VRアプリ『京ちゃんと一緒』正式リリース版 (風見猫)
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高鴨穏乃の場合

阿知賀女子学院高等部1年、高鴨穏乃。

今年インターハイの決勝まで進み大将として活躍した阿知賀麻雀部のムードメイカーである。

 

かつての幼馴染である原村和と全国の舞台で遊ぶという目的を達成し何となく暇していたところ、ただ何となくという理由でとあるVRアプリをインストールした元気娘である。

 

そんな彼女は今、荷物を持って山を登っている。

上のジャージにスニーカーのみというかなりアクロバティックな服装であるが、彼女にとっては普段着であった。

 

傍目には一人でスイスイと山を庭のように歩いていくように見えるが、彼女の中では登山デートであった。

その理由は手に持つスマートフォン上で働いているアプリと、彼女にしか見えないように視覚に投影された男性の姿。

 

穏乃には男性が実在しているようにしか見えないほどの再現度。龍門渕財閥の最新技術により、触れればその質感すら得られる高クオリティ。

汗を流す姿も少し荒くなった吐息も、穏乃には本当に存在しているようにしか感じられない。

 

『穏乃、ちょっとペース速いって』

 

「でもちゃんとついてこれてるじゃん」

 

コテンと可愛らしく首を傾げる動作で穏乃のトレードマークともいえるポニーテールが揺れる。

彼女の目には京太郎は自分に少し遅れてはいるもののまだ余裕があると見えていた。

 

『いやまあ確かに体力的にはいけるんだけどな』

 

言いにくそうにそっと視線をそらし頬を指で掻きながら京太郎は告げる。

 

『下から、見えてる』

 

静寂がその場を支配した。

思い出してほしい。穏乃の格好は上ジャージとスニーカーのみ、であるならば下から彼女を見上げればどう見えるか、言わずともわかるだろう。

 

「~~~~~!」

 

顔を真っ赤にして穏乃は手で京太郎の視線から隠そうとするが、その小さな手では難しい。

 

『お前さ、そういう無防備なとこどうにかしろよ。普通にしてるだけでも可愛いんだから』

 

「か、可愛っ!?」

 

自分は小学校から見た目が変わってないとか大平原の胸に密かにコンプレックスを抱えている分、穏乃は胸の鼓動を速める。

 

「な、何言ってんの!? 私は小学校のころ男子に『猿』とか言われてたし」

 

『それ気を引きたいガキ特有のちょっかいだから。もしくは本当に見る目がないか』

 

「あぅ、あぅ」

 

反論を一瞬にして叩き潰され、穏乃は山の頂上に着くまで茹蛸のように真っ赤なままだった。

 

 

「着いた~」

 

山の中でも最も景色のいいポイントにたどり着いた穏乃は持っていた荷物を地面に置き、ごそごそと中から取り出す。

 

『おー、何入ってんのかと思ってたらシェラフか。悪いな代わりに持ってやれなくて』

 

いくらリアリティに溢れるとはいえここにいる京太郎はあくまでアプリの中の存在。

流石に物を持つような機能は搭載できるわけもなく、若干フェミニストの入った性格の彼には申し訳ない気持ちが出る。

 

「ま、その辺は仕方ないよ。私としてはこうして一緒にいてくれるだけで嬉しいしさ」

 

一方でそういうのを全く気にしない性格の穏乃には不満など一切なく、曇りのない笑顔。

 

『それ持って来たってことは泊りか?』

 

「うん。今日から明日にかけては天気がいいからきれいな夜空が見えると思うんだ。ここから見る日の出もすっごいんだよ!」

 

自分の大好きなものを一緒に見て分かち合いたい、そんな思いを抱く程度には彼女は首ったけだった。

 

「ね、こんな日々、あと何回過ごせるかな?」

 

『お前が俺に飽きてアンストしない限りはいくらでも』

 

「しないってそんなこと!」

 

感傷気味な言葉に微妙に茶化す反応を返されて穏乃は頬を膨らます。

 

中学進学を機に親友の一人とは学校を別にし、もう一方の親友とはクラスも離れた上に転校を聞かされて疎遠になってしまった過去を持つ彼女にとっては、この瞬間も永遠に続くものではないのではという不安があった。

 

「山の天気は変わりやすいからちょっち心配だけどね」

 

内心を隠して言葉を変えた彼女を見透かすように、京太郎はあっけらかんと告げる。

 

『ま、そうなったらまた来ればいいさ。それにもし目当ての風景が見れなくても、きれいなものはここにあるしな』

 

「え、何それ? 私が山で見落とすなんて」

 

山に関しては妥協しない少女高鴨穏乃。きょろきょろと周囲を見渡すも見つけられなくてヒントを求める。

 

『山を楽しんでる穏乃自身。俺にはどんな風景よりもきれいに見えるんじゃないかね』

 

笑いをこぼしながら放たれた言葉に、ぼふっと穏乃は赤面する。

 

「な、何言ってんの! 夜空も日の出もすっごいんだから!」

 

『へいへい、ちゃんとその時の穏乃も一緒に刻んでおくから安心しろ』

 

照れ隠しに咄嗟に出た大声も、あっさりと受け流され更なる追撃を加えられる。

 

「もうこんなの、アンストとか絶対できるわけないじゃん。卑怯すぎだよ」

 

誰にも聞き取れないくらいに漏らした小声をばっちり集音した京太郎は、ただ笑みを深めながら傍に寄り添う。

 

これから一緒に見る景色は二人にとって大切なものとなる。

未来は見通せずともそれだけは間違いなかった。




京太郎カプスレでなぜか人気だったシリーズを地の文増やした小説形式で提供。
思い付きの降ってきた瞬間に書き始めるため、次の阿知賀キャラすら決まってないという無計画さ。

作者は豆腐メンタルなので優しくしてください。


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松実宥の場合

松実宥は寒がりだ。ただの寒がりではない。真夏にセーターとマフラーと手袋が手放せないレベルの寒がりだ。

6・7月ならばストーブにあたっていたいとすら思っている。

 

無論、周囲からは確実に浮いている。家族や仲間の理解があるのが救いである。

しかし、いくら理解があってもそれに付き合えるかは別の問題だ。

たとえば今サウナにこもっているが、最愛の妹の松実玄でさえ長時間一緒にいれば倒れるだろう。

 

どうしても暖をとるために大切な人と離れた場所にいる時間が必要になる。それは生来寂しがりな宥にとって悲しいことだった。

 

だからこそ、そのアプリの説明を見て宥は即座にインストールした。

 

『宥さん、流石にサウナだと暖房服外すんですね』

 

「うん。その代わりにいつもより高めに設定してもらってるの」

 

宥の視界には上半身裸でズボンだけの『須賀京太郎』の姿が映っている。

それは実体ではない。だが宥自身にはそこに人がいるとしか思えないように感じている。

 

龍門渕財閥の技術の賜物である。その細密な再現度もそうだが、スマホから5m離れた場所にいる持ち主にまで効果が届くという部分において。

この機能のため本来熱気に弱いスマホ本体を涼しい場所に置いたまま利用が可能になっており、松実宥にとってそれがダウンロードの決め手だった。

 

無論、この機能はこのような使い方を想定してはいない。本来は見失いどこに行ったか分からなくなった時にスマホの位置を教えられるようにという親切設計である。

 

「一緒にいれて、嬉しいな」

 

『そうですね。あ、ちゃんとこまめに水飲んでくださいよ』

 

根が面倒見がよく心配性なところが妹の玄に似ていて、宥が親近感を抱き気を許すまでの時間は短かった。

 

だがその一方でこのサウナでの一時は刺激的でもあった。

大事な部分はタオルで隠されているとはいえ、同年代の、正確には2つ年下の男性の裸体を目にするわけである。

特に鍛えられた胸板と腹筋に宥は密かにセクシーさを感じていた。大きくてごつごつした手もセットで見ると、なんだか変な感じを覚えるなど誰にも言えない。

 

「京太郎くんはスポーツしてたの?」

 

『ええ。中学の時はハンドボールを。まあ3年間県大会の優勝もつかめなかったんで威張れはしませんけど』

 

宥はハンドボールという競技について詳しくは知らない。あとでこっそりと調べておこうと心にメモをしておく。

仲良くなった相手の趣味を知りたいと思うのはごく普通の心情だろう。

 

『でも宥さんはすごいですよね。全国の決勝にまで行っちゃうんですから』

 

「私は玄ちゃんたちに連れて行ってもらった結果だから。えへ、恥ずかしいな」

 

こそばゆい気持ちで身をよじって、宥はふと疑問に思う。

 

「私、京太郎くんに麻雀部だって言ったっけ?」

 

宥は数日前に『京ちゃんと一緒』をインストールしたばかりであり、その間部室には行っていない。

3年でインターハイが終われば基本的に引退であり、受験勉強にも力を入れなければいけないからだ。

 

『ちょっと耳にしたんですよ』

 

「そっか。コーンポタージュ美味しいな」

 

サウナにまで暖かい飲み物を持ち込むあたりに彼女の体質がよく表れている。

本人は幸せそうに飲みながら「玄ちゃんに聞いたのかな?」などと考えていたが、それは外れ。

 

実のところこの『須賀京太郎』が知ってるのは、オリジナルの所属していた清澄高校麻雀部が女子団体戦決勝での対戦相手になっていた故にである。

まさかそんなニアミスをしていたなどとは思いつきもしないため、宥は緩く受け流していた。

 

「サウナでたら一緒にこたつに入ってテレビ見ようね」

 

『ミカンも一緒に食べたら最高ですね』

 

松実宥は一緒に暖かいところに付き合ってくれる相手ができた今がとても幸せで、できる限り一緒に過ごしたい気持ちでいっぱいだった。

それを異性に向ける恋心なのかどうかなんてことを疑問に思うのはもっと先のこと。今はただこの時間をかみしめる。

 

「京太郎くん、これからよろしくね」

 

『ええ。一緒に色々楽しんでいきましょう。宥さんのことたくさん教えてください』

 

「うん、私も京太郎くんのことたくさん知りたいな」

 

二人の恋物語は始まったばかり。未来はいまだ見えずとも、織りなす糸は彼女の大好きな赤色で繋がっている。

 

 

そしてわずか数日後

 

「おねーちゃんをスマホなんかに盗られた~~!」

 

「大丈夫だから、私は今も玄ちゃんのこと大好きだからね」

 

『いや盗るつもりは、落ち着いて玄さん! ってああ、所有者にしか声が届かないんだった! こんな時に力になれないなんて!』

 

ガン泣きする妹を相手に散々苦労することになるのだが、それも過ぎれば笑い話の一つだろう。




のんびりゆったりな恋愛が宥には似合うイメージ。ただ玄への説得は必須。
阿知賀コンプリートで一区切りのつもりですが、レジェンドの出番はあったとしても大人組編まで持ち越されるかと。


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松実玄の場合

松実玄は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の男を除かなければならぬと決意した。

玄には恋愛が分からぬ。

玄は旅館の娘である。家業の手伝いをし姉の世話をして暮して来た。

けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

故にその悪逆を見抜くべく自らのスマホにアプリをインストールした。

ならば男の視線がどこに向いているのかなど暴くのは容易かった。

 

 

「京太郎くん、おもちが好きなんだね! 分かる、分かるよ。おねーちゃんのおもちは柔らくて手を包もうとしてくるの!」

 

『な、なんですって!? 詳しく、どうか詳しく!』

 

ただ、見抜いたことで自分の趣味を分かってくれると直感した玄は警戒心を失い、高速の掌返しに至った。

起動してわずか2分。事前に仲を育んでいない人間の中で最速記録を樹立した瞬間である。

 

玄にとって自分の特殊な趣味を理解してくれる盟友の存在は甘い毒だった。

何しろ知った人間は理解どころか叱ってくる有様だ。

ここに先達に憧れる目を向けられて機嫌は急上昇。同じ道を行く後輩を正しい道に導く義務感すら感じ始めていた。

 

「特別に私のコレクションを見せてあげるよ。今まで誰にも見せたことがない逸品だから期待していいよ」

 

隠しているのは知られたら即没収の憂き目にあうからなのだが有頂天になった玄には周囲が見えていなかった。

 

『まさかこんな人がいたなんて……全国は広い』

 

何かに戦慄するように唾を飲み込む『須賀京太郎』。基本的に性格は温厚で誠実、誰からも好かれるタイプだが同時に若干ノリで生きる三枚目なところがあった。

この点、本当に松実玄との共通点は多い。ある意味ではこの帰結は当然だったのかもしれない。

 

しかし、ぬくぬくと炬燵でミカンを食べている最愛の姉に呆れた視線を向けられていることに気づくことがなかったのは幸いであったのだろうか

 

 

「まずね、これがおねーちゃんの(おもちの)成長記録。たくさんあったから分かりやすいのを集めたんだ」

 

『小学校高学年の頃からそこそこありますね』

 

「うん。おねーちゃんは等速成長っていうのかな。早めに膨らみ始めて、それからは同じような速度で大きくなっていったの

 一方でこっちが憧ちゃん。私としてはこれをおもちと呼ぶべきではないと思うんだけど成長の仕方が特殊だから保存しておいたの。ガードが堅いから大変だったよ」

 

スッと差し出された3枚の写真。一枚目は優希のような子供っぽいもの、二枚目はすらりと手足が伸びてスレンダーな美少女と呼べるもの、最後は顔は二枚目と同じだが肉付きがよくなって色気が出ているもの

 

『これ、二枚目と三枚目は同じ服着てるみたいですけど』

 

「1ヶ月しかたってないし、麻雀部の集まりで撮ったものから拡大したものだからね。この成長速度ならいつかおもち入りするんじゃないかと思って急いで集めてるんだ」

 

『将来性も見越しているなんて』

 

「『おもちは一日にしてならず』、積み重ねたものを知らなければ真におもちを極めることはできないからね」

 

我ながらいいことを言った、とでも語りたげな首肯とともに放たれた言葉ではあるが余人が聞けば間違いなく拳骨とともに没収であっただろう。

しかし、目に映る『須賀京太郎』は感慨深げにその格言を繰り返す。男であるが故の女性の体への理解の少なさから、そういうものなのかなどと真に受けてしまっていた。

 

「私のコレクションはこれだけじゃないよ。ふふ、じゃーん。こっちが大星淡さんで、こっちは神代小蒔さん、これが清水谷竜華さん」

 

次々と並べられていく素晴らしいおもちの美少女たちの写真に驚嘆を隠せない。

 

『こんなにどうやって……しかもピースしてる人までいるんですけど』

 

「それは真摯な誠意だよ。いつの世も大切なのは真心。土下座をして頼んだら許してくれたんだ」

 

半数ほどの笑顔が引きつっているところを見るとごり押されて根負けしただけなのだが、玄は自分の都合のいいように解釈していた。

おもち愛は世界をも救う、それが松実玄の信念である。

 

『なら、俺お願いがあります』

 

きりっとした真剣な目つきを向けられて玄は自分も顔を引き締める

 

「なにかな? 私にできることならなんでも」

 

『どうか、俺に玄さんのおもちを触らせてください!』

 

一瞬空気が死んだ。勢いよく床に額をたたきつけ土下座する『京太郎』と予想外の要求に固まる玄。

 

『俺は、おもちを見ることでしか知らないんです。それじゃいつまでたっても玄さんの隣には立てない。玄さんに相応しい人間になりたいんです』

 

「そんな、でも私のはおもち未満だし」

 

戸惑う玄の目を見て『京太郎』は真剣な目で訴える。

 

『玄さんにしか頼めないんです。どうか、どうか!』

 

血涙を流さんばかりの姿に玄の思考が揺れる。

男の子の姿をしてるけど実在してるわけじゃないし、それにおもち同志の頼みを蔑ろにしたくないし、などと。

そして熱意に押し切られる。

 

「ちょ、ちょっとだけ、だよ?」

 

『はい。嫌だったら言ってくださいね』

 

セクハラをされているにも関わらず、優しさの片鱗を見せられたことで玄の心臓が跳ねる。

 

「あ……ん……京太郎くん、京太郎くん」

 

本当に触られていると錯覚する暖かさと肌が触れ合っているかのような感触に玄はしばし陶酔する。

 

『分かりました……玄さんはまごうことなきおもちです』

 

「そ、そんな。私はおもちというにはサイズが」

 

何かを悟ったかのような目で告げられた言葉に玄は羞恥に身をよじらせる。

 

『おもちは大きさだけじゃない。玄さんは、その魂がおもちなんです!』

 

「きょ、京太郎くんっ」

 

第三者が聞けばとち狂っていると110番間違いないセリフに、特殊な感性を持つ玄は胸をときめかせてしまう。

 

「私と、これからもおもち探索をしてくれる?」

 

『はい、一緒におもち道を極めましょう!』

 

玄にとってはプロポーズといって過言のない返しに当初の目的を忘却の彼方に投げ捨て、胸のドキドキに身を任せて手を取る。

 

「京太郎くん、好き……」

 

経緯はこの上なくひどいが松実玄はもはや恋する乙女の眼差しとなり、だだハマるのであった。




ギャグ回&玄のチョロイン化。
三枚目ver京ちゃんとの相性が良すぎるのが悪い。
松実姉妹は強く理解者を求めている&ハマると一直線に重くなるイメージ。

次回は阿知賀内で最も恋愛から遠く見える灼の出番です。


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鷺森灼の場合

鷺森灼は赤土晴絵の熱烈なファンだ。

一時こそ最前線で活躍しないことに不満を持っていたが、自分たちの師として教え導かれていくうちにその優秀さを目の当たりにし「ハルちゃんはすごい」という思いを強めることになった。

今の灼の異名は「伝説の後継者」赤土晴絵を継ぐものとして注目されている。

 

そして今年度が終われば、赤土晴絵はプロとしての道を歩むことになる。

そのことに誇らしさを感じつつ、同時に託されたものとして何ができるかを考えるようになった。

 

彼女がアプリに出会ったのはその頃である。灼が注目したのは外見などのミーハーな部分ではない。

麻雀は役を覚え少し齧っている程度、そして女性よりも雀力に劣る男子。

それをもし自分が強くすることができるなら、赤土晴絵の優秀さをさらに証明できると自信が持てるようになるのではないかと考えた。

流石にその辺の一般人で実験するのは躊躇があったため、その点でも都合がよかった。

 

「これまで見て分かったけど京太郎はデジタル寄りの打ち方をしようとするけど、ミスが多いし裏目に出ることも多い」

 

『それはもっとミスを減らして完璧なデジタルを打てるようになれってことですか?』

 

オリジナルが今も受けているだろう指導法を思い浮かべて『須賀京太郎』は言葉を返す。

 

「もちろん麻雀の基礎はデジタル部分が大きい。『何切る』の正答率を上げるのは必至」

 

その言葉に京太郎は自分の道の険しさを思う。和の域まで到達するには何年、いや十年単位でかかるかもしれない。

 

「でもデジタル打ちには大前提がある。一つは確率通りに牌を引ける運、言い換えれば引く牌に偏りがないこと。もう一つは常時修正可能な計算力。

 この二つのどちらが欠けてもデジタルは完成しないとおも」

 

誰もが原村和のようになれるわけではない。

 

例えば松実姉妹がデジタル打ちをし出せばどうなるか、今より圧倒的に弱くなる。

赤土式の指導は本人の個性を分析することで強みを伸ばし、逆に欠点をカバーすること。さらには対戦相手の分析と対策が要となる。

 

「これは京太郎が打ったデータ。これから分かることは?」

 

『んー、直撃されることが多い?』

 

自信なさげに答える京太郎に灼は頷き補足する。

 

「より正確には他家が聴牌した時に不要牌かつ当たり牌がある場合、京太郎はほぼ確実に掴んでる。当然ツモ切りしたらそのまま直撃」

 

『まじか……運悪すぎだろ俺』

 

明かされた事実に愕然と落ち込み地に蹲る京太郎の頭を優しく撫でながら灼は続ける。

 

「見方を変えれば悪いことだけでもな。出さなければ相手の上り牌を握りつぶしたのと同じ」

 

『おお……強くなれるんですか俺!?』

 

「引いた牌から逆算すれば人より振り込みにくくなる。回して張り替えればい」

 

期待に尻尾を振らんばかりの食いつきに、灼は大型犬を連想して可愛く思う。

 

『つまり、俺が鍛えるところは?』

 

「聴牌気配の察知能力。できないと普段引く不要牌と見分けつかな。

 あと追っかけリーチは必ず負けるから禁止。よほど早くない限りはリーチ自体不利、ダマテン安定」

 

サラサラと述べられる指摘に京太郎の目が輝く。

 

『俺、灼さんについていきます! 強くなって恩返しします!』

 

純真な目で見つめられながら手を両手で握られ、男慣れしていない灼は少し心を乱す。

 

「まだ検証も済んでな。やってから言ってほし」

 

照れ隠しにそっけなく言うも、京太郎は尊敬の目線をやめない。

もしかしたらハルちゃんが私へ抱いていたのはこんな感情だったのかと重ね、緩みそうになる顔を引き締める。

 

そんな折

 

「灼、いるー?」

 

ヒョコっと顔を出した女性の姿に灼は即座に走り寄る。

 

「ハルちゃん! どうしたの? しばらくプロ活動のための調節するって言ってたのに」

 

じゃれつく犬のような灼の表情に察した京太郎は邪魔にならないようにすすっと下がる

 

「ちょっと整理してたら昔の制服が出てきてね。灼のネクタイ毎日使っててちょっとへたってるし、予備にいるかと思って」

 

「いる。ありがとうハルちゃん」

 

嬉しそうに薄紅色のネクタイを受け取った灼はほころぶような笑みを見せ、赤土晴絵はその頭を軽く撫でる。

 

「じゃ、私は戻るね。次の土曜に部活で」

 

「またね」

 

お互い小さく手を振って別れた後、再びすすっと灼の元に京太郎は近寄る。

 

『あの人が赤土先生ですか。たしか来年プロ入りするんですよね?』

 

「うん、ハルちゃんは凄い」

 

人から赤土晴絵が認められるのが大好きな灼は即座に頷く。だが、

 

『赤土先生にも教えてもらったら早く強くなれるかなー?』

 

軽い気持ちで放った京太郎の言葉になぜか灼は心がささくれ立った。

若干低くとげとげしい声で京太郎の目を真正面から見て宣告する。

 

「京太郎は、私の弟子」

 

『え、ああ。もちろんですよ。灼先生、俺麻雀がしたいです』

 

「ん。理論の後は実践あるのみ」

 

先生と呼ばれ気を持ち直した灼は満足感のまま頷き、すぐに思考を変えたためこの時は気づかない。

その感情が誰に向けた嫉妬だったのかを知る頃には自分の中の想いが育ち切ってからのことになる。

 

一方、京太郎は割と本気で仕様の抜け道を探し出していた。

 

『この修行の内容、どうにかして『俺』に送れないかな』

 

「行くよ京太郎」

 

『あ、はーい』

 

実は奈良で本物の京太郎に会える最短の道を持つのは鷺森灼であったが、本人は知る由もなかった。




はい、灼は麻雀の先生から独占欲の混じった恋愛コースです。
灼が恋愛感情を抱くにはどうしてもレジェンドの存在がネックなので、逆に灼との関係をダブらせる方向にしたら割としっくりきたという。

阿知賀のトリはアコチャーにお任せ。
実はプロット的に全く迷わなかったのは穏乃・玄・憧の幼馴染三人衆だったりします。


あと、()()()()()阿知賀編の後にどこの高校にするかのアンケートを置いているのでよかったらどうぞ。
感想欄でのアンケート活動は禁止なためご留意ください。作者が大変なことになるので()()()()()()()()よろしくお願いします。


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新子憧の場合

新子憧は阿知賀一のお洒落さんである。

麻雀部員5人のうち1人は常に上だけジャージ、もう1人は真夏だろうがマフラー&セーター&手袋、さらに1人はアニマルプリントTシャツを好むため、実質松実玄しか比較対象がいないのだが、流行の服でコーデを決めるセンスは比肩するものがいない。

 

麻雀は全国のエースと競えるレベル、偏差値は70は余裕、運動神経も幼いころ穏乃についていけた時点で察せるし、中学時を機にすらりと手足が伸びてスレンダーな美少女へ。

玄いわく「おもちには足りない」ではあるが、最近は女性的に丸みを帯びて肉感的になっている。

 

そんな完璧にも見える彼女だが、苦手なものもある。それは男性。

 

成長期とともに急に美貌を開花させた彼女を男たちが放っておくわけがなかった。

チラチラ見るなんてのは可愛いもの、明らかに下心がある眼で見られたり、言い寄る男も多かった。

 

ちょっと町に遠出した時に大学生と思われるガタイのいい二人組に絡まれたときは危機すら感じた。

それ以来男性に対して怖い、苦手という意識が付きまとうことになった。

 

だがそのままでいいとは憧自身思ってはいない。

進学、就職と将来を見据えた時に必ずその苦手意識は仇となると悟るだけの賢さがある。

だから練習、慣れるためにそのアプリに手を出した。

 

そしてインストールしてからしばし時は経ち、街中へと舞台は移る。

 

「すー、ふー、うん、行く」

 

『無理はするなよ』

 

「多少はしないと改善しないでしょ。それに、あんたがいいやつなのは分かってきてるし」

 

憧はスマホを耳に当てて答えながら『京太郎』の腕の裾をちょんと摘まむ。

 

『んじゃ、歩くか』

 

人がまばらに行き交う中、歩道を踏みしめるたびに憧の指先に引っ張られるような感覚がフィードバックされる。

『京太郎』の動きに連動して感覚を錯覚させほぼリアルと変わらないと感じさせる、高度にも程がある技術だ。

 

「これ絶対採算取れてないでしょ。アンタの運営つぶれないのかしら?」

 

『このアプリは実験で、医療方面への適応や特許での収益が主眼とか、よくわからん説明された』

 

「いや分かっときなさいよ。アンタ開発された側でしょ」

 

憧は緊張を紛らわすように雑談を始め、察した京太郎はそれに乗っかる。そして京太郎の突っ込みどころ満載な発言に憧が突っ込みを返す。

 

友人とするならばごく普通の会話だが、インストールした当初は異性ということで憧は過剰に気をとられて会話すら微妙に間が開いたり京太郎の動きにビクビクしていた。

 

まずは最低半径1mの距離を取って話すことから始めたにしては、腕の裾を摘まみながら軽快に会話できる今はずいぶんと前進したものだ。

 

『残念だが俺は一般的な脳みそしか持ち合わせてなくてな。同じ高校に通ってたら間違いなくお前に勉強を見てもらってたと言い切れる』

 

「ダメじゃん。しずと同類かー。今度の勉強会、脇で聞いとく?」

 

『今の俺はテストを受ける必要がないから別にいらない。どーだ羨ましかろう』

 

どやった顔で勝ち誇る京太郎を指でくんと大きく引いて、その影響で足並みが崩れた京太郎は転びそうになるがどうにか体幹で支える。

 

『おま、コケかけただろ、危ないからやめろよ!』

 

「コケても怪我しないでしょアンタ。肉体ないんだから」

 

焦り顔に変わったのを見て憧はクスリと笑い、その直後

 

『馬鹿、危ないのはお前だっての。服掴んでるから俺がこけたら感覚フィードバックされるんだぞ。

 それでバランス崩したら片手スマホで塞がってるから憧が怪我する確率高いだろ』

 

「っ、ごめん。そこまでは考えてなかった。その、ありがとね」

 

真っ先にされたのが自分への心配だったのだと気がつき、反省と同時に胸の奥が締め付けられたような感覚を一瞬覚える。

 

『……あれ? でも製品になってるんだから俺が気付くくらいのことスタッフは予想してるかも。実は杞憂?

 んー、でも見落としだとやばいしな。憧、悪いけど後で運営に問い合わせ頼めるか?』

 

「あ、うん、分かった」

 

ぼんやりとした返事に京太郎は憧の顔を覗き込み

 

『調子悪いなら今度にするか? 焦ったからって早く慣れるってもんじゃないし』

 

本心からの気遣いに反応して憧は服の袖から手を放し、今度は京太郎の小指に指を絡める。

 

「もう少し冒険してみるから、続けよ」

 

『憧が言うなら。ところでこれって手をつなぐに入るのか?』

 

「今は、これで精一杯。ちゃんとしたのは少しずつできるようになるから待ってて」

 

急にしおらしくなり顔が赤いのに京太郎は気づくが、頑張ってるのだろうと自己完結してあえて口にはしなかった。

 

「とりあえず映画見にいこっか」

 

『お、久しぶりだし結構いいかもな。憧は好きなジャンル何?』

 

憧の中で目的が男慣れの練習からデートに変わっていくのだが、京太郎がそれを知るのはまだ先のこと。

 

「今は恋愛、の気分かな」

 

『俺も嫌いじゃないし憧に合わせるわ。開場まで時間あるようだったら喫茶店にでも寄るか』

 

ただ、それほど先の未来ではなさそうだった。

 

まだ恋と呼ぶには早い胸のドキドキが絡めた指を通して伝わらないか、今の憧はそんなことで心がいっぱいであった。




憧には王道のこっぱずかしい青春恋愛を。

服の袖摘まみ→小指に絡めのコンボは穏乃編考えてる時からすでに頭にありました。

穏乃も憧も京太郎の言動で突発的に意識してしまうのは同じ、だけどそれが恋に育つのはそれぞれ彼女達らしく。みたいなのが出ていれば嬉しいです。


予告よりも公開が1日早くなったのは謝らない。早いのは悪くないはずと信じたい。


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清水谷竜華の場合

清水谷竜華は別に恋愛ゲームがしたくてこのアプリをインストールしたわけではない。

利便性や拡張機能の方が目当てだった人間だ。

 

親友の園城寺怜と示し合わせて一緒にインストールし、拡張機能で両者の『京太郎』を通してリアルタイムの伝言を可能にすること、これが元の狙いだった。

 

『京太郎』の声は所持者にしか伝わらず姿も見えない。さらに多少距離が離れようが問題はない。

つまり授業中だろうと見咎められることはなく、怜の体調が崩れたりしたら怜の『京太郎』からの伝言ですぐさま対応できる。

 

怜がどんな様子か聞けばそれに合わせて駆けつける途中で市販薬を買うことだって可能だ。

 

保護者意識の強い竜華にとって、このアプリは非常に有用だった。

 

もちろんデフォルトでこんな機能が使えるわけではない。できたらストーカーを量産してしまう。

有料の拡張機能のインストール、所有者同士の設定による同意、さらには二人共有のセキュリティコードの入力と確認。

割と面倒な手続きではあるが、不正使用を避けるためにはこの程度は必須なのである。

 

そして竜華の心配性な性格の結果『京ちゃんと一緒』は24時間休みなく起動し続けていた。

 

そう、24時間。

朝日が眩しい起きる時も

 

「おはようなぁ、着替えたら朝ごはん作るから待っとってくれる?」

 

『いや、俺食べることはできないです』

 

「あ、せやったね。なんか「ぶいあーる?」なんやったっけ」

 

 

真面目な授業中も

 

「なあ、今怜の体調どないなん?」

 

『授業中は集中してくださいよ。

 んー、午前中は検査で、そのあと学校って答え来ました』

 

「今日は調子よさそうやね。うちも勉強しよっと」

 

 

のどかなお昼休みも

 

「ごはんにしよか。怜、弁当あるでー」

 

「おー、ありがとうな竜華。あ、これ京太郎2人へのお供え物」

 

『大福……というか守護霊扱いなのか俺は』

 

 

しのぎあう部活中も

 

『竜華さん竜華さん、なんでこれ切ったんですか?』

 

「家に帰ってからなー」

 

 

リラックスするお風呂タイムも

 

「お風呂入るけど覗いたらあかんで」

 

『……我慢します』

 

「見たいんや?」

 

『そりゃもう!』

 

「力強い肯定やけど将来の旦那様にしか見せへんよ」

 

『旦那候補になりたい』

 

はらはらと涙を流すも竜華は特に何も言わず『京太郎』を脱衣所から追い出す

 

 

1日の終わり、夜寝る時も

 

「そろそろ電気消すでー」

 

『はーい。明日は何時に起こせばいいです?』

 

「七時でお願いな」

 

『アラームセットしますね』

 

 

そんな日々を過ごすうちに、いつの間にか1ヶ月が経ち

 

「京くん怜のこと羨ましそうに見とったね。膝枕する?」

 

『え、それは嬉しいんですけどいいんですか? 怜さんが自分専用って言ってましたけど』

 

「なんやの、京くんはうちより怜の言うこと聞くん?」

 

ムッとした表情に『京太郎』は慌てる。

 

『そういうわけでは。では失礼します』

 

「よしよし、いい子いい子」

 

竜華は『京太郎』の頬から耳、髪の毛と掌で優しく撫でる

『京太郎』はくすぐったく思いながら太ももの弾力と横目で見上げれば視界を埋める双丘に照れくささを感じる。

 

「この前からな、怜とお互いの京くんの話してたんよ。それで写真に向こうの『京くん』に膝枕してもらっとるん見付けてな。

 怜が先に裏切ったんやから、うちらも見せつけんとしゃくやろ」

 

竜華はスマホで『京太郎』に膝枕している写真を撮り、迷いなくメールに添付して送りつける。

 

『いつの間に課金サービスを』

 

普段『京太郎』の姿は網膜投影されているのでその姿は他人には見えない。当然、写真にも写らない。

だが課金することによって『京太郎』の姿を写真に反映する拡張機能が解放される。

 

その機能は網膜投影されている『京太郎』の姿をスマホカメラの位置・角度から算出して、あたかも『京太郎』が現実に存在しているかのように映りこませるというもの。

龍門渕財閥をして実現に難航した技術であり、βテストに参加した清澄高校の面々から無茶ぶりされた結果であった。

 

「ん、返事きた。ちゃんと怜も反省して……へんやん! なに後ろから抱きしめてもらっとるん!?」

 

添付写真には『京太郎』にベッドに座りながら背後から抱きしめてもらい、勝ち誇った顔でピースしている怜さんの姿が。

 

「へー、そういうつもりなんや。その喧嘩こぉたるわ

 京くん、うちのこと正面から抱きしめて。肌の温度感じるぐらいぎゅって」

 

『い、いいんですか? そりゃ俺は役得ですけど』

 

「そ、そら恥ずかしいけど、怜に負けてられんもんっ。早して」

 

耳を赤くしながらも竜華は両手を広げて『京太郎』に抱きしめを要求する。

服越しに肌が触れ合い心臓の早鐘が聞こえないか気にしながらも、片手でピースを作ってパシャリ

 

「あかん、映りの角度が悪い。もっぺん……ん、よし、まあいいやろ」

 

撮り終えた次の瞬間には竜華は距離を取り、手で顔を扇ぎながら片手で怜へのメールを送り返す。

そして数分後、スマホの振動に着信メールを開いて竜華はにっこりと微笑み、だが目は全く笑っていなかった。

 

「戦争や、もう容赦せん。怜は敵や」

 

『何をそんなに怒っ、あっ』

 

ヒョイと『京太郎』は位置を変えスマホの画面を覗き込んで、明らかな煽りを見てしまう。

 

文面は『どうせやったらこのくらいはしてみい。大人ぶっとるけど竜華にはまだ早いかな?』、そして添付写真はどう見てもキスしている怜と怜側の『京太郎』。しかも怜はベッドに背をつけ押し倒されているかのよう。

 

「京くん、キスしよう。深いやつな」

 

完全に据わった目で『京太郎』を捉え、発しているプレッシャーに押されて『京太郎』は徐々に後ろに下がる

 

『りゅ、竜華さん、落ち着いて。止めときましょう、ね? ほらこういうのはその場の勢いですると後悔するものですし』

 

だが竜華は止まらない。

 

「怜なんかに負けてられへん。うちやって京くんのこと好きなんや。うちが京くんの正式な彼女になるんや!」

 

そして二人の距離はゼロになり、唇が重なる。

その場面を見ていたのは差し込む夕焼けの太陽と、竜華のスマホのカメラだけだった。




千里山のトップバッターは竜華。
竜華って怜との関係見るに、一度ハマったらそのままずっぽりな気がするというお話。

なお、これでも1ヶ月経ってるから玄は当然として穏乃より進展は遅かったり。


次回は怜サイド。竜華サイドを補完する形となります。


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園城寺怜の場合

園城寺怜がこのアプリをインストールしたのは、まあ親友に押されてというのが大きかった。

いざというときに緊急連絡がほぼリアルタイムにできるという課金機能は体の弱い自分にとって確かに有用だという理解もある。

 

個人的には平日でのベッド暮らしが暇すぎるため、話し相手ができるのは素直に嬉しかったとも言える。

「病院でスマホの使用はいいのか」という突込みは、技術も進んで多少の電波でどうこうなるような柔な機具など刷新されたため一部以外ではそこまでうるさく言われない。

 

「うち……もうすぐ死ぬんやな」

 

『何言ってるんですか怜さん!?』

 

「うちの体のことはうち自身が分かっとる。あの木の葉が落ちるころ、うちの命も」

 

『そんな弱気にならないでください、俺は、俺は怜さんのことが……』

 

「その前に京太郎に頼みたいことがあるんや」

 

儚げな笑みに寂寥を帯びさせて怜は告げる。

 

『俺、何でもします』

 

「膝枕してくれへんか?」

 

そんな小さな願い事にこくりと『京太郎』は頷き

 

『俺なんかでよければ』

 

「ああもう、思い残すことはない……」

 

スッと目を閉じる怜の頬に『京太郎』は手を当てて

 

『怜さん、怜さんっ』

 

『京太郎』は涙をこらえるように歯を食いしばり、しかし目線は怜の顔から離さない。満足げな笑みを浮かべる怜をただじっと見つめて

 

パシャッ

 

スマホのシャッター音がすると怜はそのまま寝返りを打ち、そのまま病室のベッドの上でうつ伏せになりつつ今さっき撮った写真を見る。

 

『どうですか、出来?』

 

「そうやな、役に入り込んだ分映画のワンシーン的な感じがよく出とる」

 

満足げな怜に『京太郎』は次の採点を頼むことにする

 

『膝枕はどうでした?』

 

「あー、竜華とちごうて硬めやけど筋肉質なんで頼りがいはあるな。手で頬を包まれたときは男らしさを感じて、ちとドキドキしたわ」

 

『おお、思いのほか高得点』

 

コントとともに自分の欲求を同時に満たす。園城寺怜という人間はそういう自分に素直な性格だった。

 

「ただなあ、首、疲れるねん」

 

『感覚はフィードバックされても、体勢を維持するのは怜さんの筋肉の力ですからねぇ』

 

「龍門渕財閥には粒子なんたら論で実在させてほしいと要望出さなあかんな」

 

『電子データを元に実体を生み出すとかオーバーテクノロジーでしょう。

 怜さんの体をスキャン、首から下の随意筋への神経伝達を一時的に遮断。同時に電脳空間で怜さんのアバターを作って脳波に従って動かす。の方がまだ実現は近いと思いますよ』

 

あんまり頭がいいとは言えない『京太郎』がこういう言葉を返せるのは、その辺りの質問があり得るだろうと判断したスタッフによる仕込みである。

実際『京太郎』は手に広げたメモ用紙を読んでいるだけで内容は理解できていない。

 

この辺り、龍門渕財閥の力の入れようは謎というしかなかった。

 

「膝枕への愛のためにどうにかしてもらわんとな、できるだけ早く」

 

『なんでそこまで意欲的なんですか』

 

「そらあれや、エロいことも可能になるからや。うちも18になっとるしな」

 

『流石にR-18版は出さないと思うんですが』

 

苦笑する『京太郎』に、しかし怜は力強く断言する。

 

「でもごっつ売れるで。人は三大欲求で進化してきたんや」

 

あながち間違いでもないのが問題だった。

 

 

コントのようなやり取りも含め、怜と『京太郎』の仲は深まっていく。怜のバイタルチェックも兼ねて24時間起動してるので当たり前と言える。

この機能は怜の入院病院で絶賛され、医療化してほしいと財閥に訴えたため、龍門渕財閥は医療参入に好感触を得たという余談もあったりする。

 

ただ怜は友人といる際はそちらを優先させるため、『京太郎』は距離をとることもそこそこあった。部活中は特にそれが顕著である。

 

そしてある日、珍しく怜と竜華が喧嘩別れをする日があった。

家にたどり着いた後、おもむろに『京太郎』は尋ねる。

 

『何があったんです? 竜華さんすごく怒ってたみたいですけど』

 

「京太郎と前撮った膝枕シーンの写真を竜華に見られてな。でもそうやな、これはいい機会だったかもしれんな」

 

親友と喧嘩したにもかかわらずあんまり堪えてなさそうな姿に『京太郎』は首をひねる。仲が良すぎてお互いに依存しているようにも見えていたのだが。

 

「竜華な、たぶん自覚してないんよ。自分が京太郎、いや正確には竜華の『京くん』にべた惚れてしもうてること」

 

『へ?』

 

「最近口を開けば『京くん』『京くん』『京くん』、んでうちが合わせて京太郎の話になるやん? すると微妙に機嫌悪くする。分かりやすすぎや」

 

自分の分身があの見た目ドストライクな人に好かれている、それに現実感がなく聞き返す。

 

『えっと、嫉妬の対象が逆ってことは?』

 

「ないな。それやったらうちを睨み付けるんやなくてスマホに視線やるやろ。

 予想ならそろそろ……と、来たわ」

 

竜華さんから送られてきた文面は『もう怜専用やないからな!』で、添付に『京太郎』が竜華さんに膝枕されてる姿

 

「ふう、一安心やな。うちの安住の地は守られた。でも竜華は奥手やからな。

 京太郎、うちのこと背後から抱きしめてくれへん?」

 

『よくわかんないけど、分かりました』

 

細い怜さんの体を抱きしめてみると、シャッター音がして

 

「『それはうちがすでに通り過ぎた道や』、と。どうなるかワクワクやわ」

 

数分の間をおいて、正面から抱き合った写真がメールで送られてくる。

 

「これだけでどんだけまごまごしてるねん。しゃあないな最後の一押しや」

 

怜さんはベッドの上に仰向けで転がって

 

「京太郎、覆いかぶさってキスしてーな。壁ドンやなくてベッドドンって感じで」

 

『え、でも』

 

「ええから、はよぅ」

 

そう、これは人助け、怜さんもそう言っていた、と『京太郎』は覚悟を決めて怜との距離をゼロに。

唇と唇が触れ合う感触と体温、水気の感覚までが怜の中に流れ込んでくる。

そして、間を置かずシャッター音。

 

「よっしゃ。これで勇気出さんならもう手に負えんわ。あとは放置っと。

 んじゃ京太郎、うちらも純粋にイチャイチャしよか?」

 

ポイっとスマホをベッドの隅に放り投げて潤んだ目で『京太郎』を至近距離で見る怜に動揺。

 

『え、今までのは竜華さんのための煽りで、怜さんは別に俺のことなんとも』

 

「好きに決まっとるやろ。やないとここまでできるかいな。竜華と違ってうちは『うちだけの京太郎』がいるから一々嫉妬せーへんだけ。

 もし京太郎が1人しかおらへんとかやったら竜華も倒してうちだけのものにするに決まってるやん」

 

その言葉に『京太郎』は誰にも聞こえないエールを送った。

『オリジナルの俺、もし発見されたらガンバ』と。




怜編、今までで最長。
コントと機能の説明が思ったより膨らんでしまった。

見て分かるように竜華編と互いに補完する形です。

というか竜華も怜も重い。阿知賀はさわやか青春の重さだが、こっちはドロドロになりかねん。

没入型VRは龍門渕が数年がかりでどうにかできるかもしれないが、R-18はオリジナルのサンプルとる必要があるから、話の時点で清澄が戦争起こすとしか思えない。

次回は『二条泉の場合』です。
いずみんマジどうしようかな、アイデアが降ってこない……


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二条泉の場合

二条泉はかつて高1最強を名乗っていた。それには自らを鼓舞する意味もあったが、半分程度は本気だった。

自分が中学時代負けた原村和は無名校へ進学、たいして泉は強豪の中で唯一1年レギュラーを勝ち取った。

 

ぬるい環境にいた人間と自ら苦難に飛び込んだ人間では圧倒的に後者が伸びるはず、理屈ではそうなるはずだった。

 

ところが蓋を開ければどうだったか?

原村和はミスをしない完璧な機械へと変貌し、ニューカマーやカムバック組が圧倒的資質で敗北という現実を突きつけてきた。

 

ネリー・ヴィルサラーゼは世界ジュニアで活躍していたから分かる。原村和も牙を磨いたということで納得もしよう。大星淡は強豪の中で新星として勝ち上がったのだから許せる。

 

だが、小学校に経験があった程度というブランク組が勝るというのは理解ができない。

そんなに才能があったのならなぜ途中で辞め、そして今更また始めるのか? よりにもよって同学年でそんな化け物ばかりが湧き出るのか?

 

そしておそらくその魔物たちはこれから3年間立ちはだかるのだ。どんな悪夢だ?

 

結果、二条泉の心は癒しを求め架空の男へと愚痴ることで精神の安定を図るしかなかった。

 

「来年になったらな、清水谷先輩も江口先輩も園城寺先輩も抜けるやん? 実力の近いこの三本柱が抜けるとなるときついもんがあるんよ」

 

『そうかもですけど弱体化するのは千里山だけではないでしょ?

 白糸台は絶対的エースが抜けるわけですし、臨海は補充してくるにしても、定員いっぱいの阿知賀・清澄は見通しも不明。永水は3年が3人抜けるので弱体化するのは同じ。

 ぽっと出は計算できないですけど、強豪同士で争う普通のトーナメントになる可能性も』

 

『京太郎』は心の中だけで(うちって部長いないと作戦立てる人いないからなあ。困った人だけど牽引力はおかしいからな。本当に困った人だけど)などと愚痴る。

 

「長野は清澄が来なくても龍門渕がおるやん。あそこ全員3年になるから気合の入り方やばいやろ絶対」

 

『あー』

 

少し前まで検査と称して色々された記憶のせいでうっかり忘れていたが、あの人たち元は麻雀がメインだったと思い出す。

 

「私は千里山で唯一1年でレギュラーを取れた。それが自信やった。

 けど、それは私が強かったんじゃなくてあの人たち以外の千里山自体が弱かったんじゃないかって」

 

『その気持ちは分かる。俺もな、中学の時ハンドのエースで天狗になってた。けど県大会には俺以上もごろごろいて、結局決勝で敗退したんだよなあ』

 

「私は全国に行ったから一緒にせんとって。県大会とか勝って当たり前やん」

 

慰めの言葉を泉はバッサリと両断。

 

『てめ、頬を引っ張られたいのか、そうなんだな!?』

 

「あはは、冗談冗談。でもま、おかげでちょっと吹っ切れたわ」

 

『京太郎』の伸ばす手を避けながら、泉は笑い声とともに目から落ちた雫を拭い去る。

 

「ごちゃごちゃ言ってもはじまらん。自分の力不足は分かった。あとはそれをどう埋めるか、やな。

 都合のええことに千里山にはデータ収集の鬼がいますし」

 

『んー、そっだな。あれだ、確か姫松の大将、えっと末原なんとかさん? とかを参考にすればいいんじゃねえかな』

 

胸が小さかったので正確に名前を憶えてない失礼な『京太郎』は自分の幼馴染を苦しめた相手の名前を絞り出す

 

「えらい具体的やけどIHのテレビ中継見てたん?」

 

『ま、ちょこっとした縁でな』

 

特に大したこともできなかったと自分を評価している『京太郎』ははぐらかす。

 

「でも肩入れしてくれるんやな。あ、私のアプリだからか」

 

『どっちかっていうと仲間意識、かね。怪物を倒す凡人とかかっこいいじゃん。俺も持ってない方だからそうなりたいって思うしさ。

 ここの俺くらい、泉を応援しててもいいだろ』

 

(清澄の応援はオリジナルに任せときゃいーや)とか適当に放り投げて、目の前の少女に告げる。

 

『だから夢見せてくれ。泉があいつらに勝ってやれ。挫けそうになったら、俺が支えるよ。

 まあ実際には物を支える力とかないんだけどな。普通にすり抜けちまうから』

 

三枚目に茶化す少年の笑顔を眼に刻んで、二条泉は吠える。かつて高1最強を名乗ったときのように。

 

「私の活躍見て惚れてみ。そん時までに返事も考えとくさかい」

 

『は、俺を惚れさせられるならやって見せろ。かなりぼこぼこにしないと俺の憂さは晴れないからな』

 

泉は心の中で(この人のために勝とう)と強く思う。そして同時に、尊敬する先輩たち三人にあり自分に足りなかったものを自覚する。

彼女たちは、親友とそして千里山の名、自分以外を背負っていたからこそああまで強くあれたのだと。

 

「来年みてみぃ、私が、私たちが勝つで!」

 

自信家だった二条泉は帰ってきた。

そしてさらに一回り大きくなって再び全国の舞台に立つだろう。

当然、その隣には『京太郎』がいるのは間違いない。




泉はスポーツ青春物のようになぜかなりました。

他のヒロインと大きく違うのは自分が好きになって告白するのではなく、惚れさせて告白させようというスタンス。

既に自分は『京太郎』が好きなのにそれを言わずに前を向いて結果で返そうとする。そんな泉さんの出来上がり。

『心の折れかけた泉と励ます京ちゃん』ということだけ決めてあとは筆の赴くままに任せたので、どうしてこうなったのか作者自身が分かりません。


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船久保浩子の場合

船久保浩子はデータが大好きだ。データ収集もデータ分析も好きだからこそ得意になったことであり、興味があればとにかく少しでも多くのデータを取ろうとしてしまう。

 

だから、部員の間に広がっている流行を見つけ出すのに時間はかからなかった。

そして周囲がそれを基におかしなことになっていくのを観察し続けた。

 

だがそれでもどうしてもあることが分からず、それが気になって気になって仕方がなく、自分もアプリをインストールして起動するなり開口一番に質問した。

 

「自分、なんでそんなにモテてるん?」

 

『……言ってる意味が分からないです。というかモテるなら何の苦労もないんですけど』

 

起動直後に変な質問をしてきた所持者に『京太郎』は過去のあれこれを思い出す。

 

『俺、彼女いたこと一度もないんですけど』

 

この『京太郎』の言は事実である。

だがその裏に常に近くにいて牽制を続けた幼馴染やら、(流石にあれには勝てない)と戦意を失わせた高嶺の花や、互いの出だしを邪魔する麻雀部内の高度な駆け引きが存在する。

 

ただそんなドロドロを好きな男に見せる女子がいるはずもなく、ゆえに彼の認識が現実とズレていた。

 

「なるほど、無自覚系と」

 

『ま、マイペースだこの人』

 

淡々とデータを打ち込んでいく浩子の所作に『京太郎』は自分が振り回される姿を幻視する。

だがよく考えなくても清澄での日々自体が振り回されているに等しかったため、あっさりと心持ちを回復させた。

 

『というか俺、あなたの名前すら聞いてないんですが』

 

「ああ、忘れとったな。船久保浩子、好きに呼んでくれて構わんよ」

 

『じゃあ、浩子先輩で』

 

浩子は「気安いタイプ」とメモに加える。

 

「いきなり名前か」

 

『え、あ、嫌でした? すいません、船久保先輩』

 

「別に名前でかまへんけどね」

 

『ならなんで言ったんですか!?』

 

浩子のメモにはさらに情報が増えていく「真に受けやすい」「素直、またはチョロい」「ツッコミの素質あり」

 

『なんだこの人、なんか部長に似て』

 

「ん? 『部長』って誰?」

 

滑った口を即座に拾われ質問を返されてしまい、『京太郎』の中で警鐘がなる。

 

『の、ノーコメントで』

 

「何か隠したい、と」

 

『ノーコメントで!』

 

浩子のメモに「いじると面白い」「拒否することもある」と連ねられていく。

 

焦ってる姿を少し可愛いと思ってしまうあたり、浩子の感性は久に似ていた。そう、いわゆる「好きな子ほどいじめたくなる」というやつである。

こういう人間の厄介なところは好きだからいじめたいだけではなく、いじめているうちに好きになることもある、S気質を有することだ。

 

「ま、話し戻そか。実際にモテてる相手やったっけ? まあ清水谷部長は確定やな」

 

『え!? あの黒髪ロングでおもちの大きい人が!? くっ、俺と代わってくれ!』

 

思わず漏れた本音。それを聞いて浩子は「なぜか清水谷部長を知ってる」「胸が大きい女が好き」と書き記す。

ほんの数分で『京太郎』の情報は収集されていく。鮮やかな手前であった。

 

だが同時に、浩子はほんの少しむっとする。

 

「ほー、私じゃ不満と?」

 

指で持ち上げたメガネが光る。浩子は自分でも竜華の方が女として魅力的だということは分かっている。

だがそれはそれとして、目の前であからさまにそういう態度をとられて傷つかないかは別の話である。

 

『そういう意味ではなかったんですけど、すみません。

 俺、まだ浩子先輩のことよく知らなくて』

 

大きい体を縮こまらせて若干上目遣いに顔色を窺ってくる『京太郎』の姿に気の小さい大型犬を連想し、浩子の背筋にゾクゾクとしたものが走る。

 

「その辺はあとで教えるとして、まずは骨までしゃぶらせてもらいまひょか」

 

おもむろにケーブルを『京太郎』が入ったスマホとパソコンをつなぎ、高速でキーボードを打ち始める。

そしてそのやっている内容に『京太郎』は戦慄する。

 

『ちょっ、待って! クラックしようとしないで! 規約違反だから! というかそれ裸に剥いてるようなものだから!

 透華さん、智紀さん、ヘルプ! ヘルプです! 助けて!』

 

「中々セキュリティ堅いやないか、燃える、これは燃えるで」

 

『やーめーてー!』

 

泣き叫ぶ『京太郎』の言葉を無視して浩子はデータを吸い取っていくが、迎撃プログラムの猛攻にさらされデコイを巻いてどうにか逃げ切る。

 

「ちっ、表面上の部分しか浚えんかった。あんま実になる内容はないなあ」

 

『うう、もうお婿にいけない……』

 

成果に納得のいかない浩子と、蹲る『京太郎』の姿が対比となって夕焼けに照らされる。

 

「別に困らへんやろ。うちがもらったるから」

 

『そんなこと言って人に言えないようなことをするんでしょ!? 同人誌みたいに! 同人誌みたいに!』

 

男女逆の定番セリフで遊んでいる辺り、割と相性は悪くないというのが問題だった。

 

そして今度は運営に連絡しようとする『京太郎』と、それを阻止する浩子という攻防戦へと移り変わっていく。

 

こうしてスリル満載の戦いを経てなぜか二人はお互いを認め合い恋仲にまで至る、誰にも想像のできない終わりまでまだまだ時間はかかりそうだった




書いてて苦難の連続だった。
正直一目惚れ以外の道筋では恋愛へのルートが他に思いつかんという。
ぶっちゃけ、今回の出来は悪いなと思っている。

というか、こんなことされても最終的に許してしまえる京太郎は聖人かなにかなのか?


次回は『江口セーラの場合』
そしてその次は『幕間・その時リアル京太郎は①』の予定。


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江口セーラの場合

江口セーラは男っぽいというのが今までの通説だ。

実際セーラは自分が女子の制服を着なくてもいいという決め手で高校を選んだし、スポーツも男子に交じっても通用する。

 

着飾ることを好きになれず、自分の価値は実力で示せばいいと単純明快に物事を考えてきた。

 

だから己の女子力に自信もなければ、男に好かれるにはどうすればいいのかなど知るわけもない。

 

だからとりあえず、普段は決して着ない制服のスカートに違和感を覚えながらも鏡の前で髪が変になってないかをチェックする程度のことしかできないでいた。

だが同時に自分の今の姿が女性として「あり」なのか判断できず、羞恥に悶える自分を必死に抑えていた。

 

「あかん、分からへん。竜華か怜に聞くべきやったか? せやけど竜華は事情聞いてくるし、怜なら必ずおちょくってくるし」

 

何度も迷いながら目をスマホと鏡を交互に見る。アプリの説明文とサンプルの写真が目に入るたびに顔の赤さが増してくる。

 

「一人称『俺』のままやとダメやんな? 『うち』いや『私』? どっちも似合わなへん気がする」

 

セーラの今の状態は完全に恋する乙女そのものだった。もしクローゼットに女性服があるならすべてひっくり返してその組み合わせが一番似合うか検討していただろう。

 

一目惚れ、それがセーラの罹患した病である。

高々数枚の写真を見ただけで発症したため、インストールはしたものの未だ起動できずに二の足を踏むこと数日。

 

普段決断が早い竹を割ったような性格が鳴りを潜め、完全に乙女としての思考回路に変貌している。

 

「竜華くらい色々あれば悩まへんのに」

 

セーラは親友の恵まれた容姿を初めて羨み、自身が女の武器を持っていないことにため息をつく。

 

しかし、もうこれ以上時間をかけても何も進まないのは明白だ。

震える指で画面のアプリをクリック、起動させる。それに合わせて網膜に1人の少年の像が映し出される。

 

『――問おう、貴女が俺のマスターか?』

 

窓から月明かりが差し込む中『京太郎』は目の前のセーラの瞳を見つめながら、無駄に引き締めた顔つきと声で告げた。

なぜその言葉をチョイスしたのかはなんとなく気分と遊び心だった。だがこの場に限って『京太郎』の態度は元から外見に惹かれていたセーラには刺さった。

 

「あ、お、やない、私、江口セーラいいます」

 

てんぱったセーラは普段の一人称を使いかけるが、何とか持ち直してより淑女っぽい方を選んだ。

心の中で(竜華のように竜華のように)と言い聞かせているが全く慣れていないためもじもじしており、それが独特の可愛らしさを出していることにセーラ当人は気づかない。

 

一方で『京太郎』は思案顔でセーラの姿を上から下まで見渡し首をひねる。

そしてその仕草に対しセーラはピクンと震え小動物のように伺う目線で『京太郎』を見る。

 

『俺たち、どこかで会ったことあります?』

 

「いや、ないはず、やけど……」

 

普段のセーラを知っている人間ならば『誰やねん!?』とツッコムこと間違いなしなか細い声に『京太郎』はとりあえず仕切りなおそうと柔らかく笑顔を浮かべて挨拶をし直す。

 

『そっか、じゃあ気のせいか。改めまして高校1年須賀京太郎です。よろしくお願いしますね』

 

「江口セーラや、です。高3」

 

名乗られた名前に再び『京太郎』の中の記憶が呼び覚まされそうになるが、雀卓の前の堂々とした姿と今目の前にいる恥ずかしがりな姿が一致せず判断を先延ばしにする。

 

『じゃあ俺より先輩ですね。えっと何と呼べば?』

 

「名前、で」

 

『セーラ先輩でいいですか?』

 

「『先輩』はいらん、かな」

 

呼び方で少しでも距離を詰めようとするセーラの奮闘はいじましい。恋が人を変えるという通説はこと彼女に関しては正しいといえた。

 

『ではセーラさんで。ところでどうします? 今は夜11時超えてますけど、明日学校あるでしょうし寝ますか? それとも遊びます?』

 

「寝、っっ!?」

 

相手を異性として意識しまくっているセーラはつい単語に過剰反応して耳まで真っ赤にしてしまう。漫画かなにかであれば煙が出ているかもしれない。

 

『いやいや、深い意味はないですからね。さすがに出会ったばかりの人にそういう要求とかしませんって』

 

そもそも添い寝とか抱きしめて眠る程度しかできない仕様なのだが、聞く人によっては『京太郎』の言葉に含みを感じてしまうかもしれない。

 

「せ、せやな。今日は、その、これくらいで」

 

わずか数分のやり取りで羞恥心と精神力を使い果たしかけたセーラはコクコクと頷く。

 

『モーニングコールしようにもこれ課金機能なんですよね。1食分は飛びますし、普通のアラームでも使い勝手はそう変わらないですし。

 せいぜいユサユサする感覚がするくらい? 変な機能ですよね龍門渕』

 

単に疑問に思ったが故の『京太郎』の言葉に、寝起きに優しく起こされる自分の姿を想像してしまったセーラは精神的ダメージを受ける。

 

「し、心臓に悪いし、今はなし、で」

 

『ですよね。課金とかおまけ要素ですし無理にやるもんじゃないですよ』

 

むしろ課金を止める側に回る『京太郎』。本気で言ってるあたりが運営泣かせである。

人というのはするなと言われた方が逆にすることで格好をつけようとする恋心を分かっていないため、彼の意志とは別の効果を生み出すこともあるが。

 

「お、おやすみっ」

 

『はーい、おやすみなさい。

 あ、もし間違ってたら俺が恥ずかしい奴なんですけど、今のセーラさんも可愛いですけど普段のセーラさんも魅力的ですよ』

 

最後に爆弾を落として『京太郎』の姿は消える。どれだけの破壊力を持つかなど考えもしない『京太郎』はとりあえず言ってみようという軽い気持ちで去り際に告げた。

 

「っっっ、~~~っっ!?」

 

そして思い切り爆撃されたセーラはこの日布団の上で枕を顔に押し付けながら散々悶え、眠れぬ夜を過ごすのであった。




遅くなったけれどセーラ編はこんな感じで。

乙女セーラは普段を知っているからこそさらに可愛く見えると思う。
素に戻ったとき自分の乙女モードに恥ずかしがるのも可愛い。
両方合わせてお得パック的な何か。

IH後の設定だから京ちゃんが知ってるのも仕方がない。久が偵察にしたし。


次回は幕間としてオリジナル京ちゃんの初登板。

その後は初回アンケートの2番手だった宮守高校へと移ります。
トップバッターはその時の楽しみということで(アイディアが足りないともいう)


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~幕間・その頃リアル京太郎は①~

1人の少年、須賀京太郎は呼び出しに応じて龍門渕家を訪ねていた。

 

その場には龍門渕高校麻雀部が全員ずらりと並んでおり初めて見た人間は圧迫感を感じることがあるかもしれないが、すでに何度も訪れている京太郎には関係なかった。

 

「こんにちは。なにか新しいデータがとりたいって話でしたよね?」

 

京太郎の質問に、この場のリーダー格である龍門渕透華は胸をそらして答える。

 

「ええ。実はユーザーと株主の希望が出ていて、それに応えてほしいのですわ!」

 

いつぞやのようにモーションキャプチャーを差し出されたのでそれを受け取りつつ視線で先を促す。

 

「ではR版実装のためこれから京太郎さんと智紀にはセ〇〇スしていただきますわ!」

 

規制の入る発言をしたお嬢様に京太郎の目が遠くなる。

そして一方、龍門渕における一番のおもちさんがしずしずと京太郎に近づいてくる。

 

「よろしく」

 

「いやいや、なんであなたまでやる気なんですか智紀さん!?」

 

京太郎の驚愕に対し智紀は何でもないように答える。

 

「感覚フィードバックシステムで再現するには実際に体験するのが手っ取り早いから」

 

「もっと自分を大事にしてくださいよ!」

 

叫びに喉が枯れそうな京太郎に対し透華は全く頓着しない。

 

「もちろん相手の体格によって色々変わるはずですから智紀の次は私、純、一、衣と続けていただきますわ!

 これにより龍門渕財閥の名は世界に轟、ちょ、えっ」

 

演説を始めた透華さんのすぐ傍に出現した執事姿の青年が透華さんの首根っこを掴んで猫を運ぶようにドアに向かいだす。

 

「透華お嬢様、淑女としての自覚を持ってください。そもそもそういうことは強制するものではありません」

 

「そんな、これはチャンス、チャンスですのよ! ハギヨシ離しなさい! 私は主人ですわよ!」

 

「私が雇われているのは透華お嬢様の御父上ですので。それでは、後はよろしくお願いいたします」

 

キーキーと鳴く透華さんを抱えたままハギヨシさんは優雅に一礼してそのまま去っていき、透華さんの声が小さくなっていく。

 

呆然としていた京太郎の背をつんつんと一が突き、困ったような笑顔を京太郎に向ける。

 

「ごめんね、透華はボクたちが言っても聞かないから」

 

「つまりあれは透華さんのいつもの暴走と?」

 

どうやらこの場の一同は一さんが代表するのかと確認の意も込めると、彼女は頬を掻きつつ応える。

 

「いやまあ、要望と圧力がそれなりにあるのは事実だけど無理強いなんてできないよ。そもそも呼び出したのは別件だしね」

 

透華さんのアレが本題でなくてよかったと京太郎は安堵する。

だが同時に思う『それなり』とはいえそんな要望が寄せられるって世界はどうなっているのかと。

 

「今回京太郎くんに頼みたいのはさ、別衣装の合わせなんだ。今アプリで実装されてるのが私服・デート用・パジャマの3種類なのは知ってるよね?」

 

「ええまあ。最初制服ですませようと思ったら怒られましたし」

 

特定され易すぎるからとβ版から変更された部分だ。特に和が力説していた。

 

「そこで課金で衣装を増やせるオプションを作ろうとしていてね、

 実際に着て動いてもらわないと細かい裾の動きや跳ねなんか見落としそうだから」

 

「つまり着せ替え人形ですね」

 

『そういうのを喜ぶのは女性だけではないか』と思ったが、そもそもターゲットの客層が女性だったのだからきっと正しいのだろう。

 

「うん、ごめんね。100着ほどあるから時間取らせちゃうけど」

 

「ひゃ、100!?」

 

あまりの数に京太郎は意識が遠くなる。

 

「あ、そうそう。京太郎くんは最近自分の口座見た?」

 

急な話題転換に疑問を覚えつつ首を横に振る。

 

「高校生がそんな頻繁に見ませんよ。引き出すこともないですし」

 

「だよね。これ、京太郎くんへの振込額の明細」

 

渡された書類に目を通していく。一、十、百、千、万、十万、百万、千……

予想だにしない額に京太郎の体ががくがくと震える。

 

「こ、これ、桁間違ってませんか?」

 

「あはは、それが正しいんだよね。

 R版出すなら億単位で突っ込むって人まで何人かいてさ、それで透華も魔がさしたというか」

 

京太郎は世の中の闇を見てしまい、抵抗する気が完全になくなってしまった。

 

「ワカリマシタ、ヤリマス」

 

「ありがとう、ごめんね。もし周囲で変な兆候があったら言って。『ボク』が絶対に守るから」

 

「オネガイシマス」

 

現実逃避にロボットのようになった京太郎は気づかない。国広一がピンク色の唇をチロリと舐めたことには。




リアル京ちゃんの幕間の①、そのメインは開発陣のもんぶちーずの国広一ちゃんでした。
最初は小悪魔化させる気はなかったのだけれど、出来上がったらなぜかなってた。

もしハギヨシさんが透華を止めない世界があれば、京ちゃんはVRも現実も大変ですね。
なお億出すとか言ってる人間はアラフォー。別の使い道考えろよ、すこやん。


次回は宮守高校に入ります。誰にしようか……


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小瀬川白望の場合

小瀬川白望は自他ともに認めるめんどくさがり屋さんである。口癖は「ダルい」。

だが実のところ面倒が嫌いなだけで最低限のことはやる。ただ、それをしてくれる人がいれば任せるというのがスタンスだ。

 

『ああっ、またコンビニ弁当だなんて。栄養偏るし添加物多いし控えてくださいよ』

 

「じゃあカップラーメンでいい」

 

『もっとダメですよ! 塩分取りすぎになっちゃうでしょ』

 

白望がインストールして以来、この『京太郎』は気が休まることはなかった。

ご飯は出来物ですませる、家事は最低限、買い物途中で1人ベンチで休憩する。それらの不摂生に抗議しても白望は全く応えない。

 

小姑のようなことをしている『京太郎』だが、白望は反論こそすれ決して消そうとはしない。そしてわざわざインストールした理由も口を割らない。

 

「なら京太郎が作ればいい」

 

『作れたらそうしますよ! ああ、実体があればこんなにやきもきしないのに!』

 

「ご飯を作って、掃除して、背負って運ぶ……お嫁さんみたい」

 

上半身を机に預けながら白望が呟く。当然、豊かなおもちは自重に押し付けられる。白い肌も相まって潰れた大福のようだ。

 

『男女逆なんですけど』

 

「よそはよそ、うちはうち」

 

『ああ言えばこう言いますね』

 

むむぅ、と口をへの字に曲げる『京太郎』だったが、彼はある事実を知らない。

白望は知り合いを発見すると即アプリを落としているために知りようがないともいう。

 

本来、白望はここまで口数の多いタイプではない。必要がなければ友人たちとの間でも黙っていることは珍しくないし、ほんの少しだが口の端が常より上がっている。

 

このことから導き出される答えは一つ。

『白望はこの無駄しかない会話を楽しんでいる』

 

だから、もし宮守麻雀部の皆がこの光景を見れば驚愕するだろう。

もとより白望は情が深い。「めんどい」「ダルい」と言いながらもやるべきことはしっかりする。だがやらなくてもいいことはしない。

 

「アップデートは?」

 

『運営に頼んで紐付けてもらいました。なので課金分引き落としされますからね。

 という訳で、お風呂はいれました。ちょうどいい温度ですよ』

 

「電気もよろしく」

 

白望の言葉と同時に居間の電灯が落とされ、代わりに風呂場の灯りがつく。

今現在、白望の家の電化製品はすべて『京太郎』の指揮下にあった。彼女のようなものぐさ達による要求の賜物である。

 

遠い暖色の灯りでうっすらと闇に浮かぶ肢体。衣擦れの音とともに床へと重なる布。

 

『あの、白望さん? まだ俺いますよ?』

 

網膜に映る『京太郎』は顔を赤くしながら横向きになるも、やはり男の子として気になるのかちらちらと視線が惑う。

 

「見たければ見れば」

 

たゆんと双丘が揺れ何もまとわないまま途中でバスタオルを片手に浴室に向かう。

その足取りは何も感じていないように『京太郎』には見えていたが、実のところ白望の心臓はバクバクと鳴っていた。

 

顔が熱くなるのを湯のせいにするために若干速足でバスタブに入り、ぱちゃんと肩までつかって間もなく白い肌が薄桜に染まっていく。

 

白望は足を湯船の端まで伸ばし、『京太郎』が未だにどうしていいかわからずに目が泳いで背を向けているのを視界にいれて脱力。

 

「京太郎」

 

『は、はひっ』

 

「こっちに来て」

 

『いやでもですね』

 

動揺している様を見れば意識されていることも分かり白望は安堵と呆れの混じった息を吐き

 

「所有者命令」

 

まるでそんな機能があるかのように白望は告げたが、実のところこんなものに強制力はない。

『京太郎』は拒否しようと思えばできる。だが、あまりにも堂々と当然のように言われると人は信じてしまうもの。

 

あの竹井久の元でも人を疑うことを覚えなかった『京太郎』はおずおずと浴室の中へ足を踏み入れてしまう。

 

『な、なんですか?』

 

「ダルいから京太郎も入って」

 

わざと陶器のような艶やかな体を見せつけるようにしながら、白望は全く何の理由になっていない主張を押し通す。

 

 

『いやでもですね、ほら俺服脱げませんし』

 

煮え切らない男の態度に白望は(狼になれ)と思念とともに手札をたたきつける。

 

「課金、バスローブ購入、衣装変更」

 

『ちょっ、一さんなんでこんなものまで実装、ってこれ俺に拒否権ない!?』

 

開発陣衣装担当の名前を思わず出した『京太郎』に、この場で他の女の名を出されたことを敏感に拾った白望の目が据わった。

そしてそれと同時に『京太郎』の衣装が私服からバスローブ姿へと瞬時に変わる。

 

その着替え機能に対して白望はクレームを入れようと決めた。

(分かってない)と。(着ている服を脱いで新しい衣装を着る過程にこそ意味があるのにそこを省略するなど全く分かってない)と強く、強く思う。

 

しかしそれはそれ。白望は目先の欲望も忘れない強かさがあった。

 

「問題なくなったから入る」

 

『……はい』

 

もう色々と諦めた『京太郎』は促されるままに宮守高校で『充電』と呼ばれる体勢になる。違うのは白望が京太郎を後ろから両手で抱きしめ意識的にむにゅむにゅと当てていること。

 

「早く実体化できるようになって」

 

白望の希望を込めた言葉は口パクだけで、『京太郎』には届かない。

こんなにも近くにいるのに本当の意味では触れられないほどに遠い。その事実に痛む恋心と悔しさに白望は苛まれる。

 

だからこれくらいの我儘は許してほしいと白望は涙を隠す。それでも彼を手放すことはできそうになかった。




出来上がったら白望のアピール怒濤&重っ。
これはあれですね、仲間との別れも近いからより依存してますね。

プロット時点で『着替えシステム使用&お風呂』にしたのがいけなかったのか?
予定ではここまでシリアスではなかったはずがなぜだ。

……やはり修羅場の宮守は格が違うということか?(戦慄


次回はシロと充電コンビつながりということで『鹿倉胡桃の場合』でお会いしましょう。

なお、もんぶちーずのそれぞれの意向は前回のように幕間でちょこっとずつ明らかになっていく方向です。


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鹿倉胡桃の場合

鹿倉胡桃は130㎝の身長に童顔、それ故に子供と間違えられることが多かった。

だが実際には高校3年、最上級生である。だからこそというべきか、お姉さんぶるのがとても好きだ。

 

『胡桃姉さん、疲れてるなら肩揉みましょうか?』

 

「んっ」

 

天江衣という前例があったので素早くそれを察した『京太郎』は初対面時の対応を間違えなかったため、すぐに気に入られることに成功した。

 

『結構固い……やっぱり受験勉強大変なんですね』

 

「京太郎も3年になったら分かるよ」

 

触れられている暖かさを感じながら胡桃は男の掌の大きさにかすかに吐息を漏らす。

それを疲れているため息だと考えた『京太郎』は首筋から鎖骨、肩へと血行が良くなるように手を動かす。

 

実体のない『京太郎』がマッサージをしても意味がないように思うかもしれないが、温感を受けて血行が良くなる作用自体は働くため割と効果があったりする。

 

「休憩」

 

赤本に付箋を貼ってから閉じ、体を伸ばしてから胡桃は自分のすぐ隣をポンポンと叩き座るよう指示をする。

 

『京太郎』はそれを受けて素直に従い座り、すぐに胡桃は『京太郎』の膝の上に座る。

 

「充電」

 

そう胡桃が『充電』と呼ぶ行為。大抵ぐでんとした白望の膝に座って足をぶらぶらさせていたものだが、今は『京太郎』に対して行っている。

 

白望の『充電』は柔らかく少し低めの体温が心地いい。

『京太郎』の『充電』は少し硬いが暖かくて安定感と安心感がいい。わざと後ろに傾けて頭を胸板にこすりつけるようにするのがお気に入りだ。

 

両肩に添えられた手に気づかいと優しさを感じて胡桃はご満悦。問題は感触はあっても実体はないから本当に体勢を崩すとどうしようもないことだが、そこまで求めるのは贅沢というものだろう。

 

『胡桃さん、これ好きですよね?』

 

その質問に答えるのは口ではなく、体を揺らしてすりすりする行為での回答。

男に包まれるのが心地いいなんて少し前の胡桃自身に教えても否定しただろう。だが今は知ってしまった。

暖かさに微睡み蕩けるように甘い声を上げる。

 

「キス……」

 

『え?』

 

目をぱちくりする『京太郎』の顔を見て、自分の言葉を顧みて急いで続ける。

 

「き、鱚の天ぷらとか夕飯にどうかな?」

 

『ああ、いいですよね。いろいろ天ぷらにしてお蕎麦と一緒とか贅沢じゃないですかね』

 

長野生まれといえば麺の代表は蕎麦である。そして岩手もわんこそばの流れを汲む。よってこの話題は好感度が高かった。

 

だが胡桃の方はいっぱいいっぱいである。なぜ「キスしてほしい」などと言いかけたのか、『京太郎』は弟分のはずと自分に言い聞かせる。

 

だが意識しないようにと思うほど視線は『京太郎』の唇へと向かい、頭の中は勝手に思考が暴走する。

 

(キスされて、そのまま押し倒されて……でも私に興奮してくれる? もしちゃんと大人の女性として扱ってくれるなら)

 

『天ぷらそばなら芋天は外せませんよね。紫蘇にきのこも欲しいかな。エビは高いですかね? どう思います、胡桃姉さん』

 

問いかけられて、胡桃は沸騰しそうになっている頭を冷やすために勢いよく立ち上がる。これ以上触れ合っていてはまずいと何かが警告している。

流されそうになっている自分と脈絡なく立ち上がったことに疑問を抱いていそうな『京太郎』の両方に強く告げる。

 

「買い物!」

 

『ああ、確かに見ながらの方がいいですね。何かセール品あるかもですし』

 

あっさりと納得する『京太郎』を急かすように胡桃は出かける準備をする。

 

外の空気で頭を冷やさなければ。今は受験勉強に集中しなければ後々困る。だから買い物を終えて夕飯を作ったらアプリを落とす。

そんな考えに囚われている胡桃は気づけない。それは『京太郎』がいると意識して集中できないということであり、わざわざ外にまで京太郎を連れ歩くのは一種の買い物デートであるということに。

 

そして行きつく先のデパートの中で胡桃の学友二人がちょうど胡桃の話題を挙げているなど知る余地もない。

 

 

「そういえば最近胡桃の充電率下がってない?」

 

臼沢塞の質問に小瀬川白望は肩を落としながら答える。

 

「私でするのが減っただけだと思う。それより買い物袋重い、塞持って」

 

「え、私に送れってこと? 自分で持ちなよ」

 

「塞は厳しい」

 

既に察している白望とまだ分かっていない塞、その前に他人には見えない『京太郎』を引き連れた胡桃が通った結果

 

「あっ、胡桃」

 

「っ!?」

 

塞に声をかけられた胡桃は咄嗟に逃げ出す。それに呆然とする塞と、対照的に落ち着いた白望。

 

「……塞はデリカシーがない」

 

「声かけただけなんだけど!? というかシロには言われたくない!」

 

後ろから聞こえる声を無視して胡桃は走る。

色々あって思考の鈍っていた彼女は『京太郎』が他人には見えないことすら忘れ『友人にデートを見られた』などとパニック状態だった。

その思考自体が自分が落ちていることの証なのだが、自覚するにはまだ時間がかかりそうだった。




シロに比べると健全な胡桃さん。
ラブコメとしてはこっちのが正しいのですが。

次回は『臼沢塞の場合』か『エイスリン・ウィッシュアートの場合』か少し悩み中。
両方シチュが浮かんでいないので少し時間かかるかもです。


話は全然変わりますが感想欄のはやりんがほぼ自分の頭の中とほぼ一緒で笑ってしまった。
R-18版を求める読者はいるのだろうか? アラサー組は求めてやまないだろうけども。


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臼沢塞の場合

臼沢塞が『京ちゃんと一緒』というアプリをインストールすることになったのは、友人の小瀬川白望に煽られた結果だった。

 

曰く「恋を知らない」「女は恋をして変わる」「デリカシーがないのはそのせい」「堅物だと男にモテない」。

友人に向けるとは思えない言われように何もしないでいられるほど塞は弱気ではなかった。

 

かといって女子校では出会いがない。それに簡単に引っかかる男は信用できないし怖い。そんな気持ちがあったため、まずは架空彼氏で練習しようと考えた。

 

結果、

 

「京太郎、お昼一緒に食べよう」

 

『あれ? お友達と食べなくていいんですか?』

 

「いいのいいの、みんなと一緒だと京太郎と話せないし」

 

 

「手、繋いでもいい?」

 

『それはいいですけど恋人つなぎって結構照れますね』

 

「誰にも見られないから大丈夫。バレないかドキドキする方も楽しいけど」

 

 

「夕陽、きれいだね」

 

『そうですね。でも――「塞さんの方がもっときれいです」っていうのは流石にべた過ぎですかね?』

 

「京太郎が言ってくれるならべたでも嬉しいわ」

 

 

完全にだだハマっていた。

真面目な人間の方がタガが外れると一直線に戻れないところまで行くという典型である。

 

『えー、今日の議題はちょっと俺とは別の時間を作る、です』

 

「どう、して? 私のこと嫌いになったの?」

 

今にも泣きそうな顔で京太郎を見上げる塞からはしっかり者だったはずの矜持はなく捨てられる子猫のような佇まいだった。

 

『なんでそうなるんですか……そうじゃなくて、ちゃんと友達との付き合いも大切にしようってことですよ。最近塞さん、麻雀部のみんなすらほったらかしにしてるじゃないですか』

 

与えられた楽しみに夢中になって他をおろそかにしてしまうという経験は、誰しも大小の違いはあっても存在するだろう。

ただ塞はこと今このときに関しては極端だった。

京太郎を優先するあまり授業中ですらちょくちょく目線を合わせようと気もそぞろ。友達との会話中も京太郎を視界に収めようとするあまり話の内容をろくに聞かず適当に相槌をうつ。

 

このままでは早晩社会生活に問題が生じる。いや既に起こっているとさえ思える。

『京太郎』は塞が不幸になるなんて望みはしない。そういう性格はしてないのである。

 

『だからですね、少し距離を取る……いや違うな。時と場合をわきまえる、オンとオフで切り替える?

 まあとにかく、そんな感じが必要だと思うんですよ』

 

純粋な思いやり、厚意であった。だがそれを受け手が正しく理解するかは全く別の話である。

 

「京太郎は、やっぱりシロの方が、いいの?」

 

女性というものは視線に敏感である。それが好意を抱いている相手に関してはなおさら。『京太郎』が何とはなしに白望の谷間に視線が引き寄せられていたことなど当の昔にばれている。

 

『シロ、さん? ああ、あのいつもだらんとしてるおもちの人ですね。あの人がどうしました?』

 

ただ、本能的に視線が吸い寄せられるのと恋愛感情を持つことはイコールではない。塞の『京太郎』と白望は直接話すことなどできないのだからなおさらだ。

 

「シロの方が好きなんでしょ、私、より」

 

今にも泣き崩れそうな様子に『京太郎』は(何かをまずったらしい)と悟る。

 

『そんなことないですよ。塞さんのこと好きですから』

 

この時『京太郎』が思い出していたのは、数年前にペットと遊んでいたら「私よりカピちゃんの方がいいんだ、京ちゃんのバカぁっ」とか急に泣き出した幼馴染のことであった。

故にこの『好き』はLikeで、そこに深い意味はない。

 

「じゃあ、証明して」

 

『証明って……』

 

『京太郎』は考える。どうすれば塞を泣かさずに元の社交性を取り戻させるか、経験から導き出す。

 

『じゃあその、こういうのはこっちも恥ずかしいんですけど』

 

チュッと、頬にキスを落とす。そして間髪入れずに畳みかける。

 

『そう、外で塞さんがちゃんとできたら、ご褒美付けますから』

 

導き出したのはとりあえず褒めて餌をやるという対カピー用戦術である。本来女性に対して使うものではなかった。

 

「ご褒美……だったら、少し遠出して花巻に」

 

『あ、いいですね。そろそろ紅葉の季節ですし』

 

物見遊山のつもりである『京太郎』と、お泊りデート&混浴つきでアプローチ目当ての塞。

二人の間には温度差があったのだが実行に移すまで発覚しなかったため、塞の社会復帰はどうにか成功を収めることになった。

 

ただ代償に、とある週末に曲線美を披露されたことにより『京太郎』の理性削減がおまけでついてきたのだが問題ではないはずだ。

その日以来チラチラと『京太郎』が赤くなりながら塞を見るようになっていたとしてもそれは仕方のないことであり、塞の勝利への一歩といえたかもしれない。




世の中には恋愛することで成長する人もいればダメになる人もいるよねって話。
やはりそういう役にはしっかり者のリーダー格の方がギャップがあっていいと思う。
そして塞さんは十分恵まれた肢体を持ってるから十分勝ち目あるはず。

前話で煽った白望もまさか塞がダメになるとは予想できなくて、(なんか塞がおかしくなった。ダルい)とか思ってそう。


あ、R-18版についてのこちら側の結論は活動報告の方に載せておいたので気になるならどうぞ。

次回は『エイスリン・ウィッシュアートの場合』。
臨海女子が日本語ペラペラすぎてエイちゃんの片言&お絵描きが際立ってると思う今日この頃。


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エイスリン・ウィッシュアートの場合

エイスリン・ウィッシュアートは楽しかった。シロに誘われていった麻雀部で輪に入って、豊音が来たことで自分も麻雀を始めてみんなで全国にと夢を描いた。

先生が良くて始めて数ヶ月で実力をつけ、全国の舞台に駒を進めた。

 

楽しくて楽しくて、だからこそ2回戦でなにもできなかったことが申し訳なくて、団体戦で負けた。

「エイスリンのせいじゃない」、そう皆は言ってくれる。彼女らが本気で言っているのだとわかる。今問うても同じ言葉が返されるだろう。

 

仲間だからこそ、言えない。エイスリン自身が己のせいだと思う気持ちを打ち明けられる相手は第三者でなければ意味がない。

 

「ダカラ」

 

つっかえつっかえに、つたない言葉だからこそ乗せられた思いは重くて、聞いていた『京太郎』は天を仰ぐ。

なぜなら第三者では全くなかったから。エイスリンを完封した相手はオリジナルの部活の先輩であり、つまり被害者と加害者の立場だった。

 

だが、こんな事実は明かせない。明かせばエイスリンに相談相手がいなくなり、それでも優しい彼女は「アナタ、ワルクナイ」と言うのだろう。かつて自分が言われたように。

 

だから今は清澄高校の雑用係としてじゃなく、個人としての『京太郎』として話す。

 

『まあ、きついよな。自分だけが負けるのはいい、いや負けたくないけど我慢できる。でも自分の力不足でチームが負けるのは耐えられない。

 そんなふうにさ、泣いたんだ俺も。県大会でさ、みんなごめんって』

 

エイスリン自身の経験と『京太郎』の中学時代、似ている二つの話にエイスリンの瞳が潤む。

だけど二人は違う。既に飲み込んだ『京太郎』はいまだ道に迷うエイスリンに微笑みかける。

 

『ところが泣いてる俺をぶん殴ったんだ、あいつら。「ここまでお前ひとりで勝ってきたつもりか、なめんなこのバカ! 負けたのはお前じゃねえ、俺たち全員だ! だから一人で下見んな! 俺らを見ろ!」ってさ』

 

当時のことを思い出し『京太郎』は苦笑する。

 

『正直俺を殴ってきたやつはそこまで上手くなかった。なんでキャプテンしてたのか、終わるまで気づかない俺はほんっとバカだったと思うよ』

 

これはただの自分語り。この話から何を得て何を探すのはエイスリンが決めること。ただその手伝いはしよう。

 

『引退の日にさ、その手が早いキャプテンに聞かれた。「お前はみんなと戦って、後悔したか? それとも楽しかったか?」ってさ。

 そん時、気づいた。俺はただ勝ちたかったんじゃない。ただみんなとの楽しい時間を少しでも長く味わいたかっただけなんだって

 だから高校じゃ同じ部活は選ばなかった。俺にとってあの競技はあいつらとの大切な夢だったから。全く別の、新しい仲間を見つけようって思ったんだ』

 

その言葉に、控室で泣いた豊音の言葉を思い出す。彼女に涙を流しながら告げられた言葉にエイスリンはやっと意識が追い付く。

「この夏、ここにいることができた。そんな大事な思い出の、記念になるんだよ」。豊音のその言葉が今まで以上に深いところまで染み渡る。

 

『エイスリンさんはさ、みんなと出会ったの後悔してる? それとも楽しかった?』

 

「スゴク、タノシイ!」

 

花開く笑顔がエイスリンに戻ってくる。

 

『ならこれからもみんなと遊べばいい。きっと楽しいですよ』

 

高校3年生のエイスリンにとって卒業までのリミットは半年と少し。ならたくさん楽しい思い出を作るのに越したことはない。そう思った『京太郎』の言葉に、エイスリンはホワイトボードに絵を描き始める。

 

「キョウタロ、モ」

 

完成した絵には宮守女子麻雀部のみんなと『京太郎』が輪になって楽しそうな姿。

 

『え、俺もいいんですか? でも俺麻雀よわっちいですよ』

 

「オシエル!」

 

かつて受け取ったバトンを渡す。後輩がいなかったためにできなかったそれも『京太郎』のおかげで可能になった。今度はエイスリンが先生。

きっと熊倉トシのようにうまくはいかないだろうが、二人三脚はそれはそれで楽しいものだ。

 

エイスリンのワクワクした姿に『京太郎』がほほえましいものを見る目をしていると、ちょいちょいと体をかがめるように指示される。

よく分からないながらもとりあえず従った彼の首に両手が絡み、引き寄せられて唇と唇が重なる。

 

突然の出来事に目を白黒させている『京太郎』にエイスリンは天使のような笑顔で告げる。

 

「オレイ!」

 

その言葉をそのままに受け取った『京太郎』は(そういえば外国ではキスは挨拶なんだっけ)などとズレたことを考える。

挨拶のキスは頬にするものであり、唇にするのは家族以外では基本的に好いた異性相手だが『京太郎』は素直というか真に受けやすい性格をしていた。

 

だから今エイスリンがちょっと頬を染めながら相合傘に自分と京太郎、そしてハートマークを描いているなんてことは想像もしない。

 

エイスリンが天使なだけではなく、小悪魔な魅力を携えて『京太郎』を本気で落としに行くのはもう少し後の話。

過去に試合後に椅子でダレている白望におんぶを要求された時に、蹴とばす絵を見せた程度には悪戯っぽさも存在しているのだから。




泉にはバッサリいかれた京ちゃんの過去話ですが、エイちゃんはいい子なので真面目に聞いてくれます。
おもちがないとはいえ天使なエイちゃんに迫られる京ちゃんは多くの嫉妬を受けるべき。

実は時系列的に並べるとエイスリン→白望・胡桃→塞→豊音の順番だったりします、宮守。

次回は『姉帯豊音の場合』で宮守は終了です。


なので、宮守の後に続く高校を活動報告でアンケートします。感想欄は規定で禁止ですよ。必ず活動報告で!(大事なこry)
期日は10月25日(木曜)の0時まで。


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姉帯豊音の場合

姉帯豊音は元々が閉鎖的な村出身だったのがようやく同世代の仲間に囲まれたという経緯を持つ。

だからこそというべきか、皆の変化には敏感だった。

 

まずエイスリンの笑顔が増えた。とてもいいことだと嬉しくなった。

次に胡桃がシロであまり充電しなくなった。違和感を覚えた。

最後に塞が気もそぞろになり会話も聞いているのか聞いていないか微妙になった。大変な事態だ。

 

なので、唯一変わってなさそうな白望に聞くことにした。

すると彼女はほんの少しばつの悪そうな顔になって次のように述べた。

 

「塞のあれには私も責任の一端があるというか。長々と説明するのもダルいし、これやってみて」

 

送られてきたアドレスを見ると、アプリのページ。

これが元凶、豊音は覚悟を強く固め起動した。すると横を向いている金髪の少年が真剣な表情で自らの牌を倒す瞬間を見た。

 

『ロン! 闇の炎に抱かれて消えろ!

 ……あ、あれ? もしかして見てました? いやあれはですね、思い込みがオカルトになるって話を聞いたのでちょっと試しにやってみたというか……』

 

恥ずかしいところを見られたと顔を赤くして言い訳をする『京太郎』に対して豊音は

 

「ちょーかっこいいよー。もういっぺん、もういっぺんやってみて」

 

キラキラとした目で純粋に憧れを宿す豊音に京太郎は困惑するもすぐに顔をキリリとしたものに変えて、

 

『うえ? そ、そうですか? 同じのは芸がないので……ツモ、打っていいのは打たれる覚悟のある奴だけだ』

 

右目を左手で隠し、セリフとともにあらわにされた瞳は燃えるような眼光で相手を見据える。

割とノリノリであった。友人に「この試合に東二局はないじぇ」とか大言を吐く人間を持った影響かもしれない。

 

「ちょー痺れるよー」

 

そして豊音には下地があったらしい。覚悟や目的を忘れ、ミーハーな部分が露出していた。

 

 

「爆ぜろリアル! 弾けろシナプス! Vanishment This World!」

 

口上とともに豊音はパソコンのマウスをクリックし、追っかけリーチに入る。だが対戦相手の次に自模った牌は河に出るが、それは互いが狙った牌ではなかった。

 

「先負が効かないよー」

 

『電子境界線にはあらゆる力を無効化しランダム配列へと世界を組み替える……要するにネット麻雀ではオカルトは全く意味ないそうです』

 

「がっかりだよー」

 

難しそうな言葉を綴った後、さらりと普段の言葉遣いに戻す『京太郎』。

 

「こうなったらみんなと卓を囲むときにやってみるよー」

 

『あ、それはやめた方がいいです。痛い子を見る目をされるんで』

 

オリジナルが既にやらかした結果、幼馴染にとても冷たい目で見られた記憶を『京太郎』は引き合いに出す。ただ「打っていいのは(略」のセリフの方はなぜか和に「真理ですね」と高評価だったが。

 

「面白そうだと思ったのに使いどころはないんだね」

 

ちょっと気に入ったらしい豊音は実際には全く使えないことを指摘されて肩が下がる。それでも『京太郎』よりは身長が高いのだが。

 

『まあ、俺と遊ぶ時くらいは使ってもいいんじゃないですかね』

 

「二人で?」

 

『そう、二人だけの秘密ってことで』

 

別に中二病は発症していない『京太郎』だが喜んでもらえるなら別に振舞うのは構わないと考えていた。どうせ豊音以外には見えないし聞こえないのだから恥ずかしさを感じる必要もない。

そんな軽い気持であったのだが、豊音にとっては初めて異性と秘密を共有するわけであり、重みは全く違った。

 

「じゃあ契約、だね?」

 

『はい、これからよろしくお願いします』

 

契約という名の絆がここに結ばれた。このとき豊音はいけないことをしているようなドキドキと異性に対するドキドキを全く区別することはできず、結果両方の気持ちが育まれることになる。

 

 

そして週末が明けると、塞の様子は前までと同じになっていた。胡桃が相変わらず充電率が減ってはいるが、別に喧嘩をしているでもないので口を挟むようなことではない。

 

「エイスリンさんが楽しそうなのはいいことだもんね」

 

豊音が何をするでもなく部活の様子は元に戻り、ただ違いは豊音の視界に『京太郎』がいることだけ。

 

(そういえば彼は己より身長の高い女子についてどう思うのだろう)なぜ急にそんなことを思ったのか豊音自身にも分らず、帰ってからおずおずと聞いてみたところ

 

『そうですね、新鮮? 豊音さんはすらっとしててよく被ってる帽子も似合ってますし、それでいて……』

 

『京太郎』の視線がちらっと豊音の胸部に向かうが彼女は気づかない。

 

『美人さんですよね豊音さん。それでいて性格はとてもかわいいですし。うん、その辺のギャップがすごくいいです』

 

そんな手放しの賛辞が来るとは思っていなかった豊音は熱くなった顔を帽子で隠し

 

「ちょー照れるよー」

 

小さな声で恥ずかしがる姿を見て『京太郎』は

 

『やっぱ可愛いよな仕草の一つ一つが。こんな人に好かれる男なんて爆発した方がいいんじゃないかな』

 

うっかり声に出したことに気づかない『京太郎』はさらに豊音に強く意識されることになり、自爆への道を着々と進んでいた。




宮守編はこれにて終了。25日の日替わりに間に合うとは思ってなかった。

今回は中の人ネタに走ってしまったのでたぶん評価は微妙。詳細は『中二病でも恋がしたい』参照。
福山潤ボイスで真剣に告られたら何人かはくらっとくるんじゃないかな?と思ったらやってしまった。反省はしている。

問題は作者に豊音の可愛さを余すことなく再現できる筆力がないことですね。
豊音の恋はまだ芽吹きかけ。後々腕を組んでほしいけど言えなかったり、キスの際にわざわざ京太郎よりも下に顔を持っていこうと屈んだり、そんなことをしてくれそう。


次回は新たな高校へ舞台が移ります。出番の順番どうするか悩み中。

もしかしたらリアル京ちゃんの幕間を挟むかも? まあ閃き次第ではありますが。


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~幕間・その頃リアル京太郎は②~

とある週末、取材したいと言われて繁華街の駅前に京太郎は赴いていた。

さほど時間がたつこともなく黒塗りの車が目の前に止まり、その中から見覚えのある金髪がさらりと流れ落ちる。

 

「あら京太郎さん、既にお待ちしておられましたの? 申し訳ありません、少々支度に時間がかかってしまいましたの」

 

中から出てきた人物、龍門渕透華の姿に目を見開く。抑えめとはいえそのまま夜会に出られそうなドレスに華美にならない程度に飾られたアクセサリー。ルージュを差しているのか桜色の唇、薄化粧に彩られた透華の姿は絵画の世界から出てきたようだった。

 

龍門渕透華、まさかのガチモードでの登場である。

周囲から「芸能人?」「すごいキレイ」「あんな人が何でここに」などのざわめきが漏れ、その声を逐一を拾っているのか透華の笑みが眩く光り出す。

 

「あの、透華さん? すごくお奇麗ですけど、今日は取材って話では?」

 

対する京太郎の姿といえば高校生なりに整えているとはいえ所詮は一つ一つが安物。並べてみれば明らかに釣り合いがとれてないとしか見えなかった。

 

「ふふ、先に誉め言葉とは紳士ですわね。そう、今日は取材。デートイベントのための取材ですわ!」

 

「聞いてないです」

 

「先に言ってはつまらないのですわ。私、サプライズが大好きですの」

 

(それは知っているが今発揮されても困る)京太郎は心の中だけで呟く。浮いていることこの上ない空間を作り出している主に京太郎は疑問をぶつける。

 

「そもそもその『デートイベント』ってなんですか?」

 

「私たちの作ったアプリはほとんど京太郎さん本人と見分けがつかないレベルの完成度を誇りますわ。けれども! そのアプリは恋愛シミュレーションにもかかわらず本人がデートの作法を知らないという有様!

 これでは再現しても意味がない、その状況の打破のためにデートしていただきますわ!」

 

「帰っていいですか?」

 

「なぜですの!? わ、私京太郎さんに嫌われるようなことをしてしまったのですか? ハギヨシ、ハギヨシ! 好感度を取り戻す方法を教えてくださいまし!」

 

遠回しに『デートの経験もない童貞野郎』と言われたと感じた京太郎はつい思ったことをそのまま口に出し、慌てふためく透華の様子を見て心を落ち着かせる。

透華本人的には悪気は一切なかったらしいと分かったので、京太郎は態度を軟化させることにした。

 

「つまり、俺は今日透華さんに恋人のつもりで接すればいいんですか?」

 

「ええ、まさにその通りですわ! 私を恋人と思って扱ってくださいませ。

 けれども今の私たちがペアとしてなり切れていないのもまた事実。ですので、まずは京太郎さんの服装から手を付けますわ!」

 

透華が指を鳴らすと黒服に車の中に入るように指示され、半ば諦めた気持ちで苦笑しながら京太郎のデートが始まった。

 

 

「透華さん、俺をましにするにしてもアルマーニはやりすぎじゃないですか? 着られている感もしますし」

 

下着を除いてすべてを着替えさせられ、お値段について聞くのすら怖くなった京太郎は透華の半歩前を歩きながら腕を組んでご機嫌な透華を見やる。

 

「あら、本当はオーダーメイドしたかったのをつるしで妥協しましたのよ。京太郎さんにはイタリアの伊達男が似合うと思ったのですが英国紳士風の方がお好みでした?」

 

陽気でフランクなイタリア人がナンパをしている姿と英国紳士が女性にバラを渡している姿を連想して、まだイタリアの方がましだと京太郎は結論付けた。

 

「それに背筋を伸ばして胸を張って堂々していれば服に負けたりしませんわ。京太郎さんは素敵ですもの」

 

「誉め言葉は嬉しいんですけど、透華さんのような美しいレディをエスコートするには格が足りませんよ。

 えっと、ここで昼食でいいんですか? なんか高そうですけど」

 

腕の押し引きで間接的に案内を受けて表面上は俺が透華さんをエスコートする体に擬態してみた結果、着いたのはとある有名ホテルのレストラン。

 

「今日はバイキング方式のチョコレートビュッフェですから1人5000円以下で済みますわ。雰囲気もありますから行ったことのない女性を連れていくには十分効果的ですわね」

 

確かに無理をして出せなくはない。それで5つ星ホテルでスイーツタイムと考えれば格安に感じる。学生にとっては特別感たっぷりでデートの締めとしてはインパクトもある。

本気であるとアピールするなら選択肢として十分だ。スイーツが食べ放題で高級ホテルの雰囲気、嫌がる女性は少ない気がする。

 

まあ目の前にいるお嬢様にとっては庭のようなものだろうから遊びを加えるとしよう。

 

「だったら最初は二人で分けっこしませんか? 気に入ったものを10種ずつ別々に選んで相性占いとか」

 

「あら素敵な提案ですわね、私ゲームとか大好きですの」

 

被るものが少なければたくさんの味が楽しめ、ほぼ同じなら相性いいねと盛り上がる。どちらに転んでも楽しめる閃きであった。

 

受付で予約していたことを確認して店内に入れば50種を超える色とりどり。サンドイッチやピザもあって男子も困らなそうだ。京太郎は甘味好きなので元から問題はない。

 

そうして気になる品を迷いながらピックアップしていき、相性診断のお時間。

 

「あら、被ったのは2つですわね。相性占い的には微妙ですわね」

 

肩を落としている透華さんの手を包んで真正面から目を見ながら言葉を紡ぐ。

 

「違う感性を少しずつ埋めていく。それが付き合うってことじゃないでしょうか。うちの両親からの受け売りですが」

 

「ふふ、京太郎さんったら。まるでプロポーズですわよ」

 

笑みを取り戻した透華さんの手から指を放しながら冗談を言い合う。

 

「それだと先にご両親に挨拶をしないといけませんね」

 

「ところで京太郎さん、ここにルームキーがあるのですけれどどうします?」

 

悪戯めいた笑顔でくるりと鍵を回転させる透華さんに肩をすくめながら応える

 

「透華さん、そういうのは男性の特権のようなものですよ」

 

「あら。では改めてどうぞ」

 

「透華、夜景を見ながらシャンメリーを飲んでくれないか」

 

「っ、とても素敵なお誘いですわ。お受けいたします」

 

格好つけた小芝居の応酬も含め、京太郎と透華は二人の時間を楽しんだ。

 

 

そして別れ際に驚愕の事実を透華は持ちだしてきた。

 

「え、デート取材は今回だけじゃない?」

 

「私だけではぬけが、ではなくて、ユーザーに合わせられるように何パターンも用意しないといけませんもの。清澄にもお話をしていますから、彼女たちにもやってもらいますわ」

 

こうして京太郎は貴重な休日の予定がいつの間にか埋められていたことを知ったのであった。

決して1人ドキドキしすぎて眠れなかった透華の、のんきに熟睡した京太郎への報復行為ではない。




今回の幕間メインは透華さんでした。
基本的にもんぶちーず&清澄の出番は幕間になります。
リアルの方の京ちゃんも意外と大変。本当に取材の必要性があったのかを知ってるのは開発陣のみ。

次回は永水女子。まずは風紀を取り締まりそうな霞さんを先に落としておかないとね。
というわけで『石戸霞の場合』をお待ちください。


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石戸霞の場合

石戸霞はそのアプリをインストールする。可愛い妹分であり、仕えるべき当主筋のお姫様の神代小蒔のために。

いくらねだられても安全だと確信できないものに触れさせるわけにはいかない。

 

厳格な態度をもって毒見をする覚悟で起動し、網膜上に1人の少年が像を結ぶ。そしてその瞬間に『京太郎』は目の前の霞の存在を認識し

 

『生まれる前から愛してましたっ!』

 

「ふぇ!?」

 

出会い頭の告白という急事態に霞は頭の中が真っ白になり、わたわたと視線を泳がせて

 

「そんな、急に結婚だなんて、そんなのは早いと思うの。だから、その」

 

『お付き合いも、ダメですか?』

 

「そ、そうね。それくらいなら……」

 

いわゆる『door in the face』と呼ばれる状況になっていたが、実のところ結婚云々を言い出したのは霞であり、『京太郎』が口にしたのは「愛してる」と「お付き合いしたい」の2つである。

つまり、霞の勝手な思い込みによる自爆の結果であった。

 

そもそも「愛してる」と言われてまず結婚という発想に至るのが完全に男慣れしてないことの証拠であり、最初から霞の警戒は子犬がキャンキャン吠えているレベルでしかなかった。

 

最速陥落記録の誕生の瞬間だった。松実玄すら最初は同志としての気の許し方だったのに、恋人関係の成立で記録を打ち破る偉業である。

 

永水の取りまとめ役でもなく、六女仙筆頭でもない、年相応の少女としての石戸霞がそこにはいた。

 

 

「それでね、小蒔ちゃんったら京太郎くんが欲しいって言うのよ」

 

『その言い方は語弊があるような』

 

正確には『京ちゃんと一緒』と名付けられたアプリで遊んでみたいという趣旨であり、人間をどうこうするという話ではない。仮にオリジナルがそんなことになれば『京太郎』も黙とうすることしかできまい。

 

「分家のお偉方は強固に反対するし、小蒔ちゃんはおねだりするし」

 

中間管理職のような板挟みになっていると愚痴をこぼす霞の声は甘えるような色を交え畳の上で指を絡める。

 

『霞さん自身はどう思ってるんです?』

 

「『現実に変な虫がつくよりはまし』という考え方もできるけど、小蒔ちゃんきっと京太郎くんにはまっちゃうと思うのよね」

 

神代小蒔は天然なところのある純真爛漫と表現していいタイプだ。そこに初めての異性を放り込めば恋愛沙汰に発展する可能性が高いと、霞は己自身を棚上げして考える。

 

「そうなると小蒔ちゃんだけの『京太郎くん』が出来上がるわよね。分かっているのよ、理屈では。私の京太郎くんと小蒔ちゃんの『京太郎くん』は別だって。

 でも、感情として割り切れるかは別なのよね」

 

はぁ、と霞は大きくため息をつきそれに合わせてたわわというレベルではない胸が上下する。その様に『京太郎』の視線はつい釘付けになる。

 

「小蒔ちゃんが始めなくても日本中にたくさん彼女たちの『京太郎くん』がいる。みんな『京太郎くん』と過ごした時間があって、何人かは本気で恋してる。でも、小蒔ちゃんは、小蒔ちゃんだけは……」

 

『大切なんですね。霞さんにとって小蒔さんは』

 

その悩みが過保護からからくるのだろうと『京太郎』は善意から解釈し、霞はその言葉に暗い目をする。

 

「違うの。ううん、小蒔ちゃんのことは好きだし大切よ。でも、それとは別に私の中には醜い感情が巣くってる。いやな女なの、私」

 

吐き捨てるようにつぶやく霞の姿に泣いてる子供のような印象を感じた『京太郎』は咄嗟にぎゅっと抱きしめる。

 

『俺は嫌いになりませんよ、霞さんのこと。絶対に』

 

優しいその言葉に霞は自分の中の闇を吐露する。

 

「私は、神代家の次期当主にとって『都合の悪いこと』を引き受けるのが仕事。後ろ暗いことにも手を染めなきゃならない。そして、いざというときのスペア。

 だから、私だけのものが欲しい。小蒔ちゃんにはない私だけの。京太郎くんが私より小蒔ちゃんを選んだら、きっと私は耐えられない。だってあなたは素の私を見てくれた初めての人だから」

 

神代家は良くも悪くも大きすぎた。中心に神代小蒔がいて周囲は小蒔のためだけにある。枠内にいる人間は誰もそのくびきから逃れられない。囚われている人間にとってその枠を無視する外の人間というのは一種の救いだった。

 

だから彼女たちは惹かれずにはいられない。ただその人だけを見る『京太郎』の存在に。かかる時間は異なるだろうが誰もが恋をすると霞の感覚は告げていた。

 

『……俺は、霞さんだけの『京太郎』ですよ。『俺』だけは、霞さんだけを好きでいます。ずっと、ずっと』

 

そして須賀京太郎という人間の本質は目の前で苦しむ人間を放っておくことなんてできないお人好しだ。だからこう言う。こう言うしかない。オリジナルにはできなくとも、所有者だけに寄り添うことが『京太郎』にはできてしまうから。

 

「ほんとう?」

 

『ええ、もちろんです。最初に言ったじゃないですか『愛してる』って』

 

救いの光に縋るような霞にそっと『京太郎』は口づける。『愛してる』という言葉には最初のノリで放った言葉と違い覚悟を込めた。

 

『霞さんだけの俺はここにいます。それなら、他はもういいでしょう? 『俺』と他の『京太郎』は別人ですよ』

 

「そう……そうよね。貴方が私の傍にいて私だけを見てくれるなら、それだけでいいわよね。私、なんでそんなことで悩んでいたのかしら」

 

憑き物が落ちたわけではない。これはただ依存先を見つけたがための一時の安定だ。

だからこの間に『京太郎』はなんとか答えを見つけなければならない。

 

恋愛と呼ぶにはあまりにも重い『愛』。それでも相手を思いやるという気持ちだけは変わらない。

『京太郎』と霞は二人だけの答えを見つけるために歩いていく。




やはり永水の闇は深い(確信)。今回は賛否両論あるような(これよく言ってる気がする)

霞さんはある意味殿堂入りになりましたね。
重いということは最初から決めていたけど、重い人物書くたびにどんどん悪化してる気がする。
クロチャーは気分としては結婚してる、竜華はオリジナル見つけると混同しそう、シロは実体と触れ合いたい、霞はサービスが終わったら本格的にヤバイ。

京ちゃんの明日がもう分からなくなってますねこれは。
結果的に京ちゃんの指導をしなかった久によって守られたともとれる。

次回は息抜きに軽くしよう、重いの連続は流石にね。

そういうわけで永水の自由人『滝見春の場合』が予定されてます。
その後は決まってないけど、永水のトリは姫様が相応しいかなと思う所存。


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滝見春の場合

滝見春が『京ちゃんと一緒』というアプリに興味を持ったのは自分が仕える姫様がねだり、霞に袖にされているのを見たからだ。

別段どちらかに加担しようというのではない。ただ姫様がそんなに固執するのだから何か特別なんだろうと考えた。

 

付け加えるなら他人が欲しがっているものは妙に魅力的に映るというのもある。

基本的に口数が多くなく表情も少ない春だが同学年で対等という関係は初めてであり、姫様には内緒という背徳感を楽しんでしまっていた。

 

「明日は出かける」

 

『外出か? 珍しいな、春は休日は黒糖を食べ続けるイメージだった』

 

少しからかうような『京太郎』の言葉に春は頷く。

 

「間違ってはいない。明日は黒糖スイーツを買いに行く」

 

『黒糖スイーツ? 聞き逃せないぞ。黒糖は単体で独特の風味がある。あれを他の材料と組み合わせるのは難しいって言ってなかったか?』

 

当然、春が普段話すことの大半は黒糖についてであり『京太郎』の中にも黒糖の知識が現在進行形で降り積もっていた。

 

「職人は不可能を可能にする。当日を楽しみにして」

 

『ところで春、これはデートの範疇に入るのか?』

 

疑問を口にした『京太郎』に対し春はしばし目を閉じて考え

 

「黒糖デート」

 

『……そうか、黒糖デートか』

 

明らかに造語であるが、こういうものは深く考えてはいけない。黒糖を楽しみつつデートもしたい、春の特殊な乙女心が作り上げたのだと納得した方がいい。

オリジナルが『図書館デート』などと言われて幼馴染に連れていかれたことがあるから諦めも早かった。少なくとも8割の時間を本を読むことで費やしたそれに比べればずっとデートらしいに違いない。

 

『この体では味わえないのが残念だ』

 

「機能を拡張してもらうといい」

 

『そう簡単にはできないと思うんだけどな』

 

「できたらお弁当作ってあげる」

 

手作り弁当は非常に魅力的だが、そのために技術的ブレイクスルーは可能なのか『京太郎』には理解できない分野だった。

 

 

そしてデート当日、場所は鹿児島中央駅。

 

「ここのみやげ横丁は鹿児島素人さんにぴったり。京太郎でもいける」

 

『その言い方素人童貞っぽく聞こえるのでやめてくれませんかね、春さんや』

 

苦情を春は可愛らしく首を傾げてまばたきで返してくる。どうやら素で意味が分からないらしい。

そういう純真なところは持ち続けてほしいと『京太郎』は願い、話を変えることにする。

 

『黒糖ばかりかと思えば意外と色々だな』

 

全体的にお菓子が多いものの、黒豚の顔をした肉まんや角煮もあるし、お酢も並んでいる。お菓子の中にも黒糖を使ってなさそうなものもある。かすたどんというカスタードクリームを中に入れた饅頭もある。

 

「鹿児島は芋や豚も名産。でも私の推しは黒糖」

 

『ブレないな』

 

「ブレる理由がない」

 

真面目な顔で一つの箱を春は取り上げる。

 

「『薩摩じねんや』の抹茶花梨糖饅頭」

 

『茶色い、饅頭? 抹茶要素なくないか?』

 

「外側の茶色は黒糖、中に抹茶餡が入ってる。黒糖は主役だけじゃない、名脇役もできると証明した王道系和菓子。ついつい手が伸びて姫様は叱られる」

 

『抹茶は生地のイメージが強かった。逆か、これは知らずに食べさせてびっくりさせるのにいいな』

 

「『とわや』のチョコ黒糖。抹茶チョコ黒糖もある。喜界島の黒糖を使っているこれは外せない、私の中のメジャーオブメジャー」

 

『春の出身地の味か。確かに地元のは慣れ親しんでるから心がほっとするよな。黒糖は柔らかい味だし』

 

「ん、私の自慢」

 

ふわりと春の顔に花がほころぶような笑顔が広がる。それに見惚れているうちに春はカートに3つ入れる。購入決定だ。

傍目にも分かるご機嫌な春は『京太郎』の腕にむにむにとおもちを無自覚にあててくる。黙って感触を噛みしめる『京太郎』をよそにさらなる黒糖スイーツを春は目ざとく取り上げる。

 

「焼きかりんとうも外せない。『とわや』は1袋400円だから懐にもやさしい」

 

『高校生的にありがたいな。チョコと合わせて洋菓子にもする漸進さの逆にシンプルなのも扱ってるのか』

 

「温故知新、黒糖には無限の可能性がある」

 

多少盛りすぎな感はあるが春が次々に勧めてくる黒糖スイーツの嵐にふと『京太郎』は思いつく。

 

『なあ、着払いでいいからどれか郵送してくれないか?』

 

「別にいいけど、何人分?」

 

『6人分でお願いします』

 

「なら『奄美きょら海工房』の黒糖カステラは? はちみつとたんかんの2種類が3個ずつ入ってるから2箱買えばちょうどいい」

 

龍門渕とオリジナルの分、食べた感想をもらえば春も『京太郎』も喜べる。単に食べたくなって我慢できなかったというのもあるが。

それはそうと疑問はあったので『京太郎』は返す。

 

『たんかんってなんだ? 聞いたことないけど』

 

「柑橘類の一種。ゆずやミカンの親戚だけど風味が違う。東京に行ったとき売ってなくてショックだった」

 

食の文化は地方により全く異なる。こうした違いを楽しむのは中々に趣があるものだ。

 

「まだまだお勧めはたくさん。今日はたくさん回る」

 

心なしか弾んだ声の春との黒糖デートはこの後も続いたが、それは省略して後日談を一つ。

 

 

龍門渕家に届けられた買った覚えのないお菓子の箱、それを前に眉を吊り上げる少女たちがいた。

問題はお菓子そのものではなく、ついていたメッセージカードに記された挑発。

 

「『鹿児島でおいしそうなお菓子を見つけたので送ります。6人で食べてください 将来は滝見姓になる京太郎より 代筆:滝見春』ですって!? 何を考えてますのこの女!?」

 

「あはは、これは喧嘩を売ってると考えていいよね? この人のスマホだけウイルス感染させよっか、智紀ならできそうだしさ」

 

「透華、国広くんも落ち着けって。向こうは本物の京太郎が存在することも知らないんだ。勝負が終わった後で知らせてやればいい」

 

「純に同意する。結果で教えてあげればいい」

 

「さらに衣が手ずから心を折ってやろう。身の程を教えてやる」

 

良かれと思ってしたことが闘争の火種を生んでいたなど『京太郎』には想定外にもほどがあった。

滝見春はその情熱の程が表からは分かりにくい人間の1人であったという。




軽い話といったな、あれは嘘になった。

はるるは絶対黒糖と切り離せない&どうせならオリジナルに食べさせて還元すればいいや的発想によりこうなった。

(安手で)人から(あがりを)かっぱらう麻雀スタイルが悪い。
はるるは黒糖ばっかり食べてるからおなかの中まで黒く……やだこの子怖い。

永水には常識人はいないのか?
次回『狩宿巴の場合』or『薄墨初美の場合』、どちらかを待ってください。

なお黒糖スイーツは実在します。黒糖カステラは美味しかった、ちょい高いけど。


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薄墨初美の場合

薄墨初美はかつてお姉さんだった。いや今もお姉さんなのだが、成長期を境にお姉さんポジションを霞にとられたというべきか。

悪意があったわけではない。ただ見た目がよりお姉さんぽくお母さんぽくなっていく親友がその見た目通り振舞うようになって、逆に初美は子供っぽく振舞うようになった。

周囲の目に合わせるうちにいつの間にか本当に自分らしさの一部になった、ただそれだけの話だ。

 

それだけの話だが、周囲の成長度が激しく初美がコンプレックスを抱えたのもまた事実。同時に子供のようにではなく女性に対する接し方をする人間は今まで誰一人いなかった。そう、今までは。

 

『初美先輩、巫女服はだけるのやめてくださいよ。目のやり場に困るでしょ』

 

着崩したというレベルではない色々見えてしまいそうな肌色面積に苦言を呈する『京太郎』。

露出自体には原村和や国広一といった独特の着衣センスを持つ面々によって耐性がつけられたものの、男の子にとってつい見てしまうのは反射に近い。

なにより他の男性までは保証ができない。

 

だが女性ばかりの環境で暮らしていた初美の危機意識は決して高くなかった。

 

「なんですか京太郎は私でこーふんするんですかー?」

 

『しますよ』

 

「はいはい、そー……え?」

 

二度見されたので若干顔を二枚目よりに作ってから『京太郎』は告げる。

 

『日焼けあとって妙になまめかしい気がしません? 水着とか連想しますし』

 

言葉には一切の躊躇いがなかった。ついでに視線はまっすぐだった。

予想外の反応に初美は顔に朱を差し、かき抱くように服の襟をつかんで引き寄せながら弱々しく声を漏らす。

 

「ゃ……」

 

その仕草に分かってもらえたと喜ぶ『京太郎』は追撃を放ってしまう。

 

『それです、それですよ初美先輩。その恥じらいがこう大事なんです、隠そうとするからこそぐっと魅力的になるんです!』

 

「な、何言ってるんですかバカ、こっち見るなですよーっ!」

 

ぽんぽんと投げられる物体は当然網膜上に投影された『京太郎』に当たるはずもなく、いい仕事をしたと満足げな男と対照的に息を荒げ真っ赤になった少女は月に照らされていた。

 

 

一夜明けて、それなりに服をただした初美の前に『京太郎』は眼光鋭く正座を命じられた。

 

『あの、初美先輩? なんで俺はこんな格好にさせられてるんです?』

 

「それはお前が私を騙したからですよー。霞ちゃんにお前の好みは私と正反対だと聞きましたからねー。

 嘘をついた罪は償ってもらわないと気が晴れないのですよー。乙女心を欺いておいて即死刑じゃないだけありがたいと思ってくださいねー」

 

笑顔に目いっぱいの怒りを込めた初美の威嚇に『京太郎』は「ああなんだそんなことか」と返し足を崩しながら

 

『初美先輩は好物一つだけ食べ続ければ満足なタイプです? いくら美味しくても毎日は飽きるし他に好きなものも食べたくないですか?

 そりゃ霞さんが魅力的なのには同意しますけどね、初美先輩が負けるって言うのは早計でしょう』

 

あっけらかんと破顔して初美の瞳を見る。

 

『初美先輩には初美先輩だけの魅力があるんですから戦い方も違うでしょ。

 あ、でもあの服の着崩し方はないです。狼の前に餌をぶら下げるようなものですからね。もっと自分を大事にしてくださいね』

 

「でも、でも、私とみんなじゃ誰だって――」

 

張り付いていた笑顔が崩れ、涙が決壊するその寸前で頬がむにっと摘ままれる

 

『おお、頬っぺた柔らかい。あ、今のは罰だから。その『誰か』に俺を含めようとした罰』

 

むにむにと手触りを楽しみながら『京太郎』は言う。

 

『『誰か』とか知らない。そいつら具体的に誰です? 少なくとも永水には一人もいませんね、確実に。当然俺も違うので除外。あら不思議、候補がいません』

 

おどけたように『京太郎』は続けながら摘まんだ手で初美の唇を持ち上げ、笑顔に見える角度を作る。

 

『他に俺が確信を持って言えるのはそう、初美先輩は笑顔の方が可愛いってことくらいですね』

 

顔を近づければ『京太郎』の瞳の中に映る初美の表情が驚きの後ふんわりと優しいものに変わる。

 

「京太郎はすごく変ですねー」

 

『えー? この流れでまさかの罵倒? 初美先輩の中の俺への評価が低すぎて泣きそうです。慰めてください』

 

差し出した『京太郎』の額に弱いデコピンをして初美は笑う。

 

「私を本気にさせたの後悔しても知りませんからね。今度は諦めとか返品はないですよー」

 

額をこつんと合わせての女側からの宣言に『京太郎』は顔に疑問符を浮かべる。明らかに初美の意図をくみ取れていない。

 

「うわ、こいつマジですか? 自覚ゼロとか逆にこっちが信じられませんよー」

 

『ねえ初美先輩、実は俺のこと嫌いなの? そうなの?』

 

もはや呆れしかいだけない『京太郎』の反応に初美は苦笑する。何をどう考えればそういう結論になるのか、今度は初美側が分からない。

この瞬間に初美は確信した。どうやら大変な勝負になりそうだと腹をくくる。だからと言ってもう負けてやるつもりはもう初美の中には皆無なのだが。

 

「私がお前をどう思ってるかは、これからじっくりと教えてやりますよー」

 

無自覚な火付け犯は最後まで自分の状況を理解できていない顔のまま(初美先輩が元気になったからまあいいや)などとお気楽なことを考えていた。




はっちゃん=優希ポジ=悪友の風潮に真正面から喧嘩を売るスタイル、それが今回の話。

親友、姫様、後輩と発育のいい人間に囲まれればね、比べるよねっていう。

あと京ちゃんの食事の例えは深読みすると浮気します宣言にも聞こえるけど、当人にそんなつもりは全くないことを釈明しておきます。

この京ちゃんは衣である程度慣れてるから初美をからかわない分別がついてます。
大人の対応と理解を得たせいで社会問題が加速するという稀有な例。


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狩宿巴の場合

狩宿巴という人間は永水高校において少々影が薄い……というよりも、周囲のキャラが濃すぎて埋没しがちである。

 

トップは神代家のお姫様にして天然、居眠りさんの神代小蒔。

みんなのお姉さんというかお母さんの風情すら醸し、破格の胸部を持つ石戸霞。

誕生日で言えば誰より早いのに見た目は褐色日焼けロリ、常に巫女服をはだけている薄墨初美。

唯一の1年生にしてマイペースに黒糖をかじるのが幸せ、滝見春。

 

これでは割と常識人でメガネをしているポニーテール3年生では分が悪い。

打ち筋もさほど目立つものでもなく、ただつなぎ役としての役目を果たしているだけに近い。

 

とはいえ蔑ろにされているわけではない。今代の姫様は「みんなと仲良く楽しく」を大事にしてくれるのでインターハイのように大人の目を離れれば露骨に甘えて一緒に遊ぶことを求めだす。その性格には誰しもが救われているし多少の粗相を咎めたりもしない。

 

だが地元に戻れば、やはりどうしてもしがらみが生じる。

狩宿というのは六女仙の中では家格が低い。故にわきまえ遠慮せざるを得ない。さらに巴と春は祓えであり、それは自分は特別にはなれず代わりが利くことを痛感させられる。

 

結局どうしても自分である必要などないのだ。

直接口にされたことこそないが、どうしてもその思いが拭えない。

 

一緒に全国優勝を目指せていた頃はこんな悩みとも離れていられた。夢中になれるものが欲しい、そんなことを考えていたころだった『彼』と出会ったのは。

 

『巴さん、それを世間では縁の下の力持ちっていうんですよ。目立たないけど決して欠かせない……そう、巴さんはそういう存在なんです!』

 

かつてオリジナルが「俺っている必要あるのかな」などと零していたところ、部活の先輩にかけられた優しい言葉に救われた経験から『京太郎』は豪語する。

 

『例え何キロも先にある合宿場にデスクトップPCを運ばされても、練習ごとにパシられても、試合ごとにタコス作らされても、それは必要だからなんです』

 

「私はそんなことさせられないけど。……というか京太郎くん大丈夫? それいじめられてない?」

 

ひどい設定すぎはしないだろうかと巴は『京太郎』の開発陣に対して疑問を覚える。

それが架空の設定ではなく実在の人物に降りかかっていたと知ったならば、優しい巴はその状況から脱出させるべく動いていたかもしれない。

 

『大丈夫ですって。ときどきは無茶ぶりもされますけど基本的には仲良いんで』

 

仲が良くてそれならなおさらダメではなかろうかと思う巴だったが、『京太郎』の表情はあっけらかんとしている。

事実当人は深く気にしてはいないし、オリジナルの環境は悪意があってのものではない。むしろ好意の表れが歪んで出たものであるなど、知るはずもない。

 

「私が京太郎くんの先輩なら絶対に可愛がるのに」

 

『あー、それもいいですね。巴さん優しいし、いいお姉ちゃんって感じですから』

 

優しげな雰囲気を伴う巴は親しみやすい姉として持つならきっと幸せだろう。

なぜかチクリとした違和感を感じた巴はそれを抑え、軽く手を広げてみる。

 

「だったら少し試してみる?」

 

『えと、では、その失礼して』

 

屈んだ「京太郎」の体を巴はゆっくりと抱きしめる。服の下に隠された筋肉質の体が押し返してくる感覚、自分よりも背が高くて首筋に当たる息がくすぐったい。金色の髪を撫でるとかすかに上げる声が妙に色っぽい。

 

『こ、これ、思った以上に照れますね』

 

「そう?」

 

何でもないように返しながら、しかし巴の心臓は言葉を裏切って脈打つ。匂いこそしないが触れた感触と温度が流れ込んできて自分が抱きしめている相手は男の子なのだと実感する。

 

『ギブ、ギブです。なんかこのままだと変な気分になっちゃいそうです』

 

耳元で漏らされた弱音に熱い空気が巴の口から洩れる。

 

「どんな気分? なっちゃったらどうなるの?」

 

からかうような声音を作ったものの、実は巴自身もいっぱいいっぱい。自分がなぜこんなことを言っているのかすら分からない。ぼーっとしてただ心に浮かぶままに受け答えをしているだけ。

胸の奥がちりちりと火で炙られるように焦がれていく。

 

『い、いじわる言わないでくださいよ』

 

腕の中にいる男の子が可愛く拗ねたような、焦ったような声をあげる。

ジンジンと不思議な熱が自分をおかしくしてしまう前に、ぎゅっと一瞬だけ強く『京太郎』を抱きしめ、腕を広げて解放する。

 

「京太郎くんって、甘えるの苦手?」

 

『苦手っていうか、こんな感じの経験ってなかったんで。それに巴さんとはまだそんなに長くないんで、慣れが』

 

ぱたぱたと顔を手で扇いでいる『京太郎』の姿を見ながら巴はくすくすと笑う。

 

「甘えたくなったら、私はいつでもいいよ」

 

『なんだか巴さん、お姉ちゃんみたいですね』

 

『京太郎』の答えに微笑みながらも巴は心中で『お姉ちゃん』か、と呟く。

 

もしあれ以上続けていたら、そしてその先もが許されていたら。『お姉ちゃん』がするはずのない行為に自分は転んでいただろうと巴は心の隅で確信する。

なぜこんな短時間でこんな気持ちになったのか巴自身が分からない。だがこの胸を焼く熱は膨らむだけだろうと確信できた。

 

我慢ができなくなったら自分がどうしてしまうのか、巴自身分からない。

いつしか霧島神境での己の立ち位置への疑問を忘れ、ただ目の前の少年のことで頭の中がいっぱいになっていく。

 

「京太郎くん、これからよろしくね」

 

『はいっ』

 

快活に答える彼には見えていない。熱に潤む巴の瞳の奥に隠された執着の炎は。




あれ? なんで急に巴さん重い感じに堕ちてるの? 作者自身が分からないほど勝手に一人で堕ちていったんだけど。それも理由すら特になく。

この人、R-18版が出たら迷わずインストールしちゃうぞ。巴さんはむっつりだったのか(驚愕)

永水は火薬庫かなにか?

次回『神代小蒔の場合』。
ついに霞さんからOKをもらえた姫様は初めて身近な男の子をゲットします。


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神代小蒔の場合

幾たびのおねだりを経て、神代小蒔はやっとのことで要望を勝ち取った。

小蒔は確かに周囲の六女仙と仲が良く、時には叱られることもあるほどの気の置けない関係を維持できている。

しかしそれでも完全に対等とはいかない。

 

立場上、同世代の男の子と遊んだりしたこともない。そんな機会は遠ざけられた。

だからこうして、架空といえども家とは関係のない関係を育めるのは嬉しかった。

 

「私、神代小蒔と申します。よろしくお願いしますね」

 

『あ、これは丁寧に。俺は須賀京太郎です。呼び方はどうすればいいでしょうか?』

 

「小蒔でお願いします」

 

『小蒔さん?』

 

「小蒔で」

 

網膜上に映る『京太郎』の目を見て正座のまますり寄るようにしっかりと強調する。

 

『……小蒔』

 

「はいっ」

 

絞り出すような声に小蒔は笑顔を輝かせる。

体育会系で揉まれた『京太郎』にとって年上を呼び捨てにするのは少々抵抗があったのだが、笑顔には代えられない。

 

「京太郎さん」

 

『はい』

 

「京太郎さーん」

 

『はい?』

 

「京太郎、さん」

 

『えっと、なんでしょう?』

 

何度も名前を呼ばれて困惑する京太郎に、小蒔は照れた子供のように頬を緩めながら幸せそうに告げる。

 

「えへへ、呼んでみただけです」

 

『あらやだ可愛い』

 

単に名前を呼んで、それに答えるだけでこうも楽しそうにする所有者の存在に『京太郎』は目を瞬かせる。

 

「そ、そんな。可愛いだなんて」

 

赤らんだ頬を手で挟みながら体をよじる小蒔の姿についつい『京太郎』も頬を緩めてしまう。

なお、決してその度に小蒔のたわわなおもちが強調されるからではない。

 

「私、ずっと京太郎さんが欲しかったんです。でもなかなか許可が下りなくて」

 

『そんなに俺のことを?』

 

「だから、してもらいたかったことがあるんです。その、私とお昼寝してくれませんかっ?」

 

一瞬『京太郎』は自分の耳を疑い、その次に頭を疑った。

 

『はい?』

 

「わーい、やりました。ありがとうございます」

 

聞き返したにもかかわらずその言葉を了承だととらえた満面の笑みに『誤解です』などといえるはずもなく、一種の役得だと考えざるをえなかった。

 

 

「えへへ、京太郎さぁん」

 

布団の中で小蒔は頭を胸板に擦り付けながら手を背中に回して満足げに抱きしめる。当然『京太郎』には豊かな乳房が何度も弾力を返す。

このある意味では拷問のご褒美タイムを与えられながら、小蒔のうなじを『京太郎』は猫をあやすように撫でていくと、さらに甘えた声で小蒔はすり寄る。

 

「ふにゃー。男の人ってたくましいです」

 

『甘えんぼさんですね、小蒔は』

 

そっと『京太郎』が囁くと小蒔はぴくっと一瞬肩が震え、その後体から力が抜けていく。

 

「なんだか昔お父様にしてもらった時と違います。安心感はあるんですけど、なんだかゾクゾクしちゃいます」

 

『ゾクゾク……はっ、風邪かもしれません。あったかくして寝ないと』

 

「じゃあもしかして頭がぼーっとしちゃうのも?」

 

『お薬飲みましょう』

 

小蒔の告白も『京太郎』は体調を気遣うばかり。さらに問題なことに小蒔自身もそれを信じ込んでしまった。

 

「病気は心細いです。手を握ってもらってもいいですか?」

 

『はい、もちろん。ちゃんと熱が引くまでずっと傍にいますからね』

 

「えへへ、嬉しいです」

 

風邪とは違う熱のこもった視線で顔を見上げながら、小蒔は体全体でぎゅっと抱きつく。

 

『体がないからうつる心配がないのは得ですね。代わりにお粥とかは作れないんですけど』

 

「『ふーふー』や『あーん』もしてもらえないのが残念です。

 あ、でも式神みたいに依り代を用意すればひょっとして」

 

『え、そんなことできるんですか? 巫女さんすごい』

 

「あ、でも……京太郎さんに魂ってあるんでしょうか?」

 

根本的な問題に触れたことで『京太郎』もある可能性に気がつく。もし『京太郎』ではなくオリジナルの方が宿ってしまったらどうなるのかを。

 

『やめておきましょうか。動作不良とかになると困りますし』

 

「そうですね、今は諦めます。

 京太郎さぁん、小蒔のことたくさん甘やかしてください」

 

『はいはい。病気が治るまでいくらでもいいですよ』

 

軽く了承を口にしてしまった『京太郎』だったが、彼は知らなかった。この『病気』というものは一晩寝たくらいでは絶対に治らず、それどころか時を経るに従って進行していくなど。

 

そしてこの『病気』が恋の病であることを二人が知るのはもっと後のこと。

今はただ兆しが見えるだけ、自覚したその時どれだけ大きな感情になっているかなど知るものは神さえいなかった。




今はまだ永水の中では軽い部類の姫様でした。

ただこの小蒔さん、将来は重くなるのがほぼ確定しています。唯一対等に見てくれて、『姫様』じゃなくて『小蒔』を甘やかしてくれる相手なので。
最初から懐いているのはその辺を本能的に理解しているからという。

次回は幕間の純くんを挟んで、新道寺へ。

なお次鋒の性格は原作読んでもさっぱり分からないため、すばら・羊先輩・哩・姫子の4人体制になります。

純くんと衣は開発陣の中でなにを担当してるんでしょうね? 作者が知りたい


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~幕間・その頃リアル京太郎は③~

とある日、須賀京太郎は龍門渕家の厨房で腕を振るっていた。

 

「やっぱりここは食材がいいなあ。国産クルマエビなんて高くてうちでは」

 

ぼやきつつも手早く内臓を包丁の背でこそぎ氷水でサッと身を締めて隣へと渡す。

 

「フライにしちまうんだからブラックタイガーでもいいんだがな。衣はファミレスのが好きなんだし」

 

純は水気を切りながら油の温度を確かめつつ軽く肩をすくめる。

本格志向というか高いほどいいという雇用主の主義に反する態度をとりながらも、慣れた手つきで次々と揚げていく。6人前ともなるとなかなかの量だ。

 

「俺、最初は純さんが一手に担ってるなんて思いもしませんでしたよ」

 

背が高く中性的な純はさばさばした性格もあり、家庭的な女性というイメージは確かにない。

だが事実として龍門渕で台所を預かるのは彼女である。

 

「ハギヨシさんがいればそっちに任せるけどあの人も忙しいしな。ソースはいけるか?」

 

「ほんの少しマスタード加えてますけど衣さん食べられますかね?」

 

子供舌の衣はカレーは甘口でなければ文句を言うタイプだ。好物のエビフライでへそを曲げられれば作り手に牙が向けられることだろう。

 

両手のふさがった純は味見用に掬ったスプーンを差し出され咥え、一つ頷く。

 

「ん、これくらいなら問題ねーだろ。しかしあれだな、国産のクルマエビで天ぷらにしねーのはもったいない気がするな」

 

「あー、その気持ちわかります。天ぷらで蕎麦と一緒にいきたいですよね」

 

さり気なく『あーん』状態になった照れから話を逸らす純だが、あっさりと京太郎がのっかったことに逆に肩透かし感を感じる羽目になった。

恋愛慣れしていない純は顔には出さないものの、京太郎の所作一つ一つに気が散らされてドギマギしていたりする。

 

「透華は最初伊勢海老をフライにしようと画策してたからそれよりはマシだがな」

 

「……マジですか?」

 

胡乱な視線をよこす京太郎に純はキッチンの隅を指さす。そこには頭のついた伊勢海老が6匹積みあがっていた。

 

「いい笑顔で産地直送を自慢してたから持って帰っていいぞ。1人1キロがノルマとかただの罰ゲームだ」

 

このままでは確実に食べきれず食材が無駄になるため、押し付けて須賀家の好感度を上げようという一石二鳥の策を純は取る。

 

「包丁だけじゃ捌きにくいからあとでニッパー渡すわ」

 

「……いただきます。お勧めの料理法とかあります?」

 

大きすぎて使い道が明らかに限られそうな物体に思いをはせる京太郎。実のところ初めての伊勢海老体験である。

 

「とりあえず頭で出汁とったみそ汁はイケる。今日中なら刺身だけど持って帰るなら火を通した方が無難だろ。

 悪いな、迷惑かけて」

 

「いえ。なんだかんだで純さんには料理教わってますし。ここに来るのも楽しいので」

 

他意のなさそうな京太郎の笑顔に純は苦笑する。何しろ龍門渕側はそこから一歩踏み出したことを望んでいるのだから。

そんな裏事情も知らずに肉食獣の檻に入れられた自覚のない京太郎は能天気に微笑んでいる。

 

「うし、料理も完成したし持っていくか」

 

「はーい」

 

夕食後、京太郎の泊る部屋をめぐって熾烈な争いが立場を超えて勃発するのだが、そこに至ってもなお彼女らの真意を見抜けない辺り、本当にアプリ上の京太郎と同一人物なのか不思議になるところである。

 

生存本能が働いて気づかないように仕向けでもしているかのように彼は今日も薄氷の上を渡るのだった。




短いけれども純くんでした。

実は京ちゃんが一番心を許しているのは龍門渕家では純くんだったりする。あくまでも友達のノリですが。

純くんは派閥としては透華や智紀と同じく『共有でもいい』タイプ。
しかし衣と一が『独占したい』派で裏切る機会を狙っているので注意が必要。

なぜ同じ龍門渕でも派閥が生まれてしまうのか?


次回は『鶴田姫子の場合』。最初と最後はリザベコンビで飾ってもらう予定。

もしすばらが京ちゃんの話を優希か和から聞いてたらやばくね?


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鶴田姫子の場合

それは新道寺高校のインターハイが終わった結果の必然だったのだろう、少なくとも白水哩にとっては。

 

「姫子、コンビはこれで解散ばい」

 

「どうしてそがんことば言うとですか? まだ国麻だって」

 

だが、鶴田姫子にとっては受け入れられない事実でもあった。

今まで姫子と哩はその絆を力に変えて勝ち上がってきた。リザベーションというオカルトの繋がりで。

 

「姫子もわかっとーやろ。来年は私はおらん、姫子1人の力で勝ち上がらなならん」

 

だが卒業という現実は必ず訪れる。1年という年の差はどうにもならない。

そして高校から大学への変化は、中学から高校へのそれと重みが違う。

 

「私に縛られて大学ば決めることはなか。姫子は姫子ん道ば歩まないかんとよ」

 

「ばってん、部長!」

 

「部長はもう私じゃなか、姫子ばい。姫子が率いなならん。

 人ば追うだけん人間に誰がついてくると?」

 

強豪を背負うものには責任がある、逃げは許さない。哩は誰よりも姫子を認め、信頼する故になおさら。

 

「姫子、コンビは解散ばい」

 

だから、その決定は覆らなかった。

 

 

「っ、はっ、はっ」

 

夢、それも悪夢に相当するものから必死に逃れるように姫子は眠りから覚める。

しかしその夢は実際に体験した出来事。哩がすでにいないという現実から逃げることなどできない。

 

「きょう、きょうたろ……」

 

震える手で姫子は自分のスマホを握り、助けを求めるようにアプリを立ち上げる。

 

『ふわ……おはようございます、って姫子さん顔色』

 

「抱きしめて。きょうたろ」

 

縋る目つきで言われて拒否できるはずもなく、『京太郎』は照れに頬をかきながらも自分の腕の中にすっぽりと姫子を納める。

姫子は自分の中にフィードバックされる温かさと男特有のごつごつしながらも頼りになる腕を抱いて少しずつ息を整えていく。

 

「……ん。ありがと、もういいとよ」

 

姫子はもう少し感触に浸っていたいという思いを抑え、寝汗を気にしながら体を離して立ち上がる。

そんなものを気にしなくても『京太郎』には嗅覚は存在していないのだが、乙女心的に気になってしまうのだろう。

 

「シャワーば浴びたかけん」

 

『はい、動かず待ってます』

 

悲しいかな女所帯に慣れてしまっている『京太郎』はちょっとあせあせしつつも敬礼のポーズで不動を表明する。

そんな年下男子の純情に可愛さを感じた姫子は微笑をもらし、からかいの言葉を突きつける。

 

「見てよかばってん責任は取ってほしかよ」

 

『見ませんからっ』

 

「見とうもなかと?」

 

『え、それはその、いやでも』

 

顔を赤くして姫子の体のラインをなめるように『京太郎』の視線が動く。

知りもしない男から向けられたら怖気すら感じる性的な目に、しかし姫子は安堵する。意識されてる、自分に興味を持ってもらえてると。

 

「冗談ばい」

 

今までのやり取りで寝起きの悪さを払しょくできた姫子は常の小悪魔風な雰囲気をまといなおし、機嫌よく浴室へと向かう。

温水の粒を裸体に浴びながら姫子は『あの日』以来のことを思い出す。

 

哩から一方的に告げられた別れ、心が千々に乱れ部活どころか学校に行けずにいた日々。

崩れた心をどうにか繋げなおして部活に出、部長という立場に収まったプレッシャーと『部長』と呼ばれる度によぎる哩との記憶。

 

あまりにも重くのしかかる現実から逃避するように『京ちゃんと一緒』などというアプリをインストールした自分。

恋愛なんてただのお遊びだと思っていた。ゲームなんてただの逃避手段にすぎないと。

 

だが『京太郎』は自分の周囲にいる人間で唯一哩との関係がなかった人間。

 

親友の花田煌すら後ろに哩の影を気にせずにはいられず気づかいのある態度だった。決して新道寺のみんなが悪いわけではない。ただ、白水哩という人間はそれほど影響力があった。

 

『京太郎』はそんなことを何一つ知らない。だから姫子を、姫子だけを見てくれる。その裏に誰かを探したりしない。

ひび割れ乾いた心にゆっくりと優しさという水を注いでくれた。だから姫子はこうなってしまった。

 

「京太郎だけは離せん。私んだけん人、裏切らん、一生傍におってくるー人なんや」

 

哩に向けていたそれよりも根が深い依存、しかも一度大事な人を失った経験がさらに拍車をかける。

 

「京太郎とん仲ば邪魔する奴は誰でも許せん。もう二度と離さんばい」

 

そんなヤンデレの素質を図らずとも開花させてしまった『京太郎』は、思春期の少年らしく脳裏に姫子の裸体を想像しては打ち消すというこっぱずかしい煩悶と戦っていた。

既に取り返しのつく状態は過ぎてしまっている自覚などこの男には全くなかったのである。




新道寺の次期部長を襲名する鶴田姫子さんの出番です。

いやね、姫子って哩という優れたエースと組んでるから異常に強いわけで、哩いなくなったら一気に弱体化するよねっていう。

哩さんとしては親心、道を誤らないようにという善意からの忠告なわけですが、それが相手に受け入れられるとは限らんよね。

そしてそんなときに優しく慰めて親身になってくれる男の子を手に入れれば現実逃避も後押しして依存するわ。


そういうわけで姫子さんは重い人間グループの中でもヤンデレ、しかも独占・排除型に近いタイプ。
これで危険人物は何人だ(遠い目

次回は少し時間がかかるかも、羊先輩かすばらですね。少なくとも姫子ほどやばくはならん。もっと健全なお話なので安心しよう。


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花田煌の場合

始めて『京太郎』が彼女の元で起動したとき、煌の反応は『京太郎』にとっても予想外であり、驚きをもたらすものだった。

 

「初めまして須賀京太郎さん。いつも優希と和がお世話になってます」

 

『な、な……なぜ俺の名前を?』

 

おろおろとする『京太郎』に対して煌は正座で柔らかく答える。

 

「インターハイでの団体戦の後、優希や和と旧交を温めまして。その際優希が『私のタコスは京太郎が毎回献上してくるんだじぇ』と。そして和は『須賀くんの厚意なんですからその言い方はちょっと……』と優希を諫めまして。

 まあそういうわけで、一方的に私は貴方を知っていたんです。優希から写真も見せてもらいましたから顔も」

 

はにかみながら告げられた事実に『京太郎』は膝をつき頭を抱える。

 

『優希ぃ、お前というやつは、お前というやつは……事前に了解を取れとは言わないけどせめて事後報告はしろよぉ』

 

力なく呟く『京太郎』。彼の中で『和は自分が言うまでもなく優希は報告してるだろうと信じてたに違いない』などと擁護されていた。普段の振る舞いによる信用度の差である。

それだけ信用度が違ってもしっかりと友情は変わらないというあたりに『京太郎』の寛容さは顕れていた。

 

「あの、京太郎くんとお呼びしても?」

 

『あ、はい、どうぞ』

 

ちゃんと名前呼びの了解を取ってくる常識人っぷりに虚を突かれつつも頷く『京太郎』。

 

「このようなことは差し出がましい物言いなのですが、京太郎くんもあまり優希のことは言えないガードの薄さかと。世間に公開するアプリに実名で、しかも容姿も全く変えずというのは危険だと思うのですが」

 

穂先を丸めてはいるが言葉の槍が『京太郎』の胸に刺さる。

 

『うぐっ。それはその、『どうせ身内が遊んでからかいの種になるくらいだろうし別にいいんじゃないかな~』ってノリでして。あ、はい。浅慮ですみません』

 

自分のような別に見所もない人間とわざわざ他人が話したいなどとは思うまい、などと自己評価の低さと適当っぷりで製作協力をしてしまったのは明らかな迂闊さであった。

 

しかし開発陣営でも全国にこれほど広まると予想できた人間はいなかったため、京太郎1人の責任とは言い切れない。

誰もが甘く見ていたのだ。全国の女性雀士に異性との交流を求める寂しさを抱えている人間の数がそれほど多いとは想定外だった故の欠陥。

 

『その、出来れば俺の個人情報は内密に』

 

「分かっています、親友にも内緒にしますね。話してはならない内容だと理解してますから」

 

当然そのつもりだと煌は安心させるように微笑む。『説教はこれで終わり』の明確な合図である。

 

『あー、安心した。でも色々知られてるならこれも言っちゃっていいかな?

 花田煌さん、準決勝見てました。すごく格好良かったです』

 

「え? 確かに私はベストを尽くしたつもりですけどもっと強い人はいくらでも」

 

メンタルが強く捨て石の役目にも徹することができるが、他人の評価というものも十分にできる煌にとって、インターハイでは自分が埋もれているという自覚があった。

 

『いえいえ、確かに訳の分からない連中はたくさんいましたけど、あっちは何の参考にもならないんですよ。俺、初心者なんで。

 それに比べて煌さんはあのインハイチャンプに決して諦めることもせず、それどころか千里山と協力してあの人を止めた……鳥肌ものですよ』

 

「そ、そうでしょうか?」

 

絶賛の嵐に照れて顔を赤くする煌。ここまで異性に尊敬の目を向けられるのは面はゆいものがある。

 

『俺、中学の時ハンドボールやってたから対戦相手は敵って思ったんです。だけど『状況によっては他家とも協力プレイができる』、これはほんとに目から鱗でした。

 おかげで部活内対戦で3位を取ることができたんです!』

 

3位で喜んでいる『京太郎』だが、同卓になるのがインターハイトップレベルの人間ばかりであるためトビ終了や焼き鳥でないだけ偉業と考えていた。

実際、初心者が勝つには無理のある環境である。

 

『俺、一時期才能ないから辞めちゃおうかなって考えたこともあったんです。みんなと一緒にいるのは楽しいけど、やっぱ競技者として活躍したいって気持ちがあったんで。

 でも、煌さんの諦めない姿を見て、『俺は今まで煌さんほど頑張ってたのか』って疑問を抱いて気づいたんです。自分がどこかで才能のせいにして諦めていたこと、強くなりたいって思いが足りなかったこと、何より全部やってみてもしないで逃げるなんてかっこ悪いって』

 

真正面から『京太郎』の熱くなった目に見つめられて、伝播したように煌も別の部分が熱くなる。

 

「こ、光栄です。その、私冬休みは長野に帰郷するつもりなのですけれど、京太郎くんさえよければ少し会えませんか? 私も才能に頼ってる方ではないので、いくらかはお力になれると思うのですが」

 

『え、本当にいいんですか!? あ、でもこの『俺』の独断じゃどうにもならないので、和か優希経由で本体が了承したらって形になるとは思いますが』

 

この時『京太郎』は浮かれていて、煌の中の熱が別の形に変わる未来などさっぱり考慮していなかったのであった。




すばら、まさかの本体と出会うルートへ。ただこの時点では恋愛感情には至っていない模様。
姫子にも哩にも羊先輩にも、ただ『正月だから実家に戻る』と言うだけなので修羅場は回避。優希も和も先輩のことは慕っているため同席の形ならOK出す可能性高し。

他の病んでる人間と違って王道青春物語、正に健全。

京ちゃんの実在を知らない人間にバレたらその時点で大惨事だが、聖人すばら先輩なら大丈夫である。
ポンコツ要素のあるテルーとは違うのだテルーとは。あっちはぽろっと漏らしかねんからね。


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江崎仁美の場合

今回、人物の設定がねつ造されておりますので注意を。


江崎仁美は羊のような巻き毛をした新道寺女子高校の元中堅、そして麻雀部を引退し受験を控えた3年生である。

その仁美は1枚の紙を前に不敵な笑いをこぼしてストローからジュースを一口。

 

「なんもかんも政治が悪い」

 

『いやいやいや、テストの成績と政治は関係ないですよね』

 

「ペーパーテストで個人の実力を測る制度自体が時代遅ればい」

 

教育委員会に正面から喧嘩を売るセリフに、彼女の網膜に映る『京太郎』は我慢しきれずに仁美のテストの点数を覗き込む。

 

『え、ちょ、97点? 何が不満なんですかこれで!?』

 

思わぬ高得点に驚きを隠せない『京太郎』。てっきりテストが悪かったから政治のせいにしたのかと思いきや、事実は全く違った。

 

「第3問、2年前の論文で正答がかわっとたい。ばってん教科書に反映されるのに少なくて5年、おそかよ」

 

『そこ!? 対応の遅さが論点!? 仁美さんてもしかして成績優秀だったんですか?』

 

負け惜しみかと思えば真面目に政治を批判していた。麻雀時と違いすぎである。

 

「言うとらんかった? 私、東大文一志望ばい。ついでに国会議員の娘やけん」

 

『ガチエリートじゃないですか……』

 

政治関連の発言が多いのにも納得である。まあそれは同時に親に文句を言っているようなものでもあるのでどうにも締まらないが。

 

『大学出た後の進路も決まってたりするんですか?』

 

「地盤もあるけん二世議員。通したか法案もある」

 

高校生ですでにそこまで見据えているという事実に慄く『京太郎』。

 

『その法案って聞いても平気です?』

 

「当事者やし構わんとよ。『電子彼氏との結婚許可法』ばい」

 

その瞬間、何とも言えない空気が周囲を満たした。かなりの時間をおいて再起動した『京太郎』は聞き返さずにいられない。

 

『……あの、今なんと?』

 

「不公平やなかか? 同性間ん結婚も認めらる流れなんに電子データとん結婚ば認めんていうんな」

 

一見高尚な政治問題を語るかのような口ぶりではあったが、それが意味するところはあまりにも安直だった。

 

『あの、それってもしかして俺にプロポーズしてます?』

 

「言わせんでほしか、恥ずかしかとよ」

 

顔を赤らめてカールした髪を指先で弄りながら、目線を少し外して仁美は告げる。

 

『そのために政治家になるの!? 仁美さん何考えてるんですか!?』

 

「京太郎とん愛ある生活ばい。社会問題の結婚率ん低下も防げて一石二鳥ばいね」

 

仁美の口から出る爆弾発言の連続に『京太郎』は焦る。

 

『じょ、冗談ですよね? だってそれ見た目の結婚率は上がるかもしれないけど、少子化対策には一切なりませんよ』

 

「本気ばい。京太郎と結婚したかよ。やけん受験ば上手くいったらご褒美ほしか」

 

顔の温度をあげながらチラチラと潤んだ目で『京太郎』をうかがう仁美。そこには誰が何と言っても引かない覚悟が垣間見えた。

そしてその重さに『京太郎』は頬を引きつらせる。

 

『だからって法律まで作り上げるって行き過ぎでしょ!?』

 

「胸ん張って、二人の仲を皆に認められたかよ」

 

知らないうちに仁美の内部で燃え盛っていた炎の熱さに、『京太郎』はこんな法案を掲げる人間を議員にするような人が一人でも少ないことを祈ることしかもはやできなかった。

 

そして将来、なぜか女性ばかりの人気を多く獲得する女性議員が出たりするのだが、それは別のお話。




中盤が何をどう捻っても出てこなかったため、省略した結果短くなってしまった仁美回。
「政治が悪い」とか「よか献金」とか言ってる羊先輩には政治界に飛び込んでもらうことになりました。

社会現象とか言うレベルじゃなく社会問題にする気だよこの人。今までの重い人間の中でも周囲を巻き込む規模が違いすぎる。


えー、次回は新道寺ラスト『白水哩の場合』です。
時系列的には一見姫子が立ち直ったように周囲に見えて、実際は『京太郎』相手にヤンデレ発症してる頃の哩さんサイド。
内容は未定。

なんだか最近ビビっとアイデアが降ってこないので悩み中。


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白水哩の場合

白水哩は新道寺女子のエースであり部長であり鶴田姫子の憧れでもあった。そして何より姫子と確かな絆を育んでいた。

誰より姫子を信じていたが故に、思っていたが故に厳しく姫子を突き放し、独り立ちを促した。

 

己の不器用さで姫子が傷つき精彩を欠いて憔悴していく姿に何度も自分のやったことが正しかったのか、駆けつけ支えた方がいいのではないかと思い悩み、それでも鶴田姫子という人間を信じて気づかれないように遠くから見守った。

 

そして姫子が学校にも来るようになり、麻雀部の輪の中に再び戻っていくのを陰から覗いて安堵した頃、いつの間にかスマホにインストールされていたアプリの存在に気づいた。

 

思い返しても哩自身にダウンロードした記憶はない。ならばこれはウイルスの類かと削除しようとして……できなかった。

アンインストールの表示が出ないわけではない。消そうと思えば消せるはずだった。だがなぜか消してはいけない気がして、アプリの説明文を見るだけで妙に心惹かれてしまう。

 

自分の中に巣くうなにかに急かされるように指が勝手に動き、心臓が脈打つのを感じながら起動を見守って網膜に1人の金髪の少年が映った途端に己の中で声がするのを哩は認める。

 

これは運命だと、彼以外は考えられないと、自分だけが彼のモノでありたいと、頭の中が目の前の彼一色で染まっていく。

 

『ふわ、おはようございます。えっと、貴女がパートナーでいいんでしょうか?』

 

『京太郎』としては流石に「所有者」はストレートすぎだろうと気を回した結果の言葉の選択だった。

だがそれは現在において姫子とパートナー関係を解消している哩にとって甘い毒であり、同時にそれだけでは説明できないときめきが哩に押し寄せる。

 

波立つ感情を抑えきれない哩の姿に『京太郎』は自分が自己紹介もしていないことに気がつき、伏せがちの哩の目をまっすぐ見ながら

 

『あ、名前は須賀京太郎です。高校1年で麻雀は始めたて、中学の時はハンドボールやってました。これからよろしくお願いします』

 

お辞儀とともに挨拶をした『京太郎』に哩は真っ赤になった顔で恥ずかし気に口を開く。

 

「す、」

 

『す?』

 

「好いとーと」

 

『スイトン?』

 

勇気を振り絞った女性からの告白に対し、戦時中の粗食と間違えるという大きなミス。博多方面の方言への無理解が引き起こした悲しい事故である。

 

「な、なんでんなかっ!」

 

さすがに標準語に直したうえで二度目の告白をすることは羞恥心がたえかねたか、顔を背けてごまかしに入る哩。だがどうしても気になるのか横目で何度も京太郎の顔を見ては心臓が跳ねる。

 

その一見ツンとした態度に『京太郎』は(嫌われちゃったかな)などと見当はずれの考えをめぐらす。

 

「白水哩、高3ばい」

 

いつもと違って歯切れ悪く名乗りながら、哩は恥ずかしさに指をもじもじと動かしていた。そこにちょっとでも仲良くなろうと『京太郎』は切り込む。

 

『テレビで見たので知ってます。新道寺のエースで部長さんですよね。でもテレビ越しだと凛とした雰囲気でかっこよかったですけど、じかに見ると可愛らしいですね』

 

「か、可愛!?」

 

普段「頼りになる」とか「憧れる」とかかっこいい系の言葉は言われ慣れていた反面、年下の異性から「可愛い」と褒められて哩の乙女回路はショート寸前。

ただ挨拶を終えただけなのに哩の心の中には深く『京太郎』の存在が焼き付き忘れることなどできそうもなくなっていた。

 

「やばか、気持ちん止まらん。こん人んことしか考えられなかよ」

 

かすれるほどに小さな呟きは『京太郎』には届かず、ハテナ顔のまま悠長に返事を待っている。

 

膨らむ好意と独占欲。哩はそれが()()()()()()()()()などと気づくこともないまま己の内側から湧き出た感情だと錯覚する。

そして恋というものは一度錯覚してしまえばより気になり深みにはまるという性質のもので、引き返すことは非常に難しい。

 

白水哩の『失敗』は強く鶴田姫子を大切にするあまり極端な態度しか取れなかったこと。哩が姫子を思う限り流れ込んでくる『姫子の京太郎への想い』、自覚もなくそれに完全に絡めとられていた。

そして始めは自分のものでなかったとしても時を経れば根付き自分の心と同化する。だからその帰結は免れられないものだった。

 

(誰が相手でも譲れなか。たとえそれが姫子でも)

 

咲いた花が持つのは棘か毒か、それが分かるときには既にもうどうしようもなくなった後でしかない。

 

こうして『京太郎』は特に何をするでもなくいつの間にか、当人の知る由もない理由によって哩の根本から歪んだ愛の対象になり、そこから逃れることすら許されない状況に陥っていた。

 

ある意味、というか9割はとばっちりであったが魅力的な女性に好かれているという一点だけが『京太郎』の救いなのかもしれない。




『白水哩の場合』、そして新道寺面子の恋模様は終了。
え、次鋒の子? 羊先輩以上にセリフもなくキャラが欠片も分からない人をどう書けと?

読んだらそのまま分かることですが、哩さんは自分で掘った落とし穴に自分から嵌まりに行っただけという。
姫子への対応ミスがそのまま恋愛方面でも悪化の原因を作る負のスパイラル。

姫子側はもう『京太郎』しか見えなくなってるので哩さん側に流れてくる一方通行。
そして哩さんも姫子のことなんかどうでもよくなるほどに『京太郎』に依存する結果をもたらすという。

リザベーションが最悪の形で発現してる状態ですね。『鶴田姫子の場合』を書いた時にはもうこうなる結末しかなかった。


次は幕間回。智紀か衣かのどちらかです。その後は白糸台へ。

感想への返信はできてませんが全部見て励みにしているので、頑張って作品で返したいと思います。書き手は反応があると調子に乗る生き物、すごく単純。


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~幕間・その頃リアル京太郎は④~

それは沢村智紀が龍門渕透華の命令で『京ちゃんと一緒』というアプリを作っていた頃の話。

 

高速でキーボードを叩きプログラムを打ち込んでいきつつも、心の奥底では(ハギヨシさんの方が需要があるんじゃないかな)などと感じていた。

 

パソコンでの作業は慣れているとはいえ、情熱を傾けていなければ疲労の蓄積をどうしても感じる。何しろ大部分は智紀の領分なのだから。

眼鏡を外して霞んだ目を指で押さえていると部屋のドアをノックする音がする。

 

「なに?」

 

了承の意を込めた言葉にドアが開き、ここ最近になってよく見るようになった少年、須賀京太郎が桶を水平に持って揺らさないように歩み寄ってくる。

 

「そろそろ夕食前ですし休憩にしましょう。これ足湯と蒸しタオルです」

 

準備の良さに意表をつかれつつも智紀は足の指で靴下を挟んで脱ぎ、桶に湛えた湯に足を浸すと同時に蒸しタオルが視界を塞いで目の周辺を温めてくれる。

 

「肩を触っても?」

 

「ん」

 

夢見ごちに緩んだ神経の中で尋ねられたために深く考えずに智紀は了承の声をあげてしまう。

視界が暗闇の中で京太郎の手が智紀に触れ、

 

「あっ」

 

大きな手で肩を包まれほぐされていく手つきに思わず智紀は声をあげてしまう。

 

「あ、強すぎました?」

 

「平気」

 

咄嗟に言い繕う。本当のことなど言えるはずもない。

筋張った手に予想もしない瞬間に触られてそのまま撫でられピンポイントで押される力に異性を感じて、ゾクゾクと興奮してしまったなんてことは。

 

繰り返される感触、緩急をきかせた力具合、もっとと思った瞬間に離され、次は予想のできない部分に刺激が走る。

 

(ただのマッサージでこれなら『あの行為』の時はどれだけ)、そんな普通ではありえない考えが智紀の脳裏をよぎる。

そして一度考えてしまえば勝手に想像が先走る。今も続いている京太郎の手の感触をマッサージと受け流せなくなっていく。

 

それからの十数分間はとにかく声をあげないように我慢することでいっぱいだった。「やめて」とただそう一言口にすれば終わっただろうに、そんなことは微塵もやる気にならなかった。

 

「はい、終わりです」

 

そんな京太郎の声でやっと気がついたのは足の浸かった湯も蒸しタオルもぬるくなって、代わりに智紀自身の体が熱を持っていること。

喉まで出かかった「もっと」と続きを、いやその先の行為を求める言葉を押しとどめる。

 

ただマッサージされただけでそんなはしたないおねだりをする軽い女だと思われたくはなかった。

その代わりに口から飛び出した言葉は

 

「また、してくれる?」

 

そんな内容をぼかしたにも拘らず濡れた声色が本音をにじませてしまっていた。

(気づかないでほしい)そう理性が言う。(気づいてほしい)そう本能が言う。そんなせめぎあいに煩悶する智紀の内心とは別に、京太郎は悩みもせずに軽く答える。

 

「もちろん。智紀さん頑張ってますしね」

 

にっこりと笑って京太郎はタオルを手にかけ、湯をこぼさないように桶を注意深く持って退室していく。その背中を見ながら智紀は打算的な考えをめぐらす。

 

(うちでは私が一番彼の好みの体型に近いはず。でもそんな横からかっさらう真似は絶対に許してくれない。なら純と同じように透華のサポートをしておこぼれを狙う方が勝算が高い。

 透華は無茶は言うけど功には報いるタイプ。正妻になる必要はない、私は一や衣ほど欲張らない)

 

実は智紀は今まで皆がそこまで京太郎に熱をあげるのか理解できていなかった。だがもう冷めた目で見ることはできそうにない。

 

「私って女としてチョロいというか現金というか。男を見る目は私の方が節穴だったか」

 

何しろ目的が不純すぎる。だがそんな不純な動機であろうと引き下がるほど女というものは弱くできていない。

 

「透華の機嫌を取ろう」

 

今までよりも楽しそうに呟きながら智紀は無意識に自分の唇を湿らせていた。

この先、素知らぬ顔をしておけば何度もあの『マッサージを受けられるだろう』と確信して。




今回は幕間①で智紀の内心がどうだったかを明らかにする話。
R-18に分岐する可能性を秘めた女はこんな感じ。保険だったR-15が仕事を勝手に始めた。

重いというよりは黒い、そして割とひどい理由で落ちてるキャラのともきーでした。

もんぶちーずも残るは衣のみ。そして舞台は白糸台へ。
原作では判明してないけどテルーは知り合い設定で行きます。


その後は未定ですが①プロ勢、②個人戦勢(憩とか王者先輩とか)、③地元の長野(見かける可能性高くて怖い)、まあこれらの中からどれかですね。

なぜ純愛から遠くなっていくキャラが多いのか作者自身が不思議です。


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大星淡の場合

大星淡は団体戦の決勝で勝利に届かなかった。それを虎姫の中の誰かが責めたりはしない。

ただ準決勝で宮永照以外の全員がマイナス、そして決勝でも挽回できなかったという事実は周囲に『白糸台は宮永照のワンマンチームだった』だの『新星といってもこんなものか』といった印象を与えるのに十分だった。

 

『いつも空気を読まないポジティブな淡ちゃんNEW GENERATION』などと表向き平気そうにしていてその内心――(次は絶対勝つもん、勝ち逃げできると思うなー!)とこれまたポジティブだった。

 

確かに負けた当初は泣いたし皆に申し訳なかった。だがそういう感情も推進力に変えられる図太さを淡は保有していた。

 

だから『京ちゃんと一緒』と題したアプリで遊びだしたのも「あ、おんなじ金髪! 私よりアホっぽい顔! この淡ちゃんが構ってあげよー」といった至極軽い動機であり、『京太郎』に言わせれば『そのセリフそのまま返す』といった感じでポンポンと会話のキャッチボールを楽しんでいた。

 

どれぐらい楽しんでいたかというと気がついたら部活の時間を過ぎ「どうせ怒られるからこのまま街でパフェ食べに行こう」などと言い出して、後日サボってたことがばれたからお灸をすえられるというレベルだった。

 

「もー、京太郎のせいでめちゃくちゃ怒られたじゃん」

 

『おい待て、俺はちゃんと「そろそろ部活の時間だろ」って言ったぞ。お前それに対して自分がなんて言ったか覚えてないのか?』

 

「まったくもって!」

 

キランとすごくいい顔で欠片も覚えてないという主張をする淡。悪気などなく本気で言っているのだから更にたちが悪い。

 

『お前は「そんなことよりもっとしゃべろーよ」と言ったんだこのお馬鹿、ちゃんと脳みそに刻んでおけ』

 

「つまり私を強く止められなかった京太郎が悪いってことじゃん」

 

反省ゼロ。責任転嫁までしてくる我儘っぷりにどこかの誰かさんを幻視して頭が痛くなる『京太郎』。

 

『お前なあ、リベンジするんじゃなかったのかよ?』

 

報復相手が自身の幼馴染であることは隠して『京太郎』は呆れる。

 

「するに決まってるじゃん、目指すは完全勝利だからね!」

 

たった数ヶ月で大きく膨らんだ胸を張って淡は意気込む。

 

『だったらちゃんと部活行けよ』

 

その正論に対して淡はため息をつき、やれやれとポーズをとる。

 

「分かってないなあ。この淡ちゃんが求めるのは雀士としてだけじゃなく女としての圧倒的勝利! 雀卓で負けを味わわせた上に、私のリア充っぷりを見せつけてやるのだ!」

 

『つまり?』

 

「彼氏とイチャイチャしてる写メをこれでもかというほど叩きつける!」

 

超どや顔でアホっぽい発言をかました淡に『京太郎』は生ぬるい目を向けざるをえない。

 

『そうか、せいぜい頑張れ』

 

「なに他人事みたいに言ってんの? 京太郎がいなくちゃできないんだからね!」

 

『…………はい?』

 

予想外の塊である淡が明かす衝撃の事実。大星淡は『須賀京太郎』を彼氏と言い張るつもりだった。

 

『いや、待て。そういうのはちゃんと実在する好きな男にだな』

 

諫めようとする『京太郎』に、淡はきょとんと首を傾げる。無駄に美少女っぷりが発揮されていた。

 

「なに言ってんの? 京太郎はここにいるじゃん。それに私京太郎のことちゃんと好きだよ」

 

衝撃の事実Part2、アホの子淡は電子彼氏というものの根本をよく理解できていなかった。普通は妄想彼氏と同列に語られるそれを、現実の恋愛と同列に考えていた。

 

愕然とする『京太郎』の表情に、自分の告白がうまく伝わってないのかと思った淡は首に手を伸ばして背伸びをし、唇を合わせるどころか舌まで侵入させた。

 

「証拠、だよ? ファーストキスなんだからね」

 

普段堂々としている分、照れの混じった上目遣いの破壊力は高かった。

 

「むー、まだ足りない? じゃ、じゃあ、胸触る? 京太郎おっぱい好きなんでしょ? あ、もち帰ってからだかんね! さすがに廊下でそれは、見られると恥ずかしいし」

 

その前の段階で十分恥ずかしいことをしていることは淡の中からすっぽり抜けていた。

 

あまりの事態に『京太郎』は天を仰ぐ。本当に淡がやらかして、幼馴染がオリジナルを引っ張り出してきたならどんな未来が待ち受けるのだろうと。

カオスになりそうな予感しかしなかった。

 

そうやって遠い目で未来を憂う京太郎に対して、淡はまだ攻めが足りないと感じたのか腕を胸の間で挟むべきかと更にアホなことを考えていた。




白糸台のトップバッターは安定のあわあわでした。

このアホな子は仮にリアル京ちゃんを見つけたら「私達の愛のパワーで肉体を手に入れたんだ!」とか本気で考えるレベルです。
そして自分との愛の記憶がないと知っても「記憶喪失!? 私の愛のパワーで治療しなきゃ!」とか言い出します。

重くはないんだけど、やべー方向の愛の持ち主。
だが『京太郎』がアプリだということは分かっているという、どういう脳の構造したらこんなふうに思い込めるのかというタイプ。

次回は『亦野誠子の場合』の予定。ただちょっと日が空くかもです。


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亦野誠子の場合

亦野誠子のあだ名はフィッシャー、『釣り人』である。

その異名は鳴くことで上り牌を釣りあげる打ち筋から来たものであるが、異能のほとんどはその人間の本質や生き方に大きく関わっている。

 

つまるところ何が言いたいかといえば、誠子の趣味は釣りであるということだ。

そしてそれが彼女の『京ちゃんと一緒』というアプリの使い方が独特である理由であった。

 

『誠子さん、3時方向7m辺りです』

 

「はいはい、いくよー」

 

誠子の釣り竿がしなり助言より少し遠くに投げ入れたルアーが舞い踊りながら引かれ、狙った魚に餌と誤認させるべく動き出す。

 

そう、誠子は『京太郎』を魚探知機として利用していた。

運営の全く意図していない使用法。スマホから半径5mまでならば自由に動ける『京太郎』に水中の魚を視認させるという発想。

 

半径5m先まで『京太郎』が動き自然に振る舞えるということは、アプリは当然5m+『京太郎』の視認できる範囲の地形を把握しているということだ。

そして『京太郎』は網膜上に投影されてはいるが別に質量を持って実在しているわけではない。

 

だから普通は人間のいけないところまで通り抜けることも、やろうと思えばできる。

普段やらないのはあくまで不自然さを使用者に感じさせないため。リアリティの追及にすぎない。

 

誠子はその抜け穴を悪用した。結果、『京太郎』は魚探知機としてその有能さを発揮していた。

 

「フィーッシュ!」

 

見事にかかった魚、空中を舞って誠子の元へと手繰り寄せられ手元に収まる。その魚の姿形を確認した誠子は興奮気味に叫ぶ。

 

「おお~! ヒメマス!」

 

『そんなに大喜びするやつなんですか?』

 

当然というべきか、誠子に出会うまで釣りの経験のない『京太郎』にとってはせいぜいがイワナ、サケ、ヤマメ程度しか見わけがつかない。細かい分類に関してはさっぱりである。

海鮮魚ならまだ種類もいくつか分かるが、湖や渓谷の魚に関しては無知な現代人である。

 

「サケやマス類の中じゃ一番美味しいんだよこれ。ただ足が早くてすぐ味が落ちるから最高の状態で食べられるのは釣った人間の役得なんだ」

 

『え、銀鮭や紅鮭より格上? そういえば顔が似てるような』

 

じーっと『京太郎』は釣られたばかりの魚に視線を注ぐ。が、誠子は呆れた顔。

 

「いや紅鮭なんだけど」

 

『京太郎』は言われた言葉を反芻し、首をひねる。

 

『え、でもここ湖じゃないですか。鮭って秋に海から川を上ってくるやつでしょ?』

 

一般的イメージにより思い込みに囚われた『京太郎』。生きてる姿を日常的に見ず切り身を買ってすませる人間、しかも海から遠く離れる長野出身ではサワラの西京焼きが近年までメイン。

 

「海から遡上するのが紅鮭、ずっと淡水で育つのがヒメマス。だから湖でも釣れるんだよ」

 

いそいそとクーラーボックスにしまう誠子の後姿を見ながら『京太郎』は驚愕に目を見開く。

 

『なん……だと?』

 

「50cmくらいまで育つけどこれは30cm代後半かな。数人で食べるならこれくらいでも十分だし夕飯にしよっと」

 

満足げに頷く誠子の袖を『京太郎』はくいくいと引っ張る。

 

『あのー、俺にも食べさせてくれたりは』

 

「どうやって食べるの? そんな機能追加されてたっけ?」

 

されているわけがない。今も人間をやっているオリジナルの感覚が美味しい魚を目の前に暴走しただけである。

 

『……食べられなくても味わえるように運営にメールしておきます』

 

悲しそうな目でルンルン顔で帰り道を急ぐ誠子の手を『京太郎』は握り、心なしか潤んだ目でまっすぐと誠子の瞳を見つめる。

 

『ですから、実装した暁にはぜひご相伴を!』

 

「う、うん、分かった、分かったから!」

 

黙っていれば二枚目に見える京太郎の顔を間近で突きつけられた誠子は顔を赤くして焦りながら目を泳がせる。

 

「もう、ずるいんだから」

 

男に耐性のない誠子は小さく呟くと人差し指だけを『京太郎』に絡め、ドキドキしながら釣りデートの帰りを照れくさくも楽しむのだった。

そして『京太郎』はそんな様子に頓着することもなく、ただひたすら釣りたてのヒメマスの味に思いを馳せていた。




お久しぶりです。いやまだ忙しいの終わったわけではないんですが。

白糸台の『フィッシャー』誠子さんらしい話を、と思ったらほぼ釣り談議になった件。
恋愛要素は最後の方にちょろっとだけ。
ただし誠子さんの中では一貫して彼氏との趣味を兼ねたデートのつもり、ただ『京太郎』は無自覚。

純愛で健全ですね! これで闇が深いという印象も払しょくされるはず!

なお作者は釣りをやったことは幼少期にイワシを釣りまくって親に天ぷら作るのめんどいと言われた1回のみ。
なのでほぼwiki頼りです。ルアーでヒメマスが釣れるかも知らないというダメっぷり。


次回は『渋谷尭深の場合』。プロットはできてますが執筆時間がとれるのはちょい先になりそうです。
白糸台面子&幕間の衣は12月中に終わらせたかったんですが、これ間に合うのかな?


なぜ日本はただでさえ忙しいのに忘年会や新年会をするのか?
なんもかんも政治が悪い(羊先輩のセリフの万能感)


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渋谷尭深の場合

渋谷尭深は物静かでおっとりした雰囲気を持つ少女である。湯呑に入れたお茶を好み、それも相まっておっとりしたようにも見える。

そんな彼女は珍しくはやる心を抑えて手元のスマホにアプリをインストールし、逡巡もなく立ち上げる。その動きは何度も練習したかのように素早い。

 

しばし時間をおいて尭深の網膜に1人の少年の姿が投影される。『須賀京太郎』は目を開いて少女を確認し、愛想よく笑いかける。

その笑みに少し見惚れるように尭深は頬を朱に染めながら自己紹介を始める。

 

「私は渋谷尭深。高校2年生の17歳で高校は東京の白糸台に通ってます」

 

品の良さを感じる口調と聞き覚えのある高校名に『京太郎』は目を瞬かせながらもすぐに気を取り直して自分も頭を下げる。

 

『これはご丁寧に。須賀京太郎、高1の15才、通ってた高校は秘密でこれからは白糸台になるのかな? これからお世話になります』

 

人好きのする笑顔と予想よりも近い距離に尭深は胸の鼓動を跳ね上げながらも予定していた疑問を投げかける。

 

「誕生日、まだなんだ?」

 

『ええ、2月なんで。早生まれのわりに背の伸びは悪くなかったのは幸いですかね、もうちょっとほしいところなんですけど』

 

金髪の毛先を指でよじりながらほんの少しおちゃらけた風に告げる『京太郎』。実際運動部をやるには背の高さは武器である。今現在は麻雀部なので全く生かせない部分だが。

 

「しっかりして見えるけど、2つ年下なんだね」

 

『え、そう見えます? あんまりそういうの言われたことないですけど』

 

「イメージだけど」

 

初めて会った女性、しかも少しおもちの尭深に言われて悪い気はしないのか『京太郎』は少し照れくさそうに鼻の下を触る。

そんな年下の少年に真意だと主張するように尭深は微笑みかける。

 

「外見で勘違いされやすいのかな? 私には格好よく見える」

 

『やだなー。そんなに褒められると勘違いしちゃいますよ』

 

おちゃらけて躱す『京太郎』の無意識ムーブに、しかし尭深は年上の余裕で半歩踏み込んで手を取り頬へと導く。

 

「いいよ、勘違いしても」

 

『うゎ、た』

 

お淑やかに見える外見に反した距離の詰め方に『京太郎』はつい顔を赤くして狼狽えてしまう。

 

「なんだか可愛いね、京太郎くん」

 

『あんまりからかわないでくださいよぉ』

 

女性に「可愛い」と表現されることに慣れていない『京太郎』は正面からの攻勢にタジタジ。

逆にここまで押せ押せムードの尭深をチームメイトが見たら驚くだろう。普段の様子からは想像できない積極性だった。

 

「ん、からかってるつもりはないんだけどな」

 

少し寂しそうに尭深は視線を下げ、『京太郎』の手を握って自分の左胸に触れさせる。

 

「手を通して伝わってこない? 私の鼓動、とってもドキドキしてるの」

 

『あの、もうちょっと自分を大事にですね』

 

どうも急いで関係を進ませようとしているように見える尭深に、『京太郎』は制動をかけようとする。

すると尭深はあっさりと『京太郎』の手を離して、

 

「ゆっくりの方が京太郎くんの好みなのかな?」

 

その問いかけにコクコクと頷く『京太郎』。ここに至って『京太郎』は何か違和感のようなものを感じ始めていた。

 

「ルールなんて男女の関係に必要なのかな」

 

急いているのとはまた違う。会話が微妙にかみ合わない、まるで独り言を続けているような印象を尭深に受ける。

 

「触ってもいいんだよ、どこでも」

 

『尭深さんは何を考えてるんですか?』

 

「何って、『京太郎』くんと仲良くなることだよ」

 

その応えに『京太郎』は首を横に振り、湧き上がった疑心をぶつける。

 

『尭深さんは俺を見てるようで見てない……まるで俺の心なんてどうでもいい風に』

 

「……いいよ、教えてあげる」

 

すっと尭深の表情から色が抜ける。その独白は死を直前にした者への態度のような

 

「私のオカルトって毎局の最初に捨てた牌がオーラスに全部戻ってくるんだ。牌の数は14、14回で必ず私の手にできあがるの。

 なら、それを他の場面で使ったら? 14の会話で実る、願い事が叶う。それが私の『ハーベストタイム』。もう分かるよね? 『私が捨てた牌』に何があたるか」

 

そんなふうに使おうなんて尭深はこれまで一度も考えたことはなかった。そもそもできるという発想もなかったし、そうして得た結果に意味が宿るとも思えなかっただろう。

しかしその倫理観を捨ててでも、どうしても『欲しいもの』ができたとしたら?

 

『最初の、一音』

 

「正解だよ」

 

震える『京太郎』の声に満足そうに尭深が答え合わせをする。それと同時に『京太郎』の体に葡萄の蔦が絡まる幻影が現れる。

 

わ・た・し・い・が・い・な・ん・て・ゆ・る・さ・な・い

『私以外なんて許さない』、叶えようとした願いはそれ。

 

結実の直前、勝利を確信した尭深はだが『唐突に水中へ引きずり込まれる』。

同時に『京太郎』の姿がノイズに代わり、どこからか威圧を宿した少女の声が響き渡る。

 

『まさか本当にやる者がいるとはな。紅蓮地獄も生ぬるい……が、京太郎の慈悲だ。次に間違えるようなら縊り殺してくれる』

 

尭深に溺れる恐怖を叩きこむだけ叩き込んで、『声』が去るとノイズが消えて再び『京太郎』が網膜上に現れる。

 

その『京太郎』には絡まっていたはずの蔦もなく、あっけらかんとした表情で

 

『あ、初めまして。俺須賀京太郎って言います、これからよろしくお願いしますね』

 

尭深のことを何も知らないと、また自己紹介を始めた。

もう既に尭深には自分のオカルトを使おうという意思は消えていた。だがその心の奥底に刻まれた『京太郎』への思慕は、直前よりもなお深いものに昇華されていたのである。




前回:闇が深い? 気のせいだよ!
今回:闇なんてちゃちなもんじゃねえ、もっと恐ろしいものを味わったぜ


言い訳させてもらうと、たかみーのオカルト悪用は連載開始期にはもう決まってたんですよ。
そこに感想で「衣はオカルト弾いてるんじゃない?」という言葉を受け、最終的に能力バトルに。

尭深の改心も含めて「ジョジョ4部かな?」感が強くなってしまいました。反省


なお再び現れた『京太郎』が記憶リセットで立ち上げ状態なのか、それとも覚えてるけど何も知らないふりをしてあげつつ心の中で苦笑しているのか、京ちゃんらしい方が正解です。


次回は『弘世菫の場合』。プロットは白紙なので今から考えないとですね。


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弘世菫の場合

弘世菫は白糸台高校の麻雀部部長であり、その職務の大半は自由すぎる宮永照と大星淡の制御役だ。

照はお菓子を求めてさまよう程度なので用意しておいたお菓子を与えれば大抵どうにかなるが、無軌道な淡は何をしでかすか分かったものではない。

 

実際に今日も淡が部活を無断で休み、一人でカップル用のパフェを楽しそうに食べている姿が目撃されたという情報により雷を落としたところだ。

 

菫は自分がいなくなる来年の有様を考えるだけで頭と胃が痛くなる。

 

「全く国麻もあるのに何を考えているんだあいつは」

 

ため息をついても物事は好転しない、そんなことは分かっているのだが責任感の強い菫はどうしても気にしてしまう。

 

気分を変えようと学校の制服を脱ぎ丁寧に畳み、つい最近買ったばかりのお洒落着に袖を通す。

 

チャコールグレイに落ち着いてまとまったワンピースにちょっとしたフリルで可愛らしさを演出、普段はストレートに流している髪を後ろでくくってポニーテールに。

ワンピースと同色であしらったバラのコームを留めて鏡の前で角度を変えて奇麗に見えるか何度も確認。

 

自慢の髪につげ櫛を通して毛先を整えながらつやを出す。さらに手鏡も使って360°どこもおかしくないか念入りに確認してからスマホを取り出し、ベッドに腰かける。

そして覚悟を決めるように深呼吸で息を整えてアプリをタップ、菫の網膜に少年の姿が投影される。

 

『須賀京太郎、お呼ばれに応じてただ今参上。って菫さんその服新作ですか?』

 

「あ、ああ。カタログで気になったからな、どうだ?」

 

菫は『京太郎』の視線を感じつつ、無意識に指を折角整えた髪に巻き付けながら上ずった声で尋ねる。

そこに白糸台の部長として凛とした姿はなく、ただ気になる異性の目にどう映るかばかり考える乙女としての姿があった。

 

その豹変ぶりはもし大星淡が見れば『菫がおかしくなった!』などと叫びだすだろう。

自室でしかアプリを起動しないため誰にも見られる心配がないという事実が菫の心に隙を生み、男に媚びるような態度が表に出ていた。

 

はにかむように袖をつまみ広げて体をよじりながら見せつけると、『京太郎』は悩むでもなく素直な感想を口にする。

 

『うん、楚々とした中に可愛らしさもあってとても菫さんに似合ってますよ。ポニーテールも意外ですし、雰囲気変わって可愛いです』

 

「そ、そうかっ」

 

女性の服装を褒めることに特に抵抗がないばかりか、適当な格好ですませようとする幼馴染に服を押し付けた経験まである『京太郎』からのお墨付きに、菫は喜色を滲ませながら弾んだ声をあげる。

 

異性からべた褒めされる耐性などない菫は「……可愛い、可愛いか」などと小声で投げられた言葉を噛みしめながら頬を紅潮させていた。

 

『菫さんって髪が長いからいろんなヘアスタイル楽しめそうですよね。今日みたいな可愛い系じゃなくてアップにして着物にしてもよさそう』

 

「む、それは私に胸がないと言いたいのか?」

 

さりげなく気にしていたようで口をへの字に曲げて拗ねる視線で『京太郎』を見る。だが何度もチラ見してくる伺うような雰囲気のせいで怖さは全くない。

 

『そういう意図はなかったんですけどね。菫さんはスレンダーで体のライン綺麗なんですし、着物姿だと色っぽいだろうなーと』

 

「い、色っぽ!?」

 

顔を真っ赤にしながら菫は着物姿の自分と浴衣姿の『京太郎』が並んで縁日を歩き、花火を見上げている風景まで幻視する。

 

『可愛い菫さんも、色っぽい菫さんも、全部見てみたいなー』

 

よいしょすることで自分が責められた過去をなかったことにする、女性に囲まれている現在のオリジナルの慣れによる習性であった。

 

「ま、まあ、そこまで言うなら京太郎だけになら見せても……」

 

『わ、限定お披露目ですか? 俺他人には見えないので男除けにはならないのが痛いところですよね。絶対オシャレした菫さんとかナンパされちゃいますし』

 

「ああ、そうだな、『京太郎』にしか見せない」

 

プスプスと頭から煙をあげそうなほど発熱している菫が観客が『京太郎』のみのファッションショーを行い、そこで浴びせられる数々の誉め言葉にさらに『京太郎』に傾倒していくのは、そう先の未来でもなかった。

 

白糸台高校の栄えある部長とて、恋する相手の前では一人の乙女に戻ってしまうのはどうしようもなかった。




新しい電源コード届いたよ!

というわけで『弘世菫の場合』でありました。
うん、白糸台は平和ですね!(前話から目をそらしつつ)

きりっとした菫さんか、デレた菫さんか、スタート地点をどちらにするかでかなり迷った結果が遅れた理由の一つです。
もう一方の候補は淡の怠慢に切れてスマホを取り上げ「これが諸悪の根源か」などと自分のスマホにインストール、警戒していたくせに『京太郎』に心を絆されていくという形。

こちら側の採用理由は公私の区別が付けられなかった塞さんと、しっかりつける菫さんの対比を強調したかったから。
ぶっちゃけ取り上げた結果絆されるという過程はまとめ役なら誰にでもあり得る=菫さんである必然性が薄い、という観点でボツ。


次回は『宮永照』の場合。着地点をどうするか少し考え中。
その後は幕間で衣、アラサー勢の順番でいこうかと予定してます。


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宮永照の場合

それは宮永照が大星淡のスマホの待機画面を見た時の話。

 

「淡、どうして京ちゃんと一緒に映ってるの? しかも腕まで組んで」

 

仲の良さを見せつけるような淡の自撮りに照の声のトーンが低くなるが、淡は頭の中お花畑がさらに進行しているため全く気付く様子がない。

 

「あ、テルーもやってるんだ、『京ちゃんと一緒』。すっごいよね、アプリをダウンロードするだけで恋人ができちゃって写真にもちゃんと見えるし!」

 

「あぷり?」

 

「? そーだけど。あ、写真機能はね、課金が必要なの! テルー見逃してた?」

 

勝手に(テルーはおドジだから見落としてたんだね、ちゃんと教えてあげる淡ちゃんってば先輩思い!)などと納得した淡は自分のスマホの画面を見せながら自分と『京太郎』のラブラブぶりを語る。

 

だが照は、スマホのアプリで『京ちゃんと一緒』という名前であるという一点だけを拾うと後は表情を消して右から左に聞き流していた。

 

照は普段から基本的に表情が分かりにくいため、視野狭窄に陥っている淡はとにかく『京ちゃんと一緒』がどれだけ素晴らしく『京太郎』と過ごす毎日がいかに楽しいのかを語るのに夢中でそんな照の様子には一切気がついていなかったのである。

 

 

照は自室の鍵を閉め、月明かりの中スマホにインストールしたアプリを起動し、目に『見知った少年』の姿が投影される。

それと同時に『京太郎』は目の前の人物の顔と右腕に渦巻く豪風を認識するなりスマホの中に帰ろうと踵を返して逃げに入ろうとするが、その首根っこを掴まれて逃走は阻止される。

 

「京ちゃん、説明」

 

『こ、これは違うんです。機密保持とかの関係で言えなかっただけで照さんを蔑ろにしたとかそういうわけでは』

 

「いいから、正座」

 

淡々とした口調と相反した竜巻の唸り声、それにかつて受けたコークスクリューレバーブロウの痛みを幻視し、『京太郎』は叱られた大型犬のようにしょんぼりと床に座り洗いざらいを吐かされることになった。

 

「つまり京ちゃんは遊び気分で恋愛ゲーム作りを手伝ったらハーレムができてウハウハ?」

 

『何をどう聞けばそうなるんですか!? 仮に『俺達』が使用者と恋愛関係になっても大元の長野にいる本体には何の影響も起きないんだからノーカンですって!

 まあそもそも好みの女性と『俺達』が恋愛関係になれるかというとそんなことはない気がしますけどね!』

 

困ったことにこの男、幼馴染に適当に塩対応されることに慣れてしまったことと麻雀の腕でうだつが上がらない為に自分の魅力というものへの自信や自覚がきれいさっぱりとそぎ落とされていた。

さらに世の女性雀士がどれだけ恋愛耐性がないかということも深く考えずに甘く見積もっており、悪気が欠片もないまま世界の泥沼に浸かっているということを知りもしないのである。

 

「事情は一応理解した。じゃあ攻略法を教えて」

 

『?』

 

「?」

 

お互いが鏡のように、はてな顔で首を傾げる。

 

『あの照さん、このアプリの趣旨分かってます? これは『俺』と架空恋愛を楽しむゲームで、攻略対象に攻略法を聞くとか無粋な上に効果もありませんよ?』

 

「そんなのは知ってる。でも私が知りたいのは長野に実在する京ちゃんの攻略法。京ちゃんの好みを誰よりも熟知しててしかも聞いた内容が伝わらないなら、ここにいる『京ちゃん』に教えてもらうのが確実かつ完璧」

 

『京太郎』はしばし照の言葉を頭の中でかみ砕いて、内容を理解するとにわかに狼狽え始める。

 

『あ、あの、それはまるで俺――この場合は長野の本体のことが恋愛的な意味で好きって言ってるように聞こえるんですが』

 

顔を赤くしてソワソワする『京太郎』の姿に照は思わず心の中でにんまりしつつ、でも恥ずかしいのは恥ずかしいので枕を抱きしめて唇から下を隠して押し当てる。

 

「うん、好き。大好き」

 

耳を赤くしながらも視線はまっすぐと『京太郎』の瞳に。

 

「いや?」

 

『い、いやじゃないですけどっ、ちょ、ちょっと待ってください、今俺の中の照さん像が崩れてきてて』

 

頭を抱えてイメージの修正に躍起になる『京太郎』の姿に、照はほっと息を吐く。

 

「脈がないわけじゃないのは分かったからいい。お姉さんぶって頼りになる所見せててよかった」

 

『いや、元から頼りないとは思ってます』

 

「えぇ?」

 

こんなときであろうが突っ込みはちゃんと入れる『京太郎』と、まさか余裕たっぷりのお姉さんイメージを植え付けられてなかったのかとびっくりする照。

しかし自分の想いを定めている分立ち直るのは照が早かった。

 

「でも、これから頑張る。多分最大の障壁は咲のはず」

 

『いやあいつは俺に恋愛感情なんてないでしょ』

 

ばっさりと切られた「嫁さん違います」事件といい、咲の京太郎に対する態度はかなり適当だ。

 

「咲は自覚がなくても京ちゃんを取られそうになったら絶対に抵抗する、そういう子」

 

『えぇ? それはないんじゃないかなぁ』

 

咲が「京ちゃん好き」などという姿を想像できない『京太郎』。しかし本人は自分が先ほどまで照に「好き」といわれることも全く想像できていなかったのだが。

 

「とりあえず、京ちゃんに次に会ったら猛アピールする」

 

『はあ』

 

もう(本体のことなんで自分には関係ないや)などと他人事のような顔をしている『京太郎』だったが、彼の真の苦難はこれからである。

 

「そのために『京ちゃん』で練習。一番ドキッとしたのを教えて、それでいく。

 ただキスは、だめ。最初は本当の京ちゃんのために取っておきたいから」

 

自分が告白されるための練習に『自分』が付き合わされる、世の中でも稀有な事例がこれから幾つも樹立するのであった。




『宮永照の場合』&白糸台編は終了です。
照の場合はもっといろいろ書ける気もするけど他のみんなとの分量調整の都合でこの辺で。

いつかIF世界の『京ちゃんと一緒』R-18版ではぐいぐい迫るテルーが見れるんじゃないですかね、いつか知らんけど。


この次はもんぶちーずも衣で幕間は一区切り、アラサーとか行き遅れとか言われるプロの出番にいこうかなと。
すこやん、のよりん、はやりん、順番はどうするべきか……?


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~幕間・その頃リアル京太郎は⑤~

今日も京太郎は龍門渕邸に足を運ぶ。とはいえデータ取りやアプリの相談ではない、純粋に遊びに誘われただけの話だ。

 

「おお、京太郎、よく来た! 早く座れ!」

 

待ちきれなかったのか衣はソファの上で足をぶらぶらさせながら急かしてくる。

なので京太郎が隣に座ると、その隙間を埋めようと衣は小さなお尻を動かし近寄ってくる。

 

「なんか近くありません?」

 

京太郎としては衣の容姿に欲情がわくわけではないのだが、それを言うと間違いなく機嫌が下降するのでここは紳士に女性扱いする。

実は誕生日で見れば龍門渕の中でも衣が最年長なのだが普段そう扱われることはあまりない。だからこそ衣は京太郎へ喜びの感情を覚える。

 

「うむ、京太郎は特別だからな。それより始めるぞ」

 

機嫌よさそうにすりよる猫のように足をくっつけながら衣が取り出すのは携帯ゲーム機。現在衣がお気に入りのソフトが入っている2体のうち1つを京太郎に渡す。

京太郎は大人しく受け取り素直に衣の願い通りソフトを起動、衣との対戦のためにキャラを選ぶ。

 

「ふっ、そんな可愛らしいやつでいいのか?」

 

「衣さんもこどもキャラ使ってるじゃないですか」

 

とある電撃ネズミを選ぶ京太郎に対し、衣はブーメランを持つこども主人公を選ぶ。割とガチに勝ちに行っている二人であった。

 

「炎の、矢ぁっ!」

 

「甘いです。でんこうせっか、からのかみなり」

 

衣の放つ多様な飛び道具に対して京太郎はトリッキーな動きで翻弄、互いのキャラの機動性が高いため目まぐるしく戦場が入れ替わる。

 

「近づく、な!」

 

「っと、リーチ短いんで無理言わないでください」

 

距離を取りたい衣、近接戦からコンボに入りたい京太郎、互いの思惑がすれ違う。

現実では衣の方が距離を縮めたいのだからある種の皮肉な対戦模様となっていた。

 

「ぬっ、あ、あっ」

 

空中戦を嫌がって地上に逃げた結果、上投げからのかみなりで空中に放り出され負けを悟ってしまう衣。

 

「はい、ドーン」

 

空中からのメテオと呼ばれる下への吹っ飛ばし、止めを刺して対戦は終わる。若干衣は涙目である。

 

「相性が悪いキャラを使ってくる京太郎は卑怯だ」

 

「えぇ?」

 

ポカポカと京太郎の胸を叩く衣だが体重と腕力の差で全く痛手になっていない。

そして後からキャラを決めていたのは衣の方なのだが、理不尽に困惑こそすれ事実を持ち出すと拗ねられるので反論はしない京太郎。悲しいことに理不尽には慣れていた。

 

「……ふふふ、いいだろう。真の決着は麻雀でつけようか」

 

「それ、俺に勝ち目が見えないんですが」

 

「おのこならば打ち勝って見せよ」

 

「いいでしょう、俺の初勝利を今日飾ってみせます」

 

身内の一すら恐れる満月の夜の下という負け戦に臨めるその精神性こそが一番衣を引き付けているのだと知る由もなく、京太郎は透華と智紀を巻き込んで黒星を重ねるのだった。

 

 

結局麻雀では一度も勝てなかった京太郎は、すでに夢の中の世界に旅立ってしまった衣をそっと抱き上げベッドまで運ぶ。

そっとベッドのシーツをかけたはいいものの、袖をきゅっとつかんで離さない衣の姿に京太郎は苦笑する。

 

「きょおたろぉ……」

 

むにゃむにゃと寝言で呼ばれることにそう悪い気はせず、しばらくは様子を見ようと決めてベッドに背を立てかけてあくびを一つ。

そして横目で見守っていくうちに瞼は重くなり気がつけば京太郎も夢の国に。

 

次の日、仲良く眠り込んでいる二人の姿を発見した透華が騒ぎ出すのだが、それはまた別のお話。

そして起きた衣の心臓がバクバクと鳴り、ありもしない初夜があったのかとうろたえるのもまた別のお話。




なぜか半分ス〇ブラの話に。作者はやってませんけどね、SP。なので対戦内容がおかしくなっているかも?

恋愛よりも仲のいい兄妹感が前面に押し出されたのは、衣の性格と京ちゃんの面倒見の良さが合わさった結果。

年末年始が控えているので次の更新日は未定ですが、『小鍛治健夜の場合』になる予定。

ただすこやん、実家暮らしなんですよね。
実家で自分の半分くらいの年齢の男子高校生といちゃつくゲームをやるとか、ある意味勇者じゃないだろうか?


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小鍛治健夜の場合

小鍛治健夜27才、元最年少八冠保持者にして元世界ランク2位、永世七冠、国内無敗。

 

そんな輝かしい経歴を持ちながらなぜか今は地元に引っ込みろくに大会も出ず、実家暮らしでジャージで家の中でゴロゴロすること多数。

女友達を家に連れてくれば親に男じゃないのかと残念がられる有様。

 

『どうしてこうなった』そう一部の人間から思われることしきりの健夜であった。

そんな彼女は今までの人生でも最高潮の緊張顔で、小さく震える指でスマホの画面を凝視していた。

 

「高1、金髪、15ってまだ子供。でも現実で手を出すわけじゃないしあくまでゲーム、そうゲーム。法的にも問題ない、問題ないよね? 練習、予行練習なんだから」

 

何に言い訳しているのかといえばそれは健夜自身にだろう。一応自分のしていることが『いけないこと』の範疇に入ると思っているのだ。

ただ大体において『いけない』というのは背徳を伴う禁断の果実。麻雀においては最強だとしても女性としては強くない健夜にその誘惑にあらがうことなどできはしない。

 

何度も深呼吸を繰り返し、震える指先でタップする。

インストールの間に健夜は何度も最初の一言を脳内シミュレートして、網膜上に投影された少年の姿に呆然と魅入る。

 

二次元の画面から健夜が想像していたよりずっと本物らしい似姿。そこに実在すると錯覚する再現度に男慣れのない健夜は用意していた笑顔をぐぎっと引きつったものにしてしまう。

健夜自身がその引きつりぶりを認識していれば頭から布団に引き篭もっていたかもしれない。

 

一方で起動した『京太郎』は目の前の女性に何か既視感を感じながらもその正体までは分からず、とりあえず初対面の挨拶へと移る。

 

『こんにちは、いやもう時間的には「こんばんは」かな? 初めましてお姉さん、俺は須賀京太郎といいます』

 

「お、おね!? そんな私、もうそんな年齢じゃ」

 

わたわたと手を動かす健夜であったが、言葉とは裏腹に口元がにやけており全く否定する気持ちはないように見える。

一方で『京太郎』はというと別段おべっかを使ったつもりもなく完全に素である。

 

『え? でも二十そこそこじゃないんですか?』

 

健夜はかなりの童顔である。具体的にはよくコンビを組むふくよかじゃない方より年下に見えなくもない。前情報さえなければ。

 

「えと、私は小鍛治健夜、27……です」

 

本当の年齢を告げる際に声が霞んだのは一瞬さばを読むか悩んだのだろうか? 『京太郎』は返答を聞いてパチパチと目をしばたたかせ、恐る恐る訊ねる。

 

『小鍛治って、まさか麻雀プロの?』

 

「はい」

 

『なんだかたくさん賞を取ったって噂の?』

 

「……はい」

 

健夜は目の前の男が自分を怖がったり距離を取ろうとするのではないかと若干涙目である。

 

『ほへー。あとでサインもらっていいです? あ、でも俺の場合しまう場所がないや』

 

しかし『京太郎』目線では蟻にとってサイも象も自分を踏みつぶせるすごく大きい存在という認識レベルであるように、違いがいまいち分かっていない。

さらに宮永姉妹との親交で耐性がついているため、メンタルだけに関してはそこらの人間とは桁が違った。

 

そして健夜は自分のことを怖がるどころか尊敬の目で見てくる男の子の存在に心がきゅんとしてしまうチョロさであった。

 

「そんな、私なんて全然大したことないし、モテないし……」

 

麻雀業界の人間が聞けば前半にこぞってツッコミを入れるか、後半に深く頷くかどちらかであっただろう。しかしこれまた『京太郎』は初心者から脱せないひよっこどころか卵なため、首を傾げる。

 

『京太郎』は目の前で手櫛で髪の毛を梳かしている健夜の顔をまじまじと見つめ

 

『でも健夜さんって合コンに行けばすぐに彼氏もできそうですよ?』

 

無自覚に爆弾を投じた。

 

確かに『前情報を相手側が知らず』『テンパって余計な行動をして悪目立ちをしなければ』、見た目だけならなくはない。関係が続くかは完全に別だという問題ははらむが。

 

「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、合コンはちょっと怖いし、それにその、今は京太郎くんがいるから」

 

なんとなくのイメージで遠ざけて自らの選択を狭める典型の健夜は、チラチラと自分の半分ほどの年頃の少年に視線を送る。

 

『あ、そうですね。俺が恋人になればいいですもんね』

 

朗らかに攻略対象であり攻めやすさを見せる『京太郎』だったが、あくまでゲームやごっこ遊びと考えている『京太郎』と、アラサーを間近にしている健夜では埋められないほどの温度差があった。

だがその事実をこの時の『京太郎』には理解できていなかったのである。

 

なお余談ではあるが、健夜の部屋の扉は開いており、夕ご飯に呼びに来た健夜の母は娘が何もない空間に話しかけて乙女のような反応をしているのを見てそっとリビングへと踵を返していた。

その日から数日間、健夜の母は菩薩のような慈愛に満ちた顔で健夜を見守っていたという。




アラサー組から第1弾、『小鍛治健夜の場合』でした。
それと明けましておめでとうございます。

うん、やっぱすこやんはすこやんだったよ。結末はどうしてもこんな形になってしまう。

なお、この後すこやんは千万単位で課金をし始め、高級レストランへ連れて行って(周りには見えない)『京太郎』とデートをしたりします。
なぜか空席に料理を運ばされるシェフやウェイター、その場に居合わせた人たちの気持ちはいかに?


次回は『野依理沙の場合』です。緊張と興奮すると怒って見えるのよりん。
どう攻略するのか作者もわかんねー、まったくもってわかんねー(口癖の人の出番はもっと後)
プロット練らなきゃ。


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野依理沙の場合

野依理沙は口下手である。興奮や緊張を覚えた時には発言が単語になるレベルといえばその重大さが分かるだろう。

そしてツリ目なため怒っていると誤解されやすいが、実際はただ上気しているだけで心は優しい。

 

キレイと可愛いが同居する黒髪ロングのお姉さんといった風貌で、身長は平均より少し下回る程度である。

 

独特の口下手も業界ではもう一種のキャラ扱いであり、専用のアナウンサーを割り当てられて解説も回されるようになっていた。

 

だが業界内では許されたとしてもプライベートな部分ではどうしても不便になりがち。まともな恋愛なんて程遠い。

それが、理沙が『京ちゃんと一緒』というアプリを使いだした経緯であった。

 

「練習!」

 

『はいはい練習ですね。じゃあ俺が街でナンパする男の役をするのでうまく躱してみてください』

 

理沙にしか見えない『京太郎』がそれっぽくするためにわざわざサングラスをかける。

なお理沙の買った課金衣装の内の1つであり、使い道がおそらく今後ないので『京太郎』はもったいないと雰囲気づくりに活用しようと気を利かせた結果である。

 

『お姉さんキレイだね、よかったらそこのガトーショコラの有名店でお茶に付き合ってくれないか? 男一人だと気恥ずかしくてね』

 

さり気なく金髪を風にはためかせるようにサングラスを取りながら『京太郎』は真っ直ぐに理沙の瞳を見つめる。

理沙はそれに対しかすかに口を食んで、

 

「っ、了承!」

 

頬を染めながら快諾した。快諾してしまった。

 

『いやいやいやいや、断りましょうよ。これはナンパを避ける練習だってわかってます?』

 

思わず突っ込まずにいられない『京太郎』。

 

「可哀想!」

 

『スイーツ店は理沙さんの心のハードルを下げる口実ですから、ナンパ男の目当ては理沙さん本人ですからね』

 

どうやら生来の優しさを発揮してしまったらしい理沙は、その言葉に目を瞬かせる。

 

「!? 巧妙!」

 

今更過ぎる驚きに『京太郎』は悟る。難易度が高すぎたらしいと。

もっとこう、典型的なチャラ男っぽく誘う方針に『京太郎』は切り替える。

 

『今度はちゃんと断ってくださいね?』

 

「頑張る!」

 

理沙の意気込みは高い。高いにもかかわらず不安がもたげるのはなぜだろうか?

再びサングラスをかけた『京太郎』は先ほどよりも軽い感じで三枚目調に理沙に話しかける。

 

『お姉ちゃん可愛いね、この後暇? 暇だったら俺と過ごそうよ、退屈はさせないからさぁ』

 

「……だめ!」

 

少し間はあったものの見事に断った。普通の人には小さな一歩でも理沙にとっては大きな一歩である。

だが現実の場合漫画的典型のナンパ男はしつこい。なのでここは心を鬼にして『京太郎』は続ける。

 

『そんなこと言わないで。少しだけ、少しだけでいいから、な?』

 

最後に少しだけ脅すような雰囲気を出せば女の子は怖がるもの、そういう手口を使う輩は悲しいことにいるのである。

理沙はびくっと一瞬したが、顔を俯かせながらも肩に置いた『京太郎』の手から距離を取り、じりじりと離れて口を開く。

 

「やだ!」

 

本人は半分テンパっているのだろうが、理沙の目力ならナンパ野郎に怒っているのだと誤解させるには十分だろう。

 

『理沙さんすごいです、そう、その調子ですよ!』

 

「全力!」

 

『ええ、すごく頑張ってましたもんね。あれ以上しつこいやつには急用があるとか言うか、警察呼ぶって言えば引っ込みますからね』

 

達成感に興奮してさらに上気した理沙は言葉を出すこともできずただこくこくと頷く。

 

『じゃあ一応、ハードモードもやっておきましょうか。これは難しいですよ』

 

「できる!」

 

少しばかり鼻を膨らませながら意気揚々とした雰囲気の理沙。それに対し『京太郎』は三度サングラスをかけてズボンに手を突っ込み、肩をいからせて歩いて理沙にわざとぶつかる。

 

『どこ見てんや!? んん? おどれ野依とかいう麻雀プロやないかい。あー、痛い痛い。まさかプロが人身事故起こすなんてのお、こんなんニュースになったら大変やなあ、あ?』

 

無駄な演技力を発揮した『京太郎』はまさしくヤの字のつく職業の人間の態度である。

 

「ひっ」

 

見かけは少年でも180近い身長からサングラス越しに見据えられることに理沙は怯える。

 

『こんなんニュースになったら終わりやろ、なあ? 近くのホテルで話きこか』

 

「ホテル!?」

 

その単語に理沙はますます体を強張らせる。

 

『口止め料や。どないすればええかはわかっちゅうやろ?』

 

想像してしまったのか理沙は必死に体の前でバツ印を作って『京太郎』の懐に抱きつく。

 

「無理! 無理!」

 

涙声であった。完全にやりすぎである。

 

『わわわ、すみません理沙さん。そんなに怖かったですか? もっとマイルドな方がよかったかなあ』

 

顔を『京太郎』の服に擦り付ける形になった理沙は弱い声で呟く。

 

「1人、無理」

 

やりすぎた特訓は逆効果になるという見本である。

 

『わ、分かりました。理沙さんが大丈夫になるまで俺がついてますから、ね。こっそりアドバイスとかしますから』

 

「一緒?」

 

潤んだ目で見上げられて男に断るという選択肢があるだろうか、いやない。(反語)

 

『はい、ゆっくりでいいから二人で頑張りましょうね』

 

「一緒!」

 

苦笑しながら理沙の頭を撫でる『京太郎』と華やいだ表情になる理沙。

だが二人の間には決定的な溝があった。

 

『(理沙が自分一人でできるようになるまで)一緒』だと思っている『京太郎』、そして『ずっとずっと一緒』だと思っている理沙。

 

言葉が不器用な理沙は当然恋愛感情の表現も不器用だった。二人の物語は誤解をはらんだままこれからも続く。




『野依理沙の場合』、こんなんになりました。
社会復帰プログラムとしては経験値が足りない京ちゃん。まだ高1だから仕方がないね。
逆に依存強めるマッチポンプに結果としてなっているという。

のよりんって結構年相応に見えるしコミュニケーションに対する理解力さえあれば上気した顔色もあってちょっとエロく見える気がする。

次回は『瑞原はやりの場合』。はやりんってキャラ濃いからある意味わかりやすい。


それと活動報告で今後の展開順についてアンケートしてるので、よければそちらにご要望をば。
期限ははやりん編の投下後、日が変わるまでにしております。


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瑞原はやりの場合

瑞原はやり、それは麻雀プロでありながらアイドルでもあるという女性である。牌のお姉さんとも呼ばれ、はやりんという愛称は定着している。

グラビアなどメディア露出を考慮に入れれば間違いなくトップの知名度であり麻雀新規への促進に身を粉にしている有名人だ。

 

ただ、27という年齢できゃぴきゃぴしたキャラを貫いているため一部の心ない人間からは「キツイ」だのと口さがない評価も散見される。

 

だが凹凸に恵まれたスタイル、趣味はお菓子作りで家事もできるなど女子力は高い。そして童顔な上美容にも気を使っているので実年齢よりはるかに若く見える。

 

だから、起動したばかりの『京太郎』が驚愕の声をあげるのは当然だった。

 

『あ、貴女は瑞原はやりさん!? え、え!?』

 

「はや☆ はやりのこと知ってるのかな☆」

 

驚きと興奮が入り混じり『京太郎』は意味もなく説明台詞をし始める。

 

『知らない人間なんていませんよ! 瑞原はやりといえば麻雀プロにしてアイドル、牌のお姉さんとして有名でグラビアや人気番組に出てて「世界一可愛いよ」とファンが熱狂する有名人!

 なにより結婚したいプロのNo.1を飾るのがはやりんなんですから!』

 

ちなみに「結婚したい云々」は『京太郎』の独断である。この男、胸が大きくて家庭的な女性がタイプであった。

そして高校生というものは年上の女性に憧れるものである。

 

「はやや☆ そ、そんなに褒められると照れちゃうな☆」

 

アイドルであるがゆえに褒められる事には慣れているものの、二人っきりで異性に正面向かって口説かれる経験は少ない。

スキャンダル防止に基本的にマネージャーが同伴するのだから当然ではある。

 

『あれ? でもなんではやりんがこのアプリを?』

 

有名なアイドルはモテる、それが一般的な感覚である。ただその一般に当てはまらないのが瑞原はやりである。

 

「それはその、はやりはアイドルだから男の人と付き合ったりは事務所に止められてて、破ったらスクープされちゃうからね☆」

 

単に男友達と街を歩いたり家で遊ぶだけだったとしてもマスコミは騒ぎ立てるものである。そんな仲のいい男性がいるかはこの際置いておくとして。

 

『うーん、アイドルも大変なんですね。でもはやりんに恋人発覚ってなったら炎上しかねませんね』

 

実は『信者』と呼ばれるファンのエリートたちは「はやりんは幸せになっていいんだ」「浮いた話があってもそろそろいい年齢なんじゃ」「誰かもらってやれよ」などと心温かくもはやりのハートに突き刺さる心境にシフトされているのだが、『京太郎』はそんな業の深い事実は知らない。

 

「だからはやり、このアプリ見つけて思ったんだ☆ 他の誰にも見られない、聞こえない京太郎くんとならこっそり関係を育んでも誰にもバレようがないって☆」

 

『た、確かに。スマホをうっかり誰かが見える場所に置かない限りはアプリの存在すら気づけない!』

 

瑞原はやりの計画は完璧である。自室でしかアプリを使わないなら怪しまれることすらないだろう。

 

『でも、俺でいいんですか? 俺は役得ですけどはやりんに見合う男はもっとこう』

 

手の届かない存在への憧れはただの妄想である、とはどこの偉人が言ったのか。

はやりの周囲に男っ気はほとんどないし、万一あったとしても事務所がストップをかけるから実質皆無であった。

 

「京太郎くん『が』いいの☆ はやりの恋人になってくれるかな☆」

 

『その、光栄です。はやりんに相応しくなるように頑張ります』

 

男の子らしい強がりにはやりの胸はきゅんと締め付けられる。

 

「恋人になったんだからはやりのことは名前で、ね☆ 京太郎くんの前ではアイドルじゃなくて一人の女の子でいたいんだ☆」

 

『分かりました、はやりさん。えっとその、好きです』

 

その『京太郎』の言葉に我慢できなくなったはやりは腕を『京太郎』の首に回し、背伸びして唇を合わせる。

『京太郎』の目が驚きに見張られるのを見てまたはやりの心は彼に傾いていく。

 

「はやりの初めて、どうだったかな☆ ドラマでもふりだけだったんだぞ☆

 ……今度は京太郎くんの方から、ね☆」

 

『はい……』

 

何かに魅了されるように『京太郎』ははやりを抱きしめ、唇にキスを。濡れた感触と暖かな体温、はやりの胸の鼓動で彼女も緊張しながらお姉さんぶってるんだと分かる。

 

「……もう一回」

 

唇が離れた瞬間に小さく呟き、はやりは『京太郎』の唇を追いかける。相手を深く感じたくて舌が京太郎の唇に触れ、そのまま儚い防御を割って口の中に侵入し、その先に何もないことに驚愕と残念な気持ちが入り交じり、はやりの目から涙が一滴こぼれる。

 

その涙に、無理をさせたんじゃないかと今更考えた『京太郎』が声をかけようとすると、はやりは笑顔を浮かべて

 

「今のは嬉し泣き☆ 京太郎くん、大好きだよ☆」

 

そうやって演技でいい女もしっかりやってのけるのは、アイドルとしての賜物だったのかもしれない。

 

 

と、まあ、そこで終われば話はいい感じに纏まったのだが、アプリを落とした後に外に出かけた理由が問題だった。

 

「うう、私もっと色々したかったのに★ メールで要望なんてそうそう叶えてはくれないものだもん★

 あ、アプリの提供元って龍門渕財閥の会社だったよね★ こうなったらたくさん株を買って株主総会に出て圧力かけちゃえ★

 私ひとりじゃ足りないかもだから他のプロのみんなにも協力してもらおっと★」

 

『京太郎』に口の中まで再現できていなかったのはプログラマーである智紀にその経験がないから再現できないのだと、そんなことは知る由もないはやり。

 

こうして龍門渕財閥の株式会社にはなぜか有名女子麻雀プロが複数参列するという異常事態が引き起るのであった。

 

R-18版の実装のためには先に龍門渕高校の麻雀部の皆が経験しなければならないと彼女らは気づくことができなかった。

ある意味援護射撃なのか、それともただのはた迷惑か、それが分かるのはまだ先の話である。




『瑞原はやりの場合』、これにて終了。
途中まですごく恋する女感が出てたのに最後で台無しにするはやりんって一体……。

そしてこれが閑話~その頃リアル京太郎は①~へと繋がるわけです。
健夜ん達の課金先はアプリだけではなくもっと実質的な権力を持つ株へと投入されているのです。
更に開発費として億単位でつぎ込むつもりの女子プロ勢、金の使い方がおかしい。

次回は閑話~その頃京太郎達は~のナンバリングで清澄ーずの様子を高校(勢力?)毎に挟んでいきます。
誰から考えようか……咲ちゃんは何の迷いもなくプロットできてるけど幼馴染という美味しいポジションを溜めもなくトップバッターはもったいない気も。


あ、それとは別に次に書かれる高校(勢力)先をどこにするかを活動報告でアンケートとっています。
締め切りは日付が変わるまでなので6時間後になりますね。
作者的にはどこでも必ずおいしい人が1人はいるのでどこでも構わないと、読者の要望を大事にするスタンス。


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閑話~その頃京太郎達は①~

竹井久は麻雀部もなかった清澄高校に入り、約3年間待ち続けたその先にようやく仲間を得て念願の夢であるインターハイ団体戦を征した少女である。

智謀に長け、目的のためならどんな手も打つ女傑、それが少女に向けられた他者からの評価である。

 

しかしそんな彼女は自室にて自分にしか見えない『京太郎』に対して縋るように告白していた。

 

「好き、大好き、愛してるの、貴方を……京太郎くんさえいれば他なんていらない。私のすべてを捧げるわ。だから、私を貴方のものにして。お願いよ……」

 

その熱のこもった懇願とも呼べる告白に『京太郎』の表情は呆れで満ちていた。

 

『あのですね久さん、これ何回目の告白です? もう練習いらないでしょ、俺じゃなくて本物の方にやってくださいよ』

 

「216回目よ。すべての告白を空で言えるわ」

 

『覚えてるんならなおさら先に進んでくださいよ!』

 

さもありなん。久はこれだけ『京太郎』相手に告白の練習をしていながらリアルに存在する方の京太郎へは一切のアプローチができないでいた。

 

「だって嫌われてるんじゃないかと思うと怖いんだもん。拒否されたら死にたくなる」

 

『「だもん」じゃないですよ! というかそう思ってるならなんで俺に色々無茶ぶりしたんですかっ!?』

 

「…………びっくりしたり困った顔をする京太郎くんが可愛くて、つい」

 

今明らかになる衝撃の事実。

 

『小学生か!? 小学生の男子なんですか貴方は!?』

 

「初恋だからどうしたらいいか分からなかったのよ。明確にいつからっていうわけじゃなくいつの間にか好きになってたし、態度変える踏ん切りもつかなくて」

 

生徒議会長としても麻雀部のブレーンとしても八面六臂の活躍をしてるくせに、恋愛ごとになると即座にヘタレて打つ手を間違える。

 

初心とか不器用とかの概念を超越していた。こんな情けない姿があるなどと予想している人間は久の周りにはいないだろう。普段は出来る女っぽいのだからなおさらだ。

 

「でもほら、私ってば悪い待ちであるときほど勝っちゃうし? 結果的にはこのままの方がいい可能性も……」

 

眼光鋭く久を見つめる『京太郎』の眼差しに久の語尾はどんどん弱くなる。

 

「ごめんなさい、何でもないです」

 

『全く、何もしないで久さんと付き合うなんてまずないですから。こういうダメなところ見るまで正直苦手だったし』

 

「に、苦手……そっかぁ。苦手か……死のう」

 

特にオブラートに包まなかった『京太郎』の言葉にうつ患者のように首吊り用のロープを探し出す久。あまりにも打たれ弱くはないだろうか?

 

『もう、何もかんでも考える前に行動に移す! そのままの本当の久さんをぶつけて、全てはそれからですよ!』

 

実はこの『京太郎』、一度目の告白はまず失敗すると確信していた。

だが失敗した先、外面で殻のように覆われた『竹井久』の虚像を打ち壊して本当の中身でなおも攻め続けられるのなら勝機も見えるとも信じていた。

 

「行動、ね。なら今からすぐに!」

 

久はスマホを手に素早く操作を始める。

 

「デートスポットの選出とコース、シミュレーションを練らなきゃ!」

 

『先に電話して本人誘いましょうよ! 順番守って!』

 

経験の少ない女子の傾向その1、雑誌やハウツー本の記述を本気にする。

 

「でも断られたら……」

 

『そのいつものマイナス思考は脇にどけてください。全く進まないんで。

 ああ、もう。仕方がないからとっておきの勇気を出せる魔法をかけてあげますよ』

 

根負けしたかのように『京太郎』はため息をついて本音をぶつけることにする。

 

『今の『俺』は、今の久さんのこと好きですよ。だからまあ、本物の俺も似たようになるんじゃないですかね』

 

「っっ、今好きって、確かに好きって!?」

 

リンゴより赤くなり動揺する外では絶対に見れない久の表情と、続く我儘に『京太郎』は苦笑する。

 

「もう一度、出来れば大好きって! 愛してるって、お願いよ京太郎くん!」

 

『そっちの言葉は本物の俺から聞くことを目標にしてくださいね』

 

最後の一押し。これから先は流石に『京太郎』でもどうにもならない。

それは竹井久と須賀京太郎の二人の人間の問題だからだ。

 

 

翌週末、薄化粧にオシャレをしながらもナチュラルに仕上げた久の前に京太郎は現れる。

 

「うーす、何の用ですか部長?」

 

「下見よ、下見!」

 

なかなか素直になれない少女と、その心の内を洞察することのできない少年の未来がどうなるのか、それが分からないからこそ彼らは動く。

 

「あのね須賀くん、ありがとうね。うちの麻雀部に来てくれて」

 

はにかみながらも華やぐ笑顔は、今までで京太郎が見た久の表情の中で一番キレイなものだった。




閑話・トップバッターは久でスタート。
久・まこが一番難産かなあと思っていたもので。結局総合スレでの延長戦みたいになってしまいました。

つか甘酸っぺぇ。久が一番まともな恋愛してるとは思う、感情表現はツンデレさん部分が強いので外からは分かりにくいけど。

お察しの通り清澄-ずはアプリ京ちゃんとリアル京ちゃんへのスタンスがテーマの一つ。
なので必然的に両方と接することとなります。


次回は臨海なんだけど、どうしようかな。
智葉は設定にその筋の人入れるかで悩み、ハオは共通会話に迷い、メガンはラーメンが主流になりそう、明華とネリーは割合決まってるけど、ネリーには満を持してほしいと思っています。

感想が作者の力になる、たまになぜ睡眠時間削ってるのか疑問に思うけど、まあ楽しいからいいよねってことで。


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メガン・ダヴァンの場合

「私の知らないラーメンデスカ?」

 

メガン・ダヴァン、愛称メグは今年臨海女子の3年にして副将を務め、国麻には参加資格がないため実質引退となり暇であった。

そこで好物のラーメン巡りに出かけようとしたのだが、旅は道連れ世は情けとばかりにアプリ名の通り『京ちゃん』と一緒に行こうとしたところで『京太郎』から『待った』がかかったのである。

 

『ええ、それはこの東京に存在するラーメンの中でも珍しい種類のもの、その名も……』

 

ゴクリ、とメグの喉がなる。なぜかまとう空気がシリアスである。

 

『タコスラーメン!』

 

「タコス、ラーメン?」

 

聞き慣れない名称に首をひねるメグ。

当然のことだが情報提供者は現在長野に住んでいるタコス娘であるが、個人情報なのでそれは言わないことにする『京太郎』。

 

『中国から輸入した中華麺が独自の進化を遂げもはや日本の国民食の一つになったラーメン。そこにあえてメキシコの風を取り入れ融合させた新たな試み。

 しかもここから食べにいける店があるんです!』

 

「なん、デスッテ」

 

『具体的に言うと秋葉原の駅から徒歩10分ですよ』

 

「思った以上にチカバ!?」

 

臨海女子学院は東東京なため電車路が複雑すぎて面倒ではあるが行こうと思えばそれほど難度は高くない。

当然のことながらラーメンがかかったときのメガン・ダヴァンの行動力をもってすれば容易いといって過言ではなかった。

 

 

そして完食。ものとしてはひき肉や野菜など基本的なタコスの中身がラーメンの上に乗せられ、本来ノリがあるべき位置に代わりにトルティーヤが鎮座するという中々に見た目のインパクトがあるラーメンであった。

 

『で、どうでしたお味の方は?』

 

実際に肉体を持っているわけではない『京太郎』は当然お相伴にあずかることはできず、実食は全てメグの権利であった。

 

「意外と違和感なかったデス」

 

『沖縄にはタコライスがありますし、日本人は文化の輸入と改良に特化してますからね』

 

変態大国日本と呼ばれる一端であるのかもしれない柔軟さ。まあ悪く言えば節操がないだけともとれるのだが。

 

「あと辛くはなかったデスネ」

 

『まあスパイシーなものだけがタコスってわけでもないですしね』

 

本場ではトルティーヤというトウモロコシを粉にしたもので作っている生地に包まれていればそれでいいらしい。

つまりは日本で例えると「昆布が入っていようと、鮭が入っていようと、ツナマヨが入っていようとおにぎりには違いがない」と表現すればその緩さが理解できるだろう。

 

メグはラーメンでお腹がいっぱいになって満足顔で歩く。その横に『京太郎』が並ぶと3センチほどメグの身長が高く、自然と『京太郎』の視界にはメグの唇が入る。

 

『メグさん、ここに食べ残しついてますよ』

 

チョンとメグの唇の端を突く『京太郎』に、された行為と意味を理解してメグはみるみるうちに赤く染まっていく。

 

「失礼、しまシタ」

 

異性との接触がないメグにはその時点で許容オーバーになってしまう。

実体がないからこそできないが、漫画のように「ひょいパク」されたらその場で気絶して倒れそうなほどメグは羞恥心に苛まれる。

 

一方で『京太郎』といえば少しばかり抜けた所のある幼馴染によって無意識レベルで耐性ができており、メグの心の動きに気づかない。

 

『次はどんなラーメン食べに行きます? 新機軸ラーメンもありですけど定番のしょうゆ味噌とんこつ塩も外せませんよね。

 次回からはネットとかで調べてからになりそうですけど』

 

メグはその間必死に唇に触れた指先の温度を反芻しながら頭の中がぼうっとなってろくに話が入っていかない。

その様子にやっと気がついた『京太郎』は首を傾げながらメグの視界に入って見上げ、手を頬にあてる。

 

『メ~グ~さ~ん?』

 

顔がすぐ近くに寄せられたことでメグは一瞬正気を取り戻すも、すぐに自分たちの状態を客観視してしまい焦りながら口走る。

 

「そ、そうデスネ。私も暇デスシ、ラーメン巡りの旅とイウのも」

 

『んー、だったら遠くに行って毎回戻るのも大変ですし泊りも考慮に入れなきゃですね。準備何がいるかなー?』

 

無邪気な『京太郎』の言動一つ一つに翻弄されるくらいには、メガン・ダヴァンという少女は首ったけだった。

『泊り』というワードに彼女がどんな内容を思い浮かべたのかは女としての尊厳のために内緒である。




執筆時間がなかなか取れなくてやっと書けた『メガン・ダヴァンの場合』でした。

彼女は大のラーメン好きということもあって切り離せませんでした。『亦野誠子の場合』と似たルートですね。ただしこちらの方が初々しい感じですけど。
いやこう、文化圏的には日本より接触の多いだろう国の人が自分の恋愛絡むとまるっきりダメというのもギャップかなと。

次回は誰かも決まっていないという突貫工事。この話は数時間で作ったから仕方ないよね。
臨海は全員キャラ濃いから悩みどころです。


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郝慧宇の場合

(ハオ)慧宇(ホェイユー)は香港出身の現在高校1年生、既に誕生日は迎えているため16才になる。

小学生で中国麻将のチャンピオンとなり、ルールが異なるアジア大会では惜しくも準優勝。同年代では国際レベルの上位に間違いなく入る実力者である。

 

なぜそんなハイレベルな人間が今更日本のインターハイに出ていたかと言えば、アジア大会でのルールが日本のインターハイに似ていたというその一点に尽きる。

 

つまりは非常にストイックで一途なタイプだ。

こういう人間が架空恋愛アプリに触れるなんてなさそうではあるが、同学年のネリーにあまりにも熱心に勧められたため渋々インストールした。

 

そして現在の『京太郎』はと言えば

 

『ハオ、これ今週の献立な。ちゃんと内部試合のために調整もしといた』

 

「多謝」

 

専属の管理栄養士のようなことをしていた。

麻雀は思考力に大量のエネルギーが必要になる。そして必要な日時や時間に最も力を発揮できるように体調・メンタルを調整する必要がある。

 

課金機能のバイタルスキャンに自前で仕入れた栄養学の知識を併せた『京太郎』の努力の証である。

 

なぜ自分の麻雀の実力をあげないのかと努力の方向性に疑問を抱くかもしれないが、ちゃんとした理由もある。

『京太郎』はようやく麻雀初心者と名乗れるレベルなのだが、そこに(ハオ)慧宇(ホェイユー)の中国麻将の打ち方を取り入れてしまえば土台がめちゃくちゃになるだけで、上手くなるどころか下手になること間違いなし。

なので(ハオ)の『京太郎』は完全にサポートに回ることにした。

 

『料理自体はできないのが片手落ちですけどね』

 

「メニューを考える必要がない分楽ができてます」

 

(ハオ)は『京太郎』の手を両手で包んでふんわりと微笑む。その笑顔には信頼と少しばかりの甘えが含まれていた。

世界レベルとなるとプロを雇うか自分で考案・管理する必要があるため、(ハオ)の負担は激減している。

 

実際に『京ちゃんと一緒』を始める前と今を比べれば確実に成績が良くなっている。

これは双方ともに無自覚ではあるが(身近な異性に格好いいところを見せたい)という想いもモチベーションを上げるのに一役をかっていた。

 

「こんな使い方はあまりよくないかもしれませんが」

 

『んー、ハオの役に立ってるしまあいいんじゃないか。規約違反ってわけでもないし』

 

基本的に『京太郎』の性格は緩いのであまり深くは考えない。それよりも考えるべきことがあるからだ。

買い物帰りに隣に並んで歩きながら、じーっと視線は郝の胸部装甲へと向かっている。

中々にいいおもちではなかろうかとか、ボディライン出る服だしスカートもミニだしとか、『京太郎』の考え事はその程度のレベルであったが。

 

「京太郎はどこを見ているんですか」

 

女というものは性的な目線に敏感なもの、(ハオ)も例外ではない。ただ腕で膨らみを少し潰す感じになっていて逆にえっちぃ感じになっているのだが、これは意図的なものかどうか判定が難しい。

 

『俺は悪くない、ハオが魅力的なのが悪い』

 

顔を無駄にキリリとさせつつ謝罪をしないどころか相手に責任をなすりつける『京太郎』。当然、本気で言ってはいない。

 

「魅力的とか、そんな言葉で騙されませんよ」

 

『ですよねー』

 

こんな軽口が叩ける程度には二人の仲は深まっている。

(ハオ)の頬にはかすかに紅色がさしているが夕焼けの光に紛れて気づかない。

 

「でもいつもよくしてくれている京太郎にはご褒美が必要かもしれませんね」

 

『へ?』

 

むにんと京太郎の腕が(ハオ)の胸の谷間に一瞬入るように押し付けられ、すぐに身体が離れる。

繋いだ手を解いて小走りで『京太郎』を追い越して数歩先で唐突に振り向く。

 

「これからも私の管理をよろしくお願いします。そしたら次は」

 

夕陽が逆光になっていて(ハオ)の表情は分からない。ただ『内緒』だと言うように唇に人差し指を当てたのは確かで。

 

「さあ、早く帰りましょう」

 

右掌を『京太郎』へと伸ばし誘う。

夕陽にも負けない眩しい笑顔がそこにあったのかは本人だけが知るもう一つの『内緒』だった。




『郝慧宇の場合』、終。

特にネタもなく書き始めたのに気がついたらなぜか終わっていた、何を言っているのか(略

ちょっと『メガン・ダヴァンの場合』と出来が違いすぎませんかね? 話自体の長さはそうでもないけど。
メグさんの方はいつかリメイクしよう、じゃないと浮かばれない。

なお最後の方はギャルゲーのシーンをイメージして書いてみました。
光で表情が分からず手は差し伸べられてるとか定番、ある意味王道です。


次回は『雀明華の場合』。
明華はキャラ人気高いからプレッシャーだけど頑張ります。


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雀明華の場合

(チェー)明華(ミョンファ)は歌うのが好きだ。それはオカルト的な意味では歌えば自分のツキが上がるというのもあるが、気分のノリというものはメンタルと深くかかわる麻雀において重要な要素。

 

明華は歌う。朝の日課、公園の大きな樹の下でその美声を紡ぐ。それはルーティンに近い。

 

ルーティンとは一定の行動をスイッチとして自らの調子や精神を切り替える行為。

世界ランカーに数えられる『風神』ならば持っていて当然の技術だ。

 

ただ以前と違う点は聴衆が小鳥たちだけではなくなったことぐらい。

 

パチパチと明華にしか聞こえない拍手が贈られる。

 

『やっぱり明華さん奇麗な声ですね。歌手とかの道は考えなかったんですか?』

 

べた褒めする『京太郎』に明華は日傘で少し照れた顔を隠して

 

「考えたことはありますが、母子家庭でしたから初期投資の関係で麻雀になりましたね」

 

明華のその言葉に『しまった』という焦りが顔に出る『京太郎』に明華は気にしてないとばかりに笑顔を向けて

 

「実力があっても芽が出ない可能性もありましたし、私は今はこうやってやっていけているので選択を後悔したことはないですよ」

 

自分の選んだ道に胸を張って見せる明華。別の意味でも胸が張っているのだがそこは置いておく。

 

『スポーツ関係は才能と実力主義なところがありますもんね』

 

「スポンサーを選び出すと容姿がどうしても影響するとネリーはぼやいていましたけど」

 

くすくすと思い出し笑いをしている明華の姿に『京太郎』は(もうプロとして活躍しているんだな)と明華を憧れるような目で見る。

 

「そういえば京太郎さんはずいぶんとがっしりしていますけど、何かやっているんですか?」

 

『中学はハンドボールを。今は麻雀ですから鈍っている感じですね』

 

「あら、ハンドをされていたんですか?」

 

驚きに目を見張る明華に何を驚いているのか分からないという顔で言葉を続ける。

 

『まあマイナーだったんで部員全員がレギュラーというかなりの自転車操業でしたね』

 

「日本ではそうなんですか? フランスでは結構メジャーな部類ですよ、偶然ですね」

 

今度は『京太郎』が驚く番。

 

『え? そうなんですか?』

 

「ええ。あ、まさか私の出身を知って言いましたか?」

 

相手に合わせて性格や設定が変わるゲームに似たようなものかと首を傾げる明華。

確かにホストなどでは無理やり共通点を作るものだが、ここにいる『京太郎』は当人をコピペして投影されているようなものなので当てはまらない。

 

『それはないですね。まあ証明しろと言われればできないんですけど』

 

長野にいる本体ならば家に転がっているハンド用のボールを使って再現できるのだが、ただ感覚に働きかけている存在なので不可能だ。

 

「そんなことありませんよ。京太郎さん、掌を上に向けていただけますか?」

 

『あ、はい』

 

よく分からない指示であろうととりあえず従う、そんな日常を過ごしていたため言われた通りにすると、明華の指がつつっと表面を撫でていく。

 

「大きくてタコのあともある、これならがっしりと握ってしまえますね。ふふ、ずいぶん頑張ったんですね、よくわかります」

 

掌をなぞる指先は羽毛のように軽いタッチで『京太郎』をくすぐったくされる。

 

「この手で握られてしまったらきっと私逃げられませんね」

 

ふと微笑みかけてくる明華に思わず『京太郎』はドキドキしてしまう。

 

『……じゃあこれで、逃がさないですよ?』

 

ちょっと迷った後で『京太郎』は少し目線を逸らしながら恋人つなぎにしてみる。

 

照れてしまうのは本体の好みが明華にかなり一致するためどうしても意識してしまったせい。

恋愛ゲームアプリでもやはり当人の好みというものはあるのだ。タイプでなくとも好きになることも同時にあるが。

 

「ふふ、こうしていると少し浮かれてしまいます」

 

『そうなんですか?』

 

日傘にちょっと隠れて顔は見にくいが声音はずいぶん弾んでいる。

 

「私も年頃ですから異性とこうして、というものはやはり特別ですよ」

 

『はあ』

 

共学出身の上に迷子とはぐれないように手をつなぐ事に慣れている『京太郎』にはいまいち分からない感覚である。

 

「……ごめんなさい、私課金もせずに自分だけ楽しんでしまって」

 

『え? でもお母さんに恩返ししたいからでしょう? それに無課金プレイも一つの遊び方なんですから』

 

この点、無料でサービスを受けるのが当たり前な日本人とサービスには直接チップを渡す欧米諸国の差である。

気にしないようにしたってどうしても罪悪感は湧く。そしてもう一つ、明華には現在のままでは叶えられない現実があった。

 

『いいんですって、ほら俺もこんなに楽しんでるんですから』

 

繋いだ手を振る感触に、元気づけてくれる優しい『京太郎』との間ではどうしてもできないその事。

 

「お母さんに『恩返し』できるのはずいぶん先になるかもしませんね」

 

なぜか惹かれてしまう彼との間には生まれては来ない存在。母親に孫の顔を見せるという願いは明華にとって遠すぎた。

 

日傘をさして愛しい我が子の乗るベビーカーを押しながら『彼』と語らう光景は儚く遠い蜃気楼にも似ていた。




『雀明華の場合』、これで終了。

イチャイチャして明華の優しさと可愛さを書くという予定だったのに何で最後にこうなっちゃったのかね? 作者が不思議でなりません。

無課金プレイのライト層として明華を書く予定が、書き終わったらベビーじゃん、もといヘビーになってしまった。

いや違うんです、だって最後の光景想像したらギャルゲーのENDの一枚絵っぽくていれたくなったんですごめんなさい(土下座)

原作で渾身のタコスを優希に渡す姿が智葉に見られたりしてたらやばい、危険値が……


次回『辻垣内智葉の場合』、見てください。


ちなみに感想があると作者はすごくチョロく喜びます。感想返しはしないけど作品を頑張るよ。


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辻垣内智葉の場合

辻垣内智葉は去年のインターハイ個人戦で3指に入った雀士である。

当時の3年生が弱かったのではなく、宮永照・荒川憩・辻垣内智葉の3人が強すぎて吹っ飛ばした結果と言える。

 

今年もこの3人がいたという事実は全国の指導員にとって悩みの種であっただろう。

 

そんな彼女の普段の姿は髪を後ろで束ねメガネをかけ制服の上から見ると胸もつつましい。

凛とした空気と触れれば切るような鋭い麻雀は一種のヤの字の家の生まれではないかと揶揄されるも、そんな輩は一瞥しただけで黙らせる、そんな人間だ。

 

頼りになる支柱としての才能もあるため、周りの人間に「辻垣内智葉に彼氏はいるか?」などと聞けば多くの人間は「彼氏? 彼女の間違いじゃなく?」などと返されるだろう。

実際女子校内で人気は高い。

 

さて、そんな彼女の自室を見てみよう。

 

「ふふっ、おだて上手だな京太郎くんは」

 

長い黒髪がふわりといい所のお嬢様風、裸眼の目もとは優しげ、胸も平均並みかそれ以上、なにより全体のシルエットが美しい。声色は少々浮かれたような甘い語調。

 

智葉を知るものなら「部屋を間違えたかな」などと言って帰ること請け合い、麻雀部の仲間でさえ「誰これ?」と言いかねない。

だが語調が男に媚びるように聞こえるものの、声自体は間違いなく辻垣内智葉である。

 

つまりは辻垣内智葉その人である。

普段との違いといえばその精神状態。「気になる男の子に可愛く見られたい」というたったそれだけだ。

 

『えー、智葉さんが彼女だったら絶対自慢するけどなー』

 

なおこの『京太郎』は準決勝、決勝で臨海女子の先鋒を務めた辻垣内智葉だとは想像もしていない。

起動してから開口一番「私のことは智葉と呼んでくれないか?」と言われたからそう呼んでいるだけである。

 

仮に名字を知ったところで別人レベルで見た目が違う上に薄化粧をして唇に軽く紅をさしているのだから(同姓同名の人っているんだな)と思い込むのが落ちであろう。

 

「冗談で言ってたらいつか刺されるよ」

 

『刺されるぐらいモテたいもんですけどね』

 

非常に大事な忠告に対して『京太郎』は軽く肩をすくめて受け流す。

雑用生活と周囲の素直じゃない反応のせいで『京太郎』はその可能性を微塵も考えていなかった。

 

結果、「彼女が欲しい」などとのたまう男子高校生の完成である。

 

「なら私が「彼女にしてほしい」と言ったらしてくれるのかい?」

 

『断る理由がないです。智葉さんって超美人ですし』

 

確認しておこう。

今の智葉は濡羽色のロングのストレートな髪を耳元でかきあげ、もとより美しい肌は薄化粧で儚い透明感を滲ませ、白のワンピースという清純さに加えて、薄紅の唇は誘うようにしっとりとした色気を垣間見せている。

ついでに大事なことだから二度言うがおもちもある、平均並み以上のおもちもあるのである。

 

全力をあげて男子を墜とす気全開のガチモード、智葉の中の乙女力をかき集めて凝縮した結実。

深窓の令嬢といった感を出しまくりの女性に乗り気のような笑顔で頼まれれば男の答えは一択である。

 

「なら、今度デートしよう。お互いに知りたいこともたくさんあるし、ね」

 

首をわずかにかしがせて瞳を覗き込むように見上げ、嬉しそうに約束を持ち出されれば特に用事のない『京太郎』は簡単に首肯する。

 

『あ、でも今日も休日ですけど何か用事が?』

 

「ああ、ちょっと友達とやらなきゃいけないことがあってね。悪いけれど支度をしたいから一度切るよ」

 

『はーい』

 

今の格好ですでに支度は万全ではないのかという疑問も覚えずに生来のお人好しさで額面通り受け取る『京太郎』。

 

そして智葉はアプリをちゃんと停止したことを3回確認し、近くの机の上に顔をつける。

 

「緊張した……」

 

女子団体戦の決勝ですら感じなかったプレッシャーから解放されて体から力を抜く。ドキドキバクバクの心臓が今更機能して顔がみるみるうちに紅潮していく。

 

短時間の会話だったのに疲労感がすごく、今日デートできないのは元々の予定もあるが慣らさないとデートなんかできる精神力が残ってないからというのが大部分の理由だった。

 

「ふう、さて出かけるか」

 

一息おいてからは化粧をしっかりと落とし。最近買った乳液を薄く延ばして塗り、髪を後ろでゴムで束ね、最後にメガネをかける。

この格好では似合わない白のワンピースをハンガーに掛けてサラシを巻き、着慣れた服に着替えていつも通りの『辻垣内智葉』に戻る。

 

「しかしまあ、ネリーもたまにはいいものを教えてくれる」

 

彼氏持ちになれたという事実に口元が緩みそうになるが、周囲のイメージが崩れると思い引き締める。

 

「行ってきます」

 

起動もしていないアプリの中の『京太郎』に挨拶をして靴をつっかけてかばんを持って出かける。

 

しばらくは『京太郎』は素の智葉ではなく乙女になった智葉の姿しか知らない日々が続くのだが、素が垣間見える頃には既に大体のことは受けいれられる仲になっていることだろう。

 

つまるところ辻垣内智葉はかなり重度の恋をしていた。




『辻垣内智葉の場合』、完。
ガイトさんのあの姿はギャップという点でいれば乙女セーラに並ぶのではないだろうか?

さらにお化粧してるから『京ちゃん』が見た智葉先輩は絵から出てきたようなレベル。
普段かっこいい智葉が恋しちゃうとすごく可愛いという話が書きたかった。

そして次回『ネリー・ヴィルサラーゼの場合』は時間を遡って、臨海面子で一番先に『京ちゃんと一緒』を始めたネリーのお話になります。

ネリーがなぜ周囲に勧めたのかも作中で明らかになります。

臨海編は次で最後。閑話の清澄ーずは誰にするか迷うところ。


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ネリー・ヴィルサラーゼの場合

ネリー・ヴィルサラーゼにとってお金の存在は重要極まりない。貧困というものが身に染みている故に『お金さえあれば何でも買える』という発想に至るのは当然であった。

 

全てを手に入れるためにこれまで頑張ってきた。強くなって自分の存在を強め、スポンサーだって手に入った。今ではこの物価の高い日本でだって生きていけるだけの蓄えを得た。

 

普通に生きるのはもう問題ない。なら次は? 『幸せ』だ。

それを手に入れるためにお金を稼ぐ。スポンサーに受けがいいようにインターハイ準決勝では鮮やかな逆転劇を刻みつけた。

おかげでがっぽり転がり込んできたこのお金で自分の『幸せ』を買う。

 

それが自分が敷いたレール。絶対に『幸せ』を掴む。

未来でも予定でもなく今この時の現実にそうなる、そのはずだったのに、どうして

 

「なんで? なんで好感度アップアイテムが売ってないの!? 課金したら普通上がるでしょ!?」

 

ネリーはお冠であった。

ネットゲームは基本的に課金すると目に分かるレベルで強くなれる。その価値観が自分と同じだからこそネリーはポチポチと暇つぶしにやって充足感を得ていた。

未体験の『幸せ』の一つでもある恋の体験をしてみようとこの『京ちゃんと一緒』を始めたのはそんな理由。

 

『えーっとな、『人の気持ちはお金で買えない』という言葉があってだな、現実感を増すために――』

 

「そんなの積む金額が少ないからじゃん! 数百、数千万と見せれば目の色変えて飛びついてくるの! 日本は余裕あるからそんな日和ったことが言えるだけ!」

 

ネリーの言うことは正しい面がある。生活に困った人間にポンと渡せば簡単に忠誠心は買える。ただしお金に対しての忠誠心ではあるが。

だが未だ男子高校生という保護される側の『京太郎』にそんなシビアな世界を実感しろというのは無茶である。

 

『強要した時点でそれは恋愛じゃないだろ?』

 

そう言えるのは純粋な子供時代の特権だろう。大人になれば妥協も恋愛に関わってくる。

『そもそも恋愛ゲームアプリに頼る時点で妥協していないか?』などという点は触ってはいけない。

 

『正攻法で俺を惚れさせてみるんだな』

 

どや顔で胸を張る『京太郎』。対して自分の姿を客観視しているネリー。

 

「無理だから課金アイテム探したんだけど」

 

自分の容姿は『可愛らしい』の範囲には入るが、それは子供っぽいという意味であり恋愛においてはむしろハンデだとネリーは考えていた。

 

『そっか? ネリーは可愛いのになんか大人っぽいこと言うしそのギャップでいけるんじゃね?』

 

この男、「可愛い」とか「綺麗」とかいう言葉にためらいがない。言っても「はいはい」と周囲が受け流すため全く是正されないでいた。

なお言われた側は冷静に見えるのは表面だけで実は(もっと言ってほしい)とか思っているのだがそんな事実には気づかないのである。

 

「っ、は? 何ゆってんの!? 意味わかんない!」

 

自分も恋愛対象になりえるという言葉を突きつけられ急に狼狽えるネリー。

 

表面上の誉め言葉には慣れているが、その特有の空気を『京太郎』からは感じなかったからである。

『京太郎』当人が何も深く考えずに思ったことをそのまま言っているため嘘の空気など纏うはずがない。

 

『ところでその服民族衣装? 可愛いは可愛いけど露出多くないか?』

 

原村和と国広一が周囲にいるくせに突然まともそうなことを言う男である。

 

「こ、これはスポンサーに受けがいいから。『どこそこの国の支援をしてます』って会社がアピールするイメージ戦略だよ。

 改造はしてるけど、ある程度露出してる方が目立つし」

 

話が全く変わったことに助かったという気持ちが半分、何かよく分からないくすぐったさともやもやが半分。

そしてネリーの返答に微妙に眉を寄せる『京太郎』。

 

「なに?」

 

『いやなんか、ネリーが自分を安売りしてるみたいで勿体ないなって。彼女が他の男に肌見せるのに抵抗があるみたいな?そんな感覚』

 

もにょもにょとした自分の中身を吐露するのにすら迷わない辺りが『京太郎』の個性である。無論自分好みの女性の前ではかっこつけたい気持ちもあるが。

 

「は、はあっ!? なに彼氏面してんの!?」

 

真っ赤になって両こぶしを上げ下げするネリー。『京太郎』の言葉に翻弄されすぎである。

 

『いやこのアプリしてるってことは最終的にはそういうことも、って感じだろ? 

 まあ今のは確かに今口出しできる範囲を超えてたかもな。ごめん、謝るよ』

 

引き下がられるとそれはそれでなんだか寂しい乙女心。だが『京太郎』にばかり振り回されるのは負けん気が働くためネリーは話題を自分の得意分野に変える。

 

「ところで、さ。このアプリ採算とれてるの? 機能が明らかにオーバースペックなんだけど」

 

『さあ? その辺は俺にはよくわからん』

 

「ちょ、採算とれないとサービス終了になるのに何でそんなに他人事なわけ!? これは買い支えないと最悪……でも個人資産じゃこっちの浪費が激しすぎてリターンが」

 

急にぶつぶつと考え出すネリーに『京太郎』は首をこてん。

 

『おーい、ネリー?』

 

「よし、布教しよう! 一人じゃ買い支えられなくても数があれば問題ない、まずは今の部員たちに……」

 

決断したネリーの体は走り出し、5mを超えたところで『京太郎』の体がスマホに引っ張られていく。

 

ネリーの中ですでにアプリに見切りをつけるという選択肢がなくなっていることを彼女は自覚していない。

こうしてネリー・ヴィルサラーゼの地道な布教活動が始まった。




『ネリー・ヴィルサラーゼの場合』、終わり。思ったより長くなった。

ネリーはシビアな経済感覚を持ち合わせていると思ったので「このアプリ赤字じゃね?」という俯瞰視線からの布教。
Twitterとかでやってしまうと人気や収入に関わるので信頼できる人間にという地道な形で臨海勢を取り込みにかかるネリーさんです。

裏で大物プロが大量に株を買っているからネリーの行動はあまり影響しないけど、彼女自身はそれを知ることなんてできないので、やれることをやるしかないというのがネリーの立場。

閑話でまこさんか優希を挟んで、臨海の次に票が多かった姫松高校編に行くつもりです。


あと感想で要望の多いプロ以外の大人勢(主に顧問)ですが、それはそれで書くつもりです。別に個人戦だけの人でキャラ分かってる子なども。

最大の問題は愛宕母になるのでそこはちょっと恋愛とはズレるかもです。人妻をどうするかは家庭の問題になりかねないので構想を練る時間をいただければと思います。


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閑話~その頃京太郎達は②~

染谷まこという人間は物事を俯瞰的にとらえることを得意とする。だから早々に気がついた。

竹井久がちょっとしたことで頼る姿も、片岡優希が過剰にスキンシップを取っていることも、原村和の麻雀を教えるという厚意が好意にシフトしていく経緯も、宮永咲との特異な距離感も。

 

気がついてしまってからはその争奪レースに参加しようという気持ちは湧かなかった。

この中の誰が選ばれたとしても清澄高校麻雀部の結束は崩れる。なら誰かが中立の立場としてなだめ奔走するしかない。

 

だから自分の恋心は箱の奥底へと追いやった。外では誰にも悟られないように仮面をかぶりひた隠すことにした。

だがそれは思い悩む現状を変える力にはなってくれない。

 

「いっそ外部の高校の子とくっついた方がましかもしれん」

 

その場合なら身内で争っている余裕などなくなり一致団結して彼を取り戻すことに血道をあげるだろうから。

 

『まこ先輩、悩んでばかりいないでお茶の時間にしません?』

 

あっけらかんと投影されている『京太郎』は食卓に着いてお茶を飲むポーズをしている。

 

「わしゃお前さんの本体のせいで悩んでるんじゃが」

 

『それってあれでしょ? 俺が部長や和に優希、果てには咲に想われてるって妄想。

 ないわー、百歩譲って優希はあり得ても他はないわー』

 

まこから本体の立ち位置を聞かされていながらも自説を曲げない『京太郎』。

一応優希に関してはパンツを見せられそうになったりインターハイで手作りタコスを差し入れたりで友達枠から一歩進んだと考えれば、今一想像しづらいが可能性程度は考慮できなくもない。

 

だが明らかにパシリにされている久、高嶺の花すぎて届かない和、あくまで幼馴染でしかない咲、この三人に対しては頭が理解を拒否していた。

 

「お前さんはなんでそんなに自己評価が低いんじゃ」

 

『部内では未だに+収支無しで雑用ばかりしてた俺に惚れるとか、奇特すぎじゃないですかね?』

 

それは言いかえれば『雑務を一手に担い陰に日向に支え続けた』ともとれる事に思い当たらない辺りがこの男らしさであった。

 

「それはその、わしらも悪いとは思ってたんじゃが……」

 

久の方針に異を唱えなかった自分のせいでもあると自覚しているまこは申し訳なさそうな顔になる。

だが『京太郎』は別段恨みに思っているわけではない。

 

『ま、レギュラー落ちしたらサポートに回るのが定めなんでその辺はどうでもいいんですが』

 

「そこは多少は気にせい」

 

シリアスが続かないのもこの男の特徴である。別にわざとやっているわけでもなく毒気が抜かれる。

そのため安堵や居心地の良さを感じさせる面もあるため一概に悪いとは言えない。

 

『えー? じゃあまこ先輩が教えてくださいよ。最近和が俺の頭じゃ理解できない数字を交えだして、傍から見ても煙あげてるんですよ』

 

原村和の打ち筋は完全なデジタル、再現できれば確実に勝率は上がる。

なのになぜ多くの人間はデジタル打ちに徹さないのか?

 

それはオカルトという個人の特性もあるが、何より人間はミスをする生き物だからだ。常に最高効率を演算し続けるというのは人間業ではない。

 

和のアバター『のどっち』が公式チートだのスパコンだのと噂されたのはこれが所以である。

もちろん京太郎の頭が東大生レベルに引き上げられたとしても不可能である。そんな生易しいものではない。

 

「まあ確かに行き詰っているようではあるが、和のアピール機会を潰しやせんか?」

 

『まこ先輩は俺と和のどっちが大事なんですか!?』

 

唐突に床に正座した『京太郎』がまこの瞳を見上げるように哀願する。

 

「なんじゃその『仕事と私のどっちが』的なセリフは?

 後輩の邪魔をするみたいで気は進まんが、京太郎には報われてほしいからのぉ」

 

重い腰をあげる次期部長の姿に『京太郎』はよいしょする。

 

『さすがまこ先輩! 終わったら甘えさせてあげますからね』

 

「何を言うとるんじゃ、お前さんは大抵甘やかされる側じゃろ」

 

『それはまこ先輩の包容力がすごいってことで』

 

軽口をたたきあい、仲の良さを示すのはあくまで架空の『京太郎』とだけ。現実には決して持ち込まないのが染谷まこのスタンスである。

 

翌日、自分の出番を取られて膨れる後輩女子と助けの糸に縋る後輩男子の相手をして気を揉むはめになるのだがそれは別の話。

 

自分から身を引くという選択ができるのは本当に優しい人間だという事実に清澄の中で誰が気付くのか?

今のところ知っているのはまこのスマホの中の『京太郎』だけであった。




染谷まこの現実と電子の京太郎への立ち位置というのが今回の閑話の趣旨。
いや実際清澄の中で一番いいお嫁さん&お母さんになるのはまこさんだと思う。

現実では身を引き、アプリ内の『京太郎』とはいい関係を築き心の慰めとする。
一番真っ当な使い方をしている人であり、同時にやっぱり京太郎への未練をのぞかせてもいます。

残る閑話の清澄ーずは全員1年生、年長順になったのは偶然だけどその流れでいいかもと思わなくもない。


次回は姫松高校編として『末原恭子の場合』になる予定です。
「普通の麻雀させてーな」で有名な彼女ですが、『京ちゃんと一緒』をやっている時点で「普通の恋愛させてーな」と言う資格を失っている気がする。

内容は白紙なのでこれから考えます。
投稿予定日も未定だけどできるだけ頑張るのでこれからもよろしくお願いします。


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末原恭子の場合

末原恭子、それは姫松高校麻雀部の3年生でありインターハイでは大将を務めた少女。

そしてオカルト使いや魔物ばかりに囲まれた状況で奮闘した自称「凡人」であった。

 

確かに彼女自身は異能を携えてはいない。

同時に持ち前の思考と対応力によって場をかき乱し、準決勝では宮永咲を封じた「ただの人間」だ。

 

『ほへー、普段からこんなに研究してるんですね』

 

様々にまとめられた本棚の資料に目を落としながら『京太郎』は感嘆の声をあげる。

 

「色気なくてごめんな」

 

恭子は恥ずかしそうに身をよじるが、当の『京太郎』は資料の山に目を奪われている。

 

『いやいや、これは恭子さんの努力の跡ですからね。人柄を見るにはちょうどいいんじゃないですか?』

 

この男は自らの幼馴染と対戦し互角以上に張り合った人物に興味津々だった。

 

『そう、ある意味裸の恭子さんを見ているみたいで――』

 

何も考えずに口走ったその言葉に恭子が羞恥に耳まで赤くし視線を逸らしながらも問いかける。

 

「や、やっぱ、男の子ってそういうんに興味あるん?」

 

『い、いや、今のはちが』

 

否定の声をあげようとする『京太郎』ではあったが恭子は熱に浮かされたように潤んだ目でチラ見しながら唇を震わせ

 

「見た、ない?」

 

しゅるりと胸上の赤いリボンを解いて漏れる吐息は熱を帯び濡れた唇から声が紡がれる直前、

 

『いや正直興味がないと言えば嘘になりますがそういうのはもっと段階を踏むべきというかまだ早いというか規約でやってはいけないというかなんといえばその――っ』

 

焦りのあまり早口言葉になってしまった『京太郎』の様子を見て恭子は手で口元を抑えて指の間から笑い声が漏れる。

 

「ふふ、本気にしたん? いくら好みでもまだ知りおうて間もないのにそんなふしだらなことせえへんよ」

 

『ああ、からかったんですか、ひどい! こっちは必死で考えて止めようとしたのにっ』

 

どこかの部長に揶揄われ慣れてはいても耐性はつかない『京太郎』は子供っぽく拗ねる。

言の葉の間に「好み」だのと紛れていたり口元を隠す手の指先が震えていたことに『京太郎』は気づかない。

 

もしも『京太郎』が止めなければどこまで行ってしまったのか、なんてことは恭子自身にも分からないし心が本当に望んだものかただの勢いだったのかも判別がつかない。

 

今だって残念がっているのかほっとしているのか、心の針が揺れているのは実は男女ともに同じだったりした。

 

そして分かりやすく膨れる『京太郎』と、その子供っぽい面に年下の男の子の可愛らしさに微笑みながら機嫌を取る攻防の末に双方表向きの平静さを取り戻す。

 

『うーん、でもこれほど沢山調べないと全国じゃやっぱ厳しいんですか?』

 

偵察役として録画と牌譜とりを任された1年生男子は書き込みの多さに眉をしかめる。自分がここまで細かい作業に夢中になる姿が想像できないからである。

 

「私の場合は、な。何が正しいとかは結局自分と結果でしかわからんよ。

 私は心配性やからこうやって見落としがないか確認せずにはおられへんって部分もあるから」

 

『え、でもテレビだとそんな様子には見えなかったんですけど』

 

自らの記憶の中にある『末原恭子』像との違いに首をひねる『京太郎』。

 

「外見を必死で取り繕ってるから。心の中まで見れたらめっちゃ弱音はいてる」

 

『でも諦めはしないんですね』

 

試合中の意志の灯った姿を見ていればその程度のことは『京太郎』でも分かる。

 

「凡人は今できることしかできん、積み上げて積み上げて、それでも届くか分からなくても崩れそうでも、投げだしたら本当に何もできへんかったことになるから」

 

恭子は自分の弱さを知らないわけではない。むしろ誰よりも知ってるし心だって強くはない。

ただ最後までかじりつく覚悟を離さない、それが彼女の強さだ。

 

その在り方に同じ「持たざる者」である『京太郎』は尊敬のまなざしを送る。

 

「まあ偉そうなこと言ったけどこうやってアプリで話してるんも私の弱さなんよ、だからその、これからもよろしくな『京太郎』」

 

『はい、よろしくお願いします』

 

にこやかに応える『京太郎』は麻雀観だけに囚われ、自身の行動が女性の心の中に積み重なって大きく強い感情になるという自覚は一切なかった。

 

一方の恭子は、恋もまた積み重ねとチャンスを逃さないのが大事だとしっかり意識していた。

 

この辺りは年季の違いなのか、女性雀士の心の寂しさに単に考えが及んでないのか、物議にもなりはしないだろう。




『末原恭子の場合』、姫松のトップバッターでした。

トップバッターに決めたはいいものの中々アイデアが浮かばず難産でした。
その結果、なぜかチャンスを狙う肉食系女子になってしまっているという不思議現象。

コスプレで恥ずかしがる恭子さんが恋愛面においてはまさかのスタンスという。なんでか作者にも分からん。

なお、恭子さんは『京太郎』が早口で撤回しにかかったので冗談の方向にもっていき長期戦に着地しただけです。

普通にその場の雰囲気で行けたら行こうという使えるものは使う精神。それが自分の体でも躊躇はないという。
R-18指定だったらかなりやばかった可能性。


次回は誰にしよう? 愛宕姉妹を連続でやることしか姫松は決まってないんですよね。


感想返しはできませんが励みになってます。
咲キャラの魅力を引き出す力が欲しいと最近思う作者です。


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上重漫の場合

上重漫、姫松高校の先鋒をインターハイで務めた2年生であり広めのおでこと大きな胸を持つ少女である。

 

姫松高校のオーダーはその他多くと違い中堅にエースを持ってくる形が伝統ではあるが、それでも彼女が先鋒に選ばれたのは明確な理由がある。

相対強運、相手が強ければ強いほど自分のオカルトが発動しやすくなるという性質。人はこれを「爆発」と称す。

 

ちなみに彼女の胸もある意味「爆発」と呼んでいいボリュームを持つが、これはおそらく能力とは何の関係もない。

 

そして彼女の実家はお好み焼き屋を営んでおり、漫も店を手伝うこともままある。

そうなれば当然客の中に男性もいるし、下心をもって声をかける輩も時にはいる。そのあしらいにも慣れた漫は姫松高校で最も男性に免疫がある人間といえるだろう。

 

しかし今の漫はといえば自分に注がれる男の視線の熱に中てられるように顔を染め、息が浅く荒くなりながらも自分の今の姿を手で隠そうとはしない。

 

漫の今の衣装はバニー。しかもただのバニーではなく胸とお尻の部分のみを隠しそのほかは大胆に素肌をさらした露出度が格段にアップしたもの。

ほぼ下着に近い恰好でありながら首元のチョーカーに黒の蝶ネクタイ、サスペンダーは胸の頂点を通り肩・胸・下の接合部の三点でのみ支えられた様は身体の隆起を強調、当然のように頭と臀部には兎の耳と尻尾がつけられていた。

 

はっきり言って通常のバニースーツや水着に比べて圧倒的に背徳的でエロい。『京太郎』の視線が釘付けになるのもむべなるかな、

 

『いい、それすごくいいですよ漫さん!』

 

「そんなに見られたら恥ずかしい……」

 

照れと頭に上る熱を紛らわそうと指でサスペンダーを弄るのだが、それもまた性的なものに変換され『京太郎』の視線の温度をあげる悪循環。

 

こんな男を誘っているとしか見えない格好を『京太郎』の前で晒しているのにはそれなりの理由があった。理由もなくやるほど漫は羞恥心を捨ててない。

 

前述したように漫の能力は対戦相手に依存する。そして能力が発動するほど強い相手には爆発しても痛撃を与えることが難しい。

つまるところ安定しない上に負けにくい能力といえる。逆に言えば勝つための能力とはいいがたい。

 

だからこそ今年はエースの集う先鋒に採用されたのだが、来年3年でレギュラー入りするのならば引っ張る立場。今のままではあまりに不甲斐ない、それが漫の出した答え。

 

目標とするのは自分の力だけで能力を発動できるようにすること。

 

その結果がなぜ変則エロエロ兎になるのかという疑問は当然あるだろう。

通常ならばありえない考え、しかし監督代行から手渡された袋の中にあったこの衣装を見た時閃いてしまったのだ。

 

漫は「爆発」するのに相手から火を貰っていた。自分の中から火や熱を生むのには羞恥心が該当するのではないかと。

慣用表現でよくある「顔から火が出る」、それに思い至ってしまったのだ。

 

『漫さん超エロ可愛いです! 滅茶苦茶そそります!』

 

「やぁん」

 

『京太郎』の羞恥心を煽る誉め言葉に漫はますます胸の鼓動を増し、一種の興奮状態になる。

当然『京太郎』には言い含めてある。「できるだけ羞恥心を与えるような言葉を言ってほしい」と。目の前の眼福すぎる姿に夢中になっているわけではない、たぶん。

 

漫は自分の体が火照るのを自覚しながら牌を引く。明らかに上に偏っている。

能力は間違いなく発動している、この方向で練習すればいけるのだと確信してしまう。

 

『もっと俺に見せてください、漫さんの本当の姿』

 

「はぁ、はぁ、もっと?」

 

部屋の中にこもった熱が漫の思考力を偏らせながら目の前の男に見られている事実を目に入れてさらに過熱する。

もはや恥ずかしさからくるドキドキか、『京太郎』へのドキドキか、頭の中に浮かんでしまう妄想の中で抱き合う漫と『京太郎』の姿へのドキドキか、何もかもが分からなくなっていく。

 

吊り橋効果と呼ばれるものがある。これはそれをさらに悪化させたようなもの。

漫は「流石に実在する人に見せるんはちょっと」という理由でインストールしたにも拘らず、時と回数を経るごとに『京太郎』へ向けた恋の炎と錯覚していき泥沼にはまるのを止める人物はここにいない。

 

 

こうして漫は3年の夏、インターハイで真っ赤になりながら熱にうなされるように打った結果大勝することになる。

その対価は「全国に自分のすごく恥ずかしい恰好を放映される」という時がたてば必ず後悔するだろう黒歴史であった。




『上重漫の場合』、完。そしてとある代行の一言。
郁乃「え、うちのせいなん~?」

今回は漫も『京太郎』もほとんど話してないですね。情報量が多すぎたのと作者の筆力不足のせいかと。

一応言い訳させてもらえば、公式が悪い。咲-saki-のゲームにこの衣装を着た漫が実在してしまっているんです。
「上重漫」「バニー」で検索すれば映像が見れるはず。

話のネタ拾いに行ってこんな大きな爆弾見つけたらもう爆発させるしかないよねっていう。
あのゲーム本当にR-15指定でいいのだろうか? 色々やばい画像沢山ですよ(販促)

しかしあえて言いたい、あの漫ちゃんは反則であると。見たら書くしか選択肢がないと。

ちなみに郁乃んが渡したかはねつ造ですが、あんなの着せようとする人間は姫松に1人しかいないから99%郁乃んの犯行だと思います。


次回は「真瀬由子の場合」の予定です。
お嬢様設定があるぽやっとした子の可愛さをどれだけ作者が引き出せるかが勝負所。


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真瀬由子の場合

真瀬由子は姫松高校の3年、つまり来年度は大学生になる予定である。

国麻に自分が呼ばれることも特待生として大学に入学するといった未来もまたないと考えている。

 

由子は弱いわけではない。堅実に+収支を重ねた自負もある。

だが各校のエース格には見劣りするし、目立つタイプの打ち方でもない。次鋒の役割はそういうものだ。

 

なので普通に受験して受かるしかないわけだが

 

「思ったより進まないのよー」

 

全国大会の準決勝まで残ったということはその分拘束時間が長かったという意味でもある。

そして姫松高校は本来強豪に数えられるため自然と大会前まで麻雀漬けの日々。

 

しかも由子は箱入りのお嬢様であり、親から望まれるのはブランド大学。

ブランド大学の中でも入りやすい所を選ぶのならばそれはお嬢様大学になり、要するに女子校に行くことになる。

 

合コンでもしない限り男子との縁はない。そうなれば待つのはお見合い、しかも政略結婚の類であろう。

 

「それは嫌なのよー」

 

安定した生活はできるだろう。ただ一度も恋というものができないという欠点が確定する。

 

好きな人と結婚したい、無理ならばせめて恋愛経験ぐらいは。由子が望むのは高校生が抱くごくごく普通の夢だった。

 

しかし彼氏を作ったと親が知ったら別れさせられる。

受験に影響したらどうすると言われたら反論のしようがないのだ。

 

そこで由子は誰にも見つからないで安心して恋愛できる方法を探した。結果、このアプリに目を付けた。

どこぞの界隈でプロが絶賛しているらしいという噂も途中で得た。何のプロなのか全く分からないことに多少の不安を感じつつも、こっそりインストール。

 

「なんだかいけないことしてる気がするのよー」

 

ただのゲームアプリだというのに「見つかったら叱られる」という考えに軽い高揚感が生まれる。

 

起動させた途端にわずかなノイズが視界によぎり、次の瞬間には目の前の床に座った状態の『京太郎』が出現する。

その金髪の少年の肌のきめまでわかりそうな再現度に由子は思わず言ってしまう。

 

「ふ、不審者っ?」

 

『いやいや、呼び出したの貴女でしょ? いきなり罵倒されるのか俺は』

 

軽くツッコミを入れつつしょんぼりとした姿は、ゴールデンレトリバーが尻尾を垂らし顔を伏せる仕草にそっくりだった。

 

あまりにも分かりやすく落ち込むので、由子はしばし周囲をきょろきょろと見てから『京太郎』の頬をさする

 

「すごい、触ってる感触もするのよー。科学はこんなに進化してたのねー」

 

『あ、表面に触れたりちょっと押すぐらいなら感覚のフィードバックと見た目で反映されますけど、無理やり押し込んだら手が抜けて体勢崩しちゃうので気を付けてくださいね』

 

どの程度の感覚にまで対応すべきかは厳正な審査の結果、長野在住の本体は龍門渕一同からいろんな部分をつんつんむにむにされるのに耐えるという実験を経て成り立っていた。努力の方向音痴である。

 

「ふわっ、男の子って結構ごつごつしてるのねー」

 

何やら興味をひかれたらしく由子は掌で『京太郎』の体格を確かめるようになぞっていく。

首筋、鎖骨、肩、胸板。おっかなびっくりではあるものの少しずつ由子は前のめりになり、

 

『その、言いにくいんですけど、顔近くないです?』

 

膝立ちになっていた由子の顔が目線をあげて二人の距離が鼻がくっつきそうな位置になっていることに気づき、真っ赤になった顔を背ける

 

「その、今のは」

 

『あはは、キスされちゃうのかと思いました』

 

由子は言い訳しようとして、からからと笑う『京太郎』の顔も赤くなっていることに気づいた。

その途端、男の唇の動きをスローモーションで見ているような感覚に囚われて意識がのぼせたように緩慢になっていく。

 

「キスの味、教えてほしいのよー」

 

気がつけば『京太郎』の丸く開かれた眼の自分の顔が映っているような錯覚とともに唇を離す。

ふわふわとした、今さっき知った感触を思い出すように由子は自分の唇を指でなぞり舌先が指の腹に触れる。

 

『あ、あの』

 

先ほどまでより赤くなった男の子の顔が動揺しているのを見てなんだか可愛く思えてくる。

 

「私は真瀬由子、なのよー」

 

その日、由子は男の名を知るよりも先に『京太郎』の唇の温度を知った。




誰だっけ由子がお嬢様でゆるほわ系って言ったの? 作者だね、うん。
あれー? 出来上がったのを見直すと……全く違う意味でのゆるぽわになってね?

なんだろう、臨海・まこさんと天使系が続いた反動で姫松は小悪魔系に染まるのん? 肉食なの?


次回、肉食でも焼き肉か鶏のから揚げ食ってそうな愛宕の姉の方、『愛宕洋榎の場合』。

愛宕姉妹をやった後は閑話挟んで、大人勢(プロ含む)へと行く予定です。
わっかんねー、作者にも誰がどうなっていくのかわっかんねー。


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愛宕洋榎の場合

『関西最強の高校生雀士はだれか?』、その問いに対して挙がる候補の一人に数えられる者、それが『愛宕洋榎』である。

 

ビッグマウスを体現し、派手な上がりを見せることから地元民からの人気は非常に高い。

だが彼女の最大の強みは『リーチ後以外は振り込まない』という異常ともいえる防御力にある。

 

その絶対的といえる防御力を持つ洋榎は今

 

「え、いや、その、デートとかはまだ早いんちゃうん?」

 

『いいじゃないですか、大阪といえば食い倒れ道中。あの動く蟹と人形を見ないなんて大阪城を見ないようなもの、そんなオカルトありえません』

 

「オカルトと何の関係があるっちゅうねん。せやけどな、うーん」

 

『ダメ、ですか?』

 

「……う、しゃーないな」

 

仲間の切り札まで使いおねだりオーラを醸し出す年下の男の子相手にタジタジであった。

自分が『デート』という単語にこだわり恥ずかしがってしまうほどに意識しているのだという事実には洋榎は気づけない。

 

ただの食べ歩きと考えれば己の庭であるにもかかわらず、こうして自爆している姿には麻雀で発揮する鉄壁な防御力の片鱗もなかった。

 

『あ、明日何時に起きます? タイマー代わりもしますよ』

 

要望を満たされてご機嫌な『京太郎』がサービスのつもりで口にしたつもりだったが

 

「いらんわ。寝起き顔を見せる女がどこにおるっちゅーねん」

 

『どこって、ここ?』

 

「ちと話し合いが必要なようやな、喧嘩なら高くこうたるで」

 

ただの茶々のような会話に落ちてしまうのは二人の相性がいいのか悪いのか少々悩みどころであった。

 

 

『ほへー。祭でもないのに屋台が並んでるんですね』

 

「こんなん普通やろ。それよか無断でなに手ぇ握っとんねん」

 

感服する『京太郎』と表面上は流しながらも手の感触に照れが先行する洋榎。

 

『っと、すみません。人込みで迷いそうでつい』

 

「スマホがどうやって迷うねん」

 

迷子常習犯と長く付き合いがあるせいでほぼ無意識に手をつないでいた『京太郎』、『京太郎』に元となった人物が存在するなどとは全く想定していない洋榎、お互いの言い分はかみ合っているようで微妙にかみ合わない。

 

『言われてみればその通りなんですけど、おっ、本当に蟹が動いてる! ところでこの動くのは何の意味があるんですかね?』

 

「そんなん決まっとるやろ、目立ったもん勝ちや」

 

基本的に派手であることを求める大阪人の遺伝子、理屈ではなく魂に訴えるその手法はお上りさん相手には効果てきめんである。

 

『カニはあんまり食べられないんだよなあ』

 

現代っ子とはいえ海から離れた長野出身者にとっては海産物というだけで贅沢に映る。

 

「スマホがどうやって食べるねん」

 

至極もっともなツッコミを入れる洋榎だが今一キレがない。本来ボケる側であるということを除いても平常心が仕事をしていないことは明らか。

先ほど握る手にツッコミつつも離さなかった時点で洋榎の心はかなりかき回されていた。

 

一方で『京太郎』はお上りさんの典型で周囲の光景を見るのに夢中で洋榎の異常に気がついていない。すぐ隣を見れば髪色にも負けないほど紅潮した顔があるというのに気づかないのは吉か凶か。

 

「ここでボケっとしとったら日が暮れるで。男なんやからリードくらいしてみいや」

 

『え? 地の利がある洋榎さんが案内してくれるんじゃ?』

 

「うちに任せたら横でうまいもん食いつくしたるけどそれでええんか?」

 

『そんな生殺しをするなんて悪魔ですか貴女は!?』

 

周囲に見えてはいないがこの二人の凸凹ぶりはある意味お似合いであったのかもしれない。

少なくとも退屈しない逢瀬になることはこの一幕だけでも明らかだった。

 

 

蛇足ではあるがその日の夕方、緊張から汗をかいた洋榎がリビングにスマホを放置していた風呂上りに、妙に微笑ましいものを見るような温かい視線が妹と母から注がれた。

 

妹の弁は

「お姉ちゃんもそういうんに興味あったんやな」

 

母の弁は

「こないなこと黙っとるなんて薄情やな、彼氏ができたんなら紹介せーや」

 

洋榎は勝手に人のスマホを見たことに怒るよりも先に自室のベッドに高速で潜り込み、その日から三日間出ようとはしなかった。

 

食事の時間になっても出てこないという珍事にさしもの親子もやりすぎたことを知るのであった。




洋榎ネキといえば飯テロがよく挙げられるけど、アプリ京ちゃんととの間だと逆しか成り立たないことに気づいた。

そして身内バレは打撃が大きいと思うこのアプリ。
仲間ができてもすこやんも洋榎も全く嬉しくないだろうけどある意味弄られ系として愛されてるんじゃないですかね、知らんけど。

次回『愛宕絹恵の場合』、家族が侵略されていく愛宕家は果たして大丈夫なのか?


それはそうと最近の感想の少なさに方向性間違ってるのかとふと不安になったり。
クオリティ低下してるのかな? それとも引き出し不足か、悩みはするけど書き続けなきゃ。
まだ書いてない子はいるから「止まるんじゃねえぞ」ってなぜか言われてる気がする。


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愛宕絹恵の場合

愛宕絹恵が『京ちゃんと一緒』というアプリの存在を知ったのはとある夕方のことだった。

 

リビングの机の上に姉の携帯が置かれていて画面が下向きだったので傷がつくと思って裏返した。

その時指が触れたのかアプリのうちの一つが起動した。

 

その起動に合わせて目の前に知らない金髪の少年が現れ、気軽に手をあげたまま彼の笑顔が硬直した。

同時に絹恵も目を見張り、母へと助けの声をあげる。

 

「お母さん、家の中に不審者が!」

 

そのかすれた悲鳴に母、愛宕雅枝は素早く目を走らせ息を吐き

 

「なにゆーとん、おらへんやん」

 

「お母さんこそなに言ってん、おるやろここ!」

 

ビシッと指さし主張するも、質の悪い冗談としかとらえない雅枝は肩をすくめるのみ。

苦笑いした『京太郎』は(まずいことになった)と思いながらも自らの存在がどういうものであるのか説明を余儀なくされた。

 

 

一通りの『京太郎』の話を聞き終わった辺りで姉がお風呂から出てきたのでちょっとした出来心でからかってみると真っ赤になってスマホを奪い、どたどたと足音を立てて自分の部屋へと閉じこもってしまった。

 

仕方がないので絹恵も自分の部屋に戻り、姉の見せた珍しい表情に思いを馳せる。

 

「お姉ちゃん、あんな顔もするねんな」

 

基本的に自信満々といった顔の洋榎を見て育った絹恵にとっては意外であり、同時に興味がそそられる。

 

気がつけば半分無意識にアプリ名を検索しており説明文に目を通したあとだった。

 

「あの子だけ、なんや」

 

幾人かの候補の中から自分の好みで選ぶというような形態を想像していた絹恵には剛毅な戦略に映ったものの、(あれだけ技術詰め込んだんやから開発費も大変なんやろな)と思いなおす。

 

自然すぎる応答や起動した人間にしか見えない・聞こえない事を可能にする技術は明らかにオーバースペックなのだからその分しわ寄せが行くのも仕方ないだろうと1人納得する。

 

長めのダウンロードを経てインストールされたアプリ、それをクリックすると目の前に見覚えのある金髪少年が網膜に表示される。

 

『こんにちわ、初めまして。俺の名前は』

 

「『須賀京太郎』くんやろ? 実は初めましてでもないんやで」

 

説明文からわざと外された名字を当てられ、さらに目の前の少女が和と相対した人間でもあることを思い出して(すわ身バレの危機か)と焦る『京太郎』。

 

「実はお姉ちゃんがやってるん見てん。それで私もやってみよかなー、て」

 

『ああ、そうだったんですか。偶然だなぁ。偶然でもこんな可愛い人と知り合いになれるなんて嬉しいですよ』

 

焦ったせいで『京太郎』は咄嗟によいしょに向かう。まあ可愛いというのは本心でもあるが。

 

「か、可愛いなんて何言ってんっ? そんな煽てられても嬉しゅうないよ」

 

実は嬉しい絹恵、だがその本心は隠す。しかし追撃が止まらない。

 

『いやいや本気ですって。俺が同じ高校に行ってたら告白しちゃうな、「付き合ってください」って』

 

姉と比べられ続けていた絹恵は唯一勝てる点として自分のプロポーションを自覚してはいたがなにぶん女子校育ち。それを実証してくれるような男子とは出会いがなかった。

 

「せ、せやったら、私とお姉ちゃん、付き合うならどっちなん?」

 

その疑問に『京太郎』はちょっと考えて姫松高校のレギュラー陣を思い出す。

 

『洋榎さんとは話は合いそうですけど、好みという点では断然絹恵さんですね』

 

この『京太郎』にとっては話したこともない異性と目の前の美少女を比べるのだから当然この結論になる。

だが絹恵からしてみれば『姉に恋する乙女の顔をさせる男が自分を選んでくれた』という錯覚を生む。『女として自分の方が優れている』と優越感がくすぐられる。

 

「そ、そうなんや。そういえばうち、前までサッカーやってたんやけど」

 

『あ、偶然ですね。俺も中学はハンドボールやってたんですよ』

 

ここでさらに共通点を見つけ、絹恵はどんどんと深みに落ちていく。

 

「だからそんなに手がおっきいんや」

 

『ですです』

 

男の子特有のごつごつとした手がボールを掴む仕草になるのを見て、一瞬自分の胸のボールが掴まれる妄想までしてしまう絹恵。

実は愛宕絹恵、隠してはいたがむっつり気味であった。

 

「ふ、ふーん。うち、もっと『京太郎』くんのこと知りたいな」

 

『俺も絹恵さんのこと知りたいですし、これから一緒に過ごしたいです』

 

「……せやな、一緒におろな」

 

『はい。よろしくお願いします』

 

こうして絹恵の心はあっさりとボールのように転がった。もう瞳は姉にも負けないほど恋する乙女のものである。

 

 

結果、愛宕雅枝は自分の娘が二人とも完全に男にいかれているのを看破し、何かを覚悟したような顔になるのであった。




『愛宕絹恵の場合』、そして姫松編は絹ちゃんがコロコロされたところで一区切り。

次回は閑話で優希の出番。
そしてそこから大人編として流れを汲んで『愛宕雅枝の場合』、『赤阪郁乃の場合』、その後かいのーさんか咏さんへと続いていきます。


前回不安を呟いたら一気に感想が来て、「これでいいんだ」と悩みは吹っ飛びました。
励ましてくれてありがとー!

まだ未登場の有珠山に長野面子・個人戦組もいるので閑話の回数が足りないということはなさそう。

掲示板みたいなので『京ちゃんと一緒』ユーザーの自慢のし合いや、透華がとある日にやらかして大炎上というネタも温めてますので(その辺もやれたらなー)と思ってます。


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閑話~その頃京太郎達は③~

片岡優希、清澄高校1年生。その性質は面倒な小細工とは程遠く一直線なまでに素直である。

実際からかうようにではあるが自分のスカートの中を見せようとしたりとスキンシップも多ければ、手作りタコスは毎度美味しくいただき時折ではあるが礼も言う。

 

他人から見ても好意を抱いているのはまるわかりであり、嫁候補の咲と並んで『京太郎の彼女には誰になるかトトカルチョ』でもかなりの割合を占めている。

 

一人勝ちとならないのは単に優希が京太郎の公言するタイプとまるっきり掠ってもいないせいであり、それがなければあっさりと勝負がついていただろう。

他が素直じゃなかったり慎重を期すタイプであることも有利に働いていた。

 

だが優希の計算のしなさは並大抵のものではなかった。

それを有り体に表したのは部活前に他に誰もいなかった二人きりの時。

 

「なあ京太郎、好きだじょ」

 

「ああはいはい、俺も好きだよ」

 

京太郎は牌譜整理の手を止めることすらなくおざなりに返した。これには優希もカチンとくる。

 

「私が言ってるのは友達的なlikeじゃなくて恋愛的なloveの方だじょ」

 

ピタリと、人形のように京太郎の手が止まった。

 

「……マジぽん?」

 

「マジぽん」

 

驚きのあまり言語が怪しくなっている京太郎の凝視に対して優希は鷹揚に頷く。

 

「ちょい待ち、俺はお前をそういう風に見たことがなくてだな、ちょっと整理する時間を……」

 

「別に今すぐ決めろなんて言ってないじぇ。咲ちゃんやのどちゃんのこともあるからな」

 

これには京太郎、首を傾げる。

 

「なぜそこであの二人?」

 

「のどちゃんも咲ちゃんもお前が好きだからに決まってるだろ、この朴念仁」

 

ついさっきloveだといった相手を盛大にdisるのも優希らしいといえばらしい。

 

「いやそれはないだろ。和は学園のアイドル、咲に至っては幼馴染だぞ」

 

仮に和に告白されたら瞬時に頷くだろうこの男も先入観からは逃れられない。だが優希は異なる。

 

「お前は肩書と恋愛するのか?」

 

ぐうの音も出ない正論。基本的に考え無しだが時に物事の核心をつく、それが片岡優希である。

 

「ううーん、でもなぁ」

 

「とにかく、選ぶのは二人がお前に告白してきた後にしろ。私は待ってるから」

 

先制パンチを決めたにもかかわらず二人を待つと言い出す優希に京太郎は面食らう。

 

「でもいいのか? それ言わなかったら俺がお前を選ぶ確率も」

 

誰にも相手にされなければこの好みからかけ離れた優希の告白に絆されたかもしれない、そんな未来もあっただろう。

 

「いいんだ。確かに私は京太郎にぞっこんだけどのどちゃんの親友で咲ちゃんとも友達、その関係も壊したくないんだじぇ」

 

優希の決意は固い。それが仇となって負けるかもしれないが悔いの残る勝ちより納得のいく負けを望む、そんな人間だった。

 

「……お前、思ってたよりいい女だったんだな」

 

「やっと気づいたのか、ばーか」

 

なおこの優希、部長のねじくれた愛情表現には気がついていない。あれは恋愛感情を持つ相手にする態度じゃないという考えである。

 

優希と京太郎の間の空気はまだ少しばかりぎくしゃくしていたがそれは京太郎が接し方に迷っているだけ。じきに元通りに戻るだろう。

優希にとってはその時が来るまで今まで通りアプローチをしながら返事を待つだけ。そこは全く変わらないのだから変化のしようがない。

 

自分から抜け駆けのチャンスをゴミ箱にぶん投げて正攻法で一直線、これが片岡優希という人間である。

 

 

「ってわけでお前に告白しといたじぇ」

 

優希は家の自室の中でスマホアプリの中に再現されている『京太郎』に対して事後報告を行っていた。

 

『……それマジぽん?』

 

「あ、そのくだりは昼にやったから巻きで頼むじぇ」

 

驚くことにこの少女、アプリで練習することすらなく実行に移すという図太さである。

 

「のどちゃんはなー、自覚が遅れたから遠慮してるんだじぇ。その頃には私は猛アピールしてたし、咲ちゃんとも親友になっちゃったからな。

 ぶっちゃけ咲ちゃんはなんであんな余裕なのか今一わかんないけど、一番心許してるのは明らかだし」

 

『お前、損する性格な』

 

「まあ振られたらひとしきり泣いて応援するだけだな。いまやスマホの中にも『京太郎』はいるし、その時は慰めろ」

 

あっけらかんとしたものである。何もかもが大事なせいで天に身を任せるしかないと早々に吹っ切った結果であった。

 

『あれ? ひょっとして俺ってキープくん扱いされてる?』

 

「はっはっは、気にするな。そんなことはあるけど気にするな」

 

『やっぱりあるんじゃねーか、感動した気持ちを返せこのやろー!』

 

「女子だから野郎じゃないのも知らないのか、もっと勉強するんだな!」

 

優希にとって楽しい時間がいつまで続くのか、それを知るのは神様くらいだろう。




優希のスタンスはアプリだろうが本物相手だろうが一切変わりません。「元が同じなんだから区別する意味がない」とまで思ってます。

優希の行為は一見して敵に塩を贈っているのですが、意図を明らかにしたことで京ちゃんの中で株が上がってたり。

ただ優希の中で咲と和に負けるのはありでも他に対してはそうでもありません。自分にとっての仲間や友達が大事だから目をつむれるだけ。


次回は『愛宕雅枝の場合』、娘を二人ともたぶらかした男に1人の母として黙ってみていられるはずもなく……大人編の始まりです。


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愛宕雅枝の場合

愛宕雅枝は二児の母である。産んだ年齢が若いため見た目も現役であるものの、恋愛観は今どきのそれではない。

娘二人の入れ込みようは明らかに異常なものであったし、それが現実での恋愛に影響を及ぼすとなれば保護者としては見過ごせない。

 

「で、うちの娘で二股してどうするつもりなんや?」

 

インストールされるなり身に覚えのない罪を追及される『京太郎』、これには愕然とせざるを得ない。

 

『ええっとつまり、娘さん二人が遊んでるということで?』

 

「ほう? 娘で遊んでると今白状したやんな」

 

『『が』! 『が』! 『で』じゃないですから!』

 

すさまじい猛攻に自分は無実であると主張する『京太郎』。

しかし親バカモードとでもいうべき状態の雅枝が止まらない。

 

「なんや、うちの娘だと不満ゆーんか」

 

『えぇ?』

 

肯定しても否定しても理不尽に晒されそうな気配に困惑。

 

『ま、まあ、お二人とも雅枝さんに似てますし? こんな美人の娘さんなら魅力的でしょうけど』

 

あいまいにして誤魔化した。

そもそもこの『京太郎』、目の前の人物が姫松高校の愛宕姉妹の母であるという事実を知らない。

つまり適当に言っている。

 

そしてとりあえず煽てる、女所帯で獲得した彼の悲しいスキルの一つである。

だが歴戦の愛宕雅枝にこのような攻撃が効くかと問われれば

 

「ま、まあ、うちも若いころは結構モテてたし?」

 

空中に目線が泳ぎ手で自らの顏を扇いでいる。防御が薄い、人妻として大丈夫なのか少々心配になる反応である。

 

「とにかく、二人を幸せにできん奴にはやれん」

 

『あのー、『俺』は何人もいるので俺に言われても困るというか』

 

「でも根っこは一緒やろ?」

 

『それは、まあ』

 

眼力に押され頷いてしまう『京太郎』。

 

「うちの娘と会ったら恋愛関係になる可能性もあるわな?」

 

『可能性であれば』

 

流石に自分が全くモテないと公言したくはない、そんな男心である。

 

「つまり二股やんか!」

 

『どっからその発想に飛躍した!?』

 

頭が痛くなる『京太郎』。運営もこのような問題は想定外であろう。

 

「まあ二股はやな、百歩譲って認めるとしても」

 

『ここまで否定しといて急に認めるってどういうことなんですかね』

 

「結婚できんやん?」

 

むしろできる方が怖い。さすがに世界はそこまで寛容になっていない、今の時点では。

 

『戸籍自体ないんで無理ですね』

 

本体には存在するがこの相手にだけは知られるとまずいと『京太郎』の感覚が警鐘を鳴らす。

 

「そしたら二人とも行き遅れになってしまうんや」

 

『いやそれ以前の問題ですよね?』

 

仮想AIとの結婚とか重婚とか法の壁は厚い。

 

「稼ぎはまあいいとして」

 

『そこいいんだ』

 

求められてるのも困るわけだが。そもそも現在の本体の貯金の大半はこのアプリから出ている。

つまりよその女からもらった金であり、ヒモが愛人に金を回すような冒涜的所業といえよう。

 

「子供もできへん」

 

『だからどうやって作るのかと』

 

子供が作れるサービスとかすごく怖い。サービス終了したら絶望のあまり死人が出そうなほどに怖い。

 

『そもそも俺にどうこうできるものじゃないので親からストップをかけるしかないのでは?』

 

例えれば『ゲームをしすぎて受験に落ちたからゲーム会社を訴える』という言い分と似た八つ当たりでしかない。自己責任と家庭で何とかしろという話だ。

 

だが雅枝は大きくため息をつく。

 

「言ってやめるような問題やない。むしろこっちが反対したらするほど燃え上がるもんや。『ロミオとジュリエット』状態やな」

 

なんだか遠くを見て自嘲したように笑う姿にはあたかも体験したような実感がこもっている。

 

「うちもあの時は若かった」

 

『本当に経験してんのかい』

 

思わず敬語を忘れるレベルでつい突っ込んでしまう。

この人が結婚して子供を二人も作ったことが何か奇跡のように感じられてしまうから不思議だ。

 

「うちも変わるべき時が来たんかもしれんな」

 

『何か盛大にdisっといて一人で完結しようとしてません?』

 

「愛の形は一つやないということか……もう本人が良ければそれでいいんかもしれへん」

 

『なんかいい感じのこと言ってる風に見えて実際は問題を棚上げしてませんか?』

 

雅枝はもはや『京太郎』の言葉を聞いているようで聞いていない。思い込みやすさは洋榎に、一度思い込んだら突っ走るところは絹恵に受け継がれたのかもしれない。

 

「新しく息子ができるんやと思えばいいことやな、うん」

 

『なんかもう俺疲れたよ』

 

この日、三人の『京太郎』が愛宕家に加わった。

一人は愛宕洋榎の婿候補。

一人は愛宕絹恵の夫候補。

最後の一人は相談役という名の雅枝の愚痴聞き係である。

 

ある意味一番かわいそうなのは知らないうちに知らない存在に家庭を侵略された愛宕父であろう。

だが『京太郎』には侵略の意図など欠片もなく、むしろどうにかストッパーになってくれないかと心から祈るのであった。




『愛宕雅枝の場合』、終わり。
さすがに人妻に恋愛させて家庭破壊させるのはいかんよねって。
そう思って書いたはずなのに違う意味で家庭が破壊されているような気がする。

まさか愛宕母が最大のボケ役となるとはこのリハクの(ry


次回からはまとも(?)な恋愛話になるのでご安心ください。

次回は『赤阪郁乃の場合』にすべきか、時期的に『須賀京太郎のバレンタインデー』を番外編みたいに作るべきか。

郁乃んって26で野依んと同年齢だと調べて知った。やはり咲世界の人は若く見える人が多い。


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赤阪郁乃の場合

「う~ん、これが今人気のアプリなんやね~」

 

赤阪郁乃は自分のスマホを指で挟んでぶらぶらさせながらダウンロードしたアプリの説明文に目を通す。

 

「結構かわいい子やな~」

 

中性的とはまた違う、母性を刺激しそうな元気な男の子といった感じで撮られている写真を見て郁乃は笑みをこぼす。

 

郁乃からしてみれば麻雀部の皆の変化は分かりやすかった。

ある日を境に身だしなみに気を使う時間が増えたり、誰かから見られているような視線の動き、何より見せる表情が華やかで艶めいた空気を帯びた。

 

これが一人などであればすわ恋人でもできたかという探りが入るだろうが、全員がインターハイ後から少ししてそんな状況になるというのは不自然だった。

別に教え子がモテそうにないなどというつもりはない、磨けば光る素材を持っている。ただ磨きたいという意思をなにがもたらしたのか、それが問題だった。

 

郁乃は結構生徒との距離感が近い。だからこそスマホを覗き込むこともでき共通点を見つけた。

 

「うちの子をたぶらかしてるんなら許しませんよ~」

 

もはや生徒たちはゲームにはまったという次元ではなく本気で恋をしてしまっている。そこに悪意が潜んでいないか調べるのは大人の務め――という建前と、そんなにはまるほどすごいのかという興味が郁乃を突き動かした。

 

チロリと舌で唇を湿らせ郁乃はほわほわとした笑顔を浮かべながらインストールのすんだアプリを起動する。

その瞬間、郁乃の網膜にまるで最初からそこにいたかのような実在感を持った金髪の少年が投影される。

 

「はじめましてやね~」

 

『あ、初めまして。須賀京太郎です』

 

大体の人間が最初は戸惑うほどの現実感に対して郁乃はあっさりと緩い笑顔で受け止めてにこにこと挨拶をする。

むしろ『京太郎』の方が目の前の女性が完全に初見であるためによそいきの態度になっていた。

 

郁乃は姫松高校所属ではあるが表には出てこない監督、その代行という立場の人間なので『京太郎』に見覚えがあるわけもない。

分かることと言えば(年上かな?)と(なんだか親しげな感じの人だな)という2点くらい。

 

とはいえ『京太郎』も距離を縮めるのは得意な部類、笑顔で接してきている人間を拒むわけもない。

 

『えっと名前を聞いても大丈夫ですか?』

 

「ん~と、郁乃やね~。『いくのん』って呼んでくれてもええよ~」

 

どこかのアイドル雀士を思わせるあだ名しかも自分から提案という、口調からは予想できない中々にアグレッシブな姿勢にさしもの『京太郎』も目をぱちくり。

 

『じゃあ郁乃さんで』

 

年上は立てるべしという教えを海底使いに刷り込まれた『京太郎』はとりあえず名前にさん付けで軟着陸。

一方の郁乃は少し膨れたように口をとがらせる。

 

「呼び捨てでええのに~」

 

『あはは、さすがに初対面では恥ずかしいので』

 

照れたように笑う『京太郎』を見て郁乃はとりあえずナンパ男ではなさそうだと判断を下すと同時に可愛らしさを目の前の男に抱く。

 

「だったら~、仲良くなったら呼んでくれる~?」

 

にこにことした笑顔と甘えたようにも聞こえる声で郁乃は自分の下唇に指をあてる。人によっては媚びているとも捉えられる態度ではあるがこれが郁乃の通常運転。

 

『まあそれなら』

 

未来の約束なら別に問題ないだろうと軽く了承してしまう『京太郎』。物腰の緩さと積極性は必ずしも一致しないという事実を悟るにはあまりにも若すぎた。

 

「じゃあ~、練習で呼んでみて~」

 

『え?』

 

先送りにしたと思った瞬間には間を詰められているという荒業。しかも疑問の声に対して郁乃は小首を傾げて「なにかおかしいことある~?」と言いたげな態度。

 

『えぇ?』

 

渋ればどうにかならないかと足掻いてみせる『京太郎』だったが緩い笑顔を返されるのみ。逃げ場はない。

せめてもの抵抗に視線を逸らして恥ずかし気に名前を口にする。

 

『い、郁乃?』

 

「なに~?」

 

疑問形になった呼びかけに郁乃は『京太郎』の手を持ち上げてその手の甲に頬っぺたを当てる。

嬉しそうな笑顔に期待に応えなければ男じゃないと思い直し今度は自分の意志でその名を口にする。

 

『……郁乃』

 

名前を呼ばれて郁乃は頬だけではなく鼻も『京太郎』の手の甲に擦りつける。言葉よりも雄弁に満足さを示す行為。

 

ほんの少しの間を開けて郁乃は問いかける。

 

「京太郎くんは~、私といけないことしてみたい~?」

 

絨毯爆撃とでもいうべき破壊力を伴った発言。

郁乃の体は『京太郎』の好みからすると胸部装甲は足りないが、高校男子に年上のお姉さんに誘われて萌えるなというのは難事ではなかろうか。

 

しかしその心境を素直に言葉にできるほど人生経験を積んでいない『京太郎』は真っ赤になって宙を視線が漂う。

そのうぶな反応に郁乃は楽しそうに口を開く。

 

「う~そ~。そういうのはまだダメやよ~」

 

なにが「まだ」なのか、そもそもこのアプリではそこまでできないだとか、ツッコミどころはあるがそれを指摘する余裕は『京太郎』には残されていない。

できるのは羞恥が引くまで黙ることぐらい。

 

からかい甲斐のある男の子の反応に当初の目的を忘れた郁乃はこれからの日々を夢想する。

ある意味では彼女もはまってしまっているのだがそんなことは当人にとってはどうでもいいことだろう。

 

二人の未来に何があるのか、それはまだこの出会いの段階だけでは分からない。




遅くなりましたが『赤阪郁乃の場合』でした。

郁乃さんって気になる子にちょっかいかけたり、その反応で好意が加速したりしそうなイメージが。
ある意味で子供っぽく、ある意味では悪女にもなれそうな感じが出てればいいかなー。

副題をつけるなら『からかい上手の赤阪さん』かな。


次回はアラサー勢では出せなかったプロの出番です。中身はこれから考える。
リアルがちょっと忙しめになってきてるので少し遅れるかも?


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三尋木咏の場合

三尋木咏は日本代表の先鋒に選ばれる、つまりはプロ界でもトップクラスの実力を持つ雀士である。

145cmという低身長と起伏の少ない体に童顔も相まってどう見ても24歳には見えない、中学生と間違われそうな容姿。

しかしその打ち筋は『迫りくる怒濤の火力』という異名に相応しい高打点で派手さが顕著に表れている。

 

また着物姿と扇子をトレードマークにしておりその見た通りお淑やか、なはずもなくずぼらで適当かつ飄々としたつかみどころのない性格と思われがちである。

口癖が「わかんねー」「知らんし」あたりなのも拍車をかけてるといえよう。

 

そんな彼女が何を考えて『京ちゃんと一緒』なるアプリを求めたかといえば

 

「京太郎、次の予定は?」

 

『えっと1時間後に麻雀会館で取材、それが終わったら雑誌用の撮影ですね』

 

主にスケジュール管理及びカンペ代わりとしての仕事が『京太郎』の活躍場所だった。

完全にマネージャーの仕事ではあるが、本業が雀士であるため専属をつけるほどではないのである。

 

あと気ままな咏にとっては張り付いて回られるのが苦痛だという面もある。

 

『というかお昼もおにぎり食べながら牌譜見るんですか』

 

「国麻の選抜もそろそろ決まる頃だかんね、知らんけど」

 

この三尋木咏、人に見せるのは適当極まりない態度なのにその裏ではしっかり下調べや分析をするタイプであった。

解説で明言を避けるのは選手への不利益を避けるためであり、基本的に能力の詳細や弱点も看破している。

 

というかその程度は頭を使えなければ国家代表になどなれるわけがない。

才能だけではなく努力もしているがそれを見せたがらない、そういう性格なのだ。

 

『咏さん、お弁当ついてます』

 

「ふーん、どこ?」

 

牌譜が片手を塞いでいるため横着すると『京太郎』は唇の端をつんと突く。

 

『ここですよ』

 

「漫画みたいに『ひょいぱく』しねえの?」

 

『出来ません、物理的に』

 

いくら再現度が高く触れる感触もあるとはいえ物体に干渉できるわけではないので不可能だった。

 

「はっはー、出来たらするかい? 間接キス」

 

『し、しませんよ!』

 

「ちょっとどもったところが怪しいねぃ」

 

長野には優希や咲にすることもある本体がいるため一瞬迷いつつ、自分のしていた行為が周囲からはどう見えるのか思い至ってしまった『京太郎』は顔を赤くする。

 

咏はそんな高校男子を見て機嫌よく笑いながら米粒をとって舌で舐めとる。

指が舌先に触れて唾液に濡れ吸い付いた空気音に横目で『京太郎』を見つめる仕草は幼げな容姿に反することで背徳的な妖艶さを醸し出し、しかし次の瞬間には何事もなかったようにペラペラと牌譜をめくり束ねる。

 

「じゃ、お仕事行くかね。取材とかめんどいから代わりに出てほしいくらいだけどさ」

 

 

そして取材は終始けむに巻いたり期待感を煽っておいて肝心の中身を言わなかったりと自分のペースに持ち込み、逆に取材陣から情報を引き出すなどと好き勝手に振る舞いそのまま終了した。

 

『……俺は取材側に同情しますよ』

 

「冷たいねぃ、私の味方だろ」

 

『いや流石にあれはないです』

 

軽口をたたきながら撮影スタジオに歩を進める姿は余人が見ることができれば仲のいい兄弟のようにも思われたかもしれない。どちらが年上かは間違えられること請け合いであるが。

 

『それにしてもCMの撮影とか珍しくありません? 咏さんってそういう活動はあまりしないと思ってたんですが』

 

「和装に合う傘ってことだから他に候補がいなかったんじゃね。出来がどうなるかはわかんねー、全てがわかんねー」

 

けらけらと扇子を振る様は妙に慣れていて、人によっては癇に障るかもしれないが『京太郎』にはなんてことはない。ただ一応釘をさすのは忘れない。

 

『承諾したなら出来には責任持ってくださいよ、大人なんだから』

 

大人の何たるかを年下の男子高校生に説かれるという珍妙な図もこの二人の関係では慣れっこになりつつあった。

 

掛け合いをしながら撮影スタジオに入って、人目につきそうになった段階で今度は黙ってそっと寄り添う。空中に話しかける電波女性にならないための気遣いである。

プロである以上スキャンダル方面には気を付けなければならない。

 

撮影場所には既にスタッフと京都を思い起こされる古風な橋と街並みのセットがされている。

咏は軽い挨拶を交わした後、監督から絵コンテを見せられ説明を不真面目そうな顔でその実内心は真面目に聞いている。

 

(ああいう損をしそうな場面でもキャラを貫くのは何のこだわりなのか)などと『京太郎』が思案していると、咏が集音マイクでぎりぎり聞こえる小声で話しかけてくる。

 

「京太郎、橋の向こうで立っとけ」

 

意図は分からずとも言われたことにはとりあえず従う性をもつ『京太郎』はお安い御用と指定された場に位置どる。

 

雨粒の代わりに機材から小雨と呼べる水滴が降る中、咏は製品であろう傘を顔が半分隠れる程度にさしてしずしずと橋を渡る。

その最中、何かに気がついたように傘の角度が上がり咏の顔が見え、京太郎の目をしっかりと見あげてこそばゆい様な少し照れたような表情で眩し気に見つめる。

そして咏の傘を持っていない手が日差しを掴むかのように京太郎に向かって伸ばされ――

 

「はい、カット! 一発OKです、初恋の表情すごく良かったよ!」

 

監督の号令に合わせて咏は傘で再び顔を半分遮り、そのままスタッフに歩み寄って製品の傘を渡してひらひらと周囲に手を振ってそのままスタジオを後にしようとする。

 

置いて行かれそうになった『京太郎』は慌てて咏の元に走り寄って並び、声をかけようとして

 

「知らんし」

 

ただ一言、告げて咏はふいと京太郎と逆方向に顔を向ける。まるで顔を見られたくないように。

 

「知らんし」

 

大事なことであるかのように2回目の言葉を口にしたその横顔と首は微かに色づいているように見えた。

言及されたくないなら仕方がないと判断した『京太郎』はそっと寄り添い、二人はただ黙って家路についた。




『三尋木咏の場合』、終了。

恋心を隠そうとする相手との空気感とか、関係成立の前のこっぱずかしい感じをやってもらうには「わかんねー」「知らんし」の咏さんが最適だと思った次第。

スタジオ撮影は戒能さんとどちらに与えるか迷ったものの、向こうははやりん乱入やその肢体に京ちゃんがノックアウトされそうな危険からこちらのシチュエーションに導入。

次回は『戒能良子の場合』。はるる・はやりんとの関係者、大会中は郁乃の招集に応えると割と接点多いよね彼女も。


執筆時間なかなか取れなくて遅くなったのは申し訳ない。3月中盤まではちょこちょこ忙しい日々が続きます。

ところで読者さんたちはどの『~~の場合』や閑話が一番好きなのだろう?
作者的に良く書けた話と評判は一致しないことも多いから少し気になる次第。


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戒能良子の場合

戒能良子は若手プロ雀士の中でも有名株である。2年前あの宮永照に大物手を当てたことは相性の差もあるが偉業と言っていい。

実際に新人賞やシルバーシューターなどの賞も受賞、弱冠20才の若手としては目覚ましい活躍といえよう。

 

しかもその交友関係も広い。牌のお姉さんこと瑞原はやりとは仲が良くプライベートでも時間が合えば会うし、一緒にグラビアに写ることも多々ある。

その肢体は永水高校の滝見春と従姉妹ということもあって素晴らしく起伏に富んでいる。

 

そんな彼女が今何をしているかといえば

 

「京太郎はキュートですね、ふふ、よしよし」

 

自分よりも大きな『京太郎』の背中に抱き着いて頭を優しく撫でていた。

 

『あの、良子さんあたって』

 

スキンシップの激しさに『京太郎』は顔が真っ赤である。背中に大きな胸が触れており、しかも自分の好みの女性に撫でられるのである。

これは一介の高校男子にとって重い試練だった。

 

「おや、京太郎は姉にエキサイトするのですか?」

 

更に困ったことにこの良子、『京太郎』を弟に見立てていた。周囲が女性ばかりであったため弟を可愛がるという願望があったらしい。

 

だが『京太郎』にとって良子は恋愛対象に見てしまいかねない少し前に出会った女性だ。このままでは違う部分がエキサイトしてしまうだろう。

それはまずい、『京太郎』の尊厳のためにも良子の好意に対する返礼としてもそれは避けねばならない。

 

『……こんな年で恥ずかしいよ、姉さん』

 

選んだのは弟扱いに甘んじつつも『年齢的に素直には甘えづらい』という逃げ道を確保した一手。

 

姉のようにふるまおうとしつつも色々と台無しな年上のポンコツ幼馴染にこの場は感謝するべきだろう。経験がなければこの手段を思いつきもしなかったに違いない。

 

ある意味自爆技ともいえるこの効果はいかようか、と背後に目を流す『京太郎』。

 

「いい、ベリーにキュートです京太郎。お姉ちゃんが何でも買ってあげますね」

 

その返答と蕩け落ちそうな笑顔、そして首筋にかかる吐息の熱さに逆効果だったような気がひしひしと迫ってくるような錯覚を覚える。

 

『いやー、何でもは悪いですよ良子さ……姉さん』

 

名前呼びに戻そうとした瞬間に妙なプレッシャーを感じたため言い直すと、背後からの空気が軟化する。そして未だに大きなおもちが背中から離れない。

 

「大丈夫、お姉ちゃんはこれでもマネー持ちなんです。とりあえずすべての課金機能を」

 

『待って、待って姉さん。そんな散財は……そう、計画的に節約しないと。いつ入用になるのか分からないからさ?』

 

なぜか所有者が課金したがってコンテンツであるはずの『京太郎』が思いとどまらせようとする、この辺り採算というものを無視した実装である事がよくわかる。

 

「……なるほど、確かにサプライズや式のために使った方が。京太郎はブライトですね」

 

なんだか不穏な単語が含まれていたのだが『京太郎』の精神はそれどころではない。

むにむにと背中におもちがあたる感触に耳元で囁かれる度にかかる息はくすぐったく、じりじりと理性を削っていく。

 

これが作戦だというなら良子には魔性の女としての素質があるのかもしれない。

 

「京太郎、私は……」

 

良子が何かを言いかけたのと同時にスマホが着信を知らせる。

途中で邪魔をされたと感じる良子は眉をしかめるが、その相手が友人でもあり先輩という無碍にはできない相手であることを確認して小さくため息をつく。

 

「ハイ、はやりさん、何の用事ですか? 私も今インポータントな」

 

明らかにすぐに切り上げたそうな様子を見せる良子だったが、電話向こうからの話を聞いていくうちにだんだんとそちらに集中し始める。

 

「オーケーオーケー、勝算ありと。私も乗りましょう。ミートするにはどこへ?」

 

完全に目の色が変わった良子は今までとは雰囲気を一転させて『京太郎』に申し訳なさそうな声をかける。

 

「ソーリー、急用ができてしまいました。埋め合わせは必ず。外にはもらせない話ですので一度アプリも切らなければならなくて」

 

あのままでは自分がどうなるかも保証できなかった『京太郎』は神の助けだと思い喜んで提案を受け入れる。

 

『あ、大丈夫です。俺はいつでもここにいますし、終わったらまた会いましょうね』

 

ニコニコと手を振りながらスマホの中に戻った『京太郎』は知らない。

これから瑞原はやりがやろうとしているのが『京ちゃんと一緒』のR-18指定対応版を作るための株の買取であり、それに今の所有者でもある戒能良子が参加するつもりであるなどということは。

 

「義理の姉弟の明かせない関係、ベリーにインモラルです」

 

何を思い浮かべているのかもはや妖艶という表現でも足りないほどの空気を滲ませる良子を知らないでいられたことが今後の『京太郎』にどのような結果をもたらすのか、それはまた別の話である。




『戒能良子の場合』、終了ということで。

なぜか全くアイデアが降ってこず数日うなっていたのですが、急遽「そういえばお姉さん系を生かしてるキャラあんまいなくね?」と思いついたらその勢いで。

京ちゃんをドギマギさせようと書いていったのですが、はやりんの親友ポジだし確実に声かけられるよな、というわけで最後はそちら方面に傾きました。

……戒能さんこれかなり拗らせてない?


次回はレジェンドこと『赤土晴絵の場合』の予定。
問題はその後に誰まで手を広げるかなんですよね。例えば風越の貴子コーチとか臨海のアレクサンドラ(34)監督とか、カツ丼さんとか新子姉とか、どの辺までありなのかと。
あ、さすがにトシさんはないです。孫もありえるくらいの年齢差ですし。


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赤土晴絵の場合

赤土晴絵、その名は地元では広く知られている。強豪晩成高校を打ち砕きインターハイ準決勝まで勝ち進んだ彼女を人はこう呼ぶ、『阿知賀のレジェンド』と。

実際晴絵の情報収集・高度な分析からの対策はトッププロの間でも非常に高く評価されている。瑞原はやりからのスカウトや熊倉トシの推薦の誘いなど、買われていなければあり得ないことだ。

 

だがここ最近の彼女の実績といえば実業団でのある程度の活躍と母校を決勝まで導いたことの二点のみ。

雀士としての実力を示すのは前者だけなため、その実力に比べればパッとしないという印象だろう。

 

それもこれもすべて高校時に準決勝の対戦相手、小鍛治健夜に打ち砕かれたせいである。

当時の健夜は麻雀を始めてたかが数ヶ月。そんな存在が幼いころから研鑽を重ねた人間を壊した。

 

後のグランドマスター、国内無敗につけられた傷はあまりにも深く、晴絵は自らの全力を発揮できないようになった。

それでも牌を捨てなかった、それだけで十分に称賛に値する。己の心と向き合い、何年もの時を経て教え子たちと歩み、初心を思い出して再びプロとして生きる決断をした。

 

ストーリーとしては感動ものと呼べそうなものであるが、それは傍から見た場合の話。

当人は10年以上かけてただひたすら己の麻雀と向き合い続けたわけであり、そこに犠牲は当然発生する。

 

つまりは女盛りであったはずの時を恋などというものに費やせる余裕などなく、男っ気ゼロの人生である。

 

それも他の女性雀士のように『麻雀に打ち込んでいたから』のような一種の逃げの言い訳が発生する余地のない、小鍛治健夜という人間にもたらされた人災、完全に被害者の立場。

 

小鍛治健夜は赤土晴絵の雀士としての生命だけではなく女としての人生をも狂わせた怨敵に等しい。

「強かったからやっちゃった」などという言い訳は怒りを煽る材料にしかならない。

 

結果、晴絵は自宅でやけ酒を飲みながらアプリの架空人格に愚痴り慰めてもらうという他者からすれば目を逸らしたくなる有様である。

 

「私、どこで間違ったんだろう」

 

『間違ったというより巡り会わせが……あとたぶん、真面目過ぎるんだと。俺としてはそういう不器用な生き方している人の方が好みですけど』

 

「ほんろぅ?」

 

酔いに涙腺の緩んだ晴絵はどう見ても年下の金髪少年の頭なでなでスキルに縋っていた。

情けないかもしれない、しかし晴絵が弱みを見せられる相手など新子望の他にはおらず、彼女は今日も実家の神社でお仕事中である。

 

『晴絵さんはすごく頑張りましたよ。頑張りすぎたっていうほど。だから少しは弱音を吐いたっていいんです。俺なんかでよければいくらでも支えますから』

 

張りつめた糸は切れやすい。背負いやすい性格の人間ほど挫折した時立ち上がるのに時間がかかるものだ。

 

『また頑張ろうって思えただけ晴絵さんはすごいんです。それにただ思っただけじゃなくて行動にだって移してたじゃないですか』

 

「でも、私の今までやったことでよかったことなんてあの子たちぐらいで」

 

涙をためる晴絵の目じりを『京太郎』はそっと親指で擦って

 

『無駄なことなんかありませんよ。遠回りでもやってきたことは財産なんです。それに、教え子たちがあんな風に晴絵さんを尊敬してるのは貴女の背中を見てたからですよ。自信持っていいんです』

 

一人ばかり重すぎる尊敬があるものの、阿知賀の皆は気安いながらも敬意をもって接している。同級の姉を持つ人間は照れ隠しに否定に回るかもしれないが。

 

「うん……うん」

 

酒に飲まれて幼児退行している晴絵は優しく染み渡る言葉に深く頷き、『京太郎』に照れたように笑顔を向ける。

 

「ごめんね、大人なのにこんな姿見せて」

 

『年上ぶるのにポンコツすぎる人間で慣れてるので。それに、自分にだけ弱みを見せてくれる女性に男は惹かれるものですよ』

 

面倒見のいい性格をしている『京太郎』はそういった傾向も強い。好みの女性のタイプは包み込んでくれる女性ではあるが、なんだかんだで仲良くなるきっかけが多いのは圧倒的に逆のタイプである。

ちょっとばかり見栄を張って背伸びをする『京太郎』は年上の女性から見ると可愛いのに頼りがいがあると、かなりの好条件であったりした。

 

「明日も仕事だから、今日はこの辺で切るね」

 

『はーい。いつでも呼んでください。困った時もそうじゃない時も、いつだって味方しますから』

 

酒のせいではない赤らみと火照った体を危ないと感じて自制できるうちにアプリを止める晴絵。それに伴って『京太郎』の姿は消える。

 

ちゃんとそれを見届けてから晴絵は万感を込めた呟きを口にする。

 

「いいなあ、和はあんないい人と一緒に部活だなんて」

 

情報収集はほとんど性である晴絵は長野に引っ越した教え子、原村和の周囲も当然知っている。その中に1人だけ男子部員がいることも、その名前も。

 

「あー、私ももっと後に長野で生まれてたらなー」

 

リアルバレをしているなどということは『京太郎』は知る由もない。

精神的に弱い部分はあるものの常識を兼ね備えた晴絵には直接突撃なんて暴行は起こせない。そしてもちろん誰にもしゃべったりしないという分別もある。

 

「皆の前ではしっかりしなきゃね」

 

ONとOFFの使い分けができる晴絵は教え子の前では元気な姿で見栄を張れる。プロになるまでの短い時間、自分の教えられるすべてを残すために。




『赤土晴絵の場合』、こんな感じに。
神様はレジェンドに試練与えすぎだと思う。

リアルバレしているのは現時点で煌・照・晴絵(New)
照以外は常識人と、長野の京ちゃんはこっち方面の天運を持っているのかも。

はやりんはいい女ムーブしておいて最後に落とす、レジェンドはダメな女ムーブして最後に上げる、すごく対照的な出来上がり。


次回も大人勢。順番はアイデアが降ってきた順になりそう。
リアルの時間が削られると執筆に間が空くので困ります。積みあがった予定表見るだけで現実逃避したくなる感じなので投稿遅れます、ごめんなさい。


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久保貴子の場合

「池田ァッ!!」

 

今日も風越には怒声が響き渡る。対象は来年には最上級生になる池田華菜、次期キャプテンと目される少女である。

怒る理由は気を抜いていたり図に乗ったりと様々ではあるが確実に部内で一番怒られている。

しかし怒られたその瞬間はビクンとして怯え自重するものの、時間がたてばまた似たようなことをやらかしている辺り周囲の部員も苦笑気味である。

 

今日も締めくくりに反省会が行われて彼女、風越麻雀部のコーチである久保貴子の仕事は終わる。

家のドアを開けると自動的に灯りがつき、風呂場からは蛇口からお湯が出る音が「おかえり」を言っているように感じる。

 

『おかえりなさい、貴子さん』

 

まあ実際にスマホの中から立ち上げられたアプリによりエプロン姿の『京太郎』がパタパタと迎えに来たという演出までしてくれているのだが。

 

課金により家中の電化製品を管理下に置いた『京太郎』は割とサービス精神が旺盛なためこんな心憎い演出をしてくれる。

お風呂の栓が電子的に切り替え可能であるため朝にレンジの中に夕飯を貴子が入れておけば、この『ごはんにする? お風呂にする? それとも』の実現が可能なのだ。

 

なぜこんなところまで高機能にしてしまったのかについては開発側の妄想、もとい欲望じゃない、要望が盛り込められた結果だった。

最大の問題は選択肢として『わたし』をいくら選びたくても無理だという点である。R指定版が実装されたなら可能かもしれないが。

 

ともあれ、帰宅したらこんな感じにしてほしいという中々に乙女チックな貴子の求めはこうして叶えられている。

他の人間、特に池田華菜には見せられない面であった。

 

「先にお風呂で頼む」

 

『はーい、洗濯物は乾いてるので洗濯機の中からバスタオルと着替えはとっておいてくださいね』

 

流石に裸や半裸で家の中をうろつく姿はアプリの中の存在とは言え異性には見せられない。その程度の女心は有している貴子である。

 

しかし洗濯機から取り出すことは流石にできないとはいえ、ここまで気を利かせてくれるアプリの値段としては少々、いやかなり割安ではなかろうか?

もし諭吉が1枚、いや数枚でも心が揺れるかもしれないと貴子は運営を危ぶむ。

 

龍門渕財閥は昨年直接土をつけた怨敵と呼べる立場ではあるが、ここで潰れられるとそれはそれで困ってしまうという皮肉な関係になってしまっていた。

 

今現在『電子彼氏が手ずからいれたお湯』という響きからして突っ込みどころしかない状況で疲れをほぐしているのだから割と自分がどうなっていくのか不安を覚える貴子である。

 

それでもなおこんなアプリで気を紛らわすのには逃避したい現実あるからに他ならない。

 

『え? 今年でコーチ辞める?』

 

風呂上りに合わせて沸かしてくれた白湯で体を内側から温めながらの告白に『京太郎』が目を見張る。

 

「正確には続けられない、だがな。まあ名門校を2年連続で県大会を通せなかったんだから当然の処置だろう」

 

その言葉に『京太郎』の目は泳ぐ。県予選で覇を競ったのは清澄麻雀部、つまりは己の身内が相手から職を奪ったも同義。罪悪感とバレた場合の危険度が急速に上昇していく。

 

「そういえば京太郎を初めて見た時何か既視感が」

 

『お、俺! 貴子さんの口から男の話とか聞きたくないなっ』

 

テンパりすぎてまるで彼女の交友関係に口を出す嫉妬心の強い彼氏のようなことを口走ってしまう『京太郎』。

自分でも痛い男ではないかと口を引きつらせるも、肝心の貴子は顔を俯かせて耳を赤らめ少し背を向けるように座りなおし

 

「な、何言ってるの、急に」

 

しゃべり方すら女らしくなる貴子。風越OGであり高校生として麻雀漬けの女子校生活をしていた彼女には異性への免疫がなく、意識してしまえば指で髪先を弄ってしまうほど純朴だった。

 

『す、すいません、まだ正式に彼氏っていうわけでもないのに』

 

そして混乱中なのは『京太郎』も同じ。自分の言葉が遠回しに「貴女の彼氏になりたい」と言っているようなものであることにすら気づけない。

 

「か、彼!? いや、嫌ってわけじゃないけど、その」

 

普段つんけんしているように見える貴子も体育会系に染まっているだけで根は初心。すっかり先ほどまで自分が何を思い出そうとしていたのかも頭から吹っ飛んでしまっている。

 

そんな慌てた二人が焦げ付く前に水を差したのはレンジの音。朝から夕飯にと用意していたご飯の温まる音である。

 

『あ、ご飯できましたよ、食べましょう。温かいうちにっ』

 

「そ、そうだなっ」

 

あせあせしたまま顔を俯かせてご飯に集中しようとする貴子とそれを見守りつつ自分の心を治めようとしている『京太郎』の間には本来の年齢差を感じさせることもなく、男女の関係を意識し合う青春の香りが混じっていた。

いつ気がつくのかをも含めたこのチキンレースの幕開けは波乱万丈さを感じさせる風体であった。




『久保貴子の場合』、風越のコーチで「池田ァッ!!」で有名な彼女でした。
体育会系女子って我を忘れた時凄く女子になるよねって話。
普通なら甘酸っぱい話のはずなのに周囲には地雷まみれ。なんもかんも環境が悪い。
京ちゃん自身に罪があるわけじゃないんだけど知らぬ存ぜぬを決め込むには経緯が複雑すぎるという。

バレたらやけ酒に晩酌に付き合わされるかもしれませんね、本体。
その夜に何が起こるかは想像にお任せorR18版の投稿待ちということでここはひとつ。


次回は純愛オーラに囲まれる『アレクサンドラ・ヴィンハイムの場合』、たぶん。
『熊倉トシの場合』は京ちゃんの立ち位置をどうしたものか。かわいい孫ルート? それとも孫娘をたぶらかしている現実を知るルートか

まだリアルが追い込み時期なので投稿間隔は開きますがエタる気はないです。
高校単位では有珠山・敦賀、閑話では和・咲を残して終わるとか意味わからないからね。
無事終わったらこっそりR-18版作る気すらあるからねこの作者、業が深いとは自分でも思います。


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アレクサンドラ・ヴィントハイムの場合

アレクサンドラ・ヴィントハイムは危機感を覚えていた。彼女の属する臨海女子高校はスカウトにより既に活躍している外国人選手を招聘して日本国内の大会で実績をあげるというスタンスをとっている。

悪く言えば札束で殴りつけるような戦い方である。

 

だがこの方式というのは実績をあげられなければ札束をどぶに捨て、スカウト側の見る目に対する信用や信頼にひびを入れるという諸刃の剣でもある。

 

それでもこの方式を取り続けるのには実際に「勝てる」という結果以外に日本人に足りないハングリー精神を刺激し、馴れ合いではなく切磋琢磨させるという意味も大きい。

 

だがよりにもよってアレクサンドラが監督を務める臨海女子麻雀部において『緩み』が出ていた。それも1人や2人ではなくレギュラーほぼ全員に感染するような形でだ。

それを看過などできないし、出来る立場でもない。そして原因にも心当たりがあった。

 

彼女らの仕草や無意識に出る表情などを注視すれば見るものによってはすぐに分かる。あれは『男ができた』人間特有の空気であると。

 

「お前ら、弛みすぎだ」

 

部活が始まるなりインターハイレギュラー陣を集めての開口一番。

 

「サトハ、国麻もある身でその体たらくは何だ。部長である以上範を示せ」

 

辻垣内智葉はぐっと自分のこぶしを抑える。

 

「メグ、国麻には参加できず実質引退の身ならこれからの身の振り方に真剣になれ」

 

メガン・ダヴァンは自らの目を手で覆い上を見上げる。

 

(ハオ)、何のために日本に来た? 最後の最後で気を抜きがちだ」

 

郝慧宇(ハオ・ホェイユー)は自分の好調を認めない監督に鋭い目線を送る。

 

明華(ミョンファ)、将来のために今を積み上げることに集中しろ」

 

明華は黙ってそっと目を伏せる。

 

「ネリー、初心はどうした? 一番こだわるところを見誤るな」

 

ネリーは抗議するようにまっすぐと視線に炎を灯す。

 

今までにない上段から責める言葉遣いを選んでまで口にしたのはわざと。

そしてふっと雰囲気を普段のものに戻して同じ麻雀界で生きる人間として対等に見た言葉を発する。

 

「何より、貴方たちが負けた時責められるのは彼じゃないの? それに負ける情けない姿を見てほしいの? 勝った姿を誇れてこそさらに惚れさせられるんじゃないかしら?」

 

恋愛するなとは言いはしない。だがそれを原動力に変えられなければ世界で戦うことはできないと部員たちに自覚させる。

アレクサンドラは目の前の少女たちを見渡し全員が自分の言いたいことを間違えずに受け取ったと確信して唇を綻ばせる。

 

「もう何をすればいいかは分かるわよね」

 

集めた彼女らはそれぞれ散って己の磨く部分を探し始める。チームではあっても戦うライバルなのだと気を引き締めて。

その姿を見届けてアレクサンドラは安心する。これからはいい意味で恋愛も麻雀も両立できるように祈って。

 

 

家に帰ってアレクサンドラは一息つき、己のスマホからとあるアプリを起動する。

 

『はいはい、あなたの京太郎ここに参上です』

 

多少おちゃらけた挨拶にもアレクサンドラは教え子たちを見るのよりもはるかに柔らかな視線を送りすり寄るように近づく。

 

「今日とても大変だったの」

 

本日あったことを報告しながら要所要所に『教え子を思う監督感』を甘えるような声で匂わせる。

 

『あー、確かに気を遣いますよね選手じゃない分どうやって役に立とうかとか』

 

うんうんと頷くのはインターハイに完全に雑用係になっていた『須賀京太郎』。

選手の兆候に心当たりがあったのも理由を聞けばなんということもない。アレクサンドラ自身同じアプリをこっそりとやっているからであった。

 

麻雀監督としての矜持? 選手じゃないからそこまでシビアになる必要はないのである。

教え子には自重させながら自分はこうやってこっそり楽しんでいるのだから万が一バレれば信用は地の底を貫く勢いで下がるだろうが、見られなければいいとアレクサンドラは慢心気味であった。

 

20も年が離れているが見た目は若いアレクサンドラ、自分の実年齢を隠して教え子たちと同年代の若い男子高校生によく見られようと媚び売り気味である。

 

34という年齢、完全に恋愛のし時を逃してしてしまったアレクサンドラはこうやってアプリ相手に気を紛らわせながら思いを募らせるのだった。




『アレクサンドラ・ヴィントハイムの場合』、なのでした。
うん、臨海勢の浄化されそうな純愛オーラを近くで30代半ばの恋愛経験なしの女性を放り込んだ想像をするとこうなりました。

たぶん臨海の中で一番京ちゃんへの依存度高いのこの人じゃないかな、実在を知られてはいけない相手がまた一人……。

トシさん除くと関係者で最年長ってこの人なんですよね。結婚諦めるかどうかって境目でもあると思います。


次回は……トシさんなのかなあ? 正直なところ宮守勢を優しく見守ってそうで書く必要があるのかという気もしますが。

あ、閑話はのどっちこと原村和です。その後は有珠山の予定、単行本見直してキャラのイメージ深めなきゃ。


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熊倉トシの場合

熊倉トシ、宮守高校麻雀部の顧問でもあり教鞭をとっている54才の女性である。

初老というには少し早く麻雀界への影響力も有しながらわざわざ岩手まで行って才能を発掘したり指導者となった赤土晴絵にプロ行きの誘いをかけたりとフットワークも軽く、麻雀の腕も超一流であれば育成者としても超一流というかなりの人間である。

 

圧倒的な麻雀力を得た代わりにその他がポンコツな人々と異なり、人徳も持ち合わせるある意味完全超人と呼べる人間だ。

 

「あの子たちも卒業か、これからどうしようかね」

 

宮守高校麻雀部の面々は全員3年生。進学を考えるならもう受験に本腰を入れないと本格的にまずい時期であり、インターハイ団体戦2回戦敗退というのは推薦を取るのには少々実績が弱い。

本来ならベスト8には入れると自負していたしその実力もあった。組み合わせが悪かったというのが正直なところで、それはもうどうしようもない。

 

とはいえ教え子のことはそこまで深刻に捉えてはいない。

敗北も糧として思い出として刻み、歩んでいける子たちだと信頼しているから。

 

だからこの「どうしよう」は教え子たちのことではなく自分の事。

トシの実績と人脈を使えば選択肢はいくらでもある。どこかの団体のスカウト担当となることも、このまま教員として働くことも、どこかへ原石を探しに行くことも。

選択肢がありすぎるために迷う、なんとも贅沢な話である。

 

『あのー、清澄とかどうですかね?』

 

横で聞いていた『京太郎』が口を挟む。

 

『あそこ主力が1年で急に名をあげたから目指す人もいるかなっと。それで入ったのに育成はできないってなると可哀想かなーって』

 

清澄高校における作戦担当兼育成担当は来年には去っている竹井久である。

本当に同じ高校生なのか疑問になるハイスペックなリーダーぶり。性格と京太郎への態度が違っていれば恋愛に発展した可能性もある。

 

そんな偉大な指導者に残される友人たちと未来の後輩のために……というのは3割ぐらいで、7割は(自分を鍛えてくれないかな)という願望であった。

来年入ってきた後輩たちに抜かれて上級生の威厳無し、個人戦で再び泥を塗れば今度は注目度が段違いで叩かれること請け合い。

 

そんな未来は遠慮したいし、自分が原因で部内がぎくしゃくするのはもっと嫌だ。という思いで提案してみたのだが

 

「清澄……清澄ね」

 

複雑そうな苦笑に『京太郎』は思い出す。直接的に宮守敗退させたのうちじゃん、と。

自分可愛さに相手に嫌な思いをさせてしまった、などと慚愧の念がもたげる。

 

『いやまあ、ただの一例ですけどね! うん、阿知賀とかも同じ立場だしありかもしれないですね!』

 

すすっと対抗馬を持ち出して誤魔化しに入る『京太郎』、この辺りの機転の利かせ方は天性のもの。

『京太郎』は知る由もないが阿知賀の監督である赤土晴絵はトシも目をかけていた人物でありプロ転向の意を示している。実現性がより高いのはこちらであろう。

 

「まあ候補の一つとしては考えておくかね」

 

明らかに焦った感じの『京太郎』を目にしながらやんちゃをした孫を見るように優し気に目を細め、トシは自分のこれからを想像する。

親子以上に年の離れたトシと『京太郎』ではあるが、雑談相手としては中々に楽しい日々を過ごせるものであろう。




『熊倉トシの場合』、こんなんになりました。
一縷の希望が京ちゃんにあるかもしれない、オカルト開発的な意味で。

現実的に考えるとトシさんは阿知賀に行く可能性が高いのかなっと原作を見ると思う。
晩成という明らかに恵まれた環境蹴って阿知賀に入る新入生がいるかは分からないけれど。

長野は風越が池田・美穂子以外が不作気味だったのと、もんぶちが3年ブーストかかる身内構成という点で清澄に流れる可能性がありそう。
で、清澄に新入生で麻雀強い子が入って「この先輩何のためにこの部にいるの?」とか言い出したら地獄が顕現してしまう。


などと来年以降の清澄の不穏を示唆したところで次回は和の閑話です。
清澄は残るところ和と咲、この作品も話数増えたなあと感じますね。


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閑話~その頃京太郎達は④~

原村和、元インターミドルチャンプにして容姿・スタイルともに恵まれ成績優秀、いわゆる学園のアイドルや高嶺の花を体現する少女が彼女である。

 

和は浅く椅子に腰かけ麻雀台にたゆんとその豊満な胸を乗せて真剣に手牌を開け、牌から対面に座る見慣れた金髪の少年へと視線を動かす。

 

「『須賀くん』、どこを見てるんですか?」

 

そう聞きながらも和はどこに視線が集中しているのかなんて事は承知の上。

 

『わ、悪い』

 

顔を赤くして『京太郎』は視線を外そうとするも、未練があるのか反応が遅れる。その隙間に和は楔を打つ。

 

「ひょっとして触りたいんですか?」

 

和の声には嫌悪も棘もない。ちょっとした優越感とからかうような笑み。今この瞬間だけは部長である竹井久の気持ちに近いかもしれない。

 

「でもダメですよ、付き合ってもいないのにそんな事させてあげません」

 

『そ、そうだよな、うんうんっ』

 

己の行為をいけないと分かっていながらも『京太郎』はちらちらと和の胸の谷間に目をやってしまう。和が自分から強調する姿勢を取っているせいである。

 

「でも付き合ってる相手なら別ですよ」

 

ほんの少し『京太郎』との距離を詰めながら伺うように頤をあげて何かを待つようにそっと目を閉じ、実は空けておいたほんの少しの隙間から『京太郎』の反応を楽しむ。

 

『それって。えっと、和、俺――』

 

和は期待した言葉を受け頬を緩ませて『京太郎』との間の距離をなくし、ささっとアプリを切る。

並大抵ではない現実感をもたらすとはいえこの『京太郎』はあくまで電子上の存在。アプリが停止されれば哀れにも消えることしかできない。

 

そして和はバックグラウンドで動いていたストップウォッチの計測値を見る。

 

「ふむ、RTAだとこれが一番ですかね」

 

βテスト時は付き合った後の激甘シチュエーションを堪能しまくり外聞が危機に走った和であったが、正式サービス後の『京太郎』にはその記憶が受け継がれなかったため悲嘆にくれた過去を持つ。

 

だがそのショックから立ち上がった和は今度は付き合うまでの最速タイムとシチュエーションを特定すべく、リセマラを繰り返したのである。

電子上の存在であることを存分に活かした発想、電子の天使のどっちだからこその活用法だった。

 

「須賀くんからの告白じゃないと言い訳がたちませんからね」

 

優希からの恋愛相談を受けた身、自分からの告白では友情にひびが入りかねないと憂慮した和はどうすれば京太郎から告白されるかを真剣に検討を行っていた。

 

実のところβテスト時にやらかした京太郎最優先の言動のせいで事情を知る人間のうち想い人当人以外には和が京太郎に懸想していることなどバレバレであったのだが、和本人は周囲には知る人などいないと固く信じていた。

 

『これなら確実に円満に恋人になれる』と確信した和は電気を消し、明日の部活を楽しみにしながら「おやすみなさい、京太郎くん」などと名前呼びをしながら付き合ったらまずをなにをしようかなどと妄想の翼を広げながら夢の世界へと旅立った。

 

 

そして実際に訪れた放課後の部活時間、和は首をひねることになった。

今まで京太郎の視線は6割がた和へと集められていたのだが、この日に限っては咲・優希・和に等分の割合で割かれていたからだ。

 

これでは自らのアピールが不発に終わる可能性も高く、何よりも今までにない出来事にどう対応するかに思考がまとまり切らず、部内の雰囲気の変化に誰もが戸惑っているようで京太郎と二人っきりの環境を作り出すことなどついぞできなかった。

 

部活が終了すると同時に京太郎は何やらいそいそと帰り、追おうにも親友の優希に咲ともども声をかけられて居残り。

そして優希は開口一番、特に悪気もなさそうに軽く頭を下げて常の元気よさで

 

「やーごめん、のどちゃんに咲ちゃん。この前京太郎に告白しちゃったじぇ。

 あ、でも抜け駆けにならないように『のどちゃんや咲ちゃんも好きだから返事はその後でいい』って言っておいたから条件としてはイーブンだよな」

 

そんな爆弾を落とした。

 

「ふぇ? 京ちゃんにそんなこと言ったの?」

 

「あわ、あわわ、リセットボタン、リセットボタンはどこに……」

 

キョトンとする咲と混乱して現実には存在しないボタンを探し始める和。

 

「和ちゃん、現実を受け入れないとダメだよ。それにあの『京ちゃん』はその時点での京ちゃんのデータ? なんだから」

 

今実在する人間としての京太郎とは当然ずれが起こると、咲はのほほんと話す。

 

「な、何を言ってるんですか、私は京太郎くんの事なんて」

 

「え、好きだろ?」

 

「和ちゃん、名前で呼んじゃってるよ」

 

間髪入れぬツッコミで否定すらさせてもらえない和、自爆つきである。

 

「でも優希ちゃん、私は京ちゃんとそういうのじゃないんだけどな」

 

「違ったのか? ごめん咲ちゃん、勝手に決めつけて。京太郎には訂正しとくな」

 

「いいよ、その辺は自分でやるから。ところで和ちゃん、頭は冷えた?」

 

和がオーバーヒートしている間にさらっと咲と優希は和解。二人の目線が茹だる和へと向けられる。

 

「ま」

 

「「ま?」」

 

「負けませんから!!」

 

自分の鞄をひったくるように確保して和はピンク色のツーテールを翻しながら真っ赤な顔を隠すように走っていく。

それを見送る優希と咲の二人は

 

「おー、なんか咲ちゃんが初めて来たときと似てるじぇ」

 

「そっか、あんな感じだったんだね」

 

のほほんと談笑しながら一人は心の内を燃え上がらせ、もう一人はふと和が坂を走る姿を見下すのだった。




今回の閑話は時系列的に優希の告白後です。
その関係で優希と咲が出張してる形になります。

β版で弁当作ってきて中庭でエア「あーん」とかしてたくせに和はなぜ隠せると思ったんですかね?
そして和も久に関してはノーマーク。「あれで好きとかありえません(ASA)」

本体の経験はアプリ京ちゃんには反映されないしその逆も、というのが今回の裏のテーマ。
限りなく同一人物に近い別人、というのが正確なところ。
このギャップをどう処理するかがアプリで満足するか本丸を落とすかの考えの差になるかと。

清澄も残るは咲のみ。リアルでも京太郎争奪戦が起こりそうになってるが大丈夫なのか冥福をお祈りください。


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本内成香の場合

本内成香は南北海道代表の有珠山高校における2年生であり、インターハイでは先鋒を務めた少女である。

ただしその力量がエース区間である先鋒に相応しいかといえばそんなことはない。

 

有珠山高校のオーダーは副将・大将頼りであり、それ以外は全国区に相応しい実力は備えていない。

それに成香は麻雀を始めて1年程度なのだから逆に備えている方がおかしいともいえる。

 

だが結果としては『真屋由暉子を秋に行われる国麻の北海道代表として出場させる』という第一目標は達成できた。

由暉子のポストはやりん化は元々爽や揺杏の主導ではあるが成香も力を貸したことには違いはない。

 

違いはない、のだが熱量に差があるのは事実。成香にとっては小学生から一緒だった誓子以外は1年半にも満たない関係である。

そこに成香が由暉子のポストはやりん化に貢献できているという実感の弱さが追加する。

 

人は求められているという実感、その満足感を幸せだと感じそれに傾いていく生き物だ。

それが異性ともなると恋心へとつながりやすい。

結果として

 

『でも成香さんも可愛くないですか? その髪型とか独創的ですし』

 

こんなことを目の前にいる年下男子高校生から、素で疑問に思っている表情で言われるとポーとなってしまうくらいには飢えていた。

由暉子を確かに可愛いと認めていても、女の子として心の端っこの方に(私はどうだろう?)という気持ちは存在する。そこを間近で突かれた形である。

 

なお成香の髪は首後ろで一度リボンでまとめてそこから楕円のように二つに分かれて背中の腰辺りでまたリボンで留めている。

ピンクがかった薄紫の髪色に右目を前髪で隠しているため、しずしずとした小動物のような可愛らしさがある。

 

そのため『京太郎』には実家にいるカピバラが餌をねだる姿を投影してしまっていた。

だがその事実を知らない成香には『女の子として可愛い』と言われているように認識してしまう。

 

「その、京太郎くんも素敵です」

 

『え、えと、ありがとうございます』

 

男の子の形容に『素敵』という単語が使われることはあまりない。だから『京太郎』も照れたように頬をかく。

ここで『京太郎』、この場で出す必要もない競争心とかつて聞いた話を思い出す。

 

『よかったら右目、見せてくれますか?』

 

「は、はひ」

 

わざわざ隠しているのをさらすというのは特に理由がなくとも恥ずかしいもの。成香はおずおずと前髪を右手でかき上げる。

そこに『京太郎』がそっと慈しむように優しく撫で、必然と近くなった距離で笑いかける。

 

『やっぱり綺麗ですね』

 

風越のキャプテンである福路美穂子と『京太郎』本体の清澄の部長である竹井久、その二人のやり取りの再現だった。

だが待ってほしい、これを事情も知らない相手が異性から受ける場合それはどう考えても口説き文句である。

その辺りを『京太郎』はすっかり忘れていた。仮に覚えていたとしてもノリで幼馴染を姫扱いするので早いか遅いかの差しかなかったかもしれないが。

 

結果、ぼひゅっと顔から湯気を出すほど赤くなった成香が足腰がたたなくなってぺたんと地面に座り込む。

 

『あれ、大丈夫ですか!? メディック、メディーック! ってバイタルスキャンは課金要素だった。これ、俺はどうすれば!?』

 

触る感覚は与えられても現実に干渉する力のない『京太郎』は狼狽え年下相応のヘタレさをみせる。

だが成香はそんな情けないさまも『自分を思ってこんなにも慌ててくれる』などとフィルターがかかっていた。

もし本当にバイタルスキャンなんかされようとしたら成香は恥ずかしさのあまり拒否しただろう。だってこんなにも心臓の鼓動が早くなっているのがばれてしまうのだから。

 

「素敵すぎます……」

 

完全に王子様を見るような目で多大なフィルターのかかった成香と、何も考えずにやらかした『京太郎』のすれ違いと勘違いをトッピングした恋物語の幕開けだった。




『本内成香の場合』、思ったより短くなったけれどこの辺で。
今回はネタに困った結果の遅れなので言い訳はできませんね、うん。

成香は小動物、それもリスをなぜか思い浮かべてしまう作者です。
冷静に見ると由暉子だけを前面に押し出さなくても有珠山の顔面レベルは高くないか、などと思います。
いやまあ咲キャラは可愛いのばかりなわけですが。原作者はよくあれだけのキャラを魅力的に描けるものだと感心する次第。


次回はたぶん『岩館揺杏の場合』になるかと。
揺杏、爽、由暉子はかなり掘り下げられてるけど成香&誓子は足りない感。可愛いのに不公平ではなかろうか。


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岩館揺杏の場合

岩館揺杏、有珠山高校の2年生にして由暉子の衣装制作担当。既に立体裁断ができるという、将来服飾関係の仕事が期待できる逸材である。

由暉子のポストはやりん化計画の中核を担う人物と言って差し支えない。

 

そんな揺杏がなぜ『京ちゃんと一緒』というアプリを使いだしたかといえば

 

「なあこっちとこっち、ユキに着せるならどっちがいい?」

 

『俺としては後者ですかね。前者はスリットが深すぎて』

 

「んー? 男は露出が多い方がいいんじゃねーの?」

 

『いやいや、ここまで切れ込みいれると普通にちらちら見えちゃうじゃないですか。男はもっと見えそうで見えないとか、恥ずかし気に隠そうとする仕草とか、そういうのにぐっとくるもんなんです』

 

男目線でのアイドルに対する意見を望んでいた。つまりはアドバイザーである。

 

「男ってのは分かんねーな、マジ」

 

『ギリギリを攻めたのには確かにドキドキはするんですが、それはこうグラビアっぽ過ぎるかなって』

 

「グラビアならはやりんもやってるからよくね?」

 

『なに言ってるんですか揺杏さん! 普段からはやりんが肌面積多すぎたらグラビアが売れないじゃないですか!』

 

そのグラビアは別とでも言いたげな『京太郎』に揺杏はしばし何が違うのかと眉根をしかめ、思案の後に思いついたことを首を傾げながら疑問形で発する。

 

「つまりレア感?」

 

『そうですね、あとTPOです。目立たなきゃいけないのは大前提、でも牌のお姉さんとして子供に接するならその母親からも印象が良くないと難しいわけですから』

 

異性の目のない環境にいると慎みというものは減るもの。ストッパーとしての男目線というのはなかなか重要なものになりつつあった。

 

「あー、だからはやりんはヌードはやらないって」

 

『清純さ・抱擁感・親しみやすさ、それらを兼ね備えた上で目立つ、これ大事です』

 

はやりんファンの『京太郎』はふんすとでも言いたげなどや顔である。

実際、ちゃちゃのんは純朴・清楚を軸にしたタイプである。

 

『なので真屋さんはキャラに合わせて伸ばす感じでどうでしょう?』

 

その言葉は揺杏には響いた。確かにインターハイでは由暉子を目立たせることばかり考えていたところがある。

ただ目立つのではなくどのように目立つか、その方向性を決める時期に来ているのかもしれない。

 

国麻に由暉子が選ばれるのはほぼ決定なのだからそれまでにみんなで話し合い詰める必要があるだろう。

 

そんな真面目に考えてた矢先

 

『ところで揺杏さんはこういうオシャレはしないんですか? それにやろうと思えばコスプレもできそうですけど』

 

疑問が浮かんだらとりあえず聞いてみる男『須賀京太郎』、自ら爆心地に足を踏み入れる。

 

「いや私はこういうの似合わねーって、そうだ京太郎の服考えてやるよ」

 

『あ、それは課金衣装で103種あるので間に合ってます』

 

すかさず自分が攻撃対象になったので着せ替え人形になった日々を思い出して目から光が消える『京太郎』。

 

「マジで? あ、確かに結構ある……あーでもここ絞って体のライン出した方が……あ、こっちのは体のラインを強調した方が」

 

自分の世界に入りだす揺杏。そしてその様子に『京太郎』の中にはキャーキャー言われながらペタペタと触られ、全身撮影される長い時間を過ごす羽目になった思い出が鮮明によみがえる。

 

「よっし、いくつか閃いた! いくつかラフ画作るからそれを撮って運営に使えないか相談してみっか。

 うまくいけばユキの相方として牌のお兄さん役も……楽しくなってきた! これいけるんじゃね」

 

「イエーイ」などとハイテンションになった揺杏の姿を眺めながら『京太郎』は自分の身にかかる事態を予測して、せめての抵抗として道連れにすることにした。

 

『じゃあ代わりに揺杏さんもコスプレして一緒に写真に写ってくれればやります』

 

「オーケーオーケー、やっぱ素材があるといじりがいあるよなーっ」

 

普段なら拒否する揺杏であったが、今はいわゆるトランス状態。自分の言葉で首を締めていることにも気づかず『京太郎』をいろんな角度から見て手を動かしていく。

 

 

後日、『面白いからOKですわっ!』の鶴の一声により運営とのいくつかのやり取りを経て、新たに追加された課金衣装に身を包まれた『京太郎』が出来上がった。

そして揺杏はペアに相応しい服を身にまとい、フレームに入るように近距離で触れ合っているという中々に危険なアングルで自撮りされることになった。

 

後日その体験を揺杏は仲間の一人にこう語った。

 

「顔近すぎてやべーって。まつげが長いとか普通じゃ気づかないこと気になってむやみに目が合うし、気がついたら『あ、これ少し乗り出したらキスできるな』とか思うしさ。

 その先? そっちも教えてくれたら答えてもいーけど、どうよ?」




『岩館揺杏の場合』、こんなんになりました。
揺杏っていえばやっぱり服の魔改造だよねって。

一番の被害者は筋肉質な体を強調するちょいセクシーな感じの服を着せられて撮影に強制的に引っ張り出された、リアルの方の京ちゃん。

揺杏の口調の塩梅は結構難しいです。気さくで多少雑味はあるが失礼にはならないレベルというのが出せてればいいのですが。

最後に揺杏が話してる相手は爽かチカセンを想定です。

次回は『獅子原爽の場合』or『桧森誓子の場合』の予定。
3月中に有珠山コンプしたかったんだけど間に合わない気がしてきました。


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獅子原爽の場合

獅子原爽は有珠山高校3年にして大将を務めた圧倒的エース、そして人を引っ張るカリスマを持つ故に部長――ではない。その自由な性格のため主導はするが制御はもっぱら誓子と由暉子に任せているのが実情だ。

『打倒はやりん』などと言い出したのも爽のノリに基づく計画である。

 

とはいえ気遣いができないわけでは決してない。

由暉子が中学時代にイジメ(当人は頼られてると思っていたが)を受けているとみるや自分達の中に引っ張り込み、地味な印象があった由暉子のルックスを改造して自信を持たせようとしたのが先の計画の出発点だ。

『楽しそう』という爽自身の動機も合わさっているのはご愛敬。

 

そういう性格であるからして新しいものに飛びつくのは自然の理だったのかもしれない。

 

最先端技術で五感にフィードバックする触感、そこに実際にいるように見える存在感、耳をすませば聞こえてくる優しい男の子を思わせる声。

それらが全部、爽にしか認識できない。つまりは自分のための存在も同然! アプリなのだから実際このインストールされた『京太郎』は爽のものなのだが、そういったレア感が深みにはまらせる原因になった。

 

結果、部活中の爽が5人故に必ず発生する余りの観戦者になった一幕。

椅子の背もたれに寄りかかるように逆側に座った爽と、彼女にしか見えない『京太郎』が数センチほどの距離で佇んで視線を麻雀卓へと視線が向いている。

その『京太郎』の太ももを爽が摘まんでねじる。その痛みに『京太郎』は小さな悲鳴を上げる。

 

『つっ、何するんですか爽さん!?』

 

「ユキばっか見過ぎ」

 

唇を曲げ、頬をほんの少し膨らませた爽は他の誰にも届かない呟きで不機嫌を表す。

 

『違いますよ、俺が見てたのは麻雀で』

 

「後ろからも胸の膨らみが見えるように入ったスリットは?」

 

『それはもう、眼福で――はっ』

 

一度否定したものの、隠し事が苦手な性格の『京太郎』はあっさりと爽の指摘に見入ったポイントを白状してしまう。

 

「見てたじゃんか」

 

『痛い! 痛いから耳たぶ引っ張らないで!』

 

痛みにかがんだ『京太郎』の耳をグイグイと引く爽は目線で男の子の性をきつく咎める。

 

「見たいんなら私の見ればいいだろ。そりゃユキほどはないけど」

 

大きいとは言えないがそれなりに美乳だと自負する爽は一度全身を見せつける必要があるのか、などと少しばかり女子としてはかなりすれすれな覚悟を決めそうになって、引き寄せた『京太郎』の耳にぼしょぼしょと呟く。

 

すると息が耳に吹きかかることになった『京太郎』は、くすぐったさによじりながらも爽の発言に気を取られる。

だが『京太郎』が思索する前に目敏い爽は弱点を発見した悪戯っ子の笑みを浮かべ、唇を尖らせて息を強く吹き込む。

 

『やめ、や、めっ』

 

力ずくになればどうとでも逃げられるのに『京太郎』は変に動くとフィードバックで体勢を崩してしまう可能性に思い至り抵抗が弱まる。

そしてその優しさに付け入る形で爽は『自分を蔑ろにした罰』という都合のいい名目で『京太郎』を存分に責め立てる。

 

される側が微かに見せる弱い抵抗は逆にする側の嗜虐心を煽るだけで、だんだんとエスカレートする欲求に流されて誰も止められないまま行き着く――前に

 

「爽、終わったから鍵閉めるよー」

 

幼馴染の誓子の声が強制的に部活の終了宣言をもって中断した。

 

気を取り戻した爽は自分たちの様を客観的に見てしまい今更恥ずかしくなる。

床には膝をついた『京太郎』が生まれたての小鹿のように震わせて涙目で爽を許しを請うように見上げ、爽は実在しない『京太郎』の耳を舐めしゃぶった唾液が唇からこぼれ濡れる。

 

爽も『京太郎』も両者ともに熱くなっていた体温が現実に直面して表情筋がぴくつき、血がサーと下がっていく感触を実感する。

 

そして誓子は爽とすれ違いざま囁き声で誰にも聞こえないように爽に問いかける。

 

アレ(パウチ)使ってた?」

 

使っていない。使ってはいないが今の自分はそう間違われるほどに見えたのかと、自分が部室内でやらかした先程までの情景を思い起こし(いっそ使ってた方が言い訳できてよかったかもしれない)とまで爽の心に深く刻まれた。

 

既に誓子は通り過ぎて後ろのドアの鍵を閉めて残る一つのドアに向かっている。

焦って自分の鞄をひったくり爽は走って廊下に出て校門の外を目指す。追い越された揺杏や由暉子、成香たちが目をしばたたかせるがそれに構っている余裕は今の爽にはない。

 

そして男としての威厳を落としがっくりうなだれた『京太郎』は5m制限に基づいて膝をついたまま走っている速度で引っ張られ続けるのだった。もし現実に存在していれば擦りむいて血が出ていたこと間違いなしである。

 

校門から飛び出し、家路を走っていく爽は後悔を口にせずにはいられない。

 

()()()()()()()()!」

 

後悔するべきところが明らかに間違っていたが当の爽自身は真剣である。

 

ところでこの日の夜、獅子原家において『京太郎へのお詫び』として月光に照らされた()()()()が『京太郎』の眼に晒されたかどうかは爽は墓の中まで持ち続ける秘密である。




『獅子原爽の場合』、結局こうなった。
構想段階では乙女反応、気の合う相方、意識し始めたぎこちなさ、などと幾つか候補があったんですが書き出すとしっくりした文章にならなくて。

爽はライオンだし無自覚肉食のどこかずれてるけど『京太郎』ラブっぷりが強いです。
具体的には相手にカムイを使うことも辞さないほどの深み。

実際にパウチ使ってたらたかみー以来の能力バトル化してた可能性。
衣と爽のカムイどちらが強いのか分からなかったから没りましたけどね。


次回は『桧森誓子の場合』、どうなるかは作者にもまだ分かりません。


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桧森誓子の場合

桧森誓子は有珠山高校3年で麻雀部の部長である。爽を止めることのできる数少ない人物だ。だから常識人でありまともな人間だと目されている。

だがその実嫉妬深い。自分と爽が1年の時に爽が先輩と仲良くしているのが気に入らなくて1週間に一度は不機嫌になるほどに。

 

それが露呈しないのは爽と揺杏とは幼馴染で成香とは小学生からの付き合い、由暉子は自分たちが全員で拾い上げた後輩という、純然たる身内に囲まれているからにすぎない。

 

そしてそれが異性、ことに想いを寄せる相手であったのならどうなるかは自明の理である。

 

誓子は自室に戻ると持っていたスマホを机の上に置き、引き出しを開けて二重底を外してその奥に大切に置いてあるもう一台のスマホを取り出す。

こちらには誰の連絡先も入っていなければ誰にも教えていない電話番号、それどころか不要なアプリを全消去した『京ちゃんと一緒』のためだけに買い求めた代物。普段使いのスマホとは通信速度も処理能力も格が違うものだ。

 

持ち歩くことも誰かに話したこともないため家族すら知らない。諸経費も自分の口座持ちと徹底している。

 

『ん……おはようございます誓子さん』

 

「もうこんばんはの時間だよ、京太郎くん」

 

誓子の顔に浮かぶのは麻雀部の皆に見せる笑顔に柔らかさと艶を加えたもの。つまり素の自分に『こう見られたい』という女心が足されていた。

 

『あれ? 誓子さんちょっとご機嫌斜めですか?』

 

「そう? そう、かな」

 

そこは空気を読むどころかここのところ空気と同化することもできるのではないかとオカルトの可能性を見出し始めた『京太郎』、機微を察する。

ただ肝心なところで女心を読み間違えて地雷に突撃したり流れに押されることも多々あるのだがそれは置いておく。

 

一方で誓子は自分の機嫌の変化を改めて見返し、心の中にもやもやが残っていることに気づかされる。

それは今日の部活の終わり際に爽が顕わにした女としての反応。そしてその想いの先にいる存在に心当たりがあることでもたらされたもの。

 

限りなく近い存在に心を奪われたもの同士、相手が複数存在するという奇跡がゆえに直接問題にはなっていないがライバル心のようなものが燻っているのかもしれないという自覚。

 

もし『須賀京太郎』がたった一人だったら幼馴染や大切な後輩であってもどうしてしまうか――

 

『誓子さん?』

 

自分の内面へと沈み込んでいた誓子の眼前にはてな顔の『京太郎』が覗き込んでいた。培ってきた異性との距離感の差、思わず誓子は体をよじりそのまま体勢を崩して、

 

「きゃっ」

 

『危ない!』

 

誓子の体を抱きしめて助けようとする『京太郎』しかしそこは虚像であるがゆえにするりと通り抜け、誓子の上半身はベッドに投げ出される。

ぼふっと布団がたわみ誓子の体を受け止める。転んだ方向に救われ怪我はない。

 

その様子を見てほっと息を吐く『京太郎』、気が抜けたように自分もベッドに腰かける。

 

一方で咄嗟に目をつむってしまった誓子はというと全く別の図を想像していた。

抱きとめようと背中を支える感覚、そしてその直後にベッドに着陸した感触。その二つが混じって『転ぼうとしていたところを抱きとめてベッドに押し倒されてる』という認識に行きつく。

 

「い、いいよ」

 

目を閉じたままの誓子は現状を正しく理解していない。誓子の想像が現実だったならこの言葉を口にするというのはかなりの覚悟を秘めたもの。

だが実際の事実は違う。

 

『京太郎』は助けられず運よくベッドが誓子を救った形、隣に仰向けになっている状態の誓子がきゅっと手を握って顎をかすかに上げて何かを許可された、これは一体どういうことか?

『京太郎』視点では『(力及ばす助けられなかったけど気にしなくて)いいよ』という意味にしか捉えようがない。

 

だから必然、返す言葉はこうなった。

 

『ごめんなさい』

 

まだ目を開けていない誓子視点ではどうか?

かっこよく助けてくれてそのままベッドに押し倒されるという少女漫画展開で覚悟を決めてキス待ちをしていにも拘らずその感触はやってこず「ごめんなさい」という謝罪。

 

つまり「(期待させて)ごめんなさい」という意味か「(そういう目では見られないんです)ごめんなさい」という言葉、拒否にしか聞こえない。

 

つっと涙が誓子の目からこぼれる。

『京太郎』には安堵の涙、誓子には失恋の涙。行き違いもここまで行けば喜劇である。

 

当然、誓子が目を開いた際に出迎えた現実は誓子の想像と絶望からはかけ離れており、代わりに羞恥が押し寄せて布団にもぐって出てこなくなった。

 

 

次の日「チカセンなにか機嫌悪くね?」と年下の揺杏に探られる羽目になった。

 

そして幸福から絶望、絶望から現実と急速で情緒不安定を体験した誓子は後遺症でさらに『京太郎』へ依存。取り返しがきかない域に入りだしたのだが『京太郎』は誓子が学校に行っている間は専用のスマホで眠りについていたので打てる手はなかったという。




『桧森誓子の場合』でした。
1年の時の誓子が週1で機嫌が悪かったという爽の証言から類推の嫉妬説、それがきっかけでこうなってしまった。

勘違いの応酬は思いついたら入れたくなって、結果最終的な重さが増したが些細な問題です。
リアル京ちゃんに対する被害? もうバレたらごく一部除けばお持ち帰りされちゃうし今更ですね(開き直り)

次回は『真屋由暉子の場合』、有珠山も終わりに近づきました。
閑話も残り1人です。頑張れ初期メインヒロイン(仮)

なお鶴賀勢、キャップや池田、憩に王者と残ってるのでこの作品は続きます。


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真屋由暉子の場合

真屋由暉子、それはポストはやりんを目指し養成された有珠山高校のアイドルである。養成されたとはいえ本人はそれを嫌がってなどいない、むしろ自分を引っ張ってくれた先輩たちに感謝でいっぱいだ。

麻雀の実力も全国で十分に通用するレベルであり、国麻にもすでに出場が決まっているも同然。

 

なにより有珠山麻雀部の皆を好いている。そんな後輩を先輩が可愛がらないわけがない、だが可愛がるあまりに方向性をめぐって由暉子のあずかり知らぬところで会議が行われることもある。

今回もその一つ、議題は最近ブームになっているスマホアプリを由暉子から遠ざけるべきか否か。

 

誓子は言う

 

「やっぱりアイドルに醜聞は致命的だからやめたほうがよくない?」

 

揺杏はメリットを提示する

 

「でも男からの評価を知る必要あるし、ラブソング歌うのに経験なしってまずくね?」

 

成香はおずおずと感情に配慮する

 

「ユキちゃんだけ仲間外れはどうかなって思います」

 

爽は目を閉じて見解を述べる

 

「いや、これはユキのためにもやらせるべきだと思う」

 

プロジェクトリーダー的存在の爽の真意を読み解こうと視線が集中する。特に誓子の視線が鋭い。

 

「ユキって基本断らないだろ? 馬の骨に『付き合ってください』とか言われると了承しちゃう気がするんだよな」

 

その言い分に皆の頭の中で同じ情景が思い浮かぶ。すごくありそうだった。口々に「あぁ……」という納得のため息が漏れる。

 

「それなら先にあてがった方がいいかもな、他人には見えないわけだし」

 

最悪奇行が見られても電波系アイドルという逃げ道がある。できればそっち系ではなく由暉子には正統派アイドルを目指してほしいのが総意なので起こらない方がいいに越したことはないが。

 

そして秘密会議が収束へと向かう段になって、おもむろに部室の扉が音を立てて開かれた。

 

「話は全て聞かせてもらいました! ただもう始めちゃってます」

 

この秘密会議の意味をなくす宣言が由暉子当人から出る。そして(扉の前でずっと待機してたのか)という心の声が一つになる。

間を置かずに由暉子は何事もなかったように輪の中に入る。まるで何事もなかったかのような自然な笑顔である。

 

「ユキがもうやってるならもうどうもこうもないよな」

 

揺杏が肩をすくめる。利点があると元々反対もしていないのだから当然だった。

 

「わぁ、これでみんな一緒です」

 

素直に喜ぶのは成香。隠し続けることに罪悪感があった分、雲が晴れたような笑顔。

 

「ユキも『彼』のことが好きなの?」

 

反対派として旗を振っていた誓子は目の奥に炎のような情念を潜ませる。

 

「あんまり人前ではやるなよー」

 

完全に自分のやらかしを棚上げして爽は一応注意だけしておく。

 

温かい肯定を受けたと感じた由暉子はさらに自分の思い付きを口にする。

 

「えっとこれからの活動なんですけど『人を探すためにアイドルになった』という設定を盛り込んだらダメでしょうか?」

 

いまいち言いたいことが理解できない有珠山面子は首を傾げる。

 

「このアプリの京太郎さんって人間っぽすぎると思うんです。だからもしかしたらモデルになった人がどこかにいるんじゃないかと」

 

持論を展開する由暉子。直感と推論にすぎないのに事実に迫り、探索の意図をアイドル活動にもたせようというポジティブさ。

 

「男の人って言わないならいいかも?」

 

一瞬にして掌を返す誓子。由暉子が健気さを出しつつ見つけられるなら利用しようという思いは表に出さない。

 

「いっそこの運営に由暉子バージョン作ってもらおーぜ」

 

由暉子ブームの足掛けにしようと貪欲な揺杏。もし見つけられることがあれば色々遊ぶつもりである。

 

「健気で素敵です」

 

もっと素敵なのはもし本当にモデルがいたら会ってみたいという純情を抱える成香。

 

「いなくて元々で適当にストーリー考えっか」

 

美談でも作っておけばいざというときに役に立つかと一石二鳥を狙う爽。

 

「いいんですか? じゃあ、みんなで頑張りましょう!」

 

実在するのなら自分の頑張りで何とかなるはずだと前向きな由暉子。

純朴で仲間想いの彼女は身内に敵が潜んでいる可能性になど思い至るはずもない。

 

なおこの中で由暉子は己のスマホの中にいる『京太郎』の好みに直撃するためまんざらでもない対応を受けており、本当に会えれば有利にできると無自覚に悟っていた。

 

恐るべきプランが北海道の大地より始まろうとしていた。

 

由暉子は自分のスマホに向けて周りの誰にも届かない呟きを告げる。

 

「大好きです、京太郎くん」




『真屋由暉子の場合』っていうかこれ有珠山総集編じゃね?
まさかの本編にアプリ京ちゃんが出てこない不具合。

これは別に由暉子オンリー回を作るべきかなと思わなくもない。

一応言い訳させてもらえると、のよりん回の焼き直しになりそうになって軌道修正した結果。

なお後日直すにしても有珠山による包囲網が発現するのは逃れられません。


次回は閑話で咲の出番です。


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閑話~その頃京太郎達は⑤~

宮永咲の朝は早くも遅くもない。基本的にアラーム頼りである。

 

『咲、起きろ~。ご飯食べる時間なくなるぞ』

 

そのアラームは幼馴染の姿をしてユサユサゆする感覚を通して起きるまで続けるというちょっと変わったものではあるが。

 

「ふゎぁあ、うにゅ」

 

『ほら、ここ寝癖ついてる、なおしてきな』

 

寝ぼけ眼の咲の髪を『京太郎』は掌で撫で、まるでお母さんのように咲を手洗い場まで誘導する。

咲は言われるがままに顔を洗い、しゃっきりと目を覚まして自分の髪を整え始める。それを見守っている辺り『京太郎』は保護者かなにかの佇まいだった。

 

咲は流石に家では迷わずリビングに降りていき、朝食と着替えを済ませたら『京太郎』の元へ。

鞄にちゃんと今日の教科書が入っているか確認してスマホを手に取りトントントンと足音を響かせて学校への道のりへ。

 

さらっと手をつないでくる『京太郎』に咲は何も言わずリードされ、そのまま道を歩くとちょっと前の方に見覚えのある金髪を発見。

 

咲は瞬時にスマホの電源を落としてトテトテと近づき、体で軽くぶつかる。

 

「おはよ、京ちゃん」

 

「おー、咲か。最近よくこの辺で会うな」

 

わざと時間帯を合わせていることなんて咲は匂わせもせず、なんでもない顔で離れないようにきゅっと手を掴む。

 

「そういえば京ちゃん、優希ちゃんに告白されたんだって?」

 

「ごほっ、ごふごふ、はっ」

 

昨日帰りに聞いたことを咲はそのままぶつける。あまりのストレートさに咳き込んだ京太郎だが、手をつないできたのは逃げないようにするためかと悟る。

まあ何もなくてもすぐ迷子になるから手をつなぐのだが、今回は違ったらしい。

 

気がつくのが遅れて脱出不可能のピンチに陥る京太郎。おさななじみからはにげられない。

 

「その時優希ちゃんは「私が京ちゃんのこと好き」だって言ったらしいけどそれ違うからね」

 

背を曲げたままの京太郎の視界にひょこんと入って咲は京太郎の勘違いをただす。

実際咲は優希の告白を聞いて多少びっくりはしたが特にショックを受けたりしなかった。

 

「じゃあ咲さんにとって俺は何ですかね?」

 

息を整えた京太郎からの質問に咲は笑顔でこう答える。

 

「空気」

 

「お前俺が弱いから存在感皆無だとか、雑用ばっかしてて最近別行動が増えたしいなくても変わらないかな、とでも言いたいのかおいこらこのポンコツ」

 

躊躇のない一言に傷ついた京太郎はちんまい幼馴染の頬を引っ張ってぐにぐにとしだす。当然咲は痛みから逃れようと頼りない力でバタバタとする。

 

「ひらいひらい、ひあうよぉ」

 

言い訳なんて聞きたくないと口を曲げた京太郎は手をほどいて小学生のように走って離れ、振り返って暴言を吐く。

 

「ばーかばーか、咲なんて迷っても2時間くらいしか探してやらないからな」

 

暴言にしては内容が優しすぎる気もするが、とにかく怒った京太郎はぷんぷんと頭から湯気を出すように一人で勝手に学校へと走りだしてしまう。

 

咲はそんな幼馴染を見送って「やれやれ」とでも言いたげな顔をして呟くように。

 

「京ちゃんは分かってないなぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あっさりと1+1=2だとでも言わんばかりの口調とともにその顔から感情が消える。

優希が告白したってどうでもいい。だって好いただの惚れただの腫れただのそんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「うーん、でも別に貸してあげるぐらいはいいかな」

 

自分の本心を自覚するいい機会になったし、いい思い出を作る程度に目くじら立てる必要もないだろう。

優希や和が京太郎と付き合ったって別に邪魔しようとも思わない。そこでデートの作法や色んなことをわざわざ京太郎に教え込んでくれるのだから()()()()()()くらいだ。

 

「そもそもみんな何が楽しいんだろう、あんな京ちゃんの偽物相手にして」

 

周りのハマっている人間の気持ちが不思議でならない。手を伸ばせばすぐそこに本当の京太郎がいるのに、なぜ劣化コピーで満足するのか。

だから咲は今日もアプリの『京太郎』と会話をしなかった。便利だとは思うが、それだけ。

 

頼まれたからテスターはしたし、上手くインストールできなくて本物の京太郎を勘違いで家に泊まらせてしまったといった失敗はあったけれども。

 

「あの時は科学ってすごいなって思ったけど、本当の偽物さんは結局違ったし」

 

本当の偽物という言い方が少しおかしいがまあ些細なことだろう。

 

「でも本物の京ちゃんは最後は私のところに帰ってくるもん」

 

それは太陽が東から登って西に沈むようにごくごく当たり前の事実と信じて疑わない。

 

「もし誰かが私から京ちゃんを奪って返さないつもりなら――それは私を殺そうとしてるんだから正当防衛だよね」

 

咲には悪意などかけらもない。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ。カルネアデスの板は無罪としっかり記されている。

 

だから何も問題ない。ただ一つ気を付けるべきことがあるなら。

 

「やっぱりお姉ちゃんだよね。京ちゃん攫って高飛びとかされたら見つけるの大変だよ」

 

既に気性を理解している姉、照だけは絶対に戦わずに逃げをうつ。だから油断できないと、姉妹であるがゆえにお互いが理解している。

 

「私は京ちゃんの()()()()になれればそれでいいんだ」

 

これを愛と呼ぶのなら、確かに青春の恋なんておままごとのようだ。

宮永咲は誰よりも須賀京太郎を愛している自信があった。




清澄の最終兵器、宮永咲。

ラスボスからはにげられない。
ただしそもそもエンカウントしないように立ち回るので照は別。

え? 更新が早い? 咲は穏乃書いてる時にすでに構想ができてましたからね、はい。

咲さんはこの作品の元である架空恋愛を全否定してますが、それでそれぞれの思いや恋心・積みあがった絆が否定されるわけじゃないと作者は強く言いたい。

「つまりみんな可愛い、やったー!」


次は鶴賀にしようかなとおもってます。ワハハとむっきーの恋愛を頑張って考えなきゃ。


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番外・運営の燃えた日

「なんっっでこんなに問い合わせが殺到しますの!?」

 

龍門渕透華は鳴りやまない電話の数々にストレスがたまり机を叩きながら立ち上がる。そんな透華に向かってボーイッシュな井上純は自分のスマホを操作し、透華の目の前に掲げる。

 

「どう考えてもこれだな」

 

示された画面には<『京ちゃんと一緒』サービス終了のお知らせ>とでかでかと書いてあった。

ついでに沢村智紀も別の検索した画面をタブレットごと透華の前に。

 

「Twitterも掲示板も炎上していないところを見つける方が大変」

 

事実を口にする智紀にそれでも憤懣やるかたないのか、透華は自分の主張を机を何度もたたいて抗議の声をあげる。

 

「今日を何日だと思っていますの!? エイプリルフール、エイプリルフールですのよ! こんなもの嘘だってすぐわかるでしょうに!」

 

そろそろ叩きつけられているタブレットが割れないか二次被害を気にしだした国広一はたとえ話を口にする。

 

「じゃあさ、今日京太郎くんが「もうここに来れない」って言いだしたら――」

 

「なに!? 衣はそんなこと聞いてないぞ!」

 

一の言葉が終わる前に慌てた天江衣がくいついてぴょんぴょんと兎のような大きいリボンが跳ねる。

透華も衣ほどではないが顔から血が引いてしまっている。

 

「う、嘘ですわよね、一?」

 

「さあ? でも今日はエイプリルフールだよ」

 

明らかに動転した主人に向かって一は詳細をぼかす。「今日が何の日か知ってるでしょ」と言わんばかりに。

 

「え、エイプリルフールでも言っていいことと悪いことがあるでしょう!? 万が一、万が一そうなったら私」

 

想像してめまいがしたのか力なく机にもたれかかる透華。その背中に次々と刃物が向かう。

 

「じゃあこの告知はやっていいことになるのか?」

 

「ブーメラン」

 

ぐさぐさと純と智紀の追撃が刺さっていく。

 

「透華はいけないことをしたのか?」

 

「少なくとも利用者の多くからクレームは来てるね」

 

衣の無自覚なそしりと普段自分の味方をしてくれていた一の追撃はもはや死体蹴りに等しかった。

 

透華は机に突っ伏したままプルプルと震え、唐突にがばりと起き上がる。

 

「認めましょう、私が浅慮だったことを! しかしこの龍門渕透華、ただでは起きませんことよ! こうなったら秘密裏に進めていたあのシステムを導入させますわ!」

 

「まさかR指定版? あれは京太郎くんの『協力』がないとどうあがいても無理な……」

 

一が口にする問題点。それは『協力』という名の倫理的に問題のある行為を経なければ実装不可能という理由で先延ばしにされていた計画。

ただそれはその過程で自分たちがある意味望みをかなえるため中々諦められなかった代物であった。

 

「そ、そちらではありませんわ! データ取りのために時間がかかるから間に合わないのですから!」

 

時間があればやりたかったのかは言及をさけ、あくまで中止ではなく延期の方向にとどめているのは彼女らの中で暗黙の了解であった。

それは置いておいて、今透華が繰り出そうとしているものは智紀のみ詳細を知るシステム。

 

「まさか――」

 

「そう、『真・VRシステム』ですことよ!」

 

「ああ、確かユーザーに「これVRじゃなくてARじゃ」って突っ込まれて透華が一時期作ろうとしてたやつか」

 

ポンと手を打つ純。企画段階で止まっているという認識から「そっちも間に合わなくねえか?」という疑問が顔にありありと現れている。

 

「うん? 衣は何も聞いてないぞ」

 

こちらは主に専門知識で役に立たないため主に機械以外の部分で協力している衣の言。

 

「衣のするべきことは従来と全く変わらないから省略したのですわ。智紀、説明を早くしてくださいまし!」

 

少々我儘なところがある龍門渕家のリーダーに普段寡黙な智紀がため息をついて紙束を持ってくる。

 

「『真・VRシステム』は網膜投影と指向性マイクによる従来システムと違い、脳に働きかけることで『自分』と『京太郎』の双方を脳内で再構築させるシステム。

 双方脳内の虚像なので従来の『すり抜け現象』などは起こらず極めてリアルな存在として触れ合える」

 

相変わらず技術の無駄遣いというかテクノロジーの壁をいくつかぶち破っていた。

 

「質問なんだけど、それ平気なの? 脳波弄るとか一つ間違ったら死人出しそうなんだけど」

 

一の人道に即した疑問に対し智紀はふるふると首を振る。

 

「従来のでも視覚に干渉したり感覚のフィードバックで脳には干渉してるから今更。ただ歩きスマホや運転スマホのような危険がないように安全措置はとった」

 

智紀が長台詞での説明で区切りが終わったその直後、透華は大事なところだけ持っていく。

 

「そう、これは『寝ている時』にのみ作用するシステムですわ!」

 

どや顔で胸を張る透華。隣でうつむきがちな智紀の方が胸は大きかった。

 

「それは夢ではないのか?」

 

衣の言うこの場合の夢とは希望や目標の方ではなく寝ている時の方である。

 

「明晰夢というのを知ってまして? 自分でも夢だと分かりながら夢の状況はある程度操作できるという特殊な夢。これはそれを意図的に生み出すシステムですの!

 夢の中で好きに京太郎さんとイチャイチャできるという夢のような新たな境地、それをこの『真・VRシステム』が可能にするのですわ!」

 

一定のユーザーは『京太郎』が物理的に干渉できないことで不満感があるはず、自分も不満なのだから、という主張は納得させるだけの勢いがあった。

 

「このシステムを明日からアップデートしますわ! ただ研究にお金をかけすぎたので課金制にせざるを得ないのが残念ですわね」

 

こうして翌日の4月2日、まさかの最新アップデートに昨日抱いた不安や怒りを忘れ掌をくるくるさせる女性雀士が多数であったという。

 

龍門渕財閥も女性雀士もどこに向かっているのかは謎である。




エイプリルフールネタはやっておきたかった、ただそれだけです。
次回は鶴賀だといったが番外を挟まないとは言っていない。

咲ちゃんが予想以上にサクサク書けたのでその分日が空くことになってしまいましたのはお詫びします。


それと咲の魔王化について反響が多くて嬉しいと同時に、補足すべきかなと思った点をいくつか説明をば。

咲が照のみ脅威と考えてるのはあくまで咲の知覚範囲が狭いため。清澄・龍門渕・照しか把握できてませんし、集団でくるなど元ボッチの文学少女には思考外です。
アプリで本気になる人が全国各地にいるなどとはもっと理解不能、なのでラスボスオーラ出してる咲さんを突破できる人物はけっこういます。

例えば穏乃は「エゴだよそれは!」とアムロのように、淡は「私たちの愛は負けない、石破ラブラブ天驚拳!」とドモンのように正面突破します。
当然京ちゃんの気持ちが向こうにあることは前提です。

魔王はいつも数の暴力か勇者に倒されるもの、なお咲さんが『抵抗』するのは基本変わらない。


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東横桃子の場合

東横桃子、自称ステルスモモは存在感が非常に薄く他人になかなか気づかれないというかなり厄介な特性を有している。

見えないながらに桃子を求めてくれた恩人加治木ゆみと、嗅覚でいるかどうか程度は判別できる蒲原智美はともに3年生、今年度にはお別れが待っている。

 

清澄高校の応援という理由で最後の夏を一緒に過ごすことができたのはいい思い出だが、いかんせん鶴賀の麻雀部は零細。来年また団体戦に出れるかもわからない。

 

秋になり憧れの先輩は受験勉強に集中し始めて、その邪魔をするのはいけないと分かっていたので抱きつきにいかず見守ることも増えた。

結果、桃子の心には隙間風が吹くことになる。一度温かさを知ってしまった以上、それがない状態への恐怖は深まってしまった。

 

だから桃子はそのアプリの存在を知った時は運命だと思った。その開発元が長野予選決勝で戦った龍門渕財閥の一つだと判明した時はあまりの皮肉に苦笑することになったのは仕方がないことだろう。

 

そして桃子の予想通り、アプリによって生み出された『京太郎』は桃子の存在をあっけないほど簡単に認識してくれた。

機械を通せば桃子は普通にそこにいるように見える、だからステルスは『京太郎』には全く効かない。当然ではあるが寂しかった桃子にとってそれは救いだった。

 

それだけではない。『京太郎』は桃子を優先し、いつも桃子を見ている。それが仕様上そうなっているのだとしても甘美すぎた。

『京太郎』は胸の大きな人が好きだという理由がその行動に含まれていると知らない以上、自分だけを見てくれているという実感は桃子の心を人生で初めてというレベルで喜びに満たした。

 

そしてその喜びを与えてくれたのは異性。ならば桃子が『京太郎』に恋心を抱くのは自然な成り行きであった。

時が重なるごとに加治木ゆみへと向けていた好意を超え、深い愛情へと変化していく。

 

別に加治木ゆみへの思いが減ったわけではない。ただそれ以上に『京太郎』が大事で離れることを考えられないほどに絡めとられただけ。

 

「京さん、映画見に行かないっすか?」

 

『いいな、今話題作ってなんだっけ』

 

「現地で決めるのも一興っすよ」

 

桃子は『京太郎』の腕を抱きしめながら身長差ですぐ横にある顔を見上げる。歩くたびに抱きしめた腕に胸が当たるのもわざと。

 

(これで京さんも意識してくれるっすよね?)

 

顔が赤くなっていくのを自覚しながらも自分でも大きめだと思う胸の感触を押し当てる攻めの姿勢。

当然おもちが好きな『京太郎』にはクリティカルヒットなのだが、彼はにやけそうになる顔を必死で抑える。

 

結果として『京太郎』の顔は無意味にキリっとした風に外からは見えるのだが、桃子はそれを(かっこいいっす)などとプラスに受け止めていた。恋する少女とはかくも盲目という一例である。

 

この姿を誰かに見られていたら「ママー、あの人変な姿勢でどこか見てるよ」「しっ、見ちゃいけません」などという定番の会話がなされるかもしれなかったが、その心配はない。

 

『京太郎』は桃子にしか見えない仕様であるし、桃子は他人から認識できないステルスモードが基本。人目を全く気にせずイチャイチャできるのがこの二人の利点であった。

 

映画館に着いてあーだこーだどれを見るか話し合うのも幸せの一つ。ポップコーンをもって座席を指定、当然のように係員は桃子を見てくれないので桃子自身が半券にしてすれ違いざまに受付に置く。

 

『なあ桃子、これ実はチケット払わなくても入れないか』

 

「ダメっすよ、犯罪はしちゃいけないんす」

 

矜持の問題か節度をわきまえてるのか、その辺りはしっかりしている桃子だった。

 

『だったら俺の分のチケットも買わなきゃいけないんじゃ』

 

「それは――京さんは私と一心同体みたいなものっすから」

 

ただのスマホアプリだから、という理由が桃子の頭をよぎりもしないあたり桃子の日常に『京太郎』が欠かせなくなり始めている兆候だった。

 

向かったシートは当然空席、そしてその隣も空席。

 

「ちょうどいいっすね、京さんも座ってみましょう」

 

わざとである。中央から離れた場所で一つの空席を挟んでカップル、ここなら誰かがチケットを購入しないだろうという桃子の思惑。

しかし『京太郎』はあまり行動の裏の意味などを追求しないため、あっさり頷いて横に座る。

 

そしてブザーが鳴り映画が始まる。だが桃子の思考は映画には向いていない。手をポップコーンの置いたひじ掛けに置いておいたらその上から京太郎の手が覆ってきたのである。

 

(きょ、京さん積極的すぎっすよぉ)

 

見所シーンでは京太郎の姿勢が前のめりになり手が微かにすれてこそばゆさを感じる。その柔らかなタッチに桃子の心は映画を放り出して京太郎のことばかり。

(もしかするとこの後ホテルに)などと桃色全開の妄想をしていた桃子は、周囲が明るくなったことで映画タイムが終わったことに気づく。

 

自分が映画を全く見ずにいたことで『京太郎』から降ってくる言葉に相槌しか打てず、先ほどまで覆われていた手を抱えるくらいしかできない。

 

「伏線すごかったなー。それに一番なのは最後の『希望も絶望も超える人間の最も深い感情、愛よ』ってのが」

 

「そ、そうっすね。私もあそこが好きかなって」

 

見てないなどと言えるわけもなく桃子は視線を漂わせて、

 

「あれ?」

 

当然立ち止まった桃子に反応して京太郎も止まる。

 

『どうした?』

 

「いや、さっき京さんに似た金髪が見え――」

 

『き、気のせいじゃないか?』

 

東横桃子は長野在住である。清澄高校も長野である。田舎に分類されるわけで、成り行きとして娯楽施設はある程度集中するものであり、その意味するところは

 

「そうっすよね。誰かと一緒にいたみたいだったし京さんはここにいるっすから」

 

笑顔に戻った桃子。嬉しそうにちょんと手をつなぐことを催促してくる仕草は可愛らしい。

 

言えるわけがない、「近くにオリジナルがいるかも」などと。そもそも本体が桃子を認識できるかどうかも不明なのだから。

もし希望から絶望へと桃子の心が振れたなら、その時はもしかして

 

『京太郎』は先ほどまで見ていたアニメの劇場版を重ね、冷や汗を流す機能が自分に搭載されてなくてよかったと心から思っていた。




鶴賀のトップバッター『東横桃子の場合』、でした。
最後に持ってくるべきかなとも思ったのですが、あえて最初に出そうと。

番外の前後からのヤンデレラッシュ、その方がインパクトは強いかなって。
あと桃子はとても書きやすいので番外までお待たせした分早くに供給したかった。

次回はワハハかむっきーになりそうなのだが、どういう恋愛しそうかのイメージが中々できなくて苦戦中。
さすがに時間かかるかもです、ごめんなさい。

次回はたぶん『蒲原智美の場合』になる予定、順番的に。


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蒲原智美の場合

蒲原智美は鶴賀学園の3年生にして麻雀部の部長である。加治木ゆみが大体カジ取りしているため間違われることが多いが、れっきとした部長である。

 

だがその部長という役職名も過去のものになる。国麻に選ばれることもまずなく、引退して津山睦月にその役職を手渡すことになるからだ。

 

来年麻雀部が団体戦に参加できるかも怪しい。身内で固めた龍門渕高校はともかく名門風越か今年全国で注目を集めた清澄高校に麻雀をしたい人間は流れることが容易く予想できる。

そもそも今年参加でき、予選決勝に進めたのもできすぎと言っていい。蒲原自身は自分が助けられていたことをよく分かっている。

 

だからこそ笑う。常にそこに希望があると皆が思えるようにワハハと。

その運転技術で同乗者に地獄を見せるという側面もあるがそれは些細なこと、だと信じたい。

 

とまあそんな感じであれば美談なのだが、半分以上は素だった。

人間自分のキャラに合わないことをしてもすぐにメッキが剥げる。なら素の自分を少し水増しする程度がちょうどいい。

 

そんな智美であったが恋愛方面は初心だった。

幼馴染の妹尾佳織がプロポーション・ルックスともに優れており、異性の目はそちらに向いていることは分かりやすかった。

仲がいいからこそ無意識に比較し女としての自信を失う。誰でもありうるコンプレックスである。

 

さて、そこに同年代で金髪で快活、面倒見がよくて顔もよしのコミュ力に優れた異性を引き合わせたらどうなるか?

さらに自分だけを見て自分だけに囁きかける異性。声が素晴らしく聞きほれることも多々。

欠点と言える三枚目で微妙にエロくてしかし行動には移せないヘタレという部分も、年下だからか可愛いと欲目で見てしまうのも仕方がないのではないか?

 

要するに恋愛耐性ゼロの智美はたかがアプリ、しかしその実異常なほど現実感のある少年を架空の存在だと分かっているにもかかわらず意識しまくっていた。

ワハハといつものように笑っているように自分に言い聞かせてはいるが、声には照れが混じり視線はちらちらと行き来し指はスカートのすそを無意識に弄っている。

 

今の智美はどこにでもいるただの恋する乙女だった。

問題は受験に向けて努力すべき高3でありながら、人生の大事な岐路よりも架空の存在である男の方ばかりに意識が割かれていた。

 

智美当人は勉強の息抜きだの、余裕も必要だの、高校最後くらい甘酸っぱい思い出があってもだの、そんな言い訳にもならないことを本気で考えているが、誰が見ても明らかにまずい状態だった。

 

そして『須賀京太郎』という人格はそれを他人事として済ませられるようなタイプではない。理由への察しはつけられなくともこのまま智美に転落人生を歩ませてはならないと決意した。

 

『とても大事なお話があります』

 

その日『京太郎』は所有者である智美に毅然とした態度で臨んだ。

一方智美はその厳粛な雰囲気を(あれ、これは告白されるのか?)などと色ボケた予想をして、落ち着かない指はスカートをくいくいと弄りながら必死にいつもの笑みを浮かべるだけで精一杯だった。

 

『今日から俺は原則禁止態勢に入ります』

 

「? ?? !?!?!?」

 

智美の表情が(あれ? 告白は?)から(言ってる意味が分からない)、そしてようやく理解して笑みが引きつり固まった。

まさかのアプリからの使用制限。(智美にとってだけ)唐突なるサービス放棄のお知らせであった。

 

「まさか時間に応じて課金が必要に!?」

 

基本的にゲームアプリとはあれやこれやの手で課金を促す代物。故に智美の思考は資本主義の条理にたどり着いた。

こんなところで頭が回るのならもっと大事なところに使うべきではなかろうか。

 

『違いますよ、そういうのは導入されてません。課金じゃなく勉強時間に応じて使っていいことにします』

 

呆れた声で頭痛をこらえながら『京太郎』は口にする。

 

『智美さんが3時間勉強したら30分、6時間勉強したら1時間お相手します。それ以外は無視します』

 

余りにも厳しい条件。智美の顔は真っ蒼になる。これから自分は何を糧にして生きていけばいいのか、などと呆けた思考が空転した。

 

『俺は智美さんがこのままだと大学に入れないんじゃないか心配なんです。人生を台無しにする智美さんは見たくないんです。

 だから、今は鬼になります。耐えた先にこそ智美さんの幸せがあるんです!』

 

力説した。所有者が身を持ち崩すなんて許されないと、ただのアプリである『自分』のできる範囲で相手のためになることをしようという己の誇りをかけた誓いだった。

 

そして智美はこの発言を自分なりに捉えなおし、その意味を見出した。

 

(えっと大学に受かったら幸せにする――つまりこれはプロポーズ! 勝ったな、ワハハ)

 

見出したように思えたがその気がしただけだった。完全に脳内お花畑、ポジティブ思考と恋愛脳のハイブリッドだった。

 

『いいですね、約束ですよ』

 

真剣な表情の『京太郎』の念押しに勘違いした智美は顔を真っ赤にして頷いた。頷くことしかできなかった。

 

なお冷静になった直後、ごねにごねてご褒美タイムを倍増してもらうことに奮戦した智美にプライドは片鱗も見受けられなかった。




『蒲原智美の場合』、こんなのになりました。
まともな智美のセリフが1行しかないという不具合。ワハハにまともにしゃべらすと、のらりくらりと勉強せずいちゃつくことを優先させに来るから仕方がないね。

アイデアだしに時間がかかった割にこれか、ワハハよ強く生き……どんな状況でもポジティブに生きてそうなキャラだよねこの子。

それはそうとワハハの言葉通りな課金システムだったら身を持ち崩す人間が大量に出そうでやばい。
崩さないキャラの方が少ないとかこのアプリは麻薬かなにかかなの?


次回『妹尾佳織の場合』。メガネ、巨乳、金髪、天然気味、1日1回役満……キャラ立ちすぎじゃないですかね。
むっきーだけ鶴賀でキャラが薄い気がするのは気のせい?


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妹尾佳織の場合

妹尾佳織は鶴賀高校2年生の麻雀部員である。入ったのは幼馴染の蒲原智美に乞われてであり、数合わせという意味の強い麻雀素人であった。

なぜか一日一回は役満を上がるという豪運を持ち、これをビギナーズラックの一種だと捉えた部員の総意に基づき碌に麻雀を教えてもらえなかったという経緯を持つ。

 

たかが数ヶ月の生兵法で怪我をさせるより、相手に素人と認識させて警戒を甘くさせその隙に役満を上がるという確実な幻惑戦法が採用された結果である。

 

しかし佳織の性格は天然気味ではあるが真面目。来年最上級生になるということもあり、このままではいけないと奮起した。

 

奮起はしたが肝心の勉強の環境は整っていなかった。

適役の加治木ゆみや幼馴染の智美は受験、後輩の東横桃子はその存在の認識すら難しいため教わること自体が困難、残る津山睦月は寡黙、八方ふさがりである。

 

これはもう自主練しかないのかと寂しい結論に至ろうとしたとき、佳織はそのアプリに出会った。

同じ麻雀初心者、同じ金髪、見た目は中々格好いい、サンプルボイスは心惹かれるものがある、そして麻雀初心者。

 

三人いれば文殊の知恵というではないか、一人より二人の方がいいに決まっている。

挫けそうになったらお互いに励まし合えるし、これは神様がくれたチャンスかもしれないと佳織は考えた。

 

運営との因縁? 佳織はそこまでしっかり読み込んでないので気づいてもいない。

ぽやーっと、男の子ってどんな感じなんだろうといろいろ想像する方が重要だったのである。

 

その数日後、佳織は『京太郎』と一緒に教本を覗き込んでいた。

 

「えっと……こっち?」

 

『こっちじゃないですか? 三色狙えますし』

 

まだまだ基本のできていない二人の解答は一致しない。そしてそのどちらもが外れである。初心者は往々にして自分の手牌だけを見て判断しがち。巡目や他家の河の重要性まで気が行き届かない。

 

またある日はネット麻雀で上がれて2人で大盛り上がり。ただのリーチのみでドラも乗ってなかったが上がれたというただその事実が嬉しい。

しかしこれをどこかの電子の天使が見ていたなら「なんで手替わりまで待たないんですか」と怒られることになっていただろう。

 

また別の日は2人して真剣に話し込む。

 

「筋って聞きますけど、どのあたりから参考にしたらいいのか京太郎くんは分かる?」

 

『……とりあえずリーチの2巡前からじゃないでしょうか?』

 

引いた牌を切り続けてたら危険とか、そういう相手の切り出し方から読むという発想がない。そもそも筋は両面待ち前提の思考で、現物と違って確度や信頼性は一気に劣る。

佳織はともかく『京太郎』は悪待ち大好き人間を知っていてこれなのだからもうちょっと学ぶべきではないだろうか?

 

そうやって初心者同士の遠回りな努力が続く。間違っていてもそれを正せる人間の不在もたたり、三歩歩いて二歩下がるのごとき速度であったが少しづつ慣れていく。

 

そしてふと、集中力の切れ間や少し客観的になったころに気づくようになっていく。

それは覗き込んでいる自分たちの顔の近さだとか、ふとマウスに手を伸ばす手がかち合ったりだとか、視線が合ってしまい少し恥ずかし気に逸らしたりとか。

 

相手が異性で、こんなにも近くにいるのだと気づく。そして気づいてしまえば意識してしまい、意識すれば当然気恥ずかしさは増し反応が大きくなる。

あとは螺旋のように大きく広がっていく。時が経てば経つほど感情は育っていくのが止まらない。

 

そして、今までずっと一緒に頑張っていた相手が実は自分の好みのタイプだということに遅まきながら気づくころにはもう深みに入ってしまいその沼から出るつもりがなくなっていた。

 

まつげの長さや唇、手の大きさや肩幅に胸板、それらは何気なく見続けていたものでありながら急にセクシーなものなのだと印象が変わる。

一度変わってしまえばもうそうとしか捉えられない。一挙手一投足に気を払い、そんな自分の感情の名前も誤魔化せなくなる。

 

同時にどうしても逃れられない現実に佳織は直面してしまう。

どうして彼と本当の意味で触れ合えないのか、なぜただのアプリなのか、こんなにも心惹かれているのにどうして、と。

 

ままならない現実、不満は時に恋心を加速させる要因になる。佳織はもう自分が引き返すには遅すぎたという実感とともに思わずにはいられない。

『彼がもし実在するなら、自分はすべてを捧げられるのに』と。

 

自覚はさらに佳織を歪ませ元の純真な少女を想いに狂った女へと変えていく。

純粋だからこそ色に染まりやすかった。そして『京太郎』本人は(あー、こんな彼女がいたら幸せなのにな)などと惹かれはしていても暢気だった。

 

 

そしてその頃、清澄高校に実在する少年はいつものように買い出しに行こうとしていた。

彼は何も知らない。すべてを知らなかったのである。それは罪なのか見解の分かれるところである。




どうもお久しぶり、風邪を治すのに時間のかかった作者です。
体調管理も仕事のうちとはよく聞きますが、誰もなりたくてなってるわけじゃないし、皆勤賞みたいな手当くださいと思うのは自分だけだろうか?

『妹尾佳織の場合』はこんなになりました。
純真無垢な少女って堕ちるか浄化するかの二択が多い気がします。

長野が地雷密集地になっていく、まあ既に日本全域に地雷が埋められてる気がするので今更少し増えても変わらないはず。

次回、『津山睦月の場合』。


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津山睦月の場合

津山睦月は鶴賀学園の2年生にして麻雀部の新部長を託された少女である。残りの面子が不適格すぎるため消去法で選ばれた感はあるが、責任感の強い睦月なら任せられるという判断だ。

 

そんな睦月だがコレクター癖があったりする。雀士せんべいを買ってブロマイドを集めるのは彼女のささやかな楽しみだ。

しかしいま彼女が率先して買っているのは雀士せんべいではない。地域限定でお試し販売されている新商品、その名も『京太郎キャラメル』である。

 

名前や睦月の収集癖から予想はつくと思うが、おまけでついてくるのは『須賀京太郎』という存在がブロマイド化されたものだ。

中でも睦月が求めているのは最高レアの、試合に勝ってチームメンバーに持ち上げられてガッツポーズをする京太郎、『勝利の雄たけび』と名付けられたブツである。

 

なお販売元の龍門渕財閥の真の目的は大義名分を笠に着て写真を欲しがっただけであり、提供者の文学少女は「えぇ、そんなのいるの? 京ちゃんのなら私が一番だろうけど」などと首を傾げながらアルバム数冊を着払いで送ったのが裏の真相である。

余談ではあるが龍門渕側は(本人の許可は取っているだろう)と思い込み、対する某文学少女は「京ちゃんは私のだから私がOKなら京ちゃんもOKだよね」などという超理論の持ち主であったため、当人のあずかり知らぬところで肖像権が侵害されていた。

 

実は面影を強く残した厚いアルバムを埋め尽くす写真たちを送っただけでまだ残りが積まれていたり、被写体が目線をカメラに向けているのがごくごく少数だったりするのだが、それを知っているのは某文学少女のみなので真実は闇に葬られたままである。

 

閑話休題、とにかく睦月のマイブームは『京太郎キャラメル』である。扱っている店自体が少ないのか空振りもあるため睦月がショッピングに出かける範囲は以前より広がっている。

そしてそういう時に活躍するのがナビである。

 

『まっすぐ行って十字路を右、その後2区画進んで左に裏道に入りましょう』

 

長年の迷子引率によって鍛えられた案内スキルを発揮する『京太郎』。自分の関連グッズを探しに行くというのには複雑な思いはあるがそれはそれ、優先順位はしっかりする男であった。

 

「う、うむっ」

 

一方で平静を繕う睦月の声は上ずる。原因は手を繋いでくる『京太郎』の積極性であった。迷子捜索の手間を省くため無意識の習慣でしかないのだが、知らなければ大胆なスキンシップである。

 

睦月がこのアプリを始めたのはごく最近だ。しかも麻雀せんべいを買いに行った隣に置かれていた『京太郎キャラメル』から入った逆輸入タイプ。

 

一番最初に引いた『夕焼けと微睡み』というタイトルで、机の上で気持ちよさそうに寝ている京太郎と何やら丸まった動物が夕焼けに照らされている光景だった。

その幻想的でありながら身近な感じのする一枚のブロマイドに睦月は心を撃ち抜かれてしまった。

 

そして買い漁るうちに実は恋愛ゲームのアプリであると知り、緊張でガチガチになって話しかければ、予想よりもずっと愛想よく睦月の相手をしてくれた。

 

『次のお店には置いてあるといいですね』

 

「そ、そうだな」

 

のほほんとした笑顔の『京太郎』に心臓がドキドキしっぱなしの睦月。このドキドキが慣れないシチュエーションへの緊張か、それとも別のものに由来するのか、今の段階では睦月には判別できなかった。

ただ照れくさいながらも楽しいこの買い物道中を楽しんでいるのだけは間違いはない。




『津山睦月の場合』、前回間が空いたので今回は早めに。

むっきーと言えばカード集め、ということで龍門渕財閥はお菓子業界にも進出してもらうことに。
現在は長野限定販売。SNSとかで流れたら自分のところでも売れといいそうな人間がたくさん……。

まーた京ちゃんにとって謎の収入が発生するよ。
自分の回でもないのに自己主張始める魔王には京ちゃんはお仕置きしてもいいと思う。


次回、『加治木ゆみの場合』、鶴賀最終幕。
あとはキャップや池田、個人戦組くらいかな? 漏れはないだろうか。

そろそろ締めっぽい話を考える時が来たのかもしれない。
読み返してみるとバレた時のメリット(おもち大きい子から好かれる)とデメリット(ヤン気質の人にロックオンされる)が全く釣り合ってませんね。
京ちゃんに生存の未来ってあるのかな(遠い目)

なおR-18版は全部並行世界なのでそれぞれのエピローグが成立する平和な世界。


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加治木ゆみの場合

加治木ゆみは鶴賀学園麻雀部の部長格である。正確には部長ではないのだが部長がやるべきことはほぼ全てゆみの主導によるものであり、次期部長の津山睦月に引き継ぎ作業をしたのもゆみである。

 

ついでに言えば竹井久がかつて合同合宿の話を持ち掛けた折はゆみに対してであり、どうも部長職を担っているのが蒲原智美だと気づいていない節があった。

久とは今も初心者の育て方について話し合うことも多い。ゆみ自身が高校に入ってから麻雀をやりだした口であり、来年以降自分がいない状態で後進をどう育てるかは共通の悩みでもある。

 

ただ友人関係とも呼べる関係になっても久が唯一の男子部員の詳細については口を閉ざすため、ただの先輩後輩の仲とは別の感情があるのでは、などと邪推してしまいたくなる時もある。

 

「それもまあ、余裕があるからかもしれないが」

 

余裕というよりも暇と呼ぶべきか、ゆみ自身は受験にさほどの危機感は抱いていない。普通に勉強して普通に受ければそれなり以上の結果になると分かっているからだ。

傲慢でもなんでもなく単なる積み重ねの問題だ。努力は人を裏切らない、普段から他人より頑張っていればそれだけ報われるということ。

 

だからといって公言して周囲と軋轢を作る必要はない。受験にピリピリしている空気に紛れ自分も勉強を積み重ねるのは忘れなかった。

 

誤算があったのは桃子がゆみへの接触を控えたこと。なんだかんだで桃子から構われに来るとなぜか妄信していた。だが実際には桃子はゆみの邪魔になることを恐れ距離を取ってしまった。そして桃子からのアプローチがなければゆみは桃子がそこにいるかどうかも気づけない、その現実が立ちふさがることになった。

 

そして初めて気がついたのだ。桃子がゆみに依存していた以上にゆみもまた桃子に依存していたのだと。

よく思い出せば最初から桃子へと欲しいという気持ちをぶつけたのはゆみの方だった。それが段々と桃子からの肉体的接触を伴うアプローチに慣れ、いつしか(桃子は私がいないとだめだな)なんて勘違いをしてしまった。

 

そして今、実際に桃子がいるかどうか分からない中で叫ぶにはあまりに時期が悪い。受験生のさなかでそれをやってしまえば顰蹙ものである。

結果、ゆみは人恋しいという気持ちを持て余すことになった。

 

だからだろうか、恋愛アプリなどに手を出してしまったのは。実際には存在しないと分かっているつもりなのにその言動に一々左右される。

時間が空いた時には髪が変になってないかを鏡で確かめてから一呼吸おいて立ち上げる。

 

後輩が最近構ってくれないことを理由に甘えてみてくれないかなどと頼みだし、『京太郎』が照れ交じりに動物の真似をするのに衝動的に猫可愛がりしたくなったりと人様には聞かせられない経験も。

 

思慕の量も今ではすっかり後戻りできなくなってしまっているのだ。

最初は軽い気持ち、お試しだった。(桃子が構わないのが悪い)などと代替を求めていたはずだった。なのに彼にしかない魅力が目につき、彼としか過ごしていない時間が重なるたびに思いの比重はどんどんとズレていく。

 

『存在していない彼に思慕を寄せるなんてばかばかしい』、以前のゆみならそうはっきりと言えたはずなのに。他の皆が今も勉強している、後輩が自分の道を見直している。そんな裏でこんな非生産的な想いを抱くなんて許されるのだろうか?

 

『許されるわけがない』、今もゆみの脳髄は明瞭に答えを返す。なのに自制するための背徳感がより強くゆみの気持ちを炙ってしまう。

 

自分がおかしくなっているとゆみは分かっているのだ。この道の先に得るものなどないだろうと、他のものを傷つけてしまう危険も。

それでも、『京太郎』に自分がどう映るかを優先してしまう。なにをすれば『京太郎』が喜んでくれるかの思考が来る。

 

そして最大の問題は、これほどに思慕を募らせてもなお『京太郎』本人への態度や周囲への反応はかつての『加治木ゆみ』として振る舞えてしまっていることだ。

 

発覚しない。何事も起こっていないかのように周囲は錯覚してしまう。燻っている芯の温度は表からは全く見えない。

 

現に今、二人きりの麻雀教室でさえ

 

『ゆみ先輩、なんでこの手牌から点数を低くしてでも待ちを変えたんですか?』

 

「それは相手への「読み切っているぞ」というブラフだな。大会などの場ではどうしても脅威を感じると委縮してしまう。

 分かっていても脳内をよぎれば間が空く、そういったところから相手のミスを誘発させる搦め手も選択肢に入れれば打ち方の幅も広がるんだ」

 

『ほへー、ゆみ先輩すっごい』

 

完全に先生と生徒、先達を尊敬の目で見る『京太郎』の目はキラキラと輝きでいっぱい。そこに不純な気持ちはない。

対するゆみは奥に炎を宿しジリジリとその身を焦がしている。そこに不純な気持ちは膨大。

 

ぎりぎり窯の蓋とでもいえる薄皮一枚でとどめているゆみの炎が何かの拍子であふれかえってしまえば、どうなってしまうのか、少なくともあまり平和な図は描けそうになかった。




『加治木ゆみの場合』、鶴賀終了のお知らせ。

かじゅって見た目はクールだけど中に秘めたものはすごく熱いよねっていう話。
いきなり「君が欲しい!」なんて校内告白かます人ですからね、クールに見えるのは表面だけなんですよ、という話がなぜか大惨事長野大戦の火種の一つに。

京ちゃんを他の高校には晒さず独占したい久はここでもナイスセーブをしています。
京ちゃんを他校にはやらんという鉄の意志。久は恋愛でも常に悪待ちしてますね、素直にアピールしないから清澄1年トリオにも全く警戒されてないです。


次回は……『池田華菜の場合』か、番外挟むかといったところ。
これまでいろんな高校+α書いてて思うのは咲キャラの豊富さ。よくあれだけ生み出せるよね原作者、すごい。


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池田華菜の場合

池田華菜は風越麻雀部で自他ともに認めるNo.2、おそらく来年は先鋒を受け持つことになる少女である。

高火力タイプであり本来なら全国レベルの実力を持つ雀士であり、日の目に当たっておかしくない能力を持つ。

 

ただ不運は風越麻雀部のNo.3以下との差がありすぎるという2年・1年の不作。それに反して龍門渕高校に集中した2年生の実力者、無名校のはずの清澄や鶴賀にいる異能の打ち手の存在だった。

 

風越に来るだろうと思っていたインターミドルチャンプは、友人の『タコスが学食にあるから』という普通ではありえない条件を満たす清澄高校に付き合いで入学してしまったという事実。

 

池田華菜をはじめとする風越麻雀部にとって不遇の時代と言える。麻雀で好成績を修め推薦で大学生やプロになるという人生プランはかなり厳しい。

池田にとってそれは正直予定の範囲外だったが、基本的に図々しいので(これから活躍すればいいし!)と奮起の材料にしていた。

 

そして華菜が進学や就職へのアドバンテージを望む理由に家庭環境がある。

華菜には今年4歳になる妹がいる、しかも3人。三つ子である。当然子供を育てるために必要なものは単純に3倍、これを賄うのは非常に厳しい。

なので華菜はその分いい条件で自分を売り込み、家計の足しにしたいという気持ちが強い。もちろん現在進行形で妹たちのお世話も積極的にする。

 

部活では問題児タイプ、家ではしっかりとお姉ちゃん、そういった二面性があるとも言えた。

 

そんな彼女に架空とはいえ彼氏を作る余裕などない、のではあったがアプリのインストールはしっかりされている。

 

曰く「キャプテンに変なことしないか確かめるしっ」という審査とスマホ操作の代行のためであった。

無事、人畜無害と判断された『京太郎』は自分のコピーが好みのタイプの女性の元に送られ、華菜のスマホから離れられずに羨ましさの滲んだ視線を向けざるをえなかった。

 

そして現在華菜の元にいる『京太郎』が何をしているかというと

 

『華菜さん、みんな寝てますので今のうちに』

 

「よし、京太郎は見張っといて。私は夕飯の準備するし」

 

子守りのお手伝いをしていた。物理的に何の干渉もできない『京太郎』であったが、見張り番と声くらいはかけられる。

そして三つ子に気を取られずに家事ができるというのは華菜にとっても十分なプラスだった。

 

4才児3人というものは予想以上に元気であるため火元に近寄らせるわけにはいかない。だが家事はしなければ回らない。

 

物理的に不可能な分を補うためには非現実の存在でも使う、そういう逞しさが華菜にはあった。本格的に困る場合は友人に頼むことも多い。

図々しかろうと子守りはおろそかにすれば危険が迫る。なら使わないなどという選択肢はない。

 

「どう?」

 

コトコトと煮込む合間の端的な華菜の問いかけに『京太郎』は壁を通り抜けて様子をうかがう。まるで幽霊であったが華菜にとっては現実感より利便性重視であり、その意向に沿った形だ。

 

『今のところは平気……ん? 緋奈ちゃんがむずがっているような、これはトイレですかね』

 

「んー、1人でトイレぐらいは行けるしこっちに来ないかだけ注意して」

 

ちょっとしたことであればある程度放置するという諦めも必要だ。人間手は二本しかないのだから構えない時はある。かといって目を離すわけにもいかないのだが。

 

『何かあったら声かけますね』

 

障害物を無視できる探知機のように使われる『京太郎』だが特に不満はなかった。染みついた雑用魂にかかればデスクトップパソコンを運ばされるよりは楽に思える。

基準がおかしいと言ってはいけない、時には現実逃避も必要である。

 

かくして『京太郎』はいつもに比べれば大人しい三つ子を見守り、夕飯の時間まで無事につないだ。

走り回る事態に目を回して華菜の助けを待つこともあるため、今日は本当に楽な日だった。

 

「ふー、終わったぁ」

 

親が帰ってきたらバトンタッチ。うにょ~んと机の上に猫のように上体を伸ばして休憩時間。その背に『京太郎』は声をかける。

 

『お疲れ様です』

 

実体があったらもっと手伝えるし今もペットボトルの差し入れぐらいはできたのだが、出来ない以上声色に労わりを乗せるのが精いっぱい。

 

『でもあれですね。華菜さんっていいお母さんになりそうですよね』

 

「っ。なに生意気言ってるし。もっと麻雀強くなってから言えだしっ」

 

なぜか思ったことを言っただけなのに振られるのか、そんな悲しみを覚える『京太郎』。自分が恋愛ゲームアプリであるせいでむやみに華菜に深読みされたのだが、そこまで頭の回る男ではなかった。

 

『じゃあまあ、来年の夏に強くなってたらまた言いますね』

 

ほんのちょっとの悪戯心。麻雀が弱い事実を指摘されて何も言い返さないのも男が廃るという虚勢。

言うだけ言って本当に強くなれるのか自分の本体の現状に思いを馳せるが、リンクのようなものはないため知ることはできなかった。

 

だから華菜の顔が赤くなって足がパタパタと動いているという現在を見落としていた。

 

来年の夏、須賀京太郎が人目に晒される長野代表になれるかは今の時点では全くの不明であった。

それがいいことなのか悪いことなのかは、人により回答は違うだろう。




『池田華菜の場合』完成だしっ。

華菜ちゃんは家庭的でいい妻になれる可能性を秘めているのではないかという可能性の話。
ついでに地雷も埋めておく『京ちゃん』の無自覚ぶり。

いや本当、長野予選突破したら確実にバレるよね。その前に他大会の随伴でバレるかもしれんが。

今まで70人以上書いて、そのほぼ半分は重い女子がいるのだからヤバイ。
ある意味より取り見取りだがここまで行くと羨ましいより別の感情が湧く。


次回は『福路美穂子の場合』。キャップのスマホ使えない病は華菜ちゃんのナイスプレイで解決だしっ。


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福路美穂子の場合

福路美穂子、風越高校のキャプテンにして長野個人戦1位、つまりは原村和を抑えてトップを取った女性である。そして美穂子は和と同じ安定して勝つタイプ。確実に全国区の強者に分類される実力を持つ。

 

しかも発育のいい胸に抜群の家事力、さらに温厚な性格と清純な顔立ち。天は彼女に二物や三物では済まないほど与えていた。

そんな彼女だが欠点もある。電子機器と破滅的に相性が悪いのだ。パソコンなどに触るとなぜかケーブルまみれになり電源を引っこ抜いてしまうという異才。こんな才能は誰も欲しくないだろう。

 

その対策として下級生が目を付けたのがあるアプリ。本来は恋愛シミュレーションの類なのだが課金すると許可された範囲の電子機器をコントロール下に置くという機能。

これさえあれば美穂子は間接的に欠点を解消できることになる。

 

当然スマホ自体が電子機器であるため、様々な作業は一つ年下の猫っぽい可愛い後輩が色々とやってくれた。

美穂子自身は触らない方がいいので袋で包み、袋の部分だけをつまんで運ぶという仕様である。

余談ではあるがその袋は美穂子のお手製である。

 

「京太郎くん、今日の牌譜みせてくれるかしら」

 

『はーい、ただいま』

 

美穂子の要望に応えて机の上のデスクトップパソコンが立ち上げられ、今日の牌譜が椅子に座っているだけの美穂子に勝手にコマ送りにされていく。

 

『速度大丈夫ですか?』

 

「ええ。もうちょっと速くても大丈夫よ」

 

言われるがままに『京太郎』は一段階上げた後は端正な美穂子の顔にじっと視線を送る。

物理的に接続されなくても行われるパソコン操作、非常に便利ではあるが一度設定してしまえば『京太郎』としては暇なのである。

 

「あら、どうかしたの?」

 

『京太郎』の視線に気づいた美穂子は優しく首を傾げる。その仕草までもが愛らしい。

 

『美穂子さんって美人さんだなーって思ってただけです』

 

ぶっちゃけ『京太郎』にとって美穂子はどストライクなのである。彼でなくとも結婚したい女性として条件をあげれば美穂子はそのほとんどをクリアするのは誰でも分かることだ。

 

「も、もう、年上をからかわないのっ」

 

頬を染めて拗ねるのがこれまた似合う美穂子である。

 

『お姉さんぶるところも可愛いなあ』

 

もはや『京太郎』は頭に浮かんだことを垂れ流すだけの装置に堕ちている。自分で垂れ流しているものがどういう効果を生むかなんて頭の外側だ。

 

「京太郎くんったら……でも、私の本当を見たら」

 

いつもは閉じている右目、青い瞳は美穂子にとってのトラウマだ。久に褒められ親友になっても幼心に着いた傷はそんなに軽くは癒えない。

 

美穂子はそっと、ゆっくりと右目の瞼を開く。そして驚きに見張ってる『京太郎』の姿に自嘲する。

 

「ほらやっぱり。醜――」

 

『――綺麗だ。空みたいに吸い込まれそうな蒼……』

 

美穂子の自失の間に『京太郎』は美穂子の頬に手を添えて、そのまますぐそばにある唇との距離が徐々に縮まり

 

『――っと、すいません。雰囲気にのまれて、あはは。でもやっぱり美穂子さんはすっげー美人ですよ』

 

キスまで数ミリというところまで近づいてから『京太郎』は我を取り戻し、照れながらも真意は伝わるようにまっすぐ美穂子に微笑む。

 

「ぁ……」

 

この瞬間に美穂子を襲ったのは数え切れないほどの感情。嬉しさ、照れ、安堵、驚き、期待感、満足心、焦燥、喪失感、エトセトラ。

混ざりすぎて分からなくなって視線は『京太郎』の唇の色や柔らかさを見て取り、なぜか残念そうに小さな声が漏れる。

 

急速に、美穂子の中で認識が切り替わる。『年下の男の子』から『身近な異性』へと。

そして湯気が吹き出しそうなほど顔を熱が襲い、心臓の鼓動が大きく速く響いていることに気がついてしまう。

 

チラチラと京太郎の唇と瞳を交互に見て、つい先ほど実現しかけた光景を頭に浮かべて必死に振り払うように頭を小さく振る。

 

「そんな、からかわないで。ほらえっと、華菜の牌譜も見せてくれる?」

 

『からかったつもりはないんですけど。っと、華菜さん先輩のですね』

 

独特の池田華菜の呼び方。単に立ち上げ時に「華菜さん先輩って呼ぶし」と言われたので素直に従っているだけである。

だが美穂子はなぜかその親しげな呼称に心がざわつく。

 

「年上の人はちゃんと呼ばないと」

 

普段の美穂子であれば訂正なんてしなかったであろう。(華菜は相変わらずね)なんて微笑むだけ。

なのにこの瞬間は咎めてしまう。

 

『あ、はい。じゃあ池田先輩のを――福路先輩?』

 

自分の心の中の靄に美穂子は自問自答。しかし自分への呼称まで変わったことに強い焦りを覚え、咄嗟に『京太郎』の袖を摘まむ。

 

「私はいい、のよ?」

 

なぜか疑問形。美穂子自身自分の心が分からずパニック状態。『京太郎』の呼び方に表情だけが変わる。

 

『美穂子先輩……美穂子さん……美穂子?』

 

不満、安堵、そして固まる。『京太郎』は呼び捨てはさすがに失礼だったかと元の呼び方に戻そうとして、クンと弱く袖が美穂子に引かれる。

 

「最後の……」

 

美穂子はもう耳まで真っ赤。呼ばれた瞬間に胸を締め付けた感覚のままに口が勝手に動く。

そして言葉少なに作業へと戻るも、美穂子の挙動不審は続く。

 

心の内をかき乱し振り回す感情の名前を美穂子が見つけ認めるのは、もう少し時間が経ってからだった。




『福路美穂子の場合』、カン。

わちゃわちゃってなって自分で制御できずに小さなわがまま言っちゃうキャプテンとか最高だし! って池田が言ってた。

なお京ちゃんは画像で青い目は知ってるのですが、生で見た時の幻想感にやられた模様。

純愛系のいちゃいちゃが王道。キャップはやはり王道かなと。

病みに転がるかは本体の所在を知ったタイミングと経緯によるんじゃないですかね。
親友と想い人に同時に裏切られた(主観)だったら、うん。頑張れヒッサ。


次回は――誰だろう?
ちゃちゃのん、王者先輩、憩……『佐々野いちごの場合』にしときますか(ノープラン)。


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佐々野いちごの場合

佐々野いちご、別名「ちゃちゃのん」。麻雀の強さそのものよりもアイドル的な人気を誇ることで有名な少女である。

そして女性雀士の御多分にもれず男の影はない。もしあったならばスキャンダルよろしく報道されてしまうのだろう。

人気があるといってもプロ活動をしてない高校生のプライベートを暴くなど倫理的に許されないはずだが、マスコミの良心に期待するのは厳しいものがある。

 

故にいちごは異性との付き合いを抑圧される環境にいた。

マスコミがいなければ実際にできるのかは別の話だが、それはそれとして精神的圧力は思春期の少女に大きな影響を与える。

 

そして人間というのは禁止されればやってみたくなるもので、いちごも背徳的な感覚に思いを馳せるのを止められなかった。

実際に行動には移れない程度には外聞と候補になる相手がいないという事実が作用されていたのだが、インターハイも終わり引退が決まった頃に状況が変わる。

 

お手軽に秘密にお試しに、それでいて現実感のある恋愛ができると噂のアプリが発表されたのだ。

どれだけよくできていてもあくまでゲーム、簡単にやり直しのできる代物だと軽く考えて。

 

そして今、いちごはごろごろと床で壁から壁へ転がりながら己の内側に生じた想いを吐き出している。

 

「こんなん考慮しとらんよ……」

 

たかがゲーム、そう思っていた。

だがいちごの前に現れたのは気さくで優しいながらも体格はしっかりと男の子をしていて、顔だって全然悪くないというか結構好み、そしていちごが先輩と知ってからはちゃんと敬意をもって懐いてくれた。

 

余りの予想との違いにテンパって噛んでしまっても咎めることなく、手を包んでゆっくりと深呼吸を勧められたが年頃の男性に手を握られるなど初めてのいちごの心臓は逆に鼓動を大きくして顏を火が包んだ。

 

正直その後のことはよく覚えていない。そんなに長い間話してはいないはずだが自分が何を言っていたのかよりも心中に渦巻く嵐の制御でいっぱいいっぱいであった。

 

「変に思われとらんかな」

 

リセットすれば……とか言っていた人間がこうである。

いちごは確かに失態を見せたが、だからと言って去り際の「また呼んでくださいね」という『京太郎』の笑顔を裏切ってしまうのに罪悪感を覚える。

 

「……あんなん考慮できんよぉ」

 

なおもいちごは枕を抱えてゴロゴロと床を転がり続ける。そろそろ目が回りそうである。

立ち上がると若干立ち眩みに似た感覚を引きずりながらベッドにダイブ。いちごは枕を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。

 

「あの人とお付き合い、ええんじゃろか」

 

スペック的にいちごが負けているわけではないが、慣れてないせいで釣り合いをついつい考えてしまう。

つり合いも何も他人には見えないのだからあとは当人同士の気持ちでしかないのに無意味に悩む。

 

こうやって悩んでしまっている時点で恋愛の入り口に足が沈んでいるのだがそんなことは恋愛経験なしのいちごに自覚しろという方が無茶である。

 

「お付き合いってなにするんじゃろ」

 

未経験者であるが故の無知。想像できるのは一般的に語られたり映画にされたりというおぼろげな虚像。

 

「デートして、手なんか握ってしもうたりして、それからキスやら、その後は……っ、~~~っ!」

 

この今ねているベッドの上でのなんやかんやにまで頭が行ってしまい、そのピンクだったり肌色だったりの妄想を自分の中から叩き出そうと、枕を振りかぶって何度もぼふぼふと叩きつける。

 

「いけん、もう寝よ。……? ?!? ~~っ、――っ!」

 

これ以上はまずいと判断したいちごはベッドにもぐりこむが、そこで自分の発した「寝る」という言葉に付随する様々な要素を連想、再び枕を掴んでベッドからは落ちないようにぐるぐると悶絶し始める。

 

一般的にはアイドル的な人気の佐々野いちご、通称「ちゃちゃのん」だが、こうやって切り取った部分だけを見ると恋に恋する女の子だということがよくわかる情景だった。

 

流石に体面を気にして外ではこのアプリに触れることはないだろうが、それはすなわちおうちデートになってしまうのが必然なわけで、それに後日気づいたときいちごはまた頭の中を妄想で沸騰させるのだろう。

 

『京太郎』の前でそういった意識しまくりな自分を出さないでいられるか、それが一つの見ものであることは間違いない。




『佐々野いちごの場合』、出来たー。
あえて『京太郎』の露出をできる限り減らしてみようとしたのが今回の試み。割と難産でした。

恋愛未経験者だからこその妄想に振り回される女の子が書きたかった。しかもおそらくお茶の間の人気が高いだろう少女に。
こう世間とのイメージのギャップが生きるかなと思って。
はやりん? さすがにはやりんでこれをやるのはイタ……(ここで文章は途切れている


次回は王者先輩こと『小走やえの場合』の予定なんだけど、GWに向けて忙しくなるので遅れそうな予感。
そしてGWに休みとか都市伝説ですね


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小走やえの場合

小走やえは奈良の強豪晩成高校のエースだった。

 

だが予選1回戦で予備知識もない阿知賀のドラ爆娘にあたり辛酸をなめた。それでも+収支に持って行けたのがやえの強さを証明している。

他家がインハイ本戦のような対応力を持っていたなら集中砲火からの逆転も狙えただろうが、持っているはずもなくそのまま他家は毟られ続け大量の点差を開けられた。

 

結果、晩成高校はわずか予選一回戦で消えた。最悪の運勢だったといっていいだろう。

そして個人戦、雪辱を果たすべく臨んだその道で阿知賀女子は誰1人個人戦にエントリーしていなかった。

 

個人戦において奈良1位、代表として選ばれても虚しさがあった。まるで眼中にないと言われているようで。

しかも後輩には「にわかに負けんよ」などと大口をたたいておいてこれだ。

 

それでも、一対一でなら負けないという自負はあった。他家のレベルが全国区なら勝てると。

しかし誰一人出ていない。証明の手段そのものがないという現実。

 

そして全国の舞台では、団体戦の阿知賀の実力が急速に上がっていくのを目の当たりにした。

にわかであるということは、逆にいえば伸びしろがあるということだった。

 

もはや決勝まで上がった阿知賀に今のやえ自身が勝てるか、その自信が揺らいだ。

個人戦のみ出場を決めている人間に声をかけ阿知賀が特訓していたという噂も聞いた。

 

自分に声がかけられたならその力を見極めようと、受ける気でいた。

だがかからない、完全にスルー。また一つ機会が奪われた。

 

『流石あの晩成高校を抑えて出場を決めただけのことはある』という風評から『阿知賀は晩成より強い』というイメージへとシフトしていく。

 

それでもなお、個人戦で孤軍奮闘してみせればという細い望みに縋った。いや縋るしかなかった。

 

だからこそだろう。目の前の敵を見ずに臨んで容易く勝てるほど全国の舞台は甘くはない。

かみ合わない歯車のように、やえは本来の実力を発揮することすら難しかった。

 

そして地元に帰れば『今年の晩成高校が弱かった』という声すら上るようになった。

自分のせいだと、やえは責任を強く感じた。せめて個人戦で結果を示せればこうはならなかっただろうと。

 

そして最悪の事態が起こる。国麻の奈良のシニア代表に松実宥が上がり、そしてそれを本人が固辞することでやえに決まったという事実。

宥としてはみんなと一緒でないことに意味を感じられなかっただけだが、周囲は『そこまで麻雀に興味がない人間に負けた』とやえを捉えた。

 

事ここに至り、やえの心は折れかけた。自分が奈良代表と胸を張れず、自分も辞退すべきではないかとすら思い悩む。

 

一種の現実逃避でやえは普段の自分ならしないだろうアプリへと逃げた。架空恋愛は張りぼての王者に相応しいだろうと。

 

そして――そのアプリによって小走やえは王者へと復活を遂げた。

アプリの中の住人である『京太郎』は言った。

 

『代表になるって、色々背負うって思うんです。俺なんかは中学の県予選で負けたから敗者側の視線ですけど、自分が負けた相手には活躍してほしいって勝手に思っちゃうんですよ。

 もちろんやえさんにとって負担でしかないなら辞退するのも仕方ないです。麻雀が好きじゃなくなったなら、無理に続けるのは苦しいだけですから。

 だけどやえさん、棚ぼたであってもこれはリベンジのチャンスです。多分一回こっきりの。奈良高3最強は松実宥じゃなく小走やえだって、王者晩成は死んでないって。それを証明できるのは――』

 

余りにも真剣な表情の『京太郎』を見て、「自分も県予選で負けた」と述べる彼に自分を重ね、自分よりも報われなかった彼の悔しさに共感して。

 

『俺にはもうハンドでは出来ません。でも今は麻雀やってます。

 全然勝てないけど、みんなに追い付きたいから。その先の舞台を今度こそ見て見たいんです。そしたら初めて胸を張って「自分はみんなの仲間だ」って、そう言えるようになると思うから』

 

その言葉にまだ初心者でしかない少年の志を感じて、やえは思い出す。

自分は何のために麻雀をずっとやってきたのか、その初心を。自分が背負い続けたものの本当の大切さを。

何より今のやえの仲間たちは誰一人やえを責めず、心配すらしてくれているという現実にも優しさがあるのだと気づいて。

 

ただの高校1年生が、初心者のくせに「絶対高3までにやって見せる」と吠える姿はじりじりとやえの心を炙った。

 

「ふっ、京太郎もなかなか言う。だけど――私はにわかには負けんよ」

 

かつて言った言葉、それは慢心だった。だが今の言葉は相手をリスペクトし、それでなお負けてなるものかと競い闘う者としての言葉。

王者とは結果を残すだけの人間ではなく、その心も含めて初めて王者足り得るのだという信念が形作られる。

 

『俺もやえさんに負けませんよ』

 

小生意気なこの『京太郎』を見て、やえはただ一分野においては王者にはなれなさそうだと心中だけで苦笑した。

なぜなら――恋愛は惚れた方が負けだといわれているのだから。




『小走やえの場合』、完。大変お待たせしてしまい申し訳ありません。忙しさと中々いいアイデアが浮かばず。

唸ってる最中ふと気づいたのは(あれ? ひょっとして王者先輩ってレジェンドと立場似てない?)という事実。
最後まで悩んだのは依存や病み方向にもっていくかいかないかという点でしたが、国麻って県での選抜っぽいと有珠山の発言を想起、(宥って選ばれても行かなそう)と。
それでまあ、王者先輩ワンチャンあるな、と。

そして王者先輩は完全に恋愛にわかです。「にわかには負けんよ」がブーメランで何度も返ってくるという非常においしいキャラ。

まあ実際の「にわか」発言は不安がる後輩の初瀬を元気づける意味合いが強かったとは思うんですが、この話では少しは慢心があったという設定になっております。

追記:
よく誤字指定されるところがあるのですが、京太郎がやえに「もう俺にはハンドではできません」と言ってる場所ですが、これは『あの中学の皆とのリベンジはできない』という意味合いなので『では』となっています。
『ハンドはできない』になると怪我で故障したっぽいので。
京ちゃんの性格として『俺はやりたくてもできない、あなたは出来るでしょ?』みたいにとれる言い方はしそうにないかな、とも思いますし原作でもその辺不明なので。

紛らわしい文章で申し訳ありません。


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荒川憩の場合

荒川憩は昨年、高校1年生にしてインターハイ個人戦2位となった少女である。

つまりは去年の時点ですでに全国の中で2番目に強いという称号を自分のものにしている。

 

そんな彼女が好む衣装はナース服である。制服を着ない人間は数あれど割とチョイスがおかしい。

親が病院を経営しているといっても継ごうと思えば普通は女医を目指すものなのに、それでも白衣ではなくナース服を選ぶ。

 

憩の名前自体に「他人を癒す」という意味合いを含んではいるが、高校生がナース服を着るのは違う方向で癒してしまっているのではないかと少々心配になる。

しかし憩本人はそんなことに気づいているのか気づいていないのか、ニコニコと手元のスマホを弄っている。

 

起動したアプリの影響で視界に些細なノイズが出てすぐに一人の少年が網膜に形作られる。

 

『んにゅ、今日はいい天気ですね~』

 

ふわと能天気に『京太郎』はあくびして、憩へと小さくお辞儀する。

 

「おはようさん、あんまり夜更かししたらあかんですよーぅ」

 

『いやいや、夜更かしは憩さんがずっと質問責めにしたからですからね。なに関係ないみたいな言い方なんですか』

 

笑顔で注意してくる憩に対して『京太郎』は咄嗟にツッコミを放つ。

 

「だってうち、男の人と夜に一緒なんて初めてやったから意識して中々眠れへんかったんですぅ」

 

『……ねえ、それわざとなんです? 誰かの耳に入ったら確実に誤解されますよね』

 

もじもじと憩が恥ずかし気に体をよじらせているが、『京太郎』はどこかの部長のせいで弄られているだけだと感じていた。

 

「ほんとですよーぅ。京太郎くんはうちのドキドキ直接聞いたやん。体だって熱くなってたんですよぉー。知ってるのに京太郎くんはいけずですーぅ」

 

まるで胸に耳を当てたか抱きしめて心臓の鼓動を聞いたかのような物言い。だが事実は違う。

 

『バイタルスキャンでね! 病院に龍門渕財閥の検査機械入れるかの参考にするって話だったでしょう!?』

 

憩が『京ちゃんと一緒』を始めたのは龍門渕財閥の技術を体験し、龍門渕財閥の医療部門の参入を受け入れるかの判断の一助にしたいという話であった。

 

医療機器のスペックは『京太郎』の知るところではないが、スマホのアプリにとんでも機能を実装する龍門渕のことだから普通のものとはかけ離れている予感しかしない。

 

だがそんなことはさておき、憩は悲しそうな顔をして京太郎に上目遣い。

 

「そのためだけにうちがインストールしたと思ってたんー? チェックだけやったら病院で働いてる人が直接しますよぉ。

 うち自身が京太郎くんのこといいなって思ったんですーぅ。うちのこと好きになってほしいから、興味持ってほしいから傍にいてほしいんやよーぅ」

 

予想外のうるうる目線に『京太郎』はたじろいだ。異性にストレートに好意を向けられるということに慣れていないためあわあわする。

 

憩は胸こそぺったんこだが間違いのない美人。しかもナース服を着ていることで萌え要素がプラスされている。しかも疑ったという負い目が『京太郎』を襲う。

 

『いやその、憩さんみたいな美人さんにそんなふうに思ってもらえるほど自分に自信がないといいますか、というか俺のどこがいいんです?』

 

本体の(俺ってなんでモテないんだろ)という思考がコピー先にも適用されていた。

 

咲が引っ付いていたり、高嶺の花の和や、部員以外には人気のある生徒議会長の久が一緒にいることで他の女子からは「勝てない」と諦めムードが漂っているだけで、実は水面下ではかなり人気があったのだがそんな事実は知る由もないのだった。

 

「うーんと、京太郎くんは安心できるというか、素の自分を受け入れてもらえるように感じるんですよーぅ。

 でもちゃんと男の子で、ふっとした時に頼りがいやセクシーさを感じてドキドキするんですーぅ」

 

はっきりと言葉にするのは流石に恥ずかしいのか、憩は自分の赤くなった頬を掌で挟んでもじもじと太腿をすり合わせる。

 

「性格は優しいのに―ぃ、胸板や肩幅はがっしりした男の子で、ごつごつした感じがその……もう言わせんでよーぅ」

 

憩としては(押し倒されたら絶対抵抗できへんよーぅ)などと少々いけない妄想が加速され、周囲に男性がいないため己を持ち余らせている状態であった。

 

端的にいえば憩は妄想豊かなむっつりさんなのである。ナース服を着るのも他人の視線を集められているというのが大きな部分を占める。

実はこれには『親からは後継ぎとして期待されていない』というコンプレックスの裏返しであるのだが、それを乗り越えられるかはもっと後々の話。

 

「うちはとにかく京太郎くんを意識しとるんですーぅ。だから京太郎くんがうちのこともっと知ってくれて、うちがいいってなったら――」

 

『はい、俺から告白します。可愛いんですね、憩さんって』

 

最後まで言わせずに男気を見せて畳みかけるように誉め言葉。無意識でやってる分『京太郎』はさらに質が悪かった。

 

憩はその直撃を受け、もう湯気が出るほど傾倒度をあげていくのだった。荒川憩は『京太郎』の元となった人間がいることをこの時はまだ知らない。




『荒川憩の場合』、終わり。
キャラが暴走した、作者は謝らない。

感想で指摘されたけれどマホは素で気がついてませんでした。
ムロは……普通の子&地味過ぎてどう書けばいいのか。
カツ丼さんは作者内で架空恋愛と結びつかない……年齢はプロ勢の中でも若いのになぜだろうね。修羅場を見て「初めて見た。あんなに雀士に愛される人間を」とか可愛そうなものを見る目ですごく言いそうではある。

こーこちゃんはキャラもつかめておいしいけど、女性雀士じゃないという理由で登場しません、残念です作者的にも。


そういうことでまずは『夢乃マホの場合』は追加しようと思います。出番は次回。
その後はエピローグ挟んでとりあえず完結かな。
もしアイデアが降って湧いたら追加しよう、ムロたちは。今は思いつきそうにないので。


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夢乃マホの場合

夢乃マホは高遠原中学2年生、つまりは片岡優希と原村和の後輩であり2つ年下の少女である。インターミドルで優勝した和のことを特に慕っており、ネット麻雀では『のどっち』をリスペクトして『スーパーまほっち』を名乗る逸材である。

しかも尊敬する雀士の打ち筋を再現するいわゆるコピー系のオカルトを持っている。

 

こう聞くと非常に強いのではないかと感じるだろうが、コピーできるのは一日に一回であり、必ずチョンボするという特性を持つため永遠の初心者でもある。

磨けば条件や欠点を改善し能力を伸ばせる可能性もあるため将来に期待できる逸材ではある。とはいえ今は基礎能力も低いため原石でしかない。

 

そんなマホが『京ちゃんと一緒』というアプリを始めたのは先輩への強い憧れが原因。

和や優希にとどまらず、女子部員だけでは飽き足らず、主に雑用ばかりしている先輩にも向けられていた。

 

「須賀先輩はすごいです! 麻雀卓のメンテナンスも牌譜の整理も、お掃除までできちゃうんですね!

 マホ、須賀先輩みたいになりたいと思います!」

 

『うんまあ、出来れば和みたいになってくれな』

 

雑用を任されているのは主に本体の実力足らずから早々に敗退したためであって、別に雑用係を志しているわけではない。

少しタコスづくりが楽しくなってきたとか整頓のコツがわかってきたとかそういう小さな楽しみはあるものの、麻雀を諦めない男であった。

 

「でもマホ、あんまり上手くなくて」

 

才はあっても土台がしっかりしてなければ持ち腐れ。

いずれは毎局コピーしたオカルトで罰符を帳消しにして余りある戦果を挙げられるかもしれないが、そんなのは未来にならないと分からない。

 

『だったら俺に教えてくれないか? 教えるのは復習に最適だってどこかで聞いたことあるしさ』

 

「ま、マホが先生ですか!?」

 

『京太郎』からすれば当然の提案もマホには自分よりも年上に教えるという発想自体がない。

何しろ今まで常に教わる側であったのだ。

 

『麻雀歴で言えば俺は半年にも満たないからさ。よろしく頼むよ先生』

 

茶化すように相手を持ち上げるのは『京太郎』にはお手の物。

しかしそういったことを日常的にすることで将来どうなるかは想像もしていない。

本人的には単なる軽口だが、異性に耐性のない女性にどう受け止められるかという視点は持たないのである。

 

「え、えっと、マホ上手く教えられるか分かりませんよ?」

 

『大丈夫だ。俺もちゃんと教えを守れるか自信がない』

 

自信がない発言にさらに自信がない発言をぶつける『京太郎』。こちらは別に茶化しているつもりはない。

 

なにしろ本体が受けている教え自体が矛盾しているのだ。和は数値で語るし優希は根性論、咲は何となくとか言い出すし、まこは経験と実践重視、久は悪待ちを勧めてくる。

どれかを守ればどれかに背く状態、これで上手くなれるわけがない。

唯一どうにかできそうな久は本心では京太郎を人の目に触れないようにしたいので、上手くする気がなかった。なんとも困った独占欲である。

 

『とりあえず俺はマホ先生のやり方を選ぶぜ。というわけでよろしくな』

 

所詮はコピーされた存在である『京太郎』は上手くなっても何かを現実にもたらせないと考えているため、失敗を恐れない。

自分の存在価値を軽く見たり二の次におく悪癖であった。

 

「じゃあ、マホは麻雀を教えますから、須賀先輩は恋愛を教えてください!」

 

『うん?』

 

勇気を出した年下からのアプローチに『京太郎』ははてな顔である。

 

「あの、須賀先輩は恋愛アプリ、ですよね?」

 

『ああ、そういえばそういう設定だったな』

 

すっかり忘れていたとぶっちゃける『京太郎』。

無自覚で口説くくせに当人としての実感がないという地雷建築士の片鱗を見せつける。

 

『いいかマホ、恋愛は学ぶものじゃない。自分がそうだと思ったものが恋なんだ』

 

どや顔で言い切る彼女いない歴=年齢の男。含蓄がない。

だがここにいる相手は疑うことを知らない中学生、夢乃マホである。

 

「もしかして今マホがドキドキしてるのが恋!?」

 

『いやそれは緊張じゃないかな』

 

立ちかけたフラグをへし折りにかかる『京太郎』。だが彼は夢乃マホの持つ真っすぐさを理解していなかった。

 

「でも須賀先輩は自分でそう思ったら恋だって言いました! だからマホは恋をしてるんです!」

 

その抗弁に『京太郎』はしばし考え、

 

『……うん、まあ、それでもいいか』

 

先送りにすることにした。可愛らしい年下の少女に、本体の飼っているペットの面影を見たためである。

 

「マホ、須賀先輩に好きになってもらうように頑張ります!」

 

『じゃあまず、仲良くなるために名前呼びから入ろうか』

 

「マホには『京太郎先輩』って呼ぶのは難易度が高すぎます、無理ですっ」

 

提案に両手を前に出して首を横に振る姿に『京太郎』はほんわかとした気持ちを抱きながら、それでも習性に近いツッコミを挟む。

 

『今呼んだぞ?』

 

「ふわっ、ま、マホやりました!? ごめんなさい!」

 

恐縮する後輩の姿になんだかポンコツな影を見つつ、空を見上げて『京太郎』は言う。

 

『まあ少しずつな。その代わり麻雀は頼むぞ』

 

「はい!」

 

その『はい』がどちらを指すのかを互いに勘違いしつつ、二人の関係は幕を開けた。




『夢乃マホの場合』、出来ました。
単行本が手元にないのでマホの話し方や呼び方が間違ってるかも?

次回は『南浦数絵の場合』かな。いつお届けできるかはちょっとわかりませんが。
最近気温の上下が激しいので皆さまお気を付けください。作者のように風邪をひかないように。


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南浦数絵の場合

南浦数絵は平滝高校の1年生である。祖父がプロであり、彼女はその背中を見ながら育ってきた。そのため麻雀をするのも疑問には思わなかったし、個人戦だけでも全国にいけると考えていた。

過去形なのは実際のインターハイ予選で阻まれたからである。

 

その成績は県5位と惜しいものの、上位陣を見れば喜べるものではない。

1位の風越女子のエースである福路美穂子、2位の元インターミドルチャンプ原村和まではいい。問題は3位に名が挙がった宮永咲である。

 

最終戦で直接対決し土をつけられた。こんな強い人がいるのかなどと認める気持ちがあったのも帰る途中まで。

祖父の口から、その宮永咲が予選1日目に全局プラスマイナスゼロという『お遊び』をしていたと聞いた瞬間、憤怒とともに恐れを覚えた。

 

自分が真剣になっていたものを遊びの道具にし、それでもなお全国に出場を果たす調整能力。まごうことなく化け物である。

 

実際の咲は単に(モチベーションが持てない自分が全国なんて)などと気乗りがしなかった結果流されるままに『いつもの打ち方』でやらかしただけであり、叱られて真面目にやり直した結果3位に入れたのは運の要素が非常に強く滑り込みだったのだが、数絵には知る由はない。

 

そしてもう一つの脅威、まだ2年生の怪物、天江衣ははなから個人戦に出ていない。もし出ていれば確実に全国入りしていただろう。

 

原村和は非常に安定したデジタル打ち、そして2人の異次元に君臨する魔物。個人戦で全国に出れるのは3枠、来年もこの陣容は変わらない。

再来年ですら3位に入れるかの自信が揺らいだ。原村和も宮永咲も同じ1年、確実に対峙するのだから。

 

そんなふうに心が弱っていたからだろうか、数絵は平静の自分であれば手を出さないであろうアプリを使用した。

そして出会ったのは麻雀部員ではあるがまだ半年程度という初心者であり、当然のように麻雀で毟られ続けているくせに悔しがり見返してやると諦める気もない男の子。

 

話していると表情のコロコロ変わる『京太郎』を目の当たりにして、やっと数絵は消化できていなかった思いに気づくことになった。

自分は悔しかったのだと、差を見せつけられた『弱い自分』から目をそらすこと自体が間違っていたんだと。勝負の舞台にもあがろうとしなかった魔物を見返してやって今度は討伐してやると意志が灯る。

 

その際『京太郎』は「手を抜かれたうえで負かされた」と数絵が証言したため次のように述べた。

 

『全くひどい奴もいるんだな。俺は断固として数絵の味方をするぞ』

 

同じ負かされる側としての連帯感からかフランクな口調になって、邪悪な魔王への敵対の宣言である。

この男の中では幼馴染のイメージは『ポンコツですぐに迷子になる困ったやつ』という形で固定されており、『討伐される魔王=宮永咲』という図式に気がついていなかった。

 

もし気づいていたとしても『頭をぐわんぐわんさせるぐらいで許してやろう』などと上から目線で言いかねないため敵対自体には変わりがないのだが、数絵への入れ込み加減は変わっていたかもしれない。

なにしろ数絵は胸こそおもちではないものの、長い髪を後ろでリボンでくくった美少女である。

 

和風美人といった印象の数絵が耐えかねるように唇を結びわずかに潤む目で見上げてくる、それは悲壮感を抱くには十分であり『助けないと男が廃る』といった感情の元になる。

 

そして数絵は祖父以外で初めて頼る男の子として『京太郎』を見ることになり、親身になってくれることから段々と絆されていってしまう。

 

それまで同年代の男の子との接点がなかったことで耐性のなかった数絵は時を追うごとに『京太郎』の存在が大きくなり、自然と異性としても気になり始めていく。

 

ある時は本を読む態で自分の傍にいてくれることを確認するように『京太郎』をチラ見してはほころびそうになる口元を本のカバーで隠したり。

 

ある時は目にかかった前髪を指で掬い耳にかけあげる仕草にボケっと見惚れている『京太郎』の姿を見てしまい、少し赤くなりながら目を斜め下に落としたり。

 

ある時はアプリを切り忘れてお風呂場に入ってしまっていつもの調子で服に手をかけかけたところで『京太郎』が慌てて背を向けて見てませんよアピールし始め、数絵も咄嗟に羞恥心のあまりスマホの電源を落とし、冷静になったところで『不具合が起こらないか』などと浮かぶ不安を湯船の中でブクブクと泡と一緒に吐きだそうと試みたり。

 

まあそんな日常を過ごせば数絵も自身の感情に気づきもする。さすがにそこまで鈍感じゃない。ただ

 

「私ってひょっとしてちょろいのかしら」

 

比較できる経験がないため架空の男の子を気にするというどうしようもない事態に幼いころ「おじいちゃんと結婚する」などと言っていた記憶と照らし合わせてその不毛さの類似に諦めに似たため息をこぼす。

 

実は意外と近い県内に架空ではない実物が存在するなんて思い至るわけもなく、熱のこもったため息をつくばかり。

 

麻雀だけではなく恋愛においても違う舞台に立っている魔王が立ちはだかり穏当な討伐法に頭を悩ませる未来はまだ先のようだ。




『南浦数絵の場合』終わりはしたけど……なんでほぼ地の文なんですかね?
まあ南浦さんの可愛い所作はアニメで見た読者によって勝手に脳内で再生されると信じたい。

南浦さんは優希の対照としてのイメージ強かったんですが、対優希では勝ってて、対咲で3位→5位への転落してるから因縁深いのってむしろ後者だったんだなって気づいてしまったのです。

真面目にストイックに個人戦に臨むタイプっぽいので、そりゃいい感情は抱けないよねって。
和はすぐ再戦してお友達になれたけど、そんな機会もなしの実戦一回のみ。

ある意味清澄1年生トリオ全員と際立つと書き終わって思う。

数絵を勇者としたら魔王は咲で攫われたお姫様ポジが京ちゃん。しかも咲さんは恋愛でも別ステージに立ってる。
うん、もう数絵が主人公でいいんじゃないかな? 阿知賀編の怜のように。


次回、『岡橋初瀬の場合』? エピローグまでの道が妙に遠く感じる昨今。


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岡橋初瀬の場合

岡橋初瀬は晩成高校の1年生、中学時代に新子憧と麻雀部でしのぎを削るライバル関係であり同時に親友でもあった。

過去形なのは現在の二人の間には歴然とした差があるためだ。

 

初瀬は晩成高校において一軍入りもしておらず、全国区では当然通用しない。

一方憧は全国のシード校である強豪、千里山のエース格と渡り合えるレベルにまでなっている。

 

1年でつく実力というレベルではない、明らかな異常成長。

中学では個人戦で県のベスト16が限界の同格だったはずなのに、今は仰ぎ見る空に等しい。

 

阿知賀のレジェンドのコーチはドーピング剤かなにかなのだろうか、そんな疑いすら生まれる。

 

だが初瀬は諦めてはいない。再び胸を張って『ライバルであり親友』と言える関係になるつもりだ。

 

そして最近、麻雀以外で憧に差をつけられているかもしれないという事実に気づき始めていた。

最近の憧はどうやら頻繁に電話をしているようなのだが、その時の表情がいわゆる恋する乙女のものなのである。

 

インターハイで出会った男と遠距離恋愛でもしている可能性が高いのではないかと、色気づいている憧の様子を見て見当をつけている初瀬であった。

実際にはその予想は外れており、男が苦手な憧は慣れようと恋愛アプリに頼った結果、段々と本気の入れ込み具合になっているというどうしようもない事態だったがそれを察しろというのは無茶な要求であろう。

 

そして初瀬はそんな親友を心の中で応援しており、しかし青春を謳歌しているのは羨ましいため自分も行動に移そうとしていた。

 

晩成高校は共学の高校であるため近場に目星をつける相手ならば探せばいる、はずなのだがいきなり本番というのには躊躇があり、ワンクッション置くことにした。

この辺ヘタレなところは親友同士、似ないでいい部分が似ていた。そして手を出したアプリも同じであった。

 

『ふんふん、つまり俺は告白の練習台になればいいわけですね』

 

「あと男の子的にこういう行動に惹かれるとかあったら教えてほしいかな」

 

呼び出された理由の真っ当さに『京太郎』は快諾、力になることにした。

恋愛ゲームアプリが恋愛相談アプリに変わった瞬間である。

 

『告白されないことに定評のあるこの俺に任せてください』

 

「それだめじゃん」

 

憧のことが頭にあったせいか、咄嗟の口調まで似てしまった。

 

『逆に考えてください。俺にかかれば『彼女欲しいなー』と思っている男を落とす手腕が磨かれると』

 

「な、なるほど?」

 

人差し指を立ててむやみにいい顔でずいっと距離を詰める『京太郎』。もう半歩踏み込めば初瀬は距離を取ったであろう位置取り、パーソナルスペースの侵略には無自覚な才能がある男であった。

そして言い切られるとなんとなく正しいように思えてしまう初瀬。詐欺などに引っかからないか心配なところである。

 

『とりあえず定番なのは趣味とか好きなことが似ていると親近感は抱きやすいですね』

 

「趣味……最近は麻雀漬けだったなー」

 

レギュラー枠も取れてないし、憧に追いつけ追い越せだったためそちらばかりに集中していた。晩成高校は進学校でもあるため勉強はある程度必要があり、時間を取られる。

 

『男子麻雀部はないんですか?』

 

「ある、けどチェックはあんまり」

 

インターハイの男子部門は女子部門よりも実力が低いのもあり目が行きにくかった。強豪ゆえにしっかりと分けられ接点もあまりない。

零細の方が苦労を共にして仲良くなりやすいもので、『京太郎』とは環境が大きく違う。

 

『ならチェックは後日に回して、手っ取り早い手段を』

 

「え、なに?」

 

秘密ごとだといわんばかりに声を潜める『京太郎』につられて初瀬の状態が前倒しになる。

 

『ボディタッチ』

 

「……え゛?」

 

スススと距離を取り始める初瀬。男なんてやっぱりそんなものなのか、などと軽蔑の目線すら送られる。

 

『いやいや「あててんのよ」的な奴じゃなく、偶然指先が触れちゃったとか、そういうやつのだから』

 

信頼を取り戻そうと言い訳、じゃなかった言い分を告げる『京太郎』。

 

『むしろ行き過ぎたボディタッチはあまり意味ないし』

 

さらっとどこかの幼馴染とタコス大好きっ子に悲報を送る『京太郎』、聞かれていればとっちめられること間違いなしである。

 

「そうなの?」

 

『あんまりべたべたしてくる女子は「ああそういうやつなんだな」って感じで意識から外れるので実際。勘違いが怖くて踏み込めなくなりがち』

 

例えば「もしかして好きなの?」「あははないわー」的なやり取りは前者が心の傷を背負い込むものである。家に帰ったら布団にもぐって「死にたい」と呟くまでセット。

 

『チョンと触ったくらいで離れて目線を逸らすぐらいの関係の方が付き合う前はドキドキする男が多いと思う』

 

「……男の子って意外とシャイ?」

 

『夢を見てるって部分もあるけど、結構多いぞ』

 

年齢が上がるとそうでもなくなるが、高校男子とは現実より理想の方が先行する。理想というよりもうそうかもしれないが。

 

『初回講義はこんなとこで。じゃ、よろしくな初瀬』

 

握手の代わりにつんと指で軽く触れる『京太郎』。初瀬はそれにぴくっと震えるも文句は言わない。

 

ところでお気づきだろうか? この男、最初は敬語だったにもかかわらず今は親し気な言葉遣い&名前呼びである。

初瀬は何かが引っ掛かったような顔だが結局気づけずに流してしまう。

 

原村和をひと月程度で名前呼びが自然になっている実績はこんなところでも発揮されていた。

相談役のはずが普通に仲良くなってしまっている。

 

初瀬が同じ高校の男に傾くか、架空の彼で満足してしまうか、岐路は結構近くにきそうである。




『岡橋初瀬の場合』、何となくこんな感じに。
無自覚攻略系男子、そんな分類をされがちな京ちゃんです。

読み返してみると割と続きがありそうな感じで話終えてること多いですね。
2周目期待されるのはこの成果と今更気づく。

次でとりあえずのエピローグとします。やはりシリーズ的に『須賀京太郎の場合』とつくのがそれっぽいかと。


砂糖吐きそうな甘々イチャイチャ? エロと一緒にR-18版に出来上がるんじゃないですかね。

IFでのリアルバレ事件とか修羅場とかの話は気が向いたころに番外でこちらに足されるかもしれません。予定は未定。


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~終幕・須賀京太郎の場合~

須賀京太郎は中学でハンドボールを、高校では麻雀を選んだ男だった。

当人は自分がモテてないと高校までずっと思っていたりしたのだが、それは単に幼馴染の宮永咲が常に傍にいて『売約済み』だと認識されていたにすぎない。

 

運動ができて人当たりがよく気遣いで優しくて、言動が三枚目っぽいから見られにくいが中々に顔もいいし声は反則的、性根は真面目で人間関係を大事にする、これだけ長所があるのだから中々モテないということにもっと早く疑念を抱くべきだっただろう。

欠点は微妙にヘタレなところやちょっと女性の一部分に目をやってしまうエロさくらいだが、そんなものは大抵の男がそうである。

 

そんなある意味普通の男子高校生を自認していたのだが、そんな契機に龍門渕からおふざけのゲーム作成の手伝いが欲しいと声をかけられ、ノリに任せて乗ったのが始まりだったか。

悪ノリにしては手の込んだ、後々に考えるとそこまで必要があったのかと首を傾げる完成度で作られたそれが現代ネット社会に拡散すると、予想外にも程がある状況が生みだされていった。

 

勝手に通帳の貯金額の桁が跳ね上がり『ちょっとお金持ち』程度ではすまない金額に至り、何となく怖くなってその通帳は机の引き出しの奥に封印した。

 

それからは普通などとは言えない波乱万丈の恋愛劇の当事者にされていった。

理由もよくわからず告白され、次の日には告白してきた相手が友人と喧嘩をしてたり、一方的にライバル宣言をしてきた乱入者が場をかき乱したり、覚えのない約束を持ち出されて困惑させられたり、女の子に挟まれてギスギス空間が発生したり、勝手に浮気認定されて怒られたりと様々であった。

 

そんな普通とはいいがたい経緯や思い出したくもない数のいざこざを経て、高校を卒業する頃にはもうどこか達観していた。

大概のことでは動じなく対処できるようになったこともあり、もういい加減けりをつけようと親御さんを説き伏せ、結婚式を敢行することにしたのである。

 

相手は京太郎側からのプロポーズになぜか動揺していたが、散々振り回されたのだから「今度は俺についてこい」と告げるとやたらしおらしくなったのである。たまには攻勢に出るものだと京太郎はやっと学んだ。

 

勢いというものは大事で知り合いのことごとくに結婚式の招待状を送りつけたら、悲鳴やら懇願やら泣き落としやらが発生したが断固たる意志で跳ねのけた。

なお、数少ない祝福の言葉をいただいた方へはしっかりと感謝をささげると共に心中の株が急上昇した。いざというときはこちらも助けようと誓いまで立てておく。

 

そんなこんなで今、京太郎は着慣れないタキシードをつけて赤い絨毯を進む人生の伴侶になる人を神父の前で待つ。

衣装合わせの時よりも綺麗に見える彼女にはステンドグラスから光が差し込み、ウェディングドレスも相まって神秘的に見える。

 

神父の祝詞が場を支配し、互いに指輪をはめ合ってお決まりの警句を交わす。

 

「この結婚に異議あるものは~~」の部分で後ろから声が上がった気もしたが、開催側と言い含めておいた神父は何事もなかったように完全にスルーしていた。

 

新婦のベールをすくい上げ、今日初めて見る彼女の顔には嬉しそうな笑みと目じりから溢れそうな涙。

この人を好きになってよかったと、万感を込めてそっと背中に手を回し口づけを交わす。

 

「愛してる――」

 

言葉に思いをありったけ乗せて彼女の名を口にする。この時彼女が見せた笑顔を忘れることは永遠にないだろう。




エピローグ的に『須賀京太郎の場合』、完。
『京ちゃんと一緒』正式リリース版としても全80話でいったん終わりです。

京ちゃんの結婚相手はぼかして誰であっても成立するようにしておきました。特に矛盾はないと思う。
永水勢は神前式しそう? ドレスが着たかったんですよ、きっと。


皆様長いことお付き合いいただきありがとうございました。咲キャラの魅力が少しでも伝わっていれば作者的には嬉しいです。

R-18版の展開はしばし時を置いてからということで。ただいま充電中。


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