オルガマリーは人間に戻りたいようです (ししゃも丸)
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ep.×× そして願いは叶えられた
巌に開こうとしない瞼をなんとか開ける。
目の前の光景は真っ白だった。白い粒がすごい速さで通り過ぎていくのが見える。周りには黒があった。最初は黒一面だったけど、そこに穴があいて、そこから白が出てきた。人はこの光景を美しいとはほど遠いと言うだろう。
それでも、この光景こそが最後に相応しいとさえ思えていた。
地面は冷たく、手足の感覚もない。先ほどから感じていたはずの激痛でさえ、いまはもう感じなくなってしまった。左手は地面に倒れ、右手は撃たれた腹を塞いでいたが穴は一か所だけではないので効果は少ない。たぶん、血はすでに止まったのではないかと思う。場所が場所だし、この寒さならそうなっても不思議ではない。
からんと何かが落ちた音が聞こえた。耳はまだ音を拾えたらしい。少しして、動かないはずの頭が持ち上げられて、なにか柔らかく暖かいものの上に乗せられた。
視線の先には、あの子がいて……流すはずのない涙を、流していた。
「……いて……か……?」
どうやら思ったように声が出ない。残念だが会話にならないようだ。
「そうなのでしょうか。私には、わかりません。これが、涙なのですか?」
「……」
「自分で考えろ。あなたならそう言うんでしょうね」
「あ……つ……は……」
「みんな、死にました。生き残ったのはわたしだけ。それと外の戦いも終わったようです。さっき、ルシファーさんが別れを言いに来て、すぐに帰っていきました」
「……」
不思議なことに、自分は悲しみを感じているのがわかった。彼らは所詮悪魔だ。敵を効率よく殺すための道具でしかなかった。なにせその時まで一人で生き抜いてきたから、頼れるのは己だけだと信じていたというのもある。しかし仲魔とは存外悪くないと気づいた。会話ができる奴もいれば、できない奴もいたし、見た目は異形な姿をしていても人間のような奴までいた。一応人間というか過去の英雄もいた。まあ色々あったが楽しい旅だった。
「これであなたの任務は終わりです」
感傷に浸っている中、声が出せない自分をよそに彼女は淡々と話を続ける。
「欠片をすべて回収、各地の異界および悪魔を排除し、最終排除目標であった彼も倒しました。そして、私の教育も無事果たしたと言っていいでしょう」
「……は」
あざ笑ってやりたくても、精いっぱい出せる声がそれだけだった。
「組織は約束通りあなたに報酬を差し出しますよ……ですが、これではもう、意味がないですね。どんまいです」
「……く……」
ファック。これだけは言ってやりたかったが、無理だった。
まさか最後の最後でこいつの小粋なジョークを聞けるとは思ってもみなかった。会った時は『はい』、『いいえ』みたいな会話しかできなかった機械のような女が、まあよくもここまで成長したものだがこれでやっと普通のライン。遅すぎだ。
「その代わりにわたしが貰ってあげますね。それで、いっぱいご飯を食べます。世界旅行をしながら、その街で食べ歩きをして、あなたが遊べと言ったように遊びます。それから……それから……」
「……」
肌の感覚さえわからないのに、頬に触れている彼女の手が震えているのが不思議とわかる。それは寒さからではない、これは悲しみだ。人らしい感情など出会ったときはなかった彼女がようやく兵器ではなく、人になったのだ。
「しな、ないで……死なないで! 私を、一人にしないでマスター! みんな死んでしまったのに、マスターまで死んでしまったら私は……一人ぼっちになっちゃう……! だから……だから……生きて!」
「……ら……」
「ますたぁ……ますたぁ!」
景色がぼやけて見える。彼女が泣いているのだと声からしてわかっているのに、そのために手を伸ばしたくても動かないし、名前もまともに呼べない。
(……ぁ)
その時意識が飛びかける。どうやら終わりが迫っているようだ。声に出せずに伝えられないが仕方ない。お前に伝えたかったことを伝えよう。
恨め。お前を生み出した世界を。
憎め。人としではなく、英雄としてしか生きられない己の運命を。
許せ。戦う術しか教えられなかったを俺の無力さを。
そして――お前を一人残して逝く、こと……を――
「――! ます、た……」
少女は目の前で眠る冷たくなってしまった彼を抱きしめた。
逝った、逝ってしまった。
これで私は本当に一人ぼっち。死ねるなら一緒に死にたい。あなたとみんなと元へ共に逝きたい。でも、自分の身体はそれをさせてはくれない。
彼女は途方に暮れていた。
このまま帰ればきっと英雄として祭り上げられる。当然だ、そのために作られたのだから。抱いている彼を連れて帰りたいと思っていても、きっと組織は何もしてはくれない。立派な墓だって彼に用意なんてしないだろう。
ならばここに置いていくのか? できない。そんなこと、できない。ではどうすればいいのか。いつも聞けば教えてくれた人は、もういない。自分で考えるしかないのだ。
そうだ。このまま彼と共にここで眠ろう。いずれは身体が凍って意識も途絶えるかもしれない。それなら、彼を一人にしないで済む。
力強く彼を抱きしめた。冷たい、まるで氷を抱きしめてるよう。構わない。彼と共にいられるなら。
彼女が決心したその時だ。頭上に魔力を感じて上を見上げた。
「そんな、ありえない。でも……どうして?」
そこには役目を終えたはずの杯があった。なのにそれは、魔力で満ち溢れそれが光となって周囲を照らしているのが何かを訴えているようにさえ思えた。
何をしている、望みを言え――
そう言っているかのように少女は思えた。腕の中に眠る彼を見て、彼女は初めて自分の欲望を口にした。
「誰でもいい。この人を、助けて……!」
少女はそこにあった光輝く杯に、いや、ただ世界に救いを求める。
刹那。
光がすべてを覆った。
楽園。そう呼ばれる場所がこの世界のどこかにあるらしい。苦しみもなく、争いもない幸せな理想郷、知れば誰もが求め、そこにいきたいと願うだろう。
ここには綺麗な花々が咲いている。人工物など一つもない。自然そのままの世界が広がっている。そんな美しい場所に一つに、少し不釣り合いな塔があった。塔と呼ぶにはそれは大地の上には建っておらず、宙に浮いていた。場違いな存在である塔ですらここの一部である。
ここは〈アヴァロン〉
まさにここが
その理想郷の庭園とも呼べる場所を穢すかのように、体中が凍り付いて所々赤く体が染まっている男が、花を押しつぶして捨てれられたかのように置かれていた。
その存在に花の蜜を吸っていた虫たちが恐れ、逃げるように飛んでいき、興味を惹かれた妖精たちは一目見ては逃げ出す。
異物だ。なんて醜く、薄汚れた存在なのだろう。
人が影口を叩くように妖精たちまた同じように、この理想郷を穢すそれに罵声を吐いていた。
そこに塔から人影が現れた。見れば誰もが目を奪われるような存在だ。それは男ではあるが、女と見間違えるような美しい髪を揺らしながらを宙を歩いてそこに降り立った。
男は魔術師であった。魔術師らしい杖の先でそれをつつく。
そこに感情はない。ただの観察だ。
「ふむ……ふむふむ。これは驚いた! これでまだ生きているのか、死んでいると思ったが……人の生命力には参るね。むしろ、そこが人間故に美しいのではあるけれど。しかし――」
魔術師は空を見上げた。透き通った青空。これほど素晴らしい青空は他では見ることはないだろう。
ここは理想郷であると同時に牢獄だ。人が辿りつける場所ではない。見つけることすら不可能な場所。まさに不可侵領域。
それだというのに、この人間はここにいる。誰かが来ればわかる。しかし、それすら感知できなかったのだ。気づいたのは虫や妖精たちが騒いでいたからで、後手を取るなんてことは滅多にないというのに……。不思議だ。どこからどう見てもただの人間。微かに魔力は感じる、しかしそれだけだ。
「さて。君はどこから来て、何者なのか。私の眼ですらそれを視ることはできない。うん、実に不思議で、興味を惹かれる! 人間は好きだけど、男はどうでもいいからねぇ。運がいいよ、君は」
魔術師が言うと周りの小さな妖精たちがこそこそしはじめた。人で例えるなら、冷たい視線を送っているような感じといえた。
「はいはい。君たちもどこかへ行きたまえ、見世物じゃないんだからね」
妖精たちを追い払うと、魔術師は杖を掲げた。すると男ゆっくりと浮かびあがり、彼の前に止まり男を運びながら魔術師は再び宙を歩いて、牢獄ともいえる塔へと戻っていく。
「戦いは得意じゃないけど、それ以外だったら何でもできるからね、私は。ああでも、人を治すのは久しぶりだ。上手くいかなくても恨まないでくれよ、人間君」
人と話すのは久しぶりだし、いい退屈しのぎになるだろう。
ああそうだ、お茶も用意しなくては。それとお茶菓子もね。味はまあ、文句は言えないだろう。なにせ、君はお客さんだからね。
それにしても、死んでいるように眠っているね。これで生きているのだから人は侮れない。
だからこそ、私は人間が好きなのだ。
特例だが、内容次第では君のことも好きになるかもしれない。
男の割には、だけどね。
予告
突如現れたレフにより体を操られてしまうオルガマリー。そこで彼によって自分の身体はすでに吹き飛んだと告げられてしまう。困惑するマリーに藤丸をはじめマッシュらは何もできない。
諦めないでマリー! ここで死んでしまったら、グランドオーダーはどうなるの⁉
まだ逆転のチャンスは残ってる! レフなんかに負けないんだから!
次回 オルガ死す!
レイシフトスタンバイ!
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ep.01 オルガ死んじゃったよ……
型月設定とメガテン設定も含めてガバガバだけど、そこはまあ多少はね?
あと特異点Fなんてみんな知ってるから巻くので実質初投稿です
特異点F、その大空洞での戦闘は未だに勝敗がつかないでいた。
デミ・サーヴァントであるマシュが現在交戦中のセイバー……アルトリア・ペンドラゴンとの戦いの中で宝具を開放し彼女の一撃必殺の宝具を防いだものの、創作のごとくこれで『はい終わり』というわけではなかった。
戦闘は続いている。
今もマッシュはアーサー王の攻撃を防ぎつつ、その隙を狙ってキャスターが援護をしている。数では圧倒的に勝っているはずなのに、状況はこちらが不利。そんな中で、効果があるようでないような援護をしているオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアは、戦況が変わらないことを少し前で戦っているキャスターへ怒鳴りつけた。
「もう! なんとならないの!? あなた、キャスターなんだからなんとかしなさいよ!」
「いやぁ、気持ちはわからんでもないんだがな嬢ちゃん。槍でもあれば俺が前衛に出れるんだが、如何せんキャスターとして呼ばれちゃあ、こうにもなるさ」
「所長!」
「なに⁉」
「あれを!」
マリーの後ろでマシュを援護……魔術的に補佐していた藤丸立香が大空洞の上に向けて指をさしながら叫んだ。彼女は彼が示した先に視線を向け、そこには何かが落ちてきている。いや、落下していた。それも現在マッシュが交戦している場所にだ。
視線を戦っている二人に向ける。アーサー王と交戦中のマシュは常に後手に回っていた。戦闘経験は圧倒的に向こうが上。なにより彼女のサーヴァントのクラスはシールダーであり、その名の通り盾である。戦いを経験したばかりの彼女にとって自身の一部でもある盾は盾でしかなく、その使い方もただ防ぐことしか出てきていない。
だがこの盾のおかげでアーサー王の宝具を防ぎ、今も彼女の攻撃を受け切っているのは紛れもない事実。しかし、それも限界が近づいてきていた。
だからマリーは叫んだ。現在落下している何かが、アーサー王に向かっているのだと願って。
「マシュ下がって!」
「!」
「なんだ……上か!」
「おぉおおおおおおお!!」
マシュが後ろへ飛び、アーサー王がそれに気づき、剣を構え直したのはほぼ同時だった。剣と剣がぶつかり合いような音と同時に衝撃が周囲を襲い砂煙が舞う。砂煙の中を先に飛び出したのはアーサー王だった。
彼女は剣を下げるとただ先ほどいた場所を注視していた。それはマリーをはじめとした彼女達も同様だった。合流したマシュが藤丸にたずねた。
「先輩あれは?」
「わからない。敵……ではないと思う」
「同感だぜ。こっちに敵意はないようだ」
「アーサー王の様子が少し変に見えるわ」
アーサー王は未だに動かない。それがマリーには不気味だった。謎の敵を確認するため、というのも考えられるが今の彼女は先ほどまでとは雰囲気が違うようだと彼女は感じていた。
煙が一気に晴れた。風が吹いた訳ではなく、それもその場所だけ凄い勢いでだ。それもすぐに分かった。
そこに立っているのは西洋甲冑を身に着けた赤い騎士。なるほど、その手に持つ剣で振り払ったわけだ。ならばあれはセイバーのサーヴァントになる。しかし誰が? レイシフトに成功したのは自分達だけ。この特異点に召喚されたサーヴァントはアーサー王をはじめとした7騎のみ。
となると第三勢力になるのだが――。
「オレがわかるか、アーサー王」
赤の騎士がその剣先をアーサー王に向けて問うた。
「……忘れることなどない。私の記憶に深く刻み込まれている。貴様がなぜ、ここにいるのかはどうでもいい。こい、一撃で葬ってやる」
「ッ! アーサー王!!」
同時に巨大な魔力の解放を感知。これは先程と同じ宝具の解放だ。
それにいち早く動いたのは誰でもないマシュだった。
「いけない!」
「おう⁉」
「きゃぁ⁉」
マシュはその盾を地面に突き立て藤丸とマリーの服を強引に掴かんで自身の後ろに放り投げる。常人では無理だが、彼女はデミ・サーヴァントだ。これぐらい余裕だろう。マリーは突然のことで怒る余裕はすらなかった。
ただマリーは隣に仰向けで倒れる藤丸が目に入った。彼の目は驚くほどぱっちりと開いていて、その視線の先は……マシュの尻だった。こんな状況下でそんな余裕がある彼に彼女は脱帽した。女の敵、最低とかそんな罵声の言葉はおろか怒鳴る気すらなかったのだ。こいつはもしや大物なのでは? マリーはそう思わざるを得なかった。
それでも、スケベ野郎には変わりないので中指を彼に向けて立てたと同時に、両者の宝具が放たれた。
「約束された勝利の剣!」
「我が麗しき父への反逆!」
両者による宝具の激突。先程とは比べ物にならない衝撃が襲っている。どういうわけか、まりはー盾から少し顔をだして目の前の光景を見た。
拮抗、いや、アーサー王が少し押している。少し、ほんの少しずつアーサー王の宝具に押され始めていく。そこである事に気づいた。仮面をつけていた騎士の顔が露わになっている。似ていた。髪の色、から顔の形まで。
そうか、あれはモードレッド。反逆の騎士。
その時だ。マリーの耳が不思議とこんな状況だというにそれを捉えた。ライブハウスで鳴り響く音楽の中で、誰かが放った言葉を正確に聞きとるかのように聞こえたのだ。
「へ。余計なお世話だっつうの!」
突然、モードレッドの魔力が跳ね上がった。同時にアーサー王の宝具を押し返していき、すべてを飲み込んだ。放たれた宝具は止まるわけもなく、そのまま大空洞の壁へと向かって激突した。
両者による宝具の戦いはわずか1分たらず決着がついた。
「終わった、のでしょうか」
「どう、だろう」
「所長、大丈夫ですか?」
「え、ええ」
「誰も俺の心配してくれないの?」
「あんたは自分で自分の身を守れるでしょうが!」
「つれないねー」
「たく! ……」
マリーをはじめとした全員の視線が目の前にいる二人に向けられた。
突然の静寂。
彼女らの目に映っているのは、立っていたのはモードレッド。倒れているのはアーサー王。
モードレッドは静かに歩み寄って行き、アーサー王の前まで来ると彼女は見下ろしていた。何も言わず、ただ立っていた。
最初に口を開いたのはアーサー王だった。
「……今度は逆だな」
「……」
「マスターの有無が、こうも勝敗を分けるとはな。どうだ、満足か?」
「オレは、ただ……認めてほしかった。それだけで、よかった!」
「また、それか。この身が犯されていなくても、その問いに返す言葉変わらない。私は、お前を認めない。そして、お前は王の器ではない」
「父上……!」
「誇れよ、叛逆の騎士。お前は私を倒し、本当の意味で遂に叛逆を成し遂げたのだ。……もう、消える。トドメをさすなら、いまだぞ」
「……」
「する価値もない、か。……貴様とは、戦いの中でしかまともに話したことがなかったな」
「父、上……?」
「お前を通して見ているのだろう。もし、私を呼べたのならば、手を貸してやろう。その時は……」
「父上!」
「――ただの、戯言だ」
アーサー王は消えた。光となり、まるで吹かれた風に乗って大空洞の外へと流れていく。同時に大空洞全体が揺れ始めるとキャスターも何かをいいかけて消えた。
突然のことで戸惑うマリーらに、ぱちぱちと拍手をしながら一人の男が現れた。
「いやはや、お涙ちょうだいの茶番をありがとう。まこと、退屈ではあったよ」
結果から言えば、今回の一連の騒動はレフが仕組んだことであった。
そして彼は日ごろの恨みと言わんばかりにレイシフトする際に、マリーがいた場所に大量の爆弾を仕掛け、マリーの肉体はすでにミンチより酷いことにになっていたことを告げられた。
さらに彼は彼女の身体を操り、赤く燃えるカルデアスを見せつけながら、
「キミを殺すのは簡単だが、それでは芸がない。だから、君の望みをかなえあげよう。さあ、君の宝物とやらに触れるといい」
「いや――いや、いや、いやぁああああ!!!」
泣き叫んだ。ありたっけの声で叫んだ。助けてと望んだ。
まだ、なにもしてない。してもらっていない。
嫌われていた。認めてくれなかった。誰も、優しくしてくれなかった。
そんな人生で終わりたくない。死にたくない。死にたくないよ!
頭の中で色んな言葉が思い浮かぶ。それでも、声に出せたのは救いを求める声だった。
「誰か、助けて―――!!!」
銃声。
大空洞に一発の銃声が響いた。
それは自分の耳にも聞こえていて、それと同時に体の自由を奪っていた何かの拘束が解かれ、誰かに抱きかかえられていると気づいた。すぐに目に入ったのは男の顔。次に着ている服がYシャツ上に寒冷地で分厚い着るようなコートを羽織っていた。それを知るころには、男は地面に降りていた。視線の先はレフから自分へ。
「大丈夫か?」
「え、ええ。ありが……!」
胸に変な違和感を覚え、それが何なのかすぐに分かった。女なら誰でもわかる。
揉んでいるのだ。この男が、私の胸を! それも堂々と、真顔で人に安否をたずねながら!
「なに人の胸揉んでのよぉ!」
「うぉ⁉ あぶね!」
マリーは男のアゴ目がけて右手を振り上げたが軽々と避けられ、支えていた手を離せられてしまい、そのまま彼女は地面に尻から落ちた。
「い、ったーー!!」
「あ、すまん。つい」
「なにがついよ! どさくさに紛れて人の胸を揉んでおいて!」
「いやね? こう、掴んだ位置がちょうどそこでさ。理想的な形と柔ら――」
「言うな!」
再度男に殴りかかるが軽々と避けられてしまう。少し離れた位置でその光景を見ていた藤丸とマシュはマリーが助かったのに安堵しつつも、状況についていけずにいた。そんな中、モードレッドが男の方へ跳んでいき着くなり突然怒鳴った。
「おせーぞハジメ!」
「腹が痛くてトイレにこもってた」
「うそつけ」
「じゃあ、信号を渡れないおばあちゃんを助けてた」
「次」
「すまない、今までのは嘘だ。本当は道が混んでた」
「またそれかよ!」
「で、モッさん。気は晴れたか?」
「うるせぇ」
「はいはい、なるどね。……まあ、よかったな」
「ふん」
ハジメ、と呼ばれた男とモードレッドの関係がマスターとそのサーヴァントであるとマリーは推測した。ただ、たった少しの会話だけだが彼女は二人の関係がそれ以上なのではと本能的に察していたとき、そのハジメが声をかけてきた。
「で、君をあの熱々のミートボールに入れようとしていたあいつ、誰?」
「あいつはレフ・ライノール・フラウロス。直訳すると、裏切り者の糞野郎よ!」
「フラウロス……? あっ、ふーん」
「……?」
彼の名を教えるとハジメは奇妙な反応をした。腕を組み、見た目に似合わないくせにアゴを撫で始める。彼の隣に立つモードレッドも似たような反応をしていた。
マリーはレフを見た。そこには意外な彼の姿があった。例えるならそれは、目の前のことを信じられないような顔。レフとは7、8メートル離れているのではっきりとへ言えないが、彼は額に汗を浮かべているように見えた。
そのままレフをハジメを指しながら叫んだ。
「お前はなんだ⁉」
「あん? 俺? 見て分かんない? 人間だよ、どこにでもいるふつーの人間。あ、ここはやっぱアヴェンジャーズって答え方がカッコよかったか?」
「人間? 人間だと! 貴様のような奴が⁉」
「ひでーな、種族差別かよ。今どきはやんねーぞ。それに、お前も人の事が言えた義理かよ」
「っ!」
ほんの少し前までは圧倒的優勢でったはずのレフが押されていた。それは自分もそうだし、マシュと藤丸も同じだろう。ふと気になってハジメの方へと視線を向けようとした時風が舞い、そこにハジメはいなかった。
「え?」
「ハジメならあそこ」
モードレッドが丁寧に教えてくれたその先にハジメがいつのまにかいた。レフトの距離は約8メートル、それを一瞬であの場所に? 彼ではないが本当に人間なのか疑いたくなる。よく見ると、ハジメの右手には武器――日本刀が握られていた。ということは彼は斬りかかったのか? 気づけばレフは少し後方に下がっていた。
「動くと当たらないだろ!」
「っ!」
今度は斬りかかるわけではなく、どこから出したのかハジメの左手には拳銃が握られていた。彼は躊躇いもなく引き金を引いた。銃弾は真っ直ぐレフに飛んでいき、最初の撃った3発は障壁のような何かではじいていたが、4発目からは自らの身体を動かして回避行動をとっていた。
「勘がいい奴だな」
「ハジメー。手伝ってやろうかー?」
「いらねー」
「はいよー」
「え、いいんですか⁉」
それをたずねたのはマシュだった。どうやらいつの間にかに藤丸を連れてここまで移動してきたらしい。
「おう」
「でも、一人じゃ」
今度は藤丸が言った。
「へーきだって。あれぐらいならオレだって殺れるし」
「あれぐらい……?」
マリーはその言葉の真意を訊こうとしたが状況が突然変わった。大空洞の揺れが先程とは比べ物にならないほど揺れ始めたのだ。
「お前をここで消さないのは問題であるが時間がない。なに、私は忙しいのでね。次の仕事に取り掛からないといけない」
「うわー。綺麗なまでな逃げ口上」
「なんとでも言うがいいさ。まあ、ここから出られればの話だが。それでは諸君、ご機嫌」
レフは消えた。まるでそこからいなかったように。彼が消えるの確認するとハジメはこちらに武器をしまって戻ってきた。するとすぐにモードレッドが彼を煽った。
「やーい、逃げられてやんのー」
「はぁ? これはイベント戦だからノーカンに決まってんだろ」
「負け惜しみ」
「あん?」
「ふふん」
モードレッドは胸を張っていた。まるで口で勝ったような素振りである。そんな二人の間に割って入ってマシュが叫ぶ。
「お、お二人とも! 今はそれどころじゃ!」
「そ、そうですよ。とにかく今は脱出しなきゃ!」
「ふ、二人の言うとおりね。ロマン、レイシフトの準備は?」
『いまやってますが……所長は』
「いいの。とにかく急いで」
『……はい』
二人の会話にマシュと藤丸も暗くなる中、それを打ち破るかのようにこの男は言った。
「え、なにこの雰囲気? お通夜みたい。行ったことないけど」
「なんだよハジメ。オレを通して聞いてなかったのか? こいつ、死んでるんだってよ」
「え、死んでる? そういえば、体の感触はあっても温もりを感じなかったような……ん? となると、この
「とにかく死んでるから、一緒に帰れないんだよ」
「死ぬ死ぬうるさい! そうよ、死んでるのよ! 殺されたの! 爆弾で木端微塵んこよ! うぅううう」
マリーは泣きながらその場に座り込んだ。
『とにかく時間がないんだ! 残念だけど……』
「あのさ、そのレイシフトやらは俺もいけるの?」
『あ、ああ。過程は省くが、君とモードレッドをこちらの世界に転送する準備をしている』
「モッさんはいいぞ。俺が連れてくから」
『え、それはどう意味……』
「こういう意味。モッさん」
「おう。じゃあまたな」
するとモードレッドは光となってハジメの左腕についていた端末らしきものに吸い込まれていき消えた。
『き、消えた⁉』
マリー以外の三人が声を揃えて驚き、それを他所にハジメはマリーの前に膝をついた。
「……なによ」
「たぶん、君は一種の……霊体状態、わかりやく言えば亡霊だな」
「ぐす。なによ、だったら除霊でもしてくれるわけ⁉」
「いや、違う。とにかく、今の君は悪魔だ」
「は?」
「なに、簡単な話だ。俺の
「ちょっといきなりなによ。訳が分からないんだけど!」
「いいから、はいと答えろ。時間がない」
「あーもう! わかったわよ! あんたの仲間になる!」
「おう。では、コンゴトモヨロシク」
その言葉を聞いてマリーの意識は途切れた。彼女はモードレッドと同じようにハジメの左腕にある端末へと吸い込まれ。
OLGAMARY……
completed
と端末に表示されていた。
そしてレイシフトの準備が完了し、彼らはこの地を脱出したのであった。
New!
新たにオルガマリー・アニムスフィアが仲魔になりました
新たに■■■■■が仲魔になりました
メガテン部分の単語や台詞の使い方が違うけど、許して…許して…
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ep.02 自己紹介は実際大事
謎の介入者ハジメの報告は、マリーにとってショック……いや、耳を塞ぎたくなるほどであった。むしろ、今すぐトイレに駆け込んで吐きたかった。
「いやぁ、久しぶりに酷い死体だった。なんていうのかなぁ。こう、ちょうど足元が爆破地点だったから、足は両足どっかに行ってたわ。んで、それに連鎖してあちこち爆発した所為か、体はもうぐちゃぐちゃ。お、アレかなって手に取った頭はそれはもう――」
「やめろこのバカぁ!!」
「おっと」
「死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
「はっはっは。当たらんよ」
耐えきれなかったマリーは即座に椅子に座りハジメに向かって殴りかかった。が、いとも容易く避けられてしまう。何度も拳を振っても避けられてしまい、しまいには彼女の方が先に息が上がっていた。
「その調子だと、体は問題ないみたいだな」
「……ええ。違和感なんて微塵も感じないわ」
「ならよかった」
特異点Fから帰還後から約5時間ほどが経過していた。彼女達の基地でもあるカルデアに帰還したのち、マリーは気づけば慣れ親しんだ同施設のミーティングルームにいた。あの時、最後に交わした言葉のあと意識は途絶えていた。いや、なんとなく意識はあったような気がするがはっきりと思い出せず、ふと妙な感じがしたこと以外は何もなく、気づけば何かに呼ばれたような気がしたらここにいたのだ。
なんでも、彼の左腕にあるハンドベルドコンピューターであるCOMPの中にいたとのこと。ふと横を向いたら同じくそこにいたモードレッドも外に出ており、最後に会ったときの甲冑姿ではなく私服姿に着替えていた。
そして、自分が出てくる間にハジメは爆破された現場を捜索していたのだ、私を。生き残った職員らでなんとか生き残ったマスターらの救助と施設の復旧に当たっていたのだが、一部の無残な死体はまだ手が付けられておらず、彼が一人で死体の身元の確認と、処理を一人でやっていたらしく、その報告を現在生々しく伝えられていたのだ。
「さてと。所長とのじゃれ合いはそこまでにして。話を進めてもいいかね?」
「ああ。頼む」
場を切り替えたのはカルデアが召喚したサーヴァント第三号レオナルド・ダ・ヴィンチである。
「一応自己紹介といこう。まず、君が助けてくれた女の子がオルガマリー、ここの所長だ」
「ショチョウ!」
「なによ!」
「いや、なんでもない」
「だったら言うな!」
「でだ。次の眼鏡をかけた少女がマシュ」
「先ほどはありがとうございます」
「お礼はあとでいいよ」
「へ?」
「こほん。で、彼女のマスターであり唯一生き残った魔術師である藤丸立香」
「どうも、藤丸です」
「よろしく、少年」
「で、先程も話していたが――」
「ボクはロマン。皆からはDr.ロマンと呼ばれている。ここの医療部門のトップで、オペレーターの真似事担当さ」
「で、最後にこの私がレオナルド・ダ・ヴィンチ。ここカルデアの技術特別名誉顧問にして技術部のトップだ。まあ、この中では私が一番知名度はあるかな」
彼女が自分の紹介をすると、ハジメはぽかーんとした表情をしているのにマリーは気づいた。彼はそのままマジマジとダヴィンチを観察するような目で見る。上から下へ。下から上へ。特にある一転を凝視していた。
やはりこいつはただの変態では?
彼女は命の恩人であるハジメに感謝の念などとうに抱かなくなりつつあった。
「ダ・ヴィンチ? あの?」
「そうとも!」
えっへんと胸を張って自慢げに言う。まあ、彼女からして新鮮な反応なのだろう。なにせ、ここにいる職員も最初は驚いたものだが、人は慣れるもので自分たちの彼女への反応は普通の人間と接するような感覚になったのだから。
「女なのは驚いたが、やっぱりダ・ヴィンチだからバイなわけ?」
「――は? キレそう」
マリーは初めてダ・ヴィンチがしないであろう表情を目の当たりにした。隣にいたロマンに至っては口と腹を抑えて笑いを堪えていた。
「先輩、ばいって、なんですか?」
「えーとね、それは――」
「あんたも教えなくていいの!」
「はあ……?」
「いずれマシュもわかるさ」
なに澄ました顔で言うのか、この男は。ていうか、こいつ意味わかってるのか。いや、当然か。自分だって知っているわけだし。
「いや待てよ。女なら、逸話的には少年ではなく少女ということになるつまりれ……なに、そのごっつい腕」
「ちょっと痛いだけさ☆」
「痛いのは嫌いだ」
「大丈夫。その内病みつきになる!」
「なんだ。ダ・ヴィンチはドSでもあったのか。いやぁ、天才ってやっぱちげーよな」
「殺していい?」
そのあと。落ち着いたロマンが間に入ってダ・ヴィンチを静めた。
閑話休題。
「コホン! こちらの自己紹介はひ と ま ず、済んだわけだ。色々ごたごたしてたので、改めて自己紹介してほしい」
座りながら足を組み、かつてないほど敵意を抱いているような目をしながら彼女はハジメに言った。
「名前は始だ。只野始」
「ただのはじめ?」
「あー、漢字でこう書く。な」
偶然あった髪とペンに彼は自分の名前を書いた。『只野始』なんともしっくりくるようで、違和感を覚える名前。マリーをはじめ同様に同じことを思ったらしく、藤丸がそれなとくたずねた。
「その失礼ですけど。ちょっと変なお名前ですね。名前はともかく、苗字がその……」
「当然さ。自分で適当に苗字付けたんだから」
「え、そうなのかい?」
ロマンが言った。
「名前は本当。俺、孤児院の出で、苗字なんてなかったのよ。色々と書類とか作る時にないと不審がられるから作っただけ。どこにでもいる始、だから只野始。だから、そんな顔しなくてもいいんだぞ少年」
「あ、すみません」
「なるほどね。で、ハジメ……始の隣に座ってから、ずっと椅子の上でくるくると回っている彼女なんだけど……あなた、モードレッドよね? 円卓の騎士の」
マリーはモードレッドを指しながら言った。その場にいた全員の視線が彼女に注がられ、回っていた椅子を止めてモードレッドは答えた。
「その通り。オレがモードレッドだ。遠慮なくモードレッド様と呼んでいいぞ」
「きみは……始のサーヴァントでのいいのかな?」
ダ・ヴィンチが目を細め、どこか含みのある言い方をした。それは藤丸を除いた全員が薄々と気づいていたことだったのだ。ダ・ヴィンチは言わずもがな、魔術師であるマリー、デミ・サーヴァントであるマシュも彼女の違和感に気づき、管制塔にいたロマンはもちろん調査したのでそれに気づいていた。ただ魔術師であるが未熟なところが多い藤丸は気づけていなかったようであった。
「……その通りだ」
モードレッドはすぐに答えなかった。それでもほんの一呼吸置いた程度。しかしその間に彼女は始に目だけを動かしていたのを、ダ・ヴィンチは見逃してはいなかった。
「ふむ。だがきみは、私と違ってどこかおかしいように見えるね。サーヴァントではあるけれど、そのおかしな点を私はうまく言葉に出せないでいる。例えるなら……そう、ズレだ。きみがサーヴァントであるはずなのに、どこかズレているんだ」
「それはオレがサーヴァントでもあってサーヴァントでないからだと思うぜ。理由はオレにもわかんねぇし、ハジメも知らない。気づいた時にはこうなってんだ。持ち前の直感になるが、暴走して暴れることはないから安心しろって」
「……わかった」
彼女は渋々その言葉を肯定し、次のその矛先は始に向けられた。
「では次の質問だ。始、君は所長になにをしたんだ? 今の彼女の肉体は限りなく人間ではあるが人間とは言えない。一体どんな手品を使ったんだい?」
「企業秘密、じゃあ納得しないんだろうな、あんたは」
ダ・ヴィンチはうなずいた。
「あんたら異能……魔術師でいうマジックアイテムを使ったんだよ。どんな物かは言えんがね。とにかくそれが魂の器となって、彼女の肉体を精製し維持しているんだ」
「私も魔術師のはしくれだけど、そんなマジックアイテム知らないわよ」
「ボクも聞いたことがないね。仮に存在しても封印指定になるほどの物だ」
始は聞きなれない言葉だったのか首を傾げていたのにマリーは気づく。おかしい、彼も魔術師ではないのか? 彼からは魔力を感じるし、先の戦闘で見せたアレも魔力を使っているはず。でなければ、説明がつかない。普通の人間が数メートル離れた場所へ一瞬で移動できるわけがないはずだ。
「さっきも言ったろ、企業秘密だって。何かあれば俺がすぐに気づくし、いきなり体が爆発するなんてことはない。少ししたらたぶん……すこぶる体の調子がいいと思うぞ。特に魔術師なら」
『?』
始の言葉の意味を誰も理解できていなかった。あのダ・ヴィンチでさえ答えを出すための材料が足りていないかったのである。分かっているのは特に体に害はなく、魔術師であるなら特に良い物でであること。
ダ・ヴィンチは天才故に興味あるいは答えを出そうと始に問いかけようとしたが、彼が休ませてほしいと言ってきたためにこれ以上追及することができない。誰もそれに文句は付けらないのは当然で、別に不自然なことではなかった。
とりあえず今日は解散となり、マリーも自分の部屋に戻ろうとした矢先、
「ところで、マリー」
「マリー言うな。で、何よ」
「お前……処女か? 非処女なら多分、膜も戻ってると思うぜ。やったな!」
「――死ね!」
サムズアップして言ってくる糞野郎に中指を立てて唾を吐いてやったと同時、隣に立っていたモードレッドが彼の腹に向けて飛び膝蹴りをお見舞いすると、彼はくの字に曲がって倒れた。彼女はそのゴミを軽々と片手でその腕に抱えた。さすがはサーヴァントである。
「ごめんなマリー。こいつ、下ネタ口にしないと死んじゃう病なんだ。普段はスルーするんだが、とりあえずさっきのはウザかったから殺っておいたぞ」
「ナイスゥ!」
「じゃ、そういうことで。マシュだっけか、案内しろ」
「あ、はい!」
そのあとマリーは生き生きとした顔をしながら自室へと戻っていった。モードレッドと交わした不自然な会話に気づくことなく。
自室へ戻ったマリーは気分的にシャワーを浴びたくなった。なので部屋に備え付けられているバスルームへ向かう。一部の上級職員にはシャワー室だけはあるが、それ以外は共有の浴場を使用している。彼女は若いながらもここの所長である。部屋にバスルームがあっても問題はない。
脱衣所で服を脱ぎ捨ててバスルームに入り、シャワーを少しずつ出して水がお湯になるのを待った。いつもの温度になると一気にお湯を出して頭からかぶる。
浴室にある一枚の鏡に映る自分を見た。おかしな所はない。
「血は……流れてる。鼓動も、してる」
胸に手を置く。ドクンドクンと心臓が動いているのがわかる。間違いない、自分は生きている。
そもそもの話、レフに言われるまで自分が死んだのと実感すらなくて、死を告げられても納得ができるわけがなかった。今思えば心臓の鼓動は聞こえなかったもしれないが、それを確かめる術はもうない。もう一度に死ぬなんて真っ平ごめんだ。
それでも、私の本当の身体はこの世に存在しないのだ。本当のオルガマリーの肉体は、すでに死体となっている。きついジョークにも程がある。
只野始。
平然とセクハラをしてくる糞野郎。糞野郎ではあるが、命の恩人なのは間違いない。複雑な心境である。
彼のことを思い浮かべたのか、別れる前の言葉を思い出した。
「調子がいいって、どういうことなのかしら」
身体は以前と何ら変わりはない。変わりはないが……思わず体を巡っている魔術回路に魔力を走らせた。
「……うそ」
すこぶる調子がいいなんてレベルではない。これは生前を遥に超えている。魔術回路の本数は変わっていないが、その分一つ一つの線がより強固となっているような、魔力が流れる速度が違うような感覚。それにその魔力でさえ、以前よりも増えている――気がする。
「ふふ、ふふふっ、あははは!!」
浴室に響き渡る渇いた笑い声。マリーは笑っている。嬉しくて嬉しくて、仕方がなくてこの気持ちを抑えられない。ああ、これなら死んでもよかったとさえ思えてしまう。いや、生きていることを喜ぶべきなのだ。そのチャンスをくれた始には感謝しかない。
本当になんて素敵なんだろう。
あいつを、あの糞野郎を、レフを殺す機会を与えてくれたのだから。
マリーらと別れた二人はマシュに案内された部屋で休んでいた。モードレッドはベッドの上に女性らしい座り方で座り、始は彼女の膝の上で仰向けに寝ていた。
彼は左腕にあるCOMPを弄っている。左手の甲には変な模様があって、線に例えるとそれは繋がっているわけではなくて二つの線がそれぞれ別に並んでいる。奇妙なことにある一か所が擦れているような状態。魔術師の間ではそれを、令呪と呼んでいる。
部屋に入ってから二人の間に会話はなく、けれど自然といまの状態になっているのは長い付き合いだからだろう。
静寂を破るようにモードレッドは始の頭を撫でながらたずねた。
「なあ」
「んー」
「話さなくてよかったのか? いずれは気づくぞ」
「その時はその時。お前がこっちに来た時の知識が本当なら、まだ喋らん方がいい。信頼はできるだろうが信用はできない。ただ、それは向こうもだろうな」
「だな。……あの子」
「マリーか」
「そう。やっぱ、あの時の?」
「たぶん。髪の色が似てたし、映像の声とも一致している。可哀想に」
「だから助けたのか?」
「目の前にいれば、誰だって助けるさ。でも、絶対に助かる自信なんてなかった。こっちの世界でもこれが使えたのは幸運だった」
始は左腕のCOMPを見せながら言った。
「それと。あの子にアレを使ったのか、それともモッさんがアーサー王を倒したのが原因なのかはわからないが。あの子、アイツと同じようなことができるらしい」
COMPを操作して彼はモードレッドにその画面を見せた。文字は所々英語だったり日本語が並べられていた。
HWTS……対象……OLGAMARY……所持能力一覧……SABER……アルトリア・ペンドラゴン【オルタ】
そこにはマリーの名とモードレッドの父でもあるアーサー王の名が表示されていた。彼女ははそれを見て唇を噛みしめた。
「すまん。オレが死ななきゃきっと……」
「仕方ないさ。本当はさ、生きて帰れるとは思ってなかったんだ。だけど、俺は生きてる。それに、これでもお前と会えてすげー喜んでるんだ。一人はやっぱ、寂しいしな。……弱くなったよ、昔と比べると」
始はそっと右腕をあげて、モードレッドの頬をやさしく触れた。彼女もまた彼の右手に重ねるように
自分の右手を置き、叛逆の騎士とは思えない弱弱しい声を漏らした。。
「……マスター」
「マスターって呼ぶな。たく、どうして俺の――」
「ごめん」
モードレッドは謝りながら彼の顔に近づいて、その口を塞いだ。
再び訪れた静寂。
始はしばらく、言おうとした言葉の続きを口に出すことはなかった。
なんかおかしくなった所長。さらに妙に女らしくなったモッさん。
はて、こんな予定だったかしら?
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幕間の物語 その1
目を開けばそこは見知らぬ世界が広がっていた。
これが現実ではなく夢だということは、マリー自身魔術師ゆえかすぐに理解することができた。思わず反射的に自分の姿を凝視、ほっと肩をなでおろす。どうやらちゃんと服は着ていたようで、想定していた裸ではなかったようだ。
にしてもここは何処だろうか。場所的に路地らしいのだが、たぶん表通りに行けばここが何処なのかがわかると思い少し歩く。開けた場所に出るとそこは大きな街だった。高層ビルがいくつも建っており、大勢の人が行きかっている。
(……東京?)
街並みと歩く人々の顔立ちからしてここが日本だと判断した。ただ、東京だと思ったのは彼女が知るこの街のイメージがそれだけだったからだ。
場所は分かった。ではなぜ、自分がここにいるということになる。生前……は、東京はおろか日本にすら行ったことはないのだ。それが夢として出てくるというのは変。ならば、誰かの夢になるのだが……。
思案しながら街を眺めているマリーの傍を一人の長身の男性が通った。彼はそのままマリーが最初に立っていた路地の奥へと進んでいく。
(始……よね?)
思わず彼の後を追い、すぐに彼の後ろについて歩いて覗き込むように彼の顔をみた。間違いない、彼だ。気づかなかったのはまず服装が違うから。最初に出会った時は分厚いコートを着ていたのに対して、今はカジュアル風のジャケットを羽織っている。これだけを見れば売れないモデルような感じだろうか。
一分ほど観察して気づいたのは、彼の左腕にはあのCOMPと呼んでいたコンピュータはなく、代わりにギターケースを手に持っていることだ。長さは120cmほどだろうか。ギタリストには見えないのでますます分からない。
(変な奴……うそ!?)
すると目の前で突然始が消えた。よく見ると、目の前の空間が妙だと気づく。
これは結界に似ていた。夢なので正確にはわからない、ただ認識阻害などのものはないように感じる。となるとこの先はかなり危険だ。
しかしここにいても状況は変わらない。
(ええい、女は度胸!)
マリーはその結界の先へと飛び込び、すぐに異変に気付いた。此処はかなり濃い魔力で満ちていて、普通の人間なら毒とも成り得る。自分ら魔術師ならば最適の場所だ。これだけ魔力が濃いならば、自身の魔力の代わりに使える。
この空間に目を奪われていたマリーは、突然首を横に振った。惚けている場合ではない、始を探さなくては。
思わず走りだしたマリー、しかし肝心の始はすぐに見つかった。奇妙な生物と一緒に。
(ま、魔物⁉)
それはよく知っている形をしていた。ハロウィンのかぼちゃにマントと帽子をつけているそれは俗にいう、ジャック・オ・ランタンみたいなものだったのだ。
彼は恐れるどころか当たり前のように会話をしている。
「オウ、ハジメじゃねーか。お前も来たのカ」
「ジャックランタン。お前もってことは、先に誰かここに?」
「そうだゼ。メシアにガイア、傭兵と選り取り見取りだったナ」
「やっぱ相当問題になってたのか。ここの異界」
どうやらこれは結界ではなく、異界と呼ばれるものらしい。たしかに、何かを封じているようには見えない。
「らしいナ。ま、生きて帰ってこれた奴一人もいないけどナ。異能者に悪魔使いもいて、そこまで弱そうな奴らじゃなかったガ」
「ふーん」
「お前もなんでここに来たんダ? 最近姿見ねぇから、死んだと思ってタ」
「ちょっと海外で稼いでた。で、戻ってきたら知り合いのヤタガラスにここを紹介されたわけ」
「それってYO、都合よく使われてるだけジャンカ」
「そうだな。だが、フリーランスの俺には依頼が来るだけありがたいの。報酬は美味いし、力もつくし一石二鳥ってわけよ」
「お前も強いんだから仲魔作ればいいジャンカ。なんだったら、オレサマがなってやろうか」
「こっちから願い下げだね。一人のが性に合ってる」
マリーは話の半分ぐらいしか理解できずにいた。専門用語を除けばある程度はわかるが、始が平然と目の前の魔物と会話をしているのが中々理解に苦しむ。魔術師の間でも使い魔は存在するし、それは別に不思議ではない。だが、魔物が人間と同じように会話したりしているなど聞いたことがないし、受け入れるのも簡単ではないのだ。
始は持っていたギターケースを地面置くと、ケースを開いて中の物取り出し始めた。ここで一曲、というわけでなく、さらに言えばそれはギターですらなかった。
防弾ベストを着こむとその上にタクティカルベストを装着。腰に巻くベルトと両太ももに着けるホルスターが一つになったもの付けると、両足にハンドガン2丁、腰にリボルバーらしきものを1丁。ケースからマガジンや手りゅう弾にナイフを装備、アサルトライフルを出してマガジンを装填し、最後に見覚えのある日本刀を腰に差した。
「相変わらず、すげーナ」
「これでもお前ぐらいの攻撃だったら防げるんだぜ」
「じゃあ、つえー奴ハ?」
「当たらなきゃいいんだよ」
「嫌いじゃないゼ。その考エ」
「だろ? じゃ、行ってくるわ」
「幸運を祈ってるゼー」
「悪魔に祈られてもなぁ。そこは美人にお願いされたいね」
どうやらこいつの頭の口はこの頃から変わっていないらしい
始はこのジャックランタンに手を振って異界の奥へと走り出し、マリーもそれに続くように追いかけ始めた。
夢もであり異界と呼ばれる場所が原因なのか、あれからどれ程の時間が経ったのか皆目見当つかないでいた。
今のマリーは例えるならば、映画のアクションシーンを座席ではなく、主人公の真後ろで見ているような感じで特等席とも言えた。まあ、中々見ることのない光景に最初は楽しんでいたが今は飽きつつあった。彼がフリーランスと言ってたように、どうやら資金はあまりないのか銃は控えていた。なので、日本刀でばっさばっさとと敵の悪魔を倒している光景だけが続いていた。
ただこれを見て、あの始が強いのも納得がいく。彼には魔力を感じてはいたが実際にそれを使っている様子はなく、いまも己の力だけで敵を倒しているのだ。
となるとただの人間ということになる、とても納得できるものではないが。
(……空気が変わったわね)
マリーが気づくよりも、目の前の始はすでにそれに気づいており、先程までとは雰囲気が違う。より周囲に注意を払っている。刀ではなく、ライフルを構えながらゆっくりと進む。
すると前方に死体が無数に転がっているのが目に入る。マリーは目を背けるものの、死体を見てしまう。無残だ。五体満足残っているものは一つもない。
彼はどうやら死体を調べていようだった。
「服装からしてメシアの連中か? ごろつきの格好は……ガイアか傭兵だろうか。お、弾が残ってんじゃーん。いただきまーす」
死体から戦利品を取って歩みを再開する。
これは夢である。誰も自分を認識できてはいないのだから、一人で先に行ってどうなってるか見てくることもできたが、マリーは怖くてそれができなかった。
「!」
始の雰囲気が変わりライフルを正面に構える。目の前は薄暗くて見えないが、彼には見えているらしい。同時に奥から何かの声がする。
そう、声だ。女の声。悲鳴のようにも聞こえるが同時にそれは、喘ぎ声にも聞こえた。
(うっ!)
それが見えてしまったマリーは思わず吐きそうになって口を押えた。
彼女には無理もない光景だった。そこには女が裸で何かに宙に浮いたまま押さえつけられていて、無残に犯されていたからだ。女は見た目からして日本人ではなく、外国人。彼女は人の数倍もある巨体の悪魔の逸物を陰部へと強引に挿入されている。顔は酷い、痛みと快楽が入り混じっていて、どちらが本心なのかすら判断すらつかない。ただ声だけは素直らしく、快楽に溺れていた。
よく見ると、その悪魔の横に目の前の地獄に怯えている女がいて服も着ていた。こちらは日本人らしい。彼女は恐怖で泣いていおり、音すら聞きたくないのか耳も塞いでいる。
悪魔は笑っている。次はお前だ、そう囁いているように聞こえる。
しかし、この混沌とし乱れた空間を打ち破ったのは一発の銃声だった。
「ナンダ……マタ、人間カ。」
悪魔は対して驚いた素振りを見せなかった。目の前で犯していた女が、頭に銃弾を受けて死んだというのに。悪魔は女の頭を掴み、それが悪魔にとっての力加減だったのにも関わらず、女の頭ぶちぃと音を立てては潰れた。悪魔の手から血が流れ、それを振り払うように死体も一緒に投げ捨てた。
「いやーお楽しみのところ悪いね。今の何人目?」
「女ハサッキノデ3人ダッタナ。男ハツマラン。ダガ、力ハちょっとモドッてきた」
「ふーん。一応聞くけど、お前鬼だな?」
「そうダ。ア……あ。お前ら人間でいう所の――鬼神というやつだな」
「……そうか。じゃあ死ね」
彼は躊躇いもなく引き金を引いた。
一体どれくらいの時間が経っだろうか。
マリー自身魔術師同士の戦いなど見たことはないし、戦闘自体も先の特異点がまともな実戦だったと言っても過言じゃない。
自分のはたしかに戦いだ。では、目の前のこれは?
戦場。その言葉が相応しいだろう。
強い人間だと思っていた始ですら、この鬼神とやらには手こずっていた。時には鬼神の獲物である棍棒をもろに食らって吹き飛ばされ血を流していた。それでも、彼は生きており戦いは続いた。とにかく必死に距離を取り、銃弾の雨を食らわせていた。ダメージは入っているようだが決定打には程遠い。
戦いは鬼神が優勢の中、突如のその動きが鈍り始めた。
「ぬ⁉」
「効くのがおせぇんだよ!」
両手のハンドガンを投げ捨て、腰の日本刀を抜いて駆け出す。斬り殺すのは鬼神でも分かっており、うまく動かない身体に鞭を打ち右手の棍棒を振りかざした。だが始のが早く、すれ違い様に鬼神の右手首をぶった切る。
「な―――!!!」
巨木ほどはある鬼神の手首を始は一閃で切り落とし、
「つぎぃ!」
そのまま鬼神の横腹を斬り裂きながら背後に回り、跳躍。彼は陰の構えとり、乾坤一擲の一撃を食らわせ――鬼神の左腕を肩から斬り落す。同時に比にならない量の血が噴き出す。
ドスンと重い音を立てながら鬼神は後ろに倒れた。
「はぁはぁ……」
始は血まみれだった。そのほとんどが鬼神の返り血だ。彼はなんとか身体を動かし鬼神の胸の上に立った。
「人間の分際で、おれを殺すか」
「あぁん? いつだってその人間に退治されてるんだろうが」
「がははは! たしかに貴様のい――」
最後まで言わせることなく、始は鬼神の頭に刀を突き刺した。すると鬼神の身体が消え、彼は地面に落ちるがうまく着地。鬼神が消えても返り血や飛び散った血は消えないし、死んだ人間は生き返らない。
彼は刀を鞘に納め、それを松葉杖代わりに歩いて投げ捨てた銃を拾ってホルスターに収める。少し離れた場所にくの字に曲がったアサルトライフルがあった。先ほどの戦いで、叩き潰されそうになった際、盾代わりに使ったためこうなった。
「はぁ。銃だってタダじゃねぇのに。買い換えた方がはえーや」
愚痴りながらライフルを適当に投げ捨てた始。彼はそのまま一人の生存者の元へ歩いて、彼女の前で膝をついてたずねる。
「嬢ちゃん、生きてるか?」
「あ、は、はい……」
「色々聞きたいんだが。なんで嬢ちゃんは生きてる? 何故かあいつは嬢ちゃんを殺す気配がなかった。いつだって殺せるのにだ」
彼の問いにマリーもはっとなって気づいた。たしかにその通りだ。彼の言うことも勿論だが、あの鬼は彼女から少し距離を置いて戦っていたように思える。つまりは、この子に死なれると困るということだろうか。
「わ、わかりません。ただ、すぐには殺さないって。なんでって言ったら、殺せば消えるからだって」
「消える? まさか……嬢ちゃんが召喚したのか⁉」
大声を上げる始に少女は震えながら手に持っていたスマートフォンを差し出してきた。
「スマホ?」
「これ……」
「……悪魔召喚アプリ? おいおい、これって悪魔召喚プログラムじぇねぇか。普通の人間には手に入らんし、まして魔力もない嬢ちゃんに召喚できるわけが」
「気づいたら勝手にインストールされてて、消したくて消せなくて、そしたら突然あの鬼が現れたんです。そしたらここがこんな風になって」
「ちょっとスマホを貸してくれ」
「あ、はい」
スマホを受けると彼はアプリアイコンをタッチ。多分メニュー画面だろうか、デザインは簡素であるが全体的に魔術的なデザイン。いくつかある項目の内仲魔を押すとそこは空欄。戻ると次にアイテムを選択。そこには文字化けているアイテムがあった。
「なんだこれ。なんとかの……欠片? キーアイテムになってるな。もしかしてこれが触媒になってるのか? うーん、専門外だからわからんが、これは証拠物件として押収させてもらうよ」
「お願いします。もう、こんな世界はいや……」
「そうだな。ここは嬢ちゃんのような子がいる所じゃない。出口まで送ろう、立てるか?」
「ごめん、なさい。少し前から腰が抜けてて、足にも力が入らないんです」
フムン。と彼は唸ると、何も聞かずに少女は抱きかかえた。
「悪いがこれで我慢してくれ」
「命の恩人に……文句は言えませんよ」
「たまたまだよ。たまたま」
不安がらせないように笑顔をつくる始は、そのまま出口へ向けて歩き出す。彼の首に手を回している少女は、自然と彼の顔を目に映る。何か聞きたいことがあるのか、少女は唇を噛みながらそれを聞くかどうか悩んでいて、その末に訊いてきた。
「一つ、いいですか」
「ん? なんだい」
「どうして、あの人を殺したんですか。まだ、生きてました」
「違う。彼女は死んでた」
「え」
迷うことなく始は言い切った。
「彼女はたぶん、メシア教会のシスターだろう。調査かそれとも手柄目当てで来たかは知らんが、ああなった時点で彼女は死んだも同然なんだよ」
「それは、どうして?」
「メシアは法と秩序をつかさどるロウを体現する宗教だ。俺らにとっては神も天使も悪魔に分類されるがあいつらにとっては違う。神や天使以外の悪魔を排斥し共生も拒否している。そんな信者が悪魔に犯されて、仮に生きて戻ったとしても断罪されるだけだ。体は穢れ、お前の魂は快楽に堕ちた、悪魔と変わらないと。だから、殺してやった」
「……すみません。嫌なこと聞いて」
「気にしないでくれ。俺はフリーランスのだが同時に人殺しだ。敬意や感謝なんていらんよ」
「そんなことありません! あなたが来てくれなかったらきっとわたしも死んでました。だから、感謝してます。お礼ってわけじゃありませんけど、わたしが出来ることなら何でもします!」
すると始はいきなり足を止めた。顔から笑顔が消え、先程の戦いよりも真剣な顔をしながらグッと彼女の顔に近づいて、
「ん? いま何でもするって言ったよね?」
「は、はい! わたしで出来ることでしたら!」
「だったら……もっこり一発!」
「も、もっこり? ……!!」
少女はその意味を理解したのか、顔を赤く染めながら俯いた。対して始は至って真面目な顔を続けていた。
そんな会話をもちろん聞いていたマリー。
(死ね。このエロ魔人)
中指を立てながら足蹴りをするも、夢の中のために当然すり抜けた。ただ現実なら絶対避けられるので、今のうちに彼を思う存分殴ることにしたマリーは、実体のないサンドバッグに向けてラッシュを始めた。
「えーと、はい。わたしで、良ければ……」
「キター! なら善は急げ! 特急列車発車しまーす!」
ボロボロであるはずの身体なのに、どういうわけか怪我を負う前のように地面とぴょんぴょん跳ねながら走る始。しかしふと何かを思い出したのか。
「ちなみに。嬢ちゃん若いね、年いくつ?」
「? 今年で、17ですけど……」
キキィー、と車の急ブレーキのように始の足は止まった。
少女は首を傾げ、男は口惜しそうに、本当に悔しそうに涙声で告げた。
「やっぱお礼は成人になってからでいいよ。うん、もっこりはローンも組めるからね!」
「……変な人ですね。ふふっ」
再び歩く出す彼の背中はとても哀しみに満ちていた。
(いや、それでも人間の屑でしょ)
マリーはそれでも彼に中指を立てていた。
「さいっあくっ!」
寝起きの第一声がそれだった。
マリーは自室へのベッドで目が覚め、寝起きながらも意識はちゃんとはっきりしており、何より今日見た夢のことを最初から最後まで鮮明に覚えていたのだ。
あんな夢を見てしまっては二度寝など怖くてできない。ぐうぅーと腹から音が聞こえる。一度死んで、生き返えったわりには腹が減るようだ。
「食堂にいこ……」
身支度を整えてマリーは所長室を後にする。通路を歩いていると少し先にマシュと藤丸がいたので、とりあえず挨拶をした。
「二人ともおはよう」
「あ、所長。おはようございます」
「おはようございます。所長、顔色悪く見えますけど平気ですか?」
藤丸がたずねた。
「一度死んだからでしょ」
「HAHAHA。ナイスジョーク」
「殺すぞ小僧」
「すみません!」
「で。二人はどうしたの? 私はこれから食堂に行こうとしてたんだけど」
「あ、そうでしかた。実は先輩と一緒に始さんとモードレッドさんも誘ってわたし達も食堂に行こうとしてたんです。所長も一緒に行きませんか?」
その誘いに少し悩んだ。なにせ行かない方いいと持ち前の女の勘が警告しているからだ。ただそれは同時に行くともっと酷い目に遭うのか、それとも行かないとさらに酷いことが起きるかの違いでしかないと気づく。なので、嫌なことは早めに処理することに決めた。
「ええ。構わないわ」
そしてマリーら一行は始が滞在している部屋に向かう。といってもここの居住区はそれなりに広く、彼の部屋は少し歩くことになる。道中、互いに先の特異点での話や、現状について話しているころには部屋の前に着いていた。
前居住区の部屋の扉には電子ロックがかかっている。なので、マナーとしても呼び鈴を鳴らして二人の反応を待った。しかし呼び鈴を鳴らしてもすぐには来ない。
「まだ寝ているのでしょうか」
「まあ無理に誘わなくてもいいんじゃない?」
「ムカつくから起こす」
『え?』
それはも迷惑行為の何物でもなかった。ただひたすらに呼び鈴を押すマリー。ただ彼女はここの所長であるので一応マスターキーを持っているのだが、生憎今はもっていないようだ。
(あー、うるせぇな! いま行くから待ってろ!)
部屋の中から声。
勝った――
マリーは勝者の笑みを浮かべていた。
ただそれも、次の光景ですぐに吹き飛んだ。
「んだよ、こっちはまだ寝てんだぞ?」
『な――!』
唖然。驚愕。まさに吃驚仰天。マリーとマシュは一瞬にして体が固まる。
扉が開いて現れたモードレッドの姿は裸だった。小さな乳房が可愛く実っており、戦士とは思えないほど肌はツヤツヤ、乳首はきれいなピンク色。幸いだったのは下は履いていたことだった。それも、ちょっとフリルが付いたシンプルで可愛いやつ。
なんか私よりいいの履いてない? いや、胸は勝ってるからいいか。
彼女は隠さず鼻で笑った。
「二人とも扉の前で固まったりしてどうしたんですか?」
マリーとマシュがちょうどモードレッドの姿を藤丸から隠しており、何かの力が働いたせいか彼には見えていなかった。
そして彼の声と同時にマリーの行動は素早かった。
「見るな!」
「ギャァーーー! 目がぁ! 目がぁ!」
「せ、先輩ーー!?」
「うるせぇな! 何しに来たんだよお前ら」
「朝食の誘いに来たのよ!」
「めし? もうそんな時間なのか……。ハジメー、飯だってよー」
すると部屋の奥から気の抜けた声で「いくいくー」と聞こえた、一応起きているらしい。
それからモードレッドは着替えるために再び部屋に中に戻り、マリーは痛みで悶え苦しんでいる藤丸の耳障りな声を聴きながら始が出てくるのを待った。
「にしても、ちゃんと朝飯食うのは久しぶりだ。美味いのか、ここの飯?」
「まあ普通でしょ、普通」
「ま、食えるだけ有難いか」
食堂へと向かいながらマリーは始と話をしながら歩いていた。今の彼の服装は、下は出会った時同じ黒のミリタリーカーゴパンツのようなズボンで、上は白のTシャツだけを着ていた。サイズが丁度なのかピッチリとしていて彼の鍛え上げられた筋肉がはっきりと浮き出ている。
ちなみにマシュと藤丸はモードレッドに連れられて先を歩いている。会ったばかりマシュにモードレッドはどこか偉そうである。
「なんでモードレッドはマシュに対してあんな偉そうなの?」
「さあ? モッさんはどこかガキ大将みたいなところあるし、それでだろ」
「ふーん」
その割にはマシュのことを偉く気に入っている……可愛がっているように見えるような気がするのは何故だろうか。いや、確かにマシュにだけ上から目線で偉そうではあるのだが。
「ねえ、聞きたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「私、死んで生き返ったわけだけど、今のこの体は元の身体じゃないのよね? なのに普通にお腹が空いてるんだけど、どうして?」
「それは生きている証拠だよ」
「はぐらかさないで」
真面目に言い返すと、彼は頬を掻きながら答えた。
「昨日は言いそびれたが。今のマリーの身体は本来の人間とは少し違う」
「違うって、どこが?」
「俺にもうまく説明はできない。ただ、オルガマリーという魂から元の肉体を再現した……ようなものというか。昨日も言ったけど問題はないはずなんだ。その内に以前と同じようになるし、違和感も減ると思う」
「まあ、言われたように死ぬ前より体の調子はいいし、良いことずくめなわけだけど……。で、最終的にどうなるわけ?」
「……人間に戻れると思う」
「それ本当なんでしょうね⁉」
「きっと……たぶん」
「そこは嘘でも自信を持って言いなさいよ。はぁ……なんで話すだけでこんなに疲れるのかしら」
大きなため息をついてがっくしと肩を落としながら彼女は歩く。
それから話題が尽きたので二人で無言になる。いや、話題はある。今日の夢の話だ。だがそれを聞くのは不自然だし、逆になんで知っていると聞かれても答えられない。昨日は色々あって話は中断されてしまい彼の素性はまったくわからない。なんであの特異点にいたのか。どうしてサーヴァントであるモードレッドと契約しているのか。考えれば考えるほど謎は深まるばかり。左手の甲にマスターの証である令呪があるから、召喚をしたのは間違いないはずで、少なくても彼は魔術師で聖杯戦争に関りがあるずで――
その時である。スカート越しにお尻が触られていることに気づき、夢で鍛えた黄金の右を即座に振りかざした。
「貰った!」
「おっと。昨日より速い拳、俺でなきゃ見逃しちゃうね」
「シッシッ! 夢で鍛えた今日の私は一味違うのよ」
「やりますねぇ。しかし残念なお知らせだ」
「それがなに? 今の私には関係ない!」
「マリーの所有権は俺が握っているからお前は逆らえないのだ!」
「……は? どうして! なぜ! 説明しなさい⁉」
「言っただろ。俺の仲魔になるって」
「なによ仲間って!」
「仲魔な。仲間の仲に、悪魔の魔。まあとにかく、観念してお縄に――」
指をくねくねさせながらマリーに迫る始の顔に何かが高速で通り過ぎた。同時に背後の壁にドンっと、それがめり込んだ。彼はゆっくりとそちらに振り向くとそこには、小さなハンマーが壁にあり再び彼女の方に振り向いてたずねた。
「なぁにあれ」
「ひ・み・つ。あなたをぶっ殺したいと思ったらできたの」
「きついジョークだ」
「あ、そうだ。別に私ともっこりしたいならいいわよ」
「え、なんでそれ知ってんの?」
「その代わり、これだから」
首を斬って殺す、そう左手でジェスチャーしたマリーは不敵な笑みを浮かべて先に歩き出した。
一人残された始は、キリっとした表情を浮かべると、躊躇いなく彼女に向けて飛び掛かり、さっそく巨大な木製のハンマーによる制裁を受けたのであった。
たぶん、これからの主人公とマリーの関係が決まった。ような気がする
次からオルレアンで仲魔も増やす予定だけど、サーヴァントをどうするか悩んでる
各章で何人かは決めているものの、拘るべきかそれとも欲望に走るべきか。
まあ一部のサーヴァントはストーリー上無理な奴もいるけどね。だって、改変考えるの面倒だから。
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ep.03 時は1431年! 金髪もっこり聖女登場!
2016年 〇×月〇×日
この世界に訪れて数日が経った。柄ではないが今日から日記をつけることにする。わざわざノートに書いているのは、きっと誰かにこれを読んでもらうことを望んでいるからだろう。
さて。
ここでの俺の立場とてもいいとは言えない。素性が分からない上に未知の部分が多すぎるからだ。けどそれは、俺から見ても彼らはそう見えるし、まあお互い様としておこう。
ここはどうやら〈カルデア〉と言うらしい。聞いたことがない名だが、施設内の一部はほぼ同様だと思う。違うのは構成されている人間とあの〈カルデアス〉というでっかい地球儀。他にもあるだろうが立場もあるためほいほい出歩けない。
なのでまずはここでの居場所を確保しなければならない。
そのために先日、マリーとダ・ヴィンチ、ロマンの三人とある契約を結んだ。それは藤丸少年とマシュのお嬢ちゃんらと共に特異点の調査および修正に同行し協力すること。その見返りが〈カルデア〉での滞在と衣食住の提供を認めること。それに文句を言える立場ではないし、契約内容としては十分だろう。まあ不満があるとすれば、最終的にすべての問題が解決した際の金銭報酬がないことと、商売道具でもある銃と弾薬の補給がきかないことだ。武器はあるが弾薬が心もとない。最悪愛刀のこいつがあればなんとなるが、今後を見据えると現地調達も必要になってくる。
そのためには仲魔を増やす必要がある。
幸運なのはモッさんが居てくれたことだ。彼女が居れば、俺とモッさんで大抵の状況はなんとかなる。それでも戦力増加は必須。幸いにもまず一体は先の戦いで仲魔にすることができた。レベルは低いが戦い中で成長するのは実証済み。さらに悪魔合体プログラムも無事に残っているので、新たな悪魔が生まれる可能性もある。そこは実に楽しみだ。
即戦力にはサーヴァントが最適であると考える。ただ交渉はできても、はたして仲魔にできるのかが問題だ。俺からすればサーヴァントも悪魔だし、COMPも以前と同じような反応をしている。デミ・サーヴァントであるお嬢ちゃんもそれは例外ではなく、交渉次第では仲魔にできるだろうがそれは現状する必要ない、したら殺さるだろう。それにお嬢ちゃんも訳ありそうだ。なんていうか混じってる。元は人間だったのだろうか? モッさんが彼女を気に入っているのも関係がありそうだが、どうでいいので聞かないことにした。
とにかく、現地で戦力を補充。可能ならサーヴァントも仲魔にできれば上々といったところか。
それと、まだ状況が完全に把握しきれてないので多くの不安材料がある。
それは、この世界には聖杯があることだ。それもロマンたちの口ぶりからすると、この原因を生み出しているのが聖杯が関わっている、つまり特異点の数だけ聖杯が存在することになる。危険だ、一つだけでも脅威だというのにそれが複数となると余計に。
そしてここの所長であり、いまは仲魔になったオルガマリーことマリー。もしあの子が彼女ならこれはたぶん、罪悪感と贖罪から助けたのだ。
護らなくては。いくらあれに本来の力がなくとも、十分に危険なモノであることには変わりはない。無責任だが助けるにはこれしか方法がなかった。でも、うまくいった。
完全に人間とは言えないことに彼女は納得はしないだろうけど、生きているだけでも良かった、そう思っていることを祈る。
マリーだけは何があろうと護る。敵からも、そして彼女の仲間からも。
いまモッさんが言ってきた。どうやら新しい特異点が見つかったらしい。
なので続きは帰ってきたからだ。日付はたぶん、ちょっと飛ぶことになるだろう。
さあ、お仕事の時間だ。
追記。
マリーの胸とお尻の感触は相変わらずよかった。ほんと現実は非常である。あの子と交わした約束のもっこりが出来なかったことは、とても残念だ。
青い空と白い雲が広がる大平原。
そこに立つマリーは悟ったように空を見上げ、瞳を閉じる。
正直に言えば、次からのレイシフトは外れる予定だった。せっかく生き返ったのだから、しばらくは前線ではなく管制塔という安全な場所で指揮と取りたかったから。もちろん藤丸とマシュだけでは心もとないでの、自分達と協力するよう始と契約を結んだことで戦力については問題は解決。モードレッドもいるし、平気だろうと思っていたのだ。
ところがその始が言うのだ。
(お前も来い)
(なんでよ?)
(言っただろうが。お前は俺の仲魔なの。それにお前弱いから、鍛えないとまたすぐに死ぬぞ)
結論からすれば言い返せなかった。そのことについては何度も口論を繰り広げたし、なにより自分は弱いと自覚しているからだ。
それに強くなれるならそれに越したことはない。レフを殺すためには強くならなくてはならないからだ。
と、それらしい理由を自分に言い聞かせたマリーは何やかんだで新たな特異点である1431年のオルレアンのどこかへ降り立った。
いまは現在地と周辺の安全を確認しており、双眼鏡を持っていた始がその報告をした。
「はぇー。見渡す限りの大平原」
「見れば分かるわよ」
「なんかマリーってばピリピリ過ぎ? 胸、揉もっか?」
「ふん!」
「アッ!」
早業と呼ぶにはそれを超えた業前である。すでにマリーの身体は始のセクハラに即反応し、その手に魔力で作り出した木製の10tハンマーを彼が避けられぬスピードで母なる大地へと振ることで、当然始はよくある漫画のごとく足だけくをぴくぴくとさせながら大地にめり込んでいた。
マリーは手を叩きながら何事もなかったように言う。
「さて。まずはどう動こうかしら。無難に情報収集……偵察からしら? ロマンの方でなにか分からないの?」
『そうだね。この1431年がぼくたちの知る1431年とは限らない。そのためにも所長の言うようにまずは情報収集の案には賛成。ただ、ぼくが分かるのはそちらからの映像をこちらで解析したことでしか伝えれないし、一応レーダーのような役割は多少ながら果たせるはずだ。ちょうど生命反応が……魔力反応はないのでおそらくフランス兵かな?』
「でしたら、接触をして情報を聞き出しましょう。わたしが行ってきます」
「え、マシュってフランス語喋れるの?」
「ボンジュール、トレビアーン。ほら、言えます!」
「ねえマシュ。それ、意味分かってないでしょ?」
「……」
マリーに指摘されて顔を背けたマシュを見て話は振り出しに戻り「とりあえず私が――」と、言おうとした時にいつの間にか五体満足で立っていた始が口を出した。
「いや、俺が行こう」
「あんたフランス語喋れるの?」
「Bien sûr.それに、お前たちの服装だと余計に相手を混乱させるだろう?」
「それは……たしかに」
藤丸が自分たちの服装を見回しながら肯定した。どれも1431年の服装には見えず、この時代の人間から見れば貴族だと間違われても不思議ではない。
それに比べ始の姿はレイシフトした時の服装と違っていた。着ている上着の上に黒いコートを着ていたのが、今はボロボロのマントを装備していた。たしかにそれだけ見れば旅人と思われるとマリーらは判断し、彼の提案を受け入れた。
「じゃあ、ここで待ってろ」
言うと始は素早くかつ自然な流れでフランス兵と接触に成功したらしく、こちらに来いと手を振ってマリーらを呼んだ。
兵士たちが砦に戻るのでそれに同行させてもらいながらマリー達は始から説明を受けていた。
「シャルル王が死んだ?」
「らしいな。俺は歴史には詳しくないんでよくわからないけど」
「本来はシャルル七世が休戦協定を結んでいるはずなんです。なので、ここの砦を含めて兵士達がおかしいのも納得かと」
「なるほど。始さんそれで王様はなんで死んだですか?」
「あ、そうだったな。なんでも、魔女の炎によって焼き殺されたんだと」
「魔女? それって誰なの?」
マリーが首を傾げながら訊いた。
「ジャンヌ・ダルクだってよ」
「僕でも知ってますよ。フランスの英雄ですよね」
「はい。彼女はわずか17才でフランスを救うために立ち上がり、わずか一年でオルレアンを奪回。後にイングランド軍に捕縛、異端審問の末に火刑に処せらてしまった人です」
「あとあれだっけ。神の声が聞こえたとかないとか」
「そうね。ジャンヌの逸話としてよく上がるのがそれ。彼女は神の啓示を受けてフランス軍に従軍し、戦に勝利して、シャルル七世の戴冠に貢献した。でもそれが同時に彼女が異端審問にかけられる原因ともなったの」
「どうしてですか?」
「当時は悪魔や魔女といった存在がとても根強くあったからじゃないかしら。ジャンヌの生まれは農夫であるし、そんな小娘が神の声を聞いたと信じようはしないでしょ? まあ宗教的な思惑もあるだろうけど、裁判ではジャンヌの口から言わせたかったのよ。私が聞いた声は神ではなく、悪魔でしたってね」
その生涯は19才と若さでこの世を去った。自分と左程変わらない年だというのに、比べ物にならない人生を送っている。後悔や恨みなどあったかもしれないが後に復権裁判が行われ、現代は名実ともにオルレアンの聖女となっている。
もし仮にジャンヌが王を殺したのが本当だとしても、後の時代を知る自分達からすれば簡単に受け入れられてしまうのが悲しい。
そこで始が下らなそうに口を出した。
「俺からすれば、神なんて下らないものを信じたアホな女だけどな」
「あんた、よくそんなことを堂々と言えるわね。信者の前で言ってみなさい、殺されるわよ」
「だって、本当のことじゃんか。世の中の男の頭部が禿げるのも神のせいだぞ。アレもハゲだったし」
「なにそれ。まるで本物の神様でも見てきたって感じ」
「いやそれは――敵だ」
『え?』
彼が言うのと同時にフランス兵の号令とロマンの報告が重なる。
『敵襲ーーーーー!!』
『魔力反応あり! これは……骸骨兵だな。いや、あと……』
「上だ。あれは……ドラゴン?」
始が敵の正体を告げながらも、周りの兵士は防衛体制に移っていた。彼は冷静に戦況を把握しているのか、マリー達に指示を言い渡す。
「とりあえずお嬢ちゃん少年は骸骨の相手だ。そこまで強い奴はいないから、戦いの中でそれの使い方を学んでこい」
「それって、これでしょうか?」
マシュは手に持つ盾を構えた。
「そうだ。ハッキリ言って、戦い方がなってない。経験も少ないのもあるが、まずそいつの使い方が下手くそ。ていうかさ、デカけりゃ良いってもんじゃないだろう。キャップを見習って、どうぞ」
「きゃ、キャップ? 誰ですか?」
「ふぁ⁉ 俺達のキャプテンアメリカを知らない⁉ たまげたなぁ……。ま、とにかくお嬢ちゃんは前衛で戦いつつ守れ。少年はお嬢ちゃんのサポートだ」
「わかりました」
「で、私は?」
「マリーは……少年よりマシってだけで糞雑魚ナメクジだから、今は魔法で援護してろ」
「鍛えるんじゃなかったの⁉」
「相手が悪い。骸骨だけだったらあいつらのど真ん中に放り投げるんだが、空にも敵がいるし危ない」
「そもそも、モードレッドはどうしたのよ? 彼女が居ればあいつらなんて楽勝でしょ!」
「モッさんを出すほどでもない。代わりにお前の護衛にスケさん付けとく」
『すけさん?』
三人とおまけにロマンの声がはもった。彼は左手を構え、叫ぶ。
「コール!」
謎の光と共に突如彼の前にこちらに向かってくる骸骨兵が一体現れた。姿形はこちらに向かってくる骸骨兵とうり二つでなんら違いが見当たらない
「ちょ、ちょっとこれあいつらと同じやつじゃないですか!」
「だ、大丈夫なんですか!?」
盾を構えるマシュの後ろに隠れながら藤丸は叫んだ。さりげなく腰のあたりを触って。
「大丈夫だって安心しろよ。少なくとも、マリーよりは強いから」
「は? 私、これより弱いっていうの?」
「当たり前だよなぁ」
「納得いかない」
ぐぬぬと現れた助さんを睨みつけるマリーであるが当のスケルトンはただ立っているだけで、骨らしく頭がちょっとぶるぶると震えている。
「ていうか、始はどうするのよ? 」
「俺? スケさん、槍」
手に持っていたのは剣のはずなのに、気づけば槍を持ちそれを彼に渡す。始は見てろと言わんばかりに槍を構え、投げた。槍は真っ直ぐ人間が投げたとは思えない速度でワイバーンの群れへ向かっていく。
上空にいるワイバーンとの距離はざっと数百メートル。その一体のワイバーンの首に槍が突き刺さり、そのまま地上へと落下していく。
「こういう事。じゃあ行動開――」
『火の玉が来るぞーーーー!!』
フランス兵の迫真の声に始の声はかき消されてしまった。どうじに空からワイバーンによる無数の火球が放たれる。場所はマリーらいる周辺に着弾し、城壁やフランス兵が設置していたテントなどを吹き飛ばす。しかしそれは物だけには終わらず、不運にも兵士にも火球が直撃あるいはその火を浴びてしまい体が燃え始めてしまっている兵士もいた。
もがき苦しみながら何とか地面を転がりながら火を消そうとするも消さない。周りの兵士はそれを助けようとはしない、目の前のことで精一杯だからだ。そんな時、一人の女が大きな樽を片手で持ちその中に入っていた水をぶちまけた。
「ぶはっ! はぁはぁはぁ……あれ、火が消えてた⁉ ……あなたは!」
兵士は自分を助けた人物を見て声をあげた。フランス兵なら誰もが知っていて、本来ならいないはずの人間が。
「兵たちよ! 水を被りなさい。そうすれば、少しは火の玉を和らげることができるでしょう! 武器を持てる者は武器を持て! 全員――私に続きなさい!」
突然現れた女は兵たちを奮い立たせ、前線へと走っていく。どういう訳か兵士たちはそれに賛同して共に戦場を駆けていく。
女はその手に旗を掲げながら。
それを見ていたマリーは思わず惚けていた。あまりにも急な流れでついていけなかったらしい。しかしそれも隣にいる男が現実に引き戻させくれた。
「おお! 素晴らしき金髪もっこりちゃん! まさかこんな場所で、あんなもっこり美人に出会えるなんて……。あのふくよかな胸、なんと言ってもちらりと見える太ももがセクシー! 何としてでもお近づきにならなければ……!」
これはもう病気だ、いや、そうに違いない。風邪を引いて咳をするように、こいつは美人を見ればもっこりと叫ぶ病気なのだ。
どうすればこいつを治療できるだろうかと考えるも、答えは一つしか思い浮かばなかった。
「このもっこり魔人――!」
その手に10tハンマーを持って始に振りかざそうとしようとした時、負傷していた兵士がある言葉を漏らした。
「あ、あれは……ジャンヌ・ダルク⁉ そんな、
「……」
するとどうだろう。恐らく彼女に格好いい所を見せようと戦場に駆け出そうとしていた男がなんと、その場に止まりこちらに引き返してきた。がっくしと頭を下げ、背中に重い荷物を背負っているかのようにその足取りは重い。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。いつものアンタなら問答無用でいくのに……」
マリーは初めて彼を心配した。自分でも驚くぐらいに。
「ああそうだよ、でも彼女はダメだ」
「ど、どうして」
「俺、宗教関係の人とは付き合わない主義なの。ていうか懲りた」
「何よ。なんか嫌なことでもあったわけ? その……勧誘とか」
宗教関係と言ってすぐに思い当たるのがそれだけだった。我ながら人生経験が足りないと思う。しかし彼は首を横に振った。
「シスターといい雰囲気までいってホテルまで行ったら、実は潜入してたサキュバスで逆レイプされた」
「……は?」
「天使以外を連れていたら冷たい視線をもらうし、仲間というか最初は利害の一致で旅してたけど、最終的にはいい感じでこのままゴールイン~みたい流れだったけど、最後には裏切られて、けどあなたのことを愛しているわ、でも穢れているから殺して私が新生させてあげるとか言われる始末……。そういえばあいつも聖女だったわ。ファック!」
「なんか凄く需要な単語がちらほら出て気がするけど、それ以上に呆れて心配した自分がアホらしくなってきた……」
「だからマリー」
始はコロッと表情を変えた。今度はすごく真面目で、知らぬ女が見たら『きゃーカッコイイ!』なんて声をあげそうな感じ。
だがそんなものは通じない。
「なによ」
「俺を慰めてーーー!!」
「ふん!」
「アッ!」
10tハンマーは綺麗な弧を描きながら再び始を地面とキスさせた。隣でそれを見ていた兵士が指を指しながらたずねてきた。
「だ、大丈夫なのか?」
「あ、いいの。こいつ死なないから。さて、私も行きましょうか。スケさんだっけ? 護衛よろしくね」
最後まで一部始終を見ていたスケルトンは彼女の問いにコクコクと頭を震わせて答えた。それを確認したマリーは、すでに前線で戦っているマシュらと合流するために駆け出した。
残された兵士は未だにハンマーに押しつぶされている始に恐る恐る声をかける。
「あ、あんた生きてるのか……?」
それに応えるかのように地面から右手が出てくると、彼はグッと親指を立てた。
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