古式の防人 (白倉如水)
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邂逅

  魔法。

  それが伝説や空想上の産物などではなく、現実の技術となったのはいつの事だったか。

 

 

 

 

 

 

西暦一九九九年、最初に発見された記録によれば、その異質な力は『超能力』と呼ばれ、不可思議な力とされていたが、のちの学者たちの熱心な探究の結果、才能の一部であることがわかり、学術的に体系化がなされて『超能力』は『魔法』という技能で再現が可能となった。

 

 御伽話の中の魔法が技能となった、そんな時代の話である。

 

 

  ◇

 

 

 着物を着た女性が一人、立っているのが見えた。着流しに総髪で佩刀している男と対峙するような構図だ。

 

『わたくしを殺してください。これ以上、わたくしの意志ではないことを続けたくはありません』

 

『・・・結界を破り、攻撃してきたのはあんたなんだろう?だったら安心しろ。攻撃してきた時点で敵だ。葬ってやる』

 

 男の返事をきいて、女性は笑みを見せるとそのまま消え去った。

 

 

 

 

 

 

「うっ・・・またあの夢か」

 

 軽い呻き声とともに、夢の中から戻ったこの家の主は静かに意識を集中して、周囲を確認した。

 

「探知用に張ってある結界にも異常はない。人の気配はない・・・な。」

 

 軽く頭を振って、家には自分しかいないことを改めて認識した。

 

 現状を把握していると、結界に反応があらわれた。瞬時に戦闘モードへと精神がシフトする。

 

「・・・またか」

 

 結界の欠損を知らせる"霊鈴”が目の奥辺りで鳴っている。

 

 服を着て、鈴の音の原因となるものの気配を追う。玄関先まで既に侵入者は迫ってきていた。敵の人数は一人。この波動はおそらく忍術。

 

 この家の主は、枕元においてあったスポーツタオルを首に引っかけ、鼻歌を歌いながら、洗面所に向かう。洗面所に着くと水が滴らない程度に絞ったタオルを利き手に巻き付け、玄関ドアを開けた。

 

「ハッ!」

 

 その刹那、裂帛の気合いと共に、木刀が家主に向かって突き出された。

 

 木刀の軌道を見切り、襲撃者の手もとへとスポーツタオルがふりおろされ、タオルに巻き取られた木刀が家主の手へ収まる。

 

 次の瞬間、襲撃者の喉元へ木刀の切先がピタリと添えられた。

 

「毎回毎回、物騒な起し方だ。・・・まったく。」

 

「入学式は寝坊できないでしょ。これなら確実だもの」

 

 襲撃者は美しく柔らかな笑みとともに『おはよう』と唇の形だけで挨拶した。

 

 

  ◇

 

 

  時は、西暦二〇九五年の四月吉日。

 

  魔法大学付属第一高校の入学式当日である。

 

 入学式が執り行われる講堂が開場する時刻の三十分ほど前に、の真新しい制服に身を包んだ一組の男女が第一高校の門をくぐった。

 

 男は、中肉中背で引き締まった肉体に、肩甲骨の辺りまである黒髪を無造作に後ろで一つに束ねている。いわゆる総髪《そうはつ》というやつだ。

 

 女は、男よりも一寸ほど目線が高く、均整のとれた美しい肢体で、濡れ羽色の艶やかな髪が背中の中央辺りで美しく整えられている。

 

 第一高校の敷地は本棟、実技棟、実験棟の三つに加え、大小様々な付属建築物が立ち並ぶ。高校というよりも大学のキャンパスといったほうがしっくりくるであろう。

 

 新入生総代でもない彼らが高校に姿を見せる時間としては、いささか早いが二人とも落ち着いた佇まいで、中庭の近くにあったベンチへと揃って腰を下ろした。新入生達が集まりはじめたのか、門をくぐってくる人の数が少しずつ、増え始めているようだ。

 

 男は春の風の心地よさを頬に感じながら軽く目を瞑り、若葉のざわめきに耳を傾けていた。十分ほどそうしていただろうか、不意に女から呟きが漏れた。

 

和人(かずひと)、入試で、手加減したでしょ?」

 

 女が、わずかにあきれたように小さな声で問いかけたのだ。

 

「ん?まぁな。入学許可の条件が、『一科生』だったからな。それさえクリアすれば問題ないしさ。それにしても(けい) は手加減してトップテン入りとは。さすが」

 

 慧からの問いに、和人は軽く髪を手櫛で整えなおしながら、さも当たり前のように答え、更に成績への賛辞でかえした。

 

「当たり前でしょ。いくら『目立たずに普通に過ごす』っていっても、私たちは既に大学卒業程度のカリキュラムは終えてるんだから。でも、普通の生活経験が不足気味だからっておじさま達に入学を許可してもらえるように言ったんじゃないの?真面目に受けるべきじゃないの?」

 

 あたりを気にしてか、慧は声を抑えて問い続けた。

 

「たしかにそうだけどな。そんなにプリプリしなくてもいいじゃねぇか。せっかくの美人が台無しだぞ」

 

 慧の小言に苦笑する和人。

 美人が台無し、このひと言に赤面し、二の句が継げなくなる慧。そんなやり取りも慧の携帯端末からのアラームで終わりをつげた。

 

「開場予定時間の十分前よ。会場へ向かいましょうか」

 

「あぁ。そうしようか」

 

 会場の講堂へ向かって、わずかに早足で歩を進め、構内案内図のある辺りで、二人は聞き覚えのある声に後ろから呼びとめられた。

 

「あれっ?和人と慧ちゃん?」

 

 振り返ると、そこにいたのは旧知の人物。精霊魔法の名門といわれた吉田家の二番目の子息、幹比古がいた。

 

「幹比古、元気そうだな」

 

「幹比古くん、体調良さそうね」

 

 和人と慧は、幹比古の顔を見て口々に労りの言葉を紡いだ。

 一年前の、とある事故の後遺症から幹比古が復活する手伝いを二人がしていたためである。

 

「うん、二人の家である宮代(みやしろ)守部(もりべ)の家からも助けてもらえたから、事故前の九割くらいまで復調できてるよ。本当にありがとう」

 

 その言葉と幹比古の笑顔が何よりも嬉しい和人たち。幹比古の左胸のエンブレムが復調を客観的事実として表している。これから共に切磋琢磨できることに喜びを感じた和人と慧。

 

「さぁ、まもなく開場時間だ。二人とも行こう」

 

 幹比古に促され、三人揃って、講堂へと向かった。

 

 

  ◇

 

 

 講堂についた三人は、ある異様さにすぐに気がついた。開場して数分の講堂の新入生席は自由席になっているため、どこに誰が座っても構わないことになっているのだが、エリアの中ほどに設えられた通路をはさんで前方に一科生、後方に二科生が分かれて座っているのである。これほどまでにハッキリと分かれているのを見て和人はある言葉を思い出していた。

 

 《差別意識をもっとも強く持つものは、差別を受けている側である》

 

 この言葉の根深さが表れた場面を、こんなにも早く、実際に目の当たりにすることになろうとは。ここまでくると、和人はある種の滑稽さを感じずにはいられなかった。

 

 この時、和人の『目立たずに普通に』という思いに少々の変化をもたらしていた。

 

「席、どこにしようか」

 

 慧が、和人と幹比古に確認した。

 

「通路から後ろの一列目の中ほどから、席が空いてるみたいだ。隙間を探して座るより楽だろうから、あそこら辺で良いんじゃないか?」

 

 和人が軽く返し、幹比古も、事も無げに頷いた。跳ね上げ式の座席に三人が腰を下ろした。

 

「席、空いてますか?」

 

 左から幹比古、和人、慧の順に着席してから何拍か後、少し驚いたような声が耳に届いた。明るめの栗色のショートカットで活発そうな女子生徒だ。

 

「えぇ、空いてますよ。どうぞ」

 

 その声に穏やかに慧が応じた。

 

「ありがとうございます。…って、あれ?ミキじゃん!」

 

 その声に反応して声のするほうへ顔を向けた幹比古は軽く苦笑した。

 

「やぁ、エリカ、久しぶり。ミキで区切るのやめてよ」

 

「あら、幹比古くんのお知りあい?」

 

 二人の反応を見て、慧がエリカに微笑みかけた。

 

「うん。幼なじみ、かな。彼女の名は千葉エリカ。千葉道場の印可の腕前なんだ」

 

 軽く鼻のあたまを指先で掻きながら少し照れ臭そうに幹比古は答えた。

 

「守部慧です。よろしく千葉さん。慧でいいわ」

 

「宮代和人。俺も和人でいいよ。よろしくね、千葉さん」

 

「改めまして、千葉エリカです。二人とも、私のことは、エリカでいいよ。よろくね。慧、和人くん」

 

「そういえば和人くん、慧もだね。二人ともエンブレムありの一科生でしょ。なんだか自然と席が分かれてしまっているみたいだけど? こんな後ろの席に座ってて、大丈夫なの?」

 

「別に大丈夫だろ。校則に反してる訳じゃないし。それに俺は、この席順を見て確信したよ。入学試験の結果のみで一科生は優越感に浸り、二科生は劣等感に苛まれているんじゃないかってね。入試で、明確な差は三項目。魔法師としてのライセンスの取得には高校入試の項目よりもはるかに多い項目が評価対象になっているし、魔法技能を使って社会の一員として活動するための選択肢はそれこそ多岐にわたる。社会に出て活躍している魔法師は、何らかの分野に秀でている人達の方が多い。つまりは、一芸に秀でる者。この学校での二科生にあたるメンバーの比率が高いんだよ。エリカでいうところの剣の腕前もそれだとおもうしな。そんな宝物をもっている人間を尊敬することはあっても、蔑んだりすることなど無いよ。」

 

「私も和人と同意見よ」

 

  このやり取りを座席の位置関係からとはいえ、偶発的に耳にすることになった一部の新入生。とくに、和人たちとは列を異にしていた前後数列の新入生に軽い衝撃が走った。

 

  そしてこれは、それぞれ違った意味で受け取られることとなった。

 

  左胸に花弁を有するものたちにとっては、苛立ちにも似た感情のざわめきと共にもたらされた挑発として。

  そうでないものたちにとっては、目を瞑ろうとしていた己の可能性へと向き合う一歩を踏み出すための激励として。

 

 

 国立魔法大学付属高校。魔法技能師育成のために全国九箇所に設置されている国策機関。

  そのひとつである『一高』の入学式がこれから始まろうとしていた。

 

 

  ◇

 

 

 

 雑談を交えながら、式の開始を待っていると一人の女子生徒がこちらのほうへと近づいてきた。その女子生徒は、医療技術の発達により近視や乱視といった視認機能の偏向は、眼鏡やコンタクトレンズを用いずとも解消することが可能になっている現代においては珍しく眼鏡を着用していた。レンズにフィルムらしきものが貼られているのか、僅かにレンズにカラーが入っているように見えた。伊達眼鏡ではないだろう。

 眼鏡の女子生徒は、和人たちの横を通り過ぎ、数列後ろに腰を下ろした。その様子を視界の端で確認した和人だったが何だか少し気になるものがあった。

 

「もうまもなく、入学式の開始時刻となります。今しばらくお待ちください」

 

 会場のアナウンスのあと数分して、生徒会の役員と思われる司会者の男性による開式の辞によって、入学式が始まった。

 入学式は、校長からの入学許可、国家斉唱、来賓からの祝辞と言うお決まりの長いテンプレートが続いたためか、場の空気が少し緩んできているように思えた。だが、そんな雰囲気を一新したのは新入生総代の登壇だった。

 

「新入生答辞、新入生総代、司波深雪」

 

 司会者の紹介で壇上に現れた新入生総代の容姿に、会場にいる多くの者たちの口からため息が漏れた。

 長く艶のある黒髪、透明感溢れる白い肌、そして、この世のものとは思えない奇跡的とも言える彼女の美貌に、新入生も在校生も目を奪われていた。彼女は大勢の前で堂々と、まさに見本というべき、丁寧にお辞儀をし、挨拶を始めた。

 

「おだやかな日差しが注ぎ、あざやかな桜の花弁が舞う、この麗らかな春の佳日。ここ、名門国立魔法大学附属第一高校に、入学がかないましたことを光栄に思います。また、この晴れの日に先程から多くの素晴らしい歓迎のお言葉を頂きましたこと、心から感謝いたします。私は、新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、皆等しく、決して驕ることなく勉学に励み、魔法師としては勿論のことですが、魔法以外でも仲間と共に学びあい、この学び舎で、人としても成長する事をお誓い申しあげ、新入生代表の答辞とさせていただきます」

 

 司波深雪の挨拶は、選民思想に凝り固まっている面々には、少々刺激が強いキーワードが散りばめられたものになっているのではないかと、和人は周囲に視線を走らせてみたが杞憂に終わったようだ。彼女の容姿に魅了され、内容は見事に気にされなかったらしい。

 

  ◇

 

 和人たち四人は式を終え、各々のIDを受け取った。

 

「エンブレムないから判ってたことだけと、私は1-Eだったわ。皆は?」

 

「俺は1-B」

 

「和人と同じく1-B」

 

「私は1-A」

 

「AとBか、成績上位順なのかな?」

 

「いや、ランダムだね、これは。試験の時、90位くらいの出来だったっていう自信あるからさ、俺の成績順ならDのはず」

 

 軽く胸を張りながら答える和人。

 

「和人さ、それなんの自信なんだよ」

 

 半ば呆れながら、和人へとツッコミを入れる幹比古。

 

 慧は、こめかみの辺りをひくつかせ、エリカは笑いを堪えている。

 

「和人くんて、ホントに面白いね。また会えるよね?皆と」

 

 一人だけ二科生であるからなのか、エリカは念を押すかのように確認する。

 

「昼飯の時とか、休み時間、放課後、登下校なんかでいくらでも会えるだろ」

 

 和人のその一言でエリカの表情の曇りが晴れていく。

 

「だよね!じゃあ、またね!」

 

 三人に手を振り、足取り軽く去っていくエリカだった。

 

「ホームルームどうする?」

 

 そんなエリカの後ろ姿を見送りながら慧と和人に問いかける幹比古。

 

「このあと、呪符の追加とCADの調整しようと思ってっから、今日は俺は帰る」

 

「和人に調整してもらおうと思ってたから私は和人の家に寄るわ」

 

「おっと、和人の調整か。それ聞いちゃったらな、久々に頼めるかい?僕の分も」

 

「んじゃ、さっさと帰りますかね!」

 

 笑顔で和人を見る幹比古に、満更でもない態度で笑いながら応じた。

 

 

 最寄り駅までコミューターで移動してきた三人は徒歩で和人の家に向かっていた。途中で冷蔵庫の中が心許ない状況なのを思い出して三人分の昼飯の材料と、和人の数日分の食材を買いに、スーパーに寄ったのはご愛敬だ。

 

 ちなみに、和人は家事が苦手で、家事は基本、ヒューマノイドホームヘルパー(通称3H)に任せている。

 

 部屋の間取りは3LDK。和人の独り暮らし用としてマンションの一室が、実家の両親の手配により与えられている。

 

 マンションに到着した和人ら三人は、使用する術の源流が同じ祖師であり、数代後からそれぞれが派生ため、昼飯の出来上がるまでの間、呪符の追加や改良などについての意見を交わしながら呪符の作成をしていた。

 

 昼食を食べ終え、和人は、三部屋の内のひとつであるCADの調整と作業用の部屋(兼術具類保管部屋)に二人を通した。和人の目算では慧に二十分、幹比古に四十分ほどの調整時間で済む予想だった。実際にはそれほどかからず至極スムースに調整を終え、慧と幹比古は満足げに帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

  翌朝

 

 3Hにオーダーした和定食をペロリと平らげ、和人は登校するために身支度を整えていた。

  朝からから妙に胸騒ぎがする。

 

 和人は念のためにと、ブレザーの内ポケットに術式発動妨害用と防護壁形成用の呪符を数枚ずつ忍ばせていくことにした。校内メンバーレベル相手なら、術式妨害なら単独で発動しても、半径5メートル内ならはCAD無しであっても確実に、しかも誰が何人相手であっても干渉力で負ける事はないと自負している和人である。相性にもよるが補助者が居れば乗数的に堅固になる。

 

 

 学校へ到着し、自席に近い出入り口から教室に足を踏み入れると、教室の前方の一角になにやら人だかりが形成されている。どうやら誰かを囲んでおしゃべりでもしているんだろう。和人はそれ以上気にとめることもなく、自席にIDカードをセットし、履修登録を済ませることにした。

 

 備え付けの端末が起動し、和人の指が踊るようにキーボードをタイピングしていく。

 

「すごいキーボード捌きだね」

 

 聞こえた声のするほうに顔を向ける。

 

「あっ、ごめん。僕は十三束鋼といいます。よろしく」

 

「いや大丈夫だ。俺は、宮代和人。クラスメイトに『レンジ・ゼロ』がいて、こんなすぐに知り合えるとは思わなかったよ。あと俺のことは和人で良い」

 

「錬金と遠隔は苦手なんだ」

 

 鋼は、通常は身体から離れて行くはずのサイオンが密着に近い状態で離れていかない。その為に、遠隔魔法を苦手としている。十三束家固有の『錬金』も彼には扱えない。その為、「鬼子」と揶揄されてきたのだ。

 

「でも、めげずにあるものを最大に活かして努力した結果が近接戦闘で無類の強さを誇る『レンジ・ゼロ』だろ」

 

 和人の言葉に、鋼は、呆気にとられたように一瞬なったがすぐに破顔一笑した。

 

「ありがとう、和人。僕も鋼で良いよ」

 

「分かった。よろしく、鋼」

 

 和人は笑顔で応じたあと、タイピングを再開して履修登録の作業を進めていく。

 

 そうしているうちに、教室に入ってきた教師の説明で、履修登録の後、校内の見学が今日の予定であることが伝えられた。

 

 履修登録はもうすぐ終わる。終わり次第、教室を出て歩きながら行き先でも考えるかと思っていたら

 

「和人、良かったら一緒に工房に行かないか?」と、鋼と幹比古の二人から声をかけられた。二人は既に互いを知っているらしい。

 

「OK。まもなく登録が終わる。そうしたら行こうか」

 

 入力すべき内容を全て終えて立ち上り、動き出すと前のほうから声を掛けられた。声を掛けてきたのは昨日、入学式で総代を務めた司波深雪だった。

 

「宮代くん、吉田くん、それに、十三束くん、三人でどちらにいかれるのですか?」

 

「し、司波さん!?、僕らの名前をいつの間に?・・・えっと、工房だけど。」

 

 声をかけられると思ってもいなかったのか、困惑気味に答える鋼。

 

「クラスメイトになった方の名は覚えるようにしてます。それに兄もこの学校に通っておりますので、出来れば深雪と呼んでください。私も一緒に行って良いですか?」

 

「それじゃあ、僕は鋼で。良いけど、二人は?」

 

「構わない。俺は和人で」

 

「いいよ。僕も幹比古で」

 

 鋼に問い掛けられて、特に拒む理由も無い二人は首を縦に振った。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 四人は工房へと向かう。

 

 深雪と話したそうにしていた同じクラスの生徒たちは、さも偶然、同じ目的地なのだというように装いつつ、後を追った。

 

 工房へ行くと、そこにはエリカが既に来ていて、昨日、講堂でみかけた眼鏡の女子生徒と、クラスメイトのひとりなのであろうポーカーフェイスの男子生徒と共にいた。

 

「エリカ」

 

「あ、和人くんとミキ。こっちに来たんだね。あっ、深雪も」

 

 掛けられた声に、視線を向けたエリカは嬉しげな表情で応えた。

 

「僕の名は、幹比古だ、ミキで切るのは止めてよ。女の子みたいじゃないか」

 

 幹比古が、抗議の声をあげるがエリカは華麗にスルーする。

 

「エリカなら先ずは闘技場かと思ったんだけどな」

 

 和人は素直にそう告げた。

 

「美月が工房に行きたいって言ったから、一緒に来たのよ」

 

 隣にいた眼鏡の女子生徒に視線を向け、楽しそうに言うエリカ。

 

 眼鏡の女子生徒がエリカの言う「美月」という子らしい。

 

「お兄様!」

 

 突然、深雪がポーカーフェイスの男子生徒に声をかけ、小走りに傍らへと近づいていった。男子生徒の腕に抱きつきながら、深雪は頬をほんのり赤く染めている。

 

「同じ年でお兄様?双子?」

 

 その様子を見て、幹比古が、首を僅かに傾げながら呟いた。

 

「四月と三月に生まれた、十一ヶ月違いの兄妹なんだってさ。ちなみに兄の達也くんは、わたしのクラスメイトで、隣の眼鏡の女子が同じく柴田美月よ」

 

 幹比古の呟きに答えたのは、エリカだった。

 

「司波達也だ。達也と呼んでくれ。深雪ともども、よろしく」

 

「柴田美月です。よろしくお願いします」

 

 エリカからの紹介に改めて名乗る二人。

 

「俺は宮代和人。和人と呼んでくれ。こちらこそよろしく」

 

「吉田幹比古です。名字で呼ばれるのは苦手なんだ。幹比古と呼んで。よろしくね」

 

「十三束鋼です。僕も名前で呼んでくれていいからね。よろしく」

 

それに応じるように名乗り返す和人、幹比古、鋼。

 

「エリカちゃんから聞いてましたけど、本当に、和人さんたちは私たち二科生を下に見ないんですね」

 

 エリカたちと工房を一緒に見学していると、美月がそんなことを言い出した。

 

「単なる試験の成績だし、「魔法力の高さ」は実力とイコールではないからな。こんな言葉を知っているか?

-使い方を誤った大魔法は、工夫を凝らした小魔法に劣ることがある-

この言葉は的を射ていると思うんだよ。だが現状は、魔法力の高さが実力だと、一科生の大半が勘違いしているようだが」

 

 虚しそうに答える和人。

 

「そうだね。「魔法力」だけが全てじゃないからね」

 

 鋼も幹比古も異口同音に肯定し、頷く。二人とも、そのことを身を以て知っていた。

 

「私もそう思う。それに二科生を見下すことに意味なんてあるの?」

 

 エリカが疑問を呈した。

 

「推測に過ぎないがおそらくは自分より劣る者を見下すことで優越感に浸っているんだろう」

 

「なにも生まんというのに」

 

 同意ともとれる達也の呟きに頷く和人。

 選民思想に凝り固まった面々が聞いていたら顔を赤くして反論するであろう和人の発言に、一同、妙に納得してしまった。

 

 和人と同じクラスの生徒たちは、仲睦まじく会話する一科生、二科生の垣根を感じさせないグループに羨望と嫉妬の眼差しを向けていたが、それに気づいたのは、僅かに二人。気づいた上でそれを見事にスルーする和人、幹比古のなのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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綻び

放課後になり、三々五々に生徒たちが帰路につき始めた時刻。

和人と幹比古は、術式の改良を共同でしようと、幹比古の家に行くことにしており、鋼と深雪は駅まで一緒に帰れるなら一緒に行こうということで四人で帰る約束をしていた。教室を出ると、隣のクラスから慧が出てくる姿が和人の目に入った。

 

「お疲れさん。慧は今、帰りか?」

 

「ええ。帰ろうとしていたところよ」

 

「一緒に帰るか?」

 

「そちらがよければ」

 

和人がそう声をかけ、慧が答えた。確認のために振り向くと三人が笑顔で頷いていたので、慧が加わった。互いに自己紹介を済ませ、五人で校門へ向かった。

 

「どうした?疲れたような顔して」

 

「辟易してるだけよ」

 

「何かあったの?」

 

深雪が、労るような穏やかな声で慧へ問いかけた。

 

「いえ、ただね。一科生同士じゃないと交流する意味がないとか、そんな下らないことを得意気に話す人が多いのよ」

 

ホントに馬鹿馬鹿しいと漏らす慧に、全員が苦笑いを浮かべる。

昼食の時に似たような集団に絡まれたという深雪と意気投合する慧。とりとめのない話をしながら校舎を出た和人たちだったが、校門のところで何やら一悶着起きていることに気がついた。

 

「何だろう?」

 

「一科と二科の生徒で口論をしているようだな」

 

(ん?この気配は結界か。微かだが間違いねぇ。誰かが張ったな。コイツが、もしも精神感応系だとすると・・・)

 

「止めないとまずいんじゃないかしら?」

駆け出そうとした慧を和人が制し、慧へ囁くように伝えた。

 

「恐らく何者かの結界が作用してる。俺は彼らのことを止めるから、幹比古と二人で、結界の起点の破壊を頼めるか。呪符なら此処に5枚ある。」

 

「・・・わかったわ」

一瞬の刮目のあと、冷静に和人の言葉を受け止める慧。呪符を受けとり、幹比古の隣に移動する。

 

人だかりに近づくと、言い争いをしている声がハッキリと聞こえて来た。

「私たちはただ帰ろうとしただけじゃないですか。どうして邪魔をするんですか!通してください!」

 

柴田美月が、一科生に向かって声を荒げていた。

 

(この人数なら呪符なしでもイケるが、念のために仕込んどくか)

右腕の手首に呪符を巻き、発動の安定度を高める和人。

 

「ウィードが僕たちブルームより先に帰っていいと思っているのか?」

 

「俺たちはまだ校内に用があるんだ。それが終わるまで待ってろ」

 

一科生の言い分はあまりにも自分勝手で、幼稚な嫌がらせだった。ここまで来ると失笑も起こらない。

 

「何アレ?同じ一科生として恥ずかしい」

 

「あぁ、あれ、1―Aのメンバーだわ。嘆かわしいわね」

 

「誰かを見下して何になるの?」

 

和人、慧、幹比古以外の口から一科生に対して嫌悪感を顕にした言葉か発せられている。

 

(この極端な直情的発露。やはり、悪意増幅系の精神感応か)

幹比古と慧は、現場に近付いたことで結界の気配を感じとり、動き始めていた。

 

「だったら待ってれば良いだけでしょ?あたしたちには関係無いじゃない」

 

エリカは既に、爆発寸前の雰囲気だった。ほかの生徒たちも険しい顔をしている。

 

「口答えするな!お前たちウィードは僕たちブルームに黙って従っていれば良いんだ!」

 

「同じ一年生じゃないですか!私たちと貴方たちにどれだけの差があると言うんですか!」

 

美月の言葉は、一科生を逆上させるには十分だった。一科生の先頭に立っていた男子生徒が、一笑にふした。

 

「ほほいのほ~い!そこまでにしときやしょうぜ~。お互いにさぁ~イライラは損だぜぇ~」

 

わざとらしく素っ頓狂な声色で割って入る和人。一瞬、動きを止めた男子生徒にイラついたような視線を投げかけられた。

その隙に、一科と二科の集団に挟まれたかのような位置に敢えて身を置く。

 

「・・・良いだろう。教えてやるよ。これが才能の差だ!」

 

男子生徒が制服の内側から取り出したのは、拳銃形態の特化型CAD。起動式の展開速度は一科生として申し分無い力量だった。

 

「危ない!」

 

取り巻きの女子生徒が悲鳴を上げるが、魔法は発動されなかった。エリカが警棒のような得物で彼のCADを叩き落としていた。何が起きたのか分からず固まる一科生。

 

「この距離なら、身体動かした方が早いのよね。魔法、発動しなきゃ意味ないのよ、一科生さん?」

 

それを見ていた鋼。

 

「さすが千葉家の人間だね」

 

「エリカのことを知っているの?」

 

深雪が訊ねた。

 

「同じ百家だから、ある程度は交流があるんだよ。さすがは千葉の人間というところだけど、今の言い方はちょっといただけないかな」

 

鋼が言うように、挑発的な彼女の言動は一科生の怒りを助長させるだけだった。

 

(我が意に従いて、彼の者らの術式を喰らいつくせ!)

 

和人は指を鳴らすと同時に、無言の胸中のみの詠唱で精霊に命じ、1―Aの陣営の任意の人間の魔法式を破壊する術を放った。

その瞬間、ごくわずかな煌めきをもって対象のCADが発光した。指定された人間の魔法式が発動不能になったのだが、逆上している一科生は気づいていない。術者である和人が解除しない限り、発動しようとする術式を喰らい続ける。

 

「は、発動しないっ!」

 

「ふ、ふざけるな!」

 

「なめるな、ウィードが!」

 

「ハイッ!ありがとうございました!さすがは1―Aの有志!真に迫る実演、どうもっす!」

 

間髪入れず、そう大声で、注目を集める和人。そして次の瞬間、鋭い殺気ととともに低い冷徹な声で先頭の一科生に告げる。

 

「そんなことはどうでも良い。それよりCADをしまえ。退学になりたいなら構わんぞ」

 

「なにっ・・・!」

 

自分たちの行為の愚かさに気づき、身をすくませる一科生。そこへ追い討ちを掛けるようにやってきた人物たちに、一科生の顔は蒼白となった。

 

「最後に、これだけは言っとくぞ。魔法師の優劣は才能だけじゃねぇんだ。魔法は使い方一つでいろんな可能性が生まれる。魔法師を目指しているなら、魔法を使う事の責任の重さと使い方を知るこったな。それをせん限り、どれだけ成績が良かろうがお前らはカスだ」

 

 

「聞きたいことがいろいろとあるんだが、そろそろいいか?」

 

 魔法による対人攻撃は未然に防がれたものの騒ぎが風紀委員の耳に入り、現場を見られたのは事実。

 生徒会長の七草真由美と風紀委員長の渡辺摩利の姿を見とめると、慧以外のその場にいたA組メンバーが愕然とした。

 

「皆さん。彼の言うとおり、魔法を行使するにも起動するにも細かな制限がありますが、この事は授業で習う事です。今回は、発動まで行かないところで終わったようですが、魔法の行使には責任が伴います。周囲への影響を考えずに安易に使用すれば取り返しのつかない事にもなります。よく覚えておいてください」

 

 真面目な表情で入学したての後輩を諭す。しかし確かな厳しさを持って真由美が説明している間に、摩利が和人のもとに歩み寄って来た。

 

「君、名前は?」

 

「1-B。宮代和人です」

 

「あの時いったい何をした?『発動した魔法で1―A側の面々を不発状態にした』だろ? 大したものだな」

 

「…魔法を使用した事には変わりありませんので、褒められる事ではありません」

「ふっ、まあな」

 

 

 面白そうに摩利は口角を引き上げた後、すぐに表情を引き締め、一年全員に向けて事務的な口調で告げた。

 

「本来なら詳しい話を聞くところではあるが、会長の言葉もあることから、今回だけは不問とする。会長が仰った事を努々忘れぬように。そして以後、軽挙妄動は慎むこと。わかったな。以上!」

 

 真由美と摩利は現場にいた一年全員の顔を見渡し、校舎へと戻っていった。真由美と摩利の後ろ姿を見送りながら、術を解除した和人。

 

「で、結果は?」

 

隣に控えていた慧へ結果を確認する。

 

「しっかり除去完了。呪符の感じから最近仕掛けられたものらしいわ。あそこまで巧妙に隠すなんてこの術者なかなかのものよ。学校側に連絡する?これ、剥がした呪符よ」

 

人目につかぬように、和人へ呪符を手渡す慧。

 

「おう、お疲れ。そうだな・・・一応、風紀委員長殿にでも伝えておくか。明日にでも、俺が行くよ」

 

「了解」

 

 

 

 

 一方その頃、生徒会室に戻って来た真由美と摩利は、先ほどの一件について話していた。

 

「あの魔法、いったいなんなんだ?真由美、ヤツのことどう思う?」

 

「宮代くんの事? まさかあれだけの人数の魔法が全て不発に終わるなんてね」

 

「あんな能力があって、なぜ下から数えた方が早いほどの、九十四位だなんて成績なんだ。いったい何がどうなってるんだ…」

 

頭を抱え、心底不思議そうに呟く摩利。

 

「確かに不思議かもね。でも、やっぱり才能溢れた人材がいるのがわかると嬉しくなるわね」

 

「そうした才能に目を向けず、驕っている者が多いのが、うちの学校の欠点だがな」

 

 摩利はため息を一つ吐くと、窓の外を見た。

 

「…真由美。ヤツを生徒会かウチに入れられないか?」

 

「そうね。生徒会に欲しいころではあるけど、風紀委員の窮状もわかるから、どう依頼をかけようかしら」

 

「今から楽しみだな。ヤツがどのような働きをしてくれるか」

 

「まだ決まった訳じゃないけどね」

 

真由美は口ではそういいながらも、摩利同様に彼を囲い込む算段を、腹の中で組み上げはじめているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 あの騒動のあと、深雪たちにエリカと美月を加えた一団で、駅までの道のりを他愛のない話をしながら歩き、それぞれの家路へとついた和人たち。

 

 

和人は、部屋に到着すると、早々に制服から部屋着として使っている作務衣へと着替え、リビングのソファーに、身を横たえながら慧から手渡された呪符を眺め、先ほどの一件をけしかけたであろう正体不明の術者についての可能性を考えていた。

 

(魔法科高校に、ほとんど誰にも気づかれることなく精神干渉系統の呪符を仕掛ける程の能力、悪意を増幅させるという陰湿な性質の・・・誰なんだ?

だが、判らんことが多すぎる。正体を特定するにも決め手が無さすぎるな。とはいえ、秘匿しておくわけにもいかねぇか。明日の放課後にでも、この事を生徒会長と風紀委員長には伝えておくか)

 

 

そう思って置き時計に目をやると、針は18時を指そうとしていた。そろそろ夕食にしようかと3Hに献立の指示をしようとしたら、腹が鳴った。思わず失笑を漏らし、ダイニングエリアに行こうとしたとき、壁掛け式のヴィジフォンが着信を告げた。

 

「こりゃ、この時間には珍しい」

 

 画面に映し出されたフォーマルスーツの壮年の紳士の姿をみて和人は素直にそう述べた。だが、砕けた口調とは裏腹に無意識に背筋がのびた。この時間であれば、まだ執務室に居り、表裏ともどもの仕事に指示を出している筈の人間がそこにいた。宮代家の現当主、和人の父親である義人(よしひと)その人であった。

宮代家は表向きは、和菓子屋を営み、裏の仕事として蔭守を担っている。

 

『よう、和人。ちゃんと飯喰ってるのか?』

「開口一番の科白がそれかよ、ちゃんと喰ってるよ・・・それで、親父、用件は?」

『なに。入学祝いに言葉でも、と思ってな。入学おめでとう』

「ありがとう」

 

 少々照れくさいが素直に礼を述べる和人。

 

『友人はもうできたのか?』

「ああ、上手くやっていけそうかなっていう何人かとは知り合えたよ。ちょっと驚いたけど総代の子とも知り合うことになった」

『そうか、それは何よりだな。友人は大切にな』

「もちろんだよ」

 

『さて、ここからは別件だ。ある人物の蔭守を命じることになった。対象は第一高生。』

 そう言うと義人は先ほどの和やかな雰囲気を一変、眼光も鋭く、口調も厳粛だ。和人は身を正した。

 

『対象は”司波 深雪”及び"司波 達也" の両名だ。総代殿とその兄だ。』

「司波さんたちを?」

『ガードというより”カモフラージュ”の意味合いが強いがな』

「司波さんたちの何を隠せと・・・」

 

『今回の依頼主に関係があるのだが、司波兄妹は、一般家庭の出ではない』

「その依頼主とは?」

『四葉だ。当家と四葉の協定はお前も既に知っていることなので、改めていう必要もないだろうが、彼らを目立たせる訳にはいかんということだ』

「・・・そういうことですか。」

 

 和人は、深雪が総代たり得た理由をハッキリと認識した。アンタッチャブルと呼ばれ、畏れられている四葉の者ならば、さもありなんである。

四葉家当主自らの要請があった場合、 他の四葉家係累にも極秘で対象を警護するという約定を交わしている。

 

『対象に女性を含むということもあり、慧と共に任にあたるように』

「かしこまりました」

 

『最後に、これはまだ不確定要素が強いんだが、反魔法団体が動き出しているという情報もある。充分に気を付けるようにしてくれ。ではな』

「了解しました」

和人の返事を最後まで待たずにヴィジフォンの画面がブラックアウトする。

 最近まで沈静化していたといわれる反魔法運動再び起こるやも知れぬというなら、魔法科高校に入った以上は他人事ではない。

 

 もしかして、あの呪符の件も、なにか関連があるのかも知れないと思いつつも、面倒な事が起こらなければいいがと、和人はそう願いながらブラックアウトした画面を見つめていた。

 

 

 

次回へ続く

 

 

 

 

 

 



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