魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜 (もーる)
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プロローグ
000頁目.ファーリとプロローグとエピローグと……


 これはとても昔、この世に魔法と呼ばれるものが生まれる前の物語。

 そして、この世に魔法が生まれ、広まるまでの物語……。

 

 

***

 

 

 昔々、メモラという国にファーリという名前の少女が住んでいました。

 母親は農民、父親は王国の兵士で、何の変哲もない人間の家庭で生まれ育った、ひとりっ子の女の子でした。

 

 しかし、彼女は周りから『変な子供』と言われていました。

 なぜなら彼女は、みんなには見えない『精霊さん』と呼ばれる、たくさんの小さなお友達とお話しすることができたからです。

 そのせいで彼女は物心ついた頃からずっと、誰も来ない森の中、ひとりぼっちで遊んでいました。

 

 

***

 

 

 ある日、ファーリが森の中で光の精霊さんとお話をしていると、とある火の精霊さんと水の精霊さんが喧嘩を始めました。

 すると、彼女の足元がたちまちに燃え始めたかと思うと、近くにあった池の水が塊となって炎を消し去るように飛んできました。

 ファーリがその2人を諫めると、次は風の精霊さんが土の精霊さんに悪戯をし、風と土埃が吹き荒び始めました。

 

 その瞬間、彼女は溜息をついてこう言いました。

 

 

「光の精霊さん、お願いね」

 

 

 すると突然、天から光が降ってきました。

 その光は辺りを照らし、風の精霊さんと土の精霊さんを落ち着かせ、喧嘩をやめた2人は手を取り合いました。

 

 

「いつもなら、闇の精霊さんが悪戯してるけど、今日はみんなどうしたの?」

 

 

 精霊さんたちはファーリに話を聞いてもらいたいと、たちまちに話し始め、ファーリは混乱してしまいました。

 話をまとめると、光の精霊さんに独り占めされているのが気に食わなかったらしく、悪戯をしてしまったということでした。

 それくらい、精霊さんたちはファーリのことが大好きだったのです。

 

 

「大丈夫、私はずっとあなたたちと一緒よ。だから、あなたたちも私とずっと一緒にいてね?」

 

 

 両親以外では、精霊さんたちこそが、彼女の心の支えだったのです。

 彼女はそんな毎日がとても楽しくて、外に出かけるといつも、誰もいない森の中に行くのでした。

 

 

***

 

 

 それから十数年が経ちました。

 18歳になったファーリは、家の隣にある野菜の直売所で母親の手伝いをしていました。

 未だに精霊さんたちとは交流を続けており、精霊さんたちが使える不思議な力についても色々と見聞を深めていました。

 

 そんなある日、事件が起こりました。

 彼女が森で遊んでいる最中に家で火事が起き、中にいた母親がその中に閉じ込められてしまったのです。

 精霊さんからそのことを聞いたファーリは、急いで家に帰りました。

 

 

「水の精霊さん! お願い、お母さんを助けたいの!!」

 

 

 彼女は母親を助けるためにみんなの前で水の精霊さんの力を使い、無事に火事を鎮火したのでした。

 しかし、母親の救出に成功したファーリに送られたのは、賛辞ではなく、罵詈雑言の数々でした。

 

『気味が悪い』『化け物だ』『魔物なんじゃないのか?』

 

 これまで、彼女は周りからの悪口に無頓着でした。

 それは、どんな言葉を浴びせられようとも、両親が、精霊さんたちが自分を肯定してくれたからです。

 ですが、今回だけは違いました。

 

 

「は、離れなさい! この()()!!」

 

 

 それは、助けたはずの自分の母親からかけられた言葉だったのです。

 ファーリは酷く傷つきました。

 

 そして彼女は、涙に暮れながら家を出て行ってしまいました。

 

 

***

 

 

 家を出たファーリは、少しのお金と精霊さんたちの力を借りて、旅を始めました。

 もちろん精霊さんの力を隠しながらの旅でしたが、困っている人が自分と重なってしまい、つい精霊さんの力で人助けをしてしまう時もありました。

 ですが、助けられた人たちは皆、彼女の力を恐れ、逃げてしまうのでした。

 

 そんな毎日を過ごすたびに、メモラで母親からかけられた言葉を思い出し、彼女は精霊さんの力を使うことが怖くなっていくのでした。

 そして彼女はその恐るべき力に、自戒の念を込めてこう名前をつけました。

 

 

「私が『悪魔』になるための『方法』。即ち『魔法』と呼びましょう」

 

 

***

 

 

 ファーリがひとり旅を始めて数年が経過しました。

 彼女は人目につかない場所で魔法を使い、魔物退治でお金を稼いでいました。

 

 そんなある日のこと。

 彼女は魔物から助けたある旅人の男に、隠していた魔法を見られてしまいました。

 また怖がられてしまうことを彼女は恐れましたが、その旅人がかけた言葉はファーリの思うものとは真逆のものでした。

 

 

「その不思議な力……。とても綺麗だ……! どうやったんだ!?」

 

 

 彼女は驚きました。

 これまで恐れられてきた力を、まさか肯定してくれる人がいるとは思わなかったからです。

 

 その旅人はファーリの話を熱心に聞いてくれました。

 これまで誰にも信じられなかった話を、旅人は全て信じてくれました。

 そして彼はこう言いました。

 

 

「人を助けるためにその力を使っていたんだろう? だったら君は化け物なんかじゃない。立派な優しい人間だよ」

 

 

 ファーリはその言葉に救われました。

 魔女と言われる所以である自分の力を憎み、それでもその力と精霊さんにすがるしかなかった日々は、たった1人の言葉で全て覆ったのです。

 

 そんな彼の一言で、彼女は恋に落ちました。

 それが恋心とは気付かずとも、彼のことを好きになってしまったのです。

 

 彼女はその旅人の旅に付いて行くことにしました。

 精霊さんたちも、嬉しそうに旅人を迎えてくれました。

 旅人も彼女と同じように家を飛び出て旅を始めたらしく、2人は次第に仲良くなるのでした。

 

 

***

 

 

 それからさらに数年後、大陸を一周し終えた2人は結婚しました。

 メモラにある一戸建ての家を買い、夫婦仲良く暮らし、3人の子供も生まれました。

 

 しかし、子供たちと触れ合って間もなく、ファーリは驚きました。

 その子供たちも、彼女のように精霊さんが見えていたのです。

 ですが、ファーリは悲しみませんでした。

 子供たちが魔法が使えることで淘汰されても、夫と自分が支えられる確証があったからです。

 

 3人の子供たちはすくすくと成長し、精霊さんとお話しするようになりました。

 ただ、ファーリはあることに気づきました。

 

 

「この子たち……。まさか、精霊さんの色しか見えていないの……?」

 

 

 自分が見えている精霊さんと、子供たちが見えている精霊さんに明らかな違いがあったのです。

 それもそのはず。

 精霊を見るための魔力はファーリの血液に含まれており、子供たちには一部の魔力しか遺伝しなかったのです。

 

 また、さらに成長した子供たちは自然と魔法を使えるようになりました。

 そこで、ファーリは子供たちに危ない魔法を使わせないよう、『言葉』で魔法を制限するよう、精霊さんたちと魂の盟約を交わしたのです。

 それが今の『呪文』と『魔法文字』なのです。

 

 

***

 

 

 時は流れ、それから100年が経ちました。

 夫を早くに亡くしたファーリは魔力のおかげで若さが保たれており、子供たちやその子孫に支えられながら、日々魔法の研究をしていました。

 また、魔法の有用性が子孫たちのおかげで大陸中に広まり、様々な魔法が生まれるようになりました。

 魔法を使える自分の子孫は『魔導士』と呼ばれ、女の魔導士である『魔女』と区別するために男の魔導士を『魔法使い』と呼ぶようになったのもこの頃でした。

 

 しかしある時、ファーリは魔力で若さを保っていたものの、病気にかかってしまいました。

 医者に見せても治す方法は無いと言われ、彼女は自分の家で寝ているしかありませんでした。

 

 そして、次第に症状は重くなっていき、遂に彼女は精霊さんが見えなくなってしまいました。

 

 

「精霊さん……。どこにいるの……?」

 

 

 そうして悲しみに暮れていたある日、事件は起きたのです。

 それは、彼女の子孫の1人が自分の兄を魔法で殺した、というものでした。

 彼女は、その事件を聞き、絶望しました。

 

 かつて夫に『綺麗だ』と褒められた、人を助けるための魔法。

 それが時間を経て、人殺しに使われてしまった。

 

 

「『悪魔』になるための『方法』が、本当に『悪魔』を生んでしまった……。そんなもの……私が知っている魔法じゃない……! こんな魔法(もの)……あの人に見せられない……!」

 

 

 彼女は自分以外の魔法に絶望し、悲嘆し、憎悪し、そしてその感情は『呪いの魔法』を生み、それは彼女を化け物へと変化させてしまいました。

 

 

 それが、『原初の大厄災』です。

 

 

 化け物となった彼女は全ての魔法を消さんがため、メモラを中心に大陸中に呪いをばら撒き、自分の子孫を殺そうとしました。

 しかし、魔法が浸透した世の中で、それは全くもって無意味な行動でした。

 ファーリの子孫たちが魔法を使って呪いを防ぎ、ファーリを討伐しようと徒党を組んだからです。

 

 そして彼女が化け物となって7日後。

 子孫の魔法に負けた自身の魔法にすら絶望し、病気によって衰弱した彼女は、子孫たちの手で命を絶たれたのでした……。

 

 

***

 

 

 これが、この世に魔法が生まれ、広まり、そして原初の大厄災が引き起こされるまでの物語です。

 

 今、この世にある魔法が、彼女が願っているものでありますように。

 

 偉大なる母、ファーリの冥福を祈って。

 

 

 著者──ファーリの3人の子供たち



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第1章
1頁目.ノエルとイースと出会いと……


 これは魔女という存在が生まれて150年後の世界の物語。
 そして魔女・ノエルの出会いと別れと愛の物語。


『魔女とは?』

 

 魔法を使役することができる者『魔導士』のうち、女性の魔導士を指す言葉だ。

 男の魔導士である魔法使いよりも魔力が強いため、より優秀だとされる。

 

 

『魔法とは?』

 

 魔導士しか使えない神秘の力のことだ。

 火・水・土・風・光・闇の基本属性に加えて、時・運命・空間の特殊属性がある。

 あとは……自然にある魔力と自分の体内にある魔力を用いて色んなことが出来る。

 

 

『原初の大厄災とは?』

 

 ……10年前、この世全ての魔導士の祖先である原初の魔女・ファーリが引き起こした、魔導士として忘れてはならない災害だ。

 7日に渡って世界中に呪いと災いを振り撒いた挙句、彼女は死んだ。

 だから最近じゃ、魔女だけを嫌っている人もいるらしい。

 

 

『忘れ物はないか?』

 

 

 ないはず。

 

 

***

 

 

「って、どうして出発直前までそんなことを確認する必要があるんだ!」

 

 

 ここは南西の国・ヴァスカルのとある一軒家。

 そこに住む1人の若い魔女が今、修行の旅に出ようとしていた。

 

 

「だって……これがもしかしたら最後の別れかもしれんじゃろ?」

 

「だからって最後に確認するようなことじゃないだろう……」

 

「なあ、ノエル……。細かいことを気にしてるといつまで経ってもいい男は捕まらんぞ?」

 

「はあ? 娘にかける最後の言葉がそれか? もっとまともな言葉をかけてくれよ、クロネさん」

 

 

 ノエルと呼ばれたその若者は、仕立てたばかりの黒いローブのボタンをパチっと留める。

 クロネと呼ばれた女性はノエルの襟元を正した。

 

 

「はぁ……お前はいつになったらワシのことをちゃんと『ママ』と呼んでくれるのやら……」

 

「アンタは確かにアタシの母親だが、それ以上にアタシの師匠なんだ。けじめはしっかりつけないとな。あと、呼ぶとしても『ママ』とだけは絶対に呼ばない」

 

「ふん、良いもんね! いつか絶対に『ママ』って呼ばせてみせるし!」

 

「変な駄々の捏ね方をするんじゃないよ。あぁ、もう馬車の出発まで時間ないから、他に言うことがあるなら早くしてくれ!」

 

「ああ、行ってらー」

 

「急に軽過ぎないか!?」

 

 

 クロネは「冗談、冗談」と言いながらノエルの頭を抱きしめる。

 

 

「行ってらっしゃい。疲れたらいつでも帰ってきていいんじゃよ」

 

「あぁ、ちゃんと一人前の魔女になって戻ってくるよ。アタシがいないからって、夜更かしとかして体調崩すなよ? そうなる前にアタシか姉さんに連絡するんだぞ」

 

 

 そう言って、ノエルはクロネと抱き合う。

 2人は固く抱擁しあい、しばらくしてその手を解いた。

 

 

「それじゃ、行ってきます!!」

 

 

 ずっと手を振るクロネを背に、ノエルは魔女修行の旅に出たのだった。

 この時、ノエルは22歳だった。

 

 

***

 

 

 それから半年が経過した。

 ノエルは北の国・メモラの辺境にある森の中に住んでいた。

 

 この大陸には9つの国があり、()()()を中心にして8方角にそれぞれ1つずつ小さな国がある。

 それぞれの国同士は様々な協定を結んでおり、お互い友好的な関係であるため、どの国も比較的平和だった。

 

 彼女はその中でも森林地帯が多い自然豊かな国、メモラを修行の場所に選んだ。

 魔法は自分の魔力だけでなく、自然の力も利用するため、大自然の中ならば自分の魔法の研究を進めることができるのではないかと考えていたからだ。

 

 しかし、原初の大厄災の被害の中心地だったメモラでは、10年経った今でも魔女は忌み嫌われる存在だった。

 そのためノエルは身分を隠し、人里から離れた森の中の小屋に住んでいた。

 

 

***

 

 

 そんなある日のことだった。

 ノエルがメモラの王都で買い物をした帰り道。

 ノエルは街のはずれの裏路地に差し掛かった辺りで、その奥から子供の苦しげな叫び声を聞いた。

 

 

「ん? 何だか騒がしいねえ?」

 

 

 路地の奥を覗いてみると、6、7歳くらいの少年が年上らしき3人の子供に石を投げつけられていた。

 

 

「醜い魔女の子め! 早くここから出て行け!」

 

「そうだそうだ! 目障りなんだよ!」

 

「もっとやられないと分からないのか!?」

 

「う、うぅっ……痛い……。痛いよぉ……やめてよぉ……」

 

 

 ノエルは自分が弱い立場である魔女ゆえに、弱い者いじめが嫌いだった。

 さらにその血まみれの少年が魔女の子だからという理由でいじめられていることが、なおのこと許せなかった。

 ノエルは怒りの声を上げながらその場へ駆けつける。

 

 

「おい! そこのガキども! 弱い者いじめしてんじゃないよ!」

 

「やべっ、変なのに見つかった! おい、さっさと帰るぞ!」

 

 

 3人の子供はノエルの横を走り去って行った。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、ノエルは少年を自分の家まで連れて行き、治療を施した。

 

 

「ありがとう、おねえさん」

 

「……いつもあんなことされてんのかい?」

 

 

 少年は黙ったまま頷く。

 

 

「あんたの親は? このことを知ってるのかい?」

 

「ママはいないし、パパはボクのこと嫌いだから。ボク、叔父さんの家に住んでるんだ」

 

「さっきの子たちは?」

 

「叔父さんのとこの子たち……。叔父さんもボクのこと嫌いみたい……」

 

「学校とかは……その様子だと行ってるわけなさそうだな」

 

 

 少年はコクっと首を縦に振った。

 ノエルは痛ましく思い、優しく微笑んで少年の頭を撫でる。

 

 

「辛かったな……。安心しな、アタシはお前の味方だから」

 

「……ありがとう」

 

「あー……そうだ。お前が魔女の子ってのは本当かい?」

 

「ううん、違う……と思う。あの子たちが勝手にそう呼んでるだけだから……」

 

「チッ、あいつら……。ありもしない事実で弱い者いじめなんてしやがって……」

 

 

 ノエルは「よしっ」と言って椅子から立ち上がる。

 そして、少し考えてノエルは少年にこう言った。

 

 

「それなら……ここに住まないか? ちゃんと食事も食わせてやるし、勉強も教えてやる。そんな酷い家よりずっと良いと思うんだが」

 

「……良いの?」

 

 

 少年は目を見開いてノエルを見つめる。

 ノエルは胸を張って言った。

 

 

「あぁ、良いとも。とりあえず、お前の意思を教えてくれ」

 

「ボクはここに住みたい! あんな所には居たくない!!」

 

「お前、名前と年齢は?」

 

「イース! 8歳!」

 

「じゃあイース、歓迎するよ。アタシはノエル。よろしく!」

 

 

 彼女はその少年を引き取り、自分の家で育てることにしたのだった。

 子供を引き取れるくらいの金銭的余裕はあるし、何よりも魔法の修行を手伝ってくれる助手のような存在がいてくれた方が便利じゃないか?

 ノエルはそんなことを思いながら、イースを家に迎え入れたのだった。

 

 

「おっと、そうだ。その前に……あいつらに仕返しする気はないかい?」

 

「あいつらって……まさかあの子たち!? で、でも、もしバレたら後が怖いし……」

 

「大丈夫、その時はアタシがお前を守ってやる」

 

「それなら……仕返し……する!」

 

「よしよし、良い子だ。それじゃ、作戦は……」

 

 

***

 

 

 その次の日。

 

 人通りの少ない裏路地にイースとその従兄弟たちが集まっていた。

 しかし、そこにノエルの姿はない。

 イースは震えながら、3人に囲まれている。

 

 

「おい、こんなところに呼び出すなんて良い度胸してんじゃねえか!」

 

「そうだそうだ! 魔女の子のくせに生意気だぞ!」

 

「昨日帰って来てないみたいだし、ようやく出て行ったのかと思ってたぜ!」

 

 

 3人の少年はイースを小突きながら嘲笑っている。

 イースは一瞬、3人に怖気づいたが、震える足を押さえながらも彼らをキッと睨む。

 

 

「いっ……いいっ、いつまでもボクがやられっぱなしだと思うなよ!!」

 

 

 3人はそう叫んだイースを見て一瞬キョトンとし、そして大笑いし始めた。

 

 

「あっはっはっは!! 無理無理!」

 

「そんなに震えてちゃパンチの一つも当たりゃしねえよ!」

 

「流石は魔女の子・弱虫イースだな!!」

 

 

 イースは涙を浮かべながら地面に転がっていた小石を握りしめて、3人に向かって目一杯投げつけた。

 ところが、その石は全ておかしな方向に飛んでいく。

 

 

「うおっ、危ねえな!」

 

「でも全然届いてねえじゃん、ギャハハハ!」

 

「そんなんじゃ勝てっこな…………ん?」

 

 

 その時だった。

 おかしな方向へ飛んで行ったはずの石が急に上へと飛んでいき、全て少年たちの頭に降り注いだ。

 

 

「「「痛えぇっ……!!」」」

 

 

 従兄弟3人組は揃って声を上げ、頭を押さえる。

 

 

「こ、これがボクの本気だ!」

 

 

 そんなことを言いながらイースは地面の石を投げ続ける。

 その石は全て、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()、3人に当たるのであった。

 

 

「ど、どうなってんだ!?」

 

「な、なな、何であんなめちゃくちゃな投げ方なのに頭の上に当たるんだよ!」

 

「こ、この石、追いかけてくるぞ! やっぱりあいつは魔女の子だったんだ!」

 

 

 3人はその場から逃げようと後ろへ振り向いた。

 

 

「ほう……? ということは、魔女の子をいじめると痛い目を見るってことだね?」

 

 

 3人の目の前には、ノエルが立っていた。

 

 

「いっ、いつの間に!?」

 

「ああっ! お前、昨日の女!」

 

「何しに来たんだよ!」

 

「おや、何しに来たとはご挨拶だねぇ」

 

 

 ノエルはカバンから魔導書を取り出し、栞が挟まれたページを開く。

 

 

「その分厚い本……!」

 

「ま、まさかお前……」

 

「ほ、本物の魔女!?」

 

「あぁ、そうだよ。アタシは魔女だ。だが、それ以前に1人の人間なんだよ! えーと……エル・ナイトメア・スリーズ・クリステ……」

 

 

 ノエルは詠唱を始める。

 

 

「まずい、逃げろ!」

 

「ボクが逃がさない!」

 

 

 イースは大きな石を持ち上げながら3人の行く手を塞ぐ。

 背後にはノエル、目の前には大きな石を構えたイース。

 少年たちは囲まれたままたじろいでいる。

 

 

「流石にあの石は食らったらひとたまりもないぞ!?」

 

「で、でも、逃げないと魔女に呪われちゃうじゃねえか!」

 

「だ、誰か助けてくれー!」

 

「ハッ、叫んでも無駄さ。なんたって、この恐ろしい恐ろしい魔女を、怒らせちゃったんだからね!」

 

「「「ヒイィィィィ!!」」」

 

「どんな理由であろうといじめはもちろん許されない。だが普通じゃないからって理由でいじめるのなら、それなりの覚悟を持つべきじゃないか? なんせ相手は()()()()()()()()()()()()()()()んだからな!」

 

 

 ノエルはそう言って、魔法の最後の呪文を唱えた。

 

 

「……フォンス・コウル・ノエル!」

 

 

 すると、3人組の周りに暗い光が現れ、次の瞬間には少年たちはその場で泡を吹いて失神してしまったのだった。

 

 

「せいぜい良い夢を見るんだな。と言ってもこの魔法『最幸の悪夢(ベスト・ナイトメア)』は悪夢を見せる魔法だったか……」

 

 

 ノエルは魔導書をパタンと閉じ、カバンに戻す。

 一方でイースは手に持った石を落とし、その場にへたり込んだ。

 

 

「こ、怖かったぁ……」

 

「よくやったな。出口を塞ぐ指示はしてなかったはずだが、あれは思いつきかい? アタシは別にその大きな石には何もしてなかったというのに」

 

「うん。あの子たち、石を怖がってたみたいだから大きいのを持ち上げてみたんだ」

 

「ほう……頭の回転が速い上に勘がいいみたいだな。こりゃ教え甲斐がありそうだ」

 

 

 ノエルは帰ろうと後ろへ振り向く。

 すると、イースは俯きながらノエルのローブの裾をくいっ、と引っ張った。

 

 

「ん? どうかしたのかい?」

 

「おねえさん、魔女だったの?」

 

「ま、流石にあれを見たらそうじゃないとは言えないねぇ。そうさ、アタシは魔女だ。教えてなくてすまなかった」

 

「も、もしかしてボクを助けてくれたのって……うぅっ……」

 

「あぁ……怖がるんじゃない。別に取って食ったりはしないよ。お前たちが魔女についてどんな風に教わってるかは知らないが、魔法が使えること以外は普通の人間なんだから」

 

 

 ノエルは微笑んでイースの緊張を解こうとした。

 その顔を見たからか、イースはぱぁっと笑顔になってノエルの足に引っ付いた。

 

 

「それなら良かった! だっておねえさんの顔、怖かったんだもん!」

 

「えっ、そ、そんなに怖かったか……?」

 

「うん、前に読んだ絵本に出てきた悪魔みたい!」

 

「そ、それは凹むな……。確かに目つきが鋭いと昔から言われていたから、いつか怖がられる日が来るとは思っていたが……」

 

「でも、さっきの笑った顔は全然怖くなかったよ!」

 

「っ……!?」

 

 

 そんなことを言われ、少しときめいてしまうノエルなのであった。

 このイースとの出会いは、ノエルの人生を、そして魔導士の運命を大きく変えることになる。



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2頁目.ノエルとイースと白羽根と……

 それからというもの、ノエルはイースを自分の家に住まわせ育てた。

 

 イースは頼んでもいない家事を手伝ってくれたり、薪割りなどの力仕事をしてくれたりと、ノエルとしてはとても助かるばかりであった。

 その代わりとして、ノエルはイースに自分の知るありったけの勉学の知識と溢れんばかりの愛情を与えた。

 もはやどちらが先と言うまでもなく、2人は支え合って平穏に暮らしていた。

 

 

***

 

 

 それから7年が経ったある日のこと。

 

 

「おーい、イース。ここにあったペンのインク瓶、どこにあるか分かるか?」

 

「それならもう捨てましたよ。中身、空っぽでしたから」

 

「いーや、まだあと1、2回は浸せたね!」

 

「それはもう空っぽの範疇です! それに捨てたものはもうしょうがありませんから!」

 

「チェッ……仕方ない、新しいのを開けるか。全く……大人しい子だと思って育てていれば、誰に似たのか口うるさくなって……」

 

「それはノエル以外の何者でもないのでは……」

 

 

 ノエルは机の下の小さなチェストを開け、ガサゴソと手探りでインク瓶を探す。

 しかし、しばらくしてもその手はチェストから出てこない。

 ついには中身をひっくり返してまで探すのであった。

 

 

「ないぞ……。新しいインク瓶がないぞ! あと1ヶ月は保つと思っていたのに……!」

 

「そういえば昨日も新しいインク開けてませんでしたっけ……? 最近消費が激しいですよ?」

 

「あぁ〜……そうだった……。新しい術式を思いついたから、昨日徹夜で描き直しまくってたんだった……」

 

「あっ、だから昼間なんかに起きたんですね!? 夜更かしもほどほどにしてくださいって何度も言ってますよね! 最近肌荒れがひどいですよ?」

 

 

 ノエルは顔に手を当て、心配そうに鏡を覗き込む。

 

 

「うっ……それは確かに困るな……。大人のお姉さんとして、身だしなみには気をつけねば……」

 

「お姉さん……あぁ、ノエルのことですか!」

 

「うっ、既にそうじゃないって認識されているじゃないか……」

 

「い、いえいえ、お気になさらず……。そういえば補充しなくてもいいんですか? 魔導士はペンと紙とインクが命なんでしょう?」

 

「その言い方だとアタシが作家みたいじゃないか。別に魔導士の命はペンでも紙でもインクでもないんだが……まあいい」

 

 

 そう言いながら、ノエルは黒いローブをクローゼットから取り出し、それを羽織った。

 

 

「ほら、イースも支度しな。()()()の所に行くよ」

 

「あ、はい! 急ぎ支度します!」

 

 

 ノエルは今年で29歳になった。

 相変わらず人目を避けて生活しており、メモラの辺境の森の中で魔法の修行と研究を続けている。

 7年間、故郷ヴァスカルには帰っていない。

 最初の頃は実家が恋しくなっていたが、イースと過ごしているうちにそれも和らいでいった。

 

 イースは今年で15歳になる。

 成長期というものは恐ろしいものだとノエルはしみじみ思う。

 ノエルの身長はそれなりにあるはずなのだが、彼が12歳になった時にはもうとっくに抜かれていた。

 最近は勉学だけでなく、何かあった時のためにと日々鍛錬をしているようで、体格もだんだん良くなってきている。

 

 

***

 

 

 それから数分後、ノエルたちはメモラの王都に到着した。

 

 

「さて、街には着いたが……」

 

「何でしょう、この異様な人だかり。何かあったんでしょうか?」

 

 

 メモラ王都はいつになく騒がしい。

 人の賑わいを見る限り、何かのお祭りのようだ。

 

 

「メモラにはお祭りとかの年行事はなかったはずだが……?」

 

「誰かに聞いてみましょうか。あのー、すいませーん!」

 

「やれやれ……昔はあんなに人見知りだったのに、今じゃ行動力の塊なんだから……」

 

 

 聞いた話によると、メモラに新しい王が即位したという。

 どうやら先代の王が「そろそろ歳だ」と言って退位したが、直系の後継ぎがいなかったためその王位を王妃の親戚に譲り渡した。

 という話のようだ。

 

 

「つまりそれって……」

 

「ええ、王政が変わります。もしかしたら魔女への扱いも少しは……」

 

「シッ……。誰かに聞かれたらどうするんだい……!」

 

「おっと、そうでした……。とりあえず、いつもの店に行きましょうか」

 

「そうだな。どうせあいつは国を挙げてお祭りをやってても店に引き篭もってんだろ……」

 

 

***

 

 

 ノエルたちは街の端にある小さな工房にやってきた。

 2人は見上げると、つぎはぎされた味のある看板にこう書いてある。

 

 

『ペン工房 エストの庭』

 

 

「あいつ……また店の名前変えやがって……」

 

「この前来た時は『エストの泉』でしたっけ……」

 

「まぁいい、いつものことだし。営業中って書いてあるな。よし、入るか」

 

 

 

 そう言ったノエルは店の扉を引くが、全く開かない。

 

 

「…………」

 

 

 ガチャンガチャンと、何度引いても扉は一向に開く気配がない。

 

 

「閉まってんじゃないか! あの嘘つき野郎!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて……。多分、今ので気づいて開けてくれますよ……」

 

 

 しばらく待つと店の入り口ではなく、勝手口のドアが開く。

 するとその中から眠そうな目をした、紫の短髪の女性が出てきた。

 

 

「んあぁ……? 何事っスかぁ……?」

 

「おいエスト。これはどういうことだ」

 

「あぁ、ノエルっスか……。イースも、いらっしゃーい」

 

「いらっしゃいと言うならまず入り口を開けろ! これのどこが営業中だ!」

 

「あ、昨日札を裏返すの忘れてたみたいっスね……。今から開店っス!」

 

「絶対今さっき起きただろ! 自分で決めた開店時間くらいは守ってくれ?」

 

 

 エストは羽根ペン屋を営む女主人で、実はノエルと同じ魔女である。

 故郷はメモラとは別のところらしいのだが、これまたノエル同様に修行中だという。

 

 

「それで、今日は何の用っスか? まさか羽根ペンをお求めっスか? スか??」

 

「あんな高いもの、何本も備蓄する余裕はないよ。今日はインクの補充に来たんだ」

 

「あぁ、なるほど……。何個お買い求めっスか?」

 

「そうだな……12個ほど頼む」

 

「はいはーい、合計3600G(ゴールド)になるっス!」

 

 

 ノエルはカバンから財布を取り出し、100G(ゴールド)金貨36枚を手に取る。

 その時、ノエルはイースがショーケースの中をまじまじと見ているのを目にした。

 ショーケースの中には様々な色の、綺麗な羽根ペンが飾ってある。

 

 

「ん……? イース? どうかしたのか?」

 

「い、いえ! 別に何ともありませんよ!?」

 

「これは……白い羽根ペン……?」

 

「な、何でもないですから! 早くインクを買って帰りましょう!」

 

「まさか……欲しいのか?」

 

 

 イースはしばらく黙り、恥ずかしそうにこくりと頷いて言った。

 

 

「ノエルが持ってるあの黒い羽根ペンがカッコよく見えたもので……。憧れるといいますか……」

 

「それなら隣の黒い羽根ペンを買ってやろう。これでお揃いだぞ?」

 

「い、いえ、そちらは高いじゃないですか! 安い白羽根の方で!」

 

「せっかく買うなら黒羽根だろ!」

 

「いいえ、白羽根です! この白い羽根ペンが欲しいんです!」

 

 

 イースはずいずいとノエルに迫る。

 

 

「む、むぅ……。そんなに言うんなら……仕方ないか……」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

 イースは目をキラキラさせながら喜んだ。

 ノエルも、喜ぶイースの顔を見て嬉しく思ったのだった。

 

 

「おい、エスト。これも会計してくれ」

 

「はいはーい、それじゃ会計の前に包装するんで待ってて欲しいっス〜」

 

 

 エストは店の奥にパタパタと去っていき、2分ほどで戻ってきた。

 

 

「合計、インクと白い羽根ペン合わせて9600G(ゴールド)っス!」

 

「う……安いといっても意外と良い値段するなぁ……」

 

「イースにプレゼントするんスよね? それならインク5個、追加でオマケしといてやるっスよ!」

 

「おお、そりゃありがたい! 全く遠慮してるつもりもなかったんだが、貰えるものは貰っておくよ。はい、代金」

 

「そう言ってさらっと1万G(ゴールド)札を出す姿は絵になるっスねぇ……。はい、お釣りっス! 毎度ありっス!」

 

 

 エストは満点の笑顔で2人を送り出した。

 

 

***

 

 

 家に着くと同時に、イースは買い物袋から包装された箱を取り出し、目を輝かせながら開封した。

 

 

「わぁぁ……なんて綺麗な羽根……。それに……うん、やっぱりカッコいい! ありがとうございます、ノエル!」

 

「良いんだよ。お前にやれるものなんてこれくらいしかないからね」

 

「そんな……いつも貰いっぱなしですよ! ノエルはボクに色んなものをくれてますから!」

 

「イース……。本当に良い子に育ったねぇ!」

 

 

 ノエルはイースに頬ずりしながら抱きつく。

 

 

「朝と言ってること違……はぁ……。 って、いつまで子供扱いするんですかー!」

 

 

 イースの叫びは虚しく森の奥へと消えていくのだった。

 

 この羽根ペンは、言わばイースの宝物になった。

 それから何年も、イースはその羽根ペンを大事に使うこととなるのだった。



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3頁目.ノエルとイースと涙と……

 それからさらに5年が経過した。

 

 ノエルとイースは相変わらず2人仲良く穏やかな日々を送っていた。

 少し変わったことといえば、ペン屋のエストが他の国に修行に出かけたことくらいである。

 インクは他の店で買うようになった。

 

 ノエルは34歳になった。

 魔導士は魔力によって若さを保てるため、ノエルの見た目は変わらぬままである。

 

 イースは今年で20歳になる。

 日々の鍛錬を欠かしていないおかげで、筋肉がついてさらに体格が良くなった。

 頭の良さは相変わらずである。

 

 

***

 

 

 そんなある朝のこと。

 

 

「さて、部屋の掃除も終わりましたし、残るは今日の食事の買い物くらいでしょうか」

 

「おや、出かけるのかい?」

 

 

 ノエルは本をパタンと閉じ、イースの方へと振り向く。

 

 

「ええ、そろそろ食糧の貯蔵がなくなる頃ですし」

 

「それなら頼もうかね。行ってらっしゃい。雨が降るかもしれないから、早目に帰ってくるんだよ」

 

「はい、行ってきまーす!」

 

 

 イースは買い物カゴを手に、街へと出かけていった。

 

 

***

 

 

「えーと……食材も買ったし、調味料の備蓄も……。うん、大丈夫ですね」

 

 

 露店で1週間分の野菜や果物、穀物などを買い、イースは帰路についていた。

 

 

「そういえば王政が変わったというのに、魔女への扱いは全く変わりませんでしたね……。大厄災なんてもう20年以上昔の話だというのに……」

 

 

 イースが歩きながらそう呟いていると、後ろから10人程の王国兵士が武装をした状態で通り過ぎていった。

 

 

「ん……? 珍しいですね。何か事件でもあったんでしょうか」

 

 

 すると近くにいた老婆が話しかけてきた。

 

 

「あらお兄さん、知らないの? 1週間ほど前のことなんだけど」

 

「そうか先週はノエルが買い出しに行ったから……。いいえ、知りません。何があったんですか?」

 

「国王様が直々にお触れを出したのよ。『()()()()』の」

 

「えっ……!? 今……何と?」

 

「ほら、ここに貼ってあるでしょう? それで、さっきの兵士達は魔女を討伐するための討伐隊よ。この近くに住んでるのかしら。怖いわ……」

 

 

 老婆が指を差した掲示板には、国の判子が押された紙に大きく『魔女狩りの知らせ』と書かれてあった。

 

 

「『メモラ王の名において、メモラに住む全ての魔女及び魔法使いを殺処分することとなった。国民の方々は急ぎ、魔導士の住所を国に引き渡してもらいたい。報酬として1億G(ゴールド)を用意しよう。メモラ王』……。はっ……!」

 

 

 それを読み上げたイースは、買い物カゴをその場に投げ捨て、急いで駆け出した。

 

 

「さっきの兵士たちが向かっていた方角は……! ノエル……! 間に合ってくれ……!」

 

 

***

 

 

 一方その頃、ノエルは家の周りを兵士が囲んでいることに気がついた。

 

 

「思っていたより嗅ぎつけるのが早かったねぇ……。イースを買い出しに行かせて正解だったよ」

 

 

 ノエルは黒い羽根ペンを置き、玄関のドアに手をかける。

 

 

「やれやれ……まさか『魔女狩り』とはね……。あれから20年経ってもまだ魔女は嫌われ者ってわけかい……」

 

 

 名残惜しげに部屋の中を見回し、ノエルはドアを開けた。

 外に出ると王国兵士たちが槍を構えてノエルを囲む。

 

 

「ここに住むノエルという女は貴様だな?」

 

「あぁ、確かにアタシはノエルという名だ」

 

「貴様は魔女であるため国王の命令により、この場で処刑することとなった! その命、頂戴する!」

 

「そう簡単に殺されてたまるかっての……! 『呪縛円(カースド・サークル)』!」

 

 

 ノエルの周りに黒い鎖が張り巡らされ、触れた兵士たちは身動きが取れなくなる。

 ノエルはじりじりと後ろに下がりながら魔導書を開いて、次の魔法の準備をする。

 

 その時だった。

 

 

「だあぁぁぁぁあっ!!」

 

 

 呪縛円(カースド・サークル)の外にいた別の兵士が、その円外から槍を投げ飛ばしてきた。

 

 

「なっ……1人かかっていなかったか! まずい、これは直撃を避けられな……」

 

「ノエル! 危ない!」

 

「えっ────」

 

 

***

 

 

 その凶槍は、ノエルの目の前で止まった。

 切先は赤く染まっており、ノエルの顔を反射させている。

 

 

「お……おい……? 何やってんだ、イース……?」

 

 

 そう言ったノエルは自分の胸元を見る。

 ノエルの服や手には血が大量に飛び散っていた。

 そして、目の前にあった身体は言葉も発さずに倒れた。

 

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 

 その咆哮はノエルにとって、一度も経験したことのない真っ黒な怒りそのものだった。

 

 

***

 

 

 それからのことはもうほとんどノエルの記憶にない。

 気づくとそこには黒い炎に焼かれた10人程の鎧を着た死体と、イースを抱きながら泣き荒ぶ自分の姿があった。

 そして、その炎を消すかのごとく雨が降り始めていた。

 

 

「イース……お前、どうして……!」

 

 

 イースは弱々しく唇を動かす。

 

 

「ボクには……これくらいしか……できないから……」

 

「このバカ……! アタシにはお前しかいないんだぞ……! お前はアタシの命より大事な存在なんだぞ……!!」

 

「はは、そんなこと……言わないでください……。ボクだって……ノエルが大事なん……ですから……」

 

「もういい、喋るんじゃない! お前は絶対アタシが助けてやるからな、待ってろ!!」

 

 

 ノエルは魔導書を取り出し、回復の光魔法をかけようとする。

 すると、イースの手がそれを止めた。

 

 

「もう……助かりませんよ……。ノエルが使える魔法にこの傷を治せるほどのものは無いでしょう……?」

 

「諦めるな! 応急手当てだけでもして早く逃げるんだよ!」

 

 

 イースは首を振り、言った。

 

 

「明日には異変に気付いて他の兵士が来るでしょう……。足手まといにはなりたくないんです……。ボクを置いて早く行ってください……」

 

「そんな……! お前を置いて逃げるだなんて、そんなことできるはずがないだろう!」

 

「ノエルだけでも……生きて……ください……」

 

 

 イースはノエルに精一杯の笑顔をしてみせる。

 その瞬間、ノエルはイースの手がだんだんと冷たくなっているのがわかった。

 ノエルはイースの手を強く握りしめ、泣きながらその体を抱きしめた。

 

 

「今まで……ありがとう……おかあさん……」

 

 

 そしてイースは笑顔のまま息絶えた。

 

 

***

 

 

 ノエルはそのままずっと泣いていた。

 

 日が暮れても泣いていた。

 

 夜が明けても泣いていた。

 

 

 そして昼になった。

 

 ノエルはイースの亡骸を抱え、家の裏に置いた。

 それから魔法で地面を掘り、その中にイースと白の羽根ペンを埋めた。

 

 

『我が愛しの息子 イース ここに眠る』

 

 

 ノエルは花を墓の前に供え、しばらく祈り、立ち上がった。

 そして黙ったまま家に入り、ローブを羽織る。

 鏡を見ると、その目にはもう涙はない。

 しかし目元にはクマがくっきりと残っていた。

 

 

「はは……。こんなにクマが残っちゃ、またあいつに怒られちまうな……」

 

 

 ノエルは顔を両手でパシッとはたき、カバンを持ってイースを埋めたところへと戻って来た。

 

 

「それじゃ、お前の分まで生きることにするよ。ここには帰れないかもしれないけど……行ってくる!」

 

 

***

 

 

 それからというもの、ノエルは王国の目をかいくぐりながらどうにか生き延びた。

 そしてようやくその8年後にメモラ王が病死し、魔女狩りはようやく終わりを迎えたのだった。

 新しい国王は人種差別や種族差別を嫌う人物であったため、魔女への対応は次第に良くなっていった。

 

 ノエルはその8年もの間、イースと過ごした日々を反芻(はんすう)していた。

 言うまでもなく、心に穴が空いたままだったのである。

 

 そして、ある一つの考えに至った。

 

 

「各地の優秀な魔女を集めれば、イースを復活させることができるんじゃないか……?」

 

 

 魔法というものは理解と研究を深めることで新しいものを生み出すことができる。

 ノエルは魔法というものに無限大の可能性を感じていた。

 しかし、今の自分の力だけではその可能性を広げることができない。

 そう感じていたのであった。

 

 

「何年かかってもいい! どれだけの損をしても構わない! イースの声がもう一度聞けるのなら、アタシは自分の命だって賭けてやる!!」

 

 

 ノエルは決意した。

 

 そして各地にいる魔女を訪ねるべく、旅に出ることに決めたのだった。

 こうしてイースの想いとひとつの変わらぬ目標を胸に、魔女・ノエルの運命は動き始めた。



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第2章
4頁目.ノエルと母親と未来視と……


 各地にいる優秀な魔女を集め、イースを蘇らせたい。

 この世にある色んな魔法の力があればきっとできるはず。

 

 

「とは言ったものの……。どこに行こうか……」

 

 

 ノエルは宿でくつろぎながら地図を広げていた。

 

 

「幸い、魔女狩りが行われたのはメモラだけだ。他の国に行くのに危険はない、か」

 

 

 隣の国に行くには馬車を使い、半日から2日ほどかかる。

 とはいえ途中には小さな村もあるため、本気で全ての地域で魔女を探すとなれば何年、何十年という時間がかかることになるだろう。

 

 

「でもここで止まっていては始まらないな。まずは一歩、踏み出さないと……」

 

 

 そう呟いた時、ノエルの頭に2人の人物が頭をよぎった。

 

 

「そうだ、クロネさんの所に戻ろう。もしかしたら()()()()()()もいるかもしれないし」

 

 

 ノエルは故郷である南西の国・ヴァスカルに戻ることにした。

 帰るのは実に20年ぶりであった。

 

 

***

 

 

 それから数日後。

 ノエルはヴァスカルに到着した。

 

 

「20年経ってもさほど変わっていないもんだねぇ、この国は。むしろ変わってなくて安心した」

 

 

 久しぶりの故郷を懐かしく感じつつ、ノエルは実家のある路地へと足を向けた。

 それから数分で、家が()()()()()()()場所にたどり着いた。

 

 

「えっ……?」

 

 

 ノエルが周りを見回すと見覚えのある家々が立ち並んでおり、そこが自分の実家の近所だということは分かる。

 しかし……。

 

 

「……ないじゃないか。アタシの実家」

 

 

 20年前、一人前になったら帰ってくると約束した場所に、自分がかつて住んでいた家がなかったのである。

 ノエルは目の前の光景が信じられず、道行く年老いた男性に声をかけた。

 

 

「な、なあ、ひとつ聞きたいんだが、かつてここに家はなかったかい?」

 

「おや、おねーさん。もしかしてクロネさんの知り合いかね?」

 

「あぁ、そうだ。彼女を知っているのかい?」

 

「もちろんだとも。あの人はこの国の救世主様だからね」

 

「は……? 救世主様……? あの人が??」

 

 

 ノエルはキョトンとしている。

 

 

「あぁ、そうだとも。今やこの国には欠かせない人さ。今は王城に住んでいるよ」

 

「なるほど王城に……って、王城!? 国王が住んでいる、あの!?」

 

「あぁ、そうさ。クロネさんに会いたいなら、門番に言えば普通に通してくれるだろうよ。それも知り合いならなおさらね」

 

「ええ……。王城の警備的にそれはどうなんだ……」

 

「ここは『魔法の国』だからね。王国兵士は皆、魔導士だ。よっぽど強い魔導士が攻めてこない限りは絶対安全なのさ」

 

 

 南西の国・ヴァスカルは国民のほとんどが魔導士の血統、つまり原初の魔女・ファーリの子孫である。

 故に、付けられた別名は『魔法の国』。

 国王も魔導士、兵士も魔導士、大人も子供もほとんどが魔導士という魔法大国なのである。

 

 

「そういえばそうだったな……。ありがとう、ご老人。恩にきるよ」

 

「困った時はお互い様だ。クロネさんによろしくな」

 

 

 こうしてノエルはクロネがいるという王城へと向かった。

 

 

***

 

 

 王城は街の中心にあり、長い階段を登った先に門がある。

 高台にあるため、国の外からもよく見える。

 ノエルが王城の近くに来てみると、王城の門の前には2人の魔法使いらしき男たちがいた。

 どうやら老人が言っていた通り、魔導士が門番をしているようだった。

 

 

「えーと、クロネさんに用があるんだが、入ってもいいのかい?」

 

「一応どういったご用件かだけ聞かせてもらえれば、入ってもらって構いませんよ」

 

「アタシはあの人の娘だ。顔を見に来た」

 

 

 門番達は一瞬驚いて顔を見合わせ、何かピンと来たような顔をする。

 

 

「あぁ、ノエル様ですね! お話は伺っております、さあこちらへどうぞ!」

 

「今の間は何だったんだい!?」

 

「ええと……お若いなぁと思いまして……」

 

「あぁ……そういうことか……。42歳独身の魔女がそんなに珍しいかい?」

 

「あっ……。こ、これは大変失礼いたしました〜!」

 

 

 門番達は年齢について触れたことを深々と謝罪した。

 

 

「ま、別にいいんだけども。こっちでいいのかい?」

 

「あ、はい! その道をまっすぐ行って、階段で最上階まで行ってもらえれば、そこがクロネ様の部屋になります!」

 

「ありがとさん。それじゃ、行くか」

 

 

 ノエルは久々の再開に胸を膨らませ、やや駆け足気味に歩いて行った。

 

 

***

 

 

 しばらくすると、ノエルは『クロネの部屋』と扉に書かれた部屋が見つけた。

 

 

「普通、城の中の部屋に名前なんてつけるもんだったっけか……。まあいいか、とりあえず……」

 

 

 そう言って、ノエルは深呼吸する。

 そして、心音を落ち着かせ、ドアを叩こうとしたその瞬間。

 突然、向こう側から部屋の扉が開いた。

 

 

「ノエルおかえり〜。開いておるぞ〜」

 

「…………」

 

「どうした? 早く入って……」

 

 

 クロネがひょこっと扉の隙間から顔を出した瞬間、ノエルはその顔を片手で掴んだ。

 

 

「へっ……?」

 

「20年ぶりに胸をドギマギさせながら帰ってきた、アタシの気持ちを返せえぇぇぇ!!」

 

 

 ノエルは手に思い切り力を入れたのであった。

 

 

「あだだだだだだぁぁ!! すまん、ワシが悪かった! 悪かったから、手を離しておくれえぇぇぇ!」

 

「あんたはいっつもそうだ! こっそり誕生日を祝おうとしても、すぐ『未来視』で先にネタばらしをしてきたり! 後ろから驚かせようとしたら()()()でいつの間にかアタシの後ろに立ってたり!!」

 

「これからは出来る限りお前の気持ちを尊重してやるから! 今回は許してくれぇ!」

 

 

 ノエルは溜息をつきながら手を離した。

 

 

「はぁ……仕方ない。今回は見逃してやるが、次やったら『魂の盟約』を結ぶからな」

 

 

『魂の盟約』とは、約束と魂を結びつける闇魔法の一種である。

 約束を破ったら死ぬ……というようなものではなく、体が勝手にその約束を破れないようになる、というものである。

 

 

「うっ……次はないってことじゃな……。心得た……」

 

 

 クロネはしょんぼりとするのであった。

 

 

「まぁ……その……なんだ……。た、ただいま……」

 

 

 ノエルは気恥ずかしそうにクロネに言った。

 クロネは一瞬でぱあっと明るい顔になり、応える。

 

 

「あぁ、おかえり。ノエル」

 

 

***

 

 

 それから3日かけて、ノエルは今まであったことの全てと、これからの目的について話した。

 クロネは最初は驚いていたものの、途中からは真剣な表情で話を聞いていた。

 そして話が終わると同時にクロネは言った。

 

 

「それでノエル……。どうして帰ってきた?」

 

「え……どうしてって……。今までの話聞いていなかったのか!?」

 

「いいや、ちゃんと全部聞いておったぞ。だがそこでなぜワシの力が必要になる」

 

「あんたは時魔法の使い手だ。使いようによっては蘇生魔法の手がかりにできるかもしれないだろう?」

 

「分かっておるのか。蘇生魔法はあの原初の魔女さえ作り得なかった魔法じゃ。完成したとしても成功するかは別問題じゃぞ!」

 

 

 ノエルはクロネの手が震えているのに気がつく。

 

 

「安心しな、クロネさん。アタシが作りたい魔法は元より安全なものだ。失敗するような魔法を作る気は毛頭ないよ」

 

「本当か……? お前は命を捨ててでもそのイースとやらの命を蘇らせようとしているようにも思えるのじゃが?」

 

「それは覚悟の問題さ。絶対にアタシは死んだりしない。絶対に成功する完璧な蘇生魔法を作ってみせる!」

 

 

 ノエルはクロネの手を握りしめてそう言った。

 クロネはノエルの目をじっと見て、溜息をついて言った。

 

 

「そうか……そんなに言うのであればワシも力を貸そうかの」

 

「やった! これで1人目だ!」

 

 

 ノエルは椅子から立ち上がり、万歳をして喜ぶ。

 

 

「し・か・し、ワシは()()()()()じゃ」

 

 

「え?」

 

 

 ノエルは両手を挙げたまま固まる。

 

 

「もしお前が各地の優秀な魔女を集めることができたなら、その時はワシも力を貸す」

 

「なるほど、アタシを試そうってわけだ。良いだろう、受けて立とうじゃないか」

 

「それまでワシは待ち続けるぞ。お前がまた帰ってくるその日まで、な」

 

「あぁ、何十年かかろうとも絶対に集めてみせる! そしてまた帰ってくるからな!」

 

「よしよし、その意気じゃ」

 

 

 クロネは感心しつつ、ノエルの頭を撫でた。

 

 

「あ、そうだ。()()()()()()はどこに行ったんだ?」

 

「あぁ、ルフールか。ルフールなら東の国・ノルベンに行っておるよ」

 

「東の国って、あの鉱石臭い国かい? 何でそんなところに」

 

「あやつの空間魔法が鉱山の安全性を守る結界に使えるとかなんとか、ノルベンの学者に言われて数年前に行ったきりじゃな」

 

「よし、なら次の行き先はノルベンだな。あの人も優秀といえば優秀な魔女だし」

 

 

 ノエルは地図を閉じてカバンに詰め込む。

 そしてそのカバンを肩から提げた。

 

 

「おや、もう行くのかい?」

 

「早く行動するに越したことはないからね。恩にきるよ、クロネさん」

 

「そうか……行ってしまうのか……」

 

 

 クロネはしょぼんとした表情で肩を落とす。

 

 

「約束は守る。アタシがそういう女だって、母親のあんたならわかってるだろ? ちゃんと帰ってくるから、待っていてくれ」

 

「うむ、いつまでも待っといてやるわ。ワシも娘の成長を見れて嬉しかったし、あと100年は長生きできるってもんじゃよ!」

 

「今72だから……170歳まで生きるつもりなのか!? それを世話する娘の身にもなってくれよ?」

 

「あっはっはっは! むしろその時はお前も140歳じゃから、誰かに世話されなきゃならないかもしれんのう!」

 

「ふふっ……確かにそうだな! なおのことイースを蘇らせないと!」

 

 

 2人はずっと笑っていた。

 その日の王城内は、彼女たちの笑い声で包まれたのであった。

 

 結局、ノエルは一晩だけ泊まることにしたのだった。

 

 

***

 

 

 そしてその次の日、ノエルは東の国・ノルベンへ向けて出発することにした。

 

 

「それじゃ、またしばらくは帰れないけど、いつかまた」

 

「あぁ、そうじゃな」

 

 

 2人は強く抱き合い、そして離れた。

 

 

「あ、そうそう。もしノルベンに行ったあとに行き先に迷ったら、セプタに行くと良い」

 

「おや、クロネさんお得意の未来視かい? まぁ当たるかどうかは信じるかどうかだが」

 

「まあ、本当に困った時に思い出してくれればそれで良い。これがワシにできる唯一の手助けじゃからな」

 

「もしそうなった時には感謝するだろうよ。とりあえずありがとな」

 

 

 クロネはノエルを振り向かせ、背中をポンと押す。

 そして言った。

 

 

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 

「行ってきます、母さん!」

 

 

 千切れんとばかりに手を振り続けるクロネに手を振り返し、ノエルはヴァスカル発ノルベン行きの馬車に乗り込んだのであった。

 しかし、馬車に乗った瞬間、ノエルはハッとした。

 

 

「あっ……救世主様とか言われてた件について聞くの忘れてた! もしかしてあの人、それを分かってて話に出さなかったな……」

 

 

***

 

 

「ふう。どうにか誤魔化せたか……。」

 

 

 クロネは袖で汗を拭った。

 すると後ろから城の魔導士がクロネを呼ぶ。

 

 

「クロネ様! 理事長がお呼びです!」

 

「ああ、もうそんな時間か……。さて、ワシも頑張るぞー!」

 

 

 クロネは伸びをし、王城の隣の塔へと向かうのであった。



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5頁目.ノエルと師匠とお財布と……

「やっと着いた……。東の国・ノルベン……」

 

 

 ヴァスカルから4日ほど馬車に揺られ、ノエルはクタクタになっていた。

 

 

「げっ……マズイ。今回の旅費で所持金が600G(ゴールド)しかない……」

 

 

 加えて、手持ちの財も底を尽きようとしていた。

 ノエルは震えつつもどうにか正気を保ち、ノルベンの門をくぐったのであった。

 

 

***

 

 

 ノルベンは鉱石の国。

 この国の男たちは鉱山で働いて手に入れた鉱石を街に持ち込み、国に売ることで稼ぎを得ている。

 つまりこの街は、この国で働く人たちの住宅地域でもある。

 

 

「それじゃ、とりあえず師匠の家を探す──」

 

 

 までもなかった。

 門をくぐったノエルの目線の先の高台に、周りの風景に全く溶けこんでいない奇妙な色と形をした、一軒の家が建っていたのだった。

 

 

「流石に趣味悪すぎるだろ、あの家……。ま、あの人の趣味に口を出すつもりはないけどさ……」

 

 

 ノエルは溜息をつきながらもその家のところまで歩いていった。

 

 

***

 

 

 ノエルは奇妙な家のドアを叩いて声を掛ける。

 

 

「おーい、アタシだアタシ。中にいるんなら出てきてくれー」

 

 

 ノエルは扉に刻まれた色んな形の模様を観察しながら呼びかける。

 すると中から若い女性の声が響いてきた。

 

 

「あいにく、ワタシに『アタシ』とかいう名前の知人はいない! だから出ていくつもりはないぞ、ノエル!」

 

「分かってんなら早く出てこいよ! こっちは急用なんだ!」

 

「やれやれ……これが師匠に対する態度なのかねぇ? ほらよ、鍵を開けたから自分で入ってきてくれ」

 

 

 ノエルは扉を開き、中に入りながら言った。

 

 

「あのなぁ、あんたは確かにアタシの師匠だが、言ってしまうとアタシはあんたが大の苦手なもんでね」

 

「ワタシはお前が大好きなんだけどねぇ?」

 

「はいはい、あんたが好きなのはアタシじゃなくてアタシの魔法だろ」

 

「そうとも言う」

 

「はぁ……。相変わらずというかなんというか……。それにしても……周りから見たらちっぽけな家だったのに、中はめちゃくちゃに広いねぇ。ま、それも相変わらずってことか」

 

 

 彼女はこの家の主人にしてノエルの師匠の1人。

 名前はルフールという。

 特殊魔法のひとつ、『空間魔法』を扱える大陸有数の魔女である。

 背が高いのと、白衣を常に着ているのが特徴的な女性だ。

 

 

「それで、急用だったか。どうしたんだ? もしかしてワタシに魔法を見せに……!?」

 

「そんなわけあるか、この変態が。それに、あんたに魔法を見せたら数日はその余韻に浸って活動不能になるだろ。アタシも時間が惜しいんだ」

 

「なーんだ、残念。20年の修行の成果が見れると思ってたのに……」

 

「いつかまた、な。とにかくアタシの話を聞いて欲しい」

 

 

***

 

 

 2日後、ノエルの話は終わった。

 

 

「なるほど……蘇生魔法か。それも、一切の犠牲も伴わない完璧な……」

 

「どうだ、この話に乗ってくれないか?」

 

「ま、まあ、とても魅力的ではある……。完成したらワタシも見たいものなのだが……」

 

「やはりそういう反応をするか……」

 

 

 ルフールは目元を押さえ、非常に悩んだ顔をしている。

 

 

「いや、まあ確かに優秀な魔女がたくさん集まれば蘇生だけはできる可能性があるが、どうにも完璧なものを作れるとは思えないものでね。このワタシでも失敗は怖いんだよ」

 

「だからアタシは何十年かけてでも完璧なものを作り出せる人材と、方法を探し出すんだ。最悪、蘇生魔法の発動には参加しなくてもいい。その魔法を作る方法と魔女を探す手伝いをしてくれればそれでいいんだ」

 

 

 それを聞いたルフールは何かピンときた顔をする。

 

 

「なるほど。そういうことならワタシもその話に乗ってやろう!」

 

「おお、心強い!!」

 

「その代わり、対価は頂くぞ」

 

「アタシの魔法とお金以外ならいくらでも払う」

 

「先回りしないでくれよ!?」

 

「冗談だ。魔法なら少しくらいは見せてやるよ」

 

「やったあああああ!」

 

 

 ルフールは叫び、喜びながら家の中を駆け回るのであった。

 

 

「あ、あともうひとつ頼み事してもいいかな、師匠」

 

「ん? 今ならいくらでも聞いてやるよ?」

 

「よし、言質取ったからな。お金を貸してくれ」

 

 

 ルフールは耳を疑い、もう一度聞き返した。

 すると、聞こえたそのままの言葉が返ってきたのだった。

 ルフールは呆れながら尋ねる。

 

 

「今、所持金は?」

 

「600G(ゴールド)……」

 

「師匠にお金を借りる弟子って……」

 

「本当に申し訳ない……。これまでは書き溜めた魔導書を売って儲けにしていたが、旅をしていると移動代でそれすら消えてしまって……」

 

「まぁ、ちゃんと自分でお金を得た上で無くなってるんなら仕方ないか……」

 

 

 そうしてルフールは悩むのをやめ、ノエルの目を見つめて言った。

 

 

「よし、決めた。今回のお前の旅、ワタシが手伝うのは()()()()だ」

 

「え……。な、何十年もかかるかもしれないのに?」

 

「あぁ、ワタシの財産は有り余ってるし、お前の旅の援助くらいなら100年分は軽いだろう」

 

「いや、でも流石にそれは悪いよ……」

 

 

 ルフールの手がノエルの両頬をつまむ。

 そして、ルフールはそれを軽く引っ張りながら言った。

 

 

「いいか、ワタシは空間魔法しか使えない。空間魔法なんて結界を張れるくらいで、蘇生魔法には役に立たないだろうからな。手伝えるとするならこれくらいなんだ」

 

ほんなほと(そんなこと)……」

 

「いいから黙ってこの条件を飲んでくれ。弟子にいい格好したいだけの、師匠のワガママだと思ってくれよ」

 

 

 ノエルの目に映っていたのはルフールの真剣な表情。

 ノエルは彼女のこんな真面目な顔を見たことがなかった。

 そしてルフールの手がノエルから離れた後、ノエルは言った。

 

 

「分かった。それがあんたのためにもアタシのためにもなるのなら、頼もう。お世話になります、師匠」

 

「あぁ、お世話任された。これからもよろしく、ノエル」

 

 

 2人は握手を交わし、椅子に座った。

 その瞬間、ルフールは目を光らせながらノエルにこう言った。

 

 

「ってことで、早速どうぞ!」

 

「は……?」

 

「いや、だから魔法を見せてくれるんだろう?」

 

「ほ、本当に早速だな!?」

 

 

 ノエルは溜息をつき、魔導書を取り出す。

 

 

「はぁ……何が見たい? 束縛系と呪い系以外なら何でもいいぞ」

 

「だから先回りしないでくれよ!?」

 

 

 こうしてかつての師弟関係は、妙な利害の一致により蘇ったのであった。

 

 

***

 

 

 それから数時間後、ノエルはルフールから空の財布を渡された。

 

 

「何だい、これ。空っぽじゃないか」

 

魔具(まぐ)というやつだ。その中に手を入れて『エイプリー・ルフール』と唱えれば、一度につき2000G(ゴールド)がワタシの金庫から消える」

 

「うわ、物騒だな……。とはいえ、もし盗まれたらどうするんだい? お金がいくらでも出てくる財布なんて、みんな喉から手が出るほど欲しいものだろう?」

 

「本来は盗まれないようにすべきだけども、もしもがあっても大丈夫だ。これが使えるのは1日に1回限りだからね。0時になればもう一度使えるようになる」

 

「つまり、朝に一度使えば盗まれる危険性はほとんどない……か。よく考えられてるもんだ」

 

 

 そう言って、ノエルはローブの裏にその財布を仕舞った。

 

 

「もちろん普通に財布として使ってくれても構わないよ。ワタシが改良する前は、願った金額分のお金を出し入れできる便利な財布だったんだ。つまり元々は容量が無限の財布というわけだ」

 

「なるほど。新しくお金を引き出せるのは1日に1回限りだけど、それまでに引き出したお金はいつでも出せるってことか。便利すぎる……」

 

「もちろん使い方を誤ると身を滅ぼす財布だけどね。ノエルなら大丈夫だろう。大事にしてくれよ?」

 

「あぁ、もちろんだ。大切に使わせてもらうよ」

 

 

 それから、ノエルは1週間ほどルフールの元に泊まり、ほぼ全ての魔法を見せた後、再び旅に出るのであった。

 なお、その後の4週間、ルフールはノエルの魔法を思い返すたびに感動し、興奮し、眠れない夜が続いたという。



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6頁目.ノエルと忠告と噴水と……

 ノエルがノルベンを出発し、他の街へと優秀な魔女を探しに行ってから、さらに2年が経過した。

 と言っても、新しい国へと向かったわけではなく、メモラからヴァスカル、ヴァスカルからノルベンの間にあった小さな村や町を訪れていたのである。

 その中で魔女を数人見つけることはできたものの、魔女をやめた者であったり、魔法を思うように使えない者ばかりであった。

 そしてノエルは三国間の全ての町々を周り尽くしたが、優秀と言えるほどの魔女は見つからなかったのであった。

 

 

「さて、次の目的地はどこにしようか……」

 

 

 地図を開いた瞬間、ノエルはクロネの言葉をふと思い出した。

 

 

「『次の行き先に迷ったらセプタに行け』か……。まあ、間違いなく何かがあるんだろうが……」

 

 

 ノエルは地図に羽根ペンで自分が行った町に×をつけ、地図を閉じ、カバンに戻す。

 

 

「あの人の忠告や助言は聞いておくに越したことはないからねぇ……。仕方ない、少し遠いが行ってやろうじゃないか」

 

 

 ノエルは西の国・セプタに行くことのしたのであった。

 

 

***

 

 

「ふう、やっと着いた……」

 

 

 二週間ほど歩き、ノエルはようやくセプタの中にある街に到着した。

 ノエルの知る限り、セプタには特に深い歴史があるわけでも、特に何かの名所があるわけでもないため観光客などはほとんど来ない。

 そのため馬車がセプタまで届いておらず、ノエルはいくつも街を経由しつつ徒歩でここまで来たのであった。

 

 

「やれやれ……。果たして本当にこの国に魔女はいるのかねぇ……」

 

 

 クロネの言葉を信じたい反面、見つからなかった時のことも考えてしまうノエルだったが、自分で気合を入れ直す。

 

 

「ま、基本は聞き込みからだ。誰かいないかな……っと……。お、いたいた」

 

 

 ノエルは家から出てきた若者に声をかけてみた。

 

 

「ん? よそ者とは珍しいな」

 

「ああ、人を探して旅をしているんだ。この国に魔女がいるか知っているかい?」

 

「魔女? うーん……知らないな。そんな話は聞いたこともないよ」

 

「そうかい、どうもすまないね」

 

 

 そうしてしばらくノエルは聞き込みを続けてみたが、誰も魔女の居所については知らないようだった。

 

 

「なるほど……つまりこの国には有名な魔女ってのはいないわけだ……。それなら、次は魔力の痕跡探しだね」

 

 

 魔法を使った後、魔力は光る塵のように残ることがある。

 例えば魔法で付けた火があれば、その火があった場所と火の粉が辿った場所には微かに火の魔力の痕跡が残る。

 普通は目に見えるものではないが、ノエルは集中することで魔力の痕跡を感知することができた。

 

 

「まずは……火……は昼間だからどこにも灯ってないね。次は土……だがこの国は家が全て岩石でできているせいで感知するのは難しい……。なら水は……ん?」

 

 

 ノエルはこの国の異変に気が付いた。

 

 

「そういやここに来て一度も井戸や蛇口を見てないね……。用水路はあるのに、水の供給が整備されていないとは思えない……。じゃあ、水はどうしてるんだ……?」

 

 

 すると、そこに1人の少女がノエルの前を横切った。

 

 

「お、丁度いい。そこのちびっ子、水はどこで飲めるんだい?」

 

 

 ちびっ子と呼ばれたその少女はくるっと振り返り、ノエルを見る。

 

 

「私はちびっ子って名前じゃないもん! サフィアって言うの! あなたは誰?」

 

 

 サフィアと名乗るその少女は綺麗な蒼い長髪で、ふたつ結びをしていた。

 ノエルはその綺麗な髪に一瞬見惚れつつ、少女に答えた。

 

 

「アタシはノエルという。サフィア、さっきの質問に答えてくれないか?」

 

()()()? ()、じゃないの?」

 

「ん、んん……違う質問で返されるとは……。え、ええと、何というか強そうだろ! だから気にするな! それで水はどこで飲めるんだい、サフィア」

 

「強そう……確かに! 強そうね!」

 

「うう……これだから子供は苦手なんだ……。イースみたいな子は稀なのかねぇ……」

 

 

 サフィアはノエルのローブをめくったり、周りをぐるぐる回ってずっと見てきたりと落ち着かない様子だった。

 それからしばらくしてサフィアが落ち着いたところを見計らって、ノエルは質問し直した。

 

 

「さぁサフィア、水飲み場を教えておくれ?」

 

「うん、分かったわ。みんなあっちにある噴水から水を汲んでるのよ。えーと、街に一つしかない噴水? らしいわ。ノエルも喉が渇いたのかしら?」

 

「(噴水……? この街の人口に対して、一つの噴水だけで水を配分するなんてできるはずが……)」

 

 

 ノエルは少し考え、サフィアに言った。

 

 

「あ、あぁ、そうだ。案内してくれ、サフィア」

 

 

 サフィアはノエルを国の中央に位置する噴水に案内した。

 

 

***

 

 

「こ、れは…………本当にただの噴水じゃないか……」

 

 

 それはノエルの背ほどの小さな噴水で、上へ噴き出した水が下の器に溜まっている。

 人々はそこから水を汲んでいた。

 

 

「水を飲みたいならそこの線に並ぶのよ。水汲みなら反対側の線ね」

 

 

 ノエルは水を飲む方の列に並んだ。

 そして順番が来て、ノエルは水を手ですくい、飲んでみた。

 

 

「こいつは……水魔法で作り出した水じゃないか……! それに、ただの水じゃない。数滴で喉が潤うなんて……! そりゃ、これくらいの大きさで全て事足りるわけだ……」

 

「この噴水は私のおばあさまが作ったものなの。ずっとこの国が溢れる水で満たされますようにって」

 

「……今なんて?」

 

 

 ノエルは振り返り、聞き返す。

 

 

「この国が溢れる水で……」

 

「その前!」

 

「この噴水は私のおばあさまが作った……」

 

「そう、それだ! それだと、サフィアのおばあさまってのが魔女ってことになるが……。そうだ、お前の家に連れて行ってくれないか!」

 

「え、ええと……そこが私の家だけど……。ちょっと待って? お母さまに聞いてみるわ」

 

 

 サフィアは自宅に駆け込み、しばらくして母親らしき女性が家から出て来た。

 

 

「ええと……何用でございましょう?」

 

「失礼だが……あんたは魔女かい?」

 

 

 サフィアの母親は一瞬驚き、答える。

 

 

「い、いいえ……? ですが、今日のところはお引き取りください……」

 

 

 サフィアの母親は明らかに動揺している。

 

 

「おや、用は聞かないのかい」

 

「……あの子に何も吹き込んでませんよね?」

 

「あの子……? あぁ、サフィアか。吹き込むって何を?」

 

「い、いえ、特に何もないならいいのです……」

 

「まさか、おばあさまってのが魔女だってこと、あの子は知らないのかい?」

 

 

 それを聞いた瞬間、サフィアの母親の顔が歪んで固まる。

 そしてノエルを見る目は明らかな警戒へと変わっていた。

 

 

「あなたは何者ですか……」

 

「アタシは魔女だ。ちょいと各地を周って他の魔女を探してる」

 

「なるほど……。それならこれからの話はサフィー……サフィアには内緒ですからね……?」

 

 

 ノエルは頷き、耳を傾ける。

 

 

「サフィーが言うおばあさま……私の母は、サフィーが生まれる前に亡くなりました……。魔女だったのですが、私はそんな母が嫌いだったんです……」

 

「ほう……?」

 

「近所の人から『魔女の子供だ』などと指を指されるのはいつものことでしたから……」

 

 

 ノエルはそれを聞き、辛そうな顔をする。

 

 

「ですが母は死ぬ直前、干ばつで水不足に苦しめられていたこの街に、限りなく水が湧き出る噴水を作り与えたんです……。それと同時に母の希望で、魔女だった、という記録も街中から消され……」

 

「それがあの魔法の水が出る噴水……」

 

「はい。それ以降は私は偉業を成し遂げた人の子供として扱われるようになり、サフィーにもその話だけ伝わっているのです……。実際、この街で起きた水不足はそれで無事に解決しましたから……」

 

「なるほど……。あんたの母親は最後にあんたを守るための魔法をかけてくれたってことか……。まあ、その話が聞けただけでも十分だ。今日のところは帰るとするよ」

 

「本当にすみません……。サフィーにも帰ったと伝えておきますから……」

 

 

 そう言って彼女は家に戻り、ノエルは宿を取りに行った。

 

 

***

 

 

 その日の夜、宿にて。

 

 

「さて、この時点でありえないことが起きている。それは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ」

 

 

 お酒を飲みながら、ノエルは一人で語り始める。

 

 

「魔法は発動と取消ができる。だが、一度発動した魔法は発動した本人が死んだ場合、取り消される……。なのになぜあの噴水の水魔法はあんなに新鮮なまま生きているのか……。うーむ……」

 

 

 ノエルは頭を抱えながらさらに酒を注ぎ、それを飲み干す。

 

 

「サフィアは魔法という存在を知らないらしいし、母親は魔法が使えるような魔女じゃなかった……。それなら間違いなくアレだ。『魂と魔力の変換』……」

 

 

 魔導士の魂、特に魔女の魂は魔力の塊である。

 死ぬ寸前に全ての魔力を使って魔法を発動することで、術者の魂を核としてその魔法が発動したままになることがあるという。

 

 

「だかしかし……あそこまで純度の高い水魔法は初めて見た……。どうすればあんなに綺麗な魔力が出せるんだ……ってそこじゃなかった。」

 

 

 ノエルは首を振る。

 

 

「つまりこの国の魔女さんはもうとっくに死んでて、アタシが来た意味はなかったってことだ……。くそっ……!」

 

 

 酔いが回ってきたのか、だんだんとフラフラしてくる。

 

 

「うっ……流石にもう寝るか……。明日の昼にでも次の街に行かないと……」

 

 

 その日ノエルはすぐに眠りにつき、次の日の朝を迎えるのであった。

 

 

***

 

 

「ノエル! おーーきーーてーー!!」

 

 

 耳元で少女の甲高い声がガンガンと響く。

 

 

「んあぁぁ!? サフィア!? どうしてここにいるんだ!?」

 

「ここの宿に泊まってるって聞いたから来ちゃった!」

 

「い、いやいや、来ちゃった! じゃないよ! もうアタシに用はないんじゃないのかい?」

 

「え……? ノエルはもう私に会いたくない……?」

 

 

 サフィアはうるうると涙目になり、手で顔を覆う。

 

 

「い、いや、そういうわけじゃ……」

 

「じゃあ決まりね! 今日は私がこの国を案内してあげる!」

 

 

 コロッとサフィアの表情が変わり、明るい笑顔になる。

 

 

「お前……さては嘘泣きだったな!?」

 

「えへへ! じゃ、早く! 置いてくわよ!」

 

 

 サフィアはノエルの袖を強引に引っ張る。

 

 

「ま、待て、サフィア! 朝食くらい取らせてく……ああもう! これだから子供ってやつは……!」



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7頁目.ノエルと歌声と水の都と……

 それからしばらく、ノエルはサフィアに強引に連れられながらセプタの街を歩き回った。

 

 

「はぁっ……はぁっ……サ、フィア……。一旦休憩させて……くれ……」

 

「あら、もうへばってしまったの? ノエルは運動不足なのかしら?」

 

 

 サフィアは石段からぴょんっ、と降りてノエルの顔を覗き込む。

 

 

「あぁ、運動不足だ……。このだだっ広い街一周を平気で走り回ったのに、全く疲れてないお前よりは、な……」

 

「しょうがないわね、しばらくここで休みましょう。もう一周行くからね!」

 

「お前は悪魔か!」

 

「サフィアよ!」

 

 

 ノエルは「そう言う意味じゃない!」とツッコむ気力すら失われていた。

 そこで休んでいると、1人の王国兵士がノエルに尋ねてきた。

 

 

「失礼、あなたはここの住人かね?」

 

「いいや? アタシは旅の者だよ。こっちの子はここの住人だがね」

 

「そうか、これは失礼した。それじゃあお嬢ちゃん、この街にある噴水の場所を教えてくれないか」

 

「私はお嬢ちゃんなんていう名前じゃないわ! サフィアよ!」

 

「あ、あぁ、すまないサフィアちゃん。噴水の場所を教えてくれ」

 

「あなたも名乗りなさいよ!」

 

 

 このやりとりが何度も繰り返されるのを見ていたノエルは痺れを切らした。

 

 

「ああもう、すまないね兵士さん。この子はこんな感じだからアタシが案内するよ。噴水の場所なら知ってる」

 

「ふむ、そうか。それならよろしく頼む」

 

 

 ノエルは質問攻めするサフィアを引っ張りながら、兵士を噴水の広場に案内するのであった。

 

 

***

 

 

「おお、これが噂の不思議な水が湧き出る噴水……」

 

 

 兵士は小手を外し水を手ですくって飲んだ。

 

 

「これは……確かに不思議だ。一口で満たされるような感じで……。よし……」

 

 

 兵士は小手を付け直す。

 

 

「ここまでの案内感謝する。私は城に戻るとしよう」

 

 

 そう言って兵士は城の方へと歩いて行った。

 

 

「ん? もう帰るのか。変な奴だな……」

 

「結局あの人の名前が聞けなかったじゃない! 私だけ教え損じゃないの!」

 

「サフィア、とりあえず人に会ったら名前を教える癖はやめろよ? 怖ーい人がお前を探しに来るかもしれないぞ?」

 

「怖い人が来てもノエルが助けてくれるでしょ? 何の心配がいるの?」

 

 

 ノエルはサフィアの即答に一瞬たじろいだが、コホンと咳をし、気を取り直す。

 

 

「アタシはそろそろこの国を出るつもりだからね。いつまでもサフィアのことを守ってやれるわけじゃない」

 

「え、ずっと一緒にいるものだと思ってたわ!?」

 

「なぜそうなる!? 言ったろう、アタシは人探しに来てるんだ。次の街に行かなきゃならないんだよ」

 

「えー、つまんなーい。でもまぁ、ノエルがここから出て行くまでは毎日遊びに行くわ! 待っててね!」

 

 

***

 

 

 その次の日の朝。

 

 

「ふあぁぁ……。よく寝た……。あ、あだだだ……足が筋肉痛に……って……ん……?」

 

 

 ノエルは広場の方がざわついているのに気がつく。

 

 

「おや、どうしたのかねぇ。何かあったのか?」

 

 

 ノエルが朝食を急いで食べて噴水の広場にかけつけると、例の噴水を王国兵士たちが囲んでいた。

 

 

「この噴水は、我が国の所有する神器の一つとして認定された! よって誰もこの噴水に傷をつけることのないよう、一切の使用を禁止する! 代わりに水の補給所を別の場所に設けることとした! 国王様に感謝しろ!」

 

「なっ……!?」

 

 

 ノエルの驚きを打ち消すように、群衆が「ふざけるなー!」「横暴だー!」などと批判の声を上げている。

 

 

 

「黙れ! この命令に逆らうことは即ち国家に逆らうも同然である! 死にたくなければ大人しくしていろ!」

 

 

 どうやら昨日の兵士は王国の偵察兵だったらしく、住人は噴水が王国に見つかることを避けていたらしい。

 その兵士の忠告に皆が黙る中、ひとりの少女が叫びながら兵士に食いかかっていた。

 

 

「それは私のおばあさまが作ったのよ! それを勝手に使うなってのはおかしい話じゃない!」

 

「サフィー! ダメ!!」

 

 

 抗議するサフィアを母親が制止に入る。

 しかし、王国兵士は槍を構えながら、叫ぶ。

 

 

「この少女は国家反逆の罪を犯した! よって、即刻死刑だ! いい見せしめになるだろう!」

 

 

 そしてその槍がサフィアに向かって放たれた。

 瞬間。

 

 

黒の炎弾(ブレイズ・バレット)!」

 

 

 ノエルは咄嗟に、無意識に魔法を唱えていた。

 放たれた黒い魔法の弾丸は兵士の槍を弾き飛ばし、兵士は驚き固まる。

 そしてその兵士が怯んでいる隙に、ノエルはサフィアの元へと駆けつけた。

 

 

「これ以上……無駄な死を見てたまるかってんだ……!」

 

 

 兵士は怖気付きながら槍を拾う。

 

 

「お、お前……今のは……さては魔女だな! どうして魔女がこの街にいる! それにこれは立派な国家反逆罪だぞ!」

 

「アタシはただこの街に立ち寄っただけの旅の者だから、反逆なんて言われてもねぇ……。それに、勝手に他人のもんを盗んでいくような奴らの方がよっぽど罪人だと……アタシは思うけどね?」

 

「くっ、お前たち! かかれ! この魔女はこの国の敵だ!」

 

 

 噴水を囲んでいた兵士たちが次々にノエルに攻撃を仕掛けた。

 

 

「サフィア、アタシの後ろに隠れてな。そして、そこから絶対に動くなよ!」

 

「え、えぇ! ノエル、頑張って!」

 

「あぁ、すぐに終わらせてやるさ!」

 

 

 ノエルはサフィアに土魔法で盾を張り、魔導書を取り出す。

 

 

「敵の数は1、2、3、4、5人か……。ならちょうど昨日出来たばかりの新しい魔法を試してやろうかね!」

 

 

 ノエルが呪文を唱えると、ノエルの手から黒い光が放たれ、兵士達の身体を貫く。

 しかし、兵士達は特に何もなかったかのように走り出し、槍を突き出してきた。

 

 

「おや? 失敗だったか? おかしいな、呪文は間違ってないはずだが……」

 

「ノエル、ノエル! 避けないと当たっちゃう!」

 

「あ、そうだった! この魔法……」

 

 

 ノエルがそう言った瞬間、兵士達の手から槍が()()()

 そして彼らは気絶し、その場に倒れ伏してしまったのだった。

 

 

「ある程度近づかれないと発動しないんだった。いやあ、最近忘れっぽいもんでね……」

 

 

 攻撃系闇魔法『悪戯な黒雷(クロック・ボルテックス)』。

 魔法を受けた相手は術者に近づけば近づくほど体が痺れてくる。

 ある距離を越えた瞬間、強力な痺れがビリッと来るため、近づいたが最後、電撃に打たれたように気絶してしまう。

 

 

***

 

 

 その後、ノエルを先導とした市民たちはセプタの国王に直訴し、国から神器としての認定はされたものの、住民の使用を許可するという形で合意が進んだ。

 もちろん住人たちはノエルに感謝の意を示し、称える声が上がる中、サフィアの母親だけはとても辛そうな顔をしているのであった。

 

 

「どうしたんだ、そんな顔して。噴水とサフィアは守られたんだぞ?」

 

「ええ、あの時守ってくださったことには感謝してるんです……。でも、あの子がずっと聞いてくるんです……。ノエルさんのあの不思議な力は何なんだって……。でも私には真実を伝える勇気がなくて……」

 

「あぁ……それは悪かった……。だが、子どもってのはいつしか真相に気づいてしまうもんさ。ただそれを知るのが偶然なのか教えられるのかっていう差があるだけでね。あんたも母親ならどうするべきか分かってるんだろう?」

 

「ええ、そうですね……。ちょうどいい頃合いなのかもしれません……。これも魔女の娘としての運命なのでしょうね……」

 

 

 その日の晩、サフィアは母親から祖母がノエルと同じ魔女であったこと、そしてその魂が噴水に宿っていることを話すのであった。

 

 

***

 

 

 その次の日。

 

 ノエルがサフィアのところへ様子を見に行こうと噴水の広場に来ると、少女の歌声が聞こえてきた。

 その蒼髪の少女の歌声はとても澄んでおり、聴いた者の心を癒してくれる、そんな音色だった。

 そして綺麗な歌声と噴水のせせらぎが響きあい、神秘的な調和を生み出していたのであった。

 歌い終わった瞬間、ノエルはいつの間にかその場で立ったまま拍手をしていた。

 

 

「わっ、ノエル!? どうしてここにいるの!?」

 

「お前の様子を見に来たんだよ。昨日、怖い目に遭っただろうから心配でね」

 

「もしかして……聴いてた……?」

 

「すまないな、盗み聞きするつもりはなかったんだが……。とても良い歌だった」

 

「うぅ……人前で歌うのが恥ずかしいから朝に歌ってたのに……」

 

 

 ノエルは「すまんすまん」と言いながらサフィアの頭を撫でる。

 

 

「それでさっきの歌は誰に教わったんだい?」

 

「教えてくれたのはお母さまよ。でも歌を作ったのはおばあさまだって聞いたわ。何か辛いことがあっても、ここでこの歌を歌えば楽しくなれる、って」

 

「なるほど、おばあさまが作った歌だったのか」

 

「でもね、お母さまってば歌が下手で、いっつも違う音で歌ってるの。おかしいでしょ?」

 

「いつも違う音? それは単に違う歌なんじゃないのか?」

 

 

 サフィアは首をブンブンと振る。

 

 

「違うの。違う歌に聞こえるんだけど、歌詞はどれも同じだもの。それに、歌詞の意味もよく分からなくて……」

 

「意味が分からない歌詞だって……? おばあさまが作った歌なのにか?」

 

「ねぇ、もしかしたらノエルならさっきの歌の意味、分かるんじゃない?」

 

「そうだな。じゃあ、もう一度聴かせてくれよ。最初から聴かないと分からないだろうし」

 

「は、恥ずかしいけど……頑張るわ!」

 

 

 サフィアは歌い始めた。

 

 

「(確かにこれは聞き慣れない……普通の言葉じゃない……。でも聞き覚えのある単語が……って、もしかしてこれって魔法の呪文じゃないか!?)」

 

 

 ノエルは集中し、歌を真剣に聴きながら考える。

 

 

「(えーと……エアロ・クリスティ・ノーム……これは昔使われてた風魔法だっけか。でも風魔法は専門外なせいで、詳しくどんな魔法なのかまでは分からないな……)」

 

 

 サフィアは歌い続ける。

 噴水のせせらぎの音はそれに反響し続ける。

 そしてサフィアが歌い終わり、ノエルが拍手をしようとした瞬間のことであった。

 グラグラと突然地面が揺れ始め、ノエルは膝をつく。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 その瞬間、ノエルは噴水の真ん中にヒビが入っているのが見えた。

 

 

「あれは……! サフィア! こっちに走って来い! 早く!!」

 

「う、うん!」

 

 

 ノエルの声に気付いたサフィアは、急いで駆け寄ってくる。

 地震はだんだんと強くなるが、周りの家は一切壊れる様子がない。

 すると地震が急に収まると同時に、噴水が中心から砕け始めた。

 

 

「あ、ああっ! おばあさまの噴水が!」

 

 

 そして、噴水が半分に割れたかと思うと、その真ん中から水が勢いよく、天高く噴き出したのであった。

 噴き出した水は重力に逆らい、街を中心として国一帯の空に広がり、綺麗な水のベールを作り出したのであった。

 

 

 

「壊れた噴水に、水のベール……。そうか、ようやく分かった! さっきの歌は噴水の中にある、()に干渉する風魔法だったんだ!」

 

「ど、どういうこと!?」

 

「さっきの歌声にお前のおばあさまの魂が応えたんだよ! ほら、見な!」

 

 

 水のベールは辺り一体を潤し、そこから魔法の水がぽつりぽつりと降ってくる。

 それは雨のように激しくはないものの、これまで以上の広い範囲に水が行き渡るよう、優しく降り注いでいる。

 

 

「お前のおばあさんはこの噴水をみんなに水を飲んでもらうために作ったが、それだけじゃなかったんだ! もし壊れた時は、この国一帯を永遠に水で潤すという2段重ねの魔法の仕組みを作り出していた! さぞ素晴らしい魔女だったんだろうよ!」

 

 

 ノエルは興奮し魔法のことを語り続けたが、サフィアにはちんぷんかんぷんなのであった。

 

 

***

 

 

 しばらくしてノエルは落ち着き、2人は黙って空に浮かぶ水のきらめきを眺めていた。

 ようやくサフィアが口を開く。

 

 

「私ね……お母さまから聞いたの。おばあさまも、ノエルも魔女っていう特別な力を持った人たちなんだって。あと、私もその力を持ってるかも、って」

 

「あぁ、聞いたんだな」

 

「でもそれを聞いて、魔女って悲しい人たちなんだと思ったわ。他人のために命を捨てるなんてもったいないって思うもの……。でもノエルはあの時、私を命がけで助けてくれた。それは……とても嬉しかったの」

 

「そうか……」

 

「それでね、考えたの。おばあさまはどういう想いであの噴水を作ったんだろう、って」

 

「その答えは出たのかい?」

 

「ううん、全然分からなかった。でもね、あの時ノエルがどうして私をあんなに必死で守ろうとしたのかは分かったわ。ノエルには大事に想ってる人がいるのね?」

 

 

 それを聞いたノエルはサフィアの方にパッと振り向き、それからため息をついた。

 

 

「まさか、お前がそこまで鋭い奴だとは思わなかったよ」

 

「よかった、当たって。まあその人と私は違うけど、それでもノエルは私を助けてくれた。それだけで十分じゃない?」

 

「何が十分なんだい?」

 

「私……いえ、()()()が魔女になる理由よ!」

 

 

 サフィアの宣言にノエルは一瞬目を見開いたが、すぐニヤリと笑った。

 

 

「あたしは誰かに守られるような弱い子にはなりたくない! いざという時に誰かを守れる、ノエルみたいな強い魔女になりたい!」

 

「ふふふ……そう言うと思ったよ。でも、魔女になるってことをお前の両親は望まないかもしれないぞ? 危険な目に遭うことも増えるだろうし」

 

「いいえ、昨日のうちにお母さまにはちゃんと魔女になることを伝えて、了承を得てるわ」

 

「最近の子供の賢さってのは恐ろしいねえ。それで? これからどうするんだい?」

 

「あたしを弟子にして! いや、してください! ししょー!!」

 

「まだお前を弟子にすることはできない!」

 

 

 サフィアは一瞬でガッカリした顔をする。

 

 

「ええ! あたしの勇気を振り絞った宣言返して!!」

 

「話は最後まで聞くものだぞ?」

 

「どういうこと?」

 

「お前を弟子にする前に、ちゃんとお前の親に挨拶しないと、な? ()()()()

 

「やったぁ! じゃあ早く家に行きましょう!!」

 

 

 サフィアは飛び跳ねながら駆けて行き、ノエルは袖を引っ張られながら微笑むのだった。

 

 

***

 

 

 これがノエルとサフィアの2人の師弟関係の始まりであり、水の都・セプタの始まりである。

 

 その後、壊れた噴水は国が修理したが元の機能は戻らなかったため、代わりに予定通り水道を整備することになった。

 水のベールはずっと消えることなく、そのあまりの美しさに惹かれた観光客によって、セプタはひとつの観光地へと発展していくのであった。

 

 こうしてサフィアはノエルの魔女探しに同伴し、弟子として魔法を修行することになったのであった。



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第3章
8頁目.ノエルと旅芸人とトランプ勝負と……


 ここは央の国、機械仕掛けの国・ノーリス。

 そこは大陸一、最先端の科学技術が発達している。

 そしてノーリスへやってくる2つの人影があった。

 

 

「なんてやかましい……」

 

「し、ししょー……み、耳がぁ……」

 

 

 1人は黒いローブに白いフードを被った黒髪の魔女、ノエル。

 もう1人は白いワンピースを着た蒼髪の魔女見習い、サフィア。

 2人はノーリスに着くなり、凄まじい機械音の音圧に潰されていた。

 

 

「何度来ても慣れないな……。また歯車の量、増えたんじゃないか?」

 

「こんなうるさい中で捜索なんてできますかねー!?」

 

「国の中に入れば邪魔な機械音は小さくなる! 早く行くぞ!」

 

「なるほど、分かりました! ししょー!」

 

 

 ノーリスという国は三層構造になっている。

 

 一番上は歯車街。

 地下空間を稼働させるための装置がいくつも並んでいる。

 国の外から来た人は、このたくさんの歯車の音に気圧されるのである。

 

 防音天井を挟んで中層は貿易街。

 ここが地上1階で、鉄道で他国及び他大陸と貿易が成されている。

 歯車の音が程よく聞こえ、常に活気で溢れている。

 

 最下層は地下街。

 住人は基本的にここに住んでおり、上層の騒音に悩まされることも特になく生活している。

 とはいえ電気で全自動……というほどのものではなく、電灯や蒸気機関のおかげで、ノーリスの人々は少し便利な生活を送っている。

 

 

 ノエルたちはもちろん、魔女を探しにここまで来たのであった。

 

 

***

 

 

 地下へと続く昇降機に乗りながらノエルは呟く。

 

 

「やはり魔女がいるとするなら地下街だろうね。機械に頼ってる魔女なんてアテにはならないと思うが……」

 

「それでもししょーの大切な人のためですから!」

 

「おーおー、サフィーは良い子だねぇ……。これでここの魔女がロクでもないやつだったらアタシが喝を入れてやる!」

 

「はいっ、その意気です!」

 

 

 昇降機は地下街で止まり、ノエルたちは魔女探しを始めるのであった。

 

 

「さて、どこから探したものか……」

 

「ししょー、人が一番集まりそうなところはどうでしょうか? それなら情報も集めやすいと思うのですが!」

 

「なるほど。流石はアタシの弟子。じゃあ繁華街目指して……ん?」

 

 

 ノエルは背後から駆け寄ってくる気配に気がつく。

 そしてサフィアを背中に隠すようにして振り向いた。

 

 

「誰だ!」

 

「おっと、気が付かれたか〜。結構うまく尾けてたと思うんだけど……」

 

 

 ノエルたちの目の前には1人の少女が立っていた。

 見たところ20歳くらいだろうか。

 ピンク色のロングヘアで胸元とへそが見える派手な服を着ている。

 左の目元にはハートの模様が付いており、スカートの柄と相まって道化師を思わせる見た目である。

 

 

「あんたは何者だい。アタシたちに何の用だ」

 

「ゴメンゴメン、そんなに警戒しないで! ただの旅芸人ですよ、ほらっ」

 

 

 その旅芸人はどこからかトランプを取り出し、その中から一枚を取り出して破いた。

 そしてそれを手に握り、再び手を開くとカードが元どおりになっているのであった。

 

 

「わぁぁ〜〜っ!! それ、どうやってるの!? 見たことない魔法ね!?」

 

 

 ノエルの後ろからサフィアがぴょこっと顔を出して、目をキラキラさせる。

 

 

「なら、この一番上のカードをめくって、柄を覚えておいてね? 私は見てないから」

 

 

 サフィアはトランプをめくり、柄を見た後裏返しにして彼女に渡した。

 

 

「ええ、ちゃんと覚えたわ!」

 

「じゃあ、シャッフルして……それじゃこの中から一枚好きに引いて?」

 

「あれ!? さっきと同じ柄だわ! どうなってるの!?」

 

 

 ノエルは驚いてるサフィアを再び後ろへ隠す。

 

 

「はい、そこまでだ。別に手品を見せてお金をせびろうってわけでもないんだろう? 何が目的だ」

 

「まあ確かにお金を取る気はなかったけど、そこまで警戒されてるなんてね〜? あなた、その子の母親?」

 

「いいや、この子はアタシの弟子だよ」

 

「そう! この人はあたしの偉大なおししょーさまなのよ! さいきょーの魔女なんだから!」

 

 

 サフィアは腕を組んで小さく胸を張る。

 ノエルは少し照れくさそうにしながらも警戒をやめない。

 

 

「そうかそうか、それなら良かった。ゴメンなさい、最近この辺で連続的に子供の誘拐事件が起きてるから怪しんじゃって」

 

 

 それを聞いたノエルは警戒を解いた。

 

 

「ほう……なるほどね。それなら安心しな。アタシたちはただの旅行客だ。こちらもすまないね、警戒しちゃって」

 

「いいのいいの、こんな見た目で近づかれて警戒しないわけないもの! あ、申し遅れたわね。私、ルージェンヌって言うの。さっきも言った通り旅芸人よ」

 

「魔女のノエルだ。こっちは同じくサフィア。アタシたちは人を探して旅をしてる」

 

 

 するとサフィアはノエルの後ろから出てくるなりルージェンヌに駆け寄る。

 

 

「ねぇ! さっきのはどういう魔法なの!? 教えてちょうだい!」

 

「あ、え、えぇと……」

 

 

 ルージェンヌはたじろぐ。

 

 

「サフィー、あれは魔法じゃない。手品っていうインチキだ」

 

「てじな??」

 

「んなっ!? インチキとは何よ!」

 

「インチキはインチキだろう! 手品なんて魔法を真似た、ただのイカサマじゃないか!」

 

「い、言い返せない………けど! そんなこと言うのは私と勝負をして勝ってからにしなさい!」

 

「ほう、自信があるようだねぇ? いいだろう。何をして勝負をつけるんだ?」

 

「『ババ抜き』よ!」

 

「ババ抜き……あぁ、ジョーカーを残しちゃいけないっていうトランプ遊びか。でも2人じゃ勝負にならないだろう?」

 

「それならお嬢ちゃんも一緒にやって、()()()()()()()()()()()()()にすればいいかな? 2対1だよ」

 

「やったぁ! あたしも遊ぶ遊ぶ〜!」

 

「だがそれじゃお前がフェアじゃないだろう?」

 

「いいのいいの、負ける気しないから!」

 

「いい度胸じゃないか……。その勝負、受けて立つ!!」

 

 

 こうしてババ抜き勝負が始まるのであった。

 

 

***

 

 

 ババ抜きに使うトランプはノエルが念入りに調べ、普通のものであることを確認してある。

 また、魔法でルージェンヌの不審な動きを常に察知できるようにした。

 イカサマは即負け、である。

 

 

「それじゃ、アタシがカードを配るよ。配るときにイカサマされちゃ、困るからね」

 

「おやおや、用心深いことで……。どうぞ〜」

 

 

 ノエルがカードを配り、全員の持ち札が決定した。

 

 

「(おっ、こりゃツイてる。初手でジョーカーとは。あとは生き残ればアタシの勝ちだ!)」

 

「それじゃあ、私がサフィアちゃんのカードを引いて、次はサフィアちゃん、その次にノエルさんっていう流れで行こうかな」

 

「(よし、この流れなら勝てるぞ……!)」

 

 

 それから10分後。

 

 

「待て待て、どうして勝てる可能性の方が明らかに高いこの試合で、アタシたちが負けなきゃならないんだ!」

 

 

 ノエルたちはルージェンヌにボロ負けしたのであった。

 

 

「イカサマもなかったはずだ……ならどうして負けた……」

 

「それはヒ・ミ・ツ! まあとにかく私が勝ったってことで前言を撤回してくれるかな?」

 

「も、もう一戦して勝ったらにしてくれ……! 次は絶対勝てる!!」

 

「あたしももう一回やりたい〜!」

 

「しょうがないなぁ……ならもう一戦だけだよ?」

 

 

 さらにそれから10分後。

 

 

「なぜまた負けた!? 途中までかなり有利だったのに!!」

 

「はい、前言撤回してね〜?」

 

「くっ……あ、あと一戦、あと一戦だ!!」

 

 

 ルージェンヌは立ち上がり、食い下がるノエルを見下ろして言った。

 

 

「はぁ……()()()()()()()()()()()()?? 見苦しいよ? お弟子ちゃんの目の前なのに」

 

「……ししょー?」

 

 

 サフィアはノエルの顔を心配そうに覗き込んでいる。

 

 

「うぐっ……わ、分かったよ。手品はインチキなんかじゃなくて人の技術の結晶だ! これでいいな?」

 

「よろしい。それじゃ、私はこの辺で……」

 

「おねーちゃんまたねー!」

 

 

 そうしてルージェンヌはどこかへ去って行った。

 

 

「はぁ……変な奴に絡まれたもんだ……。気づけばもう夕方か……」

 

「ししょー、今日は楽しかったです!」

 

「そうかそうか、それは良かった……。帰りにトランプでも買ってくか……」

 

 

 サフィアはそれを聞いた瞬間喜び、ぴょんと跳ねる。

 

 

「はいっ、夜にでも遊びましょう!」

 

 

 こうしてノエルとサフィアはノーリスでの1日目を終えることとなった。




今回出てきたキャラクター、ルージェンヌはゆらる(@Zillah_LA)さんからお借りしました。


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8頁目.マリンと旅芸人と怒髪天と……

 突然ですが、自己紹介を致します。

 

 わたくしはマリン。

 西の国のセプタ生まれセプタ育ちの魔女ですわ!

 火の魔法をある程度は操れるのですけれど、今そんなことはどうでもいいんですわ!

 一大事ですのよ!!

 

 

「そろそろ30歳になるというのに、男の1人も捕まえられてないんですのよ〜〜!!」

 

 

***

 

 

 マリンは史上50人目の男にフラれ、道端で泣きじゃくっている最中であった。

 

 

「うぅぅ……ただわたくしの修行に付き合って欲しかっただけでしたのに……。何が『僕の作った機械はあなたの炎には敵いません』よ!! 機械仕掛けの国の住人なら、耐火性の機械くらい作ってみなさいよ! うわあぁぁん……」

 

 

 彼女は魔法の修行という名目で家を出て、その旅の途中でノーリスに来ていたのだった。

 

 

「機械仕掛けの国と聞いて、とても強い機械を作っている方がいらっしゃると思っていたわたくしがバカでしたわね……。」

 

 

 マリンは大きな溜息をつく。

 

 

「これじゃ修行になりませんわ……。仕方ないですが、また別の国に……って、ん??」

 

 

 彼女の目に映ったのは、青いふたつ結びの髪の少女。

 そしてその隣にいる女であった。

 それを見たマリンはささっと物陰に隠れてしまった。

 

 

「このわたくしが見間違うわけはありませんが……な、なぜあの子が……? あとあの女は一体……」

 

 

 マリンはその場で頭を抱え、うんうんと唸っていた。

 その時だった。

 

 

「何かお困りですか〜?」

 

 

 誰かがマリンの肩を後ろから叩く。

 

 

「きゃぁぁ!? きゅ、急に驚かせないでくださいまし!?」

 

「あぁ〜ゴメンなさい! 何か困ってるように見えたもんだから!」

 

 

 マリンの目の前には、道化師のような格好をした少女がいた。

 少女は後ろへ軽くステップしてぺこりと頭を下げる。

 

 

「困っているといえば困っていますが……わたくし1人で何とかなりますわ!」

 

「その割には悩んでいたようだったけど? 私でいいなら話聞くよ?」

 

「うーん……話すにも信用できる人か分からないことには……」

 

「しょうがないなぁ……それならあの蒼髪の女の子の隣にいる人、あの人が誰なのか探ってあげようか?」

 

「話さなくても分かってるじゃありませんの!?」

 

 

 少女はニヤリと笑う。

 

 

「じゃあこれで報告を持ち帰ったら信用してくれるね?」

 

 

 マリンはピンときた顔をし、頭をかいた。

 

 

「これは一本取られましたわね……」

 

「おっ、ということは?」

 

「お願いしますわ。わたくしはあそこの喫茶店で待ってますので」

 

「了解、すぐ戻るよ!」

 

 

 そうして出て行こうとする少女をマリンが一度引き止める。

 

 

「あぁ、ちょっと待ってくださいな。お名前を聞いていませんでしたわね。わたくしはマリン。魔女ですわ」

 

「あぁ、こりゃご丁寧にどうも。私はルージェンヌ。長いからルー、って呼んでくれていいよ。今は手品師ってところかな。魔女さんってのは初めて見たよ」

 

「手品師……なるほど。それでそんな服装を……」

 

 

 マリンはルージェンヌと名乗る少女の服をまじまじと見つめる。

 

 

「んー、まぁとりあえず自己紹介も済んだし、私はさっきの依頼をさっさと終わらせようかな!」

 

「そうですわね、よろしくお願いしますわ!」

 

 

 そうしてルージェンヌは、目標へと駆けて行った。

 

 

***

 

 

 それから30分後。

 

 

「遅いですわねぇ……すぐ戻るとか言ってた割には……。あ、店員さん、紅茶をもう一杯頂けます?」

 

 

 トランプ勝負が行われているとも知らず、ただひとり待ち続けるマリンなのであった。

 マリンは待っている間に指にはめられた指輪を眺める。

 

 

「そういえば……わたくしがセプタを出て、もう7年ですか……」

 

 

 マリンは紅茶をお代わりし、飲み干してからゆっくり前へ倒れこみ、机に頭を置く。

 

 

「それだというのに……。良い男は見つかっても、みーんな『あなたにはついていけない』の一点張り……。どうしてですの〜!」

 

 

 オシャレな喫茶店も紅茶をヤケ飲みする客がいるだけで、居酒屋のような空気を放ってしまうものである。

 その様子を見かねてか、1人の店員がマリンの元にやってきた。

 

 

「あの〜お客様〜? もう少しお静かに……。他のお客様の迷惑になりますので……」

 

「あ、これは失礼しましたわ。オ、オホホホホ〜」

 

「(いけないいけない……。とにかく今はルージェンヌ……ルーさんの報告を待たなければ!)」

 

 

***

 

 

 さらにそれから1時間後。

 ようやくルージェンヌが戻ってきた。

 

 

「遅かった……いや、遅すぎですわ! もう紅茶10杯目ですわよ!?」

 

「いや〜ゴメン。まさかあの魔女さん、私の手品にケチつけるとは思わなかったもので……」

 

「は? 今、何と?」

 

 

 この時、マリンは別に遅くなった理由を聞き返したわけではなかった。

 

 

「私の手品があの魔女さんにケチをつけられたって……」

 

「……()()……ですって??」

 

「うん。あの女性は魔女で、隣の子はその弟子らしいね」

 

「は……はあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 ルージェンヌは耳を押さえる。

 そしてマリンが落ち着くまで待って、聞き返す。

 

 

「落ち着いた? それで、あの子とあなたはどんな関係なの?」

 

「まぁ、依頼はこなして来ましたし話してもいいですわね……。あの子はサフィア。わたくしの()ですわ。でも自分が魔女だってことは知らないはず……」

 

「妹……か……」

 

 

 ルージェンヌの顔が突然暗くなる。

 

 

「えぇ、わたくしの愛する可愛い妹です。母から魔女のことは内緒にするよう言われていますから、本当は魔女なんて知らないはず……」

 

「じゃあ知らぬ間にあの人から何か吹き込まれ………っ!?」

 

 

 ルージェンヌは目の前の光景に恐怖し、手からカップを落として割ってしまった。

 彼女の目の前には、怒髪天を突くほどの殺意を放つマリンがいたのである。

 

 

「その魔女はどこにいるの……?」

 

「ひゃ、ひゃいっ!? え、ええと、そこの通りの突き当たりの宿に泊まってるそうです……はい……」

 

「……分かった。感謝するわ。ではまた……」

 

 

 マリンは怒りながらも紅茶10杯分のお金を机の上に置き、ノエルたちのいる宿に鬼の形相で猛進していくのであった。

 

 

「こ、怖かったぁ……。死ぬかと思った……」

 

 

 ルージェンヌはその場で腰を抜かしてしまっていた。

 

 

「そういやあの人も魔女だった……。その気になれば私なんて一瞬で殺されるんだろうね……。それに急に口調まで変わっちゃうんだもの……」

 

 

 そう言いながら、彼女は紅茶11杯分のお金とカップの弁償代を払い、伸びをする。

 そして、街の外れにあるカジノへと消えていくのであった。




今回出てきたキャラクター、ルージェンヌはゆらる(@Zillah_LA)さんからお借りしました。


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9頁目.ノエルとドロボーと愚か者と……

 その日の夜、宿にて。

 

 

「また負けたぁ……。強いな、サフィーは」

 

「い、いやいや、あたしの魔法が今回のトランプ勝負に有利なだけですって!」

 

 

 2人はベッドの上で『魔法有りの神経衰弱』をしていた。

 サフィアが得意とする水魔法は、氷として形成すれば形を保つことができる。

 サフィアは自分が見た数字を、手に氷で書いて記録していたのであった。

 しかし、ノエルが得意とする闇魔法は形というものがない。

 

 

「流石にししょーが不利すぎですって……」

 

「だってそうでもしないと負けた時悔しいし……」

 

「はぁ……。ししょーの負けず嫌いは相変わらずですねぇ……」

 

 

 すると突然、ドンドンドンと部屋の扉が強く叩かれる。

 

 

「ん? アタシたちそんなにうるさくしてたかねえ?」

 

「いえ、そんな文句言われるほどではなかったはずですよ?」

 

 

 その瞬間、バンッとドアが破られ、その向こうから怒り狂ったマリンが突進してきた。

 

 

「わたしのサフィーに何をしたぁぁあああ!!」

 

「うわぁぁぁああ!?」

 

「きゃぁぁあ……ぁぁ……? って……お、お姉ちゃん!?」

 

 

 ノエルはサフィアとマリンの顔を交互に見て、驚く。

 

 

「お姉ちゃ……ええ!? お前、姉なんていたのかい!? 確かに顔が似てなくも……いや、歳離れすぎじゃないか!?」

 

「いや、あの、その、わたくしのサフィーに何を……」

 

「はい! この人があたしのお姉ちゃん。マリンお姉ちゃんです! あたしのこの指輪が何よりの証拠です!」

 

 

 サフィアは左手の人差し指についた青い指輪を見せる。

 ノエルはその指輪とマリンの左小指についた指輪が似ていることに気づいた。

 

 

「あ、ホントだ。お揃いの指輪じゃないか。まぁいいや、もう1回神経衰弱やろうか、サフィー」

 

「む、無視するなぁぁ!」

 

 

 マリンは真っ赤な顔をしてノエルたちの前に立ち塞がった。

 ノエルはそれを見上げながら頭を傾げる。

 

 

「何だよ、今は真剣勝負の真っ最中だぞ。外野は去った去った」

 

「あ、そういえばお姉ちゃん、何でここに……」

 

「さ、サフィーぃぃ……。わたくしの話を聞いてくれるというのですわねっ……! お姉ちゃん、嬉しいですわ!」

 

 

 マリンはサフィーをギュッと抱きしめる。

 

 

「チッ、わざと無視してたってのに……」

 

「あぁ!? やかましいわよ、このドロボーババア!」

 

「あぁ?? 初対面の相手にそういう口を叩くと痛い目見る……よっ!」

 

 

 ノエルの手元から土魔法『盲目砂(めつぶし)』がマリンめがけて飛んでいく。

 

 

「ぎゃぁぁぁあああ、目がぁぁぁ!!」

 

 

 その目潰しがマリンの目に直撃した瞬間、マリンの姿は煙のように消えてしまった。

 

 

「消えた……。これはもしや……魔法で作った分身か……?」

 

「あれ、お姉ちゃんは?」

 

「え、えげつないですわ……」

 

 

 ドアの向こう側からマリンの声が響く。

 

 

「あ、お姉ちゃん。こっちにいたのね!」

 

「えげつないですわ、えげつないですわ! 初対面の相手に不意打ちで目潰しとかえげつなさすぎですわ!!」

 

「いや、だって今にも襲ってきそうだったし……。お互い様だろう?」

 

「まぁ確かに事と次第によってはあなたを殺す気マンマンでしたけど……。そうだ、サフィー! 久しぶりですわね! 元気にしてました? 元気なら何よりですわ〜!」

 

 

 マリンがサフィアに飛びつ………こうとした瞬間。

 

 

「ゎぶっっ!!」

 

 

 ノエルが手刀でマリンの頭をはたき落とした。

 マリンは空中から思い切り頭を床に打ちつけ、床からはゴツッと硬い音がしたのであった。

 

 

「不審者は撲滅っ! って……あれ? 消えない……」

 

 

 鼻血を出しながらマリンはよたよたと立ち上がる。

 

 

「消えるわけ………消えるわけあるかぁぁぁあ!!」

 

 

 マリンは炎を拳に纏わせ、ノエルに殴りかかった。

 

 

「い、いやあ、もしかしたらまた分身なのかなぁと……。うぉっと、危ない危ない……」

 

 

 マリンはずっと殴り続ける。

 しかしノエルは身軽にひょいひょい避けるのであった。

 

 

「そんなに分身は作れないわよ! 何かしら、あんたはとりあえず不審ならぶん殴る単純な脳みそしてるのかしら? 流石はババアね!」

 

「あぁ!? お前もアタシと年齢は似たようなもんだろうが、この年増シスコンババア!」

 

「あぁぁ!? 誰がシスコンよ、誰が! わたくしはただサフィーが好きなだけです〜! 家族愛なんです〜! それに服装的に多分あなたの方が年齢は10以上は上よ!!」

 

「ああもう、あたしを巡って争うのはやめなさーい!!」

 

 

 サフィアが水魔法で大量の水を生成し、喧嘩する2人にぶちまける。

 

 

「え、いや、ま、待てサフィー??」

 

「さ、流石にその量の水はマズイです……ゎ……ブクブクブクブク……」

 

 

 サフィアはまだ魔力の調節をうまくできないために部屋全体が水没し、サフィア以外は全員溺れてしまった。

 その後、サフィアが冷静になると同時に水はみるみるうちに消えていき、マリンとノエルが目を覚ますまでサフィアはひとりでトランプをかき集めるのであった。

 

 

***

 

 

 それから1時間後。

 

 

「さぁ、2人とも仲直りしなさいっ!!」

 

「「は、はい……」」

 

 

 ノエルとマリンはサフィアの目の前で握手をさせられた。

 もちろんサフィアにバレない程度にお互い本気で握りしめ合っていたが、キリがないことに気づいた2人は手を離す。

 その後、2人はサフィアの前で正座をさせられ、事情の説明会が開かれるのであった。

 

 

「じゃあまずはお姉ちゃんから、ここに来た理由を説明しなさい!」

 

「ええと……サフィーがこのババ……じゃなくて、ノエルとかいう魔女と一緒にいるのを見かけたので、何かされたんじゃないかと……」

 

「今お前、明らかにババアって言いかけただろう……」

 

「大丈夫よ、ししょーは信頼できる人だし、あたしも段々魔法は上達してるから」

 

 

 マリンはビッとサフィアを指差す。

 

 

「そこですわ! あなたは自分が魔女だって知るはずなかったのに、どうして?」

 

「あー、それはアタシからいいかい? お前はちょっと前にあったセプタで起きた事件を知っているか?」

 

「え、ええ、もちろん。『水のベールの発生』ですわね。それが何か?」

 

「それ、発生させたの()()()

 

 

 そう言ってノエルはサフィアを親指で指差す。

 

 

「へぇ、そうなんですの……って……はぁぁぁ!? あんな量の水をこの子が!?」

 

「違う違う。お前も知ってるだろう、お前たちの祖母が作った噴水。あれが水源だ。その噴水を壊したのがこいつなんだよ」

 

「えぇぇぇ!? おばあさまの噴水、壊れたんですの!? サ、サフィー!?」

 

 

 マリンは顎が外れそうなほどに口を開いて驚いている。

 

 

「でもあたしはどうして壊れたか分かんないの。歌ってただけなのに」

 

「それもアタシが説明する。この子の歌は実は噴水の核を刺激する風魔法だったんだが、それを長年続けていた影響で刺激が蓄積されて壊れたんだよ。それで、まあ、色々あってこの子がアタシに弟子入りした」

 

「はい? 話が見えないのですが……。どうして噴水が壊れたらこの子が魔女だと自覚するんですの!」

 

「はぁ……いちいちうるさい奴だなぁ……。もういいよ、アタシのせいだ。この子を守るためにアタシが魔法を使って敵を追っ払った。そしたらこの子が魔女に興味を持ったんで色々話しちまったのさ」

 

「やっぱりお前がサフィーを……!」

 

 

 マリンから殺気が放たれる。

 

 

「お姉ちゃん、待って!!」

 

 

 その一言で、一瞬にして殺気が収まる。

 

 

「どうしてお姉ちゃんはあたしが魔女になることに反対するの? どうしてししょーが悪いの?」

 

 

 マリンはうつむく。

 すると突然、涙をこぼし始めた。

 

 

「魔女になってもロクなことはないんですわ。寿命が長いこと以外は辛いことばかり……。そんな命の無駄遣い、妹にはして欲しくなかった……。それなのに………どうして!」

 

 

 サフィアは即答した。

 

 

「それはね、お姉ちゃん。()()()()()()()()()()()()()()()、だよ!!」

 

「サフィー……? あなた、もしかして……」

 

「うん、あたしは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お姉ちゃんも魔女だってお母さまから聞いた時はびっくりしたけど、お姉ちゃんも同じようなことを考えてたんじゃないかなって思ったの」

 

 

 マリンは目から涙を流したまま、サフィアの顔を驚いた目で見つめている。

 

 

「おや、その顔を見る限り図星みたいだねぇ?」

 

「それなら……姉妹揃って愚か者ということですわね!」

 

 

 涙目のまま、マリンは微笑むのであった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、とりあえず夜も更けてきたため、マリンは自分の泊まっている宿に戻るのであった。

 

 

「……って、おい。勝手にウチの弟子を攫うな」

 

「え? 妹と一緒に宿に戻るだけですが……」

 

「当然のように話を進めるんじゃないよ! サフィーの気持ちも考えろ!」

 

「サフィーはお姉ちゃんと一緒に寝たいですわよねー?」

 

「うーん……今はししょーと一緒がいい!」

 

「そ、そんなぁ……!?」

 

 

 マリンは肩を落としながら、部屋から出ていくのであった。



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10頁目.ノエルとマリンと魔法勝負と……

 その次の日の明朝。

 

 

「ところでお前、本当に魔女なんだよな?」

 

「突然わたくしの泊まっている部屋に来たと思えば……。何ですか藪から棒に」

 

 

 ノエルはマリンが泊まっている宿の部屋を訪問していた。

 サフィアはまだ寝ている時間であるため、念のために防護の魔法をかけてきた。

 

 

「いや、()()()()に興味はないかな、と」

 

 

 マリンはピクッと反応した。

 

 

「今、何と言いましたの……?」

 

「蘇生魔法。人を蘇らせる魔法だ」

 

「でもあれは原初の魔女ですら作り得なかったと……」

 

「ほう……詳しいね?」

 

「あ、しまった……。で、でも、わたくしはそんな危なっかしいものになど手を出すつもりはありません!」

 

「大丈夫さ。危険なのを作るつもりはさらさらない。ただ、その魔法はアタシ1人じゃ作れないんだ」

 

「その魔法で蘇らせたい人が、あなたが守りたかった人なのですか?」

 

 

 ノエルは一瞬驚くが、ため息をひとつ吐いて穏やかな表情をする。

 

 

「はぁ……。姉妹揃って鋭い奴らだ……。あぁ、そうさ。アタシの……息子だ」

 

「その見た目ですと……本当の息子というわけではなさそうですが……」

 

「アタシは確かに()()だが、あいつのことは本当の息子だと思ってるよ」

 

「しょうがありませんわね、そこまで言うのなら……」

 

 

 マリンはノエルの手をやや抵抗ありげに握りしめた。

 

 

「わたくしも手助けしますわよ。その魔法作り」

 

 

 ノエルは口を開け、ポカンとした表情で固まっている。

 

 

「お、お前……良いのか? そんな簡単に了承して……」

 

「誰もタダで手伝うとは言ってませんわよ?」

 

 

 マリンはすぅ、と息を吸い、真剣な表情をする。

 

 

「わたくしもあなたたちの旅に連れて行きなさい。サフィーはわたくしが守りますわ」

 

「はぁ? お前も修行中だろう? アタシの方が強いんだからお前の力なんて必要ないね!」

 

()()()ですわ」

 

「は?」

 

「わたくしの名前。お前、じゃなくてマリンと呼びなさい」

 

「えぇ、面倒くさい……。とにかくお前は足手まといだ、連れて行くつもりはないね」

 

 

 ノエルはマリンの手を振り払った。

 

 

「だーかーらー! マリンと呼べと言っているのですわ!! それに、わたくしの強さを舐めないでくださいまし!?」

 

「ほう……? 言ったね? それじゃあ勝負でもするかい?」

 

「上等ですわ! 火力勝負ですの? それともどちらかが倒れるまでですの?」

 

「それなら堂々と……」

 

 

 その瞬間、窓がバタッと開き声が聞こえた。

 

 

「堂々と、トランプ勝負はどうかな!?」

 

「「うわ(きゃ)ぁぁぁぁああ!?」」

 

 

 2人の目の前に現れたのは、窓から逆さまに覗くルージェンヌであった。

 

 

「ここ3階だぞ!? どうやってここまで!?」

 

「それにここ、ツルツルの外壁だったような……」

 

「まあまあ、とりあえず入れて〜!」

 

 

 マリンは窓を開け、そこからルージェンヌがくるんっと部屋に入ってきた。

 

 

***

 

 

「まず聞きますわ。どうしてわたくしの泊まっている宿と部屋を知っているのですか」

 

「いやぁ、カジノから出たらちょうど目の前にこの黒い魔女さんがいてね〜。もしかしてと思って尾いてきたら大正解!」

 

「ん? お前たち知り合いなのかい?」

 

「うん、そうだよ、なんてったってこのひ……」

 

 

 マリンはルージェンヌの口を手で塞ぐ。

 

 

「そ、そうなのです! この街に来た時にちょっとお世話になった方なのですわー。あ、あはは……」

 

「ふーん? それで……魔女同士の争いにトランプ勝負ってのは……」

 

「昨日カジノに来た兵士さんたちに魔女のこと聞いて回ってたら、面白い話を聞いてね」

 

「ほう? 魔女のおもしろ話かい。それとトランプにどう関係が?」

 

「どうやら『魔法有りのトランプ勝負』ってのが、巷の魔女たちの間で流行ってるそうじゃない。それに非常に興味が湧いてね」

 

 

 ノエルは合点のいった顔をしてる反面、マリンは首を傾げていた。

 

 

()()()()? それでは勝負にならないのでは?」

 

「いや、お互いが魔女ならいい勝負になる。どのトランプゲームをするかにもよるが……」

 

「ズバリ、『スピード』で勝負ってのはどうかな!?」

 

「「スピード……あぁ、あのサフィーが一番好きなトランプ遊び……」」

 

「おお、息ピッタリ! じゃあ、決まりかな?」

 

 

 『スピード』とは、トランプ52枚の札を赤のカードと黒のカードの半分に分け、自分の山札として使うトランプ遊びである。

 お互い向き合い、山札の一番上のカードを間に置いて台札とする。

 さらにその上から4枚を取り自分の場札として相手に見えるように表にし、「スピード!」の掛け声で始まる。

 2枚の台札の数字と1つ違い(例えば、Kに対してはQとAが該当する)の場札を早い者順で出し、山札が先になくなった方の勝ちである。

 場札が常に4枚になるように山札から出していくため、速さを比べる勝負となっている。

 

 

「確かにこれなら……」

 

「魔法の強さが直接、勝負に関わりますわね……!」

 

「なら両者承諾ということで、準備するよー」

 

 

 ルージェンヌは華麗な手さばきでカードを赤と黒に分け、両方の山札をシャッフルして、2人の目の前に置いた。

 その時間、僅か5秒。

 それを見ていた2人は同じことを考えていた。

 

 

「(こいつと速さで勝負したら……)」

 

「(多分負けますわね……これは……)」

 

「それじゃ、始めるよ〜! スピード!」

 

 

 掛け声とともに台札がめくられ、2人の猛攻が始まった。

 そう、本当の()()であった。

 

 

「先手必勝ですわ! 火炎纏い(ヒート・オーラ)!!」

 

 

 マリンは火をノエルの手に纏わせる。

 

 

「あっつ、あっつ! ええい、闇夜霧(ヴォイス・フォッグ)!!」

 

「ま、前が見えませんわ〜! そ、それなら、火焔纏い(フレイム・オーラ)!!」

 

「うあっつ、あちちちち!! くそっ、闇黒鎖(ラヴォイド・チェイン)!!」

 

「手、手が動きませんわ〜!!」

 

 

 ルージェンヌはその様子をボーッと見ていた。

 

 

「何やってるんだろ、この人たちは……。これじゃ勝負になんないね〜。まあ、仕方ないか……。魔女だもんねぇ……」

 

 

 この後、結局魔法勝負になってしまったスピード対決は、騒ぎを不審に思った宿の主人に見つかったことで中止となり、3人は追い出されてしまったのであった。

 

 

***

 

 

「それで、どっちが勝ったのかな?」

 

「わたくしですわ!!」

 

「いや、アタシだね!!」

 

 

 ノエルとマリンは頭をかち合わせながら睨み合っている。

 そこにルージェンヌが割って入って言った。

 

 

「あー、うん、ゴメンね。実はこういうこと聞いといてなんだけど、勝負は決まってたんだよね……」

 

「は? それってどういう……」

 

「ふふーん、ですわ!」

 

 

 マリンは腕を組んで胸を張る。

 

 

「実は……マリンさんが分身してさっさと勝ってたんだよ。ノエルさんの場札も使いつつ」

 

「熱さで手一杯だったから気がつかなかった……」

 

「これでわたくしがサフィーを守るに値する力を持ってる証明になりましたわね!」

 

「仕方ない……勝負は勝負だ。アタシの負けだよ、()()()

 

 

 ぱぁぁ、とマリンの顔が明るくなっていく。

 

 

「うんうん、やっぱり勝負は潔く負けを認めないとね〜!」

 

「感謝しますわ、ルーさん。これでわたくしは愛する妹をドロボーババアから守ることができま……だだだだ! 腕の関節が変な方に〜!?」

 

 

 ノエルはマリンの後ろに回り込み、彼女の腕を紫色の鎖のようなもので押さえつけていた。

 

 

「あまり調子に乗るなよ……? あくまでサフィーの護衛として認めただけで、負けたつもりはさらさらないからな……!」

 

「ま、負けず嫌いにもほどがあるってもんですわよ〜!?」

 

「あとアタシがお前をマリンと呼ぶんだから、ババア呼びもやめてくれないとねぇ?」

 

「痛たたたた! 脅迫じみてきてますわよ!? わ、分かりました、分かりましたから離してくださいまし〜!!」

 

 

 ノエルは魔法を引っ込めた。

 

 

「はぁ……はぁ……。本当に嫌な奴ですわね……!」

 

「本当だよ……。どうしてこんなシスコンのお調子者と一緒に旅しなきゃいけないんだか!」

 

「全くですわ……。やはりこんな頭のネジが飛んだ年増とサフィーを一緒に居させるのは危険ですわ!」

 

 

「「ああぁん!?」」

 

 

「あぁ……また勝負が始まりそうな雰囲気に……。魔女さんは大変だねぇ……」

 

 

 ルージェンヌはやれやれ、と言いながら2人の勝負が終わるのをただ見守るのであった。

 結局その後、サフィアが来て2人の喧嘩を止めるまで、勝負は続いた。

 

 

***

 

 

 ルージェンヌと別れたあと、3人はノエルたちの宿へと戻った。

 その後、ノエルはマリンの同行についてサフィアに話した。

 サフィアは大いに喜んだため、ノエルは渋々とマリンの同行を承諾したのであった。

 

 

***

 

 

 ルージェンヌはというと、その後もノーリスのカジノに出入りし、イカサマを続けるのであった。

 そしてしばらくして各地にあるカジノを巡って旅をすることとなったらしいが、それはまた別のお話。

 

 

***

 

 

 こうしてノエル、サフィア、マリンの三人旅はここから始まったのであった。




今回出てきたキャラクター、ルージェンヌはゆらる(@Zillah_LA)さんからお借りしました。


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断章.ノエルと姉さんとシロップと……

 ちょうどいい時間だし、ここでひとつアタシが昔話をしてやろう。

 この話はアタシが小さい頃の話なんだが、別にアタシの人生が大きく変わったような話じゃない。

 さらに言うと、これはアタシの話じゃなくてだな……

 

 

***

 

 

「やったー! 今回も私の勝ち〜!」

 

「くっそー、やっぱり姉さんには敵わないな……」

 

 

 家の庭で2人の少女が魔法勝負をしていた。

 1人は12歳の頃のノエル。

 もう1人はソワレといって、ノエルの5つ上の姉だ。

 

 

「ノエルはもうちょっと魔力の調節ができるようにならないとね。目の前で爆発しただけで、私に当たってなかったわよ?」

 

「いやいや! 姉さんの障壁の光魔法が硬すぎるだけだから! おかげでアタシの魔法がかすりもしない!」

 

 

 そこにクロネが窓から2人を呼ぶ。

 

 

「おーい、ノエル、ソワレ。今日の訓練はここまでにしておくから、手を洗ってくるんじゃ。昼食にするぞ〜」

 

「「はーーい!!」」

 

 

***

 

 

 食事の席にて。

 

 

「今日で私は1247連勝かしら?」

 

「いや、アタシの1246連敗目だから1勝分多いぞ!」

 

「あはは、流石にワシは覚えきれなくなってきたからのう。そういうのはお前たちで勝手にやっとれ」

 

 

 クロネは食事を食べ進める。

 ソワレは周りを見回し、クロネに尋ねる。

 

 

「そういえば今日、ルフールさんは?」

 

「あぁ、何やら仕事とかで少し出かけるそうじゃ。じゃからルフールの訓練はまた明日じゃな」

 

「あの変態、他に弟子とか取ってたのか?」

 

「いいや、普通に魔女としての仕事の依頼が来たそうじゃ。って、仮にも師匠なんじゃから、その呼び方はやめてあげるんじゃぞ?」

 

 

 するとソワレは木皿を机に置き、手を合わせる。

 

 

「ご馳走さまでした! ノエル、先に準備しておくわね!」

 

「あっ、ちゃんと待っといてくれよ!?」

 

「分かってる分かってる! ちゃんと玄関前で待っておくわよ!」

 

 

 この日は2人で街へ買い物に出かける予定を立てていた。

 ここヴァスカルは、魔法の国と呼ばれるほどの魔導士大国であるため、魔具や魔導書などがたくさん売っているのであった。

 

 

「今日は何を買おうかな〜」

 

「姉さん、あまりはしゃぎすぎるとこの前みたいに金欠になるぞ?」

 

「大丈夫大丈夫〜。そんなに高い物は買わないわよ〜」

 

「はぁ……そう言ってこの前も高い魔具を買って、1日で飽きてただろ……」

 

 

 ノエルは溜息をつきながらウキウキなソワレの後をついていく。

 

 ノエルとソワレ。

 この2人の姉妹ははっきり言って全く似ていない。

 

 まず見た目。

 もちろん年の差があるため背格好については触れないが、特筆すべきは髪の色である。

 ノエルはクロネの髪の色である、黒い短髪だ。

 対してソワレは、死んだ父親の血が強かったのか黄金色の長髪だ。

 それも、誰もが見惚れてしまうほどに美しい金髪であった。

 

 その次に魔法の系統。

 ノエルは闇魔法が最も得意で、次いで火魔法が得意である。

 対してソワレは光魔法が最も得意で、次いで水魔法が得意である。

 

 本当に似ていない、というよりむしろお互いが対極的な存在なのであった。

 

 

「おい、姉さん。言ったそばから高級魔具店に入ろうとしてんじゃないよ!」

 

「あっ! ゴメンゴメン! 良さげなものを見つけちゃったからつい……」

 

「ついて来て本当に良かった……。全くこれだから姉さんは……」

 

「ゴメンってば〜」

 

 

 そんなことを話していると、小さな店が見えてきた。

 辺りには特に店もなく、その店は町外れにポツンと佇んでいた。

 遠くからは看板の文字が読めない。

 

 

「何の店かしら……。ねえ、ノエル。入ってみましょうか!」

 

「待てってば〜! 変な店だったらどうする……って、もう! 1人で先に行くんじゃない!」

 

 

 ソワレは振り返り、ニヤリと笑う。

 

 

「あら、もしかして怖いのかしら?」

 

「そ、そんなわけあるか! アタシにはこ、ここ、怖いものなんてない!」

 

「ふーん? ならいいんだけど?」

 

 

 店の前に来てみると、看板の文字がようやく読めるようになった。

 

 

『魔具店 シロップ』

 

 

 どうやら魔具を売っている店のようだった。

 

 

「店の大きさとこの看板のボロさを見る限り……商品は安物かしら」

 

「多分な。それにしても可愛い名前だな。店の見た目に全くそぐわないというか……」

 

 

 すると店のドアが開き、中から巨体の大男が出てきた。

 それを見たノエルとソワレは仰天し、その場で固まってしまった。

 

 

「(な、なんて図体だ!? この人、店の関係者なのか!?)」

 

「(知らないわよ! ど、どうする!? 逃げる!?)」

 

「(に、逃げようにも体が動かない……!)」

 

「(えっ! あ、私もだ!?)」

 

 

 その大男がだんだんと近づいてくる。

 そしてノエルたちの前に来た瞬間、男は腰を下げた。

 

 

「「ヒィィィィイイ!!」」

 

「も、もしかして、ウチの店に興味あるのかい?」

 

「「へっ……??」」

 

 

 その男は見た目にそぐわぬオドオドとした表情をしていた。

 とはいえ声はとても低く、ノエルたちは目の前の光景との差に驚いていた。

 

 

***

 

 

 その後、店の中に入ったノエルとソワレは、大男が用意した椅子に座り、話を聞くことにした。

 

 

「えーと、自己紹介でもするか。俺はシロップ。魔具職人でこの店の店長だ」

 

「ノ、ノエル。魔女。10歳」

 

「ソワレです。ノエルの姉で、同じく魔女です。15歳です」

 

「ノエルちゃんにソワレちゃんね。覚えたよ。なんせこの店に来た1ヶ月ぶりのお客さんだからね!」

 

「「ええ!? そんなに!?」」

 

 

 2人は「この人どうやって生活しているんだろう」などと考えつつも、話を聞いてみることにした。

 

 

「この店、俺が作った魔具を売ってるんだけどさ。壊れやすいだの弱いだの言われて、評判が下がる一方なんだよ……」

 

「見た目は綺麗ですけどねえ?」

 

「俺は魔導士じゃないから、魔具の性能よりも見た目に力を入れてるのさ。とはいえ、魔石とかは使ってるからしっかり魔具としては働いてくれるはずだよ」

 

 

 ソワレは店に並んでいる中から、一本の長い杖を手に取る。

 

 

「ちょっとこの杖、試しに使ってみていいですか?」

 

「あぁ、良いよ。使い方は、その杖に魔力を込めて『リリース』って言うだけだ。別にここで使っても問題はないものだよ」

 

「えっと……こうして……『リリース』!」

 

 

 すると杖の先の白い珠が光り始めた。

 その光を見て、ソワレは呟いた。

 

 

「あぁ……なるほど……」

 

「……姉さん?」

 

 

 ソワレは光を消して杖を下ろした。

 そしてシロップに言った。

 

 

「これ、買うわ!」

 

「えええええ!?」

 

「ちょっと、姉さん!?」

 

 

 ノエルとシロップは目を点にして驚く。

 

 

「何でそんな光るだけの杖なんて買うんだよ! お金がもったいないだろう!?」

 

「そ、そうだよ!? その杖は本当に光るだけのおもちゃみたいなものだし、本当に買うのかい!?」

 

「ええ、誰が何と言おうと買うわ。いくらかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……。えーと、500G(ゴールド)だ」

 

 

 ソワレは財布から迷いなく500G(ゴールド)払い、シロップに渡した。

 

 

「まい……ど……あり」

 

「姉さん! 何でそんなおもちゃなんて買ったんだよ! 何の役にも立たないじゃないか!」

 

「あら、有意義な買い物だったわよ? これ、さっきと違って()()()()使えば便利そうだもの」

 

「え、さっき教えた使い方以外は無いはずだけど……?」

 

 

 ソワレはシロップを指差す。

 

 

「シロップさん、この店の人気が出ない理由、分かってるかしら?」

 

「俺が普通の人間で、強力な魔具を作れないから……じゃないのか?」

 

「ええ、その通り。でも、それなりに強い魔具ならあなたにも作れますよ」

 

「ど、どういうことだ……?」

 

「シロップさんは魔法が使えないから魔力を注ぐという試運転が自分ではできない。だから市販の魔力装填器を使っているんでしょう?」

 

 

 それを聞いたノエルはピンときた顔をし、再び黙り込む。

 

 

「あ、あぁ、そうだ。魔石をはめ込んでボタンを押すと魔力が流れる小型のを使っている」

 

「それ、()()()()()()()ですか?」

 

 

 シロップはそれを聞いて驚く。

 

 

「え……魔石に属性なんてあったのか!? 詠唱で属性が変わるものだとばかり……」

 

「やはり、魔導士にしか分からない常識を知らなかったんですね。道理で光魔法を使うはずのこの杖に、火の魔力が残っていたわけです」

 

「ということは……?」

 

「ちゃんとその魔具に合った魔石をはめ込めば、ここの商品はどこの店よりも彫刻が丁寧で、性能もそれなりの魔具店になります!」

 

 

 ソワレは魔法の勉強が誰よりも得意であった。

 その中でも特に彼女が好き好んで研究していたのは「魔導士と普通の人間との違い」についてであった。

 それゆえに、魔導士たちの誰よりも一般人たちのことを理解していたのである。

 

 

「その各属性の魔石があるという説明を受けたことは一度もなかったんだが……」

 

「それはあなたが普通の人間だからですよ。恐らくあなたに魔具製造の知識と技術を教えた人は、きっと理解できないと思って細かいことまで教えなかったんでしょう」

 

「まさか師匠に認められていなかったなんて……。やっぱり俺は魔具職人には向いていなかったってことか……」

 

 

 ノエルは頭の後ろで手を組み、退屈そうにしながらシロップに言った。

 

 

「なあシロップさん。グダグダ言ってる暇があれば早く全部の魔具の魔石、交換したほうがいいんじゃないか? 余計に客が来なくなるぞ?」

 

「ちょっ、ノエル……!?」

 

 

 あまりにストレートな指摘に、ソワレは珍しくノエルを注意した。

 しかし、ノエルの言葉はシロップの心を動かしたのであった。

 

 

「分かった。ありがとな、ノエルちゃんにソワレちゃん。君たちには感謝してもしきれないよ!」

 

 

 そう言ってシロップは店の奥から魔石が入った箱を持ってきて、ソワレに判別方法を尋ねるのであった。

 

 

「それじゃあ魔石の属性を触って判別……は魔導士しかできないから、シロップさんは色で判断するのが一番ですね。えーと、赤いのが火属性で……」

 

 

 その様子をノエルはただ黙って座り込んでじっと眺めていた。

 それだけでその頃は幸せだった。

 ノエルはソワレのたまに見せる真剣な表情にとても憧れていたのだった。

 師匠の2人は、片や引きこもり気味、片や変態という、憧れに値する程の存在ではなかった。

 そんな中、自分の姉が魔女としての、女としての彼女の目標だったのである。

 

 その後、シロップの店はソワレの思惑通り繁盛し、各地に支店が出来るほどの大きな魔具店になるのであった。

 

 

***

 

 

「というのがアタシの姉、ソワレの若い頃の物語だ」

 

「はい!」

 

 

 マリンが手を挙げる。

 

 

「はいどうぞ、マリン」

 

「誰がわたくしに向かってシスコンと言いまして? あなたの方がよっぽどのシスコンじゃないですの!」

 

「なっ、アタシはただ姉さんに憧れているだけだろう!? それのどこがシスコンだ!」

 

「あなた、無自覚ですの!? ソワレさんの話をしている時の顔が、明らかにただの家族について語る顔じゃなかったですわよ!」

 

「えっ、嘘……。そんなに変な顔だったか……?」

 

「ししょーの顔、ずっととろけたみたいに素敵な笑顔でした!」

 

「あぁぁぁ! サフィーにみっともない顔見せちゃったぁぁ……!」

 

 

 マリンは「やれやれ……」と言いながら自分のことを棚に上げるのであった。



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第4章
11頁目.ノエルと寿命と棺桶と……


 ノエルたちは央の国・ノーリスで魔女探しをしている最中、サフィアの姉のマリンと出会った。

 そして、マリンが旅の仲間として一緒に魔女探しを手伝ってくれることとなった。

 しかしその後、ノーリスで他の魔女を探してはみたものの、1人も見つかることはなかったのだった。

 

 

「やはり魔女ってのはそんなにいるもんじゃないねぇ……。ほとんどヴァスカルにいるって聞くが、まさかここまでとは……」

 

「それならヴァスカルで探せばよかったじゃありませんの。魔法の国で探す方がいいに決まっているでしょうに」

 

「あそこに住んでる連中は魔導士見習いか、魔導士をやめて一般人に成り下がってる連中だ。期待するだけ無駄だよ、無駄」

 

「確かに魔法は日頃の鍛錬がものを言いますものねぇ。とはいえ、一般の方々を見下すような発言はよして下さい。わたくし、無駄な喧嘩は好みませんの」

 

「無駄な喧嘩をいつも吹っかけてくる奴がよく言うよ……。まあさっきの発言は撤回しておくが」

 

 

 サフィアはニコニコしながら言った。

 

 

「2人とも仲良くなったみたいで良かった! また喧嘩でも始まるのかと思ってたから!」

 

 

 ノエルとマリンは声を合わせて「仲良くない!」と言う寸前でピタリと止まり、言葉を飲み込んだ。

 そして2人ともにこう思った。

 

 

「(ここで否定したら、サフィーが泣きながらとんでもない量の水魔法を撃ち込んでくる気がする……。危ない危ない……)」

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、荷物をまとめた3人は宿を出て次に行く国について話し合っていた。

 

 

「次はどこの国に行こうか……」

 

「普通は隣の国に行くのが一番手っ取り早いんでしょうけど……」

 

「ここ、央の国だから他の国はどこも隣だよね」

 

「うーん……。また途中の町々を回るのもアリだが、せっかくマリンが加わったし、大きな国に行く方が効率はいいだろうけど……」

 

 

 そんなことを話していると、3人の目の前を1人の老婆と1人の青年が横切っていった。

 青年は大荷物を抱えており、老婆は杖をついて青年についていっている。

 

 

「ん……? 今の人たち、アタシたちが泊まっていた宿から出てきたよな……?」

 

「えぇ、そのようですけれど……。どうかしたんですの?」

 

「あんな大きな荷物抱えてるってことは、他の街に行こうとしてるってことだよな。でも馬車乗り場は真逆だぞ……?」

 

「あら、もしかして知りませんの? あちらの方向には鉄道乗り場があるんですわ」

 

「鉄道……? 聞いたことはあるが、国から国へ物資を運ぶための列車だろう? なおさら分からないんだが……」

 

 

 マリンは固まった。

 そして、しばらくしてハッとする。

 

 

「ノエル……。今の時代の列車は人も運べますのよ。しかも快適に」

 

「そ、そんなバカな……。馬車がこの世で最速の乗り物のはずだろう……?」

 

「一体、何年前の話をしてますの……。ノーリスの技師たちの力を侮ってはなりませんわよ? 今では、央の国から各国に鉄道が走っているんですから」

 

 

 ノエルは驚きと恥ずかしさが隠せないようで、頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

 

「知らなかった……。わざわざ馬車に揺られてノロノロ移動していた自分に腹が立つよ……」

 

「ししょーは仕方ないです! 息子さんを育てるため、そして逃げるためにメモラに引きこもってたんですから!」

 

「ひ、引きこもり……」

 

 

 ノエルはガクリと落ち込む。

 サフィアはハッと口を押さえて謝る。

 

 

「あっ……ご、こめんなさい! お願いですから、そんなにしょんぼりしないでください〜!」

 

「はぁ……扱いが面倒くさい奴ですわねぇ……」

 

「お姉ちゃん、これ以上ししょーに追い打ちをかけないで」

 

「引きこもり……引きこもり……」

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、ノエルの様子が落ち着いたのを確認し、マリンは言った。

 

 

「それでは、とりあえず鉄道乗り場に行きますわよ。この国からなら馬車に乗る必要はないんですから」

 

「あぁ、そうだな。どこに行くかはその後決めるか」

 

「了解です! ししょー、お荷物運びますね!」

 

「なら半分はわたくしが持ちますわよ、サフィー」

 

「悪いね、2人とも。どうも歳になると腰が……」

 

 

 ノエルは腰をさすりながらよたよたと歩く。

 

 

「やかましいですわよ。40歳超えた()()()に歳も何もないでしょうが。それに、わたくしはサフィーのために半分持ってあげただけですわ!」

 

「ねぇお姉ちゃん、『()()()()()』って何……?」

 

「え……? あぁ、ノエルはまだ教えてないんですのね。確かに子供には少々刺激が強い話ですが……」

 

 

 マリンがサフィアの顔をチラッと見ると、とてもキラキラとした目でこちらを見つめていた。

 

 

「うっ……サフィーが知りたがりなのは知っていましたけど、そんな目で見つめられると……」

 

「あぁもう、だから黙ってたのにお前ときたら……」

 

「あら、それは大変失礼しましたわ」

 

「仕方ない、いずれは知ることになるんだし、そろそろ教えてもいいだろう」

 

「やった〜!」

 

 

 無邪気に喜ぶサフィアを見ながら、マリンはため息をついて言った。

 

 

「それならわたくしが教えますわよ。家族として、姉としての責任がありますから」

 

「それもそうか。ならよろしく」

 

「任されましたわ。ええと、サフィー。今から言う話は心して聞きなさい」

 

「う、うん! 立派な魔女になるためなら!」

 

 

***

 

 

『若魔女』

 

 魔導士の血を持つ人間は普通の人間よりも寿命が長いと言われてます。

 特に魔女は普通の人間と比べて寿命が2倍近く違うのです。

 加えて、魔導士は魔力の力で若さを保つことができます。

 これによって100歳を超えたとしても、30代以前の見た目のままでいられるのですわ。

 

 ですが、魔女はあることをすることで寿命が普通の人間と同じくらいになり、若さを保てなくなってしまうのです。

 

 そのあること、とは『子供を身籠もること』。

 子供ができると、魔女の血に宿る魔力がその子供に分け与えられ、その魔女は魔力量が減ってしまうのですわ。

 

 つまり、若魔女というのは子供を身籠もったことのない、40代過ぎでも若さを保てている年増魔女のことを言うのですわ。

 

 

***

 

 

「……だからお母さまは魔女じゃないのね」

 

「まあ、それは人による。そのまま魔女を続ける奴もいれば、子供を育てるために魔法を捨てる奴もいる。アタシの母親なんて2人も産んでるのにバリバリ魔法を使っているからねぇ」

 

 

 するとノエルは何かに気づき、マリンの方へ振り向く。

 そして手に『闇黒鎖(ラヴォイドチェイン)』を纏わせて、首元に向けて構えた。

 

 

「っておい、マリン。さっきの説明、最後に一言多かった気がするんだが?」

 

「あまりに華麗に聞き流していたものですから、気づいてないんだと思っていましたわ……」

 

「ほら、何か言うことあるだろ。早くしないと鉄道に乗り損ねちまうかもしれないだろう?」

 

「サフィーの前なので今回は特別ですわよ。年増とか言ってすみませんでしたわ!」

 

「偉そうな言い方だったのでもう一回」

 

「はぁ!? ちゃんと謝りましたわよね!?」

 

 

 ノエルは鎖を伸ばし、マリンの体の周りを囲うように鎖を浮かせる。

 

 

「早くしないと鎖が締まっちゃうぞー」

 

「わ、わたくしが悪かったですわ! 悪かったので、その手を下げてくださいまし〜!」

 

「はい、下げた」

 

 

 ノエルが手を下げると同時に、鎖がマリンに縛り付いた。

 

 

「ぎゃ〜〜〜!!」

 

「あ、すまん。魔法を消して下げるつもりが、普通に鎖を引っ張ってしまった」

 

 

 ノエルは悪びれる様子もなく真顔で鎖を消す。

 マリンはフラフラと立ち上がった。

 

 

「えぇ……分かってますとも……。あなたに非がないということはよーく分かりましたとも! 『怒りの炎拳(イル・フラム)』!!」

 

 

 マリンはノエルに向かって拳を打ち込むフリをして、炎の弾を撃った。

 

 

「あっつ! 拳で殴ると見せかけて不意打ちとは……。だが火魔法はアタシも得意だ! 『火焔爪(フレイム・ダガー)』!!」

 

 

 ノエルは爪先に炎を纏わせ、マリンに向かって腕を突き出した。

 しかしその爪は当たる寸前で突然まっすぐ伸び、マリンの頬を掠めた。

 

 

「あちゃちゃ! 何で爪で刺すと見せかけて炎のナイフで斬ろうとしてるんですの! 不意打ちにもほどがありますわよ!」

 

「お前も似たようなことしてたじゃないか。お互い様だろう!」

 

「さっきのは拳で魔法を飛ばしているので名前に間違いはありませんわ!」

 

「アタシだって、爪から出した炎を手で握ることでナイフ状にして使うのが正しい使い方がから、間違いじゃない!」

 

 

 するとその瞬間2人は手を下ろし、魔導書を開いた。

 

 

「ちょ、ちょっと、2人ともまだ喧嘩を続ける気なの!? 早くしないと鉄道を乗り損ねちゃうよ!?」

 

 

 そのまま2人は同時にペンを取り出し、自分の魔導書に魔法文字を書き連ねていく。

 

 

「あれ……? ししょー……? お姉ちゃん……?」

 

「拳で魔法を飛ばすというのは新しいな……。射程が伸びるし……ブツブツ……」

 

「手を握ることで魔法の形状を変える……。これで新しく作れる魔法の形状に応用できるかもしれませんわね……ブツブツ……」

 

 

 それを聞いたサフィアは俯き、ボソッと風の呪文を唱える。

 そして2人に近づき、耳元で思い切り叫んだ。

 

 

「ふ! た! り! と! も! そういうのは列車の中でやって! 他人様の迷惑になっちゃうでしょ!!」

 

 

 その声を聞いた2人は突然クラっとする。

 

 

「あ……この目の前が揺れる感じは……」

 

「風魔法……『拡声波(のうしんとう)』……」

 

 

 2人はバタッとその場に倒れてしまった。

 サフィアが唱えた風の呪文は、声の大きさを口元で増幅し、脳を揺らす振動に変えるというものなのだった。

 

 

「こうでもしないと、あと2時間はここで魔導書書き続けちゃうだろうし……。さて、『蒼の棺桶(アクア・ベッド)』に乗せてっと……」

 

 

 サフィアは気絶した2人を魔法の水の塊の中に入れ、荷物と一緒に浮かばせて運んだ。

 そして、どうにか鉄道乗り場にたどり着いた。

 

 

「おじさん! 大人2人分と子ども1人分の切符を頂戴!」

 

「はいはい、どこ行きでも同じ料金だからね。全部で1500G(ゴールド)だよ」

 

「はい! お金!」

 

「はい、丁度だね。はい、切符。1人でおつかいなんて偉いねえ」

 

「おじさんもお疲れ様! じゃーねー!」

 

 

 サフィアは蒼の棺桶(アクア・ベッド)をうまく隠しつつ、駅のホームに辿り着いた。

 そして建物の影に隠れて2人を降ろした。

 

 

「ふう……意外と魔力使うなぁ……」

 

 

 するとサフィアの近くを、先ほど宿屋の前で見かけた青年が通り過ぎた。

 

 

「あ、すみませーん! そこのお兄さん!」

 

「ん……俺? お嬢さん、どうかしたのかい?」

 

「ちょっとお姉ちゃんたちが気分悪いらしくて……。良ければ列車の中まで運んでくれませんか?」

 

「あらら、大丈夫かな? 分かった、運んであげるよ。どこ行きの列車?」

 

「ありがとうございます! うーん……じゃあ、お兄さんの乗る列車に運んでください!」

 

「あいよ! 丁度俺とばあちゃんの席の正面に3人座れるから、そこに運んでやるよ!」

 

 

 こうしてノエルたちは無事|(ではないが)鉄道に乗り、次の見知らぬ目的地へと向かうのであった。



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12頁目.ノエルと鉄道と弁当と……(ノエル編)

 トトントトン……トトントトン……

 

 

「(ん……? なんだ、この音は……)」

 

 

 ノエルは続く揺れと音で目を覚ます。

 

 

「……が……でですね…………が……て!」

 

「あらぁ……なの…………な……なのね……?」

 

 

 重い瞼よりも先に、耳に聞こえてくる声で状況を聞き分ける。

 

 

「(この声はサフィーの……。誰と話しているんだ……?)」

 

 

 瞼を動かすのと同時に、ノエルの口から声が漏れる。

 

 

「あ、サフィアちゃん、ツレの人が起きたみたいだ!」

 

「えっ、ホントですか!」

 

 

 ノエルの耳に入ってきたのは、若い男の声。

 そして、それと会話するサフィアの声だった。

 

 

「(うん……? 男の声……?)」

 

 

***

 

 

「って、男ぉ!?」

 

 

 ノエルはガバッと起き上がり、辺りを見回した。

 

 

「あ、ししょー! おはようございます!」

 

「え? あ、あぁ、おはよう……じゃない! ここはどこ……って……」

 

 

 ノエルにはここがどこなのか、全くもって分からなかった。

 だが、馬車と同じように景色が流れて行く様子を見て、ここが何かしらの移動する乗り物であることは分かった。

 ノエルの目の前には1人の青年と老婆、そして隣にはサフィアと、反対には自分の膝を通り越してサフィアの膝の上でいびきをかくマリンがいた。

 すると、男がノエルに話しかけてくる。

 

 

「ここは列車の中ですよ、お姉さん。あんたたちが駅のホームで具合悪そうに倒れていたから、俺がここまで運んだんだ」

 

「ああ、それはどうも……って、ん? そんな記憶は……。まあ、いいや……。お前たちは一体……?」

 

「名乗るのはそっちのお姉さんが起きてからにしようと思っていたんだけどね。良い夢でも見ているのか、ずっとサフィアちゃんの膝の上で良い顔して寝てるよ」

 

「こいつ……アタシの膝の上で寝てるくせにふてぶてしすぎる……」

 

 

 マリンはサフィアの膝を枕にして心地好さそうに爆睡していた。

 ノエルはマリンの耳元にそっと近づき、言った。

 

 

「おい、早く起きないとサフィーが男に口説かれてしまうぞ」

 

「男ぉ!?」

 

「あだぁっ!?」

 

 

 マリンは急いで起き上がり、その頭がノエルの鼻に当たった。

 マリンは周りを見回しつつ、鼻をさするノエルに謝るのだった。

 

 

「いたた……。まあ、今回はアタシも悪いし、許してやるよ。じゃあ、気を取り直して自己紹介を……って、よく見たらノーリスで見かけた婆さんと、隣にいた青年じゃないか」

 

「あら、確かにそうですわね。それで、サフィーを口説こうとしていたのはこの男で間違いありませんわね?」

 

 

 マリンは真顔で魔導書を開こうとする。

 

 

「お姉ちゃん、それししょーの冗談だから! この人、倒れてたお姉ちゃんたちを運んでくれたんだからね?」

 

 

 マリンがノエルの方をキッと睨み付けると、ノエルは避けるように顔を背ける。

 マリンはそれを見て安心し、男と老婆に丁寧に礼を言う。

 

 

「それはそれはどうも……って、なぜ倒れていたんでしたっけ……。まあいいですわ。どうやら、いつの間にか鉄道には乗れているようですし」

 

 

 サフィアは何が起きても気にしない2人の性格を知ってはいたものの、ホッと胸を撫で下ろすのであった。

 

 

「じゃあ、自己紹介といきましょうかね。あぁ、あんたたちは名乗らなくてもいいよ。全部サフィアちゃんに聞いたから」

 

「おや、それなら話は早いってもんだね。それじゃ、よろしく」

 

「おう! 俺はルナリオ。ただの農民だ。こっちは俺のばあちゃんで……」

 

 

 するとルナリオを老婆の手が遮った。

 

 

「リオ、私のことくらい私に喋らせてくれてもいいんじゃないかい?」

 

「おっと、それはゴメンよ。じゃあどうぞ、ばあちゃん」

 

「私の名前は……スアール。私もただの村人よ。と言っても村長なんだけど」

 

 

 ルナリオは18歳。

 栗色の髪で、背はやや高め。

 農業をしているだけあって、健康的な体付きだ。

 スアールの孫で、村長候補の1人だという。

 

 スアールは今年で59歳になるという。

 元は金髪だったようだが、半分ほど色が抜けている。

 メモラにある小さな村で村長をしているという。

 

 ノエルはルナリオに尋ねる。

 

 

「それで……この列車はどこに向かっているんだい?」

 

「ん? サフィアちゃん、知らずに乗せたのか?」

 

「お姉ちゃんたちがどこでも良いって言ってたから!」

 

「な、なるほど……? えーと、この列車の向かう先はな、南東の国、豊穣の国・フェブラだ!」

 

 

 するとマリンがピクリと反応した。

 

 

「フェブラ……。別名・美食の都ですわね?」

 

「おや、マリン、知ってるのかい? その国のこと」

 

「えぇ、もちろんですわ。年に2回、『収穫祭』と呼ばれる、美味しいものが集まる祭典が開かれますのよ! そこに行けば各国の美味しいものが食べられるとか……!」

 

 

 マリンの口からよだれが止まらない勢いで出続けている。

 ノエルとサフィアは、ごくりと自分の唾を飲み込んだ。

 

 

「俺たちはその収穫祭に行ってるんだ。つまりは観光だな」

 

「私たちの村で育てた作物もそこで売られてるのよ。それで様子を見に行ってるってわけ」

 

「なるほど。フェブラには何度も行ったことあるのかい?」

 

「もちろん。俺は今回で10回目だけど、ばあちゃんは俺が生まれるずっと前からこの祭に行ってるらしいよ」

 

「ノエルさん、何か気になることでもあるのかしら? 私に答えられることなら何でも教えてあげるわよ」

 

 

 ノエルは少し考えたあと、スアールに尋ねる。

 

 

「じゃあ……フェブラに魔女はいるかい?」

 

「あぁ、そういうこと。あなたたちが魔女だって話はサフィアちゃんから聞いてたけど、魔女探しをしているんだね。」

 

「その通り。それがアタシたちの旅の目的なんだ。それで……いるのかい?」

 

「ええ、魔女は()()()

 

「おお! やった! って、サフィー? 人にペラペラと素性を話すんじゃない。もし何かあったらどうするんだい?」

 

「すみませんでした……。今後は気をつけます……」

 

 

 サフィアはぺこりと頭を下げた。

 

 

「まあまあ、尋ねたのは私たちの方だったんだし、許してあげなさいな。さっきの話の続きだけど、その魔女はフェブラ王の護衛をしているわ。そして、魔女は()()()()()()

 

「おおっ! 何人もいるなら目的の魔女を探し出せるかもしれない!」

 

「やりましたわね! これで一歩前進ですわ!」

 

 

 ノエルとマリンとサフィアは狭い空間ながらも手を合わせて喜ぶ。

 話が終わったことを見計らったのか、ルナリオがガサゴソとカバンの中を漁り始める。

 そして中から3つの箱を取り出した。

 

 

「あんたたちお腹すいてないか? 良ければ俺が予備で作っておいた弁当、食べない?」

 

 

 弁当箱の中からは肉の香ばしい香りがしている。

 その香りが鼻に入った瞬間、3人のお腹が同時に鳴った。

 

 

「「「食べる!!」」」

 

「よしきた!」

 

 

 ルナリオはニコニコしながら弁当箱を配り、ノエルたちはそれを満足そうに頬張るのであった。

 

 

***

 

 

 それから2時間ほどして、列車は南東の国・フェブラに到着した。

 ルナリオたちは、降りると同時に荷物を担いで会場へと向かう。

 

 

「それじゃ、俺たちは会場に先に行かせてもらうよ。ごゆっくり〜!」

 

「またね、ノエルさん、マリンさん、サフィアちゃん」

 

「あぁ、また」

 

「ではまた、ですわ」

 

「ばいばーい!」

 

 

 そうしてノエルたちはフェブラにて魔女探しを始めたのであった。



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13頁目.ノエルと門番とグリルと……

 豊穣の国・フェブラ。

 

 この国では、春と秋に収穫祭と呼ばれる美食のお祭りが国を挙げて行われる。

 もちろん食事処だけではなく、屋外にある舞台では舞踊やサーカスなどの見世物が行われたり、その周辺では食器や調理器具などを売る行商人がいたりもする。

 この収穫祭は1週間、つまり7日かけて開催され、他の国の人たちはここでしか食べられないものや祭りを楽しむため()()にやってくるのであった。

 

 

***

 

 

「ノエルぅ〜! 収穫祭行きましょう〜! ねえ〜!」

 

 

 フェブラに着いて列車から降りたノエルたちは、魔女を探しに王城へと向かっていた。

 そんな時、ノエルの手をがっしりと握りながら、マリンは駄々をこねていた。

 

 

「さっきから何度も言ってるだろ。魔女探しが先だ」

 

「美味しい料理が食べられるんですわよ!? 大陸中の味が格安で!」

 

「お姉ちゃん、ついさっきルナリオさんの弁当食べたばっかりだよね?」

 

「それとこれとは話が別ですわ! 何ですか、列車の外に出てみれば辺り一面美味しそうな料理の香りって! 料理の香りだけで食欲が治まらなくなるなんて思わなかったんですのよ!」

 

 

 それを聞いたノエルは痺れを切らしたのか、無言で振り返り、マリンの頬を両手で掴んだ。

 

 

「駄々をこねるのもいい加減にしろ。腹が減ったなら勝手に買ってくればいいだけだろう。アタシを巻き込むな」

 

「そ、そんな言い方はないでしょう! ただ祭りに行きたいと言っているだけですのに!」

 

「アタシは早く魔女を探し出さなきゃいけないんだ! お前のワガママについていくほど暇じゃない! 勝手に行ってこい!」

 

「ししょー! 落ち着いて!!」

 

 

 ノエルはハッとして手を離し、振り戻って城に向かって歩き始める。

 

 

「いたたた……。なぜあんなにピリピリしているんでしょう……。何かあったのでしょうか……」

 

「お姉ちゃんがしつこすぎたんだと思うけど……。ししょーって短気なところあるし」

 

「それにしても短気すぎるような……。いつもの感じなら、適当に魔法であしらうはずなんですけれど……」

 

「あ、それは確かに。ということは……あぁ、なるほど……」

 

 

 ノエルはスタスタと歩みを進めながら、心の中ではこんなことを考えてばかりいた。

 

 

「(収穫祭に行きたい……いや、イースを救うのが先……! でも美味しいご飯が安くで食べられるというのは魅力的……いやいや! イースを後回しにしたら一生後悔するだろ! とはいえ食べれなくて後悔するってのも……いやいやいや!)」

 

 

 ノエルは鳴るお腹を抑えつつ、フェブラ城へと足を進めた。

 

 

***

 

 

 それから20分後。

 

 

「よし、着いた。城の作りはヴァスカルとあまり変わらなさそうだな」

 

 

 ノエルは城門前に到着した。

 あとを追ってサフィアが次に着き、最後にヘロヘロになったマリンがやってきた。

 

 

「にばーん!!」

 

「はぁ……はぁ……。す、空きっ腹に運動は……堪えますわね……」

 

「全く……お前はアタシより色んなところがデカいんだから、食事くらい買ってくれば良かったのに。あんな量の弁当じゃ足りなかったんだろう?」

 

「……もしかしてさっき言ってたのはそういう……ことだったんですの……?」

 

「うん……? そうだが……何だ?」

 

 

 ノエルはキョトンとしている。

 マリンは呆れた顔で叫んだ。

 

 

「遠回しにもほどがありますわよ!?」

 

 

 その後、とりあえず周辺で焼きそばを買ったマリンは、1分もしないうちにそれをペロリと完食した。

 

 

「やはりフェブラの料理は違いますわねぇ。特に野菜! 新鮮さはもちろんですが、ひと噛みひと噛みで深い味わいが口の中に広がって……!」

 

「はい、食うのはその辺にしな。城に入るぞ」

 

「はいはい、分かりましたわよ。入城許可は取っているんですの?」

 

「何を言う。つい今さっき来たばかりじゃないか。それにそんなもの、門番に言えばもらえるだろ」

 

 

***

 

 

「入城は許可できません」

 

「なぜだぁぁぁぁあ!?」

 

 

 ノエルたちは文字通りの門前払いを食らってしまった。

 

 

「城に入るには王族の方か、この城の関係者の許可が必要なのです。無関係の方を入れるとなると、警備に支障が出ますので」

 

「どこぞの国の城の警備とは大違いだな……。あ、これは褒め言葉だ、気にするな」

 

「王族の知り合いはいないのはもちろん、城の関係者というのも知り合いにはいませんわねぇ……チラッ」

 

「いや、そこであたしの方を見られても困るわ? 流石にお姉ちゃんより知り合いが多いなんてことあるわけ…………あっ」

 

 

 サフィアは何かを思い出したかのように2人の腕を引っ張る。

 

 

「おっとっと、どうしたんだサフィー?」

 

「お城の関係者なら知り合いにいるわ! もちろんししょーもお姉ちゃんも知ってる人!」

 

「うーん……思い当たる節はないが……」

 

「まさか……スアールさんとルナリオさんですの? でもあの人たちはメモラ出身ですし、ただの村人だと……」

 

 

 その会話が聞こえていたのか、門番の1人が反応する。

 

 

「ん? 誰と知り合いだと……?」

 

「スアールさんとルナリオさんですわ。彼女たちがどうかしましたの?」

 

「ど、どうかしたも何も、彼女はこの国においては国王と同じくらい偉い……いや、凄い人だ。あの方がお許しなら、ここを通してやってもいいだろう」

 

「あの婆さん、そんなに有名な人だったのか……。ということはあの人に許可を貰えば通してくれるというわけだな?」

 

「そういうことだ。彼女は恐らく、収穫祭の幹部として祭りの本会場の中心で店を切り盛りしていらっしゃるだろう。毎年のことだしな」

 

「あら、場所まで教えてもらえるとは、ありがとうございます! また来ますわ!」

 

 

 こうしてノエルたちはスアールを探しに、王都の中心部にある収穫祭の本会場へと向かった。

 

 

***

 

 

「まさか、知り合ったのがこの国で有名な人だったなんてな」

 

「どうしてあの方は有名なのでしょう……? それに収穫祭の幹部って……」

 

「あ、そういえばサフィーはどうしてスアールさんが城の関係者だって知ってたんだい?」

 

「えっ!? あ、そ、その……2人が寝ている間に色々お話ししてたらその話を聞いたの!」

 

「へえ……どんな話をしましたの? 興味がありますわ!」

 

「ええ!? ど、どんな話したっけな〜! さっきの話は思い出せたんだけどな〜!」

 

 

 あからさまに何かを誤魔化そうとしているサフィーをジト目で見つつ、ノエルは歩みを早める。

 

 

「ま、その話はまた後で聞かせてもらうからな。今は早くスアールさんを探す時だ」

 

「そう言いつつ、本当は早く料理が食べたくてしょうがないんですわね? 時たま、出店の前で足が止まってますわよ?」

 

「そ、そんなことはない! とにかく急ぐぞ!」

 

「はいはい、分かってますわよ」

 

 

 すると、サフィアが指をさして言った。

 

 

「ししょー! あそこに本会場って書いてある!」

 

 

 ノエルたちは収穫祭の本会場にたどり着いた。

 

 そこは収穫祭の中心地であり、料理の出店(でみせ)や野菜売りの露店、舞台などの様々な施設が集まっていた。

 マリンはその中からルナリオを見つけ出した。

 

 

「あ、あそこ。ルナリオさんですわ!」

 

「本当だ。でも観光客というよりは……」

 

「お店の店員さん……?」

 

 

 ノエルたちが近づいてみると、そこはどうやら野菜焼きの出店のようだった。

 

 

「お、いらっしゃい。ノエルさんにマリンさんにサフィアちゃん。そろそろ来る頃だと思ってたよ」

 

「こんな所で何をしてるんだ? 観光じゃなかったのかい?」

 

「あぁ、これはいつものことでね。観光に来ただけだってのに、みんな俺を見つけるなり料理を作ってくれってうるさいんだ。わざわざこんな店と食材までご丁寧に用意しやがって……」

 

 

 そう言って、ルナリオは広場で酒を飲み交わす人たちを顎で指す。

 

 

「まあ、とても慕われているんですのね。確かにお弁当はとても美味しかったです」

 

「そう言ってもらえると光栄だよ。それで、おひとつどうです?」

 

 

 マリンは看板の品書きを眺める。

 

 

「何かオススメのものは……って、ここ、他の店と比べてお肉の匂いがしませんわね?」

 

「あぁ、ここは野菜と茸類専門なんだ。収穫祭なんだから肉より野菜を食べるべきだと思ってね」

 

「なら、この『やみつきグリル』をひと……いえ、3つくださいな!」

 

「あいよ! 仲間思いのマリンさんには1つ分安くしといてやるよ!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 ノエルはサフィアにひそひそと尋ねる。

 

 

「あれって本当にアタシらの分だったのかねぇ?」

 

「うーん……看板の絵を見る限りかなりの量あったから、多分1人で食べるつもりではなかったと思いますけど……」

 

「並の焼きそばを1分で食べきる女だぞ……?意外とあれくらいいけるのかもしれないじゃないか」

 

「だーれが大食いですって?」

 

 

 いつのまにかマリンがノエルの後ろに立っていた。

 ノエルは口に手を当て、目を逸らす。

 

 

「ちゃんと聞こえてましたわよ? 今さら誤魔化しは効きませんわ」

 

 

 そう言ってマリンは木皿をサフィアに渡す。

 

 

「はい、これはサフィーの分。そして残りはわたくしの分でいいんですわね?」

 

「わ、悪かった、悪かったから! せめてひと口だけでもいいから食べさせてくれ〜!」

 

 

 マリンは一度黙りこみ、しばらくしてもう1つの木皿をノエルに渡した。

 

 

「冗談ですわよ。その代わり、あとでお金は頂きますからね」

 

 

 ノエルはぱあっと笑顔になったが、一瞬で我に返り、咳き込んだ。

 

 

「分かってるって。早く食べようじゃないか!」

 

 

 そう言って、ノエルたちは近くの椅子に座って手を合わせる。

 

 

「「「いただきまーす!!!」」」

 

「おう、召し上がれー」

 

「うあっちち……芋はホックホクで塩がよく効いてる……!」

 

「キノコも肉厚で……。タレによって色々な味が楽しめますわね!」

 

「野菜って苦手だったけど、これならいくらでも食べられちゃう!」

 

 

 3人は店の前で『やみつきグリル』をペロリと完食してしまった。

 

 

「「「ごちそーさまでしたー!!」」」

 

「ああ、お粗末様でしたー。いやあ、美味しそうに食べてくれるのを見るのはやっぱり嬉しいもんだな!」

 

「本当に美味しかったよ。毎年来ようかな……?」

 

「毎年この店があるかは別として、ばあちゃんの付き添いはするだろうから、また会うかもしれないね」

 

「あ、そうですわ。スアールさん、どこにいらっしゃいます?」

 

「そうだった。ばあちゃんから言伝を頼まれてたんだった」

 

 

 そう言って、ルナリオは店の奥から1枚の巻物を持ってきた。

 

 

「この書類を持っていけば城に入れるらしい。紹介状みたいなものだってさ」

 

「おお、手回しが早い! ありがたく受け取らせてもらうよ」

 

「なーに、ばあちゃんがお節介焼きなのはいつものことだから」

 

 

 マリンはルナリオから巻物を受け取り、ノエルに渡す。

 そして、少し怪訝な表情でノエルに言った。

 

 

「……ノエルは先に行っててくださいまし。わたくしは少し用がありますので」

 

「ん? そうか。サフィーはどうする?」

 

「あたしはお姉ちゃんと一緒にいるよ。ちょっと走り疲れちゃったし」

 

「分かった。それなら、終わったらこの広場で待ち合わせだな」

 

 

 ノエルは城に向かって駆けていった。

 

 

***

 

 

 マリンはノエルの姿が見えなくなったのを確認して、ルナリオの方を向いた。

 

 

「さて、尋ねたいことがあるんですけれど、よろしいですか?」

 

「あぁ、別に店も混んでないし、いいよ?」

 

 

 マリンは深呼吸をし、真剣な表情でルナリオに尋ねた。

 

 

「あなたのおばあさま……スアールさんとは、何者ですの?」



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14頁目.ノエルと呪いと昔話と……

 ノエルは紹介状を持って城門前まで来ていた。

 

 

「ふう、やっぱり魔女の身体はずっと若いままだから運動は楽で良いな〜。さて、と」

 

 

 ノエルは先ほどもらった巻物をカバンから取り出し、門番に見せる。

 

 

「ほら、スアールさんの許可をちゃんと貰ってるぞ。これで通してくれるな?」

 

「……うむ、これは確かにあの方のサインだな。通っても良いぞ」

 

「よし、これでひとまずは前進だ。あとは魔導士がどこにいるか……」

 

 

 すると門番のもう1人が振り向いて言った。

 

 

「護衛魔導士の皆さんは国王様のお側にいますよ。そもそも2人しかいませんけどね」

 

「おお、情報感謝するよ。つまり玉座の間に行けば謁見できる……か。よし、行ってみるよ。ありがとう」

 

 

***

 

 

 玉座の間にて。

 ノエルは赤い絨毯の上を歩き、中程でひざまずいた。

 それからしばらくして、国王がやってくる。

 そして、玉座に座ってノエルに言った。

 

 

「面を上げよ」

 

「はい」

 

 

 ノエルが顔を上げると、目の前には国王、その左右に護衛魔導士と思しき男女が1人ずついるのが分かる。

 

 

「何用だ。わざわざ忙しい収穫祭の時に訪ねてくるとは」

 

「申し訳ありません、収穫祭だということを知らずに来たもので……。用はただ1つでございます」

 

「言ってみろ」

 

「えーと……失礼ながら、国王様の護衛魔導士に用がございまして……」

 

「なんだ、そういうことか。儂は魔法のことはよく分からんからなぁ。よい、2人とも下がっていいぞ」

 

 

 ノエルは慌てて制止する。

 

 

「あ、女性の方だけで構いません! 護衛が2人ともいなくなるというのは、いささか危険かと」

 

「む、そうか。ならば下がれ、サティーヌ」

 

「はっ。王の仰せのままに」

 

「この者たちに部屋を与えよ。2人だけで話したいことなのであろう?」

 

「感謝します」

 

 

 こうして、ノエルはどうにかフェブラの魔女と話し合う機会を得たのであった。

 

 

***

 

 

 応接室にて。

 

 

「ええと、サティーヌと言ったか。すまないな、仕事中だろうに」

 

「構いませんよ、ノエルさん。それで……用とは?」

 

「あぁ、ちょっと長い話になる……」

 

 

 ノエルは自分の目的について全て話した。

 何度か質問はされたものの、サティーヌは怪しむこともせずきちんと話を聞いてくれたのだった。

 

 

「蘇生魔法……ですか」

 

「そう、それも可能な限り安全なものだ。それを作りたくて色んな国の優秀な魔女の協力を募っている」

 

「私、そんなに優秀ではありませんよ? 得意なのは闇魔法の中でも呪い系くらいですし……」

 

「少しでも手がかりが見つかればいいんだ。何か自分しか知らなさそうなことでも、知り合いの魔女のこととかでもいい」

 

「あなたの中の魔力を見る限り、あなたの方が闇魔法のことは得意そうですしね……。知り合いの魔女と言われても……」

 

 

 ノエルはピクリと反応する。

 

 

「待て。今、何て言った? アタシの魔力を見たとか何とか……」

 

「ええ、私は魔力を目で見ることができますから……」

 

 

 ノエルは驚き、立ち上がって言った。

 

 

「い、いいや、魔力は本来、感じ取るもののはずだ。視覚的に感知できるなんて聞いたことがない! どういうことだ!?」

 

「昔、原初の大厄災について調べていたんですけど、それと何か関係が……?」

 

 

 ノエルはハッとして尋ねた。

 

 

「なるほど……! その時、原初の魔女・ファーリに関連する物であったり、大厄災の呪いに触れたりしたか?」

 

「え? ええ、大厄災の呪いの残滓を手に入れて調べていました。その時くらいでしょうか、魔力が見えるようになったのは」

 

「それだ! その残滓とやらはどこにある!」

 

「それが……それのせいで不祥事を起こしてしまったもので、その時にあの方が祓ってしまいました……」

 

「くうっ……。もしかしたら何か掴めると思ったのに……!」

 

 

 悔しがるノエルを見て、サティーヌは質問する。

 

 

「ところで、どうしてファーリが関わると魔力が見えるのです?」

 

「正しくはファーリについて魔導士が関わると、だ。ファーリというのは知っての通りアタシたちの祖先なんだが、不思議な力を持っていたらしい」

 

「不思議な力……ですか」

 

「彼女は魔法を使う時、魔導書も呪文も用いずに発動していたそうだ」

 

「ええっ!? どういうことです!?」

 

「どうやら魔法の源である魔力が見えたらしい。魔力と会話していたという話もある」

 

「さ、流石に私は魔力の声までは聴こえませんね……」

 

 

 ノエルは一度悩んだ。

 

 

「(魔力が見えるのは確かに特殊だが……魔法の熟練度に変化があるわけではないみたいだ。それに彼女よりアタシの方が闇魔法に特化しているという話は恐らく正しい……。うーむ……)」

 

 

 サティーヌは机の上の紅茶を手に取り、飲む。

 そしてカップを置き、膝の上に手を置き直してノエルの方を見た。

 

 

「私は()()()に人生を救われました。そしてその方の助言通り、国王の護衛魔導士となったんです」

 

「ほう……?」

 

「なので、あなたの蘇生魔法作りに興味はありますが、やはり私にはこの仕事が一番なんです。すみませんが、他を当たってくださいませんか?」

 

「そうか……。それがあんたの意志なら全然構わない。あんたみたいな良い魔女に会えて嬉しかったよ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです。きっと()()()も喜びます」

 

 

 ノエルは先ほどから出ている単語に引っかかる。

 

 

「そういえば、さっきから言っている『あの方』って……。一体、誰なんだい?」

 

 

***

 

 

 一方、マリンたちのいる本会場にて。

 

 

「あなたのおばあさま……スアールさんとは何者ですの?」

 

 

 マリンの質問の本来の意図、それはスアールがこの国においてどのような立場の人間かを知ることである。

 もしも王族やその末裔であれば、紹介状ひとつで国王と面会できるのは納得できる。

 しかし、それならば現在の身分に疑問が残る。

 

 マリンはその真相を知るためにも、ルナリオに尋ねたのだった。

 ルナリオは一度考え、そして答えた。

 

 

「ばあちゃんは昔、()()()()()らしい」

 

 

 マリンは驚く。

 

 

「……つ、続けてくださいまし!」

 

 

 ルナリオの話はこう続いた。

 

 

***

 

 

 俺が生まれるずっと昔、ばあちゃんはこの国に立ち寄った。

 当時のこの国は豊穣の国とは呼ばれてなかったらしく、むしろ飢饉に見舞われていたという。

 

 そんな時、ばあちゃんはある家の近くを通りがかった。

 その家も飢饉の影響で食糧が足りずに困っていたけれど、その家の主人はばあちゃんを引き止め、笑顔でこう言ったそうだ。

 

 

「お前さん、腹減ってるだろ? 良ければウチの畑で採れた野菜、食って行きなよ」

 

 

 ばあちゃんはもちろん断った。

 でも主人はどうしてもと言って聞かなかった。

 

 結局その受け取った野菜をばあちゃんは食べることにした。

 実際味に期待はしていなかったらしいけど、見た目は立派なものだった。

 

 ひと口かじった瞬間、ばあちゃんは仰天したらしい。

 飢饉に見舞われているというのに、どうしてこんなに美味しい野菜が採れているのだろう、とね。

 

 ばあちゃんは案内されるまま、その家の畑に行ってみた。

 すると先ほど食べたものよりかなり小ぶりのものが並んでいた。

 だがそのほとんどは呪いに侵されていたんだ。

 どうやら国中の作物の一部に、成長しない呪いが広がっていたらしい。

 

 つまりは逆。

 美味しい作物が採れるのに、それが呪いに侵されて食べられなくなり、飢饉に陥っていたんだ。

 

 ばあちゃんは魔女だったからその呪いを祓う方法を知っていた。

 とはいえ、呪いの出所が分からなければ、祓っても再発する可能性があった。

 そこで、ばあちゃんは国中の畑を巡り巡って出所を探った。

 

 するとその分布がフェブラ城を中心に散らばっていたことが分かった。

 

 そしてばあちゃんは真相にたどり着いた。

 犯人は、城で原初の大厄災について調べていた魔女だった。

 どうやら大厄災の呪いの残滓を拾って調べているうちに、その呪いが部屋から漏れ出してしまったらしい。

 

 ばあちゃんはその残滓を祓い、その魔女にこう言ったそうだ。

 

 

「あなた、闇魔法が得意ならいっそのこと国王の護衛魔導士になっちゃいなさいな。罪滅ぼしにもなるでしょうし、何なら呪いの魔法を人に撃ってもいい仕事よ!」

 

 

***

 

 

「うわぁ、えげつない発想をしますわねぇ……」

 

「あっはは、確かに。でもばあちゃんらしい発想だよ」

 

「うーん……。でも、その性格……わたくしの知る誰かに似ているような……」

 

 

 ルナリオは話を続ける。

 

 

***

 

 

 その後、ばあちゃんはその魔女と一緒に全ての畑の呪いを祓った。

 その年の作物のほとんどは食べられるものではなかったものの、種は無事だった。

 

 次の年からは豊作続きだったらしい。

 呪いのせいで作物が育たなかった分、土の栄養が残っていたみたいだね。

 

 それからというもの、ばあちゃんは国中から英雄……というよりは救世主として讃えられるようになりましたとさ。

 

 おしまい。

 

 

***

 

 

「長かったですわねぇ。良い話でしたけど……けど……」

 

「うん? まだ疑問が残ってそうな顔をしてるけど?」

 

「疑問……というより質問ですわ。どうして彼女は魔女ということをわたくしたちに隠していたんですの?」

 

「えっと、それは……もう魔女じゃないからっていうのと……」

 

「他にも理由が…………って、ん?」

 

 

 色々と思考を巡らしていたマリンの視界の端に、サフィアがルナリオに向かって何か言おうとしている姿が映る。

 

 

「……そうですわ……分かりました! スアールさんが教えてくださらなかった理由、それは……()()()ですわね?」

 

 

 ルナリオはギクッとする。

 

 

「ど、どうして分かったんだい……?」

 

「先ほど出たスアールさんの性格、あれはどう考えてもノエルとそっくりでしたもの。あとは、サフィーの反応というのもありますけど」

 

「えっ!? あたし!?」

 

「先ほどから……いえ、鉄道に乗っていた時から、様子がおかしかったですもの」

 

「あっはは……流石はお姉さんってことかな。ま、とりあえず正解だよ。ノエルさんが残る理由の全てだ」

 

 

 ルナリオは店の奥に行き、一本の杖を持ってきた。

 

 

「これは……スアールさんが身体の支えとして使っていた杖ですわね。だいぶ古いもののようですが……。って……あぁっ!!」

 

「どうやらあんたはノエルさんから話を聞いてたみたいだね」

 

 

 マリンはルナリオから杖を受け取り、恐る恐る杖を掲げて目をつむる。

 そしてしばらく念じて、唱えた。

 

 

「……『魔力解放(リリース)』!」

 

 

 すると杖の先に付いているくすんだ白い珠に光が灯った。

 

 

「やっぱり……そういうことでしたのね……。スアールさんの、あの人の正体は……!」

 

 

***

 

 

「分かりました。ノエルさんには教えても問題ないでしょう。あの方はこの国の魔女ではありませんが、この国にとっては重要な魔女なんです」

 

「なるほど、もしかしてスアールさんが言っていたもう1人の魔女がその人か……? 呪いを祓ったってことは、光魔法の使い手ということになるが……」

 

「ええ、その通り。あの方の名前は……ソワレさん、と言います」

 

 

***

 

 

「ソワレさん、ですわね!」



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12頁目.ノエルと正体と心の内と……(スアール編)

 タタンタタン……タタンタタン……

 

 この列車はノーリス発フェブラ行。

 100人ほどの人を乗せ、3時間かけてレールの上を走る。

 

 その中に1人、思案に暮れる老婆がいた。

 

 名はソワレ。

 かつては魔女だったが、家庭を持ったことで魔女であることをやめた。

 見た目の若さは無くなり、そろそろ50歳になる。

 

 思案に暮れる理由は複雑で簡単だ。

 自分の孫が知らない女性を2人も抱えて、さらに小さな女の子まで連れ込んで来たのだから、驚かないわけがない。

 しかも、その知らない女性2人はどうやら気絶しているようだ。

 

 何か面倒なことに巻き込まれているのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、ソワレは窓の外を眺めていた。

 

 

「あの〜……」

 

 

 先ほど孫が連れてきた小さな女の子が、私の顔を覗きこんできた。

 こういう幼い少女を見ると、どうしても妹のことを思い出してならない。

 

 

「あ、あぁ……どうかした? 私に何か用かしら?」

 

 

 あぁ、違う。

 流石にこの言い方は素っ気無さすぎるわ。

 用があるから声をかけたに決まってるじゃないの。

 

 

「い、いいえ! 素敵な杖ですね!」

 

 

 彼女はそう言って、私が使っている杖を指す。

 どうやら気を遣わせてしまったようだ。

 子どもに気を遣わせるというのは、些か大人として恥ずかしい気もする。

 

 

「あぁ、この杖。私のお気に入りなのよ。思い出の品ってやつね」

 

「だから大事に握ってるんですね!あたしにもそういうものがあればなぁ……」

 

「いつかきっと見つかるわよ。これだって昔から持ってるものだけど、宝物みたいに感じ始めたのは大人になってからだし」

 

「はぇ〜。素敵な大人の女性って憧れます!」

 

 

 さて、少しは打ち解けることができたかしら。

 そろそろ自己紹介とかしておかないと話しにくくなる気がするわね。

 

 

「リオ? あなた、この子たちに自己紹介はしたのかしら?」

 

「えっ、俺? まだだけど……」

 

「ふーん……。名前も名乗らずに女性を3人も連れ込むとは、いい度胸してるじゃない」

 

「ち、違うから! 事情はさっき話しただろ!?」

 

「それとこれとは話が別。名前を知るというのは大事なことなんだから。もし兵士に捕まったりしたら一巻の終わりよ?」

 

「反省します……」

 

 

 よくよく考えてみると、この女の子、おかしな点でいっぱいよね……。

 こんな知らない男の人について行くし、気絶した2人の女性を連れてるし、珍しい髪の色だし……。

 

 

「それじゃ、改めまして。俺はルナリオ。よろしくな」

 

「私はソワレ。よろしくね」

 

 

 私が名乗った瞬間、その少女は目を見開いた。

 私の名前が変だったのかしら。

 それとも……もしかして、私の名前を知っている……のかしら?

 

 

「え、ええと、あたしはサフィアって言います。こっちの赤い髪の方がマリンお姉ちゃんで、床で寝てる黒い髪の方はあたしの師匠のノエル様です!」

 

()()()…………?」

 

 

 それは私の妹の名前。

 私の大事な家族の1人の名前。

 確かに妹の髪は黒かったし、結婚してないなら44歳とはいえ30代に見えるはず。

 で、でも焦っちゃダメね。

 もしかしたら同じ名前の別人かもしれないじゃない。

 偶然にもほどがあるものね。

 

 

「そのノエルさんは何の師匠なの?」

 

「魔法です! 私もお姉ちゃんも師匠も魔女なんです!」

 

 

 妹は今はどうか知らないけれど、少なくとも魔女だった。

 現代の魔女の人数を考えた上で、さらに名前が被る確率となると……。

 い、いいえ、まだ分からないわ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ま、魔女ねえ。珍しいわねぇ。こんなところで会えるなんてー」

 

「え、ソワレさんも魔女ですよね……?」

 

 

 マズい、バレてる。

 

 

「な、何のことかしら〜?」

 

「誤魔化しても無駄です! こんなあたしだって、魔力感知くらい身につけてるんですから」

 

 

 実際子どもだと思って甘く見ていた。

 やはり魔女は魔女、か。

 まして誰かの弟子になっているということは、こんな見た目でも魔法はいっぱしってことね。

 これは降参だわ……。

 

 

「ええ、あなたの言う通り、確かに私は魔女だったわ。でも昔の話よ」

 

「やったー! 当たったー! もしかして、とは思ったけど!」

 

「え……? ま、まさか魔力感知なんてしてなかったの?」

 

「はい! まだまだ未熟でそんなことできませんから!」

 

 

 これは一本取られたわね。

 甘く見ていたにも程があったってことかしら。

 でもそれならどうして……。

 

 

「じゃあノエルさんにいつか出来るところを見せてあげなきゃね」

 

「どうして()()ってつけるんですか? 姉妹なのに……」

 

 

 あぁ、そういうこと。

 やっぱりこの子は私とノエルの関係を知っているのね。

 さしずめ、ノエルが昔話でもしたのかしら。

 

 

「バレてちゃしょうがないか。ごめんなさいね、どうしてもこの姿はノエルに見られたくなくて……」

 

「どうしてです?」

 

「この子にとって私は憧れの存在だった。魔女としても女性としても、ね。あ、これは自惚れとかじゃなくて、昔にこの子の口から実際に聞いたことよ」

 

 

 そう、私はノエルの理想の姉さんじゃないといけない。

 だから魔法を捨てたなんて言えないし、ましてやこんな老いた姿なんて見せられたものじゃない。

 

 

「だから私はノエルの夢を壊さないであげたいの。きっと今でもこの子は私を追いかけてるんだろうしね……」

 

「ソワレさん……」

 

 

 分かってる。

 これは『逃げ』だ。

 私自身がバレるのを怖がってるだけ。

 でもこうするしか……。

 

 

「わ、分かりました! ししょーには絶対にバレないように頑張ります!」

 

「えっ……? いいの……?」

 

「はい、もちろんです!」

 

 

 正直驚いた。

 魔女とはいえ所詮は子ども。

 私の言うことなんて気にも留めないんだろうと思ってた。

 

 でも……この子は違うわね。

 ()()()()()()()

 昔のノエルにそっくりだわ。

 ノエルも相変わらずってことかしら。

 

 

「ふふっ……」

 

「あ、笑った!」

 

「おっ、珍しい! ばあちゃんが子供の前で笑うなんて!」

 

「え? 今、私笑ってた?」

 

 

 気が付かなかった。

 私はいつまで経っても妹離れできてなかったってことかしら。

 でも、きっと……この子なら私の知らないノエルを知っている。

 

 ()()()()

 妹が、ノエルがどんな成長をしているのか、知りたい。

 

 

「じゃあ……サフィアちゃん。私にノエルの話、聞かせてちょうだい?」

 

「はい! 良いですよ! じゃあまずは、あたしとししょーの出会いの物語から!」

 

「おっ、昔話なら俺も混ぜてくれよ!」

 

 

 こうしてサフィアちゃんは、私に私の知らないノエルのことをたくさん教えてくれた。

 

 

***

 

 

「そこで師匠が黒い魔法でですね! 敵を蹴散らしていく姿がホンットーにカッコよくて!」

 

「あらぁ、そうなの……? あなたにとっては素敵な師匠なのね……?」

 

「はいっ!」

 

 

 サフィアちゃんがそんなことを話していると、目の前で眠っていたノエルが目を覚ます。

 

 

「う、うぅん……」

 

「サフィアちゃん、ツレの人が起きたみたいだ!」

 

 

 そうして私はノエルと再会できた。

 まぁ私の正体を明かしてないから再会とはまた違うと思うけど、私はそれでも構わない。

 

 

「それじゃ、ばあちゃん、どうぞ」

 

 

 私はいつまでも、この子の憧れでありたいんだから。

 

 

「私の名前は……」

 

 

 そうだ、名前を誤魔化すくらいなら、王様がくれた爵位で名乗ろう。

 それなら姉としての威厳も、私の中ではきっと保たれる。

 

 

「私の名前は……スアール」

 

 

***

 

 

「とまあ、こんな感じよ」

 

「なるほど、理解しましたわ……。ノエルを先に行かせた甲斐があったってことですわね」

 

 

 ソワレはマリンとサフィアの前に座って話をしていた。

 少し前にマリンがスアールの正体を当てた瞬間に、ソワレ本人がちょうど帰ってきていたため、そのまま話の流れでこんな話に発展していたのであった。

 

 

「とりあえずマリンさんが話が分かる魔女さんで良かったわ。たまに話が通じない魔導士とかいるから……」

 

「いますわねぇ、話が通じない黒い魔女……」

 

「お姉ちゃん、遠回しにししょーの悪口を言わないで」

 

 

 ソワレはそのやり取りを見て笑った。

 

 

「まぁ、とにかくノエルにこのことは内緒にしていて?」

 

「もちろんですわ。同じ姉同士、仲良くしましょう!」

 

 

 そうして2人は固い握手をするのであった。

 

 

***

 

 

「うん……? ソワレ……? って、姉さんじゃないか! あんた、姉さんの知り合いだったのかい!?」

 

「もしかして……ソワレさんが仰っていた妹さんってノエルさんだったんですか!?」

 

 

 ノエルとサティーヌは互いに驚いている。

 

 

「い、一回落ち着こう。深呼吸だ」

 

「は、はい!」

 

「「すーーーはーーー……」」

 

 

 落ち着くはずもない。

 深呼吸をしたとしても、衝撃の事実には変わりがなかった。

 とはいえ、少しは気が楽になった2人であった。

 

 

「姉さん……。こんなところで活動していたんだな……。しかも魔女として……」

 

「はい。今はこの国の作物の管理などをなさっていて、毎年大助かりなんですよ」

 

「へえ……。流石は姉さん……。アタシとはやることの規模が違う」

 

「ふふ……。聞いてた通り、仲のいい姉妹なんですねぇ」

 

 

 そんなことを話していると、扉を叩く音が聞こえた。

 

 

「失礼します。そろそろ国王が次の会合にお出かけになりますので、サティーヌ様、ご準備を」

 

「はい、分かりました。というわけで、今日はここまでですね」

 

「そうか……。それは残念だ。もっと話したかったのに」

 

「またいつかきっと会えますから。その時にお話しましょう?」

 

「あぁ、そうだな。姉さんの話はその時に詳しく聞かせてもらうよ」

 

 

 2人は握手を交わす。

 

 

「それでは蘇生魔法の件、頑張ってくださいね!」

 

「あぁ、必ず完成させて息子の顔を見せに来てやるよ」

 

 

 こうしてノエルは王城を去り、マリンたちの元へと駆け戻るのであった。



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15頁目.ノエルと仲間とバイバイと……

 ノエルにスアールの正体を隠すと決めたマリンとサフィアは、ルナリオたちと話した後、その広場でノエルの帰りを待っていた。

 

 

「思っていたよりも遅いですわねぇ。まさか空腹ではなく退屈に苦しめられるとは……」

 

「そんなこと言ってもしょうがないでしょ? ここに残るって決めたのはあたしたちなんだし」

 

「あの書類がないと、わたくしたちも城に入れないことに気づいた時は絶望でしたわねぇ……」

 

「あはは……。また書いてもらおうにも、もうソワレさんいなくなってたしね……」

 

「唯一の話し相手のルナリオさんは夕刻の屋台回しで忙しそうですし、ソワレさんは運営の方に戻られましたし……。はぁ……」

 

 

 マリンは大きなため息をつく。

 

 

「だからといってノエル抜きで魔女探しをしたところで意味はないですものねぇ……」

 

「そういえば……何でししょーはソワレさんを先に探そうとしなかったんだろ。自分のお姉ちゃんなら他の魔女さんたちより先に候補に入ると思うんだけど」

 

「単純に連絡先の住所を知らなかったのか……それとも……」

 

「知ってるけど、()()()()()()()……とか?」

 

 

 サフィアの発言を聞いたマリンは軽く頷く。

 

 

「悪いですけれど、その答えが一番納得いきますわね……。姉に迷惑をかけたくないのか、姉の手を借りずに蘇生魔法を完成させてみせたいのか、そこまでは分かりませんが」

 

「帰って来たら聞いてみよっと……って、ちょうど帰ってきた! ししょー! ししょー!」

 

 

 サフィアは入口でキョロキョロしているノエルに向かって、飛び跳ねながら手を振る。

 ノエルは声に気づき、サフィアたちの方へと向かった。

 

 

「広場で待ち合わせとは言ったが、こんな広いなんて……。城に来てくれても良かったんだぞ?」

 

「その書類がないとわたくしたちは城に入れませんから。それなら城の前で待つよりも、元の合流場所で待つに越したことはないでしょう?」

 

「あ、確かに……。それならすまない。待たせたな」

 

「全然問題ありませんわよ。それで、どうでしたの?」

 

 

 ノエルは首を振って答えた。

 

 

「目的の魔女には会えたが、護衛魔女として国王に仕えたいらしく、断られてしまったよ。その代わり、魔法作りの手がかりにできそうなものは見つけることができた」

 

 

 マリンはソワレの昔話に出てきた魔女のことを思い出す。

 

 

「あぁ、なるほど……。あの話はそういうことだったんですのね……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いいえ、何でもありませんわ。手がかりが見つかっただけ良しということですわね!」

 

 

 ノエルはマリンに尋ねる。

 

 

「あ、そういえばお前の用は済んだのかい? 夫探しか?」

 

「サフィーの前でそんなことを言わないでくださいまし!? それに、用というのはルナリオさんに質問していただけですわ!」

 

「やっぱり夫探しじゃないのか?」

 

「違いますわよ!!」

 

「まぁ確かにルナリオの奴は家庭的な男性かもしれないが、知り合って間もないというのに……。あぁ、あれか、一目惚れってやつぁだっっっ!!!」

 

「話を聞きなさい!」

 

 

 マリンはノエルに思いきりデコピンをしたのであった。

 

 

***

 

 

 それから少しして、ノエルはサフィアの魔法で作った氷で額を冷やしながら話を続ける。

 

 

「全く……冗談だったのに……」

 

「冗談でも言って良いものと悪いものがありますわ。わたくしは確かに男にフラれまくりの人生でしたが、少なくともサフィーの前では夫探しなんてしませんわよ!」

 

「分かった、分かったよ。それなら一体何を尋ねてたんだい?」

 

「えっ、ええと……それは……」

 

 

 マリンはノエルから目をそらす。

 

 

「おや? まさかの即・前言撤回かい?」

 

「い、いえ、その……」

 

「お、お姉ちゃんは、ルナリオさんに知っている魔女がいるかどうかを聞いてたんです!」

 

「もしそうだとしたら、どうして目を逸らすんだ?」

 

「うぐっ……。流石はししょー……」

 

 

 サフィアとマリンは後ろに振り返り、こそこそと話し始める。

 

 

「(どうして目を逸らしたの、お姉ちゃん!)」

 

「(だ、だって、スアールさんのこととか言ったら詳しく聞かれてしまうでしょう!?)」

 

「(その時はその時で嘘の話を教えればよかったじゃない! どうするの!?)」

 

「(か、かくなる上は……)」

 

 

 マリンは向き直り、目線を斜め上にしたまま言った。

 

 

「い、いやぁ……ノエルを女としてどう思うかを尋ねまして……」

 

「は……? なぜアタシがそこで出てくるんだ??」

 

 

 ノエルは疑問というより、やや怒ったような表情をしている。

 

 

「い、いえ……。ただ、ノエルが寂しくないかなと思い、尋ねた次第でしてー……」

 

「あぁ、そういうことか……。残念ながらその質問にどう答えられようとも、アタシは恋なんてものはしないよ」

 

「(あれっ? 誤魔化せた……の?)」

 

「(ふぅ……間一髪でしたわ……。でも……)」

 

 

 マリンはノエルに尋ねる。

 

 

「どうしてですの? 結婚というのは女性の憧れなのでは……?」

 

「確かに、あたしも気になります!」

 

「アタシは母子家庭で育ったからか知らないが、男というものにあまり興味がないんだよ。恋をしないというよりは、恋というものに全く興味がない」

 

「わたくしとは正反対ですわねぇ……。恋は素敵なものだというのに……」

 

「他人の恋は物語としては素敵かもしれない。だがアタシの物語にはそんな素敵なものなんていらない。だが……」

 

 

 サフィアとマリンは首を傾げて、ノエルの言葉に耳を傾ける。

 

 

「まともな衣食住と息子、そして今は弟子と仲間さえいればそれが一番素敵だと思っているよ。気遣ってくれて、ありがとな……」

 

 

 ノエルはやや照れくさそうに顔を伏せている。

 

 

「なぜこんなにひねくれているのに、言うことだけは格好いいんでしょうね……」

 

「あたしは一生ししょーの弟子ですからね! 寂しくないですからね!!」

 

「やっぱりサフィーは優しいねぇ。ありがとう」

 

「あなたの為ではありませんが、わたくしもいますわよ。別にあなたの為ではありませんが」

 

「二言ほど余計だが、感謝してるよ。ホントに憎めないヤツ……」

 

 

 夜も更けてきたお祭り騒ぎの中、その中心で笑い合う魔女3人がいた。

 こうして、フェブラ王都での魔女探しは一旦終わったのであった。

 

 

***

 

 

 その次の日の朝。

 ノエルたちは次の街へと向かう前に、ルナリオたちの元を訪問した。

 

 

「あ、マリンさんにサフィアちゃん、それにノエルさんも。おはよう! どうかしたのかい?」

 

「おはよう。アタシたち、今日のうちに次の街へ行こうと思っててな。お別れとお礼を言いにきた」

 

「祭りはまだしばらくあるってのに、もったいない……。ま、色々あるんだろうしあれこれ言うつもりはないけど! とりあえず、ばあちゃん呼んでくるよ」

 

 

 ルナリオは運営のテントへ行き、スアールことソワレを呼んできた。

 

 

「あら、もう出発するの? もう少しお話したかったのに」

 

「すまないなスアールさん。アタシには何よりも先にやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

「なるほどね……。それがあなたの見つけた何よりも大きな目標なのかしら?」

 

「あぁ、この目標はきっと達成してみせると決めてるんだ。何十年、何百年かかろうとも」

 

 

 その真剣な眼差しを見て、ソワレは優しく微笑む。

 

 

「そう……か。それなら私も安心したわ……」

 

 

 彼女の顔には安心と慈愛、そして少しの寂しさがこもっていた。

 

 

「……頑張ってちょうだいね?」

 

「もちろんだ。精一杯頑張るよ」

 

「わたくしたちもいますから、心配しなくても大丈夫ですわ!」

 

「その通りです! ししょーの役に立ってみせます!」

 

「ふふっ……良い仲間を持ったわねぇ。確かにこれなら大丈夫そう」

 

 

 そんなことを話していると、ルナリオが店の奥から何かを持って出てきた。

 

 

「あぁ、よかった。間に合ったわね。はい、これ」

 

「これは……あの時の弁当ですわね?」

 

「その通り。ちょっと中身を変えちゃいるけどね」

 

「さっきからカチャカチャと何やってるのかと思えば……って、ここに来て10分しか経ってないよ!?」

 

「ふふん、これこそ俺が身につけた、高速でなおかつ料理の質を落とさない料理術……『ルナリオクッキング』さ!!」

 

 

 ルナリオはかっこよくドヤ顔を決めている。

 

 

「そんなこと言いながら、今朝方みんなの賄いを3人分多く作ってたリオなのでした」

 

「ちょっ、ばあちゃん! ネタバレはご法度だぜ?」

 

「なるほどねぇ? ルナリオ、あんた良い夫になると思うよ?」

 

 

 ノエルはニヤニヤしながらルナリオを茶化す。

 

 

「きっとお子さんは料理が上手いイケメンか、可憐な子か……ですわね!」

 

「待て待て、飛躍しすぎじゃないか!? それに、俺がモテるわけないし!」

 

「ルナリオさん、モテる男は皆そう言うんですよ。お姉ちゃんが言ってました」

 

「サフィアちゃんまで! も、もうからかうのはやめてくれ〜!」

 

「あ、逃げた」

 

 

 ルナリオは赤面しながら店の奥へとまた戻っていくのであった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、ノエルたちは馬車乗り場に来ていた。

 鉄道を使わない理由は、周辺の街を探索したいからである。

 そこには3人と、それを見送りに来たソワレとルナリオの姿があった。

 

 

「2人とも、わざわざ見送ってくれるとは思わなかったよ」

 

「知り合った人を送り出すのは当然のことでしょう?」

 

「ばあちゃんが行くなら、俺もついていくのは当然だからな」

 

「ルナリオさんまで……。お店があるでしょうに……」

 

「俺はちゃんと店を仲間に預けてきたし、心配はいらないさ」

 

「ああ、そうだ、これ。渡しておくわね」

 

 

 ソワレはカバンから、1冊の分厚い本を取り出す。

 

 

「これは……もしかして魔導書かい? 何でこんなものを……」

 

「この本は……数年前にとある魔女さんに貰ったものよ。きっとあなたの旅の役に立つと思って」

 

「そんな……。これ、大事なものなんじゃ?」

 

「良いの良いの。その人の伝言で、誰か助けたい人に渡して欲しいって」

 

 

 もちろん嘘だが、その言葉はソワレ自身の本心だった。

 

 

「ならありがたくいただくよ。ちゃんと使わせてもらう」

 

「良かった。それならこれを書いた人もきっと喜んでいるわ」

 

 

 ノエルはその魔導書を受け取り、カバンにしまった。

 さぁっと風が吹き、空気が静まり返る。

 そして、ノエルはゆっくりと小さく口を開いた。

 

 

「そろそろ、時間だな。どうもお世話になりました、スアールさん、ルナリオ」

 

「お世話になりました。また収穫祭には来ますから、その時に話の続きをしましょうね!」

 

「おせわになりました! スアールさん、ルナリオさん、また会う日まで!」

 

 

 3人は頭を下げた。

 

 

「えぇ、また会える日を楽しみにしてるわ」

 

「その時はもっと美味しい料理を準備しとくよ! 楽しみにしといてくれよな!」

 

 

 ソワレたちは笑顔で手を振り、送り出す。

 

 

「それじゃ、行こうか」

 

「ええ、そうですわね」

 

「うん!」

 

 

 風に乗って、小さな声が流れる。

 

 

「…………バイバイ、ノエル」

 

 

 ノエルは何か聞こえたような気がしてパッと振り向いた。

 だが、そこには手を振るスアールとルナリオの姿があっただけだった。

 

 

***

 

 

 馬車の中で、ノエルは受け取った魔導書を読んでいた。

 

 

「この魔導書……光魔法ばかりだな。それもアタシが知らない上級魔法とか新しいものまで……。んー、でもなんか筆跡に見覚えあるような……」

 

「知り合いの魔女さんのものじゃありませんの?」

 

「そうそう! ししょーのししょーさんとか、ししょーのお母さまとか!」

 

「うーん……まあいいか。でも、何で数年前に貰ったものを、あの時あの人は都合良く持ってたんだ……? 普通、大事なものって家に置いておくよな?」

 

 

 サフィアとマリンはギクッとし、あまりその魔導書について触れないようにした。

 馬車に揺られ、ノエルたちは弁当を食べながら次の街へと向かうのであった。



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第5章
16頁目.ノエルと反抗期と×印と……


 それから6年という長いようで、魔女にとっては短い時間が過ぎた。

 

 ノエル達3人は相変わらず魔女探しをしたり、祭りに行ったり、時には修行をしたりと、それなりに有意義な時間を過ごしていた。

 魔女探しについては残念ながら協力者を見つけ出すことができなかったが、魔導書を買い取ったり、珍しい魔具を買って使ってみたりと、たくさんの経験と貯蓄を得ることができたのだった。

 

 その中で誰よりも経験を得た人物がいた。

 サフィアである。

 今年で15歳になったサフィアは、水魔法と風魔法の中級魔法程度は自在に扱えるようになり、遂には上級魔法の一部を使えるほどに成長した。

 さらにノエルは魔法だけではなく学問も教えていたため、サフィアはいっぱしの魔女へと成長を遂げていた。

 ノエルのことを「ししょー!」と元気一杯に呼んでいた頃の面影はどこへやら、いつの間にか「ノエル様!」と呼ぶようになっていた。

 とはいえ、お姉ちゃん子なのはいつも通りである。

 ノエルとマリンは相変わらず喧嘩したり協力したりと仲が良い様子で、毎日魔法の研究に勤しんでいる。

 新しい魔法をサフィアに教えてみたり、手合わせの時の隠し玉として使ってみたり。

 

 とりあえずいつもと変わらず、それでいて着実に成長していく日々が流れていた。

 

 

***

 

 

 ある日のこと。

 

 西の国・セプタのある街の魔女探しを終えた3人は、その街の宿で次の目的地について話し合っていた。

 

 

「さて、随分と長い時間がかかったけど、ようやくセプタとフェブラ周辺の街の探索が終わったね」

 

「そんなこと言って、わたくしたちにとって6年なんて短いものじゃありませんの」

 

「お姉ちゃん、それあたし見て言ってる?」

 

 

 マリンはぴたりと黙り込み、サフィアから目を逸らしてまた喋り始める。

 

 

「6年とはやはり長いものでしたわね〜! こんなに大きくなってもやっぱりサフィーは可愛い!」

 

 

 マリンは話の勢いでそのままサフィアに抱きついた。

 サフィアは途中までされるがままだったが、時間が経つにつれてマリンを剥がそうとしている。

 

 

「話が逸れてる! それとベタベタするのをやめて! 大人でしょ!」

 

 

 とうとう引き剥がされ、マリンは悲しそうな目でサフィアを見つめる。

 

 

「あぁ、遂に反抗期なのですわね……。お姉ちゃんに抱きついてきたあの頃が懐かしい……」

 

「いやいや、ほとんどお姉ちゃんから抱きついて来た記憶しかないから! 捏造はやめて!」

 

「なーにバカなことやってんだい、あんたたちは」

 

 

 ノエルは痺れを切らしたのか話に割り込んだ。

 

 

「はーい、あたしは何もしてませーん。ただお姉ちゃんがくっついてきたから剥がしただけでーす」

 

「うぅっ、どうしてサフィーはノエルには従順なんですの……? わたくし、お姉ちゃんなのに……」

 

「自立したい時期なんだよ、きっと。アタシもそうだったし」

 

 

 マリンは一瞬ハッとし、頭を抱えた。

 

 

「ということは、いつしか『お姉ちゃんなんて嫌い!』なんて言われる日が来てしまうのでしょうか……」

 

「待って、ねえ、お姉ちゃん? あたし、別にそんなつもりじゃ……」

 

「うわぁぁぁ! ノエル〜! どうしましょう! サフィーに嫌われたりなんてしたらわたくし、わたくし〜!」

 

 

 ノエルは溜息をつきながらぽんぽんとマリンの頭を撫でる。

 

 

「こりゃ相当拗らせてるねえ……。サフィー、お姉ちゃんは大事にしろよ……?」

 

「だから別にお姉ちゃんを嫌いになるなんてことは……。あぁ、もう面倒くさい……」

 

 

 サフィアも溜息をつき、仕方なさそうにマリンに抱きついた。

 

 

「あー、お姉ちゃんゴメンねー。寂しかったよねー、大好きだよー」

 

「うわぁ、棒読み……。ま、こいつにとっちゃ関係なさそうだけど」

 

 

 ノエルの言う通り一瞬でマリンの顔はぱあっと明るくなり、サフィアに抱きつき返すのであった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして。

 

 

「2人とも、何の話してたか忘れてないよね? 特にお姉ちゃん」

 

「もちろん覚えてますわよ。次の目的地ですわね!」

 

 

 マリンはドヤ顔をしながら胸を張る。

 

 

「うん、胸を張って言うほどのことじゃないぞ?」

 

「それで、行き先はどうしますか?」

 

「わたくしはサフィーの行く場所ならどこへでも!」

 

「お姉ちゃんは黙ってて。話が進まないから」

 

「ガーン!?」

 

 

 マリンは先ほどのようにしょぼんと落ち込み、部屋の隅で座り込んでしまった。

 

 

「お姉ちゃんは置いといて……。そろそろどこかの王都に行く頃合いかな、とは思うんですよね」

 

「そうだねぇ……。とはいえ、まだ魔導書とか資料とか色々まとまってないんだよ。流石に新しい国に行くとなると情報量が溢れてしまう」

 

「うーん……それなら新しい国じゃなくて、既に行った国を再調査というのはどうでしょうか? それなら得られる情報量も少ないですし、まとめる時間も取れると思います」

 

「既に行った国、か……。とはいえセプタの魔女はお前たちの婆さんしかいなかったそうだし、ノーリスは再調査するには広すぎる。師匠のいる国は魔女なんて近寄らないだろうし、フェブラは毎年行ってるからねぇ」

 

 

 ノエルは地図に書いてある国に小さく×印をつけていく。

 そしてあることに気がついた。

 

 

「そういやヴァスカルにはしばらく戻ってないねぇ。優秀な魔女を集めきってから帰るつもりでいたからだけど」

 

「ヴァスカルというと……ノエル様の故郷ですよね? 魔導士が住人のほとんどを占める、別名・魔法の国」

 

「そう、魔法の国。と言っても、そのほとんどが魔法をやめて家族を持った者たちだ」

 

「ならヴァスカルにも戻る意味もなさそうですね〜」

 

 

 サフィアは筆で×印を入れようとしたが、ノエルがそれを制止する。

 

 

「いや、戻る意味はあるかもしれない。蘇生魔法の手がかりに繋がる可能性のある人がいるからね」

 

「それってもしかして……ノエル様のお母様のことですか?」

 

「あぁ、そうだ。あの人ならこの資料もパパッと片付けられるだろうし、蘇生魔法に繋がる情報ももらえて一石二鳥だ!」

 

「どんな人なんです? 魔女、ってのはもちろん知ってますけど」

 

「一言で言うなら、家族想いの良い人だよ。ちょっと愛が強すぎる気もするけど……。ちなみに得意な魔法の系統は、特殊属性の中の『時魔法』だ」

 

 

 ノエルたち3人は誰一人として特殊属性の魔法をうまく使えないため、この話はサフィアの目をキラキラと輝かせた。

 

 

「特殊属性! それも使える人が一番少ないって言われてる時魔法! あたし、会ってみたいです!」

 

 

 ノエルはニヤッと笑い、地図を畳んだ。

 

 

「そうか、なら次の目的地は決まったね。おいマリン、いつまでいじけてんだい。早く行くよ!」

 

 

 マリンはゆっくり立ち上がり、パパッと荷造りを終わらせた。

 

 

「さあ、早く行きますわよ! 新しい殿方を探しに……じゃなかった、ノエルのお母様の元へ!」

 

「いじけながらそんなこと考えてたのか、この万年独身女!」

 

「わたくしはちゃんといつか結婚できますー! わたくしより強いお方を婿にするんですー!」

 

「いやいや、お前みたいな血の気の多い女は触れただけで火傷しちまうだろ」

 

 

 マリンはムッとしながらノエルに言い返す。

 

 

「あら、お先に火傷したいんですの?」

 

「ハッ、お前ごときの火力でアタシの炎を超えられるなんて思うなよ?」

 

 

 ノエルとマリンはあと少しでぶつかりそうな距離までメンチを切り合っている。

 そこに、いつものようにサフィアが割り込んだ。

 

 

「あの、喧嘩するならせめて宿から出てからにしてくれません? 今回も部屋の修理代なんて払わされたら、いくらノエル様の財布とはいえそろそろキツくありません?」

 

 

 それは実に的を得た発言であった。

 ノエルがルフールから貰った魔具の財布のおかげで1日に2000G(ゴールド)は手に入るが、そのほとんどは3人分の食費と移動代と宿賃で消えてしまっていた。

 あまりの金欠に、気づけば朝起きると同時に「エイプリー・ルフール!」と叫ぶようになっていたノエルなのであった。

 

 

「わ、分かったよ。ほら、悪かったから。早く馬車乗り場に行くぞ」

 

「サフィーに免じて許してあげますわ。その代わり、わたくしの分の荷物も持ってくださいまし?」

 

「おや、それくらい自分で持てないくらい老化が進んできたのかい?」

 

「キーッ! わたくしがノエルより老けてるわけないでしょうがー!」

 

「あぁ、もう、そんなのあたしが持つから! いい加減2人とも仲良くしなさーい!」



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17頁目.ノエルと時魔法と無言の扉と……

 ヴァスカルへ向かう馬車の中にて。

 

 

「そういえば……今さらながら聞いてもよろしくて?」

 

「どうした? トイレならあと2時間は我慢しろよ?」

 

「違いますわよ! わたくしが聞きたいのはあなたのお母様のことです!」

 

「さっき話したじゃないか。性格とか得意な魔法とか」

 

 

 マリンは「そういうことではなくて……」と一度考える。

 

 

「うーんと……ああ、そうですわ。1つ尋ねます。あなたは何歳ですっけ?」

 

「何を悩んだと思えば……。お前とは確か16歳違いだろう。それがどうかしたのか?」

 

「ということはあなたは今50歳、ということですわね」

 

「そんなに顔をジロジロ見るな。見た目と1.5倍の年齢差っての、気にしてるんだから……」

 

「なら、あなたのお母様はおいくつですの?」

 

 

 ノエルは指を折って数え、答えた。

 

 

「確かアタシを産んだのが35の時だったから……85歳?」

 

「やっぱり。魔女にしてはかなりお歳を召されてますわね?」

 

「ああ、そう言われてみると確かにな」

 

 

 それを聞いたサフィアは手をあげて言った。

 

 

「でもですよ、ノエル様。若魔女じゃなくなった魔女の平均寿命が75歳くらいなんで、悪いですけど亡くなっててもおかしくないのでは……?」

 

「え……? 若魔女じゃなくなった魔女……?」

 

「え、反応するのそこですか? そりゃノエル様が生まれている以上、ノエル様のお母様は若魔女じゃないに決まって……」

 

「ああああああ!」

 

 

 ノエルは急に叫んだ。

 

 

「きゅ、急に叫ばないでくださいまし! 心臓に悪いですわ……」

 

「どうかしたんですか、ノエル様!?」

 

「ああ、説明不足だったことに今、気がついた。アタシの母親はまだ若魔女なのさ」

 

 

「「は、はい……?」」

 

 

 サフィアとマリンの顔が先ほどよりも意味不明だと言いたげな表情になっているのが分かる。

 

 

「まぁ、そうなるのも無理はない。本当に一番大事な説明をし忘れていたんだから」

 

「実はノエル様の本当の母親じゃない、とかですか?」

 

「そんなことはないさ。あたしはちゃんとあの人のお腹の中から生まれてきた。そのはずだ」

 

「じゃあどういうことですの……?」

 

「簡単に言うと、あの人は自分の魔法で若魔女に()()()のさ」

 

「難しい話ですわね……。まあしばらく時間はありますし、詳しく聞かせてもらいますわよ」

 

「あぁ、もちろん教えてやるさ。アタシの母親の、クロネさんの時魔法について」

 

 

***

 

 

『時魔法』

 

 それは特殊属性の中でも使える魔導士が最も少ない上に、魔力の扱いの難易度と魔法そのものの難易度が最高クラスの非常に珍しい魔法だ。

 というかアタシはクロネさん以外に時魔法を使える魔導士を見たことがない。

 

 あの人が最も得意とする時魔法は、自分以外の時間を少し止める、というものだ。

 自分が触れているものに限ってその影響を受けないから、何回か体験させてもらったことがある。

 他にも、人の記憶を遡ってそれを体験する魔法とか、触れたものの時間を巻き戻す魔法とか色々ある。

 

 その中でも特に面白いのが『未来予知』だね。

 その名の通り『未来』を『予め知る』魔法なんだが、どうも絶対に当たるわけではないらしい。

 起こりうる未来の可能性を全て見ることができるだけで、決定した未来は直前にならないと分からないそうだ。

 

 さて、長々と話したが、本題はここからだ。

 あの人の使える時魔法の中には、自分自身の『時』を変動させるものがある。

 例えば切り過ぎてダサくなった前髪の時を早めて長くする、といった自己干渉型の魔法だね。

 その応用で、あの人は時を巻き戻す能力を()()()()()に使ってみた。

 

 自分の身体の時を巻き戻す。

 過去に摂取した栄養から伸びた身長、髪の毛、さらには持っていた魔力までもを昔あったままに戻すということそのもの。

 それは即ち、()()()()()()()()()()の身体にも出来るということだ。

 

 そしてその魔法の発動は成功した。

 だからあの人には寿命という概念そのものが一切当てはまらないんだよ。

 恐らく、今でもピンピンしてるだろうさ。

 

 

***

 

 

 話を黙って聞いていたサフィアとマリンは顔を見合わせ、同じ質問をした。

 

 

「「それなら、その魔法でイースさんを復活させればいいのでは……?」」

 

 

 ノエルは「やれやれ、やはりそうなるか」と首を振る。

 

 

「話をちゃんと最後まで聞けば分かるよ」

 

 

***

 

 

 さっきアタシは、クロネさんは自分の()()()()時間を巻き戻した、と言った。

 なら身体以外の部分とはどこか?

 毛髪? いいや、毛も髪も立派な身体の一部だ。

 内臓? いいや、身体の中身だって一部と言える。

 それなら魔力? いいや、魔力は魔導士のみが持つとはいえ、体内の力のひとつだ。

 

 身体以外の部分。

 それは『心』または『魂』と呼ばれるものだ。

 その中には『記憶』とか『感情』とかも含む。

 だから巻き戻しをした彼女は、アタシのことも姉さんのことも父のこともしっかり覚えていた。

 

 でもその時、クロネさんは身体以外も全て巻き戻そうと試みていたらしい。

 しかしそれは失敗した。

 

 なぜか?

 

 それは()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

『心』『魂』『記憶』『感情』。

 そういったものは時魔法の影響を一切受けないのだとクロネさんは言っていた。

 まぁつまり魂を失ったイースに時魔法をかけたとしても、残るのはただの精気の抜けた肉の塊だけってことさ。

 

 

***

 

 

 しんと静まりかえる馬車の中、ノエルの表情が次第に暗くなっていく。

 サフィアとマリンはそれにすぐ気づき、必死に頭を下げた。

 

 

「なんと言いますか……辛いことを思い出させたようですみませんでしたわ」

 

「あたしもごめんなさい。ノエル様の大事な人のことを魔法の実験台みたいに言っちゃって……」

 

「謝る必要はないさ。そもそもイースを蘇らせるためにアタシたちは旅をしてるんだから、色んな案が出ることは良いことじゃないか」

 

 

 そんなことを言いつつ、ノエルは無理をしているようだった。

 2人はもちろんそれに気づいていたが、気持ちを殺してただただ黙っていた。

 

 そして馬車はいつの間にかヴァスカルに着いていた。

 3人は馬車から降り、料金を支払い、そのままヴァスカル城へと向かったのであった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして。

 どうにか気を持ち直した3人は、門番に連れられ城の中に入った。

 そして3人はクロネの部屋の前までたどり着いた。

 

 

「さて、どうせ驚かせてくるから扉の前で待っておこうか」

 

「ノエル様のお母様……どんな人なんだろ……」

 

「似た者親子でないことを祈りますが……」

 

 

***

 

 

 それから10分が経過した。

 扉は一向に開かない。

 

 

「あれ? もしかしていないなんてことないよな? 未来予知して見てるはずなんだが……」

 

「もしかして何かあったんじゃ!?」

 

「落ち着きなさいな、サフィー。門番さんが朝会ったと言っていたじゃありませんの」

 

「そ、そうよね! 流石に朝まで元気だった人に、しかも若魔女に何かあるわけないかー」

 

 

 ノエルは恐る恐る扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。

 部屋の中は真っ暗で、カーテンも閉められている。

 

 

「クロネさーん……。いないのかー……?」

 

 

 返事はなく、辺りはしんとしている。

 

 

「あ、こんなところに魔法灯の装置がありますわよ。起動してみますわね」

 

 

 マリンは魔法灯のスイッチに手をかざし、魔力を注ぎ込む。

 すると部屋中のランプに魔法の火が灯り、暗闇が払われた。

 

 

「「「……!?」」」

 

 

 明るくなった部屋を見回した3人は驚きのあまり、声を失ってしまった。

 まるでこれまで気配を消していたかのように突然、部屋の真ん中に()()()()()()()()()

 ということよりも、さらに驚いたことがあったのだった。

 

 

「「「部屋の中、汚なーーー!?」」」

 

「帰ってくるのが早すぎるんじゃよ、このバカノエルーーー!」



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18頁目.ノエルと学園と最強と……

 クロネの部屋の掃除を済ませたノエルたち3人は、自己紹介をした後にクロネの説教を受けることになった。

 

 

「なんじゃ、大陸中の優秀な魔女を集めて帰ってくるとか言っておったのに、たったの2人。しかも1人は子どもときた!」

 

「仕方ないじゃないか。大陸がクソみたいに広すぎるんだ! それとこの子はれっきとしたアタシの弟子だぞ!」

 

 

 クロネは驚く。

 

 

「お前に弟子……? いやいや、まさか。冗談はよしとくれ?」

 

「ん? アタシはてっきりクロネさんがセプタ行きを勧めたのは、この子に会わせるためだったんだと思ってたんだが……違うのかい?」

 

「違うわ。なんでワシがそんな未熟な魔女なんて紹介するんじゃ。ワシが紹介したかったのは古い友人のアクアリスじゃよ」

 

 

 マリンはその名前に反応した。

 

 

「あら、その方なら亡くなりましたわよ。とても優しい魔女でしたわ」

 

「えっ……あいつ亡くなったの……? ワシ、葬儀に呼ばれてない……」

 

「お? マリンの知ってる人かい?」

 

「知ってるも何も、アクアリスというのはわたくし達のおばあさまの名前ですわ。あと、葬儀は親族のみで行いましたので、いつかお墓参りに来てくださいな、クロネさん」

 

「え、えと、ちょっと待っとくれ……? こいつらがアクアリスの孫娘で……その片割れがノエルの弟子で……うーん?」

 

 

 クロネは頭を抱え、話の整理をつけている。

 

 

「って、待て待て。アタシも知らない情報をさらっと流すんじゃない。お前たちのおばあさまとクロネさんが知り合いだった……?」

 

「あぁ、そういうことになるんじゃろうな。先ほどは失礼した。アクアリスの孫娘たちよ」

 

 

 クロネは整理がついたようで、一礼して詫びを入れる。

 マリンとサフィアもそれに礼を返したのだった。

 

 

「それで、集まったのかの? お前の探す魔女たちは」

 

「ルフール。そしてこの2人。以上だ」

 

「たったの3人じゃと!? この8年間、本当に何をしとったんじゃお前は……」

 

「行った国にある街を()()回っていた。だから3人()見つかった、と思ってるよ」

 

「ぜ……全部!? そんな途方も無いことをしておったら時間がどんなにあっても足りんじゃろう!?」

 

「仕方ないだろう? アタシには他の魔女との繋がりがほとんどないんだから。ま、クロネさんはどうか知らないけど」

 

 

 クロネは納得のいったような顔をし、平静を取り戻した。

 

 

「つまり、お前が帰ってきた理由は……ワシに()()()()()()()()()()()()、じゃな?」

 

「相変わらず話が早くて助かるよ。さすがは時魔法の使い手だな」

 

「褒めても何も出んし、そもそも話の内容にまで未来予知は使っとらんわ。母親を舐めるでないぞ?」

 

 

 そして2人は高らかに大笑いをするのであった。

 

 

「(お姉ちゃんお姉ちゃん、やっぱりこの2人似た者親子だよ!)」

 

「(ええ、しかも変なところだけが似ていますわね……。それに、やはり少しソワレさんの面影も……)」

 

 

 笑い終わった後、ノエルは話を続ける。

 

 

「それで、今でも生きてそうな優秀な魔女は知り合いにいないのかい?」

 

「んー、おらんわけでもないというか……。おるにはおるんじゃが……」

 

「何だか煮え切らない返事だな。とにかくいるんだな?」

 

「まぁ、いる。じゃが、今どこにいるかを探すのが大変なんじゃよ。卒業して3年も経っておるからの……」

 

 

 ノエルはピクリと反応した。

 

 

()()……? この国に学校なんてあったか……? それに、その言い方だとまるでクロネさんがそこの関係者であるかのような……」

 

 

 その時だった。

 突然、部屋の扉が叩かれる音がし、扉の外から声が聞こえてくる。

 

 

「失礼します! アカデミーの生徒がまたやんちゃを! 私たちではどうにも止められなくて……!」

 

「またか……。分かった、今すぐ行く」

 

「ありがとうございます、学長!」

 

 

 扉の向こうにいた人物はパタパタと走り去って行った。

 

 

「さて、その魔女を探してやる代わりに、お前たちにひとつ手伝ってもらうとするかの!」

 

「ちょっ、今、確かに()()()()()って……。それに、()()……!?」

 

 

 クロネはクローゼットから紋章が刻まれたローブを取り出し、羽織る。

 そしてローブをバサッと棚引かせ、ドヤ顔をしながらこう言った。

 

 

「その通り! このワシこそがこの国が誇る魔導士育成所『魔導士学園(ウィザード・アカデミー)』の創設者にして初代学長、クロネじゃ!」

 

「「「えええええ!?」」」

 

 

***

 

 

 アカデミーへの移動中、クロネはノエルたちに説明をした。

 

 

「まず、『魔導士学園(ウィザード・アカデミー)』というのは、その名の通り魔導士を育成するための学校じゃ」

 

「それは何となく分かった。問題は、なぜクロネさんがその創設者だとか学長だとかになっているのか、だ!」

 

「……寂しかったから」

 

 

 クロネはボソッとこう呟いた。

 

 

「は……?」

 

「じゃから……家に誰もいなくて寂しかったから……」

 

 

 ノエルはピタッと立ち止まりお腹を押さえる。

 

 

「ふっ……ふっははははは!」

 

「なっ、何で笑うんじゃ! 深刻な問題だったんじゃぞ!」

 

「い、いやぁ、クロネさんにもそんな可愛いところがあったとは。意外な一面を見られたよ」

 

「わ、忘れろー!!」

 

 

 クロネはポカポカとノエルの胸元を叩く。

 

 

「ハッ! そ、そうじゃ、ワシは単に暇だっただけなんじゃ! 暇だったから誰かに魔法を教えたくなって、国王に掛け合っただけなんじゃー!」

 

「はいはい、そういうことにしといてやるよ。それで、アカデミーまであとどれくらいだ?」

 

「話を聞く気は無いんじゃな……。アカデミーまではそろそろ……というかもう見えておるじゃろう?」

 

「おお……立派な建物じゃないか……!」

 

 

 ヴァスカル王都の西寄りに、その巨大な建物はあった。

 下手すると王城と同じかそれ以上の高さはありそうな巨塔と、その周りに校舎らしき石造りの建物が並んでいる。

 そしてその入り口の鉄格子の門を通り、4人はアカデミーの中に入った。

 

 

「それで……わたくしたちに手伝って欲しいことというのは……?」

 

「見る方が早いと思うぞ。ほれ、あそこ」

 

「あそこ……?」

 

 

 クロネは頭を抱えながら指を指す。

 

 

「放せ〜! 放せってば!」

 

 

 校舎の入り口付近で、1人の10歳ほどの少年が教師と思われる大人たちに捕まっている。

 その少年はクロネに気づき、暴れながら呪文を唱え始める。

 ノエルはその呪文に聞き覚えがあった。

 その魔法が何か気づいた瞬間、ノエル少年に向かって猛ダッシュしていった。

 

 

「このバカ野郎! ()()()()なんて子どもが使えるかぁぁ!」

 

 

 そしてその勢いのまま、ノエルはその少年を思いっきり蹴飛ばしたのであった。

 

 

***

 

 

 クロネによると、ノエルに蹴られて気絶しているこの少年はアカデミー1の問題児で、授業があるごとに暴れ、逃げ出すのだという。

 名前は、ジュンと言うらしい。

 

 

「何でそんな奴がアカデミーに……?」

 

「こいつ、将来は立派な魔法使いになりたいとほざいとるんじゃよ。『オレなら絶対にどんな魔女よりも強い魔法使いになれる!』とな」

 

「へえ、このガキ、生意気なこと言うじゃないか」

 

 

 するとジュンが脇腹をさすりながら起き上がる。

 

 

「いたたた……な、何だったんだよ、さっきの……」

 

「おや、目が覚めたのか。意外と頑丈だねぇ」

 

「あぁぁ! さっきオレを蹴り飛ばしたクソ女!」

 

「元気ならそれで何よりだ。使えもしない魔法を使おうとした大バカ野郎」

 

「誰がバカだ! オレはいつしか最強の魔法使いになる男だぞ!」

 

「だからバカだと言ってんだよ。お前は今のままじゃ最強になんてなれやしない!」

 

 

 ノエルはジュンを鋭い眼光で見下す。

 クロネは嬉しそうな顔をしながら2人を見ている。

 

 

「おぉ、こりゃ仕事が早いねぇ、ノエル」

 

「え? あ、そうだった。アタシたちが手伝うことって結局何なんだ?」

 

()()()

 

「「「はい……?」」」

 

「だから、()()()()()()じゃ。お前たちの仕事」

 

 

 ノエルたち3人は顔を見合わせ、首を傾げ、ジュンを見下ろした。

 そして、3人とジュンは叫ぶのであった

 

 

「「「「ええええええええ!?」」」」



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19頁目.ノエルと授業と校則と……

「と、いうわけで。今日からジュンには特別授業を受けてもらう。講師はこいつらじゃ」

 

「はっ! 誰がお前みたいなババアに教わるかよ! オレは自由に生きるって決めてんだ!」

 

 

 ノエルはわなわなと震えている。

 

 

「もしかしてノエル様……今のでキレてません……?」

 

「い、いや……? ババア呼ばわりされるのは慣れてるからな!」

 

「そこでわたくしを見ないでくださいます? 最近は言ってないでしょう?」

 

「どうせそこの赤髪のババア、その黒いのよりもっとザコだろ?」

 

「はい……?」

 

 

 ノエルの隣で、マリンも震え始めた。

 

 

「へ、へえ……? ザコ……ねえ……?」

 

「どっちにしてもババアには変わりねえけどな! オレの魔法に勝てるわけもないだろうし!」

 

「さっき使えもしない魔法を撃とうとしてたくせに……。生意気ね、あんた」

 

「んだよ、チビのくせに、偉そうにしやがって。それに同じクラスの女子よりぺったんこじゃねえか!」

 

 

 その瞬間。

 彼女たちの堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「良い度胸してるじゃないか、このクソガキ!」

 

「ノエルにも負けないところ見せてやりますわよ!」

 

「絶対後悔させてやるわよ……」

 

 

 3人の決意は固まった。

 3人とも「絶対に更生させてやる!」という熱い闘志を燃えたぎらせていたのだった。

 クロネはニコニコしながら3人に言った。

 

 

「よしよし、なら了承じゃな。あと、ジュン。お前がそれ以上暴れるなら退学措置を取るから覚悟しておくんじゃよ?」

 

「うげっ、それだけはゴメンだ! 母ちゃんに怒られる!」

 

「なら、大人しく彼女たちの授業を受けることじゃな」

 

「う……仕方ねえ……。でも、こいつらの話を聞くだけだからな!」

 

「それで構わんよ。それじゃ、3人ともよろしく頼むぞ〜!」

 

 

 その瞬間、ノエルは城の方へと振り向いたクロネの肩を掴み、カバンから大量の魔導書と資料集を出して渡した。

 

 

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

「うん? 何じゃ? この凄まじい量の紙束」

 

「クロネさん。城に帰るついでに、こいつをまとめといてくれないか?」

 

「え、これでもワシ忙しいんじゃけど?」

 

「あとで好きなだけママって呼んでやるからさ」

 

「よしきた任せろ!」

 

 

 そのままクロネは城の方へと走り去っていった。

 

 

「ねえノエル?」

 

「どうしたマリン?」

 

「……チョロ過ぎません?」

 

「ああ、少し心配になってきた……」

 

 

 こうしてノエルたちは資料をクロネに預け、頼まれた通り学園一の問題児・ジュンを更生させるべく、授業を受け持つことになったのだった。

 

 

***

 

 

 特別に教室を借り、教卓にノエル、その横にマリン、生徒の席にジュンとサフィアが座った。

 どうやらジュンはクロネの思惑通り、大人しくしているようだ。

 

 

「それじゃ、授業を始めるぞ」

 

「はーい! よろしくお願いしまーす!」

 

「早くしろよ」

 

「はいはい、分かった分かった」

 

 

***

 

 

「1限目。魔力量を確かめよう、の時間だ」

 

「そんなこと確認するまでもないだろ。何の役に立つんだよ」

 

「魔力量が分かれば、自分が他に使える魔法があるか分かるんだよ。ジュン、得意属性は?」

 

「……闇と風。魔力量は知らない」

 

「それなら測ってみよう。ここは魔導士の学校だ。最新型の魔力計が用意されてるようだね」

 

 

 ノエルは机の下から大きな魔力計を重そうに取り出し、ジュンの目の前に置いた。

 魔力計とは、その名の通り魔力を計ることのできる魔具の一つである。

 2つの水晶のうち片方に魔力を注ぐことで自分の得意な属性と合計魔力を測定することができる。

 

 

「この水晶に手をかざして、各属性の魔力を注ぎ込め」

 

「……ふんっ」

 

 

 手をかざした方の水晶が紫と緑の混ざった色合いになり、もう片方の水晶に透明な水のようなものが溜まっていく。

 

 

「やはり得意なのは闇と風のようですわね。測定結果は……ふむふむ」

 

「確かにこの歳の、しかも魔法使いでこの数値というのは高い方だねぇ」

 

「流石オレ。クラスの魔女たちよりも高いんだぜ!」

 

 

 そこでサフィアが手を挙げ、席を立つ。

 

 

「ねえノエル様! あたしも測っていい?」

 

「あぁ、良いよ。そこを押したら最初から計測できる」

 

「了解です! あ、ポチッと」

 

 

 サフィアがボタンを押すと、水晶の色が透明に戻り、水のようなものも下へと消えていった。

 

 

「それじゃ……はあっ!」

 

 

 水晶の色は濃い青と薄い緑。

 測定結果は──。

 

 

「え? 何これ……」

 

「見たことない色の液体が出てますわね……。赤というか……なんというか……」

 

「あー、これは測定不可の反応だねぇ」

 

「へっ、ざまーみろ! 壊しちまうなんてさ!」

 

「あ、ちなみに測定不可ってのは、この魔力計の最大値超えの魔力って意味だ。この魔力計の最大値を考えると……少なくともお前の2倍近くはあるってことだよ」

 

 

 ジュンは固まった。

 そしてすぐに復活して言った。

 

 

「ま、まあオレよりも年上の、しかも魔女だもんな! 今のオレに超えられなくてもムリはない!」

 

「ちなみに、魔法使いは魔女と違って魔力量は成長しないぞ」

 

「えっ…………」

 

 

 ジュンは再び固まった。

 そこでノエルはこう続ける。

 

 

「とはいえ、魔導士にとって魔力量ってのは全てじゃない。使える魔法の種類や数が変わるだけで強い弱いは決められないからな」

 

「ってことは……まだオレは最強になれる……?」

 

「それはお前次第ってことだ。続けるぞ」

 

 

***

 

 

「2限目。使える魔法を確認してみよう」

 

「そんなもん、属性弾さえありゃ問題ねえだろ?」

 

「馬鹿者。それを撃つ前に相手の罠系の魔法にかかったらどうしようもないだろうが」

 

「その時は、相手の足元にでも弾撃ちこみゃ済む話じゃねえか」

 

「それこそ相手の魔力量が多かったら、相手は防護系魔法を張るだろうさ。魔力に余裕がある時は防御にも回れるからね」

 

「じゃあどうすりゃ良いんだよ」

 

「闇魔法が使えて、合計魔力量を考えると……よし、この魔法を覚えてみよう」

 

 

 ノエルは紙に魔法文字を書き込み、それをジュンに渡した。

 ジュンはその文字を眺め、数回復唱して言った。

 

 

「これ、何の魔法なんだ?」

 

「おや、魔法文字を読めても、その意味は分からないのか」

 

「まだ習ってない単語ばっかなんだよ」

 

「ん……? でもお前、授業は真面目に受けてないんじゃなかったかい?」

 

「オレらの学年で習う魔導書は全部読み終わった。あいつらみたいにゆっくり覚えてる暇はねえんだよ!」

 

 

 その時、ノエルたちはクロネの思惑に気づいた。

 

 

「(もしかして、アタシたち……)」

 

「(更生とか関係なく……)」

 

「(この子のお守りを……)」

 

「「「(させられているだけなのでは……?)」」」

 

 

 ノエルは一つ咳払いをし、ジュンに尋ねる。

 

 

「え、ええと、ジュン? それなら上の学年の魔導書を読めば良いんじゃないのかい? 図書館とかあるだろう?」

 

「できるならそうしてる。だけど校則で上の学年の魔導書が置いてある場所には行けないんだ」

 

「なら親に聞いてみるとか」

 

「聞いてみたけど、2人とも魔導士の家系ってだけで魔法は全く使えないらしいんだよ」

 

「ん? それならあの時使おうとした上級魔法はどうやって知ったんだい?」

 

 

 ジュンはカバンから一つの分厚い魔導書を取り出した。

 表紙には何も書かれておらず、とても古いもののようだ。

 

 

「これに書いてあったのを覚えただけ。意味とか効果とかは知らない」

 

「これは……?」

 

「ある先生に貰ったんだよ。いつか最強になったら使って欲しいって」

 

 

 ノエルはその古びた魔導書をペラペラとめくりながら呟く。

 

 

「確かにあの時使おうとした魔法は強力な呪いの魔法だった。でも、こんな危険な魔法を魔導書に書き込む教師って……」

 

「もしかすると呪いを研究をしている魔導士さんなのでは……?」

 

「だとしてもこいつみたいに自己管理ができない生徒に渡すわけがない。危険すぎる」

 

「うーん……でもそんなことがあればクロネさんが気づくのではなくって?」

 

「そこなんだよな……。未来予知で視れる範囲外ってことはないだろうし、絶対に気づいてるはずなんだが……」

 

 

 悩むノエルたちを他所に、ジュンは尋ねる。

 

 

「それで、さっき貰った魔法は結局何の魔法なんだよ?」

 

「あぁ、そういえばそうだった。そいつは闇属性の束縛魔法『樹縛鎖(プラント・チェイン)』だ。相手の足に縛りついて動きをしばらく封じることができる」

 

「この単語の意味は?」

 

「うーん、クロネさんが教えるべきじゃないっていう判断なら教えるわけにはいかないんだが……」

 

「んだよ、ケチ! たった一単語じゃねえかよ!」

 

「たった一単語で効果が変わるのが魔法だ。試しに……そうだな、一度外に出てみようか」

 

 

***

 

 

「3限目。魔法の単語の意味を理解しよう、だ」

 

 

 ノエルたちは構内にある魔法の練習場に来た。

 

 

「まず、闇の魔弾をあの的に向かって撃ってみろ」

 

「分かった。『エン・ダーク・レイス・コウル・ジュン』!」

 

 

 ジュンの手から黒い弾が飛んでいき、目の前の木の的に命中した。

 

 

「よし、それじゃあその弾の速さを変えることはできるか?」

 

「手を前に出す瞬間に最後の一単語を言えば、まあ多少は」

 

「それは気のせいだ」

 

「えっ……?」

 

「魔弾は術者の手から出るものだと思われがちだが、出て欲しい場所を念じたらそこから出るってだけだ。速さは変わらない」

 

「マジかよ……。それならどうすりゃいいんだ?」

 

 

 ノエルは再び紙に魔法文字を書き込み、ジュンに渡す。

 

 

「『エン・ダーク・クイック』……? 『レイス』は……?」

 

「『レイス』ってのはいわゆる、安全装置の役割を果たす単語だ。速度を上げたり威力を上げたりできないようにするためのな」

 

「それは教えていいのか? 危ないとか言ってたくせに」

 

「さっき教えなかった単語は『繋げることで強力な効果が出る単語』。これは『一つで全体に効果が出る単語』だ。とりわけ安全なやつを選んでやってるつもりだから気にするな」

 

「ふーん、まぁ試してみるか。『エン・ダーク・クイック・コウル・ジュン』!」

 

 

 ジュンの手から同じように黒い弾が飛び出したが、その速度は先ほどの2倍近くになっていた。

 

 

「う……うおおおおお! すげええええ! なあなあ! もっと他にないのか!?」

 

「あー、はいはい、それなら威力を半減させる代わりに大きさを2倍にする単語を……」

 

 

 ノエルはジュンに魔法を教えながら考えていた。

 

 

「(なるほど、ジュンは元から魔法が好きでここに来てたんだ。それを学園の規則というものが邪魔をした……。でも、それならどうしてクロネさんはこいつをアタシたちに預けた……? まだ覚えるべきではない魔法を教えるかもしれないのに)」

 

 

 楽しそうに魔法を使うジュンを見て、ノエルは思考をさらに巡らせる。

 

 

「(それに、学年によって教わる魔法の階級が上がるのであれば、こいつを上の学年の授業に出してあげれば騒ぎも起きずに済むはずだ……。きっとこの学園には何かある。クロネさんはそれに気づいてアタシたちを送り込んだ……という線が濃厚だな)」

 

 

***

 

 

 いつの間にやら、夕刻を告げる鐘が鳴る時間となっていた。

 

 

「よし、じゃあ今日はここまでだな」

 

「なあなあ、明日も来るよな!?」

 

「あぁ、もちろん。お前は飲み込みが早いから教え甲斐があるしな!」

 

「それじゃ、また明日!」

 

「また明日」

 

「また明日、ですわ」

 

「また明日〜!」

 

 

 ジュンを見送った後、ノエルたちはジュンが持っていた古びた魔導書を囲み、話し合った。

 

 

「これ、どう思う?」

 

「クロネさんが放置しているのであれば、危険なことは起きないということでしょうけど……」

 

「他にどんな魔法があったんですか? ノエル様」

 

「呪い系以外には召喚系、束縛系……全部中級以上の闇魔法だった。とはいえ古いものばかりだ」

 

「なるほどなるほど……。その教師についてクロネさんに尋ねてみるというのは?」

 

 

 ノエルは苦笑いをする。

 

 

「ふっ、あの人が教えてくれるわけがない。解けない問題は解けるまで答えを教えない。あの人はそういう人だ」

 

「なら、明日にでもその教師についてジュン君に聞いてみましょうか」

 

「賛成だ」

 

「あたしも賛成。考えててもしょうがないもん」

 

 

 ノエルたちは一旦考えるのをやめ、謎を解く手がかり集めを始めるのであった。



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20頁目.ノエルと魔導書とわ た し た ち と……

ノエルは授業を続ける。

 

 

「4限目。呪文を唱えずに魔法を発動しよう」

 

「え……? そんなことできるなんて聞いたことないぞ!?」

 

「やはりこの学園は実戦的な魔法は教えない方針なのかな。アタシみたいに戦闘特化の魔導士は皆、呪文を唱えずに魔法を発動するんだ」

 

「どうやってやるんだ?」

 

 

 ノエルは黒板にチョークで図解を描き、説明する。

 

 

「昨日解説した呪文っていうのは、身体の中ではなく自然の魔力を操作するための言葉だ。つまり、身体の中の魔力を操作できれば言葉を発しなくても魔法は出せる。効果は少し弱まるけどね」

 

「でも……本当にそんなことできるのか……?」

 

「ふむ、見せる方が早そうだな。サフィー、よろしく」

 

「えっ、あたしですか!?」

 

 

 サフィアは椅子から立ち上がり、やや嫌そうに声を上げる。

 

 

「アタシは形のある魔法が苦手だし、マリンは火だから危ない。サフィーなら水だから形も分かりやすいし安全だ」

 

「なるほど、そういうことですか。分かりました」

 

 

 サフィアはしばらく目を閉じて集中し、手を机に向ける。

 

 

「はあっ!」

 

 

 掛け声とともにサフィアの正面に白い竜巻が起こり、机の上に天井に届くほどの氷の柱が出現した。

 ジュンは目をキラキラさせながらノエルの方を振り向く。

 

 

「な、なあ! オレにもできるのか!?」

 

「あぁ、できるよ。時間はかかるかもしれないけど」

 

「それでもいいから教えてくれ!」

 

「もちろん教えるとも」

 

 

***

 

 

 ノエルとジュンは昨日に引き続き、練習場にやってきた。

 到着するなりジュンは辺りをキョロキョロと見回す。

 

 

「なぁ、あの赤いのと青いのは?」

 

「あぁ、あの二人はちょっと用事があるらしい。だから今日はしばらくアタシと2人きりだ」

 

 

 マリンたちは昨日の魔導書の主を探しに向かわせた。

 ジュンからその教師の名前を聞いた2人は、職員室に訪ねに行ったのだった。

 

 

「まあいいや。早くやろうぜ!」

 

「じゃあまず大事なのは想像力だ。発動したい魔法の単語の意味を思い浮かべるもよし、魔法の名前から想像するもよし、実際見たことがあるならそれを想像するもよしだ」

 

「想像か……よし、じゃあ昨日教わった魔法を想像して……」

 

「昨日……あぁ、『樹縛鎖(プラント・チェイン)』か。それじゃ、自分の中の魔力と周りの魔力が一体化するような感じを想像してくれ」

 

「一体化……」

 

 

 ジュンは目をつぶって集中する。

 しばらくは何も起きなかったが、次第にジュンの周りにキラキラとした細かな光が集まってくる。

 

 

「よし、あとは発動する場所めがけて、その思い描いた力を解き放つんだ!」

 

「……はっ!!」

 

 

 ジュンは手を前に突き出し、ノエルの足元に『樹縛鎖(プラント・チェイン)』を……発動できなかった。

 

 

「あ、あれ……? 出ないぞ?」

 

「想像力が足りなかったか、解き放つ瞬間に頭の中で考えた図が崩れたか、だね」

 

「くっそー、難しいな、これ!」

 

「これを初見でできたら拍手モノだ。それに、今回お前が使おうとした魔法をお前自身はまだ見たことがない。想像力が足りないのも当然だ」

 

「なら……『エル・ベース・バインド・ルート・フォン・サイト・コウル・ジュン』!」

 

 

 その呪文は、昨日ノエルがジュンに渡した『樹縛鎖(プラント・チェイン)』のものだった。

 今度はしっかりと発動し、木の根がノエルの足元に巻きつく。

 ノエルは足元を黙って眺め、それから黒い炎で木の根を焼き切った。

 

 

「……ジュン、使うときは言ってくれ。少し驚いた」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 ジュンはぺこりと頭を下げる。

 

 

「まあいい。これで実際にどんな魔法かは分かっただろう?」

 

「うん、思っていたよりも太い木の根だった。それと、両足じゃなくて片足だけを封じるんだな」

 

「そう、そうやって修正していくんだよ。あと呪文を唱えずに、とは言ったが、魔法の名前は言ってもいいぞ。むしろその方が発動しやすい」

 

「分かった。もう一回やってみる!」

 

 

 それから何度も失敗したが、発動可能になるまでの時間はどんどん短くなっていった。

 そして40回目くらいになって……。

 

 

「……『樹縛鎖(プラント・チェイン)』!」

 

 

 ノエルの足元から木の根が出現し、足首を軽く掴んだ。

 

 

「おお、発動できたじゃないか! まぁ少々弱い拘束だったが良しとしよう」

 

「やったぁ!」

 

「ふーむ。さっきアタシが少し叱ったのが拘束の弱さの原因かもしれないな……。すまない」

 

「いや、あれはオレが悪かったんだし、弱いのはオレの想像力不足だ」

 

「ま、発動の仕方は分かったみたいで良かったよ。それじゃ、次に移ろう」

 

 

***

 

 

「5限目。魔導書を使いこなそう」

 

「ここまで来て魔導書? 魔導書って初心者向けのものじゃないのか?」

 

「じゃあ聞こう。魔導書とは?」

 

「魔法文字と魔法の名前が記された紙で、魔導士じゃなくても魔法を発動させることができるもの、だろ?」

 

「少し説明が足りないな?」

 

「えーと、魔法を一度発動したら紙から文字が消えて使えなくなる。あとは……あ、呪文を唱えなくてもいい!」

 

「その通り。言い換えるなら、さっきの呪文なし魔法の、想像力も要らない版だ。魔法の名前は必要だけどね」

 

 

 ノエルは1枚の紙に5個の魔法を書き込む。

 そしてそれをジュンに渡し、説明し始めた。

 

 

「何も考えずにこの魔法の名前を5回言ってみろ」

 

「えーと、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』……って何だこの魔法?」

 

 

 するとジュンの周りに5つの黒い球体が浮かび上がる。

 しばらくするとパッと弾けて消えた。

 

 

「今のは即席で作った魔法だ。黒くて浮遊して、5秒で消える球というのを想像しながら書いてみた」

 

「どういうことだ?」

 

「魔導書は書いた人によって魔法の内容が変わってくる。例えばただ何も考えずに魔法文字を書いたなら、その魔法文字の法則通りに発動する」

 

「うん、それは習った」

 

「もう一つ、魔法を想像しながら魔法文字を書いた場合、魔法文字の法則を無視できるんだ。簡単な話、創作の魔法を発動できる」

 

「え、何だよそれ。何でも作れるじゃん!」

 

「ふふ、そんなに甘くはないよ」

 

 

 ノエルは再び紙に魔法を書き込み、ジュンに渡した。

 

 

「なら、また同じようにしてみてくれ」

 

「うん、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』、『黒弾(クロ)』」

 

 

 すると再びジュンの周りに黒い球体が現れる。

 しかし、一瞬で消えてしまった。

 

 

「今のは本当は5秒後に爆発する予定だった」

 

「ば、爆発!? 何てもん渡すんだよ!」

 

 

 ジュンは白紙をノエルに押しつける。

 

 

「でも発動しなかっただろう? なぜだと思う?」

 

「うーん……書いた時に想像力が足りなかったとか?」

 

「もちろんアタシはちゃんと想像したさ。足りなかったのは『魔法文字の単語数』だ」

 

「え? でも想像して書いたなら、魔法文字の法則は無視できるって言ってたじゃん」

 

「ならさっき発動しようとしていた魔法を法則を基にして、魔法文字で表してみよう」

 

 

 ノエルは紙に20単語ほどの魔法文字を書き連ねた。

 

 

「うわ……多いな……」

 

「頭の中で想像した魔法は、文字を書けば書くほど魔力が注がれてはっきりしたものになるんだよ。さっき書いたのはたったの4単語だったから、それが十分に反映されていなかった、というわけだ」

 

「じゃあでたらめに魔法文字書いてもいいのか?」

 

「法則無視とは言ったが、それはちゃんと書くべきだな。もし少しでも想像力が足りないまま書いてた場合、とんでもない魔法を書いてしまっているかもしれないからね」

 

「なるほど……。覚えとく……」

 

 

 ノエルは紙をくるくると畳んでカバンに戻した。

 

 

「さて、本題はここからだ」

 

「えっ、今ので終わりじゃ……?」

 

「今までのは基礎編だ。ちゃんと最初に『使いこなそう』って言ったじゃないか」

 

「てっきり書く時の話かと……」

 

「魔導書を書いたらそれで終わりじゃないだろう? いつかは使うんだ。その効率的な使い方を教える」

 

 

 ノエルはカバンから自分の魔導書を取り出し、ジュンに見せた。

 

 

「これはアタシの魔導書だ。好きに見てみな。危ないやつは入ってないから安心してくれ」

 

 

 ジュンはペラペラとページをめくっていく。

 しばらくめくっていったところでジュンは頭を傾げる。

 

 

「んん? これほとんど同じ魔法じゃん。しかも……束縛系の魔法ばっか」

 

「これを見てアタシがどういう風に戦ってると思う?」

 

「敵の動きを先に封じて、その後に攻撃する……?」

 

「その通り。束縛系だったり呪い系の魔法は戦闘中にパッと想像するのが大変だし、呪文も長い。だから先に魔導書に書いておくんだ」

 

「なるほど……! 確かに効率的だ!」

 

 

 そしてノエルは別のページを開いて見せる。

 

 

「こっちは属性弾ばっかり。全部見たことないやつだけど」

 

「これは連発用の魔導書だ。魔導書の場合、魔力は書いている時に消費されているから、戦闘中に魔力不足になった時に使う」

 

「そうか! しかもその場で想像せずに連発できるから普段より早く撃てる!」

 

「そうそう、飲み込みが早いねえ。これが大体の魔導書の有効な使い方だ」

 

「おお、めちゃくちゃ勉強になった!」

 

 

 無邪気に喜ぶジュンを見て、ノエルは考える。

 

 

「(やっぱり根は真面目な子だねぇ。さて、あいつらの方はどうなってることやら……)」

 

 

***

 

 

 一方その頃、マリンとサフィアは見知らぬ館の暗い廊下を走っていた。

 

 

「ねえ、お姉ちゃん! 後ろ来てる!?」

 

「ええ、絶賛追いつかれる寸前ですわよ!」

 

 

 後ろを振り向くと、薄ぼんやりと光る人のような形の()()()が追いかけてきているのが見える。

 

 

「ヒッ! もう何なのこいつらぁぁ!? 魔法は効かないし、なんか浮いてるし!」

 

「しかも、なぜか階段を何度も降りてるはずですのに、いつまで経っても下に着かないなんておかしいですわよ、この場所〜!」

 

 

『 わ た し た ち と あ そ ぼ ? 』

 

 

「ひぎゃあああ!?」

 

「どうしてこんなことにぃぃ!?」」



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21頁目.マリンとサフィアと結界と……

 1時間ほど前。

 

 

「はぁ……。クロネさんが同伴しているならまだしも、わたくしたちだけで職員室に入るというのは……」

 

「果たしてどんな目で見られることやら……」

 

 

 マリンとサフィアは魔導書の主を訪ねに、学園の本館一階にある職員室前に来ていた。

 ドアは横開き式で、ドアの上には『職員室に入る時には必ずノックをすること』と書かれていた。

 サフィアはドアをノックして恐る恐る開く。

 

 

「し、失礼しまーす……」

 

「ですわ〜……」

 

 

 マリンたちが部屋に入ると、1番手前にいた教師と思しき男が気づく。

 

 

「おや、あなた方は確か……」

 

「はい、ジュン君の臨時講師のマリンと申します」

 

「どうも、同じく臨時講師のサフィアです!」

 

「あぁ、ご丁寧にどうも。それで、どうか致しましたか?」

 

「ええと、この職員室に『ライジュ』さんという方はいらっしゃいますか?」

 

 

 すると職員たちがその名前にピクッと反応する。

 そして話しかけた教師が返答した。

 

 

「え、えーと、ライジュはですね……。今は使われてない別館と呼ばれる建物にいつもいますよ」

 

 

 少し目を逸らしながら話す教師を見て、マリンは少し怪訝な顔をする。

 そして、マリンは誤魔化すように微笑み直しながら尋ねる。

 

 

「ええ、分かりましたわ。その別館の場所を教えていただけますか?」

 

「分かりました。この学園の地図を差し上げましょう。左端の方にあるこの校舎が別館です」

 

「あら、ご丁寧にどうもですわ」

 

「ああ、あともう1つ。くれぐれもライジュには注意してくださいね。何があっても我々は保証しかねますから……」

 

「え……? わ、分かりましたわ」

 

 

 その後、地図と別館の入り口の鍵を受け取り、2人は別館を探しに行ったのであった。

 

 

***

 

 

「もしかしてライジュさんって人、職員の人たちに避けられてるのかな……?」

 

「どうやらそのようですわね……。ですがなぜ彼女は別館などに居座っているのでしょう?」

 

「さ、さあ……? 暴れまくって隔離されたとか?」

 

「あながち間違いじゃないかもしれませんわよ……? 注意しろとも言われましたし」

 

「確かに、その言い方は少し気になったわ。それにこの魔導書のこともあるし……。まぁ、実際会ってみるしかないか」

 

 

 そう話しているうちにその別館にたどり着いた。

 そこは本館からも教室のある校舎からも遠い、敷地内の隅に建てられた古びた木造建築であった。

 吹き抜けの玄関が何とも言えぬ不気味さを出しており、全ての窓が締め切られているのが見える。

 

 

「う、わぁ……。オンボロじゃない……。本当にこんなところに人がいるの……?」

 

「一応、魔力の痕跡を探ってみましたが、先生に言われた通りここにいるみたいですわね……」

 

「中……入るの?」

 

「は、入るしかありませんわ。さっさと終わらせますわよ!」

 

 

 マリンは勇み足で前へと進む。

 サフィアはマリンにしがみつきながらついていった。

 中に入ると、真っ暗闇の中でぽつぽつと魔法灯が灯っているのが見える。

 どうやらどの教室のカーテンも、廊下の窓のカーテンも全て閉まっているようだ。

 物音一つしない廊下を2人は床をギィギィいわせながら進んでいった。

 

 

***

 

 

 一階を周った後、マリンたちは階段に差し掛かる。

 

 

「ど、どうやらこの階にはいないようですわね。上に行きますわよ」

 

「う、うん……。ゆっくり行ってね、ゆっくり……」

 

「も、もちろんですわ。このわたくしがサフィーを置いて逃げるとでも思って……?」

 

 

 サフィアの目にマリンの手が少し震えている様子が映った。

 

 

「お姉ちゃん……もしかして怖がってたり……」

 

「そ、そんなわけありませんわ! お姉ちゃんですもの!」

 

「そ、そうよね〜! お姉ちゃんに怖いものなんてないもんね〜!」

 

 

 マリンとサフィアはぶるぶる震えながら階段を上りきり、二階も同じように探索した。

 

 

「へえ、一階と同じ構造なんですのね。外から見た感じよりも立派な教室……」

 

「何でこんな建物が隅っこにあるんだろ。しかも誰も寄り付かないような見た目してるし」

 

「普通なら使われていない建物は取り壊すものだと思っていましたが……。およそ20年近く放置されてますわね、ここ」

 

「オ、オバケとか出そうよね……」

 

 

 するとマリンは立ち止まり、振り向いて言った。

 

 

「そっ、そんなこと言わないで下さいまし!」

 

「やっぱり怖いんじゃないの……?」

 

「そ、そりゃオバケは誰だって怖いですわよ! 攻撃しても当たらないと聞きますし!」

 

「お姉ちゃんの怖さの基準って、攻撃が当たるか当たらないかなんだ……」

 

「泥棒だって怖いものかもしれませんが、魔法で攻撃したら撃退できるでしょう?」

 

「なるほど、追い払えれば怖くないってことなのね……」

 

 

 そして2人は二階を周りきり、三階へと移動した。

 

 

***

 

 

 三階を周りきり、四階を周りきる頃になり、ようやく2人はこの建物のおかしな点に気付き始めた。

 

 

「ね、ねえお姉ちゃん……?」

 

「ど、どうかいたしました……?」

 

「さっきから同じ教室ばっかり見てる気がするんだけど……?」

 

「確かにそんな気もしますわね……。それにライジュさんらしき人影も見当たりませんわね」

 

「ちょっと待って……これってもしかして……」

 

 

 サフィアはふと思い立ち、廊下の窓のカーテンを開ける。

 そしてすぐにビクッとし、のけぞった。

 

 

「ど、どうかしましたの!?」

 

「ね、ねえお姉ちゃん。ここ、何階だっけ?」

 

「ええと、3回階段を上ったので()()ですわね」

 

「外から見た時、何階建てに見えた?」

 

「窓が三段あったので三階建て……あれ……?」

 

「そう、ここ三階なの……! 窓から外見たら分かると思う!」

 

 

 マリンもカーテンを開け、外を見た。

 すると明らかにここが三階であることが分かる。

 

 

「ほ、本当ですわ……。一体これはどういうことですの……?」

 

「何かの魔法……? でも魔力の痕跡は見当たらないし……」

 

「空間魔法の結界のようなものかもしれませんわ。発動した結界の中なら結界の魔力は感知できませんもの」

 

「ってことはあたしたち、罠にハマったってこと?」

 

「ええ、どうやらそのようですわね。教室の方から嫌な魔力がこんなにたくさん……」

 

 

 2人は背中合わせになり、周囲を警戒する。

 サフィアは目をつぶって魔力を感知する。

 

 

「魔力の数は……あれ? 反応が消えた……?」

 

「い、いいえ! サフィー、よく見て!!」

 

「えっ……? ひうぅっ!?」

 

 

 冷たい風のようなものがサフィアの首筋を掠めた。

 

 

「サ、サフィー、大丈夫!?」

 

「う、うん! 何ともないけど……何なの、今の!」

 

「どうやら……()()は魔法ではないみたいですわね……!」

 

「ど、どういうこと!?」

 

「とりあえず今は……逃げますわよ!」

 

「え、ええっ!? ちょっと待ってよぉぉ!」

 

 

 マリンはサフィアの手を掴んで全速力で廊下を走る。

 すると教室のドアが開き、そこから微かに光る人型をした()()が追いかけてきた。

 

 

「な、何アレ!?」

 

「今はとにかく急いで外に出ましょう! 話は後で!」

 

「なら、軽く足止めするわ! 『蒼の堅壁(フリーズ・ピラー)』!」

 

 

 白い竜巻がサフィアの足元から発生し、走った跡に氷の壁が立ち塞がった。

 

 

「よし、これで少しは遅く……」

 

 

 しかしその()()は氷の壁をすり抜け、サフィアたちを追いかけてきたのだった。

 

 

「なってないぃぃ!? ちょっと、魔法が効かないんだけど!?」

 

「えぇ、恐らくそうでしょう! だからこそ急ぐんですわよ!!」

 

 

 すると二人の耳にぼうっと重い声が響いた。

 

 

『 わ た し た ち と あ そ ぼ ? 』

 

 

「「ヒィィィッ!?」」

 

 

 そして2人は全速力で階段を降り、廊下を走り、階段を降り、廊下を走り、階段を降り、廊下を走って出口へと向かった。

 

 

***

 

 

 そして今に至る。

 確かに2人は出口へと向かった。

 向かおうとしたが、一向に出口が見つからない。

 

 

「あ、あれ? 出口どこ!?」

 

「まさか……。サフィー、ちゃんとお姉ちゃんの手を離さずに握っていてくださいまし」

 

「う、うん!」

 

 

 マリンは走るペースを落とし、息を整える。

 そして叫んだ。

 

 

「『火炎射ち(フラム・ショット)』!」

 

 

 マリンの指先から炎が走り、廊下の窓のカーテンを全て焼き切った。

 窓の外を見ながら2人は階段を降り、走り続ける。

 そしてカーテンを焼きながら何周かして、2人は気づいた。

 

 

「「ここ、永遠に二階と三階を繰り返してる!?」」

 

 

 外の景色は2回階段を降りるごとに元の景色に戻り、何度降りても変わる様子がなかったのだった。

 

 

「そ、それならさっきあたしが出した氷の壁とか、お姉ちゃんの炎は!?」

 

「もしかすると、階段を降りるたびに元あったように戻されているのかもしれませんわ!」

 

「ああもう! そういう結界ってことね! どうするの!?」

 

「あの連中に魔法が効かないのであれば、直接結界を壊すしかありませんわ!」

 

「でもあいつらを足止めできなきゃ結界を壊せるような魔法、撃てないでしょ!?」

 

「うっ、確かに……」

 

 

 2人はそのまま考えながら逃げ続ける。

 しかし、遂に走り疲れて座り込んでしまった。

 

 

「も、もう無理……。お手上げよぉ……」

 

「ゼー……ハー……ゼー……ハー……。流石のわたくしも体力の限界が……」

 

 

 サフィアが後ろを振り向くと、先程から後ろを追ってきていた()()は空中浮遊したまま止まっている。

 

 

「あ、あれ……? あいつら……追ってこない……?」

 

「そういえばさっき、『わたしたちと遊ぼう』みたいなこと言ってた気もしますわねぇ。敵意はないということでしょうか?」

 

「あんな声で言われても、敵意がないなんて到底思えないんだけど……」

 

「まあ、ひとまずは安心ですわね。走る必要がなくなったんですから」

 

「それで、こいつら何なの?」

 

「オバケですわ」

 

 

 マリンはニコッとしながらサフィアに答えを返す。

 するとサフィアの顔色がサーと一気に冷めていった。

 

 

「オ、オオ、オバケ……?」

 

「ええ、オバケです。恐らく本物ですわよ」

 

「お、お姉ちゃんは怖くないの? さっきオバケは怖いって……」

 

「怖いに決まっているでしょう……。本物に出くわすなんて思っても見ませんでしたし……」

 

 

 マリンはしっかりとサフィアの腕に抱きついているのであった。

 

 

「うん、怖いのはよく伝わった……。それでこれからどうするの?」

 

「オバケたちは襲ってくる様子もありませんし、このまま結界を壊しに行くのもアリかとは思いましたが……一つ、気になることがありまして」

 

「気になること……?」

 

「ええ、そもそもオバケというのは魔法で生成する類のものではなく、『死霊術』と呼ばれる魔法とはまた別の儀式が必要になるのですわ」

 

「しりょうじゅつ……? そんなの聞いたことないよ?」

 

「それはそうでしょうね。魔導士は皆、死霊術を使う存在……『死霊術士(ネクロマンサー)』が嫌いですから。ノエルはそもそも興味すらないのでしょう」

 

 

 マリンはオバケをチラッと見て、話を続ける。

 

 

「そして、死霊術というものは起動発動型……その場で使う系の術だったはずですわ。つまり……」

 

「このオバケたちが出現した時、術者が近くにいた!」

 

「その通り! そして、その死霊術士(ネクロマンサー)はオバケの出現場所と結界の仕組みから推定するに、あの教室の下の一階あたりにいるはず」

 

「ということは?」

 

「結界を破ると同時に大本を叩かせて頂きます!」

 

 

 マリンはサフィアの手を握りしめ、オバケが出現した教室の下の二階まで走った。

 

 

***

 

 

「恐らくこの下にわたくしたちを閉じ込めた犯人がいますわ。覚悟はできていて?」

 

「ええ、もちろんよ。これでも一端の魔女なんだから」

 

「なら、同時にやりますわよ!」

 

「うん、いつでも行けるわ」

 

「じゃあ、1、2の……」

 

「『撃滅の炎拳(グラン・フラム)』!」

 

「『殲滅の風迅(ブレイク・ブレイド)』!」

 

 

 マリンは拳から焔を出し、それを凝縮した光の束を下に放つ。

 サフィアも同時に風の刃を手に纏わせ、5連撃を床に打ち込んだ。

 すると、すさまじい揺れと共に床が崩れ、2人は落ちていくのであった。



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22頁目.ノエルと死霊術と召喚術と……

 風が吹く音がする。

 ここどこだっけ……。

 というか背中と足に、何か柔らかい感触が……。

 

 

***

 

 

「う、ううん……」

 

「あぁ、良かった……。目が覚めたのですね、サフィー」

 

「お姉ちゃん……? ここは……って、んん!?」

 

 

 サフィアは周りを見回し、目の前にある壊れた校舎に驚く。

 さらに自分が姉に()()()()()()をされていることに驚いたのであった。

 

 

「ちょっ、恥ずかしいから降ろして!」

 

「あらまあ……。サフィーを助けてあげたの、わたくしですのに……?」

 

「よく分かんないけど、それは感謝するから。とりあえず降ろして」

 

「はいはい、ですわ」

 

 

 マリンは渋々サフィアを降ろした。

 

 

「それで……一体あの後どうなったの?」

 

「簡単な話ですわ。わたくしたちが床を崩した瞬間、このオンボロ校舎が全部壊れたので、気を失って落下していくサフィーをわたくしが空中で掴んで外まで運んで、今に至る、といった感じです」

 

「ライジュさんは?」

 

「まだ見つけられてませんわ。下敷きになったのであればオバケも結界も消えるはずでしょうけど、まだ嫌な反応はありますわね」

 

「ということはまだ気絶していないか、下敷きにすらなっていないか……ってことか」

 

「見立てが甘かったですわね。死霊術士(ネクロマンサー)というのはやはりやりにくい相手ですわ……」

 

 

 すると突然、マリンたちの後ろの茂みからガサガサと物音が聞こえる。

 恐る恐る近づいてみると、茂みの中に謎の白い毛玉が見えた。

 

 

「あの……見えてますわよ……?」

 

「ひぇっ!? わ、わわっ、私はここにはいませんよ!」

 

「いや、誤魔化しきれてないから……。バレバレにも程があるわよ、その白い()()()……」

 

「ギクッ……。ば、バレてはしょうがありませんね……。はいぃ……」

 

 

 茂みから出てきたのは、白いアフロヘアの女だった。

 丸メガネをかけ、白衣を着ており、いかにも学者のような見た目だ。

 マリンたちとは目も合わせようとせず、少し震えているようにも見える。

 

 

「その様子から察するに、あなたがライジュさんですわね?」

 

「は、はいぃ……。ライジュと申します……。魔女であり死霊術士(ネクロマンサー)でもあります……はいぃ……」

 

「どうしてあんな結界張ったり、オバケを呼び出したりしたのかを聞かせてもらおうかしら? あと、この魔導書の件も」

 

 

 サフィアはジュンから借りた魔導書を出した。

 

 

「それは……ジュン君に渡した魔導書……。どうしてあなたたちが……?」

 

「ここに書かれていた魔法をジュン君が使おうとして危なかったというのと、校則違反だそうなので調べに来たんです」

 

「なるほど……。あなたたちが話に聞く、今回のジュン君の特別講師の方なのですね……?」

 

「そういうことですわ。とりあえず質問には答えていただきますから」

 

「は、はいぃ……。長い話になりますが……」

 

「なら、そこに座って話しましょうか」

 

 

 マリンたちは近くにあったベンチに座り、ライジュの話を聞くことにした。

 

 

***

 

 

 私はその……いわゆる死霊術に興味があってですね……。

 この国のある街で1人で研究に没頭していたんです。

 私は魔女という立場でありながら死霊術を研究していたので、街の皆さんからは後ろ指を指されることが日常茶飯事でした……。

 

 なので私はいつも夜に出歩くことにしていたんです。

 それならあまり街の人とも出会いませんし、暗いのであまり他人の目が気にならずに済むので……。

 でも私はそんな日常が嫌でたまりませんでした……。

 

 そんなある日、私のことを知ったクロネ学長がやってきて、私のためにこの研究場所を貸してくれたんです。

『ここなら辛い思いをしなくてもいい』って……。

 もちろん教師として魔法を教えることが条件でしたが、教えるのは昔から得意だったのですぐに決断しました。

 

 ですが、ここに来ても他の先生方からは冷たい目で見られて……。

 どうやら生徒たちも私の悪い噂を聞いていたようで、授業の時はほとんどみんな言うことを聞いてくれないという始末でした……。

 

 そこで出会ったのがジュン君なんです。

 彼は他の授業では暴れてしょうがないと聞いていましたが、私の授業だけは真剣に聞いてくれてたんです……。

 

 

***

 

 

「あなたは何を教えていたんですの?」

 

「呪い系の闇魔法です。かける方ではなく解く方の」

 

「確か中級魔法よね? それ」

 

「ええ、そうです。私は低学年向けの中級魔法を教えるように言われていますので」

 

「だからジュン君は真剣に聞いてたんですわね……」

 

「その時私は、彼が真面目で勤勉な生徒なのだと悟りました。なのでその魔導書をあげたんです。いつか彼が良き魔導士になったなら、その時に使って欲しいと思い……」

 

「なるほどね……。それじゃ、次はあたしたちにしたことについて説明を求めるわ」

 

 

 ライジュは頷く。

 

 

「分かりました……。研究の一環なんですよ。先ほどの結界とオバケたちは……」

 

「死霊術に結界を張るようなものがあるんですの?」

 

「はい。『学園七不思議』という術がありまして、その中に『無限階段』というものがあったので使ってみたのです。が、自分で入ると抜けられないことに気づいたのと、この死霊術は誰かが罠にかかるまで解除が効かなかったので……」

 

「誰かが入るのをじっと待っていたってことですか? こんな誰もこなさそうな場所で?」

 

「うっ、そう言われると返す言葉もございません……。でも本当は学長に頼むつもりだったんですけど、今日は忙しいと断られてしまい……」

 

 

 サフィアとマリンはその理由に思い当たった。

 

 

「その……多分、忙しいのはわたくしたちのせいですわね……」

 

「ごめんなさい……」

 

「い、いえいえ! 無事研究の成果は得られましたし、問題はないです! 校舎は壊れてしまいましたけど……」

 

 

 ライジュは壊れた校舎をやや悲しげな目で眺める。

 

 

「それについても謝罪しますわ……。結界から出る方法を模索した結果がアレしかなくて……」

 

「これについては私の実験準備が疎かだっただけですので! それに、結界を外から見ようとした結果、この通り生きてますし!」

 

「あれ? それだとやっぱりあたしたちが一方的に悪いような……」

 

「大丈夫です! 全ては私が発動した死霊術が問題だらけだっただけなので!」

 

 

 流石のサフィアもこれには圧されてしまった。

 

 

「それで、オバケの件はどういう……?」

 

「えーとですね、久しぶりに人が来たので不審に思って亡霊たちを監視に向かわせたのですが、どうやら私の言うことよりも『遊びたい』という自分の未練を果たすことを優先してしまったみたいで……」

 

「それも研究不足……といったところですわね」

 

「大変ご迷惑をおかけしました……」

 

「ところで……その亡霊たちは?」

 

「あっ……」

 

「「()()……?」」

 

 

 3人が後ろを振り向くと、目の前には先ほどのオバケたちがズラッと並んでいた。

 日光のせいか、より白く光って見える。

 

 

『 ど う し て あ そ ん で く れ な い の ? 』

 

 

「「「ヒィィィッッッ!!」」」

 

 

 少しずつ後ろに下がりながらライジュは頭を抱えている。

 マリンたちもそれに合わせて後ずさりする。

 

 

「まずいですね……。亡霊は時間が経つと怨念化してしまって手がつけられなくなるんですよ……」

 

「ええっ!? 魔法は当たりませんし……撃退する方法は……?」

 

「死霊術しかないですけど、お祓い用の道具はこの校舎の中……」

 

「「ということは……??」」

 

「逃げます! 捕まったら未練を果たしきるまで絞られちゃいますから!」

 

 

 ライジュはマリンとサフィアを置いて本館の方へと逃げ去ってしまった。

 

 

「ちょっと、逃げ足早すぎない!?」

 

「ライジュさんには悪いですが、やっぱりわたくし死霊術士(ネクロマンサー)は苦手ですわぁぁぁ!」

 

 

 マリンとサフィアもライジュの後を追い、怨霊たちから全速力で逃げるのであった。

 

 

***

 

 

「よし、今日はここまでだ。明日はもっと面白いものを見せてやるよ」

 

 

 ノエルとジュンは今日の授業を無事終わり、帰る準備をしていた。

 

 

「明日が楽しみだなー! 早く帰って寝るか!」

 

「ふふ、早く寝ても明日が早く来るわけじゃなかろうに」

 

 

 練習場から出た瞬間、2人の目の前を白い毛玉が爆速で通り過ぎて行った。

 

 

「あ、ライジュ先生だ。また実験に失敗したのかな?」

 

「ん? ライジュってあの魔導書をお前に渡した奴か?」

 

「うん、そうだよ。オレ、あの人の授業は好きなんだ!」

 

「へえ? 実験っていつも何やってるんだい?」

 

「オバケを呼び出すんだ。それでいつも失敗してオバケから逃げてんだよ」

 

「オバケ……死霊術士(ネクロマンサー)か! ん……? それなら……あいつらは……?」

 

 

 するとライジュが来た方向から、マリンとサフィアが走って来るのが見える。

 そしてその後ろから謎の光の塊が、嫌な魔力のようなものを放出しながらやってきているのも見えた。

 

 

「なるほど、あいつらも巻き込まれてるのか……。やれやれ……」

 

 

 ノエルはカバンから魔道書を取り出し、羽根ペンを手に取る。

 

 

「魔導書なんて構えて、何するんだ?」

 

「これでも闇魔法を研究して長いからね。怨霊を祓える魔法を今考えてる」

 

「おお! 魔女っぽい!」

 

「アタシは正真正銘魔女だよ! まあ、よく見てな」

 

 

 ノエルは魔導書に羽根ペンでスラスラと模様を書き込む。

 そしてそれを破って地面に置いた。

 

 

「おーい! マリン、サフィー! そのまま真っ直ぐ来て、アタシの隣をそのまま駆け抜けろ!!」

 

「了解でーすわーー!!」

 

「分かりましたーー!!」

 

 

 2人ともノエルの指示通りに走ってくる。

 ノエルは2人が通り過ぎたのを確認して、地面の魔導書に手を触れた。

 

 

「ジュン、本来は明日教えるつもりだったが、先に見せてやるよ。魔導書のもう一つの使い方をな!」

 

 

 ノエルが呪文を唱え始めると、魔導書を中心にして暗く光る陣が描かれる。

 するとその陣の四隅の円から鉄の柱が出現した。

 

 

「『ここに来たるは冥府の扉。』」

 

 

 ノエルの詠唱と同時に鉄の柱が黒い光に包まれ、中心に扉が出現した。

 

 

「『開け。我が召喚に応じよ。』」

 

 

 扉が開き、中からは黒いオーラが漏れ出しているのが見える。

 

 

「『出でて掴め、死神の手!』」

 

 

 すると扉から巨大な手が現れ、怨霊たちをまとめて掴んだ。

 そして、その手はそのまま扉の中へと戻っていき、しばらくして魔法陣も消えていくのであった。

 

 

「ふう……これでよかったかな」

 

「す…………」

 

 

 ジュンはノエルを見上げて固まっている。

 

 

「すげえぇぇぇぇ!! 何だよそれ!」

 

「これは術式といって、召喚魔法や儀式魔法を発動するために用いる道具の1つだ」

 

「いやそっちじゃなくて、さっきの魔法の方!」

 

「あ、そっちか。さっきのは、闇属性の上級召喚魔法『死神の手の召喚(サモンズ・リーパーハンド)』というんだ」

 

「しょうかん……?」

 

「んー、簡単に言うと、強力な魔物を呼び出す魔法だ。種族によっては呼び出しに応じてくれないこともあるが、餌となる魔力を払う代わりに、助けに来てくれる」

 

 

 ノエルは地面の魔導書を拾い、土を払う。

 

 

「オレも召喚してみたい!」

 

「そう言うと思ったから本当は明日見せるつもりだったんだ。ま、明日を楽しみにしてな。絶対に魔物を召喚させてやるから」

 

「よっしゃあ! じゃあ、また明日!」

 

「あぁ、また明日。気をつけて帰るんだぞ〜」

 

 

 ジュンは走って家に帰っていった。

 

 

「さて、と。そっちは無事終わったのかい?」

 

 

 ノエルはマリンたちの方へ振り返る。

 すると2人+1人は息をあげてへたりこんでいる。

 

 

「これが……無事に……見えますの?」

 

「生きてるなら無事だ。死霊術士(ネクロマンサー)の相手をして五体満足ならなおさらな」

 

「別に戦ったわけじゃないですから……。逃げ疲れたんですよぉ……」

 

「ま、詳しい話は後で聞くとして……こいつは悪い奴だったのか?」

 

「えっ、私悪い人に見えます……?」

 

 

 ライジュはノエルもジュンの特別講師であることを察し、見上げながら言った。

 

 

「まぁそんな格好してりゃ、一見して怪しいとは思った」

 

「そんなに変ですか……?」

 

「自覚してないならいい、気にするな。それで、お前たちの報告を聞こうか?」

 

 

 マリンとサフィアは声を合わせて声高らかに答えた。

 

 

「「結論! ライジュさんは悪い人じゃありませんでした!」」

 

「よろしい。それじゃあとりあえずこの件は解決ということでいいな?」

 

「い、いいんですか……? 私、死霊術士(ネクロマンサー)なんですよ……?」

 

 

 ノエルは頭に疑問符を浮かべている。

 

 

「それがどうした? お前はお前のやりたいことをやってただけなんだろ?」

 

「え、ええ、そうですけど……。その……」

 

「何だ、もしかしてみんなが自分を避けるから、アタシもあんたを冷たい目で見るとでも思っていたのか……?」

 

 

 ノエルはライジュにずいっと近寄り、ニヤリとしている。

 

 

「残念ながら、アタシは本当に悪い奴じゃなきゃ憎めないし嫌いにもなれない性格でね。何が正しい、何が間違ってるなんて世間体を気にしないタチなのさ」

 

 

 マリンとサフィアは顔を見合わせ微笑んで、ノエルの方へ目を向けた。

 

 

「だからアタシはあんたが悪人じゃないのなら、何とも言うつもりはないさ。むしろあんたが誰かに何か悪口を言われたんなら、アタシがそいつらをぶっ飛ばしてやる!」

 

 

 ライジュは目をうるうるとさせ、口に手を当てている。

 そして頭を下げながら言った。

 

 

「あ……ありがとうございます……! ありがとうございます……!」

 

 

 ノエルは泣きじゃくるライジュの頭を泣き止むまでずっと撫で続けたのであった。



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23頁目.ノエルと目と魔法教育と……

「なるほどそれであの別館をぶっ壊して、オバケたちを捕まえて今に至る、と……」

 

「「「「大変申し訳ございません……」」」」

 

 

 ノエルたち3人とライジュはクロネの呼び出しを受けて学長室に来ていた。

 そしてクロネに頭を下げさせられていたのであった。

 

 

「って、何でアタシまで頭を下げなきゃいけないんだ!」

 

「連帯責任ってやつじゃ。今回の件についてはお前の監督不行き届きでもあるしの」

 

「うっ、それは確かに……」

 

 

 ノエルは言い返すことができない様子だ。

 サフィアは恐る恐るクロネに尋ねる。

 

 

「な、何か処罰とかあるんですか……?」

 

「いや別にないぞ? 元はと言えば、ワシがライジュについて何の説明もしてなかったせいじゃから、ワシも悪いからの」

 

「なるほどな。クロネさんも連帯責任に含まれるから免除にする、と」

 

「そういうことじゃ。ライジュの研究室は……そうじゃな、明日までに新しい場所を用意しておくよ」

 

 

 するとライジュはクロネから目を逸らしながら答える。

 

 

「あのぉ……それなんですけど……。私、ここにいるべきではないと思いまして……」

 

「……と言うと?」

 

「やはり魔導士と死霊術士(ネクロマンサー)は合わないんですよ……。せっかく拾っては貰いましたが、どこにいてもやっぱり私は後ろ指を指される立場なんです……」

 

「それで辞めるって?」

 

「私にはここで教師として教える資格なんてないんです! それに私はあの冷たい人目を避けるためにあそこで研究をしていたんですし、今となってはもう……」

 

 

 クロネはひとつ溜め息をつき、椅子から立ち上がってライジュの目の前に立った。

 そしてライジュの顔を両手で挟んで自分の方へ向け、目と目を合わせた。

 

 

「ライジュ。ワシのこの目は冷たく見えるか?」

 

「い、いいえ……。いつものお優しい目です……」

 

「こいつら3人の目はどうじゃった?」

 

「冷たくなかったです……」

 

「じゃあ、ジュン……いや、生徒たちの目は?」

 

 

 ライジュは少し目をつぶり、答えた。

 

 

「……ただ騒がしくしていただけで、優しい目でした」

 

「そう、お前はお前を見る目全てが冷たいと思い込んでるだけなんじゃ。確かに悪い噂を聞いた連中が、お前に酷いことを言ったことがあるかもしれぬ」

 

 

 クロネは目を合わせたままライジュの頬から手を離し、言った。

 

 

「じゃがな、お前がこの学園に来てから実際にそんな事を言われたことはあったか?」

 

 

 その瞬間、ライジュはハッとした顔をした。

 

 

「ない……です……」

 

「「ええっ!? ない|(んです)の!?」」

 

 

 ライジュの話を聞いていたサフィアとマリンは驚いている。

 

 

「つまり、全てライジュのトラウマが引き起こした錯覚、ということじゃ。元からこの学園の連中はお前を冷たい目なんかで見とらんよ」

 

「そ、そんなまさか……」

 

「だってワシ、ちゃんとお前の事情については全校集会で話しとるし。お前はいつも欠席しているがな」

 

「でも職員室の先生方は何かよそよそしい感じでしたわよ?」

 

「それは単にみんなビビっとるだけじゃよ。()()()に」

 

「「「「はい……?」」」」

 

 

 4人はポカンとしている。

 するとクロネは突然昔話を始めた。

 

 

「数年前、ライジュのとある実験が失敗しての。オバケが100体ほど学内に逃げてしまったんじゃ」

 

「あぁ、そういえばそんなことも……」

 

「その日は生徒たちは授業がない日でな? 教師たちは全員仕事をしておったんじゃ」

 

「まさかとは思いますけどその話、怖い話だったりします? わたくしその手の話は苦手なのですけれど……」

 

「大丈夫じゃよ。職員室にオバケ100体が突然現れて、部屋を荒らしたりイタズラしたりしただけじゃから」

 

「う、うわぁ……」

 

 

 ノエルたち3人はゾッとした表情をしている。

 すると、サフィアが手を挙げて尋ねた。

 

 

「つまりオバケがトラウマになっちゃって、先生たちはその原因であるライジュさんを避け続けてる。ってことですか?」

 

「その通り。じゃからあの校舎には誰も近づかん。気味が悪いしオバケが出るし……なんて最悪じゃろ?」

 

「え、えーと……。つまりどういうことです……?」

 

 

 話がこんがらがってきたのか、ライジュはクロネに尋ねる。

 

 

「つまりお前は別にここで魔法を教えても何も言われないし、冷たい目で見られたりもしない。ライジュ、お前はここに居ていいんじゃよ」

 

「ほ、本当ですか? 信じていいんですね……?」

 

「信じられないなら、魂の盟約とかやってもいいんじゃよ?」

 

「い、いえいえ! 学長を縛るような真似するくらいなら信じますよ! 私、辞めたりしませんから!」

 

「よしよし。それに万が一にでも何かあった時は、ワシに相談してくれれば対処するしの」

 

「ありがとうございます……!」

 

 

 ライジュは頭を下げる。

 

 

「あと、もしあの校舎が心地良かったのなら、明日までに建て直しとくぞ?」

 

「えっ、そんなことできるんですか!? 願ってもない話ですけど!」

 

「ワシを誰だと思っとるんじゃ? 時魔法の使い手じゃぞ?」

 

「そういえばそうでした……。本当にありがとうございます!」

 

 

 ライジュはペコペコと頭を下げ続けた。

 

 

***

 

 

 しばらくして、クロネは4人を椅子に座らせる。

 そして紅茶を淹れて4人に振る舞ったのだった。

 クロネはノエルたちに尋ねる。

 

 

「さて、それでジュンの様子はどうじゃ?」

 

「真面目にやってるよ。今日は魔導書の使い方を教えてやった」

 

「そうかそうか。それは何よりじゃな」

 

 

 クロネは嬉しそうに笑っている。

 

 

「で? 一体、これは何のつもりだったんだ? アタシたちに魔法を教えさせるなんて」

 

()()じゃよ」

 

「改革? 何のだよ」

 

「この魔導士学園(ウィザード・アカデミー)の校則の、延いてはこの魔法の国の在り方の改革じゃよ」

 

「ほう……。詳しく聞かせてもらおうか?」

 

 

 クロネは紅茶をすすり、答えた。

 

 

「ここの校則には『魔導士は自らの()に合う魔法を使うべし』というのがあっての。ここで言う『自らの()』というのは()()の事なんじゃ」

 

「だからジュンは他のみんなと同じ授業を受けて退屈していたんだねぇ」

 

「そこでワシは、校則を変更することを少し前から決めておった。今の校則は、集団魔法教育についてまだ理解が深まってない時代に作ったものじゃったから、そろそろ変える頃かと思ってな」

 

「どんな風に変えるつもりだい?」

 

「ワシは先程の校則をこのように変えるつもりじゃ。『魔導士は自らの技能に応じた魔法を()()()学ぶべし』とな」

 

 

 4人はその言葉に反応し、クロネの方を向いた。

 ライジュは嬉しそうに尋ねる。

 

 

「ということはもしかして、ジュン君みたいな生徒が自分の知りたい魔法を学べるって事ですか!」

 

「そういうことじゃ。そしてこれにはライジュの死霊術も含むつもりなんじゃが、どうじゃ?」

 

「死霊術は魔法とは言えませんけど、良いんですか……?」

 

「魔法ってのは、原初の魔女が体系化させた不思議な術の総称じゃ。死霊術だって不思議な術であることには変わりないし、魔法に近いものと言えよう?」

 

「なるほど……分かりました。学長がそう仰るのであれば、この私の知恵をお使い下さい!」

 

「よし来た! これで新校則の制定に一歩近づいたぞ!」

 

 

 ノエルは怪訝な顔でクロネに聞く。

 

 

「そういえばこの国の在り方がどうとか言っていたのは一体……?」

 

「ワシはこの国の教育大臣でもあるんじゃが、王が……」

 

「ちょっと待て。今何て?」

 

「ワシ、この国の教育大臣なんじゃよ。じゃから忙しいと言っておろうが」

 

「そういうことは先に言ってくれよ!? それ知ってりゃ、少しは資料の量も遠慮したのに!」

 

「言っても少ししか遠慮せんじゃろ! それに、あの程度の資料ならもうとっくに片付けとるわ!」

 

 

 クロネは奥の机の上を指差した。

 そこにはノエルたちが持ってきた資料がきちんとまとめられた、1つのファイルと1冊の魔導書があったのだった。

 クロネはそれをノエルに渡す。

 

 

「ほれ、これが頼まれとった資料じゃ。それと魔導書も」

 

「おお……。読みやすくまとめられてる上に、魔導書の新しい文字の解析まで……。感謝するよクロネさん」

 

「なに、娘に頼まれたことをしたまでじゃ。当然のことじゃよ」

 

「えっ、娘……?」

 

 

 その声を上げたのはライジュだった。

 

 

「ん? お前たち、言っておらんかったのか?」

 

「まぁ、ノエルの話は出てきませんでしたし……」

 

「そういえば、確かにノエル様のこと紹介する暇もなかったね……」

 

「えっ……えっ……? クロネ学長の娘さん……?」

 

 

 ライジュはひたすらに戸惑っている様子だ。

 

 

「あ、あぁ。アタシはクロネさんの娘のノエルと言う。自己紹介が遅れてすまなかったな」

 

「た……たた、大変ご迷惑をおかけしました〜!! 特にオバケの件については感謝しかございません!」

 

「突然恐縮しないでくれ!? アタシとクロネさんは血の繋がりはあっても、ただの師弟関係だから!」

 

 

 ノエルはライジュをなだめる。

 すると、クロネが目を点にしてノエルに言った。

 

 

「えっ、ちょ、ノエル……? 家族って言う方が優先じゃろ……?」

 

「もちろん家族だけど、あんたはこの国の『魔法教育の救世主様』で、アタシはただの一介の魔女だ。母親がこうだから自分も、って訳にはいかない事情じゃないか」

 

「こんなに立派に育ってくれて嬉しいんじゃが、少しくらい娘っぽく振る舞ってくれてもよかろう……」

 

「家ならまだしも、こんな公の場で母親面されると恥ずかしいんだよ! 察してくれ!」

 

 

 マリンはニヤニヤしながらノエルをからかう。

 

 

「あ、そういうことだったんですの? 意外と可愛らしいところもあるんですのねぇ?」

 

「うるさい。話を戻すぞ。それで王様が何だって?」

 

「あぁ、そういう話じゃったな。それで、王がこの国の魔法教育についてワシに提案してきたんじゃよ」

 

「どんな提案だ?」

 

「この国を『最強の魔法国家にする』という提案じゃ。最強と言っても軍を作るためとかではなく、魔法に優れた国、という意味じゃ」

 

「それで優れた魔女が育ってくれればアタシ的にも助かるが……。まあ、それだけの話で本当に済むなら、ここの図書館の文献を漁る方がよっぽどマシか?」

 

 

 クロネは笑いながら言った。

 

 

「それはそうじゃな。お前たちが探している魔女たち程の技量を持つ魔女を育てるなら、間違いなく100年はかかるじゃろうしな」

 

「途方もない数字ですわねぇ」

 

「それほどまでに魔法というのは奥が深いんじゃよ。むしろ数十年でノエルやソワレほどの魔女が育ったのは奇跡とも言えるじゃろう」

 

「やめてくれ……。それは流石に褒めすぎだ」

 

「いやいや、ノエルさんの魔力量は間違いなく大陸一、二を争いますって。上級召喚魔法なんて本の中でしか使える人見たことありませんよ」

 

「ライジュまで! ただの鍛錬の賜物ってだけなのに!」

 

 

 クロネは何か閃いた様な顔をして言う。

 

 

「どう鍛錬すればそんなに強くなれるのなら、お前自身がアカデミーで教えれば、10年もしないうちに探してる魔女が見つかるかもしれんぞ?」

 

「そんなことしてるうちに魔女探しに行く方が絶対早いし正確だ。その手には乗らないぞ?」

 

「ちっ……良い線いったと思ったんじゃが……」

 

「まあつまり、自分で言うのも何だが、アタシたちみたいな強い魔女がどう教えるかを知りたかったということだな?」

 

「ざっくり言うとそんな感じじゃ。すまんな、知らぬ間にこの国のために働いてもらって」

 

「ちゃんと次の優秀な魔女の場所を教えてもらう、って契約の元だからな。それだけ守ってもらえるなら何でもするさ」

 

 

 クロネはうんうん、と頷いた。

 

 

「さて、そろそろ日も暮れてきたし宿に戻るか。ライジュはどうする?」

 

「私は実家通いなので」

 

「そうか、じゃあまたな。クロネさんも」

 

「えぇ、また」

 

「明日が最終日じゃから、終わったらここに集合するんじゃぞ〜」

 

「分かってる分かってる。じゃ!」

 

「ご機嫌よう〜」

 

「さようなら〜」

 

 

 そう言ってノエルたちは宿に戻るのであった。



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24頁目.ノエルと初召喚と魔具と……

 次の日の朝。

 

 ノエルはジュンに魔法を教えるべく宿を出た。

 サフィアとマリンは疲れていたようで、そのまま寝かせてある。

 ノエルも寝ぼけ眼をこすりながら、いつもの教室の前に立った。

 そしてノエルは教室に入るなり、ジュンにこう伝える。

 

 

「アタシがお前に教えるのは今日が最後だ。だから心して──」

 

「えっ……。嘘だろ!?」

 

「おや、聞いてなかったのかい? クロネさんが伝えてるもんかと……」

 

「学長とはあれ以来会ってない。っていうか、えー……? 今日で本当に終わりなのか?」

 

「あぁ、いつまでもここに居るわけにはいかないからね」

 

「教師になりゃ、絶対いい先生になれると思うんだけどなー」

 

 

 ジュンは手を後ろに回して椅子にもたれかかりながら言う。

 ノエルは苦笑いしながら言った。

 

 

「クロネさんにも同じこと言われたが断ったよ。アタシにはやるべきことがあるんだ」

 

「やるべきこと?」

 

「そうさ。まぁ、教えるつもりはないけどね」

 

「え〜。教えてくれてもいいじゃんか〜」

 

「お前にゃまだ早すぎる。次会った時にでも教えるから、とりあえず授業始めるぞ」

 

「ちぇっ……。はーい」

 

 

 ジュンはつまらなさそうに答えるのだった。

 

 

***

 

 

「6限目。召喚魔法を使ってみよう」

 

「昨日のアレみたいに、カッコいいの出せるんだよな!」

 

「流石にああいった巨大な魔物を出せるようになるには鍛錬が必要だ。今のお前が召喚できるとしても『鬼火(ウィスプ)』くらいが限度だろう」

 

「とにかくしょうかん? できるんだったら何でもいいや! 早く教えてくれよ〜!」

 

「慌てるんじゃない。先に召喚魔法の説明だけはさせてくれ。注意が必要な魔法だからね」

 

「はーい」

 

 

***

 

 

『召喚魔法』

 

 その名の通り魔物を召喚する魔法だ。

 魔導書に陣を書き込み、自分の魔力を大量に注ぎ込むことで扉を作る。

 そして魔物がいる場所に繋ぎ、自分の魔力をエサにして一度だけ命令を聞いてもらう、というものだ。

 この大陸にはあまり魔物はいないが、他の大陸には色んな魔物が住んでいる。

 召喚したい魔物についてきちんと調べた上で召喚しないと、どの属性のどれくらいの量の魔力が好物なのか分からずに召喚できないから、その点だけは注意して欲しい。

 そして命令が終わったら勝手に扉に戻っていくから、あとは扉の鍵を閉めて終わりだ。

 

 

***

 

 

 話を聞いていたジュンは頭を抱えながらウンウンと唸っている。

 どうやら話が難しかったようだった。

 

 

「まぁ、こうなるのは分かってたけど。簡単に説明すると、自分の得意な属性の魔力を、魔導書に注ぎ込んで、その魔力をエサにして魔物を呼び出して命令する! そして魔物が帰ったら、扉を閉める! 以上だ」

 

 

 すると理解できたようで、ジュンは手をポンと叩いた。

 

 

「なるほど! 分かった!」

 

「ちゃんと魔物について調べるのも忘れないようにな」

 

「もちろん!」

 

「よしよし。それじゃ今回召喚する鬼火(ウィスプ)についてはアタシが教えてやるから、ちゃんと聞いておきな」

 

「はーい!」

 

 

***

 

 

鬼火(ウィスプ)

 

 鬼火(ウィスプ)はどこにでも生息している魔物で、生き物の魂が集まったものと言われている。

 暗いところや墓地を住処として、空気中の魔力を食べて生きている。

 魔導士の魔力ならどんな属性でも好物らしいから、召喚初心者向けの魔物と言えるだろうね。

 大きさは手のひらに乗るくらいで、色は食べている魔力の属性によってまちまちだ。

 基本的に浮いているだけで攻撃とかはできないから、出せる命令は移動くらいだね。

 

 

***

 

 

「魔物にしては怖くないというか何というか……」

 

「まぁ間違いなく最も無害な魔物だね。たまに寝てる人に取り憑いて悪夢を見せるとは聞いたことはあるけど」

 

「ある意味恐ろしい魔物ってことか……。じゃあとりあえず召喚のやり方を教えてくれよ」

 

「気合十分で何より。それじゃ魔導書でも何でもいいから、紙を一枚机の上に置いてくれ」

 

 

 ジュンは言われた通りに紙を机の上に置く。

 

 

「そしてそこに大きく丸を描いて。できるだけ正円でな」

 

「こんな感じで……。うん、描き終わった」

 

「じゃあその円を割るように横線を引っ張るんだ」

 

「分かった。まっすぐ……まっすぐ……。よし、描けた!」

 

 

 ノエルはチョークで魔法文字を書き、ジュンに見せる。

 

 

「半円の上にこの魔法文字を書いてくれ。鬼火(ウィスプ)と書いてある」

 

「なかなか難しい綴りだな……。書けた!」

 

「そしてその半円の下には自分の名前を書くんだ。契約の署名みたいなものだと思え」

 

「なるほど……。書けた」

 

「最後に横線の上ならどこでもいいから黒丸を描くんだ。ああ、触れる大きさにしろよ? それが扉の鍵になるから」

 

「これくらい?」

 

 

 ジュンはノエルに陣を見せる。

 

 

「それじゃ小さすぎる。目安はその丸を持ち上げて棒状にした時、手に握れるくらいがいい。うっかり鍵を無くしちゃ大変だからな」

 

「なるほど。じゃあこれくらいかな。よし、描けたぞ!」

 

「あぁ、それならちょうどいいだろう」

 

 

 ノエルは黒板に文字を書き連ねる。

 そして部屋のカーテンを閉め、黒板灯以外の灯りを消した。

 

 

「じゃあそれに手を当てて魔力を少し注いで、黒板に書いてある通りに言うんだ」

 

「えーと……。『ここに来たるは魔の扉。開け。我が召喚に応じよ。』」

 

 

 すると紙に書いた黒い丸が立体的に浮かび上がり、小さな細い棒となる。

 そしてそこから黒い煙が出たかと思うと、小さな石の扉が現れた。

 

 

「『出でて飛び回れ。鬼火(ウィスプ)!』」

 

 

 ゴリゴリと石の扉が開き、その中から紫色の火の玉のようなものが飛び出てきた。

 火の玉はフヨフヨと浮きながら部屋の中を縦横無尽に飛び回っている。

 

 

「やった! 呼び出せた!」

 

「こいつは闇鬼火(ダーク・ウィスプ)だね。闇属性の魔力をたくさん食べた鬼火(ウィスプ)だ」

 

「へー。不思議な生き物だな、こいつ」

 

「霊魂の塊だから生きちゃいないけどね。暗いところではよく光るから綺麗だろう?」

 

「確かに……」

 

 

 紫色の光は暗い教室を仄かに照らし、2人はそれをただぼんやりと眺めていた。

 しばらくすると、鬼火(ウィスプ)は扉の中に戻っていった。

 その瞬間、扉が閉まる。

 

 

「そこの穴にさっき出てきた棒を入れるんだ」

 

「あ、これか」

 

 

 ジュンは言われた通り、扉に棒を差し込んだ。

 その瞬間、ガチャンという音とともに扉がみるみるうちに消えていった。

 

 

「これが召喚魔法だ。どうだった?」

 

「うーん、すごい魔法なのは分かったけど、もう少しカッコいい魔物を召喚したかったなー」

 

「まあ、進級すりゃ低級の魔物くらいは呼び出させてくれるだろう。自分の魔力量に合った魔物しか召喚できないし、知識も必要になるから今は我慢してな」

 

「うん。でも、いつか昨日のやつみたいな強い魔物を召喚したい!」

 

「ジュンの魔力量だと、さっきみたいな召喚法であいつを呼び出すのは無理だろうね」

 

「ん? つまり、他にも召喚する方法があるのか?」

 

「そういうこと。それじゃ、次の授業だ」

 

 

***

 

 

「7限目。魔具を使いこなそう」

 

「まぐ……?」

 

「魔具ってのは魔力が込められた便利な道具の総称だ。単に魔導士が使う道具のことを指すこともあるけどね」

 

「魔導書とか?」

 

「そうそう。それも立派な魔具だ。何も知らない普通の人間にとっちゃただの紙切れだがね」

 

「それで、使いこなすってどういうことだ?」

 

 

 ノエルはカバンから1つの腕輪を取り出した。

 そしてそれをジュンの机の上に置く。

 

 

「こいつはアタシが数年前に買った魔具『闇夜の腕輪(ナイト・バングル)』だ。貸してやるから腕につけてみろ」

 

「う、うん」

 

 

 ジュンが腕輪をつけると、突然腕輪が黒く光り始めた。

 しばらくするとその光が次第に収まってくる。

 

 

「さて、何か変わったことはあるか?」

 

「うーん……。特には感じられないけど」

 

「じゃあ魔力計で測ってみよう」

 

「え、どういうことだ?」

 

「いいからいいから」

 

 

 言われるがまま、ジュンは魔力計に魔力を注ぎ込む。

 すると紫と緑の二色に分かれたが、以前より紫が2倍ほどの量になっている。

 

 

「魔力量が増えてる!? 魔法使いって魔力は成長しないんじゃなかったのかよ!」

 

「落ち着け。そいつがその魔具の効果なんだ。闇の魔力量を少しだけ増やしてくれる」

 

「魔力量の最大値が増える道具!? そんな便利なものあったのかよ!」

 

「落ち着けって。そんな簡単に魔力量の最大値が増えてたまるか。もう1回測ってみろ」

 

 

 ジュンはもう一度魔力計に魔力を注ぎ込んだ。

 

 

「あれ? おかしいな。さっきはもっとあったはず……」

 

「それがその腕輪の力だからな。言ったろう? 増えるのは『闇の魔力量』と。いつ誰が『魔力量の最大値』と言った?」

 

「あっ、そういうことか! この腕輪は、オレの闇属性の魔力を一度だけ増やせるものなんだな!」

 

「ご名答。つまりは魔力を溜め込んでおける財布のようなものだ。まあ、自然に魔力は回復するから一度だけってわけではないけどね。じゃあ、それが使いこなせればどうなるか分かるか?」

 

「自分じゃ魔力が足りない魔法を出すことができる?」

 

「半分正解だな。普通の魔法を使うときは一度に魔力が持っていかれるから、この魔具の回復速度が追いつかない。だが、召喚魔法ならどうだ?」

 

 

 ジュンは合点のいった表情をして言った。

 

 

「そうか、少しずつ魔力を送る魔法ならこの腕輪が役に立つ!」

 

「その通り。魔具をうまく使いこなすことができれば、自分の力を高めることもできるというわけさ」

 

「それで、他の召喚法って?」

 

「なに、簡単な話だ。市販の簡易召喚陣や簡易供物とか、魔具を使った召喚法だよ。簡易供物ってのは召喚するのに足りない魔力を代わりに送ってくれる代物だ。ちょっと高いがね」

 

「つまりオレが将来、昨日みたいな強い魔物を召喚する時は魔具を活用したらいい、ってことだな!」

 

「そういうこと。まあその腕輪は別だが、基本的に魔具は消耗品だからお金は大事にしろよ……?」

 

 

 ノエルはややげっそりとした顔をする。

 

 

「う、うん。気をつけるよ。そういえばこんな魔具があるなら、魔力量の最大値が増えるやつとかあってもいいと思うんだけどなー?」

 

「いやいや、魔力の最大値を常に増やせる魔具なんて、そいつはもう神器(じんぎ)と言っていい代物だよ」

 

「じんぎ……? 魔具とは別のものなのか?」

 

「流石に神器なんて持ってないから見せるのは無理だが、説明だけはしとくか」

 

 

***

 

 

『神器』

 

 神器は魔具の中でも、神が作ったと言われるほど別格の力を持つものを指す。

 魔具との大きな違いは『世界に二つと無い』という点だ。

 魔具は1つ1つに小さな差はあれど、ほぼ同じものが作れる。

 しかし神器は、作った本人でさえ同じものを作ろうと思っても作れないそうだ。

 アタシの知っている限りだと、自分の命を核にして魔法の水を永久に作り続ける神器とかいうものがあった。

 並大抵の魔具職人には作り出せないし、とても魔法に秀でた魔導士が数年同じ魔具を作り続けてようやく1つ生まれるくらい稀少なものらしい。

 

 

***

 

 

「さらに言うと神器はあまりに珍しいから、基本的には国が所有するか、高値で取引されてるかのどっちかだ」

 

「そんなに珍しいものなのか……」

 

「あぁ、1つ持ってるだけでも相当な財力を持った家だと思われる。なんせ安いものでも10人分は一生養えると言われているくらいだからな」

 

「じ、神器って買う以外に手に入らないのか?」

 

「興味を持ってもらったところで悪いが、譲ってもらえるわけもないし、神器を作った職人は普通なら高値で売るだろうさ」

 

「だ、だよな……。一度くらい使ってみたかった……」

 

 

 その時、急にガラガラと教室のドアが開いた。

 そこにはマリンとサフィアがボーッと立っていたのだった。

 

 

「おお、起きたか。2人とも」

 

「おはようですわー。ふあぁ……」

 

「おはようございます……。遅れてすみません……」

 

「眠いなら寝ててよかったのに。律儀な姉妹なことだねぇ」

 

 

 するとマリンは目を見開き、腕を組んでノエルに言った。

 

 

「一度受けた依頼は、きちんとこなさないと気が済まないタチなのです。それに、あなただけじゃ教えられないことがあるかもしれませんでしょう?」

 

「あ、そうだ、ちょうど良かった。お前たち、見たことある神器ってあるか? 今ジュンに魔具の説明と実演はしたんだが、神器については基礎知識しかなくてな」

 

「ん? 神器ならここにありますわよ?」

 

 

 マリンはきょとんとしている。

 ノエルも同じようにきょとんとしている。

 

 

「え? クロネさんに聞いたが、この学園にはないらしいぞ?」

 

「ちゃんとこっちを見なさいな。ここですわよ、ここ」

 

 

 ノエルがマリンの方を振り向くと、マリンは自分の左手の小指に付いた指輪を指していた。

 ノエルとジュンはそれを見て固まった。

 

 

「この指輪、あとサフィーの指輪も。どちらも神器ですわよ」

 

 

 サフィアはうんうん、と頷いている。

 

 

「「えええぇぇぇぇ!?」」

 

 

 ノエルとジュンは目が飛び出るほど驚いたのだった。



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25頁目.ノエルと指輪とおばあさまと……

 マリンは話を続けた。

 

 

「この指輪の名前は『藍玉の涙(ティアマリン)』。サフィーのは『蒼玉の涙(ティアサファイア)』。おばあさまの形見の指輪ですわ」

 

「ま、まさか神器を2つも持ってる家族がいるとは……。いや、噴水を含むと3つか……?」

 

「おばあさまは大変有名な魔女でしたから。当時のセプタ王は、所有していたこの指輪を譲ってくださったと聞きます」

 

「そんな簡単に神器を譲る王も王だが、王に神器を貰えるおばあさまもおばあさまだな……」

 

 

 ノエルは苦笑いしながら言った。

 

 

「まあ、当時はまだ原初の大厄災が起きる前の魔女最盛期でしたもの。神器がいくつも作られて、どの国も持て余してたらしいですわよ」

 

「それが今となっては貴重な代物になるなんて、誰も思わなかったろうねぇ。それで、その神器の能力はなんなんだ?」

 

 

 マリンとサフィアは指輪を外し教卓にコトンと置いた。

 マリンの指輪には薄い藍色の宝石がはめ込まれており、サフィアの指輪には透き通った青色の宝石がはめ込まれている。

 

 

「この2つの指輪は()()対となる違う能力を持っていましたわ。それぞれ『高温への耐性を得る』と『低温への耐性を得る』というものだったそうです」

 

「ほう、対の神器とはこりゃ珍しい。って、ん? 『元は』?」

 

「ええ、今はほぼ同じ能力になっていますの。どうしてかはこの指輪の起源を辿る必要があるのですが……」

 

 

 マリンはちらとノエルの顔色を伺う。

 するとノエルはジュンを見て、やれやれと溜息を吐いた。

 彼は目をキラキラさせながら話を聞いていたのだった。

 

 

「……ジュンが興味を持ったみたいだ。聞かせてやってくれ」

 

「ふふっ、そういうことなら。分かりましたわ。この話はサフィーも小さい頃にお母さまから昔話として聞いてたんじゃありません?」

 

「えっ、あれ実話だったの!?」

 

「ええ、実話ですわよ。わたくしはおばあさまが生きていた頃にこの話を聞き、実話だと教わりましたから。まぁ、とにかく始めますわよ」

 

 

***

 

 

《魔女の指輪》

 

 

 あるところに1人の魔女がおりました。

 その魔女はたいへん魔法が上手く、誰にでもしたわれる人気者でした。

 

 

 ある日、魔女は道に迷った男の旅人を宿に案内しました。

 

 するとその旅人は笑顔で『ありがとう』と言いました。

 その笑顔を見た瞬間、魔女は初めて恋をしたのでした。

 

 旅人がしばらく村にいると聞き、魔女は考えました。

 

『どうしたら私は旅人さんにこの想いを届けられるだろう?』

 

 そして魔女は思いつきました。

 

 

『何か贈りものをしよう。旅人さんに喜んでもらえるような素敵な贈りものを!』

 

 

 魔女は考え、考え、ひたすら考えた末に、旅に便利な力を持った指輪を贈ることにしました。

 もちろん魔女の手作りです。

 

 魔女は旅人のことを想いながら心を込めて指輪を作りました。

 

 ひとつめは、暑いところでも涼しく感じられるようになる赤色の指輪。

 ふたつめは、寒いところでもあったかく感じられるようになる白色の指輪。

 

 魔女はついにその指輪を渡そうと決意しました。

 

 

 ある日、魔女が指輪を持って旅人のところに行くと、旅人は部屋で手紙を書いていました。

 旅人は手紙を書きながら嬉しそうにしたり、頭を抱えて悩んだり、何やら楽しそうな様子でした。

 

『誰に手紙を書いてるのですか?』

 

 魔女は尋ねました。

 

『妻と娘です。元気にしてるって教えてあげるんですよ。』

 

 旅人は答えました。

 その時、魔女は旅人の手に指輪が付いているのを見てしまいました。

 

 魔女は思いました。

 

 

『この人には大事な人がいるんだ。そんな人に指輪なんてあげられないわね。』

 

 

 魔女は旅人に別れを告げ、走って家に戻りました。

 そしてベッドに顔を伏せ、ずっと泣き続けるのでした。

 

 魔女の初めての恋は失恋に終わりました。

 ふたつの指輪はずっと魔女の涙で濡れ続け、赤い指輪は藍色に、白い指輪は青色になったのでした。

 

 

-おしまい-

 

 

***

 

 

「最後に余談ですが、この指輪は結局、彼女がずっと箱にしまったままだったので、能力同士が干渉しあって『どんな環境にもある程度耐えられる』という能力に変化しましたわ」

 

「能力が変化したのって放置したからなの!? 涙関係なくないか!?」

 

「いや、まぁ放置する原因となったのは彼女の失恋ですし、涙は演出上必要だったでしょう?」

 

「ま、まぁ悲しい話ではあったが……」

 

 

 するとノエルは「うん?」と頭を傾げる。

 

 

「そういえば、何でその指輪がセプタ王のところにあったんだ?」

 

「あぁ、実はこの話には裏話といいますか、続きがありまして」

 

「物語として語られない続きとは。気になるな」

 

「でしょう? なぜ語られないのかはさておき、続きをお聞かせしましょう」

 

 

***

 

 

 それから5年後、魔女は村を離れて旅をすることにしました。

 と言っても、旅人が忘れられなかったわけではなく、外の国を旅してみたいと思ったのです。

 

 もちろんふたつの指輪をつけて、古今東西たくさんの国でたくさんの人と出会いました。

 

 そして魔女は再びあの旅人と巡り合ったのです。

 

 

***

 

 

「おお! 良い話じゃないか!」

 

「ええ、良い話ですわね。ここまでは。ですが物語として語られない理由がこの後にあるのです」

 

 

***

 

 

 旅人は魔女のことをちゃんと覚えていました。

 不意の再開に魔女は喜ぶ気持ちが抑えられませんでした。

 

 

 しかしその日の夜、魔女が泊まっていた宿が火事になってしまったのです。

 

 その次の日、旅人がその宿の前を通ると、黒焦げになった遺体がいくつも運び出されているのが見えました。

 旅人はその中に、左半身だけが綺麗に残った女性と思しき遺体を見出しました。

 その左手にはふたつの綺麗な指輪が付いていたのです。

 

 旅人はそれが、昨日久しぶりに会った魔女のものだと気付きました。

 旅人は指輪を手に取り、悲しみながら思いました。

 

『かつて彼女は私を助けてくれた。でも私は何も返すことができなかった。せめて我が国で遺体を弔おう。』

 

 その後、旅人は国に帰り、魔女の遺体を国を挙げて葬いました。

 

 そして指輪はそのまま国の宝物として大事に保管されるのでした。

 

 

-おしまい-

 

 

***

 

 

「「魔女ぉぉぉぉ!!」」

 

 

 ノエルとジュンは話が終わると同時に泣き叫んだ。

 

 

「悲しすぎるだろ! 結局指輪は旅人の手に渡ったってのに、死んじまうなんて!!」

 

「再会の喜びを噛み締めてる最中に死ぬなんて最悪だよ! 浮かばれないよ!」

 

「落ち着きなさい。これが真実なんですから」

 

 

 ノエルとジュンはゼーゼーと息を切らしながら我に返った。

 ノエルは尋ねる。

 

 

「とりあえずなぜ語られないのかは分かった。だが結局、旅人は何者だったんだ?」

 

「あ、話してませんでしたわね。彼の正体はおばあさまに指輪を譲ったセプタ王……に後々なる、セプタの王子ですわ」

 

「あぁ、だから国を挙げてーだの、国で保管ーだの言ってたのか」

 

「あら意外。驚かないんですのね?」

 

「魔女が突然死んだ衝撃の方が大きすぎてな。しかも実話だって言うんだからなおさらだ」

 

 

 するとジュンがマリンに向かって手を挙げて言った。

 

 

「はいはい、質問!」

 

「はい、何でしょう?」

 

「何でそんな大事な指輪を、その旅人はおばあさまって人にあげたんだ?」

 

「あぁ、おばあさまはその魔女の双子の姉だったのです。だから遺品として譲ってもらったのですわ」

 

「確かに家族の遺品なら貰うのは当然かー。つまりその指輪は形見の形見ってことなんだな!」

 

「そう言われてみるとそうですわねぇ。ちなみにこの物語は、おばあさまが彼女から相談を受けた時に聞いた話が元になっているんですのよ」

 

「あぁ、なるほど。だからお前は知っていたわけだ」

 

 

 ノエルとジュンは納得がいったように手を叩く。

 するとその瞬間、チャイムが鳴り響いた。

 

 

「おや、もう終わってしまったか」

 

「あ、授業中にも関わらず関係のない話をしてしまいましたわね……」

 

「いや、とある神器の生まれの物語を聞けるなんて、滅多にない貴重な体験だったよ。実際今日教えることはほとんど終わってたし、いい時間潰しにもなった」

 

「そう言ってもらえると、おばあさまも大おばあさまもきっと喜ぶと思います」

 

 

 マリンとサフィアは少し嬉しそうな表情で指輪を見ていた。

 するとサフィアは突然我に返り、叫んだ。

 

 

「って、今回あたしの出番少なすぎません!? あたしだってノエル様の授業受けたかったのに!」

 

「お前に教えることなんてもうほとんどないんだけどねぇ?」

 

「まだ召喚魔法は教わってないです! その様子だとジュン君は召喚できたみたいですね!」

 

「へっ、お前なんかに召喚なんてできんのかよ!」

 

「できますー! チビっ子の魔法使いにできてこの天才魔女様にできないことなんてありませーん!」

 

 

 ジュンとサフィアは火花を散らしている。

 そして2人は勢いで自分の魔導書に手をかけたのだった。

 ノエルはそこに割り込んで言った。

 

 

「分かった、分かったから! ちゃんとサフィーにも近いうちに教えてやるから、喧嘩はやめろ!」

 

「やったぁ! ノエル様大好き! そしてジュン君、いい助力だったわ!」

 

 

 サフィアとジュンは「いぇーい!」とハイタッチをしている。

 ノエルはそれを見て、わなわなと震える。

 

 

「もしかしてアタシ……こいつらに一本取られた……?」

 

「ジュン君は頭が切れますわねぇ。このノエルを騙せるなんて」

 

「へへっ、やったぜ!」

 

「チッ! してやられた! ま、言ったことは守る主義だ。ちゃんと教えてやるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 サフィアはニヤリと笑い、ジュンと笑い合うのだった。

 

 

***

 

 

 4人が外を見るともう夕方で、ジュンが帰る時間になってしまっていた。

 ジュンは落ち込んだ表情で席から立つ。

 そしてノエルに言った。

 

 

「本当に今日で終わりなのか……?」

 

「あぁ、終わりさ。アタシたちは明日にはこの国を出なきゃならない」

 

「そうか……そうだよな。やることがあるんだもんな……」

 

 

 その瞬間、ジュンは顔をパンパンと叩き、気をつけをする。

 そして頭を下げて言った。

 

 

「1週間、ありがとうございました! 今回学んだことを活かして、立派な魔法使いになってみせます!」

 

 

 ノエルたちは突然のジュンの真面目さに気圧された。

 少しして3人はハッとし、整列して礼を返して言った。

 

 

「こちらこそ。色々と勉強になったよ」

 

「わたくしも。貴重な体験でしたわ」

 

「まあ、悪くなかったわね。召喚魔法を教えてもらうきっかけもできたし!」

 

 

 しばらくして顔を上げると、ジュンもノエルも、誰もが少し恥ずかしそうにしながら笑っているのだった。

 

 こうして、ノエルたちの臨時講師としての最後の1日は幕を閉じたのであった。



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26頁目.ノエルと住所とお嬢様と……

 その次の日。

 

 ノエルたちはヴァスカルを出発する前にクロネの部屋を訪れていた。

 もちろん次の目的地を決めるためである。

 

 

「さて、まずはジュンの特別講師、お疲れ様。本人から感想を貰っておるんじゃが……聞くか?」

 

 

 クロネは何やらニヤニヤしている。

 

 

「本当は言いたくてしょうがないんだろう? 仕方ない、聞いてやるよ」

 

「何じゃ、お前もお前で聞きたくてしょうがなさそうな顔をしおってからに。ま、聞かせてやろう」

 

 

 クロネは自分の机の引き出しをガサゴソと探る。

 そしてそこから1つの巻物を取り出し、ノエルにその巻物を渡す。

 ノエルは受け取るなり、頭に疑問符を浮かべる。

 

 

「……何だこれ?」

 

「見て分からんか? 手紙じゃよ、手紙。ジュンからお前たち宛に今朝届いた。まあ、本人から直接渡されただけなんじゃが」

 

「あら、意外と可愛らしいところもあるじゃありませんの」

 

「とりあえず読んでみましょうよ。少し気恥ずかしいけど……」

 

 

 ノエルが封を開けると、そこには手書きでたった1行の言葉が書かれていた。

 ノエルが音読する。

 

 

「えー、なになに……」

 

 

『オレはいつか最強の魔法使いになる!』

 

 

 ノエルたちは、以前聞いたのと同じその言葉にこれまでとは違う決意がこもっているのを感じた。

 4人は一斉に吹き出して笑った。

 

 

「あっはは! わざわざこれを言うためだけに城まで来たのか!」

 

「ふふっ、まぁジュン君らしいと言えばらしいですけど!」

 

「あははは! っていうかこれって感想じゃなくないですか!?」

 

「これがあいつなりの感想ってことじゃよ。こんな内容とは知らんかったがの!」

 

 

 4人の笑い声は城中に響いていた。

 そしてしばらくして、ノエルは満足したように涙目で深呼吸をし、クロネに言った。

 

 

「さーて、本題に入ろうか。ちゃんとアタシが欲しかった情報は手に入ったんだろうね?」

 

「あぁ、抜かりないぞ。アカデミーの首席卒業生にしてワシの正式な弟子、ルカの居場所が昨日ようやく判明したのじゃ——」

 

「はい、待て」

 

 

 ノエルがクロネの言葉を遮る。

 

 

「何じゃ、すぐ終わる話を止めおって」

 

「何じゃ、じゃない。また凄まじい一言が聞こえたんだが」

 

「いやー、昨日まで分からなかったのは本当にギリギリじゃった……」

 

「そっちじゃない! 正式な弟子だと!?」

 

「あー……。いやぁ、一生涯でワシの弟子は愛娘2人だけにしておこうと思ってた日もあったのう」

 

「過去形じゃないか! そして誤魔化すな! 全部洗いざらい聞かせてもらうぞ!」

 

 

 マリンとサフィアは、2人の親子喧嘩(?)をただずっと眺めていた。

 

 

***

 

 

 さて、どこから話したものか。

 まぁすぐ終わる話じゃ。

 

 ウチのアカデミーでは学長であるワシが授業をする日というのが、月に一度設けられておる。

 最高学年とその1つ下の学年の合同授業という形で、5年前から始まった。

 

 そして4年前の最初の授業を受けたその1日目にして、ワシに弟子入りを迫った魔女がおったんじゃ。

 そいつがルカ。

 頭脳明晰、チビ、メガネで生意気な感じの子供の魔女じゃ。

 

 もちろん魔女としての才能は元から豊富じゃったが、そんなあいつにも不得意なことがあった。

 

 それは『人との交流』じゃ。

 あいつは極度の緊張屋で、家族としか上手く喋れなかったらしいが、それを推してまでワシに弟子入りを懇願してきた。

 

 ワシはその熱意に負けて弟子入りを許可した、というわけじゃ。

 

 そこからはアカデミーでは学ばないような高度な魔法をたくさん教えたり、人とたくさん交流させたり、立派な魔女にすべく色々なことを教え込んだ。

 

 そしてその2年後にルカは卒業して魔女修行に出ると言ってワシの元を去った。

 

 あ、ちなみに緊張屋だったのは昔のことで、卒業した時点では『ワシの弟子』という称号を提げて胸を張るくらい自信家の魔女じゃったよ。

 

 

***

 

 

「その話を聞いてる限りだとアタシたちよりかなり年下……というかサフィアと同じくらいか?」

 

「そう……じゃな。サフィアより3つ年上じゃ。背はサフィアの方が高いがの」

 

「あたし、だいぶ低い方だと思ってたけど、それより低いのか……。どんな人か気になってきた!」

 

 

 マリンはクロネに尋ねる。

 

 

「探すのに時間がかかった理由というのは一体何なんですの?」

 

「ルカのやつがワシに行き先を伝えずに行ってしまったというのもあるが、たまに送られてくる手紙の住所がの……」

 

 

 クロネは机の右にドッサリ積まれた手紙をいくつか拾ってノエルたちに見せる。

 

 

「こちらはメモラから……そしてこちらはフェブラから……次にセプタ、ノーリス、プリング、ノルベン、ヘルフス……って、毎度毎度住所が違いますわ!?」

 

「そう、それが一番の原因なんじゃよ……。この大量の手紙の中から最後に届いた手紙を探すのに一苦労した……」

 

「そりゃ本当にご苦労様だ……。変な弟子を持つと師匠は大変だな……」

 

「それでそれで、ルカさんが今いると思われる場所はどこなんでしょうか!」

 

 

 クロネは最後に届いた手紙を手に取り、見せながら言った。

 

 

「今ルカがいるのは南の国……。またの名を、海と風の国・ラウディじゃ!」

 

「えっ、海!? やったあ! あたし海ってまだ行ったことないの!」

 

 

 海という単語にはしゃぐサフィア。

 しかし、その横でノエルとマリンは頭を抱えていた。

 

 

「って、あれ? ノエル様? お姉ちゃん? どうかしたの?」

 

「い、いや……。大変なことになったなぁと……」

 

「えぇ……本当に……」

 

「まぁ、お前たちが頭を悩ませる理由は分からなくもないのう……」

 

「えっ、えっ? どういうことです?」

 

 

 サフィアは頭を傾げる。

 そこでノエルは大陸地図を取り出して机の上に広げた。

 

 

「ここが今アタシたちがいるヴァスカル。そしてここが南の国・ラウディだ」

 

「あ、王都が海に面してるんですね。でも別にそんなに頭を抱えるようなことはないような……」

 

「いいえ、王都が海に面している、というのが最大の問題なのですわ」

 

「どういうこと?」

 

 

 サフィアはさらに頭を傾げる。

 

 

「さっきクロネさんが『海と風の国』と言ったろう? ラウディはここ数年前から、昼間になると海から強い風が吹くのさ」

 

「そしてその風は浜辺の砂を巻き込んで局地的に砂嵐を起こすのですわ。昼間に王都の海側を出歩くと砂嵐に巻き込まれる恐れもあるので、基本的に海に泳ぎに行く人はいませんわね」

 

「ええ!? 海があるのに泳げないの!?」

 

「まぁ、夜とか朝とかの寒い海で泳ぎたいのなら止めはしないが」

 

「泳ぎませんよ!」

 

「ちなみにこの砂嵐は、砂を王都の中心部くらいまで運ぶこともあるので、基本的には王都の北側にお店や住宅地があるんですわ。ですが、ごくたまに巨大な砂嵐がそこまで届くこともあったりして……」

 

「まぁとにかく、これがラウディにあまり行きたくない理由ってわけだ」

 

 

 サフィアは納得したように「なるほどー」と呟いた。

 

 

「でも1つ気になったんですけど、ラウディにルカさんがいるとも限りませんよね?」

 

「それは問題ない。ルカは絶対に半年は同じ国に居座る。そしてこの手紙が届いたのはほんの1週間前なんじゃよ」

 

「ラウディに半年も居ようとは、普通なら思わないだろうけどねぇ……」

 

「一応念のため、ワシからラウディのルカの家にお前たちの訪問の件は知らせておいた。じゃから、もし何かあってもラウディから出ることはないじゃろう」

 

「それはそれは……。お手数をおかけしましたわ……」

 

 

 マリンは深々と礼をする。

 クロネは「よいよい」と手でなだめた。

 

 

「そこで最後に不躾ながら、もう一つ頼んでも良いかの……?」

 

「何だ、まだ何かあるのか?」

 

「別にワシから頼むようなことでもないんじゃが……。お前たちにラウディにいるルカを手伝って欲しいんじゃよ」

 

「ルカさんの手伝い……?」

 

「あぁ、あいつは色んな国に旅しに行っているが、その本来の目的は()()()なんじゃよ」

 

「「ははぁん……?」」

 

 

 ノエルとマリンは同時に何かに気づいたような顔をした。

 そして声を合わせて言う。

 

 

「ラウディで人助けとなると……!」

 

「魔法で解決するとなると……!」

 

「「砂嵐を打ち消す魔法を作っているん(だな)(ですわね)!」」

 

 

 サフィアとクロネは2人の息のぴったりさに思わず拍手をする。

 

 

「ま、恐らくそういうことじゃろうな」

 

「ということは、その魔法が完成したら昼間に海で泳げる……?」

 

「ええ、もし本当にそんなことを考えていたらの話ですけれど」

 

「ルカの師匠が恐らくそうと言ってるなら、きっとそうだろうよ。人助けが好きな魔女か……。もしかしたら蘇生魔法にも手を貸してくれるかもしれない!」

 

 

 クロネは3人に向かって頭を下げて言った。

 

 

「ということで、ルカを頼んだぞ。ノエル、マリン、サフィア」

 

「了解。クロネさんの紹介だ。信頼に足る人物であると信じておくよ」

 

「クロネさんの頼みなら。ノエルのこともお任せくださいな」

 

「分かりました! 海で泳ぐためなら頑張ります!」

 

 

 こうして次の目的地が決まり、ノエルたちは馬車乗り場に向かうのであった。

 

 

***

 

 

 馬車乗り場にて。

 

 

「なかなか来ませんわねぇ」

 

「最後の一台が目の前で行ってしまったからな。待つしかないだろ」

 

「一度鉄道でノーリスまで行って、そのままラウディというのはどうですか?」

 

「「馬車の方が安い!」」

 

「まあ、そうなるよねー……」

 

 

 貧乏旅を続けていたせいか、ノエルのみならずマリンまでも貧乏性になってしまっていた。

 

 

「そういえばお前たちと一緒に旅してもう6年になるが、ずっと聞こうと思って聞きそびれてたことがあるんだが……」

 

 

 ノエルはマリンの方をチラッと見る。

 

 

「ん? わたくしですの?」

 

「あ……っと、その前に一つ確認してもいいか?」

 

「え、ええ、いいですわよ?」

 

「……お前たちの家ってやっぱり金持ちなのか?」

 

 

 マリンとサフィアは、ノエルがどんな理由で尋ねたのか分からなかったが、口を揃えて答えた。

 

 

「「別に、普通の一般家庭です」」

 

「昔から欲しいものは何でも買ってもらってて、金持ちであることに気がついてないとかじゃなく?」

 

「いえ? そんなことはありませんよ? あたしもお姉ちゃんも、生まれてこの方、お小遣いと呼ばれるお金を貰ったことありませんし、食事もさして豪勢なものじゃありませんでしたから」

 

「実際、あなたと旅をしていても金銭感覚の違いを感じたことはありませんしね。ですが、突然なぜそんな質問を?」

 

「いや、別にそのことについて聞きたかったわけじゃないんだが、あくまで確認というか……。とにかく本題の質問をするぞ、マリン」

 

「えぇ、何でもお聞きなさいな?」

 

 

 ノエルは深呼吸をして、真剣な顔でマリンに尋ねた。

 

 

「その『ですわ』とか『わたくし』とかいう喋り方は一体何なんだ」

 

 

 サフィアも頷きながらマリンの方を見る。

 マリンは答えた。

 

 

「ただの雰囲気作りですわ」

 

 

 マリンは真顔で胸を張って、そう答えたのであった。

 ノエルとサフィアは目を見開き、無言で驚いている。

 

 

「い、いえ、雰囲気作りといいますか。お嬢様みたいな女性の方が殿方に好かれると小耳に挟みまして、それから習慣になったのです」

 

「そうだよね!? 家を出る前まで普通の喋り方だったのに、口調が変わっててビックリしたもん! もう慣れたけど……」

 

「それで、その癖が抜けずにずっとお嬢様口調ってわけか。未だに殿方探しのためとか言ってたらぶん殴ってたぞ」

 

「別にわたくしだって好き好んでこの喋り方をしてるわけじゃありませんわよ。ただ素の喋り方に戻すのが今更すぎて、は、恥ずかしいといいますか……」

 

「ノエル様、お姉ちゃんの素の喋り方はあたしと一緒で——」

 

 

 マリンはサフィアの口を手で塞ぐ。

 そして汗をダラダラと流しながらサフィアとコソコソと何かを話し、戻ってきた。

 

 

「お、お姉ちゃんは昔からこんな喋り方だったよー」

 

「棒読みじゃないか! 何を吹き込んだ!?」

 

「べ、別にノエルの魔導書の一部なんて渡してませんわよ……?」

 

「しっかり買収してるじゃないか! っていうかいつの間に千切った!」

 

 

 サフィアは魔導書に読みふけっている。

 

 

「おぉ……。水魔法にこんな応用法が……」

 

「あぁ……。アタシの大事な魔導書が……」

 

「無地の紙を本にしてるだけじゃありませんの。魔導書へのもったいない根性は魔女にとっては大損ですわよ」

 

「破った本人から言われると、怒りを通り越して殺意が湧くねぇ……」

 

「あら、別にわたくしはいつでも戦う準備はできていましてよ?」

 

 

 ノエルとマリンは魔導書に手をかける。

 

 

「うーん、そうね。別にここなら誰の邪魔にもならないから好きにしてくださーい! 馬車が来るまでに終わらせてくださいねー!」

 

「間近で魔女と魔女の戦いを見れるなんてなー! 滅多にない経験だぜ!」

 

「「「んん!?」」」

 

 

 観戦しているサフィアの隣に、いつの間にやらジュンが座り込んでいた。

 

 

「あんた、いつの間にあたしの隣に……」

 

「この2人が魔導書に手をかけたとこあたりから」

 

「だったらちょうどいい。魔女の本気の戦いってもんを目に焼き付けておきな!」

 

「あら、本気を出してしまっても構いませんの? 服が燃え尽きてしまいますわよ?」

 

「うーん、仮にも男子の前だしそれは勘弁だな……」

 

「ノエル様! だったらあたしの指輪を使ってください! その指輪の力があれば、服くらいは守れますから!」

 

 

 サフィアは水魔法『蒼の遊弾(ホーミング・アクア)』でノエルに指輪を届ける。

 ノエルはその指輪をはめた。

 するとキラキラとした光がノエルの周りに現れる。

 

 

「恩にきるよ、サフィア。これなら本気で戦える」

 

「2人は危ないのでもう少し下がってくださいな」

 

 

 サフィアとジュンは5歩ほど後ろに下がって座り込んだ。

 こうしてノエルとマリンの本気の闘いが始まったのであった。



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27頁目.ノエルと決着と将来の夢と……

 ノエルとマリンが戦い始めてから、実に1時間が経過した。

 白熱した戦いが続いたが、基本的にお互いの魔法を捌いてばかりでなかなか決着がつかなかった。

 しかし、流石にどちらも体力が切れてきたのか、次第に肩で息をし始める。

 時たま起こる爆風に髪をなびかせながら、ジュンとサフィアはそれをただ眺めていたのだった。

 

 

「……すげえ」

 

「ジュン君、それがあの二人の魔法についての感想なら当然でしょう?」

 

「いや、そりゃ魔法も凄いけどさ。よくあんなに長時間詠唱しながら走り回ってられるなぁと……」

 

「あー、うん……。それはあの二人がバカほど体力があるだけだから……」

 

「オレももっとちゃんと鍛えなきゃいけないのかもな……」

 

「多分あの2人はいっつも喧嘩してるから、その時に体力がついたんじゃないかしら。だからきちんと鍛えさえすれば体力だけは十分につくはずよ」

 

「よし、明日から体作りの鍛錬も始める!」

 

 

 するとその瞬間、ノエルとマリンが同時に膝をついて倒れこんだ。

 

 

「あ、終わったみたいね」

 

「ということは……引き分け?」

 

「「いいや、あっちの方が先に膝をついた!!」」

 

「はぁ……。やれやれ……」

 

 

 ノエルとマリンは引き分けという結果を受け入れようとしない。

 すると、2人とも膝をついたまま魔導書を再び開く。

 

 

「ま、まさかあんなバテバテでまだ戦うつもりなのか……?」

 

「大丈夫よ。見た感じ魔力はほとんど回復できてないし、ただのケンカに強力な魔導書なんて使わないはずだから。ケチだし」

 

「いや、でもアレ……」

 

「ん……?」

 

 

 ジュンが指をさした方向には、2つの召喚門が出現していたのだった。

 

 

「あ……あの2人は〜!!」

 

 

 気づくと、ノエルとマリンは召喚の詠唱をどちらが早く唱えられるか、どちらの方が強い魔物を召喚できるかという勝負になっていた。

 もちろん相手が死ぬようなことがないよう、低級の魔物を召喚しようとしていることはお互いに分かっていた。

 

 

「(アタシの方が召喚魔法は得意なはず……。だが本当のあいつの実力をアタシはまだ見たことがないというのも事実……。いや、でもきっと勝てる!)」

 

「(わたくしの方が丁寧に魔法陣を描いていますし、詠唱だって噛まずに言えるはず……。ノエルが先に召喚しようとも、わたくしの方が強力な魔物を召喚できる……!)」

 

 

「『小悪魔の召か(インプ・サモ)──』」

 

「『炎魔の召か(パイロデビル・サモ)──』」

 

「はい、そこまでっ!」

 

 

 サフィアは2人の魔導書を奪い、パタンと閉じた。

 すると召喚門がパッと塵に消える。

 

 

「な、何をするんだサフィー!」

 

「そうですわよ、これはわたくしたちの戦いですのよ!」

 

「あのねぇ……。2人とも疲れてそのままその場で寝ちゃうのがいつものオチでしょ? それを毎回毎回あたしが運んであげてるってこと、もしかして忘れてない?」

 

「うっ……そ、それは面目無い……」

 

「それについては謝罪を……」

 

「まあ別に反省はしてるみたいだから良いんだけど。ところで、どうして今日はこんなに2人とも諦めが悪いの?」

 

 

 いつもなら30分もかからずに決着がつくのだが、今回はなぜかいつもの2倍の時間で引き分けていた。

 

 

「だって……ジュンにカッコいいとこ見せたいだろ……?」

 

「ですわよねぇ……?」

 

「はぁ……。道理でいつもより難しい魔法ばっかり使ってたわけだ……」

 

「ま、何にせよ魔力がスッカラカンだ。流石に戦う気力はもうないよ……」

 

「わたくしも流石にこれくらいにしておかないと、いざという時に戦えませんわね……」

 

 

 2人は手を取り合い、よろよろと立ち上がる。

 そしてそのままジュンのいる場所へ歩いて戻ってきた。

 

 

「だ、大丈夫なのか? かなりボロボロだけど……」

 

「なに、これくらいならすぐに治るさ。書き溜めてた魔導書が減ったのは痛いけど……」

 

「それで……いかがでしたか、ジュン君?」

 

 

 ジュンはハッとして答える。

 

 

「凄かった! って……月並な感想しか言えないけど、2人とも本当に凄い魔女だったんだな!」

 

「ま、当然よ。あたしの自慢の師匠とお姉ちゃんなんだから!」

 

「そう言われると照れ……って、どうしてサフィーが自慢げなんだ?」

 

「まあ? どちらの方が強いかは決着がつきませんけど、凄い魔女と言われるのは悪くないですわね」

 

「そうだな。魔女としての実力を他の人に評価されるのは久しぶりだ……」

 

 

 すると向こうの地平線から馬車の音が聞こえてきた。

 

 

「さて、そろそろだな」

 

「ですわね」

 

「ですね! あたしが話つけてきます!」

 

「そうか……。もう行くのか……」

 

 

 ジュンは寂しげな表情で3人を見つめる。

 そしてこう言った。

 

 

「な、なあ、また教えに来てくれよ! その時はもっと強くなっててやるから!」

 

「あぁ、アタシの悲願を叶えた後でまた稽古をつけてやる。もしかしたら数十年くらいかかるかもしれないけどね」

 

「いいよ、待ってるから! あ、あとな……!」

 

「ん……? どうかしたかい?」

 

「俺……将来、魔法を教える先生になる! もちろん魔女ほど優秀じゃないかもしれないけど、目標はノエル先生だ!」

 

「……! そうか……だったらもっと勉強してもっと修行しないとな! これからはちゃんと授業を受けるんだぞ?」

 

「分かってるって!」

 

 

 その無邪気な笑顔を、ノエルは知っていた。

 かつて自分の息子・イースが笑っていた時の顔とよく似ていたのだ。

 

 

「(……なおのことイースを蘇らせなきゃいけなくなったな。こいつに会わせてみたい……!)」

 

 

 そんなことを考えていると、ノエルはよろけて膝をついてしまった。

 

 

「おっとと……」

 

「ノエル様!?」

 

「大丈夫か!?」

 

 

 馬車乗り場から戻ってきたサフィアがノエルに肩を貸す。

 

 

「あ、あぁ、どうやら思ったより疲れてたみたいだ」

 

「あと10分で出発だそうです。移動中はぐっすりお休みくださいノエル様」

 

「そうさせてもらうよ……。すまないな……」

 

「全く……いくら身体が若いとはいえ、疲れは溜まるんですから。ここ最近、授業の準備であまり寝れていなかったんですのよね?」

 

「え……そんな状態でずっと戦ってたのか? 何でそんなに……」

 

「疲れてるって理由だけでこいつに負けたくないからな……。そうだ、お前も魔導士になるんなら、好敵手は必要だぞ?」

 

「あはは……流石にそれは見てるだけで痛感した……。今度上級生に勝負でも挑んでみるか!」

 

「できれば自分より強い魔女が一番ですわよ。いろんな魔導書の使い方を勉強できますから」

 

「なるほど……勉強になった」

 

 

 すると乗り場にいる御者が鈴を鳴らした。

『そろそろ出発』の合図だ。

 

 

「じゃあ……お別れだな」

 

「あぁ、ずっと待ってるからな!」

 

「またいつか会いましょう」

 

「ああ!」

 

「さよならね。ま、ノエル様が行く時はあたしもいると思うから」

 

「別にお前に教わることは何もねえよ〜」

 

「キーッ! これでもあたしの方が年上なんだからね! 次会う時まで覚えてなさい!」

 

「オレの方が強くなってるかもな? 楽しみにしてるぜ!」

 

 

 こうして3人は馬車に乗り込み、ジュンに別れを告げた。

 ジュンは馬車が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

 

 

***

 

 

 次なる国、南の国・ラウディに向かう馬車の中。

 ノエルは寝る前にサフィアに声をかけた。

 

 

「あぁ、そうだ。指輪、返しておくよ。ありがとな」

 

「あ、どういたしまして。またケンカする時は貸しますよ」

 

「それなんだが、ラウディに着いたらその指輪を調べさせてくれないか? マリンのも」

 

「まぁ、無くしたり壊したりしなければ喜んで貸しますわよ」

 

「同じくです!」

 

「助かる。もしかしたら未知の能力があるかもしれないからね。実際セプタの噴水にはあんな仕掛けが施されてたわけだし……」

 

「確かに……。この指輪にただ環境順応能力が備わってるだけとも思えませんしね。実はもの凄い威力の魔法が放てるとか……!」

 

「そんな力があるんなら、お姉ちゃんが勝ってたかもね」

 

「確かに! それならなおのこと調べてもらう必要が……って、あら……」

 

「ノエル様、もう寝ちゃったね……」

 

 

 ノエルはサフィアの膝の上で穏やかな寝息をたてている。

 マリンは声を抑えてサフィアと話す。

 

 

「はぁ……普段からこれくらい静かなら少しは好感が持てるのに……。いい寝顔ね、全く……」

 

「仕方ないよ。息子さんのために東奔西走してるんだもの。純粋な魔法バカのお姉ちゃんとは大違い」

 

「その魔法バカの血はあなたにも流れてるってこと忘れてないわよね、サフィー?」

 

「そんなこと、重々承知してるわ」

 

 

 そう言いながらサフィアはノエルに毛布をかける。

 

 

「って、あれ? 今お姉ちゃん、昔の話し方に戻って……」

 

「気のせいですわ」

 

「……あ、そ。ま、そっちの喋り方に慣れちゃってるから、今さら気にしないけど」

 

「そう、気にしたら負けですわ。気にしてしまうから負けてしまうのですわ……」

 

 

 馬車は山を越え砂漠の道を通りラウディへと向かうのであった。



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第6章
28頁目.ノエルと避暑とチョロすぎる少女と……


 ヴァスカルを出発して2時間が経過した頃。

 

 ノエルたちが乗るラウディ行きの馬車は、熱い砂漠の道に差しかかろうとしていた。

 じりじりとした太陽の熱は馬車の中にまで侵入し、ぐっすり寝ているノエルの額にじわりと汗が滲んできている。

 一方、サフィアとマリンは指輪の効果のおかげで暑さをしのいでいた。

 

 

「ノエル、暑そうですわね……。指輪の効果範囲の中には入っているはずなのですけれど……」

 

「多分さっきのケンカで指輪の力が弱まって、装備してるあたしたちにしか効果がないんじゃない?」

 

「なるほど、それでしたら水魔法でこの中の温度を下げるというのはどうでしょう?」

 

「蒸発して余計に蒸し暑くなると思うけどなぁ……」

 

「ええと……なら、凍らせるとか?」

 

「何を?」

 

「ノエルを」

 

「殺す気なの!?」

 

「冗談ですわよ。水魔法を凍らせて氷枕でも作ればいいんじゃありません?」

 

「ホント、お姉ちゃんは……。それじゃ即席で、っと」

 

 

 サフィアは水の弾を作り、それを一瞬で氷の塊にする。

 そしてそれをハンカチに包んで、自分の膝の上で寝ているノエルの首裏に置いた。

 すると暑そうにしていたノエルは、再びすやすやと寝息を立て始めるのだった。

 

 

「ふう、これでよし。溶けたらまた作り直さなきゃ」

 

「そういえば、よくこんな暑い中で馬車を走らせられますわねぇ? 御者も馬もそれほど丈夫なのでしょうか?」

 

「暑さをしのぐ魔法でもかけられてるんじゃない?」

 

「それなら普通、車の中にもその魔法をかけますわよね?」

 

「あ、確かに。なら暑さに強い馬の品種とか?」

 

「その場合、御者さんの暑さはどうにもできないでしょう?」

 

 

 するとその御者が声をかけてきた。

 

 

「どっちも正解だよ。こいつは火山地域で育った暑さに強い馬。そんで俺には避暑の魔法がかかってるんだ」

 

「車の中にはかけないんですか?」

 

「あぁ、そりゃすまねえな。どうもこいつが試作段階の魔法らしくて、生物にしかかけられないらしいんだ」

 

「らしい、ってことは……あなたは魔法を使えないんですの?」

 

「あっはっは! 魔法なんて便利なものが使えりゃこんな仕事してねえよ! 魔法はルカって魔女にかけてもらってるんだ」

 

 

 サフィアとマリンは驚く。

 

 

「え、ルカさんを知ってるんですか!?」

 

「お? もしかしてルカの知り合いだったか? そりゃ奇遇だな」

 

「いえ、知り合いというわけではありませんが、少し用があるといいますか」

 

「なるほどな。そういや見る限りあんたたち魔女だろ?」

 

「ええ、それがどうかしました?」

 

「いやあ、それがもし良ければなんだが……」

 

 

***

 

 

 それから小一時間ほどで馬車は南の国・ラウディに到着した。

 ノエルは着く頃には目を覚まし、降りると同時に御者にお金を渡した。

 

 

「ここまでありがとう。これくらいで良かったかい?」

 

「ああ、充分だ。それじゃ嬢ちゃんたち、頼んだぜ」

 

「はい、任されました!」

 

 

 サフィアの返事に御者はニコッと笑い返し、そのまま馬を繋ぎに向こう側へ行ってしまった。

 

 

「もしかしてお前たち、何か面倒なことを頼まれたりしてないだろうね?」

 

「大丈夫ですよー。今回の任務に支障は何もないと思いますから!」

 

「ええ、でもノエルにも手伝ってもらいますわよ」

 

「詳しく聞かせてもらおうか」

 

 

***

 

 

「なるほどなるほど……って、めんどくさいことになってるじゃないか!?」

 

「いやいや、そう思ってるのノエル様だけですってば」

 

「そうですわよ。普通にしていれば勝手に依頼は達成できますから」

 

「えぇ……。それ、アタシを買いかぶりすぎちゃいないか……?」

 

「あぁもう、あなたそれでも一番の年長者ですの? しゃんとしなさい、しゃんと!」

 

「分かった分かった……。とりあえず分かったから、さっさとルカって奴のところに行くぞ」

 

「場所は……まあ有名人みたいですし、その辺の人に聞けば分かりますかね?」

 

「恐らくは。いざとなればこの住所の控えを参考にすれば大丈夫でしょう」

 

「それじゃ、行くかー!」

 

「「おーー!!」」

 

 

 こうして3人はルカの家探しを始めた。

 

 

***

 

 

 それから5分ほど過ぎて。

 辺りにいた住人に聞いたところ、ルカの家の場所は案外すぐに分かった。

 しかし家に行ってみると、彼女は不在なのだった。

 

 

「まぁ、こういうこともありますわよね」

 

「いつ頃戻ってくるんでしょう?」

 

「さあねぇ……。マメな性格だとは聞いていたが、書き置きをしていないとは……」

 

「あまり訪問してくる人がいないんじゃありません?」

 

「もしくは忙しすぎてそんなの書いてる暇がないとか?」

 

「どちらにせよここで待つしかなさそう──」

 

 

 その時だった。

 突然、3人の目の前に謎の黒い塊が降ってきた。

 いや、一瞬の出来事だったために黒い塊に見えただけで、それは紛れもなく『人間』であった。

 そこには黒い服の人間が砂浜の中に逆さまになって刺さっていたのだった。

 ノエルたちは冷静に状況を把握し始める。

 

 

「なぁ……何でこいつ、こんな暑い場所で黒い服なんて着れるんだ……?」

 

「まぁ、つまりはそういうことですわよねぇ……」

 

「ちょっと、考察する前にとりあえず助けてあげようよ!?」

 

 

***

 

 

 それから間もなく、3人は砂に埋まった身体を引き抜いた。

 そしてその引き抜かれた身体はしばらくの沈黙の後、パッと起き上がり、砂を払い始めたのだった。

 その少女の背はサフィアよりも低く童顔だが、眼鏡の奥の瞳はとても冷静で、スーツのような服の着こなしからも真面目な性格であることが伝わる。

 ノエルたちはその佇まいから、彼女がルカであることを確信した。

 砂を払い終えると、少女はノエルの目の前にスタスタと来て、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「助けていただきありがとうございました。それでは」

 

 

 そしてこう一言礼をして、少女は家の方へと足を向ける。

 ノエルは振り向いた彼女の服の裾を掴んで言った。

 

 

「ちょ、ちょっと待つんだ。ルカ」

 

「……どうしてボクの名前を? 初対面のはずですが」

 

「アタシたちはお前に用があって来たんだ」

 

「用ですか……。ああ、そういえば師匠からの手紙に魔女の3人組が来ると書いてあったような……」

 

「どっからどう見てもアタシたちで間違いないだろう?」

 

「ただ、いくら師匠の知り合いとはいえ、簡単に用事と言われても困ります。ボクは忙しいのでね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()、と言ったら?」

 

 

 するとルカはピクリと反応した。

 

 

「……それでは話だけでも聞かせてもらいましょうか。外ではなんですし、ウチへどうぞ」

 

 

 その瞬間、3人は同時に思った。

 「この魔女、チョロすぎるんじゃ……?」と。

 

 

 ノエルは咳払いをし、ルカに返事をする。

 

 

「あ、あぁ。お邪魔してすまないね……」

 

 

 3人はルカに連れられ、そのまま家に入るのだった。

 

 

「(この子、本当に大丈夫でしょうか……。心配ですわ……)」

 

「(クロネさんからの頼み、って言ったら何でも了承しそう……)」

 

「(ま、まぁ、少なくともアタシたちの話は聞いてくれるみたいだし、今はその話は置いておこうか……)」



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29頁目.ノエルと風魔法と指輪の秘密と……

 ルカの家に入ってみると外の暑さとは打って変わって、それなりにひんやりとしていた。

 どうやら家の中央に立っている柱を中心に魔法がかかっているようだった。

 

 

「なるほど、これが避暑の魔法とやらの効果か。だが、生物にしかかけられないと聞いていたんだが?」

 

「魔法は結界として発動すれば、対象も場所も問わずに使える。魔女としては当然の知識でしょう?」

 

「なるほど、結界魔法ですか……。でもノエル様、結界って勝手に魔力を持っていかれるんじゃありませんでしたっけ?」

 

「あぁその通りだよ、サフィー。その結界が発動している限り、発動者は微量だが魔力を消費していく」

 

「だから馬車には貼っていなかったんですわね。距離が遠くなるほど魔力の消費量も増えますし」

 

「その通りです。研究が進んで生物以外にもかけることができれば済む話なのですが……」

 

「そう上手くはいかない、か」

 

 

 ノエルは結界の元になっていると思しき中央の柱に手を触れ、目を瞑って精神を集中させる。

 そして数秒ほどで手をそっと離して言った。

 

 

「もしかしたら『そっち』も力になれるかもしれない」

 

「そっちも、とは……?」

 

「つまり、とりあえず色々と話すことがあるってことだ。どこに座ればいい?」

 

「それでしたらこちらの席にどうぞ。冷えたお茶をお持ちします」

 

「それはご丁寧にどうも」

 

 

 3人は言われるがままに椅子に座り、ルカが持ってきた冷たいお茶をぐいっと一気に飲み干したのだった。

 

 

***

 

 

「さて、まず何から話そうか……」

 

「ノエル様、とりあえず自己紹介をしませんか?」

 

「おお、うっかりしていた。それじゃサフィーからいこうか」

 

 

 サフィアはパッと立ち上がり、意気揚々と喋り始めた。

 

 

「はい! あたしはサフィア。得意な魔法は水魔法! 一応あなたより3つ年下らしいけど、タメ口なのはクセだからゴメンね!」

 

「そういうのは全く気にしませんからお気になさらず。好きなように話してくれて構いませんよ」

 

「ありがとう、ルカさん!」

 

 

 ノエルに「次はお前だ」と言わんばかりに肩を叩かれ、マリンはサフィアが座ると同時に立ち上がった。

 

 

「それでは次はわたくしですわね。わたくしはマリンと申します。得意な魔法は火魔法です。そして何より、この可愛い少女・サフィーの姉ですわ!」

 

「なるほど、姉妹でいらっしゃいましたか。道理で可憐な顔立ちがよく似ていらっしゃる」

 

「そうでしょう、そうでしょう! あなたとは仲良くできそうですわ!」

 

「それでは最後は……」

 

 

 ルカはノエルと目を合わせる。

 するとノエルはすっと立って淡々と自己紹介をし始めた。

 

 

「……アタシはノエル。得意な魔法は闇魔法。それでもって、クロネさんの娘の一人だ」

 

「なるほど、師匠の娘さんでいらっしゃいましたか……」

 

 

 しばらくの沈黙の後、ルカは叫ぶ。

 

 

「って……ええ!? 師匠に娘さんがいらしたんですか!?」

 

「え……知らなかったのか!? あの人の弟子なのに!?」

 

「あの頃のボクは自分のことに手一杯で、そこまで気が回せなかったもので……。すみません……」

 

「い、いや、知らなかったことを謝る必要なんてないよ。ほら、お前も自己紹介をしてくれ」

 

「そ、そうでしたね。ノエルさんですね、きちんと覚えました……」

 

 

 ルカは1つコホンと咳払いをして話し始めた。

 

 

「改めまして、ボクはルカと申します。クロネ師匠の弟子で、得意な魔法は風魔法です」

 

「なるほど。風魔法は『打ち消す能力』や『速度を操る能力』が専門の魔法。そりゃ、避暑の魔法なんて作り出せるわけだ」

 

「ええ、他にも乾燥防止の魔法や魔法を打ち消す魔法なども研究しています」

 

「クロネさんから聞いたぞ、この国の砂嵐問題を魔法で解決しようとしてるとか。もしかしてそれも風魔法で?」

 

「そんなことまで聞いていたんですね……。はい、その通りです。『風を打ち消す風魔法』を作ることができればきっと止められると思い、日々試行錯誤を繰り返している所存です」

 

 

 サフィアはルカとの衝撃的な出会いを思い出す。

 

 

「あ、もしかしてさっき飛んできたのって……」

 

「まあ、お察しの通りです……。実験をするにも砂嵐が発生する時間は不定期ですし、何よりボクはまだまだ未熟者ですので失敗ばかりで……」

 

「自然に抗うというのはかなりの危険が伴いますものね……。分かります……」

 

「よし、それじゃあアタシたちもそれに協力しようか」

 

 

 ノエルの急な申し出にルカは一瞬固まり、しばらくして言った。

 

 

「え……!? そ、そんなご迷惑をかけるわけにはいきません!」

 

「なに、元からクロネさんに手伝うよう言われて来たんだ。それに、アタシたち自身の用はそれが済んでからでも問題ないからね」

 

「なるほど、それが師匠直々の頼みというわけですか……。って、他にも用が?」

 

「あぁ、砂嵐の問題を解決した時の報酬代わりにひとつ協力してもらいたいんだ。詳しくは終わってから話すが、事と次第によっては断ってくれても構わんよ」

 

「そういう事なら構いません。ボクとしては協力者は非常に助かりますしね」

 

「お、ということは?」

 

 

 ルカは立ち上がり、3人に向かって頭を下げる。

 

 

「お願いします。ボクの魔法研究に協力して下さい!」

 

「分かった。これからよろしく頼むよ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 こうしてノエルたちはルカの魔法の研究を手伝うことにした。

 

 

***

 

 

 その日の夜。

 ノエルたちは宿をルカに紹介してもらい、しばらくはそこに泊まることになった。

 また、ノエルはサフィアとマリンからそれぞれの指輪を貸してもらい、寝る前に調べることにした。

 

 

「とりあえず、魔力量や効能そのものは魔女の指輪の物語にあった通りのシロモノみたいだな……。本当に元は別々の能力を持っていたみたいだ」

 

「そもそも元の指輪って、旅人さんが様々な環境に耐えられるように作ったものでしたよね? それ以上の能力って本当にあるんでしょうか?」

 

「確かにかつてのそれぞれの指輪にはそれ以上の効果はなかったでしょうね。ですが、今のこの指輪はその時のものとは大きく違いますわ」

 

「その通り。何せお互いが干渉し合っているんだ。この2つに新しい関連性が生まれていてもおかしくない」

 

「おお……! ってことは新しい能力が使えるかもってことですね!」

 

「あぁ、それを今から調べようと思う。もちろん壊さないように細心の注意を払うから安心してくれ」

 

「「よろしくお願いします(わ)!」」

 

「任された!」

 

 

***

 

 

 2人が眠った後もノエルは1人で黙々と指輪を調べていた。

 

 

「(やはりな……。この2つは魔力的に繋がっている。しかも一本の線ではなく、二本の線が螺旋状に絡み合ってるような状態か……。ただ気になるのは、どれだけ距離が離れても指輪同士の繋がりが切れる様子が一切ないことだ……。一体どういう仕組みで……)」

 

 

 ノエルは指先で指輪をくるくる回しながら、魔女の指輪の物語を思い出す。

 

 

「(元は赤と白の宝石……。それが魔女の涙で藍と青に……。そして放置した結果お互いが繋がった……。ん……? いや待てよ?)」

 

 

 ノエルはカバンから魔石の資料を取り出し、おもむろにページをめくり始めた。

 

 

「(……やはりな。どの資料にも赤や白といった色の魔石は載っていない。ということは元の指輪はただの指輪で、それぞれに術式がはめ込まれているだけだったということになる。そうか! 術式は魔法の応用みたいなもんだ。だったらその術式にも属性があったはず!)」

 

 

 次に別のカバンから魔法の資料を取り出し、ガサゴソと漁る。

 そしてその中から一枚の魔導書を見つけた。

 

 

「(あった、これだ!)」

 

 

 ノエルは静かに、不敵に笑みを浮かべる。

 しかしその瞳はまるで面白いことを見つけた子供のように、キラキラと輝いていた。

 

 

「(なるほどな、ようやく分かったぞ……! この指輪に秘められた能力とやらが!)」

 

 

 ふと窓の外を見ると、月が高く昇っていた。

 ノエルはひとつ大きなあくびをする。

 

 

「ふあぁ……。続きは明日、試してみるとしよう……。もういい加減、眠い……」

 

 

 こうしてノエルたちのラウディでの探索は1日目を終えたのだった。



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30頁目.ノエルと矛盾と一歩前進と……

 次の日の朝。

 

 ノエルたち3人はルカの家にやってきた。

 朝方は特に海風の影響もなく、街から海沿いのこの家に来るのは容易であった。

 ノエルはというと、夜更かしをしたからか大きなあくびを何度もしている。

 

 

「眠そうですね? 昨日の夜に何かありました?」

 

 

 ルカは少し心配そうに尋ねる。

 

 

「あぁ、ちょっとばかり遅くまで研究をな……。まああまり気にしなくていいよ」

 

「ノエル様、やっぱり今日も夜更かししたんですね! あまり遅くならないようにっていつも言ってますよね!」

 

「いやぁ、調べ始めるとどうも乗ってしまってね……。でも今回はちゃんと早くに切り上げたんだぞ」

 

「早く、ってどれくらいですか?」

 

「……月が昇りきったくらい」

 

「がっつり深夜じゃないですか! それならいつもはどれくらい遅くまで起きてるんですか!?」

 

 

 荒ぶるサフィアをマリンはなだめて言った。

 

 

「落ち着きなさいな、サフィー。今さらこの夜型女に何を言っても無駄ですわよ。目の下のクマがより一層酷くなりつつあるのに気づきもしないんですから」

 

「え、嘘だろ!?」

 

「本当ですわよ。出かける時くらいちゃんと鏡を見なさいな。人前に出る時の礼儀というものを知らないんですの?」

 

「別にそういうわけではないんだが……。最近はずっとお前たちとしか行動してないから、そのあたりの感覚がどうも鈍ってしまって……」

 

「あの……ノエルさん?」

 

 

 ルカが割って入るようにノエルに声をかける。

 

 

「ん? あぁ、すまない。これじゃ話が進まないか」

 

「いえ、違うんです。ボクの魔法で何とかなるんじゃないかな、と思いまして。そのクマと寝不足」

 

「……ほう? そんな便利な魔法があるのか」

 

「はい。ただ、あくまで『眠気を打ち消す魔法』なので少しばかり体力を使って頂きますけど」

 

「体力は十分有り余ってるし、そこまで気にすることでもないだろう。それじゃ、よろしく頼む」

 

「分かりました。目をつぶって背中をこちらへ向けてください」

 

 

 ノエルは言われるがままに背中を向ける。

 ルカはそこに手を当てて呪文を唱え始めた。

 そして10秒もたたないうちにそれを唱え終えたのだった。

 

 

「……よし、それでは発動しますよ。『目覚めの朝風(モーニング・コール)』!」

 

 

 するとノエルの周りに突然風が巻き起こったかと思うと、すぐに消えて無くなった。

 

 

「成功……ですかね?」

 

「……あぁ、そのようだ。もう全然眠くなくなったぞ!」

 

「あら、ホント。クマもいつも通りかそれ以上に調子が良さそうですわね」

 

「クマの調子が良いって、良い意味なのか悪い意味なのかどっちの意味なのかわかんないね……。でも顔色は断然良くなってますよ、ノエル様!」

 

「おお! まさかそこまでの効果があるとは! 感謝するよ、ルカ」

 

「いえいえ、ボクの研究に協力してもらえるんですから。これくらい安いものです」

 

 

 ルカは元いた席に座り直す。

 ノエルたちもルカに向き合い直した。

 

 

「さて、それじゃ早速だが、今回アタシたちが倒すべき相手、砂嵐について話してもらおうか」

 

「分かりました。と言ってもボクが知ってる情報は発生条件だけで、規模や強さについては言葉で表せるものではないことをご了承ください」

 

「そればかりは百聞は一見にしかずというわけですわね。後で見に行ってみましょうか」

 

「それがいいかと。もちろんその時はボクも同行しますので。それでは砂嵐についてお教えしましょう」

 

 

***

 

 

『砂嵐』

 

 この国、ラウディの南側は海に面しています。

 そして昼間になると陸地が暖まることによって気圧が下がり、気圧が高い海側から強力な風が吹き込むのです。

 その時に竜巻が発生し、浜辺の砂を巻き込んで砂嵐となってしまう。

 ここまでがずっと昔から新聞に載っている砂嵐の基本情報です。

 

 ですが、実は毎日のように砂嵐が発生するわけではなかったのです。

 

 ボクは最初に天気と関係があるのかもと考えましたが、観察の結果、特に関係はありませんでした。

 雨の日でも曇りの日でも暑い日でも寒い日でも関係なく、定期的に砂嵐は発生しています。

 

 それでは他に条件があるのか、と様々な方法で調べてみた結果、ボクは一つの異変に気が付きました。

 

 それは『空気中の魔力』です。

 実は砂嵐が発生する日は必ず、空気中の魔力量がなぜか増加していたんです。

 ですが結局、砂嵐と空気中の魔力の関連性は見つけ出すことができませんでした。

 

 

***

 

 

「というのがここ数週間の成果です」

 

「「…………」」

 

 

 ノエルとマリンは唖然としている。

 

 

「え? 2人ともどうしたの? 固まっちゃって」

 

「も、もしかして『それくらいしか分からなかったのか』とか思ってたりしませんよね……?」

 

「あ、あぁ、すまない。別にそんなことを思って固まったわけじゃないさ。ただ……」

 

「ええ……。そうですわね……」

 

 

 ノエルとマリンは目を合わせて深い溜息をつく。

 

 

「え? え? どういうこと?」

 

「ボクにも説明していただけますか?」

 

「それじゃ、サフィーに質問してみよう。どうしてその砂嵐は天気と関係がないんだ? 海風ってのは気温と関係があるはずなのに」

 

「んー。気温が天気に左右されないから……とかですかね?」

 

「もしそうなら毎日発生するだろ?」

 

「でも発生には魔力が関係している、とボクは言ったはずです。きっと新聞に載っているのは通常の海風の発生条件で……って、あれ?」

 

「そう、新聞のせいでアタシたちは勘違いをしていたんだ。まず、そこで一つの答えが出てくるんじゃないか?」

 

 

 サフィアとルカは同時に何かピンときた様子で言った。

 

 

「「今回の海風はそもそも自然現象ではなかった?」」

 

「ま、ひとまずはそういうことになるね」

 

「そ、それならどうやって海風は発生しているというんですか!」

 

「それはもうあなたが導き出しているじゃありませんの」

 

「もしかして……空気中の魔力のことですか?」

 

「逆にそれ以外にないだろう? 海風は魔法によって発生しているとしか考えられない」

 

「ですが、それはおかしい話です。魔導士には空気中の魔力を『消費』することはできても、『生産』することはできないんですよ? 空気中の魔力量が増加する、という現象そのものは自然現象……って、あれ??」

 

「お、気付いたか? 自分の言っていることが矛盾しているってことに」

 

「うぅ……。頭がこんがらがってきた……」

 

 

 サフィアは頭を抱え、ルカは首を捻ってウンウンと唸っている。

 

 

「流石に意地悪しすぎたかな。恐らくお前たちにはこの矛盾を解決するための情報がそもそも手元にないのさ」

 

「わたくしとノエルが知っていて、サフィアとルカさんが知らない情報。こう言えば分かるでしょうか」

 

 

 ルカはハッとしたが、すぐに怪訝な顔をして言った。

 

 

「……まさか、『原初の大厄災』?」

 

「ええっ!? 大厄災がこの国に起きてるってこと!?」

 

「正しくは大厄災の残滓による災害だ。アタシは過去に大厄災の残滓によって、呪いが国中の作物にバラまかれた例を知っている」

 

 

 ノエルはフェブラで聞いたサティーヌの話を思い出していた。

 

 

「ということはその残滓とやらがこの国の海辺あたりに埋まっている……と?」

 

「恐らくな。ただその残滓は触れるだけで呪いを受けてしまうから、無闇に手探りで探すわけにもいかない」

 

「つまり、ボクたちは魔力が発生している場所をピッタリと突き止める必要があるってことですね」

 

「そういうことだ。場所さえ分かれば、そこに向かってとある光魔法を打ち込めば祓うことができるはず」

 

「そうすればこの国で起きている砂嵐を止めることができるというわけですね、ノエル様!」

 

「あぁ、そうだ。流石に自然で起こる海風で砂嵐なんて起きたりしな──」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 ルカが大声を上げて話を遮った。

 

 

「ん? どうした?」

 

「この作戦だと、結局のところ砂嵐と戦う必要があるのでは? 砂嵐が消えたら魔力の発生源は分からなくなってしまいますし」

 

「あっ…………」

 

「はぁ……どうやらそこまで考えてはなかったみたいですわね……」

 

「し、仕方がない! こうなったら砂嵐を一時的に消す魔法を作るだけだ!」

 

「振り出しに戻りましたね……」

 

「いやいや、一回でも止めることができればそれ以上は発生しない方法が分かったんだ。一歩前進したさ」

 

 

 ノエルは冷や汗をかきつつ、そう言った。

 サフィアはノエルに尋ねる。

 

 

「それでどうやって砂嵐に太刀打ちするんですか? ルカさんの風魔法ではダメだったんですよね?」

 

「確かにクロネさんの弟子なら、作った魔法が間違っている訳もないでしょうしね……。とはいえわたくしたちの中で風魔法が得意なのはサフィーだけですし……」

 

「そうだな……。実はアタシも風魔法については基礎知識しかないから、ここはサフィーに任せてみてもいいかもしれない」

 

 

 サフィーはキョトンとした顔でノエルに振り返る。

 

 

「えっ、あたしですか!? 流石にルカさんほどの風魔法は使えないと思うんですけど……」

 

「ほら、お前たちが使える魔法には違いがあるかもしれないだろ? ルカが知らない風魔法にきっと手がかりがあると思うんだよ」

 

「なるほど……そういうことなら了解しました! あ、ルカさんからも魔法を見せて欲しいかも!」

 

「それが魔法作りに必要なのであれば喜んで見せますとも」

 

「それならここではアレですし、外に出ましょうか。まだ朝方ですし突然砂嵐が起こることもないと信じたいのですけれど……」

 

「大丈夫です。昼間にならない限りは砂嵐は起きませんし、それに昨日発生したばかりですから」

 

「いつもは何日に一度くらいなんだ?」

 

「2日か3日に一度ですね。流石に連日起きたことはここ数年で一度もなかったそうです」

 

「それなら安心だ。それじゃ外に出ようか」

 

 

 ノエルたちは慣れた手つきでパパッと準備を終わらせる。

 ルカは部屋の奥へ急いで戻り、そこから数冊の魔導書を持ってきた。

 こうしてノエルたちはルカの家の外の砂浜で風魔法の披露会をすることになったのだった。



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31頁目.ノエルと回転と計画と……

 サフィアとルカ、それぞれの風魔法を確認するべく、4人はルカの家の近くの浜辺にやって来た。

 

 

「まあこれくらいの広さなら大丈夫だろう。それじゃルカから見せてもらおうか」

 

「ボクからですか。分かりました。できればどなたかの力をお借りしたいのですが」

 

「打ち消す魔法の相手というわけですわね。それではわたくしが行きましょう。火力調整はお手の物ですわ!」

 

「あ、最大火力で構いませんよ。ボクの風魔法ならどんな攻撃でも打ち消せる自信があります。あの砂嵐は例外ですけど……」

 

「へえ、言いますわねぇ……。だったら早速参りますわよ! 『滅亡の灼拳(エル・グラン・フラム)』!」

 

 

 マリンの拳は炎を纏い、巨大な腕となってルカの方へと飛んでいく。

 

 

「待て待て! 流石にそんなバカみたいな火力を打ち消せるわけがないだろう!」

 

「ボクを甘く見てもらっては困ります! これでもクロネ様の弟子ですから! 『減衰の旋風(ディケイ・スペル)』!」

 

 

 ルカはマリンの魔法を風で抑え込む。

 次第にマリンの炎の腕は小さくなり、気づくと最初の半分ほどになっていた。

 しかしそれでもマリンの攻撃の勢いは収まることなく、ルカは後ずさりをしている。

 

 

「くっ、まさかこれほどの火力を出せる魔法が……あるなんて……!」

 

「わたくしを甘く見た罰ですわ。少し熱いでしょうけど、我慢してくださいまし」

 

 

 ルカの起こした風はマリンの炎でかき消され、その炎はそのままルカに襲いかかった。

 

 

「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁ!!」

 

「はい、ルカさん、水!」

 

 

 サフィアは燃え移ってすぐに水魔法をかけ、鎮火したのだった。

 

 

***

 

 

 その後すぐ、ノエルはルカに治癒の光魔法をかけて立ち上がらせた。

 

 

「やはりボクはまだまだ未熟ですね……。風魔法の限界も知らずに良い気になっていたようです……」

 

「あまり気にするな。あいつの火力がバカみたいにおかしいだけで、普通の魔法なら打ち消せたはずさ」

 

「だったら良いのですが……。でもこのままで砂嵐に対抗できるのでしょうか……」

 

「風魔法は所詮『勢いを減らして打ち消す』魔法の類だ。相手の攻撃の威力がそれを上回るのであれば必ず破られてしまう。それなら他の魔法を使って──」

 

「さあ、いつでも撃ってきてよお姉ちゃん!」

 

「妹に拳を向けるのは些か気が引けますが……。行きますわよ!」

 

「って、お前らちゃんと話を聞けえ!」

 

 

 サフィアとマリンは2人をよそに勝手に魔法の披露を始めていたのであった。

 

 

「『滅亡の灼拳(エル・グラン・フラム)』ゥ!」

 

「いや、だからその魔法は風魔法なんかじゃ打ち消せ──」

 

「いくよー! 『減衰の旋風(ディケイ・スペル)』!」

 

 

 マリンの炎の拳がサフィアの起こした風に飲み込まれる。

 ここまでは先ほどと同じであった。

 そう、()()()()()、である。

 

 

「「……ええええ!?」」

 

 

 その炎の拳は一瞬で消えてしまったのであった。

 サフィアは魔導書を閉じて息を整える。

 ノエルとルカは食いつくようにサフィアに詰め寄った。

 

 

「そ、それってさっきと同じ魔法……だよな?」

 

「はい、同じ呪文ですから消費魔力も同じくらいかと」

 

「それならどうしてボクの魔法とは結果が違うのです……?」

 

「結果が違うとなると……。まさか魔法の操作だけで結果が変わるとでも? いやそんなまさかな?」

 

「いえ、そのまさかで合ってますよノエル様。でもルカさんが知らないのは意外だったんだけど」

 

「魔法の操作というのは……いわゆる魔法を撃つ方向や出し方の調整のことですよね? しかし今回に関しては、狙う方向くらいしか調整する必要がなかったと思うのですが……」

 

「あー、そういうこと……。これはあたしの口から説明しなきゃいけないみたいね……」

 

 

 サフィアはそう言うと、砂の上に2つの渦巻きを描く。

 片方は時計回り、もう片方は反時計回りの渦だ。

 

 

「風魔法は大きく2つに分けることができるの。それが『順転』と『反転』」

 

「ええ、それならボクも知っています。『順転』は力を増幅させる回転方向、『反転』は力を減衰させる回転方向ですよね?」

 

「その通りよ。例えばあたしの魔法『拡声波(のうしんとう)』は順転の風魔法。さっきみたいな打ち消す魔法は反転の風魔法ってわけ」

 

「へえ、風魔法ってそんな仕組みだったのか。知らなかったよ」

 

「まあこれは使ってみて初めて体感できるものですからね。ノエル様が知らないのも無理はありません。さあ、続けますよ」

 

 

 サフィアは砂の上にまた渦巻きを描いた。

 次は1つの大きな反時計回りの渦だ。

 

 

 

「風魔法において魔法の操作をする時、さっきルカさんが言っていたような操作はもちろんだけど、実はもう1つ操作しなきゃいけないものがあるの」

 

「え、全て言い切ったつもりでいたのですが……。それに風魔法特有の操作なんて聞いたことありませんよ?」

 

「まさか本当に知らないとは思わなかったわ……」

 

 

 ルカは考えたり悩んだりを繰り返している。

 サフィアは深いため息をついて言った。

 

 

「仕方ないわね……。教えてあげる。それは『風の回転速度』よ」

 

「風の回転速度? そんなものを追加の呪文もなしに操作できるというのですか!?」

 

「やっぱりそんな勘違いをしてたのね。魔法文字の教わり方の問題かもしれないけど、呪文の単語の一部はあくまで補助的なもので、意識すればある程度は操作できるのよ?」

 

「え、ええ!? そんなこと師匠も誰も教えてくれませんでしたよ!?」

 

「なるほど、アカデミーで学んだことが全てだと思い込んでしまってたってわけか。そして多分クロネさんは自分の魔法の属性のせいもあって、単語の仕組みについて教えるのを忘れていたんだろうよ……」

 

「どういうことですの? 確かクロネさんの魔法は時魔法…………あぁ、そういう……」

 

 

 マリンは何やら納得のいった様子で頷く。

 

 

「そう、あの人はいつも時を止めて詠唱する癖がついているせいで、魔法の呪文の仕組みに無頓着だったのさ。かく言うアタシもルフールに教えてもらって初めて気づいたからな」

 

「まあとにかく、風魔法については回転速度を操作することができるの。つまりは勢いを殺すにしても増すにしても、速度を早めればより大きな結果を残すことができるってわけ」

 

「ということは、先程は反転の速度を増加させて一気にあの魔法を消し去った、という認識で良いのですか?」

 

「そうよ。まあ慣れればすぐにできると思うわ。特にルカさんみたいに器用な人ならなおさらね」

 

「じゃあサフィー、ルカに教えてやってくれ。アタシとこいつは家の前で待っておくから」

 

「了解しました! では早速やっていこ〜!」

 

「はい、よろしくお願いします! サフィアさん!」

 

 

 こうしてサフィアはルカに風魔法の操作について教えるのであった。

 

 

***

 

 

 2人を待っている間、ノエルとマリンは玄関前の階段に座って2人を見ていた。

 

 

「これで良かったのかねぇ……」

 

「唐突に何の話ですの」

 

「ほら、アレだよ。馬車の御者に頼まれてたやつ」

 

「あぁ、()()()()()のことですわね。まあ上手くいっているんじゃありませんの?」

 

「それなら良いんだが……その子供っぽい名前はどうにかならないのか?」

 

「何を今更。サフィーとわたくしの命名に文句は言わせませんわよ」

 

 

 ノエルたち3人はあの時、『ルカの友人になって欲しい』と頼まれたのであった。

 理由は『同年代の友人や魔女の友人がいない』という噂を聞いたからだという。

 

 

「どういう過ごし方をすればそんな噂が立つんだよ……」

 

「きっといつも働いてばかりなのでしょう。確かに少し可哀想に思えてきますわね……」

 

「『人付き合いが苦手だったのは昔の話』とかクロネさんは言っていたが、アカデミー卒業までには間に合わなかったというわけか……」

 

「それに加えて各地を転々としているせいもあって、現地の人とも仲良くなりきれていないのかもしれませんわね」

 

「つくづく可哀想な奴だな……。っと、いけないいけない。アタシたちが友人になるためにはそういう感情は捨てておかないと……」

 

 

 哀れみの目でルカの方を眺めていた二人は、同時に自分の頬を叩いて気を引き締める。

 するとマリンは、何かを思い出したかのようにノエルの方を向いて尋ねる。

 

 

「あ、そういえば結局、指輪については何か分かりまして?」

 

「ん? あぁ、色々分かったさ……。ただ、ここから先は試してみないと分からないというか……」

 

「ということはやはり何か秘密が隠されていたわけですわね?」

 

 

 ノエルは軽く頷く。

 

 

「何か魔法が込められているのは分かった。だが、それが何の魔法なのかは今の時点では何とも言えない」

 

「やはり強力な魔法が秘められていたとか!?」

 

「だったら良いんだが……。普通なら属性とかだけでも分かるはずなのに、それすらも分からないなんて……」

 

 

 ノエルは手を頭の後ろに回して寝そべり、空を見上げる。

 

 

「確かにそれはおかしい話ですわね……。って、魔石が素材なのに属性が分からないんですの?」

 

「その宝石は魔石じゃない。本当にただの宝石だったんだよ」

 

「ではこの神器のいつもの力は一体……?」

 

「それは伝承通り、その宝石に込められた結界の力さ」

 

「ええ!? これ、ただの結界だったんですの!?」

 

「神器にしてはやけに普通の効果だと思ってたんだ。調べてみたらお前のもサフィーのも、風魔法の結界が発動していた」

 

 

 マリンは恐る恐る宝石に触れて魔力を探る。

 しばらくして、マリンは驚きの表情を浮かべ、間もなく納得したように指輪から手を離した。

 

 

「それで、その属性不明の秘められた魔法というのは……?」

 

「あぁ、これはお前たちの指輪の魔力的繋がりから分かったことなんだが、どうやら何かの魔法が複合的にかかっているようなんだ」

 

「と、言いますと?」

 

「結界に加えて、2つの指輪に同じ魔法がかかっていたってことさ。さっき言った通り、効果は不明なんだが」

 

「ふむ、同じ効果の魔法ですか……。って、それをどうやって試すんですの? 属性くらいは分からないと発動すらできないのでは?」

 

「そこでアタシも詰みさ。どうして属性が分からない? そしてどうして同じ効果の魔法がかかっている?」

 

 

 ノエルはパッと上体を起き上がらせ、マリンの方を向く。

 

 

「そして一番の謎は『どの時点で』その魔法がかけられたのか、なんだよ」

 

「確かに! 物語の中にはそんな話はありませんでしたし、わたくしも聞いたことがありませんわね」

 

「だからこそ手がかりがない。完全な詰みってわけだ」

 

「なるほど……。まあ、とりあえず調べていただいて感謝しますわ」

 

「アタシの知見も広がったし、礼には及ばんさ」

 

 

 ノエルとマリンは魔法の稽古をする2人の方に目を向ける。

 そろそろ日が昇ってきたらしく、2人の影が短くなってきている。

 

 

「そろそろ切り上げようか」

 

「ですわね。お腹も空いてきた頃でしょうし」

 

 

 ノエルは声を上げて2人を呼ぶ。

 

 

「おーい! もう昼になるから一度こっちに戻ってこーい!」

 

「はーい! 今行きます!」

 

「了解しましたー!」

 

 

 4人はルカの家に戻り、昼食休憩をとるのであった。



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32頁目.ノエルと死活問題と実験開始と……

 ルカの家で昼食を済ませた4人は、魔力の回復のためにしばらく休憩することにした。

 現在、ノエルたちはリビングの机を囲んで談笑している。

 

 

「それで、ルカの修行はどうだい? まあたった2時間ほどでそこまでの変化があるとは思えないけど」

 

「そんな簡単に習得されたら流石のあたしも面目が立ちませんって。一応コツとか教えて反復練習してる段階です」

 

「なるほど。ルカはどうだ?」

 

「ボク自身、風魔法にはそれなりに自信があったのですが、サフィアさんのような操作ができるようになるにはまだまだ時間がかかりそうですね」

 

「まあ、サフィーは魔力の扱いに関しては誰にも負けないほどの実力者だ。目標にするのはいいが、これが普通だとは思わないでくれよ?」

 

「流石にアカデミーにもここまでの才能の持ち主はいませんでした。サフィアさんを基準にして考えるほどボクの目は節穴じゃありませんよ」

 

 

 ルカはそう言ってお茶をすする。

 その横で、サフィアはあからさまに照れるのであった。

 

 

「とはいえ風魔法の知識や魔力量はルカさんの方が豊富ですから、修行を積めばきっとサフィーよりも風魔法をうまく扱えるようになるはずですわ」

 

「そうだな。サフィーはどちらかというと水魔法の方が得意だし、上級以上の風魔法はまだ使えないもんな?」

 

「ぐっ……痛いところを突いてきますね……。べ、別に水魔法だけでも魔女として生きていくことはできますし!」

 

「はいはい、落ち着きなさいサフィー。いつかきっと使えるようになりますわよ」

 

 

 拗ねるサフィーをマリンがなだめている間に、ノエルはルカに質問した。

 

 

「ところで、ルカは上級風魔法は使えるのか?」

 

「はい、一応は。ただ、使えるのが順転の風魔法だけなので、今回の砂嵐を止めるためには使えないと判断しました。なので反転の上級風魔法を作っていたのですが……」

 

「そいつが失敗続き、というわけだな」

 

「はい……。もちろんアカデミーの魔導書庫にある反転の上級風魔法は全て調べ尽くしたのですが、どれもボクの魔力量や想像力を超えたものばかりで……」

 

「風魔法は基本属性の中でもクセが強い方だと聞いたことがある。アタシも魔法を作ることの難しさは分かっているつもりだが、風魔法を作る難しさは想像もしたくないねえ……」

 

「分かっていただけて幸いです……。ですが、これは死活問題です。どうにかしてあの砂嵐に対抗できる魔法を作り上げなければなりませんから」

 

「うーむ……どうしたものか……」

 

 

 ノエルは目をつぶって考え始めた。

 

 

「(魔法を作るにはその魔法をうまく想像できるかどうかにかかっている。つまり風魔法に詳しくないアタシとマリンはこの魔法作りには関われない……。とはいえ、サフィーに上級魔法を作らせるのは危険すぎる、か……)」

 

 

 ふと、ノエルはサフィアが話していた風魔法の仕組みを思い返す。

 

 

「(『順転』と『反転』か……。これまでは砂嵐を反転の風魔法で消そうとしていたんだったな。まあ、順転させたら被害が大きくなってしまうから当たり前といえば当たり前……って、あれ?)」

 

 

 ノエルはハッとし、ルカに尋ねる。

 

 

「な、なあルカ。順転の風魔法って他の魔法にも影響するのか?」

 

「モノにもよりますが、先ほどの反転魔法と同様に他の魔法に影響するものもありますよ」

 

「それって、魔法の効果を増幅させることもできるってことだよな?」

 

「そうですね。ボクが使える上級風魔法の中にもそんな効果のものがあります」

 

「もしかしてだが、その魔法、()()()()()()にもかけられたりしないのか?」

 

「それは試したことはありませんが、原理的にはできるはずです。しかし、一体何を考えて……?」

 

 

 それを聞いたノエルはニヤリと笑い、立ち上がる。

 そして3人に向かって言った。

 

 

「そろそろ魔力も溜まってきた頃合いだろう? 早速実験だ! 成功すればきっと砂嵐に対抗できるぞ!」

 

「ほ、本当ですか!? ボクにはさっぱり分からなかったのですが……」

 

「その説明はあとでしてやるから。ほら、サフィーの実力の見せ所だぞ!」

 

 

 ふて腐れていたサフィアは、マリンの腕から顔を出す。

 どうやら機嫌が少し良くなったようだ。

 

 

「し、仕方ありませんね……。ノエル様、今回は許してあげます」

 

「サフィーに免じてわたくしも許して差し上げますわ」

 

「それは良かっ……いや待て、お前に何を許される必要があるっていうんだ」

 

「サフィーを拗ねさせるということは、わたくしを拗ねさせるも同義ですわ」

 

「……後でお前にもちゃんと出番があるから、準備しておけよ」

 

「そういうことなら仕方ありませんわね! どんどんわたくしを頼るといいですわ!」

 

 

 サフィアはノエルの真意に気づいていた。

 

 

「(相手にするのが面倒過ぎて、ついにお姉ちゃんを受け流せるようになったんですね……)」

 

 

***

 

 

 ノエルたちは再びルカの家の前の砂浜にやってきた。

 陽は登り切っており、相当に暑い時間帯であることが分かる。

 しかし、サフィアたちの指輪のおかげで、ノエルたちはそれなりに涼しい中で実験を始めることができるのだった。

 

 

「今言うとアレだが、本当にサフィーとマリンには感謝しかないよ」

 

「本当に神器を何だと思って……。まあ、今更過ぎて気にしませんけど」

 

「それで、一体何を実験するんですか? 風魔法の操作の修行はまだ途中ですが……」

 

 

 ノエルは胸を張り、自信満々に言った。

 

 

「サフィーが使う反転の風魔法を、ルカの順転の上級風魔法で強めることができるのかどうかの実験だ!」

 

「た、確かに試したことがないとは言いましたけど、それで何を……。って、まさか……!」

 

「あたしの魔法を増幅させて砂嵐にぶつけるってことですか!?」

 

「その通り。反転の上級風魔法が使えない上に作れないと言うのなら、それと同じくらい強力な魔法を生み出せばいいじゃないか!」

 

 

 そこにマリンが割って入る。

 

 

「待ってくださいな。道理にはかなっていますが、些か強引なのではなくって? 成功する保証はどこにもないんですのよ?」

 

「だから試して練習するんだよ。そのためのお前なんだからな」

 

「……なるほど。また高火力の魔法を撃てばいい、というわけですわね」

 

「話が早くて助かるよ。だが、アレよりも強力な魔法じゃないと練習にならない。というわけで──」

 

 

***

 

 

 数分後。

 4人は実験のための陣形を組み終わった。

 サフィアの後ろにルカ、その2人の対面にマリンとノエルが並んでいる。

 

 

「ねえ、これ本当に大丈夫なんですわよね?」

 

「あいつらを信じろって。それに向こうにはサフィーの指輪があるから、炎の熱で怪我する心配はないはずだろ」

 

「で、ですが……」

 

「おーい! こっちは準備完了だ! そっちはどうだー?」

 

「こっちも準備完了でーす! いつでもどうぞー!」

 

「だとさ。それじゃ、いくぞ!」

 

 

 ノエルの考えはこうだ。

 

 マリンとノエルの2人で、威力高めの上級火魔法をサフィアたちに撃つ。

 その魔法をサフィアが反転の風魔法で打ち消そうとする。

 そこでルカがサフィアの魔法に順転の上級風魔法を撃ち込む。

 魔法が凄まじい速さで消えれば実験は成功。

 逆に変化がなかったり、むしろ強力になった場合は失敗ということになる。

 あとは練習を重ねて、2人の調子を合わせれば完成!

 という算段のようだ。

 

 計画通り、ノエルとマリンは同時に魔法を放った。

 

 

「『灼熱大剣(エル・フレイム・ブレイド)』!」

 

「うぅ……。『滅亡の灼拳(エル・グラン・フラム)』ぅ!」

 

 

 炎の巨大な剣と拳がサフィアに向かって飛んでいく。

 サフィアは集中して丁度いいところを見計らう。

 

 

「……ここっ! 『減衰の旋風(ディケイ・スペル)』!」

 

 

 サフィアの魔法がノエルたちの魔法を止める。

 しかし、その勢いはなかなか収まらず、サフィアは後ずさりをしている。

 ルカはサフィアの肩に手を置いて詠唱を始めた。

 

 

「ルカさん! 今だよ!」

 

「はいっ! いきます!」

 

 

 ルカの周りを鋭い風が包み込む。

 そして次第にその風はルカの手元に集まり、光り始めた。

 

 

「『増幅の時津風(エル・エスカレート・スペル)』!」

 

 

 その瞬間、ルカの手元の風がサフィアの身体の周りを通って、サフィアの魔法と融合した。

 すると、サフィアの目の前にあった小さなつむじ風が、突然大きくなり始めたのだった。

 

 

「よし、いい調子だ! そのまま気を抜くなよ、2人とも!」

 

 

 ノエルの声に後押しされてか、サフィアの魔法の回転が少しだけ早くなる。

 風に包まれた炎の剣は静かに消え、そして炎の拳も間もなく消え去ったのだった。

 

 

「せ…………」

 

「「「「成功だー!!」」」」

 

 

 ノエルとマリンは拳を握り、サフィアとルカは手を繋いではしゃいでいる。

 こうして、砂嵐に対抗できるかもしれない魔法を、ノエルたちは編み出すことに成功したのであった。



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33頁目.ノエルと大博打と砂嵐と……

 それから2日が経過した。

 

 反転の風魔法を順転の風魔法で強化することに成功したルカとサフィアは、あれからお互いの魔法の発動時間や回転速度などを何度も合わせで練習し、今やバッチリと言っていいほどの連携を見せていた。

 

 一方、ノエルとマリンは、こちらもこちらで指輪の力について実験を重ねていた。

 結果としては一歩の前進もなく、指輪は相変わらずの効果を発揮しているだけなのであった。

 そんなこんなで、4人はその日の朝からルカの家で対砂嵐の準備を進めていた。

 

 

「はぁ…………」

 

「急に溜息をつくのはやめて下さいません? 指輪の研究が進まず虚しくなっているのはわたくしも同じですのに」

 

「それもそうだが、今日なんだろ? 砂嵐が来るかもしれない日って」

 

 

 ノエルの呟きに、ルカが少し遠くから反応する。

 

 

「ええ、その通りです。2日後に発生しなかった場合は必ず、その次の日に発生していますから」

 

「だよなぁ……」

 

「それでどうしてあなたが溜息をつく必要があるのです?」

 

「どうせならもう少し研究が進んでから事に当たりたかった」

 

「別に研究の成果があってもなくても、砂嵐への対策は完成しているじゃありませんの。それに、終わってからいくらでも研究は進められますわよね?」

 

 

 マリンはそう言って黙々と魔導書の整理を進める。

 するとノエルは立ち上がり、マリンに向かって大声で叫ぶ。

 

 

「災害級の魔法なんて滅多に見られないんだぞ!? そいつで実験できる機会が生きてる中で何回あるのか!」

 

「分かってますわよ! ただ今回に限っては早めの解決が優先事項。わたくしだってこんな機会、逃したくて逃してるわけじゃありません!」

 

「2人とも、落ち着いて」

 

 

 荒ぶるノエルとマリンをサフィアが冷静に諌める。

 

 

「「だって……」」

 

「今回の目的はルカさんを手伝うこと。そうクロネさんに頼まれたんだから仕方ないでしょ? 特にノエル様はイースさんのためなんだから我慢して下さい」

 

「う……そこでイースの名前を出されると返す言葉もない……。し、仕方ない、今回は我慢するよ……」

 

「わたくしは元から我慢してましたが、ノエルがイースさんのために我慢するのであれば大人しくしておきますわ」

 

「あ、あの……」

 

 

 ノエルたちが振り向くと、そこにはルカが立っていた。

 

 

「ルカさん、どうかしまして?」

 

「先程から聞こえる『イースさん』とは一体……?」

 

「あ、あぁ……聞こえてたのか……。この話は砂嵐の一件が終わってからする予定だったんだが……」

 

「なるほど、以前仰っていた()とやらに関係があるのですね。砂嵐の発生まで時間がありますし、よろしければお聞かせ願えますか?」

 

「まあ……そうだな。いずれ話す事にはなっていたんだし、聞かせてやっても問題はない、か」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

「あぁ、そうだ。前にも言った通り、今から聞かせる話に続く依頼は断ってくれても構わないからな。別にこの依頼のためにお前に協力しているわけじゃない、ということだけ覚えておいてくれ」

 

「分かりました。覚えておきます」

 

 

 そうしてノエルはイースとの出会いと別れ、そしてその後の自分の話をいつもと同じように話し始めた。

 

 

***

 

 

 3時間後──。

 

 

「な、なるほど……。完璧な蘇生魔法を求めてボクの所へ……」

 

「この話を聞いた人はみんなそんな微妙な表情をするよ。いや、こいつら姉妹は例外だったか……」

 

「あの……断るとかそういうわけではないのですが、ボクはあまりに力足らずではありませんか……? 風魔法が多少は得意といっても、あなたの研究に成果を残せるほどとは思えませんし……」

 

「なに、お前ほどの実力なら全く問題ないよ。そもそも現時点で人数が少なすぎる上に、風魔法の実力があるアテがお前しかいないというのもあるがね」

 

 

 ルカは少し考え、言った。

 

 

「こんなボクでもお役に立てるのであれば……と言いたい所ですが、時間を頂けませんか?」

 

「あぁ、考える時間は必要だもんな。全然構わな──」

 

「いえ、そういう意味ではありません。ボクに出来る限り修行の時間を下さい、という意味です」

 

 

 ノエルの言葉をルカが遮ってこう言う。

 ルカの表情は真剣で、その圧にノエルは少し仰け反る。

 

 

「ほ、ほう……?」

 

「話を聞く限りですと、少なくとも9属性全ての使い手を集めきるまで、あと数年はかかりますよね? その間だけでも構いません。ボクに修行を積ませて下さい!」

 

「今のままでも実力は十分だと言っても……その様子だと今の自分に満足していないようだな。まあ、確かに数年はかかるだろうから、いくらでも修行の時間はあると考えてくれて構わないよ」

 

「そういうことでしたら、集めきった後にボクを訪問して下さい。その時点でボクがボク自身の実力に満足できていれば協力しましょう」

 

「そりゃとんだ大博打だな? そうするくらいなら今の時点で承諾してもいいんじゃないのか?」

 

「いえ、ボクは──」

 

 

 その時だった。

 突然、家の窓がガタガタと揺れ始める。

 ルカは急いで外を見て、こう言った。

 

 

()()()()! 砂嵐の予兆、海風です!」

 

 

 ノエルたちが外を見ると、海面は波立ち、砂浜の砂が風に煽られているのが分かる。

 

 

「チッ、分かっちゃいたが、折が悪い!」

 

「急ぎましょう! いつもならあと10分程で砂嵐が発生します!」

 

「分かった。行くぞお前たち!」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 4人は急いで荷物を持って外に出たのだった。

 

 

***

 

 

 ノエルたちが砂嵐発生予測地点に行くと、そこは強風が吹き荒れ、立ってもいられないような場所と化していた。

 だが、まだ砂嵐は発生していない。

 

 

「良かった、間に合ったみたいだな……」

 

「安心するのはまだ早いですよ。とりあえずこの強風がどこから発生しているのか探る必要があるんですから」

 

「おっと、そうだった。砂嵐が発生した時は頼んだぞ、サフィー、ルカ!」

 

「ええ、もちろん。そちらもお気をつけて」

 

「バッチリ任されました!」

 

 

 手を振る2人に見送られ、ノエルは海に足を踏み入れる。

 

 

「じゃあマリン、行くぞ」

 

「サフィー! いざとなったらわたくしたちを置いて逃げなさいよー!」

 

「そんなこと言ったらあいつ怒るぞ? 『流石に見くびりすぎー!』ってな」

 

 

 そんなことを話しながら、ノエルたちは腰下まで水が来るくらいまで深くに来た。

 

 

「さて。それで、どうやって探すんですの? 深みに行き過ぎると流石のわたくしたちでも戻るのは大変ですわよ?」

 

「分かってるよ。だから極力集中して遠くまで魔力感知するしかない」

 

「集中と言われても、風が強すぎて……!」

 

「まだこれでも弱い方だって言うんだから耐えるしかない! 始めるぞ!」

 

 

 ノエルとマリンは目を瞑って風の吹いてくる方の魔力を調べる。

 そして、30秒ほどで2人同時に目を開いた。

 

 

「「見つけた!!」」

 

 

 しかし見つかったにも関わらず、2人は頭を抱えている。

 

 

「思ったより厄介なことになってるな……」

 

「発生場所がまばらな理由も分かりましたわね……」

 

「あぁ、とにかくこのままじゃ呪いの残滓を回収できない。一度戻って対策を考えるぞ!」

 

「えぇ、そうしましょ──」

 

 

 そう言いながら、後ろを振り向いたマリンが固まる。

 それに気づいたノエルも後ろを振り返る。

 

 

「な、何だ、こいつは……!」

 

 

 2人の目に映っていたのは、()()()()()()()()()()()()砂嵐であった。

 

 

「ここまでの大きさだなんて聞いてないぞ!」

 

「サフィーは!? 無事なんですわよね!?」

 

 

 砂嵐はサフィアたちとノエルたちのちょうど間の砂浜の上で発生している。

 マリンは急いで砂浜に戻ろうとするが、砂嵐の風に押し戻される。

 

 

「落ち着け! アタシたちは横に移動して合流するんだ! それと、サフィーたちを信じろ!」

 

「で、でも……!」

 

「心配ならなおのこと早く合流するんだよ! 今は自分が助かることを考えろ!」

 

「っ……!」

 

 

 マリンはノエルを追って走る。

 ノエルは重い足を持ち上げて魔導書をギュッと握りしめ、砂浜沿いの浅瀬を駆けるのであった。



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34頁目.ノエルと逃走と発生源と……

 砂嵐が発生する少し前。

 サフィアとルカは、吹きつける強い風と巻き上げられた砂に視界を奪われていた。

 

 

「ルカさん! 砂嵐はあとどれくらいで起こるの!? そろそろ目が辛いんだけど!」

 

「あ、あと少しです! 耐えてください!」

 

「もう! ノエル様とお姉ちゃんも見えなくなっちゃったし、砂嵐はなかなか起きないし!」

 

「仕方ありません! 砂嵐みたいな纏まった風にならないと反転の風魔法が当たらないんですから!」

 

「それにしても、流石に時間かかりすぎでしょ! って、ルカさんに言っても仕方ないか……」

 

 

 前傾姿勢で風に耐えながら、2人は砂嵐の発生をひたすらに待つ。

 すると風の勢いが突然強まり、吹き上げられた砂が一気にサフィアたちに覆いかかった。

 

 

「うあっ! 顔に砂が! ぺっ、ぺっ!」

 

「メ、メガネのおかげで助かりました……。前は見えませんが……」

 

 

 2人は服で顔を拭い、前に向き直る。

 そしてその瞬間、サフィアは目の前の光景に固まった。

 

 

「な……なによ……アレ……」

 

「さあ、来ましたよ。()()()砂嵐が!」

 

 

 そこには雲の高さに届きそうなほど巨大な砂嵐が発生していたのであった。

 上空では雷のようなものがゴロゴロと駆け巡っているのも分かる。

 サフィアは仰け反りながらルカの方を見る。

 

 

「い、いやいやいやいや!! こんなに大きいなんて聞いてないよ!?」

 

「砂嵐というのは災害の一種です。これくらいのことで怖がっていては何もできませんよ?」

 

「別に怖くはないわよ! ただ、流石にこの大きさをあの魔法で打ち消せるとは思えないだけ!」

 

「では、今からでも逃げますか? まだ間に合うと思いますが」

 

「あの2人を置いて逃げるなんてできるわけないでしょ! 打ち消せないとしても、勢いを弱めることくらいはできるはず……!」

 

「なるほど、分かりました。では練習通りにやりましょう!」

 

 

 サフィアは目を瞑って集中する。

 ルカは後ろからサフィアの肩に手を置き、呪文を唱え始めた。

 

 

「それじゃいくよ! 『減衰の旋風(ディケイ・スペル)』!」

 

「はいっ! 『増幅の時津風(エル・エスカレート・スペル)』!」

 

 

 サフィアの手元から放たれた風は砂嵐にぶつかり、砂嵐の回転に抵抗する。

 そこにルカの魔法が重なることによって抵抗力が増し、砂嵐の勢いをさらに弱めようとする。

 しかし。

 

 

「ル、ルカさん! もう少し順転の速度増やせないの!? もうあたしの方は限界なんだけど!」

 

「ボクの方もこれが限度です! ど、どうして全然勢いが収まらないんですか!?」

 

 

 砂嵐の勢いは収まることを知らず、次第に被害範囲を広げている。

 そしてそれはサフィアたち2人の方へもじりじりと向かってきていた。

 

 

「サフィアさん、逃げましょう!」

 

「でも、2人が……!」

 

「理由は何であれ、ボクたちの魔法は通じていないんですからどうしようもないじゃないですか! それに、恐らくあの2人なら大丈夫です!」

 

「確かに2人ともヤワじゃないけど、これに巻き込まれたらひとたまりもないわよ! 今からでも合流しなきゃ!」

 

「どうやって合流するというんですか! ボクたちと彼女たちの間に砂嵐が発生している以上、彼女たちとの合流は絶望的です!」

 

「っ……! じゃあせめて海岸沿いに逃げさせて! 2人の姿が見えるかもしれないから!」

 

「ふむ……? それは意外と妙案かもしれません。砂嵐は風に押されて陸に向かって来るので、横に移動することはありませんから」

 

「それなら早く行こう!」

 

 

 サフィアの合図で2人は魔法を消し、同時に横に向かって走り出した。

 砂に足を取られつつ、サフィアは海の方を注視する。

 

 

「お姉ちゃん……! ノエル様……! どこ!?」

 

「あちらも移動したのかもしれません! とにかく今はボクの家に向かうことを優先しましょう!」

 

「分かってる! あたしが焦ってどうするって話よね!」

 

 

***

 

 

 一方その頃、ノエルとマリンはサフィアたちと同じ方向へ走っていた。

 しかし、海水の重みでなかなか進めない。

 

 

「どうやら海風のおかげで、横方向のこっちには向かってこないようだな……」

 

「ですが……それはサフィーたちの方へ向かっているのと同義ですわ……」

 

「くそっ……。お前の魔法でこの辺の水を蒸発させられないのか?」

 

「そんなことしても一瞬で元に戻りますわよ。あなたこそ得意な召喚魔法で海を泳げる魔物とか呼べませんの?」

 

「そもそも召喚陣は平たいところでしか使えないし、アタシ水魔法は苦手だから海に住む魔物なんて手懐けられる自身はないよ」

 

「意外と召喚魔法も不便ですのね……。はぁ……大人しく走るしかありませ──」

 

 

 マリンは走りながらふと、陸側を見た。

 その瞬間、マリンは嬉しそうにノエルの背中をバンバン叩いた。

 

 

「痛い痛い! 急にどうしたんだよ!」

 

「ノエルノエル! あちらを見てくださいまし!」

 

「ん……? おぉ! おーい!!」

 

 

 その声に気づいたのか、遠くから返事が返ってきた。

 

 

「お姉ちゃ〜ん! ノエル様ぁ〜!!」

 

「サフィー! 無事でしたか〜!!」

 

「アタシたちもそっちに行くから、そのままルカの家に向かってくれ〜!」

 

「了解しました〜! お気をつけて〜!」

 

 

 その後、4人はルカの家で無事合流することができたのであった。

 

 

***

 

 

 ルカの家に戻ってしばらくした頃。

 ノエルとマリンはルカの家の風呂を借りて、冷えた体を温めていた。

 2人の服は、先に風呂に入ったサフィアが洗い、風魔法で乾かしている。

 同じ湯船に2人同時に入っているため、ノエルとマリンはとても窮屈そうにしていた。

 

 

「とりあえず、サフィーたちから聞いた情報と照らし合わせましょうか」

 

「おいおい、風呂でくらいゆっくりさせてくれよ? まあこれでゆっくりしろっていう方が無理だが……」

 

「わたくしだってゆっくりしたいですけど、これは緊急事項ですわよ」

 

「あぁ、2人の魔法が通じなかったって話か。なに、あれは完全にアタシたちが見落としをしていただけだよ」

 

「と、いいますと?」

 

「風魔法には順転と反転がある。だからアタシたちは砂嵐を反転の風魔法で打ち消そうとした。だがこれはあちら側も同じ話だったのさ」

 

「なるほど! 砂嵐を起こしている風が魔法によるものということは、そういうことも考慮すべきでしたわね……」

 

 

 ノエルはお湯をすくって顔を洗う。

 

 

「そしてその結果分かったことが1つある」

 

「何ですの?」

 

()()()()()()()()()

 

「……はぁ!?」

 

「単純に強いだけの砂嵐ならあの魔法で消せるが、その魔法すら弱める風魔法が複合的に発動してるんだ。そんな化け物に勝てるほどあの魔法は万能じゃない」

 

「そ、それならどうするんですの?」

 

 

 ノエルは立ち上がり、湯船から出て体を拭く。

 

 

「それはこれから話すよ。ほら、そろそろ上がらないとのぼせるぞ?」

 

「あ、あぁ、待ってくださいな!」

 

 

 2人は風呂から上がり、乾いた服を着て、サフィアとルカのいる机に向かった。

 

 

***

 

 

「さて、とりあえず2人には残念なお知らせになりますが、あの砂嵐にはあなたたちの魔法が通じないことが分かりましたわ」

 

「薄々気づいてはいたから、あたしはガッカリしないかも」

 

「実際に体験しましたしね……。まあ、ボクとしてはいつものことですが……」

 

「それで、だ。これから話すのは、数日後の砂嵐への対抗策……()()()()

 

「「「えっ??」」」

 

 

 3人はノエルの方を見て頭を傾げる。

 

 

「いいか。砂嵐が発生しないと呪いの残滓が見つからないというのは、あくまで初見だったからだ。つまり、今回の時点で呪いの残滓の場所さえ分かれば良かったというわけさ」

 

「ということはもしかして、ノエルさんたちは……!」

 

「あぁ、そうだ。今回、アタシとマリンは呪いの残滓を見つけることに成功した! だが……それは厄介なことに()()()()()()()()()()んだよ」

 

「えっ……? それでは場所が分からないも同然なのでは?」

 

「そういうことになるな。だが動き回っている、ということが分かればそれで十分だったんだよ」

 

「どういうことです、ノエル様?」

 

「つまりだ。こいつが動き回っていたから砂嵐の発生源がバラバラだった。それは逆に言うと、これまでの発生源が分かれば、今の呪いの残滓の場所が分析できるんじゃないか?」

 

「なるほど! ノエル様、頭いい〜!」

 

 

 ルカはそれにすかさず反論する。

 

 

「ま、待ってください。確かにこれまでの発生源を辿れば、次に発生する場所は予測できますが、流石に現在位置までは分かりませんよ?」

 

「なあ、ルカ。それはこれまでの発生源を線で繋げた場合の話なんじゃないか?」

 

「ええ、過去の発生源を地図に描いているので、次の場所は線で結んで予測していますね」

 

「その地図、見せてくれないか?」

 

「わ、分かりました」

 

 

 ルカが持ってきた地図を見ると、そこにはいくつも線が描いてあり、子供の落書きのようなグチャグチャさであった。

 

 

「確かにこれでは現在位置なんて分からない……って、あら? この結ばれている線……」

 

「あっ、よく見たらどの線も同じ長さだ! それに、この辺り一帯から動いてない!」

 

「やっぱりな。ただ単に発生源がバラバラってだけだったら、本来は次の場所も予測できるわけがないんだよ。ということは、だ」

 

「ある程度の現在地は分かるってわけですね!」

 

「そういうことになるな」

 

「なるほど……。砂嵐の対策に夢中で発生源の現在地については考えたことがなかったので、完全に見落としてました……」

 

 

 ノエルは地図から目を離し、椅子に座りなおして言った。

 

 

「だが、ここで1つ解決しなきゃいけない問題がある」

 

「まだ何かあるんですの?」

 

「あぁ。どうして呪いの残滓は海中を移動している? という疑問だ」

 

「呪いの塊が波にさらわれているとかではなくって?」

 

「それなら発生源に法則性が生まれないだろう? それに、もしそうなら沖に流されるだろうから、数年間も砂嵐が発生していたことと矛盾する」

 

「それなら魚とかに憑いてるとかですかね?」

 

「それもおかしい。魚が数年も呪われたまま生きていられるとも思えないからな」

 

「呪いはそのままではなく、魚などの弱い生物に憑いているわけでもない。ということは、まさか……」

 

「そう、それが今回の一番の問題なのさ」

 

 

 ノエルはカバンから魔導書とはまた違った装丁の本を取り出して開いた。

 それは文章と挿絵がいくつも載っている分厚い本、つまりは『図鑑』であった。

 

 

「恐らく呪いの残滓はこいつら海の魔物、即ち『海魔』に取り憑いている!」



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35頁目.ノエルとヨットと合図と……

『海魔』

 

 ざっくりまとめると、海に棲む魔物のこと。

 魚やタコ、ヒトデなどの姿をしていて、海の中で野生の魚などを食べて暮らしている。

 もちろん魔物と言われるだけあって人的被害もある。

 沖に出ていた船を襲ったり、海水浴をしている人を襲ったりとかなり凶悪な部類の魔物だ。

 だから大体、海に出る人は退魔の魔法をかけてもらったり、お守りを持って魔物を遠ざけている。

 ついでに言うと、海魔ってのは呪いや毒といったものに耐性がある上に、とてつもなく長生きなのさ。

 

 

***

 

 

「それなら確かに、呪いの残滓を持っていても生きていられますわね」

 

「あたし、海で泳ぐのやめとこうかな……」

 

「安心しな、サフィー。海魔はそもそも魔力が苦手だから、魔導士には近づかないよ」

 

「そ、それなら良いんですけど……。って、本当ですよね!?」

 

「本当、本当……」

 

 

 ノエルはサフィアの頭をポンポンと撫でて諌める。

 

 

「ん? 待ってください、ノエルさん。海魔が魔力を苦手としているなら、風を起こしている間に出ている魔力に耐えられないのでは?」

 

「良いところに目を付けたな。浅瀬にいる海魔は基本的に弱い上に、魔力に弱い。だが沖にいる海魔は、海魔同士の歴戦をくぐり抜けた強力な種なんだ。図鑑によると、だが」

 

「なるほど、強い魔物ほど魔法にも強くなると言うことですわね……って、あら? それだと今回の海魔は……」

 

「そう。きっと呪いにも魔力にも耐性を持った強力なヤツ、ってことになるだろうさ」

 

「うわぁ……。倒すとなると大変そうですね……。それに呪いの残滓も憑いているとなると……」

 

 

 サフィアはそう言いながら、ノエルが持ってきた『海魔図鑑』を眺める。

 その瞬間、サフィアは何かを思い出したかのようにノエルに尋ねた。

 

 

「ところでノエル様、どうしてこの図鑑を取り出したんです? 別に海魔の説明をするだけなら要りませんよね?」

 

「あぁ、そうだった。今回の海魔がどんなヤツなのかが分かれば、弱点を探れるかもしれないと思って持ってきたんだった」

 

「それで、分かったんですの?」

 

「分かるわけないだろう。この辺りの海域に出る海魔なんて知らないし、そもそもアタシたちだって姿を確認したわけじゃないんだからな」

 

「ということは……」

 

「まさか……?」

 

 

 サフィアとマリンはこの後、何があるのかを察して震え始めた。

 直後、その悪い予感は見事的中した。

 

 

「よーし! 今から沖に出て海魔を探すぞー!」

 

「「いやあぁぁぁぁ〜!!」」

 

 

 ノエルはサフィアとマリンの腕を掴んで、全員のカバンを取る。

 

 

「ボ、ボクは次の発生に向けて魔法の練習を……」

 

「おい、ルカ。お前がいないとタダで船を借りられないだろ? もちろん来るんだ!」

 

「のおぉぉぉぉ〜!!」

 

 

 ノエルは嫌がる3人を引きずって、船着き場へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして。

 ノエルたちはルカの交渉によって、4人乗りのヨットを借りることに成功した。

 間もなく沖へと出発し、既に海魔がいると思われる海域にまで近づいていた。

 

 

「いやー、風魔法って便利だなー。無風でも船が進む進む」

 

「どうしてボクは自分でヨットを借りて、自分で帆を張って、自分で風を送ってまでして、恐ろしい海魔の棲み家に近づいているんでしょう……」

 

「ルカさん……。もう諦めた目をしてるね……」

 

「帆を操作しているのがノエルなんですもの……。どう風を送っても全部アイツの掌の上なら、諦めるのも納得ですわよ……」

 

「お、そろそろだな。ルカの地図によると、海魔がいる海域に入ったぞ」

 

「「「ヒィッ!!」」」

 

 

 3人が下を恐る恐る覗き込むと、確かに何かの影が海中を泳いでいるのが分かる。

 ノエルはそのままヨットを前進させ、海域の真ん中へと向かわせた。

 

 

「こ、この海魔が何かさえ分かれば良いんですわよね! それならさっさと終わらせますわよ!」

 

「でも海の中ってよく見えないんだよね……」

 

「だからといって、魔法を撃って海中を見るわけにも……」

 

「ん? 何をしてるんだ? ()()()?」

 

「「「は、はい!?」」」

 

 

 3人が振り向くと、そこには耐水のローブを着たノエルがいた。

 そしてその隣には、着ろと言わんばかりに置かれた3人分のローブがあった。

 耐水のローブとは、服や体だけでなく身につけているもの全てに触れる水を弾く力を持った、雨合羽型の魔具である。

 

 

「え、本当に海魔のいる所に潜るんですか!?」

 

「いやいや、そうじゃないとどんな海魔か確認できないじゃないか」

 

「強力な海魔なら襲ってくるでしょうし、何よりそもそも水中で魔法って撃てるんですの!?」

 

「まあ海の中にだって魔力はあるだろうし、大丈夫だろ。それに、襲ってくるようなヤツならもうこの船は沈んでてもおかしくないから、大丈夫!」

 

「沈むかどうかわからない状態でここに連れてきたんですか!? ボ、ボク帰っても良いですよね!?」

 

「良いわけないだろ? ほら、さっさと行くぞ」

 

 

 ノエルの無茶なゴリ押しに巻き込まれ、3人は渋々とローブを着るのだった。

 

 

***

 

 

 その後、サフィアとルカは全員に、退魔の風魔法と水中呼吸の風魔法を何重にもかけた。

 水中呼吸の風魔法はその名の通り、水中でも呼吸ができるようになる、水に潜るためには必須の魔法である。

 

 

「こんなに退魔の魔法をかけられちゃ、逃げられる可能性もあるってのに……」

 

「念には念を、保険には保険を、です! 海に入った瞬間にパクリといかれる可能性だってありますから!」

 

「というか、わたくしが潜る意味はあるんですの? 火魔法は水中では効果がありませんわよね?」

 

「お前には少し離れたところから、光魔法で暗い海中を照らして欲しい」

 

「少し離れたところ! 了解しましたわ!」

 

「ルカはヨットの近くでアタシたちを待っていてくれ。何かあったら逃げても良いからな?」

 

「そ、そんな度胸、ボクにはありませんよ! 大人しく待っていますから!」

 

「そうか、それは大変助かるよ」

 

 

 ノエルはニコニコしながらルカに言った。

 そうして、ノエルたち4人は水の中へと飛び込んだのだった。

 

 

***

 

 

 水中呼吸の風魔法があるとはいえ、水中では会話することができない。

 そのためノエルたちは、あらかじめ決めておいた身振り手振りで連絡を取り合っていた。

 

 

「(おーい! あっちに何かいるっぽいから照らしてくれー!)」

 

「(了解しましたわー!)」

 

「(お姉ちゃん! もっと下! あー、行きすぎ!)」

 

 

 マリンが照らした先には、1匹の大きなサメがいた。

 

 

「(んー、こいつは海魔じゃないな。次に行くぞ)」

 

「(待ってください、ノエル様! サメは普通に襲ってくるんじゃないですか!?)」

 

「(あ、それもそうか。じゃあ……『悪魔の威厳(デモニック・マジェスティ)』)」

 

 

 その瞬間、ノエルから何か見えない圧力が発せられ、サメは慌てて逃げていった。

 

 

「(流石はノエル様! 手も触れずに敵を追い払うなんて!)」

 

「(無闇な殺生は好きじゃないからね。それじゃ、先に進むぞ)」

 

 

 それからしばらくノエルたちは海魔を探し続けた。

 しかし、ある程度の範囲を探しても、その姿を捉えることはできなかった。

 

 

「(やはり退魔の魔法のせいで移動したのか……? でも強力なヤツなら退魔の魔法も本来は効き目が薄いはずなんだが……)」

 

 

 ノエルは不思議に思いつつ、サフィアに船に戻ろうと合図を送る。

 しかし、サフィアは違う方を見ており、気づいていない。

 

 

「(全く……。あれだけ離れるなと自分から言っていたのに、海魔がいないと気づいて安心したのかな)」

 

 

 ノエルはサフィアの元へと泳いでいく。

 そしてサフィアの肩を叩いて、腕を引っ張った。

 しかし、サフィアの腕に全く力が入っていない。

 

 

「(ん? サフィー、どうした?)」

 

 

 ノエルがサフィアの方へと振り向くと、サフィアは辛そうにぐったりとしている。

 見た限り呼吸はしているが、苦しそうにノエルの方を見つめている。

 

 

「(サフィー!? おい、大丈夫か! そうだ、マリン!)」

 

 

 ノエルは急いでマリンに緊急の合図を送り、サフィアを連れて海面に上がろうと泳ぎ始めた。

 その時だった。

 

 

「(うっ……何だ……? この無性に嫌な気持ち悪さは……)」

 

 

 呼吸はできるのに、息苦しい。

 ノエルはそんな感覚に襲われ、次第に気が遠くなっていく。

 

 

「(そうか……完全に舐めていたよ……)」

 

 

 薄れゆく視界の中、ノエルはその目と魔力で()()を感知した。

 大きな身体は()()()()()うねりながら泳いでおり、黒い魔力のようなものを撒き散らしている。

 

 

「(これが呪いの……力……。そして……アイツが……探していた海魔か……)」

 

 

 マリンが遠くから光を照らしながらノエルの方に向かって来ている。

 しかしノエルは最後の力を振り絞って、こう合図した。

 

 

『こっちへ来るな』



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36頁目.マリンと指輪とおばあさまと……

 20分ほど前──。

 

 マリンは光魔法『光る道程(ライト・ロード)』で、ノエルとサフィアの行く先を少し離れたところから照らしていた。

 後ろを振り返ってみると、ギリギリ見えるくらいの距離感を保ちながらルカが船の番をしている。

 誰も海魔と遭遇しないで欲しいと思いつつも、マリンは退屈そうに光を照らしていた。

 

 

***

 

 

「(はあ……。こんなことになると知っていれば、サフィーだけでもお留守番させましたのに……)」

 

 

 海魔は魔物。

 つまりこの探索は危険が伴う上に、死と隣合わせの状況になることだってありうるということだ。

 ノエルの行動力にはいつも驚かされるし、大抵は良い結果が返ってくる。

 とはいえ、今回のこの探索はいつもに増して無茶が過ぎているような気がしてならない。

 

 

「(それに加えて、その海魔は原初の大厄災の呪いを帯びているというじゃありませんか……。ある程度探して見つからなかったら、早めに切り上げさせましょうか)」

 

 

 そんなことを思いながら、ふと左小指の指輪を眺める。

 深い藍色の宝石が暗い海の色に溶けて、輝いているようにも見える。

 大好きだった祖母の双子の姉が遺した神器の一つ、『藍玉の涙(ティアマリン)』。

 セプタを旅立つ前にサフィーと話し合って、物語の最後と同じように左手に着けるように決めたことを思い出した。

 

 

「(サフィーは忘れてると思いますが、あのままずっと身につけていてくれたことには感慨深い物を感じましたわね……)」

 

 

 それに加えて、『指輪に隠された力がある』なんてノエルから聞いた時は驚きもあったが、それ以上に未知への強い好奇心を抱いた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それも、私は物語になる前の、真の原作の話を祖母から直接聞いている。

 そこですら語られていない隠された力となると、それはきっと物語の魔女が祖母にも言えなかったようなことなのだろうか。

 色々と想像が広がってしまう。

 

 

「(ノエルでも分からないような魔法が、この指輪とサフィーの指輪にかけられている……。でもそれがもし、物語の魔女から誰かへ伝えたかった何かなのだとしたら……?)」

 

 

 きっとその答えは素敵なものに違いない。

 だけど、それを暴いてしまうのも少し悪い気がしてしまう。

 

 

「(まあ、色々考えても無意味に他なりませんわ……。それにすっかり忘れていましたが、ここには呪いを持った海魔がいるのでした。気を抜いてはなりませんわね!)」

 

 

 ただでさえ暗くてよく見えない海中に、呪いの残滓を持った海魔がいる。

 もしかしたらとてつもなく巨大な海魔かもしれないし、ただ生命力が強いだけの弱い海魔なのかもしれない。

 だが1人の魔女として、原初の大厄災の呪いは何よりも危険視しなければならないものなのだ。

 ある呪いは農作物を枯らし、ある呪いは人々の黒い感情を昂ぶらせ、ある呪いは問答無用に魔法を発動するという。

 サフィアが生まれる前、私が10歳の頃でさえ、人々は10年以上前に原初の魔女が残した呪いを恐れていた。

 

 それほどまでに恐怖に刻まれるような大厄災の呪い。

 その残滓が近くにある。

 

 

「(いっそのこと、この辺り一面に浄化の光魔法をかけたら万事解決なのですが、みんな光魔法が苦手なんですのよね……。ソワレさんの魔導書にも、ここまでの広い範囲の浄化の光魔法は書いてありませんでしたし……)」

 

 

 むしろそんな貴重な魔法をここで使ってしまっても良いのか、なんて貧乏性みたいなことを考えるようになったのも全てノエルのせいだろうか。

 とはいえ、そんなものがあったとしても大切な妹を守るためであれば迷わず使ってみせる。

 そうかつて誓ったことを思い出す。

 

 

「(……って、あら?)」

 

 

 そんなことを思いながらノエルたちの方を見ると、さらにその奥の方に何か影のようなものが見える。

 そしてそれはゆっくりとこちらに近づいてきているのが分かった。

 

 

「(あれは……もしかして探していた海魔では? ちょっと、ノエルー!)」

 

 

 光をノエルの顔に何度も当てて、こちらに気付かせようとする。

 しかしノエルはこちらに気付く様子もなく、何やらサフィーと話している様子だ。

 

 

「(流石にこれはまずいですわね……。こちらから向かった方が──)」

 

 

 いや、よく見ると話しているというようには見えない。

 何かがおかしい。

 そしてその瞬間、ノエルから緊急事態の合図が送られているのが見えた。

 それと同時に、身体はノエルたちの方へと向かって泳ぎ始めていた。

 

 

「(きっとサフィーに何かあったのですわ! 海魔も近づいていますし、早く助けなければ!!)」

 

 

 ノエルがサフィーの手を引きながら上へ上へと泳いでいる。

 それに合流できさえすれば、サフィーを助けることができる。

 

 

「(海魔はまだそんなに近づいていませんし、絶対に間に合ってみせますわ!)」

 

 

 泳ぐ速度を上げる。

 海魔に気付かれる前に、いや、既に気付かれていようとも追いつかねばならない。

 だが、次第にノエルの上昇速度が落ちてきているように見える。

 

 

「(まずいまずい、非常にまずいですわ! ここでノエルが減速してしまったら……! もっと急がないと!)」

 

 

 手も足も全力で動かし、さらに速度を上げる。

 手足が痛い。

 とても痛い。

 でも、サフィーを、ノエルを危険に晒すわけにはいかない。

 だが、その時だった。

 

 

「(え…………?)」

 

 

 ノエルは『こっちへ来るな』と、沈みながら合図を送ってきたのだった。

 あのノエルがそんな指示を送るわけがない。

 さっきまで緊急事態の合図を必死に送って、必死にサフィーを助けようとしていた人間がそんなことを言う訳がないのだ。

 

 であれば、何かの理由があるはず。

 それを瞬時に判断し、心を痛めつつも少し距離を取った。

 

 

「(『来るな』ということは、近づいてはならないということなのでしょうか……。近づいてはならない……。範囲型……まさか、呪いの影響!?)」

 

 

 確かによく集中してみると、辺りに嫌な魔力が感じ取れる。

 だが近づいてはならないからといって、助けないという選択肢はない。

 

 

「(この辺りだけ浄化しても、これだけ近くに呪いの発生源がいるとなると意味がありませんし……。だからと言って海魔を討伐するにも、火魔法が使えない今はどうしようもありません……。そうです、ルカさん!)」

 

 

 ルカの風魔法なら海中でも使えるし、最悪の場合サフィーとノエルを風魔法で船まで運んでしまうという手もある。

 そう思いつつ振り返る。

 

 

「(あっ……。やってしまいましたわね……)」

 

 

 夢中になって泳いでいたせいで、ルカを完全に見失ってしまっていたのだった。

 これは完全に自分の失態だ。

 だがこのままでは手の打ちようがない。

 

 

「(れ、冷静になるのですわ、マリン……。こういう時こそおばあさまの言葉を思い出して……)」

 

 

***

 

 

「いいですか、マリン。これをよく見て?」

 

「おばあさま、それなあに?」

 

「この指輪は『藍玉の涙(ティアマリン)』と言って、先程のお話に出てきた指輪の一つです」

 

「てぃあまりん……? 私と同じ名前?」

 

「ええ、あなたの名前はこの指輪から付けられたものなのよ。それでね、この指輪をあなたあげようと思って」

 

「えっ、いいの? 大切な物じゃないの?」

 

「大切だからこそよ。これは大切な人を守るための指輪。私はマリンを守りたいからこの指輪をあげるの」

 

 

 私はそうして指輪をおばあさまから譲り受けた。

 

 

「この指輪はあなたをあらゆる困難から守ってくれます。でもね、マリン。きっとあなたにも誰か大切な人を守りたいと願う日がきっと来ると思うの」

 

「そんな日が来たら、私は第一にお母さまとお父さまとおばあさまを守るわ!」

 

「あらあら、それは大変ねえ? 3人も守らなきゃいけないなんて。だけど安心して。その指輪がきっと何とかしてくれるわ」

 

「本当に?」

 

「ええ、だってその指輪は願いを叶えてくれる力を持っているんだもの! とはいえ、何もしないで叶うわけじゃないけど──」

 

 

***

 

 

 願いを叶えてくれる力。

 ずっと忘れていたこの話の続きを、今の私は思い出せる気がする。

 記憶を辿り、必死に思考を巡らせる。

 

 

「(おばあさまはこの話をしたあと、いつも何かを熱心に教えてくれたような……。あれは……そうですわ……。確か……『願いごと』……? って、ああっ!)」

 

 

 思い出した。

 おばあさまが教えてくれた、大切な人を守りたい時の『願いごと』。

 この指輪は願いを叶えてくれる、というのは流石に嘘だと思っていたけど、今となってはその意味がよく分かる。

 おばあさまは多分この指輪の秘密を全部知っていたんだ。

 だけど物語の中にはその話を入れずに、私にだけその秘密を教えてくれていた。

 それはきっと、その力が物語の魔女が遺した最後の魔法で、私にしか使えないって分かっていたからなんだと思う。

 

 

「(『願いごと』。それは心の中で念じて唱えるもの。つまりそれは魔導士にとっての『魔法の詠唱』!)」

 

 

 魔法は心の中で唱えても発動できる。

 だけど言葉を唱えるだけじゃなくて、念じること、言い換えれば魔力を集中させることが必要だ。

 

 

「(そして、その『願いごと』は確か……『オルト・リリース・ピュリフィケーション』……。これが本当に魔法の呪文なのだとしたら、法則的に唱えるとすると……)」

 

 

***

 

 

 マリンは集中して指輪に手を添える。

 そして心の中で唱えた。

 

 

「(お願い、おばあさま。そして、物語の魔女さん。私に力を貸してください! ()()光魔法『天の光(ピュリフィケーション)』!!)」

 

 

 その瞬間、指輪が白く輝き始め、強力な光とともに大量の光の魔力が海の中を駆け巡った。

 すると、周りにあった黒い魔力は一瞬にして消え去り、海魔の方から出ていた嫌な魔力も綺麗に消滅していたのだった。

 マリンは溜息をひとつだけついて流れるように魔力感知をし、胸を撫で下ろして喜んだ。

 

 

「(よ、よく分かりませんがやりましたわ〜!! って、急いでサフィーとノエルを助けないと!)」

 

 

 それから間もなく、光に気づいたルカが3人の元へと合流し、気絶したノエルとサフィアを船まで運んだ。

 こうして、マリンはサフィアとノエルを恐ろしい海魔から助け出したのであった。



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37頁目.ノエルと肉体言語と現金と……

 その後、マリンはノエルとサフィアを救出し、船の近くで待機していたルカと合流した。

 ルカは驚きつつも何かあったのだとすぐに察し、急いで船をラウディの港まで走らせたのだった。

 間もなくマリンとルカは気を失ったノエルたちを病院に運び混んだが、水中呼吸の魔法が続いていたおかげで身体的損傷は全くなかったらしく、マリンは胸を撫で下ろすのであった。

 

 

***

 

 

 その次の日の朝。

 病室で2人の看病をしていたマリンは、何事もなかったかのように気持ち良さそうに眠るノエルとサフィアの顔を心配そうに眺めていた。

 そこに、ルカが様子を見にやってきた。

 

 

「おはようございます、マリンさん」

 

「あ、あぁ……ルカさんですか……。ごきげんよう……」

 

「もしかして、徹夜で看病を?」

 

「ええ……まあそんなところですわ……」

 

「言ってくださればボクも手伝いましたのに……。気が利かず申し訳ありません……」

 

「いえいえ、お気持ちだけで十分ですわよ。夜中うなされてはいましたが、今は安定したようでスヤスヤ寝ていますし」

 

「それは良かった。じゃあとりあえず2人が起きたら教えますので、今は休んでいてください」

 

「あぁ、それはそれは助かります……わ……」

 

 

 そう言ってマリンはベッドの脇で泥のように眠るのであった。

 

 

***

 

 

「……さん。マリンさん、起きてくださーい?」

 

「ん、んー……ノエル……あと10分……」

 

 

 マリンはルカの声に反応はするが、まだまどろんでいる。

 

 

「あと10分だそうですが……」

 

「ええい、今すぐ起こせ! 事情さえ分かればその後いくらでも寝かせてやるから、とっとと起きろー!」

 

「待って、ノエル様! 流石に横暴が過ぎますって! 起きるまで待ちましょうよ〜!」

 

「う、ううん……。何事ですの……?」

 

 

 マリンはサフィアの声でようやく目が覚める。

 寝ぼけ眼で辺りを見回すと、そこにはルカが立っており、顔を上げるとベッドの上にノエルとサフィアが座り込んでいたのだった。

 

 

「やっと起きたか、お寝坊さん」

 

「んー……ん!? ノエル! サフィー! 目が覚めましたのね!」

 

「あぁ、よく寝たよく寝た……って、うわぁ!」

 

 

 マリンはノエルとサフィアに飛びついて、強く抱きしめた。

 

 

「うぅ……! わたくしをこんなに心配させて! 2人とも無茶をしすぎですわ!」

 

「お姉ちゃん……ごめんなさい……」

 

「アタシも悪かったよ……。悪かったとは思ってるから、とりあえず離れてくれないか? ひ、人前でこれは少し恥ずかしい……」

 

「いいえ、あなた方が反省するまでわたくしは決して離れませんわよ!」

 

「お姉ちゃん!? 流石にこれ以上はあたしも恥ずかしいかな!?」

 

「お、おい、ルカ! 空気を読むかのように部屋を無言で出て行くな! アタシたちを助けろ〜!!」

 

 

 叫びは虚しく、2人はその後、マリンの気が済むまで謝り続けるのであった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして。

 

 

「「も、もう許してぇ……」」

 

「はい、許しましたわ。もう二度とこのようなことがないように!」

 

「「は、はいぃ……」」

 

 

 マリンの抱擁から解放された2人は、くたりとその場で脱力した。

 それと同時にルカが部屋に戻ってくる。

 

 

「あはは……。かれこれ1時間以上あのままだったとは……」

 

「あれぐらいしないと、この2人はまた無茶をしでかしますから。それにあれは愛を伝える行為。まさに肉体言語とはこういうことですわ!」

 

「語り合った結果がこのようになるとは……。肉体言語、恐るべし……」

 

 

 ノエルとサフィアはぷるぷると起き上がる。

 

 

「い、いや……これを肉体言語とは言わないだろ……」

 

「うん……。ただただ恥ずかしかっただけだもん……」

 

「あら、わたくしの愛が伝わっていないというのならもう1回行きますか?」

 

「「いーえ、十分伝わりました!!」」

 

 

 ノエルとサフィアは少しマリンから距離をとって座り直す。

 そしてマリンとルカは2人に向き合うようにして、ベッドの横の椅子に座った。

 

 

「さて、本題に入ろうか。アタシたちが気を失ってから、何が一体どうなったのか。聞かせてもらうぞ」

 

「その前に、2人の身に何が起きたのか。気を失う前の話を聞くのが先ですわ」

 

「それもそうか……。よし、分かった」

 

 

 ノエルは10分ほどで自分が見たもの、体験したことの全てを話した。

 サフィアはノエルと一緒にいたため、見たものはほとんど一緒だったようだ。

 そして、話はすぐに海魔の話になった。

 

 

「気を失う直前、アタシは海魔の姿をバッチリと目に収めた。そしてそいつは恐らく……」

 

 

 ノエルは海魔の図鑑をパラパラとめくり、「こいつだ!」と言って、ある海魔の挿絵を指差した。

 

 

大海蛇(シーサーペント)……ですか?」

 

「あぁ、間違いない。このうねるような身体の曲線といい、小さい船を飲みこめるほどの大きな口といい、この図の通りだった」

 

「えーと、なになに……」

 

 

 マリンはその図鑑に書いてある説明の序文を読み上げる。

 

 

***

 

 

大海蛇(シーサーペント)

 

 南の国・ラウディ以南の沖に出現するとされる巨大な海蛇の海魔。

 手を出さない限りは極めて穏やかな類の魔物と言われているが、縄張りに入ったものは容赦なく襲う海の守り神のような存在。

 身体をうねらせ静かに近づき、勢いよく獲物に食らいつく。

 主な食物は魚などだが、強靭な内臓を持つため、船を襲って船ごと人間を食べたという悲惨な事故も起きている。

 

 危険度 ★★★★☆(星4つ)

 

 

***

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「そういえば2人が気を失った直後くらいに、奥から巨大な影がゆっくりと近づいて来て──」

 

「うわぁぁぁ! 言うなぁぁ!!」

 

「お姉ちゃん最悪! 知らないままでいたかったのに!!」

 

「まあ確かに、ノエルの合図がなかったらそのままわたくしもパックンチョされていましたし、結果オーライですわね!」

 

「もし3人とも帰って来なかったらボク、心に一生モノの後悔と恐怖が刻まれるところでしたよ! マリンさんが2人を抱えて近づいてきた時には、本当に心臓が止まるかと思ったんですから……」

 

「とにかく、大海蛇(シーサーペント)が今回の元凶だったということで、アタシの話は終わりにするぞ!」

 

 

 ノエルは図鑑をパタッと閉じてカバンにしまった。

 

 

「アタシたちが大海蛇(シーサーペント)が持ってた呪い残滓の影響範囲に入り込んで、気を失って……。いや、巨大な影の話はしなくていいから、そこからお前がアタシたちを助けるまでの話をしてくれ」

 

「分かりましたわ。実は──」

 

 

***

 

 

「はぁ!? 指輪の隠された力を使ったぁ!?」

 

「お姉ちゃん、使い方知ってたの?」

 

「知らなかったというか、忘れていたというか……」

 

「アタシに徹夜までさせて調べさせたにも関わらず、忘れていたとはどういう領分だ!」

 

「まさか、おばあさまから使い方を教わっていたなんて当時のわたくしは思ってもみませんでしたもの! それに、楽しそうに徹夜で研究したがっていたのはどこのどいつですの!」

 

「未知を調べるのは確かに楽しいが、それが未知じゃなかったと知った時のガッカリ感がお前に分かるか!?」

 

「一応はあなたの研究のおかげで使い方を思い出したんですから、それで良しとして下さいな。それでも不満なのであればあとで使わせてあげますわよ?」

 

「よし、それなら良いだろう」

 

 

 ノエルはケロッとして普段の調子に戻る。

 サフィアは頭を抱えながら苦笑いをして言った。

 

 

「全く……。ノエル様ってば、現金ですねぇ……」

 

「あはは……。ボクも同様ですが、研究熱心な魔女はみんなこんな感じですよ」

 

「はぁ……。ノエル様がこういう人だってのは分かっているつもりなんだけど、どうしてたまにこうガッカリしちゃうんだろ……」

 

「サフィー、嫌なら嫌だとはっきり言ってくれた方がアタシとしてはスッキリするぞ?」

 

「現金なノエル様は弟子としてはちょっと嫌ですけど、魔女としては仕方ないというかそこも尊敬できるというか……」

 

「……よし、あとで新しい魔法を教えてあげよう」

 

「よく分からないけど、やったー!」

 

「はぁ……。この師匠ありてこの弟子ありかもしれませんわね……」

 

 

 マリンは溜息をついて足を組み直した。

 

 

「あぁ、そうだ。結局その指輪に込められていた魔法ってどんな魔法だったんだ?」

 

「詠唱からわたくしが命名したのですが、その魔法は原初光魔法『天の光(ピュリフィケーション)』。自分を中心とした広い範囲にある『悪いもの』を全て浄化する魔法ですわ。大厄災の呪いの残滓すらも、です」

 

「原初魔法……だと……? いやしかし、呪いの残滓を祓える光魔法となると、十分にあり得るか……?」

 

 

 ノエルは驚きのあまり、目を見開いたまま固まっている。

 

 

「何ですか? その原初魔法って」

 

「ボクも聞いたことがありません。教えていただけますか?」

 

「そりゃ知らないのも当たり前だろうよ。今じゃ、使える魔導士は誰1人としていないとされる究極の魔法なんだからな」

 

「「えぇっ!?」」

 

「原初魔法ってのは原初の魔女・ファーリが使っていたとされる、上級魔法をはるかに超える効果をもたらす魔法だ。今はその呪文も魔導書も何も残っていないとされるはずなんだが……」

 

「わたくしも単にこの指輪にかけられていた魔法の拘束を一時的に解いただけですから、詳しい呪文は全く分かりませんわよ?」

 

「いや、それもそうなんだが、物語の魔女が原初魔法を使えたという事実に驚いているんだよ。それも死ぬ直前に使ったという事実が、な」

 

「え……?」

 

 

 サフィアは驚きを隠せない様子だが、一方でマリンはそれに補足するように説明をし始めた。

 

 

「この魔具を作った魔女の死後も、環境に適応できる魔法が残っている。という事実がある時点で、本当はわたくしが真っ先に気づくべきだったんですわ」

 

「そうか、『魂と魔力の変換』ね! おばあさまの噴水と一緒だわ!」

 

「彼女は火事で死ぬ直前に、この2つの指輪に最後の魔法をかけることにした。もちろん一番はあの旅人の手に渡って欲しかっただろうが、とにかく指輪だけは残したかったんだろうさ」

 

「そして指輪の元々の能力で、身を焼く火の熱さに耐えながら、彼女は魂と魔力の変換を行った。この魔法はきっと誰かのためではなく、旅人との思い出が詰まった指輪を火事から守るためにかけられたのでしょう」

 

「その結果、彼女は死に、指輪は火事に巻き込まれることなく彼女の指に残った。まさか旅人が回収してくれるとは思いにも寄らない奇跡だっただろうがね」

 

「だけど、どうしてその魔法をお姉ちゃんは指輪以外に使えたの? 指輪のためにかけられた魔法だったんだよね?」

 

 

 マリンは指輪を外して手に取る。

 

 

「おばあさまはこの指輪にかけられている魔法を見抜いた。そしてその魔法の力を指輪以外の、()()()()()()使えるよう、魔法の対象を変換する魔法をかけたのでしょうね」

 

「なるほど、三重構造だったってわけか! そりゃ解析するのに手間がかかるわけだ……」

 

「えーと……つまりどういうことですか?」

 

「簡単に言うと、2つの指輪には身につけている人を環境に適応させる能力がそれぞれあった。そこに魔女が死ぬ直前に指輪そのものを守る光魔法をかけた。そしてさらにそこにおばあさまがその光魔法の力を解放させる魔法をかけた。ということだな」

 

 

 サフィアは納得した様子で頷く。

 

 

「まさか、3つも魔法がかかってるなんて思いもしませんでしたが……」

 

「ということは、あたしたちのこの指輪ってとんでもない能力を持ってるんじゃ……」

 

「そういうことだ。しかも、2つもあるときた。つまりこれは、まさに神器と言うべき指輪で間違いなかったってことだな!」

 

「原初魔法について知れたと思ったら、その原初魔法が込められた指輪が2つも目の前にあるという事実に、ボクはまだ平静を保てませんね……」

 

「そういえばルカには指輪の物語は聞かせていたが、2人のおばあさまの話はしていなかったな?」

 

「え、ええ……まさかこれ以上驚かされることはありませんよね……?」

 

「さぁ、どうだろうねえ……?」

 

 

 ノエルたちは病室を借りていられる時間ギリギリまで、昔話や魔法の話など、色々な話をするのであった。



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38頁目.ノエルと強さと恐怖と……

「さーて、やっと戻ってきたー!」

 

 

 病院で目覚めた次の日、ノエルたちは無事に退院し、ルカの家に集まっていた。

 ノエルたち3人は机を囲んでソファに座り、ルカはお茶を淹れるためにお湯を沸かしている。

 

 

「やっとって言っても、たったの2日ぶりですけどねー」

 

「怒涛の2日間だったということですわねぇ。ほとんどはノエルの無茶のせいでしたが」

 

「お前、結果オーライって言ってただろう?」

 

 

 ノエルは何事もなかったかのようにヘラヘラして言う。

 

 

「それはそうですけど、原因となった当の本人に言われるとイラッと来ますわね……」

 

「まあまあ、お姉ちゃんのおかげで何とかなったんだし。ノエル様をあまり責めないであげて?」

 

「まあ、別に今さら責めるつもりはありませんわよ。ただ本当に反省しているのか心配になっているだけですから」

 

 

 マリンはノエルを静かに睨みつける。

 

 

「あー……うん。昨日のアレで流石に懲りたぞ?」

 

「そう言って二度目が起きた経験が何度もあったから言っているのですわ。わたくしには今後、ノエルの無茶にサフィーを巻き込まないようにする義務がありますので」

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。あたし、元から危険ことをしようとは全く思ってないから」

 

「サフィーの気持ちはそうでも、ノエルが今回みたいに無理に事を進めたらどうしようもないでしょう? だから今の内に釘を刺しておくのですわ」

 

 

 ノエルは少し頭を掻いて悩み始める。

 そして間もなくして言った。

 

 

「分かった分かった。今後、危険が想定されるようなことがあったらお前たちの意思を尊重するから。そんなに睨みつけないでくれ」

 

「本当ですわね?」

 

「なんなら魂の盟約を結んでもいいぞ?」

 

「なるほど、その手がありましたわね……」

 

 

 しばらく悩んだ後、マリンは答えた。

 

 

「いえ、もし何かあったときのためにそれは辞めておきますわ」

 

「そうか。賢明な判断だ」

 

「逆に言えば、何もない時に無茶をしたらわたくしが全力で止める、ということですわ」

 

「止めるのは良いが、だからって全力で魔法を撃ったりするなよ? 流石にあの火力はひとたまりもないからな」

 

「さあ、それはあなたの振る舞い次第ですわよ?」

 

「うっ……。肝に命じておきます……」

 

「よろしいですわ」

 

 

 力だけで師匠をねじ伏せる姉を見ながら、サフィアは感心していた。

 

 

「あれ? お姉ちゃんっていつの間にノエル様より強くなってたの!?」

 

「いや待て、サフィー? 別にアタシはこいつより弱いから押し負けたわけじゃないぞ?」

 

「仕方ないですわね〜? わたくしの凄まじい力に怖気付いてしまうのも無理はありませんわ〜?」

 

「くそっ、こいつウザい!」

 

「なるほど……。単純火力だとお姉ちゃんの方が強かったんだ……。ってことは、ノエル様は戦闘慣れしているだけだった……?」

 

「だけって言わないで!? 戦闘慣れしてる方が魔女としては強いから!」

 

 

 サフィアの一言で落ち込むノエルを、さらにマリンが煽る。

 

 

「闇魔法自体、チマチマしたものしかないのが原因ですものねぇ。拘束したり呪ったり……って、あら? どうしていつもこんな魔法しか使えない奴に手こずっているんでしょう?」

 

「おい、後で覚えておけよ??」

 

「なるほど……。火力で勝てるはずのお姉ちゃんが闇魔法に勝てないってことは、やっぱりノエル様の方が強いんだ……!」

 

「ぐっ……。返す言葉もないくらい真実を突きつけてきますわね……」

 

「あはは……実はこの中だとサフィアさんが一番強いのかもしれませんね?」

 

 

 3人が色々と話しているうちにお茶が入ったらしく、奥からルカが戻ってきた。

 

 

「はい、冷えたお茶です。どうぞ」

 

「おお、ありがとう。って、ん? 沸いたばかりだというのに冷えてるお茶?」

 

「風魔法で熱を弱めてみました。サフィアさんのおかげで風魔法の回転の調節が少しずつできてきているので」

 

「なるほど、そういう使い方もできるのか! 風魔法も勉強しておけばよかったかな……」

 

「ルカさん! 後でその使い方、あたしに教えて!」

 

「ええ、喜んで。あなた方には恩もありますし」

 

 

 お茶をすすりながらノエルは何かを思い出し、ルカに尋ねた。

 

 

「そういえばあれから砂嵐は?」

 

「昨日発生していないので、周期を考えると今日の昼に発生する予定です。ですがその場合、ここで起きなかったら確実に収まったと断言できます」

 

 

 ノエルが窓から外を見ると、日は登りきっていた。

 

 

「ちょうど昼時だな?」

 

「ええ、外に出て確認してみましょうか」

 

「そうしよう。よし、出かけるぞ」

 

「はーい」

 

「仕方ないですわねぇ」

 

 

 荷物をまとめ、4人は外へと出た。

 

 

***

 

 

 それから数分で、ノエルたちは砂嵐の発生予定地にやってきた。

 今はまだ風も吹いていない。

 

 

「うーん、現時点では魔力は感知できませんね」

 

「ってことは、やっぱり浄化に成功したのかな?」

 

「まだ油断してはいけませんわ。相手はあの原初の大厄災の残滓なのですから」

 

「例の原初魔法で浄化できていないとも思えないが、もしかしたら海魔の方は暴れているかもしれないねぇ」

 

「それは確かにあり得ますね……。もし砂嵐が発生しなくなったとしても、しばらくは海水浴禁止にするよう国王に申告しておきます」

 

「あら、残念でしたわねぇサフィー。泳げなくなってしまいました」

 

「いや、もう海はいいかな……」

 

 

 サフィアは2日前のことを思い出し、死んだ目で答えていた。

 それもそのはず。

 海の中で意識を失い、大海蛇(シーサーペント)に襲われかけたのだから、海そのものが恐怖の対象になっていてもおかしくないのであった。

 

 

「ねえノエル? サフィーに海への恐怖が植え付けられているんですが?」

 

 

 マリンはノエルの肩を正面からがっしりと掴む。

 ノエルはあからさまにマリンから目を逸らしている。

 

 

「あ、安心しな……。アタシも海はこりごりだから……」

 

「話を逸らしても無駄ですわ! よくも、海で泳ぐのを楽しみにしていたサフィーの気持ちを台無しにしてくれましたわね!」

 

「アタシだってこれに関しては悪いとは思ってるよ! 水魔法を使う魔女に水に関する恐怖を植え付けてしまうなんて思ってなかったんだ!」

 

「それも問題ですけれど、サフィーの楽しみを奪った罪は重いですわよ!」

 

「だから謝ってるだろう! 頼むから魔導書に手をかけるんじゃない!」

 

 

 ノエルの制止も聞かず、マリンはノエルに襲いかかっていた。

 対するノエルもそれに抗うべく魔導書を開いたが、マリンの魔法の方が幾分か早かった。

 

 

「あぁ……急に喧嘩が始まってしまった……。って、サフィアさん、あの2人を止めてください!」

 

「そういえば大海蛇(シーサーペント)に食べられそうになる夢を見たんだよね……。あれって夢じゃなかったのかもなぁ……」

 

「これはダメですね……。一昨日のことがよほど怖かったんでしょうけど……。仕方ない、ボクが止めに入るしか──」

 

 

 その時だった。

 ルカが振り向いたその瞬間、ノエルとマリン立っている場所が急に影となる。

 2人が異変に気づいて上を見上げた時、『それ』は既にノエルとマリンに直撃していた。

 2人は急の出来事に驚いたのか、『それ』の中で溺れている。

 

 

「こ、これは……巨大な水の塊? もしかして……」

 

 

 ルカがサフィアの方へ振り返ると、サフィアは死んだ目で魔導書を開いて立っていた。

 そしてそのまま魔導書をパタンと閉じると、ノエルたちを包んでいた水の塊は消え去った。

 2人はその場で目を回している。

 

 

「あ、あの2人の喧嘩を流れるように止めるとは……。やはり3人の中で一番強いのはサフィアさんなのでは……?」

 

「うぅ……。久しぶりに先手を取れたと言いますのに……」

 

「最近になってサフィーの喧嘩を止める精度が上がっているような気がする……。まさか、意識を向けずに止められるとは思わなかったが……」

 

 

 サフィアは死んだ目から呆れた顔になってノエルたちに言う。

 

 

「はぁ……。あのねえ、2人とも? 流石に仕事そっちのけで喧嘩なんて始めたら止めるに決まってるよね?」

 

「「それは大変反省しております」」

 

「あと、意識を向けなかったのは魔法の効果だから。2人を追従するように作ったのよ。水の中だったら2人とも大人しくなるって、一昨日のことで良く分かったし」

 

「ほう、追従する魔法なのにあそこまで巨大な塊を出せるとはな。それなりに魔力を使ったんじゃないか?」

 

「そうですね。わざわざこんな魔力の無駄をさせる2人には困ったものですけど」

 

「き、機嫌を直してくださいな? そうだ、夕飯はノエルの奢りで美味しいものを食べに行きましょう!」

 

「アタシの金はお前の金でもあることを忘れてないか? ま、その提案には賛成だがね」

 

 

 サフィアは嬉しそうに飛び跳ね、喜んだ。

 

 

「やったぁ! あ、ルカさんもどう?」

 

「あはは……。ボクは遠慮しておきますよ。サフィアさんが誘ってくれた瞬間、後ろのお二人の顔が引きつっていましたし」

 

「あら残念。いつも無駄なものを買いまくってる2人のお仕置き代わりになるかなと思ったんだけど」

 

「「ギクッ……」」

 

「バレてないと思ってたの? 2人で配分してる毎日のお金、少しだけ減ってたの知ってるんだからね?」

 

「「すみませんでしたーー!!」」

 

 

 2人はサフィアに向かって深々と頭を下げる。

 

 

「まずはノエル様から聞きましょうか?」

 

「はい……。気になる魔導書と魔具があったので買い漁っていました……」

 

「お姉ちゃんは?」

 

「はい……。気になる服と宝石があったので買い漁っていました……」

 

「なるほど、じゃあそれなりに美味しいものを食べさせてくれるわよね?」

 

「「喜んで!!」」

 

「確信しました。やはりサフィアさんが最強ですね……」

 

 

 そんなことを話していると、段々と日が沈んで来ていた。

 

 

「お? 気づけばもう夕方か?」

 

「ってことは……もしかして!」

 

「ええ、そのもしかしてですわよ!」

 

「す……砂嵐が発生しませんでした!! 遠くを調べてみましたが、魔力の反応も全く見られません!」

 

「やったぞ、呪いの残滓の浄化に成功だ〜!!」

 

 

 4人は喜び、嬉しそうに手を取り合うのだった。

 ルカは間もなく報告書を書きに家に戻り、3人は町一番のレストランに食べに行くのであった。



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39頁目.ノエルと依頼と親友と……

 ノエルたちは念のためにラウディに滞在し、それから5日が経過した。

 その5日間、砂嵐は全く発生せず、国中の人々は歓喜に満ち溢れていた。

 そしてその間に、ラウディの兵士たちが暴れる大海蛇(シーサーペント)を討伐したという報告がノエルたちの耳に届いた。

 

 ルカは砂嵐発生の経緯と、それが収束したことをまとめて国王に報告し、その功績を称えられた。

 もちろんノエルたちも城に歓迎され、ご馳走を食べたり報酬金を貰ったりと至れり尽くせりの数日間なのであった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして。

 今は事も落ち着き、4人ともルカの家でくつろぎながらお互いの身の上話をしていた。

 ルカはノエルの昔話に夢中になっている。

 

 

「なるほど、ノエルさんにはお姉さんがいらっしゃるんですね」

 

「あぁ、今はどこにいるかも分からないが、自慢の姉貴さ」

 

「ぜひともお会いしたいですが、どこにいるか分からないなら連絡の取りようがありませんからね……」

 

「お前に言われちゃ、おしまいなんだがなぁ……」

 

「どういうことです?」

 

 

 ルカは人助けのためにいくつも街を転々としているため、居場所が分からないという話をノエルは思い出していた。

 ルカはキョトンとしている。

 

 

「お前だってこの件が片付いたらまた他の街に行くんだろ? いつもはそうしてるってクロネさんも言ってたし」

 

「あぁ、なるほど。そういうことですか。実は今回に関しては事情が変わりまして……」

 

「事情が変わった……?」

 

「はい。実はボク、しばらくここに住むことになったんです」

 

「ほう? 一体何があったのか聞かせてもらえるかい?」

 

「もちろんです。皆さんにはお世話になりましたから」

 

 

 ルカは席を立って書斎に行き、1枚の書類を持ってきた。

 そしてそれを3人に見せながら、ルカは説明を始めた。

 

 

「これはラウディの国王が発行した、避暑の風魔法の研究依頼書です。この家や馬車の御者さんなどにかけられているあの風魔法です」

 

「あぁ、そういえばあれはお前が作っていたんだっけか。って……研究依頼書?」

 

「ええ、これまでは生き物にしかかけられなかったということはご存知ですね? それを今度は、建物や食料運搬用の箱などにかけられるようにして欲しいという要望がありまして」

 

「え? それならわざわざ依頼なんて貰わなくても、ずっと研究してたよね?」

 

「あぁ、そういえば言っていませんでしたね。実はあの魔法、一度の発動でボクの1日分の魔力を全て使い切っちゃうせいで、労力とお金が全く見合ってなかったんですよ」

 

「なるほど……。国としてはその魔法が是非とも欲しい。ルカさんはその魔法を完成させたいが、完成させるための時間に対してお金と魔力が見合っていなかった。で、国がそこを保証してくれる……と。見事な利害一致ですわね」

 

「そういうことです。できればボク以外の魔導士でも使えるくらい簡単なものにしたいですね」

 

 

 そう言って、ルカは書類を畳んだ。

 

 

「ならしばらくはこの国にいるんだな。探す手間が省けるから助かるよ」

 

「ええ、少なくとも5年は。って、()()()()?」

 

「あぁ、お前の力を借りる日がきっと来ると思うからな。恐らく数年後に」

 

「数年後って……。もしかして、先日話していた完璧な蘇生魔法のことですか!?」

 

「その通りだとも。お前は実力不足だと言って返事を先延ばしにしたけどな」

 

「そうですよ! ボクは時間が欲しいと言ったはずですよね?」

 

「まあ聞け。この一件でお前の技量、そしてお前の魔女としてのあり方がある程度分かった。それらを総括して言うとだな……」

 

 

 ルカは息を飲む。

 

 

「今のお前じゃ、確かに実力不足だ」

 

 

 それを聞いたルカは目を伏せて俯いた。

 

 

「そう……ですよね……。それは分かっています……」

 

「だがな? お前は魔女として、人のために努力している。そして、たとえどれだけ時間がかかろうとも、必ず成し遂げられる力を持っている。アタシたちはこの数日、この目でその成長を見て、そう思った」

 

「え……?」

 

「つまりだな……。確かに実力としては不合格だが、魔女としては合格だ! お前は絶対にアタシたち以上の実力を持った魔女になると、アタシは確信したよ」

 

 

 その瞬間、ルカは感情を荒ぶらせて言った。

 

 

「そ、そんなこと分からないじゃないですか! 変に期待させないで下さい!」

 

「そんなつもりはないんだが……。サフィーたちも何か言ってやってくれよ」

 

「うーん、あたしもルカさんは凄い魔女だと思ってるよ?」

 

「わたくしもですわ。これまでの努力は誰にも負けないと思いますわよ」

 

「いえ、ボクは全然魔女としては未熟です! きっと数年修行してもあなた方の実力には遠く及びません!」

 

 

 必死に自分の実力を否定するルカに対して、ノエルは言い放った。

 

 

「もしかしてお前……今までの自分に自信が持てていないのか?」

 

「っ……!」

 

「ほう、図星か」

 

「え、ウソ!? 学園(アカデミー)を首席で卒業したのに!?」

 

「そうですわよ! これまでの努力に自信がないなんて思えませんわ!?」

 

学園(アカデミー)を首席で卒業できたのも、今こうして魔女として活動できているのも、全部クロネさんのおかげなんです! なのに自信なんて持てるはずがないでしょう!」

 

 

 その時、ノエルは何かを察したように頷いた。

 

 

「はぁん……? さてはお前、自分がクロネさんの弟子になれたのは運が良かっただけとか思っているな?」

 

「え、ええ……。師匠の気まぐれだと思っていましたけど……」

 

「そりゃいつまで経っても自信が持てないわけだよ。クロネさんが気まぐれなんかで弟子なんて取るはずないのに」

 

「どういう……ことですか?」

 

「ずっと不思議に思ってたんだよ。あの人がどうして突然弟子を取ったのかってね。なあルカ、もしかして弟子入りが決まる前にクロネさんと握手をさせられたんじゃないか?」

 

「え、えぇ……。とても緊張していましたけど、初めて握手した日のことはよく覚えています」

 

「その握手ってのはクロネさんがある魔法を使うために必要なんだよ。アタシと姉さんも昔はよく()()()()()()っけ……」

 

「師匠に見てもらった……?」

 

 

 ルカはしばらく考えた末、ハッとして顔を上げた。

 

 

「まさか、ボクの未来を見ていたと言うんですか!?」

 

「あぁ、そうだよ。それでアタシは納得したんだ。きっとクロネさんはその時、お前の可能性の光を見出していたんだ。だからお前を弟子として認めたんだってね」

 

「つまりボクは、将来性があったからという理由で弟子入りできたと言いたいんですか……?」

 

「そうさ。とはいえ将来性があってよかった、なんて思うなよ? その将来性だって、お前の努力や頑張りの結果なんだから」

 

「ボクは本当に師匠に認められていたんでしょうか……。やっぱりボクにそれほどの実力があるとは思えません!」

 

 

 すると突然、ノエルは苛立ったような口調になってボヤいた。

 

 

「逆に考えてみろよ。その頃からクロネさんに将来性があるって認められたんだぞ? アタシなんて15歳になるまで将来性が全くない、とか言われ続けてきたんだからな!?」

 

「うわぁ、クロネさん残酷……。って、ノエル様落ち着いて!?」

 

 

 サフィアはルカに食いかかろうとするノエルを引き止める。

 ノエルは恨めしそうにユラユラしている。

 

 

「最初から実力を見込まれるなんて……。羨ましい……」

 

「そ、そんなにですか……? ボクはまだ実感がないんですけど……」

 

「あの人はいくつもある未来から、最も起こる可能性のある未来を見るのさ。その中で将来性を見込まれるなんて、万が一でもありえないと言い切りたいくらいだ!」

 

「確かに、時魔法とはそういうものでしたね……。師匠の娘さんが言うのであれば、きっと本当のことなんでしょうね……」

 

「そうさっきから言ってるだろ? あとはお前の納得次第さ」

 

「全く……。キレてる暇があったら、早くこの話に決着をつけなさいな? ルカさんがずっと心配そうにこちらを見ていますわよ?」

 

「おっと、そうだった。アタシが何を言いたかったのか、ちゃんと伝えておかないとな」

 

 

 自分への怒りを収めつつ、ノエルは息を整える。

 

 

「クロネさんがお前を認めたのは確かだし、アタシもお前の将来性を見込んでいる。だからと言ってはなんだが……頼む!」

 

 

 ノエルは机に頭がつくほど頭を下げて言った。

 

 

「アタシの蘇生魔法研究に手を貸してくれ! アタシは未来も現在もこれまでもひっくるめて、お前の力を借りたいんだ!」

 

「ルカさん、お願いします!」

 

「わたくしからも、お願いしますわ!」

 

「っ…………」

 

 

 ルカはまだ二の足を踏んでいる。

 そこにノエルは次の手を指した。

 

 

「お願いだ。アタシは『友』としてお前の力を認めてるんだよ!」

 

「友……!」

 

 

 ルカはあからさまに良い反応を示している。

 

 

「そ、そうですわ! 苦楽を共にした仲ですもの! もはや『親友』と言っても過言ではありませんわよ!」

 

「親友…………!」

 

「そう親友! あたしたち3人とルカさんは強い絆で結ばれた親友だよ!」

 

「絆…………!!」

 

 

 ルカが目をキラキラさせているのを見て、3人は少し悪い気を感じてたじろぐ。

 もちろん3人ともちゃんとルカを友人として認めた上で言ってはいるが、少し盛っているような気がしているのであった。

 というのも、ラウディに着いた頃に考案していた『お友達計画』を、ここまであからさまに実行するとは、誰も思っていなかったからである。

 それでもノエルは、最後の手を指した。

 

 

「ルカ、アタシたちは親友としてお前を認めているし、信頼をおける存在だと思っているんだ! だから自信を持て! そしてアタシたちに協力してくれ!!」

 

「…………!」

 

 

 しばらくの沈黙の後、ルカは口を開いた。

 

 

「そ、そこまで言われてしまっては仕方ありませんね……。分かりました。ノエルさん、未来のボクの力をあなたにお貸しします!」

 

「あぁ……! よろしく頼む!」

 

「これからもよろしく、ルカさん!」

 

「よろしくお願いしますわ!」

 

 

 ルカは3人と固く握手をし、とても嬉しそうに笑うのであった。

 こうしてノエルは、風魔法の使い手・ルカを蘇生魔法作りの仲間として引き入れることに成功したのであった。



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40頁目.ノエルと申し出とお別れと……

 その翌日。

 ノエルたちは宿で次の旅の支度をしていた。

 ルカを引き入れることに成功した以上、この国(ラウディ)にいる理由が無くなったからである。

 

 

「よし、荷物はある程度まとまったな!」

 

「ノエル様〜。タオル忘れてますよ〜」

 

「おっと、うっかりしていた。ありがとう、サフィー」

 

「うーん……。最近のノエル様、うっかりが多い気がしますね?」

 

「はぁ……。アタシもそろそろ歳かねぇ……」

 

「何を言ってるんですの。若魔女に歳も何もないでしょうが」

 

 

 マリンは服で一杯になったカバンを閉めてそう言った。

 

 

「え、そうなの?」

 

「ええ、騙されてはいけませんわよ、サフィー。見た目が若いままとは言ってますけど、体内年齢も若いままなのですから」

 

「ってことは、ノエル様のうっかりが重なってるのは偶然ってこと?」

 

「確かに偶然という線もありますが……。でも最近は特に何もありませんでしたし、疲れているわけでもありませんわよね?」

 

「ん……? 疲れてる……?」

 

 

 サフィアは何かに気づいたように、ノエルの顔をじっと見つめる。

 すると、ノエルはあからさまに目を逸らして顔を背ける。

 

 

「ねえ、ノエル様……? どうしてルカさんに治してもらったはずの目の下のクマが、また荒れているんですかねぇ……?」

 

「い、いやあ……。最近色々あって寝るのが遅くなっていたといいますか……」

 

「つまりは徹夜した、ということですね……?」

 

「…………3日ほど」

 

 

 ノエルはサフィアに聞こえないくらいの声でボソッと呟く。

 

 

「はい? 3日連続で徹夜? なぜそれをあたしに黙っていたんですか?」

 

「ヒイッ、聞こえてた!」

 

「サフィーは昔から地獄耳ですから……」

 

「う……。徹夜したって言ったら怒られるだろうな、と思って黙ってました……」

 

「そりゃもちろん徹夜したら怒りますけど、だからって黙ってるのはダメです! この旅はノエル様の健康が第一なんですから!」

 

 

 サフィアは目に涙を浮かべている。

 ノエルはそれを見てたじろいだ。

 

 

「そ、そこまで心配させてすまない……。今後は控えるようにするよ……」

 

「その言葉が本当なら嬉しいんですけど、いつも言われてるような気がしますね? まあ、だからって魂の盟約とかを交わす気はありませんけど」

 

「そもそも今回はなぜ徹夜をしたんですの?」

 

「……新しい闇魔法を作ってたから」

 

「完成は?」

 

「3日で完成する予定だった」

 

「はぁ……。未完成ということですわね……」

 

「でもまあ、サフィーにここまで心配させたんだ。魔法作りの続きは昼間にでもやっとくことにするよ」

 

 

 サフィアはそれを聞いて、緊張を解いて言った。

 

 

「約束、ですからね!」

 

「あぁ、分かってる。徹夜は控えるし、する時は必ず言うから」

 

 

 2人は指切りをするのであった。

 

 

「無事解決したようですわね。それでノエル、次はどの街へ行きますの?」

 

「あ、決めてなかった」

 

「またうっかりですの!?」

 

「流石に冗談ですよね……?」

 

「いや、うっかりでも冗談でもないんだが、どこに行くか迷ってるままだったんだよ」

 

「一応候補を聞いておきましょうか」

 

「分かった。地図を見てくれ」

 

 

 ノエルはカバンから大陸地図を取り出して指を差す。

 

 

「ここが今いる南の国・ラウディの王都だ。そして、残りアタシたちが行っていない国は全部で3つ」

 

「北の国・メモラ、北東の国・ヘルフス、北東の国・プリング、ですよね!」

 

「その通りだ、サフィー。この北の三国がアタシたちの目指すべき行き先ということになる」

 

「どこもここからは遠いですわね……。馬車でも3日はかかる距離ですわ」

 

「だからとりあえず、各国へ鉄道が通っている央の国・ノーリスに戻ってみようかとも思ったんだが……」

 

「ん? 何か問題でもあるんですか?」

 

「あぁ。後々、ラウディ周辺の街や村を探索するのが大変になりそうだな、と……」

 

 

 南から北、北から南へと3人で移動するには相当の時間とお金がかかる。

 鉄道で往復するだけで、今回の一件で得た報奨金の余りを半分近く持っていかれるのであった。

 

 

「確かに資金難になるのは頂けませんわねぇ……」

 

「とはいえ南側にある残りの街や村、全てを回るとなるとこれもこれで時間がかかる」

 

「まぁ、つい最近まで街や村の探索をしていましたしね。でもラウディは海に面してますし、周辺の探索にはそんなに時間はかからないのでは?」

 

「うーむ……確かにそう言われてみるとそうだな……。なら仕方ない。次の目的地はラウディ周辺の──」

 

「ノエルさん、話は聞かせてもらいました!!」

 

 

 その瞬間、突然部屋のドアが勢いよく開かれる。

 ノエルたちの視線の先には、ルカがいたのであった。

 

 

「ル、ルカ!?」

 

「びっくりしたぁ!」

 

「何事かと思いましたわよ!」

 

「いやぁ、すみません。こういう登場、一度はしてみたかったもので……」

 

「それで、何か用でもあるのかい?」

 

「そうでした。今の話が偶然聞こえてしまいまして、お手伝いしようと思った次第です」

 

「お手伝いって?」

 

「ラウディ周辺に優秀な魔女がいるかどうか、ボクが調べて差し上げましょうか?」

 

 

 ルカはニコニコしながらそう提案したのであった。

 ノエルたちは食い入るようにルカに詰め寄る。

 

 

「い、良いのか!?」

 

「ええ、ラウディにいる以上は周辺の街に行くことも多々あるでしょうし、何よりボクも同じ魔女として、あなた方の旅の手助けしたいと思ったんです。今は魔法で支援することもできませんし、これくらいならと思いまして」

 

「でも、魔法の研究もしなきゃなんだよね?」

 

「少なくとも、あなた方が北の三国を回っている間に研究は終わっているでしょう。研究で魔女を探す暇がなかったとしても、次会うまでには探索しきってみせますとも」

 

「本当に心強い協力の申し出ですわ……。断る理由も特にありませんわね!」

 

「そうだな。ルカ、よろしく頼んでも良いかい?」

 

「はい、喜んで! あなた方のお眼鏡に叶うような魔女を見つけ出してみせますよ!」

 

 

 こうしてラウディ周辺の魔女探索の役目はルカに任され、ノエルたちの次の目的地は央の国・ノーリスとなった。

 

 

「ところで……。何で偶然アタシたちの部屋の前に?」

 

「話を聞いてしまったのは偶然ですが、ここに来たのは目的あってのことです。そろそろ出発するだろうと思ったので、見送りに来たのですよ」

 

「なるほど、それはご丁寧にどうも。もう少しで支度が終わるから待っていてくれ」

 

「承知しました」

 

 

***

 

 

 それから数十分後。

 ノエルたちは鉄道に乗るべく、ラウディにある駅に来た。

 ルカも見送りのために付いてきた。

 

 

「次の列車は……ちょうど30分後に出発するみたいですわ」

 

「じゃああたし、切符買ってきまーす」

 

「あぁ、よろしく」

 

 

 サフィアは駆け足で切符売り場へと向かっていった。

 ルカはノエルとマリンに向かってぺこりと頭を下げる。

 

 

「この度は本当にお世話になりました」

 

「ん? あぁ、いや、こちらこそ……」

 

「ノエルはこういう堅苦しい別れ方、いつまで経っても苦手みたいですわねぇ」

 

「仕方ないだろう。そもそも別れってのが苦手なんだ。不安とか心配とか色々あって頭が痛くなる」

 

「あはは……。でもそれはきっとノエルさんが良い人だからですよ。師匠もボクが卒業する時、そんな顔してました」

 

「そんな変なところで似ていると言われてもなぁ。褒められているのかそうじゃないのか分からないじゃないか?」

 

 

 そう言って3人は楽しげに笑った。

 

 

「買ってきました〜。って、何の話をしていたんですか?」

 

「別れは色々あって悲しいもんだよな、って話さ」

 

「んー、あたしは特に悲しいとは思いませんけどね? むしろまた会える日が楽しみですもん!」

 

「なるほどな……。そういう考え方もあるのか……」

 

「我が妹ながら物凄く前向きで、感無量ですわ……」

 

「じゃあ……そうだな」

 

 

 ノエルは少し考え、ルカに近づいて手を握った。

 

 

「ルカ、数年後にまた会う日を楽しみにしてるよ」

 

「ええ、きっと良い報告ができるよう頑張ります」

 

「あたしも! 次会う時には風魔法の上級くらいは使えるようになっとくから!」

 

「ボクとしてもサフィアさんの成長は楽しみです。また会いましょう」

 

「それでは最後にわたくしが。研究が終わったら、ぜひその魔法を世界中に公開してくださいな。きっとわたくしたちの旅の役に立ちますから」

 

「分かりました。出来るだけ早く研究が終わるよう精進しますので!」

 

 

 3人と握手を交わし、ルカはもう一度礼をする。

 

 

「本当にありがとうございました。ではまた会いましょう!」

 

「あぁ、またな」

 

「バイバイ!」

 

「ごきげんよう〜」

 

 

 こうして3人はルカと別れ、ラウディを出発した。

 鉄道は走り出し、3人は再びノーリスへと向かうのであった。



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第7章
41頁目.ノエルと別世界と喚く少女と……


 ノエルたちはそれから4時間ほどでノーリスに到着した。

 3人での鉄道の移動にはそれなりのお金がかかるため、5年以上はノーリスに来る機会が無かった。

 ホームに降り立つと、歯車の音が上の方で微かに響いている。

 

 

「うーん、歯車の音は相変わらずだな……」

 

「ここの天井は防音天井ですし、あまり気にしていないのでしょうねぇ」

 

「でも数年前の半分くらいの音になってますよ? あたし、耳には自信がありますから!」

 

「そう言われてみると……。って言うほど、よく覚えていませんわね……」

 

「ええ〜! あたしたち3人の冒険が始まった大事な場所なのに!」

 

「それは分かってるんだが……。単純に、音の大きさまで覚えてるサフィーの記憶力が凄いだけなんじゃないか?」

 

「ですわね……。年の差と言ったらそこまででしょうが……」

 

 

 ノエルは駅のベンチに座ると、おもむろにカバンから手帳を取り出した。

 

 

「何ですの? その手帳は」

 

「数年単位の旅ともなると、各国の社会情勢に敏感にならなきゃいけない。だから新聞で得た最新の情報をこうやってまとめてるのさ」

 

「はえー……。ノエル様にそんなマメなところがあるとは知りませんでした」

 

「確かに歯車の音が小さくなったというのが本当なのであれば、ノーリスの工業に何かしらの変化があったと考えるのが妥当ですわね」

 

「そう思ってこいつを出したんだが……うーん」

 

 

 ノエルは怪訝な顔をして首を振った。

 

 

「ダメだ。社会情勢の記事しかまとめてないからかもしれないが、ノーリスの工業についての記載は全くなかった」

 

「んー……。明らかに音の大きさが違うんだけどなぁ……」

 

「まあせっかくここに来たんですし、その真相はわたくしたちの目で確認するべきでしょう」

 

「だな。探究心こそ魔導士の成長の源だ!」

 

 

***

 

 

 サフィアの言葉が本当かどうか確かめるべく、3人はエレベーターに乗って最上層・歯車街にやってきた。

 エレベーターから降りた瞬間、ノエルとマリンは目の前に広がる光景に唖然とした。

 

 

「「は……」」

 

「は……?」

 

「歯車がほとんど動いていない〜!?」

 

「ですわ〜!?」

 

 

 数年前、2人はそれぞれ別々の機会に歯車街を見学したことがあった。

 その時はあまりの音圧に気圧され、どちらもエレベーターですぐ降りてしまったが、その時に見た動く歯車の数は凄まじいものだったという。

 しかし今の歯車街では、その半分以下の歯車しか動いていなかったのである。

 

 

「そんなに違うの?」

 

「違うって程度じゃありませんわ。完全に別世界じゃありませんの!」

 

「それに加えて、この国じゃ見慣れない建物が……。明らかに工業にそのもの変化があったとしか思えない光景だ!」

 

「でもここの歯車って、最下層の住宅街の暮らしを支えるためにあったんですよね? それがほとんど動かなくなるほど大きな変化なら新聞に載らないわけが……」

 

「いえ……違いますわ! あそこをよく見てくださいまし!」

 

 

 マリンが指差したのは、ノエルが『見慣れない建物』と言った場所だった。

 そこは見る限り人が住むための空間ではなく、まるで何かの工房のような場所で、歯車が回る音とはまた違った重たい音が響いている。

 ノエルたちはその建物の奥で動いている、複数の人型の物体に目が行く。

 

 

「ん〜……ん? 何だあれは?」

 

「動く……岩?」

 

「あぁ、あれはゴーレムですわね。岩ではなく土塊の魔物です」

 

「魔物!? そんなのがいて危なくないの!?」

 

「いやいや、ゴーレムは魔物と言うべきではないだろう。だってゴーレムは魔導士が()()モノなんだから」

 

「それってつまり、この国に魔導士がいるってことですか?」

 

「じゃあ使い魔と訂正しておきますわ。とりあえず、恐らくあれが新聞に載らなかった理由でしょう」

 

「ど、どういうこと?」

 

 

 マリンはカバンからノーリスの断面図の資料を取り出して説明する。

 

 

「かつて、ここでは歯車が最下層の人々の生活を支えていました。ですがある日、ある魔導士がこの国にやってきた……と仮定しましょう」

 

「恐らく土魔法が得意な魔導士だろう。ゴーレムは土魔法で作られるからね」

 

「ええ、そして何かがあって、その魔導士はゴーレムを労働力として国に差し出そうとした」

 

「ゴーレムは人の何百倍も力持ちだと聞く。歯車で動かすよりももっと効率が良いエネルギー回しが出来ると考えたんだろう」

 

「さらに騒音について思うところがあった国王は、その申し出を受け入れたのですわ。ですがそこで問題が発生したのです」

 

「そういうことか。1人の魔導士の力のおかげで国の様々な問題が解決された。だが、それが世界中に知られてしまうとなると、国としての顔が立たない。だから国がその記事を揉み消したのさ」

 

「ええ!?」

 

 

 サフィアは驚き、周りを見回して誰もいないことを確認した後、ひそひそと話し始めた。

 

 

「そ、そんなことが許されるんですか!?」

 

「その魔導士以外、誰も不利益を被らない揉み消しですから」

 

「その魔導士にも許可は取ったんだろうが、それにしても情けない話さ。だが、新聞に載らないというのは恐らくこういうことだろう」

 

「なるほど……。って、何で2人の意見はいつもそんなにピッタリなの?」

 

「まあ……知識と経験と……」

 

「付き合いの長さですわねぇ……」

 

 

 マリンは断面図を畳んでカバンに戻して謎の建物の方に向き直る。

 すると突然、その建物の奥から拍手と共に誰かが向かってくるのが見える。

 

 

「いやー! 素晴らしい推理だね!」

 

「うん? 誰だ、あいつ?」

 

「2人の知り合いじゃないの?」

 

「あんな女性、わたくしの知り合いにはいませんわよ?」

 

「ちょっと、聞こえてないのかな!? 素晴らしい推理でーすーよー!」

 

「あ? ああ、そりゃどうも……って、誰だいあんた?」

 

 

 その女性は、ノエルの前に立つなり悩ましい顔をする。

 

 

「うーん……思ってた反応と違うなぁ……。普通なら『周りには誰もいなかったはず! いつから話を聞いていた?』とか聞いてくるもんだけど……」

 

「いや、それも思いはしたが、口に出すのが面倒で……」

 

「なるほど……ってなるかぁ! 何よ、面倒って! せっかくアタイが真実を伝えに来てあげたのに!」

 

「あぁ、なるほど。こいつ、アタシが苦手な部類だ……」

 

「本人を目の前にして言うことじゃないよね!? あ、あからさまに嫌そうな顔するな〜!」

 

 

 ノエルの前でひたすらに喚く謎の少女。

 サフィアは痺れを切らしたように声をかけた。

 

 

「あのぉ〜? とりあえず名乗っていただけないでしょうか〜?」

 

「あ、ゴメン! すっかり忘れてた!」

 

「忘れてたって、さっきから誰だと聞いていたじゃないか……」

 

「ノエル……。今は黙っていた方が身のためですわ……」

 

 

 その少女は見た目からして18、19といったところだろうか、サフィアよりも少し大人びた顔つきをしている。

 頭には大きなバンダナを着け、服装は胸の部分がやや強調された意匠の鍛冶屋服で、その上から長めのコートを羽織っている。

 少女は胸に手を当てて、自信ありげに話し始めた。

 

 

「アタイは……ロウィ! あそこにいるゴーレムたちを作った張本人にして、この国の工業を支える紅一点!」

 

「お、お前があのゴーレムを作った魔女だって!?」

 

「まさかとは思いましたが、本当に魔女だとは思いませんでしたわ……」

 

「うん。ルカさんと同じくらいの歳に見えたから一般人かと思っちゃった」

 

「おーおー、いい反応してくれちゃって! お姉さん嬉しい!」

 

「それで、何の用だ?」

 

「あんたたちの推理が合ってるって話でしょうが! この国にアタイがゴーレムを与えたのも、それで歯車を動かさなくなったのも、そのことを揉み消されたのも全部正解!」

 

 

 一気に喋ったからか、ロウィと名乗る少女は肩で息をしている。

 

 

「っていうか、あんたたちこそこんな所に何しに来たの? 魔女でしょ?」

 

「あたしたちは歯車の音が小さくなったのが本当なのか見に来ただけで、特に用は無い……ですよね?」

 

「いや……。アタシたちはお前の工房を見に来た見物客だ。案内してくれ!」

 

「え、ノエル様!?」

 

「はぁ……やっぱりこうなった……」

 

「見物ねぇ……。まあ、ゴーレムに興味を持ってくれたんなら悪い気はしない、か。分かった、案内してあげる!」

 

 

 ロウィはそう言って手を差し出した。

 

 

「感謝するよ。アタシはノエル。闇魔法を得意とする魔女さ」

 

「あたしはサフィア! ノエル様の一番弟子にして水魔法の使い手よ!」

 

「わたくしはマリン。サフィーの姉にしてノエルの永遠のライバルにして火魔法を操る魔女ですわ!」

 

 

 それぞれ自己紹介をし、3人はロウィと握手を交わした。

 かくして、ノエルたちは土魔法でゴーレムを使役する魔女・ロウィと出会ったのであった。



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42頁目.ノエルと工房と姐さんと……

 ノエルたち3人はロウィに連れられて、ノーリス王都の元歯車街改め工房街を回った。

 現在、工房街はこれまで通りに新しい発明を作る『工業地区』と、ロウィの工房に所属する人々やゴーレムが働く『魔導地区』の2つに分かれているという。

 ノエルがゴーレムを見たいと言ったこともあり、ロウィは自分の工房に案内したのであった。

 

 

「さあ、ここがアタイの家にしてアタイの工房『ロウィ魔導工房』だよ!」

 

 

 ロウィが重い鉄扉を開けると、そこには30人ほどの男たちと10体ほどのゴーレムが働く、奥に広い空間が広がっていた。

 建物の中は温暖な外と比べて気温が高く、ノエルたちはそれが工房内にあるいくつかの大きな機械のせいだと分かった。

 ゴーレムたちが大きな機械のピストンを押し、男たちはその機械に繋がったパイプの近くで何かをしている。

 その手前で別の作業をしていた男たちは、ロウィに気付くと作業の手を止め、扉の前に集まった。

 そして男たちは一斉に脱帽して頭を下げ、声を合わせて言った。

 

 

「「「お帰りなさいやせ! 姐さん!!」」」

 

「はいはい、ただいま。お客さん来てるから、あんたたち粗相のないようにね」

 

「「「分かりやした、姐さん! いらっしゃいやせ、お客さん!」」」

 

「はい、さっさと作業に戻って。お客さんはアタイが案内するから」

 

「「「承知しやした、姐さん!!」」」

 

 

 男たちはそう言って作業場へと戻っていった。

 

 

「いやあ、うるさくてゴメンね。暑苦しい奴らだけど、良い人たちだから」

 

「信頼されてるんだな、姐さん」

 

「ノエルまでそう呼ぶのはやめなさい。その呼ばれ方、実はあんまり好きじゃないんだ」

 

「おや、そうなのかい? そりゃすまなかった」

 

「良いよ、謝らなくても。それじゃ、工場をぐるっと回ってみようか」

 

 

 マリンは広々とした空間と巨大な機械、そしてそれを動かすゴーレムたちを見上げながら呟く。

 

 

「それにしても大きな工房ですわねぇ……。圧巻ですわ〜……」

 

「そりゃまあ、元はこの国の歯車を全て管理してた大工房だからね。それに、ここで働いてる人たちはみんなその当時の工房で働いてた人たちだよ」

 

「え!? ロウィさんってそんな凄い工房の親分なの!?」

 

「親分って言うのもやめて〜! アタイ自身、この工房を切り盛りする立場になりたくてなったわけじゃないんだから!」

 

 

 ノエルはロウィの服を引っ張って、機械の方を指差す。

 

 

「なあなあ、ロウィ。あれが歯車の代わりにこの国の生活を支えているっていう機械なのか?」

 

「半分正解、半分不正解。これは一度、歯車で支えられていた時代の話をするべきかもしれないね」

 

「確かにアタシもそこまで詳しい話は聞いたことなかったな。良ければ教えて欲しい」

 

「そろそろ一周する頃だから、この話はアタイの部屋でしようか」

 

「そういえばここが家とか言ってましたわね。まさか工房の中にあるとか……?」

 

「流石に工房の隣だから。こことは違って暑くないし、普通に快適な空間だから安心して?」

 

 

 そう言ってロウィは工房の外に出て、その隣にある小さな家を指差した。

 

 

「あれがアタイの家。作業員の人たちの家は住宅街にあるけど、アタイはずっとこの工房にいなきゃいけないからここに住んでるってわけだよ」

 

「なるほど、工房の持ち主ならここに住むのも当たり前ってことだな」

 

「まあ……ね。そ、それじゃ、入って入って〜」

 

 

 ノエルたちはロウィに招かれるまま、家の中へと入った。

 

 

***

 

 

 家に入ると、そこは工房の景色とは打って変わって、普通の一軒家という印象の部屋があった。

 しかしノエルたちは、その中の()()()存在に目が行っていた。

 

 

「な……何だ!?」

 

「家の中に……」

 

「ゴーレムですわ〜!?」

 

 

 ノエルたちの目の前にいたのは、工房にいたものと少し形が違う1体のゴーレムであった。

 高さはノエルの1.5倍ほどの巨体で、体の真ん中の結晶が青く煌いているのが分かる。

 ゴーレムは立ち止まっていたが、ロウィの方を見るなりそちらへと歩いて行く。

 

 

「お留守番ありがとうね、タンゴ。部屋の掃除は……まあいつも通りか」

 

「うーん、真ん中の結晶の光が何というか……嬉しそう?」

 

「サフィアちゃん、よく分かったね? 初見でゴーレムの感情を読める人がいるとは思わなかったよ」

 

「待て、とりあえずこの状況を説明してもらえるか? 何で家の中にゴーレムがいる?」

 

「このゴーレムはアタイのお気に入りで、名前はタンゴ! お留守番してくれるし、掃除……は苦手みたいだけど、頼んだことならある程度やってくれるんだ」

 

「へえ……ゴーレムってそんな使い方もできるんですのねぇ……」

 

「でもまあ、とりあえずこの子がいたら4人も入れないから……。戻れっ、タンゴ!」

 

 

 ロウィがタンゴと呼ばれたゴーレムに手をかざすと突然結晶が強く光り始め、ゴーレムの体を形成していた土が収縮していく。

 そしてそれが結晶に吸収されたかと思うと光が収まり、仄かに輝きながらロウィの手元に浮遊してきた。

 サフィアはロウィに尋ねた。

 

 

「ロウィさん、それは?」

 

「これはタンゴの魔導結晶。魔導結晶っていうのはゴーレムの心臓部になる魔力の塊で、この国じゃ滅多に手に入らない貴重なものなんだ」

 

「でも、さっき10体くらいゴーレムいたよね?」

 

「あぁ、あれはアタイが作った魔導結晶で動いてるんだよ。魔法でも作り出すことが出来るからね。天然のよりはだいぶ精度が落ちるけど」

 

「それに関しては見事と言うほかないねぇ。土魔法でゴーレムが作れるというのは知っていたが、まさかそういう作り方だったとは」

 

「そりゃどうも。あ、とりあえずその辺の椅子に座って。散らかってて悪いけど」

 

「それでは失礼して」

 

 

 3人は椅子に腰掛け、ロウィはコートを脱いでその向かいに座った。

 

 

「おや、バンダナは外さないのかい?」

 

「ん? あ、これ? 大事なものだから寝る時とお風呂の時以外は着けておく事にしてるんだ。失礼だとは分かってるけど、ごめんね」

 

「そうか、それなら仕方ない」

 

「それじゃ、さっきの話の続きをするとしようか!」

 

「そうでしたわね。歯車で支えられていた時代の話、興味が湧きますわ」

 

 

 ロウィは1つ咳払いをして話し始めた。

 

 

「この国はずっと昔から大陸で一番の発明大国だった。それは知っているね?」

 

「あぁ、それゆえにこの国の別名が『機械仕掛けの国』だってことも知ってる」

 

「そして近年までこの国の生活を支えていたのは歯車だった。でもそれはちょっと違うんだ」

 

「ちょっと違う……?」

 

「うん。確かに歯車は根本的に生活を支えていたかもしれないけど、その歯車は何のためにあったのか。それは、さっき工房にあったような大きな機械を動かすためにあったんだよ」

 

「あんな巨大な歯車を何個も使って、あの機械を動かしていたってことかい!?」

 

「やっぱりさっきのを見たあとだとビックリするか。そう、つまりは工房の機械がこの国の生活を支え続けているんだ。今も、昔も」

 

 

 ロウィはしみじみと語っている。

 

 

「それで結局あの機械は何なんだ? かなりの熱を持っていたようだが」

 

「あれは蒸気を発生させる機械。この国は蒸気を使って工作したり生活したりしているってわけ」

 

「じゃあ、あの人たちは何してたの?」

 

「作業員の人たちはその蒸気を送るパイプの管理をしてるんだ。ゴーレムは見た通り、歯車の代わりにピストンを動かす役だね」

 

「それではわたくしも質問を。あなたはどういう経緯でこの工房に来たんですの? あんなに多くのゴーレムを使役するなんて、ただ者ではありませんわよね?」

 

「そ、それは何というか……。秘密というか……」

 

 

 何やら、ロウィは返答に困っている。

 

 

「おい、マリン。他人の事情に口を挟むのは失礼だって、いつも言ってるのはどこのどいつだ!」

 

「うぐっ……。す、すみませんでしたわ……」

 

「い、いやいや! 確かに魔女同士、そういうのが気になるのは分かるから!」

 

「今後は余計な詮索はしませんので、どうぞお許しを……」

 

「ああ、そんなに深々と頭を下げないで! アタイが申し訳なくなっちゃうから!」

 

 

 それからしばらく、ロウィが来る前のノーリスの歴史について、3人は話を聞くのであった。

 

 

***

 

 

 夕暮れ時になり、時刻を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 

 

「そろそろ工房を閉める時間か。ゴーレムたちの様子を見てくるからちょっと待ってて〜」

 

「分かった。待っとくよ」

 

 

 ロウィは玄関から出て、工房の方へと駆けて行った。

 3人はそれと同時に話し始める。

 

 

「ロウィさん、どうですの?」

 

「そりゃもちろん誘うべきだろう。あそこまで土魔法を使いこなせて学がある奴、滅多にいないぞ」

 

「やっぱり蘇生魔法作りに勧誘するつもりだったんですね……。お姉ちゃんまで……」

 

「まさかこんな所に優秀な魔女がいるとは思わなかったんだ。誘わない手はないだろう。それに、国に揉み消された事件についても少し思うところがあるし」

 

「でも、ロウィさんって工房長なんですよね? 参加してくれるんでしょうか?」

 

「確かに……。ただの魔法作りならまだしも、蘇生魔法ほどの魔法を新しく作るとなると、それなりの期間を空けてもらう必要がありますものね……」

 

「今回に限ってはあいつに全財産ぶちまけてでも勧誘しなきゃいけない。なぜかは分からないが、そんな気がするんだ」

 

 

 ノエルたちがそんな話をしているうちにロウィが帰ってきた。

 そしてノエルたちはロウィと別れた後、予定を変更することに決めた。

 

 

「よし、北方の三国に行くのは後回し! ロウィを絶対に仲間に引き入れてみせるぞ!」

 

 

 その後、ノエルたち3人はノーリスの住宅街にある宿に泊まるのであった。



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43頁目.ノエルと嘘と靴紐と……

 その次の日の朝。

 ロウィを蘇生魔法作りに参加させるべく、ノエルたちはロウィにこれまでの話を聞かせようとロウィ魔導工房にやってきた。

 ノエルは扉を開けるなり、ロウィを呼ぶ。

 

 

「おーい、ロウィはいるかー?」

 

 

 すると、近くにいた作業員がその声に気づいた。

 

 

「お、昨日のお客さんじゃないですか。姐さーん! お客さんですよー!」

 

「はいはーい! ちょっと待たしといてー!」

 

「……だそうです。ちょいとお待ちくださいやせ」

 

「ありがとう。それじゃこの辺で待たせてもらうよ」

 

 

 数分後、工房の奥からロウィがやってきた。

 

 

「おっ、ノエルじゃん。今日はどうかしたの?」

 

「ちょっと話がしたくてな。魔女として色々聞きたいことがあるんだ」

 

「魔女として……か。興味はあるけど、ゴメン。仕事中は持ち場を離れるわけにはいかないから……」

 

「そうか……。それなら仕事が終わってからはどうだ?」

 

「ゴメン、それも無理。ゴーレムたちの世話しなきゃだから……」

 

「そ、そうか……それなら仕方が──」

 

「ちょっと待ってくださいまし?」

 

 

 ノエルが引こうとした瞬間、マリンが割り込んだ。

 

 

「どうした、マリン?」

 

「ロウィさん、あなた……昨日仕事中に思いっきり外に抜け出したり、家に帰ったりしていましたわよね?」

 

「うっ……」

 

「そういえば! っていうかゴーレムって魔導結晶から作るんなら、世話なんてする必要ないよね? 結晶に魔力あげるだけで良いんじゃないの?」

 

「ううっ…………」

 

「ロウィ……。もしかしてだけど、アタシたちを避けてないかい……?」

 

「うぐっ…………」

 

 

 ロウィはしばらく固まり、それから諦めたように首を振った。

 

 

「はぁ……。昨日の推理の時点で騙せないって気づくべきだったか……」

 

「やっぱり嘘だったってわけか。まあ、推理について触れたのはお前の方だったが」

 

「嘘をついたことについてはゴメン! お詫びと言ってはなんだけど、話は聞いてあげる。でも、ひとつ条件を付けてもいいかな?」

 

「虫のいい話だが、一応聞こうか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何か事情があるんだな。そういうことなら分かったよ。元からアタシたちの話を聞いてもらうつもりだったし」

 

「そうしてくれると助かるよ。それじゃ、ゴーレムたちに指示を出してくるからアタイの家の前で待ってて〜」

 

「分かった。待ってるよ」

 

 

 ノエルたち3人は家の前でロウィを待ち、数分後にロウィと合流して家の中に入るのだった。

 

 

***

 

 

 ノエルは数時間かけて、いつものように自分たちの過去の話と、蘇生魔法作りについての話をした。

 ロウィは途中途中で工房の様子を見に行きはしたものの、ノエルたちの話を最後まで聞いてくれたのだった。

 そして昼過ぎになった。

 

 

「……とまあ、ここまでがアタシたちの旅の話になる。長くなってすまないね」

 

「なるほど、ここまで聞き応えのある話を聞いたのは久しぶりだよ。それでもって、アタイに蘇生魔法作りの手伝いをして欲しい、というわけだね?」

 

「そういうことさ。今まで土魔法をここまで巧みに操れる魔女は見たことが無かった。お前の才能をアタシたちに貸して欲しいんだ!」

 

 

 ロウィは目を瞑り、しばらくして口を開いた。

 

 

「残念だけど、アタイはあんたたちに手を貸すことはできない」

 

「それは一体どうしてだい?」

 

「決まってる。安全な蘇生魔法を生み出すなんて、()()()()()()()()()だ!」

 

「そ、それは……!」

 

「生命は一度限りの大事なもの。だからこそ人生は輝かしいものだし、生命の在り方だけは絶対に変えちゃいけないんだ!!」

 

 

 ロウィの大きな声が部屋中に響いた。

 そして静まり返った部屋の中、ロウィは肩で息をしている。

 

 

「……だから、アタイは絶対に蘇生魔法作りなんかに手を貸さない。悪いけど、長い話を聞いていたのはただの興味だ」

 

「そう……か。嫌な話を聞かせて悪かったね……」

 

「いや、急に怒鳴ったりしてこっちこそゴメン……。でも、あんたたちの申し出は受け入れられないから……」

 

 

 4人の間に気まずい空気が流れた後、ノエルは席を立って荷物を持った。

 

 

「それじゃ、アタシたちの用は終わったし、これで失礼するよ」

 

「あ、うん……。今日は面白い話を聞かせてくれてありがとう。蘇生魔法の完成は正直祈れないけど、魔女としての活動は応援してるから」

 

「こちらこそ、工房の繁栄を祈っていますわ」

 

「じゃあまた会う日まで〜!」

 

 

 3人はロウィの家から出て、宿に戻っていった。

 こうしてノエルたち3人はロウィの勧誘に失敗したのであった。

 

 

***

 

 

 宿に戻ってきて間も無く、ノエルは一言呟いた。

 

 

「……変だ」

 

「え? 何がですか?」

 

「帰ってきて早々、落ち込むかと思えば……。どうかしましたの?」

 

「いや、何か引っかかってるんだよ」

 

「靴紐が解けているんじゃありません? 足元には注意しなさいな」

 

「違うそうじゃない。ロウィのことだよ」

 

 

 そう言いながら、ノエルは靴紐を解いて結び直す。

 

 

「ロウィさんがおかしいってことですの? ああいう考えの人は今までもいましたわよね?」

 

「あいつの考えが変って言ってるわけじゃないんだ。だけど、何か違和感があるというか……」

 

「見た目とかですか? 確かにバンダナがやけに大きいなーとは思いましたけど」

 

「見た目……でもないな。もっと大きな違和感がこう……何というか……」

 

「あぁもう、分かりましたわよ。つまりはまだまだ探索続行ということですわね」

 

「ま、そういうことだ」

 

 

 サフィアはしばらく頷いた後、突然驚いた表情をして言った。

 

 

「えぇ!? 断られたばっかりなのにまだ諦めてないんですか!?」

 

「諦めが悪いのはいつものことでしょう? それに今回に関しては、ノエルの勘に任せる方が良い気がしますの」

 

「それはお姉ちゃんの勘?」

 

「ええ、そうですわ」

 

「何が勘だ。マリン、お前だってロウィについて知りたいと思ってるんだろ?」

 

「あ、バレてました? まぁ、あんなに実力があるのに自分を隠したがる魔女ほど、気になるものはありませんものね!」

 

 

 ワクワクしているマリンを見て、サフィアは1つ溜息をついた。

 

 

「はぁ……分かりました。明日も引き続き、工房にお邪魔するってことで良いんですね?」

 

「いや、できればあいつに知られずにあいつのことを知りたいな」

 

「なるほどなるほど、工房以外でロウィさんと関わりがありそうな場所となると、次目指すべき場所は……」

 

「そう、ノーリスの王城だ! ノーリスの国王ならロウィのことを知っているに違いない!」

 

「でもロウィさんのことを尋ねたら、その後で本人にバレません?」

 

「だったら口止め料を払うさ。偶然にもこんな所に大金があるしな!」

 

 

 そう言ってノエルはルフールから渡された財布を取り出す。

 

 

「本当はそんなことにお金を使いたくは無いのですが……」

 

「お姉ちゃんまで……って、ええ!? 本当にお金なんかで国王様を口止めできるんですか!?」

 

「国王の裁量にもよるが、自分のために揉み消しをするような国王なら問題ないだろうさ」

 

「問題は、国王がどれくらいロウィさんのことを知っているか、ですわね。外から来た魔女である上に、自分のことを詮索させないような人ですし」

 

「そして揉み消しをした時点で国王はロウィに借りがある。知っていたとしてもどこまで教えてくれるか、だな……」

 

「それでも聞きに行くんですよね?」

 

「もちろんだとも」

 

 

 そう言って、ノエルはベッドに置いたカバンを持ち直す。

 

 

「善は急げだ。まだ昼間だし、今日のうちに面会しに行くぞ」

 

「少しは休めると思ったのですが……。仕方ありません、行きましょうか」

 

「はーい!」

 

 

 ノエルたちは最下層・住宅街の最奥にあるノーリスの王城に行くことにしたのだった。

 

 

***

 

 

 ノーリスの王城は他の国の王城とは違い、ひとつの15階建の建物だけで構築されている。

 国王がいるのはその最上階。

 ノエルたちは門番に許可をもらい、エレベーターで国王の間の前まで来ていた。

 

 

「いいか、あくまでロウィについて聞くだけだからな。揉み消し云々の話だけは絶対にするんじゃないぞ」

 

「分かってますわ」

 

「もちろんです。そんなこと言うほどあたしも子供じゃないので!」

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 

 ノエルが扉を叩くと、扉が開かれ、そこには国王と1人の大臣がいた。

 国王は玉座……のような感じの黒い椅子に座っており、目の前には机と、その上に大量の書類が積み上げられていた。

 ノエルたちは跪いたが、すぐに椅子が用意され、3人はそれに腰掛けた。

 

 

「さて、何の用だね?」

 

「お忙しい中、大変申し訳ありません。アタシたちはこの国の外から来た魔女です。今日はロウィという魔女についてお聞きしようと思い、参りました」

 

「ロウィか。その言い方はロウィ自身と古い知り合いではないのだな?」

 

「はい、この国に来て知り合いました。ですが彼女は自分のことをほとんど教えてくれなかったため、彼女を知っている人に話を聞こうと思いまして。アタシは彼女の魔法に興味があるんです」

 

「そういうことなら分かった。ロウィについて私が知っていることを教えよう。とはいえ、お前たちが知っている情報の確認になるとは思うがね」

 

「そうだったとしても助かります。確証を得られるのは良いことですから」

 

 

 そうしてノーリスの国王は、ロウィがどこか外の国から来たこと、ある日ゴーレムを国に差し出したこと、といったノエルたちの知っているままの情報を話した。

 そして──。

 

 

「それを私は、私自身の顔を守るために揉み消したのだ」

 

「「「ええっ!?」」」

 

 

 国王はロウィについての揉み消しを、ノエルたちの前で自白したのだった。



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44頁目.ノエルと音叉と事件の匂いと……

 それからしばらくして、宿にて。

 ノーリスの国王の自白を聞いたノエルたちは、驚きのあまり言葉を失っていた。

 また、国王を口止めをする必要がないことに気づき、そのまま踵を返して帰ってきてしまったのだった。

 

 

「一体……どういうことなんだ? どうして国王はバレて欲しくないはずなのに、あそこまで堂々と言えた……?」

 

「まあ普通に考えるならば、あれくらいのことはバレても問題がないと判断したということですわね」

 

「でも新聞の記事を揉み消した、って外の人間のあたしたちに言ったら大問題だよね?」

 

「本来ならその新聞の記事を揉み消す必要がなかったのに、揉み消したってことか? あの国王の頭がよほど悪くない限りあり得ないんだが……」

 

「大臣など周りの誰も指摘しなかった時点でそれはないですわね。揉み消すことに何か意味があったということにはなりますが」

 

「うーん……。ロウィさんの周りで謎が謎を呼んでごちゃごちゃしてきた……」

 

 

 サフィアは唸ってベッドに寝転んだ。

 ノエルたちも荷物を置いてローブを脱ぐ。

 

 

「確かにロウィさんについて調べるつもりが、いつの間にか国を巻き込んだ謎になってますわねぇ」

 

「しかもその謎について国王に聞いても意味がないとなると、ロウィかその周りの連中に聞くしかないときた」

 

「ロウィさんの過去とかこの国の謎を知るには、ロウィさんの周りから攻めなきゃいけない、ってことですか?」

 

「そういうこと。国王とロウィたちはきっと何かを隠している。そして隠しているということは、そこに何か問題があるってことだ」

 

 

 ノエルはベッドにドカッと座り、隣の部屋に聞こえないくらいの声量で言った。

 

 

「ロウィの身辺を探ってロウィとこの国が隠している謎を解き明かし、そこにある問題をアタシたちが解決する! それでロウィに貸しを作って協力してもらうんだ!」

 

「人間として最低の発想ではありますが、賛成ですわ。ノエルがロウィさんに感じていた違和感というのも気になりますし」

 

「まあ最悪、蘇生魔法を手伝ってもらわなくても土魔法の魔導書とかなら分けてくれるかもだし、あたしも賛成です!」

 

「よし、それじゃ明日からロウィの工房に……ロウィにバレないように行くとしよう!」

 

「「おーっ!」」

 

 

***

 

 

「とは言ってみたものの……」

 

 

 次の日の朝、ノエルたちはロウィ魔導工房に行くエレベーターに乗ろうとしていた。

 しかし、その手前で足踏みをしていた。

 

 

「そういえば、エレベーターで上った目の前が工房でしたね……」

 

「しかもあいつ、やけに耳が良かったよな? 一昨日、それなりに遠くからアタシたちの話を全部聞いてたし」

 

「もしかしたら、この話し声も聞こえているかもしれませんわよ?」

 

 

 その瞬間、ノエルとサフィアはバッと上を見上げ、誰もいないことを確認する。

 

 

「冗談ですわよ。壁で遮られていますから聞こえるはずもありません。それに、見上げても何も見えないでしょうが」

 

「驚かせるなよ、一瞬ドキッとしただろうが」

 

「お姉ちゃん、性格悪ーい」

 

「あら、それは失礼ー。って、サフィー? 今何と?」

 

「まあ何にせよ、どうにかして上に行ったところで、工房の周りで探索するのは難しいかもしれないな」

 

「じゃあ、また別の方法を考える必要がありますね……」

 

 

 その時、誰かがサフィアの肩を叩いた。

 サフィアが振り向くと、そこには見覚えのある作業服を着た体格の良い男が立っていた。

 

 

「あなたは確か……昨日、工房でロウィさんを呼んでくれた作業員の人!」

 

「覚えててくれたんですね。ところでお客さん、エレベーター使わないんで?」

 

「あ、あぁ、邪魔だったね。お先にどうぞ」

 

「もしかして……姐さんに何か用があるとか?」

 

「えっ! い、いや、それは……」

 

 

 マリンが返答に困っている間に、ノエルは何か閃いたような表情をする。

 

 

「いや、実はアタシたち、ロウィのことを調べて来ないと元いた国に帰れないんだよ。だけどあいつには自分のことを知られたくないって断られちまったのさ」

 

「あー、そりゃ災難でしたねぇ」

 

「それで、何かロウィについて知ってることとかないかい? 頼む、アタシたちを助けると思って……!」

 

「う、うーむ……。そう言われたからといって、簡単に姐さんについて話すわけにはいきやせんし……」

 

「お金なら出す! 頼む! ロウィについて教えてくれ!」

 

「だ、ダメなもんはダメです! 失礼しやすよ!」

 

「あぁ……! 待ってくれ……!」

 

 

 ノエルは作業員の腕を掴んで引き戻そうとする。

 しかし、作業員はノエルの手を振りほどき、そのままエレベーターで上まで行ってしまったのだった。

 

 

「ノエル! あなた強引にも程があるでしょう!?」

 

「それに今ので工房の人に聞くっていう選択肢が消えちゃったんじゃ……」

 

「シーッ……。静かにしてくれ」

 

「ますます状況が悪化しているというのに、あなたは一体何をしていますの!?」

 

「静かにと言っただろう。アタシの本領を見せてやる」

 

 

 ノエルは突然カバンから奇妙な形状の音叉(おんさ)を取り出し、人差し指と親指で挟んで持つ。

 しばらくすると音叉が震え始め、何やら不思議な音を出すようになった。

 

 

「よし、サフィー。この音を風魔法で順転できるか?」

 

「え? あ、はい! ええと……『増幅の風(エスカレート・スペル)』!」

 

 

 すると不思議な音が段々と響き始め、声らしき音が聞こえるようになった。

 

 

「これはもしかして……新しい魔法ですの? さっきの人の声が聞こえますわね?」

 

「あぁ、闇魔法『盗賊の音叉(ワイヤー・トーン)』だ。さっきあの作業員に引っ付けといたから、これで盗み聞きをする」

 

「うわぁ、犯罪スレスレの魔法ですわね……。ロウィさんが魔力感知したりして盗聴がバレたらどうしますの?」

 

「問題ない。違和感ないくらいの闇の魔力をあいつの身体中に付けといたから、場所まではバレないはずだ」

 

「なるほど、だから腕を必死に掴んでいたんですわね。わたくしも気づきませんでしたわ」

 

 

 サフィアは音叉の音を増幅させながらノエルに言う。

 

 

「とりあえずあたしがこのままこの音を順転させておくんで、早めに終わらせてくださいね!」

 

「あぁ、そっちは任せた! それじゃ、マリン。聞き逃すなよ」

 

「ええ、そちらこそ」

 

 

***

 

 

「え? ノエルにアタイのことを聞かれた?」

 

「えぇ。とはいえ、あまりに執拗に迫られたんで振りほどいてきましたがね」

 

「はぁ……。あれだけ調べないでって言ったのに、ここまでしつこいとは……」

 

「やっぱり……()()()()は誰にも言わないんで?」

 

「言えるわけない……。それに、誰かに相談したところでもう過ぎたことだしね……」

 

「まぁ、()()()()の姐さんのおかげで今の生活が営めてるんで、何かあればあっしらが相談に乗りやすんで」

 

「その名前で呼ぶのはやめてってば! ()は……アタイは……ずっと、これからもロウィなんだから……」

 

 

***

 

 

 サフィアの魔力が切れたらしく、そこで音が切れてしまった。

 

 

「はぁ……はぁ……。どうだった……?」

 

「あぁ、ありがとうサフィー。だがこれは……」

 

「一体どういうことですの……? ロウィさんが実はロヴィアさんっていう名前で、だけどロウィさんはロウィさんで……?」

 

「と、とりあえず一度宿に戻って情報整理だ。ここにいたら、いつロウィと出くわすか分からない」

 

「え〜、もうあたし疲れましたよ〜。もう少し休んでからにしません?」

 

「仕方ないですわね〜! お姉ちゃんがおんぶしてあげますわ!」

 

「あ、恥ずかしいからそれはやめとく」

 

「そんなぁ……」

 

 

 幸いにもロウィが降りてくる様子もなく、十分に休憩した後にノエルたち3人はまた宿へと戻ったのであった。

 

 

***

 

 

 宿にて。

 

 

「じゃあ、さっき聞いた情報をまとめましょうか」

 

「予想通り、ロウィとその周りの人たちは何かを隠していた。そしてそれはもう『過ぎたこと』だと言っていた」

 

「過去にどうしようもないような何かがあって、それをみんなで隠してるってことですか?」

 

「ええ、そういうことでしょう。ただ、ロウィさんはそれをどうにかしようと思ってもいる。事件の匂いがプンプンしますわね!」

 

 

 マリンはウキウキしている。

 ノエルは話を続けた。

 

 

「そして一番の問題はその次の会話に出てきた『ロヴィアの姐さん』という言葉だ」

 

「ロウィさんが本当はロヴィアって名前だってことですよね。どういうことなんでしょう?」

 

「名乗った時も国王さまが言っていた名前も、全て『ロウィ』という違う名前でしたわね」

 

「あいつはロヴィアという存在でありながら、ロウィという違う人物としてこの国で生きている。これはとんでもない異常事態だぞ」

 

「確かにそれなら自分のことをひた隠しにする理由はなんとなく分かりますが、どうしてそんなことをしているのでしょう?」

 

「国からの圧力か……はたまた他に何か残された謎があるのか……だな」

 

 

 ノエルは再びカバンから音叉を取り出す。

 

 

「あ、そうでした。それっていつでも使えるんですか?」

 

「いや、対象がある程度近くにいないと聞き取れない。だが、逆に言えばバレてない限りはずっとあの作業服に引っ付いたままだよ」

 

「じゃあなぜ今それを取り出したんですか?」

 

「なに、バレてないか確認したくてね。……よし、どうやら大丈夫そうだ」

 

「良かったですわね。これで午後も探索を続けられますわ」

 

「うーん……そんなに上手くいくとも思えないけど……。って、またあたしがこき使われるの!? そんなぁ……」

 

 

 それからその日の探索を続けたが、作業員は作業するばかりでそれ以上の成果は得られないのであった。

 こうしてノエルたちのノーリス探索3日目は終わってしまった。



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45頁目.ノエルと名簿と隠したい年齢と……

 ノエルたちがノーリスに来て4日目の朝、宿にて。

 ベッドから起き上がったノエルは、自分の右手を見て安堵した。

 

 

「よし、ちゃんと残ってるな」

 

「昨日の魔法ですか?」

 

「あぁ、どうやらあの後もバレてないみたいだ」

 

「ずっと魔力を使ったままで疲れませんの?」

 

「実はこの魔法、貼り付けた対象に近づかない限りは魔力をほとんど消費しないのさ。自然回復する分の魔力で十分に賄えるというわけだ」

 

「なるほど、ノエルらしい良く出来た魔法ですわねぇ……」

 

「やめろよ、むず痒い」

 

 

 ノエルは洗面所で顔を洗い、タオルで顔を拭いた。

 マリンは窓から街の風景を見つつ、大きな溜め息をつく。

 

 

「それにしても散々ですわねぇ。あれ以降、何の情報も得られなかったのはかなりの痛手なのではなくって?」

 

「そうだな……。この前はアタシたちが話題を振ったようなものだから良かったが、何も無しにあいつらがネタを吐くわけない。これは困ったぞ……」

 

「またあの作業員さんに聞いてみますか? 『ロヴィアさんって誰なんですか?』とか」

 

「逆効果ですわね。そもそも、誰かさんの先日のアレのせいで避けられるのが関の山ですわ」

 

「うっ……。でも、そのおかげで1つ情報が得られただろ?」

 

「だからといって、次の情報が引き出せなくなるのもそれはそれで問題でしょう? 次からはもっと考えて行動することですわね」

 

「はーい……」

 

 

 小さくなるノエルをよそに、サフィアはマリンに話を振る。

 

 

「ところで、これまでの情報からどうやって次の探索に繋げるつもりなの?」

 

「ロウィさんが本当はロヴィアさんという名前、という話でしたわね……。であれば、一番手っ取り早いのは住民名簿の確認でしょうか」

 

「住民名簿って、その国に住む人がいつどこで生まれた誰の子供か、とかが全部書かれた資料だっけ」

 

「その通りですわ。住民名簿は王立図書館に行って許可さえもらえば閲覧可能ですし、今回の調査にはもってこいでしょう」

 

 

 立ち直ったノエルがそこに口を挟む。

 

 

「でもなぁ……。閲覧履歴が残るから避けたいところではあるんだよな……」

 

「いきなり慎重になるのはおやめなさい、ノエル。こういう時こそ大胆に行くのがいつものあなたでしょう?」

 

「お前に言われるがまま、考えて行動しようとした結果なんだが!?」

 

「あれは、1人で勝手に突っ走るなという意味ですわよ! 誰もそこまで慎重になれとは言ってません!」

 

「あーもう、分かったよ! とにかく図書館に行けばいいんだろ! それで文句はないはずだ!」

 

「おお、最近ノエル様が身を引くようになってる……。あたし、感激です!」

 

「ちょっと思うところはありますが、それでこそノエルですわ。早速朝食をとって王立図書館へ行きましょう!」

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、3人はノーリス城の近くにある王立図書館に到着した。

 王立図書館には様々な本や資料などが保管されており、誰でも閲覧することができるようになっている。

 特にノーリスは8つの国に囲まれた央の国であるため、ここ王立図書館はこの大陸で最も多くの情報が集まっている場所と言われている。

 なお魔導書は一般人でも使える危険なものであるため、国王に許可をもらった者しか閲覧できないと司書から聞いて、ノエルたちは残念がるのであった。

 

 

「って、当初の目的を忘れてませんか? 魔導書なんて後回しですよ!」

 

「おっと、そうだった。住民名簿だったね。何度もすまないが、住民名簿はどこで見れるんだい?」

 

「住民名簿でしたら、この先の通路を右に曲がって頂いた部屋の中にありますよ。名簿の複製書類ではありますが。それで、どなたの名簿をご覧になります? 記録に残す必要があるので」

 

「えーと、ロウィっていう女の名簿だ」

 

「ロウィさん……あぁ、確かに記録されていますね。分かりました。では、あちらの部屋へどうぞ。他の方の名簿を見ても構いませんが、どうぞ悪用されないようお願いしますね。この場所は信頼の元、成り立っていますので」

 

「もちろんですわ。さて、これで謎が解けると良いのですが……」

 

 

 ノエルたちが案内された部屋に入ると、そこは数え切れないほどの本棚が置かれた広い部屋だった。

 周りを見回すと、そこには何千冊、何万冊もの分厚い本が配架されている。

 どうやら過去の住民の名簿もあるらしく、ノエルたちは現在の住民名簿の場所を探し回った。

 その結果2時間ほどで、どうにかロウィの住む地域の現在の住民名簿を探し出すことができたのだった。

 

 

「工房街の……えーと、魔導地区…………あった! ありましたよ、ノエル様!」

 

「お、見つけたか。って、魔導地区に住んでるのあいつくらいしかいないんだっけ。普通に工房街の住民名簿を探す方が骨が折れたねぇ……」

 

「んー……。パッと見た感じは、ここ数年以内に作られた普通の書類といった感じですわね……」

 

「名前の欄にも『ロウィ』って書いてあるね。他に書いてある情報は住所と職業と出身国と……あれ? 生年月日と年齢が空白だ」

 

「まあ魔女だからって理由で見た目と年齢が違うのを気にして隠したがる人も居るらしいからねぇ。アタシはあまり気にしない性分だが」

 

 

 そう言って、ノエルはマリンの方をチラッと見る。

 

 

「どうしてこっちを見るんです。わたくしはちゃんとセプタに住民登録した時点から何も変えてませんわよ! 失礼ですわね!」

 

「いや、すまない。他意はないんだ、本当に」

 

「はいはい、そこまでです。とりあえずこの住民票に変なところはないってことで良いんですか?」

 

「一応アタシも確認しておこうか。えーと……名前はロウィ、住所はさておき職業は工房長、生年月日と年齢は空白で、出身国は……サヴァン……?」

 

「聞いたことのない国ですわね。違う大陸の国でしょうか?」

 

「アタシも聞いたことがない。だが幸いなことにここは大陸一の王立図書館だ。調べてみるか」

 

 

 ノエルとマリンは他に見落としがないか確認した後、住民名簿を閉じて本棚に戻した。

 そしてまた司書の所に戻り、他大陸の国についての本がある場所を目指すのだった。

 

 

***

 

 

 それから1時間で、ノエルたちはようやく『サヴァン』という国についての資料を見つけ出した。

 

 

「王立図書館が広すぎるってのと、他大陸の資料の場所がやけに遠かったせいで思ったより時間がかかったな……」

 

「移動に20分くらいかかりましたものね……。あとは、どの大陸の国かも知らずに調べようとしたせいでもありますが」

 

「じゃあとりあえず読んでみましょうよ! サヴァンっていう国がどんな所なのか!」

 

 

***

 

 

『獣人の国・サヴァン』

 

 サヴァンは大陸の南方に位置する別大陸にある、非常に自然豊かな島国である。

 サヴァンには様々な獣人が住んでいるが、異なる種族同士の共存が国の掟となっているため、非常に平和な国でもある。

 サヴァンに住む獣人の中には、秘術と呼ばれる力が宿っている者がおり、その力を巡ってかつて戦争が起きたこともあった。

 また、種族にはそれぞれ名前がついており、ワーウルフ族、ガルダ族、ケットシー族など、数多くの種族が存在する。

 船での貿易が盛んで他大陸とも親交が深い。

 そして獣人は150年以上生きるため、国王は50年に一度しか変わらない。

 

 

***

 

 

「あぁ、別大陸にある国だったのか。確かラウディかどこかから船で行けるんだっけ」

 

「渡航にかなりの時間がかかるとは思いますが、記憶によるとそうですわね。ただ問題は……」

 

「ロウィさん、どう見ても普通の人間だった!」

 

「そう、獣人の国出身なのにアタシたちと姿形が同じ人間だった。まあサヴァンで生まれ育った人間という可能性もあるが、逆に考えるとそこが何かの手がかりになる可能性があるってことだね」

 

「まとめると、ロウィさんは本当はロヴィアさんという名前で、獣人の国・サヴァン出身の若魔女。そしてこの国に来た後に色々あって、魔導工房の工房長になっている……って、また複雑になってきましたわね」

 

「ん……? あれ……?」

 

 

 ノエルは今のマリンの言葉に何か引っかかっている様子を見せる。

 

 

「何か間違っていまして?」

 

「いや……あいつ、何歳くらいに見えた?」

 

「20歳かそこらですわね」

 

「あたしも、ルカさんと同じくらいの年齢だと思いますよ」

 

「だったらまだ若魔女と呼ぶべき年齢でもないよな? どうして若魔女だと言った?」

 

「それは生年月日を書かずに年齢を誤魔化したい年頃の方だと思ったから……って、あら?」

 

 

 ノエルに続いてマリンも怪訝な表情になり、その瞬間サフィアは気づいた。

 

 

「あっ……! おかしいです! 20歳くらいなら、特に年齢を隠す理由がありません!」

 

「それだ! あの見た目なら年齢を隠す意味がない。だったら、見た目以外に年齢を隠す意味があるってことか! よく気づいたなサフィー!」

 

「いえいえ、ノエル様のおかげです! でも、他に年齢を隠す意味って何なんでしょう?」

 

「わたくしの思いつく限りでは何とも言えませんわね……」

 

「じゃあそれがこの謎を解く手がかりになるかもしれないな。獣人の件も含めてまた考え直すとするか」

 

「了解しました!」

 

 

 サフィアが敬礼した瞬間、サフィアのお腹が鳴った。

 

 

「さ、さあ、そろそろお昼の時間ですよノエル様! 手がかりに気づいたご褒美に美味しいものを所望します!」

 

「アタシのおかげとか言っときながら、ちゃっかりしてるな! まぁ、今回は特別だ。好きなものを頼んでいいぞ」

 

「やったー! 何にしようかなー!」

 

 

 3人はレストランで食事をし、サフィアは満足するまで食べ続けるのであった。



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46頁目.ノエルと気分転換と黒猫と……

 昼食を食べ終え、ノエルたちはそのままレストランで話し始めた。

 

 

「さて、色々と新しい情報と共に新しい謎も舞い込んできたわけだが……」

 

「どれから解決していきましょうか?」

 

「まずはやはり、サヴァン出身というところから洗っていくのが無難ですわね。種族が違えば話も変わってきますから」

 

「だが住民名簿には種族を書く欄は無かったし、本人に『あなたは人間ですか?』なんて聞くわけにもいかないし、解決する方法がどうにもなぁ……」

 

「今からサヴァンに行ってみる……ほどのお金と時間はないですね……」

 

「行ったとしてもロウィ……いや、ロヴィアのことを知ってる人がどこにいるかも分からないだろうから、無謀の策だろう。それに、そこまでして調べるつもりもないからね」

 

 

 3人はそのまま唸りながら悩み込む。

 しばらくして、サフィアがノエルに提案する。

 

 

「ロウィさんがサヴァン出身の普通の人間だったと仮定して、そのまま次の謎に行ってはどうでしょう?」

 

「そうすると年齢不詳の謎ですぐ引っかかってしまうからなぁ。謎が謎のまま進んでしまいそうだ」

 

「では逆に、ロウィさんが()()()()()()()と仮定して話を進めてみてはいかがですの?」

 

「獣人が人間になったってことか? そんな馬鹿げた話がどこにあるってんだい?」

 

「だからその部分はあくまで仮定ですわよ。何があったかはさておいて、元が獣人だったとしたら年齢不詳の謎はどうなります?」

 

「まあ……獣人なら寿命が長いという点でアタシらと同じだから、年齢不詳にする理由は分からなくもないが……。うーん、どうにも核心に至れないな……」

 

 

 ノエルたちはさらに頭を捻る。

 しかしそれからどれだけ考えても悩みは一向に解決しないのであった。

 それを見計らったのか、サフィアが立ち上がって言った。

 

 

「よし! これ以上考えても意味がない! だったら今日の探索はもう終わりにして遊びましょう!」

 

「お、おお? さっきまで好きなだけ食べたってのにまだ満足してないのかい?」

 

「いえ、あたしは十分満足してます! でも2人とも最近あんまり休めてないんじゃない?」

 

「そう言われてみると……そうですわね……」

 

「確かに頭を休ませた方が良い解決策が浮かぶかもしれないが……」

 

 

 サフィアはノエルの手を掴んで言った。

 

 

「ノエル様、早く謎を解かなきゃという気持ちは分かりますけど、これはあたしなりの心配なんです。だってノエル様、疲れれば疲れるほど無茶するんですから」

 

「し、心配されるほど疲れて見えるか……?」

 

「見えてる見えてないの問題じゃありません。最近頭を使わなかった日がありましたか?」

 

「……確かに全くなかったな」

 

「だからこその気分転換です! 嫌とは言わせませんからね! お姉ちゃんも!」

 

「別に嫌だと言うつもりはありませんでしたが、あなたそもそも言わせる気がありませんわね〜!?」

 

 

 こうしてノエルとマリンはサフィアに強引に連れられて、貿易街へと赴くのであった。

 

 

***

 

 

「さあ着いた!」

 

 

 3人は貿易街の一角にある商店街……の裏手にある、大きな魔具専門店の目の前に来ていた。

 サフィアは楽しそうに店のドアを開こうと手を伸ばすが、ノエルがそれを止めて言った。

 

 

「待て、サフィー。さては単純にお前がここに来たかっただけだな?」

 

「いえいえ? 3人で入るようなお店が、ここと隣の魔導書店しかなかっただけですよー?」

 

「た、確かにそうだな……」

 

「あら、呆気なく論破されましたわね?」

 

「くっ……。アタシがもう少し他のことに興味を持っていれば……!」

 

「まあまあ。お買い物も十分な気晴らしですよ? 好きなものを買って眺めるのも良いものですから!」

 

 

 サフィアはそのまま扉を開け、3人は魔具専門店に入った。

 

 

「ほう……流石は貿易街だな。品揃えが桁違いだし、何より物がいい!」

 

「楽しんで頂けて何よりです! じゃああたしはあっち見てきます!」

 

「やっぱりサフィー自身が来たかっただけなんじゃないか? ま、ここまで来て何も買わないわけにもいかないか」

 

「あなたも結構ノリノリじゃありませんの」

 

「なんだよ、そういうお前だってもう何か握ってるじゃないか」

 

「わたくしは元から買い物する気満々でしたもの。あ、店員さん? これはどうやって使うものなのでしょう?」

 

「あ、おいマリン……」

 

 

 マリンとサフィアはそれぞれ買い物に夢中になり、ノエルは1人取り残されてしまった。

 ノエルは1つ溜息をついて、それから店の中をゆっくり見て回ることにした。

 

 

「とは言っても見たことないものが多すぎて、どれから手をつけるべきか迷うんだよなぁ……」

 

 

 そんなことを言いつつ、間もなくノエルは青い液体が入った小瓶を見つけた。

 

 

「これは……えーと、『獣人化の薬』?」

 

 

 小瓶にはこんなことが書いてあった。

『これを飲むと30分だけ獣人に変身することができます。どの獣人になるかは飲んでのお楽しみ!』

 

 

「はぁ? 闇魔法で獣人になった幻覚を見せるだけじゃないのか? はぁ、なんだこの危険なおもちゃみたいな魔具……」

 

 

 そう言って、ノエルは小瓶を置いた。

 しかし、しばらくしてまた戻ってきて、その小瓶を買い物カゴの中にいれたのだった。

 

 

「単純に効果が気になっただけだ。幻覚を見せるだけなのであれば、ただの危険な薬だからな。最悪流通を止めた方が良い可能性だってある」

 

 

 と、ノエルは帰った後にこぼした。

 こうして3人は色々と買い物を楽しんだ後、夕食をとって宿に戻るのであった。

 

 

***

 

 

 次の日の朝。

 ノエルは早速、薬の効果を確かめるべくマリンとサフィアを叩き起こした。

 そして宿の裏にある人通りの少ない小路に移動した後、ノエルはその薬を飲み干した。

 

 

「よくそんな怪しげな薬を買おうと思いましたわね……」

 

「もし本当に幻覚を見せる薬で、暴れようとしたらあたしが全力で止めますから!」

 

「ああ、頼んだよ。そろそろ効果がッ……!」

 

 

 突然、ノエルの身体の周りに黒い煙が現れ、ノエルを包み込んだ。

 その中でノエルが苦しみながらうめき声をあげている。

 

 

「やっぱり危ない薬じゃありませんの! サフィー、薬が身体に回る前に吐かせますわよ!」

 

「待って、お姉ちゃん! 何か様子が……」

 

 

 その瞬間、うめき声が止まり、黒い煙が晴れていく。

 そして2人は煙の中から現れたノエルの姿を見て、一瞬固まった。

 

 

「え……?」

 

「ぷっ…………」

 

「おい、マリン。お前今笑ったな?」

 

「い、いえいえ……笑ったりなんてしてませんわよ? 調子はいかがです? ぷふっ……」

 

「すこぶる快調だよ。()()()以外はな!」

 

 

 黒い毛に覆われた上についた耳。

 もふもふの毛なみと、長い尻尾。

 鋭い目つきに、人のものではない鼻と口。

 ノエルは本当に獣人になっていたのであった。

 

 

「ふふっ、ふふふ……。あなた、今自分がどんな姿か分かっていますの?」

 

「明らかに操作できる部位が増えてる時点で獣人に本当になれたってのは分かる。だが何の獣人なのかまでは分からんが、とにかくお前の笑う顔がムカつく!」

 

「ノエル様、鏡をどうぞ……」

 

「ああ、ありが……とう……」

 

 

 しばらく黙り込んだ後、ノエルは叫んだ。

 

 

「何でよりにもよって()()なんだー!?」

 

「かっ、可愛いじゃありませんの。猫ちゃん?」

 

「変な呼び方で呼ぶな! この爪でひっかかれたいのか!」

 

「で、でもまあ、本当に獣人になれる薬だって分かったのでいいじゃありませんか。ねえ、ノエル様?」

 

「そう言いながら尻尾を触るなー! 何か変な気分になる!」

 

 

 興味津々に触ってくる2人を振りほどき、ノエルは息をあげている。

 

 

「それ本当に全部ノエルが操作しているんですのね……。耳とかよく聞こえたりしません?」

 

「ん? そう言われてみると色んな音がいつもより聞こえてくるような……。それに嗅覚も変な感じだな……」

 

「すごーい! 本当に猫と同じような機能を持ってるんですね! 獣人ってすごいなぁ……」

 

「その状態で魔法は使えますの? 身体が同じなら使えるとは思いますけど」

 

「じゃあ……『黒弾(クロ)』!」

 

 

 その瞬間、ノエルの指から黒い弾が発射され、マリンの額に直撃した。

 

 

「痛ったあ!? 何をしますの!?」

 

「この姿を笑った罰だ。まあ問題なく魔法は使えるな」

 

「なるほど……。でもやっぱり獣人は動物の顔そのままですし、ロウィさんは人間ということになりますねぇ」

 

「いや、恐らくあいつは獣人だ。この薬のおかげで確信したよ」

 

「え? どういうことですの? あの方はどこからどう見ても人間の姿をして……」

 

「獣人化の薬があるんだぞ? 逆に『人化の薬』があってもおかしくないんじゃないか?」

 

「「あっ……」」

 

 

 ノエルは話を続ける。

 

 

「この薬は恐らく変身させる闇魔法の類だろう。誰かの髪の毛があれば、一時的にその人物にそっくりそのまま変身できる魔法ってのを、昔に本で読んだ」

 

「それって種族すらも超えられるんですか?」

 

「本で読んだ限りでは無理らしいが、何しろこれは魔法だ。もしかしたら種族を超えられる魔法が作られたのかもしれないな」

 

「それで、人化の薬ですか……。確かに獣人化とほとんど同じ条件とは言えますわね」

 

「もし本当にロウィが獣人で、人化する方法を持っているのであれば、年齢不詳の件もサヴァン出身であることも理解できる!」

 

 

 サフィアはそれを聞いて拍手を送っている。

 

 

「ただ次の問題があるとすれば、()()()()()()()使()()()()()ですわね」

 

「魔導士の血を引いていなければ魔法は使えない。つまりあいつの親族が魔導士だってことだよな……」

 

「または、獣人にも魔法と同じような力を使える人がいるという可能性もありますわね」

 

「あぁ、それ昨日図書館の本で読んだぞ。確か『秘術(ひじゅつ)』とか呼ばれる力だ。だがそれが魔法と同じ力だとしても、こっちの大陸に伝わった時点で『魔法』に書き換わらないか?」

 

「確かに……。ということは、やはり獣人と魔導士の混血ということで説明をつけるしかありませんわね。思ったよりも単純な結論でしたが」

 

「じゃあ次の問題を……うぐっ……」

 

 

 ノエルが突然倒れ込み、再び黒い煙に包まれた。

 マリンたちは心配そうに眺めながら、煙が消えるのを待つのだった。

 

 

「ふぅ……思ったより効果時間短かったな。不良品だったか?」

 

「あー、よかった。このままずっと猫の姿だったらどうなってたことやら。あたしが」

 

「お前の方かよ! もっと心配してくれても良いと思うんだが……」

 

「まあまあ、とりあえず朝食をとりましょう? 今日の話は、その後ですわ……」

 

 

 マリンは視線を落としてうな垂れる。

 

 

「そう言って急に残念そうな顔するな! ずっと耳とか尻尾とかジロジロ見られる側の気持ちになってみろ!」

 

「あ、ちなみにあの薬、いくらしたんですの?」

 

「ん? 確か……4000G(ゴールド)くらいだったな」

 

「思ったより高い薬ですわね!? 本当になぜそれを買おうと思ったのやら……」

 

「だから単純な興味だって……。あ、別に獣人になりたくて買ったわけじゃないからな!?」

 

「はいはい、そういうことにしておきますわー」

 

「おい、話を聞けー!」

 

 

 それから、ノエルたちは朝食を食べた後、買った魔具の見せ合いをするのであった。



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47頁目.ノエルと尾行とバンダナと……

 3人は宿の近くにある広場で、1日前に買った魔具を紹介し合った後、休憩のために石段に座り込んでいた。

 時間はまだ昼前である。

 

 

「しかし、どうしたもんかねぇ……。現時点だとロウィの正体が仮定されただけで、どうしても国とか工房との関連性が見えてこない……」

 

「確かに……。実は獣人で、さらに魔女だからって、過去に何があったかまではわかりませんもんね」

 

「次の課題はロウィさんの過去を知ること……ですわね。ですが、どうやって調べますの?」

 

「人の過去を知る方法か……。一番手っ取り早いのは、ロウィのことを知っていてロウィに口止めされていない人間に聞くことだが……」

 

「そんな都合の良い人がいたら最初からその人に聞いてますわよ。とはいえ、彼女がこの国に来てから何があったのかを調べるというのは正しい判断ですわ」

 

「ま、それを調べる方法がないから困ってるんだけどな!」

 

 

 そう言って、ノエルとマリンは同時に溜息をついて肩を落とした。

 それを見たサフィアは2人に提案する。

 

 

「それならいっそ、ロウィさんに直接聞いちゃえば良いんじゃないですか?」

 

「いやあ、流石に今分かってる情報だけでぶつかりに行っても、過去話なんてしてくれないだろう」

 

「獣人化の薬で変身して別人に成り代わって仲間意識を芽生えさせて……というのも多少は考えましたが、薬は高いですし、そもそも彼女が過去を隠そうとしている時点で聞き出せるはずもありませんわね」

 

「それならしょうがないよね……。じゃあ、本当にこれからどうするんです?」

 

「う、うーん……。このままではどうしようも……って、お?」

 

 

 ノエルが顔を上げた瞬間、何かに気づく。

 

 

「あそこにいるの、ロウィじゃないか?」

 

「ん? あら、本当ですわ。どうやら1人のようですが」

 

「でもこの辺りは商店もないし、作業員の方々が住む住宅街は下層だし、何の用なんでしょう?」

 

 

 ロウィは1人で宿の周りをウロウロしていたが、しばらくして裏路地に入っていった。

 

 

「ちょうど良い。せっかくだし、尾行するぞ」

 

「また危険な橋を渡ろうとしてますわねぇ? ま、尾行には賛成ですが」

 

「ロウィさん、耳良さそうですから静かに行きましょうか。あたしの魔法であたしたちの周りだけ音を消しますね」

 

「それ、あいつの声も聞こえなくなるんじゃないか?」

 

「いえ、あたしたちが出す空気振動を弱めるだけなので、ある程度の距離から来る音ならバッチリ聞こえるはずです!」

 

「ほう、それなら見せてもらおうか」

 

 

 サフィアは魔導書を取り出し、ペラペラとページをめくる。

 そして小さな声で唱えた。

 

 

「……『弱まる吐息(サイレント・ブレス)』っ」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 ノエルとマリンは口をパクパクさせているが、声は全く届いていない。

 ノエルはラウディで覚えた手振りで、『中止』の指示をサフィアに出した。

 すると、サフィアは急いで魔法を解いた。

 

 

「これ、思ったより不便だぞ?」

 

「筆談にするか身振り手振りにするか、先に決めておけばよかったですね……」

 

「とはいえ、いつの間にこんな魔法を作っていたんですの? いつも一緒の時間に寝てますわよね?」

 

「移動時間とかに考えて魔導書にまとめてるの。ノエル様みたいに徹夜で魔法作ったりはしてないから安心して?」

 

「それなら良かったですわ。って、そういえば急いで追わないとですわね!」

 

「お前が話題を振ったんだろうが! 仕方ない、色々不便だから筆談でいくぞ!」

 

 

 サフィアが魔法を唱え、3人は魔導書を持ってロウィが入っていった狭い裏路地に入った。

 しかし、近くにロウィはおらず、目撃者を探そうにも周りには人影が一切ない。

 そのまま3人は固まって探索を始めることにした。

 

 

『とりあえず右から探しましょうか』

 

『了解。サフィーから離れすぎるなよ?』

 

『分かっていますわ』

 

 

 しばらく3人が裏路地を進んでいると、ロウィの声が聞こえてきた。

 ノエルはサフィアから離れすぎない程度に、ロウィの声が聞こえた方を覗いた。

 すると、ロウィがノエルたちに背中を向けたまま、ウロウロとしている様子がノエルの目に映った。

 

 

『あいつ何してるんだ?』

 

『手に何か持っていますわね』

 

『何て言ってるか聞いてみましょうよ』

 

 

 3人は十字路に身を潜めながら、ロウィの声に耳を澄ませた。

 

 

「うーん、流石にここにカケラがあるわけないわよね……。あの子がこんな危険な裏路地に来るわけないもの……」

 

 

 ロウィは手に持った宝石のようなものをカバンにしまい、立ち止まって言った。

 

 

「今日のカケラ探しはここまでにしようかしら。いくらロウィを目覚めさせるためとはいえ、私が無茶するわけにはいかないし」

 

 

 ロウィは頭のバンダナを握りしめ、小さな声でこう続けた。

 

 

「でもあと少し……。あと少しでこの国に復讐できる……。()()()()()()()、この国に……!」

 

 

 ロウィの、彼女の恨みの篭ったその声に、ノエルたちはゾッとした。

 小さな声だが、その中に悲しみと怒りとが込められているのが3人には分かった。

 そんな彼女の姿を見て、ノエルはこんなことを思った。

 

 

「(そういえば……イースが死んでしばらくはアタシも国を恨んだっけ。何となくあいつの気持ちが分かるな……)」

 

 

 ノエルは辛い顔をしつつ、彼女の方を見る。

 そしてマリンたちに何も言わぬまま、ノエルはゆっくり前へと歩いていったのだった。

 

 

「(ノエル様!? それ以上は魔法の範囲外です!)」

 

「(何をするつもりですの! やめなさい!)」

 

 

 2人はノエルの腕を引っ張って止めようとするが、ノエルは制止を聞かずに彼女の後ろに着く。

 

 

「よう、ロウィ。こんなところで何してる?」

 

「ひゃあっ!? ノ、ノエル!? 何でこんなところに!?」

 

「なに、お前が不審な動きをしていたのを見かけて尾行していただけさ」

 

「あ、あぁ、しまった……。さっきのを見られちゃってたってわけね……」

 

「見ていたし聞いてしまったよ。アタシで良ければ話を聞くぞ?」

 

「わた……アタイは、あんたたちを巻き込むつもりはないよ!」

 

 

 ロヴィアの拒絶を無視して、ノエルは話を続けた。

 

 

「復讐とか言っていたな? それに、殺された人間を目覚めさせるだって? ロウィ、いや……ロヴィア!」

 

「……っ!? どうしてその名前を知って……」

 

「お前は、一体何をしようとしている……?」

 

「…………」

 

 

 彼女……ロヴィアは黙りこむ。

 そして、しばらくしてこう言った。

 

 

「今日の昼過ぎ、私の家に来てちょうだい。そこなら誰にも話を聞かれずに済むから」

 

「分かった。昼食を取ったら3人で行くよ」

 

「ああ、そうだ。工房に行かずに直接家の前に来てくれる? できればみんなに心配かけたくないしね」

 

「了解した。それじゃ、お先に失礼するよ」

 

 

 ノエルは、心配そうな顔をしているマリンたちの方へと戻っていった。

 そのまま3人は昼食を取るために近くの酒場へと向かった。

 

 

***

 

 

 食後間もなく。

 

 

「もう、これだからノエルといると心臓に悪いのですわ!」

 

「おお、さっきまで黙っていたから怒ってないのかと」

 

「怒っているに決まっているでしょう! 先程まではロウィさんもいましたし、人前で怒るわけにもいかなかったから黙っていただけですわよ!」

 

「流石にあそこで話しかけに行くなんて思わなかったから、あたしもビックリしましたよ!」

 

「だがおかげで進展しただろう?」

 

「だーかーらー! 1人で突っ走らないでと言いましたわよね! 結果オーライでは済まされないこともあり得るんですから!」

 

 

 マリンは憤慨しつつ机を叩いている。

 

 

「でも、今回はうまくいく確信があった。そうですよね、ノエル様?」

 

「おっ、よく分かったな?」

 

「だってロウィさんの所に行く時、何か自身のある目をしてましたから。直前までは辛い顔してましたけど」

 

「おや、それは無意識だったよ。ただ、復讐したいと企んでいるのをアタシたちに聞かれた時点で、アタシたちの方が上手に出られるのは間違いなかった」

 

「とはいえ、せめて何か一言言ってから行動してくださいな。わたくし、本当にドキッとしたんですから……」

 

「悪かったって。あとでいくらでも魔法の実験手伝うから、それで許して欲しい」

 

「それなら仕方ありませんわねぇ? まあ、今に始まったことではないので、半分許して半分諦めていますが……」

 

 

 マリンは半分喜びつつ、少し首を垂れたのだった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、3人はロヴィアの家の前に来ていた。

 着くと同時に玄関のドアが開き、3人はロヴィアの家に入った。

 

 

「先にタンゴは引っ込めといたよ。狭いし。じゃあ、お茶準備するから前みたく座っててー」

 

「ご丁寧にどうも」

 

 

 ノエルたちは前と同じように机を囲んで椅子に座った。

 ロヴィアはカップを4つ出して机の上に置き、紅茶を注いだ。

 そしてティーポットを置いて、ロヴィアも椅子に座った。

 

 

「それじゃ、アタイの話を始める前に。先にあんたたちが知ってるアタイの情報から話してもらおうか?」

 

「いや、その前にもう1つ要望がある」

 

「ふーん? 一応聞こうか」

 

「ここではロウィではなくロヴィアとして話してくれ。アタシたちはロヴィアと話しに来たんだからな」

 

「そう……か。確かに礼儀ってのがあるもんね。分かったわ」

 

 

 ロヴィアはそう言って、頭のバンダナの結び目を解き、頭から外す。

 その時、ノエルたちはロヴィアを見て固まった。

 

 

「な……なぁっ……!?」

 

「その頭についてるのって、もしかして……」

 

「猫の耳ですわー!?」

 

 

 ロヴィアの頭の上には、人間の耳とは別に、獣の耳らしきものが乗っているのであった。

 ちょうど同日にノエルが猫の獣人になったこともあり、3人はそれが猫の耳であることにすぐ気づいた。

 

 

「隠しててごめんなさい。実は私、獣人で……」

 

「それは知ってる! だが獣人ってのは顔が獣で、体に毛皮を持つはずだ!」

 

「何で知ってるの!? まさかそこまで調べてたわけ!?」

 

「それはあとで話す! それよりも、どうして獣人と人間、両方の特性を持ってるんだ!?」

 

「それを話すには私の過去の話をする必要があるの! だから先にあんたたちがどこまで知ってるのかを話して! 早急に!」

 

 

 ノエルたちはロヴィアの必死さに圧され、自分たちがこれまで調べてきたロヴィアのことについてを話すのであった。



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48頁目.ノエルと毛並みと若き工房長と……

 ロヴィアはノエルたちの説明を聞いた後、3人に疑いの目を向けていた。

 

 

「へえ……。盗み聞きしてたんだ……?」

 

「それについては魔法と言えども本当に犯罪なので、国に突き出してくれても構いませんわよ、ノエルだけ」

 

「止めなかった時点でお前も共犯だ! サフィーは巻き込まれただけだからまだしもな」

 

「ま、別に秘密がバレた時点で今さらどうしようもないから、そんなことはしないわよ。あんたたちへの信頼が少し下がっただけだし」

 

「ノエル様、やっぱりあの作戦裏目に出てません? 変な時に好感度下がりましたよ?」

 

「うっ……。本当に取り返しのつかないことをしたと思ってる……」

 

「もう良いわ。まだ聞きたいことあるから頭を上げて」

 

 

 ロヴィアはそう言って、怪訝な表情でノエルを見つめる。

 

 

「そしてその後、住民名簿で出身国を調べて、獣人化の薬とはねぇ……」

 

「おい、どうしてまだ疑いの目でこっちを見てる?」

 

「いや、ね? 住民名簿はまだ分かるんだけど、変な薬で私が獣人だって気づくなんて、偶然にしては流石に現実味がなさ過ぎるわよ」

 

「実際、そういう魔法があるんだからしょうがないだろう」

 

「あら? ということは、ロヴィアさんは人化の魔法のようなものを知らないんですの?」

 

「そりゃ、知ってたら疑ったりもしないわよ。むしろ、その魔法でこの耳を隠したいくらいだし。あと尻尾も」

 

 

 そう言って、ロヴィアは耳を手で畳もうとする。

 

 

「え、尻尾? ロヴィアさん、尻尾生えてるの!? 見たい!」

 

「そこに食いつく!? あ、あんまり人に見せたことないから出来れば見ないでくれるとありがたいんだけど……」

 

「さっきからたまにパタパタ聞こえるなと思ったらそういうことか。でも分かるぞ、尻尾は触られると変な気分になるからな……」

 

「ちょ、語ってる暇があったらこの子を止めなさいよ! ひゃあっ……!」

 

 

 そんなことを言っているうちに、サフィアが無言でニコニコしながらロヴィアの腰に手を回していた。

 そして、気づけばその手にはロヴィアの尻尾の先が握られていたのだった。

 

 

「うわぁ〜! ノエル様のよりも毛並みが綺麗で触り心地最高〜!」

 

「うぅっ……。ひゃうっ……。もうお嫁にいけない……」

 

「毛並みって何に左右されるんだ……。アタシの中の何かが傷ついたような気がする……」

 

「はい、サフィー。その辺にしておきなさいな。2人が落ち込んで話が進みませんわよ」

 

「あ、ゴメンなさい……。でもこれは本当に誇って良いくらい素晴らしい毛並みだったの! あたし基準だけど!」

 

「うぅ……。毎日手入れしてるもの……。そう言ってくれると嬉しいわ……」

 

 

 サフィアが元の席に戻ったのを見て、ロヴィアは1つ咳払いをする。

 そしてノエルに尋ねた。

 

 

「そ、それで、あんたたちが知ってる情報ってそれが全部?」

 

「えーっと、調べたことは……本当の名前と、出身国と、獣人だってことと……。あ、そうだ! 年齢のこと!」

 

「えっ……。まさか年齢までバレてるの!?」

 

「その反応を見ると、やはり見た目と本当の年齢が違うんだな?」

 

「しまった! って、まあ私の過去の話をしたらどうせバレることだったし、気にしたら負けな気がするし!」

 

「たくましいというか何というか……。ということは、今からお前の話を聞かせてもらえるということだな?」

 

「ええ、そういうことよ。少し長くなるけど、そこは承知しておいて」

 

 

 ノエルたちが小さく頷いたのを見て、ロヴィアは話を始めたのだった。

 

 

「まず、私がどういう人間……いえ、どういう獣人なのかについて教えておかないと、この話は始めることができないわね」

 

「この大陸に来る前のお前ってことか?」

 

「ええ。まず、私は猫の獣人『ケット・シー』の父親と、人間の魔女との間に生まれた子供だった。獣人と人間の混血とはいえ、ここに来る前は間違いなく猫の獣人の姿だったわ」

 

「ということは、ノーリスに来る前までは獣人の姿だったということですわね」

 

「そういうこと。ちなみにこの大陸に来たきっかけは、魔女だった母から魔女としての才能を鍛えるために、母の出身のこの大陸で修行してこいって言われたからなの」

 

「なるほど、魔女は決まって才能のある娘を魔法の修行に行かせようとするからなぁ。ま、お前には才能があったってことだろうけど」

 

「あはは……そうだと良いんだけどね……」

 

 

 ロヴィアは照れつつ話を続ける。

 

 

「あと年齢についてだけど、ノーリスに来た2年前は52歳だったかしら。獣人でも若魔女の恩恵は受けるみたいだから、見た目自体はかなり若かったけど」

 

「今は54歳くらいだから……アタシより4つはお姉さんだってことかい!?」

 

「つまりノエルは50歳ってことか。道理で見た目の割に年の功を感じるわけね」

 

「逆にお前の年の功が感じ取れなさすぎてるから驚いてるんだよ。まあ、見た目が若すぎるせいで霞んでるだけかもしれないが」

 

「ちゃんとそれについても話すから。まあ、とにかくそういうことで色々あって数年修行した後、私はこの国にやってきた──」

 

 

***

 

 

 ノーリスに来た初日、私はあまりの音のうるささに頭がおかしくなりそうになっていた。

 獣人は耳が良すぎて遠くの音も聞き取れちゃうから、壁越しでも音が聞こえてきちゃってたの。

 当時のノーリスはまだ歯車が動いていて、修行のためとはいえこの音圧に耐えきれるか心配になってたわ。

 そんな中、私が耳を抑えながら歩いていると、1人の女の子が後ろから話しかけてきた。

 それは16歳かそこらの見た目で、いかにも気が強そうな、でも可愛らしさのある女の子だった。

 

 

「ねえ、そこの人。どうして頭を押さえてるんだ?」

 

「ん? あぁ、歯車の音がうるさくてね。あと、押さえてるのは頭じゃなくて耳よ。私は獣人だから」

 

「へー! アタイ、獣人って初めて見たよ! そこに耳が付いてるんだね」

 

「用がないなら行くわよ。今日はさっさと宿で寝たいし」

 

「えー、じゃあ……。これでどうよ!」

 

「えっ……?」

 

 

 その女の子はカバンから1枚の布を取り出して、私の頭に巻きつけた。

 それがこのバンダナだったわ。

 

 

「どう? 耳が隠れるから音も聞こえにくくなったんじゃない?」

 

「んー……あんまり変わらないわね」

 

「ええー! せっかく良い案が浮かんだと思ったのにな……」

 

「ふふ……。でもありがとう。歯車のうるささは少ししか変わらないけど、あなたと話したおかげで気が紛れて気にならなくなったわ」

 

「……! それは良かった! それ、余ってるから貰っちゃってよ!」

 

「良いの? それじゃ遠慮なく頂くわね」

 

 

 私はそのバンダナをカバンの紐に結び付けた。

 

 

「アタイはロウィ! あんた、名前は?」

 

「私はロヴィア。こんな見た目だけど魔女よ」

 

「へえ、魔女を見るのも初めてだよ!」

 

「魔女ってそんなに珍しいの? 他の国でもあんまり見かけなかったけど」

 

「アタイはそもそも工房からあんまり外に出たことないから、魔女だとかどうとかってのは知らないけど、珍しいんじゃない?」

 

「なるほど……って、工房? あなた、何かを作ってるの?」

 

 

 ロウィは上を指差して堂々とこう言った。

 

 

「アタイは、この国を支える歯車を全て管理してる天下一の工房『ロウィ歯車工房』の工房長なのさ!」

 

「ええっ!? じゃあ、あの歯車の音って止められたりしないかしら!」

 

「みんなの生活がかかってるから、何があっても止めるのは無理だね!」

 

「そりゃそうよね……。って、その工房長さんがどうしてここにいるの? 歯車、今も動いてるわよね?」

 

「あはは……。部下から『姐さんは工房に入るにはまだ若すぎる!』『姐さんがいると危なっかしくて作業できねえ!』って言われちゃってね……」

 

「工房長なのに追い出されたの!? この国の生活、そんな感じで支えられてて大丈夫なのかしら……?」

 

 

 そんな私の心配を他所に、ロウィは話を続けた。

 

 

「ってことで、最近追い出されてばっかりで暇だからブラブラしてたってわけ」

 

「それで私に話しかけたってこと? 暇つぶしに?」

 

「いや? 単純にあんたが困ってる風に見えたから声をかけただけだよ?」

 

「えっ……?」

 

 

 その時、私はこの子が心から優しい人間だということを知った。

 そして自分が少しでも彼女の心を疑ったことを同時に後悔した。

 ロウィは私の顔を見上げて心配そうに聞いてきた。

 

 

「も、もしかして余計なお世話だったとか……」

 

「ち、違う違う! 余計なことを考えちゃったのはむしろ私の方だから気にしないで!」

 

「あー、良かった! それじゃ、これで会ったのも何かの縁だし、追い出された日はロヴィアに会いに行くよ!」

 

「え、いや、それは全然構わないんだけど……。どうして私がしばらくこの国にいるって分かったの? 旅行って可能性もあるわよね?」

 

「あっ、その辺は全く考えてなかった! でも許可もらえたから毎日行くよ!」

 

「毎日追い出される前提なの!?」

 

 

 これが私とロウィの出会い。

 その日から、ロウィは宣言通り毎日私がいる宿に来て、私の魔法の修行に付き合ってくれたり、この国の産業のこととか色んなことを教えてくれたりしたわ。

 ある日は工房の見学をさせてもらったり、ある日は図書館でロウィに勉強を教えたり、とても楽しい毎日だった。

 

 でもそれから半年後、彼女は事故で死んでしまった──。



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49頁目.ノエルと秘術と狂った国と……

 ノエルたちは黙ってロヴィアの言葉を受け止めていた。

 ロヴィアは辛い表情をしつつも、そのまま話を続ける。

 

 

***

 

 

 ロウィの工房……つまりはこの工房が事故の現場だった。

 事故が起きたその日の昼頃、1人の作業員が血相を変えて私の所へやって来た。

 ロウィがいつも私の話をしていたらしく、私の宿の場所も聞いていたみたいだった。

 

 

「ロヴィアさん! 姐さんが……。ロウィの姐さんが……!」

 

「どうしたの? いつもみたいに何かやらかしたって感じじゃなさそうだけど」

 

「歯車に巻き込まれちまったんだよ!!」

 

「何……ですって……?」

 

「とにかく急いで来てくだせえ! ロヴィアさんの魔法なら何とかできるかもしれねえ!」

 

「わ、分かったわ! 魔導結晶全部持っていくから手伝って!」

 

「了解しやした!」

 

 

 私は全速力で工房へ向かった。

 すると、そこには巨大な歯車を手で止めようとしている作業員たちの姿があった。

 私は急いでゴーレムを出してその歯車を壊し、ロウィを外へと運び出した。

 そして私たちはロウィの元へと駆けつけた。

 

 

「ロウィ!!」

 

「姐さん!!」

 

 

 見るからに即死と言えるほどの惨状だったのに、私たちは何度も呼びかけた。

 だけど、何度呼びかけても彼女は返事をしてくれなかったわ……。

 彼女の死因は歯車に巻き込まれたことによる圧死。

 不注意で足を転ばせてそのまま……って、事故を目の前で目撃してしまった作業員から後で聞いた。

 私はその遺体を布に包ませ、作業員たちに葬ってもらうことにした。

 

 ここまでだったら悲しい不慮の事故って話で終えられたんだけど、本題はここからよ。

 

 

***

 

 

 ノエルは手をあげてロヴィアに尋ねる。

 

 

「ここからって時にすまないが、質問しても良いか?」

 

「すぐに終わる質問ならどうぞ」

 

「ロウィはどうしてその日、お前の所に来なかったんだ? 毎日来てたんだろ?」

 

「まあ確かにほぼ毎日来てたけど、その日は国の視察がある日で、工房長として立ち会う予定があったらしいわ。それが終わり次第来る予定だったみたいだけど……」

 

「待てよ? ってことはもしかして『本題はここから』ってのは……」

 

「ええ、それじゃ話を続けるわね……」

 

 

***

 

 

 その日は工房に国の視察が入る日だった。

 視察っていうのはその工房が国の言う通りに働いているか、機材や人材に不備はないか、とかを調べることね。

 だから事故の現場にはその視察の人もいた。

 だけどそれは、国に急いで伝える役目の人が居たということにもなる。

 私がロウィの遺体を外に運び出して間もなくのことだった。

 そこに『アイツ』がやって来た。

 

 

「これはどういうことだ? なぜ歯車が止まっている?」

 

「こ、()()()!? わ、我々の工房長が歯車に巻き込まれ、その救出のために歯車を壊した次第でして……」

 

「この巨大な歯車を人力で破壊などできるわけがなかろう!」

 

 

 私はアイツ……国王の所へと行き、答えた。

 

 

「いえ、私がゴーレムを作って歯車を壊しました!」

 

「貴様が歯車を壊した、だと……?」

 

「はい。彼女を助けるためには仕方なく──」

 

「なぜ歯車を壊した! ()()()()()()()()の回収をするために国民の生活を危ぶませるとは、貴様は何を考えている!!」

 

「は…………?」

 

 

 私はそれを聞いて、混乱と憤りのあまり固まってしまった。

 

 

「おい、貴様らも早く作業に戻れ! 他の歯車はまだ動いているのだろう! 牢獄行きにされたくなければさっさと行け!」

 

「い、嫌です! せめて姐さんを弔わせてくだせえ!」

 

「ならぬ! 国民の生活がかかっているのだぞ!」

 

「いいえ! あっしらは絶対にここから動きやせん!」

 

「それなら仕方ない。……やれ」

 

 

 すると、国王付きの兵士たちが槍を構え、一斉に突き出した。

 

 

「待ちなさい!!」

 

 

 その瞬間、私はいつの間にかゴーレムを出してその槍を弾いていた。

 そして私は国王に尋ねた。

 

 

「歯車の代わりにあの機械を動かすことができれば、彼らは彼女を弔っていいんですよね?」

 

「ああ、そんなことができるのなら……。なるほど、それを使うということか」

 

「はい。このゴーレムたちであの機械を動かせば歯車を使わなくても良いはずです!」

 

「それは(まこと)か? 本当にあの機械をそのゴーレムとやらが正しく動かせると?」

 

「では実演してみますから、ご覧ください」

 

 

 私は感情を殺しながらゴーレムたちに指示を出し、機械を動かした。

 そしてその実演は無事に成功した。

 

 

「ふむ、良かろう。では今日に限ってそのゴーレムで機械を作動させるのだ。明日までにはその歯車を修繕し、元通りにしておくのだぞ」

 

 

 そう言って、アイツらは王城に帰っていった。

 私はそれを見送った後、急いでロウィの所に駆け戻った。

 

 

「ロヴィアさん。姐さんとあっしらを助けてくれて、本当にありがとうございやした……」

 

「お礼は後で聞くわ。少し彼女から離れてくれないかしら?」

 

「え? しょ、承知しやした……」

 

 

 私は彼女の身体に触れながら、泣いて謝った。

 

 

「ごめんなさい……。このまま黙って遺体を葬ってあげようと思ったけど、そういう訳にはいかなくなったわ……」

 

「ロヴィアさん、一体何を……?」

 

「私の力で、ロウィを生き返らせる」

 

「ええ!? そんなことができるんですかい!?」

 

 

 私には魔法の他に、特殊な獣人の力『秘術』があった。

 それを使えばロウィを擬似的に蘇生させることができると思ったの。

 

 

***

 

 

 ノエルはすぐさま話を断ち切り、ロヴィアを問い詰める。

 

 

「待て待て待て! 秘術だと!? それに蘇生させるだって!?」

 

「やっぱり食いついてきたか……。私が生まれ持った秘術は『融合』。2つのものを混ぜ合わせる、使いようによっては危険な力ね」

 

「ん? どうしてそれが蘇生に繋がるんだ?」

 

「融合したのよ。()()()()()()

 

「な……!? そ、そうか! だから人間と獣人の特質を持ってて、見た目の年齢も若くなってるわけだ!」

 

「ご明察。蘇生の話は昔話と一緒にしてあげるから、少しだけ待ってなさい」

 

 

***

 

 

「私の秘術で私とロウィが混ざれば、ロウィの魂の器は私の中で保管することができるわ。あとは魂を戻しさえすれば、彼女は私の中で復活できるはずよ!」

 

「姐さんの魂……ですかい?」

 

「ええ、もしかしたら身体に少しは魂が残っているかもしれないけど、魂っていうのは死んだらどこかにカケラとして散らばってしまうものなの」

 

「つまり、それを掻き集めれば姐さんは生き返るんですね! どうやって見つければ良いんでしょう!」

 

「残念ながら、魂は彼女の魂の器を持った私にしか見えないの。だからとりあえず先に彼女と融合しても良いかしら?」

 

「姐さんが蘇るのであれば、あっしらの意見は同じです! ロヴィアさん、よろしくお願いしやす!」

 

 

 そして私は秘術を使ってロウィと混ざった。

 予想通り、彼女の魂の器にはほとんど魂は残っていなかった。

 

 

「あ……あぁ……! 姐さん……!!」

 

「あぁ……。なるほど、顔はあの子の顔になっちゃったってことね……。ごめんなさい、この顔でも私はロヴィアのままだから……」

 

「でも姐さんもそこにいるんでしょう?」

 

「ええ、魂はまだ戻ってないけど……」

 

「だったらあんたは姐さんだ! ロヴィアの姐さん!」

 

「そう言われると変な気持ちになるわね……。でもまあ、そうね。私は今日からロウィでありロヴィア……!」

 

 

 私はその姿でもゴーレムを扱えることを確認して、そのまま王城に向かうことにした。

 

 

「ロヴィアの姐さん、どうして城へ?」

 

「このままじゃあの事故が繰り返される可能性があるでしょう? だからゴーレムをずっと使わせてもらえないか、許可を取りたいの」

 

「で、ですがそれじゃあ、あっしらの仕事は……?」

 

「歯車の管理が蒸気の機械の管理になるだけだから、そこの心配はいらないわよ」

 

「それなら安心でさあ。行ってらっしゃいやせ!」

 

 

 そして私は王城へ行き、アイツに話をつけることに成功した。

 騒音もあったし、事故の危険性があるなら歯車を止めても構わないという話だった。

 ちなみに見た目が変わってることについては、余所行きの変身魔法って言って誤魔化したわ。

 だけどその帰り際、アイツはとんでもないことを言った。

 

 

「そうだ。先ほど事故死した遺体の死亡届は出さずとも良いぞ」

 

「え……? なぜです?」

 

「国民の不安を煽るわけにもいかんからな。あの事故はなかったことにして、あの遺体は元から存在しないことに決めた」

 

「……どういうことでしょう?」

 

「彼女の()()()簿()()()()()()から死亡届を出すなと言っておるのだ」

 

「……っ!?」

 

 

 私は再びとてつもない怒りが湧き上がったが、どうにか堪えて尋ねた。

 

 

「で、ですが、もし事故のことがバレたらどうするんです? 明日以降、歯車の音が止まったら誰もが疑うのでは……?」

 

「ははは! 民衆は誰1人として気付くまい! 何せ、自分の生活が守られれば、上で何が起きてようと気にも留めないのだからな!」

 

「な……何ですって……? 事故が起きても誰も気にしない、と……?」

 

「その通り。まあ、外から来た連中には違う話で何とか誤魔化せるように、口裏は合わせておかねばならぬか……」

 

 

 その時、私は決心した。

 この国を、この国王をこのままにしていてはいけない。

 ロウィは確かに事故で死んだかもしれないけど、それを国の都合で消された時点で国に殺されたも同然だ。

 どうにかしてロウィを生き返らせて、この国を変えなければならない。

 これが私なりのロウィの死に対する復讐だと思った。

 

 

***

 

 

「こうして、私はロウィが生き返るまで国王に従うふりをして口裏を合わせ、それから今に至るまでずっと、魂のカケラを探し続けているの──」



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50頁目.ノエルとペンダントとカケラと……

 ロヴィアは話を終え、ノエルたちは改めて彼女の姿を見て戦慄した。

 彼女の悲惨な経験と、それによるこの国に対する静かな怒りが彼女の今を形作っているのだと分かったからである。

 ノエルはロヴィアに尋ねる。

 

 

「お前は……お前たちはロウィが死んでからずっと、一体どんな気持ちでこの工房を動かしていたんだ……? この国を支える仕事なんて、復讐とは真反対のことじゃないか」

 

「別に復讐したいからって、他人の生活をどうこうしようとは思ってないわ。そんなの、連中と同じことしてるようなものじゃない」

 

「なるほど……。でもじゃあどうやって復讐とやらをするつもりなんだ?」

 

「とりあえず、ロウィの魂を集めきらないことには何も話せないわ。どれくらい時間がかかるか分かんないし、あんたたちを信頼してないわけでもないけど、何かあったら全部水の泡なんだから」

 

 

 マリンは少し驚きながら目線を落として言った。

 

 

「1年半も探し続けて見つからないものなのですわね……。そもそも魂のカケラとは何なのです?」

 

「ああ、その説明はしてなかったわね。良いわ、この話を聞かせた時点であんたたちにはカケラ探し手伝ってもらうつもりだったし、教えてあげる」

 

「ま、元からそんなつもりで来てるからね。もちろん全てが終わったら……分かってるな?」

 

「はいはい、そういうのは終わってから言いなさい。とりあえず魂のカケラの話に移るわよ」

 

「はいはーい! それが終わったらあたしの質問も聞いてくれる?」

 

「ええ、もちろんよ、サフィアちゃん。それじゃ、先に魂のカケラってのが何なのかちゃんと見せてあげるわ」

 

 

 そう言って、ロヴィアはカバンから橙色の宝石がついたペンダントを取り出した。

 その宝石は淡く光っているが、ところどころ内部に黒いカケラのようなものが浮かんでいる。

 

 

「これがあの子の魂の器……を宝石に映して視覚化したものよ。この黒いところが足りないカケラの部分ね」

 

「これだけ集めるのに1年半か……。って、ほとんど集まってるじゃないか」

 

「数あれば良いってものじゃないんだから。あの子の記憶を辿る必要があるから、残った部分を探すのが凄く大変なのよ」

 

「ロウィさんの記憶……? それがカケラと何か関係するんですの?」

 

「魂っていうのは、その人の人生と心を1つにまとめたものなの。だから散らばった魂のカケラはその人の記憶に残っている場所に飛んでいくのよ」

 

「なるほど。つまり、ロウィの思い出の場所を辿ればカケラが手に入るってことか。あ、でもカケラはお前にしか見えないんだったな?」

 

「ええ。でもカケラの近くに行けばこの宝石が点滅するから、これさえあればあんたたちでも分かるはずよ」

 

 

 そう言ってロヴィアはノエルにペンダントを手渡した。

 

 

「とはいえ、アタシたちはロウィの素性を一切知らないからなぁ。思い出を辿るにしても、生まれの国とかが違ったらどうしようもないぞ?」

 

「それは安心して。ロウィはこの国の生まれだし、この国からは一度も出たことないらしいから。この国のどこかに残りのカケラがあるのは間違いないわ」

 

「失礼ですが……ロウィさんに親族の方とかはいらっしゃいますの?」

 

「ロウィの母親はロウィを産んですぐに亡くなって、父親はここの工房をロウィを養いつつ切り盛りしてたらしいわね。だけどその父親も無理が祟って、彼女が10歳の時に病気で亡くなったらしいの。祖父母がいるって話も聞いたことないわ」

 

「その後を継いでロウィが工房長になったってわけか。ってことは、作業員の連中はずっとロウィの成長を見守ってきてたんだな……」

 

「ええ、だからロウィに工房にいて欲しくなかったんでしょうね。あいつらは本当に良い奴らよ……」

 

 

 マリンはペンダントを手に取って眺めながら、ロヴィアに尋ねる。

 

 

「これってカケラからどれくらいの距離で光るんですの?」

 

「それが困ったことに、かなり近い距離じゃないと光らないのよね……。今は光ってないけど、それでもこの部屋の中にあってもおかしくないくらいには感度が悪いわ」

 

「というかそもそもこの宝石、お前の持ってる魂の器の投影なんだから、お前自身がカケラの近くに行かないと光らないんじゃないのか?」

 

「それは安心して。ちゃんと魔力で繋がってる以上、その宝石も魂の器の影響を受けてるから別々で反応してくれるわ。ただその代わり、光った時にカケラが私の近くなのかあんたたちの近くなのかを判別する必要はあるけど」

 

「なるほど、それなら安心だ。このペンダントはアタシが責任を持って預かっておくよ」

 

 

 そう言ってノエルはマリンの手からペンダントを取り、それをカバンの中に入れた。

 

 

「じゃあ、捜索はこの後から始めるとして……。サフィアちゃんの質問に答えてあげないとね」

 

「はい、質問です! ロウィさんが亡くなったことを隠す必要があったのに、どうして国はそのロウィさんの名前をロヴィアさんが使うことを認めたの?」

 

「そうか、そこも話してなかったわね。簡単な話よ。国民たちの()()()()()()()()()()()()()()()()からこの名前を登録できたの」

 

「そうか……。そういえば上のことなんて誰も気にしないって言ってたな……」

 

「まあ工房名になってたから、住民の中にもロウィの名前を知ってる人はいたけどね。でも彼女が死んだことまでは誰も知らないし、この国の人たちにとって赤の他人の名前なんてものは記憶に残す意味がないものだから」

 

「便利なものに頼り過ぎて自分本位になった人間の末路というところですか……。酷い話ですわね……」

 

 

 部屋の空気が段々と重くなっていく。

 しかし、そんな中でもサフィアはロヴィアへの質問を続けた。

 

 

「それで、どうしてロウィさんの名前を名乗ろうと思ったの? 別にロヴィアさんの名前のままでも良かったんじゃ……」

 

「それはもっと簡単な話ね。彼女という存在を名前だけでも残して、アイツから忘れさせないためよ。それに、作業員のみんなだけがロウィを理解してやれていたから、ロウィの帰る場所だけはそのままにしておきたかったの」

 

「だから今の話し方を崩してまで、ロウィの口調を真似てたのか」

 

「ま、どちらで話そうとも彼らがロウィのことを忘れるわけないんだけどね。この歯車街の連中は下層の連中ほど発明品に頼ろうとしないからか、自分よりも他人を優先してくれるもの」

 

「そこは単純に、あいつらの人柄ってやつじゃないのか? この国の全員が全員、他人に無関心ってわけじゃないだろう?」

 

「分かってるわよ。だけど、この国の人たちのほとんどが自分たち以外への興味を失っているのは本当の話だから、こういう理由をつけるしかこの国への理解が追いつかないの」

 

 

 そう言ってロヴィアは椅子から立ち上がり、ノエルたちに尋ねる。

 

 

「さあ、質問は以上かしら? もう無いって言うなら、早くカケラを探しに行くわよ!」

 

「質問はないが、どこを探せば良いのかという問題は残ってるぞ?」

 

「ちゃんと調べた所を書いた地図があるから、その残った部分を探索すれば見つかると思うわ」

 

「それを早く言ってくれよ。あ、カケラが近くにあるって分かったらお前を呼べばいいんだよな?」

 

「ええ、私がカケラに触れれば回収できるわ。あとは……そうだ。残りの割合を見るに、カケラはあと3つよ」

 

「あと少しが見つかってないってことですのね。これは骨が折れる作業になりそうですわねぇ……」

 

「とりあえず、やってみないことにはロヴィアの苦労も分からないだろうよ。それじゃ、アタシたちも準備しようか」

 

 

 そうしてノエルたちも荷物を持って席から立ち、それを確認したロヴィアは玄関の扉を開いた。

 

 

***

 

 

 それから1時間程でノエルたちは目的の場所に着いた。

 そこは、ロヴィアの工房から最も遠い住宅街の一角だった。

 ノエルは息を切らしながらロヴィアに聞く。

 

 

「そもそも……こんな所にロウィが来たと本当に思ってるのか……?」

 

「あのねぇ、これでもウチの工房はこの国全域の蒸気パイプの管理もしてる大きな工房なのよ? だったら、ロウィが父親の仕事について来てた可能性だってあるでしょう?」

 

「それなら納得行くんだが、まさかパイプが通ってる家を一軒一軒探すのか……?」

 

「もちろん。あんたたちはそのための人手よ。そのペンダントで探すためだけに3人も雇うわけないじゃない」

 

「道理でうまい話だと思ってたんだ! もうアタシがペンダント担当するからな!」

 

 

 ノエルは自分のカバンを取られまいと抱き抱えながら、マリンたちに背を向ける。

 

 

「あぁ! ノエル様、ズルいです!」

 

「責任を持って預かっておく、ってそういう意味でしたのね……。卑怯極まりないですわ……」

 

「あら可哀想なサフィアちゃん……。こーんなに可愛い弟子がいるのに、その子に面倒な仕事を任せるカッコ悪い魔女がいるなんてねぇ……?」

 

「うっ……。確かにサフィーに仕事を押し付けるのは違うな……。分かったよ、ペンダントはサフィーに任せるよ」

 

 

 そう言って、ノエルはサフィアにペンダントを渡した。

 そして1つ大きな溜息をついた。

 

 

「ええ、任されましたけど、渡した瞬間に溜息つかないで下さい! ちょっと悪いことした気分になっちゃうじゃないですか!」

 

「面倒なものは面倒だからしょうがないじゃないか。ま、やることにはやるけどさ」

 

「話はついたみたいね。それじゃ、私はあっち担当するから、あんたたちは手分けして訪ねてきて。ロウィの名前に聞き覚えがある人を見つけたり、サフィアちゃんのペンダントが光ったら大声で呼んでちょうだい。この自慢の耳でこの辺のどこにいても聞き取れるから」

 

「了解した。任せてくれ」

 

「よし、任せたわよ!」

 

 

 そう言って、ロヴィアは指を指した方向に駆けていった。

 

 

「じゃあサフィーは……マリンについて行ってくれ。こいつ、何をしでかすか分からないからな」

 

「あなたにだけは言われたくありませんわよ! でもまあ、サフィーがいいと言うのであれば構いませんが」

 

「え? もちろんノエル様の指示だから、お姉ちゃんについて行くよ?」

 

「じゃあ了承ってことで。それじゃ、手分けしてロウィのことを聞いて回るとするか!」

 

 

 こうして、ノエルたちはロウィの記憶を辿るべく、住民たちにロウィのことを知っているか聞いて回るのだった。



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51頁目.ノエルと門前払いと機械嫌いと……

 それから4時間が経過し、時間は夕暮れ時になっていた。

 しかし、この住宅街は地下にあるため、ノエルたちはそのことに気づかぬまま探索を続けていたのだった。

 聞いて回るのに疲れたノエルは、その地区の中心地の噴水広場に置いてあったベンチに腰掛けた。

 すると丁度、マリンとサフィアもその広場に来ていることにノエルは気がついた。

 

 

「おお。なんだ、お前たちも休憩か?」

 

「そこの時計を見なさいな。休憩どころか、もう終わりの時間ですわよ」

 

「あ、本当だ……。そうだ、ロヴィアは?」

 

「さっき、こっちに来る前にあたしが呼んでおきました。そろそろ来るかと……あ、来ました! ロヴィアさーん! こっちこっちー!」

 

 

 ロヴィアはすぐにその声に気づき、ノエルたちと合流した。

 

 

「ずっとロウィって名乗ってるから、久しぶりに本名で叫ばれると反応が遅れるわね……」

 

「その割にはすぐこっちに来れたじゃないか。いや、それとも獣人ゆえの反応速度か……?」

 

「まあ、それは置いといて。どうだったかしら?」

 

「まずはアタシから。怪しい怪しいと言われて門前払いを食らいまくったせいで、一切の進捗がない」

 

「うわぁ……。なのにずっと聞き込み続けていたなんて、本当にどんな精神力してますの……?」

 

「傷ついてないわけじゃないからな! 全部イースのためだからって、耐えてるだけだ!」

 

 

 そう言って、ノエルは溜息をついて俯く。

 

 

「じゃ、じゃあ……次はあたしとお姉ちゃんだけど、こっちもダメだった。あっち方向の家は全部聞いて回れたけど、パイプの工事とか点検に来た人のことなんていちいち覚えてないみたい」

 

「確かにウチは1年に一度しか点検しないから、覚えてないのも無理はないわね……。私の方も全く同じだったわ」

 

「それでサフィー。ペンダントはどうだった?」

 

「全く光りませんでした。そもそも、光った時点でロヴィアさんも師匠も呼びますし。あ、ペンダント返すわ」

 

「あら、どうも。だけど……うーん、やっぱりこの国の人に聞き込み調査しても無駄なのかしら……」

 

「機械に頼ってばかりで周りに目が行かないから、赤の他人のことがどうでもよくなる、か……。って、ん?」

 

 

 ノエルは俯いた頭を上げ、何かに気がついた様子でロヴィアに尋ねた。

 

 

「なぁ、ロヴィア。この国の機械産業っていつからあるんだっけ?」

 

「え? 確か20年前くらいからって話だったと思うけど……。それがどうかしたの?」

 

「なるほど、20年前ならもしかするか……? ロヴィア、この国に住む人間は全員が機械に頼りきりなのか?」

 

「機械に頼りきりかは人によるけど、少なくとも全ての建築物には蒸気のパイプが繋がってるから、この国での生活には絶対に機械が関わってるわね」

 

「ってことは、だ。もしかして、それ以外の機械を使()()()()()()()()()()んじゃないのか? 例えば……そう、機械化に置いていかれた機械嫌いの老人層とか」

 

「ええ、確かにそういった老人の方々はいるわよ。だけどそれがどうしたって……」

 

 

 ノエルは答える。

 

 

「その人たちなら、ロウィのことを覚えていてもおかしくないんじゃないか?」

 

「え? どういうことですかノエル様?」

 

「そもそも、この国の人が他人をどうでもいいと思う質なのは、元はと言えば機械に頼り過ぎているからですわ。ということは、逆に機械に頼っていない人なら他人のことでも覚えてくれているかも、ということですわね?」

 

「その通り。それに加えて、機械化に置いていかれた機械嫌いだからな。パイプの工事を嫌ってる人もいただろう。嫌なことってのは変に記憶に残るもの、だからねぇ?」

 

「なるほど! もしかしたらパイプの工事をしに来た人も嫌ってて、逆にパイプ工事に来たロウィさんたちの顔を覚えてる人がいるかも、ってことですね!」

 

「あんたたち、3人揃って本当に頭の回転が早いわね? 私もようやく理解したわよ。なるほどね……」

 

 

 ロヴィアは少し考え、そしてノエルの方を向いて言った。

 

 

「ええ、確かにそれならいけるかもしれないわ。私、絶対にそこにだけはロウィが行かないと思って、そういった機械嫌いがいるって聞いた地区は極力避けてたから」

 

「でも、ロウィの父親はそこにも工事に行ってたんだろ? ロウィがついて行ってないって確信でもあるのか?」

 

「機械嫌いの人がいる家に行って何が起こるか分からないから、連れて行かなかったんじゃないかって思ってただけ。本当はどうなのかは知らないから、ちゃんと調べに行かなきゃね」

 

「ま、調べるにしても明日だけどな。もうそろそろ日が暮れる。見えないけど」

 

「あぁ、確かにそんな時間ね。それじゃ、歩いて帰りますか〜!」

 

「げ、忘れてた……。また1時間歩かなきゃいけないんだったな……。くっそー……」

 

 

 文句を言いつつもノエルはベンチから立ち上がり、ローブの裾を払う。

 そして4人は来た道をまっすぐ帰ったのであった。

 その後、ロヴィアと別れたノエルたちは食事を取った後すぐ宿に戻り、3人揃ってベッドに吸い込まれるように眠りに落ちた。

 

 

***

 

 

 次の日の昼。

 ノエルたちはロヴィアの家に集まった。

 

 

「それで……どこの地区に行くんだい?」

 

「とりあえず、昨日帰ってすぐウチの連中に機械嫌いの人の名簿を作らせといたから、今からそれを見て確認するところよ」

 

「そうか、今は作業員の奴らがそういった点検に行ってるんだな。わざわざ名簿まで作ってくれるとは……」

 

「ええ、本当に助かったわ。ええと……機械嫌いのお宅は全部で23軒ね。地区はバラバラだけど、それでも3つの地区まで絞れてるみたい」

 

「その3つの地区というのはどれくらいの距離がありますの?」

 

「全部ここから30分くらいの距離で、それぞれの距離自体はかなり離れてるわね。4人で分担するにしても1日じゃ終わらなさそう」

 

 

 そう言って、ロヴィアは地図を出してペンで丸を付けていく。

 そして全てに丸を付け終わり、ロヴィアはペンを片付けた。

 

 

「まずはここの北にある地区に8軒。そして南東にある地区に6軒。最後に西にある地区に9軒あるみたい」

 

「4人で手分けしたら2軒ずつ回るだけで終わりそうですわね?」

 

「いや、ロウィの顔を覚えている可能性があるから、手分けするより一軒一軒、ロヴィアと一緒に探した方が確実なんじゃないか?」

 

「確かにそれもそうね……。ええ、分かったわ。とりあえず北の8軒を一軒ずつ訪問してみましょうか」

 

 

***

 

 

 それから30分後、ノエルたちは1軒目の家に来ていた。

 その家は、見た目は他の家と何の変わりもないように見えるが、蒸気が送られる音が明らかに小さいことにノエルたちは気づいた。

 ロヴィアは早速、玄関のドアをノックした。

 

 

「すみませーん。ロウィ魔導工房ですけどー」

 

 

 しかし、中から返事はない。

 ロヴィアはもう一度ノックして声を掛けたが、一切の反応がない。

 そしてロヴィアがさらにもう一度ノックしようとした瞬間、玄関の隣の窓が開き、そこから男の声が聞こえた。

 

 

「機械の点検なら勝手にしてくれ! 点検には何の確認も要らないんじゃなかったのか!」

 

「今日は点検じゃありません。お話があって参りました」

 

「あぁ、機械の押し売りなら帰った帰った!」

 

 

 そう言って男は窓を閉め切ってしまった。

 

 

「ね? 見たでしょ? これが機械嫌いの所にロウィが来てなかったって思う理由よ」

 

「確かにこれは過激な対応だな……。というか、この国には機械の押し売り業者ってのがいるんだねぇ……」

 

「恐らくは工房街の発明してる方の営業の連中ね。どの家にも毎日のように色んな機械を売って回ってるらしいから、こういう人たちからしてみればいい迷惑ってものでしょう」

 

「それで、カケラの反応は?」

 

 

 ノエルはロヴィアの持ったペンダントを見ながらそう言った。

 しかし、ロヴィアは首を横に振る。

 

 

「カケラは思い出の場所だけじゃなくて、記憶に残ってる相手に付くこともあるの。きっと今回はその例のはずだから、人に近づいて無反応な時点でないわね」

 

「じゃあ次の家に行こうじゃないか」

 

「ええ、気を取り直していきましょう……!」

 

 

 そうしてノエルたちはさらに6軒回ったが、どこも同じような反応をして門前払いされ、カケラの反応もないのであった。

 そして、4人は最後の家の前にやってきた。

 

 

「ここにあったら全て解決なんだが……」

 

「それで見つかってもまだ地区が2つも残ってますわよ。まぁ、全て解決した気分にはなると思いますが……」

 

「じゃあ……行くわよ」

 

 

 ロヴィアが玄関をノックすると、間もなく1人の老婆が出てきた。

 門前払いを7回も食らったからか、ロヴィアは目線を落としつつ弱々しい声で言った。

 

 

「あ、あの……ロウィ魔道工房ですけど……」

 

「あら……? 今日は点検の日だったかしら?」

 

「い、いえ……お聞きしたいことがございまして……」

 

 

 ロヴィアがそう言って顔を上げた瞬間、老婆は驚いて言った。

 

 

「って、あら? あなた……もしかしてロウィちゃん? しばらく見ない間に大きくなったわねえ?」

 

「え……? えっ、ロウ……私を知ってるんですか!?」

 

「ええ、ロウィちゃんは覚えてないかしら? 小さい頃によくお父さんと一緒に……って、お父さんも最近見かけないわねえ?」

 

「え、ええと……。実は記憶喪失……? になりまして……。父は8年前に亡くなったそうです……」

 

「あら、そうだったの……。大変だったわね……。あ、ここで話すのもなんだし、上がっていってちょうだい! お連れさんも一緒にどうぞ!」

 

「お、お邪魔します!」

 

 

 ロヴィアが家の中に入ろうとしたその時、ロヴィアのカバンがドアに挟まれ、中に入れてあったペンダントが落ちた。

 ノエルはその()()()()()()ペンダントを拾い、微笑んだ。

 そしてそれを静かにロヴィアのカバンに戻して、一緒に家の中に入るのだった。



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52頁目.ノエルと暖炉とクッキーと……

 ノエルたちが家の中に入ると、そこは至って普通の家であった。

 ノーリスの他の家には機械がたくさん置いてあったが、この家にはほとんど置かれていない。

 老婆は暖炉の上に乗せてあったやかんを手に取り、それで4人にお茶を振る舞った。

 温かいお茶を飲み、ホッと落ち着いたロヴィアは老婆に尋ねた。

 

 

「ロウィのこと、教えて頂けませんか? 今の私には昔のロウィの記憶が必要なんです」

 

「ええ、もちろん良いわよ。と言っても、ロウィちゃんが10歳くらいの頃に会ったきりだから、あまりお役には立てないかもだけど……」

 

「いえ、それでもありがたいです! お願いします!」

 

「分かったわ。ロウィちゃんのためだもの」

 

 

 そう言って、老婆は昔話を始めた。

 

 

***

 

 

 ロウィちゃんに初めて会ったのは……12年くらい前かしら。お父さんに連れられて、パイプの点検のお仕事を見学していたわ。

 パイプの点検っていうのは毎月あってね?

 それからは毎月、点検日にはロウィちゃんがウチに来てたの。

 もちろんお父さんは他の家も回ってたみたいけど、ロウィちゃんったらここを気に入ったらしくて、一度来たら帰るまでずっとこの家に居たのよ。

 どうしてか、ずっと暖炉の火を見つめて目をキラキラさせていたわ。

 私もお菓子を食べさせてあげたり、おしゃべりしたり、可愛い孫ができた気分でとても楽しかった……。

 

 だけどそれから4年くらいが経って、突然ロウィちゃんとお父さんが来なくなったの。

 何かあったんだろうとは思ってたけど、まさかお父さんが亡くなってるとは思わなかったわ……。

 

 

***

 

 

「私が覚えてるのはこれだけ。あんまり参考にならないかもしれないわね、ごめんなさい」

 

「いえ、そんなことありません……。あの子を……ロウィを覚えてる人が居ただけで嬉しいですから」

 

「記憶、戻ると良いわね」

 

「はい……」

 

 

 ロヴィアは穏やかにそう答えた。

 すると、隣に座っていたノエルがロヴィアの肩を叩く。

 

 

「あら、ノエル。どうかした?」

 

「確認だが、この家にカケラがあることは分かってるんだよな?」

 

「それはもちろん。だけど、まだ場所が探知できてなくて……」

 

「アタシは分かった気がするよ。カケラの場所がどこなのか」

 

「え、本当に!? どこにあるの!?」

 

「ほら、さっきこのお婆さんが言ってたじゃないか。どうしてかずっと暖炉の火を見つめていた、って」

 

 

 そう言われて、ロヴィアは暖炉のある方へ振り向いた。

 そして老婆に尋ねる。

 

 

「ちょっとあの暖炉、正面から見ても良いですか? 記憶が戻るかもしれませんし……」

 

「ええ、もちろん。好きなだけ見てくれて構わないわ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 ロヴィアはペンダントを手に取って暖炉の目の前に行った。

 そして暖炉の火をじっと見つめる。

 ノエルたちも一緒に火を見つめるが、当然ながら見えているのはただの暖炉だった。

 

 

「どうだ、何か見えるか?」

 

「う、うーん……。パッと見た感じはないわね……。いつもだったら、何かモヤっとした光が見えるんだけど……」

 

「炎が明るいから光が見えない、ということはありませんの?」

 

「それはあるかもしれないけど、そもそも魂の器が暖炉そのものに反応してないみたいなのよね……」

 

「さっきのお婆さんの言い方だと、この暖炉は確かにロウィが見ていたもので間違いないはず。だとしたら……見ていた()()が鍵なのか……?」

 

「ノエル様、あたしが聞いてきます!」

 

 

 そう言って、サフィアは老婆に尋ねに行き、間もなく戻ってきた。

 

 

「もう少し後ろの、このソファーの前だそうです」

 

「後ろだって……? ただ後ろに下がるだけで一体何が変わって……」

 

 

 ノエルたちは後ろに下がり、再び暖炉の方を見た。

 

 

「見た感じは何も変わらないわね? でも、魂の器の反応が強まった……」

 

「うーむ、まだその時と違う状況があるってことなのか……? 何か足りないとか……?」

 

「やかん……は流石におかしいですよね?」

 

「おかしいとは思うが、やってみる価値はある。アタシが貰ってくるよ」

 

 

 そうしてノエルがやかんを暖炉の上に置くと、ペンダントの点滅がより強くなった。

 

 

「これでもまだ見えないのか? もしかして、昔ロウィが見ていた光景を復活させないとカケラが見えない……なんてことないよな?」

 

「これまでも何回か似たようなことがあったわね……。ここまで何度も段階を踏むことはなかったけど」

 

「そういえば……この暖炉、上にかまどのようなものがありますわね? ここで何か作っていたのでしょうか?」

 

「よし、それも聞いてこよう。他に色々気になることがあったらまとめて言ってくれ」

 

 

 ノエルたちはそれぞれ気になることを挙げ、それらをまとめて老婆に尋ねた。

 すると、かまどでクッキーを焼いていたこと、やかんで紅茶を入れていたこと、隣に薪が並んでいたこと、火バサミ立ての場所が違ったことなどが分かり、ノエルたちは老婆に頭を下げてその状況を再現することに成功した。

 

 

「あとでアタシたちで代金はお支払いいたしますので……」

 

「いいのいいの。ロウィちゃんのためだし、何だか懐かしくて、私も楽しくなってきちゃったから」

 

「いえ、今月と来月の点検費を私の方で返金させて頂きます。これは私なりのお礼として受け取ってください」

 

「あら……そういうことなら、お言葉に甘えるわ。さあ、クッキーがそろそろ焼けるわよ」

 

 

 ノエルたちは香ばしい匂いに心を持っていかれつつ、暖炉の方を眺める。

 ロヴィアはロウィの見ていた景色を思い描きながら、燃え盛る炎を見つめていた。

 そしてこう呟いた。

 

 

「どうして……ロウィは暖炉の方をじっと見つめていたのかしら」

 

「ロウィの気持ちになってみようとしてるのか? 残念ながら、アタシには子供の考えることなんて分からないねぇ」

 

「あたしは何となく分かる気がしますよ。炎って綺麗ですもん。ねえ、お姉ちゃん?」

 

「確かに炎は、火魔法を使うわたくしからすれば当然美しいものだとは思いますが……。ただ、ロウィさんは違う意味で暖炉を見つめていたのではないでしょうか」

 

「ふーん。何か分かったの?」

 

「まあ、結果はカケラが見つかってから、ですわ」

 

 

 しばらくして老婆はかまどを開き、中からクッキーの乗った鉄板を取り出した。

 そしてそれを網に乗せて、手でパタパタと扇ぎ、皿に乗せてノエルたちの前に置いた。

 

 

「とても熱いから、食べる時は気をつけてね?」

 

「はい、ありがとうございます。それじゃあ、私から先に……いただきます」

 

 

 ロヴィアは紅茶を片手にクッキーを食べた。

 食べた直後はその熱さに驚いていたが、紅茶を一口飲んだ瞬間、ロヴィアから笑顔がこぼれた。

 ノエルたちはそれを見て唾を飲み、我先にとクッキーに手を伸ばして食べた。

 そして美味しそうに食べている様子を、老婆はニコニコしながら見ているのであった。

 すると突然、ロヴィアが驚く。

 

 

「あ……あぁっ!?」

 

「お、もしかしてカケラが見つかったのか!」

 

「え、えぇ……。見つかったというか、いつの間にか器に収まってたというか……」

 

「いつの間にか……って、カケラがいつ出てきたのか気づかなかったってことか!? もしかして取り越し苦労だった可能性も……?」

 

「大丈夫ですわよ。今の状況が恐らく正解ですから」

 

「あ、そういえばマリン、気になること言ってたわね。さっきの答え、教えなさいよ」

 

「ちょっとここでは言い辛いので、家から出たら教えますわね……」

 

 

 こうして、ロヴィアは魂のカケラを1つ取り戻した。

 その後、ノエルたちは老婆に別れと感謝の言葉を告げて、家から去った。

 

 

***

 

 

 老婆の家から離れ、ノエルたちはマリンに詰め寄った。

 

 

「さあ、家から離れたわよ。教えなさい」

 

「ええ……。あのお婆さんは、ロウィさんが()()()()()()()()()()()()()この家にずっといた。そう言ってましたわよね?」

 

「あぁ、かなり漠然とした理由だったが……。あのお婆さんに懐いてただけじゃないのか?」

 

「それもあるかもしれませんが、もっとはっきりした理由があったはずですわ。それが、残りのカケラ探しの鍵を握っているかもしれません」

 

「別の理由? もしかして、それでさっきのカケラが見つかってたってこと?」

 

「ええ、恐らくは。ロウィさんはきっと、()()()()()()()()()()()()()()、だったのですわ」

 

 

 マリンは堂々と、そう答えた。

 サフィアはマリンに尋ねる。

 

 

「えーと……。4年間食べ続けたクッキーが忘れられない思い出になってて、クッキーそのものに魂のカケラがくっついてたってこと?」

 

「クッキーそのものと言いますか、あの場所にくっついていたと言いますか……。とにかく、あの方がいるあの場所で、あのクッキーを食べた。それが今回のカケラの回収条件だったのですわ」

 

「それ、もしあの家が無くなってたりしたら詰みだったんじゃないか……?」

 

「それについては大丈夫よ。マリンの言う通り、カケラっていうのは形としてそこにあるものじゃなくて、器が記憶として()()()()()()()()()だから。あくまでカケラの数は記憶の総数じゃなくて、思い出せる記憶の数なの」

 

「ということは、記憶の容量分だけ回収すれば良いってことか? だとしたら残りの3つが見つからなかったのって、本当にただの……」

 

「私の探索不足。だから人手が欲しかったのよ。それに、私は一度たりとも『記憶があと3つで全て揃う』なんて言ってないから」

 

 

 マリンは3人に言った。

 

 

「ということで、まあクッキーを食べるためだけに毎月来ていたなんて、あのお婆さんに聞かせるのはどうかと思ったので、外に出た次第でございましたわ……」

 

「あのお婆さんがどう思うかはさておき、確かに失礼かもね。はぁ……これであと2つか……」

 

「意外と残りの2件も食べ物関連だったり──」

 

 

 した。

 次の日尋ねた家では、ロウィが点検日の昼にカレーを食べて帰っていたという話を聞き、それを再現して回収に成功。

 さらにその次の日尋ねた家では、ロウィが点検日の夕方にハンバーグを食べて帰っていたという話を聞いて、同じく再現での回収に成功したのだった。

 

 

「ロウィの記憶……これで集まって良かったのか……?」

 

「え、ええ……。誰かと一緒に美味しいものを食べるというのはなかなかに良い思い出でしょうし、魂の器に入る記憶としては何の問題もないはず……」

 

「子供だから食いしん坊だったのか、そもそも食べることが好きだったのか……。ロウィさんにちゃんと聞く必要がありますわねぇ」

 

「あたし、ロウィさんと会うのが少し楽しみになってきたかも……」

 

 

 こうしてロヴィアは魂のカケラを集めきり、ノエルたちはロウィ復活の準備を始めるのであった。



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53頁目.ノエルと目線と保管場所と……

 ロヴィアの中にあるロウィの魂の器が満たされて数日後、ノエルたちはロヴィアに呼ばれて工房の前にやって来た。

 その数日の間、ノエルたちは準備の邪魔だからとロヴィアに追い返され、貿易街を観光して回っていた。

 しかし資金不足だったこともあって暇だった3人は、ロヴィアの呼び出しにすぐさま反応し、走ってこの場所に来たのだった。

 工房の前の広場には、ロヴィアと工房の作業員数名、そしてロヴィアのゴーレム・タンゴが立っていた。

 3人が来ることに気づいたロヴィアは、ノエルに声を掛ける。

 

 

「ようやく来た……いえ、来るの早すぎないかしら? あんたたちを呼びにウチの作業員を行かせたの、10分前なんだけど……」

 

「この数日間、自由に使えるお金がほぼなくて、ずっと暇だったんだよ……。でもまあ、アタシたちを呼んだってことは、例の準備が終わったんだな?」

 

「ええ、もちろん。準備は万端よ。って、あんたたち資金難だったの? 言ってくれれば宿泊費くらいは協力代として払ったのに」

 

「いや、それは結構だ。その協力代は出来る限りアタシたちの依頼を受けるって方に回して欲しいからね」

 

「なるほど、そういうことなら前向きに検討しておくわ。とにかく今後の計画次第だし、あんたたちにヘマをされちゃ台無しだものね」

 

「何日も待たされたんだ。計画がうまくいってくれないとこっちも割りに合わないからねぇ」

 

 

 ノエルとロヴィアは高らかに笑ったが、目元に火花を散らしていたのをマリンとサフィアは見た。

 そしてノエルとロヴィアはお互いに冗談めいた風に鼻で笑って冷静になる。

 しばらくして、ロヴィアは話を続けた。

 

 

「それじゃ、早速だけど説明を始めるわよ」

 

「ええと、説明というのは……復活させるためにどうすれば良いか、ということですの?」

 

「そうね。私の中にあるロウィの魂を復活させる方法についての説明よ。と言っても、この復活自体は私自身でどうにかできるものだから、あんたたちに対して仕組みを説明するってだけ」

 

「じゃあ準備って一体何だったんだ? 魔女としては説明してくれるのはありがたい話だが……」

 

「それについてもちゃんと説明するから。じゃあ、始めるわよ」

 

 

 ロヴィアは深呼吸をして、ノエルたちに話し始めた。

 

 

「まず、魂の器をカケラで埋めて満たしたとしても、見ての通り魂は復活していない。それはなぜか。ノエル、分かる?」

 

「説明というより授業だな……。ええと、そもそもそれはお前が魔力を持ってるからとかいう話じゃなくて、全ての例に言えることなのか?」

 

「そうね……。融合の秘術を利用して魂を復活させた事例なんてないでしょうから、私の場合だけということにはなるかもしれないわ。でも理由そのものは魂の在り方についての話だから、全ての例に言えることではあるわね」

 

「だとしたら……魂の器を入れるための体そのものに問題がある、とか?」

 

「正解と言えなくもないけど、少し違うわ。魂は記憶の塊、つまりは人生そのものって言ったわよね? だとしたら、それを入れる身体はその歩んできた人生と同じものか、所縁があるものでなければならないのよ」

 

「もしそうだとしたら、今のお前の身体の半分はロウィのものだし、ロヴィアだってロウィと所縁があるじゃないか。だが、つまりそれだと身体には問題がない、ということか? それじゃあ、なぜロウィの魂は復活しない?」

 

「そう、身体には問題ないのよ。だけど、魂は目覚めない。それはなぜか。簡単な話よ」

 

 

 ノエルたちは唾を飲む。

 ロヴィアは目線を逸らして言った。

 

 

「それは……()()()()()()()()()()()

 

「お前が……いるから……? どういうことだ?」

 

「もしかしてですが……。1つの身体には()()()()()()()()()()()()、ということですの?」

 

 

 ロヴィアは目を逸らしたまま小さく頷く。

 

 

「なっ……!? そ、それじゃあ、お前が今からすることって……!」

 

「ま、まさか死ぬってこと!? ダメだよ、ロヴィアさん!!」

 

「いくらロウィさんを復活させるためとはいえ、死んでは元も子もありませんわよ!」

 

 

 ノエルたちはロヴィアを止めようと押し寄せる。

 

 

「タンゴっ! ノエルたちを止めて!」

 

 

 すると、タンゴはロヴィアの前に立ちはだかり、ノエルたちを抑え込んだ。

 ロヴィアは頭を掻いて、話を続けた。

 

 

「あのねぇ……。勝手に解釈しないでくれるかしら? 誰が自殺なんてするもんですか。この私がロウィのために命を捨てる? そんなことしたらロウィを悲しませてしまうでしょうが!」

 

 

 それを聞いてノエルたちはホッとし、タンゴから離れた。

 

 

「な、なんだ……。目線を逸らすもんだから、ついそういう話題かと……」

 

「良かったぁ……。ちゃんとロウィさんのこと考えてるのね。当たり前のことなのに、焦って気づかなかった……」

 

「変に勘違いしてしまって、申し訳ありませんわ……」

 

「分かってくれたのならいいわ」

 

 

 そう言ってロヴィアはタンゴを下がらせ、隣に立たせる。

 

 

「話を戻すわよ。マリンが言った通り、魂っていうのは1つの体に1つしか存在できないの。だけど、もちろん私は死ぬわけにはいかない」

 

「じゃあどうするんだい? 魂の数を減らさないのであれば体を増やすしか……。って、あれ……?」

 

「ノエル……? どうして私とタンゴを交互に見ているのかしら……?」

 

「いや、まさかとは思うが、お前の魂をゴーレムに入れるなんて荒技をするわけないよなーと」

 

「バ、バッカじゃないの!? ゴーレムの制御権は私のこの身体にあるんだから、魔法の使い方も知らないロウィに預けるなんて、危険なことするわけないでしょ! それに、その姿の私を見てロウィがどう思うか!」

 

「冗談だよ冗談。それで、一体どうするんだい?」

 

 

 ロヴィアは咳払いをして、赤面したまま言った。

 

 

「魂の入れ物となる場所を、私の身体の中に作るのよ。魂の保管場所と言うべきかしら。それがあれば、私とロウィの魂は入れ替わりながら共存できるはずよ」

 

「なるほどな……。だが、それをどうやって作る? お前自身でできると言っていたが、どうもそうは聞こえないようなことだぞ?」

 

「だから準備に時間がかかっていたのよ。もうとっくに保管場所は作り終えてるわ」

 

 

 そう言ってロヴィアは頭のバンダナを脱ぎ、前髪を上げて自分の額をノエルたちに見せた。

 ロヴィアの額には、ロヴィアが持っていたペンダントの宝石と同じものが埋め込まれていた。

 

 

「ひぃっ……!? い、痛くないんですの……?」

 

「流石にこんなのを額に直接はめ込んだりなんてしたら、痛いどころか死ぬに決まってるじゃない。秘術で魔法を込めた宝石を融合させたのよ。一度融合すると解除できないから、失敗しないよう1人で融合の練習してたの」

 

「っていうことは、その宝石って触っても痛くないの? 爪みたいな感じなのかな……」

 

「ええ、体の一部になってるから触っても押し込んでも全く痛くないわね。もちろん押し込み過ぎたら普通に痛いと思うけど」

 

「それ、デコピンされたり頭打ったりして宝石が割れたりしたら、一巻の終わりなんじゃないのか?」

 

「大丈夫よ、身体の一部だもの。もし割れても自然治癒するでしょうし、そもそも割れたところで魂の保管場所に影響はないわ」

 

 

 そう言ってロヴィアはバンダナを被り直した。

 

 

「え? 宝石が魂の保管場所じゃないのか?」

 

「これは保管場所を体内に作る魔法を埋め込むための、ただの宝石よ。魔法を結界にしても体内に取り込むことはできないから、宝石に魔法を込めて融合したの。土魔法で強化してあるから、割れたりすることはほとんどないと思うけどね」

 

「なるほど……。土魔法って泥とか土を扱うだけかと思っていたが、宝石もその対象だったわけだ」

 

「一応言っておくけど、土魔法は土いじりの魔法じゃないからね? モノの強度を上げたり、耐性を上げたり、石を宝石にできる魔法だってあるんだから!」

 

「石を宝石に!? 何ですか、その夢のような魔法は!」

 

「お姉ちゃん、目の色変わり過ぎ!」

 

 

 ロヴィアは再び咳払いをして話を戻す。

 

 

「とにかく、あとは私がロウィの魂と入れ替わるだけってこと。だから先に注意だけしておくわね」

 

「そうか、入れ替わったらお前は引っ込むんだな。その間の記憶はどうなるんだ?」

 

「記憶は共有されるから、話し手が変わるだけということにはなるわね。ただ、性格とか今日より前の記憶は共有されないことは覚えておいて。つまりあんたたちとは初対面ってことだから、言葉選びは慎重にね。これが注意事項よ」

 

「分かった。だが、この状況をどう説明する? お前のことを伝える必要もあるだろう?」

 

「そこは入れ替わる前にロウィと話しておくから安心して。実際の時間でどれくらいかかるか分からないけど、入れ替われたかどうかは多分すぐ分かるはずだから」

 

 

 そう言って、ロヴィアは作業員たちの方を向いてあぐらをかき、その場に座り込んだ。

 

 

「アタシはいつでも大丈夫だよ。心の準備はできてる」

 

「緊張しますが……。わたくしも問題ありませんわ」

 

「あたしはむしろ待ちきれないわ! 作業員さんたちもずっとそわそわしてるし!」

 

 

 作業員たちはそわそわしつつも、内心は不安と緊張と、ロウィに会いたいという願望で渦巻いていた。

 その中のリーダーと思しき作業員が前に出て、全員に脱帽と礼をさせて言った。

 

 

「ロヴィアの姐さん……いえ、ロヴィアさん。ウチの姐さんをよろしくお願いしやす!」

 

「ええ……! よーし、任されたわ! それじゃ、ロウィを起こして話をつけてくるわね!」

 

 

 そう言ってその姿勢を保ったまま、ノエルたちが見つめる中でロヴィアは意識を深層へと落とした。



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54頁目.ロウィとロヴィアと歯車と……

***

 

 

 ここはロヴィアの心の世界。

 海のように広く深く、それでいて岩のように硬い何かで満たされた空間。

 ロヴィアはロウィの魂の保管場所を探して、自分の心の中を縦横無尽に泳ぎ回っていた。

 

 

「(まさか、ロウィと混ざったおかげで身体の構造どころか心の構造まで変わってるとは思わなかったわ……。あの子の魂がどこにあるのか完全に見失った……!)」

 

 

 ロヴィアは岩のような形をした()()の流れを目で追いつつ、心のさらに奥深くへと潜っていく。

 

 

「(魔法とか使えれば簡単なんだけど、心の中で使えるわけもなく……。はぁ……全く……。あの子はどこまで奥に引きこもってることやら……)」

 

 

***

 

 

 それからしばらく奥へ泳ぎ続けていると、ガキンガキン、と一定間隔で鉄同士がぶつかる音が響き渡った。

 ロヴィアにとってその音は、かつて慣れ親しんだ金属音だった。

 

 

「(この音……もしかしなくても歯車の音!? 一体、どこから聞こえて……)」

 

 

 ロヴィアが周りを見回すと、音が下から聞こえてくるのが分かった。

 そして下をじっと見つめると、そこにはロヴィアがノーリスに来た頃のロウィの工房があった。

 ロヴィアは急いで移動してそこに降り立ち、ゆっくりと工房の鉄扉の前へ歩いていく。

 

 

「(間違いなくここ……よね。まあ、あの子の魂の引きこもる場所としては当然の造形だけど……)」

 

 

 ロヴィアは意味のない深呼吸をして、閉まった鉄扉に手を掛ける。

 ロウィに会いたい想いが増えるたび、その重い扉は少しずつ、時間をかけて開いていった。

 

 

***

 

 

 扉の中は真っ白な世界の中で2つの歯車がただ回り続けている、空虚な世界だった。

 足を踏み入れた瞬間、ロヴィアの姿は獣人だった頃の姿へと変化した。

 そして、歩みを進めると、その世界の中心に、上を見上げるロウィの姿があった。

 ロヴィアはその瞬間、懐かしい感情に貫かれた。

 

 

「あ……あぁっ……!」

 

 

 ロヴィアに気づいたロウィはロヴィアの方へと静かに駆け寄り、泣き崩れるロヴィアの頭を優しく撫でた。

 ロヴィアはロウィを抱きしめながら泣き続ける。

 

 

「ロウィ……ロウィ……!」

 

「ロヴィア……ゴメン……。アタイ、死んじゃった……」

 

「うん……。だけど、私が生き返らせたからあなたはここにいるの。余計なお世話だったら、謝らなきゃいけないのは私の方になるけど……」

 

「余計なお世話なんてそんなこと…………って、え? アタイ、生き返ったの? ここって死後の世界とかじゃなくて?」

 

「だったら、私がどうしてここにいると思ってるの?」

 

「実はもう100年くらい経ってて、ロヴィアも寿命で死んだのかなーとか思ったりして……」

 

「勝手に殺さないでくれるかしら!?」

 

 

 涙目のまま、ロヴィアはロウィを抱きしめたままロウィの背中をバシバシと叩く。

 

 

「あはは、ゴメンゴメン……。でも、本当にアタイ生き返ってるの? ここ、どこからどう見ても現実じゃないけど……」

 

「ここは私とあなたの心の世界。夢の中って言えば分かりやすいかしらね」

 

「なるほど……? それで、どうしてアタイは生き返って、ロヴィアと再会できてるんだ?」

 

「私は元々その話をしに来たのよ。教えてあげるわ……」

 

 

 ロヴィアはロウィにこれまでの出来事や現在のノーリスのこと、そしてノエルたちのことについても話した。

 ロウィは真剣に聞いていたものの、数々の驚きや様々な感情に巻かれて、途中から混乱していた。

 ロヴィアは話の最後にこう言った。

 

 

「ゴメンなさい……。自分のために蘇らせるなんて、あなたの気持ちを全部無視した身勝手な行動よね……」

 

「どうしてそれでロヴィアが謝るんだ? 元はと言えば、アタイが死んじゃったのが悪いと思うんだけど」

 

「だって生き返ったってことは、もう一度死ぬ苦しみを味わうってことなのよ? 私の身勝手で二度も苦しませることになるなんて、謝っても許されるべきことではないわ……」

 

「あぁ、確かに……。もう一度死ぬのは嫌だな……」

 

「やっぱり、それなら──」

 

「でも、次にアタイが死ぬ時はロヴィアも一緒ってことだろ?」

 

「えっ……?」

 

 

 ロヴィアは驚き、考え、1つの答えに気づいた。

 

 

「確かに……。この身体が死んだら、ロウィも私も死ぬということになるわね」

 

「だったら死ぬのは怖くないよ! ロヴィアも一緒にいるし!」

 

「し、死ぬのが怖くないわけないでしょう! 私がいたとしても苦しいことには変わりないのよ!?」

 

「苦しかったとしても、ロヴィアがいてくれるなら我慢できるよ。それに、これがロヴィアの選択なんだから、ロヴィアが引き下がっちゃったら全部が水の泡になっちゃうだろ」

 

「で、でも……」

 

「言わせてもらうけど、もちろん復讐なんてアタイ自身は望んじゃいないよ。でもね、ロヴィア。アタイはロヴィアを悲しませてしまった罪がある。それだけはどう償っても償いきれないんだよ……」

 

「そんな……そんなこと言われたら、これまで私は何のために頑張って来たっていうのよ! 私とあなたの2人の罪滅ぼしをするためですって……? それじゃ何の意味もないじゃない!!」

 

「ロヴィア!!」

 

 

 ロウィの声で、ロヴィアは我に返る。

 ロウィはロヴィアを強く抱きしめて言った。

 

 

「どうしてそんなに自分を責めるんだ……? これ以上ロヴィアが傷つく必要なんてないのに……」

 

「私が……私が間違ってるなんて、最初から分かってた……。生き返らせることも、復讐することも、あなたの名前を借りることも……」

 

「うん……」

 

 

 ロヴィアは目に涙を浮かべ、声を押し殺しながら話を続ける。

 

 

「だけど、それでも私はロウィともう一度話がしたかった……。声が聴きたかった……。そのために自分にも誰にも嘘をついて、気づけば私は私を殺してしまってた……」

 

「大丈夫。アタイが本当のロヴィアを知ってるから」

 

「あなたと出会わなければ良かったなんて思った日もあった……。苦しかった、辛かった、だけど1人じゃないからって頑張れた。本当はこの苦しみを誰かに言いたかったのに、ずっと我慢してた……」

 

「大丈夫。今日からはアタイが一緒にいてあげられるから」

 

「生命は一度限りの大事なものだから生命の在り方だけは絶対に変えちゃいけない、生命の冒涜だ、なんて言って、ただノエルたちの力になれる自信がなかっただけなのに……」

 

「大丈夫。ロヴィアならできるって、アタイは分かってるから!」

 

 

 その瞬間、この空間にあった2つの歯車の回転が次第に速度を上げ始める。

 そしてその空間の真っ白な壁や天井が開かれ、白い世界は夜となり、上には満天の星空が広がっていた。

 ロウィはロヴィアから手を離し、言った。

 

 

「いいか。まだロヴィアの人生は続いてる。そこにアタイが入る余地はないよ」

 

「でも、みんなに会いたくないの? あなたの復活を待ってるのよ?」

 

「そりゃ会いたいよ。だけどさ、()()アタイが出てくる番じゃないと思うんだ」

 

「そう……。ならいつかその日が来るまで、この身体は借りるわね」

 

「ま、まあ……美味しいものが食べれるって言うなら、出てきてやっても良いけど……」

 

「あら……。ふふっ、それじゃ、意外とその日が来るのは早いかもしれないわね?」

 

「なっ!? あ、アタイは食べ物で釣れるほど安い女じゃないんだから──」

 

 

***

 

 

 一方その頃。

 ノエルたちは気を失ったロヴィアを見てハラハラしていた。

 成功したのか、ロヴィアは無事なのか、なぜあぐらをかいたまま姿勢が崩れないのか、などを()()()()眺めていた。

 すると突然、ロヴィアの身体がビクッとし、彼女は目を覚ました。

 ノエルたちは唾を飲み、様子を伺う。

 そして、ノエルは恐る恐る尋ねた。

 

 

「もしかして……ロウィ……か?」

 

「……ゴメンなさい!! ロヴィアです!」

 

 

 その瞬間、ロヴィアは頭を深々と下げ、ノエルたちに謝罪したのだった。

 

 

「まさか蘇生に失敗したのか!?」

 

「いや、それが実は……」

 

「まさか説得に失敗したんですの!?」

 

「いや、それも違くて……」

 

「ちょっと、2人とも! ロヴィアさんが答えられてないから、質問はあと回し!」

 

「「は、はーい……」」

 

 

 ロヴィアは苦笑いしながら溜息をつき、心の中で起きたことをノエルたちに穏やかな表情で話し始めるのだった……。



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55頁目.ノエルと宴会と目の色と……

 ロヴィアはノエルたちに意識の中での出来事を話した。

 ロウィの魂の蘇生に成功したこと、一旦ロウィは出てこないこと、そして──。

 

 

「えぇっ!? 復讐をやめる!?」

 

 

 ノエルたちと作業員たちは一斉に驚いた。

 ロヴィアは上の耳を抑えつつ、皆を制する。

 

 

「ええ。だって、別にそんなこと私も望んでなかったもの」

 

「数分前まで復讐する気満々だったのに、ロウィとどんな話をしたんだ……?」

 

「まあまあ、気にしない。あぁ、もちろんあの国王を許すつもりは一生ないわよ。でも……今はロウィが過ごしていたこの場所を守る方が大事だもの」

 

「あ、姐さん……」

 

「ほ、ほら、あんたたちは仕事に戻って! 仕事が終わったら豪勢で美味しいご飯用意してロウィを呼び出すわよ!」

 

 

 その瞬間、作業員たちの顔が一気に明るくなる。

 そして全員が応えた。

 

 

「はいっ! 承知しやした、姐さん!!」

 

 

 作業員たちは駆け足で持ち場に戻り、それを見送ったロヴィアは息をついてノエルたちの方を向いた。

 

 

「ってことで……以上がロウィと再会した結果よ。何か質問は?」

 

「いいや、アタシはないよ。蘇生に成功したという事実こそがアタシには必要だっただけだしね」

 

「あたしもないわ!」

 

「でしたら、わたくしから1つだけ。もしロウィさんと入れ替わっていたら、どのようになっていたんですの? 『すぐ分かるはず』と仰っていましたが」

 

 

 ノエルとサフィアは「そういえば」とロヴィアの方を見る。

 ロヴィアは答えた。

 

 

「あぁ、それね。目の色が変わるのよ」

 

「そんなもん、すぐに分かるか!」

 

「ただ色が変わるだけだったら私もそんなこと言わないわよ。色が変わる瞬間に額の宝石が光るの」

 

「まぁ、それなら多少は……って、どうして変わったらどうなるかが分かる? そんなこと、誰も知るはずないよな……?」

 

「それがこの宝石に込めた保管場所の魔法の一部だからよ。とはいえ、試したわけじゃないからその通りになる保証はないんだけど……」

 

「なるほどな。じゃあ……その検証も含めて、今夜は宴会だ〜!!」

 

 

***

 

 

 その日の夜、ノエルたち3人とロヴィア、作業員ほぼ全員の計30人は、住宅街にある酒場を貸し切って宴会を始めた。

 ジョッキにはお酒が入れられ、乾杯前だというのに酒場の中は盛り上がっていた。

 ノエルたちはロヴィアの正面の席に座り、ロウィを呼び出すべく豪勢な料理を注文して机の上に並べていた。

 

 

「う、うわぁ……。流石にロウィでもこの量は食べきれないんじゃないかしら……」

 

「アタシたちも食べるからそこは問題ないだろう。もし()()()()()が食べきれる自信がないっていうなら、ロウィを止めてやるから」

 

「そうしてくれるとありがたいわ……」

 

「了解した。とはいえ、せっかくご馳走になるんだ。アタシたちは遠慮しなくても良いよな……?」

 

「ええ、これは協力料の一部だから。ちゃんと味わって食べなさいよ?」

 

「はいはい、遠慮なく食べるとするよ。それじゃ、さっさとロウィを呼び出してくれ。色々と待ちきれないからな!」

 

 

 ロヴィアは頷き、作業員たちの騒ぎを制止してこう言った。

 

 

「それじゃ、私はしばらく引っ込むけど、これだけは言っておくわね」

 

 

 しん、と静まる中、ロヴィアはジュースの入ったグラスを持ってその場に立ち、叫んだ。

 

 

「私たちの頑張りと、ロウィとの再会と、この豪華な食事たちに…………乾杯っ!!」

 

「「「「「かんぱーーーい!!」」」」」

 

 

 ジュースを口に流し込み、グラスを机に置いた瞬間、ロヴィアは椅子に倒れ込んで気を失った。

 そして間もなく、ロヴィアの額の宝石が光り始め、その目が開かれた。

 その瞳の色は、先ほどまでの紫色ではなく、透き通った黄緑色に変化しているのであった。

 その少女は周りを見回し、正面に座るノエルたちの顔を見比べて納得がいったように頷き、最終的に眼下に広がる料理たちに全て目を奪われた。

 

 

「こ、これっ、全部食べても良いの!?」

 

「あ、あぁ……。ロヴィアから『食べ過ぎないように』って言付けをもらってるが、そこにあるものは何でも食べて良いぞ」

 

「やったぁ! いただきまーす!!」

 

「あ、待て、まだ確認したいことが──」

 

「んー、美味しいっ!!」

 

 

 その少女はノエルの制止を聞かず、目の前の食事を夢中で食べ始めた。

 そしてその瞬間、作業員たちは大歓喜の嵐を巻き起こしたのであった。

 作業員のリーダーはその少女の元に駆け寄り、泣きながら話しかける。

 

 

「姐さん! 姐さんなんですね!!」

 

「今は食べてる最中だから、話はあとにして! 美味しいものは美味しいうちに! アタイの食事を邪魔するってんなら容赦しないよ!」

 

「ま、間違いねえ! そんなこと言うのは姐さんだけだ!!」

 

「いやいや、どんな確信の仕方だよ……。ただ……アタシも腹が減ってくる、いい食べっぷりだな……」

 

「ほら、あんたたちも食べて食べて! 料理が美味しくなくなっちゃうよ!」

 

「そ、そうだな! いただきます!」

 

 

 そうしてノエルたちは満足するまでご馳走を食べ、一方でロウィは結局ロヴィアの言いつけを守らずに食べ過ぎてしまったのだった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、ノエルたちは満足そうにしているロウィに話しかけた。

 

 

「自己紹介がまだだったよな。アタシはノエル。ロヴィアと同じ魔女さ」

 

「あたしはサフィア! ノエル様の一番弟子よ!」

 

「わたくしはマリン。サフィーの姉ですわ」

 

「ノエルにサフィアにマリン……よし、覚えた! あんたたちがロヴィアを手伝ってくれたんだってね。ロヴィアから聞いたよ」

 

「ロウィ……なんだよな? すまんが、アタシたちとしてはまだ確信が持ててなくて……」

 

「んー……アタイがアタイだって証拠か……。この通り身体がロヴィアと混ざってるから、黒子の位置とかは参考にならないだろうし……うーん……」

 

 

 ロウィは考えた末に、こんな提案をしてきた。

 

 

「そうだ。逆にアタイがロヴィアじゃないって証拠を見せれば良いんだよね? だったら簡単だよ。アタイに向かって魔法を撃てば良いのさ!」

 

「は……はぁ!? お前に向かって攻撃しろってことか!? そんなことでどうやって確認なんて……」

 

「アタイがロヴィアならこの身体を守るために魔法を防ぐはず。もしそうじゃなければアタイの身体が傷つくだけだよ」

 

「そ、そんなこと──」

 

「そんなこと私がさせるわけないでしょうが!!」

 

 

 突然、その少女は椅子から立ち上がって叫んだ。

 ノエルが否定しようとした瞬間、ロウィの額が光り輝き、その瞳の色が紫に戻っていたのだった。

 ノエルは驚き、恐る恐る尋ねる。

 

 

「も、もしかしてロヴィアか……?」

 

「もしかしなくてもその通りよ! あんたたち、ロウィになんてことさせようとしてるの!」

 

「いやいや、今のはロウィの提案だったし、受け入れた覚えもないぞ!」

 

「あー、そういえばそうだったかしら……。ちゃんと叱っておくわ……。っていうか……うぅ……。やっぱり食べ過ぎで少し気分悪いわね……」

 

「急に叫ぶものですからびっくりしましたわ……。まさか、あなた方の記憶の共有方法が同時観測だったとは……」

 

「あぁ……それも説明しておくべきだったわね。私の魂はロウィと同じものを見て同じものを聴いて同じものを感じているの。ロウィが動いている間に何かあったら守るための監視機構と言うべきかしら」

 

 

 ロヴィアは座り直し、話を続けた。

 

 

「とにかく、これで分かったでしょう? さっきのは間違いなくロウィだし、今の私はロヴィアなの。そもそも感じる魔力が違うんじゃないかしら?」

 

「あっ、確かにさっきは魔力をほとんど感じなかったのに、今は感じる! どういうこと!?」

 

「これも宝石の魔法の一部よ、サフィアちゃん。ロウィが出ている間、ここに私の血液に流れる魔力を封印しているの。ロウィに魔法の主導権まで与えるわけにはいかないでしょう?」

 

「なるほど〜。ロヴィアさんって、本当に凄い魔女なんだ……」

 

「あぁ、アタシの見立ては間違ってなかったね。これで堂々と勧誘できるってもんだよ」

 

「そういえばそういう話だったわね。いいわ、もう一度だけ話を聞いてあげる。その代わり、断られたとしてもそれ以上は諦めなさい」

 

「もちろんさ。失敗した時点でこれ以上固執する理由はないからね。それじゃ……」

 

 

 ノエルたちは机に手をつき、頭を下げて言った。

 

 

「その魔法の実力を見込んで頼む……! アタシたちの蘇生魔法作りに協力してくれ!」

 

「仕方ないわね……。いいわよ」

 

「…………えっ!? えーと、そいつは協力してくれる……ってことで合ってるよな?」

 

「何を疑り深く聞いてるの。協力するって意味以外にないでしょう?」

 

「や……やった……やったぞ!! ありがとな、ロヴィア!!」

 

「こちらこそ礼を言わなきゃね。ロウィと再会できたのはあなたたちのおかげよ。3人とも、ありがとう」

 

 

 こうしてノエルとロヴィアは握手を交わし、ロヴィアが蘇生魔法作りに協力することとなったのであった。

 ロヴィアは手を離し、ノエルに言った。

 

 

「だけど、これだけは言っておくわよ。今回は私の秘術があったからロウィの魂を蘇生できたけど、話を聞く限りだとあんたの息子は蘇生できないからね?」

 

「分かってるよ。だけど、魂を蘇生させるために必要なものを知ることができた。あぁ、それと、お前の秘術があれば結界を貼れない物体に結界を貼れるようになるんだろ? それだけでもかなりの利益を得られたと言えるさ」

 

「ちゃんと分かってるみたいね。ただあんまり秘術をアテにしないようにね? 私だって自在に使えるわけじゃないんだから」

 

「もちろんだとも。使える技術の選択肢を増やせたことに感謝だよ。ということはこれで……」

 

「はいっ! あたし、お姉ちゃん、ノエル様の師匠、クロネさん、ルカさん、そしてロヴィアさんが6人目の協力者です! クロネさんは例外ですけど」

 

「つまり、アタシを含めて7人か……。あと属性として足りないとすれば『光』と『運命』……。って、うん……?」

 

 

 ノエルは何かに気づき、その瞬間叫んだ。

 

 

「……運命魔法の使い手なんてどうやって探せっていうんだよ!」

 

「え……? そんなの、これまでのように国を回って探すしかありませんよね……?」

 

「クロネさんとルフールという特殊属性の魔法を使える人が身近に居たからすっかり忘れていたけど、特殊属性を扱える魔導士は指折りなんだよ……」

 

「私も知らないわね……。そもそも魔導士の知り合いなんてあんたたちが初めてだし」

 

「わたくし、知ってますわよ?」

 

「だよなぁ……知ってるわけないよな…………って、え?」

 

「知ってますわよ。運命魔法の使い手」

 

 

 その瞬間、ノエルはマリンの首根っこを掴み、揺さぶりながら言った。

 

 

「そーうーいーうーこーとーはー、早く言え〜!!」

 

「い、言うにしても彼女の居場所が()西()()()だったので、行く時でいいかなと思いましてぇ〜!」

 

「ノエル様! お姉ちゃんが死んじゃいます!」

 

 

 ノエルはパッと手を離し、マリンに尋ねる。

 

 

「北西の国っていうと、火山の国・プリングだよな? 確かトカゲの獣人の領地の」

 

「ええ、正確にはサラマンダーの獣人ですわ。王都が火山の麓にあるので、生身で行くのは危険なのですけれど……」

 

「お前たちの指輪があれば平気ってことじゃないのか?」

 

「いえ、それはその通りなのですけれど……。詳しい話は明日、列車の中でしますわ」

 

「分かった。それじゃ明日、鉄道でプリングへ出発だ!」

 

「了解しました!」

 

 

 一部始終を見ていたロヴィアは唖然としていた。

 そして落ち着いたのか、ノエルたちに言った。

 

 

「あぁ、そうか。あんたたち、もう行っちゃうのね」

 

「ちゃんと呼ぶ時には手紙を出すか、直々に話をつけに来るよ」

 

「ええ、それまで首を長くして待ってるわね。あぁ、明日は見送れそうにないから、ここでさよならってことになるかしら」

 

「そうか……。本当に世話になったな。一瞬だったが、ロウィにもよろしく伝えておいてくれ」

 

「分かったわ。こちらこそお世話になりました。あんたたちに会えて本当に良かった……」

 

 

 ノエルとロヴィアは再び握手を交わした。

 

 

「ロウィさんともうちょっとお話ししたかったけど、残念。また今度お話ししたいわ!」

 

「ええ、きっとロウィも喜ぶと思うわ。またね、サフィアちゃん」

 

 

 ロヴィアはサフィアを抱きしめ、少ししてその手を離した。

 

 

「このような場所でお別れというのも風情がありませんけど……。仕方ありませんわね。また会える日を楽しみにしていますわ」

 

「あはは……あなたとももう少しお話ししたかったわ。気が合いそうな気がするもの。またね」

 

 

 マリンはロヴィアと握手を交わした。

 

 

「それじゃ……ありがとな。次会う時は蘇生魔法を作る時だ。それまで秘術も使いこなせるようになってろよ?」

 

「保証しかねるわね。ただ、あんたたちの期待に応える働きができるようには努力するわよ」

 

「そうか。期待してるぞ! またな!」

 

「さよなら!」

 

「さようなら、ですわ!」

 

 

 こうして、ノエルたちのノーリス探索は幕を閉じたのだった。

 

 

***

 

 

 その後、ノーリスの国王は様々な不祥事の隠蔽が発覚し、国民たちによってその座を落とされることとなったのだった。

 また、ロヴィアはロウィが世話になっていたという住宅街の家々を回るようになり、そこで振る舞われた料理をロウィが食べて満足する、というかつての生活が戻った。

 ロウィはその後、食事の時以外にも出るようになり、たまに工房の作業員たちを困らせることになるのだが、これはまた別のお話……。



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第8章
56頁目.ノエルと紅茶と運命魔法と……


 プリング行きの列車の中にて。

 ノエルたちは無事に席を確保し、休憩しながら話をしていた。

 

 

「はぁ……。ドタバタで出発してきてしまったが、本当にプリングなんかに運命魔法の使い手がいるのか? 火山の近辺に人間が住んでいるとは思えないんだが」

 

「あっ! もしかして、ロヴィアさんみたいに獣人で魔導士とか?」

 

「いえ、間違いなくその方は人間の魔女ですわ。むしろ運命魔法があるからこそ火山地帯でも生きられるのですが……」

 

「運命魔法があるからこそ……? 魔法で何かしてるってことか?」

 

「ええ、その通りですわ。運命魔法のおかげでこのプリング行きの鉄道が走っていると言っても過言ではないでしょう」

 

「確かに、危険な火山地帯に行かせる列車なんて走るわけないもんね……」

 

 

 そう言いながら、サフィアは窓の外に連なる山を眺めている。

 ノエルは首を傾げながらマリンに尋ねた。

 

 

「そもそも運命魔法ってどんな魔法だっけか。基礎的なことは知っているが、詳細は専門外というか運命魔法自体見たこともない」

 

「サフィーのためにもそこから説明する必要がありそうですわね。運命魔法について説明しましょう!」

 

「お願いします! お姉ちゃん先生!」

 

「ふ、ふふふ……。サフィーに先生と呼ばれるなんて……。存外悪くありませんわねぇ……」

 

「おい、悦に浸ってる暇があったらさっさと説明しろ! そしてその笑顔をすぐさまやめろ、気味が悪い!」

 

 

***

 

 

『運命魔法』

 

 時を操る時魔法。空間を操る空間魔法。

 そして運命を操る魔法、それが運命魔法ですわ。

 ここにおける運命とは、この世の起こりうる全ての『可能性』のこと。

 つまりは有ったことを無かったことにしたり、無いものを有ることにすることもできる万能の魔法……と言いたいところですが、そこまでの魔法ではありませんわ。

 例えば、目の前で子供が石につまずいて怪我をしたとします。

 そこで運命魔法を使えば、子供が転ぶ石を『無かったこと』にできるわけですわ。

 

 

***

 

 

「待て、その時点でかなり強力じゃないか」

 

「それを強力と言えるかどうかは続きの説明を聞いてからにしてくださいまし」

 

 

***

 

 

 とはいえ、降りかかる不幸を自由に取り払うことができるわけではありません。

 運命を捻じ曲げた人には捻じ曲げたものと同等の『代償』がもたらされるのですわ。

 先ほどの例ですと、運命魔法を使った人は、そのあと石につまずいて怪我をすることになります。

 そして、もし自分に降りかかる不幸を捻じ曲げたなら、それの2倍の不幸が後々に降りかかることになります。

 

 

***

 

 

「そんな魔法、危険すぎて使えたもんじゃないな……」

 

「ね? ですが、ここまでは運命魔法の運命魔法足らしめる魔法のお話。流石にそれだけの能力ならあの方は今頃生きてはいないでしょうね」

 

「なるほど、ここで運命魔法の基礎の方に戻るってわけだ。聞いたことない話ばかりで戸惑っていたところだったよ」

 

「えっ、基礎? 話の流れ的に基礎の方から話してるのかと思ってた」

 

「そもそも基礎が生まれた理由がこの強力な力ゆえなのですわ。逆に基礎から話して『使える人が少ない特殊魔法の割に思ったよりショボい』なんて言われないために、この順序で説明したのです」

 

「えっと、つまり……基礎の方は全然強力じゃないってこと?」

 

「そう言ってはあの方に申し訳ありませんわね……。少なくとも実戦向きのものではありません。説明しますわね」

 

 

***

 

 

 運命魔法の基礎……と言ってもあの方が使ってたものしか知りませんが、代表的なものを紹介しますわね。

 それは、確定した未来を知ることができるという魔法ですわ。

 

 

***

 

 

「何度も区切ってすまないが、そんな強力な魔法が本当に基礎なのか!? 運命魔法の初級魔法でそんなの一度も聞いたことないぞ!」

 

「仕方ないでしょう? これがあの方がいつも使っていた魔法なんですもの。それに、別に初級魔法の説明とは一言も言っていませんわよ?」

 

「た、確かに……。ということは、その魔女はとんだ実力者ってわけだ。余計に気になってくるな……」

 

 

 すると、サフィアが手を挙げてマリンに質問した。

 

 

「はいはーい! 未来を知る魔法といえばクロネさんの時魔法だよね? だったら運命魔法じゃなくて時魔法なんじゃないの?」

 

「未来視の時魔法は起こりうる全ての未来を予知することができる魔法ですわ。ですが、この運命魔法ではその中で『確定した未来』を『知る』ことができますの」

 

「確定した未来という点では時魔法より優れてるのか。とんでもない魔法だな」

 

「いえいえ、『知る』という点を除いてはいけませんわよ」

 

「予知するのと知るのとで何か違うの?」

 

「ええと、言葉の意味合いとしては同じなのですけれど、魔法においては『知る』の方が起こることの情報をより詳細に知っていることを指すのですわ。まあ、あの方なりの解釈でしょうけど」

 

 

 そう言いながらマリンは水筒に用意してきた紅茶をすする。

 そして話を続けた。

 

 

「とはいえ、この魔法にも時魔法に劣っている部分はあります。時魔法の未来視は長時間の状況を視ることができますが、運命魔法の未来視は瞬間的な状況しか視ることができません」

 

「まるで占いみたいだな……」

 

「あぁ、それで占い師もやっていましたのよ。客は少なかったようですが」

 

「本当に占いに使ってたんだな! だが占いに使うには強力過ぎやしないか? 本当に当たる占いなんて危なっかしいにもほどがあるだろ」

 

「もちろんその危険性は分かっていたらしく、詳細はぼかして言ってましたわよ。わたくしも占っていただいたことがあるのですけれど、まあ何となく当たってるような当たっていないような差し障りない結果でしたわ」

 

「なるほど、それなら安心だ。それで……結局のところ運命魔法のおかげでってのはどういうことなんだ?」

 

 

 マリンとサフィアは「そういえば」と、忘れていた様子を見せる。

 

 

「ええと……簡単に申しますと、実はこの指輪の力がプリング中にかかっているといいますか……」

 

「つまり……暑くない火山地帯ってこと!? っていうか簡単に言えることじゃないよね!?」

 

「待て待て、意味が分からん。その指輪の力が結界としてプリング中を覆っていると、お前はそう言いたいのか?」

 

「その通りですわ。正しくはこの指輪の模造品なのですが……」

 

「模造品? それが運命魔法とどう関わってるんだ? 今のところ関連性はなさそうなんだが……」

 

「運命魔法には『複製(リバイバル)』と呼ばれる種類の魔法がありまして、触れた無機物の辿ってきた『運命』を物質ごと複製するというまあ、これも強力な魔法ですわね」

 

 

 ノエルは頭を掻きながら思案を巡らせる。

 

 

「聞けば聞くほど凄い魔法だな……。代償さえなければ最強……まあ、強さなんて喧嘩でしか意味を成さないものなんだが……」

 

「つまりは、お姉ちゃんの指輪の力を応用した結界がプリング中に張られてるってことだよね? 何でそんなことに?」

 

「それはあの方と会ってから話しましょうか」

 

「ん? そういえばそもそも、その魔女とお前はいつどこでどうやって知り合ったんだ? それは聞いておきたいんだが」

 

「ただ単に、わたくしが火魔法の修行にプリングへ行った時に知り合っただけですわ。ちなみにその時点ではあの方は耐火の魔法で熱さを凌いでいらっしゃいました」

 

「あぁ、もう、さっきからあの方あの方ってしつこくなってきたな。名前を教えろ、名前を」

 

「あら、言っていませんでしたっけ? でしたらちゃんと紹介しませんとね」

 

 

 マリンは手に持ったティーカップをソーサーに戻して言った。

 

 

「その方の名前はエスト。運命魔法の使い手、魔女のエスト姉様ですわ」

 

「ん……? エスト……エスト……どこかで聞いたような…………って、はぁ!? エストだって!?」

 

「ノエル様、知ってる人なんですか?」

 

「20年以上前にメモラで知り合った魔女がいたんだよ。イース共々世話になっていたんだが、まさかアイツが運命魔法の使い手だったとは……!」

 

「そんな昔の知り合いなんですね!」

 

「あら、世界は意外と狭いものですわねぇ……。確かにメモラにいた時期があったとは聞いたことがありましたが、ノエルの知り合いだったとは……」

 

「まあ……とにかくあいつに会ってみないことには積もる話も進まないか。あぁ、さっさと着かないもんかねぇ……」

 

 

 ノエルの呟きも虚しく、列車はそれから2時間ほど走り続けた。

 その間、ノエルは久方振りにイースとの昔話を2人に聞かせるのであった。



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57頁目.ノエルと礼儀と闘技場と……

 エストがいるという北西の国、火山の麓の国・プリング。

 ノエルたちが乗っている列車はようやく駅に到着し、時間は昼を回っていた。

 列車を降りたノエルたちの目の前には、見上げるほど巨大な火山の山脈と国全体を覆う不思議な色をした光の膜が共存する、混沌とした景色が広がっていた。

 その光景に2人が目を奪われている中、マリンはホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

「はぁ……ちゃんと指輪の効果が切れていないようで安心しましたわ……。わたくしのこの指輪が気分屋なだけでしょうか……」

 

「そうなんじゃない? あたしの指輪、魔法の効果が切れたことほとんどないし。神器に気分とかあるのかは知らないけど」

 

「まさか本当に暑くも熱くもないとは思わなかったよ……。いくらそういう魔法があると言われても、魔女のアタシですら半信半疑だったからねぇ」

 

「でもその効力は指輪で体験してますわよね?」

 

「それはそうだが、こんなに広い範囲に魔法を行き渡らせるなんて、その指輪を複製した程度じゃできない大仕事だ。数年前の結界でここまでの大きさで、しかも効果が切れてない……かは知らないが、あいつがここまでの凄腕だったとは……」

 

「流石と言うべきですわね。わたくし、姉様がこの世で最も優秀な魔女だと思っているくらいですもの」

 

 

 マリンはまるで自分のことかのように胸を張っている。

 ノエルは苦笑しつつマリンに聞き返す。

 

 

「って、はぁ? 姉様? あいつのことそんな風に呼んでたのか」

 

「年上で実力も上の方には、きちんと尊敬と敬意をもって接するのが礼儀ですもの」

 

「そうだな。だったらアタシにもそんな態度で接するのが礼儀ってもんじゃないか?」

 

「あなたは確かに年上ですし魔法の実力も認めていますが、あなたに実力で負けてるつもりは全くありませんわよ。それに、こんな腹黒な姉様がいてたまりますか」

 

「だ、誰が腹黒だ! そして実力はアタシの方が明らかに上だろ! いつもは本気出してないだけだからな!」

 

「2人とも!」

 

 

 サフィアのその声でノエルもマリンも我に返った。

 

 

「はぁ……。腹黒は冗談なので謝りますが、そういうところですわよ……」

 

「喧嘩っ早いところはアレですけど……。あ、あたしはちゃんと尊敬してますから……!」

 

「うっ……。頼むからそんな憐れむような目でアタシを見ないでくれ……」

 

「でしたらもう二度とこんなことを言わないことですわね。わたくしたち3人の関係性はそんな簡単に変わるものじゃありませんもの」

 

「わ、分かってるよ……。くそー……。冗談のつもりだったのにこんなことになるとは……」

 

 

 落ち込むノエルを撫でながら、サフィアは言った。

 

 

「そういえば、お姉ちゃんの姉様って、あたしはなんて呼べばいいのかな?」

 

「そのまま聞いた限りだとお姉ちゃんでいいんじゃないか? アタシからしたらややこしくてしょうがないが」

 

「だ、ダメですわ! サフィーのお姉ちゃんはわたくし、ただ1人ですもの!」

 

「別に本当のお姉ちゃんじゃないし、お姉ちゃんなんて呼ぶつもりはないから! エストさん? エスト様とか?」

 

「様ねぇ……。アタシが知ってるあいつはそんな風に呼ばれるようなタマじゃないから、『さん』で良いと思うぞ」

 

「分かりました、ノエル様! それじゃ、エストさんに会いに行きましょう!」

 

 

***

 

 

 ノエルたちはマリンに連れられてエストの家へと向かっていた。

 道中、多くのサラマンダーの獣人・プリング人とすれ違ったが、同じくらいの数の人間ともすれ違ったことにノエルは疑問を覚えていた。

 

 

「なあ、マリン。アタシたちは理由があってここに来てるから良いとして、他の人間は何しにここに来てるんだ? こんな岩壁に囲まれた場所を観光するモノ好きだったら別だが、火山の近くって決して安全な場所じゃないよな?」

 

「いえ、あの魔法は火山の噴火の被害も止めてくれるので安全ですわよ」

 

「……お前たちの指輪ってそんな効果あったっけ」

 

「そんな効果があったらあなたとの喧嘩の時に外しますわよ。土魔法の結界が一緒に貼られているだけですわ」

 

「も、もうどんな魔法がかかってても驚かないからな……。じゃあ、あの連中の目的は何なんだ?」

 

「それは──」

 

 

 その瞬間、王都の中心方面から大きな歓声が響いてきた。

 声の響き具合から、ノエルはかなり遠くから聞こえてきていることに気がついた。

 

 

「もしかして……今のか?」

 

「え、ええ……。どうやら数年前よりも盛況みたいで安心しましたわ……」

 

「アタシ、プリングは人が住めると思ってなかったから情報を集めてなかったんだよな……。良ければ教えてくれ」

 

「本当は姉様の家に行ってから紹介するつもりだったのですが……。まあ、いずれ帰る予定だったし、問題はないか……」

 

「お姉ちゃん? どうかしたの?」

 

「い、いえ、何でもありませんわ。百聞は一見に如かず! 声の元へと案内しますわね!」

 

 

***

 

 

 数分後、ノエルとサフィアは目の前の立派な建物と、その中から聞こえる鼓膜を突き破るような歓声に圧倒されていた。

 サフィアはその次の瞬間、風魔法『減衰の旋風(ディケイ・スペル)』で外の音を消す空間を3人の周りに作り出していたのであった。

 

 

「おお……対応が早いというか、逃げ上手というか……」

 

「そんなこと言って、耳栓を取り出してるのをわたくしは見逃しませんでしたわよ?」

 

「とりあえず魔法が続いているうちに説明して! ここは一体何なの?」

 

「ここはわたくしが経営する『獣人闘技場』ですわ!」

 

「闘技場……。つまりは賭け事の場所か。やれやれ、期待して損……って、え? お前、今なんて……?」

 

「お、お姉ちゃんが経営!? っていうか、どんな建物なのかよく分かってないんだけど!」

 

 

 マリンは少し考え、しばらくしてこう言った。

 

 

「説明はあとにしましょう! とりあえずお腹も空きましたし、支配人室に案内しますわ。そこなら歓声もほとんど聞こえませんし、落ち着いて話もできるでしょう」

 

「闘技場内にそんな場所が本当にあるのか……? あんなに遠くまでこの音量が聞こえてくるほどだぞ?」

 

「まあまあ、どうせそこに寝泊まりする予定だったんですから。つべこべ言わずについてきなさいな!」

 

「はぁ……。仕方ない。サフィー、耳栓やるから魔法切っていいぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「あら!? ちょっと、わたくしの分は!?」

 

 

***

 

 

 3人は闘技場の関係者用通路を通って、地下にある事務所に来ていた。

 そこでは数人のプリング人と数人の人間が働いており、皆マリンの顔を見るなり笑顔で挨拶をするのであった。

 マリンがそこに戻ってくるのは1年振りだという。

 

 

「毎年里帰りついでにどこかに行っているとはサフィーから聞いていたが、まさかここだったとはねぇ」

 

「ええ、少し言い出し辛かったのですが……。支配人代理を立てているとはいえ、顔くらいは見せないと心配させてしまいますから」

 

「もしかして、ここもエストさんの提案で作られたとか?」

 

「いえ、ここはわたくしの提案で国が作ったものですわ。姉様はただ、自分のような人間が住めるための場所作りをしたかっただけですし」

 

「じゃあお前は何でこの場所を作ったんだ? ここまで大きな物作ってまで賭け事がしたかったわけでもないだろうし……」

 

「そういった話はわたくしの部屋でしましょう。そろそろ着きますわよ」

 

 

 マリンは地下の一番奥にある鉄の扉の前まで行き、取っ手を捻って開けた。

 すると、そこには人が4人ほど住めそうな広さの大きな部屋が広がっていたのだった。

 マリンは部屋中のランプに火を灯し、2人をソファに座らせる。

 

 

「週に一度掃除しているらしいので埃まみれということはないでしょうけど、一応気をつけて座ってくださいまし」

 

「はーい。それにしても、お姉ちゃんの部屋とは思えないくらい綺麗な部屋だね?」

 

「へえ、妹にそんなこと言われるほど部屋が汚いのか」

 

「もう、余計なことを……。まあ言い訳はしませんが、掃除してくれてる方が几帳面なのと、わたくしが帰っていないおかげで部屋が綺麗なだけですわ」

 

「なるほど。それに加えて広さも申し分ないな。歓声も聞こえないし、寝る場所さえあれば普通に住める環境だ」

 

「寝る場所といえばこの部屋、3人分のベッドはありませんが、2人がベッド、1人はそこのソファで寝れば問題ありませんわよね」

 

 

 ノエルとサフィアは周りを見回し、ソファの大きさを見て頷き合った。

 

 

「それなら、流石にこのソファの大きさだからあたしがソファで寝るしかないね……」

 

「ノエルが猫のように丸まって寝れば入る大きさですわよね?」

 

「丸まって寝て体が休まるかっての。とにかくさっさと座って話の続きを聞かせてくれ」

 

「はいはい、紅茶を準備したらそちらへ向かいますから」

 

 

 数分後、マリンがティーポットを持ってノエルたちの目の前に座った。

 カップには紅茶が注がれ、マリンはそれを少し飲んで話し始めた。

 

 

「まず、サフィーには闘技場がどういう場所なのか説明しなければなりませんわね」

 

「うん。賭け事に使われてるってのは聞いたけど、実際にどんな場所なのかは分かってない」

 

「闘技場という場所は通常ならば剣闘士と魔物、もしくは剣闘士と剣闘士が戦い、最強の剣闘士を決める場所です。観客は誰が優勝するのかを事前に賭けて、わたくしたちのような胴元はその賭け金の一部を利益としていますわ」

 

「通常ならば……? この闘技場は何か違うってことか?」

 

「ええ、まあ基本的な仕組み自体は何も変わりませんし、ウチは剣闘士同士の試合しかしていません。ただ違うのは剣闘士たちといいますか……」

 

「ん? まあそりゃ獣人闘技場って銘打ってる以上はプリング人が戦ってるんだろうし、そこが違うってだけじゃないのか?」

 

「いえ、そうではなく……。ええと……実はそれがこの闘技場を作った当初の目的というか何というか……」

 

 

 マリンは煮え切らない返事をしている。

 ノエルは焦れったくなり、自ら尋ねた。

 

 

「あぁもう、言いたくないならそれでも構わないが、一応もう一度聞くぞ。お前はどうしてこの闘技場を作ったんだ?」

 

「はぁ……。昔のことなので今さら気にしても仕方ありませんわね……。それじゃ……2人とも耳を貸してくださいな」

 

 

 ノエルとサフィアはマリンに顔を近づけた。

 

 

「その……お、お婿さん探しをしようと思って……」

 

 

 その瞬間、2人は固まった。

 思考が停止したのではなく、逆に過去のマリンの発言を回顧して思考を巡らせていたのであった。

 そして、2人は同じタイミングで脳内の歯車が噛み合った。

 

 

「「強い人と結婚したいみたいなこと、言ってた気がする!」」

 

「あ、あの頃は修行相手を兼ねられる男性を探していましたから、そんなことも言っていましたわね……。今は結婚相手探しなんてしてる場合じゃありませんが」

 

「自分と結婚させる目的で戦わせてたのか!? 何たる悪逆非道な真似を!」

 

「ちゃんとわたくしと結婚したい人しか戦わせてませんー! まあ、近年は興業のためにそういうのナシで、懸賞金を巡って戦ってるみたいですけれど」

 

「じゃあ昔戦ってた人は今どうしてるの?」

 

「それはもちろん……あっ…………」

 

 

 マリンはうっかりしていた様子を見せ、動揺している。

 

 

「もしかして……数年間そいつらに話をつけてないとか……」

 

「まさか……お姉ちゃん……」

 

「た、大変ですわ〜!!」

 

 

 こうして3人はプリングに来て早々、危機に陥るのであった……。



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58頁目.ノエルと候補者とメモ書きと……

 自分の結婚相手探しのために闘技場で候補者たちを戦わせていたマリンは、その話に決着をつけ忘れていた。

 マリンによると、闘技場を作ったあと、各地に魔女修行に行っていたその途中でノエルたちと出会い、そのまま旅をすることになったために忘れていたのだという。

 

 

「そうだとしても、毎年ここに帰って来てたにも関わらず忘れてたのか!?」

 

「それは……その……。帰って来たとしても、ここへの顔出しと経理状況の確認しかしてなくて……」

 

「はぁ……。つまりは数年経って儲けだけ確認するようになって、当の目的をすっかり忘れていたんだな?」

 

「その通りですわ……。だって儲けの額が普通の魔女が稼げるお金の何百倍、何千倍もあるんですもの……」

 

「もはや言い訳することすら諦めたな、こいつ……。それで、結局候補者たちは今どこにいるんだ?」

 

「ここで戦う剣闘士は基本的に獣人ですが、結婚相手決めの大会の時は様々な国の兵士が一般参加していましたので、全員に頭を下げに行くとなると──」

 

 

 するとその瞬間、支配人室の扉が開けられ、その奥からスーツを着た1人の男が()()()()()

 

 

「マーーリーーンーー様ァーー!!」

 

 

 マリンは()()を見て溜息をつき、ソファから腰を上げて足元に魔力を溜め、空中にいる()()を横から蹴り飛ばした。

 男はその勢いのまま壁に激突したが、それから数秒後には何事もなかったかのように立ち上がるのであった。

 

 

「流石の蹴りです! マリン様!」

 

「まず入る時はノックをしなさいと毎回言ってますわよね? あと、わたくしのサフィーの前にそんな醜態を晒すんじゃありません。せめて鼻血を拭きなさい」

 

「毎度申し訳ございません! サフィア様、大変お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございませんでした!」

 

「い、いえ……痛くないん……ですか?」

 

「はいっ! とても痛いですが、マリン様に蹴られるのは久しぶりなので今は最高の気分です!!」

 

「よしサフィー、そいつ危険だからこっちに来い。絶対に近づいちゃいけない部類の変態だぞ」

 

「は、はい……」

 

 

 サフィアはソファ越しにノエルの後ろに隠れた。

 マリンは呆れた顔をしてソファに座り直す。

 

 

「で……マリン、この変態はどこのどいつだ」

 

「はぁ……。先ほど言っていた支配人代理ですわ……」

 

「はいっ! プリング国営・獣人闘技場、支配人代理のオクトーと申します! ノエル様、サフィア様、お初にお目にかかります!」

 

「はぁ!? こんなのに支配人代理を任せても大丈夫なのか!?」

 

「こんなのですが、職員の中では一番仕事ができるので……」

 

「将来の夢はマリン様と永遠に結ばれて、毎日蹴ってもらうことです!」

 

「ええい、そんなことは聞いてない! サフィーが怯えてるだろうが!」

 

 

 ノエルはゼーゼーと肩で息をしている。

 しばらくして、ノエルの背中からサフィアがオクトーに尋ねた。

 

 

「お姉ちゃんと結ばれて……ってことは、もしかしてオクトーさんも候補者なんですか?」

 

「ええ、その通りです。マリン様の隣を賭けた闘技大会の本戦を今か今かと待ち、早6年! いずれ来るであろう決戦の日に向けて毎日鍛錬しておりますとも!」

 

「こいつ、よく候補者になれたな……?」

 

「先ほどの兵士という例はあくまで基本的な話で、オクトーが特別腕が立つ一般人だっただけですわ。実際予選を勝ち上がっていますから実力は確かですわよ」

 

「いや、そういう意味で言ったわけじゃ……。まあいいか……。それで、オクトーとやらは何用なんだ?」

 

「そうでした。マリン様が帰ってきていると聞いて、経理書類と次の闘技大会の宣伝チラシを持ってきた次第でございます!」

 

 

 オクトーは手に持っていたカバンから書類の束を出し、その上にチラシを裏側にして置いた。

 

 

「はぁ……そういうのは普通に持ってきなさい。次こんなことをしたら、候補者から落としますわよ」

 

「それだけは勘弁してもらいたいですが、支配人代理としてずっとマリン様に蹴ってもらえるならそれも悪くありませんね!」

 

「もちろん支配人代理からも下ろすに決まってますわよね?」

 

「それを言われて6年目! 下ろされていないということはそれ即ちマリン様からの愛ゆえ!」

 

「代理人の代理人が見つからないだけなのですが……。面倒なので流しますわよ」

 

 

 マリンは書類の上のチラシを1枚取り、それを読み上げた。

 

 

『次の闘技大会情報!

 闘技大会マリン杯本戦

 6年振りに開催決定!』

 

 

 読み上げの途中でマリンは固まり、汗を流し始めた。

 

 

「マリン杯ですって……?」

 

「待てよ、6年振りって……まさか……」

 

「はいっ! 先ほどマリン様帰還の報告を受けて間もなく作成し、国中に配っております! マリン様の()()()()()()()です!」

 

「「「えええ!?」」」

 

 

 ノエルたちは唖然とし、マリンは焦った表情でオクトーに詰め寄る。

 

 

「ど、どうして今さらになって急に本戦を始めるなどと!? わたくしの許可は!?」

 

「どうしてって、マリン様が言ったんじゃありませんか。『大会の運営は支配人代理のあなたに全て委ねます』って」

 

「そ、それは確かに言いましたが、マリン杯に限って言えばわたくしの許可もなく開催するのはどうかと思いますわよ!」

 

「ですが実際、史上最高の人気を誇った大会でしたし、もう国王様にも申請して各国に情報を回してもらっている状況ですから、撤回は難しいかと。それに、いずれ行われる大会の時期をマリン様の帰還に合わせただけですから!」

 

「あぁ、もう……! とんでもないことをしてくれましたわね……!」

 

 

 マリンは頭を抱えて悩み込む。

 そして、冷静な声でオクトーに言った。

 

 

「オクトー。少し考えをまとめたいので、今日は下がりなさい」

 

「かしこまりました! あ、本戦の開催は7日後なので、それからしばらくは主催者としてここにいてくださいね! それでは〜!」

 

「あ、本当だ。お姉ちゃんが主催者になってる……」

 

「そりゃそうだろう……。マリン杯って言って本人がいないのはおかしいからな……」

 

 

 オクトーが去った後、頭を抱えていたマリンは顔を上げ、そのままノエルに泣きついてきた。

 

 

「うわぁぁ〜ん!! どうしましょう、ノエル〜! グスッ……!」

 

「おい、急に泣き始めるんじゃない! アタシの膝に抱きつくな! アタシの服で鼻を拭くな!」

 

「まさか勝手に話が進められてるなんてね……。お姉ちゃんが6年も放置したツケが回ってきたんじゃないの?」

 

「グスッ……そうは言われましても……。わたくし、どうすればいいのか……」

 

「まあ、諦めて主催者になるしかないだろうねぇ。わざとなのか偶然なのか、逃げ道が一切ないみたいだし」

 

「やっぱりそうなりますわよねぇ……。ですがこのままだとわたくし、結婚してしまうことになるのでは……?」

 

 

 ノエルはキョトンとして答える。

 

 

「そんなの、優勝したヤツに何か理由でもこじつけて断ればいいじゃないか。結婚相手が決まっても、そいつと結婚するかはお前の自由だろ?」

 

「ですが長年待たせてしまってますし、優勝するために頑張ったのに、みたいな点で不満を持たせてしまいますわよね……? それは何と言いますか心苦しいと言いますか……」

 

「待たせたのはお前が悪いから仕方ないとして、確かにそこまでさせて断るのは不満どころか恨みを買う可能性も高いな……。うーむ……」

 

「思ったんだけど、国を挙げての大会で結婚相手を決めるってことは、結婚式もそれくらい壮大なものになるかもだよね? もしかして、断ることすらできないんじゃない?」

 

「あぁ……オクトーのせいで余計に面倒なことになってるな……。でもあいつを締め上げたところで撤回はできないだろうし……。もしや、詰んだか?」

 

「そ、それは困りますわよ! 後生ですから、わたくしを助けてくださいまし! この旅が終わるまでは結婚なんてしたくありませんわ!!」

 

 

 ノエルはマリンの目をじっと見つめ、しばらくして溜息をついて言った。

 

 

「……助けないつもりはないから安心しろ。アタシとしてもお前に今抜けられるのは困るからな」

 

「あ、あたしもどうにかしてお姉ちゃんの役に立てるように頑張るから!」

 

「2人とも……。あぁ、もう、大好きですわ〜!!」

 

 

 マリンはノエルの膝から2人の正面に滑り込み、ノエルとサフィアに抱きついた。

 

 

「あ……そういえばエストさんに会うのはどうします? もう遅い時間ですよね?」

 

「あ、すっかり忘れてた。まあ、大会まであと7日ある。対策を考えている間に会いに行く暇くらいはあるだろうよ」

 

「そうですわね! あとで職員のどなたかに言伝を頼み──」

 

 

 その瞬間、マリンは机の上に置いてあったメモに目が行く。

 そこにはこう書いてあった。

 

 

『私のマリン様へ

 

 エスト様は1年ほど前に

 修行へとお出かけになりました。

 現在は北東の国・ヘルフスに

 いらっしゃるそうなので伝言までに。

 

 あなたのオクトーより』

 

 

 マリンは再び固まり、ノエルたちもそのメモ書きを読んだ。

 

 

「はぁ!? エストがもうこの国にいない!?」

 

「ってことは、助けを求められる人が1人減ったと……。大変じゃないですか!」

 

「ど、どど、どうしましょう〜! 万策尽きたというものなのでしょうか!」

 

「まだ7日もある! 焦ったらそれこそ万策尽きるぞ! とにかく今日はさっさと休んで、明日考える!」

 

「そ、そうですわね……。焦りは禁物ですわよね……」

 

 

 マリンは立ち上がり、深呼吸をして落ち着く。

 

 

「よしっ……! とりあえず食事を食べに行きましょう! わたくし行きつけの美味しいお店がありますから!」

 

「ほう……それは楽しみだ。どうやら、支配人様は臨時収入源があったみたいだしねぇ?」

 

「お、お金のほとんどは運営費と国への献上金ですから? 少々しかありませんが、今日は特別ですわよ?」

 

「よし! 食費が浮いた! ありがとな、マリン!」

 

「もうあたしもお腹ペコペコ〜! 早く行こう、お姉ちゃん!」

 

「よ、よーし、明日から頑張りますわよ〜!!」

 

 

 こうして怒涛のプリング1日目は終わったのであった。



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59頁目.ノエルと権利と予選突破者と……

 その次の日。

 ノエルたちは闘技場地下にある支配人室で、各々思考を巡らせていた。

 しかし全く良い案が浮かばず、3人は溜息をつくのだった。

 

 

「はぁ……。やっぱり国王に結婚する意思がないことだけでも伝えておいた方が良いんじゃないか? 大事(おおごと)になる前に、強い味方をつけておくべきだと思うんだが」

 

「それは避けるべきでしょう。その場合、候補者や観客から糾弾されるのはわたくしではなく国王様になってしまいますから。責任転嫁なんてしたくありませんわ」

 

「うーむ、確かにそれはマズいか……。ただ誰かに手を借りなければ事態が収束するとも思えないんだよな……」

 

「あと6日しかないですし、これまで会った魔女さんたちに手を借りる余裕もありませんもんね……」

 

「この3人と……あとはオクトーを除く職員の手を借りるしかありませんわね。万策尽きたと言っても過言ではない状況な気もしますが……」

 

「6日の猶予があるとはいえ、それだけの人数でできることなんて……って、ん?」

 

 

 ノエルは怪訝な表情をしてマリンに尋ねた。

 

 

「今、どうしてオクトーを除いた?」

 

「え? どうしてって、候補者に結婚する意思が無いなんて伝えるわけには……」

 

「あいつにそんな遠慮がいると思うか?」

 

「……い、いえ! いくら彼があんな人間とはいえ、その忠誠心を弄ぶような真似をするわけにはいきませんわ! 非道な女に成り下がるつもりはありませんもの!」

 

「だったら今の間は何だと言いたいところだが……。でもどうせ振ることは確定してるんだし、あいつに1つ噛んでもらうのも悪くないんじゃないか?」

 

「そうそう! どうせ振るって時点で、候補者さんたちにとってお姉ちゃんは非道な女なんだから!」

 

「うっ……。分かってはいましたけど、いざそうやってズバッと言われると刺さりますわね……。悪気がないのは分かっていますが……分かっていますが……」

 

 

 落ち込むマリンの頭を、サフィアはよく分からないまま撫でる。

 ノエルはもう一度尋ねた。

 

 

「それで、オクトーの手を借りるのはどうなんだ? 悪くない提案だと思うんだが」

 

「ええ、確かに彼なら話を聞いてはくれるでしょう。ただ、わたくしでも返答が読めないので成功する保証はありませんが──」

 

 

***

 

 

「なるほど……。マリン様には結婚する意思が一切ない、と……」

 

 

 ノエルたち3人はオクトーのいる部屋を訪れ、マリンは自分の意思をオクトーに伝えたのだった。

 マリンは申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

 

「ずっと黙っていてすみませんでしたわ……。あなた方の気持ちや6年前の結果を全て無駄にしてしまうことなのは分かっていますが、許して欲しいと言うつもりはありませんので……」

 

「い、いえ……。マリン様の気持ちを汲めずに勝手な真似をしてしまった私の責任もありますので、謝るべきはこちらです……」

 

「おや、思ったよりも話が通じる奴じゃないか。昨日のアレと同じ人間とは思えないねぇ」

 

「今は仕事中ですから、マリン様への溢れる想いを留めているに過ぎません。今だって本当は悲しい気持ちでいっぱいですし、この気持ちをどこに吐き出すべきか悩んでいますよ」

 

「だったら、昨日は近づいちゃいけない部類の変態だとか言ってすまなかったね。どうやらお前はアタシの師匠と違って良識ある部類の変態だったみたいだ」

 

「それはそれは、お褒めに預かり光栄です。それで……私のせいとはいえ大会の中止は不可能ですが、いかがいたしましょう? 候補者全員に事情説明でもしておきますか?」

 

 

 マリンは少し考え、答えた。

 

 

「いえ、それはやめておきましょう。それで候補者の戦意が失われてしまったら元も子もありませんわ。大会は大会として成り立たせなければ、観客をガッカリさせてしまいますもの」

 

「まあ、既に1人の候補者の戦意がこうして失われているわけだが」

 

「あ、私のことですか? 滅相もありません。私はこうして勝ち上がっている以上は誰にも負ける気はありませんから」

 

「それならオクトーさんに優勝してもらえれば万事解決じゃない?」

 

 

 サフィアの言葉に3人はハッとした。

 そしてノエルは納得したように言った。

 

 

「確かにオクトーが優勝すれば誰も文句は言わないし、マリンが振っても問題ないじゃないか!」

 

「なるほど。ですがそれですと、準優勝者たちが文句を言うのではないでしょうか? 優勝者がダメなら準優勝者が、みたいになる予感が……」

 

「そうですわね……。チラシには優勝者がわたくしと結婚する権利が貰える、と書いてあります。もしその権利を放棄したり、わたくしが断った場合、観客が順位の繰り上げを煽ってくる可能性もありますものね……」

 

「じゃあどうするんだ? 振る機会がないじゃないか」

 

「そうですね……。でしたら、順位に応じて賞品を変えるというのはいかがでしょう? 準優勝者にもちゃんと賞品が与えられているのであれば、優勝者の賞品に文句を言うことはできないのではないでしょうか」

 

「なるほどな。それならマリンが振ったとしても事態を収束させることができそうだ。ま、観客からは非難されるだろうけどね」

 

 

 マリンは安心したのか脱力し、大きな溜息をついた。

 

 

「これでどうにかなりましたわね……。オクトーには頑張ってもらうことにはなりますが、まあ……あなたなら大丈夫でしょう?」

 

「もちろんですとも! 振られる前提とはいえ、マリン様と結婚する権利を得られるだけでも十分な報酬ですから!」

 

「やる気と自信は十分ってことだな。ところで、他の候補者ってどんなのがいるんだ? いくら腕っぷしが強くても人種や経験、あとは得物によっても有利不利はあるだろ?」

 

「一応言っておきますが、大会の規定として刃物や爆発物、毒物の使用は禁止していますので、ほとんどが木剣か体術です。魔法も中級魔法以下に制限していますし、その程度なら私の手で打ち消せますから得物の有利不利などありませんよ」

 

「はぁ!? お前の身体、どんな構造してるんだよ! 中級魔法って、火魔法だと生身で受けて火傷じゃすまないほどの威力だぞ!?」

 

「本当に、オクトーが、特殊な、だけですわ。とりあえず言っておくと、残る候補者はオクトーを含めて計8名。残りの7名の方のほとんどが各国の兵士です」

 

 

 そう言って、マリンは部屋の中にある資料を持ち出して机の上に置く。

 そこには『マリン杯 予選突破者名簿』と書いてある。

 

 

「まずは1人目。ノルベン出身の兵士、ヌーボー。元炭鉱夫で体格自慢の男ですわ。使用していた武器は木製のハンマーですわね」

 

「いくら木製とはいえ、一撃でも食らえばひとたまりもなさそうだな……。ま、オクトーなら平気かもしれないが」

 

「次は2人目。ヘルフス出身の兵士、フォール。寒い地域で過ごしてきた根性と機転の良さで勝ち上がっていました。使用していた武器は(もり)……に見立てた長い棍棒ですわ」

 

「ヘルフスって確かエストさんが今いる国だよね? もしかしたら話とか聞けるかも! そんな暇があれば、だけど……」

 

「次、3人目。メモラ出身の農夫、ベニア。農夫ながらに力自慢で、畑を荒らす熊を1人で仕留めたと言う噂もある強者ですわ。無論武器は使用せず、体術勝負でした」

 

「体術で負けるつもりはありませんが、流石に彼に掴まれたら私も一巻の終わりでしょうね。機敏さはないのでそこを突けば済む話ですが」

 

 

 マリンは名簿のページをめくる。

 

 

「4人目。プリング出身の兵士でサラマンダーの獣人、セレッソ。この国の獣人だけあって身体が人間よりも丈夫で、かつては尻尾を絡めた攻撃を得意としていましたわ。使用していた武器は木剣と盾ですわ」

 

「正直、サラマンダーの硬い鱗に木製の武器で勝てるとは思えないんですよね。まあ、私の拳なら問題ないと思っていますが」

 

「さっきからすごい自信だな。ここまで勝ち上がってる時点で強いのは分かるが、まさかこんなに自信家だったとは」

 

「自分が強いと思っていなければマリン様の御眼鏡にかなうほどの強者にはなれませんから。元々の条件は、マリン様の隣に立てるほどの強さを持つ存在になるための大会ですし」

 

「はいはい、5人目行きますわよ。ヴァスカル出身の魔導兵士、ドミニカ。火魔法を得意とする魔法使いですわ。体格の良さや俊敏性はないものの魔法の扱いには長けていたので、距離を取られると一気に焼かれてしまうでしょうね」

 

「さっき言ってたみたいに、オクトーさんなら大丈夫そうな相手だね。今のところ半分以上は大丈夫そうな気がするけど?」

 

 

 マリンはサフィアに笑い返し、そのまま説明を続けた。

 

 

「次、6人目。ラウディ出身の兵士、ヴォルク。様々な荒波や、あの巨大砂嵐に幾度となく立ち向かった勇気と不屈の精神を持った方です。使用していた武器は木製の大剣ですわ」

 

「あの砂嵐に生身で!? 6年以上前ならまだルカも来ていないだろうし、とんでもない奴だな……。この中じゃ一番しぶとそうだ」

 

「最後、7人目」

 

「あれっ、私の解説は!? 楽しみにしていたのに……」

 

「あなたは説明するまでもない……と思っていましたが、仕方ありませんわね。8人目の説明もしましょうか」

 

 

 それを聞いて、オクトーは嬉しそうにしている。

 マリンは話を続ける。

 

 

「それでは7人目。ノーリス出身の発明家、ホロウ。機械の装甲を身にまとって戦うという、規定スレスレの戦法で勝ち上がっていました。ですが、6年も経っているとなるともっと凄まじい装甲を持ってくる可能性もありますわね……」

 

「鎧は禁止していませんでしたからね。流石に拳が通らない程の硬さですと、他の勝ち筋を探すしかありませんが……規定違反でない以上、正々堂々と戦うしかありません!」

 

「では最後、8人目の候補者。セプタ出身の一般人、オクトー。元は旅人だったらしいのですが、なぜか運営業務の職員募集にいち早く応募してきた全てが謎の男ですわ。知っての通り、体術だけで勝ち上がっています」

 

「旅人なのにこんな仕事に就くとは、よっぽどマリンにご執心とみた。確かに旅人なら強いのも納得がいくが、素性については謎といえば謎か」

 

「過去などどうでも良いのです! 今はマリン様の右腕であるという事実が大事なのですから!」

 

「はいはい、別に今さら過去を詮索するつもりなんてありませんわ。実際、あなたが居てくれて助かっているところが大きいですから」

 

 

 それを聞いて、オクトーは嬉しそうに胸を張る。

 マリンはそのまま名簿を閉じ、元あった棚に戻す。

 

 

「とりあえず、オクトーには優勝してもらわなければなりません。明日からは対策でも立てつつ、大会の準備を進めましょうか」

 

「かしこまりました。一応マリン様は支配人ですので、この後から通常業務に戻って頂きたいのですが……」

 

「まぁ……少しでもあなたの負担を減らすに越したことはありませんわよね。仕方ありませんわ。2人は街でも散策しておいて構いませんわよ」

 

「何か手伝えることがあるなら……って言っても、下手にアタシたちが関わると余計に仕事を増やしちまう気がする。しばらくはサフィーと買い物でも楽しむことにするよ」

 

「ぬぐぐ……! 羨ましいですわ……! っはぁ……でも今回は我慢ですわね。2人で楽しんでいらっしゃい」

 

「うん。お姉ちゃんも頑張ってね!」

 

 

 こうしてノエルとサフィアはプリングの街を見て周り、マリンは支配人としての業務に専念するのであった。



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60頁目.ノエルと銅鑼と賞品と……

 それから3日が経過した。

 マリンは運営業務に専念しており、マリン杯の準備は着々と進んでいた。

 大会が発表されて数日しか経っていないにも関わらず、各国から多くの観客が集まりつつあった。

 候補者たちも全員出場が決定し、マリン杯開催は目前となっていた。

 そんな中、ノエルとサフィアは駅に張り込んで魔導士らしき人物がいないかを探っていたが、ヴァスカルから来た魔導士がいる程度で、さしたる魔導士は見つからなかったのであった。

 

 

「やっぱり優秀な魔導士なんかが闘技大会を見に来るわけないか……」

 

「今のところ大体は国が雇っていたり、そもそも外界に興味がなかったりですもんねぇ。数日前に発表された大会をわざわざ見に来るほど暇じゃないってことでしょうか」

 

「ま、そもそもあまりにやることなくて暇つぶしに始めたことだし、見つからなくても文句は言わない。だが……」

 

「お姉ちゃんがいないことで、ここまで暇を持て余すことになるなんて……」

 

 

 2人は深く溜息をついた。

 思っていたよりもマリンの存在が旅に欠かせない存在となっていたことを、今さらながらに実感するノエルとサフィアであった。

 

 

「それにしても……」

 

 

 ノエルは振り向き、駅から見える大通りを眺める。

 

 

「本当にここまでの観客が押し寄せるくらい人気なんだな、あいつの闘技場……」

 

「そうですねぇ。まだ3日前のはずなのに人がいっぱいいて、色んな国から色んな人たちがこんなに集まって……。宿の部屋数、足りるんですかね?」

 

「あぁ、それなら全く問題ないだろう。聞いた話によると、サラマンダーの獣人ってのは火山の真下の集落に住んでいるらしく、この辺りにある大量の建物は全部観客用なんだそうだ」

 

「そう考えると、本当に国を挙げた大興業なんですよね、コレ。それにお姉ちゃんが関わってるなんて未だに信じられません……」

 

「そりゃアタシもさ。ここまでのことを国に頼んで実現させた上に、それが今でも大成功しているなんて、とんでもない才能だ。あいつが一体何者なのか、アタシには分からなくなってきたよ……」

 

 

 そう言って、2人は空に輝く赤い光膜をじっと見つめる。

 

 

「……ま、この件が全部終わったらあいつに聞けばいい話だし、悩んでてもしょうがないか! そろそろ昼時だし、サフィー、何か食べたいものはあるかい?」

 

「それなら今日は断然、お肉ですよお肉! どうやらこの近くに、溶岩の上で肉を焼いて提供する溶岩焼きという名物を売ってる出店があるそうで、プリングの名物なんだとか!」

 

「ほう……。火山地帯に住むサラマンダーならではの調理法ってわけだ。興味が湧いた、早速行くぞ!」

 

「はいっ!」

 

 

 こうして2人はプリングを堪能しつつ、マリン杯の開催を心待ちにするのであった。

 

 

***

 

 

 それからさらに3日が経過し、マリン杯当日。

 早朝から闘技場正門前には長蛇の列が形成され、多くの人々が8人の候補者の誰が優勝するかを賭けていた。

 そして、昼を過ぎてようやく開催準備が整ったのであった。

 闘技場には5万人を超える観客が大陸中から押し寄せ、熱狂が渦巻いていた。

 ノエルとサフィアは、マリンと一緒に観客席のさらに上にある主催者席に座り、その様子を唖然として眺めていた。

 ノエルはマリンに尋ねる。

 

 

「な、なあ……。毎回こんなに来るのか……?」

 

「いえ、いつもなら多くてせいぜい1万人ほどです。ただ今回は普通の大会とは違いますもの。各国の猛者が集い、わたくしという優勝賞品をかけて闘う。それは即ち、最強の男がいる国を決める闘いに他ならないのですわ!」

 

「最強って言っても、お前と結婚したいやつ限定だけどな。まあ……その事実はこいつら観客にとってはどうでもいいことってわけか」

 

「そもそも候補者の人たちってどうして前のマリン杯に出場したんだろう? お姉ちゃん、確かに美人だしお金持ちっぽく見えるかもしれないけど……ねぇ?」

 

「ねえ、サフィー? 今のは褒めたんですの? 貶したんですの?」

 

「うーむ……。名簿を見た限り、年齢層は25〜55歳……。かなりまばらだな」

 

 

 サフィアに詰め寄るマリンの肩を片手で抑えつつ、ノエルは名簿をめくっていた。

 すると、そこに道着に着替えたオクトーがやって来て言った。

 

 

「理由は人によると思いますよ。私は単純にマリン様に惚れたというだけですが、他の人に取られるわけにはいきませんので」

 

「おぉ、誰かと思えばオクトーか。スーツじゃないから一瞬分からなかったよ」

 

「オクトーさんはそうだろうと思ってたけど、他の候補者の人たちの理由がよく分かんないだよね」

 

「そうですね……。私も一部の候補者からしか聞いていませんが、ほとんどは結婚相手が職業柄見つからないから、と……」

 

「あぁ……ほとんどが国の兵士なんだっけ……。全く……優勝賞品を自分にするマリンもマリンだが、それに釣られる連中も連中だな」

 

「あの頃のわたくしは、理由はどうであれ自分の修行に生涯付き合ってくれる殿方がいればそれで良かったのです。ちゃんと予選に出場する候補者は面談で選んだ上で決めているので、人柄については特に問題ありませんでしたし──」

 

 

 するとその瞬間、定刻を告げる銅鑼が鳴り響いた。

 

 

「おっと、そろそろ控え室に戻らなければ。私はこれで失礼します」

 

「あぁ、頑張れよー」

 

「あたし、信じてますから!」

 

「主催者として天秤を傾けるわけにはいきませんけれど……。今回は仕方ありませんわ。わたくしの未来、あなたに託しましたわよ」

 

「ええ……。必ずや私が勝利を掴んでみせますとも!」

 

 

***

 

 

 しばらくして再び銅鑼が鳴り、マリン杯・開会式が始まった。

 マリンは風魔法を用いた魔具『拡声器(メガホン)』を手に取り、主催者席の前方にある司会台に立った。

 すると、先ほどまで騒がしかった観客たちは一斉に黙り、マリンに注目する。

 

 

「あ、あー……よしっ……」

 

 

 マリンは目を閉じ、深呼吸をして、拡声器(メガホン)を口の前に持ってきて言った。

 

 

「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございますわ! わたくし、本大会の主催者および優勝賞品のマリンと申します!」

 

 

 その瞬間、観客たちから歓声や拍手が挙がる。

 

 

「さて、本大会の名称は『マリン杯』。皆さま知っての通り、優勝者はわたくしと結婚する権利が与えられます……。ですが! それですと、準優勝者以下の方に何もないのはあんまりではないか、ということで賞品を追加することに決まりましたわ!」

 

 

 観客たちはさらに盛り上がり、「なんだなんだ?」と声が上がっている。

 すると、闘技場の中心にある広場に、3つの机が運ばれてきた。

 机の上には何かが乗っているが、布で中身が分からないようになっている。

 

 

「今から紹介しましょう。中央の闘技台をご覧くださいませ。まずは4位の賞品から!」

 

 

 マリンの声に合わせて、端の机の布が払われた。

 そこには小さな紙の束が積まれていた。

 

 

「4位の賞品は、豊穣の国・フェブラで収穫された新鮮な野菜と引き換えられる商品券1年分! 家族や友人たちと美味しい野菜料理を食べるも良し、換金するも良しの贅沢な賞品ですわ!」

 

 

 それを聞いた途端、ノエルたちも観客と一緒に盛り上がった。

 

 

「サクサクいきますわよ。続いて3位の賞品!」

 

 

 するともう片端の机の布が取り払われた。

 そこには人の身長くらいの大きさの、黒い立方体があった。

 

 

「こちら当国、火山の国・プリングで発掘された、大陸一硬い鉱石。その名も『金剛魔鉱』! 武器や防具に加工するも良し、殴って鍛錬するも良し、換金して一生分のお金を手にするも良しの超・貴重な賞品ですわ!」

 

 

 ノエルとサフィアはヒソヒソと話し始める。

 

 

「何であんな代物をあいつは用意できてるんだ……?」

 

「く、国が見繕ってくれただけかもしれませんよ? 流石にあれを手放せるほどの精神力をお姉ちゃんが持ってるわけありませんし……」

 

「それ以前にあんな大きさの金剛魔鉱、簡単に手に入る代物でもないはずだが……。まぁ、この国の宝物庫になら金剛魔鉱がゴロゴロあってもおかしくはないか」

 

 

 観客が貴重な賞品に目が眩んでいるうちに、マリンは紹介を続けた。

 

 

「さあ、次が最後……準優勝者の賞品の発表ですわよ! 一生分のお金が手に入る鉱石よりもさらに豪華な賞品……。いざ、お目見えですわ!」

 

 

 中央の机の布が取り払われると、そこには小さな何かが置いてあった。

 

 

「えー……わたくしの目にも今そこに本当にあるのか、小さすぎてよく見えておりませんが……。それなるはわたくしが祖母から受け継ぎ、長い時を経てこの国の文化を支える重要な神器……」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「マリン、お前!?」

 

 

 マリンは少し振り向き、左手で「シーッ」と合図を送る。

 2人はその小指に確かに指輪があることに気付き、混乱しつつも静かにした。

 

 

「コホン……。そもそも神器とは、お金に換算するならば10人から20人ほどを一生養えるほど貴重な品物……。そして、その指輪はわたくしにとっても一生ものの宝物ですわ。ですので、流石にそれを賞品にするのは大問題……。ということで!」

 

 

 マリンは左手を上に掲げて言った。

 

 

「そこにありますは、わたくしが持つこの神器『藍玉の涙(ティアマリン)』の()()()! 能力としてはこれの下位互換にはなりますが、寒冷、熱暑、気圧変動など様々な環境にある程度適応できるようになる神器ですわ!」

 

 

 その瞬間、観客は一斉に湧き上がり、闘技場内は再び熱狂渦巻いている。

 

 

「なるほど、エストの『複製(リバイバル)』か。神器を安売りするのもどうかと思うが……。ま、確かに金剛魔鉱よりは断然価値がある賞品だな」

 

「でもどうしてそんなものがここに……? エストさんは1年も前にヘルフスに行ってるんですよね?」

 

「用意周到なマリンのことだ。エストにいくつも複製品を作ってもらってたんだろうさ。チッ、アタシの分はないくせに……」

 

「そ、それくらいならお姉ちゃんに言えばもらえるんじゃないですか?」

 

「物乞いをしてるみたいで嫌だ」

 

「あー、なるほど……」

 

 

 そんなことを話しているうちに賞品は片付けられ、それと同時に銅鑼が鳴り響いた。

 

 

「さあ、賞品の発表が終わったところで、皆様方お待ちかねのアレと参りましょう! 選手、入場っ!!」

 

 

 すると、闘技台の壁面が8方向に開き、その中からそれぞれ1人ずつ候補者たちが出てきた。

 そして全員が横一列に並び、マリンの方を向いた。

 

 

「それでは、一人一人紹介していきましょう! まずは──」

 

 

***

 

 

「──以上の8名で試合を行なっていこうと思いますわ!」

 

 

 発明家のホロウを除き、候補者たちの装備は名簿にあった通りのままだった。

 観客たちは1人紹介する度に興奮していき、次第に「早く試合を始めろー!」と野次が飛び始めるくらいにまで発展している。

 マリンはその声に耳を傾けつつ、進行を続ける。

 

 

「えー、それでは最後に大会の規則について説明します。大会の形式は至って単純、1対1での勝ち上がり戦です。正当性を出すために、当たる相手は()()()()()()に応じて振り分けさせていただきましたわ」

 

 

 マリンが手で合図を送ると、巨大な白地の垂れ幕がマリンの上の壁に出てきた。

 

 

「こちらが今回の対戦表と、賭け金の割合……つまりは観客の皆様が手にする報酬の倍率ですわ!」

 

 

 一人一人の名前の隣に数字が書いてあり、期待値順に並べられているのがはっきりと分かる表であった。

 

 

「それでは、選手の皆様には一度控え室に戻って頂きますので、しばらくお待ち下さいませ!」

 

 

 候補者たちは全員壁の中に戻っていき、それを確認したマリンは一息ついてノエルたちのところに戻ってきた。

 

 

「お疲れ。まさかあんな賞品を用意してたとはねぇ」

 

「必死に考えてお金を払った結果があんな風に喜んで頂けるなんて、悪くない気分ですわ〜」

 

「もはやお金持ちの発言だよ、それ。っていうか、お金出してるのって国でしょ?」

 

「その通りですが、そのお金を動かしたのはこのわたくしですもの! 実質、わたくしのお金ですわ!」

 

「サフィー、言わせておけ。どうせ、あとで色んな美味しいものをご馳走になれるんだから」

 

「お姉ちゃん、最高!!」

 

「な、なんてことを吹き込んでますの……」

 

 

 すると、マリンの元に職員が準備完了の報告をしに来た。

 マリンは拡声器(メガホン)を持って司会台に立つ

 

 

「えー、それでは準備が完了したようなので、始めさせていただきますわ。第一試合、ラウディ出身・ヴォルク対ヘルフス出身・フォール! 選手入場ですわ!」

 

 

 こうして第二回マリン杯の幕が上がるのであった。



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61頁目.ノエルとあくびと一回戦と……

 第一試合。

 木製の大剣を手に戦う海の兵士ヴォルクと、棍棒を振り回す雪原の兵士フォールの試合はなかなかに白熱した試合となった。

 この2人の賭け金の倍率は最も高く、2人に賭けた観客の数は全体の1割にも満たなかったのだが、予選を勝ち抜いた実力だけは確かであり、観客の中に目を離した者はいなかった。

 そしてノエルたちも例に漏れずその中の1人であった。

 

 

「あんなデカい剣を片手で振り回しながら棍棒をひょいひょい避けて……。とんでもない体幹してるぞ、あのヴォルクとかいう奴……」

 

「うわっ! 今の一撃痛そう……。どうしてそれでも全く怯まずに立ち向かえるの!? ノエル様、フォールって人も凄いですよ!」

 

「あぁ、やはり何かを求めて争う戦いというものは圧巻だな。とはいえ、あいつらの戦いももちろん凄いんだが、それより頑張ってるヤツが……」

 

「はい……」

 

 

 ノエルたちは司会台に立つマリンの方を見る。

 

 

「おっと! ヴォルク選手、フォール選手の棍棒を大剣で叩き落とし、その上に乗ったー! 凄い体幹だー! だがしかしフォール選手、棍棒から手を離し……おおっと! 武器を捨ててヴォルク選手の大剣を素手で受け止めたー!」

 

 

 マリンは戦況を実況して、観客を盛り上げていたのであった。

 

 

「実況がなくても楽しめるんだろうが、なぜかあいつの実況分かりやすくて聞いていられるんだよな……」

 

「あたしとしては実況であれなんであれ、音がないと寂しいですけどねぇ。でもお姉ちゃんって盛り上げ上手だから、実況とか確かに向いてそう……」

 

「おっ、棍棒を取り直して戦況が戻ったな。これ、どっちかが降参するか倒れるかすれば試合が終わるんだろうが、どっちも強いとなかなか決着がつきそうにないな?」

 

「えぇ、そうですねぇ……?」

 

 

 サフィアは言葉に含みを持たせつつ、ノエルとマリンを交互に睨みつけるのであった。

 それから30分が経過し、第一試合はフォールの棍棒が折れたことでフォールが降参し、ヴォルクの勝利となった。

 

 

***

 

 

「続きまして、第二試合! メモラ出身・ベニア対セプタ出身・オクトー! 選手入場ですわ!」

 

 

 すると闘技台の壁面が開き、オクトーの姿がノエルたちの目に映る。

 オクトーはマリンの方へ目をやると、見えないくらい軽く手を振ってベニアの方へ向き直った。

 対するベニアはオクトーと比べるととても巨漢で、今にも潰されそうなほど体格の差がはっきりしていた。

 

 

「両者ともに準備はできましたわね! それでは……戦闘開始(ファイッ)!!」

 

 

 ベニアもオクトーも武器を使わない体術使いだからか、賭け金の倍率は先ほどの2人より少し低い程度であった。

 賭けた観客の合計も全体の1割弱である。

 銅鑼が鳴らされると同時にノエルは椅子にもたれかかり、大きくあくびをした。

 

 

「あの体格差だ。オクトーとしては隙をつける体力勝負に持ち込みたいだろうし、またしばらくかかりそうだねぇ」

 

「いっ……!? いえ……ノエル様……」

 

「ん? まさかオクトーが一瞬で負けたとか…………なあっ!?」

 

 

 闘技台を見たノエルは絶句した。

 この状況を一言で説明するならば、()()()()()()()、と言うべきだろう。

 闘技場の中央の地面に、ベニアがうつ伏せになってめり込んでいた。

 そしてそのめり込んだ体の上に、オクトーがニコニコしたまま立っていたのである。

 無論ノエルだけでなく、観客は皆その状況に言葉を失っており、闘技場内はしんと静まりかえっている。

 その静寂を破ったのはマリンの声だった。

 

 

「き……決まったー! 一瞬で終わった第二試合、勝者はオクトー! 皆様、盛大な拍手を!」

 

 

 その瞬間、観客たちは我に返り、拍手喝采が湧き起こった。

 

 

「な、なあサフィー? 今の一瞬で何が起きた?」

 

「ええとですね……。銅鑼がなった瞬間に2人とも前に突撃したんですけど、ベニアって人がつまづいてその瞬間にオクトーさんが上から蹴り落とした……んだと思います」

 

「つまづいたのに一瞬で気づいて、あの巨体の上に飛んで蹴り落とした……? そんなの人間の反応速度を越えてるぞ……?」

 

「だからみんなびっくりしてるんじゃないんですか?」

 

「それはそうなんだが……。まあ、元から蹴り落とすつもりで偶然が重なったって可能性もあるか……?」

 

「あとで聞いてみましょうよ。とにかく今はオクトーさんの勝利を喜ぶ時ですよ! オクトーさーん!!」

 

 

 サフィアはオクトーに向かって大きく手を振る。

 オクトーはそれに気づいてにこやかに手を振り返し、そのまま退場していった。

 そして4人の職員が急いで気絶したベニアの元へ駆けつけ運び出し、5分ほどで闘技台が元に戻った。

 

 

***

 

 

「えー、続きまして第三試合! ノルベン出身・ヌーボー対ヴァスカル出身・ドミニカ! 選手入場ですわ!」

 

 

 垂れ幕に書いてあるこの2人の賭け金のレートには大きな差があった。

 火魔法を操る魔導士であるドミニカの方がヌーボーの5分の1以下の倍率なのであった。

 使用可能な魔法の階級を制限しているとはいえ、相手の武器を燃やすことができる以上は当然の倍率である。

 しかし倍率順に並べると、仕方なくこの対戦になってしまうのだった。

 

 

「それでは……戦闘開始(ファイッ)!!」

 

 

 次は見逃さないようにと、ノエルはドミニカの方をじっと見つめる。

 すると、ドミニカはヌーボーの持つ木製のハンマー目がけて火球を放つ。

 

 

「まあ、普通はそう動くよな。だが……」

 

「あぁっ! 火球がハンマーで叩き落とされてます! あれじゃ火魔法の意味がありません!」

 

「相手の動きさえ分かっていれば、対策はいくらでも立てられる。ヌーボーの方が一枚上手だったか……?」

 

「あ、火柱に切り替えました! ハンマーがみるみる燃えていますよ!」

 

「お、ちゃんとそっちも対策立ててたんだな。確かに火球よりも継続的に燃やすことができる火柱の方が武器破壊には向いているか」

 

「ん? でもヌーボーって人、そのままドミニカって人の方へ走って詰め寄ってます! ハンマーから手を離さないと燃えちゃうのに!」

 

 

 サフィアの言う通り、ヌーボーは燃えるハンマーを構えたままドミニカに迫っていた。

 そしてそのハンマーを頭の後ろに大きく振りかぶり、ドミニカの頭に向かって思い切り振った。

 鈍い音と共に、ドミニカはその場で倒れ込んだ。

 それを見たヌーボーはハンマーを捨て、高らかに叫んでガッツポーズをしている。

 

 

「うっ……! 今、流石に無事じゃ済まない音が……」

 

「なるほど……。その手があったか……」

 

「ノエル様……? って、あれ? 決着ついたはずなのにお姉ちゃんも黙ってる……?」

 

「よく見てみな。ドミニカの頭のところだ」

 

「え……? あ、何か見えます! 何か半透明というか……光っているというか……」

 

「強化の土魔法だよ。あの一瞬だけ頭の周りを守って、今はさしずめ死んだふり中ってとこだろうさ」

 

 

 すると、ドミニカは倒れたまま、後ろを向くヌーボーに向かって手をかざし、火球を幾度となく放った。

 隙を突かれたヌーボーの服は燃え、その間にドミニカは起き上がってヌーボーから距離を取る。

 そして、ドミニカは火魔法を止め、全裸となったヌーボーに向かって手をかざすのであった。

 ノエルはヌーボーの服が燃えた時点で、サフィアの目を手で覆っていた。

 

 

「決まったな」

 

「あ、あのノエル様。急にそんなこと言われても何が起きてるか分かんないんですけど……」

 

「すまないが、次の選手入場まではマリンの実況でも聞いていてくれ。サフィーには目に毒というか何というかだから、な?」

 

「は、はい……」

 

 

 ヌーボーは手で身体を隠しながら「降参だ!」と叫んだ。

 

 

「決着ですわ! 勝者はドミニカ! 皆さま、勝者に盛大な拍手を!」

 

 

 ドミニカは手を下ろし、そのまま退場していった。

 それを追って、ヌーボーも逃げるように退場するのであった。

 その様子を確認したノエルはサフィアの目を覆っていた手を離し、一息ついた。

 

 

「はぁ……。次で一回戦は最終試合か。残る候補者は……」

 

「えーと……。サラマンダーの獣人のセレッソって人と、発明家のホロウって人ですね」

 

「それだけ聞くとセレッソが勝ちそうだが、倍率を見る限りホロウに賭ける人間が多いみたいだねぇ」

 

「やはり機械の使用が理由でしょうか。ただの装甲だけならまだしも、規定内で許される武器なら何でも使う人……でしたっけ」

 

「いくらサラマンダーの獣人でもただの木剣じゃ勝てっこないだろうね。全く、これのどこが正当性のある振り分けだって?」

 

「ま、まあ、良い戦いをするよう振り分けるよりは、圧倒的な方が闘技場的に盛り上がるとか……。もう決まってることですし、こればかりは仕方ありませんねぇ」

 

 

***

 

 

「第四試合! プリング出身・セレッソ対ノーリス出身・ホロウ! 選手入場ですわー!」

 

 

 すると壁面から、大柄なサラマンダーの獣人が闘技台の真ん中に向けてドスドスと歩いてきた。

 しかし、観客の目はその反対の壁面に向いていた。

 壁の奥からガシャンガシャンと音が聞こえ、暗闇の中からセレッソの身長の2倍はある巨大な金属の塊が歩いてきたのである。

 機械の中央には小柄なホロウが立っており、その正面はガラスのようなもので守られていた。

 

 

「……やっぱりあれは反則じゃないか?」

 

「も、もう決まってること……ですから……。いえ……もうこれは無理のある言い訳ですね……」

 

 

 ノエルたちが言葉を失うほど、その戦力差は圧倒的であった。

 そして言うまでもなく、勝負は一瞬で決まった。

 戦闘開始と同時に、ホロウは両手につけた鉄球を振り回し、セレッソは盾を構えるも吹き飛ばされ、そのまま壁に激突して気絶してしまったのであった。

 

 

「しょ、勝者、ホロウ! 皆さま、この圧倒的な勝利に喝采を! 果たして彼を倒す者は現れるのでしょうか! それでは、次の試合までしばらく休憩といたしますわ!」

 

 

 こうして、一回戦は想定よりも早く終わったのであった。



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62頁目.ノエルと間合いと二回戦と……

 二回戦前の休憩時間中。

 ノエルとサフィアは、ホロウの装甲について休憩中のマリンに詰め寄っていた。

 

 

「おい、流石にあれを許可するのはマズいだろ! オクトーどころか誰も勝てないんじゃないのか!?」

 

「そうだよ! どうしてあんなのを許可したの、お姉ちゃん!」

 

「2人とも落ち着いてくださいな。強さに限度があるというのも分かりますが、ちゃんと彼には手加減させてますのよ?」

 

「そんなの見てるだけじゃ判断できないだろ。ただの口約束で手加減なんて…………あっ!」

 

「も、もしかして『魂の盟約』!?」

 

 

 2人は閃いた表情をするが、マリンは首を振った。

 

 

「魂の盟約はあくまで約束をした()()()約束を強制的に守らせるものですわ。機械の方がどう暴れようと、盟約には関係ありませんわよ」

 

「え? なら、本当に口約束しただけなのか……?」

 

「それも違いますわ。そんなの魔女のやり方として全く合理的じゃありませんもの」

 

「じゃあどうやって手加減させてるの?」

 

「簡単な話ですわ。実はわたくしがあの機械に()()をかけていますの。ある一定以上の力を加えると燃料に火を付ける魔法を、ね」

 

「う、うわぁ……。手加減しないと自爆してしまうってわけか。危険で残酷な縛りだな……」

 

 

 マリンは机に置いてあった水を飲み干し、言った。

 

 

「というかそもそもの話、残った方々ならホロウさんの装甲を破壊することなんて朝飯前ですわよ」

 

「え? でもホロウさんの次に期待されてたセレッソさん、一発で伸されてたよ?」

 

「あの方だってちゃんと戦えば装甲を壊せていましたわ。実際のところ盾が壊れただけで、鉄球の衝撃はセレッソさん本人に通っていませんもの」

 

「鉄球で飛ばされて、壁に激突した衝撃の方で気絶しただけってことか。つまりあの獣人は立ち回りを間違えて負けた、と?」

 

「そういうことですわね。そこまで圧倒的な戦力差があったら大会として全く面白くありませんもの。予選を勝ち抜いている時点で、どの方も引けを取らない実力者であることは確かですわ」

 

「なるほど、それを聞いて納得したよ。アタシたちが知らないところでちゃんと仕事をしてたってわけだ。おかげでこの大会はきちんと正当性のあるものだと確信できた」

 

「それは何よりですわ」

 

 

 マリンは嬉しそうに笑った。

 そしてその瞬間、再開を告げる銅鑼が鳴った。

 

 

「それでは、行ってきますわね」

 

「実況、楽しみにしてるぞ」

 

「行ってらっしゃい!」

 

 

 マリンが司会台に戻ると同時に、銅鑼の音が鳴り止んだ。

 

 

***

 

 

「さて、白熱した試合を見せてくれた一回戦。そこで勝ち上がった4名の方と、二回戦の対戦表を確認いたしましょう!」

 

 

 その声と同時に、休憩時間中に回収されていた垂れ幕が再び現れた。

 垂れ幕には新しく2段目に名前が追加されている。

 

 

「確認できましたでしょうか。それでは二回戦・第一試合と参りましょう。まずは、第一試合にて30分もの死闘を繰り広げた、大海を制する男の中の男、ラウディ出身ヴォルク!」

 

 

 観客は沸き、ヴォルクが大剣を担いでその声援に応えながら入場してきた。

 

 

「そして、一方こちらは一瞬で勝負を決めた当闘技場の支配人代理にして体術の鬼、セプタ出身オクトー!」

 

 

 観客はさらに沸き、オクトーが()()()()手を振りながら入場してきた。

 マリンは頭を抱えつつ、司会を続ける。

 

 

「さあ、彼らの賞品獲得は確実なものとなっております。ですが、彼らが狙うは優勝のみ。さぞ白熱した試合となることでしょう。では、参りますわ!」

 

 

 マリンが左手を上に掲げると、ヴォルクは大剣を構え、オクトーも拳を構える。

 

 

「二回戦・第一試合! 戦闘開始(ファイッ)!!」

 

 

 その掛け声と同時にヴォルクは大剣を振りかざして突進し、凄まじい速さでそれを振り下ろした。

 その瞬間、オクトーはその大剣を側面から殴り、その反動で横へ回避したのであった。

 それを見ていたノエルは呟く。

 

 

「この勝負、間合いを好きなだけ変えられるオクトーの方が有利なはずなんだが、正直なところ何とも言えなくなってきたな……」

 

「どういうことですか?」

 

「あのヴォルクとかいう男、かなり瞬発的に動けるよう鍛えている。オクトーに距離を詰められても、体術に切り替えてやりあえるくらいの実力はあるだろうね」

 

「なるほど、油断は禁物ってことですね……」

 

 

 オクトーは大剣を持ち直そうとしているヴォルクの隙をついて、横腹に拳を当てようとする。

 しかし、それに気づいたヴォルクは瞬間的に腕でそれを庇い、大剣と共に後ろへと飛ばされた。

 姿勢を立て直したヴォルクは痛そうにしている様子もなく、平気な顔で大剣を構えている。

 

 

「おおーっと、ヴォルク選手! オクトー選手の強烈な一撃を防ぎ、体勢を立て直したー!」

 

 

 マリンの実況と共にヴォルクへの声援が上がり、会場全体の興奮が高まっている。

 ノエルたちもいつの間にかオクトーではなくヴォルクを応援していたことに気がついた。

 そして2人ともハッとして、オクトーに声援を送るのであった。

 

 

***

 

 

 一方その頃、オクトーは大剣の間合いを読みつつ思考を巡らせていた。

 

 

「(攻撃後の隙を突くというのは流石に読まれますね……。ですが、あの大剣相手だと正面でも空中でも反撃を受けてしまう。となると……)」

 

 

 オクトーは構えたままじりじりと距離を詰め、大剣の間合いに入る。

 その瞬間、ヴォルクは掛け声と共に大剣を振り、再びオクトーに斬りかかった。

 

 

「(まずはあの厄介な武器を封じる!)」

 

 

 ヴォルクが大剣を振り下ろした瞬間、オクトーは後ろへ飛んで下がり、その反動で大剣の(むね)(刃がついていない方)に目掛けて空中かかと落としをした。

 すると、大剣の重さとオクトーのかかと落としの威力が合わさり、大剣の先が地面に刺さってしまったのだった。

 

 

「(よしっ、あとはこいつを抜こうとするところに連撃を──)」

 

「ふんぬっ!」

 

「なっ……!?」

 

 

 オクトーが距離を詰めようとしたその時、ヴォルクは大剣の(つか)(手に持つところ)に同じようにかかと落としをした。

 そして大剣は地面から抜け、空中で3回転してヴォルクの手元に戻ってきたのであった。

 

 

「甘いな。こいつをそう簡単に封じられてたまるかよ」

 

「やりますね……。流石、30分もの大立ち回りをするだけのことはある」

 

「お前こそ、すばしっこくて手強い手強い。楽しい戦いができるってもんだ! がっはっは!」

 

「でも、次はそうはいきません……よっと!」

 

 

 オクトーは一気に距離を詰め、右手の拳を後ろに溜める。

 ヴォルクはすかさず大剣をまっすぐ構えて、反撃の構えを取った。

 しかしその瞬間、オクトーは姿勢を低くしてさらに距離を詰め、そのままヴォルクの足を内側から蹴飛ばした。

 ヴォルクは片足を取られたが、持ち前の体幹でどうにか転ばずに持ち直そうとする。

 その隙をオクトーは見逃さなかった。

 

 

***

 

 

「ん……?」

 

「どうかしましたか、ノエル様?」

 

「いや……。今一瞬、オクトーの腕が光ったような……」

 

「んー。お日様の下っていうのもありますけど、あたしは気付きませんでした」

 

「まさかあいつ……」

 

 

 オクトーは一気に加速し、もう片方の足を蹴り飛ばしてヴォルクを転ばせた。

 そしてヴォルクの胴体を空中から殴り落としたのであった。

 

 

「こりゃ、決まったな」

 

 

 ヴォルクは背中を地面に打ちつけられた衝撃からか、気を失っている。

 オクトーはヴォルクの手から離れた大剣を取り、上に掲げ、咆哮した。

 

 

「ヴォルク選手、立ち上がりません! よって勝者、オクトー! 皆さま、彼に大きな声援と拍手をお送りくださいな!」

 

 

 観客たちは歓喜し、オクトーに声援を送っている。

 それと同時に、気絶するヴォルクにも声援が送られているのであった。

 

 

「さあ、次の試合の準備ができるまでしばらくお待ちください! 次は二回戦・第二試合ですわ!」

 

 

***

 

 

 ノエルは先ほど見た光景と試合を振り返っていた。

 

 

「腕が光った瞬間、あいつの速さが尋常じゃないくらい速くなっていた。あれはもしかすると、腕輪みたいな魔具の一種なのかもしれないな」

 

「腕輪型の魔具ですか。でも加速するような魔法ってありましたっけ?」

 

「いいや、あれは恐らく加速ではなく自分以外の時間を遅くする時魔法だ。流石に回数制限とか時間制限とかはあるんだろうけどね」

 

「なるほど、時魔法の魔具というのも珍しいですね?」

 

「おや、珍しくはないよ。ただとても高値で売られているからアタシたちと縁がないだけさ。使える魔導士が少ないからこそ、特殊魔法を使える魔導士は魔具職人たちから引っ張りだこなんだとか」

 

「そんなお高い貴重な魔具を使うなんて、オクトーさん……。太っ腹ですね!」

 

 

 ノエルはサフィアの言葉に苦笑いしながら、退場するオクトーを見つめるのだった。



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63頁目.ノエルと策士と一瞬の出来事と……

 二回戦・第二試合。

 火魔法を操る魔導兵士のドミニカと、機械装甲を装着したホロウの試合である。

 会場はホロウが圧勝するだろうという空気になっており、ドミニカを応援する観客はほんの少しだけだった。

 ノエルは2人が入場完了したのを見てサフィアに尋ねた。

 

 

「サフィー、どっちが勝つと思う?」

 

「当然、ホロウって人が勝つと思ってますけど……。逆にそう聞くってことは、ノエル様はドミニカって人が勝つと思ってるんですか?」

 

「あぁ、そうだとも。アタシは機械というものには疎いが、機械の素材のことくらいは分かる。金属ってのは熱に弱いものだろ? だからドミニカにも勝算はあるはずだ」

 

「でも耐熱性のある金属を使ってる可能性もありません? 前回大会で本戦出場者は決まってましたし、対策してないわけはないと思うんですけど」

 

「ふーむ、確かに……。だがドミニカには隠し玉の土魔法もある。色々戦いようはあるだろうさ。この目で確かめるとしようじゃないか」

 

「一瞬で終わらないことを祈るばかりですが……」

 

 

 そんなことを話しているうちに、マリンの戦闘開始の合図が闘技場内に響き渡った。

 ノエルたちは少し前のめりになって試合を眺める。

 先んじて動いたのはホロウだった。

 一回戦の時と同じように大きな鉄球がついた腕を振り回し、ドミニカに突撃する。

 そして鉄球がドミニカに当たったと観客全員が思ったその次の瞬間、ホロウを含む全員が驚きの声を上げた。

 

 

「おおっと! これはどういうことでしょう! ドミニカ選手に鉄球が直撃したと思えば、みるみるうちにその姿が()()()()()消えています! 一体ドミニカ選手はどこに消えたというのでしょうか!」

 

 

 ノエルとサフィアも他の観客と同じように驚いていたが、マリンの声を聞いてハッとした。

 

 

「そ、そういえば前にこんな魔法見たことある気がします!」

 

「あぁ、アタシもだ。これは──」

 

「「マリン(お姉ちゃん)が昔使っていた、分身の魔法!」」

 

 

 そう言って、ノエルはマリンの方を見る。

 

 

「何が『どういうことでしょう!』だよ。自分が使ったことあるくせに……」

 

「今思うと、あれって火魔法だったんですね。お姉ちゃんが火魔法しかまともに扱えないのすっかり忘れてました」

 

「あぁ、思い出した。中級火魔法『陽炎の分身(ミラーズ・デコイ)』だ。空気を熱して上昇気流を起こし、そこに生まれた()()()()に自分を映し出す魔法さ」

 

「ということは、本体は近くにいるはず……。あっ、いました! ホロウって人の後ろです!」

 

 

 ホロウは観客のどよめきによって目の前で消えたそれが幻影であったことに気づき、周りを見回している。

 そして自分の後ろにドミニカが立っていることに気がつき、振り向いた。

 しかし振り向いた瞬間、ホロウの装甲にドカドカと何発も火球が当たった。

 

 

「上手いな。試合開始前から手を打っていたってわけだ」

 

「少しズルい気もしますが、あの隙のない攻撃は確かに上手いです。でも……」

 

 

 火球を撃ち終わり、ドミニカは少し下がって様子を確認する。

 煙が消え、ホロウの装甲を見たドミニカは驚愕した。

 

 

「これはなんということでしょう! ホロウ選手の装甲には傷一つついておりません! ドミニカ選手の火魔法ではどうすることもできないのでしょうか!」

 

 

 マリンの実況の通り、ホロウの装甲には傷も凹みもついておらず、中のホロウは機嫌良さそうに眼鏡を持ち上げている。

 

 

「やはり耐熱性のある素材を使っていたか」

 

「隙を突けたのも最初の一度きり……。ということは、もうドミニカって人に勝ち目はないでしょうね……」

 

「うーむ……。確かに土魔法は防御を張ることができたとしても、衝撃を吸収してくれるわけじゃないからねぇ。あの鉄球を一撃でも食らえば前回のホロウの試合と同じようなことになるだろう」

 

「じゃあやっぱりこの試合の勝者は……」

 

 

 ホロウは再び鉄球を振り回し、ドミニカに向かって突進する。

 ドミニカはギリギリで横に回避し、すれ違いざまに火球を数発撃ち込んだ。

 そしてホロウはドミニカに休む暇を与えず、幾度となく鉄球を振り回す。

 ドミニカはそれを避けながら攻撃し続けていたが、やがて足を滑らせてしまった。

 

 

「マズい、流石に転んでしまったら避けようがないぞ!」

 

 

 ホロウがニヤリと笑って鉄球を振り下ろした──

 その瞬間。

 ホロウの装甲が突然爆発した。

 大爆発──というほどのものではなく、装甲の一部が暴発して燃えているのであった。

 会場全体が何が起きたのかを把握できておらず、戸惑いの声が上がっている。

 その隙をドミニカは見逃さなかった。

 操作不能になり、慌てて操作盤をいじっているホロウに向かって大きな火球を撃ち込んだ。

 そして、ホロウは気絶したのであった。

 

 

「しょ、勝者はドミニカ! 皆さま、彼に盛大な拍手を! ホロウ選手の装甲の回収作業に入るため、三回戦の開始まで今しばらくお待ち下さいませ!」

 

 

***

 

 

 マリンはノエルたちのところへと戻ってきた。

 

 

「お疲れ。まさかこんなところでお前のかけた魔法が発動するとはねぇ」

 

「い、いえ……わたくしもそう思っていたのですが、実は発動していないのですわ……」

 

「ど、どういうこと!?」

 

「あの爆発でわたくしがかけた魔法の結界は壊れたようですが、実際に発動したらわたくしに魔力で信号が送られるはずでした。ですが、その信号を受け取っていないのです」

 

「……そ、そうか! お前がかけた魔法って確か、燃料に着火する火魔法だったよな?」

 

「ええ、そうですが……。はっ、まさか!」

 

 

 3人は、ドミニカが鉄球を避けながら()()()()()に向かって火球を放っていたことを思い出した。

 

 

「あいつが攻撃していたところが燃料タンクだったんだよ! あの装甲の燃料はマリンの話を聞く限りだと可燃性の油だ。直接火が付いても付かずとも、周りの金属が熱せられることで膨張し、いずれは爆発するはずだ」

 

「でもどうしてそこに燃料タンクがあるなんて分かったんでしょう? パッと見ていた限りだと分からなかったんですけど」

 

「きっとそれを探るための陽炎の分身(ミラーズ・デコイ)だったのですわ。しっかり観察していれば、パイプの繋がりからタンクの位置を割り出すことができるはずですもの」

 

「なるほど……。ドミニカって人、ちゃんと戦略立てて戦ってたんだ……」

 

「アタシも気づいた時には度肝を抜かれたよ。あいつ、かなりの策士だ」

 

 

 そう言って、ノエルは回収されていくホロウの装甲の残骸を見つめる。

 

 

「ですが、きっとオクトーなら一瞬ですわね。彼にそこらの火魔法は効きませんもの」

 

「あ、あぁ、そうだな。魔導士相手ならボコボコにしちまうだろうさ」

 

「そういえばお姉ちゃん? 次って決勝戦なの? それとも3位決定戦?」

 

「本来なら盛り上がりを考えて3位決定戦を行う予定でしたわ。ですがお二方とも気絶していらっしゃいますし、今回はくじ引きで3位を決めるしかありませんわね」

 

「ちゃんと本人たちにくじを引かせろよ? あとで文句言われるだろうから」

 

「もちろん分かっていますわ。ということはつまり……次の試合こそ今大会最大のお祭りということになりますわね!」

 

 

 マリンは職員にその旨を伝え、司会台へと向かう。

 そして拡声器(メガホン)を持って観客に向けて言った。

 

 

「えー、3位決定戦は対戦者が目覚めないままのため、今回に限り見送らせていただきますわ! よって、次の試合は決勝戦! セプタ出身・オクトー対ヴァスカル出身ドミニカ! 次の試合までまたしばらくお待ち下さいませ!」

 

 

 休憩中だった観客たちだったが、一斉に歓声が上がり、歓喜の声や残念がる声が上がっている。

 マリンは職員からの連絡を待ちつつ、その声に耳を傾けるのであった。

 

 

***

 

 

 それから十数分が経過し、銅鑼が鳴り響いた。

 マリンは拡声器(メガホン)を持って司会台に立つ。

 

 

「早いことで、もうこの時間が来てしまいました……。わたくしとの結婚をかけた男と男の勝負、その最終試合。さあ、参りましょう……。決勝戦の開幕ですわ!!」

 

 

 トーナメント表の幕がその声と共に垂らされ、闘技場全体が多くの沸き上がる声で震えている。

 しばらくして、マリンは手をかざしてその歓声を鎮める。

 

 

「それでは迎え入れましょう。まずは、光のように素早く、一撃必殺の打撃を打ち込む姿はまさに鬼そのもの! 決して彼の試合中に瞬きをしてはなりませんわよ! 当闘技場の支配人代理、オクトー!!」

 

 

 壁が横にずれ動き、その隙間からオクトーが歩いてきた。

 余裕がないのか、声をかける観客やマリンに目もくれず準備運動をしている。

 

 

「続きましては、華麗なる戦略にて強者を打ち破った火炎の繰り手。多彩な魔法を操る姿は言うなれば魔導士の中の魔導士! これは過言ではありませんわ! ヴァスカルの魔導兵士、ドミニカ!!」

 

 

 観客が沸くと同時にドミニカが出てきた。

 こちらも一切観客に目を向けず、じっとオクトーを見つめている。

 

 マリンは壁が閉じたのを確認し、2人が互いに構えたのを見て言った。

 

 

「それでは、両者ともに準備が完了しましたわね。それでは参りましょう! 決勝戦、オクトー対ドミニカ! 戦闘開始(ファイッ)!!」

 

 

 銅鑼が鳴り響き、試合が始まった。

 

 そう誰もが思った時には、既に試合は終わっていたのであった。

 1人は立ったまま、もう1人はその場に倒れ込んでいる。

 倒れていたのは、オクトーだった。

 ノエルたちは言葉を失い、ただその状況を眺めることしかできなかった──。



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64頁目.ノエルと基準と野次と……

 ノエルたちも観客たちも、今の一瞬で起きた出来事に絶句していた。

 特に、オクトーが勝つと一番信じていたマリンはその光景に驚きを隠せず、実況を忘れてその場で固まっていた。

 その光景が信じられなかったノエルは、サフィアに尋ねる。

 

 

「な、なあ、サフィー。今、戦況は一体どうなってる? アタシにはオクトーがぶっ倒れてるように見えるんだが……」

 

「そ、それで合ってますよノエル様! あたしにも同じ状況が見えてますから……」

 

「ドミニカのやつ……。一体何をした……?」

 

「もし何かの魔法だとしたら……。調べてみます!」

 

 

 サフィアは目を閉じて周囲の魔力を調べる。

 

 

「ノ、ノエル様! 闘技台の辺りに妙な魔力が!」

 

「あぁ! アタシも感じた! この嫌な気持ち悪さのある魔力……。どこかで……」

 

「でも、とにかく今はこの状況をどうにかしないとですね……! お姉ちゃん! 早く試合を終わらせて!」

 

「……はっ! そうでしたわね! しょ、勝者、ドミニカ! よって、優勝はドミニカ選手ですわ〜! オクトー選手の容態確認と、次の準備がありますので皆様、またしばらくお待ちくださいませ〜!」

 

 

 マリンの声で観客たちは我に返り、何が起きたのかとガヤガヤ話し始める。

 そんな中、マリンは急ぎ足で下層の救護室へと向かった。

 そしてノエルたちが気づいた時には、謎の魔力は消えているのであった。

 ノエルとサフィアも、マリンを追って救護室へ向かった。

 

 

***

 

 

 闘技場地下、救護室にて。

 運ばれてきたオクトーは、個室のベッドの上で気を失ったまま目覚めていなかった。

 命に別状はないと医師から聞き、3人は胸を撫で下ろすのであった。

 

 

「とりあえず一安心ですが……。突然、色んな問題が舞い込んできましたわね……」

 

「ドミニカに話を聞くにしても、この大会後じゃないと時間もないしな……」

 

「でもこれマズいよ! お姉ちゃんが結婚しなきゃいけなくなっちゃう!」

 

「そうか! オクトーに勝ってもらわないと話が変わってくるじゃないか! どうするんだよ、マリン!」

 

「あぁ〜、もう! 今考えているところですわ! あと20分しかない中で、この問題をまとめて解決する方法は……方法は……」

 

 

 右往左往するマリンを見て、普段のマリンではありえないほど焦っているのが、ノエルたちにも分かった。

 

 

「そうだな……例えば……。あ、全額払い戻しするから観客には帰ってもらうとか、どうだ?」

 

「一番ない選択ですわ! そんなことしたら国王から即クビにさせられますわよ!」

 

「じゃあ……ドミニカに一番欲しいものを聞いて、お前との結婚の権利と引き換えてもらうとか?」

 

「逃げの一手ですわね……。ですが、恐らく観客の不満が解消されずに大会としては大失敗に終わりますわ……」

 

「じゃあどうしろってんだよ!」

 

「それを考える時間でしょうが!」

 

「あぁ、もう! 2人ともこんな時にまで喧嘩しないで! 時間が余計に過ぎちゃう!」

 

 

 サフィアがノエルとマリンを静止する。

 それによって2人の興奮はどうにかおさまり、話を続けられる空気に戻った。

 サフィアは少し考え、こう提案してきた。

 

 

「それじゃあ……お姉ちゃんがドミニカって人と戦うのはどう?」

 

「どういうこと……ですの?」

 

「これって、お姉ちゃんと結婚する強い男の人を決めるための大会だよね?」

 

「あぁ、そうだな。今となっては趣旨が変わってるが」

 

「でもその()()()()()って、お姉ちゃんの修行に付き合えるかどうか……じゃなかった?」

 

「……そうか! 男の中で強いと言っても、マリンに匹敵する強さかどうかは測れない! マリンと戦わないとそれが分からないのか!」

 

「な、なるほど……?」

 

 

 マリンはまだ話が掴めていない様子を見せている。

 

 

「お前は優勝者に結婚する権利を与える、そう言っていた。だが、その権利の内容については明言していなかった」

 

「つまり、その権利はお姉ちゃんと結婚するための条件に置き換えることもできるってこと。そしてその条件こそ、お姉ちゃんと戦って勝利するか引き分けるかなんだよ!」

 

「なるほど、理解しましたわ! 早い話、わたくしが勝てば万事解決というわけですわね!」

 

「まあ、そういうことさ。それに、お前が闘技台に立って戦えば観客は大盛り上がり間違いなしだろうしね」

 

「よーし、それじゃお姉ちゃん。次の試合に勝って、全部全部終わらせちゃって!」

 

 

 サフィアとマリンは拳を上げて士気を上げている。

 しかし、ノエルは1人怪訝な表情をしていた。

 

 

「なあ……ドミニカのことなんだが……」

 

「あ、そういえば妙な魔力を発してましたよね。あれって結局何だったんだろ?」

 

「何のことですの?」

 

「そうか、お前その時固まってたもんな。実はオクトーが倒れてすぐ、周囲の魔力を調べてみたら嫌な感じの魔力を感じたんだよ」

 

「嫌な魔力……? 以前にも似たようなことを言ってましたわね? あれは確か……」

 

「ああっ! 思い出した! そうだ、海魔に取り憑いていた()()()()()! あの魔力と似ていたんだよ!」

 

「何ですって!?」

 

 

 南の国・ラウディにてノエルたちが遭遇した海魔・大海蛇(シーサーペント)は、原初の大厄災で生まれた呪いの残滓によって甚大な被害を及ぼしていた。

 ノエルは大海蛇(シーサーペント)に襲われた時に感じた魔力と同じような魔力を、ドミニカから感じていたのだった。

 

 

「間違いない。あいつは呪いの残滓のような原初の大厄災の影響を受けた()()を持っている。マリン、あいつには注意しろよ。何をしてくるか分からないからな」

 

「ええ、上等ですわ。このおばあさまの残した指輪にかけて、そんな災いなんて払ってみせますとも!」

 

 

 そう言って、マリンは職員にこれからのことを伝え、準備を始めた。

 サフィアは少し俯いて呟く。

 

 

「お姉ちゃん……。大丈夫でしょうか……」

 

「あいつが負ける要素なんてどこにも見当たらないだろう? 安心して見守ろうじゃないか」

 

「もちろんお姉ちゃんが勝つとは思ってますけど、そうじゃなくてですね……」

 

「じゃあ……何を心配してるんだ?」

 

「あのドミニカって人、どうしてお姉ちゃんと結婚しようと思ったんだろうって思って……。あんな強力な力を持った魔導士が、純粋な理由でお姉ちゃんに近づくなんて思えないんです」

 

「あの大海蛇(シーサーペント)の呪いの残滓といい、かつて姉さん……ソワレが祓ったという呪いの残滓といい、ここ数年で大厄災に関する問題が多発しているのと何か関係が……? 確かに悪い予感がする……」

 

 

 ノエルはそう呟いて、サフィアと一緒に席へと戻っていった。

 

 

***

 

 

 休憩時間が終わり、観客たちは表彰式と賭け金の受け取りのためだけに残っていた。

 マリンが闘技台へ出てきた瞬間、観客たちは「早くしろ!」「お金はまだか!」と、野次を飛ばし始めた。

 マリンはそれを気にも留めず、拡声器(メガホン)を手に取って呼びかける。

 

 

「皆様、大変長らくお待たせいたしましたわ! 優勝商品の授与……もとい、優勝者のドミニカ選手とわたくしの最終試合を行いますわ!」

 

 

 観客たちは皆驚き、先ほどまでの野次の嵐は気づけば歓声へと変わっていた。

 

 

「説明を忘れていましたわね。この大会はわたくしと共に修行をできるほどの強さを持つ、強い男性を決めるための大会。つまり、優勝者に与えられるわたくしと結婚する権利とは、わたくしと戦う権利に他ならないのですわ!」

 

 

 それを聞いて観客たちは納得したようで、歓声は最大級のものとなっていた。

 

 

「わたくしに勝てぬ者がわたくしと結婚するなんて1万年早いですわ。ですが、きっと優勝者ならわたくしと渡り合えると信じています。さあ、ドミニカ選手の入場ですわよ!」

 

 

 壁面が開き、ドミニカが無表情で闘技台へやってきた。

 マリンは壁面が閉じたのを確認すると、観客に向かって言った。

 

 

「これが最終試合……。つまりは最後の試合ですわ。ドミニカ選手が勝てば、彼に賭けた方に賭け金が、わたくしが勝てば、今大会で賭けた全ての方に謝罪金として賭け金の1.5倍をお返しいたしますわ!」

 

 

 その瞬間、会場全体が一瞬固まり、そして一斉にマリンを応援する歓声が飛び交うのであった。

 無論、ノエルも驚いていた。

 

 

「ま、待て待て! あいつ、そんなお金どこから出すつもりなんだ!?」

 

「まあ、そうしなきゃいけないのは分かるけど……。あとで国王様に頭を下げるお姉ちゃんの姿が思い浮かびますねぇ……」

 

「勝っても負けても、あいつロクな目に遭わないんだな……。あれ? それってもしかしてアタシたちも巻き込まれるんじゃ……」

 

 

 マリンは観客の方へ手をかざし、大きくなる歓声を抑えて言った。

 

 

「それでは、3つの秒読みを皆様にしてもらいましょう! わたくしがこの拡声器(メガホン)をここにいる職員に渡したら、3から始めてくださいまし!」

 

 

 そう言って、マリンは自分の後ろに来た職員に拡声器(メガホン)を渡した。

 職員は急いで壁面へと戻り、壁面は完全に閉ざされた。

 そしてその瞬間、観客たちは秒読みを始めた。

 

 

「3……!」

 

「2……!」

 

「1……!」

 

戦闘開始(ファイッ)!!」

 

 

 その掛け声と共にマリンとドミニカは互いに魔導書を構え、マリン杯最終試合、ドミニカ対マリンの試合が今、始まった。



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65頁目.ノエルと黒い魔力と混乱と……

 マリンとドミニカの最終試合は、マリンの先手で始まった。

 と言っても、マリンの方がドミニカよりほんの少しだけ速く火球を放っただけで、双方ほぼ同時に火球を撃っていた。

 2つの火の弾は闘技台の中心で衝突し、小さな爆風を生み出した。

 その瞬間、マリンはすかさず爆風越しに火球を放ち、それをドミニカに見事命中させたのだった。

 ノエルたちはその様子を興奮しながら眺めていた。

 

 

「おおっ! 爆風で向こう側が見えない隙を突くとは、なかなかに良い戦いをするじゃないか!」

 

「何と言いますか……。自分の結婚がかかってるからか、気迫がここまで届いてる気がします……」

 

「ま、必死にやってる方があいつらしい戦いと言えるだろうねぇ。今だって良い一撃を入れたことだし──」

 

「い、いえっ、ノエル様! 違います! 爆風の向こう側、よく見て下さい!」

 

「うん? まさか……」

 

 

 ノエルは前のめりに爆風の煙の奥を凝視する。

 すると、その目線の先に半透明な壁のようなものが立っていた。

 

 

「なるほど、土魔法か! マリンが攻撃してくることを読んでいたんだな……」

 

「一筋縄ではいかない相手ってことですね……」

 

「それに、きっとあいつには呪いの残滓のようなものを操る力がある。それも考慮して戦わなきゃならないから、一瞬の油断が命取りってことだ」

 

「じゃあ、もっと応援しなきゃですねっ! お姉ちゃーん! 頑張ってー!」

 

 

***

 

 

 マリンは自分の魔法がドミニカの魔法で防がれたことに気づき、一筋縄ではいかないことを察知していた。

 そんな勝負の間の一瞬で、マリンは思考を巡らせていた。

 

 

「(隙を突くにも、今のはあからさますぎましたか……。ですが、火魔法しか使えない以上は隙を突いた一点突破を狙うしかありませんものね……。でも、どうしましょう……)」

 

 

 時折聞こえるサフィアの声援で心を昂らせつつ、マリンはこう考えた。

 

 

「(中級魔法までしか使えない規定はわたくしにも適用される。ということは、火力高めの魔法をひたすら撃てば勝てるはず……。それなら、オクトーを倒したあの力の正体を探るのが先ですわね!)」

 

 

 マリンは一歩、また一歩と、少しずつドミニカに近づいていく。

 すると、煙が晴れたその瞬間、炎の刃がマリンの顔めがけて飛んできた。

 しかし、マリンは当たる寸前に裏拳でそれを弾き飛ばし、ドミニカに自分の声が届く距離まで近づいた。

 

 

「ドミニカさん。戦っている最中に申し訳ありませんが、少しお話ししてもよろしいかしら?」

 

「……随分と余裕ですね。俺の攻撃をいともたやすく弾くほどの強さがあるとはいえ、見下した態度は頂けませんよ……!」

 

「お話しして頂けるようで何よりですわっ!」

 

 

 観客に怪しまれないよう加減をしつつ、マリンは攻撃を続ける。

 ドミニカも負けじとそれに応戦し、試合としては非常に盛り上がる反撃の応酬が繰り広げられていた。

 

 

「あなた、確か数年前は魔導士の未来を築くために、優秀な魔導士の血を引くわたくしと結婚したいと申していましたわよね? それはお変わりありませんの?」

 

「ええ、それはもう。まさか6年も待たされることになるなんて思いませんでしたが」

 

「それについては後ほど謝辞を聞いてもらうとして……。先ほどの試合の件についてお聞きしたいのですが」

 

「っ……! どうして今その話になるんだ!」

 

「それはもちろん、わたくしには何が起きたのか分からないからですわ。もし反則の手を使ったのであれば、この試合も何もかも失格として無効になりますもの」

 

「チッ……さっきのが最後の試合だと思ってたってのに……。イラつくんだよ……。お前も……この世界も……!!」

 

「なっ……!?」

 

 

 その瞬間、マリンは攻撃を止め、本能的にドミニカから距離を取った。

 そして、マリンは目の前に広がる邪悪を見た。

 

 

「黒い……魔力……!」

 

 

 ドミニカが激昂した瞬間、ドミニカが着ているローブの中から黒いモヤのようなものが溢れ出していたのだった。

 ()()が観客に見えているのかは分からずとも、これがオクトーを倒した謎の力なのだと、マリンは一瞬で理解した。

 

 

「闇魔法よりも暗い、黒い魔力……。やはり、原初の大厄災にまつわる力ですわね?」

 

「あぁ、そうだよ……。この力さえあれば、俺は誰からも見下されないんだ!」

 

「あなた、そんなものを一体どこで……! それに、観客を巻き込むつもりですの!?」

 

「あいつらには興味ない! 俺はあんたを倒すことができればそれでいいんだよ!」

 

 

 その黒い魔力はマリンに猛攻を加えながら次第に膨張していき、その範囲は闘技台を超え始めていた。

 マリンは『陽炎の分身(ミラーズ・デコイ)』でそれを回避しつつ、会話できる距離を保っていた。

 しかし、観客たちの一部はその攻撃の影響で次々と倒れていっていた。

 

 

「くっ……。今は話が通じそうにありませんわね……! 仕方ありませんわ……」

 

 

 マリンは観客に向かって声を張って言った。

 

 

「皆様! 職員の指示に従って、一旦外に避難して下さいまし! この黒い煙を吸わないよう、急いで!」

 

 

 その瞬間、観客たちは出口に流れていく。

 マリンはなるべく黒い魔力が観客の方に行かないよう距離を取りつつ、ドミニカに攻撃を仕掛けるのであった。

 

 

***

 

 

 ノエルとサフィアは、下の階にいる観客たちが混乱状態に陥っていることに気づいた。

 観客同士が我先にと押し合いへし合い、職員の指示が一切意味を為していなかった。

 

 

「あのバカ……! 急にそんなこと言われたら混乱するに決まってるだろ……って、何やってるんだい、サフィー?」

 

「……『大瀑布(エル・カタラクト)』!」

 

 

 観客席全体の上空に突然、水の円環が出現し、そのまま降ってきた。

 それは混乱状態の観客たちに直撃し、それがそのまま水流を生んで、出口から全ての観客と共に流れていったのであった。

 ノエルはポカンと口を開けてその様子を眺めていた。

 

 

「い、今……一体何が起きたんだ……?」

 

「ふう……。即席とはいえ、作るの大変でしたよー……」

 

「今のが即席だって!? 今の魔法、かなり手の込んだことが起きてたような……。どんな仕組みなんだい?」

 

「この闘技場の形状上、ただ単に水の塊を降らせるだけだとお姉ちゃんたちの方に流れていっちゃいますよね? なので、風魔法で渦を作って出口に向かって水流を起こして流しちゃえ! って思って作ってみました!」

 

「全く……あの一瞬でここまで判断できるとは恐ろしい子だが……。まあ、それはそれとして、アタシたちも行くぞ!」

 

「はいっ!」

 

 

***

 

 

 マリンは観客たちが水で外へ流されていくのを、戦いながら見ていた。

 

 

「(今のは……サフィーの魔法ですわね……。使い所を間違えれば危険な魔法ですが、今は助かりましたわ!)」

 

 

 そんな感謝を心の中でしつつ、ドミニカの黒い魔力を魔法で弾き返し続けていた。

 ドミニカは止まることなく、その攻撃を続ける。

 

 

「よそ見してる暇があるのかよ! あぁ、そうか……。やっぱり、お前も俺をバカにして見下すんだな!」

 

「そのように捉えているのであれば、あなたは大きな勘違いをしていますわ!」

 

「なに……?」

 

「あなたが二回戦まで実力で勝ち上がっていたのは事実! それについてはわたくしも素直に尊敬していましたわ」

 

「それがどうした! 今の態度と正反対じゃないか!」

 

「ですが! あなたは決勝戦で自分のものでもない力を使って、不当に勝利を得た! そんな方をわたくしが軽蔑しないわけありませんわ!」

 

 

 マリンは黒い魔力に触れないよう距離を詰め、『撃滅の炎拳(グラン・フラム)』を至近距離で放った。

 ドミニカはすかさず土魔法で壁を作ってそれを防御したが、熱波に圧されて吹き飛ばされた。

 しかし、黒い魔力は依然として収まらず、ドミニカはゆらゆらと立ち上がって言った。

 

 

「自分のものでもない力……だと?」

 

「ええ、それはあくまで大厄災の呪いの一部。あなたのものではありませんわ」

 

「いや……いいや、違う! 俺が自由に使える力なんだから、こいつは俺の力だ! あいつが俺に与えてくれた力なんだから、俺の力以外の何物でもねえ!」

 

「あいつ……?」

 

「ふん、隙ありだ!!」

 

 

 ドミニカは黒い魔力を細い鞭のようにして固め、それをマリンに向かって振りかざした。

 その数は数十本を超え、いつの間にかマリンの四方八方を固めていたのであった。

 

 

「(油断しましたわ! 流石にこれは避けられません……!)」

 

 

 マリンは目を瞑って身構える。

 

 

「これで……これで俺の勝利を、俺の力の証明をしてやるんだぁああ!!」

 

 

 数十本もの鋭い鞭がマリンに襲いかかった。

 ドミニカは下劣な笑みを浮かべて高笑いをしながら、黒い鞭を振るっている。

 しかし、それは一本たりともマリンに当たっていなかった。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 マリンが恐る恐る目を開けると、自分の周りを囲うように巨大な氷の壁が立っているのが分かった。

 また、その氷の壁の周りに張り巡らされた鎖が、黒い鞭を伝ってドミニカの動きを止めている。

 

 

「これは……!」

 

 

 後ろを振り向き、観客席の方を見上げると、サフィアが息を切らしながら魔導書を開いている姿がマリンの目に映った。

 そして、その隣でノエルが息を切らしつつ、心配そうな目でマリンを見ているのも分かった。

 

 

「サフィー! ノエル!」

 

「はぁ……はぁ……。間一髪……だったな!」

 

 

 サフィアはドミニカに向かって人差し指を差し、魔導書を持った手を腰に当てて、堂々とこう言った。

 

 

「お姉ちゃんは……ノエル様とのケンカの時以外、誰にも傷付けさせないんだから!」



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66頁目.ノエルと空中と青ざめた顔と……

 マリンの危機に駆けつけたノエルとサフィアは、観客席からマリンのいる闘技台に飛び降りた。

 ドミニカはノエルの闇魔法『呪縛鎖(カースド・チェイン)』で拘束されたまま、それを振り解こうとじたばたしている。

 マリンはドミニカと黒い魔力を警戒しつつ、ノエルたちに合流した。

 

 

「観客の皆さんを避難させてくれて感謝しますわ。特にサフィー、よくやりましたわね」

 

「えへへ……」

 

「ところで、一体こいつはどういうことだ……? 大海蛇(シーサーペント)の時の魔力と似ているのは分かるんだが……」

 

「どうやら、大厄災の呪いの力を誰かから貰ったそうですわ。今は怒りに任せてその力を爆発させている……といったところでしょうか」

 

「なるほどね。それじゃ、あたしの魔法でこいつの黒いのを封じ込めるんで、ノエル様とお姉ちゃんは本体をお願いします!」

 

「了解だ。何本もあるから周囲を警戒しながら気をつけて戦えよ!」

 

 

 サフィアは黒い鞭が届かないギリギリの距離で魔導書を開いて、詠唱した。

 すると、黒い鞭を囲うように水の壁が現れ、黒い鞭を巻き込んだかと思うと、一瞬でそれが凍りつき、その動きを止めたのであった。

 

 

「よしっ、今だ! 行くぞ、マリン!」

 

「ええ、分かっていますわ!」

 

 

 2人は地面を蹴り、ドミニカに向かって突進した。

 そしてそのほんの数秒で呪文を詠唱し、それぞれの手には炎の刃が出現していた。

 

 

「「いっけえぇぇぇぇ!!」」

 

 

 2人はドミニカに炎の刃を振りかざした。

 しかし、その瞬間。

 

 

「ふざけるなぁぁぁああ!!」

 

 

 突然、ドミニカから黒い魔力がさらに漏出し、ノエルの『呪縛鎖(カースド・チェイン)』を溶かした。

 そしてその黒い魔力はサフィアの魔法をも溶かし、そのままその黒い魔力は再び鞭状になり、ノエルとマリンに向けて攻撃したのであった。

 

 

「ノエル様! お姉ちゃん!!」

 

 

 ノエルとマリンは2人とも黒い鞭に弾き飛ばされ、サフィアの後ろの壁面に激突した。

 サフィアが振り向いた瞬間、彼女は血の気が引いた。

 

 

「そん……な……!」

 

 

 サフィアはふらふらしながら、倒れる2人の元へと駆け寄った。

 ノエルもマリンもその場で固まったまま、微動だにしていない。

 

 

「こんな一瞬で負けるなんて……嘘ですよね……? 返事をしてください!」

 

 

 サフィアは2人の手を握る。

 しかし、2人は気を失っているのか、返事をしなかった。

 そしてサフィアは立ち上がり、ドミニカの方へと向き直った。

 ドミニカは、未だに高笑いしながら黒い鞭をその場で振り回している。

 だがそれも次第に収まり、黒い魔力の矛先はサフィアへと向けられた。

 

 

「確かお前……そいつの妹だったよなぁ? だったらお前にも利用価値がある。とりあえずさっさと倒して、あいつのところに連れて行かねえとな!!」

 

「あたしが……このあたしが、あんたなんかに負けるわけないでしょ!」

 

「は? お前、今の状況分かってんのか? そこの2人は、もうお前に力を貸しちゃくれねえんだよ!」

 

「分かってないのはあんたの方よ! そんな力、どう見てもあんたの手に余ってるじゃないの! 無茶苦茶に感情のまま振り回して、むしろその力に操られてるようにしか見えないわ!」

 

「違う……違う、違う!! これは俺の力なんだ! 俺が操られてるだって……? そんなことが絶対にあるものか! そんなでたらめを言って、お前も俺を見下すんだなぁぁあああ!!」

 

 

 黒い鞭がサフィアに襲いかかる。

 サフィアはそれがノエルたちに当たらないように氷の壁で防いだ。

 しかし、みるみるうちにそれは溶かされ、氷の壁は壊されてしまった。

 だが、そこにサフィアは立っていなかった。

 ドミニカは周りを見回している。

 

 

「どこ見てるの! こっちよこっち!」

 

「なにっ!?」

 

 

 ドミニカは声のする方を()()()()

 すると、サフィアはいつの間にか闘技場の空中に立っていたのだった。

 サフィアの足元には氷の塊が浮いており、サフィアはそれを階段のようにしてだんだん上へと登っていく。

 

 

「ここまで来れるかしら?」

 

「くそっ! ふざけた真似を!」

 

 

 ドミニカは黒い鞭を魔力に戻し、そのまま塔のように固めて足場にして、一気にサフィアのいる高さへと上昇した。

 

 

「流石にこれくらいはできるか……。でもやっぱり、それはあんたの手に余る力……みたいね?」

 

「なんだと……?」

 

「今です、 ノエル様!」

 

「よくやった、サフィー! アタシに任せろ!」

 

 

 ドミニカが下を見ると、黒い魔力の塔が次第に紫の鎖で拘束されていることに気づいた。

 それを見たドミニカは、鎖に追いつかれないように黒い魔力を増幅させ、塔を高くしようとする。

 しかし、黒い魔力を増幅させた瞬間、黒い魔力はドロドロに溶け始め、塔の形状を保てなくなった。

 ドミニカは液状になった魔力と共に落下し、再びノエルの鎖に拘束されたのであった。

 

 

「お、お前らぁ……!」

 

「まさか魔力切れとは、生憎だったね。今度は魔力に反応して拘束がキツくなる『大呪縛鎖(エル・カースド・チェイン)』だ」

 

 

 ミノムシのように鎖で縛られたドミニカの元に、ノエルとサフィアがやってきた。

 だが、マリンは倒れたまま動いていない。

 2人を見上げながら、ドミニカは言った。

 

 

「さっきまで気を失ってたはずじゃなかったのか……!」

 

「あんたに吹っ飛ばされる直前に、2人の背中に『蒼の棺桶(アクア・ベッド)』を発動しておいたの。それで衝撃を防いだってわけ」

 

「それじゃ、さっきそいつらのところに行ったのって……!」

 

「あぁ、手を握って生存確認してくれただけさ。ついでに大きい魔法の詠唱時間も稼いでくれるとは……。よくできた弟子だよ、全く」

 

「だが、あいつはまだ倒れたままみたいだな! それなら──!」

 

 

 倒れたままのマリンを見たドミニカは、鎖の拘束を無視し、再び黒い魔力で鎖を溶かそうとする。

 しかし、その時だった。

 

 

「いけ、マリン!」

 

「ええ! 原初の光でその心根を清めて差し上げますわ!」

 

 

 いつの間にかマリンが立ち上がり、指輪をドミニカに向けてかざしていたのだった。

 

 

「『天の光(ピュリフィケーション)』!!」

 

 

 激しい光がマリンの指輪を中心に……ではなく、空から降り注いだ。

 そして、その光は闘技場どころかプリング全土を覆い、そこにあった悪しきものを全て浄化したのであった。

 

 

「う……うぁああああアアア──!!」

 

 

 ドミニカの黒い魔力は浄化され、そのままドミニカは意識を失ってしまった。

 それを見て、ノエルとサフィアは手を合わせて喜んだ。

 だが、マリンだけはその場で唖然として突っ立っていた。

 

 

「ん……? どうしたんだ、マリン? お前の指輪のおかげで勝ったぞ?」

 

「い、いえ……。今の、この指輪の魔法じゃありませんわ……!」

 

「えっ、どういうこと……? 今の魔法ってその指輪とあたしのこの指輪にしか込められてないんだから、その指輪の魔法じゃないの?」

 

「いいえ、この魔法は術式を中心に浄化の光を放つ魔法のはずですわ。ですが、先ほど光はこの指輪からではなく、空から降ってきましたわよね?」

 

「あぁ、確かに……。って、空からだって……?」

 

 

 ノエルが上を見上げると、国を覆う光膜の中心に大きな魔力の塊が浮かんでいるのが見えた。

 そしてその瞬間、ノエルは何が起きたのかを理解した。

 

 

「あぁっ! 指輪の複製品で作った結界!!」

 

「お、恐らくこの指輪を複製した時に生まれた魔力の繋がりを経由して、わたくしの詠唱があの大きな指輪の結界に届いてしまったのでしょうね……。これは流石に大失態ですわ……」

 

 

 マリンはがくりと肩を落として落ち込む。

 

 

「ん? どこが大失態なんだい? おかげであいつの呪いを解けたじゃないか」

 

「魔力を消費した指輪がどうなるか、覚えています?」

 

「ええと、確か……。指輪の力が一時的に弱まって、効果範囲が狭くなって……」

 

「そういえばそんなこと言ってたな……。って、まさか……!?」

 

 

 ノエルとサフィアは再び上を見上げて光膜を見つめる。

 その後、2人は真っ青になって呟いた。

 

 

「ノエル様……光膜の色が次第に薄くなってません……?」

 

「あ、あぁ……。それに気温も少しずつ上がってきてないか……?」

 

「ああああ!! こんなの、国王様にお叱りを受けるだけじゃ済みませんわぁあああ!! どうしま──」

 

「さ、流石にアタシでもこれはどうにも……」

 

「諦めが早すぎですわよぉぉ……! わたくし、これから一体どうすればぁああ……!!」

 

 

 マリンはその場に崩れ落ち、青ざめた顔で泣きじゃくっている。

 サフィアはノエルを指輪の効果範囲に入れるためにノエルの腕にひっついたまま、姉の泣き叫ぶ姿をただ見ているしかなかったのだった。

 

 

***

 

 

 その後、指輪の力の弱化が酷暑になる程度で止まったため、プリングの気温はそこから持ち直すことができた。

 

 そして、その日は闘技場が半壊していたため、閉会式及び表彰式は後日に延期された。

 外に避難していた観客にはマリンの勝利が伝えられたが、その場で賭け金の返金のみが行われ、残りの支払いは閉会式後に行われることとなった。

 また、ドミニカはノエルがプリング城に連行し、そのまま地下牢に投獄された。

 加えて、その日のうちにオクトーは目を覚まし、ノエルたちは一安心したのであった。

 その後でノエルたちが聞いた話では、黒い魔力の影響で倒れた観客たちも次第に目を覚ましたという。

 

 一方でマリンはというと、国王に土下座をして観客の賭け金の半分を借金することには成功したが、その代償と光膜の結界を弱めた罰を一緒に受けることとなったのだった。

 

 

***

 

 

 次の日、ノエルたちは魔導書を開いて、各々が崩れた石柱や岩盤を魔法で持ち上げていた。

 

 

「おい、どうして結局アタシたちまで巻き込まれてるんだ」

 

「そんなこと言って手伝ってくれている辺り、それが文句じゃないということで受け取っておきますわ」

 

「ほら、2人とも! 早くそこを片付けてください! 次は闘技台の修繕しなきゃなんだから!」

 

「「はーい」」

 

 

 マリンが受けた罰の1つは、壊れた闘技場の修復であった。

 マリンによって光膜の結界が弱まったとはいえ、彼女が観客の命を守ったことは事実であったため、罪が軽減されたのだった。

 手を動かしながら、ノエルは空を見上げて光膜を眺める。

 煌々と不思議な色の光を放つそのベールの色は、1日前よりも明らかに濃くなっていた。

 

 

「それに、まさか光膜の結界の魔力が1日で充填されるなんて思わなかったねぇ」

 

「火山地帯だから自然の魔力が豊富だったんですわね。果たして偶然なのか、これも姉様の読み通りなのかは分かりませんが……」

 

「しかも、魔力が減ったら効果範囲が狭まるんじゃなくて、効果が弱まるだけっていうのもよくできてるよね。国全体にちゃんと結界が行き届くように作られてるんだもん」

 

「それに関しては流石、姉様の作った結界ですわ。まさかここまで対策されていたとは思いにも寄りませんでしたが、おかげで助かりましたわ……」

 

「あれよりさらに被害が増えてたら、支配人の座すら危うかっただろうからねぇ?」

 

 

 マリンは被害を最小限に抑えたこともあって、その対応が方方(ほうぼう)に評価され、闘技場の支配人の座から下ろされなかったのだった。

 

 

「サフィーにも本当に感謝していますわ。少しでも避難が遅れていれば、もっと被害が拡大していましたから」

 

「感謝は受け取っておくわ。でも、支配人の座を守れた代わりに借金が増えたからね?」

 

「うっ……。そればかりは本当に申し訳ありませんわ……」

 

「ま、借りれただけでもありがたい上に、今後のお前の給料から天引きされるだけだってんだから、超絶良心的な国王様じゃないか」

 

「本当にありがたい話ですわ……。それに、ここの修復ともう1つの仕事を済ませればそれで懲罰が終わりなんですから……」

 

 

 壊れた闘技台の壁面を土魔法で修復しながら、サフィアは呟いた。

 

 

「そういえば、オクトーさんみたいな人と結婚したら収入増えるから、もっと早く借金を返せたりして……?」

 

「ちょっ、サフィー!?」

 

「あっはは! そりゃ都合が良いな! もう1回マリン杯開催したらどうだ?」

 

「あなたたち、わたくしの結婚に賛成なのか反対なのかどっちですの!? それに、もうあんなのは懲り懲りですわぁ!!」

 

 

 ノエルとサフィアは楽しそうに笑い合う。

 マリンもそれに釣られて微笑み、闘技場全体に3人の笑い声が反響するのであった。

 そして、その日のうちに闘技場の修復が完了し、閉会式を行う準備が完了したのだった。



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67頁目.マリンと表彰式と告白と……

 それから数日後、マリン杯の閉会式と表彰式、そしてマリンがドミニカに勝ったことによる賭け金の払い戻しが行われた。

 その日、闘技場には先日観戦に来ていた観客とほぼ同じ人数が集まっていた。

 マリンは闘技台の中央に立ち、拡声器(メガホン)を手にして言った。

 

 

「皆さま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます! 大変長らくお待たせいたしましたわ! ただいまより、閉会式並びに表彰式を執り行いますわ〜!」

 

 

 賭け金の払い戻しのために来ているとはいえ、観客たちはマリンにつられて非常に盛り上がっている。

 ノエルたちもその様子を観客席から眺めていた。

 

 

「全く……。そもそもドミニカが優勝しても賭け金の倍率なんて1.2倍くらいだったろうに、それを吊り上げてでも観客の盛り上がりを優先するとはねぇ……」

 

「それのせいで借金ができちゃったことは置いといて、そこに関しては流石この闘技場の支配人ってところですかねぇ……」

 

「あいつが部下たちに信頼されて、観客の連中からも人気な理由がなんとなく分かった気がするよ……」

 

 

 そんなことを話していると、闘技台にドミニカを除く本戦出場者たちが登場し、同時に3つの賞品も運ばれてきた。

 その中にはオクトーの姿もあった。

 

 

「それでは早速表彰式に移りますわ! まずは、4位入賞者からいきましょう。ラウディ出身、海の戦士・ヴォルク!」

 

 

 観客たちは声援を送っているが、中には「3位決定戦はどうした!」といった不満を持った声も上がっている。

 

 

「えー、それにつきまして説明させていただきますわ。先日、試合中にホロウ選手の装甲が壊れてしまいましたので、3位決定戦を行うことができなくなりました。とはいえ、これは最強の男を決める戦い。むやみにヴォルク選手の不戦勝とするわけにも参りません。そこで!」

 

 

 マリンは後ろの机に置いてあった箱を手に取り、上に掲げて言った。

 

 

「運も実力のうち! 即ち、厳正なるくじ引きにて勝者を決定いたしましたわ!  その結果、()()()()()()()でホロウ選手が3位となり、ヴォルク選手が4位ということで決定いたしました!」

 

 

 すると、不満を言っていた観客たちは押し黙り、しばらくして納得したように歓声を上げ始めたのだった。

 

 

「それでは、ヴォルク選手、こちらへ!」

 

 

 ヴォルクがマリンの元へ歩いていく。

 マリンは4位の賞品である商品券を机の上から取り、ヴォルクに手渡しながら言った。

 

 

「4位入賞者に与えられる賞品は、豊穣の国・フェブラで収穫された新鮮な野菜と引き換えられる商品券1年分! これでより健康的な身体を手に入れ、訓練に励み、次なる大会にもぜひ参加してくださいな! ということでヴォルク選手、一言どうぞ!」

 

 

 マリンはヴォルクに拡声器(メガホン)を手渡す。

 

 

「あ、あぁ? 一言なんて聞いてないんだが……まあ、いい。俺は自分の強さを確かめるためにこの大会に参加した! だが、まだまだ未熟だと知った……! 次はそこのオクトーを倒すために自分の限界を超えてみせる!」

 

「あら。わたくしなど眼中にない、と?」

 

 

 マリンはヴォルクの拡声器(メガホン)を取り上げて、拡声器(メガホン)越しにそう尋ねた。

 ヴォルクは闘技場に響くほど大きな声で答えた。

 

 

「そ、そうではない! 俺はこの大会のチラシを見た時にマリンさんに一目惚れして、自分の強さを確かめるいい機会だって、そう思ったんだ! だが、俺はまだマリンさんに挑戦する資格すらないらしい。次こそは絶対に、あなたに認められる強い戦士になって見せます!」

 

 

 会場は一瞬だけしんとした。

 しかし、次の瞬間に一斉にヴォルクへ声援が上がり、大喝采が巻き起こった。

 ヴォルクはその瞬間我に返り、顔を赤らめて小さくなっている。

 マリンも突然の告白に言葉を失い、固まった。

 ノエルたちもニヤニヤしながらその様子を眺めていた。

 

 

「おやおや、思っていたより純粋な男みたいだねぇ。自分で言って自分で赤くなるなんて」

 

「公開告白って、した側もされた側も恥ずかしいでしょうねぇ……。お姉ちゃんもなんだか小さくなってるし」

 

「とはいえ……こうして見るとあいつって、自分と渡り合える強い男って条件さえなければ引く手数多なんだよな……。それを含めて残念な女なんだが、少し羨ましくも思うよ」

 

「えっ、結婚なんてする気がないとか言ってたのにですか?」

 

「あぁ、それとこれとは別さ。アタシだって女の魅力を捨ててるつもりはないし、あいつにそれで負けてるのも悔しいとは思ってるんだ。だからこそ、あいつの魅力が多少なりとも羨ましいんだよ」

 

「なるほど……。まあ、お姉ちゃんはあたしの自慢のお姉ちゃんですから。あたしだって羨ましく思いますもん……」

 

 

 しばらくしてヴォルクは商品券を持って下がっていき、マリンも一つ咳払いをして観客を鎮めた。

 

 

「え、えー……。続きましては3位入賞者。ノーリス出身、ホロウ!」

 

 

 ビン底メガネをかけた小柄な男がマリンの前に歩いて行く。

 マリンは机の上の布を取り、ホロウに見せた。

 

 

「3位入賞者に与えられる賞品は、火山の国・プリングで発掘された大陸一硬い鉱石、『金剛魔鉱』! 後ほど自宅へ配達しますので、これで壊れた装甲を直すも良し、新しい発明に精を出すも良し! 今後の発展に大いに役立ててくださいな! さあ、ホロウ選手、一言どうぞ!」

 

 

 マリンは少し遠慮がちに、ホロウに拡声器(メガホン)を手渡す。

 ホロウはそれを受け取り、言った。

 

 

「ワガハイは、機械の素晴らしさを証明するためにこの大会に参加した! 機械さえあれば体格差など関係なく戦えるのだ! 危険だの反則だのお前たちは言うが、武器も機械も同じ人間が作った作品なのだぞ! 魔法とかいう自然の力を借りたインチキの方が反則ではないのかね!」

 

「魔女を前にして、よくそんなことが言えますわねぇ……。それに、あなたもわたくしが眼中にないと?」

 

「ない。と言うと嘘になる。ワガハイが興味を持っているのは貴様の持つ火魔法なのだからな。聞いた話によると、燃料を使わずに点火したり、結界とか術式とかいう機構を作れたりするのだろう? それさえあれば機械と組み合わせて最高傑作を生み出せるに違いない! そう思ったのだ」

 

「魔法を嫌ってるのか、そうではないのかはっきりしませんわねぇ。それに、わたくし個人ではなくわたくしの魔法目的で参加したんですのね。それなら他の魔導士でも良いのではなくって?」

 

「そう都合良く協力者など見つかるか。この大会で勝てば協力者が手に入る。それ以外で貴様である必要などなかったのだ。だが、この金剛魔鉱が手に入った以上、この結果に文句は言うまい。今度、ヴァスカルにでも出向いて魔導士を引き抜くとするか!」

 

「参加した理由がどうであれ、ここまで勝ち残った実力にはわたくしも文句などありません。それでは皆さま、善戦したホロウ選手に盛大な拍手をお送りください!」

 

 

 会場は再び沸き、ホロウへ大きな声援が送られる。

 観客の声援にホロウは軽く手を振り返し、元の場所に戻っていった。

 マリンは拡声器(メガホン)を持ち直し、進行を続ける。

 

 

「さて、続きまして準優勝者ですわ! セプタ出身、オクトー! こちらへ!」

 

 

 マリンに呼ばれ、オクトーは前に出る。

 そしてマリンは、机の上から指輪の入ったガラス箱を手に取った。

 

 

「準優勝者に与えられる賞品は、あらゆる環境に適応することのできる神器『藍玉の涙(ティアマリン)』の複製品! この指輪は、あなたに降りかかる災いや苦しみからあなたを守ってくれるでしょう。これでまた旅をするも良し、お守りとして大事に取っておくも良しですわ!」

 

 

 マリンは箱を開き、その中の指輪をオクトーの右手の中指に嵌めた。

 

 

「右手の中指に輝く指輪が象徴するのは、『邪気払い』と『行動力』、そして『直感』ですわ。これらは今のあなたには不必要なものかもしれません。ですが、あなたが将来守りたいと思える人を守るための助けとなってくれるでしょう。さあ、オクトー。あなたからも一言どうぞ」

 

 

 オクトーは拡声器(メガホン)を受け取り、感涙しながら言った。

 

 

「こんな……こんなお揃いの指輪だなんて、実質結婚しましょうってことじゃないですかあああ……!!」

 

「うるっさいですわ! 違いますわよ!? 結婚指輪は左手の薬指! それに、その指輪はあくまで複製品なのでお揃いなどではありませんっ!!」

 

「はっ……! つい我を忘れて、思ったことが口に出てしまっておりました!」

 

「はぁ……相変わらずですわねぇ……」

 

 

 会場は笑いの渦に包まれ、マリンはその中心で耳を赤くしていた。

 オクトーは話を続ける。

 

 

「ええと、この流れは私がこの大会に出場した理由を暴露しなければならないのでしょうか?」

 

「別に強要はしませんわよ。あなたが暴露したいというのなら、自由にしなさいな」

 

「それではお聞かせしましょう! 私とマリン様の馴れ初めを!」

 

「何が馴れ初めですか! 言うならせめて、知り合ったきっかけとかにしなさい!」

 

「冗談ですよ〜。それでは、この大会に出場するに至った経緯である、私とマリン様の出会いの物語を少々語らせていただきましょう!」

 

 

 オクトーは胸を張って、そのまま語り始めた。

 

 

「私が故郷であるセプタに住んでいた頃……大体15年ほど前のことです。そこで私はマリン様と出会いました」

 

「えっ、全く記憶にないのですが……? その頃ですと……妹が生まれて間もない頃、わたくしが20にも満たない時ですわね」

 

「ええ、妹のサフィアさんと一緒に遊んでいる微笑ましい様子は町中で非常に人気でした。その妹さんへの愛溢れる姿に私は一目惚れしたのです!」

 

「それは全く知りませんでしたわ……。って、あなたその時いくつです?」

 

「10でした! そして私はマリン様に告白したのです! 『私と結婚してください。私があなた方姉妹をお守りします』と!」

 

 

 マリンは頭を傾げ、少しして叫んだ。

 

 

「あああっ!! 思い出しましたわ! あなた、あの時いきなり告白してきた男の子だったんですの!?」

 

「はい! その時は『妹を守れない弱い子供に興味はない』とあっさり振られてしまいましたが、私は諦めませんでした!」

 

「そういえば、そんなこともありましたわねぇ……」

 

「それからは毎日鍛錬を重ね、マリン様が旅に出たという話を聞いてからも自分の体に鞭を打って鍛えて鍛えまくりました。そして、自分の力に実感を得た18の時、マリン様の元へ行こうと決意したのです」

 

「なるほど。それでこの獣人闘技場の職員募集に応募したんですのね?」

 

「そういうことです! なので、もう一度言わせてください……!」

 

 

 オクトーは深呼吸をし、マリンの前に跪いて言った。

 

 

「私と結婚してください! 今ならあなたもあなたの妹さんも守れる力を持っています! この大会では勝てませんでしたが、それでもあなた方を守ってみせると誓います!」

 

 

 その瞬間、会場はオクトーの告白に反応して、これまでにない声援を送り始めた。

 オクトーを応援する声は、マリンがその告白を受け入れるべきだというプレッシャーを与え、会場全体の意志が一つになったのだった。

 しかし。

 

 

「その愛の告白、お断りしますわ」

 

 

 マリンはあっさりとオクトーを振った。

 会場は驚く声に包まれるが、その中でオクトーはそうなることを知っていたかのように微笑んでいた。

 

 

「いいですこと? わたくしも妹も、今では立派な魔女ですから自分の身は自分で守れますわ。それに、今のわたくしにはやらねばならないことがありますから。ですが、あなたのその努力は決して無駄ではありません。何せ、あなたのおかげでこの獣人闘技場があるのですから」

 

「マリン様……」

 

「今大会をはじめとしたほぼ全ての大会は、オクトーがわたくしの力になりたいと努力して運営業務に臨んだ結果生まれたものです。彼の支配人代理としての手腕がなければ、今頃は経営破綻していたでしょう。あなたには色々と感謝してもしきれませんわ」

 

「ええ……。私もあなたに会えて本当に良かった。これからもよろしくお願いします、支配人! もちろん、次にマリン杯があれば絶対に出場しますが!」

 

「こちらこそよろしくですわ、支配人代理。次については……また今後ですわ!」

 

 

 そう言って、2人は握手した。

 会場は感動の嵐に覆われており、拍手喝采が巻き起こっていた。

 オクトーが戻ったのを確認して、マリンは拡声器(メガホン)を通して言った。

 

 

「最後に……優勝者の表彰をしたいのですが、ドミニカ選手は先日の一件で失格としました。よって、本日はこの後の賭け金の払い戻しをもって終了ですわ!」

 

 

 会場はざわついている。

 ノエルはその様子を見て、頭を抱えて呟いた。

 

 

「ドミニカか……。まだ一昨日のことが頭から離れないよ……」

 

「仕方ありませんよ、ノエル様には衝撃が強過ぎましたから……」

 

「あいつの事情聴取なんてしなきゃ良かったって、今では半分後悔してるよ……。おかげで嫌な記憶を思い出しちまった……」

 

「まさか……まさか、ドミニカさんがあの()()()()の関係者だったなんて……!」

 

 

 こうして時は2日前に遡る。



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68頁目.ノエルとボタンと紋章と……

 闘技場を修復した次の日、ノエルたちにプリング城への召集がかかった。

 3人はそれに応え、その後、国王の命を受けてある場所に行くこととなったのであった。

 

 

***

 

 

 ノエルたちは案内役のサラマンダーの獣人兵に引き連れられ、暗がりの廊下を歩いていた。

 

 

「あ、あたし、初めて来ましたよこんなところ……。ジメジメしてるし、変な声とか聞こえるし……」

 

「大丈夫、お姉ちゃんがついてますわ。それにこの()()では、対獣人用に壁、床、天井、扉、それに足枷までもが全て金剛魔鉱でできていますの。ですので壊れる心配はありませんし、万が一があったとしても問題ありませんわ」

 

「万が一があったら何がどうなるんだい?」

 

「今、わたくしたちを案内してくださっているこの方のような、鍛え上げられたサラマンダーの獣人兵たちが束になって対処しますわ」

 

「それは……確かに心強いが、半分恐ろしくもあるねぇ」

 

 

 案内役の獣人兵はその話を聞いてノエルたちの方へ少し振り返り、腕の隆々とした筋肉と鋭い牙をちらっと見せて、無言でニカッと笑った。

 ノエルたちはそれに微笑み返したあと、歩きながら少しずつ俯く。

 マリンは目線を落としたまま言った。

 

 

「まさか、自分の花婿候補を尋問することになるなんて……」

 

「国王がお前に与えた()()()()()()としては、それで十分と言えるだろうさ。だが、お前はもうあいつを花婿候補だなんて思っちゃいないんじゃないのか?」

 

「いえ……。あの方がどんな悪人だったとしても、わたくしを愛する気持ちが一切なかったとしても、あの方がマリン杯に出場した花婿候補である事実は変わりません。単なるわたくしの目利き違いだったことに他なりませんわ」

 

「でも、それもこれも全部あのドミニカって奴が悪いじゃない。実際、あいつのせいでお姉ちゃんが借金を負うことになったわけだし。今日はちゃんとあいつの悪事を全部暴かないと、気が済まないんだから!」

 

「ま、それがアタシたちに与えられた仕事なんだから当然さ。マリン、そしてアタシたちの将来の資金源の雪辱、今日晴らしてやる!」

 

「勝手にわたくしの収入を財布にしないでくださいまし!?」

 

 

 そんなことを話していると、案内役の兵士が部屋の前で立ち止まった。

 部屋の扉に貼られた看板には『特別尋問室』と書かれている。

 兵士は扉を開け、ノエルたちを通した。

 部屋はガラスのついたてで半分に仕切られており、ノエルたちが入った部屋のもう半分側には不機嫌そうな顔をしたドミニカが座っていた。

 しかし、ドミニカはノエルたちの顔を見るなり動揺し、驚いて言った。

 

 

「……なぜ、なぜお前たちがここにいる!?」

 

「なぜって、そりゃお前の事情聴取を──」

 

 

 マリンはすかさずノエルの口元に手を当て、前に出て腰に手を当て、堂々とした態度でこう言った。

 

 

「あなたの罪を裁きに来ましたわ!」

 

 

 ドミニカは呆然としている。

 そして、すぐ我に返って言った。

 

 

「はっ! どうせ俺は大会を荒らした罪で一生ここから出られないんだ。今さら一体何を裁くってんだ?」

 

「決まっているでしょう。あなたが用いた大厄災の呪いの残滓、あれを呪いと知って手にしたのみならず、その力を悪意を持ってふるった罪。それがどのような結果になろうとも、それだけで万死に値する罪ですわ」

 

「だからどうした。もう俺には関係ないことだろう?」

 

「確かに今のあなたはあの呪いの力を持っていません。ですが、せめてあの呪いの被害に遭った方々を思い出して、罪を悔い改めることくらいはできるはずですわ。それに、あなたが『あいつ』と呼ぶ存在についての情報を知る必要もありますし」

 

「なるほど、そっちが目的か。生憎だが、俺は何も話さねえからな。それに、悔い改めるなんて無意味なことをする気もねえ」

 

「あなたは自分の置かれている立場というものが分かっておられないようですわね……。仕方ありません。ノエル、そこの赤いボタンを押してくださいまし」

 

 

 ノエルは言われるがままに目の前の机の上にあるボタンを押してみた。

 すると、ガコン、と何か重い扉が開いたような音がする。

 

 

「う、うぁっつっ!!」

 

 

 ガラスの向こう側にいるドミニカが突然椅子から飛び上がって部屋を駆け回り、手をパタパタと扇ぎ始めた。

 ノエルがドミニカのいる部屋の上を見上げると、天井の一部が開いており、そこからパイプのようなものが見えた。

 ノエルがボタンから手を離すと天井は閉まり、それと同時にドミニカは焦りながら言った。

 

 

「お、おい! 何しやがった!」

 

「その部屋は火山地帯と繋がっているのですわ。手元のボタン1つで火山周辺の熱気や煙などをその部屋に充満させることが可能なのです」

 

「ふ、ふざけるな! ここはただの尋問室じゃなかったのか!?」

 

「この部屋はサラマンダーの獣人の方々と、この指輪を持つ人間のみが入ることのできる『特別尋問室』。つまりはわたくしと城の兵士専用の拷問部屋ですわ」

 

「おいおい、マリン……。お前、そんな悪趣味な奴だったのか……?」

 

「違いますわよ。火山の熱気がそこの通話口の穴から入ってくるのを耐えられるのが、この指輪を持ったわたくしとサラマンダーの獣人の方だけだっただけですわ」

 

 

 そう言って、マリンはドミニカに向き直る。

 

 

「わたくしがここの通話口を塞げば、そこは火山の空気で満たされてあなたは酸欠で死んでしまうでしょう。つまり、あなたの命はわたくしに握られているというわけですわ」

 

「なるほど、拷問しようってか。残念だが、俺は命をかけてもあいつのことは話さねえ」

 

「でしたら、あなたの過去についてお話ししましょうか」

 

「俺の……過去だって……?」

 

 

 ドミニカがそう言った瞬間、マリンは小さく口元を緩めて言った。

 

 

「ええ、あなたのことはヴァスカルの同僚や関係者から聞いていますもの」

 

「はっ、あんな奴らに俺の何が分かるってんだ」

 

「あなたは幼い頃、孤児としてヴァスカルの孤児院に引き取られた。しかし、成長と共に他の才能ある魔導士たちの踏み台にされていた……。そうですわね?」

 

「っ……! や、やめろ……やめてくれ……!」

 

 

 ドミニカは一瞬で目の色を変え、辛そうな表情で叫んだ。

 マリンはそのまま話を続ける。

 

 

「そしてあなたはそのまま孤児院でいじめられながらも魔法を習得し、その力でいつか自分を踏み台にした連中に復讐をしようと考えていた。どうやらその目論見は、周りの成長速度に置いて行かれた時点で不可能だったようですが」

 

「黙れよ……」

 

「もちろんこれはあなたの過去と、実際にあなたの周りで起きた事件から推測した予測に過ぎませんが……。その様子ですと、予想は見事的中といったところでしょうか」

 

「黙れって!! それがあいつとどう関係してるってんだよ!」

 

「その時点で『あいつ』の存在とあなたの過去に、何らかの関わりがあると分かりましたわ。関わりがなければ『関係ない』と言い張るはずですもの」

 

「違う……。あいつとは関係ない……! 俺は俺の手で力を手にしたんだ!」

 

「ノエル、赤いボタン」

 

「ほいっと」

 

 

 ノエルがボタンを再び押すと、ドミニカは熱さに苦しみ始める。

 マリンはノエルに停止の指示を出さないまま、話を続ける。

 

 

「わたくしはあなたの行った行為を許すつもりは毛頭ありません。あなたが今受けている苦しみは、あなたがふるった呪いの力によって被害を受けた人たちの苦しみですわ」

 

「とはいえ、ここまでする必要があるかねぇ。借金の恨みとかいう私的な理由を混ぜてやしないかい?」

 

「あ、忘れてましたわ。止めてくださいな」

 

「悪人に対しちゃ容赦ないねぇ、全く……」

 

 

 ノエルはボタンから手を離し、ドミニカは地面に手をついたまま息を切らしている。

 

 

「あなたは、あなたが『あいつ』と呼ぶ存在から呪いの力を受け取ったあと、その力で復讐を果たした。それがあなたの周りで7年前に起きた、『魔導士大量殺人事件』ですわ」

 

「そういえばサフィアと出会う少し前にそんな記事を読んだ覚えがあるような……。って、つまりこいつがその殺人鬼だってことかい!?」

 

「ええ、調べによると事件当日に黒い鞭のようなものを目撃した方がいたようで、その事件で亡くなった方全員が例の孤児院の出身だったのですわ」

 

「その時はなぜ、こいつが疑われなかったんだ?」

 

「ひとつは彼らがいつも(たむろ)していたという場所での犯行だったこと。もうひとつは、彼自身が第一発見者であり、彼が魔導兵士としての見回りをしている最中に起きた事件だったからですわ」

 

「なるほど。ってことは、今回のあの一件のおかげでその事件の真相が暴かれたってことか。まさか他の真相を探る前に、別の事件の真相が明らかになるとはねぇ」

 

 

 ドミニカは起き上がったかと思うとそのまま床に座り込み、突然高らかに笑い始めた。

 

 

「あぁ……そうだよ! 俺は誰にも見下されない、誰にも負けない力を持っていたんだ! だから……! 俺を見下していたあいつらと同じように、ただ強い力を見せつけてやっただけさ!!」

 

「あぁ、もう、我慢ならないわ! 人からもらった力を自分のものだって勘違いして、調子に乗って見せつけて、その挙句に人を殺すなんて……あなた、ただの子供じゃない!」

 

「ふざけるな! 誰が子供だ!!」

 

「いいや、お前はこの子より数段子供だね。ただの復讐劇ならアタシにも理解できる。だが、お前のそれは復讐じゃない。子供の頃の羨望から生まれた、ただの()()()()()さ」

 

「あ……あぁぁ……。あああああ!!!」

 

 

 その瞬間、ドミニカは咆哮しながらガラス板を必死に殴り始めた。

 しかし、それは全く割れることなく、ドミニカの拳の血の跡だけがひたすらに増えていくだけなのであった。

 ドミニカが殴り続けている間、ノエルはマリンに尋ねる。

 

 

「……土魔法か」

 

「ええ、そんな簡単に壊せる仕組みにわたくしがするとでも?」

 

「いや、ただ少し怖かった。もう一つ確認したいんだが、今のあいつ、魔法は使えないんだよな?」

 

「言っていませんでしたわね。あちらの部屋は魔力を吸収する魔具を設置しているので、外から魔力が入ってきても魔法を使えるほどの濃度にはなっていませんわ」

 

「それを聞いて安心した。さて、こいつをどう鎮めようか。魔法を使うのはマズいからなぁ……」

 

「それではノエル、そちらの青いボタンを押してくださいまし」

 

「え? あ、ぽちっと」

 

 

 ノエルは赤いボタンの隣にあった青いボタンを押した。

 すると、再びドミニカ側の天井が開き、パイプから大量の水が流れ込んできた。

 ドミニカは殴っていた手を止め、水を冷たがっている。

 ノエルが手を離すと天井が閉じ、水はみるみるうちに消えていった。

 

 

「……えーと、何が起きた?」

 

「本来は水を撒いて蒸し風呂のようにして苦しめるためのものなのですが、このように頭を冷やすためにも使えるのですわ。まあ今回は少し水の量が多過ぎたようですが」

 

「でもおかげで静かになったな」

 

「……お前ら……絶対に許さねえ! どんな手を使ってでもお前らを殺す……! 殺してやる!!」

 

「あー、悪化してません? さっきよりも殺気がすごいことに……」

 

「声が届くくらいであれば問題ありませんわ。あとは、『あいつ』と呼ばれる呪いの力の根源について探らなければなりませんわね」

 

 

 そう言って、マリンは魔導書と羽根ペンをカバンから取り出した。

 そして白紙のページに何かの紋章のようなものをすらすらと描いてドミニカに見せた。

 

 

「この紋章、見たことありますわね?」

 

「……それがどうした」

 

「これがあなたの持っていた魔導書の表紙に描いてありましたわ。しかし、わたくしにはこれが何の紋章か分からないのです。ヴァスカルの魔導兵士団の紋章ではありませんし、調べても何も分かりませんでした」

 

「ふん……。別に何の意味もないただの紋章だろ。最初からその魔導書に描いてあったんだよ」

 

「最初から、ですか……。これでは何の情報にも……」

 

「ちょっとアタシに見せてみろ」

 

 

 ノエルはマリンの描いた紋章を見て、怪訝な顔で頭を傾げる。

 しかし、次第にその表情は別のものへと変わったのだった。

 

 

「この紋章……。16年前……魔女狩りのお触れ書きに描いてあった紋章と全く同じだ! 間違いない!」

 

「え、ええっ!? それじゃ、その紋章ってメモラの国章なんですか!?」

 

「いや、メモラの国章はこんな単純な模様じゃない。それは確かだ。それなら、あの紋章は一体何の……」

 

 

 すると、ドミニカは奇妙な笑みを浮かべながら言った。

 

 

「へえ……あんた、あの魔女狩りの生き残りだったんだ。そんなのがいたなんてね。メモラ軍の連中、あいつが手を貸してやったってのに、8年かけても全部の魔女を消せなかったのかよ。とんだ無能集団だったな、全く!」

 

「……おい。お前、何を知ってる」

 

「あぁ……?」

 

「『あいつ』が手を貸しただって……? どうしてお前がそんなことを知っている!!」

 

 

 ノエルは激情し、明らかな怒りをドミニカにぶつけている。

 ドミニカは嘲笑しながら言った。

 

 

「どうせ知ったところで過ぎたことだ! 教えてやるよ! あいつは原初の大厄災を再び起こすために魔女狩りを始めたのさ!」

 

「なっ、なんですって!?」

 

「どういうこと!?」

 

「魔女狩りが……あの原初の大厄災を再び起こすためだった……だと!?」

 

 

 ノエルたちの驚きを嘲るように、ドミニカは悪意を込めた笑みを浮かべるのであった。



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69頁目.ノエルと『あいつ』と魔女狩りと……

 16年前に魔女狩りを引き起こした原因が、ドミニカの言う『あいつ』であることを知ったノエルたちは、戸惑いを隠せぬままドミニカの尋問を続けた。

 

 

「い、一度話を整理させてくれ。お前は『あいつ』が魔女狩りを引き起こしたって、なぜ知っているんだ? お前が力を手にしたのは7年前だ。まさかそれ以前に『あいつ』と関わってたってのか?」

 

「いつ関わったかは問題じゃない。あの力を手にした時点で、あいつの過去が分かってんだよ」

 

「過去が分かるですって……? あなた、一体何を言っているんですの? それに、急に重要な情報らしきものを話し始めるなんて、どんな風の吹き回しで……」

 

「どうせお前らが知ったところで何の意味もないからだ。実際、今のも何のことかも理解できてないみたいだしな!」

 

 

 それを聞いたノエルたちはピクッと反応し、ニヤリと笑った。

 

 

「……おいおい。お前、アタシたちを誰だと思ってる?」

 

「そんじょそこらの魔導士とは一味違う探究心の塊、旅する若魔女ですわよ?」

 

「そんなの、あたしたちが理解できるまで話してもらうに決まってるでしょ!」

 

「はぁ……。もしかしなくても……俺が話さない限りこの部屋から出さないつもりじゃ……」

 

「拷問なんだから当たり前だろう?」

 

 

 ノエルたちはにっこりと満面の笑みを浮かべる。

 ドミニカは濡れた髪を払ってノエルたちを一見し、溜息をついて言った。

 

 

「……仕方ねえ。魔女狩りの生き残りがいるってだけで、もう俺が黙る意味は消えたようなもんだからな。全部教えてやるよ」

 

「なに……? そいつは一体どういう意味だ……?」

 

「話には順序ってもんがある。そいつも追って教えてやるから、今は黙ってろ」

 

「ちっ、話してくれるだけマシか……。じゃあ、全部話してもらうぞ」

 

「そんじゃ、最初は俺らが何者か……そこからだな。紋章を見せろ」

 

 

 マリンは紙に描いた紋章をドミニカに見せる。

 その紋章は、大きな円の中央に黒と白の羽根が斜め十字に重なっており、二本の羽根は円の上部から突き出ている。

 また、羽根と羽根の間にある右・左・上の3つの隙間には、それぞれ瞳の模様が描かれていた。

 そして、円に沿って何かの文字が書いてあった。

 

 

「まず、その紋章は『あいつ』が作ったもんだ。その紋章そのものが原初の大厄災を表してんのさ」

 

「この黒い羽根と白い羽根……。まさか、ノエル様の昔話に出てきた2人の羽根ペンの……?」

 

「そもそも羽根ペンに使われてる鳥の羽根は基本的にその2色だ。原初の魔女とは直接的には何の関連もない。その黒い羽根と白い羽根ってのは、原初の魔女・ファーリが大厄災となった時に背中に生えていた翼の象徴なんだろうさ」

 

「へえ、よく分かったな。じゃあ、3つの眼の意味も分かるな?」

 

「あぁ、ファーリの人間としての2つの眼と、大厄災となった時に現れたという額の3つ目の眼か。だが、あまりにも直接的すぎないか? アタシは気づかなかったが、気づく人は気づくんじゃ……?」

 

「その紋章に書かれた文字が隠蔽の魔法の術式になってるんだ。だから誰も俺たちの存在に気づかねえ。実際、文献には全く残ってねえだろ?」

 

 

 ノエルが紋章の文字を読むと、確かに魔法の術式が書いてあることが分かる。

 

 

「それなら、なぜさっきアタシはその紋章を思い出せたんだい? お前だって紋章のことを覚えているし、それじゃ隠蔽になってなくないか?」

 

「過去のことは記憶の片隅には残ったとしても、全てを思い出せるわけじゃねえだろ。普通の連中にはその程度の隠蔽で十分だったんだよ。逆に、その紋章についてっていう特定の記憶を思い出せば、記憶にはっきり残るってわけだ」

 

「紋章のことはよく分かりました。ですが、結局あなた方とその紋章にどんな関わりが?」

 

「おっと、そうだった。その紋章の名は『災印(ファーレン)』。あいつの力を得た者を示す仲間の証だ。俺たちはそれを目印に仲間を判断している」

 

災印(ファーレン)……。それでは、あなた方は仲間がいるにも関わらず、その仲間のことは知らないということですのね? 一体どういうことですの?」

 

 

 ドミニカは地べたに座ったまま足を組み直し、言った。

 

 

「俺たちはあいつの野望を果たすために力をもらっただけで、それ以外の共通点は特にねえんだよ。共通の集まる場所があるわけでも、全員にそれぞれ何か繋がりがあるわけでもねえ。ただあいつの野望を果たすのが使命なのさ」

 

「じゃあ、『あいつ』の野望ってのは何なんだ?」

 

「大きく言えば『原初の大厄災の再演』だ。そのために各地から大厄災の呪いの残滓とか、濃厚な魔力を持つ魔導士を集めているって聞いたな……。あぁ、細かい目的は知らねえからな。俺らは力をもらった対価を支払ってるだけだ」

 

「そのためにお姉ちゃんに近づいたのね……。それに加えて、お姉ちゃんの代わりにあたしを連れて行こうとしてたような……」

 

「まあ、俺はこうやって投獄されて、その力も今は消えちまったわけだから、俺があいつに協力する義理もなくなったってわけだ。他の奴らにお前らが狙われる可能性は大いにあるが、あの光魔法があれば関係なさそうだしな」

 

「では、呪いらしき魔力を感じた瞬間に発動できるくらいには練習しておきませんとねぇ……」

 

 

 ノエルはドミニカに尋ねた。

 

 

「そうだ、お前たちに名前はあるのかい? その『あいつ』にも、だ」

 

「さあ、あいつにちゃんとした名前があるのかは知らねえな。あいつは俺たちのことを『災司(ファリス)』って呼んじゃいるが」

 

「ん……? 『あいつ』には会ったことあるんだろう? 仲間なら名前くらい教えるもんじゃないのかい?」

 

「いいや、誰もあいつに会ったことなんざねえよ。男なのか女なのか、大人なのか子供なのか、それすらも分からねえ」

 

「はい……? ではどうやってその力を手にしたと?」

 

「夢の中さ。何でもするから誰にも負けねえ力を手にしたい、そう思ったらあいつが夢に出てきたんだ。それから毎日のようにあいつの過去話を聞かされて、そしたらある日の朝にあの魔導書が枕元に置いてあったのさ」

 

 

 ノエルたちは一瞬、言葉を失った。

 そして、ノエルは我に返って言った。

 

 

「信じられないことではあるが、恐らくその夢ってのは魔法の一種だろう。呪いの力がどんな魔法かも分かってない以上は、こいつの言うことを信じるしかないさ」

 

「そう、あいつの力に理屈なんて通用しねえ。ただ分かっているのは、あいつが呪いの力を分け与える存在だってことと、色んな手を使って原初の大厄災を再び引き起こそうとしているってことだけだ」

 

「それが『あいつ』とあなた方『災司(ファリス)』と、呪いの力の関係ってことですわね。とはいえ……いつまで経っても『あいつ』はややこしいですわね。何か勝手に名前でもつけましょうか」

 

「そうだな……。じゃあ、『誰も知らない者(アンノウン)』とでも名付けておこう。それで……そうだ。そのアンノウンがお前に教えてくれたっていう、魔女狩りを行わせた理由は何だ? 原初の大厄災とどう関係している?」

 

「端的に言うと、原初の魔女・ファーリが大厄災になった原因を引き起こす実験を、対象をファーリの故郷であるメモラに住む魔女に絞って行ったのさ」

 

「原初の魔女が大厄災になった原因……? そういえばノエル様からそんなお話を聞いたことがあるような──」

 

 

 サフィアがノエルの方を見ると、ノエルは目を見開いたまま、怒りと悲しみと苦しみといった色々な感情が籠った表情をして固まっている。

 マリンはその顔を見てハッとし、ドミニカを力強く睨んで尋ねた。

 

 

「まさか……。アンノウンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気だったと……。そう言いたいんですの!?」

 

「あぁ、その通りだ。だが、さっきも言ったが俺を睨まれても困る。俺はそれには関わってねえし、あいつ……アンノウンがどう関わったかまでは知らねえ」

 

「ええと、確か原初の魔女が大厄災になったきっかけって……」

 

「あくまでノエルやおばあさまから聞いた伝承でしかありませんが、自分が信じていた魔法という力を殺しに使われ、心を病んでいたこともあって全てに絶望して暴走した。そういう話だったはずですわ」

 

「そうだった……。すごく……悲しいお話……」

 

「まあ、アンノウンは魔女狩りをファーリの故郷で起こして、魔女を迫害するだけでその条件を満たせると思ってたんだろうさ。普通の魔女がファーリと同等の魔力なんて持ってるわけねえのに」

 

 

 ノエルは俯いて手を握りしめ、そのままボタンが乗っている机に強く打ちつけた。

 マリンたちも口をつぐんで顔を伏せる。

 そしてノエルは、か細い涙ぐんだ声で言った。

 

 

「どうして……どうしてそんなことでアタシは……。無関係のイースを失わなきゃいけなかったんだよ……」

 

「……なるほど。魔女狩りに家族が巻き込まれちまったのか。恨むならアンノウンを──」

 

「恨んでるさ! 一生許すつもりはないよ! だけど……! だけど……ただの実験なんてくだらない目的に巻き込まれて無駄死にするなんて、あいつが可哀想にも程があるじゃないか……!」

 

「ノエル……」

 

「ノエル様……」

 

 

 ドミニカは黙り込み、マリンたちも心配そうにはしているものの声をかけづらそうにしている。

 するとしばらくして、サフィアはひとつ深呼吸をした。

 そしてノエルの元へと行き、ノエルの握った手にそっと触れる。

 そのままサフィアはその指を解き、両手で優しく包み込んで言った。

 

 

「ノエル様……。もう今日は帰りましょう? それで、帰ったら好きなだけ泣いてください、怒ってください、寝てください。辛いことは忘れてなんて、誰も言いませんから……」

 

「サフィー……。アタシは……」

 

「そうですわね……。続きはわたくしが聞いておきますから、サフィーと一緒に戻っていてくださいな。これ以上はあなたの心身に障りますわ」

 

「……あぁ、そうだな。すまないね……。マリン、サフィー……」

 

「いえ……。大事な師匠のためですもん……」

 

 

 サフィアはぐったりするノエルの腕を肩に回し、荷物を持って扉を開いた。

 こうしてノエルはサフィアに連れられて、闘技場の宿泊部屋に戻ったのだった。

 

 

***

 

 

「さて、最後のお話といきましょうか」

 

「あぁ……そうだな」

 

「最後の質問ですわ。ノエルが……魔女狩りの生き残りがいるだけで、なぜあなた方の利益になるのです?」

 

「そうだ、その前に確認させてくれ。あの女、あの性格とさっきの様子……その家族が殺された時に魔力が暴走したんじゃねえのか?」

 

「ええ……。我を忘れて、自分を殺しに来た兵士を10人ほど……と聞いてますわ」

 

「やっぱりそうか……。だったらアンノウンに気をつけな。あいつの一番の目的は原初の大厄災の……いや、原初の魔女・ファーリを復活させるための母体を見つけることだからな……!」

 

「なんですって……!?」

 

 

 マリンは食い入るようにドミニカの目を見る。

 

 

「……嘘ではなさそうですわね。もしや、それが魔女狩りの生き残りがいることによる、あなた方の利益……?」

 

「その通り。だが、もう俺は力を失って、あいつの意図を知ることもできなくなった。だから詳しいことは分かんねえ。ただ俺は、アンノウンが呪いの残滓を集めてファーリの復活を目論んでいるんじゃないか、そう踏んでいる」

 

「魔女狩りもその目的のための準備に過ぎなかったと……。本当にアンノウンとは何者なんですの……?」

 

「さあね……。俺だって、あいつが教えてくれたいくつもの目的を推測で繋ぎ合わせてるだけだ。これが本当かは分かんねえ。だが、注意するに越したことはねえだろ」

 

「そのことをあなたの仲間たち……災司(ファリス)たちは知っているんですの?」

 

「呪いが消えた時点でアンノウンの夢は見なくなった。だから連中にバレてるなんてことはねえはずだ。まあ、どこにあの女の情報が転がってるかは知らねえけどな」

 

「なるほど……。それは確かに注意しておかねばなりませんわね……」

 

 

 マリンは目を閉じて少し考え、そして静かに目を開けた。

 

 

「……ふう。では、以上ですわね。拷も……尋問を終了しますわ」

 

「薄々気づいちゃいたが、お前……相当キレてんな?」

 

「ええ……それはもう、あなたのせいでオクトーは負けるわ、大会はめちゃくちゃになるわ、それに加えてわたくしが借金する羽目になるわで、今でもこのボタンを押したくて押したくてたまりませんわよ!!」

 

「はぁ……。反省する気なんてもんはねえけど、死刑になるならお前に殺されるのは本望かもしれねえな……」

 

「そんな人殺しなんかに手をかけるつもりは毛頭ありませんわよ。大人しく勝手に牢屋で寿命を全うしなさいな。それでは、二度と会うことはないでしょうけど、さようなら」

 

 

 マリンが手を振って後ろを向いた瞬間、ドミニカは自嘲気味に笑った。

 

 

「あぁ……そういや俺、お前に負けたんだったな。流石に3人相手はキツかったけど、あのまま1対1でも俺、負けてたかもな……」

 

「呪いの力があった以上、それはなんとも言えませんわ。ですが……一回戦と二回戦、あれは見事でした。あなたの本当の実力は、確かに優勝者に相応しいものでしたわ」

 

「はは……。まさか、天下の魔女様に自分の力を認めてもらえる日が来るなんてな……。もう少し頑張ってりゃ、こんな所で人生終わることもなかったのかねえ……」

 

「もしそんな運命があったのだとしても、あなたの罪は消えません。ですが、そんな運命があったのなら、わたくしの隣にいたのはあなたかもしれませんわね?」

 

「へっ……冗談はよしてくれ。誰がお前みたいな血の気の多い女を好きになるかってんだ」

 

「あら、それは残念。振られてしまいましたわ」

 

 

 マリンはクスッと笑い、振り返って手を振った。

 

 

「それでは……また」

 

 

 そう言って、マリンは尋問室から出ていった。

 ドミニカは1人残されたまま、しばらく笑い続けていたという。

 

 こうして、マリンはドミニカとの決着をつけ終わり、久しぶりに一人泣きながら帰路についたのだった。



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70頁目.ノエルと煙と夢物語と……

 その日の夜、サフィアは泣きじゃくるマリンの背中をさすりながら、眠りつつうなされているノエルの手をもう片方の手で握っていた。

 

 

「ノエル様は仕方ないとして、まさかお姉ちゃんまでこんなになって帰ってくるとは思わなかったわ……」

 

「だっで……グスッ……。フラれるなんて久しぶりすぎて……不意打ちで過去のフラれた悲しい記憶ばかりを思い出してしまって……グスッ……」

 

「お姉ちゃん、そんなになるほど本気で恋愛したことあったの?」

 

「あら、過去にわたくしを振った方々とは本気で恋愛してましたわよ。まあ……それがただの片想いだったと知った時の衝撃たるや、何度味わっても慣れない凄まじいものでしたが……」

 

「……うん、ゴメン。これは聞いたあたしが悪かったわ……。その話は掘り返しちゃいけないやつだもの……」

 

「はぁ……。修行相手を恋人に頼もうとするなんて、昔のわたくしはどれだけ愚かだったのでしょう……。魔女同士の方がよほど修行になりますのに……」

 

 

 マリンは過去を省みつつ、ハンカチで涙を拭く。

 そして自分の背中にあったサフィアの手をノエルの手の上に置かせ、マリンはノエルの様子を伺う。

 すると、うなされていたノエルは次第に落ち着き、すやすやと寝息をたて始めた。

 

 

「それはそうと……。見たところ、かなり参っていたみたいですわね……。帰っている途中とか何か言ってました?」

 

「ううん、特には何も。まあ、実はノエル様、お城から出た瞬間に疲れからか気を失っちゃってたのよね。蒼の棺桶(アクア・ベッド)で運ぶので一苦労よ」

 

「それはご苦労様。この様子ですと……閉会式の日まではわたくしも仕事を早めに切り上げて、様子を見に来た方が良さそうですわね」

 

「大丈夫なの? 一応支配人なんだし、仕事も多いんじゃ……。それに、オクトーさんもまだ万全じゃないんでしょ?」

 

「お姉ちゃんを舐めてもらっては困りますわ。オクトーがいなくても、ちゃんと仕事くらいテキパキこなせます。まあ、早めに終わらせるとなると、多少骨は折れますが」

 

「そう。それならいいんだけど。っていうか、別にあたしやることないし、わざわざお姉ちゃんが様子見に来なくても……」

 

 

 サフィアはそう言ってハッとし、マリンの顔を見て穏やかに溜息をついた。

 

 

「あぁ、そうだよねー? ずっと一緒にいたんだもん、そりゃ心配にもなるわよねぇ?」

 

「サフィーったら、全くもう……。お姉ちゃんだからって、からかうんじゃありません」

 

「でも……うん。そうしてくれたらきっと、ノエル様も喜んでくれると思う。今、ノエル様の傍にはあたしたちしかいないんだから……」

 

「早く立ち直ってくれることを祈るばかりですわ……。でないと、わたくしも本調子が出ませんし……」

 

「あはは、もしかしたら明日起きたらケロッとしてるかもよ? そんな簡単な話じゃないだろうけど、ノエル様ならあり得るかも……?」

 

「ふふ……。そうですわね。とにかく今はぐっすり休ませてあげましょう……」

 

 

 そう言って、マリンは隣のベッドで横になり、サフィアはノエルのベッドに添い寝する形で横になった。

 サフィアは枕元の灯りを消し、2人はおやすみなさいと静かに呟いた。

 

 

***

 

 

 次の日の朝。

 マリンとサフィアが朝食を部屋に運んできたところに、ノエルが起きてきた。

 2人は心配そうにノエルを見つめるが、ノエルは何事もなかったかのようにあくびをして言った。

 

 

「おはよ……」

 

「お、おはようございます!」

 

「おはようございます、ノエル。眠そうですわね?」

 

「あぁ、いつ寝たか覚えてないが、寝付けなかったのは覚えてる……。変な夢見ちまったし」

 

「変な夢……? どんな夢ですか?」

 

「うーん、はっきりとは覚えてないが……。何か黒い煙みたいなものが見えたような……」

 

 

 マリンはその瞬間、ドミニカの話を思い出した。

 

 

『アンノウンに気をつけな。あいつの一番の目的は原初の大厄災の……いや、原初の魔女・ファーリを復活させるための母体を見つけることだからな……!』

 

 

「(もし、アンノウンがノエルに近づくとしたら、きっと他の災司(ファリス)たちと同じ夢の中……。まさか、もうノエルの存在がバレて……!?)」

 

 

 マリンはハッとし、血相を変えてノエルに尋ねた。

 

 

「ノエル! その黒い煙って、どんな感じですの!?」

 

「ど、どうしたんだよ、急に。はっきり覚えてないって言ったろう?」

 

「覚えている分で構いませんから!さあ、さあ!」

 

「そ、そうだな……。ええと、あれは……アタシの家の前だったか……?」

 

「イースさんと過ごした、メモラの方の家ですわね?」

 

「あぁ、そうだ……。あの光景は……アタシがあの魔女狩りの日、兵士の連中を殺したあとの……。うぐっ……」

 

 

 突然、ノエルが頭を抑えてその場でよろけた。

 それを、いち早く異変に気付いたサフィアが倒れる寸前で受け止めた。

 

 

「ふう、間一髪……。ノエル様、大丈夫ですか?」

 

「あ、あぁ……。ありがとう、サフィー」

 

「ゴメンなさい……。気が急いたあまりに、嫌なことを思い出させてしまいました……」

 

「良いさ、どうせ夢で見た本当の話なんだから……。黒い煙ってのも、魔法で殺したあとの兵士からたち上る煙だったみたいだ」

 

「ノエル様……」

 

「……また戻って少し休みます? 食事はサフィーに任せますけれど」

 

 

 ノエルは少し考えたあと、自分の両頬を両手でパンッと叩いてこう言った。

 

 

「大丈夫だ、心配するな。アタシだってイースの死とはずっと向き合ってきたんだ。今さら、アタシがどれだけ悩んでも仕方ないじゃないか!」

 

 

 そう言って、ノエルは姿勢を戻して伸びをする。

 力一杯伸びたあと、ノエルはニヤリと笑ってこう言った。

 

 

災司(ファリス)上等、アンノウン上等だ! あいつらを許すつもりはないが、だからって連中に復讐するつもりも連中の邪魔をするつもりもない! だが、もしアタシたちの邪魔をするってんなら……」

 

「あたしたちが徹底的に!」

 

「ボッコボコにしてやりますわ!」

 

「あぁ、だからアタシのことは気にするな。まあ、今朝は悪い寝覚めだったし、昨日の事情聴取に行った件は多少なりとも後悔してるけど……」

 

「ノエル、睡眠に対してはうるさいですものねぇ。でも間違いなく昨日だけで、国王様にお伝えできる有益な情報を得ることはできましたわ」

 

「そういえばそういうお仕事だった! 内容があたしたちに関係あり過ぎて、当の目的忘れちゃってたわ……!」

 

 

 3人は笑い合い、それから食卓についた。

 こうして3人の変わらぬ朝がまた今日も迎えられたのだった。

 

 

***

 

 

 その数日後にはマリン杯の閉会式と表彰式、そして賭け金の支払いが行われ、盛況のままマリン杯は無事に幕を閉じた。

 それからさらに3日後、ドミニカについての報告を終えたノエルたちは、再び旅支度を始めていた。

 

 

「この部屋ともしばらくおさらばですわねぇ……」

 

「こんな広くて立派な部屋をタダで借りれるなんて、もう二度と味わえない贅沢だったねえ……」

 

「食事は美味しいし、ベッドもふかふか。あとはここから見える景色が良ければ最高の部屋だったのに……」

 

「地下に作った部屋である以上、それは難しい話ですわ。あっ、それならいっそのこと、プリングのどこかに別荘を建てても良いかもしれませんわね!」

 

「急にお金持ちの発想だな!? さてはお前、借金のこと忘れてないか……?」

 

「はぁ……。忘れていたら、こんな夢物語なんて語りませんわよ……。しばらくはまたそのお財布に頼ることになりますわね」

 

 

 マリンは、ノエルが荷物整理のためにカバンから取り出した布財布を見つめる。

 流石に8年以上使っているだけあって布がくたくたになっており、所々インクの汚れがこびりついている。

 

 

「あぁ……。お前の収入に期待していたんだがなぁ……」

 

「元々ここに来るまでは視野にも入ってなかったじゃありませんの。結局同じですわ同じ」

 

「あはは……。でも、たまに贅沢するのはいいけど、やっぱりいつものギリギリな生活もあたしは好きですよ?」

 

「ギリギリな生活が続く前提でそんないい笑顔をされると、流石のアタシも心が痛い……」

 

「こ、今度からはわたくしも積極的に節制に協力しますから! 借金が返せれば、残った収入をこちらに充てることもできますし! お願いですから、サフィーはそれ以上笑わないでくださいまし〜!」

 

 

 そんなことを話しているうちに、準備が整った。

 するとそれと同時に、部屋にオクトーが入ってきた。

 

 

「おや、準備は万端のご様子で」

 

「あぁ、お世話になったね。主にマリンが」

 

「わたくしの名前は余計ですわ。この部屋だって、ここで食べていた食事だって、全部オクトーが時間をかけて準備してくれたものなのですから、失礼ですわよ」

 

「おっと、そうだったのかい。それはすまなかった」

 

「いえいえ、今はマリン様のお役に立てただけで満足してますから、お気になさらず。まあ、決勝戦では酷い姿を見せてしまいましたが……」

 

 

 オクトーはあからさまに肩を落とす。

 

 

「そいつは全部ドミニカのせいなんだから、気にしても仕方ないだろ。お前は十分マリンに尽くしたさ」

 

「ですが……。そのせいでマリン様に多大な迷惑を……」

 

「だから、気にするなと言っているでしょう? 彼は規定違反をしてあなたに勝っただけなのですから。あなたにはこれでも感謝しているのですわよ?」

 

「マリン様……。やっぱり好きです、結婚してください!!」

 

「いつもいつも思っていましたが、そういうところですわよ! 断じてあなたと結婚する気はありませんわ! もうマリン杯も二度とやりません!」

 

「そ、そんな!! あんなに盛況で、過去一番の興行収入だったんですよ!?」

 

 

 その言葉にマリンは一瞬だけピクッと反応した。

 しかし、首を振ってマリンは言った。

 

 

「あぁ……もう! 観客があんなものを求めているのであれば獣人が戦う闘技大会ではなく、誰でも参加できる最強格闘王決定戦でも毎月行えば良いでしょう!」

 

「一瞬迷ったな」

 

「迷いましたね、一瞬」

 

「はいそこ、うるさいですわ! とにかく、またしばらくは帰りませんから! また支配人代理として精進なさい!」

 

「は、はいっ! 今、ものすごく良い大会の案が浮かびましたから、次お帰りになった時にはもっと良い成績を残しておきます!!」

 

 

 そう言って、オクトーは部屋から飛び出て行った。

 そしてすぐ戻ってきてこう言った。

 

 

「マリン様、ノエル様、サフィア様、お気をつけて! 良い旅を!」

 

「あぁ、お前も頑張れよ!」

 

「いってきます!」

 

「また帰ってきますから、その時までお元気で。そして、いい加減わたくしを諦めなさい!」

 

「それは無理な話ですよ、マリン様! では、仕事に戻らせていただきます!」

 

 

 オクトーは風のように去っていった。

 マリンは頭を掻きながら、ノエルとサフィアは2人でずっと笑っていたのであった。



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第9章
71頁目.ノエルと代償と銀世界と……


 その日、ノエルたちは鉄道に乗ってプリングを去り、しばらくしてノーリスで乗り換えをした。

 乗り換えた列車の個室で、ノエルたちは長椅子に座ってゆったりとくつろいでいた。

 ノエルはカバンから地図を取り出し、マリンとサフィアはそれを覗き込むように前のめりになる。

 

 

「オクトーの情報が本当なら、エストのやつがいるのはここ。北東の国・ヘルフスということになる」

 

「ええ、だからこうして列車に乗って移動しているんですわよね? 何を今さら確認しているんですの?」

 

「いや、確かヘルフスって極寒の国だよな? あいつはなぜそんな場所に修行をしに行ったんだと思ってね。そもそも、あんな結界作れるような魔女が修行なんて必要ないだろう?」

 

「正直、姉様の考えることはわたくしもよく分かりませんものねぇ……。他に何か理由があるとしたら修行なんて言わなくてもいいでしょうから、本当に修行なのでしょうけれど……」

 

「あ、でも寒い国なら、ちゃんと防寒着とか用意しなくて良かったんですか? あたしたちはまだしも、ノエル様は少しでもあたしたちから離れたら大変なことになりません?」

 

「おや、何のためにこいつを連れてきたと思っているんだい」

 

 

 ノエルはそう言ってマリンを軽く指で差す。

 

 

「はい……? なぜそこでわたくしが?」

 

「火魔法で焚き火とか松明とか作ってくれれば、いつでも熱源を得られるだろう?」

 

「わたくしを便利な暖炉扱いしないでくださいまし!? あなただって火魔法使えるんですから、そんなこと自分でしなさいな!」

 

「冗談だよ。ちゃんと2人の分まで防寒の魔法作ってきてるから、心配はいらないさ」

 

 

 そう言って、ノエルは魔導書を取り出してそのページを破り、マリンとサフィアの服にぺたりと貼り付けた。

 そして目を閉じて、魔法を唱える。

 すると、そこに描かれていた魔法陣が2人の服に刻まれ、魔導書は散り散りになって消えた。

 

 

「ふぅ……。その術式が壊れない限りはある程度の寒さには耐えられるはずだ。これで指輪の魔力を浪費しなくて済むだろう?」

 

「ありがとうございます!」

 

「いつの間にこんな魔法を作って……。まあ、ありがたく受け取っておきますわ」

 

「話を戻すと、とにかくさっさとエストに会って話を聞くのが一番手っ取り早い。ちょうどこの時期は降雪量が少ないそうだから、あいつを探すのに苦労はしないだろうし」

 

「いつものように面倒事が起きなければ良いのですが……」

 

「ま、まあ、これまでは色んな魔女さんの信頼を得るために奔走したわけで、今回はそんなことしなくても2人の知り合いなんでしょ? だったら大丈夫……ですよね?」

 

 

 ノエルとマリンはそれを聞いて少し目線を逸らす。

 サフィアはその少しの間を見逃さなかった。

 

 

「まさか、エストさん、大丈夫じゃないの……? もしかして、かなり変な人とか……?」

 

「いや、あいつは基本的には良い魔女なんだが……。何というか、考えてることが読めないというか……」

 

「そうですわね……。良い魔女はずなのに掴みどころがなさすぎて、いつも流されてしまうというか……」

 

「う、うーん……。それ聞いてる限りだと、だいぶ変な人な気はするんですけど……」

 

「まあ、サフィーからしたら変な魔女に映るかもしれないな。とにかく会ってみないことにはその判断もできないだろうし、気にしないで大丈夫だよ」

 

 

 そう言って、ノエルはサフィアの頭をぽんぽんと撫でたのだった。

 そして、そうしているうちに外の景色が白くなってきた。

 

 

「わあぁ……! 綺麗……!」

 

「一面の銀世界ですわね!」

 

「2人とも、指輪をその辺りに置いて、窓を開けてみな」

 

「ええっ!? 急に寒いのは嫌ですよ!」

 

「術式がちゃんと働くか今確認しないと大変だからな。術式が起動していれば寒くないはずだし、一瞬だから我慢してくれ」

 

 

 サフィアとマリンは指輪をカバンにしまって、恐る恐る窓を開けた。

 すると、外から風と共に雪が大量に2人の顔にかかったのだった。

 2人は一瞬で窓を閉め、一緒に叫んだ。

 

 

「「つっ、冷たーい!!」」

 

「ほれ、タオル」

 

 

 ノエルは乾いたタオルを2人に手渡した。

 マリンはそれで濡れた顔を拭き、すかさず手鏡を見て化粧を確認する。

 そして、思い出したかのようにノエルに食いついた。

 

 

「ちょっと、めちゃくちゃに雪が冷たいんですが!?」

 

「じゃあ、今は寒いか?」

 

「えっ? ま、まあ、そう言われてみれば、雪で濡れたというのに全く寒くないですわね……?」

 

「あたしも寒くないでーす」

 

「よしよし、ちゃんと術式は起動しているみたいで良かった」

 

「って、そうではなく! なぜ雪が冷たいんですの!」

 

 

 ノエルは溜息をついて答えた。

 

 

「雪が冷たいのは当たり前だろ?」

 

「それは分かってますわよ! じゃなくて、低温が平気になる魔法じゃなかったんですの?」

 

「誰がそんなこと言った? その術式は肌が感じる『寒さ』を防ぐだけで、『冷たさ』は無関係だぞ」

 

「それを先に言ってくださいまし! 急に冷たくてびっくりしましたわよ!」

 

「おや、それはすまなかった、説明不足だったね。こいつは火魔法で周囲の気温を一定に保ってるだけなのさ。ほら、どれだけ暖かくても、氷とか冷たいものは冷たいだろう?」

 

「なるほど……。心なしか、雪じゃなくて水をかけられたように感じたのはそういうことだったんですのね……。あっ、雪すら溶かすのであれば、傘を用意すべきでは?」

 

 

 マリンとサフィアはノエルにタオルを返し、指輪を付け直す。

 ノエルはしばらく考えて、言った。

 

 

「確かにそうだな……。それに、雪が冷たいのであればやはり上着と長靴と……あと、手袋も必要か。凍傷になっちゃ元も子もない」

 

「防寒着を買うのであればこの魔法、不必要でしたわね……」

 

「うっ……。少しでもお金を浮かそうと思ったのに……」

 

「ま、まあ、この魔法があれば身体を覆う装備は防寒着じゃなくてもいいんですよね? 雨合羽とか! それなら少しは安くで済むんじゃないですか?」

 

「そ、そうですわよ! それに、わたくしたちは指輪がありますから、安物でも濡れなければ問題ありませんから!」

 

「くそおっ! こんなことなら、その指輪の複製品借りれば良かったぁぁぁ……!」

 

 

 マリンから複製の指輪を借りなかったことを後悔したノエルは、到着して間もなく、近くの服屋で3人分の合羽と長靴と手袋を購入したのだった。

 

 

***

 

 

 常冬の雪国・ヘルフス。

 周りは雪山に囲まれており、その麓にある王都に住む人々は、木造の家に点々と住んでいる。

 彼らは川で釣りをしたり森で狩りをしながら生活しており、自然と共存しながら暮らしている。

 

 装備を整えた3人は駅から出て、周りを見渡した。

 マリンはノエルの方へ振り返り、笑顔で言った。

 

 

「わざわざ買っていただいて助かりましたわ」

 

「流石にその指輪があっても足は雪で滑るだろうし、手だって雪とか氷を触れば痛むだろうからね。環境に適応できるったって、怪我をしないわけじゃないんだし」

 

「この指輪も雪国ではほぼ無力ですね……。寒くないだけマシなんでしょうけど」

 

「それじゃ、とりあえずエストの家を探そうか。あいつが住んでそうな場所といえば──」

 

 

 ノエルが駅前の地図看板を見ようと後ろへ振り返った瞬間、ノエルは固まった。

 サフィアが隣を見てみると、同じようにマリンも固まっていたのだった。

 サフィアは驚き、恐る恐るノエルの背後から2人の目線の先を見る。

 するとそこには、紫の短髪で垂れ目の、この雪景色に似合わない軽装をした女性が立っていたのだった。

 彼女は手を振ってこう言った。

 

 

「待ってたっスよ、マリン! それにノエルも!」

 

「…………」

 

「はぁぁ…………」

 

「はぁ!? 無言のマリンはさて置いといて、何スかノエル! 久しぶりの再会なのに、いきなり溜息とはどういうことっスか!!」

 

「え、ええと……。まさか、あなたがその……」

 

「あっ、そういえばノエルに弟子ができたんだったんスね! 初めまして、どうもよろしくっス! エストと申すっス!」

 

 

 怒涛の自己紹介にサフィアは少したじろぐ。

 すると、ノエルがエストの肩に手を置き、その手に力を入れる。

 

 

「どうしてお前が当然のように出迎えてるんだ!」

 

「占いっスよ、占い。マリンから聞いてるはずっスよね?」

 

「魔法で人の動向を確認するのは非常識だ。クロネさんにも言ってるが、先回りするのはどうかと思うぞ」

 

「先回りじゃないっスよ、そうなる『運命』なんスから。アチキはただ()()()()()()正しい場所に来ただけっスよ」

 

「わ、わたくしは忘れていただけですが、なぜ服屋に行く前に声をかけてくださらなかったんですの?」

 

「そんなことしてたらアンタら、服を買えなかったっスよ? ほら」

 

「えっ……?」

 

 

 その瞬間、ノエルが服を購入した服屋の方から大きな音が響く。

 ノエルたちが振り向くと、服屋に1頭のイノシシが突撃していたのだった。

 エストはあくびをしながらこう言った。

 

 

「運命は運命を知ってる人しか変えられないんスから、これについては感謝して欲しいくらいっスよ」

 

「あ、あぁ……。そういえば運命魔法ってそんな魔法だったな……。助かったよ……」

 

「あの……姉様? あのイノシシ、止めなくて大丈夫ですの?」

 

「うーん、自然に起きたことは止めようにも止められないっスからねぇ……。それに、アチキは運命魔法しか……」

 

「ああ、いえ。そういう意味ではなく……」

 

「あれ? そういえば、運命魔法で運命を変えたら『代償』がどうとかあったような……」

 

「そ、そうだった! サフィー、マリン、こっちに逃げろ!!」

 

 

 ノエルたちは駅に向かって走った。

 するとその瞬間、服屋の周辺にいたイノシシはエストの方を向き、真っ直ぐ突進してきたのだった。

 

 

「運命を変えたら変えた分だけの代償が降りかかるって法則の通りなら、エストさんが危ない!」

 

「うぅ……。運命魔法の代償なら、わたくしたちが手出しするわけにもいきませんし……」

 

 

 サフィアとマリンが焦る中、ノエルは呟いていた。

 

 

「変えた分だけの代償……。アタシが襲われる予定だったのを、エストが襲われることになった……。それで、もしアタシが店でイノシシに襲われたら…………そうか!!」

 

 

 ノエルは魔導書を取り出し、イノシシに向かって手を向ける。

 そしてすかさず火の弾を4発ほど放ち、イノシシに命中させた。

 イノシシは燃えながらその場で暴れ回り、エストのいる方と真逆に逃げていったのだった。

 

 

「ど、どういうことですの……? イノシシが逃げていってしまいましたが……」

 

「簡単な話だったんだ。アタシが服屋であれ駅前であれ、どこにいたとしてもあのイノシシを追い払う運命だったのさ」

 

「なるほど……! つまり、ノエル様に被害が及ばないって運命なら、ノエル様の運命を変えたエストさんにも被害は及ばないってことですね!」

 

「流石はノエルっス!」

 

 

 突然、先ほどまで遠くにいたはずのエストが現れて、そう言った。

 

 

「これ、アタシが気づかなかったらお前、大怪我してたぞ?」

 

「アチキはノエルなら気づいてくれるって分かってたっスから! それに、アチキが怪我したとしても、それはノエルが受けるはずの怪我だったんスから、結果オーライっスよ!」

 

「そういうことじゃないんだが……。まあ、助け合いはお互い様ってことで」

 

「あぁ、わたくしハラハラしましたわよ……。いつもいつも、姉様は考えていることが分かりにくいんですから……。代償のこともすっかり忘れていたのかと思いましたわ」

 

「そんなわけあるわけ……いや、まぁ、とにかく! 久しぶりっス、マリン、ノエル! そしてようこそ、ヘルフスへ! 3人とも、大歓迎するっス!」

 

 

 ノエルとマリンはエストと握手を交わした。

 その様子を見ながら、サフィアは小さく呟いた。

 

 

「誤魔化した……? あぁ、なるほど。掴みどころがないんじゃなくて、気ままで奔放な人ってことね……。理屈派の2人が掴めないわけだわ……」

 

 

 そうして、サフィアは安心してエストと握手を交わしたのであった。



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72頁目.ノエルとエストと占いと……

 エストに連れられて、3人はエストの家にやってきた。

 室内に入ると暖炉に火が灯っており、中はぬくぬくと温まっていた。

 室温を確認したノエルはローブを脱ぎ、エストはそれを預かって掛ける。

 そしてエストに言われるがまま、ノエルたちはリビングのソファに腰掛けた。

 

 

「粗茶しか出せないっスけど、まあくつろいでくつろいで〜」

 

「いえいえ、暖かい場所に居られるだけで十分くつろげていますから、お気になさらず〜」

 

「お前、いつになく、くつろいでるな……。聞いてた通り、エストとはそれくらい気安い間柄ってことなんだろうが」

 

「まあ、エストさんいい人そうですし、お姉ちゃんのことは放っておいていいと思いますよ」

 

「え? あいつがいい奴だって? 確かに悪い奴じゃないのは確かだが、あいつは自分のことしか考えてない、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な女だぞ?」

 

「本人を前に、よくそんな悪口が言えるっスねぇ? ま、ノエルがそんなだってのは昔から知ってたっスけど」

 

 

 そう言って、エストは4人分のお茶を机の上に置いた。

 そしてノエルたちの向かいに座って、片足を組む。

 

 

「言っておくっスけど、別に自分が良ければそれで良しとかは考えてないっスよ。確かに自由気ままなのは否定しないっスけど、ちゃんと他人の利益も考えてるんスから」

 

「じゃあ、プリングにあった巨大な指輪の結界。あいつはお前が暑いのが嫌だから作ったやつじゃないのか?」

 

「いやいや、自分の利益を考えるのはあくまで発想の原点っスよ? 自分のために作ったものが人のためになれば、それが一番に決まってるっス!」

 

「そうですわ。確かに姉様は周りを顧みず、おかしな事ばかり考える方ですが、それはどれも結果として誰かのためになっているのですから」

 

「マリン?? それ、全く助けになってないっスよ〜?」

 

「まあ、人の利益を考えてないと、あんな街で羽根ペン屋なんて開かないか。実際アタシは助かってたわけだし……」

 

 

 ノエルは頭を掻いて、エストに頭を下げる。

 

 

「すまん。流石に自分のことしか考えてない、は言い過ぎた。傍若無人じゃなくて、自由気ままって解釈で受け取っておくよ」

 

「ほー。あのノエルが頭を下げるなんて、この十数年で何か起きたとしか思えないっスね? 詳しく聞かせて欲しいっス」

 

「占いは未来を知るだけで、過去を知ることはできないんでしたわね。でしたら、何も知らないのは当然ですか……」

 

「だが、話す前に確認させて欲しい。お前はアタシたちの何をどこまで知っている? 過去にアタシたちの未来を見たことがないとは限らないから、その確認だ」

 

「……アチキが運命魔法で占いを始めたのは、メモラを去って5年後くらいっス。だから、マリンの未来しか知らないっスよ」

 

「確かお前がメモラを去ったのは、魔女狩りが始まる1年くらい前……。確かにそれ以降は会ってないわけだから、アタシに何があったかは知らない、か」

 

 

 エストはお茶を飲み、足を組み直す。

 それからノエルに言った。

 

 

「メモラにいた時点では、他人の占いができるほど運命魔法が使えてなかったっスからね。ただ、自分の身の危険を予知することができたからこそ、アチキはこうして生きてるってわけっス」

 

「なるほど、それならお前が突然『他の国で修行してくる』とか言い始めたのにも納得がいく。普通なら自分が定着した土地を離れる理由はないからな」

 

「ちゃんと他の店に羽根ペンとインクが並んでるの確認して出ていったんスから、本当にノエルには感謝して欲しいっスよ」

 

「くっ、知らなかったとはいえ、何かもやもやする! だが、感謝はしといてやる!」

 

「そういえば、イースはどうしてるっスか? っていうか、ノエルはどうやってあの魔女狩りから逃げられたんスか?」

 

「あっ……それは……」

 

 

 サフィアはそう言って、ノエルの方を見る。

 ノエルは手を握り締めたまま、歯を食いしばっている。

 そして、しばらくして言った。

 

 

「イースは……死んだ。魔女狩りの時に、アタシの身代わりになって……」

 

 

 それを聞いた瞬間、エストは目を見開いた。

 それから頭を抱えたまま目元を抑えて、こう言った。

 

 

「アチキが……アチキがちゃんと2人に魔女狩りのことを言っておけば、こんなことには……!」

 

 

 ノエルは言葉を呑み、目を逸らす。

 サフィアとマリンも、2人にかける言葉が見つからなかった。

 しばらくして、ノエルは言った。

 

 

「実はな、魔女狩りのことを知った時、アタシは逃げようとはしなかったんだ。アタシがイースを守ってやれば、逃げなくても済むって思ってね」

 

「だとしても、知る時期が1年も違えば、他の国で安全に暮らせたはずっス……!」

 

「それをアタシが信じたとしても、きっとアタシは逃げなかっただろうさ。その時のアタシは、自分の手でイースも家も守れるって思い込んでいたんだからね。だから、お前は何も悪くないよ」

 

「ノエル……」

 

「そして、結果的にアタシはイースを守るどころか、あいつに守られちまったんだ。そもそもの前提からアタシは間違っていたんだよ。だからアタシは強くなるための努力をして、今ここにいる」

 

 

 そう言って、ノエルはエストに微笑みかける。

 そしてエストは涙を拭いて、座り直したのだった。

 すると、ノエルは思い出したように言った。

 

 

「あぁ、そうだ。言っておくが、アタシは魔女狩りから逃げたわけじゃないぞ。メモラの国境は跨いでないし、追っ手は全員迎え撃ってきた。無論、あれから誰も殺したりはしてないからな」

 

「じゃあ、逆に8年間もそれでどうやって生き延びたんスか? 1人で野宿するにも限度があるっスよね?」

 

「簡単な話さ。魔女狩り反対派の人間の元で、匿ってもらっていただけだよ」

 

「あぁ、なるほど。確か魔女狩りを終わらせた国王も、魔女狩り反対派だったっスもんね。そんな国民がいてもおかしくないっス」

 

「いや、その次期国王のところに匿ってもらってたんだよ。あの暴君に逆らえる国民がそんな簡単に見つかるわけないだろ?」

 

「あぁ……なるほど……。って、ええっ!?」

 

 

 エストが驚くと同時に、サフィアとマリンも驚いている。

 

 

「あれ、お前たちにも話してなかったっけ?」

 

「聞いた覚えありませんわよ! よく8年も野宿できたなと思ってはいましたけども!」

 

「ノエル様、長い話をすることが多いからか、かなり言葉を端折って話す癖がついてますからね……」

 

「あぁ、そうだったっけ。まあ、この話は追々してやるよ。とりあえず、ここに来た理由とかアタシたちの目的とか話す方が優先だ」

 

「そうだったっス! 聞かせて欲しいっス!」

 

 

 ノエルは話の路線を戻し、自分たちのことや蘇生魔法について話し始めた。

 

 

***

 

 

 その日の夜。

 ようやく全てを語り終えたノエルは、目の前で考えに耽るエストを見つめていた。

 

 

「どうだ……? イースを蘇らせるための魔法。倫理的にも理論的にも問題は山積みだが、お前の力があればきっと達成できると思うんだ」

 

「まあ、イースと再会するってのはアチキとしても本望っス。ただ、すぐに答えを出すのは難しいっスね。一度占ってみたいっスし」

 

「そうか……! お前の占いがあれば、蘇生魔法に必要なものとか成功するかとかが分かるのか!」

 

「そんなズルはさせないっスけどね。それでも一応、状況把握だけはさせて欲しいってだけっス。それによっては協力するっスから、少し待ってて欲しいっス」

 

 

 そう言って、エストは部屋の奥から不思議な色をした水晶玉を持ってきた。

 エストはそれを台座にはめ込み、水晶玉に両手をかざして魔力を注ぐ。

 すると水晶玉が光り始め、エストは目を瞑った。

 

 

「あぁ……見える……見えるっスよ……。未来のアチキがノエルたちの蘇生魔法を見守る姿が……」

 

「まあ、協力してもしなくても、こいつなら興味本位で蘇生魔法を見に来てもおかしくはないか」

 

「そしてそして、ノエルが蘇生魔法を発動して…………えっ……?」

 

 

 突然、エストは固まり、そして焦ったような表情を見せる。

 エストは水晶玉に強く魔力を注ぎ、さらに集中する。

 

 

「こ、これって……まさか……!」

 

 

 何かに気づいた瞬間、エストは魔力を止めた。

 水晶玉の輝きは消え失せ、エストはその場で頭を押さえてぐったりとしている。

 

 

「だ、大丈夫か、エスト!」

 

「あ、あぁ……。大丈夫っス……」

 

「エスト……。お前、何を見たんだ? 顔色が優れないぞ」

 

「それは言えないっス……。ただ、アチキは……」

 

 

 マリンが持ってきた水を飲み、エストはソファに座り直す。

 そして、真面目な表情でノエルにこう言った。

 

 

「アチキは、あんたたちの蘇生魔法作りには一切関与しないっス」

 

「何だって……?」

 

「アチキが蘇生魔法に関わると、蘇生魔法は失敗するっス。この占いの結果は間違いないっス」

 

「そんな……! 姉様がそんな失敗を引き起こすわけありませんわ……!」

 

「アチキが失敗する原因になるってだけっス。アチキさえ関わらなければ、蘇生魔法はきっと完成するはずっス……」

 

 

 そう言って俯くエストを見て、ノエルは頷き言った。

 

 

「……そうか。それなら仕方ない」

 

「ノエル!? 諦めるんですの!?」

 

「未来を知った本人がこう言ってるんだ。アタシたちにできるのはこいつを信じてやることだけだろう?」

 

「それはそうですが……」

 

「今日はもう遅いし、宿探しに行かない? 他に話したいことがあれば、また明日話せばいいし!」

 

「それなら、ウチに泊まってっていいっスよ? 部屋はあるんで、運命魔法でベッド複製すればタダで寝泊まりできるっス!」

 

 

 エストの快い提案にノエルとマリンは賛成した。

 しかし、サフィアはそれに反対したのだった。

 

 

「さっきの占いでエストさんも疲れてると思います。複製するにも魔力ギリギリだろうし、今日は宿に泊まった方がエストさんのためだと思うんです」

 

「確かに、そうした方が良さそうですわね……」

 

「それもそうか。じゃあ、今日のところはお暇させてもらうよ。また明日にでも違う話でもしに来てやるさ」

 

「気遣いどうもっス。あぁ、明日来るなら吹雪が来る前に来た方がいいっスよ。昼前には猛吹雪で宿から出られなくなると思うんで」

 

「占いで天気を予測することもできるのか。本当に便利な魔法だねぇ。それじゃ、また明日来るよ」

 

「了解っス。また明日っス!」

 

 

 こうして、ノエルたちはエストの家から去り、宿を見つけて部屋を借りたのであった。

 

 

***

 

 

 宿の一室にて。

 サフィアはノエルとマリンに言った。

 

 

「……エストさん、何か隠してる」

 

「と、言いますと?」

 

「さっき占ってた時、『蘇生魔法が失敗した!』みたいな反応じゃなかった気がするの。もっとこう……悲しみ……? みたいな……」

 

「うーむ、サフィーの直感力は馬鹿にできないからねぇ……。となると……エストが何を見たのか、それを知る必要があるってわけだ」

 

「姉様が口を開かない以上はどうしようもないとは思うのですが……。まあ、確かに気になる反応でしたわね。どうしましょう?」

 

「あいつが話す気になるまで待たないと、あいつのためにもアタシたちのためにもならないからね……。それなら、あいつが話してくれるまで待つしかないだろう?」

 

 

 ノエルたち3人は頷き合い、目を合わせる。

 

 

「エストさんは嘘をついてる。嘘をつくって、とても苦しいことだと思うの。だから、あたしたちで何とかしたい!」

 

「わたくしは元から姉様の力になりたくてこの国に来てますから、当然ですわ!」

 

「それじゃ、アタシたちのやることは決まった! エストの修行とやらを手伝って、あいつとの信頼をもっと深める! そして、あいつが見たアタシたちの失敗する未来の真相を暴いてやる!!」

 

 

 3人は重ねた手を上げ、「おーっ!」と掛け声を合わせた。

 こうしてノエルたちの、北東の国・ヘルフスでの活動が幕を開けたのであった。



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73頁目.ノエルと吹雪と自然の魔力と……

 次の日の早朝。

 防寒の魔法をかけたローブを毛布の上からかけて、ぐっすりと寝ていたノエルは、突然の冷たさに目が覚めた。

 身体を起こして周りを見渡すと、正面に見える窓が開いており、そこから吹雪が入って雪が足に当たったのだと分かった。

 

 

「う、冷たっ……。鍵はかけていたはずだが、見たところ2人が起きてた様子もないし……。まさか泥棒!?」

 

「ん……んあ? どろぼー……れしゅってぇ……?」

 

「あ、すまない。起こしてしまったか、マリン。お前、あそこの窓開けてないよな?」

 

「ふぁぁ……。このわたくしが、女性3人が寝ている部屋の窓を開けたままにするとでも? って、どうして窓が開いているんですの!?」

 

「だから聞いたんじゃないか。とりあえず全員、荷物を確認して欲しい。サフィーには悪いが、叩き起こしてくれ」

 

「仕方ないですわね……。ほら、サフィー、朝ですわよー」

 

 

 マリンがサフィアを起こしている間にノエルは窓を閉め、鍵を厳重にかけるついでに土魔法で窓を強化した。

 

 

「アタシの荷物は……って、ベッドの下に置いてあったっけ。あぁ、あったあった」

 

「んん……。もう朝ぁ……?」

 

「すまないね、サフィー。これが終わったらまた寝てくれて大丈夫だから」

 

「……何かあったんですかぁ? って、何ですかこの雪!?」

 

「知らぬ間に窓が開いてたんだよ。泥棒でも入ったのかもしれないから、荷物を確認して欲しい」

 

「わ、分かりました! えーと、あたしの荷物……あたしの荷物……。あった!」

 

 

 そうして3人は荷物の中を何度も確認し、10分ほどでひと段落がついた。

 

 

「アタシの荷物は無事だ。何もなくなってない」

 

「あたしも大丈夫でした」

 

「わたくしも大丈夫でしたわ。この様子ですと、泥棒というわけではなさそうですわね」

 

「窓を外から開けるなら、窓を割らないと無理だもんね。やっぱり誰かが開けっぱなしにしてたか、鍵が壊れてたとかなんじゃないの?」

 

「アタシも吹雪の風圧で窓が開いたのかもと思ったが、鍵は全然壊れてなんかいなかった。そして、誰も窓を開けていたわけでもないとなると……」

 

「残る可能性としてあるのは、魔法で外から開けた……ということになりますわね。何も盗まれていないので、やはり泥棒ではないようですが」

 

 

 部屋に入った雪が次第に部屋の温もりで溶け始め、床の木目に吸い込まれていく。

 マリンは部屋にあったタオルでそれを拭き取り、そのままタオルを洗い場に置いた。

 サフィアはその間に窓の前まで行き、目を瞑って集中する。

 

 

「あっ……本当だ! 窓のところに土と……水の魔力……?」

 

「あ、土の魔力はさっきアタシがかけた強化の魔法の残滓だ。ってことは水魔法で開けたってことだな。全く、魔導士が外から……しかもこんな時間に一体何の目的でこんなことを……」

 

「魔力以外の手がかりがない以上、考えるだけ無駄かもしれませんわね……。とりあえず、宿を出る際に宿の主人さんに伝えておきましょうか」

 

「頼んだ。さて、もう2時間くらい寝るとするかぁ……」

 

「ええ、2人ともおやすみなさいな。姉様の言い方ですと昼前までにこの吹雪も一度は収まると思いますし、わたくしが起きて見ておきますわ」

 

「お姉ちゃん、よろしくぅ……」

 

 

 ノエルとサフィアはベッドに倒れ込み、すやすやと寝息を立て始める。

 マリンは2人に毛布をかけ、長い伸びをして洗面台へと向かった。

 

 

***

 

 

 それから2時間後、ノエルはマリンの呼ぶ声で目覚めた。

 耳を澄ますと、風の唸りが弱まり始めている。

 

 

「起きましたわね。見ての通り、そろそろ吹雪が止みそうですわ」

 

「あぁ、見張ってくれてありがとう。他に異変はあったかい?」

 

「あったら即刻起こしていますわ。さ、朝食を買ってきましたので、ちゃちゃっと準備を終わらせて姉様のところに行きますわよ」

 

「はーい!」

 

「おぉ、サフィーは先に起きてたのか」

 

「はい、お腹が空いちゃって……。なので、お姉ちゃんと先に食べちゃいました」

 

 

 ノエルがテーブルの方を見ると、サンドイッチが乗った皿と水の入ったコップが1人分だけ置いてあるのが分かる。

 溜息をついて、ノエルは言った。

 

 

「それじゃあ仕方ないか。アタシもさっさと食べるかねぇ」

 

 

 手を洗って、サンドイッチと水を胃に放り込み、ノエルたちは10分もせずに準備を完了させたのだった。

 

 

***

 

 

 間もなく吹雪が止み、ノエルたちは宿をチェックアウトしてエストの家へと向かった。

 家の前に行くと玄関の扉が開いており、中からエストが手招きをしていた。

 ノエルたちは家の中に入って、ソファに座るのだった。

 

 

「さてさて、今日はどんな話を聞かせてくれるんスか? 他の魔女の話っスか? それとも、全く関係ない世間話っスか?」

 

「いや、残念だが今日はお前の話を聞きに来たんだ。プリングに残した伝言によると、何か修行をしているそうじゃないか」

 

「あぁ、それっスか。実はうまくいかなくて困ってるんスよねぇ……」

 

「おっ、それなら丁度いい。アタシたちはお前の修行を手伝いにきたんだ。良ければ協力させてくれないか?」

 

「おぉ! それはありがたいっス! 人手が欲しくてしょうがなかったんスよ!」

 

 

 ノエルの差し出した手を、エストは握り締めてぶんぶんと振った。

 それを横目に、マリンとサフィアは小声で話していた。

 

 

「あまりに上手くいき過ぎじゃない? とんとん拍子にもほどがあるっていうか……」

 

「そうですわね……。何か裏があると思って協力しておきましょうか」

 

「うん、そうだね。もしかしたらそこに昨日の失敗する未来ってやつの手がかりが隠されてるかもだし!」

 

 

 2人は頷き合い、ニコニコして言った。

 

 

「わたくしももちろん協力させていただきますわ! 姉様の力になれるのなら、頑張るしかありませんもの!」

 

「あ、あたしも! 何をするかは知らないけど、力になれるかもだし!」

 

「2人ともありがとうっス」

 

「それで……お前は一体何をしてるんだ? アタシたちは何に協力すればいい?」

 

「結論だけ先に言うと混乱させてしまうと思うんで、修行をしようと思ったきっかけから話してもいいっスか?」

 

「混乱……? ま、まあいい。きっかけからで構わないよ」

 

 

 エストは足を組んで、しみじみと話し始めた。

 

 

***

 

 

 特殊属性の魔法の1つ『運命魔法』の使い手として、アチキは色んな場所で修行とか人助けをしてきたっス。

 でも、ノエルや他の魔女たちと出会って、一緒に魔法について分かち合ううちに、アチキは特殊属性の魔法が基本属性の魔法と決定的に違うことに気づいたんス。

 

 普通、魔法は魔導士の体内の魔力と、空気中にある自然の魔力の2つを使って魔法を発動するっスよね?

 だけど実はそれ、()()()()()()()だったんス。

 逆に言うなら、特殊属性には自然の魔力が存在しなくて、体内の魔力でしか魔法を発動できないみたいなんスよ。

 

 それに気づいたアチキは、本当に特殊魔法の魔力が存在しないのか、調べなきゃならないと思ったんス。

 そうして、特殊属性の自然の魔力を探すべく修行を始め、プリングとかこの国にやってきたってわけっス。

 

 

***

 

 

「色々と知らない事ばかりで既に混乱しかけてはいるが……。なるほど、修行ってのは特殊属性の自然の魔力を見つけることだったんだな」

 

「でも、それってあたしたちが探すのに協力したとしても、見つかるか分からなくないですか? 特殊属性の自然の魔力なんて感じたことないし……」

 

「いやいや、ここからが本題っスよ。今のはあくまできっかけの部分っスから」

 

「そういえば確かに、どうしてプリングやこの国……ヘルフスに来たのか不明でしたわね?」

 

「それについて話すっス」

 

 

***

 

 

 アチキは特殊魔法の魔力を探すために、どうすればいいか調べまくったっス。

 そしたら、原初の魔女・ファーリに行き着いたんス。

 彼女は自然にある魔力を見る力を持っていて、魔力とお喋りしてたとか言われているんスよ。

 つまり、彼女の力をどうにかして手に入れれば、特殊魔法の魔力を見つけることも夢じゃないと思ったんス!

 そのために、アチキは大厄災の中心地だった北の国・メモラに近い2つの国、北西の国・プリングと北東の国・ヘルフスに来たんス。

 

 全ては、大厄災の呪いの残滓を手に入れるために!

 

 

***

 

 

「待て待て待て! 呪いの残滓探しのためにこの国に来たってのか!?」

 

「そう言ったじゃないっスか。何か変なところでもあったっスか?」

 

「い、いや……変ということじゃないんだが……。そ、そうだ、ちょっと3人で相談させてくれ」

 

「なら、今のうちにお茶を淹れてくるっス」

 

 

 エストが台所に行った瞬間、ノエルたちはエストに聞こえないくらいの声で話し始めた。

 

 

「これ……。まさかとは思うが、アンノウンと災司(ファリス)に関係する話じゃないよな……?」

 

「ね、姉様に限って、あんな非人道的な連中と関わっているとは思えませんが……」

 

「豊穣の国・フェブラでノエル様が出会った、サティーヌさんみたいな例もありますし、呪いの残滓って言葉に敏感になり過ぎじゃないですか?」

 

「まあ、呪いの残滓あげるから協力しろとか言われて、あいつが協力するとは思えないのは確かだ。それに、絶対に当たる占いもあるわけだし、連中も迂闊には近かないだろう」

 

「ですわね。なので、ここは大人しく呪いの残滓探しに協力しましょうか。最悪の場合はこれまで同様、指輪の力で祓いますから」

 

「よろしく頼んだよ」

 

 

 話し終わると同時に、エストが紅茶が入ったカップを運んで戻ってきた。

 

 

「もう話し合いはいいんスか? 盗み聞きとか趣味じゃないんで、耳塞いでおくっスよ?」

 

「いや、もう十分だ。アタシたちもその呪いの残滓探しに協力させてもらうよ」

 

「おお! それはありがたいっス!」

 

「それと、呪いの残滓に触れても魔力が見えるようになるとは限らないぞ。アタシたちも旅の途中で呪いの残滓に関わった連中を見てきたが、今のところ1人しか魔力が見えてる奴を知らない」

 

「えっ、魔力が見える人と知り合いなんスか!? それなら余計に期待が持てるってもんス!」

 

 

 エストは目をキラキラさせてノエルを見つめている。

 ノエルはそれを差し置いて話を続けた。

 

 

「あと、呪いの残滓は本当に強力な呪いの塊だ。危険だと感じた時点で、光魔法で浄化させてもらうからな」

 

「それは仕方ないっスけど……。残念なところでもあるっスねぇ……」

 

「まあ、特殊魔法の魔力が存在するかってのは、アタシとしても気になる話だ。ファーリの伝承の秘密が明らかになる可能性もあるし、ひょっとしたら蘇生魔法に応用できるかもしれないからねぇ」

 

「アチキはそれに協力するつもりはないっスけど、利害の一致ってやつっスね!」

 

「それで……今のところ、どれだけ調べてどれだけ手がかりがあるんだ?」

 

「6年間、プリング全体に結界を張るついでに探索したんスけど、全く見つからなかったっス。それで1年前にここに来て、とりあえず王都周辺の探索は終わらせたんスけど、手がかりなんてどこにも転がってなかったっス」

 

 

 そう言って、エストは紅茶を飲んで足を組み直した。

 サフィアは尋ねた。

 

 

「もしかして、プリング中にお姉ちゃんの指輪の結界を張ったのって、国中を探索するため?」

 

「そうっスね。もちろん自分たちが過ごしやすい環境を作るためっていうのもあったっスけど、それはついでっス」

 

「やっぱり自分の利益優先だったか……。まあ、結果としては人助けしちゃいるけど」

 

「わたくしも、そんな目的だったとは知りませんでしたわ。ちょっと上手いこと利用された気分ですわねぇ……」

 

「それについてはすまないと思ってるっス。でも、無関係の人間を巻き込むわけにはいかなかったっスから……」

 

「では、今は無関係ではないということでしょうし、今回は遠慮なく協力させていただきますわね!」

 

 

 そう言って、マリンは紅茶を一気に飲み干し、立ち上がった。

 

 

「さあさあ、探索を始めましょう!」

 

「あー、それなんスけど……」

 

 

 エストは苦笑いをして窓の方を指差す。

 マリンは指が差された方へ振り向き、固まった。

 ノエルとサフィアも外を見て、苦い表情を見せる。

 

 

「この国、困ったことに吹雪が強くて、探索できる日が滅多にないんスよねぇ……」

 

「なっ、なんということですの〜!?」

 

 

 マリンの叫喚は吹雪の風の音で掻き消え、他の3人は溜息をついて小さく笑い合うのであった。



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74頁目.ノエルと封と呪いの魔力と……

「で、これから一体どうするってんだ」

 

 

 吹雪でエストの家から出られなくなってしまったノエルたちは、その日の探索を断念して歓談していた。

 

 

「どうするって言われても、外が吹雪いててどうしようもないし、こうして家でじっとしてるしかないっスよ?」

 

「それはそうだが、そういう意味で言ったんじゃない。お前は吹雪で外に出られなくなることを知っていたはずだ。それならなぜアタシたちを呼んだ?」

 

「おっと、文句なら聞かないっスよ。吹雪が来るって知ってたのはそっちもなんスから」

 

 

 ノエルは首を振ってこう言った。

 

 

「別に文句を言ったつもりはないさ。ただ、理由もなく呼ばれたとなると、こちらとしちゃ時間の無駄をした気分になっちまうだろ?」

 

「あぁ、そういうことっスか。まあ、ノエルたちの協力を得るためっていうのが一番の理由っス」

 

「それだったら納得……って、一番の理由? 何か含みのある言い方だな?」

 

「実はもう1つあるんス。これのことなんスけど……」

 

 

 そう言って、エストは奥の本棚から一冊の本を持ってきた。

 魔導書のようだが、周りを鎖で巻かれており、錠が掛けられている。

 ノエルたちはその表紙に描かれた紋様を見て驚いた。

 

 

「その紋章……災印(ファーレン)ですの!?」

 

「ほ、ホントだ! あたし、一瞬気づかなかった!」

 

「やっぱりこいつを知ってるんスね」

 

「知ってるも何も、魔女狩りを起こした連中の紋章だってのを最近知ったばかりだからな……。それより、どうしてお前がそんなものを持ってるんだ! まさかお前……」

 

「そのまさかってのがどういう意味かは知らないっスけど、ただの拾い物っスよ。最近、城に用事があった日の帰り道に落ちてるのを見かけて、拾っておいたんス。あまりに変な魔力を出してたもんスから、誰かが拾う前にと思って」

 

「まあ、そう言うなら信じよう。見たところ、魔力が漏れないようにちゃんと封がされているし、危険な物だってのは分かってるみたいだからね」

 

 

 その魔導書を手にとって、ノエルはじっくりと観察している。

 マリンは念を入れてか、指輪に指を触れていた。

 

 

「それで、どうしてアタシたちがその紋章のことを知っていると?」

 

「知ってるって確信はなかったっス。ノエルたちの旅の経験を聞いて、もしかしたらと思って」

 

「誰かの過去とか、誰が何を知っているとかの詳細までは運命魔法で占えませんものね。でも、一体なぜこんなものがこの国に……? それに落とし物だなんて……」

 

「それを追求する前に、これは何なんスか? 『ファーレン』とか言ってたっスけど、まさかファーリに関連するモノだったり……?」

 

「そうか、ちゃんと話しておかないとな。ついでに、あの日アタシとサフィアが帰って以降にマリンが聞いた情報も共有してもらおうか」

 

「あ……あぁー……。そういえば共有していませんでしたわねぇ……」

 

 

 マリンはたどたどしい言い方をしている。

 ノエルはマリンの方をぐりんと向いて、多少の怒りを込めた笑顔をして尋ねた。

 

 

「忘れていたとは言わせないぞ……?」

 

「べ、別に忘れていたわけでも隠すつもりだったわけでもありませんわ。ただ、あの時にすぐ伝えられる状況でもなかったでしょう?」

 

「なるほど、アタシの精神状態を鑑みた判断だったってことか。それならそうと言ってくれれば良かったものを」

 

「あぁ、それは……」

 

 

 その瞬間、マリンは焦ったようにノエルから目を逸らす。

 ノエルはその逸らした顔を両手で強引に戻して、マリンと目を合わせて言った。

 

 

「忘れていたとは、言わせないぞ……??」

 

「すみません! そちらの報告はすっかり忘れていましたわ〜!!」

 

「許さん! 情報を聞いてからお仕置きだ!!」

 

「あはは、賑やかっスねぇ」

 

「ゴメンなさい。2人がうるさくしちゃって……」

 

「全く気にしないっスよ。この吹雪だとご近所にも響かないっスから〜」

 

 

 しばらくして、落ち着いたノエルとマリンはこほんと小さく咳払いをし、話を始めたのだった。

 

 

***

 

 

 それから3時間後。

 

 

「なるほどっス。原初の大厄災を再び起こすために魔女狩りを始めて、今も呪いや魔女を悪用しようとしてる連中っスか……」

 

「それで、大厄災を起こす方法の1つとしてファーリ復活の母体を探してる、か……。もしやあの日、マリンが夢の話を聞いてきたのってそれを心配して……?」

 

「それはもちろんですが、あの日は悪夢を見て当然でしたから、そちらの心配もですわよ。とりあえず、これがわたくしの聞いた災司(ファリス)とアンノウンの情報ですわ」

 

「共有感謝するっス。そうと決まれば、さっさとこの魔導書を浄化するっス」

 

「大厄災の呪いに近い力が込められてるってのに、良いのか? お前が探している呪いの残滓の手がかりになるかもしれないぞ?」

 

「話を聞いた限りだと、そいつらは呪いには関係あっても、ファーリには一切関係ないっス。となると、こいつはただの呪いの書物っスから。持ち主の災司(ファリス)には悪いっスけど、浄化してくれて全然構わないっスよ」

 

 

 そう言って、エストはノエルに魔導書を手渡した。

 ノエルとマリンは頷き合い、そのまま魔導書の浄化を始めたのだった。

 

 

***

 

 

 浄化が終わって間もなく。

 エストは魔導書の鎖を解いて、中を確認した。

 

 

「これ……魔導書かと思ってたんスけど、中が真っ白っスね」

 

「あ、ホントだ……。ってことは、ただの手帳だったってこと……?」

 

「いえ、それは魔導書で間違いないでしょう。ドミニカさんの魔導書も浄化後に全て白紙になっていましたから。もしかすると、アンノウンが与えた魔法が書いてあったのかもしれませんわね」

 

「アタシたちの知らない呪いの力の魔法か……。気にはなるが、その魔法を知るだけでとんでもないことになる可能性もあるからなぁ……」

 

「姉様が注意深く封をしていたおかげですわね。ノエルが変なことしなくて済みましたわ」

 

「お前だって、エストが魔導書開くのをそわそわしながら見てただろ! そっくりそのまま同じ言葉を返してやるよ!」

 

 

 ギャーギャーとノエルとマリンが騒ぐ中、サフィアは色々と考えを巡らせていた。

 そして、エストに尋ねた。

 

 

「ずっと思ってたんだけど、呪いの力の魔力ってどの属性にも属さない……ですよね? それってどういうことなんだろうって」

 

「うーん、特殊魔法の魔力みたいに存在しない可能性があるとかいう話でもないっスよねぇ。ちゃんと()()()()()()んスから」

 

「となると、基本属性の新しい種類……? でも、それって後発的に生まれた力だからファーリさんの力じゃないし、魔法って呼ぶべきじゃないのかも?」

 

「でもアチキたちみたいに魔導士が感知できるってことは、魔力と同じ性質ってことっスよね。もしかしたら、大厄災の時に新しく生まれた新種の魔力なのかもしれないっス」

 

「なるほど……。だったら確かに魔法の一種だって思っても大丈夫、か……。ってことはつまり、呪いの残滓がその新しい魔力の塊ってことに……」

 

 

 そんなことをサフィアたちが話しているうちに、ノエルたちの騒ぎもようやく落ち着いた。

 

 

「決着は付きました?」

 

「あぁ、結果的に浄化できたから問題ないってことになった。そっちは何を話していたんだ?」

 

「呪いの力の魔力がどの属性にも当てはまらないっスよねって話っス。そしたら、大厄災の時に生まれた新しい属性なのかもって話になって」

 

「確かにそれでしたら納得がいきますわね。ただ、感じるだけで嫌な魔力ですから、同じ魔法としては分類したくありませんが」

 

「そうだな……」

 

 

 ノエルは目を瞑って腕を組み、ソファにもたれかかって思考を巡らせる。

 そしてそのまま話し始めた。

 

 

「他と違う呪いの魔力と、存在しない可能性のある特殊属性の魔力……。何か似ている気もするねぇ。特殊属性も大厄災の時に生まれたものだったりして」

 

「ヴァスカルにでも行けば資料があるかもしれませんね。クロネさんとか知ってそうですし、今回の探索が終わったら行ってみません?」

 

「ヴァスカルっスか。確かにそこならアチキの見解が正しいのか、ちゃんと調べられるかもっスね。それと、クロネさんってノエルの母親っスよね? 失礼っスけど、生きてるんスか?」

 

「彼女は時魔法の使い手だから、自分の魔法で若返ってピンピンしてるよ。同じ特殊魔法使いとして、色々話せることもあるかもな」

 

「時魔法っスか! それはめちゃめちゃ興味あるっス! いっそのこと、ここの探索を一旦やめて、そっちに行くってのもアリっスよね!」

 

 

 エストは目をキラキラさせてノエルに食いついている。

 しかし、それをマリンが止めて言った。

 

 

「いいえ、姉様。その魔導書と災司(ファリス)の問題がありますから、今ここを離れるのは魔女としてどうかと思いますわよ」

 

「そういえばそうだったっス……」

 

災司(ファリス)がいるところには、呪いの力に関わる何かがきっとある。それがお目当てのものかは分からないが、こいつを浄化したことで何かに影響は出ているはずだ」

 

「今頃、呪いの力が使えなくて焦ってたりして。その呪いの力を何に使ってたかは知らないけど」

 

「ドミニカの時は攻撃手段として使っていたが、他にも使い道があるかもしれないからねぇ。闇魔法の呪いなら、相手の動きや力に制限をかけたり悪夢を見せたりって感じだが、それに近しい事件を聞いたことはあるかい?」

 

 

 エストは必死に思い出す素振りをするが、考える間もなく一瞬で答えた。

 

 

「あっ、そういえば。それを拾った日くらいからなんスけど、やけに野生動物とか魔物とかの被害が出てるんスよね。昨日の服屋のもその一例っスけど」

 

「なるほど、呪いに苦しめられて暴れていたのかも……か。その事件を辿れば、いずれ災司(ファリス)に行き着くかもしれないな」

 

「でも、その魔導書を浄化したからこれ以降事件は起きないでしょうし、動物たちにかけられてた呪いの痕跡も消えちゃってますよね? 辿るべき手がかりをどうやって探せば良いんでしょう……?」

 

「一応、被害が出た区域とか被害の詳細情報はちゃんと残ってるっス。ただ、魔力を辿るとなると確かに難しいかもしれないっスね」

 

「でしたら、ひとまずは今ある情報をまとめるのが先決ですわね」

 

「だな。じゃあ今日は吹雪が止むまで情報をまとめて、明日……かそれ以降の探索日に向けて準備だ!」

 

 

 そう言って、ノエルはエストの方をチラッと見る。

 すると、エストは納得したように頷いてこう言った。

 

 

「明日の天気は快晴っス。次に昼間に吹雪が来るのは3日後っスから、しばらくは探索できそうっスね!」

 

「それは何よりだ。それじゃエスト、この王都周辺で起きた獣害の被害状況を全て教えてくれ。アタシが地図にまとめるよ」

 

「助かるっス!」

 

 

 そうして、エストは自分が見て聞いた獣害の情報を全て話し始めた。

 ノエルたちはそれを聞きながら情報をまとめて地図に落とし込み、多発している地域を特定することに成功したのだった。

 

 

***

 

 

 地図が完成した時、時間は既に夕方になっており、吹雪も止んでいた。

 ノエルたちは次の日もエストの家に集まる約束を取り付け、宿へと戻ったのであった。



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75頁目.ノエルと声と発生源と……

 その次の日の早朝。

 ノエルたちは静かに寝息を立てて熟睡していた。

 外は雪が降っているが吹雪いてはおらず、太陽の光はまだ見えていない。

 

 

「…………き……て……」

 

「んん……。誰だ……?」

 

 

 ノエルは静かに起き上がり、寝ぼけ眼を擦って周りを見回した。

 しかし、マリンもサフィアもすやすやと眠っている。

 その瞬間、ノエルはハッとして窓の方へ振り向いた。

 

 

「……また窓が開いている、か」

 

 

 昨日と同じ窓が開いており、そこから入った雪が木目の床に少しだけ降り積もっている。

 ノエルは窓を静かに閉め、昨日と同じように土魔法で窓を強化した。

 

 

「さっきの声といい、強化された窓をこじ開けたことといい……。一体何が起きて……」

 

 

 ノエルは色々と思考を巡らすが、起きがけのせいで頭が回らなかったのか、途中で考えることを止めた。

 そしてそのままベッドまで戻り、布団の上にかかっているローブを見つめる。

 

 

「……少し目も覚めちまったし、様子を見てくるか」

 

 

 そう呟いたノエルはローブを羽織り、ベッド横に置いてあったランタンを手に取った。

 そして窓にかけた強化を解除してそれを開き、体を乗り出して屋根に登った。

 外から窓を強化したあと、ノエルは雪降る街を上から展望した。

 街の灯りは消えており、月と星の明かりだけが一帯を照らしている。

 

 

「明朝とはいえ、まだまだ暗いな……」

 

 

 ノエルは足元を魔法の鎖で固定し、ランタンを前に掲げ、辺りを見回して手がかりを探す。

 

 

「少なくとも近くに足跡はないみたいだな。外から窓を開けたのなら、この辺りだけ雪が潰れているはずなんだが……それも違うみたいだ」

 

 

 しっかりと屋根に縋り、ノエルはそのまま集中して魔力を探知し始めた。

 すると窓の付近から外へ向けて、微量な水の魔力を感じたのだった。

 

 

「水魔法を使う魔導士……。いや、それにしては魔力が空中に分散しすぎている。あっちの方に続いているみたいだが、流石にこれ以上は危け……んん……?」

 

 

 水の魔力の残滓が続く方向、その奥の奥に見える山の中に何かが光っているのをノエルは見た。

 その光は青く暗く光っており、ノエルは目を凝らしてそれを見つめる。

 しばらくするとその光は消え、周りにあった魔力の残滓も消えてしまったのだった。

 

 

「……『き・て』か。まさか、あそこに行けば何かあるっていうんじゃないだろうな……?」

 

 

 ノエルは溜息をついてランタンの火を消した。

 そして窓から部屋へと戻って雪を払い、窓を再び強化し直してベッドへと戻ったのだった。

 

 

***

 

 

 その日の朝。

 ノエルはマリンに叩き起こされていた。

 

 

「全く、いつまで寝ていますの?」

 

「今朝方に1回起こされたんだ……。もう少し寝かせてくれ……」

 

「ま、まさか……窓がまた開いてたとか言いませんよね……?」

 

「そのまさかで合ってるよ。今回はちゃんと手がかりも掴んでおいたから、あと10分だけ……」

 

「10分伸ばしても伸ばさなくても何も変わりませんわよ。ほら、起きなさい」

 

「あぁ、もう……分かった分かった。起きるから、起きるから毛布を剥がそうとしないでくれ!」

 

 

 マリンは毛布をパッと離して、溜息をついた。

 そしてそのまま朝食の準備を始め、その間にノエルは顔を洗いに洗面台へと足を運ぶのだった。

 

 

***

 

 

 朝食中、サフィアはノエルに尋ねた。

 

 

「それで、手がかりって一体どういうことなんです?」

 

「あぁ、水の魔力を辿ってみたんだよ。屋根の上に登ってね」

 

「なぜ勝手にそんな危険な真似をしたんですの? 魔法があるとはいえ、外は雪が降っていたのでは?」

 

「確かに雪は降っていたが、ちゃんと足を魔法で固定していたから心配しないでくれ。もちろん、勝手に独断で行動したことは悪いと思ってるよ。でも、お前たちを起こす方が気が引けるじゃないか」

 

「悪いと思っているのであれば、もう少し慎重に行動して欲しいものですわね。まあ、いいですわ。結局手がかりとは何なのです?」

 

「まず、犯人はただの魔導士じゃない。魔力の残滓が空中に漂っていたんだが、浮遊でもしていない限りあんな残り方するわけがない」

 

 

 ノエルはパンを食べ、水でそれを流し込む。

 

 

「空に浮く魔導士……? まあ、以前にサフィーが水魔法を凍らせて、その上を歩いてみせたことはありますが……」

 

「水魔法を凍らせるには風魔法が必要だ。風の魔力の残滓は全く無かったから、その線はないだろう」

 

「あたしの蒼の棺桶(アクア・ベッド)みたいに水を浮遊させて、その中に入っていたとか?」

 

「それならもっと水の魔力の残滓が大量にあったはずだ。だが、あれは本当に微量な水の魔力だった。それで、その魔力はあっちの山の方に続いていて、その奥で何かが光っていた」

 

「山の方が光っていた……ですか。確か、この近辺の山には野生動物が多く住み着いているんですよね? もしかしたらあたしたちが調べようとしている獣害被害に関係してるのかも?」

 

「その線は大いにありえますわね。姉様にも伝えて、地図にも追加しておきましょう」

 

 

 そうして、朝食を摂り終わった3人は宿を出て、エストの家へと向かった。

 

 

***

 

 

「山の方が光っていた……っスか。確かに怪しいっスね。どの辺の山っスか?」

 

「もう地図には書き込んでおいたよ。間違いなくこの場所だ」

 

 

 ノエルが指差した先には、大きなバツ印が描いてあった。

 その山の麓の周辺を見てみると、赤いバツ印がたくさん描いてある。

 

 

「……どう見ても、ここが発生源じゃないっスか?」

 

「だよなぁ……。とはいえ、獣害の報告例が多い地域の近くってだけで、そこからかなり遠いところでも被害報告は出ている。そこを叩いて終わりとは限らないだろうね」

 

「もちろん、気を抜くつもりはないっスよ。呪いの残滓の手がかりになるんなら、アチキは最後までやり抜くっス!」

 

「よし、じゃあ早速この光ってた場所に出発だ!」

 

「うっス!!」

 

 

 意気揚々と準備を始めるノエルとエストだったが、マリンとサフィアがそれを静止した。

 

 

「2人とも、焦ってはなりませんわ。まずは被害の聞き込みからですわよ」

 

「そうですよ。いくらあたしたちが魔女とはいえ、どんな危険が待ち受けてるか分かりませんから。対策を考えてからの方が安全に解決できるはず……ですよね、ノエル様?」

 

「あ、あぁ、その通りだ……。すまない、ついエストのノリに乗ってしまって」

 

「確かにアチキも気分が乗って冷静な判断が欠けてたっス。これはアチキの責任っス」

 

 

 そうしてノエルとエストは準備の手を止め、地図が置かれた机の近くへと戻ってきた。

 

 

「それでは、2人とも冷静になったところで調査を始めましょうか。どこから調べます?」

 

「それなら間違いなく、一番被害の多いこの辺りだろう。家もそんなに多くないし、今日中には全部回れるだろうさ」

 

「分かれて調査しますか? それならもっと早く終わらせることはできますけど」

 

「いや、今回は一緒に行動しよう。人数が多い方が全員で話をまとめて把握するのが楽になるからね」

 

「決定っスね。今度こそ準備開始っス!」

 

 

 こうして、ノエルたちは一番獣害の報告が多かった地域へと向かったのだった。

 

 

***

 

 

 被害が密集している地域は、駅からほど遠い、エストの家と王城の間に位置する山の麓の街。

 最近の獣害の影響か、昼間でもあまり人は出歩いていなかった。

 

 

「そういえば、このことを国は調べてないのかい?」

 

「通報があれば駆けつけるみたいっスけど、ただの獣害に何かの原因があるとは思ってないっスからね」

 

「それは確かに。ただ、ここまで静かですと、逆に不気味ですわね……。ここの住民の方々のためにも早く解決しなければ……!」

 

「さて、とりあえずこの家から聞き込みを始めようじゃないか」

 

 

 それから4人は全ての家と店を周り、被害を起こした動物や魔物が何だったのか、それらはどんな状態だったのか、そしてどの方向からやってきたのかなどを詳細に聞くことができたのだった。

 

 

***

 

 

 聞き込み調査を終えた一行は、エストの家に戻って情報を整理した。

 

 

「地図にまとめてみましたわ。この辺りで起きた獣害の被害は全部で12件。これは事前に調べていた通りでしたわね」

 

「あぁ、それに被害の発生時刻は見事にバラバラだった。あと、被害を起こした動物や魔物は全て例の山に住む種類と合致していた」

 

「そしてその動物たちは全部興奮状態で、突進で家が壊れたとか人が怪我したとか、この前のイノシシと同じような状態だったみたいですね。幸い、死者や重傷者はいないみたいですけど、これが誰かのせいっていうのなら許せません!」

 

「最後に、その動物たちが来た方向っスけど、まあ……ものの見事に例の山の方角ばかりっスね。これは間違いなくノエルが見た光が発生源と思って良いっスよ」

 

「偶然見た光景とはいえ、まさかこんな形で事件の究明に繋がるとは……」

 

 

 ノエルはしみじみと語っていたが、しばらくして早朝に聞いた声のことを思い出す。

 

 

「そういえば……あの光を見る前に変な声を聞いたんだよな」

 

「声……ですの?」

 

「あぁ、確か途切れ途切れに『きて』と言っていた」

 

「それは怪しすぎるっスね……。ノエルたちをその発生源に呼んでるってことじゃないスか」

 

「もちろん警戒はしてるさ。だがその場合、いくつか疑問点が生まれる」

 

「と、言いますと?」

 

 

 ノエルは人差し指を立ててこう言った。

 

 

「1つ目。なぜそいつはアタシたちを呼んだ? 魔法を使って呼んだってことは、アタシたちが魔導士だって知ってることにもなる。なぜアタシたちが魔導士だと知っているのかっていう疑問もあるね」

 

「初日は窓を強化していませんでしたし、全く思い当たる節がありませんわね。それに、この獣害の犯人がわざわざ事件の現場に呼ぶとも思えませんし……」

 

「2つ目。なぜ水魔法の魔力の残滓が微量にしかなかった? アタシの土魔法を破るくらい強力な魔法を使ったのなら、もっと大量に魔力の残滓があったはずだ。それに、水魔法ってのも納得がいっていない」

 

「声の正体も全く分かりませんもんね。水魔法に声を保存させるなんて、そんなことできるとは思えませんし……。魔力の残滓の量が圧倒的に足りないのは確かに非常に不可解な点です」

 

「以上だ。2つ以上あった気もするが、逆にそれだけ疑問点があるってことだな。まあ、毎晩窓を開けている犯人が獣害の犯人と決まったわけでもないから、まだまだ分からないことだらけってことだね」

 

 

 ノエルたちは頭を抱える。

 しかし、どれだけ悩んでも答えは出ず、しばらくしてエストは言った。

 

 

「流石に……全部この場で解決ってわけにはいかなそうっスね?」

 

「そうだな。やはり、例の発生源に行くのが一番手っ取り早いと思う」

 

「とはいえ、何も準備せずに行くわけにはいきませんわね。せめて動物や魔物対策のために全員分の魔導書を用意すべきかと」

 

「おお、そういえば攻撃特化の2人がいるってことは、アチキもノエルやマリンみたいにカッコいい魔法が使えるじゃないっスか!」

 

「お前にも魔導書を書かせたいものだが……。あ、そうだ。お前の複製(リバイバル)って、魔導書にも使えるのか?」

 

 

 魔導書を書く手間を省いて楽をしたい一心で、ノエルはエストに尋ねたのだった。

 

 

「そりゃ、もちろん! 中の魔法や魔力まで全部複製可能っスよ。威力とか効果は半減しちゃうっスけど……」

 

「おおっ、それで十分だ! アタシたちが魔導書を1冊作るから、それを3冊複製してくれ!」

 

「あれっ、かなりキツい魔力消費を強いられてないっスか!? 1日なら1冊の複製が限度っスよ!」

 

「じゃあ……仕方ない。マリンの魔導書を1冊複製して、複製品の方をマリンが使ってくれ。威力が半減しても、自分で書いた魔導書なら手数で押し切れるだろう?」

 

「しょうがないですわね。はい、姉様」

 

 

 マリンは自分の魔導書をエストに手渡し、エストは笑顔でそれを受け取った。

 

 

「頂戴したッス! よーし、じゃあ今から複製開始するんで、また明日来て欲しいっス! 昼頃なら魔力も全回復してると思うんで」

 

「了解した。じゃあ、また明日来るよ」

 

「あ、ちゃんと窓の一件は注意しておくんスよ。マリンの魔導書はアチキが預かっているんスから、明日のためにも魔力を無駄に消費しないように気を付けるっス」

 

「お気遣い感謝しますわ、姉様。最悪の場合はノエルに頑張ってもらいますので」

 

「それなら良かったっス!」

 

「仕方ないが、別に良くはないからな!?」

 

 

 こうして、ノエルたちはまたエストの家を去り、宿へと戻ったのだった。



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76頁目.ノエルと交代と雪山と……

 食事を済ませて宿に戻ったあと、ノエルたちは夜中に備えて作戦会議をしていた。

 

 

「ここはやはり、時間ごとにわたくしとノエルが交代で見張りをするというのが一番ではないでしょうか。サフィーはまだ育ち盛りですし、睡眠不足は健康にも美容にも悪いですもの」

 

「別にあたしは気にしないのに……。それにお姉ちゃんは魔導書持ってないんだから、万が一があったら大変じゃないの?」

 

「まあ魔導書がなくても自前で魔法は使えますし、心配無用ですわよ」

 

「サフィーが心配しているのはそこじゃない。相手は水魔法の使い手で、火は水と相性が悪い。だから下手に戦うと魔力の浪費が激しくなって、魔導書がないと魔力が切れる恐れがあるから大変だと言ってるんだ」

 

「うっ……。そういえば水魔法の使い手だということをすっかり忘れていましたわ……。でしたら姉様の言っていた通り、何かあればノエルを叩き起こして対処してもらうということで……」

 

「ちゃんとアタシが目を覚ますまで耐えてくれよ? まあ、今のところ襲われたりはしていないわけだから、大丈夫だと信じたいところだが……」

 

 

 そう言って、ノエルは部屋の奥にある窓の鍵を掛け直した。

 すると、サフィアが不満そうな表情で言った。

 

 

「ねえ、どうして2人ともあたしを頼らないの? いつまでも子供扱いされても困るんだけど!」

 

「こ、子供扱いしているつもりはありませんでしたが……。ただ、危険なことに巻き込む可能性はありますし……」

 

「それが子供扱いしてるって言ってるの。水魔法が相手って時点で、まずあたしを頼って欲しかったのに……」

 

 

 ノエルはそれを聞いて、申し訳なさそうに頭を掻いたあとサフィアに言った。

 

 

「あー……サフィー?」

 

「はい、なんでしょう!」

 

「水魔法と風魔法についてなら、アタシたちよりサフィーの方が詳しい。だから少しだけ……力を貸してくれ」

 

「ノエル様……!」

 

 

 その瞬間、サフィアはぱあっと笑顔になり、意気揚々としてノエルに言った。

 

 

「全くもう……言われなくても力くらい貸しますよ! で、何をすればいいですか!」

 

「そういうことなら、何かあればお前たちを2人とも叩き起こす。もし水魔法が飛んできたら、そいつの対処をサフィーに任せたい。できるかい?」

 

「任せてください! どんな水でも打ち消してみせますから!」

 

 

 サフィアの機嫌が戻ったことにホッとしつつ、マリンはノエルに尋ねた。

 

 

「それで、起こされたわたくしは何をすれば? 水の対処はサフィーが、本体の対処はノエルがするとして、他に何か仕事とかありました?」

 

「お前は補助要員だ。もし、アタシたち2人でどうにかできそうなのであれば、宿の連中に説明できるよう証人としてここに残ってくれ」

 

「残ってくれって……2人とも夜中に外に出る気ですの?」

 

「万が一の話だ。何があるかは分からないからな。対策は考えておくに越したことはない」

 

「何もないことを祈りますが、2人とも無茶は禁物ですわよ」

 

「「もちろん!」」

 

 

 そうして、ノエルたちは色々と作戦を立てたのち、眠ることにしたのだった。

 マリンの見張りから始まり、ノエル、マリン、ノエルと1時間ごとに交代しながら、夜は過ぎていった。

 

 

***

 

 

 そして、ノエルたちが寝静まって5時間が過ぎようとしていた明朝。

 マリンが窓の見張りをしており、ノエルはぐっすりと眠っていた。

 

 

「……き……て…………」

 

「んん……」

 

「……おきて…………」

 

 

 ノエルはその声を聞いて目を覚ました。

 

 

「ん……。もう……交代の時間か……?」

 

「えっ……?」

 

「んぁ……?」

 

 

 マリンの驚いた声に、ノエルは素っ頓狂な返事を返す。

 

 

「わたくし、何も言ってませんわよ?」

 

「おかしいなぁ……。確かに『おきて』って聞こえたんだが……」

 

「寝ぼけてるだけですわよ。ほら、まだ20分ありますし、眠っていなさいな」

 

「ふあぁ……。ん……そうさせてもら…………」

 

 

 あくびをして目を擦り、瞬きをした瞬間、ノエルは目の前の光景にギョッとした。

 

 

「な、なあ……。お前、本当に見張ってたんだよな……?」

 

「ええ、それはもちろん。仕事はこうやって全うして…………えっ?」

 

 

 マリンはノエルのいる左側から、窓のある右側に振り向いて、固まった。

 窓は鍵が外されており、外側に両開きの状態になっていたのだった。

 

 

「開いて……る!? い、今の今まで閉まってましたわよ!?」

 

「サ、サフィー、起きてくれ! 緊急事態だ!」

 

「ふぁ……? 何かありましたぁ……?」

 

「窓が知らぬ間に開いてたんだよ!」

 

「た……大変じゃないですか!」

 

 

 近所迷惑にならない程度に、3人は魔導書や魔具を持って固まる。

 しかし、どれだけ時間が経過しようとも何も起こらず、外を見ても昨日と同じように山の方角が光っていただけなのであった。

 3人はぽかんとし、そのまま見張りを交代しつつベッドに戻ったのだった。

 

 

***

 

 

 その日の昼。

 ノエルたちはエストの家に集まって、今朝のことを話した。

 エストは胸を撫で下ろしつつ、腕を組んで考え込んでいた。

 

 

「『おきて』って声と、またもやいつの間にか開いていた窓っスか……。聞けば聞くほど興味深い話っスねぇ……?」

 

「実体験したアタシたちの身にもなってくれ。いくら魔法なんて万能な力があっても、あんな未知の域の力を見せられたら度肝を抜かれちまうよ」

 

「わたくしが振り向いた一瞬で、窓にかけられていた土魔法が全て剥がされた上に鍵もしっかり開けられているなんて、もはや水魔法がどうとか言ってられる場合じゃありませんものね」

 

「あと、その『おきて』って声……。お姉ちゃんには聞こえてなかったんだよね?」

 

「ええ、ノエルの寝言以外は特に何も聞こえない静かな部屋でしたもの。ひそひそ声すら響く静けさでしたわ」

 

 

 エストはその話に食いついて、マリンに尋ねた。

 

 

「寝言でノエルは何て言ってたんスか?」

 

「おい、ちょっと待て。せめてアタシにちゃんと断りを入れないか。恥ずかしいだろうが」

 

「ええ〜……。じゃあ……マリンに寝言の内容、聞いてもいいっスか?」

 

「ダメだ」

 

「絶対ダメって言うつもりだったじゃないスか……」

 

「自分の寝言を聞かれたい人間がいるとでも思ったか?」

 

 

 マリンは紅茶をすすったあと、ノエルを横目に言った。

 

 

「ノエルは『んん……』とか『何だ……?』とか、よく分からないことを言っていましたわ」

 

「マリン、お前なぁ……」

 

「実際、聞かれても問題ない内容だったんですから、何も文句を言われる筋合いはありませんわ」

 

「はぁ〜、つまんない寝言っスねぇ……」

 

「ほら、こういうこと言う奴がいるから聞かれたくなかったんだよ……!」

 

「ま、まあまあ……。今日は山に行くんですから、体力は温存しておきましょう?」

 

 

 サフィアに諫められ、ノエルは溜息をついた。

 そしてエストに尋ねる。

 

 

「山に行く前に、ひとつ聞いておきたい。山に何があるのか、お前は知っているのか? 事前に情報があるのとないのとでは大きく違うからな」

 

「いいや、全く知らないっスよ」

 

「おや、占ってないのかい?」

 

「占ったに決まってるじゃないスか。危険予知のための魔法なんスから」

 

「じゃあ、どういうことだ? まさかあの山には特に何もなかった……ってわけではなさそうだが」

 

「それがアチキにもよく分からないんス。占いの結果を見ようとしたら、なんか途中で魔法がプツンと切れちゃったんスよ。魔力は十分残ってたのにっスよ? こんなこと、これまで一度もなかったんスけど……」

 

 

 エストは腕を組んでうんうんと唸っている。

 

 

「それ、本当に危ないことが起きる予兆じゃないだろうな……?」

 

「かもしれないっスねぇ……」

 

「まさか、そこで姉様が死ぬ……なんてことには……」

 

「大丈夫っスよ。今日より先の未来を占えることは確認できてるんで、今日死ぬなんてことはあり得ないっス」

 

「それなら良いのですが……」

 

 

 不吉な予感を胸に、4人は準備をして目的地の雪山へと向かうのであった。

 

 

***

 

 

 ヘルフスを囲む雪山はどれも標高は高いものの、なだらかな傾斜であるため、ヘルフスは雪山観光が盛んな国である。

 しかし、最近の獣害の一件でどの山も立ち入り禁止となっているという。

 

 

「じゃあっ……どうしてアタシたちはっ……入れてるんだっ……?」

 

「も、もちろんっ……王様に許可取ったにっ……決まってるじゃないっスかっ……!」

 

 

 ノエルたちはエストが用意していた対雪山装備を身に付け、雪山の傾斜を登っていた。

 目的の場所まではあと半分くらいの距離まで近づいており、4人は山の中腹にある休憩地点のコテージで休むことにした。

 

 

「っくあぁ……。思ったよりも……体力使うもんだねぇ……」

 

「エ、エストさんは……平気そうですね……?」

 

「そりゃ、伊達にこの国に1年も暮らしてないっスよ。たまに観光案内とかの仕事を引き受けたりもしてるんで、そこで体力がついたんスかねぇ」

 

「道理で道具の準備が良かったわけですわ……」

 

「ちゃんと登るのに安全な天候か分かってないと、雪山は危険がたくさんっスから」

 

 

 マリンはカバンから複製品の魔導書を取り出す。

 そしてそれをパラパラとめくって、右手を前に差し出した。

 すると火の球が出現し、周りを温め始めた。

 

 

「ちゃんと複製(リバイバル)は上手くいってるみたいっスね」

 

「ええ、姉様には感謝……というよりは、これでひと安心ですわね」

 

「あ〜、温かい……。指輪の力があっても、火の温もりって気持ちいいからあたしコレ好き……」

 

「そういえば……どんな環境にも耐えられるのが2人、耐寒の魔法を付けてるのが1人、ヘルフスの気候に慣れてるのが1人か。こりゃ、思ったより楽に辿り着けそうだ」

 

「まだ気を抜いてはなりませんわよ。ここから先、魔物や獣たちが待ち受けている可能性が大いにあり得るんですから」

 

「それも加味してのことだ。今朝の謎の水魔法でも使われない限りは問題あるまいさ」

 

 

 そう言って、ノエルはコテージの外を眺めた。

 外は雪がしんしんと降っており、辺りは静まりきっている。

 ふぅ、とノエルが溜息をついたその時だった。

 突然、ぶおぉぉ、と大きな重低音が外から響いてきた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「雪山で大きな音……って、まさか雪崩とか!?」

 

「雪崩が起きる予報はなかったし、そもそも音が違うっス! と、とりあえず3人とも構えて!」

 

「今の音……もしや、魔物の咆哮ではありません!?」

 

「どこかで似た音を聞いたことがあると思ったら、それか!」

 

「襲撃される場所が足場が安定した場所で良かったっス! 外だったら足元掬われて危なかったかもっスから!」

 

 

 4人は魔導書を構えて背中を合わせた。

 すると、外から無数の重い足音が近づいてくる。

 そして、やがて()()()はコテージを囲み、一斉に突撃してきたのだった。

 

 

「……こいつは!」

 

 

 ノエルの目に映ったのは、白い毛の生えた巨体。

 それは雪山に生息し、最近街の近くの木をなぎ倒していたという報告のあった魔物と似た姿であった。

 

 

「雪の巨人、イエティ!」



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77頁目.ノエルと壁と巨大な呪いと……

 雪の巨人・イエティ。

 人の3倍以上の大きさの身体を持ち、発達した筋肉は何もかも壊せるほどの剛力を生み出す。

 人間と似た骨格をしているものの脳があまり発達しておらず、わずかな知性と野生の本能で行動する巨人型の魔物である。

 本来であれば温厚で臆病な性格であるため、人目を避けて雪山の奥に集まって暮らしているはずなのだが、今は呪いの影響か全員が我を忘れて暴走しているようだった。

 

 

「と、とりあえず……『氷結壁(アイシクル・ウォール)』!」

 

 

 サフィアが呪文を唱えると、コテージの周囲を囲うように氷の壁が出現した。

 イエティたちはそれを壊そうと壁を殴るが、壊れたところから氷が修復され、簡単に中に入って来れないようだ。

 

 

「助かったよ、サフィー」

 

「いえいえ。ですが修復が持続するのは周囲の魔力次第なので、あまり時間はありませんよ!」

 

「時間が生まれただけでも十分だ。敵は全部で何体いる?」

 

「入り口の方に1体、左右に1体ずつ、アチキたちの後方に2体……。つまりは5体っスね!」

 

「呪いで暴れているだけなら、わたくしの指輪で浄化しても良いのでしょうけれど……」

 

「呪いの源をどうにかしない限り、ここで浄化してもまた呪いで暴走する可能性がある。こいつらには悪いが、討伐させてもらうぞ!」

 

 

***

 

 

 それから20分後。

 ノエルたちはコテージを後にして目的地へと足を進めていた。

 

 

「思ったよりも呆気なかったですわねぇ」

 

「いや、こればかりはサフィーのおかげだろう。何を自分の実績みたいに言ってるんだ」

 

「わたくしだってちゃんと貢献しましたわよ! サフィーのおかげなのはその通りですが!」

 

「いやー、まさかサフィアちゃんが一気に()()()()()()()()()()とは思わなかったっスよ。素晴らしい腕前だったっス!」

 

「えへへ……。それほどでも……」

 

 

 サフィアは鼻高々に照れている。

 その瞬間、マリンはサフィアに抱きついて言った。

 

 

「言い出したのはノエルですから、作戦勝ちということにもなるのでしょうけれど……。それでもサフィー、良く頑張りましたわねぇ!」

 

「雪山に来てまで抱きつかないで! ほら、エストさんに怒られちゃうでしょ!」

 

「面白そうなんで、続けてどうぞっス〜」

 

「いえ、止めてください! お願いします!!」

 

「うおっ、思ってたより必死の叫びだったっス」

 

「そんなに拒まなくても……。はあ、しょうがない。今回はこれくらいにしておきますわ……」

 

 

 マリンはしょぼんとしょげてしまった。

 ノエルは笑いを堪えつつ、歩みを進めるのだった。

 

 

***

 

 

 さらにそれから登山道を歩き続けて1時間が経過した頃。

 突然、ノエルたちは背筋が凍るような悪寒に襲われた。

 

 

「このゾッとする感じは……。もうすぐってわけか」

 

「近づくだけでここまで嫌な魔力を感じるということは、今回は今まで以上に強力な呪いか、より大きな呪いの残滓ということですわね……」

 

「うわあ……。あの魔導書だけでも大概だったっスけど、この息苦しさ、アレとは比べものにならないっスね……」

 

「と、とにかく先に進みましょう! ノエル様はあたしの指輪の範囲内から、エストさんはお姉ちゃんの指輪の範囲内から離れないように気をつけて!」

 

 

 ノエルたちが恐る恐る前進すると、途中で道が途切れている地点に着いた。

 道が途切れていると言っても、道が雪で隠れているわけでも何かで道を塞がれているわけでもなかった。

 そこには黒い固体の塊が、山の地面と側面を削るように巨大な穴を開けて鎮座していたのだった。

 

 

「こいつは……! なんて大きさだ!?」

 

「先ほどのイエティが可愛く見えますわね……」

 

 

 その黒い塊は、イエティ3体分かそれ以上の大きさで、山の壁面に埋まって蠢いている。

 エストは目を凝らして、指を差して言った。

 

 

「ん……? あそこ……残滓の近くに誰かいないっスか?」

 

「あ、ホントだ。身長からして……子供?」

 

「こんな呪いの渦中に子供なんているはずないだろう? 間違いなく、魔導士だろうさ」

 

「……近づいてみましょうか」

 

 

 ノエルたちは魔導書を開いたまま、警戒しながら前へ進む。

 そして、顔が見えるくらいの距離になった瞬間、ノエルは尋ねた。

 

 

「おい、そこのお前。こんなところで何をしている」

 

「ひっ……!? ま、まま、魔女!?」

 

「あぁ、アタシたちは確かに魔女だ。その言い方だと、お前は男の魔導士……魔法使いか」

 

 

 振り向いた少年は、見てくれからして10代半ばほど。

 華奢な体に防寒着を着込んでおり、手には長い杖のようなものを持っている。

 

 

「ど、どうして魔女がこんなところにいるんだ! まさか、()()()を狙って……ゲホッゲホッ……!」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

 ノエルは苦しそうに咳き込む少年に近づこうとする。

 

 

「来るな……! こっちに来るな!!」

 

 

 少年が叫んだ瞬間、呪いの残滓から黒い魔力が吹き出し、ノエルの行く手を遮ったのだった。

 

 

「こいつ、こんな巨大な呪いを操れるってのか!?」

 

「いえ、今のは……。()()()()が自分から動いたような……?」

 

「い、いやいや、流石にそんなわけは……。まあ、アチキもそんな感じの動きを見ちゃったっスけど……」

 

「ど、どうします? 近づこうにも近づけませんし、ここから声、届きますかね?」

 

「試してみるか。おーい、そこの少年! 無事かー?」

 

 

 ノエルが叫ぶと、少年の声がすぐに返ってきた。

 

 

「お前たちに心配される筋合いはない! さっさと帰れ……ゴホッ……!」

 

「それで心配するなって方が無理あるだろ。お前のその身体、呪いに侵されているんじゃないのか?」

 

「俺に構わないでくれ! 誰もネーベには近づけさせない!」

 

「ネーベ……? 他にも誰かいるのか……?」

 

 

 ノエルは少し考え、マリンたちの方を振り向く。

 ノエルの目に映ったのは、マリンの指輪だった。

 それを見たノエルはハッとして、ニヤリと笑いながら黒い霧の向こうにいる少年に言った。

 

 

「そういえば、アタシたちはこの呪いを消しにきたんだったー! 魔力の放出が止まらないんなら、とっても強力な魔法を使うしかないなー! あ、でもそれだともしかしたら、ネーベってのも巻き込まれちまうかもなー!」

 

「や、やめろー!!」

 

 

 少年がそう叫んだ瞬間、黒い魔力の放出が収まった。

 ノエルはその隙を突いて、急いで少年に駆け寄る。

 しかし。

 

 

「ノエル、危ない!!」

 

「え……?」

 

 

 マリンの声が耳に届ききる前に、ノエルの目には黒い魔力の塊が映っていた。

 魔法を放つにも時間が足りない。

 避けるにも速すぎる。

 そんな思考をしていた刹那、ノエルと黒い魔力の間に青い光が飛び込んできた。

 

 

「やめろ、ネーベ!!」

 

 

 少年の声を微かに耳に残したまま、ノエルは光に包まれ、その場から一瞬で消え去った。

 サフィアたちは言葉を失い、その場で膝から崩れ落ちた。

 

 

***

 

 

「……き……て…………」

 

 

 聞いたことのある声が、ノエルの意識を取り戻させる。

 ノエルが薄れた瞳で周りを見ると、そこは見たこともない、不思議な光で包まれた空間だった。

 

 

「……ここは……どこだ……?」

 

 

 周りを見渡すが、誰もいない。

 ノエルは自分が今、立っているのか座っているのか寝ているのかも分からない、そんな感覚に襲われていた。

 

 

「そうだ、さっきの黒い魔力……。あいつに当たって死んで、ここが死後の世界……とかなら分かりやすくて助かるんだが」

 

「……おきて…………」

 

「うおっ!? ど、どこから声が……? って、そもそもアタシはもう起きてるぞ?」

 

「……おきて、めざめて、わたしを、みて」

 

「……この声、毎晩アタシを呼んでいた声だ。アタシは起きても目覚めてもいるが、『わたし』とやらの姿が見えない、か。何かを伝えようとしてはいるんだろうが……」

 

 

 ノエルは黙って目を閉じる。

 そしてしばらく考えて、ハッとした。

 

 

「そうだ、魔法! ここで魔法は使えるのか?」

 

 

 そう言って、試しにいつも使っている呪縛鎖(カースド・チェイン)を展開しようとするが、全く反応しない。

 

 

「魔法は使えない……。ここには魔力がないってことか……?」

 

 

 魔力の在処を探そうと、ノエルは魔力の探知を始める。

 すると、あることに気がついた。

 

 

「ここ……水の魔力しかないじゃないか! どこをどう探知しても、水の魔力しか存在しないってことは……ここは水の中か何かなのか?」

 

 

 とは言ったものの、ノエルは普通に呼吸ができていることに気がつく。

 

 

「……『起きて、目覚めて、わたしを、見て』か。あと心当たりがあるとすると……いや、待てよ?」

 

 

 ノエルは自分のカバンが手元にあることを確認すると、その中から1冊の魔導書を取り出した。

 それは、エストが拾ったという魔導書だった。

 

 

「こいつには大厄災の呪いが込められていた。そしてこれまでも、色んな呪いに触れてきた。確か、呪いに触れ続けた人間は魔力が見えるようになるって話だったよな……? だとしたら、もしかして、さっきから聞こえる声の主って……」

 

 

 ノエルは再び魔力探知をしてみた。

 すると、水の魔力が集まっている場所があるのが分かる。

 ノエルはそこに近づき、手に持った魔導書を握り締めて恐る恐る、目を開いてみた。

 

 

「……やはり、そういうことか……」

 

 

 ノエルの目の前には、青く光る小さな生き物が飛んでいた。

 一見すると人型だが、背中には羽根が生えており、顔の輪郭がはっきりしない。

 

 

「……あなたは、わたしを、みた。……ノエルは、ネーベを、みた」

 

「なるほど、お前がネーベか」

 

「……ノエルは、ネーベを、おどろかない。……ネーベは、ふしぎ」

 

「納得がいってるだけで、驚いてないわけじゃない。今だって、文字通り自分の目を疑いたくなるくらいには驚いているさ」

 

「……ノエルは、ネーベを、わかる、わからない」

 

「あー……お前が何なのか、アタシが分かっているかって聞いているのか? じゃあ、質問には答えてあげないとな」

 

 

 ノエルは溜息をついて目頭を抑え、真剣な目をして言った。

 

 

「お前は、水の魔力……。いや、正しく言うとすれば、魔導士たちから水の魔力として認識されている、意思を持った力そのもの。言うなれば……水の精霊だな?」

 

 

 ネーベと呼ばれたそれは、くるくると飛び回ってノエルの前で止まり、可愛らしくゆっくりと頷いた。

 ノエルは頭を掻きながら溜息をつく。

 ネーベは言った。

 

 

「……ネーベは、クリスを、たすけたい」

 

「クリス……さっきの少年のことか。とりあえず、話を聞かせてもらおうか。水の精霊・ネーベと、そのクリスって奴の話を」



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78頁目.ノエルとネーベと紅茶のパックと……

 一方その頃、サフィアたちはノエルが消えたことに愕然としていた。

 巨大な呪いに一瞬で殺されたのか、もしくは何かの魔法で瞬間移動したのか、サフィアとマリンは希望と絶望が紙一重の感情に包まれていた。

 その沈黙を破ったのは、エストの一言だった。

 

 

「まずはあの少年を確保するっスよ。サフィアちゃん、マリン、魔導書を構えるっス」

 

「……エストさんはどうしてそんなに冷静なんですか。ノエル様が消えちゃったんですよ!」

 

「アチキはアチキの運命を信じることしか能がないっス。今日を占っても、明日を占っても、蘇生魔法を使う未来を占っても、そこには確かにノエルがいたっスから。きっと……帰ってくるっスよ」

 

「きっと帰ってくる……ですか。まあ、今の状況ですと信じるしかないのは事実ですわね……。仕方ありませんわ。サフィー、今は姉様の指示に従いましょう」

 

「ノエル様……。うん……分かったわ。エストさん、援護します!」

 

「その意気っス! じゃあ早速、アチキが少年を確保してくるっス!」

 

 

 エストは少年に向かって走っていき、マリンたちは呪いの攻撃からエストを防ごうと魔導書を構えた。

 しかし、エストが少年に近づいても、ただ呪いは蠢いているだけなのであった。

 

 

「えっ……攻撃をして来ない……? さっきはあんなに攻撃的だったのに……?」

 

「よく分からないっスけど、今しかないっス! 少年、大丈夫っスか!?」

 

「う……。ネ、ネーベ……」

 

「良かった。意識はあるみたいっスね。とりあえず、この近辺にも休憩地点があったはずなんで、そこまで少年を運ぶっスよ!」

 

「え、ええ! 殿(しんがり)はわたくしが務めますわ! サフィーは姉様を前方から援護して!」

 

「分かったわ!」

 

 

 マリンたちは少年を近くのコテージまで運び込み、少年が目覚めるまで介抱したのだった。

 

 

***

 

 

 それから30分後。

 サフィアが持っていた魔具、浄化の光魔法が込められた薬瓶を使い、少年についていた呪いはある程度浄化され、しばらくして少年は目を覚ました。

 

 

「う……うぅ……。こ、こは……」

 

「目覚めましたわね。先ほどまで呪いに侵されていたというのに申し訳ありませんが、色々と聞かせてもらいますわよ」

 

「……そうだ。ネーベ、ネーベはどこだ!」

 

「ネーベ……? 何のこと?」

 

「しらばっくれるな……! お前たちがネーベを呪いに食わせたんだろう……ゲホッ!」

 

「ちょっと待つっス。とりあえずお互いの身分を証明して、お茶でも飲んでゆっくり話すっスよ」

 

 

 そう言って、エストは暖炉の上に乗せていたやかんから湯を注ぎ、紅茶を淹れた。

 心乱して咳き込んでいた少年も、茶葉の香りを鼻に感じた途端に力が抜けたようで、息を吐いて静かになった。

 

 

「ね、姉様……? なぜそんなものを持って……」

 

「占いの結果っスよ。今日の幸運のお守りは、紅茶のパックっていう結果だったっスから」

 

「運命魔法の占いとは、そういう占いではないでしょうに……。まあ、とりあえず助かりましたわ」

 

「これくらいの役には立たないとっスよ。さあ、どうぞ、少年」

 

「クリスだ。少年と呼ばれるのはあまり好きじゃない」

 

 

 クリスと名乗った少年は、エストの紅茶を渋々受け取って、少しだけ口に注いだ。

 

 

「アチキはエストっス。見ての通りの魔女っス」

 

「エストッス?」

 

「エ・ス・ト、っスよ。よく勘違いされるっスけど、語尾は名前の一部じゃないっス」

 

「わたくしはマリン。こっちは妹のサフィアですわ。3人とも魔女ですが、ただあの黒い呪いの塊を調査しにきただけですわ」

 

「ん……? もう1人いなかったか? 目つきの悪い黒髪の女がいたような……」

 

 

 その瞬間、3人は黙り込んでしまった。

 

 

「いや、何か思い出してきた……。そういえばあいつ、あの黒い塊に攻撃されて……そして……そうだ、ネーベ……!」

 

「その先ほどから言っているネーベっていうのは何なのです? わたくしたち以外には誰もいませんでしたけれど……」

 

「ネーベは俺の友達だ。でも、人間じゃない」

 

「獣とか魔物とかってこと?」

 

「魔物……そういえば考えたこともなかったな……。だけど、悪い奴じゃない。光ってて、とても綺麗で、いつも一緒に話してるんだ」

 

「聞く限りだとよく分からないっスけど……。御伽話に出てくる『精霊』みたいなものだと思っておけばいいっスかね」

 

 

 頭を傾げて話を聞いていたマリンとサフィアも、それを聞いて納得したように頷いた。

 クリスはお茶を飲み干し、起き上がろうとする。

 

 

「とにかく、ネーベを探さないと……!」

 

 

 しかし、クリスはその場でよろめいて倒れてしまった。

 マリンはクリスを寝かせて言った。

 

 

「無理ですわ。そんな身体であの呪いに近づいたら、あなたが死んでしまいます」

 

「それでも、俺はネーベに会わなくちゃいけないんだ! あいつらに、災司(ファリス)に見つかる前に……!」

 

災司(ファリス)ですって!?」

 

「知っているのか? だったら話は早い。『あいつ』は、ネーベに目をつけて俺を災司(ファリス)の仲間に引き入れようとしてきやがったんだ!」

 

「と、とりあえず、落ち着いてくださいまし。今はまだネーベさんを見つける手立てがありません。情報収集も兼ねて、あなたとネーベさんのお話を聞かせていただけませんか?」

 

「そういうことなら……仕方ないか。この身体じゃ、お前たちの力を借りるしかなさそうだしな」

 

 

 クリスは横になったまま、マリンたちに自分とネーベの話をし始めた。

 

 

***

 

 

 4年前……俺が12歳になってすぐの頃、俺はここに魔法の修行に来た時に、とある変な黒い塊を見つけたんだ。

 それは人の頭くらいの大きさの石みたいな感じの物体で、気になったから動かそうとして触ったけど、力が抜けてびくともしなかった。

 だけどそれに触れていると、俺はそれまで見えなかった変な青い光が見えるようになったんだ。

 

 俺はその光に魅入られて、何日も何ヶ月もここに通い続けた。

 そして1年くらいでようやく、黒い塊に触れている間だけネーベの姿がはっきり見えて、声も聞こえるようになったんだ。

 言っておくが、幻視だとか幻聴なんかじゃない。

 ちゃんとネーベが使った魔法は周りに影響を残していたし、意思疎通も確かにできていたんだ。

 

 それからは頻繁にここに通って、ネーベと一緒に色んなことを話した。

 自分のこと、ネーベのこと、魔法の仕組みとか色んなことを……。

 

 そして、半年くらい前。

 あの日の夢はよく覚えている。

 俺は夢の中で変な黒い感じの奴から、災司(ファリス)とかいう連中の話と原初の大厄災の話を聞いた。

 だけど、あいつは俺とネーベの話をなぜか知っていて、ネーベを殺さない代わりに災司(ファリス)になれと言ってきた。

 

 目覚めると、俺の枕元には変な魔導書が置いてあった。

 俺は迷った。

 でも俺は、あいつを守らなきゃいけないって、そう決意したんだ。

 そして1ヶ月前くらいに変な魔導書を捨てて、俺はここに毎日来てネーベに災司(ファリス)のことを伝えて、こう言ったんだ。

 

「一緒に逃げよう」って。

 

 

***

 

 

「だが、お前はどうして1ヶ月もクリスの言うことを聞かなかったんだ? まだここにいるってことは、そういうことだろう?」

 

「ネーベは、ここから、はなれる、できない。のろいを、おさえない、みんなが、しぬ」

 

「みんな……。それはまさか……このヘルフスに住む全員、か?」

 

 

 ノエルは恐る恐る尋ねたが、ネーベは遠慮もなしに頷いた。

 

 

「のろいは、クリスのちからを、すいとった。いまは、まわりのちから、すいとっている」

 

「4年前からずっとあいつの魔力を吸い続けて、今や自然の魔力まで吸い上げてさらに巨大化している……ってことか。それをお前……いや、お前たち精霊が抑え込んでいるから今はどうにかなっている。そう言いたいんだな」

 

「クリスは、のろいで、しにそう。だから、クリスを、たすけて」

 

「そうか、お前に会うためにクリスは呪いの影響を受け続けていた。だからあんな身体になっていたんだな。そして……お前を助けようとするあいつを助けるために、アタシを呼んだってわけかい」

 

「ファリスは、のろいを、つよめた。それが、クリスが、ファリスに、なるりゆう」

 

「ネーベを殺さない代わりにってのは、呪いを弱める代わりにって意味だったのか! くそっ、どっちにしても災司(ファリス)の連中の掌の上ってことじゃないか……!」

 

「だから、ネーベは、げんかい……。クリスを、みんなを、たすけて……」

 

 

 その声は、途切れ途切れながらも必死な訴えかけだった。

 それを聞いたノエルは、怒りに満ち満ちた声で叫んだ。

 

 

「アンノウンの奴……仲間を増やすためならどんな犠牲も厭わないってか? ふざけるな……。こうやって、ようやくできた友達を失うまいと、民のみんなを失うまいと、必死で頑張ってる奴がいるのに……! それを! あいつらは!」

 

 

 そして、ノエルは真剣な面持ちになって言った。

 

 

「いいだろう……。獣害の根本を浄化してさっさと帰るつもりだったが、作戦変更だ。まずは呪いを浄化して、クリスもヘルフスのみんなも、お前も助けてみせる! そして、呪いを強めたって災司(ファリス)を探して、絶対にぶちのめす!!」

 

 

 ネーベは弱々しく、それでも嬉しそうに飛び回り、そして光を強めて言った。

 

 

「ネーベは、ノエルを、もどす。クリスを、みんなを、おねがい」

 

「あぁ、任せろ。ちゃんとあのデカブツをぶっ壊す算段は考えてある。まずはサフィーたちと合流しなきゃな」

 

「ノエル、ありがとう、さようなら。ネーベを、おぼえていて」

 

「あ、そうか、ここでお別れになるんだな。ちゃんとお前のことは忘れないよ。きっと、お前との出会いも何かこれからに繋がってくれることを祈って──」

 

 

***

 

 

 突然、マリンたちの視界を青い光が包み込んだ。

 マリンたちが目を眩ませていると、変な声が辺りに響いた。

 

 

「うわあぁぁぁぁ!!」

 

 

 ぼすっ、とコテージの入り口辺りから、積もった雪に何か重いものが降ってきたような音がした。

 サフィアはハッとして、外へと駆け出していった。

 

 

「いったた……。下が雪とはいえ、高さはもう少し考えて欲しかったものだぶぁっ!」

 

「ノエル様!!」

 

 

 起き上がったノエルに、サフィアが飛びついた。

 サフィアは泣きながら、ノエルをひしと抱きしめている。

 

 

「ノエル様ぁぁ……。あたし、あたし、死んじゃったと思ったぁ……!」

 

「あ、あぁ……。そうか、攻撃された瞬間に転移させられたから……。心配かけてすまなかったね……」

 

「生きてやがりましたわね、このアホノエル。一瞬の不注意が命取りだと、あなたが……あなたが言って……ぐすっ……」

 

「はいはい……あとでいくらでも愚痴は聞いてやるから、泣くんじゃないよ。それで……あれからどれくらい経過したんだ?」

 

「1時間ちょいっス。どこに行ってたかは、あとで聞かせてもらうとして……」

 

 

 エストは泣きじゃくるマリンとサフィアを一瞥(いちべつ)し、クリスの方へ振り向いて指を差す。

 

 

「なるほど、クリスを救出できたんだな。感謝するよ」

 

「これからどうするか、この子たちが泣き止んでからじっくり話すっスよ。アチキたちが思っている以上に切迫した状況かもしれないっスから」

 

「あぁ、情報共有も含めて話し合おう。これからの作戦、サフィーの()()を使うことになるだろうし、それについても話さないとな」

 

「えぇ、じゃあとりあえず……。おかえりっス、ノエル。いい紅茶、入ってるっスよ」

 

「あぁ、ただいま……。って、どうしてこんなところに紅茶なんて持ってきてるんだ!?」

 

 

 それからノエルたちは、お互いの身に起きたことと、クリスとネーベの情報を共有した。

 ネーベの真実を知ったマリンたちは驚きつつも、これまで起きたこと全てに説明がつくことに気づき、また一歩、魔法の真理へと近づいたのであった。



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79頁目.ノエルと確証と援護体制と……

 ノエルたちが情報共有を始めてから30分が経過した。

 外が吹雪き始めていたため、ノエルたち5人は暖炉の前で話をしていた。

 

 

「何……? クリスを助けようとしたにも関わらず、巨大な呪いが動かなかっただって? アタシの時とえらい違いじゃないか」

 

「ええ……。もしかすると、何か動かなくなる条件があるのかもしれませんわね」

 

「それは……多分、ネーベの力だと思う。俺が呪いの近くにいて無事だったのは、ネーベが魔法で守ってくれてたからなんだ」

 

「なるほどねぇ……。もしもあの呪いに本当に意思があったとして、アレの狙いはお前の魔力だった。だからアタシがお前を助けようとした瞬間にアタシを攻撃した。そして、ネーベは呪いから守る力を持っていた……か」

 

「でも今は周りの魔力を吸っているんですよね? 早急に対処しないと、あたしたちも魔法が使えなくなって対処できなくなるんじゃ……」

 

「最悪の場合、そういうことになるだろうね。それに、アタシたちの使う魔法すら効かない可能性だってある」

 

 

 サフィアは手に持った魔導書をじっと見つめ、握り締めている。

 それを横目で見つつ、ノエルは作戦を話し始めた。

 

 

「クリスを失った呪いの塊が災司(ファリス)に利用されるのは時間の問題だ。そしてこっちは……今日分のマリンの指輪の光魔法を、イエティとの戦いの時に使いきってしまっているんだったな」

 

「それに関してはサフィーの指輪と交換しておきますから、考慮しなくても問題ないでしょう。ですが、一番の問題はあの呪いの塊がとてつもなく巨大だということですわ。浄化の光魔法をもってしても、塊の中心まで浄化しきれなければ再生されてしまう可能性が高いですもの」

 

「じゃあ簡単な話、呪いの塊を壊しちまえばいいんスよね? ノエルとマリンなら楽勝じゃないんスか?」

 

「簡単な話なわけあるか。魔力を吸うという特性がある以上、アタシたちの魔法が効かない可能性が濃厚だと言ったはずだろう。それに、あんな巨大なものを壊すとなると準備に時間がかかるしな……」

 

 

 エストはそのまま黙って、うんうんと悩み込み始めた。

 その瞬間、大人しくしていたサフィアが口を開いた。

 

 

「あ、あたし、やります……! ()()なら、魔力を吸われずに呪いの塊を壊せると思うの!」

 

「おや、まさか自分で気づくとはね。もちろんそのつもりだったさ。ただ、最後の切り札として取っておきたかった気持ちはあるが……」

 

「おい、魔力が吸われないってどういうことだ? お前たちは一体何をしようと……?」

 

「そうでしたわ、クリスさんはご存知ないんでしたわね。実は……」

 

 

 マリンはクリスに耳打ちをした。

 するとクリスは驚き、少し考えてこう言った。

 

 

「うん、そういうことならいけるかもしれない。あの呪いの塊をずっと触ってきたからこそ、俺には分かる。あいつはあんな大きさだけど、硬くて脆いから衝撃に弱いはずなんだ」

 

「それはいいことを聞いた。より作戦が成功する確証を得られたよ」

 

「つまり、結論が出たと考えてよろしくって?」

 

「あぁ。サフィーが呪いの塊をぶっ壊す。そしてそれをマリンが浄化する。アタシはそれに釣られて来るであろう災司(ファリス)を待ち構える。エストとクリスはここで待機だ」

 

「了解っス! ちゃんと3人が帰るのを待っておくっスから」

 

「なあ……。ネーベはどうなるんだ?」

 

 

 クリスはノエルにそう尋ねた。

 ノエルは横になっているクリスのそばに行って、こう言った。

 

 

「呪いを浄化できればネーベは助かるだろう。だけど、お前とネーベはもう会えないってことになる。お前は呪いの……ファーリの力のおかげでネーベを見ることができていたんだからな」

 

「やっぱり……そうだよな……。いつかはそういう日が来るって分かってたんだけどな……」

 

「クリスさん……」

 

 

 マリンはクリスに哀れみの目を向けている。

 すると、エストはクリスに言った。

 

 

「大丈夫っスよ。ネーベちゃんはきっと君のことを見守っていてくれるっス。見えなくても助けてくれるはずっス。この辺は雪だらけだから、水の魔力でいっぱいで区別できないかもっスけど……」

 

「おや、良いこと言うじゃないか、エスト。確かに、ネーベは見えないとはいえども紛れもなく意思を持った生命体だった。だからお前が悲しむ姿を見るのは嫌だと思う」

 

「うん……うん……そうだな……。俺はちゃんとネーベのために前を向くって決めたんだ。だから……頼む。ネーベを助けてくれ!」

 

「任せろ!」

 

 

 ノエルは笑顔でクリスにそう返した。

 そしてそのついでのようにエストに言った。

 

 

「そうだ。ネーベに特殊属性について尋ねられなくて残念だったな?」

 

「ちょっ、そんなこと言われると、ノエルたちを止める立場になろうか迷うじゃないっスか! 今回ばかりは仕方ないんスから、余計なことは言わなくて大丈夫っス!」

 

「悪い悪い、ちゃんと気にしてたんならそれで良しだ。この一件が終わったら、ネーベみたいな魔力の精霊と話すための研究でもしてみたらどうだい? アタシも手を貸せるかもしれないぞ?」

 

「それは名案っスねぇ。まあ、その研究すらヴァスカルの図書館に所蔵されてくれてたら万事解決なんスけど」

 

「うわぁ、研究すら楽をしようとするとは……。ノエル様とかお姉ちゃんとは大違い……」

 

「じゃあ、気を取り直して……。作戦開始だ!」

 

 

 ノエルたち3人は支度を始め、巨大な呪いの塊がある場所へと戻るのであった。

 

 

***

 

 

 それから20分後。

 サフィアは蠢く巨大な呪いの塊の前で1人震えていた。

 マリンとノエルはそれを後ろから見守っている。

 

 

「頑張ってくれ……。サフィー……」

 

「うぅ……わたくしたちはここに居てと言われましたが……。やはり心配ですわ……」

 

「だが、あの子がやると言った以上、アタシたちは見守ることしかできないだろう? お前がしっかりしてなくてどうするよ」

 

「それはそうですけれど……」

 

「それに危険な時はアタシが対処できるんだ。幸い、ここは降雪地帯だから水の魔力が豊富にある。もし失敗したとしてもやり直しが利くはずさ」

 

「全く、充実した援護体制ですこと……。そこまで言われたら、無理にでも安心せざるを得ませんわね」

 

 

 マリンは唇を噛み締め、遠くからサフィアに向かって言った。

 

 

「サフィー! わたくしたちがついてますから、遠慮なくボッコボコのバッキバキにしてしまいなさい! 女の子としてのメンツなんてここでは遠慮無用ですわよー!」

 

「べ、別にそういう理由で遠慮してるわけじゃないから! 詠唱忘れそうになるから、お姉ちゃんは黙ってて!」

 

「はいはーい! 大人しくしておきますわー!」

 

 

 サフィアは目を瞑って手を握り締める。

 そして目を開き、目の前にそびえ立つ巨大な黒い塊をじっと見つめた。

 

 

「できる……。あたしならできるわ……。あれだけ練習したんだもの……」

 

 

 呪いの塊から噴出される嫌な気持ち悪さをぐっと呑み、サフィアは後ろを振り向いた。

 憧れの師匠と、それなりに尊敬している姉が見守ってくれている。

 それだけで安心できることに、サフィアは気がついた。

 サフィアは呪いの塊の方へと向き直り、静かに深呼吸をして、音もなく脈動するそれを目に収めながら叫んだ。

 

 

「……いくわ!」

 

 

 サフィアは自分の魔導書の1ページを破って地面に置いた。

 サフィアはそれに手を触れながら呪文を唱え始める。

 すると、魔導書を中心にして青く光る陣が描かれ、その陣に描かれた四隅の円から鉄の柱が出現した。

 サフィアは目を閉じて、ノエルから教わった詠唱を思い出す。

 

 

「『ここに出たるは氷獄の扉。開け。我が召喚に応じよ。』」

 

 

 4つの鉄の柱から魔力が放出され、サフィアの後ろに巨大な鉄扉が現れた。

 その鉄扉はサフィアの水の魔力を吸い上げ、次第に青く光を放っている。

 しかし、その光は微妙な加減で明滅しており、中途半端な色で止まっていた。

 

 

「の、呪いに魔力が吸われて……っ! ノエル様! 魔力が足りないです!」

 

「なんだって!? そうか、呪いの魔力を吸う能力を考慮に入れていなかった……!」

 

「どうしますの、ノエル!」

 

「中止すべきだろうが……。くそっ、門を閉じるのにも魔力を使っちまうから、下手に止められない!」

 

「わたくしたちの魔力では代用できませんの!?」

 

「注げる魔力の属性が違うんだよ! 必要なのは水の魔力だ! アタシたちにはどうにも……!」

 

 

 サフィアは開く門を必死に止めようとしていたが、次第に力が抜けていくのを感じ、その手を止めてしまった。

 

 

「限界……ですっ……!」

 

「サフィー! 気だけはしっかり持ってくれ! 魔導書から手を離しちゃダメだ!」

 

「は、いっ……! でも、力が抜け……て……!」

 

「仕方ない! マリン、人力で扉を閉じるぞ!」

 

「ええ、急がないと──!」

 

 

 その時だった。

 空から無数の青い光の球が飛来し、サフィアの周りを漂い始めた。

 

 

「な、なに……これ……? 力が……戻って……きた!」

 

「この光……ネーベか!」

 

「ネーベさんは確か水の魔力そのもの……。だからサフィーに魔力を注ぎ込めるんですわね!」

 

「よし、魔力が尽きる前にやっちまえ! サフィー!!」

 

「はいっ!」

 

 

 すると、門の青い光が次第に強くなり、門が完全に開ききった。

 

 

「『出でて呪いを防ぎ、壊せ!』」

 

 

 扉が開いたその瞬間、大きな白い腕が内側から扉を掴んだ。

 そして、サフィアは最後の呪文を唱えたのだった。

 

 

「『召喚術・雪の巨人(サモンズ・イエティ)!!』」

 

 

 それと同時に中からぶおぉぉという声と同時に、5体のイエティが扉の中から出現した。

 サフィアは魔導書から手を離し、大はしゃぎして喜んだ。

 

 

「やっ、やったぁ……! 上手くいった!」

 

「やりましたわー!!」

 

「よくやった、サフィー! あとは好きに暴れさせな!」

 

「そっ、そうでした!」

 

 

 サフィアはイエティたちの方へと向き直り、胸を張って指揮の一声を上げた。

 

 

「さあ、あんたたち! あたしとネーベの魔力をたくさんあげたんだから、てきぱき働きなさい!」

 

 

 それに応えるかのようにイエティたちは咆哮を上げ、ドスドスと巨大な呪いの塊へと立ち向かっていくのだった。



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80頁目.ノエルと契約の儀と最後の一押しと……

 2時間前。

 ノエルたちがコテージでイエティと遭遇して間もなくのこと。

 ノエルたち4人はサフィアが作った氷の壁の中で、確かにイエティたちを討伐しようと魔導書を構えていた。

 しかし「討伐させてもらうぞ!」などと一番意気込んでいたはずのノエルは、立ち止まって思考を巡らせていた。

 そして、数秒もせずに魔導書を畳んだのだった。

 

 

「ノエル……? 一体何をしていますの?」

 

「いや……な。こいつらを討伐するの、ちょっともったいないなと思ったもんでね」

 

「はぁ……何を悠長なことを……。まさか魔物に感情移入してしまったなどとは言いませんわよね?」

 

「誰があんな魔物に感情移入なんて……って、これまでのどこにそんな要素があったよ。ただ、有効利用させてもらおうかと思っただけさ」

 

 

 そう言って、ノエルはサフィアの方を見た。

 

 

「え……? どうしてあたしの方を見るんです……?」

 

「いい案を思いついたんだよ。あと、マリンにも協力してもらうぞ」

 

「えーと……アチキは?」

 

「今のところ出番はなさそうだから、作戦だけでも聞いておいてくれ。その後の判断は任せるよ」

 

「出番ナシっスか……。まあ、戦いは不慣れなんでちょうどいいかもっスけど」

 

 

 ノエルはマリンたちに作戦の内容を伝えた。

 マリンは眉間を押さえつつ、悩み顔で言った。

 

 

「無茶というか……何というか……。まあ、その方が下手に戦うより魔力の消費が少ないとは思いますが、サフィーの負担が少し心配ですわ……」

 

「あたしは……ちょっと怖いけど、やってみたいです! もし危なくなったら風魔法で逃げますし、何よりも久しぶりのノエル様からの魔法の授業ですから!」

 

「もちろん、経験者のアタシが見張ってる以上、危険なことは起きないと約束するよ」

 

「それに、このあたしが頼られたんだもん。ノエル様みたいな魔女になるって決めた時から、あたしはあたしにできることをしたいの!」

 

「サフィー……」

 

 

 マリンは真剣なサフィアの目を見て、穏やかに溜息をついて目を閉じた。

 そしてこう言った。

 

 

「分かりましたわ。ちゃんと危ないと思ったら、何があっても逃げるんですわよ?」

 

「……うん、分かった! ノエル様、あたしやります!!」

 

「よし、それじゃ準備を……って、そうだった。エスト、お前はどうする?」

 

「あぁ、アチキは3人に任せるっス。観光案内人としては、倒さない方針でいてくれれば環境保全に繋がって大助かりっスし、作戦内でアチキが魔物に襲われなければ何でもいいっスよ」

 

「分かった。じゃあ早速術式を準備するから、マリンはイエティたちの位置を把握しておいてくれ!」

 

「了解しましたわ!」

 

 

 ノエルは急いで魔導書に魔法陣を描き始める。

 それをエストはニヤニヤと笑顔を浮かべながら眺めていた。

 

 

「あれ? エストさん、嬉しそうですね?」

 

「いやあ、ノエルがこんな先生みたいなことやってるのを見るのは久しぶりっスから……。あの頃を思い出して、つい笑っちゃったっス」

 

「エスト、お前はお前で出発の準備でもしてろ。作戦が終わったらすぐ出発するからな!」

 

「照れなくても良いのに……。まあ、アチキの出番はないみたいっスから、大人しく様子を見学させてもらうっスよ」

 

 

 そう言って、エストはいそいそと身支度を始める。

 そして間もなく、ノエルたちは作戦を開始したのだった。

 

 

***

 

 

 サフィアはコテージの周りに張り巡らされた氷の壁の正面に立ち、ノエルとマリンはそれを見守るようにコテージの屋根の上に立っていた。

 イエティたちは上を見上げながら咆哮しつつ、氷の壁を破ろうとしている。

 

 

「定位置に着きました!」

 

「こちらも準備完了していますわ!」

 

「よし、じゃあ始めるぞ! マリン、頼んだ!」

 

「ええ! おばあさま……わたくしとサフィーに力をお貸しください……。『天の光(ピュリフィケーション)』!」

 

 

 急な発光にイエティたちは目を眩ませて苦しんでいる。

 そして原初光魔法『天の光(ピュリフィケーション)』が、イエティたちについていた大厄災の呪いを次々と浄化していく。

 その隙にサフィアは深呼吸をして、ゆっくりとイエティたちに近づいた。

 

 

「そうだ、その調子……。呪いに侵されていない今なら、敵意がないことを伝えられるはずだからな」

 

「目潰しは敵意ある攻撃ではないんですの?」

 

「呪いの苦しみから解放してやったんだ。それを攻撃と取るかはあいつら次第だろう?」

 

「そんな一か八かみたいな言い方はやめなさい。冗談じゃないように聞こえるじゃありませんの。第一、サフィーに被害が及ぶことはないと言ったのはあなたですわよ?」

 

「大丈夫だってちゃんと分かってるじゃないか。()()()()をする上で大事なことは、契約する者が魔物を恐れていないことだ。その心構えと、餌となる魔力の属性さえ満たしていれば、どんな凶暴な魔物も手懐けられる」

 

 

 そう言って、ノエルはサフィアの方をじっと見つめる。

 サフィアは氷の壁を解き、呻くイエティたちの元へと歩み寄っている。

 

 

「あの子は純粋で、努力を怠らない素晴らしい魔女だ。そして、必死に修行した魔女には純度の高い魔力が集まりやすい。そんな魔女の魔力(ごちそう)を食わせてもらえるなんて、魔物が拒むと思うか?」

 

「そんな理由で手懐けられるというのもどうかとは思いますが……。まあ、それが召喚魔法の契約の儀というものですから、多少は仕方のないことなのかもしれませんけれど」

 

「さあ、ここからだ。頑張ってくれよ、サフィー」

 

 

 サフィアは術式が描かれた魔導書の切れ端を地面に貼り、その上に立った。

 そして両手を前に出して目を瞑り、呪文を唱え始める。

 

 

「『我、水の魔力を導く者なり。』」

 

 

 すると、サフィアの手元に青い光が集まってきた。

 

 

「『汝、此の魔力を望むならば、我が願いに応えよ。』」

 

 

 そう唱えた瞬間、先ほどまで唸っていたイエティたちは途端に静まって、次第にサフィアの方へと手を伸ばしている。

 

 

「『我と契約を結び、(えにし)を繋げ!』」

 

 

 その時、サフィアの正面にいたイエティを中心に、5体全てのイエティたちがサフィアの手に触れたのだった。

 そして、その瞬間にサフィアの手元にあった魔力がイエティたちへと吸収されていった。

 イエティたちは嬉しそうに咆哮を上げている。

 

 

「えっ……? これって……もしかして……」

 

「サ、サフィー! 成功だ!!」

 

「やりましたわね〜!!」

 

「え、本当ですか!? やった、やりましたー!!」

 

 

 喜ぶサフィアを見ながら、ノエルは言葉を漏らした。

 

 

「ま……まさか一発で成功するなんて……。それも、5体全部だって……?」

 

「あら、ノエルが焦るなんて珍しい。そんなに難しいことなんですの?」

 

「アタシみたいに何十回も契約の儀を経験しているなら、一発成功自体は難しくない。だが、5体同時に契約だなんて見たことないし、それを一発成功させるなんて……。ホントになんて子だ……」

 

「サフィーの水の魔力がそれほど気に入られたということですわね……。ともかく、これであのイエティたちが襲ってくることはないんですわよね?」

 

「あ、あぁ……。このまま放っておけば勝手に巣に帰るだろう。お前の光魔法の効果でしばらくは呪いに侵されることもないだろうし、この国にいる間に召喚する分には問題ないだろうさ」

 

「了解しましたわ。サフィー! とりあえずコテージに戻りますわよー! イエティたちとは、お別れしなさいなー!」

 

 

 こうしてサフィアはイエティと契約し、無事に難を逃れたノエルたちであった。

 

 

***

 

 

 そして、現在に戻る。

 イエティたちは呪いの塊に向かって突撃している。

 呪いの塊はイエティたちの進行を防ごうと黒い触手を出して、イエティたちに襲いかかった。

 しかし、イエティたちはその攻撃を腕で弾き飛ばし、一斉に呪いの塊を力一杯殴り始めたのだった。

 すると、呪いの塊が段々と音を立てて崩れ始めた。

 それを遠くから見ていたマリンはノエルに尋ねる。

 

 

「確認ですけれど……。これ、イエティたちは呪いの影響は受けないんですわよね?」

 

「まあそりゃ、お前が使った光魔法の効果を超えるほどの呪いだったら別問題だろうな。とはいえ、そんなことがあっても呪いの影響は受けないがね」

 

「どういうことですの?」

 

「契約の儀をした上で召喚している魔物は、他の魔法からの悪影響をほとんど受けないんだ。火球だとか鎖だとかの直接攻撃なら別だが、呪いのような精神攻撃は平気なのさ。それに、今回はネーベの魔力で呪いへの耐性も増してるんじゃないか?」

 

「なるほど、それなら安心ですわね。見なさいな。あんなに大きかった呪いの塊が、見事にボロボロと崩れていっていますわ!」

 

「さあ、お前もお前でそろそろ始めな。サフィーの指輪でその魔法を使うのは初めてだろう?」

 

「ええ、サフィーの召喚術の魔力が尽きるまでには決着をつけないとですわね!」

 

 

 そう言って、マリンはサフィアと交換した指輪を上に掲げて唱えた。

 

 

「おばあさま……もう半分の力もお借りしますわ……! 『天の光(ピュリフィケーション)』!」

 

 

 すると、指輪から強い光が発せられ、それが光線となって空から呪いへと降り注いだ。

 呪いの塊から生えていた触手は力を失い、段々と小さくなっていくのが分かる。

 

 

「あと少しだ! 頑張れ、2人とも!」

 

「あんたたち! もっとボコボコに砕きなさい! 最後の一押しなんだから!」

 

「くっ……! いくら細かく砕いても、全体量が多すぎて指輪の出力が少し足りないかもしれませんわ!」

 

「はぁ!? どんだけ密度の濃い呪いなんだよ、こいつ! ちっ、何か……あと少し……。あと……少し……?」

 

 

 ノエルはハッとして、後ろに立っているマリンの方へ振り向いて言った。

 

 

「マリン! サフィーのところに行くんだ!」

 

「サフィーのところ……? ああっ! そういうことですわね!」

 

 

 マリンは指輪を掲げたまま、サフィアのところへと駆け寄る。

 そして、サフィアの手に触れた。

 

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「たった2時間ほどですが、それでも多少の魔力は回復しているはずですわ!」

 

「あっ、そうか! 交換したお姉ちゃんの指輪!」

 

「ええ、出力が足りないとしても、一瞬でも2倍の出力になればひとたまりもないでしょう!」

 

 

 サフィアは自分の左手を上に掲げて、マリンはそれに触れながら唱えた。

 

 

「今日3度目の発動ですわ……! おばあさま、わたくしたちをお守りください……」

 

「指輪に溜まってる魔力を一切合切、光の魔法に……!」

 

「「『天の光(ピュリフィケーション)』!!」」

 

 

 サフィアとマリンの2人がそう唱えた瞬間、2つの指輪からより強い光が発せられた。

 そして、それは光の柱となって残りの呪いの塊を跡形もなく、一瞬で消し去ったのであった。

 こうして、ノエルたちは巨大な呪いの塊の浄化に成功し、ヘルフスを守ることに成功したのであった。



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81頁目.ノエルと仕事と変わる運命と……

 ノエルたち3人は先ほどまで巨大な呪いの塊だった残骸を、ただ呆然と見つめていた。

 

 

「……どうやら、決着が着いたみたいだねぇ」

 

「まさか、本当に一瞬で終わるとは思いませんでしたわ……」

 

「あ、そうだ。ノエル様、眩しくありませんでした?」

 

「2倍の原初魔法なんて凄まじい威力だろうし、眩しいに決まってるさ。幸い、お前たちの詠唱に合わせて目を瞑っていたからひとまずは無事だけどね。とりあえず……喜んだらどうだい?」

 

「あ、そうでした! やったぁ! 呪いの塊を浄化しきった!!」

 

「良く頑張りましたわ、サフィー。まあ、わたくしもそれなりに頑張ったとは思いますが、今日一番頑張ったのはサフィーですものね。お疲れ様ですわ!」

 

 

 マリンはサフィアをぎゅっと抱きしめた。

 サフィアは嬉しそうに笑って、抱きしめ返す。

 すると、イエティたちがぞろぞろと集まって、サフィアたちの正面にあった門へと戻っていった。

 

 

「あ、帰っちゃった。お礼言いたかったのに」

 

「礼なんて言わなくても、食わせた魔力が十分な礼だろうさ。でもサフィーの気持ちの問題だってんなら、門を閉める時にでも言ってみればどうだい?」

 

「忘れてました。開いた門は自分で閉じなきゃいけないんでしたね」

 

「鍵は持ってるかい?」

 

「もちろんです! この通り、ちゃんと持ってますよー!」

 

 

 そう言って、サフィアは閉じた門の中心にある鍵穴に鍵を差し込んで、門に手を当てながら言った。

 

 

「ありがとう、また何かあったら力を貸してね。じゃあ、またね!」

 

 

 サフィアが手を捻ると、かちゃん、という音と同時に門が消えていく。

 そして門があった場所には、ただの魔導書の切れ端だけが残っていたのだった。

 

 

「……じゃあ、あとは災司(ファリス)が現れるのを待つだけで……って、わわっ!」

 

 

 魔導書の切れ端を取ろうとした瞬間、サフィアは膝から崩れ落ちて倒れてしまった。

 ノエルとマリンは驚いて、急いでサフィアに駆け寄る。

 

 

「だ、大丈夫ですの!? まさか、怪我をしたとか!?」

 

「大……丈夫だけど……。力が……入らない……」

 

「なるほど、魔力切れか。ビックリした……。恐らく、ネーベの力の反動が強かったんだろう。しばらくそこで休んでな。あとはアタシがどうにかするから」

 

「あ、りがとうございます……」

 

 

 ノエルはサフィアをマリンに任せ、振り返って辺りを見回す。

 

 

「これだけ巨大な呪いを祓ったんだ。ネーベが言っていた、呪いを強めたっていう災司(ファリス)が何もしてこないとは思えない」

 

「よく分からない連中ですから、呪いを失ったと同時に興味を失った可能性もありますけれど……って、あら?」

 

「ん? どうかしたか……? お、エスト?」

 

「えっ、エストさん? どうしてこんなところに?」

 

 

 ノエルたちは、エストたちがいるコテージの方からエストが走ってくるのが見えた。

 しかし、見る限りエストは一人きりで、近くにクリスの姿はない。

 

 

「ノエル〜! 大丈夫だったっスか!?」

 

「あ、あぁ……この通り無事だが……。お前こそどうした? どうしてこんなところにいる?」

 

「どうしてって、めちゃくちゃ強い光が見えて何かと思って来たんじゃないっスか。おぉ〜、こりゃ見事にぶっ壊れてるっスねぇ……」

 

「姉様? クリスさんはどうしたんですの?」

 

「あぁ、クリスはちゃんと寝かせてあるっス。魔法で防護をかけてるっスから危険はないはずっスよ! って、サフィーちゃんは大丈夫っスか?」

 

「……あ、あぁ。しばらく休んでいれば問題ないだろう。だが……マリンにおぶってもらってでもコテージに戻らせるべきか? クリスのことも心配だしな……」

 

 

 すると、エストはこんな提案をした。

 

 

「そうっスねぇ……。じゃあサフィーちゃんとマリンだけでも送っていくっス! ノエルは仕事があるんスよね?」

 

「……あぁ。一応、道は覚えているから問題ないよ。マリンはそれで大丈夫かい?」

 

「ええ……そうですわね。指輪で寒さを感じないとはいえ、サフィーをこんな寒いところに放っておくのは心苦しいですもの。そうしましょう」

 

「分かった。サフィーのことは任せたよ。アタシはアタシの仕事をするから」

 

「了解っス! それじゃ、行くっスよ〜」

 

 

 そう言ったエストが進行方向へと振り向いた、その瞬間だった。

 ノエルの手元から呪縛鎖(カースド・チェイン)が飛び出し、一瞬でエストに巻きついた。

 

 

「な……何をするっスか……?」

 

「その話し方を今すぐやめな。お前は一体誰だ?」

 

「誰って……エストっスよ?」

 

「全く……。そんな粗末な模倣で、よくそんなことを言えますわね?」

 

 

 マリンもサフィアを守るように立って、指元に発動した火の弾をエストの眉間に向けている。

 

 

「はぁ……。まさか、私の魔法がこうもあっさり見破られるとはな!」

 

 

 ノエルの呪縛鎖(カースド・チェイン)を内側から破るように、エストの身体が弾け飛んだ。

 すると、その中から黒いローブに包まれた女が姿を現したのだった。

 

 

「なるほど、土魔法で別人の姿の殻を被って姿を変えていたのか。口調や記憶まで模倣できるなんて、よくできた魔法じゃないか。まあ、所詮は模倣に過ぎないみたいだが!」

 

 

 ノエルは再び呪縛鎖(カースド・チェイン)を発射するが、それを土魔法の壁で防がれる。

 

 

「チッ、流石に2度目は無理か……。まさか、災司(ファリス)にちゃんとした魔女がいたとはね。まあ、ありえない話ではなかったが」

 

「あぁ、私だってまさかこの『模倣する土塊(ミミック・クラッド)』を見破る魔女がいるなんて思わなかったぞ。どうして分かった?」

 

「お前はクリスを置いて、わざわざこんなところまで来たと言った。そんなことをエストがするはずないんだよ。あいつは確かに傍若無人な奴だが、病人を一人きりにしておくなんて、そんな酷い真似をできるような人間じゃない」

 

「それに、姉様は防護の土魔法なんて使えませんわよ。特殊属性を扱う魔導士は、初級の基本魔法すらまともに扱えませんもの。わたくしの魔導書にはそんな魔法書いていませんでしたしね」

 

「あぁ、そういうこと……。ま、そこまでバレてちゃ仕方ない。呪いの消失を確認するついでにお前らを仕留めようかと思ってたけど、今回は逃げるとするかね!」

 

 

 黒ローブの魔女は崖に向かって走っていく。

 ノエルは手を伸ばして追いかけ、叫んだ。

 

 

「おい、待て! エストたちをどうした! 模倣の魔法が模倣した本人にバレることを、お前が警戒していないわけないだろう!」

 

「あぁ、あいつらはそろそろ死ぬ頃だろうさ! 雪崩に巻き込まれてな!」

 

「いえ、そんなはずはありませんわ! 姉様の占いによると、今日は雪崩なんて起きないはず! 嘘を言うのはやめなさい!」

 

「さて、あいつらは運命に抗えるかな!」

 

「あっ、待てっ!!」

 

 

 魔女は崖から飛び降り、ノエルたちが見下ろした頃には吹雪の中に消えていたのであった。

 

 

「くそっ、あいつだけは絶対に逃したくなかったのに……!」

 

「まさか崖から飛び降りるなんて……。土魔法で無事ではあるんでしょうけれど、厄介なことになりましたわね……」

 

「ノエル様……。とりあえず、あたしの魔力はある程度回復したので……早く、エストさんたちのところに……」

 

「無理はするな。エストの占いは絶対なんだろう? なら、あいつの言っていることは嘘に決まって──」

 

 

 その時だった。

 ゴゴゴゴ、と地面が揺れ始める。

 そして、呪いの塊が削っていた山肌が崩れ始め、山全体を覆っていた雪が一斉に動き始めた。

 

 

「おいおい……こいつはまずいぞ!! マリン! サフィーを抱えろ!」

 

「で、ですが、逃げ場所なんてありませんわよ!?」

 

「う……ううん、違う! よく見て! あの雪……こっちじゃなくて、エストさんたちのいるコテージの方に向かってる!」

 

「なんだって!?」

 

「姉様……! クリスさん……!」

 

 

***

 

 

 その少し前。

 エストは横になって休んでいるクリスに、自分が使っている運命魔法について説明していた。

 

 

「へぇ……。運命を知る魔法と、運命を変える魔法か……」

 

「まあ、運命を変えちゃったらその反動が後々アチキに返ってきちゃうんスけどね。だからアチキ自身、あんまり運命を変えるような真似はしたくないんス。疲れるし」

 

「最後のが一番の理由みたいにも聞こえるけど……」

 

「ところで身体の調子はどうっスか? そろそろ魔力は回復してる頃と思うっスけど」

 

「そうだな……。魔力は問題ないけど、横になっても呪いの痛みが全然取れない。無理をすれば一応動けそうだけど……」

 

「ああぁ、動かなくていいっスよ! 無理は禁物っス!」

 

 

 立とうとするクリスを止めようとしたその瞬間、地響きが鳴った。

 

 

「な、何事っスか!?」

 

「この音……地震か!? ってことは……マズい、雪崩が来るぞ!」

 

「そ、そんなはずはないっス! 占いでは雪崩が起きる予報なんてなかったっス!」

 

「だけど、ここって呪いの塊があった場所の反対側だろ! 斜面の角度を考えたら、雪崩が来る可能性が高い!」

 

「そんな……まさか……! アチキの占いが外れるなんてそんな……。って、ああっ!!」

 

「どうしたんだ!」

 

 

 エストは思い出したかのように答える。

 

 

「今日の占い、少し先から全く運命が見えなくなってたんス。もしかしたら、それが今のこの状況のことだったのかも……!」

 

「あの呪いの塊が壊せるか壊せないか、それすらも占えてなかったってわけか。もしかしたら、呪いの塊を壊したことで運命が変わったとか……」

 

「なるほど……。ファーリの呪いは定まった運命すら覆す力を持っているってことっスか……。いいっスよ、受けて立つっス!」

 

「お、おい! 何をするつもりだ!?」

 

「ここに雪崩が来るって運命を()()()っス! アチキがどうなろうともクリス君だけは守らないと、ネーベちゃんに申し訳が立たないっスから!」

 

「おい、やめろ! そんなことをしたらお前は……!」

 

 

 エストは振り向いて、笑ってこう言った。

 

 

「運命を変えるなんて、アチキにしかできないことっスから……!」

 

「っ……!」

 

「自分にしかできないことを、命をかけてやり遂げることができるなんて本望っスよ! まあ、ノエルたちに別れを告げられなかったのは残念っスけど……。せめてクリス君とだけでもお別れしとかないとっスね!」

 

「やめろ……! そんなこと言うなよ……!」

 

「さよならっス、クリス君! もし生きてまた会えたら、奇跡だと思ってくれっス!」

 

 

 すると、雪崩がコテージの方に近づいてきている音が鳴り響いた。

 エストは、クリスの前に立って魔導書を開き、仁王立ちで詠唱を始めた。

 

 

「運命を変えて、クリス君を守ってみせるっス!」

 

「やめてくれ……! やめてくれよ!!」

 

「『運命の再履行(グラン・エル・リフォーチュン)』!」

 

 

 エストは(にこ)やかに、それでいて少し迷いのある表情でそう唱えたのであった。



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82頁目.クリスと極意と変える運命と……

 今から4年前。

 12歳になって魔法使いになる決心をした俺……クリスは、魔法の修行をするためにこの雪山にやってきた。

 水や雪があるところには水の魔力が無限にあるから、短期間で力をつけるにはもってこいの場所だった。

 俺は少しでも早く、強い魔法使いにならなきゃいけなかったんだ……。

 

 

***

 

 

「ネーベは、わからない。クリスは、まほうを、つよめたい、なぜ?」

 

 

 俺がネーベを見えるようになって間もない頃、ネーベはこんなことを聞いてきた。

 

 

「そりゃもちろん将来的に魔法使いになるんだから、目指すべきは強力な魔法が使える優秀な魔法使いだろ? だったらここでずっと水魔法の修行してれば、早い成長が見込めるんじゃないかってね」

 

「ちがう。クリスは、いそいでる、なぜ?」

 

「あ、あぁ……。なるほど、急がなくてもいいんじゃないかって言いたいのか。まあ、ちゃんとした理由はあるんだけど……笑わないなら教えてやってもいいぞ」

 

「……わらわない」

 

「……俺は勉強も仕事も上手くできなくて、本当に何の役にも立たない人間なんだ。だけど、魔法だけはちょっとだけ上手く使えて、『これなら!』って思ったから魔法使いになろうって思ったんだ」

 

 

 ネーベはふよふよと浮かんだまま、俺の話を静かに頷いて聞いていた。

 

 

「だけど、この国……ヘルフスには魔導士がいないんだってさ。俺だって、俺の父さんが魔導士の血筋を引いてたってだけで、その話を聞くまでは魔法の存在を知らなかったくらいだからな。だから、俺は父さんにヴァスカルにある魔導士学園(ウィザード・アカデミー)に行きたいって言ったんだ」

 

「でも、クリスは、ここにいる、なぜ?」

 

「簡単な話さ。俺は、父さんを説得できるほど魔法を上手く使えていなかったんだよ。ちょっとでも上手く使えるなんて、人と比べたこともないのに俺は自惚れてたんだ……」

 

 

 俺はそう言って自分で情けなくなって、黒い石に触れていない方の手で頭を掻いた。

 

 

「だから急いで修行して魔法を上手く使えるようになって、父さんを説得して魔導士学園(ウィザード・アカデミー)にって思ってたんだけど……。まあ、この通り1年経っても、あんまり上達してないって言われちまってるわけさ」

 

「ネーベは、クリスを、ずっと、みてきた。クリスは、まほうを、わかっていない」

 

「えっ? 魔法を分かってないって……どういうことだ? 分かるも何も、魔法ってのは呪文を唱えて扱う不思議な力だろ?」

 

「それが、わかっていない。ネーベが、クリスに、まほうを、おしえる」

 

「そういえばお前って水魔法を使えるんだったな……。よく分からないけど、教えてくれるのはありがたいよ。独学でできるのにも限度があるって思ってたし……」

 

 

 こうして、俺はネーベから魔法の何たるかを教わりながら、厳しい修行を続けた。

 そして、数ヶ月もしないうちに、父さんに魔導士学園(ウィザード・アカデミー)へ行くことを認めてもらえたのだった。

 

 

***

 

 

「なのに、クリスは、ここにいる、なぜ?」

 

 

 ネーベのところに通い詰めて早2年が経った頃、ネーベはこう尋ねてきた。

 

 

魔導士学園(ウィザード・アカデミー)なんて行かなくても、お前から魔法を教わる方がお金もかからないし効率的かなって思ったんだよ。ネーベって特級魔法? とかいうのも使えるんだろ? だったらそこらの魔導士より強いんじゃないのか?」

 

「ネーベは、ただの、まりょく。まじょのほうが、まほうは、つよい」

 

「魔女か……。確か、魔法使いよりも強いっていう女の魔導士だっけ。あと大厄災とかいうのを起こしたのも魔女なんだろ? そんな奴らから魔法を教わるよりも、お前から教わる方がずっとマシだよ」

 

「その()()も、まじょの、いちぶ。それがないと、クリスは、ネーベを、みる、できない」

 

「うえっ!? そうなのか!? たまにピリピリした痛みがあると思ってたけど、まさかこの石が魔女の一部だったなんて……って、魔女の一部ってどういうことだ?」

 

「それは、だいやくさいを、おこした、まじょの、のろいの、いちぶ。だいやくさいの、のろいは、まじょの、まりょく。まりょくは、からだの、いちぶ」

 

 

 俺は前よりも少し大きくなった石から軽く手を離して、またその手を戻した。

 

 

「……そういえば、どうしてお前は俺に魔法を教えてくれたんだ? お前の言う……そう、大厄災の呪いの影響で知り合ったってだけで、お前にとっては魔導士なんてお前たち魔力をこき使うだけの存在だろ?」

 

「まどうしは、まりょくを、こきつかう、ちがう。まりょくが、まどうしに、ちからを、かしてる。いいひとには、いいまりょくが、わるいひとには、わるいまりょくが、ちからを、かしてる」

 

「信頼できるから力を貸してくれた……ってことか。まあ、自分が悪人だとは思ってないけど、善人ってのも違うような気がするかもな……。あ、もちろん、魔法を教えてくれたのは凄く助かったけどさ」

 

「クリスは、なんのために、まほうを、つかう?」

 

「え? そうだな……。昔は俺にできることが魔法しかなかったから使ってたけど、今は魔法を使うのが楽しいと思えるんだよな。ネーベのおかげで父さんにも認められたわけだし、次の目的と聞かれると……」

 

 

 少し考えて、俺はネーベにこう答えた。

 

 

「よし、決めた。魔法を教えてくれたお前にがっかりされないような、いい魔法使いになるよ。誰かが困っていたら助けるし、誰も困らせたりしない。特に誰かに守られるなんて、一番情けないことだからな! 守る側の魔法使いになってみせるよ!」

 

 

 ネーベの表情なんて見えないはずなのに、この時のネーベはなんだかとても嬉しそうな表情をしていたように思えた。

 

 

***

 

 

 そしてそれから数年後、俺は自分がずっと誰かに守られてきていたことを知り、今もなお、1人の魔女が俺を守ろうとしてくれていることに気がついた。

 運命をねじ曲げる魔法で自分を犠牲にしてまで俺を守ろうとしているその姿を、俺は自分の情けなさがどうでも良くなるくらい、()()()()()と思ってしまった。

 初めて見た、魔女が使うとんでもない魔法に目を奪われ、その一瞬でこう思わざるを得なかった。

 

()()()()()()()()

 

 と──。

 

 

***

 

 

「『運命の再履行(グラン・エル・リフォーチュン)』!」

 

 

 エストがそう唱えた瞬間、強力な光が辺りを覆った。

 そして、その光の中をエストはまっすぐ、雪崩が来ている方へと走って行く。

 クリスはその背中を見て、唇を噛んだ。

 

 

「くそっ……! くそっ……!! 何で、どうして俺は……動けない! あいつに負けてられねえってのに!!」

 

 

 クリスは軋む身体を起こしながら、床を強く叩いた。

 呪いに侵されたその身体は、クリスから力を奪っていく。

 

 

「まだ……魔力は残ってる……。だったら、魔法でどうにかしてあいつを、あいつの運命を変えるんだ……! 考えろ……考えろ……!」

 

 

 クリスは目を瞑って思考を巡らせる。

 すると、クリスはエストの言葉を思い出してハッとした。

 

 

「もしかして『運命を変える魔法』ってことは、その魔法で運命が変わらなければあいつに魔法の反動は返ってこないんじゃないのか!? それがもし、『元から雪崩に巻き込まれない』って運命だったら……!」

 

 

 クリスは自分のカバンに手を伸ばして魔導書を取り出す。

 そして、魔法を唱え始めた。

 

 

「とりあえず、あいつに追いつかないと話は始まらない! 『青の棺桶(リキッド・ベッド)』!」

 

 

 そう唱えた瞬間、大きな水の塊が生成され、クリスはその中に潜り込んだ。

 水塊は浮遊したまま動いていき、そのままエストが向かった方へと進んでいく。

 

 

「俺の青の棺桶(リキッド・ベッド)の効果は続いても5分が限度……。それまでにあの雪崩を止めるんだ!!」

 

 

 流れてくる雪崩は凄まじい速さでクリスたちの方へと向かっている。

 そしてそれが目に見える距離まで近づいたその時、クリスはエストの姿を見つけた。

 

 

「おい! まさかお前1人で雪崩の被害を弱めようとしてるんじゃないだろうな!? 無茶だぞ!」

 

「クリス君!? どうしてこんなところに来たんスか!? 君が来たらこの魔法の意味がなくなっちまうじゃないっスか!」

 

「そのために来たんだ! もう時間がないから、勝手にさせてもらうぞ!!」

 

 

 エストが前を見ると、雪崩は一瞬で距離を詰めてきていた。

 エストは急いでマリンの魔導書を広げて火魔法を使おうとするが、不慣れなせいで詠唱が間に合わない。

 その瞬間、クリスはエストを別の青の棺桶(リキッド・ベッド)で包んで宙に浮かせ、魔導書を構えた。

 

 

「……雪だって、元は水分だろ。じゃあ、水の扱いは水魔法の使い手に任せろっての!」

 

 

 そう言って、クリスは詠唱を始めた。

 

 

「この詠唱……まさか特級魔法っスか!? その身体でそれは無茶っスよ!」

 

「ネーベに魔法の極意を教えてもらったんだ! 魔法ってのは魔導士1人の力じゃない。魔力と一緒に使う力だって! だから頼む、力を貸してくれ……水の魔力たち!!」

 

 

 クリスが両手を上に掲げると、その先に青い光が集まってきた。

 エストはそれを見上げながら、雪崩が下を通り過ぎて行っているのを見た。

 

 

「こ、このままじゃコテージどころか麓の村にまで被害が及んじゃうっスよ! もう時間がないっス!」

 

「この魔法を使ったらもしかすると、その青の棺桶(リキッド・ベッド)消えちゃうかもしれないから、受け身を取れるように準備しとけよ!」

 

「ええっ!? 水中でどうやって受け身を取れと!?」

 

「それくらい自分でどうにかしてくれ! いくぞ! 『驟雨の蒼矢(グラン・エル・レインズ)』!!」

 

 

 その瞬間、クリスの手元が強く光る。

 すると、足下を通り過ぎて行った雪崩やその周りの雪、また空に浮かぶ雲までもが一斉に、クリスの手元に集まってきた。

 それは巨大な雪玉となり、そして次第に形を変えて巨大な水の塊へと変換されてゆく。

 

 

「多分、本来は周りの水分を集めて、攻撃へと変換する魔法っスよね……。でも、こいつは……」

 

 

 雲が晴れ、ヘルフスの天空には太陽が登っていた。

 その光はクリスの掲げている水の塊に反射して煌めいている。

 

 

「見事な魔法の使い方じゃないっスか……!」

 

 

 クリスが手を広げると、集まった水が横に広がっていき、少しずつぽたぽたと落ち始めた。

 水の塊は10分以上の時間を経て、雨となって地上へと還されたのであった。

 そして、クリスは青の棺桶(リキッド・ベッド)の中から満面の笑みでエストにこう言った。

 

 

「どうだ! 運命なんて、運命魔法がなくても変えられるんだぜ!」

 

 

 エストは静かに笑って、自嘲気味に微笑んで答えた。

 

 

「少年だと思って、見くびっていたっスよ……。今回ばかりはアチキの負けっス! とっても助かったっスよ、クリス君!」

 

 

 こうして、エストとクリスは手を取り合い、エストはクリスを背負って元いたコテージへと戻ったのであった。



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83頁目.ノエルと賞与と陰気な性格と……

 それからしばらくして。

 クリスをコテージで寝かせていたエストは、遠くから雪道を走ってくる足音を聞いた。

 エストはノエルたちと合流し、お互いの無事を喜び合った。

 そして、ノエルたちは雪道を下ってヘルフスの王都へと帰るのであった。

 

 

***

 

 

 下山中、クリスはエストの背中ですやすやと寝息を立てており、ノエルたちは起こさないようにひそひそと状況の共有をしていた。

 

 

「なるほどねぇ……。こいつが特級魔法を使って雪崩を……」

 

「未だに信じられませんわ……。姉様の運命魔法の裏を掻いてあの雪崩を止めるだなんて……」

 

「アチキが一番びっくりしてるっスよ。まあ……だからこそ、アチキが全てを見た証人として、クリス君の功績を国王に報告しなきゃっスね」

 

「あぁ、ここまでのことをやったんだ。呪いの治療が終わり次第、王城から何かしらの褒美をもらえるだろうさ。財宝か、地位か、はたまた良い仕事の斡旋(あっせん)か……。こいつの欲しいものをあとで聞いておくとしようかねぇ」

 

「怪我の治療は医者に任せるとして、呪いの治療は……。はぁ……わたくしたちの指輪の光魔法でどうにかするしかありませんわね。数年分の呪いがどれくらいで祓えるか……」

 

 

 3人がそんなことを話している中、過剰な魔力切れで動けなくなったサフィアは、マリンに背負われたまま項垂(うなだ)れて呟いていた。

 

 

「特級水魔法なんて、まだあたしもまともに使えたことないのに……。こんなあたしより年下の、しかも魔法使いに追い抜かれるなんて……」

 

「いやいや、サフィアちゃんだってイエティたちを従えて呪いの塊を壊したんスよね? そんなことできるのは恐らくサフィアちゃんだけっスから、誇るべきっスよ。特級魔法だけが魔導士の真髄じゃないっス」

 

「そうそう。それにこいつは、ネーベのおかげで特級魔法を使えるようになっただけだろ? 魔力そのものから魔法を教えてもらってたんだ。この世で一番、特級魔法へ近道をした魔導士だろうさ」

 

「その魔力……精霊から魔法を教われる機会はもうないでしょうけれど、別に特級魔法をすぐに使えるようになる必要はないですわよね? 実際、サフィーの魔力量なら上級魔法や中級魔法だけでも十分な出力がありますし」

 

「せっかく使えるんなら、難しい魔法の方がいいんだけどなぁ……。まあ、まだまだ修行が足りないってことだし、これから頑張ろうって思えたわ」

 

 

 サフィアの目はまっすぐ前を見据えていた。

 ノエルたちは静かに穏やかな笑みを浮かべるのであった。

 すると、エストはクリスを背負い直して、ノエルたちに尋ねた。

 

 

「そうだ、次の目的地はヴァスカルっスよね? だったら、特級魔法の魔導書とか資料とかあるんじゃないっスか?」

 

「確かにヴァスカルが管理している図書館には『禁書庫』ってのがあるらしいが、実際に住んでいたアタシも所蔵の中身はよく知らないんだよな……。他に聞いた話だと、ルカがアカデミーにも書庫があるって言ってたっけ」

 

()()()()()()()()()()危険な魔法が書かれた書物がいっぱいでしたわよ。もちろん、特級魔法の魔導書もありますわ」

 

「へえ……。やっぱりお姉ちゃんってすご……って、うん……?」

 

 

 その瞬間、ノエルとサフィアはハッとしてマリンの方へ振り向いた。

 マリンはぽかんとしている。

 

 

「お、お前……どうしてそんな具体的なことを知っている!?」

 

「え? だってわたくし、ヴァスカルの図書館で働いていましたし……。って、そういえば言ったことありませんでしたわね?」

 

「う、うん! 1回もそんなこと聞いたことないよ!」

 

「あまり知られてはいけないので、言わないようにする癖がつい……。貴女方には別に遠慮する必要はないはずなのですけれど、話題に上がらないのですっかり忘れていましたわ」

 

「そういや初対面の時、蘇生魔法について知ってそうな感じのこと言ってたな……? それに、その言い方だと禁書庫にも入ったことあるんだな」

 

「ええ、中身も多少は読んだことありますわ。セプタから出たばかりのことでしたから、全く内容は理解できませんでしたが……。まあ、だからこそ口止めをされていたわけですけれど」

 

 

 それを聞いたエストは、笑いながらノエルに言った。

 

 

「こんなこと言ってるっスけど、アチキには図書館で働いてたこと、教えてくれてたんスよ? プリングに来たばっかりの時に、『あの……昔、こんなことしてたんですけど、私の修行に付き合ってくれませんか?』って言って」

 

「ギャーッ!? 昔の口調で再現するのはやめてくださいまし〜!!」

 

「あはは! 昔のお姉ちゃん、確かにそんな喋り方してた!」

 

「今とは大違いな陰気な性格だったんだな……。くふっ……ふっ……」

 

「ああっ!? 今、陰気とか言った上に笑いましたわね!? あとで覚えておきなさいよ!?」

 

 

 マリンは顔を隠して首を振っている。

 大笑いして、ふと冷静になったノエルはマリンに尋ねた。

 

 

「そういえば……お前の意外とマメな性格を鑑みて、ひとつ聞いてもいいか? 図書館の中にある所蔵はどこまで覚えている?」

 

「え? ま、まあ、7割くらいは場所と題名を覚えていますが……。あと、禁書庫は書庫の仕組み上、場所は知りませんが題名なら多少覚えていますわ」

 

「それは助かるな。蘇生魔法の資料は存在しないだろうからさておき、原初の大厄災についての資料はどれくらいあるんだい? エストの役に立つ本がどれくらいあるか、少しは知っておいた方がいいと思ってね」

 

「おおっ、それを知ってるなら話が早いっスね!」

 

「そうですわね……。まあ、少なくとも歴史書のところと、魔導士の家系図のところにありますけれど、他の国の図書館にある所蔵とあまり変わりはありませんわよ?」

 

()()()ってことは、多少は違う資料が置いてあるんだろう? そういうところからでも情報ってのは得られるものだ。遠慮なく教えてくれ」

 

 

 マリンは歩きながら思考を巡らせる。

 そして街の明かりが見える距離になって、マリンはハッとして言った。

 

 

「あっ、ありましたわ、他の図書館と決定的に違う資料!」

 

「おっ、決定的にってことは……。ヴァスカルにしかない資料か!」

 

「ええ……。それは、あの図書館に保存されている唯一の()()……。『ファーリの遺産』ですわ」

 

「はあ!? 原初の魔女・ファーリの遺産、しかも神器だって!? お前、どうしてそんな重要な資料の存在を忘れていた?」

 

「禁書庫の奥の奥に、厳重に保管されている大事な資料なのです。ただそれ故に、わたくしも存在を聞かされていただけだったので、目にしたこともありませんの」

 

「原初の魔女の遺産の神器……。それって、どんなものなの?」

 

 

 サフィアはマリンを背中越しに覗き込んでそう聞いたが、マリンは首を振って答えた。

 

 

「かつてのファーリの家にあったものとは聞いていますが、それが魔導書なのか杖なのか、それともただのローブなのか……。わたくしたちは噂程度に想像するしかありませんでしたから……」

 

「神器って呼ばれるくらいだから、何か魔法が込められた凄いモノなんだろうけど……」

 

「というか、そんな貴重な資料をどうやって見れるんだ? いくらお前が昔図書館で働いていたとはいえ、見せてくれるわけもないだろう?」

 

「ええ、それはもちろん。ただ、クロネさんならあるいは……と思いまして」

 

「クロネさんか……。確かに王城を出入りできるくらいの地位だし、アカデミーの学長ともなると、禁書庫の管理権限を持っていてもおかしくはない、か」

 

「はぇ〜……。ノエルの周りには凄い人ばっかりっスねぇ……。まあ、もちろんアチキも含んでるっスけど」

 

 

 そんなエストの冗談を無視して、ノエルは考えに耽っている。

 しかし、そうしているうちにエストの家の前まで来てしまった。

 玄関の鍵を開けたエストはクリスを起こし、背中から降ろした。

 

 

「さあ、無事に王都に着いたっスよ」

 

「あ……あぁ……。帰ってきたのか……」

 

「あー、ノエルたちは中で待ってて欲しいっス。アチキはクリス君を家に帰してくるっスから」

 

「了解した。適当にくつろいで待っておくよ」

 

 

 ノエルは手をひらひらさせてエストの家の方へと振り向いた。

 その瞬間、クリスが掠れ掠れな声でノエルを引き止める。

 

 

「今日は……その……ありがとう。ネーベを助けてくれて……」

 

「うん? あぁ、礼を言われる筋合いはないよ。アタシたちはただ呪いを壊すために来ただけだからね。自分を助けてもらった礼を言うのかと思ったが、そっちかい?」

 

「俺は別に助けてなんて言ってない。お前だって、ネーベに言われたから助けたんだろ?」

 

「ネーベに会う前にお前を助けに行って、死ぬ目にあったんだがねぇ? ま、軽口を叩いている余裕があるようで安心したよ」

 

「あぁ……。あの呪いがあそこまで成長したのは俺の魔力を吸われていたせいだ。それについてはすまなかったと思ってる……」

 

「ネーベのおかげで助かったんだ、結果オーライさ。それより、もっと礼を言うべき人がいるんじゃないかい?」

 

 

 ノエルが顎で指すと、クリスはゆっくりとエストの方へ振り向く。

 エストは少しだけニヤニヤとしている。

 

 

「こ……こんな俺のために運命を変えようとしてくれて……ありが……」

 

「んー? 声が小さくて聞こえないっスねぇ?」

 

「あ……ありがとう……!」

 

「まだまだ、感謝の念が足りないっスねえ〜?」

 

「あぁー、うぜえ! 感謝はしてるけど、礼を言う気が削がれるな!?」

 

「あっはは! まあ、アチキもクリス君に助けてもらったっスし、お互い様ってことで感謝を返しておくっスよ〜」

 

 

 そんな小競り合いをしながら、クリスに案内されるままエストはクリスの家へと向かうのであった。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、エストが帰ってきた。

 ノエルとマリンは椅子に座り、サフィアはソファに寝ている。

 

 

「お疲れ様。ほら、紅茶を淹れておいたぞ」

 

「ありがとっス。ちゃんと家まで送ってきたっスよ」

 

「姉様も疲れているでしょうに、本当に今日はお疲れ様でしたわ」

 

「あたしも今日はもうクタクタ……。早く夕食を食べに行きません?」

 

「そういえばもうそんな時間っスね。サフィアちゃん、動けそうっスか?」

 

「うーん、一応手は動くけど……。足にはまだ力が入らないですね……」

 

 

 それを聞いたエストは頷いて、自信満々に言った。

 

 

「じゃあ、アチキが腕によりをかけて料理を振る舞うっスよ〜!」

 

「「えっ……?」」

 

 

 ノエルとマリンは驚いて目を見開いている。

 

 

「おいおいー? どうして2人ともそんな顔してるんスかー?」

 

「いや、だって……。日常生活ダラダラ過ごしてるだけの……」

 

「そんな性格の姉様が……料理って……」

 

「「ねぇ……??」」

 

「わぁ、息ピッタリ……」

 

 

 サフィアの声が虚しく響く沈黙のあと、エストは顔を真っ赤にしてノエルたちに向かって叫んだ。

 

 

「ま……全く、人を何だと思ってるんスか! アチキも1人暮らししてる以上は料理くらいできるっスよ!!」

 

「アタシはてっきり、出来合いの食事を買って食って生活しているものだと……」

 

「わたくしも、姉様が台所に立つ姿なんて見たことありませんでしたから……」

 

「ノエルはさておき、マリンが見たことないのはマリン自身のせいっスからね? 数年前、アチキは大丈夫だって言っているのに、わたくしが作りますの一点張りで食事を作ってくれて……。まあ、感謝はしてるっスけど、今その一点張りの理由が分かったっスよ!」

 

「ど、どうどう……。あたしは楽しみですよ、エストさんの料理!」

 

 

 エストの怒りをサフィアが遠くからなだめる。

 すると、次はエストがぽかんとしてノエルの方を見て言った。

 

 

「……やっぱり、ノエルの弟子とは思えないくらいよくできた子っスね?」

 

「おい、そりゃどういう意味だ!」

 

「そのまんまの意味っスよ! マリンもっスからね! どっちが姉か分からなくなってきたっスから!」

 

「あら、それについてであれば、わたくしは何と言われようと構いませんが……。その煽り、ノエルには刺さってしまったようですわねぇ……」

 

「とにかく、謝罪を求めるっス! じゃないと、夕食抜きっスからね!」

 

「「ごめんなさい!!」」

 

 

 その状況を横目で見ていたサフィアは、エストが自分の尊敬する2人よりも上手(うわて)であることを知覚し、夕食の香りがするまで静かに目を閉じたのであった。



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84頁目.ノエルと覚悟と変えられない運命と……

「あ、そういえば」

 

 

 その日の夕食後。

 ようやく身体の力が戻り、食事を完食したサフィアは声を上げた。

 

 

「ん? どうかしたか?」

 

「ノエル様もお姉ちゃんも、呪いを祓うのに夢中になって、当の目的をすっかり忘れてない?」

 

「当の目的……? そういえば姉様の修行を手伝うつもりではありましたが、何か忘れているような……って、あっ」

 

「あぁ……。そういや、そういう目的でこいつの修行を手伝ってたんだっけ……。もうそろそろ頃合いだろうし、聞いておこうか」

 

「おっ、何の話っスか?」

 

「エスト、お前の友人としてお前に尋ねたいことがあるんだ」

 

 

 ノエルは息を呑んで、真剣な眼差しでエストを見つめて言った。

 

 

「お前、あの時の……蘇生魔法についての占いで何を見た……?」

 

「っ……!」

 

 

 エストは驚き、眉間にシワを寄せる。

 

 

「そ、それは言えないって言ったはずっスよね……?」

 

「あぁ、そしてあの時アタシはお前の占いに間違いはないからと言って、一度身を引いたよ。だが、今回の一件でお前のことをさらに知って、こう思ったのさ」

 

 

 ノエルはぴっ、とエストの眉間に逆さ手で指を差す。

 

 

「運命魔法がお前にとってまだ未知の魔法なのであれば、占いの結果にも間違いがあるんじゃないか、ってね。実際、クリスがそれを証明したわけだし」

 

「い、いや……。そんな……ことは……」

 

「そもそも、だ。お前はアタシたちに伝える以前に、自分で自分が見たものを信じられなかったんじゃないのかい? あの時のお前は、絶望とか悲嘆を感じさせる……そんな表情をしていたよ」

 

「あれは……。いや、あれはアチキ自身を信じられなかったなんて……そんなことじゃないっス……!」

 

「お前は今、アタシたちの未来に信じられない光景を見たことを否定しなかったな?」

 

「うぐっ、しまったっス……!」

 

 

 エストは不意に口を押さえる。

 マリンとサフィアは心配そうにエストを見つめており、ノエルは手を引っ込め、気を抜いて言った。

 

 

「だからこそ、友人として心配しているのさ。アタシたちの未来にあった、信じられない光景ってのをお前だけに抱え込ませたくないんだよ」

 

「はぁぁ……。まさかこんな展開になるなんて、占いでも出なかったっスよ……。こんな簡単な罠に引っかかっちまうなんて……」

 

「別に罠にかけたつもりはないさ。アタシはアタシの思っていることを言っただけだからね」

 

「で、では……姉様が何を見たのか、聞かせて頂けるんですの?」

 

「本当は言いたくないっスよ……。でも、こんなに心配されている以上は言うしかないじゃないっスか。ただ、その前に聞いておかなきゃならないことがあるっス」

 

 

 エストはノエルたちに尋ねる。

 

 

「アチキが何を見たのか聞きたいっていうのは、どんな未来をも受け入れる覚悟があるってことで間違いないっスか……?」

 

「あぁ、無論だ。それだけが確定した未来じゃないって、お前が教えてくれたことだしね」

 

「姉様が見た未来がどんなに絶望的なものだったとしても、それを変えるのがわたくしたち魔女の役目ですわ」

 

「うん! それにその運命だってエストさんがいるから知ることができるんだし、一緒に対策も考えましょうよ!」

 

 

 前向きに答えた3人だったが、エストはまだ不安そうな顔で聞いた。

 

 

「もし、もしもっス。その運命が変えられないものだとしても……っスか?」

 

「うーん……もし変えられないのだとしても、それはそういう運命なんだから受け入れるしかないんじゃないか? それにさっきも言ったが、占いで見た運命は変えられる可能性もあるだろう?」

 

「そういうことじゃないんス。この運命を聞いたら、ノエルたちのこれからが無駄になる可能性もあるって言ってるんス! そんなこと、アチキは嫌なんスよ……」

 

「これからが無駄になるくらいの過酷な未来……。あたしだったらちょっと躊躇っちゃうかも……」

 

「しかし姉様の言い方ですと……ここまでやってきたことは無駄にならない、ということですわよね? でしたら、蘇生魔法が失敗するというわけではなく、その過程で何か起こるのでしょうか……?」

 

「蘇生魔法が成功するんだったら、何が起ころうと別に気にしなくて良いとは思うけどな……。まさか、誰かが()()とかそんなことじゃあるまい……し…………」

 

 

 ノエルたち3人はしばらく考え、ハッとしてエストの方を見た。

 エストは泣きそうな顔で言葉を溢したのだった。

 

 

「……だから言いたくなかったんスよ」

 

「変えられない……運命なのか?」

 

「もちろんノエルたちが足を止めるか、アチキが手を貸さなかったら変えられるっスよ。まだ運命魔法で運命を変えなくても引き返せる分岐点っスから」

 

「一体誰が……死ぬんですの……?」

 

「そ、それは…………」

 

「アタシだろう? 無理して言わなくても大丈夫だ」

 

 

 エストは驚き、顔を歪めたままそれを否定をしなかった。

 マリンとサフィアは信じられないという表情をして固まっている。

 

 

「どうして……そう思ったんスか?」

 

「お前はこの運命を知ることでアタシたちの『これからが無駄になる』と言った。つまりそれは、アタシたちがこれから無意味な時間を過ごすことになる、とも置き換えられる」

 

「そうっス。無意味な時間を過ごして、蘇生魔法は無意味な魔法になるっスよ」

 

「ここでもしサフィーが死ぬのだと知れば、アタシはすぐに蘇生魔法の研究から身を引くさ。それがマリンでも、だ。だが、だからといって研究から身を引いたとしても、これからは有意義なものになるんじゃないのかい? まず、この時点で矛盾している」

 

「ノエルが死ぬとしても、それは同じなんじゃないっスか?」

 

「いや、もしアタシだけが死ぬのであれば、アタシは研究を続けるさ。あぁ、確かに研究を続けるのは無意味な時間と捉えることもできるかもしれないね? そう、お前は……まるでアタシが蘇生魔法作りを()()()ような言い方をしたんだよ」

 

 

 これもエストは否定しなかった。

 すると、マリンとサフィアがほぼ同時にノエルの手をそれぞれ力強く握って言った。

 

 

「あ……あなたが止まらないのなら、わたくしが止めますわ。姉様が力を貸さなくても、あなたなら蘇生魔法を完成させかねませんし!」

 

「あたしも……ノエル様が死ぬなんて、そんな未来は嫌です……! これからを無駄になんて絶対にさせません!」

 

「マリン……サフィー……」

 

「アチキも止めるっスよ。ほら、さっさと蘇生魔法の研究を諦めて──」

 

「はぁぁぁぁ…………」

 

 

 それは、ノエルの渾身の()()の音だった。

 マリンたちがノエルの顔を覗き込むと、そこには怒りでも悲しみでもない、ただ呆れた表情があったのだった。

 

 

「は──はぁ!? どうしてそんな呆れた顔をしているんですの!?」

 

「あたしたち、何か変なこと言いましたっけ!?」

 

「急に溜息なんて吐くからびっくりしたっスよ! どういうつもりっスか!」

 

「お前らなぁ……。さっきの『運命なんて変えてみせる!』みたいな意気込みはどこに消えたんだい! それに、アタシはこいつの占いに間違いがあってもおかしくないって、ずっと思ってるからな!?」

 

「「「はぁぁぁ〜!?」」」

 

 

 ノエルのあまりの奇想天外な反応に、マリンたちも呆れて声を荒げる。

 そして、お互いに顔を見合わせ、4人は大笑いするのであった。

 

 

「全く……諦めが悪い女ですこと!」

 

「お前に言われる筋合いはないが……。今回ばかりはそう認めざるを得ないかねぇ……」

 

「でも、だからこそ、この運命は変えなきゃいけないと思うんです! 諦めの悪さで言ったら、あたしの師匠が世界一なんだから!」

 

「はー、まさかこんなことになるなんて思わなかったっスねぇ。占いの結果を自分たちでねじ曲げようとするなんて、話に聞いていた大厄災の呪いの力じゃあるまいし……」

 

「アタシたちは、自分たちの手でこの運命を変えるんだ。あんな魔法を吸収したり、魔法の影響をねじ曲げるだけの意味の分からない物体と一緒にするんじゃないよ」

 

 

 そんなことを話しながら、ノエルたちはずっと談笑し続けていた。

 結局、エストは占いで見たノエルの死について見たものを全て語り、ノエルはそれを話半分に聞くのであった。

 

 

***

 

 

 そして、しばらくして夜も更けてきた頃、ノエルはエストにこう言った。

 

 

「いいか、エスト。アタシたちはこの未来から目を背けるわけじゃない。ちゃんと向き合うためにこの旅を続けなきゃいけないんだ。だから……お前も協力してくれないかい?」

 

「死ぬかもしれないってのに、本当に前向きでいられて羨ましいっスよ……」

 

「お前の見た運命を聞いた限りだと、アタシは蘇生魔法のために()()()()んだろう? そんなこと聞かされて、ただ前向きでいられるとでも思ったか?」

 

「まあそれはそうっスけど。じゃあなんでそんなに前向きなこと言ってるんスか? 無理してるんスか?」

 

「いいや、無理はしていない。死ぬのはもちろん怖いけど、だからって立ち止まる理由にはならないからね。それに、こいつらがいるし、お前もこれまでにも多くの人が支えてくれているんだ。それを無駄にするようなことを軽々しく口にはできないさ」

 

 

 ノエルはエストに向けて手を差し出す。

 

 

「もう一度尋ねるぞ。アタシの、アタシたちの運命を変えるためにお前の力を借りたい! 協力してくれないか?」

 

「……その運命がアチキの運命でもそうでなくても、もう関係ないっスね! 分かったっス、蘇生魔法作り、アチキの力をどうぞ使って欲しいっス!」

 

「ありがとう、エスト!」

 

「よろしくお願い致しますわ、姉様……!」

 

「これからもよろしくお願いします、エストさん!」

 

「こちらこそっス!!」

 

 

 こうして、ノエルたちはエストを蘇生魔法作りの仲間に引き入れることに成功したのだった。

 そして自分たちの運命を知ったノエルたちは、それを変えるべく旅を続けることにしたのであった。



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85頁目.ノエルと費用と回顧と……

 それから数週間が経過した。

 マリンはクリスの呪いの治療を完遂し、ノエルたちはクリスの一件を国王に報告しに行った。

 報酬を聞かれた時、クリスは『あの呪いの塊があった付近に、自分の魔法工房を作って欲しい』と国王に頼んだのだった。

 その申し出は快諾され、クリスは喜んで国王とノエルたちに礼を言い、ノエルたちはクリスと別れを告げたのであった。

 

 それから間もなく、ノエルたち3人とエストはヴァスカルへと向かうことにした。

 北東の国・ヘルフスと南西の国・ヴァスカルは、央の国・ノーリスを隔てた位置関係にあるため、話し合いの結果、鉄道で移動することとなった。

 

 

***

 

 

 ヘルフスの駅舎にて。

 

 

「切符はしっかり持ちまして?」

 

「あぁ、アタシはちゃんとカバンに入れてるよ。この通り」

 

「あたしももちろん……うん、持ってる!」

 

「アチキの分まで出してもらって、本当に申し訳ないっスねぇ……。いつか返すっス……」

 

「急な出費とはいえ、まさか鉄道の運賃分すら貯金できていないとはねぇ……。いいよ、世話になった分の家賃だと思ってくれ」

 

「ありがたい話っス……。アチキみたいな研究者は国からの補助金で生きてるっスから、研究費用で生活がカツカツなんスよ……」

 

 

 エストはわざとらしく、しわがれた声でそう言った。

 ノエルたちは苦笑いしながら改札を抜け、鉄道に乗ったのだった。

 そして個室に入り、席に座ったノエルたちは話を始めた。

 

 

「で、どういう順番で訪問しようかねぇ」

 

「クロネさんのところに行くのが先決でしょうか。わたくしたちの目的は禁書庫に入ることですし、『ファーリの遺産』についても聞かなくてはなりませんからね」

 

「時魔法が使えるクロネさんなら特殊魔法についても詳しいだろうし、ネーベみたいな精霊についても聞けるかも!」

 

「うへぇ……。ノエルの母親がそんな重要人物ってのが、今でもまだ受け入れきれてないっスよ……」

 

「無理もないさ。アタシだってその事実を知ったのはこの歳になってからだし、まだ夢かと思っているくらいには信じきれていないからね……」

 

「怒涛の1年でしたものねぇ……。今年だけでルカさん、ロウィ・ロヴィアさん、エストさん、3人もの魔女を蘇生魔法の研究に引き入れたわけですし……」

 

 

 ノエルは指を折って、これまで引き入れた人数を数える。

 

 

「アタシ、サフィー、マリン、ルフール、ルカ、ロヴィア、エスト……それで、クロネさんが最後の1人とか言っていたから合計すると……8人も揃ったのか?」

 

「以前、あとは光魔法と運命魔法だけ足りないと話していましたし、あとは光魔法ということになりますかね?」

 

「マリンとサフィーが光属性の原初魔法を持っているのと、ある程度の光魔法の魔導書を揃えているっていうのがあって、資料は足りていると思うんだがねぇ……」

 

「それでしたら、わたくしに少しアテがありますので、今度資料をまとめて別で聞いてきますわ」

 

「おや、アタシも是非会いたいもんだがねぇ。それに、魔法作りをする際にいてくれる方が助かるし──」

 

 

 その瞬間、サフィアはハッとしてノエルの発言を遮った。

 

 

「だ、大丈夫ですよ! お姉ちゃんに任せて、ノエル様は他の方々と研究を進めてください!」

 

「そ、そうか……? 急に必死になって驚いたが……。まあ、いいか」

 

 

 ノエルの正面に座っていたエストは、隣に座っていたサフィアにひそひそ声で尋ねた。

 

 

「(これ、どういうことっスか?)」

 

「(お姉ちゃんが言ってるのはノエル様のお姉さんのソワレさんのことなんですけど、実はノエル様には色々と内緒にしてることがあるんです……)」

 

「(姉なのに隠すことなんてあるんスか?)」

 

「(もう魔女を引退して結婚して孫までいるので、過去の魔女としての姉の像を崩したくないらしくて……。一応偽名でノエル様とも面識はあるんですけど、まだその真実は明かしていないんですよ)」

 

「(なるほど……。そりゃ、確かに邪魔するわけにはいかないっスね……)」

 

 

 何か話しているなとは思いつつ、ノエルはこれまでの旅を回顧していた。

 そして、しみじみと呟いた。

 

 

「もう……アタシを除いても7人も優秀な魔女が揃ったんだねぇ……」

 

「7人は『も』と付けるほどの人数ですの?」

 

「あぁ、7人()、だ。旅を始めた当初の目標は20人くらいだったけど、旅をするうちに非現実的な人数だと思い知ったよ」

 

「そもそも魔導士の祖であるファーリ自体、生まれたのが180年ほど前のことですもの。ファーリが3つ子を産んだのが30歳くらいの頃だとして、単純計算で増えていったとしても、生きた魔導士は4000人程度しかいませんわ」

 

「若魔女とか、あたしたちみたいな2人姉妹がいることも考えると、もっと少ないのかも。あと、魔導士を引退している人たちもいるし」

 

「だとしても、魔女は1500人くらいいると思っていたんだが……。まあ、こうやって優秀な人材が揃ってくれただけでもありがたい話さ」

 

 

 そう言って、ノエルは3人を見回した。

 

 

「ま、だとしてもまだ蘇生魔法の研究は始まっていないんだ。完成するために今の人数で足りるのか、そもそも完成するかも分からない長い長い魔法制作になるだろうねぇ」

 

「時間がかかろうと、きっと完成するってのはアチキが保証するっスけど、人数までは占ってなかったっスねぇ」

 

「あー、占わなくていいぞ。それはただのズルだからね。それに、占い通りに行動するとか、お前の掌の上で転がされている感があるからちょっと癪だし」

 

「運命を変えるとか言ってる人間が運命を信じちゃ、元も子もないっスもんねぇ。そもそも、アチキも人の楽しみを取るような占いはしない主義っスから、心配はいらないっスよ」

 

 

 エストはそう呟いて外を眺める。

 ノエルたちも外に目をやると、雪景色が次第に遠くなり、広い平原が目の前に現れた。

 

 

「ここからが長いんだよなぁ……」

 

「でしたら、また昔話でもしましょうか」

 

「はい! あたし、魔女狩り中のノエル様の話を聞きたいです!」

 

「んー、あんまり中身のない話だけどねぇ? あの8年間はただ、現メモラ国王のところで働いていただけだし……」

 

「まさかあなたが()()()ということですの!? 全く想像もつきませんが……」

 

「おい、何を想像した。メイドなんてやってないからな? アタシは知恵を買われて、あいつのところで書類仕事をしていただけだ」

 

 

 そう言った瞬間、3人は納得したように頷いた。

 

 

「って、え? まさかそれで終わりですの?」

 

「隠れて魔法の修行とか、魔女狩りの追っ手からの熾烈な逃亡劇とか、そういったのを聞けると思ったんスけど?」

 

「そりゃ隠れて修行もしてたし、魔女狩りの時に人を殺したこともあって指名手配されてた時期もあったさ。だけど全部、現国王が匿ってくれてからは穏やかになったからね。魔法も個室で研究させてくれたし」

 

「そういう話でもいいんです! 今の時点でも聞きたいって思える話ばかりですから!」

 

「なるほどねぇ……。でも、この話はヴァスカルに着いてからにしようか。クロネさんにもまだ話せていない部分があるし、ちょうどいいだろう?」

 

「でしたら、何の話をしましょうか?」

 

 

 4人がうーん、と悩んでいると、エストはハッとしてこう言った。

 

 

「『原初の魔女・ファーリの物語』とかどうっスか? あれって一貫した流れはあれど、色々と人によって解釈とか表現が違うって聞いたことあるんス。それぞれの話を共有するのも面白いんじゃないスか?」

 

「あたしはノエル様に聞いたお話しか知らないので見学になりますけど、聞いたのもかなり前なのでうろ覚えなんですよね……」

 

「なるほど、ファーリの遺産についても話していたし、ちょうどいいんじゃないか? アタシはクロネさんから聞いた物語と、現国王から聞いた物語を話せるぞ」

 

「わたくしはおばあさまから聞いていますし、図書館で様々な国や地域の物語も読んでいますから、色々と話せますわよ」

 

「だったら決まりっス! 『ファーリの物語』について理解を深めていく時間にするっスよ〜!」

 

「「「おー!!」」」

 

 

 こうしてノエルたちは和気藹々(わきあいあい)と、自分たちの知っている『原初の魔女・ファーリの物語』について語り始めることになったのであった。




***
この次の話の前に、もう一度プロローグを読んでおくことをオススメします。
***


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第10章
86頁目.ノエルと違いと呼び出しと……


***
先週更新した000頁目.を読んでいない方は先にそちらを読んでいただけると助かります。
***


 それから数十分後。

 

 ノエルは自分の知っている『原初の魔女・ファーリの物語』を語り終えて顔を上げた。

 すると、マリンとエストが頭を傾げているのが目に入る。

 

 

「やっぱりお前たちが知っているものとは違ったか?」

 

「えぇ……。わたくしの知っているものですと、ファーリは最後に自害した……と」

 

「アチキは自分の呪いで死んだって聞いてたっス。他にも色々違いはあったっスけど、アチキ的にはノエルの話の方が好みっスねぇ」

 

「ま、アタシの方の物語の結末は事実だからね。彼女は確実に討伐されて死んだ。それはこの目で見たアタシが保証するよ」

 

「この目で見たって……ノエル様、原初の大厄災を見たことあるんですか?」

 

 

 ノエルは天井の灯りを見上げて思い出す素振りを見せる。

 

 

「あぁ、まだ小さい頃の話だがね。クロネさんがその時の討伐隊にいて、幼かったアタシはヴァスカルの家で父親と帰りを待っていたんだ」

 

「年齢を鑑みると、クロネさんやわたくしたちのおばあさまはファーリの玄孫(やしゃご)……つまりは孫の孫の世代ですものねぇ。それほど魔力がある世代の魔女であれば、討伐隊にいてもおかしくはありません」

 

「でも、今の時点だとただ遠くから大厄災を見ていたってだけっスよね? どうしてヴァスカルにいたはずのノエルがメモラに……?」

 

「確かに大厄災となったファーリはメモラを中心に暴れ始めたが、本当は各地を飛び回ったあとメモラで討伐されたのさ」

 

「……何と言いますか、嫌な予感がしてきましたわね? 今、その説明は不要だったはずなのに、わざわざ言ったということはまさか……」

 

「大厄災が近づいてきていると聞いたアタシは、興味半分でファーリの近くに行ってみたんだ。そしたら……迎撃用の風魔法に煽られて、彼女の頭の上に乗っちまったんだよね……」

 

 

 驚くサフィアとエストの隣で、マリンが額を抑える。

 

 

「あなた……本当にとんでもない人生を送っていますわね……」

 

「アタシだってあれはまだ夢だと思っているよ……。ちなみにそのあとファーリが1日くらいでメモラに戻ったから、そこでクロネさんに無事助けてもらったんだ。そして、目の前で彼女が討伐されるのを見ていたってわけさ」

 

「本当によく無事だったっスねぇ……。アチキも見たことあるっスけど、直立姿勢で浮遊していたからまだ良かったものの、少しでも前傾姿勢になったりしたら一巻の終わりだったんじゃないっスか?」

 

「っていうか、子供が乗れるくらい大きい頭って……。いくらなんでも大きすぎませんか? 元は人間ですよね?」

 

「呪いが彼女を化け物に変えた時点で彼女は魔物同然さ。あのイエティ3体分くらいの大きさの黒い化け物が空中を浮いていたよ」

 

「うわぁ……。しかもそれが呪いを振りまいていたなんて、やっぱり原初の大厄災は歴史に残るくらい恐ろしい出来事だったんですね……」

 

 

 これまでの呪い騒ぎを思い出し、4人は大厄災の脅威を改めて実感するのだった。

 すると、ノエルはこんなことを言った。

 

 

「そういえば、それがきっかけで旅に出ることにしたんだっけ」

 

「え? どういうことですか?」

 

「ヴァスカルで育ったアタシは、外の国にあまり行ったことがなかったんだ。だけど、ファーリの頭の上から見た世界は広かった。凄かった。それで、修行するなら外の国に行きたいって思ったのさ」

 

「なるほど、興味本位で大厄災を見に行っただけのことはありますわね。それで恐怖よりも好奇心が勝つあたり、あなたらしいですわ」

 

「そうっスねぇ……。ただ、それがきっかけでアチキたちが出会えたと考えると、ファーリにもある意味で感謝すべきかもしれないっスね」

 

「そう思うと感慨深いところもありますね……。って、そうだ。物語の違う点について話し合うんじゃなかったですっけ」

 

 

 あぁ、そういえば。と、3人は話を軌道修正したのだった。

 

 

「ノエルが知っていた物語は『ファーリと精霊さん』『ファーリと旅人』『ファーリと子供たち』『ファーリの最期』の全4章構成でしたわね。それはどの地域のものもほぼ同じですわ」

 

「ただ、さっきみたいな結末とか、ファーリが精霊が見えなくなったのが病気のせいだとかそうじゃないとか、そういうところに違いがあったっスね」

 

「エストの知っている物語だと、精霊が見えなくなった理由は何だったんだ?」

 

「若魔女としての力がなくなって、精霊を目視できるくらいの魔力がなくなったから……って聞いてるっス。こっちの方が魔導士の本質を突いているとは思うんスけど」

 

「まあ、病気になったのも若魔女としての魔力がなくなったからだし、それもあり得るだろうね。物語を伝えた人によって病気の有無の認知に多少の違いがあるのは当然か」

 

「大きな違いはあまりなさそうですわね。大厄災の脅威を伝える目的の本であれば、見た目や呪いの影響についてより深く言及している程度ですし。まあ、被害は死者があまり出なかったこともあって、自然に及ぼされたものばかりでしたが……」

 

 

 そう言って、マリンは外を見る。

 すると、次第に金属がぶつかる音が聞こえてきた。

 

 

「この金属音を聞くのも久しぶりだねぇ」

 

「じゃあ、そろそろ降りる準備をしましょうか。着いたらすぐ乗り換えの列車も到着するそうなので、早めに行動するに越したことはないですから!」

 

「おー、やっぱりサフィアちゃんはしっかり者っスねぇ。何度も言ってるっスけど、本当にノエルの弟子なのか疑いたくなるくらいにはできた子っス」

 

「あぁ、自慢の弟子さ。育てたのはアタシじゃないから、褒めるなら本人かこの子たちの親に言ってあげな」

 

「あたしはお母さまやお父さま、おばあさまにお姉ちゃん、それとノエル様の生き方を見て成長しましたから。ノエル様も胸を張っていいんですよ!」

 

「サフィー……」

 

 

 ノエルはそう言ってサフィアの頭を撫で回す。

 サフィアは嬉しそうに笑っていた。

 

 そして間もなく、列車はノーリスに着いた。

 4人はてきぱきと乗り換えをし、列車はヴァスカルへと向かうのだった。

 

 

***

 

 

 それから数時間後、ノエルたちはヴァスカルの駅に到着した。

 

 

「……魔導士の国っていう割には、普通っスねぇ」

 

「なんだ。来たことなかったのか?」

 

「いや、来たことはあるっスよ。ただ、毎度思ってることを口にしただけっス」

 

「まあ、魔導士がいるのはほとんどアカデミー付近だけで、住民のほとんどが魔導士をやめているからね。でも、ヴァスカル城に行けば納得できると思うぞ」

 

「ですわね。クロネさんもそこにいるでしょうし、さっさと行きましょうか」

 

「はーい!」

 

 

 サフィアの元気のいい掛け声と共に、ノエルたちはヴァスカル王都の城へと向かうのであった。

 

 

***

 

 

 クロネの部屋の前にて。

 

 

「おっ、空いてるな。入るぞー」

 

「お、お邪魔するっスー……」

 

 

 扉を開けると、そこにはクロネと──

 

 

「……ルフール? どうしてあんたがこんな所に?」

 

「おお、ノエルじゃないか! クロネの言う通りだったな!」

 

「ワシの未来視を少しでも疑ってた件、覚えておくからな?」

 

「すまんすまん! ワタシが悪かった!」

 

 

 エストはルフールに指を差して、サフィアに尋ねる。

 

 

「この女性、どこの誰っスか?」

 

「あたしも会うのは初めてですけど、名前からしてノエル様の師匠さんかと……」

 

「あんな方でしたのね。見るからに面白い方って感じがしますわ……」

 

「空間魔法の使い手らしいので、色々と聞けるんじゃないですか?」

 

「おっ、それは好都合っスね!」

 

「都合がいい……いや、良すぎる気が……。まあいい。ところで、アタシの質問に答えて欲しいんだが?」

 

 

 ルフールはノエルたちに向き直って答えた。

 

 

「あぁ、ワタシはクロネに呼ばれたんだよ。ちょうど、お前たちが来る()()のためにね」

 

「今日のためって……。アタシたちと何か関係でも?」

 

「先に言っておくが、蘇生魔法には関係ないぞ。それと、ルフールに連絡したのは確かにワシじゃが、そもそも呼び出したのはヴァスカル王じゃからな」

 

「ヴァスカル王? って、もしかしてアタシたちにも呼び出しがかかってるのか? 聞いてないが……」

 

「お前たちの到着に合わせてもらったんじゃよ。ワシの未来視のおかげでちゃんと()()()()来てくれたみたいじゃし、良かった良かった……」

 

「8人……って、やけに馴染み深い数字ですわね?」

 

 

 ノエルたち4人はそういえばと首を傾げる。

 そしてサフィアがあることに気づいた。

 

 

「これまでノエル様が引き入れた魔女の人数が6人……それにノエル様とクロネさんを加えると8人……?」

 

「あっ……それだ!」

 

「その通りじゃ。本当はそれに加えてもう1人呼んだんじゃが、あいにく代理の人間しか来なくての」

 

「ん? ってことは、ルカとかロヴィアとかも来てるのか?」

 

「あぁ、今は客室におるはずじゃ」

 

「なるほど……。それで、わたくしたちが呼ばれた理由とは……?」

 

 

 すると、クロネは1枚の書類をノエルたちに見せた。

 ノエルたちはそれを覗き込む。

 

 

「えーと……『大魔女集会のお知らせ』……? 大魔女って何だ……?」

 

「ヴァスカル王からワタシたち8人……と来ていないもう1人に与えられる称号らしい。何の意味があるのかはワタシもよく知らないが、それについては直々に王から説明があるんだとさ」

 

「目的が見えませんが、何か意図があるのは確かですわね……」

 

「って、あれ? あたしも大魔女って呼ばれていいの? 現在進行形で修行中の未熟な魔女だけど……」

 

「ちゃんと全員、大魔女の称号を与えられる理由があるから呼ばれとるんじゃ。このワシがただの未熟な魔女を呼ぶはずもなかろうて」

 

「アタシたちは勝手に来ただけだけどな? まあいい。アタシたちにも目的があってここに来たんだ。その称号の授与式はいつあるんだい?」

 

 

 クロネは書類の下を指差す。

 そこには、明日の日付が書かれていた。

 

 

「……いくらなんでも唐突過ぎやしないか?」

 

「これに参加しないと禁書庫に入れてあげんからの」

 

否応(いやおう)なしに参加させられるんですのね……」

 

「アチキは全然急ぎじゃないっスから、全く問題ないっスよ」

 

「あっはは! 弱みを掴まれてやんの! ノエルもやっぱりクロネには敵わないんだなぁ!」

 

「他人事だと思って……。あとで覚えとけよ?」

 

 

 そんなこんなでルフールが笑い転げる中、ノエルたちはクロネに案内されて部屋を出た。

 そして客室に荷物を置き、4人は城の中にいるというルカやロヴィアに会いに行くことにしたのであった。



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87頁目.ノエルと準備と再会と……

 ヴァスカル城・第二客室前。

 ノエルたち3人とエストは、クロネに案内された部屋のひとつ目にたどり着いた。

 ノエルが客室の扉を叩くと、聴き覚えのあるはきはきとした返事が返ってくる。

 返事のままに扉を開くと、そこにはルカが立っていた。

 

 

「ノエルさん! いらしてたんですね! お元気そうで何よりです」

 

「あぁ、ルカも元気で何よりだ。まさかお前が大魔女に選ばれるとはねぇ。どんな称号かもよく分かっちゃいないが」

 

()魔女ですか……。ヴァスカル王が作った称号ですし、何か意味のあるものだとは思うのですが、些かボクには荷が重い呼び名ですね……」

 

「またそんな卑屈になって……。大海蛇(シーサーペント)が起こした砂嵐を止められたのは、あなたの研究の成果と協力あってのことですわよ? ちゃんと功績があるじゃありませんの」

 

「いえ、その功績はボクひとりのものじゃありませんから……。それに他の大魔女の方……サフィアさんも含めて、皆さん凄い方ばかりですし……」

 

「んー、何があったかはアチキには分からないっスけど、ひとりきりで成し遂げられる功績なんてないんじゃないっスか? 誰かが一緒にいたから成し遂げられた功績なら、それは全員それぞれの功績っス。落ち込むことないと思うっスよ」

 

 

 その時初めてエストに気づいたルカは、ただ一言こう言った。

 

 

「誰……です?」

 

「まあ、そうなるだろうねぇ……。こいつはエスト。蘇生魔法の協力者の1人で、運命魔法の使い手。そして大魔女の称号を貰う予定の1人だ」

 

「よろしくっス」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「はい、自己紹介も終わったんだし、とりあえず卑屈になるのはもうおしまいね。お互いの近況を共有しましょう?」

 

「そ、そうですね! 立ち話もなんですし、こちらへどうぞ。お茶を用意しますね」

 

 

 ルカに案内され、ノエルたちはソファに腰掛けた。

 そして紅茶を飲みながらノエルたちとルカは情報を共有し始めたのだった。

 

 

「避暑の風魔法の研究はどうなんだい?」

 

「ええ、つい先日終わりました! あれからおよそ半年ほど、長い研究でしたが……ようやく! 魔導士1人で魔力を賄えるくらい、消費魔力を抑えた魔法を完成させることができました!」

 

「おおっ、おめでとう! これで物流の世界に新たな風が吹くんじゃないか?」

 

「いえ、まだ実用性には欠ける魔力消費量ですから、まだまだ研究を続けないと普及するにはほど遠いんです。ですので、また研究依頼書を発行してもらいました!」

 

「依頼書って国側が発行するものであって、個人が頼んで発行してもらうものじゃないような……。まあ、国が依頼してくれたんなら何よりだけど」

 

「まあまあ。それで、ラウディ周辺の魔女探索の方はどうでしたの?」

 

「あぁ、それは滞りなく。きちんと地図にまとめてありますので、持ってきますね」

 

 

 そう言って、ルカは寝室らしき部屋に駆けていき、紙の束が入ったカバンを持ってきた。

 それらは全て地図だった。

 ノエルたちはその地図を手に取って眺める。

 

 

「……地図にしては多すぎないか?」

 

「魔女探し用の地図はこちらの1枚にまとめています。それ以外の地図は、ラウディ周辺の魔力の種類と濃度の分布をまとめたものです」

 

「あぁ、どうも……。なるほど、あまり目ぼしい魔女はいなかったと…………って、今何て言った?」

 

「その1枚以外は、ラウディ周辺の魔力の種類と濃度の分布をまとめたものです。以前の大海蛇(シーサーペント)のようなことが起きていないか、魔女探しついでに調べていたんですよ」

 

「は……はぁ!? この地図……100枚近くあるぞ!? これ、全部1人でやったってのか!?」

 

「ええ、ボク1人でやりましたよ。こういう単純作業、好きですので」

 

「こ、こんなの……半年近くとはいえ、並大抵の作業量じゃないっスよ……? 魔女探しの方がついでじゃないっスか……」

 

 

 ルカの仕事量に圧倒され、ノエルたちは言葉を失ってしまうのであった。

 

 

***

 

 

 そしてしばらくして、ノエルたちが旅の話の続きを聞かせたあと、ルカはこんなことを言った。

 

 

「未来に起こりうるというノエルさんの死については懐疑的ですが、蘇生魔法の研究をする上で誰かの犠牲が必要なのであれば、その研究は止めるべきだと判断します」

 

「前にも言ったが、アタシには安全な蘇生魔法を作る気しかないよ」

 

「それなら良いのですが……。あ、そういえば研究はいつ始めるんです? もうある程度人数が集まっていると仰っていましたよね?」

 

「研究を始めるにはいくつか準備が必要なんだ。それが終わり次第始めようと思っているよ」

 

「準備……ですか?」

 

「1.クロネさんの説得。これはクロネさん次第だな。2.光魔法に秀でた魔女に見解を聞く。これはマリンに頼む。3.研究及び魔法発動の場所の確保。これは……全員で話し合うべきか。4.特殊魔法についての研究。これが一番時間かかりそうだな」

 

 

 ルカは一生懸命にメモを取っている。

 すると、サフィアが手を挙げて質問した。

 

 

「ファーリの遺産はどうします? 蘇生魔法と関連はないようには思いますけど」

 

「うーん……。一応、1人の魔女として調べておきたいから……5番目に入れておくか」

 

災司(ファリス)についてもどうにかしませんとね。蘇生魔法が完成したとして、連中に持っていかれたりしたらファーリの蘇生に使われる恐れがありますし」

 

「それについてはイース個人に対してしか使えない魔法を作ればいいだけ……のはずだが、念のために対策は必要か。ただ、どこにいるかも分からない連中をどうすればいいのやら……」

 

「とりあえずは要対策、と」

 

 

 ルカはそう言ってメモをすると、ぱたんとそれを閉じた。

 

 

「以上をまとめますと、6つの準備が必要ということですね。まだ数年はかかりそうな様子でしょうか」

 

「そうだねぇ……。少なくとも3年……長くて5年くらいか。まあ、準備だけで数年かかるのは分かっていたし、魔女の5年なんて短いもんだろう?」

 

「数年何もせずに待てということではないでしょうし、ボクとしてもそれくらい時間を頂ける方が蘇生魔法に役立つ知識が蓄えられることでしょう。ですので、ボクが必要な準備以外が終わり次第呼んでいただければ」

 

「おっと、ちゃんとどこにいるかクロネさんに連絡しといてくれよ? まあ、ラウディから出るかどうかってのもあるだろうけど」

 

「ええ、それはもちろんですとも。手紙ばかりでも困ると聞いたので、師匠と直接会って報告するようにしますね」

 

「あぁ、助かるよ。それじゃ、アタシたちは他の魔女のところに行ってくるから、また明日」

 

「行ってらっしゃいませ。また明日の『大魔女集会』とやらでお会いしましょう」

 

 

 そう言って、ノエルたちはルカの部屋を出た。

 

 

***

 

 

 第二客室の隣の部屋、第三客室前。

 ノエルが扉をノックすると、すぐにその扉が開いた。

 

 

「あ、ノエル! やっぱりあんたたちも来てたんだ」

 

「ロヴィア……だな。久しぶりだね」

 

「ご飯を食べる時以外は基本的には私が表に出ているから、目の色で判断しなくても大丈夫よ」

 

「なるほど、覚えておくよ。そういや、バンダナ外してるんだな」

 

「耳を隠す必要がなくなったもの。だけど、ほら。ちゃんと腕に結んでるわ」

 

 

 そう言って、ロヴィアは左腕に巻かれたバンダナを見せる。

 すると、ロヴィアとエストの目が合った。

 

 

「……そこの人は初めて見る顔ね?」

 

「蘇生魔法の研究に関わることになったエストっス。ノエルから話は聞いてるっスよ。人の顔をした獣人とは……めちゃくちゃ興味深いっス!」

 

「お、おぉ……見るからに面白い人ね……。私はロヴィア。よろしくね」

 

「よろしくっス! ロウィちゃんにも是非会いたいものっスね。面白そうな話が聞けそうな気がするっスし」

 

「だったら、一緒に食事でもどう? ロウィに会うならそれが一番手っ取り早いわ」

 

 

 そう言って、ロヴィアは荷物を持ってノエルたちと部屋から出た。

 そうして、ノエルたちは城の外にあるレストランに食事をしに行くのであった。

 

 

***

 

 

 食事が机に運ばれてきて間もなく、ロヴィアはグラスを手にする。

 

 

「じゃあ、私はこの一杯だけでお(いとま)するけど、くれぐれも! くれぐれも食べさせ過ぎないように!」

 

「はいはい。じゃあ乾杯するか」

 

「では、わたくしが音頭を取りましょう。それでは皆さま、グラスを手に。大魔女に選ばれたことを祝って〜」

 

「「「「かんぱーい!!」」」」

 

 

 グラスに入った果実酒を飲み干し、ロヴィアは目を瞑る。

 すると、額の宝石が光り始め、ロヴィアの髪が浮き始める。

 そして、目を開くとその色は透き通った黄緑色になっていた。

 

 

「……さあ、食べるわよ〜!」

 

「喋り方はほぼ変わってないけど、元気の良さが違うな。久しいね、ロウィ」

 

「ふぃふぁふぃぶい(ひさしぶり)!」

 

「だーっ! 食いながら喋るな!」

 

「ごくっ……。ゴメンゴメン! 美味しそうだったからつい……」

 

「食べ過ぎないように、今回はちゃんとアタシたちが見張っておくからな」

 

「ご迷惑をおかけします……。それで、アタイに会いたい人がいるって聞いたんだけど」

 

 

 そう言われ、エストは自己紹介をして、ロウィと色んな話をし始めた。

 ロヴィアの話、魂の器がある心の中の話、昔のノーリス王都の話など、何時間も話を広げたのであった。

 

 

***

 

 

 その後、エストと話して満足したロウィはロヴィアと交代し、話は大魔女集会についての話題に変わった。

 

 

「大魔女……ねぇ。かなり仰々しい名前だし、ファーリを差し置いてそう名乗るのも気が引けちゃうところがあるわ」

 

「ファーリと言えば……ロヴィア、お前は原初の大厄災についてどれくらい知っている? 大厄災が起きた頃はまだアルバ大陸にいたと思うが」

 

「当時のことを人伝に聞いたのが最初だったけど、ノーリスに来たあとにノーリス王立図書館で大厄災の文献は全て読んだわよ。アルバ大陸出身とはいえ、これでもファーリの血を引いた魔女だしね」

 

「そういや秘術って力も持ってるんスよね? 仕組み自体は魔法と似ていると聞いてるっスけど、ファーリの出生と何か関連があったりして……」

 

「そもそも秘術は魔力じゃなくて、魂から出る精神力を利用したものなの。だから精霊の力を借りる魔法と作用は似ていても、根本的には違うものよ。まあ、秘術が獣人だけに宿る力とも限らないから、関連がないとは言い切れないけど……」

 

「なるほど、精霊を見ることができる秘術を持っていたという可能性か。まあその場合、秘術が遺伝しないものという前提が覆ることにはなるし、ただの人間の子供にどうしてそんな精神力が宿っていたのかも分からないわけだが」

 

 

 あれこれと話を膨らまして魔女談議を始めたノエルたちだったが、しばらくして突然、話の路線を戻した。

 

 

「話に夢中になって確認をすっかり忘れていた。融合の秘術の訓練はうまくいっているかい?」

 

「うーん……。一応訓練はしてるけど、進捗はまずまずといったところかしら」

 

「アタシたちは3年から5年を目処に、蘇生魔法の研究の準備を終わらせるつもりだ。焦らせるつもりはないから、時間をかけて習得してくれて構わないよ」

 

「それはありがたい話だわ。工場の切り盛りと土魔法の修行とで、なかなか時間が取れなくって……」

 

「忙しいのであれば仕方ないさ。魔法もそうだが、新しい力を身体に馴染ませるのには時間がかかるからね」

 

「そうだ、あなたたちの方はどうなの? ちゃんと人数揃ったんでしょうね?」

 

 

 ノエルは胸を張って答えた。

 

 

「揃った! はずだ!」

 

「はず、って……。まあ、それだけ自信満々に言えるくらいには良い人材が集まったのね。それは何よりだわ」

 

「明日の大魔女集会とやらに来るであろう魔女全員が、蘇生魔法の研究に携わることになる。これが偶然なのか、狙ってのことかは知る由もないが……まあ、頼りになる魔女が揃っているよ」

 

「明日の集会が他の人たちとの初対面だし、自己紹介にはいい場かもしれないわね。あ、だから集会って名前だったりして」

 

「アタシもそこが引っかかってるんだよな……。称号を授与するだけなら『授与式』で構わないはずだ。なのに、なぜ『集会』などと、今回以外にも集まるかのような名前なんだ……?」

 

「それは確かにそうですわね……。ただの称号ではないということでしょうか。まあ、明日分かることですし、色々と勘繰るのはやめておきませんと」

 

「そうだな。じゃあ、そろそろ遅い時間だし、城に戻るか」

 

 

 そうして、食事代を払い終えた5人は城に戻り、ノエルたちは第三客室でロヴィアと別れた。

 その後、ノエルたちは第一客室に戻り、来たる大魔女集会に向けて手早く風呂に入り、十全な睡眠を取るべく、ベッドへと潜り込むのであった。



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88頁目.ノエルと称号と円卓と……

 その次の日の昼時。

 

 ノエルたちはヴァスカル城内にある謁見の間に呼び出された。

 ヴァスカル王は玉座に座っており、ノエルたちは指示された場所に跪く。

 準備が完了したことを伝えられたヴァスカル王は玉座から立ち上がり、ノエルたちの前へと歩いてきてこう言った。

 

 

「まず最初に、今日のために各地から召集に答えてくれたことに感謝する。そして、今日の余はあなた方と同じ立場の魔導士として振る舞いたい。であるからして、面を上げて楽にしてくれ」

 

「えっ……? お、お言葉ですが──」

 

「はい、かしこまりました。ヴァスカル王の仰せのままに」

 

 

 ノエルたちの困惑を遮るように、クロネはそう答えて立ち上がる。

 

 

「ワシがおる以上、今日は無礼だとかそういうことは気にしなくて良いぞ。あくまで大魔女の称号を授与する立場としての国王じゃからな。話し方も普段通りで構わんよ」

 

「そう言われると国王としての立場がないんだが……。まあ、クロネのいう通り、あなた方は大魔女の称号を与えられるべき賓客として扱わせていただきたい。だから今日は()()()というやつだ」

 

「クロネさんがそう言うなら……」

 

「どうやら楽にしないと話が進みそうにない空気ですわね。では、遠慮なく」

 

 

 ノエルたちは各々、座ったり立ったりして楽な姿勢になった。

 全員が跪いていないことを確認したヴァスカル王は話を始めた。

 

 

「オホン……。それでは、早速本題に入らせてもらおう。今日、あなた方を集めた理由である『大魔女』の称号についてだ」

 

「昨日から気になって仕方がなかったんだ。知り合いである以上の関係がないアタシたち9人に、ヴァスカル王から直々に与えられる称号とは何なのか。じっくり説明してもらいたいね」

 

「もちろんだとも。ではまず、大魔女というのは察している者もいるだろうが、ただの称号ではない。大陸中の9カ国の国王たちである事件について話し合った際に余が対策として提案した、『その国を代表する守護者としての魔女』に与えられる称号だ」

 

「守護者……? それに、ある事件とは一体……」

 

「皆知っているだろう。『災司(ファリス)』と彼らを統べる存在、あなたの命名によると『誰も知らない者(アンノウン)』だったか。彼らが大陸中で魔法関連の事件を引き起こし始めているのだ」

 

 

 ノエルたち3人とエストは驚いた。

 

 

「あいつら、大陸中に手を広げていたのか……。それも、目的は全て『ファーリの復活』のためってわけかい」

 

「その通り。余たちの祖先である偉大なる魔女・ファーリ。彼女を復活させ、大厄災を再演することこそが彼らの目的……というのが、あなた方が調査した事件と一連の事件の目撃情報からまとめたものだ」

 

「ん? そういえば災司(ファリス)って、ここにいる皆が知っている情報なのか? どうやら国王もアタシたちが連中と会ったことあるのを知ってるみたいだし……」

 

「昨日までに災司(ファリス)について知らない者にはワシが教えておいた。ノエルたちがプリングで解決した事件は、各国の国王たちの間で全て情報共有されておっての。その後、そこの国王に相談されたこともあって、ワシは全て知っておるってわけじゃ」

 

 

 なるほど、とノエルは相槌を打つ。

 ヴァスカル王は話を続けた。

 

 

「大魔女は9カ国それぞれに1人ずつ、それで合計9人。そして大魔女は災司(ファリス)に対抗するための国守の守護者となってもらい、ひいては悪しき魔導士たちへの抑止力となってもらいたいのだ」

 

「……一応聞いておくが、拒否権は?」

 

「ない、とは言いたくないが、断る理由が要らないほどの待遇を各国から与えてもらえるはずだ。例えば、魔法の研究費用は全額負担してくれるだろうし、美味しいものなら各地から取り揃えてくれるだろうし、何か欲しいものがあればある程度は用意してくれるだろう」

 

「ではわたくしからも質問を。国守の守護者とは、具体的にどうすれば良いのです? わたくしたちは旅をしていますし、ずっとその国にというわけにもいきませんわよ?」

 

「大魔女としての力を自分の担当している国中に知らしめることができれば、それ以降は自由にしてくれて構わん。とはいえ、もちろんそれに数年かかる者もいるだろう。そこで余はクロネと相談し、9人の大魔女の条件を『その国で元から知名度がある者』としたのだ」

 

 

 すると、数人思い当たる節があるような表情をする。

 クロネはヴァスカル王に言った。

 

 

「とりあえず担当する国と、その国での功績を1人1人に発表してはどうじゃ? 選考基準が分かった方が方が、称号を受け取るか受け取らないか選びやすいじゃろうて」

 

「それもそうか。では、早速発表させてもらおう。手元の書類順で発表させてもらうから、呼ばれたらそこにある円卓に座ってくれたまえ」

 

 

 ヴァスカル王が指を差したのは、謁見の間の隣の部屋にある広い会議室。

 その部屋の中心に大きな円卓がひとつ置いてあり、それを囲むように9つの椅子が並んでいた。

 

 

「央の国の担当は円卓の中心に……というわけにもいかんじゃろうから、北の国担当の隣に座ってくれ。その方が方角も判断しやすかろうし」

 

「というわけだ。それでは発表させてもらう」

 

 

 ノエルたちは唾を飲む。

 ヴァスカル王は書類をめくり、大きな声で言った。

 

 

「まずは、東の国・ノルベン担当。空間魔法の使い手、ルフール!」

 

「だと思ったよ。というか、ワタシの行動範囲ノルベンだけだったしね。とりあえず、選考理由を聞かせて欲しい」

 

「ノルベンでは、多くの炭鉱夫たちが採掘場で危険と隣り合わせの作業をこなしている。しかし、あなたが作った空間魔法の術式のおかげでこの数年の間、落石事故や崩落事故が起きても巻き込まれる人が1人もいなかったと聞いたのだ」

 

「あぁ、連中の服に貼り付けてる空間保持の術式か。そういうのを作っていた時期もあったねえ。まあ、それで知名度が高いのであれば良かった良かった」

 

「服に付ける空間保持……。身体の周囲に一定の空間の広さを固定することで、岩が落ちてきても内側から空間の壁に支えられて直撃を免れる……といったところかい?」

 

「ご名答、流石はノエルだ。魔法については発想力が人並み外れている。立派な弟子に育ってくれて、師匠冥利に尽きるったらありゃしない!」

 

 

 ルフールはノエルの頭をぐしゃぐしゃと撫でくり回す。

 ノエルは目一杯抵抗するが、やがて諦めるのだった。

 そして間もなく、ヴァスカル王が咳払いをして尋ねる。

 

 

「それでルフール、大魔女の称号を受け取るかね? 受け取るならば円卓に座っていただきたい。何か要望があるなら今のうちに聞いておくのが賢明だぞ」

 

「ワタシは大量のお金が欲しい。ここ数年、ずっと弟子に資金援助をしてきたが、まさか旅の仲間が増えているとはいざ知らず、そういうことなら援助する資金をもっと増やしてあげたいと思っていたところだ」

 

「なるほど、私利私欲のためではなく弟子のために財を尽くすか。ノルベン王は10億G(ゴールド)までは出せると言っていたな。十分かね?」

 

「十分過ぎるとも。そういうことなら遠慮なくその称号をもらおうじゃないか」

 

「では、あちらの椅子に座ってもらおう」

 

 

 クロネに案内され、ルフールは円卓の椅子に座った。

 声が届く距離ではあったため、遠くから「次だ、次ー!」と喧しい声が聞こえるようになったことにノエルは耳を塞ぐのであった。

 

 

「では次、西の国・セプタ担当。水魔法の使い手、サフィア! 選考理由は、数年前に展開された水のベールの仕掛けを解き、セプタの水道整備に貢献したためだ」

 

「あれ、それってあたしが魔女になる前の話じゃない? それに、あれは偶然の出来事だったし、そのあとすぐ旅に出たんだから誰もあたしのことなんて知らないはずよね?」

 

「一大観光都市を作った子供の魔女ってことで、セプタでは祭り上げられておるんじゃよ? 毎年の水のベール発生日に『サフィア祭』とかいう名前の祭りもあるくらいじゃし……。まさか知らんかったのか?」

 

「初耳にもほどがあるわ!? 何ですか、それ!! ノエル様もお姉ちゃんも、知らなかったよね!?」

 

「あ、あー……。うん、知らなかった……よ?」

 

「(わたくし主催だとは口が裂けても言える空気じゃありませんわね……)」

 

 

 自分から目を逸らす2人を見て、サフィアは怒るのだった。

 ルフールとクロネとエストは爆笑している。

 

 

「どうして黙ってたんですか! 知らぬ間に勝手に祭り上げられる身にもなって下さいよ!」

 

「いや、だって……教えない方が面白いことになるかなぁと……」

 

「それに、国を挙げたお祭りにまで拡大し始めているので、完全に言う機会を逃したと言いますか……」

 

「はあ!? もう、あたしセプタに帰れなくなっちゃったじゃないの! お母さまにも恥ずかしくて顔向けできないし……」

 

 

 ヴァスカル王は再び咳払いをする。

 

 

「では、大魔女の称号を受け取るに値する知名度であることは理解してもらえただろう。どうするかね?」

 

「だったらあたしの要望はただひとつよ! 『サフィア祭』なんてふざけたお祭りをやめさせるわ! それでセプタの財政に影響が出るなら、ノエル様とお姉ちゃんがどうにかしてくれるだろうし!」

 

「「サフィー!?」」

 

「そういうことであれば問題ない。他に何か求めたりしないのかね?」

 

「あ、確かにせっかくなら何かもらっておきたいかも……。じゃあ……水魔法の文献を可能な限り集めてもらおうかしら。知らない魔法があったら知りたいし、旅が終わった時の楽しみにしてるわ」

 

「伝えておこう。どこに集めておけば良いかなどの指示はセプタ王と話し合っておくように」

 

「はーい」

 

 

 そう言って、サフィアも円卓の席に座った。

 

 

「次は南東の国・フェブラ担当だが、今回は代理が来ている。大魔女の称号を受け取る旨は聞いているから、一応形として発表しておこう。光魔法の使い手、ソワレ!」

 

「…………え、姉さん!?」

 

「ソワレの代理人、前へ」

 

「はい」

 

 

 ノエルが周りを見回すと、1人の女性が列の前に出た。

 その顔にノエルは見覚えがあった。

 

 

「お久しぶりですね。ノエルさん」

 

「サティーヌ! お前が姉さんの代理なのか!」

 

「ええ、ソワレさんに頼まれて。あと、ノエルさんに伝言も頂いていますよ」

 

「姉さんからアタシに……?」

 

「『ノエル、魔法の研究の力になれなくてごめんなさい。でも、既に光はノエルの手の中にあるわ。私も応援しているわね。』とのことです」

 

「アタシの手の中に……光……あっ……!」

 

 

 ノエルはカバンの中からボロボロの魔導書を取り出した。

 それは、フェブラにてスアールからもらった魔導書だった。

 

 

「やっぱりこれ、姉さんの魔導書だったのか! どこが力になれなくて、だ……。しっかり姉としてのメンツを保ちやがって……」

 

「良かったのう。ワシも久々にソワレに会いに行かねばなぁ。仕事が落ち着いたら会いに行くとするか」

 

「アタシも連れて行ってくれるんだろうな?」

 

「いーや、お前は絶対に連れて行かん。ワシと娘の親子水入らずを邪魔されては困るからの」

 

「アタシも娘なんだが!? 家族水入らずでもいいだろう!」

 

「そこの仲間2人も付いてくるじゃろう。とにかく話が進まんから、この話はあとでじゃ」

 

 

 ヴァスカル王は間髪入れずに話を挟む。

 

 

「選考理由を言っておくと、フェブラ中の農作物にかかっていた大厄災の呪いを祓ったからだ。これも知っている人は多いだろう」

 

「というわけで、ソワレさんは大魔女の称号をもらうそうなので……円卓に私が座るのはまずいですよね?」

 

「余は構わん。誰か気になる者がいれば別だが」

 

「……いなさそうじゃな。ちゃんと代理という話はしておったし、気にせず南東の席に座っていいぞ」

 

「わ、分かりました。では、代理として席に着かせてもらいます」

 

 

 サティーヌは円卓の席にちょこんと座った。

 ヴァスカル王が書類をめくる。

 

 

「では次。南西の国・ヴァスカル担当。時魔法の使い手、クロネ! 選考理由は言うまでもないだろうが、一応言っておこう。魔導士学園(ウィザード・アカデミー)設立の立役者だから、だ」

 

「大魔女の提案をしたのもワシじゃし、まあ当然じゃな。断る理由もなし、大人しく円卓の席に着くとしようかの」

 

 

 クロネが円卓の席に着いたのを確認したヴァスカル王は、引き続いて名前を読み上げる。

 

 

「南の国・ラウディ担当。風魔法の使い手、ルカ! 選考理由はラウディで数年間起きていた砂嵐の発生源が大海蛇(シーサーペント)であったことの特定と、その解決に尽力したためだ」

 

「ありがたく頂戴します。特にこれといった要望もありませんし、何かあればボクからラウディ王に言付ければ良いのですよね?」

 

「あぁ、それで構わない。そういうことで国王間で話が付いている」

 

「では、失礼をば」

 

 

 ルカも円卓に着き、残るはノエル、マリン、ロヴィア、エストの4人となった。

 しかし、ずっとそわそわしている3人を横目に、ノエルはずっと怪訝な顔をしているのであった。



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89頁目.ノエルと大魔女と禁書庫と……

 ヴァスカル王は手に持った書類をめくって、名前を読み上げた。

 

 

「次は央の国・ノーリス担当。土魔法の使い手、ロヴィア!」

 

「私の選考理由は? 国内で知名度がある自覚がないんだけど」

 

「先代ノーリス王の不祥事を暴き、国政をひっくり返したのだ。自覚はなくとも、国民の中では信頼の的という報告が上がっている」

 

「それも、魔法と秘術の両方を扱える魔女というだけで、並大抵の災司(ファリス)は近づこうとは思うまいよ。お主は、存在そのものが抑止力と言っても過言ではないんじゃ」

 

「ふーん。そう言われると悪い気はしないわね。あ、私の要望は、望んだら美味しいものを好きなだけ食べられる待遇であれば何でもいいわ。身体を借りてるロウィにちゃんとお返しをしなきゃだし」

 

「なるほど、伝えておく。それでは、円卓へ」

 

 

 ロヴィアは北の国担当の付近にあった椅子に腰掛け、ノエル達の方を眺めるのだった。

 ヴァスカル王は名前を読み上げ続ける。

 

 

「続けて、北西の国・プリング担当。火魔法の使い手、マリン!」

 

「あら、わたくしですの? てっきり姉様が選ばれるのかと」

 

「確かにプリングに結界を張り、サラマンダーの獣人以外も過ごせるようになったのはエストのおかげだ。しかし、それだけではプリングは観光都市にはならなかった。そう、あなたが作った獣人闘技場こそが選考理由なのだよ」

 

「どうやらその闘技場で『マリン杯』なる大会が開かれているくらいには、マリンの知名度はとてつもないものらしいの。それに加えて先日の災司(ファリス)騒ぎの解決もあったし、強さの誇示も十分と言えよう」

 

「でしたら……わたくしの要望は『マリン杯』の永遠の撤回だけですわ。あのバカ(オクトー)が開催すると言った時点で、国側から却下されればどうしようもないでしょう」

 

「よほど堪えたんだなぁ、あの闘技大会……。まあ確かにオクトーがいる限りは開催され続けてもおかしくはないが……」

 

 

 マリンの必死の頼みをヴァスカル王は諫めて言った。

 

 

「伝えておこう。では、円卓には?」

 

「もちろん着きますわ。サフィーがいるというのに、わたくしが大魔女にならない道理がありませんもの」

 

「分かった。それでは、あちらへ」

 

 

 マリンはサフィーの隣に用意された席に座る。

 残るはノエルとエストの2人になった。

 

 

「では、北東の国・ヘルフス担当。運命魔法の使い手、エスト!」

 

「まあそりゃそうっスよなぁ。とはいえ、そんなに実績があるとは思ってないんスけど?」

 

「魔女としての知名度より、観光ガイドとしての知名度で選ばせてもらった」

 

「それ…… 災司(ファリス)対策になってるっスか……?」

 

「じゃから、これから魔女としての知名度も上げてもらう枠じゃな。運命魔法を扱える魔女というのも珍しいし、実力を発揮するには自己犠牲が伴うじゃろうから難しいことだとは思うがの」

 

「これからの努力次第ってことっスか……」

 

 

 肩を落とすエストを見て、ノエルはクロネに言った。

 

 

「待てよ。こいつは将来、精霊と魔法の繋がりを解明してのける魔女だぞ。そのために、この国にクロネさんの話を聞きに来たんだからな」

 

「精霊……。まさかノエルの口からその言葉が出るとはの。あれは物語の中の空想に過ぎんとか言っとった頃から、何の心境の変化があったのやら……」

 

「簡単な話、アタシが精霊を見たのさ。それも、ヘルフスで大厄災の呪いを祓った時に、な。続きはあとで教えるが、精霊と特殊魔法について深める場を近いうちに設けたいと考えているから、予定は開けておいてくれよ?」

 

「なるほど、精霊を……。よし、分かった。じゃが、大魔女集会は希望すればいつでも招集できる仕組みじゃから、ぜひその立場……まだノエルは大魔女ではないが、活用して欲しいものじゃ」

 

「とにかく、こいつは運命魔法と精霊の研究の権威として大成する奴だ。あまり見くびらないでもらいたい」

 

「そいつは悪かった。そういえばお前が認めた仲間じゃったな。それでは、こちらへ来るかの?」

 

 

 エストは胸を張って頷いた。

 

 

「これからのアチキはヘルフス担当の大魔女。だったらいくらでも実績を重ねてやるっスよ! プリングでの経験を存分に発揮してやるっス!」

 

「ヘルフス王への要望はあるかね?」

 

「んー、特にないっス。っていうかヘルフス王にはいつも何かしら要望を伝えてるんで。大魔女になったからって何か変わるわけでもないと思うっスから」

 

「そうであったか。では、円卓へ」

 

 

 ノエル1人を残して、エストは席に着いた。

 ヴァスカル王は書類をぱらりとめくって、最後の書類を読み上げる。

 

 

「最後だ。北の国・メモラ担当。闇魔法の使い手、ノエル!」

 

「残ってる場所からして、そうなるのは分かっていたが……。ひとつ聞いてもいいか?」

 

「ひとつと言わず、いくらでも構わんよ」

 

「……アタシはメモラで大事な息子を失って、それから各地を何年も転々としていた。だが、他の8人と違って、アタシには実績と呼べるものが何もないんだ。アタシは本当に、大魔女なんて呼ばれていい魔女なのか?」

 

「実績は確かにない。だが、魔法の実力は他の8人を上回るものだと聞いている。それでもかね?」

 

「実力だけで抑止力にはなれないだろう。そのために知名度や実績が必要なんだからな」

 

 

 ヴァスカル王は顎に手を当てて悩んでいる。

 

 

「……ふむ、なるほど。それでは、なぜ我々があなたを大魔女に任命しようと思ったのか、説明が必要みたいだな。まさか説明が必要だとは思わなかったのだが」

 

「え? それってどういう……」

 

「メモラ担当、闇魔法の使い手、ノエル。あなたには大魔女()()の任を与えようと考えているのだ」

 

「統……括……?」

 

「あなたは他の8人と何らかの関わりがあり、彼女らの実績を陰ながら支える存在だった。そして、それと同時に彼女達の中心にいる存在だった。そんな人物が大魔女に選ばれないはずもあるまい?」

 

 

 ヴァスカル王の問いかけに首を傾げるノエルだったが、やがて理解し始めた。

 

 

「アタシが……中心に……。まあそう言われてみると……?」

 

「えっ、自覚なかったんですか、ノエル様!?」

 

「呆れましたわ……。何か様子がおかしいと思っていれば、そんなことに気づかず悩んでいたなんて……」

 

「ま、その無自覚さが信頼の証拠っスね。無意識での善意はリーダーの資質の源っスから」

 

「ノエルがいなかったら、ロウィとも再会できなかったんだし、大魔女の中にあんたがいないなんてあり得ないでしょ。この中で一番、大魔女って称号が似合う魔女だってのに」

 

「お前ら……」

 

 

 ルフールも、クロネも、サティーヌも同じように頷いている。

 ノエルはヴァスカル王に向き合って、言った。

 

 

「分かった。アタシも要望は言っていいんだよな?」

 

「もちろんだ。それに、あなたはより特別な待遇として扱われる人物。どんなことでも構わない」

 

「……アタシとイースが住んでいた家。あそこの周辺をアタシたち以外立入禁止にして、もし既に誰か住んでいたりしたら追い払ってくれ」

 

「む……。その周辺の立ち退きを国の責任で請け負って欲しい、ということか……。一応伝えておこう」

 

「もちろん新居の斡旋も含めてやってくれよ。アタシのせいで恨み辛みが出るのはゴメンだからね」

 

「了承した。では、最後の席に座ってもらおう」

 

 

 ノエルはヴァスカル王に礼をし、円卓の一番大きな椅子に座った。

 横にはロヴィアとマリンが座っている。

 ヴァスカル王はノエルたちを見回してこう言った。

 

 

「さて、全ての大魔女が揃ったところで、大魔女集会を始めようではないか。この集会こそ今回集まってもらった目的とも言えるが、重要なのは議題だ」

 

「ただの集まりじゃないとは思っていたが、何かアタシたちに依頼するようなことがあったんだな? それも災司(ファリス)に関する」

 

「察しが早くて助かる。あなた方は知っているだろうか。この国の禁書庫の最奥に封じられている『ファーリの遺産』を……」

 

「昨日初めて知ったが、一応知っているよ。って、まさかそれと災司(ファリス)が関連してるってことは……」

 

「これを見て欲しい」

 

 

 ヴァスカル王は文字が書かれた小さな紙をノエルたちに見せた。

 

 

災印(ファーレン)が描いてありますわね……。その内容は……」

 

「『ファーリの遺産を渡せ。さもなくば、ヴァスカル中の民の命はないと思え』……か。何やら物騒な脅迫文っスねぇ?」

 

「もちろん渡す気がないから集めたんだよな?」

 

「その通りだが、問題はここからだ。指定されているのは今日から5日後の夕刻。それまでに災司(ファリス)を探し出し、ヴァスカルの民を救わねばならぬ。だが、どのようにしてヴァスカルの民の命を脅かそうとしているのかが分からぬのだ」

 

「そこでアタシたちの出番ってわけか。なるほど、腕が鳴るねぇ」

 

「ノエル、これは命がかかっていることですわよ。控えなさいな」

 

「う、そうだったな……。非礼を詫びるよ……」

 

 

 ノエルは頭を掻き、ヴァスカル王に尋ねた。

 

 

「それで、そいつをどうにかするのはもちろん構わない。だが、報酬はどれくらい出るんだ? 大魔女の称号の対価とはいえ、流石に重い仕事だぞ」

 

「では、何を望む?」

 

「決まっている。『ファーリの遺産』とは何なのか、この目で確かめたい」

 

「……なるほど。ファーリの直系たる、我が王家の者しか中身を知らぬあの由緒正しき神器を、その目で見たいと申すか」

 

「あぁ、なんたってあの大厄災本人様の遺産だ。災司(ファリス)が狙うのも当然といえば当然だが、守る立場のアタシたちすら中身を知らないというのは、些か守る必然性に欠けると思ってね」

 

「幾分か遠回しな言い方だな。見たければ見たいと言えば良いものを」

 

「おぉ、見せてくれるのか!?」

 

 

 ノエルは食い入るようにヴァスカル王に目を向ける。

 ヴァスカル王が周りを見ると、他の8人も同じように彼の方を見つめているのであった。

 

 

「……良かろう。予告の日までにファーリの遺産を守りきり、ヴァスカルの民の命を欠けず救うことができた暁には、あなた方に見せると約束しよう」

 

「感謝するよ、国王様! これで、俄然やる気が湧いてきたってもんさ!」

 

「ええ、それで蘇生魔法のヒントが得られれば、研究が一気に進みますわね! まあ、中身がどんなものか分からないので、完全に期待しているわけではありませんが……」

 

「ワシも中身についてはよう知らん。じゃが、魔導書でないことは確かじゃから、魔法の研究に役立つかは保証せんぞ」

 

 

 はしゃぐノエルとマリンに、クロネが口を挟む。

 

 

「ん? どうして魔導書じゃないって分かるんだ?」

 

「ファーリが使っていたという原初魔法の魔導書は全て、遺産とは別の形で禁書庫に保管されておるんじゃ。それも許可なく読むことはできんし、仮に読んだとしても消費魔力量が圧倒的に足りんがな」

 

「ほう、特殊魔法の魔導書があるのは知っていたが、原初魔法の魔導書まで保管されていたのか……。クロネさんの承認があっても閲覧は無理なのか?」

 

「許可の一任はされとらんから申請されたら時間はかかるが、一応閲覧は可能じゃよ。とはいえ、ワシに頼むよりそこの国王に頼む方が早いと思うぞ」

 

「早速、大魔女の特権の使い所ってやつか。では、ヴァスカル王。ファーリの遺産は別次元だから特権じゃ無理だとしても、禁書庫の原初魔法の文献の閲覧許可くらいはもらえるかい?」

 

「……良かろう。ただし、魔法の研究に使うだけに留めて欲しい。流出されると困るというのもあるが、もしも凄まじい魔力量を持つ魔導士が原初魔法を使えてしまえば何が起こるか分からぬからな」

 

 

 ノエルたちはマリンの指輪の光魔法の威力を思い返し、身震いする。

 そして、ノエルは頷いて言った。

 

 

「分かった。参考資料にする程度に留めておくし、頭の中にだけ記録しておくよ。あ、そうだ。その許可はアタシたち全員に出たものと考えていいのか?」

 

「魔法であなた方に変身し、大魔女の権限で禁書庫に入る輩が現れる可能性もある。それを考えると、クロネを通してもらう方が安全であろうな。頼めるか?」

 

「そういうことであれば、ワシが禁書庫の受付となろう。どれだけ良くできた偽りの姿を用いようとも、ワシの目を誤魔化せはせんからな」

 

「よしきた。じゃあ、早速災司(ファリス)の連中の炙り出し方と、どのようにしてヴァスカル中の命を人質に取っているのか。これらを話し合おうじゃないか。そして、この話が終わったら存分に禁書庫を読み漁るとしよう……!」

 

 

 ソワレの代理であるサティーヌを除く8人は、一斉に声を上げて歓喜の声を上げた。

 今この時こそ、8人の大魔女が一致団結した最初の瞬間なのであった。



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90頁目.ノエルと掃除と分担と……

 ヴァスカル王が見守る中、ノエルたち9人は円卓を囲み、夕方になるまで会議をしていた。

 ファーリの遺産を狙う災司(ファリス)の探し方、そして人質扱いされているヴァスカル中の国民の命をどのようにして奪おうとしているのかなど、様々なことを話し合った。

 しかし、9人全員の意見をまとめるためには時間が足りず、話は途中で終わってしまった。

 

 

「……仕方ない、今日はここまでにしよう。明日の昼にまたここに集まってもらうとして、それまでにアタシたち3人でこの集会のやり方とか考えておくよ」

 

「了解じゃ。見る限り他の者も異論はなさそうじゃし、ノエルたちに任せるぞ」

 

「あぁ、任された。じゃあ、今日は解散だ!」

 

 

 ノエルの声と共に大魔女たちは各々席を立ち、自分の部屋へ戻っていった。

 すると、サティーヌはノエルたち3人を引き留めた。

 

 

「ん? どうした、サティーヌ」

 

「すみません、私はフェブラに帰ります。明日までに帰ると伝えていましたし、ソワレさんに報告しに行かなければなりませんので」

 

「あら、ここでお別れなんて寂しいですわね……」

 

「お力になれず、申し訳ありません……。ですが、ノエルさんたちならきっとこの事件を解決できると信じています。成功をお祈りしていますね」

 

「今日は会えて嬉しかったよ。姉さんによろしく言っておいてくれ。『次会った時には絶対びっくりさせてやる』ってね」

 

「ええ、しかと伝えておきますね。それでは、また……」

 

 

 こうしてサティーヌはノエルたちと別れ、フェブラへと戻るのであった。

 1日目の大魔女集会はこうして幕を閉じた。

 

 

***

 

 

 ノエルたち3人は夕食を食べながら話をしていた。

 

 

「さて……どうしたもんかねぇ。こうも人数が多いと意見が飛び交いまくって話になりやしない……」

 

「そうですわね……。全員意見が違っていて多様性はあるのですけれど、ノエルがまとめきれていませんでしたわ。議事録でも取ってみましょうか?」

 

「うーん……。誰かが議事録を取ったとしても、結局のところ話をまとめるのはノエル様だし、1人だけ大変なのには変わりはなさそう……」

 

「そうだな……。意見を全てまとめることができたとしても、結論を出すのは別問題だ。そうなると……分担するのが得策か?」

 

「なるほど、人数を分けるということですわね。確かにそれなら話もまとまりやすいかもしれませんわ」

 

「片方はノエル様がまとめるとして、もう片方はどうします? どのように分担するかって問題もありますけど」

 

 

 ノエルは少し考え、魔導書に何か描きながらこう言った。

 

 

災司(ファリス)探索部隊と魔法研究部隊の2つに分けるとするなら……」

 

「ええと……? あぁ……なるほど、これなら問題ありませんわね」

 

「あたしも問題ないと思います! となると、あっちの代表は……」

 

 

 ノエルたちは役割の分担とそれぞれの部隊の仕事を話し合い、城へと戻るのであった。

 

 

***

 

 

 その次の日の昼。

 災司(ファリス)の予告時刻まであと4日。

 ノエルたち8人は円卓に集まった。

 ヴァスカル王が仕事で来ていないため、国王への伝言はクロネが担当することとなった。

 

 

「よし、みんな集まったな。始めようか」

 

「ん? 光の大魔女の代理がいないな? なあノエル、どこに行ったか知ってるか?」

 

「あぁ、彼女ならフェブラに帰ったよ。護衛魔道士の仕事もあるし、姉さんへの報告をしなきゃいけないらしい。それとも、ルフールは何か不満でもあるのかい?」

 

「いやいや、そんなつもりで言ったわけじゃないよ。彼女には彼女の仕事がある。代理ってだけで戦力として数えていたワタシの勘違いだ。気にしないでくれ」

 

「分かった。じゃあ、とりあえず昨日の話がまとまらなかった件について、解決策を考えてきた」

 

「おっ、流石はノエルっスね! それで、どうするっスか?」

 

 

 ノエルはカバンから昨日メモしていた魔導書のページを開いて見せた。

 

 

「こんな感じで4人ずつ、2つの部隊に分けたいと思う。アタシたちがもう振り分けてあるから、今から読み上げた順に、円卓のこっちとこっちに分かれてくれ」

 

「ノエルたちが決めたんなら文句はないわ。私たちはそれに従うだけだもの。まあ、議論にならないのは少し面白みに欠けるけど……」

 

「ロヴィアの考えは最もだ。お前たち、アタシが決めたからって意見を引っ込めるのだけはやめてくれよ? アタシたちは十人十色の魔女だ。意見がぶつかり合ってこそ魔法ってのは成長するものなんだから、遠慮はしないでくれ」

 

 

 ノエルが周りを見回すと、全員が頷いている。

 穏やかに笑ったノエルは、話を続けた。

 

 

「それじゃ、名前を読み上げるぞ。まずは災司(ファリス)探索部隊! サフィー、マリン、ロヴィア! そして、代表はアタシだ」

 

「いつもの3人と私ってわけね。どういう基準で決めたの?」

 

災司(ファリス)探索部隊は街での聞き込みが主な仕事だと考えて、聞き込みの経験が十分にある4人で編成してみた。あとはいつ接敵しても戦えるように、戦闘特化の大魔女を重点的に置いている」

 

「つまり、残った4人がもう片方の魔法研究部隊ということですね。ボクと師匠とエストさんと……あとルフールさんですか。代表はどなたなんです?」

 

「そりゃもちろんクロネさん……と言いたいところだが、クロネさんはアカデミーの仕事もあるだろう。だから、代表は……ルフール、頼めるかい?」

 

「ワタシがこの3人のまとめ役ね……。クセは強いけど、特殊魔法の使い手3人衆とその弟子ってのは中々にアツい編成だ。その仕事、引き受けよう!」

 

 

 ルフールはノエルとハイタッチして、円卓の反対側へと行った。

 

 

「ちなみにそっちの基準は、魔法の研究に没頭していた時間が長いことだ。あとは元々の自頭の良さと魔法についての知識量だね。まあ、アタシもそっちに行きたい気持ちはあるが……」

 

「こっちに来てもお前の仕事はないわ。ワシら4人の知識量であれば、そっちよりも早く事件を解決してやるわい!」

 

「お? だったら、勝負するかい? 負けた方は、勝った方の言うことを聞くっていうのでどうだ」

 

「乗った。ワシらの実力を知っておっても、なお勝負に挑むのであれば受けて立つぞ。まあ、要求はただ1つじゃが」

 

「うっ……急に寒気が……。だが……反対意見もないってことは、全員それでいいんだな?」

 

 

 ノエルを除く7人は同時に頷く。

 そうして、8人の大魔女たちは自分の実力を発揮するべく、絶対に勝つとそれぞれが決意したのであった。

 

 

「あぁ、そうだ。せっかくの円卓だが、話がごっちゃになったら困るから別の部屋で話し合おうと思う。それぞれの代表の部屋でいいか」

 

「げっ……。ワタシの部屋に集まるのか……?」

 

「ん? 何かまずいことでもあったか?」

 

「いや、その……部屋の掃除をさせて欲しいなー、なんて……」

 

「……空間魔法って、自由に部屋を作れたよな?」

 

「おい待て、ワタシの魔力を無駄遣いさせようとしてないか!?」

 

 

 ルフールに突きつけるように、ノエルは言った。

 

 

「お前はいつも、部屋を空間魔法で広げて使ってるから気づいていないだろうが、あの家の間取りであの物の量は異常だからな!? 掃除しようと思う前に空間を広げるような奴が、すぐに掃除を終えられるわけないだろう!」

 

「お前……さては、ワタシを舐めているな!? 旅行用の荷物の整理や掃除くらい、数分で終わるに決まっているだろう!」

 

「いいや、それはないね。お前はここに来てまだ3日しか経っていないはずだ。だが3日程度の宿泊で、普通は掃除しなきゃいけないくらい散らかったりしないんだよ! これはもはや掃除しない人間の行いと発言だ!」

 

「あー、もう面倒じゃ。今日はワシの部屋で話し合うとしよう。ルフールの部屋はあとで城のメイドに掃除させておくから、明日からはそこで話すとしようかの」

 

「はぁ……はぁ……は……ぁ? クロネさんの部屋の方が汚いんじゃないのか?」

 

「おい、ノエル!? お前、2日前にワシの綺麗な部屋を見たじゃろうが! ワシはちゃんと掃除できないの分かっとるから、メイドに頼んどるわ!」

 

 

 そんなやりとりをしていると、永遠に終わらない子供の煽り合いに飽きたのか、ルカは部屋を出ながら言った。

 

 

「ボクは先に師匠の部屋に行ってますよ。師匠も早く来てくださいね」

 

「あれ……? もしかしてワシ、ルカにガッカリされた?」

 

「終わらないことを察したんですわねぇ……。ほら、お子様ノエルも早く行きますわよ」

 

「誰がお子様だ、誰が。まあ、半分は冗談だ。2人にはこまめに部屋の掃除をしてもらうとして、それぞれ話し合おうか」

 

「ルカ〜! 待ってくれ〜!」

 

 

 クロネたちは自分の部屋へと走っていき、ノエルたちも自分たちの部屋へと行くのであった。

 なお、このやりとりを見ていたロヴィアは、しばらく頭を抱えていたという。

 

 

***

 

 

 災司(ファリス)探索部隊の集会所、第一客室にて。

 ノエルたちはマリンが淹れた紅茶を飲んでいた。

 

 

「わぁ……これ美味しいわね……」

 

「今、一瞬だけ額の辺りが光ってなかった……?」

 

「あぁ、味覚は共有されてないから、ロウィが美味しいって言葉に反応しちゃったみたいね。ロウィにもあとで飲ませてあげてよ」

 

「ええ、もちろんですわ」

 

「ありがと。じゃあ、話を始めましょうか」

 

「そうだな。まずはアタシたち、災司(ファリス)探索部隊の目的から確認しよう。アタシたちの目的は、ヴァスカルに潜んでいる……または当日に来るであろう災司(ファリス)たちの足取りを探ることだ」

 

 

 そう言って、ノエルはクロネから預かったヴァスカル王都の周辺地図を開いた。

 

 

「ヴァスカルって魔導士の人数自体があんまり多くないから、王都に集まってるのがほぼ全ての国民なんですっけ。だとすると、連中はほとんどの確率でこの王都に来る……んですよね?」

 

「あぁ、恐らくはそうだろう。だが、この王都に入る手段は限られている。1つは正門をくぐること。馬車や徒歩で来た人間は必ずここを通る決まりになっているし、検問所もあるから入国者はちゃんと記録されているらしい」

 

「他には何があるの? ……って、あぁ、鉄道か」

 

「その通り。もう1つは鉄道で駅から入国することだ。こっちも駅に検問所があるから問題はないと思うが……」

 

「問題は他の侵入経路があり得た場合、または元からヴァスカルの国民であった場合……ですわね。魔法であれば姿を隠して侵入可能ですし、また国民であれば疑われる余地がないでしょうね」

 

「それが一番面倒ね……。だけど、そんなのどうやって対策するっていうの?」

 

「それを考えるのがアタシたちの役割さ。それをまとめて解決できるような魔法を編み出すのが一番手っ取り早いわけだが……4日で完成できるかどうか……」

 

 

 ノエルたちは考えながら各々の魔導書を眺めている。

 

 

「エストさんの占いとかクロネさんの未来視でどうにかならないんですかね?」

 

「もう既にやったらしいが、ヘルフスの時みたいにモヤがかかって全く見えなかったらしい。恐らくは誰も知らない者(アンノウン)の魔法か何かだろうさ」

 

「厄介過ぎるわね……」

 

「あぁ、厄介過ぎる連中だとも。だから、とりあえずは聞き込みで情報を集めてみようと思ったわけさ」

 

「でも、あと4日しかないのよ? 4人だけで聞いて回っても、情報が足りないに決まってるわ」

 

「もちろん策はあるよ。何も考えずに聞き込みだけしようってのはアタシの性分に合わないからねぇ……!」

 

 

 そう言ったノエルは、とても楽しそうな目をしているのであった。



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91頁目.ノエルと絆とハッタリと……

「……で、どうして私たちはこんなところにいるのかしら?」

 

 

 4人は、ノエルが先導となって魔導士学園(ウィザード・アカデミー)の校舎前に来ていた。

 ロヴィアが周りを見渡すと子供たちが走り回っており、それは災司(ファリス)の予告があったとは思えないほど平和な光景だった。

 

 

「どうしてって、聞き込みのためさ」

 

「ここにいる子たち全員に聞いて回るっての!? 確かに、ヴァスカル中の人に聞いて回るよりかは幾分かマシだろうけど……」

 

「いいや、生徒たちはあくまで()()()だ。もちろん多少の聞き込みはするけどね」

 

「協力者……?」

 

 

 すると、校舎の中から元気な声が響いてきた。

 

 

「ノエル先生〜〜!!」

 

「おっ、来た来た」

 

「あら、この声は……」

 

「ジュン君!」

 

 

 校舎の中から出てきたのは、ジュンを筆頭としたアカデミーの生徒たちだった。

 その数、目算でも100人を超えており、ノエルたちの周りを取り囲むのであった。

 

 

「久しぶりだな、ジュン」

 

「ライジュ先生から呼び出されて何事かと思ったら、ノエル先生だったなんて! あ、ちゃんと言われた通り、クラスメイトとその知り合いの生徒、ほぼ全員連れてきたぞ。何するんだ?」

 

「よし、十分に揃っているみたいだね。早速だが、頼みがあるんだ」

 

「先生の頼みなら何でも聞くよ! あ、違うか……」

 

 

 ジュンは首を振って言い直した。

 

 

()()()・ノエル先生の頼みなら、何でも聞きます!」

 

「そうか……! もうアタシたちのこと、みんな知ってるんだな……」

 

「新聞で大陸中の人が知ってると思う……ます! だって、大魔女って大陸屈指の実力を誇る魔女なんだろ? そんなの注目しないわけねえ……です!」

 

「じゃあ、話は早い。お前たちに大魔女・ノエルから仕事を与えよう。今日から3日以内に、自分の周りの人に不審な人を見かけなかったか聞いて欲しいんだ。それ以前に見かけたっていう目撃情報でも構わない。頼まれてくれるかい?」

 

「分かりました! よーし、みんな不審者の目撃情報を集めるぞ〜!」

 

 

 掛け声と共に、ジュンたちは解散するのだった。

 

 

「これでいいか?」

 

「あぁ、十分だ。ありがとう、ジュン」

 

「まさかこんな形で先生と再会できるなんて思ってなかったよ。あ、そうだ。大魔女の任命おめでとう! いや、4人とも大魔女なんだっけ」

 

「私とは初めましてね。私はロヴィア。獣人と魔女のハーフで、2つの人格を持つ大魔女よ。あと、ノーリスにある魔導工房の工房長もしてるわ」

 

「二重人格で獣人と魔女のハーフで工房長で……秘術ってのも使えるんだっけか。めちゃくちゃ強そう! オレ、この人に弟子入りしようかなぁ……」

 

 

 ロヴィアは手を払いながらこう言った。

 

 

「残念だけど、工房の仕事で忙しいから弟子なんてお断りよ。まあ、工房の人手ならいつでも大募集中だけど」

 

「げ、働き詰めなんて魔導士から遠ざかるばっかりじゃん……。やめとこっと……」

 

「ま、お祝いの言葉も貰ったし、アタシたちも聞き込みに行こうとするかねぇ。あ、そうだ、ジュン。何かあったらクロネさんに伝えてくれ。アタシたちは基本的に3日後にしかここに来ないから」

 

「分かった。何で不審者を探してるか知らないけど、終わったら何があったか教えてくれよ!」

 

「きっと、また新聞にでも載るさ。アタシたちが、悪い連中をとっ捕まえた、ってね!」

 

「楽しみにしてるよ! じゃ、オレも行ってくる!」

 

 

 そう言って、ジュンは校舎の中へと駆けていった。

 それを見守った4人は、ヴァスカル王都の街中に聞き込みへと向かったのであった。

 

 

***

 

 

 一方、ルフールを筆頭とする魔法研究部隊は、クロネの部屋でくつろぎながら話をしていた。

 

 

「はぁ……。どうすればヴァスカル中の人間を殺せるかのう……」

 

「お前が言うと、もはや殺す側のセリフだな。言葉に年の功が乗ってて、このワタシでも少しゾッとしたぞ……」

 

「そういえばその見た目で80超えてるんだったっスねぇ。いやはや、時魔法って凄い魔法っス」

 

「師匠は昔から言葉に重みがあるので、週一の朝礼で学園長の言葉を聞いて泣く生徒がいたくらいです。かく言うボクもその1人だったわけですが……」

 

「ほれ、お前たちも何か提案せんか。ヴァスカルの民をどうすれば全て葬れるのか、ワシの頭では非常に大掛かりな術式しか思い浮かばんのじゃ」

 

「うーん、並大抵の魔導士が100人いても2000人を超える人間を殺せるとは思えないっスけど……。やっぱりハッタリじゃないんスか?」

 

 

 ルフールは立ち上がって、エストを睨んだ。

 

 

「ハッタリじゃなかった場合、お前は責任を取れるのか? 無理なんだったら、人の命を軽視しないことだ」

 

「もちろん命を軽視するつもりはないし、話し合いをやめるとかそういうつもりで言ったわけでもないっスよ。ただ、連中ならハッタリを言って、別の目的のために動いていてもおかしくないなと思っただけっス」

 

「それは……確かに。ボクたちに余計なことを考えさせて、もっと大掛かりな術式を準備している可能性も考慮すべきでしょうか」

 

「その辺りはノエルたちに任せて良いじゃろう。ワシたちはとにかく魔法の研究に勤しむのが与えられた役割じゃからな」

 

「とりあえずワタシが話のとっかかりを作ろうか」

 

「おお、助かるっス」

 

 

 ルフールは顎に左手を当て、少し考えて言った。

 

 

「そうだな……。少ない人数で人の命を屠れるとすれば、闇魔法か特殊魔法のどれかだと考えるのが無難か」

 

「闇魔法でその規模だと、自分も仲間も巻き込まれる覚悟って感じっスね……。もしそれが特殊魔法ならもっと予想がつかない魔法で……って、あれ? そういや偶然にも特殊魔法使いが3人揃ってるっスね?」

 

「ノエルさんたちのことです。偶然ではないでしょう」

 

「ルカの言う通りじゃろうな。特殊魔法は未知の領域の魔法じゃ。その未知の領域を扱う魔女が3人もおれば、もっと未知の領域から連中を炙り出せるやも知れんのう」

 

「ただ……時魔法の未来視も、運命魔法の占いも封じられている、か。うーん、空間魔法にはそういった外側からアプローチする方法がないからなぁ……。内側から守るとかならできるんだけども……」

 

 

 それを聞いた瞬間、ルカはハッとして言った。

 

 

「もしかして、ですけれど……。それができるのであれば、外的な魔法から人々を守れるのではありませんか? わざわざ攻撃の方を暴かなくても、守りに徹すれば……」

 

「なるほど……。それは妙案かもしれんぞ。連中も人質を取れなくなれば、きっと諦めるはずじゃからな」

 

「待て待て! ワタシの魔力がどれだけあっても、ヴァスカル中の国民2000人超に魔法なんてかけられないぞ!?」

 

「おっ、じゃあ逆に言えば、十分に魔力があればできるってことっスよね?」

 

「そ、それはそうだが……。そうだ、あとは魔法を作るための時間も足りないぞ?」

 

「逆に言えば、十分に時間があればできるってことじゃな?」

 

「……おいおい、お前たち。一体何を考えている……?」

 

 

 クロネとエストは悪い顔をしながら笑っている。

 そして2人は言った。

 

 

「魔力なら、あんたが書いた魔導書をアチキが複製しまくれば万事解決っス!」

 

「時間なら、お前の時間だけ倍速にしたり、魔力の回復の速度を上げたりすれば、どんなに時間が足りなくても問題なしじゃ!」

 

「ボ、ボクは完成した魔法の強化や、魔法を風に乗せて国中に配ることができます!」

 

 

 ルフールは仰天して目をカッと開いている。

 

 

「おお、おぉ……! お前たち、容赦なくワタシをこき使う気満々じゃないか!? 大魔女の絆ってものを少しは考慮して……」

 

「考慮した結果、ルフールさんを強化するのがアチキたちの仕事っス。魔力の消費量とか時間を担保してあげてるんスから、感謝して欲しいっス」

 

「ボクはちゃんと、ルフールさんが壊れないように昼夜見張っておきますので……」

 

「時間を作るなぞ、ワシの考案した魔法の中でも原初魔法に匹敵するくらいのものなんじゃからな? それを見れるってだけでも、お前としては大魔女の絆様様ってやつじゃろ?」

 

「本当にお前らなぁ……! あとで覚えておけよ……!!」

 

 

 こうして、ルフールたち(?)も魔法作りに着手するのであった。

 

 

***

 

 

 こうして2日が経過し、災司(ファリス)の侵攻まであと2日となった。

 そんな中、ノエルたちはそれぞれの進捗の報告のために円卓に集まっていた。

 

 

「じゃあ、集まったし始めるか。早速だが、アタシたちから報告させてもらおう」

 

「はい。あたしたちはアカデミーの生徒たち総勢100人余りと一緒に、ヴァスカル中に聞き込みをしました。その結果、ある不審な人物の目撃情報が多数集まりました。これがそいつの特徴をまとめた資料です」

 

「ええと……黒いローブを頭まで被った、小柄の女……。身体中に包帯を巻いており、顔は見えない。それが不審な点として上がったんじゃな」

 

「あたしたちも目撃情報のあった近辺……ヴァスカルの駅付近に行ってみましたけど、見つかったのは土魔法の痕跡のみ。あとはどこに隠れたのかも分かりませんでした」

 

「女の災司(ファリス)……土魔法……って、もしかして……。ノエルたちが雪山で出会ったっていう、アチキのニセモノじゃないっスか!?」

 

「まあ、確定情報としては不十分だが、似たような見た目をしていたのは確かだ。ただ、こいつ1人でヴァスカル中の人間を人質に取れるとは思えない」

 

 

 ノエルたちは納得したように口を(つぐ)む。

 すると、ルカが手を挙げてこう言った。

 

 

「確か、その災司(ファリス)は土魔法で人間を模倣する、と言っていましたよね? それは親しい仲でもない限り見破れないほどの精密さである、とも」

 

「そうだな。あれは姿形だけじゃなくて、記憶も模倣できる魔法だった。何を媒介にしてそんなことをできるのかは分からないが……。ロヴィアはどう思う?」

 

「うーん、ゴーレム専門だから詳しくは分からないけど、人間の記憶までも模倣する魔法となると……。まあ、媒介にするとしたらやっぱり、髪の毛とか人間の体の一部を取り込めるものかしらね」

 

「髪の毛程度でいいのであれば、かなり危険だな。あいつ1人の犯行なのだとすれば、誰かとすり替わって行動している可能性も大いにあり得るってわけだ」

 

「それは怖いっスねぇ……。まあ、アチキたちはクロネさんがいるから大丈夫だとは思うっスけど……」

 

「とにかく、問題は足取りが掴めない以上は何も起こせないってことだ。もしあいつ1人があくまで尖兵で、当日になって急に仲間がやってくるって可能性だって大いにあり得る。まあ、この辺りは追って調査するよ」

 

 

 ノエルはそう話を締めて、ルフールに発言を譲った。

 

 

「こっちはワタシの空間魔法でヴァスカル中の人を守るための魔導書を、絶賛制作中だ。今日中には終わると思うが、そろそろ体力の限界だ……」

 

「じゃったら時間の流れをもっと早くして、体力と魔力をもっと早く回復させてやるぞ。ワシの魔力はこんなもんじゃないからのう!」

 

「うん……アタシが考えていた以上に酷な役回りをさせてしまっているみたいだねぇ……。クロネさん、エスト、ルカ、ちゃんとルフールを休ませてやれよ?」

 

「大丈夫です。ボクがちゃんと体調管理をしていますから。あぁ、そういえば追加で報告することが……エストさんからあるんでしたっけ」

 

 

 エストは椅子の背もたれから背中を離し、円卓に手を当てて言った。

 

 

「そうっス。防御の魔法を作ってもらっている間は暇だったんで、色々とクロネさんと話してたんスよ。特殊魔法がどうとか、ファーリがどうとか」

 

「なるほど。何か良い知見は得られたかい?」

 

「そりゃもう。精霊と特殊魔法が関係しているって話はクロネさんも納得してくれて、運命魔法の活用法とか色々と考えてくれたんスよ。本当に大助かりっス! ちなみにルフールさんも話には参加してたんで、実質特殊魔法会議だったっス」

 

「へえ、それは良かった。それで報告ってことは、何か今回の件に役立つような新しい魔法でもできたのかい?」

 

「今から見せてあげるっスよ……。アチキとクロネさん。時魔法と運命魔法、2つの力を合わせた複合魔法……。その名も!」

 

 

 エストとクロネが呪文を唱えたかと思うと、2人は手を広げる。

 すると突然、円卓の上に白い光で描かれたヴァスカルの地図が現れたのだった。

 

 

「「特級魔法、『多重結界・時運命(ときさだめ)の鏡』!!」」



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92頁目.ノエルと策と頭文字と……

 ノエルたちはクロネとエストが展開した光の地図を見上げつつ、驚いた顔をしている。

 白い光はやがて様々な色に点滅し始め、その立体的な地図は時を刻むように少しずつ動き始めるのであった。

 すると、誰が尋ねるよりも早く、エストが解説を始めた。

 

 

「この『多重結界・時運命(ときさだめ)の鏡』は、今回使い物にならなかったアチキたちの未来予知を、全く違う形で見せることに成功した素晴らしい魔法っス」

 

「全く違う方法での未来予知……。確かにこの地図、色んな光の粒が時間と共に動いているけど……。あ、もしかしてこれ、未来のヴァスカルの地図ですか?」

 

「サフィアの言う通りじゃ。まあ、厳密に言うと決定した未来ではなく、今のヴァスカルの民たちの基本的な行動を元にした()()()()()()、じゃがな」

 

「なるほどな。だが、まだそれだけだと時魔法の未来視とほぼ同じじゃないかい? そいつを可視化しただけってんなら、エストの運命魔法の力は必要ないはずだろう?」

 

「無論、この魔法はこれだけではない。では、2つ目を見せようかの」

 

 

 クロネの合図と共に、エストは呪文を唱えて光の地図に触れた。

 その瞬間、光の粒が弾け飛び、しばらくしてそれは文字となって再構築されるのであった。

 

 

「こいつは一体……」

 

「運命の収束率を図に表してみたっス。これまでの時魔法では分からなかったどの運命になりやすいのかっていう統計を、アチキの運命魔法で補強することによってより正確に運命を予測できるようになったんスよ」

 

「じゃからといって、確定した未来を知れる運命魔法の下位互換ではないからの。今のワシの未来視は連中の魔法によって、どれが一番ありうるかという選択肢を無数に提示されている状態なんじゃ。いつもなら少ない内から想定して行動できていたが、今度はそうはいかん」

 

「なるほど、それで選択肢を絞れる魔法で未来を予知する魔法ってわけか。じゃあ、占いではモヤがかかって見えなかったって災司(ファリス)の情報も、これでバッチリ判別──」

 

「は、できないっス。あくまでヴァスカルに住む国民たちがしてきた基本行動を元に地図にしてるだけなんで、あとから来るであろう災司(ファリス)たちの行動までは正確に反映できないんスよ」

 

「うん……? じゃあこの魔法、一体何のために作ったんだ?」

 

 

 すると、待ってましたと言わんばかりにすぐさまクロネが答えた。

 

 

「ふっふっふ……。災司(ファリス)の行動をわざわざこいつで直接予測する必要はないんじゃよ……」

 

「どういうことですの、姉様?」

 

「簡単な話っスよ。時運命(ときさだめ)の鏡が基本的なヴァスカルの人の動きを示すものなのであれば、その逆を利用すればいいんス」

 

 

 皆が頭を捻っていると、サフィアが自信なさげにこう呟いた。

 

 

「その逆……。つまり、基本的な動き()()()()()()を見つければいい……?」

 

「じゃないもの……。あぁ、そうか! この地図に写っているものと違う点を現実で見つけることができれば、それが災司(ファリス)に繋がる可能性があるってことになる!」

 

「そういうことっス! それに加えて、ノエルたちの集めてきた情報があるんで、連中が潜伏しているおおよその場所をこうやって入力すれば……」

 

 

 エストが再び呪文を唱えて地図に触れると、一部の光の粒が赤く光り始める。

 それは、ノエルたちが報告した災司(ファリス)の目撃情報の点と同じ場所に輝いていた。

 

 

「あっ、人の流れが少し変わったわね。これまでより目撃地点付近の人通りが少なくなってるし……。これが現状のヴァスカルに一番近い状態ということになるのかしら? 確かに、聞き込みの時に私たちが見たのと同じくらいの人通りだわ」

 

「恐らく、ほぼそれに近いものじゃろうな。じゃが、もっと精密なものにするために情報がもっと欲しい。じゃから、もっと聞き込みをしてもっと情報を集めてもっと正確な予測を立てたいところじゃが……」

 

「つまり、アタシたちが頑張らなくちゃいけないってわけだ。これがあれば、聞き込みをするだけで敵の位置を割り出せるかもしれない!」

 

「ようやく、わたくしたちの腕の見せ所ってわけですわね!」

 

 

 意気込むノエルたち災司(ファリス)探索部隊だったが、マリンはハッとしてノエルに尋ねる。

 

 

「ところで……これがなかったらどうするつもりだったんですの? 以前、『策がある』とか言っていたような気がしますが……。まさか、アカデミーの生徒たちに協力してもらうことが策だった、なんてことはありませんわよね……?」

 

「そんなわけがあるか。あれも作戦のひとつだ。ちゃんと策……というか手は打ってある。だが、いざという時のために取っておきたくてね」

 

「それならいいのですが……。でも、別にわたくしたちには話しても問題ありませんわよね?」

 

「あのなぁ、こういうのはとっておきだからこそ輝くってもんなんだぞ? とにかく、アタシたちは聞き込み続行だ。クロネさん、それでいいな?」

 

「うむ、問題ない。じゃが、この時運命(ときさだめ)の鏡で示された1日の人の流れはしっかり覚えておくんじゃぞ。時運命(ときさだめ)の鏡と現実を比較した時の明確な違いが分からねば、聞き込みをしても意味がないからの」

 

「もちろんだ。アタシたちの役割は情報収集と、時運命(ときさだめ)の鏡との間違い探し。そして、連中の尻尾を掴んで潰すことだ!」

 

 

 そう言って、ノエルは握った拳をじっと見つめるのであった。

 すると、クロネが言った。

 

 

「そうじゃった。明日またアカデミーに行くんじゃろ? その時はワシも行くからの」

 

「何か用事でもあるのか?」

 

「学園長なんじゃから、用事がないわけはなかろうて。なに、ワシもワシでちょっとばかし準備を進めねばならんからの」

 

「へー……。ま、当日突然付いてきても驚くなってことだよな? 分かったよ」

 

 

 そんなことをノエルが言うと、見計ったかのようにルフールは円卓の席を立つ。

 そして、部屋の外へと足を向けて言った。

 

 

「よーし、話はついたよな? ワタシはお先に失礼するよ。さっさと魔法を完成させて、時運命(ときさだめ)の鏡を研究したいからさ」

 

「そういえば、アチキたちの魔法研究を横目に作業してたっスもんねぇ。終わったらいくらでも見せてあげるっスよ。クロネさんの力が必要なんで、いつでもとは行かないと思うっスけど」

 

「んー、それだと不便だからなぁ。魔導書にでも書いておいてくれれば勝手に使っておくぞ?」

 

「2人でどうやって魔導書にまとめろって言うんスか。まだ発動ができるだけで、魔導書に書き留められるほどは研究できてないんスから。まあ、一応時間の許す限りは試してみるっス」

 

「研究が終わった時の楽しみにしておくさ。じゃ、お先〜」

 

 

 そう言って、ルフールは部屋から出て行った。

 それから、ひとりひとりと円卓を離れ、それぞれの部屋に戻るのであった。

 

 

***

 

 

 その次の日の明朝。

 城の中に大きな声が響き渡った。

 

 

「できた〜!! 完っ璧だぞ!」

 

 

 ルフールは、紙に書いた魔法陣を眺めながらそう叫んでいたのだった。

 今の声で目を覚ましたのか、先ほどまでぐっすりと眠っていたクロネとエストが重いまぶたを持ち上げて、ルフールの隣でキョロキョロしている。

 すると、本を読んでいたルカがルフールの元に歩いて来て魔法陣を覗き込む。

 

 

「おぉ……。なるほど、こういう仕組みで展開すれば良かったのですね! 流石はノエルさんの師匠、と言ったところでしょうか」

 

「やめてくれ、今は同じ大魔女だろう? 結界の研究ならワタシが一番の権威なんだから、師匠とかそういうのは関係ないさ」

 

「自分で言ってちゃ意味ないっスよぉ……。ふあぁ……。あ、魔法できたんスか?」

 

「あぁ、見事に完成したよ。えーと……名前どうしよっか」

 

「ワシらに聞かれてものぉ……。お前が作ったんじゃし、カッコいい名前でも付けてあげたらどうじゃ? 見た限り、階級は特級の空間魔法じゃろうて」

 

「うーん……防御壁(プロテクション)……違うな……。無敵の鎧(アンライバル・アーマー)……これもしっくり来ない……」

 

 

 ルフールはひたすら頭を傾げ、うんうんと唸る。

 そして、しばらくして彼女は3人を見回す。

 

 

「クロネ……ルカ……エスト……ルフール……。頭文字を取るとク・ル・エ・ル……か」

 

「クルーエル……残酷とか無慈悲という意味の言葉ですね。魔法文字の中でも特に攻撃系の魔法でよく使われるものだとか」

 

「クロネ、その言葉は呪文に組み込むとどういう効果があるんだ? 攻撃系は最近使ってないもんでね」

 

「そのままルカに聞けば良かろうに……。まぁ、答えてやろう。クルーエルは魔法を一時的に暴走させ、その威力を爆発させる効果を持つ言葉じゃな。同時に魔力を全て使い切ることにはなるが、弱い魔導士でも必殺の一撃となりうる呪文じゃ」

 

「なるほどなるほど……。よし、決めた!」

 

「……おい、待て。4人の名前の頭文字から付けた魔法の名前なぞ、ワシは嫌じゃからな!?」

 

 

 クロネの静止も聞かず、ルフールは羽根ペンで魔法陣に文字を書き記す。

 そして、ルフールはペン立てに羽根ペンを戻して立ち上がり、魔法陣を見せつけながらこう言った。

 

 

「聞くがいいさ! この魔法の名前は『防護結界・狂える聖盾(クルーエル・ブレイカー)』!! 4人の大魔女が作った、最高傑作の空間魔法だ!」

 

 

 ルカとエストは拍手をしながらルフールを見上げ、クロネは頭を抱えている。

 

 

「おいおい、まさか恥ずかしいのか?」

 

「そうではないわ! ただ、こんな勢いで付けた魔法の名前が後世に残るとなると……」

 

「あー……確かにそれはちょっと嫌かもしれないっスねぇ……。ま、誰もこの名前の由来なんて調べたりしないっスよ、きっと!」

 

「そもそも、ボクたち以外誰も由来を知らないんですから、誰も知るはずもありません!」

 

「えー……。ワタシはこの名前好きなんだがなぁ……」

 

「付けた本人なんじゃから当たり前じゃろうが!」

 

 

 こうして、ルフールは結界の魔法を完成させ、時運命(ときさだめ)の鏡を舐めまわすように研究した。

 そして昼を過ぎて、4人はクロネの用事のついでにノエルたちと合流することにしたのであった。



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93頁目.ノエルと転入生とお年頃と……

 ノエルたち災司(ファリス)探索部隊の4人は、ヴァスカルの国民全員を守る結界を作り終えたルフールたち魔法研究部隊と合流した。

 ノエルたちはルフールに称賛の言葉を送り、魔法の完成を喜ぶのであった。

 間もなく、クロネは学長室に用事があると言ってノエルたちと別れ、7人はアカデミーの入り口でジュンが来るのを待つことにした。

 

 

「なあ、ノエル。以前聞いた連中の目撃情報はクロネ経由で聞いたんだよな? それだったらワタシたちが直接ジュンって子に聞かなくてもいいんじゃないのか?」

 

「何を言ってる、ルフール。ちゃんと実際に聞く意味はあるぞ。クロネさんにあまり負担をかけたくないというのもあるが、聞き込みをした本人たちから聞く情報の方が得られる情報量が多いんだからな」

 

「そういうものか。ま、そういうのはノエルたちの仕事なわけだし、ワタシたちは何も口出ししないさ。今の質問は単なる好奇心だ」

 

「あ、来ましたよ。ジュン君〜! こっちこっち!」

 

「あー、いたいた! ノエル先生〜!」

 

 

 ジュンは元気そうに手を振りながら、ノエルたちの元へ駆け寄ってきた。

 以前、ジュンの後ろにいた生徒たちの姿はなく、ジュンは手に何かを持って1人で走ってきたのだった。

 

 

「はい、これ。全員の目撃情報をまとめた資料。ライジュ先生がまとめてくれたんだぜ」

 

「おお、助かるよ。ライジュにも礼を言っておいてくれ。それで……他の生徒たちは?」

 

「あぁ、今は魔法の実践授業の最中だから魔法訓練室にいるよ」

 

「どうしてお前は参加していない? 同じクラスじゃなかったのか?」

 

「先生から『お前は今日の単元をマスターしてるから、大魔女様の呼び出しに応じてこい』って言われたんだよ。だから今は自由時間ってわけ。で、前来た時いなかったのが3人くらいいるみたいだけど……」

 

「そうだった。こいつらもアタシたちと同じ大魔女さ。さ、どっちも自己紹介をしておきな」

 

 

 ルフール、ルカ、エストはジュンに自己紹介をし、ジュンもそれに返す。

 

 

「ノエル先生の師匠と、アカデミーの首席卒業生と、運命魔法を使える魔女か〜! やっぱり大魔女って凄い人ばっかりだ!」

 

「アチキだけ魔法の種類で判断されるんスねぇ……。これでもプリングの結界貼ったり色々してるんスけど……」

 

「プリングの結界の凄さをまだ知らないだけさ。気にするんじゃないよ」

 

 

 そう言って、ノエルはエストを慰める。

 そして、ノエルはジュンに向き直って尋ねた。

 

 

「早速だが、何か新しい情報はあるかい? この資料に書いている内容でも、身の回りで起きた小さな変化でも、何でも構わない」

 

「昨日、学長に報告した分以降だよな? それ以降となると……。あ、そうだ」

 

「お、何かあったのか?」

 

「今日、オレのクラスに転入生が来たんだよ。オレくらいの身長の女の子」

 

 

 7人がジュンを見下ろすと、それなりに小柄であることがわかる。

 サフィアは呆れながら言った。

 

 

「確かにノエル様は何でも構わないって言ったけど……逆にそれくらいの情報しかなかったの? 目撃情報の続報とかは?」

 

「あったら真っ先に学長に報告してるっての。少なくとも、オレの身の回りに変化があったから言っただけだ。役に立つ情報がなくて悪かったな」

 

「ごめん、言い方が悪かったわ。ジュン君が悪いとは言ってないから。ちゃんと情報を集めた上で報告してくれてるんだし、文句なんて言えないもの」

 

「なるほど……転入生か。どんな子だった? 性格とか見た目とか、使える魔法とか」

 

「え、えぇ……? うーん……あんまり喋ったりしなさそうな大人しめの子で、顔は……あんまり覚えてないな。魔法は何が使えるんだろ?」

 

「情報不足っスねぇ……。ってか、ノエル。明日には連中来ちゃうんスし、もう時間ないっスよ? こんなどうでもいい内容を聞くより、実地調査をした方がいいんじゃないっスか?」

 

 

 ノエルはエストに向き直り、こう言った。

 

 

「昨日のクロネさんの言葉を覚えてないのか? 『もっと聞き込みをしてもっと情報を集めてもっと正確な予測を立てたい』って、そう言ってただろう。じゃあ、こんな小さな変化でも放っておけないじゃないか」

 

「そ、そうだったっス……」

 

「じゃあ、決定だな。ジュン、転入生の他に何か変化はあるか? 今のうちに聞いておきたい」

 

「んー……。今のところは転入生くらいかな」

 

「分かった。それじゃあ、どうしようか。できればアタシたちの存在がバレないようにその子について調べたいが……」

 

「そうですわね……。とりあえず、魔法の属性だけでも確認しましょうか。どうやら、確認するにはちょうどいい時間のようですし──」

 

 

***

 

 

 ノエルたちはジュンに連れられて、アカデミー内にある魔法訓練室の外壁近くに来た。

 部屋の窓を覗くと、中の様子がよく見える。

 

 

「なるほど、実践授業中なら魔法を使っているところが見れるっスもんね」

 

「あ、いた。壁際にいるあの子だ」

 

 

 ジュンが指を差した方向には、1人で魔法を操る少女の姿があった。

 それは確かにジュンと同じくらい小柄で、短髪の少女だった。

 

 

「使っている魔法は……水魔法かしら? サフィアちゃん、合ってる?」

 

「見たことない魔法だから魔力感知して見てるけど、確かにあれは水魔法ね……。でも、あたしでも信じられないくらい魔力を込められた水を生み出してるわ……。とても透明で綺麗……」

 

「お前たちのおばあさまの水よりも、か?」

 

「いえ、流石にそこまでではありませんが……。でも、少なくともあたしはあんなことできません。あの子、かなりの実力かと」

 

「サフィアが認めるくらいの実力、か……。であれば、熟練度を鑑みて、水魔法だけを扱えると考えて問題ないってことだ」

 

「ノエル、それは甘く見過ぎじゃないか? ワタシたちのように強い魔女がいないとも限らないんだぞ? 別の属性の魔法も使える可能性だってある」

 

 

 ルフールはそう言って、集中して魔力を感じ取る。

 

 

「まぁ、今のところは水魔法の魔力しか感じ取れないが……。とにかく、決めつけはしないことだ」

 

「分かったよ。で、ジュン。あの子の名前は? そういや聞いてなかった」

 

「えーと……ジェニー、だったっけ。数日前にヴァスカルに引っ越してきて、年齢的にオレのクラスに入ることになったって」

 

「ボクの記憶が正しければ、アカデミーの編入試験はかなりの難関だったはずです。クロネさんの確認も入りますし、数日でそれを突破した実力は本物だと言えるでしょうね」

 

「うーん……」

 

 

 ノエルは首を傾げて唸っている。

 

 

「ノエル様、どうかしましたか?」

 

「いや……普通に怪しくないか?」

 

「と、言いますと……。まさかジェニーちゃんが、ですの?」

 

「そりゃそうさ。こんなタイミングで転入してきて、魔法の実力もあるときた。連中と関わりがないとは言い切れない」

 

「あんな女の子が災司(ファリス)だなんて、そんなことがあり得るのでしょうか? ノエルさんの言うこととはいえ、流石のボクでも信じられませんが……」

 

「いや、あり得るっス……」

 

 

 エストはそう言って、ルカの方へ振り向く。

 

 

「アチキになりすましたっていう模倣する土塊(ミミック・クラッド)とかいう魔法。あれなら子供の姿にもなれるはずっス。元の身長が小柄なら、あれくらいの子供に化けるのも可能なはずっスよ」

 

「ワタシも一瞬そう思ったよ。だが、あの子は水魔法の魔力しか帯びていない。そこをどう説明するんだ? 土塊を被ってる状態なのだとしたら、土の魔力を帯びていないとおかしいだろう」

 

「それは……そうっスね……」

 

「あのー。よく分からない話してるけど、オレは聞いてていいのか?」

 

「あ、すまない。お前を置いて話を進めてしまったな」

 

 

 そう言って、ノエルはジュンの頭に手を当てる。

 すると、ジュンはルフールにこんなことを言った。

 

 

「ちょっと聞いてて気になったんだけど、魔力が感じ取れないってことは魔力を隠してるんじゃないのか?」

 

「うん……? そりゃあ、魔力を隠せたら感じ取れないだろうけど……。でも魔法を全身に被ってる奴の魔力なんて、どうやって隠せるんだい?」

 

「例えば……別の魔法でさらに周りを覆ってるとか?」

 

「水の魔力を感じるってことは、全身を水で覆ってるってことになるっスけど……。どう見てもそんな感じはしないっスね?」

 

「うーん……。じゃあ、見えない魔法で覆ってたり……って、そんなことあり得ないよな。すまない、オレの言ったことは忘れてくれ」

 

「見えない魔法……見えない……水魔法……。あっ…………あぁっ!」

 

 

 サフィアはあまり響かないよう声を抑えつつ声を上げた。

 

 

「何か気づいたか?」

 

「はい。あの子が使っている透明な水の魔法……あれなら全身を覆わなくても、自分の周りを水の魔力で誤魔化せるんじゃありませんか?」

 

「なるほど……あり得るな。じゃあ、もしジェニーって子の周りから水の魔力の残滓が全く消えなかったら、あいつはアタシたちが探している災司(ファリス)ってことになる……!」

 

「となると……。そうですわ、ジュン君は魔力感知使えるようになりました?」

 

「ま、まあ多少は……。でも、まだまだだよ。かなり近くにいないと感知できないからな」

 

 

 それを聞いたマリンは腰に手を当て、ジュンを指差してこう言った。

 

 

「でしたら、大魔女からジュン君に仕事を与えます。今日の放課後まで、ジェニーちゃんと一緒に過ごし、水の魔力の残滓が消えるかどうか確認しなさい。もし水の魔力の残滓消えたら、土の魔力を感じたかどうかもお願いしますわ」

 

「えっ……。えぇ……気が進まないんだけど……」

 

「おや、もしかして……。お前、女の子が苦手なのかい? いや、それとも魔女が苦手なのか……?」

 

「そんなわけじゃないけど……。喋ったこともない子に話しかけるなんて、緊張するじゃん……」

 

「あぁ、そういうお年頃ってやつかい。そういえばイースにもこういう時期あったな……。まあでも、サフィアとは初対面でもちゃんと話せてたわけだし、気にしないでいいと思うぞ」

 

「そうかな……。じゃ、じゃあ……頑張ってみる……!」

 

 

 こうしてノエルたちはジュンに仕事を任せて、ジュンと夕方に合流する約束を取り付け、災司(ファリス)の目撃情報があった実地調査に行くことにしたのだった。



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94頁目.ノエルと防衛とお土産と……

 ノエルたちは実地調査をするために、災司(ファリス)らしき人物の目撃情報があった場所に来ていた。

 その周辺は、地下鉄の駅近くの住宅街であるもののあまり人通りがなく、ヴァスカルの王国兵士が十数人、見回りをしているだけだった。

 

 

「へえ……。時運命(ときさだめ)の鏡の予測は本当に当たるんだなぁ。ワタシも術式を除いてはみたが、ここまでのものだったとは……」

 

「いやぁ、自分でもビックリっスよ。性能を確認する余裕もあんまりなかったっスし、半分以上はクロネさんの魔法だからアチキも完全に仕組みは把握できてないんスよ」

 

「ほう、そうだったのか。アタシはてっきり、エストの占いが大部分を占めているものだと思っていたんだが」

 

「アチキはただクロネさんの未来視を可視化して、クロネさんの代わりに最もあり得る未来を選んでるだけっスから。つまり、ほとんどは時魔法で構築されてるんス」

 

「なるほど。で……何か情報として得られそうなものはありそうか?」

 

「パッと見た感じですと、数日前とあまり変化しているようには見えませんわね。とりあえず王国兵士さんたちに聞いてみましょうか」

 

 

 サフィアとマリンは王国兵士たちに異変があったか尋ね、ノエルたちのところへ戻ってきた。

 

 

「どうだった?」

 

「ほとんどジュン君がくれた資料と同じでしたわね……。このままですと、十分に情報が集まらないかもしれませんわ」

 

「そもそも、どうしてこの辺りで目撃されたんだろ? 普通、身を隠すつもりなら人通りが少ない場所を通ったり、不審に思われない格好をしたり、色々やりようはあったんじゃ……」

 

「私もサフィアちゃんと同じこと考えてたわ。駅から入ってきたのだとしても、明らかに自分が不審な格好だってのは分かってるはずなのに……。まさか、自分の立場が分かっていないバカな子だったのかしら?」

 

「あえて()()()()()、ということはないでしょうか? ボクたちを錯乱させるために……というただの憶測ではありますが」

 

 

 ノエルは考える素振りを見せ、しばらくしてこう言った。

 

 

「あの脅迫文は大魔女会議が行われる前に届いたものだ。そして災司(ファリス)のことも、ファーリの遺産についても、新聞では報道されてない。加えて、大魔女ってのも、国を代表する魔女ってことでしか認知されていない……」

 

「そういえばそうだったわ。だからジュン君たち国民は何も知らなかったのよね。ってことは、連中も新聞で知ることができる情報は限られてる、ってことか……」

 

「つまり、アタシたち大魔女がファーリの遺産の防衛に回っていることは、連中からすると予定外のはず。となると……錯乱させる相手はアタシたちじゃない……?」

 

「まあ、こうして王国兵士さんたちが見回りに駆り出されてますわね。ジュン君たちの聞き込みの成果ではありますが、駅周辺の防衛は十全と言えるでしょう」

 

「……こういう仕事をする兵士って、足りない場合はどこから削られるんだっけか」

 

「なぜわたくしに聞くのかはさておき……。戦闘向けの兵士ですし、防衛する優先順位が低いところからでしょうね。今のこの国の場合ですと……大魔女であるクロネさんのいる、アカデミーか王城……?」

 

 

 その瞬間、ノエルたちはハッとした。

 

 

「ジュンたちが危ない!!」

 

 

***

 

 

 ちょうどその頃、ジュンは転入生のジェニーの後ろをついて行っていた。

 

 

「うーん……。いくら大魔女からの頼みとはいえ、実はもの凄く悪いことをしてるんじゃ……」

 

 

 中々話しかけられず、数時間が経過していたのだった。

 

 

「ただ、少なくとも水の魔力の残滓は消えてないな。……って、あいつさっきから何してんだ?」

 

 

 ジェニーはクラスメイトたちに何かを手渡している。

 生徒たちは喜んで受け取っており、全員の手に行き渡っていた。

 

 

「あれは一体……? 転入土産みたいなもんかな……」

 

 

 すると、ジェニーは生徒と話し終わったのかジュンの方へ振り向いて、歩いてきた。

 ジュンは驚き、たじろいでいる。

 

 

「あなたが、最後……」

 

「えっ?」

 

「これ、お土産。もうみんなには配ったから……」

 

「あ、ありがとう……。そ、そう! 自己紹介してなかったよな! オレはジュンって言うんだ! よろしくな、ジェニー!」

 

「……よろしく」

 

 

 そう言って、ジェニーはどこかへ行ってしまった。

 ジュンはついて行く足を止め、手に握られたお土産をじっと見る。

 

 

「……なんだこれ? ただの彫刻みたいだけど……」

 

 

 それは手のひらくらいの大きさの、木彫りの花だった。

 中央には小さな宝石がはめ込まれており、紫色に光っている。

 

 

「これ……ちょっとだけ変な魔力を感じる。つまりは魔具なんだろうけど……って、あぁしまった! 見失った!」

 

 

 ジュンはジェニーを探すために追いかけるのであった。

 

 

***

 

 

 それから数十分後。

 ノエルたち7人はアカデミーに到着した。

 彼女たちの心配とは裏腹に、生徒たちは何事もなく生活を送っている様子だった。

 

 

「良かった……特に何も起きてないみたいだな……」

 

「ジュン君が危ないとか言っていた割に……大したことないじゃないですの」

 

「全員同じこと考えてここに来たんスから、誰も文句は言えないっスよ」

 

「結局、時運命(ときさだめ)の鏡に必要な情報収集も中断されちゃったねぇ。じゃ、ワタシは作った術式の展開をいつでもできるよう準備してくるよ。さっきの推測が正しければ、連中が明日きっかりに決行するかも定かじゃないし」

 

「それもそうだな。頼んだよ」

 

 

 ルフールは部屋へと戻るのだった。

 ノエルたちは職員室へと向かい、ジュンを呼び出すことにした。

 

 

***

 

 

「はあ? 見失っただって?」

 

「本当にゴメン! オレも学内を必死に探してみたんだけど、全く見つからなくて……。目撃情報もないし……」

 

「目撃情報がない、か……。魔力の方はどうだった?」

 

「水の魔力の残滓しか分からなかったよ。少なくとも土の魔力なんて全く感じなかった。あ、魔力といえば……これ!」

 

 

 ジュンはそう言って、ジェニーからもらった魔具をノエルたちに見せた。

 

 

「ジェニーからもらったんだ。クラスのみんなが持ってるよ」

 

「この魔力は……。パッと見ただけだと何の魔法か判別できないくらい、小さく圧縮されてるな……」

 

「って、クラスの全員がこれ持ってるの!? ノエル様、大丈夫でしょうか……?」

 

「注意はしておいた方がいいとは思うが……。なあ、ジュン。念のためにこいつを預かってもいいかい?」

 

「もちろん! クラスのみんなのはどうすればいい?」

 

「お前のクラスメイトはジェニーをただの転入生だと思っているだろうし、下手に動くとアタシたちの存在がバレる恐れがある。だからそのままでいいよ。もし危険なものだったとしても、アタシたち大魔女がついているから安心しな」

 

 

 ジュンは頷いて、魔具をノエルに渡した。

 

 

「じゃあ、引き続きジェニーの消息を探ってくれ。もしかしたら思わぬ発見があるかもしれないしね」

 

「分かった。ノエル先生たちも気をつけて」

 

「あぁ。任せろ!」

 

 

 そう言ってジュンとノエルたちは別れ、ノエルたちはクロネに会いに行った。

 そしてクロネと合流した一行は、王城にあるクロネの部屋に戻って話し合いをすることにしたのだった。

 

 

***

 

 

 クロネの部屋にて。

 今日あったことをノエルたちはクロネに全て伝えた。

 

 

「今から話す議題は3つ。1つ目は消えたジェニーとかいう魔女の消息について。2つ目は、ジェニーがクラスメイトに渡したこの魔具について。そして3つ目は災司(ファリス)たちの目的について、だな」

 

「なるほど、ワシの知らぬ間にそんな大事(おおごと)になっていたとはの……」

 

「1つ目については不明としか言いようがないですわね。もし本当に彼女がわたくしたちがヘルフスで会った姉様の偽物だとすると、誰かに変身して潜伏したと考えるのが自然ですし」

 

「じゃあ、2つ目について。さっきぶっ壊して宝石の中身を確認してみた。だが、何の魔法かは結局分からなかったよ。この魔力の感じに覚えはあるんだが、あまりに微量過ぎて判別ができなくてね……」

 

「ちょっとあたしが確認してもいいですか? 微量な魔力ならあたしの方が分かるかもですし」

 

「あぁ、頼んだよ。若い魔女の方が感覚は鋭いし」

 

 

 ノエルはサフィアに宝石を渡し、サフィアは集中して目を瞑った。

 

 

「確かに魔力は感じるけど、とても小さい力で属性が判別しにくい……。でも、この違和感……嫌な感じ……?」

 

「嫌な感じの魔力って……。まさか、大厄災の呪いですの!?」

 

「なんだって!?」

 

「そう、それに似てるのよ! でも、その呪いの内容までは分からないわ……。ただ、力は弱いから普通の光魔法でも祓えるかも?」

 

 

 それを聞いたエストは立ち上がって言った。

 

 

「じゃあ、早速クラスメイト全員の分を浄化しに行くっス──」

 

「待て。そんなことをしたら、次に連中がどんな手を使ってくるか分からないだろう? せめてその対策を立てた上で行動してくれ」

 

「それもそうっスね……。それなら、どうするんスか? 連中が呪いを国中にばら撒きでもしたら、それこそ手がつけられないっスよ?」

 

「万が一の時はマリンの指輪があるから問題ないとしても、これが連中の考えた国民を人質に取る方法と考えるべきだろう。となると、こちらもちゃんとそれに対して万全に対応するしかないさ」

 

「でも浄化はしないんスよね? どうするんスか?」

 

「ここで3つ目の議題だ。連中の目的は少なくとも脅迫状にあった通り、ファーリの遺産だろう。そして、城の防衛を崩すために不審者として目撃され、アカデミーに潜入してこの呪いをばら撒くことにした」

 

 

 サフィアたちは頷きながらノエルの話を聞いている。

 

 

「連中はアタシたちの存在を計算から外して行動していると予測される。つまり、アタシたちがファーリの遺産の防衛をしていることも、呪いを祓う手段を持っていることも知らないはず!」

 

「まさか……連中をこのまま泳がせるつもりかの?」

 

「あぁ、その通りだ。国王がファーリの遺産を渡す気がない前提で連中は動いているはず。となると、アタシたちの目的はただ一つ。このまま連中を泳がせ、最後の最後で作戦を全力で潰すことだ!!」



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95頁目.ノエルと伝令と作戦開始と……

 ヴァスカル中の国民の命を脅かそうとしている災司(ファリス)を泳がせ、彼らの本命であろうファーリの遺産を正面から守る。

 そんなノエルの立てた作戦に、クロネを始めとする数人は頭を悩ませていた。

 

 

「一時的とはいえ、呪いによって皆を苦しませるということじゃな……? であれば、ワシはその作戦には断固反対じゃ」

 

「アチキも反対っス。いくら連中の作戦を止めるためとはいえ、やっぱり国民を巻き込むのは良くないっスよ」

 

「さっきも言ったが、だからといって騒動が起きる前に全て浄化してしまうのは危険だ。ちゃんとすぐに浄化はさせるから、少しの辛抱をして欲しいだけなんだがな……」

 

「他の方法は無いんでしょうか? ボクとしても、人を苦しませる前提の作戦というのはいかがなものかと……」

 

 

 それを聞いたノエルたちは、再び黙って悩み込んでしまう。

 すると、ロヴィアが首を傾げてこんなことを言った。

 

 

「そもそも連中が呪いをばら撒こうとしてる目的って、国民を人質に取ることと騒動を起こして王国兵士たちをたくさん駆り出すことよね? でも、どうやって作戦の合図を確認するのかしら? 図書館と住宅街ってそれなりに距離あったわよね?」

 

「そう言われますと確かに……。目や耳で確認するにも遠すぎますし、足で現場から走ったとしても図書館付近の警備が戻るのは時間の問題のはずですわ」

 

「んー……。ワタシみたいに空間魔法が使えるならまだしも、そうじゃないと信じた上での推測だが、連中は他に騒動の発生を確認する方法があるんじゃないか?」

 

「連中が起動した呪いの魔具によって人々が苦しみ、通報。それに反応して、王国兵士たちが詰所や持ち場から集まってくる。その隙に禁書庫に潜り込む……か。……って、なんだ簡単な方法があるじゃないか!」

 

「ノエル様、何か分かったんですか?」

 

 

 ノエルは自信ありげに言った。

 

 

「あぁ、なぜ気づけなかったのか、自分でもビックリだよ。クロネさん、王国兵士たちの詰所はどこにある?」

 

「この王城と王立図書館の間じゃな。そりゃ、城の警備をしとるんじゃから、近くにあるに決まっておろう?」

 

「じゃあ、詰所から武装した王国兵士が大量に、それも急ぎ足で出てきたらどう思う?」

 

「まあ、何か重大な事件があったって思いますわね…………あっ」

 

「そう。別に現場にいなくたって、連中は事件の発生を知ることができるのさ」

 

「でも普通は通報があっても、その情報が伝令によって詰所に伝えられるのって時間がかかることよね? それこそ王国兵士たちが出ていくのを見る前に、現場から自分たちの足で戻る方が簡単じゃない?」

 

 

 そんなロヴィアの疑問に、数人が納得している。

 それに対して、クロネはこう返した。

 

 

「ヴァスカル国内では有名な話なんじゃが、王国兵士たちはルカが作った魔具の力で一瞬にして伝令が可能なんじゃ。言葉を風魔法に乗せ、遠くへ素早く運ぶ魔具を使って、な」

 

「あぁ……。王国兵士が何か変な道具に向かって情報伝達しているのを見たことがあったから、魔具か何かだろうとは思っていたが……。まさかルカの作品だったとはね」

 

「そんなものを作ったこともありましたね……。ボクが学生の頃、王国兵士さんたちが情報の伝達に困っていらっしゃったので、師匠の力もお借りしつつ魔具を作ったのですよ」

 

「なるほどな。その時から、魔女として立派に仕事をしていたってわけだ。流石はルカ、と言ったところか?」

 

「とにかくじゃ。王国兵士たちは独自の情報伝達手段を持っておる。無論、作戦を綿密に立てている以上、連中がそれを知らぬはずはなかろう。つまり、災司(ファリス)は詰所を見て事件の発生を知り、ことを起こそうとしておるというわけじゃな」

 

 

 ノエルは話をまとめるべく、思考を巡らせる。

 そして数秒後、ある結論を出した。

 

 

「連中は呪いによって騒動を起こし、王国兵士たちを禁書庫付近から減らそうとしている。そして、奴らは詰所を見張った上で騒動の発生を知る。つまり、騒動が起きている現場にはいないってわけだ」

 

「騒動が起きている現場にはいない……。ってことはもしかして!」

 

「そう、ここでこの話に至った元の議題に戻ろう。アタシはここの国民を実際に呪いで苦しませて通報させる前提で、あの作戦を立てていた。だが、別にそんなことをしなくても、()()()()()()()()()()くらいのことを起こせば良かったんだ!」

 

「つまり、わたくしたちのうちの誰かがおとりになるってことですの?」

 

「無駄に戦力を割くのはあまり好ましくない。それに、おとりになるにしても連中が呪いを起動するタイミングと合わせるのは至難の技だ。だから、こんな作戦でいこうと考えている」

 

 

 ノエルは自分が考えた新たな作戦をサフィアたちに伝える。

 その瞬間、8人は満場一致で頷き合うのであった。

 

 

***

 

 

 災司(ファリス)たちが指定した日の昼過ぎになった。

 ファーリの遺産を渡す予定の夕刻まではまだ時間はあるが、ノエルたちは準備を万端に整えていた。

 そして、円卓を囲んで作戦の最終確認をしているノエルたちの元へ、ヴァスカル王がやってきた。

 

 

「脅迫状に書いてある通り、今日が奴らの攻めてくる日だ。もちろん遺産を渡す気などないが……その様子だとヴァスカルの民の命を救えるのだな?」

 

「あぁ、任せて欲しい。だから国王様は、連中にしっかり遺産を渡さないと伝える覚悟をしておいてくれ。いくらアタシたちの力があるとはいえ、民の命が駆け引きの道具に使われる状況には変わりないからな」

 

「それで、どのような作戦なのだ?」

 

「この話が連中に聞かれているとも分からないから詳細は伏せるが、夕刻になったら国王様は城門の前で連中を待って欲しい。そして、奴らが来ると同時にきっと何かが起こるはずだ。そうしたら、それに対応するよう王国兵士に伝えてくれ」

 

「……なるほど。少しの心配はあれど、今回はあなた方の言う通りにしよう。この一件はあなた方の大魔女としての実力が試される場でもある。あなた方を大魔女に任命した余が信じずに誰が信じようというのか!」

 

 

 ノエルたちは胸を撫で下ろし、国王の宣言に感謝の意を示す。

 続けて、ノエルは国王に言った。

 

 

「あと、禁書庫への入館許可を欲しい。今日中にファーリの遺産を守り切ることが最終目標なわけだから、それくらいは構わないだろう?」

 

「無論構わん。だが、遺産のある部屋は遺産を守る結界によって、扉からしか入れない。その扉の突破を許さぬよう、そして遺産そのものが誰かの目に見られぬよう、お願いしたい」

 

「アタシたち8人の力があれば、災司(ファリス)なんて敵じゃないさ。これまでもたくさんの脅威と戦ってきたんだ。こんなところで負けてたまるかっての!」

 

「……では、健闘を祈る。きっとあなた方が大魔女で良かったと思えるよう、こちらも奮闘させていただこう」

 

 

 そう言って、ヴァスカル王は円卓のある部屋から出ていった。

 

 

「これで最後の手筈が整った。あとは連中に一泡吹かせて、徹底的に撃退するだけだ!」

 

 

 こうして、ノエルたちはそれぞれ持ち場について災司(ファリス)の襲来を待つのであった。

 

 

***

 

 

 それから数時間が過ぎ、夕刻となった。

 王城の上に作られた防護結界・狂える聖盾(クルーエル・ブレイカー)の付近から、ルフールは城門前のヴァスカル王を見張っていた。

 両手に収まるくらいの大きさの光る結晶は、正しく魔法が発動していることをルフールに教えている。

 そんな中、ルフールは災司(ファリス)が来るのをただ待っているのだった。

 

 

「いくら空間魔法で瞬間的に移動ができるからって、ワタシが見張りをする羽目になるとは……。まだなのか?」

 

 

 その時だった。

 大通りから、明らかに城門に向けて歩いてくる2つの影が見えてきた。

 1つは小柄な少女のもの。

 そしてもう1つは筋肉質な大男のものだった。

 

 

「来た来た……。あの包帯をしている黒ローブが、目撃情報のあった災司(ファリス)だな」

 

 

 ヴァスカル王は少し身構え、お付きの王国兵士はヴァスカル王を守ろうと前に立つ。

 

 

「さて、ここからどうなるかが見ものだが……。まあ、見た限りだと本当に遺産を渡すつもりはなさそうだ。ワタシの方も準備しなきゃね」

 

 

 城門前を見張りつつ、ルフールは魔導書を開く。

 すると、ヴァスカル王が首を振り、2つの人影が驚いている素振りを見せるのが見えた。

 

 

「お、そろそろだな……」

 

 

 間もなく、2つの人影のうち大きい方から黒いモヤが浮かび上がった。

 その瞬間、2つの人影は大通りへと逃げていき、国王は王国兵士を数人追わせるのだった。

 それを確認したルフールは、魔導書を破って地面に置き、呪文を唱える。

 すると、目の前の景色は一瞬で詰所の付近へと切り替わるのであった。

 

 

「よし、転移成功だ。さて、王国兵士たちの様子は……っと」

 

 

 ルフールが覗き込むと、王国兵士たちが詰所に集まってきている様子が伺える。

 そして、詰所の入り口にある大きなベルがカンカンと鳴らされ、その中からローブに武装した王国兵士たちが出てきたのであった。

 

 

「来た来たぁ! 木彫りの魔具の魔法がうまく起動したと見える! っと……ちゃんと報告もしなきゃな」

 

 

 ルフールは再び地面の魔導書に手を当てて、呪文を唱える。

 するとその瞬間、彼女はノエルたちの元へと転移したのだった。

 

 

「おっ、戻ってきたっスね。ってことは……」

 

「あぁ、ちゃんと全て予想通りに動いているよ。国王は遺産の引き渡しを断り、災司(ファリス)が呪いを発動。それによって国民から通報を受けた王国兵士たちが、ちゃんと大量に出動しているのを確認した」

 

「昨日のうちに木彫りの魔具は全て急ぎで回収して、災司(ファリス)の魔法の起動に合わせて浄化の光魔法と小爆発の火魔法が出るようにわたくしが改造しておきましたわ……。全く、なんて恐ろしいことをさせますの……」

 

「でもルフールの防護結界があるんだから、傷一つ付かない……んだよな?」

 

「そう言ってワタシの方を見ないでくれよ。魔法はちゃんとヴァスカル中に展開されているのを確認しているし、効果も確認済みだ。木彫りの魔具が爆発したってだけでも人は恐ろしくなって通報する、か。本当に誰だこんな作戦考えたのは!」

 

 

 7人は一斉にノエルの方へと振り向く。

 すると、ノエルは開き直ったようにこう言った。

 

 

「ど、どれもこれも、お前たちの魔法の実力を信頼しての作戦なんだ。そうだ……これを受け入れたお前たちも同罪なんだからな!」

 

「あーっ! ノエル様、それだけは言わないって信じてたのに!」

 

「私、今回の作戦にあんまり加わってないのに、そんなこと言われるのは心外すぎるんだけど! サフィアちゃんにも、私にもちゃんと謝って!」

 

「わたくしは喜べばいいのか、怒ればいいのか……」

 

「防護結界ってそんなことのために使う予定なかったんだけどな……」

 

「お前たち、いい加減に黙らんか。どんな言葉が魔法の鍵となるか分からない以上、大きい声での私語は慎むように言ったはずじゃぞ。それとも、ここがどこか……忘れたとは言わせんからな?」

 

 

 そんなクロネの一言に、一同は言葉を慎む。

 ノエルたちは周りを見回して、こう返した。

 

 

「ここはヴァスカル王立図書館の地下3階。禁書庫の奥のさらに奥。ファーリの遺産が眠る部屋の前の大広間……。その名を『ファーリの資料庫』と呼ばれる、原初魔法の宝庫だ」



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96頁目.ノエルと条件と襲撃と……

***

 

 

『ファーリの資料庫』

 

 ヴァスカル王立図書館の地下深くにある禁書庫。

 そこには特級魔法や一部の原初魔法、禁術と呼ばれるほど危険な魔法などの様々な魔導書や文献が厳重に保管されている。

 

 そして、そのさらに奥深く。

 かつて空間魔法の天才と呼ばれた魔女が作った防護結界によって守られた、とても広い部屋がある。

 それこそが『ファーリの資料庫』である。

 その部屋の中には原初の魔女・ファーリの家にあったローブやファーリが使っていた原初魔法の魔導書など、彼女の遺産が保管されている。

 これらは全て彼女の子供たち、つまり後のヴァスカル王家が集め、彼女を(しの)んで秘密裏に保管してあったものである。

 

 しかし、ヴァスカル王家が言うところの『ファーリの遺産』とはこれらの総称ではなく、資料庫のさらにさらに奥の部屋にあるひとつの遺産のことを指している。

 だが、それが何なのかはヴァスカル王家の直系たるヴァスカル王しか知り得ない。

 

 また、この資料庫の存在はヴァスカル王家とその関係者、また王立図書館の一部の司書のみしか知らず、国民も、ましてや他の国の誰も知るはずのない国の最重要機密である。

 

 

***

 

 

「そんなもの、災司(ファリス)はどうやって知り得たんスかねぇ?」

 

「余計な話をするでない。奇襲されたらひとたまりもないからの」

 

「油断はしないにしても、こんな広い部屋のどこで奇襲されるってんだ。防護結界だってあるわけだし、地中から攻めてくることもないだろう?」

 

「連中が時魔法や空間魔法を使えたらどうする。ワシとルフールだけでは戦力不足かもしれぬぞ?」

 

「そこはクロネさんの腕の見せ所ってやつだろうさ。それで、どうやって連中がファーリの遺産の存在を知ったのか……だったか? そこのマリンみたいにペラペラ内部情報を漏らす奴がいただけじゃないのか?」

 

「残念ながら、そうはいきませんのよ。わたくしやクロネさんのように仕事柄でファーリの遺産の存在を知った人は、口止めのために魂の盟約を交わせられるのですわ。なので、漏洩するはずは本来ならあり得ません」

 

 

 サフィアは首を傾げて尋ねる。

 

 

「じゃあ……どうしてあたしやノエル様には教えられたの? 魂の盟約って、絶対約束を破れないように縛りをかける魔法の契約のはずよね?」

 

「ノエルもサフィーも、それにあなた方全員、奇しくもこの話を話せる条件に満たされていたのですわよ」

 

「そういえば、サティーヌがいた時点でも遺産の話はできていたわね……。ってことは、サティーヌもその条件の対象ってこと? 全く予想もできないんだけど……」

 

「どうせ教えている者同士じゃ。あとで魂の盟約は交わしてもらうわけじゃし、条件を教えても問題はあるまい」

 

「分かりましたわ。魂の盟約を無視してファーリの遺産の情報を話せる条件。それは『ファーリ及び原初の大厄災の魔力に直接触れたことがある、現役の魔導士』なのですわ。()()なので大厄災の呪いから出た魔力に少しでも触れていれば対象になりますの」

 

 

 クロネとマリンを除く5人が納得していたが、ロヴィア1人だけ怪訝な顔をしている。

 

 

「それだと私……全く関係ないんじゃない? って、ルフールもルカもファーリの魔力に触ったことあるの!?」

 

「ええ、ボクは大海蛇(シーサーペント)の問題解決の際に、比較的に呪いの近くにいましたから」

 

「ワタシは大厄災の討伐隊にいたからね。ファーリの魔力に触れていても、何ら不思議ではないだろう?」

 

「となると……なぜロヴィアがその魔力に触れた経験がないはずなのに、この条件に当てはまっているのか……か」

 

「ワシに思い当たる節がある。ロヴィア、お前の中にはもう1人の人格があるんじゃったな? それも、一度死んだはずの魂の人格が」

 

「ロウィのことね。確かにその通りだけど、それとこれと何の関係があるの?」

 

 

 クロネは真剣な面持ちでロヴィアにこう告げた。

 

 

「これは完全にワシの想像の範疇の話になるが、聞いて欲しい。魂の盟約に課せられる縛り。その対象外となるための条件には、抜け道があったのではないか? という説じゃ」

 

「魂の盟約は、自分の魂に課せられた縛りを相手の魂と比較することで条件のすり合わせが行われる。だから魂を2つ持っているロヴィアはその比較対象が見つからない、とかそういう話か?」

 

「いや、そうではない。死んだロウィの魂が一度バラバラになったことで、その魂がこの世の理から外れてしまったのではないか、という話じゃよ」

 

「魂の盟約という契約すらも無視できるなんて、そんなの最強の魂ってことにならないか?」

 

「待って待って! 勝手に最強の魂だとか変な話でオチをつけるんじゃないわよ! とりあえず何かしらの理由で条件にピッタリだったんだから、結果オーライってことでいいじゃないの。追究する暇があるなら、連中の奇襲に備えなさいよ」

 

「そういえばすっかり忘れていたよ。災司(ファリス)が攻めてくるんだったな──」

 

 

 そんなことをノエルが言った瞬間、禁書庫の方角から大きな地響きが聞こえてきた。

 禁書庫の天井を覆っているガラスが破られたらしく、司書たちの悲鳴と本棚が倒れたような音が響き渡っている。

 

 

「来たか……。ルフール、人数は何人だった?」

 

「城門前に来ていたのは2人。うち1人はきっと例の魔女だ。もう1人のデカブツは黒い魔力を発していたから、注意するべきはそっちかもしれないね」

 

「よし、じゃあ全員、魔導書を構えて臨戦態勢に入れ! 目的は連中の鎮静と捕獲。攻撃の跳弾などで禁書庫が壊れないよう注意しつつ、ここを守りきるんだ!」

 

 

 ノエルの掛け声と共に、大魔女8人は持ち場につく。

 すると、奥の通路から2人分の速い足音が近づいてきた。

 しかし、ノエルたちの前に現れたのは災司(ファリス)ではなく、ヴァスカルの王国兵士なのであった。

 

 

「んん……? お前たちは王国兵士……? なぜこんなところにいるんだい」

 

「……はっ。禁書庫から大きな音が聞こえたため、こうして現場に急行してきたわけですが……。遺産は無事でしょうか!」

 

「そりゃ、無事に決まってるじゃないっスか。むしろ現場はアンタたちの後ろの方のはずっスよ」

 

「はっ。失礼いたしました! では、持ち場に戻らせて──」

 

 

 その瞬間、ノエルはハッとした。

 普通の王国兵士が知り得ないはずのファーリの遺産のことを、()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

「ぜっ、全員、気を緩めるな!!」

 

「ハッ! 気づくのが遅いよ! 『魔水霊の咆哮(エル・ウンディネア・ハウル)』!」

 

 

 謎の王国兵士が振り向き様に放った水魔法は、ノエルたち8人に向けて勢い良く発射される。

 完全に油断しきっていた数人は反応が追いつかず、回避することができない状況の者もいる。

 しかし、クロネは堂々と魔導書を構え、魔法の正面に立ったのだった。

 

 

「クロネさん! 危ない!」

 

「『魔岐戻し(グラン・エル・リワインド)』!!」

 

 

 クロネがそう唱えた瞬間、全員に向けられていた水魔法が掻き消える。

 そして、ノエルたちの目の前には先ほどとは違う2人が立っていたのであった。

 

 

「な、何が起きた……!? それに、私の模倣する土塊(ミミック・クラッド)まで破壊されるなんて……!」

 

「ワシを誰だと思っておる。時魔法の使い手、クロネじゃぞ? お主らを、魔法を発動する前の状態に時を戻した。最初からこの目を欺くことなど不可能と知るがいい……!」

 

「そうか、アンタら……噂に聞く大魔女ってやつか。国王の奴、やけに自身ありげに断るもんだから何かおかしいとは思ったが……」

 

「あなた方の呪いの魔具も、ボクたちが対策済みです。これで人質に被害は出ていませんし、こうして遺産を奪いに来ることもボクたちが防ぎます!」

 

「なるほど、全部全部お見通しってわけか。チッ……してやられたぜ……」

 

 

 包帯の女がそう言うと、隣の大男が口を開く。

 

 

「ジェニー、そんなことはどうでもいい。とにかく我らはあの方のためにここを破壊し、遺産を手に入れなければならないのだから」

 

「キャハハ! それもそうか! じゃあ、ガジョウ。やっちまいな!」

 

「言われなくとも。ウ……ウオオォォォォッ!!」

 

 

 ガジョウと呼ばれた大男が唸りを上げると、彼の身体から黒い魔力が放出され、やがてそれは具現化していく。

 

 

「あ、あれ、闘技場で見た呪いの鞭! でも、あの時のよりも……大きすぎるわ!?」

 

「2手に分かれろ! アタシたちはこの大男をどうにかする! クロネさんたちにはそっちを任せた!」

 

 

 ノエル、サフィア、マリン、ロヴィアがガジョウの、クロネ、ルカ、ルフール、エストがジェニーの前に立ちはだかってファーリの資料庫を守ることにした。

 ノエルはマリンに小声でこう言った。

 

 

「マリン。あの光魔法は最終手段だ。あの光量はアタシたちにも影響があるから、もう1人に突破される危険性がある。とにかく、こいつをどうにか抑えるしかない!」

 

「難しいことを言ってくれますわね……! あんなのの攻撃から資料庫を守るなんて、どれほど強力な魔法で戦えばいいのやら!」

 

「楽しんでるところ悪いけど、私は戦闘あんまり得意じゃないから、あなたたちに任せるわよ。念のために、こいつらは置いといてやるわ……よっ!」

 

 

 ロヴィアはポケットから結晶を3つ取り出し、地面に投げつける。

 すると、それらは大きなゴーレムとなり、ノエルたちを守る態勢に入るのだった。

 

 

「私お手製の戦闘用ゴーレムよ。魔法耐性バッチリだから、いくらでも盾に使ってあげて!」

 

「少し邪魔かとも思ったが、使いようによっては便利かもしれないな……。助かるよ!」

 

「じゃあ、あたしもあの子たちを呼んじゃおうかな!」

 

「えぇ、思う存分戦わせなさい、サフィー!」

 

「じゃあ、飛ばしていくわ! 『ここに出たるは氷獄の扉。開け。我が召喚に応じよ。出でて呪いの根源を断ち切れ! 召喚術・雪の巨人(サモンズ・イエティ)』!!」

 

 

 その瞬間、サフィアの召喚魔法によって5体のイエティたちが現れ、ゴーレムたちと共にガジョウへと襲いかかるのであった。



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97頁目.ノエルと防御と偽物と……

 災印(ファーレン)が書かれた魔導書を手に、大厄災の呪いの力を解放した災司(ファリス)・ガジョウは、黒く巨大な魔力の鞭でノエルたちに襲いかかる。

 ノエルたちはそれぞれ魔法でそれを弾き返しつつ、攻撃の様子を見ていた。

 

 

「優先すべきはあの鞭を壊すこと、か。じゃないと資料庫を巻き込むことになりかねない。アタシの闇魔法で奴の動きを止めるか……?」

 

「ですが結局、呪いそのものは光魔法で祓うほかありませんし……。どうにかして鞭の動きも止めなければなりませんわね」

 

「でも、イエティたちが触れても霧みたいに消えちゃってどうしようも……! 実体がないものをどうやって止めれば……」

 

「アレ自体が魔力でできてる以上、私のゴーレムでどうにか防げはするけど、それも時間の問題ね……。ノエル、どうするの?」

 

「解決策が見つかるまで、今は時間を稼ぐしかない! くそっ、クロネさんたちの方はどうなってるんだ……!」

 

 

***

 

 

 数分前。

 ガジョウが呪いの力を解放して間もなくのこと。

 ジェニーは災印(ファーレン)のついた魔導書を取り出し、呪文を唱え始める。

 すると、ちょうどノエルたちと分かれたところで床が迫り出して壁となり、資料庫の中を完全に2つに分断してしまった。

 

 

「ガジョウの攻撃に巻き込まれるのはゴメンだからな! あいつ、すぐ力に頼っちまうから私でも対処ができないし」

 

「土魔法……。それも、資料庫の床に使われている魔晶の形をも変えるほどとなると、上級魔法かそれ以上を使える……といったところかの」

 

「お、おい、クロネ。ワタシの空間魔法であっちと繋げようとしたってのに、全く魔力が通らなかったんだが……?」

 

「この部屋の床は防犯も兼ねて、魔力を打ち消す力を持った魔晶が使われておるんじゃよ。じゃが、それそのもの魔法で操るとなると話は別ということか……」

 

「キャハハハ! 床の魔晶は作戦の懸念材料だったが、いざ使ってみるといいもんだぜ!」

 

 

 そう言って悪い笑みを浮かべたジェニーは、そのまま冷静な顔になってクロネたちの方へと向き直り、彼女たちの背後にある扉を見つめる。

 

 

「さて、その奥の扉がファーリの遺産の部屋に繋がってんだっけか」

 

「ボクたちを突破しようったって、そうはいきませんよ! なんたって、こっちには特殊魔法を操る3人の大魔女がいるんですから!」

 

 

 ルカの啖呵を聞いたジェニーは、目線を下げてクロネたちに目をやる。

 しかし次の瞬間、彼女は声をあげて嘲笑し始めたのだった。

 

 

「キャハハハ! 特殊魔法()()()、他の魔法に劣ってばっかりで何の役にも立たない魔法! あの方に言わせてみれば、()()()()()なんかに私が負けるとでも?」

 

「……ついさっき、クロネさんの時魔法で自慢の魔法を解除されたばかりだってのに、よくそんなことを言えるっスね?」

 

「そりゃ不意打ちだったし、魔法を防げるってわけじゃないからな。でも、戦うって点では絶対に負けないぜ!」

 

 

 ジェニーはそう言うと同時に呪文を唱え、床を巨大な尖った岩へと変換していく。

 そしてニヤリと笑ったかと思うと、それをクロネたちの足元へ向けて発動した。

 

 

「横へ避けるんじゃ! こいつは魔晶。ただの魔法では防げん!」

 

 

 クロネの指示に従い、4人はジェニーの攻撃を避けようとする。

 しかし。

 

 

「避けれるわけないだろ!!」

 

「なっ……!?」

 

 

 その避ける先にもジェニーの魔法が発動されていたことに、4人は魔法の発動まで気がついていなかったのだった。

 

 

「キャハハハハハ! ぶっ刺さってそのまま死んじまえぇ!!」

 

 

 ジェニーの土魔法は彼女たちに向けて、その鋭い岩の切っ先を勢いよく伸ばす。

 それは死角からの攻撃だったとはいえ、容赦のない速さで4人に当たった。

 

 

「はぁ……思ったより呆気なかったな。大魔女っていうから、もう少しマシなのを期待してたってのに」

 

 

 ジェニーはそう呟いて土煙の中へ耳を澄ます。

 しかし、壁の向こうから聞こえる物音以外は何も聞こえない。

 怪訝な顔をして、ジェニーは呟く。

 

 

「うん……? 当たった手応えがあった割に、痛みに苦しみ喘ぐ声が聞こえないな? あれを聴くために作った魔法だったつもりだったんだが……」

 

「確かに……悪趣味な魔法じゃな……」

 

「お、生きてる奴がいたな。どうだ? 痛いか? 苦しいか?」

 

「あぁ……なるほど。心臓の近くを狙って貫く土魔法か。ワタシの知っている限りだと、5本指に入るくらいには最悪な魔法だな」

 

「吹っ飛ばされたから痛くないってことはないっスけど……。いやぁ、本当に凄いっスねぇ!」

 

「……おい、待て。一体どういうことだ……!?」

 

 

 土煙が晴れると、ジェニーの目の前には4つの人影があった。

 だが、よたよたと立ち上がった彼女たちは傷ひとつついておらず、それぞれ魔導書を構えてジェニーに向き直っていた。

 

 

「わ、私は確実に魔法を当てたはずだ! どうして無傷なんだ!」

 

「人質にした国民を守るために張った、全ての人を守る防護結界がまさかワタシたちを守ることになるとはな。全く、巡り巡って自分のためになる魔法を作っていたとは、ワタシはなんて罪な魔女だ!」

 

「防護……結界……? だ、だが、これは魔晶。魔力を打ち消す素材だ! その結界だって魔力の塊のはずなのに、どうして破れていない!」

 

「そんなもの、対策済みに決まっているだろう? 防護結界の発動において最も恐ろしいのは防御できないことではなく、防御するための結界そのものが破られることだからね。ワタシを見くびってもらっては困るよ」

 

 

 ジェニーは舌打ちをしたかと思うと、また怪訝な表情で考えを口にする。

 

 

「だが、全ての人を守る防護結界ということは、私だって攻撃を受けないはずじゃ…………はっ!?」

 

「ようやく気づきましたか。ボクたちは誰1人として、あなたに攻撃なんてしてないんですよ。あなたも防護結界の対象である以上、魔力の無駄ですから。まあ、先ほどの師匠の時魔法は人を傷つけるような攻撃ではないので関係ありませんが」

 

「魔力を用いた攻撃を防御する結界と、物理的攻撃を防御する結界の合わせ技だが、衝撃までは吸収できないってところか……。確かにそれは厄介だな。ならば……!」

 

 

 ジェニーは魔導書を天高く掲げて、声高らかに詠唱をする。

 

 

「我らを統べる絶対的なる力よ! ここに我が魂を捧ぎ、乞い願う! 全てを呪い、全てを壊し、全てを魔に帰す力を我に与えたまえ!」

 

 

 その瞬間、魔導書から黒いモヤが湧き起こり、ジェニーの全身を包み込む。

 すると、彼女の身体を覆っていた衣服は黒く燃え上がり、やがてモヤが形となる。

 

 

呪い(これ)……なら……防げないだろ……。ぐあああああ!!」

 

 

 ジェニーは火傷に苦しみながら、モヤに身を任せている。

 

 

「……さっきのデカい方の呪いの力とはまた違うみたいっスね」

 

「あれではまるで魔物……いえ、それよりもっとおぞましい力を感じます……」

 

「ノエルがたまに召喚する『死神の手(リーパーハンド)』に近いかもしれないな。あれは冥府だとか地獄だとか呼ばれるほどの魔境に棲む、人の手に余る魔物だが……」

 

「そうじゃな……。魔女らしく形容するとすれば、あれは()()と言って差し支えなかろう」

 

 

 悪魔と呼ばれた()()は火傷に苦しむジェニーを完全に覆い、次第に大きくなっていく。

 そして、恐らく目と思われる部分が光ると共に、それは獣のように咆哮した。

 

 

「まさかここまでの魔力とはな……。あんなもの、ワタシたちの手にも余るんじゃないか?」

 

「避けてください!」

 

 

 悪魔は腕を振るってクロネたちに殴りかかってくる。

 避け遅れたエストは、それを運命を変えることで攻撃をなかったことにしようとするが、魔法は発動しない。

 

 

「ま、魔法が効かないっス!」

 

「なんじゃと!?」

 

 

 そのまま、エストは吹き飛ばされる。

 そして起き上がった彼女は、腕がひしゃげていたのであった。

 

 

「ぼ……防護結界も……効いてないっス……。ぐぁっ……」

 

「奴の攻撃が止まったら、ワシの時魔法で治してやる。それまでの辛抱じゃ!」

 

「そんなの待ってたらキリがない! 空間転移するぞ!」

 

「それこそ発動まで時間が足りんじゃろう! くっ、時魔法も効かぬとくれば、奴には魔法を完全に防がれて──」

 

「『減衰の天狗風(エル・ディケイ・スペル)』!」

 

 

 ルカは悪魔に向けて魔法を放つ。

 すると、攻撃としては効いていない様子であるものの、悪魔の攻撃の威力が限りなく少なくなっている様子が分かる。

 

 

「やっぱり効いた……! い、今のうちにエストさんの治療をお願いします! 空間魔法の発動ができるほど時間は稼げませんが、ボクの()()()()()ならあいつを少しは止められます!」

 

「わ、分かった! ルカ、お前に託すからの!」

 

 

 そう言って、クロネは時魔法を唱えてエストの腕の時間を巻き戻そうと試みる。

 だが、悪魔はクロネに向けて攻撃を仕掛けるのだった。

 

 

「させませんよ! 『減衰の天狗風(エル・ディケイ・スペル)』!」

 

 

 ルカは悪魔の攻撃を弾き返し、悪魔本体を遠くへ飛ばす。

 そして戻ってきた悪魔はクロネたちに攻撃をし続け、ルカはそれを何度もいなす。

 それを繰り返している間に、エストの治療は終わったのだった。

 

 

「感謝するっス。クロネさん、ルカちゃん」

 

「さて、どういうことか説明してもらおうかの。本物の魔法、お前はそう言ったな?」

 

「はい。先ほど、彼女は特殊魔法のことを()()と表現していました。それが効かないのであれば、基本魔法は効くのではないかと思いまして」

 

「なるほど、それで偽物の反対だから本物、か。単純な仮説だが、検証の甲斐があったってことだな」

 

「ただ問題があるとすれば、ボク一人ではどうしようもない、ということです。風魔法はあまり攻撃性能に特化していませんから、できればノエルさんたちの力を借りたいのですが……」

 

「壁が邪魔っスね……。それも、魔法を通さないとなるとアチキたちの力ではどうしようもないっスし……」

 

 

 悪魔の攻撃を避けつつ、クロネたちは考える。

 すると、ルフールはハッとして壁の向こうへと叫んだ。

 

 

「おーい、ロヴィア! キミ、土魔法の使い手ならこの壁をどうにかできないか!」

 

 

***

 

 

 突然聞こえた声にロヴィアは驚き、答えを返す。

 

 

「ちょっ、急に言われても無理よ! 知ってる素材ならまだしも、未知の素材の形を変える魔法なんて1日以上かけないと作れないもの!」

 

 

***

 

 

「じゃあ、魔法以外でこれを壊す手段はないか! そっちと合流しなきゃかなりマズい状況なんだ!」

 

 

***

 

 

「ってことらしいけど、何かいい案はないかしら?」

 

「魔法以外ですか……。サフィーのイエティは召喚済みですから、再召喚して指示の上書きなんてしてる暇なんてありませんし……」

 

「そもそも再召喚するほどの魔力なんて残ってないし、あいつの攻撃を防ぐので手一杯! ノエル様、どうしましょうか?」

 

「……そうだ、ロヴィア! お前のゴーレムでどうにかできないか?」

 

「そんなことしたら、防御が薄くなっちゃうわよ!?」

 

「だったら全力で攻撃を止めるまでだ! 頼む!」

 

 

 ロヴィアは少し躊躇いつつ頷き、クロネたちに声を掛ける。

 

 

「こっちから壊すから、そっちの4人はちょっと壁から離れて!」

 

 

***

 

 

 聞こえた声の指示に従い、クロネたちは壁から距離を置く。

 

 

「いつでも壊してくれて問題ないっス!」

 

 

 エストがそう言った瞬間、壁の向こうから強い衝撃音が何度も響いてきた。

 壁が叩かれるたびに地面が揺れ、やがて壁からパラパラと土塊が落ちる音がする。

 

 

***

 

 

 ガジョウはゴーレムに気をかけることなく、ノエルたちに攻撃をし続けている。

 ノエルとサフィアは全力で応戦し、マリンの魔力を温存させる。

 

 

「もうそろそろ壊れるわ! 壊れ次第、マリンはあっちに行ってあげて!」

 

「分かりましたわ!」

 

「何をするつもりだ! ジェニーの邪魔はさせん!!」

 

 

 ロヴィアはガジョウの攻撃をしゃがんで避け、ゴーレムたちは装甲でそれを弾く。

 そしてその瞬間、ゴーレムたちは拳を握り直し、力を溜める。

 

 

「いっけええええええ!!」

 

 

 ロヴィアの掛け声と同時に、ゴーレムたちは壁を思い切り殴ったのだった。



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98頁目.ノエルと合流と扉と……

 ドゴン、と重い音が禁書庫に響き渡る。

 その瞬間、壁に開いた穴からマリンがクロネたちのところへと飛び込んできたのだった。

 

 

「そちらの戦況はどうなって……。なっ!?」

 

「見ての通りじゃ。ジェニーは呪いの力で悪魔となった。そして、あの悪魔には基本属性の魔法しか通用せんことが分かった」

 

「なるほど、それでこちらと合流する必要があったわけですのね……。ですが、アレの動きを止めたところで時間稼ぎにしかなりませんわよ?」

 

「あっちの大男を封じさえすれば、あとはその指輪の力でどうにかできるっスよね? だからアチキたちがあっちに加勢して、パパッと終わらせて戻ってくるまでの時間稼ぎを頼みたいっス!」

 

「そういうことでしたら承知しましたわ、姉様。では、こちらはわたくしに任せてくださいまし!」

 

「そちらはよろしくお願いします、マリンさん!」

 

 

 そう話している間に、ゴーレムたちは壁を壊しきっていた。

 クロネたち3人は、瓦礫の丘を跨いでノエルたちと合流したのだった。

 しかし、ルフールだけは残ってマリンの横に並んでいる。

 

 

「……どうしてルフールさんだけこちらに残っているんですの?」

 

「単なる好奇心さ。どうせあっちに行ってもやることないし、せっかくならお前の本気の魔法ってのをこの目に収めておきたくてね」

 

「そういえば無類の魔法好きでしたわね……。防護結界があるとはいえ、わたくしの魔法に巻き込まれないように注意してくださいまし?」

 

「うちの弟子と違って、話が早くて助かるよ。さあ、ワタシにマリンの全身全霊をかけた魔法を存分に見せておくれよ!」

 

 

 ルフールがそう言った瞬間、マリンは手に炎を纏わせて悪魔へと立ち向かっていくのであった。

 

 

***

 

 

「ってことで、ガジョウの動きを止めにきたっス」

 

「お、助かるよ。イエティたちの攻撃もアタシの攻撃も、防護結界のせいで通用しなくて困ってたところだ」

 

「意気揚々と召喚してたってのに、あの呪いの鞭を殴り続けるしかないんだもの。おかげで攻撃の手は緩んでるけど、サフィアちゃんの魔力が少しもったいなくも感じるわね」

 

「まさか敵にも防護結界がかかってるなんて思ってなかったんだもん! はぁ……もう魔力は払ってるから、召喚門に戻しても意味ないしなぁ……」

 

「とりあえず、マリンを待たせても悪いからの。手早く終わらせるとするか」

 

 

 そう言って、クロネは魔導書を開いて呪文を唱える。

 そして、右手をガジョウに向けてかざす。

 

 

「『位置時停止(グラン・エル・ストップ)』!」

 

 

 その瞬間、ガジョウの動きが空中で止まった。

 が、呪いの攻撃はそのままノエルたちに襲いかかってくる。

 ノエルはそれを魔法で弾き返し、呪いの動きを警戒しながらクロネに尋ねる。

 

 

「ガジョウの動きを止めたんじゃなかったのか? それとも、呪いがあいつの意思とは別の存在だったとか……」

 

「それもあるかもしれないっスけど、単純にクロネさんの魔法をあの呪いが弾いてるだけだと思うっス。大厄災の呪いには特殊魔法が効かないんスよ」

 

「はぁ!? じゃあ、そっちはかなり苦戦したんじゃないか……?」

 

「ええ、だから合流したかったのです。ボクたちでは太刀打ちできませんでしたから」

 

「なるほどなぁ。それで……こいつはどうする? 呪いは攻撃を続けているが、どれくらいまでガジョウ本体の動きは止まるんだ?」

 

「持って5分じゃな。それも、この魔法の再発動にはいかんせん時間がかかってしまうから、2度目をアテにされては困るぞ」

 

 

 ノエルは少し考え、クロネに尋ねた。

 

 

「じゃあ、これで両方の呪いをマリンの指輪で祓えば問題ないってことだよな? 今なら光魔法の光量で隙を抜かれることもないだろうから」

 

「そういうことになろう。早くルフールたちと合流して、マリンの指輪の魔法を起動させるんじゃ!」

 

「サフィーとロヴィアはここから離れられないだろうし……仕方ない。アタシが行こう。サフィーは光が見え始めたらイエティたちを帰しておいてくれ。下手に暴れられても困るからな」

 

「分かりました!」

 

 

 ノエルは頷き、マリンたちの方へと移動した。

 

 

***

 

 

「おっ、ノエルが来たね。そっちはどうなった?」

 

「こっちの手筈は済んだ! あとはアタシに任せて魔法を起動してくれ!」

 

「わ、分かりましたわ! では、任せましたわよ!」

 

 

 マリンはノエルと場所を交代し、指輪を上に掲げて詠唱を始めた。

 その間、ジェニーに纏わり付いた悪魔はひたすらに攻撃をしてくる。

 ノエルは思いがけない連撃に少しあとずさるが、全ての攻撃を魔法でいなした。

 

 

「なるほど、こいつがジェニーってことか。うっかり身体に触れないようにしなきゃな」

 

「こいつ、自分が呼び出した呪いに焼かれて今は意識を失ってるんだ。だからこいつはジェニーじゃなくて、(まさ)しく悪魔と呼ぶべき存在さ」

 

「あぁ、そう言っても過言じゃないくらい嫌な魔力の塊だ。ジェニーが全身を包帯で覆っていた理由もこれで分かったな。アタシの中の謎がまたひとつ解けてしまったよ」

 

「余裕そうで何より。さて、マリンの方はどうなってるかな?」

 

 

 ルフールが後ろを振り向くと、資料庫の最奥の扉の前で手元を輝かせるマリンの姿がある。

 その魔法の発動寸前まで溜め込まれた神々しい光を目に、ルフールは恍惚な表情を浮かべる。

 

 

「これが……ワタシのまだ見ぬ魔法、原初魔法の輝かしさか……! 実に、実に美しい……!!」

 

「お前さては、そのためだけにこっちに残ってたな!? 他にできることくらいなかったのか?」

 

「空間転移、空間生成、防護結界、強化結界。前2つは壁のせいで、後ろ2つは呪いのせいで通用しない。そんな状況でどうしろっていうんだ? 他の魔法も使えなくはないが、せいぜい中級魔法程度だぞ?」

 

「そういえばクロネさんもエストも、特殊魔法使いは大抵基本魔法が苦手だよなぁ。まあ、それなら仕方ないか……?」

 

 

 すると、マリンは大声で叫んだ。

 

 

「皆さん、目を瞑ってくださいまし! 行きますわよ!」

 

 

 ノエルはその声に合わせてジェニー本体を魔弾で吹き飛ばし、サフィアはイエティたちを帰した召喚門の鍵を閉める。

 

 

「『天の光(ピュリフィケーション)』!!」

 

 

 指輪を中心に眩い光が部屋中を満たす。

 すると、ガジョウの魔導書から伸びていた呪いの鞭が暴れる音が消え、ジェニーを覆っている『悪魔』も苦しそうな呻き声を上げる。

 

 

「呪いが苦しむとは、おかしな話もあったもんだな。なるほど、過ぎた呪いは魔物となってしまうというわけか」

 

「声が聞こえるということは、まだ倒しきれていないということだ。この光が止むまで気を抜くんじゃないぞ、ノエル」

 

「分かってる。だが、この魔法は仮にも原初魔法だ。流石に呪いの残滓を祓いきれないなんてことは──」

 

 

 その時だった。

 軋むような唸り声を上げていたそれが、強い咆哮を上げた。

 そして、その声は凄まじい速さでノエルたちの横を掠めていった。

 

 

「アタシたちの後ろに走って……はっ!?」

 

 

 ノエルたちの前には壊れた瓦礫を挟んで、禁書庫に続く通路がある。

 このファーリの資料庫には扉がひとつしかなく、それは通路の真正面に作られていた。

 つまりノエルたちの後ろには、『ファーリの遺産』が保管されている部屋の扉があったのだった。

 

 

「マリン! そいつを止めろ!!」

 

「む、無理ですわ! これの発動中は魔法が……!」

 

「なるほど、いくら扉が魔法を無効化する素材でも、呪いの魔力には関係しないのか! ハハッ、ワタシたちはしてやられたってわけだ!」

 

「そんな呑気なことを言ってる場合じゃない! あと数秒で光が晴れるはずだから、突破される前に急いで奴を止めるんだ! クロネさんたちも合流してくれ!」

 

「分かっておる!」

 

 

 ノエルは後ろへ向き直り、魔導書を構えて光が晴れるのを待つ。

 そして間もなく、指輪から発せられた光は収まり、ノエルたちは一斉に目を開いた。

 

 

「……チッ! 扉が開いている!」

 

「国王の命令はあれど、このままでは遺産を守れませんわ! ノエル、ルフールさん、部屋に入りますわよ!」

 

「もちろんさ、言われなくても!」

 

 

***

 

 

 ノエルたち8人は急いで部屋の中へと入る。

 資料庫と同じくらいの広さのその部屋は、扉以外の四方八方が塞がれている。

 中央の階段の上にはガラスのような透明な結界に囲まれた空間があり、その中に何かが見えた。

 

 

「ノエル様、あそこです!」

 

「くっ、間に合わなかったか……!」

 

 

 『悪魔』は結界を破り、中央に置かれた何かに触れようとしている。

 

 

「おい、待て! それに触るんじゃない!」

 

 

 その声が聞こえたのか、『悪魔』は一瞬だけ動きをピタッと止めてノエルたちの方へと振り向く。

 しかし、そのまま向き直り中央の()()を手に取ったのだった。

 

 

「こうなったら力づくで取り返すしか──」

 

「……ファーリは……愚かであった」

 

「っ……!?」

 

 

 突然聞こえた謎の低い声に、ノエルたちは一瞬たじろぐ。

 見上げると、口を開いた『悪魔』がノエルたちに語りかけていたのだった。

 

 

「ファーリは愚かであった。ゆえに我々の意図せぬ行動をし、我々の意図せぬ結果を生み出した」

 

「お前は一体……何者だ?」

 

「我々は精霊。お前たちの言う魔力たる精霊ではなく、魔物の原点となりし精霊」

 

 

 精霊と名乗った黒い魔力はその黒い輝きを次第に強め、実体を形成していく。

 そして、それはノエルたちを睨み付けるように目を光らせて、こう言ったのだった。

 

 

「言うなれば、真の精霊である」



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99頁目.ノエルと野望と真実と……

『真の精霊』。

 そう名乗った黒い存在は、ノエルたちを見下ろしていた。

 ノエルたちは魔導書を構えようとするが、姿勢を崩して膝をついてしまう。

 

 

「ノエル様、身体がうまく動きません……!」

 

「あ、あいつの魔法か……。魔力が吸われていく……」

 

「くっ、厄介な魔法ですわね……」

 

「ファーリの子らよ。真の精霊たる我々を、魔物の原点たる我々を畏れよ」

 

 

 ノエルは耳に残った言葉を反芻(はんすう)する。

 

 

「真の精霊……魔物の原点……。なるほど、このアタシでも理解が追いつかないな……。だが……」

 

 

 よろよろと立ち上がったノエルは声を張り、真の精霊に尋ねた。

 

 

「言葉が通じるのであれば、いくつか聞いても構わないか! 話しかけてきたってことは、こっちと話す意思はあるってことだろう!」

 

「……聞こう」

 

「お前の……いや、お前たちの目的は何なんだ? そして、災司(ファリス)誰も知らない者(アンノウン)との関係性は?」

 

災司(ファリス)は我々の臣下である。大厄()()る者、そう名付けたのは(まさ)しく我々である」

 

「つまり、あなた方がわたくしたちの呼ぶところの、誰も知らない者(アンノウン)だったということですわね……。ですが、まさかこんな禍々しい力がまだ他にもあるなんて……」

 

(いな)。我々は『多』であり『個』である。魔力たる精霊と同列の存在とは思うなかれ」

 

「今そこにいる真の精霊ってのが、『我々』っていう存在そのものってことっスかね。複数の精霊が固まってできた個体としての『我々』……。よく分からない存在っスねぇ……」

 

 

 真の精霊は手に持ったファーリの遺産を見て、こう言った。

 

 

「ノエル、お前は問うたな? 我々の目的を。(しか)れば、今ここで明かそう」

 

「ど、どうしてアタシの名前を……」

 

「我々はファーリを作り、ファーリを育て、ファーリを滅ぼし存在。即ち、ファーリの子らを知らぬわけもあるまい」

 

「なんだって……!?」

 

 

 ノエルたちは驚きを隠せない様子を見せる。

 一度深呼吸をし、ノエルは再び真の精霊に向き合う。

 

 

「……理解が追いつかないどころか、理解が及ばない話になってきたな。それで、お前たちの目的を教えてくれるんだったな?」

 

「然り。我々はファーリの復活を……否、大厄災の再演を望む者なり」

 

災司(ファリス)が言っていたことと同じだな。なるほど、確かにそれが目的ということで間違いはなさそうだ。それで? お前たちの目的は聞いた。だが、その目的に何の意味がある? なぜ、お前たちは大厄災の再演を望む?」

 

「答えよう。我々は魔物の原点であり、頂点である。しかし、精霊たる我々は何にも捉えられぬ存在であった。ゆえに、我々は我々とは異なる魔物の統率者を求めんとした」

 

「それで産まれたのがファーリだってのか? 人間の子供を、どうやって精霊であるはずのお前たちが産める?」

 

「否。我々はファーリを作ったが、産みしは人である。我々は魔力を以て魔物を統括する人間を作るべく、ある赤子に魔物の力たる魔力を注いだ。それ即ちファーリである」

 

 

 サフィアはファーリの伝承を思い出し、こう言った。

 

 

「でも、ファーリって精霊さんと話して魔法を使えるようになって、魔導士っていう存在を世に広めた凄い魔女でしょ? 魔物を統括したなんて話、聞いたこともないわ?」

 

「然り。ファーリは人間の世界に適応し、我々の思惑通りに動くことはなかった。ゆえに、我々はファーリに試練を与え、魔の道を歩ませようと試みた」

 

「試練……。ファーリの人生が大きく変わったのは、18歳の時に起きた家の火事。あれがお前たちの仕業だって言いたいのか?」

 

「否。我々は火の精霊を使ったに過ぎぬ」

 

「同じだ! お前ら、どれだけ非道なことを……! そのせいでファーリは家族に見捨てられ、絶望の淵に追いやられたんだぞ!」

 

「然り。だがファーリは絶望の淵に立っても魔には落ちず。ファーリは人間の持つ『愛』などという不要な力によって、魔の道を踏むことはなかった」

 

 

 ノエルは嫌悪を一身に向けて真の精霊に言った。

 

 

「あぁ、お前らなんかに人間の気持ちなんて理解できないだろうさ。だが、愛が不要な力などとお前らに言われる筋合いはない! ファーリは旅人と出会って愛を知ったことで魔女として大成したんだ……。それが不要な力だって?」

 

「ノエル、落ち着きなさい。アレとまともな話をしようとしてはなりませんわよ。わたくしたちが何と言おうと、あの化け物は実際にあった過去を話しているに過ぎませんもの」

 

「チィ……」

 

 

 マリンの仲裁を不本意ながらに聞き入れ、ノエルは真の精霊の話を続けて聞く。

 

 

「魔力は我々の下位互換体たる精霊によってファーリの子孫にもたらされ、ファーリはより人間に近づくこととなった」

 

「人間に近づく……。そうか、魔力を注がれている以上は魔女も普通の人間とは違う存在……。だが、彼女が魔物の統括者になる保証はどこにもなかったはずだ。なぜ魔物ではなく人間に魔力を注いだ?」

 

「人間が魔物を狩るがごとく、魔物も人間を滅ぼす存在である。然れば、人間を滅ぼす人間こそ、魔物の統括者にふさわしい」

 

「どこまでも人と違う価値観じゃな。やはり、お前は悪魔と呼ぶべき存在じゃろう。じゃが、なぜファーリにそこまでこだわる。もはや魔力を持つ以上は他の魔導士でも良かったのではないのか?」

 

「否。我々が与えた純粋なる魔力を持つのはファーリのみ。ファーリの下位互換体など無価値に等しい存在である」

 

「好き勝手言ってくれるじゃないか。で、ファーリを滅ぼしたって話はどういうことなんだ? アタシの知る限り、大厄災となったファーリは人間の手で葬られたはずだが」

 

 

 それを聞いた真の精霊は話を続ける。

 

 

「自らの子らに魔法を制限するべく、ファーリは我々の下位互換体たる精霊と魂の盟約を交わし、魔物の術たる魔法を呪文などという縛りに封じた。それこそが我々の思惑と最も食い(たが)ったファーリの行いであった」

 

「そうか、魂の盟約は互いに縛りを課す契約。つまり、魔導士だけじゃなくて精霊側にも縛りが施されたってわけだ。魔物だって魔法が自由に使えなくなるんだ。そりゃお前たちの思惑とは大いにズレが生じただろうな」

 

「然り。契約を破棄することは不可能であると知った我々は、それからもファーリに試練を与え続け、幾度となく魔の道を歩ませようと試みた。そして、ある試練に負けたことを皮切りに、ファーリは大厄災へと大成した」

 

 

 その瞬間、ロヴィアはハッとして、真の精霊を睨みつけて言った。

 

 

「伝承によると、ファーリが精霊という心の拠り所を失ったのは病気のせいだったわよね。その病気の根源まであなたたちだって言うの? それこそ本当の悪魔じゃない!」

 

「無論、然り。そして、我々はファーリの子を利用し、魔導士などというファーリの下位互換体を全て滅さんとした」

 

「それが……魔法で兄を殺したっていう、大厄災直前に起きた事件の正体……」

 

「しかし、それは思わぬ形でファーリに影響した。そう、絶望の淵に立った人間を突き落としてこそ、我々の野望は成るものだったのだ。だが……」

 

「魔に落ちたファーリは、大厄災となった7日目に病気のせいで死んだ。お前たちの試練の影響で、彼女はボロボロだったんだ。なんだかんだでお前たちの野望は夢半ばで途絶えた、というわけだ。どこまでも胸糞悪い話だな……」

 

 

 ノエルがそう言い切ると、真の精霊は叫んだ。

 

 

「否……! 未だ我々の夢は途絶えず……!」

 

「まあ、じゃないとここにはいないよな……! さあ、いい加減にそのファーリの遺産を諦めてもらおうか!」

 

「笑止。魔力無き者に何ができるというのか。そして、もはや我々の目的は成されたに等しい。あとはファーリの魔力をこの手に戻し、精霊と交わした盟約を破棄し、大厄災の再演により人間を滅ぼし、魔物の世界を作り出すのだ……!」

 

「それが本当の目的ってわけか。だが、それとファーリの遺産に何の関係が……」

 

 

 ノエルは少し考え込む。

 すると、真の精霊は突然膝を地面に突いた。

 

 

「……維持魔力の限界か。止むを得ぬ事態が起きた。我々はここでいざさらば……」

 

「待てっ……!!」

 

「我々は……諦めぬ…………」

 

 

 真の精霊は黒いモヤへと形を戻し、ジェニーを吐き捨てる。

 そして、黒いモヤは風に吹かれたかのように部屋の外へと消えていくのであった。

 

 

「……逃がしてしまった、か」

 

「あちらも、あの形態を維持するための魔力が尽きたということでしょう。ノエルが話を繋いでくれたおかげかもしれませんわね」

 

「あぁ、ある意味じゃ一か八かの勝負だったよ。あいつは災司(ファリス)たち全員に自分の過去の話を聞かせていた。であれば、過去の話をする意思はあるし、話すことに多少の意義を見出していたはず」

 

「それを利用して情報を聞き出しつつ、相手の魔力が尽きるのを待ってたっていうの? ノエルって、たまにわけが分からないくらい無茶なことするわよね?」

 

「だから一か八かだったんだ。あいつの原型が大厄災の呪いだとすれば、ファーリの遺産を持ち出すために実体を持っている必要があったはず。つまり、時間を稼いで実体を維持できなくさせればどうにかできると思ったってわけさ」

 

「ん? ってことは……」

 

 

 サフィアが結界の方を見ると、真の精霊が持っていた()()が気を失っているジェニーの近くに落ちていた。

 

 

「よ、良かった! ファーリの遺産は無事ですよ、ノエル様!」

 

「無事かどうかは、確かめてみる必要があるのう。そこにあるだけでは無事である保証もあるまいて」

 

「そういえば結局、ファーリの遺産が何なのかボクたちは誰も知らないんですよね。せっかくなら全員で見に行きましょうよ」

 

「だな。ちゃんと結界を張り直す必要もあるし、ワタシも遺産の価値をちゃんと知っておかないと、うっかり結界を弱く作ってしまうかもしれないからね」

 

「そこはしっかり作ってもらわないと、ヴァスカル王から大魔女の称号を剥奪されるかもしれないっスよ?」

 

「それは勘弁だなぁ」

 

 

 ノエルたちは笑い合い、しばらくして息を呑んだ。

 そして、一斉に階段に足をかけて、透明な結界のある方へと歩みを進めた。

 

 

「ジェニーは拘束してもらったあとに治療しないとな。純度の高い呪いに侵されていたわけだし、時間をかけて治療する必要がありそうだ」

 

「またわたくしの指輪の力の出番ですわね……。全く、どれほどこの指輪が酷使されないといけないのやら……」

 

「いや、今回の働きが認められればこの禁書庫は自由に使える。そこでファーリの原初魔法を研究できれば、指輪以外での呪いの治療法が見つかるかもしれないぞ」

 

「それは何よりじゃない。マリンの仕事も減るし、私も新しいゴーレムの作り方とか覚えられるかも!」

 

「話はそこまでじゃ。そろそろ、見えてきたぞ」

 

 

 一同が階段の一番上まで上りきると、そこにはジェニーが倒れており、その彼女の手の近くに光る結晶体が浮かんでいた。

 ノエルたちは手早くジェニーの生存確認と応急処置を済ませる。

 ルフールはその結晶体を眺めながら言った。

 

 

「この結晶……簡単には破れないよう何重にも土魔法の結界が貼られているね……。確かにこれなら外に持ち出さないと、解除する時間がいくらあっても足りないな」

 

「さて、その中身はっと…………」

 

 

 ノエルたちは一斉に結晶体の中を覗き込んだ。

 その時だった。

 部屋の中にヴァスカル王が入ってきてノエルたちに言った。

 

 

「8人の大魔女たちよ。そこから離れるのだ!」

 

「……ヴァスカル王。なあ、こいつはどういうことだ……?」

 

「その様子、全員ファーリの遺産の中身を見てしまったということか。遺産は守られたが、これでは……」

 

「答えてくれ、ヴァスカル王。この結晶体の中にあるもの。これはファーリのもので()()()間違いないんだな……?」

 

「……左様。それは間違いなく我らが祖先、ファーリのものだ。少なくとも、余の知る限りではな」

 

「そうか……。じゃあ、もうひとつ答えてくれ……」

 

 

 ノエルは浮かぶ結晶体を両手で優しく持ち、ヴァスカル王に向けて声を張って言った。

 その声は、怒りと悲しみに満ちていた。

 

 

「これが……()()()()()()()が、どうしてこんなところにあるんだ!!」



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100頁目.ノエルと直系と続きの話と……

 透明な結晶体がノエルの手の上でゆっくりと回っている。

 その中には、人間の心臓と思われる真紅の物体が固まっていた。

 ノエルはヴァスカル王に話を続ける。

 

 

「これがただのファーリの家にあった魔具や魔導書であったなら、災司(ファリス)に狙われるのもおかしな話ではない。だが! これがファーリの心臓ってなると話は変わってくる!」

 

「ワシも不思議じゃった。なぜファーリの遺産がファーリの復活……もとい、大厄災の再演などに必要なのかとな。何かの作戦に必要なのであれば、そこのジェニーのように命を賭す理由もなかったはず」

 

「そう。そして誰も知らない者(アンノウン)、曰く真の精霊までもがワタシたちの前に姿を現した。つまり、それは大厄災を引き起こすに足る遺産ってことになるんだ」

 

「そっか、分かりましたよノエル様! ファーリの心臓に入っているのはファーリの血液! この世のどんな魔女よりも純粋な魔力の塊ってことね! って、どうしてそんなものが?」

 

 

 ノエルたちは無言で立ち尽くすヴァスカル王を見下ろす。

 すると、ヴァスカル王は口を開いた。

 

 

「……それを説明するにはこの国、ヴァスカルの成り立ちから話さねばならぬ。ヴァスカルはファーリの3人の子供たちが魔法の素晴らしさを伝えるために作り上げた魔法国家だ。それは原初の大厄災が起こる90年も前のことだった」

 

「そうじゃな。そして、ヴァスカルにはファーリの直系たる長男または長女が務めることとなった。ワシの祖母はその頃に生まれ、ファーリの3番目の子供の、さらにその次女じゃったそうじゃ」

 

「アタシたちは直系の連中からすると、分家も分家ってわけだ」

 

「わたくしたちのおばあさまは、初代ヴァスカル王の三女の家系だと言っていましたわ。ノエルやクロネさんたちよりは直系に近いのでしょうが、だからといって家柄に差があるわけでもありませんわね?」

 

 

 ノエルとクロネはやや悔しそうにマリンとサフィアの方を見る。

 ノエルは少し羨ましく思ってしまった自分に気づき、ハッとしてマリンに反論する。

 

 

「へ、変に張り合ってくるんじゃない。それに家柄に差はないと言うが、お前たちのおばあさまは神器を作る技術を持っていたおかげで裕福だったろう。それが直系に近い恩恵だったらどうするんだ」

 

「これは我が王家の者しか知らぬことなのだが、ファーリの直系の者ほど魔力が濃いというのは真実だ。だが、それは魔力を扱う技量とは別の話。余も濃い魔力を持つ身ではあれど、王族としての稽古ばかりで魔法はほとんど使えぬ」

 

「魔力が濃い。つまりは魔力量が多いこと。それが魔導士にとって全てではないって、ノエル様よく言ってました。特に魔女は魔力量を鍛えられますし。国王様は、おばあさまは努力して技術を身に付けたって言いたいんですね」

 

「うっ、そうだったな……。悪い、話が逸れてしまった。確かヴァスカルが魔法の素晴らしさを伝えるために作られた、だったか。最近までその役割が果たせてたかはさておき、続きを聞かせてもらおうか」

 

「ははは、確かにそれは耳が痛い話だ。しかし、それも全て大厄災による魔法の衰退の影響。余を始めとする王族のみではどうしようもなかったその時、クロネがアカデミーを提案してくれたのだ」

 

「じゃが、それ以前に国王はヴァスカルのためにしっかり働いておるぞ。大厄災後にヴァスカルが他国によって危険視された時、国王が誰よりも魔法の素晴らしさを各国に説き続けたんじゃからな」

 

 

 ヴァスカル王は恥ずかしそうにひとつ咳払いをする。

 ノエルは申し訳なさそうに言った。

 

 

「あー……さっきのは失言だった。すまないね。大厄災の実害はなかったにしても、ヴァスカルこそ大厄災の影響を一番受けた国だってこと、すっかり忘れていたよ」

 

「良い。そう言われても何もできなかった、余の至らなさゆえの発言であろう。さて……話を戻そう。ファーリの心臓がどうしてこんなところにあるかという問いに対して、なぜヴァスカルの成り立ちについて説明したのか、それを話そう」

 

「ヴァスカルはファーリの直系に近い人々が守ってきた魔法国家だった。それはこの国に住む人なら誰しも知っていることだ。つまり、アタシたちが知らなかった『直系に近いほど魔力が濃い』ということと何か関係が?」

 

「ご明察の通り。ファーリの直系の者が代々ヴァスカルの王を務めてきた理由。それは家系としての世襲などとは、一切関係のない話なのだ」

 

 

 ノエルたちは黙ってヴァスカル王の話に耳を傾けている。

 

 

「余も然り、歴代のヴァスカル王はファーリが生み出した魔法を禁書庫とその最奥、ファーリの資料庫の中で代々保管してきた。そして、禁書庫に入るための扉の鍵を開閉することができるのは多量の魔力を持つ者、つまり国王のみなのだ」

 

「だが、禁書庫は許された者なら誰でも入れるはずだろう? 国王が鍵を持っていたとしても許可さえ貰えば自由に出入りできるのなら、直系だとかそんなことは関係ないんじゃないのか? それに、今回も鍵は閉まってなかったじゃないか」

 

「禁書庫の扉とはここを作った魔女の結界のこと。この場所は結界によって常に鍵がかかっている。そして、余が入場の許可をした時点で鍵の譲渡が済んでいるのだ。つまり、余は禁書庫の鍵の管理者ということになる」

 

「国王に代々伝わる禁書庫の鍵、か……。その正体が連中にバレていたらもっと大事になっていただろうな……。って、ん? それだったら、どうしてこいつら2人は禁書庫の中に入れたんだ?」

 

「恐らく、真の精霊の呪いの力じゃろう。アレにはあらゆる特殊魔法が一切効かん。ここを作った魔女は空間魔法で結界を編んだと聞く。扉を無視して通れても何らおかしくはないじゃろうな」

 

「なるほどな。確かにそれなら納得だ。とはいえ、多量の魔力を持つことが鍵となるのであれば、アタシたちでも鍵を貰わずして入れるんじゃないのか?」

 

 

 その瞬間、ヴァスカル王は驚き固まり、そして笑い始めた。

 

 

「ははは、もしや直系の者の魔力量を見くびっているな? 魔力量だけを比較して今の余を超える魔導士はこの世にはいないだろう」

 

「なっ!? アタシは40年以上、魔法の修行を積んで魔力量を鍛えてきてるんだぞ? それなのにあんたには及んでもいないだって? 流石にそれは嘘だろう?」

 

「そして、80年以上魔法を修行しておるワシですら、国王の魔力量には敵わんと、国王はそう言いたいんじゃな?」

 

「そう、それこそがヴァスカル王の真実だ。魔女が鍛えられる魔力量にも限界というものがあり、そしてその限界の値すらも余の魔力にはほど遠い。なぜなら、我らヴァスカル王は最もファーリの魔力を遺伝された存在。あなた方の100倍は魔力を有しているのだから」

 

「ひゃっ、100倍!? じゃ、じゃあ……もしヴァスカル王が連中の手に落ちたりなんてしたら、この心臓みたいに魔力の塊として利用されてしまう可能性が?」

 

「うむ、十分にあり得る話だろう。だが、その心臓と同様に、というのは違う。確かに余の心臓は膨大な魔力の源である。しかし、そのファーリの心臓は魔力の源などではない。むしろその逆、()()()()()呪いの源なのだ」

 

 

 それを聞いたノエルたちは驚き、心臓の入った結晶体から少し身体を遠ざける。

 

 

「その結界の中であれば心配はいらぬ。……余は、それがファーリの生んだ呪いの源であることを知っていた。ゆえに、災司(ファリス)に狙われることも重々承知していた。にも関わらず、何もできぬままこの場所に封じていたのだ」

 

「連中が突破できる可能性を危惧したからこそ、アタシたちを大魔女として呼びつけて守ろうとしたってわけだ。だが、一番の謎がまだ残っているぞ」

 

「あぁ、答えねばなるまい。なぜ、そのファーリの心臓が未だこの世にあり、長い間資料庫の奥に封印されていたのかを……」

 

 

***

 

 

 ファーリの3人の子供たちがまとめた著書『原初の魔女・ファーリの物語』には著者であるヴァスカル王家の者以外、誰も知らない続きがある。

 

 40年ほど前に起きた原初の大厄災は、ファーリがファーリの子孫によってとどめを刺されたことで終結した。

 それは、ここにいるクロネたちも見知った事実であり、それに間違いはない。

 しかし、呪いの権化となったファーリは化け物の形をした呪いの塊に飲み込まれ、その巨体は焼いても切っても消失しなかったのだ。

 そして、その遺体はヴァスカル王家によって回収され、地下深くにあるこの禁書庫に保管された。

 

 では、ファーリの遺体はどのように処理されたのか?

 これについては多少の見当が付くだろう。

 そう、光魔法だ。

 

 当時のヴァスカル王、余の祖母は光魔法の使い手であった。

 ゆえに、光魔法によって呪いで構築された巨体を祓うことで、ようやく彼女の亡骸を回収することができたのだった。

 

 その後、彼女を王家の者のみで火葬しようとしたのだが、そこで大きな問題が発生した。

 彼女の遺体も呪いのように、()()()()()()()のだ。

 急遽、祖母は光魔法でその遺体を祓った。

 すると、その身体は次第に光へと変わり、そこに残ったのは遺骨と──

 

 

***

 

 

「その心臓だった」

 

 

 その一言に、ノエルたちは戦慄した。

 

 

「ファーリの身体も呪いに侵されて、呪いとほぼ同一のものになっていた。だから光魔法で祓えた。そこまでは理解できる。だが、なぜ心臓だけが残ったんだ……?」

 

「祖母が言うには、大厄災の呪いはファーリ自身が生み出した全く新しい魔力なのだそうだ。そしてそれは、自然の魔力ではなく彼女の血の中の魔力が変化したものだった。つまり、その心臓こそが呪いの源であり、彼女を化け物にした原因なのだ」

 

「……話を続けてくれ」

 

「うむ。祓ったあとに残った心臓は無論、その脈動を止めていた。しかし、そこから得体の知れない魔力を感じた祖母は、先代王である父親を呼び、土魔法の結界で厳重に封をしたのだ」

 

「そうか、彼女自身の光魔法で祓えなかったってことは、それを完全に消失させる手段がなかったってことだ。だから、こうして何重にも結界を張って、こんな場所に保管していたってわけか」

 

「その通り。これこそがこのヴァスカル王家が代々語り継ぎ、誰にも明かして来なかったファーリの物語の続きだ。そして、これを今あなた方に明かしたのには明確な理由がある」

 

 

 ヴァスカル王は右膝を地面に付け、左膝も同様にし始めた。

 ノエルたちは動揺してそれを止めようとするが、ヴァスカル王はそのまま両手を地面に付き、頭を床に叩きつけてこう言った。

 

 

「頼む! 余を、ヴァスカルを、そして世界を助けてはくれまいか!」

 

「世界を……助ける……?」

 

災司(ファリス)は、真の精霊とやらは、恐らくファーリの遺産を諦めてはいないだろう。無限の呪いの源など、大厄災を起こすためにあるようなものだ。だが、禁書庫とこの場所の結界が突破された以上、もうこの国でそれを守る手段はない!」

 

「ま、待て待て……! じゃあ、もしかしてヴァスカル王、あんたは……!」

 

「ここにいる大魔女たる8人、代表してノエルにヴァスカル王が命じる! 呪いの源であるファーリの遺産、『ファーリの心臓』をここに与える! そして、それを災司(ファリス)の手から守り続け、大厄災からこの世界を守るのだ!」



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101頁目.ノエルと決意とこれからと……

 その日の夜。

 ノエルたち8人は、ノエルが泊まっている客間に集まっていた。

 彼女たちは、ノエルとその手の上に浮かんでいる結晶体をただじっと見つめているのだった。

 ノエルは溜息をつく。

 

 

「はぁ……どうしてこんなことに……」

 

「こればかりは仕方ありませんわ。わたくしたちがあの悪魔を止められたとしても、あの部屋の結界が破られるのは時間の問題でしたもの」

 

「それはそうなんだがなぁ……。この件が終わったら蘇生魔法に着手して、アタシの悲願の達成にようやく近づけると思っていたのに……」

 

「じゃが、そんなことをしている場合ではなくなったのう? 恐らく、これからそのファーリの心臓を狙った連中が次々とやってくるじゃろう。しかも特殊魔法が効かないとなると、安全な場所を作ることも難しかろうて」

 

「それを持ち歩いているってだけで、一瞬でも気を抜けなくなっちゃうってことっスか? 寝ることすらままならないのはキツいっスねぇ……。少なくとも1人でどうこうできる問題じゃないのは確かっス」

 

「ヴァスカル王はそれを見越してあたしたちに頼んだんでしょ? まさかあたしたち3人に全部丸投げしようなんて、そんなこと考えてる人はいないわよね?」

 

 

 サフィアがそう言って周りを見回すと、数人が目を伏せる。

 

 

「……ルフールさん? まさか空間魔法が通じないからって、この件から手を引こうとか考えてました?」

 

「い、いやいや、ワタシも支援くらいはするさ。まあ、自分の魔法が通じない相手と戦うのは嫌だから、ファーリの心臓の管理は任せようと思っていたけど……」

 

「なるほどなるほど、そういうことでしたか。じゃあ、ルカさん。あなたの言い分も聞かせてもらおうかしら」

 

「ボクは今日の一件で、自分の魔女としての弱さを突きつけられました。協力したいのは山々なのですが、ボクが足を引っ張ってしまうかもと思ってしまって……」

 

「なるほどね……。じゃあ最後。ロヴィアさん」

 

「私は工房の仕事もあるし、少なくともあんたたちの旅には同行できない。だから丸投げっていうか任せたいって思っただけよ。でも、半分くらいはルカと同じ理由かしらね……」

 

 

 3人それぞれの思いを聞いて、ノエルは考え込む。

 そしてしばらく悩んだ末、ノエルは頷いてこう言った。

 

 

「……分かった。このファーリの心臓はアタシたち3人が責任を持って預かる」

 

「蘇生魔法に集中できなくなっても、ですの?」

 

「それについては十分悩んださ。だが、忘れちゃいけない。アタシたちは悠久の時を生きる魔女だ。その時間を活用しない手はないだろう?」

 

「どういうことっスか?」

 

「アタシはこれから数年間、このファーリの心臓を守ることに徹する。もちろん蘇生魔法もお預けだ。いくらイースを復活できたとしても、そこが呪いに染まった世界になってちゃ意味がないからな」

 

「数年間かぁ……。でもその数年間、あたしたち以外はどうするんですか? 災司(ファリス)をどうにかしてから、蘇生魔法に着手するってことですよね?」

 

 

 サフィアの言葉に他の6人も頷く。

 すると、ノエルは結晶体を机の上に置き直して言った。

 

 

「まず、お前たちには来たるべき時まで各々で修行をしておいて欲しい。もちろん、自分のやるべきことが優先だ。その間はアタシたち3人がこの心臓を守る。そして、その時が来たら災司(ファリス)と悪魔をアタシたちの手で倒すんだ!」

 

「ボクたちに時間をくれる、ということですね。そういうことでしたら、失礼ながら遠慮なく修行させていただきます」

 

「基本属性の連中はそれでいいかもしれないが、ワタシやクロネ、エストはどうするんだ? 特殊魔法が効かない以上は修行しても無駄だろう?」

 

「勘違いしちゃいけない。特殊魔法が効かないのは真の精霊である悪魔と、災司(ファリス)が使う呪いだけだ。災司(ファリス)そのものには効くんだから、修行が無駄になるなんて思わないでくれ。それに、3人にはちゃんと仕事がある」

 

「仕事じゃと?」

 

「あぁ、災司(ファリス)への対処や蘇生魔法にとってとても大事な仕事だ。まずはクロネさんから仕事を与えるよ。あんたはヴァスカル王に魔法の指導をしてやって欲しい」

 

 

 少しの沈黙のあと、クロネはすっとんきょうな声を上げる。

 

 

「は、はぁ!? なぜそこでヴァスカル王が出てくるんじゃ!?」

 

「今のアタシたちに足りないのは、魔法の知識や技量だけじゃない。一番足りないのは魔力そのもの。そして、その魔力が足りない理由の大半は、研究や戦闘で魔力を消費し、それを回復するための時間が必要だからだ」

 

「魔力を回復するためにヴァスカル王……。お前、まさかとは思うが……」

 

「あぁ、ヴァスカル王が保有している膨大な魔力を活用しない手はない。あの魔力を誰かに受け渡せるような魔法をヴァスカル王自身が使えれば、それこそ百人力だろう? 魔女ですら魔力が足りないと言われた原初魔法だって夢じゃない!」

 

「さては、禁書庫とファーリの資料庫の魔法を使う気満々じゃな?」

 

「そりゃもちろん。なんせ相手は普通の魔法じゃ太刀打ちできない悪魔だぞ? それこそあるものを活用しない手はないじゃないか」

 

 

 その言葉を聞いたクロネは、少し考える。

 すると、クロネは突然笑い始めた。

 

 

「はっはっはっ! 面白いではないか! そういうことであればワシも協力は惜しまんわ! 学園長としての立場が危うくならんか心配になったが、原初魔法が使えるとなれば話は別じゃからな!」

 

「何を悩んだかと思えば……。やっぱりクロネさんも原初魔法使いたかったんだな」

 

「そりゃそうじゃろう。原初魔法は魔女にとって魔法の極致。ワシの知らぬ魔法が使えるのであれば、人生をかけても構わんよ」

 

「クロネさんの役目は以上だ。他は好きに行動してくれ。じゃあ、次はルフール! あんたは防護結界以外の結界を極めてくれ。災司(ファリス)の連中には効かないが、アタシたちを直接強化してくれる結界であれば絶対に役に立つはずだからな」

 

「おお、よくワタシが防護結界しか鍛える気がないと分かったな?」

 

「今回の一件で防護結界が連中に破られたのが悔しかったんだろ。あんたが誰よりもプライドが高いことをアタシは知ってる。弟子だからな。だからこそ、防護結界以外でもアタシたちに力を貸して欲しいんだ」

 

 

 先ほどのクロネのようにルフールも少し悩んだが、数秒くらいでノエルにこう言った。

 

 

「……ちゃんと頼まれたんなら仕方ない。だが、防護結界にも力は入れさせてもらうからな。ワタシは必ず誰にも破られない防護結界を作ってみせる」

 

「防護結界以外でも破られない結界を作ることは大事なことだから、ぜひとも研究に没頭してくれ。ってことで頼んだよ、ルフール。それじゃ、最後はエスト」

 

「まあアチキは修行中の身っスし、3人の旅について行くのでも何か役目を与えてもらっても全然構わないっスよ。何でもするっスから。んで、仕事は何スか?」

 

「お前だけ少し特別な仕事を与えよう。エストには蘇生魔法の研究の準備を進めて欲しい。もちろん修行をしてもらいつつ、だけどね」

 

「具体的には何をすればいいんスか? そもそもどういう魔法にするかによって、準備の仕方も変わると思うんスけど」

 

「だったら、どういう魔法でも作れるような魔術工房を用意してくれるのが一番ありがたいねぇ。それを作る場所も確保しなきゃいけないから、大魔女特権を使うことになるとは思うけど」

 

 

 エストもその他の6人もノエルの言葉に唖然としている。

 エストは恐る恐る言葉を返す。

 

 

「ま、まさかとは思うっスけど、アカデミーくらい大きな工房を作れって言ってるっスか? しかもアチキ1人で??」

 

「何でもするって言ったから、それくらいはやれる気概があるのかなと」

 

「確かにそれくらいの気概はあっても、実行できるかは別問題っスよ!? そんな工房、そもそも大きすぎて蘇生魔法なんて作ってたら何が起こるか分からないっスし!」

 

「半分冗談だ」

 

「半分は本気なんスね……」

 

「できる限りの規模でいいんだ。そもそも蘇生魔法なんて原初魔法並みの術式を発動しようとしている時点で、それなりに広い場所は必要になってくる。場所取りも兼ねて準備を進めてくれるととても助かるよ」

 

 

 それを聞いてノエル以外の7人は胸を撫で下ろした。

 エストも安心してノエルに言った。

 

 

「そういうことなら全然問題ないっス。ありとあらゆる手を尽くしてノエルの悲願を叶えるための手伝いをしてあげるっスよ。蘇生魔法以外にも色んな魔法を研究できるような場所があれば、これからの魔導士たちも助かると思うっスし」

 

「じゃあ、頼んだよ。これで全員やることができたな」

 

「では、これで心置きなく解散できますわね。ノエル、次はいつ集会を開きましょうか?」

 

「んー、はっきりとこの時までっていうのは断言できないから、半年に1度くらい集まるようにしようか。場所はヴァスカル城の円卓。ちょうど今日から数えて半年後に集まろう。絶対に忘れるんじゃないぞ?」

 

 

 すると、クロネが胸を叩いて自身ありげにノエルに言った。

 

 

「ワシがヴァスカル王に言付けておくから、ちゃんと場所さえ分かれば手紙を送るようにするわい。仮にも国王が任命した大魔女の集会じゃ。その辺りはしっかりせねばな」

 

「おっ、助かるよクロネ。ワタシはどうもそういった約束ごとは忘れてしまいがちだからねぇ。特に修行に明け暮れている間なんて、明日のことすら考えられないくらい集中するもんだから」

 

「……クロネさん、絶対に抜かりなく頼んだ。それも、1ヶ月前とかじゃなくて数日前に言ってあげないと、このダメ魔女は手紙の存在すら忘れるだろうからな」

 

「うむ、今ので必ずそうすると決意した」

 

「それじゃ、今日は疲れただろう? この心臓はアタシがしっかり身に付けて行動するようにするから、お前たちも変に心配せずゆっくり休んでくれ。そして明日、今回の集会は解散だ」

 

「では、ボクはお先に失礼しますね。明日は大魔女8人の新たな門出の日。寝坊するわけにはいきませんから!」

 

 

 クロネたちもルカの言葉に頷いて、それぞれ自分の部屋へと戻って行ったのだった。

 

 

***

 

 

 次の日。

 ヴァスカル王の主催の元、ノエルたち8人は集会の解散式を執り行った。

 その時、ノエルたちは尋問した災司(ファリス)から得られた今回の事件のあらましを聞いたのだった。

 

 ジェニーたちは災司(ファリス)の中でも真の精霊の存在を崇拝する信者であり、災司(ファリス)となる以前の過去は一切覚えていない、とガジョウが話したという。

 そして、事件の流れやそれぞれの行動意図などはほぼノエルたちが推測した通りであり、ジェニーが成り代わっていた少女は1ヶ月ほど前にこの国で亡くなった少女の顔と一致したと報告が上がったそうだ。

 その少女は災司(ファリス)とは無関係の事故で亡くなったそうだが、その遺体の所在が分からなくなっていたという。

 当のジェニーは呪いによる火傷が酷かったためマリンが呪いの治療を施したが、既に心神喪失状態となっていたため未だに治療を受けている。

 

 ヴァスカル王から続報があれば伝えると言われたノエルたちは、災司(ファリス)と真の精霊と名乗る悪魔に立ち向かうべく、決意を新たに固めるのだった。

 

 そしてそれぞれ別れを告げたあと、他の大魔女たちに見送られてノエルたち3人は先に出発した。

 その行き先は──

 

 

「じゃあ、アタシの住んでた家に戻ろうか」



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第11章
102頁目.ノエルとメモラと説教と……


 『原初の魔女・ファーリの物語』について話し始めて数十分後。

 ノエルは自分の知っている『原初の魔女・ファーリの物語』を語り終えて顔を上げた。

 すると、マリンとエストが頭を傾げているのが目に入る。

 

 

「やっぱり……お前たちが知っているものとは違ったか?」

 

「えぇ……。わたくしの知っているものですと、ファーリは最後に自害した……と」

 

「アチキは自分の呪いで死んだって聞いてたっス。他にも色々違いはあったっスけど、アチキ的にはノエルの話の方が好みっスねぇ」

 

「ま、アタシの方の物語の結末は事実だからね。彼女は確実に討伐されて死んだ。それはこの目で見たアタシが保証するよ」

 

「この目で見たって……ノエル様、原初の大厄災を見たことあるんですか?」

 

 

 ノエルは天井の灯りを見上げて思い出す素振りを見せる。

 

 

「あぁ、まだ小さい頃の話だがね。クロネさんがその時の討伐隊にいて、幼かったアタシはヴァスカルの家で父親と帰りを待っていたんだ」

 

「年齢を鑑みると、クロネさんやわたくしたちのおばあさまはファーリの玄孫(やしゃご)……つまりは孫の孫くらいの世代ですものねぇ。それほど魔力がある世代の魔女であれば、討伐隊にいてもおかしくない話ですわ」

 

「ヴァスカルにいたってことは、ただ遠くから大厄災を見ていたってだけっスよね? でも、ファーリが死んだのはメモラだったはずっス。どうしてヴァスカルにいたはずのノエルがメモラに……?」

 

「確かに大厄災となったファーリはメモラを中心に暴れ始めたが、本当は各地を飛び回ったあと、メモラで討伐されたのさ」

 

「……何と言いますか、嫌な予感がしてきましたわね? 今、その説明は不要だったはずなのに、わざわざ言ったということはまさか……」

 

「大厄災が近づいてきていると聞いたアタシは、興味半分でファーリの近くに行ってみたんだ。そしたら……迎撃用の風魔法に巻き込まれて、ファーリを追いかける討伐隊の馬車の上に乗ってしまったのさ……」

 

 

 驚くサフィアとエストの隣で、マリンが頭を抑える。

 

 

「あなた……本当にとんでもない人生を送っていますわね……」

 

「アタシだってあれはまだ夢だと思っているよ……。ちなみにそれからすぐ、それに偶然乗っていたクロネさんに無事助けてもらったんだ。そして、そのまま各地を巡ったアタシたちはメモラに辿り着き、目の前で彼女が討伐されるのを見ていたってわけさ」

 

「本当によく無事だったっスねぇ……。その頃アチキもメモラにいたっスから、大厄災になったファーリを見たことあるっスけど、当時は何が起きたか全く分からなかった覚えがあるっス」

 

「ところで、ファーリってどんな姿だったんです? 肉眼で見たノエル様ならより詳細に分かるでしょうし、興味があります」

 

「彼女は……言うなれば、魔物同然の姿だった。あのイエティ3体分くらいの大きさの、羽根の生えた黒い化け物が呪いを撒き散らしながら空中を浮いていたよ」

 

「うわぁ……。しかもそれが呪いを振りまいていたなんて、やっぱり原初の大厄災は歴史に残るくらい恐ろしい出来事だったんですね……」

 

 

 これまでの呪い騒ぎを思い出し、4人は大厄災の脅威を改めて実感するのだった。

 すると、ノエルはこんなことを言った。

 

 

「そういえば、それがきっかけで旅に出ることにしたんだっけ」

 

「え? どういうことですか?」

 

「ヴァスカルで育ったアタシは、外の国にあまり行ったことがなかったんだ。だけど、ファーリ討伐の旅で見た世界は広かった。凄かった。それで、修行するなら外の国に行きたいって思ったのさ」

 

「なるほど、興味本位で大厄災を見に行っただけのことはありますわね。それで恐怖よりも好奇心が勝つあたり、あなたらしいですわ」

 

「そうっスねぇ……。ただ、それがきっかけでアチキたちが出会えたと考えると、ファーリにもある意味で感謝すべきかもしれないっスね」

 

「そう思うと感慨深いところもありますね……。って、そうだ。物語の違う点について話し合うんじゃなかったですっけ」

 

 

 あぁ、そういえば。と、3人は話を軌道修正したのだった。

 

 

「ノエルが知っていた物語は『ファーリと精霊さん』『ファーリと旅人』『ファーリと子供たち』『ファーリの最期』の全4章構成でしたわね。それはどの地域のものもほぼ同じですわ」

 

「ただ、さっきみたいな結末とか、ファーリが精霊が見えなくなったのが病気のせいだとかそうじゃないとか、そういうところに違いがあったっスね」

 

「エストの知っている物語だと、精霊が見えなくなった理由は何だったんだ?」

 

「若魔女としての力がなくなって、精霊を目視できるくらいの魔力がなくなったから……って聞いてるっス。こっちの方が魔導士の本質を突いているとは思うんスけど」

 

「まあ、病気になったのも若魔女としての魔力がなくなったからだろうし、それもあり得るだろうね。物語を伝えた人によって病気の有無の認知に多少の違いがあるのは当然か」

 

「大きな違いはあまりなさそうですわね。大厄災の脅威を伝える目的の本であれば、見た目や呪いの影響についてより深く言及している程度ですし。まあ、被害は死者があまり出なかったこともあって、自然に及ぼされたものばかりでしたが……」

 

 

 そう言って、マリンは外を見る。

 すると、次第に金属がぶつかる音が聞こえてきた。

 

 

「この金属音を聞くのも久しぶりだねぇ」

 

「じゃあ、そろそろ降りる準備をしましょうか。着いたらすぐ乗り換えの列車も到着するそうなので、早めに行動するに越したことはないですから!」

 

「おー、やっぱりサフィアちゃんはしっかり者っスねぇ。何度も言ってるっスけど、本当にノエルの弟子なのか疑いたくなるくらいにはできた子っス」

 

「あぁ、自慢の弟子さ。育てたのはアタシじゃないから、褒めるなら本人かこの子たちの親に言ってあげな」

 

「あたしはお母さまやお父さま、おばあさまにお姉ちゃん、それとノエル様の生き方を見て成長しましたから。ノエル様も胸を張っていいんですよ!」

 

「サフィー……」

 

 

 ノエルはそう言ってサフィアの頭を撫で回す。

 サフィアは嬉しそうに笑っていた。

 そして間もなく、列車はノーリスに着いた。

 4人はてきぱきと乗り換えをし、列車はヴァスカルへと向かうのだった。

 

 

***

 

 

 それから数時間後、ノエルたちはヴァスカルの駅に到着した。

 

 

「……魔導士の国っていう割には、普通っスねぇ」

 

「なんだ。来たことなかったのか?」

 

「いや、来たことはあるっスよ。ただ、毎度思ってることを口にしただけっス」

 

「まあ、現役の魔導士がいるのはほとんどアカデミー付近だけで、住民のほとんどが魔導士をやめているからね。でも、ヴァスカル城に行けば魔導士の国だって納得できると思うぞ」

 

「ですわね。クロネさんもそこにいるでしょうし、さっさと行きましょうか」

 

「はーい!」

 

 

 サフィアの元気のいい掛け声と共に、ノエルたちはヴァスカル王都の城へと向かうのであった。

 

 

***

 

 

 クロネの部屋の前にて。

 

 

「おっ、空いてるな。入るぞー」

 

「お、お邪魔するっスー……」

 

 

 扉を開けると、そこにはクロネともう1人、別の人影があった。

 ノエルは驚く。

 

 

「……ルフール? どうしてあんたがこんな所に?」

 

「おお、ノエルじゃないか! クロネの言う通りだったな!」

 

「ワシの未来視を少しでも疑ってた件、覚えておくからな?」

 

「すまんすまん! ワタシが悪かった!」

 

 

 エストはルフールに指を差して、サフィアに尋ねる。

 

 

「この女性、どこの誰っスか?」

 

「あたしも会うのは初めてですけど、名前からしてノエル様の師匠さんかと……」

 

「あんな方でしたのね。見るからに面白い方って感じがしますわ……」

 

「ノエル様が言うには空間魔法の使い手らしいので、エストさん色々と聞けるんじゃないですか?」

 

「おっ、それは好都合っスね!」

 

「都合がいい……いや、良すぎる気が……。まあいい。ところで、アタシの質問に答えて欲しいんだが?」

 

 

 ルフールはノエルたちに向き直って答えた。

 

 

「あぁ、ワタシはクロネに呼ばれたんだよ。ちょうど、お前たちが来る()()のためにね」

 

「今日のためって……。アタシたちと何か関係でも?」

 

「先に言っておくが、蘇生魔法には関係ないぞ。それと、ルフールに連絡したのは確かにワシじゃが、そもそも呼び出したのはヴァスカル王じゃからな」

 

「ヴァスカル王? って、もしかしてアタシたちにも呼び出しがかかってるのか? 聞いてないが……」

 

「お前たちの到着に合わせてもらったんじゃよ。ワシの未来視のおかげでちゃんと()()()()来てくれたみたいじゃし、良かった良かった……」

 

「8人……って、やけに馴染み深い数字ですわね?」

 

 

 ノエルたち4人はそういえばと首を傾げる。

 そしてサフィアがあることに気づいた。

 

 

「これまでノエル様が引き入れた魔女の人数が6人……それにノエル様とクロネさんを加えると8人……?」

 

「あっ……それだ!」

 

「その通りじゃ。本当はそれに加えてもう1人呼んだんじゃが、あいにく代理の人間しか来なくての」

 

「ん? ってことは、ルカとかロヴィアとかも来てるのか?」

 

「あぁ、今は客室におるはずじゃ」

 

「なるほど……。それで、わたくしたちが呼ばれた理由とは……?」

 

 

 すると、クロネは1枚の書類をノエルたちに見せた。

 ノエルたちはそれを覗き込む。

 

 

「えーと……『()()()()()のお知らせ』……? 大魔女って何だ……?」

 

「ヴァスカル王からワタシたち8人……と来ていないもう1人に与えられる称号らしい。何の意味があるのかはワタシもよく知らないが、それについては直々に王から説明があるんだとさ」

 

「目的が見えませんが、何か意図があるのは確かですわね……」

 

「って、あれ? あたしも大魔女って呼ばれていいの? 現在進行形で修行中の未熟な魔女だけど……」

 

「ちゃんと全員、大魔女の称号を与えられる理由があるから呼ばれとるんじゃ。このワシがただの未熟な魔女を呼ぶはずもなかろうて」

 

「アタシたちは勝手に来ただけだけどな……。まあいい。アタシたちにも目的があってここに来たんだ。その称号の授与式はいつあるんだい?」

 

 

 クロネは書類の下を指差す。

 そこには、明日の日付が書かれていた。

 

 

「……いくらなんでも唐突過ぎやしないか?」

 

「これに参加しないと禁書庫に入れてあげぬからの」

 

否応(いやおう)なしに参加させられるんですのね……」

 

「アチキは全然急ぎじゃないっスから、全く問題ないっスよ」

 

「あっはは! 弱みを掴まれてやんの! ノエルもやっぱりクロネには敵わないんだなぁ!」

 

「ルフールお前、他人事だと思って……。あとで覚えとけよ?」

 

 

 そんなこんなでルフールが笑い転げる中、ノエルたちはクロネに案内されて部屋を出た。

 そして客室に荷物を置き、4人は城の中にいるというルカやロヴィアに会いに行くことにしたのであった。



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103頁目.ノエルと愛称とルーティンと……

 メモラ国王・ダイヤは先代国王の弟の一人息子、つまりは甥であり、10年前に即位した若者である。

 彼の父親は農園を営んでいた一方で、過去には兄である先代国王の傍若無人さに不満を募らせ、密かに失脚を狙っていた人物であった。

 魔女狩りから逃げていたノエルは、彼の父親に助けられ、ダイヤに様々なことを教える代わりにメモラ王家から匿ってもらっていたのだという。

 

 こんな過去の経緯をノエルはダイヤへの説教の中で語り、サフィアとマリンは2人の関係性を少しずつ理解したのだった。

 

 

「と、とりあえず、あなた方のことはよーく分かりましたが……」

 

「ノエル様、そろそろ解放してあげて……? もうぐったりしてきてるし……」

 

「これくらい言い聞かせれば少しは懲りたろう。はぁ……仕方ない……」

 

 

 そう言って、ノエルはサフィアたちのいる場所まで下がる。

 ダイヤは深い溜息をついて、玉座に座るのだった。

 

 

「そういえばダイヤ。お前の両親は元気かい? 久しぶりに挨拶をしていきたいんだが」

 

「用を言う前にそれか!? まあ、父さんと母さんは相変わらず農園で畑仕事してるよ。帰るときにでも会いに行くといいさ」

 

「先ほど少しだけ耳にしましたが、国王様のお父様が先代国王ではありませんのね?」

 

「こいつの父親、『おらは農家だから政治なんてできねえ! だが、今から政治を勉強できる息子ならきっと国王になれる!』とか言って全部押し付けたのさ。この親あってこの子ありってやつだ」

 

「あぁ、それでオイラがこんな目に……じゃなくて、だ。聞いたよ、ノエル。大魔女? とかいう称号をもらったんだってな。それも、メモラの代表だなんてめでたいじゃないか!」

 

「素直に褒めてもらえて光栄だよ。で、ヴァスカル王から話は聞いてるか? アタシがメモラにいた頃に住んでいた家の周辺を封鎖して、保管してくれって話」

 

 

 それを聞いたダイヤは首を捻り、しばらくして手をポンと叩いて言った。

 

 

「……あぁ! 聞いた聞いた! 特に誰も住んでなかったみたいだから、ちゃんと兵士たちに頼んで封鎖しておいたよ!」

 

「良かったですね、ノエル様! でも……今の間は何だったんだろ……」

 

「こいつ、記憶力はあっても思い出すのに少し時間がかかるのさ。そもそも頭自体は十分に良いのに、いつも行動がのろのろしてる。ゆえに鈍間な国王として親しみを持って付けられた愛称が『アホ王子』だ」

 

「父さんは国王じゃないから、オイラには『王子』なんて呼ばれるような血の繋がりなんてないんだけどなぁ……」

 

「即位した時のお前は16歳の子供だったから、子供の王様って意味合いが強かったんだと思うよ。そして、その時の印象で国民から一度でもそう呼ばれれば、その呼び名は一生お前に付き纏うものさ」

 

「それで……封鎖していることを確認するためだけにわざわざ謁見しに来たのか? それならわざわざオイラに聞かなくても確認できたと思うんだけど……」

 

 

 その瞬間、ノエルは頭を下げて言った。

 

 

「お前に会いに来たのは他でもない。アタシたちの旅の拠点を用意して欲しいんだ!」

 

「旅の拠点……? 待て待て、話が見えてこないぞ? オイラはノエルが大魔女ってのになったことまでしか知らないからな?」

 

「お前にはアタシの野望は伝えていたろう? 10年前にここを出て行った時からそれは変わっていない。今はその野望のためにずっと旅をしてるのさ。そして昨日、アタシたちは新たな分岐点に立たされた」

 

「理解できるか分からないけど、一応聞いておこうか」

 

「こいつを見て欲しい」

 

 

 ノエルはそう言って、首から下げた結晶体をダイヤに見せる。

 

 

「これが何かは言えないが、こいつをアタシたち3人で数年間守り続けなけりゃいけなくなった。そしてそのためには、休むために十分に安定した拠点が必要だって思ったわけだ」

 

「守り続ける……って、誰かに狙われているってことか? それなら、城の厳重な倉庫の中とかに保管してやってもいいけど」

 

「相手は魔導士だ。どれだけ厳重な倉庫でもこいつを守り切れるとは思えない。それに、国王間で話は聞いたことがあるだろう? その魔導士ってのは災司(ファリス)のことだ」

 

災司(ファリス)……! それは流石に覚えてる。叔父さんがあの魔女狩りを起こす原因を作った連中だってね。って……そんな連中に追われてるのか!?」

 

「そいつらだけじゃない。下手したら、魔物の大群がこれを狙って襲ってくる可能性だってある。連中を束ねる存在は魔物の祖と自称する、正に悪魔と呼ぶべき恐るべき存在だったんだからな」

 

「魔物に悪魔……か。そして、それをどうにか掻い潜れるような拠点……。すまない、少しだけ考えさせてくれ……」

 

 

 そう言ったダイヤは、王冠を頭から外して地面に置き、玉座から立ち上がる。

 すると突然、ダイヤは身体を捻ったり腕を振り回し始めた。

 

 

「あ、あれは一体何ですの……?」

 

「あいつは身体を動かすのが好きでね。農作業前の柔軟体操をしている時が一番集中できるんだとさ」

 

「確かにあんなに頭を振るんじゃ、王冠は邪魔ですね……」

 

「あと5分くらいは続くだろうから、黙って待っておくとしよう」

 

 

 ノエルの言う通り、ダイヤの運動は5分ほどで終わった。

 ダイヤは王冠を手に取って、再び玉座に座る。

 

 

「……よし、決めた。3人の拠点は城下町の地下に用意しよう!」

 

「ん……? まさか、拠点の場所をずっと悩んでたのか!?」

 

「うん、そうだけど?」

 

「わたくしてっきり、拠点を作るかどうかを悩んでるものかと思っていましたわ……?」

 

「そんな! ノエルの頼みを断るわけないだろう!? さっきは急な訪問で取り乱したけど、ノエルへの恩義は一生忘れるつもりなんてないよ!」

 

「なるほど。確かにどこかズレてるけど、ノエル様の言った通りの良い人ってことね。それで、城下町の地下ってどんな場所なんですか?」

 

 

 ノエルは答える。

 

 

「メモラの国民なら誰もが知っている場所だが、誰も好んで入ろうとしない奇妙な場所。下水道とかとはまた違った、隔離された謎の空間。人はその場所を『魔女の墓場』と呼んでいる」

 

「魔女の……墓場……」

 

「ノエル様、もしかしてそこって魔女狩りの……」

 

 

 その瞬間、ノエルはハッとして両手を振った。

 

 

「あー、違う違う! 本当の意味で墓場ってわけじゃないよ。その場所自体は、魔女狩りが起こる前からそう呼ばれていたからね。夜な夜な魔女の亡霊の泣き声が聞こえるとかで、誰も近づかなくなっただけさ」

 

「むしろ、叔父さんが残した爪痕がそんな形で残っていたら、本当に封鎖して別の施設として利用するよ。魔女狩りなんて酷いこと、誰の思い出にも残っていて欲しくないからね」

 

「それで、どうしてそんな場所に拠点を作ろうと思ったんですの? いわゆる曰く付きの場所ですわよね?」

 

「曰く付きだからこそ、だ。誰も近づかない場所ならしばらくは拠点として使えるだろうし、必要とあらば城内から城の地下通路を経由して色々なものを用意できる。もちろん、城内からしか入れないから城の防衛は問題ない!」

 

「流石に地下だから強力な魔法の修行はできないが、住むための設備としては申し分ないものを用意できるってわけか。それに、地下なら多少は災司(ファリス)の目を掻い潜れる……よな?」

 

「悪魔が災司(ファリス)にしたように夢を経由して探し出す可能性はあり得ますが、地上で寝込みを襲われるよりは幾分かマシですわね。しっかり結界を張れば防衛線としても十分なものを作れるでしょうし」

 

 

 それを聞いたダイヤは手を叩いて言った。

 

 

「そうだ、地上の地図と地下の地図を兵士たちに用意させよう。地上と干渉しない通路が分かれば、そこで魔法の修行をしたり防衛線を張ったりできるだろう? 我ながら良い案だと思うんだけど!」

 

「お、それは助かる! とはいえ、日の光を浴びずにずっと地下にいるわけにもいかないからな。魔法の修行をする時は念のために地上でさせてもらうよ。地図は防衛線張りに活用させてもらうとしよう」

 

「分かった。あ、それと、さっき魔物がどうとか言っていたよね? だったら、城下町付近の警備をしている兵士たちに魔物の動向を逐一報告するように頼んでおくよ!」

 

「ダイヤお前、本当にやればできる国王なんだがなぁ……。まあ、いい。それも非常に助かるよ! 魔物の動向が分かればいつ攻めてこられても準備ができる!」

 

「おぉ、それは何よりだ! 他に何か要望はあるかい? ノエルの頼みなら何でも聞く次第だからね」

 

「衣食住には困らなくなった。金銭面も問題なし。魔物の動向も探れる。そして、何かあればメモラ王家の手助けを受けられる。うん、十分だな。また何かあればその都度、お前に頼みに来るよ」

 

 

 それを聞いたダイヤは嬉しそうに頷いて、玉座を立った。

 そして、ノエルの前に来たかと思うと、ポケットから小さな木の板を取り出した。

 

 

「それじゃ、拠点の方は兵士たちに掃除させて、開放するように言っておくよ。そこの警備を担当している兵士にこれを見せれば通してくれるはずだ。封鎖しているノエルの家も、同じように警備している兵士がいるはずだよ」

 

「メモラ王家の割符(わりふ)か。久しぶりに見たな」

 

「ちゃんとノエルの言いつけに従って魔導士を雇って、複製不可能な魔法を割符にかけてある。万が一無くしても大丈夫らしいけど、色々面倒だし絶対に無くすんじゃないぞ?」

 

「よしよし、ちゃんと魔法がかかってるな。感謝するよ、ダイヤ」

 

「その割符があればノエルたち3人は城内にも好きに入れる……って、そういえばノエルの隣の2人。ノエルの連れってのは分かるけどどなただい?」

 

「確かに自己紹介をする暇がありませんでしたね」

 

「ですわね。では、サフィアからどうぞ」

 

 

 そう言って、サフィアとマリンは改まってダイヤに頭を下げて言った。

 

 

「西の国、水の都・セプタ出身のサフィアと申します。ノエル様の弟子で、水魔法の使い手。西の国・セプタ担当の水の大魔女です」

 

「ふむふむ、なるほどなるほど…………えっ?」

 

「同じく西の国、水の都・セプタ出身のマリンと申しますわ。サフィー……じゃなくてサフィアの姉で、火魔法の使い手。北西の国・プリング担当の火の大魔女ですわ」

 

「ちょっと待ってくれ……? ノエルがメモラ担当の大魔女なのは知っていたけど、そこの2人も大魔女なのか!? こ、これは失礼した! 大変見苦しいところを見せてしまった……」

 

「自業自得だけどな。だから、いつ何時(なんどき)も国王たる身振りを忘れるなって言ったろう? アタシの前だからって気を抜いたのかもしれないが、自分の身分をしっかり理解しておけ」

 

「うっ、もしかしてまた説教が始まる雰囲気……!?」

 

 

 そう言って、ダイヤとノエルたちは大笑いしながら謁見を終えるのだった。

 その後、ノエルたちは割符を手に、ノエルがかつて住んでいたという森の中を目指すことにしたのだった。



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104頁目.ノエルと跡地と森の中と……

 ノエルたちはメモラ王・ダイヤから借りた割符を手に、ノエルの旧家がある森の中へと向かっていた。

 その途中で、マリンはノエルに尋ねる。

 

 

「そういえば、姉様もメモラにいた時期があったんですわよね? どの辺りに住んでいたんですの?」

 

「エストの家か? それなら西門の近くにあるよ。インクと羽根ペンを買うだけのために外に出るのが億劫だったんだが、近くにあいつの羽根ペン屋ができたおかげで助かったんだよな」

 

「魔導士にとって、ペンとインクは欠かせませんもんね。ましてや、ノエル様みたいに研究熱心な方はインクの消費が激しかったんじゃありませんか?」

 

「そりゃもちろん。ただあの頃はイースがいてくれたから、魔法の研究に没頭していてもインクの補充には困らなくてねぇ。あいつもエストの店が建ったことにはとても喜んでいたよ」

 

「わたくしも一度は立ち寄ってみたかったものです。まあ、流石にそのお店はもうないでしょうけど、跡地くらいは見ておきたいものですわね」

 

「しょうがない。アタシとイースの思い出の場所でもあるし、久々に行ってみるか」

 

 

***

 

 

 それから数分で、ノエルたちはかつてエストの店があった場所へと辿り着いた。

 そこにはかつてと同じ建物があったが、看板は無論なく、誰かの笑い合う声が中から聞こえてきた。

 

 

「あの頃の建物のままだな。ただ、中には新しい住人が住んでいるみたいだ」

 

「少し寂しいものを感じますね……」

 

「だが25年前、あいつは確かにここに店を開いていたんだ。ほら、あそこ。看板の跡が残ってるだろう?」

 

「あら、本当ですわね。……ですが、他人の家の前で突っ立っているのも悪いですし、もう行きましょう?」

 

「ん、もういいのか? 見たいって言ったのはお前なんだから、十分って言うんならそれでいいんだが」

 

「ええ、十分です。わたくしはただ、姉様がどんな場所でお店を開いて、ノエルを支えていたのか。それを知りたかっただけですもの。これからノエルを支えていく立場として、先人の想いを知ることは大切なことですわ」

 

 

 そう言って、エストは足を西門へと向ける。

 

 

「さあ、行きますわよ! ノエル、サフィー!」

 

「う、うん……。ノエル様も行きましょう?」

 

「うーん……。ただ店の跡を見ただけで、エストの想いなんて本当に知れるものか?」

 

「はぁ……分かってませんわねぇ。これは気持ちの問題なのです。姉様のここでの頑張りはあなた自身が語っていたではありませんの。であれば、姉様が本当にここにいたという事実を知れただけで、励みになるというものですわ」

 

「それなら、あたしも何となくだけど分かる気がする。もちろん、今のエストさんもノエル様を支えるために頑張ってるけど、昔のエストさんもノエル様を陰ながら支えてくれていたんだもんね。それを知れただけで頑張れる気がしてきたわ!」

 

「なるほど、歴史の遺産を見て勇気をもらえるのと似たようなものか。それならアタシも経験あるな。ここがアタシにとって見慣れた光景でも、お前たちには人間が築き上げた立派な遺産みたいに見えたってわけだ」

 

 

 サフィアとマリンはエストの店があった家に軽くお辞儀をして、西門へと歩いて行く。

 ノエルは家の方を少しだけ見やり、そして2人の後ろをゆっくりと追うのだった。

 

 

***

 

 

 西門を通ってしばらく歩くと、ノエルたちの視界の前に広大な森が現れる。

 

 その入り口付近に立っていた兵士に、ノエルは割符を見せた。

 兵士は割符を受け取ると、自分が持っていたもう片方の割符と組み合わせ、そこに描かれたメモラの紋章に相違がないことを確認した。

 そのまま頷いた兵士は割符をノエルに返し、どうぞと森への道を開けた。

 

 こうして、ノエルたちはノエルの旧家がある森の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

***

 

 

 森の中は葉が揺れる音や鳥のさえずりが細やかに聞き取れるほど、とても静かな空間だった。

 その静寂を裂くように、ノエルたち3人の足音だけが響き渡っていた。

 

 

「……何と言いますか、そわそわしてきましたわ」

 

「うん。怖い……というより、静かすぎて緊張しちゃう……」

 

「これくらいの静けさがちょうど良かったんだ。アタシを……いや、アタシたち2人を邪魔するものは何もない。そう思えるだけでアタシは魔法の修行に集中できたのさ」

 

 

 ノエルたちは足を止めて目を閉じ、しばらく自然の音に耳を澄ます。

 マリンはノエルに尋ねる。

 

 

「ところで……結局のところ、闇魔法はどのようにして修行をしていたんですの? 森の中ですから土や水、風などの魔力が豊富なのは分かりますが、闇の魔力なんて他と大差ありませんわよね?」

 

「じゃあ、逆に聞かせてもらおう。闇の魔力ってどういうところに多いと思う?」

 

「ええと……。闇の魔力に対する光の魔力は、太陽の光が差す場所に集まるんですよね。だから、影のある場所に……って、それだと家の中とかにたくさん集まってるってことになるけど……」

 

「ですが、そんなことはありませんわね。これは属性の解釈の違いですわね? 光は何も太陽や灯りばかりではありません。光は癒し、優しさ、希望。そういった感覚の下にもありますから。幸福な人の周りには光の魔力がよく集まっていますし」

 

「つまり逆に言うと、闇の魔力は絶望とか心の闇を持つ人のところに集まりやすいってこと……? だけど、この場所である意味がないわ……? それにそもそも、当時のノエル様の周りにそんなこと起きてないし……」

 

「ん……? 当時の、ノエルには……?」

 

 

 その瞬間、マリンはハッとしてノエルに訊く。

 

 

「あなたさては、元々は闇魔法の使い手ではなかったんじゃありませんの?」

 

「ええっ!? ま、まあ、確かに火魔法でお姉ちゃんと渡り合ってた時期もあったけど……」

 

「元々言うつもりだったし、答えてやるよ。マリンの言う通り、ここに来た頃のアタシは別段、闇魔法の使い手ってわけじゃなかった。もちろん、闇魔法が使えなかったってわけじゃないから、魔導書には闇魔法も書いてたけどね」

 

「つまり、他の魔法を鍛えるためにこの場所を選んだにも関わらず、あの日を境に闇魔法の使い手として大成していったというわけですか……。本当に人生って分からないものですわね……」

 

「なに、結局のところ闇魔法の戦い方が性に合っていただけさ。逃げるのにはもってこいだったし、当時のアタシにはぴったりの魔法だった。それだけだ」

 

「んー……。ってことは、ここに住んでいた頃のノエル様の周りにはむしろ、光の魔力の方が集まっていたんじゃないですか? イースさんと幸せに暮らしていたのなら、光の魔力が集まる条件を十分に満たしてると思うんですけど」

 

 

 それを聞いたノエルは笑い出す。

 

 

「あっはっは! よく分かってるじゃないか! とはいえ、アタシはどうにも光魔法だけは苦手でねぇ。魔力は勝手に集まってくるのに、全く活用できずに困った思い出が……」

 

「光魔法の才能を全て、姉であるソワレさんに吸われたのですわねぇ。もしかしたら、魔法の才能を全部吸われている可能性もありますが」

 

「魔法の才能を全部吸われている状態でもお前に勝てるアタシ、もしかして天才か!?」

 

「はぁ!? まだ決着をつけた覚えはありませんわよ! それに、そんなこと言われてわたくしが勝っても、全然嬉しくないじゃありませんの!」

 

「大丈夫です! ノエル様はそもそも天才ですから!」

 

「待ってくださいまし!? サフィーまでそんなことを言ってしまったら、もはや収拾がつかなくなりますわよ!?」

 

 

 そんなことを話しているうちに、ノエルたちは光溢れる広場に辿り着いたのだった。

 耳を澄ますと川のせせらぎが聞こえ、ノエルたちの喧騒はやがて静まる。

 広場の中央にはなだらかな丘があり、その丘の上に家らしき建造物があった。

 丘は雑草に覆われていたが、見た目としてはむしろちょうど良い緑色を呈していた。

 

 

「わぁ……綺麗な場所……。絵に描いたみたいに幻想的だわ……」

 

「心洗われるような絶景ですわね……」

 

 

 サフィアとマリンは予想以上の美しい景色に圧倒され、目を光らせながら立ち止まっている。

 ノエルはそんな2人を見て少し微笑んだあと、やや苦い表情を浮かべながら無言で前へと進んだ。

 サフィアとマリンはそれを見て、言葉を(つぐ)む。

 

 

「……ここは何も変わってないな。あれからほとんど誰も足を踏み入れていないのか」

 

 

 そう言ったノエルは、建物のある方へ足を一歩一歩ゆっくりと進めていく。

 そしてその足は、蔦に覆われた建物の前で止まった。

 サフィアとマリンも、ゆっくりとノエルの元へと近づく。

 ノエルは木の扉に手を当てて小さな声で呟いた。

 

 

「すっかりボロボロになっちまって……。今にも崩れるんじゃないか?」

 

 

 そう言って、ノエルは扉の取っ手に手をかけると、そのまま扉を押した。

 すると、思いの外、蔦が絡んでおらず、腐った木の扉は軽く開いたのだった。

 ノエルがそのまま扉の中に入ろうとしたその時、マリンがその肩を掴む。

 

 

「気持ちは分かりますが、そこまででやめておきなさい。今は蔦や苔で支えられてはいますが、見る限りどこも腐っているじゃありませんの。危険すぎますわ」

 

「そうですよ。どうしてもって言うなら、せめて土魔法で防御を張ってからにしてください」

 

「あ、あぁ……。すっかり物思いに耽ってしまって注意不足だったな。感謝するよ、2人とも」

 

「わたくしたちはここで待ってますから、好きなだけ思い出に触れてきてくださいな」

 

「分かった。じゃあ……『障壁盾(ショック・バリア)』っと」

 

 

 ノエルの身体の周りに土の魔力が(ほとばし)る。

 そして、ノエルは自分の手をもう片方の手で叩くと、確かにそれが防がれることを確認した。

 サフィアとマリンが見守る中、ノエルは扉の奥へと入っていくのだった。



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105頁目.ノエルと猫と彫刻と……

 ボロボロの家に入ったノエルは、緑に覆われた床を踏みしめながら部屋を探索していた。

 家の中はところどころ雨漏りしていたようで水たまりができており、そこを中心に雑草や苔が広がっている。

 玄関から入って右手にノエルの部屋、その反対にイースの部屋、廊下を真っ直ぐ進むと居間がある。

 そんな間取りを思い出すだけで、かつての団欒を思い出すノエルだった。

 

 しかし、ノエルは居間の方から何かの気配を感じた。

 

 

「……誰かいるのか?」

 

 

 ノエルは念のためにと腰の魔導書に手を触れながら、恐る恐る居間のドアに手をかける。

 そして、ゆっくりとそれを開くと、ノエルの目に飛び込んできたのは……いや、()()はノエルの顔にめがけて確かに飛び込んできたのだった。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 ノエルの鼻に、もふもふとした柔らかさが直に触れる。

 何より、乾いた獣の匂いが鼻を通ったのだった。

 ノエルは焦りながら、顔に飛び込んできた()()を両手で引き剥がす。

 

 

「……っぷはぁ! 何だ何だ、急に!」

 

 

 首を振って顔に付いた毛を払い、ノエルは自分が両手で掴んだ()()に目をやった。

 

 

「フシャー……!」

 

「…………猫?」

 

 

 それはどこをどう見ても、猫だった。

 真っ黒な体毛と、鼻元の白い毛が印象的な成猫で、その灰色の瞳はノエルの目をじっと見つめていた。

 しばらくノエルの手を振り解こうと必死に暴れたり引っ掻いたりしていたが、効かないと観念したのかやがて大人しくなる。

 

 

「なぜこんなところに猫が……?」

 

 

 そう言って黒猫を下ろしたノエルは、黒猫が駆けていく方へと目をやる。

 すると、そこにはその黒猫を含めて2匹の猫がいたのだった。

 近くの床には外に出られそうな小さな穴が掘られており、猫たちは居間にあるソファだったであろう布の近くで寝そべっていた。

 

 

「……まあ、そりゃ人気がなきゃ勝手に動物も住むか。だが……警戒心を剥き出しにされてちゃ仕方ない。この部屋の探索は一旦諦めるか」

 

 

 ノエルはそう言って部屋を出ると、そのまま自分の部屋へと向かった。

 

 

***

 

 

 部屋に入ると、目の前にはバラバラになった木製の安楽椅子と、大きな机がノエルの目に入ってきた。

 

 

「元々ガタがきていたし、時間が経てば壊れるのも当然か。お気に入りだったんだがなぁ……」

 

 

 ノエルが周りを見回すと、壁に本棚が置いてあるのを見つけた。

 その中には魔導書らしき本がいくつか置いてある。

 

 

「そういや魔導書はほとんど持っていってたけど、要らないと思った分だけ残してたんだっけ。まあ、湿気でほとんど読めなさそうだが」

 

 

 ノエルの言う通り、それらは湿気でボロボロになっており、表紙がかろうじて残っているだけだった。

 部屋の窓は壊れており、そこから雨風が入ったのだとノエルは分かった。

 少し肩を落としつつ、ノエルはしばらく部屋を調べていたが、あまり役に立ちそうなものは見つからなかったのだった。

 

 

「……特に気になるものもないし、イースの部屋にでも行くか」

 

 

***

 

 

 ノエルはイースの部屋の扉を開けた。

 先ほどのノエルの部屋と違って窓は壊れておらず、家具のほとんどは綺麗なままだったが、布団だけは虫食いされている。

 見えないフリをしつつ、ノエルはそのまま部屋を探索するのだった。

 

 

「あの頃のまま……だな。あの日のイースは家から出かけたままだったから、かなりしっかり戸締りをしていってたんだっけ。とはいえ、特に気になるものがあるわけでも…………ん?」

 

 

 棚やクローゼットの中を順番に確認していたノエルは、机の引き出しの中に見覚えのない綺麗な木の小箱と彫刻刀を見つける。

 木箱には小さな赤い宝石がいくつもはめ込まれており、それが周りの葉っぱの彫刻と合わせてヒイラギを表しているということにノエルは気づいた。

 箱の裏にはイースが自分の手で彫ったと思われるサインがあり、その横に『ノエルへ』と彫られていた。

 

 

「ヒイラギ…………アタシの誕生花じゃないか。どうしてこんなものが……?」

 

 

 そう言って、ノエルは箱を開けた。

 その次の瞬間、ノエルの目には、かつて彼女が枯れ果てたと思っていたはずの涙で溢れていたのだった。

 

 

「イース……イース…………。アタシは……お前の死を受け入れていたつもりだったのにな……」

 

 

 箱の中には、亜麻布に優しく包まれた、新品の黒い羽根ペンと手紙が入っていた。

 中に入っていた手紙には、小遣いを貯めてエストに羽根ペンを見繕ってもらったこと、頑張って自分で木箱を作って彫刻をしたこと、イースがノエルの誕生日に渡すつもりだったこと、そして何よりもノエルへの精一杯の感謝の気持ちが書かれていた──。

 

 

***

 

 

「あ、戻ってきましたわ──」

 

「あっ、ノエル様──」

 

 

 玄関から出てきたノエルの顔を見たサフィアとマリンは、一瞬でかける言葉を失った。

 ノエルはそのまま、ゆっくりと家の裏手に回っていく。

 サフィアとマリンがそれを追いかけて角を曲がった瞬間、2人は目の前の光景に悲痛を覚えた。

 

 

「イース……ごめん……。アタシが未熟だったばっかりに、お前の頑張りも無駄にしちまった……」

 

 

 ノエルは芝の上に木箱を置いて地面に膝をつき、2人がこれまで聞いたことのない辛そうな声で泣いていた。

 サフィアとマリンは黙ってノエルの後ろに回り、膝をついて墓標に手を合わせた。

 

 

「あれから18年もひとりぼっちにさせちまって、ごめんな……。でも、またしばらく会えなくなりそうだ……」

 

 

 そう言ってノエルは後ろを振り向いた。

 

 

「ほら、サフィーもマリンも、イースに自己紹介しな」

 

「はっ、はい!」

 

「では……前を失礼しますわね」

 

 

 2人はイースの墓標にそれぞれ挨拶をし、ノエルとの出会いやこれまであったことを報告するように話をするのだった。

 ノエルは手に持った木箱を握りしめ、イースに向けてずっと話を続けるのだった。

 

 

***

 

 

 次の日も、その次の日も、ノエルたちはこの場所に立ち寄り、イースの墓標に話を続けた。

 そして、メモラに来てから5日目。

 ノエルたちはここまであったことをほとんど話し終えた。

 イースを(おもんばか)って蘇生魔法という言葉は使わず、ノエルの目的のためにという体で話をした。

 

 

「ってわけで、アタシたちはこの場所に戻ってきたってわけだ」

 

「長くなりましたが、わたくしたちのお話はここまでですわ」

 

「イースさん、お付き合いありがとうございました!」

 

 

 その時だった。

 家の方からミシミシとひしめく音が響いてくる。

 

 

「あら、この音は一体……?」

 

「まるで木が折れ曲がっているような……って!?」

 

「くっ、数日前に入ってから次第に脆くなっていたか……!」

 

 

 ノエルはその瞬間、ハッとして2人に声をかける。

 

 

「2人とも、早く離れるんだ!」

 

「え、ええっ!? ノエルはどうしますの!?」

 

「いいから、早く!」

 

「ノエル様!?」

 

 

 そう言ったノエルは、2人を置いて家の中へと急いで入っていくのだった。

 

 

「アタシのせいで命を無駄に散らせてたまるかってんだ……!」

 

 

 ノエルは玄関を通り、廊下を渡って居間へと踏み込む。

 

 

「……いた!」

 

 

 そう思ったのも束の間、居間の天井がバキバキと音を立てる。

 そして数秒もしないうちに、ノエルの家は大きな音を立てて崩れてしまったのだった。

 

 

「ノエル!!」

 

「いっ、今助けに行きますから!!」

 

 

 そう言って2人が魔導書を構えたその時だった。

 バラバラになった瓦礫の下が動いた。

 

 

「ノエル様!」

 

「無事で…………えっ?」

 

 

 その瓦礫の下から出てきたのは、2匹の猫だった。

 ぷるぷると震えながらその2匹はマリンたちに近づいてくる。

 2人はそれぞれを優しく抱きかかえ、猫たちが出てきた方へと目をやる。

 

 

「まさか、ノエル様はこの猫たちを助けるために……?」

 

「無茶をするんですから……! サフィー、急いで助けますわよ!」

 

「うん、もちろん!」

 

「息を合わせますわよ! せーのっ!!」

 

「「蒼藍の咆哮(アクアマリン・ロアーズ)!!」」

 

 

 サフィアは水の塊を形成し、マリンが火の弾を撃ち込んでそれを加速させる。

 勢いよく発射された水の螺旋弾が崩れた家の屋根を弾き飛ばし、床らしきものが見えた。

 

 

「お姉ちゃん!」

 

「ええ、この子たちはサフィーに任せましたわ!」

 

 

 マリンは猫をサフィアに預け、1人でイースの墓の近くへと走る。

 奇跡的に瓦礫はイースの墓に掠ってもおらず、マリンは猫たちが出てきた辺りを見回す。

 

 

「ノエル! ノエル! 生きているのなら、返事のひとつくらいしなさいな!」

 

 

 しかし、返事は返ってこない。

 マリンは土魔法で手を強化して細々とした瓦礫を押しのける。

 すると、見慣れたカバンがマリンの目についた。

 

 

「……っ! ノエル!!」

 

 

 マリンはその辺りの瓦礫を次々と押しのけ、ようやくカバンの紐の根元に辿り着いた。

 そこには、倒れたノエルの姿があった。

 しかし、呼吸は確かにしており、身体には身体には傷ひとつ付いていない。

 

 

「これは……土魔法? あんな一瞬で張ったんですの……? 見たところ、外傷はありませんが、土魔法で衝撃を十分に防ぎきれなかったのかもしれませんわね……」

 

「お姉ちゃん! ノエル様は!?」

 

「無事のようです! ですが、今は気を失っているみたいですわ! 急いでメモラ城まで運びますわよ!」

 

「わ、分かった! 極力動かさないように、蒼の棺桶(アクア・ベッド)で運ぶわ!」

 

「よろしくお願いしますわ。では、猫ちゃんたちはわたくしが……って、この子たちはどうしましょう……?」

 

「う、うーん……」

 

 

 2匹の猫は、マリンの手の中でノエルの方をじっと見つめている。

 それに気づいたサフィアは、マリンにこう言った。

 

 

「その子たち、ノエル様のことが心配なのかも」

 

「でしたら……このままお城まで付いてきます?」

 

 

 マリンが猫たちに尋ねると、2匹ともその言葉を理解したかのように、にゃお、と呟くのだった。



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106頁目.ノエルと光と液体と……

***

 

 

 目を開くと、そこは暗い世界だった。

 暗く、黒く、深く、自分の手元さえ見えない。

 音も自分の声も聞こえず、何の匂いもしない。

 触覚も味覚も、全てが存在しない。

 ここは死の世界なのだと、そう思った。

 

 だけど、『()()』は確かにここにいる。

 そして、()()はこんなところにいる場合じゃない、ということもおぼろげに分かる。

 立ち止まっている場合ではない、と。

 

 そんなことを思うと、目の前に2つの光が現れた。

 1つは綺麗で甘い、黒い光。

 もう1つは(ほの)かで濁った、白い光。

 

 あまりに綺麗だったから、黒い光の方へと足のようなものを進める。

 すると突然、白い光の方が強く光った。

 その瞬間、()()()()()なる。

 前へ行けば行くほど、そちらへ行くなと言うように痛みは増していく。

 

 

「え……? ()()……?」

 

 

 先ほどまでなかったはずの痛覚を感じる。

 光はあれど、痛む胸元はよく見えないままだが、じんわりした痛みが突き刺すような痛みに変わっていく。

 あまりの不快感に後ろへと下がった。

 

 しかし、それを拒むように黒い光が段々と近づいてくる。

 それと共に痛みの強さも戻ってくる。

 

 

「やめろ……! それ以上こっちに来るな……!」

 

 

 次第に近づいてくる黒い光から逃げるために、反対側の白い光へと向かう。

 痛みは弱くなり、むしろ心地良さを感じる。

 白い光は今にも消えそうだったが、どうにか光で導いてくれているようにも見えた。

 

 

「もう少し……もう少しで……!」

 

 

 そして、弱々しい白い光に触れようとして──

 

 

***

 

 

「…………」

 

 

 ノエルが目覚めると、目の前には豪華な装飾の天井があった。

 横を見ると、窓から陽の光が差しているのがノエルには分かった。

 

 

「……夢、だったのか? って……ここは……?」

 

 

 ノエルが周りを見回すと、辺りには誰もいない。

 どうにか動こうと、重い身体を持ち上げようとしたその時、ノエルはギョッとした。

 

 

「そ……そりゃ、身体も重くなるわけだ……」

 

 

 布団をめくると、ノエルの胸の辺りで白猫が小さく丸まって眠っていた。

 ノエルに気づいた白猫は目を覚ましてゆっくり起き上がり、ノエルの手を舐め始めた。

 

 

「お前は……そうだ、黒猫と一緒にいた猫! 昨日は暗くてよく見えなかったが、よく見ると綺麗な白色だったんだなぁ。お前が……ずっと側にいてくれたのか。ありがとな」

 

 

 そう言って、ノエルは白猫を優しく撫でた。

 白猫は自分の顔をそのまま擦り付けてきたのだった。

 そしてノエルは「すまないね」と言って、白猫を持ち上げて身体を起こした。

 

 

「っ……!」

 

 

 ノエルは頭を押さえる。

 すると、そこに包帯が巻かれている感触をノエルは感じた。

 

 

「うん……? 頭だけじゃないな……。腕に……足まで!? いや、でも普通に痛みなく動くが……。うーん?」

 

 

 首を傾げていると、ドアの方から声が近づいてきた。

 ドアが開かれると、そこには食事らしきものが乗った台車を持ったサフィアとマリンがいたのだった。

 その瞬間、ノエルの胸元にいた白猫はベッドから飛び降り、マリンたちの足元にいた黒猫の元へと駆けていく。

 

 

「あら、黒猫がついて来たかと思えばあなたも来ましたの。ノエルの番はどうしましたの……? って、あ……」

 

「あぁっ! ノエル様が起きてる!」

 

「なるほど、どうやらまた心配をかけたみたいだね」

 

「ふぅ……。無事で何よりでしたわ。痛むところはあります?」

 

「んー、頭が少し痛いくらいで他は全く。ところで、この過剰な包帯は何だ? むしろ動きにくいんだが」

 

「あぁ、それは……サフィーに聞いてくださいまし?」

 

 

 ノエルは涙目になったサフィアと目が合う。

 

 

「だって、どこを打ったか分からない以上、少しでも身体を守らなきゃって思って……! お医者さんに診てはもらったんですけど、それでも心配でつい……」

 

「あー、医者に診てもらったんならいいや。心配で巻いてくれたんならその厚意はちゃんと受け取らなきゃな。ありがとう、サフィー」

 

「わたくしは過剰だと言ったのですが、そこの猫たちがどこからか包帯を咥えてきたのを見たサフィーが、それで一気にグルグル巻きにしてしまったんですのよ」

 

「うん、謝るついでにちゃんとその医者に包帯の分の金を返してこい?」

 

「それはわたくしが抜かりなく……。あ、ちなみに分かっているとは思いますが、ここは数日前から寝泊りしていたメモラ城内の客間……の隣の空き部屋ですわ。医者や場所はメモラ王が用意してくれましたの」

 

「どうやらそうみたいだが……。どうしてアタシはこんなところにいる?」

 

 

 その言葉に2人は目を丸くする。

 

 

「え? 覚えていませんの? 昨日のこと」

 

「ええと……。確かアタシの家に行って、家の中を探索して猫を見つけて……って、どうしてその猫たちがここにいるんだ……?」

 

「ノエル様が助けたんですよ、倒壊しかけていたノエル様の家の中から。それで、どうしようもなかったんでそのまま連れてきちゃいました」

 

「そう……だったな。アタシの家が崩れて……。あぁ、そうだ、思い出したよ。と言っても、猫たちを抱きかかえたところまでだが」

 

「それで十分ですわよ。あなたが助けたかった命は確かにここにありますから。ねえ?」

 

 

 2匹の猫は3人の話を全く聞いていないようで、部屋の中を駆けずり回って遊んでいる。

 ノエルはそれを見て穏やかに微笑んだ。

 

 

「ただ、あなたは要安静だと医者から言われていますから、メモラ探索はもうしばらくしてからですわね」

 

「そうか……。この結晶体も守らなきゃならないってのに、不運なもんだねぇ……」

 

「って、ノエル様! 胸元、結晶体の跡が付いちゃってます!」

 

「え? ……あぁっ!? この猫、さては結晶体を枕に寝ていたな!?」

 

「ふふっ……! 本当ですわ! 胸のところに菱形がくっきりと……ふふっ……」

 

「もしかして、夢の中の胸の痛みってこいつのせいだったんじゃ……。はあぁ……」

 

 

 ノエルはじゃれる猫たちを見て、深い溜息をつくのだった。

 

 

***

 

 

 朝食を食べ終えたノエルは、マリンたちに尋ねる。

 

 

「で、どうするよ」

 

「安静にと言いましたでしょう? 大人しく寝ていなさいな」

 

「あぁ、いや、そっちじゃなくて。その猫たちのことさ」

 

「それは確かに……。っていうか、この子たちってノエル様の飼い猫……なわけないですよね。あれから何十年も経ってて生きてるわけないですし」

 

「アタシの昔話に猫が出てきたことなんてないだろう? それに、こいつらがアタシの飼い猫なんだとしたら、急に頭に飛びかかってきたりしな──あぁぁっ!!」

 

「あっ……」

 

 

 突然、ベッドの正面から、走ってきた黒猫がノエルの頭に飛びついてきたのだった。

 ノエルは一瞬で顔から猫を引き剥がし、そのまま上に掲げて睨み付ける。

 どれだけ高く掲げても液体のように伸びる黒猫の身体は、ノエルの怒りを少しだけ和ませた。

 

 

「はぁ……。アタシみたいな性格の女が、ここまで舐められているのを良しとするわけがないだろう……なあ??」

 

「そ、そうですねぇ……」

 

「明らかに懐いているように見えるのですが……。まあともかく、その猫たちの処遇について、でしたわね? 旅に連れて行けない以上は野生に返してあげるのが一番かと思いますが」

 

「野生に返したら返したで、無責任に命を救ったみたいになっちまいそうで嫌だな……。まあ、アタシにこいつらの命をどうこうする権利はないが」

 

「あたしはこの子たちに愛着が湧いてきてるんで、飼うのも全然やぶさかではありませんよ! やぶさかでは!」

 

「もし飼うとしても、旅に出る時は誰かに預けなければならないんですのよ。逆にこの子たちに愛着を持たれてしまったら、寂しい思いをさせてしまいますわ……」

 

 

 ノエルは黒猫をベッドの下に降ろし、目を瞑って考える。

 すると、しばらくしてノエルは「うん?」と唸った。

 

 

「どうかしましたの?」

 

「い、いや……そんなはずは……」

 

 

 ノエルは再び目を閉じる。

 そして、また目を開いたノエルは叫んだ。

 

 

「そいつら、魔力を持ってる!」

 

「ええっ!?」

 

「ほ、本当だ! 体内から魔力を感じます!」

 

「しかもこの属性……片や光の、片や闇の魔力ですわね?」

 

「あの家に住んでたせいで……なわけないな。あの頃はあんまり闇魔法の修行なんてしていなかったし、光魔法なんて全くだった。じゃあ、一体どういう……」

 

「となると、野生に返すのは危険……というか、何が起きるか分かったものじゃないですね?」

 

 

 サフィアの言葉にノエルとマリンは渋々頷く。

 

 

「変な連中に見つかって実験材料に使われる可能性だってある。災司(ファリス)とかな。そんなことされるくらいなら、アタシたちで保護する他ないじゃないか」

 

「わたくしはノエルがいいなら全然問題ありませんが……」

 

「それに、どうしてこいつらに魔力があるのか、調べなきゃ気が済まないしな」

 

「そちらが本音でしたわね? ですが何度も言うように、旅には連れて行けませんから、お城に預けるかもしくは……」

 

 

 その時、3人の頭には同じ人物の顔が浮かんだ。

 

 

「「「クロネさんに預ける!!」」」

 

 

 動物を育てる時は、忍耐力と無邪気さへの対応経験がモノを言う。

 ノエルたちの知る中で、母親の経験と子供への対応経験が一番あるのはクロネ以外にいなかったのだった。

 

 

「まあ、すぐに旅に出るわけではありませんから、ちゃんと話をつけた上でということにはなるでしょうけど」

 

「でもよくよく考えてみると、学園の仕事もあるし、ノエル様がお願いした件もあるし……お世話している暇はなさそうですよね……」

 

「その辺りはどうにかしてくれるだろうさ。本当にどうにもできない時は断るだろうし、その時は大人しく他の大魔女たちに頼むよ」

 

「じゃあ、しばらくはあたしたちと一緒ってことですね! やったぁ!」

 

「仕方ありませんわ。図書館で猫の飼い方の本でも借りてきますわね。仕方なくですから」

 

「お前もウキウキしてるじゃないか……。ま、こいつら勝手に遊んでるし、猫が増えるくらいは多少問題でもないだろうさ。だが……こいつらに舐められっぱなしなのはちょっと癪だなぁ……」

 

 

 それからしばらく、ノエルの怪我が治るまで何日も、ノエルたちは猫たちに翻弄される毎日を送ることになったのだった……。



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107頁目.ノエルと倉庫と立案者と……

 それから数日が経過し、ノエルの怪我はすっかり良くなった。

 その間、特に災司(ファリス)や魔物が侵攻してきたという話もなく、ノエルたちはメモラに拠点を据えるための準備を進めていたのだった。

 

 そんなある日、ノエルたちは拠点が整備された『魔女の墓場』に集まっていた。

 

 

「よし、これで完成ですわね」

 

 

 マリンは、その暗い空間の中に作られた木造の小屋の扉の前に、燭台を取り付けてそう言った。

 

 

「こんなに暗い空間でも、灯りがあれば意外と大丈夫なものですね。最初は怖かったけど、周りが見えるだけでこんなに安心できるとは思いませんでしたもん」

 

「闇の魔力も集まってるし、研究には持ってこいの場所だな。寝泊まりするには……ちょっと寒すぎるかもしれないが」

 

「別にここで寝泊りをしなくても、城の中に部屋を用意してもらっているでしょう? あくまで旅の拠点としてこの場をお借りしているんですから、研究や話し合いをする時だけここに来ればいいのです」

 

「確かにそうね。ここに泊まる気でいたけど、お城の設備を使えるなら何の心配もいらないじゃない……って、あれ? だったら、わざわざ防衛用の罠なんて仕掛けなくても良かったんじゃ?」

 

「無用心な場所だからね。不審者避けとして念のために張っただけさ。アタシたちと城の連中が場所を把握していれば何の問題もない。ここはあくまで()()なんだからな」

 

「なるほど、それもそうですね……。拠点もできたことですし、これからどうします? 旅の拠点とは言っても、どこに行くかも特に決めてませんでしたよね?」

 

 

 マリンは首を傾げてノエルに尋ねる。

 

 

「そもそもの話、わたくしたちの目的はその心臓を守ること、ですわよね? それならばこの場から動かず、敵が攻めてきたら迎撃するというだけでも問題ないんじゃありません?」

 

「確かに今はこの心臓を守ることが優先だが、アタシたちの目的は変わらず蘇生魔法だ。あくまでこれを守るための拠点を作ったってだけで、蘇生魔法の研究や協力者探しはまだまだ続けるつもりだからね」

 

「そういえば確かに、心臓のことで頭がいっぱいになってて、守ることが目的だって勘違いしちゃってた節はあるかも。あたしは旅する気満々でしたけど!」

 

「なるほど……。それでしたら、まだしばらくはメモラにいるということですわね」

 

「あぁ、そうだな」

 

「えっ? どこかに旅に行くんじゃないんですか?」

 

 

 ノエルはサフィアに向き直って言う。

 

 

「これまでメモラに来たことなんてなかったろう? だから、まずはメモラの中で魔女とか協力者とかを探さなきゃな」

 

「はっ、すっかり忘れてました! そういえばここ、来たことのない新しい国じゃないですか!」

 

「ふふっ。怒涛の数日間でしたから、忘れるのも無理はありませんわ。ダイヤさんの件、ノエルの家の件、ノエルの怪我の件、2匹の猫の件、そしてこの拠点の件……。ええ……本当に、本当に……大変でしたわ……」

 

「特に猫、だな。あいつら、アタシたちが寝てる時は静かにしてくれるからまだマシなのかもしれないが、昼間は部屋の中で暴れまくってくれるからな……」

 

「あ、その猫ちゃんたちのことも調べないとですよね。魔力を持ってる動物なんて、魔物とか魔導士以外に見たことありませんし」

 

「そういやそうだった。クロネさんに連絡したはいいが、その調査をするならアタシたちの方が適任なんだよな……。返事が来る前までには調べておくか」

 

 

 そう言って、ノエルたちはメモラの探索を始めたのだった。

 

 

***

 

 

 広大な畑や森林を有するメモラだが、もちろんそれを管理する人がその近くに村を形成して住んでいる。

 王都はその中でも、収穫した作物を保存して卸売りすることに特化した区域となっている。

 そのため倉庫が多く、王都にいるのはそこの住人と商人がほとんどである。

 王都の店では、メモラの作物以外にも豊穣の国・フェブラで採れた作物も売られており、互いに特産の作物を交換して商売が成り立っていることが見て取れる。

 

 ノエルたちは倉庫街を練り歩いてはみたものの、探索の手掛かりは一向に見つかる気配を見せないのだった。

 

 

「探すとしても、王都はあんまりアテにならないんじゃないですか? ずっと歩きっぱなしですけど、全く景色が変わってないですし……」

 

「うーん……。実は昔、この辺りも住宅街だったんだが、恐らく貿易に特化させようとして区域を作り替えたんだろうな。知らない景色だ」

 

「それなら早く住宅街がある場所を目指しません? 倉庫なんて見てもしょうがありませんわ」

 

「いや、少し興味があるからこのままぐるっと回って住宅街に行こう。思いがけない出会いがあるかもしれないしね」

 

「この辺りにいるのは作物を倉庫に保管しに来ている農民と、それを買う商人しかいないじゃありませんの。どんな出会いがあったとしても、わたくしたち魔女には何の関係も──」

 

「お? ノエルさん?」

 

 

 それは、ノエルたちの聞き覚えのある男の声だった。

 ノエルたちは声をかけられた方へと振り向く。

 そこには、定期的にフェブラの収穫祭で出会う、1人の男の姿があった。

 

 

「「えっ、ルナリオさん!?」」

 

「ほら、思いがけない出会いがあっただろう?」

 

「そ、そういえば、ルナリオさんたちってメモラに住んでいるんでしたわね。フェブラでしか会わないのですっかり忘れていましたわ……」

 

 

 ルナリオは3人に改めて挨拶をし、尋ねる。

 

 

「まさかメモラで会うなんてな! 旅の途中か?」

 

「まあ、そんなところだ。少しひと段落ついたから、街を探索していたのさ」

 

「そういや、ばあちゃんから聞いたんだけど、大魔女とかいう凄い称号をもらったんだろ? おめでとう!」

 

「ん? どうしてスアールさんがその話を知ってるんだ? 1面の記事になったとはいえ、魔導士以外にとってはそこまで有名な話じゃないと思ってたんだが……」

 

 

 その瞬間、ノエル以外の3人はハッとして冷や汗を流す。

 そしてそれを誤魔化そうとするかのように、ルナリオはノエルに反論した。

 

 

「い、いやあ、新聞で1面を飾ったって時点で有名だよ! 特にばあちゃんは毎日の新聞をじっくり読むし、ノエルさんの顔と名前を見つけた時はすっごく喜んでたんだから!」

 

「か、各地で1面を飾った顔が違うそうですし、メモラではノエルの顔だったのでしょう? でしたら、スアールさんの目に止まっても何もおかしくありませんわよ! ねえ、サフィー?」

 

「えっ、う、うん! って、え? もしかして、あたしの顔もセプタ中にばら撒かれたの??」

 

「アタシも聞いてなかったし、どうしてマリンがそんなこと知ってるんだ? まさか、お前が……?」

 

「い、いやぁ、やはり顔を知ってもらった方が災司(ファリス)への抑止力としての機能が働くと思いまして……。あっ、ちょっ、サフィー!? 無言で魔導書に手をかけないでくださいまし!?」

 

「セプタのお祭りの件もだけど、そういうことはあたしに報告してって言ったよね? 抑止力になるってのは分かるけど、どうして隠してたの??」

 

 

 そう言いながら、サフィアは空中に氷の槍を静かに形成していく。

 

 

「ちゃ、ちゃんと正当な理由があれば、報告しなくても大丈夫かと思いまして……」

 

「普通だったら許してたよ? でも、セプタであたしが熱狂的な人気があるらしいっていうのを知ってる上でそんなことをしたのたら、本格的に国に帰れないじゃない!」

 

「サフィーのことはうっかりしていて……。あ、これマズいですわ。ノエル、助けてくださいまし!」

 

()()()()()()()()マリンのせいだから、因果応報だな……」

 

「はい? どれもこれも全部……?」

 

 

 サフィアは少し考えた後、ハッとして再び無言で氷の槍の数を増やす。

 

 

「まさか、『サフィア祭』の立案者って……」

 

「ノエル!? なんて火種をぶちまけてくれますの!?」

 

「あっ、うっかり……」

 

「もう、ぜっっっっっったいに許さないから! お姉ちゃん最低! お姉ちゃんのバカァ!!」

 

 

 道路の真ん中で、サフィアはマリンに向けて氷の槍を連投し、マリンは必死にそれを熱で溶かしながらサフィアにひたすら謝罪をしている。

 ノエルはバツが悪そうに目を逸らし、ルナリオはそれを大笑いしながら眺めているのだった。

 

 

***

 

 

 サフィアの怒りが収まってしばらくして、ノエルはルナリオに尋ねる。

 

 

「そういや、お前はこんなところで何をしていたんだ? まあ、この辺りにいるってことはそういうことなんだろうが」

 

「あぁ、村の仲間と一緒に村の作物を運んできたから、それを倉庫に入れて在庫確認を終えたところだよ」

 

「あら、もしかしてお仕事の邪魔をしてしまいました?」

 

「いやいや、作業は全部終わって解散したところだったから気にしないで! この後はこのまま徒歩で帰る予定だったし」

 

「徒歩で? ってことは、お前たちの村はここから近いのか?」

 

「運動のために徒歩を選んでるから、そうだな……。大体1時間も歩けば着く距離だよ」

 

 

 そう言って、ルナリオは足元に置かれていた荷物を背負う。

 

 

「3人が良ければ、ウチの村に来るかい? ばあちゃんもきっと喜ぶと思うよ!」

 

「まだ昼だし……そうだな。2人がいいなら是非とも行きたい」

 

「どうする? お姉ちゃん」

 

「うーん……あー、ルナリオさんちょっと、よろしくて?」

 

「ん? なになに?」

 

 

 マリンはルナリオに近づき、ノエルに聞こえないようにこそこそと尋ねる。

 

 

「(ルナリオさんとソワレさんはいいとしても、他の村人の方がソワレさんを呼ぶだけでスアールさんの正体がソワレさんだとバレてしまいません?)」

 

「(あっ、そういやそうか……。うーん、それなら俺が先に村に入って話を伝えておくってのはどうだ?)」

 

「(話が伝わるのが早いのであれば問題ありませんが……)」

 

「(ウチの村は人口がそこまで多くないし、耳聡い連中ばっかりだ。特に変な奴もいないし、みんな話を信じてくれると思うよ)」

 

「(ふぅ、それなら何よりです。では、よろしくお願いしますわ)」

 

「(ノエルさんのため、任された!)」

 

 

 ほんの数十秒のことだったが、マリンは何事もなかったかのようにノエルに言った。

 

 

「わたくしも問題ありませんわ!」

 

「今、何を話していたんだ?」

 

「いえ、ただルナリオさんたちの村の人口を確認していただけですわ。探索にどれくらい時間を割けるのか、前もって知っておくべきでしょう?」

 

「なるほど、それは確かに。じゃあ2人とも問題ないってことだし、ルナリオ、案内を頼めるかい?」

 

「分かった。ウチの村まで徒歩にはなるけど、旅してる3人なら大丈夫かな?」

 

「「「大丈夫!」」」

 

 

 ルナリオに連れられ、ノエルたち3人はスアールことソワレが村長を務める村へと向かうのだった。



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108頁目.ノエルと看板と姉妹と……

 ルナリオとソワレが住む村へと向かっている道中、ノエルたちは大魔女のことや、しばらく会っていなかった間にあったことをルナリオに話した。

 ルナリオもソワレのこと、村のこと、仕事のことなどを色々と話してくれ、ノエルたちは徒歩の疲れも忘れて話を弾ませていた。

 そんな話をしているうちに、柵に囲まれた広い村がノエルたちの前方に見えてきた。

 

 

「お、もしかしてあれか?」

 

「あぁ、あれが俺たちの住む村だよ。ただの農民が住んでるだけの辺鄙(へんぴ)な村だから、あんまりおもてなしはできないだろうけど、どうぞくつろいでくれ」

 

「確かに王都に近い方とはいえ、ここまで王都から離れていればあまり人が来るような場所ではありませんわね」

 

「あれ、村の門のところに何か書いてあるみたい。ええと……?」

 

 

 村の門の上に掲げられた大きな看板。

 そこに書いてあった文字をサフィアは読み上げようとしたが、すぐさまその口を止めた。

 

 

「ん? ここからじゃよく見えないな。サフィー、何て書いてあったんだ?」

 

「あっ、いや……。あー、ちょっとルナリオさん! こっち来て!」

 

「ん? どうかし……あっ……」

 

 

 ノエルは足を止め、ルナリオの方へ振り向いて首を傾げる。

 ルナリオはサフィアのところへ、いそいそと足を進める。

 それを見たマリンは看板を見て、納得がいったように頷いていた。

 

『ようこそ ソワレ村へ』

 看板にはこう書いてあったのだった。

 

 

「(ちょっと、あの看板! あと、村の名前! どう誤魔化せばいいんですか! 聞いてないんだけど!)」

 

「(すまん、これについては俺も完全に忘れてた……。ばあちゃんが作った村だからこんな名前になってんだけど……うーん……)」

 

「(それなら……昔にソワレさんが助けてくれた村で、その恩を忘れないように名前を借りた、とかならどう?)」

 

「(よし、それでいこう。きっとマリンさんもばあちゃんもすぐ分かってくれると思うし)」

 

「(了解。じゃあ、説明お願い!)」

 

 

 サフィアは先ほどノエルに質問された答えを正直に返した。

 

 

「え、えーと、村への歓迎の言葉が書かれていましたよ! 『ようこそ ソワレ村へ』って!」

 

「ソワレ村…………ソワレ村!? 姉さんの名前じゃないか!」

 

「あ、あぁ。昔、この村が魔物に襲われた時にソワレさんが助けてくれたんだ。だからその恩義を忘れないようにって、ばあちゃんがこんな名前にしたのさ」

 

「なる……ほど……。まさかこんな場所で姉さんの名前を見ることになるとは……。少し驚いたよ」

 

「あら、思いの外驚いていませんわね?」

 

「まあ、姉さんならあり得ない話じゃないな、と。あの人、大魔女になった理由もそうだが、他人を助けることが好きだからねぇ。今となってはどこにいてもおかしくないって思ってるよ」

 

 

 そう言って、ノエルはソワレ村の看板が見える距離まで歩いていく。

 その頬は少しだけ緩んでいたのだった。

 

 

***

 

 

 ルナリオは村の人たちに話をつけてくると言って先に村に入り、マリンとの作戦通りにソワレの件を伝えに行った。

 そしてしばらくして、ノエルたちは手厚い歓迎を受けたのだった。

 

 しばらくの間、ノエルたちは村を見て周り、最後に村長である()()()()の家に向かった。

 ルナリオは扉を叩いて言った。

 

 

「おーい、ばあちゃん! ノエルさんたち、連れてきたよー!」

 

「うん? 鍵は持ってないのかい? ここはお前の家なんだろう?」

 

「ううん、違うよ。母ちゃんと父ちゃんはここに住んでるけど、俺は別居してるんだ。俺が管理してる畑はあっちだから、この畑のさらに向こうの家」

 

「なるほど、でしたらご両親もここに住んでいらっしゃるんですわね。ぜひご挨拶をしておかねば」

 

「多分、今の時間はその辺の畑で仕事してると思う。ばあちゃんしか家にいないんじゃないかな」

 

 

 そんなことを話していると、扉の鍵が開いた音がした。

 中からルナリオを呼ぶスアールの声が聞こえてくると、ルナリオは返事をして扉を開けたのだった。

 すると、そこには穏やかな表情で待つスアールの姿があった。

 

 

「ノエルさん、マリンさん、サフィアちゃん。いらっしゃい、ソワレ村へようこそ」

 

「スアールさん!」

 

「お元気そうで何よりですわ。半年振りくらいですわね」

 

「そうねぇ。もうそろそろ収穫祭の時期だし、また近いうちに会えるかもしれないわね? あ、立ち話もなんだし、どうぞ入って入って」

 

「じゃあ、遠慮なく。お邪魔します」

 

 

 スアールに案内され、ノエルたちは応接間に集まった。

 そこで、ノエルたちはこれまであったことを数時間かけてスアールに報告した。

 スアールからは大魔女の話を中心に、様々な質問をされた。

 災司(ファリス)のこと、大魔女が持てる権限のこと、ヴァスカルであったことなど、クロネから話しても構わないと言われている範囲まで話したのだった。

 

 ある程度話し終わったところで、ノエルはスアールに尋ねた。

 

 

「そういえば、アタシの姉さんがこの村を救った時ってどんな感じだったんだ? 魔物に襲われたって聞いたんだが」

 

「えっ?」

 

 

 スアールは一瞬、ルナリオの方に顔を向けたかと思うと、少しだけ頷いてノエルの質問に答えた。

 

 

「あぁ、なるほど、ソワレさんの話ね? ええと……あれは確か30年ほど前のことだったかしら。この村がまだできたばっかりの頃、作物が魔物に襲われてねぇ……」

 

「ふむ、アタシがヴァスカルを出て間もない頃だな。確かにその頃のメモラはまだまだ未開拓の土地があって、畑や村が増えている時期だった。魔物の被害も多かったと聞いている」

 

「そうなのよ。それで困っていたら、道すがらソワレさんが魔物の退治と対魔物の結界を作ってくれてねぇ。まだ村の名前が決まってなかったから名前をお借りしたの。もちろん、本人の了承を取ってね」

 

 

 マリンとサフィアはスアールの理解速度に内心驚きつつ、本当の話だったのかもしれないという考えが頭をよぎっていた。

 

 

「どんな魔物でしたの? 作物を荒らすとなると、獣害に近いもののようにも感じますが」

 

「確かあれは……そう、()()()()だったわね。この村の作物をありったけ盗んで、どこかに持って行っちゃったのよ」

 

「ゴブリン……。略奪・強奪・横奪、奪えるものなら何でも奪う、盗賊に近いが理性を持たない、群れで行動する凶悪な魔物だったか。でも普通なら魔女なんかじゃなくて、王国に報告して討伐隊を送ってもらった方が安心じゃないのか?」

 

「そんなこと言ってられないわよ。困っている人がいればすぐに助ける。それが魔女というもの……って、ソワレさんが言っていたわ。とにかく、ソワレさんのおかげで村は助かったの」

 

「姉さんらしいなぁ。ありがとう、スアールさん。姉さんの話が聞けて良かったよ」

 

「そう……。喜んでくれたのなら何よりだわ」

 

 

 スアールは微笑んで、話を続けた。

 

 

「そうだ、何か手伝えることはあるかしら? 小さな村だけど、恩人の妹さんのためならって、みんな快く協力してくれると思うわよ」

 

「お心遣い感謝するよ。でも、大丈夫だ。姉さんは姉さん、アタシはアタシだからね。それに、今のアタシたちは既に色んな人に力を貸してもらっている。これ以上はその恩を返すのが大変になるくらいさ」

 

「あら、それは残念」

 

「わたくしとしては収穫祭で美味しい食べ物を作ってくださいますし、そういう形でわたくしたちの役に立っていると思っていますわよ」

 

「あら、それなら嬉しいわね」

 

 

 マリンはノエルの顔を見ながら少し得意げな表情を見せる。

 すると、ルナリオは窓の外を見てこう言った。

 

 

「あ、気づいたらそろそろ日が傾いてくる時間だな。ノエルさんたちはどうする?」

 

「うーん、流石に帰る時間だな。ここから馬車は出ているかい?」

 

「俺たちは村の馬車で移動しているんだ。停留所はこの辺りにはないよ」

 

「……そうだ、リオ。せっかくだし、あなたが送って行きなさいな。それくらいのことはしてあげたいから」

 

「分かった。馬車を用意するからちょっと待ってくれるかい?」

 

「感謝するよ、ルナリオ」

 

 

 ルナリオは外へと駆けていき、ノエルたちはスアールに礼を言うのだった。

 すると、スアールもノエルたちに礼を言う。

 

 

「わざわざ遠路はるばるありがとうね。楽しい話が聞けて良かったわ」

 

「こっちも急に押しかけてすまなかったな」

 

「いいのよ、基本的には暇だから。たまにフェブラに行ったりはするから、いつも村にいるわけじゃないけど」

 

「そうか、収穫祭が近いもんな」

 

「ええ。今年も来てくれたら嬉しいわ」

 

「もちろんだとも。半年の楽しみだからね」

 

 

 そう言って、ノエルとスアールは互いに笑い合うのだった。

 マリンとサフィアは心穏やかに微笑みながら、姉妹のやりとりを見ていたのだった。

 

 

***

 

 

 その夕方、ノエルたちはルナリオの馬車に送られてメモラの城下町へと向かう。

 そして何事もなく、ノエルたちは帰路に着いた。

 ノエルは城門の前に着くなり、空を見上げる。

 

 その日の夜は、やけに静かな夜だった。



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109頁目.ノエルと村とお願いと……

 次の日の朝。

 朝日で目覚めたノエルは、城の廊下からばたついた音を聞いた。

 まだ眠っている2人を起こしたあと、3人は部屋の外をそっと覗いてみた。

 

 

「……何か起きたみたいだな」

 

「ええ、まるで戦場にでも行こうとしているような雰囲気ですわ……って、まさか!」

 

「ちょ、ちょっとその辺の人に聞いてきます!」

 

 

 サフィアは忙しそうに走り回っている小間使いに声をかけ、短く話を聞いた。

 そしてノエルたちのところに戻って来るや否や、声を上げて言った。

 

 

「大変です! 魔物の大群が攻めてきました!」

 

「やっぱり悪魔の仕業か……! じゃあ、急いで外に出て応戦を──」

 

「いえ、違うんです! お城に攻めてきたわけじゃないらしいんです!」

 

「何ですって? 災司(ファリス)や悪魔はわたくしたちが狙いのはずでは……?」

 

「じゃあ、どこに攻めてきたってんだ?」

 

「場所は……()()()()です……!」

 

 

 その瞬間、ノエルとマリンは血の気が引いた。

 3人は急いで旅支度を進め、2匹の猫を小間使いに預ける。

 その後、ダイヤが準備していた馬車に乗って、ノエルたちはソワレ村へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

 その道中、焦る気持ちを抑えながら、ノエルはダイヤからもらった書類で戦況を確認する。

 

 

「魔物の発生場所はソワレ村の南西部にある森、侵攻先はソワレ村と思われる。魔物は全てゴブリンであり、その長と思しきゴブリンが大群を率いている。現在はゆっくりと村に近づいており、応援部隊が来る頃には目前であると思われる、か……」

 

「その応援部隊とは恐らくメモラの王国兵士でしょう。しかし、まだ出撃していませんでしたから、わたくしたちは先鋒ということでしょうか。まあ、魔法で周りを巻き込む心配が要らないのは助かりますが」

 

「ゴブリンって、昨日言っていた凶悪な魔物ですよね? どうしてソワレ村を狙っているんでしょう? まさか、ソワレさんに復讐しようとしているとか……?」

 

「昨日も言ったが、ゴブリンってのは理性をほぼ持たない。つまりは復讐という感情で動くほど知能は発達していないのさ。だから単なる略奪目的か、あるいは……いや、アタシたちを狙っているわけはないな。そもそも場所が違う」

 

「ですわね。ただ、どうしてゆっくりと近づいているのでしょう? 野生の魔物や動物は、獲物のためなら全力で追いかけて全力で貪り尽くす印象なのですが……。これではまるで、何かを待っているような……」

 

「何度も言うが、攻め込むための簡単な陣形は取れたとしても、戦略を立てられるほど知能があるとは思えない。もちろん群れれば強い魔物だから気を抜いてはいけない相手ではあるが」

 

 

 ノエルは書類を眺め、言葉を続ける。

 

 

「そういえば、王国も王国だ。姉さんが対魔物の結界を張ってるって知っているだろうに、どうしてあそこまで慌てている? もちろん万が一に備えなきゃいけないってのは分かるが、あまりに準備が大掛かり過ぎじゃないか?」

 

「言われてみれば確かにそうですねぇ? まさか、あたしたちの方が早く出発できるとは思わなかったですもん」

 

「気にしていても仕方ありませんわよ。それで、他に何か有益な情報はありませんの? 大群の規模とか、武装とか、長とやらの脅威度とか」

 

「うーん……そこまで詳細に調べる余裕がなかったんだろうな。さっきの文章と場所くらいしか書かれていない。だが、アタシたちの魔法があれば余裕で一掃できるだろうさ」

 

「あたし、ちゃんと魔物倒すのって初めてかも……」

 

「あぁ、そうだった……。確かに大海蛇(シーサーペント)もイエティも明確に殺す目的で対峙していなかったからなぁ。魔物とはいえ、生物の生命を奪う行為には変わりがないし……。どうする、マリン?」

 

 

 マリンは頭を抱えて必死に考える。

 しかし、マリンが答える前にサフィアが答えた。

 

 

「いえ、あたしがどうするかよりも、ノエル様がどうするかです。この中で一番、生命を奪うことに抵抗があるのはノエル様だと思いますし」

 

「まあ、確かにそうですわね……。実際のところ、撃退するだけでも構わないわけですし」

 

「いや、害をなす魔物であれば容赦はしないよ。召喚術の契約で従属させることができるのであればまだしも、それすらままならない相手なら話は別だ」

 

「それならあたしは戦います。もちろん怖いけど、1人じゃないし!」

 

「2人がそう言うのなら、わたくしは止めませんわ。ただサフィー、これだけは言っておきます。生命を奪うということは、自らも生命を奪われる可能性があるという覚悟を持って行うことですわ。その覚悟は決めておきなさいな」

 

「覚悟……。う、うん……分かった。」

 

 

 ノエルはサフィアに優しく言った。

 

 

「覚悟って言っても、怪我することを恐れるなとかそういうことじゃないからあんまり考えなくていいよ。簡単な話、窮地に陥った生物は強いから油断するなってことだ」

 

「なるほど……。危ない時ほど力が出せた経験、確かにあったかも……。それを今度は死の局面で発揮されるなんて、よく考えてみると恐ろしいですね……」

 

「魔物の恐ろしいところはそこなのですわ。とどめを刺すギリギリで反撃してきたり、逃亡して被害を拡大させたり、困ったものですわね。まあ、逆の立場になれば同じことをするとは思いますが……」

 

「ま、ゴブリンくらいなら遠くから中級魔法で攻撃する程度で大丈夫だろう。別に上級魔法でもいいが、敵の総数によるかな」

 

「とりあえず、わたくしとノエルで十分でしょう。サフィーは魔物の討伐に参加すること自体初めてですし、後ろで見ていればいいですわ」

 

「うん、分かった」

 

 

 すると、馬車の走る速度が次第に緩やかになってきた。

 ノエルが外を見ると、1日前に見た景色が広がっていた。

 

 

「良かった、ゴブリンはまだ来ていないみたいだ」

 

「ふぅ……間に合いましたわね」

 

「急ぎましょう!」

 

 

 馬車が止まると同時に、ノエルたちはすぐさま降り、ソワレ村に向かった。

 

 

***

 

 

 村の中は騒然としており、ノエルは村人たちの輪の中心にスアールがいるのを見た。

 すると、その手前にいたルナリオがノエルたちに気づいた。

 

 

「あ、ノエルさん! 来てくれたんだな!」

 

「どんな状況だい?」

 

「魔物の襲撃なんて数年振りだから、みんな戸惑ってるよ。それで、ばあちゃんが避難準備の指示を出してるところさ」

 

「そうか、スアールさんは魔物の襲撃を受けた経験があるんだったな。ゴブリンはどんな感じなんだ?」

 

「今日の朝頃に村の爺さんが薪を取りに森に行こうとしたら、50匹くらいのゴブリンの大群が向かってきているのを目撃したらしい。それで急いで馬車を走らせて王国に通報したってわけさ」

 

「50匹……魔物の大群にしては中々の数だな。他に何か情報があれば共有してくれ。討伐の役に立つかもしれないからね」

 

 

 すると、村人を解散させたスアールがノエルたちのところへやってきて言った。

 

 

「ゴブリンたちは武装していて、群れというよりは軍隊のような集まり方だったらしいわ。私が過去に見たゴブリンたちとは、全く違う習性みたい」

 

「あぁ、スアールさん。ふむ、武装したゴブリン……それに軍隊みたいって……。ゴブリンと別の魔物を見間違えたんじゃないのか?」

 

「でも、こんな習性を持つ魔物なんて聞いたことある? 背格好や見た目は間違いなくゴブリンだったって、目撃者がそう証言しているんだけど」

 

「確かに聞いたことないな……。ゴブリンより大きいのであれば、武装しているって点でオーガが思い当たったが大きさが違うし、何より群れで行動するって話も聞いたことがない」

 

「おかしな点でいっぱいですわね。ゴブリンたちの目的、武装、軍隊のような行動、対魔物の結界があるこの村に向けて進軍している……。まさか、結界の魔法が解けているなんてことはありませんわよね?」

 

「もちろん私は分からないわね。可能性としてはあり得るけど、だからといってこの村を狙う理由にはならないしね。それに、今回のゴブリンたちは前回とは違う方から来てるから、恐らく別の個体だと思うわ」

 

 

 ノエルたちは少しだけ考えたが、すぐに頭を切り替える。

 

 

「とりあえず、全部討伐してくればいいんだろ? 武装しているとはいえ、魔法の前じゃ無力だろうからな」

 

「ええ、そうね。私はこの村の安全さえ守れれば、多少作物が巻き込まれても文句は言わないわ。でも、気をつけてね」

 

「わたくしたちに任せてくださいな。さ、スアールさんは避難の準備を進めてくださいまし。ルナリオさんも」

 

「あぁ、頼りにしてるよ、大魔女さんたち! じゃ、ばあちゃん行こうか」

 

「……いえ、私はノエルさんたちについて行くわ」

 

 

 その瞬間、ノエルたち3人とルナリオは目を開いて固まった。

 そして、全員の脳内の処理が終わると同時に、一斉にスアールを止めて言った。

 

 

「何考えてんだ、ばあちゃん! 危ないから避難するんじゃなかったのか!?」

 

「ルナリオの言う通りだ! 危険な戦場にスアールさんみたいなご老人は連れて行けない!」

 

「ルナリオさん、強引にでも止めてくださいな!」

 

「スアールさん……どうして急にそんなことを言ったんですか?」

 

「私はこの村の村長として真実を確かめる責任があるの。どうしてゴブリンたちが急に攻めてきたのか、知る必要があるのよ。それに、あなた方3人がいれば絶対に安全でしょう? だから、お願い」

 

「それはそうだが……。ううん……どうしたものか……」

 

 

 ノエルは頭を抱えて悩み始める。

 その時、マリンとサフィアはスアールがじっとこちらを見ていることに気づいた。

 そして、2人はスアールの、()()()の本心に気づいたのだった。

 

 

「……分かりましたわ。わたくしは賛成です」

 

「マリン……?」

 

「ノエル様、あたしも問題ないと思います」

 

「サフィアまで……。一体どんな風の吹き回しだ?」

 

「あー、ばあちゃんも強情なんだから。仕方ないな。ノエルさん、俺からも頼むよ」

 

「う、うーん……。3人がいいならいいんだが、もう少しちゃんと考えてだな……」

 

 

 そうしてしばらく考えたノエルは、深く溜息をついて言った。

 

 

「……マリン、サフィア。絶対に無事に村に返してやるんだからな?」

 

「……! はいっ、絶対です!」

 

「わたくしたちを舐めてもらっては困りますわ。無論ですとも」

 

「良かった。じゃ、俺は村の連中をまとめとくから、ばあちゃんは行ってらっしゃい。待ってるから」

 

「ええ、じゃあよろしくね、ノエルさん。マリンさんにサフィアちゃんも」

 

 

 3人は頷き、スアールの手を取る。

 こうして、ノエルたち3人はスアールを連れてゴブリン退治へと向かうのだった。



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110頁目.ノエルと鎧とゴブリンと……

 ノエルたち4人は、ソワレ村の南西の森に繋がる平原を歩いて進んでいた。

 村から出て10分ほど歩いた頃、彼女たちは異様な光景を目にしたのだった。

 遠目に見ても群れの大きさがはっきりと分かるほど、ゴブリンたちは隊列を成して行進している。

 よく見ると鉄の鎧のようなものを身につけており、1体のやや身体の大きなゴブリンを筆頭に進軍しているようだった。

 

 

「確かに報告にあった通りの光景だが……。身体の色が緑だから草原にいても獲物にバレにくい性質のはずなのに、鎧で台無しだな……」

 

「ですが、実際に見てみるとおぞましい何かを感じますわね……」

 

「本当にアレがゴブリンだと言うの……? 私の村を襲っていたのとは大違いなくらい静かじゃない」

 

 

 辺りには行進するゴブリンたちの足音のみが重く響いており、凶暴な魔物とは思えないほどゴブリンたちは落ち着いている様子だった。

 ノエルたちは岩陰に隠れて様子を窺う。

 

 

「落ち着いている魔物なんて逆に不気味だな……。何が起こるか分からないし、先手を打つか」

 

「でしたら、あたしとスアールさんは少し下がって見てますね」

 

「分かりましたわ。では、遠慮なく攻撃を仕掛けさせていただきますわよ……!」

 

「あぁ、連中はまだアタシたちに気づいていないみたいだ。不意打ちで強いのぶち込んで、一気に決めるぞ」

 

「ええ、火力なら任せなさいな。あまり自然を荒らさない程度に、派手なのを一発ぶちかましてやりますわ」

 

 

 そう言って、マリンは魔導書を開いて詠唱を始める。

 ノエルも追って詠唱を始め、マリンの魔法の発動を待つ。

 

 

「先手、いただきますわ! 『猛焔の波紋(グラン・エル・フレイム・ウェイブ)』!」

 

 

 すると、マリンの目の前に炎が横一列になって現れ、それが大きく燃え上がってゴブリンたちの方へと飛んでいった。

 そしてマリンの魔法は着弾と共に爆発し、炎の渦を巻き起こしたのだった。

 

 

「よし、アタシも追い討ちをかけるぞ! 『黒炎(グラン・エル)──」

 

 

 しかし、ノエルは炎をじっと見つめ、魔法を放つ前に詠唱を止めた。

 

 

「待て、何か様子がおかしい。マリン、お前まさか魔法を外したなんてことないよな!?」

 

「あら、魔法は確かに鎧に当たりましたわよ? でも、確かにその後の爆発と炎の渦が当たっている様子がないような……」

 

「……魔法自体の手応えはどうなんだ?」

 

「すこぶる良好な発動でしたわ。そんなわたくしの()()()()が全く効いていないなんてこと、あり得るはずが…………」

 

 

そう言って、マリンは目を見張る。

すると炎の渦が消え、その場所にいたゴブリンたちは一切の無傷なのだった。

 

 

「効いて……いませんわ」

 

「い、いやいや、そんなわけ……」

 

「ですが、実際に効いていないんですわよ! わたくしの上級魔法が!!」

 

「は、はぁ!? お前の上級魔法を弾く鎧なんて、そんなもの魔具か神器か……あるいは……」

 

「くっ……! ノエル! 考えている暇があるのなら、一度ここから離れますわよ! 今の攻撃のせいで気づかれてしまいました!」

 

 

 先ほどまで静かだったゴブリンたちは、辺りを見回して叫び始めている。

 ノエルは舌を打ち、闇魔法でゴブリンたちに向けて煙幕を放って逃げるのだった。

 

 

***

 

 

 ゴブリンたちの進路からやや逸れた岩陰で、ノエルたち4人は話し合う。

 

 

「鎧で武装しているとは聞いていたが、魔法を弾くなんて聞いてないぞ! それも、マリンの上級魔法をだ!」

 

「そりゃまあ、魔導士が攻撃しない限りは分かりませんものね……」

 

「つまり、あたしたちの攻撃は通用しないってことなんでしょうか……」

 

「あら、それは困ったわね。どうにかしてその魔法を弾く鎧とやらを壊せないかしら?」

 

「スアールさんの考えは名案ではあるんだが、何せここは岩や石ころはあれど、ただの平原だからなぁ……。それに、50体分を壊すとなるとほぼ不可能としか言えない」

 

 

 ノエルたちは頭を捻る。

 しかし、いくら経っても鎧に対する答えは出なかった。

 

 

「じゃあ……逆に鎧をどうにかするんじゃなくて、ゴブリンたちをどうにかする、って考えてみるのはどうかしら?」

 

「ゴブリンを……? そりゃどういうことだい、スアールさん」

 

「ほら、彼らはゆっくりソワレ村に向かってきているじゃない? それって、何か目的があってのことだと思うの。なら、少しくらい話が通じるんじゃないかって」

 

「いやいや、それはないだろう。相手はただのゴブリンだぞ? 知恵を持たない魔物と話すだなんて……なんて……」

 

「あなたも分かっているのでしょう? あれはただのゴブリンなどではありませんわ。魔法を弾く鎧を身につけ、何か目的があるように行動する。そんな魔物に知恵がないとは思えませんもの」

 

「もちろん、これは一か八かの賭けになるでしょう。ただ、魔法が効かない以上はこういう打開策に出るしかないわ。どうするの、ノエルさん?」

 

 

 ノエルは悩ましそうにマリンとサフィアの顔を見る。

 すると、2人とも覚悟を決めた顔で頷いた。

 

 

「……よし、交渉はアタシが先導する。3人は後ろで話を聞いていてくれ」

 

「頼みますわ」

 

「じゃあ、スアールさんは引き続きあたしの近くにいてくださいね」

 

「ええ、分かったわ」

 

 

 ノエルたちは先ほど攻撃した地点まで戻ることにしたのだった。

 

 

***

 

 

 いざその場所に戻ってみると、付近にはまだゴブリンたちがいた。

 しかし、数分前とは打って変わってゴブリンたちは進軍を止め、目をギラギラさせながら周囲を警戒していた。

 

 

「あいつら、まだここにいたのか……。ただ、あの様子じゃ迂闊に前に出られないな……」

 

「こちらから攻撃したとはいえ、敵意剥き出しの相手に交渉をしようとしている時点でおかしいのでしょうけど……」

 

「じゃあ、敵じゃないってことを伝えられればいいんですよね? それなら連中が攻撃を受けた反対側から話しかけるとかどうでしょう?」

 

「うーん、背中からってのはむしろ敵意を増加させる原因になりかねない。どうしたものか……」

 

「それなら私が出ましょうか? 魔法を使えそうなあなたたちよりも、ただの老婆の方が怪しまれずに済むでしょう?」

 

「なっ……!? そ、そんなことをあんたにさせるわけには…………」

 

 

 少し考え、ノエルは頭を押さえる。

 

 

「はぁぁ……。本当ならアタシが止めなきゃいけないんだけどなぁ……」

 

「わたくしは2人の選択に任せますわ。作戦なら仕方ありませんもの」

 

「あたしはちゃんとスアールさんを守れるように準備しておきますから、あとはノエル様の決断です」

 

「分かってる。時間がない以上は今できることをするしかないんだよな……」

 

 

 そう言って、ノエルは自分の髪を掻き回し、軽く溜息をついてスアールに言った。

 

 

「じゃあ……スアールさん、よろしく頼めるかい? いざとなったら、アタシたちが絶対にあなたを守る。アタシが交渉を先導するって言った手前、すまないね」

 

「ええ、分かったわ。ふふっ、あなたに頼られるのはこれが初めてねぇ」

 

「うん……? まあ、そりゃそうだろうが……」

 

「あぁ、気にしないで気にしないで……。ふふふっ……」

 

「んん……??」

 

 

 嬉しそうに微笑んだスアールは、怪訝な表情を浮かべるノエルに手を振り、岩陰から出てずんずんとゴブリンたちの前へと歩いていったのだった。

 

 

***

 

 

 ゴブリンの前に着くなり、スアールはノエルたちに聞こえるくらいのやや大きめな声で筆頭のゴブリンに向けてこう話しかけた。

 

 

「あら、あなたたち、こんなところに何しに来たのかしら?」

 

 

 それはまるで知り合いに話しかけるかのような気さくな声だった。

 ノエルたちは驚いて声が出そうになったところをどうにか抑える。

 

 

「さっき大きな爆音が聞こえたから何かと思って来てみれば、ゴブリンさんたちに遭遇するなんてねぇ。もしかしてあなたたちの仕業?」

 

 

 スアールはわざとらしそうではありつつも、知らぬ存ぜぬを貫いている。

 すると、その言葉に筆頭ゴブリンはハッとした表情をして答えたのだった。

 

 

「チガウ! オレタチ、コウゲキサレタ!」

 

 

 スアールを含め、ノエルたちはその声に驚愕して自分の耳と目を疑う。

 そんな中、スアールは冷静に言葉を返した。

 

 

「……そうだったの。災難だったわね? それで、さっきの質問に答えてくれるかしら?」

 

「サッキノ? シツモン?」

 

「あー、えっと……。あんたたちは何しに来たの? ここ、ゴブリンの縄張りじゃないわよね?」

 

「オレタチ、ヒト、サガシテル。ソイツ、()()()()()イル、キイタ」

 

「なるほど、ソワレ村を襲うためにそんな武装をしてるのね」

 

「チガウ。オレタチ、オソウツモリ、ナイ」

 

「えっ……?」

 

 

 スアールは少し考えて、改まって質問をした。

 

 

「じゃあ……どうしてあなたたちはそんな武装をしてるの?」

 

「ディート、ソウシロ、イッタ。コレキテ、ユックリアルケ、イッタ」

 

「ディート……。それってあんたたちの仲間かしら?」

 

「チガウ。ディートハゴブリン、チガウ。ディート、ニンゲン」

 

「ゴブリンじゃなくて、あなたたちに命令をする人間……? それってもしかして……黒いローブを着た魔導士だったりしない?」

 

「チガウ、ディートハ、マド……ウッ……グゥ…………」

 

 

 その時だった。

 筆頭のゴブリンが突然苦しみ始め、身体から黒いモヤのようなものが吹き出てくる。

 それを見た周りのゴブリンたちは焦り始め、先ほどまでの統率はみるみるうちに崩れていったのだった。

 

 

「ど、どうかしたの!? 大丈夫!?」

 

「チガウ……チガウ、チガウ……! オレハ、()()()……! ディート、チガウ!!」

 

「(この感じ……あの時の呪いの残滓と同じ魔力……! もしかして、あの子(ノエル)たちが言っていた災司(ファリス)って連中の仕業ってこと……!?)」

 

 

 そう思ったスアールは、ノエルたちに声をかけた。

 

 

「何かおかしいわ! 3人とも、こっちに来て!」

 

「あぁ、言われなくても! こいつはどういうことだ……!」

 

「あのモヤ、まさか災司(ファリス)……!? ど、どうして災司(ファリス)がソワレ村を狙っているんですの……?」

 

「人探しをしてる、とか言ってたけど……。ノエル様、あのゴブリンはどうしましょう?」

 

「まだあの鎧の謎を解明できていないから、魔法じゃどうにもできない。だが、今の状況がそれ以上にマズい状況なのも確かだ……」

 

「……どうやら、私たちが話している余裕はないみたいね」

 

 

 スアールがそう言うと、その目線の先には鎧を着た黒いゴブリンが立っていた。

 そのゴブリンは、先ほどまでと明らかに違う様子でノエルたちを見据え、こう言ったのだった。

 

 

「ヒヒッ……やっと見つけた……。あの方が欲する、永遠の魔力……。北の大魔女・ノエルが持つ『()()()()』……!」



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111頁目.ノエルと触手と誘導と……

 ノエルたちの目の前に現れた黒いゴブリンは、不気味な笑みを浮かべながら手に持った斧らしき武器を振り回す。

 先ほどまでとは違って明らかに流暢な言葉を発している()()に、ノエルたちは言葉を失っていた。

 斧を背負い直した黒いゴブリンは振り向き、後ろにいるゴブリンたちに向かってこう言ったのだった。

 

 

「おいおい……どうした、お前ら? 目当ての奴が目の前にいるってのに、何をもたもたしてる! さっさとあいつらを殺すんだよ! 何のためにここまでしてやったと思ってんだ!?」

 

 

 そんな無慈悲な言葉を投げ放たれたゴブリンたちは、おどおどしたまま立ち止まっている。

 すると、黒いゴブリンはわなわなと震え始め、やがてそれは怒りへと変わった。

 

 

「俺っちが一番偉いんだぞ! 言うこと聞かないとどうなるか分かってんだよなぁ!!」

 

 

 その瞬間、黒いゴブリンの足元から、呪いの残滓のものと同じ黒い触手が現れる。

 そして、その黒い触手は一番近くにいるゴブリン目がけて、勢いよく手を伸ばしたのであった。

 混乱した状況をただ見ていることしかできなかったノエルは慌てて魔導書をめくるが、間に合う訳もなく、黒い触手はそのゴブリンを飲み込んでしまった。

 

 

「仲間のゴブリンを……飲み込んだ……だと?」

 

「な、なんて酷いことを……」

 

 

 マリンの言葉も虚しく、触手に飲まれたゴブリンは中で暴れていたようだったが、やがて静かになってしまったのだった。

 

 

「はい、じゃあこんな風になりたくなかったらさっさと行けよ! この力使うのだって、タダじゃないんだからさぁ? あ、でもこいつの魔力で補給できるし、どうでもいっか!」

 

「補給……って、まさかあの触手、今食ったゴブリンの魔力を吸い取ってるのか!?」

 

「ヒヒッ、魔力回復ー! じゃ、魔力だけ吸ったらあとはどうでもいいし捨てとこっと」

 

 

 すると、黒い触手は先ほど飲んだゴブリンを、他のゴブリンたちがいる場所へ雑に放り投げた。

 一部のゴブリンたちはそちらに駆け寄るが、前衛にいるゴブリンたちは黒いゴブリンに睨まれ、それぞれ思い思いに突撃を開始したのだった。

 

 

「シニタクナイ! シヌノハ、イヤダ!!」

 

「きゅ、急に攻めてきました! どうしましょう、ノエル様!」

 

「くっ……形勢を立て直すにも、魔法が効かないんじゃ意味がない……! それに、あの黒いゴブリンに黒い触手……。どう考えても災司(ファリス)じゃないか……!」

 

「と、とにかく逃げますわよ! 土魔法で防御結界を張るのをお忘れなく!」

 

 

 ノエルたちはゴブリンたちから逃げるために、反対側へと走り始めた。

 しかし、逃げたのは()()だけだった。

 ノエルが振り向くと、吐き出されたゴブリンの方へと走っていく影を見たのだった。

 

 

「なっ!? スアールさん、そっちは危険ですわよ!? 一体、何を考えて……!」

 

「たとえ危険だったとしても、罪もない生命を散らせるわけにはいかないでしょうが! 逃げるよりマシよ!」

 

「あぁ、くそっ! あのばあさん、行動が読めない! サフィー、急いで止めに…………って、お前もお前で何をしてる?」

 

 

 サフィアの方へ振り向いたノエルは、彼女が走りながら召喚門を呼び出そうとしているのを見た。

 サフィアは詠唱を続け、やがて召喚門からイエティたちを呼び出したのだった。

 イエティの背中に乗ったサフィアは、スアールの方へと向かいながら振り向いてノエルに言った。

 

 

「スアールさんを止めるくらいなら、スアールさんへの危険を取り除く方が話が早いです! それに、あの人を守るのがあたしの役目ですし!」

 

「っ……! あー、もう、呼び出したんならしょうがないから、行ってこい! おい、マリン! アタシたちもできることをやるぞ!」

 

「言われなくてもそうするつもりでしたが、具体的には!?」

 

「直接魔法が効かないのなら、地形を利用するしかない! 討伐する目的は一旦忘れて、今はこいつらを足止めすることだけ考えるんだ!」

 

「わたくし、地面に穴を開けるくらいしかできそうにありませんわよ!?」

 

「うーん……どうしたものか……。とりあえず考えるから、詠唱だけはしておいてくれ」

 

「えぇ、分かりましたわ……っと、危ない……!」

 

 

 マリンの声に合わせてゴブリンたちの攻撃をひらりと躱しつつ、ノエルは頭を捻る。

 そんな中、黒いゴブリンを見たノエルは、黒いゴブリンが言っていた言葉を思い出す。

 

 

「あっ……。そういや、こいつらの狙いはこの『ファーリの心臓』なんだっけ」

 

「『神の心臓』がどうとか言っていましたが、恐らくは。……って、何をするつもりですの? 流石にそれを渡すなんてことはしないと思いま──」

 

「そーれ、お前らの欲しいお宝だぞー」

 

 

 そう言ったノエルは、一瞬で詠唱した土魔法で腕を強化し、首から提げていた『ファーリの心臓』をほぼ真上に遠投したのだった。

 

 

「何をやっていますのーーー!?」

 

「よし、マリン。あれを撃て」

 

「…………はい?」

 

「いいから。何回も撃って、こいつらが手が届かないくらい天高くまで上げるんだよ。どうせこいつらはアタシたちを殺すことよりも、あの心臓を欲しがってるみたいだからな」

 

 

 そう言って周りを見回したマリンは、先ほどまで周りにいたゴブリンたちが一斉に心臓の着地点辺りに集まっているのを見た。

 それを見たマリンはスッと冷静になり、遠くに飛んでいる『ファーリの心臓』目がけて爆発する火球を何発も飛ばしたのだった。

 

 

「……えいっ」

 

「おー、当たるもんだなぁ」

 

「……あなたはあなたで何をしていますの? 何やら熱心に魔導書に書いていますが」

 

「何ってそりゃ、こいつらを足止めするって言ったろう?」

 

「今のこの状況こそ、足止めになっているんじゃありませんの?」

 

「これはただの時間稼ぎさ。お前の魔力が尽きたり、うっかり狙いを外したりしたら一瞬で終わっちまうだろう? だから、その前にこいつらを全員罠にかけるんだよ!」

 

 

 そう言ったノエルは、魔導書に書いた文字を読み上げ始めた。

 すると、ノエルたちの少し前方の一帯に霧が立ち込める。

 

 

「名付けるとしたら、『霧幻沼(ファントム・フォッグ)』! 恐ろしい幻を見せる、晴れない霧さ。魔法を弾く鎧を着ていても、肉眼で見るものには逆らえまい!」

 

「念のために聞きますが、もちろん消すことはできますわよね? どんな幻かは知りませんが……」

 

「もちろんだとも。あぁ、興味があるなら少しだけ覗いてみるといい。なに、すぐに助けてやるから」

 

「絶対ですわよ?」

 

 

 そう言ったマリンは、少しだけ霧に顔を埋める。

 その瞬間、マリンは腰を抜かしてその場で必死にもがき始めたのだった。

 

 

「ちょっ、これっ、段々沈んで……た、助けてくださいましー!!」

 

「おぉ、思ったよりもいい反応するじゃないか」

 

「そんなこと言ってないで、早く!!」

 

「はいはい……っと」

 

 

 ノエルはマリンの手を引っぱり、霧の外へと連れ出した。

 霧から出た途端、マリンは肩で息をし始める。

 

 

「はぁ……はぁ……。ま、まさか()()()()の幻とは……。幻と知っていてもあれは怖すぎましたわ……。闇魔法であんなことができるなんて……」

 

「それは何より。ちゃんと魔法は働いてくれているようだ。あ、心臓がまた降ってきたぞ。こっちの霧に誘導してくれ」

 

「ちょっ、急に頼むことじゃありませんわよ!?」

 

 

 そう言いつつ、マリンは『ファーリの心臓』に火球を上手く当て、ゴブリンたちを霧の中へと誘導することに成功した。

 心臓を追いかけていたゴブリンたちは、霧の中で溺れるようにもがき始めたが、しばらくして全員疲れから気を失ってしまったのだった。

 

 

「さて、と……。ひと段落したみたいだし、あの黒いゴブリンについて情報をまとめるとしようか」

 

「何を呑気な。スアールさんとサフィーを助けに行かなければなりませんわよ?」

 

「大丈夫だ。見たところ、あの黒いゴブリンは指示を出してばっかりで自分で動こうともしていないようだし、うまく統率が取れている様子もない。仲間割れすら可能性としてあり得るくらいだ」

 

「確かにイエティなら魔法を弾く鎧なんて無意味ですし、サフィーに任せて問題はなさそうですが……。まあ、念のためにさっさと話をまとめますわよ」

 

「だな」

 

 

 そう言って、ノエルは空中から降ってきた『ファーリの心臓』を手で受け止め、マリンの火球で切れた紐を交換して首に掛け直した。

 

 

「あの黒いゴブリンの触手らしきもの……あれは間違いなく呪いの残滓かあの悪魔の力ですわね。あの方、などと言っていましたし」

 

「じゃあ、やっぱりあいつがこの騒ぎを引き起こした災司(ファリス)……? いや、でもあいつはゴブリンだ。魔法が使えるとは思えない」

 

「あのゴブリン、黒くなる前におかしなことを言っていましたわよね? 『違う』とか『ディート』とか」

 

「そうだ、『ディート』! 黒くなる前、そいつがゴブリンじゃなくて人間だ、って話もしてたよな? ってことはそいつが災司(ファリス)で、あのゴブリンを魔法で操ってる、ってことじゃないか?」

 

「ですが、そうなるとあの触手が説明できません。魔法で操られているとなると、あの触手を自在に扱うほどの魔力を元から有していることになります。ですが、あのゴブリンにそれほどの力は感じませんでしたわよ?」

 

「つまりは魔法で直接操っているわけじゃない……か……。じゃあ、あり得るとすれば別人格か……いや、それも魔力と関わりがない。うーん……」

 

 

 すると、マリンはこう言った。

 

 

「このままだと時間がもったいないですし、少し論点を変えてみましょう」

 

「お、スアールさんの受け売りか?」

 

「そう思っていただいて結構ですわ。では、もしあの黒いゴブリンが災司(ファリス)に操られているとして、どうして災司(ファリス)はあのゴブリンを選んだのでしょう?」

 

「そりゃ、身体が一番大きいんだし、その群れで一番強かったからだろうさ。魔物にとって強さはそのまま立ち位置に反映される。群れの頭を操れば、実質的に群れを操ることと同じだからな」

 

「つまり、今の状況は災司(ファリス)にとって非常に不都合、ということになりますわね? だって、群れを全く操れていませんもの」

 

「そうだな。それにしても、1体を操るくらいなら全員操れる魔法にした方が好都合だったろうになぁ? そうしたらすぐにこの心臓を取れたかもしれないのに……」

 

 

 ノエルはそう言って、近くで気絶しているゴブリンたちを見る。

 すると、とあることに気がついた。

 

 

「そういえば今までは仮定の話だったが、実際のところ、どうしてこいつらはあいつの支配下にないんだ?」

 

「支配できなかったか、あえて支配していないか……。今の様子を見ても、あの黒いゴブリンは全くあの場から動こうとしませんし……」

 

「あの行進といい、今の状況といい、どうやらディートとやらは()()()()がお好きなようで…………」

 

 

 その瞬間、ノエルとマリンは顔を見合わせ、同時に嫌な予感をしたのだった。

 

 

「……時間稼ぎ、ですって?」

 

「……再度確認するんだが、そういやあいつって、この心臓が目的だったよな」

 

「ええ。ですから、わたくしたちを殺すためにゴブリンたちを寄越したのでしょう? わたくしたちの生命になんて興味はあるはずがありません」

 

「そうだ。そして、あいつは仲間……と言っても利用しているだけか。とりあえず、その仲間のゴブリンすら魔力を補給する手段でしかない。さらに、魔女相手に魔法対策をした上で無闇に攻撃させ、時間を稼いでいる」

 

「まるでこちらの魔力を削ろうとしているような……って、まさか災司(ファリス)の目的って……!」

 

「こちらの防御手段を奪った上での全範囲攻撃……。それも、操っていると思われるゴブリンの身体すらも巻き込むほど広範囲・高威力のものだろうさ。つまり……!」

 

 

 ノエルとマリンが黒いゴブリンの方を振り向いた瞬間、黒いゴブリンの触手が集まり、中から禍々しい黒い光が溢れているのが見えた。

 それがこれまでにないほど多量の魔力を有していることを、そこにいる魔女たちは一瞬で感じ取るのだった。

 

 

「自爆攻撃だ!!」



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112頁目.サフィアと無策と初めての感情と……

 ノエルたちがゴブリンの大群を沈静化する少し前のこと。

 サフィアは自分が召喚した数体のイエティに乗って、スアールの元へと駆けつけていた。

 そこには、魂が抜けたようにぐったりとしたゴブリンが1体、その周りを心配そうに囲む仲間のゴブリンたちが数体、そしてその倒れたゴブリンに近づこうとするスアールの姿があった。

 

 

「スアールさん! ご無事ですか!?」

 

「あぁ、ちょうど良かった。このゴブリンたち、どうしても私をそこの子に近づけようとしてくれないのよ。焦ってるみたいで話も通じないし、どうにかしてもらえないかしら?」

 

「えっ、まさか攻撃して欲しいってことですか?」

 

「うーん、まあ死に繋がらない程度だったら構わないわ。今一番の問題は、そこに死ぬかもしれない生命があるってことだもの」

 

「わ、分かりました。スアールさんがそう言うのなら……。じゃ、軽ーくやっちゃって、イエティ!」

 

 

 サフィアはイエティの肩から降りると、イエティたちにそう指示を出した。

 すると、イエティたちは咆哮を上げ、ゴブリンたちを腕で薙ぎ払い始めたのだった。

 ゴブリンたちは必死に突進したり盾を使って抵抗するが、イエティたちを少しのけぞらせることくらいしかできていないようだった。

 

 

「スアールさん、今のうちです!」

 

「ありがとう、サフィアちゃん……!」

 

「もし何か危険が及ぶようなことがあれば、あたしがどうにかしてみせます!」

 

「無茶はしないようにね。さて、と……」

 

 

 スアールは倒れているゴブリンの兜を外し、容体を確認する。

 

 

「……どうにか息はしているけど、かなり危ない状況ね。魔物にとって魔力とは命の源。つまり、魔力を与えてやればきっと回復するはず」

 

「えっ、スアールさんって誰かに与えられるくらいの魔力残ってるんですか? 若魔女じゃない魔女さんの魔力量がどれくらいか分からないですけど、無理はダメですよ!」

 

「うーん、多少の魔力は残ってるけど、この子をどうにかできるほどは残ってないわね。って、サフィアちゃんはそっちに集中した方がいいわよ。魔物ってとってもしぶといんだから」

 

 

 そう言われたのも束の間、サフィアに向かってゴブリンが突撃してきた。

 しかし、サフィアは間一髪で横に転がってそれを避けたのだった。

 

 

「ちょっ、危ないじゃない! って……それで、スアールさんはどうするつもりなんです? 今の話を聞いてる限りだと、どうしようもない感じですけど……」

 

「ええ、私1人ではどうしようもないのが現状ね。ってことでサフィアちゃん、少しだけ魔力を分けてあげることはできるかしら?」

 

「えっ、あたしですか!?」

 

「今の状況で魔力を与えられるのはサフィアちゃん以外に誰もいないもの。勝手なお願いでごめんなさいね。ただ、私も私でできることをやってみるから、お願いできる?」

 

「……分かりました。イエティ! あたしとスアールさんを守りなさい!」

 

 

 すると、イエティたちがサフィアたちを囲むようにゴブリンたちに立ちはだかる。

 サフィアは急いで倒れたゴブリンの胸元に手を当て、魔力を放出し始めたのだった。

 魔力を与えながら、サフィアは少し考える。

 

 

「(今のところ、スアールさんは無策でこっちに来たってことになるけど、本当に何かやれることなんてあるのかしら……?)」

 

「例え無策でも、無謀でも、私がここにいることが必要なんだと思うの」

 

「っ……!? きゅ、急にどうしたんです?」

 

「いえ……きっと、サフィアちゃんの目には私の行動が突拍子もないように思えているだろうなって思ってね」

 

「……ノエル様もよくそんな行動に出ることがあるんです。でも、それが意味のないことなんて一度もなかった。ですから、スアールさんの言いたいこと、何となく分かる気がします」

 

「そう……ノエルが……」

 

 

 そう呟いたスアールの横顔は、サフィアの目には少し綻んでいるように見えた。

 

 

「ま、まあ、本音を言うと、ちゃんと作戦を立ててからにして欲しいんですけどね! だけど、それでも結局どうにかしちゃうのがノエル様の凄いところなんです」

 

「じゃあ、姉として負けてられないわね!」

 

 

 スアールがそう言った瞬間、倒れていたゴブリンが急に咳き込んだ。

 

 

「……あっ、スアールさん! 意識を取り戻したみたいです!」

 

「ちょうど良かった。今度は私の番ね。召喚した魔物を下げてもらえるかしら」

 

「えっ、危ないですよ!? それに、今ので魔力使っちゃって、すぐに再召喚できませんし……」

 

「いいえ、その危ない子たちに聞きたいことがあるの。どうしてもって言うなら、ノエルたちの方に送ってやってもらえるかしら?」

 

「スアールさんを守る使命がある以上、指示が出せない場所までイエティを送るのはマズいし……。あぁ、もう、仕方ない! 召喚門を閉じます!」

 

 

 そう言ったサフィアは召喚門を呼び出し、イエティたちを退散させてその門を閉じた。

 それを見たスアールはサフィアを連れてその場から少し離れ、周りにいるゴブリンたちに言った。

 

 

「ほら、あなたたちの仲間を治してあげたわよ。文句がある子はいないわよね?」

 

「や、優しい声だけど、言ってることが怖いわ……」

 

 

 すると、ゴブリンたちは一斉に倒れた仲間のところに集まり、スアールに礼を言い始めたのだった。

 スアールは少し離れた場所にいる黒いゴブリンを見つつ、こう言った。

 

 

「あの黒いゴブリンはなぜか動かないみたいだし……。今のうちに聞けることを聞いちゃいましょうか。ねえ、あなたたちはどうしてあいつに従ってるの? っていうか、あいつは何者?」

 

「アイツ、イダチ。オレタチノ、オサ」

 

「見てくれからしてそうだったわね。でも、どうしてそんなに怖がっているのかしら?」

 

「アイツ、オカシクナッタ。ディートニアッテ、オカシクナッタ」

 

「ディート……。そいつが災司(ファリス)ね。ねえ、そいつは黒いローブを着た魔導士だったわよね?」

 

「チガウ。ディートハ、マドウシ、チガウ、イッテタ」

 

 

 スアールとサフィアは目を合わせ、きょとんとする。

 スアールはそのまま質問を続けた。

 

 

「そういえば、確かに黒くなる直前にそいつが魔導士じゃないみたいなこと言ってたわね。でも、魔導士じゃないなら何だって言うの?」

 

「ディートハ、ショカ……ショカン……? ワスレタ」

 

「ショカ……ショカン……。何かしら……」

 

「ショカン……ショカン……?」

 

 

 サフィアは復唱しながら周りを見回す。

 すると、先ほどまでここにいたイエティたちの体毛が落ちているのを見つけた。

 その瞬間、サフィアはハッとしてスアールに言った。

 

 

「あっ! スアールさん、もしかして、『召喚(ショウカン)』じゃないですか!?」

 

「なるほど! 魔導士じゃないのに召喚を使うってことは、魔具を使ってるってことよね……。ってことは……『召喚士』!」

 

「ソウ、ショウカンシ! ソイツ、オレタチヨンデ、イッタ」

 

 

『家族の仇を取る時だ』

 

 

「家族の……仇……ですって……?」

 

「オレタチノカゾク、コロシタヤツ、ソワレムライル。キイタ」

 

 

 それを聞いたスアールはハッとして、辛そうに頭を押さえる。

 しかし、それでも優しい声で質問を投げかけた。

 

 

「あ、あなたたちはその人を殺すために協力してるって、いうこと……? でも、ソワレ村を襲うつもりはなかったんじゃ……」

 

「ディート、コウスレバ、ソイツガクル、イッタ。コレキテ、ユックリアルケ、ソウイッタ」

 

「なるほど、あいつの方が一枚上手ってわけ……。それで? そいつが来たら殺すつもりだったんでしょう?」

 

「……チガウ」

 

「えっ……?」

 

「オレタチ、ソイツニ、キキタカッタ。ドウシテ、オレタチノカゾク、コロサレタ?」

 

 

 その瞬間、スアールの、ソワレの中に、初めて感じるものが(ほとばし)った。

 それは本来、魔物に対して抱くような感情であるはずのないものだった。

 それは、とても強い『自責心』だった。

 

 

「あぁっ……ああぁぁ…………!!」

 

「スアールさん! しっかりしてください!」

 

「魔物は敵。だから討伐するのが当たり前だった……! だからこそ、魔物にも家族がいるなんて当然のこと、考えたこともなかったのよ……!」

 

「スアールさん……」

 

「当時の私だったら、それに気づいてもどうも思わなかったでしょう。でも、今の私には家族がいる……。だから、いくら相手が魔物でも家族を想う気持ちは同じはずだって、気づいてしまったのよ……!」

 

 

 辛い表情をしたまま息を切らし、周りを見渡したスアールは、周りを囲んでいるゴブリンたちが心配そうに見ているのに気づいた。

『自分があなたたちの家族を殺したその人だ』と言えないまま、スアールはサフィアに縋ったまま涙を流すのだった。

 その時だった。

 

 

「……あれ、何でしょう」

 

 

 サフィアがそう呟いて指差した先を、スアールは振り返って見つめる。

 その目線の先には、黒いゴブリンの足元から出現していた触手が空中に集まり、中から黒い光を放っていた。

 

 

「そういえば、過去に文献で読んだことがあったわね……。召喚士の切り札……」

 

「切り札……? それって一体?」

 

「召喚した魔物を媒介にした、自爆攻撃よ……」

 

「それって……まさか!」

 

「ええ、あれほどの魔力量、若魔女じゃない私でもはっきりと感じられるくらいだなんて、それ以外にあり得ないわ!」

 

「ど、どうしましょう! ノエル様たちに助けてもらうには遠すぎるし、壁となる魔物を召喚する魔力なんてないし……! 何にしても、この距離はマズいです!」

 

 

 周りのゴブリンたちは黒い光を一斉に恐れ始め、逃げ出そうとしても腰が抜けている様子であった。

 それを見たスアールは、涙を拭って立ち上がったのだった。

 

 

「スアール……さん……?」

 

「サフィアちゃん、前に言ってたわよね。呪いの残滓は光魔法で浄化するのが一番だって。もちろん、私自身も体験したことはあるけど、何度も浄化してきたあなたたちの言葉なら確信を持てるわ」

 

「まさか、そんな魔力で浄化する気じゃ……。無茶ですよ! そ、そうだ、この指輪を使えば……!」

 

「魔法の詠唱に時間がかかり過ぎるから、それを使うにはもう手遅れよ」

 

「でも……!」

 

「いいから、早くその子たちを連れて逃げなさい! 私の魔法で少しでも威力を軽減できれば、それで……」

 

 

 スアールはサフィアに微笑んで、言った。

 

 

「それで……その子たちの家族への罪滅ぼしになるかしらね……?」

 

「スアールさん……!!」

 

「さっさと逃げろって言ってるの! いくら魔法を弾く鎧があっても、この距離であの威力は無事じゃ済まないんだから!」

 

「っ……!!」

 

 

 サフィアは腰の抜けたゴブリンたちを起こし、倒れたゴブリンを連れて逃げるように指示をする。

 そして、ある程度の距離を取ったところで、サフィアは振り向いた。

 触手は肥大化を始め、中の黒い光がさらに漏れ出している。

 

 

「どうして……どうして、スアールさんが……こんな……!」

 

 

 溢れる魔力に近づくスアールの姿は、サフィアの目にはなぜかもの悲しく見えた。

 そして、その背中には多くの後悔があるように見えたのだった。

 

 

「誰か……。誰か……! スアールさんを、ソワレさんを…………助けてよ……!」

 

 

 魔女なのに魔力不足で何もできない、そんなあまりの無力さにサフィアは泣き始めてしまった。

 揺らめく景色は段々と黒くなり、その度に涙が止まらなくなってしまっていた──。

 

 その時だった。

 

 

「えっ…………?」

 

 

 彼女の見ていた景色に、1つの人影が増えた。

 それどころか、それは自分の横を凄まじい速さで駆け抜けて行ったものだった。

 

 

「あ……あぁっ……!」

 

 

 それは師匠であるノエルではない。

 それは姉たるマリンでもない。

 サフィアの知っている魔導士の誰でもない。

 魔導士でも、兵士でも、何でもないただの()()

 しかし、その場において、その村人はただの村人ではなくなった。

 

 

「ルナリオさん……!!」

 

 

 彼は次の村長候補であり、大魔女の孫であり、そして──。

 

 

「ばあちゃん! 一番しちゃいけない忘れ物をしてるぞ!!」

 

 

 彼女(ソワレ)を救うことができる、たった1人の存在である。




★作者からのお知らせ
今週から隔週連載になりますので、次の更新は再来週の水曜日20:00です。
これからもよろしくお願いします。


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113頁目.ノエルとソワレとルナリオと……

 ソワレがノエルたちについていってしばらくした頃。

 ソワレ村に残ったルナリオは村人たちを避難させるために指示を出しつつ、国からの援軍を待っていた。

 そして村人のほとんどが避難準備を完了したのを確認したルナリオは、自分の両親が来るのを待っていた。

 

 

「うーん……。ばあちゃんの荷物もあるだろうし、少しくらい手伝いに行った方が良かったかな……」

 

「心配なら行ってきていいんだぞ? ルナリオの指示がなくてももう大丈夫だしな!」

 

「どうせすぐそこなんだし、行ってきなさいな」

 

「みんながそう言ってくれるなら、分かった。行ってくるよ」

 

 

 村人たちに見送られ、ルナリオは両親とソワレが住む村長の家に向かったのだった。

 

 

***

 

 

 家の前に着くなり、ルナリオは玄関口に立つ両親を目にした。

 

 

「おっ、リオ? どうしたんだ?」

 

「もしかして手伝いに来てくれたの? でももう大丈夫よ、ある程度の荷物は持って来れたから」

 

「なんだ……もう終わってたのか。まあ、荷物を持つくらいはするよ」

 

「あら、ありがとう。じゃあ、お義母さ……おばあちゃんの荷物を持ってくれるかしら?」

 

「分かったよ……って、重っ!? 何が入ってんだよ、この袋!」

 

「何って、母さんの本だよ。中身が何て書いてあるか分からないから適当に机の上にあったものだけ持ってきたんだ」

 

 

 ルナリオは昔よく通っていた祖母の部屋を思い返す。

 そして父親に言った。

 

 

「って、それ魔導書じゃないか! 避難するだけなんだから、無駄に重いものを持って行く必要はないんだぞ? 父ちゃんの心配性は相変わらずだな……」

 

「だって、大事そうに机の真ん中に置いてあったものだから……」

 

「まあまあ、いいじゃないの。さ、早くみんなと合流しましょう?」

 

「まあ、俺が持てばいいだけの話だし……って、うん?」

 

 

 ルナリオの目線の先には、母親が抱えている謎の長い袋があった。

 

 

「なあ、そんな長いもの、この家にあったっけ? 母ちゃんが買ったのか?」

 

「何を言ってるの。これもおばあちゃんの荷物。ほら、いつも持ち歩いてる()よ」

 

「あぁ、なるほど……。ノエルさんとの思い出の──」

 

 

 その瞬間、ルナリオは昔聞いた話を思い出す。

 

 

『この杖はね、ただの杖じゃないの。私が昔から大事にしてる思い出の品って意味では確かにただの杖じゃないけど、そうじゃなくて──』

 

 

 ルナリオはハッとして、荷物を地面に置く。

 そして、両親に言った。

 

 

「父ちゃん、村のみんなを任せてもいいか。国の兵士が来るまでみんなと一緒にいるだけでいいから」

 

「あ、あぁ。でも、どこに行くつもりだ?」

 

「母ちゃん、その杖は俺が預かるよ。それ、ばあちゃんの忘れ物だから」

 

「ま、まさかゴブリンたちのいる場所に行くなんて言わないわよね? 危ないから絶対にやめなさい? ね?」

 

「危ないからなんだ。ばあちゃんの身に何かあったらもう遅いんだよ! 俺が……俺が行かなきゃならないんだ!」

 

 

 必死に止めようとするルナリオの母親を、ルナリオの父親が諫める。

 そして杖が入った袋を手に取り、ルナリオに尋ねた。

 

 

「……この杖を持っていけば、母さんの身を守れるって言うんだな?」

 

「あぁ、ばあちゃんの話が本当ならな。俺の脚なら誰よりも速く届けられる自信もあるし」

 

「……本気みたいだな」

 

「ちょっと、あなた……」

 

「いいさ。リオは根っからのばあちゃんっ子なんだ。こんな状態のこいつを止められる人は誰もいないんだから。ほら、持っていけ」

 

 

 そう言って、ルナリオの手に結晶が付いた長杖が手渡される。

 

 

「父ちゃん……ありがとう!」

 

「絶対に無事に帰ってくるんだぞ」

 

「もちろん。帰ったらノエルさんたちも紹介してやるから! じゃあ、村は任せたぞ!」

 

「気をつけてねー!」

 

「母ちゃん、行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい!」

 

 

***

 

 

 青年は荒野と草原を走り抜けていく。

 靴に砂利が入って足に刺さろうとも全く気に留めず、青年はひたすらに駆けていく。

 手には白い珠が付いた長杖が握られていた。

 

 

「(この杖を持って行くってことは、ノエルさんにばあちゃんの正体がバレることになる。でも……それでも、ばあちゃんに何かあった時、ノエルさんたちのせいにするわけにはいかない。だって、この杖を置いていったのはきっと、ばあちゃんの意志だから)」

 

 

 大事な杖を置いていってでも、自分の正体をノエルに明かしたくない。

 そんな祖母の姿をルナリオはずっと見てきた。

 ただ、今回ばかりはそうはいかない。

 ルナリオはそんな胸騒ぎと責任感だけで走っていた。

 

 

「っ……!? あれは……!?」

 

 

 ルナリオは走りながら、遠くに浮かぶ巨大な黒い塊を目にした。

 明らかにおかしい物体がそこに、恐らくノエルやソワレたちがいるであろう場所の上空にある。

 それはつまり、少なくとも、ソワレたちの身に何かが起きようとしていることは間違いなかった。

 

 

「待っててくれ、ばあちゃん……!!」

 

 

***

 

 

 そうして間もなく、ルナリオは蒼髪の少女の横を走り去る。

 ルナリオはそれがサフィアであるとも気づかず、その視線は黒い塊の下にいるソワレに向けられていた。

 

 

「ルナリオさん……!!」

 

 

 聴き慣れた高い声がルナリオの耳を掠るが、彼には自分の呼吸と心臓の音しか聞こえていなかった。

 必死に握りしめた長杖を上に掲げ、ルナリオは叫んだ。

 

 

「ばあちゃん! 一番しちゃいけない忘れ物をしてるぞ!!」

 

 

 その声に気づいたらしく、ソワレが振り向いたその瞬間、ルナリオの手がソワレの肩に触れる。

 そして、ソワレの目の前の地面に杖を突き刺した。

 

 

「えっ……リオ!? あ、あなた、どうして……。それに、この杖……」

 

「そんなこと言ってられるほど時間ないんだろ! 流石の俺でもそれくらいは分かる!」

 

「……! そうね! 今はこの状況をどうにかしないと、って……まさかそのためにこの杖を……?」

 

「ばあちゃんが昔教えてくれたからね。さあ、俺の仕事はここまで! ばあちゃんの力、見せてくれよ!」

 

「ええ……ええ……! 一瞬でケリをつけさせてもらうわ……!!」

 

 

 そう言って、ソワレは杖の先に付いている白い珠をありったけの力で叩き割った。

 すると、白い光がソワレの身体を包み込む。

 その光の輝きはとても眩く、優しく、それでいて力を感じさせる不思議な輝きだった。

 ソワレはルナリオにも聞き取れないほど高速の詠唱を始める。

 そして、手を黒い塊にかざして、ソワレは高らかに唱えた。

 

 

擬似・魔力解放(リ・リリース)……『破天光(ブレイク・ピュリフィケーション)』!!」

 

 

 その声が響いた瞬間、周囲の音が全て無くなった。

 そう誰もが思った次の瞬間、一筋の光柱が黒いゴブリンの足元から爆音と共に出現した。

 その光は黒い塊を一瞬で消し去り、雲をも破り、天高くまで届いていく。

 

 

***

 

 

 気絶しているゴブリンたちから距離を取って様子を見ていたノエルとマリンは、遠くからその光を見ていた。

 

 

「……何が……起きたんだ?」

 

「あ、あら……逃げる必要はありませんでしたわね……?」

 

「あの光魔法……お前たちの指輪のよりも規模は小さいものの、威力が桁違いじゃないか……。それで、それを、誰が、発動した……?」

 

「…………」

 

「な、なあ、答えろよ。アタシには……スアールさんが発動したように見えたんだが、見間違い……だよな?」

 

「……でしたら、他に誰が発動したっていうんですの?」

 

 

 ノエルは考えることをやめ、段々と、確実に速度を上げてスアールの元へと駆けていく。

 マリンはもはや止めることもなく、ついていくのだった。

 

 

***

 

 

「はぁ……はぁ…………ふう……」

 

 

 ソワレが掲げた手の先には青空が広がっている。

 目線を下げると、そこには少し大きなゴブリンが倒れている。

 

 

「……ばあちゃん、大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫。でも、魔法を使うのなんて久しぶりだったから、少し疲れちゃったかも」

 

「…………ばあちゃん、俺……」

 

「謝っちゃダメよ。こうなる運命だったんだから、後ろは振り返っちゃ、ダメ」

 

「で、でも……」

 

「ほら、ノエルたちが来てるわよ。私はもう、大丈夫だから。ね?」

 

 

 そうして間もなく、ノエルとマリン、そしてサフィアが2人の元へと合流した。

 しかし、そこにいる全員が、ノエルの落ち込んだ表情を見て言葉を失っていた。

 ノエルはゆっくりと尋ねる。

 

 

「さっきの……あれって、スアールさんが発動した……のか?」

 

「ええ……。魔女ってこと、隠していてゴメンなさい……」

 

「ルナリオ……。お前が持ってきたその杖、アタシにはなぜか見覚えがあるんだ。それは誰のものだ?」

 

「……ばあちゃんが昔から大事にしてる杖だ」

 

「じゃあ、最後の質問だ。()()()()()、書いたのはあんたかい?」

 

 

 ノエルはカバンから、数年前にスアールから貰った魔導書を取り出す。

 ソワレ(スアール)は答えた。

 

 

「……ええ。それはこの私……あなたの姉、ソワレが書いたもので間違いないわ」

 

 

 ノエルはしばらく黙って俯いていたが、やがて顔を上げて尋ねた。

 

 

「どうして黙ってたんだ、姉さん」

 

「あなたにガッカリされたくなかったんだもの。私が若魔女でなくなったなんて知ったら、どれだけ失望させちゃうか分からなかった。それが怖くて話せなかったの」

 

「サフィー、マリン。お前たちは知ってたんだな」

 

「……はい。あたしは最初に列車の中で会った時に……」

 

「わたくしは1回目の収穫祭の時に。どうして黙っていたかは話さなくても問題ありませんわね?」

 

「あぁ、分かってるよ。隠し事をされていたことについて少し混乱していただけで、状況とかはもう頭の中で整理がついてる。あとは受け入れるだけだったからね」

 

 

 そう言って、ノエルは何回か深呼吸をして、いつもの表情に戻る。

 そして、ソワレに言った。

 

 

「改めて、久しぶりだな。姉さん」

 

「ええ、本当に久しぶりね。ノエル」

 

「まさか結婚していたとはねぇ……。こんな孫までいて。よっぽど素敵な出会いがあったと見える。昔の魔法好きな姉さんを見ていたアタシじゃ、そんなこと考えられるはずもなかったよ。今更だが、結婚おめでとう」

 

「ありがとう。まさか祝福の言葉をもらえるなんて思ってなかったわ。ガッカリしてないの?」

 

「最初に会った頃だったらガッカリしていたかもな。でも、それから色んな出会いがあって、色んなことを知って、色んなことを考えさせられた。だからさっきまでは驚くことしかできなかったよ」

 

「そう……。私としてはバレたくない一心だったのに、そうあっさりと返されると今までの時間は何だったのかしらって思っちゃうわ。ま、その方がノエルらしいけど!」

 

 

 そう言って、ソワレは楽しそうに笑い始める。

 それに釣られるようにノエルも笑い始める。

 安心したサフィア、マリン、ルナリオも、いつもの調子のやりとりを見て、不思議と笑いが込み上げてきたのだった。

 

 こうして、『スアール』は元の爵位名に戻り、ソワレは誰にとってもソワレとなった。

 その日はとても涼しい風の吹く、青空に雲の流れる晴れた日のことだった。



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114頁目.ノエルと上書きと一撃と……

 それからしばらくして、ゴブリンの長が目を覚ました。

 ソワレは過去のゴブリン討伐のことを全て打ち明け、何度も何度も謝った。

 ゴブリンの長・イダチはソワレに悪意が無かったことを理解し、光魔法で自爆から救ってくれたことに感謝を返したのだった。

 

 その後、ノエルたちが話を聞くと、ゴブリンたちは縄張りにしていた森で召喚士・ディートと契約を交わした後、南西の森で召喚士に呼び出されたのだという。

 もちろん、自爆させられるとは微塵も思っていなかったらしく、ゴブリンたちはディートに対して怒りの炎を燃やしていた。

 

 

「なるほど……。利害の一致で契約したものの、悪いように利用されちまったわけだ」

 

「ただ、召喚された以上は召喚門に帰るまでが命令の範疇ですよね? そのディートってのが呼び戻したりしたら、また同じことが起きるんじゃ……」

 

「あら、簡単な話じゃない。呼び戻される前に誰かと契約し直せばいいのよ。召喚の契約は魔物と召喚者の利害の一致が前提にあるから、魔物側の意思があれば上書きできる……そうでしょ、ノエル?」

 

「あ、ああ。確かに姉さんの言う通りだが、問題は誰が契約するか、だ。アタシたちはしばらく契約できるほどの魔力が戻らない。だからすぐ契約するとなると難しいな」

 

「じゃあ、私でいいじゃないの」

 

 

 キョトンとした顔で、ソワレはノエルにそう言った。

 

 

「まあ、姉さんなら魔力が残って……って、ええっ!? さっきの魔法で使い切ったんじゃなかったのか!?」

 

「まだあと数日は魔力が枯渇しそうにないわね。今のうちに村の結界の張り直しと強化でもしておこうかしら……」

 

「ちょっ、ちょっと待て! あれだけの魔法を使ったってのに、魔力が枯渇しそうにないだって!? 何を言ってるんだ、姉さんは!」

 

「あ、あー。邪魔するのも悪いかと思って黙ってたけど、少しだけ口を挟ませてもらってもいいかい、ノエルさん」

 

「うん? ルナリオ、どうした?」

 

「ばあちゃんが今そんな風になってるの、この杖のせいなんだ。ほら、さっきの光を使う前にここに付いてた白い珠を手で割ってたろう? 実はあの珠、昔からずっと毎日ばあちゃんが魔力を貯めてた魔力貯蔵庫だったんだよ」

 

 

 それを聞いたマリンは、地面に散らばった白い珠の破片を拾い上げる。

 

 

「これ……外から見ただけでは分かりませんでしたが、よく見たら何層にも重なった結界でできていますわ!? これなら、どれだけでも魔力を封じこめることができたと言っても過言じゃないかもしれませんわね……」

 

「あの時買った杖に付いていた魔石はそんな構造じゃなかった気がするんだが」

 

「あら、もしかして思い出の品に付いていた魔石が別の魔石に変わったと思って落ち込んでいるのかしら?」

 

「別にそんなことは……いや、少しくらいは思ったが」

 

「安心して? この白い珠はあの時の魔石のままよ。少しだけいじって中身を作り替えはしたけど、素材自体はあの時の杖と全く同じものだと断言できるわ。私にとっても大事な杖だもの」

 

「そうか……。だが、数日分の魔力が枯渇しないってのはいくらなんでも盛りすぎじゃないか?」

 

 

 ノエルはそう言いながら地面の白い珠の破片を見つめる。

 

 

「本当は持っているだけで魔力を供給できる仕組みだったんだけど、すぐに大量の魔力が必要だったから割ってしまったのよね……。そのせいで必要以上の魔力が吸収されちゃったみたい」

 

「確か十数年溜め込んだ魔力だよな、ばあちゃん……」

 

「十数年!? た、確かにそれならしばらくは魔力が尽きないのも納得できなくもないな……。姉さん自身の魔力容量にもよるが、それを超えたとしても姉さんの周りに光の魔力が大量に漂っているみたいだし……」

 

「これで信じてくれたかしら? 杖の魔石が壊れてしまったのは残念だけど、今回余った分を別で保管できる魔石を探さなきゃね。あ、そうだ。ノエル、一緒に買いに行きましょうよ」

 

「アタシは全然構わないが、そろそろ本題に戻るぞ。姉さんがこのゴブリンたちと契約するってことでいいんだな?」

 

「ええ、それで構わないわ。とはいえ、私も久しぶりだから、ノエル、やり方を教えてもらえるかしら?」

 

「もちろんだとも。いやぁ、まさか姉さんに教える日が来るなんてねぇ……」

 

 

 そう言いながら、ノエルはソワレに召喚の契約の方法と召喚の仕方を教えた。

 サフィアとマリンとルナリオは、その様子を微笑ましそうに眺めていたのだった。

 こうして、ソワレはゴブリンたちと契約を交わし、召喚の契約を上書きすることに成功したのだった。

 

 

***

 

 

 ノエルたちは日が暮れる前に急いで南西の森へと向かった。

 ルナリオはゴブリン撃退に成功したことの報告と、王国からの援軍への説明のために先に村へと戻ったため、ノエルたちは4人で向かっていた。

 

 

「念のためにゴブリンたちは元の森に帰しておいたが、どうするんだ? 呼び出すも呼び出さぬも姉さん次第だが」

 

「私の一存でディートって人の生命の処遇を決められるなんて、なんて無責任なのかしら」

 

「そう言いつつ、少し上機嫌なのはどうしてですの……?」

 

「まず最初に私がぶん殴るのは決まってるけど、そのあとどうなるかは本人の態度次第でしょう? 果たして召喚で抵抗してくるのか、どれだけ滑稽な抵抗をするのか見ものだわ」

 

「ノエル様……。ソワレさんって、あんな人だったんですか……!?」

 

「あぁ、いい人過ぎるせいで、悪いものに対してはああやって容赦ない態度になるのさ。これまでの善の反動って言うべきかは分からないが……」

 

 

 浮かれているソワレを横目で見つつ、ノエルたちはゴブリンたちの魔力を辿って森の奥へとやってきた。

 すると、そこには召喚門と思われるものと、その前に黒いローブを着た小柄な男が倒れていた。

 ノエルが叩き起こすと、その男は飛び起きてこう言った。

 

 

「おっ、お前……! さっきはよくも俺っちにあんな攻撃をしやがったな! おかげで目的のものを……って、あ、あれ? どうしてお前たちがこんなところに──」

 

「おや、目的のものってのは心臓(こいつ)のことかい? 残念だったねぇ。お前はあと少しのところでしくじったらしい」

 

「ゆ、油断したな! やれ! お前たち!!」

 

 

 ディートはそう叫んだが、何も起こらない。

 

 

「あら、お前たちっていうのは、この子たちのことかしら?」

 

 

 そう言って、ソワレはパッと召喚門を呼び出してゴブリンたちを呼んだのだった。

 ゴブリンたちは当然憤っており、特にイダチの怒りは凄まじいものだった。

 

 

「ひぃっ!? ど、どうしてお前がこいつらを召喚してるんだ!?」

 

「残念だったわね! あんたがこの子たちに()()を与えたせいでこうなったのよ?」

 

「そう。自分の作戦を理解させるために、そしてこいつらの思いを言語化するために、お前は言葉と感情を魔具か何かで理解させた。その上でこいつらと契約を交わしたそうじゃないか。ただの召喚の契約かと思えば、下準備はしっかりしていたみたいだねぇ」

 

「ですが、あなたは間違いを起こした。あなたは彼らの思いを利用し、その生命を奪ってまで自分の計画を実行しようとしたのです。その裏切りをこのゴブリンたちが理解してしまいました。それは全て、あなたが学習させたせいなのですわよ?」

 

「さて、今は命令であなたに手を出さないようにさせているけど、もしそれを解いたらどうなるかしらね……?」

 

「や、やめろ……! こっちに……こっちに来るんじゃない……!」

 

 

 ディートは尻餅をつき、ジリジリと下がっている。

 

 

「あらあら、逃げられるとは思ってないわよね? 他人の生命を軽く扱った罪は何よりも重いのよ?」

 

「た……助けてください、精霊様!! 見てらっしゃるんですよね! 神の心臓はここにあります!」

 

「はあ……命乞いをするどころか、まるっきり他人任せ。1回くらいは痛い目を見ないと……分からないみたいね!」

 

 

 そう言って、ソワレは思いっきりディートの頭をグーで殴った。

 尻餅をついていたディートはその勢いで後頭部を召喚門にぶつけ、再び気絶してしまったのだった。

 

 

「お、おぉ……。いやに鈍い音だったな……」

 

「私が最初に殴るって決めてたんだもの。力も入るわ。でも、こんな老体でも魔力を込めればあんな一撃が放てるものなのねぇ」

 

「と、とりあえずこのまま放置するのもアレなので、いつもみたいに蒼の棺桶(アクア・ベッド)で村まで運びますね」

 

「ええ、よろしく。ゴブリンさんたちも、ゴメンなさいね。この人には色々と聞かなきゃいけないこともあるし、殺すわけにはいかなかったの」

 

「ダイジョウブ。ワカッテル」

 

「ありがとう。それじゃ……呼び出してすぐで悪いけど、またね」

 

 

 そう言って、ソワレは召喚門の鍵を持って召喚門へと戻る。

 

 

「あぁ、でも姉さんの魔力が保つのって数日なんだよな? そうなると、もうこいつらを召喚することができなくなるのか」

 

「確かにそうねぇ……。じゃあ、これが最後に……」

 

 

 ソワレは少し考え、しばらくしてゴブリンたちに尋ねた。

 

 

「ねえ、あなたたち、何か好きな食べ物とかあるかしら?」

 

「姉さん……?」

 

「オレタチ、ヤサイ、スキ」

 

「ほう、ゴブリンは雑食と聞いていたが、肉よりも野菜の方が好みなのか」

 

「ヤサイ、ハゴタエ、スキ」

 

「分かったわ。私たちの村で採れた新鮮な野菜を今晩は振る舞ってあげる。村長の私がどうにかみんなを説得してみせるから」

 

 

 それを聞いたゴブリンたちは喜び始める。

 ノエルは焦りながらソワレに尋ねる。

 

 

「ど、どういうつもりだ、姉さん!?」

 

「どういうつもりって、これでお別れなんて嫌じゃない? だから、せめて盛大に今日の勝利を一緒に祝おうかと思って」

 

「どうなればそういう発想になるんだ……」

 

「まあ、わたくしは全然構いませんわよ。結局のところ、村の方々がどう思うか次第ですもの。仮にも一度は村を襲ったゴブリンたちですし、警戒しないわけはありませんが」

 

「兵士さんたちもいるのに、大丈夫なんですか? 下手したら討伐されちゃうかも……」

 

「大丈夫よ。彼らは()()()()()()()()()()から」

 

「えっ……?」

 

 

***

 

 

 ゴブリンたちを召喚門に戻したあと、ノエルたちはディートを運びながらソワレ村へと帰ってきた。

 すると、ソワレ村の入り口付近にたくさんの馬車と兵士たちが集まっていたのだった。

 

 

「うん……? どいつもこいつも護衛向けの兵装で、武装してるやつが誰1人としていない……?」

 

「ええ、だって王国からの援軍って、村人を避難させるためだけの部隊だもの」

 

「えっ……ええっ!?」

 

 

 驚いて困惑するノエルたちを置いて、ソワレは村へと近づく。

 すると、兵士の中の1人がソワレのところへと駆けてきた。

 

 

「あ、ソワレ様! ご無事でしたか!」

 

「師団長さん、ご苦労様です。うちのリオから聞いてるとは思うけど、ゴブリンたちの脅威は去ったわ」

 

「ええ、こちらも仕事が減るのは非常に喜ばしいことです。それでは、挨拶をしてすぐで大変申し訳ありませんが、城へ帰りますね」

 

「いえ、1人だけ伝言用に帰して、あとのみんなは残っていきなさいな。宴会を開こうと思っているの」

 

「ええっ、わ、我々は何も仕事をしておりませんが……」

 

「いいのいいの。あなたたちが来てくれたから、村のみんなは安心しているのよ? それだけで十分に仕事をしているわ。あとは──」

 

 

 こうして、ソワレの突拍子もない提案から生まれた宴会は、ノエルたちや村人だけでなく、兵士やゴブリンたちまでに参加者を広げていった。

 ノエルたちはそんなソワレに振り回され、驚きを隠せないままに宴会の時間を迎えたのだった。



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115頁目.ノエルとダイヤと『あり方』と……

 その日の夜、ソワレの提案で半ば強引に催された宴会には、ノエルたち、ソワレ村の人たち、兵士たち、そしてゴブリンたちが集められていた。

 ノエルたちの予想通り、ソワレ村の人たちも兵士たちもゴブリンたちの参加を猛反対したが、ソワレの説得もあって渋々賛同したのだった。

 

 

「安全は確保されているものの、魔物は魔物。知恵を持とうと人間とは相容れない存在だもんなぁ。それに、生き物は皆、未知を恐れるもんだ」

 

「だからこそ、よ。私は昔、彼らの家族を『魔物だから』って殺してしまった。ただ()()()()って選択肢を取れなかったの。それを私は今、後悔してる」

 

「なるほど、魔物と向き合う機会が欲しかったってわけか」

 

「そういうこと。それに、私だけじゃない。魔物を恐れる民、魔物を狩る兵、そして魔物たち自身も、お互いを知ることで、私みたいに後悔せずに済むかもしれないじゃない?」

 

「そう……だな。まあ、それはそれとして──」

 

 

 ノエルはそう言って、全員が囲んでいる大きな焚き火の向こう側に座る、豪勢な席に目をやる。

 そこには、どこから持ってきたのか大きな玉座と、大量の料理が載った四角い食卓が用意されており、玉座には足を組んで座るメモラ王・ダイヤの姿があった。

 

 

「何であいつを呼んだんだ! 場違いにも程があるだろう!」

 

「宴会だもの。人は多いに越したことないでしょう? それに、彼には色々と世話になってるから。そのお礼も兼ねて呼んだってわけ」

 

「あぁ、先ほど兵士を1人帰していたのはそういうことでしたのね。まさか国王を呼ぶとは思いにもよりませんでしたが」

 

「うん……待てよ? ってことはあいつ、姉さんの正体を知ってたのか!? それなら少しくらい姉さんの話を振ってくれても良かったんじゃ……」

 

「まあメモラにある村の村長ですし、当然知っているでしょうね。ただ、あちらはノエルが知らないとは知らないでしょうし、責める理由にはなりませんわよ」

 

「くっ……。はぁ……もういいや。じゃあ、そろそろ始めないか? 食事が冷めるのはもったいないだろう?」

 

 

 ソワレは頷き、全員に酒や水を手に持つように言った。

 そして、ソワレの乾杯の音頭と共に、この世で最初の異種族混合型の宴会が始まったのだった。

 

 

***

 

 

 宴会が始まって少しした頃、ノエルたちはダイヤのところに向かっていた。

 ダイヤは酒に弱いからと果実水を飲んでおり、その様子を見たノエルたちは気軽に声をかけたのだった。

 

 

「さて、聞きたいことがあるんだが」

 

「話の入りからそれは怖いよ? ノエル。それで、オイラに答えられることだったら何でも答えるけど?」

 

「まず1つ目。お前は姉さん……ソワレのこと知ってたのか? アタシの姉だってことも」

 

「そりゃあ、もちろんだとも。大魔女だからっていうのもあるけど、それ以前から彼女の活躍はこの目に届いていたからね。それで、オイラがノエルの知り合いってことを知ったのか、ノエルにだけは内緒って口酸っぱく言われてたのさ」

 

「抜かりないな、姉さん……。だが、そのまま正体を話さずにいればバレる心配もなかったんじゃないのか?」

 

「まあ普通ならそれが一番なんだけど、今回ばかりは話が違うだろう?」

 

 

 そう言って、ダイヤは美味しそうに食事を頬張る。

 

 

「うん? どういうことだ?」

 

「言ってしまえばノエル様のせい、ってことですよね?」

 

「えっ……。サフィー、そいつはどういう……?」

 

「サフィアさんのいう通りさ。ソワレ村の村長がかなりの魔法の使い手だ、なんてオイラが知ったら、第一にノエルに教えてしまうだろう? 幸い、ノエルの所在を知らなかったから良かったものの、もしかしたらバレてしまっていた可能性もあったってわけさ」

 

「あぁ……そういうことか。確かにそんな話があったらアタシは間違いなく食いつく。ただ、その事情を知っていればアタシには教えたりしない、ってことだな。全く、そこまで抜かりないとは」

 

「ま、そういうことだよ。それで? 1つ目ってことは他にもあるのかい?」

 

 

 ノエルは「そうだった」と話を切り替える。

 

 

「2つ目は、そこの兵士たちについてだ。応援部隊と言われて派遣されてきた連中はどれも護衛用の装備で、まるっきりゴブリンを討伐するつもりなんてないみたいだった。こいつは一体どういうことだ?」

 

「避難させるための兵士だってのは知って……るみたいだね。じゃあ、どうして討伐部隊じゃなかったのか、それを聞きたいわけか」

 

「ええ、わたくしたちはてっきり、応援部隊が討伐を手伝ってくれるものとばかり思っていましたから。普通ならば、どこかに魔物が出た時、それを討伐するのは王国兵士たちの務めでしょう? それとも、メモラはその『普通』に当てはまらない国でしたの?」

 

「いやいや、メモラの兵士たちの仕事の中にはちゃんと魔物の討伐も含まれているとも。どちらかというと例外だったのは今回だけだ。何せ、魔物たちが目指していたのは大魔女と大魔女が張った結界がある村だったからね」

 

「ってことは、姉さんがいたから討伐部隊を送らなかったのか!? 姉さんがもう若魔女じゃないことを差し引いても、万が一、姉さんが村にいなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「そのための避難用の応援部隊さ。討伐部隊を送ったとして、もしソワレさんが村にいたら避難もほぼ手伝えない足手まといを送っただけになる。もしいなければ足止めはできたかもしれないけど、村の人たちを守れる保証はどこにもない」

 

 

 ノエルは少し考え、ダイヤの話を頭の中でまとめた。

 

 

「つまり……避難用の兵士を送る方が村人の安全を守ることができる可能性が高かった。そう言いたいわけだな?」

 

「あぁ、それで合ってるよ。もちろん他の村が襲われた時は誰も魔物を対処できないから、討伐部隊を送っているけどね。本当にこの村が特別なだけなんだ」

 

「あたしからも質問いいですか?」

 

「うん、いいよ?」

 

「ダイヤさんはそこにいるゴブリンたちのこと、どう思ってるんです? 今ならあたしたちしか聞いていませんし、波を立てる発言をできるのは今だけかなと思って」

 

「オイラが波を立てることを言う前提なのはどうかと思うけど……。まあ全然気にすることでもないし、答えるよ。もちろん、ゴブリンっていうのはただの討伐対象だ。でも、今そこにいる連中はソワレの指揮下にあるんだろ? だったら、ソワレを信じるしかないじゃないか」

 

 

 そう言って、ダイヤは宴会の隅で野菜を食べているゴブリンたちを見る。

 村人たちはやはりゴブリンたちを恐れているのか、ソワレが野菜を運んでいた。

 

 

「それと、ソワレのこともここに来る途中で報告を見た。彼らの家族を過去に討伐し、それを悔いているってね。彼女にとって『家族』というのは、誰よりも大切な言葉だ。彼女はこれを乗り越えたことで、何か大きなことを巻き起こすかもしれないなぁ」

 

「こいつ、なぜか先見の明だけはあるんだよな……。それを聞くと、もしかしたら姉さんなら魔物と人間のあり方ってのを変えてくれるかもしれない。そう思ってしまうねぇ」

 

「魔物と人間のあり方……ですか?」

 

「今はお互いただの敵だろう? でもアタシたちはこの一件を通して、初めて明確な意思を持つ魔物に出会った。もしかしたら魔物も全員が全員、あの()()みたいに悪い奴だとは限らないのかもしれない」

 

「そう、彼女はそれをこれから証明してくれるかもしれない。オイラは国王として魔物は敵だと断定せざるを得ないけど、もし国民側が魔物を敵ではないと思ってくれる日が来たとしたら、それは喜んで受け入れるつもりさ」

 

「……へえ、少しは王様らしくなったじゃないか。って……お? 何やら騒がしくなってきたな?」

 

 

 ノエルたちの目線の先にいるゴブリンたちは、美味しそうに野菜に齧り付いている。

 ソワレがどんどんおかわりを持って行き、それをゴブリンが美味しそうに食べる様子を、村人たちは不思議そうに眺めていた。

 すると、村人たちは次第に嬉しそうに笑い始めていたのだった。

 

 

「……魔物とはいえ、あんなに美味しそうに食べてくれるなんてねぇ」

 

「最近は料理ばっかりして、生の野菜の感想を中々聞けてなかったんだよな。好評……みたいだな?」

 

「もしかして……魔物と私たちって、ただ種族が違うだけで理解し合えるのかも……?」

 

「いや、でもゴブリンは昔、この村を襲ったって聞いたぞ……?」

 

「でもそれもこの野菜を食べたくて盗んでただけじゃないのかしら……?」

 

 

 村人たちはお互いの考えをぶつけ始めた。

 そして、その声は次第にソワレの元へと集まってきたのだった。

 その様子を見ていたノエルたちは頷き、マリンはダイヤに言った。

 

 

「……では、そろそろわたくしたちもソワレさんに合流しましょうか」

 

「そうだな。姉さんの考えもそろそろまとまった頃だろうし」

 

「ま、オイラはここで楽しく話を聞かせてもらうとするよ。母さんたちにもいい土産話になりそうだし」

 

 

 そうして、ノエルたちはゴブリンたちの近くにいる、村人たちに囲まれたソワレの元へと戻ったのだった。

 

 

***

 

 

「みんな、落ち着いて。ひとりひとり、ちゃんと話は聞いてあげるから」

 

 

 そう言って、ソワレは村人たちを(なだ)めている。

 その中にいたルナリオは、ノエルたちが近づいてくるのが見えた瞬間、その群衆の中からどうにか抜け出してくる。

 

 

「ちょうどいい所に来てくれた……。この騒ぎ、どうにかならない?」

 

「これをどうにかするのはアタシたちの仕事じゃないよ。この村の問題に、外の人間が口を出すものじゃないし」

 

「それに、次の村長候補のルナリオさんなら、わたくしたちに聞かずともどうにかできると思いますけれど」

 

「そう言われてもなぁ……。ばあちゃんが困ってるのは見逃せないけど、どうすればいいかなんてそんなすぐに思い浮かぶはず…………」

 

 

 その時だった。

 ルナリオの目線はノエルたちに、いや、そのさらに奥にいるメモラ国王・ダイヤに向けられていた。

 ルナリオはノエルに尋ねる。

 

 

「……ノエルさん。国王様、ゴブリンについては何て言ってた?」

 

「うん? 確か、国王としては討伐対象だけど、国民の意思を尊重するって」

 

「あとさ、知ってたらでいいんだけど、国王様って王都付近にでっかい農園持ってたよね? あれって、誰でも手伝えるのかな?」

 

「ま、まあ、あれだけ土地が余っていれば人手はいくらでも欲しいだろうさ。それに、少なくともダイヤが許可した奴なら働けると思うが……。って、急にどうした?」

 

「何やら……思いついたようですわね?」

 

「あぁ、でも……流石にこれはどうなんだ……?」

 

 

 ルナリオは腰を下ろし、首を捻ってうんうん唸る。

 すると、サフィアがその肩を軽く叩いて声を掛けた。

 

 

「ルナリオさん、ルナリオさん」

 

「う、うん? 何だい、サフィアちゃん」

 

「こんな時にぴったりな言葉を、ノエル様はあたしに教えてくれたわ」

 

「へえ? 是非とも聞かせてもらいたいね」

 

 

 その瞬間、サフィアの隣にノエルが顔を出し、2人は声を合わせてこう言った。

 

 

「「思い立ったが吉日! 四の五の言わずにさっさと行動!」」

 

 

 それは、サフィアはノエルから、ノエルはクロネから教わった言葉だった。

 つまりそれは、クロネからソワレへ、そしてソワレからその子供たちへと語り継がれた言葉でもあった。

 

 

「ばあちゃんも同じこと……言ってたっけ。……うん、分かった。もうどうにでもなれ!」

 

「さあ、行ってこい!」

 

 

 背中を押されたルナリオはソワレの後ろまで駆けていき、その近くにあった石段に乗る。

 ルナリオは息を大きく吸い、全員に聞こえるように言った。

 

 

「みんな! 聞いてくれ! ゴブリンたちも、応援部隊の人たちも、国王様も!」

 

 

 すると、全員の目はルナリオに向いた。

 ルナリオはソワレに尋ねる。

 

 

「まず! ばあちゃんはゴブリンたちと向き合ってみて、色々と思ったことがあるはず。もしかしたら結論は出ていないかもしれないけど、それでも、少なくとも、俺たち村人の意見を尊重してくれようと頑張ってくれている。それで合ってるか?」

 

「……ええ、ルナリオの言う通りよ。だから、あなたの話もちゃんと聞いてあげる」

 

「分かった……。次、ゴブリンたち! お前たちは変な奴に知恵を与えられたおかげで、もはやただのゴブリンじゃない、とんでもない魔物に進化した。脅すようで悪いけど、さらに人間や他の種族から危険視される存在だ。それでも、元の魔物の暮らしに戻れると思っているか?」

 

「……オモワナイ。モリニカエッテモ、イバショ、キットナイ」

 

「ってことは、この宴会が終わったらお前たちはもしかしたら、自分たちを守るために他の村を余計に襲ってしまうかもしれない。逆に、知恵を持つゆえに孤独を覚えてどこかで寂しく死ぬかもしれない。それは俺たちも嫌だし、お前たちにとっても嫌だろう?」

 

「……サミシイ、イヤ。イバショ、ホシイ……」

 

 

 それを聞いたルナリオはニヤリと笑い、その顔をダイヤの方へと向けた。

 

 

「なるほどなるほど……。じゃあ次が最後だ。国王様!」

 

「えっ……?」

 

 

 ルナリオの一言で、全員がダイヤの方に振り返る。

 

 

「えええええ!? オ、オイラ!?」

 

「そうですよ。俺はみんなを守るためにこのゴブリンたちをそのまま帰したくないし、ゴブリンたちも居場所を求めている。これはばあちゃんへの俺の意思でもあれば、国王様に対する強い意思でもあるんです」

 

「それは分かるけど、どうしてそこでオイラが出てくるんだ!」

 

「こいつら、食べ物と寝床があれば……居場所さえあれば、きっと誰にも危害を加えないと思うんです。って、おや? そういえば国王様って、食べ物が採れる場所を、それも広大過ぎて土地を余らせるくらいの農園をお持ちでしたよね?」

 

「お、おい……!? ま、まさか……ソワレの孫、お前……!」

 

「この村を、この国を、みんなを守るために、こいつらゴブリンを()()()()()()()働かせてやってくれませんか! それでもし何か危害を加えるようなことがあれば討伐すればいい! そう、魔物と人間のあり方を変えるのはばあちゃんでも俺でもない。()()()()()()()()()()!」

 

 

 ルナリオの言葉は、誰の反対も寄せ付けないほど強い意思を持って、それでいて誰もが納得できるようなしなやかさを持って、その場にいる全員の心に刻まれたのだった。



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116頁目.ノエルと報告書と文明と……

 それから数日が経過した。

 

 ノエルたちは『魔女の墓場』にある自分たちの拠点で、今回起きた一連の事件の報告書を書かされていた。

 羽根ペンを指先で振りながら、マリンは溜息をつく。

 

 

「はぁ……。どうしてわたくしたちが、こんな雑務をしなければなりませんの……」

 

「メモラ王家に世話になっている以上、仕事を任されたらちゃんとやるのが筋だ。それに、今回に関してはアタシたちが当事者なんだから仕方ないだろう?」

 

「あたし、こんなに手が痛くなるまで文字を書いたことなかったかも……。っていうか、どうしてあたしだけ報告書の枚数が多いの〜!」

 

「仕方ないさ、サフィーが一番姉さんの近くにいたからね。姉さんがゴブリンたちに何したとかどんな魔法をどうやって使ったかとか、詳細なことが分かるのはサフィーしかいないわけで」

 

 

 サフィアは羽根ペンを置いて伸びをしながら軽く息を吐く。

 

 

「あーもう。今になって軽率な行動だったって後悔してますよ……。で、あたしに比べて、2人の報告書の少なさはどういうこと? ズルくない?」

 

「わたくしたち2人、今回に関してはただの傍観者でしたもの。ノエルは心臓の件がある上にソワレさんと関わりがあるので、報告する内容はやや多めでしょうけど」

 

「じゃあお姉ちゃんが一番ズルい」

 

「まあまあ。わたくしはその代わりに()の尋問を担当して、そっちの報告書を昨日まとめていましたから。結果としてはとんとんですわ」

 

「あぁ、ディートか。そういえばあのあとの話、全く聞いてなかったな」

 

「報告書が書き終わったら教えますわ。そんなに大層な話でもないので、すぐ終わってしまうでしょうけど」

 

 

 そう言って、マリンはペン先を走らせる。

 それを見たサフィアは、散った気を戻すように両頬を叩いて再び机へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

「やっ…………と書き終わったー!」

 

「お疲れ様でした。紅茶をどうぞ、サフィー」

 

「ん、ありがと」

 

「それで? ディートの話を聞かせてもらえるんだったか」

 

「こんな内容がお茶のお供になるかは分かりませんが……」

 

「いいよ。これまでの災司(ファリス)もみんな似たような話ばかりだったし、もう慣れた」

 

 

 マリンは静かに話し始めた。

 

 

「では。今回の件もやはり、いつもと同様に『真の精霊』と呼ばれる存在を狂信する人物による凶行でした。そして先日会った時、わたくしたちが見たあの狂信は消え失せ、とても大人しくしていましたわ。しかし……」

 

「今回の事件は、これまでと明らかに違う点があった。尋問ではその謎を明らかにする必要があったんだが……分かったのか?」

 

「ええ、もちろん。これまでと違って、彼は魔導士ではなく召喚士……つまりは魔力を持たないただの人間でした。では、ディートがあの悪魔の存在をどうやって知ったのか……。それを聞くことから尋問は始まりましたわ」

 

 

***

 

 

 メモラ城の隣にある監獄のとある一室にて。

 透明なガラス越しに、マリンは床に座り込むディートに尋ねる。

 

 

「ディートさん、あなたはどうやってあの『真の精霊』を名乗る存在を知ったんですの?」

 

「……俺っちは精霊様のことを勘違いしてたんだ」

 

「質問の答えになっていませんが……。はぁ……仕方ありませんわね。勘違い、とは?」

 

()()()()が信じている精霊様ってのは、神様みたいな存在だって思ってたんだよ。でも、精霊様はおろか、あいつらすら助けに来ちゃくれなかった。精霊様は俺っちをずっと見ていてくれるような存在じゃなかったんだ」

 

「神様……ねぇ。この世にそういう信仰があるのは知っていましたが、あなたの凶行はそもそもそういう理念に反しているんじゃありませんの? でしたら、神がいたとしても助けるわけありませんわ」

 

「俺っちは神様なんて信じたことはなかった。召喚士になったのも、信仰に熱心な両親から逃げるためだったんだ。魔物を手駒にするなんて、神様の教えに一番反する行為だからな」

 

 

 マリンは聞いたことを資料にまとめる。

 それと同時に、話の繋がりを別の羊皮紙に書き留めていた。

 

 

「なるほど、むしろ神に反発するために召喚士になった、と。でしたら、なぜ『真の精霊』にはあそこまでの信仰を?」

 

「神も、それを信じる連中も、それを信じる親も、誰も信じられなくなって、俺っちは1人になった。いや、召喚の契約をした魔物だけが俺っちの信じられるものだった。そしたらある日、魔物たちの祖先が素晴らしい力を与えてくれるって噂を聞いたのさ」

 

「新しい信仰があなたの信じられるものだった、と。魔物たちの祖先というのが真の精霊だとすると、その噂の元は災司(ファリス)でしょうか?」

 

「あぁ、そうだ。3人くらいの黒いローブを着た魔導士が、メモラの郊外の村に集まっていたのさ。そいつらに力について聞いたら、条件付きで魔導書を分けてくれたんだ」

 

「条件とは?」

 

災司(ファリス)に協力することさ。まあ、俺っちは召喚術を強化できるなら何でも良かった。それこそが俺っちの信じられるものだったからな。だけど、その魔導書に触れた瞬間、俺っちは凄まじい強大な存在を目の当たりにしたんだ」

 

 

 ディートは灰色の天井を見上げ、回想している。

 マリンは唾を飲み、尋ねた。

 

 

「それが、あなたの言う()()()ということですの?」

 

「そうだ。そして、精霊様は俺っちにとある天啓を授けて下さったんだ」

 

「天啓……つまりは指示をされたわけですわね。それが今回の事件の発端というわけですか」

 

「そういうこと。精霊様は『神の心臓』を欲していた。目的とかそういうのは知らなかったけど、その心臓さえ手に入れば魔導書の力を永遠に与えてやると言われたんだ。あと、ゴブリンたちの過去とかそういうのを教えてくれたのも精霊様だった」

 

「真の精霊がゴブリンたちの過去を知っていた……? ま、まあ、ともかく、あなたは甘い言葉に惑わされ、その心臓がどういうものかも知らないまま行動を起こした。そして、その呪いの魔導書を使ってゴブリンたちを強化した、というわけですわね」

 

「あとは知っての通りだ。で、俺っちが話せるのはこれぐらいなんだが……。最後に俺っちからも質問いいか?」

 

「はい? 何ですの?」

 

 

 ディートは足を組み直し、質問を投げた。

 

 

「結局、神の心臓って何だったんだ? 精霊様はどうしてそれを欲していたんだよ?」

 

「……あなた、資料によるとまだ19歳とありますが、『原初の大厄災』は知ってます?」

 

「あぁ、あの昔話か? それならメモラの国民なら子供の頃から誰でも知ってる有名な御伽話だけど……それがどうかしたのか?」

 

「あれは御伽話ではなく、実際に起きた大災害ですわ。神の心臓が何であれ、真の精霊の目的は心臓の力を使って原初の大厄災を再び起こすこと。そして、人間を滅ぼして魔物だけの世界を作り上げることなのです」

 

「人間を……滅ぼす……。神様どころか、とんだ悪魔じゃないか……。俺っちはそんな力に手を……」

 

「あの魔導書に触れ、力に魅入られた人間は正気を失い、目的のためなら手段を選ばなくなってしまう。それがこれまでわたくしたちが見てきた災司(ファリス)の姿でした。あなたの行いも決して許されるべきものではありませんでしたが、全ては真の精霊のせいですわ」

 

 

 そう言って、マリンは資料をひとまとめにして机の上でトントンと揃える。

 

 

「じゃ、じゃあ、俺っちはもうここから──」

 

「いえ、あなたは大罪人ではなくなったにしても、更生されるべき人間です。災司(ファリス)に加担した理由、それは召喚術を高めるためだったはずでしょう? なのに、あなたは最後の最後まで自分を貫けなかった。だからあの時、真の精霊に助けを求めた」

 

「そ、それは……」

 

「正気を失うということは、その行動が本能的になるということ。あなたが最後に見せた本能は『誰かに助けを求めること』だった。あなたは自分すら信じられなくなっていたのですわ。そんな方をそのまま外に出しても、今回の二の舞が起きる予感しかしませんもの」

 

「そ……それなら、俺っちはこれからどうなるんだ……?」

 

「それは──」

 

 

***

 

 

 魔女の墓場で話を終えたノエルたちは、メモラ国王・ダイヤとその両親が経営している大農園に来ていた。

 案内役として引っ張り出されたダイヤは、不満そうな顔をして農園の中を歩いている。

 

 

「お前……明らかに怒ってるよな? 案内してくれって言っただけなのに」

 

「そりゃ怒るさ。あのルナリオとかいう男に説得された感じで、ゴブリンたちを渋々雇ったってのに、それに加えて()()まで働かせろって、一体お前たちは何の権利があってオイラを困らせるんだ!」

 

「いやいや、最終決定をするのはお前だが、ここの農園の経営者はお前の両親だ。マリンが話をしてみたら二つ返事をもらえたらしいから、そのままお前に掛け合ってもらっただけさ。2人がいいと言ってるんだし、結局お前だって許諾したじゃないか」

 

「それは父さんと母さんがあとになってゴネるのが面倒になるからだ! ちゃんとゴブリンたちにも罪人たちにも監視はつけさせてもらったけど、大事な国の兵力をそんなことに割かなきゃいけないなんて、ことの重大さを理解しているのか?」

 

「理解しているとも。だが、更生だとか共存だとか、色んな問題を1つの場所で管理できるようになるのはお前も助かるはずさ。元々、魔女と人間との共存を認める施策はお前が始めたことだったし、新しい文明の形を自分で作るのは好きだろう?」

 

「うっ……そう言われるとそうなんだけど……」

 

 

 そんな話をしている内に、ノエルたちはこれまでの緑色の景色と打って変わった場所に出た。

 そこはまだ土が十分に耕されておらず、水も引かれていない、いわゆる荒地だった。

 ノエルたちがその奥を見ると、ゴブリンの姿らしきものが目に映る。

 ゴブリンたちは、周りにいる兵士たちから指示を受けながら(くわ)で土を耕しているのだった。

 

 

「なるほど、1から農業を教えてるわけだ」

 

「まあ、素人に大事な食物を触らせるわけにはいかないからね。それに、この国の兵士たちは大抵は農民上がりだから、監視と指導を両立できるってわけさ。もし仮に農具で何かしようとしても、農民上がりの兵士相手には敵わないはずだ」

 

「へえ、お前って本当に頭は回るなぁ。それにしても……」

 

 

 そう言って、ノエルは周りを見回す。

 

 

「まさかこんな柵で囲うだけで、どこからでも逃げられる状態にしているとはねぇ」

 

「農業は地道な作業だ。嫌になったらいつでも逃げていい。罪を犯して逃げるんじゃなくて、何か目的があって逃げるのなら、そいつはもうオイラにとっちゃどうでもいい。逃げるも戻るも好きにしていいっていうのが、オイラなりのささやかな抵抗さ」

 

「と言いつつ、心身への配慮を込めたような言い回しなのがダイヤさんらしいですわね。食物を育てることで、心身の成長や他者への理解を深められると思って提案してみましたが、大正解でした」

 

「確か、明日からここに更生施設に入ってる人たちが働きに来るんだっけ。頑張ってくださいね、ダイヤさん!」

 

「あぁ、頑張る……って、うん? どうしてそこまで他人事なんだ? メモラにいる以上は無関係じゃないだろう?」

 

「まだしばらくはここに世話になるとは思うが、落ち着いたらまた旅に出るよ。目的地ははっきりとしていないけど、目的はできたからね」

 

 

 ノエルはそう言って、魔導書を取り出す。

 

 

「アタシたちは今回、魔法以外の知識不足で危機に陥った。つまり、今後は真の精霊や災司(ファリス)がそういう手段を使ってくる可能性が高いってことだ」

 

「ですから、再びこの大陸全土を巡って、魔導士以外にも目を向けてみようかと思いましたの。死霊術士、召喚士、他にも魔具使いや錬金術士など、様々な未知の能力がありますから」

 

「とりあえずはヴァスカルに戻るのが最初ですね。クロネさんに猫ちゃんを預けたり、死霊術士のライジュさんに話を聞いたり、やることがたくさんありそう!」

 

「……分かった。また手紙をくれるか国王伝いで話を通してくれれば、魔女の墓場の鍵を開けておくよ。出かける時に兵士に鍵を返しておいてくれ」

 

「あぁ、了解した。少し気は早いが、世話になったな、ダイヤ」

 

「こっちこそ。ゴブリンの件はお前たちの活躍があってのことだったし。他の国王たちにも報告しておくさ」

 

 

 こうして、ノエルたちはゴブリンたちの侵攻、災司(ファリス)の目論みを阻止し、メモラの危機を救った。

 ノエルたちの旅はもう少しだけ続く。



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断章
断章01.ルフールと回想と大魔女と……


 ノエルたちがメモラに戻って拠点を作って活動をし始めた頃、ルフールは自分の家がある東の国・ノルベンに戻っていた。

 

 そんなある日のルフールの話。

 

 

***

 

 

 ワタシは布団の上で寝転がりながら、先日あった大魔女集会のことを回顧していた。

 愛弟子・ノエルに再会できたことは嬉しかったが、大魔女とかいう変な称号を貰ってしまった。

 

 

「大魔女……ねぇ。ま、ワタシ自身、特に何が変わるってわけでもないけど。そもそも魔女に大も小もないだろうに、国王たちはどういうつもりなのかねぇ……。そんなに災司(ファリス)が恐ろしい──」

 

 

 災司(ファリス)に、真の精霊とかいうヤツに、ワタシの結界が破られた。

 それもただの結界じゃない。

 時間をかけて組み上げた、自慢の防護結界だった。

 

 

「……まあ、恐ろしいか」

 

 

 そう言った自分が一番に恐れているのに気づいて、少しだけモヤっとする。

 そのモヤモヤは次第にイライラへと変わっていった。

 

 

「というか……あそこまで特殊魔法が通用しないとは聞いてない! ワタシたち特殊魔法使いは、他人の魔導書を使うとかしない限り基本属性の魔法が使えないってのに、これじゃ無能と全く同じじゃないか!」

 

 

 思わずそう叫んでしまった。

 でも、おかげで冷静な思考を少しだけ取り戻す。

 

 

「まあ、ノエルが防護結界以外の結界を極めろって言ったのは、そういう意味では大正解なんだけど」

 

 

 ただ、やっぱり防護結界も諦めきれない。

 が、そのままではただの思考停止だと気づき、すぐに頭を切り替える。

 

 

「えーと、防護結界以外の結界か……。思い当たるのだと、魔力の爆発力を高める『魔力結界』とか、移動速度を高める『瞬足結界』とか……。まあ、色々と種類はあるんだよね」

 

 

 そう言いながら、ワタシは空間魔法で本棚を手元に転移させ、資料を漁る。

 そもそもの話、結界は空間魔法の特権じゃない。

 魔力結界は火魔法で作った方が爆発力が高いし、瞬足結界は風魔法の方が簡単に作れる。

 空間魔法はその属性の力を補完できているだけで、所詮は元の属性の下位互換に過ぎないのだ。

 

 

「結界じゃなければ空間転移とか空間拡張とか色々あるけど、結局は結界に応用してしまっているからな……。どうしたもんか……」

 

 

 ふと、寝転がったまま天井を見上げると、自分で拡張した屋根裏が見える。

 外から見てもここまでの高さはなくとも、中ではしっかり高さのある空間が形成されている。

 

 

「ワタシが結界を作るには空間魔法を使うしかない。この家だって、ノエルに渡した財布だって、空間魔法で結界を作ったからこそ作れたものだ。ということは、絶対に何かできることがあるはず……か」

 

 

 そう思ったワタシはいつの間にか、街に繰り出していた。

 

 

***

 

 

「やはり、新しい魔法を閃くには外に出るに限る!」

 

 

 新しい魔法は大抵、発想力から生まれるものだ。

 特に特殊魔法は物体として存在しないから、応用の発想が生まれにくい。

 ただ物体ではないにしても、空間に限ってはどこにでも()()

 モノとモノの間、わずかな隙間、地上から空の上までもが『空間』を有している。

 

 

「空間は広く、狭く、繋がっていたり、隔てられていたり。どうしてもワタシはそこまでしか空間ってのを把握しきれていないんだよなぁ」

 

 

 空を見上げると、雲が流れていくのが目に入る。

 それを見て、ふとこんなことを思った。

 

 

「ファーリは特殊魔法なんて使えなかったらしいのに、本当にどこから湧いて出たんだろうかねぇ。ファーリが生きていた頃、数人の魔導士が他の魔法の代わりに使えるからって魔法の括りに入れてもらったけど、そのおかげで研究が進んでいないわけで」

 

 

 今や空間魔法を使っているのはワタシくらいかもしれない。

 初級と分類されるような空間魔法ならどんな魔導士でも適性があれば使えるらしいが、それ以上を使っている魔導士なんて全く見たことがない。

 初級空間魔法を作った先駆者たちは、それ以上の研究ができなかったということなのだろう。

 

 

「魔導士の家に生まれて魔力もそれなりに多かったのに、属性は不明。ようやく使えた魔法が、全く研究の進んでいない空間魔法。おかげで独学で魔法を勉強する羽目になった。まあ、その時に余計に勉強したからこそ色々な属性に聡いわけだが」

 

 

 そんな独り言を呟いて、途端に恥ずかしさのようなものを感じる。

 一人で自分語りをするほど、ワタシは焦っているのかもしれない。

 しかし、こうでもしないと今は何も思い浮かばない。

 ワタシはそう思った。

 

 

「あとは……ワタシと同じ、特殊属性しか使えないクロネと出会ったことが人生の岐路だったな。ヴァスカルで特殊魔法について調べるために王立図書館に行ったら、同じ用で鉢合わせたんだったか。それから仲良くなって、連絡先を交換して、気づいたらあの子が結婚してて……」

 

 

 魔女にとって、結婚して子を儲けることは魔女としての力を捨てることと同義だ。

 でもクロネは魔法よりも幸せを選び、ソワレとノエルを産んだ。

 

 

「それから数年経って、ワタシはノエルとソワレの師匠になった」

 

 

 その当時は、まさかワタシがクロネの子供たちの師匠になるとは思いにもよらなかった。

 もっと思いにもよらなかったのは、クロネが2人の師匠になって欲しいとワタシに頼んだことだった。

 クロネの夫は当然魔導士だったから、わざわざワタシに頼む必要はないし、そもそも基本魔法を扱えないワタシでは師匠なんかになれやしない。

 

 だから、ワタシは一度断った。

 

 

「だが、クロネの夫が病気で死んで、話は変わったんだ。ワタシはその訃報をソワレからの手紙で知り、急いでクロネたちの家に駆けつけた。そこでワタシが見たのは、ボロボロになりながら時魔法の研究に明け暮れるクロネの姿だった……」

 

 

 それは大厄災が鎮まって、半年もしない頃のことだった。

 クロネが昔から寂しがりやだったのは知っていたけど、その感情以上に、誰よりも寿命というものを恐れていたのだと知った。

 クロネの寂しさをソワレとノエルだけに埋めさせるのは酷だったし、いくらソワレがしっかりしていても限界はある。

 それを悟ったからこそ、ソワレはワタシに手紙を送ったのだろうと思う。

 だから、ワタシはソワレたちの世話をするついでに魔法の修行をつけるようになって、同時にクロネの生活を支えることになった。

 

 

「あの生活があったからこそ、ワタシはもっと空間魔法を上手く使えるようになりたいと思うようになったんだったっけ。そして、クロネが若返りの時魔法を完成させたあとも、ワタシはソワレたちの修行をつけてやったんだ」

 

 

 結果としてある種の同情からあの子の頼みを聞いてやったようなものだけど、ソワレやノエルみたいな子供に魔法を教えることはワタシに新たな知見を与えてくれた。

 自分が持っていない視点や発想を知ることは、ワタシの魔法への興味を()()へと昇華させた。

 その結果が今の魔法好きの『変態』ってわけだけど。

 

 

「……ふぅ。たまにする散歩も悪くないな」

 

 

 全くもって新しい魔法は思い浮かばなかったけど、少し思いついたことがある。

 新しい発想を得るのは何も1人でやることじゃない。

 魔法は色んな解釈があるからこそ発展してきたし、そこが面白いところでもある。

 

 

「帰ってすぐだが、クロネのところにでも行くかな! 大魔女集会ではゆっくり話す暇なんて全くなかったし」

 

 

 ワタシはそう言って、伸びをした。

 するとちょうど風が吹き、着ている白衣が翻る。

 何をしようかずっと悩んでいたけど、ワタシにもできることがあると気づけた。

 最近になってクロネと再会したのが良かったのかもしれない。

 

 

「大魔女っていうのも悪くないかもしれないな。他の特殊魔法……運命魔法の使い手ってのもいたし、次集まる時にでも詳しく話を聞いてみても──」

 

 

 ふと、運命魔法の使い手・エストのことを思い出す。

 クロネ・ルカ・エストと4人で防護結界を作っていた時、ワタシたちは彼女の話を聞かされた。

 それは彼女の昔話でも、防護結界についてでもなく、()()()()()()だった。

 

 

「……蘇生魔法を使うと、ノエルが死ぬ、だったか」

 

 

 突拍子もないことを言うものだとその時は思った。

 でも、それを聞いたクロネの表情を見て、それが嘘ではないのだと知ってしまった。

 クロネは嘘を見抜ける。

 一番この真実を知るべきでない人間が、真実を知ってしまったのだ。

 だから最初はエストを非難した。

 でも、彼女もかなり追い詰められていたんだろうな。

 ワタシたちだけに内緒にしておくのは辛かったんだと思った。

 

 

「そのあと聞いた話によると、ノエルはその運命すら乗り越えようとしているらしいけど、それを聞いてクロネはホッとしていたな。ワタシも少しそれで落ち着けた」

 

 

 大魔女に選ばれるくらいの運命魔法の使い手が見た、ノエルの死の運命。

 それが、ワタシたちと関わりがないはずもない。

 そう思うと、ワタシの中で少しずつ何か新しい想いが枝分かれし始めた。

 

 

「ワタシはノエルのお願いは聞くつもりだし、空間魔法の研究も独自で進めるさ。だけど──」

 

 

 言ってしまうと、それは()()だった。

 いずれ来るとされるノエルの死。

 それを覆す方法があるのか?

 そもそも死因は自殺と聞いたが、自殺に至った原因は?

 どうして蘇生魔法の発動と時期が被っている?

 考え始めるとキリがなくなってきた。

 

 

「だけど、ワタシは()()。魔法への興味は誰にも負けない自信がある。いや、もしかしたらこれこそが大魔女と呼ばれる者の本質かもしれないな?」

 

 

 そう思った途端に心からの笑いが思わず出てくる。

 

 

「フ、フフ……。これはこれは……楽しくなってきたぞ……! 待っていろ、ノエル! ワタシはお前の師匠として、そして大魔女として、絶対にお前を死なせない……!!」

 

 

***

 

 

 その日、路上で高らかに笑うルフールの姿が噂となってノルベン中に広まった。

 そんな噂が流れているとはつゆ知らず、ルフールはヴァスカルに向けての旅の準備を始めるのだった。



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断章02.クロネと王と猫たちと……

 ノエルたちがゴブリンの件を解決し、一度ヴァスカルに戻った数日後のこと。

 ノエルたちは用事を済んだからと、クロネにしばしの別れを告げてヴァスカルから出ていった。

 

 そんな頃の、ある日のクロネの物語。

 

 

***

 

 

「はぁ…………」

 

 

 ワシは学長室の椅子に座りながら、目の前ではしゃぎ回っている()()に頭を抱えていた。

 片や黒く、片や白い()()は、ノエルたちがワシに預けていった『猫』。

 ノエル曰く、どうやら魔力を持っているらしく、それを研究して欲しいとのことだが……。

 

 

「なぜワシがこんな小動物の世話をせねばならんのじゃ……。いや、断る理由がなかったから自業自得ではあるんじゃが、どうしたもんか……。研究するのは快諾したが、世話のことをすっかり忘れておったわ」

 

 

 学園長とはいえ、最近は仕事に慣れてきたのもあって、忙しさの中で時間が余ることが増えてきた。

 言ってしまえば、ヴァスカル王に指導を付けつつ研究もできるくらいの余裕はあった。

 しかし、この2匹を世話するとなると話が変わってくる。

 

 

「ワシの部屋で飼うには部屋が広すぎて、色々と面倒が起きそうじゃし……。学園の誰かに頼むのは……ワシの管理の目が届かなくなるから無理じゃな。と、なると必然的に……」

 

 

***

 

 

「それで最初に余のところに来るのはどうかと思うのだが」

 

 

 ワシは2匹を抱えてヴァスカル王の部屋を訪ねた。

 ヴァスカル王はあからさまに嫌そうな顔をしているが、話は聞いてくれそうな目をしている。

 

 

「まあまあ、どうせ暇じゃろ?」

 

「一国の国王に暇などあるわけが……。いや、今は確かに時間に余裕があるが……」

 

「今頃の時間がお主の休み時間なのはワシでも知っておる。流石に公務中に来ようとは思わんわ」

 

「で……それが(くだん)の猫か。それをこの部屋で世話すれば良いのか?」

 

「おお、その通りなのじゃが、思ったよりも話が早くて驚いた。本当に良いのか?」

 

「この部屋には常に専属の使用人がいる。余が世話するかはさておき、この部屋で世話するくらいなら問題はない。……問題ない……よな?」

 

 

 ヴァスカル王は心配そうに使用人に確認する。

 使用人は全く気にも留めない素振りで二つ返事を返した。

 ワシは猫たちを部屋に下ろし、自由にした。

 

 

「では、ワシがその子たちを研究したい時は、この部屋を訪ねることにするかの」

 

「分かった。それまでは使用人にちゃんと世話をさせるとしよう」

 

「助かるよ。とはいえ、お主の魔法の訓練は明日じゃし、暇じゃな。では早速研究をさせてもらお──」

 

 

 ふと、猫たちに目をやると、ワシは愉快な光景を目にした。

 2匹は椅子に座っているヴァスカル王の上に飛び乗り、彼の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らして甘え始めたのだった。

 

 

「……クロネよ。これは一体どういうことだね?」

 

「おぉ、見事に懐かれておるのー」

 

「いや、そうではなくだな。懐かれる理由が分からんのだが」

 

「単純にいい匂いがするとかではないかの? 美味しい匂いがしたとか」

 

「であれば、そこの使用人もクロネも同じものを食べているだろう。特別に香水を振っているわけでもないし……」

 

「まあ、使用人の方も嫌われている様子はないし、ワシも普通に懐かれていたから、そういう性格なのかもしれんぞ?」

 

 

 そう言って猫の方を見るが、明らかにこれまでと違う反応を示しているのは見て取れる。

 そういえば、ただの猫ではないということをすっかり忘れていた。

 

 

「のう、ヴァスカル王。その猫が魔力を持っているという話はしたと思うが、それについてはどう思う?」

 

「余よりもクロネたちの方がそういうことには聡いのではないのか?」

 

「調べた限りの前例がない以上、ワシら大魔女以外の見解も役に立つんじゃ。今懐かれている感じとか、些細なことでも良いぞ」

 

「ふむ……触った感じや動きはやはり余の知っている『猫』そのものだ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「いや、魔力を持っているということは、この猫は()()ということにはならないのか?」

 

 

『魔物』という生き物の分類は、実は生物学的な区分ではない。

 生まれながらに魔力を有した種を、人間が勝手に魔物と呼んでいるだけだ。

 

 

「うーむ……。もしその魔力が後天的なものであれば、ワシらの呼ぶ『魔物』ではないが……」

 

「もし後天的に魔力を得たとしても、本質的には魔物と同じなのだろう? そうなると、余は魔物とほぼ同質の生き物を飼うことになるのか?」

 

「本質的には魔物、か……。そういえば魔物は魔力を食べるそうじゃが……まさかな?」

 

「……余の大量の魔力を嗅ぎつけて懐いている、と? そう思ったら少し恐ろしくなってきたんだが……」

 

「まあ、今のところは普通の猫と大差ないくらい微量な魔力しか持っておらんよ。そもそも、なぜ光と闇の体内魔力を有しているのかさえ分かれば研究は終わるし、危険と判断したらいつでも駆除依頼をしてもらって構わんぞ」

 

「不安しかないな……。早急に研究を進めてもらいたいが……そうもいかないからここに預けるのだな……」

 

 

 今までの数日、ノエルたちと一緒にいたにも関わらず特に変わった様子はなさそうだったそうだが、念のため首輪に小型の魔力計を取り付けておくことにした。

 魔力が一定値を超えると音が鳴り響く仕様だが、保険に過ぎないという説明だけはしておき、ワシはヴァスカル王の部屋でそのまま研究を始めたのだった。

 

 

***

 

 

 それから夜になるまで研究を続けた。

 しかし、今持っている知識で色々試してみても、成果は何も得られなかったのだった。

 

 

「ふむぅ……困ったな……」

 

「おお、まだいたのか」

 

 

 ちょうどそう呟いた瞬間に、ヴァスカル王が部屋に戻ってきた。

 猫たちはワシの膝の上から飛び降り、ヴァスカル王の足元に擦り寄る。

 

 

「そろそろ帰るところじゃよ。この子たちも疲れたろうし、エサをやらんとな」

 

「……それにしても、やはり余に限って懐かれ方がおかしくないか?」

 

「魔力に食いついてると分かれば、それはそれで成果とも言えるんじゃがなぁ……」

 

 

 そう言って、ワシはノエルから貰った猫用のエサを袋から取り出して、エサ入れに流し込む。

 すると、その音を聞きつけた2匹は信じられないほどの速さでエサ入れに食いついたのだった。

 

 

「じゃが、普通の猫のエサは食べる、と。食欲は魔力への欲求とは別なのかもしれんのう」

 

「そういう点では魔物とは別の生き物ということになるのか?」

 

「いや、ゴブリンやドラゴンなどは肉を食べると言われている。つまり、魔物は魔力以外にも栄養を摂取する必要がある可能性があるそうじゃ。じゃから、まだこやつらが魔物ではないと断定はできん」

 

「ふむ、なるほどな……。あぁ、そういえば。関係ない話だが、ファーリの伝承についてひとつ、新しく分かったことがあったぞ」

 

「うん? お主、そんなことを調べておったのか。それで、何が分かった?」

 

「ファーリが子供の頃に精霊たちと戯れていたという森、その場所が判明したのだ」

 

 

 確か、ファーリが子供の頃にいたのはメモラだ。

 しかし、住んでいた家の場所も、どの地域に住んでいたのかも、はっきりとは判明していなかったはず。

 

 

「あぁ、もしやファーリの新しい遺産でも見つかったとかかの?」

 

「いいや、見つかったのは場所そのものだ」

 

「場所そのものじゃと? そんなもの、どうやって見つけたんじゃ?」

 

「最近、一部の魔導士たちに大陸中の魔力の分布図のようなものを作らせていてな。その実地調査中、明らかに魔力集中度のおかしな森がメモラにあったそうだ」

 

「では判明ではなく、そうだと思われる場所が見つかっただけじゃな? 全く、驚かせおって」

 

「いやいや、判明したとも。ファーリの物語の冒頭、最初に『精霊さん』が出てくる箇所を思い出してみて欲しい」

 

 

 物語の冒頭は、幼い頃のファーリが精霊と遊んでいる情景を描いていたはずだ。

 そして、その精霊……つまり魔力の説明は、基本属性全ての紹介も兼ねて──。

 

 

「うん……? 全ての基本属性……? よくよく考えたら、そんな場所はあり得ぬな?」

 

「その通り。自然とはいずれかの属性が欠けていることによって形成されている……とされているからな。森であれば火の魔力、火山であれば水の魔力、といったような属性が欠けているからこそ、その均衡は保たれている」

 

「ファーリ自身が残した自然論じゃな。それに、闇の魔力が昼間に出てくるのもおかしい話じゃし、物語だけの演出じゃと思っておったが……まさか!」

 

「そのまさかだ。その森こそ()()()()()()()()()、ファーリの物語に出てくる森だったのだよ!」

 

「なんということじゃ……」

 

 

 一目見たい。

 そう思ったのが最初の印象だったが、それはもしかしなくても自分だけではないのではないか?

 ワシはそう思い、ヴァスカル王に尋ねる。

 

 

「それが見つかったということは、災司(ファリス)たちに漏れておらんよな? そんな魔力の聖地みたいな場所、悪用される予感しかしないんじゃが」

 

「いや、その心配は要らない。何のための大魔女だと思っている?」

 

「なるほど、ノエルたちに任せたんじゃな。メモラの管轄じゃから、当然といえば当然か。それで……個人的に訪問したいんじゃが、場所だけ教えてもらえるかの?」

 

「そう言うと思って、ほら。地図に描いてもらったよ」

 

「お、話が早いの。えーと、どれどれ……」

 

 

 机の上に置かれた地図を見ると、そこはメモラ城の城下町の近郊の一帯に広がる森の、さらに奥にあるようだった。

 しかし、ワシはこの近所の地図を以前見たことがあった。

 

 

「……ノエルとイースの家がある森と場所が近い。むしろ、場所が違うだけで同じ森ではないか?」

 

「うん? そうだったのか? 何という偶然だろうな」

 

「ま、まあ……ノエルがあそこの家を買ったのは偶然じゃろうが……」

 

 

 そう呟いた瞬間、2匹の猫が食事を終えたのか、鳴き声を上げてヴァスカル王の膝に飛び乗った。

 しかし、飛び乗るや否や、黒い方だけがなぜかこちらをじっと見つめている。

 色々な考えを巡らせながら、ワシはその瞳に吸い込まれるように見つめ返していた。

 

 

「…………ん?」

 

「猫の方をじっと見つめたりなんてして、どうかしたか?」

 

「……そうじゃ。その猫、ノエルの家で見つかったんじゃよな? もしかして、その森から来たのではないか?」

 

「ふむ……十分にあり得る話だな。もしかしたら、その森に行けばこの猫たちと同じような動物がいるかもしれない……ということか」

 

「まさかその話が繋がるとはな……。ノエルとこやつらが出会ったのは偶然ではなく、必然だったのかもしれんのう……」

 

 

 思い立ったが吉日だと思い、ワシは立ち上がって手を鳴らした。

 

 

「よし、では早速、出立の準備でもするかの!」

 

「明日の訓練はどうするんだ?」

 

「何を言っとるんじゃ。お主も付いてくるんじゃぞ?」

 

「えっ……。いや、余は公務が……」

 

「明日は一日中、訓練の予定で組ませてあったじゃろうが。それを潰して、メモラの森に一緒に行こうと言っておるんじゃ。もちろんその2匹も一緒じゃからな」

 

「えぇ……。そんな強引な……と言っても、いつものことか……」

 

 

 そう言って天井を見上げるヴァスカル王を見て、不意に笑いが溢れた。

 それでしばらく笑ったあと、ワシは部屋を上機嫌に出て行ったのだった。

 

 

***

 

 

 明日は魔力の聖地に行くわけだし、探索が終わったらそこで訓練をしてもいいな。

 食事は何を持って行こうかな。

 どんな魔導書を持って行こうか。

 

 そんなワクワクを久々に感じつつ、クロネとヴァスカル王は2匹を連れてメモラの森へと行くことになった。

 

 そして、2人と2匹はそれから何度もその森に出向き、毎度毎度新しい発見をすることになるのだった。



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断章03.ルカと悩みと藁人形と……

 ところ変わって、大魔女集会のあと、ルカがラウディに戻ってしばらくした頃。

 彼女はこれからのことに頭を悩ませていた。

 

 これは、未来を担う若魔女・ルカのある日のお話。

 

 

***

 

 

「うーん……うーん……」

 

 

『魔法の修行をするための時間が欲しい』

 ボクは確かにそう言って、ノエルさんたちの力になれるよう頑張ることを決めた。

 そして、この前の大魔女集会の時の一件で、もっと修行を積む必要があることを知った。

 

 でも、ボク自身は何を目標にしてどんな魔法を習得するべきなのだろう。

『ノエルさんたちの力になる』という大きな目標が、あまりにも漠然とし過ぎていることに気付いてしまい、ボクは頭を抱えていた。

 

 

「仕事であれば、こんな魔法を作って欲しいとか、これくらいの量の魔導書を書いて欲しいとか、はっきりとした目標があるんですけどねぇ……」

 

 

 もちろん、魔法の修行をするだけなら魔力を高める訓練や、新しい魔法の考案をすれば済む話だ。

 実際、大魔女集会が行われる前、ノエルさんたちと最初に別れたあとはそういった修行をしていた。

 だけど、それだけじゃ災司(ファリス)には敵わなかった。

 

 

「経験とか知識はノエルさんたちに敵うわけないけど、少なくとも力にはなれると思ってたのにな……」

 

 

 修行すること自体は悪くなかったと思う。

 恐らくボクには修行する時間が足りなかったのだと、最近まではそう思っていた。

 しかし、時間があったとしても目標があまりに漠然とし過ぎていて、せっかくもらった時間が無駄に流れていくばかりなのだった。

 

 

「このままじゃ、力になるどころか足を引っ張ってしまう……! どうしよう……どうしよう……!!」

 

 

 悩みは焦りへと変わり、無駄な焦りは疲れに変わった。

 

 ようやく落ち着いたボクは、ボク一人ではどうしようもないことなのだと理解した。

 ふと、壁に掛かったアカデミーの卒業写真が目に入る。

 

 

「あの頃は新しい発見ばかりで楽しかったな……。ボクも師匠みたいになるんだって、そう思って修行をつけてもらってたのに、今のボクときたら……」

 

 

 情けない、と思いつつもその心の弱さが自分の弱さになるのだと、己を律する。

 

 

「ダメだダメだ! クヨクヨしてられません!」

 

 

 と言ったものの、実際問題、どうすればいいのか分からない。

 だから頭を抱えていたのに、また原点に戻ってきてしまった。

 

 

「って……うん? ()()……?」

 

 

 その時、ボクは師匠から散々言われてきたある言葉を思い出した。

 

 

「『魔法は基礎が大事』……。一度、初心に帰ってみるのも大事だ、という意味も含めた言葉でしたっけ」

 

 

 なるほど。と思い、自分の机に散らかった魔導書の束を眺める。

 そういえば、最近は凝った魔法ばかり作って基礎なんて考えている余裕もなかった。

 だけどボクは、『原点』という言葉のもう一つの解釈も考えていた。

 

 

「ヴァスカルに……アカデミーに戻れば、何か掴めるかもしれない」

 

 

 そう思って、ボクは財布の中を覗く。

 ちょうど国からの依頼が終わったばかりで、金銭面でも時間の面でも余裕がある。

 ボクは立ち上がり、決心した。

 

 

「よーし、早速師匠に連絡しましょう! 禁書庫のお世話になるかもしれませんし!」

 

 

***

 

 

 次の日。

 

 

「えっ…………」

 

 

 ボクはクロネ師匠から届いた返答の手紙を手に、膝から崩れ落ちていた。

 そこには、こう書いてあった。

 

『ワシが多忙でヴァスカルにおらんこともあるから、禁書庫はしばらく入館禁止とする。あと、ワシが力を貸せんことはもちろん、先日の一件でアカデミーも騒がしくなっておる。しばらくこちらへ戻ることは推奨せんよ』

 

 

「今、アカデミーに戻っても意味がない……ですって……? これでは、また時間を無駄にしてしまうじゃありませんか……!」

 

「あ、あのー……」

 

「それに、禁書庫まで入館禁止になるなんて……。師匠が忙しいのは分かりますが、そんなに先日の件の処理が大変なのでしょうか……」

 

「あのー……手紙の続き、読みました……?」

 

「あぁ、そうでした。まだ手紙の続きが……。ええと……」

 

 

 続きはこう書いてあった。

 

『その代わりといっては何だが、使()()をそっちに送る。恐らく、ワシの考えではそやつがお前を答えへと導いてくれるじゃろう』

 

 

「使い……。なるほど、それであなたが来たというわけですか。()()()()先生」

 

「良かった……。私のこと、忘れてたのかと思いましたよ……」

 

 

 ボクの家の玄関には、かつてお世話になった先生が立っていた。

 手紙1通を届けにわざわざ人をよこすなんて、師匠らしくもないと思っていたのだが、手紙の内容で何となく状況を理解した。

 

 

「アカデミーはボクの人生の大事なひと時だったんです。お世話になった先生のことを忘れるはずないじゃないですか。先生こそ数年振りにも関わらず、よくボクのことを覚えていましたね?」

 

「もちろん覚えてますよ……。ルカさんくらいでしたから、あの頃の私の授業をまともに聞いてくれていたのは……」

 

「あぁ、そういえばオバケの大量発生事件を起こしたの、その頃でしたっけ。オバケ集めを手伝った覚えがあります」

 

「うっ……その節は大変ご迷惑をおかけしました……」

 

 

 ライジュ先生は頭をひたすら下げている。

 お世話になった先生を立たせたままなのは申し訳なく思い、ボクは先生を席に座らせた。

 

 

「それで……『使い』というのはどういうことです? 師匠に言われて来たんですよね?」

 

「ええ……。クロネ学長は色々な大魔女様の訪問に応対したり、猫のお世話をしたり、国王様に訓練をつけたり、最近ではメモラに向かって何かしているそうで……。大変ご多忙なご様子でした。ですので、ルカさんの件の解決には別の人を、とのことでして……」

 

「ボクの件……。って、ボクはただ、アカデミーへの訪問と禁書庫への入館許可をもらいたいって手紙を送っただけなのですが?」

 

「ルカさんの悩み、全てお見通しだったみたいですよ……。確か……そう、成長への鍵を見つけたいとかなんとか……」

 

「……やはり師匠の未来視には敵いませんね」

 

「いえ、恐らくあれは経験則のようなものかと……。まあ、それでちょうど暇だった私が捕まって、ルカさんのところへ行けと言われた次第です……」

 

 

 ライジュ先生を送ってきたのはボクとしては謎の人選だった。

 しかし、今の一言で全てが分かった。

 確かに師匠には敵わないが、多忙な時の師匠はボクが思っているよりずっと()()()()らしい。

 

 

「先生の専門科目は『死霊術』……。要はオバケを扱う魔法もどきですよね? 先生には悪いですが、ボクの修行の役に立つとは到底思えません」

 

「あぁ、そう言われると思って色々と準備してきましたよ……。学長はちゃんと私の力を見込んでここへ送ったのだと、証明してみせますから……!」

 

 

 そう言って、先生はカバンから小さな藁人形と魔導書を取り出した。

 そして、そのまま魔導書を破いて藁人形に乗せ、先生は怪しげな歌と踊りを始めたのだった。

 

 

「ちょっ、勝手に人の家の中で死霊術を発動しないでください!?」

 

「大丈夫ですよ……。危険は一切、ありませんから……」

 

「い、いやいや、藁人形から変な炎が上がっているんですが……!? それに、そんな死霊術、教わった覚えが……」

 

「これは最近編み出したものですから……。さあ、そろそろ出てきますよ……!」

 

「出てくる!? 人形から、何が!?」

 

 

 情報が錯綜する中、ボクは紫色の炎を纏った藁人形を見つめる。

 すると突然、それは浮き上がって、()()()()

 何を見ているのかボクにもよく分からないが、とにかく藁人形が膨らんで、それは次第に人間と同じくらいの大きさの人形へと変化したのだった。

 

 

「……ライジュ先生。これは一体……?」

 

「名付けて、上級死霊術『憑依転生(ドミネイション)』……! 藁人形を媒介に、亡霊を擬似受肉させる死霊術です!」

 

「亡霊を擬似的に受肉……。って、死んだ魂に身体を与えたってことじゃないですか!?」

 

 

 死後の魂というものは、実体を持たず、目視することは通常では不可能である。

 そして、それらは善霊と悪霊の2種類に分けられ、目視するのが難しいようにどちらかを判断するのはもっと難しいとされる。

 死霊術とは、そういう考えの元で生み出された術だ。

 つまり、死んだ霊が肉体を持つということは、危険か安全か、一か八かの賭けに等しい現象なのだ。

 

 

「死霊術を教える人間が霊を受肉させるなんて、どういうつもりです!」

 

「死霊術を教えられるからこそ、ですよ……。ほら、見てみなさいな……」

 

「え……?」

 

 

 大きな藁人形はまるで人間のように、頭の炎を揺らめかせながら動いている。

 いや、もはや人間そのものと言っていいほどに軽快に動いている。

 というか、これ動いているというより踊っていないか……?

 

 

「あの……。一体、どんな霊を受肉させたんです……?」

 

「ルカさんも捕まえてくれた100匹のオバケたちのうちの1人で、名前は『ポーツ』。運動が好きで、あの中では死ぬ前の身体が一番強かった男の魂です……! あ、善霊なので安心してください。そもそも、この藁人形は善霊しか入れないようになってますから……」

 

「そ、それを早く言ってくださいよ……」

 

 

 踊っているように見えたのは、どうやら筋肉を見せつける動きのようだった。

 恐る恐る手を伸ばすと、ポーツとやらは微妙に固い藁の手で握手を返してくれた。

 ボクは上機嫌にしている先生に、本題を投げつけた。

 

 

「で……この藁人形で一体どうするつもりなんです?」

 

「この子と戦闘訓練をしてください。もちろん、あまり危害は加えないよう調整はしてありますけど、動きは本物ですよ」

 

「戦闘訓練……ですか。確かに、最近はずっと1人で魔法の研究ばかりしていて、戦闘の経験はあまりありませんでしたけど……」

 

「あなたと他の大魔女様たちの間には大きな溝がある、と私は思っています。それはあなたも自覚しているはずです」

 

「…………」

 

「学長に聞いたところ、ルカさんと彼女たちには戦闘慣れしているかしていないか、という大きな違いがありました。あなたもアカデミーで戦闘訓練の経験はあったでしょうけど、あれはあくまで授業の一環。それと引き換え、他の大魔女様たちは()()と戦った経験があった」

 

 

 1人ではどうしようもない部分で大きな差がついている。

 それは何となく分かっていた。

 でも、ボクはそれを別のことで補おうと躍起になっていたのかもしれない。

 そう思った。

 

 

「ボクに足りないのは……実戦経験……」

 

「そういうことです。学長は色んな先生方にあなたの実戦訓練を見てくれるよう頼んでいました。ですが、先生方も同じように本物との戦いの経験はあまりありませんでした。そこで、そういった霊を呼び出せる私に白羽の矢が立ったというわけ……なんです……」

 

「きゅ、急に声を落として、どうしたんです?」

 

「い、いえ……未だに『本当に私で良かったのかな』とか『藁人形と戦うとか実戦ぽくないかな』とか、色んな考えが浮かんできちゃって……」

 

「と、とにかく一回、モノは試しです! 悩むのはそのあとにしましょう!」

 

 

 このままライジュ先生の負の波に飲まれると、今のボクは中々戻れないだろう。

 そう思い、ボクは藁人形『ポーツ』と戦うことにしたのだった。

 

 

***

 

 

 ここからの話はとても簡単だ。

 言ってしまうと、あの藁人形には全く敵わなかった。

 というのも、ボクは攻撃手段や防御手段を下級魔法でしか補えない。

 風魔法で攻撃しようにも、藁人形相手ではあまり効果がなかったのだった。

 

 

「少しボクが思ってたのと違ったなぁ……」

 

「すみません……。まだ制作途中の死霊術なので……」

 

「……それってつまり、もっと強くできるってことですか?」

 

「おや……。まあ、それはそうですが、まずは風魔法のみでこの子を倒せないと手は加えませんよ……?」

 

「なるほど……。要は特訓あるのみ、ですね!」

 

「とりあえず、しばらくはこの国でお世話になることになっていますし、この藁人形はお貸ししますよ……。小さい時は先っぽに火をつければ大きく、逆に大きい時は頭上の炎に水をかければ小さくできますから……」

 

 

 死霊術というのもやはり奥が深い。

 魔法には属さないとされる不思議な術だが、ボクの興味の対象であることに間違いはない。

 ボクは先生にお礼を言って、その藁人形を大事に受け取ったのだった。

 

 

***

 

 

 その日から、ルカの特訓の日々が始まった。

 時には藁人形を増やして多くの敵との戦いを模したり、逆に仲間を増やして戦うような戦い方をすることもあった。

 そして、ルカの成長と共にライジュの死霊術が強化され、ルカがそれを上回り、また強化され、それらが繰り返されたことで、ルカは風魔法の更なる境地へと至ることになるのだった。



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断章04.ロヴィアとロウィと所有権と……

 ノーリスの工房街。

 そこは央の国・ノーリスを中心とした、9の国家全てを支える産業の発展地である。

 半分は工業地区、もう半分は魔導地区と呼ばれていたが、ノーリスに新たな国王が即位したことによって、工房街の様相は次第に変わりつつあった。

 

 そんな中、大魔女となったロヴィアは自室で目を瞑って寝転がっていた。

 

 

***

 

 

「……ねえ、ロウィ。どう思う?」

 

 

 心の中で、私はロウィに話しかける。

 

 

「どう思うって……何のことだよ、ロヴィア」

 

「あぁ、ゴメン。新しいノーリス王のことよ。あの人、前国王(クソヤロウ)の行いを全て国民に言っちゃったじゃない? それで最近、工業地区の職人さんたちが落ち込んでるらしいの」

 

「あー、その話か……。アタイとしてはどうでもいいかな。国王が誰でもいいとまでは言わないけど、この工房さえ守れればいいし。で……何で新国王のせいであのおっちゃんたちが落ち込んでんだ?」

 

「恐らく、売り上げがあんまり良くないんでしょうね。国民だけで収まるような話でもなかったし、他の国からの印象もかなり大きく変わったはずよ。噂じゃ、『ノーリスの工業品は血でできた非人道の象徴』とまで呼ばれてるとか」

 

「なるほど、それをどうにかするのが新国王さんの最初の仕事ってわけだ。って、そんなことわざわざアタイに聞くような内容じゃないって分かって聞いたよな? 何でアタイにそんな質問したんだ?」

 

「ロウィって工業地区の職人さんたちとも親しかったじゃない? だから、あなたの力でせめて工業地区の人たちを励ましてあげられたら、って思って」

 

 

 ロウィは黙り込んでしまった。

 心の中の会話とはいえ、お互いの考えや思いまで共有できるわけじゃない。

 でも、ロウィはきっと悩んでくれているのだろうとは思った。

 しばらくして、ロウィが語りかけてきた。

 

 

「あのおっちゃんたち、アタイが事故死したことも知っちゃってるんだよな。ちょっと気まずいなぁ……。幽霊が出たって言われそうじゃん」

 

「ま、まあそうね……。でも、見た目はかつてのあなたじゃないわけだし、話してみてもいいんじゃない? もし怖がられたり酷いこと言われたりしたら、私が交代してあげるから」

 

「んー、アタイが死んだせいで血塗れの製品とか呼ばれてるわけだし、変に根に持たれてなきゃいいけど……。でもまあ、何とかなるか! アタイが励ました程度でおっちゃんたちが喜ぶんなら、見た目ほど落ち込んでないってことだろうし!」

 

「前向きなのはいいけど、無理はしないこと。頼む側の私が言うことでもないけど、分かった?」

 

「もちろん! 久しぶりだなー、おっちゃんたちに会うの!」

 

 

***

 

 

 そんなこんなで、アタイは工業地区に到着した。

 周りを見てみると、確かにおっちゃんたちがやる気なさそうに作業している姿が目に映る。

 一度死んだ人間が言うとアレだけど、少し罪悪感を感じてしまう。

 

 アタイはいつもの話し方だと変に思われると思い、ロヴィアの話し方を装って顔見知りの鍛冶屋のおっちゃんに話しかけた。

 

 

「あ、あのー。今いい……ですか?」

 

「あぁん……? 何だ、魔導工房のロウィ……いや、本当はロヴィアって名前なんだったっけか。今は忙しいんだ、話しかけないでくれ」

 

「そう……ですか。ゴメン……」

 

 

 そう言って、アタイは違う工房の方へと足を向けて歩き始めた。

 その瞬間、アタイの耳に鍛冶屋のおっちゃんのボソボソ声が響いてきた。

 

 

「全く……誰のせいだと思って……」

 

 

 獣人の力を得たことで耳が良くなるっていうのは、便利なものだと思っていた。

 でも、聞こえなくていいものも聞こえるのだと、アタイは身をもって理解した。

 アタイは足を戻し、おっちゃんに向かって文句を返してやった。

 

 

「何だ、ロヴィアから落ち込んでるって聞いたから、わざわざ労いに来てやったってのに、そんな言い方はねえだろ?」

 

「ちっ、聞こえてたか……。って、うん? ロヴィアから聞いたとか何とかって、お前さん、何言って…………」

 

 

 おっちゃんのその沈黙は、すぐに破れた。

 

 

「お、お前さん、まさか本物のロウィか!?」

 

「あー……。さっきの言い方、やっぱりそこまで知ってるよなぁ……」

 

「噂で聞いた程度だったから完全には理解できていなかったが……確かに以前のロウィ……じゃなかった、ロヴィアとは何というか、雰囲気が全く違う。まさか、お前さんが二重人格という話が本当だったとは……」

 

「久しぶりだな、鍛冶屋のおっちゃん。すまねえな、あんたがこれまで見ていたアタイはアタイじゃなくてロヴィアだったんだ」

 

「あの頃はお前さんが急に落ち着いた雰囲気に変わったと思っていたが、全くの別人だと聞いて、そしてお前さんに会って、ようやく納得したよ。見た目はロヴィアと変わらずとも、端々からやんちゃな雰囲気が伝わってくる!」

 

「で、製品が売れないのが誰のせいだって?」

 

「い、いや、何でもない! 一度事故で死んだ人間を前にして、そんな不謹慎なことを言えるはずがないだろ……」

 

 

 アタイは高らかに笑って、鍛冶屋のおっちゃんを諌める。

 

 それからアタイは鍛冶屋のおっちゃんから始まって、製鉄所のおっちゃん、靴職人のおっちゃん、発明家のおっちゃんとかとか、色んなおっちゃんに話しかけては励ました。

 みんな、これまでのロウィがアタイじゃなかったことに対して、色んな想いを教えてくれた。

 そして、それからは誰も、アタイのせいだ、なんて言わなくなった。

 

 

***

 

 

 夕方になり、工房への帰り道。

 私はロウィの達者な口に感銘を受けていた。

 

 

「まさかあなたがここまで話し上手だったなんてね……。おかげ様でみんな活力を取り戻してくれたみたいで何よりよ」

 

「ロヴィアが喜んでくれてるなら良かった。初めてロヴィアの役に立てた気がする」

 

「え? ま、まあ、そもそも一緒に働いてたわけじゃないし、確かにそういう機会はなかったけど……。急にどうしたの?」

 

「ほら、アタイってこの身体を間借りしてるようなもんだろ? だからさ、せめてこれくらいのことはしてやらないとって思って」

 

「間借りしてるなんてそんな……。これはあなたの身体でもあるんだから、そんなこと気にしなくていいのに」

 

「でも、アタイが融合されたのは()()()()()身体だ。見た目はアタイでも、中の血肉はほとんどロヴィアのものだし。だから、元々の持ち主はやっぱりロヴィアだよ」

 

 

 なるほど、この身体の所有権がどちらなのかって話か。

 融合した時点で両方のものだと思っていたけど、どうやらロウィはそれで納得していないらしい。

 私は話し合ういい機会かもしれないと思い、ロウィに尋ねた。

 

 

「じゃあ、もし私が誰かと結婚したとするわね? そしたら生まれる子供は人間だと思う? 獣人だと思う?」

 

「けっ、結婚!? 急にとんでもない話をするなよ!」

 

「いいから、思ったように答えてみなさい。あくまでもしもの話だし、私はあなたの了承なしにそういうことをするつもりは一切ないから」

 

「うーん……。見た目は人間だけど、中身が獣人なら獣人が……いや、でも夫が人間なら人間が生まれるのか……? でも、ロヴィアも人間の血が混ざってるけど、見た目は獣人だったからな……」

 

「あぁ、ちなみに、答えは私にも分からないわ。獣人が生まれても人間が生まれてもおかしくない身体なのは確かだし」

 

「ええっ!? こんなに考えさせといて、答えがないのかよ!? 何の質問だったんだ?」

 

「それを考えることに意味があるのよ。じゃあ、質問を続けるわね」

 

 

 私は頭を傾げるロウィに尋ねた。

 

 

「続きの質問よ。その子供が獣人と人間、どちらであったとしても、その子供は私とあなた、どちらのもの?」

 

「えっ……。う、うーん……。獣人だったらハッキリとロヴィアの子供って言えるんだけど……」

 

「へえ……なるほどね。じゃあ、私たちの夫となる人からしたら、その子供は私とロウィ、どちらのものだと思うかしら?」

 

「そりゃ、見た目はアタイでも中身がロヴィアなら…………あっ……」

 

「分かったみたいね。この質問の本質が」

 

「その夫は結婚する時点でアタイたち2人のことを知って、なおかつ両方を説得した上で結婚する必要がある。つまり、アタイたち2人と結婚したも同然なんだ。だからきっと、その子供はアタイたち2人の子供だと思うに決まってる……」

 

 

 私は目から鱗が落ちているロウィに、本当の質問を投げかけた。

 

 

「で、この身体は一体誰のものなのかしらね?」

 

「……ロヴィアのものだ。でも、アタイのものでもある……。それでいいんだよな?」

 

「ええ、見た目はほぼあなたなんだし、胸を張って言い切っていいのよ?」

 

「この身体の半分は、アタイのだ! もう半分がロヴィアのものだ!」

 

「それでいいの。だから、今度から遠慮しなくていいわよ。よほどのことがない限り、私はあなたに身体を明け渡すわ」

 

「あ、ってことはアタイにも魔法とか秘術とか使えるようになるのか?」

 

 

 おっと、それは全く考えてなかった。

 本当は額の宝石に込めた魔法でロウィが出ている時は魔法が使えないようにしてあるってみんなには説明しているけど、実は半分嘘が混じっている。

 こう言えばロウィも魔法を使ってみたりはしないだろうと思っていたから、少し高を括っていた。

 というのも、どうしても獣人の身体に秘められた()()()()()()、鍵をかけられなかったのだ。

 

 

「え、えーと……ロウィ? 前にも言ったけど、あなたが出ている限りは魔法が使えないようになっているのよ?」

 

「分かってるけど、実は使えたりしないかなーって思ってたんだよ。アタイが出ている時にロヴィアの魔力が消えるのって多分、身体のどこかに避難させてるってことなんじゃないかって思って」

 

 

 全くの図星だが、この流れはまずいかもしれない。

 

 

「で、でもほら、やっぱりもしもがあるといけないし、危ないわよ? 例えば、タンゴが暴れ回ったりしたら大惨事じゃない?」

 

「んー、でもさ……。最近、融合の秘術の研究、構想が浮かばないとか言って全然進んでないだろ? もしアタイに手伝えたらって思ってたんだけど……」

 

「ひじゅっ……だ、大丈夫よ! あれは時間がかかる研究だって、前から言ってるでしょ?」

 

「確か、モノとモノを混ぜるだけじゃなくて、モノの本質っての? それも混ぜることで新しいモノを生み出す、だったっけ。例えばさー」

 

 

 何か、嫌な予感がしてきた。

 魔法と違って、秘術は呪文なんてなくても身体の中で発動までの全てが完結する特殊な術だ。

 特に、私の『融合の秘術』については、()()()()()という強い想い、即ち発想力や創造力といった力が強く働くだけで発動準備が完了してしまう。

 

 今、身体はロウィが動かしている。

 そして、ロウィは『秘術を使ってみたい』という関心が強い状態になっている。

 つまり、発動条件を満たしてしまえば、今にも秘術が発動してしまうってことじゃない!

 

 

「ちょっ……! ロウィ、今は絶対に()()()()()()()()()()()!!」

 

「あっ……もう触っちゃった……」

 

「えっ……」

 

 

 彼女の手が握っていたのは、私のカバンに入っていた新品のインクと羽根ペン。

 それらをそれぞれ、右手と左手に握りしめていた。

 

 ただ、幸い、それだけでは融合の秘術は発動しない。

 ホッと胸を撫で下ろしたが、私は完全に失念していた。

 

 

「確か……そう、右手に持ったモノと左手に持ったモノを……()()()()()!」

 

「だっ、ダメーーー!!」

 

 

 そういえば、ロウィは秘術の発動を私の身体の中から見ていたんだった──。

 

 

「ええっ!? まさかアタイ、ロヴィアの秘術が使えるようになったのか!?」

 

「あーあ……。知られると何が起こるか分からないから秘密にしていたのに……」

 

「ど、どういうことだ? もしかして、元から使えた……とか……」

 

「そういうことよ。あぁ、もう……。魔法もそうだけど、秘術は謎が多くて危険な術だって前から言ってるでしょ? どうして勝手に使ったりしたのよ」

 

「だから役に立ちたくって……。で、でも、次からはロヴィアが見てくれてる中でしか使わないから! 約束する!」

 

「はぁ……。もうバレたものは隠しても仕方ないし、さっきこの身体は2人のものって言ったものね。いいわ、そういう約束でなら問題ないとしましょう。でも、もし勝手に使ったり、危険だと判断したら、しばらくこの身体は私が預かるから」

 

「分かった。ご飯が食べられなくなるなら、慎重にするよ」

 

 

 そう言って、ロウィは私に身体を明け渡した。

 少しは反省しているようで良かったと安心しつつ、私は手に握られた()()を確認した。

 何せ、ロウィの初めての融合だ。

 確認しないわけにはいかなかった。

 

 

「見た目は普通の羽根ペン……って、あら? インクはどこに?」

 

「芯の中だよ。少し太くなってるだろ? 試しに魔導書書いてみなよ」

 

「え? ええ……」

 

 

 壁にもたれかかり、魔導書を取り出す。

 そして紙に羽根ペンのペン先を充てがい、つぅ、と一本の線を引いた。

 

 

「……インクが出て、ちゃんと書ける。それも、溢れたりせずに適量だけ……」

 

「名付けて羽根インクペンだ! 毎回インク壺につけるの、大変そうだなーって思ってたんだよ」

 

「た、確かにこの発想はなかったわ……! 今の一瞬で構造までちゃんと想像したっていうの……?」

 

「あ、もちろんインクを注ぎ入れるための蓋もつけてるよ。そこからインクを補充できるんだ」

 

「え、ええ!? あなた、まさかモノづくりの天才だったの!? って……工房街に住んでいればこれくらいの発想力は培われていてもおかしくないわね……。いや、そうだったとしてもこれは……」

 

「お、もしかしてアタイ、融合の秘術の才能ある?」

 

 

 実際のところ、ロウィをノエルたちの蘇生魔法に関わらせるつもりは一切なかった。

 だけど、ノエルたちの役に立つには、ロウィのこの天才的な発想力が必要になるだろう。

 

 私たちは2人で1人。

 もしかしたら、それを分かっていなかったのは私の方だったのかもしれない……。

 

 

「……ええ、私よりもずっとね。で、よければなんだけど──」

 

 

***

 

 

 それから、ロウィはロヴィアの指導のもと、様々な融合を学んだ。

 たまに危険な発明品が生まれたが、ロウィが考えた融合物はどれも便利で、工房の作業員たちにも人気が出始めるのだった。

 

 その後、ロウィは工業地区の工房に一部の発明品を持っていき、発明家として名を揚げるようになっていくのだった。



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断章05.エストと流行り病と引きこもりと……

 北東の国・ヘルフス。

 あくまで央の国・ノーリスを中心とした方角分布で付けられた呼び方であるため、実際にはメモラよりもさらに北にある大陸最北端に位置する国である。

 

 常冬のその国で、大魔女・エストは自室で山積みになった書類の束に囲まれていた。

 家の周りはヘルフスの王国兵士が囲んでいるという完全な監視下に置かれている中、エストは気怠そうに羽根ペンを回している。

 

 これはエストがこの家から脱出するお話……ではなく、家から出ないことを決断するお話である。

 

 

***

 

 

 それは、アチキが大魔女集会のためにヴァスカルに行って帰ってきた日のことだった。

 突然、見覚えのある兵士たちが紙の束を持ってアチキの家を訪ねてきた。

 

 

「……これはどういうことっスか?」

 

「我々はエスト様が不在だった間の仕事を持ってきたまでです」

 

「は? アチキの仕事? この前の災司(ファリス)の件は出かける前に全部片付けたっスよね?」

 

「『大魔女としての仕事』と聞いております。全て国王様の命令によるものとなりますので、拒否権はないものとお思いください。ここの机に置いておきますね」

 

「えっ、何スかそれ? え、あっ、ちょっと! 書類だけ置いて出ていくんじゃな…………帰っていっちゃったっス……」

 

 

 机の上には魔導書10冊分くらいの分厚い紙の束と、その上にメモが置いてあった。

 アチキは雑な字で書かれたメモを読み上げる。

 

 

「えーと……『これらの資料や依頼を手短にまとめて提出して欲しい。期限は7日後とする』……?」

 

 

 アチキはもう一度、メモの下にある紙の束を見た。

 そして何度かメモと目線を行き来し、自分が置かれている状況を理解した。

 

 

「あっ、これもしかして、大魔女になったせいで国のパシりをさせられるってことっスか!? いやいや、まだ何も大魔女になった恩恵すら受けてないってのにこんな仕打ちは酷いっスよ!」

 

 

 そんなことをボヤきつつ、メモに目を戻す。

 すると、メモを持っていた手元の部分にこんなことが書いてあった。

 

 

「『期限内に終わらせることができたら、報酬金はたんまりと用意させてもらう』……。だから、こっちは大魔女の特権をまだ使ってないってのにそんなこと言われても……。ん、いや、でも考え方によっては特権と別枠の報酬ってことっスよね……?」

 

 

 そう考えると、普段の魔法の研究の時間が多額のお金に変わるということだ。

 あまり金持ちというわけではないし、特権はノエルたちの研究場所の確保のために使うつもりだったから、それとは別の研究費を稼ぐためと考えると、悪くない話だった。

 

 

「とはいえ、仕事内容次第っスけど。興味ない内容だったら即座に返却してやるっス」

 

 

 そう言って、アチキは書類の一番上を手に取る。

 

 

「……ヘルフスの兵士たちの税金の経理依頼、こっちは国勢調査の集計依頼、それに雪山の測量資料の編纂(へんさん)? はー、とことん興味ない内容ばっかりじゃないっスか! なるほど、報酬が高いのはそういうことっスか……」

 

 

 アチキは玄関にあるコートを手に取り、その足でヘルフス王に直談判に向かった。

 

 

***

 

 

「こういうのは専門家に頼むものだと思っていたんスけど、どうしてアチキがしなきゃいけないんスか! 報酬以前に、アチキの知識の及ばない内容を依頼しないで欲しいっスよ!」

 

 

 今のヘルフス王は常冬の国という印象とは真逆の、情熱に溢れた豪快な男だ。

 その豪快さゆえに、国民たちの抗議がどんなに無礼な言い方だったとしても笑って応対してくれる。

 その寛容さもあってか、国民たちからはとても人気が高い。

 

 

「ガハハ! ヘルフスは寒すぎて住みにくい場所だからなあ! この国にはそういう専門家が他にいないだけだ!」

 

「だからってアチキに投げるのは無意味っスよ! あれは王宮の誰かに勉強させてでも、そっちでやるべき仕事っス。アチキはもっと魔法とか魔物とか、あと観光とか、そういった関連の仕事しかできないっスからね!」

 

「ふむ、流石に金を積むくらいじゃやってくれないか」

 

「そりゃそうっス。その金は教育費とか専門家の雇用費に充てるっスよ。アチキの分は最低限でいいっスから、次から依頼する時はできる仕事を持ってきて欲しいっス。それなら喜んでやるっスから」

 

「分かった! では、日を改めて大魔女としての仕事を与えるとしよう!」

 

「あー、そうだった! それっスよ、それ! その『大魔女としての仕事』ってどういうことっスか? それを聞かないことには納得して仕事も引き受けられないっス」

 

 

 ヘルフス王は首を傾げる。

 そしてこう言った。

 

 

「大魔女だったか。国の代表となる称号なのに、お前は有名というほど国に貢献しておらんだろう? だから、ヴァスカル王から知名度を上げられるように仕事を与えてやれと言われたのだ」

 

「あー、なるほど! そういう経緯だったんスね。だとしても、何の説明もなしに兵士をよこさないで欲しいっス。びっくりしたんスから!」

 

「ガハハ! すまんすまん! 兵士たちに説明をするのをすっかり忘れていた!」

 

「忘れてもらっちゃ困るっスよ! まあ、とりあえず書類の山は家に置きっぱなんで、代わりの書類を持ってきてくれる時にでも持って帰って欲しいっス」

 

「分かった。では、明日までには用意させて持って行かせよう」

 

 

***

 

 

 そして次の日、ヘルフス王は兵士たちに書類を持って来させた。

 その量、昨日持ってきた書類の5倍はゆうに超えている。

 

 アチキは目の前の書類の量が信じられず、兵士たちに尋ねた。

 しかし、こんな返答が返ってくるだけだった。

 

 

「国王様からこれを持っていくようにと言われたまでですので。期限と報酬金は以前と同様とのことです。それでは、こちらの書類を持ち帰らせてもらいますね」

 

 

 どこからどう見ても7日で終わる量には見えない。

 報酬金が同じだからって、あまりに無茶すぎる。

 そう思いつつ、アチキは書類の一部を手に取った。

 

 

「ふむふむ、こっちはヘルフスの魔物の調査資料、こっちはこの前のクリス君の魔導工房の件、そしてこっちはヘルフスの新たな特産物の国民たちの案? なるほど、見事にアチキ向けの書類をまとめて持ってきたってわけっスね……」

 

 

 だけど、あまりに無理な量だ。

 それを言いに行こうと、再びコートを持って玄関の扉に手をかける。

 すると、アチキは玄関先に人の気配を感じた。

 恐る恐る覗き窓から見てみると、そこにはヘルフスの兵士が2名ほど集まっていた。

 

 

「……もしやこれは? ちょっと聞いてみるっスかね」

 

 

 玄関の扉を開き、アチキは見張りの1人の兵士に尋ねた。

 

 

「もしかして、アチキの家の前で見張ってろとか言われてるんスか?」

 

「ええ。本日持ってきた書類は全て重要書類ですので、我々がついていないと国王様に怒られてしまいます」

 

 

 なるほど、いわゆるカンヅメってやつか。

 期日が前回と同じなら、監視をつける必要があるのも頷ける。

 だけど、それでも引っ掛かることがあった。

 

 

「この仕事の担当者はどうしたんスか? 昨日の書類もそうっスけど、本来は担当者がいるからその仕事があるんスよね?」

 

「それが……ここ数日で、王宮内の書類仕事をしている部署の人たちがまとめて熱を出してしまいまして……」

 

「なるほど、流行り病っスか……。それでアチキに白羽の矢が立ったというわけっスね。またヘルフス王の伝達忘れじゃないっスか。そうだと知っていれば、快諾したのに」

 

「まあ、とりあえずそういうことなので、よろしくお願い致します。我々は仕事で配備されているだけなので、特にお気になさらず仕事をしていただけると幸いです」

 

 

 これはどうしようもない、と思った。

 ただ、この仕事をこなせば間違いなくアチキはヘルフスの危機を救ったと言えるのは確かだろう。

 知名度とはまた違う話だけど、ヘルフス王の周辺に幅を利かせるようになれば後々きっと便利な気がした。

 

 アチキは大人しく家の中に戻り、羽根ペンを手に取った。

 

 

***

 

 

 そして今に至る。

 残り日数は4日というところだが、書類は7割以上残っている。

 病くらい3日で治るだろうから仕事も減るだろうと高を括っていただけあって、アチキは気持ち的にも追い込まれていた。

 

 

「クロネさんの時魔法とかあればもっと早く終わったんスかねぇ……。食事は用意してくれるにしても、全く家から出られてないっスし……。あぁーー!! ここから逃げ出したい!!」

 

 

 そう叫んでハッとする。

 ここまで精神衛生最悪の状況で、あまりにらしくないことを叫んでしまった自分に、アチキは驚いたのだった。

 

 

「少しは気分転換しないと、自分が壊れちまうっス……。仕事がヤバいのはそうっスけど、焦りは禁物っス! じゃあ何をしよう……」

 

 

 そんなことを思って周りを見回す。

 家から出られない以上、アチキにできることと言えば食うか寝るか風呂に入るか、あるいは魔法の研究を──。

 

 

「あっ、そういえば魔法の研究のこと、すっかり忘れてたっス。と言っても、何のアテもないから、考えるところからっスけど……」

 

 

 運命魔法も、それを応用した占いも、誰かがいるから成り立つ魔法だ。

 といっても、単純に自分に使っても面白くないだけなのだが、結局アテがないことには研究のネタも見つからない。

 

 

「誰か困ってる人とか……って、家の中じゃどうしようもないっスし、外の兵士さんたちに話しかけるとサボったとか思われそうっスし…………って、ん? そういや、アチキ自身が困ってるところだったっスねぇ?」

 

 

 自分に使っても面白くないとは思いつつ、困りごとというのは総じて研究のネタになる。

 

 

「じゃあ、こうなった原因から考えた方が自然っスかね。確か、王宮内の流行り病が原因でアチキのところに仕事が……。とはいえ、過去を変えることはできないっスし……」

 

 

 人の運命を変えられると言っても、変えられるのは未来だけ。

 既に収束している過去の運命はどうしようと変えることはできない。

複製(リバイバル)』だって、過去の運命をそのまま切り取って紛い物を増やしているだけで、過去に2つ作ったということにするわけではない。

 

 

「ということは、この仕事の担当者に罹っている流行り病を近い未来でどうにか治す方が理には適ってるっスね。って言っても、家の中で完結させるとなると新しい魔法を考案するしかないっスけど……」

 

 

 などとぶつぶつ呟きながら、アチキは魔法の考案を始めた。

 

 

***

 

 

 アチキが家にこもって魔法を作り始めて3日が経った。

 1日後に全ての書類を提出しなければならないというのに、山は3日前と同じ形で残っている。

 今日担当者が治ったとしても、残り1日は間違いなく不可能だ。

 

 

「はは……久々の研究で熱が入りすぎてやっちまったっス……。これは報酬諦めて謝罪するしかないっスねぇ……」

 

 

 そう言って、手元の魔導書を見つめる。

 とりあえず仮のものだが、自分に関わる存在の運命を少しだけ変えられる魔法ができた。

 自分の運命を水晶玉に投影し、自分の運命を少し弄ることで、そこに関わる他人の運命をほんの少しだけズラすという魔法だ。

 

 

「結局いつもの運命魔法より範囲が広がったせいで、影響力は大したことないんスけど、作れただけ結果オーライっスね……。とりあえず試してみるっス!」

 

 

 水晶に手をかざす。

 すると、明日の自分の未来がうっすらと映る。

 ただ、いつもと違うのは、これが確定した未来()()()()、という点だ。

 未来の運命は水面のようなもので、小さな変化で大きな波が起きてしまう。

 そしてその範囲がいつもより広いということは、変化をより小さいものにしなければ多くのものの運命が大きくねじ曲がってしまう恐れがあるのだ。

 

 

「例えば、アチキが今、椅子から立ち上がると……うん、やっぱり少し違う未来になったっスね。流石にこれだと、『家を出る』くらいで魔法が失敗しちゃうかもっス。さて、一体どんな未来にすれば現状をより良くできるんスかねぇ……」

 

 

 身振り手振りをしてみたり、色々な場所をウロウロとしてみる。

 その度に未来が変わっていくが、どれもあまりしっくりこない。

 というか、予想通りほとんど様変わりしておらず、アチキが国王の前で地面に伏している姿は一貫して変わっていない。

 

 

「運命を投影するだけじゃなくて、『複製(リバイバル)』を混ぜてみたら何か変わったりしないっスかねぇ……。いや、それも大きな変化とみなされるか……。うーん……」

 

 

 そう言って玄関の近くまで歩いていくと突然、水晶玉に映った未来が変わった。

 ハッとして周りを見回すと、玄関の窓越しに外にいる兵士と目が合った。

 

 

「ゲッ、マズい、見つかったっス! でも、どうして急に運命が……?」

 

 

 その声を聞きつけたのか、見張っていた兵士の1人が玄関の戸を叩いた。

 アチキは結果をよく見ないまま水晶玉を棚に戻し、扉を開ける。

 

 

「エスト様、お仕事お疲れ様です! 様子を伺いに来ました。まあ、挙動不審だったので気になっただけではありますが」

 

「あー……まさか見つかるとは思わなかったっス……」

 

「仕事は終えられましたか? と言っても、その様子だとまだなんでしょうけど……。まあ、期日まであと10日くらいありますし、焦る必要はないと思いますが」

 

「大変申し訳ないっス……。これは足を畳んで大人しく謝罪を……って、うん?」

 

 

 今、確かに期日まであと『10日』とはっきり聞こえた気がする。

 アチキは戸惑いながら兵士に尋ねた。

 

 

「え、この書類、明日までじゃないんスか?」

 

「え? ええ、そうですよ。以前の期日は『17日』でしたよね? それと同じ日数という話を依頼の時にしたと思いますが……」

 

「うん? 前回は『7日』じゃなかったっスっけ?」

 

「いやいや、そんなはずはありませんよ。ほら、これが前のメモ書きです」

 

「ちょっ、見せるっス!」

 

 

 アチキは()()()()書かれたそのメモをもう一度見る。

 すると、アチキが7だと思っていた数字が、実は1と7が繋がっていたのだということに今更ながら気がついた。

 

 

「これはパッと見で『17』とは読めないっスよ! 誰っスか、こんな雑な字で紛らわしい文章を書いたの!」

 

「……国王様です」

 

「ああ……!? あっ、あの国王、やりやがったっスねー!? おかげでとんだ気苦労をする羽目になっちゃったじゃないっスかー!!」

 

「も、申し訳ありません! 私がちゃんと口頭で内容を復唱すべきでした! これでは書類仕事のお手伝いを継続していただけないでしょうね……」

 

「いや、それは喜んでやるっスけど……。新しい魔法ができるいいきっかけになったっスし……」

 

「あっ、ありがとうございますー!!」

 

 

 ペコペコと頭を下げながら、兵士は外の見張りへと戻っていった。

 

 

***

 

 

 どうやら、彼らが見張っていたのはアチキではなく、重要書類だったようだ。

 つまり、普通に家から出ても良かったのだと気づく。

 

 

「……あと11日っスか。となると、思ったより作業は順調だったんスねぇ……。よーし……」

 

 

 そう言って、アチキは玄関のコートに手を掛ける。

 でも、アチキはその手をパッと戻した。

 

 

「……うーん、ここまで家の中にいたら、出掛けるのは負けな気がするっスねぇ。それに、この書類とか資料とか好き放題読める時間が増えたって考えると、むしろこの家から出ない方が楽しめる気がするっス!」

 

 

***

 

 

 こうして、エストは家に籠りながら様々な資料を読み漁り、楽しみながら魔法の研究にも勤しんだ。

 結局、期日になる3日前に担当者たちの病が治ったのだが、エストに振られていた作業はそれまでに全て終わっていたのだった。

 

 その後、エストのところにはヘルフス王から様々な資料が届けられ、エストはそれを楽しみに家の中での研究を楽しんだ。

 たまにクリスが来たり、他の魔女が訪ねてきたり、ヘルフスの人が訪ねてきたりするうちに、次第にエストの家はヘルフス中の色んな仕事を引き受ける『何でも相談所』のような場所へと変わっていくのだった。

 

 それが繁盛したことによって、エストの家はエストの要請で規模を拡張していき、魔法の研究ができる工房や書類仕事をできる広い部屋が増えていくのだが、それはもう少し先の、未来のお話……。



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断章06.ソワレと退屈と最後の機会と……

 他の大魔女たちがそれぞれの道を切り拓いている頃。

 大魔女の中で唯一、若魔女ではない魔女・ソワレは、窓の外に広がる平和な村を眺めながらぼーっとしていた。

 ノエルたちは色んな場所を転々としているために会う頻度が減り、かつて襲撃されかけた村も元の日々を取り戻していた。

 言うなれば、ソワレは『大魔女』という称号が付いただけで、()()()()()()()()、いつもの日々に戻ってきてしまっていたのだった。

 

 

***

 

 

「暇ねぇ……」

 

 

 つい最近まではノエルたちがいてくれたからそんなことすっかり忘れていたけど、基本的に私の毎日は変わり映えしない退屈なものだ。

 もちろん息子や孫がいるから日々を楽しんではいるけど、いわゆる趣味というものが私にはない。

 というか、唯一の趣味だった魔法が、若魔女じゃなくなった影響でほとんど楽しめなくなってしまった。

 

 

「この身体じゃ魔力の回復が遅すぎるし、最近は体内魔力の量も減ってきてるし……。これじゃ、私がノエルたちの役に立てるかどうかも分からなくなってきたわね……」

 

 

 まあ、魔導書は渡してあるし、私自身の魔法を必要とされることはないと思うけど、それでもやっぱり魔法が使えるに越したことはない。

 重い腰を上げて、新しい宝珠を付けた杖を手に持つ。

 

 

「さて、村の見回りでもしようかしらね……って、あら?」

 

 

 何やら外が騒がしい。

 村人が私を呼ぶ声からして、誰かが来たのだろうか。

 

 

***

 

 

 私が村の門まで辿り着くと、その女は私の姿を見て口をパクパクさせている。

 

 

「お、お前……本当にソワレ……だよな?」

 

「そういうあなたは全く変わらないわね、()()()()

 

「かつて金髪の美女だったお前が、ここまでのババアに変わるとはなぁ……。何十年ぶりだったか」

 

「ざっと35年かしら。私がヴァスカルを出たのって確かその辺りだったし」

 

「まあ、そんなに時間が経てば変わるか……。ワタシよりも年上に見えるのがどうにも違和感だが……」

 

「それで、私に何か用があって来たんじゃないの? この村に私がいることを知ってるのって、お母さんかノエルたちだけだと思うし」

 

 

「そうだった」と手を叩き、ルフールは話し始めた。

 

 

「本当はクロネに手を借りるつもりだったんだが、どうにもあいつ多忙らしくてな。そうしたらお前がいるからって、この村に行くことを勧められたんだよ。ワタシが若魔女じゃないって知ったのはついさっきだけど……」

 

「聞いてない……。って言っても、私も暇だったからそれを見越した提案だったのかしら。それで? 私、今はもうまともに魔法なんて使えないのに、あなたの力になれるの?」

 

「まあ、とりあえず話だけでも聞いて欲しい。色んな人の知恵を借りた方が問題解決に近づけると思ってるんだ。クロネに話したら考える時間が欲しいって言われて、彼女の答えが出るまでの間にソワレに話をしておきたくてね」

 

「ふーん……? 分かった。立ち話も何だし、ウチに案内してあげるわね」

 

「おお、ありがたい」

 

 

***

 

 

 家に着いた私たちは向かいに座り、何気ない話から始めた。

 

 

「……まさか、お前がメモラに村を作るなんてね」

 

「元からあった村を助けたら村長になっちゃっただけよ。あなただってノルベンで有名人らしいじゃない。それと同じようなものよ」

 

「何より、子供がいるって事実に驚きだ。クロネは別として、身近な知り合いにそういう魔女が居なかったもんでなおさらね」

 

「孫もいるわよ。次期村長として頑張ってるところなの」

 

「わーお……。時間の流れってのは恐ろしいもんだな……」

 

「さて……そろそろ本題に入ってもらえるとありがたいのだけど。長引きすぎるとあなたの宿を用意する時間がなくなっちゃうし」

 

「お、城下町で適当に泊まるつもりだったんだが、用意してくれるんなら助かる! じゃあ、早速話すとするか。少し、気を持って聞いて欲しい話だから慎重に話させてもらうよ」

 

 

 気を持って欲しい話……?

 ただの相談ではなさそうなのは分かったけど、私は彼女が話し始めて間もなく、その言葉の意味を理解した。

 

 

***

 

 

「……運命魔法の大魔女がそう言ったのよね。ノエルが死ぬって……」

 

「あぁ。ノエルたちも既知の事実だが、お前も知っておかなきゃいけない話なのは確かだった。クロネがワタシをここに行かせたのはそれもあってのことだろうな」

 

「ノエルたちはその運命に抗おうとしてるんだったわね? そして、あなたはそれを魔法を使って援助、()いては根本的に解決してあげたい……ってことでいいかしら?」

 

「そうだとも。ワタシたちは魔女。どうにもできないことに最も興味を惹かれる生き物だ。運命で定められた『ノエルの死』なんて代物を研究し、止められるのはワタシたちしかいない。そうだろう?」

 

「なるほど……ね……」

 

「すまないね。急に聞かせるには酷な話だったと思うが……。お前なら絶対に協力してくれると思って、だな……」

 

 

 それについては当然、「もちろん」と答える。

 ただ、思うことがあった。

 

 

「少し驚いただけだから気にしないで。でも、運命ってどう変えても誰かが変えた分の代償を負ってしまう……そういうものじゃなかった? ノエルの死を防いだとしても、誰かが死んでしまう……なんてことになったら元も子もないわよね?」

 

「それがそうでもなかった例があるらしい。ヘルフスのクリスってヤツの件、ノエルから聞いていないか? 精霊の力を使って、災司(ファリス)からの攻撃を運命ごと無効化したって話なんだが」

 

「あぁ……なるほど、それを聞いて今思い出したわ。運命を不確定にするために必要な力が、『大厄災の呪い』か『精霊』にあるって話だったわよね、それ。ノエルたちは確信までには至ってないみたいだけど」

 

「そうそう、やっぱり聞いてたか。ただ、その2つはどちらも強力すぎる上に危険な力だ。それで、他にどうにかできないかクロネに知恵を借りようとしたってわけさ。まあ、結果としてはここに来ることになってしまったわけだが」

 

「『大厄災の呪い』に『精霊』か……。確かにどっちも大それた力ね。どっちも魔法に関係する力とはいえ、簡単にどうにかできるようなものじゃないし。ただ、それさえ手に入ればノエルの死をどうにかできる可能性が大いに高くなるのも本当ってわけよね」

 

「それで、何かいい案はないか? ノエルの運命に抗える方法がありそうなら、その2つに関わってなくてもいいよ」

 

 

 そんなもの、私が考えたところで師匠たるルフールが一度は考えたものに行き着くような気がするけど、とりあえず頭を捻ってみる。

 私自身、少なくともその2つと直接的に縁があるわけでもないし……アテがあるとしてもサティーヌくらいかな。

 

 

「うーん、私の代理で大魔女集会に出ていたサティーヌっていたでしょ? あの子なら大厄災の呪いの影響を受けてるから、何か掴めるかもしれないわよ」

 

「あー、魔力を見ることができるんだったか。ただ、魔力の色が見えるって程度じゃ全く何に繋がるかも分からないな……。一応当たってはみるけど、もっと大きな手がかりが欲しいというのが正直な話だ」

 

「まあ、そうよねぇ……。あとは大厄災の呪いといえば災司(ファリス)だけど、彼らの力を借りるってのは流石にありえないし、本拠地でも分からないとそもそも捕まらないものね……」

 

災司(ファリス)か……。確かに連中の力は何かの手がかりになる可能性はあるが、候補としては論外だな。あいつらの力を借りてノエルの死を止めるなんて、やってることが災司(ファリス)と一緒になってしまうわけだし」

 

「うーん…………」

 

 

 災司(ファリス)はノエルたちを……『ファーリの心臓』を狙っている。

 つまり、ノエルたちはいずれ災司(ファリス)たちの拠点や『真の精霊』とやらの正体に行き着く可能性は大いにありうる。

 そこはきっと、大厄災の呪いで渦巻く、混沌とした空間であろうことは想像に難くなかった。

 

 

「ん……? 大厄災の呪いが渦巻く空間……?」

 

 

 そこで私はハッとした。

 ノエルたちがこれからの人生で大厄災の呪いに関わるのは、きっとそこが最後になる。

 逆に言えば、それはノエルの運命を変えることができる最後の機会だ。

 

 

「そうよ……災司(ファリス)との最終決戦! そこがノエルの運命の最後の分岐点になるはず!」

 

災司(ファリス)との最終決戦……。なるほど、確かにその時こそ、大厄災の呪いとノエルたちが関わる可能性が最も高いな。ただ、問題はその時にノエルの運命をどう変える必要があるか、だが」

 

「一番最悪の場合は、ノエルがその時に死ぬという運命になることね。そうなれば未来の死は確かに消えるけど、死という運命からは逃れられていないもの」

 

「あぁ、それだけは絶対に避けなければならない。だが、やはりその時の最善の策が何かと言われると……全く想像もつかないな」

 

「うーん、そうなると……私たちがまず確かめなきゃいけないことはもっと違う観点にあるのかもしれないわね。私たちはその最終決戦の模様を想像することしかできないわけだし、それじゃ作戦を立てることすら叶わないもの」

 

「いい線いってたと思うんだけどなぁ……。まあ、確かに我々には判断材料がかなり欠けている。とりあえずはそれを埋めないと話が進まない、か」

 

 

 最終決戦こそがノエルの運命を変えられる舞台だ。

 それが分かっただけでも、ルフールにとっては大きな進歩だったのだろう。

 それからの話はとんとん拍子に進んでいき、エストにノエルの死の詳細を聞いたり、最終決戦の運命についても聞くという話に帰結したのだった。

 

 

***

 

 

「助かったよ、ソワレ。おかげで色々と新しい作戦が立てられた」

 

「ええ、私も久しぶりに魔法に関われてとても楽しかったわ。何か進展があったらぜひ教えてちょうだい」

 

「あぁ、もちろん。じゃ、ワタシは早速ヘルフスに向かうとするよ」

 

「あら、せっかく泊まる場所を用意したのに」

 

「あー、そういやそうだったな……。じゃあ、一晩だけ世話になるか!」

 

「良かった。それじゃ、また村の中を案内しながら宿に案内してあげるわね」

 

 

 私は内心、浮き足立きつつルフールを案内する。

 たった数時間の出来事だったけど、これまでの全ての退屈を吹き飛ばすくらい楽しい1日だった。

 もちろん、ノエルの死の運命っていう全く楽しめるものじゃない話だったけど、それでも魔法に関して話せるのはとてもいい気晴らしになった。

 

 私はルフールを宿まで見送り、自分の家に帰る。

 

 

「さーて……。私にもできることがないか探してみるのも悪くないかもしれないわねぇ。これまで収穫祭の時くらいしかサティーヌと会う機会がなかったけど、これを機にたまには顔を見せに行ってみようかしら」

 

 

 久しぶりに本棚の魔導書を開く。

 私は色々と思いついた考えをそこに書き始めたのだった。

 

 

***

 

 

 こうして、ルフールは色んな魔女に力を借りつつ、来たる最終決戦でノエルの運命を変えるべく動き始めた。

 

 また一方で、ソワレは自分にできることがないかを色々と探しつつ、サティーヌに自分の魔法の知識を少しずつ教えるようになった。

 自分の魔力の減りを感じつつも、ソワレは充実した毎日になっていくのだった。

 

 

***

 

 

 ノエルたちの知らないところで、他の6人の大魔女たちはそれぞれの目的のために、そして何よりノエルたちのために行動していた。

 そして、ノエルたちが最初の大魔女集会で別れて5年後、彼女たち9人は災司(ファリス)との最終決戦の場で集うこととなるのだった。



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最終章
117頁目.ノエルと泉と正体明かしと……


 ノエルたちが最初の大魔女集会で別れて、およそ5年の月日が経過した。

 彼女たちは半年に一度集まるようにしていたため、お互いの研究の成果や魔女としての成長を十分に共有することができていた。

 そして、その全ての成果が熟したと考えたノエルたちは、最初の大魔女集会から数えて11回目の大魔女集会で災司(ファリス)との決着を付けることに決めたのだった。

 

 そんな彼女たちが災司(ファリス)との決戦場に選んだ場所は……。

 

 

***

 

 

「ここ……で合ってるんですの?」

 

「ああ、この地図によると……な」

 

「最初からヴァスカルに集まって、一緒に行けば良かったのに……。二度手間じゃありません?」

 

 

 ノエルたち3人は、クロネが送ってきた手紙に添えられていた地図を片手に、メモラにある森の入り口に来ていた。

 

 

「ここ、クロネさんが見つけたファーリの生家があったっていう森だったよな。まさか、あの時に預けた猫からこんな場所に繋がるとは……」

 

「でも、どうしてここを決戦場にしようと思ったんでしょう? 森なんて木が邪魔で戦闘に向いてないと思うんですけど……」

 

「それは相手もお互い様と思ってのことか、もしくは悪魔や災司(ファリス)を呼び出すきっかけでもあるのか……。まあ、クロネさんの他にも、ルフールさんや姉様も一緒に考えた作戦らしいので、心配は無用ですわよ」

 

「いや待て、そもそも……!! その作戦が全くアタシたちに共有されてないのはどういうことだ! この『ファーリの心臓』を持っているのはアタシたちだから、作戦の肝になるのは間違いないはずだろう?」

 

「まあ、確かに……? とはいえ、わたくしたちだってこの数年で得た知見がありますし、作戦が伝えられていなくとも十分に動けるでしょう? その『ファーリの心臓』だって、悪魔だって結局は……」

 

「はいはい、それも災司(ファリス)から追加で得た研究成果なんだから、あとで話す内容でしょ? 早くみんなのところに行って共有しましょ!」

 

 

 サフィアに引き連れられ、ノエルたち3人は森の中を進んでいった。

 

 

***

 

 

 森を抜けると、ノエルたちは綺麗な泉のある広場に出た。

 ノエルが試しに魔力感知をしてみると、膨大な量の魔力が周囲にあること、そして魔法の痕跡があることが分かった。

 ノエルは魔法の痕跡を目で追う。

 

 

「……あ、いたいた! おーい!」

 

 

 ノエルが手を振ると、遠くにいた人影が近づいてくる。

 すると、そこには6人の大魔女たちが集まっていた。

 

 

「なんだ、もう全員来てたのか。もしかして、作戦の内容を知らないのってアタシたちだけ……?」

 

「本当ならノエル以外全員に先に来させておきたかったんじゃが、それだとあまりに可哀想だとソワレに言われての。仕方がないからお主ら3人に知らせずに呼びつけたんじゃ」

 

「アタシだけ……? まあ一先ずはいいとして、どうしてこの場所なんだ?」

 

「そうじゃの。到着して早速で悪いが、すぐに作戦の準備に入らねばならん。お前たち3人とルフールはあっちに用意した拠点に集まってくれ。そこで説明しよう。他の皆は早急に作戦準備を始めるのじゃ!」

 

 

 ノエルたち3人以外は元気に返事を返し、それぞれの持ち場らしき場所へと歩いていく。

 状況が飲み込めていない3人は、クロネに言われるままクロネとルフールについていった。

 

 

***

 

 

「さて、早速じゃが、作戦の概要を説明するぞ。時間がないからの」

 

「何で……って質問に答える時間も惜しいって感じだな。分かった、説明してくれ」

 

「うむ。まず確認じゃが、『ファーリの心臓』は持っておるな?」

 

「ああ、もちろんだとも。というか、魔力検知で分かるだろう?」

 

「持っているならいいんだ。あともう一つ確認させてもらうよ。前回の大魔女集会でワタシたちに教えてくれた『悪魔の正体と倒し方』……あれは確かなもので揺るぎないか?」

 

「ええ、正体については間違いないと確信していますわ。倒し方に関しては倒した経験があるわけではないので、確実とまではいきませんが……」

 

 

 クロネとルフールは頷きあい、ノエルたちに作戦の話を始めた。

 

 

「まず、これまでお前たちが災司(ファリス)に襲われた傾向をこちらでまとめたところ、ほぼ間違いなくあと1、2時間で連中はこの場所にやってくる。それも、悪魔を連れて、だ」

 

「えっ……? 5年前のあの日以降、全く姿を見せなかった悪魔(アイツ)が……!?」

 

「この場所は奴にとっても放っておけない場所じゃろうからな。災司(ファリス)の本拠地がどこにあろうとも、この泉の周辺にその『ファーリの心臓』があることはもう気付かれておるはずじゃろうし」

 

「……そうか、ここでアタシたちが知った『ファーリの心臓』と『悪魔』の真実に繋がるんだな」

 

「そして、それが証明されるのがその悪魔の前というわけだ。まあ、何にしても、お前たちが持っている心臓は、間違いなく悪魔にお前たちの場所を教えている発信源。それが心臓のせいなのかあいつの魔法なのかは分からないけど、それを利用させてもらったというわけさ」

 

「あぁ、なるほど。つまり、ノエル様がこの泉に来ることがこちらにとってもあいつらにとっても作戦開始の合図だった、ってわけですね。でもそれくらいなら最初から教えてくれても良かったんじゃ?」

 

 

 クロネは首を振って言葉を返す。

 

 

「作戦の詳細をお前たちに手紙で伝えたりなんてしたら、それこそ連中の目に触れる可能性があるじゃろう? もし手紙を届ける配達員が災司(ファリス)に襲われたりでもしたら、せっかく立てた作戦が台無しになるからの。先に集まったのも準備のためじゃし」

 

「あー、だからアタシしか読めないような汚い地図だったのか」

 

「汚い地図で悪かったな? あれでも丁寧に描いたつもりだったんだが……。まあ、とにかくここからが作戦の概要だ」

 

 

 そう言って、ルフールは周辺の地図を机の上に広げた。

 

 

「今、ソワレたちにはそれぞれ森の中を囲うように結界を張ってもらっている。呪いの魔力が通ったら反応して、場所を教えてくれる結界だ。そして、ワタシたちが災司(ファリス)の足止めをしているうちに、きっと悪魔はお前たちのところまですり抜けてくるだろう」

 

「そのあとはどうするんだ?」

 

「そこからはノエルたちに任せてもいい……そうじゃったな?」

 

「あぁ、なるほど……。そこで悪魔の正体明かしと討伐をすればいいってわけか。だが、あいつを倒すには膨大な魔力が必要だと言ったはずだが、それはどうすればいい?」

 

「ようやくここであやつの出番か。ほれ、出てこい」

 

 

 クロネが拠点の後ろに声をかけると、その奥からヴァスカル王が歩いてきた。

 

 

「どうにか魔力の受け渡しをできるくらいまでの魔導士に仕上げといたぞ。これで文句はなかろう?」

 

「余がまさか魔力の貯蔵庫扱いされる日が来ようとは……。だが、我らが祖先たるファーリを穢した悪魔を討伐するためなら、どれだけでも余の魔力を使ってくれ」

 

「魔力問題は解決、と。じゃあ、あとは……『原初魔法』の件はどうなってる? もう報告を受けてるんだろう?」

 

「あぁ、ルカ・ロヴィア・ソワレの3人とも習得済みらしい。まさか5年の間にルカがそこまでの魔女に成長するなんて、ある意味で誤算だったけどねえ」

 

「じゃあバッチリだな。となると、クロネさん・ルフール・エストの3人が災司(ファリス)の足止めをすることになるが……。ちゃんと呪いに通じる魔法を準備してるんだろうな?」

 

「無論じゃ。そのための5年間じゃったし、持ち前の魔法でどうにでもできるわ」

 

 

 クロネとルフールは自慢げに胸を張る。

 ノエルはそれを鼻で笑いつつ、マリンたちに確認を取る。

 

 

「……何か足りないものはないっけか」

 

災司(ファリス)への対策は万全。悪魔のネタも上がってますし、倒す方法も準備できてますわよね? 他といえば……うーん……」

 

「あ、作戦とは関係ないかもですけど、スノウとナイトはどうしてるんです?」

 

 

 スノウとナイトというのは、ノエルたちが5年前に預けた猫の名前だ。

 スノウが白い方で、ナイトが黒い方。

 名前がないと呼びにくいということで、クロネが勝手に名付けたという。

 

 

「あー、あの2匹か……。()()の件については事が片付いてから話そうと思っておったから、ヴァスカル城に預けてきたままじゃよ」

 

「元気なら良かった。この場所で育ったかもしれないって話だったんで、連れてきたりしてないかなーって思っただけです。まあ、作戦には邪魔でしょうし、置いてきて正解だとは思いますけど」

 

「とにかく、今は作戦優先だ。これ以上忘れたことがなければ、そろそろ持ち場についてくれ。いつ来るか、エストの運命魔法で感知できない以上、先んじて準備しておくしかないからな。ワタシは先に行ってるよ」

 

 

 そう言って、ルフールは拠点から出て行った。

 ノエルたちも跡を追ってそれぞれの準備を始めた。

 

 

***

 

 

 そして、それぞれが持ち場について30分が経過した頃。

 突然、結界に魔力が引っかかった音が響いた。

 ノエルたちがハッとして身構えると、クロネたちの読み通り、5年前と同じ()()()()をノエルたちは感じた。

 しばらくすると、魔法同士がぶつかり合う衝撃が森の奥から泉まで伝わってきた。

 

 

「……騒がしくなってきたな。クロネさんたちが戦い始めたらしい」

 

「じゃあ、ここからは私たちの出番ってわけね。ノエルの恨み、ロウィと一緒に晴らさせてもらうんだから……!」

 

「あの頃のボクと違うってところ、見せつけてやりますよ!」

 

「ヴァスカル王さんのおかげで魔力が枯渇することもなさそうだし、久々にお姉ちゃんらしいことができそうね。私の腕、鈍ってなきゃいいけど……」

 

「鈍ってても原初魔法が使えるのなら十分ですわよ。どうしてノエルの家系はこんなにも魔女らしい果てしなさを感じさせるのでしょう……。まあ、わたくしも負けていられませんわね!」

 

「あたしたち姉妹だって、ノエル様たちと同じくらい強くなったもんね! ですよね、ノエル様……?」

 

 

 ノエルは魔導書を開き、答えた。

 

 

「ああ、もちろんだとも。お前たちは間違いなくアタシが集めた最高の魔女たちだからな。それを証明するためにも、まずは悪魔(アイツ)の正体を明かしてからだ。さあ……来るぞ!」

 

 

 ノエルがそう叫んだのも束の間、()()は現れた。

 泉には太陽が差し込んでいるというのに、それは黒く、暗く、澱んだ色で現れた。

 まるで全ての光を吸収しているかのように、それが存在する位置から全ての色が消えていた。

 すると、その顔らしき部分にギョロリと目と口のようなものが開かれた。

 

 

「……久方ぶりだな。ファーリの子らよ」

 

「思ったよりも素直に出てきてくれたじゃないか。『悪魔』」

 

「否。我々は悪魔にあらず。『真の精霊』なり」

 

「いいや、お前は精霊なんかじゃない。確かに魔力を有した存在だとしても、アタシたちはお前を精霊とは認めない。ここからはアタシたち3人の成果発表だ……!」

 

 

 ノエルとマリンとサフィアの3人は頷きあい、クロネたちにも聞こえるくらい大きな声で、悪魔に向かって叫んだ。

 

 

「「「お前の正体は……『ファーリの産んだ魔物』だ!!」」」



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118頁目.ノエルと悪魔と真相と……

 半年前。

 ヴァスカル城の円卓にて。

 

 

「『ファーリの産んだ魔物』……ねぇ。どうにもしっくりこない感じね」

 

「アチキもロヴィアと同意見っスねぇ。まあ、あくまでしっくりこないってだけで、それが間違いだって言うつもりはないっスけど」

 

「とりあえず、あの悪魔の正体がそうだっていう説明をしてもらおうじゃないか。ノエルのことだ。証明できるだけの証拠を集めてきてくれてるんだろうし」

 

 

 ルフールはそう言って、足を組み直す。

 ノエルは答えた。

 

 

「残念ながら、これはまだ仮説の段階だ。ただ、アタシたち3人だけじゃなくて、クロネさんや他の魔導士たちの研究の内容に基づいた仮説だから、信憑性は十分……だと思ってる」

 

「じゃあ、まずは『ファーリの産んだ魔物』という存在がいつ、どこで、どのようにして生まれたのか、その説明からしてもらおうかの」

 

「分かった。さっきも言った通り、これは仮説だ。反論や意見があれば、いつでも遠慮なく言ってくれ」

 

 

 大魔女たちは頷いた。

 ノエルは語り始める。

 

 

「まず、あの『ファーリが産んだ魔物』が生まれたのは、ファーリが魔力を得てから死ぬまでの100年あまりのどこかだ。生まれた場所は、その名の通りファーリの中。正確にはファーリが有していた呪いの魔力そのものだろう」

 

「え……? あの悪魔、魔物を産んだ精霊とか言ってたし、ファーリが生まれるずっと昔から存在してたんじゃないんスか? それとも、アチキの聞き間違いだったっスか?」

 

「いや、確かにあいつはそう言ってた。だけどそれは間違い……というか勘違いだったのさ」

 

「勘違い?」

 

「あいつは自分のことを『真の精霊』だと語った。つまりそれは、あいつが自分自身のことを精霊に準ずる存在だと認識していることになる。だけど、あいつがファーリの呪いの魔力から産まれた存在なのだとしたら、その話の順序は大きく変わってくる」

 

「これまでわたくしたちは、精霊の魔力がファーリに注がれたことで、真の精霊が魔女としてのファーリの親のようなものだと思っていました。ですが、その彼女の魔力から生命体が産まれたとしたら、それはもはや精霊そのものと言っても過言ではないでしょう?」

 

 

 マリンがそう説明すると、ロヴィアは納得したような表情で言った。

 

 

「つまり、あいつは魔力から産まれた魔物だからこそ、自分を精霊だと誤認していて、自分がファーリに魔力を注いだ精霊だと思い込んでいる。そして、よりにもよってファーリの呪いから産まれたせいで、悪意の塊みたいな魔物となってしまった、と……」

 

「そういうことだ。そして、どうやって生まれたのかだが、ああいう風に外に出られるようになったきっかけは、間違いなく原初の大厄災でのファーリの死だろう。それで彼女の中にあった呪いの魔力が魔物となって漏れ出したんだ」

 

「じゃあ、そもそもファーリの呪いの魔力って結局は何なんスか? 特殊魔法が効かないわ、原初級の光魔法じゃないと祓えないわ、他とは違う嫌な魔力を感じるわで、めちゃくちゃな性能してるっスよね?」

 

「それに関しては証明できないから完全にアタシの想像にはなるが、ファーリの呪いの源が『心臓』だったことを加味すると、恐らくファーリの呪いの正体はファーリが死ぬ直前に自身にかけた破滅の魔法。それも彼女の魂を核とする『魂と魔力の変換』を行なった強力なものだ」

 

「それって……あの原初の大厄災が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったってことじゃないっスか! それに、呪いの源だったその心臓が残っているのも、ファーリが死ぬ間際に使った魔法のせい……」

 

「あくまで想像だけどね。ただ、そうとしか考えられないくらい強力な呪いだ。特に、特殊魔法が効かないなんて、特殊魔法が使えなかったファーリらしい呪いじゃないか」

 

 

 大魔女たちは皆、これまでの大厄災に関わることを思い返し、俯く。

 すると、クロネが手を挙げて質問をした。

 

 

「では、もしそこまでの仮説が正しかったとして、どうすればアレを……そして災司(ファリス)たちの凶行を止められる?」

 

「……あの悪魔を倒す。そして呪いごと祓うことができれば、きっと災司(ファリス)たちの魔導書の力も消えるはずだ。ただ、そのためには膨大な魔力と、あの悪魔を祓えるほどの光魔法が必要になる」

 

「なるほど。それなら禁書庫に行けば、サフィアとマリンの指輪の魔法以上に強力な光魔法が見つかるかもしれんな。それに、今回はソワレもおる。光魔法の知識はこの中じゃと一番じゃろうし、そこで対策を練ってみると良かろう」

 

「そうだな。じゃあ、早速調査と作戦会議だ──!」

 

 

***

 

 

「「「お前の正体は……『ファーリの産んだ魔物』だ!!」」」

 

 

 森の中に声が響き渡る。

 ノエルたち3人がそう叫んで数秒後、その悪魔はゆっくりと口を開く。

 

 

「……我々は魔物にあらず。我々は真の精霊なり。我々こそは魔物の祖である」

 

「そう、それ。ずっと不思議だったんだ。どうしてお前は魔導士たちの夢に出て、わざわざ災司(ファリス)にするんだろうって。だって、お前が魔物の祖なら、魔物を災司(ファリス)にした方がずっと合理的だったはずだろう? なのにどうして、人間を仲間にする必要があった?」

 

「…………」

 

「答えは至って簡単だ。それはお前が、人間の恐ろしさを身をもって知っているからだよ。お前は前にこう言っていた。『人間を滅ぼす人間こそ、魔物の統括者にふさわしい』ってね。あの時はお前がファーリに魔力を注いだ理由を話しているのかと思っていたけど、何のことはない、人間こそが最も恐ろしい生き物だとお前は言っていたんだな」

 

「……然り。人間こそ、ファーリこそ、魔物の長となるべき存在である。ゆえに、我々は大厄災の再演を望む」

 

「あぁ、知ってるさ。だが、今回の論点はそこじゃない。アタシが言いたいのは、人間こそが恐ろしい生き物だって、魔物の祖である精霊が思うのはおかしくないか? ってことだ。この世にはドラゴンだって、死神だって、人間でも太刀打ちできないような恐ろしい魔物はたくさんいるだろう?」

 

 

 悪魔は黙ったまま空中で止まっている。

 

 

「なら、なぜお前が人間こそ最も恐ろしい生物であると認知し、人間を仲間にしようと思ったのか。それは、お前が『人間から産まれた魔物』だからだ。それも、過去に何度も人間によって絶望を味わってきたファーリから産まれたのなら、理屈は押し通る」

 

「つまり、あなたはファーリの呪いから産まれた。では、ファーリの呪いとは何なのか。それこそがこの半年で呪いの残滓を研究してきたわたくしたちの成果ですわ。サフィー、突きつけてやりなさいな」

 

「うん、分かった。ファーリの呪いの正体は、ファーリの一生分の恨み、辛みから生まれた()()()()()! そして、あんたはその闇魔法『原初の大厄災』の最後に、呪いの魔力から発生したファーリの悪意そのものよ! 大厄災そのものと言ってもいいわね」

 

「まさか分類不明の魔力を持つ呪いの残滓の中から、闇魔法の痕跡が見つかるとは思わなかったよ。災司(ファリス)に狙われ続けたおかげで研究が進んだんだ。そういう意味ではお前に感謝しなきゃな。だって、これでお前を倒す算段も目処がついたんだから」

 

「我々を倒す……? 笑止。原初の大厄災の呪いたる我々を倒すことなど不可能」

 

「いや、できるさ。お前が本当に大厄災そのものなら、ね!」

 

 

 ノエルはそう言って、首に提げていた結晶体を手に取る。

 そのファーリの心臓は、以前と変わらぬ色と形で収まっている。

 

 

「これについても半年で色々調べたよ。ファーリの心臓なら、どれだけ膨大な魔力が込められていてもおかしくない。それが無限に呪いの魔力を発生させる装置なのだとしたら、絶対にお前に渡すわけにはいかなかったからね。でも……」

 

 

 ノエルは残念そうな表情でファーリの心臓を持った手を下ろす。

 

 

「正直、ガッカリだよ。まさか、5年間も必死に守ってきたこの心臓が、()()()()()()()だったなんてね」

 

「えええっ!? それってつまり、それがただの死んだ心臓……ってことですか!?」

 

「あぁ、その通りだ、ルカ。ファーリは自分自身を『人間と魔導士を滅ぼす呪い』に変換した。彼女の死因も恐らく魔法の発動に伴うものだろう。だとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ええと……。ファーリが死んだことで止まったわけじゃないとすると……」

 

「……なるほど、()()()()()()のね」

 

「姉さん、正解。結晶の結界をロヴィアが解いてくれたおかげで研究が進んだんだが、こんな結果になっちまった。まあ、少なくとも純度の高い呪いの結晶だってことは、過去に祓えなかったことが証明しているけど……とはいえ、だ。だとしたら、こんなものに何の価値がある?」

 

 

 そう言うとノエルは突然、手に持ったファーリの心臓を悪魔に向けて構える。

 

 

「さて、ここからが作戦の本番だ。これがうまくいけば魔力をもっと吸われることになるだろう。お前たち、気をしっかり持って魔法を使うんだぞ!」

 

 

 サフィア・マリン・ルカ・ロヴィア・ソワレ・ヴァスカル王の6人は頷く。

 頷き返したノエルは、ファーリの心臓を悪魔めがけて、勢い良く放り投げた。

 それは悪魔の中心付近に当たり、やがて結晶が溶け始めた。

 悪魔は「グオオオオ」と唸り声を上げながら、その黒さをより濃くしていく。

 

 

「呪いから産まれた魔力と、呪いの結晶たるファーリの心臓。それらが結びついた時、それは真にファーリの呪いの心臓となり、やがて『人間と魔導士を滅ぼす舞台装置』となる!」

 

 

 しばらくすると、悪魔の背中に黒と白の6枚羽根が生え、頭に3つの目玉が現れた。

 それは、ノエルたちがかつて見た、『原初の大厄災』の姿そのものだった。

 

 

「やっぱり規模は小さくなってるけど、それでも尋常じゃないほど強力な呪いだ……。ヴァスカル王のおかげで魔力は大丈夫だけど、どんどん体力が削られていく……!」

 

 

 ノエルは震える手を握り締め、『原初の大厄災』に向かって言った。

 

 

「さあ、お前の悲願である『原初の大厄災の再演』は叶った! 次は、アタシたちがお前を討伐して、全てを終わらせる番だ!!」



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119頁目.ノエルと呪いと原初魔法と……

 再び半年前、ヴァスカル城にて。

 

 

「で、実質ほぼ原初の大厄災の悪魔なんて、どうやって倒すのよ? これまでノエルがやってきたっていう、大厄災の呪いの残滓を祓うのとはわけが違うでしょ」

 

 

 ロヴィアはノエルが言った仮説と、作戦の概要を照らし合わせながらそう尋ねる。

 一方で、クロネとルフールは渋い顔をしながら唸っている。

 

 

「かつての原初の大厄災の終結はファーリの寿命が原因だった……とされておる。じゃが、今回の悪魔はいわば大厄災の呪いの魔力そのものなんじゃろう? となると、無尽蔵の呪いをばら撒くあやつの討伐は、ほとんど不可能ということにはならんか?」

 

「ワタシも同意見だ。それに4年半前の悪魔との戦いの時、少しずつ魔力が吸われていた件。あれもどうにかしないと戦う以前に詰むぞ」

 

「そこはヴァスカル王の魔力に頼ろうと思う。ただ……まあ、原初の大厄災を討伐するとなると、アタシたちにできるのはやっぱり禁書庫にある原初魔法に頼ることくらいだろうな。さて、そろそろ帰ってくると思うが……」

 

 

 そうノエルが呟くと円卓の部屋の扉が開かれ、大量の本が入った籠を抱えたマリンとサフィアが入ってきた。

 

 

「お、ちょうどいい頃合いだ。見つかったか?」

 

「ええ、基本属性の原初魔法の魔導書、所蔵してあるものは全て持ってきましたわよ。これだけあれば、きっと悪魔を倒せる魔法が見つかるはずですわ!」

 

「よし、じゃあ早速読んで役に立ちそうなものを探すぞー!」

 

 

 そう言って、ノエルたちは次々に机の上の魔導書に飛びついたのだった。

 

 

***

 

 

 しばらくして、ノエルは原初魔法の魔導書を読みながらあることに気がついた。

 

 

「そういえばこれってどう見ても文献じゃなくて魔導書だが、つまりアタシたちでも呪文を唱えれば使えてしまうんじゃないのか?」

 

「いえ、その危険性はありませんわ。ちゃんと使用防止のための結界の魔法が貼ってありますし、何よりも強力過ぎて自然の魔力が足りませんもの」

 

「そういえばこれまで気にしたことなかったけど、魔導書って自然の魔力も消費するんだったっけ。あたしたちが普段使ってる魔法程度だとほとんど気にしなくていいから、忘れてましたよ」

 

「ええ、マリンさんとサフィアさんの話を聞いてボクも思い出したくらいです。普段からどれだけ自然の魔力に頼っているのか、身に染みますね……」

 

「ふーん……。じゃあ逆に、この結界を解いて、自然の魔力が豊富な場所ならどの魔法も使えるってことよね?」

 

「自然の魔力はまだしも、簡単に結界を解ければ苦労せんわい。それに、いくら魔導書を使おうとも呪文の詠唱に時間がかかる以上、余程の余裕がないと使えんじゃろう。それはどうするつもりじゃ?」

 

 

 ノエルは少し考えながら周りを見回す。

 すると当然、クロネと目が合った。

 その瞬間、ノエルはハッとしてクロネに尋ねる。

 

 

「そうだ……。クロネさんの時魔法でどうにかできないのか? あの悪魔に直接干渉しない特殊魔法なら気にせず使えるだろう?」

 

「と言われてものう……。そもそもノエルの作戦によると、ワシとルフールとエストは災司(ファリス)の相手をしておるんじゃろう? そんな状況で、離れた場所におるお前たちに魔法をかける余裕など……」

 

「うん……? そういう言い方するってことは、どうにかできる魔法はあるんだな? 聞かせてくれ」

 

「時の流れを加速させる魔法『破夜送り(グラン・エル・フォアード)』じゃよ。以前、災司(ファリス)に使った『魔岐戻し(グラン・エル・リワインド)』の逆の効果じゃと思ってくれ」

 

「……なるほど、それでアタシたちの時間を加速させれば、原初魔法を詠唱する時間を短縮できる。名前からして上級魔法だろうが、もしそれが特級魔法とか原初魔法まで行くとどうなるのか気になるな……」

 

「ファーリが知らぬ特殊属性の魔法に、原初魔法なんぞなかろうて。そうじゃな……少なくともさっき言った時魔法を範囲化させたり、加速の倍率を上げたり……色々できそうではあるの」

 

 

 ノエルは頷き、頭の中で再び作戦を練り直しながら、原初魔法の魔導書を読み漁る。

 こうして、基本属性の大魔女6人は各々で役に立ちそうな原初魔法を習得するべく、魔導書を持ち帰って修行に明け暮れることとなったのだった。

 

 

***

 

 

 大きな咆哮が辺り一帯に響き渡る。

 真っ黒な()()は、次第に浮上しながら呪いの泥を滴らせている。

 それを見上げながら、ノエルたちは削られていく魔力を補給しつつ、()()を待っていた。

 

 

「さて、そろそろかな」

 

 

 ノエルがそう言った瞬間、悪魔が浮上する動きを止めた。

 しかし、動きを止めたのは悪魔だけではなかった。

 

 

「えっ、ドロドロが滴らなくなった……!?」

 

「いえ、違いますわサフィー。悪魔と、それが産んでいる呪い()()()時間が加速しているんですわよ!」

 

 

 サフィアが周りを見回すと先ほどと何も変わらない風景がそこにあったが、呪いの泥を凝視してみると動きがとてもゆっくりになっているだけだと分かる。

 

 

「悪魔の呪いには確かに特殊属性の魔法が通用しない。だけど、それは裏を返せば悪魔の呪い()()()()()には特殊属性の魔法が影響する! つまり、クロネさんの時魔法を広範囲に及ぼせばあいつ以外の時間が加速され、魔法の範囲内ではあいつだけゆっくりになるってわけだ!」

 

「さあ、今のうちに原初魔法の詠唱をするわよ! 発動の順番は作戦通りでいいわね!」

 

「あぁ、問題ない! 最初はルカだ、いけ!」

 

「ええ、分かってますとも!」

 

 

 そう言うと、ルカは悪魔に手をかざしながら風魔法の詠唱を始める。

 そして数分後、ルカは高らかに叫んだ。

 

 

「まずは呪いの力を最大限まで弱めます! 風の原初魔法『天つ風(ウィークネス)』!!」

 

 

 すると、悪魔の周りに竜巻が起こり、悪魔の身体を覆っていた黒い呪いの泥の色が薄くなっていく。

 

 

「では次、マリンさん頼みました!」

 

「ええ! もう詠唱は完了していますわ!」

 

 

 マリンは竜巻に向かって両手を向けて叫ぶ。

 

 

「弱まった呪いの泥、そして悪魔すらも燃やし尽くして差し上げますわ! 火の原初魔法『炎天(プロミネンス)』!!」

 

 

 その瞬間、竜巻の中から現れた悪魔から炎が激しく燃え上がる。

 

 

「では、行きなさいサフィー!」

 

「うん! お姉ちゃんが燃やし尽くした呪いの泥をあたしの水で洗い流して、悪魔から引き剥がす! 水の原初魔法『天水の渦(メイルシュトローム)』!」

 

 

 サフィアがそう唱えると、燃え上がっている悪魔の周りに大量の水の玉が現れる。

 そして、それらは回転し始め、やがて大きな1つの水の玉の中で渦を形成した。

 しばらくすると黒い泥水が消え、中から小さくなった『原初の大厄災』らしき姿が現れる。

 

 

「さあ、呪いの泥は全部洗い流せたわ! 次、ロヴィアさん!」

 

「ええ、任せて。あれだけ小さくなれば、囲われた結界からは逃れられないはず! 土の原初魔法『天象壁(オブストラクション)』!」

 

 

 ロヴィアの声と同時に、半透明な障壁が悪魔の周りを囲うように現れる。

 しばらくすると、障壁同士が繋がって球体となり、くるくると回転し始めた。

 

 

「屈折角はあれでバッチリ! じゃあ、ソワレさん。お願いするわ」

 

「ありがとう、ロヴィアさん。では……」

 

 

 ソワレはそう言って、手に持った杖を上に掲げる。

 そして唱えた。

 

 

「ロヴィアさんの作った障壁の中で、浄化の魔法を永久に反射させてあげるわ。光の原初魔法『天の閃光(リ・ピュリフィケーション)』!!」

 

 

 杖が光ったかと思うと、回転する障壁の上から眩い光が降り注ぐ。

 すると、その光の雨は障壁を上から貫通し、障壁の内部で幾度となく乱反射し続けている。

 その光に当てられた悪魔の姿は、次第に塵のようになっていくのだった。

 

 

「これがアタシたち、大魔女が連携することでできる精一杯の抵抗だ。かつての大厄災ではできなかった芸当だろうが、魔力を吸収できるお前の力を上回るためにはこうするしかなかった」

 

「ファーリの魔法で滅ぼされる原初の大厄災(ファーリ)というのも……何と言いますか、皮肉な話ですわね……」

 

「そうだね……」

 

「ほら、ノエル。次が最後の仕事でしょう? 私たちがあそこまで削ったんだから、早くとどめを刺してあげなさいな」

 

「あぁ、そうだな。じゃ、締めといこうかね!」

 

 

 ソワレに背中を押され、ノエルは前に歩み出る。

 結界に覆われた悪魔の姿は、もはや心臓にまとわりつく小さな魔物となって落ちてきていた。

 そして、それは自然落下して落ちてきたのだった。

 

 

「ようやく同じ速度になったってことは、呪いの力が無くなった証拠だねぇ。もうその心臓の中にお前を大厄災にできるほどの魔力は残っていないはず。ただ、あれだけの光魔法を受けたというのにしぶといもんだ」

 

「我々……は……。ファーリの……魔物の……意志を……」

 

「こいつ……まだ諦めて……」

 

 

 すると、ノエルの隣にヴァスカル王がやって来て魔導書を構えるノエルを制止し、悪魔に向かってこう言った。

 

 

「聞くがいい、ファーリの産んだ魔物。ファーリの悪意から生まれた邪悪なる力よ。魔法というものは何でもできる万能の力だ。しかし、使いようによってはお前のような大厄災も生まれてしまう。それはなぜか。余は、それが魔法というものの本質だからだと思う」

 

「『魔法』は『悪()になる方()』……だったか。アタシの記憶が正しければ、ファーリの物語の重要な一節だな」

 

「あぁ、その通り。魔法に限らず、力というものは使う者の意思によってその側面が大きく変わる。特に、魔法は精霊というある種の魔物の力を用いた強力な力だ。ファーリはその力を精霊との契約によって抑制したが、結局は自らも魔法の力に溺れた」

 

「待て、ヴァスカル王。あんたは一体、何の話をしようと……」

 

「余は戦いの中であることに気づいてしまったのだ。魂の盟約を結んだ者が死んだら、その契約はどうなるのか、とな」

 

「そりゃ、その契約は魂で結んだものだから、当然破棄され…………あああああっ!!」

 

 

 ノエルはヴァスカル王の真意に気づき、大きく叫ぶ。

 すると、災司(ファリス)を抑えていたクロネたちがノエルたちの元へと戻ってきて、何があったのかを尋ねた。

 

 

「いいか。これまでアタシたちは、ファーリの悪意ある魔法によって原初の大厄災が生まれたと考えていた。呪いによって自然環境や生命が冒され、その討伐後も心臓だけは呪いの力で浄化されなかった。それが、彼女の呪われた魔法によるものだった、ってね」

 

「ええ、わたくしたちの仮説ではそうでしたわね。ですが……違った、と?」

 

「彼女は生前、魂の盟約によって精霊たちと魔法の力を抑え込む契約を交わしていた。だが、魂の盟約は交わしたどちらかが死ぬと破棄されてしまう。なのに、どうして今でも精霊たちとの契約が残っている?」

 

「……そうか! ファーリの心臓が残っているから、精霊たちとの契約が続いておるんじゃな! ん……? ということは、もしや……」

 

「クロネさんは気づいたみたいだな。原初の大厄災の()()()()()に」

 

 

 そう言って、ノエルは小さな悪魔と心臓が入った結界を拾い上げる。

 悪魔は何も抵抗せず、ただ心臓にくっ付いている。

 

 

「原初の大厄災ってのは『魔法の力を抑制し続けるための儀式』だったのさ。彼女はどうしても、自分の魂たる心臓を死なせるわけにはいかなかった。だから誰も触れられず消すこともできない()()という形に変性させることにしたんだ」

 

「だ、だが、魂の盟約は別の人間が再契約しても良かったんじゃないのか? どうしてファーリは自らを災いにしてまでそんなことを……」

 

「じゃあルフール、お前は自分の作った魔法の管理を他の魔導士に任せることができるか?」

 

「絶対に無理だな。ワタシの魔法は唯一無二のものであって、少しでも不備があったら一切の保証ができなく……。って、なるほど……そういうことか」

 

「そう。ファーリは、自分が交わした契約を絶対に守れる保証があるのが自分だけだと信じていたんだ。魔法の力を誰よりも信じていただろうからね。それで、彼女は自分自身を大厄災とすることで、今まで心臓を守っていたんだ」

 

 

 ノエルは心臓にくっ付いた悪魔を見せながら、話を続ける。

 

 

「じゃあ、こいつは何だったのか。という話に切り替えよう。何せ、ファーリの悪意から生まれた魔物じゃなくて、ファーリの呪いから生まれた魔物だったわけだし」

 

「もしかして、ノエル様はその悪魔もファーリの作った儀式の一部だと?」

 

「その通りだろうさ。こいつは災司(ファリス)なんて部隊を編成してまでやっていたことがあったろう?」

 

「呪いの残滓の管理と、ファーリの心臓の奪還……ですか。本人たちがそこまで知ってやっていたかは不確かですが、その悪魔の目的としては納得できる節がありますね」

 

「ルカが言ってくれた2つは、恐らくどちらもファーリの意思によるものだったんだよ。悪魔はファーリの心臓とその中の呪いを守るために動いていた。もちろん、やり方は非人道的なものばかりだったけど、それにもちゃんと理由があったんだ」

 

「その悪魔がファーリの悪意から生まれた魔物じゃなくて、ファーリの呪いから生まれた悪意そのものだったから……」

 

 

 ロヴィアがそう呟くと、ノエルは頷いた。

 

 

「呪いってものから生まれたなら悪意だけが濃くてもおかしくはない。それで形成された自我がこんな感じになったんだろう。そして、こいつはファーリの心臓を守る機構だったと言うわけだ。しかし困ったな……」

 

「ええ……。心臓を消すことが今回の作戦でしたが、そうしてはならない理由ができてしまいましたわね……」

 

「……こいつは無力化できたし、一度戻って作戦を練り直そう。結界の中だとこいつも無害だろうし」

 

 

 ノエルたちは、泉の拠点に戻ることにしたのだった。



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120頁目.ノエルと運命と暴走と……

 ノエルたち3人が泉にやってくる2時間ほど前。

 クロネたち6人の大魔女は拠点に集まり、とある話をしていた。

 ただ、それは悪魔の討伐に関する話ではなかった。

 

 

「さて、ついにこの時がやってきた。今日こそがノエルの運命を変えられる、最後の機会だ」

 

「ルフールが先にアチキたちを集めたのは、それを話し合う時間が欲しいって理由もあったんスね」

 

「悪魔が討伐される前に、どうにかして大厄災の呪いの力でノエルの運命を変える。あなたはそのための作戦を色々と立てていたわよね。あれから何かいい作戦は思いついたのかしら?」

 

 

 ソワレはルフールに尋ねる。

 

 

「もちろん、いくつか用意してあるさ。ただ、どれもこれもあの悪魔の正体が『ファーリの産んだ魔物』であること、そしてあの悪魔と戦うという作戦通りになること、これら2つの前提あってのものだ」

 

「まあ、とりあえず話して欲しいっス。あぁ、そうだったっス。一応言っておくっスけど、残念ながらノエルの運命はまだ変わってないっス……」

 

「そうなんですね……。じゃあ作戦を聞く前に、今一度その運命について共有してもらえませんか? その方が話が分かりやすくなると思いますし」

 

「ルカの意見に私も賛成。前に聞いたの5年前くらいだし、思い出したいわ」

 

「分かったっス。じゃあ、久々に話すっスか」

 

 

 エストは3分ほどで自分が見たノエルの運命を話したのだった。

 

 

***

 

 

「最後にざっとまとめると、ノエルは蘇生魔法のために自害するっス。蘇生魔法がどんな魔法なのかまでは分からないっスけど、恐らくは彼女の魂が蘇生魔法の最後の鍵になるっス」

 

「その自害というのが、魂を肉体から剥がすための最後の儀式なのかもしれんの。それで、その死に方が自分の闇魔法での()()()、か。苦しまずに死ぬようにしたのは、さしずめワシらへの配慮といったところじゃろうな」

 

「ノエルの運命について、しっかり思い出せたわ。それで、どんな方法でその運命を変えるつもりなの?」

 

「じゃあ、作戦を提示していくとしようか。1つ目は、()()()()()()()()

 

 

 その瞬間、他の5人がルフールの方へ振り返る。

 

 

「もちろん、これは悪魔を倒すという目的と相反する。それに、連中と同じ力を使うのはワタシ自身も嫌だし、呪いの力で運命変えると言っても、未知の力を研究してる間にノエルはきっと蘇生魔法を完成させてしまう。ゆえに、あくまで1つの案でしかないから安心してくれ」

 

「びっくりしましたよ……。1つ目に持ってくるにしては心臓に悪すぎます!」

 

「それはすまなかった。じゃあ2つ目。2つ目は、()()()()()()()()()()()、だ」

 

「ただ、それは魔女として、人間として、してはいけないことじゃ。ノエルを裏切ることと同じことじゃからな。これまでの十数年を無駄にしてしまう権利は、ワシらにはない」

 

「当然、これも案の1つでしかないさ。そもそも、そんなことで運命を変えられるなら苦労していない」

 

「何よ。今のところ全部ダメってことじゃない」

 

 

 すると、ルフールは3本の指を立てながら言った。

 

 

 

「慌てるんじゃない。次が最後の3つ目だ。運命魔法で視た運命は、運命魔法の使い手にしか変えられない。これに賭けた案だよ」

 

「それって……。まさか、アチキが……?」

 

「そうとも。悪魔を倒したあと、運命魔法で運命をねじ曲げる。これが3つ目の、そして現時点で一番現実的な作戦案だ」

 

 

 エストは俯いている。

 そして、やがて絞り出したような声でルフールに言った。

 

 

「でも、運命を変えるとその代償がアチキに……」

 

「それも分かっている。それで運命が変わってエストが死んだとしても、ノエルはそれを望まないだろう。だから、ワタシはこの案も()()()()

 

「……えっ? つまりそれって……。まさか、ノエルの運命を変える作戦そのものをやめるってことっスか!?」

 

「そのまさかだよ。わざわざ集まってもらったのは、その意志を伝えるためだったんだ。理由の説明に時間がかかってしまってすまないな」

 

「それが……あなたがこの数年間で出した答えなのね?」

 

 

 ソワレは真剣な面持ちでルフールに尋ねる。

 

 

「……あぁ。みんなには悪いと思ってるよ。ただ、何度考えてもどうしようもないって結論しか出なかったんだ……」

 

「そう……。それがルフールの決断だっていうなら、私は気にしないわ。そもそも、あなたの話に乗った理由もあなたの意志に任せたかったからだもの」

 

「ワシも同じじゃ。誰でもない、あのルフールがどうしようもないと言っておる。既に幾度となく知恵は貸しておるし、それでも無理なら無理ということじゃろう」

 

「えっ、えっ、ノエルさんが死ぬ運命を受け入れろって言うんですか!?」

 

「そ、そうよ! それじゃ、私たちはノエルが死ぬ未来に向かって、悪魔を倒すって言ってるようなものじゃない……!」

 

「ロヴィア! それ以上はもういいっス……!!」

 

 

 エストの叫びに驚き、ロヴィアは押し黙る。

 

 

「もう……いいんスよ……。アチキの占いは、運命魔法は、変えられない運命を示したものっス。この世にこの魔法がある限り、未来は確定してるんスから。最初にノエルが死ぬ未来を見た時点でアチキの覚悟は決まってたっス」

 

「エスト……ゴメン……。私、あなたの気持ちも考えずに……」

 

「気にしないでいいっス。それがノエルを想っての言葉だってことは、ここの誰もが分かってるっスから」

 

「ノエルの運命をワシらのために、そして何よりノエルのために変えてくれようとしてくれたこと、本当に感謝しているよ。エスト、ルフール。とにかく今は悪魔退治に集中するんじゃ」

 

「あぁ、そうだな。そろそろノエルたちも来るだろうし、落ち込んでる余裕はない!」

 

「その通りっス! さあ、準備を進めるっスよ!」

 

 

 こうして、無理に気持ちを切り替えながらも、6人の大魔女たちは悪魔を倒すべく、作戦の準備に取り掛かるのだった。

 

 

***

 

 

 そして、今に戻る。

 悪魔を無力化し、ファーリの心臓の真の正体に気づいたノエルたちは、拠点に集まっていた。

 ノエルは悪魔と心臓が入った結界の玉を手に、話し始めた。

 

 

「……さて、全員いるな。今からアタシたちが話すべきこと。それは『ファーリの心臓の処遇をどうするか』だ」

 

「それはそうでしょうけど、もはや話し合わなくとも一択ではありません?」

 

「そうですよ、ノエル様。精霊との契約が破棄されちゃったら、蘇生魔法が作れなくなっちゃうんですよ?」

 

「そうだな。それに今、魔法を使って経済や生活を行なっている地域……特に挙げるとすれば央の国・ノーリスは大混乱に陥るだろう。魔法の制御ができなくなるということは、既にかかっている魔法の力が予測不能なほどに暴走する恐れがあるということだからだ」

 

「まさかとは思っていたけど、私のゴーレムたちも止まってしまうところだったのね……。それに、水魔法の影響で水の都になったっていう西の国・セプタだって水没してしまう可能性があったわけだし、ヴァスカルも……」

 

「考えたくもないのう。ワシら魔導士だけでなく、この世の全ての人間に、そして世界に関わるものだったとは……。まさに、その心臓の価値は神器以上のものだった、ということじゃな」

 

 

 9人とヴァスカル王はノエルの手に浮かぶ結界の玉をじっと見つめる。

 

 

「うん? でも、それならなおさらボクらが話し合う理由なんてありませんよね? その心臓を徹底的に厳重に保管するってことが決まったわけですし」

 

「なぜ話し合わなければならないのか。その理由は、ただ1つに決まっているだろう? なあ、()()()()

 

「……っ!」

 

 

 ルフールは焦った表情でノエルの手の上に浮いた心臓と悪魔を睨む。

 

 

「ノエル……お前はその悪魔が憎いんじゃなかったのか! お前の息子を殺した元凶はそいつなんだぞ!」

 

「憎いさ。できることなら、今すぐにでもこの手でぶち殺したい。だが、あんたがさせたいのはそういうことじゃない、だろ?」

 

「どういうことっスか?」

 

「いいか。この心臓がこの世から消えれば、魔法の制御装置であるファーリと精霊たちとの契約が切れてしまう。それは魔法という概念がアタシたちにとっても不明瞭で、崩壊したものになってしまうことを意味する。そしてそれは、()()すら変えてしまうだろう」

 

「……!!」

 

「……流石は、ノエルだ」

 

 

 そう言って、ルフールは魔導書に手を掛ける。

 その瞬間、他の大魔女たちはルフールから距離を取り、魔導書を手にした。

 

 

「ルフール、お前はやはり諦めておらんかったんじゃな……」

 

「そりゃそうだろう……。諦めてなるものか! ノエルの死なんて、誰も望んじゃいない! そうだろう!」

 

「でも、その話は終わったんじゃなかったんですか……!?」

 

「あの時は確かに終わったさ。ただ、今そこに第4の選択肢があるとなると話は別だ! 魔法の概念が崩れれば、運命魔法で予測された未来だってきっと変わる! それに賭けない道理は、今のワタシにはない!」

 

 

 そう言って、ルフールは心臓に向けて手を伸ばし、魔法を使おうとする。

 しかし──。

 

 

「……っ、何のつもりだ。エスト!」

 

 

 エストがその手の前に魔法の進路を遮ろうと立ちはだかり、ルフールの手を掴む。

 

 

「焦りってのは、人を盲目にさせるっス。あの心臓を壊してノエルの死の運命が変わったとしても、それはただの先延ばしに過ぎないっスよ。それに、何度も言ってるじゃないっスか。運命魔法の未来は()()っス」

 

「その絶対を変えるためだろう! 手を離せ!」

 

「残念だが、エストの言う通り、今のお前はどうにも盲目らしい」

 

 

 ノエルは急にそう言って、席を立つ。

 そして、自席に心臓を置いてルフールの前に立った。

 

 

「いいか、あの心臓を壊してもお前の願いは叶わない。エストの言う通り、アタシの未来は変わらないんだ」

 

「そんなこと、やってみないと……」

 

「いいや、変わらないのさ。あんたは大事なことを忘れちゃいないか?」

 

「大事なこと、だって?」

 

「ファーリは確かに100年以上前に精霊と契約し、魔法の力を抑制した。ただ、それはあくまで()()()()()()()()()()、だ」

 

「つまり……それは……」

 

 

 ルフールは手の力を抜いて、魔導書からゆっくりと手を離す。

 

 

「そう。時魔法・空間魔法・運命魔法の3つの特殊魔法はファーリの知らない魔法だった。だから、精霊との契約には含まれちゃいないのさ。そして、それはお前がこの心臓を壊す意味が消えることを意味する」

 

「そんな……そんな……」

 

 

 そう言って、ルフールはそのまま膝から崩れ落ちる。

 他の大魔女たちはいたたまれない表情でそれを見つめていた。

 すると、エストがルフールに手を伸ばす。

 

 

「アチキがノエルの未来を占ったばっかりに、悩みを打ち明けたばっかりに、あんたを苦しませてしまったっス……。ルフール、すまなかったっス……」

 

「……いや、これはワタシの勘違いによる暴走だ。むしろ、お前の気持ちを蔑ろにしてしまって、申し訳ない……」

 

「あ、そうそう。あと1つ、お前たちに言っておきたいことがあったからここに集めたんだった」

 

 

 2人の空気感を壊すかのように、ノエルはおどけた口調でこう言った。

 

 

「アタシ、死ぬ運命を受け入れたつもりはないから!」

 

「「……は?」」

 

「当たり前だろう。前々から言ってるが、息子に会う前に死んでたまるか」

 

「いやいや、これまでの話の流れ完全にぶち切ってまで言うことじゃないっスよ!? それに、もう変えられない運命ってさっき自分で言ってたじゃないっスか!」

 

「変えられない運命だと知っていても、受け入れられるわけないだろう! それと、アタシが言いたいのはここからだ!」

 

 

 ノエルは床に座り込んだルフールを立ち上がらせ、言った。

 

 

「アタシは自分の死の運命を受け入れられない。自分が死ぬことに意味があるとも思えない。だからこそ、アタシは蘇生魔法を完成させたいんだ」

 

「だからこそ、って……。どういう意味っス?」

 

「アタシが集めた、自慢の大魔女たち。お前たちには、アタシが死ぬ意味を見つけるのを手伝って欲しい。アタシの死が絶対なら、アタシが受け入れられるような華々しい死を、アタシはお前たちと一緒に創りたい!」

 

 

 蘇生魔法が完成する時。

 それは、ノエルが死を受け入れる時なのだと、ここにいる誰もが考えた。

 

 

「アタシは運命から逃げない。だが、その死という運命がつまらないものだとしたら、アタシはそれに全力で抵抗したい。だから頼む! お前たちの力を借りたいんだ!」

 

 

 ノエルが頭を下げてそう言うと、大魔女たちは各々、ノエルのことを思い返す。

 そして、彼女たちは次第にノエルの元へと集まり、全員でその手を取ってこう言ったのだった。

 

 

『ノエルのために、蘇生魔法を全力で完成させる!!』



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121頁目.ノエルと魔獣と大工房と……

 悪魔を無力化して数日後。

 9人の大魔女とヴァスカル王は一度ヴァスカルに戻り、蘇生魔法のために必要な資料や人材を必死でかき集めていた。

 

 そんな中、ノエルたち3人はクロネに呼ばれ、ヴァスカル王の部屋に来ていた。

 

 

「スノウ! ナイト! 元気にしてたー?」

 

 

 部屋の中に飛びこんできたサフィアに、2匹の猫はピクッと反応して駆け寄る。

 そしてすぐさま甘える猫たちに、サフィアは骨抜きにされるのだった。

 

 

「どうやら、アタシたちがいない間も元気にしていたみたいだねぇ」

 

「全く……。世話をさせられる側の身にもなって欲しいもんじゃよ。お前たちにはそうやって甘えておるが、ワシには全く懐いておらんままなんじゃから」

 

「世話をしているのはヴァスカル王とその使用人だろうが。クロネさんはその2匹をただ研究しているだけだろう? あ、だから嫌われてるのか?」

 

「それもあるでしょうけど、確か魔力を持った人に懐きやすいんでしたわね? 時の魔力に反応していないのは、単純に魔力の好みが違うだけかもしれませんわよ?」

 

「まあとにかく、お主らを呼んだのはその2匹の『魔獣(まじゅう)』の研究の話をするためじゃ。蘇生魔法に役立つかはさておき、これからの世に関わる重大な話となろう」

 

「これからの世、だって? この2匹にそんな力が……?」

 

 

 クロネは首を振って言った。

 

 

「この2匹ではなく、魔獣が、じゃ。とりあえず魔獣について話すとするかの」

 

「分かった。ほら、サフィーもそいつらにかまけてないでこっちに来な」

 

「はーい」

 

 

 サフィアは猫たちを抱えてノエルたちの隣に座る。

 クロネは話し始めた。

 

 

「まず、その2匹は魔力を持っておる猫じゃ。じゃが、研究の結果、元々は魔力を持たないただの猫、ということが分かったんじゃよ」

 

「ただの猫が魔力を得た、ってことか? そんなまさか」

 

「事実じゃ。そしてそれは、これまでに確認できなかった新たな生き物として分類されることを意味する。元より魔力を持つ生き物は『魔物』、魔力を持つ人間は『魔導士』と呼ばれるように、後天的に魔力を得た生き物をワシは『魔獣』と呼ぶことにした」

 

「なるほど……。それで、この子たちが魔力を持ったからって何かおかしなことでも起きるんですか? これからの世が何とか言ってましたけど」

 

「では、試しに魔獣の恐ろしさを教えてやるとするかの。ほれ、スノウとナイトをこちらへ」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

 サフィアは向かいにいるクロネに猫たちを預ける。

 そして、クロネはその2匹をノエルたちの目の前にある机の上に座らせた。

 

 

「見ておれ」

 

 

 クロネは2匹の背中に手を当て、精神を研ぎ澄ませる。

 すると突然、2匹の首輪に付いていた魔力計がチリンチリンと鳴り始めた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「魔力計の音じゃ。一定の数値以上の魔力を検知すると鳴る、安全装置のようなものじゃよ」

 

「待ってくださいまし? それが鳴ったということは……」

 

「では、いくぞ。それ、ポンっと」

 

 

 クロネは魔力に満ち溢れた2匹の背中を手で軽く叩いた。

 その瞬間、サフィアは2匹の口元に魔力が集中することに気づき、不意に叫んだ。

 

 

「ぷ、『防護壁(プロテクション)』!」

 

 

 2匹の口元に集まった魔力は、そのまま魔力の弾となってノエルたちに発射されたのだった。

 バン! と軽い爆発音が響き、それを聞きつけたヴァスカル王が隣の執務室から部屋に入ってきた。

 

 

「な、何事だ!」

 

「そ、それはこっちのセリフだ! サフィーが早く気づいてくれたから良かったものの……。どういうつもりだ、クロネさん!」

 

「すまんすまん。思ったより魔力を注ぎすぎたようじゃな」

 

「はぁ……。また猫たちの魔力砲か……。余の部屋が無事だっただけ、安心しておくとしよう……」

 

「魔力砲……? って、もしかして、魔獣は魔法を使えるんですの!?」

 

「厳密には魔法ではなく、体内に溜まった魔力を吐き出しておるんじゃよ。いわゆる、()()()()()、と言ったところか。先ほどはワシが魔力を注いだが、こやつらは空気中の魔力を次第に吸収し、それが一定の数値を超えると全て吐き出す性質を持っておる」

 

 

 そう言って、クロネは机の上から猫たちを下ろした。

 

 

「あぁ、そうだった。さっきはありがとな、サフィー。お前が魔力感知に優れてたおかげで助かった」

 

「いえいえ。まさかこの子たちから攻撃されるとは思いませんでしたけど」

 

「それにしても……。一定時間で魔力を吐き出す生き物とは、確かに放っておくと危険かもしれませんわね……」

 

「だが、現存する魔獣はその2匹だけだろう? 何を恐れる必要がある?」

 

「ワシは今後、魔獣へと変化した生き物が各地に出現するようになると踏んでおる」

 

「どうしてだ?」

 

 

 すると、クロネは大陸の地図を取り出してきた。

 

 

「この2匹は、この前のファーリの生家がある森で大量の魔力を浴びたことで魔獣となったんじゃろう。ということは、何かしらで大量の魔力を浴びることがあれば、どんな生き物も魔獣となる可能性があるということじゃ」

 

「なるほど……?」

 

「そして、この大陸には大量の魔力を放つ物質があるじゃろう?」

 

「……呪いの残滓か!」

 

「その通りじゃ。あの悪魔が無力化されたとはいえ、呪いの残滓自体はまだこの大陸にいくつも残っておる。そして、それは海の中や森の中、ワシらが認知できない場所にもあることじゃろう。となれば、将来的に魔獣化する生き物が増える可能性は大いにあり得る」

 

「なるほどな。それがこれからの世の中に降りかかる可能性のある危険となるわけだ。まさか拾ってきた猫からそんな事態を予測できるとは思わなかったよ」

 

 

 クロネは頷き、話を続ける。

 

 

「あともう1つ、面白い話がある。ファーリのことじゃ」

 

「うん? 急な話題替えだな?」

 

「いやそれが、魔獣の話と繋がっておるんじゃよ。後天的に魔力を得た生き物が魔獣と呼ばれる。ということは、精霊たちから魔力をもらったファーリもまた、魔獣と呼ぶべき存在だったのではないか、とね」

 

「そういうことか。確かに魔導士という括りが生まれなければ魔獣という分類に値するだろうな。ただ、ファーリは魔力の代謝なんてしてないだろう? そんなの文献に残っていない」

 

「わたくしには分かりましたわ。もしや、ファーリが使っていた魔法こそ、彼女なりの魔力の代謝だったのではありません? 魔法を使うことで体内の魔力の量を自然と調節できていたとか」

 

「ワシもそう考えておる。まあ、だから何という話ではない。結局、ファーリから生まれた子供たちは生まれながらに魔力を持っていたためか、魔力の代謝を行うことはなかった。実際、魔導士の家系で魔法を使わない者など、この国にはザラにおるしの」

 

 

 ノエルは少し考えて、クロネに尋ねた。

 

 

「つまり、魔獣の子供は魔獣ではなく『魔物』ってことになるのか?」

 

「恐らくは、な。くぅ……こやつらが(つがい)であればそれも判明したというものを……」

 

「両方ともメスですもんねぇ。あ、だからってどこぞのオスとくっつけようなんて思わないで下さいよ?」

 

「安心せい。下手に野良猫に近づけて病気にでもなられる方が困るわい」

 

「ま、とにかく今後は魔獣への警戒を払うよう、各国に定期的に知らせておけばいいだろうさ。アタシたちはそろそろ蘇生魔法作りに戻らないとね」

 

「そうじゃな。手を止めたようで悪かった。ワシの研究の成果をどうしても聞いておいて欲しくての」

 

「楽しい時間だったから気にしないでくれ。それに、アタシは何も蘇生魔法だけなんて一辺倒になるつもりはないからね」

 

 

 それを聞いたクロネはホッとして穏やかに微笑む。

 そして、それを見たノエルは一息ついて、ソファから立ち上がって言った。

 

 

「さて、アタシたちは先にヘルフスに向かうとするか」

 

「エストさんが用意したっていう()()()ですね!」

 

「まさか本当に5年足らずで大規模な工房を用意できるなんて、流石は姉様ですわ……」

 

「ワシは他の大魔女たちと一緒に書類を持って、明日にでも出発するつもりじゃ。先に行って準備でもしておくんじゃな」

 

「あぁ、分かった。よろしく頼むよ。じゃ、お先に失礼する」

 

 

 ノエルはヴァスカル王の部屋の扉を開け、クロネに軽く手を振る。

 サフィアは猫たちを軽く撫で、もの惜しげに部屋を出た。

 マリンはクロネとヴァスカル王に軽く会釈をして、扉を閉めたのだった。

 

 

***

 

 

 それから数時間後。

 ノエルたちは様変わりした北東の国・ヘルフスを見て感嘆していた。

 

 

「……プリングにある指輪の結界を複製できたとは聞いていたが、まさかここまで変わるとはな」

 

「雪は降り積もっているのに、指輪の結界の範囲内ですと全く寒くありませんわ! 環境を壊さないまま、人間の体感のみを変化させる結界……。やはり、おばあさまも姉様も偉大な魔女ですわ」

 

「そのおかげで、駅周辺がすごい繁華街になってる。これぞ観光都市って感じ!」

 

 

 5年前のヘルフスは雪山を利用した観光業を営んでいたが、あまり客足は伸びないまま、雪国で取れる豊富な作物を収入源としていた。

 しかし、エストが持ち込んだ指輪の魔法によって駅周辺一帯が寒くなくなり、鉄道を利用してヘルフスに観光しにくる客が爆増。

 それによって莫大な収益を得たヘルフス王家は、駅周辺にあった露店街の土地を一気に開発したのだった。

 

 

「大工房を作るのはいいが、ヘルフスには作れないだろうなんて思っていた時期もあった。だが、むしろヘルフスにエストがいたからこそ、大工房を作れる土地と金を調達できたってわけだ」

 

「そういうわけっス。満足してもらえたっスか?」

 

「うぉぉっ!! ビックリした!」

 

 

 ノエルの後ろに突然現れたエストは、面白そうに笑っている。

 ノエルは溜息を吐いて、気を取り直した。

 

 

「先に戻っているとは聞いていたが、迎えに来てくれるとは思ってなかったよ」

 

「そりゃ、迎えに行けるなら行くっスよ。アチキの占いは幸か不幸か、絶対に当たるんスから」

 

「あぁ、占い魔法……じゃなかった、運命魔法か」

 

「何か言い方に毒を感じるっスね……」

 

「それで、エストさんの大工房ってどこにあるんです? 繁華街が広すぎて、大きな工房が全く目につかないというか……。あっ、あっちに可愛い服売ってる店があるよ、お姉ちゃん!」

 

「目につかない理由は色んな店に目移りしてるからっスよね!? まあ、そもそもここからじゃ見えないんで、当然と言えば当然っスけど……」

 

 

 そう言って、エストはノエルたちに背を向ける。

 

 

「こっちっス。先に場所教えとくんで、買い物はそのあとっスよ」

 

「恩に着る」

 

 

***

 

 

 繁華街を抜け、雪山の洞窟を通り、ノエルたちは王城のある方面へと歩いていく。

 そして洞窟を抜けると、ノエルたちの目の前に大きな建物が現れた。

 ノーリスにあるロヴィアの魔導工房と似た作りのようだが、その広さは3倍以上あるようだった。

 

 

「……まさか、これか?」

 

「そうっスよ。ビックリしたっスか? ビックリしちゃったっスか??」

 

「い、いや……これは凄いな……」

 

「もっと褒めてくれてもいいんスよ?」

 

「流石ですわ、姉様!」

 

「んー。でも、どうしてこんな所に作ったんです? 普通に人通りのある場所ですし、それなら繁華街の方に作っても良かったんじゃ?」

 

 

 サフィアの疑問にエストは答える。

 

 

「そもそもここは大工房じゃなくて、アチキの何でも相談所だったっス。元々はこの辺に住んでる人とかヘルフス王の依頼を請け負う場所だったのを、次第に規模拡大していったからこんな場所にあるままなんスよ」

 

「うん……? ってことは、今も相談所が併設されてるのか?」

 

「そりゃもちろん。工房はその隣っス」

 

「そんな場所で……蘇生魔法の研究をするってのか?」

 

「そういうことになるっスねぇ……」

 

「人通りもあって、普通に情報が筒抜けなこの場所で……?」

 

 

 エストは次第にノエルから目を逸らす。

 

 

「あー……。声とか漏れないようにする結界と、防犯の結界を用意してもらえたり……しないっスか?」

 

「……エスト、お前ーーー!!」

 

「あだだだだ!! 痛い! 痛いっス!!」

 

「サフィー! マリン! 買い物はあとだ! 先に来ているアタシたちが工房に結界を張らないと、他の連中に申し訳が立たない!」

 

「えぇー……。楽しみにしてたのに……」

 

「まあ……姉様ならあるいはと思いましたが……。仕方がないですわ。ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう!」

 

 

 ノエルはエストの耳を引っ張ったまま工房へと入り、サフィアとマリンと共に様々な結界を施し始めた。

 そして、その作業は翌日まで続き、クロネたちが来る頃になってようやく終わったのだった。



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122頁目.ノエルと家具と相談と……

「へえ……。私たちの工房よりもずっと立派な建物じゃない。ロウィもさっきから私の中でずっとはしゃいでるわよ」

 

「結界もしっかり張られておるし、安心して研究できそうじゃな。よしよし」

 

 

 ノエルたちを除く5人の大魔女たちは一緒にクロネの案内の元で来たらしく、工房に入るなり物色し始める。

 そんな中、ノエルたち4人は部屋の隅で項垂れていた。

 

 

「で、ノエルたちは何でそんなに疲れてるんだ? ワタシが見る限り、全員寝不足みたいだが……」

 

 

 ルフールの心配に反応し、ノエルたちはエストを静かに睨む。

 結界張りの作業がクロネたちの到着に間に合ったは良かったものの、ノエルたちは睡眠不足で疲れ切っていたのだった。

 

 

「いいから今は寝かせてくれ……。魔力が切れそうだし、どうせしばらくは使い物にならないんだ……」

 

「せめて布団で寝ましょうよ。ボクたちが運んであげますから。ほら、エストさん、休憩所はどこです?」

 

「一応、地下に人数分のベッドを用意してるっスけど……」

 

「え、この建物って地下もあるんですか? ま、まあ、とりあえず肩を貸しますから、立ってください」

 

 

 ルカたちはノエルたち4人を連れて地下にあるというベッドルームへと向かうのだった。

 

 

***

 

 

「……お前が言い淀んていたのはこういうことか」

 

「全員揃ってから意見を貰ってから色々と改良するつもりだったんス……。だから、決して手抜きとかそういうつもりじゃ──」

 

「殺風景……ですわねぇ……」

 

「全く寒くないけど、寒そうに見えるよぉ……」

 

 

 地下に作られたその小部屋は一面真っ白な壁に囲まれており、ベッドがただ等間隔に10台置いてあるだけの空間だった。

 とはいえ、指輪の結界は地下にも届いているようで、見た目とは裏腹な温もりがそこにはあった。

 ソワレはノエルたち4人を担いだ他の4人に言った。

 

 

「とりあえず、ノエルたちをベッドに寝かせましょう。何をしていたかは何となく分かるし……ね?」

 

「そうですね。全く……1日目からこんな様子では先が思いやられますよ……」

 

「何で母親のワシがこの歳で実の娘をおぶらないといけないんじゃ……」

 

「ワタシより肉体年齢若いんだから、文句を言うんじゃない。ソワレに担がせるわけにもいかないだろ?」

 

「そりゃそうじゃが……」

 

「まあ、時間はたっぷりあるんだし。こんな日もあっていいわよねぇ」

 

 

 ソワレはくすくすと笑いながら、ノエルたちを遠い目で見つめていたのだった。

 

 

***

 

 

 次にノエルたちが目を覚ましたのは、その日の夕方のことだった。

 目を擦って周りを見ると、ノエルの目の前には見覚えのない光景が広がっていた。

 

 

「いや……ここ、さっきの地下だよな? いつの間にかサフィアたちもいなくなってるし……」

 

 

 よく見ると、ベッドの数や部屋の広さは寝る前のままで、違うのはその場にあった『家具の量』だった。

 ノエルたちが寝る前よりも圧倒的にモノの密度が増えており、それぞれのベッドの周りが個性豊かな家具で敷き詰められているのだった。

 

 

「まさか、ものの数時間でこれだけの買い物を……? アタシのベッドの周りも黒い家具でいっぱいだし……。まあ一応、殺風景な部屋ではなくなったか」

 

 

 そう言いながらベッドから降りて、ノエルは上の工房へと戻るのだった。

 

 

***

 

 

「あ、ノエル様! 夕食の準備ができてますよ!」

 

「待て、その前に、だ。下の大量の家具について説明してもらおうか、()()()

 

「あら、よく私の提案だって分かったわね?」

 

「あんな自由な買い物、買い物魔の姉さんの発想でしかないと思ったが……やはりそうだったか。それに、アタシの色の好みを知ってるのは姉さんくらいのもんだし──」

 

「あ、いや。ノエルの家具はアチキが適当に買ってきたっス。それに、ノエルが好きな色くらい誰しも知ってるっスよ?」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 

 当然のように頷く一同に、ノエルは頭を掻いた。

 

 

「で、あの家具を5人で準備してくれたのはいいが、誰の金だ?」

 

「ワタシに決まってるだろ。お前たちの旅費から何から、これまで誰の財布……いや、金庫から出ていたと思っている?」

 

「へえ、お前の金はああいう家具にも適用されるのか……。覚えとくよ」

 

「蘇生魔法のためとか銘打った、個人的な買い物には払わないからな?」

 

「アタシを何だと思ってるんだ……。まあいいや。ほら、夕飯食うんだろ。で……誰が作ったんだ?」

 

「わたくしとサフィーとソワレさんですわ。これからは家事も分担しなくてはなりませんし、あなたも台所に立つ日が来ると思いますわ……って、何を呆然としていますの?」

 

 

 ノエルはボーッと何かを考えていたが、ハッとして答える。

 

 

「いや……そういやアタシたちって、今日から9人で共同生活をすることになるんだな、と思って。いつの間にかそんな生活に突入している自分と、この不可思議な状況を受け入れるのに時間がかかってただけさ」

 

「あぁ……分かります、ノエル様。あたしもソワレさんと一緒に台所に立った時、そんな不思議な気持ちになりましたもん」

 

「蘇生魔法をここにいる大魔女全員で一緒に作ると言うとただの研究のようですが、裏を返せば数年は同居することになるということですものねぇ」

 

「ノエルがそんなこと言うとは思ってなかったっスねぇ。アチキはてっきり、それを了承した上での長期間の協力を要請していたとばかり……」

 

「頼んだアタシが言っていいことじゃないだろうが、それにしては準備不足だったような……」

 

「アチキだって暇じゃないんス。まあそれも相談所が繁盛してるおかげっスけど、大工房を作るので精一杯だったんスよ。色んな結界を張るにも、基本属性が使えないアチキ1人じゃ魔導書を準備するしかなかったっスし」

 

 

 そう言って、エストは胸を張る。

 そんな彼女をほったらかしに、ノエルたちは夕食を食べ始めるのだった。

 

 

「酷いっス……」

 

「いや……別に責めるつもりはないが、時間がなかったんならなかったで、アタシたちとか他の魔導士とかに手伝って貰えば良かったじゃないか。何で相談してくれなかった? まあ、準備のことを直前まで忘れていただけかもしれないが」

 

「忘れていたってのもあるっスけど、頼まなかったのは気を遣ってただけっスよ。そもそもノエルたちは住所不定なせいで依頼できないっスし、他に信頼できる魔女たちも忙しそうにしてたっスから」

 

「防音の結界なら風魔法の得意とするところですし、それくらいならボクを呼んでくれれば良かったですのに」

 

「ま、結果的には結界を張れたわけっスし、気にしなくていいっスよ。ノエルたちには感謝っス」

 

「そういやすっかり忘れていたが、今初めて礼を言われたな? まあ、いちいちそんなこと気にしてたら今後疲れちまうだろうし、今回は特別に許してやるか」

 

 

 そう言って、ノエルは食事に手を伸ばす。

 マリンたちが作った料理に舌鼓を打ちながら、ノエルたちはこれからのことを話すことにした。

 

 

「今後のことだが、研究を始める前にこれからの生活に必要な物資を整えたり、分担に慣れたりする時間が必要だと、今回の一件で気づかされた。ってことで、明日からは各自で自分のベッド周りと、ここの研究部屋に必要なものを買い揃えよう」

 

「じゃあ早速、ノエルたちの財布をエストに複製してもらおうか。ワタシが新しく作るより、そっちの方が手っ取り早いだろうし」

 

「全然いいっスよ。でも、みんな大魔女になったあとに国から補助金貰ってるっスよね? 別にルフールの財を崩す必要はないんじゃないんスか?」

 

「今金庫にあるのは数年前にノエルから頼まれた時からずっと、ワタシが今回のために貯めていた金だ。補助金はそれぞれ自分のことに使ってくれ。じゃないと、これまでのワタシの努力が水の泡になってしまうだろう?」

 

「……ルフールがそう言うならそうするっス。明日の朝までには人数分の財布を用意しておくっスよ」

 

「よし、じゃあ先に金を取り出すための呪文を教えておこう。財布にかけた空間魔法の鍵を開く言葉。『エイプリー・ルフール』だ」

 

 

 クロネたちはそれぞれ頑張って覚えようと、何度も言葉を繰り返している。

 ノエルはそんな彼女たちを見て微笑ましく思い、楽しそうに笑うのだった。

 

 

***

 

 

 それから数日して、ノエルたちが蘇生魔法を研究するための準備が整った。

 家具も物資も魔導書も、数日で各々が揃えたおかげで立派な工房がそこにはあった。

 そして、その数日の生活の中でそれぞれの生活習慣を把握したことによって、家事の分担を決めることもできた。

 そんな中、全員が集まっている朝食の場でエストは席を立ち、周りを見回しながら突然話を始めた。

 

 

「じゃあ、みんながこの生活に慣れてきたところで……」

 

「お? 急にどうしたんだ、エスト?」

 

「これまで先送りにしてたことがあるんスよねぇ……」

 

「……またお前、何かしでかしたのか?」

 

「またとはなんスか。違うっスよ。この場所を使うにあたっての契約の話っス」

 

「…………契約だって?」

 

 

 その言葉を聞いた一同は、一斉にエストの方へと振り向く。

 

 

「そんなに睨まれると言いにくいっスねぇ……。じゃあ……この大工房の土地を使うにあたって、アチキは国王からある条件を提示されてたっス」

 

「それが契約、か」

 

「そうっス。その条件っていうのが、『相談所と研究を()()()()()()』っス」

 

「おいおい、そんなことしてたら研究の速度が格段に下がってしまうじゃないか。ワタシは反対だぞ」

 

「アチキだって断れるもんなら断りたいっス。でも、国の土地を借りて、相談所よりも研究を優先させてくれるって時点で、アチキたちには断る理由がないんスよ」

 

「でも、そんなことしてたら蘇生魔法がいつ完成するか分からないじゃない。国王には悪いけど、私も反対するわ。ねえ、ノエル? あなたも何か言いなさいよ?」

 

 

 一同はエストに向けていた目をノエルに向ける。

 ノエルはしばらく考えていたが、やがて顔を上げてエストに言った。

 

 

「……よし、その話乗った!」

 

「ええっ!? ノエルなら断るかと思ってたんだけど……。急にどうしてそんなことを?」

 

「楽しそうじゃないか。エストの相談所の手伝いなんて」

 

「へえ、なるほどな。ノエルがいいならワタシは問題ないよ」

 

「えっ、でも……。早く蘇生魔法を完成させるためにボクたちは集まってるんじゃないんですか?」

 

「そうよ。相談所の仕事をただ楽しそうだからなんて理由で安請け合いしてたら、いつまで経っても完成しないじゃないの」

 

 

 相談所の件を拒むルカとロヴィアを見て、マリンは2人を呼ぶ。

 

 

「ルカさん、ロヴィアさん。ちょっとこちらへ……」

 

「ん……? どうしたのよ」

 

「少しで終わりますから」

 

「わ、分かりました……」

 

 

 部屋の隅でマリンは、ルカとロヴィアに話し始めた。

 

 

「その……ノエルは悩んでいるのですわ。それも、現在進行形で悩み続けているのです」

 

「悩み……ですか?」

 

「蘇生魔法が完成する時、それはノエルの人生が終わりを迎える日が近いということでしょう? それまでにわたくしたちもノエルも、その死に意味を見出さなければならない」

 

「……少しでも余生を長く楽しんで、その間に答えを見つけようとしてるってこと? そんなの、ただの先延ばしじゃないの……」

 

「でも、それが今のノエルには必要な時間なのですわ。蘇生魔法を早く完成させることをノエルが()()()()()()()と、気づきませんでした?」

 

 

 ルカとロヴィアはハッとして、食事を続けているノエルを見る。

 そしてマリンへと向き直って、話を続ける。

 

 

「ノエルってば、息子に会う以上に死を恐れてるってこと? 当然と言えば当然だろうけど……。確かに、ノエルらしくはないわね」

 

「恐れ……というよりは迷い、でしょうか。まあ、そういうことならボクはノエルさんの意思に賛同するまでですが」

 

「そうね……。じゃ、私も──」

 

「あら……?」

 

 

 ロヴィアが話そうとした瞬間、ロヴィアの額の宝石が光を放つ。

 そして、彼女の瞼が開くと、その瞳の色は黄緑色に変化していた。

 

 

「アタイも……アタイも、ノエルのこと手伝っていいかな?」

 

「その目の色……! ロウィさん、お久しぶりですわ。でも、それはわたくしに聞くことではないのではなくって?」

 

「あ、それもそうか。あはは!」

 

 

 ロウィはノエルの元へと歩いて行って、突然その手を取った。

 

 

「ノエル。ちょっとアタイの話、聞いてくれるか?」

 

「その喋り方と瞳……。お前、ロウィか……! って、急にどうした?」

 

「アタイ、ずっと悩んでた。一度死んだアタイが蘇ることができたのはノエルのおかげでもある。でも、ただの人間のアタイがどうすればノエルに恩返しできるんだろう、話し相手くらいにしかなれないのに、ってさ」

 

「ロウィ……お前……」

 

「でも、今のノエルにはそれが必要なんだって、さっき分かった。魔法じゃないことなら何でも手伝うからさ、相談相手くらいでもいいから、アタイもノエルに手を貸していいかな?」

 

「…………」

 

 

 ノエルは黙ったまま、ロウィの目を見つめている。

 しばらくそのまま固まっていると、やがてロウィが目を背けてノエルの手を離した。

 

 

「あはは、やっぱりアタイじゃダメだったか……」

 

「なあ、ロウィ。死ぬって怖かったか?」

 

「え……? あ、アタイは即死だったから、怖さはなかったけど……って、突然なんて質問をして……」

 

「あら……。良かったですわね、ロウィさん。あ、今の文脈だと不謹慎な意味合いになってしまいますが、違いますわよ!」

 

「えっ……? どういうことだ……?」

 

「これまでわたくしたちにも悩みを言ってくれなかったノエルが、あなたに相談したのですわ。大魔女であるロヴィアさんではなく、人間である()()()に」

 

「……!」

 

 

 ロウィはノエルの方に向き直って、再びその手を握る。

 

 

「分かったよ。これからはアタイがノエルの死と向き合う。死の意味とかそういうんじゃなくて、ノエル自身の迷いや恐れをアタイが楽にしてやるんだ」

 

「あぁ、そうしてくれるとありがたい。おかげで、さっきより少し楽になった」

 

「先ほどのあなたらしくない言動、やっぱり無理していましたのね」

 

「だって、急に蘇生魔法作り! なんて、自分の死と向き合え! って、言われてるようなもんだからな。急には切り替えられないだろ」

 

「それならなおさら、さっきの相談所の話にはそのまま乗ろうよ。ルカも賛同してくれるらしいし、気を紛らわす場所は少しでも作っておいた方がいいだろ? らしくないとか考えるより、今はノエルがしたいことをしよう」

 

「ロウィがそう言うなら、そうしようか。ってわけで、エスト。明日から相談所の仕事も日替わりで担当させようと思うから、国王に承諾の話を持って行っておいてくれ。今日は仕事の下見をするぞ!」

 

 

 エストは嬉しそうに頷いて、急いで朝食を平らげる。

 そして、そのまま書類に全員の署名をさせて、すぐに王城へと出かけて行ったのだった。

 

 こうして、相談所の仕事もこなしながら、ノエルたちは蘇生魔法の研究に着手し始めた。

 ロウィはこれまで以上に頻繁に表に出るようになり、ノエルの死についての相談を仲間内で話す時には必要な存在として認められるようになったのだった。



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123頁目.ノエルと劣化と魂の器と……

 それから数日後。

 相談所が休みの日に、ノエルたちはようやく蘇生魔法に着手することにした。

 

 

「さて、何から着手したものか」

 

「うーん……。まずは蘇生魔法に何が必要なのか。その洗い出しからではありません?」

 

「そうだな……。少なくともロウィの件で必要だったものが前提として必要だとは思っているんだが、それを集めるところから……かな」

 

「ええと、確か『魂』とそれを入れる『肉体』が必要なんスよね」

 

「そうよ。魂はロウィの時と同じように、魂のカケラを集めることができればどうにかできると思うわ。ただ、問題は『肉体』の方ね。魂を入れる器となる肉体は、彼の人生と全く同じものか、それに強い所縁があるものでなければならないんだもの」

 

「ボクの記憶が正しければ、魔女狩りが始まったのがちょうど23年前。確かノエルさんの息子さんはその1年目に亡くなったんでしたね。となると、その遺体はとっくの昔に腐敗しているはず……」

 

 

 ノエルはそれに頷いて言った。

 

 

「それはアタシも確認済みだ。前に墓参りした時、念のために遺骨を集めておいたからね。どこぞの猫やら魔物やらに持っていかれない保証はないし」

 

「じゃあ、それこそクロネさんの時魔法でその骨を巻き戻せば、肉体だけは戻るんじゃないんですか? ノエル様がクロネさんに頼めなかったのって、完全な蘇生ができないからでしたよね?」

 

「そうじゃな。ワシの時魔法なら30年ほど巻き戻す程度は造作もない。じゃが……」

 

「それは、あくまで()()()()。時間が進めばイースの身体は数年で腐敗してしまう。だろう? ワタシの知る限り、時魔法は時間の流れを変化させるだけの魔法だからね」

 

「うむ。時というのは運命にまでは抗えん。時魔法とはあくまでその時の流れを戻したり、止めたり、遅くすることしかできん、その程度の魔法じゃからな」

 

「そんな……。それじゃ、せっかく蘇生できてもすぐに魂の器がなくなっちゃうってこと……?」

 

 

 すると、ソワレがクロネに尋ねる。

 

 

「ねえ、母さん」

 

「……久々にそう呼ばれた気がするの。どうした、ソワレ」

 

「イース君の肉体を戻したあとで、その腐敗するまでの時間を遅くするとかできないかしら?」

 

「可能ではある。じゃが、そもそも肉体の腐敗を止めるには何の時間を操作すれば良いのか、ワシには分からん」

 

「あ、ボク知ってますよ。細胞の劣化を止めればいいんです。体内の菌が増殖したり、外の雑菌に食べられるのを防いでるのは、皮膚や粘膜などの細胞でできた壁ですから」

 

 

 その発言に、一同は一瞬固まる。

 マリンはおずおずと尋ねた。

 

 

「な……なぜそんなことを知っているんですの?」

 

「あ、いや……。最近まで死霊術を扱う人が近くにいたので、死体についての知識がいつの間にか身についてて……」

 

「あぁ、ライジュか……。まさか、あいつの知恵が役に立つとはねぇ……」

 

「細胞の劣化……。つまり、細胞そのものの時間を遅くする必要があるということになるが、それは人間が生きる上で大問題ではないかの?」

 

「確かに……大問題ですね……。正しく代謝が行われないので、人間的な生活はまず不可能でしょう。もしかしたら、自然治癒も遅くなってしまうせいで腐敗が余計に加速してしまうかもしれません」

 

「そうじゃな。つまり、肉体を時魔法で戻すという線はなしで──」

 

 

 すると、ノエルの手がクロネの前に延び、静止する。

 そして少し考える素振りを見せ、ノエルはクロネに尋ねた。

 

 

「待て。今さっき、ルカは細胞の時間を遅くすると腐敗が余計に()()()()、って言ったよな? で、それをクロネさんは肯定した」

 

「じゃな」

 

「時間を遅くしても、腐敗するまでの時間は変わらないんじゃないのか? 時魔法ってのは運命までは変えられないんだろう?」

 

「腐敗する、という事実が変わらないだけで、自然治癒が働かずに腐敗するのは当然じゃないんですか?」

 

「時魔法でそれが可能なのだとしたら、イースが腐敗する原因そのものを止めればいいんじゃないのか? そもそもの死因は、身体の傷からの過剰な出血だ。巻き戻した身体にも同じように傷が開くのなら、その傷を治せばいいだけだろう?」

 

「それでもルカの言う通り、イースが死に、腐敗するという運命は変わらん。そもそもの話、傷が治らんじゃろうな。それほどまでに運命というものは強力なんじゃよ。ワシらは特にそういうものじゃと、分かっておろう」

 

 

 ノエルはそのまま黙り込んでしまった。

 一緒に他の大魔女たちも考え込むが答えが出ず、結局肉体を戻すという話は白紙となった。

 

 

「では、イースさんと強い所縁があるもの。この線でいきましょう。わたくしたちは考えてこそですし、色々と案がある方がいいでしょう」

 

「そもそも、どれくらい強い繋がりがないといけないのか、アタシ知らないんだよな」

 

「じゃあ簡単に説明するわね。魂と強い所縁を持つものには、少なくとも3つの条件があるの。それが彼の運命の一部であること、それが彼の最も身近にあったこと、それが彼が最も大切にしていたものであること」

 

「……話を聞く限り、ノエル様では?」

 

「いやいや、それだとロウィの時と同じ手順になるだろう。それなら、アタシじゃない理由があるはずだ。おい、ロヴィア。その3つの最低限の条件以外に、満たすべき別の条件があるんじゃないのか?」

 

「もちろんあるわよ。あくまでさっきの3つは最低限満たすべき条件。次の1つが場合によって必要になる条件よ。それは、彼が死ぬ直前に触れたものであること。もし、それがないのであれば……って、どうしたの?」

 

 

 ノエルは目を見開いたまま硬直している。

 

 

「もしかして……それ、あなただった?」

 

「あ、あぁ……。死んだあともずっと、あいつの手を握ってたから……」

 

「なるほどね……。それなら、ノエルという線を除いた上で探しましょう」

 

「え? さっきの条件だと、アタシじゃないといけないんじゃないのか?」

 

「強い所縁があれば、何も器の()()は1つに限られないのよ? それに、別に生き物じゃないといけないってわけでもないんだから。言ってなかったかしら」

 

「聞いてない! あと、器が非生物でもいいなんて、今初めて知ったぞ!?」

 

 

 ロヴィアはノエルを諌める。

 すると、エストが1つ提案をする。

 

 

「じゃあ、とりあえずノエルの家の周辺の探索をするってのはどうスか? 工房で話してるだけじゃ分からないこともきっとあるはずっスから」

 

「そうだな。少なくとも足掛かりがない以上は探索からだ。ついでに魂のカケラを集める準備も進めておくか」

 

「はいはい、ちゃんと魂の器を映す用の宝石は持ってきてあるわ。器が見つかったらいつでも同期できるから。まあ、多分ロウィの力を借りることにはなるけど」

 

「助かるよ。じゃあ、それぞれ準備できたらメモラに向かうとするか! しばらく相談所の担当がいなくなることにはなるが……大丈夫なのか?」

 

「ちゃんと理由があるなら、国王に話をつければ問題ないっス。あくまで手伝いっスし、研究優先にさせてくれるっていうのはこういうことっスよ」

 

「それはとてもありがたい。なら、エストの報告が終わり次第、ヘルフスの駅で集合だ!」

 

 

***

 

 

 それから数時間後の夕方。

 ノエルたちはようやくノエルの旧家が見える森の中に辿り着いた。

 ソワレはその場所で起きた出来事に胸を痛めながら、ノエルに尋ねる。

 

 

「あそこが……ノエルとイース君が住んでた家なのね?」

 

「数年前にボロボロになって壊れちまったけどな。見たところ、イースの墓は無事みたいだ」

 

「あの時はどうなることかと思いましたが……。まあ、とりあえず探索をするにも日が暮れるでしょうし、場所の確認だけ済ませてお城に戻りませんこと?」

 

「あぁ、そうしようか。って……うん?」

 

「どうかしました、ノエル様?」

 

「いや……何かあっちで光ったような気がして……。ちょっと行ってくる」

 

 

 そう言って、ノエルは光が見えた墓標の方へと駆けていった。

 

 

***

 

 

 ノエルがイースの墓の前に立つと、遺体を埋めた土の中から何かが夕陽を反射して煌めいているのが見える。

 

 

「これは……白い鳥の羽根……? いや、違う!」

 

 

 ノエルは急いで土を掻き分け、それを手に取り、土埃を払った。

 彼女の手に握られていたのは、かつてイースが大切にしていた白い羽根ペンだった。

 

 

「前来た時に見落としてたのか……。ただ、見つかって良かった。これはあいつが一番大事にしていた…………あれ?」

 

 

 ノエルが首を傾げていると、ロヴィアがノエルを呼びに来た。

 ロヴィアは不思議そうな顔でノエルの手にある羽根ペンを見る。

 

 

「それ、ノエルの羽根ペン? 羽根の色褪せ具合からして、かなり昔の物だけど」

 

「いや、これはイースのだ」

 

「へえ、そんな昔の羽根ペンがここまで立派な形で残ってるなんて、よっぽど丁寧に手入れされてたのね。どれだけの高級品でも、手入れしないと使ってるうちに羽根がボロボロになっちゃうし」

 

「なあ……ロヴィア」

 

「何かしら?」

 

「例えば、こんなものでも魂の器にできるのか?」

 

 

 魂と強い所縁を持つものの3つの条件。

 それがイースの運命の一部であること、それがイースの最も身近にあったこと、それがイースが最も大切にしていたものであること。

 その羽根ペンはノエルが覚えている限りで、全ての条件を満たしていた。

 ロヴィアは一瞬きょとんとして、答える。

 

 

「え、ええ……できるわ。ちゃんと条件を満たしていれば、大抵どんな物でも器にすることは可能よ。ただ、ここまで単純な作りのものなら、その魂が活動できるために色んな魔法をかけてあげる必要があるけど……」

 

「できるんだな、分かった。じゃあ、これがイースの魂の器だ」

 

「……ええっ!? 羽根ペンが器!? そ、それじゃ、イース君が羽根ペンの姿で蘇るってことになるけど、それでいいの!?」

 

「アタシの身体を器にしてイースが蘇っても、アタシがそこにいないとイースが悲しむだろ。それなら、器の条件を満たすモノを器にする他に道がない。もし、羽根ペンの姿をイースに残念がられたら、別の器を探してやるだけだ!」

 

「それくらいは分かってたようで何よりよ。生きてイース君に会うこと、それがあなたの目標とする蘇生魔法だものね、分かったわ。とりあえず、その羽根ペンが器となりうるのか、お城に戻って話を聞かせてもらいましょうか」

 

「あぁ、そして、明日からイースの記憶や思い出を辿って、魂のカケラを集めるんだ……!」

 

 

 ノエルはそう言って、イースが作った木箱をカバンの中から取り出し、白い羽根ペンをその中に入れた。

 そして、これまでにあったイースと羽根ペンの所縁を8人に話しながら、ノエルたちはメモラ城へと向かうのだった。



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124頁目.ノエルと血縁と消去法と……

 その次の日。

 ノエルからイースの羽根ペンについての話を聞いた大魔女たちは、満場一致で羽根ペンがイースの魂の器となりうると判断した。

 そしてロウィが融合の秘術を使い、イースの羽根ペンにイースの魂を映す魔法を組み込んだのだった。

 ロウィと入れ替わったロヴィアは、ノエルたちに向き直って話し始める。

 

 

「じゃあこれで準備はできたし、早速イース君の魂のカケラを探しに行きましょうか」

 

「そうだな。確か、イースの記憶や思い出に残っている場所に行けば、魂のカケラが見つかるんだったか」

 

「ええ、そうね。ただ……」

 

「何か懸念があるみたいだな。教えてもらえるか?」

 

「ロウィの時は、魂の器がロウィの肉体そのものだったから魂のカケラが9割くらいしか集まってなくても魂を蘇らせられた。でも、今回は器が本人の肉体じゃないから、()()()魂のカケラを集めきらないといけないの」

 

「カケラの総数が分からない以上、かなり骨の折れる作業になりそうじゃな。ノエルがいるから大半はどうにかなるじゃろうが、イースというのは拾い子なのじゃろう? ノエルに覚えのない時期の記憶も集めるのは、ほぼ不可能ではないかの……?」

 

 

 ノエルはクロネの言葉に納得しつつも、すぐに頭を振って言った。

 

 

「ほぼ不可能だとしても、それを可能にするのがアタシたち魔女の仕事だ。アタシが知らないイースの過去だって、誰かが知ってるかもしれない。それを見つけるのが必要なことなら、とことん調べ尽くしてやるさ」

 

「では、ノエルを中心としたカケラ探索班と、イースさんの情報を集めるルカさんを中心とした調査班の二手に分かれましょうか。その方が効率も良さそうですし」

 

「それはいい提案だ。アタシの方は問題ないよ」

 

「ちょ、ちょっとマリンさん!? どうしてボクが調査班の代表なんです!?」

 

「風魔法は隠密行動にピッタリですもの。足音や姿を消すのにも使えますし、もし見つかって怪しまれても、足を速くしてすぐに逃げられますから」

 

「別に国王には話を通しておくし、堂々と調査していいとは思うが……まあ、念には念をって意味ではルカが最適か。どういう分担にするかにもよるが、他の連中よりは比較的まともに調査してくれると思うし……」

 

 

 そう言って、ノエルはクロネとルフールに目をやる。

 

 

「これでも母親じゃし、学園長でもあるんじゃぞ。何じゃ、その目は」

 

「そりゃ、尊敬する師であり母親だけど、はっきり言ってあんたは調査向きじゃない。終着点が見えない作業より、ちゃんとした目標がある作業の方が熱中する質だって知ってるからな」

 

「確かにそれはそうかもしれんが……。って、ルフールはどうして言い返さんのじゃ」

 

「ワタシは最初からそういうの向いてないって分かってるから、全く気にしない。むしろ、そういう作業向きだと思われていたとしたらそっちの方が驚きだ」

 

「ま、とにかく分担しよう。調査班は3人くらいで大丈夫かな。ルカが先に選んでくれていいぞ」

 

「分かりました。じゃあ……」

 

 

 ルカは他の8人を見回す。

 そして、しばらく悩み、ノエルに言った。

 

 

「師匠とルフールさんで!」

 

「あぁ、分かっ……て、えっ? ルカ、さっきの話を忘れちゃいないよな……?」

 

「マリンさんとサフィアさんは確定でそちらですし、ロヴィアさんも器のことを考えるとそちら。エストさんもノエルさん・イースさんと旧知の仲ですしそちら、ソワレさんは調査に連れ回すのも悪いのでそちらです」

 

「……つまり、消去法か?」

 

「えっ、ワシら余り物扱い?」

 

「そ、そういう意図はありません! ただ効率化を鑑みて優先順位を考えた時にそうなってしまっただけで……って、あれ? これって消去法ってことになりますかね……?」

 

 

 ノエルたちは苦笑いしながら頷く。

 ルカは申し訳なさそうな顔でクロネとルフールに全力で謝るのだった。

 クロネはそれを諌めながらルカに言った。

 

 

「ま、まあ、調査の定石から外れた探し方ができると考えれば良いのじゃ。簡単に見つかるならいちいちワシらが調査する必要もないんじゃからな」

 

「そうだな。少なくとも、イースが前住んでいた家は15年前の魔女狩り終結時点で既に無くなっていたし、イースの従兄弟たちの居場所も全くの不明だ。正攻法で見つかるとも思えない。生きていればいいんだが……」

 

「他に血縁の情報はないのか? 両親とか兄弟とか」

 

「あいつの母親はイースを拾う前に既に死んでいたらしい。父親はイースを嫌っていたらしく、イースをイースの叔父のところに預けていたんだ。兄弟がいたなんて話も聞いたことはない」

 

「その居場所も分からないとなると、どう調査したものかの……。何せ35年以上前の話じゃ。イースについて住民に聞き込むにしても空振りに終わるじゃろうし……」

 

「うーん……イースでダメなら、ノエルの名前を知っている人物を探せばいいんじゃないか? ワタシたちは大魔女になった時点でそれぞれの国中にその名が広まっている。知らない単語でもないだろうし、探しようはあるかもしれないだろう?」

 

 

 そんな話をしているルフールを横目に、ノエルはマリンたちに言った。

 

 

「うん、あっちは大丈夫そうだな。アタシたちも探索に出かけるとしようか。まずは、さっき行ったイースの前の家からだ」

 

「ですわね。では調査は御三方に任せて、わたくしたちはわたくしたちの仕事をこなしましょう!」

 

「うん! ちゃんと器を映した宝石も持ったし、準備は万端!」

 

「じゃあ、出発するっス!」

 

「ふふ……。ノエルの幸せだった頃を辿る旅ってことになるのかしら。楽しくなりそうねぇ」

 

「魂のカケラを全部見つける必要があるっていうのに、ソワレさんは呑気ねぇ……。ロウィに手伝ってもらいたいくらいには面倒な作業のはずだけど……ま、確かに退屈はしなさそうね」

 

 

 ルカたちにその場を預け、ノエルたち6人は魂のカケラ集めに向かうのだった。

 

 

***

 

 

 それぞれが探索や調査を終えたその日の夜。

 

 

「今日だけでカケラが8割くらい集まった」

 

「ええっ!? もうそんなに集まったんですか!?」

 

「まあ、ノエルの家周辺を歩き回るだけで勝手に集まったものね。でも、ロウィの時もこんなものだったわ。大変なのはここからよ」

 

「こっちは収穫なしじゃ。聞き込めた範囲がまだ不十分じゃから、あと2日ほどあればこの街中の聞き込みを終えられると……ルカの見込みじゃ」

 

「ま、1日でどうにかできるとも思ってないさ。ロヴィアだって1年半もかかったんだし」

 

「私の場合はただ単に、ロウィとの付き合いが浅かったから時間がかかっただけだけどね。ずっと一緒にいた家族が集めるんだし、そこまではかからないと思うわ。とは言っても、聞き込みの方がどうにか進まないとそれも無理なんだっけ」

 

 

 一同は頷く。

 ノエルはルカに言った。

 

 

「メモラ王にアタシから言って、兵士たちにアタシかイースを知ってる人物を探させるってのはどうなんだ? その方が手数もあるし、確実に情報を集められると思うんだが」

 

「うーん……できれば避けたいですね。大魔女の名前を知ってるか、なんて聞かれたら、不審に思う人が出てくる恐れがありますから。そもそもこの蘇生魔法の研究自体、秘密裏に進めたいって言ったのはノエルさんですよ?」

 

「確かにそれもそうか……。とりあえず、残りの探索次第でこれからの進め方を判断するとしよう。アタシたちもまだ、現状集められる全部のカケラを十分には見つけられちゃいないだろうし」

 

「今日はイースさんの前の家とノエル様の家、あとエストさんが住んでいたお店……の周りを探索しただけですしね。明日はエストさんの旧家に住んでいる人とエストさんが顔見知りらしいので、家の中の探索を交渉するんでしたっけ」

 

「そうっス。信頼できる人にあの店は買い取ってもらいたかったんで、買い手が出たら直々に交渉する場を設けてもらいたいって、土地の管理者の人にそうお願いしてたんスよ。まあ、会うのは25年振りになるっスけど、アチキの見た目は変わってないっスから」

 

「若魔女の強みと言えば強みですが、何も知らない一般人からすれば恐ろしいですわよねぇ。60歳を超えるはずの女性が、30代後半の頃と違わぬ姿で現れるんですから。まあ、本当はもっと若い頃のままなのですが……」

 

 

 それを聞いて、ノエルやエストたちは一瞬固まる。

 

 

「……アタシ、もう少しで60歳になるのか。全く実感していなかったが、そんなに生きてたんだな……」

 

「アチキなんて、知らぬ間に超えてたっスよ……」

 

「ワシなんて今年で92じゃぞ」

 

「母さんはそもそも、老いるはずの肉体の年齢を10年単位で巻き戻し続けてるでしょ。そう考えるとズルいわね……」

 

「わたくしはまだ41歳。まだギリギリ驚かれることもないでしょうが……。少しキツくなってきた気はしていますわ……」

 

「ところで、エストの家がその時と別の人物に引き渡されてるって可能性はないのか? ワタシたちが思っている以上に情勢ってのは移ろいやすい。今もずっと住んでいるって確証もないだろう?」

 

「そう思って今日、探索ついでに様子を見てきたんスよ。見た目は変わってたっスけど、表札も住んでいる人もアチキが売った家族で間違いなかったっス」

 

 

 ノエルは頷いて、ルカたちに言った。

 

 

「まあ、少なくとも数日分の足掛かりはある。とにかく、それぞれ頑張ってイースの魂を完成に近づけるぞ!」

 

 

 こうして、ノエルたちはイースの魂のカケラを集めるために、共に数日を過ごしたのだった。

 

 

***

 

 

 そして、その数日が経過した夕方のこと。

 

 

「カケラの収集率は9割。あとはアタシの知らないイースの過去の記憶だけ……のはずだ。まさか、5年前に使った『時運命(ときさだめ)の鏡』がこんなことに役立つとは思っていなかったよ」

 

「メモラの地図を転写して、魂の器の探索範囲を結界で広げるなんてね。そんな手があるんだったら、私も1年半なんて長期間、頑張らなくて良かったかもしれないのに」

 

「ま、アチキたち特殊魔法の使い手3人の力作っスから。その1年半だって、ロウィちゃんにとっては大事な時間だったかもしれないっスよ?それくらい、ロヴィアがロウィちゃんのために頑張ったって証にもなるんスし」

 

「無駄な時間とは言ってないわ。もっと早くに蘇生できたら、それに越したことはないでしょって話よ」

 

「はいはい、とりあえずアタシたちの方はこんなものだ。そっちはどうだった、ルカ?」

 

「はっきり言います。見つかりませんでした……」

 

 

 ルカはそう言って肩を落とす。

 クロネはルカの肩をポンと叩き、ノエルに言う。

 

 

「ルカもワシらも頑張った。これはただ、この街の住人に昔のノエルを知る人物がいなかった。ということじゃ」

 

「分かってる。責めるつもりは全くないよ。ただ……どうしたもんか」

 

「いっそ、兵士たちにメモラ中を探索させた方が見つかります……。ボクたちでは数日でこの街を調査するのが精一杯ですから……」

 

「それは最終手段だ。まだ諦めるには早過ぎる。どうにかして見つける方法を考えろ……考えろ……」

 

 

 ノエルたちは一緒に考え始めた。

 しばらくしても、彼女たちは動きを止めたままだった。

 それに痺れを切らしたノエルが他の提案をしようと、椅子から立ち上がったその時だった。

 突然、部屋のドアが叩かれる。

 

 

「おーい、ノエル!」

 

「その声……ダイヤ? お前、こんなところで何してる?」

 

「オイラだって、ノエルの役に立ちたいと思ってさ。独自で調べてたんだよ、お前の息子のこと!」

 

「何だって?」

 

「そしたら、見つかったんだ! メモラの監獄に収監されてる囚人に、イースって人物のことを知ってるヤツが……!」



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125頁目.ノエルと屍とダメ人間と……

 メモラ王・ダイヤのその言葉は、ノエルたちに残された唯一の手掛かりであった。

 それを聞いた瞬間、ノエルは部屋のドアを勢いよく開く。

 そして、鬼の形相でダイヤに近づき、目を見開いてその両肩を掴む。

 

 

「ノエル……? 顔が怖いぞ……?」

 

「どうして、どうやってそんなことを調べたのか、聞こうとも思ったが……。今さっきの言葉で考えが変わった。お前にしちゃ上出来だ!」

 

「そう言いながら怒ってるよな!?」

 

「そして、それを報告しに来たってことは……そいつに会えるんだな?」

 

「あ、あぁ! 言ってくれれば、今すぐにでも会えるよう準備してある! ただ……」

 

「うん?」

 

 

 ノエルはダイヤの肩から手を退ける。

 ダイヤは恐る恐る、その口を開いて言った。

 

 

「その男はお前を……()()・ノエルを死ぬほど憎んでいる。お前が会うには危険過ぎる。名前は『アイン』。聞き覚えがあるかは知らないけど」

 

「ノエル……。あなた、何か憎まれるようなことでもしでかしたんですの……?」

 

「いや、その名前も聞いたことないし、憎まれるようなこともほとんど身に覚えがないんだが……」

 

「オイラも色々調べはしたけど、そいつの身内は全員死んでたし、その辺の事情は本人に聞く他ない。ただ、一応オイラはノエルと会わせるのだけは避けておいた方がいいと思ってる。冷静な話ができなくなるだろうしね」

 

「なるほど……。とはいえ、なぜその男は殺人を? そもそも誰を殺したんです?」

 

「殺されたのは彼の父親だ。だが、当時は錯乱状態にあったせいで、その理由は全く突き止められていないらしい。少なくとも分かっているのは、ヤツがノエルに対して絶大な復讐心を持っている、ということだけ」

 

「それこそ本人に聞かないと分からないってことか。だったら、アタシは会うよ」

 

 

 ダイヤは驚いて、ノエルに言った。

 

 

「正気か? 危険だと分かっていて、わざわざ会うだなんて」

 

「だったら、どうしてお前はアタシたちにその男のことを話した?」

 

「う……それは……」

 

「そう、アタシが会うと分かっていたからだろう。そもそも、囚人なんだ。面会人とは隔離されてるだろうし、アタシたちに危害が及んだりしたらそれはお前の責任だからな、ダイヤ」

 

「わ、分かってるよ。その辺は拘束を強めとくよう言っておく」

 

「じゃあ、明日の午前中にでも尋ねるとするよ。時間がいっぱい取れるに越したことはないし、色々とこちらでも考えをまとめておきたい」

 

「承知した。監獄の兵士たちにはそう言っておくよ。じゃあ、お邪魔したな」

 

 

 そう言って、ダイヤは駆け足気味にノエルの前から去っていった。

 ノエルは振り返り、大魔女たちに言った。

 

 

「それじゃ、早速作戦会議でもしようか。明日は早いし、手短に済ませよう」

 

「ええ。イースさんを知っているという囚人……。ノエルに恨みを持っているという点においても、色々と聞くべきことをまとめておきましょう」

 

「おー!」

 

 

 こうして、ノエルたちはイースに繋がる手掛かりをどうにか掴み、次の日に備えて休息を取るのであった。

 

 

***

 

 

 次の日の朝。

 ノエルはマリンとサフィア、そしてクロネを連れて監獄の面会室に来ていた。

 流石に9人で訪問するのは相手を下手に刺激してしまうだろう、ということで人数を減らしている。

 また、クロネは相手の嘘を見抜く力を買われ、付いてくることになった。

 

 

「さて、聞こえているか、5人とも」

 

 

 ノエルは自分の手首に向けて小声で囁く。

 すると、ノエルの右手首に巻かれた魔法の糸の輪が振動する。

 その糸は扉の外を伝って、別室にいるエストたちに繋がっている。

 

 

「よし、調子は良さそうだな」

 

「ロヴィアさんの時に使った『盗賊の音叉(ワイヤー・トーン)』を逆に情報伝達に使うなんて、そんな発想ありませんでした!」

 

「あっちの声が下手に聞こえないようにあっちからの反応を振動に変えてみたが、意外と役に立つかもな」

 

「そろそろですわよ。大人しく待っていなさいな」

 

 

 しばらくして、透明な板を挟んだ向こうの部屋にその男が入って来た。

 目隠しをされており、看守によって部屋の中の拘束具に繋ぎ止められていく。

 ダイヤに頼んでノエルの名前は伝えさせていなかったが、目隠しを外されたその男は、ノエルを見るなり大声で叫び始めた。

 

 

「その顔……てめえ、魔女・ノエル!! どの面下げて俺の前に現れた!!」

 

 

 拘束具で動けなくなっているとはいえ、暴れ回っているのが分かる。

 看守はノエルにその男を鎮静させるか尋ねるが、ノエルはその申請を断った。

 ノエルは、落ち着いた声でその男に話しかける。

 

 

「お前はアタシを知っているようだが、あいにくアタシはお前を知らない。アタシとイースとの関連性を教えてもらえるか?」

 

「知らないはずねえだろうが! てめえは俺らの親父からイースを奪った! そして、俺ら家族をめちゃくちゃにしやがった!!」

 

「イースを奪った……? まさか、お前……! イースを虐めていた、イースの従兄弟か!」

 

「あぁ、そうだよ! だが、それだけじゃねえ……。俺は絶対にてめえだけは許せねえんだよ……。てめえは、()()()()()()()()()()()()()()んだからな!!」

 

「アタシが……お前の弟を殺した、だって……?」

 

「……今のところ、この男は全く嘘を吐いておらん。勘違いという可能性もあるが、何か確信に至る理由があるんじゃろう」

 

 

 そのクロネの言葉にノエルはハッとした。

 ノエルはイースの死後、誓って殺しはしていない。

 しかし、イースが死ぬ前に一度、10人まとめて焼き殺したことが、間違いなくあった。

 

 

「……お前の弟たちってのは、魔女狩りでアタシを殺そうとした兵士だった。そうだな?」

 

「そんな、まさか……!」

 

「あぁ、てめえが2人とも焼き殺したんだ……! 弟たちは王国兵士に憧れて、王国兵士にようやくなれたのに、てめえは弟たちの夢も希望も全部燃やし尽くした!! そして、てめえはその屍の上で今日までのうのうと生きてやがる……!」

 

「もしあの日、アタシが殺されそうになったってだけで兵士たちを殺したのなら、過剰防衛だったかもしれない。だが、その兵士たちがイースを殺したとなっては、アタシも我を忘れざるを得なかったんだ」

 

「……は? イースが……死んだ?」

 

「確かにアタシは10人の兵士たちの屍の上に立って、今日まで暮らしてきた。だが、この生命はイースが身代わりに殺されたせいで残ってしまった生命でもある。生命を天秤に掛けるつもりはないが、アタシだって大事な家族を奪われた1人だ」

 

 

 すると、アインの覇気が失われていく。

 しばらくして、アインはノエルに尋ねる。

 

 

「イースは、弟たちが殺したのか?」

 

「さあね。もしかしたらイースは殺される直前に見ていたかもしれないが、今となっては確認することもできないね」

 

「そうか……。急にイースの名前を知ってるか、なんて聞かれたから何かと思っていたが、まさかてめえが会いに来ることになるなんてな」

 

「落ち着いたようで何よりだ。聞かせてもらえるか、お前の家族のこと。そして、イースのことを」

 

「調子に乗るんじゃねえよ。俺はてめえを絶対に許さねえ。ただ、てめえが弟たちを殺したことに理由があった。俺はそれを知っただけだ」

 

「……その弟たちが死んだ原因、魔女狩りの元凶をアタシたちは倒した。それでも罪が許されないのなら、アタシはお前に殺されても構わないよ」

 

 

 アインは少し考え、再びノエルに尋ねる。

 

 

「魔女狩りの主導者は先代の国王だったんじゃないのか?」

 

「確かに先導したのは先代国王だ。でも、魔女狩りはとある知恵のある魔物によって引き起こされた儀式の一種だった。その魔物が、国王を影で操って魔女狩りを煽動したんだ。信じられないのなら、今の国王に聞いてみるといいさ」

 

「にわかには信じがたいが……アホ王子に聞くくらいなら信じた方がマシだ。あいつは見ているだけでイライラする」

 

「で、許してくれるのか?」

 

「しつこいな!? 絶対に許さねえって言ってんだろ!」

 

「じゃあ、このままお前が許すまで待ってやるよ。アタシを殺したいんなら拘束具外してもらうよう頼めるし」

 

 

 ノエルはそう言って、看守を呼ぼうと席を立つ。

 

 

「あぁ、もう分かった。話してやるよ。別に俺には、てめえを恨んでいても殺す理由はねえ。ここにいるのだって親父を殺したからであって、人を殺すことに快楽もクソも感じてねえよ」

 

「じゃあ、まずはその父親を殺したことについて話してもらおうか。じゃないと、お前と家族の関係性が掴みにくいからね」

 

「王国兵士になった弟2人と違って、俺は特に夢もなけりゃ得意なこともなかった。だから、弟たちの訃報と犯人を聞いた頃、俺は無職だった。だからお袋が必死こいて働いて、昼から酒飲みまくって俺以上に浪費するクソ親父と、こんな俺を養ってくれてたんだ」

 

「イースの叔父……だったか。まさかそんな男だったとはね」

 

「だが、先代国王が死んで魔女狩りが終わったあの日、お袋はパタッと死んだ。死因は過労死だ。なのに、親父は金がもったいないからって葬式もせず、俺に働けって言い始めた。自分は働こうともしないくせに、自分の金のことしか考えてなかったんだよ」

 

 

 ノエルたちは静かにその話を聞いている。

 アインは震えた声で話を続ける。

 

 

「お袋が死んだのは俺にも責がある。それは分かってた。それなのに、あのクソ親父は弟たちが死んだことまで俺のせいにし始めたんだ。俺が王国兵士になっていれば、弟たちの身代わりになってやれたってな。それだけは魔女・ノエルのせいだってのに……!」

 

「……それから?」

 

「ある日、俺が仕事から帰ってきたら家の金庫から金が全部消えていた。俺が親父の部屋に行くと、親父が高い酒瓶を大量に抱えて酔い潰れていたんだ。その瞬間、俺は死んでいった弟たちとお袋の顔が思い浮かんで、気づいたら酒瓶で何度も親父を殴り続けてた」

 

「それでお前は捕まってからずっと、この監獄に入れられてるってわけか」

 

「そうだとも。数年前に他の囚人たちが農作業に行くようになってからも、危険な囚人扱いされてずっと牢屋の中さ」

 

「……分かった。じゃあ、イースについて聞かせてもらえないか? アタシはイースをお前たちから助けて以降のことしか知らない。生まれ育った場所、親の居場所、お前たちと暮らし始めてからのこと、何でも聞かせてくれ」

 

 

 アインは少し頷き、ノエルたちに話し始めた。

 

 

「イースは魔法の国・ヴァスカルから来たらしい。確か父親が魔導士で、母親が流行り病で死んだって聞いたな。あの頃は大厄災から間もなかったから、ヴァスカルから来たってだけで『魔女の子』って虐めてたっけ」

 

「なるほど、あれはそういう意味だったのか……。って……イースがヴァスカル出身で、父親が魔導士!?」

 

「知るはずもないか。あいつ、かなり小さい頃に父親からクソ親父に押しつけられてな。あいつの父親はあいつの母親が死んだせいでダメになったらしい。よっぽど母親に執着していたのか、イースを育てることすら放棄してたんだよ」

 

「お前の父親兄弟、ダメ人間ばっかりじゃないか……。でも、どうしてイースはお前たちの家に預けられたんだ?」

 

「その理由もあとで親父から聞いたが、クソみてえなもんだったよ。『金はやるからイースを預かってくれ。邪魔で仕方ない』ってさ。そんな話、親父が食いつかないわけがねえ。で、イースが居なくなってからも金を取り続けたのさ」

 

「誰もイースを探しに来なかったのはそういうことか……。って、あれ? さっき、アタシがイースを奪ったことで家庭崩壊したとか言ってなかったか?」

 

 

 アインは答える。

 

 

「簡単な話だ。イースに飛んでた親父の酒癖の暴力が、代わりに俺らとお袋に飛ぶようになったんだよ。それからお袋は逃げるように働くようになって、弟たちはそれを支えるために早く職にあり付ける王国兵士に志願したんだ」

 

「……お前は?」

 

「弟たちとお袋が家にいない間、誰が親父を見張るんだよ。まあ、そう言ってただ金を貪ってた1人だったのは認めるけど」

 

「なるほどな……」

 

 

 それから、ノエルたちはイースの父親の名前や居場所など、アインが知っている限りの情報を聞き出した。

 その代わりに、ノエルはイースの話を聞かせてやった。

 アインは弟たちとの話を交えながら、その話に乗ってくれたのだった。



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126頁目.ノエルと頼みと封印と……

 それから数日後。

 ノエルたちはアインの話を参考に探索をするため、ヴァスカルに戻った。

 そして、ヴァスカル王立図書館に所蔵されている住民票を確認し、イースの父親の家の住所を突き止めたのだった。

 しかし──。

 

 

「これは……『死亡届』か……」

 

「イースを預けて、さらに金まで払ってたんスからねぇ。その時点でダメになってたのなら、孤独死してしまう可能性は十分にあり得たわけっス……。で、ノエルどうするんスか?」

 

「もちろん、この場所に行くさ。あとは、イースの両親の遺体か遺骨がどこかにあるならその場所にも行きたい」

 

「アインさんの父親がああいう性格ですから、この方には身内がいなかったも同然でしょう。となると、この死亡届は国が作ったものでしょうね。つまり、遺骨の所在を知っているのも国ということになるでしょうけど……」

 

 

 マリンはそう言って、クロネの方を見る。

 

 

「……その男が魔導士で、なおかつ孤独死じゃったのなら、恐らく戦死者用の納骨堂にあるじゃろう。じゃが、そこはあくまで骨壷を納めておく場所じゃ。身元不明のものもあるから、名前や個々の場所までは記録されておらん」

 

「まあ場所さえ分かれば、残りはしらみ潰しさ。念のためにイースの母親のお墓にも行ってみるとして、とりあえずはこの住所に向かおう。とはいえ、この人数で行くような場所でもないか……」

 

「ソワレさんは連日の移動でしたから、休んでてくださいな。ノエル様にはあたしがいますから」

 

「じゃあ、そうさせてもらうわ。って……あら?」

 

 

 ソワレはノエルの後ろを杖で指す。

 ノエルたちが振り向くと、王国の魔導兵士がクロネを呼びながら近づいてきたのだった。

 

 

「どうやら、ワシに何か用があるようじゃな。となると、ワシも留守番……と言っても、恐らくは仕事じゃろうが」

 

「じゃあ、ワタシも少し考えごとがしたいから、残りの連中で行ってきていいぞ」

 

「となると、ボクたち6人で行くことになりますね」

 

「それくらいの人数なら気にしなくてもいいか。じゃあ、イースの魂のカケラを集めに行くぞ。今回の探索で全て集まってくれないと、先に進めなくなっちまうからな」

 

「そうね。それ以上何か足りないものがあったとしても、私が魂のカケラ関連で手伝えるのはそこまでってことになるし」

 

「それなら早速出かけましょう。懸念点は先に潰しておきたいですし」

 

 

 ノエルたちは頷き、王立図書館を出たのだった。

 

 

***

 

 

 そして、その日の夜。

 探索を終えたノエルたちはクロネの部屋に集められていた。

 そんな中、ノエルは嬉しそうにイースの魂のカケラが入った宝石を触っていた。

 

 

「ようやく……。ようやく、イースの魂の器が満たされた!」

 

「おめでとうございます、と言っておきましょう。蘇生魔法の製作過程とはいえ、ノエルの大切な方の魂を取り戻せたのですから」

 

「あぁ、お前たちも手伝ってくれて本当に感謝しているよ」

 

「これで材料は揃ったわけっスし、あとは肝心の魔法を作るだけ……と言っても、それが一番大変なんスよねぇ」

 

「そのために作ってもらった大工房だ。時間はどれだけかかっても、アタシたちなら絶対に完成させられる。まあ、運命魔法によればアタシの理想としていた『犠牲が出ない完璧な蘇生魔法』は作れないみたいだが……」

 

「うーん……それはどうか分からないところではあるっス。確かにノエルは死ぬっスけど、それが蘇生魔法のために必要なものなのかどうかは分からないっスから。ノエルの死のその先は、ノエルの魂が運命から切り離されるせいで見れないっスし……」

 

 

 ノエルは少し考え、エストに言う。

 

 

「じゃあ、アタシが死ぬのが蘇生魔法絡みじゃないって可能性もあるわけか。まあ……分からない問題は考えるだけ無駄だな。それで……」

 

「どうしてあたしたち、クロネさんの部屋に呼ばれてるんです? ノエル様、聞いてます?」

 

「それを今言おうとしていたところだ。まあ、差し詰めクロネさんが呼ばれた件と関わりがあるんだろうが、クロネさんはどこだ?」

 

「そろそろ定刻だが、確かに姿が見えないな。ワタシが見回りの兵士に聞いてこよう」

 

 

 そう言ってルフールが扉の方へ向かうと、その扉が開いた。

 

 

「おぉ、待たせてすまんの」

 

「あ、師匠。時間ちょうどとは、流石は時魔法の使い手ですね」

 

「ワシだけではない。ほれ、さっさと来んか」

 

「うん? 他に誰かいるのか?」

 

 

 すると、クロネの後ろからヴァスカル王が顔を見せる。

 しかし、何やら後ろめたそうな表情でおずおずとしていた。

 

 

「ヴァスカル王……? どういうことだ、クロネさん」

 

「話があるのはワシではない。こやつじゃ」

 

「その通りだ。クロネがあなた方を集める時点で、余の話をしていなかったようで悪いが……」

 

「なぜ少し引いた場所から……? まあ、とりあえずどういう話なのか聞かせてもらいましょう。わたくしたちの研究を妨げないような話であれば良いのですが……」

 

「……お察しの通り、余の話はあなた方の研究の妨げになる話となるだろう。話というのも、頼みがあるのだが……」

 

 

 何か大事な話だということを察したノエルたちは、とりあえずヴァスカル王を部屋に通し、椅子に座らせる。

 そしてヴァスカル王はノエルたちに話し始めたのだった。

 

 

「まず、依頼の内容をはっきりと伝えさせてもらいたい。我が国の神器『ファーリの心臓』を厳重に、そして永遠にどこかに保管して欲しいのだ。今は心臓だけではなく例の悪魔が付いたままではあるが……」

 

「このままヴァスカルで保管しておっては、いずれ5年前のような事態が起こる可能性がある。魔法文化の中心地にあるよりも、どこか誰も知らない秘所に厳重に隠してしまった方が安全と考えたわけじゃ」

 

「理由は理解した。だが、どうしてアタシたちに依頼するんだ? 隠し場所を探すなら、アタシたちに頼むより兵士たちに探させた方がいいだろうに」

 

「それだけであれば確かにあなた方に依頼しなくても良いだろう。だが、問題は()()()、という点にある」

 

「……魔法で誰にも入れないように封印して欲しいってことっスか? それも、誰にも解除できないような堅固な結界を作って欲しい、って依頼も含まれているっスよね、それ」

 

「その通りだ。無論、依頼するからには援助はさせてもらう。しかし、この依頼があなた方の蘇生魔法作りを妨げてしまうほどに重要な依頼というのも理解している。その上で、余はあなた方に頼みたいのだ。頼む……!」

 

 

 ヴァスカル王は申し訳なさそうに頭を下げている。

 すると、ノエルはそれを諌め、ヴァスカル王に言った。

 

 

「そこまでしなくても、アタシはその依頼を引き受けるつもりだったさ」

 

「ノエルならそう言うと薄々気づいてはいたっスけど、本当にいいんスか? 早くイース君に会いたいんじゃ……」

 

「それはそうだ。だが、蘇生魔法を作っても、その効果が切れてしまう可能性があるのであれば、それはできる限り潰しておきたい。それに、魔法が消えて困るのはこの大陸に住む全ての人間だ。受けない理由はないよ」

 

「……感謝する。あなたならそう言ってくれると信じてはいたが、とても不安だったのだ。いずれ、この魔法文化はかつてのように変化し、ヴァスカルが平和であり続ける保証もない。そうなった時、余はあの神器を守り抜ける自信がなかった」

 

災司(ファリス)のせいか? だがワタシとしては、あれほど厳重な魔法を突破する魔法なんて、今後出てこないと思っていたんだが……」

 

「それもそうだが、自信がない一番の理由はこの国のあり方の問題点にある。魔法文化の中心地として発展してきたこの国も、今やほとんどの魔導士が魔法を捨てて生きている時代となっている。そんな場所で魔法そのものの心臓を管理していいはずがないだろう?」

 

「それもそうですわね。禁書庫の結界の厳重さは身をもって知っていましたが、あれを管理できる魔導士がいなかったのも事実。災司(ファリス)のみならず、いずれは破られてしまう可能性は大いにあり得ましたもの」

 

「じゃあ、アタシたちはその結界を超える、最強の封印結界を作り上げなきゃいけないわけだ。蘇生魔法と同じくらい大変な研究になりそうだが……それはそれで腕が鳴るねぇ!」

 

 

 ノエルは楽しそうに他の大魔女たちにそう語りかけた。

 マリンたちはそれを見てホッとしつつ、それぞれで自分の知恵を捻り始める。

 その様子を見て安堵したヴァスカル王は、手付金を置いて部屋から出ていくのだった。

 

 

***

 

 

 数日後、ヘルフスの大工房にて。

 

 

「ここからは分担作業になる。一方は『ファーリの心臓』を封印する魔法作り。もう一方はもちろん蘇生魔法……もとい、イースの羽根ペンにかける魔法作りだ」

 

「ですが、それでは進行度が偏りませんこと? 全員が大魔女とはいえ、その力量はまちまちですし」

 

「そこで、だ。アタシたちはその2つの作業を、ここで同時並行で行う。全員が封印魔法作りに、そして蘇生魔法作りに関わるんだ。ごちゃごちゃになるかもしれないが、お互いの気づきをその場で共有できるに越したことはないからね」

 

「なるほど……。中々に忙しそうな研究になりそうですわね。では、一応ざっくりと人員を振り分けましょうか。最初から同時並行というわけにもいきませんし」

 

「じゃあ、分担はマリンに任せる。アタシとサフィーは一緒に1日の流れを考えるとしよう」

 

「はいっ!」

 

 

 ノエルたち3人は研究の進め方の基盤を定め、他の大魔女たちに提案した。

 クロネをはじめとして、全員が納得してくれたため、ノエルたちは『ファーリの心臓』を守る魔法と、蘇生魔法の研究を同時に始めることとなったのだった。

 

 そして、この2つの魔法が完成するまで、2年もの時が流れた──。



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127頁目.ノエルと涙目と最後の夜と……

 2年という長いようで短い期間、ノエルたちは大工房でひたすら研究に明け暮れていた。

 これまでの魔法は作成と実験との試行錯誤を重ねることができたが、イースの羽根ペンに施す蘇生魔法は一度きりのため、実験を行うことができなかった。

 そのため、ノエルたちはロウィの一件を基盤に様々な仮説を立てて魔法を作り、たった一度きりのためだけの万全であろう魔法を作り上げたのだった。

 

 一方、『ファーリの心臓』を封印する魔法はというと、こちらは実験を行うことができたため完成までさほどの時間はかからなかった。

 しかし、肝心の封印場所にぴったりの場所が見つからなかったため、ノエルたちは一度完成した封印魔法の仕組みを根本から変えてしまうことにした。

 これまでは、誰も触れられず壊せず、解除不可能な結界を張るつもりでいたが、そもそも誰にも見つからない空間を作ってしまおうという発想に変わったのだ。

 こちらはルフールの空間魔法を基軸に、時の流れやその場所の作りなどを全員で設計したのだった。

 

 

***

 

 

 時は流れて、蘇生魔法を発動する1日前。

 ノエルにとっては最後の、とても長い夜のこと。

 

 ノエルたちは魔法の最終調整も兼ねて、メモラ城の客間を借りてそれぞれ3人ずつ違う部屋に泊まっていた。

 ノエルは他の大魔女たちにお願いをして、サフィアとマリンと同室を選んだのだった。

 そして、寝る時間になったものの、ノエルは2人とどうしても話がしたくなって、ベッドから身体を起こす。

 

 

「……なあ、2人とも起きてるか?」

 

「……逆に眠れるとでも思って?」

 

「そうですよ。こんな夜、終わって欲しくないし……」

 

「そうか……。でも、アタシはむしろ明日が楽しみだよ。一世一代の、原初魔法にも匹敵……いや、原初魔法を超えた大魔法を試せるんだからね。大魔女としては本望だよ」

 

「でしたら、もう少し楽しそうな声で話してくださいまし。そんな寂しそうな声で話されると、別れが惜しくなるでしょう?」

 

「それは仕方ない。一世一代の大魔法が、一生で最後の魔法になるんだ。お前たちと別れる悲しみは、イースを蘇生した時の喜びと天秤にかけられないだろうさ。できることなら、何の犠牲もなしにイースを復活させたかったに決まっている」

 

 

 ノエルはそう言って、窓の外を見る。

 外にはノエルがイースと暮らした森の景色が、月明かりに照らされて輝いていた。

 

 

「……それでも、アタシはこの日のためにこれまで頑張ってきた。お前たちを集めたのも結果的には蘇生魔法のため。だから、お前たちのためにも絶対に引き返すなんて選択肢は選べないよ」

 

「もちろん、それは分かってます。ただ、別れが惜しいという言葉に尽きるんです……。ノエル様にとってあたしがどんな存在かは分かりませんけど、あたしにとってはたった1人の、大事な師匠ですもん」

 

「アタシにとっても自慢の弟子に決まってるだろう。これまでも、これからもね。サフィーがいてくれたおかげで、こうして生きて明日を迎えられるんだ。お前を弟子にできたことが、アタシの一生一番の自慢と言っても過言じゃないくらいだよ」

 

「でしたら、わたくしを好敵手にできたことも自慢の1つにしてよろしくてよ?」

 

「マリン、お前……それをただ言って欲しいだけだろう。でもまあ、お前と過ごした日々も悪くなかったよ。サフィーももちろんだが、マリンがいてくれたおかげで楽しい日々を送ることができた。その点については感謝しているとも」

 

「あなたと気持ちが一緒だったようで嬉しいですわ。この15年間はわたくしにとって一番有意義で、一番楽しい時間でしたもの。ノエルがいてくれたから、わたくしは……わたくしは…………ぐすっ」

 

 

 静かな部屋にすすり泣く声が響く。

 そして、それは次第に重なっていき、やがてサフィアが声を上げて泣き始めてしまった。

 

 

「分かってるけど……分かってるけど、ノエル様とお別れするなんて嫌ですよぉ…………」

 

「サフィーと同じく、わたくしもノエルとの別れは嫌ですわ……。今日くらいはこれくらいの弱音も許してくださいまし……ぐすっ」

 

「アタシも……お前たちとは一番別れたくないよ……。だからこうして同じ部屋に──」

 

 

 その瞬間、部屋のドアが突然開く。

 すると、その奥からエストが泣きながら部屋に飛び込んできたのだった。

 

 

「ノエルぅ〜!!」

 

「……は? エスト? どうしたんだ、急に。ビックリして涙も全部引っ込んだんだが」

 

「サフィアちゃんの泣く声がこっちの部屋にも聞こえてきて、もらい泣きしちゃったんスよ……。ほら、アチキだけじゃないっス……」

 

 

 ノエルがドアの外を見ると、他の大魔女たちが涙目で部屋の中に入ってくる。

 

 

「はぁ……これじゃ、何のために部屋を分けたのか……。まあ、今日くらいはいいか……。よし、クロネさんもルフールも姉さんもルカもロヴィアもロウィもこっちに来て話そう。全員が泣き止むまで起きといてやるから」

 

 

 そう言って、ノエルはベッドの上に座り直す。

 早速、クロネがノエルの前にやってきた。

 

 

「……ワシは結局、死を克服できなかったんじゃな。魔法で延命はできても、愛娘一人の生命も代替わりできんとは……」

 

「クロネさんの時魔法、きっと将来誰かの生命を助ける魔法になるよ。アタシが生きるはずだった残りの時間、クロネさんに預けるから。大事に使ってその時間を何倍にも増やしてやって欲しい」

 

「……分かった。それがお前の願いなら、ワシが全て預かろう」

 

「頼んだ。これからの魔法社会を支えるのはクロネさんなんだから、応援しているよ」

 

 

 涙を拭き、クロネは後ろに下がった。

 次に、ルフールがやってくる。

 

 

「ワタシが手がけた魔法のためにノエルを犠牲にするなんて、ワタシの一生の恥だよ……。どうしてこうなってしまったんだ……」

 

「アタシの知る限り、あんたはもっと恥じるべき行いをしているはずなんだが……。まあ、最後までアタシの全ての魔法を見せてやれなくてすまないね。でも、明日の魔法はとびっきりのを見せてやる。今度は腰を抜かすんじゃないぞ?」

 

「今からでも遅くない……」

 

「うん? 蘇生魔法は諦めないぞ?」

 

「今からでも、残った魔法を全て見せてくれ! じゃないと、一生心残りになってしまう!」

 

「アホか!! こんな夜に、しかも明日のために魔力を残しておかなきゃならないってのに、お前のためだけに魔法を見せるわけないだろうが! 全く……そんな理由の涙なら大丈夫そうだな。ほら、部屋に帰った帰った」

 

 

 クロネに服を掴まれ、ルフールは下がっていく。

 それを見送り、ルカがノエルの前にやってくる。

 

 

「ボクは皆さんほどノエルさんと過ごした時間はありませんが、ボクにとってノエルさんはもう1人の師匠です。あなたがいてくれたから、ボクは風魔法をここまで扱えるようになったんですから……」

 

「師匠って意味ならサフィーの方じゃないか? 風魔法のコツを掴めたのはサフィーのおかげだろう?」

 

「それはそうですけど、サフィアさんが魔女になったのはノエルさんがいてくれたからですし。それにライジュさんがボクの特訓に付き合ってくれるきっかけを作ってくれたのも、元はと言えばノエルさんです。まあ、師匠と言うよりは恩人……でしょうか?」

 

「そう言われてみると確かにそうだな……。とりあえず……ルカ、お前はサフィーと同じ次世代の魔女だ。今後の魔導士の未来を作っていく存在と言ってもいい。アタシが魔法の理を守ってやるから、代わりにお前たちに魔法の未来を託す」

 

「ええ、託されました。ノエルさんの意志を後世に語り継いでいきますとも。もちろん、『ファーリの心臓』の場所は歴史に残しませんから」

 

「あぁ、頼んだよ。どうやら、お前の涙はとっくに乾いていたみたいだが……。一体いつから泣いてたんだ?」

 

 

 すると、ルカは目尻を擦って涙の跡を拭い去る。

 そして、やや恥ずかしそうに答えた。

 

 

「じ、実はサフィアさんが泣き始める前から、エストさんとロヴィアさんと一緒にノエルさんについて話していて、その時から……」

 

「あぁ……そっちでもやっぱりそんな話になったんだな……」

 

「当然というものです。サフィアさんたち2人ほどではないでしょうけど、ボクたちにとっても大切な人なんですから。それに、大魔女の統括役という意味では、世間的にも必要とされている人です」

 

「まあ、ヴァスカル王と……あとダイヤには悪いが、アタシの悲願のために仕事を増やすことになっちまったな……。それについては話をつけてあるとはいえ、心残りの一つではある」

 

「あはは……。確かに、あのお二方は今日のことを聞いて引き止めてくれましたからね……。でも、それだけ必要とされていたんです。彼らも明日という日を惜しんでいるはずですよ」

 

「そう……だといいな……」

 

 

 それを聞いてルカは優しく微笑む。

 そして、ソワレと交代したのだった。

 

 

「ついに明日ね。ノエルの魔女としての最後の大仕事……。姉として、この私がしっかり見届けてあげるから」

 

「姉さん……。アタシ、姉さんと再会できて本当に良かった。見届けてくれる人は多いに越したことないけど、それ以上に姉さんはアタシの目標なんだから。かっこいいところ、絶対に見ておいてくれよ」

 

「ええ、もちろん。私はもう魔女じゃないけど、それでもあなたにとっての目標でいられて本当に嬉しかったわ……」

 

「確かに魔法は使えないかもしれないけど、魔法の知識とか好奇心旺盛なところは間違いなく魔女だよ。姉さんがいなかったら蘇生魔法は完成しなかったんだからね」

 

「ノエルの方が辛いはずなのにね……。でも、そう言ってくれるだけでもとても心強いわ。これで私もあなたとお別れする覚悟ができたわ。明日はちゃんと見守っておくから」

 

「あぁ、頼むよ。あと、ルナリオにもよろしく伝えておいてくれ。姉さんとアタシたちを繋いでくれたのは他でもないあいつなんだから」

 

 

 ソワレは「もちろん」と頷いて、立ち上がった。

 それから、大魔女たちはそれぞれノエルと抱きしめ合い、別れを告げた。

 部屋に帰る6人を見送って、ノエルたち3人は改めて布団に潜り込むのだった。

 

 ノエルにとって、最後の夜はとても短く、それでいてとても温かな夜だった……。



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128頁目.ノエルと未練と大魔法と……

 夜は明け、ノエルが蘇生魔法・封印魔法を発動する日となった。

 

 ノエルはイースを復活させる場所、そして『ファーリの心臓』を封印する場所として、かつて自分がイースと暮らした家を選んだ。

 イースの魂が蘇った時に知らない場所というのも可哀想だという思いがあったのと、魔法の発動後の魔力事情を考えた時にメモラの森の中がちょうど良かったからだ。

 朝早くから城を出発したノエルたち9人は、やや重い足取りでノエルの旧家に辿り着いた。

 

 

「……ついにこの日が来た。アタシの悲願が叶う日だ」

 

 

 ノエルはそう言って、家の隣にあるイースの墓の前に歩いてきた。

 そして、カバンからイースが作った木の小箱を取り出す。

 その箱を開けると、中には宝石がはめ込まれた白い羽根ペンが入っていた。

 

 

「お前が望んでいるかどうかは分からないが、アタシはどうしてもお前とまた会いたい。そして……」

 

 

 その言葉を途中で止め、ノエルは羽根ペンを手に取って箱をカバンに片付ける。

 

 

「この気持ちは直接伝えないとな。そのために今日までずっと頑張ってきたんだ。じゃあ……早速始めるとするか」

 

「案外、落ち着いていますのねぇ……」

 

「昨日の晩のうちに覚悟は決まってたんだ。もし昨晩のことがなかったなら、今頃まだ城から出発すらしていなかったかもな?」

 

「なるほど、そういうものなんスね。ノエルの死について考えてきたアチキたちですらこんなに苦しいってのに、本人がそんな感じだったら逆に安心してくるっス」

 

「それなら良かった。とりあえず、時間もあるしそれぞれの魔法の発動手順を再確認するとしようか」

 

「今回の2つの魔法は魔導書にまとめておるから、魔法を発動するのはノエルだけじゃが、仕組みを再確認できればもしもの失敗を防げるからの。手順の確認は大事じゃ」

 

 

 ノエルは魔導書を取り出し、ペラペラとページをめくり始める。

 

 

「じゃあ、まずは蘇生魔法からだな。既にこの羽根ペンの宝石に色んな魔法が込められているからそれを順番に発動していくだけだが、一番大事なのはイースの魂を目覚めさせる作業だ」

 

「かつて私がロウィの魂を起こした時にした、精神世界への接続ね。ただ、現時点ではノエルの魂を精神世界に繋げる手段がない。だから……」

 

()()()()()()()()()……アタシの魂を直接、この宝石にぶつける。そして、アタシはそのまま宝石の中でイースの魂と生き続けることになる」

 

「それがノエル様にとってのイースさんの蘇生……。でも、一応羽根ペンを魔法で操作できるようになるんですよね。身体があるだけノエル様が死んだと思えないので、少しは気が楽になります」

 

「ただ……アタシの魂はイースを起こすためだけに、一部しか宝石に入れない。だから、イースの魂が蘇った時点でアタシの魂はほとんど羽根ペンに残らない……か……」

 

「……気が重くなる前に、封印魔法の方の手順も確認しておきましょう。ボクたちは見守ることしかできませんけど、今はまだノエルさんの背中を押してやれるんですから……」

 

 

 ルカの言葉を聞き、ノエルは首を振った。

 そして、魔導書の続きをめくる。

 

 

「『ファーリの心臓』を封印する魔法。それは永続的に発動する必要がある結界魔法だ。つまり、そのために『魂と魔力の変換』が必要になる」

 

「そこで、さっきの過程で切り分けられたノエルの魂を使う。いや、正しくはこの封印魔法のために身体から離れたノエルの魂の一部が、イースの魂を起こす……だったか。ワタシの知る限り、失敗不可能って時点で一番無茶な魔法だよ」

 

「だからこそ、封印魔法だけは完璧に仕上げてくれたじゃないか。地形を組み替え、誰の侵入をも拒む史上最高の結界。しかも、その地形もお前たち大魔女が作った魔法で作られた最高傑作ばかりだ」

 

「私の光魔法も魔導書からとはいえ役に立ったのよね。そんな形でも貢献できて良かったわ」

 

「そう言う姉さんの魔法が一番強力だったんだが……。まあ、とりあえず結果としては完成度が高すぎて蘇生魔法より凄い魔法が作れてしまった、と……。まあ、アタシの蘇生魔法はある意味で失敗作とも言えるから仕方はないか」

 

「今回の一件で確信しましたが、そもそも完璧な蘇生魔法というものは作れないものなのですわ。今回ほどの規模ならまだしも、死者の完全な復活なんて生命を蔑ろにするのと同義ですもの。ファーリは作れなかったのではなく、作らなかったのかもしれませんわね」

 

 

 そう言って、マリンはノエルの前に両手を出す。

 

 

「うん? 何だ、その手」

 

「荷物、預かってあげますわ。もうあなたには必要なくなる……と言うと寂しいですが……」

 

「あ、お姉ちゃんズルい! あたしも持ちますよ!」

 

「お、おいおい……? 確かに荷物は魔法の発動前に預けるつもりだったが、今すぐか?」

 

「いいですから。あなたの荷物、預からせてくださいな」

 

「あたしたちがちゃんと持っておきますから、安心してください。ほらほら!」

 

 

 サフィアとマリンは両手を差し出し、ノエルに迫る。

 確かにノエルのカバンの中には、もうノエルが使わないものしか入っていなかった。

 念のためと言ってノエルは座り込んでカバンの中を漁り、ひとつひとつ確認する。

 

 

「……色んな魔具を買って、色んな魔導書を買って、色んなことを試したなぁ。あとは……」

 

「イースさんがくれた、黒い羽根ペン……ですわね」

 

「あぁ、こいつはずっと大事に使ってきたが、もう使わないとなるとイースが悲しむ。だから……こいつはお前に預けるよ、サフィー」

 

「えっ、あたしでいいんですか?」

 

「むしろ、お前以外に適任はいないよ。絶対に大切に扱ってくれるだろうし、アタシのお墨付きとなるとイースも喜んでくれるだろうさ」

 

「……分かりました。ノエル様がそう言われるのなら、あたしがしっかり預かっておきます!」

 

 

 ノエルは黒い羽根ペンをサフィアに手渡す。

 サフィアはそれを受け取り、大事そうに握る。

 

 

「じゃ、こっちの荷物は全部マリンが持ってくれるんだな?」

 

「ええ、もちろんですわ……って、重い……!」

 

「これまで集めた魔具とか色々、そのまんま入ってるからな。いくつかはお前たち2人と分けて持っているとはいえ、ほとんどはアタシが持ってたってわけだ」

 

「こんなものを肩に引っ提げて……。一体、どんな肩をしていますの……?」

 

「とにかく、預けたんだからちゃんと有効活用してくれよ。一応しっかり使えるやつだけ残してるんだから」

 

「分かっていますわ。ということで、これであなたの荷物は必要な物以外、全て預かりました。これで思い残すことは……」

 

 

 その瞬間、ノエルは地面を蹴り、サフィアとマリンに抱きつく。

 そして、抱きしめた両手に力を入れた。

 

 

「……これが最後だ。だから、少しだけこうしたい……」

 

「ノエル……」

 

「ノエル様……」

 

 

 それから数秒間抱きしめ合い、ノエルはその手の力を緩める。

 

 

「……これで、もうないよ」

 

「思い残すことが、ですの……?」

 

「あぁ。思い残すことも、お前たちに託せるものも全部、アタシにはなくなった。だから……最後の大仕事、終わらせてくるよ」

 

 

 ノエルはそう言って、サフィアやマリン、他の大魔女たちに背を向ける。

 そしてそのまま前へと進み、魔導書に手を掛ける。

 その時だった。

 

 

「……あたし、信じてます!」

 

「サフィー……?」

 

 

 サフィアの声が耳に届き、ノエルは振り返る。

 

 

「あたし、ノエル様とまた会えるって……信じてますから!」

 

「……だったら、今度はアタシを復活させる蘇生魔法を作らないとな! 今度は魔法の核になってる魂の復活だから、全く手順は違うだろうけどね!」

 

「じゃあ、その時が来るまで待っててください! 可能な限り早く迎えに行きますから、絶対にイースさんと再会して、ノエル様が伝えたかった言葉を絶対に伝えてください!」

 

「あぁ、もちろんだ!」

 

 

 そのサフィアの言葉に背中を押され、ノエルは魔導書を開く。

 そして1回だけ深呼吸をし、呪文を唱え始めた。

 

 

「(まずは、魔法が使えるうちに蘇生魔法を先に起動しておく!)」

 

 

 ノエルの手元にあった白い羽根ペンが宙に浮く。

 やがて、白い羽根ペンにはめ込まれた宝石が光り始め、空中で止まった。

 

 

「(よし、これで準備完了だ。じゃあ、次は封印魔法……)」

 

 

 ノエルは目を瞑り、魔力を一点に集中させる。

 そして呪文を唱えたノエルは、高らかに叫んだ。

 

 

「アタシ、大魔女・ノエルは、アタシの大事な全てをかけて、アタシの大事な全てを守る! 文字通り、生命をかけて最後の魔法を発動してやるよ!」

 

 

 ノエルはローブのポケットから取り出した『ファーリの心臓』を上に放り投げ、両手をそれにかざした。

 

 

「中心座標、『ファーリの心臓』。範囲、丘下の木々が届かない距離まで。魔法核、アタシの魂。魂を魔力に変換……。さあ、発動しな!」

 

 

 すると、『ファーリの心臓』を中心に、半球状の光が辺りを包む。

 ノエルは大魔女たちの方へ振り向くこともなく、意気揚々と最後の言葉を放った。

 

 

「特級空間魔法・封印結界『閉ざされし楽園(クローズド・ヘブン)』! そして、同時に蘇生魔法……」

 

 

 ノエルは一瞬、蘇生魔法の属性分類を考え、最後の言葉を続けた。

 

 

()()()蘇る思い出(リザレクション・メモリーズ)』!!」

 

 

 その瞬間、ノエルの身体から力が抜け、バタリと倒れる。

 やがて、その一帯は地響きを起こし、ゆっくりと沈下し始めたのだった。

 

 

***

 

 

 ノエルが目を覚ますと、そこには見覚えのある風景と、辺り一面の花畑が広がっていた。

 

 

「ここは……さっきまでいた、アタシの家……? まさか……アタシ、失敗したのか……!?」

 

 

 辺りを見回すと、全く人気がなく、そもそもボロボロになっていたはずの家があまりに綺麗な状態に変わっている。

 

 

「サフィアもマリンたちもいないし……。でも、ここが封印結界の中だってんなら、アタシの家はボロボロのままなはず……。あの魔法は、内側から見たらただ周りの風景が変わるだけで、外から見た風景と別空間に捻じ曲がるだけだからな」

 

 

 すると、ノエルは手に魔導書が握られておらず、地面を踏んだりしている感覚も全くないことに気づいた。

 

 

「まるで……夢のような世界だな……。いや……違うな」

 

 

 ノエルはロヴィアとかつて話したことを思い出した。

 

 

「『魂はその人の心の風景を表す世界』、だったか。確か、ロウィは歯車街で育ったってのと、死因が歯車だったからその印象が強く心の風景に残っていたらしい。と、なると……」

 

 

 もう一度、ノエルは丘の真ん中に建っている木の小屋を見る。

 すると、その中に一瞬だけ人影が見えたのだった。

 

 

「ここは……()()()()()()()()……なのか。まさか、アタシの家がそのまんま心に残ってるなんてね……」

 

 

 ノエルの記憶には、確かにイースと暮らしていた頃と似た風景の思い出が残っていた。

 

 

「さてと……行くとするか」

 

 

 ノエルは家に向かって歩き始める。

 間もなく、玄関のドアの前までやってきた。

 

 

「…………」

 

 

 深呼吸をする。

 そして、ドアをノックした。

 

 

「……はーい!」

 

「……!」

 

 

 その声に、ノエルは聞き覚えがあった。

 玄関のドアが開くと、ノエルの目の前にはかつて自分が愛した息子・イースの姿があったのだった。

 

 

「……イース!!」

 

 

 ノエルはドアを開け放ち、イースを思い切り抱きしめた。

 イースはノエルを抱きしめ返し、言った。

 

 

「……ただいま、ノエル」

 

「このバカ……。それは迎える側が言う言葉じゃないんだよ……」

 

「分かってます。でも……今はこの言葉を言うべきだろうって、そう思ったので」

 

「あぁ……そうだな。おかえり、イース!」

 

 

 お互いに笑い返したあと、ノエルはハッとして気持ちを切り替える。

 

 

「そうだった。先に聞いておきたい。お前は今の状況をどこまで理解してる?」

 

「ボクは死んだ……はずです。ですが、ノエルのおかげでこの世界で目覚めることができている……ですよね?」

 

「なるほど……。ロウィの時とその辺りは同じなのか。もしかしたら、魂のカケラが集まった時点で魂の世界だけは作られるのかもしれないな……」

 

「でも、一体ノエルはどうやってここに? ボクのような死人がいる場所に来れるなんて、いくらなんでも魔法でどうにかなる範疇じゃ……って、まさか……!」

 

「お前の悪い予感は当たってるよ。アタシは死んだ」

 

「そう……なんですね……」

 

 

 イースは明らかに落ち込んでいる。

 

 

「アタシだって死にたくて死んだわけじゃない。魔法世界の未来のため、そしてお前を復活させるために命を張ったんだ。その辺はあとでいくらでも話してやる。今はさっさとお前を目覚めさせる必要があるんだよ」

 

「えっ……? 今、こうして話してるなら目覚めてるんじゃないんですか?」

 

「この世界が明らかに夢の世界なのは自覚しているだろう? 夢の世界で目覚めても、意識……魂は目覚めたことにならない。となると、今のお前に必要なのは()()()()()の目覚めだ。そうすることで、本当の意味でお前は復活できる」

 

「と言われても……。具体的にどうすれば?」

 

「お前が夢から覚めることを強く望めば、お前は目が覚めるだろう。逆に、蘇生魔法の効果時間内にそれを望まなければ、お前は永遠に目が覚めない。ただ……」

 

 

 ノエルは悲しい表情でイースに伝える。

 

 

「夢から覚めたら、現実世界(そっち)にアタシはいない。お前と会えるのは()()()()()()になる」

 

「そんな……!」

 

「だけど、アタシはお前の魂を復活させるためだけにずっと頑張ってきたんだ……。こんな結果になってしまったとはいえ、どうにかお前と一緒にこうして話せる機会を作ることはできた。だから頼む……目を覚ましてくれ……!」

 

「ノエルがいない世界で、たったひとりぼっちで暮らせと言うんですか……? それなら夢から覚めない方がずっと──」

 

「いいか、イース」

 

「……!」

 

 

 イースの腕をがっしりと掴み、ノエルは目を合わせて言った。

 

 

「アタシはお前に命を救われて、それから色んな仲間と旅をした。色んな出会いと、色んな別れがあった。凶悪な敵と戦ったり、新しい魔法を開発したり、それなりに充実した日々を過ごしたんだ。でも、それはどれもイースともう一度会うためだった」

 

「そんな日々を捨ててまで……どうして……?」

 

「お前に見せてやりたかったんだよ。お前からもらった命で、どれだけ素晴らしいものを得られたのかをね。それは、イース。お前が目覚めることでようやく見せられるんだ」

 

「未練は……ないんですか?」

 

「……さっきまではあったさ。でも、仲間たちが背中を押してくれた。だからこそ、アタシはこうしてお前の目の前にいるんだ」

 

「ボクの目覚めこそがノエルの願い……なんですよね。そして、夢の中でならノエルと会える。その言葉に間違いはないんですね?」

 

「あぁ、間違いない。アタシとアタシの仲間たちで作り上げた、最高の蘇生魔法なんだぞ? 胸を張って宣言できるとも」

 

 

 その言葉を聞いたイースは少し目を瞑り、「よし」と頷いた。

 

 

「分かりました。ノエルの頑張りを無駄にするわけにはいきませんし、目を覚ましましょう」

 

「……そうか。ありがとな、イース」

 

「じゃあ、時間がないって言ってましたし、早速──」

 

「あぁ……! ちょっと待ってくれ!」

 

 

 ノエルはイースの袖を掴んでイースを静止する。

 

 

「時間の流れが分からないこの空間で、次にお前と会えるのがいつになるのか見当がつかない。だから……先に言っておきたいことがあるんだ」

 

「そういうことなら。もちろん、聞きますよ」

 

「その……アタシはお前にずって言えてなかったことがあるんだ。お前が死んで、心が空っぽになって、アタシはずっと苦しんでいた。でも、仲間たちと旅をするうちにそれをいつしか忘れられるようになって……」

 

「いい仲間と出会えたんですね……」

 

「あぁ、そうさ。自慢の仲間たちだよ。それで……お前に伝えたかったことってのは……」

 

 

 それは25年もの間、ずっと伝えられなかった言葉。

 ノエル1人では絶対に伝えることができなかった言葉。

 だからこそ、その言葉を口にしようとした瞬間、ノエルの脳裏に8人の大魔女たちやこれまで出会ってきた人々の顔がよぎった。

 ノエルは声が出ず、涙を流し始める。

 

 

「ノエル……」

 

「アタシはこの時のためにずっと頑張ってきたんだ……」

 

「ええ、分かってます……」

 

「だけど、この言葉を伝えたら、もう二度とあいつらと会えないんだろうなって……。そう思ったら…………」

 

「だったら、なおさら言うべきです!」

 

「イース……?」

 

 

 イースはノエルの手を握って言った。

 

 

「ノエルの仲間たちは、その言葉を伝えるために頑張ってくれたんでしょう? それを無駄にするなんて、ノエルらしくないです!」

 

「…………」

 

「いいですか、ノエル。さっき、ノエルは未練なんてないって言ってましたけど、未練はあってもいいんです。もしそれで後悔したとしても、ボクが何度でも励ましますから。それに、未練がないって言う方がノエルの仲間たちに悪いですから」

 

「まさか……イースに励まされるとはねぇ……。未練があってもいい……か……」

 

 

 イースはノエルの表情が戻ったことにホッとして、ノエルの手を離す。

 その時だった。

 ノエルの視界が突然歪む。

 

 

「これは……。イースの覚醒の予兆……なのか……?」

 

「い、いえ……。ボクはまだ目覚めることを望んだつもりは……」

 

「じゃあ、一体どういうことだ……!? くっ……ダメだ……。気が……遠く……」

 

「ノエル!!」

 

「まだ……伝えたいこと……伝えられてないってのに……!」

 

 

 段々とイースが遠ざかっていく。

 それと同時に、ノエルの家の風景も薄暗くなっていくのだった。

 

 

* * *



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129頁目.ノエルとイースとただいまと……

 ノエルが蘇生魔法を発動する1ヶ月ほど前のこと。

 8人の大魔女たちは、ノエルが寝静まった頃を見計らって集まっていた。

 彼女たちを集めたのは、外でもないマリンだった。

 

 

「ノエルはぐっすり寝ていますわ。ここで話している声は地下までは聞こえませんし、このまま作戦会議を始めさせていただきましょうか」

 

「突然夜に集められたと思ったら、作戦会議っスか? 急にどうしたんス?」

 

「何も急な話ではありませんわ。姉様やソワレさん、ルフールさんが筆頭となって研究を進めていた、『ノエルを死なせない方法』についての話ですもの」

 

「だが、それはもうワタシたちの判断と、蘇生魔法・封印魔法との兼ね合いで不可能という結論に至ったはずだ。なのに、今さら作戦会議とはどういう了見だ?」

 

「もし不可能だとしても、諦めないことが大事なのですわ。魔女にとって大切なのは、好奇心と仮説立て。今さらと言われても、何かないかどうにかできないかを考え続けるのがわたくしたちの仕事でしょう?」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 サフィアはそう言い切ったマリンの姿を見て、自分を奮い立たせて言った。

 

 

「お姉ちゃんの言う通りだよ……。ノエル様が死ぬのを黙って見ているなんて、あたしにはできない! あたしたちにも何か……何か絶対できるはずだもん!」

 

「落ち着いて、サフィアちゃん」

 

「ソワレさん……」

 

「大丈夫、みんな同じ気持ちだから……ね? 私ももちろん、一緒に考え続けるわ」

 

「全く……。このワシより先にそんなことを言われたんじゃ、ノエルとソワレの母親としてのメンツが立たん。それに、マリンがこの時機にワシらを集めたのにはそれなりの理由があるんじゃろう?」

 

「ええ、もちろんですわ。何せ、ようやく蘇生魔法と封印魔法の仕組みが完成したんですから……!」

 

 

 その日は、ノエルたちが蘇生魔法と封印魔法をほぼ完成させた日だった。

 魔法の発動の仕組みができた時点で、ノエルの死に方は確定したも同然。

 マリンは、今こそ大魔女たちの知恵で『ノエルの死』という運命を変えられる時かもしれないと、そう思ったのだった。

 

 

「では、早速ですが……今回の魔法の主軸となるのは『魂と魔力の変換』。つまりは魔力の塊です。ですので、先にロヴィアさんに確認させていただきますわ。ゴーレムやロウィさんの件からして、この中で『魔力核』について最も詳しいのはあなたでしょうし」

 

「そうね……。『魂と魔力の変換』は当然実際にやったことがあるわけじゃないけど、魔力核を扱う魔女としてちゃんと勉強はしてきたつもりだし……。まあ、お役に立てるのならどんな質問でもしてちょうだいな」

 

「でしたら、『魂と魔力の変換』によって生み出される魔力の塊『魔力核』についての説明を……できれば、今回の場合に寄せて話していただけると」

 

「ええ、それくらいなら簡単だわ。そもそも『魔力核』っていうのは『魂と魔力の変換』で生まれるものに限らず、大量の魔力が込められた物体を指す言葉なの。魔力が込められた宝石とかね。『魂と魔力の変換』にあえて寄せるなら……『魂核(こんかく)』とでも呼ぼうかしら」

 

「魂をそのまま魔力の核にするなんて、今さらながらに恐ろしい発想ですよね。誰が考えついたのか分かりませんが、ボクは絶対にやりたくない魔法の発動手段です……」

 

「そうね、『魂核』っていうのはその魔導士の全ての魔力が集約された、魂そのもの。生命を代償にして発動する、最強の魔法発動手段だもの。恐ろしいのは当然だわ。ただ……まだこの魂核については未知な点が多くてね……」

 

 

 ロヴィアはマリンに尋ねる。

 

 

「ねえ、マリン。人間の魂って、どこにあると思う? 難しかったら、『魂』を『心』に置き換えて考えてみて」

 

「心……と言われると思いつくのは、心臓でしょうか?」

 

「まあ、一般的にそう思う人が多いわね。でも、魂が本当はどこにあるのか、誰も知らない。感情の源流は脳の信号だから頭、って言う人もいるし。となると、『魂核』って何なのかしら?」

 

「ボク、気づいたんですけど……今思えば、ファーリの魂核は心臓でした。ということは、普段から魔力が集中している『心臓』が答えではありませんか?」

 

「ルカ、それ()正解」

 

()? ということは、答えがいくつもあるってことですか?」

 

 

 サフィアはハッとして、マリンの方を見る。

 

 

「お姉ちゃん、おばあさまの噴水に入っていた魂核って……」

 

「お母さまに聞いた限りですが、確か髪の毛だったはずですわ。生前、髪の色があまりに綺麗で、とても大切になさっていたとか……」

 

「そう、魂核っていうのは、その人が生前に最も大切にしていた体の部分に魔力が集まって変化したものなの。魂はその人が一番大切にしていた場所に宿るってことね。と言っても、髪の毛とかは特異な例で、基本的には心臓が魂核になるみたいだけど」

 

「それで、その話が今回の件とどう繋がるんじゃ?」

 

「大事なのは、どの体の部位が魂核になるかじゃなくて、魂核に強く()()()()()()()()が何か、なの。そこで、今回の蘇生魔法で一番大事な条件を思い出してくれる?」

 

 

 すると、ルフールが答える。

 

 

「イースの魂を目覚めさせること……。それもノエル自身が、だったか」

 

「じゃあ、どうしてノエルじゃないといけないのかしら?」

 

「ノエル様の魂の中にあるイースさんとの思い出が、イースさんを目覚めさせることができるから……?」

 

「そうね。となると、それがノエルの魂核の本質ってことになるの。曖昧かもしれないけど、恐らくノエルの魂核には、記憶とか思い出とか……あとは気持ちのこもった言葉とか、そういった概念みたいなものが響くんじゃないかしら」

 

「なるほど……。その他に魂核に接続する条件はありませんの? もしあるのなら、今のうちに知っておきたいのですけれど」

 

「最低条件ならあるわよ。魂核側から接続する意思を受けること。つまり……」

 

 

 ロヴィアはマリンたちに言った。

 

 

「ノエルの魂がこっちに未練を残していれば、こちらからの接続に答えてくれる可能性が高まる、ってことね」

 

「なるほどですわね……。では、その線で色々と考えてみましょうか。発動の日まで時間もありませんし、考えられるだけ考えましょう!」

 

 

 こうして、マリンたちはノエルに知られないようにしながら、互いに意見を交わし合い続けた。

 それから1ヶ月経った当日になっても、その話に結論が出ぬまま──。

 

 

***

 

 

 ノエルが蘇生魔法を発動した直後のこと。

 揺れる地面と変わる景色の中、サフィアはマリンに涙目でしがみついていた。

 

 

「どうしよう……! ノエル様が……! お姉ちゃん、もうどうにもできないの……?」

 

「今日、この日をどうにかするために、ずっと考え続けてきましたわよ……。でも、結局何も思いつかなかった……! イースさんを蘇らせるために死ぬノエルを止めることも……」

 

「じゃあ……もうノエル様が言ったみたいに、この場で蘇生魔法を作り上げるしかないじゃない! そんなの……あたしにできるはずもないのに……!」

 

「この場で、蘇生魔法を作る…………?」

 

 

 そう呟いて数秒、マリンはハッとしてエストの方へ振り向く。

 

 

「姉様! あの白い羽根ペンの魔法、複製できませんこと!?」

 

「ええっ……!? 発動中の魔法を複製なんてしたことないっスけど……。いや、今はやってみるしかないっスね! えっと、何に魔法を転写すればいいっスか!?」

 

「うーん……。元々は羽根ペンのために調整をした魔法だったし……」

 

 

 そう言って、サフィアは手に握ったノエルの羽根ペンを見る。

 

 

「あっ、そうだ! これです! ノエル様の黒い羽根ペン!」

 

「分かったっス! じゃあ、やってみるっスよ……! 『複製(リバイバル)』!!」

 

 

 エストの右手が白い羽根ペンに、左手が黒い羽根ペンに向けられる。

 白い羽根ペンは浮いたまま、ノエルの魂核から伸びた魔力の線のようなものと繋がった状態で光り続けている。

 エストは苦しい表情で手に力を入れる。

 

 

「転写するには術式が複雑過ぎるっス……! それに、魔力を放っているせいで転写する情報がどんどん書き換えられている気がするっスよ……!」

 

「姉様、頑張ってくださいまし! あ、そうでしたわ。ロヴィアさん、確認してもよろしくて?」

 

「ええ、この状況だもの。何でも答えてあげるわ! 早く!」

 

「こんな無茶を思いついて今さらですが、ノエルの魂核にどうやって接続すればいいんですの?」

 

「蘇生魔法の場合は魂に直接触れさせなきゃいけなかったけど、魂核に繋げるだけなら簡単! 魂核に直接触れて、その上でノエルの魂に強い影響を与えられればいいわ! と言っても、向こうが未練を持ってくれていないとだけど……って、あぁっ!?」

 

 

 そう言って、ロヴィアはサフィアの方へ振り向く。

 

 

「サフィアちゃん、もしかしてさっきのノエルとのやり取りって、未練を持たせるためにやったの!?」

 

「あ、分かっちゃった? もしかしたらこの時になって、誰かがいい作戦を思いつくかもしれなかったし、少しでも可能性を大きくできればって思ったの」

 

「本当に恐ろしい子ね……。実は羽根ペンを預かったのも偶然じゃなかったり……って、流石にそこまではないか。まあ、とにかく……今はエストの魔法が成功することを祈るしかないわ」

 

 

 すると、白い羽根ペンの光が強くなっていく。

 

 

「あれは……。もしかして、イースさんが目覚める予兆ではありませんか?」

 

「くっ……。どうにか蘇生魔法が発動しきる前に、姉様が複製を終えられれば……!」

 

「全く、無茶を言ってくれるっスねぇ……! こちとらさっきから必死なんスよ!?」

 

「なるほど、()()が足りないんじゃな?」

 

 

 その瞬間、エストの動きが何倍にも速くなる。

 そして、十数秒ほどでエストが魔法を発動し終え、速度が元に戻った。

 

 

「きゅ、急に周りがゆっくりになってビックリしたっスよ! でも、おかげで複製は無事に終わったっス!」

 

「っ……! クロネさん、ありがとうございますわ! 流石は時魔法の使い手です!」

 

「なに、魔女として当然のことをしたまでじゃ。さて、次は誰の番じゃ?」

 

「それなら、当然ワタシだろう。ノエルの魂核はあんな高い場所にある。そこまで()()を繋いでやるとも」

 

 

 そう言って、ルフールはマリンとサフィアを亜空間への穴に突き落とす。

 すると、ノエルの魂核から少し離れた上空に2人が現れた。

 

 

「ちょっ!?」

 

「えええっ!?」

 

「ボクの風で落下速度を減衰させます!」

 

「ゴーレムたち! マリンとサフィアちゃんを受け止めて!」

 

 

 ルカの手から風が放たれ、マリンとサフィアはふわりと浮かぶ。

 ロヴィアが投げたゴーレムの核は、展開されると同時にマリンとサフィアの下に集まって手を伸ばす。

 それを見て、ソワレは笑いながら言った。

 

 

「みんな、ノエルのために頑張ってくれて嬉しいわねぇ。私は元から見守ることしかできないけど、応援だけはしてあげなくちゃ。さあ、あとは任せたわよ! マリンさん、サフィアちゃん!」

 

 

 その声を小さく聞いた2人は、ノエルの魂核を目にする。

 

 

「お姉ちゃん、見えたよ! ノエル様の魂核!」

 

「2人で同時に触れますわよ! せーの!」

 

 

 空中に浮かんだ、赤く光るノエルの魂核。

 それにマリンとサフィアは手を伸ばし、同時に触れた。

 

 

「ノエル様! 帰ってきてください! あたし、本当に信じてますから!」

 

「ノエル! あなたはここで死ぬような器じゃありませんわよ! イースさんと仲良く暮らすんでしょう! 魂の中に引きこもっている場合じゃありませんわよ!」

 

 

 すると、ノエルの魂核はそれに答えるかのように、赤く強く光を放つ。

 

 

「これは……! サフィー! 今ですわ!」

 

「うん! ノエル様! 手を伸ばしてくださーい!!」

 

 

 そう言って、サフィアはもう片方の手に握っていた黒い羽根ペンを、ノエルの魂核に充てがった。

 

 

* * *

 

 

 暗闇の中、ノエルは遠ざかる意識の中で声を聞いていた。

 

 

「……ノエル様! 帰ってきてください!」

 

「(どうして……アタシにサフィーの声が聞こえるんだ……? もしかして、魔法は失敗してしまったのか……?)」

 

「ノエル! あなたはここで死ぬような器じゃありませんわよ! イースさんと仲良く暮らすんでしょう!」

 

「(次はマリンの声……。あぁ、違うな。アタシ、死んだんだ。だから、走馬灯が流れてるだけで……)」

 

「魂の中に引きこもっている場合じゃありませんわよ!」

 

「(あ……? 誰が引きこもりだって?)」

 

 

 その瞬間、ノエルは暗闇の中に明るい光が2つ、赤と青に灯るのが見えた。

 そして、そこから見覚えのある2つの手が伸びてくる。

 

 

「(そうか……なるほど。さては、あいつら何かやったな?)」

 

「ノエル様! 手を伸ばしてくださーい!!」

 

「(これは完全に、あいつらを甘く見ていたアタシの負けだ。仕方ない、あいつらを悲しませる前に帰ってやらないとな……!)」

 

 

***

 

 

「ノエル様、掴んだ!!」

 

「本当ですの!?」

 

「うん、今、確かにそんな実感がしたもん!」

 

「そう言われてみると確かに、そんな気がしたような……」

 

「2人とも! 着地姿勢取って!」

 

「「えっ??」」

 

 

 ドサドサと、マリンとサフィアはゴーレムたちの腕に落下した。

 頭をさすりながら、マリンとサフィアはノエルの魂核から手を離す。

 ノエルの魂核はそのまま上昇し、この空間を作っている結界の中心らしき部分で止まった。

 

 

「成功……したっスか?」

 

「うーん、多分? まあ、イースさんが起きないことには、そもそもこの魔法が失敗している可能性も……」

 

『ええと……ボクの名前、呼びました?』

 

「……!?」

 

 

 突然、その場に響いた男の声に、8人の大魔女たちは驚く。

 すると、その声が先ほどまで光っていた白い羽根ペンの方から聞こえたのが分かる。

 

 

「も、もしかして……イースさん……ですの?」

 

『ええ……。ということは、あなた方がノエルの言っていた、()()()()()……?』

 

「成功じゃ……」

 

『えっ……?』

 

「成功じゃ……!! ノエルの蘇生魔法が成功しておる! つまり! ということは! じゃ!」

 

「ノエルも目覚めるってことね!?」

 

 

 はしゃいでいる大魔女たちを見て、白い羽根ペンはおどおどと浮遊する。

 それに気づいたエストは、ゆっくりと白い羽根ペンに近づいて声をかけた。

 

 

「驚かせてしまって悪いっスね」

 

『エストさん……? あぁ、なるほど。あなたもいらっしゃったんですね! お久しぶりです!』

 

「良かった。やっぱりイースだったっス。もし間違って誰かの魂を復活させてた、とかだったらノエルも悲しむっスから」

 

『あ、そうでした! ノエルは!?』

 

「一応、あの蒼髪の女の子の手の中っス……。まあ、そろそろ目覚める予感が……」

 

 

 その時だった。

 はしゃいで回るサフィアの手から、黒い光が漏れ出す。

 そして、黒い羽根ペンはその手からするりと抜け出し、声を放った。

 

 

『ええい、サフィー! アタシを雑に振り回すんじゃないよ! 視界が気持ち悪くなるだろうが!』

 

「……!!」

 

 

 その女の声が響いた瞬間、その場がしんと静まり返る。

 しばらくして、8人の大魔女たちは黒い羽根ペンに飛びかかるように詰め寄った。

 マリンは黒い羽根ペンに尋ねる。

 

 

「……確認しますわ。わたくしたちの名前と顔、一致させてみなさい」

 

『え? わ、分かったよ』

 

 

 そう言って、黒い羽根ペンは浮いたまま、羽根の方をマリンの顔に向けて言った。

 

 

『じゃあ、お前がマリン』

 

「正解ですわ」

 

『サフィー……。正しくはサフィア』

 

「正解です!」

 

『クロネさん』

 

「ママと呼んでくれてもいいぞ?」

 

『呼ばない。で、次が変態……じゃなかった、ルフール』

 

「正解にしたくないんだが」

 

『次、ルカ』

 

「正解です」

 

『ロヴィア……だよな? 魂側から見ると視界がぼやけるもんで、識別が難しいんだ。ロウィだったらすまないね』

 

「今はロヴィアで合ってるわ。あと、その視界がぼやけるのは、時間が経てば慣れるわよ」

 

『で……エスト』

 

「正解っス」

 

『最後、ソワレ姉さん……』

 

「正解。でも……最後じゃないんじゃない?」

 

『え?』

 

 

 そう言って、ソワレはイースを呼びつける。

 すると、ノエルの前に白い羽根ペンが飛んできた。

 

 

『イース……なのか?』

 

『ええ、そうですよ。ノエル、先ほどぶりですね』

 

『イース……()()()()。あの時……アタシが弱かったせいでお前を犠牲にしちまった……』

 

『もしかして、それがボクに伝えたかった言葉……ですか?』

 

『ん? あ、あぁ、そうだが……』

 

『そんな謝罪、ボクは聞きたくありません。むしろ、感謝してくださいよ。こうして、ボクたちがこんな形で再会できたのは……』

 

 

 そう言って、イースは大魔女たちの方を向く。

 

 

『ノエルが生きて、この仲間たちと一緒に頑張ってきたおかげじゃありませんか』

 

『イース……。分かったよ。じゃあ、言い直す』

 

 

 ノエルはイースと大魔女たちの方へ向き直って、言った。

 

 

『イース。あの時、アタシを守ってくれてありがとう。そして……ただいま、だな!』

 

 

 こうして、ノエルとイースは同時に蘇生を果たし、ノエルたちは『ファーリの心臓』の封印にも成功したのだった。




次回、最終話となります。


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130頁目.ノエルと8人の大魔女

 それからノエルは8人の大魔女たちから、大魔法の発動後に何があったのかを聞かされた。

 ノエルの死の運命を変えようと、ノエルが諦めたあともずっと考えていてくれたこと。

 イースのための蘇生魔法を発動中に、その魔法をノエルの黒い羽根ペンに複製したこと。

 そして、マリンとサフィアが自分の()()というものから、羽根ペンに魂を込めたこと。

 ノエルは8人の大魔女たちに礼を言い、真っ先にエストの方へ飛んでいった。

 

 

『おい、エスト。もし複製の過程で蘇生魔法に何かあったらどうするつもりだったんだ! 感謝はしてるけど!』

 

「はあ!? マリンの機転とクロネさんの時魔法のおかげでどうにかなったとはいえ、命の恩人に最初に言うことがそれっスか!?」

 

『その2人がいなかったら、もしもの可能性があったわけだろう? なるほど、それすら考えずに無茶したってわけか。まさか、蘇生魔法を()()()()複製するなんてねぇ……』

 

「いやはや、アチキも初めての経験でそれなりに楽しめたっス。あと、運命魔法の使い手に対して『もしも』なんて言葉は無駄ってもんっスよ!」

 

『その運命が見えてなかったから、発動中に複製するなんて暴挙に出たんだろうがぁぁ!』

 

「痛い、痛いっス! 羽根の部分とはいえ強化の土魔法のせいで硬くなってて、ビンタされるとめっちゃ痛いっス!」

 

 

 気が済むまでエストをはたいたノエルは、次にマリンのところへと飛んでいく。

 そして、マリンに頼んで自分の姿を鏡で見せてもらった。

 

 

『ほう、こんな感じなのか。と言っても、この羽根ペンは元はアタシのだし、見た目としては真新しくないはねぇ……。ただ、この()で見る自分の姿としては……』

 

「奇怪……ですの?」

 

『いや、むしろ()()()()()()()。まさか自分の身体を捨てて、新しい身体を得られるという体験をできるなんて、夢にも思わなかったからねぇ。魔女冥利には尽きる』

 

「確かにノエル様ならそういう考えなのも頷けますね。あたしだったらびっくりして言葉も出ないと思う……」

 

『そりゃ、蘇生魔法で死んだと思ってたのに、目の前にお前たちがいた時は驚いたさ。もしかして、夢でも見てるんじゃないかってね。でも、イースを見た時にこれが現実なんだって分かった。そんな鮮烈な現実の前じゃ、姿なんて小さな問題だよ』

 

『ボクもこの姿に少しは驚きましたけど、ノエルと皆さんが頑張ってくれたからここにいるという現実の驚きには確かに勝りませんね。とはいえ、まだボクの身体という実感は湧いていませんが……』

 

 

 そう言って、イースは不慣れな動きで浮遊している。

 

 

「まあ、じきに慣れると思うぜ。アタイだってそうだったし、ロヴィアもそう言ってる」

 

『おお、ロウィじゃないか!』

 

「意思を持った羽根ペンも一種のゴーレムみたいなもんだろうし、ロヴィアの話は聞いておいて損はないはずだろうに、アタイも挨拶しろって引っ込んじまった。にしても、さっきは区別できてなかったのによく分かったな? その視界に慣れたか?」

 

『慣れたというよりは、明らかに別物に見える感じだな。なるほど、こうして見るとロウィが魔力を纏っていないのがよく分か……うん?』

 

 

 ノエルはハッとした様子で周りを見回すように回転する。

 そして、あることに気づいた。

 

 

『もしかして、魔力を……視覚的に感じ取れるようになった……? あ、視界がぼやけてたのって、魔力の色が視界を邪魔していたせいか!』

 

「それって……私がフェブラでサティーヌから聞いた、大厄災の呪いに触れることで発現する能力よね? どうしてノエルがそんな力を持っているのかしら……? イース君はどう?」

 

『ボクはそんな風には感じ取れません。生前の視覚と遜色ないですね。まあ、よく考えるとそれもそれで凄いですけど……』

 

「まさかとは思うが……。ノエルの魂がファーリの心臓と封印魔法で強く繋がったことで、ノエルにファーリの力の一部が引き継がれた……ということかの? ということは、全ての属性の魔法を自在に操れるようになった可能性もあるのう」

 

『それはさっきから試してるんだが……どうやら無理みたいだ。羽根ペン自体に魔力は流れていても、それはアタシが操作できる魔力じゃない。やっぱり、魔女の身体を捨てた時点で魔法は使えなくなってる……か』

 

 

 ノエルはしょんぼりした様子で羽根の部分を下に傾ける。

 すると、ルカが言葉をかける。

 

 

「命あっての物種、とはよく言ったものです。魔法が使えなくなる以前に、ノエルさんはその魂をあの魂核に完全に封じてしまうところだったんですから。イースさんに会うことと魔法、ノエルさんはどっちが大事なんです?」

 

『それは……どっちもだな。イースはアタシの人生そのものだけど、アタシの人生は常に魔法と共にあった。イースと出会えたのはアタシが魔法の修行をするためだったし、イースと再会できたのも魔法のおかげだろう? だから比べられないよ』

 

『ボクも、ノエルが魔法の研究をしていない姿なんて想像できないくらい、魔法とノエルは共にあった存在だと思います。その魔法を捨ててまでボクの蘇生をすると決断した時は、一番苦しかった……はずです』

 

『そういうこった。だから、魔法を使えなくなって生きているっていうのは、肉体的に生きていた頃では絶対に考えられない事実なのさ。でもまあ、イースを取り戻せたんだ。そういう愚痴は無しにするよ』

 

「そういえば魔法といえば、ちゃんと説明しておく必要があるっスね」

 

『何か説明が必要なことなんてあったか?』

 

 

 エストは頷いて、イースとノエルをそれぞれの手の上に乗せた。

 

 

「まず、大前提について話しておくっス。イースとノエルはこの結界の中から外に出ることはできないっス。蘇生魔法は、ノエルの魂核がこの空間にあるからこそ永続的に発動しているもの。そして、この封印結界はノエルの魂核の力も内側に封じているんス」

 

『アタシの魂核がこの結界の中にある限り、アタシたちはこの場から動けないってわけだ。ファーリの心臓の秘匿性のことを考えると、アタシの魂核をこの場から動かすわけにもいかないからね』

 

『つまり、ボクたちはずっとこの不思議な空間の中……というわけですね。ちなみにどれくらいの時間、ボクたちはこの身体で生きていられるんです?』

 

「それが本題なんスけど、イースはノエルの魂核が壊れない限り永遠に生き続けられるっス」

 

『ボク()……? ノエルは違うということですか?』

 

『アタシに残された時間は、エストと同じ……ってことだろう? この身体は実物かもしれないが、この魂が入っている魔法はエストの複製によって生まれた偽物だ。つまり、エストが死ねばアタシの魔法は切れる』

 

 

 エストは頷く。

 

 

「アチキが魂と魔力の変換をして複製をしていたのならまだしも、普通に魔法を発動した以上はその魔法にも期限があるっス。つまり、それ以降どうするかはイース次第っス」

 

『そんな……』

 

『まあ、エストが寿命で死ぬなら数十年は時間があるはず。それまではゆっくり話をしてやるよ。あと、もしお前が孤独になったとしても、お前の夢の中にアタシはずっといるだろうし、寂しがる必要はないさ』

 

「そういえば、ノエルの魂は3つに分かれたわけですが、記憶とかはどうなっているんですの? 例えば、イースさんを起こした記憶は残っていますの?」

 

『うーん、残ってないね。どうやら意識そのものが3つに分かれたみたいだ。あとイースから聞いた限りだと、魂核のアタシ、この身体のアタシ、イースの夢のアタシ、の順で魂がより多く分配されているらしい。ただまあ、どれもアタシには変わりないよ』

 

『なるほど……。そういうことでしたら、定期的に夢の中のノエルと会った方が良さそうですね。不貞腐れて話してくれなくなるかもしれませんし……』

 

 

 それを聞いた大魔女たちは、一同に「確かに」と頷く。

 ノエルも同じことを思ったらしく、頷くように揺れていたのだった。

 

 

『あぁ、そうだった。今の話で思い出したんだが……』

 

 

 ノエルは周りを見回すように回転し、尋ねる。

 

 

『アタシの()()ってのはどこにあるんだい?』

 

「上ですわ。結界の中心の赤い光の方です」

 

 

 それを聞いて、ノエルは上の方へと飛んでいく。

 そして、赤い光の前でじっと止まり、しばらくして帰ってきた。

 

 

『あれが……アタシの魂核なのか?』

 

「驚くのは分かりますが、一番驚いたのはわたくしたちの方ですわ。あなたの人生で一番大切なものなんて、仲間とはいえ他人であるわたくしたちには分からないんですから。というか、あれがあなたの魂核ではないはずがないでしょう!」

 

 

 その赤い光の中には、ノエルの()()()()()()が結晶化して浮かんでいたのだった。

 ノエルの遺体は赤い結晶の中で眠ったまま、魔力を放ち続けている。

 

 

「まさか、ノエル様自身が魂核になるなんて……。普通は心臓か身体の一部が魂核になるんじゃなかったの?」

 

「私も初めて知ったわよ、こんな事例。と言っても、ノエルにとって一番大事なものが何か。それを考えれば自明の利ってものだけど」

 

『アタシの一番大事なもの……』

 

「そもそも魔導士の心臓が魂核になるのは、魔法が人生そのものだった人の場合が多くて、魔力の源である心臓に魔力が集まるから、と言われているわ。さっきの口ぶりだとノエルもその例だと思ったんだけど、それ以上に大事なものがあったみたい」

 

 

 ロヴィアがそう言うと、イースは言った。

 

 

『それって、()()()……ではありませんか? 思い出というのは自分自身の肉体があったからこそ、誰かの記憶に残るものだと思うんです。ノエルは皆さんとの思い出を何よりも大切にしていた……。そうではありませんか?』

 

「いやいや、ノエルに限ってそんな……。ねえ……?」

 

『…………』

 

「……顔がないからその無言の意味が掴めないんですけれど、もしかして?」

 

『……否めない』

 

「あら……。あらあら……!? まさかとは思いますが、ノエル、照れていましたの〜!?」

 

 

 ノエルはその瞬間、マリンの方に飛んでいき、そのままマリンの身体をぱしぱしとはたき始めたのだった。

 それを見て、ルフールは呟く。

 

 

「なるほど、ノエルの魂核は思い出が土台となっていたから、()()というものがより強く働いた。それが、あの2人がノエルの魂を一発で掴めた理由だったわけか。全く、魔法ってのは予想がつかないもんだね」

 

「だから面白いんじゃろう? 早く新しい魔法を研究したいって顔になっておるぞ」

 

「おっと、今は抑えないと。だがしかし……これからどうするんだ? ワタシたちは封印結界(ここ)から出たら、もう2度とここには戻れなくなる。特に、ノエルとあの2人を引き離すのは心苦しいところがあるんだが……」

 

「それは……ノエルを生かすという話が出た時点で覚悟していたはずじゃよ。マリンとサフィアはノエルを死なせる悲しみより、別れの悲しみの方がずっといいと思ってここまで来ておる。ワシらも同じ気持ちじゃろう?」

 

「それはそうだが……」

 

「まあまあ、ノエルがイース君と生きていてくれるんだもの。それ以上は贅沢言えないわよ?」

 

 

 ソワレは笑顔でルフールに語りかける。

 しかし、ルフールはソワレの手が震えているのに気がついた。

 ルフールとクロネはソワレの手にそっと触れる。

 

 

「ソワレ……分かったよ。ワタシたちは誰よりもノエルの家族だ。だからこそ、別れはきっちりとしておこう。今は……この景色をしっかりと目に焼き付けておくんだ」

 

「ええ……そうね……。ノエルが……そして私たちが命をかけて作りたかった理想の景色だもの。それに、ノエルからこの魔法世界を託された責任があるわけだし、出ていかないなんて選択肢だけは絶対にないわね」

 

「その通りじゃ。それと、ワシらはノエルの死と存在を隠したまま、これからの人生を歩むことになる。元々、大魔女という存在の中でもノエルの地域的な知名度は低い。じゃから、そのまま歴史から消して欲しい、とワシらはノエルに頼まれた」

 

「覚えているとも。それがこの世界を守るためなのも分かっている。もちろん、ワタシたちはノエルを忘れるわけにはいかないが、まさかそこまで頼まれるとは思ってもみなかったよ」

 

「これまでのことは全て胸の中に。そして、これからのことを考えないとね……」

 

 

 大魔女たちはその日、日が暮れるまでノエルとイースと一緒に話をした。

 別れが惜しくなろうとも、その日のことを絶対に忘れないために。

 小さく不思議な空間の中で、外に漏れることのない声が楽しげに響くのだった。

 

 

***

 

 

「…………そろそろ、ですわね」

 

「そう……だね……」

 

 

 マリンとサフィアの口からその言葉を聞くまで、ずっと話を続けていた大魔女たちは、一斉に目線を落とす。

 ノエルは、円を作っている大魔女たちの中心に飛んでいった。

 

 

『お前たちとは昨日のうちに別れを済ませたつもりだったんだがねぇ……』

 

「ええ、もうあなたに伝えたいことは全て伝えましたわ。だから、あとはただ……あなたと別れるだけです」

 

「でも、今度のノエル様との別れは悲しい別れじゃありません。あたしが生きている時、ノエル様もここで生きていてくれるんですから!」

 

『そうだな……。あの時イースに救われた命を、今度はお前たちに救われた。肉体こそ失ったが、魂はこうして生きている。2度も救われた生命、ちゃんと大事にさせてもらうよ』

 

『ノエルのことはボクに任せてください。もし外に出ようとしたら全力で止めますから!』

 

「封印結界の外に出たら羽根ペンの魔法が切れちゃうっスから、それだけはホントによろしく頼むっスよ! 特に、ノエルは一度死んだせいで運命の理から外れてるんス。アチキの占いじゃこれからの運命は分からないってこと、覚えておいて欲しいっス」

 

『肝に銘じておくよ。肝、ないけど』

 

 

 そう言って、ノエルはケラケラと笑う。

 そして、ノエルはマリンの前に飛んで行き、言った。

 

 

『じゃあ、あとは頼んだ。アタシのこと、忘れるんじゃないぞ』

 

「誰が忘れるもんですか。あなたはわたくしにとって、生涯無比の大親友ですのに」

 

「あたしも絶対に忘れたりなんてしません。だって、あたしのたったひとりの大事な大事な師匠ですもん!」

 

『そうだな。お前たちと出会えて本当に良かった。本当に、ありがとうな。これで、さよならだ』

 

 

 サフィアとマリンはノエルの羽根に両手で触れ、ノエルに別れを告げる。

 それから2人はノエルの元から離れ、振り向くこともなく結界の外へと走り去っていった。

 

 

「……行ってしまいましたね。次はボク……で良かったでしょうか」

 

『ここにいるのは全員、アタシの大事な仲間だ。順番なんて気にする必要ないよ。ルカ、大魔女の中ではお前がサフィアの次に若い。だから、あの2人のことをこれからも支えてやって欲しいんだ。もちろん、他の連中のこともね』

 

「もちろんですとも。ボクも大魔女として、ノエルさんに胸を張れるよう頑張りますから!」

 

「アチキも負けてらんないっスねぇ。今回の件で色んな着想を得られたっスから、大魔女の名に恥じない凄い魔法をもっと作ってみせるっスよー!」

 

『もしもがあって、見られる機会があるとすれば、楽しみにしているよ。頼むから、長生きしてくれよ?』

 

「もしもがないことを祈るばかりっスけど、長生きの方は祈ってもどうしようもないっスねぇ。もちろん、健康にはより一層気を遣うことにするっス!」

 

 

 そう言って、ルカとエストもノエルの羽根に触れ、元気良く別れの言葉を言った。

 2人を見送ったロヴィアが、続けてノエルのところへやってくる。

 

 

「まずは先に私から。イース君と再会できて良かったわね。おめでとう」

 

『ありがとう、ロヴィア。お前は誰よりもイースの蘇生魔法の作成に貢献してくれた。感謝しているよ』

 

「ロウィと再会させてくれたお礼……って言っても、釣り合うかどうかは分かんないけど。そうね……じゃあ、あえて私はこう言うわ。()()()、ノエル」

 

『……! ああ、またな、ロヴィア』

 

「ってことで、次はアタイだ。その……アタイは少しでもノエルの助けになってやれたか……? それだけが不安だったんだ……」

 

『何言ってんだ、大助かりだったよ。ロウィがいてくれて、アタシの話を親身になって聞いていてくれたから、何事もなく今日を迎えられたんだ。お前も、立派なアタシの仲間だったよ!』

 

 

 ロウィは涙を拭う。

 そして、ノエルの羽根と握手をして別れを済ませたロウィは、魔力を纏い直して結界の外へと出て行った。

 

 

『あとは……3人か……』

 

「ワタシにできることなら、この場所に転移できる結界をこの場で作り上げたいところだった……」

 

『わがまま言うんじゃないよ、ルフール! ファーリの心臓の秘匿性がガタ落ちだろう! 師匠のくせにみっともない!』

 

「……冗談だ。だが、お前は最期に素晴らしい魔法を見せてくれた。確か……大魔法だったか? ワタシもあれくらい美しい魔法を、いつかまた見てみたいものだよ」

 

『……お前たちならきっと、自分だけの大魔法を作り上げられるだろうさ。それに、アタシがこの世界の魔法を守っている限り、大魔女は魔法世界を発展させてくれる。そうだろう?』

 

「もちろんじゃ。ファーリが作り、ヴァスカルで発展し、衰退した魔法。今度はワシらが紡いでいく番じゃ。ノエルが生きている限り、この世界は魔法の力でずっと成長し続けることじゃろう!」

 

 

 ソワレはクロネの見栄を聞いて笑い、言った。

 

 

「じゃあ、その未来を私の子孫たちにもちゃんと任せられるよう、私も頑張らなきゃ。多分この中で一番最初に死ぬのは私だろうけど、それまでには魔法世界の発展に少しでも寄与できれば嬉しいわねぇ」

 

『昨日も言ったが、ルナリオにもよろしく伝えといてくれ。あと、マリンとサフィアにはいつも通り、収穫祭で美味しいものを食わせといてやってくれよ?』

 

「そうね、それもちゃんと伝えておくわ。あ、そうだ。今度は8人みんなで行きましょう? 大魔女集会は何も、絶対に円卓に集まる必要なんてないんだもの!」

 

『お、いいじゃないか。アタシの分まで楽しんできてくれ!』

 

 

 3人は見合ったあと、微笑みながら答えた。

 

 

「「「もちろん!!」」」

 

 

 そして、ルフール、クロネ、ソワレの3人はそれぞれノエルに優しく触れ、別れの言葉を口にする。

 最後の大魔女たちが結界の外に出て行った。

 

 

***

 

 

 8人の大魔女を見送り、ノエルはぽつりと呟いた。

 

 

『……これで、良かったんだ』

 

 

 それは妥協の言葉でも後悔の言葉でもなく、最後の結末を迎えられた安堵からノエルの心が溢した言葉だった。

 

 

『ノエルの旅、終わっちゃいましたね……』

 

『元々、ここが終着点だったんだ。だから、正直ホッとしてるよ』

 

『……ボクはノエルの判断を肯定します。ですから、今日は好きなだけ言いたいことを言ってください。楽しい話でも、悲しい話でも、どんな話でもボクは聞きますよ』

 

『イース……。いや……ここで泣いたら全てが台無しだ! ええい、景気付けに最初から楽しい話をしてやろう!』

 

『ええ……! とても楽しみです!』

 

『覚悟しろよ? アタシの話はとんでもなく長いんだ。今夜は絶対に寝かせないからな!』

 

 

***

 

 

『魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜』

 

 

-完-




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
『魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜』は、これにて完結となります。

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