平行世界融合! 生き抜け、遊戯王(謎)ワールド! (手のひらをセットしてターンエンド)
しおりを挟む

第1話「憂鬱の春」


執筆中僕「何故誰もこの展開でやろうとしないんだ……ないなら俺がやってやらぁ!」



執筆後僕「……なるほど、畳める気がしないからだな」


  長く続く桜並木の道路を、大勢の少年少女達が歩いてる。

 友人と談笑しながら歩く者も居れば、夜更かしでもしたのか、大きなあくびをしたり目を擦りながら進む者、特に意味は無いが走って行く者、色々だ。

 

  今日は4月2日。この日はとある『学校』の入学式である。

 誰もが真新しい制服に身を包み、今日から始まる新生活に思いを馳せている。

 

  そんな彼等の様子を、同じ制服を着て同じ方向へと進みながら見つめる俺。周りから見れば、一見他の連中と特に変わらない、普通の男子学生だろう。

 

 しかし、彼等と俺は、圧倒的に違う部分がある。それは何か?

 

 この問いに対して正確に答えることがでる者は、恐らく居ないだろう。居たらそいつは相当の不思議ちゃんの可能性がある。

 その答えは……自分でも複雑怪奇極まりないと思うが、彼らと俺の違い、それは前世(・・)の記憶を持っているか、いないかだ。

 

 驚くべき事に、俺は前世というものを覚えていた。それはもう、物心ついた3、4歳の頃から、死に至った18歳の冬の日まで、はっきりくっきりと。

 

  死因はどこにでもあるような交通事故だ。わき見運転の車による信号無視。加えてスマホ弄りつつ横断歩道を渡ろうとした俺。事故加害者となってしまったであろうドライバーも、被害者となった俺自身も、危機感というものが無かったのだろう。常日頃、どこそこで子供が撥ねられたなどのニュースを見て、現実にそういった事が溢れてると解っていても、心の底では、遠い遠い国の関係のしようがない出来事としか思っていないのだ。自分がそれに関わるなど、まして当事者になるなど想像もしていない。

 

  否、想像できないのだ。経験していないがゆえに。想像したとしても、所詮それは想像でしかない。時速50㎞の車にぶつかるとどれ程の痛みなのか。骨が折れる瞬間の感触がどんなものか。沢山の血が流れ出る感覚はどんなものか。現場に集まる人々に、遠巻きから見られるのはどんな気分か。死が訪れる瞬間とは……

 

  この世の誰にも、自分が経験しえない事柄の想像など、できはしないのだろう。俺は死という概念を、死んで初めて理解した。

 

 

  そして同時に、死後の世界があって神様がいて、生まれ変わらせられる事もあるなどという驚愕すぎる事実も、経験して初めて分かったのだった。

 

 

  あの自称神様に邂逅して、自分が本当に死んだんだと言う事もショックだったが、『別の世界』に転生するという事態に発展したのは、今となっては心から喜ぶことができない。

 

  そもそも俺が転生したこの世界、普通の世界ではない。所謂、異世界だ。俺が死ぬ前の元の世界において、ラノベやらで流行ってた異世界転生、まさにソレだ。別にその手の話が特別好きだったわけでもないが、いざその機会がわが身に訪れ、しかも『好きな世界に転生させてやる』なんて言われたもんだから、それはもう調子に乗った。恥ずかしげもなく。とにかく、俺はある大好きな作品の世界に行くことを神様に希望した。世代を超えて長く続いている作品で、既に何代も主人公が交代し、その都度全く違う新しいストーリーが展開されるといったタイプのものだったので、俺はしばらく、何作目の世界に行くか迷っていたが、最終的にひとつの世界に決めた。

 

  これで俺も原作知識と現実世界の知識アドバンテージで最強ヒャッハー! な生活ができるぞぉ! ……などと、思っていた時期が俺にもありました。

 

 

 

「…………ハァ……」

 

 

 この世界が孕んでいる未知の危険性について、俺はもう何度目になるかもわからないため息をついた。このまま何ごともなく平和に生きられればいいのに……と、恐らく叶わぬ願いであろう、これまた何度目になるかわからない願望を抱き始めた時だった。背後から走り寄ってくる足音に気付いたかと思えば、何者かに背中を思い切りはたかれた。

 

 

「ぐぇっ!?」

 

「なーに入学早々に辛気臭い顔してんだよ! そんなじゃ今日のデュエルの試験負けちまうぞー!」

 

「……十代、いつも言ってっけどさ、いきなり見えないとこから挨拶代わりのダイレクトアタックはやめろ! 心臓に悪いんだよ!」

 

「ははは、気にすんな気にすんな! 細かいこと気にしてっと、皺が増えるぜ~」

 

「お前は気にしなさすぎだけどな!!」

 

 

 太陽のような笑顔。というのはきっと、今のこいつのような顔のことを言うのだろう。俺の抗議を快活に笑い飛ばす、俺と同じ制服を着た彼は、名を遊城十代という。この世界に転生してからの、子供のころからの幼馴染だ。

 

  ここまでを誰かが聞けば、この世界が何の世界かわかった……と思う人は沢山いるだろう。

 

 

  すなわち―――『遊戯王デュエルモンスターズGX』だ! と。

 

 

 

 

  日本で生まれた漫画作品、『遊戯王』。主人公武藤遊戯が、エジプトの遺跡から見つかった千年パズルを完成させたことで、もう一人の自分の魂を目覚めさせ、様々なゲームで悪人を負かしては罰ゲームを行って裁くという、連載初期当時の時代としては異色の作品。

  遊戯が行うゲームも中で最もファンの注目を浴びたのが、マジック&ウィザーズという、トレーディングカードゲームだった。それまで多種多様のゲームで戦っていた登場人物達だったが、予想以上にこのゲームに人気が出たので、その内にこのM&Wを中心に物語が進行していった。

 そしてこれがアニメ化する際に、最初からカード中心の話を展開する事で始まったのが、『遊戯王デュエルモンスターズ』だ。通称DM。または初代ともいう。作中でのゲームの名もデュエルモンスターズと改められたこれが、現実でのカードの本格的な商品化も相まって、日本どころか世界中で名が知れ渡り、今やアニメは6世代目に突入し、頻繁に世界大会は開かれ、強力なカードや希少なカードが株の如く高額で売買されたりと、その人気は留まるところを知らない……そんな作品が、遊戯王シリーズであり、俺の愛する作品だった。

 

 

  今俺の隣で、デッキ構築に悩み過ぎて夜更かしただの、この間買ったパックに欲しかったカードが入ってたなど、楽しそうに話す遊城十代は、何を隠そう、アニメ遊戯王の2作目である『GX』の主人公だ。つまり主人公としては武藤遊戯の後釜、二代目だ。

  GXはDMの年代から数年、あるいは十数年後が舞台の話で、十代がデュエルアカデミアというデュエリスト養成学校に入学し、様々な仲間に出会い、時に事件に巻き込まれながら成長していく、といったのがGXの主なストーリーである。

 

 そして今日俺達が入学する学校、名前はやはりデュエルアカデミア。GXの舞台と同じ名だ。

 

 

 だが、結論から言わせてもらうと、ここは『遊戯王GX』の世界ではない。いや、遊戯王である事は間違いないだろう。現にこの世界はデュエルが浸透していて、経済や政治までもがデュエルモンスターズと深く関わっていると言えば、もはや遊戯王以外のなにものでもない。

 

 そう……遊戯王ではある。ただし、俺の知る『遊戯王シリーズのどれかの世界(・・・・・・)』ではないのだ。

 

 

「それでさー! その手に入ったカードをデッキに入れたんだけど、まだ試してなくって……て、聞いてるか?」

 

「あー、聞いてる聞いてる。デッキの試運転なら試験前に付き合ってやるよ。確か試験デュエルは入学式の少し後だった筈だしな」

 

「おっしゃ! 約束だぜ! じゃあどこかデュエルできそうな場所を探しとかないとなー」

 

 

 俺がデュエルの約束をしてやると、十代は嬉しそうにキョロキョロと辺りを見回し、「あ、あそこの広場とか良さそうだぜ!」と早速、人の邪魔にならない場所に目星をつけ始める。

  この男、遊戯王世界の主人公の器だけあって、デュエルをこれでもかと言うほど愛している。逆にデュエル以外の年頃の少年が興味を持ちそうな事に対しては少々熱意が薄い。精々ヒーロー番組とか位か。異性関係とかそれこそもう「恋愛? 何それ強いの?」レベルで関心の外だ。今でこそ俺の長年の『教育』によって多少マシにはなったが、それでもやっぱり「彼女にするならデュエルが強いやつだよな!」という程度の変化で、結局デュエル主義である。

  なんかもうこいつ、デュエルによって生きている……いや、生かされているのではと思う今日この頃。デュエル関連のもの全部取り上げたりしたら死ぬんじゃなかろうか。餓死的な感じで。

 

 

「言っとくが、頭の中そればっかにすんなよ? 成績に影響するようなガッチガチの試験じゃないにしろ、試験は試験だ。デュエルだからって、羽目外しすぎて目つけられても知らないぞ?」

 

「それはお前もだろー? デュエルの時は人が変わったみたいにハイテンションになるし」

 

「うるせい!! 三度の飯よりデュエルが命のお前よりは幾らかはマシだ!」

 

「なんだよ! 飯も大好きだぞ俺は!」

 

「その返しはどうなんだお前。ってそうじゃない……俺のその悪癖については俺が一番自覚してる!これから俺は普通にデュエルする普通の決闘者になるんだ……あの癖は直すと決めた!」

 

「高校デビューってやつか?」

 

「……そういう風に言われるとなんかヤだな」

 

 

  十代に注意するつもりが思わぬカウンターを喰らってしまった。こいつ、偶に人が気にしてる事サラッと言うとこがあるので油断ならない。

 

 

「よう! お前らー! 元気してたかー!」

 

「!」

 

 

  不意に俺たちの背後から、聞きなれた声が聞こえてきた。振り返ればそこには、ヤンチャしていそうな金髪、それでいて人懐こそうな雰囲気をした、人情派不良少年な『先輩』が駆け寄ってくるとこだった。

 

 

「あ、おっす城之内! 今日から宜しくー!」

 

「だからお前は敬語使えって言ってんだろ十代ー!! 何度言えば分かんだ! 俺は2年!! お前1年!! 先輩だ、せ・ん・ぱ・い!! 」

 

「えー、いーじゃーん! 城之内は城之内だろー?」

 

「おん前はもう……!!」

 

「克也先輩、こいつにそういうのはまだ無理ですって。俺が子供の頃から教え込んで未だに理解してもらえないんだから……」

 

「うぅぅ……! お前だけが最後の良心だぁ……お前はちゃんと年上を敬う立派な後輩であれよぉ!」

 

「先輩、抱き着くのやめr……てください」

 

「……今一瞬命令形になりかけなかったか?」

 

「いいから離れてくださいよすげー迷惑です。そっち趣味の奴だとか思われたら訴えますからね」

 

「…………お前ら嫌い!! 可愛くねぇッ!!」

 

 

 

  大げさなリアクションで道行く学生たちの注目を浴びるこの人は、城之内克也。俺たちの一応先輩にあたる人で、これから同じ学校で生活するのである。

  何で入学初日の俺たちが先輩学生を知っているのかというと、去年開催されたデュエル大会で知り合ったからである。主に十代が先輩を気に入ってグイグイ行くもんで、ストッパーとして俺も……と言う感じで仲良くなったのだ。

 

 

  そう、城之内克也先輩だ。あの城之内克也だ。あの城之内君である。大事なことなので何度でも言います。

 

  遊戯王DMにおいて、主人公武藤遊戯の友人にして、ギャンブル系カードを巧みに操る、遊戯とは『親友』と書いてライバルと読むような関係のデュエリストだ。

  物語序盤でのデュエルの腕は目も当てられないほどの素人っぷりで、ある登場人物からは凡骨デュエリストなんて呼ばれていたが、話が進むにつれてどんどん才能を開花させ、続編であるGX時代では伝説のデュエリストの内の1人として数えられるほどの実力者に成長したのだ。

 

 

  さて、ここで、俺でなくとも遊戯王ファンなら、誰もが「アレ?」となる素朴な疑問が1つ浮上することだろう。

 

 

  なんで、城之内克也が17歳で、遊城十代が16歳なのか、と。

 

 

 

  本来十代が主人公のGXは、DMから何年もの月日が経っている。十代が16であるなら、克也先輩はとっくに成人してるどころか三十路に入っていてもおかしくない筈なのだ。しかし、目の前で十代とじゃれ合っているこの人は、明らかにDM時代の、それもまだデュエルがそれほど強くない頃の『城之内』だ。

  なんでデュエルの腕がその程度だとわかるかって? この人と出会ったデュエルの大会、世界大会とかじゃなく、町内大会の小規模なものだったし……しかも負かしたの俺だし。ちなみに俺は決勝で十代に負けました。

  と、それはともかく……要は本来の原作での歴史と一致しないという事だ。そして、この人がまだ17歳だという事は、当然それ以外のDMの登場人物であった初代主人公や、強靭・無敵・最強のライバルとか、オカルトデッキ使いにしてオカルトそのもののラスボスもバリバリ存在する可能性が非常に高いわけで……否、可能性が高いというか確実に居る。少なくとも『ライバル』に関しては、克也先輩と出会うよりもずっと前から、この世界で生きてる事を俺は知っている。

 

 

「ところでさー、このアカデミアの設立を企画した社長って、まだ城之内と同じ学年なんだろ? すっげーよなー!」

 

「あぁ? あー……海馬な、海馬瀬人。俺はアイツ大っ嫌いだけどな! 童実野中学で3年の時に同じクラスになってからあいつの事は知ってるけどよ、何かにつけてエラっそーな態度でそりゃあもうムカつくのなんの!!」

 

「え!? 城之内、あの海馬瀬人と知り合いだったのかよ!?」

 

「……同じ中学だったのか……」

 

 

  ここへ来て更なる本来の歴史との差異発覚。『城之内』と我らが社長が知り合うのは高校1年だったはず……いや、もはやこの程度は誤差の範囲内だな。いちいち気にしていたら埒が明かん。

 

 

 

 

  海馬瀬人。

 

  DM本編にて、主人公の遊戯と終始ライバル関係にあり、プライドを賭けた本気の勝負を幾度となく繰り広げた、最強決闘者の一角だ。

  その色々な意味で強烈なキャラクターと、常に相手を全力で叩き潰す徹底したデュエルスタイルは、純粋なカッコよさとネタ的な要素も含めて、全遊戯王シリーズの中でも屈指の人気キャラクターだった。

 

  高校生にして『海馬コーポレーション(通称KC)』の社長業を務めている、という点ではこの世界でも同じだが、『デュエリストを養成するためのデュエルの学校』を設立するのは、DM時代で起きる、色んな事件を乗り越えた後の、GX時代での話だった。これから俺たちが通うデュエルアカデミアは、去年社長に就任し、更に高校生になったばかりの海馬社長により、たった1年で開校までこぎ着けた、できたてほやほやの学校なのだ。若き新社長がテレビの会見でこの計画を発表した時、俺はもうこの世界で原作知識など通用しないことを改めて思い知った。

  ところで、俺が居た元の世界の人は、「いやいや、たった1年以内で全く新しい教育システムの大規模な学校なんてできるわないやろ!」 と思うかもしれない。というか、海馬社長の発表を見た当時は俺もそう思った。

 

  しかし、それを実現できてしまうところが、海馬瀬戸の、というより遊戯王シリーズの……否、この『どこでもないどこかの世界』の怖いところだ。

 

 

「あれ、言ってなかったけか。まぁ知り合いってほどじゃねぇよ。どうせ俺の事なんか、その他大勢の下々の人間としか思ってねぇだろうよ! あぁ思い出したら腹立ってきたぁ……!!」

 

「ここに居ない人の事でイライラしないでくださいよ……実際、海馬社長と克也先輩とじゃあ、色々と天地の差があるのは事実だし、怒ったところで何もできませんよ」

 

「お前は本当に当たり前のように毒を吐くよなぁ!? 俺、最近お前が敬語使ってるだけで俺の事まったく敬う気ないのわかって来たぞコラ!!」

 

「……すいません……そういう、つもりじゃ……俺は、先輩がもっと強くなれるように……厳しい事言わなきゃって……」

 

「! え、あ……そう、なのか。悪い……」

 

「ちなみに、城之内にどう強くなってほしいんだ?」

 

「分相応に生きるっていう強さを身に着けてほしい」

 

「どういう意味だこの野郎ッ!!」

 

 

  一瞬、思考がいつもの「この世界に対する危機感」に浸かってしまいそうになったので、先輩をイジることで心の平穏を少しばかり取り戻すことにした。

 

  一応言っておくと、別に克也先輩の事が嫌いなわけではない。寧ろ、俺の無礼とも取れる態度を、こうして拳で頭グリグリする程度で許してくれる気の良さもあるので、幼馴染の十代と同じくらいには大切に思っている。

  本人に言う事は無いが、ぶっちゃけ割と尊敬もしている。元々原作の時点で性格が好きな登場人物だったし、この世界で出会ってからの出来事も含めれば、彼に好印象を抱かずにいるのは難しい。とある理由で、随分感謝してることもあるし。ぜってー言わないけど。

  ……いや、だってさ? 最初の頃に、こう、弄りとツッコミ、みたいな関係になるとさ? 改まって友情とか感謝の気持ちを伝えるのは、だいぶ気恥ずかしいというかだね? いや誰に言い訳してるんだ俺は。

 

 

 

「って、それより城之内!! 海馬瀬戸とデュエルしたことあるか!? やっぱ滅茶苦茶強いんだろ!?」

 

「お前はマジでデュエルが好きだよなぁ……俺もデュエルが好きな気持ちは誰にも負けねぇつもりだったけど、世界は狭かったぜ……」

 

「なーなー! 教えろよー! 使ってたか!? あの伝説のカード!!」

 

「だー! もーうるせー!! 俺はあのお坊ちゃんが嫌いなの! 好き好んでアイツの話なんかするか!」

 

「ぶうぅー!!」

 

「その辺にしとけって十代。思い出したくない記憶とかがあるんだよきっと……彼女が取られたとかさ……」

 

「勝手に人を恋の負け犬にするんじゃねえ!! 大体彼女なんて居たことも無いっつの!!」

 

「……あっ……」

 

 

  思わず口元に手をやる俺。今の俺の言葉は彼の心の傷を抉ってしまった。例えるなら守備表示の【羊トークン】に【エネミー・コントローラー】を使ったうえでゴッドハンドインパンクトオオォ!! するような残酷さだ。きっと先輩の魂は今「イワーーーク!!」と叫んでいることだろう……!

 

 

「その『悪いこと聞いちゃった』みたいな顔やめろ!! あーーあーー彼女欲しいなぁ……!!」

 

「まぁ、それは同意するけども」

 

「……お前、彼女いねーの?」

 

「イコール」

 

「? イコール? ってなんだよ」

 

 

 十代が首を傾げて俺に聞くと、その隣で先輩がジトりと目を細めて一言……

 

 

「……年齢?」

 

「YES」

 

「いない歴が?」

 

「Exactly(そのとおりでございます)」

 

「お前もいたこと無いんじゃねぇかよ!!」

 

「これから作るんだし! 今まで本気出してなかっただけだし! この大規模の学校なら出会いの一つや二つ……!!」

 

「……ただしイケメンに――」

 

「あぁわかった。この話はやめよう。ハイ、やめやめ」

 

 

  既に解りきっているこの世の真理をわざわざ口にした先輩の暴挙に対し、俺は両手を上げて話題をエンドフェイズにスキップする。

  別にいーし、俺には愛するカード達がいるもんね……彼女とかディスアドだしね……大体ここはデュエルを学ぶとこだぞ。異性に現抜かしててどうすんだ! 俺は孤高の強デュエリストになる!!

  自からの発言で自爆して項垂れている先輩と、その哀れな姿に同情して苦笑している十代を後目に、俺は一人悲しい決意をするのだった。目指せ独身貴族! ……あれ、おかしいな、視界が滲んでいくぞ?

 

  2人の悲しい男が放つ陰な空気を感じたのか、十代が話題を振って来た。

 

 

  「え、えっと、それより! この間のインダストリアル・イリュージョン社の発表見たか? 楽しみだよなー!」

 

 

  それを聞いた先輩は、暗い表情を消すと喜々として話に食いついた。デュエルの話題で機嫌が直る辺り、この人も十代ほどでないにしろ、生粋のデュエリストだなぁと感じる。

 

 

  「あぁ! 俺もテレビで見たぜ! 『ネオ・ドミノシティ』で開発されたのと、『ハートランドシティ』で開発された新しい召喚方を使うカードの話だろ?」

 

  「そうそう! 今まではそれぞれの街でしか手に入らなかったけど、いよいよ正式に世界中で流通するようになったんだってさ!」

 

  「ルールも全部統合されるんだよな。どっちも融合デッキを使うらしくて、融合デッキ自体……エクストラデッキ、だっけ? 名前が変わったんだろ?」

 

  「なーんかかっこいいよな! 生贄召喚も、リリースとアドバンス召喚に変わってさ! そして新しいカードのデザイン! ドミノシティのが白で、ハートランドのが黒!」

 

「そう来たかって感じだよなぁ! 確か、シンクロ召喚と……なんだっけ?」

 

「エクスタシー召喚じゃなかったっけ? こっちはレベルの代わりにランクがどうとかって聞いたけど、何の違いがあるんだろうな?」

 

「……エクシーズ召喚、な。レベルではないランクになるって事は、レベルに関連する効果を持ったカードの効果を受けつけないとかの特徴があるんだよ」

 

 

  十代の何やら危ない間違え方を訂正しつつエクシーズについて軽く教えてやると、2人は「ふーん」とか「へー」とか言ってうんうん頷いていた。……その顔、絶対わかってないだろお前ら。

 

 

 

 

  それはそうと、今の会話で俺は再び胃が痛くなってきた。出てきた単語が、俺がよく知るもので、尚且つ、本来であれば同時に聞くべき内容ではないからだ。

 

 

 

 

『ネオ・ドミノシティ』で生まれた『シンクロ召喚』

 

『ハートランドシティ』で生まれた『エクシーズ召喚』

 

 

 

 それぞれが、遊戯王3作目の『遊戯王5D's』と、4作目の『遊戯王ZEXAL』の要素なのだ……

 

 

 

  『5D's』とは、DMの主人公の遊戯が存在していた時代から、数十年の時が経った近未来都市の『ネオ・ドミノシティ』が舞台の作品だ。

  発展した煌びやかな都会のネオ・ドミノシティとは対照的に、ゴミと瓦礫とスラム街しかない、『サテライト』と呼ばれる隔絶された街に住んでいる主人公、不動遊星を中心に展開される、明るい出だしのGXと対照的にダークなイメージで始まった5D's。

  バイクに乗りながらデュエルするという斬新すぎる設定に、作品の雰囲気もあって最初は視聴者の誰もが困惑していたが、段々とその熱いストーリーとスピード感のある演出に魅せられ、最終的に高い評価を受けたこの作品。舞台は今しがた述べたように、遊戯が居た時代から数十年も経過し、科学技術も発達した近未来だ。遊戯やその仲間たちの居る、DMの舞台『童実野町』が発展してできたものである。

 

 

  俺の知る原作通りの歴史ならば、の話だが。

  ここではもはや、何もかもが違った。

 

 

  この世界では、現在から15年前、どういうわけだかKC社により童実野町で大々的な都市開発が行われることになり、当初の予定では町全体がネオ・ドミノシティとして生まれ変わる予定だった。しかし、そのあまりにも急速かつ大胆な、異常な進化とも言える開発計画に、多くの住民が反対した。それを受けたKCは予定を変更し、町の半分は以前のまま残す事にし、結果、町の中でドミノシティに変化したのは中心地だけとなり、その周囲を本来の童実野町が囲っているような形になったのだ。

  ……なったのだが、それ自体は10年前のこと。たった5年で町の中に新しく未来都市を創ってしまったのも驚くが、これ以上に驚くべきはその後だった。町全体の半分の敷地を使い中心地に街を創った後、KCはシティから四方へ向けて、それぞれ専用の道路を開発した。童実野町の『外』へ向けて。つまり、ネオ・ドミノシティとなった街の中心から手を伸ばし、童実野町以外の別の土地を開発対象にし、合併させてしまうことにしたのだ。「お前らの町変えなきゃええんやろ?」という理論でとばっちりを受けた他の街は、あれよあれよという内に変わっていき、ドミノシティの一部となった。そもそも四方の道路を開発すること自体これまた反対されたが、そこはKC社。様々な手段を使いこれを強行。

  結局童実野町は大きな4つの道路に分断され、その上ドミノシティと化した別の街に囲まれるような状態になっているのが現在である。

 

  ちなみに、その童実野町出身の克也先輩にどう思ってるのか聞いたところ、「あんまり重く考えたことねーな。むしろシティに行ってみたいんだけど、資金がなぁ……」と言っていた。

 

 

  初めてこのネオ・ドミノシティの開発の事実を知ったのは随分前だが、当時はかなり困惑した。

  自分の幼馴染は遊城十代という、デュエルとヒーローが大好きなGXの主人公だと確信していたから、何でもう5D'sの要素が出てくるのか意味が解らなかった。

  ただ、DMから5D'sは時代が違うだけの同じ世界観だったので、DMの登場人物たちが若いままいる時点で、薄々嫌な予感はしていた。

 

  しかし、後で存在を知ったハートランドシティというZEXAL要素に関しては、本当に予想してなかった。 ZEXALからの作品は、それまでの5D'sまでとは違い過去作との関連が薄いため、世界観を共有していない全くの別世界が舞台であるという説が有力だった。故にこれが絡んでくる可能性を勝手に捨てていたのだが、自分はとんだロマンチストであった。

 

 

 

  『遊戯王ZEXAL』においてハートランドシティは、主人公、九十九遊馬が住む近未来都市だった。街の中心に『ハートランド』という遊園地があり、ハートのシンボルが特徴的な高い建物が、中心にそびえ立っているのが印象的な街だ。

 

  そしてこの世界では、今では当たり前のようにそう呼ばれているが、始めからハートランドという名前ではなかった。元々は『心町(こころちょう)』とかいう名前の、童実野町程度の規模の町だったらしいが、丁度KCがネオ・ドミノシティの開発を始めた時期に、この町も突然急成長を始めたのだ。

 

  そしてその理由が、エクシーズ召喚だった。

  詳しく話すと長くなるのでざっくり説明すると、エクシーズ召喚という新システムを考えた心町が、それをI2社に持ち込んだところ見事採用され、エクシーズ関連のカードの販売を一手に担う権利を与えられたのだ。

  新しい召喚法という事で、誰もがこれを求めて心町に集まったことで町が活性化し、瞬く間に人口が増加、今のハートランドシティの姿になったという。

 

  ちなみに、エクシーズが発表され、ありきたりな町がハートランドシティへと変貌を始めた頃に、ネオ・ドミノシティで新たに開発されたのがシンクロ召喚である。

 

  ……改めてこの世界の歴史を振り返ると、いかに原作遊戯王の世界から逸脱しているかがわかるな。

 

 

「いいよなー都会のデュエリスト達はさ。 くうぅ~、早くシンクロやエクシーズを見てみたいぜ!」

 

「でもよ十代、お前【融合デッキ】使いだろ? それも種類が沢山あるヒーローデッキ。いっつも『融合デッキが15枚制限は枠足りねぇよぉ!』 とか嘆いてたのに、新しい召喚モンスター使う余裕あんのか?」

 

「自分で使わなくても相手が使って来ればそれでいいの! だってきっとどれも強いカードだろ!? そんなの持ってる奴とデュエルしたら、きっと盛り上がるぜ~!」

 

「ぶれねぇなぁお前……まぁ、俺も見たい気持ちはすっげぇあるけどよ」

 

「あー、今すぐにでも皆に行き渡らねーかなー! そしたら片っ端から俺のヒーローデッキで戦うのに!」

 

「……この辺でシンクロ・エクシーズが浸透するのはもうちょっと先だと思うけど、戦うだけなら、もう今日にでも叶うと思うぞ」

 

「え!? なんで!?」

 

「お前、当てでもあるのかよ!?」

 

 

 俺の言葉に十代と先輩は目を輝かせて詰め寄ってくる。こやつら、自分たちが通う学校の説明もまともに覚えとらんのか……

 

 

「忘れたのか? この学校は今年開校の、学校という一つの街みたいなもんだ。下は小学校高学年、上は大学相当までの生徒が、それぞれの校舎で一般の学問と合わせてデュエルの教育を受けるんだ。見ろよ、この辺あちこちデカイ建物が建ってるだろ?」

 

「……それが?」

 

「こんな沢山の校舎、この街の入学希望者だけで使うわけないだろ? ここは世界初のデュエリスト養成学校だ。全ての街、いや、世界中から人が集まるんだよ。勿論教師のデュエリストもな」

 

「あっ……ネオ・ドミノシティからも、ハートランドシティからも人が来るって事か!」

 

「そういう事です。っていうか、案内パンフレットにそういう事も含めて書いてあったでしょう? ちゃんと見たんですか?」

 

「……あんない」

 

「ぱんふれっと……?」

 

「……存在を知りもしなかった、と」

 

 

 思わず呆れた表情を浮かべてしまう俺に、2人はごまかすように笑うのだった。「HAHAHAHA!」じゃねぇよ。

 

 

  ……そう、この学校。全ての街からあらゆる学年のデュエリスト志望の生徒がやってくる。

  計画発表が去年だったのに、なんでこの規模の建物を建築できたのかとか、そもそもどうして入学希望者がここまで沢山集められたのかとか、色々信じがたいことは多々あるが、俺はそんなことよりも注意しなければない事がある。

  要はこの学校、俺が知っていた『本来の遊戯王の世界』では、決して出会う事のなかったはずの人物達が、一処に集まってくる可能性が十二分にあるのだ。現にDM登場人物の克也先輩、GX主人公の十代が出会っている。

 

 

  それが何を意味するかなんて……嫌な想像しか浮かんでこんでしょうよ……!

 

 

  俺の予感が当たるとするなら、古代3000年のエジプトのファラオの魂やそれにまつわる3体の神のカード、三幻神を巡っての争いが起こる傍らで、その神のカードに匹敵する三幻魔を狙う悪の集団による事件が起きたり、異世界に学校ごと転移したり、そうかと思えば赤き龍と邪神の5000年周期の戦いに巻き込まれたり、後に未来を救うために今の人間を滅ぼそうとする未来人が襲来したり、その陰で世界を作り出したという一枚のカードを巡って別世界バリアンの住人と命がけのデュエルを繰り広げたり、はたまた洗脳されたり……

 

 

  ダメだ、やっぱり生き残れる気がしない……そもそも、全ての世代においてデュエルに負けると命やら魂やらを失ったり、カードに封印されたりなんてことが日常茶飯事な作品だったのに、それが一度に4つも混ぜこぜになったら一体何が起きるのか予想がつかなすぎんるだよ!!

 

 

  いやだぞ、俺は死にたくない! これで何かに巻き込まれて死んだら、何のために生まれ変わったのかまるで意味がわからんぞ!?

 

 

  「はぁ……」

 

 

  ため息をつきつつ、俺は隣の2人へ目を向ける。デュエルの話に花を咲かせている十代と克也先輩は、これからこの世界で起こるかもしれない事件の事や、自分たちが命を賭けた殺し合いのデュエルをする事になるかもしれないなど、微塵も想像していないだろう。

  もっとも彼等は強い。天性のデュエルの才能を持つ十代は勿論、今は頼りない腕の克也先輩も、ここぞという場面での運の強さは今の段階でも目にする事はある。これから成長すれば、あっという間に俺なんか追い抜かれることだろう。

 

 

 なら俺は?

 

 

カードの知識や、この世界でありがちな低ステータスのカードへの偏見等が無いとはいえ、それでも彼等のような、デュエルの神様に愛されているような強さはない。

もし命のやり取りが発生する勝負で負ければ……待っているのは、あの時経験した、死の感覚。

 

 

  だが逆に言えば、デュエルで負けさえしなければ、なんとかなるという事でもある。

  俺は、正直この世界が怖い。またあの冷たい感覚を味わう事になるのではと思うと、何かに心臓が握りしめられているような錯覚を覚える。だけどそれと同時に、この世界で出会えた仲間と、その絆を繋いでくれたデュエル自体は、かけがえのない宝だとも思っているのだ。

 

 

  「…………」

 

 

  やるしかない。幸い、これから行くのはデュエルを教えてくれる学校だ。そのレベルがいか程のものかはわからないが、盗める技術はなんでも盗んで、何が何でも強くなってやる。

  誰かを守れるような、なんてかっこいい事は言えないが、それでも。

 

 

「……十代、先輩」

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

「……俺は、もっと強くなる。このアカデミアで……今よりもっと、ずっと強くなりたい。だから、2人に頼る事が多くなると思う。力、貸してくれ」

 

 

 この2人に、迷惑をかけなくて済む程度に、自分の身ぐらいは守れるように、強くならなくちゃいけない。

 

 

 

 

「……へへ! いつだって頼れよ! お前とデュエルするのは楽しいからな!」

 

「何だよ改まって。お前が俺にまでそんな事いうなんて、明日は雪でも降るのかぁ?」

 

 

  にかっ! と笑ってそういう十代と、茶化すようでいて満更でもなさそうな先輩に、俺は心の中でだけ礼を言う。

  そうだ、迷ってなんて居られない。本当にこの世界に存在するかどうかもわからないが、それでも、敵がいることは覚悟してなければならない。俺が死んだら、きっと彼等の事だ、悲しんでくれるに違いない。涙を流させてしまうに違いない。

 

  それは駄目だ。この2人は、笑ってデュエルしてるのが、一番似合っているのだから。

 

 

 

「……あれ? なんか周りに人がいないぞ」

 

「? そういえばそうだな。残ってる奴もいるけど、皆走ってるな」

 

「……! 先輩時計! 時計見せて!!」

 

「え? 今は……7時57分だぞ?」

 

「ごじゅっ!? 入学式は8時に第一体育館なんですよ!? 何で俺たちこんな時間までまだ道路にいるんだ!!」

 

「げぇ!? マジか!?」

 

「駄弁りながならノロノロ歩いてたせいか!?」

 

「初日に遅刻とか目立つから嫌だ! 俺はもう先行きますからね、んじゃ!!」

 

 

  俺は2人を置き去りに、デュエルディスクで若干重くなった鞄を背負い直して桜の花びらが散らばったピンクの道路を走り抜ける。

 

 

 

「あぁ!? 置いてくなよ『遊我』ー!!」

 

「てめーこら抜け駆けかよぉ!?」

 

 

 

  後ろで慌てて後を追いかけてくる2人を無視し、俺はただ、前だけを見て走り続けたのだった。

 

 

 






更新速度は遅い模様

タッグフォース新作が出たら本気出す


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「最初からクライマックス」

Q:1話投稿から一か月も過ぎてる事に対して何か言う事は?

A:デュエルリンクス楽しいれす(^q^)



 

 

 俺たちが指定されていた体育館に駆け込むと、既に大人数の生徒たちが集まっていた。

 通常の学校における体育館の10倍はあろうかという広さを見て、先輩と俺は軽く引いた。十代はすげーすげーと喜んでいたが。

 大きく円を描くように設置された、下を見下ろすような形になる沢山の座席には、子供から大人までの幅広い年齢の男女が座っている。体育館中心の床に白線で描かれた四角形を見るに、体育館というよりデュエル場として使われるのが主なのだろうか。ともすれば観客席となるであろう席は、既に人で埋め尽くされていて、少なくともここから見える範囲に空いている席は見当たらない。

 ガヤガヤと人の話し声が収まっていないのを見るに、ギリッギリ入学式には間に合ったらしいが、座る席が分からないと立ちっぱなしになってしまう。

 

 

「えっと、どこに座ればいいんだ?」

 

「遊我、お前は知らないのかよ!」

 

「さすがにそんなことまでは知らないって。誰か学校関係者に聞ければいいけど……」

 

 

 辺りを見回してそられしき人を探してみるが、教員やスタッフらしき大人は、皆慌ただしく動いていて声をかけ辛い。どうしたものか。

 

 

 三人で逡巡していると、俺の目にある男性が目に入った。

 

 背が高い上に細身のせいなのか、ちょっとひょろ長い印象を受けるその男性は、何故か一匹の猫を抱えて壁を背に立っていた。

 後ろで束ねられた長めの黒髪を揺らしながら、ニコニコと集まった生徒達を眺めている。

 俺の視線に気づいたのか、もしくは、席がわからんと慌てている騒がしい後ろの2人に気づいたのか、眼鏡をかけた細い糸目をこちらに向けて、彼は笑顔でこちらに向かってきた。

 

 

 

「今来たばかりですかにゃ?」

 

「え?」

 

「……『にゃ』……?」

 

「あぁ、これは私の口癖だから、気にしないでほしいにゃ。それで、生徒さんですにゃ? 席を探してますかにゃ?」

 

 

 十代と克也先輩に怪訝な顔で見られたせいか、若干困った顔をしながらそう尋ねる男性。

 

 

「はい、そうです。俺は1年の八神遊我(ゆうが)と言います」

 

「じょ、城之内克也! 2年っす! 宜しくお願いします!」

 

「俺は遊城十代! あんた、先生なのか?」

 

「おい十代、先輩はともかく先生にくらい敬語を……」

 

「俺はともかく!?」

 

「はは、別に気にしなくていいにゃ。子供が元気な事に越したことはないですにゃ。私は大徳寺と言いますにゃ」

 

(……知ってる)

 

 

 大らかさそうな和かい笑顔で自己紹介をする先生に対し、一人心の中で呟く。

 

 

「お察しの通り、この学校で教師を務めますにゃ。気軽に大徳寺先生と呼んでくれて構わないにゃ」

 

「先生、俺たち今来たばっかで自分の席が分からないんスよ……どうすればいいですか?」

 

「大丈夫ですにゃ。今回は学年順とか、名前順で決まった席に座るわけではありませんにゃ。自由に好きな席に座ってくださいにゃ」

 

「なんだそうなのか! じゃあ急いで空いてる席を――」

 

「……と言いたいんだけど、実はもう席がほぼ埋まっちゃてるにゃ。反対側まで行けばまだ空いてるとこもあるんだけどにゃ、あそこまで行ってると式が始まっちゃうにゃ」

 

 

 申し訳なさそうに眉毛を下げて大徳寺先生がそう言うと、腕に抱かれた猫――恐らく名前はファラオ――がまるで謝るように顔を下げた。……偶然だよな?

 

 

「パイプ椅子ならいくらでもあるから、この辺りの人が通るのに邪魔にならない場所に置いて座って貰えると助かるにゃ。すぐそこに幾つか置いてあるにゃ」

 

「それで構いません。遅れてきた俺たちが悪いんですし」

 

「パイプ椅子ってことは、好きなとこに座れるって事だろ? 運がいいぜ! 入学式で何するかわかんねーけど、真ん中がよく見える場所に行こうぜ!」

 

「その発想は無かった」

 

 

 どこまでも前向きな考え方……と言うより多分素でそう思っているのだろう十代は、壁に立てかけてあるパイプ椅子をひとつ抱え、ベストポジションを確保すべくいそいそと歩き出した。

 

 

「いいか十代、邪魔にならないとこ、だぞ!」

 

「わかってるって! んー、ここだと遠いな……もうちょっと前の方行ってもいいかな!」

 

「……先輩、俺たちも行きましょう。十代を放っておくと何が起こるかわからないですし」

 

「だな。あ、教えてくれてありがとう先生! これからお世話になりまーす!」

 

「はーい、転ばないように気を付けてにゃー」

 

 

 終始笑顔で俺たちの対応をしてくれた先生は、こちらに手を振ってからどこかへと去っていった。

 その背中を見やりつつ、十代に続いてパイプ椅子を抱えるていと、克也先輩が話しかけてくる。

 

 

「なんか、いい感じの先生だったな! 軽い悪戯も笑って許してくれそうな感じっつーか」

 

「……悪戯する予定があるんですか?」

 

「ちげーよ!! ものの例えだ! 優しそうだよなって話だよ!」

 

「……まぁ、そうですね」

 

「ここの先生たちが、皆あーゆー感じならいいなぁ」

 

 

 俺は先輩の話をぼんやりと聞いていた。克也先輩は、大徳寺先生に対しいい印象を受けたようだ。ろくにお礼も言わず行ってしまった十代も、恐らくはそう感じているだろう。初対面の大人でありながらタメ口で話したのも、なんとなくそういう雰囲気を先生に抱いたからかもしれない。

 

 

 

 しかし、それが全てではないはずだ。俺が知っていた大徳寺という人間と、今出会った優しい先生の経歴が同じなら、警戒しなくてはならないだろう。

 

 

こっち(この世界)の彼は、最後まで優しい先生でいてくれるだろうか。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 俺と先輩が十代を見つけると、十代は自分の隣に座るよう促してきたのだが、それは観客席最前列の階段部分だった。

 何しれっと邪魔になる場所に座ってんだと先輩がツッコんだが、十代はそれに対し、必要な時に椅子を畳んでどけばいいだろ? と返す。それにしても最前列は露骨すぎだろうと言いたくなったが、もう予定の8時は数分過ぎた。致し方なく、俺たちは十代の傍に椅子を立てて座る。

 

 周囲の「何なの、この人たち……」的な視線が突き刺さるのに耐えていると、十数人の大人を引き連れて、髪の薄い、というか完全に無毛のおじさんが、体育館中心にやってきた。

 俺はこの人の事も知っている。どうやらここでも役割は同じらしい。

 彼はふくよかなお腹を揺らしつつ、用意されていたマイクに手を取り、わざとらしく「オホン」と咳をしてから語り始めた。

 

 

「えー、ただ今より、入学式を始めさせていただきます。私はこの学校の校長を務めさせていただく、鮫島と申します」

 

 

 当たり障りのない出だしから始まった、校長先生のありがたい演説が始まるのを予期してか、早くも克也先輩はうんざりしたような顔をしている。

 

 

「まずは、この度我が校への入学をご決断してくださった新入生徒の皆さんに、感謝と歓迎の言葉を送りたい。ありがとう! そしてようこそ! 我が校、デュエルアカデミアへ! 本校は世界初の、デュエリストを養成するための教育委機関であります。ここにいる皆さんは、既に十分に理解していることだとは思いますが、ここで最も重点的に学ぶのは、デュエルモンスターズです。このカードゲームが誕生したのは、今から大よそ15年ほど前……調度、今のネオ・ドミノシティの開発が決まった頃と同じです。当時はまだカードゲームという物自体が、子供の玩具としてしか認識されておりませんでしたが、次第にその奥の深い本質が認められていくにつれ、今ではこのような学校が成立する程にまで大きく発展しました。思えば私がデュエルモンスターズに出会ったのは――――」

 

 

 鮫島校長の話は、デュエルモンスターズの歴史から自身の思い出話にシフトし始めた。なかなかに長話になりそうだな、と、俺自身も少々不安を覚え始めた。が、そうは言ってもまだ始まってから1分も経過していない。今この場で早々に居眠りなど始めたら、それこそ色んな方面から注目されるだろう。

 

 だから……

 

 

 

「早速船漕いでんじゃねーよ……!! 起きろ十代……!!」

 

「……んんん、むにゃ……」

 

「『むにゃ』じゃねえ……!!」

 

 

 十代が早くも夢の世界に旅立ってしまった。しかも最前列でだ。他の生徒たちからは白い目で見られているし、前方の教師陣にも今にも気づかれるだろう。先輩は先輩で眠りこそしないが堂々とでかいあくびをしている。駄目だこいつら……早くなんとかしないと……

 

 

「――――その時初めて組んだデッキでのデュエルは、散々なものでした。対戦相手にこっぴどく負けてしまいましてねぇ。既にいい大人だった私ですが、年甲斐もなく悔しく思ったのを今でも……」

 

 

 当の話をしている鮫島校長は、語りに夢中でこちらに気づいてはないらしい。今の内にせめて十代だけでも目を覚まさせねぇと……! 学校って変なところで連帯責任とか問われる事あるからね……『後で職員室に来なさい』とか校内放送されるのは嫌だ!

 

 俺が必死に十代の顔を抓ったり足を蹴ったりして居た時だった。

 

 

 

「――――ですが、その悔しいと思う心こそが、デュエリストを成長させるのに必要な――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

『時間だ鮫島。終わりにしろ』

 

 

 

 

 

 

 突然、館内全体のスピーカー越しに男性の声が響き渡った。

 

 尊大な印象を受けるその声が聞こえると、その場にいたほぼ全ての生徒達がざわつき始めた。

 かくいう俺も実は心臓が一瞬跳ねた。まさか、ここに来てるのか!!

 

 

 

「なっ、ですがまだ話し始めたばかりで……」

 

『歳寄りの無駄な長話に付き合うつもりなど、少なくともこの俺には無い。さっさと切り上げて下がれ』

 

「そ、そんなぁ……オホン、という事ですので、とにかく! 皆さん、入学おめでとう! この学び舎で仲間と共に切磋琢磨し、立派にデュエリストを目指してください!」

 

 

 がっかりした様子の校長は、無理やり話を終わらせて、肩を落としながらその場を後にした。しかし、そんな校長の様子を気にしていたのはどうやら俺ぐらいのようで、ざわつきはどんどん強くなっていく。

 隣の克也先輩を見ると、長話から即解放されたにも拘らず、その表情は先ほどよりも更にうんざりとしたものに変わっていた。まぁ、彼の場合はそうだろう。この声の主とは中学時代からの犬猿の仲らしいし。

 

 

「……俺、奥の方に席変えようかな……」

 

「却って目立つでしょ。諦めてここに居た方が無難ですよ」

 

「何であのヤローがここに居んだよォ……!」

 

「そりゃまぁ、オーナーだし、来ててもおかしくはないですよ。ほれ、十代! いい加減起きろ! いいところだぞ今!」

 

「んえ……何……? もう終わったか……?」

 

 

 

 

 ――――ガコンッ!

 

 

 

 

 唐突に、大きな音を立てて全ての明かりが消えた。いつの間にか、窓も全てカーテンがかかっていたのか、外の明かりも無く、体育館内は完ほぼ闇と化した。しかしそれは一瞬の事で、先ほどまで校長が立っていた場所にだけスポットライトが当てられる。

 

 その光景にざわつきはいよいよどよめきに変わり、生徒達の興奮はピークへと達しそうだ。

 

 

 ライトが当たられていた一部の床が、駆動音と共に左右に開き始め、それと同時に下から人影が迫りあがって来る。更には天井から、大きな画面が四方に向けて設置された大型装置が降りてきた。映像が表示され、上がって来た人物の顔をはっきりと映し出す。

 

 

 

 

 ――――ワアアアアァァアァァーーーー!!!!

 

 

 

 

 遂に完全な歓声となった生徒達のそれは、会場全体を揺らすかのような勢いになっていたが、それでもなお目立とうとするかのように上がり続ける足場に立っていた男が、手にしたマイクに向かって語りだした。

 

 

 

 

 

「諸君ッ!! よくぞこの学舎の門を叩いた!! 俺がこのデュエル・アカデミアの最高責任者にして、最強の決闘者……海馬瀬戸だ!!」

 

 

 

 

 背後に「ドン☆」とかの擬音が浮かんできそうなド派手な自己紹介をかました海馬社長を目にした十代は、椅子から立ってはしゃいでいる。対してその社長と同級生の克也先輩は心底不愉快そうな表情を濃くしていった。ドンマイ。

 俺? 俺はテンション上がってるよ。だってあの社長だよ? 遠巻きに見てる分には面白いしかっこいいから好きなのだ。お近づきにはなりたくないけどね。

 

 

 床と天井の間の中心辺りでやっと停止した足場の上で、海馬社長は冷たげな、それでいて灼熱の炎を思わせるような光を宿らせた瞳で、ぐるりと観客席の生徒達を一瞥してから語りだす。

 

 

「俺はどこぞの老人と違い、長話をする気もなければまして無駄な話もする気はない。よって単刀直入に、ここに居る諸君らに尋ねる」

 

 

 海馬社長の言葉に、騒ぎ立っていた者たちがすぐに静けさを取り戻し、その声に耳を傾ける。

 やはり、海馬瀬戸と言う男は良くも悪くも凄い人物だ。尊大でありながらどこか人を引き付けるカリスマ性を持っている。だからこそ大企業の社長も務まるのかもしれない。

 

 

 

 

「諸君らは、何のためにここへやってきた?」

 

 

 

 

 その言葉に俺達は怪訝な表情を浮かべた。デュエルの学校に来てんだから、デュエルの勉強をするためだろう、と言いたいところだが、恐らく彼が聞きたいのはそういう事ではないだろう。

 

 このデュエルアカデミア、デュエルを学ぶと一言にいっても、その方向性は多岐に渡る。

 単純にプロのデュエリストを目指し、プロで食べていく事を想定した教育も受けられれば、カードのデザイン、つまりデュエルモンスターズの制作に携わる側を目指すためのプログラム、はたまたこの学校の先生のような、デュエルを教える教師を目指すこともできる。そのため入学する際に、何を目指しているかや、何を一番伸ばしたいかなども面接試験で問われている。

 尤も、今あげたような具体的な将来を見据えた目的が無くとも、この学校は生徒を受け入れるらしい。現に俺や十代は特別デュエルを何に生かしたいというような事は言っていない。ただ強くなりたいとか、デュエルが好きだから、といった動機でもいいのだ。

 

 だからこそ、彼の真意が読めない。それぞれの理由はわかっているはず。つまりそれを承知の上でこの質問を投げかけている。

 

 

「これだけの人数だ。理由もまた千差万別だろう。思い描いている未来のビジョンがある者にせよ無い者にせよ、何らかの理由で、この……世界初の決闘者養成学校へ来たはずだ」

 

 

 お喋りをする者も、軽口を叩く者も居ない。全ての生徒が、海馬瀬戸の一語一句に集中していた。

 

 

「デュエルのプロを目指す者……デュエルを創る事を目指す者……デュエルを教える事を目指す者、デュエルで強さを求める者、楽しいからデュエルする者……他にも様々だ。これらはそれぞれ違う道だが、1つだけ共通していることがある。それは何か……」

 

 

 そこまで言って海馬社長は、視線を動かし何かを探し始めた。やがて人差し指を立てて、どこかを指差さした。

 

 

「そこの小僧、答えてみろ。胸に金のペンダントを下げた貴様だ」

 

 

 彼そう言うか言わないかという位の速さで、社長を照らしているものとは別のスポットライトが観客席を照らしだす。どうやら質問する相手を探していたらしい。選ばれたのは俺たちのいる場所とは反対の、向こう側の席に居る一人の生徒。画面にも大きく映し出されたその姿を見て、俺は思わず声を上げそうになった。

 

 

 

『え゛……も、もしかして俺……!? うわっ、映っちゃってるよ!?』

 

「そう言っている。答えろ。今俺が言ったお前たちの異なる目的の中、共通している事は何だ?」

 

『え、ええっと、共通してる事……えっと、えっと~……何だっけ、プロを目指すのと、デュエルを創るの……教えるのと……!?』

 

『もう遊馬……! しゃきっとしなさいよ……!?』

 

『だ、だってよぉ! いきなりこんな事聞かれても……! 教えてくれよ小鳥ぃ!』

 

『こら私を巻き込むなぁ!? 遊馬が聞かれたんでしょう!』

 

 

 

 画面には、テンパって幼馴染に助けを求める4代目主人公、九十九遊馬と、話を振られて同じくテンパっている様子の4代目ヒロイン、観月小鳥が映っていた。

 

 うん、予想はしてたよ……多分来てるんだろうなって思ったよ……アストラルはもう居るのかい? できれば俺達の周りでナンバーズ騒動はやめてね……

 

 

「難しく考えるな。貴様のような凡人でも少し考えれば解ることだ」

 

『いやでも、えっと、んんん~~!?』

 

『……もーほんっとに馬鹿っ……!』

 

 

 

 

 未だ答えがピンと来ない少年と、それに呆れた様子の少女による漫才じみた応報に、他の生徒や先生までもが笑いをこぼしていた。

 ウンウン呻っている九十九遊馬の隣で恥ずかしそうにうつむく美少女観月小鳥。

 

 うーん、なんというか、アレだな。

 

 

 

 

「……爆発しろッ……」

 

「ん? 遊我、何か言ったか?」

 

「なんでもない」

 

 

 畜生うらやまけしからん……俺も可愛い女の子の幼馴染に恵まれたかった……俺の幼馴染枠はデュエル馬鹿の男だもんな……

 

 それはともかく、この質問の答えは、社長が言う通り難しく考える必要はないだろう。答えは社長がさっきから何度も口にしている。

 

 

 

『あーもう! こうなりゃやけ! かっとビングだオレーー!! 共通しているもの、それは……「デュエル」だ!!』

 

『ちょ、ちょっと! そんな当たり前の事なわけ……』

 

「その通り、デュエルだ。今ここにいる諸君らの異なる目的……それら全てには、当然ながらデュエルが関わる」

 

 

 諦めず挑戦する心で見事正解を勝ち取って喜ぶ遊馬と、意外と単純な答えに拍子抜けしている小鳥が映っていた画面は、再び海馬社長の顔に切り替わった。話が再開されることを理解して、皆の間に再び静寂が訪れる。

 

 

「そして、デュエルとは勝者と敗者を決するゲーム……『決闘(デュエル)』だ。古今東西どんなデュエルがあっても、その全てが等しく、強者と弱者を分かつ……どちらも勝者になるデュエルも、どちらも敗者になるデュエルも無い! どちらかだけが勝つのだ!」

 

 

 一言発するごとに強まる社長の語りに、俺を含め生徒達の間に緊張が走る。あの克也先輩までもが、憎き同級生を真剣な眼差しで見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

「故に、俺はここではっきりと伝えておく……『少しくらいデュエルが弱くてもいい』、『そこまで強くなれなくてもいい』などと思っている者が居るならば、即刻この場から立ち去れ!」

 

 

 

 

 

 

 吐いて捨てるように放たれたその言葉に、人気の高い有名人の登場に浮ついていた誰もが、頭から冷水をぶっかけられたかのように凍り付いた。

 

 

「デュエルとは戦いだ!! そして人生もまた戦い!! 戦場において……自身が弱くても良い、強さが無くとも良いなどと考えるのは、戦うことを放棄した、敗者にも満たない逃走者だけだ!!」

 

 

 俺の額を汗が伝う。館内は熱くはない。ただ、俺の体の内のどこかで、炎が揺らめているような感覚を覚えた。

 

 

「プロデュエリストのような、デュエルの勝敗が直接その後を左右するものに限らず、それがどんな夢、未来であっても、戦わずして己が未来を切り開く事は無いと知れ!!」

 

 

 周りの人や風景が、白にかき消されていくように錯覚する。俺は今、一人の絶対的な強者しか見えていない。

 

 

「この世界で生きる以上、常に人は戦わねばらぬのだ!! どんなに小さな願いでも、それを手にするための刃を磨く事を怠る者に、明日を手にする力は永遠に備わらんッ!! 『勝ちたいと願うプライド』こそが、人間を成長させ、新たなステージへ進化させる、だ!! 誇りを失った人間など、既に死んでいるも同然!!」

 

 

 手のひらの痛みに気づいてその手を見やると、知らず内に拳を握っていた。感覚が麻痺して、握りしめたままうまく動かない指を少しだけ開くと、爪が食い込んだ後がばっちり残っている。

 俺は半ば傷になりかけのそれを見た後で、再び拳を強く握りしめた。

 

 

「このデュエル・アカデミアという戦場に足を踏み入れるのであれば、勝利への渇望を絶やすことなく、戦い続けろ!! それができぬ者は、容易く淘汰され、瞬く間に明日の光を失うだろう!! 故に尋ねた……諸君らに、勝つ意思があるのか! 本物の決闘(デュエル)をする気があるのかを!! 諸君らがこのアカデミアに来た理由……その答えの表面は多種多様であっても、根本にある目的は、1つでなければならない!! 即ち! 『勝つため』だ!!」

 

 

 それは、これから健全な学校生活を送るべき生徒達に投げかけるには、あまりに苛烈で無常な言葉にも思われる。

 ともすれば反感さえ抱かせかねない海馬瀬戸のその言葉に、俺は不思議と、不快感を一切感じなかった。代わりに抱くのは、痛いくらいの、胸の疼き。灯された小さな火が、燃え盛って出口を求めてるかのように、体の中で何かが滾っている。

 

 

「……ではもう一度言う! この中にまだ、負けても、強さを得られずとも構わないと考える逃走者は、背を向けてここから出ていけ!!」

 

 

 静まりかえる体育館。

 誰もが言葉を発さず、その場を動かない。

 ただ言葉が出ず、動けないから動かない人も、中にはいるかもしれない。

 

 

 でも俺は違う。

 

 何も言わない。動かない。

 口に出す必要が無いから。背を向ける理由が無いから。

 

 それはきっと、十代も、先輩も同じだろう。わざわざその顔を見ずとも、様子を伺わなくとも、近くに居るだけでその闘志が沸き立っているのが伝わってくる。海馬瀬戸の事を嫌っている先輩に限らず、今この場に居るほとんど誰もが、彼のナイフの様な鋭い視線から目を逸らさず、睨み返しているのだろう。

 

 

 しばしの沈黙が続いた後、社長は満足げに口角を釣り上げると、その純白のコートを翻し、広げた右手のひらを突き出し、叫ぶように言った。

 

 

「ふぅん、ならば突き進め!! そして証明してみせろ!! 自分がこの世界に生きる、決闘者である事を!! 諸君らにその意思が存在する限り、このデュエルアカデミアはいつでも助力を惜しまん!!」

 

 

 突き出された右手は、やがて天を突きあげるように掲げられてから、何かを掴み取るように、力強く握りしめられた。それはまるで、既に多くを手にしている海馬瀬戸と言う男が、それでもなお先を欲し、戦い続ける事への意思表示のようにも見えた。

 

 

「戦いに戦いを重ね!! 勝利と敗北を積み上げ!! 己が欲する未来を掴み取るがいいッ!! この先の新時代を創り上げるのは、お前たちだぁ!! ワアァーーハハハハハハァァーーー!!」

 

 

 その特徴的な高笑いが響き渡れば、それに続いて生徒達の、荒々しい咆哮にも似た、轟音のような大歓声が体育館を揺るがすのだった。

 俺は歓声こそ上げなかったが、興奮しているのか鼓動が早く感じる。ここにじっとしているのがじれったい感じだ。

 十代は立ち上がって聞いた事もないような雄たけびを上げているし、先輩は未だに社長を睨みつけている。ただ、その目に宿る感情は、忌み嫌う人間をやっかむようなものではないように見える。きっと、「必ずいつかてめーを超えてやる!」、なんて決意をしているのだろう。険しい道になるだろうが、先輩ならいつか成し遂げるだろう。

 

 

 やがて歓声に大きな拍手が混ざり始めた辺りで、長く続いていた社長の高笑いも落ち着き、再びマイクで話始める。

 

 

「静粛に! 諸君らの覚悟が確認できたところで、今日からこのデュエル・アカデミアの生徒となる諸君のために、この俺が一つ余興を用意した」

 

 

 やっと落ち着きを取り戻したところへ、更にまだサプライズがあると聞き、再びざわつき出す生徒一同。

 目をキラキラさせて期待に胸を膨らます十代と違い、克也先輩は微妙な表情だ。

 

 

「余興だぁ? 何を始めようってんだ海馬の奴……」

 

「何すんのかなぁ! 海馬瀬戸の映画とかかな!?」

 

「んなわけあるか! もしそうだったら俺は寝る!!」

 

「俺、それはそれでちょっと興味あるな……」

 

「マジかよ遊我!? 正気か!?」

 

 

 十代の発想にちょっと興味を示しただけなのに、先輩に正気を疑われた。真に遺憾である。

 

 

「では、その余興に必要不可欠な、今日のために招待した特別ゲストを紹介しよう!」

 

 

 

 パチンッ! と、海馬社長がその長い指で音を鳴らすと、新しいスポットライトが、社長が出てきた床の隣を照らす。直後に先ほどと同じように床が開いた。

 

 ゲストと聞いて、海馬瀬戸に続いてまだ有名人が来るのかと、皆の期待のボルテージが上がっていく。

 

 

(この状況で行う『余興』、そしてあの海馬社長が呼ぶ位だもんな。結構名の知れているデュエリストなんじゃないかと予想するが……誰だ?)

 

 

 俺のその疑問の答えは、ゆっくりとその正体を現した。

 その人物が何者か理解して、俺は本日2度目の衝撃を受ける。

 

 

 

 社長と違って内側は青紫だが、基本カラーが同じ白のコートを羽織ったガタイの良い高身長。

 

 首には黒のチョーカーとシルバーのネックレスをつけている。

 

 細長く伸びばしたもみあげのセットが特徴的なその髪は、輝くような金色だ。

 

 そして、どこか海馬社長にも似たプライドの高そうな切れ長の目。

 

 

 

 ……はは、成程、確かに有名人だ。それも超が付くほどの。

 この世界に住む誰もが、一度はその名を耳にしたことだろう。

 

 

 2年前にネオ・ドミノシティで開催される大会で優勝してから、公式戦では今日までただの一度も敗北していない、事実上の『シティ最強デュエリスト』だ。

 

 

 その名も……

 

 

 

「――――キングは一人!! この俺、ジャック・アトラスだ!!」

 

 

 

 彼が人差し指を頭上に掲げて声高に宣言すれば、再びつんざくような歓声が響き渡る。今回は女性の黄色い悲鳴じみたものが多いような気もするが。

 

 

「ま、マジかよ……!! 本物のジャックじゃねーか!!」

 

「ジャック・アトラス……? って、誰なんだ?」

 

「……お前知らないのか十代。テレビとか見てるか?」

 

「お前デュエル馬鹿の割にそういう情報には疎いな! あのネオ・ドミノシティで2年間王座を守ってる、世界全体でも最強格デュエリストだって言われてんだぞ!!」

 

「そ、そうなのか!?」

 

 

 

 ジャック・アトラス……遊戯王3作目、5D'sにてライバルキャラとして登場した人物。原作では登場初期と後期とで、性格が孤高のキングからシリアスもギャグも両方こなす元キングと化した人。ネタ的にも純粋なカッコよさ的にも人気があるという点で、やはり海馬瀬戸と似た部分が大いにある。

 尤もそれは原作での彼の話なので、こっちではずっと孤高のキングのままかもしれないし、原作知識だけでここ居る彼を判断する事はできない。

 

 こっちでは2年前に突如シティで名を上げ始め、あっという間にシティでの全ての大会で優勝と言う結果を残し、最終的にシティ内でのみ行われている『特殊なデュエル』でも最強の位置に君臨し、今も挑戦者に対しその実力を振るっている。

 

 

「では早速、貴様には今からデュエルをしてもらうぞ、『キング』よ」

 

「フン、年上を呼びつけておいて、労いの一言も無く貴様呼ばわりとはな。態度のでかい男だ」

 

「ふぅん……そんなものを求める位なら、強者とのデュエルを望むのが貴様の在り方だと思っていたがな」

 

「……冗談だ。あの海馬瀬戸が俺を指名してきたのだからな。出向かぬ理由もない」

 

 

 周囲の生徒は、あの海馬とジャックが会話しているという事で興奮気味のようだ。

 俺はと言うと彼等とはちょっと違う理由で二人の会話に興奮している。

 あの社長と元キン――こっちじゃ元じゃないか――が喋ってるだけで、この世界に来たのもの存外悪くないのではとか錯覚してしまう程には、夢の競演にゾクゾクしていた。

 

 

「それで、俺は誰とデュエルすればいい。新入生徒全員を揉んでやれと言われても、加減はできんぞ?」

 

「そんなつまらん事はさせん。今ここにいる連中は、所詮まだ弱小デュエリストだ。いきなり貴様レベルの者を相手どっても、一瞬で地に伏すのが落ちだ。何より、貴様自身そんな事はやりたくもないだろう? 望むは自身と同等、否、それ以上の敵との全てを賭けた全力の勝負のはずだ」

 

 

 ジャックの問いに、一瞬生徒達がキングとデュエルできるのかと期待したようだが、社長にばっさりと否定されて肩を落としていた。

 ……十代、落ち込むな。多分もっと面白いもの見れるから。

 

 

「ほう……ならば、そんなレベルの決闘者が相手をしてくれる……というわけか?」

 

 

 一方社長の答えにジャックはニヤリと獰猛な笑みを浮かべて言う。

 もうこれ誰が相手が確信しているよね。俺も確信してる。

 

 

「当然だ……貴様など所詮、シティという井の中に住む蛙でしかないことを、この俺が思い知らせてくれるわ!!」

 

「! 言ってくれるな……! 安い挑発だが乗ってやろうではないか!! そんなに見たいというなら見せてやろう! 大いなる我が力を!!」

 

 

 

 再び会場全体が震えた。皆もはや声を上げるだけでなく、体が動くほどに興奮を隠せなくなってしまったようだ。

 

 

「あのヤローが……ジャックと戦うってのか!?」

 

「うおおおおぉ!! どっちが勝つんだぁ!? 無茶苦茶わくわくするぜー!! なぁ、遊我はどっちが勝つと思う!?」

 

「さぁな……! こればっかりは誰にも予想つかないだろ……!!」

 

 

 

 ここに来た当初の誰もが、全く想定していなかった、最強対最強の一戦。

 

 

 

 

 余興と言うにはあまりに贅沢すぎる戦いが、今、幕を開ける……!




最初のデュエルは主人公のデュエルかと思った?

残念! ライバル対決でした!

肝心のデュエルパートは次回に持ち越しだけど、なるべく早く上げたいなぁ(願望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「龍VS悪魔・魂と魂」(前編)

Q:年越すどころか春になって新元号発表までされて令和までカウントダウンって時まで何してたわけ?

A:リンクスで勝てない→それなりの額課金する→大爆死→それでも当たったカードでデッキ組むも勝てない→何もかも嫌になる(!?)→創作意欲減退→レガシーオブデュエリストなるゲームソフトの販売が近い事を知る→復活(今ここ)


 

  生徒達の興奮冷めやらぬ中、海馬瀬人とジャック・アトラスは、それぞれの立つ足場の上から互いに睨み合った。

  どちらも世界に名だたる強肩デュエリスト……奇しくも、両者ともにドラゴン族のモンスターをエースとし、そのプレイスタイルも、圧倒的なパワーで正面から叩きのめすのが主な戦術だ。

  それがこれから、公の場で初めてぶつかり合う。その光景を自分の眼で見られるのは非常に幸運なことだろう。

 

 

 

「……お互い決闘盤は持っているだろうが、せっかくだ。この場所専用のソリッドビジョンを搭載した、このデュエルリングで勝負を行う!」

 

「いいだろう。相手のホームグラウンドで勝利してこそ、真のキングのエンターテインメントだ!」

 

「ふぅん……いい度胸だ! ならばその手すりの青いボタンを押せ!」

 

「! これか」

 

 

 

  ジャックが足場の周囲に備えられた手すりに触れる。俺たちからは見えないが、何かスイッチがあったようだ。

  ブォン……という音と共に、ジャックの周囲の空中に、半透明の青白い何かが浮かび上がった。

 

 

「これは……!」

 

「それが我がKCが開発した……質量を伴うソリッドビジョンだ! デュエルにおいては安全面なども考慮し、まだそのようにカードを置くプレイテーブルのような物しか対応していないが、いずれはカードのモンスターにも質量システムを搭載する予定だ」

 

「質量を持ったソリッドビジョン……!?」

 

 

  さらっと爆弾発言をした社長に、ジャックだけでなくその場の誰もがどよめいた。

  それアーク次元の話じゃないのかよ……! 皆は期待してるようだけど、俺は不安なんだが! 安全面考慮してるとはいえ、破壊活動とかの悪用待った無しなのでは!?

 

 

「しつりょう……ってなんだ?」

 

「お前は本当にものを知らねーな! 質量ってのはだな……えっと……あれ、なんだっけ……?」

 

「簡単に言えば、実際に人が触れて、現実に存在している他の物体に影響を及ぼせる立体映像ってことですよ。良かったな十代。いつかE・HEROにおんぶとかして貰えるぞ」

 

「何でおんぶだよ!? でも、すげーなそれ! 俺のモンスターが触れたら……! まずフェザーマンに握手してもらおう!!」

 

「……純粋だなぁお前……」

 

 

  モンスターが完全実体化したらやりたい事が、ヒーローと握手かぁ……眩しいぜ……

  本当、俺や隣で「触れるって……つまり、そういう事でいいのか……!? そういう事だよなぁ!?」とか言いながらニヤついてる先輩とは違うね。俺たちはとっくに汚れちまってるよ……悲しい男の性とも言う。お前はそのままの綺麗な十代でいてくれ……闇落ちとかしないでよ本当。させる気も無いけど。

 

 

「その表示されたホログラムがそのままデュエルの盤面だ。そこにカードを置けば落ちること無くその場に留まる」

 

「なるほどな……まぁ、見た目が変わっただけだ。俺のデュエルでやる事は変わらん!」

 

 

  ジャックはそう言うと早速デッキを取り出し、右手側に表示されたデッキ置き場に設置する。あくまで空中に浮かぶ映像であるにも拘らず、社長の言う通りカードは落ちる事無く浮かんだままである。驚いたな、どういう技術なんだ……

 

  更に天井の四面ディスプレイに表示された、クローズアップされているジャックの手元を見て俺は唸った。

  普通デュエルの盤面と言ったら、カード置き場である長方形を、同じ方向に整列させた物の前にプレイヤーが位置するスタイルなのに対し、このホログラムは置き場所がプレイヤーの周囲を囲むような、楕円型に広がった盤面の中にプレイヤーがいると言ったデザインになっているのだ。

  まるでSFロボットアニメのコックピットの様だ。

  さっきは質量を持った映像とか危ねぇ、と思ったが……やばいカッコイイ。使いたい。

 

 

 

「準備はできたようだな……精々一瞬で散らぬよう必死で耐えて見せろ!」

 

「フン! 吠えていろ! 王者の進撃に耐えねばらんのは貴様の方だ!!」

 

「フフフ……!! 良かろう、では始めるぞ!! ルールは現時点での公式戦ルール!! 後のスケジュールも考慮し、制限時間は20分!! デュエル開始の宣言をしろ、鮫島!!」

 

 

 

  海馬社長の突然の指名に「わ、私が!?」と、たじろぎながらも嬉しそうに立ち上がってマイクを手にする鮫島校長。

 

 

「え、えぇとそれでは……皆さん! この素晴らしい日に、なんと素晴らしいデュエルが見られることでしょう! 私も胸がどきどきして――」

 

「前置きは要らんッ!! さっさとしろ鮫島ァ!!」

 

「デュ、デュエル開始イィィ!!」

 

 

 

 

 

『デュエル!!』

 

 

 

  怒号にビビり気味の校長の宣言により、ついに戦いの火蓋が落とされた。

  同時に観客席の生徒達から、双方に対して熱烈な声援が飛び交う。……若干ジャック側に女性人気が多い気がするが。

  ソリッドビジョンの起動音が鳴り響き、両者に4000のライフポイントが割り振られた。

  システムにより先行が自動的に選択される。先に動く権利が与えられたのは……

 

 

 

 

「ふぅん、先行は俺のようだな……!」

 

「構わん。挑戦者には初動を譲るのがキングというものだからな!」

 

「ならばその初動で詰め(チェックメイト)にしてくれるわ!! 俺は手札から速攻魔法、《手札断殺》を発動! 互いのプレイヤーは手札を2枚捨て、2枚ドローする!」

 

「……2枚捨て、ドロー。フン、どうした。いきなり手札交換とは、そんなに手札が悪かったか?」

 

 

  カードをドローしつつ、ニヒルな笑みを浮かべ挑発するジャックに対し、これまた獰猛な笑みで返す社長。慣れた手つきでカードを捨ててドローすると、同じ高さにいる筈の相手を、遥か高みから見下ろすような視線を向けて言う。

 

 

「手札が悪いかだと? 逆だ間抜けめ。今の動きを止められぬ後攻に選ばれたことを悔いるがいい……!!」

 

「! 何だと?」

 

「この瞬間《手札断殺》により墓地に送られた《伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)》のモンスター効果発動!!」

 

 

  社長が宣言したカード名に一瞬ギョッとする俺。確かにこの世界はシンクロもエクシーズも存在するが、もう既に持っているとは……!

 

 

 

「《伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)》? 知らないカードだなぁ。遊我、聞いた事あるか?」

 

「……あれはレベル1のチューナーモンスターだ。チューナーってのはシンクロ召喚を行うのに絶対必要なカードなんだが……」

 

「シンクロ召喚に!? まさかあの野郎、もう自分もシンクロモンスターを持ってんのかよぉ!!」

 

 

  軽くチューナーの説明を入れながら十代にカードの説明をすれば、自分の知らないシンクロモンスターを手に入れているのかと先輩が焦りにも似た嫉妬の声を上げる。

 

 

「それはまだ分からないです。だけどあのカードは、シンクロに使えるだけじゃない……!」

 

 

 

  そう、あのカードの真価は墓地に送られてこそ発揮する!

 

 

 

「このカードが何らかの方法で墓地に送られた場合、俺はデッキから、このモンスターを手札に加える……!! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に!!」

 

「何!? ブルーアイズ専用のサーチカードだと!?」

 

 

  ジャックがその効果内容に驚愕をあらわにするが、それは見ている生徒達も同じ様子。いきなり伝説のレアカードが手札に呼び込まれたとあって、期待値が一気に膨れ上がる。

 

 

 

「なんだそりゃあ!? どこから墓地に送られても効果が発動して、アレを持ってくるなんて……!?」

 

「それが《伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)》の強みですよ。手札から、フィールドから、デッキからでも、墓地にさえ行けばブルーアイズを呼び込める。チューナーだからシンクロ素材にしても発動するってわけだ……!」

 

「すっげぇ……!! もうすぐあのブルーアイズが見れんのか!!」

 

「……って、あれ? 何でお前、そんなに海馬のやろーのカードについて詳しいんだ? アイツのデュエルは知ってるけど、あんなカード初めて見たのによ」

 

「うっ!? い、いや、ほら。俺の家が家でしょう? 新しいカードに関しては結構耳が早いんですよ」

 

「あー、そういうことか。流石だなぁお前んとこの会社は」

 

 

  危ねぇ。興奮しすぎて前世の知識を披露してしまった……チューナっていうネオドミノ発祥のカードの上、実質海馬瀬人個人のみが使えるカードなんだから、今日初めてお披露目の可能性もあるのに……他の連中に聞かれてやしないだろうな。

 

 

「続けて手札から魔法カード発動!《トレード・イン》! 手札のレベル8モンスター1体を墓地へ送り、2枚ドローする!! ブルーアイズを墓地へ送りドロー!!」

 

 

 

  手札に加えたばかりの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を即座に墓地へお送り、再び手札を交換する社長。その行動にブルーアイズの登場を心待ちにしていた生徒一同は肩透かしを食らったようだ。やっぱり手札が悪いのかと、がっかりした様子でいる。克也先輩にいたってはざまーみろと笑っていて、完全に手札事故を起こしていると考えているようだ。

  俺から言わすと、こうも手札を交換し続けられている時点で、事故を起こしてるどころか思いっきり回転してるんだが、そこが分からない辺り、やはり現時点での先輩のデュエルタクティクスはまだまだである。

 

 

  しかし、それは対戦相手のジャックには当てはまらない。ブルーアイズが捨てられた瞬間から既に苦々し気な表情で警戒している。

  そんなジャックの態度により一層笑みを深くし、海馬社長はついに本格的に動き出す。

 

 

  「ククク……ブルーアイズが墓地に行くことの恐ろしさを理解できていることは褒めてやろう……! 行くぞ!! 手札から魔法カード、《復活の福音》発動ッ!!」

 

  「ッ……やはり来るか!!」

 

  「これにより、俺の墓地のレベル7か、レベル8のドラゴンを蘇らせる!! 出でよ……原点にして最強の、美しき我が僕よッ!!」

 

 

 

 

  その瞬間、会場全体の人間が、直前までの己の考えを改めた。彼はかの伝説を召喚するのに、時間をかけようとしたわけでもなく、まして諦めたわけでも全くなかった事を。

 

 

 

 

  「降臨せよ!! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》ッッ!!!」

 

 

 

 

 

  海馬瀬人が声高にその名を叫べば、神々しい光が天から降り注ぎ、フィールドに一つの大きな魔法陣を描き出した。

  そこから即座に飛び出してきたのは、目にした者全を魅了する、美しい白。煌めく一対の翼が雄大に羽ばたき、フィールドを駆け巡るように宙を舞ってから、ついに彼の傍に降り立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  咆哮が響いた。

 

 

 

 

 

 

  聞いただけでその純粋な力に平伏したくなるような、余りに猛々しい雄たけび。

  それを眼前で聞いてながら、海馬瀬人は平然と立ち続ける。

  ……いや、平然としているんじゃない。最も信頼する最強の僕を呼び出し、その力で目の前の敵を打ち倒す事に、彼は今、史上の喜びを噛みしめている。

 

 

 

 

 

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)】☆8

 

 ATK:3000

 

 

 

 

 

「……出やがった……《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》……1ターン目から……!!」

 

「あれが……伝説のモンスター……世界に4枚しかない超レアカード!!」

 

「っ……!!」

 

 

  十代と先輩が、それぞれの感情を胸に、その光景から目を離せないでいる。俺自身、初めて生で見る本物の伝説に、言葉が出せない。

  会場もまた静寂で包まれていたが、それはほんの一瞬の事だった。

 

 

 

「う、う、ううおおおおおお!!!」

 

「すげええぇーーー!! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》!! 本物だぁっ!!」

 

「なんて、綺麗……!!」

 

「これが、海馬瀬人のエースモンスター……!!」

 

 

 

  生徒達が興奮で沸き立つ中、それらには全く目も向けず、海馬瀬人ははジャック・アトラスを見つめていた。

 

 

 

「ククク、どうした。ブルーアイズの姿を見て、恐れのあまり声も出ないか?」

 

「……フン、馬鹿を言うな。攻撃力3000……確かに上級モンスターとしては最強格のステータスだが、所詮は通常モンスター! 何の耐性も持たないバニラカードなど、俺のターンで簡単に破壊してくれる!」

 

「俺のブルーアイズを倒す? ふぅん、面白い……これを見てもまだそんな寝言が言えるなら、やって見せるがいい!!」

 

「!!」

 

「俺はまだ通常の召喚を行っていない……《マンジュ・ゴッド》を召喚!!」

 

 

  海馬社長が手札から1枚のカードをモンスターゾーンに叩きつけるに配置すると、ブルーアイズの隣に、全身から無数の腕がところ狭しと生えている仏像のようなモンスターが出現する。

 

 

 

 

【マンジュ・ゴッド】☆4

 

 ATK:1400

 

 

 

 

「《マンジュ・ゴッド》だと!? 召喚時に儀式モンスターか儀式魔法手札に加えるモンスター……!」

 

「知っているならば話は早い……《マンジュ・ゴッド》の召喚に成功した事で、俺はデッキから儀式魔法を手札に加える!」

 

 

  社長の声に応るように、マンジュ・ゴッドがその万の腕の内の一つを掲げた。掲げた先から光が迸ると、光は社長のデッキに吸い込まれ、そこから一枚のカードを手札に運び出す。

 

 

 

「俺が加えたのは……《白竜降臨》!!」

 

 

 

  社長が見せつけたカードの名を聞いて、この先の展開が読めた俺は思わず声を上げる。

 

 

「まさか、このまま2体目も行く気か!!」

 

「2体目? 何の事だよ」

 

「あぁ、あの儀式魔法で呼べるモンスターは―――」

 

「《白竜の聖騎士(ナイトオブホワイトドラゴン)》……だろ?」

 

「! 先輩、知ってるんですか?」

 

「昔アイツとデュエルした時に見たんだよ……畜生、嫌な事思い出すぜ……!」

 

「えぇ!? やっぱりデュエルした事あったんじゃんか城之内!! 何で教えてくれなかったんだよー!?」

 

「うっせぇ!! 負けたデュエルの話なんかしたいわけねーだろーが!!」

 

「ですよねー」

 

 

  思わぬ切っ掛けから先輩の昔話を聞き出そうとする十代と、それを嫌がる先輩とでやかましくなりそうだったので、デュエルの続きを見逃すぞと十代に言うと、十代は即座に黙って椅子に座り直した。

 

 

 

「そして《白竜降臨》を発動! これにより、俺はレベル合計が4以上になるように、手札か場のモンスターをリリースして、手札の儀式モンスターの儀式召喚を執り行う!! 場のレベル4《マンジュ・ゴッド》をリリースして、出でよ! 《白竜の聖騎士(ナイトオブホワイトドラゴン)》!!」

 

 

 マンジュ・ゴッドの姿が光に包まれて消えると、それと入れ替わるようにして、ブルーアイズと比べると小さめな、しかしそれとよく似た姿の白い竜と、それに跨った純白の鎧に身を包んだ騎士が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

白竜の聖騎士(ナイトオブホワイトドラゴン)】☆4

 

 ATK:1400

 

 

 

 

 

「ナイト・オブ……ホワイトドラゴン……! まさかそいつも……!!」

 

「その通りだ! 俺は《白竜の聖騎士(ナイトオブホワイトドラゴン)》をリリースして、効果発動!! 場のこのモンスターをリリースすることで、デッキに眠る《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を、特殊召喚する!!」

 

 

  白騎士がその手の剣を天に掲げる。天井に光の玉が現れると、騎士を乗せた白竜は光に向かって飛んでいき、その姿が光に消える。

  直後、玉は轟音を発して光の柱となってフィールドに降り注ぎ、純白の旋風を巻き起こす。光の竜巻が晴れれば、そこには2体目の最強ドラゴンがいた。

 

 

 

 

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)(2)】☆8

 

 ATK:3000

 

 

 

「これで、2体目だ……! 《白竜の聖騎士(ナイトオブホワイトドラゴン)》の効果を使用した場合、そのターンブルーアイズは攻撃宣言を行う事ができんが、そもそも攻撃ができん先行においては無意味なデメリットだ」

 

「……!」

 

 

  2体のブルーアイズの咆哮が鳴り響くが、それを掻き消さんばかりの歓声が巻き起こる。

 

 

「凄い……! 一度に2体も最上級ドラゴンを……!」

 

「ブルーアイズが2体並ぶなんて、俺まだテレビでしか見たことなかったよ!!」

 

「それも先行1ターンでだぜ!?」

 

「海馬瀬人……流石にこんな学校を作ろうとするだけあるよな……!!」

 

 

  誰もが社長のデュエルを称賛し、憧れの眼差しでその姿を見つめる。先ほどの手札事故だと馬鹿にしていた先輩は何処へやら、射抜くほどの熱い視線で、海馬瀬人という男のデュエルを睨みつける。十代はもう言わずもがなだ。

 

 

 

  しかし、それと同時に、俺たちはこうも考えている。

 

 

 

  2体召喚したのなら、もしやひょっとして、残りも1体も出るのでは、と。

 

 

 

 

「1体も2体も大して変わらん! 全て俺のエースで破壊してくれる!!」

 

「フハハハハ!! 誰が2体と言った? 俺の全力はこんなものではないわッ!!」

 

「!!」

 

「俺はカードを1枚場に伏せ、ターンを終了する! 同時にこのエンドフェイズ、墓地の《太古の白石(ホワイトオブエンシェント)》の効果が発動する!!」

 

 

 新たなカード名を聞いて、俺はまたも勢いで思った事をそのまま口にしてしまう。

 

 

 

「《太古の白石(ホワイトオブエンシェント)》!? 最初の《手札断殺》で《伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)》と墓地に送ったのはそれか!!」

 

「こ、今度はどんなカードなんだよ!?」

 

「あれもレベル1のチューナーだが、《伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)》と同じようにどこから墓地へ行っても効果が発動する! 《伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)》と違って、発動タイミングはそのターンのエンドフェイズと遅めだけど……その分発動する効果は白石の上位互換だ!」

 

「上位互換……!? どういう事だよ!」

 

「デッキから手札に呼び込めるのもいいけど、手札じゃなくて場に直接出せたら強いでしょう? そういうことです……!」

 

「!! おいおいおい、それってつまり……!?」

 

 

 

  天井のディスプレイには、海馬社長のやろうとしている事を早くも理解し驚愕しているジャックと、心底楽しそうに口元を歪めて笑う社長が映しだされていた。

 

 

 

「このカードが墓地へ送られたターンの終わりに……デッキから、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を!! 特殊召喚するうぅッ!!」

 

 

  社長の言葉が終わりきるより早く、フィールドに大きな亀裂が走り、そこから白の光が漏れ出る。ベキベキと音を立てて現れたのは、白く輝く卵のような物体。更にその卵にも罅が入り、フィールドの亀裂から漏れ出ていたものよりもずっと強烈な光が発生し、誰もがとっさに目を覆う。

 

  何かの産声が聞こえてから目を開ければ、そこには既に、3体の白龍が悠然と佇んでいた。

 

 

 

 

 

「3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)――――ここに召喚ッ!!!」

 

 

 

 

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

 

 ATK:3000

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)(2)】

 

 ATK:3000

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)(3)】

 

 ATK:3000

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

  本当の大歓声、とは、こういう状況の事を言うんだなと、俺はぼんやりと考えながら、目の前の光景に心を奪われていた。

  こっちの世界に来てから、ソリッドビジョンには慣れているつもりだった。前世で様々なソリティア的デッキ運用を見てきた手前、今更どんなモンスターがどれだけ展開されても、そこまで感動は無いだろうとも思っていた。

 

 

 

 

 

  とんだ間違いだった。

 

 

 

 

  カードに目を向けつつ、相対する敵から注意を削ぐ事は無く、己の心から信頼し、魂を込めて作り上げたデッキのカードを、その手で引き、呼び出し、仕掛ける。

  やっている事はいたってシンプルなのに、たったそれだけの事が、今の自分にはとてもできそうにないと感じた。

  海馬瀬人が、目の前で猛る3頭の龍に心を躍らせながらも、決してそれで満足しているわけでも、この状況に慢心しているわけでもない事が、何故だか分かった。

 

 

  信頼。それは、互いが互いを信じること。一方的では成立しないそれを、カードという物言わぬ道具相手に、彼は成立させている。

  そしてカードを信頼しているからこそ、彼はカードの信頼を裏切るような事をするわけにいかないのだ。慢心の末の無様な敗北はあってはならないと、これだけの力を顕現させておいて、決してそれに胡坐をかく事など無く。

 

 

(いや、ひょっとすると、力に慢心する事なくカードを信じているからこそ、この状況を作り出せたのかもしれないな……)

 

 

 

  前世で生きていた頃ではとても考えないような事を自然と感じる俺は、気づかぬ内に大分遊戯王ワールドに染まっていたようだ。

  今はもう、カードを捌くその動きすら、俺には一つの武芸のように見えた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「さて、ジャック・アトラス……先ほどもキングは自分ひとりだとほざいていたが、この布陣を前に、貴様は何ができる?」

 

「……っ……」

 

「ククク、震えているぞ? 確かに貴様の言うように、1体や2体ならどうにかできたかもしれんが……3体全てを退けて、王の称号を守り切る事が果たして貴様に可能かどうか……じっくり確かめさせてもらおう……! 俺のエンドフェイズはまだ終わっていない! 最後にこいつを手札から発動する! 速攻魔法《超再生能力》!!」

 

「!? これだけの展開をしておいて、まだ手札補充を……!!」

 

「このターン、俺がフィールドと手札からリリース、及び手札から捨てたドラゴン族1体につき、カードを1枚ドローする!!」

 

 

 

  ここへ来て《超再生能力》とは……全てのプレイングに一切の無駄が無い。海馬社長は、本当の本当に一切の加減なく、ジャックを全力で叩き潰し、キングの称号を破壊するつもりだ。

 

 

 

「海馬のヤロー、これで何枚ドローできるんだ!? 最初に《手札断殺》で捨てたので2枚と、えぇっと……!?」

 

「それに加えて《トレード・イン》でブルーアイズを1枚、更に儀式召喚した《白竜の聖騎士(ナイトオブホワイトドラゴン)》も、自身の効果でリリースされてるから、合計4体です……!」

 

「4枚ドロー!? って事は、結局海馬瀬人の手札は、最初の時から1枚しか減ってないじゃんか!? すげぇ……マジですげぇぜー!!」

 

 

  十代がいつにも増してハイになっているが、俺にはそれを咎める事はできない。俺も正直衝動に駆られて叫びたい気持ちがあるし、他の連中も十代並みに社長のタクティクスに興奮しっぱなしなのだから。

  しかし一方で、この圧倒的な布陣を前にして、肩を震わせているジャック・アトラスを心配する声も聞こえる。

  社長に憧れ応援するものがいるように、ジャックを応援している者もいるわけで、そんなキングのファン達からすれば、呼び出された先で余興と称して一方的なデュエルをされてしまうのではと思えば、面白くは無いし不安にもなるだろう。

 

 

 

  だが彼等は安心していい。

 

  あそこに立つ男が、俺の知るジャック・アトラスと同じ本質を持っているならば……あの震えは焦りだとか、恐怖だとかによるものではない筈だから……!

 

 

 

 

「俺は手札から捨てた《太古の白石(ホワイトオブエンシェント)》、《伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)》、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》、そしてフィールドからリリースした《白竜の聖騎士(ナイトオブホワイトドラゴン)》の計4体分……4枚のカードをデッキからドロー! ……精々あがいて俺にかすり傷の一つでも負わせてみるがいい! その震える体でカードを引く度胸があればだがなぁ!!」

 

「……俺のターン、ドロー……!!」

 

 

  ジャックは俯き気味のままカードをドローする。天井のディスプレイでもその目元は隠れて伺う事ができない。

 

  すると……

 

 

 

 

「っ……負けないでアトラス様ーー!!」

 

「諦めちゃダメーー!! 頑張ってーー!!」

 

「キングのお前がこんな所で泥つけるなよぉ!! 勝てぇ!! ジャックーー!!」

 

 

 

『ジャック!! ジャック!! ジャック!! ジャック!!』

 

 

 

  次々に彼のファン達が、憧れのキングに激励の言葉を投げかける。あれだけの美しいともいえる海馬社長のプレイングを見せられなお、押されているジャックの勝利を願うあたり、彼のキングとしてのカリスマ性やエンターテイナーとしての才能が伺える。

 

  しかし、不安交じりのジャックコールが鳴り響く中、俺は見逃していなかった。前髪に隠れて見えなかった目の代わりに……不敵にほくそ笑むその口元を……!

 

 

 

 

 

「……ク、ククク……フフフハハハ……!!」

 

「……ふぅん、震えに続いて、敗北の未来を察して笑うしかなくなったか」

 

 

 

  思わずと言った様子で笑い声が漏れ出たジャックに対し、社長が見下したようにものを言う。

  どこか大げさっぽく落胆したような態度の社長の言葉を聞いたジャックは……

 

 

 

 

「――――ハァーーーッハッハッハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 

 

 

  声を上げて盛大に笑い出した。

 

 

 

 

  何事かと見守るファン達の視線を受けながら、ジャックはその顔に狂暴なまでの笑顔を広げて一喝する。

 

 

 

「海馬瀬人! 心にも思っていない事をベラベラと口にするな!! 俺を焚き付けたいなどと思っているならばいらぬ世話というもの!!」

 

「!」

 

「これだけの純粋なパワーに満ち溢れた敵とのデュエル!! 何と久しい事か!! 貴様の挑発に乗るまでも無い……! 俺の心は、お前という本物の強者を相手に、かつてない程に燃え盛っているわ!! この震えは武者震いというものだ!! これほど心沸き立つ敵と出会っておいて、何も感じずして何がキング!! 何がエンターテイナー!! 貴様がここまで最初から楽しませてくれるというのなら、俺はそれを上回る熱量で全てを魅了し、貴様の全てを、焼き尽くすだけだッ!!」

 

「……ならば見せてみろ……貴様の、魂のデュエルをッ!!」

 

「言われるまでも無い!! 諸君!! 俺の心配をしていたのならばそれは無用だ!! キングは決して、ファンの期待を裏切らん!! 期待を超える形で叶えるからこそのキングなのだ!! 即ち――――」

 

 

 

 

 

 

 ――――キングは一人!! この俺だッッ!!

 

 

 

 

 

 

  自らを支えるファンに対し、目の前の倒すべき強者に対し、そして何よりきっと、自分自身に対して、高らかに宣言されたその言葉は、ファンの不安を拭うどころか、より一層その心を強固に掴んで離さない、ジャック・アトラスという男のカリスマ性として響き渡った。

  先ほどまでと違い、不安の代わりに絶対的な信頼と憧憬の宿ったジャックコールが絶え間なく続く。

  ジャックの存在を今日初めて知った十代でさえ、たった今まで社長のデュエルに魅せられていた事も忘れ、感動のあまりジャックコールに参加している。先輩は元より知っていた事もあってか同じくジャックコール。俺? 俺はどっちにも勝ってほしいから片方を応援する事はないよ。

  ……はっちゃけてるところを見られるのが恥ずかしいという部分もある事は密に、密に……

 

 

  ファンの想いを一身に受け、改めて相対する海馬瀬人を睨みつけると、ジャックは流れるような手つきで1枚のカードを手札から引き抜いた。

 

 

 

「相手フィールド上にのみモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚することができる! 《バイス・ドラゴン》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 

  現れたのは、鋭く尖った爪が生えた大きな手足と、緑の翼膜の翼と2本の角を持つ、筋肉が発達した紫のドラゴン。

 牙をむき出しにしたドラゴンが、片足を一歩前に踏み出し両手を広げて唸る。

 

 

「この方法で特殊召喚された《バイス・ドラゴン》の攻守は半減する! 続けて通常召喚! 現れろ! チューナーモンスター、《フレア・リゾネーター》!!」

 

 

  キーン……と何かを鳴らす音が聞こえれば、音叉を両手に携えた、どこか可愛らしい小さな悪魔が炎と共に飛び出してくる。その背中では炎が燃えていて、仮面の奥にはまん丸の赤い目と、三日月のように弧を描いて笑う口元だけが浮かぶ闇が広がっていた。

 

 

 

 

【バイス・ドラゴン】☆5

 

 DEF:2400 → 1200

 

【フレア・リゾネーター】☆3

 

 ATK:300

 

 

 

 

 

 

「出た!! 《バイス・ドラゴン》とリゾネーターコンボだ!!」

 

「来るぞ! ジャックの切り札が!!」

 

 

 

  ファンには見慣れた光景なのだろう。ジャックコールが更に勢いを増す。モンスターとチューナーが揃う事が、ジャック・アトラスのデュエルに置いての、必勝パターンである事を良く知っているのだ。

  対してチューナーモンスターなど噂でしか知らないシティ外からの出身の生徒は、ステータスを下げてまで上級モンスターを召喚する事に何の意味があるのかわかっていない様子だ。

 

 

「おいおい! チューナーってのが今一まだ分かんねぇけど、あんな攻撃力のモンスターを攻撃表示で出していいのか!?」

 

「なー遊我! ジャックは何を狙ってるんだ!?」

 

 

 

  十代も先輩も、ジャックが何かをやろうとしてる事は分かっても、内容が想像できないようで俺に質問してきた。

 

 

 

「その質問には、とりあえずこれから起こることを見てから答えるさ! 見てろよ……お前が見たがってたものの片方が拝めるぜ、十代!」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、チューナーを出してきたか……レベル合計は8……!」

 

「その目にしかと焼き付けろ!! 俺の魂をッ!! レベル5、《バイス・ドラゴン》に、レベル3の《フレア・リゾネーター》をチューニング!!」

 

 

  ジャックの言葉に反応したように、《バイス・ドラゴン》がその翼を翻し宙を舞うと、《フレア・リゾネーター》が音叉を鳴らしてその後に続いた。すると《バイス・ドラゴン》の姿が、その輪郭だけを残して半透明になり、5つの光の粒子、否、星と化す。それと同時に、ひときわ大きく音叉を鳴らしたリゾネーターが、3つのリングに姿を変える。

 

 

 

 

 

 

「――――王者の鼓動、今ここに列を成す――――」

 

 

 

 

 

  3つの輪の中心に、5つ星が一列に並ぶ中、ジャックの力強い口上が始まった。

 

 

 

 

 

「――――天地鳴動の力を見るがいい――――」

 

 

 

 

 

  言葉が続くにつれて、輪と星はその輝きを加速度的に強めていく。やがて光は最高潮に達し、その時を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンクロ召喚ッ!! 我が魂……《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

  眩く輝いた光は、その輝きを『熱』に変え、灼熱の炎と共に爆音を鳴らして地に降り立った。

  火炎の中から姿を現したのは、黒を基調とした赤、というより、紅、真紅というべき色のドラゴンだった。

  しかしそれは海馬瀬人のブルーアイズと比べると、同じドラゴン族かと疑いたくなるほどの姿だ。

  翼が発達している代わりに、短く小さな腕を持つブルーアイズとは違い、腕も手足も長く、太く、胸板は筋肉ではっきりと分かれている。人間のそれと酷似した形状の筋骨隆々の肉体から連なる頭部からは、3本の山羊のものに似た角が鋭く生えており、翼は全体的に刺々しく、死神的な印象を受ける。

 

 

 

 

「…………悪魔、か……?」

 

 

 

 

  そんな誰かの呟きが聞こえた。

 

 

  そう、悪魔。それはまるで、ドラゴンという名の悪魔だ。

 

  光を象徴とするような、白く美しい龍が《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》ならば……これは地獄の業火から生まれ出た、獄炎を従える赤黒い炎の化身。

 

  ドラゴンというにはあまりに、悪魔じみたモンスター。それがジャック・アトラスの魂のカード、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》だった。

 

 

 

 

 

 

【レッド・デーモンズ・ドラゴン】☆8

 

 ATK:3000

 

 

 

 

 

「来たー!! レッド・デーモンズだぁ!!」

 

「そのまま一気に決めちゃえーー!!」

 

「キャー―!! アトラス様ーー!!」

 

 

 

  その禍々しい姿と初めて見るシンクロに驚きを隠せない者たちをよそに、ファンの声量が増大する。

  そんな中で俺は、十代と先輩による質問攻めに遭っていた。

 

 

 

「すげえぇぇぇ!! 何かよくわかんないけどすげぇぇ!! すげぇけどわかんないから教えてくれ遊我!!」

 

「どういう事なんだよ!? あのチューナーってのがやっぱ何か意味があったのか!? どういう条件で召喚できたんだよあれ!!」

 

「それとあのドラゴンの能力は!? どうせ知ってるだろ遊我は!? 教えてくれよーー!!」

 

「やめ、おい、揺さぶるなコラ、落ち着け!!」

 

 

  説明してほしいならその手を離せよお前ら! 締まる締まる!?

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「見たか!! これが俺たちの、ネオ・ドミノシティで誕生した力!! シンクロ召喚!! そしてその数多のシンクロモンスターの中で頂点に君臨するのが、この《レッド・デーモンズ・ドラゴン》だ!!」

 

「フッフフフ……! 出たな……レッド・デーモンズ! 最初のターンからシンクロ召喚を決めてくるのは、流石シティのキングと誉めてやろう……!」

 

「言った筈だ。貴様が最初から楽しませてくれるのなら、俺もそれを超えるもので魅了すると!」

 

「面白い……だがこれだけではまだ、俺のデュエルを超えたとはとても言えぬぞ?」

 

 

  依然として、攻撃力3000もの龍が3体、海馬社長を守るように立ち塞がっている。

  6つの青い瞳がレッド・デーモンズを睨めば、炎のような黄色く光る眼で、真紅の龍も睨み返す。

 

 

 

「フン、ならばこのターンで全てのブルーアイズを退かしてみせれば、超えたと判断しても構わんな?」

 

「……やれるものならばな!」

 

 

  それぞれのドラゴンが牽制し合えば、その主たる決闘者たちも、視線で火花を散らした。

 

 

 

 

 

  ……そして、俺は興奮した二人のアホによって視界に火花が飛んでいた。

 

 

 

「シンクロ召喚って結局どういうものなんだ!? 簡潔に説明しろおい! 俺にも分かり易く!!」

 

「っていうか、同じ攻撃力3000じゃ相打ちしても1体しか倒せないぜ!? どうするつもりなんだよ遊我!?」

 

「ぬあああぁーー!! シンクロ召喚はチューナーっつー種類のモンスターとそれ以外のモンスターのレベルの合計が召喚したいシンクロ体のレベルと同じになるように場から墓地に送ってEXデッキから出せる召喚法!! 攻撃力3000でどうするつもりかは見てりゃすぐに分かるから黙れそして俺をは・な・せ!!」

 

 

  無理やり二人を引きはがして何とか息を整える。この二人、最近俺をデュエルに関する歩く百科事典だとでも思っていう節がある。シンクロもエクシーズも見てやっている内に覚えるし、デュエルの展開なんてそれこそ俺に聞くなよ! 本人に聞いてくれ!

 

  俺たちがバカをやっている間も、2人のデュエルは続いてく。

 

 

 

 

「ならば惜しみなく行くぞ!! 墓地の《フレア・リゾネーター》の効果により、このカードを素材としてシンクロ召喚したモンスターの攻撃力を、300ポイントアップさせる!!」

 

「チッ……ブルーアイズを超えたか!」

 

「更に手札から魔法カード、《カード・フリッパー》を発動! 手札1枚を捨てる事で、貴様の場のモンスター全ての表示形式を変更する!」

 

「何!?」

 

 

  カード発動と共に、ブルーアイズ達の頭上にシルクハットを被った奇術師が現れる。その指に垂れ下がる10本の糸がブルーアイズに絡みつき、奇術師が少し指を動かせば、3体の白龍は自らの意思に反して防御態勢を取らされた。

 

 

 

「ぐッ、守備表示にされたという事は、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の特殊能力が……!!」

 

「ほう、事前に調べてあったか。流石に世界に名をはせるKCの社長ともなれば慎重だな! バトルフェイズに突入する!!」

 

 

  主から戦闘開始の合図がなされ、待ってましたとばかりにレッド・デーモンズが唸り声を上げた。

 

 

「《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の攻撃!! 『アブソリュート・パワーフォース』ッ!!」

 

 

 

  レッド・デーモンズがその手のひらを眼前で握りしめ、ギチギチと音を鳴らす。その内側から赤色が迸り、指の間から漏れ出てくるのが炎である事を俺たちが認識したのは、レッド・デーモンズがその燃え盛る手のひらを、一体のブルーアイズに叩きつた後だった。

  灼熱を伴う掌底を受け、たまらず悲鳴を上げるブルーアイズを前に、海馬社長がその目に怒りを宿す。

 

 

 

「この瞬間《レッド・デーモンズ・ドラゴン》のモンスター効果発動! 相手フィールド上に存在する全ての守備表示モンスターを、破壊する!! 『デモン・メテオ』ッ!!」

 

 

  力なく地に伏したブルーアイズを後目に、レッド・デーモンズが残りの2体に目を向けた。

  食いしばったその歯牙の中からまたも炎が溢れだす。それが大きく開かれた途端、放たれるのは広範囲に渡って焼き尽くす劫火の息吹。

 

 

「させるかぁ!! 俺はこの瞬間墓地の《復活の福音》の第二の効果を発動するぅ!!」

 

「何!? さっき使った魔法カード!? 墓地で発動する効果が残っていたか……!!」

 

「自分フィールド上のドラゴン族モンスターが戦闘・効果によって破壊される場合、代わりに墓地のこのカードゲームから除外し、ドラゴンを破壊から守る!!」

 

 

  炎が轟音を鳴らしてブルーアイズ達を灰と化すべく迫りくるその最中に、海馬社長は効果の発動を宣言した。炎は3体の内2体のブルーアイズに届く事なく、見えない障壁に阻まれるように2体の正面で塞き止められた。

 

 

「この効果はモンスター1体を対象とするものではない! 一度に複数のドラゴンが破壊される場合、その全てを防ぐことができる!!」

 

「チッ……流石に一度に全てを退けるというのは、貴様相手には難しいか……! だが、攻撃したブルーアイズには消えてもらう! 守備力2500のブルーアイズは、戦闘を行った時点で破壊が確定している!!」

 

 

  障壁に守られるブルーアイズとは逆に、跳ね除けられた炎までを身に受け爆炎に沈む攻撃を受けたブルーアイズ。カードが破壊された時の、ガラスが砕け散るような特有の効果音が鳴り、その存在の消滅を知らせる。

 

 

「くっ、許せ、ブルーアイズよ……今は墓地で羽根を休めろ……!」

 

「2体は仕留めそこなったが……それらの表示形式を元に戻したところで、攻撃力は3000。《フレア・リゾネーター》の能力を得てパワーアップした《レッド・デーモンズ・ドラゴン》には敵わん! 俺はカードを2枚伏せてターンエンド!!」

 

 

 

 

 

 

  ここまで、たったの2ターン。時間にして僅か3分程度。

 

 

  にも拘らずこの攻防、この盛り上がり、この高揚感……

 

 

 

 

 

  魂を賭けた本気の決闘(デュエル)というものが、こうも素晴らしいものなのかと、俺は体も心も震えっぱなしだった。

  もし仮に俺が、同じデッキ、同じ場所で、同じプレイングをしたとしても、こうはならない確信があった。

 

  強くなりたいとは思う。いずれ起こりうる脅威から身をも守る事のできる力が、最低でも必要だ。

  しかしそれは、今の彼等がしているようなようなデュエルに成りえるのだろうか。俺の目指す強さとは、どこに向かうものなのだろう。

 

  ……っと、いかんいかん。思考が変な方にシフトしてたな。

  彼らは彼ら、俺は俺だ。やりたい事、やれたらいいなと思う事。それらはやらなきゃいけない(・・・・・・・・・)事とは別の事だ。

  俺は俺のやるべきことのために、力をつける。

  今は純粋に、この最高のエンターテイメントを楽しめばいい。

 

 

  「スゲー……!! スッゲーよ!! いきなりブルーアイズを全滅させようとするジャックもスゲーし、それを防ぐ海馬瀬人もスゲー!!」

 

  「あー、海馬がスゲーかはともかく……ジャックが凄いのは認める!! 行けジャックー!! 海馬のヤローなんぞボコボコにしちまえーー!!」

 

  「それ、私怨入ってません?」

 

 

 

  楽しい時間は過ぎていくが、まだまだ勝負は始まったばかり……本番はこれからだ。

 

  会場は、これから学び舎として使われる一部とは思えないほど、歓喜と熱気に溢れていた。

 

 

 




信じられるか……? まだ2ターンしか進んでないんだぜ……これで……


ひっさびさに戻って来た作者です。
地の文ありでデュエルを書くのがここまで難しいとは思わなんだ。
何処を削ればいいのかわからんむ!

それはそうとリンクスで財布にダイレクトアタックを喰らってマインドクラッシュ食らった初期海馬みたいな状態から回復したので、これからは真面目に更新するぞ!
できれば週一位でやりたいけど多分無理だから10日に一回位だと思って待ってて


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。