死んだクソガキTS転生して死神になる (小豆団子)
しおりを挟む

一話 転生

 

 

――これは、死ぬかもしれないな……。

 

力が入らずに倒れていく身体。

 

「――――、―――っ!」

 

そんな俺の様子を見て必死な顔で駆け寄ってくるアイツ。 

何かを叫んでいるけれどそれは酷く不明瞭で意味を理解できなかった。

 

耳がイカれてしまったのか頭が働いていないのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の最初の記憶は母親が家から出ていくところだった。

 

何という事はない。暴力癖のある父親が浮気をし、それを切っ掛けに離婚して出ていったというだけのよくある話だ。もともと仲は悪かった、遅かれ早かれそうなっていただろう。そもそも俺も母親から愛情を受けた記憶がない。

そもそも本当の母親だったのだろうか?

 

力を振るえる相手がいなくなったためか、男の機嫌は日に日に悪くなっていった。そしてその暴力が俺に向かう事になるのは時間の問題だったのかもしれない。

毎日痛めつけられた。痛みで気を失う事すらあった。

そんな状況であっても、ただのガキでしかない俺にできる事は無かったのだ。

 

 

少しだけ時は流れ、俺は小学校高学年になっていた。

 

 

その頃にはできるだけ暴力を振るわれない様に、多少の知恵も回る様になっていた。

できるだけ家には居着かずに、学校が終わっても公園なんかで時間を潰す。そしてあの男が酔いつぶれた頃に家に戻る。

食事だって碌に出た事は無かったが、財布から勝手にくすねて買っていた。どうせ酔っていて財布の中身なんて覚えて無いのだから。

 

学校だって給食のために行く様なものだった。

学校にも味方はいない。

担任の方針なのか、学校の方針なのか……明らかな暴力痕があったにも関わらず俺に対して干渉してくる事は無かった。

俺はいつも一人だった。無理もない……教員が避けているのだ、機微に聡い児童が避けないはずもない。

 

 

 

そう……近付いてくるヤツなんかいなかったのだ――アイツの他には……。

 

 

 

アイツに初めて遭ったのは俺が公園で時間を潰している時だった。

 

日も暮れて小学生にとっては少々遅い時間にアイツは話しかけてきた「何してるの?」と。

当時人間不信に陥っていた俺は当然ソイツの事を無視した。しかしソイツは全く滅気なかったのだ。

纏わり付きながら質問し続ける姿に遂に俺は根負けしてしまったのだ。

それからの展開は早かった。

家に戻りたくなくて時間を潰している俺と、誰かと話していたいソイツとの利害の一致があり、小学校は違っていたのだが自然と公園で会うようになっていた。

 

 

 

 

そしてまた時は流れ、俺とアイツは同じ中学に入学したのだった。

 

中学でもアイツは変わらず俺に纏わり付いてきた。

 

そして最近では、俺に自分の好きなモノについて喋り続けている。

何ていったかな?少し前に世間で人気になっていた少年漫画だ。霊感の強い男子高校生がひょんな事から死神になり、なんだかんだあって世界を救うというストーリーらしい。あまり漫画に興味は無かったのだが、アイツが楽しそうに話しているので何度も聞くうちになんとなくだが内容を覚えてしまった。

アイツが話し、俺が聞く。それが俺たちの日常だった。そうやってずっと過ごしてきたのだ。

 

 

だがいつ頃だろうか?その事に気づいたのは……。

 

時間が経つにつれ、俺と関われば関わるほど、アイツは他の奴等から避けられる様になっていったのだ。

 

原因は言うまでもなく俺だろう。

傍から見れば俺は不良と呼ばれる存在だ。そうなりたかったわけでもなったつもりも無いのだが、絡んできた奴等を返り討ちにしているうちにそう呼ばれていた。

 

無愛想な態度がムカつくとか調子に乗ってるとか……知るかよそんなもん。俺は誰にだってこんな態度だ。

 

 

で、そんな俺と親しげに話しているアイツと関わりに行くヤツがいないのは当然の結果だったのかもしれない。

 

だが俺は、そんな分かりきっていた事に対して怒りを覚えていた。

解っているのかいないのか、そんな状況に甘んじているアイツに、レッテルだけを見てアイツ本人を見ようともしない周囲に、そして何よりそんな状況を招いてしまった俺自身に。

 

俺にとってアイツは平和な日常の象徴だった。

 

俺と違って家族に愛されて育ち、人の悪意や暴力を知らずに過ごしてきたのだ。

そんなアイツがコチラ側に来てはダメなのだと、そう漠然と思った事を覚えている。

 

気付けば俺は、アイツと距離を置く様になっていた。

 

学校へは行かず、あの公園にも立ち寄らない。

そうやってアイツとの関わりを断つ事でアイツが普通の日常で暮らしていけると、そう思っていたのだ……。

 

 

 

日常から離れた俺は非日常で生きるしかなかった。

補導されるのも面倒だったので自然と裏路地やらの人目に付きにくい場所で過ごしていた。だがそんな場所には似たようなのが集まるもので、新参者だった俺はすぐに目を付けられたのだ。

 

 

それからは喧嘩の毎日だ。

売られた喧嘩は全部買った。相手が一人だろうと複数だろうと関係無い。降りかかる火の粉は全て払うのだ。

 

そりゃ負けることも多々あったが、それでもガキの頃からあの男によって否が応でも鍛えられた根性で喰らいついたのだ。

そうやって喧嘩の仕方を覚えていき、街の不良全員と顔見知りになった頃には俺は狂犬なんて呼ばれる様になっていた。

 

 

そうやって喧嘩をしている内に、俺の中で手段と目的が入れ替わっていたのだ。

自分と相手との意地のぶつけ合い。

 

――奇しくもそれは俺が求めていた他者との繋がり、その在り方の一つだった。

 

喧嘩をしている時だけは自分が世界に存在している意味を感じられた。喧嘩は相手と自分が存在するから成り立つのだ。

俺は相手だけを見ているし、相手も俺だけを見ている。必要とされている高揚感……!

 

 

だからこそ、こんな喧嘩は間違っているのだ。

アイツを人質にとっての喧嘩なんて……ッ!

 

 

多分前にアイツが俺に話しかけているのを見たヤツがいたのだろう。

俺は不良達の間ではそれなりに有名なのだ。それでもそんな俺の知り合いを見たのは初めての事だろう。

 

たとえ俺が突き放す様な対応を取っていたとしても、アイツの方の必死な様子に人質としての価値を見出したのかもしれない。

 

 

そうして呼び出された俺を待っていたのは、ここらではそれなりに大きな不良グループだった。それもほとんどが得物持ちだ。

 

だが関係無い、俺にとっての日常の象徴であるアイツを巻き込んだ事は許せそうになかった。

 

俺は一人、そいつ等に突っ込んでいくのだった。

 

 

 

 

……どれだけの時間が経ったのだろうか?

 

殴り、蹴り、拘束されない様に立ち回る。引き伸ばされた時間感覚の中で何人もの相手を伸していく。

 

それでも流石に多勢に無勢で、何発ももらってしまっている。

頭から流れる血で視界の半分は赤く染まっているし、耳鳴りも酷い。それに骨も何本か逝っているだろう。

 

それでも止まるつもりは無い。

 

 

そうして最後には相手グループのリーダーすらも打ち倒した。

後はアイツを拘束している雑魚だけだ。

 

そいつに身体を向ければそれだけで雑魚は逃げ出していった。

 

 

……やっと終わりか。

 

 

そこで安心してしまったのがいけなかったのだろう。後ろから近付いてくるヤツの事を気付けなかった。

 

バットか何かによるものだろう、後頭部に強い衝撃が走った。

 

あ、ヤベェなこれ……いいのもらっちまった……。

 

堪えられず倒れていく身体。

地面に打ち付けられた感覚すら遠い。

 

これは……ダメかもしれねぇな……。

 

 

「――――、―――っ!」

 

そんな俺の様子を見て必死に何かを叫びながら駆け寄ってくるアイツ。 

 

自分の事ながら無様だなぁ……こんな心配させちまうだなんて……。

 

 

――だがまぁ……コイツが無事で……よかったさ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――目が覚めた。

 

どうやら死にきれなかったらしい……。

 

痛む身体を庇いながら俯せから仰向けに転がる。周りを確認してみると林の中にいる事が分かった。

 

俺を殺してしまったと勘違いして山中に棄てて行ったのだろうか。

 

――アイツはどうなった?

 

一応警察呼んでから喧嘩に赴いたのだが間に合わなかったのだろうか?

 

ゾワリと背筋が粟立つ。

 

身体の具合を確認する事すらせずに無理に立ち上がる。

 

…………?

あれほどタコ殴りにされたのに普通に起き上がれた事に違和感がある。

今までの経験上、暫くは身動きすることすらしんどいはずだし、骨も何本か逝っていたはずなのにどういうことだ?

 

立っているにも関わらず何故か視点が低く感じる。下草や木々の高さから考えると自分がいつもより小さくなってしまっている様に感じる。少なくとも頭1つ分は。

 

「これじゃあ子供の、ガキの視点じゃないか」

 

空を仰ぎ見る。目に飛び込んできた光の眩しさからか、思わず掌を目前にかざした。

 

 

「は?」

 

 

目の前にある自分の手は、まるで子どもの様に小さく華奢だった。

 

おかしい。自分の手は殴り、殴られたせいかゴツゴツと節くれだった武骨な手だったはずだ。

 

 

身体も同じだった。

 

お世辞にも良い体格だったわけでは無いが、喧嘩をするのに必要な筋肉は確りと付いていた。

 

それなのに今は、筋肉など有りはしないようなほっそりとした子どもの身体になってしまっていた。

 

 

「どうなってんだよ……」

 

 

俺はやはりあの時、キッチリ確り死んだらしい。んでもって転生だか憑依だかしてこの身体に蘇ったと……。

 

「俺にどうしろっていうんだよ!?神様よぉ!!」

 

どうやら俺は、このどうしようもない人生をもう一度やることになってしまったみたいだ。

 

 




BLEACHは友達の家で見せてもらっていたため現在手元には無くうろ覚えのにわかです。設定に間違いがあるかもしれませんがコメント等で教えてくださると助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話 人里、そして…

 

 

それなりに満足して逝けたのだ。

正直に言えば今の生は蛇足にすら感じている。かといって出来ることも無く、自殺を選ぶ度胸もない。

 

このまま惰性で生きていくしかないのだろうか?

 

「…………くそ」

 

それにしても小さい。自分の手足をみてそう思う。

比較対象が無いので正確には分からないが、体格からして十とそこそこといったところだろう。

手足は泥にまみれ、素肌の色すら分からない。

 

気付けば服装も時代劇に出てくる貧しい農民の様な、みすぼらしい着物になっている。振り袖も無く、丈も短い。動きやすくはあるが冬には寒そうだ。

 

このまま突っ立っていても仕方ない。取り敢えず人里を探そうか……。

 

一歩踏み出す。

 

「――ッ、靴すら無いのか」

 

足の裏に刺さる小枝や石片、落ち葉の感触に自分が裸足なのだと気付く。

 

「どうでもいいか……」

 

俺は当てもなくさ迷い歩く。

 

 

 

そうしていると、いつの間にか明るく拓けた場所にたどり着いた。

 

「道か……」

 

道は南北に延びていた。

 

寒いのは好きじゃない。南に向かおうと思う。

 

 

 

 

 

 

そうしてたどり着いた人里は、十何軒かのあばら屋が集まって建っている小さな集落だった。

 

 

住人達はどいつもこいつも剣呑でギラついた、もしくは生気の無い虚ろな眼をしている。

 

奪う側と奪われる側……胸糞悪い村だ。

 

 

俺という見慣れない存在が入り込んだせいか少し空気がざわついている様に感じる。

 

肌を撫でられている様な嫌な感覚――よく知っている……喧嘩をする前の、値踏みされてる時に感じていたものだ。

 

 

……ということはそろそろお出ましか?

 

 

暫く待っていると俺を観察していた連中の中から一人が進み出てきた。汚ならしい格好をした男だ。

 

そいつは下卑た笑顔をしながら近付いてくる。嫌悪感から鳥肌が立ちそうだ。

 

「おい餓鬼、新入りかぁ?」

 

新入りへの洗礼か、それとも喝上げか……。

どちらにせよ俺は、売られた喧嘩は全部買うことにしてるんだ。

 

「見て分かんねぇのかよ?頭悪ぃおっさんだな」

「あぁん?」

 

こういう手合は少し挑発しただけで直ぐに乗ってきてくれるから楽だ。

 

そして一見、弱者に見える相手にも牙が有るという事を解っていない。

 

「理解できなかったのか?もう一度言ってやるよ。頭悪ぃおっさんだなぁっ!」

「てめぇ!!」

 

格下だと思い込んでる相手に少しつつかれただけでこれだ。直ぐに頭に血が上る。

 

相手の男が殴りかかってきた。

 

――やっぱこっちの方が話が早くて助かるな。

 

さぁ、やり合おうか……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけ言うのであれば俺の圧勝だった。

 

小さくなった割には不思議なもので、あまり腕力等は落ちてはいなかった。そしてリーチは短くなったもののそれを補って余りある身軽さを手に入れていたのだ。

 

それに相手も相手だ。殴る事には慣れていても殴り合う事には慣れていない様だった。

 

本当に胸糞悪い村だな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺がこの村に住み着いてから随分と時間が経った。

 

 

幸い最初の喧嘩を見ていたせいかあの後すぐに絡まれることは無かった。しかしそれも最初の内だけで、何度か複数人に囲まれたり刃物を持ち出される事もあった。流石に分が悪いのもあり、その場では逃げたりしたが後にキッチリ報復していたらそれも無くなっていった。

 

そうしている内にその村で俺はまたもや狂犬などと呼ばれ始め、避けられてほとんど触られなくなっていた。

 

 

そうして過ごしている内に、この世界について色々知ることができた。

 

先ず1つ目は人によって老化の速度が異なる事だ。

 

時間の流れの通りに老化していくヤツもいれば著しく老化の遅いヤツもいた。

俺もどういうわけか、見た目ではほとんど歳をとってはいない。この世界に来た当初と同じガキの見た目のまま何年も過ごしている。よく分からないが考えるだけ無駄だろう。そういうものだと理解しておく。

 

 

2つ目は食べ物が必要なヤツと不必要なヤツがいるという事だ。

 

残念ながら俺は前者の様で面倒だが狩りをして生活を繋いでいた。

ただ、面白いのは食い物が必要なヤツは大抵強いというところだ。強いから消費する力を補うために腹が減るのか、食い物を食べているから強いのか、どちらなのかは分からない。だが強いヤツのところに行けばそこそこの確率で食い物にありつけるというのはありがたい。

 

 

そして最後は世界についてではなく俺についてだ。

 

どうやら俺は女だったらしい。返り血なんかを浴びて小川で水浴びをした時に分かった。どちらにせよ成長しないガキの身体だ。男でも女でも関係無い。今までと変わらずやっていくだけだ。

 

 

そして今日もまた、代わり映えの無い一日が始まる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話 目標に向かって

 

 

「つまんねぇな……」

 

この村にはもう、俺の喧嘩相手になる様なヤツはいなくなっていた。

 

弱者には手を出さないと分かったとたんに尻尾振って媚びへつらってくる飼い犬に、気に入らないという眼をしておきながら吠えすらしない負け犬ばかり。

全くもって詰まらない。

 

「いっそのこと場所変えるか?」

 

来た道を戻る事にはなるが北へ行けば行くほど治安が悪くなるらしい。

 

一つ隣の草鹿、そのまた向こうの更木、そこまで行けば喧嘩相手には困らないだろう。

 

そうと決まれば行動するだけだ。適当にボロ布で作った背嚢に食料と飲み水を包み込み背負う。

 

 

俺が歩くだけで道行くやつらは端に寄ってしまう。いつもと違う装いをしているせいか、いつも以上に視線の数が多く感じた。

 

……まぁ、どうでもいいな。

 

そういった視線を無視して村を出る。

 

草鹿だったか? 先ずはそこの集落にでも向かおうか……。

 

 

 

 

 

 

草鹿の集落までの道程は特にトラブルも無く面白味も無いものだった。途中で猪に襲われる事もあったが、この肉体には多少の重量差など関係ない。その辺の石でぶん殴れば問題なく仕留めることができた。

食料も手に入って有り難い事だ。

 

 

 

 

 

 

そして――草鹿でも、結局は同じだった……。

 

初日に喧嘩を売った相手が中々大きなグループだったみたいで黙っていても向こうから喧嘩相手が来てくれたのだ。

そんな奴等の相手をしていれば、草鹿にいる悪党の殆どを平らげてしまっていたのだ。

 

 

そんな毎日を過ごす中、ある噂を耳にした。

隣の更木に餓鬼の姿をした悪鬼がいるという。何でも武装した賊を単身で皆殺しにしただとか、刃物で斬りつけても傷一つ負わないだとか。

 

喧嘩に明け暮れるだけの毎日、代わり映えのしない日常。前と何ら変わりやしない。

……それならばその悪鬼とやらに喧嘩を売ってみるのもいいかもしれない。

 

 

「止めておけ! あんたみたいなのが何人も返り討ちに合い、殺されているんだ!」

 

 

そんな事を言ってくる奴もいたが、正直この終わりの見えない日々に飽き飽きしていたのだ。姿形の変わらないこの身体に果たして寿命は在るのだろうか? 

 

ならばその悪鬼とやり合って最後にするのも悪くないと、そう思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だとっ! 思ってたんだがなぁっ!!」

 

何だこれは? 何だこれはっ!? 

地面に這いつくばり吹き飛ばされそうになる身体を何とか支える。目前に見えるのは他人の喧嘩だ。だが、全てにおいて次元が違っていた。

ボロ一枚羽織っただけの餓鬼と黒装束に高そうな白い羽織を纏った女がとても楽しそうに斬り合っていた。

 

 

ボロを羽織った餓鬼は噂の悪鬼だろう。今の俺の見た目より二つか三つ上だろうか? 餓えた肉食獣のような荒々しさを身に纏い、楽しくて仕方がないと言わんばかりに刀を振るっている。その一刀一刀は正に一撃必殺。刀を振るう度に大地が砕け巨岩が断たれる。

対する女も愉しげに刀を振るう。相手の一刀をいなし、弾き、受け止める。確固たる理で以て相手の猛攻を捌ききり、切り返す。

 

まるで愛し合っている恋人同士がダンスを踊っているかの如き一体感だ。

 

……しかし永遠に続くとかとも思えたその舞踏もいよいよ終わりを迎える様だ。両者が示し合わせたかの様に、これでお仕舞いともいわんばかりの斬撃を振るったのだ。

 

ぶつかり合う刃と刃、その境界から生まれた衝撃は地面を捲り上げ、大木をなぎ倒す。

 

俺自身も例外ではなく、その衝撃によって吹き飛ばされ、あっけなく意識を失ったのだった。

 

 

 

………………

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

俺が目を覚ました時には血溜まりと斬撃の刻まれた大地があるだけで、二人の姿は何処にも見つけられなかった……。

 

 

脳裏に焼き付いて離れない光景、本当に楽しそうに斬り合っていた二人。互いに相手を想い合い、相手が存在する感謝と悦びを刀に乗せて伝えていた。

 

 

――思ってしまった、俺もあんな喧嘩をしてみたいと……!

 

 

だけど今のままじゃ駄目だ。

今の俺があの二人に喧嘩を売ったところで一瞥をくれることもなく切り捨てられるだろう……そんなことは許せない。俺もあいつ等に必要とされるくらい、喧嘩相手に成れるくらい強くなりたいっ! 

 

 

――ならばどうする? 

 

 

二人は刀を使っていた。ならば同じ土俵に立つ為に俺も刀を持つべきだろう。

勿論それだけでは全く足りない。あの二人のパワーとスピードに着いていく為には身体を鍛えなきゃいけない。

 

こっちに来てからは喧嘩をしているだけでも、前世では考えられない速度で力が付いていった。だが、それだけでは追い付けそうにない。

それにただ鍛えたからといってあの餓鬼の様な化け物じみた身体能力が手に入る保証はないのだ。

やはりあの女の様に剣術を修めるべきだろうか? 

 

前世でも武術をやっているヤツと喧嘩したことは何度かあった。そのため型の有用性は十分理解しているつもりだ。

だが俺は勝つためや強く成るために喧嘩をしていたわけじゃなく、ただ喧嘩をしたいから喧嘩をしていたのだ。そのため特に武術を学ぼうとはしていなかった。

 

だが喧嘩をしたいと思った相手とやり合うために必要ならば、死ぬ気で学んでやろうじゃないか。

 

 

嗚呼、視界が開けるような感覚だ! 

 

 

思えば前世を含めてここまで明確な目標を持った事なんてなかった。

アイツ以外とは喧嘩でのコミュニケーションしか知らず、夢や希望を持つことも無く、成人する前に死んだ前世。

そして焼き増しの様に前世と同じ事を繰り返してきた今世。

 

……だがこれからは違う。

 

あいつ等と喧嘩をする事こそが目標だ!

初めての目標も喧嘩だというのは自分の事ながら少し笑ってしまうが、存外悪くない気分だ。目標を達成するために必要な事は全部やっていこうと思う。

 

 

先ずは刀、だがこんな場所ではまともな刀は手に入らない。喧嘩相手で刀を使う相手もいはしたが、横から殴るか蹴るか、上から踏み抜くかしたら簡単に折れるなまくらばかりだった。あの二人の様に斬り合うならもっと頑丈な刀が必要だろう。

 

しかし餓鬼が持ってた刀はボロボロだったはずなのにあの膂力に折れる事なく耐えきっていた。振り方にコツがあるのか、不可思議な力で強化でもしているのか……今は考えてもしかたがないな。

 

そして剣術。学ぶにしてもこの辺りの地区に道場ながあるとは聞いたことがない。独学でもいいが基礎を学んでおいて損はないだろう。

それに長い月日を経て磨かれてきた流派を学んだ方が余程効率的だろうしな。

 

 

ならば人が沢山集まる場所に行くべきだろうか? 大きな街ならば刀が手に入りやすいだろうし、道場の噂も集まるだろう。

 

 

 

さぁ出発しようじゃないか、初めての目標に向かって、出来る事は一つ一つ確りと! 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話 流魂街の中心で

 

 

思い立ってから、どれだけの時間が経っただろうか……? 漸く流魂街の中心地、瀞霊廷のお膝元までたどり着くことができた。

 

ちなみにここが流魂街という場所であることや、中心地に瀞霊廷という場所があるというのは長い旅路の中で得た知識だ。

名前が無いと何かと不便だからな。

 

何年経ったか覚えちゃいないが、本当に時間がかかってしまった。

本当は真っ直ぐここに向かうつもりだったのだが、途中で強い奴が居ると聞けば西へ東へ北へ南へ喧嘩を売って回っていたら思いの外時間過ぎ去ってしまっていたのだ。

 

 

その時の喧嘩相手についてだが、有り体に言ってしまえば俺より強い奴はいなかった。そもそも俺の身体のスペックは他の奴等と比べて相当高い。戦闘技術云々の前に集中すれば相手の踏み込みから呼吸、瞬きに至るまで把握できてしまえる。そんな俺に敵うはずもないだろう。

しかしながら全く無駄だったとは考えていない。

 

武術というのは結局のところ相手に打ち勝つ為の技術であり、そこには一定の理論が存在しているのだ。自分より強い奴相手に生き残るには? どうやれば勝てる? そういった考えが実践されている。

 

この世界は前世とは違い、普通に殺しがまかり通る様な場所だ。予測できない攻撃をくらって死にましたじゃ話にならない。

しかしそれを防ぐための経験を積むのも普通は命懸けの環境だ。そんな状況で余程へまをしなければ死にようがない俺は幸運なのだろう。

 

 

喧嘩した相手の得物は刀や槍は勿論、斧や金棒、更には鎖鎌や手裏剣というヤツまでいた。そしてその誰しもが相手に勝つために趣向を凝らしていた。

相手を効率的に殺すための技術。相手の防御を打ち破るための技術。洗練されているとは言いがたいが、多くの技術と考えがそこには存在していた。

 

俺はそんな奴等と戦う事でそれらの技を観て、読み解いて、学んできたのだ。

 

 

喧嘩するにあたって流石に刃物相手に素手でどうこうするのは倒すだけなら兎も角、相手の技を引き出すのには少々不都合だった。そのため道中で何本か刀を拾って(奪って)いたりする。

 

今の身体のサイズで太刀を使おうとすると地面を擦って鬱陶しかったので適当な位置で折って短くし、取り回しを良くしてある。

 

使い道は専ら相手の刃物を受けたりいなすためであって、斬撃に使うことはほとんど無い。

強くなるというのが俺の目的であり、一方的に喧嘩を吹っ掛けておいてそのまま殺してしまうのは流石に憚られる。そもそも殴る方が性に合ってるし手加減もしやすいしな。

 

 

そして喧嘩の内容(相手からしたら殺し合いか)だが、普通に戦う奴は余程腕に自信がある奴だけで、基本は生き延びてなんぼの戦い方ばかりだった。

不意討ちは当たり前で目潰しに金的(今は無いけどな)、地形利用はお手の物だ。斬り結んだ瞬間に死角から暗器が飛び出してきたり、組み付いたところに手下が現れたりとバリエーションに富んでいた。

 

流石にあの二人がこんな小細工を使ってくるとは思わない。しかし何事も経験だ。俺と同等以上の身体能力を持っているヤツが同じ様な事をしてきた時には、多少役に立ってくれるだろう。

 

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

「にしても、あそこにゃあんま近付きたくねーな……」

 

瀞霊廷は美しく汚れのない街並みで、地面だって石畳によって舗装されていた。

 

なんというか……文字通り住む世界が違うのだ。地続きではあるのだが、完全にアチラとコチラで分けられてしまっている。近付く気にすらならない。

 

そして四方にある門? というか関所か? は基本的に通行証を持つ者しか出入りできないという。

 

なんだそりゃ……?

 

一瞬、自分の幼子ボディを利用して保護される形で侵入を試みようとも思ったのだが、虫酸が走ったので秒で却下した。

それにそんな事ができるなら今頃難民で溢れかえっているだろうしな。

 

強行突破も考えはしたが、中で活動する事を考えれば悪手だろう。

 

 

中心地であれば色々と情報が集まると思っていたが、入れないとは宛が外れてしまった。

壁の外側は瀞霊廷のお膝元といってもあまり発展している様には見えず、実際集まってくる情報も今までの噂に毛の生えた程度のものだ。あの二人の情報は全く掴めていない。

 

 

「取り敢えず一周してみるか……」

 

 

瀞霊廷の周りをぐるりと一周しつつ、それぞれの地区で話を聞いてみようと思う。

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

「待てー!」「捕まんないよーだ!」

 

 

「……子供の声か?」

 

 

声のする方へ目を向けてみれば、何人かの子供達が遊んでいた。

 

今までも子供はいたが、こうして何人も集まって遊んでいるのを見るのは初めてかもしれない。それなりに治安はいいらしい。

 

そのなかに背の高い人物がいるのに気が付いた。白の着物に藍の袴を着ていて、この辺りであっても質の良い仕立てだと一目見てわかる。

 

白髪だったのでどこぞの爺さんが子供と遊んであげてるのだと思ったが、近付いてみると存外若いようだった。

見た目で言えば自分よりも五つかそこら歳上だろうか? 前世で言えば高校生くらいの長身痩躯で、白髪ショートヘアーの少年だった。

 

 

――あいつ、かなり強そうだな……。

 

 

子供と一緒に鬼ごっこに興じているが、動きに無駄がないのが解る、体幹も全くブレていない。

 

 

おし、喧嘩売るか。

 

 

取り敢えず背後からの不意討ちだな。それで警戒して本気になってくれるだろう。

 

 

「死ねおらぁっ!」

 

 

丸腰っぽかったので刀を含む荷物を置いてから、助走をつけて後頭部へと跳び蹴りをかます。

 

「おっと!」

 

ちっ、かわされたか。

 

「こらっ! いきなりは危ないぞ! 鬼ごっこにもルールはあるんだし、一緒に遊びたいならちゃんと皆に入れて欲しいって言わないと!」

 

こいつ……ッ!

 

子供扱いたぁ許せねぇ!

取り敢えず頭かち割って本気にさせてやる……絶対にだっ! 

 

若白髪野郎の腰に正面から組み付く。

 

「おや今度は相撲かい? 相手になるよ」

 

くらえ! 投げっぱなしスープレックス! 

 

「おっ、なかなかやるね!」

 

くそっ、びくともしねぇ!

つーか細くみえたけど意外とがっしりしてるし筋肉もしっかりついてるな。腰の後ろに腕を回しているせいで頬がこいつの腹に押し付けられているが、結構硬い。

 

腰回りや肩や腕も触ってみる。

 

おぉ……。

 

「あはははっ! くすぐったいよ!」

 

はっ! 俺は何を!? 

 

どっ、どうすれば!? 俺はどんな想定外の事態にも対応してきただろう!? そう、こういうときはあれだ! 三十六計逃げるに如かず、だ! 

 

「おっ、覚えてろよ!?」

「明日もここでまってるよー!」

 

 

 

 

 

 

 

くそっ、何やってるんだ俺は……。

 

強くなるためにあの若白髪野郎と喧嘩しようとしたのに、不意討ちを簡単にいなされてしまったうえ、俺の見た目のせいか子供扱いされてしまった。

 

あいつ、人畜無害そうな顔していながら確実に俺より強いな……。

自分より明確に強い奴に逢ったのはあの二人以来初めての事だった。

 

 

逃げてきてしまったがあいつは明日も待っていると言っていたしちょうどいい。何度でも挑戦し続けて本気にさせた上であいつに打ち勝ってやる! 

 

 

「首を洗って待ってろよ! 若白髪野郎!!」

 

 

 

 




少々時代が合わないかもしれないですがお目こぼしを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話 遊びの末に

 

 

「朝か……」

 

空が白み始め、鳥達の鳴き声が聞こえる。

 

宿を探すのも面倒だったので適当な場所で野宿したのだが、何事もなく朝を迎える事ができた。

旅の道中では見た目に騙された馬鹿な野盗どもが夜襲を仕掛けてきた事もあったのだが、流石に治安はマシな様だ。

……まぁ、そういう奴等を返り討ちにして収入源にしていたんだけどな。

 

 

干し肉を口に放り込み朝食を済ませる。

 

 

取り敢えずあの若白髪野郎にあった場所まで行ってみたが流石に時間が早すぎたのか、誰もいない。

 

その場を離れて近くの集落にいた子供に話を聞いてみたが、どうやらあいつは昨日と同じ様に夕方にしか来ないらしい。

 

 

やる事もないし情報収集でもして時間を潰そうか。昨日は殆ど何も出来なかったしな。

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

その辺の住民の話では白の着物に藍の袴を着ているのは統学院? 真央霊術院? だかに所属している男の院生の格好の様だった。因みに女は袴が緋色らしい。

 

その学院は瀞霊廷内部にあり、基本的にその院生は寮住みらしい。ただし瀞霊廷の外に家のある貴族や、成績優秀で素行も良い院生等は例外として通行証が配布されている様だった。

 

つまりあの若白髪野郎は良い所の坊っちゃんか優等生、もしくはその両方ということか……。

 

更にその学院は年に一度院生を募集している様で、基本的には瀞霊廷の内部の者達が入学するようだ。だが、ごく稀に流魂街からも素養のある者を拾い上げるらしい。

そこを出た者は瀞霊挺を守る隊士になれる様で、エリートとして扱われ生活に困ることも無くなるらしい。

 

 

要は警官みたいなもんか? いざという時のために腕っぷしが必要になると考えるなら、あいつの強さも納得できる。

 

 

素養のある奴が入学出来るって話だが、これまでの事を考えれば俺みたいに腹が減ったりする強い奴らの事だろう。

 

それならば強い奴がその学院にはごろごろ居るってことか?

そこでならあの二人に近付くための喧嘩が山ほど出来そうだ。 

 

……とは言っても要は学校、馬が合わない奴等と一緒に過ごすのはかなりのストレスになるだろう。

前世でも途中からは完全に行かなくなってたしな。

 

 

中に入るためにも、強くなるためにも、魅力的ではあるけどどうしたものかな……。

 

 

 

 

 

 

 

「おや、待っていてくれたのかい?」

「待ってねぇ!」

 

くそっ、考え事してたとはいえ全く気がつかなかった。自然体過ぎて気配を察知し辛いなコイツ。

 

「今日は何して遊ぼうか?」

 

いつの間にかガキ供がワラワラとあいつの周りに集まってやがるし……。

 

何なんだコイツ……。

 

じゃれつく子供の相手をする姿に、一気に力が抜けてしまった。

 

 

「鬼ごっこでいい、俺が鬼になる」

 

 

コイツを捉えられなきゃ喧嘩にもなりゃしない。取り敢えず鬼ごっこでもいいからコイツの動きに着いていけるようにならねーとな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけー! そこだー!」「負けるなにーちゃん!」「お前も頑張れよー!」

 

「お前言うなし!!」

 

ガキ供は早々に捕まえ、今は俺とコイツの一騎討ち状態だ。

 

こちらの手加減無しの殴る蹴るを涼しい顔してよけ続ける若白髪野郎。そして何とか一撃食らわせようと全力で追いすがる俺。

 

簡単に攻撃範囲外に逃げることが出来るはずなのに俺の手が届きそうな範囲で逃げ回っている。

気に入らねぇ……ッ!

 

「くそっ、待ちやがれっ!」

「そらっ! こっちだぞ!」

 

 

 

 

 

 

……結局、先にぶっ倒れたのは俺の方だった。

 

「にーちゃんすげー!」「お前もうちょい気張れよー」

 

「だからっ……お前言うなしっ……」

 

くそ、汗一つ流さずに涼しげな顔しやがって……! 

 

地面に横たわり息を整えつつ奴を見る。

何やら思い出したかのような顔をして袖口をあさり始めた。

 

「そういえば忘れていたよ、今日は皆に良いものを持ってきていたんだ!」

 

「いーものー?」「なになにー?」

 

そう言いながら袖から小袋を取り出して手のひらに空けている。

 

色とりどりの小さな塊……金平糖か。

 

「なにそれー?」

 

ガキ供はそれが何なのかわかってない様子だ。

そしてそんなガキ供の口に金平糖を放り込んでいる。

 

「「甘い! 美味しい!」」

 

若白髪野郎もそんなガキ供を見てニコニコと嬉しそうに笑っていた。

 

そんな様子を横目で眺めていたのだが、そいつはあろうことか俺の方にも金平糖を差し出してきやがった。

 

睨む俺に期待するかのように笑うそいつ。

 

根負けしたのは俺の方だった。

 

正直甘味は嫌いじゃなかったし、こっちに来てからまともな甘味は一度も口にしていない。どうせ俺が拒否したところで生意気なガキ供に配られるだけだ。

それは少々腹立たしいし合理的な判断だろう。

 

「しょうがないから貰ってやるよ。勘違ぁあっ!?」

 

何考えてるんだコイツ! いきなり口のなかに金平糖を突っ込んできやがった……! 

 

文句の一つ二つ言ってやろうかと思ったが、満足そうなそいつの顔を見ていたらそんな気も無くなってしまった。

今は甘味を味わっておいてやろう……。

 

「そういえば君にお話があるんだ」

「……なんだ?」

 

十年以上ぶりかもしれない甘味をあじわっていると、アイツが話しかけてきた。

 

「君、霊術院で俺と一緒に学ばないか? 君には素養がある。それに力の使い方を覚えないと友達と遊ぶ時に怪我をさせてしまうかもしれないよ?」

 

「遊ぶか!」

 

ニュアンス的にこのガキ供の事を言っているのだろう。遊ぶ予定は無いしそもそも何時の間に友達になったんだ……。

 

「それに君は強くなりたいみたいだし、霊術院で学べば確実に強くなれると思うよ?」

 

確かにそうかもしれない……でもなぁ……。

 

「確かに強くは成りたいけど集団生活は俺には無理そうだしさ……」

 

そう、あんなものは前世だけでこりごりなのだ。

 

「だから習ってることをお前が教――」

「うーん……取り敢えず先生に掛け合ってみるから一緒に行こう!」

 

「――は?」

 

いきなり小脇に抱えられ、門に向かって走り始めた。かなりの速度だ。

 

「おい! てめぇ降ろしやがれ!」

「そういえば自己紹介がまだだったね。俺は浮竹 十四郎だ!」

「話を聞けぇ!? 坂治(さかじ) (まこと)だ!」

 

こっちに来てから始めて人に名乗った気がする。

 

「そうか! これからよろしくな!」

「離せっ! この誘拐犯がぁ――ッ!」

 

こうして拉致られた俺は、瀞霊廷に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話 瀞霊廷で

 

 

現在俺は瀞霊廷内にいる、小脇に抱えられて。

 

もう諦めた、コイツ話聞かないし暴れてもびくともしないし、どうしようもない。

 

 

「――あの場所が―――そしてあの場所が――あと、あの塔は―――」

 

 

聞いてもいないのに延々と瀞霊廷内を案内してくる。正直視点の高さが違うせいでとても解りづらい。

 

……後で自分で歩いて確かめないとな。

 

「おい浮竹、俺達は今何処に向かってるんだった?」

 

霊術院だろう? 断じて観光名所ではないはずだ。 だからさっきまでの速度でさっさと向かえ。というか俺の通行許可証はどなってんだよ。

 

「……ん? 銭湯さ!」

「はぁ!? 霊術院とかいう所に行くんじゃないのかよ!」

 

先生に話をつけるって言ってたし霊術院に行くのだとばかり思ってたよ!

 

「最初はそのつもりだったんだけどね。でも今の君は長旅のせいかとても汚れてしまっているし、疲れている様にもみえる。だから先生に紹介するのは明日にしよう。今日はしっかり休もう?」

 

疲れていると言えば疲れている、か? 

 

この世界に来てからずっと気を張り続けてろくに休めなかったが、それは何時もの事だ。もう慣れた。

むしろコイツとの全力鬼ごっこの方が何倍も疲れたわ。

 

それにしても銭湯ねぇ……。

 

川で水浴びをしたり手拭いで身体を拭いたりはしていたがお世辞にも綺麗とは言い難い。身体を清めるのに温かい湯に浸かれるなら越したことはないか。

 

「まぁいいや、それでその銭湯は何処にあるんだ?」

「もう見えてくるはずだよ……ほら、あそこさ!」

 

そこには漆喰で塗られた立派な店構えの銭湯があった。ちょっとした旅館の様にもみえる。

 

「ここが俺の行きつけの銭湯さ! 普段は寮の共用風呂で済ませるんだけど疲れたときはよく来てるんだ。ここには普通の湯の他にも薬草を溶かした薬湯もあってね、俺は身体が弱いから重宝してるんだ」

「お前が身体弱いとかねーわ」

 

身体つきも着痩せしてるがしっかり筋肉もついてたし鬼ごっこで見せた動きは凄いの一言だ。これで身体が弱いとか冗談が過ぎる。

 

「本当なんだけどなぁ……まぁ入ろうか」

 

浮竹はそう言いながら座敷に上がり男湯の暖簾をくぐっていく。俺を抱えて。

そのまま脱衣所に着くと俺のボロを手際よく剥いでいく。

 

「ちょっおまっ、待てや!」

「ん? どうかしたかい?」

 

どうかしたかい? ……じゃねーよっ! いきなり人の服を脱がせるとはどういう了見だ。完全にガキ扱いしてやがる。

 

というか今思い出したが俺の身体女じゃねーか。こっちに入って大丈夫なのか? 見た目年齢的にギリギリアウトな気がする。

 

いや……どうだろう?

適当に切り揃えた短髪はとてもじゃないが女がするような髪型には見えなし、身体の起伏だって直接触れなきゃ分からない程度だ。下だけ隠せば何とかなるか? 

女湯には入りたくない。入ってしまえば罪悪感やら何やらで俺のアイデンティティが崩壊してしまう予感がするのだ。

 

 

――よし、隠し通そう。

 

 

浮竹に背を向けて残りの服を脱ぎ、浮竹から手渡された貸しタオルを腰に巻く。

……完璧だ。

 

「よし行こうか」

 

浮竹は肩にタオルを掛け、慣れた様子で脱衣所から出ていく。俺もそれに続いた。

 

「流石にこれだけ早いと人が居ないね。貸し切りみたいだ」

 

まぁ、まだ子供が遊んでいる様な時間だし仕事上がりには早いだろう。

 

……それにしてもこの風呂場は半露天になっている立派な造りで驚いた。お高い旅館の温泉と比べても遜色無さそうだ。よく知らんけど。

 

 

かけ湯をして汚れを落としていたら先に洗い場にいた浮竹に手招きされた。

 

「どうかしたのか? ――うおっ!」

 

無防備に近付いたのいけなかったのか、いきなり腰に手を回されて確保された。

 

「よーし目瞑れよー」

 

そして俺の頭に湯を掛けてそのまま髪を洗い始めやがった。

 

訂正する、これはガキ扱いじゃない、拾ってきた野良猫扱いだ。

 

もう何も言う気にならねーわ……。

保護対象に入ってしまっている今の俺が拒否したところで、浮竹が良かれと思ったことは全てやってくるだろう。

 

 

あぁ、あったけぇなぁ……。もう知らん、されるがままだ、どうにでもなれ。

 

 

洗髪が終わるとそのまま首筋や背中と今度は身体が洗われていく。マッサージされているようで全身の力が抜けていく。

 

コイツ人洗うの上手いなぁ。繊細な指使いで気持ちよくしてくれる。でもやっぱり男だ。鍛えられているせいか思ったよりも手はゴツゴツしてるし剣ダコらしきものもある。俺もこうなりたいものだ……。

 

 

そうこうしているうちに上半身は洗い終わり下半身へと手が伸ばされっ……!?!? 

 

「待て! 浮竹!」

「ん?」

 

その、どうかした? みたいな顔は止めろ。

 

流石に下半身はヤバい、性別がバレてしまう。

 

コイツが女児を無理やり男湯に連れ込むロリコンの変態だと謗られたりするのはどうでもいいが、コイツに俺が女だとバレるのは不味い。

 

短い付き合いだし、性格を完全に掴みきれてないから的外れかもしれないが、子供の俺とまともに戦わなかったのと同じ様に女だから傷付けたくないとかいって戦わない主義だと面倒だ。見た目はこのままであっても年月さえ経てば子供だという理由で戦わないという選択肢は潰せるはずだ。だが女どうこうというのはいつまででも付き纏ってくる問題だ。

 

コイツをいつかギャフンと言わせるためにも、女だということは隠しておいた方が無難だろう。

 

 

「洗うのを止めろ浮竹、自分で洗える」

「そうかい? ちゃんと指の間も洗うんだよ?」

 

――こいつ! 

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

その後もなんだかんだあり、俺は今霊術院男子寮にある浮竹の部屋にいた。

普通は複数人で使っているらしいが、今日は同室の奴が医務室送りされているとのことだ。

うん……まぁ、想像だが警察学校みたいなもんだろうし戦い方を教える授業もするはずだ、こんな事もあるのだろう。

 

「布団はそっちのやつを使ってくれ」

「りょーかい」

 

銭湯でゆっくりしていたら思いの外時間が経ってしまっていた。

 

時間も時間だし先生とやらには話だけ通して詳しくは明日にという事になったのだ。

 

「お休み」

「あぁ……」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

なんか視線を感じるんだが?

 

 

「…………」

 

 

「……なんか用か?」

「いやー、こういう場所で寝るのは初めてだろうしちゃんと眠れるのか心配でね」

「下らん心配してないでさっさと寝ろ」

 

 

そう言って布団に潜り込んだが未だに背中に視線を感じる。逆にこんな状況で眠れるかよ。

 

 

「……おい」

「どうしたんだい?  やっぱり寝れないかな?  なんなら今日は冷えるし一緒に寝るかい?」

「――ッ! さっさと寝ろっ!!」

 

 

 

 

どれだけぶりだろうか? こうして俺は久しぶりに布団の中で夜を過ごすのだった……。

 

 




原作最後に読んだの何年も前のせいで流石に内容あやふやだなぁ。
浮竹こんなキャラだったっけ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話 瀞霊廷での日常

色々整理してたら発掘されました。何話か書き上げていたみたいなので供養がてら週一で投稿していくつもりです。
過去話も少し改変していますので暇なら見返していただけると嬉しいです。

書いていた分、投稿し終わった後に続きを書いていけるかは未定。


 

 

「ふっ――!」

 

真っ直ぐ放たれた相手の拳を手の甲を滑らせて後ろに流し、相手の懐へと大きく踏み込む。攻撃も防御もままならない密着の間合い――そのまま全身のバネを連動させ地面から突き上げる様な背撃を、相手の胸部へと叩き込む。

 

「おらぁ!鉄山靠(モドキ)ッ!!」

 

跳ね返された相手は呼吸困難に陥っているのか床に倒れたまま立ち上がれずにもがいている。

地面に固定されている棒に自ら全力で突っ込んでいった様なものだ。こうなってしまうのも無理はない。

 

更に相手の上に跨って押さえつけ、その顔面目掛けて拳を振り下ろす。

 

「そこまで!」

 

教官が終了の宣言をした事で寸止めされた拳を引きつつ立ち上がる。

 

「ふぅ……」

 

こうして試合は終わり、俺は猛っていた気持ちを落ち着かせ、胴着を整えたのだった。

 

 

 

 

 

なんというか浮竹に拉致られてから色々あったのだが、最終的にはこの霊術院で院生生活を送ることになっていた。

ちなみに俺の袴は青、男用の物だ。多分浮竹のヤツが勘違いして話を通したのだろう。だが俺としてはそっちの方が都合が良かったので訂正していない。

 

それにしても集団生活は苦手だ……他人を怯えさせてしまう事はしょっちゅうだし、喧嘩をすれば罰則だ。

 

 

それでも俺は、この場所にあいつらとやり合える力を身に付けるためにきたのだ。嫌だからといって早々に諦めてしまうつもりはない。

 

 

そして学んでいく中で1つ気付いた事がある。

 

――ここ、漫画の世界じゃねーか……ッ!

 

まったくわけがわからない。

 

こればかりはこの世界に来てから世界について調べたりせず、他人とも最低限の関わりしか持ってこなかった自分自身が原因だ。

 

それにしたってこの世界が死後の世界で自分たちは魂だけの存在であることだとか、現世は自分の生きていた時代よりも何百年も前だとかは普通は想像出来ないだろう。

更に死神についてや虚という化け物がいるだとか、正直情報過多で頭が痛くなりそうだ。自分の無能さにもな。

 

肝心の漫画の内容だが俺自身はよく知らないのだ。アイツが楽しそうに語っていた漫画だという事だけは分かったのだが、流石にそれだけでは情報不足だ。

確か死神になった男子高校生が虚を倒す、みたいな話だったはずだ。……後はヨン様? よくわからんな。

 

……で、今何時代よ?

 

多分近代にすらなっていない。コレじゃあ気にするだけ無駄だな……。

 

俺は漫画の世界だと気が付いた後も、変わらずに生きていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊術院での集団生活は気に入らないが、死神や霊圧等の基礎知識、そして斬魄刀や鬼道を始めとした戦闘法、斬拳走鬼について知れたのはこの上ない程の幸運だろう。

 

あの時の二人、般若みたいな女と悪鬼の様な少年の強さの秘密、そして追い付くための足がかりをやっと見つける事ができたのだ。後はそれ等について理解を深めて修行あるのみだ。

 

院生になってから渡されたこの浅打ちという刀も奴等と渡り合うには必要不可欠な存在だ。

正直言えば俺は無手の方が得意だ。しかし流石に刀の様に間合いが広く、殺傷力も高い獲物相手に素手で向かう気にはならない。基本的には相手の武器をこちらの斬魄刀で防御しつつ徒手空拳の間合いまで詰めてこちらのペースに持ち込む感じになるだろう。

 

 

 

 

 

 

「くそっ! ちょこまかと!」

「だめだよ! そんな汚い言葉を使っては!」

 

霊術院が終わった後、浮竹を修行に付き合わせるのが日課である。

俺の糧となるがいい。

 

「おらぁっ! はっ! 喰らえっ!」

 

浮竹のことは気に食わないが、強いという事は確かなのだ。今も俺の連撃を軽々といなしてやがる。

 

フック……一歩下がることで身体を半身にすることで避けられる。そのまま真横に回り込み突き上げるエルボー……片手で止められる。止めた腕に組み付いて引き下げ、体勢を崩す様に体落とし……気付けば何故か肩車されていた。わー、景色がいいなー。

 

「ふんっ!」

「痛い!」

 

反射的に浮竹の脳天に肘を落としてしまった。

 

「何するんだ、酷いじゃないか」

「何するんだはこちらのセリフだ! 死ね!」

 

浮竹の背中を蹴り飛ばして大きく離れる。ホント何考えてるんだこいつは!

 

「お前っ! ガキ扱いするのも大概にしろよっ!」

「イテテテ……」

 

いつもいつもふざけんなよ!? 手合わせの終わり際に毎回こうやって茶々入れてきやがって!

 

「いやー、一生懸命なのを見てたらご褒美をあげたくなっちゃってつい、ね」

 

確かに高いところは眺めも良いし視界が広がって気持ちが良いがそれとこれとは話が別だ。

 

「そういえば行きつけの茶屋で旨い饅頭を貰ってきたんだった。一緒に食べないか?」

「チッ…………もらってやるよ」

 

勘違いするなよ!? 今の俺は何故か甘味が大好物になってしまっただけで別にお前に絆されてしまったとかそういうんじゃないからな!?

 

 

 

 

 

甘い……。

 

浮竹と並んで腰掛け饅頭を頬張る。前世も含めて甘味をあまり食べてこなかったがこれはなかなか良いものだ。こういう物を好物と言うのだろうか?

浮竹のヤツは隣でにこやかに笑い饅頭を頬張っている。

 

それにしても何でこんな抜けた顔してるヤツに勝てないんだ。

 

……いや、勝てない理由は解ってる。俺がこいつに勝っているところは何もないのだ……身体能力はもちろん体捌き等の技術全般、それに経験すらも。

 

これでも俺は組手を始めとした戦闘訓練の講義で一度として負けたことはない。

ここでは他の奴等も霊力を持ちそれ相応に身体能力も高い。特に貴族連中は平均以上の霊力に加えて幼少の頃より武術を習っているためか結構手強い。それでも同じ学年のヤツに負けたことはないのだ。

 

武術における型の強さはよく解っている。前世でも何度這いつくばる原因になったかわからない。型の汎用性、有用性は理解しているつもりだ。だからこそ武術を真似しつつもそれを崩す戦い方を身に付けた。

相手の意表を突き呼吸を乱しペースを掴む。そうやって俺に地力で勝る相手を倒してきた。もちろんその地力でも勝てる様に努力もしている。

 

にも関わらず浮竹に勝つ道筋が全く見えてこないのだ。

実技で基礎を学び己の技量を見つめ直した事で俺の実力は飛躍的に上昇した。

だがそれだけでは全く足りなかったらしい。

 

今度こそはと挑むのだが、毎回課題が見えてくる。というか多分ダメなところが解るように戦闘を誘導しているのだろう。

 

……本当にいけ好かない野郎だ。

 

饅頭も食いきったし課題も見えた。次回までに修正して目に物みせてやろう。

……そうと決まればもうここに用はない。寮に戻るか。

 

「もう行ってしまうのかい?」

 

立ち上がり歩き始めた俺に声がかかる。

ああ、忘れてた。

 

「次は何時だ?」

「そうだな、三日後なら課外実習も無いし都合がいいかな」

 

少し前までは予定を決めずに修行に付き合わせていたのだが、浮竹に予定があり来なかった日があったのだ。

今度こそ叩き潰すと思っていたのに、何時まで経っても来ないのだ。あのときは酷い肩透かしをくらった気分だった。

毎回かけられた声も無視して立ち去っていた俺が悪いのも解ってはいるが、憤死しそうになったのでそれからは一応予定を合わせる様にしている。

 

振り返った先で浮竹はにこやかに手を振っている。

完全に俺を舐めてやがる。

 

「いいか!てめぇは俺が近い内に叩き潰す!毎日その首洗って待っていや――びゃあぃっ!」

 

ななな、なんっだ!?

いきなり後ろから両脇に何かが突っ込まれた。

これは、手か!?

 

「うひぃっ!」

 

その大きな手のひらが脇から胸全体をを包み込むように閉じられる。そしてそのまま持ち上げられたのだ。

 

「うわっ誰だてめぇ!? 離せこの野郎!!」

「うーん? ふむふむ、なるほど」

 

指先がもぞもぞと動いてくすぐったい。

後ろにいるせいで顔や姿は見えないが手の大きさと持ち上げられている高さからしてかなり背の高い人物だとわかる。

 

「このっ! 俺は猫じゃねーぞ!」

 

身体を揺らし相手の顔面があるとおぼしき場所を踵で蹴りあげる。

 

「痛いっ!」

 

拘束が緩んだタイミングで身体をひねり相手の胸部を蹴って飛び退く。

 

「何のつもりだてめぇっ!?」

 

相手は顎を押さえて大袈裟に痛がってはいるが、多分演技だ。踵が当たる直前にこちらの身体を下げてインパクトをずらしやがった。それに脱出時の蹴りも身体を反らして衝撃を受け流していた、そもそも体重差からいって大したダメージにはならないだろう。

 

相対して解ったがこいつもかなりやる、浮竹クラスだろう。

自分達と同じ制服を着ているから霊術院の院生だと解るが……全く嫌になるな、こんな奴等が次々と出てくるんだから。

 

「京楽じゃないか!」

「やあ、浮竹さっきぶりだね。女の子達に浮竹が後輩と遊んでるって聞いてね、様子を見に来たんだよ」

 

コイツら知り合いかよ。丁度いい、こいつも越えるべき壁、俺の糧となってもらおうじゃねぇか。

 

「で、見に来たはいいんだけど……後輩ちゃん何か凄い獰猛そうな顔して嗤ってて怖いんだけど」

「はっはっは! 京楽も遊び相手に選ばれたみたいだね! 俺だけだと偏りも出てしまうだろうし、たまに見に来てくれよ?」

「あちゃ~、藪蛇だったかなぁ?」

 

これからも相手してくれるっていうならありがてぇ。取り敢えずさっきの礼に一発かましとくか。

老け顔の死角へと移動する。

 

いくぞ!

 

「死ねオラァ!」

 

ヤツの側頭部へとローリングソバットを叩き込む!

 

が、此方を見ることもなく避けられた。しかも攻撃を避けたというより日常のふとした動作をとったらたまたま当たらなかったといった感じだ。

本人は気付いているはずなのにそのまま浮竹と会話を続けていやがる。

 

「……ふっふっふ!」

 

完全にキレちまったよ……ッ!

いいぜそっちがその気なら否が応でもこちらを見させてやろうじゃねぇか……そのこちらをおちょくってるその態度、絶対に改めさせてやらぁ!

 

うおぉぉぉっ!

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

「おっ、いいぞ! そこだっ! 頑張れ!」

 

それから暫くたったが、浮竹は少し離れたところで腰を降ろし、俺の応援している。

バカにしてんのか? 割りとアドバイスが的確だから頭にくる。

 

「ぜぇ……ぜぇ……っ!」

「おやぁ? だいぶキツそうだねぇ……。息上もがってるみたいだしそろそろお暇しても良いかい?」

 

何言ってもやがる、お情けだろうとやっとこちらに顔を向けさせてやったのだ……これからだろう?

 

「……良いわけ……はぁ……ねぇだろ……この、老け顔!」

「老け顔……」

「もうちっとばかし……付き合えよっ!」

 

一歩踏み出す脚がとても遅く感じる……遠いな……あと何歩必要なんだ?

これじゃアイツを殴る事なんかできない……全然ダメだ……もっと必要だ、強さが、速さが。

もっと強く! もっと速く! 一歩を踏み込め!!

 

―――ッ!

 

極稀に踏み入れることがあった時間の圧縮された世界。この領域にいてなお、景色が背後へと速く過ぎ去っていく。

 

あん? 何だこれは?

いつの間にかヤツが目の前にいた。驚いた様に少し眼を見開いている。

 

ふふっ、やっとだ! やっとこっちを、この俺を見たな!

だがこの近過ぎる間合いでは攻撃も何も出来ない、間に合いそうにない。

ならまぁ……体当たりでいいか。

一緒に地面を転がろうぜ? 無様になぁ!

 

「おっらぁ!!」

「――くっ!」

 

 

 

 

 

 

 

―――?

 

どうなってんだ?

もう指先一つ動かせる気がしねぇ……。

 

アイツは? アイツはどうなった?

 

視線だけで辺りを伺う。

直ぐに見つけることが出来た。俺の横に立ってこちらを見下ろしていた。

 

 

ああ、クソ……今のでも足りなかったのかよ。

 

空が、広いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだ?」

「大丈夫そうだね、疲労で気絶しただけで特に怪我も無さそうだ」

 

怪我の有無を確認していると浮竹から声がかかった。

最初はこんなつもりじゃなかったんだけどな。浮竹が珍しく一人の後輩に入れ込んでいると聞いて少し様子を見に来ただけだったのだ。

 

「それにしても何で浮竹がこの後輩ちゃんに入れ込むのか解ったよ。面白いねこの子」

「だろう?」

「なんでキミが自慢気なのさ」

 

才は無いとは言わないが僕達よりはだいぶ下だろう。

だけどこの子は強くなる。才を補って余り有る強い向上心を持っている。それにその強固な精神とは裏腹に戦い方は柔軟だ。この短い遊びの時間でも段々と強くなっていくのがわかった。そして最後のアレは……。

 

「凄いねこの子、瞬歩まで飛び出してくるとは思わなかったよ……まだ一年だろう?」

「ああ――初めてが京楽で良かったよ。俺だったらもしかしたら怪我をさせてしまっていたかもしれない」

 

瞬歩した時は本人も驚いていたし意図したものではなさそうだった。多分初めてだったのだろう。

確かに相手が僕でよかった……まぁ浮竹でも大丈夫だったと思うけど。

もし衝突の衝撃を吸収し切れなかったり避けたりしていたら骨の一、二本は折れていただろう。

 

「そういえばこの子の名前は?」

「ん? あぁ、坂治真くんだよ。今は本人も気を失ってるからしょうがないけど、次に会ったときはちゃんと自己紹介してあげろよ!」

「わかってるよ。ふむ……坂治真ちゃん、ね……まぁたまに顔を出すくらいならいいかな」

 

さっきまでの獰猛な顔とは打って変わって、こうして寝ている顔は可愛らしいものだ。

 

「おっ、有り難いな。俺だけじゃどうしても体調がダメな時があるし、代わりに遊んでくれるなら助かるよ」

「僕としてはあと十年分くらい成長してくれたら、遊びがいがあるんだけどなぁ」

「十年もあったら俺達でもわからなくなってるかもしれないぞ!」

「うーん、そういう意味じゃないんだけどね」

 

今も中々見れる容姿をしているし、将来は美人さんになるだろう。

 

「じゃあそろそろ門限だし俺は坂治を寮へと運んでおくよ」

「そうかい?なら後は任せるよ」

 

 

「またね、真ちゃん?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八話 さんぽ

主人公の性別が周りからの勘違いされているのが分かりやすい様に、前話に主人公の袴が青い事を等を追記しました。


 

 

「くそっあの野郎、どさくさに紛れて尻撫ようとしやがって!」

 

休日にも浮竹とあの野郎、京楽春水との修行は行っている。

 

あれから時々、京楽が顔を出す様になった。

二回目に会った時に一応、一応、自己紹介は済ませたのだがアイツは浮竹と同期の六回生、つまり最終学年らしい。

 

そして、多分アイツは俺が女なのだと気付いてる。

 

最初に会った日の後、浮竹が気を失っている俺を寮へと運び、身体を拭いたり着替えさせたりしたのだと聞いてドン引きした表情をしていた。その後、俺に目配せしてきたしな……まぁ無視したが。

こんなヤツでもそんな分かりやすい表情をするんだな、と妙に印象深かった。

 

「大丈夫、褌とかは脱がせてないし男同士なんだ、恥ずかしがることじゃないさ」じゃねぇんだよなぁ……。

 

まぁ男子寮とはいえ俺は一人部屋(という名の隔離部屋)だし他の奴等に見られてはいないだろう。それに浮竹に身体をどうこうされるのなんて今更だ。

 

 

 

そしやはりだが京楽は強かった。初日でも解っていたが一度整理した事でその強さが際立った。

 

浮竹は基礎基本を極めた様なヤツだったが、アイツはなんと言えば良いのだろう? 全く掴み所の無い陽炎みたいなヤツだった。

 

浮竹は基本に忠実な戦い方をしていて且つ応用もできる万能型だ。

ただただ型をなぞるだけのヤツならいくらでも倒してきたが、浮竹相手だとこちらの崩しがまるで通じない。

呼吸を乱そうとしてもまるで不動。

その基礎の厚みでもってこちらの綺麗とは言えないダーティーな攻めすら簡単に跳ね返してくる。

 

一方京楽だが、性格と同じ様な掴み所の無い戦い方だ。

相手の呼吸を乱し自分のペースに誘い込んでわけもわからぬ内に負けている。どちらかと言えば俺はこちらに近いのかも知れないがやはり練度は桁違いだ。

その剣舞は華麗で、枚散る花吹雪の如し。その不規則に舞う花弁を苦労してつかまえても実は霞でできた幻だったと言わんばかりの変幻自在さだ。

やっとの思いで弱点を見極め仕掛けてみたら実は得意な太刀筋でしたってか? 絶対アイツ性格悪いわー。

 

 

お互い気は合うみたいだが対極にある様な性格と戦い方だ。それだけに得られるものは多いはずだ。

こんなチャンスは滅多に無いのだ。二人の強みを学んで絶対ものにしてやる。

 

 

 

 

 

 

所変わって潤林安、俺と浮竹が初めて出会った場所だ。

午前中に浮竹と京楽とやり合ってそのままの流れで瀞霊廷外へと飯に出たのだ。家族に会いに行くとかそういう理由でもなくただ飯に行くって理由なのに取れるもんなんだな、通行許可証。流石は優等生。

 

物珍しさに適当に歩いてきたのだが……。

 

「つーか……何処だここ?」

 

当然帰り道がわからないわけでは無い。遠目に瀞霊廷が見えるので方角は問題ない。

問題は通行許可証だ。昼食を奢らせたあと浮竹は寒気がすると言って帰ってしまったのだ。もう一人の監督役として京楽もいたのだが別れてしまった。

 

「あー……早まったか?」

 

だがあれはアイツが悪いのだ。

浮竹と別れた後に「良いものあげるよ」などと言われ甘味かと思って付いていったら女向けの小物屋さんだった。

しかも俺の髪にいきなり櫛を挿してきやがったから反射でぶん殴って飛び出してきてしまったのだ。

今回といい修行の時といいまさかロリコンかアイツ?

いやまぁ、多分それは無いか……普段声をかけているのは京楽に近い年頃の女ばかりみたいだしな。なんというかこちらの反応を面白がってる節がある。

それはいいとして――。

 

「どうすっかな……」

 

門の前で待ってればそのうち会えるだろうか?

それはそれでつまらなさそうだが……。

 

「おい、おぬし」

 

―――ッ!

 

いきなり真後ろに現れた気配に咄嗟に裏拳を放つ――避けられた!?

 

くそっ、距離が近い! こうも完璧に紙一重で避けられるだなんて!

 

相手を飛び退かせるために放った攻撃が裏目に出た。防御体勢はとれそうもない――なら!

あれから何とか発動させれるようになった瞬歩で無理やり距離をとり構える。

 

「随分な挨拶じゃのう。親切で声をかけてやったというに」

 

そいつは褐色の肌と漆黒の髪に黄金の瞳をもった女のガキだった。見た目だけの歳ならば俺より二つ三つ上だろうか?十五は越えていないだろう。

 

「はっ! 気配を消して真後ろに立つヤツが言えたことかよ!」

「いやすまぬな、あの程度の隠行を察知出来ぬとは思わなんだ」

「てめっ……!」

 

こちらが構えを取っているにも関わらずガキは自然体のままだ。

 

くそっ……男なら兎も角、やる気の無い女相手に喧嘩を売る趣味はねぇんだよ。

向こうから話しかけて来たのだ、何か用があるのだろう。構えを解いて相手を窺う。

 

「……で?」

「で?」

 

しびれを切らしたこちらの問いに綺麗な金の目をパチクリとさせて心底不思議そうにしている。

 

コイツ……!

 

「いやそっちから話しかけて来たんだろうが! 用は何だって聞いてるんだよ!?」

「ああ! そうじゃったそうじゃった!」

 

「成る程!」と言わんばかりの顔に力が抜ける……よく変わる表情だな……。

 

「いやなに、辺りをキョロキョロと見渡していたものだから迷子かと思うてな 」

「……迷子じゃねぇよ、知り合いがはぐれただけだ」

「やはり迷子じゃったか!」

「迷子じゃねぇ!!」

 

 

 

 

 

あれから俺は何故かそのガキ、夜一と並んで街を歩いている。

 

「ところで真よ……ぅぐ……その服、真央霊術院のものであろう?…………何故外におるんじゃ?」

「ナチュラル呼び捨てかよ……別に、知り合いと飯に来ただけだよ」

 

夜一は串団子を頬張りながら話しかけてくる。

 

「というかはしたないぞお前」

「ん、おぬしそういうのが気になる感じかの?」

「いや……ただ、所作が綺麗なくせに行動が伴ってないから違和感あんだよ」

 

多分夜一は貴族なのだろう。動作が洗練されているし服も地味ながらかなり良い生地を使っている。言葉もここらで滅多に聞くことのない古風なものだ。

 

「ふむ、おぬしも食うか?」

「いら――ぉぐっ!」

 

こいつ、いきなり団子突っ込んできやがって! 串が刺さったらどうするつもりだよ!?

 

「つべこべ言わず食え」

「ちっ、貰ってやるよ」

 

「最初からそう言えばいいんじゃ」

「…………」

 

……自由奔放すぎだろコイツ。

その整った横顔を眺めていると夜一の視線が急に団子から周囲に向けられた。

 

「むっ、もう見つかってしまったか」

 

なんだ?

 

「逃げるぞ真」

「あん?」

 

夜一に腕をとられる。

何なのだと思い周りを注意してみると周囲に隠れてこちらを窺っている視線を感じる。

 

ただの日常の中でこれに気が付くとはすげぇなオイ?

 

「儂に合わせよ」

「ちょっ、待てや……!」

 

おいそれ瞬歩だろ!合わせろったってどうやればっ――。

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「体力無いのぉ……おぬし」

 

オカシイのてめぇだろうが!

瞬歩は足裏から霊圧を炸裂・放出させている関係上、身体の内部で霊圧を巡らせて強化する通常戦闘術とは消耗の度合いが桁違いなのだ。普通は疲れる。

 

それに合わせろと言ってはいたが、どちらかといえば俺の拙い瞬歩に夜一の方が合わせていた。

逃げる方向を指示しては、どれだけ跳ぶかもわからない俺の瞬歩に一瞬で合わせ続けていたのだ。控えめに言って天才だろう。

しかも途中で足捌きや瞬歩についてアドバイスをする余裕まであるとか化け物かよ。

 

「そろそろ息は整ったかのう?」

「当たり、前だろう、が……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? アイツら何なの?」

「うちの家の者じゃのう。黙って抜け出して来たから探しにきたんじゃろう」

 

あーはいはい、家臣ね流石はお貴族様だわ。

確かに追っては来たけど殺気立ってはいなかった……必死そうだったけど。

つーかコイツ明かに逃げなれているな。逃亡ルートは的確で視線を切って相手の速度を上げさせないようにしていたし常習犯かよ。

 

「家の者、ね……貴族でそこまで動けるのなら死神にはならねぇのか? その服装は死神のものでも霊術院のものでもないだろう?」

「ふむ、その疑問ももっともじゃの。一応霊術院に席は置いてあるぞ? ただ家で学ぶ事の方が多いだけじゃ。卒業後の配属先も既に決まっておるから霊術院で成績を残す意味も無いしのう」

 

思った以上に貴族っぽい回答だったわ。

 

瀞霊廷にだいぶ近いところまでたどり着いてしまったが夜一とこれっきりというのは惜しいな。

コイツの歩法には眼を見張るものがある、学べる事も多いだろう。それに足捌きや体捌きからいって近接戦闘術、白打もかなりのものだろう。

総合力で言えば解らないが、歩法と白打に関してはもしかすると浮竹や京楽を超えるかもしれない。白打主体の俺としては是非参考にしたいのだ。

 

「あー、なんだ……また、会えるか?」

「…………」

 

「何だよ呆けた顔して……」

「いやぁ? おぬしも可愛いところがあるんじゃなぁと」

 

「かわいいだあっ!?」

 

ニヤついた顔でこちらを見てくる。ぶん殴りてぇ!

ふざけんな! 俺はお前の戦闘技術についてだな……!?

 

「まぁそうじゃな……頻繁にとなると家に監禁されかねないが、たまになら大丈夫じゃろう」

「そうか! ……それならいつも知り合いとやりあってる場所があるんだが――」

 

「―――、―――?」

「―――?―――っ!」

 

 

 

 

そのままアレコレと話し込み、気付けば瀞霊廷の門前までたどり着いていた。

 

「そろそろお暇するかの、面倒そうなのもいるみたいじゃしな」

「そうか、じゃあな夜一」

「おぬしも達者でな、真」

 

そう言った夜一は門とは別の方向へ駆けていった。追っ手を迎えに行ったのだろうか?

 

「つか結局道案内してるんじゃねぇか……」

 

 

 

 

 

 

「おやぁ? 探したよ真ちゃん」

「ちゃん付けはやめろ」

 

夜一と別れて直ぐに京楽が合流してきた。

 

「勝手にいなくなって心配したよ、迷子になってるんじゃないかって」

「なってねぇ!」

 

何てこと言い出すんだこの野郎。俺が迷子になるはずがないだろう。

 

「そもそも監督者のくせしててめぇが付いて来れなかったのが悪いんじゃねぇか、遅いんだよ」

「うーん、それを言われると弱いねぇ……そうだ、お詫びと言っちゃなんだけどこれ受け取ってよ」

 

洒落た小包を開けると中から櫛が出てきた。

 

「……おい」

「いやー、店を騒がせてしまったお詫びにね? 僕は使わないし君にあげるよ」

 

俺へのお詫びじゃなくて店へのお詫びじゃねーか。

はね除けたいが、どうせ断ってもしつこく勧めてくるのだろう。もう面倒だし受け取っておくか。

 

「まぁいい、寄越せ」

「挿してあげよっか?」

「てめぇに刺すぞ」

「おお、怖い怖い」

 

おどけて見せる京楽。本当面倒くさいなコイツ……。

 

 

「じゃあ帰ろっか?」

「……そうだな、今日は少し疲れたわ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話 進路先

 

 

「暇だ……」

 

俺は真央霊術院でもう六回生、最終学年になってしまっていた。

 

浮竹や京楽と行っていた修行だが、最近はできていない。

二人共席官になっていたらしく、死神としての執務が忙しいみたいなのだ。そのため月に一度でも出来れば良い方である。

二人が卒業した後も夜一とは学年が近いこともありちょくちょく会えていたのだが、それもヤツが一足先に死神になった事と、家業の引き継ぎがどうたらで時間を取れなくなってしまった。

 

「はぁ……」

 

正直、講義は退屈だ。

知識が力になると知ってからは座学もちゃんと受けるようにしてきたが、やはり座っているだけなのは性に合わない。

最近では実技であっても院生、というか講師含めて俺とやり合うのには力不足になってきている。

たまに外部講師として席官の死神が来ることもあるが、頻度が少な過ぎてとてもじゃないがフラストレーションを発散しきれない。

かといって放課後に相手してくれるという奇特なヤツもいないのだ。

 

「………………」

 

ぼーっとしていても仕方がないか……。

 

俺は斬魄刀を抜き、ゆっくりと型を確認していく。

この六年間で積み上げてきた俺の技の集大成だ。

 

一年目の後半、浮竹と京楽が卒業する直前からは鬼事+組み手だけではなく、斬魄刀も使った修行になっていた。

まぁ夜一とやる時は白打オンリーだけどな……アイツの斬術は色んな意味で怖すぎる。

 

 

 

俺の戦闘術は何度も闘ってきた三人の強みを自分なりにアレンジして取り入れたものだ。

俺の好みもあって攻撃の基本は白打だ。そこに浮竹から学んだ斬術による防御、そして京楽から学んだ戦局の誘導術を取り入れてみた。

今の俺の戦闘力ならばそこらの席官にも劣らないだろう。

 

だが、未だにアイツらに一本取れた事がない。

夜一の白打はそもそも俺を上回っているので正面から叩き潰される。

浮竹の斬術は見事なもので、どうやってもその防御を崩す事は出来なかった。

京楽は何と言うか……そもそも本気を出し切れない、というか出させてくれない。正面からぶつかりに行ってもいなされ気付けばクモの巣に捕まった蝶の様に身動きが取れなくなっていてる。闘いの組み立て方というか相手を誘導する技術が凄まじいのだ。

 

だが、いつか全員叩き潰してやる……!

 

 

 

 

 

心は今まで通り熱く苛烈に、頭は冷たく冷徹に勝利への道筋を組み立てる。

 

「ふぅ……」

 

一通りの型とそこからの変化の流れを確認し終えたが、集中してやれば実戦でなくとも疲れるものだ。

 

霊圧を身体の隅々、指先一本一本に至るまで巡らせて維持し続け、動きに合わせて霊圧の配分を変動させる。動きと霊圧を寸分の狂いも無く調律し、その動きを段々と速くしていく。

これの繰り返しだ。

 

心地好い疲労感を感じながら地面に身体を投げ出す。

 

もう少しで卒業か……。

目標を定めてからは短かく感じたな。あっという間の六年だった。

 

それにしても……

 

「どこにすっかなぁ……」

 

そろそろ配属先希望調査表を提出する期限が近付いてきているのだ。

家柄やスカウト等の特別な理由が無い限り、基本的には霊術院の成績と本人の適正を見て人数の偏りが無いように振り分けられるのだが、同じ様な能力の人物が複数人いた場合は今回の希望調査に基づいて配属してくれるらしい。

 

「うーん……」

 

特徴のある隊は一番隊、四番隊、十一番隊くらいだろうか?

一番隊は総隊長を近くで見られるというのは魅力的だが規律が厳しそうだから却下。

四番隊は回復専門らしいが後方支援とか有り得ないし隊長もどうせ弱いだろう、論外。

十一番隊は自称最強の戦闘集団らしい。一番好き勝手できそうだが、どちらかと言えば斬術至上主義者が多いらしいので白打主体の俺が十分楽しめるかは分からない、要検討。

他の隊は無難だったりで特徴が薄いのか、外にあまり情報が漏れてこないので決め手に欠ける。

 

そんでもって八番隊と十三番隊はアイツらがいるから却下だ。院生としてなら兎も角、部下としてアイツらの下とか我慢できそうにない。

 

後は隠密機動と鬼道衆だ。

隠密機動の刑軍は白打のスペシャリストが集うという事で惹かれるが、一番隊以上に規律が厳しそうだしノーセンキューだ。鬼道衆も鬼道苦手だし論外だな。

 

「……となると、やはり十一番隊か」

 

まぁ斬術至上主義者でも喧嘩できれば文句は無いさ。こちらも防御のために斬魄刀は抜くしな。

斬撃と違って白打ならそこまで気にしなくても早々死なねぇし、やっぱり直接打ち込める方が楽しいだろ。それに長く楽しめる。

 

 

 

 

 

 

 

調査表を出してきたのだが、教員はやはり十一番隊かって顔をしていた。まぁそこ以外無いし別の隊を希望していても多分十一番隊になるだろう。

 

やることもやってスッキリした気分で廊下を歩く。

さて、メシはどこにしようかね……。

 

 

「―――? ―――!」

「―――!?」

 

……あん? なんか騒がしい奴等がいるな。

 

「でねでね! 浮竹三席がね! 君の入隊を待ってるよって!」

「「キャーー!」」

「いいなー私も浮竹三席に声かけられたいなー」

「浮竹三席イイよね! 怖そうな人が多い席官の中で凄く優しくて人当たりが良いし長身で格好いい!」

「うんうん! それに病弱で少し影がある感じがたまらない!」

 

ほー、アイツいつの間にか三席までいってたのか。こんな短期間でやるもんだな。

……って、なんか煩いやつの一人がこちらを見てるな。面倒臭ぇ予感しかしねぇ……。

 

「あれ? 君どこの子? 何回生? 大丈夫? ちっちゃくて可愛いねー」

「あっズルい私にも触らせて! うわっ髪の毛サラサラ!」

「―――! ―――!」 

「―――!?」

 

 

「…………六回生、だが?」

 

「「ひっ、失礼しましたー!」」

 

職員室へと逃げていく後輩達。

 

「はぁ……」

 

稀にこういう事があるのだ。

俺の体格は一回生の時から殆ど成長力しておらず、小さなままだ。周りの人や建物等からの推測だが、もしかしたら140cmを越えていないかもしれない。

 

自分の見た目については不承不承ながらも理解はしているつもりだ。いつもであればこうなる前に場を離れているのだが今回は浮竹の話題が出ていたせいで遅れてしまった。

相手が男ならガキ扱いされた時点で地面に転がしているのだが、勘違いして世話を焼きに来た女に手を出すのは流石に気が引ける。

 

……この誰にもぶつける事のできないイライラを、俺はどうすればいいのだろうか?

 

 

 

「飯、行くか……」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話 十一番隊、理想と現実

 

 

その後は特筆すべき事も無く卒業を迎えた俺は、入隊試験も恙無く終わり希望通りの十一番隊に配属される事となった。

 

 

…………だけどなぁ……なんというか……思ってたのと、違う……。

 

 

希望が通ると思っていはしたが、十一番隊に配属されると聞いたときはそれなりに嬉しかったのだ。

十一番隊は最強の死神である剣八が率いる最強の死神部隊であると聞いていた。

実際は総隊長が剣八名乗って無いのはおかしいし、そもそも一番隊の存在もあるのでその名の本当のところは怪しいものである。

だがそれでもそう名乗って許されるだけの力はあるはずなのだ。

俺はそんな強者が集う部隊で好き勝手喧嘩して強くなり、最後には天辺取るつもりだったのだ。

 

それなのに、何か違う……。

 

最初に聞いていた十一番隊のイメージはどこもかしこも殺伐としていて基本は弱肉強食、席官すらもコロコロと入れ替わる魔境。

毎日喧嘩は当たり前、殺し合いすら珍しく無い――というものだった。

 

実際に十一番隊の構成員は殆どが在野から強さを理由にスカウトされた者ばかりで霊術院出身の者は極僅かだ。

 

あの治安の悪い流魂街を生き延び、強さという一点のみで入隊しているのだ。全員が自らの強さに対する矜持を持っているだろう。

そして持っているからこそ、隊の中でもぶつかり合う。それでも生き残ってきている奴等なのだ。相手にとって不足はない。

それに在野の出身という事は霊術院の画一的な武術だけではなく、様々な技を見る事ができるだろう。それだけでも入隊する価値がある。

 

そう、思っていたんだけどなぁ……。

 

確かに入隊して直ぐの俺でも簡単に喧嘩売り買いできるし、勝てば上に行ける実力主義で、ある意味風通しの良い職場だった。入隊した価値もあったと思う。

だけど俺は、もっとこう……殺伐としている感じだと思っていたのだ。

確かに喧嘩はそこらじゅうで起こっているが、無法地帯みたいな感じではないし、普通に組織としての体を成している。書類仕事なんかも全くするつもり無かったのに普通にまわってきやがるのだ。

 

計画していた俺の自由気ままな喧嘩ライフが滅茶苦茶だよ……。

 

 

原因なのだが、どうやら最近になって隊長が替わったらしく、それに伴ったものの様だ。

現十一番隊隊長である刳屋敷剣八が少し前に先代の十一番隊隊長であった剣八に一騎討ちで勝利し、そのまま隊長に就任していたらしい。

それに伴い隊風も変わって現在の十一番隊になったみたいだ。

 

因みに浮竹や京楽と同期らしい。

意味わからん、卒業して高々数年のはずなのに隊長格クラスを三人も輩出するとか……あの世代には化け物しかいないのだろうか?

 

まあ、あの世代までは総隊長が教鞭を取ることもあった様なので、そのせいも多分にあるのだろう。

全くもって羨ましい限りだ。

俺も一揉してもらおうと総隊長を襲撃した事があったのだが、気付けば次の日だった。

 

 

その時は刳屋敷隊長にこってり絞られてしまった。

肉体言語であったならまた懲りずにやるだろうが、普通に板の間で正座してお説教だった。

 

……もう二度とやらん。

 

それに喧嘩するにしても実力が全く足りていない事は理解したので、やり合うのはもっと力を付けてからだ……次は試合形式で。

 

 

 

 

 

後日、久しぶりに会った夜一にその事を愚痴ったら大笑いされた。

 

――ぶっ飛ばす……!

 

 

 

着任後はそんなこんなで処刑されない程度に隊規を破りつつも、俺の死神生活は過ぎていくのだった……。

 

 

 

 




誤字脱字の報告ありがとうございます。
とても助かってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一話 十一番隊の生活と刃禅

 

 

「坂治ぃぃいいッ!!」

「斑目ぇぇええッ!!」

 

俺とヤツの斬魄刀がぶつかり合う。

 

ヤツの振るう斬魄刀の切っ先を、俺は斬魄刀の鍔を使って掴み取る様に受け止め、弾いていく。

一合、また一合と剣を合せる度に一歩ずつ歩を進め、相手の間合いに割り込んでいく……目指すは必殺の、俺の間合いだ。

 

 

「させねぇよ!!」

 

繰り出されたのは下段からの切り上げ。それも掬い上げるかの様な深く力の乗った一撃だ。

俺はそれを、斬魄刀でもってまともに受け止めてしまった。

 

「チィッ……!」

 

体格も小さく、体重が軽い俺ではその一撃によって持ち上げられる様にして飛ばされてしまう。

 

さっきの様に俺に間合いを詰められると大抵の相手は距離を取りたがる。

その時に後ろに引くのであれば、追いすがってそのまま轢き殺せばいいだけなのだが、こういう風に間合いを離されると少々面倒くさい。

 

相手は俺の防御を突破できず、コチラも必殺の間合いまで近付けない。

間合いを詰めては弾かれ、詰めては弾かれ……互いに有効打の無い千日手だ。

 

「流石に飽きてきたな」

「なら、次で終わらせようぜ?」

「乗った!」

 

俺はその提案に乗る事にした。

前へ進む加速度を十全に身体に伝えられる様に姿勢を落とし、斬魄刀は腰の辺まで引いて持つ。変則的なクラウチングスタートの様な構えだ。

対する斑目は大上段の構え、全力での唐竹割りか?

 

「いくぞッ!」

「こぉおいッ!」

 

俺がスタートを切るのと同時に斑目の全身にも力が漲る。

俺を防御の上から叩き斬るつもりなのだろう。確かにヤツの膂力は俺より強く、両腕の全力であれば苦も無く俺の防御を打ち破れるだろう――だがな!

 

――ガギィィン!!

 

「甘ぇんだよ!!」

「何ぃッ!?」

 

ヤツの刀は振り下ろされ切る前に、中段あたりで止まってしまっていた。

相手の力が乗り切る前に踏み込み、出がかりを止める……浮竹から学んだ防御技術だ。

 

腕が途中で止まってしまった影響でヤツの脇は締められておらず腕も上がったままだ……つまりは胴がガラ空きだ。

 

「おっ、らぁッ!!」

「ぐぅっ……!?」

 

ヤツの鳩尾にショルダータックルを叩き込む。背が低いとこういう時だけは急所が近くて楽だ。

 

そのまま押し倒して馬乗りになり、膝で両腕を封じる。

そしてヤツの顔面に全力の拳を……ッ!?

 

「断ち分けろ! 山鬼丸!!」

 

突如高まるヤツの霊圧、それに伴って上昇した腕力によって拘束を振り解かれたばかりか、巴投げの要領で投げ飛ばされてしまった。

 

「くっ……!」

 

空中で体勢を整え直してなんとか着地する。

急いでヤツの方を見てみれば、渦巻く霊圧のなかから何かが現出していた。

 

2メートルを越えようかという長柄、そして厚みのある鋼の刃……ヤツの始解である長柄の大斧が姿を現したのだ。

 

 

――あぁ、そうだよな……この状態の斑目に勝たなくちゃ意味がねぇ!

 

 

更に広がった間合に防御すら許してくれなさそうな大斧の破壊力。

コイツを攻略するのには中々骨が折れそうだなオイ!

 

眼の前に超えるべき壁があるというのは幸せな事だ。思わずニヤけてしまう。

 

「ちっ、ガキ相手に使うつもりなんざ無かったんだがな……まぁ出しちまったもんはしょうがねぇ、じっくり味わえや!」

「ああ、そうさせてもらうぜ!」

 

再びぶつかり合う俺たち。

 

 

――さぁさぁ! もっと楽しもうぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

「何だ?」

 

「次は俺が勝つ」

「はっ、それはコッチのセリフだボケ」

 

そうして二人してぶっ倒れたまま、空を見上げるのだった。

 

 

因みに斑目のヤツについてだが、俺は名前も席次も知らない。互いに名乗り合ってすらいないからな。目が合えば喧嘩だし。

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

十一番隊に配属されてから、既に数十年の月日が流れていた。俺の日常は相も変わらず、こうして喧嘩を売り買いする毎日だった。

 

正式な試合ではないが、隊長と副隊長以外のほぼ全員をノした事もある。若干一名はほぼ相打ちだったが……。

だがまぁ、実力的には席官でも何の問題も無いはずだ。

 

そんな俺の十一番隊での立ち位置なのだが……未だに無官である。

 

一応言い訳をするのなら、それは俺が席次を拒否して逃げ回っているからだ。

 

ただでさえ想定外の書類仕事をやらされているというのに席官になんてなってみろ、更に大変な事になるのは目に見えている。誰が受けるか。

 

 

そして最近の喧嘩状況だが、あまり充実していない。流石に数十年も喧嘩を続けていれば相手もいなくなってくる。対複数戦もやってみてはいるが、どいつもこいつも一度は倒した事があるヤツばかりであまり心は踊らない。

斑目との喧嘩も勝ったり敗けたりでいい勝負にはなるのだが、喧嘩が強くなっているというよりは対斑目戦が上手くなってるといった感じだ。まぁ相手も同じなのだが……。

そうやって斑目とやり合っているのも悪くは無いが、もっと強くなるためにもそろそろ新しい刺激が欲しくなってきたのだ。

 

だが肝心の隊長、副隊長も執務の関係があって頻繁には闘えない。

副隊長ともそれなりにいい勝負になるせいで四番隊行きの怪我を負う事も珍しくなく、執務が滞るからと隊長に止められる事もしばしばだ。

かといって隊長とは実力差があり過ぎてまともな喧嘩にならない。

 

もっと真剣に闘えと言ってはいるのだが「心意気だけは買うが、お前が果を見るのはまだ早い」とかなんとか言って取り合ってくれない。

せめて始解を覚えてからにしろとの事だ。

 

確かに未開放の副隊長には後一歩といったところなのだが、始解されてしまえば戦況は簡単にひっくり返されてしまう。

 

 

俺の原風景とすら言っていいあの般若と鬼の大喧嘩。

あの時の二人は刀だけで切り合っていたので疑問にも思わなかったが、あれだけ強かったのだし始解を習得していないはずがない。

更に上を目指すなら俺も始解くらいは覚えた方がいいかもしれない……。

 

 

 

こうして俺は、十一番隊内での修行が行き詰まってしまい、最近になってやっと己の斬魄刀と向き合い始めたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして初めての刃禅の結果だが、俺の斬魄刀からはかなり不機嫌な感情が伝わってくるだけだった。

どうやら俺の斬魄刀は、いつの間にか自我を持つまでに成長していたみたいだ。

しかし長く放って置いたツケか、名前を聞く事はおろか会話すらできずに追い返されてしまった。

白打主体で闘ってきたせいもあってか、完全に不貞腐れてしまっている。

 

……そういや夜一のヤツも以前同じ様な事ボヤいてたっけか。

 

 

今はなんとかなだめすかして、会話だけでもできないかと試みているところだ。精神世界にすら入れちゃくれない。

刃禅をサボってきたツケだろうか?

 

 

癇癪起こしたヤツの相手は前世のアイツのせいでそれなりに覚えがあるのだ。時間さえかければなんとかなるだろう。

 

まぁ気長にやっていくかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、あれから幾許かの月日が流れ……俺は、今日も今日とて刃禅をしていた。

 

(おい、機嫌直せよ。お前を使ってやれなくて悪かったって……)

(…………)

 

最近ではほぼ毎日の日課にすらなっているのに成果らしい成果は出ていない。俺の斬魄刀は相変わらずのダンマリだ。

こんな面倒くさいのが俺の半身だとはあまり思いたくないな。

 

(おーい、何かしら意見言わなきゃ何も変わんねぇぞ?)

(…………チビ)

(――は?)

 

「ぁんだとコラァ!? もういっぺん言ってみろや!?」

 

(チビ、ザコ、マヌケ)

 

「――ブッ殺す!!」

 

コレが俺の斬魄刀とかありえねぇ、口悪過ぎだろうが……ッ!

 

(…………フイ)

 

抜き身の刀を眼前に持ってきて睨みつけてみるが、ダンマリ決め込んだまま素知らぬ顔をしてやがる。

面の皮厚過ぎやしねぇか?

 

 

「やれやれ、相変わらず騒がしいのぅ」

「ぁん? 何だ、来てたのか夜一」

 

いつの間にか後ろに夜一が立っていた。

 

相変わらず背後を取るのが好きだなコイツ。

 

「何しに来やがった?」

「ん? 勿論お主をからかいにじゃが?」

 

――フン!

 

ちょうど手に持っていた抜き身の斬魄刀で切りつける。

まぁ普通に躱されてしまうのだが。

 

「危ないではないか!」

「危なげ無く躱しておいてよく言うわ」

 

そのまま軽い憎まれ口の応酬に突入するのだが、これも半ばコイツとのルーチンワークになってしまっている気がする……。

 

 

 

 

 

「して、どうじゃ調子は?」

「言葉は通じる様になったんだが、話が通じねぇ……」

 

ちょっと前に何を言っているのか理解できる様にはなった……が、口を開けば罵詈雑言、俺に何を求めているのかすら分からない。

 

……気が付けばそういった事を夜一に愚痴ってしまっていた。

 

「ふむ……もしかするとじゃが、其奴はそれ以外に他人との関わり方を知らんのかもしれないの」

「そんな事あるかぁ?」

 

流石にそんな捻くれたガキみたいな性格はしていないだろ。

 

「いやなに、知り合いに似たようなのがおってのぅ」

「ふーん? 難儀なヤツもいたもんだな」

「…………まぁよいか」

 

他人の愚痴なんて聞いて面白いモノでも無いだろうに、夜一のヤツには悪い事をしちまったな。

 

 

 

 

「そういえば浮竹と京楽のやつら、副隊長に就任したらしいぞ?」

「らしいな」

「しかも霊術院の卒業生としては最速の昇進速度だとか。このまま行けば初の隊長就任も目されているらしいぞ?」

「……まぁ、あいつらなら成るだろうな」

「ほう、随分と高く買っておるんじゃな?」

「実力からすれば当然だろうが」

 

最近は、浮竹や京楽と会う事も少なくなってしまった。昇進するにしたがってどんどん忙しくなっているらしい。

 

「そんな二人に加えて儂まで見てやったというのに、未だ席官にすらなれんとは……情けないのぅ」

「解って言ってるだろテメェ?」

 

ニヤニヤと嫌らしい顔しやがって……。

 

「つーか、お前はどうなんだよ?」

「ん? 儂か?」

 

長年の付き合いで分かったのだが、コイツの家はとんでもない大貴族だったらしい。五大貴族がどうとかいう話だ。

そんな大貴族の跡取りが、その辺の地位に収まり続けているはずがないのだ。

 

「儂の場合は隊長職以外にも色々引き継がんといけないものがあるからのう……先ずはそっちからじゃな」

 

夜一は「全く面倒くさいものじゃ」などと呟いている。

 

「というか生まれで隊長に成れるとかズルくないか? いや、羨ましくはねぇけどさ」

「そんなもの実力で黙らせてやればいいだけじゃろう」

 

……それもそうか。

 

 

 

 

「じゃあそろそろ……」

「やろうかの?」

 

二人同時に地面を蹴って距離を取る。

視線を合わせニヤリと笑い合う……獰猛な笑みだ。

 

会う頻度は低いのだが、夜一とは会う度に手合わせしているのだ。

 

「今回は俺からいくぞ?」

「どこからでもかかってくるといい!」

 

これもある意味恒例行事だな。

 

互いの霊圧と霊圧が、拳と拳がぶつかり合う。

 

「「今度こそ(どちらにせよ)勝つのは俺だ!(儂じゃ!)」」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話 現世

 

 

あれから更に時は流れ、知り合い達もどんどん確固たる地位に着いていっている。

先ずは浮竹と京楽がそれぞれ十三番隊と八番隊の隊長に着き、夜一も後少しといったところの様だ。

 

 

――そして俺は……現世行きが決まっていた。

 

 

その決定に不満があるわけじゃないのだが、あいつらに会えなくなるのは多少寂しく……もならないが、変な感じがする。

 

隊長曰く「お前はもう少し視野を広げた方がいい」とかなんとか……全く余計なお世話だ。

 

だが決まってしまったものはしょうがない。結局、副隊長を下せなかったという未練はあるものの、帰ってきた時に倒せばいいのだと思い直す。

 

そして適当に挨拶をすませた俺は、現世へと旅立つのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現世に着いてみればそこは、江戸時代だった。

 

「あー……まだそんな時代なのか?」

 

小学校中学校と真面目に授業を受けていなかったので正確な年号は覚えてないが、江戸時代が終わったのは1800年代半ばだという記憶があった。それを鑑みれば現代日本が舞台だったはずの原作の物語が始まるのは二、三百年は先だろう。

 

「どうすっかな」

 

先ずはあの時の二人相手にタメ張れる様に強くなる事が最優先だ。

だが、一応ここはアイツが愛していた世界なわけだし、それまで生きていられたのなら……主人公達に手を貸すってのも悪くない選択かもしれない。

……バトル漫画なら強いヤツも多いだろうしな。

 

現世においてまともな仕事をするつもりは更々なかったのだが、サボり続けていると魂魄の均衡がどうとかで世界がヤバイらしい。原作前に世界が終わるなんて事は流石にないと思うが、どこまで影響があるかは分からないのだ。

初めて目標を見つけられた人生なのだし、世界を滅ぼさない程度には仕事をしようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てコラァ!」

「ひぃっ!? お助けをー!?」

 

院生時代に学んだ事を記憶の奥底から引っ張り出して、彷徨える魂を見つけては問答無用で魂葬していく。

 

魂葬の作業そのものはつまらないものであるのだが、極稀にいい事もある。

 

 

 

 

それは戦国の世に名を馳せた、一流の武芸者達(霊)との手合わせだ。

 

道半ばで散った兵や、生涯を全うして大きな流派を起こした達人。

霊魂となり肉体の楔から解き放たれた武芸者共は冥土の土産、と嬉々として相手をしてくれるのだ。

 

つーか、戦国時代の奴等が未だにうじゃうじゃ残ってるとか、前任者の奴はどんだけ仕事してなかったんだ?

まぁ前任者も十一番隊の奴だったみたいだし、虚狩りしかしてなかったんだろうなぁ……。

 

 

閑話休題……先ずは目の前の事に集中しないと、相手に失礼だよな。

 

「……準備はよいでござるか?」

「ああ、いつでも来い」

 

相手が刀を抜き構えを取る。

刀は武士の魂とはよく言ったもので、大抵の兵どもは何故か刀を持っていた。

 

あの頭の右側に刀を掲げるような構え……示現流だったか? その真正面から敵を粉砕するスタイル、嫌いじゃないぜ。

 

コチラも斬魄刀を抜き、上段に構える。

 

………………ッ!

 

「キィエエエイッ!!」

「オラァッ!!」

 

同時に踏み込み全力で刀を振り下ろす。

 

 

――ガギィイイインッ!!

 

 

ぶつかり合う刃と刃、だが互いに弾かれる様な事はなく、更に一歩を踏み込みそのま鍔迫り合いとなった。

正面から迫り合うも、上背のある向こうはコチラに覆い被さる様にして体重をかけてくる。

 

この状況、体格で劣るコチラが不利か……。

 

――至近距離で相手と目が合う。

 

コチラを打ち破らんとする意識、剣気が心地よい。霊圧のぶつけ合いとはまた違った感覚だ。

だがコチラも負けるつもりは無いのだ。正面から睨み返し気合いを入れ直す。

 

「……オッ、ラァッ!!」

 

負けてなるものかと全身の力を込めて相手の刀を上へと弾く。

相手の胴がガラ空きになるも、それはコチラも同じ事だ。だが意識していた分、俺の方が復帰は早い。

 

ヤクザキックで相手を押し退けると同時に飛び退る。

 

「我が一の太刀を防ぎ切るとは、末恐ろしい童でござるな」

「これでもアンタよりかは歳上なんだがな?」

 

「さあ次だ……!」

「参る!」

 

現世の猛者達が使う剣は霊術院で習う様な対虚用の剣技では無く、対人用に磨かれた剣技である。それは俺みたいなヤツにとって宝の山なのだ。

 

まぁ魂葬する前の、趣味と実益を兼ねたちょっとしたサービスみたいなものだ。俺の糧となるがいい。

 

 

因みに俺の今の身体能力はそこらの武士とそう変わらない。何故ならば、現世に着いてからは常時、謎の拘束具を身に着けているからだ。

鉄下駄みたいな発想で造られたその修行用拘束具は、そこらの死神ならば霊圧とそれに伴う身体能力までもを一般人クラスにまで抑制してしまうという一品だ。現世に来る前に、修行用にと夜一の家からかっぱらってきた。

効果は兎も角、形状はどうにかならなかったのかねぇ? 首輪型って……。

 

 

 

 

「ここまででごさるか……」

「……そうだな」

 

俺は馬乗りになっていた相手を開放する。

 

「最後に良い土産になったでござるよ」

「へっ、そりゃよかったよ…………じゃあな」

 

満足そうな相手に近付き、魂葬を施す。

 

「あばよ」

 

こうして俺は、満足そうに消える相手を見送ったのだった。

 

 

 

 

最近では幽霊界隈で噂を聞きつけたのか、俺に挑んでくるヤツがそれなりに多くなっていた。そのおかげで、こうして現世においても喧嘩相手に困る事はなくなっていた。

確かに同格以上の相手と戦う事は少なくなったが、様々な剣士や虚と多く戦えたおかげで、剣の技量であったりよくわからん能力への対応力は上がった様に思える。

 

刳屋敷隊長の言った通りになっているのが少々気に入らないが……。

 

……まぁ何処にいようと関係ない。俺は俺として、最高の喧嘩をするために強くなり続けるだけだ。

 

 

 




誤字報告いつもありがとうごさいます。助かってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話 帰還、そして――

 

 

そんなこんなで約一世紀、俺は未だに現世に滞在していた。

 

そんな俺だが、多少面倒くさい事態に陥っていた。

……ある時期から、パッタリと伝令が届かなくなったのだ。それこそ俺の存在が忘れさられたかの如く。

 

一応は問題が起きない程度に仕事はしているのだが……如何せん飽きてきた。

 

最近では相手になる兵の霊も減り、平和な時代が続いているせいか虚の質も落ちてきている。

 

 

これだけ長い時間世話していれば流石にこの世界にも愛着が湧いてくる。だが、一番の目標である最高の喧嘩をするための道筋としては、少々寄り道している感が否めない。

 

平和なのは悪い事じゃないが、修行には向かないな……。

 

 

 

そんな事を悩んでいた折り、ほぼ100年振りくらいに伝令が届いたのだ。

 

――それは、帰還命令であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刳屋敷隊長が死んだだと!?」

 

久しぶりに故郷の土を踏んでみれば、俺を待っていたのは刳屋敷隊長の訃報だった。

 

といってもそれ自体はかなり前の事らしい。

……なんでも十一番隊の隊長職を懸けた試合で敗北したとの事だ。

 

 

――あの隊長が、負けただと……?

 

 

……隊長が負けるだなんて、にわかに信じ難かった。

俺にとって隊長は、ある意味で絶対の存在だったのだ。

 

自分にとって身近な強さの指標であった浮竹や京楽、その二人を超える強大さを身を以て知っている。

それは経験が伴っていた分、総隊長に対して感じているものよりも上だったのだ。

 

「ありえないだろ……」

「……そう感じたのはボクらだって同じさ――あの刳屋敷が……ってね」

「ああ、俺もそう思ったよ……」

 

「京楽、浮竹……」

 

「久しぶりに会えたのにこんな話からですまなかったね」

「いや、いい……」

 

死は身近にあったが、自分に近しい人間が死んだのは初めての経験かもしれない。

 

今の俺には、その感情の呑み下し方がわからなかった……。

 

 

 

 

 

今思えば、伝令が届かなくなった時期と隊長の死はちょうど一致している。

隊士の誰かが書類仕事をサボったのだろう。そしてそれが発覚する前に隊長の交代があり、その中で有耶無耶になってしまったと……。

 

今回呼び戻されたのも、任務期間が流石に長過ぎるという浮竹と京楽の進言があっての事らしい。

それが無ければ、発覚するまでどれだけの時間がかかったのだろうか?

 

……アイツらには感謝しないとな。

 

 

 

 

 

 

十一番隊の隊舎、その寮に戻ってきたが落ち着かない。今の十一番隊には俺が知っている奴は誰一人として残っていなかった。誰も彼もが俺を胡乱げな眼で見てくる「このガキは誰なんだ?」と。

いつもであれは叩きのめしているのだが、今はそんな気にもなれなかった……。

 

 

無自覚だったが、どうやら俺は刳屋敷隊長のいた十一番隊に愛着を持っていたらしい。

 

思い返しても喧嘩ばかりの毎日だ……だが、そんな馬鹿みたいな日常が結構楽しかったのだ。

 

アイツらどうしてんだろうな……。

 

刳屋敷隊長を慕っていた奴等は隊長が変わった時に出ていってしまったのかもしれない。もしくは戦いの中で……。

 

……斑目のヤツもそうだ。

 

特に隊長を慕ってたヤツだ、多分、野に下ってしまったのだろう。

斑目は副隊長以外で唯一、俺と最後までタメ張れた相手なのだ。思い返せばアイツから学んだ事も多い……それに隊長や副隊長からもだ。

 

 

戻らない過去の記憶に身を沈め、俺は一人眠りにつくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、そのまま休暇となった俺は一人、ぶらぶらと歩いていた。

 

 

「この辺りも結構変わったんだな……」

 

瀞霊廷、潤林安、どこも知っているのに、どこか知らない雰囲気が漂わせていた。

 

「一世紀も経てばそりゃそうか……」

 

自分がいなかった時間の流れを少し寂しいと思いながらも、俺は目的無く彷徨い続ける。

 

 

だが、そんな俺の前に躍り出たヤツがいた。

 

「こんなところにおったのか真よ! 浮竹と京楽のヤツから帰ってきたと聞いて見に来てやったぞ!」

 

夜一だ。

 

「夜一……」

「んん? なんじゃお主、腑抜けおってからに」

「すまねぇな……」

「此奴が謝ったじゃと……!? これは、重症じゃ……!」

 

うるせぇほっとけ……誰だってそんな気分の時があるだろうが。

……まぁコイツに言ってもしょうがないか。

 

久しぶりだしよく見てみれば、夜一は前とは違って白い羽織りを身に纏っていた。それに背も伸びている様に思える。

 

「お前、少し変わったな……」

「そういうお主は変わらんな! 小さいままじゃ!」

「あ゛ぁ゛!?」

 

 

 

それでも変わらないその騒々しさだけは、少し懐かしかった……。

 

 

 




多分過去の私も肉付けが足りないと思って投稿しなかったのだろうと思いますが、この際なので投稿しちゃいました。

書き上がっていたのはとりあえずここまでです。これ以降の話を書いていけるかは未定です。すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。