に答えを提出することで、四つの結果のうち一つを必ず得ることになる。

基本的なルールは以下の通りである。

〇試験開始当日、午前八時に学校から一学年全生徒に向けてメールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその旨を伝える。

〇試験の日程は明日から四日後の午後九時までとする。なお、一日の完全自由日を挟むとする。

〇一日に二度、グループだけで所定の時間及び部屋に集まり、一時間の話し合いを行うこと。

〇一時間の過ごし方は各グループの自由とする。話し合いが望ましいが、最悪、部屋から出なければそれで良い。

〇試験の解答は試験終了後、午後九時三十分から午後十時までの三十分とする。

〇解答は、一人につき一回までとする。二回以上行った場合、学校側は受け付けない。

〇解答は自分の携帯端末を使い、貼られたメールアドレスに送信すること。それ以外は一切受け付けない。

〇『優待者』にはメールにて答えを送る権利が無い。

〇自分たちが所属する干支のグループ以外への解答は意味がない

〇試験の結果は最終日にメールで伝えられる

 

─試験結果─

 

〇結果1──グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合。グループ全員に50万prを支給する。さらに、優待者にはその功績を称え、50万prが追加で支給される。

 

〇結果2──優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未回答や不正解があった場合、優待者には50万prを支給する。

 

プリントにはそう記載されている。俺はこのプリントに裏面があることに気付き顔を引きつらせた…この量の情報を複写せずに理解しろってなかなか鬼畜だな。

 

正直俺も完璧に理解する自信はない。それを知ってか知らずか補足説明を先生は始めた。

 

「この試験の肝は一つだけだ。それを理解していれば問題はないだろう。この試験の肝は何だと思う?」

 

「優待者の存在でしょうか?」

 

町田君が自信なさそうに答える。しかし、答えとしては問題なかったようで真島先生は満足げにうなずいた。

 

「そうだ。この試験の肝は優待者の存在だ。例えばの話をしよう。そうだな……森重。君が優待者と仮定しよう。その場合、『兎』グループの全員が解答に『森重』とすれば、おめでとう、きみたち全員に漏れなく50万prが入る。森重はさらに50万prが追加される。逆に誰か一人でも解答を間違えた場合、その時は彼だけが50万pr獲得出来る」

 

「な、なるほど。では優待者になれれば優位に立てるということですか?」

 

彼の質問に真島先生は首を振った。そして、呆れたように俺を見て続ける。

 

「坂柳は先に見ていたようだが、裏面を見てみてくれ。その二つがこの試験を複雑なものにしている」

 

おー、ばれてたか~。まあ、別にそんなに問題はないだろう。裏面に文字が書いてあるのだから仕方がない………それに複写できないということはある程度分担して理解しておいた方が良いということだ。お互い違うところを理解しておけば、後ですり合わせて完璧な理解を得られる可能性がある。

 

はい、言い訳終了。気を取り直して、裏面に視線を落とす。そこにはこう書かれていた。

 

〇結果3 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合。答えた生徒の所属クラスは50clを得ると同時に、正解者に50万prを支給する。また、優待者を見抜かれたクラスは逆に50clのマイナスを罰として課す。及び、この時点でグループの試験は終了となる。なお、優待者と同じクラスメイトが正解していた場合、答えを無効とし、試験は続行する。

 

〇結果4 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスは50clを失うペナルティ。優待者は50万prを得ると同時に、優待者の所属クラスは50clを獲得するものとする。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお、優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない。

 

 

有栖なら間違いなく結果3を狙いに行くだろう。葛城なら結果1をよしとするだろう。各リーダーの気質によって取る戦略に差が出てくるだろう。個人的には、結果3が好みではあるが俺がリーダーであればクラスの方針としては結果1を取るだろう。

 

「きみたちは明日から、午後一時、午後八時の時間に、指定された部屋に向かって貰う。試験中は扉にグループの名前が印刷されたプリントが貼られている。間違った部屋に入ることはこれでないだろう。そして初日だけは、初顔合わせなので、自己紹介を必ずやって貰う。それさえ終われば、あとは好きにしてくれて構わない。何か質問はあるか?」

 

「一ついいですか?」

 

「何だ?」

 

「先生がおっしゃる思考力の定義とは何でしょうか?」

 

意味のある質問ではない。ただ、この試験を攻略する上で生徒に何を求めているのかを明確にしたかった。

俺の質問が少し予想外だったのか真島先生は少し目を見開き、そして答える。

 

「そうだな、ここでいう思考力とは……考え抜く力とは現状を分析、課題を明らかにする力だ。問題の解決に向けたプロセスを明らかにし、準備する力。想像力を働かせ、新しい価値を生み出す力。それが今回は必要になってくる」

 

なるほど、俺の考えとほぼほぼ同じだ。

 

「ほかに質問はないか?ないのであればこれで特別試験の説明を終了する。解散!」

 

そう言い残し、先生が退出した。さっき飲んだ酔い止めが効いてきたのかだいぶ楽にはなってきたものの、前回の試験の疲れは抜けない。

 

マジで癒しが必要だ。癒してくれる美少女を求める旅にでも出ようかな?

 

 

 

 

 

 



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14話

「どういう意味だ?」

 

「言葉のままですよ」

 

船内のラウンジの一角は地獄絵図となっていた。葛城の背後には葛城派の人間が、有栖の背後には坂柳派の人間がそれぞれ控え、双方にらみ合っている。

 

「今回の試験は葛城君の方針に従います」

 

「何が狙いだ?」

 

いぶかし気に有栖を睨む葛城の顔には余裕がなかった。焦っているわけではない。葛城は決して油断してはいけない相手であることをここ数週間で再確認したのだ。

 

「いえ、何も狙っていませんよ」

 

「そんなわけないだろ!また葛城さんの邪魔をするに決まってる!」

 

「いえ、そんなつもりはありませんよ。心外ですね」

 

介入してきた弥彦には目もくれず葛城から視線を外さない有栖。それは、弥彦にとっては侮辱以外の何物でもなかった。

 

「しいて上げるならば、葛城君には挽回していただきたいと思っています」

 

「………」

 

「私の派閥の人間が気になって力が出せなかったというのであれば、私の派閥が気にならなければ勝てるということですよね?」

 

それは明確な挑発。自分は手出しをさせないからどうにかして見せろという挑戦状だ。葛城はそれを理解しながらも、答えを迷った。それが本当にAクラスのためになるのか判断し損ねたからだ。そんな葛城の思考を知ってか知らずか有栖は続ける。

 

「今回の試験葛城君の方針に従うと約束しましょう。ただし、負けた場合はそれ相応の代償を払ってもらいます」

 

「代償だと?」

 

「ええ、そうですね……龍園君との契約で支払うことになったプライベートポイント。私の分を葛城君に支払ってもらいましょうか」

 

「な!?」

 

「ッ………」

 

弥彦は驚きの声を上げ、葛城はわずかに顔をしかめた。龍園との契約、つまり毎月2万prを支払うというもの。有栖の条件を飲むということは葛城から毎月4万prが支払われるということだ。葛城からすれば痛手だ。

 

「おまえいい加減に「よせ」葛城さん!?」

 

「いいだろう。その条件を飲もう。ただし、約束は守ってもらうぞ。もし、勝手な真似をすれば俺はこの契約を受け入れない」

 

「いいでしょう。証人はAクラスの人間すべてです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「っというわけです。分かりましたか?」

 

「お姉ちゃんの性格の悪さと葛城君の真面目さ加減が分かったよ」

 

外のデッキに呼び出されたかと思えば、俺が寝ている間になんてことをしていたんだっという文句はひとまず置いておき、今回の契約について考える。

どちらもろくなものじゃない。この試験は葛城のような堅実な戦い方をする方が勝てる確率は上がる。Aクラスに限った話ではあるが…。しかし、堅実に守りの戦いをするということは攻めることを放棄したのと同じだ。結果3を連発されて集中砲火されたら敗北は必至だ。先生の説明を聞く限り、結果3を手繰り寄せる方法は明確に存在しているとみていいだろう。それになにより————

 

「葛城君の作戦が上手くいったとしてもお姉ちゃんが敗北を回避する方法はいくらでもある。でしょ?」

 

「ええ、間違いではありません。70点でしょうか」

 

「辛口採点をどうも」

 

「ルツ、一つゲームをしませんか?」

 

「ゲーム?勝負ではなく?」

 

「ええ、流石にそこまで消耗している貴方では私の相手になるとは思えませんから。あくまでただのゲームです」

 

言ってくれるな。まあ、否定できないが…。酔い止めは手放せないし、まだ万全の体調とは言えないしな。

 

「内容は?」

 

「どちらが先に今回の試験の法則を解き明かすかでどうでしょう?」

 

「いいんじゃない?」

 

「やはり投げやりですね。報酬がなければやる気は出ませんか?」

 

「そもそも船の上で何かをしようってやる気が出ない」

 

投げやりな対応をしている俺を見かねて有栖は何かを考えこむように、少し黙りそしてこう言い放った。

 

「……そうですね、ではルツが先にクリアできたらご褒美を上げます」

 

「…俺は犬か何かか?」

 

「いいえ、貴方は私の可愛い(玩具)ですよ?」

 

美しい笑みを浮かべて俺を玩具と言い放つ有栖に腹は立つものの、逆らう元気が出ないのでスルーする。

 

「お姉ちゃんはてっきり竜のグループだと思ってたよ」

 

俺は先ほど渡された有栖調べのグループ分けを見る限り、竜グループだけが異質さを醸し出している。

 

竜グループ

A葛城康平 西川亮子 的場信二 矢野小春

B安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美

C小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔

D櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音

 

何をどう見てもここだけは意図的にメンバーをいじったようにしか見えない。Aは葛城、Bはよく分からないからパスで、Cは龍園君、Dは堀北鈴音、櫛田。各クラスのリーダー格が参加している。この流れを見る限り、Bのうちの誰かが一ノ瀬に匹敵する生徒なのだろう。

 

一ノ瀬がいないようにここには有栖がいない。本格的に何を基準にグループを組んだのかわからない。

 

「ええ、それについては同感です。ただ、ある意味で都合がいいとも言えます」

 

「都合がいい?」

 

「各クラスのリーダーが集まっているグループで敗北した場合、葛城君の評価は落ちますから」

 

月明かりが照らす有栖の表情はとても幻想的で美しくも好戦的な笑みだった。そして俺は再確認する。葛城君では有栖に対する有効な駒には成り得ない。ここは一つ他クラスに目線を向けてみよう。手始めに一ノ瀬からだな。波のさざめきに身をゆだねつつ、これからの行動方針を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ………ん………さん!…流都さん、起きてください」

 

「————!?」

 

目を覚ますと隣には森重の顔がある。なるほど、つまり俺は寝ていたらしい。昨日、よく寝られなかったせいだろうか?それにしてもひどい仕打ちだ。男に耳元でささやかれ起こされるという最悪の起こされ方をするとは。

 

幸い居眠りをしていたことは誰にも知られていないようで、全員俺に視線を向けていなかった。

 

『ではこれより一回目のグループディスカッションを開始します』

 

簡素で短いアナウンスが流れた後、一ノ瀬が切り出した。明るく声を出し、右手を挙げることで注意を引き付ける。

 

「はい、ちゅーもく」

 

「大体名前は分かってると思うけど、一応学校からの指示があった、自己紹介からやらないかな? 初めて顔を合わせる人もいるかもだし」

 

司会者役は簡単に見えて実はかなりめんどくさい。色々と理由はあるが一番は周りの人間をうまくまとめ、なおかつコミュニケーションを円滑に進めるために会話のパス回しを補助しないといけない。特に今回のように迎合する気がない人間が混じっているとめんどくささは、通常の比ではない。

 

どれだけのものか見せてもらおうか。

 

「今更自己紹介をする必要があるのか?学校も本気で言っていたとは思えない。やりたい奴だけですればいいだろ?」

 

早速町田君が一ノ瀬に噛みつきに行く。だが、この噛みつき方はあまりにもお粗末だ。

 

「町田君がそうしたいなら強制はできないけど、この部屋に音声を拾う機械が隠されていたらどうする? その場合困るのは自己紹介しなかったひとだし、グループの責任にも問われちゃうかもしれないよね」

 

一ノ瀬に簡単に丸め込まれた町田君はあっさりと自己紹介を受け入れる。そして、一ノ瀬の自己紹介を皮切りにぐるりと一周自己紹介が始まる。

 

「坂柳流都です。坂柳でも流都でも呼びやすい方で呼んでください。よろしくお願いします」

 

無難に終わらせ、他の人間が終わるのを待つ。自己紹介をしたとき、Bクラスと綾小路から熱い視線を感じたが、気づかなかったことにしよう。

 

しばらくして綾小路の番が回ってくる。

 

「綾小路清隆です。…えーっと、よろしくお願いします」

 

いい感じに自己紹介をしたくて頑張ったみたいなオーラが出てる。Bクラスの拍手がなければ、痛々しい限りだ…。俺も人のことなんて言えないけど。

 

「やっほー、綾小路くん! 今回はよろしくね!」

 

綾小路は一ノ瀬に慰めてもらい腰を下ろす。これで一応は、運営側からの指示は達成したことになる。

 

初顔合わせの際の自己紹介以外、学校側からは何も指示がされていない。事前説明でも、自由に過ごして良い旨が伝えられている。つまり、真面目に話し合うのも良し、携帯端末を弄るのも良しだということだ。

 

ほとんどの奴が互いに牽制し合っている。相手の出方を見ている。ってわけか。

 

「さてさて、どうしようか?私が進行役になってもいいけど、他の人はどう?」

 

やはり挙手するものは誰もいなかった。

 

「うん、それじゃあ、私が務めさせて貰うね」

 

現時点での彼女の行動は満点と言っても良い。コミュニケーションという点では文句なしだ。普段からBクラスのリーダーとしてクラスを纏めているからこそ、彼女には何をするべきなのか理解している。

 

一ノ瀬は腰に手を当て毅然とした余裕の様子で笑顔を振りまいている。

 

「みんなに聞きたいことがあるから質問させてもらうね。私としてはみんなが優待者ではないというのを前提に聞かせてもらいたいことなんだけど、この試験を全員でクリアする、つまり結果1を追い求めるのが最善の策だと思っているかどうか聞かせて欲しいの」

 

「なにそれ。そんなの当たり前のことじゃないわけ? 」

 

Dクラスの女子が疑問を口にする。

この質問はある意味かなり性格の悪い質問だ。この質問に対する答えによって、各クラスの優劣が大体分かる。Dクラスの女子に続いて、Dクラスの男子、Cクラスの女子と何人かが協力することは当たり前だと答える。誰もが叶うなら結果1でクリアしたい。そんな自然な発言をするようにBクラスの男子の一人もゆっくりと手をあげ、自身も肯定派だと示す。

 

 

何気ない質問に聞こえるのだとすればその人物が優待者ではないことが推測できる。前向きに一致団結する気持ちを持っているかを確認しつつ、優待者に対しては嘘を強いることになる。一ノ瀬はそれを分かっていてこの質問をしたのだろう。想像しているよりもずっと優秀なようだ。

 

多くの生徒が賛成派の中、町田は一之瀬に食ってかかった。

 

「一ノ瀬その質問はずるくないか?自分が言う台詞ではないなら利点がある。グループ報酬を期待したくなるのは当然だろ?それに堂々と裏切りを宣言する人間も普通いない。これじゃあまるで優待者と悪人のあぶり出しだ。とても適切な質問とは思えない」

 

一応この誘導尋問のような質問の意図に気付いたのか、町田は一之瀬のことを批判した。それに対してBクラスの浜口が間髪入れず反論する。

 

「試験とは妥当な質問じゃないですか?正直に答えなきゃならない脅迫のようなことも一ノ瀬さんは言ってませんし嫌なら答えなければいいんです」

 

「そうか。なら俺たちは黙秘させてもらう。直情的に喋るのは馬鹿がすることだ」

 

「ありゃりゃ、これは攻め過ぎたかなぁ?」

 

一之瀬の苦笑いを浮かべる。そんな彼女を浜口が慰めた。

 

「いえ、あなたの質問は至極普通のものでした。誤算だったのは彼らの警戒心が想像よりも高かったこと、それだけです」

 

浜口は町田に問いかける。

 

「あなたは先程『適切な質問ではない』と言いましたよね?」

 

「………だったらなんだ?」

 

「では、あなたが思う『適切な質問』を教えてもらいますか? 」

 

もっともな意見ではあるものの、町田は鼻で笑い飛ばした。

 

「代替案? そんなものはない」

 

「そうなると場合によっては多数決で最終的なジャッジを決めることになるよね?質問に答えてくれない人達を疑うことになるし優待者をあてずっぽうで指名するかも?それで納得できる?」

 

一ノ瀬は正面からAクラスという城門にぶつかりに行く。これは一ノ瀬だからこそ取れる戦法だ。周囲と手をつなぎあいちょうどいい塩梅で周りの賛同を得つつ戦う。簡単なよりすごく難しいことだ。少なくとも俺には無理だ。

 

「脅しか?」

 

「勘違いをしないでね私たちは話し合いをしたいだけ」

 

「本当に話し合いで解決すると思っているか?」

 

バチバチと火花を散らす二人。そんな二人を見比べながら、綾小路に視線を向ける。その後、一ノ瀬に視線を戻し確信した。この話し合い長引くやつだー。

 



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腹黒女教師ってどうなんだよ

この試験はほとんど原作通りの結果になる予定なので、次の話からかなり飛ばします。


「この試験を確実に簡単にそしてプラスでクリアする方法が…俺らにはその未来が見えている」

 

「聞かせてもらえるかなその方法ってやつ」

 

「もちろんだ、俺たちが提案する試験攻略法とは最初から最後まで話し合いを持たないことだ」

 

「なかなかユニークな話ですね話し合いを持たないでどうやってこの試験を攻略するんです?誰かも分からない優待者の一人勝ちを許すんですか?」

 

突然の対話拒否宣言に一ノ瀬より先に浜口が割って入った。

 

「そうだ余計な話し合いをせず試験を終えることこそが勝利への近道だ」

 

「にわかには信じられませんね。これじゃあAクラスに優待者がいると思われても仕方ありません、この段階で優待者の情報を共有し守ろうとしているのでは?」

 

「どこのクラスにいるのか?そんなことはどうでもいい。話し合いを持たなければ絶対に勝てるそれが葛城さんの提唱するやり方だ」

 

「葛城くんのなるほどね」

 

一ノ瀬は葛城の名前を聞いた瞬間ひとつの答えにたどり着いたようだ。そして俺に視線を向ける。

 

「それはAクラスの総意と受け取ってもいいのかな?」

 

明らかに俺に向けた言葉。だが、俺が何かを言う前に「これがAクラスの戦略だ」と言い切った。

 

町田が提案した攻略の意図が分からず混乱している人間に町田が詳しく説明していく。それを聞き流しながら、ここからの流れについて予想する。少し考えれば、葛城の策はAクラスだからこそ取れるものだと分かるだろう。それが分かってしまえば、この案は受け入れられない。Aクラスのみが話し合いに参加しないで試験は進んでいくだろう。

 

「でもさ、それってAクラスだけが提案出来ることでもあるんだよね」

 

やはり一ノ瀬がからくりに気づいた。綾小路も気づいてはいただろう。

 

「葛城君が提唱しているのは、クラス闘争は一旦おいて、ポイントをみんなで学校から貰おうというもの。確かに一見みんなメリットだらけに見えるかもだけど、でもこれって、私たちには見えないデメリットがのしかかってる」

 

町田の顔が曇りだした。

 

「確かに全クラスに均等に優待者がいれば一定のメリットがある。でも、それと同時に私たちはチャンスを棒に振っているんだよね?卒業までにあと何回特別試験が開催されるのかわからない。貴重な1回をここで棒に振るリスクは避けるべきだと私は思うな」

 

一ノ瀬は他クラスに語り掛けるように話す。

 

「戦わないってことは、クラスの変動も起こり得ないってこと。私はBクラスの委員長として、貴重なチャンスを棒に振るわけにはいかない」

 

 

「ま、まて一ノ瀬。言いたいことは分かったがそれだと望める結果は結局ひとつしかないぞ。全員で正解したとしてもこのグループ全員が均等に大金を手に入れるだけ!お前の望む展開にはならない。それとも話し合っていう台詞を見つけ出し、Bクラスが一目散に裏切るつもりなのか?お前は結果1応望むか全員に聞いたばかりだ。とても信用できたもんじゃないよな」

 

焦っているのがまるわかりな町田の反応に森重は冷ややかな視線を向ける。

 

「差が詰まることはないって言ったけどそれは間違いだよ、このグループの人数はAクラスとCクラスが4人、BクラスとAクラスが3人。つまり結果1でクリアすれば下のクラスは 上位クラスとの差を確実に詰めることができるって事じゃない? 」

 

「確かにな…だか、その上位クラスであるBクラスはそれを受け入れると自己犠牲を払って下のクラスを得にさせるメリットなんてないだろ?」

 

「そうしないとAクラスに逃げ切りを許しちゃうかもしれないからね。特にAクラスに優待者がいた場合を考えると厄介極まりないし」

 

「僕も同意見です。Aクラスに逃げ切りを許す考え方にはなれませんね」

 

葛城の案を受けたときは驚いていたようだったが、今の一ノ瀬の口ぶりからすれば焦っている様子や考え込む仕草はブラフだったとみるべきだろう。

一度は賛成に挙手した生徒もこれでまた大半が中立あるいは一ノ瀬たち寄りになったはずだろう。

 

「なら、反対というわけか?さっきも言ったが既にAクラスの方針は今話した方向で固まっている。いかなる理由があっても話し合いには応じないことだけ覚えておけ!お前たちが結束して話し合うなら好きにすればいい!」

 

決別を行動で示すように、町田は立ち上がり部屋の隅に移動した。渋々といった感じで森重がその後に続く。俺も椅子をもって部屋の隅に移動する。

 

しばらくの間一ノ瀬達の会話を盗み聞きしているとCクラスの女子とDクラスの女子が言い争いを始めた。確か、真鍋と軽井沢だったな。

 

言い争いはヒートアップしていき 両者とも声を荒げ始める。Cクラスの方は3人。大してDクラスの方は1人。多勢に無勢。勢いに負けそうになったDクラスの女子が、町田にすり寄って助けを求めた。

 

「嫌だってば!ね、こいつになんか言ってあげてよ!無断で写真を撮るなんて許せないんだけど!!!!町田くんはどう思う?」

 

「そうだな…軽井沢が嫌がっているんだからやめてやれ」

 

「ま、町田くんには関係ないでしょ………」

 

今の話を聞く限り悪いのは真鍋のように思える軽井沢が知らないと言っているんだから強引に決めつけることはできないだろう。友達に再確認したほうがいいだろうな。

 

町田の意見は正論ではあった。出会った故に、渋々、真鍋達も引き下がる。

 

「変な言いがかりはやめてよね!?まったく………ありがとう町田くん!」

 

尊敬の念を込めた目で町田を上目遣いに見る軽井沢。

 

「当たり前のことをしただけだ」

 

そう照れくさそうに町田は答える。たしか軽井沢って、彼氏がいたんじゃなかったかなーと、噂は思い出しつつこの話し合いは進まないだろうとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

しばらくしてグループディスカッション終了の合図が流れた。まったくもって有益な結果を得られずに解散するという予想通りの結果になったようだが、一ノ瀬はそれも想定していたようで、落ち込んでいるという感じではなかった。

 

俺は森重と共に部屋を出て、途中で用事を思い出したと言って別れた。その後、元居た部屋の廊下の前で時を待つ。徐々に人が部屋から自室に帰っていき、最後に一人になったところで再び俺は部屋に入った。

 

「あれ?どうしたの?」

 

案の定最後まで残っていた一ノ瀬が驚いた様子でこちらを見ていた。

 

「ちょっと、一ノ瀬さんと話しておきたくて」

 

「へ~ちょっと意外かも…坂柳君の方から話しかけてくるなんて」

 

「今俺はAクラスの坂柳流都ではなく、俺個人としてきている」

 

こういえば、こちらの意図が伝わるはずだ。案の定、一ノ瀬は少しだけ警戒を解いて椅子に座りなおした。俺も部屋の扉を閉め一ノ瀬から少し離れた椅子に座りなおす。十数秒が経過したところで、話を切り出した。

 

「ちゃんと話すのは2週間ぶりくらい?」

 

「そうだね、無人島試験の時は話さなかったしねー」

 

まずは世間話から入るというこちらの動きに合わせるつもりなのか、一ノ瀬もこちらの本題を聞き出すそぶりはなかった。

 

「坂柳君随分と具合が悪そうだったけど、大丈夫なの?」

 

「大丈夫ではないけど…まあ、大丈夫。寝不足なだけだから」

 

「寝れてないの?」

 

「酔い止めが切れると寝付けなくなっちゃうんだ」

 

「あちゃ~、船酔いかー。大変だね。星野宮先生に相談した?」

 

「これ以上ひどくなるようならするよ」

 

一ノ瀬は心配そうに俺に視線を向ける。おそらく本当に心配しているのだろう。少なくとも、俺に打算を感じさせない。マジで天使。

 

有栖も一ノ瀬を見習って俺に優しくしてほしいものだ。

 

「なかなか厳しい試験になりそうだね」

 

少し話題を変えて、試験の話にした。

 

「にゃはははー、そう簡単に話し合いが進まないのは予想通りではあるんだけどねー」

 

一ノ瀬ははにかんだ笑みを浮かべる。ん~、有栖とは別ベクトルの魅力を感じる。というか有栖のちゃんとした笑顔ってここ最近見てない………愉悦を感じている時か、威嚇してる時の顔ばっかだな…。家にいる時はもう少し笑ってたのになぁ。

 

っと頭を切り替えないとな。

 

「…俺はこの試験で何かをするつもりは今のところない」

 

「それは葛城君の………Aクラスの方針に従うってことかな?」

 

「ああ、そう受け取ってもらって構わない」

 

一ノ瀬は少し、目を細めて俺から視線を外す。俺の言葉をかみ砕いているのだろう。有栖のことは有名っぽいし、俺のことも当然ある程度は知っていると初対面の様子から断定してもいいだろう。そして、先ほどの俺の言葉。俺個人で来ている。つまり、一ノ瀬は俺がAクラス…葛城の策に肯定的ではない可能性も想定しているのだろう。

 

「今のところないってことはもしかして裏切ってこっちに付いてくれたりするのかな?」

 

「クラスとしてではなくて、個人的にならある程度の協力はしてもいいと思っている」

 

「……なるほど。それはまた魅力的な提案だね」

 

少し驚いた様子を見せながらもすぐにいつもの笑顔を取り繕う。警戒を解かないところを見るにまだ一ノ瀬の中で答えが出ていないようだ。

 

「その代わりに私は何を要求されるのかな?」

 

「話が早くて助かる。Bクラスの優待者を教えてほしい。代わりにAクラスの優待者を近日中に教えよう」

 

「!?………正気?それはAクラスに対する裏切りじゃないの?」

 

「言いたいことは分かる。考えていることも分かる。俺が本当の優待者を教える保証はないし、それは一ノ瀬にしても同じことだ。本来はこんな契約は成立ありえない」

 

唖然とする一ノ瀬を置いて俺はさらに続ける。

 

「紙の契約書を残してもいいけど、それはこの契約の重要な部分ではない。この契約は俺と一ノ瀬間の信用という名の契約なんだよ。俺も一ノ瀬を信用するだから一ノ瀬も信用してくれっていう契約」

 

人間は理性と知性の生き物であると同時に欲望と感情の奴隷だ。だからこそ信用、信頼という言葉は甘い蜜だ。なぜなら手に入れるのが容易とは言えないからだ。信用や信頼を築くにしてもしょっぱなからこんなに大胆なことは本来はしない。ちょっとしたことから始め、長い時間をかけて信用は形作らるものだ。それを一足飛びにするのがこの契約の意味だ。

 

いうなれば人の善性を試す契約である。

 

しかし、だからこそこの契約は危険なものだ。有栖や綾小路、龍園や葛城。ああいったタイプには使いたくない。危険な賭けだ。裏切られれば終わりだからだ。本来こういったリスクの高い策を俺は好まない。

しかし、この契約は過去の経験上、総合的にみると一ノ瀬帆波という人間にはこの方法が通じる可能性が高いと判断した。

 

「今ここで決めてくれ。受け入れるか否か」

 

「………」

 

全力で頭を回しているのだろう。一ノ瀬が口を開くまでかなりの時間を要した。

 

「この契約ってさ、今後のことを見据えてってことでいいのかな?」

 

「そう思ってくれて構わないよ」

 

「…わかった。受けるよ」

 

ひとまず第一段階は突破。この契約をおそらく一ノ瀬は守るだろう。そうすれば第二段階も突破。今後数ヶ月一ノ瀬と協力体制を取ってみて、俺の一ノ瀬に対する評価が正しいと確信できれば第三段階も突破。晴れて、俺にも(武器)ができる。

 

「改めてよろしく、一ノ瀬さん」

 

「こちらこそよろしくね、坂柳君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一之瀬との契約が済んで、部屋で休んでいたところ急にのどが渇きを感じた俺は、気分転換も兼ね、今まで行ったことがなかったエリアに足を運んだ。すると、自販機の近くのバーで奇妙な組み合わせの3人組の背中を見つけた。茶柱先生に星之宮先生。そして我らがAクラスの真嶋先生だ。

他にも何人か見たことのある先生がソファーなどでくつろぎながら静かに過ごしている。

この区画は立ち入りが禁止されているわけじゃないが、学生には関係のない居酒屋やバーなどの施設ばかりのため、生徒は誰も寄り付かない。気分転換のつもりだったが、何か面白い情報を拾えるかも知れない。気配を殺し、ギリギリの位置まで近づく。すると隣の柱の陰に意外な人物、綾小路がいた。目が合い、携帯を取り出しメモ帳を開く。そして、文字を打ち筆談の要領で話しかける。

 

(何やってるんだ?綾小路)

 

(こっちのセリフだ)

 

俺の意図を察したようで、綾小路も携帯を使って会話をする。

 

(俺はたまたま通りかかっただけだ)

 

(俺も同じだ)

 

「なんかさー、久しぶりよね。この3人がこうしてゆっくり腰を下ろすなんてさ」

 

「因果なものだ。巡り巡って、結局俺たちは教師という道を選んだんだからな」

 

「よせ。そんな話をしてもなんの意味もない」

 

俺たちは会話をやめて、先生たちの話に聞き耳を立てる。

 

 

「あーそう言えば見たよ? この間デートーしてたでしょ? 新しい彼女?真嶋くんて意外と移り気なんだよね。朴念仁ぼいくせにさ」

 

「チエ、おまえこそ前の男はどうした」

 

「あはは。2週間で別れたー。私って関係深くなっちゃうと一気に冷めるタイプだからやることやったらポイーね」

 

(マジか意外な一面だな)

 

(そう………だな?)

 

(何で疑問形なの?)

 

「ふつうはそれは男側が言うことなんだがな」

 

「あ、だからって真嶋君にはさせてあげないからね。ベストフレンドだし、関係悪くさせたくないでしょ?」

 

「安心しろ、それだけはない」

 

「えーなんかそれはそれでショック」

 

星之宮先生は空いたグラスに自分でウイスキーを注ぐ。ストレートでがぶ飲みしている…対する茶柱先生は、カクテルのようなお酒をチビチビ飲んでいた。 

 

「それより……どう言うつもりだ、チエ」

 

「わ!?なによ急に。私がなにかした?」

 

「通例では竜グループにクラスの代表を集める方針だろう」

 

「私は別にふざけてなんかないわよー。確かに成績や生活態度だけ見れば、一之瀬さんはクラスで一番だよ。でも、社会における本質は数値だけじゃ測りきれないもの。私は私の判断のもと超えるべき課題があると判断したってわけ。ほらそれに兎さんって可愛いでしびょんぴょんって感じで、一之瀬さんっぽくない?」

 

確かに一ノ瀬はウサギっぽいかも…。っていうかよくよく考えたら、今のところ俺の周りの人間の中では一ノ瀬って癒し枠なのでは?俺がそんなくだらないことを考えている間に腹の探り合いは激化している。

 

「だといいんだがな」

 

「星之宮の発言はもっともだが、何か引っかかることでもあるのか?」

 

「個人的な恨みで判断を誤らないでもらいたいだけだ」

 

「やだ、まだ10年前のこと言ってるの?あんなのとっくに水に流したってー」

 

「どうだかな。おまえは常に私の前に居なければ我慢ならない口だ。一つ一つの行動に先回りしていなければ納得しない。だから一之瀬を兎グループにしたんだろう?」

 

「どう言う意味だ、星之宮」

 

「私は本当に一之瀬さんには学ぶべき点があると思ったから竜グルーブから外しただけ。そりゃあ?サエちゃんが綾小路くんを気にかけてる点は気になるけど。ただの偶然なんだから。偶然偶然。島の試験が終わった時、綾小路くんがリーダーだったことなんて、全一然気になってないしー?」

 

「そういうことか」

 

真嶋先生は納得したように頷いた。しかしすぐ、厳しい口調で星之宮先生をたしなめる。

 

「規則ではないがモラルは守ってくれ。同期の失態を上に報告するのは避けたいんでな」

 

「もうー信用ないなぁ。それに私ばっかり責められてるけど、坂上先生だって問題じゃない?Cクラスも順当な評価をすれば他の子が来るべきなのに龍園くんをぶつけてきたし。それにさぁ、真嶋君だって坂柳姉弟をあえて竜から外したでしょ?」

 

「…今年は例年と違い、生徒の質が特殊なようだからな。俺は総合的に評価した結果、順当に葛城を竜に配属しただけだ」

 

この試験に関する情報は殆ど得られなかったが、そろそろ引き返そう。長時間ここにとどまると見つかって面倒なことに巻き込まれる可能性も上がる。

 

そう思い、真横を向くと再び綾小路と目が合った。おそらく、似たようなことを考えているのだろう。

 

(そろそろ、ここを離れよう)

 

俺たちは頷き合い、気配を殺したまま静かにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お労しや葛城君

「んーわからない!!!!」

 

俺以外の全員が寝静また部屋でベットに腰掛けながら優待者の名前が書かれた紙を睨む。Aクラスの優待者とBクラスの優待者の名前だ。有栖も俺も優待者ではなった。

 

あの後、こっそりと一之瀬と密会して優待者の情報を交換し、別れた。

 

Aクラスの優待者は3人。鼠、鳥、猪にいる。しかし、法則がわからない。Bクラスは、牛と虎と猿に優待者がいる。

 

優待者が選ばれる基準に不平等があってはならない。つまり、全員が平等な条件で判断されているということ。

教師側のくじ引きなんかは平等に決まるが、これでは法則性が存在しない。じゃんけんをしたわけでもくじ引きをしたわけでもない。呼び出された最初の日に席に座った順番とかどうだろうか?だめだ、クラス間で呼び出しが分かれていた以上このルールだとたどり着けない。

 

ランダムとかくじ引きととか以外のルール。平等なもの。なんだ?出席番号とかか?いや、絵もこれ平等とは言えないよな。………とりあえずやってみるか。

 

メンバーを知っているグループの名前をあいうえお順にする。

 

「こっからどうしろっていうんだ?」

 

並べてみたが何も見えてこない。わざわざ干支の名前をグループに付けた以上、何かしらの意味があるだろう。干支…誕生日とか?クラスメイトの誕生日とか知らねえ………。

 

「もう眠いし、疲れたし、諦めようかな」

 

なるべく周りの人間を起こすことのないように声を小さくして諦めを吐露した。

 

ただのゲームだし、素直に降伏しようかと考えたがニコニコと愉悦の表情を浮かべる有栖の顔が浮かんだため諦めるのは却下した。

 

再度先ほど書き出した50音順のメモを見る。法則の発見はいつだって仮定から成る。仮説を作って検証するしかない。

 

今の仮説は十二支の順番=名字の順番だ。鼠のグループの優待者の名前は安藤。牛は江間。この時点で、仮定した通り名前の順と干支の順が合致しているやつが優待者となっておる。

 

心拍数が上がる。まさか、これで正解か?期待に心と体温が高まる。逸る気持ちを何とか抑え、名前と優待者を並べていく。

 

正解だろ。これ。すべて合致していた。この法則通りなら、辰グループは櫛田が優待者だ。俺らのグループであれば、4番目の干支で綾小路→一之瀬→伊吹→軽井沢の軽井沢が優待者となる。有栖のグループは舟方だ。

 

 

俺を玩具と言い放つ有栖にの鼻を明かせるのではないかと期待に胸が躍りながら、メールを打つ。

 

To:おねえちゃん

 

いえ~い!有栖見てる~?俺は優待者の法則を解き明かしました~。明日教えに行くから震えて待ってろ!!!!!

 

流都

 

 

「よし!これで完璧だ。寝よう!」

 

この時の俺はメールボックスに未読のメールが一件来ていることも、マナーモードにしていたことも気づいていなかった。

 

 

 

 

 

そして、現在深夜テンションであんなメールを書いた過去の俺を呪いながら有栖の前で正座していた。

 

「私の送ったメールにも気が付かず、自信満々であんなメールを送ってくるなんて………困った弟ですね」

 

羞恥心で火を噴きそうな俺の耳元で死体蹴りの様に俺の失態を囁いてくる姉はやはり人格がひん曲がっていると思う。

 

逃がさないように有栖は俺に後ろから抱き着いて離れない。力ずくで引きはがす真似をしないとよく分かっているのだろう。

有栖の甘い吐息と頭を撹乱しそうな癖になる匂いが俺の情けなさを助長する。有栖から俺がメールを送る3時間前に連絡が来ていたのだ。内容は、法則を解き明かしたというもの。それを知らず、俺は深夜にあんなメールを送ったのだ。

 

「夜中にメールを見て驚きました………私に負けたくなくてあんなに遅くまで考えていたんですね。解けた嬉しさで真夜なのにあんなメールを書いて自慢してきて、フフッ————可愛いですね。そんなに私からのご褒美が欲しかったのですか?」

 

「ごめんなさい…勘弁してください」

 

そんな言葉は虚しく、有栖の猛攻は続く。恍惚とした表情で人を嬲る有栖はあまりにも蠱惑的でありながら恐ろしくもあった。

 

「恥ずかしいですね?余裕のつもりでBクラスの優待者の情報を私に渡しておいて負けてしまうだけでなく、こーんな失態をするなんて。本当に貴方は可愛い(玩具)ですね」

 

羞恥のおうふくビンタが俺を襲う。あああああああ、もう殺してくれ!いやだ、こっから2週間はこのネタで遊ばれるんだ。

 

許しを乞うても白旗を上げてもこの姉の死体蹴りは止まらない。だから次のセリフもわかる。

 

「イヤです♪」

 

ああ、知ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンタルブレイクした俺は惰性でグループディスカッションに参加していた。綾小路や一之瀬から大丈夫かと心配された気もするがよく覚えていない。あの有栖(ドS)毎日俺が送ったメールを送り返してくるのだ。俺に何の不満があるのだろう。

 

最終日になった今でも俺のメンタルは回復しなかった。

 

一番乗りで部屋についたもののまだ誰も来ていないようなので、いつもの場所に陣取り背中を壁に預けて座り込む。携帯の画面を開いて後悔する。時間を勘違いしていた。1時間以上早く来てしまっていたようだ。ただ、戻るのも面倒くさいし負けたような気がするから嫌だ。

 

「寝るか」

 

腕を枕にしてその場で横になる。どうせこんなところでは深くは眠れないと確信があるので、目覚ましを掛けることなく目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

案の定、数十分後に目を覚ましたのだがすさまじい光景が広がっていた。まず、俺の正面の壁側に一ノ瀬が横になって眠りこけていた。そして、綾小路が一之瀬に対して、右足を出したり引いたりという奇行を繰り返していたのだ。推測の域を出ないが、すやすやの寝ている一之瀬がそう簡単に起きないかを確認しているのだろう。

 

これ撮影したら何かに使えないだろうか。そう思い、携帯を取り出した瞬間綾小路と目が合う。

 

「…………」

 

「……」

 

沈黙がいたい。俺は端末を構えたまま固まっているし、綾小路は無表情のまま俺を見下ろして固まっている。

 

「ナニモミテイマセン」

 

「そうか」

 

目が笑っていなくて怖い。いや、あんな奇行に及んでいたことの方が悪くない?

 

「………」

 

「………………わかった。信じよう」

 

気まずそうにしながら綾小路は一之瀬と距離を開けたところに腰を下ろした。3人を結んだら二等辺三角形ができそうだ。

 

しばらくするとかわいらしい音楽が室内に鳴った。それは一之瀬の携帯からだった。

 

「んー………」

 

目を閉じたまま後頭部に手を伸ばし端末を適当に操作すると音楽が鳴りやんだ。一之瀬は欠伸をしながら上半身を起こして周りをぐるりと見てから、おーはよーっと一言つぶやいた。

 

「おはよう。一之瀬さん」

 

「二人ともよく寝てたな」

 

「あははは。ごめんね。グースカ寝ちゃって。寝ている坂柳君見てたら眠くなちゃって」

 

「俺は寝かしつけ機か」

 

「何時から居たんだ?」

 

俺の突込みは全スルーされ、綾小路から質問が飛んでくる。

 

「俺は1時間前かな?」

 

「あ、私もそれぐらい。じゃあ、入れ違いだったんだね」

 

「そうだな。入れ違いになったのは夢の世界と現実だけどな」

 

そこから、この学校の制度の話や目標などを話し合っていたら徐々に人が集まってきた。

 

 

今日だけはいつもと違う話し合いになった。幸村のカミングアウトからそれを看破され、町田がドヤ顔するところまで黙ってみていたが、優待者を知っている人間から見れば三文芝居だった。

幸村の仕草はだいぶ挙動不審で、わかる人が見れば隠し事をしているのが明白だった。綾小路はそんな彼にこんな大事な役を任せるのだろうか?おそらくは答えはNOだ。これはブラフ。綾小路は優待者である軽井沢を庇うためにこの策を考えたのだ。

 

っという思考に優待者を知らない俺は至っただろうか?幸村の挙動不審は見ぬけても、軽井沢が優待者だと確信は持てなかったかもしれない。

 

まあ、後の祭りだな。

 

意気揚々と部屋から出ていく森重を見ながらため息を付く。一緒に帰る気にはならなかったため、部屋に残っていると一之瀬が口を開いた。

 

「ねえ、ちょっと待って」

 

出て行こうとする綾小路の肩に手を置いて、それを制止する一之瀬。その瞬間、部屋の空気がピシッと張り詰めていくのを感じる。

 

「この携帯入れ替え作戦さ、誰の立案?」

 

「堀北に決まってるだろ」

 

「そっか。じゃあ堀北さんに伝えてくれないかな?作戦大成功だったよって」

 

「大成功?失敗も失敗だろ。一之瀬に見破られた」

 

「あはは。同じ作戦を思いついてたっていうのはちょっと想定外だったかもね」

 

「騙すような真似して悪かったな。協定があるのに。怒ってるか?」

 

「まさか。私たちも勝手に作戦決行しちゃったし、お互い様だよ」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

綾小路は今度こそ部屋を出ようとした。

 

「わ、ちょっとタイムタイム。肝心の話がまだ終わってないよ?」

 

「肝心の話?」

 

「もー、とぼけないでよ綾小路くん。さっき言った通り、たしかにSIMカードは端末ごとにロックされてて交換できない。でも、交換する方法はあった……だよね?星之宮先生に確認したら、お店に行ってポイントを払えば簡単に解除できるって言ってたもん」

 

ああ、なるほど。その手は思いつかなかった。頭が働いていないにしても失態だったな。 

 

「嘘のあとに出てきた答えを、人は真実だって思ってしまう。偶然かかってきた電話で、パスワードを解除してみせた幸村くんは優待者じゃないことが分かった。綾小路くんと携帯を交換してたことも。もう誰が見ても綾小路くんが優待者だって思っちゃうけど、それこそが罠。私はこの入れ替え作戦は未完全って言ったけど、この一手はかなり有効だもん。二重以上にトラップを仕掛ければ、の話だけどね。これをやられたら、もうほんとうの優待者が誰なのか誰にもわからない。それからあの電話も多分仕組まれたものだったんだよね?いくらなんでもタイミングよすぎるもん」

 

一之瀬は理屈立てて、この作戦の裏の裏まで見通している。本当にいい拾い物をしたのかもしれない。

 

幸村は綾小路が優待者だと思い込んでいる。成功の瞬間が近づけば否が応でも気持ちが高ぶるし、失敗が確実になれば焦り、動揺する。それは本物の反応だった。だから外から見ればそれが真実になる。

 

単純な人間なら綾小路と幸村が端末を交換していることにも気づかない。少し頭の回る奴がこれを見破っても、本当の優待者が軽井沢だという真実には絶対にたどり着くことができない。見事な作戦だ。

 

「もしDクラスに優待者がいなかったらどうしてたの?」

 

「お前と同じだ。他のグループで、自分が優待者だと明かしているクラスメイトと交換すればいい」

 

「ありゃ……バレちゃってたか」

 

一之瀬は左右両方のポケットから一つずつ、端末を取り出した。

 

一之瀬は、持っていた片方の携帯を操作して、綾小路に見せている。

 

 

 

「本当の優待者は軽井沢さん、だったりして」

 

俺は口角を上げるのを必死で抑えた。これは逸材だ。綾小路や有栖には及ばないものの、十分な潜在値を持っている人間だと確信した。これは使える。

 

そんなことを考えていると3人の携帯が同時に鳴った。

 

『グループの試験が終了しました。結果発表をお待ちください』

 

「あーあ、やっぱり誰かが裏切っちゃったか。AクラスかCクラスのどっちかかな」

 

「たぶんうちだな」

 

「あははは、やっぱりかー」

 

「それよりも一之瀬さん。なんで軽井沢だって分かったのか聞いてもいいかな?」

 

気になっていたことを聞いた。目の前の少女の思考回路を知っておきたいと思った。

 

「幸村くんと同じ理由かな。いつもは気にかけてない綾小路くんのことをずっと目で追ってたり、他にも色々変だったから。でも、違う可能性もあったから結局送れなかったけどね」

 

「なんでそのことを言わなかったんだ?少なくとも嘘は見抜けてただろ」

 

綾小路が問うと、一之瀬は笑って答える。その笑顔は、今までに見たことがないほどに含みのある笑みだった。

 

「そりゃそうだよ。だってAクラスとCクラスのどっちが間違っても、私たちにとってはプラスになるもん。このグループのBクラスに優待者がいないって分かった時点から、私は誰かに裏切らせることしか頭になかったから。多分Aクラスあたりが裏切ってくれると思ってたけどね」

 

「町田か?」

 

「違う違う、森重くんだよ。彼は坂柳さんの派閥だから、葛城くんの方針には極力従いたくなかっただろうし。あってるよね?」

 

首をかしげて俺の方に確認を取ってくる一之瀬に肯定の首肯を返す。

 

「答え合わせも済んだし、俺は帰るよ。またね」

 

当初の目的通り時間を潰せたので俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

メールを確認して整理する。

 

 

鼠:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はAクラス。裏切り者はCクラス

牛:裏切り者の回答ミスにより結果4とする

→優待者はBクラス。裏切り者は???。

虎:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

兎:裏切り者の回答ミスにより結果4とする

→優待者はDクラス。裏切り者はAクラス

竜:試験終了後グループ全員の正解により結果1とする

→優待者はDクラス。

蛇:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

馬:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はDクラス。裏切り者はCクラス。

羊:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

猿:裏切り者の正解により結果3とする

優待者は???。裏切り者はDクラス。

鳥:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はAクラス。裏切り者はCクラス。

犬:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

猪:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はAクラス。裏切り者はCクラス。

 

鼠:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はAクラス。裏切り者はCクラス

=A-50cl C50cl 50万

牛:裏切り者の回答ミスにより結果4とする

→優待者はBクラス。裏切り者はC。

=B50cl 50万 C-50cl

虎:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

→後述

兎:裏切り者の回答ミスにより結果4とする

→優待者はDクラス。裏切り者はAクラス

=A-50cl D50cl 50万

竜:試験終了後グループ全員の正解により結果1とする

→優待者はDクラス。

=A200万B150万C200万D200万

蛇:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

→後述

馬:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はDクラス。裏切り者はCクラス。

=C50cl 50万 D-50cl

羊:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

→後述

猿:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はB。裏切り者はDクラス。

=B-50cl D50cl 50万

鳥:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はAクラス。裏切り者はCクラス。

=A-50cl C50cl 50万

犬:優待者の存在が守り通されたため結果2とする

→後述

猪:裏切り者の正解により結果3とする

→優待者はAクラス。裏切り者はCクラス。

=A-50cl C50cl 50万

 

以上をすべて合計すると

Aマイナス200cl 200万

B変動なし 250万

C150cl 550万

D50cl 300万

 

っという結果になった。Cクラスの一人勝ちだ。どうやったのかはわからない。少なくとも2クラスの優待者を把握している必要があるが、誰の情報提供なのだろうか?

 

一つ言えることは葛城君の胃は精神的な意味でも食費が削られる意味でも痛くなるであろうということだ。

 

嗜虐心たっぷりの笑みを浮かべる有栖を見ながら、葛城君に差し入れを持って行ってあげようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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体育祭と…
陸上競技は嫌いだ


経験則なんですけど、間隔を開けて更新するとお気に入りが減りますね。4.5巻はそのうち書きます。


前の席から資料が回ってくる。内容は体育祭についてだ。

 

俺は陸上競技が嫌いだ。だが球技は好きだ。なぜなら、陸上競技は生まれ持った体格や才能がもろに影響するからだ。もちろん、努力でカバーできる部分はある。だが、球技に比べ小細工や技術の占める割合が小さい。

 

もちろん、陸上競技ができないというわけではない。あらゆるものに対応できるようにと調節されたこの体は戦い方と努力次第で時にはプロの選手を凌駕する。

 

「クラスポイントに影響を与えるものだ。気を引き締めて臨むように」

 

運動の得意な生徒からは歓喜が、逆に苦手な生徒からは悲鳴が上がっていた。少し教室がざわついている中、俺は資料を読み進めていく。そこには、少し意外な内容が書かれていた。

 

「すでに読み進めている者もいるようだが、この体育祭では全学年を紅白2つの組に分けて競う方式を取っている。抽選の結果、今年度の赤組はAクラスとDクラス、白組がBクラスとCクラスという組み合わせに決まった」

 

 

葛城君は既に失脚したも同然だ。しかし、有栖は体育祭には出られない。誰が指揮を執るのだろうか?

 

そんなことを考えながら、俺は資料のページをめくった。それと同時に、先生から体育祭のルールの要点の説明が始まる。どうせ紙に書いてあることとほぼ同じことだが、説明を聞いていないと問題が生じる可能性があるため、話半分で聞いておく。

 

 

・全員参加競技の点数配分について

 

個人競技については、1位15点、2位12点、3位10点、4位8点、5位以降は1点ずつ下がっていく。団体戦の場合、勝利した組には500点が与えられる。

 

 

 

・推薦参加競技の点数配分について

 

個人競技については、1位50点、2位30点、3位15点、4位10点、5位以降は2点ずつ下がっていく。最終競技のリレーでは3倍の点数が与えられる。

 

 

 

・組の結果について

 

全学年の点数を総合して負けた組のクラスは等しく100クラスポイント引かれる。

 

 

 

・クラスの結果について

 

学年ごとのクラス別の点数による結果に応じ、クラスポイントが以下のように変動する。

 

1位のクラスには、50クラスポイントが与えられる。

 

2位のクラスのクラスポイントは変動しない。

 

3位のクラスは、クラスポイントが50引かれる。

 

4位のクラスは、クラスポイントが100引かれる。

 

 

 

・個人競技の報酬について

 

各競技で上位を獲得した生徒には、以下の報酬が与えられる。

 

1位を獲得した生徒には5000プライベートポイント、又は筆記試験における3点分の点数が与えられる。

 

2位を獲得した生徒には3000プライベートポイント、又は筆記試験における2点分の点数が与えられる。

 

3位を獲得した生徒には1000プライベートポイント、又は筆記試験における1点分の点数が与えられる。

 

※筆記試験における点数は次回中間テスト時のみ使用可能とし、他人への譲渡は不可能である。

 

各競技で最下位を獲得した生徒は、1000プライベートポイントのマイナスを受ける。所持ポイントが1000ポイント未満である場合、筆記試験における点数を1点減点する。

 

 

 

・成績優秀者の報酬について

 

全生徒の中で最も高い得点を獲得した最優秀生徒には、10万プライベートポイントが与えられる。

 

学年別で、最も高い得点を獲得した優秀生徒上位3名には、それぞれ1万プライベートポイントが与えられる。

 

※ただし、最優秀生徒に選ばれて10万ポイントの贈与を受けた者には、学年別の報酬は与えられない。

 

 

 

・反則事項について

 

各競技のルールを遵守すること。違反者は失格同様の扱いを受け、悪質な者については退場処分や、それまでの獲得点数を剥奪する場合もある。

 

これまで、個人の報酬として採用されていたのはプライベートポイント。だが今回、筆記試験の点数という初めて見る項目があった。

 

 

Aクラスにはあまりいないが成績の悪い生徒にはうれしい話だろう。俺も英語は不安なのでありがたい。

 

 

・体育祭終了後、全競技で獲得した点数を学年別で集計し、下位10名にはペナルティを課す。ペナルティの内容は学年ごとで異なる場合があるため、各自担任に確認すること。

 

「おー厳しいな」

 

「今年度の1年生に課されるペナルティは、筆記試験における10点の減点だ。どのような形で減点されるかについての質問はここでは受け付けない。試験説明時、下位10名とともに通告する決まりになっている」

 

もしその中に入ってしまうと、次の試験はかなり苦しいものとなる。これ有栖はどういう扱いになるんだろう?

 

 

 

 

 

全員参加競技

 

・100m走

 

・ハードル走

 

・男子棒倒し

 

・女子玉入れ

 

・男女別綱引き

 

・障害物競走

 

・二人三脚

 

・騎馬戦

 

・200m走

 

 

 

推薦参加競技

 

・借り物競走

 

・四方綱引き

 

・男女混合二人三脚

 

・3学年合同1200mリレー

 

 

全員参加競技は、文字通り全員に参加が義務付けられる競技。つまり少なくとも9競技には強制的に出場ということだ。

 

 

「きっつ!なにこれめちゃめちゃハードじゃん!普通1人がやるのって3つか4つじゃないの!?」

「わ、私体力ないんだけど大丈夫かな!?」

 

各々の悲鳴が上がる。

 

「競技の多さに関しては、学校側も配慮してある。この学校の体育祭では、応援合戦や組体操などは一切用意していない。あくまでも体育祭は身体能力を競う行事だ」

 

………力の入れ方によっては次の日はグロッキーになりそうで怖い。本気を出さない様にしよう。そう考えている中、非常に重要な情報が耳に入ってきた。

 

 

 

「静かにしろ。非常に重要なことを話す。今回の体育祭、お前たちは競技に参加する順番を全て自分たちで決め、この参加表に記入して担任の私に提出する。文字通り全てだ。どの競技の何組目に誰が参加するかまで、全てお前たちが話し合って決めろ。提出期限は体育祭の一週間前から前日の午後5時まで。それ以降は如何なる理由があっても変更は受け付けない。また、提出期限を過ぎた場合はランダムで組まれるので注意するように」

 

なるほど。今までに行われた行事でも同じようなことがあった。無人島ではキーカード、船上では優待者、クラスの機密事項だった。それが今回はこの参加表というわけか。一貫して情報戦を重要視しているな。

 

「私から質問してもよろしいでしょうか」

 

有栖が手をスッと上げる。真嶋先生からの承諾を得て有栖は発言した。

 

「当日、欠席者が出た場合はどうなるのでしょうか。最下位という扱いになりますか?」

 

「まず大前提として。先天性の疾患を患ったものにこれを強制することはない。坂柳が最下位という扱いを受けることはないから安心しておけ」

 

どうやら、危惧していたことは起きないようだ。

 

「ただし、人数が少ない分各自の負担は増える」

 

「ルツが頑張ってくれるでしょう」

 

「え?」

 

「そして念のために補足しておくが『全員参加』の競技で必要最低限の人数が確保できない場合は失格だ。例えば二人三脚の場合、一組少ない状態で臨むことになる。ただし救済措置もある。『推薦参加』競技の場合は特例として、ポイントを支払うことで代役を立てることを認めている」

 

「必要ポイントはいくらですか」

 

「各競技につき10万プライベートポイントだ。高いとみるか安いとみるかはお前たち次第だ」

 

「……なるほど」

 

Cクラスにポイントを払っているAクラスの人間は支払い能力はあるものの、歓迎すべきことではない。

 

「これ以上質問がないならここで打ち切る。次の時間は第一体育館に移動し、他学年との顔合わせとなるが、それまでの時間どう使おうとお前達の自由だ。以上!」

 

先生が教卓を離れると、クラス内は一気に話し声でうるさくなる。思い思いに体育祭について語っている様子だ。

 

有栖はその場で立ち上がりクラス全体に聞こえるように声をかける。

 

「皆さん、残念ながら私は体育祭に参加できません。戦力に慣れないことをまず謝らせてください」

 

「坂柳は悪くないだろ」

「仕方ないよね?」

「先天性の疾患はなあ?」

 

「でもよ、俺らに負担がかかるんだろ?」

「釈然としねえよな?」

「前回も不参加だったしよ」

「ちょっと調子乗ってるよね?」

 

 

「それ以外で貢献してくれてるしな。どっかの禿と違って」

 

「んだと!!!!」

 

反発的な意見もあるがだいたいは好意的に取ってくれたようだ。そして、戸塚がキレている。不安要素としては、反対意見が少し過激で危なさそうなことだ。最近この光景をよく見る。やはり、ポイントを持っていかれ続けるのはストレスだ。その原因である葛城君に攻撃的な意見が向くのはわからなくはない。ただ、自分たちが指名し選んだリーダーなのに失敗したら、一斉に騒ぎ出すのはよろしくない。見る目がなかった君たちも悪い。葛城君が意見を周りに求めた時に黙っていたのが悪い。

 

まあ、葛城君を嵌めた俺が言うのもなんだけど。それに関してはいい。わかる。だが、有栖に関しての反対意見。ちょっと最近中立の人間だったやつも数人葛城派に流れたり、反発的な意見を持っているやつが増えている。葛城派から有栖の派閥に移動した人間の方がはるかに多いが、敵愾心が強くちょっと過激な人間が葛城派に増えた。

 

話を聞く限り、弥彦を蹴り飛ばしたのはやりすぎだったらしい。あの話に尾ひれがついてとんでもないことになっているようだ。つまるところ、俺のせいらしい。あの件に関しては証拠が一切ないので、弥彦の証言と橋本証言だけが判断材料だ。それが余計にこの事態を大きくしているのかもしれない。

 

「ありがとうございます!そう言ってもらえて安心しました」

 

上品に、可愛らしく笑みを浮かべる。完璧に計算されつくした最強の笑顔。マジで、自分の姉が怖い。

 

「それで提案なのですが、やはり今回の体育祭におけるリーダーを決めておく必要があるかと思います」

 

「まあそうだよな」

「確かに~」

「でも坂柳さんが出れないってことは………」

 

あ、やばい。有栖がこっちを見て笑ってる。飛び火してくる。まずい。先手を打たないと!

 

「いや~やっぱり葛城君がいいんじゃないかな?三度目の正直ともいうし。挽回のチャンスがある方がいいと思うんだよ!」

 

ぎりぎり間に合ったぜ。代わりに担がれてくれ葛城君。

 

「え~葛城かよ~」

「まあ、でも流都が言うなら」

「坂柳君もああ言ってるし」

「でもな~」

 

「やれと言われればやぶさかではない。前回は俺のミスでCクラスに後れを取った。挽回のチャンスがあるというのなら是非もない」

 

おお~流石だ。真面目だね。

 

「本人もこういっているわけだしどうかな?」

 

「まあ、本人が言うなら」

「クラス単体のリーダーだけじゃあんまり結果に影響しないだろうし」

「いいんじゃない?」

 

「じゃあ、そういうことで」

 

有栖の方に視線を向けると楽しげな顔でこちらを見ているのがわかった。

 

「ルツはこう見えて運動がかなり得意ですので活躍できますね!」

 

「流石坂柳!何でもできるな!」

「負けねえぞ、坂柳!」

「流都さんマジ流石っす」

「期待してるぞー」

 

わざとみんなに聞こえるように俺に話しかける有栖に殺意を抱きつつ、周りの反応を見て胃が痛くなった。

 

ただ、ここで俺が活躍し人望を見せることは反発している彼らをに対して反撃の手段にならないだろうか?

 

いや、なる。正常な判断力が欠如してきている彼らからすれば俺の活躍は面白くないし、むかつく。この感情は利用できる。

 

俺は頭の中で作戦を組み立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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嵐の前の

先生の話していた通り、この時間は体育館で他学年との顔合わせだ。この学校は生徒の数が固定されており、1クラス40人の一学年4クラス。全校生徒は総勢480人となっているらしい。数人の退学者はいるだろうが、教職員も合わさったこの体育館にはおよそ500人がもの人数が集まっていた。

 

Aクラスは一見クラスでまとまって座っているようで、葛城派と坂柳派が綺麗に分かれている。だが、数の差は圧倒的だった。現時点で坂柳派に属す生徒がクラスの大半を占め、葛城派には数人の男女がいるだけだ。

 

座って待機していると、上級生とみられる生徒数名が前に出てきた。

 

「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回、赤組の総指揮を執ることとなった。まず始めに、1年生に1つアドバイスをしておく。一部の連中は余計な世話だと思っているかもしれないが、この体育祭は非常に重要なことだということだ肝に銘じておけ。この経験は必ず次につながる。これからの試験は一見遊びのように思えるものもあるかもしれないが、それら全てが、例外なくこの学校での生き残りをかけた戦いとなる」

 

随分とあいまいであやふやなアドバイスだな?

 

「全学年が関わっての種目は1200メートルのリレーだけだ。リレーを除き、競技は学年別のものばかりだ。残りの時間は学年に別れた話し合いを好きにやってくれ」

 

そう言って、藤巻先輩はAクラスの集団へと引っ込んでいった。指示通り、学年ごとに分かれた集団が形成される。

 

「奇妙な形で協力することになったが、仲間同士、滞りなく協力関係を築いていきたいと思っている。よろしく頼む」

 

「こちらこそだよ葛城くん。一緒に頑張ろう」

 

積極的協力関係、というわけではないだろう。同じ組になった以上は足の引っ張り合いだけはしないようにしようという感じだろう。

 

しかし、こういった場所にいると疲れる。耳に入ってくる雑音がうるさいし、向けられる視線もうざい。

 

「話し合いをするつもりはないってことかな?」

 

雑音の中から一瞬、一之瀬のそんな声が響いた。多くの人間がその様子を見てざわついている。理由は簡単。Cクラスが体育館から出ようとしていたからだ。龍園君を先頭に出入り口付近に固まっているCクラス。

 

「俺はお前らのことを考えてやってんだぜ?俺が協力しようと言ったところで、お前らが素直に受け取るとは思えない。なら、初めからやらねえ方がいいってことさ」

 

「なるほどー。時間の無駄を省くためなんだねー?」

 

「そういうことだ。感謝するんだな」

 

「協力なしで、今回の試験に勝てる自信があるの?」

 

「クク、さあな」

 

不敵に笑い、そのまま体育館を後にしていった。

 

「早くも動き出した、ということでしょうか」

 

有栖のそんなつぶやきに吸い寄せられるように視線がこちらに集まる。

 

確かに有栖は可愛い。それは認める。端正な顔立ち、ほんのりと上気した頬、吸い込まれてしまいそうな蒼色の大きな瞳。まさに絶世の美少女であった。落ち着いた雰囲気なのに、どこか強い意志を感じさせる目。だが、何より注目を集めたのは多くの生徒があぐらをかいたり、体育座りで過ごしている中、その少女は杖を持ち、椅子に腰掛けてることだろう。そして、その傍に立っている俺もひたすら目立つ。殺してくれ。

 

「残念ですが、この体育祭、私は戦力としてお役に立てません。全ての競技で不戦敗となります。ご迷惑をお掛けすることになるでしょう。その点についてまずは謝らせてください」

 

「謝ることはないと思うよ。そのことについて追求することはないから」

 

平田の言葉通り、そんなことをする人間は1人もいない。どうしようもないことを責めても仕方がない。それぐらいはわかるらしい。

 

多くの人は、どこか前評判と違う印象を坂柳に受けたんじゃないだろうか。攻撃的な性格とは思えない。口調も穏やかで、礼儀正しい。だが、そんな外面に騙されないでくれ。この女はもっと恐ろしい何かだ。嗜虐心と才能と愉悦と可愛さと攻撃性でできている。

 

「痛いです、姉さん」

 

「ルツが失礼なことを考えたような気がしまして」

 

杖で足をぐりぐりしないでください。もう慣れたけど。

 

「申し上げた通り、私は今回参加は叶いませんが、Dクラスの皆さんのことも影ながら応援させていただきますね」

 

「うん。よろしく頼むよ!」

 

イケメンスマイルで場を和ませる平田。うーん、こういったタイプのイケメンは周りには少ないな。

 

「あ、忘れていました。私の横に立っているのは私の義弟です。かなり運動ができますので皆さんに貢献できるかと思います」

 

「馬鹿野郎!?」

 

「何か言いましたか?」

 

ここで喧嘩をするわけにもいかずスルーする。

 

「いえ、なんでも」

 

「じゃあ、よろしくね!坂柳君」

 

「あ、はい。よろしくお願います」

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね~待った?」

 

葛城にメールを打ち終わり、顔を上げるとちょうど一之瀬が向こうの方から歩いてきていた。艶のあるピンク色の髪。ロングヘアによって映えるスタイルの良さ。有栖にも匹敵する美少女。マジで癒しだな。性格もいいし。

 

「ごめんね。一之瀬さん。こんなところに呼び出しちゃって」

 

校舎裏の端の方で俺は一之瀬と密会していた。今日も笑顔が素敵だ。

 

「これAクラスの参加表。そろそろ葛城君には退場してもらわないといけないからね」

 

「本当にいいの?」

 

「問題ないよ。こっちにもそっちにも利益のある取引だ」

 

不安そうな顔をする一之瀬にフォローを入れる。それにしても一之瀬はよく応じてくれたものだ。感謝しなければならない。やっぱり、一之瀬が俺オアシスなんだよな~。神室さんは相変わらず冷たいし。

 

「じゃあ、体育祭で会おうね!」

 

「ああ」

 

夕暮れ時、怪しげな密会は数分で終わりを告げた。校舎の陰に人影がいたことを気づかないふりでやり過ごし、そのまま校舎裏を後にした。

 

「後は神室さんと葛城君にメールだな」

 

5時の鐘の音を聞きながら俺は部屋へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本格的な練習が始まり、各々練習に励んでいる。

 

「ほんとに速いんだな!」

「11秒38ってやばいな!陸上部より早いじゃん!」

 

100Mを走り終えクラスメイト達に囲まれる。目を閉じて外していたリミッターをゆっくりと元に戻し、体の調子を確かめる。少しずつ慣らしていけば使い物になるだろうと確信し、適当にクラスメイトの会話を捌いていく。

 

休憩時間まで時間はあるものの、練習する競技は終わったので端っこで休むことにした。すると、杖を突きながら有栖がやってきた。

 

「お疲れですか?」

 

「別に」

 

いつもの有栖らしくない。そんな違和感は的中した。

 

「面白がって皆さんにはああ言いましたが、別に無理をする必要はありませんよ」

 

有栖が突然優しい言葉をかけてきた。え?怖いんだけど、有栖が優しい言葉をかけてくるなんて。

 

「忠告はありがたく受け取っておく。もちろん無理をする気はない。だけど、そうだな。突出した天才を打ち砕き地に落とすのが俺の役目だから、敵の才能次第だな」

 

そうだ。別に有栖に対するヘイトをこっちで受けてなおかつ相手の動きを封じ込めるという作戦を実行するためだけなら、高い順位を取り続ける必要はない。

なら、なぜ今回は俺はこんなやる気を出しているのか?もちろん、有栖に物理的な脅威が及ぶのは防ぐ必要性があると思う。ただ、それは目的の一つに過ぎない。俺の目的は天才たちを這いつくばらせること。凡才が後天的な影響のみで天才を打ち砕けるようにするのがあそこの理念だ。そのために作られた。そのために、俺は望んであそこに入った。犠牲になった人間たちの死体の上に俺は立っているから。俺は証明しなければならない。

 

「………」

 

「何か言いたげだな」

 

「いえ、何でもありません」

 

なんとなく釈然としない感情だけが燻ぶっていた。

 

 

 

 

 

 

 



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体育祭開幕

体育祭が始まり、グラウンドが熱に包まれていく。入場行進や開会宣言を終え、早速競技が始まる。初めは100m走だ。全員参加の個人種目は、全て1年生から始まる。最初に1年男子で始まって3年女子、途中休憩を挟んで1年女子から3年男子、という風に切り替わっていく仕組みだ。競技に参加するため、1年男子がぞろぞろとグラウンドへ出ていく。1つの組が用意してからゴールするまで大体30秒ほど。1学年男女10組ずつの3学年なので、全員が走り終えるのには30分ほどかかる計算だ。

 

俺は、3組目だから結構早めだな。

 

奇遇なことに同じレーンには葛城君と神崎がいた。神崎の方はあまり知らないがBクラスでも割と中心的な位置にいるらしい。一之瀬から話は聞いている。よろしく頼むみたいなことを言われたが、一之瀬は何を吹き込んだのだろうか?

 

まあ、関係ない話だけど。

 

パン、の合図と同時にスタートする。この日にピークを持ってくるように調整はしていたため、体は軽い。10月の冷たい風を一身に浴び11秒01で走り終えた。もちろん結果は一位だ。ペース配分も完璧だ。

 

「流石だぜ!」

「よっしゃあ!」

 

 

「なんだ、あいつ!?」

「随分と速いやつがいるな」

 

Aクラスの方から歓声が上がっている。逆に他のクラスからはどよめきが広がっていた。

 

男子が走り終わってから2分と経たないうちに、1年女子へと交代する。すでに1組目はスタートしていた。

 

「濃密スケジュールだな」

 

「だな。それよりも絶好調じゃねえか!黄色い声援が飛んでだぜ?」

 

「そりゃいいね。美少女はいた?」

 

「お前意外とそういうのに興味があるんだな」

 

そんな会話をしていると、Dクラスのコテージが騒がしいことに気づく。それはまさに、赤髪の生徒が高円寺に殴りかかる瞬間だった。

 

「おいおい……」

 

しかし、その拳を高円寺は何事もなく受け止める。

 

「おお……」

 

早くもDクラスは仲間割れを始めた。やはり1年生の中では一番まとまりがないようである。

 

「さて、橋本君。女子のレースを見ようじゃないか。野郎の喧嘩を見ていてもつまらないよ」

 

「あ、そうっすね」

 

呆れたような視線を向けられたが、納得できない。お前は本当に男か?

 

気を取り直してレーンに視線を向ける。

 

「堀北と……伊吹、だったか」

 

伊吹澪。無人島試験の際、龍園君からDクラスに送られたスパイの役割を果たしていたと聞いている。

スタートの合図と同時に飛び出す女子。抜け出したのは伊吹と堀北。その中でも、若干ではあるが伊吹がスタートダッシュを制した。付かず離れずのいい戦いだ。半分を走ったところで、堀北がほんの少し前へ出た。

 

そしてラストスパート。この段階で、伊吹がジリジリとその差を詰めていく。並ぶか、並ばないか、という微妙なところで2人ともゴールした。

 

「接戦だったね」

 

「だな」

 

周囲の人間も感嘆の声を漏らす。二人ともかなり身体能力が高いらしい。綾小路が隠れ蓑に使うのも納得できなくはない。

 

「そうだ、橋本君。一つ頼まれてくれないかな?」

 

「?」

 

仕込みはしないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

続いての競技はハードル走。ハードル走は、10m間隔でハードルが置いてあり、10個ある。それは普通だが、この体育祭のハードル走には大きな違いがある。

普通、ハードルには触れても問題はないし、飛ばなくても問題がない。しかし今回、そのような行為にはゴールタイムに一定の秒数を追加するというペナルティが設けられている。ハードル一個倒すごとに0.5秒追加、接触で0.3秒追加だったはずだ。つまるところちゃんと飛ばないとタイムが嵩むということだ。

 

 

「よう、坂柳?だよな?。よろしくな」

 

「…ああ、よろしく。柴田君だよね?」

 

Bクラスの柴田。身体能力はかなり高いと記憶している。平田と同じサッカー部に属する男子で走力だけなら平田以上にサッカーが上手く、学年内トップクラスの身体能力を持つらしい。

 

わかりやすくていい。つまり、柴田よりも速く走ればいいわけだ。

 

合図と同時に飛び出した。最初に抜きんでたのは俺だった。だが、その後一瞬で柴田に追い抜かれる。その時点でリミッターを少し外した。体温が上がる。体中を巡る血液が熱い。

 

同時に高揚感を感じる。体の制御が離れるギリギリを感じながら疾駆する。それぞれのハードルまでどの程度の歩幅で何歩進めばスムーズに跳ぶことができるのか。検証してある。減速の必要はない。ただ走るだけだ。跳んで走って、飛んで走ってを……繰り返していき、ゴールにたどり着いた。正直途中から柴田を気にしていなかった。

 

体感は13秒くらいだろうか。

 

「ふう……」

 

「速いな、坂柳。もしかして陸上やってた?」

 

2位にもかかわらずさわやかな笑みを浮かべて話しかけてくる柴田に好感と嫉妬を感じつつ会話に応じる。

 

「部活とか入ったことなくてね。いや~、運が良かったよ」

 

「それであの動きかよー。すげえな!」

 

認められることよりも才能あるものが負けているのを見ることに悦楽を感じる。俺もきっと性格は悪いのだろう。そんなことを考えながらも次の競技へと意識を向けた。

 

 

 

男子団体競技の棒倒し。

 

「お前ら絶対勝つぞ。高円寺のクソがいない分気合入れろよ!」

 

先ほどの赤髪ヤンキー………須藤が前に出て、A、Dクラスの男子に喝を入れる。暑苦しいし精神論だし、好きではないタイプだ。

 

棒倒しでは、速さと同じかそれ以上にパワーが要求される。体格でみると、俺らにとって1番の脅威はCクラスにいるアルベルトくらいだ。今回は、二本先取した方の勝ちとなる。Aクラスは防衛。Dクラスは攻撃を担当している。

 

「ま、心配いらねえぜ。俺が1人でも相手ぶっ倒すからよ」

 

「倒すのは人じゃなくて棒で頼むぞ……?」

 

「保証できねーな。高円寺の件でイラついてるからよ」

 

綾小路は一応心配で声を掛けたらしい。

 

襲い掛かる勢いで敵意むき出しだがいなされそうで不安だ。そして試合開始のホイッスルが鳴り響く。鳴る前から前のめり状態だった須藤はすぐに飛び出していった。

 

殴るけるなどのあからさまな暴力行為は禁止されている。だが、取っ組み合い程度は狂されるだろう。やったことないから知らないけど。

 

「止めろー!須藤を止めるんだ!」

 

防御側のBクラスの男子が叫ぶと、一斉に須藤に人が集まる。

 

「くっそ、何人来るんだよ!?」

 

初めこそ、言葉通り相手を吹っ飛ばしながらとにかく前進を続けていた須藤だが、3、4人に阻まれ止められる。

 

「おいやベえぞ!」

 

気が付くとアルベルトがすぐそばまで迫ってきていた。快進撃は須藤の比ではない。だが、

 

「止まれ、アルベルト」

 

取っ組み合いはセーフ。暴力は禁止。だが、ばれなければ問題ない。身長がデカい生徒の後ろに潜み、どさくさに紛れて俺は素早く右足を一歩踏み出す。顎を狙った掌底。派手な動きでなければ事故として誤魔化せる。

 

「ッ!?」

 

アルベルトはわずかに体勢を崩す。こちらも制約があるため威力は出せないが、綺麗に入った掌底は確かにアルベルトの頭を揺さぶる。

 

それでもアルベルトは歩を進める。他のCクラスも迫っているので最後に膝裏にローキックを入れて離脱する。今のは少し危うかったかもしれないが効果はあったらしくアルベルトはバランスを崩し、Aクラスに押し返される。砂埃をうまく使えば反則紛いでもバレることは少ない。

 

向こうの方で歓声が上がる。ぎりぎりこちら側が一本取ったらしい。安どのため息を漏らしながらも次は攻守を変えて二本目に臨む。

 

二本目もやはりCクラスが攻めてくる。開始のホイッスルと同時に、Cクラスが突貫してきた。Aクラスはすれ違うような形でBクラスに突貫する。

 

AクラスにもBクラスにも特別ガタイのいい男はいないため、両者せめぎ合ったままだ。しばらくして向こう側から怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「ぐっ、がっ!誰だ今腹殴りやがったのは!?」

 

須藤の苦悶の声が聞こえてくる。どさくさに紛れて須藤に直接攻撃を加えている輩がいるようだ。俺と同じことをしているらしい。さっきも言った通り、暴力行為は違反だ。つまり、バレないと絶対の自信を持ってやっている。そして事実、やり方はうまい。人が入り乱れて砂塵が巻き起こっている中、その接触が偶然なのかそうでないのかを見極めるのは非常に難しい。さっき経験したからわかる。そう何度もやれるものではない。

 

誰がやっているかなど見なくてもわかる。先ほどから須藤に攻撃を仕掛けているのは、Cクラスのトップに君臨する男、龍園だ。その素足が、須藤の背中を踏みつける。

 

「がっ!」

 

まずいな。このままだと負けそうだ。瞬時に判断して先ほど同様リミッターを外す。さっきよりも深く。

 

普通の人でも、筋肉をフルに使うことができれば150kg くらいのものでも片手で持ち上げることが可能である。しかし、現実の俺たちはウェイトリフティングの選手でもない限りそんな重いモノは持ち上げられないし、一般人は10Kgのコメを持つだけで精一杯。原因は、俺たちが自身の能力をフルに使っていないからである。なぜ使えないのかというと、それは安全のために脳が制御しているためだ。これは記憶力や頭の回転にも影響しているらしい。

 

あの施設の人間は体を弄りまわし後天的な優れた人間の体を作成することに注力していたが、限界を感じ脳のリミッターを弄ることにした。その結果、俺は脳のリミッターをある程度制御できる。

 

つまるところどういうことかと言えば——

 

「鬼頭君。指を組んでバレーのレシーブみたいにしてくれない?跳ぶから」

 

鬼頭は一瞬面食らったように驚愕を露にしたが、一瞬で納得し準備してくれる。大地を踏みしめポップ、ステップ、ジャンプ!!!!!

 

「はあ?」

 

「何ィィィィ!!!???」

 

風を切り裂く感覚と浮遊感に自然と口角が上がる。体格に恵まれたやつ。体の使い方が上手いやつ。指揮を執るのが上手いやつ。全員まとめて凡才の俺がねじ伏せる!

俺は棒の一番頂上に組み付き勢いのまま倒しにかかった。一番モーメントがかかるこの位置取りでこの勢い。

 

様々なことが重なり棒が倒れる。それはこちら側の棒が倒れるのとほぼ同時だった。

 

 

 

「あー、イラつくぜ!全勝するつもりだったのによ!」

 

須藤の叫びは1年の赤組陣営に浸透する。結局、僅差で白組の得点になった。その後も一本も取られ、白が勝った。Aクラスの数人からは文句の声が飛び交う。

 

「あれだけ大口叩いてこれかよ!」

「せっかく流都さんが棒を倒してくれたのによ!」

「最悪だぜ!これだから不良品はよぉ」

 

「ああん!?なんだとコラァ!!!!!!」

 

「やめろお前たち」

「須藤君も落ち着いて!」

 

慌てて葛城平田両名が抑えにかかる。

 

「すまない、我々がもう少し早く棒を倒していれば」

 

「ううん、僕らもしっかりと守れなかったから。また次頑張ろう」

 

こんな時でも、平田と葛城は落ち着きを持ってクラスのまとめ役という大役を全うしている。果たして、平田の言う「次」という名のチャンスがいつまであるのか。そもそも、今の時点でチャンスなるものは存在するのか。まあ、それは体育祭の全日程が終了して初めて、結果論として言えることだ。

 

「鬼頭君。ありがとう。助かったよ」

 

「ああ、問題ない」

 

最低限のお礼だけして一度自分たちの陣営まで戻った。

 



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演技派?です

次は綱引きだった。

 

「綱引きは直接の接触がないから、向こうも単純な力で勝負するしかない。さっきみたいなことにはならないはずだよ」

 

「まあな……だからこそ負けらんねえ」

 

彼らの言う通り、互いの距離が離れているため不正をすればその事実を隠すことはできない。

 

「打ち合わせ通りに一気に叩く。いいな?」

 

「うん、わかってるよ」

 

平田と葛城が作戦の最終確認を行う。まあ作戦といっても複雑ではない。単に身長順に並ぶことだ。だが、事前に打ち合わせていなければできない作戦でもある。相手がこちらの手の内を今知っても真似はできないだろう。

 

「葛城くんさー、いつまでも偉そうに仕切らないでもらいたいねー」

 

「……どう言う意味だ橋本」

 

橋本が葛城に対しては馬鹿にしたような目を向けていた。有栖の指示だろうか?それとも独断だろうか?おそらく前者であり後者でもあるのだろう。葛城君を潰せという指示があり、その手段は橋本の自由ということなのだろう。

 

「どういうって、そのまんまだよ。あんたのせいで今Aクラスが失速してるんじゃないか?さっき勝てたのだって、流都のおかげだろ?本当にこの作戦で勝てるって言い切れるの?」

 

ばっちり飛び火したんだけど。しかし、これは想定していたことでもある。こういうヘイトの集め方は好都合だった。これがなければ、こちらで行動するところだった。

 

「いい加減しろよ!毎回、葛城さんに突っかかりやがって!」

 

弥彦がすかさず割って入るが、今回はそれだけではなかった。

 

「そうだそうだ!じゃあ、お前らが作戦立ててみろよ!」

「ちょっと活躍したぐらいで調子乗ってんじゃねえぞ!」

「どうせ狡いて使ったんだろ!!!!!!」

 

「そうよ!調子乗ってんじゃないわよ!」

「偉そうにしちゃってさ!」

「姉弟揃って性格歪んでるんじゃないの!?」

 

橋本にだけ向けた罵倒ではなくなってきたし、普段は介入してこないメンバーが介入してきた。

 

「同じAクラスとは思えない品位のなさだな」

「何言ってもいいと思ってんじゃないかしら」

「実際こっちは結果出してんだろうが」

 

ヒートアップした空気を冷やすべく慌てて葛城君が口をはさむ。

 

「Dクラスも動揺している。冷静に進めるべきだ」

 

「答えになってないなー」

 

なおも煽る橋本。

 

「俺の決定を疑う気持ちは理解するが、これ以上場を乱すようなことがあれば坂柳の責任が生まれるだろう。それでも構わないか?」

 

「何も見えてないねー葛城くんは」

 

橋本はクスリと笑う。真面目に受け答えしている様子はない。ただ、いったんは引き揚げていった。というより、綱引きの時間だ。

 

綺麗に身長順になっている。そのため、俺はかなり前の方だ。他方で、1年白組は連携を取っていないためにクラス単位で前方後方の縄の担当が綺麗に分かれていた。縄の前方を握るBクラスは俺たちと真逆で、身長が高い順に前から並んでいる。縄を引く位置を高くすることが狙いか。Cクラスは特に何も決めていないのかバラバラだった。

 

「こっちが有利だぜ!行くぞお前ら!」

 

試合開始の合図とともに、思いっきり縄を引く。

 

「オーエス!オーエス!」

 

掛け声を上げることはアスリートもよくやっていることだ。俺のやっている脳のリミッターの制御に近い。掛け声を上げることでわずかに筋力が増す。

 

「オラオラオラ!余裕余裕!!」

 

初めこそ均衡が保たれていたが、連携を取っているこちら側が優勢。20秒ほどで決着がつき、赤組の勝利となった。

 

「しゃー!見たかオラ!」

 

縄の一番後ろを担当する須藤が吠える。

 

正直Bクラスが憐れだ。一之瀬がいたら同情していたところだ。

 

「なー、やっぱ協力した方がいいぜ?相手強いしさー」

 

流石に勝てないと思ったのか柴田がそう言うが、龍園は全く相手にしていない様子だ。

 

「よしお前ら配置変えるぞ。チビから順に並べ」

 

指示というより命令という感じだ。龍園の指示通りに小さい順から並んでいく。完成した白組の並び方は、ちょうど弓なりになっていた。

 

「へっ、楽勝だな。あんなんで勝てるわけないぜ」

 

「いやそうとも言い切れん。全員気を抜くな」

 

「でもさっきも余裕だったじゃん?俺らみたいに小さい順に並んでるわけでもないしさ」

 

「そうじゃな……いや、今は時間がない。とにかく全力で引け」

 

インターバルが終わったため、葛城は説明を諦めざるを得なかったようだ。

 

「オーエス!オーエス!」

 

試合開始とともに掛け声が響く。だが、異変を感じたのはここからだった。明らかにさっきと重さが違う。

 

「おら粘れよお前ら。簡単に負けたら死刑だぜ」

 

龍園の呑気な号令が飛ぶ。さらに重くなる。綱引きのようなものでは全力を出さないことにしている。個人の力ではどうしようもないからだ。

 

「ぐああ、痛い痛い!!」

 

値を上げだす生徒が出始めて、1回目よりもさらに長引いた勝負はわずかな差で白組が勝利を収めた。

 

「なんでさっきと違うんだよ!?誰か手抜いたんじゃねえだろうな!?」

 

「落ち着け須藤。相手が正しい陣形の一つを取ったこと、そしてこちらの油断が主な敗因だ。だがこれで分かっただろう。相手は連携がなくても戦う力がある。次は油断せず、気を引き締めて縄を引くことだ。それから縄を引くときは斜め上に向かって引くようにするといい」

 

流石葛城君。荒ぶる須藤を止め、且つ的確なアドバイスをする。今打てる最善の手だ。涙が出るよ。まったく。

 

「よーしお前らにしちゃよくやった。次も同じようにやりゃいい。勝てると思ってるカスどもに思い知らせてやれ」

 

龍園がクラスを支配しているからこその鼓舞の仕方だ。そして、最終戦が始まった。

 

「オーエス!オーエス!」

 

掛け声とともに綱に力を込める。さっきと同様、なかなか決着はつかない。だが、試合開始時の足の位置より後ろにいるところを見ると、わずかではあるがこちらに引かれているようだ。

 

「ぜってえ勝つぞ!もう一息だ!引けええええ!!」

 

須藤の叫び声に合わせ、気持ちさらに力を入れて引く。チラリと龍園の顔を見ると邪悪な笑みを浮かべていた。反射的にこれから起こることを考え体の重心を戻す。

 

「「「うわああ!!?」」」

 

その瞬間、やはりというべきか綱の重みが一気に解消され、ほとんどの生徒が体重を後ろに行ったまま倒れてしまった。前を見て状況が分かる。白組、それもCクラスが、急に縄から手を離したことが原因だろう。Bクラスとしてもこれは予想外だったらしく、数人倒れている生徒がいた。

 

先に予見して正解であり失敗でもあった。なぜなら赤組で立っているのは俺一人だからである。

 

龍園と視線が交錯する。満面の笑みで返してあげる。

 

「チッ!」

 

舌打ちで打ち返された。

 

「ふざけてんのか!?」

 

突然、須藤が怒鳴り声を上げる。耳が痛い。良いじゃん、勝ったんだから。相手がくれたにしろ勝利は勝利だぞ?まあ、むかつくけど。

 

「勝てないと思ったから手を休めたんだよ。よかったなお前ら、ゴミみたいな勝ちを拾えて。這い蹲る様は面白かったぜ」

 

「テメエ!」

 

棒倒しの件もあり、頭に血が上った須藤が走り出そうとする。しかし、葛城君は腕を掴んでそれを止めた。

 

「やめろ須藤。こうやって怒らせるのもあいつの作戦の一部だ。体力を消耗させる、それから暴力行為で反則勝ちを狙っているかもしれない」

 

「けどよ!」

 

「落ち着け。龍園のやったことは褒められたことじゃないが、ルール違反ではない」

 

「だったら、あいつも許せってか!?あいつ立ってるってことは手を抜いてたってことだろ?ふざけんなよ!」

 

やはり俺の方に非難が飛んできた。

 

「Cクラスが妙な動きをしたから重心を変えたんだよ。変えたタイミングで向こうが縄を離したんだ」

 

あえて謝罪はしない。そっちの方が都合がいいからだ。

 

「ふざけんな!結局手を抜いてたってことじゃねえか!!!!」

 

葛城君が何とか抑えようと必死に立ち回る。彼には後でお礼をしよう。

 

「くそ、勝ったのになんかスッキリしねえ」

 

恨み言を漏らす須藤。その様子を見ながら、全員が自陣へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

障害物競争は余裕だった。用意されている障害物は、平均台、網潜り、頭陀袋。難易度は高くないが、どれもスピードダウンを余儀なくされるものだ。だが、障害物のある場所でもペースを落とさずに動く方法や足場の悪い状況でもバランスを保つ方法は知っていた。1位で平均台を渡りきり、網潜りに関してもそのままの順位、頭陀袋で2位のやつが距離を詰めてきたが、最後の直線で距離を離し一位になった。

 

特にアクシデントもなく無事二人三脚も終えた。危うかったが1位だった。残すは200m走と騎馬戦だ。

 

騎馬戦は体力の消費が少ないわりに勝ちやすい。土台は鬼頭、澁谷、橋本の三名。比較的ガタイのいいメンバーのため、安定感がある。

 

Aクラスは1騎失いながらも、柴田や神崎擁するBクラスの大将騎のハチマキを奪った。その他2騎も倒し、もう一騎取りに行こうと動いたところで龍園が立ちふさがった。

 

「よう、坂柳。てめえはここで終わりだ」

 

「随分と好戦的じゃないか、龍園君」

 

好戦的な笑みを浮かべ俺の前に立ちふさがる龍園を見て思う。やはり、テンションが上がらない。こいつは優秀であっても天才側ではないからだ。才能はある。憎むべき対象だが、やはり才能だけでいえば他の天才たちには見劣りする。圧倒的に理不尽である天才たちはもっと潰しておきたいという欲望が湧いてくるものだ。

 

「けど、叩き潰すことに変わりはない」

 

龍園が素早く手をハチマキに向けてくる。俺はそれを後ろに反るようにして避けた。再度近づいてきた、今度は腕自体を受け流す。

 

わざと隙を作り攻撃を誘導し、腕を弾き体勢を崩す。そして、カウンターを叩き込む。これが、基本戦術だったが今回は機能しなかった。

 

攻撃を弾いた時点で龍園の騎馬が砂を蹴り上げて鬼頭の視界を潰したからだ。騎馬がぐらつくと責めづらいことは俺も同じ。だが、それだけなら対処できた。問題は、ぎりぎりで放ったカウンターが予期せぬ衝撃ではじかれたことだ。

 

いや正確には気が付いてはいたが騎馬がぐらついたせいで対処が遅れた。それは、Dクラスの騎馬の相手をしているはずのCクラスの騎馬だった。

 

「てめえ相手にタイマン張るわけねえだろ?」

 

須藤たちの騎馬はどうやら俺たちがやられた目つぶし作戦で動けないらしい。すぐに追ってくるだろうが10秒は最低でもかかる。

 

この位置取りで10秒間凌ぐのは骨だ。

 

龍園の腕が正面から伸びてくる。俺はその腕に頭突きするような形で接触した。当たったと同時に体をぶらし頬を押さえる。横から伸びてきた腕に対しては避ける様な事を直前までせずに接触時のみ位置をずらす。

 

「なッ!てめえ!!!!」

 

龍園は気が付いたようだがもう遅い。観客からは俺が二回殴られたように見えるだろう。そのまま、逆サイドに体重をかける。必然的に騎馬はよろめき崩れた。

 

思わず口角を上げながら囁く。

 

「盤外戦術も小細工も君の専売特許じゃあない」

 

ほぼ同時に須藤が追い付き龍園でないほうの騎馬を落とす。正直、正面から戦っても勝率は7割ほどあったが、この後のことを考えるとこっちの方が効果的のためこの作戦を取った。崩れた拍子に粘膜を傷つけ鼻血を出すことも忘れない。

 

騎馬戦の結果としては龍園がハチマキに何かを仕込んでいたらしく須藤は敗北した。これで午前の競技は終わった。



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姉弟喧嘩

自陣に戻った後、龍園に殴られたと思っているクラスメイトは俺に心配の声と龍園に対する怒りの声をかけてくる。鼻血はすぐに止まったがフラフラとして歩く演技をしていると昼休憩のうちに保健室に行くことを勧められる。

 

「そうだね。200mを走り終えたら保健室に行ってくるよ」

 

そういって心配されながらも200m走に参加。再度、神崎とレーンが同じになった。ふらついている演技は続けておきたいため、神崎に1位を譲る形で走った。周りが遅かったおかげで2位で通過した。

 

「大丈夫か?ふらついているようだが」

 

「ちょっとした接触事故だから大丈夫だよ」

 

神崎に心配されたので適当に受け流す。演技に騙されてくれて助かった。少し意味深な目を向けられたものの納得したのか神崎は自陣に帰っていった。

 

お昼休憩の時間になり、先ほどの宣言通り保健室に向かうことにした。

 

神室さんに目配せをして俺は保健室に向かう。その際、わざと人通りと監視カメラが少ない道を選んだ。

 

俺が龍園に殴られたと見せた理由は2つ。一つは単純にハチマキを取られるのは癪だったから。もう一つはCクラスが坂柳流都を潰したがっているということを演出させたかったからだ。実際は、この体育祭ではDクラス以外を標的にするつもりはなかったのだろう。

 

だが、そんなことは他の人間にはわからない。無人島での俺の行動と噂。有栖への嫉妬。この二つをきっかけに葛城派に所属する過激派と有栖が嫌いな中立派閥の人間の不満が高まっていく。葛城派をバカにする坂柳派閥の人間たち。綱引きでの俺の行動。クラスに貢献し葛城の活躍をかすませる俺の存在。予想外ではあったが橋本の挑発なども重なり、俺は彼らにとって目の上のたんこぶになったはずだ。だから、スケープゴースト先と弱っている姿を見せれば釣れると考えていた。

 

「おい!」

 

それは当たっていた。来ない可能性も考えてはいた。だが、その現場を押さえている彼らは必ず何かしらのアクションを起こすと考えていた。

殺気立ちながらも余裕の表情を浮かべる5人の姿。全員が葛城派閥ではないが共通して有栖に対する暴言や陰口を叩いていた連中だ。

 

「なにかな?俺は保健室に行きたいんだけどな?」

 

「安心しろよ。その怪我で保健室行くのは男としてなんだろ?もっと男前にしてやるよ!」

 

リーダー格の男子生徒が一歩前に出る。それをなだめる様に隣にいた女子生徒が止めに入る。

 

「流石に暴力はまずいって」

 

「問題ねえよ!準備は万端だ」

 

自信満々に吠えるリーダー格の男子生徒。名前は何だっけな………笹村だったかな?

 

「何のことかな?」

 

「ハッ、知ってんだぜ?お前が葛城さんが立てた計画をBクラスに売ってたこと」

 

「証拠ならあるんだ!」

 

そう言って、一番端にいた生徒が端末を起動する。音は拾いずらいが一之瀬と俺の密会が映し出されていた。

 

顔の血流を操作して青ざめた風に見せる。それに気を良くした女子生徒を除く生徒たちがにじり寄ってくる。

 

「何とか言えよ!弥彦の怪我だってお前がやったことなんだろ!?」

 

ここまで手の平で転がってくれるのはありがたい。さて、どう調理しようかな。

 

「勘違いだ。証拠もないのにガタガタ騒ぐなよ」

 

「んだと!?」

「状況わかってんのか?」

「こっちはお前が裏切った証拠を押さえてるんだぞ!いっつも余裕ぶりやがって」

 

本当に面白いぐらい転がってくれて助かる。普通はここまで激昂しないだろうが神室さんや橋本にそれとなく坂柳流都が葛城派と中立派をバカにしているという噂を流しておいてもらった。この様子だとかなり誇張されているらしい。

 

「君たちの戯言が正しいとしてどうしたいのかな?」

 

その一言でリーダーの堪忍袋の緒が切れた。右から飛んでくる拳をあえて躱さずに受ける。流石にもろに喰らいたくはないので後ろに下がりながらだが。それでもいいのが入る。

 

「グッ………」

 

一番端にいたやつは武道経験者らしい。鋭い蹴りが脇腹より少し上に直撃した。今回はまじめに受けたら悶絶しそうだったので、蹴られた瞬間に横に飛んだ。ゴロゴロと床に転がる。脇腹を押さえ、目をきつく瞑っていれば興奮状態の男子生徒は自身の蹴り感触の違和感に気が付かない。

 

「ちょろくて助かるよ」

 

「何ぼそぼそ言ってんだよ!!!!」

 

地面に転がる俺に対して追い打ちをかける様に蹴りが飛んでくる。5人のうち女子生徒を除く彼らは興奮状態で、俺に攻撃していることに征服感を覚えているようだった。

 

「大体気に入らねんだよ!あの女の弟だかなんか知らねえが、デカい顔しやがってよ!」

 

「ガッ!」

 

「散々俺らのことバカにしやがって!」

 

「グッ………」

 

「次はあの女だ!ひーひー言わせてやるよ!」

 

「ッ!」

 

口の中が少しだけ切れる。鉄の味がする。匂いも味も慣れ親しんでしまったものだ。こうやって殴られるのは久しぶりだな。散々失敗作だの生んだのが失敗だっただの言われた記憶がよみがえる。あれに比べれば、ぬるいな。

 

だけどそろそろ、物理的に痛くなってきた。これ以上は午後の競技に支障をきたす。

 

「さ、流石にやり過ぎだって!」

 

「あん?大丈夫だろ?Cクラスにやられたことになるんだからよ!」

 

案の定そういうことらしい。

 

「フッ、そううまくいくかな?俺が、証言すればCクラスとの証言と重なって通用しなくなるよ?」

 

「出来ねえよ。お前が俺たちの言うことを聞かずにしゃべったら裏切っているこの動画を流してやる!」

 

そろそろいいだろう。

 

「わかったかよ!」

 

追撃の蹴りを右腕で受け止める。そのまま勢いよく立ち上がり、足を俺の顔以上の高さまで上げバランスを崩したところに蹴りを入れる。

 

「ガッ!!!?」

 

受け身なしで地面に転がった彼は痛そうに悶えている。それを見て残りの人間が目の色を変える。自分たちが暴力を振っているくせに振られると怒るのは頭が終わっている証拠だ。

 

「ああ、わかったよ。君たちが価値のない塵だということがね」

 

「ああ?」

 

「その映像写っている一之瀬との密会。それはBクラスを嵌めるための罠だ」

 

「は?」

 

「何言ってやがる?苦しまぐれにしては—————」

 

困惑の表情と焦りの表情を浮かべる彼らの顔がたまらなく好きだ。圧倒的に優位な立場に立っていた人間が見下していた人間に状況をひっくり返され右往左往する表情は最高だ。

 

早く天才共のそういう表情も見てみたいなあ………。

 

「君たちはバカではないだろ?信じられないなら葛城君に連絡してみると良い。これが作戦であることがわかると思うよ」

 

徐々に彼らの顔が青くなっていくのを見ながら数日前のことを思い出す。一之瀬には、有栖が理不尽な暴力に晒されそうになっていて止めたいから協力してくれと素直に頼みこんで一芝居売ってもらった。彼女の善性に付け込んだようで申し訳ないが、結果は御覧の通りだ。その後、葛城君にBクラスを嵌める情報戦を仕掛けたと連絡をした。当然、葛城君は慎重な人間だから事前に言ったら止められるだろう。だから、一之瀬との密会の直前と密会の後にメールを送っておいた。やってしまったものは仕方がないがもうやめろとお叱りと疑念を抱かれたが、必要経費。

 

そして極めつけは神室さんに俺がここで暴力を振るわれている現場の録画と橋本達にここに来てもらうよう連絡をお願いしておいたこと。あと数分もすれば到着するだろう。

 

「は、ハッタリだ!」

「そ、そうだ。そんなバカなことが!」

 

「なら、早く連絡してみなよ」

 

そんな問答を続けているうちに橋本達が到着する。坂柳派のメンバーを数人と中立派の人間を数人連れてきてもらった。

 

「お前ら何してんだ!」

 

「は、橋本」

「こ、これは」

「違うんだ。俺らは嵌められて!」

 

傷は浅いとはいえボロボロの男子生徒一人とそれを囲むように点在している生徒5人。この構図は誰がどう見ても5人が悪者に見えてしまうだろう。

 

俺がふらふらになった演技をしていたのはボロボロにされても怪しまれないためだ。効果的に働いたようで誰も怪しんではいない。中立派の人間は少し状況を整理しているようだが、大丈夫だろう。

 

最後の仕上げをするとしよう。といっても、こっちは演技ではなく。割と本気できついんだが。

 

脳のリミッターの制御は身体への負担が大きい。俺の身体は、施設によって最適なものに調節されているが限界を超えたものを発揮するということは通常よりもはるかに疲労がたまる。

 

唯一の誤算は予想外にダメージの蓄積があったこと。適当に倒れたふりをして短時間で起きてギリギリ競技に参加する予定だったのだが、視界が揺れだした。

 

つまるところ、何が起こるかというと————俺の意識が暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はーい、悲劇のヒロインこと坂柳流都だよ!目を覚ましたら保健室のベッドでした。日の傾き具合から言って最低でも2時間ぐらいたっていそうだ。大誤算だ。

 

「………有栖、今何時かわかる?」

 

ベットの横で椅子に腰かけている有栖の方を見て問いかけると、平手打ちが飛んできた。

 

「ッ!?!?!?????」

 

クリティカルヒット。ケガ人に酷くないだろうか………。有栖の方を見ると形容しがたい表情をしていた。始めて見る顔だった。

 

「貴方は誰ですか?」

 

「え?」

 

「答えなさい」

 

有栖の雰囲気に気圧されて背筋が伸びる。

 

「坂柳流都だけど………?」

 

「はい、その通り。貴方は坂柳流都、私の義弟です。そして、私の家族です」

 

「………………」

 

言葉に詰まるという経験を初めてしたかもしれない。有栖の表情は怒っているようにも泣いているようにも呆れているようにも見えた。

 

「いいですか?ルツ。貴方は私のものです。私の許可もなく無茶することは許されていません」

 

酷い暴論だった。だけど、口ははさめなかった。

 

「私に勝つのでしょう?であるならこんなことにソレ(・・)を使うべきではないでしょう?」

 

有栖はスカートのポケットから大量の錠剤を取り出した。正確には錠剤の束だけど。

 

「何でそれを………」

 

「部屋に入って漁らせていただきました」

 

とんでもない。俺のプライバシーは?

 

「まったく呆れました。調節剤を使わないといけないレベルでそれを行使していただなんて貴方はどうしようもない愚か者のようですね。もっと心を圧し折っておくべきでした」

 

錠剤の握る手に力がこもっている。錠剤の入っている銀箔がぐしゃりと歪む。

 

「貴方の身体は特殊です。確かに優れた体なのでしょう。ですが不安定な体です。ソレを酷使しすぎれば限界が来る。使っていなくとも調整薬(これ)を必要とします。わかっているのでしょうか?」

 

有栖の目は数年前にマジギレされた時並みに真剣だったがこっちだって同じことだ。切れる手札を切って何が悪い?天才を打ち砕くためにこの身を削るのは本望だ。

 

「俺がコレ(・・)を否定できるわけないだろ!?だって俺は生き残ったんだ!果たさなければならない!犠牲(データ)になった子供たちのためにも!俺自身の妄執(願い)のためにも!俺が始めたことだ!研究者が殺したのだとしても、望んで協力したのは俺だ!」

 

久しぶりに大きな声を出したと思う。作っていた口調もいつの間にかはがれている。それでも止まらなかった。感情が言葉となり滝のようにあふれ出してくる。

 

「私が怒っている理由を理解できていないようですね?私はその力自体を否定しているわけではありません。自分の体の限界を知っていながら綱渡りのような行使の仕方をしたことに怒っているのです。長期間の行使を連日続ければどうなるかは想像に難くないでしょう?」

 

有栖は止まらない。たぶん、今までで一番饒舌な気がする。らしくない。いつもの冷静さは何処に行ったのだろうか?静かな怒りではなく激しい怒りを感じる。会話はどんどんヒートアップしていく。

 

「貴方が手を下さなくとも問題ありませんでした。無能な弟(不完全な天才)は大人しく引っ込んで居なさい」

 

頭に血が上る。久しぶりの本気で腹が立った。ここで黙るという選択肢は俺にはなかった。

 

「やり方がヘタクソだったのは認めてもいいが、今回のことは必要なことだった!有栖を倒すのは俺だ!他のやつのくだらない妨害で有栖が傷付けられるのは見過ごせない!だから、やった!それだけだ!心配しているのが自分だけだなって思うな!」

 

「…………話は以上です。今後一切の無茶は禁じます。それと今から戻ればリレーには間に合うでしょう」

 

話を打ち切って有栖は部屋を出ていった。保健室に静寂が戻ってくる。そういえば、星野宮先生はいないのだろうか?いたらいたで大問題だが。

 

辺りを見回すが今はいないようだ。

 

興奮はしているものの急激な脱力感に襲われ再び横になりそうになるが、ここで寝ているわけにはいかない。呼吸を整え少し頭を冷やしてから、上半身を起こす。

 

そういえば、有栖呼びをしたけど怒ってこなかったな。そんなどうでもいいことを考えながら起き上がる。

 

保健室から出てしばらくすると、様子を見に来た神室さんに出会った。

 

「なんだ。元気そうじゃない」

 

「え~もっと心配してくれてもいいんじゃない?」

 

「心配ならあんたの姉がしてたでしょ」

 

「………」

 

「耳赤かったけど何言ったの?あんた」

 

いぶかし気な目を向けられ釈然としない気持ちを抱えつつグラウンドで最後の競技の観戦をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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坂柳有栖の独白

その日連れてこられた男の子は銀色の髪と深紅の眼、整った容姿をした同年代の子でした。内包した独特の雰囲気から普通とは何かが決定的にズレていると直感しました。ですがそれらの印象と感想を飛び越えて義弟に最初に抱いた印象は生意気そうだ、でした。

『………私のほうが()なので『お姉ちゃん』と呼んでくれてもかまいませんよ』という挑発を思わずしてしまう程には生意気で屈服させたくなる男の子でした。

 

 

 

 

 

お父様から弟になる子だから仲良くしてくれと言われてどんな子かと聞いた時にすごく困った顔をしたのをよく覚えています。

 

「昔、連れて行った白い部屋のことを覚えているかい?」

 

「ええ、片時も忘れたことはありません」

 

「詳しくは言えないが、彼はあの施設の前身である研究所にいたんだ。綾小路先生が別プランとして進めていたんだけど、最近プロジェクトを凍結して残っていた彼の使い方を検討していたところを保護した形なんだ」

 

思い出すのはあの場所にいた綾小路君です。あの場所のことと彼のことは昨日のことのように思い出せます。忘れられるはずがありません。そして、その前身の組織で育ったというのであれば、お世辞にも素晴らしい環境で育ったとは言い難いのでしょう。

 

「彼は生まれた瞬間から施設にいたというわけではないんだがね………正直、その方がよかったのではないかと今では思ってしまうよ。彼は親に半ば売られる形であの研究所に入ったんだ」

 

それは、愛情を知らないことよりも残酷なことではないでしょうか?愛情を知らないものと知っているが与えられなかったものでは味わう痛みの強度が違う。なんて、冷たくて痛くて、寂しい人生なのでしょうか。

 

人肌に触れて得られるものは多くあるというのに。

 

「何故、彼は親に売られたのでしょうか?」

 

「………詳しいことは聞いていないけど優秀ではなかったからとだけ聞いているよ。結果、彼は才能と力に飢え研究所の人間に協力的だったらしい。狂ったように危険な実験やプログラムをこなし、最高傑作と言われるようになったんだが………あまりにも非効率で成功したのが彼だけだったことを受けてプロジェクトは凍結になったんだ。そのことについては僕はよかったと思っているよ」

 

どのような実験をしていたのかお父様は話しませんでしたが、表情を見る限り惨い実験だったのでしょう。

 

「わかりました。私が彼に人肌の暖かさというものを教えて妄執から救い出してあげましょう」

 

そういうとお父様は嬉しそうに笑った。この時の私の誓いは嘘偽りなく後悔もしていないし、今も諦めてはいません。ルツは可愛い弟ですし家族として親愛の情も持っていると断言できます。

 

ただ、唯一の誤算は私を歪ませるほど加虐心をあおる素質のある弟だったということです。

 



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体育祭終幕

日間ランキングに乗っていたことに驚愕を隠せません………。評価、感想ありがとうございます。


観客席に戻ると有栖の派閥の人間が心配そうに寄ってきた。どうやら、何があったのかはある程度知れ渡っているようだ。

 

「心配をかけてごめん。俺の代役で出てくれた人は誰かな?プライベートポイントは俺が払うよ」

 

「いえ、必要ないです」

 

「そうだぜ!流都は被害者だろ?」

 

「払うべきはあいつらだろ」

 

そう言って何人かが葛城君の陰になるような位置で立っている集団に目を向けにらみつける。

 

「その話は後にしよう。もうすぐ体育祭も終わるんだ。ここで騒ぎを起こすのはよくないからね」

 

そう言って周りを落ち着けてグラウンドに目を向けた。正確にはそこに立つ綾小路に。リレーは最終局面に映っていた。

 

各所から須藤のスピードに感嘆の声が聞こえてくる。後ろは混戦しているお陰で須藤はさらにリードを大きく広げた。そして平田にバトンが渡る。手堅い足の速さを持つ平田は、須藤が作ったリードをキープしたまま3番手にバトンパス。その後Dクラスは2年Aクラスに抜かれ、その後も後続が追い抜いていく。櫛田にまわる段階で、Dクラスは7位にまで落ちた。

 

ここで異変が発生する。バトンを受け取った生徒会長が、なぜかその場に留まって走り出さないのだ。

 

予想はできる。彼もまた綾小路に興味があるのだろう。だから待っているんだ。綾小路が櫛田からバトンを受け取るのを。

 

予測は正しく、ほぼ同時に二人が走り出した。驚異的な速さを見せる2人に、周囲からは歓声とどよめきが湧き上がる。尋常じゃない速度で、前を走っていた走者を置き去りにしていく。レースはさらに加速していった。

 

それを見ながら思う。俺があの日綾小路に脅威を感じたのは間違いじゃなかったんだ。

俺はあの二人のように走れるだろうか?答えはYESだ。それ以外はどうだ?無人島での暗躍。暴力事件の手腕。自らをあそこまで隠したうえで同じことができるか?

 

まだ、こんなものじゃないだろ?綾小路。お前はどっちだ?天才か?秀才か?それとも俺と同じ人工物か?綾小路というその名前がもし、偶然でなくあの男の血縁者である証明なのであればお前は————。

 

あふれる予感が止められない。

 

人工の天才は俺の標的になるだろうか?それとも俺の味方なのだろうか。その答えを今の俺は持ち合わせていない。

 

ただ、もしあれが人工物であるならば恐怖と敬意と期待と憎悪を俺は覚えるだろう。

 

ああ、お前のことをもっと知りたい。お前はいったい誰なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速かったね。やっぱり」

 

「あんたはあいつが速いの知ってたの?」

 

「予想はしていたよ」

 

走り終えた綾小路に好奇の視線が向けられる。結果から言うと、綾小路は生徒会長に敗北した。だが、これは2人の驚異的な追い上げに慌てた走者がこけて綾小路の進路を塞いでしまうという不確定要素が絡んだ結果だ。どちらが速かったかはわからない。僅差だ。

 

「あんたたち姉弟って本当にそっくりだよね?」

 

神室さんが俺と有栖の二人に視線を交互に向けながらつぶやく。

 

「………どこが?」

 

俺が有栖と似ているところなんて銀髪ぐらいだ。

 

「気づいてないの?あんたたちが綾小路を見ている眼そっくりだったよ」

 

「………」

 

思わず有栖の方に視線を向ける。確かに熱心な視線を綾小路に送っていた。

 

 

レースの結果自体はそれほど重要ではない。着目すべきは、これで綾小路に注目が集まったということだ。ジョーカーのつもりで隠しておきたかったのだが、まあ仕方がないだろう。油断をすれば、こっちが喰われかねない手札なんて危ないだけだ。あくまでギブアンドテイクの関係の方がいい。そう少し考えを改めて、グラウンドの中央に集合する。

 

 

 

これで体育祭の全日程が終了した。得点が開示され、各クラスの順位が明らかになる。俺たちは他学年の順位には目もくれず、1年だけに注目した。

 

 

 

1位 1年Bクラス

 

2位 1年Aクラス

 

3位 1年Cクラス

 

4位 1年Dクラス

 

 

 

「2位か」

 

唯一の救いは、赤組白組の対決は赤組が制したということくらいだろう。おかげでAクラスは変動なし。Bクラスは1位になったため50ポイントだがマイナス100されるため、マイナス50ポイント。Cクラスは負けた分と3位になった分でマイナス150。Dクラスは4位のためマイナス100ポイント。1年はAクラスの除いたすべてのクラスが後退だ。ぎりぎり逃げ切れた形だ。

 

学年別最優秀賞には柴田が選ばれた。午後の競技の全欠席はかなり響いてしまった。電光掲示板に映る文字が今回の失敗の象徴であり、柴田の才能の証でもある。

 

「残念だったわね………個人技はほぼ1位と2位だったのに」

 

「今回のミスは俺のミスだからね。気にはしないよ」

 

ちょっと心配げに声をかけてくる神室さんはやはりAクラスの中ではまとも枠だ。一之瀬と神室さんが今のところ俺のオアシスだ。

 

「ポイントを獲得する方法はまだ残っているし」

 

そう、正直ここからがメインイベントだ。総合1位を逃した以上それなりのうまみがないとカバーしきれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育祭が終わり解散した後カラオケボックスに集合した事件の当事者と目撃者たち。重ぐるしい雰囲気が部屋を覆っている。俺からの事情説明と俺を襲てきた笹村たちからの事情説明。目撃者の証言を聞き、葛城君と中立派の3人が状況を整理しているところだった。

 

「葛城君。君は今回のことどう思っているのかな?」

 

この場にいるのは俺と橋本、神室さん、坂柳派のメンバー数人。葛城君、弥彦、俺を襲ってきた5人組。最後に中立派の3人が観客としている。俺と葛城君、神室さん以外は不用意に口を開こうとしない。弥彦のことは葛城君が黙らせ、ヤジを飛ばそうとする坂柳派の人間は俺が制した。

 

「判断をする前にもう少し詳しい事情が知りたい」

 

「さっき俺からも彼らからも話したよね?」

 

「彼らの主張と坂柳の主張は食い違いすぎている」

 

「目撃者の話を信じないのかな?」

 

「中立派の人間がいるにしても抱き込まれて笹村たちを嵌めたという可能性を排除できない」

 

「なるほど。じゃあ証拠を出そうか」

 

神室さんの方に視線を向ける。神室さんはめんどくさそうにしながら携帯端末を操作して例の動画を流す。

 

『大体気に入らねんだよ!あの女の弟だかなんか知らねえが、デカい顔しやがってよ!』

 

『散々俺らのことバカにしやがって!』

 

『次はあの女だ!ひーひー言わせてやるよ!』

 

『さ、流石にやり過ぎだって!』

 

『あん?大丈夫だろ?Cクラスにやられたことになるんだからよ!』

 

『出来ねえよ。お前が俺たちの言うことを聞かずにしゃべったら裏切っているこの動画を流してやる!』

 

 

 

「なッ!?」

 

「そ、それは」

 

主犯格2人が絶句している。笹村なんて青ざめすぎて幽霊のようである。

 

「それは?」

 

あくまで冷静に状況を把握しようとする葛城君と中立派の3人。

 

「これは私が撮った動画。こいつがあまりにもフラフラだったから坂柳が様子を見てきてほしいってお願いしてきて、後を追ったのはさっき話したでしょ?そしたら、殴られたり蹴られたりしてたから橋本達に電話して、言い逃れができないように動画を撮ってたの」

 

神室さんの補足説明が入る。動画は途中からでブレてはいるものの、声は割と鮮明に拾っているため信頼に値するだろう。そう判断したのか葛城君はため息を吐く。

 

「彼らが坂柳に暴行を加えたのは確定と見ていいだろう。聞くに堪えない暴言からも彼らの事情説明とは食い違った恨みのような感情があることはわかる。少なくともCクラスに罪を擦り付け、坂柳を脅迫しようとしていたことの証拠ではあるだろう」

 

「そ、それは————」

 

「お前たちがは先ほど坂柳に先に襲われたから反撃した、そう言っていたな。坂柳が心配になり声を掛けようと後を追って声を掛けたら暴言を吐かれて言い合いになった。その結果、坂柳に手を出されたと」

 

苦しい言い訳だった。正直、あの状況に引っ張り出されてしまった時点で彼らは詰んでいる。全部、俺の手の平の中だったからだ。Cクラスへのスケープゴーストできる環境作りも人気のない場所への誘導も、神室さんの配置も彼らの悪感情を煽ったことさえも。

 

ある程度自分たちの非を認めて真実を曲げようとした結果だろうが、彼らの証言は証拠がない前提のものだった。

 

当日中にこのような場を設けたのは言い訳を作らせないようにするためだ。それと同時に証拠を捏造したと判断させないために自由な時間を間に入れずこの場をセッティングした。動画の信用性は極めて高いものだ。

 

「この動画の様子を見る限りあの証言を信じることは困難だ。お前たちはどう考える?」

 

葛城君が中立派の3人にも話しかける。

 

「笹村たちには悪いが俺も同意見だ」

「私も同じかな~。流石にこの動画を見て笹村君たちに初めから悪意がなかったと判断するのは厳しいな~」

「右に同じですね」

 

中立派の3人————————瀬戸山、菊田、榎戸は全員が似たような意見のようだ。

 

「ただ~、ちょーっと坂柳君に都合がよすぎる感じがするんだよね~。どこがーとは言えないんだけど一連の流れがさ、きれいすぎない?」

 

菊田 彩夢。想像以上にいい勘をしている。彼女は俺が仕組んだものであると確信しているような表情をしていた。その上で、俺を見定めるような視線を向けてくる。

 

「おいおい、それは言いがかりだろ?」

 

橋本が口をはさむ。それに追随するように坂柳派のメンバーも声を上げるが、意外な人物の咳払いで言い合いが一瞬収まる。神経質そうな顔をした眼鏡の男、榎戸だった。俺と葛城君は視線で騒ぎ出しそうだった人たちに待ったをかける。

 

葛城君が榎戸に続きを促すと榎戸も声を上げた。

 

「確かに神室さんの対応が冷静すぎる気もしますが明確な証拠がない以上、これ以上の話し合いは無意味でしょう。笹村君たちも我々に嘘をついていたことは事実ですから、信頼性がないのは向こうだって同じです。確実な証拠のある事象にのみスポットを当てた方が賢明でしょう。双方意見がないのであれば、妥協案を探すべきでは?」

 

「………そうだな。はっきりとした結論は出せないが、動画を見る限り笹村たちが嘘を吐いていたことは明白だ。それで構わないか?坂柳、笹村」

 

「俺としては構わないよ。このような愚かなことを今後一切しないでくれると誓ってくれるのならね」

 

結論を今日出せないのは俺の望むところではなかった。葛城君であれば、俺が勝手な行動をしたこととそのことを伝えたタイミング、様々なことを総合して真実にたどり着いてしまう可能性がある。というか、俺が何かしら企んでいたのはわかっているだろう。ただ、どこまでが俺の計画でどこまでが彼らの悪意によるものなのかは今の葛城君にはわからないはず。

 

いま、それが起こらないのは時間の制限と疲労が原因だ。リーダーとして、俺の空いた穴を代役として埋めたのだ。ただでさえつかれているところに、追加の種目。間髪入れずにクラスで問題が起こりそれの処理。いつもよりも思考力が落ちるのは自然ことだ。例えここで葛城君がこれらのことに気が付いてもやりようはいくらでもあったが、気が付いてくれないことが一番だ。このまま押し通すべきだ。

 

「俺は暴力事件を表沙汰にすることを望んでいるわけじゃないんだよ。それはみんなも同じだと思う。だから、俺からの要求は四つだ。彼らが同じような暴力行為をしないように誓約書を書いてもらうこと。それと俺が出れなった分の代役のプライベートポイントの支払いを葛城君にすること。三つ目は、慰謝料として俺が毎月Cクラスに払っている分を肩代わりしてもらうこと。最後に現在持っている彼ら5人の全ポイントの譲渡。以上だ」

 

「ま、待ってくれ!いくらなんでも最後のやつは!」

 

「やりすぎだと?俺はあのまま体育祭に出ていれば確実に最優秀賞に選ばれていた自信がある。それは個人競技の結果を見てくれればわかると思う。全生徒の中で最も高い得点を獲得した最優秀生徒には、10万プライベートポイントが与えられる。学年別の場合ででも1万プライベートポイントが払われる。補填するためには必要な要求だと思うけど?」

 

「それはあまりにも無茶苦茶だ。坂柳。後者ならとにかく最優秀賞をお前が取れる保証はなかった。第三者から見ても許容しかねる要求だ」

 

葛城君が案の定口をはさんだ。それはそうだ。仮に学年別の場合は1万ポイント。あまりにも暴利だ。

 

「おいおい、流都が最優秀賞を取れないと断言する材料の方が少ないんじゃないか?200m走を除いて全部1位だったんだぜ?」

 

「しかし、龍園に殴られたことが響いているのは明白だった。午後に支障をきたしていなかったと判断する材料もない」

 

橋本は俺の意図が分かった上でなのか援護射撃をしてくる。それを葛城君が封殺する。

 

「確かに~無茶すぎる要求だと思うな~。三つ目までとにかくさ~」

 

確かに、三つ目もかなりきわどい要求ではある。だが、四つ目のインパクトに引っ張られて印象が薄くなっている。先でよく使われる手口だが、それを分かった上でこの女は今の発言をしたのだろう。何せ、他人に見えないように俺にウインクを向けてくるくらいだ。

 

「じゃあ、三つ目まででいいよ。それで手を打とう。誓約書にサインしてくれれば、今後一切この話を持ち出さないと誓うよ。神室さんの動画も葛城君に預ける。それでいいよね?」

 

「………笹村たちが納得するのであればそれで手打ちにするべきだと俺も思う。どうだ」

 

「………わかった。約束は守れよ?」

 

「もちろん」

 

笹村たちは諦めて条件をのんだ。それを見届けて、俺はやっと肩の荷が下り疲労感を感じ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋本達にお礼を言って別れた後、帰路についている俺を三つの人影が阻んだ。それは中立派の3人だった。

 

「疲れてるとは思うがちょっと付き合ってくれないか?」

 

瀬戸山がそう言って俺を止めた。鬼頭君ほどではないがガタイがいい彼は、俺よりも身長が高い。俺が170cmに対して175cmはあるだろう。ガタイがいいからさらに大きく見えなくもない。

 

「時間は取らせません。我々としても少し確認したいことがあるだけです」

 

神経質そうな眼鏡の生徒、榎戸が俺の正面に移動するように現れた。

 

「手短にお願いしたいね」

 

「単刀直入に聞きます。今回の件、すべて坂柳君が仕組んだことで間違いありませんか?」

 

「何を言っているのかわからないな?」

 

「判断材料は結構あるんだよ~?神室ちゃんの冷静な対応、橋本君の判断の速さ、現れるタイミング、ここ最近急激に聞くようになった坂柳君が葛城派をバカにしている、ひどい暴言を吐いているという噂、独断でBクラスの偽の情報を渡す作戦、葛城君への連絡のタイミング、そして何よりBクラスに偽の情報を渡したわりにはBクラスは打撃を受けていないこと~。もちろん~、偽の情報であると見破った可能性はあるけど~。総合すると見えてくるものがあるよね~」

 

間延びした気の抜ける話し方ではあるものの、菊田彩夢の言葉には確信じみたものがあった。とぼける意味はないようだ。

 

あの場で聞いた情報も多いだろうにここまで整理して短時間でたどり着いたのは賞賛に値する。

 

「あの場で言わなかったのは何のためかな?」

 

「ん~、一番は君についた方が面白そうだったからかな~。有栖ちゃんは賢いし可愛いけど~面白くないんだよね~」

 

「これはあくまで菊田の意見です。僕と瀬戸山は中立派をやめて坂柳流都個人に着いた方がこの先生き残れると判断しました」

 

「姉さんの方が安心だと思うけど?それに俺は個人で派閥を作ったつもりはない」

 

「………そうですね。今は、でしょう?」

 

「…へえ」

 

「坂柳有栖とあなたの決定的な違いは決定的な弱点がないということです。確かに、坂柳有栖は、あなたよりも頭脳、知識、学力、掌握力、そして策略に優れた優秀な人物です。ですが、周りに裏切られた場合身体的な問題を抱えている以上不安要素が残ります。その点、あなたは技も運動神経も優れている。そう判断しました。形としては、坂柳派につきますが個人的には坂柳流都個人に台頭してほしいと思っています」

 

「君たちが俺に協力してくれるのはありがたいけど、俺は俺のやりたいようにやるし方針を変えるつもりはないよ?」

 

「構いません。僕と瀬戸山はこれからそのあたりをじっくりと見定めていきますから」

 

「なるほど」

 

まだお試し期間ってことか。たぶん1年生の内は有栖と敵対するのはあり得ないと思うが、それは言わない方がいいか。

 

「私は~もう流都君に味方するって決めてるから~安心していいよ~?」

 

「あははは、それはありがたいね」

 

正直、俺はお前が一番怖いよ。この中でお前は異質だ。感覚としては有栖と綾小路を足して二で割った感じがする。

 

どうして有栖同様、美少女には毒があるのか………。光の加減で空色に見える銀色の髪を靡かせた目の前の少女はそこが知れない笑みで微笑む。

 

「ここから約2年、楽しませてね?」

 

駒を得ると同時にとんでもない悪魔を引き入れてしまった気がする。そんな後悔はもう少し後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編:有栖の誕生日

番外編なので時間が飛んでいます。


3月12日。世間ではスイーツの日らしいが俺にとっては違う。

 

今日は有栖の誕生日だ。有栖はイベントごとが大好きというわけではないのだが、誕生日を忘れると拗ねるし怒るし杖で叩いてくる。坂柳家に引き取られた最初の年は誕生日という存在を忘れかけて有栖に八つ当たりをされた。

 

 

 

俺のような愚行はみんなは侵さなかったようでクラスメイト達はきちんと有栖の誕生日パーティを企画していた。10人程度の小規模なものだったが、2時間ほどいつもよりは騒いで、最後には有栖の派閥の人間が誕生日プレゼントを渡して解散した。

 

誕生日プレゼントを部屋に忘れたために後で部屋に行って渡しに行くと有栖に言うと、「私がルツの部屋に行きましょう」と言って部屋まで付いてきた。まあ、やることはないし部屋に上げて話に付き合ってもらおうと考え、ココアを入れて有栖に出す。有栖も有栖で暇だったのか、すんなりと受け入れベットに座っていた俺の隣へぽすっと寝転んだ。

 

お互いの距離はかなり近く、「んっあ〜…」とか甘い声を上げながら身体を伸ばす、有栖の隙だらけの姿を見ながら姉弟で良かったと思いつつも少し残念に思う。3年間一緒に暮らしていなかったら即座に堕ちてしまっていたかもしれないと思った。

 

「まさかとは思いますが姉である私に興奮してしまいましたか?」

 

「色気が足りな、痛ッ!?」

 

ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる有栖。鼻で笑う俺。杖で足をつつかれる俺。解せない。

 

「それにしても16歳か………平均身長は157.6らしいな」

 

有栖の身長は150cmから変化がない。かなり小柄な方だ。

 

「また杖で叩かれたいのでしょうか?ついに被虐体質に目覚めてしまいましたか?」

 

「ごめん、別に意図したわけでは————杖を構えるな!?スイングするつもりか!」

 

「それも悪くないでしょう。弟をしつけるのは姉の役目ですから」

 

「いや、あれだって!気にすることはないって。誰も有栖の身長のことをどうこう言ってるやつはいなし、有栖は小柄なことで魅力を加速させてるから————グッ!?痛い………」

 

流石に誕生日に出す話題ではなかったので素直に殴られておく。スイングじゃなくてよかった。断じて目覚めたわけではない。ご機嫌取りというわけではないが、今渡してしまおう。

 

「これ、誕生日プレゼント」

 

「ありがとうございます。開けても?」

 

「もちろん構わない」

 

有栖がラッピングされた袋を開ける。渡したのはリボンと髪飾りだった。去年はネックレスをあげた気がするので、来年はイヤリングか帽子だろうか。

 

「今年はリボンと髪飾りですか」

 

「ああ、汎用性が高いかと思って。あと、お姉ちゃんは基本何でも似合うから選びやすい」

 

有栖は満足げな笑みを浮かべる。どうやら合格点らしい。

渡したリボンは黒を基調とした割とシンプルなもの。髪飾りはゼラニウムの花を模したデザインだ。有栖は雰囲気が大人っぽいから、こういったものの方がしっくりとくる。髪飾りの方はちょっと子供っぽいかもしれないが、有栖には似合うから問題ない。

 

「74点でしょうか」

 

「辛口だな」

 

声色は優しいので満足してくれているのだろうとわかる。自然と笑みがこぼれる。

そこからたわいのない話を1時間くらい楽しんだ。

 

「3月ももう中半か」

 

もうすぐ新学期。高校二年生となる。地盤も固まってきたし本格的に動き出せる日も遠くはないだろう。そして最終的には有栖に完璧に勝つのが卒業するまでの目標だ。有栖以外はそれまでの力試しか利用するためのカードだ。だが、強敵はゴロゴロといる。この間の様子では1年生の中には白部屋からの刺客が混じってくる。俺の後輩ともいえるわけだ。少しだけ楽しみだ。

 

「ルツ」

 

「ん?」

 

ちょっと考え事をしていると有栖がこちらの顔を覗き込んでくる。

 

突如体がふわりと浮遊したような感覚を覚える。気がつくと俺は、有栖に押し倒されるような形でベットに背中を着けていた。熱に浮かされたような表情の有栖と目が合い、息が詰まる。彼女の柔らかな身体の生々しい感触が制服越しに伝わってくる。脳を痺れさせ、蕩けさせるほどに甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐってくる。有栖の潤んだ瞳の奥から覗く魔性は、俺の理性をジャムのようにドロドロに溶かしにかかる。

 

「私と談笑しているときに他の人間のことを考えるのは気分の良いものではありませんよ?」

 

この状態の有栖と長い間対面するのは本当にマズい。俺の本能がそう警鐘を鳴らし、体勢を変えようと試みる。

 

「息が荒いですね………心拍が上がってきています」

 

「あ、有栖」

 

「違いますよ、お姉ちゃんです」

 

さらに有栖が目を見つめたまま身を寄せてきた。甘い吐息と魔性を孕んだ瞳が俺を掴んで離さない。

 

「私の声に集中しなさい?雑音など聞き流せばよいのです、いいですか?」

 

目を閉じると耳から聞こえる甘い声が余計に響く。少し目を開けると、有栖は左耳に顔を近付けてる。有栖が微笑んで見てきた。

 

「少し早いですがルツにも誕生日プレゼントをあげなくてはなりませんね?」

 

「あ………」

 

「もし拒まないなら、全部、何度も、何度も、嫌な思い出が忘れるくらいに全部壊してあげますよ?」

 

体が硬直する。そして有栖は俺の耳元に口を寄せ、一言。

 

「………今何を期待しましたか?」

 

思い切り脱力してしまった。虚脱感に身を任せて床にへたり込む俺を見て実に愉しげに笑う有栖。気付けば、俺から離れて立ち上がった有栖はすっかりいつも通りの様子に戻っていた。有栖が、愉快気な足取りでこの部屋の出口へと向かって行く。

 

「見送りは結構ですよ。その様子では立ち上がれないでしょう?」

 

そんなことはなかったが有栖の近くに行く勇気が出なかった。3月12日。来年の俺は有栖に勝てるビジョンが浮かんでいるのだろうか?

 

そんなことを思いながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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