クール部門担当P「実はお前キュート部門だろ」 (炸裂プリン)
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クール部門担当P「実はお前キュート部門だろ」

 

「珠美って本当はキュート部門所属だろ」

 

 青天の霹靂。

 まさにそう表現する他にない衝撃が、脇山珠美の薄い胸を貫いた。

 

「薄くないです」

 

 ・・・・・・これは失礼。

 

 

 ☆

 

 

 脇山珠美(わきやま たまみ)。16歳。大手アイドル事務所346プロダクションのクール部門に所属するアイドルの一人。

 彼女がアイドルとしてスカウトされ、キュート部門から逃げるように転向してきた「クール部門及び珠美ちゃんの担当です」と名乗ったPが、早々に『赤いリボンが』と言う謎の書き置きを残して失踪してから数ヶ月後、漸く担当として就いてくれたその男。

 目の下で主張する薄い隈と清潔感はあれど統率感のない、けれど触ってみると存外ふわふわで気持ちが良い、軽度の天然パーマがトレードマークのその男。

 来栖 涼児(くるす りょうじ)、通称クールP――湿気の高い日に頭髪がクルクルになるのが由来。と珠美は同期であり友人となったフレデリカから聞き及んだ。しかし、そんな姿は見たことないので嘘かもしれない――とは長い付き合いである。

 それこそ、珠美が所属する346プロにおいて無数に居るプロデューサーの中で、Pと言えば真っ先のこの営業先以外では陰鬱な雰囲気を常に漂わせる男の顔が浮かぶ程度には、長い時間を共にしてきた。

 小さなヘマから大きな失敗、脇山珠美という少女よりも高く美しく輝き出す同期たちに焦りを感じた時も、常に傍で支え、時に叱責を混じえて煌めく星の中へ導いてくれた人。

 縮こまる小さな小石のような珠美を、磨いて磨いて、くすんで転がり落ちてしまいそうだったその時でさえ、手を差し伸べ背を押してくれた、かけがえのない人。

 脇山珠美から見た来栖涼児――クールPは、そんな人物であった。

 

 珠美を含めたクール部門の一部アイドルと、その担当プロデューサーであるクールPに宛てがわれたプロジェクトルームにて、常にお茶請けとして置いてあるクールPお気に入りのお煎餅を両手で掴み口へ運び、可愛らしくも形の整ったその唇で噛み締めれば、パキリと子気味良い音を響かせ、口に広がる香ばしい醤油味に「熱いお茶が欲しくなりますなあ」と舌を唸らせた。

 その時である。

 

「珠美って本当はキュート部門所属だろ」

「むぐっ!?」

 

 テーブルで向かい合うように座るクールPが、7割ほど生気の抜けたいつもの瞳で珠美を観察しながら呟いた。

 

 青天の霹靂。

 まさにそう表現する他にない衝撃が、脇山珠美の薄い――否、まだまだ発展途上の希望溢れる胸を貫いた。

 

「それなら良し」

「は?」

「いえ、こちらの話――では無くてっ!」

 

 パンっとクール部門ルーム内中央に配置された長テーブルの上を乱さないよう、力加減を配慮した可愛らしい抗議の音と共に珠美は身を乗り出した。

 

「誰がキュートで美人なないすばでぃー部門のアイドルですか!」

「うわっ、図々しくも自己評価盛ってきやがった」

「盛ってないです!」

「その幼児体型でナイスバディも美人もあるか」

 

 クールPは意地悪に口元を歪めながらそう告げると、グイグイと迫り来る珠美の頭を、加減に加減を重ねたデコピンにて迎撃した。ぺちり。

 

「きゃんっ」

「おまけに、からかわれて直ぐムキになる所からもキュート部門の片鱗が見て取れる」

「な、なんですとー!」

「今の、速水さんなら『本当に部門間違えか試してみる・・・?』とか言いながら唇寄せてくるぞ。多分」

「・・・・・・・・・・・・」

「なんか言えよ」

「奏さんのモノマネが気持ち悪いです」

「デコピン追加な」

「理不尽ですぞ!――ひんっ」

 

 クックと意地悪く肩を揺らすクールPを愛らしい上目使い――本人は睨んでいるつもりなのだろう――で見詰める珠美は、このなんてことは無い気の置けない時間が、大好きだった。

 とはいえ、

 

(うぅぅぅ。唐突に珠美をでぃすってくるとは、許し難い!)

 

 大好きなコミュニケーションタイムだからこそ、信頼している相手だからこそ許せないモノはある訳で。

 

「ぐぬぬ、一体全体どうして急にそのような事を言うのですか!」

「おっと? 先週、折角の休暇なのに『プロデューサーが担当から外れる夢を見ました・・・・・・』なんて涙目で尋ねてきてくれたキュートなタマちゃんが噛み付いてきたぞぅ? 怖や怖や」

「んな゛!!」

 

 クールPの担当メンバーの一人である高峯のあが、当ルームの飾りにと唐突に持ち込んだ、窓際で陽光を受けて煌めく赤いクリスタルのりんごオブジェのように珠美は真っ赤に染まった。ともすればその小さな頭から蒸気が出てしまいそうだ。

 

「あ、あれは次週に控えたドラマの練習を兼ねて――」

「勇ましい少年剣士の役でそんな役作りしてどうすんだ」

 

 にやにや。

 

「あう」

「そう言えば、その役を貰えた日に公園で全力ブランコ漕ぎしてたって話を聞いたなあ。可愛いよなあキュート部門的だよなあ」

「あうあう」

 

 にやにやにや。

 

「各部門のアイドルが遊園地で遊ぶ企画だとなー、お化け屋敷でマジビビりしてたしなあー。ビクビクしながら浜口さんの手握って離さなかったよなあ」

「あうあうあうあう」

 

 にやにやにやにやにや。

 

「クールにカッコよくお願いします。なんてオーダー貰ったテレビゲームのタイアップコスプレ生放送企画でお前『珠美の着ている服は、美しくカッコイイ女剣士キャラのうめ・・・? あ、違います梅喧(ばいけん)さんです! すいません!』とかヤラカスしな」

「あうあうあうあうあう」

「あれ以降、タマちゃん用カンペの漢字全部にフリガナ付く様になったのめっちゃキュートだわ」

「あう――それについては勉強しましたので、既に修正済みですー!」

「でも可愛いエピソードの一つだろ」

「しーりーまーせーんー!」

「はっはっはっ。可愛い可愛い」

「あ゛ー、頭を撫でるのは禁止だと口を酸っぱくして言ってるではないですかー!」

「ちっこくて撫でやすいのが悪い」

「ちっこい言うな!」

 

 クールPのニヤけた口は収まることなく、珠美のキュートエピソードをブチ撒ける。

 負けじと反論しようとするも、珠美からしたら全部が全部事実なのでどうしようもなく、ただ顔から火を吹き出し続けるしかない。

 サラサラと心地よく掌の下で踊る髪の感触に、クールPは一層笑みを深めた。

 

「うぅ・・・・・・なんなんですか」

「お?」

「さっきから、か、可愛いって、キュートキュートって、まるで珠美にはクールな部分が無いみたいな言い方して!」

 

 ぴょんことテーブルを飛び越えクールPを押さえつけ、デシデシとパンチを繰り出す姿はまるで不機嫌な猫のようだ。

 

「おーっとっと、どうどう落ち着けタマちゃん。そんなことしても小さいからあんまり効果ないぞー?」

「小さいっていうなーっ!」

 

 珠美の猛攻は止まらない。ちっとも痛くない拳の連打は、珠美が疲れてクールPの隣でくったりとするまで続いた。

 

「うー」

「いやいや、悪かったよ。少し言い過ぎた。ちょっとな、昨日先輩と同僚たちと飲みに行った時に『所属部門と見比べて首を捻らざるをえないアイドル大喜利』やっててな、そこで他のプロデューサー達があんまり『珠美ちゃんは絶対にキュート属性だわ』ってうるさいもんだから、ついな」

「な、なんですかその失礼な遊びは・・・・・・はあ、プロデューサーは珠美を弄るのに遠慮が無さすぎです」

「はっはー、悪いね。ここまで長い付き合いだと逆に加減を付け辛くて」

「さいてーです。親しき仲にも礼儀ありですぞ」

「くっくっく、ご最も。次からは気をつけるよ」

「ふふふ、分かれば良いのです」

 

 笑い合う二人の視界の隅で、四葉のクローバーで作られた押し花の栞が愉快げに光を反射した。

 担当メンバーの一人、ライラがクールPもアイドルも巻き込んで作成し飾るに至った作品だ。

 それぞれが違った大きさ、違った装飾で造られているのが個性が出ていて見ていて飽きない仕上がりになっていた。

 

「でもやっぱ珠美はキュート属性だわ」

「まだ言いますか。珠美の顔も三度までですよ」

「ならあと一回は平気か」

「三度目に怒ります」

「三度目までは許してよ」

「嫌です」

「ケチだなー。そんなんだから身長伸びないんだぞ」

「よーし、防具無しで竹刀を受ける恐怖を教えこんでやります」

 

 立ち上がり、いそいそと傘立てに無造作に突っ込まれていた竹刀(ゴム製)を抜き放つ珠美。

 剣士が己の得物をコンビニ傘よろしく適当な置き方をして良いのだろうか。

 

「おぉ? 待て剣道少女。無抵抗の人間に向かって武器を取ろうとは、剣士の風上にも置けないぞ」

「意地悪なプロデューサーだから良いのです」

「武士は正々堂々の立ち会いこそを尊ぶべきだろ」

「プロデューサーは外道なので関係ないのです」

 

 もはや問答無用である。竹刀を薄く握った左手は臍の前を位置取るように意識し、肩の力は抜きしかし動き出しに備えて腹に入れた力は解かぬまま、下げた左足は僅かに浮かせ剣道の基本スタイル、中段の構え。

 

「おい、それお前」

「珠美をいぢめて楽しむ輩は、珠美自らが成敗致します!」

「それ、ガチのヤツじゃん! 本当に打ち込んでくる構えじゃん!?」

「いざ、尋常に――」

「待て、謝ろう。素直に謝るから待て! ステイ! 珠美ステイ!!」

「――反省してくださいっ! やあぁぁぁッ!」

「うおおおおお!?」

 

 気合いの一声と共に「まさかそんな、本気で打ってくるわけないし」と油断してソファーにゆったりと腰掛けていたクールPへ踏み込む珠美。

 小さな剣道少女の打ち込みは果たして、白刃取りの構えを取ったプロデューサーへ決まるのか。

 その顛末が語られるのは、また別の――

 

「ライラさんがご出勤でございますよー」

「おはよう、涼児」

「のあさんと同伴出勤でございます」

「おお、二人ともおはよう」(余所見)

「ええ」

「おはようございます涼児殿」

 

 「貰った! ちぇすとおぉぉぉ!!」

 

 スパーンッッッ!

 

 「イッテエエエエエェ!!」

 

 ――また別の、お話にはならなかったようです。

 

 

 

 

 

 蛇の足

 

「では、珠美はスッキリしたのでお仕事いってきますね!」

「あ、ああ。行ってらっしゃい・・・・・・。帰りは迎えいくから待ってろな」

「はいっ」

 

「チャンバラごっこですか。ライラさんも参戦致します」(鎖鎌ジャラァ)

「・・・・・・・・・・・・」(リボルバーシャキーン)

「えっ、何お前ら。クールPくんはおでこがヒリヒリするので休みたいんですが」

「ライラさんも遊びたいのです」(鎖鎌ギュンギュンギュン)

「涼児、時には童心に帰り忘却の彼方へ押しやった純なる心を取り戻すことも必要よ」(スピードローダーシャキーン)

 

「仕事いけ。レッスンしてこい」

 

 クールPのルームはいつも楽しげ。

 

 ~完~




 アイドルは皆可愛いからキュート属性になっても大丈夫だよ(かな子理論)

\ヘーイ!/(世界レベル)

 か、可愛いから大丈夫だよ。


 こっそり、のあさんとライラさんのクールPへの呼び方を修正。二人ともプロデューサーのことは名前呼びでしたね。失礼しました。


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クールP(この娘たちはひょっとしてキュートなのでは?)

 日間短編ランキングに入ったら、そりゃあ味を占めるよね。
 調子は乗り物。




 

 ジャミール・デイドリーマー。

 直訳で美しい白昼夢を見る者と名付けられたその名は、幻想的な雰囲気を醸し出す高峯のあとライラ二人のユニット名である。

 結成された理由は単純、まだクールPのプロジェクトルームが始動して間もない頃、お喋りが好きなライラが、基本的に無口で近寄り難いのあへと果敢に喋りかける姿に『ティン!』と来たクールPが作り上げ打ち出したのだ。

 

 名前となっているデイドリーマーは、のあとライラ二人のことを指すのではなく、ライブに参加したファンたちを指す。穏やかな、けれど直に地平線へ沈む夕焼けを思わせる褐色肌のライラと、神秘的でありながら何処か人を狂わせてしまいそうな月に似たのあが作り出すライブステージは、さながら昼と夜の境界線である夕暮れの中点にて、共に乱舞する月と太陽のコントラスト。

 黄昏の幻想に魅せられた観客たちは、まるで美しい白昼夢を見たかのように放蕩し、虜となる。

 そうして魅了された彼女たちと一緒に歩み、力となって欲しいと、そんな願いが込められたユニットである。

 

 

 ☆

 

 

「涼児殿、涼児殿」

「なんだいなんだい、ライラさん」

「ライラさんはお腹がすきました」

「おいおいライラさん。さっきピノを一人で全部食べたばかりではないですか。俺の『一個ちょうだい』の一言に『あと一個食べたらあげますです』の返しでついぞ一口もくれなかったピノを。次は一個分けてね」

「それがですね。なんとおやつは『別腹』という、人間が持つもう一つの胃に入ってしまって、ちゃんとお腹が膨れないらしいのですよ」

「なるほど、そいつは驚きだ。ついでに俺の訴えをスルーした事に更に驚いたよ。涼児殿は」

「はい。わたくしも最初に聞いた時はびっくりしてしまって。思わずお腹の中をキヨラさんにポンポンしてもらいました」

「んんー。聴診器で調べてもらったってことかな?」

「そうでございますです」

 

 ある日の昼下がり。午前中の仕事を終えたライラとのあを車にて迎えに行ったクールP来栖涼児(くるす りょうじ)は、信号待ちの車内にて助手席からその吸い込まれそうな碧い瞳に真剣な光を宿しながら、妙ちきりんなうんちくを語るライラに困惑していた。

 人間に『別腹』などと言う内臓器官は、無い。

 清良さんも教えてやってくれよ。とクールPは心中にてナース系アイドルへ恨めしげに呟いた。

 

「ちなみにライラさんや」

「なんでございましょう、涼児殿」

「その豆知識を教えたのは誰だい?」

「世界一の物知りと名乗っていましたフレデリカさんと、346最強の頭脳と名乗りを上げたシキさんです」

「よーし、後でキュートPの奴にちゃんと躾とけって言っておくわ」

「? はあ、そうですか」

「あと、別腹という内臓は存在しません」

「そんなまさか」

 

 まあるく綺麗な目を更に丸くさせて、驚きつつもしかしいまいち分かっていなさそうな純粋ライラさんは置いといて、クールPはバックミラーへと視線を移す。

 

「のあさんは、お腹の具合はどう?」

 

 ライラと同じ現場、即ちジャミール・デイドリーマーとしての仕事を終え、後部座席で胡乱気(うろんげ)な視線をスマホに向ける謎と神秘の人、高峯のあはキラリと陽光を散らす銀の髪を揺らしながら顔を上げ、

 

「私の胃は一つだけよ」

 

 そう答えた。

 

「・・・・・・・・・???」

「ええ、遍く人間が、皆そうであるように。私もまた、あの道を急ぐ人々と同じ中身を持つ人間なのよ。涼児」

「えー・・・・・・と?」

 

 クールPは、ほんの一瞬だけ自分がどんな話題をのあに振ったのか分からなくなってしまっていた。

 そも、難解な言葉を弄する高峯のあとのコミュニケーションは、その第一歩から躓くことが多く、今回もまた回りくどい語り口調でクールPの思考回路を圧迫していた。

 

「ライラが甘味によって虚構の臓腑を満たしたように、私にもそれを為せる機会があった」

 

 まるで黙示録を告げる賢者が如く荘厳な雰囲気で語るのあは、『いちごみるく』と書かれた可愛らしい包み紙を、白魚のように美しくクールPが強く握り込めば容易く折れてしまうのでないかと思わせる細く繊細な右手で弄り回していた。

 

「んー、あー。アレか『別腹』の話か。そんで今はさっき渡した飴の話か」

「しかし――」

 

 包み紙を持たない左手で、仰々しく目元を覆う高峯のあ。それはまるで、天より来る厄災に焼かれようとする己の瞳を守ろうと堪える女神が如く、或いは雲の切れ間から指す暖かな陽の光に涙をこらえる、美しくも儚い絵画のよう。

 

「しかし、私に訪れる僅かな幸福は、囁かな光は――奈落に飲まれ絶望へと飲み込まれたわ」

 

 中身のない包み紙ひらひら。

 

「なるほど、飴食べようと思ったら落としたんだな。・・・・・・君はもっと普通に伝えようとする努力をしろ、面倒だわ」

「おやつを食べ損ねてお腹が空いたわ、涼児」

 

 何故か得意げに声のみを弾ませて、のあはそう告げた。

 

「最初から、そう、言いなさいっ!」

「人の為に悩み、解を得ようと思案する貴方は素敵よ」

 

 のあはその鉄面皮を僅かに微笑みへ寄せて、慈愛の篭もった声音でそう語る。

 無表情がデフォルトである彼女の微笑みは大変にレアであり、これを見た者はしばらくの間幸運が続くと関係者の間でまことしやかに囁かれているジンクスがあるのだが、クールPを困らせた後は決まって先のセリフと共に送られてくる表情なので、クールPからしたら幸運の前兆ではなく疲労の種以外の何物でもない。

 

「君が考慮すればする必要のない思考をさせられてんだよ俺は」

「それは大変ね。次はもっと搦手でやってみるわ」

「そうかそうか、にゃんにゃんにゃんでの出演依頼はキャンセルで良いんだな?」

「次からは気をつける。ごめんなさいね、涼児」

 

 キリィ!

 

(・・・・・・このやり取りも何回目だよ)

 

「出会った当初は面倒なのは喋りだけで、大人しかったのに」と肩を落とすクールP。その両肩には『疲労』の文字がぶら下がっているように見える。

 打ち解けた故にこのような会話ができるのだろうが、それが素直に嬉しい反面、もう少しお手柔らかにしてもらえない物か、と言うのが彼の本心である。

 クールPは小さく嘆息すると、青に切り替わった信号を一瞥し、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

 それと同じくして、クールPの隣――助手席よりくぅと可愛らしい音が車内へ響き渡る。

 

「おー、ライラさんのお腹がくうくうとお喋りになってきましたー」

「そうね。時として言葉を介すよりも、瞳を合わせるよりも雄弁に語るのが、人の身体というもの」

「ノアは平気なのです?」

「ええ。どうやら私の身体は、やはり私自身ということらしいわ。雄弁には語らず、ただ行動で示してみせる――」

 

 くぅ。のあの腹の虫が反旗を翻す音がした。

 

「――しかし、時には語ることも必要」

「おー、ノアのお腹もお喋りさんでございますねー」

「お揃いね、ライラ」

「はい。ライラさんはノアとお揃いになれて嬉しいですよー」

「それは今更ねライラ」

「・・・? それはどういう」

「私とアナタは、既に共にアイドルという舞台で手を取り合う存在。月と太陽と例えられる私達ではあるけれど、人々を照らし出す光になれる。という意味では、私もあなたも同一の存在なのよ」

「おおー、なるほど。わたくしもノアも、貰った幸せをお返しできるよう、まい、まし・・・・・・まんしん? する仲間でございますね」

「ライラさんライラさん、邁進だよ。まいしん。前に進むことを意味するのは邁進。慢心だと折角の素敵な話が台無しになってしまうよ」

「ええ、その通りよライラ」

「のあさんや、一緒にいる時間が長いんだから、ライラさんの怪しい日本語を添削してやってくれ。頼むから」

「可愛らしいから良いのではないかしら。ファンもそんな所に惹かれているのではなくて?」

「いつかとんでも無い言い間違いをカマしそうで、プロデューサー君は気が気じゃないんだよ」

「まいしん、邁進。はい。ライラさんはまたひとつ賢くなりましたです」

「偉いわ、ライラ」

「えへへー」

 

 くぅ。重なった二人の腹の音は、アルトとソプラノに別れ見事なハーモニーを奏でた。

 それを耳にしたライラは僅かに頬を赤らめながら、もう一度「えへ」と笑うと、優しげな微笑を浮かべたのあと共に何を食べたいか談笑を続けた。

 

(・・・・・・なんだこの空間。キュートかよ)

 

 これがクールPの擁するアイドルユニット、ジャミール・デイドリーマーの日常風景。その一部である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクはカワイイので、蛇に足まで描けちゃいますよ! フフーン。

 

 

「で、少し遅い昼ごはんは、協議の結果中華になったわけだけど」

「・・・・・・えふっ」

「のあさんや、また君はマイ山椒の蓋を緩めたままにしていたね? 真っ赤じゃん、君の料理」

「問題ないわ。――けほっ」

「いやむせてんじゃん」

「ライラさんもー」

「やめなさいライラさん。君が地獄を味わう必要は無い。というか、滅多なものを食べさせたらメイドさんに怒られる」

「涼児」

「なんだいのあさんや」

「あーん」

「おいバカやめろ。その極小の灼熱地獄を俺の口に近付けるな」

「涼児殿、涼児殿」

「なんだいなんだいライラさん。俺は今この赤い悪魔から逃げるのに必死で」

「タマミさんから『ずるいですぞー』と怒涛のLINE通知がきてますです」

「おい誰だ知らせたの。外で昼ごはん食べてるのは珠美に内緒だって言ったろ」

「「・・・・・・・・・」」(目を逸らす音)

「仲良いな君たち!」

 

 クールPのアイドルたちは今日も楽しげ。

 





 Q.ライラさんで月と太陽っつったらナターリアとのユニット「ソル・カマル」ダルルォ!?

 A.うるせえ! ソル・カマルも好きだけど私のデレステで一押しのオリジナルユニットなんだよ! アンタにもあるだろう、そういうのが!!


 なお、この2人で「美に入り彩を穿つ」を踊ってもらうとクッソ美しくてカッコイイのでオヌヌメ。
 周子の位置にのあさん。小早川炒飯の位置にライラさんでどうぞ。
「双翼の独奏歌」でも凄くすごいぞ(モバP特有の語彙力) なんなら「あんきら!?狂想曲」で杏の位置にのあさん置くと面白くてまた違った魅力に気付けて良い。
 時子様とのあさんの組み合わせも面白いし、そこに社長を入れれば公式ユニット「Violet Violence」になる。これでトライアドプリムスの曲踊らせると凄い&凄い(モバP特有の(ry)


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クールP「もしやパッションなのか・・・!?」

 

 脇山珠美(わきやま たまみ)。クール部門所属。

 幼い容姿に可愛らしい声、動く時はその小さな全身を使って全力で挑むため、見ていて気持ちが良いアイドルである。

 デビューこそ同期のアイドルに遅れを取ったが、持ち前の負けん気と、献身的に支えた担当プロデューサー来栖涼児(くるす りょうじ)と積み重ねた努力によって、そのアイドルランクはBを迎え、Aランクへと王手をかけている。

 また、まだ未熟とはいえ剣道を修めており、剣士としての道を邁進中。

 目指すは、凛々しく美しいアイドル剣士。

 その在り方や方向性、趣味の合致から相性がいい為か、パッション部門の浜口あやめと共演する機会が多い。

 

 もう一度言う。クール部門所属のBランク上位アイドル脇山珠美は、パッション部門所属のアイドルと、その方向性も含め相性が良いのだ。

 そんな彼女が憧れるのは、落ち着きのある(クールで)凛々しく美しいアイドル剣士である。

 

 

 ☆

 

 

『あやめと!』

『珠美の!』

 

『『命短し修めよ乙女!』』

 

 ちゃららーん。

 軽快なBGMに剣戟音と風切り音――制作スタッフ曰く手裏剣が飛ぶ音らしい――をバックに、桜吹雪舞う道に少女を添えたシルエットと可愛らしい字体のタイトルがドーンと無駄にダイナミックな演出と共に現れた。

 

(・・・・・・相変わらず変なタイトルだ)

 

 これで人気バラエティ番組の職業体験企画コーナーで、このコーナー自体が人気を博しているのだから、名前というのは案外なんの指標にならない物なんだな。と、この企画が始まって以来もう何度目かもわからない結論をクールPは脳内で呟いた。

 現在クールPは、ルームに併設されたプロデューサー専用の個室にて、自身が支えるアイドルたちに割り当てる仕事のスケジュール管理と並行して、彼女らとそのファンが楽しんで参加出来るイベント事の企画書作りを行っていた。

 日中はアイドルたちの世話をメインに、彼女たちの仕事を取りに奔走しているため、必然的にこれら事務的な仕事は彼女達が帰宅してからになる。

 そんな折にこれらの仕事を夜遅くまで行う際は、必ず所属アイドルたちの何かしらの映像作品か録画した番組及びライブ映像を流しながら作業するのが、クールPの習慣となっていた。

 心から大切に想うアイドルたちの輝く姿、声を聞いていると不思議と仕事に対する倦怠感や疲労感が薄れていくように感じるのだと言う。

 

(・・・・・・ん。そういえば今何時だ?)

 

 ふと、気になったクールPは壁に掛けられた木製の時計へと目を向けた。

 プロデューサールーム内に掛けられている時計は、数字の代わりに十二支の名前が書かれたモダンな和風壁掛け時計。これは、珠美が買ったはいいものの使う機会がなかったそれを、わざわざ家から引っ張り出してきた物だ。

 

(まあ、使わない理由なんて)

 

 自室に飾ったはいいが、時間が分かりずらかったからだろうなあ。とクールPは結論付ける。

 短針は戌の字。即ち10時――窓から覗く外の世界が暗やんでいるのを見るに、夜の22時を示したところだった。

 

「あー、良い時間だなあ」

 

 生気の感じられないその声に合わせて、システマチックに整理された事務机に座ったまま伸びをすれば、パキパキと子気味良い音が肩や腰から、決して狭くはないルーム内に響き渡る。

 

『あやめ殿、見てくだされ。これが』

『お、おお! これはもしや、かの有名な!』

『はい、山吹色のお菓子ですぞ!』

『なんと!? ・・・・・・ふっふっふ。珠美屋、お主も悪よのう』

『いえいえ、あやめ殿ほどではございませぬ』

『『ふっふっふっふっふっ』』

『って! 珠美は寧ろそれを止める側を目指しているのですよ!? 何やらせるんですかっ!』

『それを言ったら私だって止める側になりたいです! ――悪のお代官、覚悟。正義の忍者アイドル、あやめが成敗仕る。にんにん!』

『あー! ずるいですぞ! ならば珠美も――拙者の名は、悪しきを許さぬアイドル剣士、脇山珠美。悪巧みはそこまでにしてもらうでござる。成敗!』

『『・・・・・・決め台詞が被った!』』

 

 有名バラエティ番組の大人気コーナー、命短し修めよ乙女。通称『いのおさ』の此度の出かけ先は老舗の和菓子屋さんだったらしく、珠美とあやめ両名は、無意識なのか示し合わせたのか分からない息のあった時代劇コントを繰り広げ、同席するスタッフと和菓子屋の店員を笑顔にさせていた。

 

「・・・・・・・・・パッションしてんなあ」

 

「さては全部門を制覇する気か、珠美。あとはクールな仕草を会得できれば完全制覇だな」と胡乱気(うろんげ)な視線を録画映像を流すテレビ画面へ向けながら、キリのいいところまで進んだ業務内容を保存し、いそいそと帰宅準備を進めるクールP。

 

「今日は残業しないサッサと帰ろう」

 

 呟く声は誰に聞かせるわけでなし、どこか空虚な室内に寂しく消えていった。

 

『あやめ殿、流石に八つ橋を手裏剣の形にしても飛ばないと思いますぞ』

『珠美殿、水飴を小太刀状に伸ばしても何も斬れないと思うのですが』

『『・・・・・・その言葉が誠か否か、正しきを定めんが為。いざ、勝負!』』

『おーい二人とも、盛り上がってるとこ悪いんやけど、そろそろ私の紹介して欲しいかなーって』

『『あっ、周子殿』』

『そういえば今回は周子殿のご実家に来てるんでした。今までどこに居たんですか。もしや、周子殿も隠れ身の術を嗜んでおられるのですか?』

『え、アレって嗜むものなん? 習い事にそういうのがあるん?』

『ゲストの周子殿を忘れるなぞ、珠美一生の不覚! かくなる上は切腹にて詫びを・・・・・・!』

『って忘れてたんかーい。今の今まで一緒にお菓子作ってたやん。もしかして気づいてなかったん?』

『『いやあ、妙に距離が近い店員さんだなあ、と』』

『嘘やん。いや、確かに店の服着てるけども。嘘やん』

 

「これで番組が成り立ってて、人気絶頂なんだから不思議だよなあ」

 

 ・・・・・・寂しく、消えていった。

 

 

 ☆

 

 

 時刻は22時からやや経過し、クールPのプロジェクトルームに飾られた時計の長針が6の数字を指した頃。即ち22時30分へ差し掛かった頃。

 

「・・・・・・結局、最後まで観てしまった」

 

 ガチャリとプロデューサー専用の個室から出てきたクールPは、どこか満足気に独りごちながらビジネスバッグを片手にのっそりと今しがた出てきた扉を閉めた。

 あれから数分とかからず帰宅準備は整ったのだが、この男は我が子ならぬ我がアイドル可愛さに、その活躍を見届けんがため、結局『いのおさ』を含め録画したバラエティ番組の全編を視聴したのだった。

 

「まさか新コーナーに『麗奈(れいな)サマの寝起きドッキリバズーカVS輿水幸子(こしみず さちこ)』なんて代物を持ってくるとは。あれ企画した奴は馬鹿だな」

 

「或いは天才かもしれんが。ふへへ」などと呟き、ルーム内の戸締りを確認しながら寂しく思い出し笑いをしていると、

 

「んん゛・・・・・・」

 

 不意に、どこか不機嫌な雰囲気を孕んだ寝息がクールPの耳を撫で付けた。

 発信源は長テーブルを挟んで配置された応接用も兼ねたふかふかのソファー。

 

(・・・・・・えぇ。今の凄い聞き覚えあるんだけど。具体的には仕事終わりの珠美を助手席に乗せてる時とか)

 

 チラと時計を確認すれば、時刻は22時を大きく過ぎて22時45分。未成年アイドル達はとっくに帰宅しているはずの時間である。

 クールPは恐る恐る、しかしそこに誰がいるのか確信がある故か、抜き足差し足と音を立てないようにソファーへ近付いて行った。

 

「んー、たまみはぁ、ぅーるれすぞぉ」

「お前は羊毛だったのか、珠美」

 

 果たしてソファーに待ち受けていたモノは、今しがた見ていたバラエティ番組でパッショナブルなアクションを繰り返し、クール部門とは何だったのかと度々クールPの首を捻らせた脇山珠美。

 そんな彼女は「むにゃむにゃ」とテンプレートな寝言と共に、気持ち良さげに瞳を閉じていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「うーん。ふへへ」

 

 何か楽しい夢でも見ているのか、緩んだ口元から涎を垂らしソファーに小さな染みを作るクール部門アイドル。脇山珠美。

 

「・・・・・・・・・」

「えへぇ、ぷろりゅーさぁ」

 

 寝言でプロデューサーを呼び、だらしなく笑みを浮かべるクール部門のBランク上位アイドル。脇山珠美。

 

「・・・・・・・・・」

「ふへへむにゃむにゃ」

 

 むにゃむにゃとか言う、きょうび漫画やアニメでも聞かないようなテンプレート寝言と共に眠り続ける、クールP一押しのクール部門アイドル。脇山珠美。

 

「・・・・・・・・・」

 

 パシャ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 パシャシャシャシャシャシャシャシャぎゅむ。

 

「ふがっ」

 

 ソレらの行動になんだか無性に腹が立ったクールPは、寝顔をスマホの連写機能でコマ撮りすると、次いで珠美の鼻を摘み、無理やり起こしにかかった。

 

「もがっ、は、ふぶぇ、あふっ・・・・・・窒息する!?」

 

 ガバッ。

 

「いやなんでだよ。口呼吸はどうした人類」

「はれ? えぇと。うーん・・・・・・おはようございましゅプロデューサー」

「おはよう珠美。寝起きのところ悪いんだが、早々にこんな時間まで俺に声掛けず居座った罰を与える」

「へ、あの。うん? プロデューサーなにを?」

「問答無用」

 

 ――パチィン!

 ――――いったーい!

 

 珠美が意識を完全に覚醒させる前に放たれたお仕置きデコピンの音と、一拍遅れて轟く断末魔の叫びは、346プロダクションを隅々まで駆け巡ったとかいないとか。

 

 

 ☆

 

 

「ううー、珠美はプロデューサー殿を待ってただけなのに・・・・・・」

「俺に気にせず用があったら声をかけてくれって言ってるだろ、いつも」

「そうですけどー」

 

 夜闇も深まる午後23時。あれから急いで帰り支度を済ませた二人は、夜も遅い時間だと言うのに煌々と輝く地上の星々――その一部である346プロダクションの正門を越えて、同社が経営する女子寮へと車を走らせていた。

 上京してきた地方組アイドルの珠美は、女子寮で暮らしているのだ。

 

「でもまあ過ぎたことはこれ以上言及しないよ」

「おお、寛大な処置痛み入りまする!」

「けど理由だけは聞かせてくれ。なんで声も掛けずに事務所で寝てた」

「先に申しました通り、待っていたのです」

「だから、なにを」

「ぷ、プロデューサー殿と、一緒に帰るのを」

 

 もじり、と胸に抱くように、或いは今にも羞恥に逃げ出してしまいそうな自分を抑え込むように、レッスン着等の入ったネイビーグレーのスクールバックを抱えながら消え入りそうな声でそう告げた。

 時折通過する街灯に照らされるその顔は、クールPの見間違えじゃなければ耳まで赤く染まっていた。

 

「・・・・・・は」

「うぅ。あの、ごめんなさい。最近は時間があまり合わなくって、昔みたいに一緒に何かすることが減ってしまって」

 

 そう徐々に弱々しく語る珠美は、そのトレードマークとも言える頭頂部のハネっ毛すら萎びさせながらポツポツと語る。

 

「おま、マジか」

「はぃ・・・珠美はまじです」

「それは、あー。すまなかったな? そういえば最近はあんまり構ってやれなかったな」

「い、いえ! そんなっ。珠美がその、勝手に我儘してるだけですし!? プロデューサー殿が謝るようなことは何も!」

「それでもすまない。あー、マジか・・・・・・そんなに鈍感な人間じゃないつもりだったんだがなあ」

 

 罰が悪そうに自身の目元を撫ぜるクールP。

 目元の隈を撫でるその仕草は、困った時にクールPが無意識に行ってしまう癖である。これを知っているのは、今のところ珠美だけだ。

 

「鈍感だなんてそんなっ。プロデューサー殿は珠美たちの事を見ていてくれて、良くお世話してくれて! おかげで珠美はっ、珠美たちはとっても楽しくアイドルをやれています!」

「お、おう。ありがとうな?」

 

 慌てるように両手をワタワタと胸の前で振ると、僅かに声を荒らげてフォローを入れた。

 珠美としては、クールPに感謝こそすれ責める様な言葉は使いたくないのだ。

 あまり褒められ慣れていないクールPは、恥ずかしげに頬を緩ませた。

 

「それにのあさんの難解な言葉遣いと突飛な行動も、身を呈して受けて止めてくれて本当に助かってるんです」

「おう・・・・・・ありがとな・・・・・・。できればお前らも助けてくれな・・・・・・」

 

 緩ませた頬をヒク付かせながら、感謝の余韻を台無しにされたクールPは項垂れるように言葉を吐き出した。

 

「真紅に染った麻婆豆腐なんて、珠美は食べたくないです」

「ホントなんなんだろうな、あいつ。何度言っても山椒も七味もドバァしやがる。その度に『私達は比翼の云々』とか言いながら俺の口に突っ込んできやがる。味覚が麻痺しそうだわ」

「そんな時はライラ殿と珠美を連れてスイーツ探訪をば」

「それやるとライラさん発信でのあさんにチクられて、拗ねたあいつに連れ回される美食巡りの七味ドバァで無限ループになると思うんだが」

「では今度から誰かに黙って行くのではなく、皆で行きましょうぞ! みんなで!」

「ああ、そうだな」

「み! ん! な! で!」

「うるさいよ、お前まさかまだこの前のこと怒ってん」

「まーっさかー! 珠美は寛容なる大人のれでぃーですから!? 珠美がルームで帰りを待っていたというのに? のあ殿とライラ殿を連れて? 珠美に黙って? 美味しい中華料理に舌鼓を打っていたことなんて、ちぃとも怒ってないですぞ!?」

「早いよ。被せ気味にすげー早口な上にうるさいよ。・・・・・・ん、まさかお前」

「ギクッ」

「いやギクて、きょうび華のJKがそんな古臭いリアクション」

「こ、古風と言っていただきたいですな」

 

 まあ、それは置いといて。と進行方向の十字交差点にて赤に変わる信号を一瞥しながら、クールPは続ける。

 

「珠美お前、俺と飯食いに行きたいから待ってたのか」

「いやあ、その〜、一緒に帰りたいというのも本心でしてな?」

「さっき赤くなってたのは食い意地に負けた自分が今更恥ずかしくなったカラだな」

「は、半分正解です・・・・・・」

「・・・・・・残り半分の内訳は聞かないでおく」

「はぃ・・・・・・」

 

 妙な空気になったりならなかったりする車内で、クールPが目元を撫ぜる音と、ため息が支配した。

 

「はあぁぁぁ」

「うっ、やはり迷惑でしたか」

「昼間ならな、問題ないんだ」

「へ?」

「昼間にアイドル連れて飯行くのはなんの問題も無いんだよ。俺は346の社員証付けてるし、スーツ着てるし」

「・・・・・・あっ」

「気付いたか? 夜にな、異性と飯屋に入るアイドルが目撃されんのは色々と不味いんだ」

「すきゃんだる!?」

「そう、それよ。基本的に夜遅くに活動するアイドルは居ない。つまり夜の交流はプライベートっていう扱いで見られる。そんなアイドルが異性と歩いてるとだな、本人たちがどうあれ、カメコはネタになりそうなら幾らでもでっち上げて写真を売り込むし、面白そうなら週刊誌はそれを公表してしまう。迷惑なことに」

「不覚!」

「本当にな。珠美は変装とかしないタイプだし人の目を誤魔化せないしな」

「当たり前です。やましい事は何も無いというのに、己を偽る必要が何処にあるのです! ・・・・・・ですが、そうですね。危ない橋は渡るべきではないですよね」

 

 しゅん、といつもより一回りは小さく見える珠美を見て、クールPは同級生であり友人であり(不本意ながら)先輩プロデューサーである一人の男、パッション部門を担うパッションPの言葉を思い出していた。

 

『――涼児、知ってるか。普段は騒がしくてたまんねぇ、前向きなのと勢いでゴリ押しするのが売りの、ウチのアイドルたちがよ。本気で落ち込んでる時ってさ、めちゃくちゃ静かになっちまうんだよ。普段元気に跳ね回って、俺に常に苦労を掛けて、たまに周りを巻き込んで笑顔を振りまくあいつらがだ。――そんなの、ほっとけないだろ?』

 

 会う度におでこの輝きが増していく(様に思える)友人が、いつもヘラヘラと気の抜けた笑みを浮かべているパッションPが、その時だけは真剣に語っていたのをクールPは覚えている。

 

『でもよ、大丈夫か。って手を貸そうかって聞いても平気な顔して我慢しようとしやがる。めっっっっちゃイイコなんだよ、あいつら。うるさいけど。だからよ、お前んとこのアイドルも、キュートの所のアイドルも、何か我慢してるような事があったら、俺らが何とかしなきゃならないんだ。アイドルなんていう、行く所行く所が暗中模索な道を歩むあの子たちを、一番傍で支えてやれんのは俺たちプロデューサーなんだからな』

 

 ニッカリと太陽のような笑みで言葉を締めると、彼はまたいつも通りのヘラついた表情で、行きつけの居酒屋で注文した酒を美味しそうにかっ喰らうのだった。

 

『――涼児くん、君は今日も疲れていそうだね。どうだろうか、このあと私の家で、私によるマッサージなんて』

(おうふっ)

 

 ねっとりと自身の腰をなぞるキュートPの姿まで思い出さなくて良いだろう、とクールPは顔を青ざめた。

 そうして、改めて寂しげに、けれどそれを下手っぴに隠す珠美へ意識を戻せば、クールPの心はもう覚悟を決めていた。・・・・・・いや、覚悟などという大層なものでは無い。

 ただ、彼自身がそうしたいからそうする。それだけの事だった。

 

「スキャンダル・・・・・・ははっ、まあ、いいやそんなもん。そもそも見つかんなきゃいいんだ」

「プロデューサー殿?」

 

 信号が青に変わる。

 目の前の交差点で右に曲がれば女子寮に辿り着く所を、クールPは反対の道。左へとハンドルを切った。

 

「プロデューサー殿!? こっちは逆方向ですぞー!」

「良いんだよ、小さい担当アイドルの小さい願い一つ叶えられなくて、何がプロデューサーだよ」

「プロデューサー殿・・・・・・! 『小さい』は余計ですが――ありがとうございますっ」

 

 沈んだ表情は何処へやら、月の光も星の煌めきも吹き飛ばしそうな笑顔をクールPへ向ける珠美。

 それを見たクールPは「現金なヤツめ」と苦笑を浮かべながらも幸せそうに目元を撫ぜる。

 

「お前、本当にパッション部門みたいな性格してるよなあ」

「んな゛!?」

 

 意地悪な笑みへ切り替え、クールPがそう言ってやれば

 

「珠美はクールなアイドル剣士ですぞーっ!!」

 

 そんな叫び声が、狭い車内を突き抜けて夜の街中を駆け抜けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇に足を書き加えるのは、そんなにヘビ(・・)ーな罪なんですか? ふふふ。

 

 

「んふー、プロデューサー殿とファミレスなんて久しぶりです」

「なあ、良かったのかファミレスで。金の心配なら必要ないし、もっといい所でも良かったんだぞ」

「もう、珠美がここが良いと言うのですから、これで良いのです」

「おっ、バカボンのパパ」

「なんですかそれ」

「・・・・・・そうか、分からないか。そうか」

「なんで落ち込むのですか!?」

「いや、ジェネレーションギャップの悲しみが分かってな。パッション部門の早苗さんってこんな気持ちだったのか」

「よ、よく分かりませんが気をしっかり持ってくだされ」

「ああ、うん。大丈夫だよ。ちょっとノスタルジックになってただけだから。・・・・・・んで、メニューは決まった? お子様ランチ?」

「ていっ」ゲシッ

「いった。お前テーブルの下で蹴り入れるんじゃないよ」

「珠美を子供扱いするバツです。ていていっ」ゲシゲシ

「いたっいたたっ。やめろバカ、お前が蹴ると丁度スネに当たるんだよ!」

「はーはっはっ、普段珠美をちびっ子と馬鹿にする罰です! 存分に受けてもらいます!」ゲシゲシ

「このっ、クールさの欠けらも無いなお前!」

 

(ふふふ、本当に、ここのファミレスでいいのです)

(プロデューサー殿と――涼児殿と初めて迎えた小さな小さなライブの成功祝い)

(その場所になったこのファミレスが、珠美は大好きですから!)

 

「もう許さん。すいませーん店員さん、お子様ランチ一つとハンバーグステーキのライスセット一つお願いしまーす」

「あ゛あ゛ー! なにを勝手にぃ!!」

 

 クールPとアイドルはいつも仲良し。

 

 

 

 助手、私はついに蛇足に蛇足を付け加える発明をしたぞ!

 

 人気アイドル脇山珠美、夜のファミレスで家族団欒!

 

「ほー、『楽しげに父親と思われる成人男性と談笑しながら遅いご飯を摂る珠美氏の写真』ですかー。良いですねー、ライラさんは羨ましいです」

「良かったわね涼児。小さな珠美と優しい勘違いを起こせるカメラマンのおかげで、スキャンダルは無事回避されたわ」

「おっ、そうだな」

「な、なんか納得いかない・・・!」

 





 唐突に回想で出てきたハゲ(パッションP)とホモ(キュートP)は活動報告にて、ふわっとどんな人か説明してます。

 珠ちゃん可愛い。SSR衣装で「青の一番星」やってもらうと凄く凄い(語彙力)し、和風な彼女の意表をついて「Rockin' Emotion」とかも雰囲気変わっていい。あやめ殿と「凸凹スピードスター」とかもうカワイイッッッて叫んじゃうよね。


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クールP「これはクール」

 

 煌めくステージ。

 アイドルの誰もが望む舞台から見える世界は、まるで満天の星に囲まれる極小の宇宙。

 自分たちが小さな星であるはずなのに、地上で見上げる人々を、ともすれば下を向いて歩いてしまう人々を、自らの輝きで照らし出す小さな輝きである筈なのに、数々のサイリウムが、自分たちの登場を望む歓声の一つ一つが、何処までも美しく彩りを見せる。

 

 もしや自分は、あの光に包まれるのに足る力なんて無いのかもしれない。

 自分が出て行っては、あの期待に胸膨らます声を、星のまたたきに恋する視線を、夢を追う幾千の輝きを、消してしまうかもしれない。

 ドキドキと早鐘を打つ心臓を、舞台袖から聴こえてくる自分を望む声を打ち消してあまりあるその小さな、臆病な心臓を抑えるように、胸の上へ手を置き深く息をする少女。

 ついさっきまでキラキラと舞い踊っていた先輩アイドルが、なんてことも無いように降りてきた、目の前の小さな階段。

 そのステージに続く階段が、目前にそびえる、足を掛けなければならない階段の一段一段が、どうしようもなく、遠く感じる。

 

「う、うぅ」

 

 怖い。

 少女は瞳を震わせる。

 この日のために積み重ねた練習の日々が走馬灯のように流れては消えていく。

 努力で手にした、胸の奥で輝いていた自信が、ネガティヴな暗い囁きで打ち消されていく。

 これだけ頑張ったから大丈夫だ!

 いいや、これしか出来てないんだから失敗する。

 苦手な振り付けも死ぬ気で努力して克服したじゃないか!

 本当に? そう思っているのは自分だけで、本番でまた同じミスを繰り返すんじゃないか。

 自分の歌は、叫びは! 誰にも負けない心の輝きを! 自分だけの(こだわ)りを! みんなに知ってもらうため! ウチを知ってもらって、受け入れてもらうんだっ。

 無理だよ。こんな格好のアイドルなんて、本当は誰も望んじゃいないんだ。あの声も、サイリウムの光も、自分が出た途端に消えてしまって――「大丈夫」

 

「っえ」

 

 底の見えない泥沼に、ポッカリと空いた奈落に何処までも落ちていくような感覚を救ったのは、少女がよく知る声。

 鬱々と早鐘を打つ心臓よりも、ステージを突き抜ける歓声よりも、自分を心配するライブスタッフよりも、どんな音も置き去りにして、少女――早坂美玲(はやさか みれい)の心を覆う暗雲をたった一息で吹き飛ばしてしまった。

 

「美玲」

「あっ、ぅ。ぷろでゅーさっ」

 

 眼帯をしていない右眼に煌めいた雫を、大切な宝物を扱うようにゆっくりと人差し指で掬いあげると、美玲をこの舞台まで連れて来た、共に歩んできたその人は、夕陽の輝きにも似た優しい光の瞳を美玲のそれと合わせて、もう一度口を開く「大丈夫」と。

 

「美玲は何も心配しなくていいんだよ。・・・・・・なんて、無責任なことは言わない。怖いよね、とても」

「ぅ、うちは、ウチは怖くなんっ、て」

 

 美玲の大好きなファッションブランド「Girls&Monsters」とコラボレーションした、パンク系に寄った攻撃的な装飾品の、黒を基調とした美玲だけのアイドル衣装。

 その中でも一際目を引く猛獣の爪――例えるならば狼の手とその爪――を連想させる、腰元に付けられた淡く光を放つアクセサリーを、まるで美玲自身にするようにゆっくりと撫で付けながら、彼女に目線を合わせたプロデューサーは語る。

 

「でもね、美玲。怖くってもいいんだ。怖いままでも良いんだよ」

「・・・・・・ぅぅ」

「君が培ってきた努力の日々は、誰でもない、私がよく知っている。何度も何度も挫けそうになっても、その度に踏ん張って、立ち止まりそうになっても前を向いて、ここまでやって来れた」

「・・・・・・うん」

「君が誇りに思う、君だけが持つ大きな爪で、立ち塞がる壁を切り裂く。それは、とても凄いことなんだ」

「うん・・・!」

「怖いままでいい。もしかしたら失敗するかもしれない。・・・・・・確かにそうだ。だけどね」

 

 アクセサリーを撫でた手を、ゆっくりと美玲の頬へ添える。

 じんわりと温かい手のひらが、あんなにも喧しかった暗い囁き声を押し込める。

 

「だけど、ライブステージに立つ怖さも、君を苦しめる暗い想いも、君の努力を(あざけ)る弱い君の心も、私のこの手が全部取り払ってみせる。君に向けられる嘲りは、私が盾になって防いでみせよう。美玲は楽しむことと、ステージで思いっきり輝くことを胸に、自慢のその牙で、爪でファンを引き裂いて、君だけの魅力を、早坂美玲を見せ付けてやれば良い」

「ステージで、楽しんで、ウチを見せつける・・・・・・」

 

「大丈夫」美玲のプロデューサーは、本当になんでもない様に、またそう語る。

 その言葉を聞く度に、美玲の心は軽く、強くなっていく。

 

「私がこの舞台に連れて来た小さな星は、私の自慢の星の輝きは、絶対に弱くなんかない。だから精一杯、君だけの、早坂美玲のライブステージを楽しんでおいで」

「あっ」

 

 トクン、トクン。

 美玲の胸が早鐘を打つ。

 その耳に響く心臓の音は、どこまでも高らかに輝いて。

 

「あったりまえだろ! そんなの、言われなくなって分かってたぞ!! ウチは別に失敗するなんて思ってなかったケド、オマエがどーしてもって言うなら、ウチの気持ちを預けてやるっ」

「ああ、確かに預かったよ。ふふ、いつものキュートな美玲が帰ってきたね。嬉しいよ。それじゃあ、先輩アイドルのファンを奪いに行ってみようか」

 

 心の底から嬉しそうに語るその人は、自分は既にアイドル早坂美玲に心を奪われたファンだと、こんなにも簡単に人を魅了できるのだから、胸を張って行っておいでと、懐から取り出したサイリウムを見せ付けて自慢げに微笑んでみせた。

 

「〜〜っ! う、ウチ! 行ってくる! 良いかっ! ウチの弱いココロを預けたんだから、絶対、絶対、ぜーったいに、見てるんだぞ!」

「もちろん」

「それで、オマエの所に戻ってきたら、弱いココロ(そんなモノ)なんてやっぱり無かったんだーって笑ってやる! だってウチは!」

「うん、美玲は」

「「最強なんだから!」」

 

 高らかに吠える少女に、もう迷いはない。

 ステージへと続く小さな階段を駆け上がり、振り返ることなく薄暗い舞台袖から、光り輝くステージの中へ!

 

『オマエら、待たせたなッ!』

 

 舞台袖、美玲を送り出したプロデューサーの耳を、会場全体を爆発的な歓声が駆け抜ける。

 待ちに待った小さな、けれど大きな輝く夢をその爪に引っ提げて、アイドル早坂美玲は、こうして初のライブステージを大成功に収めたのであった。

 

 

 

「どうだ! プロデューサー! ウチは凄いだろぉ!!」

 

 輝く笑顔は、その目尻に浮かんだ流れ星の煌めきは、彼女をこの舞台に押し上げたプロデューサーの胸の中で、今もずっと輝いている。

 

 

 ☆

 

 

『そうして、ウチはデビューしたんだぞ! カッコイイだろ!』

『わあ、凄いですっ。私だったらきっと怖気付いちゃって前に出られませんよー』

『ふふん! ウチはサイキョーのアイドルだからな。こんなの朝飯前だったぞ! アイコも、何か怖いことがあったらあのヘラヘラ野郎に押し付けちゃえイイんだぞ』

『あ、あはは。私はいつもプロデューサーさんに頼ってばかりだから、これ以上はちょっと・・・・・・』

『イイんだよ。アイツらは頼られて嬉しがる変な奴らだからな。でももし本当に頼れなかったら、う、ウチが協力してもイイぞ!』

『それは頼もしいですっ。その時はよろしくお願いしますね』

『おう。任せろ! 悩みもなんでも、ウチの爪が引き裂いてやる! がおー!』

 

 店内に備え付けられた小さなスピーカーから流れ出すラジオ番組「高森藍子のお散歩ラジオ」からは、少しだけ恥ずかしそうに告げていた思い出話に花を咲かせ、楽しげに弾ませた声がゆったりと響いていた。

 

「クール。実にクール」

「きっとクール」

「や、止めてくれないか君たち」

 

 そんな、とある居酒屋の一角にて、一人の人間をターゲットに茶化すような声で囃し立てる男が二人。

 記念すべき早坂美玲のデビューライブの思い出話。

 まだ卵から孵りたての雛だというのに、Cランクの先輩アイドルたちに混じって鮮烈なデビューを飾った彼女は、今やパンクファッションを志す少女たちの希望の星だ。

 なお、美玲が感じていた重圧は、Cランクアイドルのライブに無理やり捩じ込まれたのも一因だったというのを、ここに明記しておく。

 

「いやいやしかし、やりますなあ、キュートPさん。全くの無名である美玲ちゃんを、割かし名の知れた先輩アイドルのライブバトルの真っ只中に放り込むなんて。お前から聞かされた時は、おっどろいたぜぇ?」

 

 俺にはとても真似出来んぜ、そんな鬼畜の所業。そうヘラついた顔で告げるのは、346プロダクションアイドル事業部、パッション部門所属のプロデューサー、初音情一(はつね じょういち)

 その身に宿す無限の情熱を動力に、何処までも駆けていくパッション部門を担う彼もまた、情熱の人であり、そんな彼を同僚たちはパッションPと冗談めかして呼んだ。

 しかし、そんな彼は普段はヘラヘラと締まりのない笑みを浮かべては、己の育てるアイドル達の有り余る元気に振り回させる日々。

 最近、その苦労故かおでこの輝きが増してきたと、ハゲてきたのではと、専らの噂である。

 

「なんだい、その引っかかる言い方は。ずっと努力を重ねてきた美玲なら、有象無象のアイドルなんか吹き飛ばせると確信があったから挑んだんだ。事実、彼女は壁を突き破っ・・・・・・いや、引き裂いたんだからな。流石は私のキュートなアイドル!」

 

 ふふん。そう誇らしげに語るのは眉目麗しい、プロデューサー(いち)のイケメンと名高い、346プロダクションアイドル事業部、キュート部門の一角を担うプロデューサー、彩川美琴(さいかわ みこと)

 男装が趣味、というかもはや生きがいの、イケメンと称されてはいるが(れっき)とした女性である。

 なお、彼女が男装を好むという事実はあまり知れ渡っておらず、プロデューサーの中には、女性に興味を示さない彼女()は同性愛者なのでは、と勘ぐる者が後を絶たない。

 本日はカジュアル系メンズファッションでキメている。

 そんな彼女は口癖が「キュート」であるが故に、着いたあだ名がキュートP。

 

「有象無象ってお前。・・・・・・あとなんかうまい事言った風でしたり顔してるけど、やらせた事が鬼のような難易度だったってことは、自覚しといた方がいいぞ」

 

 すいません、枝豆追加で。そうして相も変わらず草臥(くたび)れた表情と濃くなったり薄くなったりはすれども、決して消える日はない目の下の隈が目付きの悪さを増長させ、緩くカーブを描く軽度の天然パーマがトレードマークな彼もまた、346プロダクションアイドル事業部、クール部門担当を肩書きに持つプロデューサー来栖涼児(くるす りょうじ)

 疲れた表情と隈が織り成す疲労人のコントラストと、営業先以外であまり笑みを浮かべない顔、薄暗い雰囲気を纏うことからしばしば不細工と称される。

 誰が呼んだかクールP。人付き合いがほんの少しだけ苦手な彼をクールな性格だと勘違いしたのか、或いはどこかのアイドルが「くるくる」と緩い曲線を描く頭髪に(なぞら)えたのか、実は三人の中で唯一起源がしっかりしていない呼び名である。

 

 以上、三名が346プロ三部門――或いは三属性――のアイドル事業部において、腕が確かだと有名なプロデューサーたちである。

 

 そんな三人衆が行きつけの酒場に集った時刻はなんと夜の18時。

 お前ら仕事はどうしたと、アイドルほっぽり出して飲んどるんちゃうんかと、良い大人がヤングメンに仕事押し付けて酒かっ喰らっとんちゃうぞと、そうお思いだろう。

 しかし、安心して欲しい。

 この三人、偶然にも奇跡的にも別に計画した訳では無いけれど、揃って本日が休日であるが故にこの時間帯に居酒屋へ集ったのだ。

 

「うっ、涼児くんに叱られてしまった・・・・・・。これは哀しい。哀しいのでその手で慰めてくれないか」

 

 そう言ってキュートPは、目にも止まらぬ速さでクールPの手を取ると、自身の頬へ当てる。

 幸せそうに、決して綺麗とはいえない少し荒れた手の平へ頬を寄せた。

 

「よせやめろ俺の手を自分の頬に添えるなバカ」

 

 本気で嫌がるクールPは、男装に気付いていない勢である。

 即ち、キュートPを本当に男だと思っている。

 

 「じぇじぇ!?」

 「ステイ、ステイっすよユリユリ。というかナマモノは苦手分野じゃなかったんスか」

 「なんかあの二人は漫画みたいな性格してるからイケる事に気付いたじぇ」

 「そ、そうっスか」

 

「今日も元気いっぱいだな美琴」

「情一くんほどじゃないさ。それ何杯目のビールだい?」

「5から先は覚えてねぇ」

「ほんと酒強いなお前。んで、そろそろ離せ美琴」

「嫌だね。なんならこの手に唇の一つでも落としたいくらいなんだ」

 

 ほんのりと桃色に染まる頬をスリとクールPの手に擦り寄せ、満足げに微笑むキュートP。

 その微笑みは、数多のキュートアイドルを撃沈せしめた魔性の笑みではなく、恥じらいを含んだ乙女のそれであった。

 しかし、悲しいかなクールPに対しては鳥肌を立たせる以外の効果は見込めないのであった。

 

 「じぇ!」

 「ちょ、流石にスケブ出すのはやめて欲しいっス!」

 

「おいバカアホやめろバカさては酔ってるなお前」

「ああ、君に酔っているんだよ私は。ねえ、涼児くん。もう少し傍に行っても良いかい? 照れてる君もキュートだね。私にプロデュースされてみない?」

「照れてない。引いてるんだよ」

「おーおー、お熱いこって。熱くて暑くて思わず冷酒を頼んじゃうよーんっと」

「おい助けろジョウ」

「やなこった」

 

 「酔っているので寄っといで。・・・・・・微妙ですね」

 「あら、楓ちゃん今日はあまり奮わないわね。体調でも悪いの?」

 「どうやらその様です川島さん。お猪口(ちょこ)でちょこっと飲んだ程度では、舌の滑りが良くならないみたいで」

 「ヘーイ、カエデ? 調子が良くないならこの世界レベルのハブ酒を飲みなさい。私がキープして貰っているボトルよ」

 「ヘレンさん、お疲れ様です。珍しいお酒ですね! ぜひご相伴に預からせていただきます」

 

「「「・・・・・・なんかアイドル多いなぁ」」」

 

 先程から談笑の合間合間に見知った声が耳に入ってくる三人。

 ここが憩いの場なのか、仕事場なのか少し分からなくなってきた。

 

 「こんばんはー! プロデューサーが居るご飯屋さんはここですかっ!」

 

 スパァン! と勢いよく開かれた扉なら顔を出したのは紅き闘志、熱血アイドル、一人トライアスロン。

 パッション部門の赤い衝撃、小さな巨人、日野茜である。

 今日も一日、トレードマークのひと房に結わえた青春の赤い夕日色の長髪と、元気一杯に愛らしい笑顔を振り撒きながら本日のお勤めを終え、ここに参上したのだった。

 

「うるせえ」

「あはは、茜ちゃんは今日も元気だ。小さな体に無限のパワーのギャップが実にキュート」

「なんでアイツが居酒屋に来てんだよ・・・・・・」

 

 なお、彼女はパッションPがプロデュースしているアイドルの一人でもある。

 かなり懐かれているようで、何処であろうとパッションPの姿を見掛けると、ところ構わず挨拶代わりのハグ(タックル)をカマしている姿はあまりにも有名である。

 

 「あっ、見つけましたよプロデューサー! ボンバー!!」

 

 このように。

 ターゲットを定めた茜は、僅か数歩でトップスピードまで加速し、パッションPの座る座席へ一直線に駆け付ける。

 

「あっ、やべ」

 

 ドムっ。そんな鈍い音が、穏やかに酒を喰らっていたハズのパッションPの腹部に走る鈍痛と共に響き渡る。

 座っていた椅子から転げ落ちずに堪えられたのは、日頃受け止め慣れているからだろうか。

 受け止めた茜を空いていた隣の席へ座らせながら、体勢を整えるパッションP。

 

「ごふっ。お前なんで居酒屋に来てんだよ茜」

「はいっ! プロデューサーと美味しいご飯が食べられると聞きまして、居ても立ってもいられず!」

「聞いたって、誰に――」

「よっ、情一サン」

「――お前か、なつきち」

 

 ひょっこりと顔を出したのは木村夏樹。

 パッションPが最初にプロデュースを始め、現在はAランクアイドルの上位陣として己の道をひた走る、初見ではあまりに衝撃的なリーゼントヘアーと、ギターを担いだ姿が特徴のロック系アイドルである。

 

「お二人も、お久しぶりデス」

「ははっ、無理に敬語は使わなくて良いよ」

「そうだよ、夏樹ちゃん。私たちと君の仲じゃないか」

「そうかい? なら、遠慮なくそうさせて貰うよ」

 

 そうして、プロデューサーたちの隣のテーブルへ陣取ると、注文を取りに来た店員と何事か話し出す。

 店の奥、調理風景を眺められるように造られたカウンター席にて、店長らしき初老の男性が、良く手入れされた年代物のアコースティックギターを取り出すのが目に入る。

 

「なるほど。いいぜ、お疲れのプロデューサーさんたちも、アイドルの皆にも取っておきの元気になれる歌をカマしてやるよ」

 

 話がついたのか、穏やかにそう告げると、夏樹は席を立ち、ギターを片手に待つ店長の元へ歩いていく。

「ちゃんと聴いてくれよな」と道すがらパッションPへバチコーンとウィンクを放ちながら。

 

「お熱いこって」

「そんなんじゃねーよ」

「おやおや、情一くんにもやっと春の季節かな」

「『も』が誰のことを言ってるのか分からないが、とりあえず幸せにしてやれよ、ジョウ」

「違うっつってんだろ。痛く叩くぞ」

 「すみません! この牛タン定食ください!!」

「「「うわっ、ビックリしたあ」」」

 

 そんなこんなで、アイドルとプロデューサーたちで賑わう居酒屋さんの夜は更けていく。

 楽しげに、穏やかに、美しいギターの旋律に乗せて紡がれる音楽に、徐々に歌う声が増えていくこの幸せな音色に包まれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇足と言えば、知っていますか? サ・タという、正に蛇に足が生えた神様が居るらしいです。はい、偶然手に取りました本にそう書いてありました・・・・・・。あ、あの、何も、気の利いた事を言えず申し訳ありません・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「おや、涼児くん。そんな神妙な顔付きでどうしたんだい? そんな君もキュートだよ。プロデュースさせてくれないか」

「すんませーん、お冷くださーい。キュートPがだいぶキテマース。殺人鬼みてーな顔を神妙でキュートとか言ってまーす」

「いや、ここまでアイドルが来てるのに、うちのモンが居ないのが気になってな」

「ああ、確かに。涼児くんの所のアイドルだったら、来ていてもおかしくないね」

「特に、のあちゃんな。食に関心がどうたらって前からインタビューに返してたし」

「そう、そうなんだよ。しかもアイツ割と神出鬼没だから日野さん以上に怖くて」

「はい! 私に何かご用ですか! クールPさん!!」

「ああ、うん。なんでもないから、ゆっくりご飯食べてて良いよ」

「そうですかっ! ご飯お代わりお願いします!」

「茜、牛タン一枚に対する白飯の消費量おかしくないか。なんで一枚食うのに丼二杯空けてんの」

「これが普通ですっ!」

「いやあ、気持ちのいい食べっぷりだね。私も何かお腹に入れたくなってきたよ」

 〜♪

「ん、LINE通知?」

『今、あなたの後ろに居るわ』

「・・・・・・・・・・・・」

「涼児」

「涼児殿涼児殿、ライラさんが到着しましたです」

「プロデューサー殿。珠美、なぜか店員さんに両親が同行してるかどうか聞かれました・・・・・・」

「俺は絶対に振り返らないぞ・・・・・・!!」




 もしかしたら熊本弁(蘭)や、のあ語よりも楓さんのギャグ考える方が難しいかもしれない。

 プロデューサー紹介回でした。彼らの出番(他属性のアイドルメイン回)も今後作った方がいいのか、このままクールPと珠美のあライラさんメインにエキストラ出演でアイドル達を可愛く表現したらいいのか、悩みところ。


 美玲ちゃんに声が付いたあの日のことは忘れられませんよね。
 クソビビりましたもん。
 イベント告知開いて、「あれっ、なんか知らない声が聴こえる」って思ったら

 早坂美玲だっ!

 だもんね。
 思わず飲んでたコーラ吹き出してあわやスマホが大惨事になりかけましたもんげ。


 そんな美玲ちゃんは、月並みですがクール系のMVがとても良く似合います。
 恒常SSRが無くとも、「ガールズ・イン・ザ・フロンティア」の衣装とかめちゃくちゃカッコイイですからね。SSRが! 無くとも!(必死)
 あれ着たインディヴィメンバー揃えて∀NSWERやると大興奮ですよええ。
 でもやっぱりキュート曲が似合うのがカワイイくて好きです。
「メルヘンデビュー!」オススメです。
 あと劇場で毎回毎回面白いヘレンさんですが、この人は何を踊らせてもカッコイイ凄い人です。
 美玲ちゃんもそうなんですが、「共鳴境の存在論」をやってもらうと鳥肌立つくらいカッコイイんです。
 なんで急にヘレンさんの紹介し出したんだ。ヘーイ!!



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クールP「そう、キュート」

 

「それでですねー。ライラさん、すっごくすっごく頭にきまして、とうとう爆発してしまったんでございますです」

 

 突き抜けるような青空が心地良い、ある休日の昼下がり。

 特設の野外ステージで、一人のアイドルが、集ったファンに向けて楽しげにその日常を切り取って話し掛けていた。

 

「こらー。こんな感じで、ちゃんと怒ったのですが、なぜだか頭をポンポンされてしまって、ライラさん、不思議で不思議で」

『それじゃー、可愛いだけだよー!』

「えー。そうでございますかねー。ライラさん、ほんとにほんとに頑張って怒ったのですが」

 

 お喋りが大好きな褐色肌が眩しいアイドル、ライラがもっとも得意としており、自身も大好きだと語るこれは、新曲発表を兼ねたトークライブ。

 異国情緒溢れる鮮やかな金色の髪を風に踊らせ、キラキラと輝く碧眼を集まったファンの一人一人と合わせながら行われるトークライブは、忙しなく日常を過ごしていた人々が、ライラとのゆったりと流れる時間のおかげで癒されている。と大変好評である。

 時折ファンも巻き込んで語られるストーリーには偏りがなく、かつ本当にライラが体験したものばかりなのでファンたちは自然とライラの話へ入り込み、まるでアイドルと同じステージ上で談笑しているような気分に浸ることが出来る。

 最近では定期的に他のアイドルも混じえて開催して欲しい。との声が増えてきており、346プロ及び各部門が現在企画検討中とのこと。

 

「んん・・・・・・」

 

 そんな和やかな空気が漂う舞台の後ろにて、クールP――来栖涼児(くるす りょうじ)もまた、穏やかな空気に充てられ、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。

 日頃の疲れが色濃く主張するその隈が語るのは、連日続いたライラをメインに据える複数のアイドルが(あや)なすライブフェスティバルの企画会議。

 346プロが誇る三部門全てを巻き込んで行われるそのフェスは、合間合間にアイドル達によるトークショーが挟まれる予定である。

 

「ライラさんが「あと一個食べたらあげますです」と言ったのに、涼児殿・・・・・・あっ、プロデューサー殿がですねー、ピノを横から食べてしまったお話でしたー」

『ライラさんありがとー! 今回も楽しかったよー!』

『涼児ィ、名前覚えたからなぁ』

『ピノになってライラさんに食べられたい』

 

 そんな彼は知らない。

 今回ライラの口よりのんびりと語られた「ライラさんのピノ強奪事件」が、有名掲示板のアイドル専用スレッドが一つ「【ドバイの】ライラさんを見守る会Part109くらい【妖精】」にて、何年もの間恨み節を語り継げられる事になろうとは。

 

「・・・・・・ぐぅ」

 

 公園で楽しげにライラとアイスを食べる彼の笑顔に胸を打ち抜かれた極一部のファンにより、「プロデューサーを応援するスレ」が立つことを、彼は知らない。

 ついでに各部門のプロデューサーのスレも立っていくことも、勿論知る由もない。

 

「それではー、今回のメインイベント。ライラさんの新しいお歌の発表でございますですー」

 

 この後、穏やかなトークライブの雰囲気を一瞬にして消し飛ばすロック調の曲をクールに歌い上げ、そしてファンの目前まで迫る煽りパフォーマンス(これもまたライラのライブが人気な要因の一つ)によって、癒しと興奮の板挟みにあったファンが、テンションの落とし所に迷うのは、また別のお話。

 

『いや、なんかチェーン巻いたロックな衣装着てるなー、とは思ってたんですけど、まさかあんなバリバリにカッコイイ歌を歌うとは。雰囲気の高低差で耳キーンしましたわ。ライブはトークも歌も相変わらず凄い良かったですけど』

 

 ファンの多くはそう語ったという。

 衣装の段階で気付けよ。

 

 

 ☆

 

 

 お仕事を無事に終えたらご褒美に望むものを(常識の範疇で)してあげる。

 これは、クールPがアイドルたちに対してずっと続けているコミュニケーションの一つだ。

 単純に、アイドルの仕事へのモチベーションを上げるためと言うのは勿論あるが、それ以上に重要なのは「一緒に好きな事をする」という一面にある。

 アイドルと確かな絆を育むということは、それだけ普段は見られない一面を覗ける機会が増えるということ。

 案外、どうってことの無い会話や、仕草から新しい可能性を閃くことがあるのだ。と、クールPを含めたキュートPパッションPはなんてことは無いようにそう語る。

 

「おー、涼児殿は力持ち。ですねー」

「ライラさんや、君はいつもこんなにもお裾分けを貰ってるのかい?」

「はいー。お買い物に出かけると、最近はみんながあれもこれもと持たせてくれますです」

「仲良しなんだ?」

「はい! ライラさんは商店街の皆様が大好きでございますー」

 

 新曲発表のライブを無事、盛況で終わらせたその後、クールPは、以降の時間が空いているライラへ何をして欲しいか聞くと、家の消耗品が減ってきたので荷物持ちをして欲しい。なんてお願いが帰ってきたので、お安い御用とライラと共に彼女の自宅近くの商店街へ繰り出せば、あれよあれよという間に片手で足りていたはずの荷物が気のいい商店街の住人によって増えていき、今やクールPの両手はずっしりと塞がっているのだった。

 

「凄いな、ライラさんは」

「いえいえー、ライラさんが凄いのではなくて、こんなに優しくしてくださる皆様が凄いのですよ」

「俺なんか近所のコンビニに出かけると、毎回店員がレジカウンターの下に手を添えるんだ」

「はあ、レジの下に何かあるのですかー?」

「直ぐに警察へ通報できるボタン」

「それは・・・・・・きっと気の所為でございますです。涼児殿の考えすぎですよー」

「そうかな」

「そうでございますです」

 

 小さな女の子に気を使われる事に、苦笑いを浮かべるクールP。

 時折吹き抜ける爽やかな風にキラキラと陽光を抱く髪を(なび)かせるライラと対象的に、歩く度にふわりふわりと揺れるハネっ毛は、今日もクールPの目元に絶妙な影を落とし、その疲れた視線に妙な凄みを持たせていた。

 

『おい、ライラさんの隣にいるあの男はなんだ』

『知らないよ。ただ、堅気のモンには見えねぇな』

 

『ボディガード・・・・・・?』

『スーツ着てるし、そうなんじゃね?』

 

『――!! あの首から下げてる社員証っ』

『ああ、間違いない。トークライブで言ってた「涼児殿」だ。プロデューサー殿だ』

『こっわ。目付きわっる』

『あれ通報したら普通に捕まるんじゃね?』

『よせ。見えないのか、ライラさんのあの楽しげな表情が。そんなことしたら最悪の場合、泣くぞライラさん』

『それはいけない』

『じゃあ呪詛を送るだけにしとくか』

『そうしよう』

『『サイキック呪詛っ』』

『それ失敗するやーつ』

 

『今、超能力の話がっ』

『ほら裕子ちゃん、余所見しない! また迷子になるわよ!』

『そんなしょっちゅう迷子してるみたいな言い方しないで下さいよ。早苗さん』

『してるでしょうが。この前のロケで一人だけ電車乗り間違えたの、忘れたとは言わせないわよ。あと雫ちゃんも買い食いしようとしない! 今ロケ中でしょうが!』

『ごめんなさーい。あのコロッケがあんまり美味しそうでしたから、ついー』

『やや、あそこに見えるのはプロデューサー殿では!?』

『はーい、珠美ちゃんは早苗お姉さんとお手手繋いでいましょーね?』

『あー! また珠美を子供扱いしてー!!』

『あらごめんなさい。珠美ちゃん、小さくて可愛いからつい』

『確かに、珠美ちゃんは可愛いですよね。そーれ、さいきっくナデナデー』

『あー、ずるいですー。私も珠美ちゃんをなでなでしちゃいますー』

『ぬあ!?』

 

 

(・・・・・・なんか凄い視線感じるな)

 

 商店街の人気者。

 人を惹きつける不思議な魅力があるライラの隣を歩くということは、彼女をよく知る者たちに値踏みされるということ。

 しかし、誰一人として二人の間に踏み込んでこないのは、ひとえにライラが平時より楽しげに歩いているからか。

 笑顔の彼女の時間を、邪魔できる者がどこにいよう。

 

「おー、涼児殿涼児殿」

 

 不意に、楽しげにルンルンと、今日歌い上げた曲のワンフレーズを口ずさみながら歩いていたライラが、買い物袋を持たない左手でクールPの袖をチョイチョイと引っ張った。

 

「なんだいなんだいライラさん」

「あれを」

「あれ?」

 

 スイと綺麗な指が示した先には、小さな噴水付きの公園に止まっているアイスクリームの移動販売車。

 今まさに指さしたライラは、その碧い瞳を一層キラキラと輝かせて、可愛らしい装飾がなされた車両を見詰めて逸らさない。

 

「・・・・・・荷物運ぶのも疲れたし、公園で少し休もうか。ライラさん」

「!! はいっ。ライラさん、お疲れです。甘いものが食べたいです、涼児殿」

「おお、凄い流暢に喋るねライラさん」

「おー、あんな所にアイス屋さんがありますですよー?」

「ちょっと待ってね。これベンチに置いたらすぐ行くから」

 

 これ、と両手に持った袋を上下させれば、待ちきれないのか「はやくはやく」と急かすように引っ張られるクールPの袖口。

「神秘的な雰囲気があろうと、どれだけ人気者になろうと、本質はまだまだ子供なんだなあ」と優しく微笑むクールP。

 

「涼児殿、涼児殿。早く行かないと車が、アイスクリームが行ってしまうでございますです」

「大丈夫だよライラさん。車は完全に止まってるでしょ」

 

 公園の一角、木陰になっているベンチの下へ、袖にしがみつくライラを引き摺りながら歩くクールP。

 離さない様に、離れない様に捕まるその手の先、ライラの顔はアイスクリーム屋のメニューを遠くから吟味していた。

 

「うー。うー。ライラさんはいちごのアイスが食べたいでございますー」

「分かったから。分かったから、一旦袖を離してくれ。身動きが取れない、荷物が置けない」

「それはー、あー。うー?」

「ライラさん?」

「嫌でございますです」

「なんで?」

 

「なんででしょうねー」なんて、とぼけるように語るライラの表情は、アイス屋さんに向けられてクールPから見えないその顔は、どこまでも幸せそうな笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇足・・・・・・へび、ヘビですか。ああ、そう言えばナナが若い頃(・・・)には「ガラガラヘビがやってくる」と言う歌が流行ってですね――。

 

 

 

「おー、本当に良いのですか。涼児殿」

「良いよ。今回はライラさんのトークを最後まで聞けずに寝ちゃったし、そのお詫びも兼ねて、ね」

「やりました。ではアイスは二段重ねでお願いしますです」

「好きなの選んで良いぞ」

「ちなみに、涼児殿は何を選ぶのですかー」

「んー、俺はチョコかな」

「おー、それも美味しそうでございますねー。・・・・・・ではライラさんもー」

「いやいや、他の選びなよ。欲しかったら一口でもなんでもあげるから」

「お揃いはお嫌ですか」

「いや、そういうんじゃなくて」

「では、珠美は抹茶を」

「私はバニラ味をー」

「むむむ、私はー、えー、サイキックマーブルアイスを!!」

「あたしはそうねー。ちょっと変わり種の醤油アイスなんて面白そうね」

「・・・・・・!?」

「チョコはプロデューサー殿がいくらでも分けてくださるさるようですから、安心して他のを食べられますな」

「そうねー。ほんと、クールPさんありがとっ!」

「ごちそうさまですー」

「サイキックありがとうございます!」

「おー、皆様どちらからー?」

「なんだお前らどっから湧いてきた」

「「「「ロケの休憩時間でーす」」」」

「・・・・・・奢らんぞ」

「「「えー」」」

「そう言いつつ、財布から人数分のお金を取り出す辺り、プロデューサー殿は甘いですなあ」

「珠美は自腹な」

「なんでえ!?」

「ふふふ、ライラさん。色んな人に囲まれて、涼児殿に幸せなお仕事を貰えて、たくさんたくさん、幸せですねー」

 

 クールPとアイドルたちはいつも賑やか。

 





 前回は冒頭で美玲ちゃんのワンシーン書いたし、クールPとライラさんの馴れ初めでも書くかあ。
 ↓
 気が付いたらこれ書いてた。
「あれ、なんかクールP居眠りしとる。なんで? なんでセクギルと珠美がロケしとんの? 私は何を書いてるのライラさん」書きながら首捻ったのなんて初めてですよ。
 きっと直前に彼女のデレステコミュを見てたせい。
 というか、内容が彼女のコミュそのもので自分の想像力不足を痛感しました。
 でもおかげでライラさんの喋り方を綺麗にトレース出来たかと思います。
 可愛い可愛いライラさんを表現出来ていたら嬉しいです。


 ライラさん、吸い込まれそうなお目々が可愛いですねー。
「クレイジークレイジー」のフレデリカポジションに置くとくっそエモい。
 途中でカメラ目線のシーンがパッパッパッと映る所があるんですが、そこで「アッッッ、エッッッッモ!!」と叫んだのは記憶に新しく、キュート橘ありすのソロ曲「In Fact」では切なげに歌うライラさんが美しい。
 藍子ちゃんの「お散歩カメラ」も、踊ってもらうとふわふわした感じが素敵です。凄く凄い(モバP特有の語彙力)


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クールP「その心は情熱に燃えて、可憐に輝く」

 

 今にも落ちてきてしまいそうなほど、空を、視界を、心を埋め尽くす雄大な星空。

 雲一つない、晴天の夜には、決まってここに来てしまう。

 何をするでもなく、何を考えるでもなく。

 ただ、星を眺めに。

 

「・・・・・・ここは、いつになっても変わらない」

 

 コンクリートと喧騒で塗り固められた都会より、何駅か電車を乗り継いで辿り着くここは、人のざわめきと人工的な地上の星から遠い場所。

 開けた丘にひっそりと建つこの小さな展望台――と言っても、木製の簡素なものだが――の床へ直接腰を落ち着かせ、夜風に(なび)く髪を抑えつつ美しい星空を胸の中へ閉じ込めれば、閉じ込めた星空に押し出される様にあの日のコトが思い出される。

 空虚で、何も望めなかった私の、手を伸ばすことすらしていない癖に、諦めた気になっていた私の――タカミネ ノア(虚ろな私)を、高峯のあ(輝ける星)に変えてくれた、運命の日。

 ・・・・・・そう、思考してから気付く。

 

「運命だなんて。そんな」

 

 そんなつまらない言葉で、あの日の出会いを飾りたくない事に。

 

 それは、流れ星。

 瞬きの間に燃え尽き、けれど鮮烈に瞳へ焼き付く一条の光。

 それは、星空。

 変わることのないモノ。変えられないモノ。

 けれど、ただ見方を変えるだけで、万華鏡のように灯す色を変えるもの。

 それは、月。

 光の見えない夜にあって、しかし歩く先を薄明るく照らす穏やかな輝き。

 太陽よりも優しく、しかし陽光よりも妖しく人を惹き付け、時に陶酔させる狂おしい煌めき。

 

 それが、アイドル。

 高峯のあ()が、(高峯のあ)だけが紡げる。

 たった一つの、星明かり。

 

 

 ☆

 

 

〈今日もお綺麗でしたよっ、タカミネさん!〉

 

【君には、期待しているよ。次回も成功させてくれよ?】

 

[今度はどんなコンセプトで撮影されるんですか!?]

 

 羨望、期待、崇拝。

 その瞳に移る私は、本当に私?

 綺麗な自分を磨くことも、自分は次も上手くいくと願う意思も、新しい世界を描くことも、忘れた人たち。

 私を、あなた達の願望を映し出す鏡にしないで欲しい。

 

《うーん、タカミネさんは綺麗なんだけど、他に何が出来るのか知らないし、表情が固くて役者としてもなあ。モデルかエキストラ以外の扱い方が・・・・・・あっ! お、お疲れ様》

 

 諦観。

 深く入り込むことで理想が壊れることを恐れ、しかしそんな自分を認識することもまた恐れる。

 故に己を誤魔化すため、他者を否定する。

 それは私も同じ。けれど、歩み寄ろうとはしたわ。

 その度に、あなた達は【近寄り難い】【私なんかが】と離れていった。

 

『何考えてるのか分かんない。何もしてないのに、ただ美人ってだけでちやほやされて――もしかして、調子に乗ってない?』

 

 嫉妬。

 皮肉にも、この仄暗(ほのぐら)い感情こそが、一番真っ直ぐに私を見ていた。

『何もしてない』・・・・・・それは、私が一番よく理解していて、一番苦しんでいること。

 可能性を広げられる要因は、いくらでもあった。

 けれども、そのどれにも手を伸ばすことなく、今居る空虚な時間に根付いてしまったかのように動かないこの体を、私は心の底から嫌悪した。

 

{それじゃあ、美人なモデルさんから、素敵な一枚を今回も頂けましたし、どうでしょう。この後、二人きりでお疲れ様会。なんて〜? ウソウソ! 冗談でスよぉ〜。――ちっ、無表情のせいで口説き方が分かんねぇよ}

 

『美人なだけでちやほやされて』・・・・・・(高峯のあ)ではなく、その外側だけを愛でる人。

 美しいものが手元にある、というステイタスが欲しいがために、私に近付く人。

 そんな人達は、決まって私の変わらない表情に怯み、やはり踏み込むことを躊躇(ためら)った。

 

 可能性を信じて飛び込んだ、小さな芸能事務所で、私は日々を虚ろに過ごしていた。

 私が何者であるかを語るには、あまりに時間が経ちすぎたのだ。

 高峯のあは近寄り難い、無口で。鉄面皮の。ただのマネキンと変わらない、しかし傀儡と言うには些か意思表示が過ぎる存在。

 私という存在を、皆が皆、持て余して、心を近付けることを避けていた。

 

 ――だから私からも遠ざかっていく。そうして今日も、死んでいく。

 

 死というものは、例えその生命を負えずとも、迎える事が出来るという。

 誰からも自己の存在を認識されない者は、それ即ち死であると、認識されないのだから、存在していないらしいのだ。

 それならば、高峯のあと言う存在を知る者がどこにも居ない今この瞬間にも、私は死んでいることになる。

 私自身、高峯のあという存在が分からなくなっているのだから、これは自殺であるのかもしれない。

 不意に見上げた晴天のはずの青空は、どこまでもくすんで、灰色に見えた。

 昔は出来ていたはずの感情の励起とは、いったいどうすれば出来るのだったか。

 灰色の視界は、どこまでも私の心から光を奪っていった。

 

 

 喧騒が渦を巻き、熱が波を打ち、視線が交錯する街中を、私は小さな事務所を目指して歩く。

 すれ違う人すれ違う人、私を見ては振り返り、何か悩ましげに呟いては諦めたようにまた歩き出す。

 時折擦り寄って来ては耳を過ぎていく軽薄な音は、無視を決めこめばそれだけで遠のいていく。

 今日も、虚ろな空気が私を飲み込み溶かしている。

 

「平気かタマミ? 大丈夫だ、絶対に上手くいく。お前が死ぬ気で努力してたのは俺が一番分かってるんだ。だから、俺の信頼を信じろ。んで、失敗したら失敗してしまうお前のまま送り出した俺を全力で恨め。大丈夫、お前は強い。な? ・・・・・・そうか。よしっ、初めてのミニライブいってみよー!」

 

 誰かが誰かを心の底から心配する声。

 けれど、心の底から応援する声。

 何故だか、その声だけは声として、私の心に入り込んでいた。

 

 

 

《タカミネさん。次の仕事が決まったよ。今度は映画のエキストラだ。また、しっかりとこなして来て下さいね》

 

 ええ、それが私の、仕事だもの。

 事務所の中、点けっぱなしのテレビから流れる音に混じって、囁くように小さな歌が聞こえる。

 

《おや、誰が何処で歌って――ああ、そういえば近くのショッピングモールの屋上でライブがあるとか聞いたな》

 

 誰だか知らんが、楓さんの歌が聴こえ辛いだろう。そんな音を零しながら、目の前の男が窓を占めテレビの音量を上げるその瞬間まで、私はその歌を聞いていた。

 遠く、空の向こうから聞こえるような、小さな、けれど美しい旋律()を。

 

 

 ★

 

 

 事実は存在しない。存在するのは解釈だけである。

 

 一体誰が言っていたのか、街中の書店で、何となしに手に取った一冊に記されていたこの文言は、不思議とどれだけの時間が経とうと、私の中で私の心に突き刺さったままだった。

 事実は存在しない。

 誰も真実の姿を探そうとせず、『あの人はこうである』と言う解釈だけで決めつける。

 なんて、詰まらない。

 なんて、空虚。

 

〖カット。はい、ありがとうござましたー。これにて本日の撮影は終了です。エキストラの皆さんも、お疲れ様でしたー〗

 

《お疲れ様でしたー!》

 

 お疲れ様。

 誰かの音に重ねて呟くと、早々にこの場を離れる。

 目立つだけ目立って役に立たないこの身体は、今回の撮影現場――草花が夜風に揺れる丘の上で、和気あいあいと過ごす輪に溶け込めず、ふらふらと居場所を探して歩き回った。

 

 ・・・・・・居場所。

 そんなものが私にあるのか。

 何かを出来る。

 何かをしたい。

 一歩踏み出せる可能性が欲しい。

 そんなものが私にあるのか。

 ある筈がない。

 自分を認識できず、認識されず、きっとこのまま、私はこの虚ろな世界で、溶けて消えていく。終わっていく。

 それでも、もしかしたらと、

 歩いて、

 歩いて、

 彷徨って、

 そして見つけたその場所は

 

 ――星明かりの舞台。

 

 声に出して読み上げる、木でできた掠れ文字の看板。

 その先には、緩い螺旋階段が上階へ導く小さな展望台。

 ほんの少しだけ夜空へ近付ける、小さな舞台。

 

 ――・・・・・・。

 

 何故だか、ひどくその場所に惹かれて、

 

 一歩。

 

 螺旋階段に足を掛けた。

 

 

 

『なるほど。星明かりの舞台とは良く言ったものだ』

 

 先客がいた。

 一歩踏み出すごとに近付く夜の帳に魅せられて登った展望台には、一人の男が、緩く着崩したスーツ――仕事帰りだろうか――に汚れが着くのも気にせずに、雨風に長く晒されくすんだ色彩の木製の床へと腰を下ろして、手摺に背を預けながら空を眺めていた。

 

『綺麗だな・・・・・・。そうだ。俺の力で、この星空みたいなステージに、アイツを――っと、えらい美人さんが来たもんだ』

 

 恥ずかしい所を見られたな。と、先程までの強い熱を孕んだ瞳を閉じ、恥ずかしげに目元を撫ぜたその人は、しかし動く気は無いのか座ったままだ。

 その熱に、胸の奥がズクリと震えた。

 

『こんな所まで、天体観察ですか?』

 ――ええ、そんな所。

 

 でしたら、良ければどうぞと、その男は自身と少し離れた位置にビジネスカバンを投げ置いた。

 

 ――それは。

『ああ、クッション代わりに使って下さい。中には何にも入ってない、近々買い替える予定の空のバックですので、遠慮なく』

 

 ここの床は中々に尻をいじめてきますから女性には辛いでしょう、なんてニヒルに笑うその男の言葉に甘えて、腰掛けてみる。

 座った拍子にペコッと潰れるこの空っぽのカバンに、嫌な親近感を覚えた。

 視線の先、手摺の隙間からは、遠くに煌めく街の喧騒が一望できた。

 

『しかし、こんな人気のない所まで、一人でくるとは無用心ですね』

 ――そうかしら。

『ええ。別に危険な道がある訳ではないですが、寂れてますから』

 ――確かに。ここは何も無い、空虚な場所だわ。何の光もない。あるのは、ココから見える遠い人工的な光だけ。

『くうきょ。・・・・・・うん、空虚ね。何も無い。確かに何も無い場所だ』

 

 少しだけ星の粒を瞳に写すと、彼は立ち上がった。

 ・・・・・・今の私の言い方、気分を悪くさせただろうか。

 この人にとって、どうやらこの場所はお気に入りの場所のようだし、私のような者が乱入しては、落ち着いて星を観ることも出来ないだろう。

 帰るのならば、このバックを返さねばと、同じように腰を上げバックを手に取った時だ。

 

「でも君よりは虚ろじゃない」

 

 そんな声が、聞こえたのは。

 

 ――今、何を。

「君は、何をしにきたんだ。その瞳に、何を映しにここまで歩いてきたんだ」

 

 バックを片手に、顔を上げたその先、夜闇のように黒い瞳が、しかし星と月明かりに照らされキラキラと輝く双眸が、私を貫く。

 

 ――私は、星を、見に。

「だったら、なぜ君は空を見上げない」

 ――・・・・・・それは。

「眩しいからだろう。自らの光で、キラキラと輝く星たちが」

 

 何かを悟ったふうに語るその姿に、胸の奥で僅かな火が灯る。

 久しく感じていなかったこれは、苛立ち。

 私が何を感じてここまで生きてきたかも知らないくせに、悟ったように語るこの男に、私は苛立っていた。

 

 ――なにが分かるの。あなたに。

「総て。なんて言えたらクールなんだろうけど、生憎と俺は、今ここにいる君のことしか分からない」

 ――なら、勝手な推測で騙らない事ね。

「推測・・・・・・というか、同じ眼をしていた子を知ってるだけさ。君と同じ、遠い理想に近付く術を見失った、どうすれば動き出せるのか分からないと言う、迷いの視線」

 ――・・・・・・迷い?

「そう、迷い。光が欲しいのに、誰かに気付いて欲しいのに、気付かせる最初の一歩を踏み出せない」

 

 小さな勇気が欠けた瞳。

 そう告げるその男は、真っ直ぐと私を見据えて――そのあまりに強い瞳から逃れる為に、僅かに視線を下げる。

 下げた先には、手摺の隙間から零れるように広がる夜の帳。

 

「推測で騙るなと言うのなら、俺の言葉が気に入らないなら、語ってみせてくれ。ほんの少しでもいい。君が胸に溜め込んだ言葉を」

 ――・・・・・・。

 

 少しだけ、胸が、苦しい。

 下げたはずの視線は、いつの間にか上がっていて・・・・・・男の双眸と合わさっていた。

 その瞳は、なぜだか「大丈夫」と、「好きなだけぶちまけて良いよ」と、そう言っているように感じる

 胸の中で渦巻く苦しさに負けて、口を開く。

 

 ――私は、虚無。今の私は、変わりたいと願うものも、手を伸ばしたくなる可能性の光も、見失った。ただの器。

 

 堰を切る。とはこのようなことを言うのか。

 

 ――誰もが私を瞳に写して、誰もが私を心に映さない。そこに居るのに、ただ幻影を追うように、私の(ふち)だけをなぞって、あとは各々が抱く【空想の私】を押し付けて、近付けば【理想の私が見えなくなる】から遠のいて。結局、私は何者にもなれず消えていくだけ。

 

 ここまで吐き出したのは初めてだった。

 誰かに、(高峯のあ)を叩き付けるのは、初めてだった。

 

「誰かに聞いて欲しかった。けれど、誰かに聞いてもらったところで変われるかも分からなかった。・・・・・・そんな時間は、とうの昔に消失していて」

「可能性の光は、もう私には見えないくらい小さくて」

「・・・・・・だけど」

 

 吐き出した滂沱の想いは、夜風に拐われ消えてしまいそう。

 しかし、消え去る前に目の前のこの人が、一字一句を拾い集めて聴いてくれている。

 それが、嬉しい。

 

「だけど」

「私は」

 

 そう、私は・・・・・・!

 

「まだ、私のまま輝きたいと願っている・・・・・・!!」

 

 一陣の風が吹く。

 草木が囁き、すれ違う空気が笑い、地表を撫で、私の髪を月色に輝かせながら、風は空の彼方まで吹き抜けた。

 薫風に遊ぶ銀色を追って見上げた先、天上を覆う星々の煌めきは――

 

「なら」

 

 地上を小さく照らす星の光に、夜闇を煌々(こうこう)と切り裂く月光に、胸の奥が早鐘を打つ。

 こんなにも、綺麗だったのか。

 散りばめられ(星空)た光に魅了された私へ、穏やかな声が、届く。

 

「ありのまま、君は君のまま」

 

 視界の隅、星空と地上の境界線に立つ、その男が手をかざす。

 私に向けられた、手を伸ばせば容易に届く、可能性の光。

 

「俺と一緒に、アイドルという輝きを目指してみないか」

「アイ、ドル」

 

 まだ、手を伸ばすには遠い。

 まだ、この手を動かすには、怖い。

 

「このまま、で? 今の私があるから、変われないと嘆いていたのに」

「俺が、君の可能性を見出す」

「・・・・・・私に、そんなものはもう」

「諦めた君ではなく、君を見つけた俺が引き出してみせる」

「――!」

「その瞳に、星は綺麗に映ったんだろう? 今まで気にしたこともなかったはずの、その瞳に」

 

「――なら、大丈夫だ。星を綺麗だと思える君の中にも、まだ輝ける星の欠片は幾らでも眠っている。俺が引き出せない部分は、ファンの前に出ていけば否が応でも飛び出てくるよ」

 

 心臓が脈打つ。

 痛いほどに鼓動するこの音は、草木の声を代弁する風の音がなければ、きっと彼に聞こえてしまう。

 そうか、「大丈夫」なのか。

 根拠も何も見い出せないその一言の、目の前で力強く頷くこの男が魅せる瞳の輝きの、なんと頼もしいことか。

 

「・・・・・・わかった」

 

 手を、重ねる。

 

「貴方がそこまで強く言い切るのなら、その可能性という星を、探して欲しい」

 

 重ねた手から伝わる熱で、空虚だった胸の中が温かなものに包まれていく。

 

「きっと、貴方に掛ける私の期待は重いわ。けれど、」

 

 張り裂けそうな程の歓喜が、胸を突き抜けて全身を打ち震わせる。

 両脚に、重ねた手に力を込めていなければ、座り込んでしまいそう。

 

「だからこそ、全力でついて行く。どうか、この想いを」

 

 私が何を言わんとしているのか、まるで分かっているとでも言うように微笑む口元が悔しくて。

 

「高嶺のあを・・・・・・ガッカリさせないで」

 

 そんな強い言葉を、暗闇から、虚無の底から私を動かした彼――来栖涼児(くるす りょうじ)にぶつけるのだった。

 

 

 ☆

 

 

 事実は存在しない。存在するのは解釈だけである。

 

 昔、まだ胸の中に星を持てていなかった頃、そんな言葉を胸に突き刺していたのを思い出す。

 

「誰もが胸の中に輝ける星を持ち、その輝きの本質が変わることは、ない」

 

 あの日と同じ、地上を照らす小さな煌めきたちを、あの時の涼児(プロデューサー)と同じように、服が汚れるのにも構わず、腰を落ち着けて見上げている。

 

「それでも、見る人によって色も輝き方も違って見えてしまう。可能性(未来)もまた、観測する角度を変えた分だけ(いろどり)を変える千変万化の輝き。・・・・・・あの言葉は、きっとそういうことでしょう?」

 

 ひたすらにネガティヴな思考を持っていた誰かに囁く。

 サイリウムの空、ステージから見た幾条もの光の軌跡もまた、あらゆる感情を込めて、私に贈られているのだろう。

 その中にはきっと、かつて私の外側だけを語った者も居る。

 だから、どうしたというのか。

 ありとあらゆる事象は不変であっても、それを観測した側の感情までも固定化させることは出来ない。

 ならば、私を『美人なだけ』とか『何を考えているのか分からない』とか、勝手な評価を下す者達に、私という存在を、その輝きを叩き付けてやればいいだけだ。

 たったそれだけで、私を見る者の視線は、色を変えるのだから。

 

「・・・・・・そう。あの時の出会いが、私を変えた」

 

 未だ感情を叫ぶことは出来ない。

 この顔が数多の星のように、輝く笑みを振り撒くその日は、きっと遠い。

 だけど、今の私は輝いている。

 自信と確信を持ってそう言える。

 

「大切なのは、自ら意思を持ち、空虚な心などと逃げないで、小さなモノでもいい。希望を見出すこと」

 

 見上げた先、キラキラと輝く星と月明かりを浴びて、私は胸を高鳴らせる。

 

「ふふ。こんな簡単なことを今になって学習するなんて、人生とは分からないものね・・・・・・」

 

 今、この瞬間の私なら、綺麗に笑えるだろうか。

 胸の奥で鼓動する光を抱いて、私は美しい星空を瞳に閉じ込めた。

 

 

 

 

 それは、流れ星。

 瞬きの間に燃え尽き、けれど鮮烈に心へ焼き付く一条の光。

 けれど、光を失わない限り、真に燃え尽きることなく、何度でも煌めく無限の可能性。

 それは、星空。

 変わることのないモノ。変えられないモノ。

 けれど、ただ見方を変えるだけで、万華鏡のように灯す色を変えるもの。

 誰であっても、胸の奥に秘める光。

 それは、月。

 光の見えない夜にあって、しかし歩く先を薄明るく照らす穏やかな輝き。

 太陽よりも優しく、しかし陽光よりも妖しく人を惹き付け、時に陶酔させる狂おしい煌めき。

 心に夜を迎えた人たちを導ける月に、私はなりたいと願う。

 

 それが、アイドル。

 高峯のあが、私だけの胸の輝きが紡げる、星明かりの舞台(スターライトステージ)で見つけた、

 

 未だ終わりの見えない物語。

 





 執筆中BGM サカナクションより「アルクアラウンド」

 誰かと共に歩むということは、生まれ変わるということ。
 クールPが、高峯のあを迎え入れた日の話。

 高峯のあ、趣味は天体観測。
 このネタを拾わないてはないぜ。と彼女が星を見るようになった切っ掛け的エピソードも兼ねてるようにみえたら嬉しい。

 太陽の輝きに紛れる日中の月のように朧気で、けれど確かに存在し、静かに己を魅せつける彼女を、よろしくお願いします。


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珠美「クールなレッスンルーム。・・・・・・クール?」

 

 アイドル。

 星の輝きに例えられるその小さな光たちは、見上げる人々を魅了して止まず。しかし、その煌めきに励まされるのはファンだけではない。

 共に険しくも尊い道を歩む仲間もまた、その輝きに魅せられることがあるのだ。

 

 

 ☆

 

 

 天上にて、忙しなく動き回る人々を眺め、しかしその姿を喝采するかのように温かな光を落とす太陽は落ち、今はもう穏やかな黄昏へと変貌を遂げた昼下がり。

 学業を終えた学徒達が楽しげに騒がしく、或いは静謐に快然たる空気を纏って、寄り道を混じえながら帰路に就いていた。

 そんな彼ら彼女らに混ざって談笑を重ねる人の群れには、時折テレビの向こう側でキラキラと輝きを放つ笑顔が見受けられる。

 然もあらん。この道は星の数ほどあるアイドル事務所がその一つ、346プロダクションへと続く物の一つであり、ファンの間では高確率で346のアイドルを見られる場所として有名なのである。

 

 ――♪

 

 そんな、輝ける星々が歩む道より少しだけ逸れた場所。

 同じく346プロへ続く道でありながら、その情景を大きく(ひるがえ)し、影を落とす寂れた路地に響く小さな音色があった。

 

 ――♪

 

 瞳を細め、強風が駆ければ弄ばれてしまいそうなその身体をパンクロックなファッションで覆い隠し、両のポケットに手を預けながら歩く少女の、薄く開いた唇より紡がれる律旋。

 即ち、口笛である。

 単調と言うにはあまりに複雑に音色を重ね切り替わるそれは、美しくもどこか儚げな調べ。

 

 ――♪♪

 

 しかして、どこか上機嫌に、或いは幸福そうに鳴らされる音の波は、どうやらその形の良い耳からポケットへ繋がれたイヤホンよりインスピレーションを受けて紡がれているようだった。

 

(――嗚呼。なかなかどうして、この平凡な(ツマラナイ)世界で、けれどボクのようなアングラで痛いヤツにも、等しく幸福(幸せ)ってヤツは訪れるんだな)

 

 口笛の少女、名を二宮飛鳥(にのみや あすか)

 数多くの個性的なアイドルを擁する346プロダクション・アイドル事業部はクール部門に所属するその一人。

 厨二病、或いは中二病と呼ばれる。思春期特有の、自我が強く発達する時期が故に生じる、強い「異なる世界への憧れ」や、「空想の向こうにいる最高にイカした自分」等の自己愛を遺憾(臆面も)無く表現する、アイドルという枠組みには類を見ない少女である。

 

(そう、幸福。本当に、この純然たる悦楽の時は、そうそう訪れるものじゃあない)

 

 中二病という不治の病にして、人によってはふとした拍子に蘇り死神の鎌をもたげる(恥ずかしい思い出を想起させる)暗黒の精神疾病の中でも、所謂「邪気眼系」と呼ばれる自己の世界観にどっぷりと浸るタイプではなく、マイノリティを気取って斜に構えたスタイルという割と正統派なそれを患う飛鳥は、心中にて語る通りその胸中を喜色に満たしていた。

 

「……ふ、ふふふ。――おっと、いけない。またボクの心が零れてしまった」

 

 代わり映えのないセカイを嘆く表情が、ニヒルに弧を描き普遍に腐り落ちるセカイを嗤う口元が、ただひたすら楽しげにニヤついてしまうのを抑えるのを苦心する程に。

 

(ああ、本当に、本当に素敵だ。世界はまだこんなにも輝きに満ちていたんだ)

 

 そのように彼女を魅了するのは、その耳元で延々とループ再生されている一つの音楽。

 それは、予約開始の告知がされるのと同時にインターネット販売サイトで最速で予約登録を済ませ、その翌日には行き付けのCDショップで初回限定盤(店舗特典付き)をも予約したというガチファンっぷりを見せ付ける、二宮飛鳥が最も愛する――否、崇拝し、敬愛するアーティストの曲。

 これを手に入れるために、彼女は下校開始と同時に疾走し、CDショップで予約したものを旋風が如く早さで購入。次いで自宅に届くネット予約のCDも息を切らしながら受領。

 更にはダウンロード版すら購入し、お気に入りのミュージックプレイリストをワクワクと更新しながら、店舗特典の封を開けば、その内容に歓喜のあまり語彙力を著しく低下させ、神速の下校に流した汗と喜びに高まった熱をシャワーで排水溝の向こう側へ押し込む間「ヤバい」「凄い」「ヤバい」などと呟き続けていたのだった。

 

(高峯のあさん。アナタは何処までボクを、ボクのちっぽけな世界(ココロ)を惹き付けるのか……!)

 

 高峯のあ。

 飛鳥と同じく346プロはクール部門に所属する者の一人にして、本日新たにCDを発売した人気アイドルでり、二宮飛鳥が心の底から憧れる存在である。

 

(しかし、惜しむらくはちゃんとCDから再生できない現状、か。くっ、手元に現物があると言うのに、それを自由にできないこの幸福と失意の狭間もまた甘美に思えてしまうなんて、ボクは本当にどうしようもなく、あの人の虜なんだな)

 

 自嘲気味に嗤う飛鳥は、しかし346プロへ向かう足の運びがいつも以上に軽やかになっているのに気付かない。

 サリサリと少しだけ荒れたアスファルトを進む飛鳥の眼前が、「ボクの心象風景のようだ」とこの道を見つけた日に誰に聞かせる訳でもなく呟いた寂れた路地が、道端より小さく突き出た枝葉の屋根を境界線とするように開けていく。

 メインストリートと路地の合流点。

 346プロダクションをも飲み込むビル街へと続く道へ出たのだ。

 

「――っと、影から白日のもとへ。黄昏の境界線だね。薄明かりに慣れたボクには、(いささ)か眩しすぎる輝きかな」

 

 帰路を歩む人々の背中へ「お疲れ様」と囁くような夕陽の光が、薄闇に慣れた飛鳥の瞳を僅かに焼いた。

 その光に躊躇するように影と日向の交わる道に刹那の間佇むと、一度意味深に深く瞼を下ろしてから、一歩を踏み出した。

 その時である。

 

(――!!)

 

 ピクリ。

 まるで彼女の周囲のみが時を停められたかの様に動きを凍結させ、踏み出した足をそのままに、二宮飛鳥は彫像と化していた。

 

(きた)

 

 その理由(ワケ)とは、

 

(ああ、くそ。五月蝿いぞ、ボクの心臓)

 

 彼女の耳に収まるイヤホンより、聴覚系の感覚器を通して二宮飛鳥の脳を揺らし心へ魂へ伝播する旋律が、彼女の思考回路から「清聴」以外の行動を除外させているのだ。

 初回限定盤に付属したボーナストラック。文字通りの限定盤楽曲。

 加えられたリミックスアレンジは、酷く無機質で金属的な虚構の世界をイメージさせる。しかし徐々に虚ろな意志に光を宿していくようにメロディーを増やしていく曲調と、寡黙の女王と謳われる高峯のあという一人の人間が個我を叩き付けるように紡ぎ出す鮮烈な歌声が胸を貫くその歌の名は、本来ならば、自身の歌であるはずなのに、もはや飛鳥の手を離れ新たな命と存在を獲得して聴いた人々を魅了するその歌の名は、

 

(最高かよ。最高だよ。やばいよすごいよ凄く凄いよ感激だよ――共鳴世界の存在論(オントロジー)NOA Remix)

 

 その胸中の呟きは、もう何度目になるのか。

 共鳴世界の存在論(オントロジー)

 二宮飛鳥が唄いあげる、自身の内包する孤独感・自己の存在を叫び伝える歌。

 飛鳥の歌に込められた思春期の叫びは同年代の胸を叩き、また社会の歯車に呑まれてしまった大人たちの心を突き刺す慟哭の律動。

 しかし、高峯のあが爪弾く叫びは、全く同じ歌詞を語っているはずなのに、そこに込められた想いの深さがまるで違ったのだ。

 誰にも届かない本当の声を、誰も知らない真実の心を知って欲しいと瀑布の様に打ち鳴らす滂沱の歌は、人を勝手なレッテルと物差しで図る者達を打ち砕き、虚飾に塗れて動き出せず(うずくま)る人々の心を揺さぶる「芯」の通った歌声だった。

 その”(うた)”は、見事に二宮飛鳥という少女の胸を――胸の奥底に眠る魂を打ち鳴らすに至った。

 

(サビが、サビがすごい。すごくすごい。尊い)

 

 ぷるぷると瞑目しながら感激に打ち震えるその姿を「ヤバーい。ねね、ミカちゃんアレ見てみてー! 日陰から半分体出して寝てる人がいるよ!」「ちょ、止めなユイ。そんなパシャパシャ写メっちゃだめでしょ! って言うかあれアスカちゃんじゃん!?」等と騒がしい声が囃し立てたが、そんな物は気にならない程に彼女は集中していた。

 大好きなアイドルが、尊敬する人が、二宮飛鳥という人間を証明する歌を、己のモノとして紡いでいる。

 高峯のあが自分の歌をカバーしているというその事実だけで、飛鳥は嬉しさに飛び上がりウサミン星を目指せるくらいだった。

 

(ああ、この歌を聴いていると思い出すよ。運命の日。ボクが、アナタに出逢えた日のことを・・・・・・!)

 

 飛鳥とのあの出会いというのは、特別なものという訳ではなかった。出会いはあまりに日常的な、平凡な邂逅だった。

 今の担当プロデューサーにスカウトされ、諸々の説明や書類手続きを兼ねて改めて346プロへ赴いた際、飛鳥は彼女と出逢った。

 真っ白な廊下を、虚実的な超然たる気配を持ちながら、しかし圧倒的な存在感を放ち歩む彼女に。

 窓から差し込む陽光に逆らうように煌めく銀糸の髪を靡かせ、前を見すえて進む高峯のあに。

 その在り方に圧倒されて、担当Pに挨拶を促されても生返事しかできない飛鳥へ、自己紹介もそこそこに、のあは言ったのだ。

 

『アナタが紡ぎ出すステージで、アナタだけのセカイを魅せつけてくれる日を楽しみしているわ』

 

 心すらも見抜くような眼光で、けれど何処か優しい輝きを――そう、例えるなら足元の道すらも見失う夜闇において、進む先を優しく照らすような月光にも似たその瞳に、他者に理解を求めなかった自分の総てを見通されるような感覚に、飛鳥は魅入られてしまったのだ。

 そうして――

 

『さあ、()きましょう』

「や、やっぱりセリフパートはだめ・・・・・・!」

 

 そうして、高峯のあの大大大ファンとなった二宮飛鳥は、存在論(オントロジー)の歌詞の一部。最大の魅せ場でもあるセリフパートに撃ち抜かれ、寂れた路地を脱したのも忘れて往来に膝を着くのだった。

 

 346プロまでの道のりはまだ程々に遠く、あと何回この放蕩を繰り返すのかと悦ばしい不安にかられながら、到着した先に待つ更なる幸福――高峯のあとレッスン日と時間が重なるという奇跡に、飛鳥の心臓は早鐘を打ち続けるのであった。

 

 

 ☆

 

 

「のあ殿でしたら風邪でお休みですよ」

 

 夕陽が眩しい各部門共通利用のレッスンルームにて、脇山珠美(わきやま たまみ)が放つその言葉は、今まで聞いたどんな悪辣極まる暴言よりも、二宮飛鳥の心を深く深く穿った。

 

「・・・・・・は?」

 

 たっぷり一〇秒は掛けて漸く吐き出せた飛鳥の声は、あまりにもか細く、今にも消えてしまいそうだった。

 信じられない。そんな馬鹿な。ボクの至福の刻は何処(いずこ)――。

 飛鳥の心中を駆け巡る幾条もの慟哭は、誰に聞こえることなく砕けていく。

 

「なんでも、夜風に当たりながら天体観測していたら予想以上に冷えてしまったのだとか」

「へ・・・・・・」

「幸運にも直近の予定はレッスンしかなかったので、惨事にならず良かったです」

(ボクの心は大惨事だけどね。どうしよう、なんかこう・・・・・・足元から腐り落ちていく感覚がする。もしかして、これが“死“(終わり)なのか。ボクはここで“終わって“しまうのか)

 

 徐々に生気を失していく飛鳥に気付かず、共にレッスンする事が多い珠美は、言葉を続けた。

 

「熱もさほど高くないとの事でしたので、すぐに復帰できるとプロデューサー殿は言っていました」

「そうかい・・・・・・」

「のあ殿も飛鳥殿とするレッスンは楽しみにしていたようで。残念だ、と言っていたようですよ」

「!?」

 

 瞬間、飛鳥の瞳に炎が宿る。

 不死鳥は燃え尽きた灰の中より蘇ると言うが、燃え尽きるまでもなく灰となりかけた飛鳥は珠美の声で蘇った。

 

「ふ、くくく」

「・・・・・・飛鳥殿?」

「いや、どれだけセカイを裏側から嘲笑おうと、所詮はボクもまだまだ子供なんだな。と思い知らされてね。自嘲していたんだよ」

「は、はあ。そうですか」

「本人から聞いた訳でもないのに、その一言で一喜一憂するだなんてね。まるで、勘のみを頼りに動く賭博師みたいだ。己の未熟さに辟易させられるよ」

「わ、分かるような、分からないような例えですね・・・・・・」

「ふふ、人の感情なんて、本来は言語化出来ないものさ。ソレを無理に伝えようとしたんだ。伝達に齟齬が発生するのも無理はない」

(いやあ、飛鳥殿の場合はソコとは別の部分で齟齬が発生しているように思えるのですが)

 

 主に喋り方とか。等と言える訳もなく、心中で呟くのみで終わらせた珠美は、曖昧な愛想笑いで「そうですね」と取り敢えず話を合わせた。

 レッスンルームで良く顔を合わせるようになって長いが、たまにこの二宮飛鳥という少女が分からなくなる珠美であった。

 上機嫌に忙しなく言葉を紡ぐ彼女を生暖かい視線で見守っていると、ルームの扉が開く音が珠美の耳を打った。

 

「やあ、お二人共待たせたね。キュートオブキュート。私の自慢のアイドル、早坂美玲がやってきたよ」

「その紹介はヤメロっていつも言ってるだろっ!」

 

 後ろに控えた自身の担当プロデューサーである彩川美琴(さいかわ みこと)――メンズスーツをバシッとキメた彼女、通称キュートPの足を力の限り踏み付けながら扉をくぐる小さな影の名は早坂美玲(はやさか みれい)

 欠席ののあを除き、珠美・飛鳥・美玲のこの三人が本日共にレッスンに励む仲間だ。

 

「ぐぅ。み、美玲? 反抗するのは良いけれど、踵で思い切り足の甲を踏むのは止めてくれないかな」

「うるさい。何度言っても利かないオマエが悪いんだぞ」

「これは性分だからね。そして何より、私の美玲が誰よりもキュートなのは覆しようのない事実。それを正当に評価しないで何とす」

「ウルサイッ」

 

 ずど、ぐりぐり。

 

「るん゛ん゛、同じ場所を踏み抜くのはいけない。これはイケナイよ美玲」

「ほら、もうレッスン場に着いたんだから早くルームに戻れよな!」

「えー、良いじゃないか。私に君が頑張る姿を見せて欲しいな。そして応援させてくれ」

「い・い・か・ら!! もうウチは一人でやれるんだから、そんなに過保護にされても困るの!! 見送りも、どうしてもって言うから着いてこさせてやったのに」

「えー」

「えー、じゃない! ・・・・・・そ、そんな残念そうな顔をしても無駄なんだからな!」

「・・・・・・そうか。そうだね。もう美玲は立派なアイドルだもんね。出会ったばかりの、少しだけ人見知りでキュートなだけの女の子じゃないもんね」

「そうだぞ! だから」

「うん。だから、私は私の仕事をしに戻るよ・・・・・・珠美ちゃん飛鳥ちゃん、今日はよろしくね」

 

 唐突に現れて騒がしい二人を眺めていた珠美と飛鳥にふわりと優しく微笑むと、キュートPは「じゃあ、頑張ってね」と、少しだけ名残惜しそうに美玲の頭を軽くポンポンと撫で付け去っていった。

 

「おお、相変わらず凄まじい王子様スマイルでしたな」

「そうかい? ボクからすれば、甘いだけの笑顔よりも憂いや涼やかさを含んだ微笑こそ尊ばれるモノだと思うけどね」

「それってのあ殿の?」

「――ふっ、以心伝心ってヤツかな? 或いは、それ程までにボクからあの人へ向ける想いの強さが広まっているのか。後者だとしたら、この感情(想い)に妙な勘繰りを持つ者が現れないことを願うばかりだね」

 

 ボクの想念は、この空虚な心にあってしかし純粋なモノなのだから。

 瞳を閉じてクシャりと前髪を搔き上げるという、嫌に芝居掛かった動作で呟かれる言葉に、やはり曖昧な愛想笑いで応える珠美。

 そんな飛鳥へと呆れを含んだ視線を向けて、美玲が二人と合流した。

 

「タマミ、今日もアスカの相手して大変そうだな」

「たはは・・・・・・いえ、そんなことはありませんよ。少々難しいですが、のあ殿の言葉と比べれば非常にわかり易い表現ばかりですから」

「ああー、確かに。アスカってノアの真似しんぼだもんな。なんか偶に雰囲気が被って見えるし」

 

 その言葉に反応するのは、眉間に若干の皺を寄せた飛鳥。

 己が世界観を大切にする中二病に対して「誰かと似ている」と言った旨の言葉は禁句である。

 

「それは違うと強く否定させてもらう。ボクの紡ぐ言霊はボクだけのものだ。安易に誰かと比べたり、同調させるのは止めてくれないかな」

「飛鳥殿、口元の緩みを直してから言った方がいいですぞ」

 

 禁句ではあるのだが、場合によっては褒め言葉に変換されることもある。とここに明記しておこう。

 中二の心は単純なようで複雑――と本人は思っているが、実際のところは憧憬の念が強く表面化したモノが多いので、分かりやすい部分は存在するのだ。

 

「似てるって言われて嬉しかったんだな、アスカ」

「否定はしない。しないが、次からはボクの個我を勝手に測ろうとしないでくれよ? 所詮、他人から観測されたボクの評価なんて、下らないレッテルと同義なんだから――」

「あれ、珠美は飛鳥殿にとって他人だったのですか」

「ウチらはアスカのこと友達だって思ってたのに」

「ショックです」

「ショックだ」

「え」

 

 声を揃えて意地悪にそう伝える二人に目を白黒させる飛鳥。その姿を見て「よし、トレーナーさんが来るまで飛鳥を弄って遊ぼう」とアイコンタクトする珠美と美玲。

 そんな闇取引に気付けなかった飛鳥の声には、動揺の二文字が多分に含まれていた。

 

「そうですか。珠美は飛鳥殿と友情を育めていたと思っていたのですが、それは珠美の独りよがりな考えだったのですね」

「いや、珠美」

「飛鳥殿を友人と思い込む。これもまた、飛鳥殿が言う他者から貼られた身勝手なレッテル。ですね・・・・・・」

「ちょ、たま」

「ウチも、せっかく服の趣味が同じヤツと会えて、いっぱい話が出来て嬉しかったのに。そう思っていたのはウチだけだったんだな」

「み、美玲・・・・・・!?」

「ごめんな、アスカ。ウチ、ヒトヅキアイってヤツがまだ少しだけ苦手だから、困らせたよな」

「まて、待ってくれ二人とも。誤解だよ。今、この空間で多大な認識の相違が発生している・・・・・・!」

 

 理解(わか)らないかな。そこは理解(わか)ってくれてると思ったんだけどな。今のは、所謂『言葉のあや』ってヤツで、ボクは別に二人のことを他人だと断じた訳では云々かんぬん。

 顔を真っ赤にしながらあーでもない、こーでもないと手練手管で言葉の限りを尽くし、嫌に遠回しで友情を伝えようとする姿は、とうとう語彙力が底を尽き「二人はボクの友達」宣言を発するまで続いたという。

 

「なんだ二宮。素直に心中を語ろうと思えば出来るんじゃないか! よし、今日は基本的なトレーニングとボーカル・ダンスレッスンに加えて純粋な胸の内を語る演技のレッスンもしてみるか!」

「それは早計すぎるよ、トレーナーさん。ボクは『素直』や『純粋』と言った要素と相反し、反発する存在なんだ。だから――」

「のあ殿が飛鳥殿なら如何なるレッスンであろうと真摯に受け止め、いずれは自分と同じ舞台で共に(こえ)を響かせることが出来る。と言ってい」

「だからこそやろうか、トレーナーさん。なに、心配は要らないよ。星の輝き・・・・・・空の向こう、虚空で輝ける光に近付けるというのなら、ボクは己を偽る仮面(ペルソナ)すらも身に付けるよ。もちろん――完璧に、ね」

「うわあ、分かりやす過ぎるだろアスカ。ウチ知ってるぞ。こういうのをチョロいって言うんだ」

「シー。美玲殿、ここは黙ってレッスン開始ですぞ」

 

 なお、その姿はトレーナーがレッスンルームに到着すると同時に披露された事を、そしてその姿を活かして飛鳥の新たな一面を見出したことをここに明記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇に足・・・・・・と言えば、少し古い漫画にヘビビンガーと言う正に蛇足なモンスターが出てくる作品がありましてですね。それがとっっっても面白くてオススメな作品ッス。

 

 

 

「・・・・・・ぼ、『私の想いを受け取って欲しいんだ。私は、アナタのことを、心の底から、す、好』――無理だ。ボクにこんな恋を謳い歯の浮くようなセリフは紡げない」

「えぇ・・・・・・」

「アスカ、そこまで言ったならもう全部吐き出せよ。九割言ったようなもんじゃんか」

「そうだぞ二宮。今後、アイドルとして活動する上で『恋する少女』の役が回ってくる可能性は大いにある。今のうちに慣れておけ」

「慣れるも何も、ボクに最も似合わない役柄なんて願い下げだね。そんな役割よりも、ボクには世界の外から理を説く狂言回しが似合っているだろう」

「凄い。さっきまでヤル気に満ち溢れていたのに、トレーナー殿から台本を渡された途端に萎びてしまいましたぞ」

「あんだけ言い訳を言うのに口が回るなら、サラッとイケそうな気が来るけどな」

「人には相性というものがある。ボクに光と整然とした表のセカイが不釣り合いで、本来は混沌と暗闇がボクを包んでいるんだ。それを無理やり取り払って、水と油を混ぜ合わせるような真似をさせるなんて、ナンセンスの極みだと思うね」

「そのナンセンスを表現してみせると宣言したのは何処のどいつだ。ほら、二宮もう一回最初から!」

「ぺ、ペルソナを被るにはボクはまだ未熟だったみたいだ。もう少しだけ経験を重ねてから再チャレンジさせてもらうよ」

「その経験を積むためにレッスンしてるんだろうが二宮ァ!」

「くっ、言っても分からない脳筋はこれだから・・・・・・!!」

「聞こえてるぞ二宮。よーしよし、良いだろう。今回はとことん付き合ってやる・・・・・・」

「・・・・・・美玲殿、今回のレッスンは長引きそうですな」

「そーだな。ウチ、アスカが早く本気になってくれるのを祈っとくぞ」

「では、珠美も」

 

「二宮ァ! 好きと伝えるのになんで妙に影のある演技をする! そこは素直に気持ちを伝える恋する少女であれ!」

「それが理解れば苦労しない。……ふ、やはりボクにはアンダーグラウンドがお似合いなのさ」

「気取ってないでやり直しだぞ二宮ァ!」

 

 今日も今日とて、小さな星たちは自らの輝きに磨きをかける。





 クールP不在回。
 動かしやすいオリキャラを除いてアイドルたちを前面に押し出し書こうとしたのに、気付いたら代わりにキュートPが顔出してました。なんだお前。

 飛鳥くん登場させるんなら、のあさんに憧れてもらわないと私が困る。
 そう思いながら執筆して出来上がったのがこちらです。
 よし! キャラ崩壊は最小限にして飛鳥語の再現もまあまあ出来てるかな! と、個人的には満足のいく出来でした。

 ・・・・・・飛鳥Pさんゆるして。





 二宮飛鳥。「イタいヤツ」を自称する中二病な彼女は、なんと言ってもその意思の強い瞳とクール曲以外は踊ってなるものかと全身で訴えるオーラが魅力ですね。

 だからこそキュートでパッションな曲を踊ってもらいたくなります。
 市原仁奈ちゃんのお歌「みんなのきもち」とか飛鳥くんの世界観ぶち壊しで、でもだからこそ普段は想像出来ない楽しげな彼女に惚れ直すし、「ハイファイ☆デイズ」とかダークイルミネイトで踊らせて普通にノリノリな蘭子と「何だかんだで楽しんじゃって、でもソレを表に出すのは自身の世界観的に許せないから斜に構える飛鳥」の姿が容易に想像できて楽しい。
 「HotelMoonside」を歌うのあさんの両隣りにダークイルミネイトを配置して、歌唱後に「貴い」しか喋れなくなる両者を想像するのが最近の楽しみです。
 堀裕子の「ミラクルテレパシー」が以外にも合う。「サイキック大ユニゾン」の部分は撮れ高すごい。
 一ノ瀬志希の「秘密のトワレ」は言わずもがな、最の高ですわ。妖しい魅力に溢れた曲と飛鳥の表情が実に凄い。


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クールP「パッションしかいない」

 

「土曜の夜は如何お過ごしっスか?」

「今日も今日とて、お暇では?」

「それなら見てって欲しいんだじぇ!」

比奈(ひな)と!」

「ユリユリとぉ!」

紗南(さな)のっ!」

 

「「「ディープな夜はゲームで締めよう、ひなユリサーナ!」」」

 

 ピコピコピコどどーん。てれれれーれってってーん。

 8bit音源がノスタルジーな雰囲気を刺激したのも束の間、緩んだ懐古精神をシャッキリと目覚めさせ思わずレベルアップしてしまいそうなファンファーレと共に組み上がっていくのは、古き良きドット絵と3Dポリゴンで構成された「ひなユリサー()」のタイトルロゴ。

 ひとしきりBGMの賑やかしが終わると同時に「ガ」の字が画面端より駆け込んでくる「ナ」の字によって踏み潰されて星を散らしながら消滅。

 正式タイトル「ひなユリサーナ」に変貌する。

 

 ゲームプレイ垂れ流し企画、ひなユリサーナ。

 ゲームが好きでサブカル寄りのアイドル三人を集めて打ち出されたこれは、荒木比奈(あらきひな)大西由里子(おおにしゆりこ)三好紗南(みよしさな)の三人のアイドルがデビューしてから今日までずっと放送されているテレビ番組である。

 深夜番組としてスタートし、ゲーム好きなアイドル三人が家に集まって遊ぶ。という設定の元、流行りのゲームを紹介しつつワイワイ楽しむ風景を見せるという、至って普通な企画だったのだが、三人の緊張が抜けてほとんど素の状態で遊び始めた頃にゲーム好きな番組スタッフが突如として悪ノリを始め「どうせやるんならトコトン、ゲーム好きに特化した番組にしちゃいましょう。深夜枠だし」と、気付けば流行ゲーム紹介の話は何処へやら。

 番組スタッフが三人に遊んでもらいたいゲームのプレイ風景を垂れ流し続けるという、まあニッチな企画へと変貌を遂げたのだった。

 時には時代を遡り難易度の高すぎるレトロゲームに四苦八苦。またある時は致命的なバグのある恋愛ゲームをプレイさせられ困惑顔。ドット絵に固く四角いコントローラーの感覚が抜けきらない頭の状態で最新機種の格闘ゲームでランクマッチをさせられたりと、現代を生きるうら若き乙女が遭遇する未知の体験を眺めるというマニアックな嗜好がカルト的な人気を博し、気付けば土曜の夜の顔になっていたという妙ちきりんな経緯を持つ企画である。

 もっとも、夜の顔とは言っても「サブカル勢のための」という文字が文頭にくるのだが。

 

 

 ☆

 

 

「はーい、お前も家族だ! 荒木比奈っスよ〜」

 

 ひなユリサーナの撮影が進められるスタジオにて、可愛らしい女の子然とした、けれども何処か男の子っぽさも匂わせる部屋型の舞台セットで、今日も今日とてふわりとカーブを描く柔らかな髪を揺らしながら、ゆるゆるな笑顔をカメラに向けるのは346プロが擁するサブカル系アイドルの筆頭、クール部門所属の荒木比奈。

 本番組「ひなユリサーナ」は彼女の部屋に集まって泊まりで遊ぶという設定なため、部屋着として常に色気のないジャージでゲームコントローラー片手にカメラに映り込む姿は、夢見る少女が描く「アイドル像」から悲しいほど程遠い。

 しかし、その表情が魅せる笑顔の煌めきは確かにアイドルのそれであり、正統派アイドルとベクトルは違えど彼女も輝ける星の一つだと感じさせる。

 

「ファミリーパンチをブロッキングして昇竜拳したい……。えーと、このコントローラーを離さない。あたしの魂ごと、離してしまう気がするから――なんてね! 三好紗南でーす!」

 

 ドットで描かれた有名ゲームキャラの刺繍が眩しいルームウェアの少女。346プロはパッション部門に所属のゲーマーアイドル・三好紗南。

 トレードマークの愛らしいおさげを解き、リラックスした雰囲気から視聴者に届ける穏やかなのに溌剌とした笑顔は、休日にも関係無しに勤労に励む人々へ癒しを届ける清涼剤だ。

 

現実(リアル)が辛いなら、逃げてもいいんだじぇ――っと。紗南ちゃんは良い台詞を選びますなあ。ICOは間違いなく名作だじぇ。大西由里子こと、ユリユリだよ〜」

 

 にゅふふーと笑う346プロのキュート部門に所属するは大西由里子。少しだけ草臥(くたび)れたシャツにカーディガンを羽織った姿で、ひらひらとカメラに手を振っている。

 彼女もまた普段は結わえた髪を解き、落ち着いた様子でカメラに向けてへにゃりと笑顔を漏らした。

 サブカル好きなアイドルの中でも特に癖が強く、且つその話の内容が人を選ぶこと請け合いな彼女に番組視聴者が着けたあだ名は、誰が呼んだか発酵の美少女。

 そんな由里子はひとたびエンジンが掛かり、ゆる()わトークへ移行すればテレビの前とスタジオは阿鼻叫喚。共に番組を作っていくスタッフと、応援するファンの何人もが彼女の繰り広げる「沼」へと沈んでいく様は、ある意味この番組の見所でもある。

 

「よし、自己紹介は平和に終わりっスね。ひとまず安心っス」

「今回は由里子さんの開幕ゆる腐わ()()紹介にならなくて良かったね!」

「いや、前回のアレは選ばれたゲームが悪い。ユリユリ、わるくない」

「ゲームが悪いて」

「戦国BASARA(PS2版・無印)の何が悪いの?」

「そのゲームがあたし達、腐海の住人にどんな意味を持たせるかご存知でない!?」

「はーいはい、ユリユリストップ。ストップっスよー? それについては純粋なBASARAファンの方から、番組公式ツイッターにお叱りツイート叩き付けられたばっかなんスから。抑えて抑えて」

「じぇ……」

「んー?」

 

 ひなユリサーナ恒例、ゲームに出てくるセリフを交えての自己紹介を終え、ゆったりとした空気で開幕トークへ移行した三人。

 その姿を撮影するスタッフに混ざり眺める影があった。

 

「この和気あいあいとした雰囲気にドカポンぶっ込んだスタッフには敬服するよ」

 

 楽しげに撮影を進行させる三人を眺めながら、本番組で幾つも打ち立てられた伝説回の一つである地獄絵図を想起し苦笑するのは、アイドル事業部クール部門アイドルの一部をプロデュースする男。クールPこと来栖涼児(くるすりょうじ)

 今日は自身のアイドルが世話になる予定の撮影現場に出向くとあってか、日頃の鬱屈とした雰囲気はなりを潜め、生気を取り戻した瞳と声が目元の薄い隈を覆い隠している。

 

「しかもよりによってゲストに神谷奈緒ちゃんが登場した回でやりやがったからな。泥沼の妨害合戦にはクソ笑ったわ」

 

 クールPの隣で強いスタジオ照明の光をおでこに反射させながらヘラヘラと笑う男もまた、アイドル事業部に所属する者であり、特に肉体的疲労が課せられると噂のパッション部門を担っているその者の名は初音情一(はつねじょういち)

 彼もまた自身の担当するアイドルが世話になるこのスタジオに挨拶がてら見学に訪れていた。

 

「さて、ディレクターに挨拶してくる」

「おー、ここの現場は皆アイドル好きのいい人ばっかだから、気負わずに行ってこい」

「分かった。サンキュな」

「ういうい」

 

 短いやり取りを終えると、クールPはその場を離れた。

 

「ライラさん、今から楽しみですよー。レイナサマはどうでしょう?」

「くくく、そうね……このレイナサマが出演した暁にはどんな手を使おうとあの三人を圧倒してみせるわ!」

「おおー、頼もしいお言葉ですねー」

「どんなゲームが出てきても良いように特訓してたもんな、レイナサマ」

「そうなのですか」

「真面目だな、小関さん」

「こ、このアタシがそそソんな小癪な真似するワケないでシょう!? あと小関さんじゃなくてレイナサマ!」

「声が裏返ってますですよ」

「相変わらず分かりやすい子だ」

「だろう? レイナサマのこういう所が愛されるんだよ。スカウトした俺の目に狂いはなかった」

「うっさい!」

 

 プリプリと怒るこの少女。意思の強い瞳と、短く切り揃えられた前髪から覗くオデコが可愛らしい彼女の名前は小関麗奈(こせき れいな)

 パッションPが担当するアイドルの一人であり、世界的アイドルを自称するビッグマウスでありながら、その言葉を有言実行すべく日々の精進を続けるアイドルの一人だ。

 クールPとパッションPの両名が連れてきたこの二人は、ひなユリサーナに今後のゲスト出演が決まっており、現場の空気と大まかな流れをある程度知ってもらう為にこの場に居るのだった。

 

 

 『おお、本当にフルボッコちゃんとライラさんだ』

 『だから、レイナサマはフルボッコちゃんの声とモデルしてるだけで本人じゃないって言ってんじゃん』

 『それは最早ご本人なのでは定期』

 『すげぇ、ディレクター本当に連れてきてくれた』

 『ライラさん可愛い』

 『ジャミール・デイドリーマーいいよね・・・・・・』

 『いい・・・・・・』

 『のあさんは・・・・・・あれ、いない』

 『病欠だとよ。残念すぎて死にそう』

 『遅いな。オレの精神はとっくに死んだけど、ひなユリサーナの撮影始まったら転生したわ。あの三人は尊い』

 『フルボッコちゃんは俺の嫁』

 『は? レイナサマとライラさんは僕の嫁だから』

 『は?』

 『あ?』

 『それはただの犯罪宣言なんだよなあ』

 『13と16歳はセーフでしょ』

 『アウトだバカ』

 『早苗さんコイツです』

 『お前まさか紗南ちゃんもそんな目で』

 『ばばばば馬鹿、ネタに決まってルでしょ。僕はロリコンじゃなひィ』

 『声裏返ってんぞ』

 『『自首しろ』』

 

 

(・・・・・・誰が誰のヨメよ。っていうか、フルボッコちゃん言うな)

 

 遠くから聞こえる番組スタッフの小さな声に、見学以外の思惑を感じずにいられない麗奈だった。

 そんな彼女の耳に会話する声が二つ入ってくる。

 一つは聴き慣れた声。パッションPに拾われてから何度も顔を合わせた死神フェイスの目付き悪星人・クールPと、この番組を作り上げ指揮しているディレクターだ。

 ・・・・・・なのだが、どうにも聴こえる声の調子がおかしい。

 すわ耳がおかしくなったか、と麗奈は顔を顰めながら声の発生源へと顔を向けた。

 

「すいませんね、うちのスタッフ達がうるさくて。私も含めてここの者はアイドル・ゲーム狂いでして」

「ああ、いえ。お気になさらず。私たちプロデューサーも似たようなモノですから」

「しかし、高峯さんが来られないのは本当に残念でした。是非とも生のひなユリサーナを見て欲しかったのですが・・・・・・ああ、いや。私たちが予定も聞かずにお呼びしたのも原因ですよね」

「それについてはお気になさらないでください。声をかけて頂いて大変光栄です。見学に来れず、うちの高峯も残念に思っているようでした。また次の機会があれば是非、とも」

 

 そう答えるクールPの脳裏では、楽しみにしていた珠美や後輩との合同レッスンと、急遽決まった出演先への挨拶の重要性の板挟みに喘ぎながら風邪にダウンしているのあの姿が思い出されていた。

 

(・・・・・・まあ、レッスンについては珠美と予定を合わせて入れば二宮さんと一緒になれるだろうし、こっちを優先しただろうな)

 

 同時刻、346プロのレッスンルームにて珠美によりのあの病欠を伝えられた二宮飛鳥が悲嘆に暮れていたことをこの男は知らない。

 

「そう言っていただけると助かります。ところで、高嶺さんの具合は・・・・・・?」

「順調に快復に向かっています。そもそもが軽い風邪のようですので、明日には顔を出せそうだと連絡を貰っています」

「それは良かった。いやあ、高嶺さんが病欠と聞いて、一ファンとしてもゲストでお呼びした側としても心配で心配で」

「私が担当します高峯は――いえ、彼女のみならず346に所属するアイドルは決して仕事を放棄しない、信頼に足る者達ばかりです。少しは間違いを犯すかも知れませんが、絶対にファンや仲間の期待を裏切りはしません。大丈夫です。どうか安心して下さい」

「ははは、なに、意地の悪い冗談ですよ。高嶺さんのことも、もちろん346プロのアイドルさんのことも、何一つ心配なんかしていませんよ」

「ああ、そうでしたか。これは申し訳ありません。少し熱くなってしまいました」

「いやいや、今回の話を持ちかけた時はどんな人かと思いましたが、良い人の様で安心しました。ここまでアイドルの事を良く言い切れる人に悪い人は居ませんよ。初音さんに似て、アイドルが大好きなんですね」

「ふふ、彼には負けますよ。ジョウ――初音センパイの情熱は本物で、誰よりも輝いています。私ではまだ敵いません」

 

 

「・・・・・・!?」

 

 信じられないモノを見た。小関麗奈の普段は小生意気で不敵な表情がそのように歪んだ。

 平時は生気の欠けた胡乱気な視線と表情は一転し眩しいほどの活力に溢れ、ニヒルで意地悪な笑みしか見たことの無い口元は柔らかく微笑を描き、相手に一切の不快感を抱かせない声色で言葉を紡ぐクールPの姿に、麗奈は只々驚き目を白黒させていた。

 然もありなん。部門違いでプロジェクトルームも仕事の傾向も違う彼女が“346プロの外で仕事する来栖涼児“を見るのは今回が初めてであった。

 

「誰よあれ」

「おおー、涼児殿がお仕事モードです。お目々が光ってますねー」

「え、アイツ外で仕事する時あんな生き生きとしてるワケ!?」

「そうだぞ、レイナサマ。あれがアイドルを引っ張り押し上げるクールP・来栖涼児の真の姿だ」

 

「先輩」の言い方に静かな反抗心を感じるがな。と友人の勇姿を誇らしく語るパッションP。

 そんな彼は既にディレクターと挨拶は済ませており、なんなら何度も顔を合わせていて偶にご飯に行く程の仲である。

 ここのディレクター以外にも各方面に顔が利くこの男。おでこの拡充と対人関係が比例しているのでは、と影で同僚達に囁かれていることをパッションPは知らない。

 

「ノアとタマミさんはアレこそが猫被りだ。と仰っていました」

「言われてみれば確かにそうだな」

 

 誇らしげだった表情がいつものヘラついた締まりのない顔へと戻るパッションP。

 

「いやどっちよ。さてはアンタ適当なこと言ったわね?」

「・・・・・・ふっ。そこに気付くとは、腕を上げたな。麗奈」

「ジョーイチはサプライズバズーカの刑に処す。っと」

「火薬の量は控えめで頼む」

「イヤよ。むしろ盛るわ。盛りに盛ってやるわ」

「止めはしないのですね、情一殿」

「盛った火薬で自爆するのが目に見えてるからね」

「ハァ!?」

「なるほど。それもまた信頼の形ですねー」

「レイナサマの中途半端に弱い中ボス感は他の追随を許さないからなあ」

「だぁれが中ボスよ! アタシは世界を踏み台にする女王アイドルなのよ!?」

「なら早くラスボスの時子様を倒して真の女王になってくれ」

「おお、下克上ですねー。レイナサマ、ファイトです。ライラさんは応援しますですよ」

「・・・・・・そ、そのうちね。そのうちスルワヨ。ウン」

 

 膨らんだかと思えば急速に萎んでいく麗奈のテンションを尻目に、クールPが一団の元へ帰ってきた。

 

「なに、小関さん時子様に挑戦するの?」

「お、噂をすれば」

「だからソレはまた今度の話でごにょごにょ」

「おかえりなさいませー涼児殿」

「はいはいただいま」

 

 見学が終わったらちゃんとした挨拶に行こうか。と顔合わせ程度しか出来ていないライラの頭をポンポンと撫でながら語るクールP。

 纏う空気こそ敏腕プロデューサーのそれなれど、勝手知ったるライラは特に気にすることも無く、いつも通りに接していた。

 

 

「えー、ではでは『そろそろ進行してね』とカンペで催促されてますので、雑談は終わりっスよ〜」

「――だから、幸村と佐助の熱血と冷えた反応が織り成すメドローア空間こそ尊ばれるべきだと思うんだじぇ!」

「いいや、違うね。幸村と政宗のライバル関係こそがBASARAの見どころだよ! 爆ぜる炎と駆ける紫電! これ以上にカッコイイ対決はないでしょう!!」

「ぬぅー、確かにその二人は定番中の定番カプだけどぉ・・・・・・!」

「はーいはい、二人でアンジャッシュやってないで、そろそろクールダウンするっスよ。あと、ユリユリはもっと発言に気を付けて。また感想に『この番組のおかげで妻が婦人から腐人にジョブチェンジしました。たすけて』とか載せられちゃうっスから!」

 

 

「――おっと、そろそろ今回のゲストが登場かな」

「ライラちゃんにレイナサマ、君らに一番見て欲しい場面がココだ。テレビで見るのではない、現場の空気とタイミングを知ってもらいたくて連れてきたんだ」

「はい。ライラさん、しっかりお勉強しますです!」

「って言ってもねえ。アタシは予習なんてしなくとも、何をするのか分かってるし? 今更学ぶことなんてないのよね」

 

 キリリと眉尻を立てどやどやと語る麗奈を一瞥すると、パッションPはニヤつきながら口を開いた。

 

「ほほー、流石はレイナサマ。未来のトップアイドルは格が違うんですなあ」

「あったりまえじゃない! このレイナサマがお気に入りのテレビを忘れると思ってるの? どんな風に事が運ぶのかなんてバッチリ覚えてるに決まってるじゃない!!」

「では、そんな準備万端・順風満帆・自信炸裂なレイナサマに解説をお願いしたいんですが、よろしいですか? 俺じゃあ上手く説明できそうにないので」

「ククク、仕方ないわねぇ! まったく、アイドルを導く存在が、逆に導かれちゃ世話ないわねっ」

「涼児殿、ライラさん知ってます。ああ言うのをチョロいって言うんですよね?」

「そんな知識どこで覚えたのライラさん」

「聞こえてるんだけど!?」

 

 しかし、露骨なヨイショで気を良くした麗奈はふんすふんすと鼻息荒く一歩前へ踏み出すと、声を弾ませ言葉を紡ぎ出す。

 

「まずは、インターホンね! ゲストが登場する時は部屋に訪問って形で来るから、それに比奈が応対して登場するわ。ちなみに、誰がゲストに呼ばれてるのかは三人には秘密にされてるの」

 

 

 ピンポーン。

「お、誰か来たみたいっスね」

「い つ も の。だじぇ」

「今日は誰だろーね?」

 

 ピンポピンポピンポーン・・・・・・ピポピポピポピポピピピ――。

 一般的なインターホンの効果音が響いたと思えば、間髪入れずに連打され始め、それに若干怯みながらも麗奈は解説を続けた。

 

「そ、それで、音を聞いた比奈が扉を開けたら軽く自己紹介して――」

 

 

 

「はーいはいはい。今開けるっスから、そんなに押さないで下さいよお」

 

 よっこいせ、と立ち上がる比奈を遠巻きに見つめるクールPたちは異様な雰囲気を醸し出す連打音に僅かに身構える。

 そんな彼らの様子など知ったことではない由里子と紗南は、慣れた様子で立ち上がった比奈を視線で追う。

 

「・・・・・・あ、なんか誰が来たか分かった気がするじぇ」

「うーん。中々の連打っぷり。インベーダーゲームとか得意そうだね」

「また古いタイトルを持ってきたね紗南ちゃん」

「不朽の名作だよ。単純だからこそ奥が深いんだ」

「まさに沼だじぇ」

「ゲーム沼は深くて底が見えないよねぇ」

 

 

「紹介は軽くでいいのよ、軽くで。その後に何のゲームするか紹介されて・・・・・・ああ、そうそう。ゲストと一緒に遊ぶゲームも秘密にされてるから、ココで何を遊ぶか初めて明かされるのよ」

 

 麗奈が説明を続けているその時である。

 ガシャーーン!!

 マンションの一室を再現した外開きの扉が、壊れんばかりの勢いで開かれた。

 すわ何事かと、ゲストを迎えようと歩いていた比奈はもちろん、動向を見守っていた由里子と紗南の視線が開け放たれたそれに釘付けになる。

 そして、カカッと部屋内に一歩踏み込むは一人の女性。

 メルヘンでポップな衣装に身を包んだツインテールなその女。

 いい歳こいて、あざとい言動と無駄に優れた行動力でアイドル界を掻き乱すその女の名は――。

 

 「みんなお待たせ☆ アナタのはぁとをシュガシュガスウィーティー☆☆ アイドル界に輝く、あまあまで最カワな一番星! 佐藤心こと・・・・・・しゅがあぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッッッ・はぁぁぁぁあっと☆☆★ よろしくなっ♪」

 

 ででーん。

 圧倒的な肺活量で溜めに溜めた名乗りで現れたるは346プロパッション部門所属、というかパッション部門以外に所属先がない大人組アイドルの一人。溢れる個性は他の追随を許さない彼女の名は佐藤心。

 シュガーはぁとの愛称を自称する26歳である。

 当番組のゲスト出演として登場するのは既に両手で数え切れないほどであり、準レギュラーと言っても過言ではない彼女は毎回あの手この手で自己アピールを行うのだが、比奈たちからすればその「濃さ」はもはや慣れたものであり。

 

「ああ、今回は佐藤さんっスか」

「やっぱり佐藤さんだった。なら今回はレトロゲーだじぇ」

「いらっしゃい、佐藤さん」

「おう、はぁとだって言ってんだろ☆ おまえら喧嘩売ってんなら順番に買うぞ☆ スタッフも含めて渋滞起こす前に整列しろよこら♪」

 

 各々が冷めた反応で応対するのだった。

 哀れ佐藤の気合が入ったアピールタイムは空中分解。

 すごすごと入室しつつ弄られる佐藤の姿にスタジオの各所から笑い声があがった。

 

「まったく、付き合いの長いはぁとをこんなにいぢめやがって・・・・・・慰めて、紗南ちゃん♪」

 

 よよよ、と嘘泣き全開で背後からぎゅうと紗南を抱きしめる佐藤。

 しかし抱きしめられた紗南はどこ吹く風、気にもとめず比奈に話しかけた。

 

「よし、佐藤さんも来たことだし。今日は何のゲームするか教えて比奈さん?」

「おいスルーかっ☆ 紗南ちゃんだろうと容赦なく物理的オシオキはぁとアタックするぞ!」

 

 この番組における佐藤の扱いはこんなものである。

 登場した当初はゲストということもあり丁重に扱っていたのだが、回数が重なるにつれて面倒なノリはぞんざいに流すようになった。

 人とは学習し、成長する生き物なのだ。

 

「えーと。今日遊ぶゲームはですね・・・・・・へぇ。大乱闘スマッシュブラザーズ――」

「じぇ?」

「スマブラ!?」

「おーい、無視すんなー? 泣くぞ? はぁと、みっともなく泣いちゃうぞ?」

 

 佐藤の過剰アピールにカメラが寄っている間、スタッフより渡された子包みを開き答える比奈。

 その言葉にざわめくのは、由里子と紗南の両名。

 

「おおー、佐藤さんが来てるのに珍しく最近のゲームだじぇ!」

「くそー、あたしの予想だとスーファミのマリオカートだったんだけどなあ! めくられた(※格ゲー用語で裏をかくことを言う)かあ。やるね、佐藤さん」

「だから佐藤じゃなくてシュガーはぁとだぞ☆ でもでもはぁともビックリ・・・・・・いや」

 

 佐藤がゲストの回は必ずレトロゲーが選ばれるのが定例となっており、しかし今回はどうやら比較的発売日が近い作品で遊べるようだ。

 

「いやいやいや、スマブラも大して最近のじゃねーだろ。レトロゲーやらされすぎて感覚麻痺してんぞー☆」

 

 そんな彼女のツッコミでこの企画に毒されすぎた自分を再確認しつつ、比奈が取り出したゲームパッケージにカメラがズームしていく。

 片手に収まる長方形の色鮮やかなそのケースは、今や見ることのなくなったゲームソフト。

 プラスチックケースを保護するようにゲーム内容に簡単に触れられた紙製のカバーで覆われたそのケース。

 煌々と輝く「GC」の文字がノスタルジックな気分にさせるソレは――

 

「・・・・・・今回遊ぶのはスマッシュブラザーズDXっス。GC(ゲームキューブ)の」

「「「あれ、なんか懐かしい響き」」」

 

 家に友人を呼び込み、大人数で盛り上がるゲームの定番が一つ。今なお人気冷めやらぬシリーズ作品、スマッシュブラザーズのゲームキューブ版が微妙な笑みを浮かべる比奈の手に収まっている。

 

「「「やっぱりレトロゲーか」」」

「おい、こっち見んなー? 選んだのはスタッフだぞ☆」

「しかし、懐かしいっスね。学生時代にめちゃくちゃ遊んだ記憶があるっスよ」

「フォックスが強いんだったっけ」

「なんでWiiUも3DSもあるのにゲームキューブ版を選んだんだじぇ・・・・・・」

「スタッフの趣味でしょ。しかしスマデラかあ。良いのかなあ? はぁと、めっっっちゃ強いぞ?☆ 「絶」とか余裕で使えっから☆」

 

 超絶低空空中緊急回避。通称「絶」あるいは「絶空」とも呼ばれるこのテクニックはスマブラプレイヤー上級者であるならば覚えておくべき技巧である。

 これが使えるのと使えないのとでは、実力差に大きな開きが出来てしまう。

 

「絶とはこれまた懐かしい響きが」

「強さならうちの紗南ちゃんも負けてないっスよ」

「ふふん。ゲーマーアイドル・三好紗南に死角はないよ! 絶空ならあたしも使えるし!」

「でもそうなると、あたしと比奈ちゃんが一方的にボコられるじぇ」

「ですな・・・・・・あ、なんかカンペが」

「えーなになに、熟練者が二人居るようなので今回は「絶」の使用を禁じます? えぇー、そんなのスウィーティーじゃなーい!」

「ぐぬぬ、でも仕方ないかあ」

 

 やっぱり少し古いゲームを遊ぶことになった彼女たちは、しかし楽しげにゲーム機を引っ張りだして準備を進めていく。

 あれやこれやとプレイしていた当時の懐かしいエピソードを仲睦まじく語らうこの時間もまた、ひなゆりサーナが愛されている理由である。

 

 

「・・・・・・えぇ」

 

 しかし、唐突なシュガーはぁとの登場と一連の流れに呆気に取られる麗奈は、自身の連ねた言葉のどれもが水泡に帰した事に打ちひしがれていた。

 

「軽い自己紹介とは」

 

 クールPが胡乱気(うろんげ)な視線をセットの上で楽しげに騒ぐ佐藤心に向け、目元の隈を撫でた。

 

「レイナサマの解説、全部外れたな!」

「うっさいわよジョーイチ! 誰があんなの予想できるっての!?」

「ほほう。ライラさんとノアもあんな感じで登場すれば良いのですね。心得ましたです!」

「待って、色々と待ってライラ。違うから、アレが許されるのはあの人だけだから。初登場でそんなヤラカシしないで」

「レイナサマも一緒にやりましょうねー」

「だから待ちなさいって」

「レイナサマはフルボッコちゃんのコスプレで挑みましょう」

「待って、本当に待って。ここのスタッフとジョーイチならやりかねないから待って」

「ライラさんとノアはマジカルテットのコスプレをしましょうか」

「アンタらはもっとユニットのイメージを大切にしなさい!?」

「ぶっちゃけ、ライラちゃんとのあちゃんの二人がテンション振り切ってアピる姿は少し見たい」

 

 パッションPが無責任な発言を交えつつ視線を向けられたクールPは深い溜息をついた。

 

「このパッション思考め・・・・・・」

 

 撮影セットの上から響く懐かしいBGMに心を動かされながら、クールPはもう一度ため息をつく。

 スタッフの「ティンときた」の囁き声に、収録日に妙なサプライズが発生しないことを祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇に足ですか!? それはつまりヒョウくんなのではないでしょうか! 一緒にぺろぺろしましょ〜。

 

 

 フォッフォッフォッフォッフォックス!

「ねぇー、まだぁー? はぁと、待ちくたびれちゃうよぉ☆」

 フォッフォッフォッフォッフォックス!

「ちょっ、ふふふわかっ、分かりました! 分かったスたからキャラ選択煽りを、ふふ、やめるッスよふへへ」

「まーた懐かしいことをしてるじぇ。佐藤さんはキャラを守ってピーチ姫辺りを使うかと思ったのにガッカリだじぇ」

「佐藤じゃなくて、はぁとだっつったんだろ☆ あとキャラとか言うな☆★」

 フォッフォッフォッフォッ・・・・・・。

「あは、ふへへへんぐっく。くふふ」

「比奈ちゃんが変なツボ入っちゃってるじぇ・・・・・・」

「・・・・・・よし、決めた」

 ジーク!

「おっ、紗南ちゃんもキャラ決まって」

 ジークジーク――

「・・・・・・ん?」

「・・・・・・」

 ジークジークジークジークジークジーク・・・・・・。

「むごっ、ふふへへ、無言で煽り出すのは反則っスよ紗南ちゃん・・・・・・! あははははははっ!」

「わーお」

「むむ、はぁとも負けないぞぉ!」

 ジークフォッジークジークフォッフォッジークフォッネスフォッネスネス。

「あははははははっ! キャラ選ミスるのは卑怯だじぇー!」

 

 ひなゆりサーナの撮影現場はいつもこんな感じ。





 ライラさん回のはずがなんか佐藤に全部持ってかれた感が否めません。
 静かに、佐藤。

 本作に度々登場する架空のテレビ番組は「筆者の見たい物」で構成されております。
 ネーミングセンスは親の腹の中に置いてきた。
 ひなゆりサーナのDVD・Blu-rayには初回特典で三人のゲームプレイ中オフショットが着くといい。・・・・・・めっちゃ欲しいわソレ。
 なお元ネタ的なサムシングはゲームセンターCX。かちょーオーン!

 シンデレラガールズという、兎角キャラの多い作品で二次創作させてもらっていますので、なるべく多くのキャラにスポットを当てるべく、今回は大勢のキャラを一度に動かす練習も兼ねたお話という側面も持っております。
「こうしたらもっと読みやすくなるよ」
「こうすれば見やすい構成になるよ」
「このキャラはこんなこと言わない!」
 等々、ご意見がございましたら遠慮なく送ってくださいませ。


 小関麗奈。
 世界征服を目論む小悪党イタズラ好きアイドル。
 モバのイベントで「ザコマフィア」の名前で登場した際は思いっきり吹きました。
 イタズラ好きとか、デコとか、バズーカとか、デコとか、小悪党っぽさとか、デコとか、小生意気な表情とかが目立ちますが良い子なんです。年下の面倒もしっかり見れるいい子なんですよ。あと可愛い。

 そんな彼女はやっぱりパッション曲が似合いますね。
 日野茜ちゃんの「熱血少女A」はパワフルに動くレイナサマがとっても可愛らしく、姫川ユッキの「気持ちいいよね一等賞」は「失敗ばかり〜」の所にイタズラが失敗してもその都度、改良を加えて前に進むレイナサマを照らし合わせてふふってなれますし、なんだかんだでプロデューサーを信頼してくれる彼女自身にも似合った曲じゃないでしょうか。
 星輝子の「毒茸伝説」はピッタリじゃないですかね。動きから何まで。
 意表をついて「ショコラ・ティアラ」も捨て難い。可愛い。

 今回登場しました三好紗南・小関麗奈に南条光を加えるとレイサナンジョウ改め「イグニッションZERO」になります。この三人でトラプリの「Trinity Field」のMV回すと私が死ぬ。続けてセクシーギルティの「モーレツ★世直しギルティ」を見ると二度目の死を迎えます。
 追い討ちに南条光とのユニット「ヒーローヴァーサス」で「凸凹スピードスター」と「Jet to the Future」とかされたら再起不能です。



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クールP「キュートなの、パッションなの、どっちが好きなの?」

 

 窓ガラスを優しくノックする風が冷たさを増していくある日の夕暮れ時。

 346プロダクションの誇る華々しいアイドル事業部が軒を連ねる階層の一室では、奇妙な緊張感が漂っていた。

 落ち着いた雰囲気のルーム内で顔を合わせる両者は無言。第三者が見れば嵐の前の静けさと形容するであろう寒々しい沈黙が支配していた。

 

「・・・・・・私に」

 

 沈黙を破ったのは、銀髪の麗人。

 どこか人間離れした雰囲気と荘厳とした美しさを伴って、余りに静かな空気をゆるりと揺らした。

 

「ん?」

「もしも私に、翼があったなら――」

「は?」

「今この瞬間。この記憶を忘我の彼方へ押しやって、刹那の間に蒼穹すら翔け抜け星の海へと飛び去るわ」

「そ、そうか」

 

 その奇妙に張り詰めた部屋の主。アイドル事業部はクール部門所属の来栖(くるす)涼児(りょうじ)――通称クールPは、いつにも増して胡乱気な瞳を自身の担当アイドルである高峯のあへと向けていた。

 

「そして貴方に一条の贈り物(ながれぼし)を届け、輝く星の一欠片にリョウジという名を付けながら虚空へ旅立とう・・・・・・」

 

 クールPの視線の先である彼女はどこ吹く風か、或いは勝手知ったる担当Pの視線だからか、それを意に介することなく平常運転でなにやらポエミーな響き溢れる言葉を捲し立てていた。

 座り心地の良いソファーが設置されているのにも関わらず、敢えて立ち上がり堂々たる仁王立ちで対面に腰掛けるクールPを射抜く視線は、かつてなく真剣であった。

 それは、彼女の主戦場たるライブステージで見せる瞳の輝きにも似ていた。

 

「それ俺死んでるね。のあさんが落とした隕石だか流れ星だかで死んだことになるよね」

 

 ともすれば、その瞳の輝きに魅了されてしまいそうなものであったが、語る言葉が残念なだけに、クールPがのあへと向ける視線には、時計の秒針が進むのと同じ速度で呆れが付与されていた。

 

「いいえ、違うわ――星になったのよ」

 

 しかし、生気の見えないながらも深い残念感と哀れみは明確に感じ取れる視線を受け止めて尚、高峯のあというアイドルは堂々と主張した。

 無機質的な、まるで塗り固められたかのような鉄面皮の奥に隠した「熱」は誰よりも強く、折れることの無い芯となっているのはクールPも分かっていた。そしてその「熱」が僅かであろうと垣間見えた時、彼女を見る人々の印象は大きく変わり「高峯のあ」という個我を強くその心に焼き付けるのだということも。

 そんな、彼女が魅せるライブステージの一幕を想起させるには充分すぎる程の凛とした姿に、冬の寒空すら払い除けてしまいそうな強く熱い視線に「まさかこんな下らない事で、のあさんの魅力を再確認させられるとは」と、クールPは胸中にて盛大なため息と共に呟き――

 

「いや、やっぱり死んでるよね。俺」

 

 彼女の形の良い唇から紡がれた言葉を、バッサリと切り捨てた。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 しばし、沈黙。

 

「星になっ」

「比喩表現で隠しても、俺を消した上で逃走、現状の証拠隠滅を図ろうとしてるのが見え見えだぞ」

 

「んんっ」咳払いをするのあの表情は依然として読み取れず、しかし失言を誤魔化すようなそれからは、何処か焦っているようにも感じ取れた。

 相変わらずの鉄面皮からは一切の感情を読み取れないが、それでも何となくではあるが思考の一端を予測することは出来た。これも一重に共に歩んできた時間と、その無表情に怯まずコミュニケーションを取ってきたが故である。

 

「・・・・・・ねえ、涼児」

 

 仕切り直しとばかりに声をかける彼女を、クールPはややゲンナリとした顔で次の言葉を待った。

 何となく、どのような会話が展開されるのかを察してしまっていた。

 

「・・・・・・人間の記憶は、どの程度の負荷を掛ければデリート可能なのかしらね。涼児」

「いや、だから」

「ちなみに」

「おい、会話のキャッチボールをし」

「この質問には、もちろん先刻まろび出た空想話には、一切の他意は含まれていない。私の導き手たる貴方なら――既に理解しているとは思うけれど、ね」

「・・・・・・カラメルソース着いてるぞ」

「っ!?」

 

 シュババッと恐るべき速度で口元を隠すのあ。

 そんな彼女をクールPは鼻で笑いながら静かに告げた。

 

「嘘だよ」

「なっ――謀ったわね。涼児・・・・・・!!」

 

 ほんの僅かに眉尻を上げ、眉間に微細なシワを寄せてテーブルを叩くのあ。その衝撃で、二人が繰り広げる珍妙な論争――と形容するにはあんまりな内容だが――の原因がテーブルの上でコロリと転がった。

 

(いや、逆ギレかーい)

 

 加速する呆れの感情に身を委ねながら、眼前でぷんすこと小さな怒気を発する彼女を見やるクールP。つい先程までの硬質な、完全なる無表情は既になく。その姿はクールPの前で見せるいつもの彼女であった。

 高峯のあは確かに無表情、無感情に見えるが、それはまだまだ他者との触れ合いに不慣れであった頃であり、クールPと346プロのアイドル達とのコミュニケーションを重ねた彼女は、随分と柔らかな顔を見せるようになっていた。

 

「それはそれとして、流石ね。私の言葉の裏を、こうも簡単に見抜くだなんて」

「裏って、そんな大層なものじゃないでしょう」

 

 ふふん。と口角を僅かに上げて自慢げに語るのあに対し、クールPは困ったように眉を八の字に歪め、小さくため息をついた。

 

「のあさんが嘘吐くの下手なだけだし」

 

「あといい加減往生際が悪い」そう独り言ちるクールPの視線の先、『珠美の!』と妙に気合いの入った文字が書かれた容器――耐熱性の小さな容器。所謂プリンカップである――が、空っぽになった自身の姿を嘆くようにテーブルの上で転がっていた。

 コロコロと望まぬ歩みを進める空の容器を、今一度テーブルの中央へと戻しながら、クールPは未だに有りもしない身の潔白を示そうと足掻いている高峯のあの、その発端へと思いを馳せるのであった。

 

 

 ☆

 

 

 それは、番組収録を終えた珠美を迎えに行った時のこと。

 到着して早々、何やら慌ただしく控え室へ駆けていく珠美を見送り、すれ違い様に「スタジオ内で待っていてください!!」と告げられ手持ち無沙汰なクールPに近づく影が二つ。

 

「あの、クールPさん」

「甘い物・・・・・・えと、特にプリンはお好きでしょうか?」

(・・・・・・はて)

 

 自分はこのアイドル二人に好物の是非を問われる程の接点をもっていただろうか。そう困惑するクールPは、薄く目元を染める隈をいつもの癖でスイと撫ぜると、ふんわりとした上質なホイップクリームのように甘く優しく微笑む少女二人の質問に対して是と答えた。

 時刻は時計の短針が十二を通過してから数分と経っていない昼時。番組収録を終え、キッチンスペースを完備した舞台の解体と、次の撮影に向けた準備に忙しなく動き出した撮影スタジオにて、五十嵐(いがらし)響子(きょうこ)三村(みむら)かな子は、甘やかなバニラの香りを番組衣装代わりの可愛らしいエプロンと共に纏いながら、優しげな微笑みをより一層深めて紙製のボックスを手にクールPへ一歩近付いた。

 

「これ、今日の収録で作ったプリンです」

「沢山作ってしまって、宜しければ珠美ちゃんと一緒に食べてください」

「あ! 味は保証しますよ! たくさん味見したのでっ」

「良いんですか?」

「はい!」

「今日のお菓子作り、珠美ちゃんすっごく頑張って作ったんですよっ」

「今回のテーマは、『お世話になってる人へ贈る甘くてとろける癒しの逸品』ですから」

「・・・・・・ということは」

 

 そこまでの話を聞いて、何かに気付いたクールPが声を上げた。

 その表情は、困惑の滲む先程とは一転、隠し切れない喜色が漂っていた。

 

「ふふふ」

「珠美ちゃん、本当に一生懸命でしたよ」

「一生懸命すぎて、収録終わりにクールPさんの分しか作れなかったーって叫んでましたもん」

「おいおい・・・・・・」

「だから、珠美ちゃんの分は代わりに私たちが作っちゃいました!」

 

 ぶいっ! とびきりの笑顔と共に飛び出した二人のピースサインは、晴天の星空の様に輝いて見えた。

 

「・・・・・・あれ、お二人が作り過ぎたから渡してくれたのでは?」

「あっ」

「え、えへへ。実は珠美ちゃん手作りの話は内緒の約束だったんです」

「手渡しした方が良いよって、言ったんですけれど」

「顔を赤くしながら『後生ですからそれだけは、それだけは何卒〜!』って。直接渡すのは恥ずかしかったみたいで」

「ははっ、簡単にイメージ出来ますね。・・・・・・なるほど、それでお二人がお裾分けを装って渡しに来た、と」

 

 いたずらっ子のように、けれど穏やかな木漏れ日のような暖かな微笑みを浮かべながら「はい」と答える二人。それを見たクールPは、眩しげに目を細めると、手にしたケーキ箱の中身を確かめるように持ち直し、二人に向けてお礼を告げた。

 

「うちの者のワガママに付き合ってくださり、ありがとうございます」

「そんな! ワガママだなんて!」

「珠美ちゃん小さくて可愛いですから、なんだか妹のお世話してるみたいで、全然苦じゃないですよ」

「・・・・・・それ、本人の前では絶対に言ってやらないでくださいね。間違いなく怒りますので」

 

 そりゃあもうプンプンと。そう可愛らしい擬音で語るクールPの鋭い目付きがギャップになったのか、かな子と響子はひとしきり笑うと、一言謝ってから箱を指さし言葉を続けた。

 

「右側に置いてあるのがクールPさん用のプリンです」

「ほほう。それが珠美が作ったという?」

「なので、絶対。ぜーーーーーったい! 他の人にあげちゃダメですからねっ」

「ええ、分かってますよ。それは必ず、私が美味しく頂きます」

「やたっ!」

「言質とりましたよ〜!?」

「ははっ、怖いこと言うなあ」

 

「お待たせしました!!」

 

「うるさっ」

「ひゃあ!?」

「び、びっくりしたぁ」

 

 噂をすれば何とやら、会話の種になっているとは知らず――勿論、自身の策略がバラされているとも知らず――いつも通りを装ってのっしのっしと歩いてくる小さな影は、見間違うはずもない。脇山珠美その人であった。

 

「いやあ、本当にお待たせしましたー。脇山珠美、遅ればせながら参上つかまつりまし」

「本当に遅いわ」

 

 ピシッ。

 

「ったぁ!? 顔を合わせて早々にデコピンとは何事ですか!」

「何事かはこっちの話だよ。迎えに来てソッコーで置き去りにされる俺の気持ちになれよ」

「えぇ・・・・・・プロデューサー殿はソレが仕事じゃ」

「いつもはもっと早いでしょうが」

「い、一人前のれでぃは準備に時間がかかるんです!」

「そうか。レディになる準備が出来てからそのセリフを吐いてくれ」

「ひどい!?」

「「・・・・・・ふふっ」」

 

 響子とかな子は、先程までの他人行儀な態度――所謂外向けの対応と一転、砕けきった態度で珠美と接するクールPに、笑みを浮かべていた。

 

 

「このプリンは珠美のプリンですからねっ!!」

「分かった分かった。よォーく分かったかから、声のボリュームを落とせ」

 

 響子とかな子へ別れの挨拶も程々に、事務所へと帰ってきたクールPと珠美は、自身らのルームに設置された冷蔵庫の前で向かい合っていた。

 珠美の手には油性マジックでデカデカと「珠美の!」と書かれた黄金色の甘味――料理と菓子作りの腕がトップレベルの二人が作ったプリンが握られていた。

 その瞳は、どこまでも真剣な光を宿している。

 

「ぜったい、ぜっっっったい! 食べちゃダメですからね!! 響子殿とかな子殿の作ったプリンなんて、そんな美味しいのが当然なお菓子、食べられなかったら一生モノの後悔を生みますからっ・・・・・・!」

 

 些か真剣の方向が食欲に偏ってはいるが、その目が語る情熱はライブに挑むアイドルとしての珠美の幻影が重なる程度には輝いていた。

 

「・・・・・・はいはい」

 

 よもやこんな事で珠美の輝きに魅せられるとは。クールPは僅かでも反応してしまった己の感性に軽い落胆を覚えながら、冷蔵庫へ手をかけた状態で静止していた。

 

「むぅ、心配です。プロデューサー殿は以前、珠美が楽しみにとっておいたお饅頭を食べてしまった。という前科がありますからな・・・・・・」

 

 クールPの前科。それは旅番組に出演したライラとのあがお土産として持ち込んだ温泉饅頭を、珠美が食べる分も含めて完食してしまった事件を指す。

 当時の珠美は残業中のクールPが平らげてしまったと思い、怒りに駆られて竹刀――珠美の愛刀、竹男である――片手に憤怒の表情を浮かべて彼を追い回したのだが、実のところ饅頭を食べてしまった人物の特定に至っていない。お土産を持ち込んだ二人は「自分は充分に味わったから、二人で食べて」といった旨の発言をしており、珠美はその言葉を信じていた。

 だからこそ、一口も菓子を口にしていたい自分と、無実を証明する二人を除く単純な消去法の末現れた犯人像――クールPに対する怒りであった。

 そんな推理も何も合ったものでは無い珠美の怒りに対して、それでも謝罪を重ねる彼を見た故の犯人認定だったのだが・・・・・・真相は誰ぞの胃袋の中である。

 

「いや、その件はもう謝ったろう」

 

 その一件を思い出しているのか、苦笑混じりにクールPが答えた。

 

「その一件があったから、こうして念を押してるんですっ」

「今回は大丈夫だ。俺はもう俺の分を確保してるし、何より珠美の名前がしっかり書いてある」

 

 箱の右側に収まっていたプリンを宝物を手にするような優しい手付きで取り出すと、珠美にそう告げた。

 彼の手に収まったプリンは、珠美が持つそれや冷蔵庫に入っている物と比べると少々不格好であり、カラメルソースが覆っているため注視しなければ分からないが、表面の滑らかさがなく、少しだけでこぼことしていた。

 

「そっ、そうですか・・・・・・。それならば良いんですけど・・・・・・」

 

 徐々に尻すぼみになっていく言葉と、緩やかに赤く染まっていく頬が、そのプリンの製作者が誰であるか、どのような想いを込めて作ったかを雄弁に語っていた。

 そんな珠美の姿を微笑ましげに、或いは嬉しそうに眺めていたクールPは、優しい声音で言葉を紡いだ。

 

「ありがとうな」

「なな、何がですか!? そそそ、そのプリンは別に珠美が作った訳では無いので、お礼を言われても困っちゃいましゅよ!?」

「嘘つくの下手くそか。・・・・・・大事に食べるよ、珠美」

「あ、ぅ・・・・・・もしや響子殿とかな子殿ですね? うぅ〜、内緒だって言ったのにぃ」

 

 瞬く間に羞恥心に押し潰された珠美は、俯きがちに呟いた。

 その声音に僅かながらも恨めしげな色が伺えるのは、照れ隠しか、それとも単なる八つ当たりか。

 

「はははっ、俺が聞き出したようなものだから、あの二人は悪くないよ」

 

 告げながら、クールPが珠美の頭をポンポンと撫でてやれば、赤い頬を更に朱に染めて、けれど俯いたその顔色は幸せそうな甘い笑顔で満たされていた。

 しばらくの間、サラサラと髪を撫でる音と、時折窓の外から聴こえるアイドル達の楽しげな喧騒がルーム内を穏やかな空気で包んだ。

 

「・・・・・・さて、そろそろお仕事に戻りますかね」

 

 ちらりと壁掛け時計を見やると、クールPは静かにこの優しい時の終わりを告げた。

 珠美の頭に添えていた手を離すと、彼は自分用のプリンを片手にルーム内に作られた事務仕事を行う為の自室へと足を向けた。

 

「ぁ・・・・・・」

 

 その際に、名残惜しげに零れた珠美の小さな声は聞かなかった振りをして「珠美も何か用事があったんじゃないか?」背中越しにそう告げると、歩を進めた。

 

「ようじ。・・・・・・用事?」

 

 しばし、沈黙。

 

「あ、あああぁぁぁ!!?」

 

 そうでした! 叫ぶや否や、珠美もまた手にしていた自分用のプリンを冷蔵庫に滑り込ませると、ドタバタと走り出した。

 つい先程まで頬を赤く染めていた乙女の少女の姿は、既に消えていた。あったのは、焦燥感。

 

「あやめ殿とチャンバラごっこ(じしゅれんしゅう)の予定が入っているのでした! くぅ、プロデューサー殿の奸計に負け、危うく心を溶かされ・・・・・・もとい、遅刻するところでした!」

「奸計て」

「珠美の頭を気安く撫でるのは禁止だと、何度言えばわかるのですか!」

「珠美が小さくて撫でやすいのが悪い」

「小さくないし! 撫でやすくも無いですぅー!」

「そろそろ認めろよ」

「認めるも何も、珠美が小さくないのは動かぬ真実ですし」

「・・・・・・でもまあ、そこまで言うんだったらもう二度と撫でないよ」

「それはダメです」

「いや、どうしろと」

 

 そうして、心底楽しげにこんな取りを繰り返した彼女が、トレードマークたるアホ毛をビョインビョイン跳ねさせながら待合場所へ走る事になるのは、また別のお話である。

 

 さて、珠美が去ったクールPのルームは、彼が自室に篭ったことで完全な静寂を得ることとなる。

 室内に響くのは、窓の外から零れ聞こえる環境音と、時が進む音のみだ――と、思われた。

 ゆっくりとドアノブが回される音が、静かなルーム内に響いた。

 

「ただいま」

 

 月明かりを想起させる美しい銀の髪を揺らして現れたのは、高峯のあだった。

 佇む姿に普段との違いは見受けられないが、脇目も振らずソファーへ飛び込み、ぐったりと腰を落とした姿を見ればその疲労具合が伺い知ることができた。

 

(・・・・・・凄まじい、熱量だったわ)

 

 ぼんやりと天井を眺め、ふぅと一息。ゆったりとした動作で立ち上がり冷蔵庫へと向かう彼女は、つい先程までレッスンに励んでいた。

 今回のレッスン内容は基礎的な、けれど何よりも重要な体力作りだったのだが、同席したアイドルが日野(ひの)(あかね)であったと言う事実だけで、何となく事の巻末は察することが出来よう。

 

「これだけの熱量(エネルギー)を消費したのだから、補給は急務。・・・・・・故に、宝物庫を開く時は今よ、高峯のあ」

 

 パッカーン。程々の勢いで開いた冷蔵庫の中へ目を光らせる彼女は、レッスン後には必ず甘い物を食べる事を楽しみとしていた。

 それは、共に動く機会が多いライラの習慣が自然とその身に馴染んでしまっていたが故であった。

 

「・・・・・・ぷりん」

 

 さて、冷蔵庫を開いて彼女の視界に飛び込んだのは、黄金色の甘い誘惑。・・・・・・それこそは珠美のプリンであったのだが、ルームを飛び出す直前にした冷蔵庫の入れ方が悪かった。滑り込ませるように入れられたプリンは、ちょうど珠美の名前が書かれた面が死角になるように置かれていたのだった。

 火照った頭をひんやりとした冷気が撫でていくのを感じながら、自分用に収めている数々の菓子類を差し置いて、尋常ならざる輝きを放っている様に見えるソレから、のあはもう目を離すことができなかった。

 だって明らかに市販のそれと違うんだもの。

 

「・・・・・・・・・・・・なるほど」

 

 何がなるほどなのか。

 

「涼児、あなた憎いことをするわね」

 

 何を勘違いしたのかむんずとプリンを掴むと、のあは鼻歌交じりにルーム内の給湯室へ立ち寄り、友人から貰ったという猫の意匠が可愛らしいスプーンを片手に、ルンルン気分でソファーへ座ると容器の蓋へと手をかけた。

 

「酷使に酷使を重ねた肉体へ、至福の褒美を・・・・・・。涼児、私のためにこんな贈り物(サプライズ)を仕込むだなんて、やるわね」

 

 疲労は人の思考を鈍らせる。

 美味しそうな甘味を前に、自身の勘違いを寸分も疑わずにスプーンをその滑らかな柔肌へ走らせ、今か今かと待ち構える舌の上へふるりと立たせてやれば、とろりと解けるミルクと卵の優しいコクが合わさる風味のコントラストが、しかしほろ苦く香ばしいカラメルソースによって決してしつこさを生まなず、鼻腔を抜けるバニラの香りがどこまでも幸福感を増加させた。

 シンプルながらも素直に美味しいと言える極上の甘味が、のあの五感を一瞬の間に支配した。

 

「〜〜っ!」

 

 声にならない歓声を上げる彼女の表情は、何時になく華やかで幸せな色を秘めていた――その手に握っていたカップが空となり、「珠美の!」と力強く死角に書かれていた文字を発見するまでは。

 そして、静かに焦りだした彼女は、そっと容器をテーブルに置き、ゆっくりと腰を上げ――

 

「そろそろのあさんが戻ってくるころかな――っと、もう戻ってたか・・・・・・?」

「あっ」

「・・・・・・のあさん、それ」

「・・・・・・」

「それ、珠美の」

「・・・・・・」

「・・・・・・ねえ、のあさん?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

「「・・・・・・」」

 

 高峯のあは、大切な友人の大切なお菓子を奪うという愚を、今回を含めて二度も(・・・)犯してしまった事を後悔するのであった。

 

 

 ☆

 

 

 さて、時を戻して現在。

 のあはと言うと――

 

「・・・・・・」

「ご、ごめんなさい」

「・・・・・・」

「許してちょうだい・・・・・・」

「・・・・・・」

「珠美聞いて。星の巡りが悪かったの。完全なオーバーワークによって発生したエネルギー不足を解消するため、冷蔵庫を開いてみればそこには黄金色の誘惑があるじゃない。それはもう甘美な、ね」

「・・・・・・」

「全身が甘味を、癒しを求めていたその時に、あの蠱惑的な姿を視認してしまったら、きっと悟りまでのカウントダウンを迎えた修行僧であろうと耐えられないわ」

「・・・・・・」

「故に、これは運命の悪戯・・・・・・些細なボタンの掛け違いで引き起こされた――事故だっ」

「名前が書いてないか否かくらいは確認できたのでは?」

「――ごめんなさい・・・・・・」

 

 竹刀の(つる)を肩に乗せ、仁王立ちした珠美の眼下で身を縮めて正座していた。

 その理由は単純にして明快。あの後も諦めることなく、ありもしない身の潔白を証明し続けた高峯のあは、とうとう珠美が帰ってくる時間まで粘り続け、テーブルの上に放置された(のあ愛用)のスプーンと、空のプリンカップという決定的過ぎる物的証拠と、大きく目を見開きながら「これは違うの」と言葉を紡いだ、紡いでしまったのあに対して傘差しに収まっていた竹刀を抜刀。それを見るや珠美の眼前に滑り込むように正座したのあが、謝罪を始めたからであった。

 ・・・・・・結果はと言うと、然もあらん。

 往生際悪く言い訳を挟みながらする謝罪では、怒髪天を衝く珠美の憤怒の表情が元に戻ろう筈もなく。そうでなくとも心底楽しみにしていた友人からの贈り物である。その怒りは、当然のものであった。

 対して、それを傍らで眺めるクールPは、やはりと言うべきか胡乱気な瞳を崩さず、

 

(めっちゃ喋ったなあ、のあさん)

 

 そんな感想を心中で告げた。

 のあが弁明するその表情たるや、まさに迫真。焦燥と後悔が入り交じったそれは、アワアワと震える唇と引き下げられた眉尻、止まらない冷や汗によって作られていた。

 

(こんな顔初めて見たわ・・・・・・)

 

 クールPは目の前で起きている珍事を楽しんでいた。

 大切な仲間が争う姿に心を痛めている様な、片手で覆った口元は気を抜けば浮かべてしまいそうな笑いを噛み殺すのに必死であった。

 

(なんか、心做しか珠美が大きく見える。・・・・・・いや、のあさんが小さく見えるのか?)

 

 完全に他人事である。

 事実、今回の件に関してクールPは無関係なのだ。

 しかし、このまま淀んだ空気を二人の間に漂わせておくわけにもいかず、割って入るタイミングを測っているのであった。

 

(珠美も怒ってはいるけど、矛の収めところに迷ってるみたいだしなあ)

 

 本気で珠美が怒っていると思い込んでいるのあは、罪悪感からか顔を伏せている為伺うことが出来ないが、先程から珠美はチラチラとクールPに向けて視線を送っていた。

 ・・・・・・その下で、のあもまた同じようにクールPへ視線を向けていた。

 

(プロデューサー殿、勢いで竹刀を手にしましたが、思いの外のあ殿が怯えてしまって、珠美は、珠美はどうしたら・・・・・・!)

(・・・・・・ど、どうしよう。珠美が本気で怒っているわ。このままでは、大切な仲間を――友人を故意ではないといえプリンの盗み食いだなんて悔やんでも悔やみきれない理由で失ってしまう。それは、それは嫌! なんとかしないと・・・・・・! 助けて、涼児っ)

 

(・・・・・・とか思ってんだろうなあ)

 

 何となくその思考に察しがつく担当アイドルたちをフォローするため、クールPはゆっくり一歩を踏み出した。その頭の中で、プリンの代わりになり得る品を扱っている店に算段をつけながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見てくだせー! ヘビの着ぐるみでごぜーます! ・・・・・・? 足が出てるから「だそく」だね? ・・・・・・だそくってなんでごぜーますかー! おしえてくだせー!!

 

 

 

「・・・・・・涼児、これは違うの」

「涼児殿、涼児殿、ノアを怒らないであげて欲しいでございますです」

「いや、でもこれは・・・・・・」

「箱の封が切られていて、中身が減っていたとあれば、珠美も涼児も口にしたと思うのは必定でしょう」

「まあ、確かに俺は食べたけどさ・・・・・・ライラさんと」

「はい。涼児殿と一緒に、緑茶で頂くお饅頭は美味しかったですねー」

「珠美のことだから、自分の分は確保しているだろうと、そう想定をしての行動でもあったのよ」

「あー・・・・・・」

「・・・・・・食し始めたら、停止を促す思考に抗って手が動いてしまったのは完全に想定外であっただけで――」

 

「全部食べるつもりは無かったの・・・・・・!」

 

「えぇ・・・・・・」

「タマミ、とっても楽しみにしてました」

「・・・・・・そうね」

「あいつ怒るぞぉ・・・・・・いや、怒るよりも先に落ち込むぞコレ」

「・・・・・・・・・そうね」

「どうしましょう、涼児殿」

「いや、素直にあやまっ」

「涼児」

「たえっ、何のあさん」

「落ち込むよりも怒った方が、後がスッキリするわよね」

「え? うん、そうだね・・・・・・? いや、そうか?」

「外に向けた感情の発露よりも、内側に向けた感情の抑制は後を引くわ。・・・・・・私が――仲間が犯人だった場合、珠美は高確率で落ち込む」

「タマミは優しいですからねー。お友達を怒るようなことは、あんまりしないでございますです」

「ええ。けどね、涼児。貴方に対してはもっと砕けた反応――信頼しているが故に、怒るのよ」

「・・・・・・えっ、何のあさんまさか」

「だから、ね。涼児」

「嫌だよ」

「たすけて」

「素直に謝りなさいよ」

「珠美に嫌われたくない」

「こんな事でアイツは人を嫌わないよ。説教の一つは飛んでくるかもだけど」

「涼児」

「やだよ」

「この歳で、おまけにこんな理由で歳下にお説教されるのは、キツい・・・・・・」

「自業自得って言葉を調べてみてね」

「涼児殿、涼児殿」

「なんだいなんだいライラさん。今ちょっと立て込んで」

「これが『まんじゅうこわい』ですか」

「・・・・・・ちょっと違うかなー?」

「涼児、これからもっともっと頑張るから。ライブバトルでも負けない実力を付けるから」

「いや、お母さんとの約束を忘れた小学生かよ」

「涼児殿、ライラさんももっと頑張るでございますです!」

「ああ、うん・・・・・・」

「・・・・・・りょうじ」

「分かったよ。分かったから、そんなしょんぼりしないでよ」

「涼児・・・・・・!」

「でも俺が食べたとは言わないからな。飽くまで誰が食べたか黙っておくだけだ」

「ええ、それで充分よ。ありがとう涼児」

「涼児殿はなんだかんだ、優しいですねー」

「・・・・・・甘やかし過ぎかな」

 

 

 以上が珠美の饅頭完食事件の真相である。

 





 私はキュートでクールでパッションに溢れてるのが好きです。

 ※思い付きで好きなキャラをポンコツ化させるのはやめましょう。
 でも前川のハンバーグ弁当を食べちゃうのあさんなら、このくらいやってくれると信じてる。
 というか、のあさんのポンコツ化は私より何倍も上手に書いてる人がいるんですよね。・・・・・・思い出したら牛丼食べたくなってきました。

 タマちゃんの前に正座するのあさんを想像しながら書くのはとても楽しかったです。
 のあさんのイメージ壊れるからもう止めろって人は遠慮なく意見くださいね。
 ちょっとテンションに任せて書き過ぎましたかもです。内容的にも話の長さ的意味でも。

 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。


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クールP「ライブバトル」

 

 歓声は鳴りやまない。

 喉が張り裂けるのすら厭わないとばかりに渦を巻く歓喜の念は、雷鳴もかくやとばかりに、しかしその質量すら纏いかねない大音量をして高垣楓(たかがきかえで)は「優しい声援をありがとう」と応えた。

 するりと頬を伝う熱い汗で、ふんわりと空気を孕むボブカットの美しい髪が頬に張り付き、興奮冷めやらぬとばかりに上気した頬はどんな化粧よりも艶やかに彼女の肌を彩った。

 ありったけの想いを込めて奏でた歌の余韻に浅く深呼吸を繰り返し、彼女が身に纏うドレス調の幻想的で美麗な衣装を、ファンに向けて大きく振り続ける手で穏やかに揺らしながら、楓は満足げに微笑んでいた。

 その姿を舞台袖にて眺めていた彼女の担当プロデューサーも、ライブの成功と大きな歓声に心を踊らせながら客席のファンと一緒に拍手していた。

 

『――流石ね、楓』

 

 瞬間、会場を包む熱気と声援は静寂に満ちる。

 スピーカーを通して発せられた余りに無機質で寂寥感のある声音に、最高潮を迎えたファンのテンションが一瞬にして刈り取られた。

 僅かにざわめく観客達の中で、ステージの上に立つ彼女だけがオッドアイの瞳に静かな熱を灯した。

 

「あの日、私が敗北を喫した刻から、幾星霜の刻が巡った」

 

 異なる色を煌めかせる視線の先、いつの間にか開け放たれたライブ会場の出入口にて、月光の輝きを白銀の美髪に纏いながら歩む影法師が、ヘッドセットに付随するマイクを通して言葉を紡ぐ。

 一歩一歩、確実に歩を進める先にあるのは、楓が立つメインステージから伸びるもう一つの舞台。

 

「勝敗に興味はない。等と己を偽る虚勢では、私の胸の奥で疼く喪失感は誤魔化せない――今度は、勝つ」

 

 カツン。喝采するように眩く照らすライトの下で、相反するように暗色の深い青のライトに照らされたその人を、高垣楓はどこか嬉しそうに細めた瞳で捉えた。

 深海を思わせる紺碧の中で、脈動するように電子の波紋を走らせる黒の衣装に身を包むその影は、感情の読み取れない表情に反して雄弁に闘志を語る瞳で、歌姫の視線へ応えるようにその細められた瞳を鋭く射抜いた。

 

「リベンジを心待ちにはしていましたけど、まさか今日のこのタイミングで来るだなんて思っていませんでした」

「あの日の私も、アナタと同じ心持ちだったわ」

「あら、ではこれは意趣返し。と言うことでしょうか」

「そうなるわね。どうかしら、全力を尽くした後に強襲される気持ちは」

「んー、これは中々ピンチですね。強襲した日を思い出すと郷愁感に苛まれてしまいます」

「・・・・・・余裕ね?」

 

「そんなことはありませんよ」穏やかに微笑みを浮かべる彼女に相対した鉄面皮のアイドル――高峯(たかみね)のあは、インカムから伸びるマイクをサラリと撫で付け「その余裕、崩してあげる」そう告げた彼女の頭上から飛来した白銀に煌めき美しく微細な装飾の刻まれたリボルバーを受け取り、構えた。

 銃口が睨めつけるは、346の誇る歌姫。高垣楓ただ一人。

 

「――!」

「これは、不可能を可能にする銀の弾。運命を穿ち、アナタを討ち落とす――必殺の弾丸(シルバーブレット)・・・・・・!」

 

 紺碧の舞台で、六発の発射炎が迸る。

 一発目。射撃の瞬間に狙いを上方に修正し、楓の頭上に向けて放たれた不可視の弾丸は、見事に照明を撃ち抜き歌姫を讃える輝きを消失させステージを漆黒に染めた。

 無論、本物の弾丸の装填はなく、空砲とライブスタッフの協力による演出なのだが、のあの放つ荘厳な雰囲気が、あまりに真に迫った効果音とエフェクトが演出と感じさせない真実味を生み出していた。

 

「これは・・・・・・!?」

 

 動揺に声を漏らす歌姫を黙殺。続けて二発、三発と。反動で跳ね上がる銃の角度すらも計算に入れた完璧な動作で、のあの立つ舞台へ続く道のライトも撃ち消していく。

 四発目、反動を利用して体ごと銃を反転させ背後から自身を照らすライトを封じ。五発目は強い光を放つ観客席のライトを穿つ。

 そして、最後の一発。

 

「・・・・・・刮目しなさい。このステージで――新たなる輝きを得る私を」

 

 掌中で滑らかに繰り出されるガンスピンを交えて頭上に向けた拳銃。それから放たれた撃鉄の音色と、白い発射炎が紺碧の舞台を翔け抜け切り裂けば、反響する銃声がしばしの間二つのステージを闇に包んだ。

 怒涛の展開に度肝を抜かれた観客達は、しかし状況を飲み込み始め、次第に胸中を荒れ狂う熱情で満たしていく。

 ――反響する銃声は鳴り止まない。

 舞台袖で見守っていた楓Pは、これから巻き起こるであろう事態にやはり胸を踊らせながら、自身のアイドルの勝利を信じていた。

 ――反響する銃声は鳴り止まない。

 闇に包まれたメインステージにて、高垣楓は相対した乱入者を包む静寂を見詰めながら、逸る心臓を落ち着けた。

 ――反響する銃声は鳴り止まない。

 敗北に沈んだ自身のアイドルを、再戦の大舞台に導いた男。高峯のあの担当プロデューサー・来栖涼児(くるすりょうじ)は、演出を成功させたライブスタッフと共に彼女が再び脚光を浴びるその瞬間を待った。

 

「私は――貴女を超えていく」

 

 響き渡る声。鳴り止む反響音。

 直後、暗闇に慣れた人々の目を焼く眩い照明が再点灯し。待ってましたとばかりに乱舞するのは幾条もの極彩色のレーザービーム。

 そして、ステージを激しく打ち鳴らし燃え上がるような前奏が、漆黒のヴェールに包まれた舞台を焼き払い露わにする。

 複数の照明を束ねて映し出される美しい肢体。無垢なる白色と蒼穹の青が織り成す清廉なコントラストを身に纏い、金のヘアアクセを銀糸の髪に輝かせ、蒼銀のマイクを手にしたのあを迎えるのは、ギリギリまで抑え込まれた観客達の爆発的な歓声の嵐!

 

「満ちる歓声の共鳴が、私をまだ見ぬ世界へ導いてくれる」

 

 ゆらり。

 眼前のメインステージに佇む歌姫へ向けて、一瞬にして高垣楓のライブステージを己のパフォーマンスと演出により呑み込み、自身のモノとした高峯のあはその手を突きつけた。

 

「魅せてあげる・・・・・・! これこそがアナタを乗り越え、今までの自分を超えるために得た、私だけの輝き。贈ってあげる、私の弾丸(うた)を!」

 

 今まで誰も見た事のない高峯のあが、そこに居た。

 機械的な、時としてサイボーグなどと揶揄されていたその感情が欠落した表情は見る影もなく、明確な意思を高らかに叫ぶその瞳は、どうしようもないほどに強く闘志に燃えて――どうしようもなく人々を惹きつける。

 

「ええ、ええ! 始めましょう。私たちのライブバトル! 貴女と私で紡ぐ、私たちの輝き(うた)を!」

 

 対する楓もまた会場を包む灼熱の歓声を全身で受け止めながら、しかしのあが作り出したと言うのに決して疎外感を感じさせない、むしろ強烈な一体感を魅せるサイリウムの光と歓喜の声に満面の笑顔で応えると、手にしたマイクを強く強く握り締めた。

 

 二人の舞台(ライブバトル)が、幕を開く。果たして、その勝敗は――!

 

 

 

 

「また敗けたわ凉児。やはり高垣楓は強敵ね」

「そうだね、今回も接戦だった。けれど、のあさんの歌唱力は高垣さんと並び立っても一切霞んでいないよ」

「ありがとう凉児、貴方の賞賛の声は何よりも嬉しいわ。・・・・・・とはいえ次こそ勝利する。例えこの枯れかけた私の感情を吐き出し尽くそうと、絶対にリベンジは成してみせるわ。だから――進化する私を見ていて、凉児」

「当然。しかし、事務所の隅で膝抱えてしょぼくれながら言うセリフではないよ、のあさん」

「必勝を確信した先に待つ敗北の味は、何よりも辛く苦いモノ。だから、情けないけれどもう少しだけ待って欲しい」

「・・・・・・のあさん」

「それはそれとして、部屋の隅っこは落ち着くわね凉児」

「のあさん・・・・・・」

 

 ――ライブバトル。

 煌めく星々たるアイドルが鍛錬を重ねた成果。歌唱力やダンス、ビジュアルの全てを出し合いぶつかり合う、この世界で人気の興行の一つである。

 事前に告知して行うものが殆どであるが、時に乱入という形で突発的に行われるものもあり、良くも悪くも印象に残りやすいライブスタイルとされ、新人アイドルの顔見せや、業界に慣れ始めたアイドルへと更なる躍進を願い発破をかける意味でも使われる。

 346プロで頻繁に行われるこのライブバトルだが、時として他の事務所に所属するアイドルも参加することがあり、それを楽しみにライブ会場に赴く者すら居るという。

 直近では765プロ所属の「如月千早」が346プロの「渋谷凛」のライブに殴り込み。また別の日には、同じく346プロの「神崎蘭子」のライブへ315プロの「アスラン=BBⅡ世」が強襲。男性アイドルと女性アイドルという職種は同じでありながら方向性が違う、異種格闘技戦にも似たライブが発生した。

 しかし、双方何か通じ合うモノががあったのか、終始和やかな雰囲気で幕を閉じた。・・・・・・その難解にして珍妙極まる言動の応酬で客席は混迷の渦に落とし込まれたのだが。

 

「・・・・・・古くは伝説のアイドル「日高舞(ひだかまい)」がアイドル活動絶頂期に行っていた、他事務所のライブ興行に対してゲリラ的な乱入を繰り返す行為を批判させない為に作られたアイドル活動の一形態とされているが、その真偽は定かではない、と。・・・・・・なるほど?」

 

 事務所の隅で展開される奇妙な光景を後目に、幾つもの資料がファイリングされたそれに目を通していた珠美は、シャーロック・ホームズよろしく顎に指を添えて「ふむふむ」と頷いた。

 差し込む陽光が茜色に染まる時分。クールPのルーム内は、相も変わらず少しの胡乱な空気と平和の匂いで満たされていた。

 

「ほほー。ライラさん、また一つ賢くなりました」

 

 ソファーに座る珠美の隣に、ちょこんと行儀よく座ったライラが珠美の真似をするように「ふむふむ」と感慨深そうに首肯した。

 

「つまり対バンライブでございますです?」

「対バ・・・・・・あ、いや。珠美たちのするライブバトルには明確な勝敗があるので、そちらとは少々赴きが違うかと」

「むむ、違いましたか」

 

 まあ、入れ替わり立ち代りパフォーマンスを重ねてファンに己を魅せていく、という意味では変わりはない。「しかし、似たようなモノですし、そのような認識で良いかと」ファンの皆様と全力で楽しめたのなら勝敗なんて二の次ですし。そう付け足して語る珠美に、ライラは合点がいったと言うふうに頷くと、テーブルに置いてあるお茶菓子に手を伸ばした。

 陽の光に照らされて黄金色に輝くそれは、クールPが帰りがけに買ってきたカステラである。

 丁寧に包装を解くと、一口。とろけるような歯触りと、上品な甘さがたちまちライラの口元を緩めさせた。

 

「しかし、のあ殿は残念でしたね」

 

 同じようにカステラを口にし、ライラの分も置いてある牛乳で喉を潤すと、珠美は部屋の隅で丸くなるのあを一瞥しながら告げた。

 

「これで楓殿に敗北したのは何度目でしょう。一度目は全力の歌唱を終えたライブ終盤に乱入されて敗れ、二度目は、正式に申し込んだライブバトルイベントで。少しの時を置いて開催された大規模ライブイベントでは勝利し、以降はイタチごっこ。最近は楓殿に負け越しており」

「――ついさっきも、挑まれて敗けてしまいましたですね」

 

 互いにモフモフと洋菓子を頬張り、牛乳を一口。甘い至福の時に幸福な吐息をひとつ落とすと、無表情で(分かりにくく)落ち込むのあに声を掛けるクールPを視界に収めながら、今度はライラが口を開いた。

 

「でも、見ていて凄く楽しかったでございますです」

「ええ、それは珠美も思いました。お二人共、負けず劣らずの歌唱力と表現力をお持ちで。交わる度に互いの実力を高め合っているのが如実に現れておりますな」

「カエデ殿の透き通る歌声も、ノアの凛とした歌声も、甲乙つけがたいですねー」

「ですな。それだけにこうも負け戦が続くと悔しさが募るのでしょう」

「むぅ、ライラさんは悔しいより楽しいを増やしたいです」

「珠美もそう思いますが」

 

 思い通りにはいかないものです。告げる珠美の視線の先では、もう立ち直ったのか次なるリベンジマッチに向けて作戦を練る二人の姿。

 

(・・・・・・はて、しかし)

 

 牛乳を一口含みながら、珠美はもう幾度と感じた違和感に首を傾げた。アーデモナイコウデモナイと議論する二人は打倒346の歌姫に燃えているが、そもそも何故のあと楓のライバル関係が生まれたのだったか。

 

(楓殿と、のあ殿に特別な接点はなかったはず)

 

 同じ事務所の同じ部門に所属し、ライブバトルにおいては無敗を誇る。のあと楓の共通点といえば、その位のものであった。

 では、唐突にのあのライブへ乱入してきた意味は何だったのか。薄ぼんやりとした蜃気楼のように朧気な記憶ではあるが、珠美はその切っ掛けを探るために諸々の事柄を思い出してみた。

 寡黙の女王、高峯のあは孤高である。

 アイドルの本分とも言えるライブにおいて、誰かと共にステージへ上がることはライラを除けば滅多に無く、ソロ活動が主であった。

 ライブでの方向性は歌唱力を前面に押し出した物。

 アイドルらしくステージ上で舞う姿も然る事ながら、しかし何よりも歌という力で人々を惹き付けるスタイルだ。

 近い存在は765プロの如月千早だろうか。或いは、のあが彼女に近いスタイルで活動していると言ってもいいのかもしれない。

 そんな彼女は、こと鍛錬に関しては只管(ひたすら)にストイックであった。

 何事も理解さえしてしまえば直ぐにモノにできる天才肌の彼女だったが、周囲に自身にない愛嬌だったり感情豊かな表現力を持った者だったりが溢れ、それらを見て触れた末に燻っていた対抗心に火が着き、努力を怠らない「努力する天才」となった。

 その結果、デビューから今日に至るまで、あらゆる障害を実力で突破し、躓こうとも自己研鑽の果てにこれを凌駕する存在へ――それこそ、挑まれたライブバトルは、例え僅かな不調がある日でも勝利を収めてきた。

 その勝利を得た瞬間すらも黙して語らず。全てを終えた後にただ一言「次に会うのを楽しみにしている」

 敗北を知らない冷徹な勝者は、常にステージの上で表情を崩さず君臨していた。

 とある週刊誌がその姿を〝寡黙の女王〟などと称したのが、そのまま定着したのが現在の高峯のあであった。

 

(まあ、本人はその記事を見て目を白黒させていたワケですが)

 

 当惑するのあが、その称号によって他のアイドルに恐れられ、友好の輪が狭まったらどうしようとクールPに相談していたのが随分と遠く感じる。結果として、ライラと珠美が彼女の人となりを、それとなく話していた――ライラに関してはただ話題に出た時に答えただけだったのだが――ので事なきを得た。今となっては、この称号を自身の努力が実った結果なのだとして、受け入れている。

 そも、ライブ以外のアイドル活動で彼女の動きを見ていれば「怖い人」で評価が終わるような人物でないことは、早々に周囲に知れ渡っていったので何も問題なかったのだが。

 

(そんな無敗を誇るのあ殿と肩を並べる、同じく無敗の歌姫――)

 

『決めたわ。今度はライブ前のパフォーマンスで場の空気を全て持っていく』

『なるほど。ならタイミングは意趣返しも兼ねて、高垣さんのライブにゲリラ戦を仕掛けよう。思えば、初戦はこれでウチが負けたんだ。その分もきっちり取り戻してやろうか』

『つまり――江戸の仇を長崎で討つ。という事ね?』

『・・・・・・なんかイヤだなそれ』

 

「――高垣楓殿」

「おお、ノアが燃えていますです。カエデ殿、やはり強敵でございますね」

「まあ、346が誇る歌姫ですからなあ」

 

 その歌声、天上の調べが如く。

 のあの歌が心を射抜く弾丸だとするならば、彼女のそれは包み込む羽衣だ。透き通る旋律は誰しもが逸る足を止め、思わず耳を傾ける。

 纏う雰囲気も反するもので、楓の神秘的でありながら何処か柔らかな雰囲気と、ミステリアスで良い意味で人間味の無い近付き難い雰囲気を纏ったのあ。

 双璧。デビューからライブバトルで邂逅を果たすまで、必要最低限しか接触のなかった無敗の女王たちを、346プロの人間を含めた人々はそう呼んでいた。

 果たして、そのような二人の激突と、のあの敗北は業界を揺るがし、間を置かず果たされたリベンジマッチでの楓の敗北はもはや驚天動地の出来事だった。

 しかし、

 

「・・・・・・いや本当にどうして楓殿は、のあ殿に急襲したのか」

 

 それだけは、この激動のライブバトルで未だに真相が明かされない謎であった。

 特に前述の通り、のあと楓は立ち位置こそ似ているが廊下ですれ違ったら軽く会釈する程度の接触しかなく、かと言って、双方がその在り方に対抗心を燃やしていたという話もまるで出ていない。そも、お互いに自分の道を邁進するのに集中しており、他人の道にわざわざ入り込むような、器用な真似が出来る人間では無いのだ。

 その謎を解明しようと彼女たちへ取材を行い、受け流されはぐらかされ黙殺され、撃沈していった者は数しれず。

 果たして、歌姫が寡黙の女王に挑んだ理由は未だ闇の中。それがまたファンたちに想像の余地を与え、二人の関係に注目が集まっていた。

 

『凉児、照明を撃ち抜いて暗転している間に衣装替えしましょう。暗闇は人の視界も進む道も奪うけれど、故にこそ月光と星の光が心に深く刻まれる』

『照明を撃ち抜くね・・・・・・。なら、最近やった謎のガンマン役のオマージュでもしようか。〝銀弾の射手(あののあさん)〟なら照明(太陽)を撃ち落とし、高垣さん(標的)を狙うのに最適だ』

『――! 流石ね、凉児。貴方が示す未来、必ず勝利という結果を添えて実現させるわ』

『ああ、そのための手助けは何だってしよう。だからのあさん』

『凉児・・・・・・!』

『そろそろ、すみっコぐらしはやめるんだ』

『・・・・・・落ち着く』

『おら出てこいクール詐欺ポンコツアンドロイド』

『やめなさい、貴方にアンドロイド呼びされると胸が痛――腕を引っ張らないで・・・・・・! 体が物理的に痛くなる・・・・・・!』

『なら早く立ち上がりなさいよ!』

『私に優しく。敗けてしょんぼりしてる私にもっと優しくしなさい。心が砕けてしまうわ』

『そんな繊細な時期はとっくに過ぎただろ・・・・・・!』

 

 そんな双璧のうち、ミステリアスで近寄り難い雰囲気の方は、現在こんな感じである。

 クールPの真剣な眼差しは、徐々に胡乱気なそれへとシフトしていった。

 

「おお? ノアと凉児殿、遊んでます。あれは完全に遊んでますね。これはライラさんも参加せねば!」

「いやあの、プロデューサー殿が困るので参加は控えた方が」

「行ってきますです! 凉児殿、ライラさんもいーれーてー」

 

 良いのでは。言い切る前に無意味な攻防を繰り広げる二人の中に入っていったライラを見送った。

 

「・・・・・・案外、のあ殿と仲良くなりたかっただけなのかも知れませんな」

 

 突然現れたライラにヒーヒー言っているクールPを見て脱力した珠美は、なんだか考えるのに疲れたので、ありそうで無さそうな結論で強引に思考を閉じ、ソファーに深く座り直した。

 これが高垣楓のライブイベントに乱入し、見事な立ち回りと重ねた研鑽によって勝利を手にする――冒頭の話に至る数ヶ月前の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇足的SS

のあさんと楓さん〜邂逅篇〜

 

 

楓(高峯のあさん、廊下ですれ違ったけれど、どうするか迷ってた私と違って、ぺこっと挨拶してくれて、綺麗で格好良い人だわ・・・・・・)

 

楓(ライラちゃんと良く一緒に居るし、飛鳥ちゃんたち若い世代の子にも慕われてて、寡黙の女王なんて呼ばれてるけれど、もしかして怖い人ではないのかしら・・・・・・?)

 

楓(歌もダンスも上手で、この前のゲームで遊ぶバラエティ番組も面白かった)

 

楓(あと居酒屋でも見かけたわ。・・・・・・お酒、好きなのかしら)

 

楓(・・・・・・そういえば、日本酒を飲んでいたわ。顔色を変えず幾つも)

 

楓(やっぱりお酒好きなのかな・・・・・・仲良くなりたい。仲良くなって、お酒飲みながらお互いのアイドルとしての立ち位置とか、どうすれば知らない人と仲良くなれるのかとか、スタイル維持の秘訣とか、語彙力の上げ方とか、たくさん聞きたい。でもどうすれば・・・・・・ああ、自分の人見知りっぷりが恨めしい)ハァ・・・

 

楓P(楓さんが窓際で黄昏てる。絵になるなあ)

 

楓「――高峯のあさん、か・・・・・・」フゥ・・・

 

楓P(・・・・・・!? 楓さんが悩ましげに〝寡黙の女王〟の事を考えている!? ――なるほど、とうとう()()()が来たのですね!)ティン!

 

楓P「楓さん!」シュバ!

 

楓「ヒッ、急になんですかプロデューサーさん」ビクッ

 

楓P「高峯のあに、会いに行きましょう!(ライブバトルで)」

 

楓「えっ、会わせてくださるんですか!?」パアァァ

 

楓P「ええ、セッティングは任せて下さい。必ずお二人の(ライバル)関係を良いものにしてみせます!」

 

楓「ですけど私、高峯さんとは廊下ですれ違う程度の顔合わせしかしていなくて、上手に(お話を)できるかしら」

 

楓P「そちらも任せてください。お二人の(ライバル)関係が明瞭になるまで、俺がアシストしますから!」

 

楓「ああ――プロデューサーさん、あなたが私のプロデューサーで良かった・・・・・・! どうかよろしく、お願いします!」

 

楓P「任せてください! 絶対に、楓さんの望む未来(互いを高め合う良きライバル関係)へ導いて見せます!」ギラギラ

 

楓「私の望む未来!(のあさんと仲良し)」キラキラ

 

楓(ああ、きっとこの人は私の情けない呟きを聞いて、その意味を察してくれたのね。思えば川島さんと仲良くなれたのも、プロデューサーさんに飲みニケーションを勧められたからだった。・・・・・・本当に、この人がプロデューサーで良かった)

 

楓P(川島さんからトークの秘訣を探り出したいと、言外に告げられたあの日から、楓さんの真意を探る思考を鍛えていて良かった・・・・・・。これでまた楓さんの魅力が更に広まる!)

 

 

 後日、とあるライブ会場にて。

 

 

楓「突然の訪問、ごめんなさい――これが、私なりの挨拶です。どうかこれから、仲良くして下さいね」

※ちゃんとした挨拶もなくごめんなさい。貴女と仲良くなるために来ました!

 

のあ「そう、そうなのね――この敗北、胸に刻む。次は負けない」

 

楓「ええ、その時を楽しみに待っています、高峯さん。わたしの歌とあなたの歌、共に響かせてもっともっとファンの皆様を楽しませましょう。そしてその先で――」

※一緒に歌う私たちの歌で、ファンの皆さんとたくさん楽しんで、盛り上がりましょう!

 

のあ「――?」

 

楓「いつか、互いの勝利を称え、(さかずき)を交わしましょう」

※お互いの健闘を祝いながら、一緒にお酒飲みましょうね!

 

のあ「・・・・・・ならば凌駕する。貴女の意思に応えるために」

 

楓(――何かを間違えている気が・・・・・・? いえ、プロデューサーが示した道と、蘭子ちゃんの教えてくれた〝のあさんと仲良くなれる喋り方〟を信じるの、高垣楓。それに友達作りの参考と、若い子たちとお喋りした時の話題作りで読み続けてる漫画雑誌にも、似たような展開の先で親友になっているのを見たわ。だから大丈夫)

 

楓P「ヨシ!」グッ!

 

 

 高垣楓が人見知りするという事を知っている人間は、意外と少ない。








 こちら、ゾンビみたいに復活しては、また埋まっていく小梅ちゃんも助走をつけて袖で鞭打(威力:禁鞭)するレベルのSSです。ご査収ください。

 ※楓さんがお空に打ち上がったことと、今作ができた事には何の因果関係もございません。

 ※楓Pがポンコツに見えるのも気の所為です。彼は常に楓さんのことを考え、常に全力でプロデュースしており、時折それが変な方向へ空回っちゃうだけなんです。

 ※その結果、楓さんは世紀末歌姫の二つ名を得ることになった。

 ※大丈夫、楓さんはボッチじゃないよ。ちゃんと同年代にも年下にも年上にも友達いるよ。ライブバトルになると容赦なくぶっ倒すけど。

 ※相対的にのあさんの実力が凄いことになっちゃった。そんなのと組んでるライラさんも凄いって事になっちゃった。

 ※あれ、珠美・・・・・・?

 ※アイドルランクの設定をそっと手放す音。


 そんなことより楓さんの美しさの話をしよう。


 とにかく美人。それに着きます。
 スタイル良し、顔良し、歌良し、トークセンス良し。りあむが憤死するレヴェルの最強アイドルです。
 ※プロデューサー目線だと一番のアイドルは担当アイドルなので、ここで言う「最強」はファン目線のモノです。ご了承ください。

 完璧アイドル超人かと思いきや、程々に抜けてる所が見え隠れ。お酒大好き、オヤジギャグ好き、仲良くなると甘えてくる、色気もある、そんな25歳児。
 ズルい。可愛いのズルい。でも決める時はバシッと決める大人だからカッコイイ。もうホントにズルい。もちろん良い意味で。
 身長高いのも個人的な高ポイント。担当に出会う前に会ってたら危なかった。嘘です好きです。既に致命傷です。背が高くて可愛くて綺麗でちょっぴりダメな感じするけど実は魅力しかないお姉さんすき。

「こいかぜ」すごい。なんかもうすごい。かてない。むり。とうとい。すごい。やむ。うつくしすぎてむり。うたごえがきれい。

 そんな楓さんには美優さんの「Last Kiss」でも見せてもらいましょうかね。憂いを帯びた表情に泣き黒子が映えて実に綺麗です。背中でハート作る所で毎回変な声あげるのやめなよ。気持ち悪いよ私。
「Pretty Liar」を美優さん、のあさんと組ませてMV周回するのをやめろ。妖しい美しさが画面いっぱいで幸せなのは分かるし、ポジション変えると美人→可憐にシフトするのが良すぎるのも分かったから、一々悲鳴を上げるな気持ち悪いぞ私。
「HotelMoonside」は心臓が持たない。たすけて。

仁奈「ママこうほでごぜーます」
美優「プロデューサーさん、ちょっと話が」



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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