東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐ (日本武尊)
しおりを挟む

プロローグ
始発駅 幻想の地に汽笛は鳴り響く


初めて二次創作を書きますが、よろしくお願いします。


 日本のどこかに存在すると言われる、忘れ去られた者達が集う自然豊かで美しい光景が広がる外界から隔たれた理想郷。

 

 

 その名を『幻想郷』と呼ぶ。

 

 

 博麗大結界と呼ばれる結界によって外界と隔たれたこの地には人間の他に、妖怪や神々といった外の世界では存在が忘れられようとしている者達が暮らしている。

 

 

 幻想郷では人間が妖怪を恐れ、妖怪が人間を襲う。そんな関係を保つことで幻想郷は幻想で居られる、と言われている。

 といっても、極端な関係と言うわけではなく、中には友好的な関係を築いている人間や妖怪達が居る。まぁ、当然反対の考えを持つ者も居るが。

 そんな絶妙な関係性があるからこそ、種族間での争いは殆ど起きていない。

 

 

 そして外の世界で忘れ去られた存在も、ここに流れ着く。たまに幻想郷を覆う結界が緩んでそこから幻想郷に迷い込む時もあるが。

 まぁこれらに該当せずに幻想郷に入ってくる場合もある。

 

 それらを一括して『幻想入り』と言う。

 

 

 そしてとある者達も、この幻想郷に幻想入りしてきた。

 

 

 これは、そんな彼らが幻想郷で活躍する、物語である。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そんな幻想郷を覆う博麗大結界と外の世界の境目付近に位置する場所に、『博麗神社』と呼ばれる神社はある。

 

 

「はぁ……」

 

 博麗神社の境内にある自宅の縁側に座っている少女はため息を付くと、手にしている湯呑を口元に動かして入っているお茶を飲む。

 

 紅白の脇の部分が大きく開いた特徴的な巫女服を身に纏い、後頭部に大きな赤いリボンをしている。

 

 彼女の名前は『博麗霊夢』。この博麗神社に住む、幻想郷を管理する博麗の巫女である。

 

「暇ねぇ」 

 

 彼女はそう呟くと、湯呑を傍に置いて空を見上げる。

 

 博麗の巫女である彼女は先祖代々から幻想郷で起こる異変解決を仕事にしている。他にも人間が暮らす人里で妖怪退治や厄払いの依頼を受けたりと仕事はあるのだが、それ以外やる事が無い。

 要はほぼ毎日が暇なのである。

 

「まぁ暇なのは平和だという事ですよ、ご主人様」

 

 と、彼女の後ろにある障子が開けられると、一人の少女が出て来て床に膝を付けてしゃがみ、霊夢が置いた湯呑を手にしてもう片方の手に持っているやかんの注ぎ口を近づけて中に入っている緑茶を注ぐ。

 

 肩に掛かりそうなぐらいの長さの明るい緑色の髪をして、青い色をメインに白や赤が施されたメイド服を身に纏っている。

 

 彼女の名前は『る~こと』という、博麗神社に住むメイドである。

 

 変わった名前をしているが、それには結構大きな理由がある。

 

 とある異変解決時に異変の首謀者から願いを一つ叶えると言われたので、霊夢は神社を掃除するものが欲しいと言って、このる~ことを貰った。

 まぁ、つまり彼女は見た目こそ少女の姿をしているが、その正体はアンドロイド、つまりはロボットである。

 

 その上彼女が動く燃料は少々厄介で、彼女が着ているメイド服の背中に描かれている最も物騒なマークがそれを物語っていた。

 まぁその燃料のお陰で、彼女は半永久的に動くことが出来るのだ。

 

 最近では新鮮なその燃料を手に入れられるので、彼女としてはかなり助かっているようである。

 

「まぁ、それもそうだろうけど、暇なもんは暇なのよ」

 

 霊夢は愚痴りながらる~ことから湯呑を受け取って一口飲む。 

 

 まぁやる事があるとすればる~ことと一緒に神社や境内、自宅の掃除や、賽銭箱の確認ぐらいだ。

 

 しかし賽銭箱には基本お金は入っていないのがほとんどだ。

 

 幻想郷にある人間の里から博麗神社までの距離はそこそこある上、神社の周りは森が多く、そこには多くの妖怪が棲んでいる。妖怪以外にも熊や狼といった獰猛な獣が多く生息している。道中だけでも大変なのだが、その上神社には顔見知りの妖怪や妖精達が度々やって来るので、一般人からすれば余計近付きづらいのだ。

 そのせいで参拝客はほとんど来ないので、当然賽銭なんてあるわけがない。あっても微々たる事が多い。

 

 彼女の収入源は妖怪退治時の報酬以外はそれに依存しているので、常に貧しい生活をしている。まぁ人里から異変や依頼解決、厄払い時のお礼の品々を送られてくることがあるので、生活に困るほどではないが、かといって贅沢ができるほどはない。

 

 

 しかし、彼の者達が幻想入りしてきたことで、彼女の生活スタイルは大きく変わる事になった。

 

 

 

 ―ッ!!

 

 

 

「……来たわね」

 

「そうですね」

 

 すると低くも猛々しい音が二人の耳に届き、音がした方に視線を向けると、森の方から白煙が上がっていた。

 

 しかし別に火事になったわけではないと分かっているので、驚きはしなかった。まぁ知らなかった最初の時は驚いていたのだが。

 その白煙は徐々に神社の方に近づいて来ている。

 

「さて、参拝客の出迎えの準備をするわよ」

 

「了解です」

 

 霊夢とる~ことの二人は縁側から立ち上がり、参拝客を迎える準備をする。

 

 

 数ヶ月前に幻想入りしてきた者達のお陰で、人里から博霊神社への参拝客が増えており、彼女の生活も大分マシなレベルになりつつあった。

 まぁ、そのお陰で幻想郷の景色は大きく変化してしまったが、それでもこの幻想郷に齎された変化は大きなものになった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 幻想郷は自然豊かな場所と言ったが、現在の幻想郷には自然じゃ無い物が地面に張り巡らされている。

 

 一定の間隔で木材が設置されてその間に石が敷き詰められ、その上に二本の鉄の棒が設置されている。

 つまりこれは鉄道を走らせるための『線路』である。

 

 そんな線路が幻想郷中に張り巡らされているのだ。まぁ幻想郷の全てにと言うわけではないが。

 

 

 その線路が多く集中的に張り巡らされている場所がある。

 

 幻想郷において、そこは長い間何も無い平地があったのだが、数ヶ月前にそこに大きな施設が幻想入りしてきたのだ。

 

 

 その名は『幻想機関区』と呼ぶ。

 

 かつては別の名前だったのだが、この幻想郷に幻想入りしてから機関区の管理者がその名前に変えた。

 

 尤も、機関区の存在自体が幻想的なものだったので、ある意味相応しい名前になったみたいなものだが。

 

 

 機関区内にある操車場には多くの客車や貨車、特殊車輌が置かれ、機関区内の中央に広げた扇の様な形状をした扇形機関庫と呼ばれる建造物に『彼女』達は眠っている。

 

 それぞれ特徴ある黒く大きなボディーに足回りに大きな円形のパーツを持ち、各々の特徴を持った存在。

 

 かつて線路の上を走り、人々の足となって人や荷物を運んだ産業革命の立役者。

 

 しかし時代の流れと共に彼女達は姿を消していき、今でも保存活動はあるが、それでも忘れ去られようとしている存在。

 

 

 その名を『蒸気機関車』と呼ぶ。

 

 

 その機関庫に眠っている蒸気機関車は外の世界の日本でかつて多くが走っていた物である。

 

 日本で最も多く作られ、知名度の高い貨物用蒸気機関車『D51形蒸気機関車』。

 

 日本最強と謳われた貨物用蒸気機関車である『D52形蒸気機関車』の軸重軽減を主に改良が施された『D62形蒸気機関車』。

 

 今は作業の為に機関庫に居ないが、大正生まれながらも日本の蒸気機関車の終焉を見届けた『9600形蒸気機関車』と日本の機関車の中で小さい部類に入る『B20形蒸気機関車』が居る。

 

 そんな蒸気機関車が様々な形式の車輌と共に機関庫にて眠っている。中には火を入れられて出発準備を整えている車輌もいる。

 

 

 こんな光景、外の世界ではまず一箇所でしか見る事が出来ないだろう。尤も、全てが動くとなると、存在しないが。

 

 そんな扇形機関庫にて彼女達は出番を待っていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場所は変わり、機関区の敷地内にあるとある建物の一室。

 

 飾りっ気の無い質素な雰囲気の部屋に、一人の青年が居た。

 

 

「……」

 

 青年は鏡の前で身だしなみを整えていた。

 

 彼の名前は『霧島(きりしま)北斗(ほくと)』。この幻想機関区の管理責任者である区長とD62形蒸気機関車の機関士をしている。

 

 元々は外の世界の人間だったが、この機関区と共に幻想入りしてきた。まぁ幻想入り自体は彼自身の意思は無く、どちらかと言えば巻き込まれた形であるが。

 

「よし」

 

 北斗は身だしなみを整えると、着ている作業服と同じ紺色の略帽をかぶり、部屋を出る。

 

 

 

 建物から出て機関庫に向かって敷地内を歩く。

 

 既に機関区内では各々の作業を行う者達が居た。

 

「おはようございます、区長!」

 

「おう、おはよう」

 

 線路の分岐点の整備をしていた背丈の小さい女の子が北斗に気付き、立ち上がって挨拶をして彼も返事を返す。

 

 紺色の作業服に黄色いヘルメットを被っており、作業服の上に黄色いベストを着ているが、背中にはトンボの羽の様な二枚二組の透明の羽が下に向かって生えている。

 

 そんな羽が生えた女の子はこの機関区にいっぱいおり、各々の作業をしていた。

 

 彼女達は幻想郷に幻想入りした時からこの機関区に居るのだが、それまで彼女達の存在は居なかった。

 

 幻想郷の住人曰く、彼女らは妖精と呼ばれる種族らしい。

 しかし真面目に働く彼女達は幻想郷の住人からすれば妖精らしくないらしいが、まぁ彼らからすればありがたい存在だった。

 

 

 北斗はいくつもある線路を通る前に左右を指差しながら見て安全を確認してから通り、機関車達が居る機関庫に着く。

 

「何度観ても、すげぇ光景だよな」

 

 彼はそう呟きながら機関庫に眠っている機関車達と、その傍で妖精達と一緒に整備や検査をしている少女達を観る。

 

 SLが好きである彼からすれば、多くのSLが見れるこの光景は正に絶景である。それも全てが動く状態で、現存していない機関車が殆どなら、尚更だ。

 

「おはようございます、区長!」

 

 すると彼の元に同じ紺色の作業服と、同色の略帽をかぶった灰色のショートヘアーの少女が近付き、挨拶をする。少女が着ている作業服の左胸には『D51 241』と描かれたバッジが付けられている。

 ちなみに北斗の着ている作業服にも『D62 20』と描かれたバッジが付けられている。

 

「おはよう、明日香」

 

 北斗は明日香と呼ばれる少女に向き直り、挨拶を返す。

 

「今日は人里から博麗神社行きの列車を明日香と皐月が走るんだったな」

 

「はい!」

 

「そうか」

 

「頑張れよ」と彼は彼女に言いながら二人は機関庫に向かう。

 

 

 

 機関庫に眠っている機関車達の前を歩いていく道中で機関車の整備をしている少女と妖精達は二人の姿を見ると作業を中断して挨拶する。

 

 そして機関庫中央左辺りで準備が進められている機関車の前で二人は立ち止まる。

 

「じゃぁ、いつも通り安全で頼むぞ」

 

「了解!」

 

 明日香は敬礼をしてから、四輌あるD51形蒸気機関車の内『D51 241』のナンバープレートを持つD51形に向かう。

 

 

 D51形蒸気機関車の中で縦長な『ギースル・エジェクタ』と呼ばれる特徴的な煙突を持つ241号機は外の世界では蒸気機関車で最後に貨物列車を引き、そして国鉄時代で最後に本線を走った有名な機関車である。

 

 その後は追分機関区にて同型の465号機、603号機、1086号機と共に静態保存の為に保管されていたのだが、その追分機関区が火事に遭い、同じ機関区に居た9600形の79602号機と配備されたばかりの新鋭のDD51形ディーゼル機関車八輌と共に焼失してしまった。

 

 そんな241号機が他の機関車達と共にこの幻想の地に新たな体を持って蘇ったのだ。

 

 

 北斗は線路の脇へと退きながら、彼女が妖精と共に機関車の足回りの打音検査に入るのを見て自分(・・)のD62形の前まで歩く。

 

 

 しばらくして打音検査を終えた彼女は足回りの各部品に注油作業を終えたのを妖精に確認した後、運転室に入ると一足先に運転室に入っていた機関助士の妖精がスコップに乗せた石炭を焚口戸を開けた火室へと放り込んでいた。

 

「調子はどう?」

 

「ボチボチですよ」

 

「結構」

 

 妖精の言葉を聞いて明日香は頷きながら蒸気圧計と水位計の数値を確認してから機関士が座る席に座る。

 

 数回ほど火室へと投炭した妖精は焚口戸上にあるレバーを上げて焚口戸を閉じ、水の量を確認する。

 

 問題ない事を確認してから妖精は明日香に報告する。

 

「……」

 

 彼女は深呼吸をして二つあるブレーキハンドルの内機関車本体のブレーキハンドルを回してブレーキを解くと、エアーが抜けるような音が運転室に響く。

 

「出庫!」

 

 そう大きな声を出して垂れ下がっている汽笛を鳴らすロッドを短く引き、機関車の汽笛を短く鳴らして運転室の窓から頭を出し、前を見ながら加減弁のレバーを少し引く。

 

 するとD51 241はゆっくりと前進し始め、ピストン付近の排気口から蒸気を出しながら機関庫の前にある転車台まで前進してその中央に差し掛かる前に加減弁を戻してブレーキを掛けると、ちょうど転車台に収まる形で停車させる。

 

 その後は妖精が転車台を操作してD51 241を乗せた転車台をゆっくりと回転させて方向を変えさせる。

 

 

 そのまま五時方向へと機関車の前方を向けさせて停止させ、転車台を操作していた妖精は線路がずれていないか確認してから明日香に緑色の手旗で報告する。

 

 それを確認して明日香はブレーキを解いて汽笛を短く鳴らし、加減弁を引いて機関車を前進させる。

 

 敷かれた線路に機関車を走らせ、いくつも分かれた分岐点を通って人里まで繋がっている線路まで機関車を移動させると明日香は加減弁を戻してブレーキを掛けて機関車を止め、逆転機ハンドルのロックを外してメーターを確認しながらハンドルを回し、凸凹に合わせてロックを掛けると、窓から頭を出して後ろを確認する。

 

 線路のポイントが切り替えられ、その先では『B20 15』と『79602』が持ってきた茶色に塗装された『オハフ33形』の旧型客車二輌と『マニ32形』の郵便客車一輌の計三輌が連結されて待機していた。

 

「……」

 

 客車を確認した明日香は妖精の緑色の手旗の合図を確認してからブレーキを解いて汽笛を二回短く鳴らし、加減弁のレバーを引くと機関車はゆっくりと後退する。

 

 彼女は妖精の手旗信号の誘導を目を細めて確認し、加減弁のレバーを握る手に力が入る。

 

 

 そして炭水車と客車の連結器がぶつかる寸前で加減弁を引くと同時にブレーキを掛け、連結器と連結器が接続されると同時に停車する。それによって衝突を最小限に留めた。

 地味に凄腕の技術である。

 

 まぁ彼女なら出来て当然のことであろう。

 

 なぜならば、彼女はD51 241号機自身(・・)なのだからだ。機関車を手足の様に使うなど造作も無い事だ。

 

 

 その後しばらくして241号機の後に機関庫から出て来た『D51 465』が別の線路を使って241号機と連結している客車の後方へと移動すると、ゆっくりと後退して炭水車と連結させる。

 

 ちょうどそれぞれの機関車の前面が前後を向いているという、変わった編成である。まぁ、この編成にはちょっとした理由があるのだが、それは後々語られるだろう。

 

「……」

 

 明日香は機関士席から機関助士席側の窓からサムズアップしている北斗の姿を確認すると、微笑みを浮かべて前へと向き直り、略帽を被り直して表情を引き締める。

 

「出発進行!!」

 

「出発進行!」

 

 大きな声を上げると機関助士の妖精も復唱し、ブレーキを解いてから汽笛のロッドを引き、汽笛を長く鳴らすと、客車後方に連結している465号機も汽笛を鳴らして、彼女は加減弁のレバーを引くと、三輌の客車と465号機を牽いて機関車は煙突から白煙を、ピストンからドレンを吐き出しながら前進し始める。

 

 そしてD51 241号機が牽く列車は人里付近にある駅へと向かって走っていく。

 

 

 

 今日もまた、幻想の地に勇ましい汽笛の音色が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 




初っ端からネタバレが多いような気がしますが、説明回的な回なので大丈夫、なはず……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1区 幻想入り編
第01駅 異変の始まり


 

 

 

 物語の始まりは今から数ヶ月前に遡る。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 空がオレンジ色に染まり、辺りが薄暗くなり始めている住宅街。

 

「……」

 

 その住宅街の中にある道を一人の少年が歩いていた。

 

 日本人にしては珍しい青い瞳を持っている事以外は至ってどこにでも居るような普通の少年もとい霧島北斗は欠伸をする。

 

「あ~、かったるいなぁ」

 

 彼はそう呟きながらも、通っている高校から現在住んでいる寮への帰路に着いていた。

 

「来週から中間か。嫌だなぁ」

 

 嫌そうな表情を浮かべながらズボンのポケットに入れていた右手を出して頭の後ろを掻き、ため息を付く。

 

 彼は一部を除き、至って普通な高校生だ。だからこそ中間テストと言う試練を受けなければならない。

 まぁ、彼自身赤点を取ったことがないので、決して頭が悪いわけではないが。

 

 

 

 少し歩いて彼が通う高校の寮に着き、自分の部屋に入る。

 

「はぁ……」

 

 ため息を付きながら背中に背負っているリュックサックを椅子に下ろし、ちゃぶ台にコンビニで買った夕食が入ったビニール袋を置き、床に敷いている座布団に座り込むとちゃぶ台の上に置いているノートパソコンを開いて電源を入れる。

 

 電源が入るまでコンビニで買ったおにぎりを一つとお茶の入ったペットボトルをビニール袋から出し、ペットボトルの蓋を開けて一口お茶を飲む。

 

 

 電源が入ると彼はブラウザを開き、ゲームを起動させる。

 

 彼が起動させたゲームは『SLコレクション』と呼ばれる、その名の通りSLこと蒸気機関車を集めて自分だけの機関区を運営するオンラインのブラウザゲームである。

 ちなみに機関車は国ごとに分かれており、初期の段階で日本を含む六ヶ国が実装されていた。

 

 このゲームは随時機関車が追加されているが、一番の特徴は機関車のCGがまるで実物かと見紛うほど緻密であることだ。その上そのCGモデルの走行シーンも拘りに拘っているので、いよいよ本物かと錯覚するぐらいだ。

 とても無料で出来るゲームのクオリティーではないと話題になった。

 

 その上、資料の少ない機関車や、計画のみだった機関車を実装しているとあって、SLファンに絶大な支持を得ていた。

 

 彼は幼い頃、一緒に暮らしていた元国鉄の蒸気機関車の機関士であった祖父から色々な話を聞いて育ってきた。その為、大のSL好きである。

 バイトで稼いだお金の大半を蒸気機関車関連の品々につぎ込み、中学の時の京都への修学旅行でお寺参りそっちのけで鉄道博物館に直行するぐらいだ。

 

 特に日本のSLが好きなので、ゲームでは日本を選択してSLを集めて、自分だけの『霧島機関区』を作って運営していた。

 

 ちなみに編成は実装されている機関車の種類は全て揃えている。

 

 

 しかし、かなり限られた層のみに絞られたゲームだった為、SLファンからは評されたが、それ以外の層ではそれほど人気が出なかった。それに加えてCGモデルの緻密さが仇となってアップデートの頻度は遅い。その為未だに実装されていない機関車が数多い。むしろなぜ先にそんな機関車を実装したとツッコミたくなるような機関車を先に実装して、有名どころの機関車は後回しにされていた。

 その上、数が多いD51形はモデルの流用が効き易いのか、毎回別のナンバーと一部仕様変更で毎回実装されるので、デゴイチコレクションと言われてしまう始末。

 

 そしてサービス開始から一年で、遂にゲームのサービス終了が告知された。

 

 サービス終了の告知を見た北斗は大きくショックを受けて、しばらく落ち込んでいたそうな。

 

 で、今日はそのサービス終了の前日であった。

 

 

「今日でこのゲームも終わりか」

 

 北斗は画面内で貨車を多く連結した長編成の列車を引く重連のD51形二輌の姿を観ながら、しみじみと呟いてツナマヨ入りのおにぎりを食べる。

 

(惜しいよな。こんなに作りが良いのに)

 

 まぁその作りが良過ぎて逆にアップデートが遅かった原因を作ってしまったのだが。

 

「せめて、全部実装してから終わって欲しかったよな」

 

 まぁそうなると何年先になるのやら。

 

「……」

 

 北斗はため息を付くと、壁に立て掛けられている金属板を見る。

 

 黒地に金の縁を持ち、その中央に金色で『D62 20』と描かれていた。

 

 これは『D62形蒸気機関車』と呼ばれる機関車のラストナンバー機のナンバープレートである。

 

 D62形蒸気機関車とは、日本最強の貨物用機関車のD52形蒸気機関車を改良した機関車である。

 

 D52形蒸気機関車はその大きさと重量故に地盤の緩い路線に入る事が出来ず、入れる路線は限られていた。そこで軸重軽減をするために車軸配置を2-8-2のミカド形から2-8-4のパークシャー形に変更して、軸重を軽減している。

 まぁ改造して従輪を増加した分、重量が増えたので日本国産蒸気機関車の中で最重量の機関車になったが、うまく車軸配置を変えた事で重量を変えずに最大軸重を軽減した。

 

 従台車の二軸化によって原型機より振動が少なく、加速が良かったと乗務員から好評だったそうである。

 

 彼の祖父がかつてこのナンバープレートの持ち主の機関車の機関士をしており、解体時に業者から譲ってもらったそうである。祖父が亡くなった後は遺品として彼が所持している。

 

 そのナンバープレートの下にある台の上にはD51形蒸気機関車の模型が飾られていた。

 

 

「この機関車の走っているところ、見たかったな」

 

 彼はそう呟きながら、お茶を飲む。

 

 まぁ一応D62形が走っている映像は残っているし、鉄道模型もあるので、見ようと思えば見れるが、ゲーム内の映像でこそ見てみたい気持ちがある。

 

「……」

 

 深くため息を付き、財布と一緒に置いている神社でよく売っている様な形をした、古びたお守りを見る。

 

(そういえばあの人、何をしているんだろうな)

 

 ふと彼の脳裏に思い出される、まだ祖父と暮らしていた幼い頃に遊んでいた公園に設置されていた蒸気機関車の傍にいつも居た女性の姿が思い浮かぶ。

 

 その女性は蒸気機関車を含む鉄道のことなら何でも知っており、公園にあった機関車についても詳しく教えていた。

 

 その後一緒に暮らしていた祖父が亡くなって親戚の家に預けられる事になって引っ越す際に、女性は別れ際にそのお守りをくれた。

 

 何でも特別な金属片を入れた手作りのお守りで、持っていればいつか彼の役に立つと言っていた。

 

 彼はその女性の言う事を聞いて、ずっとそのお守りを持っていた。

 

 といっても、あれから何かがあったかと言うと、何も無かった。むしろ災難ばかりが降りかかったが。

 

(まぁ、もう会う事も無いだろうし、気にしても無駄か)

 

 あれからずっと女性とは会っていない。もう会うことも無いだろう。

 

 彼はため息を付き、ゲーム画面からインターネットの画面を開いて蒸気機関車に関する情報を見る。

 

 

 

「あっ!!」

 

 するととある項目を見て思わず声を上げてすぐさま項目をクリックしてページを開く。

 

「そうだった! 週末にこの近くで機関車が走るんじゃないか!!」

 

 それはイベントで動体保存されている機関車が出張で近くの路線を走ると言う情報であった。

 

(なんたる不覚!! こんな大事なイベントを忘れるなんて!!)

 

 頭を抱えて彼は悔しそうに額をちゃぶ台に付ける。

 

 大げさな気がするが、彼からすれば一大事な事である。

 

 他にも問題があるはずだが、彼はそんなのそっちのけで自分の趣味を優先するのだった。

 

 彼はすぐに座布団から立ち上がると着替えを持って風呂場へと向かう。

 

 

 その後彼は風呂に入り、しばらくゲームをしてからテストに向けて勉強をして、寝る前にゲームをしてその最期を見届け、彼は週末に向けて準備をして就寝した。

 

 

 

 

 お守りから僅かに光が漏れだしたとも知らずに。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場所は変わって幻想郷。

 

 

 時間は真夜中であり、この時間では夜に活動する妖怪以外は寝静まっており、博麗神社も例外ではない。

 

 

 

 そんな真っ暗な中、鈴虫やコオロギといった虫の鳴き声が心地よく博麗神社の境内に響いていた。

 

「……」

 

 そんな中、境内にある自宅の自室で寝ていた博麗霊夢は目を覚ます。別に虫の鳴き声が気になって眠れないわけではない。

 

 ゆっくりと起き上がった彼女は自室を出て居間へ移動する。

 

 居間には壁にもたれかかってスリープモードになって眠っているる~ことと、鳥篭の中に最近住み始めた居候の小人の姿があった。

 

 霊夢はその傍を通り過ぎると、窓を開けて外を見る。

 

 人工的な光がほとんど無い幻想郷では夜空に浮かぶ星がより一層綺麗に輝いていた。

 

 そんないつもと変わり無い光景だったが、今回ばかりは違っていた。

 

(この音……何かしら)

 

 殆どの者が寝静まった幻想郷に、虫の鳴き声とは違う、奇妙な音が響いていた。

 

 

 笛の様な音だが、どことなく悲しく、儚い……そして不安を煽るような、そんな音色だ。

 

 

「……」

 

 今までこんな音を聞いた事が無い霊夢は目を細める。

 

 そして博麗の巫女としての勘が、警鐘を鳴らしているのだ。

 

『何かが起こる』……と。

 

 歴代の博麗の巫女の勘は鋭く、よく当たっていた。彼女も例外ではなく、むしろ歴代で最も勘が鋭かった。

 

 だからこそ、確実にこの幻想郷に何かが起こると言えた。

 

「……」

 

 霊夢はため息の様に息を吐き、窓を閉めて自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 直後、まるで蒸気機関車の汽笛のような猛々しくも低い音が誰にも聞かれること無く、幻想郷に響き渡った。

 

 

 

 一体それが何を意味しているのか……

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第02駅 未知なる場所と機関車と少女達

 

 

 

 そうか。引っ越してしまうのか。

 

 うん。

 

 残念だな。君にもう私の話を聞かせられなくなるなんて。

 

 ぼやけた視界の中、幼い男の子と女性が公園に設置されている蒸気機関車の前で会話を交わしていた。

 

 ねぇ、お姉さん。

 

 なんだ?

 

 また、会えるよね?

 

 男の子は悲しい表情を浮かべながら女性に問い掛ける。

 

 どうだろうな。まぁ私もここにいつも居るってわけじゃないし。もしかしたら、会えるかもな。

 

 ……そっか。

 

 まぁ、会えるって断言は出来ないけど。

 

 ……

 

 男の子は見るからに気を落としていた。

 

 そう落ち込むな。もう会えないってわけじゃないんだ。

 

 ……

 

 そうだ。

 

 すると女性はポケットに左手を入れて中からある物を取り出す。

 

 君にこれをあげるよ。

 

 何、これ?

 

 男の子は首をかしげながら女性からそれを受け取る。 

 

 それはお守りだよ。特別な金属片を入れている私の特製のな。

 

 お守り?

 

 あぁ。それを常に持っているんだ。いつか必ず君の助けになってくれるはずだ。

 

 ……うん!

 

 男の子が笑みを浮かべて頷くと、女性は男の子の頭に手を置く。

 

 元気でな。

 

 女性は笑みを浮かべ、優しく男の子の頭を撫でた。

 

 その姿は、まるで母親のような、そんな雰囲気があった。

 

 

 

 

 ――――!

 

 すると後ろの方で男性が男の子を呼ぶ。

 

 男の子はすぐに男性の方に向かうが、途中振り返って女性を見てから、男性の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 鈍い頭痛がする中で、北斗の意識は覚める。

 

「夢、か」

 

 頭に手を置くと、目元へと下ろす。

 

(最後に、あの人に会った時のだな)

 

 夢の内容は引っ越す際最後にあの女性に会った時の会話だ。

 あれ以来女性とは会っていない。

 

(何で今更……昨日あの人の事を考えたからなのか……)

 

「はぁ」とため息を付いて目元を覆っている手を退かして目を開く。

 

 

「ん?」

 

 少しの間ぼやけてて分からなかったが、彼は違和感を覚えて声を漏らす。

 

「知らない、天井だ」

 

 最初に視界に入ったのは、見覚えの無い天井であった。

 

「どこだ、ここ?」

 

 なぜか鈍く痛みがする身体を起こして周りを見渡すが、北斗が居た部屋は彼にとって見覚えの無い場所だった。

 

「夢?」

 

 北斗はそう呟くと自分の頬を摘まみ、強く抓る。

 

「いっ!?」

 

 直後激痛が走って一気に眠気が覚める。

 

「ゆ、夢じゃない!?」

 

 痛みを感じて今見ている光景が夢ではなく、現実であることを突きつけられる。

 

「何が起きて……?」

 

 半ば混乱している彼はベッドから立ち上がり、ゆっくりと歩み出した時に壁に掛けられている鏡に映る自分の姿に気付き、足を止める。

 

「何だ、この服?」

 

 鏡に映っていた自分の姿は寝る前のパジャマ代わりのジャージ姿ではなく、紺色の作業服のような服装を身に纏っていた。それはまるで蒸気機関車の機関士や機関助士が着ているような服装だった。

 

 その作業服の上着の左胸辺りに『D62 20』と描かれた機関車のナンバープレートのようなバッジが付けられている。

 

「それに、この傷は?」

 

 そしてなぜか左側のこめかみ付近にガーゼが張られている。さっきは右側に手を当てていたから、気付かなかった。

 

「一体何が起きているんだ……」

 

 彼は頭に手を置き、必死になって今に至るまでを思い出す。

 

(確か学校から帰って、ゲームをしながらご飯を食って、それから寝たはず……)

 

 しかし思い出せるのはそれだけだ。

 

(でも、なんだ。この何かを忘れているような違和感は)

 

 彼は何かを忘れているような、そんな違和感を覚えていた。

 

 そしてその違和感を覚えるごとにこめかみと身体中から鈍い痛みがする。

 

 

 まるで何かを思い出してはいけないと言わんばかりに。

 

 

「ん?」

 

 すると近くに窓があるのに彼は気付き、そこから外の景色を見る。

 

「なっ!?」

 

 そしてそこに広がる光景に、彼は目を見開いて驚愕する。

 

 

 

 そこには見慣れた住宅街は無く、代わりにあったのは地面に多く張り巡らされた線路と多くの設備があり、そして――――

 

「あれは、まさか!」

 

 目にした建造物とそこに収められている物を見た瞬間、北斗はすぐに部屋を出る。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 部屋がある建物を出て彼はそこへ向かい、その前に着く。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 両手を両膝に着けて呼吸を整える北斗は顔を上げて、建造物を見る。

 

 それは広げた扇の様な形状をした、所謂『扇形機関庫』と呼ばれる建造物であり、その建造物に収められている『それら』を見て、無意識の内に彼の口角が上がる。

 

「なんで、これがこんなところに。いや、何であるんだ」

 

 北斗は半分混乱と半分興奮と感情が入り乱れながらも、ゆっくりと歩みを進める。

 

 

 黒いボディーに複雑な部品が組み合わさった巨体を支えるのは巨大な円の形をした車輪。

 

 かつて多くの荷物や人々を運び、人々の足となって線路の上を走っていた産業革命を支えた鉄道。

 

 

 その名を『蒸気機関車』と呼ぶ。

 

 

 そんな蒸気機関車が扇を広げたような形をした扇形機関庫に七輌も収められていた。

 

「あれはD51形の241号機に465号機。それと603号機に1086号機。火事に遭った追分機関区で焼失したデゴイチ達じゃないか。それにあれは79602号機。あれも追分機関区の火災で焼失した9600形だ。それとB20形の15号機」

 

 順番に機関庫にある機関車を見ていき、最後の機関車に目が留まる。

 

「D62の……20号機」

 

 それは自分の部屋に飾ってあった祖父の遺品である機関車のナンバープレートと同じナンバーを持つ機関車が、彼の目の前にあった。

 

 当然目の前にある機関車は写真とナンバープレートだけ残っているだけで、実機は残っていない。それどころかD62形は一輌も残っていない。

 

 その上、他の機関車だって完全な形で現存していないのだ。

 

 しかし、目の前にあるのは幻ではなく、紛れも無い現物だ。それも、公園で完全に置物状態でロクに整備されずに設置されているような状態ではなく、今にも動き出しそうなぐらい綺麗な状態であった。

 

「……」

 

 彼はゆっくりと機関車に近付いていき、連結器に触れる。

 

 

「っ!?」

 

 すると触った瞬間彼の脳裏に知らない情報が流れ込んでくる。

 

「な、何だ!?」

 

 思わず数歩後ずさりすると、D62のヘッドライトと副灯が点灯する。

 

 すると直後に他の機関車達のヘッドライトも点灯する。

 

「っ!」

 

 北斗は他の機関車達を見て驚くと、D62形以外の機関車達の前に光が集まり、人の形を形成する。

 

 

 やがて光が収まると、機関車達の前には六人の少女達が姿を現した。

 

「……」

 

 少女達の格好は北斗と同じ色の作業服を身に纏っており、頭には作業服と同色の略帽をかぶっている。

 そして作業服の左胸にはそれぞれ『D51 241』『D51 465』『D51 603』『D51 1086』『79602』『B20 15』と描かれたナンバープレートのようなバッジを付けている。

 

「おはようございます! 区長!」

 

 すると『D51 241』のバッジを付けた灰色のショートヘアーの少女が北斗を見ると大きな声と共に敬礼すると、他の少女達も敬礼する。

 

「う、うん? お、おはよう」

 

 北斗は戸惑いながらも挨拶を返す。

 

「えぇと、君達は?」

 

「そういや、区長とこうして面を合わして会うのは初めてだったな」

 

 と、六人の中で二番目に背が高く背中まで伸びている灰色の髪をポニーテールにしている『D51 465』のバッジを付けた少女が呟く。

 

「区長にはこう言えば分かるんじゃない?『霧島機関区』所属の機関車だって」

 

「なに?」

 

『D51 1086』のバッジを付けた後頭部で灰色の髪を纏め、首辺りに火傷の痕らしき傷痕を持つ少女の言葉に北斗が反応する。

 

「ってことは」

 

「はいです! 私達は区長の霧島機関区所属の罐なのです!」

 

『B20 15』のバッジを付けた四人の中で一番小柄な銀髪ショートヘアーの少女が答える。

 

「本当、なのか?」

 

「はい。区長が最後に運行を指示したのは、465号機と1086号機の重連運転で引いた貨物列車でしたよね」

 

「あ、あぁ。そうだが」

 

『D51 241』のバッジを付けた少女の言った内容に驚きつつ、北斗は肯定する。

 

 確かに彼はSLコレクションで最期に465号機と1086号機の重連で貨物列車を引かせていた。

 

「その貨車の入れ替えと列車を繋いだのは私と15号機よ。覚えているわよね?」

 

 と、六人の中で一番背が高く大人びた容姿をしており、腰まで伸びた灰色の髪を三つ編みにして、顔の左側全体に火傷の痕がありハイライトの無い黒い瞳を持つ『79602』のバッジを付けた少女が北斗に問い掛ける。

 

「それは覚えているぞ。俺が指示を出して――――」

 

 ふと北斗はある事に気付き、辺りを見渡す。

 

「そういえば、他の機関車達は?」

 

「それなんですが、私達以外の機関車は見てないんですよ」

 

「なんだって……」

 

『D51 603』のバッジを付けた毛先からうなじまでだけが灰色で背中まで伸びた黒髪の少女の言う通り、この機関庫にある七輌以外の機関車は見当たらない。

 本来ならこの機関庫にいっぱい格納できるほどの機関車が居た筈であった。

 

「……」

 

「まぁ、言ってしまえば、色々と分からねぇ事だらけだな。機関車だった私達に人間の身体が出来て、他の機関車が居ないのもそうだが、最も疑問なのは」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女はD62形を見る。

 

「私達の見た事が無い機関車が居る。で、区長がその機関車の機関士だとはな」

 

「……は?」

 

 彼女の言葉に北斗は思わず声を漏らす。

 

「ど、どういう事だ!?」

 

「そのままの意味だよ。じゃないとそのバッジは付けてないだろ?」 

 

「っ!」

 

 北斗は左胸に着いている『D62 20』のバッジを見る。

 

「それは私達機関車の識別の為の形式とナンバーです。そして同時にその機関車の機関士である事の証でもあるんです」

 

『D51 603』のバッジを付けた少女は北斗にそう説明する。

 

 しかし北斗はある疑問でいっぱいだった。

 

「……君達は、一体何なんだ」

 

 先ほどから彼女達の言葉に中に気になる箇所が多かった。

 

「私達ですか?」

 

「そうですねぇ。人間の言葉で言うならですね」

 

『D51 241』『B20 15』のバッジを付けた二人の少女は首をかしげ、考える。

 

 

「私達は物に宿った神霊でしょうか」

 

「神霊……」

 

 彼はボソッと声を漏らす。

 

(それじゃぁ、彼女達はこの機関車達の)

 

 北斗は彼女達の後ろにある機関車達を見渡す。

 

 

「尤も、なんで身体を失ったはずの私達が本来の身体と人型の身体を得てここに居るのか、それは分からんがな」

 

「そうか」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女は自分の手に触れながら語り、彼女の言葉に北斗は思い出す。

 

 追分機関区の機関庫火災で焼失したD51形蒸気機関車だが、一部部品は今でも残されている。

 しかしそれ以外は部品すら残されていない。

 

 そんな彼女達がなぜこうして人の身体を持ち、本来の身体と共に存在しているのか。

 

(謎だらけ過ぎる。一体何がどうなっているんだ)

 

 北斗は半ば混乱しかけていた。

 

 起きてみればそこは見知らぬ場所で、現存していないはずの蒸気機関車達が居て、その機関車達の神霊が少女の姿となって実体化しているなど、分からない事だらけだ。

 

 

 まぁ、結論から言ってしまえば、何から何まで、何もかもが分からない状態だと言う事だ。

 

 

 

 しかし彼らは知る由も無かった。

 

 

 

 今自分たちがどのような状況に置かれているか。

 

 

 そして、どんな誤解を招いているかを。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第03駅 幻想郷に起きた異変

 

 

 

 所変わって、博麗神社。

 

 

 

「……」

 

 神社のある場所まで伸びる階段の前に立つ博麗霊夢は腕を組み、険しい表情を浮かべていた。

 

 あの奇妙な音が幻想郷に響き渡ったあの日から数日経つが、特にこれと言って何かが起きたという事は無かった。

 

 彼女の友人の白黒の魔法使いは異変だと言って調べていたが、何も手掛かりを掴めずにいた。

 

 彼女は一応警戒こそしていたが、結局何も起きなかったので気に留めていなかった。

 

 

 そんな矢先に、異変は起きた。

 

 

「……」

 

 険しい表情を浮かべる彼女の視線の先には、見た事のない物体が地面に敷かれている。

 

 一定の間隔で設置された木材の上に二本の鉄の棒が固定されており、それが神社のある場所まで登る階段の前にあった。

 

 左右見渡してみると、その物体は森の中まで伸びている。

 

 彼女はそのままフワリと宙に浮くと徐々に高度を上げ、幻想郷を見渡せるぐらいの高さまで昇る。

 

「チッ」

 

 思わず舌打ちをする彼女の視界には、少なくとも見える範囲に先ほどの物体と同じ物が地面に張り巡らされているのだ。

 

 量が多い分、幻想郷の景色は昨日とは一変していた。

 

「全く。前の異変が終えたばかりだって言うのに。やってくれるわね」

 

 霊夢は愚痴るように呟くと神社の境内へと降りる。

 

「ご主人様」

 

「る~こと。すぐに準備してちょうだい」

 

「了解です」

 

 る~ことは霊夢の後に付いて行き、異変解決の準備に入る。

 

 

 

「おーい! 霊夢!!」

 

 霊夢はる~ことに手伝ってもらって必要な物を持って神社から出た直後、空から声を掛けられて彼女は顔を上げると、箒に跨った白黒の少女が神社の境内に降りてきた。

 

 彼女の名前は『霧雨魔理沙』。人間でありながら魔法を使う普通の魔法使いである。博麗霊夢とは幼い頃からの友人であり、共に異変解決をする仲である。

 

「魔理沙」

 

「ホラ私の言った通りだろ! やっぱりあの音は異変の前兆だったんだ!」

 

 魔理沙は箒から降りて霊夢に詰め寄る。

 

 当時彼女は家で夜遅くまで魔法の研究をしていて、気分転換に外の空気を吸っていたら、その奇妙な音を耳にしていた。

 

 翌日彼女はその奇妙な音を異変の前兆だと霊夢に訴えていた。まぁ彼女はその程度では異変と捉えていないので動こうとしなかったが。

 なので魔理沙は独自で調査に乗り出したのだ。

 

 まぁ結果的には空回りに終わったのだが、音自体は知人達が聞いたと言うのは確認されている。

 

「あの時の音とあの変な物体が関係あるとは言い切れないわよ」

 

「けどそれ以外にあるかよ!」

 

「……」

 

 まぁ彼女の言う通り、前兆らしい前兆はあれ以外無かった。あぁは言ったが、霊夢も関係が無いとは思っていない。なので霊夢は何も言えなかった。

 

「まぁ、どっちにしたって、異変が起きている事に変わりは無いんだ。そうだろ?」

 

「はぁ……。まぁ、そうね」

 

 霊夢はため息を付き、癪ではあったが魔理沙の言葉を肯定する。

 

 

 

「霊夢さーん!!」

 

 すると別方向から声がして二人が声のした方を見ると、神社の境内に誰かが降りてくる。

 

「あら、早苗じゃない」

 

 霊夢は降りてきた少女の名前を口にする。

 

 緑色の髪を背中まで伸ばし、左側だけに蛇の髪飾りで束ねており、こめかみ付近にはカエルの髪飾りをしている。格好はデザインと色こそ異なっているが、霊夢の着ている巫女服のように脇が開いた巫女服を身に纏っており、茶色のブーツを履いている。手には霊夢が持っている御祓い棒とは異なるデザインの御祓い棒を持っていた。

 ちなみに彼女は博麗霊夢と決定的に違う箇所があったりするが、あえて言う事は無いだろう(ソラシメ

 

 彼女の名前は『東風谷 早苗』。妖怪の山と呼ばれる場所にある『守矢神社』の巫女にして、現人神である。

 そしてかつて外の世界で暮らしていた少女である。

 

「異変ですよ! 異変が起きているんですよ!」

 

「いや知っているがな」

 

 魔理沙は若干興奮気味の早苗に突っ込む。

 

「と言うか、早苗も知っているのか?」

 

「はい。一夜にして幻想郷に出てきた物のことですよね!」

 

「そうだぜ」

 

「それと同じ物が守矢神社はおろか、妖怪の山にも現れているんですよ。お陰で天狗の方々は大騒ぎ。真っ先に私達が疑われましたよ」

 

「まぁ、そりゃそうだ」

 

 天狗の性格や守矢神社の面々が起こしてきた事を考えたら、真っ先に疑われるわな、と魔理沙は内心呟く。

 

 最近でも参拝客増加を狙って河童達と協力して色々と計画していた。まぁ天狗からの反発を受けて話は流れたが。

 

「と言うわけで、私も行きますよ!」

 

「何が『と言うわけで』よ」

 

 霊夢は思わずため息を付く。

 

 結構強引に話を進める早苗だが、彼女は元外の世界の人間とあって、幻想郷では若干ずれている。

 まぁ、彼女はそういう少女なのだ。

 

 

「それにしても、まさか『線路』が幻想郷に現れるなんて。やっぱり幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね! でも線路だけ幻想入りしてもどうするんでしょうか?」

 

 早苗はなぜか得意げにそう呟く。

 

『ん?』

 

 しかしその中に重要なことを呟いたことに二人は気付く。

 

「ちょっと待て、早苗」

 

「もしかしてお前、あれの事を知っているのか!?」

 

 二人は早苗に問い掛ける。

 

「え? あの線路の事ですか?」

 

「えぇそうよ。知っているならなんで言わないのよ」

 

「訊かれていませんから」

 

「あんたねぇ……」

 

 あっけからんことを言う早苗に霊夢は眉間を押さえて呟く。

 

「で、その線路って言うのは何なんだぜ?」

 

「はい。線路っていうのは外の世界で鉄道を呼ばれる乗り物を走らせるための設備のことですよ」

 

「あれ外の世界の物なの?」

 

「えぇ。あの線路の上を列車って言う大きな乗り物が走るんですよ。多くの人や荷物を運んだりして大変便利なんですよ。私も外の世界に居た頃はお世話になりましたし」

 

「へぇ。外の世界は進んでいるわね」

 

「ホント、便利な世界だ」

 

 早苗の話を二人はそれぞれ呟く。

 

「まぁ、鉄道だかなんだが知らないけど、やることに変わりは無いわ」

 

「だな」

 

「はい!」

 

「それで、早苗。他に何かないわけ?」

 

「そうですね。もしかしたら線路を辿っていけば異変の首謀者を見つけられるかもしれませんね」

 

「なんでだ?」

 

「鉄道って言うのは必ず一箇所に集める為の施設があるんですよ。そして鉄道は線路の上でしか移動できませんから」

 

「……そういうこと。なら、話は早いわ」

 

 霊夢は御祓い棒を肩に担ぐように置くと、後ろを振り返って神社の入り口前で立って待っているる~ことを見る。

 

「る~こと。留守番頼むわね」

 

「了解です!」

 

 る~ことが竹箒を片手にもう片方の手で敬礼するのを見てから、霊夢は宙に浮いて飛ぶ。

 

「お、おい、待てよ!」

 

 霊夢の後を慌てて魔理沙が箒に跨って飛び出す。

 

「ま、待ってくださいよ、霊夢さん! 魔理沙さん!」

 

 早苗も慌てて宙に浮いて二人の後を追う。

 

 

 軽く流しているが、この幻想郷では人間が空を飛ぶという行為は別に能力や部位、器官が無いと不可能、というわけは無い。ただ、飛ぶための技術を会得するのは中々大変であるし、別に会得する必要性も無いので、飛べるのは一部の者だけだ。

 

 

 話を戻そう。

 

 三人は神社を飛び出して幻想郷に張り巡らされた線路を辿って、異変の首謀者の元へと向かった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって霧島機関区。

 

 

「そうか。操車場にある客車と貨車、特殊車輌の車輌数は変わっていないか」

 

「はい」

 

 機関区の敷地内を歩いている北斗は隣を歩く『D51 241』のバッジを付けた少女からの報告を受けていた。

 

 あの後他に機関車が居ないか、操車場にある車輌を調べるついでに北斗は彼女達に調査を指示した。その際『B20 15』を機関庫から出して操車場に『79602』と『D51 465』のバッジを付けた少女達を伴わせて向かわせた。

 残りの『D51 603』と『D51 1086』のバッジを付けた少女達に石炭の貯蔵量を調べてもらっている。

 

「結局機関車はここにあるやつだけ、か」

 

「……」

 

 北斗の呟きを聞いて、241号機の表情が曇る。

 

 霧島機関区に居たD51形は彼女達以外にも複数居た。焼失した彼女の代わりに保存された320号機。彼女と同じギースルエジェクタと呼ばれる煙突を装備した349号機と953号機。彼女が落成した苗穂工場製の237号機、560号機。

 

 これらは彼女達と一緒に霧島機関区で働いていた。

 

 彼女からすれば多くの仲間と姉妹が居なくなったのだ。気を落とすのは無理ない。

 

「まだいなくなったって決まったわけじゃない。ただ、今は居ないだけかもしれない」

 

「……」

 

「今は、待つしかない」

 

「……はい」

 

 とは言ったものも、彼自身根拠のない事を言って少し罪悪感に苛まれていた。

 

(無責任だな。もっと気の利いたことを言えただろうに)

 

 自分を叱責するように呟くが、「……出来る訳が無い、か」と次に呟く。

 

 

 これまで他人を避けて、信じようとしなかった自分に、気の利いたことが言えるわけが無い……

 

 

「あ、あの、区長。これからどうするんですか?」

 

「どうする、か」

 

 彼は『D51 241』のバッジを付けた少女に声を掛けられてボソッと呟きながら立ち止まり、遠くに見える機関庫に格納された機関車達を見る。

 

「まぁ、しばらくは様子見だな」

 

「様子見、ですか」

 

「あぁ。情報が不足している中で下手に動くわけにはいかないからな」

 

「……」

 

 

「それにしても、彼女達には助けられるな」

 

「そうですね」

 

 と、二人は機関庫内に視線を向けると、そこには小柄な少女達が敷地内で各々の仕事をこなしていた。

 

 二人と同じ紺色の作業服を身に纏っていたが、頭には黄色いヘルメットをかぶり、作業服の上からは黄色のベストを着ているといかにも作業者を彷彿させる格好をしている。

 しかしその少女達の背中には普通なら生えていない、二枚二組の透明の羽が下に向かって生えていた。

 

「しかし、彼女達は何なんでしょうか?」

 

「さぁな。人間じゃないのは確かだが、そもそもあんなのは機関区に居なかったはずだ」

 

「そうですよね」

 

 二人の言う通り、機関車を整備している少女? 達は本来機関区には居ないはずの存在である。

 そもそもそんな少女? 達の存在を知ったのも少し前だが。

 

「……まぁ、彼女達が居るおかげで今後困ることは無いだろうが」

 

 蒸気機関車の整備と言うのは現在の電車やディーゼル機関車、電気機関車と比べると整備箇所はかなり多い。一輌だけならまだしも、七輌もいると相当だ。その上七人しかいないとなると一輌を何とかギリギリ整備できるぐらいで、全ての車輌の整備など出来るはずが無い。

 

 そこにあの少女達が現れたのだ。しかもここだけではなく、この機関区内に多く居る。

 

 そのお陰もあって、機関車の整備どころか機関区の維持が出来る可能性が出てきた。

 

「……」

 

 そんな少女? 達を見て北斗は浅く息を吐き出す。

 

「ここは、悪く無いな」

 

「え?」

 

 北斗の呟きに少女は首を傾げる。

 

「何でもない。もう少し周るか」

 

「はい!」

 

 二人はそのまま機関区巡りを続けた。

 

 

 しかし、彼らは知る由も無い。

 

 今ここに招かれざる来客が来ているという事を。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第04駅 人間の身体を得て

 

 

 

 その頃幻想郷の上空では――――

 

 

 

「もうそろそろね」

 

 幻想郷の空を飛ぶ霊夢と魔理沙、早苗の三人は線路を辿って異変の首謀者の元へと向かっていた。

 

「なぁ、この先って何も無かったよな」

 

「うーん。そうですよね」

 

 魔理沙と早苗は飛びながらこの先の光景を思い出していた。

 

 この先にある平地はそれまで何も無く、彼女達にとっては常に通り過ぎる場所だったので記憶は薄い。

 

「じゃぁ、あれって、何だよ?」

 

 彼女が呟く視線の先には、長い間何も無かったはずの平地に現れたいくつもの建造物であった。

 

 そして自分達が辿っている線路もその建物へと伸びていた。

 

「どうやら、あれは外の世界から幻想入りしてきたようね」

 

「建造物ごとかよ。レミリア達の時を思い出すぜ」

 

「全くね」

 

 霊夢と魔理沙は知り合いが最初に幻想郷にやってきた時の事を思い出す。

 

 これまで幻想郷で起きた幻想入りの規模は小規模の物が多かったが、中には建造物ごと幻想入りするケースがあった。

 

 しかし、ここまで大規模な幻想入りは例が無い。

 

「凄いですね。あんな規模の施設、写真でしか見た事がありません」

 

 早苗はどこか懐かしそうに平地に現れた機関区を見つめる。

 

「それに、あれって、もしかして……」

 

 彼女の視線は施設の中央にある扇を広げたような建造物に向けられる。その眼差しは期待感に満ちていた。

 

 それに車輌が多く置かれている場所に、白煙を上げている物体が走っていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって霧島機関区。

 

 

「操車場は相変わらず多いな」

 

「はいです」

 

 客車や貨車、特殊車輌が収められている操車場でB20形蒸気機関車の15号機が単機で煙突から白煙を出して線路の上を走っていた。

 

 その運転室に『B20 15』のバッジを付けた少女が窓から前を確認しつつ加減弁を操作して速度を調整し、その隣では火室の焚口戸に付いている鎖を片手で持って持ち上げ、もう片方の手に持つ片手スコップで石炭を掬い上げて放り込んでいる機関助士の妖精と、一緒に同行している『D51 465』『79602』のバッジを付けた少女達が運転室の出入り口から身体を出して周囲を見ている。

 

 操車場には各種旧型客車と貨車の他に、『国鉄ソ80形貨車』と呼ばれるクレーンを持った操重車他三輌ほどあった。

 

「しかし結局罐は私達だけか」

 

「寂しくなるわね」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女はポニーテールを風に靡かせながら周囲を見渡し、『79602』のバッジを付けた少女はハイライトの無い瞳を周囲に向けつつ呟く。

 

「ところでさ、15号、79602号」

 

「何でしょうか?」

 

「何?」

 

「二人はさ、区長の事をどう思っているんだ?」

 

「どう、ですか」

 

「……」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女の質問に、二人は黙り込む。

 

「ほら、今まで区長とは面と面を合わしたことは無かったじゃないか。区長の指示を聞いて、私達は働いていたし」

 

「今と違って、機関車の姿でね」

 

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

『79602』のバッジを付けた少女の指摘に『D51 465』のバッジを付けた少女は苦笑いを浮かべる。

 

「逆に、あなたはどうなの?」

 

「私か? 別に私は区長の事が気に入らないとかそういうのは無い。むしろ、尊敬しているさ。指示だって毎回的確で、私達をよく理解して仕事を配分していたし」

 

「そうね。私はもっぱら入れ替え作業が主だったけど、たまにローカル線で貨物を牽く際に私が選ばれていたし」

 

「まぁ、私は入れ替え作業しか出来ないですけどね」

 

『B20 15』のバッジを付けた少女は苦笑いを浮かべる。

 

「ただな……」

 

 彼女は機関庫の方に視線を向けると、機関庫の中央に居座るD62 20号機の姿を視界に入れる。

 

「あの機関車の事ね」

 

「あぁ」

 

「あの機関車。機関区には無かったですもんね」

 

 機関車としての本来の記憶と同時に霧島機関区で働いていた時の記憶を持つ彼女達は、かつて霧島機関区で働いていた頃にD62形蒸気機関車が無い事も分かっている。

 

「あれがあるのが疑問だけど、最も気になるのは」

 

「あぁ。区長があの機関車の機関士だってことだ」

 

 彼女達は機関庫にあったD62形蒸気機関車とその機関車の機関士が区長である霧島北斗であることに疑問に思っていた。

 

 機関車の神霊である彼女達は同族と同じ波動に敏感である。

 

 だからこそ、彼女達は区長の北斗から自分達と同じ波動を感じ取っていた。

 

 しかし彼女達は北斗が人間であるのは知っている。だからこそ疑問に思っているのだ。

 

 

 人間だったはずの区長が、なぜ自分達と同じ波動を出しているのか。にも関わらず、普通の人間でもあるのか。

 

 それに区長の頭に出来たあの傷は一体どこで受けた物なのか……

 

 謎が謎を呼ぶとはこういう事だろう。

 

 

「まぁ、分からない事をいつまで考えたって、ヒントも無いのに分かるはずが無い、か」

 

 と、ため息を付いて呟く。

 

「私は区長がどっちでも構わないわ。私は与えられた仕事をこなすだけ。昔から変わらないことよ」

 

『79602』のバッジを付けた少女は淡々と喋る。

 

「私もです」

 

「まぁ、そうだよな」

 

 二人はそう呟くと、『B20 15』のバッジを付けた少女は汽笛のロッドを引いて汽笛を短く鳴らす。

 

「では、機関庫に戻るです」

 

『B20 15』のバッジを着けた少女は加減弁を引いて速度を上げ、機関庫へと向かう。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃機関区内にある石炭の貯蔵庫。

 

 

「普段から見る事が無かったけど、こんなにあるのね」

 

「そうですね」

 

『D51 1086』と『D51 603』のバッジを付けた少女達はスコップを持って石炭の山の上を歩く。周りでは少女? 達がスコップを持って石炭の山を掻き分けていた。

 

 二人は先ほどまで作業していたのか、全身煤だらけだった。

 

「まぁ、後はあの子達に任せてどれくらいの量があるか調べてもらえばいいわね」

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、ただ、不思議だなぁって」

 

「何が?」

 

『D51 603』のバッジを付けた少女は石炭の煤で汚れた自分の手を見る。

 

「人間の身体で動くと言うのは」

 

「あぁ、確かに」

 

『D51 1086』のバッジを付けた少女は納得したように呟き、自分の手を見る。

 

「機関車だった頃は見るだけで、区長の機関区でも指示を聞いて動いていただけで、何も出来なかった」

 

「……」

 

「でも今は見るだけじゃなくて、自分の意志で動くことが出来る」

 

 少女は空に右手を掲げていっぱいに広げる。

 

「ホント、長い時間を過ごしていると何が起こるのか分からないわね」

 

「えぇ」

 

 二人は向かい合うと笑みを浮かべる。

 

 

「ん?」

 

 すると『D51 1086』のバッジを付けた少女は空を見上げる。

 

「どうしたの?」

 

『D51 603』のバッジを付けた少女は彼女の行動に首を傾げながら空を見上げる。

 

 すると彼女達の上を三つの人影が通り過ぎていく。

 

『……』

 

 その光景に二人は固まる。

 

「ねぇ、603号」

 

「何ですか?」

 

「人間って、空飛べたっけ?」

 

「そんなわけ無いです」

 

「じゃぁ、アレは何?」

 

「私に聞かれても」

 

 そんなやり取りをしながら三つの人影が飛んでいった方向を見る。

 

「と、兎に角! 追うわよ!」

 

「はい!」

 

 二人はスコップを持ったまま石炭の山から下りて後を追った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第05駅 一触即発

 

 

 

 

 

 多くの建造物を施設を持つ場所こと霧島機関区に着いた霊夢達は機関区の上を飛んでいた。

 

「しっかし、こう見るとホント別世界だな」

 

「全くね」

 

 機関区を見回しながら箒に跨って飛んでいる魔理沙の言葉に、肯定するように隣を飛んでいる霊夢が呟く。

 

「でも、所々妖精みたいなやつが居るな」

 

「そうですね」

 

 三人は機関区内で働いている妖精のような少女達を見つける。

 

「でも、あの妖精が真面目に働いているって、何か変な光景だな」

 

「た、確かに」

 

 早苗は苦笑いを浮かべる。

 

 幻想郷に棲む妖精は自由気ままな者が多く、真面目な性格をしている者はかなり少ない。故に機関区内で真面目に働いている彼女達は霊夢達からすれば違和感しかない。

 

「なぁ、早苗。ここがさっき言っていた場所か?」

 

「はい。と言っても、私が知っているよりも、古い感じですが」

 

「これでも古いのか?」

 

「そうですね。少なくとも、私が生まれるずっと前じゃないでしょうか」

 

「ふーん」

 

 妙に興奮した様子の早苗を無視して霊夢は前を見る。

 

「なぁ、早苗。何か妙にテンション高くないか?」

 

「そりゃ、あそこにある物を見たらテンションが高くなりますよ!」

 

 早苗は扇形機関庫を指差す。

 

 

 その後三人は機関庫の前に着地する。

 

「デカイな。こんなの見たことが無いぜ」

 

 魔理沙は箒を肩に担ぎ、機関庫に納められている機関車達を見て呟く。

 

「見た所機械とかいうやつじゃない? 河童達が見たら喜びそうね」

 

「だよな。いかにも河童達が好みそうな感じだな」

 

「まぁ、目の前で喜んでいるやつはいるけど」

 

「だな」

 

 苦笑いを浮かべる魔理沙の視線の先では、早苗が興奮して機関車達を見回していた。

 

「蒸気機関車! 蒸気機関車ですよ! しかもこんなに沢山!」

 

 息を荒くして頬を赤く染めた早苗が二人の方に向き直る。

 

「なんだ、その蒸気機関車って? あれも鉄道とかなのか?」

 

「はい! 蒸気機関車は外の世界ではかつて線路を走っていた鉄道で、蒸気で動くんですよ!」

 

「蒸気?」

 

「水を沸騰させた時に出る湯気ですよ」

 

「あんなんでこれが動くわけ?」

 

 霊夢は興味なさげに呟きながら機関車を見る。

 

 まぁ彼女からすればこんな大きな物が煙の様な湯気で動く姿を想像出来なかった。

 

「そうです! 蒸気を使ってあの蒸気機関車が動くんですよ!」

 

「へぇ。外の世界は進んでいるなぁ」

 

「と言うかあんたロボットとかが好きじゃなかったの?」

 

「もちろん一番はロボットですよ! でも蒸気機関車は二番目に好きなんですよ!」

 

「そ、そうなのか」

 

 常にテンションの高い早苗に魔理沙は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

「でも、時代の流れと共に蒸気機関車は時代遅れの代物になって、その数をどんどん減らしていったんですよね」

 

 するとさっきまでの興奮した様子から一変、早苗は真面目な表情を浮かべる。

 

「全ての蒸気機関車が引退してその多くが解体されましたが、一部は公園とか施設に、極一部で動く状態で保存されました。でも、その保存された機関車も時間の経過と共に解体されて、その数をどんどんと減らしていったんです」

 

「……」

 

「その上、蒸気機関車を扱う技術も、修理する為の技術も、失われつつあったんです」

 

 早苗は悲しそうな表情を浮かべて、機関車達を見る。

 

「この機関車達は、恐らく外の世界で忘れ去られた機関車だと思うんです」

 

「外の世界で忘れ去れた存在、か」

 

「……」

 

 

 

「ちょっと、貴方達!」

 

 と、後ろから声を掛けられて三人は後ろを振り返ると、転車台の前に『D51 603』と『D51 1086』のバッジを付けた少女達がスコップを手にして立っていた。

 

 彼女達はさっきまで妖精達を手伝って石炭の量を確認していたのだが、その時空から飛んできた霊夢達を見つけて追いかけていたのだ。

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!」

 

「今は機関車が走っていないからいいけど、走っていたら危ないよ!」

 

 二人は霊夢達に注意しつつ警戒していた。

 

 そりゃ空を飛んできた彼女達を警戒するなと言う方が無理な話だ。

 

「あんた達、ここの関係者?」

 

「そうだけど、だったら何?」

 

 霊夢は二人の警告を流して逆に問い掛けると、『D51 1086』のバッジを付けた少女はムッとしながらも質問に答える。

 

「なら、話は早いわ」

 

 霊夢は手にしている御祓い棒の先を彼女達に向ける。

 

「貴方達が起こした異変を解決しに来たわ。言っておくけど、時間を掛ける気は無いわよ」

 

 彼女がそう言うと、魔理沙は八角形の形をした『八卦炉』を手にし、早苗は御祓い棒を両手に持って構える。

 

「はぁ? 何で私達が異変なんか起こさないといけないのよ! 逆にこっちは異変ばかりで困ってんのよ!」

 

『D51 1086』のバッジを付けた少女は声を上げて抗議する。

 

「大体、何で私達が犯人なのよ!」

 

「幻想郷中に線路とかが現れているのよ。その線路がここと繋がっていたからよ」

 

「それ初耳なんですけど!?」

 

「た、確かに私達は線路の上でしか動けませんが、だからって決め付けるのは!」

 

「どっちにしたって、関係が無いとは言えないわよね」

 

「うっ」

 

「……」

 

 線路が関わっている以上全く関係がないとは言えず、何より自分達が知らないだけで関係があるかもしれないと思い、彼女達は言い返せなかった。

 

 

「霊夢さん。この人達って」

 

「えぇ。恐らく、人間じゃないわね」

 

 早苗は二人を見ながら小さい声で霊夢に問い掛けると、彼女はそう答える。

 

 巫女である二人は霊力もそうだが、人ならざる力を察することができる。

 

「胸にある数字からすると、後ろにある蒸気機関車と関係があるんじゃないかしら」

 

「それじゃぁ、あの二人は」

 

「おおよそあの姉妹と同じ九十九神ってところかしら」

 

 魔理沙の疑問を霊夢が答える。

 

「でも、それにしては霊力が強いですよ。しかも妖力も感じられませんし、妖怪の類でも無さそうですが」

 

「まぁ、似たような感じはあるけどね」

 

 早苗の言う通り、二人から強い霊力が発せられていた。普通の人間であればここまで強い霊力は無い。

 

 ならば古い物から生まれた九十九神の類かと思われたが、彼女達から妖怪が放つ妖力は感じ取れなかった。かと言って全くと言うわけではない。

 

 知り合いに九十九神の妖怪は居るのだが、彼女達と違って感じられる力が異なっている。

 

 では目の前に居る二人は何なのか……

 

『……』

 

 三人は息を呑み、身構える。

 

 

 すると大きな音が辺りに響き、五人は驚いて身体を震わせる。

 

「この汽笛は!」

 

『D51 603』のバッジを付けた少女が振り返ると、機関庫に向かって白煙を煙突から吐き出しながらB20 15号機が走って来ていた。

 

「何してんだお前ら!!」

 

 運転室の出入り口から身を乗り出した大きく出した『D51 465』のバッジを付けた少女が機関車が転車台の機関庫側の隅で停車と共にスコップを手に飛び出す。

 

 その後を『79602』のバッジを付けた少女が火室から灰を灰箱に落とす為に使う火かき棒を手にして降りてくる。

 

 最後に『B20 15』のバッジを付けた少女が片手スコップを手にして降りてくる。

 

「465号!」

 

「どうしてここに?」

 

「あの人間達が機関庫に向かって飛んでいったの見たから、追いかけてきたんだ」

 

「驚きのあまり運転室から落ちそうになっていたわね」

 

「ちょっ!? それを言うなよ!」

 

『79602』のバッジを付けた少女の言葉に『D51 465』のバッジを付けた少女は顔を赤くして彼女を睨む。

 

 

「……」

 

 彼女は顔を赤くしつつも咳払いをして、霊夢達を睨む。

 

「あんた達も仲間みたいね」

 

「だったらなんだ? まとめて退治しようっていうのか」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女はスコップを両手に持って構え、他の少女達もそれぞれの得物を構える。

 

「えぇそうよ。あんた達を退治して異変を解決するのが、博麗の巫女の仕事よ」

 

「そうかい。博麗の巫女だかなんだか知らないが、簡単に倒せると思うなよ」

 

 闘争心剥き出しの彼女達と霊夢達の間に一触即発の雰囲気が漂う。

 

『っ!』

 

 そして戦いが行われようとした。

 

 

 ピピーッ!!

 

 

「ストップ!! ストップ!!」

 

 ホイッスルの音と共に大きな声がして両者は身体を震わせて動きを止める。

 

 彼女達は声がした方を見ると、そこには慌てた様子の北斗と同じく慌てた様子でホイッスルを吹いている『D51 241』のバッジを付けた少女の姿があった。

 

 機関区巡りをしていた二人は先ほどB20の汽笛の鳴らし方に違和感を覚え、音のした機関庫へと急いで向かい、そこで一触即発の雰囲気の彼女たちを目撃し、慌てて止めたのだ。

 

「一体何の騒ぎだ!」

 

 北斗はすぐに彼女達の元へと走り、『D51 465』のバッジを付けた少女を見る。

 

「区長。これはだな」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女は霊夢達を見る。

 

「あの子達が機関区に勝手に入ってきて、そしたら私達が異変を起こしたとか言ってきて」

 

「……」

 

 北斗は霊夢達を見る。

 

「どうやら、お互いに勘違いしているみたいですね」

 

「……」

 

「こちらとしては面倒ごとはなるべく避けたいので、色々と気になっていることがあるでしょうが、まず話を聞いてくれないでしょうか」

 

「……」

 

 

 しばらく両者の間に沈黙が続いたが、その沈黙を破いたのは霊夢だった。

 

「まぁ、話を聞くだけなら聞いてあげるわ」

 

「お、おい。いいのか?」

 

 霊夢のその言葉に魔理沙は戸惑う。

 

「聞くだけなら別になんてことないわ。内容次第でやり方を変えるだけよ」

 

「あ、相変わらずですね」

 

 霊夢の言葉に早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「それに、面倒事が省けるのなら私は歓迎よ」

 

「それで良いのか」

 

 魔理沙は呆れてため息を付く。

 

「では、立ち話もなんですし、こちらに」

 

 北斗は彼女達を最初に自分が居た建物に案内させる為に歩き出し、警戒心を出したまま彼女達は北斗の後に付いていく。

 

 霊夢達も警戒したまま彼らの後に付いて行く。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第06駅 幻想郷

 

 

 

 

『……』

 

『……』

 

 建物の一室である応接室の中央にあるテーブルを挟んで窓のある方向の席に霊夢達が座り、その向かい側の席に北斗が座り、その後ろを少女達が控える。一応武器として持っていたスコップと火かき棒は置いて来ている。

 

「どうぞ」

 

『D51 241』のバッジを付けた少女はお茶を淹れた湯呑を北斗と霊夢達の前に出すと、その間に煎餅を入れた籠を置く。

 

 

「では、まずはこちらから」

 

 しばらく沈黙が続いたが、北斗が口を開く。

 

「俺はこの霧島機関区の管理責任者の区長をしています、霧島北斗と言います」

 

「あなたがここの長なのね」

 

「はい」

 

「ふーん……」

 

 霊夢は上から下まで彼を見る。

 

 特にこれと言って興味があるわけじゃないが、彼女はある違和感を覚えて目を細める。

 

(妙ね。この人は人間のはずなのに、後ろに居る九十九神達に似た気配がある)

 

 彼女は北斗から少女達と似た気配を感じ取っていた。

 

 確かに彼は人間であるはずだが、なぜか普通の人間より強い霊力を感じるのだ。まぁ自分や早苗も普通の人間よりもより強い霊力を有しているのだが。

 だが、彼の場合は後ろに控えている彼女達と似た霊力を持っているのだ。

 

 それに格好だって少女達と似ているし、左胸にある『D62 20』のバッジからすれば、ますます関係性があるというのを予想するのは容易いだろう。

 

 かと言って、別に彼女達と同じ九十九神ではなく、感じられる霊力の大半は人間だ。

 

 とても矛盾した存在、と言うのが彼女が北斗に対して抱いた感想だった。

 

 

(まぁ、今はそんな事はどうでもいい)

 

 霊夢は疑問を振り払い、自分の自己紹介をした。

 

「私は博霊霊夢。この幻想郷を管理する博麗の巫女よ」

 

「私は霧雨魔理沙だ。普通の魔法使いだぜ」

 

 隣で黙っていた魔理沙も自己紹介をする。

 

「魔法使い、ですか」

 

 北斗は魔理沙を見ながら小さくボソッと呟く。

 

「私は東風谷早苗を申します。この幻想郷にある守矢神社の巫女をしています」

 

 早苗も淑やかに自己紹介をする。

 

「あなたは別の神社の巫女なんですか」

 

「はい」

 

「そうですか」

 

 北斗は霊夢と早苗の二人を見比べる。

 

(巫女なのに、なんで脇を出しているんだろう?)

 

 と、場違いな疑問を抱くのだった。

 

 まぁ彼からすれば一般的な巫女の服からかけ離れた格好をしているのだから、当然だろう。

 

(それに―――)

 

 ふと、彼の視線は早苗に向けられる。

 

(気のせいだろうか? なんだかこの人と、初めて会った気がしない)

 

 彼の中で、そんな引っ掛かったような感覚があった。

 

(前にどこかで、会った事があったかな)

 

 記憶の糸を手繰り寄せて思い出そうとするが、特に心当たりは無かった。

 

 むしろ見た事があるのなら、特徴ある彼女を忘れる方が難しいだろう。

 

(いや、気のせいだな)

 

 彼は疑問を内心に留めて、霊夢の方に向き直る。

 

「それで、博麗さん」

 

「霊夢でいいわ。大抵の人はそう呼んでいるわ」

 

「そうですか、では、霊夢さん。先ほどちらほらとありましたが、幻想郷とは?」

 

 北斗は最も疑問に思っていることを霊夢に問い掛けた。

 

「ここは幻想郷。忘れ去られた者達が集う、博麗大結界と呼ばれる結界で外界と隔てている場所よ。その博麗大結界を博麗の巫女が代々管理しているのよ」

 

「忘れ去られた者?」

 

「まぁ、妖怪とか、神々とか、そんな類よ」

 

「な、なるほど」

 

 北斗は半ば信じられないような風に声を漏らす。

 

 まぁ、現実離れした内容ばかりで、若干思考が追いつかない。まぁ、現実離れした存在が既に彼の後ろに居るのだが。

 

「やっぱり、あなたは外来人ですね」

 

 早苗が北斗に問い掛ける。

 

「外来人……?」

 

「幻想郷の外の世界の人達の事です」

 

「たまに居るのよ。結界の一部が緩んで、この幻想郷に迷い込む外の世界の人間がね。私達はそれを外来人って呼んでいるわ」

 

「なるほど。他にも、居たのですか?」

 

「えぇ。まぁ中には別の理由で幻想入りした外来人も居たけれどね」

 

 と、霊夢は何も無い場所に視線を向けて一瞥すると、すぐに北斗の方に戻す。

 

「まぁ、幻想郷に外来人が迷い込んでも、無事に私の所に来る事が出来れば、結界を緩ませて外の世界に帰してあげられるわ」

 

「無事にって……」

 

 彼の中で嫌な予感が過ぎる。

 

「運が悪いと妖怪か獣に襲われて命を落とす場合があるわね」

 

「……」

 

 幻想郷は予想以上に危険な場所だと、北斗は認識する。

 

「まぁ、貴方達はその類じゃないのは確かだけど」

 

 と、霊夢は視線を鋭くして、彼らを見る。

 

「……」

 

「回りくどいのは面倒で好きじゃない。単刀直入に聞くわ」

 

 霊夢は真剣な表情を浮かべて、北斗に問い掛けた。

 

「貴方達の目的は何?」

 

『……』

 

 彼女がそう問い掛けると、北斗の後ろに居る少女達は視線を細めて鋭くする。

 

「目的も何も、俺たちはどうしてこんな状況になっているのか分からないんだ」

 

「……」

 

「気付いたら、この幻想郷に居た。そうとしか言えない」

 

 北斗はありのままの事を霊夢に伝える。

 

「そう言っても、とても信じられないわね」

 

「……」

 

「あの線路とやらは、貴方達と関係が全く無いとは言えないわよね」

 

「線路、ですか?」

 

 北斗は首を傾げる。

 

「幻想郷中に、その線路が一夜の内に現れているんです」

 

 彼の様子から何かを察してか、早苗が現在の幻想郷の状況を伝える。

 

「そうなのですか?」

 

「知らなかったのか?」

 

「えぇ。初めて知りました」

 

 魔理沙の言葉を彼は肯定する。

 

「仮に線路のことを知らないと言っても、貴方達と関係が無いとは言えないわよね」

 

「それは……」

 

「それに、その線路はここと繋がっているんだぜ。それについてはどう説明するんだ」

 

「……」

 

 魔理沙の指摘に北斗は返す言葉が無かった。

 

 全く関係が無いとは言い切れないが為に、彼は返す言葉が見つからなかった。

 

 何より、会話自体があまりしていなかった彼がこの状況を良い様に出来るほどの話術があるはずがない。

 

「……俺や彼女達は少し前に目覚めたばかりだ。ここが幻想郷だってことも、線路の事も知らなかった」

 

 だから、彼には自分達が無実である事を訴えるしか出来なかった。

 

「……」

 

「誓って、嘘は言っていない」

 

「……」

 

「信じて、もらえないだろうか」

 

 北斗は深々と頭を下げる。

 

「……」

 

「区長……」

 

『D51 241』のバッジを付けた少女は不安な声を漏らして、北斗と霊夢達を交互に見る。

 

 

 

「さて、どうしようかしらね」

 

 霊夢は籠に入っている煎餅を一枚手にして一口齧る。

 

「……」

 

 すると彼女の視線が誰も居ない場所を向く。

 

「ねぇ、聞いているんでしょ、紫?」

 

 すると誰に向けたわけでもなく、彼女はそう言う。

 

 魔理沙と早苗以外が首を傾げていると、突然部屋の宙に裂け目が現れる。

 

「あら、気付いていたの」

 

 北斗達は突然現れた裂け目に目を見開いて驚いていると、両端をリボンで結んだ裂け目から一人の女性が出てくる

 

 瞳の色はアメジストの様な透き通った紫に、金髪のロングヘアーの毛先をリボンで纏めてそれを前の方に垂らしており、それ以外は後ろで流している。

 服装は白いドレスの上に中華風の導師服を身に纏っており、赤いリボンの付いたナイトャップをかぶっている。

 

「あからさまに気配を出しておいて、何言ってんのよ」

 

「そうかしら?」

 

 女性は惚けた様に言うと、手にしている扇子を広げて口元を隠す。

 

「えっ? そうだったんですか?」

 

 早苗は驚いたように霊夢に問い掛ける。彼女は女性の存在に全く気付けなかったからだ。

 

「ただの勘よ」

 

「相変わらずお前の勘は凄まじいな」

 

 魔理沙は呆れたように呟く。

 

 

「あ、あなたは?」

 

 その間にも他には無い女性の厳格な雰囲気に圧されながら、北斗は声を掛ける。

 

「あら、失礼。私の名前は――」

 

「八雲紫。胡散臭いスキマ妖怪よ」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 八雲紫という女性は慌てた様子で霊夢の方を向き直る。

 

「代わりに言ってあげたんじゃない」

 

「もう、霊夢ったら! 言い方ってものがあるでしょ!」

 

 悪気の無い霊夢に八雲紫と言う女性はご立腹な様子で霊夢に詰め寄る。

 

 さっきまでの厳格な雰囲気は何へやら……

 

 

 

 




幻想郷の賢者、八雲紫が登場です(最後は締まらなかったけど)
果たして彼女は彼らをどう見るか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第07駅 スキマ妖怪『八雲紫』現る

 

 

 

 

「ゴホンッ。まぁ、改めて言わせて貰うわね」

 

 先ほどの動揺を抑えるように八雲紫は咳払いをして調子を整えると、北斗達を見る。

 

「私の名は八雲紫。この幻想郷を管理する妖怪ですわ」

 

 そう言うと広げた扇子を口元へと動かす。

 

(妖怪、なのか?)

 

 彼は八雲紫の容姿に内心呟く。

 

 彼の中での妖怪というのはどことなく醜く、人の形から離れたイメージが強かった。まぁ某妖怪漫画のイメージが強いと言うのがあるが。

 しかし目の前の八雲紫という妖怪はそのイメージを根底から覆すほど美しいものだった。

 

 だが、同時に警戒している存在でもあった。

 

「そう警戒しなくても、とって食おうとはしませんわ」

 

 と、北斗の心を呼んだかの様に彼女は僅かに目を細めて微笑する。

 

「先ほどまでの話はスキマの中から全て聞かせてもらいましたわ、霧島北斗さん」

 

「……」

 

「あなたの様子からすれば、幻想郷に現れた線路の事を知らないのは確かなようね」

 

「あら、紫が連れてきたんじゃないの?」

 

「さすがに私でもここまで大規模な施設を幻想入りさせるのは無理よ」

 

 八雲紫は肩を竦めながら言う。

 

「じゃぁ、異変の犯人は別に居るってわけ?」

 

「そうね。彼の話を聞く限りでは、ね」

 

「……」

 

「でも」と呟きながら紫は扇子を閉じると、先ほどと打って変わり、鋭く雰囲気が変わる。

 

「この場所と線路が幻想郷に出現したタイミングは、同じなのよ」

 

「……」

 

「仮にもあなたの身に覚えが無いにしても、こんな偶然があるのかしら?」

 

「それは……」

 

 スゥと目を細める八雲紫から威圧感が出て、北斗は何も言えなかった。

 

 いや、先ほど彼女が言ったように、身に覚えが無くても自分達と線路の出現したタイミングが同じだと、疑われても仕方が無いし、彼も言い返すことも出来なかった。

 

「改めて問いますわ。あなた方の目的は何かしら? 返答次第では、対応は変わりますわ」

 

 八雲紫は一層威圧感を強めて彼らを見つめる。

 

「……」

 

「だから、私達に目的なんて!」

 

『D51 1086』のバッジを付けた少女は八雲紫に抗議しようとするが、北斗が左手を上に上げて彼女を止める。

 

「く、区長……」

 

「……」

 

 北斗は深呼吸をして、八雲紫を見る。

 

「自分達はこの幻想郷をどうしたいわけじゃありません。ただ言えるのは、自分達は自分の意志があってこの幻想郷に来たわけではありません。それは、確かです」

 

「……」

 

「……」

 

 しばらく二人の間に沈黙が続く。その間に八雲紫の表情はどこか思案するようなものだった。

 

 

 

「幻想郷を侵略する気はありませんわね?」

 

「無い」

 

「今までのあなたの言葉に、嘘偽りはありませんわね?」

 

「はい」

 

「……」

 

 八雲紫は目を瞑り、しばらく沈黙する。

 

 

「良いでしょう」

 

 そして瞑っていた目を開き、北斗と少女達を見る。

 

「幻想郷は全てを受け入れますわ。八雲紫の名において、貴方達を幻想郷の一員として、迎え入れます」

 

 彼女はその決定を彼らに告げた。

 

「良いの、紫?」

 

「えぇ。幻想郷を侵略する気は無いようですし。今のところ置いていても問題は無いわ。それにこの異変も彼らは直接的に関係していないようですし」

 

 霊夢が彼女に問うと、紫は肩を竦めて呟く。

 

(それに、色々と利用できますしね。異変解決の協力にも、この幻想郷が抱える問題にも、ね)

 

「……」

 

 表情には一切出さなかったが、内心なにやら企んでいた。まぁ付き合いが長い分、霊夢には怪しまれているが。

 

 

「あ、あの、紫さん」

 

 と、先ほどまで黙っていた早苗が少し遠慮がちに紫に声を掛ける。

 

「何かしら?」

 

「彼は、どうなるのでしょうか?」

 

「どう、とは?」

 

「彼は外来人みたいですので」

 

「あら、そうでしたの」

 

 八雲紫は北斗に視線を向ける。

 

「それで、どうしますか?」

 

「……」

 

「博麗の巫女に頼めば、結界を緩めてこの幻想郷から出ることは可能ですわ」

 

「先ほど霊夢さんが言っていましたね」

 

 彼は少し前に霊夢が話していた外来人についての事を思い出す。

 

(戻れるのなら、戻るのも良いが……)

 

 まぁ、本来ならここで戻る選択をするのが当然なのだろう。

 

 

 しかし、彼にはすぐに戻りたいと言う選択を選ばなかった。

 

 

「一つ、聞いていいですか?」

 

「どうぞ」

 

 北斗はとある疑問を八雲紫に問い掛ける。

 

「彼女達は、どうなるんですか?」

 

 北斗は後ろに居る少女たちを見る。

 

「……確証はありませんが、外の世界で失われた存在であるのなら、外の世界に戻れば恐らく存在を維持できないでしょうね」

 

「……」

 

 予想していた返答が返ってきた事に、彼の表情は険しいものになる。

 

「まぁ、ここに居れば存在を維持出来ますので、心配は」

 

 

 

 

「残ります」

 

「……え?」

 

 八雲紫は即答した彼に思わず声を漏らす。

 

「俺は、この幻想郷に残ります」

 

 北斗は、ただそれだけを告げた。

 

「よろしいのですか?」

 

「えぇ」

 

「……幻想郷の事は博麗の巫女から聞いているわよね」

 

「はい」

 

「幻想郷で暮らす以上、外の世界と関係を断ち切らなければなりませんわよ」

 

 それはつまり、何からも忘れ去られると言うことを意味する。幻想郷の一員となってから外の世界に戻っても、彼の存在を証明するものは無くなるのだ。

 

「分かっています」

 

 しかしそれを分かった上で、彼は迷わず答えた。

 

「……」

 

 紫は何か言おうとしたが、彼も何か考えがあって決めたのだろうと、それ以上は言わなかった。

 

 何より、彼女は北斗の瞳の奥から固い決意と、言い知れない闇の深さを感じ取っていた。

 

「……分かりました」

 

 彼女は浅く息を吐いて呟くと、右手を北斗に差し出す。

 

 

 

「ようこそ、幻想郷へ」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第08駅 残った理由と既視感と謎の女性

 

 

 

 

 その後北斗達は八雲紫と霊夢達との話し合いの末、北斗と少女達は幻想郷に暮らすと共に、線路異変解決の協力をするという事にした。それと同時に線路の管理も任される事になった。

 

 八雲紫は用事があると言って自身の開けたスキマに入って消え、霊夢達もとりあえず神社へと戻って行った。

 

 来客を見送った後、北斗は少女達にそれぞれ指示を出して各々の作業に当たらせた。

 

 

 

 建物内にある区長室では北斗と『D51 241』と『79602』のバッジを付けた少女二人が書類や品々の整理していた。

 

「あの、区長」

 

「何だ?」

 

 金庫の中にあった機関区の運営資金を数えていた北斗は確認し終えた書類をファイルに戻した『D51 241』から声を掛けられて顔を上げる。

 

「その、良かったのですか?」

 

「何が?」

 

「だって、折角―――」

 

「元の世界に戻れる機会があったのに、どうして断ったのですか?」

 

 言いづらそうにしていた彼女を見かねてか、書類を見ていた『79602』のバッジを付けた少女は顔を上げて代わりに北斗に問い掛ける。

 

「……戻れる機会、か」

 

 北斗は数えていたお金を纏めて机に置くと、少し間を置いてから口を開く。

 

 

「そうだな。帰ろうと思えば、帰っても良かったのかもしれない」

 

「……?」

 

「本当なら、それが正しいんだろう」

 

「く、区長?」

 

 只ならぬ雰囲気に『D51 241』のバッジを付けた少女は戸惑う。

 

「だがな」

 

 と、北斗は両肘を執務机に付いて両手を組み、組んだ手に額を当てる。

 

「帰ったところで、俺に帰る場所は無い。かえって、このままで良かったんだ」

 

「え?」

 

「……」

 

『D51 241』のバッジを付けた少女は思わず声を漏らし、『79602』のバッジを付けた少女は目を細める。

 

「で、でも、家族とか、友達とか、区長の帰りを待っている人が―――」

 

 

「そんなのは、いない」

 

『D51 241』のバッジを付けた少女の言葉を北斗は少し怒りの含んだ声を出してバッサリと切り捨てる。

 

「俺に家族なんか、友達なんか、居ない。居ないんだよ」

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、忌々しい記憶だった。

 

 

 彼の記憶の中で一番古いものは孤児院で過ごしていた時の記憶であった。彼は赤ん坊の時に孤児院前で捨てられており、その後孤児院で何年か過ごした後、里親に引き取られた。

 

 しかしその里親が交通事故で亡くなり、その後は里親の祖父と一緒に暮らし始めた。その時は彼にとっては楽しい一時だった。

 

 しかしその祖父も病気で亡くなり、彼は親戚の叔父に預けられる事となった。

 

 だが、その後が問題だった。

 

 彼は生まれながらにして特異な体質だった。いわば見えない物が見える体質だったのだ。

 

 それが災いして、彼に友達は中々出来ず、虐められていた。

 

 そして、その体質が後に不幸を呼ぶことになり、彼の人生を狂わせた。

 

 

 今でこそ大分マシな方に回復しているが、一時期かなり危うい状態だった。

 

 そして今でも色々と引き摺っていて、別の親戚の家に預けられる事になっても彼は馴染もうとせず、高校生になって寮暮らしになっても、彼は友達を一人も作ろうとしなかった。一応彼に話し掛ける生徒は居たが、さらりと話を流すだけで、何も聞いていなかった。

 

 

「まぁ、幻想郷に残ろうと決めたのは、別に元の世界が嫌で戻りたくないってだけじゃない。少しだけ戻りたいって気持ちはあったさ」

 

 しかし忌まわしい記憶があると言っても、彼にとって生まれ育った場所である事に変わりは無い。そこに対する心残りはあるにはあった。

 

「では、なぜ?」

 

「それはな――――」

 

 北斗は二人を見る。

 

「お前達を、残して戻れないからだ」

 

「っ!」

 

「……」

 

『D51 241』と『79602』のバッジを付けた少女達はそれぞれ反応する。

 

「外の世界に戻れば君達は消えてしまう。かと言って短い間とは言えど苦楽を共にした君達を残して戻るわけにはいかない」

 

 まぁ機関車だけこの幻想郷に残った所で、何が出来るか分からないものである。最悪外の世界で放置されている保存機関車の様に朽ちていくのを待つだけになるかもしれない。

 

 蒸気機関車が好きな彼にとって、それは耐え難い事だ。

 

「区長……」

 

「……」

 

「それが、幻想郷に残ろうと決めた最後の一押しだった」

 

「……」

 

「ホント、あなたって人は」

 

『79602』のバッジを付けた少女は半ば呆れたように呟き、微笑みを浮かべる。

 

 

(まぁ、見方によっては、ただの現実逃避に見えるんだろうがな)

 

 彼は彼女達を見ながら、自身の罪悪感に苛まれる。

 

 彼女達の為に幻想郷に残る。その気持ちに間違いないは無い。だが、それをダシにして自分の嫌な現実から逃げたかった、と心の隅で思っている自分が居た。

 

 

「まぁ、これからが大変だろうな」

 

 彼は運営資金を金庫に仕舞うと、立ち上がって窓から外の景色を見る。

 

(線路の調査もそうだが、俺達の今後の活動方針。考えること、やる事がいっぱいだな)

 

 一抹の不安が過ぎり、彼はため息を付く。

 

(それに、うまく彼女達を使ってやれるかどうか)

 

 窓から機関庫に格納されている機関車達を見て、不安を抱く。

 

 これからはゲームではなく、リアルで指示を出していかなければならないのだ。その差はかなり大きい。

 

(何か、彼女達にあぁ言った手前、情けないな)

 

 少しだけ柄じゃ無い事を言った事に後悔するのだった。

 

(でも、やるしかない)

 

 既に賽は投げられた。後はどうにかやっていくしかない。

 

 

 

 新たに歩き出した霧島機関区改め、『幻想機関区』として。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃幻想郷上空。

 

 

「なぁ、霊夢」

 

「何よ?」

 

 空を飛んで博麗神社に向かっている霊夢達一行。箒に跨って飛んでいる魔理沙は隣を飛んでいる霊夢に声を掛ける。

 

「あれで本当に良かったのかよ? 結局異変解決にならなかったじゃないか」

 

「別に構わないわ。直接関係が無い以上追求したってしょうがないわ。それに、別に実害が無い以上今は放って置いても問題無いわ」

 

「でも、信用できるのかよ?」

 

「紫が連れて来たんなら疑う所だけど、紫が関係してないなら多少信用できるわ」

 

「いや、信用する所が違う気がするんだが」

 

 魔理沙は苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、彼らが直接関係が無いと言っても、全く関係が無いと言えない以上、監視はするわ。それで何か起きた場合は、その時はその時よ」

 

「……」

 

 

「……」

 

「なぁ、早苗。お前はどう思っているんだ?」

 

「……」

 

「早苗?」

 

 魔理沙が早苗に声を掛けるが、彼女は深く考え込んでいて返事をしなかった。

 

「あっ、魔理沙さん。どうしましたか?」

 

 すると早苗は遅れて反応して、返事を返した。

 

「珍しいな。お前が考え事なんてな」

 

「え、えぇ、まぁ私だって考えることはありますよ」

 

 早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「で、何を考えていたわけ?」

 

「ま、まぁ、ちょっと色々と」

 

「ふーん」

 

 霊夢は興味なさそうに声を漏らすと、興味無さそうに前に向き直る。

 

 

「……」

 

 早苗は飛びながら先ほどの事を思い出す。

 

(どうしてでしょうか……)

 

 彼女の脳裏に北斗の姿が浮かび、首を傾げる。

 

(あの人に、前にもどこかで会った事があるような……)

 

 北斗の顔を見た時、なぜか初めて会った気がしなかったのだ。

 

 外の世界に居た頃に北斗と出会ったことは無い。無い筈なのだが……どこかで会ったような気がしてならない。

 

「……」

 

 そんなモヤモヤした気持ちはしばらく続いて彼女を悩ませる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 所変わって幻想郷を見渡せる場所。

 

 そこに一人の女性が右手に持っている銀色の鉄道懐中時計を一瞥し、幻想郷を見渡す。

 

 腰まで伸びた艶のある黒色の髪をしており、整えられた顔つきは東洋人であり、西洋人の様な風格があり、瞳の色は青い碧眼である。

 白いシャツに黒いズボン、その上から黒いコートを羽織り、白手袋をしている。

 

 どことなく古い時代の鉄道の車掌を彷彿とさせる格好をしていた。

 

「……」

 

 その視線の先には、霧島機関区改め幻想機関区が捉えられていた。

 

「あのスキマ妖怪がどう出るか不安だったが、まぁ何とかなったな」

 

 女性はため息を付き、目を細める。 

 

「本当に、大きくなったな」

 

 彼女はボソッと呟くと、微笑みを浮かべる。

 

 幻想機関区から遠く離れているにも関わらず、彼女の目には機関区を見回っている霧島北斗の姿があった。

 

「本当に、あっという間だな。まぁ、私と北斗とじゃ、時間の経ち方が違うか」

 

 彼女の記憶にある幼い頃の姿の北斗と今彼女が見ている北斗の姿を照らし合わせて、その変化に苦笑いを浮かべる。

 

 だが、存在そのものが違うのに、その本質を比べられるものじゃない、と彼女は小さく呟く。

 

 彼女は再度遠くに居る北斗の姿を見て、悲しい表情を浮かべる。

 

「……北斗。――――」

 

 彼女は何かを言おうとしたが、直後に風が吹いて後半は掻き消され、直後に煙の様に彼女の姿は消える。

 

 

 

 

 




ようやくプロローグが終わったって感じになりましたね。しかし思ったより機関車が動いているシーンが書けなかったです。まぁ次回から多く書けると思いますが。

質問、要望等がございましたら活動報告の方で書いて頂いたら嬉しいです。それ以外はこちらの感想欄で書いてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2区 幻想郷の機関区編
第09駅 構内試運転


東武鉄道が私鉄発注のC11形1号機を動態復元するみたいですね。新しく蒸気機関車が動態復元するのは嬉しいですが、動態復元されているタンク型機関車の大半がC11形って……。何でC12形が少ないんや。まぁ本格的な動態復活しそうな
C12形はあるけど。


 

 

 北斗達が幻想郷に幻想入りして早くも三日が経った。

 

 

 

 

 その日の幻想郷に、SLの汽笛が響き渡った。

 

 

 

 

 霧島機関区改め幻想機関区の敷地内にいくつもの線路が敷かれている場所で、カマボコの様な角型ドームを持つ戦時型のD51形であるD51 1086号機が煙突から白煙を吐いて猛スピードで走っていた。

 

「……」

 

 D51 1086号機の運転室の窓から頭と身体の一部を出して前を見ている『D51 1086』のバッジを付けた少女は右手に持っている加減弁のハンドルを引いたり戻したり、メーターを見ながら逆転ハンドルを回して、機関車の走る速度を調整する。

 

 その隣では機関助士の妖精が床のペダルを踏んで焚口戸を開け、スコップに載せた石炭を燃え盛る火室へと投炭して火力を上げる。

 それを数回繰り返した後、注水機のバルブを回してボイラーに水を送り込む。

 

 貨物用蒸気機関車のD51形であるが、本気を出せば旅客用蒸気機関車に匹敵する速度を出す事が出来る。まぁ当然想定している速度を超えた速度になるので機関車の足回りには大きな負担を強いる事になる。なので、普段この速度を出すことはまず無い。

 

 線路の上を猛スピードで走っている途中で彼女は加減弁を閉じて機関車本体のブレーキハンドルを回し、急ブレーキが掛けられてD51 1086号機は急速に速度を落としてやがて停止する。

 

『D51 1086』のバッジを付けた少女はすぐさま逆転ハンドルを回してバックに入れ、ブレーキを解いて汽笛のロッドを引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてD51 1086号機はドレンを出しながら後退する。

 

 

 

「1086号機も問題はなさそうだな」

 

「そうですね。とても調子が良さそうです」

 

 1086号機の走っている姿を観ていた北斗と『D51 241』のバッジを付けた少女はそれぞれ呟く。

 

 その近くでは妖精達によって足回りの調査と整備を受けているD51 603号機の姿があった。

 

 現在彼らは入れ替え作業をしているB20 15号機と79602号機以外のD51形四輌とD62形一輌の状態を調べる為、機関区内にある線路を使って構内試運転を行っていた。

 

 しかし全車輌に火を入れるのに時間が掛かって予定より開始時間が遅れてしまったが、まぁ蒸気機関車は性質上立ち上がりが遅いので仕方ない。

 

 既にD51形の241号機と465号機の走行試験を終え、先ほど603号機も終わり、現在は1086号機の試験を行っている。

 

 試験内容は前進から後退、急発進から急停車、徐行運転から高速運転など様々だ。そして停車後に足回り関連と各部の異常が無いかの確認を行っている。

 

(これまでの試験結果はどの機関車も良好。特に問題なしか)

 

 ここまで行われた試験では特に異常は見られず、良好な結果を見せていた。少なくとも、走行に問題は無い。

 

 ふと、B20 15号機と79602号機に牽かれて機関庫へと運ばれるD51 241号機とD51 465号機の内、241号機の姿を見る。 

 

(241号機の方が他のデゴイチより動きが少しだけ良かったな。やはりギースル・エジェクタを付けているだけでこうも違ってくるか)

 

 彼は遠くからD51 241号機の縦長い逆台形の特徴的な煙突を見る。

 

 

 ギースル・エジェクタ。別名『ギースル式誘導通風装置』とも呼ばれる煙突の一種である。

 

 オーストリアのアドルフ・ギースル・ギースリンゲンが開発した煙突で、先述の通り縦長く逆台形な形状をしているのが特徴的である。

 

 構造はシリンダから送られる蒸気をブラスト管から排出する際、通気量等によって吐き出し面積を可変、調整して効率よく排出することと、小煙管よりも大煙管に石炭の燃焼ガスを多く通すことにより、従来の煙突に比べて燃焼効率を高めることが出来るのだ。

 それによって蒸気温度を上げ、消費する石炭の量を減らしつつ機関車の牽引力を上げ、火の粉を減らす効果がある。試験では9~15%ほどの石炭の節約、シンダや火の粉の減少等の効果が確認された。

 

 日本ではオーストリアから輸入したギースル・エジェクタをD51形の349号機と357号機に取り付け、試験を行ったところ良好な結果を出したのでその後ギースル・エジェクタの製造販売権を取得して三十四輌のD51形に取り付けられた。

 しかしそれだけで数が留まったのは、当時は無煙化の最中とあって、それだけに留まったのだ。

 

 

 

「やっぱり生で見ると凄いですねぇ。迫力が違います!」

 

 と、二人の隣D51 1086号機の走っている姿を見て興奮している者が居た。

 

 特徴的な巫女服を身に纏った守矢神社の風祝、東風谷早苗である。

 

 なぜ彼女がここに居るかと言うと、彼女曰く『人里で信仰活動をしていたら遠くから汽笛が聞こえたので飛んできました!』との事である。

 

 確かに蒸気機関車の汽笛は遠くまで聞こえるが、それにしては耳が良過ぎるのでは?

 

 まぁそんなこんなで彼女はD51 603号機の試験が終わる頃に幻想機関区にやってきたのだ。

 

「どうでしょうか、早苗さん」

 

「はい! まさかこの幻想郷で蒸気機関車の走る姿を生で見られるなんて思っていませんでした!」

 

 北斗が彼女に声を掛けると、早苗は笑顔のまま彼の方を見る。

 

「嬉しそうで何よりです。この後ももう一輌試験を行いますので、楽しめますよ」

 

「本当ですか!」

 

 この後に控えるD62形の走行試験の事を告げると彼女は更にテンションを上げる。 

 

(本当にSLが好きなんだな)

 

 彼女の姿を見て北斗はつい嬉しく思った。

 

 まぁ、こういう理解者が居るとのは趣味人にとって嬉しいものである。大抵趣味人の趣味を理解してくれる人は少ないからだ。

 そして中にはその趣味を否定する心無い者も居る。

 

「……」

 

 北斗は再びD51 1086号機の走る姿を観る早苗をチラリと見る。

 

(やっぱり、どこかで会ったような気がするな……)

 

 彼女と初めて出会った時からどうもどこかで会ったような気がする。そんな引っ掛かった感覚があった。

 

 しかしいくら記憶の糸を辿っても、彼女と出会った時の記憶は無い。むしろ特徴ある彼女を忘れる方が無理な気がする。

 

(でも、早苗さんは別に何も話してこないし、気のせいか?)

 

「うーん」と内心唸る。

 

 じゃぁ本人に聞けばいいのでは? と思われるが、殆ど人と接していない彼が女の子に声を掛けられる勇気が果たしてあるのだろうか?

 

 まぁ、同じ疑問を思っているのは彼だけではなく、彼女もまた同じ疑問を抱いているとは、二人して知る良しも無かった。

 

 

 しばらくして全ての試験項目を終えたD51 1086号機が北斗達の元まで来て停車する。

 

「どうだ?」

 

「すこぶる調子が良いですよ」

 

 運転室から『D51 1086』のバッジを付けた少女が降りてきて北斗に自身の感じた機関車の状態を報告する。その際早苗の姿を見ると少し警戒心を出していたが。

 

「良し。機関車はすぐに脇に退かして妖精達に検査させてくれ。後で正確な報告を頼む」

 

「了解!」

 

 敬礼した後、少女は運転室に戻って機関士席に座ると逆転機ハンドルを回してブレーキを解き、加減弁ハンドルを引いてD51 1086号機を後退させる。

 

 

 

 D51 1086号機が別の線路へと移動すると、その後に79602号機が機関庫からD62 20号機を押して運んできた。

 

「では、俺は今から行ってきます」

 

「はい。楽しみにしています!」

 

「241号機はここで待っていてくれ」

 

「了解!」

 

 彼は早苗と『D51 241』のバッジを付けた少女に一言声を掛けてから二人の元を離れ、D62 20号機の元へと歩く。

 

 

「……」

 

 北斗はD62 20号機の近くで立ち止まり、機関車を眺める。

 

 D51形より大きなボイラーを持ち、蒸気ドームに斜めに取り付けられた汽笛が特徴的で、元となったD52形の2-8-2(1D1。つまり先輪1軸+動輪4輪+従輪1軸の意味)のミカド形から改良されて二軸化された従台車に変更された2-8-4(1D2。つまり先輪1軸+動輪4輪+従輪2軸の意味)のパークシャー形となったD62形蒸気機関車。なおD62形は日本初のパークシャー形でもある。

 軸重が変化したことで牽引力は低下したが、D52形と比べると入線できる区間が多くなったのは大きいだろう。

 

 目の前にあるD62形は前照灯の横にシールドビームの副灯を持ち、煙突には集煙装置が取り付けられている。地味に重装備な見た目である。

 

「俺の機関車、か」

 

 北斗は自分が着ている作業服の上着の左胸に付けられている『D62 20』のバッジを見る。

 

 少女達は彼がこの機関車の機関士だと言っていたが、果たしてそれは何を示しているのか。

 

 

 彼は機関車を眺めた後運転室へと登って乗り込むと、既に乗り込んでいる機関助士の妖精がスコップを炭水車から石炭を掬い上げて床にあるペダルを踏んで焚口戸を開け、火室へと石炭を投炭していた。

 

 D62形には自動給炭装置(メカニカルストーカー)と呼ばれる炭水車に積まれた石炭を火室へと飛ばす装置があるが、構造上どうしても石炭が偏って飛んでしまうので人力投炭が必要になる。特に最初の時や全力走行時には。

 

「どうだ?」

 

「いつでもいけますよ」

 

「そうか」

 

 投炭を終えてスコップを炭水車の道具置き場に置くと、注水機のバルブを回して炭水車の水槽から水をボイラーへと送り込んでいる機関助士の妖精の言葉を聞き、彼は頷きながら水位計を確認して機関士席に座る。

 

(……不思議だな)

 

 北斗は機関士席に座った瞬間、自身の感覚が研ぎ澄まされるのを感じ取る。

 

 まるで自分と機関車が一体化したような感覚であった。

 

(分かる。何もかもが)

 

 目で見なくても、何処に何があって、何がどう動くかが手に取るように分かる。

 

 当然だが、彼は今日初めて蒸気機関車を操縦する。操縦経験なんて一切無い。知識ぐらいで多少知っているぐらいだ。

 

 にも関わらず、身に覚えが無いはずなのに全てが分かるのだ。

 

 そして同時に彼はこう思うのだ。

 

 

 まるで他人の記憶を見て、感覚を感じているようだと。

 

 

 そんな違和感を覚えるも、彼は頭を切り替える。

 

 すぐに窓から頭を出して前後を確認し、機関車のブレーキを解くと空気が抜ける音が運転室に響き、汽笛を鳴らすロッドを引いてD51形より大きく野太い汽笛を鳴らし、加減弁のハンドルを引く。

 

 そしてD62形の巨体を支える各四つずつ計八つの動輪がゆっくりと動き出す。

 

 北斗はドレンを出すハンドルを回してピストン付近の排出管からドレンを出し、集煙装置付きの煙突から灰色の煙を吐き出しながらD62 20号機は前進し、徐々に速度を上げていく。

 

 その加速は見た目からは想像できないほど滑らかで、あっという間に速度を上げていく。

 

「……」

 

 北斗は右手に握る加減弁ハンドルから伝わる振動を感じながら微妙に動かして速度を調整する。

 

 隣では機関助士の妖精がスコップに石炭を載せて床のペダルを踏んで焚口戸を開けて火室に石炭を放り込む。それを数回繰り返すと、スコップを置いていくつもあるバルブを回して各所に蒸気を送り込む。

 

(これが、走っている蒸気機関車の運転室で見る光景か)

 

 彼は運転室の窓から覗く光景を見ながら、内心呟く。

 

 D62 20号機は徐々に速度を上げて構内の線路を駆け抜ける。

 

 

 

 その後停車し、そこから後退して急停車、急発進してからの高速走行と試験項目をこなしていく。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10駅 SLに興味を抱いたキッカケ

 

 

 

 

「今日は本当にありがとうございました。まだ忙しいのに見学させてもらって」

 

「構いません。観るだけなら別にどうということはありませんので」

 

 全ての試験項目を終えた後、全ての機関車を機関庫に戻して北斗は宿舎に戻っていた。そこの区長室で早苗が今回の見学を許可してくれたことを北斗に感謝していた。

 

「あ、あの、もし宜しければ、次もここに来て宜しいでしょうか?」

 

「えぇ。いつでも歓迎しますよ。まぁ、作業の邪魔をしなければ、ですがね」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 早苗は勢いよく頭を下げる。

 

「本当にSLが好きなんですね」

 

「は、はい。まぁ、ロボットより二番目に好きなんですけどね」

 

(ロボットの時だとどうなるんだ?)

 

 蒸気機関車の時点での興奮のしようなのだから、よっぽどだろうと彼は予想する。

 

 ちなみに北斗は早苗がかつて外の世界の人間であるのを本人の口から聞いている。そして彼女が仕えている二柱の神の為にこの幻想郷にやってきたのを。

 

「やっぱり、変でしょうか?」

 

「変、とは?」

 

 すると早苗はまるで反応を窺うように問い掛け、北斗は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「だって、私が好きなのは……女の子の好きになるような物じゃありませんし」

 

 少し迷ったような言い方で彼女はそう言う。

 

 まぁ確かにロボットにしろ、蒸気機関車にしろ、一般的な女の子が好きになる物と言うより、男の子が好きになるような物である。

 

「好きになる物は各々の自由ですよ。そもそも他人に自分の趣味にケチを付けられる権利なんてありません」

 

「……各々の自由、ですか」

 

「えぇ。まぁ、個人的な見解ですけどね」

 

 人間は誰しも同じじゃない。好きな物も、嫌いな物も、それぞれ違うのだ。人間全てが同じなら、戦争なんて馬鹿げた事をするはずがないのだ。

 

「と言っても、そんな自由なんて、無かったんですけどね」

 

(そんな自由、ですか)

 

 どこか悲しげな雰囲気の彼の姿に、早苗はかつての自分の姿と重ねる。

 

 

 本当の自分を隠して生活しなければならなかった、あの時の自分と。

 

 自由なんて無かった、あの時の自分と。

 

 

「……」

 

「……」

 

 すると二人の会話が途切れて、気まずい雰囲気が流れる。

 

 

「……そういえば、どうして蒸気機関車を好きになったのですか?」

 

「え?」

 

 すると気まずい雰囲気を見かねてか、北斗が早苗に問い掛けた。

 

「さっきも言いましたが、好きになる物は個人それぞれです。でも、役職的にSLとは無縁と思いまして。それでどう関わったのか気になって」

 

「ま、まぁ、そうですよね」

 

 巫女と言う役職の関係上、普通に生活しているとまずSLと関わる事は無いだろう。まぁ昔ならあっただろうが。尤もな事を言うと、女の子である以上興味を持つこと事態無いだろう。

 

 

「……小さい時に、一度だけ息抜きとしてSLを専門とした鉄道博物館に連れて貰った事があるんです」

 

 早苗は少し間を置いて口を開く。

 

(京都の所か)

 

 彼女の言った場所に北斗は瞬時にどこであるかに気付く。

 

「当時はSLに全く興味が無くて、ただ見ているだけで、正直言って面白くなんてありませんでした」

 

「……」

 

「でも、そこで動く状態で保存されている蒸気機関車による列車が運行されていて、そこで初めて動いている蒸気機関車を見たんです」

 

「……」

 

「よく分からないんですが、その時私の中に言葉で表せない高揚感があったんです。初めてロボットの事を知って、好きになった時と違う。そんな感覚が」

 

 胸元に両手を組んで、静かに彼女は語る。

 

「……」

 

「それ以来、SLに興味を持ちまして、こっそりと調べていたんです。と言っても、暮らしている環境から調べられる範囲なんてほんの少しでしたが」

 

「こっそり?」

 

「それは、やっぱり恥ずかしいじゃ無いですか。当時は、学生だったんですし」

 

「あー」

 

 北斗は彼女の気持ちが分かって、声を漏らす。

 

 そりゃ同世代の女の子にはあまり知られたくない物だろう。

 

「……それに、こんな趣味が知られたら、絶対に―――」

 

「え?」

 

「あっ、いえ。何でもありません」

 

 早苗は一瞬悲しげな表情を浮かべて呟き、北斗はよく聞き取れなかった為首を傾げる。

 

「そ、それより、これからどうするんですか?」

 

「どう、ですか」

 

 すると彼女はとっさに話題を変えてきて、北斗は特に気にした様子を見せず顎に手を当てる。

 

「まぁ、予定としては幻想郷を周って見たいと思っています。一応幻想郷の一員ですから、地名や場所は知っておかないと」

 

「そうですか。でも、どうやって周るおつもりですか?」

 

「機関車で」

 

「き、機関車で周るんですか?」

 

 何でも無いように言う北斗に、早苗は驚いた様子で聞き返す。

 

「正直機関車で周るのは考えましたが、いつまでも使うの躊躇っていたら幻想郷に馴染めませんからね」

 

「それは、そうですけど」

 

「それに、幻想郷に現れている線路の分布を調べておく必要がありますので、幻想郷を周るついでに調査をします」

 

 まぁ、彼らからすればそれが本来の目的だ。

 

 線路の管理を任された以上、線路がどこにどう敷かれているのかを調べて把握しておかなければならない。将来的に幻想郷を走るとなると、とても重要になる。

 まぁ、現時点では調べられない箇所はあるかもしれないが。

 

「で、でしたら!」

 

 と、早苗はテーブルに両手を付いてズイッと顔を北斗に近づける。

 

「私もその調査に同行してもいいでしょうか?」

 

「……え?」

 

 突然顔を近付かれて北斗は顔を赤くしていたが、早苗の申し出に目を見開く。

 

「いきなりですね。どうして急に?」

 

「私結構顔が広いので、もしも事があっても説明すれば事を収められますよ」

 

「……」

 

 北斗は彼女の言葉に一考する。

 

 確かに新参者の自分達だけで動くより、幻想郷で名の知れた者と同行すれば問題が起き難くなるだろう。しかし早苗自身が問題を引き寄せそうな気がするが。

 

「で、でも、出発は朝早くですよ」

 

「私早起きですから問題ありません」

 

 まぁ役職上やる事が多い彼女は必然的に早起きをしていたので、さしたる問題は無かった。

 

「それに、早苗さんにはやる事だって」

 

「もちろん神奈子様と諏訪子様の為にも、途中抜けて人里で信仰活動をしますよ。それを終えたらすぐに合流しますので」

 

「えぇ……」

 

 強引な彼女に北斗は呆れるしかなかった。

 

 

 結局早苗に押し切られる形で、彼は彼女の同行を許可するのだった。

 

 

 

 

 

「と言うわけで、明日は早苗さんも同行する事になった」

 

 その後早苗は再び人里へと戻っていき、北斗は少女達を集めてその事を伝える。

 

「きゅ、急ですね」

 

「ついさっき決まったからな」

 

「えぇ……」

 

『D51 241』のバッジを付けた少女は苦笑いを浮かべる。

 

「でも、あの女、信用できるんですか?」

 

『D51 1086』のバッジを付けた少女は疑った様子で北斗に疑問をぶつける。

 

「まぁ少なくとも、彼女なら信用できる」

 

「なぜそう言い切れるんですか? 彼女が蒸気機関車が好きだからとか、そんな理由があるからですか?」

 

「それも無くもないな」

 

「……」

 

 そういう北斗に『D51 1086』のバッジを付けた少女は怪訝な表情を浮かべて首を傾げ、『79602』のバッジを付けた少女はため息を付く。

 

「まぁ何より、俺達だけで動くより彼女が同行してくれるだけでも動きやすい」

 

「それは、まぁそうですけど」

 

「それに、せっかく早起きしてでも調査に同行すると申し出てくれたんだ。無碍にするのも悪い」

 

「……」

 

「ともかく、明日の早朝に出発だ。それまでゆっくりしていてくれ」

 

『はい!』

 

 彼がそう言うと少女達は声を揃えて返事を返す。

 

 

 そして束の間の休息を彼らは過ごすのだった。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11駅 今の名前

 

 

 その日の夜。

 

 

 殆どの者が寝静まった幻想郷。

 

 その中で僅かに明かりが灯されているのは、幻想機関区であった。

 

 早朝の出発に向けて機関庫では機関車の罐の火が消えないように火の番をしていたり、整備に念を入れている妖精達の姿があった。

 

 そして明かりは機関区の敷地内にある宿舎にもあった。

 

 

 宿舎にある区長室で北斗は執務机に広げた幻想郷の地図を見ていた。

 

 と言っても、現代の正確に描かれたものではなく、昔に絵の様に描かれた地図であったので正確さには欠けていた。まぁ無いよりマシであった。

 

「幻想郷って、結構広いんだな」

 

 幻想郷の地図を見ながら彼は呟き、右手の指先を地図に描かれた平原に置く。

 

(ここに幻想機関区があって、ここが人里。ここが博麗神社か)

 

 地図に描かれた場所を確認して彼は背もたれにもたれかかる。

 

(この幻想郷にどれだけの線路が張り巡らされているのか)

 

 どんな感じで線路があって、どこへと繋がっているのか。それを明日調べるのだ。

 

 しかし現状行けそうにない場所がある。

 

「妖怪の山か」

 

 彼は身体を起こして再度視線は地図に描かれた一つの場所を見る。

 

 その名の通り妖怪が棲む山であり、現在天狗と呼ばれる妖怪が支配している場所である。

 

 天狗は排他的な思想を持っており、その上縄張り意識が強く、侵入者に対して厳しいのだ。

 

 そんな場所にかつて守矢神社が幻想入りしてきたそうだ。その時は守矢神社の二柱と天狗の長の話し合いの末、何とか穏便に済んで現在に至るそうだ。

 

 東風谷早苗の話によればその妖怪の山にも線路が現れているらしく、現在天狗は線路を警戒している。

 

 可能であれば妖怪の山の線路の調査をしたいのだが、現状では山に入る事は困難であるとしか言えなかった。何より新参者の彼らを天狗が信用するとは思えなかった。

 行っても門前払いされるのが関の山と言った所だろう。

 

(ここは機会が出来た時に調査するしかないな)

 

 ため息を付いて執務机に置いている鉄道懐中時計を見ると、時計の針は午後7時半を指している。

 

(この時間は彼女達が風呂に入っている頃か)

 

 彼は内心呟くと、初日に決めたことを思い出す。

 

 規則的な生活を送れるようにと、彼は各々の時間を決めていた。その中に入浴時間もあった。

 

 幻想入りした初日で彼は彼女達に説明したが、少女達は風呂の所で首を傾げていた。彼が少女たちに聞くと、彼女達は風呂が何かを理解していなかった。

 

 まぁこれは仕方が無いだろう。

 

 今でこそ彼女達は人間の少女の姿をしているが、元はと言えば機関車の神霊だ。まぁ今まで機関士や機関助士、整備士などの人間を見てきているから人間の事を知らないというわけではないが、そこから得られる知識など高が知れている。

 

 北斗は彼女達に風呂は機関車時代で例えるなら洗車の事だと伝えれば、納得した。

 

 が、問題はその後にあった。

 

 

『それでは区長。私達と一緒にお風呂に入りませんか?』

 

 

『D51 603』のバッジを付けた少女からそんな爆弾発言が飛んできたのだ。しかも恥ずかしがる様子も無く、当たり前の様に言ったのだから、北斗は飲んでいたお茶を吹き出した。

 

 まぁ、機関車の神霊である彼女達に人間の倫理とか常識を知っているはずが無い。当然羞恥心とかそういうものも無いだろう。

 

 しかも他の少女達も恥ずかしがる様子を見せず、混浴すること事態に抵抗感すらなかった。特に『D51 465』のバッジを付けた少女にいたっては『人間の言葉ならこういうのは裸の付き合いって言うんだろ?』と言う始末。

 

 彼からすれば別の意味でタチが悪かった。

 

 その後何とか彼女達を説得して風呂の時間は男女別にすることにした。

 

 ちなみに時間割は少女達を先にして、北斗が後である。まぁこれは彼が風呂に入っている最中に間違って彼女達が入って来ないようにする為である。

 

 

 と言っても、彼自身過去にあった一件があって風呂はそこまで好きじゃないので、シャワーで済ませることが多かった。故に風呂の時間割は彼にしてみれば意味が無い。

 

『この狂ったクソガキがっ!!』

 

 脳裏に過ぎるのは親戚の家の風呂場で起きた、あの出来事だった。その瞬間顔や身体中に痛みが走り、彼は顔を顰める。

 

 

 

「……」

 

 彼は落ち着いてからため息を付いて席から立ち上がると、壁際にある本棚まで歩いて一冊の本を取り出す。

 

 それはD51形蒸気機関車に関する簡易的な資料で、製造されたD51形の簡単な経歴が記されている。

 

 何処の工場で製造され、どこの機関区に所属していたか、どこの路線を走っていたか、最後はどうだったか、そんな所である。

 

(241号機、苗穂工場で12月に落成。465号機、汽車製造で5月に落成。603号機、日立製作所で2月に落成。1086号機、日本車輌で5月に落成、か)

 

 D51形の少女達の落成した日の事を確認し、本を閉じて本棚に戻すと次に9600形蒸気機関車の事が書かれた本を取り出す。

 

 

 

「区長! 風呂上がったぜ!」

 

 しばらく彼は本を見ていたら、区長室の扉が開いて風呂上りのD51 465号機の少女が入ってきた。

 

 寝巻きにしている紺のパジャマを身に纏い、ポニーテールにしていた髪は下ろしていたので印象が違って見える。

 

「465号機か。ちょうど良かった」

 

 北斗は手にしていた本を閉じて465号機を見る。

 

「今からみんなをここに呼んでくれないか?」

 

「え? 急にどうしたんだ?」

 

 465号機の少女はキョトンとして聞き返す。

 

「大事な話がある。頼む」

 

「りょ、了解!」

 

 465号機の少女はすぐに区長室を後にして残りのみんなを呼びに行く。

 

「……」

 

 彼は彼女が部屋を出たのを確認してから本を本棚に戻す。

 

 

 

 

 少しして区長室にパジャマ姿の少女達が集まる。

 

「お呼びでしょうか、区長」

 

 部屋に入ってきた241号機の少女が声を掛ける。

 

「あぁ。風呂を上がったばかりですまないな」

 

「構いません。大事な話があるとお聞きしましたが」

 

 普段の三つ編みの髪を下ろしている79602号機の少女が問い掛ける、

 

「あぁ」

 

 北斗は彼女達と向き直り、深呼吸をしてから口を開いた。

 

「君達に、名前を付けようと思っているんだ」

 

「名前、ですか?」

 

「あぁ」

 

 603号機の少女が問い掛けると、北斗は短く返す。

 

「名前なら既に私達にあるじゃないか」

 

「それはあくまでも機関車としてのナンバーだ。D51形蒸気機関車の何番目の車輌を識別する為のな」

 

「……」

 

「俺が言いたいのは、今の君達の名前だ」

 

「今の……」

 

「私達……」

 

 465号機と1086号機の少女が声を漏らす。

 

「君達は機関車の神霊。それはこれからも変わる事は無いだろう。だが、今は人の姿を持っている」

 

「……」

 

「まぁ、これは俺の我が儘だ。人の姿をしておいて、数字で呼ぶのはちょっと抵抗感があるからな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ」

 

「別に気にならないと思うけどな」

 

「そうね。あっても無くても、変わらないわ」

 

「私達にとって、名前に意味なんてありませんからね」

 

 と、彼女達は各々と口にする。やはり人間と神霊の彼女達とでは感性がここまで違うようである。

 

「まぁそう言うな。俺が勝手に呼ぶんだ。別に気にしなくてもいい」

 

 北斗は苦笑いを浮かべながら、241号機の少女を見る。

 

「まず君からだ、241号機」

 

「は、はい!」

 

 241号機の少女は姿勢を正しながら声を上げる。

 

「君は、今日から『明日香』だ」

 

「明日香、ですか?」

 

「あぁ」

 

「それは、どういった由来が?」

 

「まぁ、特にこれと言って何か由来があるってわけじゃないんだが」

 

「え、えぇ……」

 

 241号機の少女は少し戸惑いを見せる。

 

「元々は君の落成した月の旧暦にしようと思っていたんだ」

 

「私の、落成日?」

 

「あぁ。確か12月だったな」

 

「は、はい。北海道の苗穂工場で12月に私は落成しました」

 

「その12月の旧暦から取ろうとしたが、やめた」

 

「なぜですか?」

 

 彼女は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「旧暦の12月は……『師走(しわす)』って言うんだ」

 

「し、師走、ですか」

 

 241号機の少女は頬を引き攣らせる。

 

「さすがに、それは」

 

「し、師走……プッ」

 

「……」プルプル

 

「く、ククッ……」

 

「……」

 

「……プフッ」

 

 口を押さえて笑いを堪えている465号機に笑うのを震えながらも我慢している603号機、後ろを向いて腹を両腕で押さえて笑いを堪えている1086号機、腕を組んで視線を逸らしている79602号機、吹き出しそうになるB20 15号機と、他の少女達は各々の反応を見せて、241号機は他のみんなを睨むように見る。

 

「さすがに俺もそんな名前は無いなって思って、明日香にしたんだ」

 

「そ、そうですか」

 

「はぁ……」と彼女はため息を付く。

 

「まぁともかく、君は今から明日香だ。いいな」

 

「アッハイ」

 

 もはや思考が追いついていないのか、彼女は短く返すだけだった。

 

「次に465号機」

 

「私は、どんな名前にするんだ?」

 

「君は『皐月(さつき)』だ」

 

「皐月? それも旧暦のか?」

 

「そうだ。君は5月に落成したんだよな」

 

「そうだけど。汽車製造で5月に」

 

「だからだよ。これなら、違和感は無いだろ?」

 

「ま、まぁ、師走よりかはな……プッ」

 

 そう言うと465号機の少女は思わず吹き出す。すると241号機こと明日香はジトッと睨む。

 

「次に603号機。君は『水無月《みなづき》』だ」

 

「水無月ですか?」

 

「君の落成日は2月で、これは旧暦では如月と言うんだ」

 

「如月ですか。でも、何でそれにしなかったんですか?」

 

「響きが名字っぽいからな」

 

「は、はぁ」

 

 それに妙に縁起の悪い名前な気がした、と言うのが彼の本音だ。ネタジャナイヨー

 

「で、水無月は旧暦で言う6月だ」

 

「6月。でも、私の落成日は……あっ」

 

 彼女は何かに気付いて声を漏らす。

 

「そういう事だ。603号機の頭文字の数字から取っている」

 

「なるほど」

 

「どうだ?」

 

「は、はい。素敵な名前だと思います」

 

「そうか。次に、1086号機」

 

「は、はい」

 

 1086号機の少女は姿勢を正す。

 

「君は『神流(かんな)』だ」

 

「神流……」

 

「由来は水無月と同じ、製造番号の頭文字二桁からだ。旧暦で言う10月は神無月って言うんだ」

 

「そこから月を外して、神無ですか?」

 

「まぁ漢字は神に流と書いて神流だが、由来はそうだ。どうだ?」

 

「は、はい。ありがとうございます!」

 

 北斗は頷くと、79602号機の少女を見る。

 

「それで、私は?」

 

「君は『七瀬(ななせ)』だ。由来は」

 

「どうせ頭文字から思いついたんでしょ。私の落成日が12月だから」

 

 ジトッと彼女は北斗を見る。

 

「勘が鋭いな」

 

「そうだろうと思いました」

 

 と、彼女は呆れたようにため息をつく。

 

「で、どうだ?」

 

「まぁ、呼びやすくなったのなら、良いんじゃないのかしら?」

 

「そうか」

 

 最後に彼はB20 15号機の少女を見る。

 

「最後に15号機」

 

「はいです!」

 

「君の名前は『弥生(やよい)』だ」

 

「弥生、ですか?」

 

「あぁ。君の落成した月は3月だ。旧暦で言う3月は弥生と言っていたんだ」

 

「なるほどです! それで弥生なのですね!」

 

「あぁ。気に入ったか?」

 

「もちろんです! ありがとうございますです!」

 

 少女は笑顔を浮かべて頭を下げる。

 

「……」

 

 北斗は目を瞑り、少し間を置いてから席を立ち、口を開く。

 

「では、改めて確認だ。点呼!」

 

 北斗が大きな声を出すと彼女達は姿勢を正す。

 

「D51 241号機、明日香!」

 

「D51 465号機、皐月!」

 

「D51 603号機、水無月!」

 

「D51 1086号機、神流!」

 

「79602号機、七瀬」

 

「B20 15号機、弥生!」

 

 彼女達はそれぞれ大きな声を上げて敬礼する。

 

 それを見た彼も敬礼をして返す。

 

「俺達はこの幻想郷に幻想入りして、霧島機関区から幻想機関区として新たに歩み出した」

 

『……』

 

 彼は敬礼を解くと静かに語り出し、彼女達も敬礼を解いて静かに聴く。

 

「これからこの幻想郷で何が起こるのか、それは全く分からない」

 

『……』

 

「だが」と彼は踵を返し、窓から真っ暗になった外の景色を眺める。

 

「それでも、俺達は俺達のやれることをしよう」

 

 そして再び北斗は彼女達に向き直る。

 

「早朝幻想郷に現れた線路の調査に向かう。編成は先頭をD62 20号機、客車四輌、D51 1086号機だ。他の者は客車に搭乗して幻想郷を景色を頭に叩き込んでくれ」

 

『はい!』

 

 彼が改めて早朝の出発の編成を伝えると、彼女達は大きな声で返事を返す。

 

 今回の調査は神流以外の明日香達も同行する。彼女達にはこの幻想郷の景色を頭に叩き込んで今後走る際に困らないようにする為だ。

 

「今から身体を休めて出発に備えてくれ」

 

「解散!」と彼が告げると彼女達は姿勢を正して敬礼をし、その後敬礼を解いて解散し、出発に備えてそれぞれ一時の休息を取るのだった。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12駅 出発進行

 

 

 時間はまだ日も昇っていない早朝。

 

 

 幻想郷の殆どの光がまだ無い中、多くの光が灯っている場所があった。

 

 幻想郷に新たに現れ、その一員となった幻想機関区である。

 

 

 機関区内にある機関庫では出発に向けて機関車の罐に石炭を投炭してボイラーに水を注水し、蒸気圧を上げる作業を妖精達が行っていた。それに並行して足回りの整備を妖精達によって行われている。

 

 D62 20号機とD51 1086号機の足回りの各パーツの接続部に油を注し、潤滑油を入れて置く為の油壺の蓋を開けて潤滑油を注ぐと、最後に注油した箇所に指差し呼称をして確認していく。パーツ同士の連結部への注油作業はSLにとってとても大事な作業ゆえに、とても慎重かつ厳重に確認していた。

 

 D62 20号機の右から三輌目の場所に居るD51 1086号機の足回りでは神流が金槌を使って動輪や連結棒を軽く叩いてその音を聞き、異常が無いかの打音検査をしていた。

 

 打音検査は現在でも列車の足回りの異常が無いかを調べる為に行われている。音だけで分かるのかと思うだろうが、もし亀裂やボルト等のパーツが緩んでいたりしていると音が違ってくる。例えるならトライアングルを吊るして棒で軽く叩けば音色は奏でられるが、トライアングル本体を持ったまま叩いても音は鳴らないのととほぼ同じだ。

 もし異常があるまま走れば、部品が破損して事故を引き起こしかねないのだ。

 

 だからこの打音検査はとても大切であり、他の車輌も行う場合は必ず前の車輌が終わった後で行わなければならない。そうしないと音が被ってしまうからだ。

 

 

 D51 1086号機の打音検査が終わった頃に、機関庫に北斗がやってきた。

 

「おはようございます!」

 

 神流は北斗の姿を見ると姿勢を正して敬礼する。

 

「おはよう」

 

 北斗は敬礼を返して返事を返す。

 

 彼はあの後区長室で仮眠を取っていたのだが、D62 20号機の罐に強い火が灯し出したちょうどのタイミングで目を覚まし、洗面所で顔を洗って眠気を払ってから機関庫に向かったのだ。

 

「では、お先に失礼します!」

 

 神流は一言告げるとD51 1086号機の運転室へと近付いて中に入る。

 

 その後短く汽笛を鳴らしてD51 1086号機が動き出して機関庫を出て、転車台に車体を乗せて停車し、ゆっくりと転車台が回って方向を変えていく。

 

 見送った後、北斗は金槌を手にしてD62 20号機の足回りの打音検査に入る。

 

 

 

 しばらくして打音検査を終えて足回りの各パーツ間への注油も終わっているのを妖精に確認し終えた後、彼はD62 20号機の運転室に入る。

 

 中に入ると機関助士の妖精が手にしているスコップに石炭を乗せて床のペダルを踏み、焚口戸を開けて炎が燃え盛る火室に石炭を放り込む。

 

「どうだ?」

 

「いつでも行けます」

 

「よし」

 

 彼は頷きながらスコップを炭水車の道具置き場に置いて各バルブを回して蒸気を送り込む妖精の脇を通って機関士席に座り、逆転ハンドルのロックを外してメーターを見ながら回す。

 

「……」

 

 顔を窓から出して転車台からD51 1086号機が下りてD62 20号機の居る機関庫の向きに転車台が向いているのを確認して「出庫」と声を出して汽笛を鳴らすロッドを短く引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁のハンドルを引いてD62 20号機を前進させる。

 

 機関庫からその巨体を出したD62 20号機はピストン付近の管からドレンを出しながらゆっくりと前進し、転車台にその巨体を乗せて停車する。その後転車台はゆっくりと回り出してD62 20号機の向きを変える。

 

 転車台が向きを変えて停止すると、線路が固定されてずれていないかの安全確認を終えて緑色の旗を揚げる妖精の姿を確認した北斗は汽笛のロッドを引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてD62 20号機は前進して転車台を降り、ゆっくりと進んでいく。

 

 

 

 いくつもの分岐点を通って本線上に着くと、そこにはB20 15号機と79602号機が運んできた『オハフ33形』の旧型客車三輌と『マニ32形』の荷物車一輌の計四輌が置かれており、その後ろには炭水車側と連結して待機しているD51 1086号機の姿があった。

 

「……」

 

 逆転ハンドルを回してから運転席の窓から頭と身体の一部を出して後ろを向く北斗は緑色の旗を振るう妖精の姿を確認し、汽笛を鳴らすロッドを二回短く引いて汽笛を短く二回鳴らすと、加減弁ハンドルを引いて機関車を後退させる。

 

 ゆっくりと後退するD62 20号機と客車の間は徐々に縮まり、炭水車と客車の連結器が連結する寸前で彼は加減弁を戻してブレーキを掛けると、炭水車と客車の連結器が連結すると同時にD62 20号機が停車するが、少しブレーキが遅れたので大きな衝撃が運転室に伝わる。

 

「ふぅ……」

 

 北斗は一息吐くと、機関士席から立ち上がって運転室を降りる。

 

 客車に次々と観測要員の妖精達が乗り込んでいく中、明日香達がやってくる。

 

「おはようございます、区長!」

 

「おはよう」

 

 明日香が大きな声で挨拶すると、彼も短く返す。

 

「今日はしっかり線路を見ておくんだぞ。恐らくこれから俺達が走る線路になるかもしれないからな」

 

『はい!』

 

 彼がそう言うと、明日香、皐月、水無月、七瀬、弥生が返事を返す。ちなみに弥生は機関車の構造上本当なら付いて行く必要が無いのだが、一応覚えてもらう為に同行させている。

 

 

 すると彼らの近くに人影が着地する。

 

「おはようございます、北斗さん」

 

 と、若干眠そうな様子で早苗が北斗に声を掛ける。

 

「おはようございます、早苗さん」

 

 北斗は早苗の方に振り向くと、挨拶する。

 

「まさか本当に来るとは」

 

「やっぱり、迷惑でしたか?」

 

 早苗は不安な表情を浮かべて北斗に聞く。

 

「いえ、そういうわけでは無いのですが、こんなに早く起きてくるなんてと思って」

 

 北斗は上着のポケットから鉄道懐中時計を取り出して時間を確認する。時間は五時半を回ろうとしていた。よほどの事が無い限りこんな時間で起きる者は居ないだろう。

 

「それは、今日の事が楽しみで、昨夜は中々寝付けなかったんですよ」

 

(遠足前日の小学生か)

 

 苦笑いを浮かべながらそう言う彼女に北斗は思わずツッコミたくなったが、何とか内心に留めた。

 

「では、先頭の客車に。もし何かありましたら、彼女達に声を掛けてください」

 

「分かりました」

 

 早苗は頭を下げると、明日香達と共に順に先頭客車に足場を使って乗り込んでいく。

 

 彼女達が乗り込んだ後、北斗もD62 20号機の運転室に戻る。

 

 

 しばらくして客車と後方のD51 1086号機、D62 20号機に全員の乗車が完了したのを旗を持っている妖精がホイッスルを吹いて緑色の旗を揚げるのを確認した北斗は頷いて前を向き、指差しながら「出発進行」と声を出すと、機関助士の妖精も「出発進行」と復唱する。

 

 北斗はブレーキを解くと汽笛のロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いて加減弁を開く。

 

 D62 20号機は客車四輌と機関車一輌の計五輌を牽いてゆっくりと煙を吐き出しドレンを出しながら前へと進み出す。

 

 

 まだ日が昇らない暗闇の幻想郷に、蒸気機関車が走り出した瞬間であった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 日が昇り始めて少しずつ明るくなり始めた幻想郷。

 

 幻想郷に現れた線路を、灰色の煙を吐き出してD62 20号機の牽く列車が走っていた。

 

「……」

 

 運転室の窓から顔を出して主灯と副灯に照らされている前方を見ている北斗は加減弁ハンドルを動かして機関車の速度を調整する。

 

 その隣では機関助士の妖精は機関助士席に座り、水位計の高さを確認して外を交互に確認していた。

 

 本来なら機関助士は石炭をくべる回数が多いので立ちっぱなしが多いが、このD62形蒸気機関車には自動給炭機(メカニカルストーカー)が搭載されているので、こういった平坦線で尚且つそこまで速度を出していないのならストーカーのみでも十分なのだ。

 まぁストーカーの構造上どうしても燃え盛る石炭の山である火床が火室内では偏った位置に出来るので、たまに人力で投炭して火床の位置を調整しなければならないが。

 

「……」

 

 煙と煤対策としてゴーグルを付けている彼の視線は前を見つめているが、その脳裏には彼の視界には見えていない死角の光景が映っていた。

 

 どういった原理かは分からないが、彼や明日香達も死角がこうして脳裏に映るのだ。まぁこれはかなり神経を使うので長い時間使うことが出来ない。彼も今日の構内試運転の時にようやく使えるようになったばかりなので、余計神経を使う。

 しかしそのお陰で蒸気機関車の難点の一つである視界の悪さが多少解消されているのだ。

 

(それにしても……)

 

 北斗はドレンを出すレバーを回して溜まった蒸気を出しながら、線路を走らせていて分かったことを思い出す。

 

(まさか信号機はおろか、標識すらないとは。いや、ある程度予想していたが)

 

 そう。ここまで走ってきて分かったのは、鉄道にとっては安全の為に必要不可欠な信号機や速度制限や警告の類の標識が無いのだ。

 

 今は走っているのが自分達だけだからそこまで心配することは無いだろうが、もしこれからこの線路を使っていくとなると、とても危険なことになる。

 

(早速課題が見えてきたか)

 

 信号機は無理でも、せめて標識ぐらいは必要となる。

 

 

「区長! 前方に分岐点です!」

 

 と、機関助士の妖精が大きな声で報告して彼は先ほどのビジョンで死角となっている所の光景を脳裏に浮かばせて見ると、二方向に分かれた線路が見えていた。

 

 彼は汽笛を鳴らすロッドを引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを戻して加減弁を閉じ、機関車本体と列車全体のブレーキを掛けてゆっくりと速度を落としていく。

 

 列車はゆっくりと速度を落として、やがて分岐点の前で停車する。

 

 北斗は機関士席から立ち上がって運転室を出ると、線路の分岐点まで歩いて近付く。

 

「どうしましたか、北斗さん!」

 

 と、先頭の客車の窓を上に上げて身を乗り出した早苗が北斗に声を掛ける。

 

「分岐点です!」

 

「分岐点、ですか?」

 

「えぇ」

 

 北斗は分岐点まで歩いて二方向を交互に見ると、再び戻って客車まで近付き早苗を見る。

 

「早苗さん。この先には何がありますか?」

 

 森が見える左方向を指差しながら彼は早苗に問い掛ける。

 

「この先は、確か魔法の森があったはずです」

 

「魔法の森?」

 

 いかにもファンタジックな名前の森に北斗は首を傾げる。

 

「はい。幻想郷で一番大きな森でして、色んな植物が生えているらしいですよ」

 

「なるほど」

 

「まぁ、私はあまり訪れることは無いので、詳細は分かりませんが」

 

「ふむ」

 

 彼は早苗の説明を聞くと、森の方を見る。

 

「あっ、ちなみに魔理沙さんはあの魔法の森で暮らしているんですよ」

 

「あの白黒の魔法使いの?」

 

「はい。詳しく聞いていませんが、魔法の森の環境は魔法使いにとっては最適な場所らしいですよ」

 

「なるほど。それで魔法の森と」

 

 納得したように彼は頷くと、反対側の線路を見る。

 

「その方向に人里があって、更にその先に霊夢さんが住んでいる博麗神社があります」

 

「そうですか」

 

 元々調査の過程の中で博麗神社に立ち寄って挨拶するつもりだったので、目的地が分かったのならちょうど良かった。

 

 彼は再び分岐点まで近付くと、分岐器の転轍機のレバーを倒れている反対側に倒し、ポイントが魔法の森方向から人里方向に変わるのを確認してからD62 20号機の運転室に戻る。

 

 そしてD62 20号機の汽笛が鳴り、ゆっくりと走り出した列車は分岐器によって方向を変えられた線路へと向かって進み出す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 D62 20号機が牽く四輌の客車の内、先頭車両の車内。

 

 妖精達がカメラのシャッターを切って外の景色を収めたり、何かの情報を紙に書いたりと、情報を収集しており、明日香達は窓から覗く幻想郷の景色を見て覚えていた。

 

 そんな中、早苗は客席に座って窓から外の景色を眺めていた。

 

(まさか、この幻想郷で鉄道に乗って景色を眺めるなんて、思ってみなかった)

 

 窓から覗く幻想郷の景色を見ながら、彼女は内心呟く。

 

 早苗は窓を上に上げて身体を乗り出し、風によって彼女の髪は靡き、前髪を右手で押さえながら前を見る。

 

 灰色の煙を吐き出しながら魔法の森の外側に沿って敷かれている線路の上を走るD62 20号機の姿を見ると、微笑みを浮かべる。

 

(初めて蒸気機関車が牽く列車に乗りましたが、やっぱり電車とはまるで違う)

 

 外の世界に居た頃に電車に乗った時の感覚と今の感覚の違いを感じながら、彼女は高揚を覚える。

 

(あぁ、これならあの時乗っておけば良かったです!)

 

 彼女は幼い頃に外の世界の鉄道博物館で動態保存されているSLが牽く列車に乗らなかった事に後悔するのだった。

 まぁ当時の彼女はSLに興味が無かったわけなのだが。

 

 

 

「どうでしょうか、東風谷さん」

 

 と、早苗に明日香が近付いて声を掛ける。

 

「はい。とても、楽しいです」

 

「それは良かったです」

 

 明日香は微笑みを浮かべる。

 

「向かい側、宜しいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

 早苗が頷きながらそう言うと、明日香は向かい側の席に座る。

 

「えぇと、あなたは」

 

 彼女は明日香の左胸にある『D51 241』のバッジを見る。

 

「私はD51 241号機。ですが、今は明日香と名乗らせてもらっています」

 

「明日香?」

 

「はい。昨晩、区長から名前を貰いました」

 

「そうなんですか。良かったですね」

 

「えぇ」

 

 明日香は微笑みを浮かべる。

 

「という事は、他の方々も?」

 

「はい。465号機は皐月、603号機は水無月、列車の一番後ろに連結されている1086号機は神流、79602号機は七瀬、B20 15号機は弥生です」

 

「大半は旧暦から取っているんですね」

 

「え、えぇ。まぁ、そうですね」

 

 と、明日香は遠い目をして外を眺める。

 

(これは、言わない方が宜しいのでしょうか?)

 

 そんな彼女の様子に早苗は内心呟く。

 

 

 

 すると突然汽笛が発せられる。

 

 しかし何度も長さの異なる汽笛を鳴らして異常さがあった。

 

 

 だがそれが明日香達には非常警笛であることにすぐに気付く。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13駅 期待感と⑨

最近Nゲージの鉄道模型を買っているのですが、いや本当に良いですよねあれは。サイズにお手ごろな価格も相まって拡張がしやすいです。
もちろん買っている車輌は蒸気機関車と旧型客車です。




 

 

 幻想郷で一番大きな山であり、天狗と呼ばれる妖怪が実質上支配している妖怪の山。森林の葉っぱの色が赤く染まり始めて秋の感じが出始めていた。

 

 そこには大きな湖と共に立派な様相の神社が建っていた。

 

 それは幻想郷に二つある神社の一つで、外の世界から湖ごとダイナミックに幻想郷に引っ越してきた『守矢神社』である。

 

 

「……」

 

 その守矢神社の四方に聳え立っている柱の頂上に座り込む少女は空を見上げていた。

 

 彼女の名前は『洩矢諏訪子』。守矢神社に住む二柱の神の内の一人である。幼い見た目をしているが、その雰囲気は同年代の少女とは比較にならない厳格なものだった。

 

「早苗の事が心配か?」

 

 と、鳥居を挟んで彼女が座る柱の反対側にある柱の頂上に立つ女性が声を掛ける。

 

 彼女の名前は『八坂神奈子』。守矢神社に住む二柱の神の内の一人で、表向きは彼女が祭られていることになっている。その雰囲気は神とあって、神聖さと厳格さを持ち合わせている。

 

「無いとは言い切れないね。まぁ早苗のことだから大丈夫とは思うけど」

 

 洩矢諏訪子は後ろを振り返って女性を見る。

 

 

 すると遠くから汽笛の音が妖怪の山に小さく木霊す。

 

「でも、まさかこの幻想郷で蒸気機関車を見ることになるなんてね」

 

「あぁ。その上、線路まで現れているのだからな」

 

 八坂神奈子が向ける視線の先には、守矢神社と湖の近くに敷かれた線路があった。

 

「……霧島北斗」

 

「蒸気機関車と、その神霊と共に幻想入りしてきた少年、か」 

 

 二人は早苗から聞いた少年の事を口にする。

 

 

 彼女曰く機関区と蒸気機関車、その神霊と共に幻想入りしてきた少年。

 

 

「早苗の話じゃ、この異変に直接関係していないようだが、関連性が無いとは言い切れんらしいな」

 

「みたいだね」

 

「まぁ、こちらに実害が無ければ、何も問題無いがな」

 

「だね」

 

「……」

 

 

「それにしても……」

 

 と、洩矢諏訪子は再び視線を前の方に向けて空を見上げる。

 

「あんなに嬉しそうに話している早苗を見たのは、何時振りかな」

 

「そうだな……」

 

 八坂神奈子は空を見上げ、目を細める。

 

 昨日神社に帰って来た早苗はすぐに早朝出掛ける許可を二人に願い出ていた。

 

 彼女の突拍子の無いのはいつもの事だが、すぐに理由を聞いた。

 

 何でも幻想郷を周るのを兼ねて線路調査の為に機関車を走らせると霧島北斗から聞き、早朝に出発するのでその外出許可であった。

 

 二人は早苗の勢いに圧されたが、信仰活動はどうするのだと聞くと、彼女は途中で抜けてやるべき事をやります、と言った。

 

 早苗の必死な願いに、二人は仕方なく許可した。

 

「本当に、嬉そうだったね」

 

「……あぁ」

 

 だが、仕方なくと言ったが、実際の気持ちは彼女の気持ちを尊重した所が大きい。

 

 あんなに活気溢れた彼女の笑顔を見たのは、久しかったからだ。

 

 

 かつて外の世界で暮らしていた頃は、本当の意味で笑顔を浮かべた姿を、滅多に見られなかったからだ。

 

 誰も本当の彼女を受け入れようとせず、拒んできた。その為に、彼女は徐々に笑顔を失っていった。

 

 ただ唯一、早苗が本当の意味で笑顔を見せたのは、彼女に初めての友達が出来た、その時だけだった。

 

 そして幻想郷に来て、彼女は霧島北斗との出会いで、再び本当の意味での笑顔を見せたのだ。

 

 

「機会があったら、その霧島北斗と会ってみたいね」

 

「あぁ。そうだな」

 

 蒸気機関車が大きく関わっているのだろうが、早苗に再び笑顔をくれた少年に二人は興味を持った。

 

「どんなやつか興味あるのもあるが、彼らと協力する事が出来れば、こちらとしてはありがたい」

 

 八坂神奈子は湖の近くに敷かれた線路を見ながらそう口にする。

 

 

 外の世界では彼女達の信仰が失われつつあり、消滅の危機にあった彼女達は信仰を得る為に、この幻想郷に神社と湖と共に幻想入りした。

 

 当時は場所が場所とあって信仰は山の妖怪から得ていたのだが、妖怪の数もそうだが、何より一部の妖怪の思想からして得られる信仰は高が知れていた。

 

 その後天狗の長である天魔と交渉の末、天狗側は渋々であったが、人里から守矢神社への索道を確保した。

 

 最初は人里から索道を通って神社へと参拝する人は居たのだが、参拝者の数は芳しくなく、むしろ日に日に数が減っていた。

 

 原因はやはり場所にあった。天狗が支配しているとは言えど、妖怪の山はその名の通り天狗以外の妖怪も棲んでいるのだ。当然妖怪による襲撃が時々起きていた。

 

 そのせいで人里では守矢神社へ参拝したいが、行くのを躊躇う者が多いのだ。

 

 一応妖怪の山にある索道には白狼天狗が密かに監視しており、妖怪が近づかないように対処しているのだが、向こうが時間の空いている時のみしか監視は出来ないので、あまり当てには出来ない。

 

 その上人里から守矢神社への道のりが長く険しいので、それも参拝者の数が伸びない要因だろう。尤も、それは博麗神社にも言えることだが。

 

 だから守矢神社勢は外の世界での知識を用いて、天狗と共に妖怪の山に棲んでいる河童達と協力し、人里から守矢神社を繋ぐロープウェーの建設計画を進めていた。

 

 しかしこの計画に天狗側が難色を示しており、その上技術的な問題や妖怪の山周辺の風速問題も浮上して、計画は進めずにいた。

 

 まぁ天狗側が建設に反対しているのは、守矢勢に力を付け過ぎて欲しくないのもあるが、最もな理由は建設時に出来る設備が天狗からすれば邪魔でしかないのだろう。

 

 その上天狗側は既にしぶしぶと守矢勢に譲歩しているのだ。これ以上の譲歩はプライドの高い彼らが許すはずもない。

 

 そんな時に、今回の異変が起きた。

 

 当初は妖怪の山に線路が現れたことで真っ先に彼女達が疑われたが、無関係であるのが証明されて今は疑いが晴れている。

 

 とは言えど、守矢勢としてはまさに棚から牡丹餅であり、これを利用して参拝客を増やして信仰を得たいと考えている。

 

 二柱からすれば早苗が彼らと関係を持ったのは嬉しい誤算だった。後は霧島北斗と会って話し合いをしたいところであった。

 

 まぁ、どの道天狗との話し合いが待っているのは、言うまでも無いだろうが。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、幻想郷の魔法の森の外側に沿った線路。

 

 

 

『……』ジー

 

 そこで線路を凝視する少女達の姿があった。

 

「これ、本当になんだろうね?」

 

 緑色のショートヘアーに触覚のような物が生えているボーイッシュな少女は首を傾げて呟く。

 

「少し前から人里の周りや湖付近でも同じ物が出ているよね」

 

「そうなのかー?」

 

 黄緑色の髪をサイドポニーにしている背中に羽が生えている少女が他の場所にも現れている線路を思い出しながら喋ると、隣に居るショートヘアーの金髪に赤いリボンをつけた少女が両腕を横に広げて声を漏らす。

 

「やっぱりこれは異変だな! 霊夢達が動く前に私達で異変を解決するぞ!」

 

 と、元気いっぱいに胸を張りながらそう口にするのは、水色のショートヘアーに後頭部に青いリボンを付けて、背中に氷の結晶の様な翼を持つ少女であった。

 

 少女の名前は『チルノ』。この幻想郷に暮らす氷の妖精だ。サイドポニーにして背中から羽を生やしているのは『大妖精』と呼ばれる妖精で、親しい者からは『大ちゃん』と呼ばれている。

 金髪ショートヘアーの少女は『ルーミア』と言う宵闇の妖怪で、ボーイッシュな少女は『リグル・ナイトバグ』と言う蛍の妖怪だ。

 

 妖怪と妖精と言う妙な組み合わせであったが、彼女達は仲が良いメンバーで、よく一緒に居る。彼女達と仲の良い者はもう一人居るのだが、今日は用事があってここには居ない。

 

「でもチルノちゃん。当てはあるの?」

 

「無い!」

 

 なぜか自信満々で言う彼女に大妖精は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「でも、この間霊夢がどこかに飛んでいくのを見たぞ」

 

「何! ホントか!」

 

 ルーミアの言葉にチルノが反応する。

 

「でもどこに飛んで行ったか忘れた」

 

「もう! 何やっているの!」

 

「うがー!」と言わんばかりにチルノは大きな声で叫ぶ。

 

「うーん」

 

「どうしたの、リグルちゃん?」

 

「いや、簡単な話、これを辿っていけば何かあるんじゃないかなぁって」

 

 リグルは線路の先を指差しながらそう言う。

 

「それだぁ!」

 

 チルノはリグルに指差しながら叫んで他のみんなはビクッと驚く。

 

「そうと分かれば、これを辿って行くぞぉ!」

 

「ち、チルノちゃん。やっぱり危ないよぉ! そうやって危ない目に何度も遭ってきたじゃない!」

 

 大妖精はチルノを止めようと必死に言う。

 

 実際何度も危ない目に遭っている。

 

「大丈夫大丈夫! あたいはサイキョーだからね!! 今回こそやれる!」

 

 と、一体何処からそんな自信が出てくるのか、胸を右拳で軽く叩いて胸を張る。

 

 確かの彼女の実力は性質も伴って妖精の中では能力的な意味もあって強い方だ。まぁ、当然それは妖精の中での話であって、大抵はコテンパンに打ちのめされるのがオチだった。

 

 

「……?」

 

 するとルーミアは首を傾げて足元にある線路を見る。

 

 よく見ると、線路が小刻みに振動していた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 一方その頃……

 

 

 D62 20号機の牽く列車は速度を維持したまま線路の上を走っていた。

 

「……」

 

 運転室の窓から左肘を肘受けに置いて頭を出して前を見ている北斗は加減弁ハンドルを引いて加減弁を開き、蒸気圧を高めて速度を上げる。

 

 その隣では機関助士の妖精が炭水車に載せている石炭の山にスコップを挿し込んで掬い上げて載せ、床にあるペダルを踏んで焚口戸を開けると、燃え盛る火室へと石炭を放り込んで床のペダルから足を離すと焚口戸を閉じる。

 再度スコップを石炭の山に挿し込んで載せ、床のペダルを踏んで焚口戸を開けて火室へと石炭を放り込む。

 

 それを数回繰り返した後、水位計のメーターを確認して注水器のバルブを回して水をボイラーに送り込み、ある程度水位計が上がった所でバルブを戻し、いくつもあるバルブを回して各所へと蒸気を送り込む。

 

(地図通りなら、そろそろ人里が見えてもおかしくないか)

 

 彼は運転室に身体を戻して壁に貼り付けている幻想郷の地図を確認する。

 

(ここまで問題なく進んでいるが……)

 

 前を見ながら、彼は内心一抹の不安が過ぎっていた。むしろ無い方が逆に不安を煽られる。

 まぁ何も起こらないのに越した事は無いが。

 

(何だろうな。何か、嫌な予感がする)

 

 そして同時に彼はその嫌な予感をする度に、こう思うのだ。

 

 こういう時だけ、妙に当たるんだよな、と。

 

 

 

「区長!! 線路上に人影が!」

 

 そしてその予感は見事なまでに的中する。

 

 窓から顔を出していた機関助士の妖精が線路上に人影があるのを目にして大きな声を上げる。

 

「くっ!!」

 

 北斗はとっさにブレーキを掛けて加減弁を閉じると、機関助士の妖精は機関助士席側にある汽笛を鳴らすロッドを何度も引いて非常警笛を鳴らす。

 

 急ブレーキを掛けられて列車は急減速して客車に乗っている早苗達は前のめりに飛ばされそうになり、最後尾のD51 1086号機の神流も非常警笛に気付きとっさにブレーキを掛ける。

 

 徐々に速度を落として行く列車は長い距離を進んで行き、やがてゆっくりと停車する。

 

「と、止まった」

 

 前のめりに倒れそうになるも北斗は何とか窓枠やブレーキハンドルをしっかり掴んで堪えた。

 

 

 

 先頭客車では急ブレーキを掛けられた事による余韻があった。

 

 

「う、うぅ、何があったんですか?」

 

 急ブレーキを掛けられた勢いで前に飛ばされた早苗は明日香に押しかかる様な形になっていた。

 

「非常警笛がなっていましたので、恐らく何かあったんだと思います」

 

 飛んできた早苗とぶつかって身体から鈍い痛みを感じながらも、明日香はずれた略帽の位置を正す。

 

 早苗は「すみません」と明日香に一言謝ってから立ち上がり、窓から身体を乗り出して前を見る。

 

 すると北斗が炭水車から降りてきて客車に入る。

 

「区長!」

 

 と、北斗の姿を見つけた皐月が声を掛ける。

 

「一体何があったんですか?」

 

「線路上に人が居たので、急停止しました」

 

「そうですか。それで、大丈夫だったんですか?」

 

「恐らく線路上に居た人は避けたと思いますが……」

 

 

「こぉらぁ!! 危ないじゃないかぁっ!!」

 

 と、外で大きな声がして二人はすぐに声がした魔法の森がある方向の窓に近付く。

 

 するとそこにはご立腹な様子で抗議するチルノと、そのチルノを宥めようとしている大妖精、その様子を見ながらどうするかチラチラと見ているリグルとルーミアの姿があった。

 

「あれ? チルノさん達じゃないですか」

 

 と、早苗は窓を開けてチルノ達を見る。

 

「あっ、早苗さん」

 

 客車の窓から顔を出した早苗を見て大妖精が声を漏らす。

 

「彼女達を知っているのですか?」

 

「はい。この幻想郷では有名ですよ」

 

「そうなんですか」

 

 北斗は早苗から彼女達の事を聞いて、四人を見る。

 

「ところで、チルノさん達はなぜこんな所に?」

 

「それは―――」

 

 大妖精は今に至るまでを簡単に早苗に説明する。

 

 

 

「なるほど。この線路を見ていたら列車が来てとっさに飛び退いたんですね」

 

「はい」

 

 大妖精から話を聞いて早苗は納得したように頷く。

 

「……」ヤムチャシヤガッテ……

 

 ちなみにチルノだが、なぜか大妖精の後ろでうつ伏せに倒れていた。

 

 まぁ問題を起こそうとしていたチルノを大妖精が目にも止まらぬ速さでチルノを沈黙させた、と言うのがつい先ほどあった。

 

「気になるのは仕方ないですが、危ないですよ。不用意に近付いたら」

 

「ごめんなさい」

 

 早苗に言われて大妖精は頭を下げる。

 

「それにしても、大きいのだー」

 

「こんな物、見た事が無いよ」

 

 ルーミアは両腕を広げて、リグルは首を動かして列車を見渡す。

 

「これは鉄道と言いましてね、外の世界ではこれが多く走っていて、多くの物や人を運んだりする乗り物ですよ」

 

「そーなのかー」

 

「凄いんだね、外の世界は」

 

 早苗の説明に二人は声を漏らす。

 

「それで、早苗さんの隣に居るのは?」

 

 大妖精は早苗の隣で様子を窺っている北斗を見る。

 

「彼は霧島北斗さんと言って、先日幻想郷に幻想入りした外来人ですよ」

 

「外来人なんですか?」

 

「はい。この蒸気機関車と一緒に」

 

 早苗は北斗とD62 20号機を見る。

 

「そうなんですか」

 

 大妖精は北斗の方に向き直る。

 

「霧島北斗だ。よろしくな」

 

「私は大妖精と言います」

 

「さっきはすまないな。気づくのが遅れてしまって」

 

「い、いえ。私達こそ、不用意に近づいてしまって、ごめんなさい」

 

 北斗が頭を下げると、大妖精も慌てて頭を下げる。

 

「まぁ、これからは気を付けてくれ。列車はすぐには止まれないからな」

 

「は、はい!」

 

「……」

 

 すると北斗は大妖精達を見て、顎に手を当てて一考する。

 

 

「……君達が良ければだが、良かったら乗ってみるか?」

 

「えっ? いいんですか?」

 

 大妖精は驚いた様子で北斗に聞き返す。

 

「あぁ。危ない目に遭わせてしまったお詫びだ」

 

「……」

 

「でも、お兄さん。どこに行こうとしているのだ?」

 

 と、ルーミアが北斗に問い掛ける。

 

「この線路の調査のついでに幻想郷を周っているんだ。この後博麗神社に向かうつもりだ」

 

「霊夢さんの所ですか?」

 

「あぁ。幻想郷に住み始めたんだ。改めて挨拶しておかないといけないからな」

 

「そうですか」

 

「それで、どうする?」

 

「……」

 

 大妖精は他の二人と話し合うと、再び北斗の方を向く。

 

「あの、宜しければ、良いですか?」

 

「あぁ。構わないよ。この客車に乗ってくれ」

 

「分かりました」 

 

 大妖精はリグルとルーミアと協力して気を失っているチルノを抱えて宙に浮かぶと、入り口から客車へと乗り込む。

 

「それじゃ、今から出発しますので」

 

「分かりました」

 

 早苗は頭を下げてから客車に乗り込むと、北斗はそれを確認してからD62 20号機の運転室に乗り込む。

 

 機関士席に座り込むと、逆転ハンドルを回してメーターを調整し、ハンドルにロックを掛ける。

 

「出発進行」

 

 号令を掛けてからブレーキハンドルを回してブレーキを解くと、汽笛を鳴らすロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いて加減弁を開き、D62 20号機はゆっくりと動き出し、ドレンを出しながら客車を牽いて前進する。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14駅 博麗神社

 

 

 

 所変わって博麗神社。

 

 

「はぁ……」

 

 神社の境内を竹箒で掃いている博麗霊夢はため息を付く。

 

「さっきからため息ばかりですね、ご主人様」

 

 近くでデッキブラシを持って石畳の通路を磨くる~ことは顔を上げて霊夢に声を掛ける。

 

「最近忙しかったから、疲れているだけよ」

 

 霊夢は左手を右肩に置いて首を動かす。

 

「その割にはこの間の異変は解決していませんよね?」

 

「だからよ。まだ異変の解決中よ」

 

 る~ことに痛い所を突かれて霊夢は視線を逸らす。大抵ならその日に異変を解決しているのが殆どだったからだ。

 

「でも、霊夢がすぐに異変を解決出来なかったって、珍しい事もあるんだね」

 

 と、る~ことの頭の上に乗っている小さい存在が声を出す。

 

 お椀を笠の様にしてかぶっている薄紫色のショートヘアーをした少女の姿をしているが、その大きさは小さく、小人のようであった。と言うか小人そのものだ。

 

 彼女の名前は『少名(すくな)針妙丸(しんみょうまる)』。身体が小さい小人族であり、かの有名な一寸法師の末裔である。

 

 少し前に起きた輝針城異変の実行犯である(黒幕は彼女を言い包めた天邪鬼であったが)。

 

 現在は異変時に使って枯渇した打ち出の小槌の影響で身体が小さくなってしまい、打ち出の小槌の魔力が回復するまでの間霊夢が彼女を保護して、博麗神社に居候している。

 

 最初の頃はなるべく人目の付かないように家の中でジッとしていたのだが、現在ではこうして外に出ている(たまにカラスや犬に追いかけられることがしばしあるが)

 

「今回の場合は異変の首謀者が判明しなかったのよ。首謀者が分からないとどうしようもないわ」

 

「でも、関係している場所には行ったんでしょ?」

 

「えぇ行ったわよ。でも、そこにいたやつらは関連性を否定していたわ。嘘を言っているように見えなかったし」

 

「そうなんだ」

 

 針妙丸は納得したように頷く。

 

 

 

 すると遠くより汽笛の音がして、博麗神社に届く。

 

「またこの音……」

 

 霊夢は顔を上げてジトッと空を睨む。

 

「これは汽笛の音ですよ」

 

「汽笛?」

 

 る~ことがそう言うと針妙丸は首を傾げる。

 

「蒸気機関車と呼ばれる集中動力式の乗り物に取り付けられている警笛の一種です。構造は笛を少し複雑にしたもので、蒸気で音を鳴らすのでかなり音圧が高く、遠くまで音が届きます」

 

「へぇ」

 

「蒸気機関車。あぁ、そういやあの黒いのもそう言っていたわね」

 

 霊夢は機関区で見た蒸気機関車を思い出す。

 

(と言うか、何でその汽笛の音がどんどん大きくなっているのよ)

 

 霊夢は思わず首を傾げる。

 

 

「あれ? 森の方から煙が……」

 

 すると針妙丸が何かに気付いて顔を上げると、森の方から白煙が上がっている。

 

「は? 煙?」

 

 霊夢は少し驚いたように森の方を向くと、森の方から煙を見て目を見開く。

 

「な、何で火事が起きているのよ!?」

 

 彼女は慌てた様子で走り出そうとする。

 

「大丈夫ですよ、ご主人様」

 

「何が大丈夫なのよ!?」

 

 冷静に止めようとする る~ことに霊夢はクワッと迫真の表情で見る。

 

「あれは蒸気機関車の煙突から排出されている煙です。火の粉は舞っていないようなので火事になる心配は少ないですよ」

 

「だからって」

 

「と言うか、ここからでも分かるの?」

 

 博麗神社から煙が上がっている場所まで距離があるのにも関わらず、る~ことはすぐに判別していた。

 

「私は未来で作られたアンドロイドですからね。ただのメイドロボじゃありません」

 

 と、る~ことは胸を張る。

 

「ん? って事は、彼らが来たって言うの?」

 

 霊夢は煙の発生源が何かを察する。よく見ると煙は徐々にこちらに近付いていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 D62 20号機が牽く列車は人里付近の線路を通り、しばらく走ると博麗神社のある山の林まで来ていた。

 

 先頭の客車では新しく乗り込んだ大妖精達が窓から外の景色を見ていた。走り出して少しして目覚めたチルノは最初こそギャーギャー騒いでいたが、今では大妖精達と一緒に窓から外の景色を見て大人しくしている。

 

「……」

 

 北斗は加減弁をゆっくり閉じて速度を調整しながら、前を見る。

 

 先ほどの様に線路上に人が居るのを警戒して速度を落としているので、列車にしてはかなりゆっくりとした速度で林の中に敷かれた線路の上を走っている。

 

 

「区長。階段らしい物が見えてきました」

 

「うん」

 

 機関助士の報告を聞き北斗は加減弁を閉じると、ブレーキハンドルを持ってゆっくりとブレーキを掛けて速度を落としていく。

 

 列車はゆっくりと速度を落としつつ前へと進み、博麗神社の階段近くで停車する。

 

 ブレーキを全て掛けてから北斗は両手を組んで上へと伸ばす。

 

「それじゃ、ここを頼むぞ」

 

「了解しました」

 

 機関助士の妖精の敬礼を見てから彼は席を立って運転室の右側から降りる。

 

「着きましたね」

 

 北斗が降りた時に既に客車から降りた早苗が声を掛ける。その後ろでは明日香達がチルノ達と話している。

 

「ここがそうですか?」

 

「はい。この階段を登った先に博麗神社があります」

 

「ふむ」

 

 北斗は長い階段を見上げる。

 

 見上げても神社の姿は見えず、何とか鳥居が見えるぐらいに、長い階段があった。

 

(やっぱり神社に長い階段は付き物なのか)

 

 内心そう呟きながら、長い階段にげんなりする。

 

 

 

「全く。何かと思えば、まさかあんた達とはね」

 

 と、上から声がして見上げると、霊夢が呆れた様子で空から下りて来る。

 

「おはようございます、霊夢さん」

 

「えぇおはよう……じゃないわよ」

 

 あっけからん様に当たり前に挨拶する早苗に霊夢は思わずツッコむ。

 

「あんた達はねぇ。何でこの……えぇと」

 

「蒸気機関車ですよ、ご主人様」

 

 と、D62 20号機を見ながら名前を思い出そうとしている彼女の後ろに階段から飛び降りてきたる~ことが着地してD62 20号機を見ながら声を掛ける。彼女の頭の上では涙目になってプルプルとしがみ付いて震えている針妙丸の姿があった。

 階段の頂上から飛び降りたる~ことと頭の上にしがみ付いている針妙丸の姿を見た北斗はギョッと目を見開く。

 

「で、何の用なの?」

 

 咳払いして霊夢は北斗に顔を向ける。

 

「あっはい。幻想郷に現れた線路の調査ついでに幻想郷を見て周っているんです。それで、最初に霊夢さんに改めて挨拶に」

 

「ふーん。殊勝なことね」

 

 特にこれと言って感心しているわけではなく、ただ彼女はそう言った。

 

「まぁ良いわ。折角来たんだし、上がって来るといいわ」

 

 霊夢は彼らを手招きして階段を上っていく。

 

 北斗達もその後に付いていく。

 

 

 

 

 少し階段を登って神社に着くと、神社横にある家の縁側に座る。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 る~ことがお盆に載せた麦茶が淹れられたコップを渡されて北斗はお礼を言って受け取り、彼女は次々と麦茶を入れたコップを明日香達に渡していく。

 

「そういえば、何でチルノ達が一緒に居るの」

 

 霊夢は麦茶を一口飲むと、境内を飛び回っているチルノ達を見ながら早苗に声を掛ける。

 

「ここに来る途中ちょっとありまして。まぁ旅は道連れってやつです」

 

「ふーん」

 

 彼女は興味なさげに声を漏らす。

 

「ところで、霊夢さん」

 

「何かしら?」

 

 北斗が霊夢に声を掛けると、彼女は振り向きもせず返事を返す。

 

「あのメイドさんは一体?」

 

 彼はチルノ達にも麦茶を入れたコップを渡しているる~ことを見ながら霊夢に問い掛ける。

 

「あの子はる~ことよ。神社の掃除や家事をやっているわ」

 

「なるほど。では」

 

 と、彼はる~ことのメイド服の背中に描かれた最も物騒なマークを見て、戸惑いながらも霊夢に問い掛ける。

 

「……彼女は、一体?」

 

「あーそうね。あなたの想像通り、る~ことは人間じゃないわ。アンドロイドとか言うカラクリだったかしら」

 

「……マジですか」

 

 あまりの衝撃的な事実に北斗は驚きを隠せなかった。

 

 そりゃ目の前の少女がアンドロイドなんて、とても信じ難い。外の世界ではあそこまで精巧に作れる技術なんて無いのに。

 

「それと、彼女の頭の上に居るのは」

 

 次に北斗の視線が向けられたのは、る~ことの頭に乗っている針妙丸であった。

 

「あの子は少名針妙丸よ。まぁ今はわけあってうちに居候している小人よ」

 

「小人……」

 

 北斗は遠い目をして空を見上げる。

 

「……常識って、なんだっけ?」

 

「北斗さん。この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですよ」

 

 と、なぜか得意げに早苗が北斗に語り掛ける。まぁ妖怪や妖精、神々が居る時点で外の世界の常識は通用しないだろう。

 

 

「ところで、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「確かうちには挨拶に来たって言ったわよね」

 

「そうですが……」

 

「なら、神社に来たのなら、やることは一つよね」

 

 と、霊夢は神社の社に視線を向ける。

 

「霊夢さん! こんな時まで何言っているんですか!」

 

 その意味を理解した早苗は抗議の声を上げる。

 

「何って、お賽銭よ、お賽銭。今なら博麗の巫女の加護が下りるわよ」

 

 彼女はあっけからん様に言う。その表情はどこか妙にゲスく見えた。

 

「お、お賽銭ですか」

 

 北斗は特に気にした様子は無く、社にある賽銭箱を見る。

 

「あの、霊夢さん」

 

「何よ?」

 

「一つお聞きしたいのですが、この幻想郷のお金って、何が使われているんですか?」

 

「何って……あぁ、そういうこと」

 

 一瞬睨んだように見えたが、霊夢は北斗が聞きたい事を察して軽く頷く。

 

「お金は外の世界の物にしてあるわ。つまり『円』ね」

 

「外の世界と同じなんですか?」

 

「そうですよ。最近外の世界から幻想入りする物が多くなったので、確か紫さんが変えたんですよね?」

 

「そうよ。相変わらず唐突だったから大変だったわよ」

 

 呆れたように霊夢はため息を付く。

 

 まぁ、八雲紫が幻想郷の貨幣を変えた理由は別にあるのだが、近くに居る者以外に知る良しは無いだろう。

 

「そうなんですか」

 

 納得したように声を漏らすと、北斗は立ち上がって社前まで歩いてポケットに仕舞っている財布を取り出す。

 

 当たり前の様に財布を持っている彼だが、これは必要な物はどこに行っても持ち歩くと言う彼の習慣から来ている。じゃないといつの間にか物が無くなっているという事が何度もあった。

 

(まぁ、これからお世話になる事だし)

 

 と、財布から五千円札を一枚取り出し、賽銭箱に入れる。

 

 すると瞬間移動かと思われるぐらいの速度で霊夢が賽銭箱の傍に来る。北斗は彼女のあまりの速さに驚いて思わず横に跳び退く。

 

「ご、五千円……!」

 

 賽銭箱に入った五千円札を見て彼女は声を震わせる。

 

「あ、あの……?」

 

 北斗は戸惑いながらも声を掛けると、霊夢は彼の両手を持つ。

 

「へ?」

 

「あんた、困った事があったらいつでもうちに来なさい! 可能な範囲なら協力してあげるわよ!」

 

 と、眼を輝かせながら彼女はそう言う。

 

「は、はぁ……」

 

 さっきまでの雰囲気はどこへやら。様変わりした霊夢に北斗は戸惑うしかなかった。

 

(いくらなんでも、チョロすぎないか?)

 

 内心呟くと、霊夢はハッとして彼の両手を離して咳払いする。

 

「ま、まぁ、とりあえず、困ったことがあったら、協力してあげるわ」 

 

 顔を赤くして改めて彼女はそっぽを向いてそう言った。

 

「わ、分かりました」

 

 彼は頷くしか出来なかった。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15駅 清く正しい新聞記者?

 

 

 

 

「あ、あの、る~ことさん?」

 

「何でしょうか?」

 

 北斗と霊夢のやり取りを見ていた明日香はる~ことに声を掛ける。

 

「霊夢さんって、結構お金に困っているんですか?」

 

「そうですね。今博麗神社は財政難に陥っていますね。まぁ、お金が無いのはいつもの事ですが」

 

「相変わらずお金に困っているんですね」

 

 それを聞き、早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ決して貧しい生活を強いられているわけではありませんが、贅沢が出来る状況じゃありませんからね」

 

「へぇ。幻想郷を守っているって言うから、てっきり裕福と思った」

 

 皐月は意外そうに呟く。

 

「まぁ、裕福ならもう少しマシな所に住んでいるだろうし」

 

 神流は神社の境内を見渡しながら呟く。

 

「収入が少ないからよ。あと汚くて悪かったわね」

 

 と、霊夢が北斗と一緒に戻ってくる。

 

「どういう事なんですか?」

 

 首を傾げながら水無月が霊夢に問い掛ける。

 

「ご主人様はこの幻想郷の異変解決を生業にしている博麗の巫女なので、異変以外にも人里で厄払いや妖怪退治などの依頼を受けることがあるんですが、ここ最近は平和そのもので」

 

「なるほど」

 

 る~ことの説明に水無月は納得したように頷く。

 

「その上、参拝客が少ないのも問題の一つですね」

 

「大問題よ」

 

 と、霊夢がジトッとる~ことを睨む。

 

「参拝客が来ないと賽銭が無いじゃない」

 

「いや、その考えはおかしいです」

 

 早苗がすぐにツッコミを入れる。

 

「でも、霊夢さんはこの幻想郷を管理して守っているのですよね?」

 

「えぇそうよ」

 

「参拝客が来ないのって、別に嫌われているってわけじゃないですよね?」

 

「それは無いよ!」

 

 と、弥生の言葉にる~ことの頭の上に乗っている針妙丸が声を上げる。

 

「霊夢は優しいよ! 人里のみんなから慕われているんだから! ホントたまにだけど来てはいるんだよ!」

 

「そ、そうなんですか。ごめんなさい」

 

 針妙丸の迫力に弥生は頭を上げる。

 

「じゃぁ、何で来ないんだ?」

 

「……来るのが大変だからじゃないかしら?」

 

「えぇそうよ。ここまで来たのなら、ある程度察しが付くでしょ」

 

 皐月の疑問に七瀬が答えると、彼女はため息を付く。

 

「神社前の森に何かあるんですか?」

 

「あるも何も、妖怪とか、熊や狼といった獣が多く棲んでいるからよ」

 

「あぁ、なるほど」

 

「そりゃ行き辛いな」と北斗は呟く。

 

 歴代の博麗の巫女も同じ悩みを抱えていたが、博麗神社周辺の地理が原因で参拝客の少なさが一番の悩みであった。

 

 参拝客の数次第で、収入が大きく左右されるといっても過言ではないのだ。

 

 その上、参拝客の数は博麗の巫女への信仰にも繋がるので、かなり重要なのだ。

 

「……」

 

 ふと、北斗はある考えが過ぎる。

 

 

 

 

「おやおや、今日の博麗神社は賑やかですね」

 

 と、空から声がして全員が上を見上げると、一人の少女が神社の境内に下りて来る。

 

「あら、文じゃない」

 

 霊夢は空から降りてきた少女に声を掛ける

 

 黒いセミロングの髪をして、その頭には赤い山伏を被っており、白いシャツにフリルのついた黒いスカートを身に着けている少女だが、背中には黒い羽を持つ翼が生えている。

 

 彼女の名前は『射命丸文』。天狗と呼ばれる妖怪の中で、鴉天狗と呼ばれる少女だ。

 

「どなたですか?」

 

「彼女は射命丸文さんでして、妖怪の山に棲む天狗の一人ですよ」

 

「天狗?」

 

 早苗の説明に北斗は文を見ながら首を傾げる。

 

 彼の脳裏には顔が赤く鼻長のイメージの天狗の姿が思い浮かぶ。しかし目の前の少女の姿とは大きくかけ離れていた。

 

(と言うか、ここまで幻想郷で会った人って、女性ばかりだ)

 

 北斗は疑問に思って首を傾げるが、とりあえず頭の隅にその疑問を追いやった。

 

「そして、文屋、所謂新聞記者なんですよ」

 

「新聞記者、ですか」

 

 すると北斗の表情が微妙なものになる。

 

 外の世界での出来事もあって、新聞記者に良いイメージを持っていなかった。

 

「ようやく見つけましたよ」

 

 と、文は北斗の姿を見つけると、ゆっくりと歩み寄る。

 

「あなたが今噂になっている外来人ですね?」

 

「そうですが、あなたは?」

 

「私は文々。新聞の清く正しい射命丸文と申します。以後、お見知りおきを」

 

 文は礼儀正しく北斗に自己紹介をする。

 

「霧島北斗です」

 

「北斗さんですね。いやぁ探しましたよ」

 

「探していた?」

 

「はい。今朝あなた方を取材しようと向かっていたのですが、貴方達が居る所には妖精しか居なかったので」

 

「そうですか」

 

「それで、探していた道中で博麗神社に居たという事です」

 

「……」

 

「それでですね」

 

 と、文は手帳とペンをスカートのポケットから取り出す。

 

「是非取材をさせて頂けないでしょうか?」

 

「取材、ですか」

 

「はい。この幻想郷に幻想入りした外来人の事を記事にしたいので」

 

「……」

 

「文さん。そうやってまた脚色して載せる気ですよね」

 

 と、ジトっと早苗が文を睨む。

 

「あやや。これは心外ですね、早苗さん」

 

 彼女は惚けたように困ったようなポーズを取る。

 

「私は面白い記事を購読者の皆様に提供したい願いで新聞を書いているのですよ?」

 

「だからと言って一部を脚色したり改竄していいわけないですよね!」

 

 早苗は大きな声を上げる。

 

文様(馬鹿鴉)の新聞はちょっと真実と違うことを書くのですよ。かといって決して間違っていないので、タチが悪いんです」

 

「そうなんですか……」

 

 と、一瞬毒を見せたる~ことからの説明に北斗はある確信を得る。 

 

 

 どこでも、マスコミは○゙○という事か、と。

 

 

「まぁ大丈夫ですよ、早苗さん。ちゃんとした記事を書きますから」

 

「そういう問題じゃ」

 

 ガルルと言わんばかりに早苗は睨み付ける。

 

「それにしても、随分と北斗さんに肩入れしていますね。何か困ることでもあるのですか?」

 

「当然です! 彼は同じ志を持った貴重な信者(趣味人)なんですから! 何かあったら私が困ります!」

 

「物凄く私情が混じっていたような気がするんですが」

 

 ドヤ顔で言う早苗に文は呆れた表情を浮かべる。

 

「まぁ兎にも角にも、ちゃんとした記事を書くのは事実。心配ないですよ」

 

 と、文は早苗をあしらい、北斗に向き直る。

 

「では、いくつか質問をしますので、宜しくお願いします」

 

「は、はぁ」

 

「まず一つ目。北斗さんはどうして幻想郷へ?」

 

「どうしてって、気付いたらこの幻想郷に居た、としか」

 

「ふむ。これまで話を窺った外来人と同じですね」

 

(やっぱり幻想郷に迷い込む人は結構居るんだな)

 

 文の一言で外来人の数は決して少なくないようだと北斗は認識する。

 

「でも、本当に気付いたら、と言えるのでしょうかね」

 

「え?」

 

「いえ、こちらの話です」

 

 と、一瞬文の視線が鋭くなったが、すぐに笑みを浮かべたので北斗はその視線に気付かなかった。

 

「では二つ目です」

 

 

 それから文の北斗への質問は続いた。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして質問を終えた文は博麗神社を後にして、早苗も一旦北斗達と別れて人里に向かい、チルノ達も博麗神社を後にして、北斗達もしばらく神社で話しをした後機関車へと戻った。

 

「すみません。わざわざ見送りをしてくれて」

 

「まぁ、お賽銭を入れてくれた参拝客だからね。見送りぐらいしないと」

 

 D62 20号機の運転室前で北斗は見送りに来てくれた霊夢達にお礼を言う。

 

「またいらして下さいね、北斗様」

 

「はい。機会があれば是非」

 

 る~ことは姿勢を正してお辞儀して、北斗も頭を下げる。

 

「北斗さん! またお話を聞かせてくださいね!」

 

「もちろんだ」

 

 る~ことの頭の上でそう言う針妙丸に、彼は笑みを浮かべて頷く。

 

 どうやら針妙丸はSLに興味を持ったようである。

 

「それでは、俺達はこれで」

 

 北斗は敬礼をした後、運転室に登って入る。

 

 

 直後D62 20号機とD51 1086号機の汽笛が森の中に響き渡り、ドレンを出しながらゆっくりと客車を牽いて前進する。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3区 鉄道開業に向けての準備編
第16駅 疑問と出現


 

 

 

 

 線路調査から後日。

 

 

 

 

『幻想郷に現れた新勢力!!』

『外来人と蒸気機関車と呼ばれるからくりと、その神霊を中心とした「幻想機関区」。その目的はいかに!?』

『今回の異変に関与か?』

 

 

 見出しに大きく書かれた射命丸文の発行した文々。新聞を見ながら女性は注文した掻き揚げうどんの麺を啜る。

 

「まぁた新しい勢力が現れたなぁ」

 

「あぁ。先日人里の近くに現れたんだろ?」

 

「俺見たぜ。黒いやつが煙を吐き出しながら走っていったのを」

 

「この間出来たやつの上を走っていたんだろ?」

 

「新聞にも書かれているが、あの異変と関係しているのか?」

 

「でもこの外来人は関係無いって書いてあるぞ」

 

「そういやこの間東風谷様がこの外来人のことを言っていたな」

 

「言っていたな。何だが妙に興奮しながらだったのが気になったが」

 

 近くの席に座る人里の住人達が各々の事を話している。

 

(これで北斗達の存在が幻想郷に知れ渡った)

 

 掻き揚げを齧りながら彼女は内心呟く。

 

(これで良しと思う者も居れば、快く思わない者もいるだろうが……)

 

 当然彼らの存在に興味を持つ者も居れば、快く思わない者もいるだろう。前者の場合は河童と一部の人里の住人だが、後者の場合は妖怪の山を支配している天狗とあのスキマ妖怪だろう。

 

(もう動き出したんだ。後は流れに任せるしかない)

 

 女性は汁を飲み干すと、代金をテーブルに置いて新聞を丸めて左脇に挟み、店を出る。

 

(あのスキマ妖怪が何もしないと良いが、それは虫が良すぎるか)

 

 小さくため息を付き、空を見上げる。

 

(今は、何ともなければいいんだが……)

 

 女性はポケットに右手を突っ込んで鉄道懐中時計を取り出すと、蓋を開けて時間を確認する。

 

(今頃、あれが現れている頃合いか)

 

 彼女は時間を確認した後蓋を閉じてポケットに戻し、コートの胸ポケットから折り畳まれたある物を取り出して広げる。

 

「……」

 

 古びたそれに写っているのを見た後、再びそれを閉じて胸ポケットに戻すと、彼女は歩き出す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場所は変わり魔法の森。

 

 

 幻想郷で森と言えば、誰もがここを指すだろう。

 

 

 鬱蒼としたこの場所では様々な植物が生えており、特にキノコといったものは様々な種類が多く生えている。人里に住む薬剤師にとってはまさに薬剤の材料の宝庫である。

 

 しかしそこには当然人を襲う妖怪が多く棲んでいる。その上魔法の森にはキノコから発せられる瘴気が漂っており、普通の人間が何の対策もなしに森に入れば瘴気に当たられて最悪死に至る。

 

 とは言えど、逆にその環境の方が適した者達がいる。

 

 その魔法の森に暮らしているのは白黒の魔法使いこと霧雨魔理沙の他にもう一人居る。ちなみに外側だが、もう一人住んで居る者も居る。

 

 

 魔法の森の中で、開けた場所に一軒家が立っている。

 

 和風な建物が多く立ち並ぶ人里であるが、この一軒家は洋風な一軒家であった。

 

 

 

「……」

 

 その家の中では一人の少女が文々。新聞を見ていた。

 

「シャンハイ」 

 

「ありがとう、上海」

 

 すると少女の近くで宙に浮かぶ人形がテーブルに置かれているカップに紅茶を注ぐと、少女は人形にお礼を言う。

 

 彼女の名前は『アリス・マーガトロイド』。幻想郷に住む人形使いの魔女であり、霧雨魔理沙と友人である。

 

 普段から家に引き篭りがちな彼女はたまに人里に買い物や人形劇をしに行くことがあるが、その頻度は決して高くない。その為彼女は世間情報に少し疎い。

 だから、彼女は情報を得る為に文々。新聞を購読している(まぁ半ば文に強引に買わされているともいえるが)。

 

「……」

 

 アリスはカップを持って注がれた紅茶を一口飲みながら新聞の内容を見る。

 

(外来人、ね)

 

 新聞の内容を読み、カップをソーサーに乗せて内心呟く。

 

(最近外来人による異変が起きたのに、今度は外来人が大規模な施設と共に幻想入りした。最近の幻想郷は飽きないわね)

 

 最近起きた異変の事を思い出しながら、次のページを捲る。

 

(そういえば、魔理沙も言っていたわね。何だが凄い物も一緒に入ってきたって)

 

 先日自分の家に訪れた魔理沙の話を思い出し、首を傾げる。

 

「そんなに凄い物なのかしら……?」

 

 ふと、彼女の目がある行で止まる。

 

 その行には外来人の名前が載っていた。

 

(霧島、北斗?)

 

 アリスはその名前に首を傾げる。

 

(北斗……どこかで聞いたような……)

 

 ふと、彼女の脳裏に古い記憶が呼び覚まされる。

 

 

 彼女がまだ幼くこの幻想郷に修行へと来る前、ある日母親の友人が彼女が住んでいる城を訪れていた。

 

 その友人の腕の中には生まれて間もない赤ん坊が抱かれていた。

 

 その時の赤ん坊の名前が確か――――

 

(北斗……)

 

 母親の友人は確かそう呼んでいた。

 

(いや、まさか、ね)

 

 彼女は様々な疑問が過ぎるも、頭を振るって疑問を払う。

 

 名前が同じ者などいくらでも居るのだ。偶々名前が被っているだけで、同じ人物とは限らない。

 

 ましても新聞に載っているのは外来人だ。万に一つの可能性だって無い。

 

「……」

 

 しかし、それでも彼女の頭から疑問が離れることは無かった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって魔法の森。

 

 

「ヒャッフ~。大量♪ 大量♪」

 

 キノコが大量に入った袋を担いでいる魔理沙はご機嫌な様子で鼻歌を歌って森の中を歩いていた。

 

 無類のキノコ好きである彼女はほぼ毎日日課となっている魔法の森に自生しているキノコを収穫して、現在自宅に戻っている最中であった。

 

 キノコは食べる目的もあるが、魔法薬の材料としてキノコを収穫している。今日も食べるのと魔法薬の材料のキノコを収穫していた。

 

 その道中妖怪に襲われることがあったが、彼女の実力からすれば問題なかった。

 

「いやぁ、これならしばらく問題は……ん?」

 

 鼻歌を歌いながら歩いていた魔理沙はある物を見つけて立ち止まる。

 

「これって、線路だったか?」

 

 彼女の足元には魔法の森の地面に敷かれた線路があった。

 

「こんな所にも線路があるのか。北斗達も大変だな。ここも調べないといけないなんて」

 

 彼女は森の奥へと伸びる線路を見ながら呟く。

 

「でもこれって、何処に繋がってんだ?」

 

 首を傾げながら、興味本位で彼女は線路の上を辿って歩き出す。

 

 

 

 

「……え?」

 

 と、しばらく線路を辿って歩いていくと、彼女はある物を見つける。

 

「あれって、確か……」

 

 彼女は慌てて走り出すと、それの傍まで行く。

 

「これって……蒸気機関車ってやつ、なのか?」

 

 魔理沙の視線の先には、線路の上で静かに佇む蒸気機関車の姿があった。

 

「何でこんな物がこんな所にあるんだよ……」

 

 蒸気機関車の正面から見上げるように見えていた。

 

「にしても、大きいな。あそこで見たやつと比べると大分形は違うけど」

 

 彼女は目の前にある蒸気機関車を見ながら側面へと回り込む。

 

 目の前にある蒸気機関車は確かに大きかったが、幻想機関区で見られたD51形と比べると小さく、運転室の後ろに繋がれた炭水車は両側の一部が切り取られたような形状をしていた。

 

「こんな大きなのが動くんだよな。ホント外の世界は進んでいるな。でも確かこれでも外の世界じゃ古いんだっけ?」

 

 ジロジロと蒸気機関車を見ながら彼女の視線は右へと向かう。

 

「って、後ろにもあるのか!?」

 

 彼女は回り込んだことで蒸気機関車の後ろにもう一輌の蒸気機関車があるのに気づく。

 

「何か、こっちは小さいな」

 

 二輌目は前の機関車と比べると大きさ的には同じ様に見えるが、運転室の後ろに炭水車が無い、タンク型機関車であった。まぁ魔理沙にはその事を知らないが。

 

「何でこれが二つも……ここにあるんだ?」

 

 魔理沙は思わず首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17駅 懸念と異変

 

 

 

 

 線路調査から二日後。

 

 

 

「線路の調査は大分進んでいるか」

 

 幻想機関区の宿舎にある区長室で北斗が報告書を見ている。

 

「でも、妖怪の山の線路は全く手付かずだけどな」

 

 皐月が近くの机で書類の確認をしながら呟く。

 

「まぁあそこについては仕方無い。妖怪の山を支配している天狗と話し合いがつかないと入れそうに無い」

 

「その話し合いが付けれる当てってあるの?」

 

「早苗さん達が天狗の長と話をして交渉機会を設けてくれるそうだ」

 

「信用出来るの?」

 

「まぁ、そこは向こうの話し合い次第だな」

 

「それ、いつになるのやら」

 

 皐月はため息を付く。

 

「それで、石炭の貯蔵量は少なくとも今は問題無いか」

 

「確かに今はだけど、使い続ければ無くなるんだぞ。私達はどれだけ石炭を使うか分かるだろ」

 

「分かっている。分かっているんだが」

 

 彼はため息を付きながら頭を掻く。

 

 現時点で石炭の貯蔵量は十分あり、幻想機関区の機関車が全て全力運転しても一年以上は持つと予想されている。しかし一番の問題はその石炭の調達だった。

 

「この幻想郷に、石炭があるかどうか」

 

 外の世界と比べると明らかに技術進歩が遅れている幻想郷とあって、石炭があるかどうか分からない。そもそも石炭の鉱脈があるかどうかも分からない。

 

 最悪の場合木材で代用すると言う方法もある。まぁ、あくまでもその場合になった時の方法だが。

 

「まぁ、今は石炭の件は棚上げにするしかないな」

 

「本当に大丈夫なのか、区長?」

 

「今は何とも言えんな」

 

 彼は小さくため息を付くと、報告書を置いて次に水に関する報告書を見る。

 

「水は近くに霧の湖って言う大きな湖があるみたいだな」

 

「線路も近くに敷かれていたよ」

 

「あとは、水の水質次第か」

 

 彼は椅子の背もたれにもたれかかり、天井を見上げる。

 

 

 蒸気機関車にとって最も重要な物は石炭ではなく、水である。水がなければ、いくら石炭があっても蒸気機関車は動かないのだ。

 

 しかし水なら何でも良いという訳ではなく、蒸気機関車に適した水を使わなければ多くの水垢が発生して、故障の原因に繋がる。

 

 水の確保は幻想機関区にとって石炭調達以上に最重要課題であった。と言っても、こちらは調達する当てがあるのでマシな方だが。

 

 

「それと、線路の整備と設備設営もか。本当にやるべきことが多いな」

 

 北斗は全ての報告書を纏めて隅に寄せると、机に顔を伏せる。

 

 現在線路の整備及び周辺の設備の設営を行っている最中だ。

 

 設備は主に線路に人や動物が容易に侵入出来ないように柵を立てたり、速度や警告を表す標識を立てたりしている。そして踏み切りの設置だ。

 

 まぁ一番の問題は連絡手段の確保だろう。無線機の様な便利な代物が無いが、有線電話がある。まぁ当然電話線が必要になるので、結局時間が掛かることに変わりないが。

 

(先は長いな……) 

 

 北斗は深いため息を付く。

 

 

 コンコン……

 

 

「ん?」

 

 と、後ろから窓を叩く音がして北斗が顔を上げると、皐月がギョッとした表情を浮かべていた。

 

 北斗は首を傾げながら後ろを振り返ると。

 

『おーい!』

 

 そこには窓の向こうに箒に跨って浮いている魔理沙の姿があった。北斗は思わずギョッとなる。

 

『悪いけど、開けてくれないか?』 

 

 彼女は少し困ったような表情を浮かべてそう言うと、北斗は半ば呆れた様子で窓を開けると、魔理沙が区長室に入る。

 

 

「いやぁ悪いな。急に押し掛けてしまって」

 

「全くだ。しかも無断で機関区の敷地内に入るなんてな」

 

 魔理沙は箒を壁に立ててソファーに座り北斗に一言謝るも、皐月はジトッと睨みながら愚痴を零す。

 

「それで、こんな早朝にどのようなご用件で?」

 

「あぁ。北斗に伝えたいことがあって、急いで来たんだぜ」

 

「伝えたいことですか?」

 

「あぁ。昨日の事なんだがな」

 

 魔理沙は昨日魔法の森で見た蒸気機関車のことを北斗に伝えた。

 

 

 

「蒸気機関車が二輌も?」

 

「あぁ。ここにあるやつと比べると形は大分違ったけど、確かに蒸気機関車だったぜ」

 

「ふむ」

 

 北斗は腕を組む。

 

(蒸気機関車が二輌も。それも森の中でか)

 

「何でここじゃなくて、そんな所に」

 

「分からんな」

 

「だが」と、彼は小さく呟く。

 

「どうやら、調査する内容が、増えたようだ」

 

 今は何とも言えないが、少なくともまだ機関車がこの幻想郷にある可能性がある。放って置く訳には行かない。

 

「それで、魔理沙さんが見た蒸気機関車は魔法の森にあるんですよね」

 

「動いてなかったらな」

 

「独りでに動くことは無いでしょうから、あるでしょうね」

 

「……」

 

「魔理沙さん。案内してくれますか?」

 

「いいぜ。その為に来たんだからな」

 

「よろしくお願いします」

 

 北斗は頭を下げる。

 

「皐月。この後の予定は?」

 

「特に無いな。まぁ今は水無月が線路の調査に向かっているぐらいか」

 

「そうか」

 

 北斗は顎に手を当てて考える。

 

「何だ? 蒸気機関車で向かわないのか?」

 

「今水無月のSLが走っていますから、他の機関車を走らせるわけには行かないんですよ」

 

「何でだ?」

 

 魔理沙は首を傾げる。

 

「事故が起きる可能性があるからですよ。とても大きな事故がね」

 

 まだ設備が整っていない中、複数の機関車を走らせるわけには行かない。最悪正面衝突を起こす可能性だってあるのだ。

 

 とは言っても、現在水無月が走っている線路はここから遠いので合流する可能性は低いが、それでも警戒に越したことは無い。

 

「じゃぁ、どうやって行く気なんだ?」

 

「他の乗り物を使います。魔法の森まではそれで行きます」

 

「本当にそれで大丈夫なのか?」

 

「と、言いますと?」

 

「魔法の森は妖怪が多いんだぜ? 一人で行くのか?」

 

「……」

 

「だから私が案内するって言っているんだ」

 

「……?」

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「いや、案内してくれるのはありがたいのですが」

 

「何だ? 何か問題あるのか?」

 

 外に出た北斗達は魔法の森に向けて出発しようとしていた。

 

 しかしそこでちょっとした問題が。

 

「後ろに、乗らないといけないんですか?」

 

「だって北斗は飛べないんだろ? 私だってやる事あるんだから、ちゃっちゃと済ませたいんだ」

 

 気恥ずかしそうにしている北斗のことなど気にせず、魔理沙は後ろを振り向いて跨っている箒を叩く。

 

 魔理沙としてはすぐに終わらせたいので、時間を掛けたくない。しかし北斗は空を飛べないので必然的に移動に時間が掛かる。

 

 だから、彼女は自分の箒に北斗を乗せて魔法の森に向かおうとしているのだ。

 

「ほらほら、早くしてくれよ」

 

「……」

 

「別に気にするもんじゃないだろ?」

 

 戸惑いを見せる北斗に皐月が首を傾げている。

 

「お前なぁ」

 

 北斗は皐月を睨むように一瞥してため息を付く。

 

「大丈夫だぜ。ゆっくり慎重に飛ぶからな」

 

「でも、魔理沙さんを含めて二人乗せて飛んだことは無いんじゃ」

 

「いや、何度もあるから大丈夫だぜ。さすがに男を乗せたことは無いけど」

 

(それなのに、良いのか?)

 

 彼は首を傾げて静かに唸る。

 

 そして彼は観念して魔理沙の箒の後ろに跨る。

 

「言っておくけど、変な事したら容赦なく叩き落すぞ」

 

「さらっと恐ろしい事言わないでくださいよ」

 

 北斗は彼女の両肩に手を置こうとして寸前で手を引っ込む。

 

「大丈夫だって。何もしなければいいんだし」

 

「……」

 

 不安を覚えながらも彼は魔理沙の両肩に手を置き、しっかりと掴む。

 

「じゃぁ、しっかり掴まってろよ」

 

 彼女はいつもの要領で空を飛ばそうと魔力を込める。

 

 箒はゆっくり上昇して二人の両足が地面から離れて宙に浮かび上がろうする。

 

 

 

 

 だが直後、突然宙に浮かび上がろうとしていた箒は力を失って二人は地面へと戻る。

 

「……あ、あれ?」

 

 魔理沙は思わず首を傾げる。

 

 その後何度も飛ぼうとしたが、箒はうんともすんとも言わなかった。

 

「どうしたんですか?」

 

「お、おかしいな? さっきまで普通に飛べたのに」

 

 北斗が聞くと、彼女は慌てた様子で何とか飛ぼうとしていた。

 

 しかし箒はうんともすんとも言わなかった。

 

(な、何でだ!? 今までこんな事無かったのに!?)

 

 今までに無い状態に魔理沙は慌てていた。その上身体から言い知れない喪失感があり、より彼女の不安を煽る。

 

「……」

 

 

「わ、悪い、北斗。降りてくれないか?」

 

「は、はい」

 

 暗い声で魔理沙が言って、北斗は箒から降りると彼女も降りる。

 

「悪いな、北斗。どうも調子が良くないみたいだ」

 

「ハハハ……」と乾いた笑いを零す。その表情は明らかに落ち込んでいる。

 

「いえ、構いません」

 

 北斗は皐月の方を見る。

 

「皐月。短距離を移動するための手漕ぎ式のトロッコがあったよな」

 

「あぁそういえば。操車場にあったな」

 

「弥生に頼んでここに運んでくるように伝えてくれるか?」

 

「了解」

 

 皐月は敬礼してからすぐに操車場へと向かう。

 

「……」

 

 魔理沙はその後ろ姿を見ながら、複雑な気持ちを抱いていた。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18駅 人形使いの魔法使い

今年最後の投稿となります。来年も本作品をよろしくお願いします。


 

 

 その後弥生のB20 15号機に持って来させた手漕ぎ式のトロッコに乗った北斗と魔理沙の二人はトロッコに乗り込み、交互にハンドルを上下に動かしてトロッコを走らせて幻想機関区を出発した。

 

 

 

「け、結構、きついんだな」

 

「まぁ、そうですね」

 

 二人は少し息を切らしながらトロッコのハンドルを上下に動かしてトロッコを進ませる。

 

 幻想機関区からここまでかなりの距離を漕いできたので、結構重労働であったりする。

 当然道中には緩やかな坂があるので、かなりきついだろう。

 

「いやぁ、やっぱり、か、身体は鍛えておくもんだな」

 

 魔理沙は顔中汗を掻きながら漕いでいる。

 

「すみません。手伝ってもらって」

 

「良いんだよ。案内は必要だしな」

 

 ニカッとぎこちなく笑みを浮かべる。

 

「でも、そろそろ着きそうですね」

 

 北斗はハンドルを漕ぎながら前を見ると、以前見た分岐点が姿を見せる。

 

「魔法の森の入り口に着いただけだぜ。中は結構広いんだからな」

 

「そりゃそうですよね」

 

 彼は苦笑いを浮かべる。

 

 そして分岐点の前でトロッコを停車させてから北斗はトロッコを降り、転轍機の変更レバーを動かして線路を魔法の森へと向けると、すぐにトロッコに戻って再び魔理沙と一緒にハンドルを漕いでトロッコを走らせる。

 

 

 

「……」

 

 魔法の森の中に敷かれている線路を走らせながら、北斗は森の中を見渡す。

 

「……」

 

「凄いだろ?」

 

 ハンドルを漕いでいると、魔理沙が北斗に声を掛ける。

 

「ここにはさ、色んなキノコが生えているんだよ。食べられるものもあれば、猛毒のキノコだってな」

 

「猛毒、ですか」

 

 北斗は某配管工の毒キノコが脳裏に過ぎる。

 

「でも、ちゃんと扱えば猛毒のキノコでも魔法薬の材料になるんだぜ」

 

「なるほど」

 

「特にこの時期はな、おいしいキノコが取れるんだよ! 先が丸い傘の開いてない茎の太いキノコなんだけど」

 

「へ、へぇ(それってマツタケじゃ……ってか、こんな森に赤松が生えているのか? よく覚えて無いけど)」

 

 北斗は魔理沙の言うキノコに覚えがあって苦笑いを浮かべる。

 

「この時期ぐらいしか多く取れなくてさ、それでも中々……あっ、ここで止めてくれるか?」

 

 と、魔理沙は何かに気づいて北斗に止まる様に声を掛ける。

 

「え? この辺りにあるんですか?」

 

「いや、まだ先なんだけど、休憩がてら立ち寄りたい所があるんだ」

 

「立ち寄りたい所ですか?」

 

「あぁ」

 

「……分かりました」

 

 北斗と魔理沙は漕ぐのをやめるとトロッコはゆっくりと速度を落としていき、彼はブレーキを掛けてトロッコを停止させる。

 

「でも、立ち寄りたい場所って?」

 

 彼はトロッコから降りると、備え付けられている車輪止めを車輪の前後に挟みながら魔理沙に聞く。

 

「この近くに私の友達が住んでいるんだ」

 

「住んでいる? ここにですか?」

 

「あぁ。引きこもりがちなやつだけど、良いやつなんだよ」

 

「そうですか」

 

「ここから少し歩くけど、付いて来てくれ」

 

 箒を持った魔理沙が歩き出すと、北斗も一応護身用としてトロッコに備え付けられたスコップを手にして彼女の後に付いて行く。

 

 

 

 しばらく歩くと、鬱蒼とした森から開けた場所へと出る。

 

「あそこだぜ」

 

 彼女が立ち止まって指差す先に、洋風な佇まいの一軒家が立っていた

 

「結構洋風なんですね。人里の建物って、和風だったのに」

 

「そうか? まぁ細かい事は気にするな」

 

 魔理沙はそう言うと、一軒家へと向かって歩き出し、北斗もその後に付いて行く。

 

「おーい、アリス!! 遊びに来てやったぜ!!」

 

 彼女は大きな声を出しながら扉を強く叩く。

 

(どう見ても遊びに来たって雰囲気じゃないんだが)

 

 ツッコミたい気持ちがあったが、内心に留めた。

 

 

「聞こえているわよ、魔理沙」

 

 と、扉が開いて中から一人の少女が出てくる。

 

「よぉ、アリス」

 

「もう少し静かに呼べないの? 本を読んでいたのに、気が散ってしょうがないわ」

 

「別にいいじゃないか。静かに呼んだって聞こえないだろ?」

 

「はぁ、全く。あなたはもう少し魔法使いらしく―――」

 

 目頭を押さえながら愚痴る彼女は魔理沙に向かって文句を言おうとして、視界に北斗の姿を捉える。

 

「……」

 

 その瞬間、アリスの動きが止まる。

 

「アリス?」

 

 突然黙った彼女に魔理沙は首を傾げる。

 

「……ま」

 

「ま?」

 

 

「魔理沙が男を連れて来たぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 アリスは森中に響くほどの大声を出して驚愕した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いやぁ、アリスのあんな声初めて聞いたぜ」

 

 魔理沙は後頭部に両手を組んで座っている椅子の背もたれにもたれかかってどこか楽しそうに言う。

 

「恥ずかしいわ……もう」

 

 その向かい側の席ではアリスが肘をテーブルに着けて真っ赤になっている顔を両手で隠していた。

 

「そもそも、こんなガサツな魔理沙を好きになる男が居るわけ無いわ。相当の物好きよ」

 

「おいおい、さすがにそれは傷付くぜ? 私だって乙女なんだしよ」

 

「どの口が言うのかしら」

 

 顔から両手を外して深くため息を付くと、アリスは魔理沙の隣に座る北斗を見る。

 

「それで、あなたは確か」

 

「霧島北斗です」

 

「例の外来人ね。新聞で見たわ」

 

 アリスは咳払いして調子を整える。

 

「アリス・マーガトロイド。魔法使いよ。さっきはごめんなさい。少し取り乱してしまって」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 そう言う北斗に、アリスは安堵する。

 

「……」

 

 アリスは魔理沙に声を掛けられて返事を返している北斗を目を細める。

 

(やっぱり、違うわよね……)

 

 あの時の疑問が未だにに残る彼女は内心呟く。

 

 

「シャンハーイ」

 

「ホーライ」

 

「うぉっ!? びっくりした!?」

 

 後ろから声がして北斗は身体が跳ねて後ろを振り向く。

 

 そこには青い服と赤い服を来た人形が浮かんでいた。

 

「に、人形?」

 

 宙に浮いている二体の人形に北斗は瞬きを繰り返す。

 

「それはアリスが作った人形だぜ」

 

「アリスさんが?」

 

 魔理沙がそう言うと、北斗は二体の人形を見る。

 

「青い服の方が上海で、赤い服の方が蓬莱よ」

 

「へぇ。可愛いですね」

 

 北斗が上海人形の頭を優しく撫でると、「シャンハーイ」と嬉しそうに声を上げる。

 

「珍しいわね。上海と蓬莱が懐くなんて」

 

「そうなんですか?」

 

「人見知りってわけじゃないけど、初対面の人に懐くなんてあまりないから」

 

「はぁ」

 

 彼女の話を聞きながら北斗は蓬莱の頭を優しく撫でると、「ホーライ」と少し恥ずかしそうに声を漏らす。

 

「で、今日は何の用なの。わざわざ世間話をしに来たってわけじゃないんでしょ?」

 

「あぁ、そうだったぜ」

 

 と、魔理沙はハッとする。

 

「ちょっと森に用事があってな。休憩がてら立ち寄ったんだ」

 

「人の家を休憩所代わりにしないでくれるかしら」

 

 アリスはジトッと魔理沙を睨む。

 

「でも、貴方の用事って、わざわざ外来人にキノコ採りを手伝わせているの」

 

「違う違う。逆に北斗に関係ある事なんだよ」

 

「?」

 

「私が昨日キノコを取って家に帰る途中で、森の中に蒸気機関車があったんだよ」

 

「蒸気機関車? あぁ、確か新聞に書いてあった」

 

 アリスは昨日見た新聞の記事を思い出す。

 

「それがあった場所に北斗を案内していたんだ」

 

「ふーん」

 

 アリスは魔理沙の顔を見ながら、首を傾げる。

 

「でも、何であんなに汗を掻いていたの?」

 

「そりゃ、ここまで移動してきたからな」

 

「箒で移動していたわりには、随分疲れているようだけど?」

 

「いやぁ、たまに健康を気にして身体を動かしたんだぜ」

 

 魔理沙は少し動揺したように視線を泳がせてそう言う。

 

「でさ、折角だし、アリスも一緒について来てくれよ」

 

「何でそうなるのよ」

 

 唐突の話題の転換にアリスは魔理沙をジトッと睨む。

 

「どうせ暇なんだろ? それにたまに外に出て日の光を浴びて身体動かさないと病気に掛かるぞ」

 

「暇で悪かったわね。それに魔法使いに健康をどうこう言ったって意味ないわよ。と言うか森の中じゃ日の光も注さないじゃない」

 

 アリスは怒涛のツッコミを返す。

 

「なぁ、いいだろう?」

 

「……」

 

 アリスは呆れた様に深々とため息を付く。

 

「まぁ、その蒸気機関車とかも気になるし、いいわよ」

 

「さっすがアリスだぜ」

 

「調子の良いんだから」

 

 呆れた様子でアリスが立ち上がり、魔理沙と北斗も席を立って家を出た。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19駅 疑惑と悩みと想定外

新年、明けましておめでとうございます。今年も本作をよろしくお願いします。


 

 

 

「……魔理沙」

 

「ん?」

 

 トロッコの所へ戻る中、アリスは隣を歩く魔理沙に声を掛ける。

 

「実際の所はどうなの?」

 

「え? いきなりなんだよ?」

 

「惚けないで。運動の為なんて嘘。別の理由があるんでしょ」

 

「な、何のことだよ」

 

 アリスに問われて魔理沙は見るからに狼狽する。

 

「相変わらず分かりやすい反応ね」

 

「……」

 

「で、どうなの?」

 

「……」

 

 魔理沙は後ろを少し間を空けて歩いている北斗を気付かれないように一瞥してから、ため息を付く。

 

「……飛べなくなったんだよ」

 

「え?」

 

「急に、飛べなくなったんだよ」

 

「……」

 

「こんな事、今まで無かったのに、なんで……」

 

 魔理沙は見るからに落ち込んだ雰囲気を醸し出す。

 

「……本当に、魔法が使えなくなったの?」

 

 さすがのアリスも友人の見た事の無い姿に戸惑いを隠せなかった。

 

「いや、今は使えるんだ。何でか知らないけど、一時的に使えなくなったんだよ」

 

 魔理沙は右手を広げて掌を上に向けると、虹色に輝く光の弾が出てくる。

 

「……」

 

「あんまり人のせいにしたくないけど」

 

 彼女はチラッと北斗を見る。

 

「彼が関係しているの?」

 

「私もよく分からない。けど、あいつを箒の後ろに乗せて、肩を持たせてから飛ぼうとした直後、急にな」

 

「あなた、よくそんな事を軽々と……」

 

 アリスは遠慮の無さと言うか、自覚の無い彼女の行動に頭を抱える。

 

「でも、あなたの推察は、多分違うわよ」

 

「えっ?」

 

 しかしアリスは魔理沙の推察を否定する。

 

「もしあなたの言う通りなら、あの時彼に撫でられた上海と蓬莱は動かなくなって床に落ちているわよ」

 

「あっ……」

 

 アリスの指摘に、魔理沙は声を漏らす。

 

「ただ単に、調子が悪かっただけじゃないの?」

 

「……そう、なのか?」

 

 魔理沙は腕を組み、唸りながら首を傾げる。

 

(と言っても、そう言い切れるわけじゃないけど)

 

 アリスは内心呟く。

 

 もしかしたら何らかの理由でその時だけ何も起こらなかっただけかもしれない。

 

 まぁ、ただ単に魔理沙の調子が悪かった。それなら特に心配することは無いのだが。

 

(やっぱり、ただの外来人ってわけじゃなさそうね)

 

 彼女は北斗を一瞥する。

 

 

 

 そうこう言っている内に三人はトロッコの所へと戻ってくる。

 

「これでここまで来たの?」

 

「はい。まぁ元々は線路の点検に使うやつですから、長い距離を走るやつじゃありません。と言っても、諸事情で機関車が使えなかったので代わりに」

 

「それで魔理沙があんなに汗を掻いていた訳ね」

 

 彼女はため息を付く。

 

 その間にも北斗は車輪止めを外してトロッコにスコップと一緒に載せると、トロッコに乗り込む。それに続いて魔理沙も上る。

 

「少し揺れますが、我慢してもらえますか?」

 

「別に構わないわ」

 

 北斗はトロッコ中央の手漕ぎ装置の右側に空いている床をボロ布で汚れとごみを拭き取り、そこにアリスが腰掛ける。

 

 そして北斗と魔理沙はハンドルを漕いでトロッコを前進させる。

 

 

 

 この時、誰かが三人の様子を遠くから見ていた……

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって幻想機関区。

 

 

「……」

 

 操車場で客車や貨車の入れ替え作業を行っている七瀬はゆっくりと79602号機を前進させて客車三輌を転轍機で方向を変えた別の線路へと運ぶ。

 

 ゆっくりと前進させていると、客車の先頭左側にある足掛けに足を乗せて右手で手すりを掴んでいる妖精がもう片方の手に持つ緑旗を横に突き出して旗を靡かせていると、次第に向こうにある他の車輌との距離が縮まりつつあり、妖精は客車から降りて緑色の旗を振るう。そして赤い旗に持ち替えて旗を振るう。

 それを確認した七瀬が加減弁を閉じてブレーキを掛け、ゆっくりと停止させる。

 

 目的の線路へと客車を運び終えると、妖精達が機関車前方の連結器と客車の連結器を外し、それを知らせる為に妖精が緑旗を振るい、それを運転室の窓から身体を出して確認した七瀬がギアの位置を確認してからブレーキを解き、汽笛弁の紐を一瞬引いて短く汽笛を鳴らし、加減弁のハンドルを引く。

 79602号機はゆっくりと後退して操車場から出ると、給炭設備がある所まで移動して停車する。

 

 七瀬が運転室から降りると、機関助士の妖精が焚口戸を開き、火室にある火格子を開けて火室に溜まった灰を火掻き棒を使って灰箱へと落とす。 

 

 外で七瀬が棒を使って灰箱を叩くと、まだ赤くなっている灰が一気に線路の間にある隙間に落とされ、水が掛けられて水蒸気が上がる。

 

 炭水車の上では給炭設備から石炭が落とされて積み上げられていく。その間に給水器から伸びるホースから水を炭水車のタンクに注ぐ。

 

 

「おつかれさまです!」

 

 と、隣の線路にB20 15号機が後進して入ってくると停車し、運転室から弥生が出てきて敬礼する。

 

「おつかれ。大分片付いたわね」

 

「はいです」

 

 二人は操車場を見渡しながら会話を交わす。

 

「しかし、やっぱり私達だけだと、キツイですね」

 

「そうね」

 

 七瀬は浅くため息を付く。

 

 以前まではタンク型機関車を中心とした入れ替え用の機関車は多く、車輌の入れ替え作業は捗っていた。その中には企業への救済処置的な感じで急遽設計されて製造された感が強い機関車や、THE迷で不幸な機関車、一風変わった入れ替え用のD51形とか、変わり種の機関車もあった。

 

 だが、今はそれらの機関車は無く、七瀬の79602号機と弥生のB20 15号機のみだ。作業効率が極端に低下したのは言うまでも無い。だから、彼女達への負担が大きかった。

 そのせいか、元々からハイライトの無い七瀬の目がより一層死んでいるように見える、ような気がする。

 

「せめて一輌、欲を言えば三輌欲しいですよね」

 

「まぁ、それが理想的なんでしょうけど、無い物を強請っても仕方ないわ」

 

「ですよね」

 

 弥生は深くため息を付く。

 

 

 

 すると汽笛の音が彼女達の耳に届く。

 

「あっ、水無月さんが戻って来たです」

 

「えぇ。もう一仕事ね」

 

「はいです!」

 

 二人はそれぞれの機関車の運転室に戻ると、いつでも動けるように準備する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所戻って魔法の森。

 

 

 北斗、魔理沙、アリスの三人を乗せたトロッコは魔法の森の中に敷かれたレールの上をゆっくりと進んでいた。

 

 

「確かこの辺りだったはず」

 

 ハンドルを漕ぎながら魔理沙は周囲を見渡す。

 

「それにしても、まさか少し見ない内にこんな物が森の中にあったなんて」

 

 アリスは左の方に視線を向けて線路を見る。

 

「魔法の森だけではなく、幻想郷中に線路があるようです」

 

「そんなに?」

 

「そうだぜ。早苗の話じゃ、妖怪の山にもあるんだってよ」

 

「……」

 

 魔理沙の言葉にアリスは考え込むように顎に手を当てる。

 

「確かこの辺だったよな」

 

 と、魔理沙は周囲を見渡す。

 

 

「っ! あれは!」

 

 そして北斗の視界に、線路の上で静かに佇んでいる蒸気機関車の姿が映った。

 

 魔理沙とアリスも前を見て蒸気機関車の姿を捉える。

 

 二人は漕ぐのをやめると、北斗はすぐにブレーキレバーを引いてトロッコを止めてから降りる。

 

 魔理沙は箒を持ってトロッコから降り、それに続いてアリスもトロッコから降りてお尻付近のスカートの表面を叩いてごみを落とす。

 

 北斗は走って蒸気機関車に近付き、目の前で立ち止まって見上げる。

 

「これが蒸気機関車なの?」

 

「そうだぜ」

 

 その後ろで魔理沙とアリスの二人も蒸気機関車を見る。

 

「……『C56形蒸気機関車』」

 

 彼はボソッとその名前を口にして、C56形蒸気機関車の連結器に触れる。

 

「その後ろにもう一つあるぜ」

 

「後ろに?」

 

 北斗はC56形蒸気機関車を迂回してその後ろを見ると、もう一輌の蒸気機関車があった。

 

「こっちは『C12形』じゃないか」

 

 すぐにそのタンク型蒸気機関車がC12形蒸気機関車であると彼は察した。

 

「大きいわね」

 

 アリスはC56形蒸気機関車を見上げながら呟く。

 

「これでも小さい方ですよ」

 

「こんなに大きいのに?」

 

 彼女は驚いたような様子を見せる。

 

「そうだぜ。北斗の居る幻想機関区にはもっと大きな蒸気機関車があるんだぜ」

 

「へぇ」

 

 二人が会話をしている中、北斗はC56形とC12形の足回りを検査を行い、運転室内の状態を見ていた。

 

(見た所、状態は良さそうだな。専門家じゃないからどうこう言えないが)

 

 内心呟きながらC12の運転室から降りる。

 

 外見は室内で保存されて極めて保存状況が優れ、常に整備されている保存機関車並みに綺麗だったが、見た目は綺麗でも中まで状態が良いとは限らない。

 

「でも、ナンバープレートが無いから、何号機までかは分からないな」

 

 しかし二輌の機関車は共になぜか形式と何番目に作られたかを示すナンバープレートが無かった。その上足回りの部品に刻まれているはずの刻印も無かった。

 

 その為、どの個体かを判別するのは出来なかった。

 

(でも、小型の機関車が増えるのは助かるな)

 

 北斗は内心機関車が増える事に喜びがあった。

 

 ただでさえ幻想機関区にある機関車はその殆どが大型だ。その上入れ替えに使う機関車が不足しているので、七瀬と弥生に大きな負担となっていた。

 その上二輌共B20と違って長距離と走られる性能があるので、使い勝手がいい。

 

 何より、蒸気機関車が好きな彼からすれば、蒸気機関車が増えるのは正に喜ばしいことだった。

 

(後で明日香達の誰かに来てもらって運んでもらうか)

 

 すぐに運んでもらい、整備工場で整備すれば動かせるだろう。しかし当然目に見えない範囲で痛みがあるだろうから、すぐに戦力化とまでは行かないだろう。

 まぁ、外で野ざらしに放置されている保存機関車を修復するわけじゃないから、大分マシな方だが。

 

 

「ん?」

 

 ふと、C12形蒸気機関車を見ていた北斗はその後ろに続く線路に視線を向けると、首を傾げる。

 

「どうしたんだ?」

 

 北斗の行動に魔理沙が声を掛ける。

 

「あの、魔理沙さん」

 

「なんだぜ?」

 

「魔理沙さんが見た蒸気機関車は、この二輌だけなんですよね」

 

「そうだぜ」

 

「では、あれは一体……」

 

「え?」

 

 北斗が指差す方向に魔理沙が見ると、「え……」と声を漏らす。

 

「どうしたの?」

 

 アリスも二人の視線の先を見ると目を見開く。

 

 

 なぜなら、大分離れた場所に、もう一輌の蒸気機関車があったからだ。

 

「な、何でだ!? 昨日あそこには無かったはずだぞ!?」

 

 魔理沙は驚きながらもその蒸気機関車の前まで歩く。

 

「これは……」

 

 北斗はその蒸気機関車の前まで来て立ち止まって見上げ、それから周りを見る。

 

「これ、前にある蒸気機関車と似ているわね」

 

 アリスはその蒸気機関車を見ながら呟く。

 

 C12形と違って除煙板(デフレクター)が取り付けられたタンク型蒸気機関車だが、大きさはC12形より少し大きいし、車体にはリベットが打ち付けられている。しかし前の二輌と違い、ナンバープレートが取り付けられていたので形式も何号機かも分かった。

 

 

 

「『C10形蒸気機関車』……その17号機か」

 

 北斗はその蒸気機関車、国産のタンク型蒸気機関車であるC10形の17号機を呟く。

 

 第一次世界大戦後の日本は不況に陥り、輸入されたタンク型機関車はどれも能力不足な上老朽化して代替する必要があった。しかし不況の影響もあって、経済性や効率性を求められ、その結果開発されたのがこのC10形蒸気機関車だ。

 しかし軸重ややや重かったとあって、その後は軽量化したC11形蒸気機関車が増備される事となった。

 

 尚現在はC10形の8号機だけが動態保存されている。

 

 しかし本来C10形は除煙板(デフレクター)を標準装備していないが、この17号機は除煙板(デフレクター)を取り付けている貴重な個体である。

 

「でも、何で前の二輌と違って、これだけナンバープレートが」

 

 北斗は首を傾げながらC10 17号機を見て、連結器に触れる。

 

 

「っ!?」

 

 すると脳裏に電撃が走るような感覚がして、北斗は顔を顰めて後ろに数歩よろめくように下がる。

 

「北斗!?」

 

 魔理沙はとっさに倒れそうになる北斗を支える。

 

 するとC10 17号機の目の前に光が集まり出す。

 

「っ!」

 

 アリスはとっさに身構えて臨戦体勢を取る。

 

 

 そして集まった光は人の形を形成していき、やがて光が晴れてそこに一人の少女の姿が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20駅 幻想郷に訪れる者

 

 

 

 

「あ、あれは……」

 

 魔理沙に支えられながら、北斗はC10 17号機の前に現れた少女を見る。

 

 背丈はアリスと同じぐらいの高さで、髪の色は黒く背中まで伸びているのを一本結びにしており、瞳の色は黒。顔つきは整っているものも、どことなく芋っぽい。

 彼女が着ているナッパ服の左胸付近に『C10 17』と書かれたバッジを付けている。

 

「……」

 

 少女はゆっくりと目を開けると、周囲を見渡す。

 

「ここは、どこ?」

 

 声を漏らした彼女はハッとして自分の手を見る。

 

「えっ!? どうして私、人間の身体を!?」

 

 少女は驚いた様子で自分の顔や身体を触り、ハッとして後ろを見る。

 

「わ、私が居る!? 何で、どうして!?」

 

  

 

「なぁ、これって」

 

「えぇ。恐らくは」

 

 混乱した様子の少女を北斗と魔理沙は見ていた。

 

「あの子って、何なのかしら?」

 

 アリスは少女を見ながら首を傾げる。

 

「恐らくですが、あの子はあの蒸気機関車の神霊でしょうね」

 

「神霊?」

 

「ってことは、お前ん所の蒸気機関車のあれと同じか?」

 

「えぇ」

 

「やっぱりそうか」

 

 魔理沙は納得したように頷く。

 

「ねぇ、どういう事なの?」

 

 話に付いて行けないアリスは声を掛ける。

 

「あぁ、アリスは知らないんだっけな。北斗の所に蒸気機関車の他に、その蒸気機関車の神霊が居るんだよ」

 

「蒸気機関車の神霊? 九十九神みたいなものかしら?」

 

「まぁそうだな。あの唐傘おばけや九十九姉妹みたいなもんだな」

 

「ふーん」

 

 二人が話している間に北斗は少女の元へと向かう。

 

 

「君、ちょっといいか?」

 

「え?」

 

 北斗は混乱している『C10 17』のバッジを付けた少女に声を掛けると、彼女は後ろを振り向く。

 

「あ、あなたは?」

 

「俺は幻想機関区の区長を勤める霧島北斗と言う」

 

「機関区の、区長さんですか?」

 

「あぁ。君は、C10形の17号機だな?」

 

「は、はい。そうですが、どうしてそれを?」

 

 少女は戸惑いながら首を傾げる。

 

「機関区に君と同じ蒸気機関車の神霊が居るんだ」

 

「私と、同じですか?」

 

「そうだ」

 

「私と同じ……」

 

 少女は少し俯いて呟く。

 

「色々と悩むだろうが、君に頼みたいことがあるんだ」

 

「私にですか?」

 

「あぁ。その前に聞きたいんだが、今のもう一人の自分の状態は分かるか?」

 

「え? あっ、はい。分かります」

 

 少女はすぐに自分の半身を見る。

 

「火は落ちていますが、今から火を入れて圧を上げれば動かせます。しかし、足回りに油を注していないので、早くは走れませんが」

 

「十分だ。目を覚まして早速ですまないが、前にある機関車を運ぶ為に協力してくれるか?」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

『C10 17』のバッジを付けた少女は敬礼をすると、運転室に向かう。

 

「話は付いたのか?」

 

「はい。彼女の機関車を使って前の二輌の機関車を運びます」

 

 魔理沙が北斗に声を掛けると、彼は振り返って答える。

 

「それでですね、二人にお願いがあるんですが」

 

『お願い?』

 

 北斗のお願いに、二人は揃って声を漏らして首を傾げる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって幻想郷の某所

 

 

「ここが博麗の巫女の居る幻想郷か」

 

 幻想郷を見渡せる高所に、一人の少女が幻想郷を見渡しながら呟く。

 

(ふむ。人間や妖怪達が住む所を聞いていたが、中々悪くないな。これならしばらく居ても問題にはならないな)

 

 少女は高所から降りて地面に降りると、ゆっくりと歩き出す。

 

 

 

 しばらく歩いて少女は平原に出るも、その進む速度は変わらない。

 

 道中野良妖怪が少女に襲い掛かろうとするも、どれも少女の姿を見た瞬間突然金縛りにあったかのように動きを止め、やがて顔色が真っ青にして身体を震わせ、逃げていった。

 

(さて、幻想郷に来たは良いが、どこで時間を潰そうか)

 

 彼女は何も無い平原を見渡しながら内心呟く。

 

(博麗の巫女の世話だけにはなりたくないが、当てがある訳じゃないからな)

 

 少女は顎に手を当てて静かに唸る。

 

 

 少女は幻想郷とは異なる世界に住む存在で、双子の姉が居る。だが、その姉のスキンシップが最近度が過ぎ始めていた。決して姉の事が嫌いではないのだが、さすがに彼女も鬱陶しく思い始めて、しばらく姉と距離を置く為にこの幻想郷にやって来た。

 

 しかし来たは良いが、この幻想郷に住む為の当てがあるわけではないので、それに困っていた。

 

 知り合いと言うか、顔見知りなのは当時異変解決の為に少女が住む世界にやって来た博麗の巫女と人間の魔法使いぐらいだ。

 で、その二人とは姉と共に一戦を交えた。

 

 その時に彼女は博麗の巫女に苦手意識に近い感情を抱くようになっており、出来るなら関わりたく無いのだ。だからこの幻想郷に来る時も博麗の巫女の住む神社近くに出たので、彼女の生きてきた中で一番見つからないようにこっそりと神経を使って入ってきたのだ。

 当然その時の魔法使いとも関わりたく無い。

 

 

(さて、どうしたものか)

 

 少女はため息を付き、平原に盛り上がった丘を登り切る。

 

「ん?」

 

 丘を登り終えた彼女は、目の前に広がる光景に声を漏らす。

 

 彼女の金色の瞳の視界に広がるのは、平原に広がる幻想機関区の姿だった。

 

「なんだ、これは」

 

 幻想郷の景色から浮いている光景に、少女は首を傾げる。

 

 ふと、その幻想機関区から地面に敷いて伸びている物が見える。

 

「なるほど。あれはここから伸びているのか」

 

 納得したように彼女は頷く。

 

「……」

 

 興味を持った少女は幻想機関区に向かって歩き出す。 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所は戻り、時は少し下った魔法の森。

 

 

 

 先ほど北斗達が見つけたC10 17号機は、煙突から煙が出てきてその後ろにあるコンプレッサーからは蒸気が一定の間隔で噴射されている。

 

 

「……」

 

 北斗は燃え盛る火室へ片手スコップで救った石炭を放り込むと、焚口戸を閉じて蒸気圧を確認する。

 

「区長。ここまで圧が上がれば、いつでもいけます」

 

「そうか」

 

『C10 17』のバッジを付けた少女が圧力計を確認して頷くと、北斗は片手スコップを後ろにある置き場に差し込む。

 

「魔理沙さん。準備が完了しました!」

 

 運転室から上半身を出して外で待っていた二人は顔を上げる。

 

「やっとか。待ちくたびれたぜ」

 

 魔理沙は後頭部に両手を組んで不満げに声を漏らす。

 

「すみません。でも、二人のお陰で予想より早く立ち上がりました」

 

「ありがたく思うんだぜ」

 

「でも、まさか火起こしに私達の魔法を使うなんて」

 

「それ以外に火がありませんからね」

 

 北斗は苦笑いを浮かべる。

 

 こんな森の中でどうやって火を見つけたかと言うと、彼はアリスと魔理沙の二人に頼んで魔法で火を起こしてもらったのだ。

 

 幸い石炭はC10 17号機に積まれていたのがあったので、火力を上げるのに困らなかった。まぁさすがに火を起こす時は燃え易い木材を使ったが。その木材はアリスに頼んで家にある薪を分けてもらった。

 その際北斗が走ってアリスの家に向かった。

 

「それにしても、予想よりも早く立ち上がれました。普通蒸気機関車の立ち上げには3時間から4時間掛かりますからね。まぁ罐の大きさや火の調子次第で時間は変わってきますが」

 

「意外と大変なのね」

 

「はい」

 

 蒸気機関車はその性質上立ち上がりが遅い。火室に火を起こしてボイラー内の水が沸騰して蒸気を発生させるまでに時間が掛かり、その上ボイラー内に蒸気が溜まるのにも時間が掛かる。

 その為、現役時代では検査以外では火の番が見張って火を落とさないのだ。それに火を起こしたり、落としたりするとボイラーに悪い。

 

 今回の場合は魔法の火力が高かったこともあって、予想以上の早さで立ち上げることが出来た。

 

「それにしても、結構熱があるんだな」

 

 魔理沙はC10 17号機から発せられる熱に顔を顰める。

 

「そりゃそうですよ。運転室はもっと暑いですよ」

 

「マジかよ」

 

 彼女はゲッと露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「我慢してください。帰りはトロッコを漕ぐ必要がありませんから」

 

「そりゃそうだろうけど」

 

 そう呟きながら彼女は静かに唸る。

 

 北斗は一旦運転室から降りて前方にあるC12形とC56形のブレーキが掛かっていないのを確認して、連結器も開いているのを確認し、トロッコにもブレーキが掛かっていないのを確認してから戻り、C10 17号機の運転室付近の手すりを掴んで上る。

 運転室では機関士席に『C10 17』のバッジを付けた少女が座り、機関助士席に魔理沙が座っていた。

 

「出発だ。誘導するから頼むぞ」

 

「分かりました」

 

『C10 17』のバッジを付けた少女が頷くのを確認してから彼は再び降りてC10 17号機の前まで歩く。

 

 その様子をアリスが離れたところで見守る。

 

 北斗が両手を使って手招きし、それを確認した少女はブレーキを解いて汽笛弁のロッドを短く引くと、5室汽笛から3室汽笛っぽい高めの音色が汽笛から発せられる。

 彼女は前を見ながら加減弁を引いてゆっくりと機関車を前進させる。

 

 北斗はC12形とC10形の距離を確認しながら後ろに下がり、手招きをして誘導する。

 

 そして連結器と連結器が目と鼻の先まで接近した所で両手を広げて前に出し、一旦機関車を止める。

 

 停車を確認後再度前進の合図を送ると、少女は汽笛を短く二回鳴らして機関車を前進させ、C12形と連結する。

 

 ちゃんと連結した事を確認した後、C12形とC56形の車間距離と連結器が開いているのを確認すると、少女に前進を合図して直後に汽笛が短く二回鳴り、ゆっくりと前進する。

 そしてC12形とC56形の連結器の距離が縮まって、連結する。

 

 しっかり連結したのを確認後、北斗はトロッコの元へと向かうと、トロッコをC56形の前まで移動させてアリスの元へと向かう。

 

「アリスさん。協力してくれてありがとうございます」

 

「構わないわ。興味深いものも見れたし」

 

 アリスは微笑みを浮かべる。

 

「それでは、またどこかで」

 

「えぇ。機会があれば、また」

 

 北斗は敬礼すると、C10 17号機の運転室に戻る。

 

「それじゃ、出発だ。速度はなるべく出さずにな」

 

「分かりました」

 

 彼の指示を聞き、少女は頷く。

 

「ん? 思い切って走らないのか?」

 

 魔理沙は後ろを振り向いて首を傾げる。

 

「しばらく放置されている以上、足回りの油が切れている可能性がありますからね。下手に速度を出して走らせると足回りの軸焼けを起こす可能性があります。それにこの機関車も足回りに油を注していないので、早く走れません」

 

「ふーん? よく分からないけど、大変なんだな」

 

 彼女は首を傾げる。

 

 その間にも北斗は片手スコップを手にして石炭を掬うと、焚口戸に繋がっている鎖を手にして戸を開け、火室に石炭を放り込む。

 

 それを数回繰り返した後、注水器を回してボイラーに水を送り込む。

 

 準備が整ったのを少女に伝えると、彼女は「出発進行!」と号令を出してブレーキを解き、汽笛弁のロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁を引いてC10 17号機が煙突から煙を吐き出しながらC12形とC56形、トロッコを押して前進する。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21駅 新戦力と来客

 

 

 

 

 

 C56形とC12形を押してゆっくりと走るC10 17号機が押す回送列車は魔法の森の中を走り、幻想機関区に向かって走っていた。

 

 北斗は焚口戸を鎖を持って上に上げて戸を開けると、もう片方の手に持つ片手スコップに乗せた石炭を火室へと放り込む。それを数回繰り返してスコップを置き場に戻す。

 

「へぇ。蒸気機関車に乗るとこんな感じなんだな」

 

 運転室の機関助士席に座り、魔理沙は窓から身体を乗り出して前を見ていた。

 

「今回は速度を出していませんが、速い時は速いですよ」

 

「そうなのか」

 

 魔理沙は聞きながら景色を見ていた。

 

「しっかし、暑いなぁ。北斗たちは常にこんな暑さの中でやっているのか?」

 

「えぇ。平時でも40度ぐらいは越します」

 

 そう言いながら北斗は上着の袖で額から出る汗を拭う。

 

「マジか。よく我慢できるな」

 

 魔理沙は半ば呆れた様子で声を漏らす。

 

 

 

 しばらくして魔法の森を抜けた回送列車は平原へと差し掛かる。

 

「ここで止めてくれるか?」

 

「分かりました」

 

 北斗は少女に止まるように指示を出し、C10 17号機はゆっくりと停止する。

 

「今回は案内してくれてありがとうございました」

 

「礼はいいぜ。偶々だったし」

 

 魔理沙はニッと笑みを浮かべると、箒を持って運転室から降りる。

 

「じゃぁな!」と魔理沙は箒に跨って後ろを振り向いて北斗に手を振り、それから空へと飛んでいく。

 

 北斗は彼女を見送った後、少女に出発するように指示を出し、汽笛が鳴るとまるで三重連しているような回送列車が再び幻想機関区へと向かって出発する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり博麗神社。

 

 

「……」

 

 険しい表情を浮かべた霊夢は社の前で空を見上げている。

 

(あの時の気配。何だったのかしら)

 

 少し前に言い知れない気配を感じた彼女は周囲を捜索したものも、すぐに気配は消えてしまい、神社に戻ってきた。

 

(でもあの邪悪な気配。まさかと思うけど)

 

 霊夢はその気配を知っていた。そしてその気配の持ち主が、どれだけの実力を持っているのかを。この幻想郷にどれだけ脅威な存在かを

 尤も、脅威なのは条件付きでだが。

 

(だとしても、今更何をしに)

 

 とは言えど、幻想郷を管理する役職柄、決して放っておけない存在だ。

 

(まぁ、あいつが何をするにしても、退治すれば良い話。決して侮れない相手だけど、あの時とは違うわ)

 

 霊夢は内心呟く。

 

 

 

「おーい、霊夢!!」

 

 と、空から知り合いの声がして彼女は声がした方に視線を向けると、箒に跨った魔理沙が飛んできた。

 

「あら、魔理沙じゃない」

 

 霊夢はいつものように彼女を出迎える。

 

「どうしたんだ? いつもよりピリピリしてんじゃないか」

 

 しかしそこは長い付き合いの親友とあって、魔理沙は霊夢がいつもよりピリ付いているのに気付く。

 

「別に。ちょっと調べ事をしていただけよ」

 

「ふーん」

 

 魔理沙は疑わしい視線を向けるも、気にしなかった。彼女が正直じゃないのはいつもの事だ。

 

「で、何の用なの?」

 

「あぁそうだったぜ。ちょっと霊夢に聞きたい事があるんだぜ」

 

「聞きたい事?」

 

 首を傾げる霊夢に魔理沙はさっき自分が体験した事を伝える。

 

 

 

「能力を封じられた?」

 

「あぁ。確証は無いけどな」

 

 霊夢は険しい表情を浮かべる。

 

「でも、アリスの人形に触れても何にも無かったからな」

 

 魔理沙は「うーん」と腕を組んで唸る。

 

「北斗が魔理沙に触れた直後に飛べなくなったのよね」

 

「あぁそうだぜ」

 

「でもアリスの人形に触れても、動かなくなったわけじゃない」

 

「うん」

 

「……」

 

「どう思う?」

 

 魔理沙が声を掛けるも、霊夢の表情は険しいままだ。

 

「ただの偶然じゃないのかしら?」

 

「お前もかよ! アリスも同じことを言ったんだぜ!?」

 

 しばらくして霊夢が言葉はアリスと同じものであって、魔理沙は不満げだった。

 

「いくらなんでも、それだけで決め付けるのは彼が不憫すぎるわよ」

 

「うぐっ……」

 

 痛い所を突かれて魔理沙は返す言葉が無かった。

 

「それに、私が触っても、なんとも無かったわよ」

 

「そ、それはそうだけど」

 

 霊夢に言われて魔理沙は何も言い返せなかった。

 

 確かにあの時霊夢は高額な賽銭を入れてくれた北斗の手を取っていた。

 

「ってか、あの時は霊夢あの後何もしなかったじゃないか」

 

「だからよ。もし私に何かあったら、結界になんらかの異常がある―――」

 

 すると霊夢は途中で口を閉じる。

 

「霊夢?」

 

 突然黙り込む彼女に魔理沙は首を傾げる。

 

「……もしかして、あの時に」

 

 霊夢は小さく呟く。

 

「……そういえば、確かめて無かったわね」

 

「何をだ?」

 

「北斗の、能力よ」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって幻想機関区。

 

 

 

 転車台に乗せられたD51 603号機の運転室で水無月は逆転機を回してギアをバックに入れて、妖精が安全を確認して緑の旗を振っているのを確認して汽笛弁を引くロッドを引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁を引いて機関車を後進させる。

 

 ゆっくりと機関庫へと機関車を入れると、加減弁を戻してブレーキを掛けてD51 603号機を機関庫内で停止させる。

 

「ふぅ……」

 

 水無月は一息吐くと、運転室を降りて機関庫の外に出る。

 

「お疲れ」

 

 機関庫の外に出ると、皐月が待っていた。

 

「お疲れさまです」

 

 水無月は皐月に頭を下げる。

 

「どうだった?」

 

「特に問題は無かったです。後調べるのは妖怪の山にある線路だけですね」

 

「妖怪の山か」

 

「ふむ」と皐月は腕を組む。

 

「ところで、区長はどちらに?」

 

 水無月は周囲を見回しながら皐月に問い掛ける。

 

「区長なら、白黒に連れられて魔法の森に向かった」

 

「白黒?」

 

「あの時私達を異変の犯人扱いした連中の一人だよ」

 

「あぁ、あの時の」

 

 水無月は納得したように頷く。

 

「でも、どうしてそんな所に?」

 

「何でもあの白黒が機関車を見つけたって言ったんだ」

 

「機関車を?」

 

「それも二輌もな」

 

「二輌も……」

 

 彼女は驚きの表情を浮かべる。

 

「それを確認する為に区長は白黒に案内してもらって向かったんだよ」

 

「でも、区長の罐はありますけど」

 

 水無月な機関区に収まって妖精達によって整備を受けているD62 20号機を見る。

 

「水無月がまだ走っていたから、トロッコに乗っていったよ」

 

「と、トロッコで」

 

 彼女は苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「ん?」

 

 すると二人の耳に汽笛の音が届く。

 

「あれ? この汽笛は」

 

 水無月はある違和感に気付く。

 

「聞いた事無い汽笛だな」

 

「えぇ。それも、この独特な汽笛は」

 

 二人は頷き合うと、すぐに幻想郷へと続く線路へと向かう。

 

 

 

 二人が幻想機関区の出入り口に付くと、既にそこには明日香と神流が居た。

 

「明日香に、神流」

 

「来たわね」

 

 幻想郷方面を見ていた神流は皐月と水無月を見る。

 

「さっきの汽笛って」

 

「はい。少なくとも、ここの罐以外の物と思います」

 

 明日香は皐月の言葉を肯定する。

 

「ってことは、区長が見つけたのか?」

 

「でも、よく火が入った状態で見つけましたよね」

 

「入っていなくても、こんな短い時間で立ち上げられたな」

 

 

 四人が会話を交わしていると、遠くから煙が見え始める。

 

「あれは……」

 

 姿を現したそれに明日香は声を漏らす。

 

「確か白黒が見つけたのって、二輌だけだったはずだよな」

 

「え、えぇ」

 

「……」

 

 そして幻想機関区にゆっくりと入ってきたのは、北斗と魔理沙が乗っていったトロッコにC56形、C12形、そして煙を吐き出しながら二輌の機関車を押しているデフ付きのC10形であった。

 

「ただいま」

 

 と、当たり前の様に運転室から出てきた北斗と、見知らぬ少女。しかしその少女が自分達と同類なのは直感で分かった。

 

「お、おかえりなさい、区長」

 

 この状況に明日香は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「あ、あの、これはどういうことなんでしょうか?」

 

「あぁ。二輌と思っていたら、まさかの三輌でした、的な感じだ。しかも三輌目は稼動状態のやつだったよ」

 

「は、はぁ」

 

 明日香は運転室から降りて戸惑いの表情を浮かべる『C10 17』のバッジを付けた少女を見て息を漏らすしかなかった。 

 

「皐月。弥生を呼んで来てくれ。持ってきた機関車を整備工場に運びたい」

 

「了解」

 

 皐月はすぐに操車場で客車の入れ替えを行っている弥生を呼びに行く。

 

「それにしても、一気に三輌も小型の罐が増えましたね」

 

「あぁ。これで運用の幅が広がるだろう。それに七瀬達もこれで楽になるだろう」

 

 C56形とC12形、C10形を見て水無月が北斗に声を掛ける。

 

「あ、あの」

 

「ん?」

 

 と、北斗に『C10 17』のバッジを付けた少女がおどおどとした様子で声を掛ける。

 

「私は、これからどうなるんでしょうか?」

 

「あぁ。君には一旦整備工場に入ってもらう。そこで問題なければしばらく車輌の入れ替え作業をしてもらう。場合によっては列車の牽引もしてもらう」

 

「……」

 

「もう少ししたら弥生って言うB20型が来てC56形を運ぶから、君にはあのC12形を一緒に運んでくれ」

 

「わ、分かりました!」

 

『C10 17』のバッジを付けた少女は姿勢を正して敬礼をする。

 

 

 その後弥生のB20 15号機が来てC56形と連結し、いくつもの線路を通って整備工場へとC56形を後ろから入れる。続いてC10 17号機がC12形を整備工場へと入れて、その後工場の脇で停止して火が落ちるまで待機する。

 

 

「……」

 

 二輌の蒸気機関車が整備工場に入り、その脇の線路で火が落ちるのを待っているC10 17号機を見た北斗は腕を組み、浅く息を吐く。

 

(恐らく、今後こんな形で機関車が増えるかもしれないな。そうなると、情報提供も呼びかけようか)

 

 今回は魔法の森だったが、もし仮にも次新たに機関車が現れた時、そこがどこかは予想が付かない。最悪妖怪の山に現れる可能性がある。

 

(でも……)

 

 と、北斗は機関区をゆっくりと見渡す。

 

(やっぱり、ここに来て良かったな)

 

 北斗の口角が思わず緩む。

 

 外の世界の暮らしとは比べ物にならないぐらい、彼にとってとても快適な場所であった。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 すると北斗は身震いして鳥肌が立つ。

 

 しかしそれは肌寒いから来る鳥肌ではなく、背後から来るプレッシャーに身体が震えていた。

 

(な、何か、異様な気配が)

 

 彼は息を呑み、恐る恐る後ろを振り返る。

 

「少し話をしたいんだが、いいか」

 

 そこに居たのは、青いメイド服の上に前掛けが二枚重なった特徴的なエプロンをして、黒タイツに茶色のブーツを履いた金髪ショートヘアーに金色の瞳を持つ少女が立っていた。

 しかし少女から発せられる気配は、ただならぬものだった。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22駅 いつから幻想機関区は民宿になったのだろうか

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 その場所は緊迫した雰囲気に包まれていた。

 

 宿舎内の応接室にて、北斗は緊張した面持ちで姿勢を正して座っている。その後ろではお盆を持った水無月が固まっていた。

 

 その原因は、二人の前のソファーに座る一人の少女であった。いや、正確に少女と呼べるかどうか分からないような、そんな雰囲気のある少女? だった。

 

 少女は紅茶の入ったカップをソーサーごと持ち上げると、カップの取っ手を持って一口紅茶を飲む。

 

「いや、そんなに固くなってもらうとやりづらいんだけど」

 

 二人があまりにも緊張した面持ちな為、少女は眉を顰めて複雑な表情を浮かべる。

 

「別にとって食うことは無いわ。頼みがあってきたのよ」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 

「で、では、改めまして」

 

「あぁ」

 

「自分はこの幻想機関区の区長をしています、霧島北斗と申します」

 

「ここの責任者なのね」

 

「はい」

 

「ふむ。なら、話は早いわ」

 

 少女はソーサーごとカップをテーブルに置く。

 

「私の名前は夢月。夢幻の世界から来た者よ」

 

「夢幻の、世界?」

 

 一瞬北斗の脳裏にムゲンノカナタヘーと過ぎる。

 

「言っておくが、そっちの無限じゃない」

 

「アッハイ」

 

 北斗は咳払いをして、気持ちを整える。

 

「それで、夢月さんはどんなご用件があってここに?」

 

「そうね。私は夢幻の世界からこの幻想郷にしばらく身を寄せることになってね。住む場所を探しているんだ」

 

「住む場所? それなら霊夢さんに聞くべきなのでは?」

 

「……博麗の巫女に関わりたく無いのよ」

 

 夢月は視線を逸らすも、機嫌を悪くしたのか雰囲気が重くなる。そしてその雰囲気に敏感な北斗はすぐに察する。

 

「す、すみません」

 

「構わないわ。まぁ要するに、泊まる場所を探しているのよ。博麗の巫女に関わらずにね」

 

「は、はぁ」

 

 北斗はこの時霊夢は一体何をしてここまで嫌われているんだ、と思っていた。

 

「とはいっても、全く当てが無いのよ。少しばかり歩いていた」

 

「それで、自分達の所に?」

 

「他と明らかに違っていたからね。その上この幻想郷中の地面にある物がここに伸びていた事もあって、立ち寄らせてもらったのよ」

 

 まぁ技術面的にも明らかに浮いているから、目立っているのも仕方無い。

 

「もちろん、タダで泊まらせて欲しいとは言わないわ。……泊まる代わりに何か手伝う」

 

 夢月は一瞬視線を横に逸らすも、すぐに正面に戻す。

 

「は、はぁ」

 

 北斗は夢月の格好を見て首を傾げる。

 

「失礼なことをお聞きしますが、夢月さんは格好からしてメイドか何かでしょうか?」

 

「いや、メイドじゃない。姉さん(コスプレ好き)の趣味よ」

 

「えぇ……」

 

 彼は良い趣味した姉だと内心ツッコミ、思わず声を漏らす。

 

「その、夢月さんは何が出来ますか?」

 

「教えれば覚える。雑用ならそれで構わない。なんなら、ここの用心棒もするわよ?」

 

「そ、そこまでは。まぁでも、雑用をしてくれるのなら、ありがたいです」

 

「ふむ」

 

 夢月は煎餅を一つ手にして齧る。

 

「あぁ、飲食に関してはそこまで気にしなくてもいい。私が必要と思う時だけで十分。あくまでも今提供して欲しいのは寝床よ」

 

「そ、そうですか」

 

 北斗はますます夢月に対する疑問が増える。

 

「とりあえず、掃除等の雑用をこなすのなら、こちらとしては助かります」

 

「なら、交渉成立でいいかしら?」

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

 彼女はカップを持って紅茶を飲み、礼を言う。

 

「とりあえず、今日は部屋に案内しますので、仕事は明日からお願いします」

 

「分かった」

 

「水無月。夢月さんを案内してもらっていいか?」

 

「……は、はい」

 

 水無月は少し遅れて返事を返し、夢月を空いた部屋へと案内する。

 

 

 

 その後夢月を空き部屋に案内して、北斗は深くため息を付き、こんな事を呟いたそうだ。

 

『大変なことになりそうだ』と。

 

 

 

 

 

 その後北斗は宿舎の廊下を歩き、一回にある食堂を目指していた。

 

「腹減ったな……」

 

 彼はそう呟きながら腹に手を置くと、腹の虫が鳴る。

 

 朝から魔理沙に案内されて魔法の森から機関車三輌を幻想機関区に持ち帰り、帰ったのは昼過ぎだ。その上魔法の森へと向かう際に運動をしたので、余計腹が減っていた。

 

 ちなみにこの幻想機関区における飲食事情だが、今のところ食料の備蓄はあるので問題は無い。そもそも鉄道運営ゲーム内の施設だったのになぜ食料があるのかは分からないが。

 

 と言うのも、ここに居る者達は種族的な関係もあるのだろうか、それほど多くの頻度で食事を取る必要が無い。特に蒸気機関車の神霊である明日香達は水だけ飲めば十分らしく、それ以外は口にしなくても問題ないとのことだ。

 これを聞いた北斗は思わず「○○ック星人か」と突っ込んだそうだ。

 

 妖精達も別にエネルギーを摂取しているらしく、食事をする必要は無い。まぁそれでも食べる事はある。

 

 その為、幻想機関区で食料を消費しているのは実質北斗である。

 

(朝食のご飯まだ残ってたかな)

 

 朝食べたやつが残っているかどうかを心配しながら食堂に入る。

 

 

「ん?」

 

 北斗は食堂に入ると、首を傾げる。

 

 何やら食堂の一角に人だかりが出来ていた。

 

 彼は首をかしげながら人だかりに近付く。

 

「あっ、区長」

 

 その人だかりの一人である明日香が振り向く。

 

「どうしたんだ?」

 

「それがですね……」

 

 明日香は戸惑いの表情を浮かべ、前の方を見る。

 

 彼は首を傾げながらその方向を見る。

 

 

「……」ムシャムシャ!

 

 そこではご飯を貪るように食べる一人の少女? の姿があった。

 

 なぜ? が付くかと言うと、彼女の背中に生えているものがそれを表している。

 それはまるで悪魔の羽を彷彿、というかそのものであった。

 

 腰まで伸びた金髪のロングヘアーに左頬に赤い星があるのが特徴的で、赤いリボンをしている。耳は普通の人間と違って尖っており、瞳の色は赤い。そんな少女? がご飯を食べている。

 

「……」 

 

 北斗は無言で明日香を見て説明を求める。

 

「え、えぇと、区長が先ほどの女性と面会している時に、機関区の敷地内に突然落ちてきたんです」

 

「落ちてきた?」

 

「はい。物理的に」

 

 

 オヤカタ-! ソラカラオンナノコガ!!

 

 

 一瞬お決まりの幻聴が聞こえたようなしたが、彼は気にせず更に説明を求める。

 

「七瀬さんが聞いた所、お腹を空かせていたようで、結構大きな腹の虫を鳴らしていたそうですよ」

 

「そ、そうか」

 

 その後はどうなったかは、目の前の光景を見れば理解出来る。

 

 

 

「プハー! 食べた食べた!」

 

 少女? は大きな声を出して両手を腹に当てる。

 

「ありがとう! おかげで助かったわ!」

 

 彼女は笑顔を浮かべてお礼を言う。

 

「お礼なら、彼に言ってね」

 

 と、少女? の様子を見ていた七瀬が北斗の方を見る。

 

「あら、あなたは」

 

 と、少女? は北斗の存在に気付く。

 

「えぇと、あなたは?」

 

「あら、ごめんなさい。恩人相手にこの態度で」

 

 コホンと咳払いをした少女? は立ち上がるとスカートの両端を摘まんでお辞儀する。

 

「初めまして。私の名前はエリスです」

 

「は、初めまして。ここ幻想機関区の区長をしています、霧島北斗です」

 

 エリスと言う少女? は淑やかに自己紹介すると、北斗も続いて自己紹介する。

 

「あなたの部下には助かったわ。ありがとう」

 

「いえ、どう致しまして」

 

 北斗は戸惑いながらも、エリスの背中に生えている羽を見る。

 

(見た感じ、作り物じゃないよな)

 

 その証拠に彼女の背中に生えている羽は時折動いている。

 

「フフ、私の背中に生えている羽が気になる?」

 

「え、えぇと」

 

「えぇそうよ。私は見ての通り、悪魔よ」

 

 と、彼女は聞いても無いのに、自分が悪魔である事を告げ、背中の羽を広げる。

 

「それで、エリスさんはどうして行き倒れていたのですか?」

 

「それね。実はね――――」

 

 と、エリスは今に至るまでを説明する。

 

 

 簡単に説明すると、普段彼女は魔界と呼ばれる所に住んでいて、知人に挨拶ついでに観光目的で幻想郷に向かおうとしたら、転移に失敗して体力と魔力を使い果たしてしまい、ちょうど落ちてきたのがここだった。との事だ。

 

 

「それでね。しばらくの間ここに泊まってもいいかしら」

 

「何をどうしてそんな流れになったかを小一時間ほど話し合いたいのですが」

 

 唐突に宿泊を希望してきたエリスに北斗は思わずツッコム。

 

「だって、ここだと知り合いは靈夢だけだし、あの暴力巫女が悪魔を泊まらせてくれるわけ無いじゃない。それに、あの悪霊だってどこに居るか分からないんだし」

 

 エリスは視線を逸らして両人差し指の先を付けたり離したりを繰り返す。

 

「霊夢さんと知り合いなんですか?」

 

「えぇ。ある異変の時に巫女になったばかりのあいつと戦ったのよ」

 

「へぇ。巫女になったばかりの霊夢さんか(と言うか、暴力巫女って)」

 

 北斗は初々しい姿を想像しようとするも、なぜか今のイメージが離れなかった。と言うのも、暴力巫女と言われてしまっているので、想像できないのも無理ない。

 

「それに、悪霊って?」

 

「気にしなくてもいいわよ。ただの独り言よ」

 

 彼女は咳払いをする。

 

「まぁ兎にも角にも、ここに泊まる場所の当てが無いのよ」

 

「ですから、泊めて欲しいと?」

 

「そっ。もちろん、ご飯を食べさせてもらった恩もあるし、タダで泊めさせて貰おうって気は無いわ。雑用辺りするわよ」

 

「そ、そうですか(何か、さっきと同じやり取りをしているような)」

 

 と、彼はデジャブを覚える。

 

「……何か、私が泊まると都合が悪いの?」

 

「いえ、そういうわけじゃないのですが、つい先ほどここに寝泊りする人が決まったばかりでして」

 

「あら、そうなの?」

 

 エリスは意外な事にキョトンとする。

 

「で、でも、一人二人増えても、問題はありません」

 

「ってことは、泊まっても良いわね?」

 

 と、エリスはニヤッと口角を上げる。

 

「……ま、まぁ、泊まる条件に働くのなら」

 

「それなら問題無いわ」

 

 彼女はなぜか胸を張りながら言い切る。

 

 そして北斗はしてやられた、と内心呟く。

 

「じゃ、しばらくの間よろしくね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 北斗は頭を下げると、ふとある疑問が過ぎる。

 

「あの、エリスさん。一つお聞きしたいのですが」

 

「何かしら?」

 

「エリスさんは、日光大丈夫なのでしょうか?」

 

「……は?」

 

 北斗の質問にエリスは唖然となる。

 

 そして彼が聞いた内容の意味を理解して、明らかに怒りの色が表情に浮かぶ。

 

「そんなわけ無いでしょ!! 私は正真正銘の悪魔よ!! あんな弱点だらけの吸血鬼と一緒にしないでよ!!」

 

 エリスはウガー!! と言わんばかりに怒鳴りつける。

 

「す、すみません。一応確認したかったので」

 

「……」

 

 北斗は深々と頭を下げて謝り、エリスは深くため息を付く。

 

「ま、まぁ、あんたは恩人だから、これ以上言わないわ」

 

 フンッと、彼女はそっぽを向く。

 

 

 

 まぁ、なんやかんやあったものも、幻想機関区に機関車が新たに三輌追加され、新しく住人が増える事となった。

 

 

 

 ちなみに北斗の昼食だったが、エリスが朝食残りを全て食べてしまったので、彼は昼飯抜きになったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




旧作キャラは多く出していく予定です。

感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23駅 心境の変化

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 平原に大きく広がる敷地を持つ幻想機関区には大きな施設が二つある。

 

 

 一つは機関車を格納する扇形機関庫。もう一つは機関車の整備を行う為の整備工場である。

 

 整備工場は一度に二輌の大型の機関車を分解整備できるスペースがあり、機関区にある施設としては一番大きい。

 

 そしてその整備工場では、この幻想郷で初めてフル稼働していた。

 

 

 

 工場内ではC12形蒸気機関車の車体が動輪と切り離される車抜きと呼ばれる作業が行われ、クレーンによって車体が持ち上げられていた。

 

 その後持ち上げられた車体は別の場所へと運ばれて設置した作業台の上に置かれ、各パーツを丁寧に分解して整備作業が行われている。車体と切り離された動輪も重要な部分とあって、様々な検査機を用いて精密検査が行われている。

 

 C56形蒸気機関車は車体と炭水車を切り離し、同じように車体と動輪を切り離す車抜きを行い、車体を別の場所に置いて各パーツを切り離し、分解している。

 

 ちなみにC10 17号機は火が落ちた後に検査が行われ、今の所問題が無いと判断されて、現在は79602号機とB20 15号機と共に車輌の入れ替え作業を行っている。

 

 

(しかし、凄いもんだな)

 

 そんな二輌の蒸気機関車が分解されて整備されている作業風景を観ている北斗は内心呟く。

 

 記録映像等で蒸気機関車が分解整備されている光景は見た事あるが、生で見ると迫力がまるで違った。

 

(こういう光景が見られるのも、現場ならばでだよな)

 

 北斗は表情に出さないで居たが、内心歓喜に包まれている。

 

(まぁ、これであの二輌の詳細も分かるはずだ)

 

 未だ何号機かが不明な二輌だが、細かい調査で何か分かるはず。

 

 

 

「いやぁ、こういう光景も凄いですね」

 

 と、彼の隣で興奮した様子で作業風景を見ているのは、守矢神社の風祝こと東風谷早苗であった。

 

 いつもの様だが、なぜ彼女がここに居るのは、新しく機関車が増えたのでやってきたとの事だ。

 

 なぜその事を知っているのか疑問に思ったが、彼女は『幻想郷では常識に囚われてはいけないのです!』と理解し難い事を言った。

 

 まぁ実際は聞いたことの無い汽笛が聞こえたので、飛んできたそうである。

 

「それにしても、新しい蒸気機関車がこの幻想郷に現れるなんて」

 

「えぇ。全く想像していませんでした」

 

「そうなると、今後また新しいSLが現れるかもしれませんね」

 

「そうですね。今後無いとは言い切れませんしね」

 

「では、今後時間がある時には探さないといけませんね」

 

「その時は是非とも協力をお願いします」

 

「任せてください! 私こう見えても顔が広いので!」

 

 と話す二人だったが、その表情はどこか楽しそうだった。

 

「ところで北斗さん。この二輌はいつ動かせそうですか?」

 

「どうでしょうね。整備長の話ではどちらともボイラーとその周辺の痛みが激しくて、整備には時間が掛かるそうです」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。特にC56形はボイラーの老朽化が激しいそうで。部品交換から調整までをすると、復帰までには一ヶ月前後は掛かると予想しています」

 

「そんなに掛かるんですか?」

 

「はい。蒸気機関車にとってボイラーは心臓そのものですので、時間が掛かります。それに、蒸気機関車は正確に調整してもよくありませんから」

 

 北斗は腕を組み、分解されて整備されている機関車を見る。

 

 意外なことかもしれないが、蒸気機関車と言うのは精密に調整しているとうまく動かないし、当然雑に調整しているとまともに動かないと、捻くれた部分がある。

 その為、雑ではなく、精密でもないぐらいの調整をしなければならないのだ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後二人は工場を出て宿舎へと向かっていた。

 

 

「あっ、そうでした」

 

 と、何かを思い出したかのように早苗は手を叩く。

 

「北斗さん。明後日ご予定は無いでしょうか?」

 

「明後日の予定ですか? 明日以外なら特にありませんが、なぜです?」

 

 ちなみに明日の予定だが、人里へ向かい、そこで早苗を経由して約束を取り付けている里長と自警団の代表二名を交えて話し合いを行う予定だ。

 これはこれから幻想機関区が幻想郷でその能力を生かす為の、重要な話し合いだ。

 

「実はですね、神奈子様と諏訪子様が北斗さんと話しがしたいと言っていまして」

 

「俺に話をですか? 確かその二人は早苗さんが仕えている神様でしたよね?」

 

「はい。そうですよ」

 

(そんな神様が俺と話を?)

 

 正直嫌な予感しかしない、と彼は感じていた。

 

「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。神奈子様と諏訪子様もただ北斗さんと話をしたいだけみたいですので」

 

(それが逆に不安なんだが)

 

 早苗は不安そうな雰囲気を出す北斗にフォローを入れるも、逆に不安を煽る結果となった。

 

 そりゃ会った事も無いのに急に話がしたいと言ってくれば、不安になるのも仕方無い。それが神様なら尚更の事だ。

 

「分かりました。では明後日よろしくお願いしますとお伝えください」

 

「はい。では、そのように神奈子様と諏訪子様にお伝えしますね」

 

 そう言うと、早苗の表情が少し不安なものに変わる。

 

「あの、北斗さん」

 

「なんでしょうか?」

 

「その、今ここに寝泊りしているお二人なんですが」

 

 と、早苗はここに来た時に会った二人の居候人を思い出す。

 

「エリスさんと夢月さんの二人が、どうかしましたか?」

 

「……その、大丈夫なんでしょうか?」 

 

「大丈夫とは?」

 

「だって、あの二人は」

 

 早苗は機関区に居候している二人に、とてつもない危機感を抱いていた。

 

 初めて二人を見た時、早苗が初めに抱いたのは『コイツはやべぇ』と言う感想だった。

 

 真面目に言うと、早苗は夢月とエリスから一瞬金縛りに遭うぐらいの邪悪な気配を感じ取ったのだ。

 

 風祝という役職柄、そういう気配には敏感なのだ。エリスの方は見た目から理解出来るが、特に夢月から発せられる邪悪な気配は尋常ではない。

 

 そんな邪悪な気配を持つ二人が北斗の傍に居るという事態に、早苗は不安しかなかった。

 

 彼女が北斗に不安を抱くのは、彼に戦う為の手段を持たないという事にある。

 

 

 まぁこれは彼に限らず外来人に言える事だが、まだ幻想郷に来て日が浅い外来人にはスペルカードルールによる弾幕ごっこが出来ないのだ。何より例外を除けば外来人には戦う為の力すらないのだ。

 故に、今の北斗はこの幻想郷に住む妖怪からすれば赤子も同然。だから幻想郷に迷い込んだ外来人が妖怪に襲われて命を落とすのは、割りと多いのだ。

 まぁ外来人の中には、幻想郷に来て能力に目覚めるケースもあることにはあるのだが……

 

 

 しかし、逆にそんな邪悪な気配を持っている二人が大人しくしているのも、逆に彼女の不安を煽るものだった。

 

(もし北斗さんの身に何かあったら……)

 

 彼の身を案じると、不安しかない。

 

 

(……不安?)

 

 しかし逆に、早苗は違和感を覚える。

 

(い、いえ。確かに北斗さんの身に何かあるかと思うと不安で、心配……心配……)

 

 内心呪文の様に繰り返し、ハッとする。

 

(い、いえ、確かに北斗さんの事が心配なのは確かなんです。でも、それはあくまでも友人として。同じ志を抱いた友人として)

 

 彼の事が不安で心配なのは確かなはずなのに、彼女が抱く北斗への心配は、なぜか違和感しかなかった。

 

 

 それは果たして、友人だからこそ、その身を案じているのか?

 

 

 本当に、同じ志を抱いている友人だからこそ、その身を案じているのか?

 

 

 そう思っているはずなのに、なぜか違和感を覚えている。

 

 

(なん、ですか、これは……)

 

 不安や疑心が彼女の胸中に渦巻き、言いようの無い感情が溜まって行く。

 

 

「―――さん。早苗さん」

 

「っ!」

 

 と、耳に届いた北斗の声に早苗はハッとする。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「えっ? は、はい! 大丈夫ですよ!?」

 

 早苗は慌てて返事を返し、落ち着こうとする。しかし明らかに様子がおかしいのは誰もが見て分かる状態だ。

 

「そ、それより、どうかしましたか?」

 

「どうも何も、喋っている途中で急に黙り込んだものだから」

 

「そ、そうでしたね」

 

 早苗は慌てた様子だったが、深呼吸して気持ちを整え、話の続きをする。

 

「……非常に言いづらいのですが、あの二人に決して隙を見せてはいけません」

 

 彼女は立ち止まって、しっかりとした口調で告げる。

 

「それはどういう?」

 

「二人はとても大きい邪悪な気を持っています。それはつまりかなりの実力を持っているのと同じ意味を持っています」

 

「……」

 

 今までに無い、真剣な早苗の姿に北斗は返す言葉が無かった。

 

「なので、決して隙を見せてはいけません」

 

「……」

 

「もし、もし北斗さんの身に何かあったら……」

 

 しかしそんな中に、不安に揺れる彼女の姿があった。

 

「早苗さん……」

 

 

「あっ! で、でも、露骨に警戒して向こうの気に触れることはしないようにしてくださいね! 自身の身の安全が大切ですから!」

 

 早苗は慌てた様子でそう言い加える。

 

「は、はい。頭に留めておきます」

 

「約束ですよ!? 約束ですからね!?」

 

 すると彼女は北斗に身体が接触する勢いで言い寄り、二回繰り返した。

 

「や、約束します」

 

 その勢いに北斗は引きながらも、彼女と約束する。

 

 

「っ!」

 

 そして今の自分の状態を理解して、早苗はバッと離れる。

 

「……」

 

「……」

 

 しばらくの間、二人の間に気まずい雰囲気が漂い、沈黙が続く。

 

 

 

 

 

 ちなみに宿舎の玄関先で竹箒でコンクリの地面を掃いていた夢月は遠くからその光景を見て

 

「何をしているんだか……」

 

 と、理解しているのか、していないのか分からない呟きをしていた。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24駅 違和感

 

 

 

 

「……」

 

 あの後守矢神社へと帰った早苗は神社の境内にある自宅の縁側に座り、お茶の入った湯呑を両手に持って空を眺めていた。

 

 しかしその状態がずっと続いているのか、湯呑に注がれている緑茶はすっかり冷め切っていた。

 

「……」

 

 空を見つめる彼女の脳裏には、霧島北斗の姿があった。

 

(一体、何なんでしょうか……この、違和感は)

 

 未だに消えない違和感に、早苗は目を細める。

 

 

 

 

「ねぇ、神奈子」

 

「何だ、諏訪子?」

 

 その様子を自宅横にある神社の陰から見ているのは、この神社に祭られている二柱、八坂神奈子と洩矢諏訪子である。

 

「早苗、帰ってからずっとあんな状態だよね」

 

「あぁ」

 

「あんな早苗、見た事無いよね」

 

「そうだな」

 

「……」

 

「……」

 

 すると二人は神社の陰に隠れる。

 

「今日も早苗あの幻想機関区に向かったんだよね」

 

「あぁ。何でも新しい蒸気機関車が見つかったとか嬉しそうに言っていたな」

 

「で、帰って来たのに、あの様子」

 

「……」

 

「……」

 

 

『何があったし!?』

 

 

 二人は声を揃えて驚きの声を上げる。

 

「まさか、うちの早苗が、早苗が!」

 

「いや、それは早計というものだ。早苗に限ってそんなことは」

 

「というより、霧島北斗が何をしたかだよ! うちの早苗に何かをしたんだよ!」

 

「彼が何をしたかはまだ決まったわけではないだろ」

 

「だってそうじゃないか! それ以外に何かあるなんて考えられないよ!」

 

 と、聞くだけなら娘の事が心配な親バカの会話だが、神様同士な為シャレにならない部分がある。そして北斗に濡れ衣が着せられそうになっている。

 

「だがな、あの早苗があぁなるとは思わないだろ」

 

「でも……」

 

「それに、お前だって早苗の事をよく知っているなら、尚更ありえないだろ」

 

「……」

 

 何か心当たりがあるのか、諏訪子は返す言葉が無かった。

 

「何か別の理由があるはずだ」

 

「別の理由……」

 

 諏訪子は静かに唸り、再度二人は神社の陰から早苗の姿を見る。さっきと変わらず自宅の縁側に座って空を見ていた。

 

「いや、どう見ても別の理由があるように見えないんだけど」

 

「……」

 

「こうなったら、明後日の会談で霧島北斗に問い詰めてやる! うちの早苗に何をしたかを――」

 

「やめとけ」

 

 と、神奈子はシャレにならない気を放ち始めている諏訪子の頭を帽子越しに拳骨を落とし、再び神社の陰に隠れる。

 

「いったっ!? なんでさ! 当の本人から聞くのが一番手っ取り早いじゃないか!」

 

「あのな、霧島北斗との話は取引だろうが。目的が脱線して話し合う前に破断したら元も子もないだろ」

 

「うっ……」

 

「それに、だ」

 

 と、神奈子は右手の人差し指を諏訪子の額に押し当てると、デコピンの様にして諏訪子を押す。

 

「早苗から直接聞けば早い話だろうが」

 

「そ、そんな事聞けるわけないじゃないか!」

 

「いや、霧島北斗から聞こうとしているのに何で早苗は駄目なんだ」

 

 なぜか慌てる諏訪子に神奈子は呆れてため息を付き、額に手を当てる。

 

「なら、お前はそこで見て聞いていろ。私が聞いてやる」

 

「あっ、神奈子!」

 

 遂に痺れを切らした神奈子は諏訪子の制止を振り切って神社の陰から出て早苗の元へと向かう。

 

 

 

「……」

 

 早苗はボーと空を見つめていた。

 

 

「どうしたんだい、早苗」

 

「あっ、神奈子様」

 

 神奈子が声を掛けるまで気付けなかった早苗は少し驚いたように返事を返して顔を上げる。

 

「珍しいな。お前が上の空なんて」

 

「そ、そんな事はありませんよただ今日はいい天気だなぁって思って空を眺めていただけです何かあったわけじゃないですよ」

 

(昔からそうだが、分かりやすいなぁ)

 

 しかし区切りもせず一度に言い切ってしまっている時点で彼女が緊張しているのは明白だった。そんな昔から変わらない彼女の癖に神奈子は内心呟く。

 

「無理をするな」

 

「む、無理なんて」

 

「そうやって一度に言い切ってしまう癖、いつも何かあった時はそんな喋り方になっているぞ」

 

「はぅ……」

 

 自覚があったのか、彼女は言葉を詰まらせてしまう。

 

「正直に言ってみろ。いつも悩んだ時は相談に乗っているじゃないか」

 

「……」

 

 早苗はしばらく悩んだものも、手にしていた湯呑を縁側に置き、神奈子に悩みを打ち明ける。

 

 

「実は、北斗さんの事で、気になる事が」

 

「霧島北斗の事か?」

 

「はい」

 

 すると後ろで威圧的な気配が出たものも、神奈子は一瞬振り向いて「ステイステイ!」と制止のジェスチャーをして再び前を向く。

 

「そ、それで、彼がどうしたんだ?」

 

「はい。実は、昨日から機関区では二人の居候が住み始めたんです」

 

「居候か」

 

「はい。その二人……と言うより、人とは呼べないんですけど」

 

「ん?」

 

「一人はレミリアさんみたいな雰囲気の人でして、もう一人は、正直言って近寄り難い邪な気配を持っているんです」

 

「……」

 

「そんな二人が北斗さんの傍に居る、そう考えただけで、不安でいっぱいなんです」

 

「……」

 

(早苗……)

 

 神社の陰で早苗の話を聞いて諏訪子は目を細める。

 

「それは、当然友人として心配なんです。その、はずなんです」

 

 すると早苗の表情が暗くなる。

 

「でも、なぜか分からないんです。同じ志を持った友人として北斗さんを心配しているはずなのに、なぜか違和感を覚えるんです」

 

「……」

 

「こんな事、初めてで、分からないんです」

 

 彼女は苦しそうに両手を胸に置き、俯く。

 

(早苗……)

 

「……」

 

 二人はすぐに早苗の抱く違和感と言うのを察した。

 

 しかし同時に早苗が違和感の正体に気付けないのも無理ないと二人は感じていた。

 

 外の世界で彼女が辿った人生を見て来たから、彼女がその違和感に気付けないのも無理ない。

 

「神奈子様。こういった感情に何か心当たりは無いでしょうか?」

 

「……」

 

 早苗の問い掛けに、神奈子は腕を組み、目を瞑る。

 

(教えるだけなら簡単だが……)

 

(でも、理解出来るかまでは、本人次第)

 

 神奈子と諏訪子の二人は内心呟き、目を開けて早苗を見る。

 

「早苗」

 

「はい」

 

「お前の言っている事は、分からんでもない。教えるのは簡単だ」

 

「神奈子様……」

 

「だが」

 

 と、神奈子は組んでいた腕を解き、一瞬鋭い視線を向ける。

 

「それは、お前自身が気付かないと意味が無い」

 

「私自身が、ですか?」

 

「そうだ」

 

「……」

 

「今のままなら、まだ気付けないだろう。だが、お前ならいつか気付けるはずだ」

 

「……」

 

「まぁ、時間はある。それまで、自分の気持ちを整理するのだな」

 

「は、はぁ」

 

「それはともかく、明後日は頼んだぞ。我々の今後が掛かっているからな」

 

「は、はい! 任せてください!」

 

 早苗は両手を握り締めて、返事を返す。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって幻想機関区。

 

 

 

「……」

 

 執務室で北斗は椅子に座って背もたれにもたれかかり、窓から空を眺めていた。

 

 彼は空を眺めながら、先ほどの事を思い出していた。

 

(あんなに人から心配されたのは、いつ振りかな)

 

 スゥ……と目を細めて、内心呟く。

 

 記憶を辿っても、あんなに心配してくれた人はあの親戚(クソ野郎)から引き取った親戚ぐらいだ。まぁ、その時の彼は別の意味で荒れていたので、記憶は曖昧だが。

 

 だからこそ、北斗は本気で心配してくれた早苗の言葉を嬉しく思ったのだ。

 

(気を許すな、か)

 

 彼は居候の二人を思い出す。

 

(まぁ、警戒するに越したことは無いが……し過ぎは逆効果だからな)

 

 早苗の警告を受け入れつつ、あの二人とどう付き合っていくかを考える。

 

 とは言えど、二人共よく働いているので、文句の言いようが無いのだが。

 

 

 

「失礼します」

 

「入れ」

 

 と、執務室の扉からノックがして、北斗は扉の方に向き直って入室を許可すると、扉が開かれて明日香が入ってくる。

 

「区長。先ほど区長と面会を求めたお客様が来ました」

 

「面会? 誰だ?」

 

「それが、メイドさんでして」

 

「メイド? る~ことさんか?」

 

「る~ことさんじゃないんです。初めて見る方でして」

 

「初めて、か」

 

 北斗は机に両肘を置き、「うーん」と静かに唸る。

 

「用件は区長にお渡ししたいものと、お伝えしたい事があるそうです」

 

「直接じゃないと駄目なのか?」

 

「はい」

 

「……」

 

 北斗は腕を組み、しばらく考える。

 

「まぁ、このまま帰すのも悪いし、話だけ聞こう。通してくれ」

 

「分かりました」

 

 明日香は頭を下げて、執務室を出る。

 

(来客か。何だか最近多いような気が)

 

 内心呟きながら、北斗は深いため息を付くと、椅子から立ち上がって窓から外を見る。

 

 

 

 

 そして幻想機関区の前では、一人のメイドが大事そうに便箋を手にして、静かに待っていた。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25駅 来客と不安と期待

 

 

 

 

 応接室に移動した北斗は前にいる来客と面会していた。その後ろでは夢月がお盆を脇に挟んで立っている。

 

 二人の前にはボブカットの銀髪をもみ上げ辺りから三つ編みにしており、青を基調としたメイド服を身に纏っている女性がソファーに座っていた。

 

(この幻想郷に来てからメイドを見るのが多くなったな……)

 

 そんな今はどうでもいい疑問が過ぎるも、すぐに頭を切り替える、

 

「お忙しい所、お時間をいただきありがとうございます」

 

 女性は深々と頭を下げる。

 

「私は紅魔館でメイド長をしています、十六夜咲夜と申します」

 

「幻想機関区の区長をしています、霧島北斗です」

 

 お互い挨拶を交わすと、北斗は咲夜を見ながら内心呟く。

 

(紅魔館。確か吸血鬼が暮らすって言う……)

 

 彼は早苗から聞いた話を思い出す。

 

 

 紅魔館とは幻想郷の霧の湖と呼ばれる湖の近くに建つその名の通り赤い外壁を持つ大きな館である。紅魔館には吸血鬼の姉妹と魔法使い、その従者達が暮らしていると言われる。そして紅魔館はこの幻想郷で代表される有力な勢力の一つである。

 そして自分達と同じ外の世界から館ごと幻想入りしてきた、らしい。

 

 

 そんな所からメイド長がこの幻想機関区にやってきた。

 

「話はお聞きしています。何でも渡したい物と伝えたいことがあるそうで」

 

「はい。私がお仕えしていますお嬢様から貴方宛のお手紙をお預かりしております」

 

 咲夜はさっきから大事そうに持っていた手紙が入っていると思われる赤い封筒をテーブルに置く。

 

 北斗は封筒を手にして表と裏を見ると、裏には紋章の入った赤い蝋で押し付けられて封がされている。

 

「では、拝見します」

 

 彼は封をしている蝋を取って中に入っている手紙を取り出して拝見する。

 

 

 

『初めまして、外来人さん。

 私は紅魔館の当主にして誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットよ。

 貴方の事は文屋の新聞で知っているわ。とても興味深い物を持っているそうね。

 今度交流会を兼ねてあなたを夕食会に招待したいから、そこで色々と話を聞きたいわ。

 そちらのスケジュールに合わせてあげるから、咲夜に答えを言ってちょうだい。

 良い答えを期待しているわ。

 あと、来る時は蒸気機関車とやらを一つ持ってきて欲しいわ。

                            レミリア・スカーレット』

 

 

 手紙にはそう書かれていた。

 

 

「夕食会、ですか」

 

「お嬢様はあなた方が所有している蒸気機関車とやらに大変興味を持たれまして、霧島様と話がしたいと仰っていました」

 

「なるほど」

 

 手紙を畳んでテーブルに置きながら北斗は一考する。

 

(しかし、吸血鬼か。正直嫌な予感しかない)

 

 正直なところ、吸血鬼と聞いて彼は不安を覚えた。まぁ某吸血鬼のダンナが想像するからだろうか。

 

「仮にですが、もし断ったら、どうなりますか?」

 

「そうですね。恐らく、お嬢様はご機嫌を損ねる(駄々をこねる)かと」

 

「そ、そうですか(一瞬違う意味に聞こえた気が)」

 

 一瞬疑問が過ぎて首を傾げながらも、どうするか考える。

 

(まぁ、話すだけなら、別に構わないか)

 

 色々と考えて、北斗は話を受ける事にした。

 

「……明日と明後日は予定がありますので、明々後日はどうでしょうか。今の所予定はありませんので」

 

「明々後日ですか。畏まりました。では、少々お待ちください」

 

「ん?」

 

 咲夜の言葉に首を傾げていると、突然彼女の姿が消える。

 

「っ!?」

 

 突然彼女の姿が消えて北斗は目を見開いて驚く。

 

「へぇ、時間停止の能力か。人間にしては大した能力を持っているわね」

 

 と、さっきまで黙っていた夢月が口を開く。

 

「じ、時間停止ですか?」

 

「あぁ。今頃向こうのご主人様の所に行って報告しているんじゃない」

 

 夢月の話を聞いて、北斗は改めて常識が通じない世界だと認識する。

 

 

 

 しばらく待っていると、突然咲夜の姿が現れる。

 

「お待たせしました」

 

 咲夜は頭を下げつつ、北斗に対して報告する。

 

「お嬢様も了承しましたので、三日後、お願いします」

 

「わ、分かりました」

 

「それでは、三日後お待ちしています」

 

 と、彼女は立ち上がって頭を下げると、再び姿を消す。

 

「幻想郷には、それなりに能力が優れた者が多いのかしら?」

 

「さ、さぁ。自分も来たばかりですので、よく分かりません。ただ、常識が通じないところと言うのは分かりましたが」

 

「ふむ」

 

 夢月の質問に北斗は苦笑いをして答えるしかなかった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わって紅魔館。

 

 

 

「以上が報告となります」

 

「ご苦労様」

 

 咲夜からの報告を聞き、パラソルの下でティータイムを愉しむ幼女は紅茶の香りを嗅ぐ。

 

 青味がかった銀髪をして真紅の瞳を持つ、一見すれば幼い少女の様に見える彼女だが、背中には悪魔のような羽が生えており、時折口を開けば、犬歯が見え隠れしている。

 

 彼女がこの紅魔館の主であり、吸血鬼の『レミリア・スカーレット』である。

 

「それにしても、あの幻想機関区、だったかしら。本当に興味を持たせてくれるわね」

 

 右手に持つカップをもう片方の手にしているソーサーに乗せると、レミリアは口角を上げる。

 

(まさか悪魔を二人も居させるなんて。中々やるわね)

 

 と、どこか勘違いな事を考えていた。

 

 まぁ事情を知らない者から見れば悪魔を二人も住ませているという事実だけでも相当な事なのだ。

 

「でも、そこまで気になるものなのかしら、レミィ?」

 

 と、テーブルの向かい側の椅子に座って本を読んでいるのは、紫の長髪の先を赤と青のリボンでまとめ、ゆったりとした服装をしている気だるそうな表情を浮かべる少女だ。

 レミリアの親友の魔法使いである『パチュリー・ノーレッジ』。この紅魔館の地下にある図書館の主である。

 

「そういうパチェだって、興味津々じゃないの」

 

「外の世界の技術で作られた物だからよ。レミィほどじゃないわ」

 

「そうかしら?」

 

 レミリアはそう言いながらカップを持って紅茶を飲む。

 

「話は変わるけど、フランの様子は?」

 

「今の所問題無いわ。至って普通よ。昨日も普通に本を読んでいたし」

 

「そう」

 

 それを聞き、レミリアの表情はホッとする。

 

「でも、いつ気が触れるか分からないわ」

 

「分かっているわ。だから三日後はフランには部屋で大人しくさせておかないと」

 

 レミリアは真剣な表情でそう言う。

 

「もし外来人に何かあったら、霊夢に何を言われるか」

 

「それ以上に早苗が何かするんじゃないかしら。噂じゃ彼女、相当あそこを気に入っているようだし」

 

「その方がもっと厄介よ。オマケ付きで神が二人も付いて来るじゃない」

 

 げんなりとした様子で声を漏らす。

 

「まぁ、フランの事なら心配ないわ。その時には睡眠魔法を掛けて大人しくさせておくから」

 

「だといいんだけど」

 

 パチュリーがそう言っても、レミリアの表情に不安の色は残ったままだ。

 

 彼女の恐ろしさを知っているからこそ、完全に不安を払拭できないでいた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり某所。

 

 

「それ、本当かい!?」

 

 大量の水が流れる落ちている滝の裏で少女は驚いていた。

 

 青い髪をツーサイドアップにして緑色のキャスケットをかぶり、ポケットが沢山付いている水色の服を着ている。

 

 彼女の名前は『河城にとり』。妖怪の山に住む河童の少女である。

 

「えぇ。一応上の許可が下りましたので。まぁ、取るまでが大変でしたが」

 

 その少女ことにとりの目の前にいる少女はため息を付きながら将棋盤の駒を打つ。

 

 白い髪にピンと立つ狼の耳、白い毛で覆われた尻尾を持ち、脇を出した白い上着に赤い模様の入った黒い袴を穿いている。

 

 彼女の名前は『犬走椛』。妖怪の山を支配する天狗の中の白狼天狗である。山の警備が彼女の仕事だが、今日は非番なので友人のにとりと将棋をしていた。

 

「よっしゃー! これであの外来人達を呼べるぞ!」

 

 にとりは声を上げて喜びを示す。

 

「そこまで嬉しいんですか?」

 

 呆れた様子で椛は彼女を見る。

 

「そりゃそうさ。何たって外の世界の技術を拝めるんだ。この機会を逃す手は無いよ」

 

「仮にも人間を、それもこの間の異変に関わった者達を山に入れるのですよ。なのにあなたは」

 

 妖怪の山を支配している天狗からすれば、知らぬ間に自分達の領域に勝手に線路を敷かれたので、彼らに良い印象を持っていない。それ故今回許可を取るのはかなり大変だったものも、何があっても河童側が責任を全て持つことで何とか許可が下りたのだ。

 

 まぁ彼らが異変に関わったかはまだ分かっていないのだが、天狗側はは確実に関わっていると踏んでいる。

 

「いいじゃないか。別に人間の一人や二人入れたって。何も変わらないって」

 

 そう言いながら将棋の桂馬の駒を進める。

 

「全く。あなた達河童は」

 

 お気楽な様子のにとりに椛は呆れた様子でため息を付く。

 

 昔からそうだが、天狗と河童は協力関係こそあるが、河童は協調性が無く、独断で物事を進めようとする。以前にも守矢神社の二柱の立てた計画に天狗に相談せず独断で協力していた。

 まぁその後彼女達は痛い目に遭ったのだが。

 

「それに、彼らなら数週間前に現れたあれの事を知っているだろうしね」

 

「あれですか。まぁ、似たような物、と言うより同じ物を持っているようですし、分かるでしょう」

 

 椛は以前河童達に見せられたある物のことを思い出す。

 

 河童達のアジトである玄武の沢付近に現れた線路に、それが数週間前に現れたのだ。

 

 何の前触れも無く唐突に現れたこともあって、河童達は驚いたものも、時間が経つにつれて驚きは好奇心へと変わり、それの調査を行った。

 

 とは言えど、全く見たことの無い代物で、その上とても大きな物とあって、分解ができず分かったことは少ない。

 

 分かった事があるとすれば、それは大きく真っ黒で、金属で出来ていてそれが各パーツ複雑に組み合わさっていることぐらいだ。

 

 現在それは雨風を防ぐ為に河童達によって即席の小屋が建てられて保護されている。

 

「いやぁ、彼らと会う日が楽しみだねぇ」

 

「私は知りませんよ」

 

 椛はもう何回目か分からないため息を付く。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26駅 人里での会談

最近KATO製のC62 2号機とC62 3号機を買って重連で走らせています。
やっぱりKATOは安定した走りとディティールが良いですね(SLの種類は少ないけど)



 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 幻想郷には人間が暮らす人里と呼ばれる集落がある。

 

 その日も人里ではいつものように人々が賑わいを見せていた。

 

 

 そんな時、汽笛の音がして人々は音がした方向を見る。

 

 空には薄く煙が上がっていて、一部興味を持った人々は人里の外側に沿って立っている塀の出入り口の門から外を見る。

 

 そして人里付近の地面にいくつも張り巡らされた線路に、ゆっくりと客車一輌を牽いて走るD51 241号機の姿があった。

 

 人里に一番近い場所でD51 241号機が停止すると、密閉式の運転室の扉が開いて明日香が降りてくる。

 

 それと同時に客車から北斗と早苗が降りてきて、それに続いて夢月も続き、最後に様々な器機を持った妖精達が降りてくる。

 

 妖精達は周辺調査の為に散らばり、北斗達は人里へと向かう。

 

 

「あれが蒸気機関車ってやつか」

 

「ここからでも大きいな」

 

「あれ、妖精か?」

 

「おい見ろよ。あの妖精が真面目に働いているぞ」

 

「あれが新聞に載っていた外来人か?」

 

「というか、あの外来人の隣に居るのは、東風谷様じゃ?」

 

「博麗神社と紅魔館のメイドさんみたいな格好の子もいるわ」

 

 住人達は遠くから蒸気機関車の姿を興味津々な様子で見ていた。

 

 今まで走っている姿しか観ていなかったので、こうしてじっくりと見る機会は無かった。

 

「あれが文屋の新聞に載っていた蒸気機関車とやらか」

 

 門の前で腕を組んで停止しているD51 241号機を見ている少女はそう呟く。

 

 足元まで届きそうな白く長い髪を根元をリボンで束ねており、白いシャツにサスペンダーの付いた赤いもんぺといった格好をしている。

 

 

 少しして北斗達が少女の元へとやってくる。

 

「こんにちは、妹紅さん」

 

「早苗か。で、そっちが例の?」

 

「はい」

 

「霧島北斗です」

 

 北斗は頭を深々と下げる。

 

「藤原妹紅だ。妹紅と呼んでくれ。慧音から話は聞いている。付いて来い」

 

 妹紅と呼ばれる少女は後ろを向いて歩き出し、その後を北斗達が付いて行く。

 

「ところで、そこのメイドは誰だ?」

 

「夢月さんといって、今自分の所で居候しています。今日は自分の護衛に付いて来ています」

 

「そ、そうなのか」

 

 妹紅は戸惑いながらも返事を返す。

 

 そりゃ護衛にメイドと言われたら、そりゃ戸惑うだろう。

 

 まぁ知人にそれが可能なメイドがいるので、すぐに納得したが。

 

 

 

 江戸から明治に入るぐらいの時代を彷彿とさせる建造物が立ち並ぶ人里を北斗達は世間話をしながら歩いていき、妹紅は大きな長屋の前で止まる。

 

「ここは寺子屋だが、今日はここを話し合いの場にするそうだ」

 

「寺子屋ですか」

 

「慧音はここの教師をしているんだ」

 

「なるほど」

 

 そう話しながら寺子屋の中に入ると、そこには二人の女性が座布団に座っていた。

 

 一人は青いメッシュが入った長い銀髪に特徴的な形をした帽子をかぶり、青を基調としたドレスの様な服を着た女性で、もう一人は赤い髪を黄色いリボンで束ねて、赤い袴に紫の羽織りを着た女性であった。

 

「慧音。連れて来たぞ」

 

「すまないな、妹紅」

 

「気にするな」と、そう言いながら妹紅は畳の上に何枚も敷かれた座布団の内一枚に座る。

 

「どうぞ」と慧音と呼ばれた女性は北斗達に座布団を勧めると、北斗達はそれぞれ敷かれた座布団に座る。

 

「初めまして。もうご存知かもしれませんが、この度幻想郷の一員となりました、幻想機関区の区長、霧島北斗と申します」

 

 北斗は姿勢を正して深々と頭を下げる。

 

「初めまして。私は寺子屋の教師をしている、上白沢慧音だ。今日は風邪で寝込んだ里長の代理で出席している」

 

「私は小兎姫(ことひめ)と言います。人里の治安を守る自警団の副団長をしています。今日は欠席している団長の代わりに代表を務めます」

 

 それに続いて二人の女性もそれぞれ自己紹介をする。

 

「里長と自警団の団長は欠席ですか?」

 

「えぇ。昨日調子に乗って酒を飲みすぎて、二人揃って寝込んでいます」

 

 呆れた様子で小兎姫はそう言うとため息を吐く。

 

「そ、そうですか」

 

 北斗は苦笑いを浮かべるも、咳払いをして気持ちを切り替える。

 

「今日は話し合いの場を設けて頂き、ありがとうございます」

 

「早苗の話では、何でも大事な話があると」

 

「はい」

 

 北斗は木を引き締め、本題を切り出す。

 

「知っていると思いますが、自分達には蒸気機関車と呼ばれる外の世界でかつて使われていた乗り物があります」

 

「人里の外で止まっているあれですね」

 

 小兎姫はここに来る前に人里の外で停車している機関車を思い出す。

 

「はい。我々はその蒸気機関車で幻想郷の役に立てればと思い、一つ提案があるのですが」

 

「提案ですか?」

 

「えぇ。色んな人達から話を聞いた所、人里に住む人達はここから遠くにある場所、例えば博麗神社や守矢神社に向かいづらいとか」

 

「あぁ。確かに」

 

「昔ほどじゃないが、人里の外では妖怪による襲撃が起こっているからな。住人の殆どはあんまり出たがらないんだ」

 

「そうですか」

 

 北斗は考えるような仕草をして、提案を切り出す。

 

「そこでですが、我々が鉄道、先ほど言った蒸気機関車を使い、人里から離れた場所へと送り届けようと思っています」

 

「送り届ける?」

 

「はい」

 

 北斗は早苗を交えて外の世界で鉄道がどれだけ便利なものかを説明する。

 

 

 

「それは凄いな」

 

「外の世界は進んでいるんですね」

 

 北斗と早苗から話を聞いて、慧音と小兎姫は驚きを隠せなかった。

 

「まぁ、もし本当なら便利だな」

 

 腕を組む妹紅は「だが」と声を漏らしながら北斗を見る。

 

「問題は、それが安全だっていえるのか?」

 

「……」

 

 妹紅の指摘に北斗は何も言えなかった。

 

 事象に絶対は無い。どれだけ注意しても、どれだけ用意周到にしていても、どこかで綻びが起きて何かが起きる。

 

 鉄道の事故は予想し得ない状況によるものや、自然的なもの、人為的なもの等、様々な状況がある。

 

 中にはマナーの悪い大人達を真似てしまった子供が列車に轢かれる、痛ましい事故だってある。

 

 どれだけ安全な策を講じても、事故はどこかで起きてしまう。

 

 

「絶対な保障はありません。実際鉄道の事故は今も昔も起きていましたから」

 

「……」

 

「当然事故を起こさないように、努力は惜しまないつもりです」

 

「当然だな」

 

「……」

 

「まぁ、事故を起こさないようにするのは当然だ。だが、一つ聞かせてくれないか」

 

「……?」

 

 北斗が首を傾げる中、慧音は鋭い視線を彼に向けて問い掛ける。

 

「仮にもこの幻想郷でその鉄道とやらを運行するとしても、君達は何を求めるのだ」

 

「……」

 

「まぁ、鉄道も商売の一つだと言うのは分かる。そこは追々決まったら話し合いで決めよう。だが、それよりも君達の真意を聞きたい」

 

「……」

 

「君達は、この幻想郷で何をしたいんだ?」

 

「……」

 

 慧音の問いに、北斗は口を閉じる。

 

「文屋の新聞には、君達が今回の異変に関わっていると書いてあったが」

 

「け、慧音さん! あの記事は……」

 

 早苗は慌ててフォローに入る。

 

「分かっている。あの文屋の新聞の記事をそのまま鵜呑みにはしていない。だが、全てが嘘だとは言い切れないだろう」

 

「それは……」

 

「……」

 

 慧音の指摘に、早苗はそれ以上言えず、北斗は黙ったままだ。

 

 射命丸文の新聞は捏造した箇所こそあるが、ほぼ必ず元となるネタがあるので、記事自体が嘘とは言い切れないのだ。

 

 北斗はしばらく沈黙し続けたが、口を開く。

 

「自分達は今回の異変に関わっていません、とは言い切れませんが、少なくとも自分達はこの幻想郷をどうかしたいわけではありません」

 

「……」

 

「純粋に、自分達の力を幻想郷の為に役立てたい。それだけです」

 

『……』

 

 北斗の言葉に、慧音達は何も言わなかった。

 

「その言葉に、嘘偽りは無いんだな」

 

「はい」

 

 妹紅の問い掛けに北斗は迷わず答える。

 

『……』

 

 三人は顔を見合わせて頷き合うと、北斗を見る。

 

「あなたの意気込みは理解しました。その鉄道の利用ができれば、今後人里に住む人々は博麗神社や守矢神社、命蓮寺への行き来が楽になるでしょう」

 

「まぁ道中の安全とかを考えなければなりませんが、足腰の弱い老人や障害者には便利になりますね」

 

 慧音と小兎姫は言葉を交わした後、北斗に向き直る。

 

「この一件については、里長や自警団団長を交えて話し合わなければなりません。しかし、私自身の意見としては、素晴らしい事だと思っています」

 

「団長と里長も、話を聞けば恐らく賛成してくれるでしょう」

 

「そうですか」

 

 二人の言葉に北斗の表情に明るみが表れる。

 

「と言っても、本当に便利なのかどうか分からんがな」

 

 まだ鉄道の有用性を疑っている妹紅はそう呟く。

 

「でしたら、体験試乗会をしてみてはどうでしょうか?」

 

 と、妹紅の言葉を聞いた早苗が一つ提案を挙げる。

 

「体験試乗会ですか?」

 

「はい。百聞は一見にしかずです。実際に乗って鉄道の便利さを知ってもらうのはどうですか?」

 

「なるほど。一々聞くより分かりやすい」

 

「ふむ」

 

 早苗の提案に慧音と小兎姫は頷く。

 

「ですが、いきなり一般の方々を乗せるのは難しいので、最初は自警団の皆様に乗ってもらうというのは」

 

「なるほど」

 

「確かに、我々で安全で便利かを確認すれば、一般人に安心して利用させられる、か」

 

「ふむ」

 

 三人は顔を見合わせると、小さく話し合う。

 

 

(すいません。本当なら俺が言うべき所を代わりに)

 

(いいんですよ。これも北斗さん達の為ですから)

 

 小さな声で北斗が早苗に謝ると、彼女は小さく返事を返す。

 

(でも、手応えはありましたね)

 

(はい。しかし、ここからです)

 

(はい!)

 

 

 

 その後話し合いを続け、ひとまず今回の話し合いの内容を欠席した里長と自警団団長に伝えてから話し合いを行い、体験試乗会を行うかを決める事になった。

 

 しかし、二人は恐らく里長と自警団団長も話を聞けば納得して体験試乗会を行う流れになるだろうとのことだ。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4区 鉄道開業に向けて 守矢編
第27駅 山からの来客と無意識の少女


 

 

 

 

 その後話し合いを終えた北斗達は長屋を後にして、機関車の元へと戻って幻想機関区へと向かっていた。

 

 

 

「……」

 

 客席に座る北斗は窓際に肘を置いて外の景色を見ていた。

 

 早苗は人里で信仰活動があるといって別れているので、この場に居るのは彼の他は夢月と妖精達だけだ。

 

「話し合いはうまくいったのに、浮かない顔ね」

 

 向かい側の席に座る夢月は腕を組み、北斗に声を掛ける。

 

「いえ。話し合いがうまくいったのは良かったと思っていますよ。これで幻想機関区は存在意義を得られたものですから」

 

「それにしては、明るくないわね」

 

「……」

 

 夢月の鋭い指摘に北斗はしばらく黙り込むも、少しして口を開く。

 

「……ただ、人里は賑やかだった、と思ったので」

 

「そりゃ人間が住む集落なんだし。賑やかなのは当たり前じゃない」

 

「何言ってんのこいつ?」と言わんばかりに彼女は返す。

 

「分かっていますよ。ただ―――」

 

 と、北斗は再度窓の方に視線を向け、遠くを見つめるように目を細める。

 

 

「……やっぱり、人が多い所は苦手だ」

 

 

 ボソッと、若干苛立ちが募った声でそう呟いた。

 

「……」

 

 夢月は何かに気付いたのか、目を細める。

 

 

 

 

 しばらくして機関車は幻想機関区に到着し、ゆっくりと速度を落として停車する。

 

 妖精達がすぐさま機関車と客車の連結を外している間に北斗達が客車から降りると、D51 241号機が短く汽笛を鳴らしてゆっくりと後退して切り替えられた分岐点で別の線路へ移って機関庫を目指す。

 

 その後に転轍機が切り替えられてその先の線路で待機していたC10 17号機が前進して客車を連結し、短く汽笛を鳴らして客車を後ろに牽いていく。

 

「お帰り。話し合いはどうだった?」

 

 と、竹箒を持っているエリスが二人の元にやって来る。

 

「うまくいきました。あと何回か話し合いを重ねれば目的を果たせそうです」

 

「ふーん。あっそうだ」

 

 と、何か思い出したかのようにエリスが声を漏らす。

 

「区長さんが不在に時に、お客さんが来てたよ」

 

「お客?」

 

「えぇ。確か妖怪の山から来たとか何とか」

 

「妖怪の、山……」

 

 すると北斗の表情が険しくなる。

 

 

「おっ? 帰って来たのかい?」

 

 と、エリスの後ろから一人の少女は現れ、北斗の姿に気付く。

 

「あなたが?」

 

「そうだよ。私の名前は河城にとり。妖怪の山の麓に住む河童だよ」

 

「河童、ですか?」

 

 北斗は少女ことにとりの姿に首を傾げる。

 

 目の前に居る少女が彼のイメージにある河童とはかけ離れているからだ。

 

(と言うか、今まで会った妖怪が女の子だけな気がする)

 

 そんなもう何度も頭に浮かんだような疑問が過ぎるも、振り払って頭を切り替える。

 

「初めまして。幻想機関区の区長をしています、霧島北斗といいます。今日はどういったご用件で?」

 

「うん。少し盟友に聞きたい事があるんだ」

 

「盟友?」

 

 にとりの放った言葉に北斗は首を傾げる。

 

「そうさ。人間は河童と昔から助け合った盟友さ」

 

(初耳な気がする)

 

 彼女の言葉に彼は首をかしげる。

 

「それで、聞きたい事とは?」

 

「盟友が持っている……えぇと……蒸気機関車だっけ?」

 

「はい」

 

「その蒸気機関車について色々と話を聞きたいんだ。その上で、ちょっと私達にも関わらせて欲しいんだ」

 

「それって、つまり?」

 

「見た所、蒸気機関車は外の世界の機械なんだろ? だからさ。機械弄りは河童が得意とするところなんだ」

 

「幻想郷にも、機械があるんですか?」

 

 北斗は少し驚く。幻想郷の様相から機械系は無いと思っていたからだ。

 

「まぁ外の世界の物と比べると、あんまりね。この幻想郷にもたまに忘れ去られた外の世界の機械が流れ着くんだけど、どれも鉄屑。得られるものなんて殆ど無いんだ。だからあんまり発展して無いんだ」

 

「そうなんですか」

 

「まぁだから、それなりに機械の弄り方は心得ているよ」

 

「うーん。機械が弄れるからっていっても。いや、あるだけマシか」

 

 北斗は腕を組み、小さく呟く。

 

 今は別にそこまで人手不足、もとい妖精不足は無いものも、メカニックは居ても困ることは無い。

 

 それに機械を弄れる環境があるのなら、非常にありがたい。

 

「それに、一つ良い事を教えるよ」

 

「ん?」

 

「実は私達の住んでいる所の近くに、君達の蒸気機関車と思う代物があるんだ」

 

「えっ!?」

 

 にとりから告げられた事実に北斗は驚く。

 

「妖怪の山にも、蒸気機関車があるんですか!?」

 

「うん。まぁ今の所確認できているのはそれだけだね」

 

「……」

 

「形は、そうだね……あれとそっくりだったね」

 

 と、にとりは客車を運び終えて次の作業に入るC10 17号機を指差す。

 

「C10形とそっくりですか(となるとその機関車はタンク型か)」

 

「うん。それでね、色々と調べたいから、河童の里に来て欲しいんだよ」

 

「里に来て欲しい、ですか」

 

 北斗は腕を組むと、静かに唸る。

 

「あれ? 何か都合でも悪いのかい?」

 

「いえ。明後日まで予定が入っているので。そちらに向かうのは明々後日になりそうです」

 

「ありゃぁ。それは時期が悪かったね」

 

 にとりは困ったように頭の後ろに手を置く。

 

「ちなみに聞くけど、明日は何の用事があるの?」

 

「守矢神社で早苗さんが仕えている神々と会談する予定です」

 

「守矢神社に。なるほどねぇ」

 

 と、何かを思いついたかのようににとりはにやりと口角を上げる。

 

「それなら、守矢神社に行くついでに私達の住んでいる所に蒸気機関車で来てくれないかい? そこまで案内するからさ」

 

「えっ? でも」

 

「山に入るのを躊躇っているのなら大丈夫だよ。天狗の方は既に話をつけてあるから」

 

「それは……」

 

「距離の事を心配しているなら問題ないよ。私達河童が住んでいる里から守矢神社までは近いからさ。ついでに来てくれないか?」

 

「うーん。しかし、早苗さん達に話さず勝手に動くのは」

 

「ちなみにその会談を行う時間は何時から?」

 

「……午後からです」

 

「なら、午前中に来てくれると助かるよ。早苗にはこっちから言っておくからさ」

 

(……幻想郷に住む人達って、人の話を聞かないのか?)

 

 どんどん話を進めようとするにとりに戸惑いと苛立ちを覚えながらも、内心唸る。

 

(とは言っても、安易に断るわけにはいかないよなぁ……)

 

 しかし今の彼にはにとりの提案を簡単に断ることが出来ない理由があった。

 

 ただでさえ妖怪の山にある線路の調査は全く進んでいない。そこに妖怪の山の関係者が一部分だけだが、入るのを許可しているのだ。一概に断れる案件ではない。

 それに蒸気機関車が山にある以上、放っておけるものではない。

 

(まぁ、にとりさんは伝えてくれるそうだし、それに朝早苗さんが来る予定だし、まぁ予定が立て込むよりかは良いかな)

 

 勝手に決めるのは少し気が引けるが、仕方が無かった。

 

「分かりました。勝手に決めるのは少し気が引けますが、明日午前中に向かいます。それと早苗さん達に明日の事を伝えてください」

 

「分かったよ、盟友♪」

 

 北斗が了承してにとりは見るからにご機嫌な様子になる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「では、時間通りに来るように、お願いします」

 

「分かっているさ。じゃぁ、明日ね」

 

 にとりは満面の笑みを浮かべながら幻想機関区を後にした。

 

「はぁ……」

 

 にとりの姿が見えなくなると、彼はため息を付く。

 

(この後明日香達を集めて会議だな)

 

 頭の中で会議で話す内容を考えながら踵を返して宿舎の方に向かう。

 

(機関車は『葉月』のC10 17号機で向かうとして、距離を考えると石炭は多めに持って行った方がいいな。あと水も)

 

 ここから妖怪の山までの距離はそれほど遠くないが、往復となるとタンク型機関車では少々厳しい。

 

 それならテンダー型でいいのではないかと思うが、調査の済んでいない線路を走るのだ。線路や線路の敷いている地面の状態か分からないのに、大型の機関車で走るわけには行かない。最悪事故を起こす可能性がある。

 だから機関車はタンク型に限られる。

 

 ちなみに葉月とは、C10 17号機の少女の名前だ。由来は彼女が落成した月が八月だからで、旧暦の八月は葉月と言う。

 

(でも明日香達の誰かに途中まで運んでもらうって言う手もあるな)

 

 色々と考えながらも前を見ながら歩く……

 

 

 

「っ?」

 

 するとゆっくりと歩いていた彼は何かにぶつかった衝撃を受けて立ち止まる。

 

(何にぶつかった?)

 

 さっきまで何も無かったはずなのに、なぜぶつかったのか?

 

 彼は首をかしげて前を見る。

 

 

「……?」

 

 彼の目の前には、首を傾げて立っている一人の少女の姿があった。

 

 北斗の胸辺りまでの背丈に、セミロングの薄く緑がかった癖のある銀髪をして、薄い黄色のリボンを付けている帽子をかぶっている。

 しかし彼女の左胸に紺色の球体状の物体があり、そこから伸びる管が体の巻きつくように伸びている。

 

 その異様な特徴を持つ少女に、北斗は本能的に人間じゃないのを感じ取る。

 

 しかし何より――――

 

(いつから居たんだ!?)

 

 さっきまで居なかったはずなのに、突如彼女は北斗の目の前に現れていたことに彼は驚いていた。

 

 北斗は乱れた気持ちを深呼吸をして整えると、少女に声を掛ける。

 

「君、こんな所で何をしているんだい?」

 

「あれぇ? お兄さん私の事が見えるの?」

 

「え? あ、あぁ。見えているけど」

 

 少女に問いに戸惑いながらも彼は答える。元々色んな物が見える体質であったので、別に珍しいとは思わなかった。

 

「ふーん」

 

 少女は首を傾げるながら、北斗のことを見る。

 

「それで、君は何をしているんだい?」

 

「んー。分かんない。無意識の内に来てたから、気付いたらお兄さんが居た」

 

「無意識って」

 

 少女の答えに北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「私、古明地こいしって言うの。お兄さんは?」

 

「霧島北斗だ」

 

「霧島……北斗……」

 

 こいしと言う少女はゆっくりと身体を左右に揺らしながら北斗を見る。

 

「なんだか、前にお兄さんにそっくりな人を見た気がする」

 

「え?」

 

「ううん。何でもないよ」

 

 こいしはニッと笑みを浮かべると、ゆっくりと歩き出して北斗の横を通り過ぎる。

 

「じゃぁね、お兄さん!」

 

 彼女は振り返ると北斗に向かって手を振って歩いていく。

 

「……不思議な子だったな」

 

 北斗は彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと見続ける。

 

 それからこいしの姿が見えなくなると、彼は宿舎へと戻っていく。

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28駅 河童の里への出発

 

 

 

 

 翌朝。

 

 

 

 幻想機関区の本線側の線路に車輌を連結したC10 17号機がコンプレッサーから一定の間隔で蒸気を噴き出しながら待機していた。

 その後ろでは同じく出発準備を終えて待機しているD51 465号機の姿もあった。

 

 C10 17号機の前方には『ヨ2000形』と呼ばれる車掌車を連結していた。

 

 車掌車を前に連結したのはバック運転を想定してだ。理由は目的地に車輌の前後の入れ替え用の線路が無いと思われるから、最初から前に連結している。

 まぁそれ以前に転車台も無いだろうから、帰りは必然的にバック運転になるのだが。

 

 D51 465号機が居るのは途中までC10 17号機を運ぶ為である。

 

 

「……」

 

 その変わった編成の列車の傍で北斗は右手に持つ鉄道懐中時計の蓋を開けて時間を確認する。

 

「区長! いつでもいけます!」

 

「分かった!」

 

 運転室から葉月が顔を出して出発準備が整ったと報告し、北斗は鉄道懐中時計の蓋を閉じながら返事を返す。

 

 

 

「北斗さーん!!」

 

 と、遠くから彼を呼ぶ声がして北斗は声がした方を見ると、早苗とにとりの二人がこちらに向かって飛んできていた。

 

「お待たせしました」

 

「いやぁ昨日ぶりだね、盟友」

 

 二人は北斗の近くに着地して声を掛ける。

 

「すみません、早苗さん。相談しないで勝手に話を進めてしまって」

 

「良いんです、北斗さん。事情が事情ですし。何より神奈子様と諏訪子様との会談は午後からなので、こちらとしては問題ありません」

 

「そうですか」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべるも、気持ちを切り替えてにとりの方を見る。

 

「本日は、宜しくお願いします」

 

「任せて。ちゃんと案内するからさ」

 

 と、にとりは待機しているC10 17号機とD51 465号機を見る。

 

「あれで行くの?」

 

「そうですが、後ろの機関車は途中までです」

 

「どうして?」

 

「今から向かうのは未調査の路線ですからね。どんな状態か分からない以上重い機関車で行くのは避けたいんです。最悪事故を起こす可能性もあるので」

 

「へぇ。線路があれば走れるってわけじゃないんだ」

 

「えぇ」

 

 北斗はにとりに理由を説明する。

 

「それでは、今から出発しますので、前方の車掌車に乗ってください」

 

「分かりました」 

 

「分かったよ」

 

 二人の返事を聞いて北斗は先に車掌車に乗り込み、早苗とにとりの二人の手をとって乗り込むのを手伝う。

 

 二人が乗り込んだのを確認して北斗は緑色の旗を手にしてホイッスルを咥え、旗を振ってホイッスルを吹く。

 

 確認した葉月はブレーキハンドルを動かしてブレーキを解くと、汽笛弁のロッドを引いて特徴的な汽笛を鳴らし、皐月も汽笛弁のロッドを引いて汽笛を鳴らすと、加減弁ハンドルを引いて蒸気をピストンへと送り込むと、機関車はゆっくりと前進する。

 

 ピストン付近の排気管からドレンを吐き出しながらD51 465号機はC10 17号機と車掌車を押して前進し、幻想機関区を出て妖怪の山の麓へと走り出す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 機関車と車掌車を押して幻想郷の大地に敷かれた線路をD51 465号機は煙突から薄い煙を吐き出しながら走る。

 

 回送列車は幻想機関区から発ち、魔法の森方面の路線を通って妖怪の山に向かっていた。

 

「こりゃ速いね!」

 

 車掌車の前方で手すりを両手で掴んでいるにとりはその速さを体感して声を上げる。

 

「速いやつなら、これよりもっと速い機関車もありますよ」

 

「そうなのかい?」

 

「えぇ。まぁうちの機関区にその機関車はありませんが」

 

「へぇ。ホント蒸気機関車って色々とあるんだねぇ」

 

 北斗の説明を聞き、にとりは感心したように声を漏らす。

 

「そういえば、にとりさん。河童の里付近の線路に現れた機関車って、どんな形なんですか?」

 

 北斗の隣で景色を見ていた早苗がにとりに問い掛ける。前日ににとりから話こそ聞いていたが、その時用事があって現物はまだ拝んでいないし、特徴も聞いていなかった。

 

「どんな形って、後ろにある機関車とそっくりだったよ」

 

「そっくりですか?」

 

 早苗は後ろを振り返り、車輌の窓から覗くC10 17号機の正面を見る。

 

「まぁ、見れば分かると思うよ」

 

「……」

 

 にとりの言葉に北斗はただ声を漏らすしかなかった。

 

 

「あっ、そろそろ止まってくれるかい? この先分かれ道があるから」

 

「分かりました」

 

 北斗は頷くと、車内に入って赤色の旗を手にして広げ、再度外に出てD51 465号機の機関士席がある方向の運転室に向けて赤い旗をゆっくりと振るう。

 

 赤い旗を確認した皐月は加減弁を閉じてピストンへと送り込む蒸気を閉じ、ブレーキハンドルをゆっくりと動かしてブレーキを掛け、ゆっくりと速度を落として行く。

 

 ゆっくりと速度を落としながら進んでいくと、列車は分岐点の前で停止する。

 

「どちらが河童の里方面ですか?」

 

「あっちだよ。ちょうど線路ってやつがその方向にあるからね」

 

「分かりました」

 

 北斗が聞くと、にとりは二方向に分かれた線路の内、河童の里がある左の方向を指差し、それを確認した彼は車掌車を降りて分岐点の転轍機の向きを確認し、方向が右を向いていたので転轍機の向きを変えるレバーを後ろに倒して線路を河童の里方面に向ける。

 

 ちゃんと向きが変わって線路が隙間無く接触しているのを確認して、北斗はC10 17号機とD51 465号機が繋がっている連結器を外すと、D51 465号機の運転室付近まで歩く。

 

「ここまで運んでくれてありがとう。先に戻ってくれ」

 

「了解」

 

 運転室の窓から顔を出している皐月は敬礼をすると、逆転機を回してギアの向きを変え、汽笛を短く鳴らしてから加減弁ハンドルを引き、ゆっくりと機関車を後退させて元来た線路を走っていく。

 

 北斗はすぐに車掌車に戻り、葉月に発進の合図を送る。

 

 直後にC10 17号機の汽笛弁から短く蒸気と共に音が発せられ、再び列車は前進すると、そのまま向きを変えた線路へと走っていく。

 

 

 

 

 それから少しして列車は綺麗な水の流れる川の傍を走っていく。

 

「もうそろそろ里に着くよ」

 

「分かりました」

 

 北斗は葉月に停止の合図を送ると、列車はゆっくりと速度を落として行く。

 

 右に向かって曲がっている線路の先へと列車が出ると、線路上に即席で建てた様な小屋があり、その目の前で列車は停止する。

 

「ここが、河童の里、ですか?」

 

 北斗は怪訝な表情を浮かべて周りを見渡しながら、にとりに聞く。

 

 里という割には、里らしい場所が無かった。

 

「私達が住んでいる場所は少し離れた場所にあるんだ」

 

「あぁ、そういう」

 

 にとりの説明に北斗は納得し、目の前の小屋に視線を向ける。

 

「それで、ここに?」

 

「あぁ。ここに現れた蒸気機関車が雨風に晒されないように即席で建てたんだ」

 

「そうですか」

 

 北斗はにとりから小屋を事を聞きながら車掌車から降りる。

 

「あり?」

 

 と、車掌車から降りたにとりは変な声を漏らす。

 

「どうしました?」

 

 そんな声を聞いた北斗はにとりに声を掛けると、彼女の視線の先を見る。

 

「……」

 

 そこには仏頂面をしている、狼の耳が頭に生えている少女が腕を組んで立っていた。

 

「も、椛。何でここに?」

 

 にとりは意外な人物が居る事に驚きを隠せない様子だった。

 

「上からの命令で、河童が下手を起こさないか見張るようにと言われましたので」

 

「え、えぇ……」

 

 にとりは顔を引き攣らせる中、椛は北斗を見る。

 

「あ、あなたは?」

 

「私は白狼天狗の犬走椛と申します。あなたの事はあの馬鹿鴉の新聞で知っています」

 

「……は、はぁ」

 

 さりげなく毒を吐く彼女に北斗は一瞬反応が遅れる。

 

「今回は彼女に言った通り、上からの命令であなた方を監視させていただきます。特に―――」

 

 スゥ……と椛は目を細め鋭い視線を北斗に向ける。

 

「あなたは警戒させてもらいます、外来人」

 

「……」

 

 敵意の篭った視線を向けられ、北斗は息を呑む。

 

「椛さん。彼は守矢の大切なお客様ですよ。いくらなんでもそれは失礼なのでは」

 

「失礼も何も、異変に関わった者を一部とは言えど我らの領域に通すのです。このくらいの警戒は当然です」

 

「……」

 

「もちろん、あのアホ鴉の新聞を鵜呑みにはしていません。ですが、全く関わりが無い、とは言えないでしょう」

 

「それは……」

 

「……」

 

「まぁ、私の使命はあくまでもあなた方の監視。それ以上のことはしません」

 

 要約すれば『怪しい事をしなければ穏便に済む』と彼女は言っている。

 

「……」

 

 ジトッと早苗に睨まれ、椛は視線を逸らす。

 

「ま、まぁとにかく、例のやつを見せようと思うんだけど、いいかな?」

 

 にとりは一触即発の雰囲気に圧されながらも、小屋の方を見る。

 

 彼女の言葉に二人はとりあえず矛を収める。

 

 にとりは小屋の入り口に下がっている垂れ幕を退けて中に入り、それに続いて北斗と早苗、椛も続く。

 

「っ! これは!」

 

 中に入ると、すぐ目の前に一輌の蒸気機関車が鎮座していた。

 

 パッと見た感じはC10 17号機に酷似している。しかし細部が異なり、その中でもリベットが打たれている車体と異なり、電気溶接で出来た構造になっていた。

 

 そしてその蒸気機関車には、ナンバープレートが掲げられていた。

 

「『C11 312』……」

 

 その蒸気機関車のナンバープレートには、そう書かれていた。

 

「やっぱり知っているのかい?」

 

「え、えぇ。これは自分達が乗ってきた車掌車を押してきた機関車の改良型です」

 

「なるほど」

 

 にとりは感心したように声を漏らしながらマジマジとC11 312号機を見る。

 

(そして、外の世界で、これは……)

 

 北斗の脳裏に、荒れ果てた状態で放置される機関車の姿が過ぎる。

 

 ゆっくりと近付くと、C11 312号機の連結器に触れる。

 

 しかしC10 17号機の時と違い、変化は見られない。

 

(何も起こらない……あの時と同じか)

 

 C12形やC56形の時の様に、触れても何も起きなかった。 

 

(何だろうな。この違いは)

 

 様々な疑問が過ぎるも、北斗は頭を振るって疑問を払う。

 

「うーん。とても気になりますが、神奈子様と諏訪子様にお伝えに行かないと」

 

「むむむ」と唸りながら早苗は名残惜しそうにC11 312号機を見るも、北斗の方を見る。

 

「北斗さん。先に私は神社に戻っています。少ししたらお迎えに参ります」

 

「分かりました」

 

 早苗はそう伝えると、小屋から出て飛び上がる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「なるほど。要は水を沸かしてその時に発生した蒸気でこの蒸気機関車は動いているんだね」

 

「えぇ」

 

 C11 312号機の運転室内で北斗はにとりと、おかっぱや眼鏡を掛けた河童の少女達に蒸気機関車の構造を教えていた。

 

「で、水を沸かすのにこの石炭って言う石で火を起こすのかい?」

 

 彼女はC10 17号機より持ってきた石炭を見ながら北斗に質問する。

 

「一番は石炭ですが、蒸気機関車の強みは水を沸かす為の火を起こせるのなら、燃料は何でも良いという所です」

 

「それじゃぁ、木材とか紙でも良いのですか?」

 

 眼鏡を掛けた河童の少女が質問する。

 

「極端に言えば、ですがね。まぁ熱量的には石炭が一番なんですよ」

 

「なるほど」

 

 にとり達は納得したように頷く。

 

 蒸気機関車の強みは、水を沸かして蒸気を発生させられれば、燃料を選ばないことだ。

 

 一番は高熱量を発生させられる物が望ましいが、それ以外では薪等の木材や草、場所によってはゴミを使うこともあった。

 

 中には液体燃料を使うケースもある。

 

 例えば某ネズミのテーマパークにある蒸気機関車は灯油を燃料にしており、C59形蒸気機関車の127号機は重油を燃料にした専燃改造機がある。

 

 

「まぁ、蒸気機関車の基本的な構造はこんな感じです」

 

 北斗はにとり達を見ながら蒸気機関車の構造を説明し終える。

 

「いやぁ、すまないねぇ、盟友。次々と質問攻めしちゃって」

 

「いえ、役立てれば、幸いです」

 

「お陰で助かったよ。それに益々興味が湧いたし。これからもよろしくね」

 

「えぇ。これから、宜しくお願いします」

 

 北斗とにとりは右手を差し出して握手を交わす。

 

「今後妖怪の山に機関車が現れたら、真っ先に伝えるよ。それと山にある線路の調査と、天狗達の説得もね」

 

「助かります。山の線路の調査は全く進んでいないので」

 

「そりゃ難儀だね」

 

「えぇ」

 

 北斗は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「それで、この機関車は持って帰るのかい?」

 

 にとりは他の河童達によって小屋が撤去されて姿を現しているC11 312号機を見る。

 

「えぇ。機関区に持ち帰って工場で整備をさせます。このまま置いていてもどうしようもないので」

 

「そりゃそうだね。それなら、その整備風景を見てもいいかな?」

 

「構いませんよ。今なら他の機関車も整備させていますので」

 

「おぉ、他にもあったのかい!? そりゃ楽しみだね!」

 

 にとりは満面の笑みを浮かべて喜ぶ。

 

「全く。あなたは……」

 

 そんな様子の彼女に椛は頭に手を付いてため息を付く。

 

 

 

「北斗さーん!」

 

 と、早苗の声がすると、彼らの近くに彼女が降りてくる。

 

「そろそろ時間ですので、迎えに来ました」

 

「分かりました。それでは、にとりさん。自分はこれで」

 

「色々とありがとう。近い内に君の機関区に行くよ」

 

「はい。その時は歓迎します」

 

 二人はそう会話を交わして、北斗は早苗と共に守矢神社へと向かう。その後に椛が二人の後に距離を空けて付いて行く。

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29駅 守矢神社での会談

 

 

 

 

 河童の里から移動して妖怪の山にある守矢神社へと続く索道を目指して早苗の後を北斗は付いて行く。その後に椛が監視するように後に続く。

 

「……」

 

 北斗は赤く染まった木々の葉っぱを見渡す。

 

「綺麗ですか?」

 

 早苗は歩きながら北斗に声を掛ける。

 

「えぇ。外の世界では、これほど綺麗な紅葉は見た事がありませんでしたので」

 

「そうですね。これも山に住む秋の神様のお陰です」

 

「秋の神様、ですか?」

 

 早苗の言葉に、北斗は首を傾げる。

 

「はい。この妖怪の山には秋の神様の『秋静葉』さんと妹であり豊穣の神様の『秋穣子』さんが暮らしているんです」

 

「秋の神様に豊穣の神様ですか……」

 

 北斗は当たり前の様に居る神様に、改めてこの幻想郷が常識の通じない所だと認識する。もう何度目の認識か分からないが。

 

 ちなみにこの妖怪の山にはもう一人神様が住んでいるのだが、簡単に言及できないので、あえて早苗は触れなかった。

 

「この時期になるとこうして秋の風景をお姉さんの静葉さんが作り、妹の穣子さんが農作物の豊作を祈るんです。そのお陰で余程ことが無い限りは農作物が不作になることは無いんです」

 

「なるほど」

 

 北斗はそれを聞いて声を漏らす。

 

「という事は、他の季節でもこういった神様が居るのですか?」

 

「そうですね。神様ではありませんが、冬に現れる妖怪や、春を告げる妖精は居ますよ。今の所夏に関わる妖怪や妖精は見たことありませんが」

 

「へぇ」

 

 北斗は思わず声を漏らす。

 

 

 それからしばらく歩くと、索道へと出て三人は守矢神社へと目指す。

 

 道中山にある線路をちらほらと確認しつつ、三人は守矢神社へと到着する。

 

 

「ここが、守矢神社です」

 

 早苗は神社の鳥居の前で北斗に見せ付ける。

 

「これが守矢神社……」

 

 敷地の隅に聳え立つ四本の柱に立派な鳥居と社を見て、北斗は思わず声を漏らす。

 

(なんだか霊夢さん所の神社より立派かも)

 

 と、かなり失礼なことを内心で呟く。

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 神社の境内で竹箒をはわいて落ち葉を集めていた霊夢はキッと妖怪の山のある方向を睨む。

 

「どうしましたか、ご主人様?」

 

 近くで竹箒を持って落ち葉を集めていたる~ことが霊夢に問い掛ける。

 

「今とんでもなく失礼なことを言われたような気が」

 

「気のせいでは?」

 

「……」

 

 

 

 

「ここで私は持ち場に戻りますが、遠くからでも貴方達を監視しますので、下手な真似はしないように」

 

 椛はそう言うと、飛び出して二人の元を離れて行く。

 

「……」

 

「椛さんは『千里先まで見通す程度の能力』を持っていますからね。どこからでも椛さんなら見えるんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

 北斗が椛の言葉に首を傾げていると、早苗が補足する。

 

「幻想郷では様々な能力を持っている方が多いですからね。ちなみに私は『奇跡を起こす程度の能力』があります」

 

「名前から凄そうですね」

 

「読んで字の如くです。まぁ起こす奇跡の規模次第で詠唱の長さは異なりますが」

 

「なるほど」

 

 早苗の説明を聞き、北斗は頷きながら声を漏らす。

 

「今から神奈子様と諏訪子様をお呼びしますので、少々お待ちください」

 

 彼女は北斗に一言言うと、社の中へと入る。

 

「……」

 

 北斗は上着の右ポケットに手を入れて鉄道懐中時計を取り出すと、蓋を開けて時間を確認する。時刻は正午前だ。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 少しして早苗が社から出てくると、後ろから一人の女性と一人の少女が出てくる。

 

「ご紹介します。この御二方が私がお仕えしています、八坂神奈子様と、洩矢諏訪子様です」

 

(この二人が)

 

 北斗は早苗が紹介した二人から放たれる人ならざる雰囲気に息を呑む。

 

「初めまして。幻想機関区の区長をしています、霧島北斗です」

 

 北斗は姿勢を正すと、頭を下げる。

 

「君の事は早苗から聞いているよ、北斗君」

 

 と、諏訪子は北斗に声を掛けるが、どことなく威圧的な部分が見られる。

 

 今回は会談が目的だが、二人の裏の思惑としては霧島北斗がどんな人間であるかを見極めることである。

 

 と言っても、諏訪子の場合は半ば私情が混じっているが。

 

「今日は我々の会談に応じてもらって、感謝する」

 

 神奈子は頷くと、北斗を見る。

 

「立ち話もなんだ。客間で話をしよう」

 

「早苗。お茶を淹れて来てくれる」

 

「分かりました」

 

 諏訪子が早苗にお茶を淹れてくるように頼み、二人は北斗を招いて社の中に入る。

 

 

 

 

 客間に移動した三人はちゃぶ台を挟んで向かい合うように座る。

 

 少ししてお茶を淹れた湯呑を載せたお盆を持った早苗が客間に入り、三人の前に湯呑を置き、そのまま三人の間に座る。

 

 

「今日はよく来てくれた。本来なら我々がそちらに赴くべきなのだがな」

 

「構いません。偶々こちらも山に用事があったので」

 

「早苗の話じゃ、午前中に河童達と話していたんだって?」

 

「えぇ。そこで河童の皆さんが見つけた蒸気機関車があったので、それの確認と回収に向かっていました」

 

「へぇ、山に蒸気機関車があったんだ」

 

「この間は確か三輌の機関車を見つけたばかりだったが、今起きている異変と何か関連があるのか……」

 

 軽く会話を交わしてから神奈子は緑茶の入った湯呑を手にして一口飲む。

 

 

「それで、今日はどのようなご用件があるのでしょうか?」

 

 改めて北斗は神奈子に問い掛ける。

 

「うむ。今日の会談の内容だが、そちらが計画している鉄道事業に、我々守矢も一枚噛ませて欲しいのだ」

 

「と、言うと?」

 

「早苗から聞いていると思うけど、私達は元々は外の世界に居たんだ」

 

「えぇ。確か信仰を得るために、この幻想郷に幻想入りしたとお聞きしています」

 

 諏訪子の言葉を聞いて、北斗は以前早苗から聞いた話を思い出す。

 

「そうだ。我々神は信仰を得る事で力を強めることができる」

 

「そして逆に信仰が無くなれば、力を失い、やがて消滅する」

 

「……」

 

「外の世界に居た頃は信仰なんて殆ど無くて、私達の消滅は時間の問題だった」

 

「だから、私達は賭けとして、信仰を得る為に幻想郷に神社ごと幻想入りしたんだ」

 

「……」

 

「まぁ、最初は少しゴタゴタしていたが、早苗の布教活動のお陰で少しずつ信仰を得ている」

 

「でも、一つだけ問題があるんだ」

 

 諏訪子の言葉に、北斗はすぐに彼女達が抱えている問題を察する。

 

「……参拝客が少ないんですね」

 

「そうだ」

 

「まぁ、場所が場所だからね。その上距離がある上に山道だから」

 

 諏訪子は深いため息を付く。

 

「一応分社はあるからそこからでも信仰を得られるんだけど、やっぱり神社に来てもらうのとは得られる信仰は違うんだ」

 

「なるほど」

 

 こういう類に詳しくないが、それでも大変そうであるのは分かって北斗は頷く。

 

「そこで、以前は河童と協力してロープウェーを作って参拝客を神社に招こうと計画していたのだが……」

 

「天狗達が建設に難色を示してね。まぁそれ以前に技術や環境的な問題があって、結局計画は中止になったんだ」

 

「そうなんですか」

 

 二人の様子から大分苦労しているのを感じ取った。

 

「そんな時に、君達と蒸気機関車の幻想入りと、線路異変だ」

 

「……」

 

「早苗から聞いたけど、先日人里で会談を行ったんだよね。人里から離れた場所まで鉄道で繋ぐ計画を」

 

「えぇ」

 

「それに、我々守矢が計画に加わって、お前達の後ろ盾になる」

 

「つまり、スポンサーという事ですか?」

 

「そう思ってもらえても構わないよ」

 

「……」

 

「今北斗君の所で困っていることは無いかな? 例えば、燃料の石炭の調達をどうするか、とかね」

 

「……」

 

 諏訪子の言葉に北斗は何も言えなかった。

 

 幻想機関が抱える最大の問題は、石炭を何処から補給するかだった。

 

 貯蔵量はまだあるものも、このまま補給が無ければ一年以内に底を突く可能性があった。

 

「石炭の事なら、私に任せてよ」

 

「それってどういう事ですか?」

 

 胸を張る諏訪子に北斗は首を傾げる。

 

「つまり、こういう事だよ」

 

 と、諏訪子は両手を間隔を空けて合わせると、両手とその間が光り輝く。

 

 少しして光が収まると、ちゃぶ台の上に野球ボールぐらいの大きさの石炭が現れる。

 

「っ!?」

 

 北斗は突然現れた石炭に目を見開く。

 

「こ、これは…・・・!?」

 

「これは私の『坤を創造する程度の能力』で生み出したんだよ」

 

「坤を創造する程度の能力?」

 

「坤は八卦で地を表す。まぁ簡単に言えば大地関連の物を創造し、操る能力だよ」

 

「……」

 

 北斗はでかいスケールの能力に言葉が出なかった。

 

「諏訪子様の能力なら、物質を無から創造するのは容易いんです」

 

「まぁ、全盛期と比べると大分力は落ちちゃっているんだけどね」

 

(それでも凄いんですが)

 

 苦笑いを浮かべる諏訪子に、北斗は内心で突っ込みを入れる。

 

 だが、同時に北斗にとっては良い意味で誤算だった。

 

 こんな短期間で石炭を手に入れられる手段を見つけられたのだから。

 

「さすがに十分な量は一度に作れないけど、それでも石炭を供給出来るようになるのは、助かるんじゃないかな?」

 

「え、えぇ」

 

「まぁ、石炭ならもしかしたら地底で見つかるかもしれんが」  

 

「……?」

 

 神奈子の呟きに北斗は首を傾げる。

 

「この幻想郷の地下には地底世界があるんです。その入り口はこの妖怪の山にあるんです」

 

「地底世界ですか」

 

 ファンタジックな場所に北斗は思わず声を漏らす。

 

「はい。と言っても、そこに暮らすのは忌み嫌われた妖怪や怨霊が暮らしている危険地帯でもあるんですが」

 

 地底に関しての早苗の説明に北斗は息を呑む。

 

「地底では様々な鉱石が見つかっていると言う噂がある。そこにもしかしたら石炭もあるかもしれんな。まぁ、容易に足を踏み入れる場所ではないが」

 

「そうですか……」

 

 北斗は少しばかり残念そうな表情を浮かべる。

 

 石炭を手に入れられるかもしれない場所が判明したが、簡単に向かうことができない場所とあって、少し残念だった。彼からすれば石炭の入手手段は多い方が良いのだ。

 

 しかし、現時点で山に入る事が出来ないので、追々石炭の輸送方法を考えなければならないが。

 

 

「それで、どうする?」

 

 神奈子はスゥと目を細めて、北斗を見る。

 

「……」

 

 北斗はしばらく悩むが、ここまで来ると答えは一つしかない。

 

 それに、この幻想郷で後ろ盾となる存在があるのは、新参者である幻想機関区にとっては心強い。

 

「……こちらとしては、断る理由がありません」

 

「……」

 

「こちらからも、ご協力をお願いします」

 

 北斗は頭を深々と下げる。

 

「あぁ。よろしく頼む」

 

 神奈子は右手を差し出すと、北斗も右手を差し出して握手を交わす。

 

「そういや、もうお昼か」

 

 と、諏訪子が壁に掛けられている時計を見て呟く。

 

「ちょうどいい。休憩がてら昼食を取るとするか」

 

「早苗。お願い」

 

「分かりました」

 

 早苗は立ち上がると、客間を出て台所へと向かう。

 

「あの、自分も良いんでしょうか?」

 

「あぁ。昼はまだだろ?」

 

「そうですが……」

 

「なら、ちょうどいい。会談内容以外で聞きたい事があるからな」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は戸惑いを覚えるも、神奈子達のご好意に甘えて昼食を取ることにした。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30駅 忌々しい過去

 

 

 

 

 北斗と神奈子達は世間話を交えながら昼食を取り、その後会談を再開して詳細を煮詰めた。

 

 

 

「とりあえず、こんな所でしょうね」

 

「うむ」

 

 しばらくして会談も終わりに差し掛かっていた。

 

「って、もうこんなに時間が経ってたんだ」

 

 と、諏訪子が時計を見て声を漏らす。

 

 それを聞いて北斗と神奈子、早苗も時計を見ると、時計の針は4時半を回ろうとしていた。

 

「大分話しましたね」

 

「そうだな」

 

 予想以上に話し込んでいて二人は苦笑いを浮かべる。

 

「では、そろそろお開きにしましょう」

 

「うむ」

 

「でも、今から帰ると真っ暗になるんじゃないかな?」

 

 諏訪子はオレンジ色に染まった空を見ながら呟く。

 

 秋は太陽の落ちる時間が早くなるので、一般的に夕方と言える時間でもう真っ暗になってしまう。

 

「大丈夫ですよ。多少暗くなるぐらいなら問題は―――」

 

「北斗さん。幻想郷の夜は、外の世界とは比べ物にならないぐらい危険なんですよ」

 

「えっ?」

 

 早苗の言葉に北斗は声を漏らす。

 

「夜は多くの妖怪の、それも気の荒いやつの活動時間だ。だから幻想郷に住む人間は基本夜は外出しないんだ」

 

「……」

 

「それに、ここは妖怪の山。神社の外に出れば、そこら中に妖怪が居るんだ。例え早苗が一緒に居たって危険なんだよ」

 

 諏訪子の言葉で北斗は理解し、そして実感した。

 

 

 いかに外の世界が、それも日本が平和であるかを。  

 

 

「まぁ、こんな時間まで君を付き合わせた我々にも責任はある。今晩はここで泊まっていくと良い」

 

「でも、それではそちらが迷惑じゃ」

 

「一人増えた所で困ることなんて無いよ。むしろ賑やかな方が楽しいしね」

 

「……」

 

「河童の里に残っている葉月さんのことなら、私がすぐにお伝えに行きます」

 

 北斗の心配事を察してか、早苗が提案する。

 

「……」

 

 北斗はしばらく悩むが、無理に帰ろうとしてもかえって彼女達に迷惑を掛ける事になるので、結局彼が折れるのだった。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

「うむ。すぐに納得する人間は嫌いではないぞ」

 

「……もし無理に帰ろうとしたら、どうしたんですか?」

 

「そりゃ君の身の安全を考慮して、縛ってでも無理矢理ここに居させるつもりだったよ」

 

 ニコッと諏訪子は彼のことを心配しているのに、えげつない事を言うのだった。

 

(客人に対してやる行為じゃないよな)

 

 そんな諏訪子の台詞に北斗はげんなりとする。

 

「それでは、特急でお伝えに行きます。ちなみに何をお伝えすれば宜しいでしょうか?」

 

「えぇ。『今日は守矢神社で泊まることになったから、火を落とさないようにして、早朝の出発に備えて欲しい』と伝えてください」

 

「分かりました! では、行ってきます!」

 

 早苗は敬礼をすると、社を出て勢いよくオレンジ色に染まった空に向かって飛び出す。

 

「自分もあぁやって空を飛べたら、早苗さんに迷惑を掛けることが無かったのに」

 

 何処と無く自傷気味に彼は呟く。

 

「飛べたら機関車持っている意味が。いや、むしろ機関車ごと空を飛んだら便利そうだね」

 

「どこの銀河鉄道だ」

 

 神奈子は諏訪子にツッコミを入れると、北斗を見る。

 

「何でも自分で解決できるわけじゃない。人を頼るのも賢い選択だぞ」

 

「……」

 

『人を頼る』と言う言葉を聞いた時、一瞬北斗の表情に影が差す。

 

 そしてその一瞬を二人は見逃さなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜。

 

 

「遠慮は要らんぞ! さぁ飲んだ飲んだ!」

 

「は、はい」

 

 少し顔を赤くして気分を良くしている神奈子は一升瓶を片手に持ち、北斗は戸惑いながらも手にしていコップを差し出してお酒を受け入れる。

 

 辺りが真っ暗になる中、社には神奈子の力によって文明の光(電灯)が灯されており、その客間で北斗達は夕食を取っていた。

 

 夕食を食べ終えると、神奈子は『腹を割って話そうか!』と言って早苗にお酒の入った一升瓶と軽い摘まみを持ってこさせて北斗と飲み交わしながら話をしていた。

 

 北斗はまだ未成年だったのでお酒は遠慮しようとしたものも、幻想郷では飲酒の年齢制限は無く、北斗より年下の子供でも普通に飲んでいるとあって、彼は戸惑いながらも人生で初めてお酒を飲む事となった。

 

 でもって、お酒を飲みながら四人は世間話を交わしていた。

 

「それにしても、北斗君初めての割りには結構強いんだね」

 

 コップに入っている日本酒を一口飲んだ諏訪子は特にこれと言って変化の見られない北斗に思わず声を漏らす。

 

 既に何杯も神奈子からお酒を注がれて、それを飲み干しているのだが、北斗の顔はそれほど赤くなっていないし、居たって普通に見えた。

 一応四人が飲んでる酒は結構強いやつなのだが。

 

 ちなみにその傍でお酒を飲んでいた早苗にいたっては、顔を赤くしてフラフラしていた。

 

「ハッハッハッ! 中々強いな、北斗! 気に入ったぞ!」

 

 神奈子は意外と酒に強い北斗に気分が良くなったのか、更に酒を勧める。

 

 北斗は苦笑いを浮かべながらも、その酒を受け入れるのだった。

 

 

 どう見ても歓迎会で先輩から酒を勧められる新入社員の図である。

 

 

 

 

 

 そして30分後の現在。

 

 

(いやいや、いくらなんでも強すぎでしょ!?)

 

 諏訪子が内心で戦慄していたのは、何杯も神奈子からお酒を注がれて飲み干しているはずなのに、ようやく顔が赤くなりだした北斗の姿にあった。

 並大抵の人間なら数杯で酔い潰れてもおかしくない強いお酒飲んでいるのに、ようやく酔い出したのだ。戦慄するなと言うのが無理な話だろう。

 

 ちなみに早苗はその20分前に酔い潰れてしまい、諏訪子が彼女を抱えて寝室に連れて行って寝かせていた。

 

(う、うーむ。ここまで強いとは)

 

 神奈子も予想以上にお酒に強い北斗に息を呑む。酔っている様に見えた神奈子だったが、実際は酔っておらず、酔ったフリをして北斗の様子を見ていた。

 

 

 さて、この二人がなぜ北斗を半ば無理矢理酔わせようとしているかと言うと、昼食の時に聞けなかったことを酔わせて気を緩ませ、色々と聞き出そうとしていた。

 

 どうも北斗はガードが固く、自分の事はそう多く語ろうとしなかった。神である二人はその培った経験で北斗を誘導させて聞きたい事を語らせようとしていたのだが、彼は警戒心が強く、その上よく頭が回っていたので、のらりくらりとかわしていた。

 

 なぜそこまで北斗の事を知ろうとしているのは、当然事業のパートナーとして人物を知っておきたいのもあるが、何より大きいのは自分達にとって娘同然に大切な存在である早苗が気に掛けている人物だからだ。

 

 決して良いとは言えない方法で聞き出そうとしているのは二人共承知の上だ。しかし、それでも知っておきたかったのだ。

 

 

「いやぁ、お酒って飲めば飲むほどおいしく感じるんですね」

 

 ほろ酔い状態となっている北斗は少し左右に揺れている。その上喋り方も若干ホワホワとしている。

 

「そ、そうだな。慣れれば、きっと普通に飲めるようになるぞ」

 

「そうですかぁ。なんだか楽しくなってきたなぁ」

 

 微笑みを浮かべる北斗はコップに残ったお酒を飲み干す。

 

(う、うーむ。これは下手すると天狗と良い勝負をするんじゃないか?)

 

 神奈子は予想以上の強さに、息を呑む。

 

 

 

「いやぁ、こんなに楽しいって思ったのは、久しぶりだなぁ。幻想郷に来てからも楽しいことや嬉しい事はあったけど、こうして話をしていて楽しいって思ったのは、本当に久しぶりだ」

 

「そ、そうなのかい?」

 

 すると北斗が喋り始め、諏訪子が聞く。

 

「はい。外の世界だと、誰も俺に声を掛けようとしませんでしたしね。最後に楽しく会話が出来たのは、あのお姉さんと話した時ぐらいかな」

 

 この時彼が言うお姉さんに二人は気にしたが、今はその疑問を圧し留めて先を促す。

 

 

「まぁ、その後は……楽しい時なんて、無かったな」

 

 すると、さっきまでのホワホワとした雰囲気が消え、目が据わる。

 

「俺が見えない物が見えるってだけで、みんなは離れて、罵倒して、虐めて来たんです。正直な事を言って何が悪いってんだ」

 

 いつの間にか一升瓶を手にしていた北斗は自分でコップに注いで、お酒を勢いよく飲む。完全な自棄酒である。

 

「その上、じいちゃんの親戚の叔父(クソ野郎)の所に預けられたら、そいつに何度も暴力を振るわれた。見えるってだけで、自分にも煽りを受けているといって、熱い湯が張った湯船に頭を突っ込まれ、平手打ちや拳骨、足蹴りは当たり前。まぁ、叔父(クソ野郎)は俺が叫んで抵抗したことで警察に捕まったけど」

 

 据わった目は見るからに憎悪が篭っており、憤慨な雰囲気を醸し出しながらも酒を飲む。

 

 神奈子と諏訪子は黙って、北斗の話を聞く。

 

「学校では虐めがありましたけど、虐めの主犯となっていた生徒五人が立て続けに事故に遭って、その内一人が亡くなり、残りは一生寝たきり生活を余儀なくされて、それ以降誰もが俺を疫病神扱いして、避けていきました」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、コップに注いだ酒を一気に飲む。

 

「それ以降、ずっと俺は一人でした。まぁ、面倒ごとが無くなったので、かえってよかったかもしれませんが」

 

 自傷気味にそう言うと、深くため息を付く。

 

「でも、この幻想郷に来てからは、毎日が楽しくなりました。あれだけ忌々しかった一日が、今じゃ一日一日が、楽しいです」

 

 ここで初めて微笑を浮かべて、コップをちゃぶ台に置く。 

 

「それに、趣味の合う友人も出来て、自分のやりたい事を見つけて、本当に、楽しいです」

 

「……」

 

「……」

 

「そして、早苗さんは、本当に―――」

 

 すると北斗の頭がゆっくりとうな垂れ、少しして静かに寝息を立てる。

 

 

「……」

 

「……」

 

 神奈子と諏訪子はお互いの顔を見合わせてから、寝息を立てて寝ている北斗を見る。

 

「ねぇ、神奈子」

 

「何だ、諏訪子」

 

「早苗がさ、どうして北斗君を気に掛けているか、何となく分かった気がする」

 

「……あぁ。そうだな」

 

 二人の表情はどこか寂しく、悲しそうなものだった。

 

「……薄々感じていたんだろうね。何となく、自分に似ているって」

 

「……」

 

「でも、北斗君は強いね。これだけの不幸に見舞われながらも、誰も見向きもされなかったのに、決して挫けていない」

 

「そうだな」

 

 二人は複雑な気持ちであった。

 

 全く同じでは無いが、それでも似た経験をしてきた早苗には自分達と言う支えがあった。

 

 だが彼には、その支えが全く無い。周りに味方なんて誰一人いない。

 

 そんな中で、決して腐らず普通を保ち続けていた彼は、本当の意味で強いのだろう。

 

 もしくは、何も感じないぐらいに心が壊れているのか。

 

「だから、誰も信用してないんだろうね」

 

「……」

 

 諏訪子の言葉に、神奈子は何も言わなかった。

 

 会談の時から薄々察していたが、信用していると言い切れない、どこか引っ掛かる雰囲気が北斗にあった。

 

 長い間生きて来て、様々な人間を見てきた二人は違和感を覚えていたが、さっきの話を聞いてその違和感の正体を理解する。

 

 

 表面上は普通を装っている様にしているが、内面は誰も信用していない。

 

 

 彼の経歴からすれば、それは仕方の無い事だろうと言える。しかし、まだ全てを喋ったわけではないので、そうと決め付けるのにはまだ早い。

 

 しかし彼とてこの幻想郷で生きていく以上、信頼関係は必要であるというのは理解しているはず。少しずつ心を直していくはずだ。

 

 

 まぁ、彼が本当の意味で信頼と言うものを理解して人を信用するのは、まだ先の事になるだろうが。

 

 

 二人はその後眠ってしまった北斗を抱えて空き部屋に用意した布団に彼を寝かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31駅 Promise of distant day

 

 

 ガクッ

 

 

「……」

 

 段差に躓く夢を見たように、反射的に身体が動いたせいで不意に早苗は目が覚めた。そして最初に視界に入ったのは、自分の部屋の天井であった。

 

(私、あのまま眠ってしまったんですね)

 

 夕食後神奈子に勧められてお酒を飲んだものも、彼女はお酒に弱い体質とあってすぐに酔い、その後眠ってしまったので彼女は諏訪子に部屋まで運ばれていた。

 

 神奈子と諏訪子に迷惑を掛けてしまったことに申し訳なく感じていたが、同時に北斗に気の毒なことをしてしまった事に罪悪感を覚えていた。

 

(北斗さんは、どうなったのでしょうか)

 

 あの後北斗が酔い潰れていなかったら、あのまま神奈子と諏訪子の相手をしていた事になる。

 

 ただでさえ酒豪な神様であり、それに付き合わされたとなると……

 

 そう思うと、早苗はとても申し訳ない気持ちが込み上げてきて、この時だけはお酒に弱い自分が情けなく思った。

 

 早苗は身体を起こして立ち上がるも、少し酔いが残っているのか、若干足元がおぼつかない。

 

「うぅ……まだお酒が残っているんでしょうか」

 

 その上喉がカラカラとあって、彼女は喉に手を当てて顔を顰める。

 

 ふと部屋にある鏡に自分の姿が写る。

 

 髪はボサボサで、よれよれになった巫女服を着た自分の姿だ。

 

 まぁ、あのまま寝てしまったら、こんな状態になってもおかしくない。

 

 早苗はそんな情けない姿に複雑な感情を抱きながらも、いつも付けている蛙と蛇の髪飾りを外し、軽く髪を櫛で梳いて部屋を出る。

 

 

 

 その後台所に向かった彼女は、水瓶に溜めている水を飲んで喉を潤した後、縁側に向かった。

 

 目が覚めてしまったのですぐに眠れそうに無かった。なので気分転換に夜空を見ることにしたのだ。

 

 ついでに客間を確認してだ。

 

 客間は彼女が予想しているよりも綺麗に片付けられていた。別に彼女は二柱を疑っていたわけではないが、もしかしたら片付けられずそのままにしてあったかもしれなかった。

 

(北斗さんは空き部屋の方でしょうか?)

 

 あの二人を相手にしていたのだから、酔い潰れて部屋で寝ているだろうと思い、彼女は客間を後にする。

 

 そんな事を考えながら縁側に出ると、そこに先客が居た。

 

「……北斗、さん?」

 

 縁側には北斗が座っており、夜空を見上げていた。

 

 彼女が声を掛けた為、北斗は後ろを振り返る。

 

「早苗さん。どうしました?」

 

 彼は早苗に声を掛ける。

 

「目が覚めたので、気分転換に。北斗さんも?」

 

「えぇ。自分も、似たようなものです」

 

 と、北斗はそう言ったものも、その一瞬目に苛立ちの色が見えた。

 

 そういう目を、早苗は知っていた。

 

 

 夢で嫌な事を思い出した、そんな目を。

 

 

「隣、よろしいでしょうか?」

 

「えぇ。どうぞ」

 

 早苗の問いに北斗が答えると、彼女は北斗の隣に座る。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし隣に座ったは良いが、直後に気まずさがこみ上げて二人は黙ったままであった。

 

 

「あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

 と、少しの間の沈黙を破り、早苗が北斗に声を掛ける。

 

「その、今日の事は本当にごめんなさい。神奈子様と諏訪子様が無理にお酒を勧めてしまって」

 

 早苗は申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「いえ、構いません。久々に楽しい一時を送れましたので」

 

 北斗は苦笑いを浮かべながらもそう答える。

 

「楽しい、ですか?」

 

「えぇ。あぁやって人と騒いだのは、久しぶりでしたので」

 

「久しぶり、ですか……」 

 

 怪訝な表情を浮かべる早苗に北斗がそう答えると、早苗の脳裏にある時の事が過ぎる。

 

 

『こんなに騒いで楽しいと思ったのは、初めてです』

 

 

 それはこの幻想郷に来て異変を起こし、その後異変が解決された後に博麗神社で宴会を行った時に、自分が発した言葉だった。

 

「……」

 

 早苗は何か考えるかのように目を細めると、少し間を置いて口を開く。

 

「あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「北斗さんは、外の世界では、どうありましたか?」

 

「どう、とは?」

 

 北斗は首を傾げる。

 

「その、言いづらいかもしれませんが、北斗さんの事を、聞きたくて」

 

 早苗は両手の指先を合わせて視線を左右に揺らしながら聞く。

 

「……」

 

 彼女にそう問い掛けられて、北斗は視線を前に向け、星空を見上げる。

 

「む、無理に言わなくてもいいですよ。話しづらいですよね」

 

 そんな様子の彼に早苗は慌てて止める。

 

 そりゃつらい過去を話すのは誰だって避けたいものだ。それは彼女自身も同じだ。

 

 

「……いえ、大丈夫です」

 

「え?」

 

「……」

 

 北斗は目を瞑り、少しして目を開いて話した。

 

 

 

 ―――自分の事を理解しようとしない大人たち。

 

 

 ―――叔父(クソ野郎)に暴力を振るわれた日々。

 

 

 ―――同級生五人による虐めの日々。

 

 

 ―――その五人に不幸が降り掛かると、疫病神と罵って遠ざける同級生達。

 

 

 

「……」

 

 それを聞いた早苗は、言葉を失った。

 

 初めて出会った時から、彼女は北斗に対してどことなく自分と似たものを感じていた。

 

 しかし、それは彼女が思った以上に悲惨なものだった。

 

「その、ごめんなさい」

 

「なぜ謝るのですか?」

 

「だって、こんな辛いことを、言わせてしまって」

 

 彼女とて、軽い気持ちで聞いたつもりは無かった。しかし、彼の過去は予想以上に

重かったとあって、彼女は安易に聞いてしまったことに罪悪感を覚えた。

 

「気にしていませんから大丈夫です。もう過ぎたことですから」

 

「北斗さん……」

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 気まずい雰囲気が漂う中、早苗が口を開く。

 

「そ、その、自分で聞いておいてなんですけど、どうして私に話してくれたんですか?」

 

 早苗は知らないが、ほぼ素面な状態の北斗が自分の過去を話すとは思えない。

 

「どうして、ですか……」

 

 北斗は声を漏らして遠い目で夜空を見上げる。

 

「自分でも、よく分からないんです」

 

「……?」

 

 早苗は怪訝な表情を浮かべ、思わず首を傾げる。

 

「ただ、なんていうか、早苗さんになら話せると思ったので」

 

「私になら、ですか?」

 

「えぇ」

 

「……」

 

「……」

 

 ますます分からなくなり、二人揃って首を傾げる。

 

 

 

「あの、早苗さん」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

 少しして北斗は口を開く。

 

「その、変なことを聞くかもしれませんが―――」

 

 北斗は一間を置いてから、口を開く。

 

「俺達って、前にもどこかで会った事がありましたか?」

 

「え?」

 

 北斗からの質問に早苗は首を傾げる。

 

「あっ、いえ。早苗さんと初めて会った時、どうしてかどこかで会った事があるような気がして」

 

「……」

 

「そのせいか、なんだか親しみが持てて。とても、話しやすかったんです」

 

「それで、さっきのように?」

 

「えぇ」

 

「……」

 

 すると早苗は何かを考えるように、顔を伏せる。

 

「……すみません。変な事を言ってしまって」

 

 北斗は何を言っているんだと言わんばかりに俯く。

 

 

「……偶然、ですね」

 

「え?」

 

 早苗が漏らした言葉に北斗は首を傾げる。

 

「私も、最初に北斗さんを見た時、どうしてか初めて会った気がしなかったんです」

 

「……」

 

「そのお陰でしょうか、北斗さんと話す時、とても、楽しく話せたんです」

 

「早苗さん……」

 

「……」

 

「……」

 

 二人はしばらくの間沈黙するも、その際に脳裏にぼやけながらも景色が浮かび始める。

 

「……」

 

「……」

 

 すると二人は無意識の内に、お互い右手を近づけて小指を伸ばし、指切りげんまんをするように絡め合う。

 

 

 

 また会おうね。

 

 うん! またね。

 

 僕達、ずっとお友達だよ!

 

 うん! お友達!!

 

 

 

 そして二人の脳裏に、遠い日の、幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。

 

 

 

「……そうか。そういうことか」

 

「……」

 

 二人は指切りげんまんのように絡めている小指を見て、声を漏らす。

 

「あの時の女の子、早苗さんだったんですね」

 

「はい」

 

 早苗は声を漏らしながら頷く。

 

「確かあの時、早苗さんは鉄道博物館で両親とはぐれて迷子になっていたんでしたっけ?」

 

「はい。そんな時に、北斗さんが見つけて、一緒にお父さんとお母さんを探しながら周ったんですよね」

 

「えぇ。しばらくして、早苗さんの両親を見つけて、そこで別れたんですよね」

 

「はい。その際に、蒸気機関車の前でこうして指切りげんまんをしたんでしたね。また会う約束として」

 

「えぇ……」

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 すると気まずくなってきたのか、二人は腕を引っ込める。

 

「は、ハハハ……。なんていうか、こんな漫画やアニメみたいなことって、あるんですね」

 

「そ、そうですね。でも、ここは幻想郷ですので、そういった常識に囚われてはいけないんですね」

 

 二人は思わず苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ」

 

「ふむ」

 

 そんな二人の様子を物陰から気配を消して見守っていたのは、神奈子と諏訪子の二柱であった。

 

 寝ていると思われていた二人だったが、そもそも神である二人に休息は必要な時に取ればいいので、こうやって夜中に起きていても問題ない。

 

「そういえば、あの時早苗『お友達が出来ました!』って嬉しそうに言ってたっけ」

 

「あぁ。あの時の早苗は、とても嬉しそうだったな」

 

「うん。それがまさか北斗君だったなんて。不思議な縁があったもんだね」

 

「全くだ」

 

 二人は微笑みを浮かべて、気まずくしながらも当時の事を話している二人を見守る。

 

 

「ねぇ、神奈子」

 

「諏訪子。言わなくても、お前の言いたいことは分かるぞ」

 

 と、諏訪子が言おうとしていることを察した神奈子は頷く。

 

「今は、あの二人を見守ろうじゃないか」

 

「……そうだね」

 

 二人はそう言うと、早苗と北斗の二人が寝るまで、静かに見守るのだった。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32駅 明らかになる事

前から譲渡が検討されていた真岡鐵道のC11 325号機が正式に東武鉄道に売却されることになりましたね。
今後三輌体制なのか、それとも復元中の私鉄発注のC11 1号機が復元した後にJR北から借りているC11 207号機を返還して二輌体制にするのか。
まぁどちらにしても、今後のC11 325号機の動向に注目ですね。





 

 

 

 

 幻想郷には博麗神社や人里、霧の湖に紅魔館、妖怪の山に守矢神社と、その他にも様々な場所が存在する。

 

 しかし中には並大抵の実力者でも早々近付かない場所がある。

 

 

 それは『太陽の畑』と呼ばれる場所である。

 

 妖怪の山のほぼ反対方面の奥地にある草原であり、夏になると一面に向日葵が咲き誇る絶景スポットだ。名前の由来はそこから来ている。

 

 一見すれば特に危険が無いように聞こえるだろう。まぁ確かにここだけならそれほど危険は無い。強いて言うなら妖精に遭遇しやすいという所だろう。

 

 しかし、並大抵の実力者が近づかないようにしているのは、この辺りで活動するとある妖怪が原因であるのだ。

 

 

 

「……」

 

 そんな太陽の畑の平原に出来た道を一人の女性が日傘を差して歩いていた。

 

 癖のある緑の髪をして赤い瞳を持っており、女性としてはそこそこ背が高い。白いシャツの上にチェック柄の赤いベストを羽織り、ベストと同じ色と柄のスカートを着用している。

 

 彼女の名前は『風見幽香』という、『花を操る程度の能力』を持つ花の妖怪である。

 

 聞くだけなら大したことがなさそうにも思えるが、幻想郷においてそんな事を思えるやつはただの命知らずの大馬鹿である。

 

 彼女の実力はこの幻想郷では五本の指の一つに入るほどであり、博麗霊夢ですら出来れば関わりたく無いと言わしめるほどである。

 

 とは言えど、たまに理不尽な理由があるもの、それ以外で彼女が人間を襲うことは無いし、彼女自身人間を嫌っている節は無い。むしろ人里で彼女の姿が目撃されることが多い。

 

 しかし彼女は花の妖怪とあってこの事には敏感で、花を傷つけたり悪口を言うと、ほぼ命が無いと言っても過言ではない。

 

 そんな彼女は太陽の畑を活動拠点として、こうして花のある場所を目指して散歩しているのが日課である。

 

 ちなみに彼女は元からこの幻想郷に住んでいたわけではなく、別の世界に館を構えて暮らしていた。しかし今は暇つぶしを兼ねてこの幻想郷に移り住んでいる。

 

 

「……」

 

 すると彼女は顔を上げて立ち止まる。

 

 その視線の先には、道の端に立てられた柵の前に立つ一人の女性がいた。

 

「あなたがここに来るなんて、随分久しぶりね」

 

「そうね。ここに来るのはあの日以来かな」

 

 幽香が声を掛けると、女性は手にしている写真を懐に仕舞う。

 

「久しぶりね、幽香」

 

「えぇ。久しぶり……『飛鳥』」

 

 幽香が女性の名前を言うと、女性は幽香の方を向く。

 

 

 

 

「久しぶりに会ったけど、幽香髪を切ったのね」

 

「こっちの方が面倒がなくて良いわ」

 

「長い方が似合っていたんだけどね。特に今の格好なら似合っているんじゃない?」

 

「……」

 

 太陽の畑の近くにある幽香の家で二人は紅茶を飲みながら会話を交わしていた。

 

「それで、今まで一体何をしていたのかしら?」

 

「まぁ、色々とね」

 

「色々、ね」

 

 ジトッと幽香は飛鳥を睨む。

 

「で、今日は一体何の用かしら?」

 

「久しぶりに会う友人と世間話をしに来たとは思わないの?」

 

 飛鳥は苦笑いを浮かべる。

 

「長らく来ていないあなたが急に来たって、疑いしか抱かないわね」

 

「相変わらず辛辣だことで」

 

「……」

 

 わざとらしく肩を落とす仕草をする飛鳥に幽香は短くため息を吐くと、ソーサーにカップを置き、テーブルに置いている新聞の記事を見る。

 

「天狗の新聞で知ったけど、最近外来人が大きな施設と共に幻想入りしてきたそうね」

 

「そうね」

 

「新聞には確か、蒸気機関車とか言う物もあったわね」

 

「……」

 

「その外来人……写真に写っている姿を見てまさかとは思ったけど」

 

 幽香は顔を上げて飛鳥を見る。

 

「しばらく見ない内に、随分と大きくなったわね」

 

「……」

 

 幽香は滅多には見せない微笑みを浮かべる。

 

「ホント、あなたにそっくりね」

 

「……」

 

 飛鳥はしばらく悩んだが、観念したように口を開く。

 

「よく、分かったわね。幽香が最後にあの子を見たのは、まだ赤ん坊だっただろうに」

 

 彼女は懐から折り畳んだ写真を取り出すと、それを広げる。

 

 長い時間が経過しているのか、写真は色褪せてボロボロだったが、そこには二人の男女の姿が写されており、女性の方は飛鳥本人であり、その腕には生まれて間もない赤ん坊が抱かれている。

 

 

 

 その赤ん坊こそが、あの霧島北斗である。

 

 

 

 そして彼女は、北斗の実の母親なのである。

 

 

 

「さすがに最初は気付かなかったわ。まぁ、興味も無かったし」

 

「……」

 

「でも、写真をよく見ると、目つきがあなたとそっくりだったわ」

 

「……」

 

「それに、偶々魔法の森で白黒の魔法使いと人形使いと一緒に居た所を見た時、彼の瞳の色を見て確信を得たわ」

 

「……そういうことか」

 

 納得したように飛鳥は呟く。

 

 自分の特徴を色濃く受け継いでいるとあって、納得できた。

 

「と言うか、なんで魔法使い二人と一緒に居たの」

 

「知らないわ。その後は見ていないもの」

 

「……」

 

 自分の息子と魔法使い二人という妙な組み合わせに彼女は首を傾げる。

 

「それにしても、随分と時が経つのが早いわね」

 

「……そりゃそうだろう。あの子と私達は、時間の経ち方が違うんだ」

 

「……」

 

 写真を折り畳んで懐に仕舞う飛鳥の姿に、幽香は目を細める。

 

「それで、どうするつもりなの」

 

「どうもこうも無いさ、近い内に、あの子に会いに行く」

 

「……」

 

「まぁ、どんな顔をして会いに行けばいいのかしら……」

 

 色んな事情が織り交ざっているとあって、彼女は複雑な思いだった。

 

「……」

 

 

 

「あら、随分と懐かしい面々が揃っているじゃない」

 

 と、彼女達以外の声がして、二人は声がした方を向く。

 

 すると空から一人の少女が下りて来て庭に足を着ける。

 

「久しぶり、幽香、飛鳥」

 

「あなたは……」

 

 露骨に面倒くさそうな表情を浮かべる幽香の視線の先にいる少女はにこやかに手を振るう。

 

 ショートヘアーの金髪に赤いリボンを付けており、金色の瞳を持つ。しかし何よりの特徴は背中に生えている、白い羽の生えた二枚一対の翼である。

 

 一見すれば天使の様な風貌をしているが、彼女から発せられている気配は決して天使のものとは思えない穏やかなものではなかった。

 

 

 彼女の名前は『幻月』。夢幻の世界に住む悪魔であり、幻想機関区に居候中(と言う名の家出)の夢月の双子の姉である。

 

 

「幻月じゃない。どうしたの?」

 

「家を出たっきりの夢月を探しに来たのよ。あの子ったら幻想郷に行ったきり、帰ってこないのよ」

 

「ふーん。いつも一緒に居るのに、珍しいわね」

 

「まぁ、ちょっとね」

 

 幽香の指摘に幻月はどこか歯切れの悪そうに答える。

 

「喧嘩でもしたのかしら?」

 

「……」

 

「図星か」

 

 飛鳥の予想に幻月が何とも言えない表情を浮かべる。

 

「珍しいわね。貴方達が喧嘩なんて」

 

「ま、まぁ、私達だって喧嘩ぐらいはするわよ」

 

「ふーん……」

 

「でも、悪いのは夢月の方よ!」

 

 顔を赤くしながらも幻月はそう言う。

 

「そこまで言うなら、それなりの理由があるのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

 幻月は戸惑いつつ、視線を逸らす。

 

 ぶっちゃけ言うと、喧嘩の理由はほんの些細なことで、それもしょうも無い理由だ。

 

「まぁ、別に貴方達の喧嘩した理由なんて興味ないわ。それで、あなたはどうするつもりなの」

 

「当然、夢月を探して連れ戻すわ」

 

「出来れば、騒ぎを起こさないで欲しいわね」

 

「まぁ善処するわ。私だって、博麗の巫女とまた関わりたく無いもの」

 

 彼女はそう言うと、背中の翼を羽ばたかせて飛び立つ。

 

 

 

「一波乱が起きそうね」

 

「えぇ……」

 

 二人は幻月が飛び去った方向を見ると、ため息を付く。

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5区 鉄道開業に向けて 紅魔編
第33駅 次の行事に向けて


 

 

 

 

 

 ……

 

 その日、男の子はいつもの学校帰りに公園に向かっていた。

 

 男の子の目的は公園に設置されている蒸気機関車の傍にいつも居るお姉さんに蒸気機関車の話を聞くことだ。

 

 それが、彼にとって一日の中で一番の楽しみだからだ。

 

 

 それから少し歩くと、公園に着いて男の子はすぐに蒸気機関車がある方向を見る。

 

 屋根の下で保存されている蒸気機関車の傍には、いつものようにお姉さんが居た。

 

 ……?

 

 しかしそのお姉さんの傍には、見覚えの無い女性二人が居て、お姉さんと話をしていた。

 

 おーい! 北斗!

 

 首を傾げる男の子に気付いたお姉さんは手を振るうと、女性二人は後ろを振り向く。

 

 片方の女性は銀髪のロングヘアーの一部を左側に纏めて垂らしたサイドテールにしており、ドレスの様なデザインの赤いローブを身に纏っている。

 

 もう片方の女性は半袖の赤いメイド服を着た金髪ロングヘアーの女性であり、どちらとも日本人離れした容姿をしている。尤もそれは青い瞳を持つ男の子も言える事だが。

 

 お姉さん。この人たちは?

 

 男の子はお姉さんの傍に近づくと、二人の女性を見る。

 

 あぁ。私の友人達さ。北斗の事が気になってわざわざ遠くから来たんだ。

 

 お姉さんは二人に頷く。

 

 初めまして、北斗君。あなたの事は彼女から聞いているわ。

 

 銀髪の女性は笑みを浮かべ、それに続いて金髪の女性が頭を下げる。

 

 …… 

 

 すると銀髪の女性は男の子をマジマジと観て、頭に手を置いて優しく撫でる。

 

 本当に、そっくりね。

 

 え?

 

 何でもないわ。

 

 銀髪の女性は笑みを浮かべ、お姉さんの方に向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 そこで夢は途切れて、北斗は目を覚ます。

 

「夢、か」

 

 小さく声を漏らしながら彼は横になっていたソファーから上半身を起こし、大きな欠伸をする。

 

 早朝に起きた北斗は早苗と共に守矢神社から河童の里に向かい、里で待機していたC10 17号機にC11 312号機を連結し、幻想機関区に帰還した。

 

 C11 312号機を整備工場に入れさせた後、北斗は仕事を軽く済ませて仮眠を取っていた。

 

(何だろうな。幻想郷に来てから、昔の事をよく夢で見るようになったな)

 

 ソファーから立ち上がってトイレがある部屋に向かい、そこにある洗面所で顔を洗う。

 

「……」

 

 水で濡れた顔をタオルで拭いて眠気を払うと、ふと鏡に映る自分の顔が視界に入る。

 

(ホントこの傷、なんだろうな)

 

 額に出来た傷痕に手を当てながら彼は内心呟く。

 

(それに、胸にもなんだか傷痕っぽいものもあったな。いつこんな傷作ったんだっけ?)

 

 以前シャワーを浴びた時に見つけた胸に出来た傷痕を思い出しながら首を傾げて静かに唸るが、記憶の中にこれらの傷を作ったような事は無かった。

 

 するとその傷痕から鈍い痛みが走り、顔を顰める。

 

(まぁ良いか。多分あの親戚の叔父(クソ野郎)に作られたものだろうし。気にするものでもないか)

 

 忌々しいあの時の事が脳裏に過ぎってため息が荒々しく吐き出される。

 

 北斗はタオルを元の場所に掛けてから、扉横の壁に掛けている略帽をかぶって執務室を出る。

 

 

 

 彼が宿舎を出て向かったのは、整備工場であった。

 

 整備工場ではC12形とC56形の整備が着々と進んでおり、バラバラに分解されていた部品は元ある場所へ戻され、形を作っていた。

 

 予想以上に作業が進んだこともあって、作業完了は予定より早く済むとの事だ。

 

 そして工場の空いたスペースには今朝方搬入されたC11 312号機が分解されて検査されている所だ。

 

(これでタンク型が三輌か)

 

 分解整備されている機関車達を見ながら彼は内心呟く。

 

 C11 312号機を見つけたことで幻想機関区のタンク型機関車はC10 17号機とC11 312号機、C12形の三輌となった。

 どれも使い勝手が良いので、今後活躍するだろう。

 

 ちなみにB20形もタンク型に分類されるが、分類的には鉄道車籍を有する構内作業車である。

 

「それにしても凄いねぇ。こんな立派な施設うちには無いよ」

 

 と、隣で眼を輝かせながらそう口にするのは、河童の河城にとりである。彼女は他の河童達を連れて早速見学に来ていた。

 それぞれの機関車の傍では河童達が作業を見学しつつ、妖精達にそれぞれ質問をしてはメモ帳に細かくメモを取っている。

 

「まぁこれでも規模は中の方ですよ」

 

「これでもかい?」

 

「えぇ。外の世界ではもっと大きな場所がありますから」

 

「へぇ。やっぱり外の世界は進んでいるんだねぇ」

 

(まぁ、蒸気機関車を本格的に整備できる場所はあんまりないけど)

 

 にとりは感嘆の声を漏らし、整備される機関車達を見ている中、北斗は内心呟く。

 

 

「区長」

 

 と、二人の傍に一人の妖精が近付いてくる。丸い瓶底眼鏡を掛けているその姿はどことなく既視感を覚える見た目だった。

 

「あのC11形の状態だが、ある程度判ったぞ」

 

「そうですか。それで、どうでしたか?」

 

「意外と痛みは少なかった。少し整備すれば残りの二輌と同じ時期に戦力化できそうだ」

 

「そうですか。それは吉報ですね」

 

 北斗は思わず笑みを浮かべる。

 

 一気に小型と中型の機関車が戦力化するのはかなり大きいし、入れ替え作業も捗るだろう。

 

 それに今の機関車の整備を終えて他の機関車の整備もしたいのだ。 

 

「では、にとりさん。俺は他に寄る所がありますので、楽しんでください」

 

「うん。そうさせてもらうよ」

 

 笑顔を浮かべて頷くにとりを一瞥してから彼は工場を後にする。

 

 

 

 

 工場を出た北斗は機関車が収まっている機関庫に向かった。

 

 そこには一部以外の機関車が火が落とされて機関庫内で眠っており、北斗のD62 20号機も今は機関庫内で火を落とされて眠っている。

 

 その中で火が入れられた状態で足回りの整備を受けているD51 465号機とD51 1086号機、79602号機の姿があった。

 

 今夜は紅魔館の主から招待された夕食会に赴くが、日が暮れる前に蒸気機関車で紅魔館へと向かう。こういう待ち合わせは約束の時間より前に来るのが常識だ。

 

 尚今回使用する機関車は七瀬の79602号機である。

 

 なぜ七瀬の79602号機が選ばれたのは、北斗が久しぶりに彼女を走らせようと気を使ったのだ。七瀬は呆れたように言っていたが、満更でもなかった様子だった。

 まぁ元々長距離を走る為の貨物用蒸気機関車(9600形蒸気機関車)の彼女だから、車輌の入れ替え作業は窮屈だったのだろう。

 

 そして北斗は機関庫の外に出されて足回りの整備を受けている79602号機の前に止まり、その姿を観る。

 

 

 9600形蒸気機関車は設計から製造までを国内で行った日本初の純国産の蒸気機関車である。

 

 この機関車の形式は二代目であり、初代9600形蒸気機関車こと後の9580形蒸気機関車の欠点を改良する為に設計されたのが、本形式の機関車である。

 

 貨物列車用蒸気機関車として設計されているとあって牽引力が高く、重量も後の機関車達と比べると軽量だったので四国を除く全国で活躍した。尚、日本の蒸気機関車の中で9600形は最も多くの車輌を連結して牽いた事がある蒸気機関車でもある。

 

 その姿と構造は製造された時期によって異なっているのも本形式の特徴でもある。まぁこの点は他の機関車にも言える事だが。

 

 例えるなら初期製造型は先代の設計を色濃く反映されている為、運転室(キャブ)の形状がS字型になっているのが特徴的だ。しかしこの設計では運転室(キャブ)が広く、機関助士が石炭を炭水車(テンダー)から火室へと投炭する際距離があったので作業しづらかった。その為、次の二次生産型では設計が改め、運転室(キャブ)を切り詰めたことで乙字型になっており、同時に炭水車(テンダー)も初期製造型より大型化されて石炭と水の積載容量を増やした物になっている。

 

 それ以降も製造された9600形は細かい点で設計が変更されているが、欠点を抱えている足回り関連はなぜか手を加えられていない。設計が変更されなかった理由は定かになっていないが、当時の日本は技術的に、経済的にも恵まれていない状況にあった為、容易に設計を変更出来なかったと言われている。しかし中には設計者があえて設計を変更しなかったと言う話があったりする。

 

 ちなみに当時の鉄道省の他に私鉄や日本の統治下にあった台湾や樺太向けに国内で製造された9600形であるが、実は唯一海外の企業によって製造された機関車でもある。

 

 当時日本の統治下にあった台湾では9600形を導入しようとしていたが、当時国内の各メーカーは内地向けの9600形の製造に追われており、台湾向けの9600形の製造をする余裕が無かった。そこで最初の数輌はアメリカの企業に9600形の製造を発注する事になった。

 

 アメリカ製の9600形は形式図と諸元表のみを提示して細部を向こうの工場に任せたもので、多くの箇所がオリジナルと異なっており、その上原型では欠点と指摘されていた足回り関連の問題が修正されており、完成度の高さはこちらの方が高かったと言う。後に国内のメーカーが落ち着くと台湾向けの9600形の製造を行って輸出するも、評価がどうだったかは言うまでも無いだろう。

 

 国内のメーカーより海外のメーカーの方で完成度の高い決定版が作られたのは、なんとも皮肉めいた話である。

 

 

 話を戻そう。

 

 

 79602号機の大きな特徴としては門司鉄道管理局式デフレクター、通称門鉄デフ、もしくは門デフと呼ばれる除煙板(デフレクター)を装備していることだろう。

 それ以外には9600形では標準装備の3室汽笛から5室汽笛に付け替えられていることだろうが、79602号機以外の一部の9600形もこの装備変更は見られる。

 

 門鉄デフとは通常のデフレクターの下半分を切り取ってアングル材で本体に取り付けたもので、このデフレクターは地域ごとによって異なる見た目をしている場合もあった。

 この門鉄デフは主に九州に配備された機関車に取り付けられていた。79602号機もかつては九州で活躍していたので、この門鉄デフを装備していた。

 

 その後北海道に転属した際は、北海道の機関車に見られた前端を切り詰めている『切り詰めデフ』のように前端を切り詰めている。

 この切り詰めデフは北海道のように雪が多く降る地域では通常のデフレクターでは機関車のフロント部に多くの雪が積もってしまうので、前端を切り詰めてそれを防いでいるのだ。

 その代わり煙による視界不良があったと言う話もあったりする。

 

 ちなみにこの機関区に居るD51形は全て北海道に居た機関車なので、この切り詰めデフを装備しているが、近々通常仕様のデフに換装して試験を行う予定だ。

 

 79602号機はこの機関区では入れ替え作業に従事しているが、元は貨物列車を引く機関車なので、B20形と違い長距離走行はお手の物だ。まぁ速度は他と比べると少し遅いぐらいだが。

 

 

「整備は進んでいるか?」

 

 北斗は足回りの部品を金槌で軽く叩いて打音検査をしている七瀬に声を掛ける。

 

「えぇ。今の所問題はないけど、少し違和感があるわね」

 

 七瀬は北斗に向き直り、自分の半身を一瞥する。七瀬は79602号機に宿る神霊なので、自分の身体の様に違和感があればすぐに気づくことができる。

 

 9600形は製造された時期の古い機関車とあって、他の機関車と違って痛みやすい。だからこそ入れ替え作業に従事していたのだ。

 

「そろそろ工場入りが必要になりそうね」

 

「そうか。今工場に入っている機関車の整備が終われば、優先で入れさせる」

 

「そうしてもらいたいわね」

 

 彼女はそう言うと、検査に戻る。

 

 

 

「区長」

 

 と、彼の元に夢月がやってくる。

 

「どうしました?」

 

「今夜の事だけど、本当に誰も連れて行かなくていいの? 吸血鬼ぐらい私にはどうってことないけど」

 

 夢月はどこも心配そうな雰囲気は無かったが、心配しているような事を北斗に聞く。

 

「えぇ。なるべく向こうを警戒させないようにしたいので」

 

 夢月ほどの者が来ると、かえって向こうにいらん警戒を抱かせかねない。面倒ごとは避けておきたいのだ。

 

「それは分かるけど、大丈夫なの」

 

「向こうは話をしたいと申し出ているので、過激な行動に出るとは考えづらい、と言い切れないので、遠くでエリスさんと待機してもらっていいですか?」

 

「いざと言う時に備えて、でいいの?」

 

「えぇ。まぁ二人の出番が無いのを祈りたいですがね」

 

「私としては出番がある方がいいんだけどね」

 

「それはそれで俺が困ります」

 

 二人はそんな他愛も無い会話を交わす。

 

 とても悪魔を相手に会話をしているようには見えない。そんな普通な光景であった。

 

 

 

「みーつけたー」

 

「っ!?」

 

 するとどこからか声がして、その声を聞いた夢月の表情が強張る。

 

「……」

 

 夢月はまるで油の切れたブリキ人形のようにぎこちない動きで後ろを振り返る。

 

 北斗は横に動いて夢月の視線の先を見る。

 

「……」

 

 そこには背中に白い翼を持つ少女が笑顔を浮かべつつ額に青筋を浮かべて夢月を見ていた。一方の夢月は顔中に冷や汗を浮かべている。

 

 そしてその様相を見た北斗は息を呑む。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34駅 姉妹の動向

 

 

「夢月。一体ここで何をしているのかしら?」

 

「ね、姉さん」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる少女に、夢月は苦笑いを浮かべる。

 

「夢月さん。あの人は?」

 

「え、えぇと、それは……」

 

 北斗が夢月に問い掛けるも、彼女はとても言いづらそうにして視線を左右に揺らす。

 

 

「初めまして。私の名前は幻月。そこに居る夢月の姉よ」

 

「夢月さんのお姉さんですか?」

 

「えぇ」

 

 少女こと幻月は北斗に自己紹介をすると、再び夢月を見る。

 

「それで、どうしてこんな所に居るのかしら、夢月?」

 

「そ、それは」

 

「私と喧嘩しては急に家を飛び出して、その上何日も帰ってこないなんて」

 

「……」

 

「あの後どうなったか、知らないわけが無いわよね?」

 

「それは……」

 

 威圧感がひしひしと伝わる笑顔で問われて、夢月は苦笑いを浮かべる。

 

 

「あれ? 夢月さんお姉さんの過激なスキンシップが嫌で幻想郷に来たって言ってませんでしたっけ?」

 

「ちょっ!? それは!?」

 

 と、北斗の何気ない発言に夢月は姉にも見せた事の無いぐらいに慌てた様子で北斗に向き直る。

 

 夢月は最初こそ家出の理由を隠していたのだが、少しして北斗に家出の理由を伝えていた。内容は姉の過激なスキンシップに嫌気が差したから、との事だった。

 

「へぇ~」

 

 と、背筋が凍るほどの声を幻月が漏らすと、夢月は背筋が真っ直ぐに伸び、冷や汗が滝の如く溢れ出る。

 

「そんな理由で。ふ~ん?」

 

 夢月が再び姉の方に振り向くと、青筋が増えた幻月が引き攣った笑みを浮かべている。

 

「確かにちょーと過激な事はしていたけど、それを理由に家出したって説明するなんてねぇ」

 

(過激な点は自覚しているんだ)

 

 北斗は場違いにも納得する。

 

「でも、嘘を付いてここに仮暮らしをするのはどうかと思うわよ」

 

「い、いや、それは……」

 

「問答無用!! 覚悟しなさい!!」

 

 遂に怒りを露にした幻月の怒号が機関区に響き渡る。

 

 

 

 直後に夢月の悲鳴が響き渡る。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 しばらくして線路の上に「うぐー」と声を漏らしながら、頭にたんこぶを作ってうつ伏せに倒れている夢月の姿があった。

 

「全く……」

 

 腕を組んでご立腹な様子の幻月はうつ伏せに倒れている夢月を睨む。

 

「夢月さん……喧嘩して出て行ったんですね」

 

「えぇ。『私は悪くない!!』って言って飛び出したのよ」

 

「はぁ。しかしどんな理由で喧嘩したんですか?」

 

「しょうもない理由よ。聴く必要は無いわ」

 

 幻月はため息を付く。

 

 

 

 まさか楽しみに取っていたプリンを夢月に食べられて住んでいる館を全壊させるまでに大喧嘩したとは言えない。

 

 

 

「そうですか」

 

 北斗はそれ以上聞くことは無かった。余計な詮索は自分の首を絞めるだけだと言うのは身を持って体験しているからだ。

 

「ごめんなさいね。妹が迷惑掛けて」

 

「いえ、迷惑だなんて。短い間でも夢月さんは雑用とか掃除とか手伝ってくれましたし」

 

「……え?」

 

 すると幻月は信じられない事を聞いたような驚いた表情を浮かべる。

 

「夢月が、手伝った?」

 

「えぇ。清掃とか、雑用とか、その辺りを」

 

「嘘でしょ」

 

 幻月は夢月を驚愕の表情を浮かべると、彼女の傍に近づいてしゃがみ込む。

 

「本当なの、夢月?」

 

「ほ、本当よ、姉さん」

 

 夢月は頭に出来たたんこぶからの痛みで涙目で表情を顰めながらも顔を上げて短く答える。

 

「一応泊めて貰っているんだから、当然でしょ」

 

「……」

 

 と、夢月の言葉になぜか不審がる幻月だったが、北斗と見比べると僅かに口角を上げる。

 

「ふーん、なるほどねぇ」

 

 なぜかすぐに納得した幻月は立ち上がり、北斗を見る。

 

「ところで、あなたの名前は?」

 

「え? は、はい。霧島北斗です」

 

「霧島北斗……」

 

 幻月は顎に手を当てて一考すると、再び夢月の元に向かい、耳打ちをする。

 

 

 

 

 

「と言うわけで、私もここに泊めて貰っても良いかしら?」

 

「何が『と言うわけで』なんですかねぇ?」

 

 幻月は夢月を隣に立たせてそう言うと、北斗は突然の変わりように怪訝な表情を浮かべて思わずツッコむ。

 

「まぁ、正直な所ね、私達が住んでいた館は夢月との喧嘩で壊れちゃったから、今は元々住んでる住人に直させているのよ。元々夢月を連れ戻してこの子にも手伝わせるつもりだったけど」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は不憫な館の住人に思わず同情する。

 

「だからね、住む場所が無いからちょうど良かったのよ」

 

「……ちょうどいいって」

 

「もちろん、夢月みたいに泊めて貰う代わりに働くわよ。働き手が増えるのは助かるんじゃない?」

 

「それは……」

 

「飲食に関してもさほど気にしなくてもいいわ。私達悪魔は必要な時に必要な分だけ摂ればいいから」

 

「……」

 

「それに、実力なら問題無いわ。夢月と合わせれば敵う相手は少ないわ」

 

「……」

 

 人の話を聞かずどんどん話を進める幻月に北斗はげんなりする。

 

(ホント幻想郷の人たちは人の話を聞かないないでどんどん話を進める……)

 

 彼はため息を付きつつ内心でぼやく。まぁ正確には人ではないのだが。

 

 しかし北斗は彼女の申し出を容易に断ることは出来なかった。

 

 最初見た時から彼は感じていたのだが、幻月から只ならぬ気配を感じ取っていた。

 まぁ夢月の姉である以上、当然と言えば当然なのだが。

 

 断ったら何をしでかすか、分からない。

 

「……分かりました。館が直るまでは、ここに泊まるのを許可します」

 

「あらそう? 許可してくれてありがとう!」

 

 幻月は笑みを浮かべると、夢月に向き直る。

 

「夢月も、改めてよろしくね」

 

「う、うん」

 

 笑みを浮かべる幻月に、夢月は引き攣った笑みを浮かべる。彼女からすれば姉の笑みが別の意味にしか見えないからだ。

 

(面倒ごとが無いのを祈るばかりか)

 

 彼は内心呟きながら深くため息を付く。

 

 多くの悪魔が住む機関区なんて、世界広といえどここだけだろう。まぁそれ以前に機関車の神霊や妖精が居る時点で、もはや普通じゃないのだが。

 

 

「また居候人が増えるのね」

 

「あぁ」

 

 休憩に入った七瀬が北斗に呆れた様子で声をかける。

 

「まぁ、別に手が掛からないなら問題は無いが」

 

「……」

 

 飲食についてはほぼ彼だけの問題なので、むしろ人手が増えるのでメリットが大きい。しかし悪魔なので、デメリットが少ないわけではない。

 いつか悪魔祓いが来ないのを祈るばかりだ。

 

「兎に角、15時に出発だ。それまでに補給整備を終えるように」

 

「了解」

 

 北斗はポケットから鉄道懐中時計を出して蓋を開け、時刻を確認して七瀬に出発時刻を告げる。彼女は敬礼してすぐに自身の半身(79602号機)の元へと向かう。

 

 その後彼は再び整備工場に赴き、しばらくにとりと会話を交わして宿舎の執務室へと戻り、時間を潰すのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、夢月」

 

「な、何、姉さん?」

 

 それからして機関庫周辺で箒を使って掃除していた夢月の後ろから幻月が抱きつき、戸惑いを見せる彼女の耳元で声を掛ける。

 

「本当の所は、どうなのかしら?」

 

「ど、どうって?」

 

「そりゃ、ここに居続けた理由よ」

 

「それは―――」

 

「家出が理由、何て言うのは、居続ける為の建前よね」

 

「……」

 

 夢月が言おうとしたのを遮り、幻月は彼女が言おうとした言葉を口にする。

 

「面倒くさがりなあなたが掃除とか雑用とかするはずもないし、それ以前に人間の下に居続けるなんて、ありえないもの」

 

「……」

 

「それだけ、彼の違和感(・・・)が気になるのかしら?」

 

 幻月の指摘に、夢月は黙り込む。それが肯定の意であるのは明らかだ。

 

「まぁ、私もその点は気になっていたのよね」

 

「姉さんも?」

 

「えぇ。まぁ人間を多く見てきたってわけじゃないけど、それでも彼はどことなく、普通とは違う」

 

「……」

 

「それに―――」

 

 と、幻月は一旦間を置きつつ夢月から離れる。

 

「彼、彼女に似ているからね。あの瞳とか、ね」

 

「それは……まぁ言われてみれば、確かにそうよね」

 

 幻月の指摘に夢月は一瞬考えて、頷く。

 

「まぁ、どっちにしても館は修復中だから、しばらくここに居ないといけないのは事実。その間はこの幻想郷を楽しみましょう」

 

「楽しむ、か」

 

 夢月は浅くため息を吐く。 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35駅 紅魔館へ出発

昨日投稿するはずでしたが、寝落ちしちまった……orz

そういえば東方の新作が出るようですね。地獄での異変が舞台らしいので、そうなると東方旧作一弾以来となりますね。あれも一応ルート次第では地獄での異変が舞台だったので。
色々と期待が持てますが、今後の情報に期待です。


 

 

 

 その後紅魔館への出発の時刻となり、北斗は79602号機が牽く客車に乗り込んで紅魔館を目指した。

 

 

「……」

 

 ゆっくりと走る客車の中、窓を開けて肘を置く北斗は幻想郷の景色を眺めていた。

 

(吸血鬼か。一体どんな感じなんだろうな)

 

 森林を眺める中、彼はこれから会う紅魔館の主、レミリア・スカーレットのことを考えていた。

 

 正直な話、外の世界での吸血鬼のイメージが強く、良い印象を持っていない。

 

 ちなみに彼の中にある吸血鬼のイメージは、特徴的なポーズを取ることで有名な漫画に登場する吸血鬼や、ラスボスとしか思えないのに主人公と言う吸血鬼の旦那とか、よくあるイメージの吸血鬼とかである。

 

 とはいえど、名前からして女性である可能性が高いので、恐らくそれらとは限らないが。まぁそれでも様々な年齢の女性の姿をしている吸血鬼とかが連想されるが。

 

(何も無ければいいんだが……)

 

 一々考えるとキリが無いが、考えなくても不安なものは不安である。

 

 

「大丈夫ですよ、北斗さん」

 

 と、そんな不安な様子である北斗を見てか、向かい側に座る彼女が声を掛ける。

 

 守矢の風祝こと東風谷早苗である。

 

「レミリアさんは我が儘で高圧的なところはありますけど、優しい人ですよ」

 

「人間じゃありませんけどね……」

 

 彼女の言葉に北斗はかえって不安が増して、苦笑いを浮かべる。

 

 そもそも、なぜ夕食会のことを知らないはずの彼女がここに居るのか。

 

 なぜ夕食会のことを知っているのかを彼女に聞いたところ『明日香さん経由でにとりさんから聞きました』とのことだ。出発前に早苗が機関区を訪れて、同行したいと申し出があったのだ。

 

 なぜ同行したいのか彼女に問うと、『守矢が幻想機関区と協力体制を取っていると他に示したい』と神奈子と諏訪子の要請があったとのことだ。

 つまり守矢は幻想機関区の後ろ盾になっていると言うのを示す目的があるとのことだ。それには関係者を同行させるのが一番効果的である。

 

 それと同時に早苗自身が北斗の護衛を申し出たいとの意思があったのもある。

 

 北斗は早苗がレミリア・スカーレットと知り合いであるのを聞いて、もしもの事を考えて彼女の同行を許可した。

 

「大丈夫です。もしものことがあったら、私が北斗さんをお守りします」

 

 不安な様子を見せる北斗に、両手を握り締めながら早苗は自信満々に語る。

 

(お守りします、か)

 

 しかしそんな早苗の厚意は逆に北斗からすれば、自分が無力であるのを改めて突きつけられるようなものだった。

 とは言えど今の自分に戦う為の力が無いのも事実だ。

 

「北斗さん」

 

 そんな無力な自分に苛まれている北斗に気付いてか、早苗が声を掛ける。

 

「頼る事は決して恥ずかしいことではありません。一人で出来ることなんて、高が知れています」

 

「……」

 

「ですから、困った時はいつでも私達を頼ってください。必ずお力になりますから」

 

「早苗さん……」

 

 彼女のやさしい姿に、北斗は何も言えなかった。 

 

「それに……」

 

 と、早苗は両手を組み合わせ、微笑みを浮かべる。

 

「私は、北斗さんのお力になりたいんです」

 

「……」

 

「だから、思う存分、私に頼ってください」

 

「早苗さん……」

 

 何だか重い早苗の好意に北斗は何だか逆に申し訳なく思えてきた。

 

(でも頼る、か……)

 

 彼は内心呟くと、外の景色に視線を向ける。

 

 

 

「……」

 

 その頃、79602号機の運転室機関士席に座る七瀬は肘置きに左肘を置いて身体の一部を窓から出し、前を見ながら右手に持つ加減弁を引いたり戻したりして機関車の速度を調整する。

 隣では機関助士の妖精が左手に焚口戸の蓋に繋がれた鎖を持ち、右手に持つ片手スコップを炭水車に積まれた石炭の山に突き刺し、掬い上げた石炭を左手に持つ鎖を持ち上げて焚口戸を開け、火室へと石炭を放り込む。

 

 それを数回繰り返して火室全体に石炭が行き渡るように投炭して片手スコップを置き、注水機のバルブを回して炭水車から水をボイラーへと送り込み、次に各バルブを捻って蒸気を各所へと送り込む。

 

(やっぱり、こうやって走るのは気分がいいわね)

 

 普段表情が乏しい彼女だったが、今は少しばかり表情が綻んでいる様に見え、ハイライトの無い瞳に少しばかり光が戻っている。

 

 今は殆ど入れ替え作業に従事しているとは言えど、元々は長距離を走る貨物列車用に設計された蒸気機関車だ。こうやって走っていると気分が良いのだろう。

 

(こうして自然の中で走っていると、あそこで走っていた頃を思い出すわね)

 

 森林を見ていると、彼女は緑が多かった場所で走っていた頃を思い出し、微笑を浮かべる。

 

 

 

 少しして少し霧が掛かった霧の湖付近に着き、視界不良のため79602号機は安全を考慮して速度を落とし、ゆっくりと前照灯と副灯を照らして時折存在を知らせる汽笛を鳴らしながら走る。

 

「この霧を抜けたら、もうそろそろ紅魔館に着きますよ」

 

「そうですか」

 

 窓から外の景色を見ていた早苗がそう言うと、北斗は霧掛かった景色を目を細めて眺める。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それからして列車は霧を抜けると、湖の近くでゆっくりと速度を落とし、停車する。

 

「あれが紅魔館ですよ」

 

「あれが……」

 

 二人は窓から霧の湖の近くに建つ大きな館を見る。

 

 赤いレンガで出来た時計塔を持つ大きな館を囲うように同じ赤いレンガで出来た塀を持つ、何に至るまで赤いのが特徴的だ。

 

「それでは、行きましょう」

 

「えぇ」

 

 二人は席から立ち上がると、北斗が先に客車から降りて、早苗の手をとって彼女が降りるのを手伝う。

 

「七瀬。ここで待っていてくれ」

 

「了解」

 

 北斗は運転室に居る七瀬に一言声を掛けて、紅魔館を目指す。

 

 

 

「まさかこんな早くに来るなんて」

 

 と、窓から停車している列車を見るレミリアは少し困り気味な表情を浮かべる。

 

「どうしますか?」

 

 後ろに控えている咲夜が声を掛ける。

 

「まぁ、来てしまったものは仕方ないわ。案内してあげなさい」

 

「畏まりました」

 

 彼女は頭を下げると、一瞬にしてその姿を消す。

 

 

 

 

「……」

 

 そして紅魔館を囲う塀の門の前に二人は到着したが、北斗は首をかしげ、早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「……zzz」

 

 二人の視線の先には、立ったまま眠っている門番と思われる女性が居たのだ。それもご丁寧に絵に描いたような鼻提灯を作ってだ。

 

 背丈は女性としては高く、腰まで伸びた赤い髪の一部を三つ編みにして側頭部左右に垂らしている。頭には龍と書かれた星の飾りをつけた帽子をかぶっており、華人服とチャイナドレスを足して割ったような淡い緑色を主体にした服装をしている。

 後身体のスタイルは女性としてはかなり良い方だったりする。

 

「……」

 

 北斗は無言のまま女性を指差しながら早苗を見る。

 

「いつもの事ですから、大丈夫ですよ」

 

「い つ も の ……」

 

 彼は「うーん」と唸りながら目頭を押さえる。

 

 居眠りしていて大丈夫なのか。

 

「この人は……正確には人じゃなくて妖怪なんですけど、紅魔館の門番をしている『紅美鈴』さんです」

 

「この人も妖怪なんですか」

 

 北斗は女性こと美鈴を見て首を傾げる。

 

(幻想郷の妖怪って、人の形ばかりだな)

 

 鴉天狗の文といい、河童のにとりといい、白狼天狗の椛といい、どの人物も彼のイメージにある妖怪とはかけ離れていた。

 それと夢幻姉妹とエリスの悪魔達もだ。

 

(それに、妙に女性が多いような気がする)

 

 彼はそんな些細な疑問を浮かべる。

 

 少なくとも彼がこれまで幻想郷で会ってきた者達は女性が殆どだ。といっても別に自分以外の同性を見た事が無いわけではなく、人里でも普通に男性は居るし、機関区を訪れている河童達の中に幼い見た目の河童の男子もちらほらといた。

 

 まぁ今はどうでも良いことだ。

 

 彼は疑問を振り払い、居眠りをしている美鈴を見る。

 

「にしても、仮にも門番なら、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

「まぁ、初めて見るとそう感じますよね。私もそうでしたし」

 

 早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「でも、美鈴さんには『気を使う程度の能力』がありますので、一応これでも仕事はしているんですよ」

 

「気を使う程度の能力?」

 

「はい。気と言うのは、ぶっちゃけ言えば、ドラ○ンボ○ルみたいな感じと思っていただければ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 早苗の非常に分かりやすい例えに北斗はすぐに理解し、納得する。

 

「じゃぁ、か○は○波とか○王拳みたいなことも出来るんですか?」

 

「後者は分かりませんけど、前者なら美鈴さんのスペルカードに似たような物がありますよ」

 

「へぇ……リアルか○は○波か。ちょっと観てみたいな」

 

 と、彼は小さくボソッと呟く。彼も男の子なので、そういう憧れはあるのだ。

 

「まぁ兎に角、美鈴さんは気を感じ取る事ができますので、動きとか殺意とかをすぐに察知して侵入者を排除するんですよ。それに武術に長けているようなので」

 

「なるほど」

 

 いよいよドラ○ンボ○ルじみてきたな、と北斗は呟く。

 

「それじゃぁこうしている間も俺達には気付いているんですか?」

 

「たぶん気付いていると思いますよ。ただ、眠り具合で気付かない場合もあると思います」

 

「はぁ……」

 

 早苗の説明に彼は半ば呆れたように声を漏らす。

 

「でも、このまま待っていても時間が」

 

 北斗は腕を組むと、そう呟く。

 

 ここで起こそうと言う選択が無かったのは、あえて選ばなかったというのがある。起こして逆切れでもされたらたまったものではない。

 

「大丈夫です。美鈴さんを起こすとっておきの方法があるんですよ」

 

 と、早苗は自信満々にニヤリと笑みを浮かべてそのご立派な胸を張る。

 

「とっておきの方法、ですか?」

 

「はい」

 

 北斗が首を傾げていると、早苗は深呼吸をして大きな声を上げる。

 

「こんにちは、咲夜さん!」

 

「わぁぁぁぁぁ!? 寝てません! 寝てませんよぉっ!?」

 

 と、早苗の声と言うか、名前に反応してか、美鈴は慌てて目を覚まし、姿勢を正す。

 

 

「って、あれ?」

 

 直後に美鈴は違和感を覚えて周囲を見渡し、自分の前に早苗の姿があるのに気づく。

 

「こんにちは、美鈴さん」

 

「あっ、はい。こんにちは、早苗さん」

 

 彼女は戸惑いながらも挨拶すると、周りを見渡してから小さい声で早苗に声を掛ける。

 

「あ、あの、咲夜さんは?」

 

「いませんよ。冗談ですから」

 

「じょ、冗談……」

 

 美鈴は苦笑いを浮かべつつ安堵の息を吐く。

 

「もう、心臓に悪いですよ」

 

「でも確実に起こすにはこれしか方法が無かったので」

 

「ちゃんと起こしてもらえれば起きますよ」

 

「でもこの間普通に起こしても起きなかったですよね」

 

「……」

 

 ジトッと睨みながら言う早苗に美鈴は冷や汗をかきながら視線を逸らす。

 

(本当に大丈夫なのか?)

 

 そんなやり取りを後ろで見ていた北斗は内心呟く。

 

「と、ところで、後ろの男の人は?」

 

 話題を変えようと美鈴は早苗の後ろで待っている北斗を見ながら彼女に問い掛ける。

 

「紹介しますね。幻想機関区の区長の霧島北斗さんです」

 

「霧島北斗です」

 

 早苗に紹介されて北斗は略帽を取って頭を下げる。この時早苗の視線が一瞬動いたのだが、美鈴は気付かなかった。

 

「あぁ。例の外来人ですね。新聞見ましたよ」

 

 美鈴は天狗の新聞の記事を思い出して頷く。

 

「お嬢様から話はお聞きしています。咲夜さんから手紙を貰いましたか?」

 

「はい。一応招待状を兼ねているようなので」

 

 北斗はポケットから咲夜より渡されたレミリアからの手紙を取り出す。

 

「では、拝見させて頂きますね」

 

 美鈴は北斗から手紙を受け取り、中身を確認する。

 

 

「お嬢様の手紙で間違いないですね」

 

 確認し終えた彼女は手紙を北斗に返す。

 

「でも、大分約束の時間より前に来ましたね」

 

「約束の時間より前に来るのは常識ですから」

 

「その割には随分前に来ましたね」

 

 美鈴は苦笑いを浮かべる。

 

 夕食会は夜行われるのだが、明らかに夕方より前ぐらいなので、普通に太陽が昇っていた。

 

「夕食会前にあれをレミリアさんに見せればと思って」

 

「あぁ、なるほど。お嬢様結構興味津々でしたからねぇ」

 

 北斗の視線の先にある79602号機を見て、彼女は納得する。

 

「それにしても、美鈴さん相変わらずでしたね」

 

「い、いやぁ、あれはですね」

 

 早苗が居眠りのことを指摘すると、美鈴は少し慌てる。

 

「今日みたいに天気が良いとどうしても眠気が出てくるんですよ」

 

 彼女は苦笑いを浮かべるが、その点は北斗も同情できた。心地よい環境でジッとしているとどうしても眠気が現れるからだ。

 

 でも堂々とと居眠りをするのはどうかと思うが。

 

 

「なら、こんな天気じゃなかったら起きていられるのかしら」

 

「いやぁそれはそれで起きれるかは……っ!?」

 

 と、この場に居ないはずの声がして美鈴の顔が真っ青に染まる。

 

「……」

 

 油の切れたブリキの人形の様に恐る恐る彼女は後ろを振り向くと、そこには笑みを浮かべた咲夜の姿があった。

 

 そう。イイ(・・)笑みを浮かべて。

 

「……あ、あの、咲夜さん?」

 

「何かしら?」

 

「いつからそこに?」

 

「早苗が霧島様の紹介をしている辺りかしら」

 

「……」

 

 美鈴はガクブルに震える。ちなみに早苗と北斗の二人は位置的に見えていたので普通に咲夜が現れている事に気付いていた。

 

 しかし咲夜からの無言の圧力に二人は何も言えなかった。

 

「それで、何か言い訳はあるかしら?」

 

「……」

 

 死刑宣告に等しい咲夜の言葉に、美鈴は視線を左右に動かして冷や汗を掻きながら、意を決して口を開く。

 

「お客様です♪」

 

 

 直後に美鈴の悲鳴が辺りに響き渡った。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36駅 カリスマは壊すもの(笑)

 

 

 

 

 

「……」ヤムチャシヤガッテ……

 

 少しして紅魔館の門の前には、全身にナイフが刺さってうつ伏せに倒れた美鈴の姿があった。

 

「うわぁ……」

 

 その光景に北斗はドン引きし、思わず声を漏らす。

 

「美鈴が失礼な所を見せてしまって、申し訳ございません」

 

 咲夜は深々と頭を下げてお辞儀する。

 

「あ、あの、大丈夫なんですか?」

 

「美鈴は妖怪だから、これくらいはかすり傷程度です」

 

「えぇ……」

 

 扱いの雑さに北斗は思わず声を漏らす。

 

「ところで、どうして早苗が居るのかしら? 招待したのは霧島様だけなはずよ」

 

 と、咲夜の視線は北斗の隣に立つ早苗に向けられる。

 

「私は北斗さんの護衛で神奈子様と諏訪子様から派遣されましたので」

 

「……護衛ですって?」

 

 と、咲夜の視線が鋭くなる。

 

「と言うのはあくまでも建前です。私が北斗さんを護衛することで、私達守矢が幻想機関区と強い繋がりを持っている、というのを示す目的がありまして」

 

「……」

 

「私はあくまでも同行人ですので、お気になさらず」

 

「……はぁ。全く、貴方達何時の間にそんな関係に?」

 

 呆れたように咲夜は額に手を置き、ため息を付く。

 

「つい昨日です」

 

「……」

 

 ご立派な胸を張りながらドヤ顔で言う早苗に咲夜は再度ため息を付く。

 

「まぁ、いいわ」と呟くと、気持ちを切り替えて北斗に向き直る。

 

「改めまして、ようこそ紅魔館へ。お嬢様の元へ案内いたします」

 

 彼女は頭を下げると、門の扉を開けて二人を中へと入れる。

 

 

 

 

 早苗と北斗の二人は咲夜に案内され、館の中を歩く。

 

(外観も赤かったけど、中も真っ赤だなぁ……)

 

 北斗が中を見て最初に抱いた感想がそれだった。

 

 外見も真っ赤なら、中も真っ赤だった。名は体を表すと言うが、ここまで真っ赤だとかえって清々しい。

 

(と言うか、外観より広く感じるような)

 

 北斗はある違和感を覚えていた。

 

 紅魔館は確かに大きな館だが、それにしては中が妙に広く感じるのだ。

 

「中が広いと感じられますか?」

 

 と、早苗が周囲を見ている北斗に声を掛ける。

 

「はい。外観と比べると、妙に中が広く感じるので」

 

「それは咲夜さんが能力を使って空間を広げているんですよ。そうですよね」

 

「えぇ」

 

 早苗がそう言うと、振り向かず彼女が短く答える。

 

「咲夜さんの能力? 時間を操るだけじゃないんですか?」

 

 北斗がそう言うと、咲夜は立ち止まって驚いたように振り向く。

 

「気付いていたのですか?」

 

「あっいえ、夢月さんって言う機関区に居候している方がそう言っていたので」

 

「あのメイドの方でしょうか?」

 

「はい」

 

「そう……」

 

 彼女はそう言うと再び前を向き、歩き出す。

 

「霧島様の言う通り、私は『時間を操る程度の能力』を持っています。その能力の応用として、館内部の空間を広めているのです」

 

「なるほど。分からん」

 

 と、彼は納得したが、理解できなかった。 

 

「そういえば、紅魔館にも妖精が居るんですね」

 

 と、北斗が周りを見ると、背中から半透明の羽を生やしたメイド服を着た妖精が館のあちこちで各々の仕事をしていた。

 

「えぇ。と言っても、真面目に仕事をしないので、実質9割の家事は私が行っています」

 

(ブラック過ぎるんですがそれは)

 

 自発的にとは言えど、ブラックな状況に彼は内心ツッコむ。人手があるのに役に立たない。人手不足より厄介な状況だろう。

 

「本当に、真面目に働いている貴方の所の妖精が羨ましいです。交換して欲しいし、鍛えて欲しいぐらいに。でも妖精がその程度で根本が変わるはずが無いし……」

 

「えぇ……」

 

 ブツブツと愚痴を零す咲夜に彼は若干引くのだった。

 

 

 しばらく咲夜に案内されて館内を歩くと、ある一室に案内される。

 

「お嬢様。霧島様をお連れしました」

 

「ご苦労様、咲夜。お茶の用意をしてきてくれるかしら?」

 

「畏まりました」

 

 窓から景色を見ている彼女がそう言うと、咲夜の姿が消える。 

 

「……」

 

「初めまして、外来人さん」

 

 と、椅子が回って後ろを向いていた少女が姿を現す。

 

「私がこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」

 

 少女ことレミリアはカリスマ溢れる不適な笑みを浮かべる。

 

「……」

 

 北斗は一瞬間を置いてから、口を開く。

 

「初めまして。幻想機関区の区長をしています、霧島北斗と申します」

 

 自己紹介しつつ、頭を下げる。

 

「今回は夕食会にご招待していただき、ありがとうございます」

 

「あなたとあなたが持っている代物に興味があったから、話を聞いてみたいと思ったのよ。まぁさすがにこんなに早く来るなんて思っていなかったけど」

 

 と、レミリアは鋭く目を細める。

 

「約束の時間前に来るのは常識ですので」

 

「それにしては早過ぎよ。夕食会までまだ時間があるじゃない」

 

「それに関しては、機関車を早い内に見てもらおうと思ったので。一応手紙には機関車一輌を持ってきてもらえるように書かれていたので」

 

「それは、いやまぁそうなんだけど……」

 

「うーん」と彼女は静かに唸る。

 

「ところで、貴方を招待した覚えは無いんだけど、早苗?」

 

 彼女は北斗の後ろで控えている早苗に視線を向ける。

 

「それは招待されていませんから」

 

「違う、そうじゃない」

 

 あっけからんように答える早苗にレミリアは思わずツッコみを入れる。

 

「私が北斗さんに同行しているのは、我々守矢が幻想機関区と協定を結んだので、その繋がりを見せる為に私が派遣されたからですよ」

 

「そ、そうなの?」

 

「えぇ」

 

 北斗が返事を返して、レミリアは考えるような仕草を見せて黙り込む。

 

(これは、もういよいよ彼と敵対関係は取れないじゃない)

 

 彼女は内心呟く。

 

 仮にも幻想機関区と敵対した場合、必ず守矢陣営が付いてくるのだ。いくらなんでも神が三人も相手になるとレミリアでも勝てない。その上まだ他にも彼らと親しい間柄の関係を持つ者達が居る可能性があるので、いよいよ勝ち目が無いだろう。

 

 まぁ彼女自身そもそも彼との敵対関係を望んでいないが。

 

 

 レミリアは咳払いをして、北斗を見る。

 

「ま、まぁ気を使ってくれるのは人間にしては殊勝な心がけね。そこは褒めてあげる」

 

「ありがとうございます」

 

「……」

 

 ふと、彼女は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「……大抵の外来人は私を見ると子ども扱いするけど、あなたはそんな節が無いわね。別にそれはいいんだけど」

 

 レミリアは見た目こそ幼女の姿をしているが、これでも一応立派な吸血鬼である。しかし彼女を初めて見る者にはそれを知らないので、殆どの場合は彼女を子供扱いする。そして彼女の怒りを買ってしまうのだ。

 

「吸血鬼は外見不相応の年齢なのは外の世界では知られていますから」

 

 まぁ、主にラノベや漫画内での話だが。

 

「あら、よく知っているじゃない」

 

 納得してかレミリアは笑みを浮かべると、少しばかり悪戯心が出る。

 

「それで、あなたから見て私はいくつと思うかしら?」

 

 ここで彼女は北斗を試す。

 

 普通なら女性の年齢に関するネタは野暮なのだが、この幻想郷では年齢不詳、トンデモ年齢の者はいくらでもいるのだ。今更気にするものではないのだ。

 

「……」

 

 北斗は首を傾げ、偏った知識からレミリアの年齢を予想する。

 

「……500歳前後?」

 

「何でピンポイントで当ててるのよ」

 

 彼女は驚きと呆れが混じったように声を漏らす。まぁ初手から自分の年齢を当てられれば、驚いてしまうだろう。

 

「俺の知っている吸血鬼が大体そんな年齢だったはずなので」

 

「あぁ、そう……」

 

 レミリアは呆れたようにため息を付くと、彼に対する印象が決まった。

 

 

 この男……早苗の同類だ、と。

 

 

「まぁ、このまま話してもいいけど、折角いい天気だから、外でお茶でも飲みながら話しましょう」

 

 気を取り直して、レミリアはイスから立ち上がると、部屋の出口へと向かう。

 

「まだ日は昇っているのですが、大丈夫なんですか?」

 

 普通なら吸血鬼は太陽の光に晒されると灰になるのが常識だが、ここは幻想郷。そんな常識が通じないのかもしれない。

 

 ちなみに吸血鬼が太陽の光を浴びると灰になるという話は昔からあるわけではなく、近年の創作物の中で追加されたものである。

 

「日傘を差せば問題ないけど、まぁ私ぐらいの吸血鬼なら別に日の下に居てもなんとも無いわよ」

 

「おぉ……」

 

 北斗は思わず声を漏らす。

 

「そう言って、この間日の下に出たら顔色悪くしてキラキラを出した(ゲロった)じゃないですか」

 

「早苗ぇぇぇぇぇ!!?」

 

 ドヤっと決めていたところへ早苗の指摘にレミリアは顔を赤くして叫ぶ。

 

「あ、あれは別に気が緩んでいたからとかそんなんじゃなくて!」

 

 さっきまでのカリスマ溢れる雰囲気は何処へやら……こうなるとただの子供である。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37駅 話ともう一つの目的

調べ物をしていると意外な事実にたどり着くのって、よくあると思うんですよね。
ボックス動輪に取り換えられたC51形について調べていたら、ボックス動輪に取り換えられた8620形がごく少数ながらあったそうです。その上ハチロクに合うようにわざわざ動輪を新造してあるそうです。



 

 

 その後三人は紅魔館のバルコニーに移動すると、既にそこには咲夜がお茶の準備をしており、パラソルの下では一人の少女が本を読んで待っていた。

 

「お待ちしてました、お嬢様」

 

 咲夜が頭を下げて顔を上げると、首を傾げる。

 

「……顔が赤いですがどうしました?」

 

「な、何でも無いわよ」

 

 さっきの事があってかレミリアの顔は少し赤かった。冷静を取り繕っているが、明らかに狼狽しているのは目に見えている。

 

「まぁ、大方早苗に何か彼にバラされたんじゃない?」

 

「ぐっ……」

 

 と、本を読んでいる少女に言われ、図星だったレミリアは言葉を詰まらせる。

 

「あなたが噂の外来人ね」

 

「はいそうですが、あなたは?」

 

「私はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館に住んでいる魔法使いよ」

 

 本を下ろして少女ことパチュリーは北斗に自己紹介する。妙にガラガラ声なのが気になるが。

 

「魔法使いですか?」

 

「えぇそうよ」

 

「アリスさんや魔理沙さん以外にも魔法使いが居たんだ」

 

 北斗がそう言うと、パチュリーは意外そうな表情を浮かべる。

 

「二人を知っているの?」

 

「えぇ」

 

「まぁ魔理沙なら分かるけど、アリスと知り合いだなんて、意外ね」

 

「出会ったのは偶々ですがね」

 

「ふーん」

 

 

 

 咲夜に勧められて二人は椅子に座ると、彼女が紅茶を淹れたティーカップを前に置く。

 

「あれが例の蒸気機関車ね」

 

 紅茶を一口飲んだレミリアはカップをソーサーに置いて紅魔館から少し離れた所にある線路上で停止している79602号機を見る。

 

「9600形蒸気機関車。その703番目に作られた車輌です」

 

 紅茶を一口飲んだ北斗はそう答える。

 

「数字からすると、かなりの数が作られているのね」

 

「えぇ。全部で770輌が製造されています。といっても、これ以上の数を製造された機関車がありますが」

 

「ふーん」

 

 レミリアは興味なさそうに声を漏らす。

 

 ちなみに9600形蒸気機関車より多く製造された機関車と言うのは、D51形蒸気機関車である。その数は外地向けを含めれば1184輌である。この製造数は現在でも鉄道車両の製造数としては抜かれたことの無い数である。

 

「まぁあれでも、自分の機関区にある機関車の中では古い方です」

 

「あれでも古いの?」

 

「えぇ。一番というわけではありませんが」

 

 まぁ純国産の機関車と言う点で言うなら、一番古いともいえる。

 

 9600形蒸気機関車を完全に置き換えられるほどの後継機関車に恵まれなかったのもあるが、それ以上に9600形蒸気機関車の完成度が高かったと言うのが後継機関車が作られなかった要因とも言える。故に終焉まで使われ続けたのだ。

 

 まぁ現実的な話を言うと、資材面がカツカツな当時の日本がそんなポンポンと後継機関車を作れるはずも無いが。

 

 

 

 

「ところで、あの蒸気機関車はどう動いているの?」

 

 と、パチュリーが本を下ろして質問をする。

 

「蒸気です。火を起こして水を沸騰させ、発生させた蒸気の圧力で足回りの動輪と言う部品を動かします」

 

「名前の通りなのね」

 

 パチュリーは納得したように頷く。

 

「でも、あれだけ大きなものだから、必要になる水と火は多いのでしょ?」

 

「えぇ。しかし水を沸騰させられる火を確保できるのなら、火を起こす燃料は選ばないのが蒸気機関車の強みです」

 

「なるほど」

 

 以前にも説明したが、蒸気機関車は水を沸かして蒸気を発生させられるのなら、火を起こす燃料を選ばないのが強みだ。

 

「でも、ただ火を起こせるだけじゃ、駄目なのよね」

 

「えぇ。水を沸騰させなければ意味がありませんので、なるべく適したものを使うのが好ましいです」

 

 火を起こせても、長い間燃え続けられて、尚且つ大量の水を沸騰させられる強い火力がいいので、薪や石炭といった最適な燃料を使うのが好ましい。

 

「意外と単純な構造をしているのね」

 

「聞くだけなら、ですがね。でも扱いが難しいので、思った通りに動かない時がある癖の強い機械です」

 

 彼は肩を竦めてそう言う。

 

 蒸気機関車はよく生き物に例えられる機械の代表格だが、その理由は毎回同じ状態じゃないところ、つまり機嫌が良かったり、悪かったりする所にある。

 

 それに、製造元が同じであっても、同型の機関車でも一輌一輌癖が違うことが多く、それで評価が分かれていたりしてした。その代表格がかつて急行ニセコで重連で牽いていたゴールデンコンビ『C62 2号機』と『C62 3号機』である。

 両車輌共同じ日立製作所で製造されたのだが、時間が経つと2号機は不調機となり、3号機は好調機となっていた。時間の経過も要因の一つだが、それでも同じ場所で作られたのにここまで差が出ているのだ。

 といっても、この二輌の種車となったD52形の状態が異なっていたのもこの違いを生んだ要因かもしれないが。

 

 その上、例え同一車輌であっても、乗務員によって評価がコロコロと変わる機関車は多く居た。その一例が今も走り続けている『C57 1号機』である。

 この機関車は特に乗務員ごとに評価が大きく分かれていた機関車である。

 

 これらのこともあって、蒸気機関車が生き物に例えられるのだろう。

 

 

 

 

「ところで、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

 と、しばらく会話を交わしている中、北斗がレミリアに声を掛ける。

 

「何かしら?」

 

「今回の夕食会ですが、ただ自分と話がしたいというわけではないのでしょう?」

 

「あら? 手紙の通り、あなたに興味があって話がしたいだけよ」

 

「その割にはお茶会の時点で至れり尽くせりですね」

 

 北斗は先ほど咲夜より出された洋菓子類を見る。

 

「まるで、機嫌をとっているような、なんて」

 

「……へぇ」

 

 と、レミリアは視線を鋭くする。

 

「機嫌を取る? たかが人間に誇り高い吸血鬼が? 甘く見られたものね」

 

 レミリアは席を立とうとすると、早苗はいつでも動けるように臨戦体制を取る。

 

「レミリアさん!」

 

「そんな事をして、私に何の得があるのかしら?」

 

 彼女は鋭く尖った犬歯を見せ付けるように口角を上げ、鋭く尖った爪を見せ付け、背中の羽を広げて北斗を威嚇する。

 

「……」

 

 しかしそんな威圧感を当てられても、北斗は何も動じなかった。しかし内心は焦っていた。

 

(夢月さん達が動かないといいんだけど)

 

 この状況にあの姉妹(幻月と夢月)悪魔(エリス)が動きそうで息を呑む。

 

 もしあの三人が動けば、事態はややこしいことになる。

 

 と言うか心配する所が違う彼は、本当にどこかズレている。

 

 

「その辺にしたら、レミィ。全然似合わないわよ」

 

「ちょっ、パチェ!?」

 

 パチュリーの言葉にレミリアは慌てて彼女を見る。

 

「正直に言えばいいじゃない。何でわざわざややこしいことにしているのよ」

 

「うぐっ」

 

 パチュリーの指摘にレミリアは何も言い返せなかった。

 

(レミリアさんの演技だったんですね。どおりで咲夜さんが動かなかったわけですか)

 

 二人の様子から状況を把握した早苗は頷く。

 

 と言っても、咲夜の能力面からタイミングは直前でも問題ないのだが。

 

「私から話すわ。レミィが話すと面倒なことになるわ」

 

「うー」

 

 と、レミリアはその場にしゃがみ込み、頭を抱えて静かに唸る。

 

「ごめんなさいね。レミィが拘るばかりに」

 

「い、いえ、大丈夫です。さすがに肝が冷えましたが」

 

「その割にはあまり慌てた様子は無かったわね」

 

 パチュリーはそんな北斗を評価した。

 

 まぁレミリアの威圧的な姿を目の当たりにして慌てなかった外来人は彼が初めてだ。だからこそ、彼に興味を持ったのだ。

 

「で、本題だけど、レミィがあなたと話がしたいのは本当よ。それと同時に、幻想機関区との関係についてもね」

 

「っ!」

 

 パチュリーの最後の言葉に、北斗は息を呑む。

 

「あなたがやろうとしている事業に、私達にも一枚噛ませて欲しいのよ」

 

「えぇっ!?」

 

 と、早苗が驚いた声を上げる。

 

「まぁ言ってしまえば紅魔館の労働力と資金の提供よ」

 

「それは、また随分と」

 

 北斗は予想だにしなかった案に驚きを隠せなかった。

 

「どういう風の吹き回しなんですか?」

 

 早苗は少し棘のある言い方でパチュリーに問い掛ける。

 

「まぁ、相変わらずのレミィの気まぐれよ」

 

「レミリアさんの?」

 

「そうよ!」

 

 と、ようやく落ち着きを取り戻してか、レミリアが勢いよく立ち上がる。

 

「面白そうになってきたのだから、これに乗らないわけにはいかないでしょ?」

 

 レミリアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「それは、レミリアさんの能力で見えたのですか」

 

「まぁ、そうね」

 

 早苗の質問にレミリアは短く答える。

 

「レミリアさんの能力ですか?」

 

「えぇ。私は『運命を操る程度の能力』があるの」

 

「……」

 

「と言っても、大層な名前だけど、大したものじゃないわ。次にあなたが『名前からして凄そうですね』って言えるのが分かるぐらいよ」

 

「名前からして凄そうですね……ハッ!?」

 

 と、北斗はどこかで見た事あるリアクションを取る。

 

「つまり、未来予知の一種ですか?」

 

「そうともいえるわね。例えば館の外で外来人が倒れてそのまま死ぬ運命の未来を見れば、それを私が咲夜に命じて助けさせて死ぬ未来を避けさせる。そんなものよ」

 

「なるほど」

 

「まぁ、あくまでも私の気まぐれ次第だから」

 

「……」

 

「話を戻すわね」

 

 と、タイミングを見計らい、パチュリーが口を開ける。

 

「つまり、私達紅魔館は幻想機関区のスポンサーとして、あなた達の事業に加わりたいのよ」

 

「ふむ」

 

 北斗は声を漏らして、考え込む。

 

 既に守矢神社が後ろ盾となって、石炭の補給も確約されているが、あくまでもそれだけで資金面や労働力は無い。

 

 未だに線路脇の柵や電話線の敷設、ポイント切り替え所、踏み切りといった設備が整っていないので、本線運行するには不安が残る。しかし人手が不足しているし、資金だって有限なのだ。

 もし紅魔館がスポンサーとなって資金と労働力を提供してくれれば、これまで以上に設備の設置が進む。

 

 しかし、こういう話にタダなものなど無い。

 

「まぁ、当然これらをするには、条件があるわ」

 

 と、レミリアがそれを告げる。

 

「条件ですか?」

 

「えぇ。この条件を呑めば、幻想機関区のスポンサーとして協力するわ」

 

「……」

 

 すると早苗がレミリアを睨むように視線を鋭くする。

 

「それで、条件は?」

 

「難しいことじゃないわ」

 

 レミリアは遠くで停止している79602号機を見る。

 

「蒸気機関車を一輌、私達に譲渡して欲しい。それだけよ」

 

「っ!」

 

 レミリアから提示された条件に、北斗は驚く。

 

「機関車を持って、何をするつもりですか?」

 

「それはね―――」

 

 

「自分の機関車で館の周りを走らせたいだけよ。乗ってみたからって」

 

「パチェェェェっ!!?」

 

 レミリアが言い終える前にパチュリーが言って彼女が顔を赤くして叫ぶ。

 

「そ、そうなのですか?」

 

「えぇ。興味があるからって、私に魔法で蒸気機関車を作らせようとしたぐらいにね」

 

「それは言わないでよぉぉぉっ!!」

 

 パチュリーにばらされて彼女は再びしゃがみ込んで頭を抱えて叫ぶ。

 

「可愛らしいところもあるんですね」

 

 と、早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「そうですね」と咲夜が「うー」と静かに唸るレミリアを観ながら短く返す。

 

「まぁ、条件はそれだけよ」

 

「ふーむ」

 

 北斗はため息に近い息を吐くと、立ち直ったレミリアを観る。

 

「譲渡するにしても、機関車を万全に運用できる設備を用意できるのなら、検討はします」

 

「設備?」

 

「えぇ。機関車を格納しておく為の機関庫に水を補給する為の給水塔、石炭を補給する為の石炭置き場、更に毎日機関車の整備を行い、火の番をする人員確保。最低でもこれらが必要となります」

 

「そ、それ全部必要なの?」

 

「えぇ。しかし場合によっては更に必要となる設備や人員が増えると思います。これらを準備できないのなら、譲渡の話は難しいですね」

 

「……」

 

 あまりの必要なものの多さにレミリアは言葉を失う。

 

 設備は何とかなるが、毎日機関車を整備するのは妖精メイドの性格を考えれば、とてもじゃないが実現は困難だった。

 

 まぁ譲渡した後にその機関車が目も当てられないような状態にしたくないというのが、北斗がこの条件を出した理由だろう。

 

「だから言ったじゃない。その話は無理だって」

 

「うっ」

 

 パチュリーに言われて彼女は俯く。

 

「まぁ、さっきの譲渡の話は無理だとして、機関車の所有権を持つことは出来ないかしら?」

 

「機関車の所有権、ですか?」

 

「えぇ。運用、管理はそちらに任せて、こちらが所有しているという事にすると言うのは」

 

「……」

 

「もちろん、所有権を持っている以上資金面は任せておいて」

 

「……」

 

 パチュリーからの別の案に、北斗は一考する。

 

 蒸気機関車の所有権は別の企業が持ち、運用管理は別の企業が行うのは今では珍しいことではない。

 

「まぁ、それならば、確かに」

 

「それじゃぁ……」

 

「しかし、今ある機関車の所有権は全てこちらにありますので、残念ですがそちらに所有権を渡すのは……」

 

「そう……」

 

 するとレミリアが肩を落として見るからに落胆した様子を見せる。

 

「とはいえ、今後そちらで新しい蒸気機関車を見つけた場合、そちらにその機関車の所有権を与えます」

 

「良いの?」

 

「まぁ、見つけられたらの場合ですが」

 

「……」

 

 

 

(良いんですか? あんな事言ってしまって?)

 

 早苗は北斗の傍に来ると耳元で声を掛ける。

 

(まぁ妥協するのも必要ですし、今後の計画遂行には紅魔館の援助は必要になります)

 

(それはそうですけど)

 

(まぁ、そう簡単に見つかるとは思えませんが)

 

 今の所新しく蒸気機関車が見つかった情報が無いので、すぐには見つからないだろうと北斗は判断して妥協したのだ。

 

 それに、譲渡より所有権を与える方がマシな条件だろう。

 

(まぁ、とりあえず今はこの場を乗り切ることを考えるか)

 

 彼は内心呟くと、パチュリーとの話し合いを進めるのだった。

 

 

 

 




今回で平成最後の投稿になります。次回は令和になりますね。
令和になっても、本作をよろしくお願いします。

感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38駅 意外な発見

令和初の投稿になります。これからも本作をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 その後お茶を楽しみながら話を進め、ある程度話の内容が一応紅魔館側で機関車が見つかれば所有権について話し合うという事で固まった。

 

 夕食会まで時間があったので、暇つぶしに北斗と早苗はパチュリーに連れられて紅魔館の地下にある図書館へと向かっていた。

 

 

「おぉ……」

 

 図書館に入った北斗は至る所にある本棚にギッシリと詰められた本に思わず声を漏らす。

 

 外の世界ではよく学校の図書室や図書館に入り浸ることが多かった彼からすれば、これだけの量の本を見たのは初めてだ。

 

「こんなに沢山の本を見たのは初めてです」

 

「そうですね」

 

 隣を歩く早苗も辺りを見渡している。

 

「読みたい本があれば、彼女達に伝えなさい」

 

 パチュリーは奥の一番大きな机の席に着くと、大きな本を手に表紙を開く。

 

 その後に、二人の元に四人の少女がやって来る。

 

「初めまして。この図書館の管理把握に努めている司書をしています小悪魔のこあと申します」

 

 少女ことこあは自己紹介しつつ頭を下げる。 

 

 背中まで伸びた赤い髪の側頭部から悪魔の羽の様な小さい羽が生えており、背中にも悪魔の羽が生えている。格好は白いシャツに赤いネクタイ、黒のベストとロングスカートと言う、OL風な格好をしている。

 

「小悪魔のここあです」

 

「……ここです」

 

 その隣にはこあと顔つきや髪の色が似て背中に悪魔の羽が生えている二人の少女が居たが、どちらともショートヘアーで、スカートの長さも短くプリーツスカートと、こちらはどちらかと言うと女子高生風な雰囲気がある。

 二人とも顔つきが瓜二つだが、見分ける為にかここあと言う小悪魔にはショートヘアーに黒いヘアピンを付けており、黒いソックスを履いている。ここと言う小悪魔は髪に何もつけておらず、黒いストッキングを穿いている。この二人は瓜二つな見た目をしているから見分ける為に違いを作っているのだろう。

 

「わたしはしょこあです~」

 

 更にその隣には、こあを小さくしたような幼女が両手を上げて小さく振るう。

 

「お探しの本がありましたら、私達に申し付けてください」

 

「分かりました」

 

 北斗はこあに本のジャンルを伝えて、いくつか持ってきてもらった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって外で待機している79602号機。

 

 煙突横にあるコンプレッサーからゆったりとした一定の間隔で蒸気が噴射されている中、運転室では機関助士の妖精がボイラーの水位メーターを確認しつつ時折焚口戸を開けて火室の火の状態を確認する。

 

 七瀬は煙室扉を開けて中を確認している。

 

 

「今の所問題はなさそうね」

 

「えぇ」

 

 79602号機のテンダー後ろに連結されている客車の屋根に座る幻月と夢月の姉妹は遠くにある紅魔館を眺める。

 

「さっきは少し焦ったけど、区長もやるわねぇ」

 

「私達の格下といっても、吸血鬼相手に慌てないなんて」

 

「結構肝は据わっているようね。人間にしてはね」

 

「まぁ私達を前にしても肝を据わらせているんだから、吸血鬼程度今更って感じかしら」

 

「さぁ。でもまぁ、ちょっとは見直したかな」

 

 二人は楽しそうに会話を交わして、北斗に対する評価を改める。

 

 まぁ北斗の内心を知らなければこう思っても仕方ないだろうが、まさか自分達が暴れないかを心配していたとは思わんだろう。

 

 すると二人の元に一匹の蝙蝠が飛んできて、近くに止まる。

 

 直後に蝙蝠は一瞬にしてエリスの姿へと変化する。

 

「それで、どうだったの?」

 

「魔法使いにしては大したものよ。あれだけ厳しい探知魔法を掛けられたら、こっそりと侵入は無理ね」

 

「そう」

 

「となると、何かあってからじゃないと無理ってこと、か」

 

「ふむ」

 

 まぁ三人からすれば強引に行けば良いのだが、一応北斗から騒ぎは起こして欲しくないと言われているのでとりあえず最低限の言いつけは守っている。

 

「というか、あんなに厳しく探知魔法をかけるって、余程侵入者に入られたくないのね」

 

 エリスは腕を組んで紅魔館を見る。

 

 まさかこの探知魔法が一人の魔法使いの為に掛けているとは思わないだろう。

 

「まぁ、いざとなれば強引に突破すれば良い話よ」

 

 幻月がそう言うと、夢月とエリスは笑みを浮かべる。

 

 

「うぅ……何だか寒気が」

 

 全身に刺さったナイフを抜き取ってボロボロな美鈴はなぜか悪寒に襲われるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それにしても、まさか外の世界の本まであるとは」

 

 北斗は驚きのあまり思わず声を漏らす。

 

 彼はダメ元で幻想郷には無いであろう本のジャンルを聞いたところ、まさかの外の世界の書物があったという。

 何でもこの図書館未だに何の本があるか把握出来ていないらしく、今でも小悪魔達によって本の整理と把握を行っている。その上今でもいつの間にか外の世界から幻想郷に流れてきた書物がこの図書館に現れるそうだ。

 

 そして持ってきてもらった書物はどれも外の世界にあったものばかりだ。主に漫画やラノベ、専門誌であるが。

 

「今でも幻想郷には忘れ去られた物が多く流れ着きますからね。これらのその一つだと思います」

 

 そういう彼女も某銀河鉄道の漫画を手にしていた。

 

「ふーむ」

 

 彼は早苗の話を聞きながら外の世界の書物を読み漁っていた。

 

「おっ、これは……」

 

 と、北斗はとある一冊の本を見つける。

 

 それは大体大きめの漫画本サイズの書物で、蒸気機関車や一部鉄道車両を写した百科本で、日本のみならず外国の車輌も写されている。

 

「懐かしい。小さい頃よく読んでいたな。しかもこれ、復刻される前のやつか。こんなものまで幻想入りするのか」

 

 北斗は懐かしそうにページを捲りながら声を漏らす。

 

「それ、蒸気機関車に関してのですか?」

 

「えぇ。これは最初に発行されたやつでして、じいちゃんの家にあったやつは復刻版でした」

 

「へぇ。そうなんですか」

 

 早苗は北斗からその本を手にして読む。

 

「昔走っていたSLの写真ばかりですね」

 

「そりゃ自分が生まれる前に発売された本ですからね」

 

「あぁ、なるほど。どうりで古さが目立って。あっ、この間見つけたC11 312号機の現役時代の写真ですね」

 

「この本は外の世界で動態保存されているSLの現役時代の写真が多くありますからね。あのC57 1号機もありますし」

 

「あっ、本当ですね」

 

「こっちはツバメのマークが特徴的なC62 2号機ですね」

 

「北斗さんのD62形もありますね。20号機じゃありませんけど……」

 

 二人は親しげに本を見てはそこに写っている蒸気機関車について語る。

 

「へぇ。蒸気機関車に関する書物があったのね」

 

 と、パチュリーが先ほどの席から移動して二人の前の席に座る。

 

「ここ最近外の世界から流れ着いた書物が多かったから、気付かなかったわね」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。それに変わった書物が多くて、整理が大変よ」

 

「パチュリー様は何もしていないじゃないですか」

 

 と、こあがジトッとパチュリーを睨む。

 

「まぁともかく、外の世界から色々と書物が流れて来ているから、この図書館は未だに全容が把握しきれていないのよ」

 

「なるほど」

 

 つまり彼女も知らないような本がこの図書館に多く存在するのだ。

 

 当然それが安全なものかと言う保障は無い。

 

 

「ねぇ、一ついいかしら?」

 

「何でしょうか?」

 

 話題を一区切りにして、パチュリーが北斗に問い掛ける。

 

「さっき聞いて気になっていたけど、魔理沙とアリスの二人と知り合いなのよね」

 

「えぇ」

 

「それなら、忠告してあげるわ」

 

「忠告、ですか?」

 

 北斗は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「魔理沙と友人関係を作ろうと思っているのなら、やめておきなさい」

 

「それは、どういう事ですか?」

 

 真剣な表情を浮かべる彼女に、北斗は息を呑む。

 

「魔理沙は盗人だからよ。毎回毎回図書館から魔導書を盗んでいくのよ」

 

「は、はぁ」

 

「そういえば、魔理沙さんよくパチュリーさんの所から魔導書を盗っていましたね」

 

 思い出したように早苗がその事を口にする。

 

「確か『盗んだんじゃない。死ぬまで借りるだけだぜ』でしたっけ」

 

「えぇそうよ」

 

 早苗が魔理沙のモノマネをしてパチュリーが答える。

 

「一般世間じゃそれはただの盗みじゃ。この幻想郷はそこまで非常識なんですか?」

 

 北斗は思わずツッコみを入れる。

 

「さすがにそこまで非常識じゃないですよ。まぁ魔理沙さんなりの言い訳と思ってもらえれば」

 

「は、はぁ」

 

 もう少しマシな言い訳は無かったのか。

 

「その上、実力があるから毎回毎回盗られてしまうのよ」

 

「そういう場合は、罠とか仕掛けないんですか?」

 

「生半可な罠じゃ魔理沙は易々と突破できるわ。かと言って強固な罠魔法を掛けても強引に突破するのよ」

 

「はぁ」と深々とため息を付く。

 

「最初はそうでもなかったのに、まるで水を吸う土の様に次々と魔法を覚えていく。本当、人間は恐ろしいわね。一生が短い分、ありとあらゆる可能性を秘めている」

 

「……」

 

「まぁ、それだからこそ、どこまで行くのか楽しみにしているのかもしれないわね」

 

 パチュリーは悟ったような表情を浮かべる。

 

 確かに魔導書を持って行かれるのは許せない。だが、同時に魔理沙がどこまで成長するのか、興味があるのだ。

 

 かといって魔導書の盗みは許せないが(大事なのでry

 

「それで、アリスとどうやって知り合ったの? 少なくともアリスと会う機会なんて無かったでしょ」

 

「まぁ、確かに」

 

 言われてみれば、と北斗は思うのだった。

 

「あの時は魔理沙さんが魔法の森で蒸気機関車を見つけたので、その場所まで案内してもらう道中で休憩がてらアリスさんの家に立ち寄ったんです」

 

「なるほど。あんな所に蒸気機関車が。そうなると様々な場所に現れている可能性があるのかしら?」

 

「恐らく。この間も河童の里付近でも見つかりましたから」

 

「ふむ。まだまだ可能性はある、か」

 

 パチュリーは顎に手を当てる。

 

 でも見つからなかったら、レミィはまた駄々をこねるわね。

 

 今後起きるであろう光景にパチュリーはため息を付く。

 

 でもあのレミィが駄々をこねるのは、滑稽な光景だからわざと見つけないのもありかも。

 

 

「ん?」

 

 ふと、パチュリーは声を上げる。

 

「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」

 

「はい?」

 

「あなた、魔理沙に案内されて魔法の森に向かったのよね」

 

「えぇ」

 

「普通に森の中を歩いたの?」

 

「はい。そうですけど?」

 

「……」

 

 するとパチュリーは静かに唸り、額に手を置く。

 

「確か普通の人間が魔法の森に入ったら、命に関わるはずだけど」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。って、あの二人なんでそんな事を伝えなかったのよ」

 

「これだから……ブツブツ」と呆れたように呟く。

 

「そ、そうなんですか!?」

 

 すると早苗が驚いた表情を浮かべてパチュリーに声を掛ける。

 

「あそこは様々なキノコが生えるのよ。当然中には毒キノコだってあるから、その毒キノコから出る胞子が生き物の体を蝕むのよ」

 

「……」

 

「幻覚や幻聴から始まり、身体異常が起きて、最悪その場で命を落とす事になるわ」

 

「……」

 

 すると早苗の表情が青ざめる。

 

「でも、魔理沙さんやアリスさんは何とも」

 

「あれでも二人は魔法使いよ。魔法の森の環境は私達魔法使いにとっては快適な所なのよ」

 

「そうなんですか。でも、俺は何とも無かったですよ」

 

「それが疑問なのよね」

 

「うーん」と彼女は静かに唸る。

 

「ただ身体が丈夫なだけで済むようなものじゃないのに」

 

「でも、身体が丈夫なのは確かですよ」

 

「だから、そういう問題じゃないのよ」

 

「これでも外の世界だと、インフルエンザって言うウイルスによる病気が流行して自分の居たクラス全員が休んで学級閉鎖になりましたけど、俺だけ平気でしたよ」

 

「……」

 

「中学の時は集団食中毒があって、学級どころか学年閉鎖に追い込まれた時がありましたね。まぁ俺はなぜか何ともありませんでしたが」

 

「……」

 

 北斗の口から発せられた衝撃的な事実に二人は呆然となる。

 

「ゴメン。前言撤回するわ」

 

 パチュリーは北斗を哀れむ目で見る。

 

 何だかここまで頑丈だと大丈夫な気がしてきた。

 

「と、とても頑丈なんですね」

 

「えぇ。まぁこれで疫病神扱いされたんですがね」

 

 と、北斗は最後だけ小さく呟くのだった。

 

 そして早苗は余計な一言を言って後悔するのだった。

 

 

「ん?」

 

 ふと、彼が向けた視線の先を見た時、思わず声を漏らす。

 

 こあ達によって持って来てもらった外の世界の書物の中に、ある物があった。

 

 北斗は器用に重ねられた本を退かしてそれを手にする。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、これは」

 

 早苗が声を掛け、北斗は手にしたそれを見る。

 

 それは書物と言うより、書類を纏めたファイルのような物であった。

 

 ただかなり時間が経過しているのか、外観は結構痛んでおり、ファイル名も擦れて読めない。

 

「あぁそれね。最近よくその類の書物が出てくるのよ。まぁ書物と言えるものなのかは分からないけど」

 

 パチュリーは少し前から小悪魔達が見つけたそれを思い出す。

 

「特に興味が無かったから、中身は確認していないけど」

 

「そうですか。でしたら、これと同じ感じの物を持ってきていいですか」

 

「分かりました」

 

 北斗はこあ達にそう頼むと、彼女達はすぐに行動を起こす。

 

 その間に彼は表紙を開けて中を確認する。

 

「……あれ?」

 

 ふと、書いてある内容に、北斗は思わず声を漏らし、目を見開く。

 

「どうしました?」

 

 早苗が首を傾げる中、北斗は次々とページを捲って内容を確認する。

 

「これ、蒸気機関車に関する修理内容書じゃないか!」

 

「えぇ!?」

 

 北斗が驚いたようにそう言うと、早苗も驚いて中身を確認する。

 

「本当に、そう書かれていますね。数字が細か過ぎて理解できませんが」

 

 早苗は書いてある数字があまりにも細かく書かれていたとあって、首を傾げている。

 

(細かく書いてあるな。まさかこんなものが)

 

 北斗は驚きを隠せなかった。

 

 何せ彼が手にしている書物は日本国産蒸気機関車全般に関する修理内容が図と共に書かれた書物だ。どこをどうすればいいのか、ここはどのくらいの誤差範囲があるのか等、事細かく蒸気機関車の各所の修理に関する内容と数値が書かれている。

 その上各部品の材質や大きさの寸法なども事細かく書かれていた。

 

 現在幻想機関区にはこういった書物は無くは無いが、あっても困らない代物だ。

 

 何より部品の製造の仕方や材料が書かれているのはかなり大きい。いざとなれば工場で鋳物製造を行うことができるので、予備部品を作る事が出来る。

 

 ちなみに蒸気機関車が全盛期であった時代は蒸気機関車の整備を請け負っていた工場では鋳物工場が併設されており、そこで一部のSLの部品を製造していた、らしい。

 

 

 その後こあ達が持ってきた同じような書物は先ほどの修理内容書の続きの様な内容のものに加え、それより大きな書物が全部で26冊であり、その全てがなんと日本国産蒸気機関車の各形式の設計図であった。

 

 恐らく原版と比べると大分縮小されてはいるだろうが、どれも細かく数値が書かれた正真正銘本物の設計図だった。

 

(これ外の世界で見つかると歴史的発見になるんじゃないか?)

 

 北斗はそれぞれのSLの設計図を見ながら内心呟く。

 

 蒸気機関車に関する資料は戦時中の空襲等で焼失した物が多く、今では殆どが現存していない。たまに発見されるケースはあるが。その一例はあの『58654号機』の奇跡であろう。

 だが未だ発見されず、忘れ去られてしまったものもあるだろう。恐らくこれらはその類、かもしれない。

 

(でも、こんな形で複製して設計図を残すかな?)

 

 北斗はふと疑問に思い、首を傾げる。

 

 58654号機の一件だって、設計図はマイクロフィルムに収められたのだ。こんな風に縮小して数ページの本に纏めるだろうか。

 

 それに修理内容書と比べると設計図関連の書物は何処と無く古さが余り感じられない。

 

 まるで新しく書かれたようなものだ。

 

(でもまぁ、お陰でこちらは助かるんだがな)

 

 予備の部品に関しての課題は残るが、これだけの設計図があれば、いざと言う時大いに役立つだろう。

 

 それに河童達の技術力が彼の予想以上のものであれば、機関車の大型の部品の製造だって可能かもしれない。

 

「あの、パチュリーさん。これらの書物ですが、しばらくの間借りてもいいでしょうか?」

 

 北斗は書物を置いてパチュリーに頼む。

 

 今の彼からすれば宝同然のものばかりだ。持って行きたい衝動はあったが、パチュリーの図書館にあったので彼女に持ち出しの許可を得なければならなかった。

 

「そうね。と言っても、私が持っていても無用の長物になるから、それらはあげるわ」

 

「い、良いんですか!?」

 

 まさかくれるとは思っていなかったのか、早苗が驚きの声を上げる。

 

「いや、何であなたが驚いているのよ」

 

 パチュリーは思わずツッコむ。

 

「本当に良いんですか?」

 

「言ったでしょ。私が持っていても無用の長物だって」

 

「そうですか。ありがとうございます!」

 

 北斗は深々と頭を下げる。

 

「まぁ、さっきの機関車の所有権の件については、よろしくね」

 

「は、はい」

 

 北斗は思わず返事を返してしまった。まぁただでは無い事は分かっていたが、予想していたより小さかったとあって、内心は一安心だった。

 

 

 

 しばらく図書館に篭っていた北斗達だったが、夕食会の時間になったのか咲夜が呼びに来たので、一同は食堂に向かうことにした。

 

 

 しかし、この時北斗はある違和感を覚えていた。

 

「背後から視線を感じる」と。

 

 まぁこの時彼は特に気にしなかったので、誰にも言わなかった。

 

 

 その後ろから一同を見ていた一対の瞳と色とりどりの宝石があったとも知らずに。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39駅 心の変化と吸血鬼の妹

 

 

 

 

 時間は六時半を回り、辺りも暗くなり出した頃。

 

 

 食堂ではメイド妖精達がキッチンワゴンで豪勢な料理を運び込んでいた。

 

「うわぁ、おいしそう!」

 

 豪華な料理に早苗が思わず声を漏らす。

 

「凄い。こんなに豪華な料理見たのは初めてです」

 

 こういった豪華な食事を前にしたことがあまり無かった北斗も声が漏れる。

 

「当然よ。咲夜の手に掛かればこのくらい楽勝よ」

 

「ふふーん」と言わんばかりにレミリアは胸を張る。

 

(でもこれも咲夜さん一人でとなると)

 

 さすがに全部では無いだろうが、それでもその殆どは彼女がやっているだろう。

 

 そう思うと改めてブラックだ、と北斗は思ったのだった。

 

「私は楽しいと思ってやっていますので、お気になさらずに」

 

 そんな彼の心配を読み取ってか、咲夜は一言そういうのだった。

 

「それじゃぁ、折角出来立ての料理を冷やしたら咲夜に悪いわ。いただきましょう」

 

 レミリアはがそう言うと、自分の席に着く。その際咲夜が時間停止を使って瞬間移動してイスを引いていた。

 

 北斗、早苗、パチュリーも席に座ると、妖精メイド達が料理を次々と運んで前に置いていく。

 

「それで、パチュリーの図書館は楽しかったかしら?」

 

 ワイングラスを手にした彼女は咲夜にワインを注がせる。

 

「えぇ。とても楽しかったです。意外と外の世界の書物とか多かったので」

 

「意外と多いのよね。ここだけじゃなく、別の所にも外の世界の書物が流れ込んで来ているようだし」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。私の文通友達が人里で貸本屋を営んでいるわ。そこにも外の世界の本が流れて来ているのよ」

 

「なるほど」

 

 レミリアの話を聞いて今度行ってみようかな、と彼は考えるのだった。

 

「それじゃぁ、この出会いに乾杯しましょう」

 

 彼女がワイングラスを掲げると、北斗、早苗、パチュリーもそれぞれワイングラスを手にする。

 

 そして四人は乾杯を交わし、料理を食べ始める。

 

 

 

 

「いやぁ、おいひいれすれねぇ、北斗さぁん」

 

「は、はい」

 

 ほんのり顔を赤くして酔っ払った早苗に声を掛けられて北斗は戸惑いながらも返事を返す。ワインを飲み始めてそんなに経っていないのにこれである。

 一方の北斗はそこそこ飲んでいた筈だが、相変わらず酔っ払った片鱗すら見えない。

 

「で、早速アンタは酔っ払うんかい」

 

 レミリアは思わずツッコみを入れる。

 

 早苗の酒の弱さは知っているが、相変わらずの弱さだ。恐らく幻想郷一の弱さだろう。

 

 まぁ外の世界では法律と言う名の決まりがあって酒類の飲み物を口に出来なかったのもあるが。と言っても彼女の役職柄その類を口にする機会はあった。さすがに毎日ではないが。

 

 それでも小さい頃からお酒を飲む習慣がある幻想郷では、彼女はペーペーのぺーである。

 

「北斗さぁん。北斗さぁんは、もっと頼ってもいいんれふよ。わたひがいつれもお力になりまふから」

 

(((今のアンタに頼りたくないわ)))

 

 北斗を除くレミリア達は内心で同時にツッコむのだった。

 

 こんな酔っ払いに頼るやつは相当な馬鹿である。

 

「そ、その時になったら、ぜひともお願いします」

 

「本当れふか! 約束れすよ!」

 

 早苗は呂律が回っていない中、笑顔を浮かべて北斗に身体を密着させると、彼を抱き締める。

 

「ちょ、早苗さん!?」

 

 彼女に抱き締められた北斗は狼狽する。

 

 抱き締められたことで早苗の女性特有の柔らかさが伝わり、彼は顔を赤くする。当然早苗のご立派な双丘も押し当てられているので、その形は変わり、その部分が押し当てられている箇所からその柔らかさが伝わっていた。

 

 その上彼の頭横には早苗の頭があり、必然的に女性特有の甘い香り……の代わりにアルコールの臭いがしていた。

 

 経歴こそ悲惨で人間不信な彼だが、これでも健全な男子である。そんな男子がスタイル良しな美少女に抱き締められたら慌てるのは当然である。それに加えて異性とのスキンシップが少ない彼からすればとても刺激の強いものなのだ。

 その上彼にとって特別な思いのある女子なら尚更である。

 

 北斗は早苗を離そうとしていたが、思ったより彼女の力が強く引き剥がせないで居た。

 

「あらあら。随分仲がよろしいのね」

 

 そんな光景を見ていたレミリアはニヤニヤと笑みを浮かべる。その隣では咲夜も笑みを浮かべているが、なぜかその笑みはぎこちない。

 

(これ後で記憶が残ってて発狂するパターンじゃないかしら)

 

 パチュリーにいたってはそんな事を内心呟くのだった。

 

 

 

「それで、咲夜の料理はどうだったかしら?」

 

 しばらくしてレミリアが北斗に声を掛ける。

 

 あの後早苗に引っ付かれていたが、何とか引き剥がして食事を再開し、そこにレミリアが声を掛けた。

 

 で、当の早苗は料理を食べながらワインを飲んでいる。

 

「とてもおいしいです。今までこんなにおいしい料理を食べたことがなかったので」

 

「そうでしょそうでしょ」

 

 と、レミリアは嬉しそうに頷く。

 

(なんだか最初に見た時より外見相応な気がしてきた)

 

 最初に見たカリスマ溢れる威圧的な姿だった時よりも見た目相応に幼くなっているレミリアの姿に北斗は首を傾げる。

 

「あれがレミィ本来の姿よ」

 

「そうなんですか?」

 

 と、パチュリーが小さな声で北斗に話しかける。

 

「えぇ。人前じゃカリスマ(笑)でいるけど、本当は見た目相応の無邪気なお子様よ」

 

「はぁ……」

 

「そこっ!! 余計なこと言わないでよ!!」

 

「うがー!」と言わんばかりにレミリアがパチュリーに叫ぶ。

 

 

「コホン。話は変わるけど」

 

 レミリアは咳払いをして気持ちを整える。

 

「そういえば、あなたの機関区には悪魔が暮らしているそうね」

 

「え?」

 

 レミリアが北斗に話題を切り出すと、彼は首を傾げる。

 

「咲夜が言っていたわよ。しかも二人も」

 

「え、えぇ。まぁ」

 

 すぐに誰の事かが分かり、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「全く。あなたは怖いもの知らずかしら? それともただ単に無知なだけかしら」

 

「……まぁ、何と言うか、成り行きって感じで」

 

「成り行きで悪魔を二人も住まわせるかしら?」

 

 普通悪魔を住まわせるって、無いわ。ってかありえない。そもそもなんでなんとも無いのかしら。

 

「あっ、三人です」

 

「……え?」

 

 北斗の衝撃発言にレミリアは首を傾げる。

 

「……二人じゃないの?」

 

「出発前に三人に増えました。最初の一人目の居候人のお姉さんです」

 

「……」

 

 レミリアは額に手を当てて小さく首を左右に振るい、ため息を付く。

 

「あなた、早苗に勝るとも劣らない非常識さね」

 

「は、はぁ」

 

「非常識しゃならわたひもまけまへんでふよ!」

 

「貴方は少し黙ってくれないかしら」

 

 呂律の回らない早苗を一瞥して再び北斗を見る。

 

「ホント、面白くしてくれるわね」

 

「クックックッ」と小さく笑う。

 

 あぁ、本当に面白くしてくれるわね。この人間は。

 

「やはりあなたと手を組んでよかったわ。お陰でしばらく退屈しないで済みそう」

 

「……」

 

「あなたの事を気に入ったって事よ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 パチュリーの補足で北斗は納得する。

 

 

 

 

「へっくし!」

 

「あら、夢月。風邪かしら?」

 

「さぁ。誰かが噂でもしているのかしら」

 

「案外身近なやつなんじゃない?」

 

「……」

 

 

 

 

「あの、咲夜さん」

 

「何でしょうか、霧島様」

 

 しばらくして北斗は料理の無くなった皿をメイド妖精と共に片付けている咲夜に声を掛ける。

 

「その、お手洗いはどこに?」

 

「お手洗いでしたら、食堂を出て左を真っ直ぐ進んで、四つ目の曲がり角の先になります」

 

「分かりました」

 

 以前より酒類に対する耐性が付いたのか、ワインを多く飲んでいた北斗だったが、さすがに飲み過ぎて少し強い尿意が出始めていた。

 ちなみにその飲みっぷりにレミリアは驚いて呆然としていたそうな。

 

 咲夜よりお手洗い(トイレ)の場所を聞いて席を立とうとした。

 

「それにゃら、わたひもご同行しましゅよ!」

 

 と、さっきより酔っている早苗が立ち上がる。

 

「いえ、一人で大丈夫ですから」

 

「にゃにを言ってひるのれふか! 万が一にょ事があったりゃ一大事でぇす」

 

 彼女は一体何の一大事を心配しているのだろうか。

 

「しょれに、暗い場所はこわひれすからわたひが付いて行きまひゅよ!」

 

「いや、そこまで子供じゃありませんし」

 

 もういよいよ呂律どころか言葉が怪しくなってきた早苗に北斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。 

 

「ただトイレに行くだけですから、すぐに戻ってきます」

 

「で、でも」

 

「それに、早苗さんの身に何かあったら、神奈子さんと諏訪子さんに申し訳ありません」

 

 もう既に起きているような気がせんでもないが、まぁ足元がおぼつかない状態じゃろくに力も出せないだろう。

 

「むぅ……北斗しゃんがしょう仰るにゃら」

 

 不満げな表情を浮かべる早苗を宥めて、彼は食堂を出る。

 

 

 

「……」

 

 食堂を出て薄暗い廊下を咲夜に教えられたとおりに進む北斗は少しばかり表情が綻んでいる。

 

(なんていうか、やっぱり早苗さんと接していると楽しいな)

 

 さっきまでのやり取りを思い出しながら北斗は歩みを進める。まぁ酔っ払いと絡むのが楽しいと言うわけではないが。

 

(今まで人と話してこんなに楽しいって思えたのは、あの時のお姉さんと早苗さんぐらいかな)

 

 自身の記憶を振り返っても、本当に楽しかった会話があったのは、幼い頃に貴重な話し相手であったお姉さんと、そして早苗だけだった。

 

 特に早苗とは気の合う同年代の友人とあって、とても楽しい会話であった。

 

(それに、早苗さんと居ると……なんていうか、心が安らぐって言うか、心地よいって言うか)

 

「うーん」と静かに唸りながら首を傾げる。

 

 そう思えるのは、彼女が彼にとってそれだけ特別な存在であるという事だろう。

 

 

 ―――心から気を許せる人。

 

 

 ―――とても気の合う人。

 

 

 ――― 一緒に居ると心地が良い人。

 

 

 そして何より彼が早苗に惹かれているのは――――

 

 

 

 

 ――――初めて出会ったあの時と変わらない、眩しいほどの笑顔だ。

 

 

 あの時の事を思い出してから、彼の中で早苗に対する見方変わった。

 

 

 最初は気の合う程度の友人でしか見ていなかった。貴重な話し相手でしかなかった。

 

 

 だが、今は違う。

 

 

 早苗と一緒に居る時は、とても……そう、とても楽しい。

 

 

 そして、彼は早苗を見ていた。

 

 

(これが、好きになるって事なのかな……)

 

 北斗は首を傾げる。

 

 だが、ここまで来ても、彼がこの感情を理解することは出来ない。

 

 好きと言っても、果たしてそれがlikeな意味なのか。それともloveな意味なのか。その二つの意味がある。だが、その違いすら彼には理解できないのだ。

 

 

 誰かを好きになった事は無い。誰かに好かれた事も無い。当然愛した事も、愛された事も無い。

 

 

 あったのは不信感だけ(・・・・・)不信がられるだけだ(・・・・・・・・・)

 

 

 だが、そんな彼にも、少しずつ変化が現れているという事だろう。

 

 

 

「……?」

 

 しかし、北斗はさっきとは違う理由で首を傾げていた。

 

(何だろう。少し前から背中に視線を感じる)

 

 図書室から出た時からもそうだったが、なぜか背後から視線を感じるのだ。

 

 例えが失礼だが、吸血鬼が住む館である以上、そういった幽霊の類が居てもおかしくない、かもしれない。

 

 まぁ実際幽霊が住む館があるのだが。

 

 

 北斗は後ろを振り返るが、誰も居ない。

 

(うーん。やっぱり何か居るのか?)

 

 見えない物が見える体質であるが故に幽霊の有無の違いは分かる。 

 

 となると誰かが見ていると言う結論に至るのだ。

 

 でも誰も居ない以上確かめようが無い。もちろん角の陰か物陰に隠れている場合もあるが、今の彼にそんな余裕は無かった。

 

「っ! 急ごう」

 

 身体を震わせて北斗は急ぎ足でトイレへと急ぐ。

 

 

 

 彼が歩いた後の曲がり角の陰から、一対の瞳が北斗の姿を捉え、その際に色とりどりの宝石が揺れる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「北斗しゃん、遅いですにぇ……」

 

 と、顔を赤くして左右に揺れる早苗は心配そうに北斗を待っている。

 

「あそこまで心配するなんて、相当彼に入れ込んでいるのね」

 

「そうね」

 

 そんな早苗を見ながらパチュリーとレミリアがワインを飲む。

 

「もし仮に彼の身に何かあれば、彼女の怒りを買うのは必須ね」

 

「えぇ……」

 

「そして残りの二柱が参戦するのも必至」

 

「……うん」

 

「更に彼の機関区に居候している悪魔も参戦、するかどうか分からないけど、可能性は高いわね」

 

「……」

 

「そんな戦力相手に、勝てる?」

 

「勝てるわけ無いじゃない馬鹿じゃないの」

 

 レミリアは頭を抱え込む。

 

「パチェのせいで心配になってきたじゃない」

 

「何でよ」

 

 パチュリーはムッとする。

 

「というか、フランは本当に大人しくしているのよね」

 

「そう言い聞かせたんでしょ?」

 

「それは、そうだけど」

 

 しかしちゃんと聞いてくれたという保障が無いので、レミリアは自信なさげだ。

 

(何もないといいんだけど)

 

 不安が過ぎり、彼女は息を呑む。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ふぅ……」

 

 スッキリした北斗は一息吐くと、トイレから出てくる。

 

(いやぁ予想以上に長かったな。お陰で危ない所だった)

 

 予想していたよりも廊下が長かったため、彼は途中から半ば走ってトイレに向かっていた。

 

 もう少し長かったら、少しまずかった。

 

 この年で漏らすなんて、完全に黒歴史確定ものである。

 

 

「さてと、戻りますか」

 

 と、北斗は元来た道へ歩みを進める。

 

「……」

 

 しかしまた背後から視線を感じて、歩みを止める。

 

「……」

 

 北斗は深呼吸をしてタイミングを見計らい、一気に後ろを振り向く。

 

 しかしそこには何も無く、少し離れた所に行き止まりがあったぐらいだ。

 

「……」

 

 北斗は少しホッとして前を向く。

 

 

「ばぁ!」

 

 振り向いた瞬間、逆さまの幼女が目の前に居た。

 

「うぉっ!?」

 

 当然彼は驚いて思わず後ろに飛び退く。

 

「アハハハッ! 驚いた驚いた!」

 

 幼女は笑顔を浮かべると、ぶら下がっている天井から床に降りる。

 

「……」

 

「お兄さん、驚いた?」

 

「あ、う、うん。驚いた……」

 

 幼女の質問に北斗は戸惑いながらも答え、幼女を見る。

 

 金色の髪を持ち、その髪を左側に纏めたサイドポニーにしており、頭にはナイトキャップに似た帽子をかぶっている。赤を基調とした服装を身に纏い、真紅の瞳を持っており、笑みを浮かべている口元から犬歯が見え隠れしているので、吸血鬼でありそうだ。

 そして背中には木の枝の様な骨格に色とりどりの宝石が光ってぶら下がっている、とても変わった翼を持っている。

 

「えぇと、君は?」

 

「私? 私、フランドール・スカーレット。みんなからフランって呼ばれてる」

 

「スカーレット? もしかしてレミリアさんの?」

 

「うん。私のお姉様だよ」

 

 と、幼女ことフランは笑みを浮かべながら答える。

 

(レミリアさんに妹さんが居たんだ。でも何で一言も言わなかったんだろう?)

 

 これまでの会話の中でレミリアはフランのことを言及しなかった。

 

 わざわざ言わなかった理由が分からず、首を傾げる。

 

(にしても、姉妹なのにこんなにも違いが出るものなのか?)

 

 北斗はフランの背中にぶら下がっている色とりどりの宝石を見る。

 

 レミリアは蝙蝠の羽なのに、なぜ妹のフランは宝石なのだろうか。

 

「ねぇ、お兄さん」

 

「な、なんだい?」

 

 するといつの間にか目と鼻の先まで近付いたフランに驚きながらも返事を返す。

 

「お兄さんって、外来人?」

 

「え? あ、あぁ、そうだけど」

 

「それなら、私と一緒に来てくれる?」

 

「それは、どうしてだい?」

 

 急な誘いに北斗は戸惑ってしまう。

 

「お兄さんなら、きっとあれが何なのか分かるんじゃないかなぁって」

 

「あれ?」

 

「うん。今まで見た事が無い物なの。外来人のお兄さんなら、分かるんじゃないかなぁって思ったの」

 

「外来人なら、か」

 

 北斗は興味のそそられる話だったが、しかし食堂で早苗を待たせていることもあったので、一応断りを入れておく。

 

「確かに気になるけど、すぐに戻らないといけないんだ」

 

「えぇ? どうして? すぐに終わるから、いいでしょ?」

 

「うーん。でもなぁ」

 

 しかし北斗が断っても、フランは彼の手を持って引っ張る。

 

「本当に見せたらすぐに終わるから、お願い!」

 

「……」

 

 どうもフランは諦めてくれそうになく、北斗は困ってしまう。

 

 どうにか断れないか悩んだが、子供は諦めが悪いというのはテレビで良く目にしていた。そしてたまにデパートの玩具売り場で駄々をこねる子供の姿を目撃していたり。

 

(こりゃ骨が折れそうだ)

 

 内心呟いていると、ふとフランの背中にぶら下がっている宝石の明るさがさっきより暗くなっているのに気付く。

 

「……?」

 

 一瞬なぜかと思ったが、同時に不安が過ぎる。

 

(長引かせたらマズイかもしれないな)

 

 こういう嫌な事にはとても敏感であったので、北斗は彼女の機嫌を損ねないように、こちらから折れることにした。

 

「分かったよ。でもすぐだからね」

 

「うん! それじゃぁ、付いて来て!」

 

 フランに引っ張られるように、北斗はその後に付いていく。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40駅 吸血鬼の妹の過去

 

 

 

 

 その頃食堂では……

 

 

 

「……」

 

 中々帰ってこない北斗に早苗はそわそわし始めていた。

 

「遅いですね。どうしたんでしょうか……」

 

 不安になり出して酔いが醒めているのか、呂律が大分マシなぐらいにまともなっていた。

 

「御手洗いまで距離があるから、時間が掛かるのは仕方無いんじゃない?」

 

 親しい友人とあってか、客人の前で見せる礼儀正しい姿から、砕けた態度で咲夜は早苗に話しかける。

 

「それでも、帰るのが遅すぎる気がします」

 

 咲夜がそう言っても、早苗の心配の種は尽きない。

 

 そもそも紅魔館は咲夜の能力によって空間が拡張されているのだ。それはつまり内部の構造が複雑化をしていることを意味している。

 

 もし北斗が途中道を間違えれば、迷ってしまう可能性は高い。

 

「けど、わざわざ御手洗いの場所を聞き出したって事は、それだけ御手洗いに行きたかったんじゃないの?」

 

「それは」

 

「それだと、走ろうにも走れないんじゃない?」

 

「……」

 

 思い当たる節があるというか、分かる話だというか、ともかく早苗は少しだけ納得する。

 

 

 

 話は変わるが尿意と言うのは男性と女性とでは我慢できる力が違う。当然個人差があるが、それでもその差は大きいと言われている。

 

 女性は尿意を我慢する力が男性より劣っていると言われており、男性が思うほど女性は尿意を我慢できない。

 

 その上一度決壊したら男性の様に止める手段が無いので、出し切る以外に術が無い。

 

 なぜかって? 紳士諸君なら察してくれ。

 

 

 

「そうでなくても、もしかすれば用が長くなったって考えられるから、それに行きと帰りの時間を加えれば時間は掛かるわよ」

 

「そう、ですよね……」

 

 咲夜の言った言葉に早苗はとりあえず納得した。

 

(でも、何でしょうか。この、モヤモヤする感覚は)

 

 しかしそれでも、早苗の胸中には不安が渦巻いていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃、フランに付いて行く北斗はそのルートに少し戸惑いを覚えていた。

 

(何か地下に向かっていないか?)

 

 明らかに地下へ通じる階段を降りていくので、少しばかり不安になり始めていた。

 

「なぁ、フラン」

 

「なに?」

 

「今日フランはどこに居たんだい? そんな早くから紅魔館に来たわけじゃないけど、君の姿を見かけなかったから」

 

「私の部屋だよ。お姉様に今日一日部屋に居なさいって言われたから」

 

「そうなのか……」

 

 北斗は首を傾げる。

 

 何だってそんな事を……。

 

「ところでフラン。何処に向かっているのかな?」

 

「私の部屋だよ?」

 

「部屋……?」

 

 なぜ地下に彼女の部屋があるのだろうか。

 

 北斗はそんな疑問が過ぎる。

 

「どうして、そんな所に?」

 

「……」

 

 すると、フランは階段の途中で立ち止まる。

 

「ねぇ、お兄さん」

 

「何だい?」

 

「私ね、最近までずっとこの地下の部屋に暮らして居たんだよ」

 

「え?」

 

 北斗は一瞬聞き間違ったのかと思った。

 

 ずっと? 地下に?

 

「私の力が危険だからって言って、外は危険だからってお姉様は言って、ずっと、ずっと地下に閉じ込められていたんだよ」

 

「……」

 

 その後フランは再び歩き出す。

 

「ずっとだよ? 私が生まれて、495年もの間、ずっとだよ」

 

 北斗の居る位置ではフランの表情は窺えないが、恐らく声のトーンから表情は暗いだろう。

 するとフランの背中の宝石の輝きが徐々に失われて暗くなっていく。

 

「……」

 

 北斗はあまりの衝撃的な事に、掛ける言葉が見つからなかった。

 

 やはり吸血鬼ゆえにその寿命は外見不相応なまでに長かった。そんな人間からすれば途方もない長い時間を、地下で過ごした。

 

「でも、少し前にお姉様が異変を起こして、その時霊夢や魔理沙と出会って、初めて地下の部屋から出たの」

 

 するとさっきまでの暗いトーンが少しだけ明るくなり、それに連動するように宝石の輝きも戻る。

 

 もしかすると背中にぶら下がっている宝石は彼女の感情に連動して輝きが変化するのだろう。

 

「それからは、部屋から出て館の中を自由に歩き回れたの。パチュリーの図書館で、色んな事を知った。見るもの、聞くもの、全てが初めてだったから……とても、とても楽しかった」

 

 フランの声のトーンは少しずつ明るさを取り戻し、それに伴って背中の宝石も明るさを取り戻す。

 

「……でも、お姉様は館から出ることを許してくれなかった」

 

「……」

 

「パチュリーから日光の対策は教えてもらったし、弾幕ごっこだってちゃんと覚えたし、力だって、ちゃんと練習して前より良くなったって、ちゃんと出来るって言っているのに……それでも、お姉様は外は危険だからって言って、外出を許してくれなかった」

 

 するとさっきまで輝いていた宝石がまた暗くなり出す。

 

「……」

 

「何が危険なのか、どうして危険なのか、それも教えてくれなかった」

 

「……」

 

「ねぇ、お兄さん」

 

 と、フランは再び立ち止まり、ゆっくりと北斗の方を振り向く。

 

 その表情は暗く、そしてその目はとても、とても暗い。

 

「お姉様って、私のこと、嫌いなのかな? 私が楽しくしちゃ、いけないのかな?」

 

 まるで壊れた人形のように首を傾げて、ハイライトの無い瞳で北斗を見る。背中の宝石の輝きは殆ど無く、今にも消えそうになっていた。

 

「ねぇ教えて、お兄さん?」

 

 フランは一歩前に出て、北斗を見上げる。

 

「……」

 

 北斗はどう答えるべきか、どう言葉を掛けてやればいいのか、正直思い浮かばなかった。それほど彼女の過去が悲惨過ぎた……

 

 でも、何か言ってあげなければならないと、彼の中で本能が叫んでいた。それだけフランの様子が異常だった。

 

 

「……」

 

 北斗は右手を前に出し、フランの頭に優しく置く。

 

「……え?」

 

 全く予想していないことだったのか、フランは思わず声を漏らす。その直後にフランの頭を帽子越しに優しく撫でる。

 

「俺は全くの赤の他人だから、どうこう偉そうに言える立場じゃないけど、一つだけ、言えると思う」

 

「……」

 

 北斗は静かに深呼吸をして、口を開く。

 

「それは、レミリアさんなりに考えたんだと思う」

 

「お姉様が、考えた?」

 

 フランは声を漏らすが、直後に表情が険しくなる。

 

「だったら……だったら……何で私を自由にさせてくれないの。やっぱりお姉様は!」

 

「君を心配しているから、様子を見ているんじゃないかな」

 

「……?」

 

 フランの言葉を遮って、北斗は強めに言い放つ。

 

「フラン。君は思い出したくないだろうけど、君が地下に閉じ込められていたのは、レミリアさんが君の力を恐れたから、だったよね」

 

「……そうよ」

 

「部屋から出られるようになってから、その力を使いこなせるように練習しているんだよね」

 

「うん。だから前よりちゃんと使えるって―――」

 

「でも、それはあくまでも前よりかは、だよね」

 

「……っ」

 

 痛い所を突かれてか、フランの表情が歪む。

 

 確かに前より力のコントロールは良くなったが、決して使いこなせているとは言えなかった。

 

「ちゃんと使いこなせているかって言うと、フランは自信を持ってレミリアさんに言えるのかい?」

 

「そ、それは……」

 

 すると初めてフランの言葉が揺らぐ。

 

「事に絶対は無いから、レミリアさんはきっと君の力が暴走しないか、心配しているんだよ」

 

「……」

 

「俺は事情を知らないから間違っているかもしれない。でも、力が暴走したら、君は見境なく振るうだろうね」

 

「……」

 

「そうなったら、君の家族はもちろん、親しい友人も傷つけてしまうよね」

 

「っ!」

 

 フランは目を見開き、口元が震える。

 

「君は、それを望んでいるのかい?」

 

「ち、ちが、違う!」

 

 と、すぐにフランは否定する。

 

「私、誰も傷つけたくない! お姉様に咲夜も、パチュリーも、こあ達も、美鈴も、霊夢達も、誰も傷つけたくない!」

 

「でも、でも」と彼女は両手で顔を覆う。

 

「分からないの! 何か頭の中でモヤモヤしたら、急に意識が朦朧となって、気付いたら、いつも誰かを!」

 

「……」

 

「あの時だって、気付いたら霊夢や魔理沙を……」

 

「……」

 

「それに、お姉様も……みんなも」

 

 フランは両手で顔を覆ったまま、静かに泣きじゃくる。

 

「……」

 

 北斗にはフランがどれだけつらい事を経験したのか、どれだけ苦しい思いをしたのか、それはとても想像出来ない。

 

 しかし、だからと言って、放っておけるものでもない。

 

 

 

「フラン」

 

 北斗は再びフランの頭に手を置いて優しく撫でる。

 

「レミリアさん達は、ちゃんと分かっているさ。決して君が自ら望んで力を振るっていないっていうのを」

 

「……」

 

「現に、正気になった君に優しい言葉を掛けていたと思う。どうだった?」

 

「……うん」

 

 フランはあの時の異変(紅霧異変)の終わりの時を思い出す。

 

「それに、手の施しようが無くなった君を、手に掛けたくないからだろうね」

 

「……」

 

 フランは覆っていた両手を退けて顔を上げる。さっきまでハイライトの無い、暗い目であったが、少しだけ光が戻っている。

 

「それに、もし本当に君が心配じゃなかったら、君を愛していなかったら、わざわざ君を束縛するような事はしないと思う」

 

「……?」

 

 フランは意味が分からないのか、首を傾げる。

 

「ただ、放っておけばいい。暴走した君を、誰かが始末してくれるから。それで重荷が減るなら、ね」

 

「……」

 

 北斗の言葉に彼女の目が揺れ、身体が震える。

 

「ゴメン。胸糞が悪いよな」

 

 北斗は自分の言い方が腹立たしかった。しかし時には非常な言い方をしてでも伝えなければならない時もある。

 

「でもね、君の事が心配で、君の事を愛しているから、きっと本当に大丈夫だって確信を持てるまでは、まだ自分の手の届く範囲に居させたいんだと思う」

 

「お姉様……」

 

「と言っても、レミリアさんのやり方は突き放したような、冷たいやり方だっていうのは俺も同意するよ。もう少しだけ君の意見を聞いてもいいと思う」

 

「……」

 

「まぁ、家族の事は俺には全く分からない。でも―――」

 

 と、北斗はその場に座り込み、フランと目線を合わせて、フランの頭を優しく撫でる。

 

「ちゃんと正面から、自分の気持ちを言って、レミリアさんの気持ちを聞いてみたらいいんじゃないかな」

 

「……」

 

「俺から言えるのは、これが限界だ。後は、君次第かな?」

 

「……」

 

 フランは何も言わず、俯く。

 

 

(お兄さん……) 

 

 彼女は今、何とも言えない気持ちにあった。

 

(何だろう……胸の中が温かい……)

 

 だがそれは決して嫌ではなく、むしろ心地よいものだった。

 

 そして同時に彼女の心を覆うとしていたモヤモヤしたものは、いつの間にか消えていた。

 

 光が殆ど失われたはずの背中の宝石の色はさっきの様に光り輝いていた。心なしか、最初と比べると光が澄んで輝いているように見える。

 

「兎に角、この話題はここまで。とりあえずに、案内の続きをしてくれるかな?」

 

「っ! うん!」

 

 フランは目に浮かんでいた涙を両手で拭い、笑顔を浮かべて頷く。

 

 

 その笑顔は最初に見せた時と比べると、とても明るく見えた。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 地下にあったのは古き者達

 

 

 

 少し降りた所で二人は彼女の部屋に到着し、部屋に入る。

 

(部屋は至って普通、ってわけでもないけど)

 

 部屋に入った北斗は館の外観や内装と変わらない赤い部屋に苦笑いを浮かべる。

 

 しかし作りは豪華であり、そこからでもレミリアがフランのことを思う気持ちが表れている。

 

「それで、フランが見せたい物って?」

 

 北斗は部屋中を見渡すが、特段変わった物は見当たらない。所々壊れているのが気になるが。

 

「うーんとね、ちょっと待っててね」

 

 と、フランは大きなクローゼットに近付くと、側面に両手を付いてゆっくりと前へと押し出す。

 

「……」

 

 彼女の怪力も驚きだったが、それ以上にその後ろの壁に大きな穴が開いているのに驚いた。

 

 小さい子なら立ったままでも通れるぐらいの穴だが、北斗ぐらいの背丈だと屈まないと通れそうに無い。

 

「フラン。この穴は一体?」

 

「えぇとね、少し前に寝ぼけて能力を使ってしまって、こんな穴を」

 

 と、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らしながら両人差し指を合わせる。

 

(寝ぼけて穴を開けられるものなのか?)

 

 北斗は内心彼女にツッコむのだった。同時に何だかこの非常識に普通に適応している自分が居ると思うのだった。

 

「そういえば、フランはどんな能力を持っているの?」

 

「私? 私の能力は『ありとあらゆるもの破壊する程度の能力』だよ」

 

「それなんて破壊神?」

 

「え?」

 

「あっいや、ただの独り言だよ」

 

 思わず声が漏れてしまったが、北斗は咳払いをする。

 

(レミリアさんがこんな地下に閉じ込めるわけだ)

 

 今更ながら北斗はレミリアの気持ちを理解して、同時に結構危うかったというのを理解した。

 

(もうド○ク○のザ○系の能力やがあっても驚かないぞ)

 

 内心呟きながら、穴の中を覗き込む。

 

(奥に空間があるな)

 

 北斗は穴の奥に空間があるのを把握するも、真っ暗で何も見えない。

 

「暗くて見えないな」

 

 蝋燭を持ってきて来ないといけないか。

 

「それなら任せて!」

 

 と、フランは自信満々に声を上げる。

 

「パチュリーから教わった魔法で明るく出来るよ!」

 

 そういうとフランは何だか嬉しそうに北斗の前を歩いて穴の向こう側に向かう。

 

 直後に穴の向こうから光が差し込む。

 

「おぉ」

 

 北斗は思わず声を漏らし、屈んで穴を通る。

 

「どう? お兄様?」

 

 穴を通り抜けると、穴の横でフランが待っていた。

 

「魔法って便利だね」

 

「そうでしょ?」

 

 宙で球体状に光を放っている光景に北斗は遠くを見るように右手を伸ばして額に当てて覗き、彼女は笑みを浮かべ、背中の色とりどりの宝石がぶら下がる翼が嬉しそうに揺れる。

 

「……お兄様?」

 

 ふと、北斗はある事に気付く。さっきまで『お兄さん』と呼んでいたフランが、『お兄様』と呼んでいた。

 

「うん。そうだよ?」

 

 フランは首を傾げる。

 

「どうしてそう呼んでいるんだい?」

 

「私がそう呼びたいから」

 

「んん?」

 

 微妙に望んだ答えが返ってこなかったので、思わず変な声が漏れる。違う、そうじゃない。

 

「ダメなの?」

 

 フランは上目遣いで北斗を見る。

 

「ダメと言うわけじゃないけど、まぁ別に呼んでもいいか」

 

「うん!」

 

 まぁ別に呼び方が変わって何か問題が起きるわけではないので、北斗はそのままにするのだった。

 

 

「うわぉ……」

 

 そして周りを見ると、驚いて変な声を漏らす。彼の視界いっぱいに、物であふれていたからだ。

 

 しかもそれがどれも機械の部品、その上蒸気機関車の動輪とかが混じっているのなら尚更だ。

 

「何じゃこりゃ」

 

 思わず声が出る光景に北斗は呆然となる。

 

 そりゃ洋風な館の地下にこんな部品の山があれば、誰だって驚く。

 

 しかもよく見るとその機械の部品は蒸気機関車の各部品のようにも見える。

 

(なんでこんな物が大量に地下にあるんだ?)

 

 近くにあるコンプレッサー関連と思われる部品を眺めながら内心呟く。

 

(と言うか埃の被り具合から相当長く放置されていたみたいだな。でも湿気が少ないのか、腐食している様には見えないな)

 

 近くにある部品をそれぞれ見ても、少し厚く埃を被っているが、どれも腐食しているようには見えない。

 

(偶々とは言えど、予想外な収穫だな)

 

 もはや苦笑いを浮かべるレベルだ。

 

 北斗は頭の後ろを掻く。

 

 しかしこれらを持ち返る事が出来れば、今後機関車の修理の際に使用する事が出来る。

 

「フラン。君が見せたかったのは、これらなのかい?」

 

「ううん、違う。この向こう側にある物だよ!」

 

「この向こう?」

 

 北斗はちょうど向こう側を遮っている部品が収まった棚を見る。

 

「お兄様! こっちこっち!」

 

 フランは声を上げて北斗を呼ぶ。

 

(これは少し時間が掛かりそうだ)

 

 北斗はため息を付き、フランの後に付いて行く。

 

「お兄様! アレだよ!」

 

「うん?」

 

 北斗はフランが指差す方向に顔を向ける。

 

 

 

「は?」

 

 視界に入った光景に、彼は目を見開いてさっきよりも大きな驚きに包まれる。

 

 なぜならば、そこには埃塗れだったが、二輌の蒸気機関車が部品に囲まれるように安置されているからだ。

 

「まさか、こんな所に!?」

 

 北斗は二輌の蒸気機関車の近くに走り寄り、その二輌を見る。

 

 蒸気機関車二輌は前後に並ぶように安置されており、埃塗れで変色しているように見えるが、腐食がほとんど無く状態はかなり良さげだ。

 

 しかしその二輌は幻想機関区にある蒸気機関車とは雰囲気の異なるものだった。

 

 前にあるSLはいかにもアメリカンな風貌のテンダー形蒸気機関車で、ダイアモンドスタックと呼ばれる火の粉止め装置を持つ煙突にフロントに障害物避けのカウキャッチャーを持っている。

 

 後ろにある機関車はいかにも欧州な雰囲気のあるタンク形蒸気機関車であったが、その足回りは特殊で四つの動輪があるように見えるが、それぞれ二つの動輪に走り装置を持つ特徴を持っている。これは『マレー式』と呼ばれる関節式の足回りである。

 

「これはまた、マニアックなものが」

 

 北斗はテンダー式の蒸気機関車の運転室近くに寄りながら呟く。

 

「お兄様。これって外の世界のものなの?」

 

 彼の傍に付いてくるフランはそう問い掛ける。

 

「そうだよ。これは蒸気機関車といって、外の世界で鉄道と呼ばれる乗り物の一種だよ」

 

「そうなんだ」

 

「それも、結構古い代物だよ」

 

「ふーん」

 

 彼女は少しだけ興味を持って二輌の蒸気機関車を見る。

 

(マレー式のタンク形は……確か『4500形蒸気機関車』だっけな?)

 

 記憶の糸を手繰り寄せながら、後ろにある蒸気機関車を見ながら側面に付いた埃を手で落とす。

 

 

 4500形蒸気機関車とは日本が輸入したマレー式のタンク形蒸気機関車である。

 

 元はドイツのJ.A.マッファイ社が製造したマレー式タンク機関車で、1903年に大阪でとある博覧会が開催されて、そこを通じてこの機関車が出展された。但し納入先は決まっていなかったそうな。

 その後様々な区間にて試運転が行われて一応ながら成績は残しているものも、官設鉄道では購入せず、半ば日本鉄道が押し付けられる形で購入し、他の路線に投入された。そこでは輸送量自体それほど多くなく、その上キツイ勾配を持っていたのでマレー式タンク機関車には正に最適とも言える路線であった。

 ちなみにこの機関車、日本で初めて導入されたマレー式機関車である。

 

 

 そもそもマレー式とはどんなものなのか?

 

 事の始まりはヨーロッパで狭軌規格の路線にて輸送量が増加してその輸送量に対応すべく多くの貨物列車を牽かなければならなかった。これを解決すべく強力な大型機関車の増備が考えられたが、多くの路線にて許容される曲線範囲が小さく、それ故に大型機関車ではその急曲線を曲がれないのだ。ならば小型の機関車による重連運転が必然的に求められるが、当然車輌と運転人員の増加が重なり、現実的ではなかった。

 この問題を解決すべく、スイスの『ジュール・T・アナトール・マレー』と言う技術者が自ら開発した複式機関を取り入れた機関車が『マレー式機関車』と呼ばれる関節式機関車である。

 

 マレー式最大の特徴は複数の走り装置をボイラー下に備えており、後部にある走り装置は蒸気の圧力が高く台枠に固定され、前部にある走り装置は蒸気の圧力が低く後部の走り装置と左右に振れる関節に繋がれ、曲線に応じて前方の走り装置が動く仕組みとなっている。

 この複数の走り装置を持っているお陰で出力の大幅な向上に加え、必然的に動輪が多くなるので軸重を抑え、その上動輪数と関節式の動きでうまく動輪と線路を粘着させるので空転を引き起こしにくい。故に勾配が大きい区間では重宝されていた。

 但しこの関節式の走り装置が複雑な構造をしているので、保守点検がかなり厄介だったそうな。その上製造コストも高い。

 

 このマレー式機関車で有名なのが、ビッグボーイの愛称で知られるアメリカの世界最大の蒸気機関車である『4000形蒸気機関車』である。

 

 日本でもこのマレー式蒸気機関車は4500形以外にも少数ながら導入されおり、急勾配を持つ区間に投入されたが、前述した保守面が問題視され、特性面からマレー式は勾配の多い日本の地理と相性が良かったが、保守面では現場からの評判は良くなかった。

 その後9600形や9900形こと後のD50形の導入により、次々と廃車にされ、現在では9850形の一輌のみがカットモデルで現存している。

 

 

 話を戻そう

 

 

 そんな4500形蒸気機関車を一瞥してから、目の前の蒸気機関車を見る。

 

(それにしても、この機関車は何だろうな) 

 

 いかにもアメリカンな風貌のSLに彼は首を傾げる。

 

 日本でもこの類の機関車は多く輸入されており、一番有名なのは北海道で運用された『7100形蒸気機関車』であろう。

 

 そう考えながら埃を払うと、運転室横に描かれているローマ字が現れる。

 

「何々……『HI……RA……HU』?」

 

「ん?」と声を漏らして首を傾げる。

 

「っ!?」

 

 直後に北斗は何かに気付き、テンダーの方に走る。

 

「お兄様?」

 

 突然走る北斗にフランは首を傾げる。

 

 北斗はテンダー側面に付いた埃を払うと、その下に現れた文字に、目を見開く。

 

 

「……比羅夫」

 

 テンダーに書かれた文字を見て、声が漏れる。

 

「となると、これは7100形か」

 

 北斗は前にある機関車の正体を見抜く。

 

 

 7100形蒸気機関車とは日本が北海道初の鉄道の開業にあたりアメリカより輸入した蒸気機関車である。全部で八輌が輸入されている。

 

 この機関車は他に輸入されたアメリカンな蒸気機関車とはそこまで大きな性能の差は無いが、この機関車の特徴は歴史上の人物の愛称がが付けられている事で有名なのだ。

 

 その愛称が付けられたのは1から6で、1号車には『義経』2号車には『弁慶』3号車には『比羅夫』4号車には『光圀』5号車には『信廣』6号車には『静』と命名されている。

 彼の目の前にあるのが、3番目の比羅夫号なのだ。

 

 比羅夫号は廃車後は由仁軌道と呼ばれる鉄道会社に譲渡される予定だったが、譲渡先の路線開通工事が資金不足によって計画がキャンセルされた事で、以降の消息は不明となっていた。

 

 現在この7100形蒸気機関車は1号車の義経号と2号車の弁慶号、6号車の静号のみが現存しており、義経号は動態保存されている。

 ちなみにこの義経号だが、実は少しややこしい事情のある機関車で、この義経号の台枠が長らく行方不明になっていた信廣号の物である事が判明している。しかしボイラー自体は義経号のものであり、この場合は果たしてどちらになるのか論争した後、色々とあって義経号として復元している。

 

 

(これは、想像以上に凄い事になったな)

 

 北斗は内心呟きながら二輌の機関車を見比べた後、フランを見る。

 

(だが、他の機関車と違って長く放置されている感じがあるよな)

 

 北斗はこれまで発見した蒸気機関車と状況の違う事に首を傾げる。

 

 それに蒸気機関車に触れてみて分かった事だが、これまで見つかった蒸気機関車と違い、違和感があるのだ。

 

 

 明日香達と違い、何も感じないのだ。

 

 

「ありがとう、フラン。君のお陰で大きな発見が出来たよ」

 

「どういたしまして!」

 

 彼女は笑顔を浮かべると、背中の宝石がぶら下がった翼が揺れる。

 

「さて、もう少し見ていたい気はあるけど、そろそろ戻らないとな」

 

 さすがにこれ以上待たせると早苗が心配するだろうし。実際心配しているが。

 

「……」

 

「フランも付いて来るかい?」

 

「いいの?」

 

 一瞬気持ちが落ち込むフランであったが、北斗がそう言うとパッと明るくなる。

 

「レミリアさんには俺から説明するから」

 

「っ! うん!」

 

 フランが頷くと、二人は一旦機関車が置かれている場所を離れ、食堂へと向かった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いくらなんでも遅過ぎます!」

 

 その頃食堂では早苗が声を荒げていた。

 

 さすがに北斗の帰りが遅過ぎるとあって、不安になっていたのだ。その不安のせいか、さっきまでの酔っ払いの様子はどこへやら。酔いが完全に醒めている。

 

「まぁ、さすがに帰りが遅いとは思うけど」

 

「思うじゃないですよ! やっぱり何かあったんですよ!?」

 

「落ち着きなさい、早苗」

 

 心配の余り思わず咲夜に詰め寄って怒鳴る早苗にレミリアが宥める。

 

 普段なら人間に対してこんな心配はしないのだが、今となっては彼は大事な事業のパートナーだ。見過ごすわけには行かない。

 

 まぁ本音としては、もし彼に何かあったら早苗の怒りを買うのは必至で、何をするか分からない。面倒ごとは避けたいのだ。

 

 しかしそれ以上に彼女が懸念しているのは、妹のフランにあった。

 

(もしもフランが彼に接触して、気を触れたりでもしたら……)

 

 その先の事は容易に想像出来た為、息を呑む。

 

「怒鳴っていても仕方ないわ。咲夜。すぐに探しに行きなさい」

 

「畏まりました」

 

「私、行って来ます!」

 

 レミリアが咲夜に捜索を指示すると同時に早苗が踵を返して走り出す。

 

「ちょっと、待ちなさい!」

 

 勢いよく走り出す早苗を止めようとレミリアが声を掛けるも、彼女の声を無視して早苗は勢いよく扉を開ける。 

 

 

 

 

 ゴンッ!!

 

 

 

 

「え?」

 

 扉を開けた直後、何やら鈍い音がして早苗は我に帰る。

 

 ちなみに紅魔館の食堂の扉は外開きのタイプで、ほぼ壁際まで開くようになっている。

 

 しかし扉は途中で鈍い音を発して、そこで止まった。

 

「……」

 

 早苗は一瞬首を傾げるが、直後に顔が青ざめる。

 

 恐る恐るとびらの向こうを覗いてみると……

 

 

 

「……」チーン

 

「……」ヤムチャシヤガッテ……

 

 そこには仰向けに倒れている北斗と、なぜか例のポーズでうつ伏せに倒れているフランの姿があった。

 

 運の悪い事に早苗が扉を勢いよく開ける直前になって食堂前に到着した北斗とフランであり、早苗が勢いよく扉を開けたことで二人はものの見事に正面から扉と衝突し、二人揃って吹っ飛ばされたのだ。

 

 二人の吹っ飛び具合から、相当強く勢いよく開けたのが解る。

 

「北斗さぁぁぁぁぁぁんっ!?!?」

 

「何があったって……フラァァァァァァンっ!?!?」

 

 早苗は悲鳴上げると同時に何事かと見に来たレミリアがうつ伏せに倒れているフランの姿を見て思わず叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻「何だか楽しそうね」

 

夢「そうね」

 

エ「あんな悲鳴聞いてよくそんな事が言えるわね」

 

 その頃、外で紅魔館を眺める三人の悪魔はそう呟くのだった。 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 浮上する疑問と矛盾

 

 

 

「ゴメンなさいゴメンなさい、本当にゴメンなさい!!」

 

 少しして北斗が目を覚ますと、早苗は彼に対して何度も頭を下げる。

 

「お、俺は大丈夫ですから……」

 

 赤くなって鈍い痛みがする鼻を押さえながら北斗は早苗にそう言う。

 

「どうぞお使いください」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 相変わらず突然現れた咲夜より冷たい水を含んだタオルを受け取った北斗は赤くなった鼻に当てて冷やす。

 

 強く顔面を打ったものも、赤くなっている以外は特に怪我は無かった。

 

「私がいきなり開けたばかりに、こんな事に……!」

 

「いえ、俺も扉の近くに寄り過ぎたのありますし」

 

「いや私が!」

 

「俺が……」

 

「はいはい。それでお終いよ」

 

 と、レミリアが手を叩いて二人の会話に介入して中断させる。

 

「お互い運が無かった。ただそれだけの事じゃない。それを何時までも言っていたら、永遠に終わらないわよ」

 

「「……」」

 

 レミリアからそう言われて二人は何も言えなかった。

 

「それで、説明してもらえるかしら?」

 

 彼女は北斗の隣で顔を赤くしているフランを見る。当然顔が赤いのは扉に顔面を打ちつけたからである。

 

「どうしてフランが一緒に居るの? トイレに行ったのなら、まず会う筈が無いんだけど……」

 

 スゥ、とレミリアの視線が鋭くなって北斗に向けられる。敵意のある、視線でだ。

 

「ま、待って、お姉様。お兄様は何も悪くない――――」

 

『お兄様ぁっ!?!?』

 

 フランは姉の誤解を解こうとしたのだが、逆に場を乱すことになってしまう。

 

「ちょっとあなた!! この短い間に何があったのよ!?」

 

「霧島様。場合によっては」

 

「北斗さん!? もしかしてそういう趣味が!?」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!?」

 

 誤解を深めるどころか拡大してしまったことに北斗は慌てて説明し、フランも加わって弁明する。

 

 

 

「つまり、フランが見せたい物があると言って、あなたを連れて行ったのね」

 

「えぇ」

 

 パチュリーは納得したように北斗に声を掛ける。

 

「ってか、何でそれで五体満足にいるのかしら」

 

 レミリアは額に手を当ててため息を付く。

 

 フランの事を知っているだけに、北斗が無傷で居られている事に凄さと呆れを感じている。

 

「フラン。彼に何もしていないわよね?」

 

「何もしてないよ!」

 

 彼女に言われてフランはムッとして言い返す。

 

「お兄様の言う通り、見せたい物があったから一緒に来てってお願いしたんだよ!」

 

「……そ、そう」

 

 北斗を弁明するフランに姿に、レミリアは圧されながらも、違和感を覚える。

 

(なぜかしら。いつもより明るいって言うか、フランから威圧感が感じられない?)

 

 いつもとフランの様子が違うと、首を傾げる。

 

 つい昨日まで彼女の内側にあったはずの狂気が、今は殆ど感じられない。

 

 今は見た目通りに明るい少女そのものだ。

 

 それに、背中の翼にぶら下がっている宝石が心なしかいつもより澄んで輝いているように見える。

 

(本当に、この短い間に何があったのよ)

 

 ジトッとレミリアは早苗から説教を受けている北斗を睨む。

 

「そもそも! 吸血鬼にホイホイ付いて行くってどうなんですか!?」

 

「いや、断れる雰囲気ではなかったので……」

 

「だからって簡単にホイホイ付いて行っちゃダメです!」

 

 まるで子供に知らない人に付いて行ったらダメ! と言っているような雰囲気である。

 

「言ったじゃないですか! 困った時は私に頼ると! 正にその時じゃないですか!」

 

(そりゃ酔っ払いには頼りたく無いわよ)

 

 ベロンベロンに酔っていた早苗の姿を思い出してレミリアは内心ツッコむ。

 

 そもそもこの広い館内でどうやって呼ばせるつもりだったのだろうか。

 

 レミリアは話を聞こうにも、この状態ではそれどころではないので、二人の間に割り込んで話を中断させる。

 

 

「それで、一体フランに何を見せてもらったの?」

 

 大分みんなが落ち着いたところで、レミリアが北斗に問い掛ける。

 

「百聞は一見にしかず。直接見てもらった方が早いかと」

 

「……?」

 

 北斗の言葉にレミリアは首を傾げる。

 

 

 

 

 

「……」

 

 目の前にある物を見てレミリアは呆然と立ち尽くす。

 

 まぁ自分の館の地下に蒸気機関車が二輌もあったら、誰だって思考が追いつかないだろう。

 

 その隣では興味津々な様子でパチュリーが機関車を眺め、レミリアほどではないが呆然とした様子で咲夜が機関車を眺め、眼を輝かせて早苗が機関車を見ていた。

 

「わ、私の館の地下に、それもフランの部屋の隣にこんな物が」

 

「ふむ……」

 

「……」

 

「これはこれでレトロでいいですね!」

 

 各々の感想を口にしている中、早苗は北斗に声を掛ける。

 

「それにしても、まさかこんな所に機関車があったなんて」

 

「そうですね。正に灯台下暗しってやつですね」

 

「全くです」

 

 北斗が頷くと、早苗は機関車を見る。

 

「でも、これまでの蒸気機関車と比べると、何か違うですよね」

 

「まぁ、国産ではなく外国産の機関車ですからね」

 

「いえ、作った国とかじゃなくて」

 

「……?」

 

 勘違いしている北斗に早苗は訂正する。

 

「ただ、今まで見てきた機関車と比べると、違和感があるんです」

 

「違和感、ですか」

 

 心当たりがあるのか、北斗は何も言わなかった。

 

「はい。明日香さん達の機関車と比べると……何も感じないんです」

 

「……」

 

「多分、明日香さん達みたいな、九十九神が存在しないのかと思います」

 

「存在しない、ですか……」

 

 北斗は比羅夫号と4500形を見る。

 

「これまで見つけた機関車には、神力とか、霊力が感じられたのですが、この二輌には何も」

 

「……」

 

「それに他と比べると、明らかに放置された時間が長いですよね」

 

「……確かに」

 

 二人は埃だらけの機関車二輌を見て、そう感じた。

 

「もしかして、この二輌は外の世界で忘れ去られて、幻想入りしたんじゃ」

 

「……」

 

 早苗の推測に北斗は改めて考える。

 

 確かにこの二輌の状態を見れば、かなり前に幻想入りして長らくここに放置されていた可能性は高い。でなければ、こんなに埃を被っている筈が無い。

 

 だが、同時に一つ疑問が生まれる。

 

(だったら……だったら、機関区にある機関車達は、なぜ存在するんだ?)

 

 機関区にある機関車の大半は外の世界ではどれも完全な形で、もしくは部品の一つですら現存していないものばかりだ。

 

 外の世界から幻想入りしたとは、とても考えづらい。

 

 これまで気にしていなかったが、考えてみれば矛盾する点が多い。

 

 外の世界では存在していない。だが、この幻想郷では存在する。

 

 

 では彼女達は、あの蒸気機関車達は、一体何なのだ?

 

 

 言い知れない不安が彼の胸中に渦巻く。

 

 しかし北斗は深呼吸をして、気持ちを切り替える。

 

 大きな謎が浮上したが、この場で考えても答えなんか出やしない。

 

 この問題は追々考えるとして今は棚上げだ。

 

 北斗は頭を切り替えて、レミリアに声を掛ける。

 

「フランが俺に見せたいと言ったのはこれですが、どうですか?」

 

「どうって、言葉が出ないわ」

 

 レミリアは呆れたように返事を返す。

 

「まさか、私の館の地下に、こんな物が眠っていたなんて」

 

「元々地下にあったのでしょう。その上にあなた方の館が現れて気付かないままだったと」

 

「……」

 

「それと、この二輌ですが……」

 

 北斗はフランを一瞥してから、レミリアを見る。

 

「所有権をそちらに渡したいと思っています」

 

「……え?」

 

 北斗の口から発せられた言葉に、レミリアは思わず声を漏らす。

 

「これはフランが最初に見つけた物ですので、紅魔館に所有権があると判断しました」

 

「……」

 

 目をぱちくりとさせる彼女は戸惑いながらも聞き返す。

 

「えっ、いいの?」

 

「えぇ。と言っても、この状態では走らせる事が出来ません。しばらくは整備をしなければなりませんが」

 

「そ、そう」

 

 レミリアは冷静に返事を返すも、内心喜んでいた。

 

 何せ探すのに苦労するだろうと思っていた機関車をこんなにも早く見つけることが出来たのだ。彼女としては正に棚から牡丹餅であった。

 

 

「……」

 

 しかしパチュリーは顎に手を当てて、何か考えている。

 

「ねぇ、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「所有権についてだけど、一輌だけでいいわ」

 

「え?」

 

「ファッ?」

 

 意外な事を口にして、北斗は首を傾げ、レミリアは声が漏れる。

 

「な、何でよ、パチェ!? せっかく二輌分も得られたのに!」

 

「あのねぇ、レミィ。いきなり二輌の所有権を貰ったって、持て余すのが関の山よ」

 

「うっ」

 

「それに、所有権を得られるって言っても、タダじゃないのよ。二輌分とかどこから出すつもり」

 

「うぅ……」

 

 パチュリーから次々と追求されてレミリアは頭を抱えてしゃがみ込む。

 

 どうもこういう言い合いではパチュリーの方に分があるようだ。

 

「と言うわけだから、折角の厚意だけど、前にあるやつだけで良いわ」

 

「そうですか」

 

 北斗は頷く。

 

 まぁ、4500形は足回りが関節式のマレー式なので、扱いは難しいだろう。だが、その分空転が少ないので、性能は申し分ないだろう。

 

「ねぇ、お兄様」

 

「どうしたんだ、フラン?」

 

 するとフランが北斗に声を掛ける。

 

「今思ったんだけどね」

 

「ん?」

 

 と、彼女は二輌の蒸気機関車を一瞥して再度北斗を見る。

 

 

 

「これ、どうやって外に出すの?」

 

『……』

 

 フランの尤もな疑問に、誰もがハッとする。

 

 どうやら、しばらくの間この二輌が日の目を見るのはまだ先の事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 疑問と数字

今回はとある今後のヒントがあります。


 

 

 その後北斗達は再度話し合いを行い、比羅夫号こと7100形蒸気機関車の所有権を紅魔館勢が持つことで決定し、4500形蒸気機関車は幻想機関区側が所有権を持ち、運用する事が決まった。

 現時点では4500形は明日香達の様な九十九神が存在していない以上、妖精達が使用する作業機関車として運用を予定している。

 

 そして一番の問題である両車輌をどうやって地下から地上へと運び出すかであるが、それについてはパチュリーが考えるとの事。

 

 まぁ天井から地上へ大きな穴を空けるのが手っ取り早く、より確実な方法らしいが、それでも準備に時間が掛かるとのこと。

 

 

 とまぁ、どたばたした夕食会はお互い有意義な時間となって、無事終わった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 夕食会から数日後。

 

 

 

 

 紅魔館のバルコニーにてパラソルの下でレミリアとパチュリーがティータイムを楽しんでいる。その後ろでは咲夜が控えている。

 

「……」

 

「なんだか、腑に落ちない顔ね」

 

 本を読んでいたパチュリーはティーカップを持ち真剣な表情を浮かべるレミリアに声を掛ける。

 

「……」

 

 ため息を付いてティーカップをソーサーに置く。

 

「で、フランはどうしているの?」

 

「一生懸命魔法を覚えたり、力の制御の練習をしているわ」

 

「そう。進境は?」

 

「まぁまぁね。でも以前より良くなりつつあるわ。その上力だって以前よりも制御が出来ている」

 

「……」

 

「彼と一緒に遊びたいからって、頑張っていたわね。このままのペースなら、恐らく近い内にあの子は力を完全に制御出来るでしょうね」

 

「……そう」

 

「気に入らないのかしら?」

 

 フランの成長を聞かされても、あまり嬉しそうにしていないレミリアに、パチュリーは声を掛ける。

 

「いいえ。姉としては、フランが元気になったことは嬉しいわ。その上、関係改善にも助言してくれていたそうだし、その点は彼に感謝しているわ」

 

 ずっと妹を心配してきたからこそ、彼女が元気を取り戻してくれたことには、北斗に感謝している。

 

「まぁ、私が出来なかった事を赤の他人に出来たのは、少し癪だけど」

 

 とは言えど、個人的には自分に出来なかった事を赤の他人が出来た事に、姉として嫉妬している。

 

 

「でも―――」

 

「でも?」

 

「唐突過ぎるのよ、何もかもが」

 

「……」

 

 彼女の言葉に、パチュリーは何も言えなかった。

 

「私達がどんなに時間を、苦労を掛けて、犠牲を払ったのに、あの子の狂気を取り払えなかった」

 

「……」

 

「何度も、何度も、気の遠くなりそうなぐらいに時間を掛けたのに」

 

「……」

 

「なのに、ただの外来人の彼は、それを成し遂げてしまった」

 

 どことなく悔しくも、怒っている様な雰囲気を醸し出して、歯軋りする。

 

「正確には今までに無いぐらいに狂気を沈静化させているって言うのが現状ね。完全に取り払われたわけじゃない」

 

「……」

 

 フランの内側に潜む狂気だが、まだ完全に取り払われたわけではない。今は沈静化しているが、ふとした拍子でその狂気が活性化する可能性がある。

 まだ安心できる状態ではないが、今までと比べると極めて安定している。よほどの事が無い限りは大丈夫との事だ。

 

「レミィ……」

 

「……」

 

 

 フランが生まれて、彼女の中に潜む狂気の存在を知って、彼女はこれまで手段を講じていないわけが無い。

 

 パチュリーと知り合ってからも、フランの中に潜む狂気を取り払おうといくつもの方法を試した。

 

 だがどれも失敗に終わり、日に日にフランの狂気は強くなって来て、手に負えなくなっていった。だから地下に閉じ込めるしか方法が無かった。そして彼女の気を紛らわせるために、生贄を何人も彼女に与えた。

 

 幻想郷に移り住んで、霊夢達と出会ってからは少しだけ安定してきたが、それもほんの少しだけで、大きな変化は無かった。

 

 

 それなのに、会ったばかりの、それもただの外来人が、フランの狂気を鎮めた。自分達がどれだけの時間と方法を費やしたにもかかわらず、何も解決出来なかったのにだ。

 

 確かにフランの抱える問題に解決の兆しを作ってもらえたのは感謝している。しかし、唐突にやられても、彼女達からすればとても解せないのだ。

 そして逆に不信感を抱く。

 

 

 

「本当に、彼は何なの……どうしてただの外来人が、いとも簡単に……」

 

「……」

 

 パチュリーは本を閉じて、テーブルに置く。

 

「あくまでも推測でしかないけど、もしかすれば彼の能力が関わっているんじゃないかしら?」

 

「能力ですって?」

 

 レミリアは怪訝な表情を浮かべてパチュリーを見る。

 

「えぇ。可能性としては、それが一番ありえるわ」

 

「彼は外来人よ。そんな事―――」

 

「魔理沙の話じゃ、この間の異変を起こした外来人は元から能力を持っていたらしいわ。だとするなら、決してありえなくはないわ」

 

「……」

 

「尤も、彼が本当に能力を持っているかどうかも分からないから、何とも言えないわね」

 

「……」

 

 そもそも確かめてもいないので、分かりようもないのだが。

 

 

 

「……」

 

 ふと、レミリアは何かを思い出したように顔を上げる。

 

「どうしたの?」

 

「いや、昨晩見たのを思い出したのよ」

 

「見たっていうと、運命を見たの?」

 

「……だと思うけど」

 

「……?」

 

 自信なく言うレミリアにパチュリーは首を傾げる。

 

「分からないのよ。見えたのは景色と、数字だけよ。今までこんな形で見たこと無かったわ」

 

「……」

 

「咲夜。紙と書く物を」

 

「こちらに」

 

 するとレミリアの後ろに控えていた咲夜が一瞬姿を消して再び姿を現すと、一枚の紙とインク壺に差し込まれた羽ペンを手にしてテーブルに置く。

 

「確か、こういう風に数字が並んでいたのよ」

 

 彼女は羽ペンを手にして紙に数字を書き始める。

 

「パチェ。これに何か心当たりがあったりする?」

 

「……」

 

 パチュリーはレミリアが見せた数字の列を見る。

 

 

 1 433 283 57 127 135

 4 133 5 260 06 D→C+28 

 

 

 紙には数字と最後だけ妙な文字配列が書かれている。

 

「どう?」

 

「さっぱりね。数字に何の規則性が無いし、最後の文字配列だって、全く分からないわ」

 

「そう……」

 

 羽ペンをインク壺に戻し、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「本当にこの数字を見たの?」

 

「えぇ。間違いないわ」

 

「……」

 

「ホント、彼に会ってからというものも、変わり事が多くなったわね」

 

「……」

 

 レミリアは深くため息を付き、パチュリーは何も言わなかった。

 

「次は、何を見せてくれるのかしら」

 

 しかし次に彼が何をするのか、それが楽しみであった。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44駅 賢者の考えと疑問

 

 

 

 

 幻想郷のとある場所。

 

 

 

 

 

 

「――――以上が霧島北斗に関する報告です」

 

 幻想郷を見渡せる場所で、八雲紫に一人の女性が報告を済ませる。

 

 彼女の名前は『八雲藍』。八雲紫の式神にして、九尾の狐と呼ばれる大妖怪であり、その九つある尻尾が特徴的である。

 

「ごくろうだったわね、藍」

 

 紫はそう言うと、幻想郷の景色を眺めながら浅く息を吐く。

 

「霧島北斗。最初に見た時から何かワケありがありそうだと思ったけど、やっぱりあったわね」

 

「……」

 

 紫は藍から聞いた報告を改めて思い返す。

 

 

 

 ある日の雨の降る夜。孤児院の前で一人の赤ん坊が捨てられていた。その赤ん坊に手紙が一緒に添えられており、内容は『この子の名前は北斗。この子の事をよろしくお願いします』とあった。つまりは後の霧島北斗である。

 その赤ん坊は孤児院で預けられて、育てられた。ちなみに彼を捨てた人物は未だに見つかっていない。その上当時その人物を目撃した者がいないと言う。

 

 その後孤児院で育てられたその子はとある夫婦に引き取られ、『霧島北斗』としてその夫婦と共に生活し始めた。

 

 しかしその後夫婦は交通事故に遭い、亡くなってしまう。その後は義父の父親に引き取られて、生活していた。

 

 その祖父も老衰で亡くなり、彼は親戚の叔父の家に引き取られた。

 

 しかしその後叔父による虐待が判明し、叔父は現行犯で逮捕。彼は別の親戚の家へと引き取られる。

 

 その後は家庭内で問題は無く生活を過ごしていたそうだ。

 

 

 

 

「それにしても、中々。よくもまぁこんな経歴で壊れなかったものね。それとももう壊れているのか」

 

「……」

 

 意味深な事を呟く彼女に、藍はただ耳を傾ける。

 

 

 

 なぜ彼女が霧島北斗に関する事を調べているのか。

 

 これは彼のみならず、幻想郷に移り住んだ外来人全般に言える事だが、彼女は移り住んだ外来人の素性を調べている。

 

 理由としてはその外来人がこの幻想郷にどう影響を及ぼすかどうかである。

 

 この幻想郷に迷い込む外来人は原因や善し悪し等、様々な者が多い。

 

 その外来人がこの幻想郷にいい変化を齎してくれる技能や知識持ちなら別に構わないが、もし悪影響しか与えないのなら、彼女による監視が入る。

 

 以前にもある外来人が幻想郷に迷い込み、暮らし始めた。彼女は藍に外来人の経歴と素性を調べさせた。

 

 その外来人は外の世界では某宗教団体のメンバーであり、その某宗教団体が外の世界で起こした蛮行を知っていた彼女はその外来人を警戒した。

 

 そしてその外来人がその某宗教を布教し始めようとした為、彼女は先手を打ってその外来人を秘密裏に幻想郷にある意味役立つ形で処理した。

 

 幻想郷は全てを受け入れると彼女は言っているが、受け入れた後幻想郷に悪影響を及ぼすのであれば、八雲紫は容赦しない。幻想郷を愛しているが故である。

 

 もちろん、何もしなければその外来人は幻想郷で静かに暮らせたであろう。

 

 今回もその一環で霧島北斗に関する事を調べさせた。

 

 

 まぁ結果的に言うと、闇の部分は見受けられたが、特に問題になりそうな部分は無かった。

 

 

 

 

 ただ、彼が三ヶ月前に行方不明(・・・・・・・)になっているという点を除けば。

 

 

 霧島北斗は三ヶ月前に外の世界で起きた地震の際に行方が分からなくなっている。

 

 彼が住んでいた寮に帰って居たのは確認されてるが、地震が起きてその寮が崩壊してその残骸から彼は発見されなかったのだ。

 

 

 

(まぁ、この幻想郷で行方不明になった人間が迷い込むのは珍しい事じゃないけど)

 

 外の世界で行方不明になった人間がこの幻想郷に姿を現すのは割と多い。実際外の世界で行方不明になった人間が幻想郷に移り住むことが多い。

 幻想郷では決して珍しい出来事ではない。

 

 しかし、その行方不明になった人間があれだけの施設と蒸気機関車と共に幻想入りしたとなると、話は別だ。

 

 単なる偶然と言ってしまえばそれまでだが、彼女は何かしらの狙いがあると見ている。

 

 北斗自身嘘を言っていないのは初めて会った時から確認している。長らく生きてきた彼女は人間の嘘を見抜くぐらい、造作も無いのだ。

 

 まぁ、彼が自覚していないだけで、知らぬ内に異変に加担している可能性は否定出来ないが。

 

 

 

「それで、例の件も調べているかしら?」

 

「はい。紫様の言う通り、幻想機関区にある機関車について調べました」

 

 紫に聞かれて藍が調査内容を伝える。

 

「調べた所、機関区にある機関車の大半が外の世界には現存していないものばかりでした」

 

「……」

 

「最近見つかった機関車は一応現存しているものでしたが、半ば鉄屑状態でしたので、完全な状態ではありません」

 

「……そう」

 

 紫は浅く息を吐く。

 

 博麗大結界に干渉せず外の世界と幻想郷を行き来できる能力を持つ彼女は外の世界の情報を多く持つ。故に、外の世界で蒸気機関車が過去の物である事も知っている。

 

 役目を終えた蒸気機関車はその多くが公園や博物館などの施設に静態保存され、一部は動態保存されているが、数多くの機関車は解体されている。

 

 だが、幻想機関区にある機関車は、どれも外の世界では完全な形で現存していないものばかりだ。中には部品の一つですら現存してい無い物だってある。

 

 ならば、あの機関区にある機関車は一体何なのか?

 

 

 少なくとも新造されたというのは間違いないだろう。

 

 

 だが問題は何処でどうやって製造されたかである。

 

 

 外の世界で作られたと言う可能性は限りなく低いだろう。理由としてはそもそも蒸気機関車を新たに作る為の技術が不足しているからである。

 

 厳密に言えば蒸気機関車を一から新造するのは不可能ではない。実際某テーマパークを走る蒸気機関車は灯油を燃料にしているが、正真正銘の蒸気機関車である。

 海外でも蒸気機関車を新造した例もあり、現在でも有志で蒸気機関車を新造する例もあったりする。

 

 しかしそれはあくまでも現代の技術で応用できる部分を用いて製造されたもので、蒸気機関車の製造技術の多くはもはやロストテクノロジーと化している。

 その為、動態保存されている機関車の修理には、他の静態保存されている機関車から部品を取って移植する共食い整備や、別の技術で代用する、現物から設計図を起こしているリバースエンジニアリングを行って部品を作るといった方法が取られている。

 

 そもそも、情報伝達能力が高い外の世界で、蒸気機関車を新造するとなると当然話題になる。徹底して秘匿した所で、どこかで情報が漏れて一気に広がるだろう。   

 

 尤もな事を言うと、そもそも今の時代に蒸気機関車を新造するメリットは殆ど無いし、製造にとんでもない額が掛かるのは想像に難くない。

 

 

 

 次に可能性があるのは、この幻想郷で作られたという可能性だ。

 

 しかし幻想郷には蒸気機関車を一から作る設備はおろか、技術すらない。河童であれば作れる可能性はあるが、現在幻想機関区で技術を学んでいる最中なので、製造に関わってはいないだろう。

 

 ならばなぜこの幻想郷で機関車が製造された可能性があるのか?

 

 その理由としては、幻想郷には様々な種族が暮らしている。当然中には神々の存在だってある。

 

 その中には無から物質を創造したりする神も存在している。中には一つの世界を作ったほどの神もいるのだ。

 

 蒸気機関車の一輌や二輌を創造するなど、造作も無い。

 

 

(ひょっとして……)

 

 紫はとある神の関与を疑ったが、頭を振るう。

 

 確かにその神であればあれだけの施設に機関車の創造は容易いだろう。実際彼女は一つの世界と生命を創造している。

 

 だが、彼女と蒸気機関車とでは何の関係も無い上、彼女の性質を考えると可能性は限りなく低い。

 

「……」

 

 紫はため息を付き、後ろを振り向いて藍を見る。

 

「藍。しばらく様子を見つつ、幻想機関区に赴きなさい。あそこにある機関車を直接調べて欲しいの」

 

「畏まりました」

 

 藍は頭を下げる。

 

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

 いつまでもその場を離れない藍に紫は首を傾げる。

 

「紫様。失礼を承知で一つお聞きしても宜しいでしょうか」

 

「珍しいわね。あなたがそう言うなんて」

 

「……」

 

「まぁ、聞きたいことは大体想像付くけど、何かしら?」

 

「……」

 

 藍は一間置いてから口を開く。

 

「では、お聞きしますが、なぜ彼らを幻想郷に置いているのでしょうか?」

 

「……」

 

「あれは我々妖怪の存在を蔑ろにした、科学文明の一つです。この幻想郷に要らぬ発展を齎す可能性があります」

 

「……そうね」

 

 紫は再度前へと振り向き、幻想郷の景色を見つめる。

 

「あなたの言う通り、本当なら彼らは排除すべき対象。幻想郷に必要な存在ではないわ」

 

「では、なぜ……」

 

「……」

 

 彼女は一間置いてから、口を開く。

 

「……その幻想郷にも、時代の変化が必要となってきているのよ」

 

「……」

 

「いつまでも時が止まったままにはいかないのよ。必要な変化だってある」

 

「……」

 

 幻想郷の時計は博麗大結界が張られてから、殆ど進んでいないようなものだ。最近では数多くの異変が起きて時が進んでいるようにも思えるが、実質止まったままだ。

 

「それに、幻想郷は忘れ去られた者達が集う場所。時代の流れと共に蒸気機関車は忘れ去られようとしているわ。皮肉なものね」

 

 紫は微笑を漏らす。

 

 かつて自分たちを追いやったような存在が、同じように追いやられているのだ。こんなにも皮肉な話は無いだろう。

 

「だから、幻想郷の変化の為に、彼らを受け入れたと?」

 

「えぇ。例え私達に相反する存在だとしても、必要なことよ」

 

「……」

 

「もちろん、彼らが幻想郷を陥れるのであれば、容赦はしないわ」

 

「はい」

 

 藍は頷く。

 

「……」

 

 紫はため息を付くと、薄っすらと見える幻想機関区を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はもう一度走りたかった。

 

 

 あの日、最後に走ってからずっと私は止まったまま……。

 

 

 一度はあの線路に戻れる日々が来ると期待した。そしてその機会が訪れようとしていた。

 

 

 でも、他のやつにその機会を取られてしまい、変わらず止まったままだ。

 

 

 幾度の時が過ぎていって、私の妹が再び線路の上で走り、私は憂鬱だ。

 

 

 ずっと同じ所に居て、ただただ時間を過ごす日々。

 

 

 もう二度とあの線路には戻れない。二度と風を感じながら走れる日々は来ない……。

 

 

 そんなある日、私の前に一人の女が現れた。 

 

 

 私の姿が見えるのは驚きだったけど、それ以上に驚いたのはその後の言葉だった。

 

 

 

『もう一度線路の上を走ってみないか?』

 

 

 

 私はその言葉に衝撃を覚えた。それと同時に疑った、

 

 

 そんな事不可能だ。どうやって走らせる気なんだ。そもそも私をどこで走らせる気なんだ。

 

 

 でも女は私の期待に沿えると言った。

 

 

 その代わり私は今の身体を捨てて、別の身体に移らないといけないらしく、私が走る場所もこことは違う所とのことだ。

 

 

 とても怪しい。でもなぜか女の言葉に嘘が無いと思えた。

 

 

 いいだろう。その言葉に乗ってやる。どうせこのまま止まったままの暇な生活を送るぐらいなら、何かしていた方がいい。

 

 

 私は女の話に乗り、その場から消えた。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6区 火入れ式編
第45駅 久々の運転と同行者と人里への出発


 

 

 

 

 紅魔館での交渉兼夕食会から数日後。

 

 

 

 

 まだ日が昇らず真っ暗な幻想郷。

 

 

 

 そんな中でも薄っすらと明かりが灯っているのは相変わらず幻想機関区のみであった。

 

 

 

 幻想機関区の扇形機関庫では、火の入っていない機関車への火入れが行われていた。

 

 

 しばらく火が入っていなかったD62 20号機の隣に火が入ったD51 241号機が停車し、作業妖精達がD62 20号機のボイラーとD51 241号機のボイラーをパイプで繋ぎ、D51 241号機から熱せられた蒸気をD62 20号機へと送り込む。

 

 その間に運転室では機関助士妖精が火室へと木材を投入し、次に足回りの部品に注した際に溢れ出た潤滑油を拭き取った布切れにD51 241号機の火室から持ってきた火を付けて火室へと投げ込む。

 

 油が染み込んでいるとあってよく燃える布切れをいくつも投げ込んだ事で、先に投入した木材に火が付いて徐々に火の勢いが強くなる。機関助士妖精は更に木材を追加して火の勢いを強くする。

 

 完全に冷え切っていたボイラーはD51 241号機から送られる熱せられた蒸気で暖められ、その蒸気が火の勢いを強くする。

 

 少しして火室内は火が燃え盛り、それを確認して機関助士妖精がスコップを手にしてテンダーの石炭の山に突き刺して石炭を掬い上げ、燃え盛る火室へと放り込む。 

 

 自動給炭機(メカニカルストーカー)と併用して数回ほど石炭を投炭し、石炭が燃えて火室内の火力が更に上がってしばらく様子を見る。

 

 

 ボイラーはD51 241号機から送られる蒸気によって十分熱せられて、更にボイラーの水も火室で燃え盛る炎で熱せられて蒸気が発生し、圧力が上がっていく。

 

 それから少しして機関助士妖精は更に数回ほど石炭を火室へと投炭し、燃え盛る火床の位置と広さを整形する。

 

 

 

 しばらくして幻想郷に日が昇り始めて明るくなり始めた頃、D62 20号機のボイラーは十分に暖められ、呼吸するかのようにコンプレッサーが動き、シリンダー付近から蒸気が出ていた。

 集煙装置付きの煙突から煙が上がり、短く二回汽笛が鳴る。

 

 ちょうどその頃に起床した北斗は身だしなみを整えて機関庫へと訪れて、金槌を手に足回りの打音検査に入る。

 

 

 今日は人里にて体験試乗会の日程を決めるのと、博麗神社へと赴いて博麗霊夢に頼み事がある。ついでに北斗自身機関車の運転を行う為だ。

 

 博麗霊夢に頼み事というのは、近々整備を終えたC11 312号機とC12形蒸気機関車、C56形蒸気機関車の火入れ式を行う為である。

 

 火入れ式は一日に一輌で行う、計三日の予定で、明日C11 312号機の火入れ式を行う。一度に三輌やるのが面倒無くて良いのだろうが、火入れ式はとても大事な儀式なので、適当な事はできない。

 

 当然早苗には最初に火入れ式の神事を頼んだ所、二つ返事で了承した。霊夢にはその手伝いに来て欲しいのだ。

 

 

「異常なし、と」

 

 金槌を手にして打音検査を終え、部品に異常が見られなかったのを確認した北斗は頷く。検査をしている間にも作業妖精が足回りの可動部に潤滑油を注して、溢れ出た潤滑油を布切れで拭き取る。これが後々他の機関車の火入れ時に使う着火材になるのだ。

 この後に油壺に潤滑油を注ぎ込むと、作業妖精は油を注した箇所を指差して最終確認を行い、注し忘れがないのを確認して北斗に報告する。

 

 それを確認した彼は金槌を元あった所に戻してD62 20号機の運転室に入る。

 

 中に入ると機関助士妖精が手にしているスコップをテンダーの石炭の山に突き刺して掬い上げ、床のペダルを踏んで焚口戸を開け、炎が燃え盛る火室に石炭を放り込む。

 

「どうだ?」

 

「いつでも行けます」

 

「よし」

 

 彼は頷きながらスコップを炭水車の道具置き場に置いて各バルブを回して蒸気を送り込む機関助士妖精の脇を通って機関士席に座り、逆転ハンドルのロックを外してメーターを見ながら回して、適した所で止めてハンドルにロックを掛ける。

 

「……」

 

 顔を窓から出して転車台がD62 20号機の居る機関庫の向きに向いているのを確認して「出庫」と声を出し、汽笛を鳴らすロッドを短く引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁のハンドルを引いてD62 20号機を前進させる。

 

 機関庫から数日振りにその巨体を出したD62 20号機はシリンダー付近の排気口から蒸気を出しながらゆっくりと前進し、転車台にその巨体を乗せて停車する。その後転車台はゆっくりと回り出してD62 20号機の向きを変える。

 

 転車台が向きを変えて停止すると、線路が固定されてずれていないかの安全確認を終えて緑色の旗を揚げてホイッスルを吹く作業妖精の姿を確認した北斗は汽笛のロッドを引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてD62 20号機は前進して転車台を降り、ゆっくりと進んでいく。

 

 

 

 いくつもの分岐点を通って本線上に着くと、そこにはB20 15号機とC10 17号機が運んできた『スハ43形』の旧型客車三輌と『マニ32形』の荷物車一輌の計四輌の客車が繋がれて置かれている。

 

「……」

 

 逆転ハンドルを回してから運転席の窓から頭と身体の一部を出して後ろを向く北斗は転轍機の向きがちゃんと変わっているのを確認して緑色の旗を振るう作業妖精の姿を確認し、汽笛を鳴らすロッドを二回短く引いて汽笛を短く二回鳴らすと、加減弁ハンドルを引いて機関車を後退させる。

 

 ゆっくりと後退するD62 20号機と客車の間は徐々に縮まり、炭水車と客車の連結器が連結する寸前で彼は加減弁を戻してブレーキを掛けると、炭水車と客車の連結器が連結すると同時にD62 20号機が停車するが、少しブレーキが遅れたので大きな衝撃が運転室に伝わる。

 

「……まだまだだな」

 

 北斗はため息を付くと、機関士席から立ち上がって運転室を降りる。

 

 

「北斗さーん!」

 

 と、彼が運転室から降りたタイミングで、空から声がしてその方向へ振り向くと、早苗がにとりを連れてこちらに向かって飛んできていた。今日も彼に同行してサポートである。

 

「?」

 

 しかし早苗の後ろにはにとりの姿の他に、もう一人見知らぬ顔がいた。遠くからでも背中に黒い翼が生えているので、以前博麗神社で会った文と同じ鴉天狗と思われる。

 

(誰だろう?)

 

 彼が首を傾げていると、三人は近くに着地したので、北斗は頭を切り替える。

 

「おはようございます、早苗さん」

 

「はい。おはようございます」

 

 彼が挨拶すると、早苗も頭を下げて挨拶する。

 

「おはよう、盟友。今日もよろしくね」

 

「はい。それで」

 

 と、北斗はにとりの後ろに居る鴉天狗の少女に視線を向ける。

 

 若干癖のある茶髪のロングを紫のリボンで結んでツインテールにしており、頭には紫色の天狗帽子を被っている。服装は襟に紫のフリルが付いた薄ピンクのブラウスに黒いネクタイを付けて、同色のソックスを着用している。膝が出ているぐらいのミニスカは紫と黒の市松模様が描かれ、天狗らしい一本下駄を履き、その下駄から紫のバンドの様な物をソックスに縛っている。

 そして彼女の背中には黒い羽の生えた小振りの翼が生えている。

 

「そちらの方は?」

 

「あぁ。彼女は鴉天狗の―――」

 

「『姫海棠はたて』よ」

 

 と、鴉天狗の少女こと姫海棠はたては軽く自己紹介する。

 

「姫海棠さんですか。自分はこの幻想機関区の区長で、このD62 20号機の機関士をしている霧島北斗です」

 

 北斗も自己紹介をして頭を下げる。

 

「はたてでいいわ。噂は聞いているわ、北斗さん」

 

「分かりました。それで、はたてさん。今日はどういったご用件で?」

 

「頼みたい事があるのよ」

 

「頼み?」

 

 北斗は首を傾げる。

 

「そう。今日一日あなたに密着取材をさせて欲しいのよ」

 

 と、はたては腰にあるポーチより愛用しているカメラを取り出す。どう見ても外の世界ではガラケーと呼ばれている携帯電話である。

 

「密着取材ですか?」

 

「はたてさんは『花果子念報』って言う新聞を作っているんです」

 

「新聞、ですか……」

 

 すると北斗の表情が微妙なものになる。

 

「いや、露骨に嫌そうな顔しないで! その理由は察せるけどさ!?」

 

 はたては慌てた様子で北斗に言う。

 

「確かに文と同じ新聞記者だけど、あいつみたいなふざけた新聞は書かないわ!」

 

「……」

 

「まぁ、はたての新聞は文の文々。新聞と比べると捏造記事は書かないから、いい方だよ」

 

「ふふーん。そうでしょ」

 

 にとりのフォローではたては薄い胸を張る。

 

「と言っても、はたてさんの花果子念報はどこか見たことあるような記事ばかりなんで、新鮮味がないんですよね」

 

 と、早苗の容赦ない言葉がはたての心に突き刺す。

 

「ま、まぁ、その新鮮味を私の花果子念報に加えるために、話題のあなた達に密着取材をするってわけ」

 

「要約したら文の文々。新聞に対抗してネタが欲しいんだよ」

 

「なるほど」

 

 咳払いをして調子を整えると、彼女は密着取材の理由を語ってにとりが補足して北斗は納得する。

 

「まぁこちらに迷惑を掛けなければ同行は許可します」

 

「もちろん。文みたいに図々しい事はしないわ。ただ付いていくだけだから。まぁたまに質問はするぐらいよ」

 

「分かりました」

 

 んでもって、北斗ははたての同行を許可した。

 

 

「あの、北斗さん」

 

「ん?」

 

 二人の会話が終わったの見計らって、早苗が北斗に声を掛ける。

 

「実は、とても嬉しいお知らせがあるんですよ」

 

「嬉しいお知らせですか?」

 

「はい。守矢神社まで繋がっている路線についてですが、神奈子様が天狗側と話し合いがあったのは知っていますよね」

 

「えぇ」

 

「長い会談の末、天狗側が守矢神社まで繋がっている線路がある場所を通っていいと了承してくれたんです!」

 

「そうなんですか!」

 

 北斗は思わず声を出す。

 

 これまで機関車で妖怪の山への立ち入りは麓の河童の里付近までで、その先の調査はおろか、守矢神社までの路線の調査は進んでいない。今後の鉄道事業の為にも、守矢神社への路線は確保したかった。しかし縄張り意識が強い天狗はそれを許さなかった為、殆ど手がつけられていない。

 

「そういえば、今朝天魔様からお達しが来ていたわね。まぁ哨戒する連中向けなんだろうけど」

 

 話を聞いていたはたては顎に手を当てて今朝に聞いた事を口にする。

 

「これで神社まで来れますね」

 

「えぇ。とてもいい吉報です」

 

 早苗の言葉に北斗は頷く。

 

「諏訪子様も毎日頑張って石炭を作っていますので、結構な量が出来ていますよ。神奈子様も河童の皆様に石炭を溜めて搬入する為の装置を作らせていましたから」

 

「そうなんですか?」

 

 北斗はにとりに聞く。

 

「そうなんだよ。神奈子様から大きな設備を作って欲しいって言われてさ。石炭を溜めておいて、それを落とすような装置だよ」

 

「なるほど」

 

 にとりの言葉から北斗はどんな装置か想像する。

 

「では、火入れ式後に調査を兼ねてそちらに機関車で赴きます」

 

「はい。お待ちしています」

 

 早苗は微笑みを浮かべる。

 

「それでは、出発しますので、客車に乗ってください」

 

「はい」

 

「分かったよ」

 

「分かったわ」

 

 三人はD62 20号機の後ろに連結されている客車に乗り込む。その後に蝙蝠に変身したエリスが客車と客車の間に入り込む。

 

 それを確認した北斗は運転室に戻り、機関士席に座る。

 

 そして線路脇にある腕木式信号機が赤から青へと切り替わり、出発の合図を出す。

 

「出発進行!」

 

 それを確認した北斗は号令を発し、ブレーキを解いて汽笛のロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁のレバーを引いて機関車を前進させる。

 

 灰色の煙を煙突から吐き出しながら、D62 20号機が牽く列車はゆっくりと前進し、幻想機関区を出て人里へと向かう。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 幻想郷で唯一人間が暮らす人里。

 

 相変わらず賑わいを見せる里の各所にある門の一つ。

 

『……』

 

 そこには妹紅や慧音、小兎姫といった人里の治安を守る自警団の面々が居た。

 

 

 ―――ッ!

 

 

「来たか」

 

 遠くから響く汽笛の音に妹紅が顔を上げる。

 

 少しして煙突から煙を吐き出しながら走って来るD62 20号機の姿が現れ、人里付近の線路を通って走る。

 

 そして人里付近でゆっくりと速度を落としていき、近くで停車する。

 

 停車したD62 20号機や後ろに連結されている客車から北斗に早苗とにとり、はたてが降りてくる。

 

「河童に天狗の姿があるって……」

 

「メイドといい、早苗といい、変わった者に惹かれているのだな」

 

 小兎姫が苦笑いを浮かべると、慧音は半ば呆れた様子だった。

 

 

 それからしてにとりを除いた北斗達が慧音達の元にやってくる。

 

「おはようございます」

 

「あぁ、おはよう」

 

 北斗は略帽を脱いで妹紅達に挨拶する。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「あぁ。既に里長に団長が待っている」

 

 と、小兎姫の視線が後ろに居るはたてに向けられる。

 

「それで、そこの鴉天狗は?」

 

「私は彼の密着取材をしているだけだから、余計な心配は要らないわ」

 

「そうか」

 

 はたての言葉に小兎姫は彼女が文屋であると確認する。

 

 しかしどちらかと言うと、鴉天狗の文屋と言うと射命丸文の方が浮かび上がる。それだけ彼女の知名度が高いという事で、はたての知名度が低いという事を表している。

 

「付いて来てくれ」

 

 慧音は彼らを招き、人里へと入る。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46駅 古道具屋への出発

 

 

 

 

 前回の会談と殆ど同じ面々に欠席していた人里の里長と自警団の団長を加えた話し合いは円滑に進んだ。

 

 

 話し合いの末、体験試乗会は火入れ式や守矢神社までの路線調査もあり、再来週に行われることになった。

 

 

 その他にも人里付近に駅や信号機、有線電話の本体と線等の必要な鉄道関連の施設や設備の設置などについての話し合いも行い、体験試乗会の結果次第で本格的に駅の建設が行われる予定だ。

 しかし里長と団長も鉄道事業に関しては乗り気であり、後日仮設の駅を人里の大工達に作らせる予定で、体験試乗会の成功時にはこの仮設の駅を本格的に作り直す予定だ。

 

 

 

 

「それでは、体験試乗会でまた」

 

 北斗は頭を下げると、話し合いの場になった長屋を早苗達と共に後にする。

 

「うまくいきましたね」

 

「えぇ。しかし、これからです」

 

「はい!」

 

 北斗と早苗の二人は短く言葉を交わす。

 

「人里で行われた鉄道に関する会談は成功を収め、鉄道の体験試乗会は再来週に実施。成功の暁には本格的に鉄道事業を開始。いいネタが入ったわね」

 

 その近くでははたてが携帯電話似のカメラを弄って新聞の記事にする為のネタを書いていく。どうみてもry

 

「さて、話し合いも終わった事ですし、博麗神社に向かいましょう」

 

「はい」

 

 二人はそう言うと、機関車へと戻ろうとした。

 

 

「ちょっと、待ってくれないか」

 

 と、長屋より慧音が出てくる。

 

「どうしました?」

 

「あぁ。君は今から博麗神社に向かうのか?」

 

「えぇ。そうですが」

 

「それなら一つ、頼みたい事があるんだ」

 

「……?」

 

「行きたい所があるから、途中まで君達の言う列車に乗せてもらっていいだろうか?」

 

「行きたい所ですか?」

 

 まさかの願いに彼は首を傾げる。

 

「あぁ。博麗神社に行くのなら、道中にあるはずだ。香霖堂というんだが」

 

「……香霖堂?」

 

「魔法の森の前にある、色んな物が置いている古道具屋です。外の世界から流れてきた物もあるんですよ」

 

「古道具屋ですか」

 

 首を傾げている北斗に早苗が説明して、彼は納得する。

 

「確か博麗神社までの線路の脇にあったはずですので、ゆっくりと行けば見つかると思います」

 

「分かりました。それで、その古道具屋で何か用事ですか?」

 

「あ、あぁ。ちょっとな」

 

 北斗がそう問うと、なぜか慧音はおどおどとした様子を見せる。

 

「……?」

 

 

「相変わらずあいつの事が気になるのか」

 

「っ!」

 

 と、長屋より妹紅がもんぺのポケットに両手を突っ込んだ状態で出てきながらそう言うと、ビクッと慧音の身体が震える。

 

「も、妹紅。それはだな」

 

 あわふたと落ち着かない慧音は言い訳を考えようとしていた。

 

「まぁ、あいつがどう思っているかは別だが」

 

「うぅ……」

 

 妹紅の言葉に慧音は頬を赤く染めて、言葉を詰まらせる。

 

「まぁ、何だ。慧音の言う通り送ってやってくれないか?」

 

「は、はぁ」

 

 彼は戸惑いながらも、声を漏らす。

 

 まぁなんやかんやあったが、その後列車に戻った北斗達は博麗神社を目指して出発する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 人里から出発したD62 20号機が牽く列車は、さっきよりゆっくりとした速度で走っていた。

 

「……」

 

 運転室の窓から頭を出して前を見ている北斗は、加減弁のレバーの持ち手を握り締め、少しずつ動かしながら速度を調整する。

 

 線路の脇に香霖堂があるとの事で、見逃さないように目を凝らす。

 

 

 

 しばらくして木々の隙間から建造物らしきものを見つけて、北斗は加減弁を閉じつつブレーキをゆっくりと掛ける。

 

 ゆっくりと速度を落とすD62 20号機は木々が開けた場所の近くに停車する。

 

「これが香霖堂?」

 

 運転室の窓から魔法の森の前に立つ一軒の店を見る。

 

 和風な建造物の周りには、何やら見覚えのある物ばかりで、それらが乱雑に置かれている。

 

 機関助士妖精に留守を頼んで運転室を降りると、客車から早苗にはたて、にとり、慧音、妹紅が降りてくる。

 

「ここが香霖堂ですか?」

 

 北斗が聞くと、早苗は「はい」と答える。

 

「確かに、どこかで見たようなものばかりですね」

 

「ここの店主が蒐集家みたいなので、よく集めているみたいですよ」

 

「なるほど」

 

 北斗はそれらをどこで拾ってきたのか気になったが、話が長くなりそうだったので、あえて聞かなかった。

 

「ここまで送ってもらって、すまないな」

 

「いえ、ついででしたので、構いません。それに、少しこのお店が気になったので、同行させてもいいでしょうか?」

 

「そ、それは別に構わないが」

 

 戸惑いながらも慧音は彼の同行を許可して、香霖堂へと入る。

 

 店に入ると、中は古道具屋とあって、様々な物が置かれている。

 

(あー、何だかどこかで見たことあるような物が多いな……)

 

 北斗は棚に置かれている物を見て、既視感を覚える。中には外の世界にあったであろう猫の招き猫や、木彫りの熊の置物があった。

 

「おーい! 霖之助! 居るのか!」

 

 慧音は大きな声を上げて店の店主と思われる名前を叫ぶ。

 

 

「なんだい、また来たのかい、慧音? って、大所帯だね」

 

 と、店の奥より一人の男性が出てくる。

 

 銀髪か白髪のような色のショートボブに一本だけ跳ね上がったくせ毛がある。金色の瞳を持ち、眼鏡をかけており、20代前後の男性と思われる。

 服装は黒と青の左右非対称のツートンカラーをした洋服と和服の特徴を持っており、首には黒いチョーカーをつけている。

 

(何だか幻想郷に来てからというも、男の人に会うと何だか安心する)

 

 香霖堂の店主の姿を見た北斗は内心呟く。

 

 幻想郷に来てからというもの、男性を見る機会が少なくなり、実際この幻想郷で男性を見たのは、最初の人里での会談で人里の住人でちらほらと見たり、先ほどの話し合いの時に里長と自警団の団長ぐらいだ。

 

「何だ? 私が来たら何か不都合なのか?」

 

「別にそんな事は無いよ。ただ君には負担が多いんじゃないかって思ったから」

 

「べ、別に負担とは思っていないぞ」

 

 と、頬を赤く染めた慧音はそっぽを向く。

 

「ただ、お前の事だから私の助けが無いと楽に暮らせてないのだろうと思って、手伝ってやっているのだぞ」

 

 そう言いながら彼女はチラッと霖之助を見る。

 

「別に君の助けが無くても平穏に暮らせているんだけどね」

 

「う、煩い! 素直に人からの好意は受け取るものだぞ!」

 

 彼女はそう言うと、ずかずかと店の奥へと向かう。

 

「また片付けるのかい?」

 

「お前の事だ。どうせまた散らかっているのだろう?」

 

「僕はその方が落ち着くんだけどね」

 

「片付けられないやつの典型的な言い訳じゃないか!!」

 

 霖之助の言葉に慧音は叫ぶ。

 

「全く。これじゃお前の所に嫁に行く者の苦労が目に浮かぶな」

 

「別に僕は一人のままでいいんだけどね」

 

「……そんな事を言わなくてもいいじゃないか」

 

「ん?」

 

「何でもない」

 

 ボソッと呟く慧音に霖之助は首を傾げるも、彼女はそっぽを向く。

 

 

 

「……」

 

 二人のやり取りを見ていた北斗は何か言いたげに妹紅を無言で見る。

 

「いつもの事だ。気にしてやるな」

 

 妹紅は苦笑いを浮かべてそう言う。

 

(凄くラノベ染みたやり取りだ)

 

 北斗はそう思うのだった。

 

 経歴はアレな北斗だが、こういう人と人の関係に鈍感ではない。

 

 二人のやり取りを思い出していると、霖之助が北斗に気付く。

 

「おや、見慣れない顔が居るね」

 

「あぁ。お前も最近幻想郷に来た外来人の事は聞いた事があるだろう?」

 

「そういえば、文屋の新聞で見たことがあったね」

 

 霖之助はカウンターに置いている文々。新聞を手にする。文々。新聞を見たはたては「くっ」と思わず声を漏らす。

 

「初めまして。幻想機関区で区長をしています、霧島北斗と申します」

 

 北斗は略帽を脱いで自己紹介しつつ頭を下げる。

 

「この香霖堂の店主をしている、森近霖之助だよ」

 

 軽く自己紹介をして、霖之助は北斗を見る。

 

「それにしても、珍しい組み合わせだね。守矢の巫女さんは新聞で理由は分かるけど」

 

 霖之助は北斗の傍に居る早苗ににとり、はたて、妹紅の姿を見る。

 

「私は彼の密着取材をしているのよ」

 

「なるほど」

 

 はたての言葉に彼は納得したように頷く。

 

「私は慧音の付き添いだ」

 

「いつも大変だね」

 

「全くだ(慧音も大変だな)」

 

 妹紅はため息を付く。

 

「お店の品は自由に見ていいよ。気に入った物があったら買ってもいいけど、僕が気に入った物は売らないよ」

 

「は、はぁ」

 

 それで商売は大丈夫なのか、と北斗は心配する。

 

 

『こらぁ!! 霖之助!! ここ先週片付けたばかりじゃないかぁ!! 何でまた散らかっているんだぁっ!!』

 

 と、店の奥から慧音の怒号が轟く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後北斗達はそれぞれ店の中を散策して品を見ていた。

 

(ホント外の世界の物が多いんだな)

 

 店の棚に乱雑に置かれた見覚えのある品々を見て内心呟く。

 

(でも、本当に商売をする気があるのだろうか)

 

 乱雑に置かれた品々に北斗は内心呟く。外の世界なら近寄り難いと思う。

 

(黒電話に手回し式の電話って、資料館ぐらいしか見ないぞ、これ)

 

 その乱雑に置かれた品々の中には、昔ながらの黒電話に、取っ手を回して電話をする昔の手回し式の電話など、様々な物があった。

 

(でも、電話の類は線を引けさえすれば、使えそうだな)

 

 鉄道を開通するなら、連絡手段は必須だ。さすがに伝書鳩でやり取りするのはあまりにも即応性が低い。その上伝書鳩が途中襲われる危険性があるので、使えそうに無い。

 だが、電話であれば、線を引いて電気を通して使える。実際機関区にある電話機を使う予定であるが、数があっても困ることは無い。

 

 まぁ古い分、そのままでは使えないだろうが、その際はにとり達河童に頼んだら修理してくれるだろう。

 資金はあるので、後で購入しようと考えた。

 

 それ以外にも、VHSのビデオデッキや、ビデオテープがいくつもあった。そのビデオテープはどれも希少な蒸気機関車関連の物が多かったので、北斗は後でビデオデッキとビデオテープも暇つぶし用に購入しようと考えるのだった。

 

 周りでは早苗が湯呑だったり、お皿だったりと、日常で使う品々を見ていたり、にとりは壊れた機械を手にマジマジと見ていたり、はたては古めかしいカメラや八ミリフィルムのカメラを見ていた。

 妹紅は店を出て外に置いている品々を見ている。

 

(今後使えそうな物が見つかりそうだな)

 

 北斗はそう思いながら、品々を見る。

 

 

 

 

 すると店の扉が勢いよく開かれる。

 

『っ!』

 

 その音に誰もが驚いて扉の方を見る。

 

 開かれた扉の先には、なぜか不機嫌そうな雰囲気の霊夢の姿があった。

 

「れ、霊夢さん? どうしたんですか?」

 

 早苗は不機嫌そうな霊夢に戸惑いながらも声を掛ける。

 

「外に蒸気機関車があったけど、ここに北斗さんは居る?」

 

「え?」

 

「俺がどうしました?」

 

 霊夢の問いに早苗が首を傾げていると、北斗が棚の向こうから出てくる。

 

「っ! あんたねぇ!!」

 

 すると霊夢はずかずかと北斗に近寄ると、彼の胸倉を掴む。

 

「れ、霊夢さん!? 何を!?」

 

 突然の彼女の行動に早苗は驚きの声を上げる。それを見たにとりとはたては目を見開く。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「どうしたも何も無いわよ!! 神社の前になんてもんを置いていっているのよ!!」

 

「な、何の事ですか!?」

 

「惚けんじゃないわよ!! どうみたってあの黒い大きな物体は蒸気機関車じゃない!」

 

「え?」

 

 霊夢の発した言葉に、北斗は一瞬耳を疑う。

 

「れ、霊夢さん。とりあえず落ち着いてください。話を聞かないと分からないですよ」

 

 早苗は霊夢を宥めながらそう言うと、彼女は彼の胸倉から手を離す。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「そのままよ。神社の前に蒸気機関車があったのよ。それも大きなのがね」

 

「……」

 

 霊夢から衝撃的な事実を聞かされて、北斗と早苗は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47駅 新たなる機関車はパシフィック

 

 

 

 

 

 霊夢から衝撃的な事を聞いた北斗達は慧音と霖之助、妹紅に一言断ってから、列車に乗り込んで博麗神社へと出発する。

 

 

 D62 20号機が牽く客車四輌の内、先頭の客車に早苗達が乗り込んでおり、各々の会話を交わしている。

 

 

「それで、霊夢さんが見た蒸気機関車ってどんな感じでしたんですか?」

 

 客車内の席に座る早苗は、向かい側の席に座る霊夢に彼女が見たという蒸気機関車の特徴を聞いていた。

 

「どうって言われても、大きかったわよ」

 

「いや、そうじゃなくて。どんな形でしたかを聞いているんですよ」

 

「そうねぇ。そんなにじっくりと見ていた訳じゃないからよく覚えていないけど、まぁ北斗さんが乗っている機関車より小さかったわね」

 

「そうですか」

 

「でも、一つだけは結構大きかった気がする」

 

「なるほど……ん?」

 

 ふと霊夢が呟いた言葉に引っ掛かった早苗は首を傾げる。

 

「あの、霊夢さん?」

 

「何よ」

 

「霊夢さんが見つけた蒸気機関車って、いくつなんですか?」

 

「確か二つ、だったかしら」

 

「何でその大切な事を言わなかったんですか!」

 

「だって、数なんて大したことじゃないと思ったから」

 

「大有りですよ!!」

 

 あっけからんように言う霊夢に早苗は大きな声を上げる。

 

 

 

 

「相変わらず、いい加減な巫女ね」

 

「だね」

 

 二人の巫女の言い争いを後ろから見ていたはたてとにとりは呟く。

 

「でも、気になるねぇ。博麗神社の前に現れたって言う蒸気機関車が。しかも大きくて二輌もあるっていうね」

 

「確か河童の里近くにもあったのよね」

 

「そうだよ。まぁその時の機関車は小さいやつだったんだけど。だから今回は楽しみさ」

 

「ふーん」

 

 興味無さげにはたては声を漏らす。

 

「まぁ、私は新聞のネタがあればそれでいいわ」

 

 はたてはカメラに新聞のネタになる情報を書き込んでいく。

 

 

 

(やれやれ、相変わらず靈夢はあんな感じなのね)

 

 その頃、後ろの客車と早苗達が乗っている客車の間に蝙蝠の姿に変身しているエリスが窓からこっそりと見ていた。その視線の先に霊夢が早苗と言い争っている。

 

(まぁ、急にお淑やかな感じになるのも、それはそれで変だけど)

 

 内心そう呟きながら上へと昇っていく。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 D62 20号機の運転室の窓から頭を出して前を見ている北斗は加減弁のレバーを握ったまま開閉を行って速度を調整する。

 

(そろそろ、か)

 

 少しだけ傾斜した線路を登り切り、そろそろ博麗神社付近に着いて北斗は加減弁のレバーを最初の位置に戻して加減弁を閉じる。

 

 森の中へと入り、ブレーキ弁ハンドルをゆっくりと閉めてブレーキを掛け、D62 20号機の速度を徐々に落として行く。

 

「っ!」

 

 そして木々の合間から少しだけ黒い巨体が見え始めてきた。

 

(あれが霊夢さんの言っていた……)

 

 その黒い巨体が霊夢が北斗が置いて行ったと勘違いした蒸気機関車であると、北斗は確信する。

 

 しかし木々に阻まれてか、その姿の詳細を確認できなかった。

 

「……」

 

 北斗は可能な限りその蒸気機関車の近くまでD62 20号機を進ませて、そこで全てのブレーキを掛けて列車を停止させる。

 

 完全に機関車が止まったのを確認してから機関士席を立って運転室を出る。

 

「っ! あれは!」

 

 そして近くまで来てその機関車の細かい所の確認が出来て、北斗は機関車に近付く。

 

「……」

 

 北斗はその機関車を端から端まで見て、運転室横に取り付けられたナンバープレートを見る。

 

「C55……57号機」

 

 彼はその蒸気機関車の名前を口から漏らす。

 

 

 

 C55形蒸気機関車は日本が設計して製造した国産の旅客用蒸気機関車である。

 

 丙線規格の路線に入線可能なC51形蒸気機関車の後継として『C54形蒸気機関車』が設計されて製造されたが、ボイラー圧力の高圧化に加え軸重を軽くし過ぎた結果、酷い空転癖が発生して乗務員から大不評を買い、わずか17輌で生産が打ち切られた。それにより丙線規格の路線で不足するであろう旅客用蒸気機関車の補う為に、このC55形蒸気機関車がC54形蒸気機関車の失敗を教訓としつつ設計され、製造された。

 

 基本構造はこれまで設計されて、代替・増備対象であるC51形、C54形の基本構造を踏襲しており、動輪はスポーク動輪が採用しているが、スポーク動輪は強度不足による変形や破損が問題となっていたので、本形式では新たに設計された補強付きのスポーク動輪が採用されている。その補強部分が俗に『水かき』と呼ばれており、本形式の大きな特徴の一つになっている。

 しかしこれがただの見た目倒しと思う無かれ。設計陣の思惑通り、動輪の変形や破損は殆ど起きなかったそうだ。

 スポーク動輪を採用した本形式だが、その後設計された機関車はアメリカ流のボックス動輪を採用するようになったので、本形式はスポーク動輪を採用した最後の機関車なのだ。

 

 ちなみにこのC55形蒸気機関車は流線形と呼ばれる流線形カバーが取り付けられた特徴ある姿で製造された時期があったが、殆ど効果が無いと判断され、早期にカバーが撤去されて最終的に全ての車輌が従来の仕様に戻された。

 

 C55形蒸気機関車は全部で62輌が製造され、各地で活躍した。ちなみに63号機からボイラー圧や動輪をスポーク動輪からボックス動輪に変更したりと、多くの箇所で改良が行われた。しかしその改良が多岐に亘ったことで半ば別物感があったので、新形式が与えられるようになった。それが『C57形蒸気機関車』である。

 

 特にこのC55形蒸気機関車は九州地方の蒸気機関車で見られた『門デフ』と呼ばれる除煙板(デフレクター)が日本の国産上機関車の中でよく似合うとして有名であり、この57号機もその門デフを装備している。ちなみにこの57号機はC55形蒸気機関車の中で、梅小路に保存された1号機を除いて最後に廃車となった車輌である。

 

 

 

(まさか、C55形が来るとはな)

 

 北斗は線路の上で静かに佇むC55 57号機を眺めながら内心呟く。

 

 いつかは何かが来ると思っていたが、意外な機関車が来たものだ。

 

(だが、旅客用の機関車が来てくれたのは助かるな)

 

 D51形やD62形、9600形でも旅客運用は可能だが、専門的に行える機関車が居てくれるのは心強い。それに旅客用でも、貨物列車を牽く例も数多くあった。

 

 そして彼の視線はC55 57号機の前にある機関車に向けられる。

 

(それに、あれは……)

 

 

「これが霊夢さんの言っていた」

 

「えぇ」

 

「へぇ、これはまた中々」

 

「結構違うものなのね」

 

 直後に早苗達がやって来て、C55 57号機を見てそれぞれの感想を口にする。

 

「幻想機関区にあるD51形みたいな構成だね」

 

「えぇ。テンダー式という点では同じですが、D51形は貨物用、このC55形は旅客用として設計されています」

 

「えぇと、確か荷物を運ぶのが貨物で、人を運ぶのが旅客だっけ?」

 

「そうです」

 

 にとりの疑問に北斗が答える。

 

「なんだが、車輪の数があなたの機関車と違うわね」

 

 はたてはC55 57号機とD62 20号機を見比べると、カメラを向けて撮影する。

 

「D51形は1D1のミカド形ですが、このC55形は2C1のパシフィック形です」

 

「車輪の数の違いでどう違うわけ?」

 

「大雑把に言えば速度と牽引力が違ってきます。その他にも重量を分散して規格の低い路線に入線可能になります」

 

「うーん。よく分かんないわね」

 

 北斗の説明を聞いても、はたては理解出来ないでいた。まぁ専門的な用語が多い上に、聞き慣れない言葉が多いのだ。理解できなくて当然だろう。

 

「それで、前にある機関車って」

 

「えぇ」

 

 早苗が北斗に声を掛けると、彼はその機関車に近付いて運転室横に付けられているナンバープレートを見る。

 

「……『C59形蒸気機関車』 その127号機か」

 

 北斗はボソッと声を漏らし、C55 57号機より大きな蒸気機関車を見上げる。

 

 

 C59形蒸気機関車とは、日本が設計製造した旅客用蒸気機関車である。C55形蒸気機関車と同じ旅客用だが、C55形は普通列車、たまに急行列車を牽くが、C59形は特急列車や急行列車といった優等列車を牽いていた。

 

 この機関車の誕生の背景は国産で尚且つ日本が独自に設計したと言う点では唯一の3気筒を持ち、構造面に致命的欠陥を持つC53形蒸気機関車の後継として設計された。

 

 基本構造としては、車軸配置はこれまでの旅客用機関車から続く2C1のパシフィック形で、ボイラーは設計時期が先行していたD51形のものを基本としてボイラー圧力を上げて、その上長煙管構造とした。

 

 C62形蒸気機関車が登場するまでは特急列車の花形として活躍し、その上お召し列車に本形式が充当されることからも、現場からの信頼は高かった。しかしそれでも、この機関車には欠点がいくつも存在した。

 

 ボイラーの大型化に加え、火室などの部位が後ろに集中して重心が偏った事により、従台車に大きな負荷が掛かって部品の磨耗が早く、亀裂が入る事が多かった。この問題は最後まで解決されなかったが、保守担当者ごとで部品の磨耗に伴う交換時期を他の機関車と比べてより厳しくする事で、かろうじて致命的な問題の発生を回避していた。

 

 そのボイラーも、時期が時期とあって、鋼板の品質の著しい低下により、天井板に膨らみが生じてしまう欠陥があった。戦後は状態の悪いボイラーを持つ個体のボイラーは交換されている。

 

 何よりこの機関車の最大の問題であったのは、長煙管による燃焼効率の低下であろう。これは長煙管と煙管断面積の不足により通風が悪くなり、石炭の燃焼が悪く未燃ガスが増大して熱効率が低くなるものである。

 元々この機関車の設計は燃焼室を付加して効率を引き上げるようになっていたのだが、保守面で難があると判断されて見送られてしまった。このことで先の問題が発生したと考えられる。

 戦後に製造されたC59形は設計を変更され、煙管を短縮して見送られた燃焼室を付加したことで、この問題は解決された。つまり設計陣が当初想定したとおりの仕様であれば、そもそもこの問題は起こり得なかったのだ。

 

 戦後に作られたC59形は他の国産蒸気機関車と比べると、全伝熱面積に閉める過熱面積の割合が最も高く、理論上は最高値と言われている。その為現場からは『他の機関車と比べて蒸気の上がりが良い』と言われていた。

 

 

(C59形か。これは随分と強力な機関車が見つかったな)

 

 北斗はC59 127号機を端から端まで見る。

 

 速度と言う点ではこれまで見つかった蒸気機関車の中で一番なのは確かだろう。

 

「今まで見つけた中で一番大きいですね、北斗さん」

 

「えぇ」

 

 早苗が北斗の隣に立って声を掛けると、彼は短く返す。

 

「それにしても、本当に分からないですね。タイミングと言い、場所と言い。全く規則性が無いです」

 

「そうですね。今後どこに現れるか……」

 

「……」

 

「……」

 

「北斗さん?」

 

 急に黙り込む北斗に早苗は首を傾げる。

 

「……何の為に、彼女達は幻想郷に現れるんだ」

 

 北斗はC59 127号機に近付きながら呟く。

 

「……」

 

「俺も、何の為に……」

 

 彼は右手を前に出して、C59 127号機の運転室側面に触れる。

 

 

「っ!?」

 

 その瞬間、北斗の頭に痛みが走り、後ろに下がりながらよろける。

 

「北斗さん!?」

 

 早苗はすぐさまよろめく彼を後ろから支える。

 

 するとC59 127号機とC55 57号機の前に光が集まる。

 

『っ!』

 

 それを見て霊夢達が身構える中、光は人の形を作っていく。

 

(これは、葉月(C10 17号機)の時と同じ……!)

 

 北斗はあの時の事を思い出していると、光は人の形を作り、直後に光が晴れる。

 

『……』

 

 そして光が晴れると、二人の女性が姿を現す。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48駅 特殊な機関車

 

 

 

『……』

 

 C55 57号機とC59 127号機の前に、二人の女性が姿を現し、霊夢達は警戒していた。

 

 二人の共通点は女性としては長身で、どちらも紺色のナッパ服を身に纏っている。

 

 C55 57号機の前に居る『C55 57』のバッジを左胸辺りに付けた女性は、艶のある背中まで伸びた黒髪を左側に纏めたサイドポニーにしており、キリッとした顔つきをしている。

 

 C59 127号機の前に居る『C59 127』のバッジを左胸辺りに付けた女性は『C55 57』のバッジを付けた女性より背が高く、腰まで伸ばした黒髪のストレートで、『C55 57』のバッジを付けた女性のようにキリッとした雰囲気を持っている。

 

「ここは……」

 

「……」

 

 二人の女性は目を開けると、辺りを見渡す。

 

「む? これは……」

 

「人間の身体だと?」

 

「それに、これは……」

 

 すると自分の身体を見て二人の女性は驚いた様子で見ていた。

 

 

「これって、もしかして明日香さん達みたいに?」

 

「恐らく、そうでしょうね」

 

「へぇ、こんな感じで出てくるのね」

 

「こりゃ貴重な場面に立ち会えたもんだね」

 

「これは良いネタになるわね」

 

 自分の身体に本来の身体がある事に戸惑っている二人の女性を北斗達が見て各々の感想を呟く。

 

「とりあえず、声を掛けてみましょう」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

 早苗は不安な表情を浮かべる。

 

「葉月の時も同じようにやりましたし、何より彼女達を放ってはおけません」

 

「それは、そうですが……」

 

「大丈夫です。早苗さん達は後ろで見ていてください」

 

「……」

 

 早苗に支えてもらっている北斗は体勢を整え、二人の女性に近付く。

 

「少しいいか?」

 

「ん?」

 

 北斗が声を掛けると、二人の女性は彼の方を向く。

 

「誰だ、貴様は?」

 

 その内『C55 57』のバッジを付けた女性は警戒した様子で北斗を睨む。

 

「自分は幻想機関区の区長をしている、霧島北斗です」

 

「っ! 失礼しました、区長殿」

 

『C55 57』のバッジを付けている女性は北斗が機関区の区長であると知ると、威圧的な態度を改めて謝罪し、敬礼する。

 

「君達はC55 57号機とC59 127号機だね」

 

「はい。そうであります」

 

『C59 127』のバッジを付けた女性は北斗の問いに答える。

 

「我々幻想機関区は君達のような存在を集めて保護している」

 

「君達の様な? 私達以外にも罐があるのですか?」

 

「あぁそうだ」

 

「……」

 

「……」

 

 二人の女性は顔を見合わせると、再度北斗を見る。

 

「それで、私達はこれからどうなるのですか?」

 

「少ししたら君たちを機関区に移送するつもりだ」

 

 北斗がD62 20号機を見ると、二人もそっちを向いて見る。

 

「ところで、C59 127号機」

 

「何でしょうか?」

 

「君は、もしかして改装を受けた後なのか?」

 

「改装?」

 

 彼女は一瞬何のことか首を傾げるが、すぐに質問の意図を察する。

 

「はい。その通りです」

 

 そして『C59 127』のバッジを付けた女性が肯定すると、北斗は「うーん」と静かに唸りながら額に手を当てる。

 

「どうしたんですか?」

 

 悩んだ様子を見せる北斗に早苗は首を傾げる。

 

「これは、少し厄介な事になりました」

 

「厄介な事?」

 

「えぇ。あのC59 127号機ですが……」

 

 北斗はC59 127号機を見る。

 

「重油を燃料にした重油専燃式(・・・・・)の機関車です」

 

「重油って、油ですか?」

 

「はい」

 

 北斗は悩んだような表情を浮かべて、腕を組む。

 

 

 C59 127号機は国鉄の蒸気機関車の中で唯一、重油を燃料にした重油専燃式に改造された機関車である。

 

 重油専燃式とは、燃えるものなら理論上何でも良いという蒸気機関車のアドバンテージを捨てて重油のみを燃料にしたもので、石炭よりも燃焼率が高いので出力が上がっていたそうである。

 専門的な知識と技術を持つ機関助士が必要になるが、それでも石炭の投炭作業が無くなって重油を火室に送る為のバルブ操作のみになったので、機関助士の負担がかなり軽減された。

 

 この方式を採用した蒸気機関車は結構多く、今でもアメリカで動態保存されている『FEF3型』や最近復活したばかりのビッグボーイこと4000形蒸気機関車にもこの機構が搭載されている。

 ちなみにこのビッグボーイだが、これよりも前に違う形式の重油専燃式で改造された車輌があったが、構造上合わなかったのか不具合が頻発して、元の石炭燃焼式に戻された。

 

 このC59 127号機も炭水車の石炭庫部分を重油タンクを搭載し、火室も火格子を撤去して、その他諸々を重油専燃式に適した大規模な改造が施されて試験が行われた。賛否的な意見があるものも、乗務員の労働環境は圧倒的に楽なものになり、出力も向上したと試験結果は良好であり、その後何度か試験を繰り返してはその試験で露呈した不備を改善した。

 試験後は準急『ゆのくに』の専用機として運用された。

 

 確かに重油専燃式となったC59 127号機の性能自体は良かった。しかしたった一輌しかなく、その上専任の乗務員を養成するのは非効率であるというのもあって、先述の準急の専用機に割り当てられた経緯がある。

 しかも他の機関車とは異なる構造となったので、保守面では不評であった。

 

 その上時代は電化の真っ最中。そんな時代にわざわざ蒸気機関車を改造して使い続ける必要性が全く無かったので、国鉄で重油専燃式に改造された蒸気機関車はこのC59 127号機のみとなった。

 

 一時は技術革新の証人として保存の動きがあったものも、結局C59 127号機は解体されてしまった。

 

 

 そんな重油専燃式のC59 127号機があっても、一つ大きな問題がある。

 

 

「この機関車を動かす為の、重油がありません。それ以前に原料の石油すらありません」

 

「そう、ですよね」

 

 北斗の言葉に早苗は何とも言えない微妙な表情を浮かべる。

 

 この幻想郷では石炭ですら特殊な方法でしか手に入らないのに、重油の原料となる石油となるともっと無いだろう。あったとしても重油を作る為の製油技術だって無い。

 

 幻想機関区に備蓄の分は無いのかと思われるが、重油を石炭と共に燃やす重油併燃装置を持った機関車が現在機関区に無いので、最初から重油は無い。

 

 結論を言ってしまえば、現状ではこのC59 127号機は動かす事が出来ない。

 

(困ったな……)

 

 非常に強力な戦力故に、使いたくても使えないのは手痛い。

 

 今の状態から本来の仕様に戻すと言う方法はあるが、現状ではそこまでの大規模な改造が出来るほどの部品が無い。それ以前に必要な部品があるかすらも怪しい。

 河童の技術力次第ではどうにかなるかもしれないが。

 

 

「あの、どうしましたか?」

 

 深刻な表情を浮かべている北斗に『C59 127』のバッジを付けた女性は戸惑いの表情を浮かべる。

 

「その、非情に言いづらいんですが……」

 

 北斗は間を置いて、彼女に伝える。

 

「機関区に重油がありません」

 

「……え?」

 

 北斗の言葉を聞いて女性は思わず声が漏れる。

 

「で、では、私はどうなるのですか?」

 

「問題が解決するまでは、しばらく機関庫で待機になりますね」

 

「そ、そんな……!」

 

 酷な事実を聞かされて『C59 127』のバッジを付けた女性はあからさまにガッカリした雰囲気をかもし出して肩を落とす。 

 

「……」

 

 そんな彼女の姿を見て北斗は罪悪感に苛まれる。

 

「(どうすれば)……?」

 

 どうにか出来ないか考えていると、ふと北斗は何かに気付いて視線を右の方に向ける。

 

 機関車の脇を一人の少女が歩いていた。

 

(あれって……こいし?)

 

 北斗はその少女が前に機関区に突然現れたこいしであると思い出す。彼女は無表情で機関車の傍を歩いている。

 

「北斗さん?」

 

 早苗はどこかを見ている北斗の視線の先を見るが、首を傾げる。彼女にはこいしの姿が見えないのだ。

 

「こいしか?」

 

 北斗がそう言うと、こいしは立ち止まって彼を見る。

 

「あっ、お兄さんだ」

 

 こいしは笑顔を浮かべて手を振るうと、早苗はギョッと驚く。彼女からすればこいしが突然現れたようなものだ。

 

 霊夢達も突然現れたこいしに驚く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後北斗はD62 20号機に戻り、一旦客車との連結を外して博麗神社前の側線を使い、C59 127号機とC55 57号機を連結してC55 57号機と客車を連結させ、その後本来の目的を果たす為に博麗神社へとやってくる。

 

 

「それで……」

 

 自宅の縁側に座ってる~ことより受け取った湯呑に入っているお茶を一口飲み、湯呑を傍に置いてから霊夢はジトッと北斗を睨みながら声を掛ける。

 

「その状況は一体どういう事かしら?」

 

「そうですよ! 説明してください!」

 

 彼女がそう聞くと、同調するように早苗が問い詰める。

 

「それは……」

 

 北斗は苦笑いを浮かべながら前を見る。

 

「~♪」

 

 そこには自身の膝の上に座る上機嫌のこいしの姿があった。

 

「そもそも、どうやってこいしを見つけたのよ」

 

「どうやってって、初めてにとりさんが機関区を訪れて、帰った後に彼女とぶつかって、その時に」

 

「それだけ?」

 

「はい」

 

「そだよ~」

 

 北斗が返事をすると、こいしもそれに乗じて答える。

 

「……」

 

 すると霊夢は前を向くと、真剣な表情を浮かべて顎に手を当てる。

 

「北斗さん。普通ならこいしさんを見つけることは難しいんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。というか北斗さんって、小さい子に好かれる体質なんですか?」

 

 早苗はジトーと、睨みながら北斗に聞く。

 

「うーん。外の世界じゃそんなこと無かったんですけどね」

 

 自分の膝の上に座るこいしを見ながら呟く。

 

 

「それで、今日は何の用で来たの?」

 

 少しして霊夢は北斗に聞く。

 

「今日は霊夢さんにお願いがありまして訪問しました」

 

「お願い?」

 

「えぇ。明日整備を終えた蒸気機関車の火入れ式を行いますので、霊夢さんにはそのお手伝いをして欲しいんです」

 

「火入れ式?」

 

「機関車に火を入れて安全を祈願するとても大事な儀式です。これは神職の方にやってもらいたいんです」

 

「ふーん。それなら早苗でもいいんじゃない?」

 

「はい。既に早苗さんには頼みまして、二つ返事で承諾してくれました」

 

 すると彼の右側に座る早苗がドヤァとグッと右手の親指を立てる。

 

「だったら何で私に?」

 

「霊夢さんには早苗さんの手伝いをして欲しいんです」

 

「早苗の手伝い……」

 

 霊夢は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

 

 同業者とあって、博麗神社と守矢神社の関係は決して仲が良いとは言えない。その上霊夢からすれば参拝客を取られてしまうので、収入源の賽銭が無くなっては死活問題なのだ。 

 

「幻想郷には神職の方が少なく、自分が知っている限りじゃ早苗さんと霊夢さんしかいないので、お願い出来ませんか?」

 

「……」

 

 霊夢は腕を組んで静かに唸る。

 

 

「はぁ。全く面倒ね」

 

 少しして彼女はため息を付く。

 

「まぁ、この間の賽銭の一件もあるし、いいわ。今回だけ早苗の手伝いをしてあげるわ」

 

「ありがとうございます」

 

 北斗は霊夢にお礼を言う。

 

「では、三日間宜しくお願いします」

 

「えぇ……え?」

 

 ふと北斗の口から出たこと何霊夢は首を傾げる。

 

「三日?」

 

「はい。火入れ式を行う機関車は全部で三輌ですので、三日掛けて行います」

 

「一度にやればいいのに」

 

 面倒くさそうに彼女は呟く。

 

「ダメです。火入れ式はとても大事な儀式なので、そんな横着な事は出来ません」

 

「ぬぅ……」

 

 しかし北斗に大事な儀式であるのを強調して言われ、霊夢は反論できなかった。まぁ北斗自身もなるべく早く三輌の戦力化を進める為に一度に火入れ式を行おうと考えたが、やはり大切な儀式とあって一日一輌の計三日で火入れ式を行うことにした。

 

「分かったわよ。やれば良いんでしょ、やれば」

 

 結局霊夢は折れる形で承諾するのだった。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49駅 疑惑と真実と新たに現れる者

 

 

 

「やれやれ。面倒な事になったわね」

 

 北斗達が帰ってその見送りをした後、自宅の縁側に座った霊夢は深くため息を付く。

 

「でも、頼られているのはとても良い事ですよ」

 

「内容次第よ」

 

 境内を箒で掃除している る~こと がそう言うも、霊夢はジトッと睨む。

 

「何だって同業者の早苗の手伝いをしなければならないのよ。これじゃまた向こうに参拝客が取られるじゃない」

 

 不満げに彼女はぼやく。

 

 参拝客が取られる=賽銭が減ってしまうのと同じ事なので、彼女にとっては死活問題になるのだ。

 

「でも、何だかんだ言っても手伝ってあげるのですから、ご主人様は優しいですね」

 

「ふん」

 

 る~こと に言われて霊夢はそっぽを向く。

 

 

「……」

 

 ふと、霊夢の視線が鋭くなって社の方を見る。

 

「ご主人様?」

 

 急に雰囲気が変わった霊夢に る~こと は首を傾げる。

 

「いつまでも隠れていないで、出てきたらどうなの」

 

 と、誰に向けてか、霊夢はそう呟く。

 

「おや、気付いていたのかい? さすがは靈夢だねぇ」

 

 すると何処からとも無く声がして、 る~こと は驚く。

 

 そして社の裏から一人の女性が出てくる。

 

 緑色のロングヘアーに同色の瞳を持つ女性で、青を基調とした服装を身に纏っており、黄色い太陽が描かれた三角帽を被り、全体的に青く装飾が施された服装に青いマントを羽織っている。右手には三日月を模した飾りを先端に持つ杖を手にしている。

 

 

 女性の名前は『魅魔』。かつて博麗の巫女の力を狙った悪霊であり、霊夢とは過去の異変を通じて敵対していたり、時には協力していたりと、妙な関係をしている。

 最近は幻想郷に姿を現していなかったが……。

 

 

「魅魔様じゃないですか。お久しぶりですね」

 

「久しいねぇ、る~こと。相変わらず靈夢に仕えているんだね」

 

「それが私の作られた使命ですから」

 

「そうかい」

 

 と、魅魔と呼ばれる女性は霊夢を見る。

 

「久しいねぇ、靈夢。随分変わったじゃないか。主に服装が」

 

「そういうあんたは変わらないわね、魅魔。あと一言余計よ」

 

 霊夢は社から歩いてくる魅魔と言う女性を見ると、首を傾げる。

 

「あんた、足どうしたの?」

 

「あぁこれかい? まぁ世間体を気にしたやつさ」

 

 彼女の視線の先には魅魔の足があり、記憶の中では魅魔の足は幽霊らしい足をしていたはずだが、今は茶色の靴を履いた足がある。

 

「別に気にする必要なんて無いわよ。あんたみたいな悪霊はいっぱい居るんだし」

 

「おやそうかい? でも動きやすさを考えるならこっちの方が良くてね」

 

「あっそ」

 

 霊夢は興味無さげに返す。

 

「それにしても、しばらく居ない間に幻想郷は随分と変わったねぇ」

 

 魅魔は鳥居の向こうに映る、薄っすらと線路が広がる幻想郷を見る。直後に汽笛が小さく響く。

 

「そうね。つい最近異変が起きて、幻想入りした外来人が大きく変えたんだけどね。まぁ彼が異変の首謀者ってわけじゃないけど」

 

「ふーん」

 

 すると魅魔は何かを思いついたかのような表情を浮かべる。

 

「そういえば、靈夢にしては珍しく異変の解決がまだ出来ていないそうじゃないかい」

 

「……まだ解決中よ。ただ、異変の首謀者が見つかっていないだけで」

 

 痛い所を突かれてか、霊夢はそっぽを向く。

 

「異変の首謀者、か」

 

 すると魅魔は直後にこう呟いた。

 

 

 

「なら、霧島北斗を見張ればいいさ。異変の首謀者は必ず彼の元に現れる」

 

 

 

「……は?」

 

 魅魔の発した言葉に霊夢は思わず声が漏れる。

 

「あ、あんた、何言って―――」

 

「なに、ただの御人好しの助言さ」

 

 霊夢が言い終える前に魅魔が彼女の言葉を遮る。

 

「じゃぁ、近い内にまた神社に来るよ」

 

「ちょっ」

 

 霊夢は魅魔を止めようと立ち上がって右手を伸ばそうとするも、彼女は一瞬にして姿を消す。

 

「……」

 

 魅魔が消えた方向を彼女はただ見ることしか出来ず、しばらく立ち尽くす。

 

(北斗さんの元に、異変の首謀者が? 魅魔……あんた何を知っているのよ)

 

 まるで何かを知っているかのような魅魔の口ぶりに、霊夢は息を呑む。

 

 

 

「というか、あんた悪霊じゃない」

 

「ツッコむ所そこですか?」

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わって薄暗い雰囲気のある某所。

 

 

 

 そこは『魔界』と呼ばれる、幻想郷の裏側に存在すると言われている場所だ。

 

 多くの魔族が暮らしているとあって、瘴気が漂っており、普通の人間は暮らせない魔境だ。

 

 その魔界はとある創造神によって、魔界と言う場所と、そこに住まう者達を全て創造したとされている。

 

 

 そしてその創造神は魔界で一番大きな城に今も静かに住んでいる。

 

 

 

「……」

 

 その城の一室で、一人の女性がティータイムを過ごしており、その傍に赤いメイド服を身に纏った給仕の女性が立っている。

 

 女性は銀髪のロングヘアーの一部を左側に纏めて垂らしたサイドテールにしており、ドレスの様なデザインの赤いローブを身に纏っている。

 

 

 彼女の名前は『神綺』。彼女こそがこの魔界を創造した神である。自称だが。

 

 

「神綺様。お客様がお着きになりました」

 

 すると一人のメイドが部屋に入ってくると、報告する。

 

「そう。通してちょうだい」

 

「畏まりました」

 

 メイドは頭を下げて部屋を後にする。

 

「夢子ちゃん」

 

「はい」

 

 神綺が後ろに控えている女性こと夢子に声を掛けると、彼女はせっせとお茶の準備に入る。

 

 

 

 少しして部屋の扉が開かれ、一人の女性が入ってくる。

 

「待たせたな」

 

「構わないわ、飛鳥」

 

 女性こと飛鳥の姿を見た神綺は笑みを浮かべる。

 

 飛鳥は神綺が着いているテーブルの向かい側にあるイスに座ると、夢子が手早くソーサーとティーカップを置き、ポットに入っている紅茶を注ぐ。

 

「これで貴方に言われた物は殆ど揃ったわ」

 

「感謝する」

 

 神綺からある物を受け取った飛鳥は礼を言いながらそれをコートの懐に仕舞う。

 

「例のあれだが、進捗具合はどうだ?」

 

「大本は完成しているわ。後は調整だけよ」

 

「さすがだな」

 

「当然。私を誰だと思っているのかしら?」

 

「ふふん」と胸を張りながら彼女は言う。

 

「しかし、創造神の力も大したものだな。設計図と素材さえあれば科学の産物も作れるのだからな」

 

「生命を創造出来る時点で、無機物ならどんな物でも作れるわ。例えそれが科学文明の代物だとしてもね」

 

 と、神綺は手にしているティーカップを口に近づけて紅茶を一口飲む。

 

「本当に、神綺には感謝しかないな。神綺がいなければ、蒸気機関車を作り出そうなんて出来なかったからな」

 

「気にしなくてもいいわ。興味深かったし、何より暇つぶしになったし」

 

「暇つぶし、か」

 

 飛鳥は神綺の自由気ままな姿に苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 ここまで来れば分かるだろうが、幻想郷に現れた蒸気機関車は、全て神綺の創造の力によって作られた代物であった。

 

 まぁ生命体を創造出来る彼女ならば、いくつもの部品で組み合わさった代物を創造するのは簡単なことだろう。

 

 八雲紫が一瞬神綺が蒸気機関車を作り出したのではないかと疑ったのも彼女の力を知っていたからだ。だが、八雲紫がすぐに彼女を関係者から除外したのは、彼女の性格を考えてからであり、何より関係性が皆無であるからだ。

 

 だが、彼女の予想に反して、神綺は蒸気機関車の製造に大きく関わっていた。それも異変の首謀者と結託して。

 

 

 

「それにしても、本当に良かったの? あれに調整する力は本来とは異なる力を得ることになるわ」

 

「構わない。後々必要になる力だから、このまま続けてくれ」

 

「……」

 

「それに、その力は北斗にも、必要になる」

 

「……そう」

 

 何やら事情を知っている神綺はそれ以上何も聞かなかった。

 

「なら、あれの調整が終えたら―――」

 

「分かっている。その時には、北斗を連れてくる」

 

 と、神綺は飛鳥に何かを話し掛けると、彼女は頷く。

 

「それにしても――――」

 

 と、彼女はテーブルに置いている新聞に視線を向ける。

 

「北斗君、随分大きくなったわね。あの時はまだこのくらいだったのに」

 

 新聞に載っている霧島北斗の写真を見て、神綺は懐かしそうに呟く。

 

「あぁ。本当に時が経つのは早いな」

 

「本当よね。まぁ時間の経ち方が違うっていうのもあるけど」

 

「……」

 

「で?」

 

「で……?」

 

「いつになったら、北斗君に会いに行くのかしら?」

 

「それは……」

 

 神綺の問い掛けに飛鳥は視線を逸らす。

 

「そうやっていつまでも延ばすに延ばしてきたから、こうなっているじゃない」

 

「だ、だってな……」

 

 飛鳥は顔を伏せる。

 

「どんな顔して会えばいいんだ」

 

「普通に行けば良いじゃない?」

 

「それが出来れば苦労はしない!」

 

 彼女は顔を上げると、声を荒げる。

 

「止む得ない理由があったとしても、私はあの子を手放した。お腹を痛めて生んだ子供を、捨ててしまったんだ! そう易々と会いに行けれないだろう!」

 

「……」

 

 僅かに涙目になる彼女の姿に、神綺は何も言わなかった。

 

 この前幽香には会いに行く趣旨を伝えていたが、躊躇いがあったのであれ以降も彼に会いに行く事は無かった。

 

「でも、いつまでも会いに行かない理由にはならないわよ」

 

「っ……」

 

 しかし神綺は気遣う言葉ではなく、厳しい言葉を言うと、彼女は口を閉じる。

 

「いつまでも逃げていないで、彼と向き直りなさい。そして玉砕しなさい」

 

「グハッ……」

 

 そして辛辣な言葉を掛けられて、彼女は項垂れる。

 

「も、もう少し言葉ってものをだな」

 

「遠回しに言ってもあなたの為にはならないわ」

 

「……」

 

 神綺の言葉に、さっきまでの悲壮な雰囲気はどこへやら。げんなりとした様子で飛鳥は項垂れるのだった。

 

 

 その後二人は今後の計画について話し合いを行い、話し合いが終わったら世間話をして時間を潰すのだった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ここがあの女の言っていた幻想郷か」

 

 幻想郷全体を見渡せる場所に、一人の少女が幻想郷の景色を見渡していた。

 

 紺色のナッパ服を身に纏った凛とした雰囲気の少女で、腰まで伸ばした艶のある黒髪をポニーテールにしており、瞳の色は赤い。少女としては背が高く、身体のスタイルも整っている。

 

(昔懐かしい雰囲気の場所ね。こんな雰囲気の場所を走っていた頃を思い出すわ)

 

 少女は幻想郷の雰囲気を懐かしく思いながら見ていると、汽笛の音が響く。

 

「話は本当だったのね」

 

 少女の視線の先には、煙を吐いて走る蒸気機関車の姿があった。

 

(本当にまた走れるのね。あの日々みたいに)

 

 そう思うと、彼女の胸中に込み上げてくる感情があった。そして彼女の脳裏に過ぎるのは走り続けた日々である。

 

(となると、あの女の話じゃしばらく同行者と一緒にここで待っていてくれって言ったけど)

 

 彼女は腕を組んで静かに唸る。

 

「いつまで待っていれば良いのかしら?」

 

「私に言われても分からないわよ」

 

 と、少女の後ろから声がして振り返ると、もう一人の少女が苦笑いを浮かべて立っていた。

 

 ポニーテール少女と同じナッパ服を身に纏い、ショートヘアーの黒髪に赤い瞳をしており、背丈はポニーテールの少女より拳一つ分低い。

 

「まぁ、言われた通りしばらく待っていればいいんじゃない? そうすれば私達の身体も来るみたいだし」

 

「……そうね」

 

 少女達は幻想郷を眺めていると、それぞれ左胸付近に付けている赤地の『C57 135』『C58 1』のバッジが太陽の光に反射して輝く。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50駅 火入れ式 C11 312

7月9日に大分の久大線でJR九州が所有している58654号機が走りましたね。
今回は一日限定でしたが、将来的には定期的に蒸気機関車を走らせる構想があるそうですね。
もし実現したら、どの機関車を走らせるのか楽しみです。
ネットには大分県内に静態保存されている機関車(これはC55 53号機が該当します。でも本当はC55 46号機みたいですが)を復元して走らせるか、JR西日本と協議して京都府内の静態保存機のどれかを譲渡してもらって整備し、走らせるとかの記事がありましたが、果たしてどうなるのやら。まぁネットの記事なので全部を鵜呑みにはしませんが。
今後の情報に期待ですね。


 

 

 

 

 時系列は下って、火入れ式当日。

 

 

 

 幻想機関区では朝早くから整備工場前では、作業妖精達と機関車の神霊達が会場設営を行って火入れ式の準備に取り掛かっていた。

 工場内でも火入れ式を行うC11 312号機の最終点検が行われている。

 

 そして居候の悪魔三人娘はもしもに備えて周囲を警戒している。

 

 

「いよいよですね」

 

「はい」

 

 その様子を北斗と早苗が見ていて、声を漏らす。 

 

「今日はよろしくお願いします、早苗さん」

 

「はい! 必ず成功させますよ!」

 

 早苗は気合を入れて返事をする。

 

「気合を入れ過ぎて空回りするんじゃないよ」

 

「全くだね」

 

 と、空から声がしてその方向を見ると、神奈子と諏訪子の二人が空から下りて来る。

 

「神奈子さんに諏訪子さん。今日はわざわざお越し頂いてありがとうございます」

 

 北斗は降りて来た二人に挨拶をして深々と頭を下げる。

 

「我々としても興味深い儀式だ。見学させてもらうよ」

 

「それと、早苗がヘマをやらかさないかをね」

 

「そ、そんな事無いですよ!」

 

 二人が各々に言って、諏訪子の言葉に早苗は慌てて返す。

 

「そういや、北斗君。早苗から話は聞いたよね?」

 

「はい。天狗側が守矢神社までの路線がある領域の通行を許可した話ですよね」

 

 北斗は早苗から聞いた話を思い出す。

 

「そうだよ。それで、何時ぐらいに石炭を取りに来れる? 毎日コツコツと作って溜めているから、結構あるよ」

 

 諏訪子は「ふふーん」と平らな胸を張る。

 

「そうですね。明日の火入れ式は午後からですので、朝早くから調査を兼ねて取りに行きます」

 

「分かったよ。待っているからね」

 

「はい」

 

 北斗は頷く。

 

 

 

 その後早苗は準備があると言って、神奈子と諏訪子と一緒に宿舎の方へと歩いていく。

 

 北斗は三人を見送った後、会場の見回りを行う。

 

 すると短く汽笛が工場から鳴ると、中からB20 15号機が整備を終えてピカピカに磨き上げられたC11 312号機を外へと運び出していた。

 

 B20 15号機はC11 312号機を工場から外に出して停止すると、作業妖精がB20 15号機とC11 312号機の連結を外し、B20 15号機が短く汽笛を鳴らして後退する。

 

 それを確認した北斗は見回りを続ける。

 

 

 少しして幻想機関区に北斗が招待した団体が到着する。

 

(最初はレミリアさん達か)

 

 最初に機関区に訪れたのは紅魔館のレミリア達であった。

 

 レミリアを筆頭に、その後ろに控えるように歩いているのは咲夜と椅子とパラソルを持っている美鈴。レミリアの隣にフラン、パチュリーに小悪魔のこあの五人であった。ちなみに他の小悪魔達は紅魔館に留守番である。

 

 レミリアとフランは吸血鬼なのに日光は大丈夫なのかというと、別に命に関わるようなものではないのでそれほど気にするものでは無いが、決して無害と言うわけでもない。

 なので、パチュリーによって日光を遮る魔法を使って二人の周りを透明の膜が覆っているので、日光は大丈夫なのだ。しかしそれでも完全に防いでいるわけでは無く、少しだけ身体能力が低下している。

 

「あっ、お兄様!」

 

 と、レミリアと話していたフランは北斗に気付くと、彼に向かって飛んで行って抱き付く。もちろんかなり手加減してである。じゃないと彼の身体がオープンゲット(真っ二つ)してしまう。

 

「フラン。元気そうだね」

 

「えへへ♪」

 

 北斗は抱き付いているフランの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、背中の色とりどりの宝石がぶら下がっている羽が嬉しそうに揺れ、宝石が輝く。

 

「……」

 

 その光景を後ろから見ていたレミリアは腕を組み、面白くなさそうに表情を顰める。

 

「面白くなさそうね、レミィ」

 

 そんな親友の姿を見てパチュリーが声を掛ける。

 

「別に……」

 

 親友に指摘されて、彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 

 まぁ肉親の自分に向けたことがあまり無い笑顔を赤の他人、それも人間に向けられているのだ。彼女としては面白くないし、何より気に入らない。

 

 

「久しぶりね、北斗」

 

「お久しぶりです、レミリアさん」

 

 その後北斗はフランを連れてレミリアの元へと向かい、声を掛ける。

 

 いつまでも不貞腐れるわけにもいかず、レミリアは気持ちを切り替える。

 

「今日は火入れ式にお越し頂いてありがとうございます」

 

「折角招待してくれたのだから、行かないわけにもいかないわ。まぁ、興味深い行事だから、楽しみにしているわ」

 

「はい」

 

「あぁ、それと……咲夜」

 

「はい、お嬢様」

 

 すると、直後にはレミリアの手には一枚の紙があった。

 

「北斗。貴方に聞きたい事があるのだけど」

 

「……何でしょうか?」

 

「貴方、この数字に見覚えはあるかしら?」

 

 レミリアは手にしている紙を北斗に見せる。

 

 

 1 433 283 57 127 135

 4 133 5 260 06 D→C+28

 

 

「これは?」

 

 数字を見た北斗は、怪訝な表情を浮かべながらレミリアに問い返す。

 

「この前の夕食会のあった日に、夢で見たものよ」

 

「夢と言うと、レミリアさんの能力でですか?」

 

「えぇそうよ」

 

「……」

 

「それで、どうかしら?」

 

「そうですね……」

 

 北斗は再度紙に書かれた数字を見て首を傾げる。

 

(何の数字だこれ?)

 

 全く規則性が無い上に、最後の暗号じみた表記に至っては全く見当がつかない。

 

(本当何なん……ん?)

 

 数字を見ていると、ふとある事に気付く。

 

 それは、数字の中にある、57と127である。

 

(……そういや昨日見つけた機関車の車番号も、57と127だったな)

 

 数字の中の57と127は、C55の『57』号機とC59の『127』号機と同じであった。

 

(ひょっとして、これって……)

 

 そして北斗はとある仮説に辿り着く。

 

「どう? 何か心当たりがある?」

 

 彼の表情に変化があったからか、レミリアが声を掛ける。

 

「確証はありませんが、もしかしたら蒸気機関車のナンバーだと思います」

 

「蒸気機関車の?」

 

「えぇ。この57と127ですが、先日見つけた機関車の車番号と同じなんです」

 

「ふむ」

 

「つまり、この数字は今後現れる蒸気機関車の番号ってことかしら?」

 

 合間を見て、パチュリーが口を開く。

 

「多分そうだと思いますが、数字だけでは個体を識別するのは難しいです」

 

 なにせ一部を除いて多くの車輌が製造された蒸気機関車とあって、すぐに個体を識別するのは難しい。1とか4、5とか殆どの機関車に該当するのだから。

 

 しかし何も全てが分からないわけではなく、一部の数字には何となく心当たりがある。

 

「でも、最後のやつだけは全く見当が付きませんね」

 

 D→C+28など、全く意味が分からない。

 

「そう。でも、数字が蒸気機関車に関わっているとなると、最後のやつも蒸気機関車に関わっているんじゃないかしら?」

 

「だと思いますが……」

 

 北斗は静かに唸る。

 

 

「それで、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

 その後会場の一角に美鈴が持ってきたパラソルと椅子を設置して咲夜がお茶の用意をしている中、パチュリーが北斗に声を掛ける。

 

「この間館の地下で見つけた機関車についてだけど」

 

「はい。結局どうやって地上に?」

 

 北斗は紅魔館の地下にあるマレー式のタンク型蒸気機関車4500形と比羅夫号こと7100形蒸気機関車を思い出す。

 

「最初は小さくして持ち出そうと思ったけど、元の大きさに戻せるか分からないわ」

 

「なるほど」

 

「だから、かなり魔力を使うことになるけど、地上まで穴を開けることにしたわ。その後は妖精達に地上まで押して貰うわ」

 

「まぁ、そうなりますよね」

 

 単純に手っ取り早い方法となると、それしかない。

 

「でも、それって結構大変じゃ」

 

「えぇ。さすがに私一人じゃ出来ないわ。あまり頼りたくなかったけど、アリスと魔理沙の二人に協力してもらうわ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 渋々と言った様子で彼女がそう言うと、北斗は頷いて納得する。

 

「でも、それでも何日も掛けてじゃないと無理ね。作業もそうだけど、あの二人の都合を考えるとかなりの時間が掛かるわね」

 

「そうですか」

 

 まぁこちらとしても機関車の整備をしなければいけないので、すぐに来られても困るだけだ。

 

 その後しばらく二人は機関車の運び出す計画を話し合った。

 

 

 

 それからして霊夢が幻想機関区に到着し、早苗も準備を終えたので、遂に火入れ式が始まる。

 

 会場にはC11 312号機の整備に関わった妖精達に河童達の他に、レミリア達、更に取材に訪れたはたてに文の姿があった。

 

 まず北斗によって火入れ式の開式の辞が読まれ、次に早苗がC11 312号機に向けて安全を祈願して修祓を行い、火入れ式が進む。

 

 次に霊夢が紅白のリボンを巻いた松明に早苗に清められた火を付けてから、北斗に渡す。

 

 清められた火を灯した紅白の松明を受け取った北斗は二人に一礼し、C11 312号機の運転室に前に設置された階段を上って入る。

 

 運転室に入った北斗は焚口戸が開けられた火室に松明の火を差し込み、中に入れてある薪と油が染み込んだウエスに火を付ける。油を染み込ませたウエスはあっという間に火が付いて次第に薪へと火が移って火の勢いが強くなってくる。

 

 北斗は一旦運転室を出てから松明を作業妖精に渡すと、次に紅白のリボンが付けられ、石炭が積まれたスコップを持った霊夢の元へと向かうと、二人は一礼して北斗は霊夢から紅白リボン付きのスコップを受け取る。

 

 紅白リボン付きスコップを受け取った北斗は霊夢に一礼して再び運転室に戻り、炎が燃え盛る火室へとスコップに乗せられている石炭を放り込む。次に後ろの炭庫から石炭を掬い上げて火室へと放り込む。

 

 それを数回繰り返すことで、火室内の火力は上がり、ボイラー内の水を温めて沸騰させる。その際にC11 312号機の煙突からは煙が薄っすらと上がる。

 

 運転室では作業妖精達が蒸気圧計をチェックしており、少しずつ上がる圧力計を心配そうに見つめる。

 

「……」

 

 その傍で北斗も何事も無く終わる事を祈っている。

 

 それから二、三時間経過して、圧力計の針は走らせられる数値までに上がっていた。

 

 作業妖精達は機関車のボイラーや足回りを見て水漏れが無いか確認する。

 

 

 そして作業妖精が汽笛弁を引くロッドを引くと、C11 312号機の汽笛から蒸気が猛々しい音色と共に吹き出す。

 

 長く鳴らされる汽笛が、C11 312号機の復活を表しているようだ。

 

 

「無事に復活しましたね」

 

「はい。そうですね」

 

 煙突から煙を少量吐き出しているC11 312号機を見ながら北斗と早苗は言葉を交わす。

 

「あとはC12形とC56形ですね」

 

「えぇ。残り二輌も何事も無く終われば良いのですが」

 

 北斗は一抹の不安を抱きながら呟く。

 

 

 

 すると突然、C11 312号機の前に光が集まる。

 

『っ!?』

 

 この場に居た誰もがその光景に目を見開いて驚く。

 

「北斗さん!」

 

「このタイミングで!」

 

 北斗と早苗は思わず顔を合わせる。

 

 

 そんな中、光は人の形を作っていき、やがて光が晴れる。

 

「……」

 

 光の中から現れたのは一人の少女だった。

 

 紺色のナッパ服を身に纏い、整った顔つきにポニーテールにした黒髪に灰色っぽい黒の瞳をしている。背丈は葉月より拳一つ分高くスタイルが良い。そして左胸付近には他の蒸気機関車の神霊のように『C11 312』と書かれたナンバープレートを付けている。

 

「ここは……」

 

 少女は声を漏らして辺りを見渡すと、ふと後ろを振り返る。

 

「っ!?」

 

 そこにあったC11 312号機を見て、少女は目を見開く。

 

「……本当、だったんだ。あの人が言っていたことは」

 

 少女はゆっくりとC11 312号機に近付くと、連結器に手を置く。

 

「元の姿に、戻れたのね」

 

 すると少女の目に涙が溜まり、やがて流れ落ちる。

 

「良かった……本当に……」

 

 少女は両手で顔を覆い、泣きじゃくる。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 そんな少女の姿に、北斗と早苗は戸惑っていた。

 

 今までの蒸気機関車の神霊達に見たことの無い様子だからだ。

 

「北斗さん、これって」

 

「今までに無い状況ですね」

 

「……どうします?」

 

「まぁ、声を掛けないわけにはいきませんし。行ってみます」

 

「お、お気をつけて」

 

 北斗は頷くと、少女の元へと向かう。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51駅 守矢製石炭の受け取りと機関区に現れる罐達

 

 

 

 その後北斗は『C11 312』のバッジを付けた少女に声を掛けて彼女に現状を教え、その後彼女と機関車を移動させて構内試運転に入った。

 

 構内試運転はC55 57号機と共に行われ、前進から後退、微速走行や急加速による走行、急発進からの急停車等、様々な走行が行われ、その後足回りやボイラーが調べられた。

 

 C11 312号機は軽快な走りを行い、C55 57号機は旅客用とあってD51形よりも速い速度で線路上を駆け抜けた。

 

 試験走行後の調査の結果、二輌共走行に問題は無いと判断され、その日の火入れ式は終了した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そして翌朝。

 

 

 朝日が登り始めて少しずつ周りが明るくなり始めている幻想郷。

 

 

 幻想機関区では守矢神社への出発の準備が行われており、C10 17号機と復活したばかりのC11 312号機が重連状態でコンプレッサーが動き、一定の間隔で煙突後ろの排気管から蒸気を噴射しながら待機している。

 その後ろには『セラ1形』と呼ばれる石炭を積む為の貨車を六輌連結しており、最後尾に車掌車『ヨ2000形』を二輌繋いでいる。車掌車を余計に一輌連結しているのは守矢神社で石炭を積む作業を行う作業妖精達が多く乗り込むからである。なら客車を一輌繋げればいいのではないかと思われるが、客車が必要なぐらいの人数を連れて行くわけではないし、何より石炭の煤で汚れた妖精達を客車に乗せると当然車内が汚れて、後で掃除する事になるので、車掌車二輌を繋げることにしたのだ。

 

 

 C10 17号機とC11 312号機の運転室では、機関助士妖精が焚口戸を開けた火室に片手スコップに乗せた石炭を投炭して火の勢いを強くしている。

 

 足回りにはC10 17号機の神霊『葉月』と、新たに名前を与えられたC11 312号機の神霊『睦月』が金槌を使って打音検査を行っている。

 ちなみに睦月の名前の由来は彼女(C11 312)の落成した月が1月なので、旧暦から取った。

 

 二人は指差しして検査箇所を確認した後、金槌を元あった場所に戻して運転室に入り、圧力計を確認する。

 

 

 しばらくして北斗が護衛として幻月と夢月を連れてやって来て、葉月と睦月はすぐに運転室を降りて彼の元へと走る。

 

『おはようございます!』

 

 北斗の前に来ると、二人は挨拶をして敬礼をする。

 

「あぁ、おはよう」

 

 北斗も挨拶を返して、敬礼をする。

 

「睦月。復帰して早々に悪いな」

 

「いえ。こうしてまた仕事を得て走れるのですから、嬉しいです」

 

 睦月は笑みを浮かべる。蒸気機関車の神霊である彼女からすれば、働く為に走る事は正に本望なのだろう。

 

「そうか」

 

 彼は微笑みを浮かべる。

 

「それで、準備の方は?」

 

「はい! いつでもいけます!」

 

 葉月の報告を聞き、北斗は頷く。

 

「今日走る路線は未調査の場所だ。線路の状態もどうなっているか分からないから、安全且つ慎重に走ってくれ」

 

『はい!』

 

「幻月さんと夢月さんは車掌車の方に。もしもの事があったら、お願いしますね」

 

「分かったわ」

 

「任せなさい」

 

 夢幻姉妹はそれぞれ頷く。

 

「それじゃ、出発だ!」

 

 北斗の号令と共に、葉月と睦月はすぐに自分の機関車の運転室に乗り込み、車掌車に作業妖精達と幻月と夢月が乗り込む。北斗もC10 17号機の運転室に乗り込む。

 

 そして二輌の機関車の煙突から煙が多く吐き出される中、腕木式信号機の腕木が降りて信号が赤から青に変わる。

 

 それを確認した葉月と睦月はそれぞれブレーキハンドルを回してブレーキを解き、汽笛弁を引くロッドを引き、C10 17号機の汽笛が鳴ると、続けてC11 312号機の汽笛が鳴る。

 

 二輌の機関車は煙突から灰色の煙を吐き出しながらゆっくりと六輌の石炭車と二輌の車掌車を牽いて前進し、機関区を出発する。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 二輌のタンク型蒸気機関車に牽かれた貨物列車は、守矢神社に向かって線路の上を走る。

 

 守矢神社までのルートは、以前訪れた河童の里付近にある線路の先が守矢神社と繋がっているのを河童達に協力して貰って調査して分かった。なので以前の様に魔法の森の中にある線路を走っている。

 

 C10 17号機とC11 312号機の運転室(キャブ)では、機関助士妖精が火室へと石炭を投炭し、火室内の火力を上げる。投炭を数回繰り返した後、注水機のバルブを回してボイラーへと水を送る。

 

 窓の外に顔を出して前を見ている葉月は、天井からぶら下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らし、睦月に速度を上げるように合図を送る。汽笛の合図を聞いた睦月は、汽笛を鳴らして返事を返しながら逆転ハンドルを回してギアを上げ、加減弁のハンドルを引いて速度を上げる。

 

 やがて列車は分岐点前に到着し、新たに設置した転轍機の向きを確認する標識が河童の里方面に向いているのを葉月と睦月は確認し、そのまま進んでいく。

 

「……」

 

 C10 17号機の運転室(キャブ)の右側の窓から顔を出している北斗は目を細める。

 

(河童の里の先からは未知の領域。今回はもしもの事を考えてタンク型二輌の重連で来たが、もし今後の調査で線路下の地盤が弱かったら、タンク型でしか運用が出来ないな)

 

 今走っている線路を見下ろしながら、彼は内心呟く。

 

(現時点でタンク型の機関車は四輌。内一輌は構内作業機械扱いで省くとして。他に軸重が軽いのはC56形か。今後石炭輸送が行われる事になると、少し厳しいか)

 

 現時点で石炭の生産量は多く無いはずだから、それほど多くの頻度で石炭輸送を行うことは無いだろう。だからタンク型でも事足りる。

 

 しかしそうなると、輸送する回数は減っても一度に運ぶ石炭の量は必然的に多くなる為、タンク型では量次第では重連運行が必要になる。そうなると石炭の消費量が多くなる問題が伴ってくる。

 

 ただでさえ石炭の貯蔵量の問題があるのに、少量でも供給元が出来たとしても大量に消費しては意味が無い。

 

(石炭消費量を考えるなら、重い機関車でも入線出来るように軌道強化も考えないといけないかもしれないな)

 

 今後の課題が出てきて、北斗は静かに唸る。

 

 まぁ今後詳しく調査する時に問題が無ければ御の字なのだが、世の中そんな虫の良い事ばかりじゃないのだ。

 

 

 しばらくして貨物列車は妖怪の山の麓に到着し、河童の里付近にある綺麗な水が流れる川の傍にある線路の上を走る。

 

 その際近くを通り掛った河童達が貨物列車に向かって手を振ってきたので、葉月と睦月は汽笛を鳴らして応える。

 

(そういえば、ここにC10 17号機で来て、河童達によって見つけられたC11 312号機を持って帰ったんだよな)

 

 北斗はついこの間の事を思い出して、少し口角が上がる。

 

 そんな二輌が再び河童の里付近を走っている。何と言う縁か。

 

 その後貨物列車はかつてC11 312号機があった場所を通って、まだ見ぬ線路へと入っていく。

 

「ここから先は未知の領域だ! 線路の状態も分からないから、空転に気をつけろ!」

 

「了解!」

 

 大きな音がする運転室(キャブ)の中で彼は大きな声を上げ、葉月も大きな声で返す。

 

 

 

 河童の里の先の線路へと進んだ列車は、山の緩い勾配を持つ斜面に敷かれた線路の上を走っていく。

 

 緩い勾配であったので、機関車はスムーズに山を進んでいくが、予想以上に勾配距離が長い為か少しずつ速度が落ちつつあった。

 

 機関助士妖精は火の勢いを落とさないように必死に投炭を続け、葉月は加減弁のハンドルを動かして蒸気の量を調整し、逆転ハンドルを回してギアを調整して速度を維持する。

 同じように睦月も汽笛で葉月とやり取りをしつつ、速度を維持させる。

 

 線路は案の定雨水によって落ち葉諸共濡れており、とても滑りやすい状態だった。重い列車を牽いているわけではないが、それでもこの線路の状態では空転する可能性がある。

 

「……」

 

 葉月は空転しないように加減弁ハンドルを握り締めてピストンに送り込む蒸気の量を調整し、逆転ハンドルを回してギアを変えつつ、砂撒き機のレバーを前後に動かして空転防止の砂を線路に撒いて動輪に踏ませる。同じように睦月も砂を撒きつつ加減弁ハンドルを握り締め、加減弁を開いたり閉じたりして蒸気の量を調整する。

 

「……」

 

 北斗も空転しないように祈りながら前を見る。

 

 

 しかし途中で何回かC10 17号機の動輪が空転して速度が急激に落ちたが、葉月と睦月は加減弁の調整と砂を撒いて何とか持ち直した。

 

 その後は何とか空転を起こす事無く、貨物列車は守矢神社へと近付いていく。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃、守矢神社では……

 

 

「……」

 

 ソワソワした様子の早苗は、線路を見つめて北斗達が乗る貨物列車が来るのを待っていた。

 

 守矢神社の傍にある湖近くの地面には線路が敷かれており、守矢神社付近に分岐点があってその内一本は守矢神社前に繋がっており、もう一本先にはいくつもの線路が敷かれた操車場みたいな構成になっている線路に繋がっている。

 そこに神奈子が河童達に作らせた石炭を溜めて積み込む為の設備があった。石炭の貯蔵スペースには日に日に諏訪子によって創造された石炭が小さな山を作って溜められている。

 

 

「早苗。少しは落ち着いたらどうだ」

 

 そんな彼女の様子に神奈子が呆れた様子で声を掛ける。

 

「そうだよ。ここまで繋がっている線路の安全は河童達に協力してもらって確認済みじゃないか」

 

 諏訪子が早苗に優しく語り掛ける。

 

 河童達によって守矢神社まで繋がる線路の調査は既に終えており、障害物等の危険物は確認されなかった。意外にも天狗側の協力もあって、あのあたりに妖怪が近づく事はない。というか、そもそも妖怪が線路になぜか近付こうとしていないのだが。

 

「で、でも、もしもの事があるじゃないですか。そう思ったら」

 

 早苗はバッと後ろに居る二人へと振り返り、不安な表情を見せる。

 

「そんな事を一々考えていたら、キリが無いぞ」

 

 神奈子はため息を付く。

 

「それに、機関車の汽笛もどんどん大きくなっているから、近づいて来ているのは確かだよ」

 

 時折汽笛が妖怪の山に木霊し、それが回数を重ねるごとに大きくなっているので、彼らが近づいているのは確かだ。

 

「兎に角、大丈夫だから落ち着け」

 

「神奈子様……」

 

 神奈子に言われて早苗は少し落ち着きを取り戻すも、完全に不安は拭え切れなかった。

 

 

 

「あっ、来たよ!」

 

「っ!」

 

 すると諏訪子が声を上げると、早苗はとっさに振り返る。

 

 山の斜面を登るように、C10 17号機とC11 312号機の重連が牽く貨物列車が守矢神社付近に近付いていた。

 

「どうやら、無事に上れたようだな」

 

「これで心配の種は殆ど無いね」

 

 二柱の神は安堵の息を吐く。

 

 これで神社まで列車が来れないとなってしまったら、彼女達にとってはどん詰まりな状況になるところであった。

 

 すると早苗が地面を蹴って勢いよく飛び出す。

 

「やれやれ。ホント落ち着きが無いんだから」

 

「まぁ、それだけ彼が心配なのだろう」

 

「……」

 

 二柱が見守る中、列車は操車場方面へと入って行き、そこで停車する。

 

 C10 17号機の運転室(キャブ)から北斗が降りると、早苗が彼の元へと近付き、声を掛ける。何も無かったのを確認して、早苗はホッと安堵の息を吐いてようやく表情に安心感が表れる。

 

 その間に車掌車から作業妖精達が降りてきて早速辺りを調べ始める。その後に夢幻姉妹も車掌車から降りてくる。

 

「……あれが早苗の言っていた、機関区に居候している者か」

 

「なるほど。確かに早苗が彼を心配するわけだ。只ならぬ気配をしているね」

 

 二柱は二人を見て視線を鋭くする。

 

 そんな二柱の視線に気付いてか、幻月と夢月は二柱を一瞥して辺りを見渡す。

 

 

 その後早苗に連れられて北斗は二柱の元に向かった。

 

「おはようございます、神奈子さん、諏訪子さん」

 

 二柱の前に来ると、彼は略帽を取ってから頭を下げて挨拶する。

 

「あぁ、おはよう」

 

「おはよう!」

 

 二柱も北斗に挨拶を返す。

 

「それにしても、設備が結構本格的ですね」

 

 石炭車と切り離されてC10 17号機とC11 312号機が分岐点を使って線路の位置を変えているのを脇目に、石炭の給炭設備を見る。

 

 給炭設備の構造は貯蔵スペースから石炭をベルトコンベアに乗せて運び、石炭を受け口が広く投入口が細い器へと落として石炭車へと入れる、と行った感じだ。

 

「まぁ、昔似た様な物を見た記憶があって、それを元に河童達に作らせたんだ」

 

「なるほど。しかし随分と作りましたね」

 

「でしょでしょ?」

 

 貯蔵スペースにこんもりと盛られた石炭の山を見て北斗が呟くと、諏訪子が胸を張って自慢する。

 

「諏訪子様ったら、頑張って毎日石炭を創造していたら、たったの数日でこれだけの量が出来たんです」

 

「で、後で必ず疲れて寝込んでいたな」

 

「ちょっとぉっ!?」

 

 神奈子と早苗のカミングアウトに諏訪子が声を上げる。

 

(何だか申し訳ないな)

 

 一生懸命にやってもらったとあって、感謝と同時に申し訳なさがあった。

 

「しかし、張り切っていると言っても、数日でこの量となると……」

 

 北斗は顎に手を当てて色々と考える。

 

 予想以上に石炭が作られているとあって、北斗は首を傾げる。

 

 

「大体二週間に一回の頻度で石炭輸送を行うのが良さそうですね。無論、諏訪子さんが毎日石炭を創造すると言う前提ですが」

 

「うーん。そうだねぇ。まぁ疲れない程度に作ってもそこそこの量だから、その間隔で大丈夫と思うよ」

 

「では、そのように」

 

 二人が石炭の創造量について話していると、さっそく石炭の積み込み作業が行われていた。

 

 列車の後部に移動したC10 17号機とC11 312号機が一番後ろの車掌車と前面と連結して貨物列車を押し、先頭の石炭車を石炭の投入口の真下へと移動させる。作業妖精達がスコップで貯蔵スペースより石炭をベルトコンベアへと乗せていく。

 

 ベルトコンベアによって運ばれる石炭は給炭口へと落ちていって、石炭車に積まれていく。

 

「そういえば、あのベルトコンベアって、どうやって動かしているのですか?」

 

「あぁ。河童に頼んで作らせたモーターで駆動している」

 

 北斗はベルトコンベアの動力源を神奈子に聞くと、彼女はそう答える。

 

「モーターですか。でも、電気は?」

 

「電気なら、あそこで作らせている」

 

 と、神奈子は煙が上がっている方向を指差す。

 

「そういえばさっきから気になっていましたが、あれは一体?」

 

「あの煙の下に、間欠泉センターがあるんです」

 

「間欠泉? という事は、火山が近くに?」

 

「火山と言うより、その下に高熱を発するものがあってな。その熱を使って電力を作っているんだ」

 

「つまり、地熱発電ですか」

 

「そうなりますね」

 

 北斗が言った言葉を早苗が肯定する。

 

 何だか随分近代的な……

 

「まぁ、そのお陰で毎日電気を作っていた、私の苦労も軽減されたと言うわけだ」

 

 と、神奈子は左肩に手を置いて軽く肩を回す。

 

「それで、高熱を発しているものって? 間欠泉って言っていましたから、もしかしてマグマとか?」

 

「いや違う。八咫烏の力を宿した地獄鴉が居る」

 

「あの子の力を使って核融合を行っているんだよ」

 

「……」

 

 北斗はスケールの大きい話に半ば付いて行けれず、目頭を押さえる。さりげなくとんでもないワードが混じっていたが、彼はあえて無視した。非常識な事を常識的に考えても無意味だからだ。

 

 

「でも、行きは良くても帰りはあの形になるんだね」

 

 諏訪子は後面を前にしたバック運転状態のC10 17号機とC11 312号機を見てそう言う。

 

「まぁ、あの二輌でしたらバック運転自体は問題ありません。しかしテンダー型となりますと、一部を除いて難しいんです」

 

 炭水車を持つ蒸気機関車は必然的に後ろの視界が悪い。その上構造上線路から脱線しやすいので、テンダー型でバック運転は推奨されない。

 とは言っても、一部の機関車はバック運転を想定した構造になっていたり、バック運転自体を主にした構造の機関車も居る。

 

「ふむ」

 

 すると神奈子が考え込むように顎に手を当てて声を漏らす。

 

「なぁ、北斗」

 

「何でしょうか?」

 

「もし必要とするなら、空いた場所に転車台を設置するが、どうだ?」

 

「えっ?」

 

 思いがけない申し出に北斗は驚く。

 

「い、良いんですか?」

 

「北斗達幻想機関区の働き次第で我々の信仰の得られ方が変わってくる。このくらい必要経費だと思っている」

 

「神奈子さん」

 

「まぁ、さすがに機関区にある立派なものは作れないだろうが、期待に沿える代物は作れるはずだ」

 

「その材料を出すのは私なんだけど」

 

「それに、転車台を作るのも、河童の皆様ですよね」

 

「……」

 

 二人からそう言われて、神奈子は視線を逸らす。

 

 

 

 その後持ってきた六輌の石炭車に石炭を満載にしたが、それでもまだ残っており、残りは次回取り来るときにまとめて持ち帰ることにした。

 

 しかし作業に時間が掛かったとあって、給炭設備の改良もしくは増備が検討されることになった。

 

 その辺りを話し合った後、北斗はバック運転で先頭になったC11 312号機の運転室(キャブ)に、石炭の積み込み作業を行っていた作業妖精達と夢幻姉妹は車掌車に乗り込んで、貨物列車は守矢神社を出発する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃幻想機関区。

 

 

「ふぅ……」

 

 機関庫内にて、自身の機関車であるC55 57号機を『C55 57』のバッジを付けた女性こと『文月(ふみづき)』は整備を終えて身体を伸ばす。

 ちなみに彼女の名前の由来だが、C55 57の最後の7、つまり七月の旧暦から来ている。

 

「整備は終わったのか?」

 

「あぁ」

 

 文月に『C59 127』のバッジを付けた女性こと『長月(ながつき)』が声を掛ける。彼女の名前もC59の9、つまり九月の旧暦から来ている。

 

「それにしても、ここは規模が大きいな」

 

「あぁ。そうだな」

 

 二人は短く言葉を交わすと、機関庫を見渡す。

 

 機関庫にはD51形蒸気機関車の241号機に465号機、603号機、1086号機に9600形蒸気機関車の79602号機、B20形蒸気機関車の15号機、D62形蒸気機関車の20号機、C55形蒸気機関車の57号機、C59形蒸気機関車の127号機が格納されている。

 今は居ないが、C10 17号機とC11 312号機、その上整備工場には二輌の機関車が火入れ式を待っている。それらを含めると全部で13輌の機関車が居る。

 

 機関区の規模としてはそこそこ大きいだろう。

 

「それにしても―――」

 

 と、文月は長月を見る。

 

「貴様のその格好は何だ?」

 

「何って、そりゃ掃除に決まっているだろ」

 

 長月は不満げに返す。

 

 彼女の格好だが、ナッパ服の上に蒲公英(たんぽぽ)色のエプロンを来て、竹箒を持っている。

 

「これ以外にやる事がないのだからな」

 

「あー、そうだったな」

 

 申し訳なさそうに文月は呟く。

 

 燃料が重油のみでしか使えない重油専燃機のC59 127号機である為、重油が無い幻想機関区では試験走行を行う事ができず、機関庫に待機したままだ。

 

「……当時は蒸気機関車の新たな可能性として受け入れたが、今となってはこの改造が忌々しい」

 

 グッと彼女は右手に持っている竹箒を握り締める。

 

「まぁそう言うな。ずっと動けないわけでは無いだろう」

 

「だがな……」

 

 文月がそう言うも、長月は納得いかない様子だった。

 

「それに区長殿は言っておられただろう。いざとなれば元の仕様に戻すと」

 

「本当に出来るのかどうかも分からないのに」

 

「……」

 

 ジトッと睨む長月に文月は何とも言えなかった。

 

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 

 すると汽笛の音が機関区に響く。

 

「ん? 区長達が帰って来たのか」

 

 長月が顔を上げて汽笛の音がした方向を見る。

 

「いや、待てよ。汽笛の音色が違うぞ」

 

 しかしすぐに文月は汽笛の違和感に気付く。

 

「何か、響き方が違うぞ」

 

「むっ、そういえば」

 

 二人が短く言葉を交えていると、再び汽笛が鳴る。

 

「何だか、ただ事ではなさそうだな」

 

「あぁ」

 

 二人は頷き合うと、すぐに機関区の出入り口付近へと走る。

 

 

 

 

 二人が機関区の出入り口付近に着くと、既にそこには明日香達が居た。

 

「あっ、長月さんに文月さん」

 

 水無月が二人に気付いて声を掛ける。

 

「お前達も気づいたか」

 

「はい。この汽笛は機関区にある機関車のどれでもありません」

 

 神流がみんなを代表して答える。

 

「でも、区長達以外に機関車は出ていないわ。これは一体」

 

 七瀬が表情を険しくする。

 

「もしかして、区長がまた新しい蒸気機関車を見つけたんじゃ?」

 

 と、皐月がボソッと呟く。

 

 以前にも魔法の森で見つかった新しい蒸気機関車を持って帰ろうとして、C10 17号機でC12形とC56形を持って帰って来た時のことを思い出す。

 

「何だか、ありえそうです」

 

 さつきの呟きに弥生が苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 すると汽笛の音は大きくなり、その上煙がどんどん近付いてくる。

 

「あれは……」

 

 姿を現したそれに、文月は目を細める。

 

 

 

 それは連結して重連状態の二輌の蒸気機関車で、煙を吐き出して機関区を目指して走っていた。

 

 先頭を走る機関車はC55 57号機に酷似しているが、動輪はスポーク動輪ではなくボックス動輪であり、前照灯の横にシールドビームの予備灯が取り付けられている。

 その機関車の煙室扉には、赤地で『C57 135』と書かれたナンバープレートが取り付けられている。

 

 その後ろを走る機関車は、先頭のC57 135と比べると一回り小さく、煙突には大きな集煙装置が取り付けられており、煙は上ではなく後ろ側へと流れている。

 その機関車の煙室扉には、赤地で『C58 1』とその下に小さく『形式 C58』と書かれているナンバープレートが取り付けられている。

 

 

『……』

 

 その姿に圧倒されて誰もが黙り込んでいる中、二輌の蒸気機関車は速度を落としつつ機関区へとゆっくり入っていく。

 

 すぐに作業妖精達が線路のポイントを切り替えて側線へとC57 135号機とC58 1号機を入れる。そして二輌は側線で停車する。

 

 明日香達はすぐに二輌の蒸気機関車に近付くと、それぞれの機関車の運転室から少女二人が降りてくる。

 

「あら、総出でお出迎えかしら?」

 

『C57 135』のバッジを付けた女性が明日香達を見る。

 

「あ、あなた達は一体?」

 

「見ての通り、あなた達の同類、と言えばいいのかしら?」

 

『C58 1』のバッジをつけた少女が明日香の疑問に答える。

 

「ところで、一ついいかしら?」

 

「……?」

 

「ここの区長は何処に居るのかしら?」

 

『C57 135』のバッジを付けた女性は明日香にそう質問した。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52駅 火入れ式 C12○○○

一番好きSLは何かと聞かれれば、C12形と答えます。あのシンプルなデザインが
最高なんです。
ちなみにテンダー型ならD51形やD62形です。


 

 

 

 

 その頃守矢神社で石炭を貨車に載せて機関区に戻っている貨物列車は、山をバック運転で下っていた。帰りは下りになるので、細心の注意を払って山を下りている。

 

「……」

 

 C11 312号機の運転室(キャブ)で、機関車後面にある窓から外を見ている北斗は表情を険しくしていた。

 

(さっき聞き覚えの無い汽笛が鳴っていたが、どうなっているんだ?)

 

 先ほど山を下っている最中、聞き覚えの無い汽笛が彼の耳に届いていた。

 

 誰かが機関車を動かしているのかと思ったが、さっき聞いた汽笛は、少なくとも機関区にある機関車の汽笛とは響きが違っていた。

 

(俺の居ない間に、何かが起きているのか?)

 

 北斗は言いようの無い不安が胸中に渦巻く。

 

 

 その後山を下りた貨物列車はしばらく走り、機関区へと到着する。

 

「っ! あれは!」

 

 機関区に到着して、そこにあった物を見つけた北斗は声を上げる。

 

 貨物列車が停車すると、北斗はC11 312号機から降りてそれの元に走る。

 

「区長!」

 

 C11 312号機より降りて来た北斗に明日香が声を掛ける。 

 

「明日香! あれはどういう事だ!」

 

 北斗は側線で待機しているC57 135号機とC58 1号機を見る。

 

「それが、区長が守矢神社に行っている間に、機関区に現れたんです」

 

「何だって?」

 

 明日香から事情を聞いて、北斗は再度C57 135号機とC58 1号機を見る。

 

 機関車が自ら機関区にやって来る。今までに無い状況に、北斗は驚きを隠せなかった。

 

(まさか、最後の旅客列車を牽いたC57 135号機と、かつて動態保存されて山口線を走っていたC58 1号機とは)

 

 片や明日香達D51形241号機、465号機、603号機、1086号機と共に北の大地で、蒸気機関車として旅客列車を最後に牽いた蒸気機関車で、片やかつて動態保存されて、かのC57 1号機と共に山口線で走っていた蒸気機関車である。

 

(どっちも赤いナンバープレートか。C58 1号機に至っては山口線で走っていた頃に取り付けられていた集煙装置付きか)

 

 C57 135号機とC58 1号機はどちらとも赤地のナンバープレートを付けており、C58 1号機は不釣合いなぐらいの大きな集煙装置を煙突に取り付けている。

 

(だが、どちらとも外の世界で静態保存されている機関車のはず。何でこんな所に)

 

 二輌は共に外の世界で静態保存されている機関車だ。それもC11 312号機と違って、綺麗に整備されて保存されている。そんな有名な二輌がこの幻想郷に居る。

 

(一体何が……)

 

 

 

「あなたがここの区長かしら?」

 

 と、明日香達の合間を通って二人の女性と少女が北斗の前に姿を現す。それぞれ赤地の『C57 135』と形式入りの『C58 1』のバッジを付けている。

 

(この二人が、あの機関車の神霊か?)

 

 北斗は女性と少女に明日香達に似た感じを覚えて、C57 135号機とC58 1号機の神霊と判断する。と言っても、明日香達の様に紺色のナッパ服にナンバープレートを模したバッジを付けているのも判断材料だが。

 

「そうだ。この幻想機関区の区長をしている、霧島北斗だ」

 

「あなたが……」

 

 二人は北斗をマジマジと見てから、姿勢を正して敬礼する。

 

「私はC57形蒸気機関車の135号機です」

 

「C58形蒸気機関車、そのトップナンバーの1号機です」

 

 それぞれ自己紹介をして、北斗も敬礼を返す。

 

「それで、君達はどうしてここに? 記憶が正しければ君達はそれぞれ大切に保存されていたはずだが」

 

「えぇそうよ。でも、詳しくは言えないわ」

 

「えっ?」

 

『C57 135』のバッジを付けた女性が言った言葉に北斗は思わず首を傾げる。

 

「な、なぜ?」

 

「それが私達がこの幻想郷で走る条件だからよ」

 

「……」

 

 まさかの答えに北斗は唖然となる。今までこんなパターンは無かった。

 

「それは、つまり誰かによってこの幻想郷に連れて来られたというのか?」

 

「そうね。私達が言えるのは、そこまでね」

 

「それと、そこにあるもう一つの身体も、外の世界にある物とは別よ」

 

「……」

 

 北斗は彼女達の言葉を聞いてから、二輌の機関車を見る。

 

(やはり、誰かによってこの機関区と線路、機関車が作られたのか?)

 

 この幻想郷の常識でいう異変の首謀者と言うやつだ。

 

(でも、何の為に?)

 

 北斗は思わず首を傾げる。なぜ幻想郷に……

 

 

(いや、考えるだけ無駄だ)

 

 しばらく考えるも、彼は頭を切り替える。

 

 考えたって、結局分からないのだ。分からないのに考えたって、答えなんて出ない。彼女達から聞こうとしても、これ以上有益な情報を口にする事は無い。

 

「分かった。そこまで言うなら、これ以上の詮索は止そう」

 

 北斗はそう言うと、右手を差し出す。

 

「歓迎しよう。君達を」

 

「……」

 

『C57 135』のバッジを付けている女性は北斗の右手を見ると、自分の右手を差し出して彼の手を握る。

 

「今後の君達の活躍に、期待している」

 

「もちろん。その期待に応えてあげるわ」

 

 女性はニヤリと口角を上げる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それにしても、何だか分からない状況になってきましたね」

 

「あぁ。そうだな」

 

 C57 135号機とC58 1号機の二輌が機関庫へと向かい、C10 17号機とC11 312号機が牽く石炭車の列が石炭貯蔵スペースへと運ばれている中、北斗と明日香が言葉を交わす。

 

「これから、どうなるんでしょうか?」

 

「さぁな。もしかしたら、まだ機関車が増える可能性があるかもな」

 

「まだ増えるんですか?」

 

 明日香は驚いたような表情を浮かべる。

 

「もしかしたらって話だ。まぁ機関車が増えても困ることは無いがな」

 

 今後鉄道を走らせる際に、機関車一輌が故障しても別の機関車を走らせる事が出来るので、多く持っていても困る事は無い。まぁ当然整備や維持等の手間隙は掛かるが。

 

 最も、彼自身からすれば大好きな蒸気機関車が身近に多く見られるのだから、それはそれで構わないのだが。

 

「兎にも角にも、今は火入れ式を成功させよう」

 

 北斗は整備工場よりB20 15号機によって運び出されるC12形蒸気機関車を見る。

 

 結局C12形の車輌番号は分からず仕舞いだったが、個体の絞込みは出来る。

 

 なぜなら、このC12形の炭庫に、二つの通風孔が取り付けられている。この通風孔は九州地方に配属されたタンク型の機関車に見られた特徴だ。

 

 なので、このC12形は九州地方に配属されていた罐の可能性がある。

 

(まぁ、車輌番号については追々考えるとして)

 

 彼はピカピカに磨き上げられたC12形を見る。

 

(やっぱり、C12は良いな……)

 

 C12形を眺めながら、北斗の口角が上がる。

 

 一番好きな蒸気機関車と聞かれたら、彼は真っ先にC12形蒸気機関車だと答えるだろう。

 

 彼にとって、初めて生で動いている蒸気機関車を見たのは、このC12形蒸気機関車だ。それもかつて大井川鉄道で動態保存されていた164号機である。

 

 初めて生で動いている蒸気機関車を見て、彼の中に興奮が込み上げた。そして彼が蒸気機関車の虜になった一番の要因だろう。

 

 その事もあって、彼の中で一番の蒸気機関車は、C12形となったのだ。

 

 

 

「おーい! 北斗!!」

 

 C12形を見ていたら、空から声がして北斗は声がした方向を見ると、箒に乗った魔理沙が後ろにアリスを乗せて向かっていた。

 

 北斗は魔理沙とアリスの二人に手を振るうと、二人は彼の近くに降りる。

 

「お久しぶりです、アリスさん、魔理沙さん」

 

「おう!」

 

「久しぶりね、北斗さん」

 

 魔理沙は右手を上に上げてニッと笑みを浮かべ、アリスは微笑みを浮かべる。

 

 二人は霊夢や文屋の新聞で火入れ式の事を知り、今日訪れたのだ。ちなみに昨日は二人共用事があって来れなかった。

 

「おぉ、あの時見つけた蒸気機関車だな!」

 

 魔理沙は工場の前に出されたC12形を見て声を上げる。

 

「はい。時間は掛かりましたが、何とかここまで辿り着けました」

 

 北斗は整備妖精によって最終点検が行われているC12を見ながら魔理沙に言う。

 

「明日の火入れ式ではもう一輌の機関車の火入れ式を行います」

 

「これで、私達が見つけた蒸気機関車が動くのね」

 

「はい。機関車を見つけてくれた魔理沙さんと、C10 17号機の火入れを手伝ってくれたアリスさんのお陰です」

 

 北斗は二人にお礼を言って頭を下げる。

 

「良いってもんだぜ」

 

「えぇ」

 

 二人は北斗にそう言うと、魔理沙が思い出したように「あっ」と声を漏らす。

 

「そういや、パチュリーから聞いたぜ。紅魔館の地下にも蒸気機関車があったんだろ?」

 

「はい。パチュリーさんから話を聞きましたか?」

 

「えぇ。地下から蒸気機関車を運び出す為に、地上へと繋がる穴を空ける為に手伝って欲しいって言われたわ」

 

 どうやらパチュリーは既に二人に話していたようだ。

 

「しっかし、まさかあのパチュリーが私達に手を貸してくれって言うなんてな」

 

「そうね。まぁそれだけ大変な事なんでしょうけど」

 

 どうやら普段からパチュリーはこの二人に頼る事はしていないようだ。

 

「大変と言えば、パチュリーが言っていたぜ。何でもフランから懐かれているんだって?」

 

「懐かれている……まぁ、そうなるんですかね」

 

 これまでのフランの行動を思い出して北斗は首を傾げながら答える。

 

「何をしたら懐かれるんだ? 少なくとも初対面の人間に懐くようなやつじゃなかったんだけどな。むしろ逆に殺しに掛かるんじゃないかな」

 

「レミリアさんもそんな事言っていたような」

 

 と、半ば経験したような事を怪訝な表情を浮かべて呟く魔理沙に、北斗は首を傾げる。

 

「……本当に、貴方は不思議な人ね」

 

「え?」

 

 アリスの呟きに北斗は声を漏らす。

 

「いいえ、何でも無いわ」

 

 アリスは首を振るう。

 

 

 

 

 その後早苗と霊夢が機関区に来て、C12形の火入れ式の準備が進められる。

 

 基本的な火入れ式の流れはC11 312号機と同じで、早苗による安全を祈願し、罐に火入れを行う等、何事も無く式は進んでいく。

 

 

 火を入れて数時間後、C12形の運転室の圧力計の針は正常運行出来る数値までに達した。

 

  

 そして復活したかのようにC12形の汽笛から蒸気と共に勇ましい音色が機関区に響く。

 

 

 

「C12形も無事に復活しましたね」

 

「はい」

 

 C12形の近くで北斗と早苗が言葉を交わす。

 

「これで残りは一輌ですね」

 

「えぇ。これで既存の機関車の整備を行えます」

 

 以前から七瀬の79602号機の事もあるし、後々に紅魔館の地下の二輌の整備を行わないといけないので、なるべく整備を終えたいところだ。

 

「それにしても」

 

 と、早苗は後ろを振り返って機関区を見る。

 

「……増えてますよね、どう見ても」

 

「えぇ、まぁ」

 

 彼女の指摘に北斗は苦笑いを浮かべる。

 

 その視線の先には機関区に収められたC57 135号機とC58 1号機の姿があった。

 

「北斗さんが帰った直後に、遠くから汽笛がしたので、まさかと思いましたら、そのまさかでした」

 

 北斗が列車に乗って機関区に戻ろうとした直後、守矢神社にも汽笛の音が届いていた。しかしこの時まで機関区の機関車が試運転でもしているのだろうと思って気にしていなかった。

 

「どうやら、自分が守矢神社に行っている間に、あの二輌が機関区にやって来たそうで」

 

「やって来たって、自分からですか?」

 

「そのようです。彼女達の話によれば、少し前にこの幻想郷に現れたようで、その後自分自身を受け取って機関区に来たそうです」

 

「……」

 

 早苗は唖然となっていた。まぁ機関車が自らやって来たと言われれば、驚くのも無理は無い。

 

「本当に、幻想郷では常識に囚われてはいけませんね」

 

「全くです」

 

 お互い苦笑いを浮かべて短く言葉を交わす。

 

 

 

 すると突然、C12形の煙室扉と水タンク、後面の一部が光り輝き始め、機関車の前に光が集まり出す。

 

『っ!?』

 

 突然の現象に誰もが目を見開いて驚く。

 

「これは……!」

 

「睦月の時と同じ……だが」

 

 北斗は一部が輝くC12を見る。 

 

(昨日とは異なる感じだ。一体何が……)

 

 内心で呟いていると、光り輝いていた箇所が露わなり、機関車前に集まった光は人型を作り、やがて光が晴れる。

 

 

「っ! あれは!」

 

 C12形の車体の一部を覆っていた光が晴れた箇所に、無かったはずのナンバープレートが現れていた。

 そのナンバープレートに書かれていた番号に、北斗は驚きを隠せなかった。

 

「……」

 

 そして機関車の目の前に、一人の少女が現れていた。

 

 C12形に現れたナンバープレートは赤地で、背中まで伸びた黒髪に凛とした雰囲気を持つ赤み瞳の少女の左胸にも赤地のナンバープレート風のバッジが付けられている。

 

 そしてナンバープレートに書かれていたナンバーが――――

 

「C12……208号機だと」

 

 北斗はC12形の正体を知って、驚きのあまり声を漏らす。

 

 

 それは外の世界で、走る事が叶わなかった、動かぬ影の功労者であった。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53駅 気がかりな事と名前

 

 

 

 

『C12 208』

 

 

 C12形蒸気機関車の中で、最後に廃車となった形式最終廃車機。その後静態保存されるも、後に大井川鉄道に引き取られてドナー機関車として部品の多くを他の機関車に渡した。

 そのせいでスクラップ同然の状態になったものも、部品を提供した事で他の蒸気機関車が走り続けられるようになったのだ。決して無駄な犠牲ではない。

 

 尚、最近では改装されて、某作品の有名キャラクターの姿になっている。

 

 

 そんな機関車が、完全な形で目の前にあるのだ。

 

 

「まさか、C12形の正体が208号機だったとは」

 

 北斗は完全な姿で現れたC12 208号機を見て思わず声を漏らす。

 

「そんなに、凄いんですか?」

 

 208号機の事を知らない早苗は北斗が驚いている理由が分からず首を傾げる。

 

「凄いも何も……この機関車は睦月の312号機と同じで、外の世界では他の動態保存されている機関車の為に多くの部品を取られて、鉄屑同然で放置されていたんです」

 

「……」

 

 北斗からC12 208号機の事を聞いて、早苗は唖然となる。

 

「まぁ、そのお陰で他の機関車が動き続けられたのですがね」

 

 北斗はため息を付く。

 

 今の動態保存されている蒸気機関車の整備は、作れる箇所は作り、代用出来る所は代用している。ある意味それが理想的な運用だ。

 

 だが、それが無理なら他の保存機関車から必要な部品を取る。所謂共食い整備で動いているのだ。

 

 C12 208号機も状態が良かったとあって、保存先から買い取られて、その後多くの部品を他の機関車に提供した。その姿はとても痛々しく、無残なものだった。

 そして老朽化の為に再度廃車となった312号機も、部品取りにされて屑鉄同然の状態で放置されている。

 

 そんな無残な姿を晒していた機関車が、綺麗な状態で、その上再び命を吹き込まれたのだ。とても感慨深いものだ。

 

 ちなみに、今のC12 208号機のナンバープレートは赤地だが、現役時代は緑地のナンバープレートを付けていた。これはC12 208号機のみならず、緑地のナンバープレートを持つのは九州地方の機関車に多く見られたものである。

 

 

 すると睦月が『C12 208』のバッジを付けた少女の元へと駆け寄る。

 

「312号機!」

 

「208号機! 貴方も来れたのね!」

 

 二人の少女は手を取り合って再会を喜んでいた。

 

「やっぱり、あの話は本当だったんですね」

 

「そうね。これなら、姐さん(・・・)も蘇る!」

 

「私達がこうなれたんだから、必ず蘇るよ!」

 

 と、二人は何やら気になる事を話している。

 

(何だか、気になる事を話しているんだが……)

 

『C12 208』のバッジを付けた少女が口にした『姐さん』に北斗はある憶測が脳裏に過ぎる。

 

 いや、以前から気になっていた事が、C12 208号機の出現で半ば確信のものへと移行した。

 

(あのC56形。まさかとは思うが)

 

 ここまで来れば、恐らくC56形の正体も想像が付く。しかし同時に矛盾する点もある。

 

(C56形には特にこれと言って特徴のある箇所は見当たらなかったな)

 

 以前整備工場で整備を受けているC56形を視察した際、隅々までその姿を見ている。しかしこれと言って特徴ある箇所は見当たらなかった。

 

 もし彼の想像通りの個体なら、その特徴があるはずだ。しかし回収したC56形にはそれが無かった。

 

(まぁ、それは明日になれば分かるんだ。今はそれよりも)

 

 北斗は頭を切り替えると、二人の元へと向かう。

 

「睦月」

 

「あっ、区長」

 

 北斗に呼ばれて睦月は振り返る。

 

「208号機。紹介するね。ここの機関区の区長さんだよ」

 

「区長? 貴方が?」

 

『C12 208』のバッジを付けた少女は北斗を見る。

 

「幻想機関区の区長をしている霧島北斗だ」

 

 北斗は自己紹介をして敬礼する。

 

「C12 208号機です」

 

 少女も名乗って敬礼する。

 

「ようこそ、我が幻想機関区へ」

 

「はい。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 二人は右手を差し出して、握手を交わす。

 

 

 

 

 その後C12 208号機は一番線路が長い場所まで自力で移動し、構内試運転が行われていた。

 

 

 C12 208号機は本気の加速を見せ付けつつ前進したり、後退したり、様々な走りを見せ付けた。

 

 

 次に機関庫へと移動させていたC57 135号機とC58 1号機の走行試験も行われた。

 

 

 走行後の結果、三輌共に問題無しと判断され、後日改めて本線で試験走行を行う予定である。

 

 

 

 新たに機関車が一輌復活と、予想外の二輌の追加とあったが、二日目の火入れ式も無事に終えたのだった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜。

 

 

「やれやれ。今日は大変だったな」

 

 宿舎の自室兼執務室で北斗は呟きながらも、新たに配属となった三輌の機関車に関する書類を作成していた。

 

 本当ならC12 208号機のみだったが、予想外に二輌の機関車の登場もあって、資料の作成に手間が掛かっていた。

 

(想定外だったが、旅客用の機関車に旅客貨物両用の万能の機関車が増えたのはありがたいか)

 

 C12 208号機も列車牽引や入れ替えも行える万能機で、機関区への配属はありがたい。その上旅客用のC57 135号機と旅客貨物両用の万能機のC58 1号機の配属もありがたかった。

 

 今後の鉄道の運用の幅が広がると言うものだ。

 

「……」

 

 北斗は作業の手を止めて両腕を上に上げて背伸びをすると、椅子から立ち上がって窓から外の景色を見る。

 

 各所に建てられた電灯が機関区を薄暗く照らしており、機関車達が納まっている扇形機関庫ではまだ光が灯されており、機関車の整備が遅くまで行われている。

 

(この幻想郷に来てから大分経つが、ここまで増えるとはな)

 

 最初は七輌しかいなかった蒸気機関車だったが、今は倍近くの14輌以上の大所帯となった。そもそも機関車が増えるとは当初想定していなかっただけに、正に棚から牡丹餅な気持ちだった。

 

(まぁ、ここからだがな)

 

 近日中に行われる体験試乗会の結果次第で、この幻想機関区と蒸気機関車達の今後が左右される。

 

 一番気を引き締めなければならない時だ。

 

 

 コンコン……

 

 

『区長。居るかしら?』

 

 と、ノックの音がして女性の声がする。

 

「あぁ。居るぞ。入れ」

 

 北斗が扉の方へ振り返りつつ言うと、扉が開いて『C57 135』のバッジを付けていた女性が入ってくる。風呂に入った後なのか、寝巻き姿でポニーテールだった髪型も今は下ろしている。

 ちなみに、ナッパ服を着ていて目立たなかったが、結構大きかった(どこがとは言わないが)

 

「どうした?」

 

「いや、大したことじゃないんだけどね」

 

 女性は執務机の傍まで近づく。

 

「ねぇ、一つ聞いて良いかしら?」

 

「なんだ?」

 

「区長は私達みたいな神霊に、名前を付けているのよね?」

 

「あぁ、そうだ。まぁ、俺の我が儘で名付けているが」

 

「我が儘、ねぇ」

 

 女性は北斗を見ながら声を漏らす。

 

「それじゃぁ、私にはどんな名前を付けてくれるの?」

 

「急だな」

 

「だって、私だけ名前が付けられないのは嫌だもの」

 

「別に付けない訳じゃないぞ。まだ考えている途中なんだ」

 

「あら、そうだったの」

 

「あぁ。一気に三人考えるのは大変なんだぞ」

 

 北斗は椅子に座りながらため息を付く。以前なら名前のネタはいっぱいあったから付けやすかったが、今となってはネタが少なくなって考えるのにも一苦労だ。

 

「でも、候補は考えてあるんでしょ?」

 

「……まぁ、候補はな」

 

 まぁ一応名前の候補は挙がっているが、どれにするかで悩んでいた。

 

「だが、なんでそこまで名前を欲しがるんだ?」

 

「ん? さっきの理由じゃダメ?」

 

「そうだな。理由としては弱いな」

 

「うーん。そうねぇ」

 

「こういっちゃ何だが、名前自体ならもうあるじゃないか」

 

「あれはただの数字よ。作られた時のね。確かに以前の私達ならそれを名前と認識するでしょうね。でも今は違う」

 

 女性は真っ直ぐな目で彼を見る。

 

「それは本当の意味での名前じゃないわ。あのシゴハチのトップナンバーも同じ事を言うんじゃない?」

 

「……」

 

 この時、北斗はある違いに気づく。

 

(そうか。明日香達と違って、あの二輌は今日まで大切に保存されている機関車だったな)

 

 保存前に火災によって消失した明日香達と違って、今日まで大切に保存されていただけに、抱える感情は違うのだろう。

 

(でも、睦月の時は違っていたが、どう違ってくるんだ?)

 

 北斗は首を傾げる。

 

 同じ機関車の神霊でも、廃車後保存されるか、廃車後解体されるか、保存後動態復活するか、保存後解体されるか、それで違いが出るのだろうか。

 

(まだまだ、彼女達の事は分からない事が多いか)

 

 まぁ彼女達は非常識な存在である。そんな非常識な存在を常識的に考えても、理解など出来ないだろう。

 

 北斗はそんな事を考えながら、常識的に考えない事にした。

 

 こんな風に考えてくる辺り、彼も早苗に似始めているようにも思える……。逆に言えば幻想郷の雰囲気に順応しているともいえる。

 

「で、どうなの?」

 

「そうだなぁ……」

 

 女性に問われて北斗は腕を組む。

 

「じゃぁ、『(らん)』って言うのはどうだ?」

 

「蘭?」

 

「あぁ。君が最後に走っていた室蘭から取った」

 

「……少し安直過ぎない?」

 

 女性はジトッと目を細める。

 

「他に案があるのか?」

 

「……」

 

 何も思い浮かばないのか、彼女は視線を逸らす。

 

 

 

 

「ヘックシッ!!」

 

「あら藍? 風邪でも引いたのかしら?」

 

「いえ、体調管理はしっかりとしているので、そのはずは……」

 

 

 

 

「ま、まぁ、別に悪くないから、蘭で良いわよ」

 

 少しして彼女は、その名前を半ば渋々と認めるのだった。

 

「それじゃ、改めて宜しくな、蘭」

 

「えぇ。宜しく」

 

 女性こと蘭は片目開けて声を漏らすのだった。

 

 

 

 その後北斗は次に執務室に訪れた赤地で形式入りの『C58 1』のバッジを付けた少女に『津和野《つわの》』と名付け、次に訪れた『C12 208』のバッジを付けた少女に『熊野(くまの)』と名付けられた。

 

 前者の名前はかつて走っていた区間の駅名からで、後者に関しては廃車になった場所の名前をもじってこの名前にした。

 

 

 その後に北斗は資料の作成を終えて、眠りについたのだった。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54駅 更なる疑惑と発見

 

 

 

 

 幻想郷の某所

 

 

 

「これで良し、と」

 

 とある物を仕掛け終えた飛鳥は立ち上がって、両腕を上げて右手を左二の腕を掴ませて背伸びをする。

 

(これで全ての準備が整った。最初に仕掛けた二輌も間も無く現れる。後は順次時が来るのを待つだけだ)

 

 彼女は線路の上に仕掛けた物を一瞥して、コートのポケットから鉄道懐中時計を取り出して蓋を開け、時間を確認する。

 

(残りの二輌も外の世界から幻想郷に来るのも時間の問題。後は神綺が調整しているものだけか)

 

 鉄道懐中時計の蓋を閉じてポケットに仕舞うと、懐より一枚の写真を取り出す。

 

(北斗……もう少しだ。もう少しで、準備が整う)

 

 飛鳥は、一度だけ外の世界で幼い頃の北斗と一緒に撮った写真を見つめる。

 

「……」

 

 ふと、彼女の脳裏に、ある光景が過ぎり、無意識に左手に力が入る。

 

(もう少し、もう少しだけ、待って居てくれ……)

 

 視線を細め、悲しそうな表情を浮かべる彼女だったが、気持ちを切り替えて彼女は写真を懐に戻し、辺りを見渡す。

 

(それにしても、相変わらずここは不気味この上ないな)

 

 雰囲気と言い、空気中の冷たさや歪みがあるそこは、幻想郷にとってある意味闇の部分ともいえる場所だ。

 

 

 

『無縁塚』

 

 

 

 ここは、名も亡き者達が眠る場所であり、そして幻想郷と外の世界を隔てる博麗大結界の境界が曖昧な場所である。

 その為、この無縁塚には多くの外来人が迷い込む場所であり、同時に犠牲になる場所だ。

 

 外来人が多く迷い込むとあって、幻想郷に棲む獰猛な人喰い妖怪はここに集う。その理由は外来人がこの幻想郷の住人では無いので、博麗の巫女の加護外の外来人を殺害して喰っても、彼らに非は無く、退治されることもない。

 言い方はあれだが、これが幻想郷の抱える現実なのだ。

 

 聞いて良い話ではないが、そのお陰で獰猛な人喰い妖怪が無縁塚周辺に集まったので、人里周辺に出没する事が少なくなり、犠牲者も少なくなった。

 

 ある意味、幻想郷の均衡を保つ重要な場所とも言えるのだ。

 

 そして境界が曖昧とあって、ここには外の世界の他に、様々な所から流れ着く物がある。まぁ大半がガラクタが占めているが。

 

「……」

 

 飛鳥はため息を付くと、無縁塚を後にする。

 

 

 

 

「……なるほどねぇ」

 

 その姿を木の陰から魅魔がこっそりと見つめてた。

 

「……」

 

 そして飛鳥の姿が見えなくなったのを確認してから、彼女は木の陰から出てきて手にしている杖を無縁塚上空に向ける。

 

 すると宙に裂け目が現れて、そこから何か小さな物が出てきて地面に落ちる。

 

「折角楽しくなりそうなんだ。私からも少しはスパイスを加えさせて欲しいな」

 

 彼女はニヤリと口角を上げると、裂け目に杖の先端を突っ込んで、あるものを出す。

 

「アンタも、もう一度走りたいだろう?」

 

 魅魔は杖の先端にある禍々しい光を放つ人魂の様な発光体に声を掛ける。

 

 すると発光体は光を点滅させる。

 

「そうかい。いつかはあんたの好きにさせてやるさね。でも、まだあんたの身体が無いからねぇ」

 

 魅魔が顎に左手を当てながら困ったように言うと、発光体の点滅が激しくなる。

 

「そう慌てなさんな。急がば回れってよく言うだろう? 今は準備の為だと思って待っておくれ。その分、あんたには損はさせはしないよ」

 

 彼女がそう言うと、発光体の点滅が収まる。

 

「そうそう。良い子だ」

 

 そう言うと、魅魔は裂け目に発光体を納めて、裂け目を閉じる。

 

「あんたの身体は近い内に用意出来るさ。その時まで、その憎しみを蓄えるんだね」

 

 ボソッと呟くと、魅魔はその場から姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な音が飛び交う中、運転室(キャブ)内では機関士と機関助士がそれぞれの作業を行っていた。

 

 機関助士はスコップを炭水車(テンダー)の石炭の山に突き刺して載せ、焚口戸を床のペダルを踏んで開けると、スコップに載せた石炭を炎が燃え盛る火室へと放り込む。

 それを数回繰り返してスコップを道具置き場に置き、各バルブを捻って各所へと送る蒸気の量を調整する。

 

 機関士は逆転ハンドルを回してギアを変えて、加減弁ハンドルを引いてピストンへと送る蒸気の量を調整して速度を上げる。

 

 

 今日は快調だな

 

 えぇ。今日のこいつは良い調子ですよ

 

 

 機関士と機関助士はそう会話を交わしながらも、作業の手は止めなかった。

 

 

 これなら予定通りに着けますね

 

 あぁ。調子良く、頼んだぞ

 

 

 そんな二人を後ろから見ていた()は微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 まだ真っ暗な中、ベッドで寝ていた北斗は、直後に頭痛に襲われて目を覚ました。

 

 眠気がまだある中、彼は鈍く痛む頭を片手で押さえながら半身を起こす。

 

(何だ……今の光景は)

 

 鈍く痛む頭に表情を顰めながら、さっきの夢を思い出す。

 

 誰かの視線から、蒸気機関車の運転室(キャブ)内を観ている光景だ。機関士の声に何処と無く聞き覚えがあるような気がしたが。

 

 明らかに見覚えの無い光景なはずなのに、なぜか見覚えのあるような感覚がある光景だった。

 

(何だ、この感覚は……)

 

 身に覚えの無いはずなのに、まるでその場に居た様に覚えている。まるで他人の記憶が身を持って覚えているような、そんな感覚だ。

 

 北斗は何とも言えない気持ち悪い感覚に、吐き気を覚える。

 

「……」

 

 彼は壁に掛けられた時計を見ると、薄暗くて見辛かったが、まだ普段の起床時間より一時間近く早かった。

 

 ため息を付きながらベッドから起きて立ち上がり、片手で頭を押さえながらゆっくりと部屋を出る。

 

 

 

 その後食堂で水を飲み、気持ちを落ち着かせてから再び自室へと戻った。

 

(疲れが出ているんだろうか……)

 

 内心呟きながら、心なしか重くなった身体をベッドに腰掛けて横になると、まだ温かい布団を被る。

 

 まぁ確かにここ最近ゆっくり休んだ記憶が無いので、変な夢を見たのもただ単に疲れているだけだろう。

 

(一通りやる事が終わったら、ゆっくり休むとするか)

 

 大事な時期なので、ここぞと言う時に長である自分が倒れるわけにはいかない。

 

 北斗はそう考えながら、目を閉じて再び眠りに入った。

 

 

 

 

 ドンドンドンドンッ!!!

 

 

 

 

「……」

 

 しばらくして扉から激しくノックがされて、北斗は再度目を覚ます。

 

(こんな時間に、一体―――)

 

 

『北斗さん! 起きて下さい!!』

 

 眠りを妨げられて一瞬機嫌を悪くした北斗だったが、扉の向こうから早苗の声がして、彼はすぐに立ち上がって扉の方へと早歩きで向かい、扉を開ける。

 

 扉を開けた先には、余程急いでいたのか、所々髪がボサボサになって息を荒げた早苗の姿があった。

 

「ど、どうしましたか? こんな朝早くから」

 

 異様な状態の早苗に北斗は戸惑いを隠せなかった。

 

「こ、こんな朝早くから、すみません。ですが、すぐに守矢神社に来てもらえませんか?」

 

「それは、なぜ?」

 

「それが、さっき分かった事なんですが……」

 

 早苗は荒くなった呼吸を整えようと深呼吸を数回ほど行う。

 

 

「守矢神社に、蒸気機関車が現れたんです!」

 

「……え?」

 

「それも二輌もです!」

 

「……」

 

 早苗の口から衝撃的な事が告げられ、北斗は一瞬思考が飛んだのだった。

 

 

「ほ、本当ですか?」

 

 少しして北斗は落ち着き、早苗に問い掛ける。

 

「はい。一輌は炭水車付きの……えぇと」

 

「テンダー型ですか?」

 

「はい! それです!」

 

 北斗がそう教えると、早苗は思い出したかのように答える。

 

「もう一輌はタンク型なんですが……」

 

「なんですが?」

 

 北斗が首を傾げると、早苗は一間空けて口を開く。

 

「それが、とても大きいんです。それも、一緒にあるテンダー型に匹敵するぐらいに。あっ、炭水車を除いてですよ?」

 

「……」

 

 早苗からタンク型機関車の特徴を聞いて、北斗はある機関車が脳裏に過ぎる。

 

「兎に角、ついて来てください!」

 

「分かりました」

 

 北斗は頷くと、すぐに準備に掛かる。

 

 

 

 その後北斗は着替えを済ませて早苗と共に守矢神社へと向かった。

 

 

 ちなみにだが、早苗の来訪によって無理矢理起こされた明日香達が不機嫌そうな様子で早苗を睨んでいたそうな。特に幻月と夢月の二人に至っては物凄く機嫌が悪そうだったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55駅 大正の名機と国鉄最後の蒸気機関車

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 早苗と北斗の二人は守矢神社へと急いでいた。

 

 しかしその雰囲気は何処と無く気まずそうで、先ほどから会話が無い。

 

 

 ちなみに二人の状態だが――――

 

 

 

 空を飛んでいる早苗が北斗の両膝の後ろと肩に両腕を回して抱えていると言う格好だ。所謂お姫様抱っこである。女性が男性をお姫様抱っこすると言う、何とも変わった光景である。

 

 

 北斗は相変わらず空を飛べないので、こうして早苗に抱えられるしかないのだ。緊急な用事なので、すぐに行かなければならない。もちろん歩いていくのは論外として、機関車で向かうにも時間が掛かる。なので早苗が北斗を抱えて飛ぶしかないのだ。

 

 当初おんぶして行こうと北斗は提案したのだが、早苗が飛びづらいとあって却下になり、次に北斗の両脇に腕を回して抱えて飛ぶと言うのもあったが、これも早苗が飛びづらいとあって却下になった。

 

 で、最終的に今の形になったのだった。北斗は最初は難色を示したが、結局代案がなかったので、半ば渋々と受け入れた。

 

 

(しかし、これは……)

 

 北斗はとても恥ずかしそうに早苗の腕の中に居た。

 

 飛ぶ事が出来ず女の子にお姫様抱っこされている自分が情けなかったが、それ以上に北斗が恥ずかしい事がある。

 

 なにせ彼にとって早苗は特別な存在なのだ。そんな彼女にお姫様抱っこされているのは、とても恥ずかしい。

 その上、お姫様抱っこされているので、彼女とは必然的に身体が密着しているのだ。恥ずかしくないわけがない。

 

「……」

 

 北斗はなるべく意識しないようにしているが、それでも彼の身体には女性特有の柔らかさが服越しに体温と共に伝わっており、その上早苗のご立派でやわらかーい双丘が触れている。

 これを意識するなという方が無理な話である。

 

 

(うぅ……勢いで言ってしまいましたが、これは……)

 

 そんな彼を抱えている早苗も、現状にとても恥ずかしさを覚えていた。

 

 仕方が無かったとはいえど、こうして北斗を抱えて飛ぶしかなかったが、勢いで言ってしまった事に少し後悔していた。

 

 やってみると、非常に恥ずかしい。

 

 彼女もまた、自分にとって特別な存在の北斗を密着して抱えているのだ。それが恥ずかしさに拍車を掛けている。

 密着しているとあって、彼女は普段味わえない北斗の身体をこの身を持って体感している。

 

 よく勢いで言えたものである。

 

「……」

 

 彼女もなるべく意識しないようにしているが、やはり身体が密着しているので、服越しに北斗の体温が伝わっているのだ。とても無理な話だった。

 

 

『……』

 

 お互い思春期の男女の様な、気まずい雰囲気があった。いやまぁ実際二人共思春期の男女でもあるのだが。

 

 

(それに、こんな所を文さんに見られたら……)

 

 早苗はある予想が脳裏に過ぎり、顔を真っ赤にする。

 

 文屋である射命丸文に、もし今の二人の状態を見られて写真でも取られたりすれば、当然彼女は一大スクープとして新聞の一面にするだろう。

 

 そうなれば彼女は恥ずかしくて表に出られなくなるし、北斗に迷惑を掛けてしまう。何より自分が仕える二柱に迷惑をかけてしまう。

 

 そう思った早苗は、飛ぶスピードを上げて守矢神社へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 その後ラノベや漫画でよく見るようなお約束(ラッキースケベ)が起こる事無く、二人は守矢神社近くまで着く。

 

 

「北斗さん! あれです!」

 

 早苗は北斗に声を掛けてそれがある方向を見る。

 

「っ! あれは!」

 

 北斗もそれに気付いて声を上げる。

 

 

 早苗が守矢神社近くの線路傍に着地して北斗を降ろすと、彼は早苗にお礼を言ってからそれに近付く。

 

「これは……」

 

 北斗は守矢神社付近の石炭の投入口に繋がっている、線路の上で鎮座している二輌の蒸気機関車を見上げる。

 

 

 一輌はC57形やD51形の様に近代的な外見の蒸気機関車と違い、まるで欧州の古典機を彷彿とさせる雰囲気のテンダー型蒸気機関車で、設計時には無い除煙板(デフレクター)を装備している。

 

「『8620形蒸気機関車』……その48633号機か」

 

 北斗はテンダー形蒸気機関車の名前を口にして、ゆっくり歩いてその姿を見つめる。

 

 

 8620形蒸気機関車は設計から製造までを国内で行われた、日本初の国産旅客用蒸気機関車で、貨物用の9600形とは対を成す蒸気機関車である。旅客用とあるが、貨物列車も牽引していたので、その万能さから蒸気機関車の終焉まで使われ続けられた。まぁ逆を言えば9600形のように完全に置き換えられるほどの性能を持つ後継機関車に恵まれなかったのもあるが。

 

 車軸配置は1C0のモーガル式で、スポーク動輪を持つ、大正時代の機関車に見られる特徴を持っている。ちなみにこの8620形だが、初期生産型だけ9600形の初期生産型の様にS字キャブ仕様となっているが、その後の生産分は乙字キャブへと変更されている。

 

 この8620形は日本の蒸気機関車の中で『絶対に空転しない』と乗務員達から評価されるほど空転を起こしにくい構造をしている。これは動輪の粘着力がシリンダーの出力より大きく上回っているのが大きく、本来の旅客高速列車運用から退いた後は軸重の軽さや汎用性の高さから勾配のあるローカル線で様々な列車の牽引を行っていた。

 もちろん、加減弁を雑に開いたりすれば空転を起こすし、余程線路が滑りやすかったり、勾配がきつかったりすれば空転を起こしていたそうである。

 

 しかし、空転は鉄道車輌において許容すべき現象である。確かに空転を起こせば動輪と線路を傷める原因になるが、空転を起こすことで足回り関連の部品への負担が軽減される。線路や動輪はいざとなれば交換出来るが、車輌の台枠関連はそう易々と交換できるものではない。

 逆に空転せずに発進すれば、足回り関連の部品に大きな負担が掛かるのだ。実際8620形は末期になると台枠に亀裂が走った個体が多かったそうだ。

 

 まぁもちろん、アメリカのT1型蒸気機関車の様なダイナミック空転を起こしたら、それはただの大問題である。

 

 

 ちなみにこの8620形の付番法だが、日本の蒸気機関車の中で一番ややこしいことで有名である(と作者は思っている)。

『8620』が1番目の車輌で、『8621』で2番目の車輌になるが、最もややこしくなるのは『8699』からで、この番号は80番目の車輌となる。本来ならそのまま『8700』になるのだが、この番号の形式機関車が既にあったので、81番目の車輌には万位に1をつけて『18620』と表記した。

 その為、下二桁を20から始めて99に達すると、次は万位の数字を1繰り上げて再び下二桁を20から始め、と言う非常にややこしい八十進法になっている。

 

 

 この48633号機は8620形の中でも特徴ある個体で、8620形は製造当初の時代の蒸気機関車に主流だったスポーク動輪を採用しているが、この48633号機は後にボックス動輪に換装された珍しい個体なのだ。その上このボックス動輪はわざわざ8620形用に新製したもので、流用ではない。

 ボックス動輪へ換装された8620形はこの個体以外にも極少数ではあったが、居たらしい。

 

 48633号機は他の8620形と共に国鉄時代急勾配で難所の一つで知られた花輪線で活躍した機関車である。

 

 そしてこの48633号機はお召し列車を牽引した事がある誇り高い機関車でもあるのだ。 

 

 

 

「北斗さん。この蒸気機関車って」

 

 早苗が北斗に近付きながら、48633号機を見る。

 

「8620形蒸気機関車。大正時代に作られた蒸気機関車です。

 

「8620形……あぁ、思い出しました!」

 

 と、早苗はポンッと右手拳を左掌に落とす。

 

「確か熊本県でこの蒸気機関車が走っていましたよね!」

 

「えぇ、そうですね。この機関車と同型です」

 

 北斗は九州地方の熊本県で走っている8620形蒸気機関車を思い出す。

 

 

 でもぶっちゃけな話、最初の復活時点でボイラーを含む殆どの箇所を新しく作り変えて、その後台枠を新製してしまっては、保存車輌と呼べるのだろうか by作者

 

 

「そして、もう一輌が」

 

 北斗は48633号機の後ろにある機関車を見る。

 

 機関車の構造はタンク型蒸気機関車であるが、その大きさは従来のタンク型蒸気機関車とは思えない大きな個体で、最大の特徴は何と言っても五つもある動輪であろう。

 

「大きいですね。それに動輪が五つも」

 

 早苗は物珍しそうに機関車を見る。

 

 確かに動輪を五つ持つ機関車は日本では珍しいだろう。

 

「『E10形蒸気機関車』。これは日本最大のタンク型蒸気機関車です」

 

 北斗はタンク型蒸気機関車こと赤地のナンバープレートを持つE10 5号機の事を呟く。

 

 

 E10形蒸気機関車は国内最大のタンク型蒸気機関車で、国鉄が最後に新製させた蒸気機関車であり、その中で5号機は実質的に国鉄最後の蒸気機関車である。

 

 

 E10形蒸気機関車は五軸動輪を持つ蒸気機関車で、日本のタンク型蒸気機関車の中では最大クラスの大きさを持つ。搭載しているボイラーは全長を短くしているだけで、D52形蒸気機関車と同じ直径のボイラーが搭載されている。その為か、汽笛が斜めに配置されているのも特徴的だ。

 

 この機関車最大の特徴は何と言っても五つの動輪を持つ事だろう。五つ以上の動輪を持つ機関車は日本ではE10形以外に二形式ほどあるぐらいだ。

 

 ここで疑問に思うだろうが、こんなに動輪を持った場合、曲線が曲がれないのでは? と思うだろう。確かにそのままでは曲線を曲がる事は難しい。それこそ関節式の足回りを持つ機関車で無い限り。

 

 しかしその問題を解決したのが『ゲルスドルフ式機構』と呼ばれる関節式機構を採用したからだ。

 

 ゲルスドルフ機構とはオーストリア国鉄の技術者カール・ゲルスドルフによって開発されたもので、五軸動輪を持つ機関車の誕生と共に誕生した機構だ。

 

 通常連結棒は一本で済ませるが、このゲルスドルフ式機構は複数の棒を組み合わせて横動の余裕を持たせ、更に動輪の一部に横動や上下動が出来る構造にすることで、曲線を曲がる事が出来る。単純な構造な割りに曲線通過性能が高い。

 

 この機構のお陰で動輪が五つ以上持っていても、曲線通過を可能としたので、世界には多くの五軸以上の動輪を持つ蒸気機関車が現れた。まぁ中には限度を超えた失敗作があったが。

 

 このE10形蒸気機関車もゲルスドルフ式機構を採用し、更に第二動輪のフランジを薄くして、第三、第四動輪のフランジを無くしているので、曲線通過能力を保ったのだ。

 

 

 そしてこのE10形の最大の特徴は炭庫側が前方と言う『キャブフォワード式』を採用していることだ。キャブフォワード式蒸気機関車とは、その名の通り前方に運転室がある蒸気機関車であり、世界各国ではいくつか作られ、中でもアメリカが開発した『AC12型』が一番有名だろう。

 

 元々キャブフォワード式蒸気機関車が開発されたキッカケは、蒸気機関車の構造上、視界が悪いと言うのもあったが、何より一番の要因はトンネル内で機関車が吐き出した煙が充満して乗務員を窒息させる事故が多発した。これは世界各国でも多く起きている。

 この煙害を防ぎ、視界を確保する目的で、キャブフォワード式蒸気機関車が開発された。

 

 このE10形蒸気機関車も煙害を防ぐ為にキャブフォワード式を採用した。とは言っても、E10形のキャブフォワードはAC12型ほどのダイナミックなものではなく、従来の設計に機関士席と機器類を炭庫側に向くように設置されている。そのせいで背後にあるボイラーからの熱で機関士の着ているナッパ服の背中の一部が焼き焦げたと言う逸話が残っている。

 

 そしてこの構造をしているとあって、この時代の蒸気機関車では設計時から標準装備である除煙板(デフレクター)が搭載されていない珍しい蒸気機関車であった。

 

 

 元々このE10形蒸気機関車は板谷峠の急勾配区間で活躍していた『4110形蒸気機関車』の代替を目的にした蒸気機関車である。大正時代の機関車とあって老朽化が激しく、更に戦時中の酷使も祟り、増え続ける輸送需要に応えられなくなりつつあった。そこで設計されたのが本形式だ。

 とは言ったものも、板谷峠自体の電化が進んでいた中だったので、そもそも造る必要があったのか怪しかったが、電化の工事自体が当時GHQによって一時中止命令が下されていた。後に命令は撤回されたが、その間に4110形の老朽化が深刻なものとなっていたので、電化までの繋ぎとして、E10形が作られた。

 

 当初十輌が製造予定だったが、後に五輌までに製造が縮小されて汽車製造に発注し、製造された。

 

 

 製造されたE10形五輌は板谷峠にある庭坂機関区に配属され、その性能を生かして急勾配区間で活躍した。

 

 しかしその性能は期待するほどのものではなく、4110形より扱いづらい機関車だったと言う評価が多かった。

 

 そもそもE10形の設計自体に様々な不備があり、シリンダーの牽引力の割りに動輪上重量が不足してうまく力を伝えづらく、その上労働軽減を目的に搭載した動力式逆転機だが、ネジ式逆転機より細かい調整が効き辛く、空転が多発していた。

 戦後に設計された蒸気機関車としては、あまりにもお粗末な設計だったと言う評価だったとかなんとか。

 

 更に追い討ちを掛けるかのように、板谷峠の電化がE10形の配属から僅か一年後に完了し、早速E10形は他の機関車と共に転属を余儀なくされる。

 

 

 次に急勾配を持つ肥薩線へと転属し、半年近くほど運用されたが、今度は大型の機関車だと言うのが災いして曲線通過の際の線路に掛かる横圧過大が問題になってその後不適となり、その後は別の区間に転属となり、勾配路線での列車を押す補機として活躍した。

 

 しかし今度はE10形の特徴であったキャブフォワードが災いし、炭庫側では列車と密着して視界を奪っていた。E10形はすぐにキャブフォワード式を解除する改造が施され、従来の蒸気機関車の仕様になった。

 ちなみに、この改造の際機関士席をそのまま前に向けたので、E10形は日本の蒸気機関車の中で珍しい運転室(キャブ)の右側に機関士席を持つ機関車になった。

 とは言っても、機関士席が右側にあるケースは、一部の9600形が走行区間の都合で右側に機関士席が来るように改造が施されているという一件もあった。

 

 しばらくE10形は列車の補機として活躍したが、その区間に勾配緩和の為に新線が開通したことで、E10形はお役目御免となった。

 

 次にE10形は交流電化区間と直流電化区間の接続の為の非電化区間を走る機関車として活躍した。

 

 本来の運用としては場違いな場所であったが、強力な牽引力に加え、方向転換が不要なタンク型のメリットを生かしてピストン運行を行っていた。

 

 しかし今度は製造時に使用した戦時規格資材による不良箇所の発生やボイラーの研修が構造上困難なこと、更に少数機な為に予備部品の確保が困難になってろくに整備が出来ず、不調機が続出していた。

 

 最終的にその区間は余剰となっていたD50形やD51形といった機関車を運用することで解決した。

 

 それを最後にE10形の営業運転は終了し、その後廃車となった。

 

 僅か14年と言う、蒸気機関車としてはあまりにも短い命だった。まぁ明らかに短い命で終えた機関車なんて世界にはいっぱいあるんだけど。

 

 とは言っても、廃車時期がちょうど鉄道90周年事業の時期であったので、E10形の保存が決定し、2号機が現在も大切に保存されている。ちなみに保存対象は本来1号機だったのだが、既にその頃には1号機が解体されていたので、2号機が選ばれたのだ。

 

 

 

 そんなE10形蒸気機関車の5号機が目の前にある。

 

 

「それにしても、ここ最近になって蒸気機関車が多く現れていますね」

 

「そうですね」

 

 北斗は顎に手を当てて静かに唸る。

 

 最初は少しずつだったのに、ここ最近は蒸気機関車が大量に現れており、これでもう六輌である。

 

「まるで蒸気機関車のバーゲンセールだな」

 

「え?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 北斗は思わずボソッと呟くが、早苗の耳に届いて彼女は首を傾げるが、彼は咳払いをして再度二輌を見る。

 

(ハチロクにE10形か)

 

 内心呟いて二輌を見つめる北斗は一考した。

 

 空転しづらく万能な8620形に、若干設計に不備があるが、それに目を瞑ればタンク型では強力なE10形が来てくれたのは彼にとっては半ば嬉しい誤算だった。

 

 どちらとも勾配区間に強い機関車だ。この妖怪の山の路線にうってつけだろう。

 

 これで守矢神社から石炭を運ぶ列車の牽引機関車を確保できた。

 

 

 

「北斗か」

 

 と、神社側から声がして二人は振り向くと、神奈子と諏訪子の二人がやってくる。

 

「神奈子さん、諏訪子さん。おはようございます」

 

「おはよー、北斗君。朝早くからゴメンね」

 

 少し眠そうに諏訪子が北斗に声を掛ける。

 

「いえ。構いません。それより―――」

 

「分かっている」

 

 神奈子は48633号機とE10 5号機を見る。

 

「まさか昨日まで無かったものが、一夜で現れるとはな」

 

「うん。全く前兆は感じられなかったのに」

 

 二人の表情は険しく、雰囲気もピリピリしている。

 

 どうやら神を持ってしても、この二輌が現れる前兆は感じられなかった。

 

 前兆を感じ取れず自分達の領域にまんまと機関車を出現された事に、二柱は屈辱を感じているのだ。

 

「神奈子様、諏訪子様……」

 

 普段の二柱からは感じられない雰囲気に、早苗は不安な表情を浮かべる。

 

 

「まぁ、現れたもんは仕方ないよね」

 

 と、さっきまでのピリピリとした雰囲気を消して、諏訪子が口を開く。

 

「そうだな。こちらには実害は無かった事だし、気にしても仕方がない」

 

 神奈子もため息を付き、北斗を見る。

 

「まぁ、何だ。お前としても、新たな蒸気機関車が増えて助かるだろう」

 

「えぇ、まぁ」

 

 北斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ところで、この二輌も神霊が現れるのかな?」

 

 諏訪子は一昨日の火入れ式の事を思い出して二輌を見る。

 

「それは、どうでしょうか……」

 

「早苗。どうだい?」

 

 北斗が首を傾げていると、神奈子が早苗に声を掛ける。

 

「そうですね。明日香さん達の蒸気機関車の様に、霊力を感じます」

 

 早苗は二輌の蒸気機関車から明日香達に似た霊力を感じ取っていた。

 

 それはつまり、この二輌にも神霊が宿っている事を意味している。

 

「確か早苗の話じゃ、北斗君が機関車に触れたら神霊が姿を現したって言ってたね」

 

「あぁ。そうだったな」

 

 すると二柱は思い出したように話し出すと、揃って北斗を見る。

 

「北斗君。頼めるかな?」

 

「わ、分かりました」

 

 北斗は頷くと、二輌の機関車に近付く。

 

 彼もこれまでの経験から、二柱の言う通り触れてみようと考えていた。

 

 それで神霊が姿を現すかどうかは分からない。現にC11 312号機とC12 208号機、C56形みたいに現れない例もある。

 しかし、北斗には今回は神霊が現れるだろうという確信があった。

 

「……」

 

 北斗は48633号機の前に来ると、ゆっくりとフロント部にある連結器に触れる。

 

 

「っ!」

 

 すると触れた瞬間、北斗の頭に一瞬痛みが走り、表情が歪み、数歩後ろに下がる。

 

「北斗さん!」

 

 早苗はすぐに走り出して北斗を後ろから支えながら、後ろに下がる。

 

 

 すると二輌の蒸気機関車の前に光が集まっていく。

 

「っ!」

 

「これは」

 

「やっぱり、あの時と同じ……」

 

 早苗は北斗を支えつつ後ろに下がりつつ、その光景に彼女は息を呑む。神奈子と諏訪子は目を細める。

 

 

『……』

 

 そして光が晴れると、そこに二人の女性が立っていた。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56駅 機関庫の規模

 

 

 

 守矢神社に現れた二輌の蒸気機関車。

 

 

 8620形蒸気機関車……48633号機。

 

 E10形蒸気機関車……E10 5号機。

 

 

 北斗が機関車に触れると、光が二輌の蒸気機関車の前に集まり、次第に人の形を取って、やがて光が晴れる。

 

 

 そして二人の女性が姿を現す。

 

 

 一人は背が高い女性で、少し外側に向かって真っ直ぐにはねている茶色のショートヘアーをしており、黒い瞳を持つ。紺色のナッパ服を身に纏い、左胸にはナンバープレートを模した『48633』と書かれたバッジを付けている。

 尚、身体のスタイルは控えめである。

 

 

 もう一人は前に居る女性より背が低く、前髪ぱっつんにセミロングの黒い髪を後頭部で纏めた女性で、赤い瞳を持っている。紺色のナッパ服を身に纏い、左胸にはナンバープレートを模した赤地で『E10 5』と書かれたバッジを付けている。

 こちらも『48633』のバッジを付けた女性同様スタイルは控えめである。

 

 

「ここは……」

 

『48633』のバッジを付けた女性は寝ぼけた目で辺りを見渡す。

 

 

「ヒエー!! ここどこなんですか!?」

 

 と、なにやら独特な悲鳴と共に、涙目になりながらも驚愕の表情を浮かべて辺りを見渡す。

 

「ここ何処なのよ!? 何で私が目の前に居るの!?」

 

『E10 5』のバッジを付けた女性は自分自身の半身があることに驚きを隠せない様子だった。

 

 なんだか今まで現れた神霊達より、慌てっぷりが大きい。

 

 

「なんだか、落ち着きがないですね」

 

「そう、ですね」

 

 そんな様子の二人の神霊の女性を早苗と北斗が短く言葉を交わす。

 

「まぁ、とりあえず、行って来ます」

 

「はい。気をつけてくださいね」

 

 北斗は早苗に一言言ってから二人の元へと向かう。

 

 

 

「ちょっといいか?」

 

「え?」

 

 北斗が声を掛けると、『48633』のバッジを付けた女性は振り返る。

 

「あ、あなたは?」

 

「俺は幻想機関区の区長をしている、霧島北斗だ。君は48633号機の神霊かな?」

 

「く、区長でしたか!」

 

『48633』のバッジをつけた女性はとっさに姿勢を正して敬礼をする。

 

「はい! そうです!」

 

「そうか」

 

 北斗は次にこちらにやってくる『E10 5』のバッジを付けた女性に視線を向ける。

 

「あなたが機関区の区長さんなの?」

 

「あぁそうだ」

 

「そう」

 

『E10 5』のバッジを付けた女性は姿勢を正して敬礼をする。

 

「E10形蒸気機関車。その5号機です」

 

「うむ。二人共、歓迎しよう」

 

 北斗は右手を差し出すと、『E10 5』のバッジを付けた女性は首を傾げるが、『48633』のバッジを付けた女性は思い出したような表情を浮かべて右手を差し出して握手を交わす。

『E10 5』のバッジを付けた女性はそれに習って北斗と握手を交わす。

 

 

 その後北斗は二人を早苗達の元に連れて行き、紹介と説明をした。

 

 

 

 

「神奈子さん、諏訪子さん」

 

「ん?」

 

 説明し終えた頃で、北斗が二柱に声を掛ける。

 

「御二人に、頼みたい事があります」

 

「私達に……」

 

「頼みたい事?」

 

 二柱は揃って首を傾げる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 一方その頃幻想機関区では――――

 

 

「全く。眠いったらありゃしないわ」

 

 明らかに不機嫌な(C57 135)は機関区の敷地を歩きながら愚痴を零している。

 

「まぁその点は同意だな」

 

 その隣で歩く津和野(C58 1)も肯定するように呟くと、欠伸をする。

 

「あの守矢の巫女はいつもあぁやって騒がしいのかしら」

 

「さぁな。この幻想郷に来たばかりの私達には分からん事だ」

 

「それもそうね」

 

「それに、巫女ではなく風祝というみたいだぞ」

 

「どっちに同じでしょ」

 

 そんな会話を交わしている内に、二人は機関庫前に着く。

 

「おはようございます!」

 

 と、先に機関庫前に着いていた明日香(D51 241)が二人に挨拶すると、他の面々も二人を見る。

 

「あぁ、おはよう」

 

「……おはよう」

 

 津和野(C58 1)も挨拶を返し、(C57 135)も不機嫌そうに挨拶を返す。

 

「いやぁ、まさかあんな朝早くから起こされるとは思ってみなかったな」

 

「全くよ」

 

 皐月(D51 465)が苦笑いを浮かべると、神流(D51 1086)が呆れたようにため息を付く。

 

「でも、慌てた様子でしたからね。区長も一緒に行きましたし、何かあったんでしょうか?」

 

「……」

 

 水無月(D51 603)は怪訝な表情を浮かべて首を傾げ、七瀬(79602)は妖怪の山を見ている。

 

「そういえば、早苗さんが蒸気機関車がどうとか言っていたです」

 

 思い出したように弥生(B20 15)が呟くと、「ふむ」と誰かの声が漏れる。

 

「もしかして、私達みたいに新しい蒸気機関車がまた現れたんでしょうか?」

 

「この短期間で?」

 

 葉月(C10 17)が口にした憶測に睦月(C11 312)が半ば驚いたように声を出す。

 

「まぁ、ありえない事ではないだろう」

 

「ここ最近の罐の出現頻度を考えれば、可能性はある」

 

 葉月(C10 17)の憶測を肯定するように文月(C55 57)が顎に手を当てながら呟き、長月(C59 127)が頷く。

 

「本当に、何が起きているの……」

 

 熊野(C12 208)は目をぱちくりとさせながら呟く。

 

「そういえば、区長は冗談ででしたけど、まだ増えるんじゃないかって言っていましたね」

 

「マジで起きてんじゃないか」

 

 明日香(D51 241)が昨日の北斗との会話を思い出してみんなに伝えると、皐月(D51 465)は苦笑いを浮かべる。

 

 

「そういえば」

 

 と、睦月(C11 312)が機関庫を見る。

 

「この機関庫って、何だがかなり大きくありませんか?」

 

「あー、そういえば」

 

 睦月(C11 312)の指摘に葉月(C10 17)が相槌を打つ。

 

「確かに、結構大きいですよね」

 

「最初は私達だけだったから、相当ガラガラだったよな」

 

 水無月(D51 603)が機関庫を見ながら、皐月(D51 465)は当初の事を思い出す。

 

 幻想機関区にある扇形機関庫だが、たしかに機関庫としてはかなり大きい。その規模は車輌を約二十輌以上格納出来る。

 

「小樽築港機関区の機関庫なら、これくらいはあったわよ」

 

「追分機関区の機関庫もこれくらいはあったわね。木造だったけど」

 

「梅小路機関区の機関庫もこのくらいはあったな。尤も、殆どは展示に使っていたけど」

 

 (C57 135)はかつて自分が居た機関区を思い出し、七瀬(79602)も自分が居た機関区を思い出していた。

 津和野(C58 1)も自分が保存されている場所の事を口にしている。

 

「えぇと、今機関庫にある機関車は、確か十四輌ですよね」

 

「今日で十五輌になるわね」

 

 水無月(D51 603)が機関庫にある機関車を数えていると、神流(D51 1086)が今日の火入れ式で戦力化するC56形の事を言及する。

 

「その上、紅魔館の地下にも二輌の機関車があったわね」

 

 七瀬(79602)は紅魔館の地下にある機関車の二輌のことを言及する。

 

「でも、まだ八つ近くは空いてますよ」

 

 明日香(D51 241)十四輌の機関車が機関庫に収められているが、まだ八つ近くの空きが空いている。

 

「まさか、この数が今後現れる、なんて事無いですよね?」

 

「そのまさかなんじゃない?」

 

 弥生(B20 15)が戸惑いを見せながらそう言うと、(C57 135)が返す。

 

「これ以上話してもキリが無い。作業に取り掛かろうじゃないか」

 

 議論が長くなると悟ってか、津和野(C58 1)は半ば強引に終わらせる。

 

 彼女の提案に他の者達も各々に呟きながら、それぞれ自分の機関車の元へと歩いていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 数時間後……

 

 

 守矢神社の傍の線路に現れた48633号機とE10 5号機に火が入り、煙突から煙が上がっていた。

 

 北斗は48633号機の焚口戸を開けた火室に石炭を載せたスコップを両手で持って投炭を繰り返している。

 

「区長! 圧が上がりました! いつでもいけます!」

 

 隣で圧力計を見ていた『48633』のバッジを付けた女性が報告する。

 

「よし」

 

 報告を聞いた北斗はスコップを道具置きに戻すと、焚口戸を閉じてから略帽を脱いで袖で汗を拭う。略帽を被り直してから彼は運転室(キャブ)から降りる。

 

「そっちはどうだ!」

 

「準備オッケーよ!」

 

 E10 5号機の運転室(キャブ)の右側から『E10 5』のバッジを付けた女性が出てくる。

 

 ちなみにこのE10形だが、キャブフォワード式を解除した状態だ。

 

 北斗は頷くと、後ろの方で待っている早苗達に向く。

 

「神奈子さん、諏訪子さん。手伝ってくれて、ありがとうございます」

 

「別に構わないよ。貴重なところを見させてもらえたし」

 

 諏訪子は笑みを浮かべる。

 

「だが、こうして神々の力を使わせるのは、お前ぐらいなものだぞ」

 

 神奈子が苦笑いを浮かべる。

 

 まぁ確かに蒸気機関車の火入れの為に二柱の神に手伝ってもらうなんて、常識外れもいいところである。

 

 ちなみにどうやって火入れを行ったかというと、神奈子の力で諏訪子が創り出した石炭に着火させたのだ。水は全員で近くの湖から頑張って汲み上げた。まぁ最初からある程度タンクに水が入っていたので、火入れを行いつつ水を追加していった。

 

「神奈子様。この幻想郷では常識に囚われてはいけないんですよ」

 

 そんな彼女に早苗がお決まりの台詞を投げ掛ける。

 

 

 その後北斗は48633号機とE10 5号機の連結作業を行う為に誘導を行い、E10 5号機は48633号機のテンダーと連結する。

 

「それでは、自分はこれで」

 

 北斗は作業を見守っていた三人の元に駆け寄り、頭を下げる。

 

「後でね、北斗君」

 

 諏訪子が小さく手を振る。

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 と、神奈子が早苗を見る。

 

「早苗。ついでに乗せていってもらうといい」

 

「えっ?」

 

 早苗は驚いたように神奈子を見る。

 

「い、良いんですか?」

 

「良いんじゃない? どの道この後行くんだし、早めに行ってもいいよ」

 

「構わないか、北斗?」

 

「えぇ。構いません」

 

 神奈子が聞くと、北斗は頷く。

 

「では、早苗さん。行きましょう」

 

「はい!」

 

 北斗は早苗に声を掛けると彼女は嬉しそうに返事する。

 

 二人は48633号機の運転室(キャブ)先に彼が乗り込むと、早苗が後に続く。

 

 北斗が手を差し出して早苗がその手を取り、彼女を引っ張って運転室(キャブ)に引き入れる。

 

「あ、暑い……」

 

 運転室(キャブ)に入った瞬間熱気が彼女に襲い掛かり、早苗は思わず右腕を顔の前にやる。

 

「まぁ、運転室(キャブ)内はこのくらいの暑さはありますよ」

 

「こ、こんな中でいつも作業を?」

 

「えぇ。今はまだマシな方ですけど、夏場は相当暑いはずです」

 

「……話は聞いていましたが、改めて実感しました」

 

 早苗は運転室(キャブ)内の熱気を肌に感じながら北斗達の苦労を実感していると、北斗は機関士席に座る『48633』のバッジを付けた女性を見る。

 

「出発してくれ。なるべく低速で頼む」

 

「了解です!」

 

『48633』のバッジを付けた女性は敬礼をすると、ブレーキハンドルを手にしてブレーキを解除すると、運転室(キャブ)内に空気が抜けるような音がする。

 

 そして天井から下がっている汽笛弁を引く紐を手にして引く。直後に3室汽笛特有の高い音色が発せられて妖怪の山に木霊す。

 

 加減弁ハンドルを手にしてゆっくりと引くと、解放された蒸気圧がピストンを押してそれを主連棒に伝える事で、48633号機を支えるボックス動輪がゆっくりと動き出す。

 

「きゃっ!?」

 

 すると動き出した衝撃で運転室(キャブ)内は揺れて早苗は思わずバランスを崩しそうになる。

 

「おっと」

 

 しかし北斗がとっさに倒れそうになる早苗の手を取り、自身の方に引き寄せる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 北斗がそう聞くと、早苗は顔を赤くしてお礼を言う。

 

「しっかりと掴まっていて下さい。この先少し揺れますので」

 

「は、はい」

 

 北斗は彼女を機関助士席に座らせると、すぐに火室の火を確認する為に焚口戸の扉を繋がっている鎖を持って開ける。

 

 すぐに道具置き場より片手シャベルを手にして炭水車(テンダー)に積んでいる石炭を掬い上げて焚口戸に繋がる鎖を手にして持ち上げ、火室に投炭する。

 

 48633号機とE10 5号機はゆっくりと前進して守矢神社を出発し、幻想機関区を目指す。

 

 

 

 

 その後二輌は幻想機関区に到着するも、当然全員から驚きと呆れを向けられたとのこと。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57駅 戦争の生き証人

 

 

 

 

 守矢神社から二輌の機関車を持ち帰った北斗達は、機関車を機関庫に格納後、C56形蒸気機関車の火入れ式の準備が行われた。

 

 

 

 

「やれやれ。ようやく今日で終わるわね」

 

 と、半ば面倒くさそうに火入れ式の準備をしている霊夢はため息を付いてぼやく。

 

「でも、貴重な体験では無いでしょうか?」

 

 彼女を手伝うように る~こと が声を掛ける。

 

「……まぁ、これまでの幻想郷では出来そうにない体験ではあるわね」

 

 彼女の視線の先ではC12 208号機によって整備工場よりC56形蒸気機関車が引っ張り出されている。

 

 整備を終えた機関車はピカピカに磨き上げられており、太陽に光を反射して輝いている。

 

「霊夢さん!」

 

 と、声を掛けられて霊夢は声がした方を向くと、北斗が早苗と共にやって来る。

 

(何だか日に日に二人の距離が縮まっているような気がするわね)

 

 霊夢は何となく二人の距離が最初と比べて大分縮まっている事を気にしたが、すぐに頭の中から振り払って気持ちを切り替える。

 

「今日まで手伝ってくれてありがとうございます」

 

 北斗は略帽を脱いで霊夢に頭を下げる。

 

「まぁ、貴重な体験だったし、何より賽銭を入れてもらったし、別に良いわ」

 

 相変わらず素っ気無い態度で話す彼女だったが、すぐに目つきが変わる。

 

「それに、今回は高額の賽銭があったから手伝ったけど、次も賽銭次第よ」

 

「もう、霊夢さんったら! たまには損得勘定無しで行動してみたらどうですか!!」

 

 相変わらず賽銭のことに拘る霊夢に早苗が抗議の声を上げる。

 

「先立つ物が無いと、人間は生きていけないのよ」

 

 THE正論を言い放つ霊夢に早苗は「ぐぬぬ」と睨みつける。

 

「でも、なんやかんや言って手伝ってあげるご主人様は本当に優しいですよね」

 

「余計なこと言うんじゃないわよ」

 

 る~こと が笑みを浮かべて言うと、霊夢がジトッと睨む。

 

「まぁともかく、さっさと終わらせるわよ」

 

 そう言うと彼女はズカズカと火入れ式の会場の方へと歩いていき、その後ろを る~こと が歩き、その後に北斗と不満げな早苗が続く。

 

 

「……」

 

 歩きながら霊夢はため息を付くと、北斗をチラッと見る。

 

 

『なら、霧島北斗を見張ればいいさ。異変の首謀者は必ず彼の元に現れる』

 

 

 この間の魅魔の言葉が彼女の脳裏に過ぎる。

 

(あいつ、一体何を知っているのかしら……)

 

 霊夢は視線を前に向けて険しい表情を浮かべ、顎に手を当てる。

 

 別にあの悪霊を信用しているわけではないが、あんないい加減な事を言うようなやつでは無いのは知っている。

 

 あの言いっぷりを見れば、恐らく何か重要な事を知っている可能性が高い。

 

 だが、本人から聞いても答えないだろう。そういうやつだからだ。

 

 

(……やめよう。今考えても埒が明かないわ)

 

 彼女はため息を付くと、再度北斗を一瞥する。

 

 分からないのに考えたって、時間の無駄だ。

 

(今はあいつの言う通りにしてやろうじゃない。本当にそうならね)

 

 内心呟きながら、霊夢は魅魔に対して少しばかり苛立ちを見せる。

 

 

 

 しばらくして準備が整い、C56形蒸気機関車の火入れ式が始まる。

 

 会場には整備に関わった妖精達に河童達の他に、再び訪れたレミリア達一行、更に取材に訪れたはたてに文の姿があった。この二人は相変わらず争っている様子だったが。

 

 基本的な火入れ式の流れはC11 312号機とC12 208号機と同じで、早苗による安全を祈願し、罐に火入れを代表者たちによって行う等、何事も無く式は進んでいく。

 

 

 火を入れてから数時間後、C56形の運転室(キャブ)の圧力計の針は正常運行出来る数値までに達した。

 

  

 そして復活の雄叫びの様に、C56形の汽笛から蒸気と共に勇ましい音色が機関区に響く。

 

 

 

「C56形も無事に復活しましたね」

 

「あぁ」

 

 煙突より煙を出し、煙突傍の排気管から蒸気を噴射しているC56形を見ながら、明日香(D51 241)が声を掛けると、北斗も相槌を打つ。

 

「これで整備していた機関車は全てになりますね」

 

「そうだな。これで他の機関車を整備に回せる」

 

 以前から不調を訴えていた七瀬(79602)をようやく工場入りできる。その間入れ替え作業は他の機関車に任せる。それ以外の機関車も交代で整備させる予定だ。

 

 それに、紅魔館の地下にある二輌の機関車の整備の為にも、工場は空けて置かないといけない。

 

 

「そういや……」

 

 と、北斗は睦月(C11 312)熊野(C12 208)の二人に視線をやる。

 

 二人はかなり期待した様子でC56形を見守っている。

 

(昨日あの二人は気になる事を言ってたな)

 

 北斗は昨日の睦月(C11 312)熊野(C12 208)の二人の会話を思い出す。

 

 

『やっぱり、あの話は本当だったんですね』

 

『そうね。これなら、姐さん(・・・)も蘇る!』

 

『私達がこうなれたんだから、必ず蘇るよ!』

 

 

 二人の会話を思い出し、北斗は腕を組む。

 

(やはり、あの機関車は……)

 

 北斗は内心で呟いていると、それは起きた。

 

 

 

 C56形の煙室扉と運転室(キャブ)の側面、炭水車(テンダー)の後面の一部が光り輝き始め、機関車の前に光が集まり出す。

 

『っ!?』

 

 C12 208号機と同じ現象だったので、誰も驚いた様子を見せなかったが、今朝新たに参入した『48633』と『E10 5』のバッジを付けた女性二人は目を見開いて驚いている。

 

「これは……」

 

「やはり、熊野(C12 208)の時と同じか」

 

 明日香(D51 241)と北斗はそれぞれ呟いて一部が輝くC56形を見る。

 

「……」

 

 全員が見守っていると、光り輝いていた箇所が露わなり、機関車前に集まった光は人型を作り、やがて光が晴れる。

 

「っ! やっぱりあれは!」

 

 光が晴れて露になった箇所を見て、睦月(C11 312)が声を上げる。

 

「やはり、彼女だったか」

 

 北斗はそう呟くと、さっきまで無かったナンバープレートを見る。

 

 

 光が消えて露になった箇所には、赤地で形式の入っていない『C56 44』と書かれたナンバープレートが取り付けられていた。

 

「……」

 

 そして機関車の目の前には一人の女性が立っていた。

 

 中性的な顔つきをしている女性で、背中まで伸びた黒髪を根元で束ねた一本結び風の髪型にしており、背丈は機関車の神霊の中では中くらいである。赤地のナンバープレートを持つ機関車の神霊のように赤い瞳をしているが、右目は眼帯で覆われており、その眼帯からはみ出す大きな傷が見えている。

 右頬にも何かが掠ったような傷痕が刻まれており、顔の中央にも斜めに傷痕が刻まれている。

 

 

「C56 44号機……」

 

 北斗はその蒸気機関車の名前を口にする。

 

 

 

『C56 44号機』

 

 この機関車ほど激動の経歴を持った機関車は居ないだろう。

 

 

 1936年3月6日に三菱工場神戸造船所でC56 44号機は誕生した。

 

 この機関車は誕生して早々お召し列車を牽く等、幸先の良い出だしだった。

 

 

 しかしそんな彼女の運命を大きく変える出来事が発生する。

 

 日本と米国の戦争……『太平洋戦争』の勃発だ。

 

 44号機を含めたC56形は他の形式の機関車達と共に軍へ供出され、出征先のタイの線路規格に合わせる改造が施され、タイへと送られた。

 

 タイへと到着した彼女達は現地に敷かれた泰緬鉄道にて兵員、物資輸送を行って活躍した。44号機は現地で組み上げられた初のC56形蒸気機関車であった。

 

 しかし戦局が連合軍側に傾くと、日に日に連合軍の爆撃は激しさを増し、泰緬鉄道は線路や地形を破壊されて大きな被害を齎す。そのせいで撤退しようにも撤退できない機関車が多くなり、敵軍に鹵獲され、運用されるのを防ぐ為に機関車の罐に爆薬を仕掛けて爆破された固体が多かった。

 中には苦楽を共にした機関車のみを爆破できないと一部の兵士が機関車と共に自決する機関車自決が多かったそうだ。

 

 その後日本が無条件降伏した事で戦争は終結し、44号機を含めた一部の機関車達は生き残った。

 

 戦後生き残った機関車達はタイ国鉄によって運用されてきたが、時代が進んでタイ国内が電化によって多くの蒸気機関車が廃車となり、44号機も廃車となった。

 

 

 その後日本では大井川鉄道にて日本初の蒸気機関車の動態保存運転を行ったことで、空前のSLブームが起こっていた。その人気っぷりに大井川鉄道は機関車一輌では賄いきれないものであり、その上一輌のみとあって負担を強いる事になるので、故障する可能性が大きかった。

 

 そこですぐに蒸気機関車の増備が迫られたが、時はSLブームの真っ只中。貴重な保存機をそう簡単に引き渡す所は無いし、あってもかなりの高額で取引されていた。

 

 どうしたものかと考えていたら、ある情報からタイに出征してそのまま残されている蒸気機関車があるというのを知り、従軍帰還者や様々な関係者の支えもあって、タイより二輌のC56形蒸気機関車が運び出される事になった。

 それが現地で組み上げられた初の機関車である44号機と、開通式で使われた31号機である。

 

 その後二輌のC56形は二度と帰る事は無いと思われていた祖国の地へ降り立ち、31号機は靖国神社の遊就館に、44号機は大井川鉄道へと、それぞれの場所へと向かった。

 

 44号機は日本の線路規格に戻されて、車籍を復活した後、運転される事になった。当時はタイ国鉄仕様で走っていたが、しばらくして本来の国鉄仕様に戻された。

 

 しかし老朽化に加え、戦時中の酷使が祟り、不調や故障が多発した。後に大修理が行われたが状態は芳しくなく、C11 190号機が入線したとあって休車扱いとなって側線に留置された。

 一時は解体しようかという話があるぐらいに、状態は良くなかったそうだ。

 

 しかし44号機の復活を望む声は多く、部品取りとして保管していたC12 208号機のものを整備して転用し、日本とタイの修好120周年を記念して当時のタイ国鉄仕様で再復活を果たした。

 ちなみにATS等の安全装置は少し前に廃車になったC11 312号機の物が使われた。 

 

 

 そしてC56 44号機は今も同鉄道で走っている。

 

 

 正に彼女は戦争の生き証人だ。それは戦後生まれの蒸気機関車を除けば殆どが当てはまるだろうが、本当の意味で戦争の生き証人といえるのは、彼女と31号機であろう。

 

 

 だが、彼女が激動の経歴を持っていると知る者は、決して多く無いと言うのが現実だ。多くの者はただの動態保存機関車としか見ていないだろう。

 

 

 尤も、それが本当の意味でのC56 44号機かどうかと言うと、そう言い切れないかもしれない。

 

 

 そんなC56 44号機が、この幻想郷に姿を現したのだ。

 

 

 

「姐さん!」

 

 すると睦月(C11 312)熊野(C12 208)が走り出す。

 

「ん? おぉ! お前達か!」

 

 赤地の『C56 44』のバッジを付けた女性は声を聞いて振り向くと、二人の姿を見て笑顔を浮かべる。

 

「まさかこうして会えるとはな!」

 

「はい! 姐さんも、元気そうで!」

 

 赤地の『C56 44』のバッジを付けた女性は睦月(C11 312)熊野(C12 208)の二人を抱き締めて再会を喜ぶ。

 

「いやぁ、半信半疑だったが、本当にこうして人間の身体と新しい身体を手に入れられるとはな」

 

 彼女は自分の身体を見下ろしてから、後ろにあるもう一つの自分(C56 44)を見る。

 

「そうですね。私達もこうして身体を得ています」

 

「私も、もう一つの私と共に新しい身体を得ています」

 

「そうか」

 

 女性は笑みを浮かべると、二人の頭に手を置く。

 

「あっ、そうだ! 姐さん! ここの機関区の区長を紹介します!」

 

「ん? この機関区の区長か?」

 

「はい」

 

「そうか。分かった。案内してくれ」

 

「分かりました! こちらへ!」

 

 睦月(C11 312)熊野(C12 208)に連れられて女性は北斗の元へと向かう。

 

 

 

 

 その後女性は北斗に挨拶を済ませて、正式に幻想機関区の所属となった。

 

 

 こうして三日に及ぶ火入れ式は、ドタバタとして整備した三輌の機関車以外に四輌の機関車を加えて、ようやく終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 





現時点での幻想機関区にある蒸気機関車。

D51 241
D51 465
D51 603
D51 1086
79602
48633
B20 15
D62 20
C10 17
C11 312
C12 208
C55 57
C56 44
C57 135
C58 1
C59 127
E10 5

中々大所帯になりましたな……

まぁこれでもまだ増えますが。


感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58駅 新たなる可能性

 

 

 

 

 火入れ式が終わった後も、幻想機関区の面々は休む事無く各々の作業に取り掛かっていた。

 

 

 C56 44号機はすぐに構内試運転を行う為に操車場へと移動し、前進後退、急発進急停止、全速前進全速後退等、様々な走行を行って見せた。

 

 その走りは調子の悪かった動態保存機だった頃とは思えないぐらいに絶好調であり、白煙を煙突から吐き出しながら線路の上を猛進した。

 

 その後48633号機とE10 5号機の走行試験を行い、両方共性能と状態に問題なしと判断された。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「はぁ……」

 

 執務室で北斗は椅子に座って背もたれにもたれかかる。

 

「お疲れ様です、北斗さん」

 

 早苗がお茶を淹れた湯呑をお盆から下ろして彼の前に置く。

 

「ありがとうございます」と一言お礼を言ってから湯呑を手にして一口飲むも「あちっ」と声を漏らす。

 

「これで火入れ式は一通り終わりましたね」

 

「えぇ。とりあえず問題が無くてホッとしています」

 

「まぁ予想外な事は多々ありましたが」と苦笑いを浮かべて付け加えると、彼女も苦笑いを浮かべる。

 

 まさか三輌どころか、四輌の蒸気機関車が新たに追加されるとは、思ってもみなかった。

 

 まぁそのお陰で大幅な戦力強化にはなったが。

 

 

「で、次にあるのは……」

 

「体験試乗会ですね」

 

「はい」

 

 早苗が次の行事を口にすると、北斗は頷く。

 

「体験試乗会の結果次第で、幻想機関区の行く末が決まります」

 

「……」

 

「まぁ、試乗会も大切ですが、それ以前に安全面についても試乗会までに可能な限り準備しないといけません」

 

 北斗は壁に張ってある、幻想郷の地図に書いた路線図を見る。と言っても、妖怪の山の一部はまだ未解明であり、まだ守矢神社までの路線も調査していないので、完全な路線図ではないが。

 

「具体的には、どんな物が必要なんでしょうか?」

 

「標識や信号機、踏切はもちろん、閉塞機構と非常警報装置、通信手段の設置、線路の侵入を防ぐ柵等、様々です」

 

 早苗の疑問に北斗は答える。

 

 標識と信号機は以前から分岐点とその付近を中心に設置が行われており、機関区付近の分岐点辺りの標識、信号機の設置は終えており、後は信号所の建設のみだ。

 信号機は腕木式の古い形式だが、現時点ではこれが限界なのだ。

 

 閉塞機構は単線区間にのみ設置する予定だが、幻想郷に現れた線路には単線区間が少ないのでそれほど手間は掛からないだろうとの事だ。

 

 柵と踏切は人里付近を優先して設置が行われており、柵は容易に進入出来ないように高さと有刺鉄線を施している。踏切は昔ながらの手動式で警告音も現代とは違うものになっている。

 

 通信手段は機関区にある電話と、香霖堂にあった古い電話を修理して使う予定だ。後日線路に沿って電話線を守矢神社まで引く予定だ。

 

「やる事が多いですね」

 

「えぇ。その上、体験試乗会が終われば、その後は設備の設置と建設が必要になりますので、本当に大変です」

 

「はぁ」と北斗はため息を付く。

 

 設備については、石炭の給炭設備と、給水設備が主で、後は駅舎の建設である。まぁこれらは試乗会の結果次第だが。

 

「それに、まだ決まったわけではないので今考える事じゃないのですが……」

 

「……?」

 

 どことなく言いづらそうにしている北斗に早苗は首を傾げる。

 

「……運賃の設定をどうするか、それが一番の悩みです」

 

「あー……そうですよね」

 

 北斗の悩みを察して、早苗は微妙な表情を浮かべる。

 

 運用コストを考えると、どの区間の運賃を都電の様に統一するというわけには行かない。必然的に距離が長くなれば長くなるほど、目的地までの運賃を高くしなければならない。

 

 そうなると当然守矢神社までの運賃がどうしても高くなってしまう。

 

 北斗としては全面的に支援をしてくれる守矢神社に対して、参拝者を減らしかねないような料金設定は避けたいのだ。

 

 もし幻想郷に敷かれた全線が使える状態ならまだある程度考えは軽くなったはずだが、今の状態ではどうしても高くせざるを得ない。

 

 守矢神社までの路線は魔法の森を通って、河童の里付近を通過して天狗側から通行が許可された山を登るルートになる。

 

 本当なら博麗神社への路線を通って妖怪の山を登るルートがあるのだが、その路線は天狗側の許可が下りていない。こればかりは天狗が暮らす里に近いのが一番の要因になっている。

 

 その上現時点で通れるルートでは、守矢神社に着いてもその先へは行けないので、そこで戻らなければならない。一応方向転換が出来る様に転車台の設置は河童と協力して行う事が決まっているが、そうすぐに設置は出来ない。それまでは機関車を列車の前後にそれぞれ前を向けた状態で連結する方式で運用しなければならない。

 運賃を高くせざるを得ないのは、この運用方式にあるのだ。

 

 石炭輸送の列車は転車台設置まではバック運転を得意とするタンク型を中心に運行する予定だ。

 

 ちなみにその他の物資輸送も体験試乗会の後、結果次第で人里で募集を募る予定だ。まぁ主に人里から離れた森林や岩壁で木材や石材の輸送がメインとなるだろうが。

 

「運賃については、追々神奈子様と諏訪子様と交えて話し合って決めましょう。まだ正式に鉄道事業を行うとは決まっていませんし」

 

「……まぁ、そうなんですが」

 

「うーん」と彼は静かに唸る。

 

(それだけ私達の事を考えてくれているのですね)

 

 そんな姿の彼を見て、早苗は胸の中が温かくなるような感覚を覚える。

 

「……」

 

 

 コンコン……

 

 

 すると執務室の扉からノックがする。

 

『区長。河童と文屋が来てるよ』

 

 扉の向こうから皐月(D51 465)の声がして、来客を伝えた。

 

「あぁ。通してくれ」

 

 北斗が許可すると、扉が開いて皐月(D51 465)に連れられてにとりとはたてが入ってくる。

 

「にとりさんにはたてさん」

 

「やぁ、盟友」

 

「どーも」

 

 早苗が二人の名前を口にすると、それぞれ返事を返しながら机に近付く。皐月(D51 465)は頭を下げて執務室を後にする。

 

「とても貴重な体験をさせてもらったよ。ありがとうね」

 

「こっちも良い記事が書けたお陰で、あいつの新聞の売り上げを超えたわ。良いザマだわ」

 

 にとりはニコニコと笑みを浮かべ、はたては悪そうな笑みを浮かべている。よほどライバルに勝ったのが嬉しいようだ。

 

「いえ、こちらこそ。にとりさん達河童の皆様には感謝しています。にとりさん達の協力もあって、機関車の整備に路線設備の設置が早く出来る様になったのですから」

 

「ふふーん。そうでしょそうでしょ」

 

 にとりは誇らしげに胸を張る。

 

 河童達の協力もあって、機関車の整備が進んだので三輌の機関車が早期に戦力化が出来た。その上信号機の一部電気系統の調整は彼女達に手伝ってもらっている。

 

「はたてさんも、花果子念報のお陰で機関区の事を誤解無く伝えてくれたので、こちらとしては助かっています」

 

「まぁ、私はあんな捏造記事で売り上げを伸ばそうとしているやつとは違うからね」

 

 と、こっちも誇らしげに胸を張る。

 

 北斗は文の悪評を聞いて、彼女が発行する文々。新聞のせいで印象が悪くなってしまう可能性があった。実際幻想機関区に関しての記事は少しばかり異変に関わっている事を仄めかすような内容であった。

 

 その一方ではたての花果子念報は誤解を生むような記事を書かなかったので、幻想機関区に対する疑惑は晴れつつあった。

 

「それで、お二人はどのような用件があって来られたのですか?」

 

 早苗は二人にそう問い掛ける。わざわざこんな話をするだけに北斗の元に来たのではないだろうと思ってだ。

 

「私は特に用は無いわ。用があるのはにとりよ」

 

 はたては横目でにとりを見る。

 

「実はさ、盟友に頼みたい事があるんだけど、その前に謝らないといけない事があるんだ」

 

「? 謝る事ですか?」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

 しかし特ににとり達が謝るような事は無かったはず……

 

「この前さ、うちにはこんな立派な施設は無いって言ったよね」

 

「そういうえば、そんな事を言っていたような……」

 

 北斗は静か唸りながら首を傾げる。

 

「実はさ、あれ嘘なんだ」

 

「嘘……?」

 

「にとり……」

 

 と、はたてが彼女を止めるように少し威圧的に声を掛ける。

 

(あなたまさか、人間を山の深部に入れるつもり?)

 

(そのつもりだよ?)

 

(あのねぇ。人間を山の深部に入れるのよ。大問題よ)

 

(彼なら大丈夫だって。別に教えたってさ)

 

(別に私や河童は構わないけど、他の天狗はそうはいかないわよ)

 

(その辺はちゃんと考えがあるから、問題無いよ)

 

(……後で天魔様に何言われるか、知らないわよ)

 

(いつもの事さ)

 

(……全く。そんなんだから、前に痛い目に遭ったんじゃない)

 

 二人は小さい声で会話を交わすと、再び北斗に向き直る。

 

「ごめんごめん。さっきの続きなんだけど、実は河童の里に、ここの工場並か、それ以上の規模の工場があるんだよ」

 

「……え?」

 

 にとりの口から出た事実に、北斗は驚きのあまり声を漏らす。

 

「それは、本当ですか?」

 

「うん」

 

 にとりが頷いた事で、北斗は驚愕でいっぱいだった。

 

 河童の技術は幻想郷一であるというのは前から聞いていたが、まさか本当にこれほど高いと本人の口から聞かされるとは思っていなかった。

 

「なぜ今まで黙っていたのですか?」

 

「そりゃぁ、まだ信用していなかったしね。それ以前に、幻想郷の人間でもこの事を知っている者は居ないよ」

 

「……」

 

 

「それでね、頼みたい事があるんだよ」

 

「頼みですか?」

 

「うん。蒸気機関車の設計図を、貸してくれないかな?」

 

「設計図を?」

 

「そう。うちの工場で、試しに作ってみようと思うんだ」

 

「それって……」

 

 にとりの言葉に早苗が驚いたような表情を浮かべる。

 

「……蒸気機関車を、一から作れるだけの技術も、設備もあるんですね」

 

「うん。材料の調達に時間が掛かるけど、作ろうと思えば、作れるよ」

 

 北斗の問いに、にとりは自信満々に答える。

 

「と言っても、最初から大きいものは作るのは難しいだろうから、小型の機関車の設計図が良いかな。出来れば二種類作りたいんだ」

 

「そうですか。分かりました」

 

「いいのかい?」 

 

「えぇ。蒸気機関車を一から作れるという事は、部品を作れる事ですから。こちらとしては大助かりです」

 

 北斗はそう言いながら席から立ち上がり、本棚に仕舞っている紅魔館の図書館から貰い受けた蒸気機関車の設計図を収めたファイルを見る。

 

 もし部品が破損して交換が必要だった場合、予備の部品が無いと修理が出来ない。一応紅魔館の地下に蒸気機関車の部品が多くあるが、その全てが合うとも限らない。

 だから、河童が蒸気機関車を一から作れるようになったのは、北斗にとっては嬉しい誤算であった。

 

(それに……)

 

 と、北斗の視線はとある二形式の蒸気機関車の設計図が収められたファイルに止まる。

 

(この機会で作れるかもしれないしな)

 

 一瞬口角が上がるも、北斗はにとりの要望通りの二形式の蒸気機関車の設計図を収めたファイルを取り出す。

 

「にとりさんの要望通りの二形式の設計図です。これなら、最初に製造するのに適していると思います」

 

 北斗は『C11形蒸気機関車』と『C12形蒸気機関車』の設計図を収めたファイルをにとりに渡す。

 

「悪いね。帰ったら今あるだけの材料ですぐに作り始めるよ」

 

「一応聞きますけど、どのくらいで完成出来ると思いますか?」

 

「さぁね。初めての試みだから、何とも言えないね。まぁ材料の調達に時間が掛かるだろうけど、技術自体はあるから、そんな長く掛からないんじゃないかな?」

 

「河童の技術パネェ……」

 

 北斗は思わず驚きの声を漏らす。

 

「じゃぁ、私はもう帰るわね」

 

 はたてはそう言うと、部屋を後にする。

 

「じゃぁね、盟友。ある程度完成したら、呼びに来るよ」

 

 二冊のファイルを抱えたにとりは手を振りながら、はたての後を追い掛ける。

 

 

 

「相変わらず、河童の皆様の技術力は凄いですね」

 

「はい。まさか、ここまでとは」

 

 二人が部屋を出た後、早苗と北斗は短く言葉を交わす。

 

 早苗自身河童の技術が凄いのは知っていたが、まさかこの短期間で製造できるまでの技術を得ているとは思っていなかった。

 

「でも、新しく蒸気機関車が作れるのは、凄いですね」

 

「えぇ。いざとなれば予備の機関車として使えます」

 

 結構な数があるので足りなくなる心配は無いだろうが、まぁ持っていても別に困る事はない。

 

 尤も、北斗からすれば機関車の製造は実験的な面で見ているが。

 

「あっ! もうこんな時間!」

 

 すると早苗は壁に掛けられている時計の時刻を見て、驚きの声を上げる。

 

「北斗さん。そろそろ帰って夕飯の支度をしないといけないので、私はこれで」

 

 早苗は頭を下げると、扉の方へと歩いていく。

 

「早苗さん」

 

「……?」

 

 北斗が声を掛けると、早苗は扉の前で振り返る。

 

「その、これからも火入れ式や、行事等があった時は、また頼んでもいいでしょうか?」

 

「っ! はい! 私はいつでも、北斗さんのお力になります!」

 

 彼がそう問い掛けると、早苗は笑みを浮かべる。

 

 早苗は「また明日も来ますね!」と言ってから部屋を出る。

 

 

「……」

 

 北斗は早苗が部屋から出てしばらくして、湯呑を手にしてお茶を飲み、窓の方を向く。

 

「早苗さん……」

 

 彼は小さく呟きながら、機関庫の様子を眺めるのだった。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7区 『幻想郷鉄道』開通編
第59駅 回収と来客と新たに現れる者


 

 

 

 火入れ式を終えてから数日後。遂に幻想機関区の今後を左右する体験試乗会が開催された。

 

 体験試乗会は綿密な準備をして行われた。

 

 安全対策は可能な限り行われ、その後路線の状態の確認の為、夜中から早朝に掛けて試験走行が行われた。

 試乗会で自警団と代表を乗せる五輌のスハ43を牽引したのはC55 57号機とC58 1号機である。

 

 それから三日後に、体験列車は人里付近に作られた仮設ホームに到着し、人里から自警団と代表者達を客車に乗せて幻想郷を走った。

 

 幻想郷を一周する形で博麗神社を通って魔法の森、河童の里付近、そして守矢神社までを走った。最後に幻想機関区へと向かい、自警団と代表者達に機関区を見せた。

 

 そして体験試乗会は無事に終了した。

 

 

 結果として、体験試乗会は成功に収めた。

 

 

 その後本格的に駅舎や設備の建設についての話し合われ、体験試乗会から後日に建設が始まり、その周辺に柵や踏切の設置を行った。

 

 更に物資の輸送についても、木材業者や石材業者との契約を結び、物資輸送を行うことになった。

 

 鉄道開業は正に一歩前まで近付いた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 体験試乗会から数日後。

 

 

 場所は幻想郷を見渡せる高所。

 

 

 

「うーん! 久々の幻想郷!」

 

 幻想郷の景色を一望できる場所で、一人の少女が背伸びをしつつ深呼吸をする。

 

 やや癖のついた茶色い髪に瞳、赤いアンダーリムの眼鏡を掛けている少女で、白いリボンを巻いている黒い帽子を被り、菫色のチェック柄で、Pコート上のベストにプリーツスカート、インナーに白い長袖のシャツを身に纏っている。

 その上に黒く、裏地が赤くルーン文字が浮かび上がっているマントを羽織っている。

 

 彼女の名前は『宇佐見(うさみ)菫子(すみれこ)』。外の世界の人間であり、つい最近起きた『オカルトボール異変』の首謀者である。

 

 異変後色々とあったものも、彼女は外の世界で眠っている間はこの幻想郷に来る事が出来るようになり、外の世界で寝て居る時はこうして幻想郷に遊びに来ている。

 

 しかし外の世界と幻想郷の時間の流れは異なるので、彼女からすれば数日ぶりでも、幻想郷では数週間ぶりという違いがある。

 

 最近は色々と学校の行事が立て込んでいたせいか、寝ていても幻想郷に行く事が出来なかった。それだけ彼女も疲れていたのだろう。

 

「やっぱり幻想郷の空気がおいしいわね」

 

 菫子は深呼吸をして幻想郷の空気を味わう。外の世界では排気ガス等で空気が汚れているので、幻想郷の空気はとても澄んでいる。

 

「自然も豊かで、癒されるわねぇ……」

 

 コンクリートジャングルな外の世界で暮らしている彼女からすれば、自然豊かな幻想郷の光景は心の癒しとも言える。

 

「それに蒸気機関車も走っているし、文句なしね」

 

 彼女の視線の先には、平原を白煙を吐き出して走る石炭車を牽く蒸気機関車の姿があった。

 

 

 

 

「……えっ? いや、ちょ、えぇ!? なんでぇっ!?」

 

 ようやく状況を理解してか、彼女は目を見開いて驚く。

 

 

 

『悲報』幻想郷、いつの間にか文明開化していた件について……

 

 彼女の脳裏には、そんな見出しが過ぎるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、場所は紅魔館の付近。

 

 

 パチュリー主導の下、アリス、魔理沙の三人の魔法使いによって二輌の蒸気機関車がある地下に穴が空けられ、遂に地上へと繋がった。

 

 

 地面には大きな穴が空けられて、地面には幻想機関区の作業妖精と紅魔館のメイド妖精が協力して敷設された仮設線路が伸びており、その先には地上へと出されて埃を被ったボディーに日の光を浴びているマレー式タンク型の4500形蒸気機関車と7100形蒸気機関車『比羅夫号』の姿があった。

 

 二輌は作業妖精達によって主連棒を取り外され、比羅夫号は車体と炭水車(テンダー)を切り離されてから、D51 465号機とD51 603号機によって牽引されたソ80操重車二輌が間隔を空けた状態で固定され、クレーンより吊るされているワイヤーを比羅夫号の車体に固定される。

 ワイヤー固定後、比羅夫号は二輌のソ80操重車によりゆっくりと仮設線路から持ち上げられ、本線へと下ろされる。

 

 この二輌の足回りの状態的だが、低速で移動するのなら本線で牽引して回送することは可能である。

 

 ちなみにD51 465号機だが、試験的に除煙板(デフレクター)が切り詰められた物から通常仕様の物へと換装されている。その為D51形の標準的なスタイルに戻っている。

 試験結果次第では他のD51形の除煙板(デフレクター)も通常使用に戻す予定だ。

 

 紅魔館付近にある線路は複線であるので、紅魔館により近い線路ではC56 44号機が無蓋車の貨物車輌と連結した状態で停車しており、貨物車輌には次々と紅魔館の地下から搬出されている蒸気機関車の部品が作業妖精と紅魔館のメイド妖精によって積み込まれていく。

 紅魔館の地下にあった部品の中には、蒸気機関車の動輪や台枠までもがあり、それらの大きな物は後で取りに来る予定である。

 

 そして比羅夫号が下ろされている線路ではそれぞれの機関車を押して行く為にC11 312号機とC12 208号機が待機している。

 

 

「それにしても、随分大掛かりな作業だな」

 

 比羅夫号の炭水車(テンダー)が本線へと下ろされ、車体と連結されている様子を近くで見ていた魔理沙は声を漏らす。

 

「私達より小さいと言っても、あれだけ大きいんだ。それに線路と線路を移し変えているんだ。当然だよ」

 

 隣に立つ皐月(D51 465)が彼女に作業の内容を説明する。

 

 ソ80操重車は元々車輌の事故復旧に用いられる貨車で、現在のように車輌を線路から別の線路へ移し変えるのは本来想定されていない。クレーン操作もかなり神経を使っている。

 

「それで、この後どうするのかしら?」

 

「この後機関区の整備工場に運んで修繕を行うって区長は言っていたよ」

 

 魔理沙の反対側に居るアリスがそう問い掛けると、皐月(D51 465)が答える。

 

「復帰までにどのくらい掛かるかしら?」

 

「さぁ。どっちも古いし、その上長い間放置されているようだし、結構掛かるんじゃない?」

 

「後者は分かるけど、前者はどういう事?」

 

「構造もそうだけど、装備が古いんだよ」

 

 パチュリーの疑問に、皐月(D51 465)の向ける視線の先には、4500形蒸気機関車の連結部があった。

 

「私達の連結器は自動連結器だけど、あの二輌はネジ式の連結器。装備が古いんだ」

 

「ふーん?」

 

「だから、連結器を取り替えないといけないんだ。あのままじゃ、運用は難しいんだ」

 

 彼女が説明するも、イマイチ理解出来ていないのかアリスは首を傾げる。

 

 

 鉄道車両の連結器には多く種類があるが、大まかには自動連結とネジ式連結、密着式連結といったものがある。

 

 自動連結はその名の通り、接触すれば自動的に連結するもので、日本を含む多くの国の鉄道車両がこれを採用している。

 

 一方のネジ式連結は緩衝器同士を接触させてフックを掛け、ネジを閉めるというもので、欧州の鉄道では一部を除いて今でも使われている。

 

 密着式連結は今回は関係無いので説明を省く。

 

 

「そういや、北斗の姿が見えないが、どうしたんだ?」

 

 魔理沙は周りを見渡して、北斗の姿が無い事に指摘する。

 

「区長なら機関区でお客さんの相手をしているよ」

 

「お客?」

 

 皐月(D51 465)の言葉にパチュリーが首を傾げる。

 

「何でもお客さんがうちの罐を調べたいんだとさ。確か尻尾が多い女と女の子だったわね」

 

「尻尾が多いって……」

 

 魔理沙はその特徴ですぐに誰かが分かり、苦笑いを浮かべる。

 

 多くの尻尾を持つ者など、この幻想郷では片手で数えるほどしか居ない。

 

「まぁ、あのスキマ妖怪が何もせずに放って置く訳が無いわね」

 

 アリスも察したのか、そう呟いてため息を付く。

 

 

 その後本線へと移された4500形と比羅夫号は、フロント部に緩衝材代わりに木材を取り付けたC11 312号機とC12 208号機によってゆっくりと押され、機関区を目指した。

 

 しばらくして回収隊も機材を撤収して紅魔館を後にする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃、幻想機関区では……

 

 

 

「……」

 

 機関庫に収められ、作業妖精達や神霊の彼女達と共に整備されている蒸気機関車の傍に一人の女性が立って、薄っすらと光を放つ右手を翳している。

 

 導師風の服装に二又に分かれた帽子を被り、九本の尻尾を持つ女性。この幻想郷でその特徴を持つ女性は一人しか居ない。

 

 スキマ妖怪『八雲紫』の式神であり、九尾の妖狐である八雲藍である。

 

 その様子を北斗と(C57 135)が見守り、その近くでは『48633』のバッジを付けた女性こと『卯月(48633)』が二又の尻尾を持つ女の子と弥生(B20 15)が遊んでいるのを見守っている。

 ちなみに卯月(48633)の名前の由来は先頭の数字の4から、旧暦の四月『卯月』を元にしている。

 

 

「……」

 

 しばらくして藍は翳している右手を下ろして振り返り、北斗の元へと近付く。

 

「終わりましたか?」

 

「あぁ。調べたい事は調べ終えた」

 

 北斗が問い掛けると、彼女は頷く。

 

「忙しい所、時間を貰えて感謝する」

 

「いえ、このくらいなら大丈夫です。それに疑いは少しでも消したいので」

 

「そ、そうか」

 

 北斗の後半の言葉を聞いて藍は思わず声を漏らす。

 

(いや、考えてみれば紫様に疑われていると考えれば苦労を感じるのは必然か)

 

 幻想郷の管理者である自身の主に疑われている以上、そう考えるもの無理は無いと、藍は納得する。

 

「それで、どうでしたか?」

 

「うむ。特にこれと言って異常があるわけではない。紫様も少しは警戒を解くだろう」

 

「そうですか」

 

 北斗は安堵の息を吐く。

 

(とは言っても、紫様は完全に警戒を解かないがな)

 

 式神故に、彼女は主の考えは何となく分かっていた。

 

(確かに異常は無いが、違和感が無いわけではない)

 

 彼女は機関庫に納められている機関車達を見る。

 

 僅かにだが、魔力を検知したからだ。

 

(尤も、少しでも異変に関わっている可能性がある以上、疑いが晴れることは無い)

 

 同情の気持ちがあるわけではないが、藍は今の彼らの立場を内心呟く。

 

「それでは、我々はこれで」

 

 藍は頭を下げると、弥生(B20 15)と遊んでいる二又の尻尾を持つ女の子の元へと向かう。

 

「橙。帰るぞ」

 

「はい、藍しゃま!」

 

 橙という名前の女の子は弥生(B20 15)に向き直ると「またね!」と手を振って彼女の元を離れて藍の傍に来る。

 

 彼女が傍に来ると、藍は再度北斗に頭を下げてから宙へと浮いて飛んでいく。

 

「これで少しは疑いが晴れるといいわね」

 

「だと良いんだが……」

 

 (C57 135)の言葉に北斗は呟く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 某所

 

 

 

「へぇ、ここが幻想郷って所なのね」

 

「……」

 

 幻想郷を見渡せる場所に、二人の少女が立っていた。

 

 一人は腰まで伸びた黒髪を三つ編みにして、左のもみあげ付近の髪が長く伸びた髪型をしており、エメラルドグリーンの瞳をしている。背丈は女の子としてはそこそこ高い方だろう。

 

 一人は背中まで伸びた黒髪を三つ編みにして、その先端に赤いリボンを結んでいる髪形をしており、片方の少女と同じエメラルドグリーンの瞳を持つ。背丈は片方の少女より少し低いぐらいだ。

 

「自然が豊かな場所なんだね」

 

「そうね。私達がかつて走っていた場所を思い出すわ」

 

「うん」

 

 と、二人の少女は遠くに見える幻想機関区を見つめる。

 

「あれが今から向かう機関区ね」

 

「みたいだね」

 

 幻想機関区をしばらく見つめていると、腰まで伸びている三つ編みの少女の左胸にある『C11 260』と、背中まで伸びて先端に赤いリボンを付けている少女の左胸にある『C12 06』と書かれた緑地のバッジが太陽の光に反射する。

 

 

 そして二人の後ろには、少女達の左胸にあるバッジと同じ表記のナンバープレートを持つ二輌の蒸気機関車が、静かに線路の上に佇んでいた。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60駅 新たなるSLは九州の罐

最近執筆のモチベのアップダウンが激しい……。全然執筆が捗らない。



 

 

 

 

 所変わって博麗神社。

 

 

 

 

 境内では霊夢と る~こと が竹箒で落ち葉を掃いて掃除をしていた。

 

「やれやれ。面倒な事になったわね」

 

 どことなく不満げな霊夢は箒を掃きながらぼやく。

 

「でも、賽銭以外にお金が手に入るので、良かったじゃないですか。これで生活は改善に向かいますよ」

 

「……ふん」

 

 る~こと の言葉に霊夢は鼻を鳴らす。

 

 

 体験試乗会後、北斗達は博麗神社に赴いて霊夢と話し合いを行った。内容は幻想機関区で作ったSLグッズの販売を行いたいというものだ。

 

 さすがに機関区に元々あった資金だけでは鉄道の運用は難しいので、何とか新たに資金を得る手段を得たかった。そこで幻想機関区で作ったSLグッズを販売すると言う案を早苗が提案した。

 

 運用資金への貢献度は決して大きくないが、無いよりマシである。

 

 機関区で販売しないのかと思われるだろうが、そもそも機関区へ関係者以外を立ち入らせるわけにはいかない。安易に立ち入らせれば作業の邪魔でしかない。

 それこそマナーのマの字も知らない鉄オタのような迷惑行為をされたらたまったものではない。

 

 だから、SLグッズは各駅で販売を行うのだ。当然売り上げの何割かは販売場所を提供している施設側に渡す。

 

 販売計画は様々な物が考えられた。その中には駅弁もあったが、料理が得意なものが機関区には居なかったので、採用に至らなかった。ならばと紅魔館の咲夜に協力を要請しようとしたが、北斗がそれを却下した。

 というのも、彼女は紅魔館の家事の殆どを担っているので、これ以上仕事を増やすのは彼としても忍びなかった、と言う気持ちがあった。

 

 ちなみに早苗も仕事が多いとあって北斗は断りを入れた。彼女自身は乗り気だったが。

 

 色々と考えた結果、いくつかのグッズを作る事にした。

 

 その中で、蒸気機関車から排出される廃棄物を商品に加工して再利用できないかという案が挙がった。

 

 その一つとして、機関車の煙室から排出した煤を使った特別製の墨である。

 

 こういった類のグッズは外の世界でも京都の鉄道博物館でかつて似たような物を販売していた。

 

 幻想機関区では機関車より回収した煤から可能な限り不純物を取り除いた上で擂鉢で煤の粒子を更に細かく擂り潰して、墨を作る方式を人里に居る墨職人に依頼した。

 最近出来た試作品の質だが、そこそこの品質らしいが、やはり完全に不純物を取り除けなかったので、上質なものとは言い難いらしい。改善の余地はありだそうだ。

 

 ちなみに、機関車から排出した煤はそれぞれの蒸気機関車で分けて墨を作ってラインナップにする予定である。ちなみにラインナップを作るのに、特に意味はない。

 

 変な想像をした紳士諸君には高速走行中の客車の窓から放り出す刑な。

 

 

 話を戻そう。

 

 

 それ以外には、蒸気機関車より排出された石炭の燃えカスの灰を再利用した代物だ。

 

 石炭の燃えカスの灰は一応再利用が可能な物で、昔はその灰を使って道路の補修材に使っていたとか何とか。

 

 これに関してはまだ試行錯誤の段階だが、うまく出来れば灰を固めたブロック等の代物が作る事が出来る。

 

 再利用出来る物は可能な限り使う。

 

 

 そしてそのグッズの販売を博麗神社と守矢神社で行うことにしたのだ。もちろん、販売するグッズはそれぞれ違う。

 

 霊夢は当初神社での販売計画に難色を示していたが、る~こと や針妙丸に生活が苦しい事を指摘されて渋々物品販売計画を受け入れる事にした。

 まぁ彼女からすれば、面倒事が増えてメンドーくさいのが本音だった。

 

 ちなみに、言うまでも無いかもしれないが、守矢神社は販売計画を二つ返事で了承した。

 

 

 

「霊夢さーん!!」

 

 すると空から声がして二人は顔を上げると、一人の少女が神社の境内に降り立つ。

 

「あら、菫子じゃない。久しぶり」

 

 霊夢はその少女こと菫子を見て声を掛ける。

 

「はい。お久しぶりです、霊夢さん」

 

「お久しぶりです、菫子様。お元気そうで何よりです」

 

「る~ことちゃんも久しぶり……じゃない!」

 

 菫子は二人との再会で頭を下げて挨拶をするも、すぐに顔を上げる。

 

「霊夢さん! どういうことなんですか!? いつから幻想郷は文明開化を迎えたんですか!?」

 

「何よ、文明開化って」

 

 菫子の怒涛の質問攻めに霊夢は眉を顰める。

 

「文明開化と言うのは明治時代の日本が近代的に―――」

 

「別に説明しなくてもいいわよ」

 

 る~こと の解説をバッサリと切り捨てると、霊夢は面倒くさそうに、菫子に説明する。

 

 

 

 少女説明中……

 

 

 

「外来人と一緒に幻想入りした蒸気機関車と施設ですか?」

 

 霊夢と る~こと の説明を受けて菫子は思わず声を漏らす。

 

「そうよ。あの蒸気機関車は外の世界の物なんでしょ」

 

「それは、そうですけど」

 

「その蒸気機関車が幻想入りしたのよ。霧島北斗って言う外来人と共にね」

 

「霧島、北斗……」

 

 菫子はボソッと呟く。

 

「聞き覚えはある?」

 

「いえ。知らないです」

 

「そう」

 

 霊夢は興味を無くしてか、それ以上聞かなかった。

 

「その霧島北斗って外来人が、幻想郷を変えたんですか?」

 

「正確には彼は巻き込まれた、とも言えるかもしれないですね」

 

「巻き込まれた?」

 

「はい。この異変の首謀者は別に居る可能性があるので。彼はそれに巻き込まれたという感じです」

 

「そうですか……」

 

 る~こと の説明に菫子は理解する。

 

(霧島北斗かぁ)

 

 菫子は内心呟きながら首を傾げる。

 

(なーんかどこかで聞いた事があるような……)

 

 聞き覚えのある名前であったので、菫子は静かに唸る。

 

(あっ、でも幻想入りするぐらいだから、過去に行方不明になって忘れられた人なのかな?)

 

「うーん」と唸りながら首を左右に傾げる。 

 

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 

 すると汽笛の勇ましい音色が博麗神社の境内に響く。

 

「あっ、噂をすればです」

 

 る~こと が鳥居がある方向を見ると、人里方面とは反対側から二つの煙がモクモクと上がりながら進んでいく。

 

「あら、いつもとは違う方向から来たのね」

 

「恐らく機関車の試験走行なのは? そろそろ鉄道開業が迫っている事ですし」

 

「えっ? 鉄道?」

 

 二人の会話の中にある鉄道と言う言葉に、菫子は驚きを隠せなかった。

 

「はい。幻想機関区はこの幻想郷を走る鉄道を計画していまして、その開業もあと少し何ですよ」

 

「て、鉄道まで。本当にもう文明開化しているじゃない」

 

 る~こと の説明に菫子は驚くしかなかった。

 

「もしその外来人が気になったら、あの機関車を追いかけたらいいわ。機関区まで線路は繋がっているし」

 

「は、はぁ」

 

 霊夢の言葉に菫子は声を漏らす。

 

 まぁ彼女自身気にはなっていたので、宙を浮いて飛ぶと、煙の後を辿って機関車を追い掛ける。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって幻想機関区。

 

 

 紅魔館から運び出した4500形蒸気機関車と7100形蒸気機関車がC10 17号機とB20 15号機によって工場へと入れられる。

 C11 312号機とC12 208号機は再び紅魔館へと向かった。

 

「結構古い機関車が見つかったのね」

 

「あぁ。少し前に見つかったものだ」

 

 工場へと入れられる二輌の蒸気機関車を北斗と『E10 5』のバッジを付けた女性こと『夕張(ゆうばり)』が見ていた。

 ちなみに彼女の名前だが、明日香(D51 241)七瀬(79602)のように、特に由来は無い。

 

「でもこんな旧式機、使えるの?」

 

「改造箇所は多いが、使える。まぁ7100形は紅魔館側が所有権を持っているから、こちらは維持管理をするだけだが」

 

「ふーん」

 

 夕張(E10 5)は声を漏らしながら腕を組む。

 

「まぁ、本格的に修理が開始されるのは79602号機の検査が終わってからだがな」

 

 北斗は工場内で検査を受けている彼女を思い出す。

 

 以前から不調を訴えていた七瀬(79602)は工場が空くとすぐに入れられ、多くの部品を取り外す大規模な検査を受けている。

 

 今の所問題無いが、今後問題点が出てくる可能性があるので、工場入りが長引くかもしれない。

 

「そういえば、お客さんがここに来てたけど、どうだったの?」 

 

「問題は無かった。これで少しは疑いが晴れるといいんだが」

 

「そこまで気にするものなの?」

 

「夕張は知らないだろうが、今日機関区に来た八雲藍って人は、正確には人じゃ無いが、この幻想郷を管理する八雲紫さんの式神なんだ。つまり八雲藍さんの報告次第で機関区の評価が分かれる」

 

「……」

 

「未だにこの機関区は異変に関わっているのじゃないかと疑われている。少しでも疑いを晴らさないと、今後いらぬ誤解を生みかねない」

 

 現に天狗は幻想機関区が線路異変の首謀者なのではないかと疑っている。

 

「まぁ、今後何も無い事を祈るばかりだ」

 

「そうね」

 

 そう話していた、その時だった。

 

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 

 すると遠くから響く汽笛の音色が機関区に届く。

 

「あら? この汽笛は」

 

「睦月に熊野がもう帰って来たのか?」

 

 二人は顔を上げて機関区の出入り口付近を見る。

 

「でも、微妙に汽笛の響き方が違うわよ」

 

「ん?」

 

「それに、どの機関車の汽笛とも違うわね」

 

「……」

 

 夕張(E10 5)の言葉に、北斗はある予想が浮かぶ。

 

(まさか、津和野と蘭の時と同じ!)

 

 そして、その予想は現実のものとなった。

 

 

 

 少しして遠くから空高く上がっていく煙が見えて、やがてその煙の発生源が現れる。

 

『……』

 

 北斗と機関車の神霊達は現れた二輌の蒸気機関車に驚きを隠せなかった。

 

 先頭に緑地の『C11 260』のナンバープレートを持つC11形蒸気機関車と、その後ろに緑地の『C12 06』のナンバープレートを持つC12形蒸気機関車が機関区へと入ってきた。

 

「これは……」

 

「まさか、この短期間で」

 

 文月(C55 57)と長月(C59 127)はゆっくりと停止するC11 260号機とC12 06号機を見る。

 

「私達みたいに現れたのかしら」

 

「だろうな」

 

 似たような状況で現れた(C57 135)津和野(C58 1)の二人は呟いていると、それぞれの機関車の運転室から神霊の少女達が降りてくる。

 

 

「これは、また随分と変わりダネな」

 

 北斗は二輌の蒸気機関車を見て、思わず呟く。

 

「門デフ装備のC11形に除煙板(デフレクター)を装備してC12形ですか。確かに変わっていますね」

 

 北斗の言葉に、卯月(48633)が答える。

 

 

 C11 260号機は九州地方で活躍したC11形であり、九州地方の機関車の特徴である門デフに炭庫側に取り付けられた通風孔、緑地のナンバープレートを持つ。

 だが、この機関車の最大の特徴は蒸気ドームと砂箱の形状だ。蒸気ドームは従来の丸型だが、砂箱だけは戦時設計のC11形が持つ角型ドームをしている。

 

 C11 260号機はとても特徴あるC11形であるのだ。現在も公園に静態保存されている機関車でもある。

 

 

 C12 06号機は同じく九州地方で活躍した蒸気機関車だ。しかしこのC12 06号機は国鉄が発注した機関車ではなく、島原鉄道が自社発注したC12形である。ナンバープレートの表記の仕方も国鉄機と違うのも特徴だ。

 その上このC12 06号機はC12形の中でも少数しか居ない除煙板(デフレクター)を装備した個体であり、島原鉄道が発注した五輌の中で、最後の『C12 05』と『C12 06』の二輌が除煙板(デフレクター)を装備していた。

 

 このC12 06号機も静態保存されている機関車だが、現在ナンバープレートがトップナンバーの『C12 01』に付け替えられて保存されている、らしい。

 

 

 そんな九州地方で活躍した二輌が幻想機関区に現れた。

 

 

 機関車から降りた二人の神霊の少女は北斗の元へとやって来る。

 

「あの、ここの機関区の区長ですか?」

 

「あ、あぁ、そうだが」

 

『C11 260』のバッジを付けた少女が北斗に声を掛けて、彼は戸惑いながらも返事を返す。

 

「初めまして。私はC11形蒸気機関車の260号機です! 九州で活躍していました!」

 

「僕はC12形蒸気機関車の06号機です。国鉄以外の私鉄で走っていました」

 

 二人の少女は姿勢を正して、敬礼をする。

 

(やはりナンバープレートの色で瞳の色が変わるんだな)

 

 北斗は二人の瞳の色がエメラルドグリーンなのを見て、北斗は内心呟く。

 

「……幻想機関区の区長をしている霧島北斗だ」

 

 北斗も気持ちを切り替え、姿勢を正して敬礼をする。

 

「君達は、ここを目指して来たのか?」

 

「はい! ここを目指すように言われました」

 

「言われた?」

 

「はい。私達を幻想郷に案内して、新しい身体をくれた人にです」

 

「あなたの役に立って欲しいと、そう言われました」

 

「……」

 

 二人の少女がそう言うと、北斗はますます分からなくなってきた。

 

(と言うより、俺の事を知っている?)

 

 彼女達の口ぶりから、北斗は彼女達を送り込んでいる者が自分のことを知っているのではないかと考える。

 

(そもそも、こんなに蒸気機関車を送り込んで、一体何が目的だ?)

 

 ただでさえ未だに謎が多いのに、更に謎が増えていく一方。

 

 謎が謎を呼ぶとは正にこの事だろう。

 

(いや、考えるだけ無駄だ)

 

 北斗はこの一件を棚上げにして、頭を切り替える。

 

 もう何度も言っている事だが、分からない事をいくら考えたって、分からないのだ。

 

(今は彼女達を歓迎しよう。戦力が増えるのはこちらとしても困ることではないしな)

 

 それに、蒸気機関車が好きな彼からすれば、新しい蒸気機関車が増えるのは嬉しい限りだ。

 

 北斗は二人の少女に右手を出す。

 

「歓迎しよう、二人共。ようこそ幻想機関区へ」

 

 彼がそう言うと、二人は少し戸惑いながらそれぞれ右手を差し出して握手を交わす。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「うわぁ……」

 

 幻想機関区を一望できる高さに浮いている菫子はその光景に思わず声が漏れる。

 

「生で蒸気機関車が動いている所を見たのは初めてだけど、あんなに沢山見たのも初めてだわ」

 

 二輌の蒸気機関車が扇形機関庫へと移動して、その扇形機関庫に多くの蒸気機関車が納まっている光景に、驚きを隠せなかった。

 

(うーん。色々と気になるけど、何だか行けそうな雰囲気じゃないわね)

 

 機関区のあちこちで作業妖精が仕事をしているので、行きづらい雰囲気があった。

 

 

 結局彼女は幻想機関区に気を使って今日は行かなかった。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61駅 人里での休暇

 

 

 

 

 あれから更に月日が流れた、ある日の人里。

 

 

 

「……」

 

 賑やかな雰囲気のある中、北斗は周りに視線を向けながら歩いていた。

 

(さて、残りの時間をどう過ごすか)

 

 北斗は「うーん……」と静かに唸る。

 

 彼は今日完成間近の駅舎の視察に訪れており、その完成具合を確認した。その他にも石炭と水の補給設備の確認も行った。

 

 確認を終えた後、北斗は機関区に帰ろうとしたのだが、明日香(D51 241)から休むように言われて、半ば人里に置いてかれた。

 

 まぁここ最近北斗は休みを取らずに働いていたので、彼女は気を使ったのだろう。

 

 とは言えど、急に休みを貰っても特にしたいことが無いので、途方に暮れていた。まるで仕事に慣れすぎて休日何もする事が無い社会人のようだ。

 

「……」

 

 ふと、周りからの視線に気付いて北斗は周りを見る。

 

 人里に住む住人達から様々な視線が向けられているが、どれも友好的なものばかりだ。

 

(そうか。もうあの時みたいな視線で見られないんだったな)

 

 北斗は安堵に近い安心感が込み上げてきた。

 

 これまで外の世界で彼に向けられた視線は人ではない者を見るような視線だった。それが嫌で中学以降は図書館に入り浸る事が多かった。

 

 しかし、ここではそんな視線で見られる事は無い。もしそうでなければ、北斗は歩いてでも幻想機関区に帰っていただろう。

 

「……」 

 

 そんな安心感を覚えながら、人里の中を歩いていく。

 

 

「ん? おぉ、北斗か」

 

 人里の広場に入って歩いていると、声を掛けられて北斗はその方向を見ると、そこには慧音の姿があった。

 

「慧音さん」

 

 北斗は彼女の姿を見て、頭を下げる。

 

「今日はどうした?」

 

「今日は鉄道の開通式間近なので、完成間近の駅舎と補給設備の視察に来ました」

 

「あぁ、あそこか。確かに殆ど完成していたな」

 

 慧音は人里近くに建設中の駅舎の事を思い出す。

 

「その視察が終わったので、機関区に戻ろうとしたのですが、自分所の神霊達に休むように言われて、半ば無理矢理残されたんです。特にしたい事が無くて」

 

「あぁ、なるほどな」

 

 北斗の状況を理解してか、慧音は苦笑いを浮かべる。

 

「そういう慧音さんは何を?」

 

「今日寺子屋が休みでな。私も暇を持て余して自宅で資料作りをしていたんだが、妹紅のやつに『いつもとやっている事が変わらないだろ! 今日は一日中外に居ろ!』って言われて、自宅を追い出されたんだ」

 

「は、はぁ」

 

「私もお前と同じで、外出しても何もする事が無いんだ」

 

「はぁ……」と彼女はため息を付く。

 

 

 似た者同士……

 

 

「まぁ、里には時間を潰せる場所はあるからな。暇にはならんよ」

 

「……」

 

「ところで、北斗」

 

「はい?」

 

「もし行く所が無ければ、里で有名な甘味処に行ってみるといいぞ」

 

「甘味処ですか?」

 

「そうだ。この先真っ直ぐに行って、二つ目の左の角を曲がった先にある、緑色の暖簾が目印の店だ。とてもおいしいと里では評判だ」

 

「なるほど」

 

 北斗は慧音の案内を聞いて頷く。

 

(そういや、最近甘い物を食べてないな)

 

 機関区には一応菓子類はあったりするが、精々煎餅とかその辺りしかなく、甘い菓子類は無い。

 

 最後に甘い物を食べたのは外の世界でも大分前だ。

 

「では、その甘味処に行ってみます」

 

「そうか。私のお勧めとしては人気のある三色団子がいいぞ。まぁ他にもいっぱいあるからな。楽しんでくれ」

 

 そう言うと「じゃぁ、開通式でまたな」と言って北斗の元を離れていく。

 

 その後ろ姿を見送ってから、北斗は慧音の案内通りに甘味処へと向かった。

 

 

 

 慧音に言われたとおりに進んで左の角を曲がると、少し先に人だかりが出来ていた。

 

「……?」

 

 北斗は首を傾げて、その人だかりの近くを通る。

 

(アリスさんか)

 

 人だかりの隙間から見えたのは、何かをしているアリスの姿が見えた。

 

 北斗は隙間の広い所を見つけて人だかりの先を見ると、アリスが人形劇をしているのが見えた。

 

(人形劇か)

 

 北斗は指の一本一本に付けている指輪より伸びた糸で人形を操るアリスの姿を見る。

 

 アリスはまるで人形が生きているみたいに糸で操り、上海人形と蓬莱人形がアシスタントとして背景を変えて劇を進めている。

 

 人形は霊夢とレミリアを模したもので、アリスが台詞を言いながら人形を動かしている。内容は途中からだが、レミリア達が関わった異変が題材のようだ。

 

「……」

 

 北斗は静かに、アリスの人形劇を観賞して楽しむ。

 

 

 

 しばらくして人形劇は終わり、拍手が送られる中、アリスは上海人形と蓬莱人形と共に頭を下げて人形劇を見てくれた人達にお礼を言う。

 

 見物客がアリスの元から離れていく中、彼女は劇の道具を上海人形と蓬莱人形と一緒にせっせと片付ける。

 

「アリスさん」

 

 北斗はタイミングを見計らい、アリスに声を掛ける。

 

「あら、北斗さん」

 

 聞き覚えのある声を掛けられて、アリスは後ろを振り向く。

 

「私の人形劇を見てくれたの?」

 

「はい。途中からでしたが、人形劇面白かったです。それと人形の動きも凄かったです。まるで生きているみたいでした」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 アリスは微笑みを浮かべる。

 

「それで、人形劇の内容って何だったんですか? 途中からだったので」

 

「今日の人形劇の内容は紅霧異変を題材にしたものよ」

 

「紅霧異変って、確かレミリアさん達が起こした異変でしたか?」

 

 北斗は前にフランから聞いた話を思い出す。

 

「えぇ。私は関わって無いから詳細は知らないけど、関係者から聞いてこのストーリーを考えたのよ」

 

「まぁ正確な証言ばかりじゃなかったけど」と彼女は呟く。恐らく魔理沙辺りの証言なのだろう。

 

「なるほど。という事は、他の異変を題材にしたストーリーも?」

 

「えぇ。北斗さんの所と仲のいい守矢神社が関わったストーリーもあるわ」

 

「早苗さん達が関わった異変か……」

 

 北斗は早苗達が幻想郷に来た理由を思い出す。

 

「ところで、北斗さんはどうしてここに?」 

 

「里の近くで建設中の駅舎と機関車の石炭と水の補給設備の視察です。今は休暇を兼ねて里を歩いていました」

 

「そうなの」

 

「さっき慧音さんから里で有名な甘味処を教えてもらって、向かっていた所アリスさんの人形劇を見かけたので」

 

「なるほどね」

 

 アリスは納得したように頷く。

 

「もしアリスさんが良ければ、一緒に甘味処に行きませんか?」

 

「えっ?」

 

 突然の誘いにアリスは思わず声を漏らす。

 

「アリスさんには色々と助けられているので、そのお礼に奢らせてください」

 

「あぁ、そういう……」

 

 一瞬勘違いしていたのか、アリスは咳払いして気持ちを整える。

 

「でも、そんなに気にしなくてもよかったのに」

 

「アリスさんがいなければ、魔法の森では早期に火を起こすことは出来ませんでしたし、紅魔館の地下の機関車を運び出すまでの作業も、アリスさんが手伝ってくれなければあんなに早く終わらなかったでしょうし」

 

「……」

 

「まぁ、アリスさんがいいのなら、無理にとは言いませんが……」

 

「いえ、せっかくだから、その好意に甘えさせてもらうわ。帰る前に甘い物を食べたいと思っていたし」

 

 アリスは逆に断るのに気が引けたのか、北斗の好意を受け入れた。

 

「そうですか。分かりました」

 

「でも少し待っていてね。片付けるから」

 

 アリスはすぐに上海人形と蓬莱人形と一緒に劇の片付けを行う。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それでは、皆様。今後も守矢をよろしくお願いします」

 

 その頃、人里で信仰活動をしていた早苗は講演を終えて頭を下げると、講演を聞いていた人たちから拍手が送られる。

 

「ふぅ……」

 

 早苗は小さく息を吐き出して、立ち台から降りる。

 

「東風谷様!」

 

「……?」

 

 声を掛けられて彼女が振り向くと、人里の住人が居た。

 

「どうしましたか?」

 

「東風谷様。近い内に幻想機関区が鉄道と呼ばれる事を始めますよね?」

 

「はい。近い内に幻想機関区によって営業される鉄道の開通式が行われます。それからは皆様も鉄道を利用できますよ」

 

「そうですか! 鉄道が開業したら、必ず守矢神社に参拝に行きます!」

 

「はい。心からお待ちしています」

 

 早苗は笑みを浮かべると、住人は頭を下げて彼女の元を離れる。

 

(期待されているんですね)

 

 早苗は里で鉄道が期待されていると実感して、思わず笑みが零れる。

 

(そういえば、今日北斗さんは駅の視察に来ていたんでしたっけ?)

 

 早苗は里の近くに建設中の駅舎を思い出す。彼女自身も建設中の駅舎をここに来る前に見ていた。

 

(北斗さん……すぐに帰ってしまったのでしょうか……)

 

 これまで北斗は人里での用事が済めばどこかに立ち寄らず、すぐに機関区に帰っていた。今回も人里で何かしらの用事が無ければ機関区に帰っているだろう。

 

「……」

 

 早苗は少し残念そうにしゅんとして、歩き出す。

 

 

「……!」

 

 と、歩き出そうとした直後、建物の陰から北斗が歩いて出てきた。

 

「北斗さ―――」

 

 早苗は声を掛けようとしたが、最後前言えなかった。

 

 なぜなら、北斗に隠れて見えなかったが、彼の陰からアリスの姿が現れる。

 

(アリス、さん?)

 

 早苗は意外な組み合わせに驚きを隠せなかった。

 

 二人は何やら会話を交わしているが、その様子は何処となく楽しそうだ。

 

「……」

 

 そんな二人の様子を見て、早苗は胸の奥が締め付けられるような痛みを覚える。

 

(なん、でしょうか……胸が、苦しい……)

 

 彼女は胸元に右手を置き、呼吸が乱れる。

 

 気にするような事じゃないのに、北斗が他の女性と仲良くしている。その事を気にすると、彼女の中に言い知れない感情が募り出す。

 

「……」

 

 早苗は深呼吸をして気持ちを整えていると、二人の姿は居なくなっていた。

 

「……」

 

 彼女はしばらく悩んでいたが、すぐに二人の後を追い掛ける。

 

 

 

「……」

 

 そんな中、早苗以外に北斗を尾行する人影があった。

 

(やれやれ。ご主人様も、一体を考えているのやら)

 

 内心呟きながら、北斗を尾行する者こと る~こと は店を見ながら北斗を見失わないように、チラッと見る。

 

「……」

 

 

『今日一日中北斗さんを見張ってちょうだい。何か気になる事があったら、報告するのよ』

 

 

 彼女は今朝霊夢からこのような指示を受けていた。

 

(やはり、この間の魅魔様の言葉が気になっているのでしょうかねぇ)

 

 魅魔が霊夢に伝えた事を思い出しながら、る~こと は買い物を装いながら北斗の後を追う。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62駅 募る感情

 

 

 

 

 

 所変わり、場所は妖怪の山。

 

 

 そこに蒸気機関車の汽笛の音が木霊す。

 

 

 E10 5号機が石炭車十輌と車掌車のヨ2000形一輌の計十一輌を牽き、魔法の森の中にある線路の上をタンク型とは思えない力強い姿で走る。

 

 列車は魔法の森の中を通り、河童の里付近を走って勾配のある妖怪の山の路線へと入る。

 

「……」

 

 運転室(キャブ)の右側にある機関士席に座る夕張(E10 5)は動力式逆転機のレバーを微妙に動かして動輪へと伝える力を調整しつつ、加減弁ハンドルを引いて蒸気の量を増やす。

 ネジ式逆転機と違って微調整がやりづらい動力式逆転機だが、E10 5号機自身である彼女には関係無い事だ。空転を起こさずに力を加減していく。

 

 隣では機関助士の妖精がスコップに石炭を掬い上げ、床のペダルを踏んで蒸気圧で焚口戸を開け、燃え盛る火室へと石炭を放り込む。数回投炭を繰り返してスコップを道具置き場に戻し、注水器のバルブを捻ってボイラーに水を送り込み、次にバルブを捻って火室や各所に蒸気を送る量を調整する。

 

 蒸気圧が上がった事で、E10形蒸気機関車の大きなボイラーと五軸動輪により、キツイ斜面を白煙を吐き出して力強く登って行く。

 

 妖怪の山に作った踏切の存在を示す標識が見えて、夕張(E10 5)は足元にある汽笛を鳴らすペダルを踏んで汽笛を鳴らして列車の存在を知らせる。

 

 少しして列車は鐘のような音を鳴らす踏切を通過する。踏切には妖怪の山に住む知性ある妖怪達が列車が通り過ぎるのを待っており、通過しようとするE10 5号機に向けて手を振る者が居た。

 夕張(E10 5)はそれに応えるように再度汽笛を鳴らす。

 

 

 守矢神社から幻想機関区への石炭輸送は、現時点では傾斜した路線に強いE10 5号機と48633号機、バック運転を得意とするタンク型が担っている。

 

 路線の強度はD51形が重連で走っても大丈夫なのは軌道調査で判明したが、守矢神社に設置予定の転車台がまだ完成してないので、帰りは必然的にバック運転になる。テンダー型ではバック運転は難しいので、転車台完成まではバック運転が得意なタンク型や、C56 44号機や48633号機が担当する事になっている。

 

 そして傾斜した路線とあって、力強い機関車が適任となる。そこで主に運用されるのがE10 5号機と48633号機である。

 

 元々こういった勾配のある路線を走る事を前提にした設計のE10形蒸気機関車なら、ボイラーの大きさも相まって重連無しでもこの勾配を登る事は可能であり、その上タンク型なので、バック運転も得意としている。彼女ほど適した機関車は居ないだろう。

 

 8620形蒸気機関車は空転しにくい構造で、テンダー型としては意外とバック運転が得意な部類に入るので、彼女も適した機関車に入る。

 C56 44号機もバック運転が得意なテンダー型なので、彼女も選ばれた。しかし彼女の場合は後押し機関車が必要になる場合もある。

 

 他のタンク型では重量のある石炭車を単機で牽きながら勾配を登るのは困難な為、重連か後押し機関車がもう一輌必要になる。

 

 

 そうして、E10 5号機は今日も動輪を線路にガッチリと掴んで、貨物を牽いて力強く斜面を登っていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、幻想機関区。

 

 

 整備工場では全体的に検査を終えて、組み上げ途中の79602号機の姿があった。

 

 煤に汚れたボディーはピカピカに磨き上げられ、本車輌の特徴である門デフも北海道へ転属時に切り詰められた物から通常の長さの物へと換装されている。

 

 その近くでは4500形蒸気機関車と7100形蒸気機関車が各部品にバラバラにされて整備と修理が行われていた。同時に連結器もネジ式連結器から自動連結器へと付け替えられている。

 他にもブレーキや一部部品を他の国産蒸気機関車の物に交換している。

 

 二輌は状態が状態とあって、まだマシの方だが、これまで整備してきた機関車と異なり思うように修理は進んでいないそうで、少なくとも年内に修理が完了する事は無い。

 

 

 

 一方機関区の構内では、C57 135号機とD51 241号機が重連の状態で試運転を行っていた。

 

「明日香! もっと速度を上げなさい! 遅れているわよ!」

 

『は、はい!!』

 

 喉元に取り付けられた『咽喉マイク』に手を当てて(C57 135)明日香(D51 241)に叫ぶと、彼女が右耳にしているイヤホンから明日香(D51 241)の声がする。

 

 この無線機はにとり達河童が外の世界から流れ着いた古い無線機から作られた物で、車輌間でのやり取りを行う為の無線機であるので、その範囲は決して広くない。

 しかしその代わり咽喉から直接声の振動をマイクに伝えるので、雑音が殆ど無く相手に伝えられる。

 

 なぜこの二輌が重連状態で構内を走っているのかと言うと、この二輌が開通式で走る機関車だからである。

 

 C57 135号機は旅客列車を最後に牽き、D51 241号機は貨物列車を最後に牽いた蒸気機関車であり、後者にいたっては国鉄時代全ての蒸気機関車が牽引する最後の列車を牽いた蒸気機関車である。

 

 互いに最後に列車を牽いた蒸気機関車として、幻想郷で初めての営業運転の列車を牽くのだ。その為に今日はその重連運転を行う為の練習をしている。

 

 その後開通式前に最終調整の意味合いで本線にて客車を牽いて試運転を行う予定である。

 

 

 今回の重連練習で分かった事とすれば、二人の息がまだ合っていない事だ。まぁこれは性能面が大きいだろう。

 

 片や旅客用蒸気機関車。片や貨物用蒸気機関車。求められる速度と構造は異なる。

 

 諸元性能(カタログスペック)ではC57形の最高速度は100km/h前後。一方D51形の最高速度は80km/h前後だ。しかし出力では後者の方が上だが、出力=速度ではないので、あまり関係は無い。

 

 それに加え、(C57 135)明日香(D51 241)の二人の性格の違いも、息が合わない要因の一つともいえる。中には(C57 135)個人的(・・・)な部分があるのかもしれないが。

 

 まぁそんな事もあって、二人は本番に向けて必死に練習しているのだ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場面は戻って、人里で有名な甘味処。

 

 

 

「へぇ、結構メニューが多いんですね」

 

「えぇ。種類が多いし、どれもおいしいのよね」

 

 甘味処の一角のテーブルに着く北斗とアリスはメニュー表を見て、種類の多さに思わず声を漏らす。

 

「慧音さんはこの三色団子が人気だって言っていましたね」

 

「団子系はおいしいらしいわ」

 

「でしたら、三色団子に、みたらし団子、餡子塗りをそれぞれ頼みましょう。それでいいですか?」

 

「それで良いわ」

 

 アリスの了承を得て、北斗は店員を呼んで三種類の団子を注文する。

 

 

「それにしても、もうすぐ鉄道が開通するのね」

 

「はい。これも協力してくれた皆様のお陰です」

 

 注文した団子が来るまで、北斗とアリスは出されたお茶を飲みながら言葉を交わす。

 

 鉄道の開業は幻想機関区に快く協力してくれた者達が多く居てくれたおかげであり、それら無しに早期の開業はおろか、そもそも開業すら出来なかっただろう。

 そもそも鉄道の開業ができなければ、蒸気機関車の活躍の場は無かっただろう。

 

「その鉄道って、基本的に何処と何処に立ち寄るのかしら?」

 

「停車駅は今の所人里、博麗神社、守矢神社、香霖堂に設けています。今後停車駅は増えると思いますが」

 

「人里や博麗神社、守矢神社は分かるけど、香霖堂?」

 

「香霖堂を利用する人向けですが、魔法の森への入り口を兼ねていますので。まぁ利用する客は限られるでしょうが」

 

「あぁ。なるほど」

 

 アリスは納得したように頷く。

 

「まぁ、こちらの都合もありますので、列車を運行する日は毎日じゃありませんが」

 

「そりゃ毎日神社を参拝する人は居ないでしょうし、それがちょうど良いんじゃない?」

 

「ですね」

 

 北斗は小さくため息を付く。

 

 基本的に列車は週に二、三回ほど運行される予定だ。これは幻想機関区の燃料事情もあるが、それ以上に停車駅の少なさが運行数の少なさを決めている。

 まぁ、この辺は仕方無いだろう。

 

 

 

「おっ? 珍しい組み合わせだな」

 

 と、聞き覚えのある声がして二人は声がして方を見ると、箒を持った魔理沙の姿があった。

 

「魔理沙さん」

 

「珍しいわね。あなたが人里に居るなんて」

 

「まぁ、里に用事があったからな」

 

「何よ用事って」

 

「秘密だぜ」

 

 と、魔理沙は言うが、アリスはジトッと見ている。

 

「ところで―――」

 

 と、二人を交互に診た魔理沙はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「アリス。今日はデートか?」

 

「なっ!? ち、違うわよ!!」

 

 魔理沙からそう言われて、顔を赤くしたアリスは慌てて否定する。

 

「人形劇が終わった時にたまたま会ったから、ここに来て世間話をしていただけよ」

 

「その割には親しげに話していたぜ?」

 

「気のせいじゃない?」

 

「ふーん。まぁいっか」

 

 そう言いながら彼女はテーブルの席に着く。

 

「何当たり前みたいに座っているのよ」

 

「まぁ気にするなって」

 

 ジトッと睨むアリスに魔理沙はあしらうと、北斗を見る。

 

「それで、北斗は今日何をしていたんだ?」

 

「今日は建設中の駅舎の視察にです。迎えが来るまで里を歩いていました」

 

「その際に、慧音さんからここをお勧めされて、道中アリスさんに会ったので、この間のお礼をと誘ったんです」

 

「あぁ、なるほど」

 

 魔理沙は納得したように頷く。

 

「なら、私にも奢ってくれるんだよな。あの時協力したんだからな」

 

「ちょっと、魔理沙」

 

「良いですよ。魔理沙さんにもお礼をするつもりでしたので」

 

「おっ、話が分かるな!」

 

 魔理沙は笑みを浮かべて、そんな彼女にアリスは呆れたようにため息を付く。

 

 

 

 

(むむむ……一体何を話しているんでしょうか)

 

 その頃、同じ店に入った早苗は遠くから北斗達を見張っていた。

 

 北斗がアリスと一緒に居る所を目撃した彼女はこっそりと尾行して、甘味処に入ったので彼女も店に入り、適当に注文して二人を見張っている。

 

 早苗と北斗達の居るテーブルは離れているとあって、人の多さも相まって北斗達は早苗に気付いていない。

 

(魔理沙さんも加わって、あんな楽しそうに)

 

 北斗達の楽しそうな雰囲気に、早苗は少しムッとした感情が募り出している。

 

(……いえ、何を考えているんでしょうか)

 

 早苗はふと気付いて、ため息を付く。

 

(別に、二人共北斗さんと接点がないわけじゃありませんし、何より何度も北斗さんに手を貸してくれていますし、北斗さんはそのお礼でここに居るんですよね。そうです、そうに決まっています)

 

 彼女は北斗達の状況を内心で何度も呟く。

 

 まるで自分に言い聞かせるように……

 

 

 少しして注文した三色団子が彼女の元に運ばれてテーブルに置かれる。

 

「……」

 

 早苗は北斗達を見ながら一本の三色団子を手にして食べる。

 

 甘くておいしいと評判なはずなのに、今の彼女には甘く感じられなかった。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63駅 長月(C59 127)の憂鬱

 

 

 

 

 所変わって、再び幻想機関区。

 

 

 

 

「……」

 

 機関区内をたんぽぽ色のエプロンを身に着けて、手にしている竹箒で地面に落ちているゴミを掃いている長月(C59 127)は深くため息を付く。

 

 近くでは作業妖精が線路のや転轍機と行った設備を事故が起きないように点検を行っている。

 

「ここは終わったか。次は……」

 

 周りを見て掃除が終わったのを確認して、彼女は次に機関庫へと向かう。

 

 

 

 蒸気機関車達を収める扇形機関庫。

 

 最初は作られたばかり感がある綺麗な状態だった機関庫は、ほぼ毎日蒸気機関車が動いているとあって、煤汚れであちこち黒くなっている。

 

 幻想機関区に所属する蒸気機関車達がここに収められており、その数は七輌しか居なかった時と比べて今は十八輌と、最初と比べて大所帯である。

 

「……」

 

 長月(C59 127)は機関庫の前を歩いて中で休んでいる蒸気機関車を見つめる。

 

 すると構内で重連運転の練習をしていたC57 135号機とD51 241号機が機関庫へと戻って来て、順番に転車台に載ってそれぞれ所定の場所へと収める。

 

「……」

 

 その光景を長月(C59 127)はしばらく見てから、再び歩き出す。

 

 新たに加わったC11 260号機とC12 06号機も今は火を落として機関庫で休んでいる。

 

「あっ! 長月さん!」

 

「長月さん」

 

 と、C11 260号機のボイラーを磨いている緑地の『C11 260』のバッジを付けた少女こと『行橋(C11 260)』が長月(C59 127)の姿を見て声を掛ける。

 同時にC12 06号機の動輪の打音検査をしている緑地の『C12 06』のバッジを付けた少女こと『島原(C12 06)』も気付く。

 

 どちらも名前の由来は彼女達が廃車になった場所の名前から来ている。

 

「行橋に島原か。今日も罐の手入れか」

 

「はい! いつでも万全な状態にしておきたいので!」

 

「僕達は使い勝手が良いので、出番が多くなるかもしれませんから」

 

「……そうか」

 

 二人の返事を聞いて、長月(C59 127)は顔を引き攣らせる。

 

「まぁ、万全な状態を維持するのは良い事だ。ちゃんと手入れしておくんだぞ」

 

『はい!』

 

 二人は返事を返して頭を下げると、作業に戻る。

 

「……」

 

 長月(C59 127)は二人が作業に戻ったのを確認してから再度歩き出すと、険しい表情を浮かべる。

 

 

 少し歩くと、機関庫の隅に眠っている彼女の半身であるC59 127号機の姿があった。

 

「……」

 

 自身の半身を見つめて、彼女は深くため息を付く。

 

 

 この幻想郷に現れて以来、彼女は一度も走っていない。それを物語るようにC59 127号機に薄っすらと埃が被っている。当然毎日足回りの部品への注油や掃除は行っているが。

 

 その走れない最もな原因はやはり燃料である。

 

 重油専焼機として改造された本車輌は石炭ではなく、重油を燃料としている。しかしその重油は幻想機関区に無い為、彼女は動く事は出来ない。

 

 一応従来の仕様に戻す改装が計画されているが、必要になる部品が不足しているようで、現在は改装の目処は立っていない。

 

 

「悩んでいるようだな」

 

 と、声を掛けられて長月(C59 127)は声がした方を見ると、そこには右目を眼帯で覆い、顔に大きな傷を二つ持つ赤地の『C56 44』のバッジをしている女性こと『大井(C56 44)』が立っていた。

 彼女の名前の由来は今も外の世界で走っている路線の近くにある川の名前から取っている。

 

「大井か。まぁ、見ての通りだ」

 

 長月(C59 127)はそう言うとため息を付く。

 

「難儀だな。特殊な機構を持つというのは」

 

「あぁ。次世代に向けての改造とあって受け入れたが、まさかこれが障害になるとはな」

 

「お前の燃料は石炭じゃなくて、確か重油だったか?」

 

「あぁ。その重油を燃やして水を沸かす機構だ。石炭より燃える温度が高い。その上投炭作業が無い分機関助士の負担が少ない」

 

「なるほど」

 

「だが、その重油がこの機関区に無い。それどころか幻想郷には石油すらない。そのせいで私は一度も走っていない」

 

「重油ねぇ」

 

 ボソッと呟きながら大井(C56 44)は腕を組んで、C59 127号機を見る。

 

「作る事が出来れば良いんだがな」

 

「そんな都合の良い事があるわけが無いだろ」

 

「そうでもないぞ」

 

「はぁ?」

 

 大井(C56 44)の言葉に長月(C59 127)は怪訝な表情を浮かべる。

 

「戦時中に風の噂で聞いたことだが、人工的に石油を作る技術があるらしい」

 

「人工的にだと?」

 

「あぁ。確か石炭が原料とか何とか言っていた気がする」

 

「それは……」

 

「と言っても、そういう技術があるってだけで、知っているのはそこまでだがな」

 

「……」

 

「まぁ、この幻想郷では作る事は出来ないだろうがな」

 

「じゃぁ何で言ったんだ! 少し期待しただろうが!」

 

 長月(C59 127)は怒りのあまり唸る。

 

「まぁそう言うな。可能性の話をしただけじゃないか」

 

「ぐぬぬ……」

 

「だが、この幻想郷は非常識だらけだ。もしかしたらって可能性も否めないぞ?」

 

「そんな虫のいい話があるわけがないだろう」

 

 呆れたように長月(C59 127)は深くため息を付く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、再び人里。

 

 

 

「じゃぁな、北斗、団子奢ってくれてありがとうな」

 

「今日はありがとう、北斗さん」

 

 店の前で魔理沙とアリスが北斗にお礼を言う。

 

「これからも、もしかしたら協力を頼むかもしれませんので、その時はまたよろしくお願いします」

 

「あぁ。いつでも力になるぜ!」

 

「私も出来る限り協力するわ」

 

「お願いします」

 

 北斗は頭を下げる。

 

 

 

 その後北斗はアリスと魔理沙の二人を見送って、再び人里を歩く。

 

(これから時間があったら立ち寄ろうかな。そう毎回来れるわけじゃないけど)

 

 北斗は財布の中身を見ながら、内心呟く。

 

 団子自体の値段が意外と高かった上、魔理沙の分を追加注文したので、結構値が張った。まぁ値段相応のおいしさだったが。

 

(まぁ、今後協力してもらうのだから、このくらいの出費は安いものかな)

 

 内心そう呟きながら、財布をズボンのポケットに仕舞う。

 

 

「北斗さん……」

 

 と、後ろから声を掛けられて北斗は後ろを振り返ると、少し不機嫌そうな早苗の姿があった。

 

「早苗さん。どうしましたか?」

 

「あっいえ、ただ見かけただけですので、声を掛けてみたんです」

 

 まさかさっきまでこっそり尾行していたとは言えない。そんな早苗である。

 

「そうですか。そういえば、信仰活動は良いのですか?」

 

「今日の活動は終わったので、今から買い物に行こうと。そういう北斗さんは、建設中の駅の視察に来ていたのでは?」

 

「えぇ。視察が終わって、休暇がてら人里を散策していました」

 

「休暇ですか。確かに開通式が近いですもんね」

 

「はい」

 

「でも、ただ人里を歩いていたんですか?」

 

「最初の内は。でもその際慧音さんと会って、人里で有名な甘味処を教えてもらって、そこで軽く団子を食べたんです」

 

「……」

 

 早苗は一瞬不機嫌なオーラが出るも、気持ちを抑える。

 

「一人で、ですか?」

 

「いえ、途中人形劇をしていたアリスさんと会って、この間のお礼を兼ねて一緒に。途中魔理沙さんが来て、二人に団子を奢ったんです」

 

「……」

 

「まぁ二人のお陰で蒸気機関車を見つけれたり、紅魔館の地下から蒸気機関車を運び出せたので」

 

「そう、ですか」

 

 早苗は気持ちを抑えようとしていたが、それでも不機嫌なオーラが滲み出ていた。

 

 そんな不穏な雰囲気に気付いてか、北斗は首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

 

「あっ、いえ。何でもありません」

 

 早苗はハッとして、気持ちを切り替えて笑みを浮かべる。

 

(そう、ですよね。北斗さんはただアリスさん達にお礼をしていただけですよね……)

 

 内心ホッと安堵してか、不機嫌なオーラが消える。

 

(何の他意も無い、ただ単に、お礼をしていただけ……だけなんです、よね……)

 

 しかしすぐにさっきまでの自分のモヤモヤとした気持ちが過ぎり、気分が落ち込む。

 

(本当に、何に苛立っているんでしょうか……)

 

 脳裏にアリスや魔理沙と仲良さげに話している北斗の姿が過ぎると、次第に彼女の胸中に苛立ちが募っていく。

 

「……」

 

 

「あの、早苗さん」

 

「は、はい! 何でしょうか?」

 

 一瞬周りの音が聞こえなくなるほど気持ちが落ち込んだ彼女だったが、北斗に声を掛けられて早苗はハッとする。

 

「もし買い物に行くのなら、ご一緒しても良いでしょうか?」

 

「一緒に、ですか?」

 

「はい。俺も買う物がありますので」

 

「……」

 

「……もしかして、俺が来ると都合が悪いのでしょうか?」

 

「い、いえ! そんな事はありません! 一緒に行きましょう!」

 

 一瞬呆けた早苗だったが、すぐに気を取り直して了承する。

 

 

 

「ちょっといいかしら?」

 

 と、北斗の後ろから声がして彼は首を傾げるが、早苗は目を見開いていた。

 

 北斗は後ろを振り返ると、そこには一人の女性が日傘を差して立っていた。

 

 癖のある緑の髪をして赤い瞳を持っており、女性としてはそこそこ背が高い。白いシャツの上にチェック柄の赤いベストを羽織り、ベストと同じ色と柄のスカートを着用している。

 

「あなたは……」 

 

「風見、幽香!」

 

 すると女性の姿を見た早苗はとっさに北斗の前に出る。

 

「なぜあなたがここに!」

 

「あら。私がここに来たらいけない理由があるのかしら?」

 

「そうは言いませんが、なぜ今日に限って!」

 

「ただの気まぐれよ。それに貴方には用が無いのよ、守矢の巫女」

 

 スゥ、と目を細める幽香に、早苗はまるで心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、一瞬呼吸が荒くなる。

 

「用があるのは、そこの外来人よ。外野は引っ込んでいなさい」

 

「……」

 

 息を呑む早苗だったが、北斗が早苗の片に手を置く。

 

「早苗さん。ここは下がってください」

 

「で、でも!」

 

「あの人は俺に用があるみたいですので、話を聞いてみます」

 

 北斗は持ち前の勘もあって、幽香がどのような人物かを雰囲気で何となく察していた。なので、彼女の話を聞くことにした。

 

「……」

 

 早苗は食い下がろうとしたが、相手が相手とあって、長引かせれば何が起こるか分からない。彼女は渋々と北斗の前から退く。しかし何が起きてもすぐに対応できるように、こっそりと術を組む。

 

「邪魔が入ったけど、改めて名乗らせてもらうわ。私は風見幽香。一端の妖怪よ」

 

 幽香はそう自己紹介するも、早苗は一瞬『どこが一端の妖怪ですか』と言いたげな表情を浮かべる。

 

「……霧島北斗です」

 

「噂は聞いているわ、外来人さん」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は息を呑むと、幽香は彼の顔を見る。

 

(……ホント、そっくりね)

 

 彼女は北斗の顔を見て、友人の顔が重なり、改めて認識する。

 

「……」

 

「……あの、何か?」

 

「いえ、何でも」

 

 そう言うと、彼女は浅く息を吐く。

 

「それで、自分に一体何の用ですか?」

 

「正確には私じゃなくて、彼女が貴方に用があるのよ」

 

 と、幽香は後ろを振り向きつつ、少し横へとずれる。

 

「……っ!」

 

 すると北斗は幽香が退いた先に居る人物を見て、目を見開く。

 

 

「……久しぶりだな、北斗」

 

 少しぎこちない微笑みを浮かべて、飛鳥は手を小さく振るう。

 

「お姉、さん……?」

 

 二度と会うことは無いと思っていた人物との再会に、北斗は呆然と立ち尽くした。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64駅 再会

半ば鉄屑状態で放置されていたC11 312号機ですが、最近錆止めの塗装が施されて各部パーツが集められているようですね。綺麗な状態に修復するのか、C12 208号機みたいに某作品のキャラクターに魔改造駅して構内に展示でもするのか。
どちらにしても、とても良い事だと思います。


 

 

 

『……』

 

 

 そこは気まずい雰囲気が漂っていた。

 

 北斗と飛鳥は人里の広場に移動して、そこにあるベンチに座っていた。早苗は北斗の隣に座っており、幽香は役目を終えたと言わんばかりに帰っていった。

 

「その……本当に、久しぶりだな」

 

「は、はい」

 

 少しして飛鳥が口を開く。

 

「しばらく見ない内に、ずいぶん大きくなったな。最後に見た時はまだこのくらいだったのに、今じゃ同じぐらいか」

 

 飛鳥は最後に見た幼い姿だった頃の北斗を思い出しながら、彼を頭から足まで見ると、左手をベンチより少し高い位置で止める。

 

「そりゃ、もうあれから十年以上は経ちますからね」

 

「十年以上……そうか。もうそんなに経つんだな」

 

 彼女は遠い目で空を見る。

 

(そんな長い間、北斗を見ていなかったのだな)

 

 大きくなった北斗の姿を見て、それを実感させられる。そして同時に情けない気持ちが込み上げてくる。

 

「お姉さんは―――」

 

「ん?」

 

「お姉さんは、あの時から変わってませんね」

 

「……」

 

「人間じゃ、無かったんですね」

 

「……あぁ、そうだ」

 

 飛鳥は力なく、返事をする。

 

「幻滅したか?」

 

「いえ。人間であっても、そうでなくても、お姉さんはお姉さんです」

 

「北斗……」

 

 彼は飛鳥に笑みを向ける。

 

 

「あ、あの、北斗さん」

 

 と、さっきまで黙っていた早苗が口を開く。

 

「その人って……?」

 

「はい。前に話した小さい頃によく蒸気機関車の事を話してくれたお姉さんです」

 

「この人が、ですか?」

 

「えぇ。名前は――――」

 

 と、北斗はピタリと止まる。

 

「そういえば、名前聞いていませんでしたね」

 

「あぁ、そういえば言ってなかったな」

 

 ずっと言ってなかった事を思い出して、飛鳥は苦笑いを浮かべる。

 

 彼女は咳払いをして、口を開く。

 

「私の名前は飛鳥だ」

 

「飛鳥さん、ですか」

 

 初めて知った彼女の名前を北斗は小さく呟く。

 

「そういえば、北斗。彼女は? 守矢神社の巫女さんだって言うのは分かるが」

 

 と、飛鳥は北斗の隣に座る早苗を見る。

 

「えぇと、早苗さんは―――」

 

「もしかして、北斗の彼女か?」

 

 飛鳥がそう言うと、二人は顔を赤くして慌てる。

 

「ち、違います!! 俺は早苗さんとは!?」

 

「そ、そうです!? 私は別にそんな!?」

 

(初々しいなぁ……)

 

 予想通りの反応が返ってきて飛鳥は微笑みを浮かべる。

 

(こういう反応があるって事は、互いに意識している部分があるって事か)

 

 そう考えると、飛鳥は嬉しく思えた。

 

 まぁ自分の子供に春が来たと思えてくると、母親として喜ばしい事だ。尤も、彼女は正直に喜べるものではなかったが。

 

「冗談だよ。北斗と守矢神社の関係は花果子念報で知っている」

 

「はたてさんの?」

 

「あぁ。知っているのか?」

 

「えぇ。はたてさんから密着取材を受けたことがあるので」

 

「そうなのか(文々。なら分かるが、花果子の方でか)」

 

 飛鳥は意外そうに呟く。

 

「そういえば、飛鳥さん」

 

「なんだ?」

 

「飛鳥さんは早苗さんにどこか見覚えはないですか?」

 

「守矢神社の巫女に?」

 

 飛鳥は首を傾げながら早苗を見る。

 

「もちろん、最初に見た時にですよ」

 

「ふーむ。最初に見た時に、か」

 

 彼女は記憶の糸を手繰り寄せて思い出す。

 

「まぁ、初めて彼女を見た時、そう感じた事はあったかな。だが何でこの事を?」

 

「はい。実は―――」

 

 

 

 少年説明中……

 

 

 

「そうか。あの時の子か」

 

 飛鳥は北斗の話を聞いて思い出し、改めて早苗を見る。

 

「いやぁ、君も大きくなったね。見違えるよ」

 

「は、はい」

 

「あの時の子がこうして幻想郷で北斗と再会して、親しくなるか。不思議な縁があったものだな」

 

「そうですね」

 

(不思議な縁、ですか……)

 

 飛鳥の言葉に、早苗は内心呟く。

 

 幼い頃に出会った少年とこの幻想の地で再会したのだ。何かしらの縁があると思っても不思議ではない。

 

「あっそうだ。新聞で見たぞ、北斗。鉄道を開業させるそうだな」

 

「はい。自分と一緒に幻想入りした蒸気機関車達と一緒に、この幻想郷で何か出来る事がないかと考えて」

 

「そうか」

 

 と、一瞬飛鳥は悲しげな表情が過ぎるも、すぐに気持ちを切り替える。

 

「幻想の地に、外の世界で忘れ去らようとしている蒸気機関車が活躍する、か」

 

「……」

 

「幻想郷に、新たな歴史の風が吹きそうだな」

 

「はい」

 

 北斗は静かに頷く。

 

「あの、飛鳥さん。今度の開通式に、来てくれますよね?」

 

「あぁ。もちろんだ」

 

 飛鳥は笑みを浮かべる。

 

 

 

「……」

 

 北斗と飛鳥の二人の親しげな会話を早苗は静かに見つめていた。

 

(北斗さん。本当に楽しそう……)

 

 蚊帳の外にされている自分に寂しさを感じていたが、二人の間に入り込める隙間は無いと思っていた。

 

 自分で例えるなら神奈子と諏訪子と十年近くぶりに再会したものなのだ。嬉しくなるのは当然だ。

 

(……でも)

 

 ふと、早苗はある事が気になる。

 

(北斗さんと飛鳥さん……何となく似ている?)

 

 早苗は二人の顔つきがどことなく似ている事に首を傾げる。特に二人の瞳の色が良く似ている。

 

 これで姉弟だと言われても、何の違和感は無い。

 

「あ、あの、飛鳥さん?」

 

「ん? なんだい?」

 

 早苗に声を掛けられて飛鳥は彼女を見る。

 

「変な事を聞くかもしれませんが、飛鳥さんと北斗さんって、もしかして姉弟とかそんな関係じゃないんですか?」

 

 彼女がそう問い掛けると、北斗は首を傾げ、飛鳥はギョッとする。

 

「違いますよ、早苗さん。確かに飛鳥さんの事を姉の様に思っていましたが、姉弟じゃありません」

 

「そう、ですか? 二人がよく似ていたので、てっきり」

 

「そういや小さい頃、飛鳥さんと一緒に居ると、姉弟みたいによく似ているって言われましたね。そうですよね?」

 

「んっ? あ、あぁ、そうだったな。確かに、よく言われていたな」

 

 北斗に聞かれて飛鳥はオドオドとした様子で答える。

 

「……」

 

 早苗は彼女の不自然な様子に目を細める。

 

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

 と、飛鳥はコートのポケットから懐中時計を取り出して蓋を開け、時間を確認して声を漏らす。 

 

「悪いな、北斗。会って早々だが、そろそろ行かないと」

 

「そう、ですか」

 

 北斗は寂しそうな表情を浮かべる。

 

「そんな寂しそうな顔をするな。近い内にまた会えるさ」

 

「……」

 

「その時は、ゆっくり話そう」

 

「……はい」

 

 飛鳥はそう言うと、立ち上がってその場から離れる。

 

「飛鳥さん!」

 

 すると北斗が立ち上がって、彼女を呼び止める。

 

「今度、機関区に来てもらえないでしょうか。みんなにも飛鳥さんを紹介したいので」

 

「……」

 

 飛鳥はしばらく黙り込むが、北斗の方を振り向いて笑みを浮かべる。

 

「そうだな。機会があれば、北斗の機関区に招待してくれ」

 

 彼女はそう言うと、ゆっくりと歩き出す。

 

「……」

 

 北斗はその後ろ姿を、ただ見つめた。

 

「……」

 

 しかし、早苗は飛鳥の背中に疑惑の目を向けていた。

 

 

 

 

「……」

 

 そんな中、北斗達の会話を建物の陰からこっそりと見ていた る~こと は何かを確認してから、その場を後にする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 飛鳥は広場を後にした後、里をゆっくりと歩く。

 

「で、良かったのかしら?」

 

「……何が?」

 

 彼女は立ち止まって路地裏の方を見ると、建物の壁に腕を組んでもたれかかっている幽香の姿があった。

 

「ようやく会えたのに、真実を伝えないまますぐに別れて」

 

「……分かって言っているでしょ、幽香」

 

「……」

 

「今日再会したばかりで、急に言ってもあの子はすぐに受け入れられないわ」

 

 まぁ、急に「お前は私の息子だ」と言われても、相手はすぐに受け入れられるはずが無いだろう。

 

「それ以前に、私はあの子の母親として、名乗る資格は無いわ」

 

「……」

 

「これで、良いのよ……」

 

 飛鳥はまるで自分に言い聞かせるように、再び歩き出す。

 

 

「あなたのそういう無駄に意地っ張りな所、嫌いよ」

 

 幽香はそう呟くと、組んでいた腕を解く。

 

「……世話が焼けるわね」

 

 ボソッと呟くと、彼女はその場を立ち去る。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65駅 幻想郷鉄道 開通

少しずつ綺麗に整備されていたC11 312号機ですが、どうやら来年の11月頃に大井川鐵道周辺にオープン予定の施設に復元展示するようですね。
でもって真岡鉄道のC11 325号機はラストランを迎え、大宮に回送されましたね。東武鉄道でも他のC11形と一緒に元気に走ってほしいです。

今後の情報に期待です。


 

 

 

 時は過ぎていき、遂に迎えた鉄道開通式。

 

 

 

 太陽が昇り出して辺りが明るくなり始める中、幻想機関区に緊張が走っていた。

 

 

 機関庫では火が入れられたC57 135号機とD51 241号機が作業妖精達によって出発前の最終検査を受けている。

 

 火が入れられた蒸気機関車達は熱気を放ち、コンプレッサーがまるで心臓の鼓動を彷彿とさせるリズムで作動している。

 

 この日の為に、二輌共ボディーをピカピカに磨き上げられており、機関庫内を照らす白熱灯の光が反射して輝いている。

 

 煙突と給水暖め機の縁に真鍮製の帯が施され、ランボードと炭水車(テンダー)の縁に白いラインが入れられ、メインロッドに赤いラインが入れられる等、装飾が施されている。

 

「……」

 

 C57 135号機の足回りには(C57 135)が金槌を使って動輪やメインロッドを叩いて打音検査を行い、異常が無いかを調べている。今日はとても大事な一日とあって、検査は徹底されている。

 明日香(D51 241)は先に打音検査を終えており、その他の点検作業を終えて運転室(キャブ)にて待機している。

 

 機関庫内には多くの機関車がいるはずだが、今日は機関車を駅構内に展示させる為に全てが出場しているので、ガラーンとしている。

 

 (C57 135)が打音検査を終えた頃に、D51 241号機が汽笛を短く鳴らし、ゆっくりと機関庫から出庫して転車台に載る。

 

 転車台が動いてD51 241号機の方向を変えている中、(C57 135)運転室(キャブ)に乗り込むと、機関助士妖精が焚口戸を開けている火室へとスコップで掬った石炭を投炭していた。

 

「どう?」

 

「問題ありません。いつでもいけます」

 

 機関助士妖精からそう聞いて彼女は頷きながら機関士席に座ると、転車台で方向を変え終えたD51 241号機が汽笛を短く鳴らし、バック走行で転車台を降りて牽引する客車が置かれている線路へと向かう。

 

 少しして転車台がC57 135号機の方へと向くのを確認し、(C57 135)は「出庫!」と指差しながら言うと、ブレーキハンドルを動かしてブレーキを解き、汽笛を鳴らすペダルを踏んで短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車を前進させ、転車台に機関車を載せる。

 

 転車台で方向を変えた後、(C57 135)は逆転ハンドルをメーターを見ながら回してギアを変え、汽笛を短く鳴らしてC57 135号機はゆっくりとD51 241号機が向かった線路へバック運転で向かう。

 

 

 C57 135号機はゆっくりと後退しつつ進んでいき、本線と繋がっている線路へと入線する。

 

 線路には既にスハ43五輌とスハフ42二輌、の計七輌の客車と連結したD51 241号機が待機している。

 

「……」

 

 (C57 135)はギリギリまで近付いて機関車を停車させると、連結器に異常が無いのを確認した作業妖精が緑旗を揚げたのを確認して彼女はブレーキを解き、ペダルを二回踏んで汽笛を二回短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてゆっくりと後退させる。

 

 C57 135号機はゆっくりと後退してD51 241号機へと近付いていき、連結手前で(C57 135)は加減弁を閉じてブレーキを掛ける。同時に二輌の連結器が組み合わさり、連結する。

 

「ふぅ……」

 

 (C57 135)は小さく息を吐くと、加減弁ハンドルの位置とブレーキがしっかり掛かっているのを確認してから席を立って運転室(キャブ)を降りる。

 

「いよいよですね」

 

「そうね」

 

 運転室(キャブ)から降りた所で、明日香(D51 241)(C57 135)に声を掛ける。

 

「訓練通りに、ちゃんと付いてくるのよ」

 

「はい! 訓練通りに! 今日は必ず成功させましょう!」

 

「えぇ。必ず成功させるわよ」

 

 (C57 135)は口角を上げてそう言う。

 

 

 その後時間になるまで、機関車と客車に異常が無いかの最終確認を行った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、人里。その外側。

 

 

 人里に一番近い線路には、人里の大工達と作業妖精達によって建設された駅舎の姿があった。

 

 外の世界にあるような立派な物を作りたかったが、さすがに短期間で建造していたので、木造建築の小さな駅舎となった。

 しかし姿形は問題ではない。駅舎がそこにある。それだけでも十分意味があるのだ。

 

 それに駅舎の規模は今後拡張されていく予定である。

 

 

 幻想郷初の駅舎は上り線と下り線にそれぞれ乗客が客車に乗り降りするホームが作られているが、上り線から下り線を行き来する歩道橋は作れなかったので、それぞれのホームへの行き来はホームとホームの間に設けた横断歩道を歩いて行くしかない。

 

 その駅構内には幻想郷初の営業列車が通る上り線以外の列車の待避線として使われる中央線と下り線に、幻想機関区からやって来た蒸気機関車達が展示されていた、

 

 テンダー型では通常の除煙板(デフレクター)を装備したD51 465号機と切り詰め除煙板(デフレクター)を装備したD51 603号機、C55 57号機、C56 44号機、48633号機、C58 1号機等が展示されている。

 それと無火状態だが、D51 1086号機、D62 20号機、綺麗にされたC59 127号機と組み上げが終わった79602号機も回送されてここに展示されている。

 

 タンク型ではC10 17号機、C11 312号機、C12 208号機、B20 15号機、E10 5号機が展示されている。

 そして無火状態でC11 260号機、C12 06号機の姿もあった。

 

 初めて間近で見る蒸気機関車に多くの人里の住人は興味津々に見ており、特に初めて姿を見せたB20 15号機、C11 260号機にC12 06号機、C59 127号機は人気であった。

 その傍でそれぞれの神霊の少女達が里の人達に自身の機関車の解説をしている。

 

 そして一定の時間ごとに蒸気機関車達は汽笛をリズムよく鳴らす。一輌一輌気的の音色が違うとあって、見学者達は大きな音にびっくりするも興味津々に見ていた。

 特に特徴的な音色のC10 17号機とB20 15号機、三音室汽笛の48633号機は誰もが聞き入っていた。

 

 今回は安全性を考慮して見学は外見のみとなって、運転室(キャブ)内の見学は見送られている。

 

 それに加え、今日は結構冷え込んでいるとあって、熱を発している機関車の傍で暖を取っている者が多かった。

 

 

「凄い人ですね」

 

「そうですね」

 

 開通式の会場の一角で、北斗と早苗の二人は人の多さに思わず声を漏らす。

 

「こんなにも、鉄道を期待してくれている人達が居たんですね」

 

「それはそうですよ。今まで里の外は危険がいっぱいで、中々遠出が出来なかったみたいなので、それを可能にする鉄道に期待しているようです」

 

「そうですか……」

 

 集まった里の人達を見回して、北斗は声を漏らす。

 

「早苗さん。今日はよろしくお願いします」

 

「はい! 今後事故が起きないように、気合を入れて安全を祈ります!」

 

 気合を入れるように両手を握り締めながら、早苗は答える。

 

(気合を入れて祈るって……)

 

 北斗は内心静かに唸りながら、今日の予定を改めて思い出す。

 

 

 開通式は北斗が鉄道開業に協力してくれた者達への感謝の言葉を述べ、その後早苗が鉄道の安全を祈願する流れになっている。

 

 そして機関区からやって来る記念すべき営業列車第一号が線路を辿って幻想郷各地を巡るようになっている。

 

 

 

 その後北斗と早苗は鉄道開業に協力してくれた慧音達人里の住人に、少ししてやって来たレミリア達の元に赴いて感謝の言葉を述べた。

 

 

 

 そして時間が経過して10時。

 

 機関区からC57 135号機を先頭にD51 241号機の重連機関車が牽引する営業列車が上り線へと入ってきて、停車する。

 

 C57 135号機の前面には黒地に縁が金色で同色で『SL幻想号』と書かれたヘッドマークが取り付けられていた。

 

 列車がやって来たことで、開通式が行われた。

 

 

 北斗によって開通式開式の辞が述べられ、次に鉄道開業に協力してくれた里の人間やレミリア達、そして守矢神社に対して感謝の言葉を述べる。

 その様子を鉄道の開通式を聞きつけてやってきた文とはたての文屋天狗達がカメラに収めている。

 

 次に早苗が鉄道の安全を祈願して列車に、そして蒸気機関車の神霊達に祈りを捧げる。

 

 駅のホームに列車の乗客としてやってきた人里の住人達が入ってきて、順番に客車へと乗り込んでいく。その人数は客車七輌全てが埋まるほどであった。

 

 そして開通式も終盤を迎え、人里代表として里長と慧音が花束を明日香(D51 241)(C57 135)、機関助士妖精に贈呈し、最後に北斗や里長、慧音、早苗がテープカットを行い、同時にくす球が割れて『祝! 幻想郷鉄道開通!!』と書かれた垂れ幕が出てくる。

 

 

「……」

 

「……」

 

 二輌の蒸気機関車の煙突から煙が吐き出されて出発準備が整い、全ての客車の扉を閉め終えて安全を確認した駅員が発車を知らせるベルを鳴らし、北斗と早苗の二人は顔を見合わせて頷き合う。

 

「出発進行!!」

 

「出発進行!」

 

 北斗が右人差し指を伸ばして前へと向けながら号令を出すと、続いて早苗が同じように号令を出す。

 

 直後にC57 135号機の汽笛から猛々しい音と共に蒸気が噴き出し、それに続いてD51 241号機の汽笛からC57 135号機とは異なる音色と共に蒸気が噴き出す。

 

 汽笛を鳴らした二輌の蒸気機関車はゆっくりと進み出し、シリンダー付近の排出管から蒸気を吐き出しながら客車を牽いて進む。

 

 列車を見送るように火を入れている機関車達から汽笛が一斉に鳴らされ、二輌の蒸気機関車に牽かれた列車は速度を上げて走っていく。

 その沿線には列車に乗らなかった里の人間達が手を振るって見送っていた。

 その中に、人混みの中に紛れている飛鳥の姿があった。

 

 彼女の姿を見つけた北斗は手を振り、飛鳥も北斗の姿を見て手を振る。

 

 沿線にいる人達に応えるようにC57 135号機とD51 241号機は順番に汽笛を鳴らす。

 

 

 

 幻想郷の新たな歴史の始まりを告げるように、幻想の地に汽笛が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 日傘を差して遠くから響く蒸気機関車の汽笛を聞きながら、紫は白煙を吐いて走る蒸気機関車を見つめていた。

 

「始まりましたね」

 

「えぇ」

 

 後ろに控える藍の言葉に、紫は短く返す。

 

「これが幻想郷に良い結果を齎す事を、祈りましょう」

 

「……」

 

「それで」

 

 と、紫は後ろに振り返って藍を見る。

 

「やはり彼女が蒸気機関車の製造に関わっていたのかしら?」

 

「はい。残留していた魔力から元を辿ったところ、魔界に辿り着きました。その先は痕跡が掻き消されていましたが、途切れた先には彼女が居る城がありましたので、可能性は高いかと」

 

「……」

 

「どういたしますか?」

 

 顎に手を当てて考える紫に藍は問い掛ける。

 

「今は泳がせて置きましょう」

 

「よろしいので?」

 

「どうせ聞いたところで、彼女が答える筈が無いわ。それに証拠が固まっていないんじゃ、逆に濡れ衣を着せたといって難癖を付けてくるわよ」

 

「……」

 

「だから、今は良いのよ。今は、ね」

 

「はい」

 

 何かを含んだような言い方だったが、藍は特に気にせず返事をする。

 

「それと、霧島北斗に接触した者については?」

 

「申し訳ありません。うまいように足取りを消しているようで、人里を去った後の行方は掴めていません」

 

「そう……」

 

 紫はボソッと呟くと、ため息を付く。

 

「まぁ、そちらも泳がせて置きましょう。でも警戒は怠らないことね」

 

「はい」

 

 彼女はそう言うと、スキマを開いてその中に入る。藍もそれに続く。

 

(……幻想郷に異物を持ち込んだ罪は、償ってもらうわよ)

 

 紫は内心そう呟きながら、彼女達はスキマへと消えていく。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66駅 疑惑と目途と産声を上げる罐

今回は短め


 

 

 

 

 時系列は遡る事少し前。

 

 

 

「――――以上が報告となります」

 

「ごくろうだったわね、る~こと」

 

 博麗神社の境内にある家の縁側で、る~こと より報告を聞いた霊夢は手にしている湯呑を傍に置く。

 

「……」

 

 霊夢は写真を手にして目を細める。

 

 写真には北斗と早苗に、北斗と親しげに話している飛鳥の姿が写っていた。

 

 密かに尾行していた る~こと は会話の内容に耳を立てて、写真を撮っていた。

 

「親しげな雰囲気で会話をしていたので、御二人は昨日今日の付き合いということは無いと思われます」

 

「そのようね」

 

 写真からでも、二人の様子はとても親しげだ。

 

「会話の内容から、二人は外の世界に居た頃から既に交流があったと思われますが、これは……」

 

「……」

 

 る~ことの言葉を聞き、霊夢の表情が険しくなる。

 

(この女、まさか大結界を越して幻想郷と外の世界を行き来していたっていうの?)

 

 スキマ妖怪で無ければ出来ないような芸当に、霊夢は内心焦る。

 

 博麗大結界は非常に強固で、敏感な結界である。生半可な事では結界は破れないし、何より異常があると博麗の巫女である彼女に知らされるようになっている。

 

 何かあれば分からないはずが無い。気付かれずに博麗大結界を通り越せるのは八雲紫ぐらいしか出来ない。

 

 だが、この写真に写る女性はそれを行った可能性がある。

 

(この女、何者なのかしら)

 

 首をかしげて静かに唸る。

 

(と、いうか……)

 

 写真に写る二人を見て、霊夢はある事に気付く。

 

(よく似ているわね……この二人)

 

 二人の顔を見比べて、霊夢は北斗と飛鳥の二人の顔がよく似通っているのを感じる。

 

「そういえばこの二人、よく似ているわね」

 

「早苗様もそう仰っていました。ですが姉弟ではなく、ただ似ていただけだそうです」

 

「ただ似ていただけ、ねぇ……」

 

 霊夢は疑わしそうに声を漏らし、目を細める。

 

「……」

 

 

『なら、霧島北斗を見張ればいいさ。異変の首謀者は必ず彼の元に現れる』

 

 

 ふと、魅魔の言葉が彼女の脳裏に過ぎる。

 

「……」

 

 霊夢は写真を傍に置き、湯呑を手にしてお茶を飲む。

 

「どうしますか、ご主人様」

 

「……今はまだ様子見ね」

 

「良いのですか?」

 

 霊夢の意外な返答に る~こと は驚いたような表情を浮かべる。いつもならすぐに行動を起こすのにだ。

 

「まぁ、少し疑惑はあるだけで、証拠は無いわ。それにまだ動く時期じゃない」

 

「そうですか」

 

「と言っても、警戒に越した事はないわ。もしこの女性を人里で見たら、警戒しておきなさい」

 

「分かりました」

 

 る~こと は頭を下げて掃除をする為、箒を取りにその場を離れる。

 

「……」

 

 霊夢は浅く息を吐き、空を見上げる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって魔法の森。

 

 

 

「……」

 

 魔法の森の中で一際目立つ大きな木の高い位置にある枝に、魅魔は腰掛けて景色を眺めていた。

 

「線路がある以外は、ここは変わらないねぇ」

 

 そう呟きながら森を眺めていると、森の中に立つ一軒家を見つける。それと同時に彼女の脳裏に、思い出が過ぎる。

 

「久しぶりに会いたいもんだねぇ、魔理沙」

 

 懐かしそうに彼女は呟きながらかつての愛弟子を思い出して、微笑みを浮かべる。

 

「まぁ、会うにしてもまだその時じゃないけどね」

 

 そう呟くと、左手を広げて、そこから掌から禍々しい光を放つ発光体が現れる。

 

「相変わらず、機嫌が悪そうだね」

 

 すると発光体は点滅する。

 

「文句を言うんじゃ無いよ。そう簡単にあんたの新しい身体を用意出来るもんじゃないよ」

 

 魅魔がそう言うと、発光体の点滅の勢いが減る。

 

「手っ取り早くっていうなら、外の世界で今も走っているあんたの身体を使うって言うのもあるけど」

 

 魅魔がそう言うと、発光体の点滅が激しくなる。

 

「あれはもう自分じゃない、か。まぁ、そうかも知れないねぇ」

 

 そう呟くと彼女はため息を付く。

 

「まぁ、気長に待ってな。ちゃんと新しい身体は用意してやるさね」

 

 言い聞かせるように言うと、魅魔は発光体を仕舞う。

 

(やれやれ。あぁは言ったけど、新しいやつをどう手に入れるなんて、全く目処は立っていないんだよねぇ)

 

 約束した手前心苦しいものも、実を言うとあれを手に入れる為の当てが全く無かった。

 

(そもそも、外の世界に残っている同型機を持ってくるのは大変なんだよ……)

 

「根拠の無い約束をするもんじゃないねぇ」と呟きながら、彼女はマントを蝙蝠の翼に変換して飛び立つ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって魔界の創造神こと神綺の城。

 

 

 

 地下へと続く階段に、リズムよく足音が響く。

 

 

「……」

 

 右掌から球体状の光を出して明かりを照らしている神綺はゆっくりと階段を降りていき、最下層にある地下室の扉を開けて中に入る。

 

 部屋の中に入ると、彼女は球体状の光を前へと放り投げるように飛ばすと、光は分裂してそれぞれの灯台に着いて光を放ち、地下室を明るくする。

 

 明かりが灯されて地下室は薄暗いものも、部屋にしてはかなり広く、様々な物が置かれている。

 

「全く。飛鳥も中々大変な注文をするものね」

 

 ため息を付きながら彼女は地下室の奥へと歩いていく。

 

 様々な物が置かれており、中には巨大な試験管の様なカプセルに何らかの生物が浮かんでいる物もある。

 

 

 

 そして彼女が奥へと向かうと、そこには線路があり、その線路に巨大な物体が鎮座していた。

 

 

 漆黒のボディーを持つそれはとても大きく、彼女が見上げるほどの大きさだ。その巨大なボディーを支える物は大きな動輪であり、その大きさは神綺よりも大きい。

 

 

 

『C62形蒸気機関車』

 

 

 

 それが、この巨大な漆黒のボディーを持つ物の名前だ。

 

 

 D52形蒸気機関車のボイラーを流用した日本最大にして、狭軌規格の蒸気機関車の中で最速を誇る日本の蒸気機関車だ。

 

 そんな代物が三輌も並べられて鎮座している。

 

 後ろ二輌のC62形はほぼ同じ形状をしているが、先頭の車輌だけ一部形状が異なっている。

 

 さすがの神綺もこのような代物を三輌作るのは苦労したそうである。それにまだ完成していないのか、多くの部品が機関車の近くに並べられており、ナンバープレートも取り付けられていない。しかし先頭のC62形だけはほぼ完成している。

 

「……」

 

 彼女は先頭のC62形の傍にある物を見つめる。

 

「もうそろそろ……かしら」

 

 彼女が目を細める先には、試験管に似たカプセルがあった。液体で満ちたその中に何かが入っていた。

 

 

 

 カプセルの中に入っていたもの……それはこの場に居ないはずの、幻想郷に居るはずの人物に、瓜二つの者が眠っていた。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8区 地底編
第67駅 新たなヒントと不穏な光景


今年最後の投稿になります。来年も本作をよろしくお願いします。


 

 

 幻想郷で鉄道が開業してから数日が経過した。

 

 

 

 肌を切るような寒さとなり、本格的に冬を迎えた妖怪の山。

 

 その山中に、蒸気機関車の汽笛が鳴り響く。 

 

 

 山中にある線路を、軽快なドラフト音と共に列車が走り去っていく。

 

 C58 1号機が客車五輌を牽引する守矢神社行きの列車は自然が創り出した森のトンネルを抜け、山の中で開けた場所を通っていく。

 

 集煙装置付き煙突から灰色の煙を吐き出しながら傾斜した線路を力強く爆走する姿は、かつて山口線を走っていた時の姿を彷彿とさせる。

 

 しかし妖怪の山の路線はその山口線を連想させる物であり、勾配のある路線はC58 1号機にはキツイようで、きつそうに煙を吐き出して登っていた。

 普段なら単機でも登り切れるが、昨日に雨が降っていたので線路は雨で濡れて落ち葉が落ちているので、たまに線路上に落ちている水を含んだ落ち葉を踏んで空転を起こしていた。

 

 その為、今日の列車の最後尾には後押し機関車としてE10 5号機が連結されて、プッシュプル形式で列車を押していた。その姿もかつて倶利伽羅峠で列車の補機として活躍していた頃を彷彿とさせる。

 

 

 幻想郷鉄道の運行は基本的に貨物列車以外では博麗神社行きと、守矢神社行きの列車の二本となっている。たまに幻想郷を巡る列車も走らせる予定である。

 もちろん今後列車の行き先と運行数が増える可能性はある。

 

 それぞれの列車は一日に三回往復して運行されており、人里に暮らす人々を遠くにあるそれぞれの神社へと送っている。

 

 しかし様々な面から、列車はそれぞれ別々にして、日ごとに運行している。

 

 列車を日ごとに分けている理由としては、博麗神社と、守矢神社の参拝客が一堂に会した時に問題を起こさないように、万が一の為である。

 

 今日は守矢神社行きの列車が走る日である。

  

 平坦の道が多い博麗神社行きの路線は主にタンク型機関車が担う事が多いが、勾配が多い守矢神社行きの路線では勾配に強い機関車や、こうして二輌以上の重連編成で運行する。

 当然貨物列車も同様である。

 

 今日の守矢神社行きの列車牽引をC58 1号機が担当する事になり、補機としてE10 5号機が選ばれた。

 

 

 C58 1号機が汽笛を鳴らすと、それに応える様にE10 5号機も汽笛を鳴らして、列車は力強く登っていって守矢神社を目指す。

 

 

 

 

 所変わって人里から離れた森林付近の路線。

 

 

 線路上には48633号機が一定の間隔でコンプレッサーを動かして煙突横の排気管から蒸気を噴射して停車している。

 

 その後ろには石材を積み込んだ無蓋車三輌とソ80操重車一輌、そのソ80操重車のクレーンで線路脇に運ばれた丸太を長物車二輌に積み込む作業が行われている。

 

 48633号機が牽引する貨物列車が採石場から石を、森林から木を貨車に積んで人里へと運んでいる。到着後は里にある製材所に運ばれて加工される。

 

 ソ80操重車は本来事故を起こした車輌の復旧に使う物だが、こうして積荷の積載に使う事もある。

 

 丸太の積載を作業妖精と人里からやって来た作業員達が行っている間、48633号機の運転室(キャブ)内で卯月(48633)は作業の様子を見守り、機関助士妖精は焚口戸を開けた火室へと石炭を投炭して出発に備える為に蒸気を上げている。

 

 以前まで石や木は牛や馬を使って荷車に積んで運んでいたが、積載量が少ないので一度に多く運ぶ事が出来ず、その上道中妖怪や獣、または妖精に襲われて逃げる為に荷物を放棄せざるを得なかった。

 しかし貨物列車が運行されるようになってからは、大量に石材や木材の輸送が可能となり、道中妖怪に獣、妖精に襲われる事も無くなったのだ。

 

 

 そして丸太の積載が終えて、作業員全員が客車に乗り込むのを確認した作業妖精の車掌がホイッスルを吹いて緑色の旗を振るう。

 

 それを確認した卯月(48633)はブレーキハンドル手にしてブレーキを解き、天井からぶら下がっている紐を引いて三音室汽笛特有の高い音と共に蒸気が噴射される。

 

 加減弁ハンドルを引いて蒸気をピストンへと送り込むと、48633号機は煙突から灰色の煙を吐き出して特徴であるボックス動輪が線路をガッチリと掴んでゆっくりと進む。

 

 

 そして今日も、幻想郷に汽笛が鳴り響く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって紅魔館。

 

 

 

 真っ赤な内装の屋敷の一室で、北斗はレミリアからお茶会の招待を受けて、紅魔館に訪れていた。

 

 

「改めてだけど、鉄道開業おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 レミリアから祝辞の言葉を送られて、北斗は頭を下げる。

 

「これから忙しくなりそうね」

 

「えぇ。毎日ではありませんが、これから忙しくなりますね」

 

「そう。まぁ、頑張りなさい」

 

 レミリアは背もたれにもたれかかる。

 

「こちらこそ、本日はお茶会に招待していただいて、ありがとうございます」

 

「お礼はいいわ。こっちも色々と話したい事があるしね」

 

 傍で咲夜がティーカップに紅茶を注いでいる中、北斗はレミリアにお礼を言い、彼女はどことなく引き攣っているような表情を浮かべている。

 

「話したい事ですか。それは一体?」

 

「今から話すけど……その前に」

 

 と、レミリアは引き攣った表情で北斗を見る。正確には北斗の前である。

 

「~♪」

 

 北斗の膝の上に座っているフランは上機嫌に鼻歌を謳っている。

 

「フラン。彼から降りなさい」

 

「えー? 何で?」

 

 レミリアから忠告されて、フランは首を傾げる。

 

「今から彼と話をするのよ。貴方が乗ったままだと邪魔なのよ」

 

「邪魔じゃないもん。そうでしょ、お兄様?」

 

 と、後ろを向いてフランは上目遣いで北斗を見る。

 

「レミリアさん。自分は気にしていないので、このままでも大丈夫です」

 

「ほら! お兄様はこう言っているんだから!」

 

「ほら見ろ!」と言わんばかりにレミリアを見るフランに、彼女がぐぅの音も出なかった。

 

(最近思うんだけど、日に日にフランが生意気になっているような気がするわ)

 

 内心呟きながら、彼女は苛立つ感情を抑える。

 

 姉妹の仲が和解してからと言うものも、フランは日に日に自我が強くなって来て、少し我が儘になり始めていた。

 

(……でもまぁ)

 

 苛立ちを抑えつつ、彼女は改めて前を見る。

 

 そこには北斗に懐いて、親しそうに会話を交わしているフランの姿があった。

 

 こんなに楽しそうにしているフランを見るのは、これまでならありえない事だった。これも北斗と出会ったお陰である。

 

 そして姉妹の仲も和解してからはたまに喧嘩するが、良くなりつつある。

 

(……悪くは無いわね)

 

 そんな親しげな光景にレミリアは微笑みを浮かべる。

 

 その傍で咲夜も微笑みを浮かべて見守っている。

 

「……まぁ、いいわ。別にフランに聞かれて困るような話でもないし」

 

 レミリアは紅茶が注がれたティーカップを手にして一口飲む。

 

「今日貴方を呼んだのは、聞きたい事があるからなのよ」

 

「聞きたい事、ですか?」

 

「えぇ。咲夜」

 

「はい、お嬢様」

 

 と、レミリアが彼女の名前を呼ぶと、咲夜は一瞬姿が消えると、次の瞬間にはテーブルに紙とインク壺に差し込まれた羽ペンが現れる。

 

「少し前に、また夢を見たのよ」

 

「夢と言うと、レミリアさんの能力でですか?」

 

「そうよ。以前は数字を見せたでしょ」

 

「えぇ。自分が蒸気機関車のナンバーだと予想したやつですね。まぁ結果的にその通りだったわけですが」

 

 北斗は以前レミリアに見せてもらった数字を思い出す。

 

 結果的に数字の殆どはこれまで新たに現れた蒸気機関車の数字に当てはまっていた。しかしまだ当て嵌まっていない数字もある。

 4と133、283。そしてD→C+28である。

 

「今回は、少し違うのよ」

 

「と、いうと?」

 

「こんな感じに数字と文字が並んだものに、見覚えはあるかしら?」

 

 レミリアはティーカップをソーサーに置いてから羽ペンを手にして、紙に文字を書いてそれを北斗に見せる。

 

 

 1C

 1C1

 1D2 

 1D

 2C1

 2C2

 

 

 それは数字とアルファベットが並んだもので、どれも規則性が無い。

 

「これは……」

 

「……?」

 

 北斗は文字列を見て、首を傾げる。それに吊られるようにフランも首を傾げる。

 

(この並び、どこかで見たような……)

 

 北斗は妙に引っ掛かった感じに「うーん」と静かに唸る。

 

(CにD……それに数字……)

 

 と、内心で何度も呟いていると、北斗はピンと来た。

 

「何か心当たりがあるようね」

 

 そんな北斗の様子に気付いたレミリアは、彼に声を掛ける。

 

「確証はありませんが、もしかしたらこれは蒸気機関車の足回りを示すものだと思います」

 

「蒸気機関車の、足回り?」

 

 フランは怪訝な表情を浮かべて振り返る。

 

「どういう事かしら?」

 

 レミリアもティーカップを手にしながら、怪訝な表情を浮かべる。

 

「蒸気機関車のボディーを支えているのは先輪と動輪、従輪と呼ばれる部品でして、その数ごとで数えられるんです」

 

 北斗は咲夜に紙とペンを要求すると、彼女は一瞬姿を消したかと思うと、彼の前にレミリアに渡した物と別の紙と羽ペンが現れる。

 

「先輪とは一番先頭にある小さい車輪で、動輪は蒸気機関車を走らせる一番大きな車輪で、従輪はその後ろにある小さな車輪です」

 

 彼は簡単な蒸気機関車の絵を描くと、レミリア達に説明する。

 

「先輪と従輪の数え方は同じで、軸数で数える場合があります」

 

「じゃぁ二つあれば、2で表記されるってことかしら?」

 

「そうです。もしくは両方から見た車輪の数で数える場合もあります。それで動輪の数え方ですが……」

 

 北斗はいくつか円を描く。

 

「動輪の数はアルファベットで表記されます。つまりアルファベットの順番で動輪の数を表しますので、二枚ならB、三枚ならC、四枚ならDとなります」

 

「へぇ……」

 

「ふーん」

 

 北斗の説明を聞いてフランは興味津々に、レミリアはそこそこの反応を示した。

 

 まぁこれらの表記の仕方は国鉄式の記号になるのだが。

 

「なので、これらの車軸配置はこうなります」

 

 北斗はレミリアが書いた数字とアルファベットの横に数を書く。

 

 

 1C  先輪一つ 動輪三つ 従輪無し モーガル

 1C1 先輪一つ 動輪三つ 従輪一つ プレーリー

 1D2 先輪一つ 動輪四つ 従輪二つ パークシャー

 1D  先輪一つ 動輪四つ 従輪無し コンソリデーション

 2C1 先輪一つ 動輪三つ 従輪二つ パシフィック

 2C2 先輪二つ 動輪三つ 従輪二つ ハドソン

 

 

 北斗の書いたレミリアの書いた数字とアルファベットの予想をレミリア達は納得しつつ、最後の名称っぽい文に首を傾げる。

 

「お兄様。最後のは何?」

 

「車軸配置の名称だよ。それぞれの数の組み合わせで名称が変わってくるんだ」

 

 フランの疑問に北斗は答える。

 

 蒸気機関車の先輪、動輪、従輪の数と組み合わせ方で名称が変わってくる。例えば有名なD51形は1D1のミカド、C57形は2C1のパシフィックである。

 

 それぞれの車輪の数次第で軸重が変わってくるので、数が多ければ多いほど大型の機関車でも地盤の緩い路線に入線できるようになる。

 

「現在機関区にある機関車で例えるなら、モーガルは8620形とC56形、プレーリーはC58形とC12形、パークシャーは自分のD62形、コンソリデーションは9600形、パシフィックはC55形とC57形、C59形。ハドソンだけはまだありません」

 

「へぇ。結構あるのね」

 

「はい。ここ以外では1D1のミカド、1C2のダブルエンダー。1E2のテキサスとかが機関区にあります」

 

 北斗は意気揚々とした様子で説明し、それを真剣に聞くフラン。少し呆れた様子で聞いているレミリアであった。

 

「まぁ、つまりはこれは蒸気機関車の足回りを意味しているってことなのね」

 

「そうですね。まぁ今回も予想通りにいくとは限りませんが」

 

「……」

 

 レミリアは短く息を吐くと、紅茶を飲み干してティーカップをソーサーごとテーブルに置く。

 

「で、話は変わるけど、館の地下で見つけた機関車はどうなったかしら?」

 

「修理は進んでいます。しかしさすがに今年中に復帰は無理ですね。来年の始め辺りで試運転が出来ると思いますが」

 

「そう……」

 

 レミリアは咲夜に紅茶を淹れてもらったティーカップを手にする。

 

 紅魔館の地下で発見した7100形蒸気機関車と4500形蒸気機関車の修復は進んでいるが、長い間放置されていたとあって修復は思うように進んでいない。

 

「まぁ、気長にして、それなりに楽しみにしてあげるわ」

 

 と、カリスマめいた雰囲気を醸し出して微笑みを浮かべる。

 

「って言っているけど、蒸気機関車が直るのを結構楽しみにしているんだよ、お姉様は」

 

「フラァァァァァァンッ!?!?」

 

 フランが北斗にそう教えると、レミリアはさっきのカリスマめいた雰囲気は何処へやら、顔を赤くして声を荒げた。

 

 その後スカーレット姉妹は言い争いへと発展し、その様子を咲夜と北斗は苦笑いを浮かべつつ、見守るのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後様々な話をしてから、北斗は館を出る。

 

「では、自分はこれで」

 

「またお越しください。霧島様がお越しになれば、妹様もお喜びになります」

 

「はい。機会があれば、また」

 

 北斗はお見送りに来た咲夜に頭を下げる。

 

 

 咲夜から見送られながら北斗は門を出て線路の方へと向かう。

 

 そこにはD62 20号機が停車しており、その傍にはボイラーから発せられる熱で暖を取っている美鈴の姿があった。

 

「美鈴さん」

 

「あっ、北斗さん!」

 

 彼女は声がした方に振り向くと、手を振るう。

 

「機関車を見張っていてくれて、ありがとうございます」

 

「いえいえ。私も助かりましたよ。この時期の門番は本当に辛くて」

 

 苦笑いを浮かべる美鈴に、北斗は納得した。

 

 今日は結構冷え込んでおり、外で立ちっぱなしの美鈴からすれば相当辛い。

 

「それにしても、かなりの熱気が出ていますよね。これだと夏場は辛いでしょ?」

 

「えぇ。そうですね」

 

 北斗は苦笑いを浮かべる。夏場の蒸気機関車の運転室(キャブ)は本当につらい。

 

「では、これで自分は」

 

「帰りもお気をつけて」

 

 北斗は頭を下げて運転室(キャブ)へと乗り込む。運転室(キャブ)に入ると、機関助士妖精が注水機のバルブを回して水をボイラーへと送っていた。

 

「お帰りなさい、区長」

 

「いつでも行けるか?」

 

「はい」

 

「よし」

 

「あぁそうだ、区長。ボイラーで餅を焼いたので、良かったらどうぞ」

 

 と、機関助士妖精がボイラーの上から焼けた餅を手にして二つを差し出す。

 

 北斗を待っている間、ボイラーのバルブの根元辺りにアルミホイルを敷いて餅を焼いていたのだ。

 

 蒸気機関車のボイラー熱を使ってこうやって餅を焼く事は結構多かったそうな。

 

「悪いな」

 

 北斗は餅二つを受け取ると、運転室(キャブ)の出口に向かう。

 

「美鈴さん!! 良かったらこれ食べてください!」

 

 北斗が大声で彼女を呼び止めると、紅魔館の門へと向かう途中で美鈴は立ち止まる。彼女はゆっくりと歩いていたのでD62 20号機とはそんなに離れていない。

 

 北斗が勢いよく餅を美鈴へと投げると、彼女は飛んできた餅をキャッチする。

 

「お餅ですか! ありがとうございます!!」

 

 美鈴は頭を下げると、熱がりながらも餅を食べながら紅魔館へと戻る。

 

 北斗は餅を食べながら機関士席へと座る。

 

(今日の予定は終わり、明後日は河童の里へと行くか)

 

 北斗は餅を食べながら、今後の予定を思い出す。

 

 にとり達から設計図を渡して製造していたC11形とC12形が完成したと言う報告を受けて、明後日に河童の里に直接向かうことになった。直接行く理由は完成した蒸気機関車を機関区に回送させる為である。

 

 餅の残りを食べながら北斗は逆転機ハンドルのロックを外して回す。

 

(と言うか、蒸気機関車をマイカー感覚で動かしているのは世界広しといえど、俺だけなんだろうなぁ)

 

 そんな事を思いながら、北斗はブレーキハンドルを回してブレーキを解き、天井からぶら下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いてD62 20号機を前進させて、幻想機関区を目指す。

 

 

 

「……」

 

 D62 20号機が走っていくのをバルコニーからレミリアが見つめていた。

 

(結局、言わず仕舞いだったわね……)

 

 彼女は内心呟くと、少しばかり後悔していた。

 

 実を言うと、彼女が能力で見たものは、あの機関車の足回りを表した記号だけではない。

 

 未来を示したと思われる光景を見ていた。

 

「……」

 

 レミリアは目を瞑り、自身が見た光景を思い出す。

 

 

 

 真っ白に染まった幻想郷……

 

 

 その真っ白に染まった幻想郷を駆け抜ける蒸気機関車……

 

 

 線路上を走る不穏なオーラを纏う黒い影……

 

 

 夜空を駆け抜ける光の筋……

 

 

 

 

 そして彼女が最後に見た、不可解な光景―――

 

 

 

 

 

 

 傷付いて倒れている北斗と、それを庇うように前に立つ早苗の姿。

 

 

 そして早苗と対峙している、御祓い棒と札を手にした霊夢の姿が映っていた。

 

 

 

 あまりにも不可解な光景に、レミリアは信じられなかった。

 

 明らかに霊夢が北斗に対して攻撃を行って、それを早苗が庇っている光景である。

 

 博麗の巫女である彼女が、人間を襲うなんて考えられない。ましても知り合いを襲うなんてもっとありえない。

 

 何かしらの問題があったのだろうが、一体何があったのか……

 

 考えられるなら北斗が何か問題を起こしたと思われるが、彼の性格を考えるならとても彼女に襲われる様な事をするとは思えない。

 

 だとするなら、何か問題に巻き込まれたと考えられるが、それ以上は見れなかった。

 

(もし彼の身に何かあったら、フランの暴走は免れない)

 

 だが、この光景がもし本当に起きてしまえば、彼を慕うフランが怒り狂うのは免れない。そうなれば沈静化しつつあるフランの中にある狂気が再び活性化しかねない。

 

(警戒しておかないといけないわね)

 

 レミリアはため息を付く。

 

 ようやく手にした平穏を失うわけにはいかない。らしくはないが、今後彼の動向を気にしないといけない。

 

 彼女は内心呟きながら、バルコニーを後にして館の中へと戻っていく。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68駅 来客?と付喪神とSL

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 所変わって幻想機関区

 

 

 

「……」

 

『……』

 

 北斗は目の前の光景に、戸惑いを隠せなかった。

 

 顔を青くして両手を上げる少女こと宇佐見菫子と、その両側を固める夢幻姉妹。その三人の前で腕を組むエリスの姿がある光景だ。

 

 

 なんでこうなっているかと言うと、彼が機関区に帰って来たところ、宿舎の前で何やら人だかりが出来ていたので、機関車を側線に止めてその人だかりの所にやって来た。

 

 理由を聞いたところ、どうやら彼女が機関区上空を飛んで見ていたそうで、それを夢幻姉妹とエリスが不審者として捕らえたそうだ。 

 

 

 

 

「その、まぁお怪我が無かったので安心しました」

 

「は、はい……」

 

 あの後北斗は菫子を解放して執務室に移動し、そこで彼女から事情を聞く事にしていた。ちなみに執務室には夢月が菫子を見張っている。

 

「それで、あなたは?」

 

「は、はい。私は宇佐見……菫子と言います」

 

「宇佐見さんですか。自分は幻想機関区の区長、霧島北斗と申します」

 

「霧島、北斗……」

 

 北斗から名前を聞いて、菫子はこの間幻想郷を訪れて霊夢から聞いた話を思い出す。

 

(この人が霊夢さんが言っていた、外の世界から蒸気機関車と一緒に幻想入りしたっていう)

 

 菫子は北斗を見ながら、首を傾げる。

 

(やっぱりどこかで見たような気がする……)

 

 北斗にどことなく見覚えのあるものも、思い出せそうで思い出せなかった。

 

 

「それで、宇佐見さん。今日はどういったご用件で?」

 

「えっ? あっ、いえ。特に用件があるって訳じゃ」

 

 北斗に機関区を訪れた理由を聞かれるも、そもそも用があるわけじゃなかったので、菫子は戸惑う。

 

「その、霊夢さんからあなたや蒸気機関車の事を聞いて、ちょっと気になって見に来たんです」

 

「あぁ、なるほど」

 

 菫子から理由を聞いて、北斗は納得したように頷く。

 

「以前にもチラッと見に来て、今回も気になって、来てみたら……」

 

「捕まったという事ですか」

 

「はい……」

 

 ジロッと夢月に見られて菫子は少しビクッとしながらも答える。

 

「まぁ、ちょっとした勘違いがありましたが、何も無かったのは良かったです」

 

「……」

 

「そういえば、霊夢さんと知り合いだったのですか?」

 

「は、はい。少し前に、色々とありまして」

 

「?」

 

 首を傾げる北斗に、菫子は少し前に自身が起こした『オカルトボール異変』の事について話した。

 

 

 

 少女説明中……

 

 

 

「外の世界の人だったんですか?」

 

「はい」

 

「でも、どうやって幻想郷へ行き来を?」

 

 北斗は菫子より聞かされた話に驚いていた。

 

 何せ自分と同じ外の世界の人間で、しかも幻想郷を行き来しているのだ。驚かない者は居ない。

 

「それは、寝ている時だけ私は外の世界から幻想郷に行き来できるんです」

 

「寝ている時?」

 

「正確には、寝て居る時に夢を見る感じで幻想郷に来ているって感じです」

 

「夢を見て居る時に……」

 

 北斗は片手を頭に当てて声を漏らす。

 

「幻想郷じゃ、ホント常識に囚われたらいけないな」

 

「何だか、早苗さんみたいな事を言っていますね」

 

 聞いた事があるような台詞に菫子は思わず声を漏らす。

 

「それで、宇佐見さんはどうしますか? このまま帰りますか?」

 

「え、えぇと……」

 

 と、菫子は悩んだような表情を浮かべる。

 

「その、少しだけ、ここを観て回るのは良いでしょうか?」

 

「機関区をですか?」

 

「はい。外の世界じゃ、こんな場所を見ることなんて殆どありませんから」

 

「まぁ、そうですよね」

 

 菫子の言葉を理解して、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

 今の時代、こんなに蒸気機関車がある場所なんて、片手で数えるぐらいしかない。

 

「では、観てみますか?」

 

「えっ? いいんですか?」

 

「えぇ。作業の邪魔にならないなら、特別に見学を許可します」

 

 北斗はそう言うと、席を立つ。

 

「良いの? 部外者を簡単に入れて」

 

「まぁ、本当ならよくありませんが、今回は特別です」

 

「ふーん」

 

 夢月は北斗の言葉を聞いて声を漏らす。

 

 まぁ北斗としても、蒸気機関車に興味を持っている人を無碍にしたく無いという気持ちがある。でもってそのまま蒸気機関車を好きになってもらいたい、そんな期待もあったりしたりして。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 外に移動した菫子は、蒸気機関車が動いているのを間近で観て、唖然としていた。

 

 北斗は側線に置いていたD62 20号機を機関庫へと戻す為に乗り込み、移動させていた。

 

「凄い……」

 

 巨大な蒸気機関車が蒸気を出して動いているその姿を生まれて初めて生で観た菫子は、圧倒されていた。

 

 電車とかの鉄道はよく目にしているが、それとは違う迫力が蒸気機関車にあった。

 

 D62 20号機は転車台に移動して停車すると、転車台がゆっくりと回りだして機関車の向きを変える。

 

 ちょうどD62 20号機が後ろ向きで機関庫に入るように転車台が向き、北斗は短く汽笛を鳴らしてゆっくりと機関車を後退させる。

 

 D62 20号機は機関庫へと収まり、停車する。

 

「……」

 

 D62 20号機が納まった機関庫を菫子は見回す。

 

「こんなに蒸気機関車を見たの、初めて……」

 

 機関庫いっぱいに蒸気機関車が納まっている光景は、圧倒されるものだった。菫子は思わず声を漏らす。

 

 彼女自身蒸気機関車は公園に展示されている保存機などを見ているので、蒸気機関車自体初めて見たわけではない。しかしそんな保存機とは違う、まるで生きているかのような雰囲気が目の前の蒸気機関車達にあった。

 

 その後D62 20号機の運転室(キャブ)より降りて来た北斗が彼女の元へやって来る。

 

「どうでしょうか?」

 

「その、なんて言ったら。ただ、圧倒されるばかりです」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 菫子の感想を聞いて北斗は苦笑いを浮かべつつ、機関庫を見渡す。

 

「これ全部、動くんですか?」

 

「一輌だけ諸事情で動かせませんが、それ以外は全部です」

 

「全部……」

 

 菫子は唖然となりながらも蒸気機関車達を見渡す。

 

「次はどこを見てみたいですか?」

 

「は、はい。次は―――」

 

 菫子は次に行きたい所を北斗に伝える。

 

 

 

「……」

 

 夢月は腕を組んで二人の様子を見張るように見つめていた。

 

「むーげつ」

 

 と、後ろから幻月が声を掛けながら夢月に抱き付く。

 

「どうしたの?」

 

「姉さん……別に」

 

 幻月が夢月に問い掛けると、彼女は北斗を見る。

 

「あぁ、そういう」

 

「……」

 

「そんな目で見ないでよ。別に変な事想像したわけじゃないし」

 

 ジトッと睨む夢月に、幻月は勘違いであると伝える。

 

「まだ気になっているんでしょ? 彼の違和感に」

 

「……まぁね」

 

 ため息を付いて夢月は菫子を連れて整備工場へと向かう北斗を見る。

 

「ホント、不思議よね」

 

「……」

 

 

「どうして彼には、二つも気配(・・・・・)がしているのかしら」

 

「……」

 

 幻月はそう呟くと、目を細める。

 

「それに、妙なのよね」 

 

 幻月は夢月から離れると、腕を組む。

 

「彼から僅かに魔力があるのも。それも巧妙に隠蔽しているような感じだし」

 

「……」

 

「まるで……」

 

 幻月は何か言おうとするも、途中で口を閉ざす。

 

「いえ、こういうのは口にするものじゃないわね」

 

「姉さん」

 

「こういうのは、言わない方が良いのよ」

 

「……」

 

 姉妹はしばらくしてから、その場を離れる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって某所。

 

 

「うぅ、お腹空いたぁ……」

 

 腹の虫を鳴らしながら一人の少女が森の中を歩いていた。

 

 水色のショートヘアーに水色が多く使われた服装をしており、特徴的なのは右眼が水色で、左眼が赤いオッドアイをしている。背中には茄子色の傘を背負っている。

 

 彼女の名前は『多々良 小傘』 唐傘お化けと呼ばれる付喪神の少女である。

 

 彼女は妖怪だが、人里の住人と親しく、人里に住む珍しい存在である。

 

「ここ最近誰もわちきに驚いてくれない……」

 

「はぁ……」と腹を押さえながら深くため息を付く。

 

 彼女は人を驚かす事で満腹感を得る妖怪だが、ここ最近人を驚かす事に成功していない。まぁ脅かし方が下手であるというのもあるが、何より彼女の可愛らしい容姿が恐ろしさを減少させている一番の要因になっている。

 その為か、里では彼女はマスコットキャラみたいに親しまれている。

 

 そんな彼女だが、手先が得意とあって里では色んな所で働いている姿が目撃されている。里の人間から親しまれるのも、そういう面があるからであろう。

 特に鍛冶屋で働く姿が多いとか。

 

「それに、あの蒸気機関車とかが走り始めてから、一層みんながわちきに驚かなくなったし」

 

 小傘は悔しげにグッと右手を握り締める。

 

「本当に、どうしよう……」

 

 握り締めていた手を解くと、再度深くため息を付く。

 

 

「あれ?」

 

 ふと、彼女はある物を見つけて立ち止まる。

 

「これって、里の近くにもあるやつだ」

 

 彼女の視線の先には、地面に敷かれた線路があった。

 

(でも、この間ここを通った時には無かったような……)

 

 首を傾げながら記憶の糸を手繰り寄せるが、その時には線路は無かった。

 

 小傘は気になりながらも、線路に沿って歩き出す。

 

 

 

「あっ……」

 

 線路を辿って歩いていくと、小傘は線路の上に鎮座するある物を見つける。

 

 小傘はそれに走り寄って、見上げる。

 

「これって……蒸気機関車?」

 

 彼女が見上げる視線の先には、大きな蒸気機関車が二輌並んで線路に鎮座していた。

 

(でも、なんでこんな所に?)

 

 小傘は首をかしげながら、二輌の蒸気機関車を見る。

 

 どちら共炭水車(テンダー)を持つテンダー型であるが、蒸気機関車の事を知らない小傘には知る良しも無い。

 

「大きいなぁ。こんなに間近で見たの初めて……」

 

 蒸気機関車の大きさに彼女は思わず声を漏らす。

 

「こんなに大きかったら、誰でも―――」

 

「ハッ!」と小傘の脳裏に閃きが走る。

 

「そうだ! わちきがこれを使えば、里のみんなが驚くぞ!」

 

 小傘はきらめいた表情を浮かべて両手を握り締める。何と言う単純思考……

 

「なら早速これを使ってみんなを……」

 

 意気揚々としていた小傘だったが、すぐに勢いが削がれる。

 

「あっでも、これどうやって動かすんだろう?」

 

 小傘はすぐに壁にぶち当たって首を傾げる。

 

 まぁ蒸気機関車の事を名前だけしか知らない以上、機関車の動かし方なんて知る良しも無い。

 

「うーん。どうしよう……」

 

 小傘は腕を組み、うーんと静かに唸る。

 

 

 そんな小傘を見ているかのように、『18633』『C58 283』と書かれたナンバープレートを持つ二輌の蒸気機関車は、ただ線路の上で静かに鎮座し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69駅 幻想の地に誕生する蒸気機関車

 

 

 

 

 あれから二日後。

 

 

 

 幻想郷にちらちらと雪が降り始めていた。

 

 

「……」

 

 肌寒い空気が漂う中、人里で一人の少女が歩いていた。

 

 銀髪のショートヘアで、白いラインの入った黒い大きなリボンをしているのが特徴的で、白いシャツに緑色のベスト、同色のスカートを身に纏った服装をしており、背中には二振りの刀を背負っている。

 

 彼女の名前は『魂魄 妖夢』 冥界にある白玉楼と呼ばれる屋敷の庭師をしている少女である。

 

(うーん。買い物は昨日の内に終わらせたし、幽々子様の晩御飯のある程度仕込みは終わっているから、今からどうしよう)

 

 内心やるべき事を思い出すも、既にやっているとあって、今の彼女は時間を持て余していた。

 

 庭師としての仕事をしようとしても、庭の剪定は少し前にやったばかりからする必要が無い。

 

 それならば未だに未熟な剣術の腕を磨く為に鍛錬を積もうと思ったが、自身の主である『西行寺 幽々子』から今日ぐらいはゆっくりしていてもいいと言われてしまい、主にそう言われては言い返すことも出来ず、とりあえず人里に出かけてみたのだ。

 

 まぁそれでもやる事は無いのだが。

 

(うーん。やる事が無いから、霊夢の所に行こうかな)

 

 腕を組んで首を傾げる妖夢は、友人の霊夢の所に行くか考える。

 

 過去に主である西行寺 幽々子が起こした『春雪異変』にて知り合い、その後何度か霊夢と共に数々の異変を解決して来たとあって、それなりに仲が良い。

 

(でも、博麗神社まで飛んでいくのって、結構疲れるのよね)

 

「はぁ……」とため息を付く。

 

 この幻想郷において空を飛ぶというのは、飛ぶ為に必要な部位や器官が無い限り、結構疲れるのである。

 

 理由としては霊力にしろ、妖力にしろ、力を消耗して飛ぶからである。

 

 

 ―――ッ!!

 

 

「……?」

 

 すると、里に汽笛が響き、妖夢は顔を上げる。

 

「この音って……」

 

 妖夢は周囲を見渡すと、遠くから煙が里の近くに近付いていた。

 

「……」

 

 彼女は目を細めると、そこへと向かう。

 

 

 

 人里の端に出来た駅舎には、多くの人だかりが出来ていた。

 

「……」

 

 妖夢は駅の近くまで来ると、柵の向こうにある線路を見る。

 

 駅の近くではC11 312号機とC12 208号機が作業妖精達によって給水塔より伸ばしたホースをボイラーの両側に取り付けられたタンクに給水を行い、一番後ろにある炭庫に石炭を補給している。

 その間に睦月(C11 312)熊野(C12 208)は自身の機関車の足回りの点検を行っていた。

 

「あれが天狗の新聞にあった蒸気機関車かぁ」

 

 妖夢は興味津々に二輌のタンク型蒸気機関車を見つめる。

 

 彼女自身人里で買い物をして居る時に蒸気機関車は遠くで見ていたが、近くで見たのは今日が初めてである。

 

 

 次に彼女は駅舎の方に向かい、運行表を見る。

 

「あっ、今日は博麗神社に向かうんだ」

 

 運行表にある今日の日付には、博麗神社行きの列車が書かれていた。

 

(博麗神社に行くなら、この列車に乗って霊夢の所に行こうっと)

 

 面倒が無いで済むと、妖夢は内心呟きながら、駅舎に入って列車に乗る為の切符を購入する。

 

 

 駅のホームにはそこそこの人数が列車を待っており、その中に妖夢の姿があった。

 

 水と石炭の補給が終わり、二輌の蒸気機関車は重連状態で線路上を移動して、側線に置いていた客車四輌と連結し、博麗神社に向かう上り線へと入線する。

 

 列車が停車して、駅員の妖精達が客車の扉を開けていって、乗客を客車に乗せていく。

 

 妖夢も少し戸惑いながらも客車の乗り込み、座席に座る。

 

「何だか温かい。何でだろう?」

 

 彼女は初めて座った客車の座席の軟らかい感触と、暖かい客車内に戸惑っていた。

 

 客車内が暖かいのは、蒸気機関車のボイラーより蒸気が客車に繋がれたホースを伝って送られており、蒸気の熱で客車内を温めているからである。

 

 少しして客車に乗り込んだ乗客は車掌妖精に駅のホームに入る前に駅員の妖精が改札鋏を使って穴が開けられた切符を見せて、車掌妖精は穴開き切符を確認する。

 妖夢も購入して駅員妖精によって穴が開けられた切符を車掌妖精に見せる。

 

 列車の最後尾に連結されている郵便客車に乗客が持ち込んだ荷物が駅員妖精の手で載せられていく。

 

 待っている間に二輌の蒸気機関車の運転室(キャブ)では、機関助士妖精が焚口戸を開けて火室に投炭を行って発車準備を整えている。

 

 C11 312号機とC12 208号機の蒸気が上がっていき、コンプレッサーが心臓の鼓動の様に動作し、煙突横の排気管より一定の間隔で蒸気が噴射されている。

 

 

 そして発車時刻になり、駅のベルが鳴る。

 

 駅員妖精が乗り遅れの乗客がいないかを確認して、扉を閉める。

 

 駅員妖精より安全を確認して、車掌妖精がホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 緑旗が揚がったのを確認して、睦月(C11 312)はブレーキを解き、天井から下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らす。それに続いて熊野(C12 208)も汽笛を鳴らす。

 

 二輌の蒸気機関車は四輌の客車を牽いてゆっくりと進み出し、ピストン付近の排気管よりドレンを吐き出して出発した。

 

「……」

 

 妖夢は窓から景色を眺めながら、眼を輝かせていた。

 

 

 

 人里近くにある畑では、農家達が冬支度を行っていた。

 

 すると、汽笛の音がして農家達が畑の近くにある線路を見る。

 

 人里方面よりC11 312号機を先頭にC12 208号機が重連で客車四輌を牽引する博麗神社行きの列車が走ってきた。

 

 大井川鉄道にて今も静かに眠っている二輌のタンク型蒸気機関車は、息ピッタリに連携し、煙突より白煙を吐き出しながら線路を走る。

 

 農家達が手を振るうと、それぞれの機関車を操る睦月(C11 312)熊野(C12 208)は汽笛を鳴らして応え、機関助士妖精が手を振るう。

 

 

「……」

 

 妖夢は車窓より冬の幻想郷の景色を、興味津々に眺めていた。列車から見る幻想郷の景色は、空を飛んで見るとは違う新鮮な光景であった。

 

 C11 312号機とC12 208号機が牽引する列車は、冬の幻想郷を走り抜ける。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、場所は妖怪の山。

 

 

 北斗は妖怪の山の中でも重要な場所に来ていた。

 

 

 

「……」

 

 北斗は周りの光景を驚きに満ちた目で見ていた。

 

「どうだい? ここが私達河童の技術の中枢だよ」

 

 自慢するようににとりはそう言う。

 

 ここは妖怪の山の中でも、河童達の技術が集約された重要な区画である。

 

「いやぁ、相変わらず凄いですね」

 

 北斗の隣を歩く早苗は周囲を見ながら呟く。

 

 まるで外の世界にあるような工場の様な内装で、周囲では河童達が工作機械を使って物を作っていたり、機械のような物を整備していたりと、様々な事をしている。

 

 古い時代を彷彿とさせる幻想郷の光景と異なり、近代的な内装に施設を見て、北斗は驚きを隠せなかった。

 

「誇りに思って良いよ。何せここに人間を入れたのは君と早苗ぐらいだからね」

 

「そうなのですか?」

 

「まぁね。お陰で天狗達の許可を取り付けるのに苦労したよ」

 

「ハハハ」とにとりは乾いた笑い声を漏らす。それだけでどれだけ苦労したかが窺える。

 

「あっ、でも人里ではこの事は内密にしておいてね」

 

「それはなぜ?」

 

「そりゃ、まぁ色々とあるからねぇ」

 

「は、はぁ……」

 

 北斗は疑問に思ったものも、余計な事に首を突っ込まない主義の彼は、にとりの言う通りにするのだった。

 

「それにしても、まさか線路を増設するなんて、河童の皆様は結構気合を入れているんですね」

 

「そりゃそうさ! あんな面白い物を扱えるんだから、このくらいは当然さ!」

 

 と、にとりは薄い胸を張る。

 

 にとりを筆頭とする河童達は、蒸気機関車の受け入れを本格化する為に河童の里周辺からこの区画まで自分達で線路を敷いたのだ。線路を敷く際にちゃんと線路の素材に線路の幅、転轍機を調べて、河童独自で線路を敷き、分岐点を作ったそうだ。

 その上、この区画に蒸気機関車の製造、整備を行う為の設備を新たに設けた。

 

 これを見れば、河童達の本気度合いが分かるだろう。

 

「それで、完成した機関車は?」

 

「こっちだよ」

 

 早苗がにとりに問い掛けると、にとりは奥を指差しながら歩き、そこに着く。

 

「これは……」

 

「……」

 

 そこにある物を見て、北斗は声を漏らし、早苗は目を輝かせていた。

 

 そこには新品同様ピカピカに磨き上げられたC11形蒸気機関車と、C12形蒸気機関車のタンク型蒸気機関車二輌が縦に並ばれて、河童達に整備されて磨き上げられていた。

 

「どうだい? 私達河童が作り上げた、幻想郷で初めて作られた蒸気機関車は」

 

 C11形とC12形を見ながらにとりが北斗に声を掛ける。

 

「その、素晴らしい出来です。それに、とても予想以上です」

 

「ふふーん。そうだろそうだろ?」

 

 北斗は素直な感想を述べ、にとりは再び薄い胸を張る。

 

「しかし、よくこんな短期間で作れましたね」

 

「そりゃ、現物に設計図があるんだ。作れないわけがないじゃないか」

 

「そういうものでしょうか?」

 

 早苗は首を傾げる。

 

 現代では蒸気機関車を新造すると長い期間を必要とするが、全盛期であれば短期間で製造するのは可能と言えば可能である。

 

「それで、この二輌はちゃんと動くんですか?」

 

「そりゃもちろんさ。ちゃんと試験動作を行っていたからね。どっちとも試験は良好。最高の状態さ」

 

 早苗の質問ににとりは自信満々に答える。

 

(ナンバーはラストナンバー続きなんだな)

 

 北斗は二輌の蒸気機関車の煙扉とボイラー両側にあるタンクに取り付けられたナンパープレートを見る。

 

 二輌の蒸気機関車のナンバープレートは、C11形は『C11 382』、C12形は『C12 294』と表記されている。

 

 それぞれのラストナンバーからの続きで表記されている。

 

 ちなみに運転室(キャブ)の側面には『河童製造』と書かれた製造銘板が取り付けられており、幻想機関区所属である事を示している『幻』が描かれている。

 

「しかし、これだけの代物を、こちらが使っても宜しいのですか?」

 

「うん。私達が持っていてもうまく使えないと思うしね。ちゃんと使える所に使ってもらいたいのさ」

 

「そうですか」

 

 北斗はC11 382号機とC12 294号機を見る。

 

 この二輌はこの後幻想機関区へと回送し、主に作業妖精達が運用する機関車として使う予定である。

 

「ありがたく、この二輌を使わせてもらいます」

 

「うん。ちゃんと使ってあげてね」

 

 北斗とにとりは握手を交わす。

 

「あっ、そうだったそうだった」

 

 と、にとりは思い出したようにそう言うと、にとりは背中に背負っているリュックサックを下ろして中から二冊のファイルを取り出す。

 

「北斗。あれは持ってきているかい?」

 

「はい。ちゃんと持ってきています」

 

 北斗は右手に持っている鞄を開けて中からある物を取り出す。

 

「北斗さん。何を持ってきたんですか?」

 

「蒸気機関車の設計図です」

 

 早苗の質問に答えつつ、北斗は鞄より蒸気機関車の設計図を纏めたファイルを取り出してにとりに渡し、彼女は北斗に借りていたC11形とC12形の設計図を纏めたファイルを渡す。

 

「にとりさんが言った通り、C57形蒸気機関車。その一次形の設計図です」

 

「すまないね」

 

 にとりはお礼を言いながらファイルを開く。

 

「まだ蒸気機関車を作るんですか?」

 

「まぁね。前回はタンク型だったけど、今度はテンダー型を作りたいんだ。蒸気機関車の製造技術を得る為にね」

 

「はぁ」

 

 早苗は思わず声を漏らす。

 

「それにしても、D51形じゃなくて、C57形を選んだんですね?」

 

「D51形も悪くなかったけど、一番に作りたかったのはこのC57形なんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。こんな芸術的で貴婦人と呼ばれた優美な姿。とてもいいじゃないか。作り甲斐があるってもんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 熱弁するにとりに、早苗は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「それで、にとりさん。その機関車はどのくらいで完成すると思いますか?」

 

「さぁ、どうだろうね。前回の二輌と違って大きいから、時間は掛かると思うよ」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 にとりの予想を聞いて、北斗は納得する。

 

 以前はタンク型であったが、今回はそれよりも大きなテンダー型蒸気機関車である。

 

「でも、これで蒸気機関車の製造技術は確立されましたね」

 

「そうだね。今後大量に作るかどうかは分からないけど、少なくとも蒸気機関車を作る環境は整っているね」

 

「そうですか」

 

 それを聞き、北斗はある期待感を持つ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ほう、これはこれは」

 

 北斗達がC11 382号機とC12 294号機の前で話している中、天井付近にある物陰から魅魔がニヤリと口角を上げる。

 

(良い事を聞いたよ。これこそ棚から牡丹餅ってもんだ。面倒が省けるものさね)

 

 魅魔は右手を広げると、禍々しい光の球が現れる。

 

「良かったじゃないか。あんたの新しい身体は、近い内に出来そうだ」

 

 彼女がそう言うと、光の球は発光する。

 

「あぁ、そうさね。その時になれば、あんたの自由にすればいいさ」

 

 光の球が発光して、魅魔は光の球を仕舞う。

 

「……」

 

 魅魔は北斗を一瞥すると、その姿を消す。

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70駅 幻の蒸気機関車

 

 

 

 

 少ししてC11 382号機とC12 294号機は連結され、回送の為に主連棒を外して部品を載せた貨車をC12 294号機に連結され、外へと運び出された。

 

 外ではC56 44号機が待機しており、外に出されたC11 382号機とC12 294号機を連結し、出発に備える。

 

「それじゃ、大井。頼んだぞ」

 

「了解、区長。後で迎えに来るよ」

 

 大井は敬礼すると、汽笛を短く鳴らして、バック運転でC11 382号機とC12 294号機を牽いて出発し、河童が敷いた線路を通っていく。

 

「では、北斗さん。私はこれで」

 

「はい。一緒に来てくれてありがとうございます、早苗さん」

 

「私こそ、貴重な機会に誘ってくれてありがとうございます」

 

 早苗は頭を下げる。

 

「帰りはくれぐれも気をつけてください。河童の領域と言っても、妖怪の山なので危険がいっぱいです」

 

「分かっています。にとりさん達の近くで迎えを待っていますので」

 

「そうですか。それなら、安心です」

 

 笑みを浮かべる早苗は、にとりを見る。

 

 にとりは早苗が何が言いたいのか分かったのか、無言で頷く。

 

「北斗さん」

 

「?」

 

「次も、この機会がありましたら、お誘いしてください」

 

「あっ、はい。その時は」

 

 早苗は微笑みを浮かべると、北斗は少し恥ずかしそうに答える。

 

(何だろう。何も食べていないはずなのに甘酸っぱい気がする)

 

 二人の様子を観ていたにとりは妙な感覚を覚えるのだった。

 

 

 

 その後北斗とにとりは早苗を見送り、再び河童の工場へと入る。

 

「まぁ、迎えが来るまで、ここで待っててね。何かあったら、そこの呼び出し装置を押したら良いからさ」

 

「分かりました」

 

 工場にある一室で北斗はにとりから説明を受けて頷く。

 

 さっきは蒸気機関車を見せる必要があったから工場内を歩いていたが、ここは妖怪の山の中で重要な場所であるので、時間潰しに工場内を勝手に出歩かれては困るとあって、ここで待ってもらうことにした。

 

「それにしても、幻想郷にこれほどの施設があったとは思いませんでした」

 

「まぁ、色々とあるからねぇ」

 

「色々と、ですか」

 

「そう。色々と、ね」

 

「色々と……」

 

 何やら意味深な事を呟くにとりであったが、北斗はオウム返しのように声を漏らした。

 

「あの、にとりさん」

 

「なんだい?」

 

「一つ聞いて良いでしょうか?」

 

「ああぁ良いよ。答えられる範囲ならね」

 

「ではお聞きしますが、もし今後蒸気機関車の製造や部品の製造がありましたら、にとりさん達河童の皆様は依頼を受けてもらえますか?」

 

「うーん。そうだねぇ」

 

 にとりは考えるように顎に手を当てる。

 

「その時次第かな? まぁ私としては個人的に受けたいと思っているけどね」

 

「それはなぜ?」

 

「そりゃ、物作り心が刺激されるってものさ。C11形とC12形を製造して分かった事とすれば、とても作り甲斐があったってこと。大きな機関車なら、もっと作り甲斐がありそうだしね」

 

 ニッとにとりは笑みを浮かべる。

 

 そして北斗は、にとりを含む河童が物作りが好きなんだと改めて思う。

 

「それなら……」

 

 と、北斗は鞄からある物を取り出す。

 

「河童の皆様の技術を見込んで、幻想機関区から依頼をしたいのですが」

 

「ほほう? 私達河童の技術を見込んで、か。中々言ってくれるじゃないか」

 

 北斗よりそう言われてにとりはニヤリと口角を上げる。

 

「まぁ、依頼を受けるにしても、これから作るC57形の後になるね」

 

「そうでしょうね」

 

 北斗は気を取り直して、手にしている蒸気機関車の設計図がまとめられたファイルをにとりに差し出す。

 

「幻想機関区はこの蒸気機関車の製造を、河童の皆様に依頼したいのです」

 

「ふむ」

 

 にとりはファイルを手にして開き、設計図を見る。

 

「これは……ふむ」

 

 彼女は声を漏らして、設計図を見渡す。

 

「外の世界で、一輌も製造されることが無かった幻の蒸気機関車です」

 

「ほぅ」

 

 北斗の言葉を聞いてにとりは声を漏らし、設計図の上に書かれている『C63形蒸気機関車』と書かれた文字を見る。

 

 

 

 

『C63形蒸気機関車』

 

 

 この蒸気機関車は、日本の蒸気機関車を知る者としては有名どころだろう。

 

 C63形蒸気機関車は、設計が完了して製造を待つばかりだったが、結局一輌も製造される事なく終わった、幻の蒸気機関車である。

 

 C63形が計画される事になったのは、戦後における鉄道車両の近代化の遅れにあった。

 

 当時は戦後とあって、財政難等で電化が予想以上に進まず、気動車やディーゼル機関車の技術が未成熟とあって、無煙化を着実に進めていける状況ではなかった。その一方で多くが主戦力で活躍している蒸気機関車の老朽化が深刻であり、故障から破損を起こす車輌が続出した。輸送需要増加と合わせて機関車不足を招きかねない事態に、手戻りではあるものも蒸気機関車の新造を行う事にした。

 

 これがC63形蒸気機関車が設計されることになった経緯である。

 

 早期戦力化を図る為に既存の蒸気機関車の設計を基にしており、その基となったのはC58形蒸気機関車である。主に地方ローカル線での客貨両用で運用するのを前提で、特に老朽化が深刻化していたC51形蒸気機関車の代替を目的に設計されており、その性能もC51形に近いものになることを目標とした。

 

 その構造はC58形の強化版とも言える設計で、足回りはC58形と同じ1C1のプレーリーである。ボイラーを全溶接工事構造として若干太くし、圧力を日本が設計製造した蒸気機関車の中で最大値となる18kg/cmに昇圧している。足回りも近代的な技術が盛り込まれており、軸受にローラーベアリングが取り入れられているが、製造予定の車輌の中に従来通りの構造で製造して、ローラーベアリングを取り入れた車輌と性能を比較する予定だった。

 

 C63形蒸気機関車の最大の特徴はドイツの蒸気機関車に見られたヴィッテ式除煙板(デフレクター)に似た構造の除煙板(デフレクター)を取り入れられている。ヴィッテ式とは、ランボードからアングル材で除煙板(デフレクター)を支持する門デフと違い、ヴィッテ式は煙室から支持部材を水平に突き出して固定する方式である。

 

 先ほど異なる軸受を取り入れた試作車輌を何輌か製造するはずだったが、その前に無煙化の進捗状況と機関車の需要が再検討され、その結果必ずしもC63形を製造しなければならないわけでは無いと判断され、製造が見送られた。そしてその後すぐに気動車とディーゼル機関車の技術が確立し、急速に電化、ディーゼル化が進んだ。

 

 更に国鉄は動力近代化計画として、15年で蒸気機関車の全廃を行う計画を立てて、実行に移した。その結果、蒸気機関車が不足する懸念が全く無くなったばかりか、蒸気機関車の全廃を目指しているとあって、C63形は製造許可が降りることも無く、一輌も製造されずに今日に至る事となった。

 

 C63形は一輌も製造されずに終わった幻の蒸気機関車として、多くの鉄道ファンに知られている。それ故か、無駄に高性能な蒸気機関車であった、と言う誇張した認識が広まっている。

 

 

 しかしはっきり言って、C63形は言うほど高性能な蒸気機関車ではなく、むしろ迷要素を多く含んだ蒸気機関車であると思う(by作者

 

 

 そもそもC58形を元に設計している時点で、C63形は問題しかなかった。

 

 C58形は足回りの配置関係で高速運転時に左右に激しく揺れるオーバーハングと呼ばれる現象が発生する。C63形は一部を除いてほぼC58形の設計とあり、車軸配置も手付かずである。それに加え、燃焼効率改善の為に火床面積の拡大を図っており、C51形の代替を目標としていて高速運転を想定しているので、C63形はオーバーハングを助長するような設計になっている。

 その為、C51形と同じ走行性能は得られなかったであろうと言われている。

 

 というより、C63形の設計は乗務員の労働環境を改善して、いくつか新しい試みを取り入れているとは言えど、中途半端の手抜き設計であると言わざるを得ない部分が多い。

 

 まぁそもそもC63形自体がディーゼル機関車と気動車の技術を確立するまでの繋ぎとして計画されたようなもので、中途半端な設計なのも致し方が無いとも言える。

 

 北斗自身もC63形が作られるべきだったかどうかというと、作られなくて良かったと思っている。むしろ作られず幻に終わったからこそ、C63形はそれなりに有名になったと考えている。

 

 しかしそこはSLファン。幻に終わった蒸気機関車が実機で動いている所を見てみたいと言う気持ちはある。それに設計時点でほぼ性能は判っているとは言えど、実際に作ってみなければ分からない部分はある。

 

 そこで北斗は試験目的で河童達にC63形蒸気機関車の製造を依頼したのだ。

 

 それに、C58形の様な運用であれば、C63形はそれなりに使えると思われる。

 

 

 

「外の世界で幻に終わった蒸気機関車を、この幻想郷で作ろうってわけね」

 

「えぇ」

 

「そう。フフフ……」

 

 北斗が肯定すると、にとりは静かに笑いを零す。

 

「面白いじゃないか。その依頼、受けるよ!」

 

「ありがとうございます」

 

「但し、さっきも言ったけど、C57形が出来上がってから作業を行うよ」

 

「分かっています」

 

「期待していてよ。C57形もそうだけど、幻に終わった蒸気機関車も、最高の出来に仕上げて見せるよ!」

 

 ニッとにとりは笑みを浮かべる。

 

 

 

 こうして、外の世界で幻に終わった蒸気機関車が、誕生する一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お兄さんと初めて会った時、不思議な人間だと思った。私の姿と存在を認識できるのも不思議だったけど。

 

 

 最初は私を認識出来る人間だから興味を持っていたけど、お兄さんと一緒に過ごしていると、とても心地良かった。膝の上に乗っていた時は特に。

 

 

 それから陰からお兄さんを見ていた。

 

 

 機関区でのお兄さん。山の巫女が居る神社でのお兄さん。人里でのお兄さん。吸血鬼が居る館でのお兄さん。博麗の巫女の居る神社でのお兄さん……。

 

 

 山の巫女さんと仲が良いようだけど、何だか気に入らないなぁ。二人が一緒に居ると、モヤモヤする。知り合いの言葉で言うなら、これを妬ましいって言うんだろうね。

 

 

 そうやってお兄さんをずっと見ている内に、次第にお兄さんの事を考えるようになった。

 

 

 私には、お兄さんが必要なんのかなぁ。いや、必要なんだね。

 

 

 お兄さんは私を拒まない。妖怪の私を拒まない。お兄さんは私を受け入れてくれる。妖怪の私を受け入れてくれる。

 

 

 だからお兄さんに、お姉ちゃんとみんなを紹介したいなぁ。

 

 

 お兄さんならみんなを受け入れてくれる。あの忌々しい妖怪に地下へと追いやられた私達を受け入れてくれる。

 

 

 お兄さんならあの半妖の力が効かないと思うしね。あの半妖にお兄さんへの興味を惹く事は出来るし、うまくいけば引き籠りを解消出来るかもしれないしね。たまにはお姉ちゃんやみんなの役に立たないとね。

 

 

 それに、お兄さんが探している物だって、あそこにあるんだから。お兄さんが必要としている物が、あそこにある。みんなが知らない場所に、それはあるんだから。

 

 

 だから、お兄さんに来て欲しいなぁ。

 

 

 いや、待っているだけじゃ、お兄さんは来てくれない。そもそも場所が場所だから、お兄さんには来れないか。天狗が邪魔するしね。

 

 

 なら、お兄さんを連れてくれば良いんだ。それならお兄さんをあそこに連れて行く事が出来る。

 

 

 こんな簡単な事、悩む必要なんて無かったね。

 

 

 それに、お兄さんは地上に居るべきじゃ無いんだ。お兄さんにとって、あそこが一番なんだ。

 

 

 知ってるよ。お兄さんの心奥底に眠る、憎しみを。お兄さんが外の世界で受けた仕打ちを。

 

 

 だからお兄さんが居るべき場所は、地上じゃない。私達の世界なんだ。

 

 

 待っててね、お兄さん。私達が、お兄さんを連れて行ってあげる。

 

 

 待ち遠しい……あぁ、待ち遠しいなぁ、お兄さん♪

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71駅 無意識の少女の意図

 

 

 

 

 その後北斗とにとり達河童はC57形とC63形の製造計画についての話し合いを行い、大まかな計画を決めた。

 

 C57形を製造している間、河童達はC63形の設計図を見て覚えたいと言って、北斗より設計図を長期間借りる事になった。

 

 どうやら設計図通りに作った車輌と、河童独自で設計を変更した車輌をそれぞれ作るつもりらしい。

 

 にとり曰く『パッと見でも色々と手直しが必要な箇所が多いし、弄ってみたいんだよね』とのこと。

 

 

 

 話が終わった後、北斗とにとりは再び外に出た。先ほど大井(C56 44)より連絡が入り、機関車二輌を機関区に届けて、再びこっちに向かっているとの事。

 二人は連絡があってから少しして外に出た。

 

 

「それでは、C63形の件、頼みます」

 

「任せておいてよ」

 

 北斗が頭を下げてから顔を上げると、にとりは笑みを浮かべてサムズアップする。

 

「期待されているんだから、最高の仕上がりにするよ」

 

「お願いします」

 

 北斗は再度頭を下げる。

 

「それでさ、良かったら今度別の蒸気機関車の設計図も見せてもらえるかな?」

 

「他の機関車のですか?」

 

「うん。色んな機関車を見てみたいしね。その中に気にいった物があったら、作ってみようと思うんだ」

 

「そうですか。良いですよ。設計図はそちらに送りましょうか?」

 

「いや、私が取りに行くよ。何度も君に来られると、天狗が面倒だからね。今回だって、天狗を説得するのに苦労したし」

 

「あぁ、そうですか」

 

 最後のにとりの表情と言葉で、北斗は察して声を漏らす。

 

「では、設計図は用意しておきますので、お待ちしています」

 

「うん。来る時は事前に連絡いれるからね」

 

「はい」

 

 

「にとり! ちょっといい!」

 

 と、後ろから河童の少女がやって来てにとりを呼ぶ。

 

「どうしたんだい?」

 

「ちょっと手伝って欲しいから、来てくれない?」

 

「他に居ないのかい?」

 

「みんな手一杯だよ。それに、にとりじゃないと難しい箇所なのよ」

 

「そうかい」

 

 と、にとりは北斗を見る。

 

「彼から離れるわけにはいかないんだけどねぇ」

 

 早苗との約束もあって、にとりは顎に手を当てて悩む。

 

「自分でしたら、大丈夫です。大井もそろそろ到着する頃ですし」

 

 と、遠くより汽笛が鳴り響いて妖怪の山に木霊す。木霊した汽笛の音の大きさから、そう遠くない場所まで来ている。

 

「そうかい? じゃぁ、私は戻ってるよ。くれぐれも、気をつけてね」

 

「分かりました」

 

 にとりは手を振ってから、河童の少女と共に中に戻っていく。

 

 

「……」

 

 にとりを見送ってから、北斗は顔を上げて空を見る。

 

(C63形がこの幻想郷で誕生する。外の世界じゃ考えられないな)

 

 北斗は改めて、その事実に胸が昂った。

 

 外の世界では一輌も製造される事が無かった幻の蒸気機関車が、この幻想郷に誕生するのだ。蒸気機関車が好きな彼の気持ちが昂らないはずがない。

 

 しかし、C63形の実態を知る者からすれば、別に作らなくてもいいじゃん、と思われる者が多いだろう。実際C63形は作る必要性は低かった。

 

 だが、それでも幻に終わった蒸気機関車を実機で見てみたいという者は居るだろう。

 

「本当に、ここに来れて良かった」

 

 彼は小さく呟く。

 

 もう少しで大井(C56 44)も着くだろうし、北斗は腕を組んで迎えを待った。

 

 

 

「兄ーさん」

 

 と、後ろから声を掛けられて北斗は身体を一瞬震わせるが、ゆっくりと後ろを振り向く。彼の後ろに、笑顔を浮かべているこいしの姿があった。

 

「こいし。こんな所で何をしているんだ?」 

 

「うーん。分かんない。気付いたらここに居たから」

 

「気付いたら……」

 

 こいしの相変わらずな回答に、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「そういうお兄さんは、ここで何しているの?」

 

「ちょっと用事があって、河童の所に来ていたんだ」

 

「ふーん」

 

 北斗がそう言うと、彼女は声を漏らす。

 

「ねぇねぇ、お兄さん」

 

「なんだい?」

 

「この後、お兄さん時間ある?」

 

「時間?」

 

 こいしの質問に、北斗はこの後の事を思い出す。

 

 まぁこの後やる事はあまり無いが、強いて言うなら機関区に届けた機関車二輌を見るぐらいだ。

 

「特に無いけど、どうして?」

 

「お兄さんの事をね。私の家族に紹介したいの」

 

「こいしの家族に?」

 

「うん。お姉ちゃんに、飼っているペット達にね」

 

「……」

 

「ダメかな?」

 

「うーん。そうだな」

 

 北斗は顎に手を当てて首を傾げる。

 

「そういえば、こいしの家ってどこにあるんだ?」

 

「地底だよ」

 

「地底……」

 

 北斗はこいしの口から出た場所の名前に、息を呑む。

 

 

『そこに暮らすのは忌み嫌われた妖怪や怨霊が暮らしている危険地帯でもあるんですが』

 

『まぁ、石炭ならもしかしたら地底で見つかるかもしれんが』

 

 

 以前守矢神社での会談でチラッと早苗が呟いた言葉を思い出した。と同時に神奈子の呟きも思い出す。

 

 幻想郷の中でも五本の指に入る危険地帯である地底とあって北斗はこいしの誘いに躊躇われるが、同時に行きたいという気持ちがあった。

 

 地底には石炭がある可能性が高い場所だ。石炭を確保出来るルートは多い方が良い。

 

 今でこそ諏訪子の力で石炭を作ってもらっているが、諏訪子の『坤を創造する程度の能力』が不調によって石炭の創造が出来なくなる可能性がある。その上河童達が蒸気機関車の製造に必要な材料を確保する為に諏訪子に協力を依頼するかもしれないので、いつもの様に石炭が確保出来るとは限らない。

 

 なので、ぜひ地底での石炭の有無を確認しておきたい。

 

「それとね、お兄さんに教えておきたい事があるの」

 

「ん?」

 

「地底にね、お兄さんが探している蒸気機関車があるの」

 

「なにっ!?」

 

 こいしの口から蒸気機関車の事が出て、北斗は思わず声を上げる。

 

「本当なのか、こいし?」

 

「うん。蒸気機関車のことは詳しく知らないけど、よく似た物があったよ」

 

「そうか……」

 

 北斗は腕を組んで静かに唸る。

 

 地底が危険な場所だと言うのは分かっている。分かっているが、それでも蒸気機関車があると聴かされては、北斗は気持ちが揺らぐ。

 

(どの道今後地底の調査は行うだろうし、近い内にやっておいた方がいいか)

 

 いずれ地底の調査は行うであろうし、早めにやっておいた方がいい。それに、地底の関係者が一緒なら、地底を歩き回れるだろう。

 

 ちなみに北斗はこいしがどんな妖怪か聞こうとはしなかった。というのも、地底に住む妖怪が忌み嫌われている者が多いというのを聞いているので、こいしもその中に含まれているのだろう。

 

 余計な詮索をしないのが彼の性分である。

 

「どうするの、お兄さん?」

 

 こいしは首をかしげて声を掛ける。

 

「そうだな。まぁ行ってみようかな」

 

「本当?」

 

「但し、今日は時間が足りないから、日を改めて早苗さんや知り合いの人と一緒に行くよ」

 

「……」

 

 するとこいしの表情から笑顔が消える。

 

「だから、その時に案内を……こいし?」

 

 急変したこいしの様子に、北斗は口を止める。

 

「お兄さんだけじゃ、ダメなの?」

 

「地底は危険な場所だって言われているから、あんまり少人数じゃ……」

 

「……」

 

「……?」

 

 急に黙り込むこいしに北斗は怪訝な表情を浮かべる。

 

「次にお兄さんに会えるのがいつになるのか分からないから、今じゃなきゃ」

 

「こいし……」

 

「ねぇ、お願い。お兄さんを危険な目に合わせないから」

 

「でもなぁ」

 

ねぇ、お願い

 

 と、こいしは上目遣いで北斗を見る。

 

 

 この瞬間北斗は違和感を覚えるも、すぐに違和感は消える。

 

 

「ダメだよ、こいし。わがまま言ったら」

 

 北斗がそう言うと、こいしは少し驚いたような表情を見せる。

 

「……やっぱり、お兄さんには効かないんだ

 

「ん?」

 

「ううん。なんでもない」

 

 彼女は小さく呟いて北斗は首をかしげるが、こいしは笑みを作って何も無い事を伝える。

 

「ねぇお兄さん」

 

「なんだ?」

 

「それならね、抱っこして欲しいなぁ」

 

「……え゙ぇっ?」

 

 こいしの脈絡の無い突然の言葉に、北斗は思わず声を漏らす。

 

「きゅ、急にどうしたんだ、こいし?」

 

「ん~? 何となく」

 

「な、何となくって……」

 

 あまりにも唐突な流れに、北斗は呆れてため息を付く。

 

「ねぇ、ダメなの?」

 

「それは……」

 

「今日行くことが出来ないなら、せめて抱っこぐらいして欲しいなぁ」

 

「うっ……」

 

 こいしの誘いを断った手前、北斗はたじろぐ。

 

 その上、彼女は少し泣きそうな表情をしていたとあって、彼の良心が痛む。

 

「……い、良いよ。抱っこぐらいなら」

 

「わーい」

 

 結局北斗が折れて了承すると、こいしは両腕を上げて喜ぶ。

 

「それで、普通に抱えればいいの?」

 

「ううん。お姫様抱っこが良いなぁ」

 

「お姫様抱っこ……」

 

 ふと、この間の事(第55駅を参照)が脳裏に過ぎり、北斗は少し顔が赤くなる。そんな北斗の姿を見てこいしは首を傾げる。

 

「……」

 

 北斗は腹を括り、こいしの肩と両膝の裏側に手を回して彼女を抱え上げる。

 

「えへへ♪」とこいしは楽しそうに北斗の腕の中で喜んでいた。

 

(見掛け通り……軽いな)

 

 と、北斗は女の子に対して失礼な事を考えるのだった。まぁ普段から力仕事をしているとあって、力は付いている方だ。

 

(それにこれは……恥ずかしいな)

 

 両腕と両手にこいしの身体の柔らかさが伝わり、彼女の顔が間近にあるとあって、恥ずかしかった。

 

(あの時の早苗さんも、こんな感じだったんだろうな)

 

 そう思うと、余計恥ずかしくなるのだった。

 

「お兄さん」

 

「ん?」

 

「女の子に対して軽いとか重いとか、言っちゃダメなんだよ」

 

「えっ? ご、ゴメン」

 

「それに、別に私は恥ずかしくないよ?」

 

「……」

 

 と、こいしに心を読まれたように内心考えていた事を言われて、北斗は思わず謝る。

 

(分かりやすい表情だったのか?)

 

「うーん」と静かになりながら、腕の中に居るこいしを見る。

 

(ん?)

 

 ふと、北斗はある事に気付く。

 

 一瞬だけ、こいしの左胸付近にある管に繋がれた球体状の物体が開いて、目の様なものが見えていた。しかし次の瞬間には元に戻っている。

 

(今の、何だ?)

 

 北斗が首を傾げると、こいしは自分の左胸付近にある物を見る。

 

「お兄さん。やっぱりこれが気になる?」

 

「あっ、いや、そういうわけじゃ無いんだ。気に障ったなら、謝るけど」

 

「ううん、いいの。このサードアイは、私やお姉ちゃんの……覚妖怪の特徴だから」

 

「覚妖怪……?」

 

 球体状の物体ことサードアイを持つこいしは少し哀愁漂う表情を浮かべると、北斗が声を漏らす。 

 

「心を読む妖怪だよ。このサードアイは、どんなものを見通せるの。心だけじゃなく、記憶も、全てね」

 

「……」

 

「だから、人間のみならず、他の妖怪たちは、私達を忌み嫌った……」

 

 こいしは無表情で、憎しみを孕んだ声を漏らす。

 

「今はおぼろげだけど、サードアイが読んだ人間や妖怪達の心は、心無い物ばかりだった」

 

「……」

 

「だから、あの妖怪は私達を地底に追いやった……私達が都合の悪い存在だから」

 

「……」

 

 北斗は何も言わず、ただこいしの言葉を聞き入れる。

 

「あっ、ごめん。何だか話が湿ってきちゃったね」

 

 こいしはハッとして、北斗に謝る。

 

「気にしなくて良いよ。色々と、あるんだろうしな」

 

「……」

 

 

「ところでさ」

 

「なに?」

 

「どうして急に、その……抱っこして欲しいって言ったんだ?」

 

 北斗は当然な疑問をこいしに問い掛ける。あまりにも唐突な流れとあって、彼の疑問は尤もだろう。

 

「んー。それはね」

 

 こいしは一瞬視線が逸れるも、すぐに北斗の目を見る。 

 

 

「こうしていれば、お兄さんと一緒に居られる(・・・・・・・)からね」

 

 

「……一緒に?」

 

 北斗はこいしの言葉に違和感を覚える。

 

 それならお姫様抱っこなんてする必要は……

 

 

 直後に北斗の危険信号が警鐘を鳴らしたが、時既に遅かった。

 

 

「っ!?」

 

 突然後ろから羽交い絞めにされて、両足が地面から離れる。

 

「な、なんっ!?」

 

 北斗はもがこうとするも、羽交い絞めにしている腕の力が強く、びくともしない。

 

 頭を横へと向けると、彼の視界に黒い羽に覆われた大きな翼が映る。

 

「お空。お願いね」

 

「はい! 任せてください、こいし様!」

 

 と、いつの間にか北斗の腕から離れて空を飛んでいるこいしは、北斗を羽交い絞めにしているであろう者の名前を言うと、彼の後ろから元気そうな少女の声がする。

 

「こいし! これは一体!?」

 

「お兄さん」

 

 半ば状況を把握しきれない北斗がこいしに声を掛けると、彼女は北斗を見る。

 

「暴れない方が良いよ。お兄さん、空飛べないんでしょ?」

 

「っ!」

 

 北斗は下を見ると、既に木々よりも高く上がっていた。その高さに思わず息を呑む。

 

 彼がこの高さから落ちれば、ひとたまりも無い。運良く木々の枝に引っかかって落下速度を落とせても、大怪我は免れない。下手すれば死ぬ可能性もある。

 

 それにここは妖怪の山だ。仮に助かっても妖怪達が彼を狙って近寄ってくるだろう。哨戒している天狗に見つけてもらえるのならいいが、それ以外の妖怪に見つかれば、彼に逃れる術はない。

 

 それ以前に、空を飛ぶ事が出来ない北斗は、空に上げられた時点でなす術は無い。

 

「……」

 

 どうする事も出来ず、北斗は暴れるのを止めて大人しくなり、彼はこいしを見る。

 

「ごめんね。こんな無理矢理な方法を取ってしまって」

 

「……」

 

 北斗は諦めたようにため息を付いて、俯く。

 

 

 

 この時、彼らを見る一つの視線があったのを、こいし達は気付く由も無かった。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72駅 事態の発覚

 

 

 

 

 所変わって守矢神社

 

 

 

「……」

 

 神社に戻った早苗は竹箒を手にして、境内に落ちている落ち葉を掃いて一箇所に集めていた。

 

 しかしその様子は、どことなく不安な色が見え隠れしている。

 

「……」

 

「……」

 

 その様子を神奈子と諏訪子の二柱が社より見守っていた。

 

「で、さっきから何を唸っているんだ、諏訪子?」

 

「だってさぁ」

 

 隣で静かに唸っている諏訪子に神奈子が呆れた様子で声を掛けると、不満です、と言わんばかりに口を尖らせている諏訪子は早苗を見る。

 

「早苗ってさ、いつになったら自分の気持ちに気付くんだろう」

 

「何だ、その事か」

 

「神奈子だって、気にしているんでしょ」

 

「……まぁ、気にしていないといえば、嘘になるな」

 

 神奈子はため息を付いて、早苗を見る。

 

「早苗……自覚していないけど、北斗君の事を想っているはずなんだけどねぇ」

 

「……」

 

「教えてあげるべき、なのかな……」

 

「だが、こればかりは自分で気付かないと意味が無い。仮に教えたとしても、あいつは自覚しないし、すぐに受け入れない」

 

「……」

 

「まぁ、こればかりは時間を掛けていくしかないだろう」

 

 神奈子がそう言うと、諏訪子は深くため息を付く。

 

 

 

(北斗さん。無事に機関区に戻れたでしょうか……)

 

 内心呟きながら、早苗は手を止めて空を見つめる。その表情は何処と無く不安げであった。

 

 いくら河童の里であるとしても、場所が場所とあって不安な懸念材料は多い

 

(……やっぱり、最後まで一緒に居るべきだったでしょうか)

 

 ふと、最後に北斗の姿を見た時の光景が脳裏に過ぎる。

 

 北斗に戦う力は無いし、空を飛ぶ事が出来ない。そんな彼が妖怪に襲われたら……。早苗の胸中に不安が渦巻く。

 

(いえ、にとりさん達が付いているから、大丈夫なはず)

 

 一抹の不安はあったが、場所が場所であり、尚且つ彼の安全を見てくれている者も居るのだ。心配は無いはず。

 

(……でも、何ででしょうか。妙に胸騒ぎがする)

 

 締め付けられるような感覚が胸の奥からして、早苗の呼吸は少し乱れる。

 

「……北斗さん」

 

 彼女は俯くと、思わず名前を呟く。

 

 

 ―ッ!!

 

 

 すると汽笛の音が彼女の耳に届く。

 

「あれ?」

 

 早苗は顔を上げて、首を傾げる。

 

(今日こちらに来る予定は無かったのに、どうしたんでしょうか?)

 

 内心呟きつつ、箒を社の壁に立て掛けて向かう駅のホームへと向かう。

 

 

 

 

 守矢神社の駅は階段の前にあり、早苗は駅のホームに着く。

 

 少し待っていると、煙突から黒煙を勢いよく吐き出して見るからに慌てている様子のC56 44号機がホームへと入ってくる。

 

「……」

 

 今まで見たことの無い姿に、早苗は不安を覚える。

 

 C56 44号機は早苗の前で停車すると、運転室(キャブ)より慌てた様子で大井(C56 44)とにとりが降りてくる。

 

「大井さんに、にとりさん? どうしたんですか」

 

「早苗! 区長はここに来たかい!?」

 

「えっ? 北斗さんですか? いえ、来ていません。というより、大井さんが迎えに行った筈じゃ」

 

 慌てた様子の大井(C56 44)の質問に、早苗は不安を覚えながらも答える。

 

「そ、その事なんだけど、早苗。落ち着いて聞いて欲しいんだ」

 

 にとりは言いづらそうに口を開く。

 

 その瞬間、早苗は一瞬心臓が跳ね上がるような感覚に襲われる。

 

「じ、実は……北斗が居なくなっていたんだ」

 

「……え?」

 

 にとりの口から出たのは、早苗にとって最も出て欲しくない言葉だった。

 

「ど、どういう事なんですか、にとりさん!?」

 

 彼女はにとりの両肩を掴んで問い詰める。

 

「そ、そのままの意味だよ。気付いた時には、北斗の姿が、何処にも無かったんだよ」

 

「大井さんが迎えに来るまでにとりさんが北斗さんと一緒に居るはずじゃなかったんですか!?」

 

「少しの間だけ目を離していたんだ。戻ってきた時には、もう彼の姿は」

 

「何で目を離していたんですか!」

 

「同僚に手伝って欲しいって言われたんだ! 私だって常に暇じゃないんだよ!」

 

「だからって!」

 

「言い争っている場合じゃないだろ!!」

 

 言い争いを始めた二人の間に割り込むように大井(C56 44)が怒鳴って止めさせる。

 

「無駄な事に時間を使っている暇があったら、区長を探すのに時間を使え! 何かがあってからでは遅いんだぞ!」

 

『……』

 

 大井(C56 44)の一喝で、頭に血が上っていた二人は冷静になる。

 

「ご、ごめんなさい。にとりさんばかりを責めてしまって」

 

「いや、早苗が謝る必要は無いよ。元はと言えば、目を離したこっちに非があるし」

 

 早苗とにとりは互いに謝罪をして、気持ちを切り替える。

 

「私は一旦機関区に戻る。みんなに協力して探せる範囲で区長を探してみる」

 

 大井(C56 44)はすぐに運転室(キャブ)に戻ると、逆転ハンドルを回してギアをバックに入れて、汽笛を短く鳴らしてC56 44号機を後退させて機関区を目指す。

 

「とにかく、椛を探してみるよ。椛の能力を使えば、彼が何処に居るか分かるかもしれない」

 

 にとりは白狼天狗の椛が持つ『千里先を見通す程度の能力』を使えば、北斗の居場所を掴めると考えた。

 

「お願いします。私は山を探してみます」

 

「一人で探すって言うのかい。この妖怪の山を?」

 

「はい」

 

「いくら早苗でも、そりゃ無理だよ」

 

「でも、何もしないよりかはマシです!」

 

「あの天狗が好き勝手に動くのを黙っているはずが無いだろ」

 

「でも!」

 

 

「落ち着け、早苗!」

 

 と、後ろより耳の奥にまで届きそうな声がして、早苗は身体を震わせる。

 

 すぐに後ろを振り向くと、神奈子と諏訪子の二柱が階段を飛び越して彼女の傍に降りる。

 

「お前がここで取り乱した所で、事態が変わる事は無い。少しは落ち着け」

 

「神奈子様、諏訪子様」

 

「急がば回れだよ、早苗。急いだって、見えるものも見えないよ」

 

「で、でも、諏訪子様。こうしている間にも、北斗さんは「早苗」……」

 

 と、神奈子は早苗の言葉を威圧的に遮って、彼女を黙らせる。

 

「お前一人で出来る事など高が知れている。こんな広い山を、お前一人で北斗を探し出せると思っているのか?」

 

「……」

 

「それに、天狗達が早苗の捜索の邪魔をしないとも限らないしね」

 

「……」

 

 二柱から指摘されて、早苗は俯き、自分の無力さに両手を握り締める。

 

「それに、だ」

 

 神奈子は一旦間を置き、早苗を見る。

 

「こういう時こそ、頼るべき友が居るのではないのか?」

 

「っ!」

 

 神奈子の言葉に、早苗はハッとする。

 

「お前は一人じゃない。お前には、頼れる友が居る」

 

「事を急ぐより、あえて回り道をするのが良い事もあるんだよ、早苗」

 

「神奈子様、諏訪子様……」

 

 二柱より言葉を貰い、早苗は深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、そして切り替える。

 

「……私、行ってきます!」

 

 彼女は後ろを向くと、地面を蹴って跳び上がり、勢いよく飛ぶ。

 

「……さてと、私達もやれる事をしようか」

 

「あぁ」

 

 神奈子は相槌を打ち、にとりを見る。

 

「河童もやれる事をやってくれ」

 

「は、はい!」

 

 にとりは身体を振るわせつつ返事をして、すぐに飛ぶ。

 

「私達は天狗の所へだね」

 

「あぁ。あの頭の固い連中を説得しないとな」

 

「うん。なんとしても、最悪な事態だけは避けないと」

 

「うむ」

 

 二柱は互いに頷き合うと、天狗の里へ向かって飛ぶ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって某所

 

 

 

 

 北斗を攫ったこいし一行は洞窟の中へと入る。

 

 しばらく進んだ所で、こいしが下りて、北斗を抱えていた少女も下りて地面に足が着く。

 

「……」

 

 少女より解放された北斗は、こいしを睨む。

 

「こいし……」

 

「言いたい事は、分かっているよ、お兄さん」

 

 こいしは北斗の方へと振り返り、申し訳なく声を漏らす。

 

「じゃぁあえて言うが、何でこんな事をしたんだ」

 

「……」

 

「こんな事、許されるはずがない。それはこいしにだって分かるはずだ」

 

「……」

 

 北斗に諭されて、こいしは俯く。

 

 この幻想郷において、妖怪による人間の誘拐は御法度である。この事実が発覚すれば博麗の巫女が必ず妖怪退治に動く。

 

 北斗はこの事を知らないが、誘拐自体が犯罪であるので、彼女の事を心配している。

 

「俺だけじゃなくて、色んな人に迷惑を掛けることになるんだぞ」

 

「……」

 

「お前! こいし様が迎えに来たというのに、何だその言い方は!」

 

 と、北斗の態度が気に食わなかったのか、黒翼の少女は北斗に抗議する。

 

「お空は黙ってて!」

 

「っ! こいし様……」

 

 こいしに怒鳴られて、少女はたじろぐ。

 

「……」

 

 こいしは顔を上げて、北斗の目を見る。

 

「……どうしても、お兄さんに来て貰いたかったの」

 

「それは、今じゃないといけないのか?」

 

「うん。私って無意識になってしまうから、次にお兄さんといつ会えるか、分からない」

 

「……」

 

「だから、その……諦め切れなかった」

 

「……」

 

「ごめんなさい、お兄さん」

 

 こいしは深々と頭を下げて、北斗に謝罪する。

 

「……」

 

「こいし様……」

 

 北斗はそんなこいしの姿を、ただ黙って見つめ、少女はこいしの姿に声を漏らす。

 

「……」

 

 何も言わず、沈黙し続けた北斗は浅くため息を付く。

 

「……今回だけ」

 

「え?」

 

「今回だけ、こいしの我が儘に付き合うよ」

 

「お兄さん……」

 

「但し、次は無いよ」

 

「っ! うん!」

 

 こいしは笑みを浮かべて、頷く。

 

「約束だよ」

 

「うん。約束」

 

 北斗とこいしは指切りげんまんをして、約束する。

 

(それに、断ったとしても、どの道帰る事は出来そうに無いしな)

 

 北斗は内心呟くと、頭の後ろを掻く。

 

 空を飛んで来たと言っても、ある程度方向は分かっているので、どうにか歩いていけるだろう。だが、忘れてはいけないが、ここは妖怪の山。天狗に見つけてもらえるのならいいが、道中獰猛な妖怪に出くわす可能性が非常に高い。妖怪でなくても、熊や狼といった獣も居るのだ。もし遭遇すれば、北斗に逃げられる術はない。

 

 ゆえに断ろうにも、断れる状況ではない。ならば、彼女達と行動を共にせざるを得ない。

 

「あっ、お兄さん。紹介するね!」

 

 と、こいしは北斗の傍を通って、少女の隣に立つ。

 

「私が飼っているペットのお空だよ。お空、この間話していたお兄さんだよ」

 

「えっ? あっ、はい」

 

 こいしからお空と呼ばれる少女は戸惑いながらも、北斗に自己紹介する。

 

「……霊烏路(れいうじ)(うつほ)、です」

 

 さっきの事もあってか、少し気まずそうにしていた。

 

「こいしからある程度聞いていると思うが、霧島北斗だ」

 

 北斗も自己紹介しつつ、空と言った少女を見る。

 

 腰まで伸びて少しぼさついた黒髪をして緑色の大きなリボンをしており、女性としては長身で、北斗とほぼ同じぐらいの背丈をしているが、顔つきは何処と無く幼さを残しているといった感じだ。しかし彼女の双丘は服の上からでも分かるぐらいに、大人顔負けの立派な大きさであった。

 服装は白いブラウスに、膝上までの長さの緑色のスカートといった格好をしており、自身の背丈ほどはある大きさを持つ黒い翼の上に、宇宙空間を模した模様の裏地をした白いマントを羽織っている。

 

 しかし何より特徴的なのは、彼女の胸元にある赤い目であり、飾りなのか、生きているのか判らないが、心なしか北斗を見ているようにも見えなくも無い。両足も特徴的で、右足はまるで溶けた鉄が纏っているような見た目で、左足には何やら半透明のリング状の物体がある。

 

(何だろう。彼女から他となんか違うような気がする)

 

 北斗は持ち前の感覚で、今まで幻想郷で会ってきた者達とは異なる感覚を彼女から感じていた。

 

「お空ってね、凄いんだよ。八咫烏っていう神様の力を持っているんだよ」

 

「八咫烏?」

 

 こいしの口から八咫烏の名前が出て、北斗の脳裏に少し前に守矢神社で神奈子と早苗から聞いた話が過ぎる。

 

(そういえば、間欠泉センターにその八咫烏を宿した地獄鴉が居るって言っていたけど、彼女の事だったのか)

 

 北斗は改めて空を見る。

 

(でも八咫烏って、何か割ととんでもないような存在だった気がする……)

 

 色々と疑問は過ぎるものも、とりあえず今はその疑問を棚上げにした。

 

「それじゃ行こう、お兄さん」

 

「……あぁ」

 

 北斗は頷き、こいしと空に付いて行って、洞窟の奥へと向かった。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73駅 博麗の巫女への協力要請

更新が遅れて申し訳ございません。最近忙しく、その上体調面が良くなかったので、中々書けなかった日々がありました。
最近はコロナのせいで色々と大変ですが、体調面だけは本当に気を付けてください。


 

 

 

 所変わって博麗神社

 

 

 

「へぇ、その外来人があの鉄道っていうのを始めたのね」

 

「はい。そのお陰で神社に多くの参拝客が来てくれるようになりました」

 

 境内にある家の縁側に座る妖夢は る~こと より話を聞いていた。

 

 博麗神社行きの列車に乗った妖夢はしばらく初めての列車の旅を楽しみ、博麗神社に着く。

 

 帰りは直接白玉桜に帰るので、帰りの列車に乗らず神社にて霊夢と る~こと 、たまたま遊びに来ていた魔理沙と話をしていた。

 

「ねぇ、霊夢。その外来人……えぇと、名前は確か……」

 

「霧島北斗よ」

 

 妖夢が幻想鉄道を開業させた外来人こと北斗の事を思い出そうとしていると、霊夢が手にしている湯呑に入っている緑茶を一口飲んでから彼女に教える。

 

「その、霧島さんって、どんな人なの?」

 

「どんな人、ねぇ」

 

 霊夢はボソッと呟くと、首を傾げる。そもそも彼女は頻繁に北斗と会っているわけではないので、どう答えようか悩んでいた。そもそも霊夢の中での(北斗)のイメージと言うのが高額な賽銭をくれた人、というあんまりなものだったりするが。

 

「北斗はなぁ、結構変わったやつだぜ」

 

 と、霊夢の横に座っている魔理沙が彼女(霊夢)の代わりに答える。

 

「そうなの?」

 

「外来人である事以外は、別にそこまで変わった人じゃ無いわ」

 

「フランに懐かれて、アリスと割と仲が良いのが変わってないのか?」

 

「えっ? そうなの?」

 

 妖夢は驚いたように魔理沙に問い掛ける。

 

「フランってレミリアの妹なんでしょ? 何があったの?」

 

「それなんだが、よく分からないんだよな」

 

 魔理沙は困ったように頭の後ろを掻く。

 

「何だが、いつの間にかフランのやつが北斗に懐いていたんだ。レミリアやパチュリーも懐いていた理由はよく分かっていないらしい」

 

「そ、そうなの? でも、彼女は気が触れているって聞いた事があるんだけど」

 

「あぁそうだぜ。ちょっとした事で暴れるぐらいだったからな。最初会った時なんか大変だったぜ」

 

 魔理沙はフランと出会った当時の事(紅霧異変)を思い出して苦笑いを浮かべる。

 

「……それなのに、どうやったら彼女が霧島さんに懐くようになったの」

 

 妖夢は半ば呆れたような表情を浮かべる。

 

「それに、アリスと仲がいいって……」

 

「この間甘味処でアリスと北斗が一緒に団子食っていたからな」

 

「それだけで?」

 

「いやだって、あのアリスがだぜ? たまに人里に来るが、基本引き篭もりなあいつが何度も顔を合わせたことが無いやつと一緒に団子を食うか?」

 

「それは……」

 

 妖夢はこれまであった宴会の時のアリスの様子を思い出す。彼女(アリス)は基本的に一人で居る事が多い。

 

 

「……まぁ、何だかんだ言っても、あいつはいいやつだぜ」

 

 魔理沙は咳払いをして話題を変えようと、北斗をフォローする。

 

「でなきゃ、里の人間があいつの鉄道を毎回利用なんかしないしな」

 

「それは、まぁ確かに」

 

 妖夢は納得したように頷く。

 

「そういえば、北斗様は最近早苗様と一緒に居る事が多いですね」

 

 と、る~こと が思い出したように呟く。

 

「まぁ、同じ外の世界の出身だからじゃないか? それに好きな物が同じとあって意気投合しているとか」

 

「そういや、早苗のやつ蒸気機関車が好きだったわね」

 

 魔理沙がそう言うと、思い出したかのように霊夢が呟く。

 

「そういえば、新聞に守矢神社が鉄道開業に大きく関わっているって書かれていたわね。結構深く関わっているの?」

 

「そうね。ある意味守矢神社が彼らの後ろ盾になっているとも言えるわね」

 

「なるほど。その関係で早苗は霧島さんと一緒に居るの?」

 

「さぁな。さっきも言ったが、好きな物が同じで意気投合しているかもしれないしな」

 

 疑問を浮かべる妖夢に、魔理沙がそう答える。

 

(果たしてそれだけでしょうか)

 

 と、る~こと はこの前人里で北斗を尾行していた時に見かけた早苗の様子から、何か別の要素があると感じていた。

 

 しかしわざわざ口にしていう事ではないと判断して、る~こと は何も言わなかった。

 

 

 

「霊夢さーん!!!」

 

 すると、遠くから霊夢を呼ぶ声がすると、神社の境内に勢いよく早苗が着地する。

 

「噂をすれば何とやらだな」

 

「う、うん」

 

 魔理沙がそう言うと、妖夢は戸惑いながら肯定する。

 

「霊夢さん! 大変、大変なんです!!」

 

「そりゃお前の様子を観たら分かるがな」

 

 慌てた様子で霊夢に詰め寄る早苗に魔理沙がつっこむ。

 

「落ち着きなさい、早苗。何があったのよ」

 

 霊夢は冷静に早苗を落ち着かせる。

 

「……」

 

 早苗は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

「実は―――」

 

 

 

 少女説明中……

 

 

 

「北斗がいなくなった!?」

 

 早苗から北斗が妖怪の山でいなくなった事を聞かされ、魔理沙が声を上げる。

 

「本当なのか、早苗?」

 

「はい。万が一に備えて一緒に居てくれたにとりさんが目を離した間に、いなくなってしまって……」

 

 魔理沙が問い掛けると、彼女(早苗)はしゅんとしながらも答える。

 

「どこかその辺りを歩いているんじゃないの?」

 

「そんなわけないですよ! 北斗さんは私達のように弾幕が出せないし、飛べないんですよ! それなのに妖怪の山を一人でうろつくなんてありえません!」

 

 素っ気無く霊夢がそう言うと、そんな彼女(霊夢)の態度が癪に障ったのか、早苗は感情的になって反論する。

 

「そもそも、機関区から迎えが来ると分かっていたんですから、あの場を離れる理由なんて無いんですよ!!」

 

「落ち着けって、早苗」

 

 感情的になる早苗を落ち着かせようと、魔理沙が声を掛ける。 

 

「それはそうと、早苗はなんでここに来たんだ?」

 

「っ!」

 

 と、魔理沙の言葉で早苗はハッとして、気持ちを落ち着かせる。

 

 

「……霊夢さん、魔理沙さん。お二人にお願いがあります」

 

 早苗は真剣な表情を浮かべて霊夢と魔理沙の二人を見る。

 

「北斗さんを探す為に、力を貸していただけないでしょうか」

 

「早苗……」

 

「……」

 

「今すぐにでも北斗さんを探しに行きたいのですが、私一人で北斗さんを見つけ出すのは困難です」

 

「……」

 

「……」

 

「こうしている間にも北斗さんは……。どうか、お願いします! 北斗さんを探すのに、力を貸してください!」

 

 早苗は頭を下げて、二人に協力を懇願する。

 

「……」

 

 霊夢は手にしている湯呑を傍に置き、早苗を見る。

 

 お互い同業者とあって、霊夢と早苗は譲れない部分はある。それ故争うことは多々あったので、簡単に頭を下げるなんて互いにすることはなかった。

 

 しかし、そんな早苗がライバルである霊夢に頭を下げている。

 

 それだけとても大切な事なのだから、彼女(早苗)は頭を下げるのだ。

 

「頭を上げなさい、早苗」

 

「……霊夢さん?」

 

 早苗は顔を上げて霊夢を見る。

 

「そこまでしなくたって、普通に頼めば協力するわよ」

 

「……」

 

「これが妖怪による人間の誘拐なら、博麗の巫女が動く案件になるわ」

 

「……」

 

「それに、北斗さんにはそれなりに助けられているし。ちゃんとお礼は返さないと、博麗の巫女としての名が廃れるわ」

 

「霊夢さん……」

 

 

「ご主人様はあぁ言っておられますが、北斗様には大いに感謝されています。この間も売り上げの一部を貰った時は喜んでいらっしゃいましたし」

 

「余計なこと言うんじゃないわよ、る~こと」

 

 る~こと がカミングアウトすると、霊夢はジトーと彼女(る~こと)を睨みつける。

 

「なんだ、霊夢。結構北斗のやつに感謝していたんだな」

 

「……」

 

 る~こと のカミングアウトを聞き、魔理沙はニヤニヤと笑みを浮かべ、霊夢は視線を逸らす。

 

「霊夢の言う通りだぜ、早苗。そこまでしなくたって、普通に頼めば私達は協力するぜ」

 

「魔理沙さん」

 

「ありがとうございます」と早苗は深々と頭を下げる。

 

「状況が状況だから、さっさと行くわよ。四人で行けば、まぁなんとかなるわ」

 

「あぁ。四人居れば大抵のやつらは何とかなるしな」

 

「はい!」

 

 

「あれ?」

 

 と、さっきまで黙って話を聞いていた妖夢が首をかしげて声を漏らす。

 

「ねぇ、霊夢」

 

「何よ?」

 

「聞き間違いかもしれないけど、今四人って……」

 

「えぇそうよ」

 

「……ちなみに聞くけど、四人目って誰なの?」

 

「あんた以外誰が居るっていうのよ」

 

「なんでぇっ!?」

 

 霊夢に質問した妖夢は思わず立ち上がって声を上げる。

 

「どうせ暇なんでしょ。だったら手伝いなさい」

 

「で、でも、どうみても時間が掛かるでしょ!?」

 

「そうね。場合によっては大分時間が掛かるかもしれないわね」

 

「そんなことになったら、幽々子様の夕飯の時間までに帰れないよ!」

 

「別にちょっとぐらいいいだろう?」

 

「良くないよ!! ちょっとでも夕飯の時間が遅れたら幽々子様凄く機嫌を悪くするのよ!?」

 

 余程機嫌を悪くした主が恐ろしいのか、妖夢は必死であった。

 

「どうせ夕飯のおかずの量と種類を増やせば、幽々子のやつ機嫌を直すだろ?」

 

「……」

 

(そこは否定しろよ)

 

(相変わらずなんですね)

 

 急に黙り込んで視線を逸らす妖夢に、魔理沙は内心つっこみ、早苗は内心呟きつつ苦笑いを浮かべる。

 

 意外と妖夢の主はチョロいようである。

 

「まぁ、それはともかくとして」

 

 霊夢は咳払いをして空気を変える。妖夢は「良くない」と言わんばかりに睨みつける。

 

「早苗。犯人の大体の見当は付いているの?」

 

「それは……」

 

 霊夢の質問に早苗は答えようとするが、北斗を誘拐した者の見当が全く無い為、答えれなかった。

 

「なぁ、早苗。本当に誰も見ていなかったのか?」

 

「はい。にとりさんが目を離した隙にでしたので、にとりさんはおろか誰も見ていません」

 

「うーん」

 

 魔理沙は腕を組み唸る。

 

「る~こと。お前の機能で北斗を探せないのか?」

 

「申し訳ありませんが、私はお手伝いのアンドロイドですので、必要最低限の機能しかありません」

 

「ぬぅ」

 

 きっぱりと言われて魔理沙は再度唸る。

 

「妖怪の山を探すとなると、その範囲以前に天狗が黙って見ているわけないよな」

 

「そうですね」

 

 魔理沙と早苗は捜索での最大の懸念を口にする。

 

 妖怪の山は実質天狗の領域と言える。その上かなり強い縄張り意識があるので、よそ者に対して排他的だ。そんな中で妖怪の山にある守矢神社や幻想鉄道の一部路線は天狗が折れての特例中の特例だ。

 

 そんな天狗が、自分達の縄張りに彼女達が入って来て北斗の捜索活動を認めないだろう。

 

「邪魔するなら叩きのめせば良いのよ」

 

「いや良くないだろ」

 

 さらりと物騒な事を言う霊夢に魔理沙が思わずつっこむ。しかし彼女(霊夢)にとって異変解決時は平常運転だったりする。

 

「……まさか天狗が霧島さんを誘拐した、なんてことは無いよね」

 

 ふと、妖夢が割と衝撃的な事を口にして、早苗達が一斉に見る。

 

 場所が場所であるので、可能性はゼロとは言えない。

 

 それに、一方的であるが、自分達の領域に勝手に線路を敷いたと見ているので、北斗に対して恨みを持っている天狗が居てもおかしくない。

 

「それは―――」

 

 

「そんな事すれば早苗さんや二柱の御二方の怒りを買うことになりますよ」

 

 と、早苗が言おうとしたら、この場に居ない声がして四人は周囲を見渡す。

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74駅 誘拐犯の正体と黒幕

ここ最近蒸気機関車関連で暗雲が立ち込める話題ばかりですね。ここで一気に明るくなるような事は起きて欲しいです……


 

 

 早苗達が周囲を見回していると、彼女達に近くに一人の少女が下りて来る。

 

「文さん……」

 

 早苗が降りて来た少女こと射命丸文を見て声を漏らす。

 

「しかし酷いですねぇ。何の証拠無しにそんな事言ってしまうなんて」

 

 文はわざとらしく肩を落としながら呟く。

 

「場所が場所だからな。疑いの目が向けられるのは当たり前だろ。それにあいつに恨みを持つやつだって居るかもしれないしな」

 

「さすがに北斗さんに恨みを持つ天狗はいないですよ。意外かも知れませんが、結構鉄道に興味を持たれている方が多いんです」

 

「ホントかそれ?」

 

「本当ですよ。信用無いですねぇ」

 

「普段の行いが悪いんでしょ」

 

 と、霊夢が素っ気無く言うと、「あやや……」と文は苦笑いを浮かべる。

 

「で、何の用なの? こっちは忙しいんだけど」

 

「そうですよ。文さんの取材を受けている暇は―――」

 

「まぁまぁそう言わずに。大事な話ですので、聞いてください」

 

 文はそう言ってから、咳払いをして気持ちを整える。

 

「実はですね、先ほど守矢の二柱方が天魔様の元にいらっしゃって、北斗さんの捜索の協力要請がありました。それで守矢の風祝と博麗の巫女に協力するように天魔様からのお達しがありましてね」

 

「っ! 神奈子様と諏訪子様が!?」

 

 早苗は驚いたように声を上げる。

 

「守矢の二柱が直接要請に参ったとあって、天魔様も今回の一件を重要視しているみたいなんですよ」

 

「……」

 

「天魔様は私が同行するということで、妖怪の山の全域を移動することを許可しました」

 

 文がそう告げると、早苗の顔に希望が満ちる。

 

 最大の障害が取り払われた事で、北斗の捜索が容易になったのだから。

 

「協力ねぇ。どうせ私達が余計な事をしないかを監視しろってことなんでしょ」

 

「あやや。霊夢さんには分かってしまいますか」

 

 彼女()が言った内容の真意に気付いて霊夢が答えると、文は苦笑いを浮かべつつ頭の後ろに手を当てる。

 

 まぁ要は文は監視役として彼女達と同行する為に派遣されたのである。

 

「だろうな。あの天狗が簡単に許可するはずがないもんな」

 

 霊夢の答えを聞き、魔理沙が納得したように呟く。

 

「でも、仮に探しやすくなったといっても、肝心の誘拐犯が分からないんじゃ」

 

 と、妖夢が最もな問題を口にして、早苗達の表情が硬くなる。

 

 確かに北斗の捜索がしやすくなったが、肝心の誘拐犯の見当が付かない状況に変わりは無い。これでは探しようが無い。

 

「それについてですが、もしかしたら分かるかもしれません」

 

「えっ!?」

 

 と、文が衝撃発言をして、早苗は彼女()の方を見る。

 

「どういうことですか、文さん!?」

 

 彼女(早苗)は切羽詰った表情を浮かべて文の肩を掴む。

 

「お、落ち着いてください、早苗さん。もしかしたらって話ですよ」

 

 文は早苗を離すと、スカートのポケットより一枚の写真を取り出す。

 

「少し前に撮影しましてね。撮影した時は特に何も思っていなかったのですが、写真を現像した時もしかしたらと思いましてね」

 

 文は早苗に写真を見せると、霊夢と魔理沙、妖夢の三人も写真を覗き込む。

 

「……」

 

「これがそうだっていうの?」

 

「これじゃ分からないぞ」

 

 写真には確かに何者かが写っており、その何者かが何かを抱えているのが分かる。

 

 しかし遠くから撮影しているとあって、写真は若干不鮮明であった。

 

「それに、この黒い翼って」

 

「やっぱり鴉天狗じゃないか?」

 

 しかしその者は背中に黒い羽を持つ翼を持っており、その特徴は鴉天狗の背中にある黒い翼に一致する。

 

「あのですね。背中に黒い翼を持っているからっていって、鴉天狗だと決め付けるのは早計では?」

 

 さすがの文も一方的な決め付けに癪に障ったのか、ムッとしながらも反論する。

 

「それに、翼の大きさを見てください。全然違うじゃありませんか」

 

 文は写真に写る黒い翼を持つ者を指差しながら、自身の背中にある翼を比べさせる。

 

「確かに、大きさが違いますね」

 

 早苗は写真に写る翼と文の背中にある翼の大きさを見比べて違いを確認する。

 

「というより、本当にこれ北斗を抱えているのか?」

 

「だから言ったでしょう。もしかしたらって話ですよ。撮影した時は一瞬北斗さんに見えたので」

 

 彼女()はそう言っているものも、肝心の北斗が写真が不鮮明とあって、その姿を確認できなかった。

 

「さすがにこれじゃ分からないわね。肝心な所で役に立たないわね」

 

「さすがにそれは酷いですよ、霊夢さん……」

 

 容赦ない霊夢の言葉に文は肩を落とす。

 

「……」

 

 後一歩だというのに北斗の下へと辿り着けない煩わしさが早苗を襲い、不安が胸中に渦巻き、無意識の内に両手を握り締める。

 

(こうしている間にも、北斗さんは……北斗さんは……)

 

 

 

「やっぱりここに居たわね」

 

 と、文以外の声がして、声がした方を見ると一人の少女が神社の境内に下りて来る。

 

「はたてさん」

 

「おやおや、はたてではありませんか」

 

 早苗が少女ことはたてを見ると、文は飄々とした様子で彼女(はたて)を見ていた。はたては一瞬文を睨むも、すぐに早苗の方を見る。

 

「どうしてここに?」

 

「そりゃ、天魔様からのお達しがあったからね。北斗さんが山でいなくなったんでしょ?」

 

「はい」

 

「私も彼の捜索に協力するわ」

 

「はたてさん……」

 

「北斗さんは大事な新聞の購読者よ。それに、色々とお世話になったし、恩を返さないとね」

 

 はたては笑みを浮かべる。 

 

「引き篭もりがちなあなたにしては珍しいですね」

 

「あんたと違って私は購読者を大切にするから」

 

「私だって購読者を大切にしていますよ。あなたと違って面白い記事を最速でお届けしていますので」

 

「偽造ネタばかりじゃない。そんなんじゃ飽きられるわよ。そもそも無理矢理新聞を買わせているんでしょうが」

 

「あなたの既出の記事よりかはマシですよ。それに無理矢理とは人聞きの悪い」

 

「……」

 

「……」

 

 と、文とはたての二人は火花を散らす。同業者ゆえにお互い譲れないのだ。

 

「言い争いだったら後でやりなさい。こっちは忙しいっていうのに」

 

 霊夢は手を叩いて二人の争いを止める。文とはたては互いに視線を逸らして咳払いする。

 

 さすがに博麗の巫女の機嫌を損ねたくは無いようである。

 

「っ! そうだ、はたてさん」

 

「何?」

 

「はたてさんの能力で、北斗さんを誘拐した犯人を特定出来ませんか?」

 

「私ので?」

 

「はい!」

 

 早苗ははたての『念写をする程度の能力』を思い出して、彼女(はたて)に伝える。

 

 姫海棠はたての『念写をする程度の能力』とは、呼んで字の如く、彼女(はたて)が見たいと思った光景を念じることで、カメラに写真として現像するものだ。はたてはこの能力を使って花果子念報の記事を書いている。

 しかしこの能力は彼女(はたて)が対象を知っていることが前提なので、情報伝達速度は文に劣る。

 

「心配ないわ。ここに来る前に念写してきたから」

 

「本当ですか!」

 

「えぇ。犯人の姿もちゃんと写っているわ」

 

 と、はたてはポーチよりガラケー風なカメラを取り出し、画面にその念写した写真を表示させて早苗達に見せる。

 

「っ! これは!」

 

 画面に写し出された写真に、早苗は驚きの声を上げる。

 

「おぉ。文の写真と違って鮮明に写っているな」

 

「そうね」

 

 その写真を見て魔理沙と霊夢も賞賛の声を漏らす。するとはたてはドヤ顔を文に見せ付けると、彼女()はムッと顔を顰める。

 

「でも、これって……」

 

 早苗は写真を見て、思わず声を漏らす。

 

 確かに犯人によって抱えられて宙に浮いている北斗の姿が写し出されているが、その犯人が意外過ぎた。

 

「こいつ、地霊殿の地獄鴉じゃないか」

 

「あぁ居たわね。そんなやつ」

 

 魔理沙と霊夢はその犯人がかつて地底で異変を起こした地獄鴉こと霊烏路空であると確信する。ちなみにこいしの姿は写真に写っていない。

 

「でも、何だってあいつが北斗を誘拐したんだ? 全く接点が無いのに」

 

「誰かに唆されたのかしら」

 

 写真の写る状況に魔理沙は首をかしげ、霊夢は推測を立てる。

 

 空と北斗に接点は一切無いはずなのに、彼女()は彼を誘拐している。この謎な状況に霊夢達は首を傾げる。

 

 

「……こいしさんです」

 

「えっ?」

 

「……」

 

 ふと、早苗が口を開き、霊夢達が彼女を見る。

 

「きっと、こいしさんが空さんを使って、北斗さんを誘拐したんじゃないでしょうか」

 

「お、おい。それってどういう―――」

 

「なるほど。確かにそれなら合点がいくわね」

 

「えっ? どういうことなんだ?」

 

 霊夢は早苗の言いたい事が理解できて、魔理沙はますます分からなくなる。

 

 妖夢も状況が理解出来ず首をかしげ、文もいまいち分からず腕を組み、はたては思い当たる節があるのか頷いている。

 

「実は―――」

 

 

 少女説明中……

 

 

「あいつ、こいしにも懐かれていたのかよ……」

 

 早苗より事情を聞いた魔理沙は呆れた様子で声を漏らす。

 

「あやや。レミリアさんの妹に懐かれていると噂で聞いていましたが、まさかあの覚妖怪の妹さんからも懐かれていたなんて」

 

 文は興味深そうに聞いており、頭の中にあるネタ帳にこの件を書き加える。そして後で記事にしようと考える。

 

「そういや、この間の密着取材の時も彼に懐いていたわね」

 

 はたてはこの間の事を思い出して呟くと、カメラを操作してその時の写真を表示する。

 

「……ねぇ、早苗。霧島さんって、その……」

 

「あまり気にしないでください……」

 

 妖夢は聞きづらそうに早苗に問い掛けるも、複雑な表情を浮かべる彼女(早苗)にそれ以上聞けなかった。

 

「で、こいしのやつが空に北斗を誘拐するように唆したって事になる、のか?」

 

「考えられる限りじゃ、そうなるわね」

 

 魔理沙の予想を霊夢が肯定する。

 

「と、なれば、あいつが行く場所は決まっているわ」

 

「……地霊殿。つまり地底だな」

 

 魔理沙が目的地の場所を口にすると、はたてと文は顔を引き攣らせる。

 

「そうと分かれば、今すぐ行きましょう!」

 

「分かっているわ。る~こと」

 

「既に用意しています、ご主人様」

 

 霊夢は頷きながら る~こと に声を掛けると、既に彼女(る~こと)は霊夢が異変解決時に使う愛用の御祓い棒と札、封魔針を用意していた。

 

「完璧ね、る~こと」

 

「感謝の極みです」

 

 札と封魔針を袖の収納部に収めて、御祓い棒を手にしながら霊夢は る~こと にお礼を言い、彼女(る~こと)はお辞儀をする。

 

「それじゃ、あんた達。地底まで案内してもらうわよ」

 

「え、えぇ。分かっていますよ」

 

「……」

 

 文はどことなく乗り気ではなく、はたては明らかに気を落としている。

 

 どうやら二人には地底に行く事に躊躇う理由があるようである。

 

 

 

 

「あら。随分と大所帯じゃない」

 

『っ!?』

 

 と、この場の誰でもない声がして、その声を聴いた霊夢と魔理沙が目を見開いて驚き、声がした方を見る。

 

 そこには鳥居をバックに立つ幻月と夢月の夢幻姉妹が立っていた。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75駅 利害の一致

 

 

 

「お久しぶり。博麗の巫女。人間の魔法使い」

 

 夢月は霊夢と魔理沙の二人を見て声を掛ける。

 

「お、お前達、何でこんな所にいるんだ!?」

 

「……」

 

 魔理沙は警戒心を露にして、八卦炉を手にして身構える。

 

 霊夢も身構えて臨戦体勢を取る。

 

「私達がどこに居ようと勝手でしょ」

 

「……」

 

 あっけからんことを言う夢月に霊夢と魔理沙の二人はより一層警戒を強める。

 

「それにしても、しばらく見ない内に随分変わったわね」

 

「見た目はともかく、内面も変わっているわね」

 

『……』

 

「さすがに今戦ったとしても、あの時みたいに半殺しに出来そうにはないわね」

 

 夢月の衝撃的発言に霊夢と魔理沙以外は目を見開いて驚く。

 

 魔理沙もそうだが、あの博麗の巫女である霊夢が半殺しにあった事実に驚きを隠せなかった。

 

「あの、霊夢さん。魔理沙さん。あの方達とお知り合い、でしょうか?」

 

 文はおそるおそる霊夢に声を掛けつつ、内心警戒していた。

 

「知り合いって言うほどでもないわ。ある異変の解決の時にちょっと関わっただけよ」

 

「よく言うわね。勝手に私達の世界に土足で踏み込んでおいて」

 

「あんた達の世界から大量に悪霊が出たからよ。自分達の所の悪霊ぐらい管理しなさいよ」

 

「生憎それは私達の仕事じゃないの」

 

「……」

 

「で、何の用なのよ」

 

「あぁ、それは―――」

 

 

「幻月さん。夢月さん。どうしてここに?」

 

 と、早苗がおそるおそる二人に問い掛ける。

 

「何でって、そりゃ機関区に大井が慌てて帰って来て、区長がいなくなったって聞かされたからよ」

 

「えっ?」

 

 夢月の意外な答えに早苗は思わず声を漏らす。

 

「私達からしたら、区長の身に何かあったら住む場所に困るわけだし」

 

 幻月の返事に早苗はムッと表情を顰める。心配するところが北斗より自分達の住む場所であるのが気に入らなかった。

 

「さ、早苗。なんでそいつらの事知っているんだ?」

 

 と、戸惑いを隠せなかった魔理沙は早苗に問い掛ける。

 

 少なくともこの姉妹の事を知っているのは霊夢と魔理沙、あとはその時に関わった一部の者達だけだ。

 

 その時関わっていない、ましても幻想郷に居なかった早苗が幻月と夢月の二人を知るはずが無い。

 

「それは―――」

 

 早苗は霊夢と魔理沙の二人に事情を説明した。

 

 

 

 少女説明中……

 

 

 

「はぁっ!? 北斗のやつこいつらを機関区に泊まらせていたっていうのか!?」

 

 早苗より事情を聞いた魔理沙は驚きのあまり思わず声を上げる。

 

「雑用する事を条件に、しばらくの間泊まらせていると、北斗さんは言っていましたが……」

 

「……北斗のヤツ。いくらこいつらの事を知らないからって」

 

「北斗さん。あんたに似てとっても常識に囚われなくなってきたわね」

 

 魔理沙は呆れたため息を付き、霊夢も頭に手を当てて呆れ、思わず声を漏らす。

 

 まぁ夢幻姉妹のことを身を以って知っている二人からすれば呆れるのも無理は無い。

 

「あやや。北斗さんって命知らずなのか、肝が据わっているのか……分からなくなってきましたね」

 

「と言うより、天然な気がしてきたわ」

 

 文とはたての二人も呆れて思わずため息を付く。

 

「というか、お前達が真面目に働いているのが不思議でいっぱいなんだが」

 

「どこぞの巫女と違って私たちは図々しく無いの。泊まらせてもらっているんだから、対価は支払わないと」

 

 幻月は当たり前みたいに言っているものも、北斗が聞けば『お前は何を言っているんだ』と内心つっこんでいただろう。

 夢月も似たようなものだが、幻月は完全に押し掛けなのだから。

 

「まぁ、それはともかくとして。私達としては区長の身に何かがあると住む場所に困るの」

 

「それに、住む場所を提供してもらってるのだから、借りはちゃんと返すのよ」

 

「……」

 

「それを信じるか信じないかはそっちの勝手だけど、この言葉に嘘は無いわ」

 

「……」

 

 幻月と夢月の二人はそう言うものも、霊夢と魔理沙は未だに警戒を解かなかった。

 

 

「霊夢さん。魔理沙さん。今は信じて良いと思います」

 

 そんな中、二人に早苗は声を掛けた。

 

「早苗。こいつらは―――」

 

「分かっています。霊夢さんと魔理沙さんが警戒するのは。ですが今はこんな事に時間を費やしている場合じゃないんです」

 

「……」

 

「早苗……」

 

 早苗の真剣な表情を見て、霊夢と魔理沙は渋々と構えと警戒を解く。

 

「一応聞くけど、協力してくれると見て良いのね」

 

「えぇ。お互い目的は同じだからね」

 

「ここに来たのも、お互いすれ違いを起こさない為にだから」

 

 幻月と夢月の二人はそう答え、霊夢は深くため息を付く。

 

「……私が居る以上、あんた達もルールには従ってもらうわよ」

 

「もちろん。今は従うわよ」

 

「こっちとしても余計な問題を起こす気は無いから」

 

 二人の了承も得た事で、霊夢は御祓い棒を肩に担ぐ。

 

「んじゃ、行くわよ」

 

「……あぁ」

 

「はい!」

 

 魔理沙はどことなく納得行かない様子で、早苗は気合を入れて返事する。

 

 

「あんたも行くのよ、妖夢」

 

 と、霊夢はこっそり離れようとする妖夢に声を掛けて彼女(妖夢)を止める。

 

「い、いや、こんなに居たら私必要無いよね?」

 

 妖夢は辺りを見渡して霊夢に抗議する。

 

 夢幻姉妹が加わった事で総勢八名となっている。人数や実力的に考えても、一人抜けたところで問題にならないが……

 

「多く居て困る事はないわ。むしろさっさと片付けられるからこっちとしては助かるの」

 

「いやだからって……」

 

 と、逃げようとする妖夢の両脇をいつの間にか文とはたてが挟み込んで彼女(妖夢)の両腕を掴む。

 

「えっ?」

 

「いやぁすいませんね。霊夢さんに逆らうと後が怖いので」

 

「恨むならこの時に来てしまった自分を恨むのね」

 

 文とはたては悟った様子で妖夢の両腕をしっかり掴みながら、彼女(妖夢)にそう告げる。

 

 ちなみに二人は霊夢からアイコンタクトで妖夢を捕まえるように指示されていた。

 

「えっ、ちょっ!? 嘘でしょっ!?」

 

 妖夢は逃げようとするが、その前に文とはたては妖夢を捕まえたまま勢いよく飛び出した。

 

「うわぁぁぁぁん!! 幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 飛び出した直後に、妖夢の悲痛な叫びが辺りに木霊した。

 

「……無理矢理なのは変わらないのね」

 

「……」

 

 夢月がそう呟くと、霊夢は視線を逸らす。

 

「まぁ、良いわ。行くわよ、夢月」

 

「えぇ、姉さん」

 

 幻月と夢月はお互い顔を合わせて頷き合うと、勢いよく飛び出す。

 

 

「る~こと。留守を頼むわよ」

 

「畏まりました」

 

 霊夢は る~こと の返事を聞いて、魔理沙と早苗を見る。

 

「準備は良いわね?」

 

「あぁ」

 

「私は急いで神社に戻って必要な物を取りに行きます」

 

「ならさっさと行くわよ。今は時間が惜しいのだから」

 

「はい!」

 

「あぁ!」

 

 早苗は勢いよく飛び出すと、霊夢も後に続き、魔理沙も壁に立て掛けていた箒を魔法で手元に引き寄せて跨り、勢いよく飛び出す。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 所変わって地底。

 

 

 こいしと北斗、空の三人は地底の奥深くまで進んでおり、広まった場所で休憩していた。

 

「つまりこいしのお姉さんが地底を管理しているんだ」

 

「うん。だから地底のみんなはお姉ちゃんには逆らえないの」

 

 こいしと北斗は岩に腰掛けて顔を合わせて話している。

 

(実力から、というより種族的に恐れられているって所だろうな)

 

 こいしの話から北斗は彼女(こいし)の姉が恐れられている理由を推測する。

 

(覚妖怪は心を読む妖怪で、その性質的に他の妖怪や人間から忌み嫌われて、ここに追いやられたってこいしは言っていたな)

 

 さっき彼女(こいし)が話していた事を思い出しつつ、北斗は憶測を立てていく。

 

(妖怪からすれば、心を読まれるのは不快なんだろうな。まぁ人間でも心を読まれるのは気持ちいいもんじゃないだろうし)

 

 だからこそ地底の管理者として任されているのだろう、と北斗は推測を立てる。

 

「となると、こいしのお姉さんは怖い妖怪なのかい?」

 

「ううん。気難しくて引き篭りがちだけど、とっても優しいお姉ちゃんだよ」

 

「そっか……」

 

 喜色のある声で自慢するこいしを見て、北斗は小さく呟くと、目を細める。

 

「お兄さん?」

 

「……なんだい?」

 

「どうしたの? 寂しそうな顔をして」

 

「寂しい、か」

 

 北斗は呟くと、首を傾げているこいしを見る。

 

「いや、こいしが羨ましいなって思っただけだよ」

 

「羨ましい?」

 

「俺、肉親は居ないし、家族と呼べる人は居ないから、家族が居るこいしが羨ましいって思っただけだよ」

 

「……」

 

「あぁ、気にしないでくれ。ただの独り言だから」

 

 北斗は笑みを浮かべ、頭の後ろを掻く。

 

(お兄さん……)

 

 そんな悲愴的な彼の姿を見たこいしは、より一層彼に対する気持ちが強くなっていく。

 

 

「それはそうと、こいし」

 

「っ! 何?」

 

「地底に蒸気機関車があるって言っていたけど、今からそこに向かえるかい?」

 

「あー、それなんだけどね、すぐには行けないかな」

 

「どうして?」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

「ほら、地底って地上と違って気の荒い妖怪とか、厄介な妖怪が多いから、このまま行くのは危ないかなって」

 

「このままじゃ危ないのかい?」

 

 北斗はこいしと空を見る。

 

 こいしはともかく、空は八咫烏の力を宿しているから、その力は相当なもののはず。それでも危ないとは……

 

「だって、多少話が分かると言っても、地底には鬼が多く居るし、さすがに危ないんだよ」

 

「鬼……」

 

 こいしの口から出た鬼と言う名前に、北斗の表情が強張る。

 

 考えてみれば河童と天狗が居るのだから、鬼だけが居ないなんて理由は無い。

 

 鬼と言えば凶暴な妖怪で知られる。頭に角の生えたガタイのいい筋肉モリモリのマッチョマンな大男の外観が彼の脳裏に過ぎる。

 

「だからね。お姉ちゃんにお兄さんを紹介して、お姉ちゃんに付いて来て貰うの。そうすれば、鬼でも手は出せないしね」

 

「なるほど」

 

 こいしの提案を聞いて、北斗は納得したように頷く。こいしの言う通りなら、彼女のお姉さんと一緒に行けば誰も手出しは出来ないだろう。

 

「それに、もう一人居れば、絶対誰も手出しは出来ないしね」

 

「もう一人?」

 

 北斗は首を傾げる。

 

「お兄さん。お姉ちゃんの所に行く前に、ちょっと寄る所があるんだけど、良いかな?」

 

「寄る所?」

 

「一緒に来てもらいたい妖怪が居るの。その妖怪が居れば、お姉ちゃんと合わさって誰も手出しは出来ないから」

 

「そんなに、凄い妖怪なのかい?」

 

「うん。とっても気難しい事を除けばね」

 

(地底の妖怪は気難しい性格なのが多いのか?)

 

 北斗は思わず内心呟く。

 

「お空。ちょっといい」

 

「はい。何でしょうか、こいし様?」

 

 と、こいしは空を呼び寄せると、耳打ちして何かを伝える。

 

「え? 良いんですか?」

 

「うん。大丈夫だから、お空は見ていてね」

 

「は、はい」

 

 こいしから何を聞いたのか、空は戸惑いを隠せない様子だった。

 

「じゃぁ、お兄さん。その妖怪の所に行こう」

 

「ここから近いのか?」

 

「うん。そう遠くないから、時間は掛からないよ」

 

「そうか。なら、行こうか」

 

「うん!」

 

 北斗とこいしは立ち上がり、三人は再び歩き出した。

 

 

 

 

 しかし北斗は知る由も無い。

 

 

 これから向かう場所は、地底の住人でも近寄らない、危険地帯であることを。

 

 

 そしてそこに住む者の危険性を……

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76駅 地底の赤き河童と能力

 

 

 

 

 こいしと北斗、空の三人はしばらく歩いて、ある場所に着く。

 

「ここは……」

 

 そこに着いた北斗は周囲を見渡す。

 

 横穴が多い場所で、所々に板で穴が塞がれている。

 

 そして奥にある大きな横穴に、ボロボロの小屋が建っている。

 

「ここがそうなのか?」

 

「うん。あそこの小屋に言っていた妖怪が住んでいるの」

 

「なるほど」

 

 北斗はボロボロの小屋を見ながら声を漏らす。

 

「そういえば、その妖怪って、どんな妖怪なんだ?」

 

「あー、正確に言うとね、その妖怪は――――」

 

 

 

「誰かそこに居るのか?」

 

 と、こいしが何か言おうとした瞬間、小屋の方から声がすると、小屋の陰から一人の少女が出てくる。

 

 外見は十代半ばぐらいの少女で、薄い赤みを帯びたピンクの髪をサイドテールにして帽子を被り、赤系の服装をしているのが特徴的な少女である。胸元には鍵が下げられており、背中には円形の何かを背負っている。

 しかしその雰囲気は暗いの一言で、ハイライトの無い目がそれを物語っている。

 

(あれ? 何だが見覚えのあるような……)

 

 少女を見た北斗はどことなく見覚えのある顔に首を傾げる。

 

 もちろん彼女に会った事は無いが、誰かに似ているのだ。

 

「おひさー、みとり」

 

「……お前は」

 

 こいしが手を振りながら少女の名前を口にすると、みとりと呼ばれた少女はスゥ、と目を細める。

 

「覚妖怪の妹の方か。お前の存在を認識できたのは随分と久しいな」

 

「そうだっけ?」

 

「あぁ。それにそっちはペットの鴉か」

 

「そうだよ-」

 

 空を見たみとりは次に北斗を見る。 

 

「……人間か」

 

 と、隠す気の無い殺意がみとりより向けられる。

 

「……」

 

 殺意の篭った視線に北斗は息を呑む。

 

「人間。私の気が変わる前に、ここから立ち去れ。さもなければどうなっても知らないぞ」

 

「……」

 

 みとりは北斗に静かに告げる。それは脅迫である事は容易に想像出来る。

 

「それはどうかな?」

 

「何?」

 

 と、こいしはどことなく自信ありげな感じでみとりに声を掛ける。

 

「あなたじゃ、お兄さんを殺せないよ」

 

「え゙っ?」

 

 こいしの衝撃的な発言に北斗は思わず声を上げる。

 

「……どういう事だ?」

 

「正確に言えば、あなたの能力でお兄さんは殺せないってとこかな」

 

「な、何を言って―――」

 

「やってみれば、その理由は分かるよ」

 

「……」

 

 みとりは怪訝な表情を浮かべるも、北斗を見る。

 

「こ、こいし……」

 

「大丈夫だよ」

 

 不安な表情を浮かべる北斗にこいしは微笑みを浮かべる。

 

「お兄さんは死なないよ」

 

「……」

 

 どこからそんな自信が来るのか、北斗は不安になる。

 

 

「……」

 

 するとみとりの目が僅かに見開かれる。

 

 その僅かな変化を見抜いたこいしはにやりと口角を上げる。

 

「ほら、言ったでしょ?」

 

「……」

 

 こいしがみとりに声を掛けると、彼女(みとり)は納得の行かない様子でこいしを見ている。

 

「何をした?」

 

「別に何もしてないよ」

 

「……」

 

 みとりは疑わしい目でこいしを見て、次に北斗を見る。

 

「? お前……」

 

 と、北斗を見ていたみとりは何かに気付く。

 

「あ、あの……」

 

 するとみとりはゆっくりと北斗へと近付き、至近距離で彼を見つめる。その突然の行動に北斗は後ずさる。

 

「……そうか。お前も、私と同じ―――」

 

「えっ?」

 

「……何でもない」

 

 と、みとりは何かを言おうとするも、口を閉じる。

 

「で、何の用だ? わざわざこの人間を自慢しに来たというわけではないのだろう」

 

 みとりは気持ちを切り替え、こいしに問い掛ける。

 

「半分それもあるけど、今から地霊殿に行くから、一緒に行こうと誘いに来たの」

 

「断る」

 

 と、速攻で彼女(みとり)はこいしの誘いを断る。

 

「まぁそう言わずに。たまに外に出て日の光を浴びないと病気になるよ」

 

「私は半妖だ。そう簡単に病気に掛かりはしないし、そもそも地底で日の光も無いだろう」

 

 みとりは的確なつっこみを入れ、こいしは「そうとも言うね」とあっけからんように言う。

 

「付いて来るだけだけだから、いいじゃんいいじゃん」

 

「断ると言っただろ」

 

 と、彼女(みとり)はこいしの誘いを頑なに断る。

 

「そこまで言うなら、無意識に連れて行っても良いんだね」

 

「出来ればな」

 

「ふーん。今日じゃなくても?」

 

「……」

 

 二人の間に火花が散っているような睨み合いが起こる。

 

「……」

 

 北斗と空はその様子を静かに見守る。

 

 

 

「……はぁ」

 

 と、沈黙の攻防の末、観念したようにみとりはため息を付く。

 

「今回だけだ」

 

「わーい。みとりやさしー」

 

「ふん」

 

 あっけからんようにこいしが若干棒読みで声を漏らすと、みとりは鼻を鳴らす。

 

 まぁ彼女(みとり)としてもこいしに付き纏われるのは面倒になるので、今回折れてそれを回避する事にしたのだ。

 

「お待たせ、お兄さん。みとり付いて来てくれるって」

 

「あー、うん」

 

 やり取りを見ていた北斗は戸惑いながらも返事する。

 

「……」

 

「あ、あの?」

 

 と、みとりはジトー、と北斗を見ていたが、彼女(みとり)は「なんでもない」と声を漏らして視線を逸らす。

 

 

 ともあれ、こいしはみとりを連れて、再び北斗と空と共に地霊殿へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり妖怪の山上空

 

 

 地底への入り口に向かう途中守矢神社に立ち寄って必要な物を持った早苗は霊夢、魔理沙と共に空を飛んでいた。

 

(北斗さん。待っていてください。必ず私が助け出しますから!)

 

 早苗は手にしている御祓い幣を一瞥し、前を見る。

 

 本当ならもっと急ぐ為に間欠泉センターに向かって直接地霊殿へと向かいたかったが、間欠泉センターの内部は高温で、とてもじゃないが通り抜けれる状態じゃ無い。仮に魔法や術で温度を調節したとしても、地霊殿へと向かう彼女達を邪魔する者が居る可能性が高いので、時間制限がある中でその時間ロスは避けたい。

 それ故、確実に地霊殿へと向かう為にあえて遠回りで行くしかなかった。

 

「それにしたって、こいしのやつはなんで北斗を攫ったりしたんだ?」

 

 と、早苗の隣を箒に跨って飛ぶ魔理沙が帽子を押さえながら呟く。

 

「さぁね。常に無意識のあいつの事なんか分からないわよ」

 

 その魔理沙の隣を飛ぶ霊夢は彼女(魔理沙)の呟きを返す。

 

「でも、この間の懐き具合から、結構気に入っているんじゃない」

 

「そんなに懐いていたのか?」

 

「北斗さんの膝の上に乗ってご機嫌なぐらいは」

 

「おぉ……」

 

 霊夢より聞いた魔理沙は思わず声を漏らす。

 

「……」

 

「ってことは、こいしのヤツ、北斗を地霊殿に連れて行った後、剥製にして飾る気なんじゃ―――」

 

 

「縁起でも無い事を言わないでください」

 

 と、魔理沙が言い終える前に、早苗が彼女(魔理沙)の声を遮る。

 

 その声には明らかに怒りが孕まれていた。

 

「わ、悪い……」

 

 その迫力に圧されて魔理沙は謝罪する。

 

「で、でも、やっぱりあれだよな」

 

「何よあれって」

 

「いやな、どうして北斗はこいしを認識できるようになったんだろうなって」

 

 魔理沙は話題を変えようと、自身の疑問を口にする。

 

「北斗さんの話じゃ、機関区でこいしとぶつかったことで、存在を認識したって言っていたわね」

 

「ぶつかっただけでって……」

 

 ふと、魔理沙はある事に気付く。

 

「何だか、北斗が関わると何かが起きているような気がするな。私の時といい、フランといい、こいしといい」

 

「私の時?」

 

 と、早苗が魔理沙を見る。その時の声に気のせいか威圧感が込められているようにも見えて、心なしか目に光が無いようにも見える。

 

「あっ、いやな。大分最初の頃に私が魔法の森で蒸気機関車を見つけてな。それを北斗に伝えに行った時なんだ」

 

「そういえば、そんな事を言っていたわね」

 

「…・・・」

 

「ほら、北斗のヤツ飛べないだろ? だから私が箒の後ろに乗せて飛んで行こうとしたんだ」

 

「……」

 

「そしたら、飛べなかったんだ。それどころか、魔法が使えなくなっていたんだ」

 

「……魔法が、ですか?」

 

「あぁ、全くな。しばらくしたら使えるようになったけど」

 

「……」

 

「つまり、何が言いたいんですか?」

 

「あぁ、つまりはだな」

 

「北斗さんが何かしらの能力に目覚めている可能性があるってことよ」

 

 と、魔理沙が言い終える前に霊夢が彼女(魔理沙)が言おうとした事を言う。

 

「北斗さんが、能力に目覚めた?」

 

「もちろん、私の予想でしかないわ」

 

「それに、本人は自覚が無いようだけどな」

 

「……」

 

「そうね。これまでのことを考えて名づけるなら」

 

 霊夢は一旦間を置いて、口を開く。

 

「『異質な力を封じる程度の能力』ってところかしら」

 

「異質な力を封じる程度の、能力……」

 

「おいおい。何だよそりゃ」

 

 魔理沙は霊夢の口から出た名前に、思わず声を漏らす。

 

「それなら、魔理沙が魔法を一時的に使えなくなり、フランが最近大人しくなったのも、こいしの存在を認識できるようになったのに説明がつくわ」

 

「確かに……」

 

「だがよ、それだと、北斗は」

 

 と、早苗は納得していると、魔理沙はある事を懸念する。

 

「魔理沙の思っている通りなら、今更幻想郷に大きな変化が起きているわ。でも今の所幻想機関区や線路が現れた程度の変化しかないわ」

 

「それはそうだが」

 

「大きな変化が起きていないなら、北斗さんの能力は限定的である可能性があるわ」

 

「……」

 

(まぁ、本当に限定的であれば良いんだけど)

 

 霊夢はあぁ言ったものも、彼女自身も北斗の能力を危惧している。

 

「ともかく、急ぐわよ」

 

「はい!」

 

「おうよ!」

 

 三人は更に速度を上げて、目的地へと向かう。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77駅 河城みとりと言う少女

 

 

 

 所変わり、人里の駅。

 

 

 

 駅の待避線にC11 312号機とC12 208号機が牽く列車が入線して待機していた。

 

「区長。大丈夫かな?」

 

「そうだと、良いんだけど」

 

 駅舎の待機所にて待機している睦月(C11 312)熊野(C12 208)は不安な声を漏らす。

 

 彼女達が事態を知ったのは博麗神社から人里の駅に戻ってきた時だった。

 

 二人はすぐに緊急列車が通る為に、列車を待避線へと入れて、別命あるまで待機していた。

 

 

 すると上り線側の腕木式信号機が降りて青になる。

 

 それから少しして、上り線をD51 241号機が客車一輌と炭水車(テンダー)側を客車と連結したD51 603号機のプッシュプル形式の緊急列車が通過する。

 

「緊急列車が通過したわね」

 

「えぇ」

 

 列車が通過したのを確認した二人は待機所を出て待避線に入れている列車に向かう。

 

 本当ならこの後牽引機の向きを変えて再度客を乗せて博麗神社へ向かう予定だったが、緊急事態に伴い運行が中止となり、彼女達は緊急列車の邪魔にならないように機関区に戻る。

 

 

 その後C11 312号機とC12 208号機の石炭と水の補給を終え、列車は客車を牽いて機関区へと戻っていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃、魔法の森では。

 

 

 森の中に敷かれている線路を北斗の捜索を行う緊急列車が走っている。

 

 79602号機を先頭に客車一輌、その後ろに炭水車(テンダー)側と連結した48633号機がプッシュプル形式の列車で、速度は通常より遅めで走っている。

 

 

「……」

 

 運転室(キャブ)の機関士席に座る七瀬(79602)は加減弁ハンドルを握り、ピストンへと送り込む蒸気の量を微調整して機関車の速度を調整する。

 隣では機関助士の妖精が左手に焚口戸の蓋に繋がれた鎖を持ち、右手に持つ片手スコップを炭水車に積まれた石炭の山に突き刺し、掬い上げた石炭を左手に持つ鎖を持ち上げて焚口戸を開け、火室へと石炭を放り込む。

 

 それを数回繰り返して火室全体に石炭が行き渡るように投炭して片手スコップを置き、水の量を確認して注水機のバルブを回して炭水車から水をボイラーへと送り込み、次に各バルブを捻って蒸気を各所へと送り込む。

 

(まさか区長が誘拐されるなんて)

 

 運転室(キャブ)の円形窓から前を見ている七瀬(79602)は内心呟きつつ、加減弁ハンドルを動かす。

 

(区長に恨みを持つ者の犯行かしら。それとも妖怪が区長を襲ったのかしら)

 

 彼女はそう予想するも、事実を知らない者からすればそう考えるのも無理はないだろう。

 

 七瀬(79602)は天井から下がっている紐を引いて汽笛を二回鳴らすと、後ろの48633号機から三音室の特徴ある汽笛が二回鳴る。

 

(いいや、考えても無駄ね。今は私達が出来る事をするだけよ)

 

 線路の上でしか動けない蒸気機関車で捜索出来る範囲は極僅かだが、それでも何もしないよりかはマシだ。

 

 

 

「七瀬さん! 前を!」

 

 と、機関助士妖精が七瀬(79602)に大声で伝えると、彼女は窓から頭を出して前を見る。

 

 彼女の視界に、線路の傍で手を振るう人影が見える。

 

 しかし七瀬(79602)はいつも沿線で列車に向かって手を振るうものだと思っていたが、少し線路に近いとあって、彼女は汽笛を鳴らして警告する。

 

 

 突然その人影は線路の上に来て背中に背負う物を手にして広げてきた。

 

「っ! あの馬鹿!」

 

 彼女は悪態を付き、ブレーキを掛けながらボイラーの安全弁を開き、汽笛を何度も鳴らす。

 

「っ!」

 

 突然の非常警笛に卯月(48633)は驚きながらもブレーキを掛けつつボイラーの安全弁を開けて蒸気を出す。

 

 人影は慌てて線路の上から退くと、79602号機と48633号機はボイラーの安全弁から蒸気を噴き出しながら急停車する。

 

「……」

 

 七瀬(79602)は舌打ちをして機関士席から立ち上がって運転室(キャブ)から降りる。

 

「あわわ。びっくりしたぁ」

 

 当の本人は尻餅を付いて声を漏らした。

 

「あなた、一体何を考えているの」

 

 七瀬(79602)は無表情のままその人物に声を掛ける。

 

「あっ、えぇと……」

 

 その人物こと多々良小傘は慌てて立ち上がり、番傘を畳んで背中に背負う。

 

「どうしても止まって欲しかったから、私なりの方法で止めてみたの!」

 

「……」

 

 なぜか自信満々に胸を張る小傘に、七瀬(79602)は表情こそ変えなかったが、内心呆れ果てていた。

 

「七瀬さん! 一体何があったんですか!?」

 

 と、卯月(48633)が慌てた様子で七瀬(79602)の元へと走る。

 

「線路にこの子が入り込んだから、緊急停止したの」

 

「えぇっ!?」

 

 卯月(48633)は驚きの声を上げる。

 

「危ないですよ! もし轢かれたらひとたまりもありませんでしたよ!」

 

「うっ、ご、ごめんなさい」

 

 彼女から叱られて、小傘は謝る。

 

「それで、怪我はないかしら?」

 

「えっ?」

 

 七瀬(79602)に聞かれて小傘は自分の身体を確認する。

 

「大丈夫です。どこにも怪我はありません」

 

「そう。……まぁ、無事で何よりだったわ」

 

 と、彼女は安堵したように息を吐くと――――

 

 

 

げ  ん

 

こ  つ

 

 

 

「ぐえぇっ!?」

 

 と、七瀬(79602)は小傘の頭に拳骨を落とし、彼女は蛙を潰したような声が漏れる。

 

「う、うわぁ……」

 

 後ろで見ていた卯月(48633)は大きなたんこぶを作った痛々しい小傘の姿に思わず声を漏らす。

 

「それで、一体なんで列車を止めたの? 相応の理由があっての事よね?」

 

 と、明らかに次の拳骨を出す体勢で彼女は小傘に声を掛ける。

 

「うぅ……そうですよぉ」

 

 涙目になり、小傘はたんこぶが出来た頭を押さえながら答える。

 

「あなた達が動かしている蒸気機関車をわちきが見つけたから、それを伝えたかったの」

 

「……なんですって?」

 

 聞き捨てならない言葉に七瀬(79602)は目を細める。

 

「ほ、本当なんですか!?」

 

 卯月(48633)は驚きの声を上げる。

 

「うん。この先に大きな蒸気機関車があるの」

 

「この先って」

 

 と、七瀬(79602)は小傘が指差した方を見て、懐疑的な表情を浮かべる。

 

「でも、この先線路はなかったはずです」

 

「えぇ。そのはずよ。本当なのよね」

 

「ほ、本当だよ! 行ってみれば分かるから!」

 

「……」

 

 必死になって伝える小傘を見て、七瀬(79602)は再度森の奥を見る。

 

「どうします?」

 

「……」

 

 卯月(48633)が声を掛けると、彼女は顎に手を当てて、一考する。

 

(もし本当なら、どの道この辺りの再調査をする事になるから、この際区長の捜索ついでに調べてみる必要があるわね)

 

 そう考えて、彼女はため息を付く。

 

「案内しなさい」

 

「っ! はい!」

 

 七瀬(79602)に言われて小傘は笑みを浮かべる。

 

「良いんですか?」

 

「区長の捜索ついでよ。嘘なら後で何とかすれば良いんだから」

 

 と、半ば物騒な事を呟きながら七瀬(79602)運転室(キャブ)に乗り込むと、卯月(48633)は戸惑いながらも自分の機関車へと戻る。

 

「乗りなさい」

 

「は、はい」

 

 小傘もオドオドとしながらも79602号機の運転室(キャブ)に乗り込む。

 

 彼女が乗り込んだのを確認して七瀬(79602)はブレーキを解き、汽笛を短く鳴らすと、48633号機も短く汽笛を鳴らすと、ゆっくりと列車は前進して、魔法の森を奥へと進んで行く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって地底。

 

 

『……』

 

 目的地へと向かうこいし一行であったが、気まずい雰囲気が漂っていた。

 

 北斗の横を歩くみとりから常に不機嫌オーラが発せられている為に、北斗は落ち着けなかった。こいしと空に関しては気にしていないのか、それとも気付いていないのか平気な様子であった。

 

「……」

 

 そういうオーラに敏感である北斗は、彼女が隣に居て落ち着けなかった。

 

(それにしても……)

 

 しかしそんな中でも、北斗は横目でみとりを見ていた。

 

 無表情でハイライトの無い目をしているが、それを除いて彼はある事が気掛かりだ。

 

(やっぱり、誰かに似ているような……)

 

 みとりのどことなく見覚えのある顔つきに彼は内心唸る。

 

 本人に聞けば分かりそうな事だが、当の本人が答えてくれるかどうか怪しいし、何より不機嫌なオーラが声を掛けにくくしている。

 

 しかし気になってしょうがないので、彼は意を決して彼女に声を掛ける。

 

「あ、あの?」

 

「……なんだ」

 

 と、声を掛けられたみとりはハイライトの無い目を北斗に向ける。

 

「その、みとりさんってご家族とか、そういった身内が居たりします?」

 

「……」

 

 と、みとりの不機嫌なオーラが一層強くなる。

 

「聞いてどうする」

 

「あっ、いや、ただ、みとりさんを見ていると、誰かに似ているなぁって、思って」

 

 オーラに圧されつつも、北斗は疑問を彼女に掛ける。

 

「……」

 

「そういえば、みとりさんは名字ってあるんですか?」

 

「だからなんだ」

 

「いえ、もし聞いたら、分かるかもしれないので」

 

「……」

 

 

「いいじゃん。教えても」

 

 と、こいしは後ろを振り返って後ろ歩きしながらみとりに対して声を掛ける。

 

「教えたって減るもんじゃないし」

 

「……」

 

それに、意外な事を知れるかもよ

 

 こいしはみとりに近付いて小さく彼女にそう告げると、彼女から離れて前の方を向く。

 

「……」

 

 みとりは渋々とであったが、北斗の質問に答えることにした。

 

「……河城だ。これでいいか」

 

 彼女は出来れば口にしたくない自身の苗字を彼に伝える。

 

「河城? もしかしてにとりさんの関係者ですか?」

 

「……にとり」

 

 と、みとりは驚いた様に少し目を見開く。

 

「にとりを、知っているのか?」

 

「はい。自分が今幻想郷で行っている鉄道と呼ばれる事業をにとりさんを含む河童の皆様が協力してくれています」

 

「……」

 

 みとりは少し間を置いてから口を開く。

 

「にとりは、元気か?」

 

「はい。元気で、楽しくしていますよ」

 

「……そうか」

 

 と、みとりは少しではあったが、穏やかな表情を浮かべる。

 

「にとりさんの事を、知っているんですか?」

 

「……あぁ。私は……あいつの姉だ」

 

 彼女は一瞬言うのを躊躇ったものも、最後まで言い切る。

 

「にとりさんの、お姉さんなんですか?」

 

 北斗は驚いたように声を漏らす。

 

 言われてみればみとりはにとりとよく顔つきが似ており、よくよく考えてみれば名前も一文字違いだ。

 

「でも、どうしてにとりさんのお姉さんが、こんな所に」

 

「……」

 

「あっ、言えない理由がありましたら、もうこれ以上聞かないです」

 

 北斗はみとりの様子からそれ以上の詮索をやめる。

 

 

「……私はあいつの姉だが、正確には異母子だ」

 

「異母子? 腹違いの姉妹なんですか?」

 

「あぁ。それも、種族の違う母親のな」

 

「……ハーフ、なんですか?」

 

「……はーふ?」

 

「あっ、外の世界の外来語で、種族と種族が違う間に生まれた子供の事を言います」

 

「……」

 

 意味はある程度しか合ってないが、北斗は彼女に分かりやすく伝える。

 

「父親は河童だが……母親は人間だ」

 

「人間……」

 

 北斗は思わず息を呑む。

 

「河童と人間の友好のかけ橋を願ってと、そんな希望を抱いていたようだけど、所詮は理想に過ぎなかった」

 

 みとりは苛立つ様子で眉間に皴を寄せて目を細める。

 

「人間からすれば妖怪の血が流れている忌まわしき存在。河童からすれば人間の血が流れている半端な存在。私はどちらにも受け入れられなかった」

 

「……」

 

「人間の里に行けば、妖怪の血が流れていると忌み嫌われ、河童の里に行けば人間の血が流れている半端者だと罵られた。あの二人も、半ば私を見捨てていた。私に居場所は、無かった」

 

「居場所が、無い……」

 

 思うところがあったのか、北斗は思わず声を漏らす。

 

「それでも、にとりは私のことを慕ってくれた」

 

 と、みとりは僅かに笑みを浮かべる。

 

「毎日私の所に来ては、その日にあった事や、自分の作った物を見せた。時には私を喜ばせようとしていたな」

 

「……」

 

「親や人間、河童は私を見捨てたが、にとりは見捨てなかった」

 

「……」

 

「だが、にとりが私に関わった事で、あの子は周りから虐めを受けていた」

 

「虐め……」

 

 北斗は思わず声を漏らすが、彼女は気にせず続ける。

 

「にとりは何でも無いと、ただ転んだだけだと言っていたが、見れば何かされた事は明らかだった」

 

「……」

 

「私はこれ以上あの子に私の為に傷付いて欲しくなかった。だから、私は里を去って、ここに居る」

 

「そう、ですか……」

 

 北斗はそう呟くと、前を見る。

 

 

「しかし、何でだろうな」

 

「……?」

 

「お前とは今日会ったばかりだというのに、よく口が開くな」

 

「……」

 

「お前から似たようなものを感じるからか、それともただ単に私が変わっただけか」

 

(似たようなもの、か)

 

 みとりの呟きに、北斗は内心呟く。

 

 彼女の話は、どことなく自分と似ていた。

 

 何かが違うからという理由で虐げられ、遠ざけられた人生。そして北斗自身気付いていないが、異なる種族の両親を持っているという、偶然の一致があった。

 

「まぁ、私の気のせいか」

 

「……」

 

 みとりはそう呟くと、浅くため息を付く。北斗は何とも言えない表情を浮かべる。

 

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78駅 地底の鬼

そういや、今年の冬に復活予定の東武鉄道が復元中の私鉄発注のC11 1号機だけど、ボイラーが搬出されたニュース以来音沙汰が無いけど、今頃どうなっているんだろうか。


 

 

 所変わって地底入り口。

 

 

「お待たせしました!」

 

 急いで飛んでいた早苗達は妖怪の山にある地底へ繋がる入り口に到着する。

 

 そこには先に向かった文にはたて、二人に連れて行かれた妖夢の姿と夢幻姉妹に、意外な者が居た。

 

「あれ? にとりさんに、椛さん?」

 

 早苗は意外な二人が居た事に驚いて思わず声を漏らす。

 

 早苗達の姿を見つけて手を振るうにとりと、明らかに不機嫌な雰囲気と表情を浮かべる椛である。

 

 にとりが居るのはまだ分かる。しかし椛が一緒であるのは意外だった。

 

(あっ、そうか。にとりさん椛さんを探しに行ったから、一緒に居てもおかしくはないですよね)

 

 よくよく考えればにとりは北斗の捜索の為に椛を探しに行ったので、二人が一緒に居てもおかしくはない。

 

 

「にとりさん。どうしてここに?」

 

 早苗はにとりに声を掛ける。

 

「どうしてって、そりゃ北斗を探す為さ」

 

「北斗さんを? ってことは!」

 

「うん。椛のおかげで、場所は掴めたよ!」

 

 にとりはニッと笑みを浮かべてサムズアップする。

 

 どうやらにとりの捜索方法である椛の『千里先を見通す程度の能力』が功を奏して、北斗の所在を突き止めたようである。

 

「……天魔様からのお達しがなければ、非番でここまでの事はしませんよ」

 

 不機嫌な椛はにとりに対して愚痴るように呟く。

 

 まぁ折角の非番だったのが返上されてしまったのだから、彼女の機嫌が悪くなるもの仕方無い。

 

「それで地底の入り口に来て見れば、文達が居たってわけさ」

 

「そうだったんですか」

 

 早苗は納得したように頷く。

 

(と言っても、出来れば地底には行きたくないんだけどねぇ……)

 

(何でよりにもよって地底なんだ)

 

 と、にとりは内心呟く。どうやら文とはたて同様地底に行きたくない理由があるようであり、それは椛も同じようである。

 

「いやぁこれは中々。大所帯になりましたね」

 

 文は総勢十人という大所帯な周りを見てそう呟く。

 

 これだけ居れば、少なくとも地底を突破するのに問題は無いだろう。

 

「椛。あなたの能力が頼りだから、頼むわよ」

 

「分かりました、はたて様。はたて様にもご助力をお願い申します」

 

「えぇ。もちろん」

 

「期待してます。そちらのバ鴉よりかは

 

「ん~?」

 

 と、椛の最後の呟きに、文は口元を引き攣らせて首を傾げる。

 

「何か言いましたか、椛?」

 

「いいえ。何も言っておりません、文様」

 

「おかしいですねぇ。さっきあなたの口からよからぬ事が聞こえたような気がしますが?」

 

「それは気のせいでしょう。私はあなたの忠実な部下ですから」

 

「最後がすっごい棒読みですねぇ。まるで心が篭っていませんよ」

 

「それは心外ですね、文様」

 

 彼女の問いに椛はシレッとした様子で視線を逸らして答える。

 

 どうやらこの二人、仲が悪い様子である。

 

 

「喧嘩なら他所でやりなさい。時間の無駄よ」

 

 と、御祓い棒を肩に担ぎながら霊夢が文と椛に声を掛けて割り込んで止める。

 

『……』

 

 二人はにらみ合うように一瞥して互いに後ろを向く。

 

「それで、椛。北斗さんの位置は分かっているわね?」

 

「あぁ。外来人は件の誘拐犯と共に下へと下っている。もう地底に着く頃だ」

 

 霊夢の質問に椛はさっきまでと口調が丁重なものではないが、彼女の質問に答える。

 

「ぐずぐずはしていられません! すぐに行きましょう!」

 

 霊夢と椛の短い会話を聞いて北斗の場所を聞いた早苗はそう言うと、霊夢達は頷き、入り口から地底へと入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場面は再び地底。

 

 

 しばらく歩いたこいし一行はそこへ辿り着く。

 

「着いたよ、お兄さん!」

 

 と、両腕を横にいっぱい広げてこいしは北斗に告げる。

 

「これは……」

 

 北斗は目の前の光景に驚き、声が漏れる。

 

 さっきまで岩や砂しかない洞穴を進んでいたが、そこはさっきまでの光景からかけ離れた光景が広がっている。

 

 高所より見渡せる景色は、地上の人里並か、それ以上に繁栄した都の姿であった。

 

「地底にこんな場所があったなんて」

 

 予想外の場所があった事実に、北斗は思わず声を漏らす。

 

「ここはかつて地獄の一部だったが、規模が縮小されて旧地獄と呼ばれる場所だ」

 

「じ、地獄……」

 

 驚いている北斗にみとりがこの場所の事を説明すと、彼は頬を引き攣らせる。

 

「だが、今は多くの妖怪が住む都になっている。主に鬼共のな」

 

「鬼、ですか……」

 

 北斗は思わず息を呑む。

 

「大丈夫だよ、お兄さん」

 

 顔に不安な色が浮かんでいる北斗に、こいしが声を掛ける。

 

「私やお空、それにみとりが居るんだから、誰も手は出せないよ」

 

「……」

 

 こいしは自信満々に言うものも、本当に大丈夫なのか逆に不安になるのだった。

 

「無駄話はいい。さっさと地霊殿に向かうぞ」

 

 みとりは面倒くさそうに言うと、旧地獄の都の中で目立つ白い屋敷を指差す。

 

「分かってるって。じゃぁ、お空。お兄さんをお願い」

 

「はい! こいし様!」

 

 と、空は北斗の後ろに回り込むと、両脇から両腕を差し込んで北斗を抱える。

 

(またこれか……)

 

 北斗は気まずそうに空に抱き抱えられる。

 

 体勢的に空を飛んでいると脇が痛むのだが、それ以上に気になる箇所がある。

 

「ちゃんと大人しくしててよ」

 

「分かっているよ」

 

 空は北斗が落ちないようにしっかりと抱き抱える。

 

「……」

 

 その際空の大きく柔らかい箇所が北斗の背中に押さえつけられて、彼は落ち着けなかった。 

 

 あの時はそれ所じゃなかったからそっとに全く気が回らなかったが、今となっては気になってしょうがない。

 

 しかし北斗は飛ぶことが出来ないので、必然的に誰かに抱えてもらうしかない。

 

 その上質が悪い事に、空は無自覚とあって、容赦なく押さえつけているのだ。

 

(早く終わって欲しいな)

 

 そう思っていると、こいし達は地面を蹴って宙に浮き、地霊殿を目指す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 旧地獄と呼ばれるこの場所にある都。通称『旧都』

 

 そこは多くの妖怪達が暮らしており、その多くは地上で忌み嫌われた妖怪が多く、鬼もその中に含まれている。

 

 鬼達はそれぞれ仕事終わりに酒場へと立ち寄り、酒を豪快に飲む。鬼は酒に滅法強いので、生半可な量で酔うことはまず無い。

 

 

「あ~、飲んだ飲んだ」

 

 ただ、一人の鬼を除いて。

 

 

 茶色の長い髪を先端にて纏め、後頭部に赤いリボンをして真紅の瞳をしている。幼い少女の様な見た目をしているが、頭には自身の身長に不釣合いなぐらい長くねじれた角を二本持ち、両手首に短く鎖が繋がれた手枷が付けられており、腰には鎖に繋がれた三角錐と球、立方体の物体を吊るしている。

 

 彼女の名前は『伊吹 翠香』 見た目は背の低い幼女だが、彼女こそ鬼であり、その中でも上位中の上位に入るレベルの実力の持ち主である。

 今の様子からはとてもそうに見えないが……。

 

 翠香は千鳥足で歩きながら伊吹瓢と呼ばれる紫の瓢箪を手にして中に入っている酒を飲む。

 

「相変わらずだな、翠香」

 

「ん~?」

 

 と、声を掛けられて翠香は声がした方を向くと、一人の女性が立っていた。

 

 女性にしてはかなりの高身長であり、翠香が見上げるほどの高さがある。それと何処がとは言わないが、でかい。背中まで伸びた金髪に翠香と同様に赤い瞳を持っている。まるで体操服のような上着に半透明のロングスカートを穿き、下駄を履いた服装をしている。彼女もまた鬼であり、額には赤く黄色い星がある一本角が生えている。

 両手首と両足首にそれぞれ手枷と足枷が付けられており、歩く度に鎖が音を立てている。

 

 彼女の名前は『星熊 勇儀』 彼女もまた鬼であり、かつて翠香とは妖怪の山で『鬼の四天王』と言われた実力の持ち主である。

 

「おぉ、勇儀じゃないか~。何か用かい?」

 

「あぁ。さっきまで飲んでいたんだが、少し酒が飲み足りなくてね。あんたの伊吹瓢を借りたいんだよ」

 

 勇儀は手にしている赤く大きな盃を翠香に見せる。 

 

「なんだそんな事か。良いよ」

 

 翠香は了承すると、二人は近くにある腰掛けに座り、伊吹瓢を手にして勇儀の持つ赤い盃に酒を注ぐ。酒が注がれた盃を勇儀は口に近づけて、一気に飲み干す。

 

「で、あんたはいつまでここに居るんだい? そろそろ博麗の巫女の所に行くんだろ?」 

 

「まぁね。ここでの用も済んだことだし」

 

 勇儀の質問に答えて、翠香は伊吹瓢を口にして酒を飲む。

 

 少し前に翠香は地上に出てある異変を起こしたが、博麗の巫女の霊夢によって異変を解決され、その時彼女の事を気に入ってよく博麗神社に遊びに行っているそうな。

 

 今は旧都に用事があって久々に戻ってきたが、その用事も済んで再び霊夢の元に行くそうだ。

 

「そういや、勇儀が気にしているあの河童。どうなったんだい?」

 

「みとりの事か? そうだねぇ……」

 

 翠香より酒を注いでもらい、勇儀はため息を付く。

 

「相変わらずさ。あの博麗の巫女と一緒に居た人間と戦って少しは変化を期待したんだけどねぇ」

 

「そっか」

 

 しみじみとした彼女の雰囲気を察してか、翠香は何も言わなかった。

 

「あいつには誰かと接する楽しさを知って欲しいんだがなぁ」

 

「……」

 

「この間会いに行っても、門前払いさ。まともに取り合ってもくれない」

 

「まぁ、仕方無い部分もあるもんさ。こればかりは」

 

「……」

 

 ため息を付き、勇儀は盃に入った酒を飲む。

 

 

「っ!? ブッホォッ!?」

 

 と、勇儀が突然酒を噴き出す。

 

「うわぁっ!?」

 

 突然酒を噴き出した友人に翠香は驚きのあまり後ろに倒れて腰掛から転げ落ちる。

 

「ま、まさか、あれは!」

 

 むせる勇儀は上を見上げると、一気に飛び出す、

 

「ゆ、勇儀。一体どうしたって言うんだ……って、あれ?」

 

 腰掛から転げ落ちた翠香は起き上がるも、そこに勇儀の姿はなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 空に抱えられて旧都の上を飛ぶ北斗はその景色に見とれていた。

 

(綺麗だ。空から見る光景は……。早苗さん達はこんな景色を見ているんだ)

 

 初めて空から飛んで見る景色に北斗は内心呟く。

 

 旧都を見ていると、所々で住人達がこちらを指差している。

 

 まぁ人間を抱えて飛んでいるとなると、嫌でも目立つ。その中にはみとりの姿を見てでの指差しもあるだろうが。

 

「どう、お兄さん?」

 

 と、こいしが空の隣を飛びながら北斗に問い掛ける。

 

「綺麗だね。空から見る事自体初めてだけど、それでもこんな綺麗な景色は今まで見た事がない」

 

「でしょ? 地上と比べれば、ここは楽園だよ」

 

「楽園、か」

 

「そう。ここには地上の人間や妖怪の様に、私達を蔑む者達はいない。誰もが受け入れてくれる」

 

「……」

 

「お兄さんも、きっと受け入れてくれるよ」

 

「……」

 

 

「……」

 

 そんな二人のやり取りをみとりは横目で見ていた。

 

(受け入れる、か)

 

 内心呟き、彼女は視線を前に向ける。

 

(今思えば、あの時も地底の住人は私を迎え入れていたな)

 

 彼女は初めてここに来た時の事を思い出していた。

 

 温情に満ちて、優しく自分を地底の住人は受け入れてくれた。

 

 だが、今まで人間と河童達から忌み嫌われ、避けられていた彼女からすれば、その優しさと温情は鬱陶しい事この上ないことだった。

 

 その煩わしさから、彼女は更に心を閉ざし、旧都から離れて地底にひっそりと住みようになった。

 

 ふと、彼女の脳裏によく自分の事を気に掛けていた鬼の事が過ぎる。

 

「……」

 

 みとりはため息を付き、俯く。

 

 やがて目的地である地霊殿へと近付いていく。

 

 

「っ!」

 

 と、みとりは何かが近付いてくる気配に気付き、とっさに回避しようとするが、それの方が先に彼女に到達する。

 

「ぐべっ!?」

 

 彼女はそれに抱き締められ、その際の衝撃でとても女の子から出てはいけないような声が漏れる。

 

「みとり!! なんだいあんた。自分から出てきたのかい!!」

 

 と、それこと星熊勇儀は嬉しそうに笑顔を浮かべつつ、みとりを抱き締めながら頭をワシャワシャと撫でまくる。

 

「嬉しいよ、あたしは! ようやくあんたが自分から出てきてくれた事に!」

 

「ゆ、勇儀! 少し力を緩めっ……!」

 

 みとりは勇儀に力を緩めるように抗議するも、当の本人は嬉しさのあまり聞こえていない。

 

 あの鬼に抱き締められている以上、そりゃとんでもない力が加わっているわけであり、みとりの顔は見る見る内に赤くなっていく。

 彼女が半妖でなければ、重傷は免れないだろう。

 

「おぉ、激しいねぇ」

 

(顔が真っ赤になっているけど、大丈夫なのか?)

 

「うにゅ……?」

 

 そんな様子をこいしに北斗、空は各々の反応を見せつつ、見つめている。

 

 

 

 で、勇儀はようやく落ち着いてみとりを離す。

 

「勇儀、貴様! 私を殺すつもりか!」

 

「いやぁすまないね。嬉しくてつい力が入っちゃって」

 

 締め上げられて息切れ気味に顔を真っ赤にしたみとりは勇儀に怒鳴るも、当の本人は苦笑いを浮かべるばかりだ。

 

「でも、あんたが自分から出てきてくれたことは嬉しいよ。努力が実ったってもんさ」

 

「……好きで出てきたわけじゃない」

 

 悪びれた様子もない勇儀にみとりは追求を諦め、チラッとこいしを見る。

 

「やっほー、勇儀」

 

「こいしかい? あんたの姿を見るの随分と久しいねぇ」

 

「そうだっけ?」

 

「あぁ。さとりのやつ随分と心配していたぞ」

 

「そっか」

 

 と、本当に悪いと思っているのか、こいしは笑みを浮かべる。

 

「それで……」

 

 と、勇儀の視線は空に抱えられている北斗に向けられる。北斗は思わず身体を震わせる。

 

「そこの人間はなんだい? まさかあんたの所に連れて行ってペットにする気かい?」

 

(えっ?)

 

「違うよ、勇儀」

 

 勇儀が物騒な事を口にして北斗は内心驚くも、こいしは即座に否定する。

 

「お兄さんは私のお客様なんだから」

 

「そうなのかい?」

 

「うん。お姉ちゃんにお兄さんの事紹介したいから、来てもらったの」

 

(連れて来られたの間違いなんだが)

 

 北斗は内心つっこむも、声に出さず内心に留める。

 

「あぁ、そういう」

 

 勇儀は納得したように頷き、再度北斗を見る。

 

「あんたも大変だねぇ。こいしに気に入られるなんて」

 

「は、はぁ……」

 

 彼女の言葉に北斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「で、ついでにみとりにも付いて来て貰ったってわけ」

 

「ふむ」

 

 こいしの言葉に勇儀は何かを察してか、みとりを見る。

 

「な、なんだ?」

 

「いや、あんたがこいし達と一緒に居る理由が、何となくとね」

 

「……」

 

気になるのかい? あの人間の事が

 

「っ!」

 

 勇儀は小さくみとりにそう言うと、彼女は僅かに反応する。勇儀はその変化を見逃さず、確信を得たようにニヤリと口角を上げる。

 

「……あなたの様な勘の良い鬼は嫌いよ」

 

「鬼は勘が鋭くてなんぼさ」

 

「してやったり」と言わんばかりに勇儀は軽く笑う。みとりは不満げに舌打ちをする。

 

「あぁ、邪魔して悪かったね。さとりはいつものように地霊殿に居るはずさ」

 

「そう? 教えてくれてありがとう!」

 

 こいしは勇儀にお礼を言うと、地霊殿を目指す。その後を北斗を抱えた空と、渋々とみとりも追い掛ける。

 

「……」

 

 勇儀は腕を組み、その後ろ姿を見つめる。

 

 

「おーい、勇儀!」

 

 と、声を掛けながら翠香が彼女の元へとやってくる。

 

「一体どうしたっていうんだ。急に酒を噴き出したかと思ったらいきなり―――」

 

 彼女は勇儀に問い掛けるも、さっきと雰囲気の違う友人に首を傾げる。

 

「どうしたの?」

 

「いやなに。ようやく努力が報われたって、そう実感していたところさ」

 

「お、おぅ?」

 

 勇儀の言葉に翠香は思わず声を漏らす。

 

「さてと、翠香!」

 

「うぉ!?」

 

 と、勇儀は翠香の肩を持つ。

 

「今日は祝い酒だ! とことん飲むぞ!」

 

「よ、よく分からないけど、まぁいっか!」

 

 急な展開に思考が追いつかなかったが、酒が飲めるとあって、翠香は考えを跳ね飛ばす。

 

 二人は肩を組んだまま、酒場へと直行する。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79駅 地霊殿の主

 

 

 

 

 旧都の上空を通って、北斗達は目的地である地霊殿へと到着する。

 

 

「着いたよ、お兄さん」

 

 中庭に着地したこいしは空から解放された北斗を見ながら、館をバックに両腕を広げる。

 

「ここが地霊殿。私のお家だよ」

 

「これが……」

 

 空から解放された北斗は声を漏らし、館を見上げる。

 

 西洋風な外観に白を基調に黒いラインがいくつか入った外壁を持ち、その造形はとても洗練されている。真っ赤な紅魔館と比べると、とても落ち着いた見た目だ。

 

(なんだか、紅魔館よりセンスがあるよな)

 

 と、北斗は相変わらず失礼な感想を抱くのだった。

 

 

 

 

「へぶしっ!」

 

 バルコニーでティータイムを愉しんでいたレミリアは首を左に向けてくしゃみをする。

 

「あら、レミィ。風邪でも引いたのかしら?」

 

 レミリアの向かい側に座って本を読んでいるパチュリーが本から視線を外し、彼女に声を掛ける。

 

「吸血鬼が風邪を引くわけないでしょ!」

 

 咲夜より鼻をハンカチで拭かれながらキッとレミリアはパチュリーを睨む。

 

 まぁあの吸血鬼が風邪を引くような場面は想像し難いだろう。そもそも吸血鬼は体温的な意味で風邪を引くのだろうか。

 

「なら、誰かがあなたの噂でもしているのかしらね」

 

「……そう言われると、何だか失礼な事言われたような気がするわ」

 

 レミリアは苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

 

 

 

 北斗達は中庭を歩いていき、屋敷の入り口前にやってくる。

 

「……」

 

 北斗は周囲を見渡し、戸惑いを見せている。

 

 なぜなら、地霊殿の中庭には多くの動物が居たからだ。

 

 犬猫はもちろん、狸や狐、狼に、鹿や熊など、様々な種類の動物が居て、さながら動物園のようである。中には見慣れない、見たことのない動物が混じっているが。

 

 中庭に下りた時、動物たちはこいし達に駆け寄って来て、熱烈に出迎えていた。

 

 動物達は一瞬北斗に警戒心を露にしていたけど、こいしの一言ですぐに警戒心を解いた。

 

「この子達はね、私達のペットなんだよ」

 

「ペット?」

 

「うん」

 

 北斗が周りを見ていると、こいしが彼が抱いているであろう疑問に答える。

 

(動物好きなんだな)

 

 これだけの動物に囲まれているとあって、北斗はこいしが動物が好きなんだと思い、微笑みを浮かべる。実際はただ単に動物達が自らここにやってきただけであるが。

 

「お空も私のペットなんだよ」

 

「……」

 

 しかしその一言で複雑な気持ちになり、思わず彼女を見る。

 

 当の本人は「うにゅ?」と声を漏らして首を傾げる。

 

(いや、確か地獄鴉だって言っていたから、元は鴉で人の姿なのも彼女が特別だから、多分)

 

 北斗は自分に言い聞かせるように内心呟く。変な想像を駆り立てないように。

 

 

 

こぉらぁっ!! お空!!

 

「うにゅ!?」

 

 と、地霊殿に怒声が響き、空は身体を震わせる。

 

 声がした方を見ると、一人の少女が明らかに怒っている様子で近付いている。

 

「お空! 一体何処に行っていたんだい! 灼熱地獄の管理をほったらかしてさ!」

 

「お、お燐。これには深いわけが……」

 

 少女は空に詰め寄り、彼女は謝りつつ少女を宥めようとする。

 

 深紅の髪を両サイドで三つ編みにし、根元と先を黒いリボンで結んでいる。頭には猫の耳が生えているが、人の耳も生えている。

 格好は黒で緑の模様が入ったゴスロリファッションのようなものを身に纏っており、首や手首左足にリボンが付いている。

 

 怒っているあまりか、北斗達に気付かず空に更に詰め寄る。

 

「それで、今までどこに行っていたんだい!」

 

「こ、こいし様に頼まれて、ちょっと地上に行っていただけだから」

 

「えっ? こいし様に?」

 

 空の口から意外な名前が出て少女は思わず首を傾げる。

 

「やっほー、お燐!」

 

 と、空の陰よりこいしが出てきてお燐と呼ばれる少女に声を掛ける。

 

「こ、こいし様!? お帰りになったんですか!」

 

 こいしの姿を見つけたお燐は驚きつつ、彼女が帰って来たことに喜ぶ。

 

「今までどこに行っていたんですか! さとり様散々心配なされていたんですよ!」

 

「えへへ。ゴメンゴメン」

 

 テヘペロ、と悪びれた様子もなく、こいしはお燐に謝る。

 

「ねぇ、お燐。お兄さんをお姉ちゃんに紹介したいから、お姉ちゃんを呼んで来てくれる?」

 

「えっ?」

 

 お燐は一瞬分からず首を傾げるも、顔を上げてようやく北斗達の存在に気付く。

 

「お客様、ですか?」

 

「うん。だからお兄さんをおもてなしてね」

 

「わ、分かりました!」

 

 お燐はすぐに屋敷の扉を開けてこいし達を中に入れる。

 

 

 

「おぉ」

 

 地霊殿の中に入った北斗はその内装に思わず声が漏れる。

 

 内装は外観と共に西洋風で、床は赤と黒の市松模様で、天井にはステンドグラスがあると、芸術的な内装である。

 

 そして屋敷の中にも動物達が居て、北斗達を見つめる。

 

「凄いでしょ、お兄さん?」

 

「そう、だね。こんなに綺麗な内装の屋敷は見た事が無いよ」

 

 天井のステンドグラスを見ながら北斗は答える。

 

「それに、何だか温かいね」

 

 と、北斗は外より温かい事に気づく。

 

 ふと彼は足元を見ると、床が眩しくないほどに光っている。

 

(床もステンドグラスだったのか)

 

 北斗は一瞬驚くも、それよりも輝くステンドグラスに見とれている。

 

「そりゃ、ここは灼熱地獄の跡地の上にあるからね。その光と熱が伝わっているの」

 

「そうなのかい?」

 

「うん。その灼熱地獄をお空が管理しているの。ねっ!」

 

「はい!」

 

 こいしに振られて空は自信満々に答える。

 

(ホント幻想郷は凄い所だな……)

 

 北斗は改めて幻想郷と、その住人達の凄さを改めて認識する。

 

「相変わらず動物が多いな」

 

 みとりは周りに居る動物達を見渡しながら呟く。

 

 外に居る動物もそうだが、中にも豊かな種類の動物が居る。

 

(こんなにいっぱい。どこから連れて来ているんだ?)

 

 色々と疑問が浮かぶも、北斗はその疑問を棚上げにする。一々気にしていたらキリがないからだ。 

 

「では、こいし様。今からさとり様を呼びに行きますので、待っていてください!」

 

 お燐はこいしにそう言ってから、こいしの姉を呼びに行こうと踵を返す。

 

(いよいよ、か)

 

 北斗は思わず息を呑む。

 

 いよいよこいしの姉と会う。この地霊殿の主であり、地底の管理者であるこいしのお姉さん。果たしてどんな人物なのか、北斗は緊張してきた。

 

 

 

「その必要は無いわ」

 

 と、この場に居ない者の声がして、全員声がした方を見る。

 

 そこには階段から下りて来る一人の少女の姿があった。

 

 やや癖のあるピンクのボブに深紅の瞳を持っており、フリルが多く付いたゆったりとした服装をしており、どことなく近寄り難い雰囲気を出している。

 しかし特徴なのはこいし同様左胸付近にある球体であり、こいしと違って目が開いており、北斗達を見ている。その球体ことサードアイからコードが伸びて頭に着けているヘアバンドや身体のあちこちと繋がっている。

 

 彼女こそがこの地霊殿の主であり、地底の管理者であり、こいしの姉である『古明地さとり』である。

 

「こいし。帰って来ていたのね」

 

「うん! ただいま、お姉ちゃん!」

 

 階段を降りて来たさとりはこいしに声を掛けると、彼女は笑みを浮かべる。

 

「おかえりなさい、こいし」

 

 さとりは微笑みを浮かべると、お燐を見る。

 

「お燐。お茶を用意してくれるかしら?」

 

「はい! ただいま!」

 

 お燐は元気よく返事をして、すぐにお茶の用意に向かう。

 

「それにしても……」

 

 と、さとりの視線はみとりに向けられる。

 

「あなたがここに来るなんて、意外だったわね」

 

「好きでここに来ると思うか?」

 

「そうでしょうね。その様子じゃこいしに連れて来られたみたいね」

 

「……そういうことだ」

 

 みとりはため息を付き、その様子からさとりも彼女の苦労を察する。

 

「……」

 

 そしてさとりの視線は北斗に向けられる。

 

「えぇと、初めまして。自分は―――」

 

 

「霧島北斗」

 

「っ!」

 

「それがあなたの名前でしょ?」

 

 と、さとりは北斗が自己紹介を終える前に、彼のフルネームを答える。

 

(ど、どうして俺の名前を……)

 

「どうして名前を知っているのか、ですか。私は覚妖怪。心を読むことが出来る妖怪ですから」

 

 さとりはそう言うと、自身のサードアイに触れる。

 

(あっ、そうか。こいしもこいしのお姉さんも、覚妖怪だったっけ)

 

 北斗も思い出し、覚妖怪の能力を実感する。

 

「そういう事よ」

 

 再び北斗の心を読んださとりは肯定し、こいしを見る。

 

「それで、こいし。どうして彼をここに?」

 

「うん。お兄さんの事をお姉ちゃんに紹介したかったから」

 

「紹介?」

 

 と、さとりの視線が再び北斗に向けられる。

 

「……」

 

 しばらくサードアイ共々北斗を見た後、険しい表情を浮かべてこいしを見る。

 

「あなた、彼を攫ってきたのね」

 

「そうだよ」

 

 あっけからんようにこいしが答えると、さとりはため息を付く。

 

「面倒な事になりそうね」

 

「かもしれないね。でも―――」

 

 と、こいしはさとりに近付くと、耳元で囁く。

 

 

 

誰にも私の邪魔はさせないから

 

 

 

「……」

 

 さとりは目を細めて、ため息を付く。

 

「北斗さん」

 

「は、はい」

 

「ここで立ち話は失礼ですので、どうぞ客間に来てください」

 

「? 分かりました」

 

 一瞬怪訝に思うも、北斗は頷く。

 

 さとりは踵を返して元来た道を歩いていき、北斗はその後に付いて行く。

 

「? こいし?」

 

 と、北斗は立ち止まり、その場から動かないこいしに声をかける。

 

「お兄さん。私ちょっと用事があるから、先にお姉ちゃんと話しててくれないかな?」

 

「そう、か? なら、先に行っているよ」

 

 北斗はこいしに違和感を覚えるも、さとりの後に付いて行く。

 

 

 

「……」

 

「最初から私を連れてきたのは、この為か」

 

 と、さとりと北斗の姿が見えなくなると、みとりがこいしに問い掛ける。

 

「うん。みとりには手伝って欲しいの」

 

「……」

 

「誰にも邪魔はさせないから」

 

 こいしは振り返り、みとりを見る。

 

 その目は据わっており、どことなく威圧感がある。

 

「……」

 

「こいし様……?」

 

「お空。お空なら手伝ってくれるよね?」

 

「も、もちろんですよ! こいし様の為でしたら、何だってやりますよ!」

 

 こいしの様子に空は戸惑うも、彼女からお願いをされて戸惑いながら了承する。

 

「……今回だけだぞ」

 

 みとりも面倒な事になりそうだと、今回ばかりは素直に了承する。

 

「ありがとう、二人共」

 

 こいしはニッコリと笑みを浮かべる。

 

 

 しかし端から見れば、その笑みは若干狂気染みているようにも見えた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって旧都

 

 

 こちらではある意味騒ぎが起こっている。

 

 

 

(お、おい。あれ)

 

(あぁ間違いねぇ)

 

 旧都の住人達は隠れながらヒソヒソと話をしている。

 

 彼らの視線の先には、旧都を歩く霊夢達の姿があった。

 

(博麗の巫女にあの時の魔法使いが居るぞ)

 

(まさかあの覚妖怪の所、また何かやらかしたのか?)

 

(あれ天狗に河童じゃねぇか)

 

(なんであいつらがここに)

 

(というか、あの二人なんだ? 見ただけで肌がピリピリとするんだが)

 

 住人達はヒソヒソと話しをするだけで、堂々と歩く霊夢達に手出しはしなかった。

 

 

 

「意外と来ないんですね」

 

「そりゃ、前の異変の時の事が効いているんだろう」

 

 早苗は周囲を見ながら呟くと、魔理沙が答える。

 

 なるべく急ぎたい彼女からすれば一刻も早く地霊殿に向かいたかったが、魔理沙はあえて歩いた方が良いと提案した。

 

 なんでも空を飛んでいれば旧都の連中はちょっかいを掛けて来るから、かえって面倒になるらしい。それであえて地上を歩いていけば、霊夢達の顔もしっかりと見れるので、ちょっかいを掛けて来ないだろうとの魔理沙の考えだ。

 まぁ博麗の巫女の邪魔をすれば痛い目を見るのはこの前の異変の時に身を持って知っているので、住人からしてもちょっかいを掛ける気はなかった。

 

 尤もな事を言うと、幻月と夢月の存在が旧都の住人にちょっかいを掛けさせない要因になっている。

 

「……」

 

 早苗は御祓い幣を握り締め、前を見る。

 

 早く行けるのに、行く事が出来ないもどかしさが、彼女の気持ちを焦らせる。

 

 

「おや。珍しいやつが来たもんだ」

 

 と、店から誰かが出てきて、彼女達の前に出る。

 

「あんたは……」

 

 霊夢は面倒なのが来た、というような表情を浮かべ、後ろでは文達が顔を青ざめる。

 

「ゆ、勇儀さん」

 

 早苗はその人物こと星熊勇儀を見て、息を呑む。

 

「随分大人数で来たもんだな」

 

 と、霊夢達を見回し、後ろで勇儀の姿を見て挙動不審気味な文達に目が留まる。

 

「久しぶりに見たな、天狗と河童は」

 

「おお、お久しぶりでございます、星熊様」

 

 顔中冷や汗を掻く文は声を震わせながらも挨拶をする。はたてと椛、にとりも同様に震えながら挨拶をする。

 

 

 文達がなぜ地底に行きたがらなかったのは、地底には鬼が居る、その中でも鬼の四天王とされる星熊勇儀と、伊吹翠香が居るからである。

 

 そもそも鬼はかつて地上に居た時は妖怪の山を支配していた存在だ。今でこそ天狗が妖怪の山を支配しているが、鬼が居た頃は彼らは配下である。つまり天狗や河童からすれば鬼は元上司なのである。

 

 過去に文達は散々鬼に振り回されていたので、元上司に対して良い思い出がなかった。と言うか一種の恐怖対象として捉えている。無論そんな事を鬼に言えばロクな目に遭わないが。

 

 

「おっ、霊夢~。久しぶり~」

 

 と、勇儀の後にフラフラと千鳥足で萃香が店から出てくる。萃香の姿を見た瞬間文達はより一層顔を青くする。

 

 そりゃ鬼の四天王と呼ばれた鬼が二人も居れば気が滅入る。

 

「萃香。あんたしばらく見ないと思ったら、こんな所に居たのね」

 

 霊夢は呆れた様子で萃香を見る。と同時に相も変わらない姿に一種の安心感を覚える。

 

「なんだぁ、霊夢? 寂しくなって私に会いに来てくれたのか?」

 

「ところであんた達。ここで連れて行かれる人間を見なかった?」

 

 萃香の質問をガン無視しながら霊夢は二人に問い掛ける。彼女にガン無視されて萃香は思わず涙目になる。

 

「人間かい? それならこいし達と一緒に地霊殿に行ったぞ。空に抱えられていたな」

 

「本当ですか!」

 

 勇儀より有力な情報が聞き出せて早苗は声を上げる。

 

「なら、早速地霊殿に―――」

 

「まぁ待ちなよ」

 

 と、先を急ごうとする早苗を勇儀が止める。

 

「今急いでいるんです! 悪いんですが今構っている暇は!」

 

「そうつれない事言うなよ。今とても気分が良いんだ。一勝負しないか?」

 

「な、なんでそうなるんですか!?」

 

(だから鬼は面倒なのよね)

 

 勇儀の発言に早苗は驚き、霊夢は内心面倒くさそうに呟く。

 

「大丈夫だ。別にこいしはあの人間に危害を加えるつもりじゃないだろうし、心配ないだろ」

 

「そういう問題じゃないんです!」

 

 早苗は必死に勇儀を説得するも、鬼は余程の事がない限り、一度決めた事は曲げない性格だ。その上気分が乗っている今では、尚更決めたことを曲げる気はないだろう。

 

 早苗としても一刻も早く地霊殿に向かいたいのに、こんな所で足止めをくらうわけにはいかない。でも勇儀も勇儀で自分の意見を曲げようとしない。

 

 霊夢も埒が明かないと考えて、弾幕ごっこでこの場を切り抜けようと考えた時だった。

 

 

「ならその勝負、私達が受けてやるわ」

 

 と、その一声がして誰もがその声がした方を見ると、夢幻姉妹が居た。

 

「幻月さん、夢月さん」

 

「このまま話し合ったって、平行線のままよ」

 

「……」

 

「ここは相手の要望に応えてあげるのが、手っ取り早いのよ」

 

「あんた……」

 

 

「ほぅ。結構大胆な事言うんだな」

 

 と、勇儀はニヤリと口角を上げる。

 

「お前達は初めて見る顔だな。何者だ?」

 

「あんたが見た人間に、借りがある者よ」

 

 幻月と夢月は早苗達の前に出る。

 

「ここは任せて、さっさと行きなさい」

 

「……夢月さん」

 

 

「さっさと行くわよ、早苗」

 

 霊夢は早苗に声を掛けると、彼女は二人に頭を下げて飛び出す。

 

「……悪ぃな」と一言言ってから魔理沙は箒に跨って飛び、妖夢も二人に頭を下げて続く。

 

「あんた達。分かっていると思うけど」

 

「分かっているわよ。あんたが出張るような事はしないわ」

 

「ここの決まりに従って、勝負するつもりよ」

 

「でも、相手が決まりを破ったのなら、相応の対応をするわよ」

 

 霊夢は二人に忠告を入れると、彼女達は了承しつつ、自分流の解決法を告げる。

 

 彼女はため息を付き、早苗達の後を追おうとする。

 

「あぁ、そうね」

 

 と、言い忘れた事があってか、飛ぶ前に霊夢は振り返る。

 

「そこの天狗と河童は自由に使って良いわよ」

 

「えぇっ!?」

 

 霊夢の衝撃発言に文が驚きの声を上げ、はたてと椛、にとりも驚愕の表情を浮かべる。

 

「ちょ、それは酷くないですか、霊夢さん!?」

 

「私達の手助けに来たのでしょ? なら今がその時よ」

 

「いやだからって!」

 

「それにいいじゃない。折角だから昔話をしながら語り合いなさい」

 

 霊夢は気遣っている、かどうかはさて置き、その言葉は文達からすればある意味死刑宣告に等しい。

 

「うわーん!! この鬼! 悪魔!! 脇巫女!」

 

「鬼と悪魔なら目の前に居るじゃない。そして後で覚えていなさい」

 

 不機嫌そうに霊夢がそう言うと、早苗達を追い掛ける。

 

 そして感情に任せて思わず失言をしてしまった文は「アワワワ……」と顔を真っ青にして震える。

 

『……』

 

 そして勇儀と、ショックから立ち直った萃香、幻月と夢月の両者が向き合い、火花を散らせる。

 




感想、質問、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80駅 地上と地底

 

 

 

「どうぞ。お掛けになってください」

 

「はい。失礼します」

 

 地霊殿の客間に案内された北斗は、さとりより言われて彼はソファーに座る。その後さとりも向かい側のソファーに座る。

 

 その後客間の扉が開かれて、お燐がワゴンを押して入室し、紅茶を淹れる。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 お燐よりソーサーに載せられ紅茶が淹れられたティーカップを受け取り、その後さとりにも手渡す。

 

「大丈夫ですよ。ちゃんとした本物の茶葉で淹れた紅茶ですので、人間のあなたも安全に飲めます」

 

「アッハイ」

 

 北斗が無意識に不安に思ったのを読んでか、さとりが本物の紅茶である事を伝える。

 

(本格的な紅茶か……)

 

 湯気が立つ紅茶より心地良い香りを嗅ぎながら、半透明の赤茶色の紅茶を見つめる。彼からすれば紅茶と言うとペットボトルで売られている飲料でしか飲んだ事がないからだ。

 

 香りを愉しんでいる中、彼女はテーブルにクッキーやクラッカー等の菓子が添えられた皿とポッドを置く。

 

「お燐。用事があったら呼ぶから、自分の仕事をしていなさい」

 

「分かりました、さとり様」

 

 お燐は頭を下げて、ワゴンを押しながら客間を退室する。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 彼女が出た後、二人は静かに紅茶を飲み、話すタイミングを窺っている。

 

「そう緊張しなくても、あなたを取って食べるわけではないのですから」

 

「は、はい」

 

 覚妖怪の能力で北斗の緊張を読み取ってか、さとりは声を掛ける。

 

「こいしが迷惑を掛けたわね」

 

「えっ? あぁ、まぁそうですね」

 

 北斗は思わず変な返事をしてしまう。

 

「まさかこいしがあんな強行手段に出るとは思ってなかったです」

 

「……あの子は欲しいものは手に入れようとする傾向にあるから、困っているのよ」

 

「はぁ……」とさとりはため息を付くと、小さめのクッキーを一つ手にして丸ごと口に入れて噛み、紅茶を一口飲む。

 

「以前までは無意識だったからタチが悪かったけど、今回は明確な意思があってあなたを攫った。本当に困ったわ」

 

「そうですか……」

 

 やっぱり妹の起こした問題だから、姉が敏感になるのも仕方が無い事なのか。

 

(被害者が許しても、それで済む問題じゃないんだな)

 

「えぇ。例えあなたが許したとしても、それで解決する問題じゃない」

 

 さとりは北斗の心を読み、簡単な事ではないと告げる。

 

「あの子は次にやらかさないと言う保障はないのだから。あの子、結構執心深いのよ」

 

「そうなのですか?」

 

 うーん、と静かに唸りながら北斗はこれまでのこいしを思い出す。

 

 これまでこいしと会った時の事を思い出すも、執心深さを思わせるような面は見当たらない。

 

 でももうやらないって約束したから、そう簡単に破らないと思うけど

 

「……まぁ、あなたにご執心のようだから、もしかしたら素直に言う事を聞くかもしれないわね」

 

 と、心読んださとりは紅茶を飲み、ティーカップをソーサーに置き、テーブルに置く。

 

 

「それにしても、あなたは不思議な人ね」

 

「え?」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

「大抵人間は私達覚妖怪を嫌悪するのだけど、あなたは嫌悪感が全く感じられないわね。心を読まれたとしても、全く嫌悪していないわね」

 

「そうなんですか?」

 

「いや、自分のことのはずじゃ」

 

 逆に聞いてくる北斗にさとりは思わずつっこむ。

 

「うーん……」

 

「……まぁいいわ」

 

 相変わらずどこかずれている北斗にさとりも戸惑いを覚えるも、咳払いをして気持ちを切り替える。

 

「北斗さんは心を読まれることが嫌じゃないの?」

 

「うーん。そうですね」

 

 北斗はソーサーごとティーカップをテーブルに置く。

 

「別に心を読まれるって言っても、それを一々口にして相手に伝えるのですか?」

 

「別にそんな事はしないけど」

 

「それなら、別に嫌とかそんな事は感じないですね。それに心を読まれたとしても、別に困る事はありませんし」

 

「……まぁ確かにやましい事は見えませんが」

 

 さとりは北斗の心を読んでも、特に何か彼が困るような事は見られない。

 

 むしろ―――

 

「あなたの場合、蒸気機関車とやらの情熱が凄まじ過ぎて、ドン引きですよ」

 

「あ、アハハハ……」

 

 さとりの指摘に北斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 分かってはいたが、北斗の蒸気機関車愛は相変わらずのようである。

 

「それに、この蒸気機関車……なるほど」

 

 と、心を読んでいたさとりは何かに気付く。

 

「あの黒く燃える石は、石炭と言うのですね」

 

「えっ!?」

 

 さとりの口から予想外の名前が出て、北斗は思わず声を漏らす。

 

「石炭を知っているのですか!?」

 

「えぇ。地霊殿でも寒くなればお燐が石炭が取れる場所へと赴いて取ってきます。それを暖炉で燃やしているのですよ」

 

「あぁ、なるほど」

 

「それに、その石炭は一部の鬼達が仕事に使っています。高い火力を出すには木炭より石炭の方がいいみたいで」

 

「……」

 

 北斗はさとりより聞かされる事実に、驚愕しつつも、嬉しい誤算であると感じていた。

 

(神奈子さんの予想は当たっていたんだな)

 

 北斗は前に神奈子がボソッと話していた事を思い出し、頷く。

 

 正に棚から牡丹餅である。

 

「どうやら、あなたは守矢神社とは深い関係にあるようですね」

 

「えっ? 知っているんですか?」

 

「直接会った事はありませんが、間接的に関わった事がありますので」

 

「そうですか」

 

 意外な繋がりがあるんだな、と北斗は声を漏らす。

 

 

 しかし、さとりからすれば大切な家族に力を与えて変異させたと、あまり良くない感情を抱いているが

 

 

「話は戻しますが、北斗さんがというより、あなたが行なっている事業にその石炭を必要としているみたいですね」

 

「はい。さとりさんも分かっていると思いますが、蒸気機関車を動かすには石炭が必要なんです。厳密には石炭に限定しているわけではありませんが」

 

「そのようですね」

 

 さとりは北斗の心を覗いた際に見た蒸気機関車の構造を思い出す。

 

「その石炭は、どのくらい地底で取れているのですか?」

 

「そうですね。詳しくは知りませんが、使い所がなくて、山の様に溜まっているという話は聞いた事があります。今でも石炭が取れる場所は多いとのことです」

 

「そんなにいっぱい」

 

 北斗は予想以上の量に、驚きを隠せなかった。

 

 幻想郷は忘れ去られたものが行き着く場所である。それはどうやらかつて存在した炭鉱で取られなくなって忘れ去られた石炭の鉱床も含まれているのかもしれない。

 

(どうにか、地底の石炭を入手する伝手が出来ないかな……)

 

 北斗は顎に手を当てて一考する。

 

 現時点で石炭を供給出来る場所は諏訪子によって創造される石炭のみだ。

 

 諏訪子製の石炭は神様が直接創造しているとあって非常に質が良く、各機関車の機関助士妖精からの評判が良い。今は最初からある石炭と混ぜて使って偏りを無くしている。

 

 しかし一日に創造出来る石炭の量はそれほど多くないし、その上彼女自身の都合もあるので、一度に持って行けれる石炭の量はそれほど多くないし、毎回毎回同じ量が出来ているわけではない。

 

 今は機関区の石炭の貯蔵量は十分あるものも、今後本格的に鉄道事業を展開すれば、必然的に一度のおける蒸気機関車の稼動数が増えるだろう。そうなれば石炭の消費量も今の倍以上となる。

 

 そうなれば、今の石炭の供給量では賄えない恐れがある。

 

「石炭をどうするかは、別にあなた方が使うのなら、それで構いません」

 

「えっ?」

 

 さとりの提案に北斗は思わず声を漏らす。

 

「こちらとしても、いつまでも使えない石炭を溜めておくわけにはいきません。それに万が一溜めている石炭に火が付いたら、それこそ多大な被害が起きるでしょう」

 

「確かに……」

 

「それに、住人の中には暇を持て余している者も居ますので、その者に仕事を与えられます」

 

「なるほど」

 

 さとりの言葉を聞き、北斗は頷く。

 

 石炭は質にもよるが、燃えやすかったり、燃えにくかったりする。基本的に火を近づけただけで火が付くほどの強い発火性は無いが、とても質が良い石炭なら火を近づけただけで火が付くと言われている。

 

 地底より採掘される石炭の質や量は分からないが、彼女の言葉からでも相当の量が溜まっているようであり、質に関してはそれほど悪いようではない。それにもし火が付いたら、大惨事になりかねない。

 

 むしろさとりからすれば石炭を引き取ってもらえるのは歓迎であり、暇な者に仕事を与えられる。そして北斗からすれば石炭の供給問題を解決出来る。まさにwin-winである。

 

 

「ですが……」

 

 と、彼女はポットを手にしてティーカップに紅茶を注ぐと、カップを手にして北斗を見る。

 

「仮に石炭をあなた方に引き取らせたとしても、それで私達に何の得があるのですか?」

 

「得、ですか?」

 

 さとりより思いもしなかった事を聞かれて、北斗は戸惑いを見せる。

 

「確かに溜まっている石炭を引き取ってもらえ、仕事が出来ると言う点でもこちらに得はあります」

 

「……」

 

「しかし―――」

 

 北斗を見る視線が鋭くなり、北斗は息を呑む。

 

「我々からすれば、地上の者を助ける義理など無いのです」

 

「助ける、義理……」

 

 さとりの憎しみが孕んだ声に、北斗はこいしより聞かされた話が脳裏に過ぎる。

 

 地底に暮らす妖怪は忌み嫌われ、地底へと追いやられた者が多い。鬼達も似たような経緯があって地上を去ったと言われている。それ故に地底に住む者の多くは地上に住む者を憎んでいる。

 

 特に人間と妖怪からも忌み嫌われている覚妖怪は、それが強いのだろう。

 

「こいしから話は聞いていると思いますが、この地底に住む者の多くは地上を追いやられています。全てはあの八雲紫によって」

 

「……」

 

「あなたは外来人のようですが、地上に暮らす以上、あなたも彼女達と同じなのですよ」

 

「……」

 

 北斗は言い返すことも出来ず、口を閉じる。

 

 そして実感した。地上と地底の確執を……

 

(ここまで地上と地底の間の溝が深いのか)

 

 こいしから話は聞いていたと言っても、ここまで溝が深いとは思わなかった。

 

(そりゃ、そうだよな。人間はおろか、妖怪からも忌み嫌われて、こんな暗い場所に追いやられたら、地上に住む者を憎むよな)

 

 北斗はどうする事も出来ず、ただただ黙っているしかなかった。

 

 

 

「……とは言っても」

 

 と、さとりは紅茶を飲み、口を開く。

 

「あなた個人に対して支援をする、というのを考えなくもないですがね」

 

「え?」

 

 思いもよらないさとりの言葉に北斗は声を漏らす。

 

「あくまでも、あなたへの支援として先ほどの話を受けるつもりですよ」

 

「で、ですが、さっき自分のことは」

 

「半分は本気で、半分は嘘ですよ」

 

「嘘?」

 

「地上の者を憎んでいるのは事実ですが、あなたはその枠に含まれません」

 

「えっ、それって?」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

「まぁ、外来人を憎んだとしても、意味はありません。私達を地底に追いやったのは、過去の人間達と、あのスキマ妖怪なのですから」

 

「はぁ……」

 

「それに―――」

 

 と、彼女はティーカップをソーサーに乗せて、微笑みを浮かべる。

 

「結果的にではありますが、こいしを連れ戻してくれたお礼もありますので」

 

「逆に自分が連れて来られたんですがね」

 

 北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「ですが、こいしが北斗さんを紹介したいと思わなければ、あのまま帰って来なかったかもしれません。それだけあの子は無意識なのですから」

 

「……」

 

 

 

「まぁ、この辺りの話は追々話し合うとして」

 

 と、さとりはソーサーごとティーカップをテーブルに置くと、咳払いをする。

 

「北斗さん。一つ聞きますが」

 

「えっ? 何でしょうか?」

 

「そう身構えなくても、些細な事を聞くだけですよ」

 

 さとりは身構える北斗にそう言いながら、問い掛ける。

 

「この幻想郷において、妖怪が人間を攫うという行為が一体何を意味すると思いますか?」

 

「意味、ですか?」

 

「えぇ」

 

「……」

 

 さとりは北斗の心を読んで、意味を理解していないと読み取り、彼に教える。

 

 

「幻想郷において、妖怪が人間を攫う行為は、御法度なのですよ」

 

「えっ?」

 

 北斗は思わず声を漏らす。

 

「そして幻想郷で御法度となっている事を犯したら、それは博麗の巫女が動く案件となるのです」

 

「霊夢さんが……」

 

 さとりの話を聞いて、北斗は納得した。

 

「そして人間を攫った妖怪は……博麗の巫女によって退治されます」

 

「……」

 

「まぁ、さすがに命を取るほどの退治ではなく、お仕置きみたいなものですよ」

 

 北斗が不安になり、最悪な未来を予想したので、さとりは補足を入れて彼を安心させる。

 

「既に事態は知られているでしょうし、今頃地底に居る事でしょう。恐らくお連れの方もいて」

 

「……」

 

「どうやら、心当たりのある方が思い浮かんでいるようですね」

 

「っ……」

 

 さとりは北斗の心にある感情を読み取ったが、あえて彼女は口にせずに、窓の方を見る。

 

「どうやら、あなたを迎えに来たようですね」

 

「っ!」

 

 北斗は思わず窓の方を見る。

 

「ですが、あなたも知っておくといいでしょう」

 

「?」

 

 さとりはソファーを立ち上がると、窓の前へと歩いていく。

 

「この幻想郷の、決闘の仕方を」

 

「……」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり地霊殿中庭

 

 

 旧都を抜けた早苗達は遂に地霊殿へと辿り着く。

 

「ようやく着きました!」

 

 早苗は地霊殿を前にして、声を上げる。

 

「これが地霊殿」

 

 妖夢は初めて見る地霊殿を見つめる。

 

「紅魔館より趣味は良さげね」

 

「その点は同意だな」

 

「そうね」

 

 魔理沙と霊夢は妖夢の言葉に同意する。

 

 そしてどこかでまたくしゃみがする。

 

「さてと、着いたはいいが、北斗の奴、どこに捕まっているのやら」

 

 と、魔理沙は箒を肩に担ぎ、声を漏らす。

 

「片っ端から探せば良いのよ」

 

「そうですよ! ここまで来れば、後は北斗さんがどの部屋にいるかを探し出すまでです!」

 

 と、霊夢と早苗は大胆かつ単調な方法を口にする。

 

「やれやれ」と魔理沙はため息を付く。

 

「にしても」

 

 魔理沙は周囲を見回して、やけに静かな状況に警戒する。

 

「てっきり以前みたいに出迎えが来るかと警戒していたけど、意外と来ないんだな」

 

「……」

 

「向こうから来ないのなら、こちらから行くだけです」

 

 魔理沙は意外そうに呟き、霊夢は周囲に気を回し、早苗は気合十分であった。

 

 

 

「どうやら、来たようね」

 

「っ!」

 

 霊夢が顔を上げて声を漏らすと、早苗達は身構える。

 

 

「やっぱり来たな!! 人間達!!」

 

 と、大きな声と共に空が多くのゾンビフェアリーを引き連れて下りて来る。彼女の右腕には何やら柱の様なものが付けられている。

 

「空さん!」

 

「厄介なのが来たわね」

 

「全くだぜ」

 

「……」

 

 面倒くさそうに霊夢が呟くと、左手を右袖の内側に突っ込んで札を取り出す。魔理沙は八卦炉を取り出し、妖夢は背中に背負う鞘より『楼観剣』と『白楼剣』と呼ばれる刀を抜き放つ。

 

「お前達をここから通すなとこいし様から言われているんだ! 誰も通さないぞ!」

 

 と、右腕に着けている柱のような物を霊夢達に向ける。

 

「通すな、ねぇ」

 

 霊夢は空と、周りに居るゾンビフェアリーを見て、御祓い棒を肩に担ぐ。

 

「妖夢」

 

「何、霊夢?」

 

「面倒なのは私が引き受けてやるわ。あなたは周りを頼むわよ」

 

「えっ? い、いいけど」

 

 妖夢は霊夢の言葉の意味が分からず一瞬返事に困るも、すぐに意味を理解して身構える。

 

「早苗、魔理沙。隙を見て先に行きなさい」

 

「霊夢さん?」

 

「霊夢?」

 

 早苗と魔理沙が彼女を見る、

 

「ここは私と妖夢で押さえておいてやるわ」

 

「霊夢。お前……」

 

「霊夢さん……」

 

「……頼んだわよ」

 

 と、霊夢は宙に浮くと、空の前に出る。

 

「あんたの相手は私よ」

 

「お前! あの時の!」

 

 と、空は霊夢の顔を見て、声を上げる。

 

「今日はお前なんかに負けないぞ!」

 

「勝てるならね」

 

 霊夢がそう呟くと、二人は一斉に動き、色とりどりの弾幕を放つ。

 

「妖怪が鍛えしこの楼観剣。切れぬものなど、あんまり無いっ!!」

 

 妖夢は決め台詞なのかどうか分からないが、高らかに口上を口にして両手にそれぞれ持つ二振りの剣を振るい、向かってくるゾンビフェアリーに向けて弾幕を放つ。

 

「今の内だぜ!」

 

「はい!」

 

 その間に早苗と魔理沙はゾンビフェアリーの間を潜り抜け、地霊殿の扉を蹴破って中へと突入する。

 

 

 

 




感想、質問、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81駅 無意識の少女の目的

 

 

 

 

 地霊殿へと突入した早苗と魔理沙は大広間に出て床に足を着ける。

 

 

「さてと、地霊殿の中に入る事が出来たが、北斗のヤツはどこに居るのやら」

 

「手分けして探すしか無いですね」

 

「だな」

 

 いくつもある通路を見渡しながら彼女が呟くと、早苗も周囲を見渡して魔理沙にそう答える。

 

 しかしさすがに二人で捜索となると、この広い地霊殿の中で一人の人物を探し出すのは困難を極める。

 

 さすがに紅魔館と比べればまだ狭い方だが、それでも屋敷なので部屋はいくつもある。

 

 

(北斗さん……)

 

 早苗は胸元に左手を置いていると、周囲を見回している間に胸中を不安が渦巻き、思わず握り締める。

 

(私が、私が最後まで傍に居て上げたら、そもそもこんな事には……)

 

 今思い返せば、自分の甘さが所々にあって、そんな自分に苛立ちを覚えていた。

 

 

 ここは幻想郷であり、外の世界と違い危険が多く潜んでいる。そしてあの時、早苗と北斗が居たのは妖怪の山。例え信用出来る者が近くに居たとしても、決して隙を見せて良い場所ではない。

 

(北斗さんに散々言っていたのに、私が全く注意していないなんて!)

 

 散々幻想郷が危険であると、気を付けていないといけない事を教えていたのに、そんな自分が気をつけていなかった。

 

 そんな自分に腹立たしくて、苛立ちが募るばかりだ。

 

 

「早苗」

 

 と、早苗の肩に手が置かれる。

 

「魔理沙さん……」

 

「落ち着けよ。落ち着かないと、いざって時にヘマをするぞ」

 

「……」

 

「それに、気持ちを切り替えろよ」

 

「えっ?……!」

 

 と、早苗は前から気配に気付き、前を見る。

 

 

「まさかお前とまた会うとはな、魔法使い」

 

 と、上からみとりが降りてきて床に足を付ける。

 

「っ! お前! あの時の赤河童!」

 

 みとりの姿を見た魔理沙は身構える。

 

「し、知っているんですか?」

 

「前にちょっとな。何でお前がここに居るんだ!」

 

「ちょっとした用件で、お前達を食い止めろと言われているのでな」

 

 と、みとりは背中に背負っている円形の物体を手にして棒を出すと、車輌通行止めの標識が現れ、棒を手にする。

 

「悪いが、邪魔をさせてもらうぞ」

 

「……こいしさんですか」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 早苗はみとりの言う用件がこいしの事じゃないかと問い掛けるも、彼女は惚ける。

 

「……」

 

 

「早苗。先に行け」

 

「魔理沙さん?」

 

 と、魔理沙が八卦炉を手にしながら早苗の前に出る。

 

「こいつとは前に戦ったことがある。厄介な能力を持っているからな」

 

「……」

 

「助けたいんだろ?」

 

「っ!」

 

「なら行け、早苗!」

 

「……」

 

 早苗は一瞬驚くも、気を引き締めて歩み出す。

 

「ありがとうございます」と小さな声でお礼を言ってから、彼女は奥に向かって飛翔する。

 

 

「気を使ったのか」

 

「まぁな」

 

 と、魔理沙は不敵に笑みを浮かべ、片手で帽子の位置を整える。

 

「早苗にとって、北斗は大切な存在みたいだからな。邪魔はさせたく無いんだよ」

 

「……大切な存在、か」

 

 みとりは標識の柱を握り締め、魔理沙を睨む。

 

「付き合ってもらうぜ、河童!!」

 

 魔理沙は右手に持つ八卦炉をみとりに向ける。

 

 

「みとりだ」

 

「ん?」

 

「それが私の名前だ」

 

「珍しいな。あん時はろくに会話をしなかったっていうのに」

 

「それはお前だろう」

 

 みとりは呆れた様子で声を漏らすと、標識の先を魔理沙に向ける。

 

「ここから先は一方通行だ。通りたければ、私を倒すのだな」

 

「もう早苗は通ったけどな」

 

「……」

 

 と、僅かにみとりの頬が赤くなる。

 

「まぁ、お前に言われなくたって、そのつもりさ! 恋符『マスタースパーク』!!」

 

 と、魔理沙は八卦炉を開き、必殺技を出そうとする。

 

 

「っ?」

 

 しかしいつまでも彼女の八卦炉からは何もでない。

 

「しまった。こいつは―――」

 

 

「お前のそのカラクリの動作を禁止した」

 

 と、みとりは柄頭を床に付ける。

 

 そう。これこそが河城みとりの能力『あらゆるものを禁止する程度の能力』である。どれほどの効果範囲があるかは本人も把握していないが、このように一部の動作を禁止にするのは造作もない。

 

「そうだったぜ。お前も十八番だもんな」

 

 魔理沙は八卦炉をスカートのポケットに仕舞い、箒に跨る。

 

「そんなものをいきなり使われるのは困るからな。赤河童『禁止看板』!」」

 

 と、みとりは宙に浮き、スペルカードを発動させて弾幕を放つ。

 

「そうかよ。だったら、他でやるまでだぜ!」

 

 魔理沙は歯噛みしながらも、みとりの弾幕を回避する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 早苗は地霊殿の廊下を飛行し、先を急ぐ。

 

(北斗さん。待っていてください。必ず助けます!)

 

 彼女は猛スピードで廊下を飛翔し、曲がり角が迫ると壁を蹴って無理矢理方向を変えて飛ぶ。

 

「っ!」

 

 と、何度も繰り返して進んでいくと、彼女の視界にある者が映り、早苗は飛行する速度を落としながら床に着地して、その者を睨む。

 

 

「……やっぱり来たんだね、山のお姉さん」

 

 と、その者ことこいしは振り返りながら早苗を見る。

 

「こいしさん……」

 

 早苗は御祓幣を持つ手に力を入れて握り締める。

 

「その先に、北斗さんが居るんですね」

 

「うん。そうだよ」

 

「……そうですか」

 

 早苗は憤る感情を抑えつつ、北斗の居る場所を把握できた事を安心して、こいしを見る。

 

「こいしさん。一つ聞いていいですか?」

 

「何かな?」

 

「なぜ北斗さんを攫ったのですか」

 

「なぜ、かって?」

 

 と、こいしは首を傾げて、口角を上げる。

 

「お兄さんと一緒に居たかったからだよ」

 

「それだけ、ですか」

 

「そうだよ」

 

 こいしの返答に早苗は俯くと、両手を震わせながらも、更に問い掛ける。

 

「なら、なぜ地底に連れて来る必要があるんですか。一緒に居たいなら、こんな所に―――」

 

 

「こんな所、ねぇ」

 

 

「っ!」

 

 と、こいしははっきりと、若干強めの口調でそう言い放つ。

 

「そうやって、また私達を除け者にするのね」

 

 明らかに機嫌を損ねたような声色で、こいしは早苗を睨みつける。

 

「そんなつもりで言ったんじゃ!」

 

「じゃぁ、どうしてお姉さんはお兄さんが地底に行っちゃいけないって思っているの?」

 

「っ……それは」

 

「危険だから、地上よりも危ないのが多いから、だって言うの?」

 

「……」

 

「アハッ。そうなんだ」

 

「フフフ……」と小さく笑いを零す。

 

「何がおかしいんですか!」

 

「そりゃ、だってねぇ」

 

 こいしは傾けていた頭を元の位置に戻し、ニィ……と口角を上げる。

 

 

「そんなに危ないって心配しているのに、お姉さんはお兄さんを山に置いていったじゃない」

 

 

「っ!?」

 

 早苗はこいしの言葉に胸を突き刺されたような感覚が走る。

 

「そ、それは」

 

「安心だった? 信頼出来る者が居たから? でも現にお兄さんは私がここに連れて来たんだよ?」

 

「っ……!」

 

 言い返すことも出来ず、早苗は歯噛みする。

 

「あの時、少しの間河童の目が無くなったんだよ。たった一人、無防備のお兄さんが一人、妖怪の山でだよ? 襲ってくださいって言っているようなものじゃない」

 

「……」

 

「私はお兄さんを救ってあげたんだよ。あのままだとお兄さんは妖怪に襲われていたかもしれなかったから」

 

「だからって、だからって、自分が正しいと、そう言いたいんですか!」

 

「そうだよ。どっかの誰かさんみたいに、無責任じゃないから」

 

「っ! でも、あなたの行為は人攫いです! 無理矢理攫っておいて、何が正しいんですか!」

 

 早苗は声を荒げ、御祓幣をこいしに向ける。

 

「それに、自身の正当性を述べたって、それが北斗さんをここに連れて来た理由では無いはずです!」

 

「どうしてそんな事が言えるの?」

 

「本当に北斗さんを助けるのなら、わざわざ地霊殿に連れて来る必要は無いんです!」

 

「……」

 

「こいしさん! 本当の目的は何なのですか!」

 

 

「……」

 

 こいしはため息を付き、早苗の質問に答える。

 

「……お兄さんは地上に居るべきじゃない。お兄さんはここに居るべき人間だから」

 

「……なん、ですか、それ」

 

 こいしの理解出来ない言葉に、早苗は途切れ途切れに声を漏らす。

 

「だって、お兄さんは外の世界で私達みたいに忌み嫌われていたんだから」

 

「っ! なぜそれを」

 

 早苗は思わず声を漏らす。

 

 少なくとも、北斗の過去を知っている者は自分を含めても仕えている二柱ぐらいである。それにこいしは北斗と頻繁に会っていないはずなのに。

 

「北斗さんから、聞いたのですか?」

 

「ううん。聞いて無いよ」

 

「だったら―――」

 

 

「お兄さんの口からは、ね」

 

「っ! ど、どういう事ですか?」

 

 こいしの口から意味深な台詞が出て、早苗は戸惑う。

 

「見えたからね。お兄さんの、心の中が」

 

「心の中を?」

 

 早苗は訳が分からなかった。なぜなら―――

 

「何を言っているんですか。あなたのサードアイはもう」

 

「閉じているよ。ずっと前から、今もね」

 

 こいしは自身の固く閉ざされたサードアイを手にし、目を細めて見下ろす。

 

「だったら」

 

「でもね。見えたんだ。そう……お兄さんと触れている時(・・・・・・・・・・・)はね」

 

「北斗さんに触れて居る時に……」

 

 早苗は心当たりがあって、ハッとする。

 

「まさか、あの時に」

 

 彼女はC55 57号機とC59 127号機を見つけた時、その後に博麗神社にてこいしが北斗の膝の上に座った時の事を思い出す。

 

「うん。お兄さんが私に触れて居る時は、僅かにだけど見えるようになったの。まぁ、本当に少ししか見えなかったんだけどね」

 

「……」

 

「酷いよねぇ、人間って」

 

 こいしは後ろで両手を組んで左右にゆっくりと揺れる。

 

「自分より弱い者にしか強く出られず、理解の及ばない事が起きると、誰かのせいにしたがる」

 

「……」

 

「お兄さんを虐めていた人間に不幸が降りれば、今度はお兄さんを忌み嫌い、遠ざけ、そして否定した」

 

 と、後ろを振り向きながら、彼女は続ける。

 

「身勝手で、醜いよね、人間は」

 

「……何が、言いたいんですか」

 

 早苗は苛立つ感情を抑えつつ、こいしに問い掛ける。

 

 しかしその苛立ちは果たして、こいしに対しての苛立ちなのだろうか。

 

「でもね、そんなお兄さんを、地底のみんなは嫌ったりしない。人間達は否定しても、私達は否定しない」

 

 こいしは振り返りながら両腕を広げる。

 

「お兄さんは私達覚妖怪を否定せず、受け入れてくれた。地底でも忌み嫌われている、私達を。もちろん私だけじゃない」

 

「……」

 

「みとりの正体が妖怪と人間の間で生まれた半妖であっても、お兄さんは嫌な顔一つせずに受け入れた。鬼である勇儀を前にしても、恐れなかった」

 

「だから、北斗さんは地底に相応しいと、そう言いたいんですか」

 

「その通りだよ。今は良くても、必ず人間達は……いや、地上の者達はお兄さんを否定する」

 

「……」

 

「私はお兄さんを否定しない。これからもずっと。だから、お兄さんは地底に居るべきなんだ!」

 

 こいしは強い口調で、言い放つ。

 

 

「そんな、そんな勝手なことばかり!」

 

 と、早苗は一歩前に足を踏み出すと、床に亀裂が走る。彼女の怒りが頂点に達して、彼女から強い神力が溢れ出ていた。

 

「例え幻想郷の誰もが、北斗さんを否定しても、私は北斗さんを否定しない! いや、否定させてなるもんですか!!」

 

 彼女はキッとこいしを睨みつけ、身構える。

 

「こいしさん! あなたの勝手にはさせません! 北斗さんは、必ず救い出します!!」

 

「……そう。なら」

 

 と、こいしは早苗を睨みつけ、力を込める。

 

「お兄さんは渡さない。お姉さんを、潰して上げる」

 

「……」

 

 

「秘術『グレイソーマタージ』!!」

 

「表象『弾幕パラノイア』!!」

 

 二人は同時にスペルカードを発動させ、弾幕が互い襲い掛かる。

 

 

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82駅 弾幕ごっこ

何気に本作初の弾幕ごっこであります。


 

 

 

「……」

 

 窓から外で繰り広げられている弾幕ごっこの光景に、北斗は見とれていた。

 

 色とりどりの様々な弾幕が薄暗い地底の空に輝いて広がり、その弾幕を潜り抜けるその光景は、正に芸術である。

 

「弾幕ごっこを見るのは初めてでしょうか?」

 

 隣に立ち、空と霊夢の戦いを見守りつつ、さとりが北斗に声を掛ける。

 

「えぇ。今まで見る機会が無かったのですが、こんなに綺麗なものなんですね」

 

 北斗は空中で繰り広げられる光景に見とれながらも、さとりの質問に答える。

 

「人間と妖怪の力の差を埋める為に、今の博麗の巫女である霊夢さんが発案した決闘方法です」

 

「霊夢さんが考えた、決闘方法ですか」

 

「当初はただ弾幕を展開させていたらしいですが、今ではスペルカードルールが追加されて、形ありで避けられる弾幕が出されるようになりました」

 

「……」

 

 北斗はさとりの説明を聞きながら弾幕を見ていると、空が何やら叫んだかと思ったら、様々な形の弾幕を放つ。

 

 霊夢は空の放つ弾幕の隙間を潜り抜けていくと、しばらくして空の放つ弾幕が消えて無くなる。その直後に霊夢は左手に持つ札を空に向けて投げ放ちながら接近する。

 

 空は札をかわすも、霊夢が目の前まで接近して御祓い棒を振るうも、空は右腕の柱で受け止める。

 

「弾幕はかわせない物は禁じられていますが、それ以外でしたら複雑な弾幕は許可されています」

 

「あのように接近戦は良いのですか?」

 

「まぁあれは自信のある方がするようなものですから。誰もがやるわけではないのですよ」

 

 さとりはそう告げると、空が霊夢を押し返して距離を取ると、再び弾幕を放つ。

 

「弾幕ごっこは弾幕の姿も評価の対象に入ります。いかに綺麗か、いかに芸術的かを」

 

「なるほど」

 

 話を聞きながら、弾幕ごっこのルールを理解する。純粋な力ではなく、自身のセンスが試される。

 

 激しいが、とても平和的な決闘方法だ。

 

「今の自分には、届かない場所ですね」

 

「……」

 

 

 ―――っ!!

 

 

「っ!?」

 

 すると轟音と共に、地霊殿が揺れる。

 

「これは!」

 

「……どうやら、ここでも始まったようですね」

 

 北斗は驚きの余り声を上げ、さとりは目を細める。

 

「北斗さん。あなたはしばらくここに居るようにお願いします。弾幕に巻き込まれれば、ただでは済みませんので」

 

「は、はい」

 

 さとりの忠告を聞き、北斗は頷く。

 

「……」

 

 北斗は扉の方を見て、目を細める。

 

 さとりも彼の心が見えたが、口にせず静かに状況の推移を見守る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ちぃ!」

 

 魔理沙は弾幕をかわしながら大広間を飛ぶ。

 

「……」

 

 みとりは移動しながら弾幕を放ち、魔理沙を追い掛ける。

 

「やっぱりその能力は、厄介だな!」

 

 魔理沙は忌々しそうに叫ぶと、壁を蹴って無理矢理方向を変える(・・・・・・・・・・・・・・・)と、何やら不自然なやり方で方向を変える。

 

「相変わらず状況適応能力は高いようだな。『方向を変える事を禁止』にしているのに、地形を使って無理矢理向きを変えるとは」

 

 みとりはそう呟くと、魔理沙を見ながら目を細める。

 

「臨機応変に出来なきゃ、異変解決のプロは語れないぜ! 魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 魔理沙はスペルカードを発動させて、星状の弾幕を放つ。

 

 みとりは弾幕をかわし、柱を使って弾幕を防ぐ。

 

 魔理沙の弾幕が撃ち終えると、彼女は標識を振るい、能力を発動させる。

 

「くっ! またか!」

 

 すると魔理沙は視界がぼやけて、腕で目蓋を擦る。

 

「禁視『オプティカルブラインド』!」

 

 彼女はスペルカードを発動させ、弾幕を放つ。

 

「くぅ!」

 

 魔理沙はぼやける視界の中で何とか弾幕をかわすが、いくつもの光弾が彼女に掠る。

 

 しかし、それでも持ち前の感覚で彼女は光弾をかわす。

 

 弾幕を潜り抜けて、魔理沙の視界が回復する。

 

「やってくれたな! 魔符『ミルキーウェイ』!!」

 

 視界が回復した直後に魔理沙はスペルカードを発動させ、星状の光弾の弾幕を放つ。

 

 みとりは星状の光弾の弾幕の合間を潜り抜けるが、一発が彼女の肩を掠る。

 

「ちっ」

 

 小さく舌打ちをして、魔理沙を睨みつける。

 

「ぐぅっ!?」

 

 突然魔理沙の動きが遅くなり、速く飛ぼうにもそれ以上のスピードが出ない。

 

「お前に速く飛ぶ事を禁止した。閉符『地底の隅に独り棒立ち』!」

 

 みとりはスペルカードを発動させて、弾幕を放つ。

 

「相変わらず鬼畜だなぁっ!」

 

 魔理沙は声を荒げながらも、遅くなっても身体を反らしたり、箒を軸に回り、みとりの弾幕を何とかかわす。

 

「文句を言う割には動けるな」

 

「そりゃ一回戦えばな! それなりに分かるんだよ! 儀符『オーレリーズサン』!!」

 

 声を上げながらも彼女はスペルカードを発動し、周囲に色とりどりの球体が出現して、みとりに向けて球体から光弾が放たれる。

 

「ちっ!」

 

 みとりは舌打ちをして球体より放たれる光弾をかわしていき、彼女は一旦床に足を着けて蹴り、その反動で上がって光球をかわす。

 

「っ! 禁域『ノー・エントリー』!」

 

 彼女はこちらに向かってくる光弾の一つを標識で切り払い、スペルカードを発動する。

 

「っ! おわぁっ!?」

 

 すると魔理沙がさっきまでの遅さから突然加速する。

 

「お前は遅く飛ぶのを禁止した。この狭い空間では、さっきのように無理矢理方向は変えられないぞ」

 

「そう来るか! でも―――」

 

 と、魔理沙は急加速して箒の制御が難しくなるも、彼女は慌てもせず、むしろ不敵な笑みを浮かべる。

 

「それを、待っていたぜ!」

 

「なにっ?」

 

「彗星『ブレイジングスター』!!」

 

 スペルカードを発動させると同時に八卦炉を箒の先に取り付けると、八卦炉から虹色の光が放たれる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 虹色の光が放たれた反動により、さっきよりも急加速して魔理沙は息が詰まりそうになるも、弾幕を放ちながらみとりに向かっていく。

 

「まさか!?」

 

「あぁ、そのまさかだぜぇっ!!」

 

 みとりが目を見開いて驚く中、魔理沙は急加速して彼女に向かって飛翔する。

 

 みとりはすぐに魔理沙の動きを止めようとするが、既に時既に遅い。能力を発動する暇も無く、みとりが猛スピードで迫る魔理沙を避けると、大量にばら撒かれる光弾の弾幕の直撃を受ける。

 

「ぐぅ!?」

 

 弾幕の直撃を受けたみとりは態勢を崩し、床に墜落する。

 

「やっべ!?」

 

 魔理沙は強引に止まろうとするも、さすがに速過ぎて止まり切れず、壁に正面から激突する。

 

「ぐべらっ!?」

 

 真正面から壁に激突した彼女は、少女らしからぬ声が漏れて、そのまま固まってしまう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「くぅ!」

 

「……」

 

 一方地底の空では空が霊夢の放つ弾幕を回避しながら空を翔る。

 

 空はマントを翻してその場で宙返りをして、弾幕をかわそうとするも、いくつかが掠る。

 

「っ! まだぁ!」

 

 しかしまだ落とされた(ピチュッた)わけではないので、空は弾幕をかわし続ける。

 

「しぶといわね」

 

 弾幕を撃ち終えて、霊夢は一旦宙で止まると、空を睨む。

 

「こいし様から言われたんだ。お前の邪魔はさせないって!」

 

「……」

 

「お前なんかに負けない! 負けられないんだ!」

 

 息を荒げながらも彼女は霊夢を睨みつける。

 

「それにまだ、終わりじゃないんだ!」

 

 空は背中の翼を大きく広げ、胸元の赤い目が輝きを増すと、右腕の柱を天に掲げる。

 

「これで終わりにしてやる!! 焔星『十凶星』!!」

 

 彼女がスペルカードを発動させると、空の周りにエネルギー体が出現し、無数のエネルギーが放たれて弾幕を張る。

 

「……」

 

 霊夢は覆い尽くさんばかりに放たれる弾幕に慌てず、冷静に弾幕の隙間を縫う様に潜り抜ける。

 

「っ!」

 

 空は歯噛みしながらも弾幕を張り続ける。

 

 しかし霊夢には弾幕のどこに抜け道の隙間があるのかが分かっているかのように、迷いなく進んで行く。

 

 いくつもの異変を解決してきた彼女からすれば、弾幕は恐れるようなことではない。ましても一度戦った事のある相手の弾幕だ。避けられない理由は無い。

 

 

 そして空の弾幕は撃ち終わって、弾幕が消えると、霊夢の姿が無かった。

 

「っ! あいつは!」

 

 空は周囲を見渡して、見失った霊夢の姿を探す。

 

 

「終わったわね。なら、こっちの番よ」

 

「っ!」

 

 上から声がして空は見上げると、霊夢の姿があった。

 

 目を瞑る霊夢は右手の指に札を挟み、左腕を交差させて目をカッと開くと、札から霊力が溢れ出す。

 

「っ!! 神霊『夢想封印』!!」

 

 彼女が高らかとスペルカードを発動させると、色とりどりの大きな光弾が放たれる。

 

「っ!」

 

 空は向かってくる光弾を回避するも、動きが鈍っているとあって必死である。

 

 しかしある程度かわし続け、次の光弾を回避するが、その直後に左右より光弾が迫る。

 

「っ!?」

 

 かわした直後とあって、彼女は回避する事が出来ず、そのまま光弾の直撃を受ける。

 

 

 

 

「人符『現世斬』!!」

 

 妖夢はスペルカード発動と共に弾幕を放ち、そして目に見えない速さで剣を振るう。

 

 一瞬にしてゾンビフェアリーの向こう側へ姿を現すと、ゾンビフェアリー達が一瞬にして倒されて(ピチュって)いく。

 

「……」

 

 深く息を吸って、ゆっくりと息を吐き出すと、妖夢は手にしている楼観剣と白桜剣を血振りをするように振るうと、背中に背負う鞘に剣を収める。

 

「またつまらぬものを切ってしまった……」キリッ!

 

 と、彼女は某怪盗三世の仲間の一人の剣士みたいな事を呟くと、どこへ向けてはドヤ顔を決める。

 

 

「うわぁぁぁぁぁん!! また負けたぁぁぁぁ!! ごめんなさぁぁい、こいし様あぁぁぁぁぁ!!」

 

 と、弾幕ごっこに負けて地面に仰向けに倒れる空が大きな声を上げて泣き出す。

 

「やれやれ。さっきまでの威勢はどこに行ったのよ」

 

 霊夢は呆れ気味に中庭に下りると、妖夢がやってくる。

 

「これで全部かな?」

 

「そうであって欲しいわね」

 

 妖夢にそう答えながら霊夢は周囲を見渡す。

 

 多く居たゾンビフェアリーは妖夢によって全滅されており、増援の気配はない。

 

「これ以上面倒はごめんよ。増援が来る前にさっさと行くわよ」

 

「うん!」

 

 霊夢と妖夢は地霊殿へと向かう。

 

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 

『っ!』

 

 突然爆発音がして、二人は空を見上げる。

 

 地霊殿の屋根が吹き飛んでおり、そこから二人の人影が出てくる。

 

「っ! 早苗!」

 

 その内の一人が早苗であり、妖夢が思わず声を上げる。

 

「もう一人は、さとりの妹ね」

 

 霊夢はもう片方の人影がこいしである事に気付く。

 

 二人は弾幕を放ち、互いの弾幕をかわしていく。

 

「行くわよ。今なら中は手薄よ」

 

「っ! うん!」

 

 妖夢が頷くのを確認して、霊夢は妖夢と共に地霊殿へと入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「お、おぉ……い、ててぇ……。やっぱり狭い所でやるもんじゃないな」

 

 顔を真っ赤にして壁から離れる魔理沙は、顔を押さえながらぼやく。

 

 主に身体の前面であるものも、身体中に痛みがあったが、彼女は衝突寸前に魔法を使って衝撃を分散させたことで、この程度で済んでいた。

 

「……」

 

 鼻から鼻血が出てくるも、彼女は腕で血を拭って周りを見ると、辛うじて無事な箒と、煙を上げている八卦炉が床に落ちている。

 

「あぁ、こりゃひでぇ。こーりん所に持って行きづらいなぁ」

 

 見た目より状態の悪い八卦炉を見て彼女は製作者の苦虫を噛んだような顔を想像して呟き、収納状態にして手に持ったまま、床に倒れているみとりの元へと向かう。

 

「随分と無茶をするな、お前」

 

 みとりは頭を上げて魔理沙を見る。

 

「無茶をするのは人間の十八番だぜ」

 

 魔理沙はニッと笑みを浮かべる。

 

「……」

 

 そんな彼女に呆れてか、みとりはため息をつく。

 

「まぁ、半ば博打だったけどな。お前が自分の能力に過信していることが前提だったし」

 

「……最初からそれが狙いか」

 

「あぁ。あの時は散々苦しめられたからな」

 

「……」

 

 みとりは短く息を吐くと、頭を下げてステンドグラスの天井を見上げる。

 

「で、北斗のヤツは奥に居るんだな?」

 

「あぁ。今頃覚妖怪の姉の方と話しをしているだろう。何を話しているかは知らないが」

 

「そうか」

 

 魔理沙は聞きたいことを聞いてから、床に落ちている箒を拾い、肩に担ぐ。

 

「……一ついいか?」

 

「なんだ? 足止めのつもりなら無駄だぞ」

 

「別に足止めする理由は無い。一つだけ、疑問がある」

 

「……」

 

「あの人間は……霧島北斗は、どんなやつだ?」

 

「あ? 何だってそんな事を」

 

「……まぁ、ちょっとした疑問だ」

 

 みとりは顔を左へと逸らす。

 

「ただ、あの巫女はやつを必死になって助けようとしている。あの覚妖怪の妹も、あいつに執着している」

 

「……」

 

「そんな魅力が、あの男にあるのか?」

 

「……」

 

 みとりの質問に、魔理沙は静かに唸りながら首を傾げ、傾げた首を戻して口を開く。

 

「さぁな。私は早苗ほどよく一緒に北斗と居るわけじゃないし、あんまり知らないな」

 

 魔理沙は帽子の上から頭を掻く。

 

「ただ、私が言える事は、あいつは良いヤツだってことだ」

 

「……良いヤツ、か」

 

 彼女がボソッと呟く。

 

「これで満足か?」

 

「……」

 

 みとりはゆっくりと顔を魔理沙に向ける。

 

「満足な答えとは言えないが……まぁ、何となく理解した」

 

「そうかよ」

 

 魔理沙はため息を付き、肩を竦める。

 

 

 ―――ッ!!

 

 

「おっとっ!」

 

 と、轟音が地霊殿の中に響き、魔理沙は思わず前のめりになりそうになるも、何とか堪える。

 

「今のは!」

 

「……向こうも始めたか」

 

「っ! 早苗か!」

 

 みとりが思わず声を漏らすと、魔理沙は彼女を見る。

 

 

「魔理沙!」

 

 と、地霊殿の蹴破られた入り口から霊夢と妖夢が入って来る。

 

「霊夢! 妖夢!」

 

 二人の姿を確認した魔理沙はすぐに二人と合流する。

 

「霊夢! 外から何か見えたか?」

 

「早苗がこいしと戦っているわ。屋根を吹っ飛ばしてね」

 

「やっぱりさっきのは」

 

 魔理沙は奥の方を見る。

 

「ともかく、さっさと行くわよ。手薄な今なら」

 

「あぁ!」

 

「うん!」

 

 霊夢と魔理沙、妖夢は頷き合うと、地霊殿の奥へと向かう。

 

 

 

「……」

 

 三人が奥へと向かった後、みとりはゆっくりと上半身を起こして、右膝を上げて右肘を置く。

 

 ステンドグラスの床に叩きつけられた事で、破片が肌のあちこちを切っていたが、妖怪の血が流れているとあってもう傷口が治り出している。

 

「……また人間に負けた、か」

 

 みとりは深くため息を付く。

 

 あの時も、あの魔法使いに負けた。ただの人間と、自身の能力もあって高を括っていたが、それでも負けた。

 

 今回は本気で戦いに挑んだ。たが、心のどこかで慢心していたとあって、結果的に負けた。

 

「……まだ私は、あの時のまま、何も変わっていない」

 

 ふと、彼女は右手を広げて、掌を見つめる。

 

「……」

 

 そして霊夢達の目的を思い出し、ふと北斗の姿が脳裏を過ぎる。

 

「あの人間の為に、あそこまで必死に戦う、か」

 

 そう呟くと、みとりは右手を握り締めると「はぁ……」と深々とため息を付く。

 

「……霧島、北斗」

 

 彼女は初めて会った時、間近から北斗を見て自分と似たものを感じたのを思い出し、彼の名前を口にする。

 

「……」

 

 みとりは何も言わず俯き、そのまましばらく座り続けた。

 

 




感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83駅 決着

最近東方と他作品とのクロスオーバー作品のアイディアがポンポン思い浮かぶせいか、中々執筆が進まない。



 

 

 

 地霊殿の天井を破り、外に出た早苗とこいしは互いに弾幕を放ち、その隙間を縫うように飛ぶ。

 

 早苗はうつ伏せから仰向けに変わるように体勢を変えながら飛び、こいしに接近するも、彼女は弾幕を出しつつ下がって早苗との距離を保つ。

 

「開海『モーゼの奇跡』!!」

 

 早苗はスペルカードを発動させると、まるで瞬間移動をするように姿を消してこいしの頭上に出現し、弾幕を放つ。

 

 突然現れた早苗にこいしは慌てずに弾幕をかわし、一定の距離を持って離れる。

 

 直後に早苗のスペルカードの効果が切れて、弾幕が途切れる。

 

「抑制『スーパーエゴ』!」

 

 その瞬間を見逃さずこいしはスペルカードを発動させ、光弾を放つ。

 

「くっ!」

 

 スペルカードが発動した瞬間早苗はこいしに引き寄せられる感覚に襲われるも、その感覚を気に留めないようにして何とか距離を保ち、光弾の弾幕をかわす。

 

 一、二発の光弾が袖やスカートを掠るが、早苗は弾幕を避け続けると、しばらくしてこいしのスペルカードの効果が切れて弾幕が消え、互いに距離を置く。

 

「奇跡『ミラクルフルーツ』!」

 

 直後に早苗はスペルカードを発動させ、自身を中心に赤い光弾を八箇所に放ち、八つの光弾が弾けて弾幕が楕円形上に拡散する。

 

 こいしは赤い光弾の弾幕の隙間を潜り抜けるが、数発の光弾が掠る。

 

 しばらくして、弾幕が途切れて、光弾が消えて無くなる。

 

 

「……やるね、お姉さん」

 

「……」

 

 お互い距離を取っていると、こいしが口を開く。

 

「人間って、必死になると大分変わるもんだね」

 

「……」

 

「どうしても、お兄さんを連れ戻したいの?」

 

「当たり前です」

 

 早苗はこいしの質問に即答し、昂りそうになる感情を抑える。

 

「こいしさん。あなたが分からないわけが無い筈です。奪われる側の気持ちが」

 

「……」

 

「北斗さんだって、無理矢理地底に連れて来られて、困っていたはずです」

 

「……」

 

 早苗の言う通りだったので、こいしは顔を顰める。

 

「それに、北斗さんは……北斗さんは……」

 

 早苗は御幣の柄を握り締める。

 

「そんなに、お兄さんの事が大切なんだ」

 

 こいしは目を細めて、彼女を見る。

 

「っ! それは……」

 

 

「でもそれって、どういう意味で大切だと思っているの?」

 

 

「……」

 

 こいしの質問に、早苗は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 

「な、何を……言って……?」

 

 早苗は搾り出すようにして、こいしに問い掛ける。

 

「だって、お兄さんの事を大切だって言っているけど、どういう意味で大切だなんて、言ってないよね」

 

「……」

 

 こいしにそう言われて、早苗はハッとする。

 

「お姉さんにとって、お兄さんはどういう意味で大切なの?」

 

「そ、それは……」

 

 早苗は答えようとするが、言葉が出なかった。

 

(私にとって、北斗さんは……北斗さんは……)

 

 彼女は陸に上げられた魚のように、口を開閉させるしか出来なかった。

 

 北斗のことが大切であると言うのは確かであるが、その大切の意味が何なのか、彼女は答えを出せなかった。

 

 何だかんだ言っていたのに、自分の感情を……何も理解していなかった。

 

「それとも、お兄さんが自分と同じ境遇だったから、自分のことを理解してくれるから、そんな理由(・・)で大切だと思っていたの?」

 

「っ!」

 

 その瞬間、彼女の中で、何かが切れた。

 

「そんな、理由?」

 

 震える声で、早苗はこいしに声を掛ける。

 

「あの時お兄さんと一緒に、お姉さんの記憶も見えたんだよね」

 

「……」

 

「お姉さんにとって、お兄さんは自分の苦労や苦しみを理解してくれる人として見ているの?」

 

「……」

 

 早苗は俯き、御幣の柄を握り締める。

 

 

「あなたに」

 

「……?」

 

「あなたに、何が分かるって言うんですか!!!」

 

 早苗は叫ぶと同時に弾幕を放つ。こいしは後ろに飛んで弾幕をかわす。

 

「神奈子様に諏訪子様以外、誰も助けてくれなかった、私の何が分かるのですか!!」

 

 今まで我慢していたとあってか、早苗は感情に囚われて叫ぶ。

 

「分からないよ。私はお姉さんじゃないし」

 

 弾幕をかわしながらこいしはそう答える。

 

「でも、お姉さんはまだ恵まれているじゃない」

 

「っ!」

 

「お兄さんには、お姉さんみたいに頼れる人なんか居なかったんだよ」

 

「それは……!」

 

 以前北斗から聞かされた内容を思い出し、早苗は言葉を詰まらせる。

 

「それなのに、自分は不幸だって言って、悲劇のヒロイン気取り?」

 

「……くっ!」

 

 早苗は歯噛みをして、スペルカードを手にする。

 

「こいしさん! 世の中言って良い事と、悪い事があるんですよ!」

 

「……」

 

「私はそんな、そんな安っぽい事を考えてなんかいません!!」

 

 早苗は手にしているスペルカードを掲げる。

 

「大奇跡『八坂の神風』!!」

 

 スペルカードを発動させると、彼女の周りに光弾が集まり、一斉に光弾が放たれる。

 

 こいしは弾幕の隙間を縫って回避するが、いくつかの光弾が掠る。

 

「っ!」

 

 余裕が無くなって来たのか、こいしの表情が強張る。

 

「じゃぁ、お姉さんにとって、お兄さんは何なの!!」

 

 こいしは声を荒げ、早苗のスペルカードの効果が切れて弾幕が消えると同時にスペルカードを掲げる。

 

「深層『無意識の遺伝子』!!」

 

 スペルカードを発動させると、二種類の色をした光弾が放たれ、メビウスの輪を描くように早苗へと向かっていく。

 

「っ!」

 

 早苗は追尾して向かってくる光弾をかわすと、その光弾が通った後の光の筋が光弾となって辺りに放たれる。

 

 その弾幕も彼女はかわすも、光弾がいくつも掠り、徐々に服が焦げていく。回避がままならなくなって、早苗は限界に近付いていた。

 

「北斗さんは……私にとって、北斗さんは!!」

 

 弾幕を潜り抜け、こいしのスペルカードの効果が切れて弾幕が消える。

 

「外の世界で初めて出来た、かけがえのない……大切な、大切人なんです!!」

 

 早苗はスペルカードを掲げ、発動させる。

 

「秘法『九字刺し』!!」

 

 スペルカード発動と共に縦と横から色とりどりのレーザーのような弾幕がこいしに向かって放たれる。

 

「っ!」

 

 こいしはレーザーとレーザーの間を潜り抜けるが、疲労と掠ったダメージの蓄積で動きが鈍っており、ほぼギリギリであった。

 

 縦方向からのレーザーをかわすが、その回避先で横方向からレーザーが飛んでくる。

 

 こいしはかわそうとしたがもう遅く、レーザーの直撃を受け、更に他のレーザーの直撃を受けたことで、彼女の視界は白く包まれる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「っ!」

 

 こいしが光に包まれた光景に、北斗は思わず窓に手を当てる。

 

「どうやら、決着が付いたようですね」

 

 さとりは静かにそう告げると、北斗を見る。

 

「あの、大丈夫なんでしょうか? 思いっきり直撃していましたけど……」

 

「えぇ。多少服がボロボロになりますが、殺傷能力は無いので大した事はありません」

 

「なるほど」

 

 さとりの説明を聞き、北斗は納得したように頷く。

 

「これで、あなたは地上に戻れますよ」

 

「……」

 

「弾幕ごっこは決闘である以上、敗者は勝者に従う。そういう事です」

 

「……」

 

 さとりの話を聞き、北斗は窓の外を一瞥する。

 

「それに、迎えも来ているようですし」

 

「……」

 

 と、部屋の外からなにやら騒いでいる声が二人の耳に届く。

 

「行きましょう、北斗さん」

 

「はい」

 

 さとりは窓から離れて部屋の出口に向かい、北斗もその後に付いて行く。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をしながらも早苗は地面に降りて、呼吸を整える。

 

「……」

 

 深呼吸をして、呼吸と共に気持ちを整理し、ゆっくりと歩き出す。

 

「負けちゃった、なぁ……」

 

 地面に背中を着けて仰向けに倒れているこいしは早苗が近付くと、そう呟く。

 

「私の気持ちより、お姉さんの気持ちの方が強かったみたい」

 

「……」

 

「でも、まぁ」

 

 こいしは深くため息を付き、上を見上げる。

 

「結局のところ、無駄に終わっちゃったなぁ」

 

「……」

 

「無理矢理連れて来た以上、お兄さんの気持ちはこっちに向かないしね」

 

「こいしさん。あなたは……」

 

「まぁ、元々お姉ちゃんにお兄さんを紹介したかったから、それが出来ればよかったんだけどね」

 

「……」

 

「そういや」

 

 と、こいしは首だけ動かして早苗を見る。

 

「お姉さん。またお兄さんの事を大切だって言っていたね」

 

「……それは」

 

 そう言われて、早苗はハッとして言葉を詰まらせる。

 

 感情的になっていたとは言えど、また口先だけだと思われてしまう。

 

「まぁ、さっきのは何か説得力があったし、口だけじゃ無かったしね」

 

「……」

 

「何だかお姉さん。吹っ切れたみたいに見えるよ」

 

「そ、そうですか?」

 

「うん」

 

 と、こいしは両脚を上に上げてその反動で背中を一瞬浮かせると、勢いよく脚を下ろしてその反動で上半身を浮かせるように立ち上がる。

 

「今回は負けちゃったし、お兄さんの事は諦めるよ」

 

「……」

 

「でも……」

 

 と、こいしは早苗の傍に近づき、口を開く。

 

 

「私はまだ、お兄さんを完全に諦めたわけじゃないからね」

 

 

「……」

 

 こいしの言葉に早苗は息を呑む。

 

「その時が来るまで、お姉さんも頑張ってみてね」

 

 と、何やら意味深な事を呟き、そのまま地霊殿へと向かって歩いていく。

 

「……」

 

 早苗は少しして、こいしの後に付いて行って地霊殿へと向かう。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84駅 地底に眠る者

今回作者の考察が含まれています。もしかしたら事実と異なる可能性がありますので、ご了承ください。


 

 

 

「この度妹がご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ありませんでした」

 

 弾幕ごっこが終わった後、無事に北斗と合流した早苗達は地霊殿の執務室に移動し、そこでさとりが今回の件について霊夢達に頭を下げて謝罪する。

 

「全く。妹の手綱ぐらいしっかり握っておきなさいよ」

 

「雲を掴むような話でなければ、そうしていましたよ」

 

 霊夢が呆れたように言うと、さとりは皮肉めいた返答を返す。

 

「まぁ、何だ。北斗のヤツが無事で何よりだったじゃないか」

 

 と、二人の間の微妙な空気を打開しようと、魔理沙が北斗を見ながら口を開く。

 

 霊夢は軽く鼻を鳴らし、さとりもそれ以上は言わなかった。

 

「早苗さん、霊夢さん、魔理沙さん……えぇと……」

 

 北斗は早苗達にお礼を言おうとしたが、初めて見る妖夢の姿を見て戸惑う。

 

「初めまして。魂魄妖夢と申します。霧島さんのことは霊夢や魔理沙から聞いています」

 

「あぁ、どうも。霧島北斗と申します」

 

 北斗と妖夢は軽く自己紹介をして、彼は咳払いをして気持ちを改める。

 

「皆さん。今回は自分の為に迷惑を掛けてしまって、申し訳ありませんでした」

 

 北斗は深々と頭を下げる。

 

「い、良いんですよ、北斗さん」

 

 と、早苗が戸惑いながらも北斗に声を掛ける。

 

「北斗さんが無事なら、私はそれで良いんです」

 

「早苗さん……」

 

 微笑みを浮かべる早苗の姿に北斗は気まずそうに頬を軽く掻く。

 

「本当に、本当に心配したんですから……」

 

「……」

 

 

「ん゙ん゙っ!」

 

 と、甘い空間になりそうなところを霊夢がわざとらしく咳払いをして、二人はハッと気付いて気持ちを切り替える。

 

「まぁ兎にも角にも、北斗さんが無事で何よりだったわ」

 

 霊夢はため息を付き、呟く。

 

「霊夢さん。ありがとうございます」

 

「お礼はいいわ。幻想郷の住人を守るのが博麗の巫女の役目よ」

 

 そう言うと霊夢は北斗を一瞥して、さとりの隣に立つこいしに目を向ける。

 

「さてと、分かっているわよね」

 

「……」

 

「この幻想郷で人間を攫う行為が、どれだけ重いかを」

 

「……」

 

 霊夢はこいしを睨むも、彼女は表情を変えず、霊夢を見据える。

 

「あ、あの、霊夢さん……」

 

 と、北斗は恐る恐る霊夢に声を掛ける。

 

「こいしの事は、今回は許してもらえないでしょうか?」

 

「……」

 

「その、こいしも決して悪気があったわけじゃないんです。感情的になって、突発にしてしまっただけで、もうこんな事はしないって約束はしました」

 

 半ば霊夢に睨みつけられてたじたじになりながらも、言葉を続ける。

 

「ですから、今回は自分に免じて、彼女を許してもらえないでしょうか?」

 

「北斗さん……」

 

「北斗……」

 

「……」

 

 こいしを庇う北斗に少し不機嫌そうな霊夢が睨んでいるのを、早苗達が見守る中、霊夢は口を開く。

 

「北斗さん。例え被害者のあなたが許したとしても、こればかりは「はいそうですか」って言える問題じゃないの」

 

「……」

 

「これで許せば、あいつが良いなら俺も良いだろうって、そう考えて同じようにやらかす輩が出てくるわ。それに、種族関係なく平等である博麗の巫女としての体裁もあるのだから、例外は許されないの」

 

「……」

 

 霊夢の言い分に、北斗は何も言えなかった。 

 

 外の世界と違って、幻想郷では被害者が許せばそれで済む問題ではない。多種族の均衡が存在する以上、幻想郷の管理者である博麗の巫女は平等でなければならない。人間だからとか、妖怪だからとか、そんな贔屓は無い。

 罪を犯せば、妖怪であろうが、人間であろうが、必ず博麗の巫女によって処罰される。それが幻想郷の掟であるのだ。

 

「文句は無いわよね、さとり?」

 

「えぇ。妹がやった事です。私が止めるわけにもいきません」

 

 霊夢に声を掛けられてさとりは視線を逸らしながら答える。

 

「さとりさん……」

 

「いいんだよ、お兄さん」

 

 と、さっきまで黙っていたこいしが口を開く

 

「自分がやった事だし、ちゃんとケジメは付けないとね」

 

「こいし……」

 

 こいしの覚悟に北斗は何も言えず、それ以上言葉を続けられなかった。

 

「覚悟はいいわね?」

 

「……」

 

 彼女の問い掛けに、こいしはただ静かに頷く。

 

「……」

 

『……』

 

「……」

 

 北斗は落ち着かない様子で見守り、早苗達もただ見守る事しか出来なかった。そしてさとりは横目で、こいしを見守る。

 

「……」

 

 霊夢はこいしの前に来ると、右手を彼女に向ける。

 

 

 

 

 

 ピシッ!

 

 

 

 

 

「あぅっ!?」

 

 と、こいしは大きく顔を仰け反らせる。

 

 霊夢は握り拳で、人差し指だけを真っ直ぐ伸ばしている。

 

「うぅ……」

 

 仰け反ったこいしは霊夢を見ると、彼女の額には一箇所だけ赤くなっている。

 

 

 霊夢が何をしたかと言うと、こいしの額に強めのデコピンをしたのである。

 

 

「今回はこの程度で済ませているけど、次はもっと容赦しないから、覚悟しておきなさい」

 

 腕を組んで霊夢はそう言うと、鼻を鳴らす。

 

「……」

 

「まぁ、あいつなりの優しさってことだ。それに、北斗の気持ちを尊重してやったんだよ」

 

「……」

 

 意外な結果に呆然としている北斗に魔理沙が霊夢の行動を説明する。

 

「ホント、霊夢は優しいね」

 

 大よそ分かっていたのか、妖夢は微笑みを浮かべて呟く。

 

(相も変わらず、妙な所では優しいのですね)

 

 さとりは内心呟くが、彼女はサードアイで霊夢の内心を読み取っていたので、特に慌てる様子を見せなかったのである。

 

「さてと、さっさと地上に戻るわよ」

 

 霊夢は組んでいた腕を解いて執務室を後にしようとする。

 

「あっ、霊夢さん。その前に」

 

「なに?」

 

 と、北斗が声を掛けると霊夢は少し威圧気味に振り向きながら声を漏らす。

 

 その威圧感に北斗は一瞬たじろぐも、すぐに口を開く。

 

「帰る前に、寄りたい所があるんですが」

 

「寄る所? 北斗さんが寄りそうな所はこの地底には―――」

 

「ありますよ、霊夢さん」

 

 すると霊夢の言葉をさとりが遮り、北斗とこいし以外がさとりを見る。

 

「蒸気機関車の燃料である石炭の採掘所です」

 

「えっ!? どうして石炭の事を!?」

 

 さとりの口から意外な名前が出てきたことに早苗が驚く。

 

「お忘れですか? 私が覚妖怪であることを」

 

 さとりは自身の左胸付近にあるサードアイを手に乗せて早苗に見せ付け、早苗達は思い出してか納得する。

 

「北斗さんの心を覗いて、色々と知りました。そして彼がその石炭を必要としているのをね」

 

「……」

 

「尤も、彼自身は地底に石炭があるというのをあなたが仕えている二柱の片割れからお聞きして、興味があったようですが」

 

 と、さとりがそう言うと、早苗は北斗を見て、彼は気まずそうに頬を軽く掻く。

 

「北斗さん。こんな状況でそんな事を考えていたんですか?」

 

「え、えぇ。神奈子さんが地底に石炭がある可能性を言っていたので。将来的には地底を調べたいと思っていたので、この機会に聞いてみたんです」

 

「……」

 

 相変わらず北斗のズレた感性に早苗は肩を落とす。

 

「まぁ、こちらとしては増え続ける石炭を引き取ってもらえれば助かります。運び出す方法は追々考えるとして」

 

「しかももう取引を済ませているんですか!?」

 

「えぇ。条件付きでありますが」

 

 さとりから衝撃発言があって、早苗は思わず驚いて声を上げる。

 

「ハッハッハッ!! 転んでもタダじゃ起きないねぇな、北斗!」

 

 魔理沙はケタケタと面白く笑う。

 

「全く」と霊夢は頭に片手を当てて呆れてため息を付く。まぁ自分達が助けに向かっていたというのに、その間にこんな事をしていると聞かされたら、呆れて当然である。

 

(魔理沙の言う通り、霧島さんって変わっているんだ)

 

 と、妖夢は内心で妙な方向で納得してしまう。

 

「確かに石炭の事もありますが、それよりも見ておきたい物があります」

 

「えっ? それって……」

 

 早苗が首を傾げていると、北斗はこいしを見る。

 

「こいし。今から蒸気機関車がある所に連れて行ってくれるかい?」

 

「っ! うん! もちろんだよ」

 

 と、北斗がそう頼むと、こいしは笑顔を浮かべて了承する。

 

「まさか、この地底に蒸気機関車が!?」

 

「えぇ。こいしが見つけたようで、地上に変える前に見ておきたいんです」

 

「……」

 

 すると早苗は北斗をジトーと見る。

 

「あの、つかぬことを聞きますけど、もしかして……」

 

「も、もちろんこいしから聞かされた時は、早苗さんに霊夢さん、それに夢月さんや幻月さんに協力を仰いで、準備を整えてから行こうと考えていました。まさかすぐに連れて行かれるとは思っていませんでしたが」

 

 疑わしく見る早苗に北斗は言い訳染みた説明をする。

 

「北斗さんったら、もう……」

 

 北斗の説明を聞いて、早苗は思わずため息を付く。霊夢は呆れてため息を付き、魔理沙は腹を抱えて笑い、妖夢はポカーンとしている。

 

(まぁ、北斗さんらしいと言えば、らしいですけど……)

 

 早苗はしょうがないと感じで内心呟き、再度ため息を付く、

 

(これは苦労が耐えませんね)

 

 と、さとりは二人の様子をサードアイで見ていて、その感情の変化を内心呟く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後北斗達はこいしの案内の元、蒸気機関車がある場所へと向かっていた。

 

 

「それにしたって、ホント色んな場所に蒸気機関車が出てくるよな」

 

「そうですね」

 

 道中魔理沙がそう言うと、北斗が相槌を打つ。

 

「最初は魔法の森で、次は河童の里付近。博麗神社の前に守矢神社の近くですね」

 

 早苗はこれまで蒸気機関車が現れた場所を思い出して口にする。

 

「何だってこんなにたくさん出てくるんだろうな」

 

「知らないわ。そんなのは異変の首謀者をとっ捕まえて聞き出せばいいんだし」

 

 魔理沙が思わず疑問を漏らすと、霊夢はあっけからんように物騒な事を呟く。

 

「……」

 

 そんな中、北斗は周囲を見回している。

 

「みとりさんが居なくなったのが気になりますか?」

 

 と、隣を歩くさとりがサードアイで心読んで、彼に声を掛ける。

 

「え、えぇ。急に居なくなったので」

 

「まぁ彼女の事ですから、役目を終えて帰ったのでしょう」

 

「そうですか……」

 

 と、何処となく落ち込んだ様子を見せる。

 

「一言ぐらいお礼が言いたかったのですか?」

 

「はい。一応みとりさんも地霊殿に着くまでに一緒に来てもらったのですから」

 

「……」

 

 さとりは彼の様子を見て、サードアイで心を覗き込む。

 

(やはり似た者同士。無意識の内に惹かれ合うのでしょうかね)

 

 内心呟きつつ、前を見る。

 

 

「もう少しで着くよ!」

 

 と、先頭を歩いているこいしが後ろを振り向いて北斗達に伝える。

 

「そういえば、こいし。まだ聞いていなかったけど、こいしが見つけ蒸気機関車ってどんな物なんだ?」

 

 こいしの後ろを歩いている北斗がこいしに声を掛ける。

 

「うーんとね。大きかったよ」

 

「いや、そういう意味じゃないんだが」 

 

 思わず声を漏らす北斗だったが、改めてこいしに聞く。

 

「つまり、何か後ろに付いている様な感じとか、そんな特徴は無いのか?」

 

「うーん。確かにお兄さんの言う通り、何か後ろに付いていたね」

 

「そうか(となると、テンダー型か)」

 

 こいしが答えた特徴を聞き、北斗はその蒸気機関車が炭水車(テンダー)を持つテンダー型であると確信する。

 

(今のでどんな蒸気機関車かが分かったのですか?)

 

 心を読んでいたさとりは、こいしが口にした少ない情報である程度分かった北斗に驚き半分呆れ半分な感情を抱く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 更に奥へと歩いていくと、それは姿を現した。

 

 

「っあれは!」

 

 その姿を目の当たりにした北斗は走り出す。

 

「北斗さん!」

 

 早苗もその後を追い掛ける。

 

「こりゃ、また大きいな」

 

「うちの神社の前にあったやつより小さいわよ」

 

 それを見た魔理沙が声を漏らすと、霊夢は対抗するように魔理沙に声を掛ける。

 

 二人の視界には、炭水車(テンダー)が備えられた蒸気機関車が線路の上に鎮座していた。

 

 

 しかもテンダー型の蒸気機関車が二輌である。

 

 

 先頭の機関車は大きなスポーク動輪を持ち、フロント部に円筒の給水温め機を持っており、除煙板(デフレクター)を持ち、炭水車(テンダー)にはリベットが多く、まるで古典から近代までの蒸気機関車の過渡的なデザインが特徴的だ。

 

 後ろの機関車はどことなく8620形蒸気機関車に似ており、九州の罐に多く見られた門デフを持ち、門デフには模様が描かれている。

 

 

「大きい……」

 

 ほぼ初めてテンダー型の蒸気機関車を見た妖夢は思わず声を漏らす。

 

「しかも、それが二輌もあるとはな」

 

 魔理沙はそう呟くと、並んで線路の上に鎮座している二輌の蒸気機関車を見る。

 

「なるほど。これが蒸気機関車ですか。北斗さんの記憶で見ていますが、やはり実物は違いますね」

 

 さとりは実物の蒸気機関車を目の当たりにして、その大きさに息を呑む。

 

 

「……」

 

 北斗は二輌の蒸気機関車を前にして、驚きと興奮に満ちた表情を浮かべている。

 

「北斗さん。これって……」

 

 北斗の隣で二輌の蒸気機関車を見ていた早苗が声を掛ける。

 

「えぇ。これは……」

 

 彼は先頭の蒸気機関車に近付き、大きな動輪に触れる。

 

 

「……『C54形蒸気機関車』その17号機に『C50形蒸気機関車』その58号機か」

 

 北斗は二輌の蒸気機関車の名前を口にする。

 

 

 

 C54形蒸気機関車とは、日本国産の旅客用蒸気機関車であり、マニアの間ではある意味有名な蒸気機関車である。

 

 

 C54形が誕生した背景には、当時旅客用蒸気機関車として活躍していたC51形とC53形蒸気機関車があったが、両車輌は軸重が重い為、低規格の路線に入線出来ないでいた。しかしその低規格の路線での旅客列車需要が増えていたとあって、8620形の在来機では牽引力が足りず輸送力が不足していた。

 解決策としては路線の軌道強化を行ってC51形だけでも入線できるようにするか、新たに軽量のパシフィック機を設計して製造するかにあった。しかし前者は当時昭和恐慌に陥っていた為、国家財政が深刻的とあって、とても実現なんて出来ない状況とあり、後者の方法が採用されたのであった。

 

 C54形の設計はC51形の設計を踏襲しつつ、全体的に重量を軽減する事で軸重を減らし、更に当時技術力が向上しているとあって、ボイラーの圧力もC51形より上げられている。そして特徴的なのがこれまで製造された蒸気機関車には後付け装備であった除煙板(デフレクター)を設計段階で標準装備としている点であり、地味に汽笛も三音室の物から五音室の物に標準装備されている。

 

 その外観はリベットが目立ち大きな運転室(キャブ)、それぞれ独立した蒸気ドームと砂箱とあって、従来の古典的な外観と、近代的な造詣が混ざったいかにも過渡的な外観をしているのがこのC54形の特徴であろう。

 

 C51形の性能や一部設計を踏襲しつつも新世代の技術を取り入れたC54形であったが、その化けの皮が剥がれるのに時間は掛からなかった。

 

 製造されたC54形は配属先で早速走ってみると、中々酷い空転癖があることが露呈し、それによる牽引力不足が発覚する。

 

 これらの問題の根本的な原因は、低規格の路線へと入線出来るようにと過度な軽量化による軸重不足であり、それに伴う粘着力の不足とされる。更にボイラーの圧力が重量の割りに高すぎる点である。

 

 これだけでも大問題なのだが、不可解なのが低規格の路線での活躍を想定していたにも関わらず、軸重の重いC51形との共通運用という、本末転倒もいいところな運用をされていたことであった。そのせいで理不尽な評価を受けることになった。

 

 設計的に問題があったとあり、製造はたった17輌のみで製造終了となり、その後財政がある程度回復したところで本形式での失敗を教訓として、全面的に設計を変更した『C55形蒸気機関車』が作られる事になった。

 

 その後は少数しか作られていないことによる保守的問題や、構造上の問題も相まって、早期に廃車対象にされるなど、運の無さがあった。そんな中でも僅かに生き残ったC54形もあったが、最終的に無煙化よりも早期に全車廃車となり、しかも一輌も保存される事無く解体されてしまった。

 現在ではナンバープレートや動輪などの極一部の部品が現存しているぐらいだという。

 

 ちなみに「54」と言う数字だが、国鉄においては忌み数と言われており、この54が付く形式の車輌は悉く何かしらの問題を抱えていたと言う。

 

 C54 17号機はC54形のラストナンバーであり、最後まで残ったC54形のグループに含まれている。

 

 

 

 次にC50形蒸気機関車とは、8620形の設計を基に設計され、一応8620形の後継車輌として製造されたと言われているが、本当に後継機関車と言うべきか懐疑的である。

 

 そもそも当時8620形は600輌以上が製造されており、その多くは車齢の若い車輌が多く、しかも製造されたばかりの個体もあり、C50形を作る必要性がほぼ無かったと言っても過言ではない。

 

 ではなぜ作る必要が無いC50形が誕生したのか? その鍵は当時の情勢にあると思われる。

 

 C50形が製造された当時、日本は第一次世界大戦による戦時景気にあったが、戦後は様々な要因が重なって不況に陥っていた。その為仕事の無い鉄道車輌の製造会社への国からの救済処置として、C50形が急遽設計されて発注された可能性がある。実際C50形の製造を行ったのは『三菱造船所』『汽車製造』『川崎車輌』『日本車輌製造』『日立製作所』と、蒸気機関車を製造する主要会社ばかりで、製造数も各会社それほど大きな差がなく割り当てられている。

 既存の蒸気機関車の増産で救済措置にしなかったのは、推測の域でしかないが、恐らく既存の蒸気機関車より新設計の蒸気機関車の方がより金が掛けられるからと思われる。それによって、企業への救済措置にしていたと考えられるが、実際どうだったかは不明である。

 

 C50形は8620形の設計を基にしているとはいえど、8620形の特徴である島式台車ではなくエコノミー式となり、8620形で曲がれる曲線を曲がれず、更に給水温め機といった装備が増えていることで軸重が重くなり、8620形ほどの汎用性が失われていると、8620形の良い所を悉く潰している設計になっている。

 

 その為、68号機以降は動輪軸重バランスの改善のため、動輪全体を200mmほど後退させるという、本来なら形式変更されるレベルの設計変更を受けている。

 

 製造されたC50形は設計的な問題もあって脱線事故が多発し、8620形より取り回しが悪いとあって、後で誕生したC58形が増備されると共に入換用に回される車輌が多かった。

 

 唯一C50形が他の機関車より優れていたのは、軸重が重く、足回りの力があったので、牽き出し能力が高かった。その為入換用の機関車としては適切であったのだ。まぁその車輌の入換作業も8620形に奪われる固体は少なくなかったそうな。

 

 結局C50形は地味な活躍しか出来ず、その上梅小路蒸気機関車館の保存対象に選ばれなかった不遇な機関車であったが、不幸中の幸いとすれば、一輌も保存されず解体された機関車が居る中で、保存された車輌がいくつかあったぐらいであろう。

 

 ちなみにこんな不運なC50形だが、国産初のNゲージの第一号がこのC50形であったので、知名度自体はあった事が不幸中の幸いだろう。

 

 C50 58号機は九州の罐とあって門デフを持つ個体であり、門デフには波と千鳥の装飾が施されているのが特徴的である。

 

 

 そんな二輌がこの幻想郷の地底に現れたのだ。

 

(あのC54形をこの目で見られるなんて思ってみなかったな)

 

 北斗は内心呟きながら、C54 17号機の後ろに鎮座しているC50 58号機の傍に来て、動輪に触れる。

 

(何ともない……大井(C56 44)熊野(C12 208)睦月(C11 312)の時と同じか)

 

 しかし北斗が蒸気機関車に触れても、何の変化は無かった。いつもなら触れた瞬間彼の頭に痛みが走り、直後に蒸気機関車から神霊の少女が現れるはずだったが、今回はそれが無い。

 

「今回はいつものように、神霊の子が出てこないんですね」

 

「そうみたいですね」

 

 早苗はいつもと違う展開に首を傾げ、北斗は蒸気機関車から離れながら答える。

 

「早苗さん。この二輌から何か感じられませんか?」

 

「それが、紅魔館の地下にあったあの二輌と違って、この二輌は他の機関車の様に霊力が感じられます」

 

「となると、蒸気機関車の神霊は宿っている、って事になるんでしょうか?」

 

「だと思いますけど……」

 

「……」

 

 二人は静かに唸りながら、二輌の蒸気機関車を交互に見つめる。

 

「ところで、北斗」

 

 と、魔理沙が声を掛けながら北斗に近寄る。

 

「これはどうやって地上に出すつもりだ? 紅魔館の時とはわけが違うぜ?」

 

「それは……」

 

 魔理沙の言葉に、北斗は腕を組んで唸る。

 

 紅魔館の時は地下から地上までそれほど無かったからこそ穴を開けて運び出せたが、今回はそう同じようにはいかない。

 

 少なくとも地底から地上までの距離は以前の倍近くあると思った方がいい。

 

「分解して運び出す、としても地上に繋がる道では通れないよな」

 

「そうですね」

 

 北斗と早苗はここから地上へと繋がる道中を思い出すが、どう考えても広さ的に分解しても蒸気機関車を運び出せそうにない。

 

「……」

 

 ただ、その話を聞いていた霊夢は小さくため息を付く。

 

 

 結局蒸気機関車をどうやって地上に運び出すか、その方法が思い付かないまま、彼らは蒸気機関車を地底に置いたまま地上へと向かうのだった。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85駅 地上への帰還

 

 

 

 

 一旦蒸気機関車を置いていったまま、北斗達は地上へと向かった。

 

 

 

 それからしばらくして北斗達は地上へと戻ってきた。大分時間が経っているようで、夕日が昇って空はオレンジ色に染まっていたが、大分暗くなっている。

 

 

「ん~ようやく出られたぜ~」

 

 地上へと出られて、魔理沙は両腕を上に上げて背伸びをする。それに吊られるように妖夢と早苗も同じように背伸びをする。

 

(何だか久々に地上に出てきたような気がする)

 

 地底に行って一日も経っていないが、北斗には長い間地底に居たような気がして内心呟く。

 

「皆さん。改めまして、今回は本当にありがとうございます」

 

 北斗は霊夢達を見ると、深々と頭を下げる。

 

「いいってもんだぜ。困った事があったら、また私達が助けてやるからな」

 

 魔理沙は笑みを浮かべて左手でサムズアップを見せる。

 

「まぁ、今回はいい経験になっただろうから、今後は気をつけなさい」

 

 霊夢は北斗に忠告して御祓い棒を肩に担ぐ。

 

「無事に帰って来られて、何よりですね」

 

 妖夢も笑みを浮かべて北斗の安全を喜ぶ。

 

「じゃぁ、私達は行くぜ」

 

 魔理沙はボロボロの箒に跨り、宙に浮かぶ。

 

「今回はあれで済ましたけど、次はあれで済まないわよ」

 

「えぇ。こいしにはちゃんと言い聞かせますので」

 

 さとりは深々と頭を下げて、それを確認した霊夢は飛び立つ。

 

「では、北斗さん。お気をつけてください」

 

「はい。妖夢さんも、ありがとうございます」

 

 妖夢も礼儀正しく頭を下げてから元の姿勢に戻ると、踵を返して飛び立つ。

 

 魔理沙も北斗に手を振って後に続いて飛び立つ。

 

 

「それでは、北斗さん。私達もこれで」

 

 三人を見送り、さとりは北斗に頭を下げる。

 

「ここまで見送りに来てくれて、ありがとうございます」

 

「こちらこそ」

 

 北斗もさとりに頭を下げて、こいしを見る。

 

「……」

 

「こいし」

 

「お、お兄さん」

 

 おどおどとした様子でこいしは北斗を見る。

 

「その、今回は本当にごめんなさい。あんな無理矢理にしてしまって」

 

「……」

 

「あんな事して、それでも図々しいと思うかもしれないけど……」

 

 こいしは被っている帽子を取り、北斗を見る。

 

「また、地霊殿に来てくれる? 今度はお兄さんの都合で良いから、ゆっくりお話しがしたいの」

 

「……」

 

(こいし……)

 

 今まで見たことが無い妹の姿に、さとりは驚きと共にその変化を少し喜びを感じている。

 

「そうだね。こっちの都合が付けば、また行こうと思っている」

 

「本当?」

 

「あぁ。もちろんだよ」

 

「……」

 

 こいしは帽子で顔を隠して、それから頭に被る。

 

「約束だよ」

 

「あぁ。約束だ」

 

 北斗は頷き、こいしと約束を交わす。

 

 

 

 その後さとりとこいしの姉妹は元来た道へ向かい、地底へと戻っていく。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 そして北斗と早苗の二人だけが残された。

 

「早苗さん。俺達も行きましょう」

 

「はい」

 

 早苗は頷くと、間を置いて口を開く。

 

「あ、あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「そ、その……えぇと」

 

 言い辛そうにしている早苗は、意を決して言い放つ。

 

「こ、今晩は、神社の方で泊まっていきませんか?」

 

「えっ?」

 

 思わぬ誘いに北斗は驚く。

 

「もう日が暮れてきていますし、こんな中で妖怪の山を降りるのは危ないので」

 

「そ、それはそうですが、でも急に泊まるとなると、そちらが迷惑では……」

 

「そ、そんな事ないです! 神奈子様と諏訪子様には私から言っておきますので!」

 

 断ろうとしている北斗に早苗はグイッと近付いて食い下がる。

 

 何度も言っているようであるが、妖怪の山は天狗によって支配されていると言っても、野良妖怪も生息している昼夜問わず危険な場所であるのは周知の事実である。守矢神社が妖怪の山に幻想入りして、索道が出来て人里の住人の出入りが多くなり、ほぼ安全で早く行く事が出来る鉄道が出来たとしても、危険である事に変わりはない。

 

 その上妖怪が活発に活動する夜ならば尚更である。既に活動を始めている者が居てもおかしくない。

 

「それに……」

 

「……」

 

 不安のある表情を浮かべる早苗は、揺らぐ瞳で北斗を見る。

 

「今は、北斗さんの存在を近くで感じて居たいんです」

 

「早苗さん……」

 

 必死に懇願する早苗の姿に、北斗は何も言えなかった。 

 

 ただでさえ早苗は北斗が攫われて精神的に不安定であったのだ。ようやく取り戻したからこそ、もしもという不安が彼女にある。

 

「……分かりました。今晩はそちらに泊まります」

 

「っ! ありがとうございます!」

 

 そんな早苗の姿に負けて、北斗は了承すると、彼女は勢いよく頭を下げる。

 

「しかし、本当に大丈夫なんでしょうか? 神奈子さんと諏訪子さんに勝手に決めたりして」

 

「大丈夫です! 神奈子様と諏訪子様にはちゃんと話しておきますから!」

 

 あの二柱の居ない所で勝手に決める事に不安を覚える北斗だったが、早苗は必ず話を通す意気込みを見せる。

 

 と、まぁ北斗は早苗の守られながら守矢神社へと向かうことになった。

 

 

 しかしこの後、時間が掛かるとのことで結局北斗は早苗に抱えられて、守矢神社へと飛ぶことになったという。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「うーん……」

 

「どうしたの、魔理沙?」

 

 その頃、北斗と早苗と別れて妖怪の山上空を飛んでいる霊夢達一行。そんな時、魔理沙が静かに唸り出し、妖夢が問い掛ける。

 

「いや、何か忘れているような気がするんだよなぁ……」

 

「そうだっけ?」

 

「気のせいでしょ」

 

 魔理沙の言葉に妖夢と霊夢がそれぞれ答える。

 

「うーん……」

 

 二人の返答を聞いても魔理沙はまだ悩み続ける。

 

「……そういやさ」

 

 と、魔理沙は周囲を見渡しながら、口を開く。

 

「私達ってこんなに少ない人数だったっけ?」

 

「何言っているのよ。早苗と北斗さんと別れたからこの人数でしょ」

 

「いや、そうじゃなくてだな」

 

 魔理沙は傾げていた頭を戻す。

 

「最初に来た時、まだ居たよな」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

『……あっ』

 

 しばらくして三人は声を揃えて漏らした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって地底。旧都にある酒場。

 

 

 

「良い飲みっぷりじゃないか! じゃんじゃん飲んでいいぞ!」

 

「あ、あの、これ以上は……」

 

「あぁん!? 私の酒が飲めないっていうのか、天狗ぅ!?」

 

「そ、そんな事無いです……」

 

 完全に酔っ払った萃香に酒を勧められて一気飲みしたばかりの文は断ろうとするも、機嫌を悪くして威圧する彼女に恐れて手にしている盃を出して酒が注がれる。

 

 完全に宴会で酔っ払った上司にアルハラで絡まれる部下の図である。まぁこの例えはあながち間違いでは無いのだが。

 

 霊夢達を先に行かせて勇儀達と一戦交えようとした夢幻姉妹だったが、このまま戦えば旧都で済まなそうな予感がした文は何とか穏便に済ませようと、元上司の鬼に酒の飲み比べで勝負出来ないか提案する。

 二人はその勝負を了承し、夢幻姉妹も興が削がれた感じであったが、勝負を受けた。

 

 最初こそ良い勝負を見せていた飲み比べであったが、結果的に鬼の予想以上の耐久力に夢幻姉妹は完敗したのであった。

 

 で、その後は元上司と元部下の交流会への流れになり、今に至る。

 

 現状を説明すると、アルハラ元上司な萃香に絡まれて涙目になり、酔っていて顔を赤くしたり鬼に絡まれて青くしたりと、不憫な状態の文に、酔い潰れているのかテーブルに倒れているはたて。同じく酔い潰れて椅子の背もたれを正面にもたれかかってうな垂れている椛。お座敷には酔い潰れて顔を真っ青にし、魘されているにとり。

 

「……」ヤムチャシヤガッテ……

 

「……」トマルンジャネェゾ……

 

 近くの床には何やら既視感満載の倒れ方で酔い潰れている幻月と夢月の夢幻姉妹の姿があった。

 

 その周りでは酔っては萃香達を煽る酔っ払い達と、酒場はカオス状態に陥っていた。

 

 

 

「……」

 

「会いに行かなくていいのかい?」

 

 酒場の外では、壁にもたれかかっているみとりに、盃を片手に彼女に問い掛ける勇儀の姿があった。

 

「別に。ただ、あんな状態で再会するのは、さすがにな」

 

「そりゃ、まぁね」

 

 酒場の中の様子を察してか、勇儀は苦笑いを浮かべる。

 

 みとりとしては、妹と再会するのにあの状態では、さすがに気が引けるようである。

 

「だが、元気そうな姿を見られただけでも、満足だよ」

 

「あれを元気と言ってもねぇ」

 

「……」

 

「なら、せめて話ぐらいしたらどうだい?」

 

「……いや、今はいい」

 

 みとりはため息を付き、壁から背中を外してその場を離れる。

 

「やれやれ」

 

 みとりの後ろ姿を見ながら勇儀は声を漏らし、盃に入った酒を飲む。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって幻想機関区。

 

 

 

 北斗が連れ去られてから数時間が経過したが、未だに手掛かりは無かった。

 

「……」

 

 執務室では多くの蒸気機関車の神霊の少女達が緊張の色が隠せない表情を浮かべて、状況の推移を待つしかなかった。

 

「区長……大丈夫なんだろうか」

 

 と、皐月(D51 465)が声を漏らす。

 

「今は待つしか無い。我々に出来る事は、それだけだ」

 

 壁にもたれかかる大井(C56 44)はそう告げて、腕を組む。

 

「それにしても、まさか七瀬(79602)達が新たに蒸気機関車を発見してくるなんて、思わなかったわね」

 

 と、窓から外を見つめている(C57 135)が呟く。

 

 北斗を捜索中に出会った小傘の案内で、七瀬(79602)卯月(48633)は魔法の森にて二輌の蒸気機関車を発見し、その後二輌を牽引して機関区へと運び込んだ。

 

 その二輌こと8620形蒸気機関車『18633号機』とC58形蒸気機関車『C58 283号機』は機関庫へ格納後、作業妖精達によって整備が行われている。

 

「でも、こんな状況で見つかっても、どうしろっていうのよ」

 

 神流(D51 1086)は苛立った様子で声を漏らす。

 

 まぁ、ただでさえ機関区を管理して、自分達を纏める区長である北斗が何者かによって連れ去られているというのに、そんな状況で新たに蒸気機関車の発見の報告である。苛立つのも無理はない。

 

「それに、蒸気機関車と共に魔法の森で新たに発見された路線と言うのも気になるわね」

 

 (C57 135)がそう言うと、神霊の少女達は息を呑む。

 

 現時点で調査が済んでいない路線は妖怪の山の一部の路線のみで、それ以外は調査済みである。魔法の森となれば路線は全て確認済みのはずである。

 にも関わらず、蒸気機関車と共に新たに路線が発見されたのだ。

 

「どうしてこんな状況で色々と発見が続くんだ」

 

 皐月(D51 465)は思わず毒づく。

 

「まぁ、今は大井(C56 44)の言う通り、待つしかないわね」

 

「……」

 

 (C57 135)がそう言うと、明日香(D51 241)は不安な表情を浮かべ、組んでいる両手を握り締める。

 

 

 

 ジリリリリッ!!

 

 

 

 すると机に置かれている黒電話が鳴り出し、明日香(D51 241)がとっさに受話器を取って耳に当てる。

 

「も、もしもし! こちら幻想機関区です!」

 

『その声は明日香(D51 241)か?』

 

「っ! 区長!?」

 

 受話器から北斗の声がして明日香(D51 241)は思わず声を上げ、神霊の少女達の視線が彼女に集まる。

 

「区長、無事だったんですね!」

 

『あぁ。何とかな』

 

「よ、良かった……」

 

 安堵してか、明日香(D51 241)は深く息を吐く。

 

『心配を掛けたな』

 

「はい。それで、区長。一体何があったんですか?」

 

『あぁ、それはだな――――』

 

 

 

 少年説明中……

 

 

 

「なるほど。そんなことがあったんですか」

 

 北斗から事情を聞き、納得したように明日香(D51 241)は頷く。

 

『あぁ。今は守矢神社に居る。今晩はここに泊まる事になったから、明日の朝8時に迎えを向かわせてくれ』

 

「分かりました。朝の8時に迎えの罐を送ります。あっ、区長。報告したいことがいくつかあるんですが……」

 

『それは明日の朝に聞く。今日は色々とあったからな』

 

「……分かりました」

 

 北斗の声の様子から察して、明日香(D51 241)はそれ以上は口にしなかった。

 

『じゃ、明日頼むぞ』

 

 と、向こうで電話が切れて、明日香(D51 241)は受話器を本体に戻す。

 

「とにかく、区長が無事で何よりね」

 

「はい」

 

 と、神流(D51 1086)は微笑みを浮かべると、明日香(D51 241)は笑みを浮かべて安堵の息を吐く。

 

「とりあえず、捜索に向かっている文月(C55 57)達に連絡を入れて戻すわよ」

 

 (C57 135)は執務室を出て新たに設置された連絡所へと向かう。

 

「良かった……本当に……」

 

 明日香(D51 241)は胸元で両手を組んで、安堵の声を漏らしながら握り締める。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86駅 お互いの想い

 

 

 

 その日の夜の守矢神社。

 

 

 

「いやぁ、今日は大変だったね、北斗君」

 

「全くだな」

 

 社の近くにある自宅の居間にて神奈子と諏訪子の二柱が北斗に言葉を掛けている。

 

「はい。ですが逆に考えれば、良い経験になったと思います」

 

「物は言いようだねぇ。まぁ、その通りかもしれないね」

 

「そう言える肝は大したものだ」

 

 北斗の言葉に諏訪子は苦笑いを浮かべつつ肯定し、神奈子は北斗の肝の大きさに感心する。

 

「むぅ。北斗さんはもう少し自分の身を案じて下さい。今回は本当に運が良かったんですから」

 

 と、彼の隣で不満ですと言わんばかりに不機嫌そうに早苗が声を掛ける。

 

 彼女の言う通り、今回は運が良かった面が大きい。彼の知り合いで、その知り合いが地底でも名の知られている者の肉親であったからこそ、地底に行っていながら彼は五体満足な上に無傷で居られたのだから。

 

 そうでなければ、無傷はおろか、五体満足で帰れなかったかもしれないのだ。

 

「そう言うな、早苗。彼なりに反省をしているんだ」

 

「ですが……」

 

「はいはい。そこまでだよ」

 

 と、諏訪子は軽く手を叩いて議論が熱くなりそうになる所を止める。

 

「北斗君が無事に戻ってきた。それで良いじゃない」

 

「それは、そうですが……」

 

 諏訪子が締めた事で、早苗は渋々と引き下がる。

 

「とりあえず、この話題は終わりだ」

 

 神奈子は北斗を見る。

 

「あぁ、そうでした。今晩泊めて下さってありがとうございます」

 

「まぁ、急な話ではあったが、今回は特別だ」

 

「そうだね。まぁ、早苗があんなにお願いしていたら、断りづらいからねぇ」

 

「だな」

 

「か、神奈子様、諏訪子様!」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる二柱に早苗が顔を赤くして慌てる。

 

 どうやら二柱を説得する為に彼女は必死になっていたようである。

 

「北斗。ついでな形になって申し訳ないが、今晩は鉄道開業を祝おうと思っている」

 

「開業祝い、ですか?」

 

「あぁ。お互い忙しくて、中々機会が無かったからな」

 

「それは、まぁそうですが」

 

 北斗は思い当たる節があってか、納得する。

 

「まぁ急な話とあって、大した物は用意出来ないが」

 

「いえ、祝ってもらえるだけでも嬉しいですので、大丈夫です」

 

「そうか」

 

 と、神奈子はどことなく気まずそうに頬を掻く。

 

 まぁ、普通に考えると神様が二柱も祝ってくれるだけでも相当凄い事である。幻想郷では何だか珍しい事じゃないような認識にも思われているが。

 

 

 

 その後諏訪子が買い出しにいって購入した食糧を使い、早苗と共に料理を作っていた。

 

 その間北斗と神奈子は居間で料理が出来るのを待っていた。

 

「……」

 

 北斗は神奈子と二人っきりで彼女を前にして緊張の面持ちであった。

 

「そう緊張するな。別に取って喰うわけじゃ無いんだ」

 

「は、はい」

 

 神奈子は急須に入れた緑茶を湯呑に入れて、北斗に差し出すと、自分は盃に酒を注ぐ。

 

 以前のように北斗に酒を飲ませないように早苗は釘を刺した上で彼女は緑茶を作って持ってきていた。

 

「しかし改めて、無事で何よりだ。お前が行方不明になった時かされた時は、さすがに少し肝が冷えたぞ」

 

「そうなのですか?」

 

「あぁ。今となってはお前と幻想機関区は守矢にとって大切なパートナーだ。お前を失う事は、我々からすれば今後の信仰の獲得に関わるからな」

 

「は、はぁ……」

 

 北斗は思わず声を漏らす。

 

「いや、言い方が悪かったな。お前の身に何かがあると、早苗が気が気じゃないからな」

 

「早苗さんが?」

 

 北斗はお茶を一口飲み、首を傾げる。

 

「お前の行方が分からなくなったと聞かされた時、一番狼狽したのはあいつだからな。そして誰よりもお前を助けたいと思っていたのも、早苗だ」

 

「……」

 

「早苗は自覚していないが、それだけお前の事を大切に思っているんだ」

 

「早苗さん……」

 

 北斗は湯呑に入っている緑茶の水面に映る自分の顔を見つめる。

 

「……なのに俺は、迷惑を掛けてばかりですね」

 

「……」

 

「俺に、どうにか出来るだけの力があったら」

 

「北斗。取って付けたような力を得ても、何の役にも立たないぞ」

 

 神奈子は目を細めて彼に諭す。

 

「一人一人出来る事は限られる。一人出来る事なんて、高が知れている」

 

「……」

 

「特にお前は外の世界から来たんだ。何の力も持っていないんだ」

 

「でも、早苗さんは」

 

「比べる相手が悪い。あいつは外の世界では異質的な存在だ」

 

「……」

 

「あいつの家は代々守矢神社に仕える巫女の家系だ。だが、長い年月が積み重なって血筋が薄れ、霊力を持つ者はもう殆ど居ない。居たとしても我々を認識出来る者は居なかった」

 

「……」

 

「そんな中で生まれたのが、早苗だ」

 

 神奈子は盃を傾けて注いだ酒を飲む。

 

「あいつは薄れた血筋の中で、全盛期の頃に匹敵する霊力を有していた。故に私達の存在を認識出来た」

 

「……」

 

「だが、そのせいであいつには苦労を掛けた」

 

 神奈子は悲しげな雰囲気を出し、盃を傾けて酒を飲み干す。

 

「早苗さん……」

 

「……」

 

 神奈子は盃に酒を注ぐと、北斗を見る。

 

「北斗」

 

「は、はい?」

 

「一つお前に聞きたい事がある」

 

「自分に、ですか?」

 

「そう身構えるな。大した質問じゃない」

 

 緊張のあまり身構える北斗と見て神奈子は苦笑いを浮かべる。

 

「それに、これは守矢の神としてではなく、八坂神奈子個人としての質問だ」

 

「個人として、ですか……」

 

「あぁ」

 

 神奈子は間を置いて、口を開く。

 

「お前は、早苗の事をどう思っている?」

 

「どう、とは?」

 

 質問の意図を理解出来ず、北斗は質問を質問で返してしまう。

 

「つまりだな、早苗をどういう人間だと思っている?」

 

「……」

 

 北斗は「うーん」と静かに唸りながら首を傾げる。

 

「早苗さんは……とても優しくて、話を分かってくれる、俺の友達でした」

 

「でした?」

 

 過去形な言い方に神奈子は首を傾げる。

 

「その、よく分からないんです。早苗さんが自分にとって、友達だというのは確かなんです、でも……」

 

 北斗は緑茶を飲み、喉を潤す。

 

「幻想郷に来て、早苗さんと初めて出会った時のことを思い出してから……何て言えばいいんでしょうか。今までとは違う感じになって」

 

「……」

 

「正直な事を、言ってもいいでしょうか?」

 

「あぁ。その為に聞いているんだ」

 

「はい」

 

 北斗は間を置いて、口を開く。

 

「……今では……友達以上に、早苗さんの事を大切に想っています」

 

「そうか」

 

 彼の言葉を聞き、神奈子は微笑みを浮かべる。

 

「その、怒っているでしょうか?」

 

「なぜだ?」

 

「いえ、大切な事だったのに、こんなに遅くになって思い出すなんて……」

 

「……」

 

「約束、していたのに……忘れるなんて」

 

「それは仕方が無いことだ」

 

 気を落とす北斗に、神奈子はそう言うと、盃をテーブルに置く。

 

「幻想郷へと渡れば、外の世界で存在していた事を示す証明は全て消える。もちろん、記憶もな」

 

「記憶が……」

 

「それでお前は早苗の記憶を失ったのだろう。早苗は幻想郷へと入った影響で恐らく一時的にお前に関する記憶が薄れていたのだろう」

 

「……」

 

(だが、それだとおかしい所もあるのだがな)

 

 持論を出したものの、彼女としては気になる部分があるようである。

 

「だが、お前が幻想郷へと入った時に、互いに記憶が戻りつつあって、そして特定の行動で記憶が戻ったのだろう」

 

「……」

 

 北斗はあの晩での早苗と話していた時の事を思い出す。

 

「それに、十年以上の月日が流れているんだ。お互い成長して分かりづらかったのもあるだろう」

 

「あー、確かに……」

 

 神奈子がそう言うと、北斗は心当たりがあってか頷く。

 

 面影はあったとしても、互いに大きく成長しているとあって、記憶が一時的に薄れていたと相まって分からなかったとも解釈できる。

 

 

「まぁ、話は逸れたが、お前の気持ちは分かった」

 

 神奈子は盃を手にして、注いでいる酒を飲む。

 

「早苗の事を大切にしているようで、安心したよ」

 

「……」

 

「お前が早苗の事を大切に想っているように、早苗もまだ自覚出来ていないとは言えど、お前の事を大切に想っている」

 

「……」

 

「だが、それはお前へ依存しているとも言える」

 

「依存、ですか?」

 

 意外な事を言われて北斗は少し驚く。

 

「早苗にとって、お前は自分の事を理解してくれる、苦労を分かってくれる理解者であり、最初にして本当の友達であるんだ。それらが重なって、早苗にとっては精神的な支えになっているとも言えるな」

 

「……」

 

「あいつは自覚していないが、それだけお前に依存しているんだ」

 

 目を細める神奈子に北斗は息を呑む。

 

「だから、あいつを悲しませるようなことは避けてくれ。今回も件も、下手すれば最悪な結末を迎えたかもしれなかったんだ」

 

 最悪な結末を想像してか、北斗の表情が強張る。

 

「……もし、仮にもお前が早苗を悲しませるような事をすれば」

 

 と、神奈子は殺気の混じった視線を北斗に向ける。

 

「容赦はしないぞ」

 

「は、はい……」

 

 神様から殺気を向けらて、北斗の身体は金縛りに遭ったかのように固まる。

 

「まぁ、私以上に容赦無いのは、諏訪子の方だがな。あいつならお前を祟って、死ぬより辛い呪いで苦しませるかもしれんな」

 

 神奈子の言葉に北斗の表情は青く染まる。

 

 神様に容赦しないと言われるだけでも恐ろしいものだが、もう一柱にも容赦されないとなると生きた心地がしない。

 

「あぁ、脅してすまないな。つい昔の癖で」

 

「は、はぁ……」

 

 苦笑いを浮かべる神奈子に北斗も苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「まぁともかくだ。あいつを……早苗の事を、よろしく頼むぞ」

 

「……はい」

 

 神奈子は盃をテーブルに置くと、頭を下げる。神様に頭を下げられるという事態に一瞬反応が遅れるも、北斗は頷いて返事をする。

 

 

 

 その後料理を持ってきた早苗と諏訪子の二人を加えて、四人は鉄道開業を祝いつつ夕食を愉しんだ。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87駅 大切な人

最近の蒸気機関車界隈は良くない事ばかりな気がする……


 

 

 

 北斗は神奈子、諏訪子、早苗と共に夕食を楽しみ、前回と違って早苗の監視もあって北斗は二柱より酒を飲まされることは無かった。まぁ前回二柱は北斗自身の事を聞き出す為に無理矢理酒を飲ませていただけなので、その必要が無い今回は酒を控えることにしたそうな。

 

 

 まぁ何はともあれ、開業祝い兼夕食は何事も無く、無事に終わる。

 

 

 

 夕食を取った後、北斗は二柱のご厚意で風呂を貸してもらって入浴した。

 

「……」

 

 入浴後借りた寝巻きに着替えて北斗は寝る前に縁側に座り、夜空を眺めていた。

 

 外の世界と違い、汚染物質によって空気が汚れていない幻想郷の空は透き通っており、満月が輝く夜空を鮮明に見せている。

 

(今日は本当に、色々とあったなぁ……)

 

 北斗は今日一日あった事を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 

 河童達によって幻想郷で新造された蒸気機関車を引き取り、テンダー型蒸気機関車の製造経験を得る為にC57形蒸気機関車の設計図を渡し、にとり達と交渉して幻の蒸気機関車『C63形蒸気機関車』の製造契約を交わし、こいしに攫われて地底へと向かい、そこで様々な出会いを経験し、地底で発掘されている石炭の取引を行った。

 更にC50 58号機とC54 17号機と二輌の蒸気機関車を発見した。

 

 これだけ聞くと、相当濃い一日であったのは誰が聞いても納得するだろう。

 

(でも、貴重な一日でもあったな)

 

 北斗は夜空を眺めながら、内心呟く。

 

 危険は伴ったが、基本関わる事は無い地底に行くことが出来て、そこで様々な事を知り、経験した。

 

 

「……人一人に出来る事、か」

 

 北斗は自分の手を見て、神奈子が言っていた言葉が脳裏を過ぎる。

 

(それは分かっているけど、でも、俺にも何かが出来るだけの力があったら……)

 

 北斗は無意識に手を握り締める。

 

 

 もしも力があれば……誰にも迷惑を掛けることは無い

 

 

 この幻想郷に住む者の多くが持つ『程度の能力』があれば、簡単に誘拐されることも……

 

 

(力があれば、誰にも迷惑は掛からない……)

 

 

 彼は無意識の内に、力を求める。

 

 

 

「北斗さん」

 

 と、後ろから声を掛けられて北斗は我に帰って後ろを振り返ると、寝る前なのかパジャマ姿の早苗の姿があった。

 

 いつもと違って蛙の髪飾りや髪を束ねている蛇の髪飾りをしていないストレートな髪型に、いつもの巫女服では無いパジャマ姿とあって新鮮さがあり、いつもと雰囲気が違って見えた。

 そんな早苗の姿に北斗は内心ドキッとするも、悟られないように平常を装う。

 

「早苗さん。どうしましたか?」

 

「そういう北斗さんも。寝る前に星空を見にですか?」

 

「えぇ。早苗さんもですか?」

 

「はい」

 

 早苗は頷くと、北斗の隣を見る。

 

「隣、良いですか?」

 

「えぇ。良いですよ」

 

 北斗から許可を取って、早苗は彼の隣に座る。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし座ったはいいものの、両者ともすぐに気まずさが出てきてしばらく沈黙が続く。

 

 

「あ、あの、早苗さん」

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 そんな沈黙を破ったのは北斗で、声を掛けられた早苗は少し慌てた様子で返事をする。

 

「その、今日は本当に迷惑を掛けてしまって、申し訳ありません」

 

「……北斗さん」

 

 そう切り出して頭を下げる北斗の姿に、早苗は声を漏らす。

 

「北斗さんが謝る事なんてありません……むしろ謝るのは、私の方です」

 

「……」

 

「あの時、北斗さんの傍を離れるべきじゃなかったんです」

 

 早苗は膝に置いている両手を握り締める。

 

「いくら迎えがすぐに来れるからといって、河童の皆様の領域内で、近くに知り合いが居たとしても、妖怪の山の中である事に変わりはありません」

 

「……」

 

「それなのに、私が慢心したばかりに、北斗さんに怖い思いをさせてしまいました」

 

「……」

 

「北斗さんが謝る必要はありません。謝るべきなのは、私なんです」

 

「早苗さん……」

 

「本当に、ごめんなさい……」

 

 頭を下げる彼女の姿に、北斗は名前を呟いてその姿を見るしか出来なかった。

 

「……」

 

 ふと、彼の脳裏に神奈子と話した会話が過ぎる。

 

 

『早苗にとって、お前は自分の事を理解してくれる、苦労を分かってくれる理解者であり、最初に出来た本当の友達であるんだ。それらが重なって、早苗にとっては精神的な支えになっているとも言えるな』

 

 

「……」

 

 神奈子との会話が脳裏に過ぎる中、しばらく頭を下げていた早苗が顔を上げる。 

 

「あ、あの、北斗さん」

 

「は、はい?」

 

「その、とても聞きづらいんですが」

 

 早苗はオドオドとした様子で彼に問い掛ける。

 

「北斗さんは、私の事をどう思っていますか?」

 

「……どう、とは?」

 

 彼女の口から出た内容に北斗は思わず首を傾げる。

 

「あっ、いえ。決して変な事を聞こうってわけじゃないんです!」

 

「……」

 

「ただ、疑問に思っただけで、別に答えなくてもいいんです」

 

「……」

 

 北斗はどことなく既視感を覚えつつ一考し、口を開く。 

 

 

「……早苗さんは、俺にとって……とても大切な人と思っています」

 

「えっ?」

 

 北斗の口から出た言葉に早苗は思わず声を漏らす。

 

「俺にとって、早苗さんは初めて出来た友達でありますから」

 

「……」

 

「それが理由では、足りないでしょうか?」

 

「い、いえっ! そんな事、ありません……けど……」

 

 すると早苗は最後勢いを失って俯く。

 

「早苗さん?」

 

「……」 

 

 俯く早苗の脳裏には、こいしとの会話が過ぎる。

 

 

『お姉さんにとって、お兄さんはどういう意味で大切なの?』

 

 

(どういう意味で、大切なのか……)

 

 こいしの言葉が脳裏に過ぎり、彼女の気持ちが沈む。

 

(北斗さんは、私の事を大切だと言ってくれたのに、私は……私は……)

 

 気持ちが落ち込むにつれて、彼女は目の前が暗くなるような錯覚に見舞われる。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 あまりに異様な様子の早苗に北斗は戸惑いながらも声を掛ける。

 

「……北斗さん」

 

「な、何でしょうか?

 

「北斗さんは、私のことを大切だと言いましたが、それはどういう意味なんですか?」

 

「それって、どういう?」

 

 急な質問に北斗は戸惑いを見せる。

 

「……」

 

 北斗は少しの間一考して、口を開く。

 

「……かけがえのない、この世で誰よりも、大切に思っています」

 

「……ほ、本当ですか?」

 

「はい」

 

「誓って、嘘を言ってませんよね?」

 

「は、はい……」

 

 妙に威圧感のある早苗に北斗は戸惑うも、当の彼女は夜空を見上げて星を見つめる。

 

「私も、北斗さんの事は、とても大切に思っています」

 

「早苗さん……」

 

「……でも、こいしさんにこう言われました 『どういう意味で大切なのか』と」

 

「どういう意味、ですか……」

 

 北斗は思わず声を漏らす。

 

「私は……貴方への想いがあるのに、答えられる自信があったのに、こいしさんの問いにすぐに答えられませんでした」

 

「……」

 

「正直な事を言うと、今もまだ自分の気持ちを把握し切れていないところがあります」

 

 早苗は顔を下ろして自分の手を見つめる。

 

「……」

 

「でも、貴方の事が何よりも大切であるというのは、誰がなんと言おうと変わりません」

 

 早苗は身体の正面を北斗に向けて、顔を上げて彼を見る。

 

「私も……北斗さんと同じで……」

 

 頬を赤く染めながら、彼女は続ける。

 

「貴方の事が、この世の誰よりも大切な、かけがえのない人だと想っています」

 

「早苗さん……」

 

「……」

 

 二人は頬を赤く染め、互いに見つめ合う。

 

 すると、二人は無意識の内に手を近付けて、指と指が触れ合う。

 

「……」

 

「……」

 

 しばらくそのままの状態見つめ合っていると、二人はぎこちない動きで手と手を繋げる。

 

 手を繋いだまま、二人は夜空を見上げて綺麗な満月で輝く月を見つめる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「あーもう。そこまで行ったのならそのままいっちゃいなよ!」

 

「お前は何に期待しているんだ」

 

 そんな二人の様子を気配を消して後ろから神奈子と諏訪子の二柱が見ていた。諏訪子はもどかしそうに言うと、神奈子は呆れた様子でつっこむ。

 

「だって、あそこまで進んだのなら、次の段階に進んでもいいんじゃない」

 

「全く。お前ってやつは……」

 

 あっけからん様子で衝撃的な事を口にする諏訪子に、神奈子はため息を付く。

 

「最初の頃は北斗をあーだこーだと言っていたくせに」

 

「そりゃ、あの時は何処の馬の骨か分からない子だったから、そんな子に早苗を任せてなんか居られないよ」

 

 諏訪子の言葉に同意してか、神奈子は何も言わなかった。

 

「でも今は違うよ」

 

 と、微笑みを浮かべる諏訪子は、手を繋いだまま月を見つめて、たまにお互いの顔を見合う二人の姿を見る。その時の早苗の表情はとても穏やかである。

 

「見てよ、神奈子。あんなに幸せそうな早苗をさ」

 

「あぁ。あの時以来だな」

 

 滅多に見ることが無かった早苗の姿に、神奈子も微笑みを浮かべる。

 

「……ねぇ、神奈子」

 

「ん?」

 

「早苗には、色々と尽くしてもらったよね」

 

「そうだな。早苗には、色々と助けられたな」

 

「なら、神としてそれに応えてあげないといけないよね」

 

「……あぁ」

 

 神奈子は静かに頷き、二人を見つめる。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88駅 疑惑と疑念と目的

 

 

 

 時系列は下ること数日後。

 

 

 場所は博麗神社。

 

 

 

「……」

 

 自宅の縁側に座る霊夢は手にしている湯呑に口を付けてお茶を飲む。

 

 彼女の傍には座布団の上にてスヤスヤと静かに寝息を立てて昼寝をしている針妙丸と、博麗神社に遊びに来たはいいものも、酒を飲んでそのまま寝てしまった萃香の姿があり、る~こと は竹箒を手にして境内の落ちている落ち葉を集めている。

 

 一部を除いて普段の博麗神社の光景がそこにあった。

 

「……」

 

 霊夢は手にしている湯呑を傍に置き、一息吐く。

 

「そろそろ出てきたらどうなの、紫」

 

「あら、気付いていたのね」

 

 彼女が声を掛けると、どこからともなく声がして突然宙に端がリボンで結ばれた裂け目が現れ、そこからスキマ妖怪の八雲紫が現れる。

 いつもの白いドレスに導師風の前掛けの服装ではなく、被っているナイトキャップは同じだが、白いフリルの付いた紫のドレスを身に纏っており、愛用の日傘を差している。

 

「これは紫様。こんにちはです」

 

「ごきげんよう、る~こと ちゃん。相変わらず真面目に仕事をしているのね」

 

「それが私の与えられた使命ですので」

 

 る~こと が挨拶をして、紫が挨拶を返す。

 

「いつも思うのだけど、そんな気配を出しておいて気づかないとでも思っているの?」

 

「あらそうかしら? 案外気付かれないものよ」

 

 意味深な笑みを浮かべる紫に霊夢は呆れた様子でため息を付く。

 

 まぁスキマに潜む八雲紫の気配を察するのは困難を極めるのが普通である。霊夢の勘が鋭すぎるのだ。

 

「あら? 萃香も居るのね」

 

「まぁね。ご覧の通りだけど」

 

 紫は縁側で寝ている萃香の姿に気付き、霊夢が呆れた様子で見る。

 

「全く。うちを何だと思っているのよ」

 

「それだけ萃香は貴方の事を気に入っているのよ」

 

「鬼に気に入られても、色んな意味でかえって迷惑なんだけど」

 

 霊夢はムスッとした表情を浮かべて愚痴を零す。

 

「まぁでも、寝ているとは言えど久しぶりに萃香に会ったけど、いつも通りで安心したわ」

 

「それはそれでどうなのよ」

 

「変わらない方が良いじゃない。これで素面で居ると異変か何かと思うわよ」

 

「それもそうか」と霊夢は納得する。どうやら萃香は長らく酔っ払った状態で居るらしい。

 

「それで、今日私を呼んだのは何かしら?」

 

「あんたに頼みたい事があるからよ」

 

「……ふーん」

 

 と、紫は目を細めて霊夢を見る。

 

「あなたが私に頼み事なんて珍しいわね」

 

「出来るなら自分の力で何とかしているわよ。でも、少なくとも今回ばかりはあんたの能力が不可欠なのよ」

 

「……」

 

 紫は霊夢をしばらく見つめるも、ため息を付く。

 

「まぁ良いわ。霊夢が珍しく頼っているのだから、応えてあげるわ」

 

 と、どことなく上から目線な物言いだが、彼女は内心は喜んでいる。

 

 その喜びっぷりは反抗期の娘がすっげい久々に自分を素直に頼ってくれた父親の心境そのものである。

 

 

 閑話休題(それはともかく)……

 

 

「……で、頼みって言うのは――」

 

 

 

 少女説明中……

 

 

 

「地底にある蒸気機関車を幻想機関区に、ねぇ」

 

 霊夢から協力内容を聞いて、日傘を軽く回しながら紫は呟く。

 

 彼女が紫の頼んだのは、地底で発見された二輌の蒸気機関車を地上へと出して幻想機関区へと運ぶ為である。

 

 紫の持つ『境界線を操る程度の能力』によるスキマで蒸気機関車を地上へと移送するのだ。

 

「あれは複雑に組み立てられた物だから、分解して運び出せないの?」

 

「大きさ的に地上へと運び出せる物じゃないし、かといって大きな穴を掘れば以前の異変の時の様に怨霊が地上へと出てくる可能性もあるわ」

 

「そうね。無闇に穴を掘られても困るだけだわ」

 

 その時の異変を思い出してか、ため息を付く。

 

「それに、異変に関わっているかもしれない物を目の届く範囲に一箇所に集めておけば、紫も面倒が無くていいでしょ」

 

「……まぁ、一理あるわね」

 

 顎に手を当てて紫は呟くと、霊夢を見る。

 

「……良いわ。冬眠に入る前に、やってあげるわ」

 

 紫は一考するも、理に適っているとあって、了承する。

 

「なるべく急いでくれるかしら。地底の連中が余計な事をする前に」

 

「……」

 

「……何よ?」

 

 と、紫は霊夢を黙って見ていたので、彼女は声を掛ける。

 

「いいえ。やけに彼に対して協力的ねぇ、って思っただけよ」

 

「……一応異変を解決する為に協力してもらっているんだから、それに応えているだけよ」

 

「ふーん……それだけ?」

 

「どういう意味よ?」

 

 意味深な事を口にする紫に霊夢は鋭い視線を送る。

 

「本当にそれだけの理由で、彼に協力しているのかなぁって、思っただけよ」

 

「……」

 

「別に、変な事は考えていないわ」

 

 と、紫はいつの間にか左手に持っている扇子を広げて口元を隠す。

 

「ただ、仮に貴方にその気(・・・)があったのなら、話が変わっただけよ」

 

 紫は意味深な事を口にするが、霊夢は特に気にする様子は無かった。

 

「……博麗の巫女は平等でなければならないわ。知っているでしょ」

 

「そうかしら? 知り合いには大分甘いように見えるけれど」

 

「……」

 

「まぁ、そうじゃないのなら、関係の無い話よ」

 

 紫は扇子を閉じて、スキマを広げる。

 

「近い内に蒸気機関車を回収しておくわ。彼にちゃんと伝えておくのよ」

 

「分かっているわよ」

 

 霊夢の返事を聞いてから、紫は微笑を浮かべてスキマへと入り、入り口が閉じる。

 

 

 

「……」

 

 紫が去った後、霊夢はため息を付いて縁側の床に両手を付けて空を見上げる。

 

(紫のヤツ。変な事言っちゃって)

 

 内心呟き、目を細める。

 

「大分甘い、か」

 

 そう呟くと、再度深くため息を付く。

 

(あながち、間違いでも無いかもしれないわね……)

 

 心当たりがあるのか、彼女は納得いかないような表情を浮かべる。

 

 腐れ縁の魔理沙を筆頭に多くの者と関わりがある霊夢。その中には北斗も含まれている。

 

 とはいっても、彼女は別に北斗に対して特別な感情を抱いているわけではない。確かに鉄道が開通したことで悩みであった参拝客の数が劇的に増えた事で、彼女の収入が増え、北斗が高額の賽銭を入れてくれたことには感謝しているが、だからといって彼に特別な感情を抱くほど霊夢はラノベのヒロインみたいに甘くないし、軽くない。そして何よりチョロくない。

 むしろ異変に関わっている可能性が残っている以上北斗は警戒対象である。

 

 だが、彼には何かしらの興味を惹く要因がある事は事実である。でなければ個人に対してここまで関わることはない。

 

「……」

 

 ふと、北斗の救出へと向かう道中で、自分が言った言葉を思い出す。

 

「『異質な力を封じる程度の能力』……か」

 

 彼女はそう呟くと、険しい表情を浮かべる。

 

 まだ確定的になっていないとは言えど、これまで北斗の周りで起きている不可解な現象を考えると、彼がその程度の能力に目覚めている可能性がある。

 

(今はまだ彼の付近でしか効果が発揮されていない感じはあるけど、そもそもそんな能力があるとも言い切れない)

 

 もしも本当に幻想郷へと来た時にその程度の能力に目覚めていたのなら、自身にも何かしらの影響が出ているはずだ。しかし今のところ何も違和感は無い。

 

(まだ可能性の段階と言っても、もしも北斗さんがその能力に目覚めて……更に本格的に覚醒でもしたら……)

 

 霊夢は息を呑み、真剣な表情を浮かべる。

 

 幻想郷は外の世界で否定された異質な概念によって生まれた世界。その異質な概念を否定するような能力は幻想郷の存続に関わる。

 

 その為、もしも北斗がふとしたきっかけでその程度の能力を本格的に覚醒させて、それによって幻想郷に悪影響を与え始めれば……その時は―――

 

(そうならない事を祈るばかりね……)

 

 霊夢は内心呟くと、傍に置いている湯呑を手にしてお茶を飲む。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって地底 地霊殿……

 

 

「……」

 

 執務室で机に両肘を付いて両手を組み、その上に鼻を乗せるような、某指令を彷彿とさせる体勢のさとりはジッとして考え事に没頭している。

 

「それにしても、こいし様が戻って来られて良かったですね」

 

 と、傍でティーカップに紅茶を注ぐ火焔猫燐ことお燐は笑みを浮かべてさとりに声を掛ける。

 

「えぇ、そうね。ずっと帰って来てなかったですもの」

 

「それに、とても明るくなられましたよね。あの人間のお陰ですかね?」

 

 そう言いながら紅茶を淹れたティーカップをソーサーごとさとりの前に置く。

 

「それが大きいでしょうね。こいしが初めて自分の意志で連れて来た人間だもの」

 

「ですよね」

 

 さとりはティーカップを手にして、紅茶を飲む。

 

「それにしても、良かったのですか? あんな約束をしたりして?」

 

「構わないわ。こちらとしてもどう処分するか悩んでいたところだし、それに暇な者に仕事を与えられるわ」

 

「それはそうですが……」

 

「……信用出来るんですか、か。まぁ地上の人間をすぐに信用なんて出来ないわよね」

 

 と、さとりはサードアイでお燐の心を読んで概ね同意しつつ紅茶を飲み、ティーカップをソーサーに置く。

 

「別に、私は地上の者に協力する義理は無いわ」

 

「だったら……」

 

「ただ、彼をこいしが気に入った相手であり、それに私は外来人に協力しているだけよ」

 

「そういうのを屁理屈って言うんですよ」

 

「えぇ。屁理屈ですもの」

 

「えぇ……」

 

 微笑を浮かべるさとりにお燐は半ば呆れた様子で声を漏らす。

 

「兎に角、今後とも霧島北斗とは友好的に付き合いましょう」

 

「は、はぁ……そこまで仰るのなら、反対する理由はありませんけど……」

 

「それに、あらゆるものを拒絶していたみとりが、初めて自分の意思で興味を持った人間よ。今後が楽しみとは思わない?」

 

「……まぁ、無いとは言えないですね」

 

 頬を軽く掻きながらお燐は答える。

 

「それに、この機会に色々と変えてみるのも一興よ」

 

「……」

 

 さとりは何やら意味深な事を口にして、お燐は息を呑む。

 

 

 

 

「……」

 

 その後お燐が執務室を出た後、さとりは再び某司令みたいなポーズを取り、再び考え込む。

 

「……霧島北斗」

 

 彼女の脳裏には、彼と対面した際にサードアイで見たもの全てである。

 

 それは彼が意識していない、深層部にあるものも含まれる。

 

(人間はやはり醜く、身勝手なものね。自分より弱い輩には強気に出て、その者が不可思議な現象を引き起こせば今度は疫病神扱い。それ故に彼は周りから忌み嫌われた……)

 

 その光景を見ていく内に、彼女の感情は冷え込んでいく。

 

(まるで、私達を地底へと追いやった人間と妖怪達ね)

 

「時代は変わったも同じものは同じか」と呟く。

 

(ここまで外の世界から拒絶されても、彼は心を保ち続けられた。でも、彼は自覚していないけど多くの憎しみを抱いている)

 

 さとりは北斗の心奥底に眠る憎しみを見て、一つの疑問が出る。

 

(本当に彼は、保てるだけの心(・・・)があったからなのかしら) 

 

 意味深な事を考えていると、ふと気掛かりな事があった。

 

(でも、なぜ彼の記憶には『空白の期間』があるのかしら)

 

 彼女がサードアイで見た北斗の記憶の中に、不自然なぐらいにポッカリと空いた空白の期間が存在する。

 

(彼が外の世界で過ごした最後の記憶と、幻想郷に初めて見た時の記憶の間に空いたこの空白……)

 

 さとりは様々な憶測を立てる。

 

(まるで誰かに抜き取られた(・・・・・)かのような不自然さがあるけど、それともその間だけ彼は眠りについていた?)

 

 その記憶の空白はまるで本から1ページ抜き取ったような不自然さがあるものも、彼女は別の推測を立てる。

 

 その記憶の空白の間だけ、北斗が眠っていただけか。

 

(それに……あれは一体)

 

 そして最も彼女が疑問に思っているのは、サードアイで彼の深層部を覗いた時だ。

 

(明らかに北斗さんのものではない、別の記憶。そして―――

 

 

 

 

 

 ―――北斗さんと違う、別の存在)

 

 

 さとりが北斗の深層部で見たのは、北斗のものではない記憶と、明らかに北斗とは違う別の存在……

 

 いくら考察を立てても、いくら憶測を立てても、それが何なのかは分からない。

 

(北斗さん。あなたは一体、何者なんですか……)

 

 叩けば叩くほど出てくる謎に、さとりは言い知れない恐怖を覚えるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わってここは実質的に幻想居の裏側に位置する魔界。その魔界を創造したとされる神綺の住む城。

 

 

 

 城の地下にある研究室。

 

 

 そこには大きな試験管みたいな物に何らかの生物が収められていたり、魔法の呪文の様な文字が書かれている図面があったりと、いかにもファンタジックな代物があれば、明らかに近代的な部品や代物があっちこっちに広がっている。

 

 

 そんな研究所の奥に、それは鎮座している。

 

 

 

「……」

 

 それを見つめる飛鳥は目を細める。隣には神綺が静かにその様子を見守っている。

 

(もうそろそろ、か)

 

 彼女は内心呟きつつ、それを見つめると、その後ろに鎮座している物を見る。

 

「完成したんだな」

 

「えぇ。何とかね」

 

 神綺はため息を付き、それを見上げる。

 

 漆黒のボディーを持つそれはとても大きく、彼女が見上げるほどの大きさだ。その巨大なボディーを支える物は大きな動輪であり、その大きさは神綺よりも大きい。

 

「言っておくけど、もう外見以外は全くの別物と言ってもいいわ。あなたの言う能力を再現する為に、色々と調整に技術を詰め込んだのだから」

 

「苦労を掛けたな」

 

「まぁ、創造神の私に掛かれば、何てことも無いけどね」

 

 と、神綺は「ふふーん!」と胸を張る。

 

「でも、大胆な事を考えるわね。この機関車を最大限生かす為にあなたの『どこまでも線路を続かせる程度の能力』と彼の能力を必要とするなんて」

 

「……」

 

「どうしても必要になるのかしら?」

 

「あぁ。必要になる」

 

 彼女は頷いて肯定する。

 

「……まぁ、貴方が必要としているのなら、それ以上聞かないわ」

 

 神綺はこれ以上聞いても満足いく答えは返って来ないと思ってか、それ以上は聞かなかった。

 

「ところで、あなたの計画はどこまで進んでいるのかしら?」

 

「……そろそろ第二段階に入る。これで幻想郷の主要箇所には線路が通る事になる」

 

「……」

 

「これで、蒸気機関車の活躍の場は更に増える。蒸気機関車は、ずっと走らせられるんだ」

 

「……」

 

 神綺は真剣な表情を浮かべながらも、彼女のことを心配していた。

 

「飛鳥。最終的に、一体なにをするつもりなの?」

 

「……」

 

 彼女はしばらく黙り込んでいたが、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……全ては、蒸気機関車が未来へと生き残るためだ」

 

「……」

 

「それだけだ」

 

 飛鳥はそう言うと、踵を返して神綺の元を去っていく。

 

「……未来、か」

 

 神綺はそう呟くと、前にある巨大な代物……『C62 48』と書かれたナンバープレートを持つC62形蒸気機関車と、その傍にある大きな試験管の様な設備を見る。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89駅 石炭輸送列車

次章に移る前に、最近不足気味だった蒸気機関車成分マシマシの回であります。


 

 

 

 

 まだ夜が明けない辺りが真っ暗な幻想郷。

 

 

 

 幻想機関区の扇形機関庫に薄っすらと明かりが灯され、作業員の妖精達がそれぞれの蒸気機関車に対して整備、清掃、調整等、各々の作業をしている。

 

 その中で火が落とされているD51 241号機に火入れ作業が行われていた。

 

 D51 241号機のフロント部には除雪板(スノープラウ)が取り付けられており、冬支度が施されている。

 

 隣に停車して火が入っているD51 1086号機のボイラーよりパイプを伸ばし、D51 241号機のボイラーと繋げて温かい蒸気を送り込む。

 

 作業員の妖精が運転室(キャブ)の扉を開けて着火用の木材を中へと運び込み、焚口戸を開けて火室へ木材を放り込んでいく。

 

 運び込んだ木材を火室へと入れ終えると、次に作業員の妖精は足回りの稼動部に潤滑油を挿した際に余分な油を拭き取った時に使った布切れを何枚も火室内へと放り込む。

 

 油が染み込んだ布切れを放り込むと、次に隣のD51 1086号機の運転室(キャブ)に乗り込み、スコップに石炭と油が染み込んだ布切れを載せ、焚口戸を開けて火が灯っている火室にスコップを突っ込んで石炭と布切れに火をつけると、スコップを抜き取りすぐに運転室(キャブ)を降りてD51 241号機の運転室(キャブ)に乗り込む。

 

 作業員の妖精はそのまま燃えている石炭と布切れが載っているスコップを火室へと入れると、中に入れた油が染み込んだ布切れに火をつけて、ある程度火が広がるとスコップに載せている石炭を放り込む。

 

 火の勢いを強くする為に細かい木片や油の染み込んだ布切れを放り込み、火室内の火力を上げていく。

 

 木片や布切れを入れ続けてから少しして火室内は燃え上がり、そのタイミングで作業員の妖精は炭水車(テンダー)から石炭をスコップで掬うと火室へと投炭を始める。

 

 

 火室への石炭の投炭だが、実は決まった位置と順番があり、適当に石炭を放り込むだけではうまく火力が上がらず、火室内で不完全燃焼を起こしてしまう要因となってしまう。

 

 その為、罐焚きのうまい人と下手な人では同じ個体の機関車でも動きが違ってくるのだ。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 それから火入れを行って三時間以上が経過した。

 

 

 辺りは明るくなり始めて、D51 241号機のボイラーから熱が発せられていた。

 

 コンプレッサーがまるで心臓の鼓動の如く一定のリズムで作動して、まるで生きているかの様な存在感を醸し出している。

 

 火室内は燃え盛っており、作業員の妖精と交代した機関助士の妖精が投炭作業を行っており、数回ほど投炭を行うと注水バルブを捻ってボイラーに水を送り込み、蒸気圧を確認してから各バルブを捻って各所へ蒸気を送り込む。

 

 D51 241号機の足回りでは明日香(D51 241)が金槌を手にして、部品を軽く叩いて打音検査を行い、異常が無いかを確認している。異常があると音が変わってくるので、すぐに分かる。

 

 連結器も開閉を行って異常が無いかを確認をして、彼女は金槌を工具箱に戻し、運転室(キャブ)へ乗り込む。

 

「調子はどう?」

 

「ばっちりです」

 

「そう」

 

 機関助士の妖精の報告を聞き、明日香(D51 241)は機関士席に座り、ブレーキハンドルを動かしてブレーキがちゃんと動いているかを確認する。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は窓から顔を出し、前方と後方を確認して、作業員の妖精が転車台の安全を確認して緑の旗を上げる。

 

 旗が上がったのを確認して「出庫!」と号令を掛けてブレーキを解き、天井から下がっている汽笛を鳴らすロッドを短く引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 D51 241号機はゆっくりと進んでピストン付近の排気管から蒸気を吐き出しながら機関庫を出ると、ゆっくりと転車台へと載り、中央で停車する。

 

 D51 241号機を載せた転車台はゆっくりと回転して機関車の向きを変える。

 

 機関車の向きと線路の位置を変えて転車台が止まると、明日香(D51 241)は前方と後方を確認してから汽笛を短く鳴らし、機関車を前進させる。

 

 

 いくつもの分岐点を越して、一旦石炭と水を補給してから本線へと入ると、そこには弥生(B20 15)のB20 15号機と幻想郷で初めて作られた河童製造のC11 382号機とC12 294号機の三輌が『セラ1形』石炭車十二輌を運んで連結させて置いていた。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は逆転機を回してギアをバックに入れると、作業員の妖精が緑の旗を揚げたのを確認して汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてゆっくりと機関車を後退させる。

 

 ゆっくりと機関車を後退させて石炭車の前で一旦停車させる。

 

 作業員の妖精が石炭車と炭水車(テンダー)の連結器を確認してちゃんと開いているか、異常が無いかを確認して妖精はホイッスルを吹きながら緑の旗を揚げる。

 

 旗が揚がったのを確認した明日香(D51 241)は汽笛を短く二回鳴らして、加減弁ハンドルを引いて機関車を後退させる。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は機関車を後退させて、作業員の妖精が赤い旗を振ったのを確認して加減弁を閉じてブレーキを掛けると、石炭車と炭水車(テンダー)の連結器が組み合わさって連結する。

 

「はぁ……」

 

 彼女は安堵の息を吐くと、逆転機のハンドルを回してギアを前進にしてからハンドルの凸凹に合わせてロックを掛けて、機関士席から立ち上がって北海道で活躍していた機関車の多くに見られた密閉型の運転室(キャブ)の扉を開けて、周りを見る。

 

 隣ではB20 15号機が汽笛を鳴らして別の車両の移動をしながらD51 241号機の横を通っていく。

 

 

 

 しばらくして出発時刻になり、明日香(D51 241)運転室(キャブ)に戻って機関士席に座ると、懐中時計の時刻を確認して運転表の横にある置き場に置く。

 

 隣では機関助士の妖精がスコップに石炭を載せて床にあるペダルを踏んで焚口戸を開け、火室へと石炭を投げ入れる。

 

 投炭を数回繰り返して機関助士の妖精はスコップを道具置きに戻す。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)はゴーグルを着けて目を覆い、その時が来るまで加減弁ハンドルを握って待ち続ける。

 

 

 そして出発時刻となり、線路上の安全も確認されたので、腕木式の信号機の腕木が下りて赤から青へと変わる。

 

「出発進行!!」

 

「出発進行!」

 

 明日香(D51 241)は出発の号令を掛けると機関助士の妖精も復唱し、彼女はブレーキを解いて汽笛を鳴らすロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 D51 241号機はピストン付近の排気管から蒸気を出しながら、石炭車十二輌を牽いてゆっくりと前進する。

 

 次第に速度が上がっていき、D51 241号機の特徴であるギースル・エジェクタの煙突から灰色の煙が吐き出される。

 

 D51 241号機が牽く列車は幻想機関区を後にして、守矢神社にある石炭集積所へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 幻想機関区から出発した列車は幻想郷の平野に敷かれた線路を走り、ドラフト音を奏でながらD51 241号機は持ち前のパワーを発揮して突き進む。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は速度計を見て加減弁ハンドルを少し引き、逆転機のハンドルのロックを外して回し、メーターを見ながらギアを一段上げ、ハンドルにロックを掛ける。

 

 機関助士の妖精がスコップに石炭を乗せて床のペダルを踏み、焚口戸を開けて火室へ石炭を決められた場所に投げ入れ、床のペダルから足を離すと焚口戸が閉じる。

 

 決められた位置へと火室へ投炭を数回繰り返し、スコップを道具置きに置いて、各所へと蒸気を送るバルブを捻って蒸気を送る。

 

「……」

 

 彼女は標識を見てそろそろ分岐点が近いのを確認する。

 

 列車は魔法の森前にある分岐点へと差し掛かり、転轍機の向きは魔法の森方面へと向いている。列車はそのまま魔法の森方面へと入る。

 

 明日香(D51 241)は天井から下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らし、列車の接近を知らせる。

 

 魔法の森の中に敷かれた線路の上を列車が走っていき、リズム良くジョイント音が奏でられる。

 

 道中列車の見学に来た者達が手を振っていたので、明日香(D51 241)は汽笛を鳴らして応えた。

 

 

 しばらく魔法の森に敷かれた線路を通って、列車は河童の里近くまでやってくる。

 

 川の傍の沿線を通っていくと、線路から少し離れた場所で河童達が列車に向けて手を振っていた。

 

 明日香(D51 241)は河童達に応えるようにロッドを引いて汽笛を鳴らす。

 

「そろそろ勾配ですよ!」

 

 彼女がそう言うと、機関助士の妖精は頷いてスコップを手にして投炭作業を行う。

 

 

 明日香(D51 241)の言う通り、この先は妖怪の山に入る。妖怪の山は勾配が長い上に多く、線路のコンディション次第ではD51形牽引の列車でも補助機関車が必要になる。

 

 今回は前日薄い雨が降ったので、そこまで線路の状態は悪くないが、場合によっては空転の可能性がある。

 

 だが、明日香(D51 241)には、このくらいの勾配は何てことは無い。

 

 何せ彼女がかつて外の世界で走っていた区間は勾配が多く、その上季節によっては多くの雪が積もるような場所だ。勾配を走るのは彼女にとって慣れているのだ。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は気を引き締め、加減弁ハンドルを引いて、逆転機のハンドルのロックを外して回し、メーターを見ながらギアを調整する。

 

 そして列車は妖怪の山へと入り、緩やかな勾配を登っていく。

 

 

 D51 241号機が牽く列車は妖怪の山の緩やかの勾配を順調に登っていく。

 

 明日香(D51 241)は少し薄暗さを感じてか、窓の上にある操作盤の前照灯と副灯を点ける操作を行うと、煙扉の上にある前照灯と副灯から光が照らされる。

 

 その後に汽笛を鳴らして列車の接近を周囲に知らせる。

 

 機関助士の妖精は投炭を何回も行い、すぐに注水機のバルブを回して炭水車(テンダー)からボイラーへ水を送る。

 

 緩やかとは言えど、勾配のある線路をドラフト音を奏でながらD51 241号機は妖怪の山を登っていく。

 

「……」

 

 窓から顔を出して前方を見ている明日香(D51 241)は目を細めると、加減弁ハンドルを引き、逆転機のハンドルのロックを外してメーターを見ながらギアを調整する。

 

 列車は先ほどより更に角度の付いた勾配に入り、少しだけ速度が落ちるが、事前にピストンへと送り込む蒸気の量を多くしていたので、速度の低下は最低限に押さえ込んだ。

 

 明日香(D51 241)は空転に備えて砂撒き機のハンドルを前後に動かして線路に砂を撒き、動輪が砂を噛んで滑りにくくする。

 

「……」

 

 空転を起こさないように、彼女は加減弁ハンドルを握る手に汗を滲ませながらも、微調整を繰り返す。

 

 

 しばらく山を登っていると、踏切が近づいているという標識を確認し、明日香(D51 241)はロッドを引いて汽笛を鳴らす。

 

 列車は勾配を登っていき、再度汽笛を鳴らしながら踏切を通過した。

 

「……」

 

 勾配は更にきつくなり、加減弁ハンドルを握る彼女の手に力が入る。

 

 その直後、リズム良く奏でていたドラフト音が突然早くなる。雨に塗れた落ち葉を動輪が踏んだことで、動輪が滑って空転を起こしたのだ。

 

「っ! 空転!」

 

 明日香(D51 241)はとっさに加減弁ハンドルを戻して蒸気の量を減らし、砂撒き機のハンドルを前後に動かして砂を撒く。

 

 機関助士の妖精は各バルブを捻って蒸気の量を減らしつつ、ボイラーの安全弁を開いて蒸気を排出させる。

 

 そしてすぐに空転した際の衝撃で崩れた火床を直す為にスコップを手にして、火室へ石炭を放り込む。

 

 空転したことで速度が著しく低下するが、明日香(D51 241)は加減弁ハンドルを引いたり戻したりして蒸気の量を調整しつつ、砂を撒きつつ逆転機のハンドルを回してギアを調整して、何とか持ち直した。

 

「……」

 

 彼女は安堵の息を吐き、再度前を見る。

 

 

 

 列車は勾配を登っていくと、森のトンネルを抜けて左側に景色が広がる路線に出る。

 

 この辺りからは勾配が緩やかになっているので、明日香(D51 241)は加減弁ハンドルを戻して蒸気の量を減らす。

 

「……」

 

 ふと彼女は窓から空を見上げると、列車の後を追いかけるように鴉天狗が平行して飛んでおり、カメラを手にして上空から列車を撮影していた。

 

 天狗の多くは幻想機関区が自分達の領域に勝手に線路を敷いた―――と天狗側は疑っている―――とあって快く思わない者が多いが、中には物好きが居るようで、こうして守矢神社行きの列車や博麗神社行きの列車を空から撮影する者が居る。

 その多くが姫海棠 はたてが発行している花果子念報の製作に関わっている鴉天狗である。

 

 で、撮影された写真は写真集として天狗の里や人里で売られているそうな。ちなみに北斗はその写真集を購入している。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は汽笛を鳴らして鴉天狗に挨拶して、前を見る。

 

 ドラフト音を奏でながらD51 241号機は、その大きなボイラーと四軸動輪、更にギースル・エジェクタの恩恵もあり、力強く勾配を上っていく。

 

 

 

 そしてしばらく列車は妖怪の山を登り、目的地である守矢神社付近まで来る。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は分岐点の向きがちゃんと石炭集積所へ向いているのを確認し、加減弁ハンドルを戻して逆転機ハンドルのロックを外してメーターを見ながらギアを調整し、速度を落とす。

 

 それから少しして列車は守矢神社脇の石炭集積所へと到着し、一定の場所でゆっくりと停車する。

 

 石炭集積所には一足先に幻想機関区からC11 260号機とC12 06号機が来ており、列車の到着を待っていた。

 

 作業員の妖精は機関車と石炭車の連結を外し、異常が無いかを確認し終えたらもう一人の作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 緑の旗を確認した明日香(D51 241)は汽笛を短く鳴らし、D51 241号機をゆっくりと前進させて石炭車から離れる。

 

 ある程度機関車を進ませて停車させると、作業員の妖精が転轍機を操作して分岐点の向きを変えて、ちゃんと変わったかの確認を終えた後に緑の旗を振るうと、明日香(D51 241)は汽笛を短く鳴らして機関車を後退させ、別の線路へと入れる。

 

 D51 241号機が別の線路に入ってその後にC12 06号機が入って停車すると、作業員の妖精が転轍機を操作して分岐点の向きを戻し、緑の旗を振って待機しているC11 260号機が汽笛を短く鳴らして後退し、石炭車の前まで近づいて一旦止まる。

 

 作業員の妖精が連結器がちゃんと開いているかを確認して緑の旗を振るい、確認した行橋(C11 260)が汽笛を短く二回鳴らし、後退させて石炭車と連結する。

 

 すぐに作業員の妖精が十二輌ある石炭車を半分の六輌に分けると、それを確認した行橋(C11 260)は汽笛を鳴らして六輌の石炭車を牽いて石炭の投入装置の元へと運ぶ。

 

 その後に分岐点の向きが変えられると、C12 06号機が前進して分岐点の前で停車すると、作業員の妖精が転轍機を操作して向きを変える。

 

 向きが変わったのを確認した作業員の妖精が緑の旗を振るい、それを確認した島原(C12 06)は汽笛を短く鳴らして後退し、残りの石炭車六輌の元へと向かう。

 

 

 

 その頃D51 241号機は後退していくと、その先には河童達の手によって製造されて新たに設置した転車台がある。そこで車体の向きを変える為だ。

 

 大型のテンダー型蒸気機関車を載せられる立派な物だが、幻想機関区に設置されている電気駆動の物と違い、人力で動かす物である。

 

 明日香(D51 241)は転車台の前で停車させると、作業員の妖精が転車台を確認して異常が無いのを確認したらホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 緑の旗を確認して明日香(D51 241)は汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてゆっくりと機関車を後退させて、転車台に機関車を載せて停車させ、ブレーキを掛ける。

 

 作業員の妖精が六人集まり、転車台のロックを外して前後にある太い棒を三人ずつ持ち、力いっぱい押して転車台を回す。

 

 ゆっくりと回る転車台によってD51 241号機はその向きを変え、転車台の位置が正しいのを確認してロックを掛け、安全を確認した作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 明日香(D51 241)は短く汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくりと後退させる。

 

 ゆっくりと後退するD51 241号機はここまで来る道中にある給水塔と給炭設備の近くで停車し、水と石炭の補給を行う。

 

「……」

 

 明日香(D51 241)は深く息を吐きながらゴーグルを上に上げると、補給が終わるまで機関助士の妖精共々休憩に入り、持ち込んだ水筒を手にして運転室(キャブ)の扉を開けて下りると、水筒の蓋を外して中に入っている水を飲む。

 

 作業員の妖精達が炭水車(テンダー)の水タンクの蓋を開けて、給水塔から伸びるホースが差し込まれて大量の水がタンクに流し込まれる。それと同時にベルトコンベアのような機械で石炭が炭水車(テンダー)へと積み込まれて、作業員の妖精が石炭の表面をスコップで均していく。

 

「……」

 

 と、守矢神社の方にこちらの様子を見る人影があった。

 

 その人影こと東風谷早苗は明日香(D51 241)に向かって手を振るう。

 

 彼女も笑みを浮かべて手を振るう。

 

 

 

 休憩も終わり、明日香(D51 241)と機関助士の妖精は運転室(キャブ)に戻り、出発準備を整える。

 

 石炭車は石炭を満載にして積み終え、既に本線に十二輌連結した状態で待機していた。

 

 明日香(D51 241)はゴーグルを目元へ下ろし、ブレーキを解いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくりと後退させる。

 

 D51 241号機はゆっくりと後退して本線へと入ると、石炭車の前で停車する。

 

 作業員の妖精が連結器が開いて異常が無いのを確認して、ホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 明日香(D51 241)はブレーキを解いて汽笛を短く二回鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくりと後退させて、作業員の妖精が赤い旗を上げたのを確認してブレーキを掛け、石炭車と連結させる。

 

 

 しばらくしてちゃんと連結した確認が取れて、明日香(D51 241)は頷く。

 

「……」

 

 彼女は前を見てブレーキを解き、天井から下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らすと、加減弁ハンドルを引いて機関車を前進させる。

 

 石炭車に石炭が満載になったことで行きとは全く違うが、D51 241号機は持ち前のパワーで石炭満載の石炭車十二輌を牽いて前進する。

 

 帰りは下り坂続きなので、慣性を用いて列車は絶気運転にて妖怪の山を下っていくことになる。

 

 そして列車は石炭を持ち帰る為に、幻想機関区へと向かうのであった。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9区 線路異変調査編
第90駅 生活と疑問


大宮工場にて検査中のC11 325号機が7月30日に東武鉄道へ譲渡されるようですね。予定では325号機は12月から運行に入る予定ですから、それまでの間にC11 207号機みたいに車掌車にATSを搭載して連結するスタイルになるんだろうな。
そして東武鉄道で復元中の私鉄発注C11 1号機の続報が来ましたが、やはり各所に問題が多かった上にコロナの影響で作業が遅れていたようですね。まぁコロナ抜きにしても、あの状態なら復元が遅れるのも無理は無いと思う。大鐡ですらC11 190号機の復元に多くの時間を必要としていたし。
復元予定は遅れて来年の冬頃に延期になっていました。東武鉄道に三輌のC11形が揃うのはもう少し先になりそうですね。
でも私鉄発注C11 1号機が復元されたら、207号機は果たしてどうなるのだろうか。個人的にはそのまま東武鉄道に在籍して欲しいです。JR北海道に返却されても部品取りとして苗穂工場の一角に留置される未来しか見えないし。


 

 

 

 

 翌朝。

 

 

 守矢神社で一晩過ごした北斗は、早朝に幻想機関区から迎えに来た48633号機の牽くスハ43一輌に早苗と共に乗り込み、幻想機関区を目指した。

 

 

 

 妖怪の山を降りて平原を走り、48633号機は幻想機関区へと到着した。卯月(48633)は北斗に到着したのを伝えに客車に入り、そこで微笑ましい光景を目撃した。

 

 

 朝早く起きていたとあって、北斗と早苗の二人にはまだ眠気があった。

 

 客車に乗り込み、座席に一緒に座った二人は揺られながら朝日の光を浴びたことで、睡魔が二人に圧し掛かり、山を下りた頃には北斗と早苗の二人は再び眠りについていた。

 

 北斗と早苗はお互いに寄り添うようにして、静かに寝息を立てて寝ていた。

 

 そんな微笑ましい光景を見た卯月(48633)はしばらく起こさずそのままにしておくのだった。

 

 

 

 ちなみに二人は起きた時に互いに寄り添って寝ていた状況を理解した瞬間、顔を赤くしてギクシャクしながら客車を降りたそうな。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『……』

 

 そして北斗と早苗の二人は扇形機関庫に格納されたある物を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 まぁ機関区に戻ってみりゃ、見慣れない機関車が二輌も機関庫にあるのだから、驚いて当然である。

 

 

「……なぁ、水無月(D51 603)。これは一体?」

 

 北斗は傍に控えていた水無月(D51 603)に問い掛けると、彼女は苦笑いを浮かべる。

 

「区長。実は―――」

 

 

 

 神霊の少女説明中……

 

 

 

「――というわけなんです」

 

「なるほど。七瀬(79602)卯月(48633)が魔法の森でこの二輌を」

 

 水無月(D51 603)の説明を聞いて北斗は納得して、機関庫に眠る18633号機とC58 283号機を見る。

 

(まさかあの18633号機とC58 283号機が現れるとはな)

 

 北斗は二輌の蒸気機関車を見て、苦笑いを浮かべる。

 

 何せ片や廃車になった後映画撮影の為に走らされ、しかも脱線転覆シーンを撮る為に実際に脱線させられた機関車で、片やその映画の元となった事故を起こした機関車と、妙な繋がりのある機関車なのだ。

 

(283号機は晩年の集煙装置付きじゃないんだな)

 

 C58 283号機は、煙突に晩年付けていた集煙装置が無い、オーソドックスな姿のC58形であった。

 

「まさか、北斗さんが攫われている時に、もう二輌も見つかっていたなんて」

 

 北斗の隣に立つ早苗は二輌の蒸気機関車を見つめて声を漏らす。

 

「そうですね。まさかこの二輌が現れるなんて思ってもみなかったです」

 

「この二輌って特徴があるんですか?」

 

「えぇ。この283号機は山田線で雪崩によって橋脚が崩れた鉄橋から転落する事故を起こして、その後修復されて引退まで走っていた機関車なんです」

 

「事故車なんですか。でもよくそんな状態から復帰出来ましたね」

 

 C58 283号機の経歴を聞いて、早苗は声を漏らしながら機関車を見上げる。

 

 

 このC58 283号機は戦時中の1944年、岩手県盛岡市にある山田線にて貨車を牽いて平津戸駅と川内駅間を走行中、雪崩によって橋脚が崩れ線路が宙吊り状態となった橋から川へと転落した機関車であり、この事故で機関士死亡、機関助士が負傷した。

 この時機関士は事故直後はまだ生きており、瀕死の重症を負いながらも機関助士に事故の拡大防止を防ぐ為に平戸駅へ向かい緊急連絡を行うように指示を出し、その後救助されるも死亡したとされている。このエピソードは後に映画となり、事故現場の近くに慰霊碑が、旧機関区には事故を記録した記念碑が、宮古駅前には機関士魂を讃える超我の碑が建立されている。

 

 C58 283号機は事故後しばらく横転した状態で事故現場に放置されていたが、終戦後に事故現場から引き揚げられ、工場で修復されて現場復帰した。この時乗り込んだ機関士は、当時この機関車の機関助士だった男性であった。

 

 そしてC58 283号機は山田線の無煙化まで走り続け、最後のさよなら列車を牽引して、その後解体された。しかしナンバープレートは記念碑や超我の碑に埋め込まれて、現存している。

 

 

「後にとある映画でその事故を基にしたシーンでこの18633号機が廃車後に撮影に使われて、実際に脱線転覆させて撮影されたんですよ」

 

「え、映画の撮影の為に機関車を脱線させたんですか!?」

 

「えぇ。昔の映画でしたけど、迫力がありましたね」

 

「じ、時代ですねぇ」

 

 早苗はある意味時代の凄さを感じて、18633号機を見上げる。

 

 

 この18633号機は特に何も特徴ある機関車ではなく、いたって普通の現役時代を過ごし、引退した。しかし廃車後この18633号機は映画に出演して、その映画で実際に脱線転覆させられた機関車なのである。

 その後18633号機はしばらくそのまま放置され、その後現地にて解体された。

 

 

「それで、この機関車は俺を捜索中に見つけたのか?」

 

「確かにそうなんですが、その経緯が」

 

「経緯??」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

「この機関車を見つけた人が居て、区長を捜索中の七瀬(79602)さんと卯月(48633)さんを止めたそうで」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「そのままの意味です。走っていた七瀬(79602)さんと卯月(48633)さんを線路の上に乗って止めたみたいで」

 

「マジかよ」

 

 あまりにも危険な行為に北斗は思わず声を漏らす。

 

「その人が機関車を見つけていたようで、その後その機関車の元へ案内して……」

 

「この二輌を運び込んだって事か」

 

「はい」

 

「それで、機関車を見つけた人はどこに?」

 

「それなんですが……」

 

 と、早苗の質問に水無月(D51 603)は答えづらそうに口ごもる。

 

「その人なんですが、昨日から区長を待っているんです。この機関区に」

 

「……なに?」

 

 北斗は思わず声を漏らす。

 

 

 それから水無月(D51 603)は機関区にて待っている人物を呼びに向かった。

 

 

「お待たせしました!」

 

 少しして水無月(D51 603)が戻ってくると、その後を一人の少女が付いて来ていた。

 

「あれって、小傘さんじゃないですか」

 

「知っているんですか?」

 

 早苗がその人物こと多々良小傘を見ると声を漏らし、北斗が問い掛ける。

 

「はい。唐傘お化けの付喪神でして、人里ではよく姿を見るんですよ」

 

「唐傘お化けの付喪神ですか」

 

 北斗は小傘の背中に背負われている番傘を見て、納得する。

 

「どういう方なんですか?」

 

「まぁ、驚かすのが趣味というか、生き甲斐と言うか、生きる為と言うか……」

 

「ん?」

 

 早苗の言葉に北斗は思わず首を傾げる。

 

「つまり、小傘さんは人を驚かすことで満腹感を満たす妖怪ってことです」

 

「あぁ、なるほど」

 

「といっても、小傘さん驚かし方が下手で、その上ワンパターンとあって人里の住人達は小傘さんに慣れちゃって」

 

「は、はぁ」

 

「むしろ見た目も相まって、マスコットキャラみたいに可愛がられているみたいで」

 

(妖怪なのに、そんなんで良いのか?)

 

 相変わらずどこかずれている幻想郷の常識に北斗は内心呟く。尤も、彼自身人のことは言えないのだが。

 

「でも、驚かす以外にも、人里では色んな場所で働いている姿が見られているんですよ。手先が器用で、特に金属を扱うのに慣れているみたいで、鍛冶屋さんで鉄製品を作っているみたいです」

 

「なるほど……」

 

 鉄の扱いに慣れているし、手先が器用、という小傘の情報に北斗は頷く。

 

 そして北斗は小傘からそれが本当かどうかの確認を取ろうと思っている。

 

 

 少しして水無月(D51 603)が小傘を連れて来た。

 

「その人がこの二輌を見つけたって言う?」

 

「はい」

 

 北斗は水無月(D51 603)が連れて来た小傘を見る。

 

「は、初めまして。わちき多々良小傘と言います」

 

「初めまして。自分がこの幻想機関区の管理責任者の区長をしている霧島北斗です」

 

 緊張した面持ちで自己紹介をする小傘に北斗も自己紹介をする。

 

「げっ、守矢の巫女さんだ」

 

 と、早苗の姿を見た小傘は思わず声を漏らす。

 

「ほほぅ? それはどういう事でしょうか?」

 

 左の眉をひくつかせながら早苗がいつの間にか取り出した御幣を左手に軽く叩きながら小傘に問い掛けると、彼女は「ヒッ!?」と声を漏らして怯える。

 

「まぁまぁ、早苗さん」と北斗が彼女を宥める。

 

「ところで、小傘さん」

 

「は、はい」

 

「この機関区に居るということは、何か用があるのではないですか?」

 

「あっ、そうだった!」

 

 北斗が小傘に問い掛けると、彼女は思い出したかのように声を出す。

 

「実はわちき、区長さんに頼みたいことがあるんです!」

 

「頼み?」

 

「はい!」

 

 小傘は一間置いてから、口を開く。

 

 

「わちきをここで働かせてください!」

 

「……え?」

 

 彼女の言葉に北斗は思わず声を漏らす。

 

「ですから、わちきをこの機関区で働かせてください!」

 

「……一応理由を聞くけど、どうしてここで働きたいんだ? 早苗さんの話じゃ人里の鍛冶屋で生計を立てているって聞きましたけど」

 

「それはそうだけど、わちきが生きていくのに必要なの!」

 

「生きていくのに?」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

「わちき人を驚かして満腹感を得る妖怪だけど、最近誰も驚いてくれなくて、ここ最近は空腹が続いているの」

 

(まぁ驚かし方がワンパターンなら、嫌でも慣れるよな)

 

 内心呟きつつお腹を押さえる小傘の話を聞く。

 

「それに加えてここの蒸気機関車とやらのせいで、人里の人間達は余計驚いてくれないの!」

 

「えぇ……」

 

 北斗は思わぬ批判に唖然となる。

 

 で、彼の傍で聞いていた早苗は苛立ちが溜まってか、左の眉をひくつかせている。

 

「でも、わちきは考えました!」

 

「う、うむ……」

 

「人里の人間達が蒸気機関車で驚いているのなら、わちきも蒸気機関車に関わればみんなが驚いてくれると!」

 

「どうしてそうなった」

 

 飛躍した考えに北斗は思わずつっこむ。

 

 まぁ人里の住人を驚かす為に自分が蒸気機関車の何かに関われば良いと考えれば、誰だって疑問を呈するだろう。

 

「ですから、わちきをここで働かせてください! こう見えても金属の扱いや手先は器用ですから、役に立つと思います!」

 

「そう言われても……」

 

「お願いです! わちきの生活が掛かっているんです!!」

 

 と、小傘は北斗の着ている上着を掴んで涙目で必死に訴える。

 

「……」

 

 その姿に北斗はどうするか悩んでいると……

 

 

「小傘さん。そんな我が儘言ったら駄目じゃないですか。北斗さんが困っています」

 

 と、早苗は据わった目をして小傘に声を掛ける。

 

「ひっ……」

 

 その威圧感ある姿に小傘は怯えて声を漏らす。

 

「それに北斗さんはあなたに構うほど、暇じゃないんですよ」

 

「で、でも、このままだとわちきの生活が―――」

 

「そんなの、小傘さんの驚かし方が悪いんじゃないんですか? そうであればそもそもこんな事する必要だって無いんですから」

 

「う、うぅ……」

 

「それなのに無理矢理付き合わされる北斗さんの身にもなってください」 

 

「……」

 

 

「そこまでにしてください、早苗さん」

 

 泣きそうになる小傘に見かねて、北斗が早苗を止める。

 

「早苗さんの気持ちは分かりますが、ここは小傘さんの意見も聞きましょう」

 

「北斗さん……」

 

「……」

 

「小傘さん」

 

 北斗は泣きそうな表情を浮かべている小傘に向き直り、声を掛ける。

 

「もし機関区で働きたいのなら相応の技術を見せてくれないと、さすがに二つ返事で採用するわけにはいきません」

 

「……」

 

「一ヶ月」

 

「?」

 

 と、北斗の言葉に小傘は首を傾げる。

 

「一ヶ月の間、小傘さんの技量を確かめさせてもらいます。正式な雇用はその一ヶ月で決めます」

 

「それじゃぁ!」

 

「一ヶ月の間、頑張って下さい」

 

「はい! わちき、頑張ります!」

 

 小傘は笑みを浮かべて、頷いた。

 

「……」

 

 早苗はため息を付き、北斗を見る。

 

「北斗さんは甘過ぎますよ」

 

「かもしれませんね」

 

 早苗の指摘に北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「でも、蒸気機関車の整備が出来るほどの人材は欲しいですからね。彼女の言う通りなら、蒸気機関車の整備士としては適任です」

 

「……」

 

「それに、今後のことを考えて、整備員は増やしておきたいですし」

 

「それは、そうでしょうけど」

 

 早苗はどこか納得いかない様子で、不満げに声を漏らす。

 

「まぁ、ともかく」

 

 と、北斗は機関庫に眠るC58 283号機と18633号機に向き直る。

 

「……」

 

 北斗は自分の手を一瞥し、そっとC58 283号機のフロント部に触れる。

 

 

「っ!」

 

 すると彼の頭に一瞬だけ頭痛に近い感覚が走り、一瞬顔を顰める。

 

 早苗は北斗を支えようとするが、前と違って後ろによろけなかったので、支える必要はなかった。

 

 すると二輌の機関車の前に光が集まり、人の形を形成していく。

 

「これって……」

 

 初めて見る光景に小傘は見とれて声を漏らす。

 

 

 それからしばらくして人の形を形成した光が弾け飛ぶ。

 

『……』

 

 そして光の下から、一人の少女と一人の女性が姿を見せ、ゆっくりと瞼を開けて目覚める。

 

 一人は艶のある黒い髪を背中まで伸ばした少女で、黒い瞳を持つ少し童顔であるが、それなりにスタイルが良い。彼女が着ている紺色のナッパ服の左胸辺りには『C58 283』と記されたバッジを付けている。

 

 一人は灰色掛かった黒い髪を腰まで伸ばし、黒い瞳を持つ女性で、背が高くスタイルが良い。彼女が着ている紺色のナッパ服の左胸辺りには『18633』と記されたバッジが付けられている。

 

「これが、あの二輌の神霊なのか」

 

 北斗は二人の神霊を見ていると『C58 283』のバッジを付けた少女と『18633』のバッジを付けた女性が驚いた様子で辺りを見渡している。

 

「ここは、一体……」

 

「私が、目の前に居る?」

 

 戸惑いを隠せないで居る二人に、北斗は近づいて声を掛ける。 

 

「ちょっといいかな?」

 

『……?』

 

 北斗に声を掛けられて二人は振り返って彼を見る。

 

「あなたは?」

 

「自分はこの機関区の区長をしている霧島北斗だ」

 

「っ! 機関区の区長でしたか!」

 

 二人は北斗に向き直り、姿勢を正して敬礼をする。

 

「私はC58形蒸気機関車、C58 283号機と申します」

 

「私は8620形蒸気機関車、18633号機と申します」

 

 敬礼をしたまま二人はそれぞれ自己紹介をする。

 

「ようこそ、我が幻想機関区へ」

 

 北斗は右手を差し出して、二人は戸惑いを見せていたが、それぞれ握手を交わす。

 

 

「……」

 

 そんな様子を後ろから見ていた早苗は、ふとある疑問が過ぎる。

 

(そういえば、どうして蒸気機関車の神霊達は、北斗さんを素直に区長として受け入れているんだろう?)

 

 北斗が『C58 283』のバッジを付けた少女と『18633』のバッジを付けた女性と話しているその光景を見て、これまでの蒸気機関車の神霊達との接触時の事を思い出す。

 

 気のせいかこれまで接触してきた蒸気機関車の神霊達は、北斗を区長として素直に受け入れている。これまで誰一人として彼を区長として否定したことがない。

 

(……まるで最初から北斗さんを区長として認識しているような、そんな気がする)

 

 早苗は疑問を抱くが、悩んだところで答えが出るわけではないので、彼女は疑問を棚上げにする。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91駅 今後と動き

最近の大鐡不幸な事が多い気がするこの頃……

そして最後に不穏な動きが……



 

 

 その日の夜

 

 

 幻想機関区には相変わらず光が灯されており、扇形機関庫では夜遅くまで妖精達によって機関車の整備が行われている。それ以外には罐の火が消えないように妖精が交代で見張っている。

 

 そんな中、宿舎にも光が灯っている所があった。

 

 

 

「……」

 

 執務室で北斗は蒸気機関車の神霊の少女達からの報告書を読んでいた。

 

「まだ寝ないの?」

 

 と、執務室にあるソファーに座る寝巻き姿のエリスが人里で買った饅頭を食べながら北斗に問い掛ける。

 

「えぇ。昨日できなかった仕事分もありますし、何より気になる報告がありましたので、これを読み終えてから寝ます」

 

「ふーん」

 

 エリスはそう呟くと、食べかけの饅頭の残りを口に放り込む。

 

「それにしても、昨日は大変だったわね」

 

「えぇ。でも、ある意味では貴重な体験でもありました」

 

「あれを貴重な体験で済ませられるって、神経が図太いのか、無神経なのか……」

 

 北斗のどこかずれた感覚にエリスは呆れた様子でため息をつく。

 

「そういえば、エリスさん」

 

「なに?」

 

「今日幻月さんと夢月さんを見ていませんが、休みですか?」

 

「まぁ、そうだけど、区長さん聞いてないの?」

 

「えっ?」

 

 北斗は思わず首を傾げると、何かを察してかエリスは頭を抱える。

 

「何にも伝えてないのか、あの鬼巫女め」

 

 頭を抱えたエリスは静かに唸る。

 

「何かあったんですか?」

 

「昨日区長さんが攫われた時、あの姉妹も区長さんの救出の為に向かっていたのよ」

 

「幻月さんと夢月さんが?」

 

「そっ。んで、地底でちょっとあったわけよ」

 

「……」

 

「そう心配しなくても、別に戦ったわけじゃないわ。ある意味平和的な勝負だったみたいだし」

 

 不安な表情を浮かべる北斗に、エリスはそこまで心配するものじゃないと伝える。

 

「平和的、ですか?」

 

「そうそう。でも、相手が悪くてね。鬼と酒の飲み比べの勝負だったのよ」

 

「鬼……」

 

 と、北斗の脳裏に、地霊殿へ向かう途中で出会った星熊勇儀の姿が過ぎる。

 

「その鬼が酒に滅法強かったらしくて、二人とも飲み負けたのよ。お陰で二人は酔っ払った状態で昨日の夜帰ってきて、朝は二日酔いでまともに動けず、寝込んでいたのよ」

 

「なるほど……」

 

 夢幻姉妹が休んだ理由を理解して、彼は納得する。

 

「……」

 

「区長さんが気に病む必要は無いわ。あの二人はあくまでも今の仮住まいを失いたくない理由で動いていたのだから」

 

「……そう、ですか」

 

 北斗はどことなく納得いかないような雰囲気であったが、これ以上は言わなかった。

 

 

 

 その後エリスは寝室へと戻り、執務室に一人残った北斗は椅子の背もたれにもたれかかり、息を吐く。

 

(新たに発見された線路、か)

 

 報告書の中には、七瀬(79602)達が魔法の森で見つけた新たな線路に関する事が書かれていた。

 

(妖怪の山の天狗の領域にある線路以外は一通り調査したはずなんだが……)

 

 北斗は静かに唸る。

 

 幻想郷に現れた線路の調査は妖怪の山の天狗の領域以外は調査済みであり、魔法の森は隅々まで調べていたはずだった。

 

 しかし七瀬(79602)達はC58 283号機と18633号機を見つけると共に新たに線路を発見した。

 

(見逃しがあったのか、それとも新しく現れたのか)

 

 前者なら調査不足と片付けられるが、後者の場合は厄介な話である。

 

 この異変の首謀者が再び動き出しているとなると、面倒ごとが増えるからだ。

 

(霊夢さんの協力が必要になりそうだな)

 

 異変となると博麗の巫女である彼女の協力が必要になるだろう。

 

「まぁ、どっちにしたってやるべきことをやるだけだ」

 

 北斗はそう呟くと、椅子を回して後ろを向き、窓から外の景色を眺める。

 

(12系と14系、50系の整備は進んでいる。近いうちに試運転を行って、列車運行が出来るようにしないとな)

 

 機関区の車両留置場には多くの客車や貨車が置かれており、客車にはオハ系の所謂旧型客車が多いが、中には近代的な『12系客車』や『14系客車』『50系客車』が少数存在する。

 蒸気機関車には旧型客車が似合う、という北斗の考えもあって12系客車と14系客車、50系客車はあまり運用に用いられていなかった。しかし今後のことを考えて北斗は両客車の整備を進めさせていた。

 

 整備が終わり次第、試運転を行って列車運用に使えるようにする予定である。

 

 車両の留置場にて整備が進んでいる客車のことを思い出しつつ、整備工場で復元工事中の罐の状態の報告書の内容を思い出す。

 

(比羅夫号と4500形の復元は終了間近か。特に比羅夫号は近日中に火入れが可能か)

 

 整備工場で復元工事を請けている比羅夫号こと7100形蒸気機関車とマレー式タンク型蒸気機関車の4500形蒸気機関車の復元状況は終了間近であり、特に比羅夫号は優先的に復元していたとあってもう車入れが終わっている状況だ。

 あとは微調整しつつ炭水車(テンダー)を連結するだけである。

 

 今機関区の一角には妖精と河童達の手によって新しく線路の敷設と共に機関庫が建設中であり、そこに河童製造のC11形とC12形を含めた四輌が格納される。

 

「ふわぁぁぁ……もう寝るか」 

 

 北斗は大きなあくびをしながら背伸びをして、椅子から立ち上がって執務室の電灯を消して、ベッドへと上がって横になる。

 

(まだまだ、やることは多いな……)

 

 彼は内心呟きつつ、眠りに付いた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所代わり、幻想郷とは異なる場所。

 

 

『地獄』と呼ばれるその場所は閻魔によって裁かれた死者の魂達が、生前に犯した罪を償うために様々な罰が行われる場所である。

 

 

 しかし地獄は罪を償う為の場所だけではなく、多くの邪な魂が閉じ込められている場所でもあるのだ。

 

 

 

 そんな地獄の、とある一角。

 

 

「……」

 

 一人の女性が静かに立ち、ゆっくりと息を吐く。

 

 黒い髪を赤いリボンで根元を纏めた髪型をしており、額には一本の赤い角が生えている女性で、白い服に赤い袴を穿いた格好をしており、左手には赤く染まった刀身の刀が握られている。

 

 女性が立つ場所の周辺には、彼女によって斬られたであろう者達が地面に倒れて蹲っている。

 

 彼らは斬られてはいるが、ここは地獄。何をされても死ぬことは無い。

 

「つまらんな。新しく地獄送りにされた罪人達が入ってきたと聞いたが、この程度とはな」

 

 心底つまらなさそうな様子で地面に倒れている者達を見つめつつ呟き、刀を振るって血振りをする。刀身に付着した血が払われるが、刀は血で赤くなっていたわけではなく、元から赤いようだ。

 

 女性は刀を腰に提げている鞘に収め、踵を返す。

 

 

 

「……それで、いつまで隠れているつもりだ?」

 

「あら、気づいていたのねん?」

 

 と、女性が誰も居ないはずなのに声を掛けると、独特な語尾の声が返ってくる。

 

「……」

 

 女性は右手を鞘に添えて振り返ると、一人の女性が宙に腰掛けるように浮かんでいた。

 

 セミロングの赤い髪をした女性で、瞳の色は髪と同色。黒いロシア帽の様な帽子を被り、鎖が付いた首輪をして、肩が露出したオフショルダーの黒いTシャツを着ており、緑、赤、青のチェック柄のミニスカートを穿き、茶色のブーツを履いている。

 ちなみにTシャツには『Welcome Hell』と英文が書かれている。

 

 格好は中々あれだが、最も特徴的なのは彼女の首輪の鎖に繋がれた三つの球体で、一つは地球、一つは月、一つは紫の球体であり、紫の球体は彼女が被っている帽子に載せられている。

 

 彼女の名前は『ヘカーティア・ラピスラズリ』 この地獄の女神にして、月、地球、異界を司る神様と、聞いただけでもやばいと分かる肩書きを持つ女神である。

 

「やっぱり『コンガラ』ちゃんは勘が鋭いわねん。今回は器用に隠したつもりなんだけど」

 

「……」

 

「もうせっかちねん。そんなに皺を寄せているとせっかくの美人が台無しよん」

 

 目を細めるコンガラと呼ばれた女性は背後に炎のようなオーラが出て、威圧感が増す。しかしヘカーティアは全く臆することは無く、むしろ冗談を口にしていた。

 

「まぁそれはともかくとして、他でもないコンガラちゃんに頼みがあるの」

 

「貴様の頼みだと? だとすると碌な事は無いな」

 

「酷いわね。言う前に決め付けるなんて」

 

「事実だろう。今まで貴様が頼んで来たことは碌な事が無かったからな」

 

「はぁ、やれやれ」

 

 ヘカーティアはため息をつく。

 

「で、頼みは何だ?」

 

「私の友人の手伝いをする為に、協力して欲しいのよん」

 

「貴様の友人? 地獄の女神にも友人は居たのだな」

 

「さっきからちょっと酷くないかしらん?」

 

 毒舌を吐きまくるコンガラにヘカーティアは、げんなりとした様子で声を漏らす。

 

 恐らくどこを探しても、地獄の女神とこのようなやり取りが出来るのは、コンガラぐらいであろう。

 

「まぁ、その友人と利害が一致したから、その手伝いをする為に、コンガラちゃんの力を貸して欲しいのよん」

 

「私の力を、か。余程の場所を攻めるようだな」

 

「さすがコンガラちゃん。察しが早くて助かるわぁ」

 

「……」

 

「で、その場所はね―――」

 

 と、ヘカーティアはにやりと口角を上げる。

 

「月の都よん」

 

「……随分大きな所と来たな」

 

 コンガラは驚いた様子も無く、呟く。

 

「だからこそ、コンガラちゃん()の力を借りようとね」

 

「……達?」

 

 コンガラは怪訝な表情を浮かべる。

 

 

 

「やぁ久しいね、我が友よ」

 

 と、この場の誰のものでもない声がして、コンガラは顔を上げる。

 

 すると一人の女性がゆっくりと上から降りてきてヘカーティアの横に着地する。

 

 腰まで伸びた銀髪に赤い瞳を持つ女性で、白いドレスに修道院のシスターの着る服装のようなデザインの青い前掛けを身に纏っている。背中には白い羽で覆われた六枚の翼が生えている。

 

「『サリエル』か。貴様がここに居るということは」

 

「私も彼女に誘われたのでね」

 

 サリエルを呼ばれた女性は笑みを浮かべる。

 

「まぁ、私は久々の里帰りを兼ねて彼女の友人に協力するのでね」

 

「……」

 

「それと、私が月を去った後に住み着いた者達の様子を見に行きたいのでね」

 

 サリエルはそう言うと、浅く息を吐く。

 

「まぁ、死を恐れて、生命の定められた時から逸脱し、月に逃れた愚者達は、今もその愚かさは変わらないだろうがね」

 

 彼女は、心底呆れたような様子で声を漏らす。

 

「だろうな」とコンガラは肯定する。

 

「それで、答えを聞こうかしら、コンガラちゃん?」

 

「……」

 

 コンガラは右手を添えていた鞘から手を離し、浅く息を吐く。

 

「良いだろう。その頼みを請け負おう。久々に強者と渡り合えそうだからな」

 

「さっすがコンガラちゃん♪」

 

 コンガラが了承して、ヘカーティアは笑みを浮かべて喜ぶ。

 

「安心して。月の都にはコンガラちゃんが楽しめる相手が居るから、期待しててもいいわよん」

 

「ほぅ。それは楽しみだ」

 

 コンガラは笑みを浮かべる。

 

 

 

 新たな異変が、起ころうとしていた。

 

 

 そしてこの異変は、果たして幻想郷にどのような影響を齎すのか。

 

 

 

 全ては、神のみぞ知る。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92駅 新たなる異変の予感

更新が遅れて申し訳ありません。最近色々と忙しい上に、この暑さで執筆が遅れました。
皆様もコロナや熱中症に気を付けてください。


 

 

 

 

 月日は流れて、幻想郷は薄っすらと雪が降っている、冬真っ只中である。

 

 

 この時期になると、冬に活発に活動する妖怪が現れるようになったり、氷精が活き活きとしていたりと、季節限定なことが起きるのが幻想郷の特徴である。

 

 

 真冬になったとしても、幻想機関区は相変わらず忙しく動いており、雪が降る中でも妖精達は各々の仕事を全うしている。

 

 機関庫では既存の機関車や、つい最近に新たに加わった機関車の整備が妖精達によって行われたり、操車場ではB20 15号機とC10 17号機、79602号機が車輌の入れ替え作業を行っている。

 

 そんな中、整備を終えた青いボディーに白いラインが特徴的な『12系客車』五輌が48633号機によってC58 1号機が待つ本線へと運ばれている。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「お兄様!!」

 

 そんな幻想機関区に、元気な声が響く。

 

「フラン」

 

 加減しているとはいえ、飛んでくる彼女を北斗はしっかり受け止める。

 

「元気そうで何よりだね」

 

「えへへ♪」

 

 北斗は抱きついているフランの頭を優しく撫でると、彼女は笑みを浮かべて喜び、それに連動するように背中に生えている枝のような翼に下がっているクリスタルが輝きを増して揺れる。

 

「お久しぶりです、北斗様」

 

 と、紅魔館のメイドである咲夜が突然姿を現し、頭を下げる。

 

 いつものメイド服姿であるが、冬とあってか膝下まであるスカートに赤いマフラーをして、黒いタイツを履いている。

 

「今日はお忙しいところ妹様の為に時間を割いていただいて、ありがとうございます」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 彼はフランの頭を撫でながら頭を下げる咲夜にそう告げる。

 

 

 数日前にフランが幻想機関区へ遊びに行きたいと言う連絡を受けて、北斗は博麗神社行きと守矢神社行きの旅客列車、石炭輸送列車の運行日と被らない日なら良いという連絡をして、その後予定を組んだ。

 

 今日がその日であり、フランは咲夜の付き添いを伴って幻想機関区へ遊びに来たのである。

 

 

「? お兄様」

 

「なんだい?」

 

 と、フランは北斗の後ろを見る。

 

「そのお姉さん、誰?」

 

 彼女の視線の先には、相変わらずメイド服を着た夢月の姿があった。彼女は北斗のサポートとして付き添っている。

 

「あぁ、この機関区に泊り込みで働いている人……もとい悪魔だよ」

 

「ふーん……え?」

 

 一度は頷いた彼女だったが、直後に首を傾げる。

 

「えぇと、本当なの?」

 

「まぁ、成り行きでね」

 

 信じられないものを見ているような様子のフランに、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

 ほぼその通りなので、夢月も何も言わず視線を逸らしている。

 

「……」

 

 そんな中、咲夜だけは夢月に対して警戒心を抱いていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後北斗とフラン達は機関区内にある整備工場へと足を運んだ。

 

 

 

「うわぁ、凄い!!」

 

 フランは視界いっぱいに広がる光景に思わず声を上げる。

 

 工場内では作業員の妖精達が紅魔館の地下にて発見された蒸気機関車の部品の復元整備を行っており、金属の研磨音や金槌を叩く音が場内に響いている。

 

 その中で専用の機械で表面を研磨された機関車の動輪がクレーンによって吊り下げられて工場の一角へと運ばれている。

 

「あっ! 私の部屋の隣の地下で見つけた機関車だ!」

 

 フランが見つけたのは、復元工事が終盤を迎えている4500形蒸気機関車と、火入れ間近で試運転に向けて最終調整が行われている比羅夫号こと7100形蒸気機関車の姿だ。

 

「あの状態からここまで綺麗になったんですね」 

 

 フランの後ろに控える咲夜がピカピカに磨かれた7100形蒸気機関車を見て声を漏らす。

 

 埃塗れで、所々に錆が目立っていた発見当初と比べれば、今の二輌は見違えるほど綺麗になっている。

 

「えぇ。彼女達の仕事っぷりには感心します」

 

 北斗の視線の先には、真剣に二輌の機関車の整備に取り組んでいる作業員の妖精達の姿がある。

 

「……真面目で羨ましいですね。館の妖精メイドも見習って欲しいわ……いっその事ここで鍛えてもらうのもありかしら。いやでも北斗様に迷惑を掛けるわけには」

 

 と、咲夜はボソッと呟く。

 

 その呟きが聞こえた北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「あんたの所のメイドは苦労しているのね」

 

「まぁ、そうだね」

 

 夢月が哀れめいた目で咲夜が見ながらフランにそう言うと、彼女が苦笑いを浮かべる。

 

 最初はぎこちない様子であったが、同じ姉妹の妹同士とあって気が合うのか、僅かな間でそれなりに仲が良くなっている。まぁある意味狂気に満ちていると言う点では気が合うのかもしれない。

 

 

 更にメタい話をいうと、どちらとも旧作やwin版の初のエクストラボスであるので、その点で気が合うのかもしれない。

 

 

「でも、あなたもメイドじゃないの?」

 

「この格好は姉さんの趣味よ」

 

「そうなの?」

 

「格好なんてどうでもいいから、姉さんの趣味に付き合ってあげているの」

 

「へぇ。変な趣味。私だったらお姉様にそんな格好させられたら気持ち悪いと思う」

 

「……」

 

 と、容赦ないフランの言葉に夢月は何とも言えなかった。

 

「ねぇ、お兄様」

 

「なんだい?」

 

「この蒸気機関車いつ動くの?」

 

 フランは7100形蒸気機関車を指差しながら北斗に聞く。

 

「そうだね。調整がまだ必要だから、もう少し先になるね」

 

「えー」

 

 フランは残念そうに声を漏らす。

 

 

「あら? あれは……」

 

 と、咲夜があるものを見つけて、声を漏らす。

 

 北斗達は彼女の視線の先を見る。

 

 

 

「……」

 

 そこでは紺色のナッパ服に身を包み、ヘルメットを被っている小傘の姿があり、彼女は蒸気機関車の部品の一つである連結棒を手にしている金槌で軽く叩き、音を確認している。

 

 音を確認して異常が無いのを確認してその様子を見守っていた作業員の妖精に伝えると、妖精は頷く。

 

 小傘は笑みを浮かべて、頭を下げる。

 

「調子はどうですか?」

 

 と、後ろから声を掛けられて彼女は振り返ると、北斗とフラン達の姿があった

 

「あっ、区長さん!」

 

 小傘は向き直り、頭を下げる。

 

「はい! 皆さん優しくて、色々と学べてます!」

 

「そうですか」

 

 彼女からそう聞き、北斗は頷く。

 

「あなた、ここで働き始めたの?」

 

「あっ、紅魔館のメイドさんだ」

 

 と、咲夜が小傘に声を掛けると、彼女は声を上げる。

 

「彼女を知っているのですか?」

 

「はい。たまに彼女が働いていた鍛冶屋で私が使っているナイフの換えを作ってもらったりしていますので」

 

 と、咲夜は時間を止めると、膝下まであるスカートの裾をたくし上げて太ももに装着しているホルスターよりナイフを二本手にしてスカートを元に戻し、止めた時間を動かす。

 端から見れば突然彼女の手にナイフが二本現れたように見える。

 

「な、なるほど。まぁ、鍛冶屋での彼女の評判は聞いていますが」

 

 突然物騒な物を手にしている咲夜に北斗は戸惑いながらも、小傘の鍛冶屋での評判を思い出す。

 

「それで、あなた転職でもしたの?」

 

「そう! わちきはみんなに驚いてもらう為に、ここで働き始めたんです!」

 

「まだ試用期間中ですがね」

 

 胸を張って豪語する小傘に北斗がつっこむ。

 

(と言っても、彼女の金属を扱う腕は確かだし。たった一日で打音検査に金属研磨を覚えたのだから)

 

 北斗は内心呟き、これまでの小傘の実力を思い出す。

 

 人里の鍛冶屋で金属品の加工をしていたとあって、小傘の金属を扱う腕前は高く、その上技術の吸収も早い。

 

 打音検査では金属の音を的確に聞き分け、ヤスリを使って金属部品の研磨をミリ単位で行って、それをものにした。恐らく鍛冶屋で働いた経験を生かして連結棒のブッシュ等の鋳物もすぐに学ぶだろう。

 

 蒸気機関車の整備に携わる人材として、これほどの逸材は居ない。

 

「でも、鍛冶屋は今後も続けていくよ。場所が変わっただけで」

 

「そう。なら、これからはここに来ないといけないのね」

 

 咲夜は時間を止めてナイフをホルスターに戻して時間を進める。

 

「おーい、小傘ちゃん! 次はこのパイプの検査だ!」

 

 妖精が彼女を呼ぶと、小傘は「はーい!!」と返事をしてすぐに妖精の元へと駆け寄る。

 

「張り切っていますね」

 

「えぇ。それだけここで働きたいんでしょうね」

 

「そうですか」

 

 咲夜と北斗の二人は妖精から技術と知識を学ぶ小傘の姿を見て、微笑む。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 整備工場を後にした北斗達は蒸気機関車が格納されている扇形機関庫へとやってきた。

 

「……」

 

 京都にある鉄道博物館の蒸気機関車を展示している機関庫も驚きな光景に、フランは圧倒されている。

 

 今出払っている以外の罐が機関庫に収まっており、妖精達の手で整備が行われている。

 

 その中には魔法の森で新たに発見され、神霊の少女共々加わった18633号機とC58 283号機の姿があり、妖精達が隅々まで整備を行っている。

 

 更に機関庫の隅では、地底にあるはずの『C50 58』号機と『C54 17』号機の二輌の姿があった。

 

 この二輌は先日霊夢の要請を受けて、八雲紫が自身の『境界線を操る程度の能力』によって地底からこの機関区へ運び出したのだ。

 

 地底から運び出したこの二輌だが、C12 208号機やC56 44号機、C11 312号機の時のように北斗が触れても変化が起きなかったので、4500形と7100形の二輌の復元作業が終わり次第、二輌は全般検査に入る予定だ。

 それまでは妖精達により、出来る限りの整備が行われる。

 

「こうして見ると、凄い光景だよね」

 

「そうだな」

 

 機関庫の前を歩いて蒸気機関車を見回してフランがそう言うと、北斗が相槌を打つ。

 

 その殆どが現存していない機関車ばかりで、しかもその全てが現役なのだから、圧倒されるのも頷ける。

 

「……?」

 

 するとフランはある蒸気機関車の前で立ち止まり、まじまじと見る。

 

「ねぇ、お兄様」

 

「なんだい?」

 

「この機関車って、なんだか他と違うんだね」

 

「分かるのか?」

 

「うーん、なんとなく」

 

 首を傾げながらフランは静かに佇むC59 127号機を見る。

 

「まぁ、確かにこの127号機は他の罐と構造が違うんだ」

 

「どこが違うの?」

 

「蒸気機関車は石炭を含めて、極論から言えば水を沸騰させられる火を出せるのなら燃料は何でもいいんだ」

 

「うん。知ってる!」

 

「でも、この127号機は重油って呼ばれる液体燃料しか使えないんだ」

 

「重油?」

 

「まぁ油だね。と言っても、普通の油じゃなくて、石油って言う油を精製して作る液体燃料なんだ」

 

「ふーん……」

 

 と、フランは明らかに理解できていない声を漏らす。

 

「この127号機はその重油でしか動かないんだ」

 

「では、その重油とやらがこの機関区に無いのですか?」

 

 咲夜の質問に北斗は「えぇ……」と短く答える。

 

「代替できる燃料があれば、動かせなくも無いんですがね」

 

「はぁ……」と北斗は深くため息を付く。

 

 C59 127号機はこの幻想郷に現れてから、一度も火を灯していない。最大の原因である燃料の重油が無いからだ。

 

 この幻想郷に重油はおろか、石油すら無いのだ。あっても重油を製油する為の設備が無い。扱う技術も無い。

 

 その為、未だにこの罐は一度も自らの力で走ったことが無い。

 

 何とか代替できる液体燃料が無いか探しているが、そんな都合良くあるはずもなく、未だ解決の糸口は無い。

 

 そんな冷たいままのC59 127号機を北斗はただ見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 その日の夜……

 

 

 

「……」

 

 幻想郷を見渡せる場所に、飛鳥が立っていた。

 

 彼女の視線の先には、明かりが灯っている幻想機関区があった。

 

(北斗……)

 

 飛鳥は内心呟くと、手にしている懐中時計の時刻を確認する。

 

「そろそろだね」

 

 と、彼女の後ろに立つ双子のように顔つきがそっくりで、同じ紺色のナッパ服を身に纏い、左胸辺りには蒸気機関車のナンバープレートを模したバッジを付けた二人の少女の内、こめかみ辺りにステンレス製の飛翔する燕を模した髪飾りをした少女が声を掛ける。

 

「あぁ。これでようやく、幻想郷のほぼ全域が繋がる」

 

 飛鳥はそう言いながら、目を閉じて意識を集中させる。

 

 すると彼女の足元に線路のような模様の魔法陣が現れ、飛鳥が呪文のような言葉を口にすると、魔法陣が一瞬だけ輝きを増す。

 

 それにより、飛鳥が幻想郷の各地に設置した仕掛けが作動し、辺りに変化を齎す。

 

 そして彼女の足元の魔法陣が消えると、悲しげな音色が幻想郷を響き渡る。

 

 

 この幻想郷で最初に線路が出現した前夜にて、多くの者が耳にしたあの音は、彼女によるものだったのだ。

 

 

「……」

 

 飛鳥はゆっくりと息を吐き、目を開ける。

 

(これで、幻想郷は繋がった。後は―――)

 

 彼女は最後に何かを考えて、その後踵を返す。

 

「行こうか『飛燕』『疾風』」

 

「えぇ」

 

「うん」

 

 飛燕と疾風と呼ばれた少女達は頷き、飛鳥の後に付いて行く。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93駅 異変の影響

ボイラーから水漏れを起こして長らく大規模な修繕を受けていた京都鉄道博物館の8630号の復活が間近となってきましたね。8630号の修繕が終われば、次は脱線事故を起こしてしばらく放置されていたC61 2号機の修理となりますね。


 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 幻想郷は大騒ぎな事態に直面していた。

 

 

 昨日には線路が無かった場所に、突然線路が出現しているとの情報が幻想機関区へ次々と入ってきたのだ。

 

 最初は人里に設置した管理所より里長から連絡が来て、次に博麗神社、守矢神社と、続け様に連絡が来たのだ。

 

 これを受けて北斗は動ける罐を動員して、各所に現れた新たな路線の調査へ入った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それから二日後。

 

 

 

「……」

 

 執務室にて線路の調査内容を確認している北斗は静かに唸り、書類を机に置いて腕を組む。

 

(ここに来ていきなり異変に進展が起こるとはな)

 

 内心呟き、深くため息を付く。

 

 正に急な出来事とあり、幻想郷に与えた混乱は大きかった。

 

 線路の調査のため、全ての列車の運行は停止している。尤も、とある理由で守矢神社行きの列車は石炭輸送列車共々停止せざるを得なかったが。

 

「大変なことになりましたね」

 

 と、早苗がお茶を淹れた湯呑を乗せているお盆から北斗の前に置きながら声を掛ける。

 

「そうですね。しばらく何の変化が無いと思ったら、立て続けに蒸気機関車の出現。魔法の森で新たな路線の発見。更に幻想郷全体で再び線路が出現した」

 

 北斗はそう言いながら湯呑を手にして、お茶を飲む。

 

「それに、機関区は危機的状況に立たされていますからね」

 

 深刻な表情を浮かべる北斗に、早苗がとっさに声を掛ける。

 

「それについては大丈夫です! 神奈子様に諏訪子様が天魔さんや天狗達に説明をしていますから、北斗さん達への疑いが晴れて、再び通れるようになります!」

 

「……だといいんですが」

 

 北斗はお茶を飲み、窓から外の景色を見る。

 

 

 幻想郷全体に新たに出現した線路はこれまで無かった地域はもちろん、最初に現れた場所にも別ルートや線路の本数が増えるなどの変化が見られた。

 

 当然線路の増加は妖怪の山でも起きている。そのお陰で天狗達は自分達の領域にまた勝手に線路が敷かれたと憤りを見せ、守矢神社を通して幻想機関区へ苦情を入れて益々彼らへの疑いを強めた。

 それにより妖怪の山にある通行許可が下りている線路は、天狗達によって封鎖されてしまっている。当然妖怪の山に出現した線路の調査は出来ていない。

 

 もちろん幻想機関区が今回の異変に関わっていないと、守矢神社の八坂神奈子と洩矢諏訪子が天狗の長である天魔を含めた天狗達に説明をしているが、ただでさえ幻想機関区を快く思っていない者が多く、その上排他的思考をしている天狗達は中々信用してくれないでいた。

 

 もしこのまま疑いが晴れず妖怪の山の路線が使えないままが続けば、幻想機関区は守矢神社にある石炭集積所から機関区へ石炭の輸送が行えなくなり、やがて石炭も尽きることになる。それは機関区にある蒸気機関車が行動出来なくなる事を意味している。

 そしてようやく参拝客が増えたことで神力が安定してきた守矢の二柱にとっても、参拝客の減少は何としても食い止めなければならない。

 

 

「兎に角、今は自分達にやれる事をするしかありません」

 

「そうですね」

 

 北斗は湯飲みを机に置いてそう言うと、早苗が頷く。

 

 机には幻想郷の地図が広がっており、最初に書いた路線図に新たに発見された路線が書き足されている。

 

(今回新たに現れた線路によって、この幻想郷の殆どを鉄道で行き来できるようになったな)

 

 北斗は新たに書き足された路線図を見て、内心呟く。

 

 今回現れた線路によって、ほぼ幻想郷全体に行き来できるようになった。それはつまり幻想郷が更なる発展の可能性があるのだ。

 

 その中で、北斗はある場所が気がかりだった。

 

「早苗さん。この『無縁塚』ってどのような場所なんでしょうか?」、

 

「無縁塚ですか……」

 

 北斗が地図に書かれたとある場所を指差しながら聞くと、早苗は静かに唸りながら首を傾げる。

 

「すみません。無縁塚に私は行った事が無いので、詳しくは知らないんです」

 

「そうですか」

 

「でも、霊夢さんからある程度は聞いています。何でも名前が分からない人が眠っている墓地なんだかとか」

 

「墓地、ですか」

 

 北斗は息を呑む。

 

 正直なところこの幻想郷ではどんな事があってもおかしくない。もしかしたらゾンビみたいに動く死体だって存在していそうだ、と彼はそう思っている。

 

「でも、立派なものではなく、石を積み上げた程度のものらしいです」

 

「……」

 

「その無縁塚が何か?」

 

「この辺りにも線路が確認されたので、調査に向かおうと思っています。しかし詳細が分からないので、調査前に知っておきたいんです」

 

「それでしたら、霊夢さんが知っているはずです。曲がり仮にも博麗の巫女ですので」

 

「そうですね。でしたら、明日博麗神社へ向かいましょう」

 

「はい」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 翌日。

 

 場所は博麗神社……

 

 

 

「いやぁ、まさかここに来て異変に進展があるとはねぇ」

 

「……」

 

 神社の境内にある家の縁側にて、魔理沙がそう言い、隣では不機嫌そうな雰囲気の霊夢が る~こと より受け取った湯呑に淹れられたお茶を飲む。

 る~こと は竹箒で境内に落ちている落ち葉を掃いて片付けている。

 

 魔理沙は昼前に博麗神社へと遊びに来て、こうして霊夢と世間話をしているわけである。

 

「それにしたって、朝から機嫌が悪そうだな、霊夢」

 

「ふん」

 

 霊夢が不機嫌な理由は分かっていたが、敢えて魔理沙は聞くと、霊夢は鼻を鳴らす。

 

 まぁ博麗の巫女である彼女とて何もしていないわけではない。密かに線路異変を独自に調査していたのだが、有力な手がかりは見つかっていなかった。

 

 そんな中で更に線路異変が進展したのだ。博麗の巫女として異変を解決できず、むしろ異変が進展しているこの状況は、彼女のプライドが許さないのだろう。

 

「それにしたって、今回の異変の主犯はどういったやつなんだか。今までに無いパターンだぜ、これ」

 

「そんなの知らないわ。主犯の考えていることなんて」

 

「おいおい。ちょっとは興味ぐらい持ったらどうだよ。博麗の巫女の台詞じゃないぜ」

 

「別にいいじゃない。私のやるべきことは異変を解決することよ」

 

「全く……」

 

 と、魔理沙は相変わらずな霊夢の無頓着さにため息を付く。

 

「……なぁ霊夢」

 

「何よ?」

 

「あんまり考えたくないけど、この異変さ……」

 

 魔理沙は少し間を置いてから、口を開く。

 

「……もしかしたら、北斗が関わっているんじゃないのか?」

 

「……」

 

「魔理沙様。何を言って……?」

 

 彼女の言葉に霊夢は目を細め、る~こと は驚いた様子で問い掛ける。

 

「もちろん、異変の主犯があいつじゃないっていうのは私だって思っているさ。嘘をついているようにも見えなかったしな」

 

「……」

 

「でもここ最近起きた事は、どれもあいつの所の幻想機関区が得してないか?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 すると遠くから汽笛の音が博麗神社へ響く。

 

「汽笛?」

 

「誰か来たのか?」

 

 二人は汽笛を聞き、首を傾げていると、遠くから煙がこちらへと向かってきていた。

 

 

 煙は神社の前で止まり、少しして北斗と早苗の二人が階段を登って鳥居を潜る。

 

「こんにちは、霊夢さん。魔理沙さん」

 

 二人は霊夢と魔理沙に頭を下げて挨拶をする。

 

「よっ、北斗に早苗」

 

 魔理沙は小さく手を上げて返事をする。

 

「何の用かしら? と言っても、この状況で北斗さんがここに来る用は一つだろうけど」

 

 霊夢は北斗を見ると、彼がここに訪れる理由を尋ねる。

 

「霊夢さん。今回の新たに出現した線路について、話したいことがあります」

 

「奇遇ね。私も北斗さんから聞きたいことがあったの」

 

 北斗がそう言うと、霊夢は目を細めて彼を見る。

 

 

 

 少女と少年説明中……

 

 

 

「なるほど。ここまで広がっているなんてね」

 

 北斗から線路の調査結果を聞き、霊夢は険しい表情を浮かべる。

 

「それに無縁塚か。あの異変以来行ってないな」

 

「あの異変?」

 

「まぁ話せば長くなるから、今度な」

 

 魔理沙の言葉に北斗と早苗は首を傾げる。

 

「それで、その無縁塚の事を聞きたいの?」

 

「えぇ。どうやらその無縁塚にも線路が出現しているので、調査の前にどのような場所か知っておきたいので」

 

「早苗から聞いたんじゃないの?」

 

「私は無縁塚に行ったことが無いので、詳しくは教えられませんでした」

 

「それで私に聞きにきたってわけね」

 

「はい」

 

「……」

 

 霊夢は手にしている湯呑を口にしてお茶を飲んで喉を潤し、口を開く。

 

「あそこは名前の無い者達が眠る場所であり、不安定な場所よ」

 

「不安定? それはどういうことですか?」

 

「あの辺りは幻想郷を覆っている博麗大結界が不安定なのよ。だから外の世界から様々なものが流れ着くのよ」

 

「……」

 

 霊夢の言葉に北斗は息を呑む。

 

(まぁ、それ故にあそこは幻想郷の闇の部分でもあるんだけど)

 

 と、霊夢は内心呟きつつ、八雲紫より聞かされた話を思い出すも、そのことは口にしなかった。

 

「それに、あの辺りは獰猛な妖怪が多いわ」

 

「それに説教好きな閻魔もな」

 

「?」

 

 魔理沙の言葉に北斗は首を傾げる。そんな彼に霊夢は「気にしなくていいわ」と告げると、早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「兎にも角にも、北斗さんのようなただの人間が行くような場所じゃないわ」

 

「……」

 

「でもまぁ……」

 

 と、霊夢は頭の後ろを掻き、北斗を見る。

 

「異変の調査とならば、私が動かないわけには行かないわ」

 

「っ! ということは!」

 

 霊夢がそう言うと、早苗が顔を上げる。

 

「その調査に同行してあげるわ」

 

「おっ、なら私も一緒に行くぜ!」

 

 霊夢が調査への同行を言うと、魔理沙が続く。

 

「霊夢さん、魔理沙さん。ありがとうございます」

 

 北斗は深々と頭を下げる。

 

「それで、いつ行くのかしら?」

 

「出来るだけ早めがいいので、明日の朝8時には出発します」

 

「明日の朝ね。了解」

 

「おう! 待ってるぜ!」

 

 出発の時間を聞き、二人は頷く。

 

 

 それからしばらく色々と話し合い、北斗と早苗は機関車に乗って機関区へと帰った。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94駅 無縁塚

 

 

 

 

 翌朝。

 

 

 幻想郷に一つの列車が走っていた。

 

 

 先頭をC57 135号機に一輌の12系客車、その後ろに炭水車(テンダー)側と連結したC55 57号機がプッシュプル形態で無縁塚に向かって走っていた。

 無縁塚に着いても転車台が無いので、帰りを容易にするようにこのような形で列車を構成している。

 

 

 客車には北斗と早苗、霊夢、魔理沙の他に、皐月(D51 465)七瀬(79602)、更に線路の状態を調査するために作業員の妖精達の姿があった。

 

 予定では夢幻姉妹も同行する予定だったが、機関区に何かあった場合に備えて残ってもらっている。

 

「……」

 

 客車内で北斗は窓から外を眺めていた。

 

「それにしても、初めて列車に乗ったが、こりゃいいな」

 

「……」

 

「それに暖かいし、快適だぜ」

 

「そうね。少なくともそれには同意だわ」

 

 座席に座る魔理沙は頭の後ろで両手を組んで背もたれにもたれかかり、気を良くした様子でそう言う。

 

 霊夢も静かに窓から外の景色を眺めている。何気に彼女も初めて列車に乗っているのだ。

 

 そして二人は暖房の効いた車内の快適さに心地よさをを感じていた。 

 

 北斗の隣に座る早苗もそんな二人の様子を静かに眺めている。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 しばらく列車が走り、魔法の森を抜けて無縁塚を目指す。

 

「……」

 

 北斗は客車の窓を上へと上げて開けて、頭を出して前を見る。

 

(何だろう。急に雰囲気が変わった)

 

 さっきまでの穏やかな雰囲気と違う張り詰めた雰囲気を感じ取って、北斗は息を呑む。

 

「この景色、そろそろ無縁塚ね」

 

 と、北斗の隣から顔を出した霊夢がそう告げる。

 

「……」

 

 この辺りのただならぬ雰囲気に、北斗は息を呑む。

 

 

 北斗は(C57 135)文月(C55 57)に無線で連絡を入れて列車の速度を落とさせて、ゆっくりと森の中を列車が進んでいく。

 

 それからしばらく森の中に敷かれた線路を進んで行き、森が開ける。

 

「……」

 

 森を出ると、そこは異様な雰囲気のある場所が広がっていた。

 

 

 列車はゆっくりと速度を落として停止し、客車から北斗達が降りてくる。

 

「ここが無縁塚ですか……」

 

 初めて来た無縁塚を見て、早苗は声を漏らす。

 

「相変わらず薄気味悪い雰囲気だぜ」

 

 客車から降りて箒を肩に担ぎ、周囲を見渡しながら魔理沙が愚痴をこぼす。

 

 彼女の言うとおり、無縁塚に漂う雰囲気は不気味この上ない。

 

 霊夢は何ともない様子だが、早苗はその雰囲気と不気味な気配に少し呼吸が乱れている。

 

 早苗の隣に立つ北斗もまた自身の霊感によって無縁塚の雰囲気を感じ取り、冷や汗を掻いている。

 

「線路はまだ先に続いていますね」

 

 北斗は列車が止まっている先でも線路が続いているのを確認して呟く。

 

「面倒なことになる前に、さっさと調べるわよ」

 

 霊夢はお祓い棒を肩に担ぎながらそう言うと、北斗達は頷く。

 

 

 北斗達は線路に沿って周囲を警戒しつつ無縁塚を進む。

 

「……」

 

 北斗は歩きながら無縁塚を見回している。

 

 彼の視線の先には、いくつもの石を積み上げたものがあちこちにあり、それが簡易的な墓地であると理解する。

 

 よく見ればあちこちに色んな廃棄物らしきものが落ちている。

 

(何だろう。この胸を締め付けるような感覚は……)

 

 妙な息苦しさを感じ、鳥肌が立っている。そんな感覚に苛まれて北斗は少し気持ち悪さを感じている。

 

 それに加えて、誰かから見られているような気がする。

 

「……?」

 

 ふと、彼の視界にあるものが入る。

 

 それは他にある石を積み上げただけの簡易的な墓地なのだが、他と違い木の棒二本を十字状に組み上げた物が突き刺されている。

 

 更によく見ると、その木の棒に何かが下げられている。

 

「……」

 

 北斗は立ち止まり、目を細めて見ると、鎖に繋がれた懐中時計と思われる物が下がっている。

 

 長い間雨風に曝されているのか、錆が酷い。

 

「……」

 

 特に何かあるわけではないが、なぜか北斗はその墓が気になってしまう。

 

 

 それに、なんだか妙な懐かしさを覚えていた……

 

 

「どうしましたか、北斗さん?」

 

 と、立ち止まった北斗に早苗が怪訝な表情を浮かべて声を掛ける。

 

「いえ、なんでもありません」

 

 北斗は返事をしつつ再び歩き出す。

 

「……」

 

 しかし北斗は何度もその墓を振り向いて見ていた。

 

 

 

 少しして曲線まで進み、木々によって遮られている向こう側へと出る。

 

「っ!? あれは!」

 

 そしてその先にある物が見つかり、北斗は目を見開いて驚く。

 

「まさか、ここにも!?」

 

 早苗も驚きのあまり声を上げる。

 

「おいおい。ここにもあるのかよ」

 

「……」

 

「いよいよ、怪しくなってきたな」

 

「……」

 

 魔理沙がそう言うと、霊夢は目を細める。

 

 

 二人が駆け寄った先に、二輌の蒸気機関車が並んで線路の上に鎮座していた。

 

「これは……」

 

 北斗が横からその二輌を見て、声を漏らす。

 

「先頭は9600形ですね。後ろはD51形でしょうか?」

 

 北斗に追いついた早苗がその二輌を見て、彼に声を掛ける。

 

 彼女の言うとおり、先頭にある蒸気機関車は幻想機関区に居る七瀬(79602)と同じ9600形蒸気機関車である。

 

 後ろに居る蒸気機関車もパッと見はD51形に見える。

 

「いえ。後ろにあるのは『D61形』ですね」

 

「D61形?」

 

 あまり聞き覚えの無い機関車の形式に早苗は首を傾げる。

 

 よく見ればD51形のように見えた蒸気機関車のナンバープレートは『D61 4』と表記されている。

 

「D61形はD51形蒸気機関車の車軸配置を変えた機関車です。自分のD62形と同じ1D2のパークシャーです」

 

「北斗さんのD62形と同じ足回りですか……」

 

 早苗はそう呟きながら後ろにあるD61形と呼ばれた蒸気機関車を見つめる。

 

 確かにパッと見はD51形に見えるが、よく見れば従輪が二軸になっている。D51形は先輪一軸 動輪四軸 従輪一軸の1D1のミカド形だが、D61形は先輪一軸 動輪四軸 従輪二軸の1D2のパークシャーである。

 

 

 D61形蒸気機関車は戦後無煙化によって余剰となってきたD51形蒸気機関車を低規格の路線に入線出来るように車軸配置を変えて軸重を軽くした蒸気機関車である。

 

 この機関車が作られることになったのは、丙線区にて9600形やC58形が活躍していたが、大正時代に製造された9600形は老朽化が著しく、C58形では牽引力不足に悩まされており、この二形式の代替車が望まれていた。その一方で乙線規格で運用されていた貨物用蒸気機関車は戦時中の大量製造に加え、戦後の電化の進行によって余剰車輌が出ていた。

 そこで乙線で余剰となっていたD50形やD51形がこの丙線区に入れるように改造を受けるようになった。

 

 D61形は従輪を一軸から二軸へ改造した以外は特に改良点は無いが、軸重が軽くなったことでD51形では入線できなかった区間で走れるようになった。

 

 しかし種車となるD51形に余剰が無かったとあって、たったの六輌しか作られなかった。その上D61形の評価はあまり良くない。

 

 というのも、D51形は軸重のバランスに問題を抱えている機関車であったのに、軸重を軽くする改造が施されればどうなるか。結果空転しやすくなり、特に空転を起こしやすい冬場では乗員達から敬遠されていた。

 

 D61形の数少ない良かった点は従輪が増えたことで運転室(キャブ)の揺れが小さかったことぐらいだ。まぁこれは同じような改造が施された機関車に言える事だが。

 

 その後無煙化が進み、D61形が配備されていた区間でD51形にも余剰が発生したので、神経を使うD61形をわざわざ使う理由も無いとあって、検査切れの機関車から次々と用途廃止されることになった。

 

 そしてこのD61 4号機を最後に、D61形は形式消滅した。

 

 その後D61形の3号機が保存されることとなり、現在も北海道留萌市に静態保存されている。

 

 目の前にあるD61 4号機は主灯の横に副灯が取り付けられているが、なぜか除煙板(デフレクター)は切り詰めていない通常の幅仕様のものと、ごっちゃ混ぜな状態であった。

 

 

「それで、この9600形の運転室にある桜のマークって何でしょうか?」

 

 と、早苗は先頭に在る9600形蒸気機関車を見る。

 

 9600形は除煙板(デフレクター)が無いオーソドックスな姿をしているが、運転室(キャブ)に桜のマークにEが描かれており、煙突には独特な形状をした火の粉止めが取り付けられている。

 

「これは……」

 

 その特徴を見て、北斗はこの機関車のことを思い出す。

 

「北斗さん。知っているんですか? この蒸気機関車を?」

 

「えぇ。知っています」

 

 北斗は桜にEが描かれたマークを見る。

 

「この9677号機は、自衛隊最初にして最後の部隊に配属された、唯一の蒸気機関車なんです」

 

「……」

 

 早苗は驚いた様子で、『9677号機』を見る。

 

 

 

 9677号機は9600形蒸気機関車の78番目に作られた機関車で、現役時代は特に何か変わったことは無い平凡な日々を送り、廃車となった機関車である。

 

 その後9677号機は陸上自衛隊が発足して、最初にして最後に編成された鉄道部隊『第101建設隊』によって購入され、部隊の主力車輌として活躍した。この時9677号機には特に大きな改造は施されていないが、概観の変化としては運転室(キャブ)側面に桜のマークに技術部隊を表す略号のEが描かれ、煙突には独自の火の粉止めが取り付けられていた。

 

 この時鉄道の主力はディーゼル機関車や電気機関車、電車といった車輌が主力で、わざわざ時代に逆行するかのように蒸気機関車を使用したのかというと、万が一架線が破壊された時、電気機関車や電車は電力を受け取れなくなって走る事が出来なくなるので、外部に頼らない独自の動力を持つ蒸気機関車とディーゼル機関車が主戦力となった。

 

 新編当時は道路網が未発達で、鉄道の路線が全国津々浦々に展開していたとあってこれを生かしていたが、急速に進むモータリゼーションに伴う高速道路網の整備により、本隊の存在意義が薄くなり、更に9677号機の維持費が高く付いたことで会計検査院から『防衛費の無駄遣い』と指摘され、そして編成からたった6年で解隊となってしまった。

 

 9677号機は当初保存する話が持ち上がっていたが、輸送費が馬鹿にならない位に高く付いた為、保存されず解体されてしまった。

 

 そんな歴史的存在が、彼らの目の前にある。

 

 

 

「……」

 

 北斗はゆっくりと9677号機に近づき、運転室(キャブ)に触れる。

 

「っ!」

 

 すると彼の脳裏に鋭い痛みが走り、一瞬立ちくらみを起こしてふらつくも、何とか体勢を保つ。

 

 そして二輌の蒸気機関車の前に光が集まり出す。

 

「これは……」

 

「例のあれね」

 

 魔理沙と霊夢はそれぞれ魔法の森や博麗神社の前で起こった時の事を思い出す。

 

『……』

 

 その様子を北斗達が静かに見守っていると、集まった光が人の形を作り、やがて散り散りに光が弾けると、二輌の蒸気機関車の前に二人の少女が姿を現す。

 

 9677号機の前に現れた少女は黒髪のボブカットに、アルビノともいえる白い肌をしており、どこがとは言わないがでかい。紺色のナッパ服を身に纏い、左胸辺りに『9677』と表記されたナンバープレート風のバッジが付けられている。

 

 D61 4号機の前に現れた少女は背中まで伸びた黒髪を根元で束ねたポニーテールにしており、凛とした雰囲気を持っている。紺色のナッパ服を身に纏い、左胸辺りに『D61 4』と表記されたナンバープレート風のバッジが付けられている。

 

(この二人が、この二輌の神霊か)

 

 北斗が内心呟いていると、『9677』のバッジを付けた少女が目を開け、北斗の姿を見るなり姿勢を正して敬礼する。

 

「初めまして、区長殿!! 自分は9600形蒸気機関車 9677号機であります!」

 

「私はD61形蒸気機関車 その4号機です」

 

『9677』のバッジを付けた少女に遅れて『D61 4』のバッジを付けた少女が続いて自己紹介をしつつ敬礼をする。

 

「あ、あぁ。よろしく頼む」

 

 少し違和感を覚えるも、北斗は敬礼をしつつ二人を見る。

 

 

 

「……」

 

 その様子を霊夢は静かに見守りつつ、目を細める。

 

(前から思っていたけど、蒸気機関車の神霊達はなぜ初対面のはずの北斗さんを主人として認識しているのかしら)

 

 霊夢は新たに現れた蒸気機関車の神霊の少女達と話をしている北斗を見ながら内心呟く。

 

(……まるで最初から彼が区長であると認識を刷り込まれているような)

 

 彼女の中で様々な憶測が飛び交い、一つの答えが出る。

 

(やはり、誰かが彼女達を生み出して北斗さんの元へとやっている。でも、何の為に……)

 

 

『なら、霧島北斗を見張ればいいさ。異変の首謀者は必ず彼の元に現れる』

 

 

 ふと、あの時の魅魔の言葉が脳裏を過ぎる。

 

(……あながち、間違いでもない、か)

 

 霊夢は確信に近いものを感じ取り、御払い棒を肩に担ぐ。

 

「……」

 

 そして彼女はこちらに向けられる視線に気づきつつ、周囲の警戒を強める。

 

 

 

 その後北斗は止めてた列車を二輌の蒸気機関車の元へと呼び寄せ、ゆっくりとC57 135号機と9677号機を連結させ、そのままD61 4号機も連結させる。

 

 次に12系客車とC57 135号機の炭水車(テンダー)の連結を外させる。二輌の蒸気機関車を機関区へ運ぶ為には低速で走らなければならないので、向きの関係上C57 135号機を単機で運ばせることにしたのだ。

 

 その間に皐月(D51 465)七瀬(79602)、作業員の妖精達が無縁塚の線路の調査へと入り、線路の状態や周辺状況を確認している。

 

(今のところ作業は順調に進んでるみたいだな)

 

 北斗はその各々の作業の様子を見ながら、無縁塚を歩いている。

 

 彼の手には万が一の護身用として、スコップが握られている。

 

(でも、この辺りの調査が終わっても、この路線の利用価値ってあるんだろうか?)

 

 内心呟きつつ、周囲を見渡す。

 

 調査を終えてここまで通行が可能になっても、無縁塚の在り方を考えると、幻想郷の住人がここに来る理由は殆ど無いだろう。その上貨物輸送にしても、ここまで資材を運ぶ理由も今のところ無いだろうし、正直なところこの辺りの路線の利用価値は現時点では無いに等しい。

 

(一体なぜこんな所にまで線路が――――) 

 

 ゆっくりと歩きながら考えていると、足に何かが当たる。

 

「……?」

 

 北斗は思わず首を傾げて、足元を見る。 

 

 そこには黒いボールらしき物が落ちていた。

 

「何だこれ?」

 

 北斗は屈んでスコップを手にしていない左手で拾い上げる。

 

(これ、黒い水晶か?)

 

 手にしている黒いボール状の物を雲の隙間から少し顔を出している太陽に翳して見る。

 

 よく見ればそれは半透明の黒い水晶であり、太陽の光に照らされて少し透けている。

 

(あんまり汚れていないところを見ると、割と最近のものみたいだな)

 

 北斗は黒水晶に汚れが少ないことから、最近この辺りに落ちたものだと推測する。

 

 拾ったはいいが、それをどうするか悩んだものも、彼は黒水晶を上着の左ポケットに入れる。

 

 

「北斗さん」

 

 と、彼の元に険しい表情を浮かべている霊夢がやって来て声を掛ける。

 

「霊夢さん? どうしましたか?」

 

 北斗は霊夢の表情を見て、ただならぬ予感して彼女に問い掛ける。

 

「何があっても、私達の傍から離れないようにしていなさい」

 

「? なぜですか?」

 

「面倒な連中が来たからだぜ」

 

 と、怪訝な表情を浮かべている北斗に、霊夢と一緒に来た魔理沙が三角帽の位置を整えながら説明をする。

 

「……」

 

 早苗は北斗の前に立ち、手にしている御幣を前に出して身構える。

 

 すると林の奥から明らかな敵意を醸し出す妖怪が何体も出てきた。

 

「あれは……」

 

「この辺りに居座っている人喰い妖怪共よ」

 

 霊夢はそう言うと、左手を右の袖の内側に入れてそこから札を取り出す。

 

「あいつら話が通じないからな。本気で襲い掛かってくるぜ」

 

 魔理沙はミニ八卦炉を取り出し、妖怪たちを睨むように見る。

 

「北斗さん。私達から離れないでくださいね!」

 

 早苗は北斗にそう言いながら、力を溜める。

 

「……」

 

 北斗は息を呑みつつ、スコップを両手で持って身構える。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95駅 無縁塚での戦闘

最近執筆意欲が湧かない……この状態が一番不味いのに、どうしたものか……

それはそうと、JR九州が巷で話題の作品『鬼滅の刃』とのコラボで、肥薩線が被災して運休が続いているSL人吉の58654号機がその作品に登場する列車に扮して久々に走るようですね。
作品のコラボ云々はともかくとして、福岡でSLが走るのは久々ですね。再復活前の時の最後の出張運転以来ですかね。


 

 

 

 

 無縁塚に出現した線路の調査途中で、突然北斗達の前に姿を現した人喰い妖怪たち。

 

 北斗達を見つけるなり、敵意剥き出しで襲い掛かる。 

 

 

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 魔理沙はスペルカードを発動させて、星状の弾幕を放つ。

 

 星状の弾幕の直撃を受けた妖怪は何体かが後ろへと吹き飛ばされるが、残った妖怪は構わず突き進む。

 

 霊夢は舌打ちをして、魔理沙と同じタイミングで宙に浮く。

 

「北斗さん伏せていてください! 奇跡『ミラクルフルーツ』!」

 

 彼女の警告を聞き北斗はとっさにその場にしゃがむと、直後に早苗はスペルカードを発動させ、自身を中心に赤い光弾を八箇所に放ち、八つの光弾が弾けて弾幕が楕円形上に拡散する。

 

 放たれた弾幕は妖怪たちに直撃して吹き飛ばすが、どれも傷を負わせるようなものではない。

 

 そもそもスペルカードは弾幕ごっこで使われる勝負札だ。殺し合いの道具ではない。なので殺傷能力は無い。

 

 吹き飛ばされた妖怪たちは起き上がると地面にある石を拾い上げ、北斗達に向かって投げる。

 

 早苗はとっさに結界を張って北斗を守り、宙に浮いている霊夢と魔理沙は軽く動いて石をかわす。まぁこれまで幾度も鬼畜な弾幕を攻略してきた彼女達からすればたかが石ころ一つかわすのなんて容易なことである。

 

「やっぱりスペルカードルールは無視か!」

 

「分かり切っていた事よ」

 

 霊夢はそう言うと、手にしている札を手放し、周囲に浮かせる。

 

「でも、博麗の巫女の前でルールを破る覚悟は出来ているんでしょうね?」

 

 威圧感ある冷えた視線を妖怪達に向けながら彼女はそう言うと、スペルカードを発動させる。

 

「霊符『夢想封印!』!!」

 

 スペルカード発動と共に殆ど隙間の無いぐらいに大量の札が出現し、妖怪達に向かって飛んでいく。

 

 札は妖怪に当たって張り付くと、なんらかの大きな力が働いて妖怪が後ろに大きく吹き飛ばされて地面に倒れる。

 

 博麗の巫女が作った特製の札には非常に強い霊力が込められており、妖怪の動きを封じる作用がある。なので札を貼り付けられた妖怪は身体がしびれて動けなくなっていた。

 尤もなことを言うと札の効果と言うより、無数の札が身体に張り付けられて物理的に妖怪は身体の動きを封じられているようであるが。

 

 普段はスペルカードルールによってここまで弾幕の密度は無いが、ルールを破った相手に手加減をする必要は無いのだ。

 

「ルールを破ったやつに、わざわざルールに沿って戦う理由は無いよな!」

 

 魔理沙は手にしているミニ八卦炉を妖怪達に向け、本体が四方に展開する。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 彼女が叫ぶと共にミニ八卦炉から虹色の極太レーザーが放たれ、妖怪達を飲み込む。

 

 レーザーを撃ち終えると、飲み込まれた妖怪達は程よく焼かれた状態で地面に倒れていた。

 

「まだまだ!! 魔符『ミルキーウェイ』!!」

 

 魔理沙は続けてスペルカードを発動させ、星状の光弾の弾幕を放つ。

 

 星状の光弾は妖怪達に命中して弾け、勢いよく吹き飛ばしていく。

 

 

 

「あれって、大丈夫なんでしょうか?」

 

 二人の容赦ない攻撃に北斗は不安を覚える。

 

「一応あれでも手加減はしていると思います。この幻想郷では余程のことがない限り人間、妖怪問わず殺生は禁じられているので」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は半ば包帯ぐるぐる巻きのミイラみたいに札が貼り付けられて身動きを封じられていたり、少し焼かれた状態の妖怪に思わず声を漏らす。

 

 

 すると左の方向の少し離れた場所にある背の高い草むらから次々と妖怪達が現れる。

 

「っ! まだ来るか!」

 

 魔理沙は草むらの方を見るが、その直後前の方から妖怪の唸り声がしてとっさに前を見て目を見開く。

 

 そこでは彼女のマスタースパークで焼かれたはずの妖怪がゆっくりと起き上がっており、更に森の方から妖怪の増援が現れる。

 

「嘘だろ!? あんな状態で動けるのかよ!?」

 

「大分タフね。それに更なる増援か」

 

 霊夢は札の残数を確認して、早苗と北斗を見る。

 

「早苗。北斗さんを列車の所に連れて行きなさい。そこに居られても邪魔なだけよ」

 

 霊夢はそう言うと、妖怪たちに向けて弾幕を放つ。

 

「……もう少し言い方があるでしょうに」

 

 相変わらず突っぱねたような霊夢の言い方に早苗は不満を覚えつつ北斗を見る。

 

「行きましょう! お二人が時間を稼いでいるうちに!」

 

「は、はい!」

 

 二人は霊夢と魔理沙が妖怪達を引き付けている内にその場を離れ、待機している列車の方へと走る。

 

 

 

 列車の方にも妖怪達が群がって襲撃をしていた。

 

「おぉりゃぁっ!!」

 

 皐月(D51 465)が逞しい声を上げながらスコップをフルスイングして妖怪の頭に叩きつけ、良い音を立ててそのまま妖怪を吹き飛ばす。

 

 その近くでは七瀬(79602)が火室に溜まった灰を灰箱に落とすのに使う火掻き棒をまるで棒術のように巧みに振るい、妖怪の身体に叩きつけて倒していく。

 

 近くでは作業員の妖精達が背中の羽を羽ばたかせて飛行しながら各々が手にしている道具で妖怪達に応戦している。

 

 曲がり仮にも彼女達は神霊と妖精。身体能力は人間よりも高いので、妖怪相手にある程度戦える。

 

 

「七瀬! 皐月!」

 

 と、早苗に守られながら北斗が二人に近づく。

 

「区長!」

 

「すぐに出られるか!?」

 

「駄目よ。線路の上に妖怪共が居るわ。無理に出発して妖怪を踏んづければ、機関車が脱線する可能性があるわ」

 

「っ! そうか……」

 

 七瀬(79602)の言葉を聴き、北斗は苦虫を噛んだ様な表情を浮かべ、線路の上に居る妖怪たちを見る。

 

 妖怪の身体がどれだけ丈夫なのかは不明だが、少なくとも骨は人間よりも頑丈だろう。

 

 もしこのまま出発して妖怪を轢いたとしても、その時に妖怪を車輪が踏んづけて骨を砕けなければ、車輪は持ち上がり、線路から外れてしまう。

 

 脱線すれば、機関車は動けなくなる。操重車を連れて来なければ復旧は不可能だ。

 

 脱出したくても、脱出できない状況が出来上がっていた。

 

 

 妖怪達は霊夢と魔理沙の二人を避けて、徐々に北斗達の方へと集まってくる。

 

「くそっ! 私達を無視して早苗達の方に行きやがって!」

 

 魔理沙は愚痴をこぼしながら弾幕を放ち、妖怪を倒す。

 

「……」

 

 そんな中、霊夢は弾幕を放ちながら周囲を見回し、冷静に状況を分析する。

 

(それにしてもこいつら、やけに突っ込んで来るわね)

 

 次々と現れてはこちらに向かってくる妖怪の群れの動きに、霊夢は違和感を覚えていた。

 

(いくら人喰い妖怪でも、無鉄砲に襲い掛かるはずもないのに。なんで今日に限ってこんなに来るのかしら)

 

 違和感のある妖怪の行動に、霊夢の視線が鋭くなる。

 

 理性など殆ど無い獣同然の人喰い妖怪だが、彼らとて動物だ。本能によって自分より強い相手の区別ぐらいは付く。普段ならまず博麗の巫女である霊夢に襲いかかろうとはしないはず。

 

 しかし今は何も考えずにむやみに襲い掛かっているようにしか思えない。その上弾幕が迫ってきているのに、避けようともしない。

 

 

 まるで狂気(・・)に取り付かれたかのように、こちらに向かって来ている。

 

 

(誰かがこいつらに何かした?)

 

 様々な考察が飛び交い、霊夢は一つの推測を立てる。

 

 もしも妖怪達に何者かが魔法なり妖術なりを使い、気を狂わせているのなら、この状況に説明が付く。

 

 

 でも誰が妖怪達を狂気化させたのか?

 

 なぜ妖怪を狂気化させたのか?

 

 そしてなぜ妖怪達を自分達に襲わせているのか?

 

 

 次々と疑問は尽きないが、彼女は軽く頭を振って考えを振り払う。

 

(考えても無駄ね。兎に角今は目の前の事に集中しましょう)

 

 彼女は内心呟くと、スペルカードを手にする。

 

 色々とゴチャゴチャ考えるよりも、敵が向かってくるのなら容赦無く叩きのめす。ただひたすら正面から突破する。その方が彼女の性分に合っているのだろう。

 

「神霊『夢想封印 瞬』!」

 

 霊夢はスペルカードを発動させ、色とりどりの弾幕を放つ。

 

 

 

 列車の傍では神霊の少女達と妖精が各々が持つ道具で妖怪に対抗し、早苗が結界を張って北斗を守りながら弾幕を放つ。

 

 機関車から降りた(C57 135)文月(C55 57)もスコップを手に襲い掛かってくる妖怪を殴り飛ばす。

 

『9677』と『D61 4』のバッジを付けた少女達もスコップを手にして振るい、妖怪達を追い払う。

 

「……」

 

 そんな中、北斗は周囲を警戒しながら両手で持っているスコップの柄を握り締める。

 

(みんなが戦っているのに、俺だけ何も……)

 

 何も出来ず、ただ見ているだけの自分に、北斗は歯噛みする。

 

 神霊の少女達は人間より高い身体能力もあって人喰い妖怪に対抗でき、妖精達は空を飛んで妖怪の攻撃範囲外から攻撃している。

 

 そして早苗や魔理沙、霊夢の三人はそれぞれの力とスペルカードを用いて妖怪達を撃退している。

 

 しかしただの人間である彼には、戦う力が無い。分かっているが、それでも自分の無力さが悔しく思う。

 

「……」

 

 悔しい思いはあるが、その感情を押し殺して、北斗は周囲を見渡す。

 

 戦うことは出来ないが、その分視野が広く確保できるので、北斗は妖怪達の動きを見ていた。

 

 幸い今のところ妖怪による被害は出ておらず、妖怪の数も少しずつ減っている。

 

(このまま何事もなければいいんだけど……)

 

 北斗は周囲を警戒しつつ、内心呟く。

 

 

 ふと、彼の視界の右端で何かが蠢き、とっさに右へと顔を向ける。

 

 早苗が左から襲い掛かろうとする妖怪に対して弾幕を放っていると、その少し離れた後方にある草むらから妖怪が静かに顔を出す。

 

「っ! 早苗さん! 後ろです!!」

 

 北斗はとっさに大声で早苗に伝えるが、周りの喧騒に声がかき消されて彼の声は彼女に届いていなかった。

 

「早苗さん! くっ!」

 

 北斗は悪態をつき、スコップを手放して走り出す。

 

「区長!?」

 

 皐月(D51 465)が驚きの声を上げるのも構わず、北斗は走る。

 

 すると北斗が走り出すと同時に、草むらから妖怪が飛び出てきて早苗に向かって走る。

 

「早苗さん! 危ない!!」

 

 北斗は声を上げると早苗の耳にようやく声が届いて気づくが、振り向いた向きが妖怪が居る方向と逆だったので、後ろから迫ってくる妖怪の存在に気づけなかった。

 

(間に合え!!)

 

 彼は力の限り地面を蹴って跳び出し、早苗を抱えてその場から退かす。それと同時に早苗の背後に迫っていた妖怪が腕を振るう。

 

「っ!」

 

 その瞬間北斗は左腕から鋭い痛みが走って顔をしかめるも、とっさに自分の身体を下にして地面に倒れる。

 

「北斗さん!?」

 

 突然のことに早苗は声を上げるも、顔を上げた時に妖怪の姿を確認する。

 

「っ! 秘術『グレイソーマタージ』!!」

 

 早苗はとっさにスペルカードを発動させ、自身の周りに光弾出現して星の形を作り、勢いよく拡散する。

 

 北斗によって攻撃が避けられた妖怪は再び早苗に襲い掛かろうとするが、至近距離から弾幕の直撃を受けて、勢いよく吹き飛ばされる。

 

 そして周囲に放たれた光弾は他の妖怪に直撃して、次々と倒していく。

 

(あ、危なかった。もし北斗さんが伝えてくれなかったら、さっきの妖怪に……)

 

 最悪な状況が脳裏に過ぎり、早苗は息を呑む。

 

 人の命など簡単に奪える妖怪が居るこの幻想郷では、気を抜けば一瞬で命を落としかねない。

 

「っ! 北斗さん!!」 

 

 ハッとした早苗はとっさにしゃがみこんで地面に倒れたままの北斗に寄り、肩に手を置く。

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 北斗の肩に手を置いた瞬間、彼女の手に生暖かい湿った感触が伝わり、声が漏れる。

 

 恐る恐る早苗は北斗の肩に置いた手を見ると、掌が赤く染まっていた。

 

「……」

 

 目を見開き震える彼女は恐る恐る北斗を見ると、そこには左肩に切り裂かれた三つの傷を負い、そこから血を流して倒れている北斗の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96駅 負傷

 

 

 

 

 早苗の目の前には、左肩に大きな傷を負って倒れている北斗の姿。

 

 傷は深く、その上三つもあって多くの血が流れ、その周辺は赤く染まっている。

 

 何とか早苗を妖怪の攻撃から守ることが出来た北斗だったが、かわしきれず妖怪が振るった爪が彼の左肩を切り裂いた。正確には二の腕に近い部分であるが、それでも彼の左肩が三つの筋に切り裂かれた。

 

 そのあまりにもショッキングな光景に早苗は呆然とするが、北斗が痛みによって呻き声を漏らすと、早苗の意識が戻る。

 

「北斗さん! あぁ、そんな!?」

 

 早苗は取り乱した様子で北斗に声を掛けると、彼は激痛で歯噛みしながら彼女を見る。

 

「さ、早苗さん……大丈夫、ですか?」

 

 息絶え絶えな様子であったが、北斗は自分より早苗の状態を確認する。

 

「私なんかより、北斗さんが!」

 

「……さ、さすがに、大丈夫では、無いですね」

 

 北斗は起き上がって座り込んだ状態になり、右手で傷を抑えて出血を抑えようとするが、傷は深くその上三箇所に出来ているとあって、出血が止まらない。

 

 それによって彼は血が流れ出ていく喪失感と、激痛による意識の朦朧が襲い掛かっていた。

 

 早苗はすぐに左腕の袖を腕から引き抜くと、それを使って北斗の左腕の傷の上に巻き、強く縛って止血する。

 

「何で、私を庇って……」

 

「何でって……それは……当然、でs―――」

 

 すると北斗はふらついて倒れそうになるも、早苗がとっさに彼を支える。

 

「北斗さん! 北斗さん!!」

 

「……」

 

 早苗が彼に大声を掛けるが、出血が多いせいか意識が遠のき出して、受け答えが出来なくなりだしていた。

 

 

 

 

「霊夢! 北斗が!」

 

「っ!」

 

 弾幕を張って妖怪を抑えていた魔理沙が北斗の異変に気づき声を上げると、霊夢はとっさに彼の居る方向を見る。

 

 そこでは早苗に声を掛けられながら軽く揺さぶられているが、殆ど反応していない北斗の姿があった。その上彼の左腕が白い布らしきもので巻かれているが、その白い布が赤く染まっている。

 

 その状況で何があったのか、霊夢は瞬時に察する。

 

「魔理沙!」

 

「あぁ!」

 

 二人はとっさに北斗の元へと向かおうとするが、突然下方から光弾の弾幕が張られる。

 

「なぁっ!?」

 

「くっ!」

 

 突然の弾幕に二人はとっさにかわして光弾が飛んできた方を見ると、被弾から復活した妖怪達が弾幕を張っていた。

 

「あいつら、さっきまでやってなかったのに!?」

 

「……」

 

 魔理沙は驚愕しながらも弾幕をかわし、霊夢は険しい表情を浮かべつつ、結界を張って弾幕を防ぐ。

 

「足止めのつもりね」

 

「何だって!?」

 

 霊夢の言葉に魔理沙が彼女を一瞥すると、とっさに北斗達の方を見る。

 

 いつの間にか北斗と早苗の周囲に妖怪たちが集まっていた。どうやら血の臭いによって寄せられているようである。

 

「くそっ! 邪魔だ!!」

 

 魔理沙はミニ八卦炉を構えようとするが、弾幕が濃い為回避するのがやっとで、ミニ八卦炉を構える暇が無い。

 

「……」

 

 霊夢は奥の手を発動する準備に取り掛かるが、どうしても発動させられなかった。

 

 スペルカードルールにおける彼女のラストワードであるそれなら無縁塚に現れた妖怪たちを一掃することが可能だろう。しかし範囲が広い上に弾幕が濃いので、周囲に居る味方を巻き込みかねない。

 

 魔理沙ならかわせるだろうが、身動きが取れない北斗と取り乱している早苗が居る以上巻き込まれるのは確実だ。

 

 早苗が結界を張るのなら問題ないが、北斗が傷つき倒れたせいで彼女は取り乱している。とても結界を張れる余裕など無い。

 

「早苗! 落ち着きなさい!!」

 

 霊夢は早苗に大声を上げるが、妖怪達が喧しく騒いでいるせいで声がかき消されて早苗に声が届いていない。

 

 近づいて声が届くようにしようとするも、妖怪達が放つ弾幕により近づけないで居た。

 

 同じく皐月(D51 465)七瀬(79602)も妖怪達に阻まれて早苗と北斗の元へ向かえずにいた。

 

 

 

 

「北斗さん……北斗さん……」

 

 座った状態から再び横になった北斗に、早苗が力無い声で何度も声を掛ける。

 

 傷口からの出血は未だに止まらず、彼女が着ている巫女服の袖で縛った箇所は真っ赤に染まっており、さっきよりも北斗の顔色は悪くなっている。

 

(私が、私が油断したせいで……北斗さんが……)

 

 彼女は内心呟き、両手を握り締める。

 

 

 油断したつもりは無かった。周囲を警戒して、北斗を妖怪から守っていたはずだった。

 

 だが、結果は北斗が彼女の背後から迫っていた妖怪から攻撃を庇い、傷を負ってしまった。

 

 

 これでも異変解決に加わったり、妖怪退治も何度も行ってきた。妖怪の動きだって、ある程度理解していたはずだった。

 

 だが、やはり経験が不足していたというのもあるが、何より早苗にとって想定外だったのが、妖怪が本気でこちらを殺しに掛かっているということだ。

 

 今までなら意思疎通できる妖怪が相手だったからこそ、出来ていた部分が多かった。獰猛な妖怪が相手でも、何とか出来ていた。

 

 だが、今回は狂暴化していた妖怪が相手であり、その動きは早苗の予想を超えていた。

 

 

 まぁ、北斗を守ることばかりを考えていたが故に、後方への警戒が疎かになっていた部分は否めないが。

 

 

(私のせいで、私のせいで……)

 

 虚ろになった目で北斗を見ながら、早苗は自分の未熟さを悔やむ。

 

 

 すると早苗の傍で何かが弾け、その音で彼女の意識が引き戻される。

 

「早苗!! 前だ!!」

 

 と、彼女の上で妖怪達が放つ弾幕を潜り抜けた魔理沙が大声を放ちながら通り過ぎる。

 

 早苗は前を見ると、妖怪が彼女に向かって走ってきて、その拳を勢いよく突き出していた。

 

「っ!」

 

 彼女はすぐさま結界を張り、妖怪の攻撃を防ごうとする。

 

 しかしとっさに結界を張った上に、精神が乱れた状態の彼女にまともな結界が張れるわけも無く、更に不安定な体勢とあって妖怪の拳が結界に衝突すると同時に早苗は後ろへ吹き飛ばされる。

 

「あぐっ!?」

 

 吹き飛ばされた早苗は地面に背中を強く打って肺の中の空気が吐き出され、そのまま身体が半回転して地面に倒れる。

 

「うっ……ぐぅ!」

 

 身体中から痛みが走りって一瞬意識が飛びかけるが、彼女は気合で意識を繋ぎ止め、すぐに顔を上げる。

 

 すると彼女を吹き飛ばした妖怪が倒れている北斗を前にして、鋭い爪を持つ手を振り上げていた。

 

「っ! 開海『モーゼの奇跡』!!」

 

 早苗はスペルカードを発動させると同時に飛び出し、瞬間移動で北斗の元へと向かって彼を抱え上げて移動させると、その直後に妖怪が振り下ろした爪が地面を抉る。

 

 北斗を抱えたまま早苗は弾幕を放ち、光弾の雨霰の直撃を受けた妖怪は後ろに吹き飛ばされる。

 

「魔砲『ファイナルスパーク』!!」

 

 早苗が北斗を抱えて離れた直後に魔理沙がミニ八卦炉を展開して前に出すと、先ほどの恋符『マスタースパーク』よりも強力な虹色の極太レーザーが放たれる。

 

 虹色の極太レーザーは妖怪達を飲み込み、吹き飛ばしていく。

 

「霊符『夢想封印 円』!」

 

 その間に霊夢はスペルカードを発動させ、自身の周囲に光球を出して、彼女の周囲を回り出すとその周辺へ光弾を放つ。

 

 放たれた光弾は妖怪達に命中して弾け、次々と吹き飛ばす。

 

「おっと!? やべぇ!」

 

 すると魔理沙が慌てた声を上げて霊夢は思わず見ると、魔理沙が手にしているミニ八卦炉から煙が上がっている。ミニ八卦炉が故障したのは誰が見ても明らかである。

 

「霖之助さんに直してもらったんじゃないの?」

 

「そうだけど、まだ完全に終わったわけじゃないんだ……」

 

 煙を上げるミニ八卦炉を仕舞いながら魔理沙は苦虫を噛んだように顔を顰める。

 

 この間の北斗の誘拐事件時、地霊殿でみとりとの弾幕勝負の末、ミニ八卦炉が損傷したので、製作者である香霖堂の店主 森近霖之助に修理を頼んでいた。

 しかし思いのほか損傷が大きかったとあって、修理完了まで時間が掛かる予定だった。

 

 しかし無縁塚へ出発するのにミニ八卦炉が必要だったので、彼女は霖之助に無理言って応急修理した状態で持ってきたのだ。

 

 その不完全な状態で連続して高火力の砲撃を連続して使用すれば、耐えられるはずもないのだ。

 

 兎にも角にも、ミニ八卦炉が使用不可となったことで、魔理沙は最大火力を失ってしまった。

 

 しかし彼女の放った一撃は妖怪達の動きを鈍らせることとなり、一瞬の隙が出来る。

 

(今の内に!!)

 

 霊夢と魔理沙の二人のスペルカードによる攻撃で妖怪達の動きが鈍り、早苗はその隙に北斗を抱えて列車の方へと飛び立つ。

 

 

「っ!?」

 

 しかしその直後、妖怪が放った光弾の弾幕が早苗の背中に直撃し、彼女はその衝撃でバランスを崩して地面に落ちる。

 

 その際北斗を守ろうと自分の身体を下にして落ちたが、北斗の体重が加わって落下した事で、身体中に痛みが走る。その衝撃で抱えていた北斗を手放してしまう。

 

「うっ……」

 

 光弾が当たった背中と落下時に地面に打ち付けた身体中の痛みに呼吸がしづらくなって意識が朦朧となるも、早苗は頭を振って何とか気を保つ。

 

「ほ、北斗さん……」

 

 すぐに身体を起こして隣に倒れている北斗を見ると、彼も痛みに耐えながらも身体を起こしていた。

 

「っ!」

 

 しかし身体に力が入らないせいか、そのまま仰向けに倒れると、荒く呼吸をする。

 

「北斗さん……っ!」

 

 早苗は北斗の身体を持って起こすが、その時に周囲を見てハッとする。

 

 二人の周囲は既に妖怪達に包囲され、じりじりとその距離を縮めて今にも襲い掛かろうとしていた。

 

 今から結界を張る余裕も、スペルカードを発動させる時間も無い。逃げようにも、北斗を抱えて飛んでも素早く動けないので、さっきのように弾幕で撃ち落されるのがオチである。

 

「……」

 

 早苗は無意識に北斗を抱きしめる。

 

 逃げられないのは誰が見ても明らか。早苗自身もそれは分かっている。

 

 もし北斗を置いて一人でなら、素早く動けて逃げられるかもしれない。その上でスペルカードを使って妖怪を攻撃できるかもしれない。

 

 しかし彼女がそれを選択することは無い。

 

 自分の身を犠牲にしてでも守ってくれた人を、見捨てることなんて出来ない。

 

 

 それ以上に、この世の誰よりも大切な人を見捨てることなんて、彼女には出来ない。

 

 

「早苗!! 北斗!!」

 

 妖怪達の放つ弾幕を避けながら魔理沙が叫ぶ。

 

「くっ!」

 

 霊夢は札を手にして奥の手を発動させようとする。

 

 

 

 

 妖怪達が早苗と北斗に襲い掛かろうとした、その時だった。

 

 

 早苗が北斗を抱えた状態で地面に落ちた際に、彼の上着のポケットから落ちた物があった。

 

 それは北斗がこの無縁塚で拾った黒水晶だ。

 

 北斗の左腕の傷からはさっきより少なくなったとは言えど、まだ出血が続いており、傷口を縛った早苗が着ている巫女服の袖は真っ赤に染まり、多くの血を吸ったことで湿りを帯びている。

 

 その袖から北斗の血が黒水晶へと滴り落ちる。

 

 その瞬間、黒水晶に亀裂が走り、その直後に光を放ちながら砕け散った。

 

『っ!?』

 

 突然の光に誰もが驚き、そして眼を瞑るか腕で覆ってその光を防ぐ。

 

 

 

 その直後光の中からレーザーらしき光が五本放たれ、早苗と北斗の二人を囲っていた妖怪の身体を貫く。

 

「っ!」

 

 いち早く腕を退かしていた霊夢はその光景に、とっさに警戒する。

 

「な、何が起きているんだ!?」

 

 魔理沙は驚いて声を上げる。

 

 妖怪達も驚いているようで、二人を苦しめていた弾幕が止んでいる。

 

 

「……何、あれ……」

 

 早苗は目を見開いて、身体を硬直させている。

 

「……あれは」

 

 虚ろな目で北斗は前を見て、視界に入ったものを見て声を漏らす。

 

 

『……』

 

 

 そこには、異様な存在感を放つものが宙に浮いていた。

 

 紫色の球体が五つ浮いており、その一つ一つにある目が周囲に居る妖怪達を睨んでいる。そしてその五つの球体に繋がっている細く黄色い紐状の物体が絡め合い、簡易的な人の形を形成している。

 

 さっきまで暴れていた妖怪達は、突然現れたそのものを前にして、その異様な気配に誰もが動きを止めていた。

 

『……戦闘開始』

 

 そのものから言葉が発せられると、五つの球体にある目の瞳が赤く光る。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97駅 封印されし者

更新が遅れて申し訳ございませんでした。最近精神面的な部分を含めて色々とあって、中々執筆が進みませんでした。

それはそうと、本作品を投稿し始めて早二年が経過しました。いやぁ時が経つのは早いですね……
これからも更新は不定期になるかもしれませんが、本作をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 五つの球体の目からレーザーのような光が放たれ、その光は妖怪達の身体を貫く。

 

 妖怪達が激痛によってもだえ苦しむのを無視して『それ』は次々とレーザーを放ち、妖怪達の身体を貫いていく。

 

 弾幕ごっこのような光弾ではない、殺傷能力のある攻撃であった。

 

 さすがの妖怪達も無視できないのか、霊夢や魔理沙達を無視して『それ』に向かっていく。

 

 妖怪達が弾幕を張るが、『それ』は細かく動いて弾幕をかわし、その直後に五つの球体の目から拡散したレーザーを放つ。

 

 レーザーはさっきのものより威力は小さく妖怪の身体を貫通しないが、それでも妖怪一体を吹き飛ばすほどの威力はあった。

 

 妖怪達は手も足も出ずに、『それ』は猛攻を仕掛ける。一方的な光景が広がっていた。

 

 

 

『……』

 

 早苗と北斗は目の前の光景に呆然としていた。

 

 突然現れた『それ』は妖怪たちに対して一方的な力を示し、次々と倒していく。

 

 どの攻撃も妖怪達に傷を負わせるものばかりだったが、急所は外しているようで、激痛で悶え苦しんでいる以外妖怪は誰も死んでいない。

 

「……」

 

 早苗は北斗を抱きしめながら、『それ』を警戒する。

 

 彼女は感じ取っていた。それから発せられる、邪悪な気配を。

 

 しかしそれはこちらに対して敵意は持っていないようで、時折こちらの様子を見ては妖怪達を排除している。まるで二人を守っているかのように。

 

 かといって邪悪な気配を放つ『それ』を味方として見るわけにはいかない。

 

(一体、何が起きているんですか……)

 

 敵でもなければ味方と安心するわけにもいかない。そんな『それ』に、早苗は困惑するしかなかった。 

 

 

 

 

「何がどうなってんだ、こりゃ」

 

「私が知るわけ無いでしょ」

 

 魔理沙が呆れ半分に声を漏らすと、霊夢は素っ気無く返す。

 

 突然現れた『それ』により、二人に攻撃を仕掛けていた妖怪達は『それ』に向かっていった。

 

 そして『それ』による蹂躙が始まり、霊夢と魔理沙は宙に浮いて静かに状況の推移を見守っていた。

 

「あれって味方で良いん、だよな?」

 

「……」

 

 戸惑う彼女の質問に霊夢は何も言わず、ただ『それ』を見る。

 

 圧倒的な力で妖怪達を倒していく『それ』 早苗と北斗の二人を妖怪から守っているように見えるが、『それ』から放たれる邪悪な気配が彼女に警戒心を抱かせている。

 

(さっきまで予兆は無かった。一体どこからあいつは現れたの?)

 

 しかし霊夢にとって一番の懸念は『それ』が何の前触れも無く突然現れたことである。

 

 博麗の巫女である彼女ですら何の前兆を感じ取れなかったのだ。それがより一層彼女に警戒心を抱かせているのだ。

 

 

 

 するとさっきまで見境無く襲い掛かっていた妖怪達が突然動きを止めたかと思うと、その直後に酷く怯えた様子で踵を返してそのまま森の方へと逃走していく。

 

「な、なんだ?」

 

「……」

 

 突然の妖怪の動きの変化に魔理沙は戸惑い、霊夢は目を細める。

 

 さっきまで見境無く霊夢達に襲い掛かっていたのに、妖怪達は『それ』を恐れるように逃げている。

 

 

 まるで急に正気に戻ったような、そんな様子だ。

 

 

(近くに居る?)

 

 霊夢は視線を鋭くして森を見渡すが、怪しい人影は見られない。

 

「霊夢! 行くぞ!」

 

 と、魔理沙が声を掛けると、霊夢は何も言わずに二人は警戒をしたまま早苗達の元へと向かう。

 

 

 

 

「……」

 

 妖怪達が逃走し、何とか難を逃れたが、それでも早苗は気を抜けれないで居た。

 

 なぜなら『それ』が目の前に居るのだから。

 

『……』

 

 妖怪達を退けた『それ』は全ての目を早苗と北斗に向けており、様子を伺っているようにも見える。

 

 二人の後ろには駆けつけた皐月(D51 465)七瀬(79602)達が身構えて『それ』を警戒している。

 

 そして霊夢と魔理沙も到着し、『それ』の後ろに降り立つ。

 

「……君は、何者なんだ?」

 

 多少意識がハッキリとして早苗に支えられながら立ち上がった北斗が恐る恐る『それ』に声を掛ける。

 

 

『ご無事でしょうか、我が主よ』

 

 と、『それ』は北斗にそう問い掛けると、黄色い紐状のものが絡め合って出来た人型と五つの球体が頭を下げる。

 

「えっ? あっ、はい。何とか」

 

 予想外なこととあって北斗は戸惑うも、左腕の状態を一瞥して答える。

 

 一方の早苗は「えっ? えっ?」と理解が追いつかず首を傾げる。

 

 それは霊夢達も同じなようで、目を見開いている。

 

 そりゃまぁ突然現れては妖怪達を退け、邪悪な気配を放つ『それ』が我が主と呼べば誰だって戸惑う。

 

『申し遅れました、我が主』

 

 と、『それ』の五つの球体の目が閉じて黄色い紐状のものが光り輝くと、霊夢達が身構える。

 

 紐状のものが更に絡め合ってより明確に人の形へと変化していくと、五つの球体が人型の腰の辺りに近づき、身体に光を纏う。

 

 北斗達が唖然としている中、光が晴れる。

 

『……』

 

 光が晴れると、そこには一人の少女が立っていた。

 

 薄い金髪のような髪を根元で黒いリボンで束ねた髪形をしており、金色の瞳が北斗を見ている。服装は中央縦に黒いラインの入って脇が開いた白い上着に茶色の袴を穿き、ベルト代わりの腰巻から伸びる鎖に五つの紫の球体が繋がれている。

 

『初めまして。我が名は「幽玄魔眼」と申します、我が主よ』

 

「幽玄……」

 

「魔眼?」

 

『それ』こと『幽玄魔眼』が右手を胸元に当てて頭を下げながら自己紹介をして、北斗と早苗が声を漏らす。

 

「それが、君の名前なのか?」

 

『はい。私は戦う為に生み出された、戦闘用自律人形です』

 

「自律人形って……」

 

「……」

 

 彼女の正体を聞き、二人は信じられないと言わんばかりに目を見開き、幽玄魔眼を見つめる。

 

 どこから見ても普通に生きている人間にしか見えない。とても無機質な人形とは思えない。

 

 しかし先ほどの力を示したとあって、逆に人間らしからぬ雰囲気ではあった。

 

「なぜ君は俺を主と呼んでいるんだ?」

 

 幽玄魔眼の正体を知り、北斗は次の質問をする。

 

『私の封印を解いた者を主として認識するように設定されていたからです。主によって、私の封印が解かれたのですから、当然です』

 

「……?」

 

 彼女の言葉に北斗は首を傾げる。

 

 まぁ彼からすれば身に覚えの無いことなのだから、疑問に思うのも当然である。

 

『さぁ、我が主よ。ご命令を』

 

 と、幽玄魔眼は地面に片膝を付けてしゃがむと、頭を下げる。

 

『この私、幽玄魔眼は主のいかなる困難な命令であろうと、完遂する所存でございます。主が望むのならば、妖怪共を駆逐してご覧に入れます』

 

 彼女が物騒なことを口にすると、さすがの霊夢も警戒を露わにして札を手にする。

 

 幻想郷において妖怪もまた博麗の巫女の加護下にある存在なのだから。

 

『さぁご命令を、我が主よ』

 

 幽玄魔眼は顔を上げて北斗を見つめて、命令を欲した。

 

「……」

 

 北斗はどう言うべきか悩み、息を呑む。

 

 まぁ突然このように命令を要求されても、すぐには答えられないだろう……

 

 

 

「では、お願いがあります」

 

 そして間を置いて北斗は口を開く。

 

「これから自分達は機関区へ戻りますので、道中彼女達の護衛をお願いします。その後は機関区の守りに入ってください」

 

 北斗は9677号機とD61 4号機と連結して待機しているC57 135号機と、傍に控える彼女達を見ながら幽玄魔眼に命令を下す。

 

『承知しました』

 

 幽玄魔眼は立ち上がり、左胸に右手を当てて頭を下げる。

 

「北斗さん……」

 

 早苗は何か言おうと口を開こうとするが……

 

「早苗。そいつを彼から離そうとするのは駄目よ」

 

「ど、どうしてですか!?」

 

 霊夢がその前にそう言うと、早苗は思わず声を上げる。

 

「こんな厄介なやつを野放しにしている方が危険だわ。それはあんただって分かっているんでしょ」

 

「それは……」

 

 彼女の指摘に早苗は何も言えなかった。

 

 霊夢が幽玄魔眼から邪悪な気を感じ取ったように、早苗もまたその邪悪な気を感じ取っていた。

 

 幽玄魔眼が単独でどう動くかは分からないが、彼女の言った言葉が本当なら、野放しにするのは危険極まりない。

 

「幸い北斗さんの言うことは聞くようだし、彼の傍に置いて見張っておくのが得策よ」

 

「そいつの言うことが本当ならな」

 

「……」

 

 霊夢の考えを聞き、魔理沙が疑惑の視線を幽玄魔眼に向けながら呟き、早苗は何も言わなかった。

 

「まぁ、ともかく、妖怪達が戻ってくる前に、とっとと行くわよ」

 

「それもそうですが、それよりも早く北斗さんを連れて行かないと!」

 

 早苗は慌てた様子で声を上げる。

 

 さっきより多少良くなっているとは言えど、北斗の状態はとても楽観できるものではない。

 

「でもさすがにここまでの怪我となると、里の診療所じゃ手に負えないぜ。永琳に頼むしかないんじゃないか?」

 

「でしょうね」

 

 と、聞き覚えの無い名前に北斗は首を傾げるも、二人は話を続ける。

 

「魔理沙。すぐに里に行って妹紅もしくは鈴仙を探してくるのよ」

 

「おう! 任せておけ!」

 

 魔理沙は頷くと、すぐに箒に跨って飛び出す。

 

「文月さん! すぐに出られますか!」

 

「いつでも行ける!」

 

 早苗が大声で文月(C55 57)に声を掛けると、C55 57号機の運転室(キャブ)に戻っていた彼女が大声で返事をする。

 

 C55 57号機は蒸気が上がっており、線路上に妖怪の姿も無いので、いつでも出発可能であった。

 

「北斗さん。すぐに人里に向かいますから、客車に乗り込んでください」

 

 早苗は北斗にそう伝えながらC55 57号機に連結されている12系客車を見る。

 

 

 しかし北斗からの返事が来ない。

 

「北斗さん?」

 

 返事が来ないことに早苗は北斗を見る。

 

「……」

 

 北斗は苦しそうな呼吸をしており、額に多くの汗が浮かんでいる。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 異常な状態の北斗の姿に早苗は不安を覚えていると、突然北斗が後ろに倒れそうになる。

 

「っ! 北斗さん!?」

 

 早苗はとっさに北斗を支えようとするも彼の体重を支えられるはずも無かったが、皐月(D51 465)七瀬(79602)が手にしている得物を捨ててとっさに北斗を後ろから支えて何とか倒れるのを阻止した。

 

「っ!」

 

 霊夢も慌てた様子で彼の元へと駆け寄る。

 

「どうしたんだ、区長!?」

 

 皐月(D51 465)が声を掛けるが、北斗の返事は無い。 

 

 気を失った北斗は苦しそうに呼吸をして、顔中に汗が浮かんでいる。先ほどとは違う状態である。

 

「北斗さん!! 北斗さん!!」

 

『静かにしろ』

 

 と、早苗が北斗に声を掛けていると、幽玄魔眼が彼女を黙らせて北斗の傍に来ると、彼女の両目が僅かに輝き、彼の身体を見つめる。

 

『……主の身体に毒が回っている』

 

「ど、毒ですか? 一体いつ―――」

 

 と、早苗はハッとして傷を負って自身の巫女服の袖で縛った北斗の左腕を見る。恐らく毒は妖怪が傷を負わせた時に一緒に盛られた可能性があった。

 

『早く対処しなければ、主の命が危うい』

 

「は、はい! 皐月さん! 七瀬さん! 手伝ってください!」

 

 早苗は北斗を両脇から腕を通して抱えると、皐月(D51 465)七瀬(79602)が彼の両脚を持って身体を持ち上げ、北斗を運ぶ。

 

「……北斗さんの命令通りに動くのよ。余計な真似をするんじゃないわよ」

 

『貴様に言われるまでもない、博麗の巫女』

 

「……」

 

 霊夢は幽玄魔眼を睨みつつも、すぐに早苗達の後を追う。

 

 早苗は北斗を皐月(D51 465)七瀬(79602)の二人に加え、妖精達の手を借りて12系客車の車内へと運び込む。

 

 霊夢は周囲を警戒して最後に12系客車に乗り込む。

 

「文月さん! 行ってください!!」

 

 全員乗り込んだのを確認して早苗が手を振って大声で文月(C55 57)に伝える。

 

 早苗の声を聞いた機関助士の妖精より伝えられた文月(C55 57)はブレーキハンドルを回してブレーキを解くと、ペダルを踏んで汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いてC55 57号機がゆっくりと前進する。

 

 しかし少し慌てて加減弁を開け過ぎたせいでC55 57号機は空転を起こすも、動輪は線路を掴みどんどん加速していく。

 

『……』

 

 幽玄魔眼は無縁塚を後にする列車を見届けると、北斗からの命令通り残された(C57 135)の護衛に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはこれは……」

 

 無縁塚の森の中にある木の陰に隠れて状況を見ていた魅魔は声を漏らしつつ、僅かに口角を上げる。

 

「まさかこれほどとはな。私の予想以上だよ、幽玄魔眼。そして霧島北斗」

 

 魅魔は幽玄魔眼を見ながら呟く。

 

「これなら妖怪共を狂わせてぶつけた甲斐があったものだ」

 

 彼女はそう呟き、妖怪達が逃げていった森の奥を見る。

 

 どうやら妖怪達が狂気化していたのは、彼女の術によるものだったようである。

 

「しかし、彼の能力が博麗の巫女の封印すらも破るほどのものだったとはな。予想以上だが、まぁあれの封印を解けたのならいいか」

 

 と、不穏なことを呟くと、木にもたれかかる。

 

(あれだけの異質な力……母親が神霊ってだけでここまでの力を有するものか)

 

 魅魔は普通では知りえないであろう事を呟くと、とある予想が脳裏に過ぎる。

 

(それとも彼の父親もまた特殊(・・)であるからか……)

 

 と、何やら意味深な事を内心呟くと、もたれかかっていた木から真っ直ぐ立ち、歩き出してその場から離れていく。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10区 永遠亭編
第98駅 永遠亭


東武鉄道で復元中の私鉄発注のC11 1号機が改番されてC11 123号機になるようですが、正直言ってこれはなぁ、と思いました。
機関車のナンバーは決して飾りではなく、そのナンバーには歴史がありますので、改番するのはその歴史を否定しているようにも見えますし、何よりそのナンバーで残すからこそ保存機としての意味があるんですから。
まぁ世の中には中国で作られた蒸気機関車がアメリカに渡り、装いを変えて走っている例がありますし、何より新たな門出という意味ではこれもありなのかもしれない。
青梅鉄道公園のC11 1号機とナンバーの重複を避ける為かもしれませんが、形式入りのナンバープレートなら差別化は計れると思うんだけど、そこんところはどうだったんだろうか……


 

 

 

 

 無縁塚を後にしたC55 57号機は煙突から白煙を吐き出して短い間隔でドラフト音を響かせ、その大きな動輪を回転させて急いで人里の駅へと向かって線路を爆走していた。

 

 運転室(キャブ)では機関助士の妖精が石炭を何度も火室へと投炭して火力を上げ、注水機のバルブを捻って水をボイラーへ送り込む。 

 

 文月(C55 57)は動輪が空転しないように加減弁ハンドルを握り、蒸気の量を調整して速度を維持する。

 

 

 客車内では座席に横にされている北斗に早苗が必死に声を掛けていた。

 

「北斗さん! 北斗さん!!」

 

 早苗は何度も声を掛けていたが、北斗からの返事は無い。

 

 顔中に汗を掻き、苦しそうに呼吸をしており、その上傷口から出血が続いている。

 

 妖怪の毒によって高熱を発して、血が固まりにくくなっているせいで出血が止まらないのだろう。

 

「区長! しっかりしろよ!!」

 

 皐月(D51 465)が声を掛けるも、何の反応は無い。

 

「退いてなさい」

 

 と、霊夢は皐月(D51 465)を退かして左袖から札を一枚取り出すと、札に霊力を込めて北斗の左腕の傷の上に貼り付け、更に霊力を送り込んで密着させる。

 

「これで少しは出血を抑えられるはずよ」

 

「霊夢さん……」

 

「あんたも札が少し残っているでしょ。霊力を込めて少しでも毒の進行を抑えるのよ」

 

「は、はい!」

 

 早苗は残った右袖から残り少ない札を取り出すと、霊力を込め始める。

 

「……」

 

 しかし心が乱れてうまくいかないのか、中々札に霊力が溜まらない。

 

「……っ」

 

「早苗」

 

 うまく霊力を溜められず焦りを見せ始める早苗に霊夢が声を掛ける。

 

「落ち着きなさい。焦る気持ちは分からないでもないけど、あんたが焦れば、北斗さんの容態は悪化の一途よ」

 

「……」

 

 霊夢からの助言を受けて、早苗は目を瞑り、深呼吸を二回ほどして気持ちを落ち着かせる。

 

 そして早苗は再度手にしている札に霊力を込め始めると、先ほどと違い霊力が溜められていく。

 

 札に霊力が溜まると、彼女は札を北斗の左腕に貼り付け、そこから更に霊力を込める。

 

 すると苦しそうだった北斗の呼吸が少しだけ穏やかになる。

 

「北斗さん……」

 

「……」

 

 ほんの少しだけが、北斗の容態が良くなったので早苗は安堵の息を吐き、霊夢も心なしか少しだけ安心したように息を吐く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、人里の端にある駅舎。

 

 

 鉄道の運行が停止しているとあって、駅には殆ど人の姿無かった。

 

 しかし駅構内は物々しい雰囲気だ。

 

「……」

 

 駅構内の上り線側のホームに腕を組んで立っている妹紅と、先に無縁塚から出発した魔理沙の姿があった。

 

 無縁塚から飛んできた人里に到着した魔理沙は妹紅を探し出し、駅構内で列車を待っている。

 

「それで、北斗の状態はどうだったんだ?」

 

「左腕を妖怪の爪で切り裂かれていたな。あれじゃ大分血を流していると思うぞ」

 

「そうか。だから永遠亭に連れて行くんだな」

 

「あぁ。だから案内を頼むぜ」

 

「任せておけ。北斗の身に何かあると、色々と大変だからな」

 

 妹紅は頷きながらそう言う。

 

 永遠亭と呼ばれる場所は特殊且つとても厄介な場所にあるとあって、永遠亭に辿り着くにはそこを熟知している妹紅の案内が必要不可欠となる。

 

 

 

 すると遠くから汽笛がして人里へとその音が届く。

 

「おっ、来たみたいだな」

 

 魔理沙が顔を上げて汽笛が来た方向を見ると、妹紅もその方向を見る。

 

 

 少ししてC55 57号機と牽引する12系客車の姿が二人の視界に入り、ブレーキ音が駅構内に大きく響くぐらいに勢いよくホームに入ってくる。

 

 完全に列車が停車すると、12系客車の扉が開く。

 

「……?」

 

 ふと、魔理沙は首を傾げる。

 

 車内では何やら慌てた様子になっており、二人は客車の中へと入る。

 

「なっ!?」

 

 そして北斗の姿を見て魔理沙は目を見開いて驚愕する。

 

「北斗!」

 

 魔理沙と妹紅が急いで早苗達の元へと駆け寄る。

 

「一体どうしたんだ!?」

 

 彼女はぐったりとして気を失っている北斗の姿を見て霊夢に問い掛ける。

 

「どうやら傷を負わされると同時に妖怪に毒を盛られたようね。魔理沙が飛んでいった後に気を失ったのよ」

 

「妖怪の毒だと?」

 

 霊夢が魔理沙に説明していると、妹紅が驚いた様子で声を上げる。

 

「今は私と早苗の札で出血と共に毒を抑えているけど、気休め程度でしかないわ」

 

「そうか……」

 

 霊夢より状況を聞き、妹紅は険しい表情を浮かべながら北斗を見る。

 

 ただでさえ怪我を負って出血している上に毒をもらっているのだ。非常に危険な状態である。

 

「っ! そうだ、七瀬さん!」

 

 と、早苗が何かを思い出したように声を上げ、七瀬(79602)に声を掛ける。

 

「新たに現れた路線は確か迷いの竹林の近くにもありましたよね!」

 

「……そういえば『霜月』の調査でその辺りにも確認されていたわね」

 

 七瀬(79602)は顎に手を当てて思い出すように呟く。

 

 ちなみに霜月とは18633号機の神霊の少女の名前であり、名前の由来は彼女が落成した月の旧暦から取っている。同時に発見されたC58 283号機の神霊の少女は『宮古』と名付けられた。その由来は彼女が走っていた区間内にある駅の名前から取っている。

 

「なら、すぐに行きましょう! 少しでも早く行かないと!」

 

「だが、まだ路線の調査が終わってないんだぞ。そこを走るのはリスクが高い」

 

 皐月(D51 465)がC55 57号機を見ながらそう告げる。

 

 新たに現れた路線の状態の調査はまだ終わっていない。どんな状態なのか分かっていない中でその路線を走るのはリスクが高い。

 

「でも! 悠長にして居られません! 早くしないと北斗さんが!」

 

「だからって危険に曝すわけにはいかないんだ! 万が一脱線でもしたら元も子もないだろ!」

 

「じゃぁ北斗さんがどうなっても言いというんですか!?」

 

「そうは言ってないだろ!!」

 

「落ち着けって二人とも!」

 

 皐月(D51 465)に詰め寄る早苗を魔理沙が間に入って彼女を宥める。

 

「こんな時に言い争っている場合じゃないだろ」

 

「……」

 

「兎に角、今は急がないといけないんだ。ここは早苗の言うとおりにしようぜ」

 

「……」

 

 魔理沙がそう言うと、皐月(D51 465)は渋々といった様子で頷く。

 

「それで、その路線の配置って分かるのか?」

 

「まだ未完成だけど、新しい路線図があるわ」

 

 と、七瀬(79602)は妖精達から路線図を受け取り、魔理沙に見せる。

 

「ここに博麗神社方面への路線とその迷いの竹林方面の路線を切り替える分岐点があるわ。迷いの竹林に行くならこの分岐点の向きを変えないといけないわ」

 

 七瀬(79602)は路線図を魔理沙に見せながら既存の博麗神社行きの路線と、新たに発見された迷いの竹林方面の路線を指差して説明する。

 

「なら、その分岐点に行って方向を変える必要があるな。案内してくれ!」

 

「えぇ」

 

 と、魔理沙が七瀬(79602)を連れて客車を降りると、箒に跨って七瀬(79602)を後ろに乗せ、駅のホームから飛び出す。

 

「私達も行きましょう」

 

「あぁ」

 

 早苗がそう言うと妹紅が頷き、皐月(D51 465)が緑旗を手にして開けている扉から半身を出し、ホイッスルを吹きながら旗を揚げる。

 

 それを確認した文月(C55 57)がブレーキを解いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ蒸気が送り込まれ、C55 57号機が前進する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 迷いの竹林

 

 

 この場所は幻想郷の中でも五本の指に入る厄介な場所として知られている。

 

 この竹林に入ったら二度と出られないと言われており、実際この竹林に迷い込んで生きて戻れた人間は殆ど居ない。

 

 その原因は植物の中では成長速度が早い竹によって景色が変わりやすく、その上地形によって方向感覚が狂わされるとあって、迷いやすくなる。

 

 それなら空を飛べば竹林を出られるのでは? と思われるだろうが、この竹林には不可思議な現象があって、空を飛んでも竹林を出ることが出来ないという。噂では何かが潜んでいるらしいが……

 

 運が良ければこの竹林に住む幸運を呼ぶ兎妖怪の因幡や、この竹林を熟知している藤原妹紅に出くわすことで竹林を脱出できる。

 

 その為、好き好んでこの場所に訪れるものは殆ど居ない。

 

 まぁ、それ故にこの場所に密かに暮らす者達にとっては好都合なのだが。

 

 

 その迷いの竹林の近くにも、新たに路線が現れた。さすがに竹林内ではなく、その付近に出現している。

 

 

 その路線にC55 57号機が牽く列車がやって来る。

 

 先に出発した魔理沙と七瀬(79602)の二人によって分岐点の向きが変えられ、その後迷いの竹林前にて列車を待っていた。

 

 列車は迷いの竹林の前で停車すると、12系客車の扉が開かれる。

 

「ゆっくり降ろしてくれ」

 

 先に客車から降りた妹紅が皐月(D51 465)と早苗の二人によって降ろされる北斗を背中に背負う。

 

「っと、やっぱり重いな」

 

 彼女は北斗を背負うと、ズッシリと来る重みに思わず声を漏らす。

 

(身体が冷たい……いよいよまずいな)

 

 妹紅は北斗を背負った際に、彼から温もりを殆ど感じていないことから、相当危険な状態であるのを瞬時に悟る。心なしかさっきよりも呼吸が浅いようにも思える。

 

 彼女は北斗を背負い直して、走り出す。

 

 早苗達も妹紅の後を追いかけて、その場には皐月(D51 465)七瀬(79602)文月(C55 57)の三人だけになった。

 

「区長……」

 

「今は待つしかないわ」

 

 不安な表情を浮かべる皐月(D51 465)七瀬(79602)が肩に手を置いて声を掛ける。

 

「……」

 

 C55 57号機の運転室(キャブ)から顔を出した文月(C55 57)の表情も不安の色が浮かんでいた。

 

 

 

 その後七瀬(79602)の提案でC55 57号機は一旦人里へと戻り、そこで石炭と水の補給を行うことにした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 竹林の中に入り、北斗を背負った妹紅が駆け抜ける。その後を早苗と霊夢、魔理沙の三人が追いかける。

 

「妹紅さんっ! 後どのくらいですか!」

 

「あと少しだ!」

 

 早苗が走りながら問い掛けると、妹紅も振り返らずそのまま答える。

 

「ちょ、ちょっとっ……休憩、させてくれよ……」

 

 走り続けたことで息が上がっている魔理沙が休憩を提案する。最初こそ箒に跨って飛んでいたが、ここでは空を飛ぶのはあまり勧められてないので、途中から走っているのだ。

 

 しかし彼女は普段からこんなに走ることが無いので、すぐに息が上がっていた。

 

「そんな暇は無いわよ。休憩したければ勝手に休憩していればいいわ」

 

「ちょっとは、労われよ!」

 

 同じく走っているにもかかわらず、涼しい顔の霊夢から辛辣な言葉を受けて魔理沙が愚痴を零す。

 

 まぁ彼女も休んでいる暇が無いのは分かっているが、体力の限界が近づいているのに変わりは無いのだ。

 

 ちなみに早苗にいたっては必死な様子で妹紅の後に付いて行っている。

 

 

 そして妹紅の言うとおり、少しして一軒の建物が竹林の中から姿を見せる。

 

 それは『永遠亭』と呼ばれる、この迷いの竹林にてひっそりと暮らす者達の屋敷である。

 

「妹紅! こっちよ!」

 

 と、その永遠亭の門の前で、一人の少女が声を上げて手を振っていた。

 

 足元まで伸びる長い紫の髪を持ち、赤い瞳を持つ少女だが、その頭にはウサギの耳が生えており、格好は紺色のブレザーにミニスカート、ソックスにローファーと、いかにも女子高生な格好をしている。

 

「鈴仙! 準備は!」

 

「出来ているわ。その人が?」

 

「あぁ。かなりの重傷だ。その上妖怪の毒を受けている」

 

 鈴仙と呼ばれた少女は妹紅が背負っている北斗を見ながら問い掛けると、彼女は北斗の容態を鈴仙に告げながら頷く。

 

「鈴仙さん? どうしてあなたがここに?」

 

 息が上がりながらも、早苗が鈴仙が入り口前に居ることを疑問に思いつつ彼女に問い掛ける。

 

「魔理沙から話を聞いたからよ」

 

「魔理沙から?」

 

 と、霊夢が後ろを振り向き、ようやく追いついて両膝に両手を置き、荒くなった呼吸を整えている魔理沙を見る。

 

「お、おう。妹紅を見つけて事情を話している時にな、ちょうど鈴仙の姿を見つけて、事情を話したんだ」

 

「薬の配達も終わって永遠亭に戻るところだったから、魔理沙の話を聞いてすぐに戻って、師匠に伝えたのよ。もう準備は出来てるわ」

 

「なんてナイスタイミング」

 

 二人から事情を聞いて、早苗が思わず声を漏らす。

 

 

 

「優曇華。急患が来たのかしら?」

 

 と、永遠亭より一人の女性が出てきて鈴仙に問い掛ける。

 

 銀色の長い髪を三つ編みにして、赤と青のツートンカラーの服を身に纏い、青いのナースキャップのような帽子を被っている女性である。

 

『八意永琳』 それが彼女の名前である。

 

「はい師匠! かなりの重傷です!」

 

「そう。分かったわ」

 

 永琳は妹紅に背負われている北斗の元に向かい、容態を確認する。

 

「……時間が無いわ。すぐに手術を始めるわ。患者を中に運んで頂戴」

 

「分かった」 

 

 彼女の指示を聞き、妹紅はすぐに永琳と鈴仙と共に永遠亭の中に入り、早苗と霊夢、魔理沙の三人も続く。

 

 

 北斗は永遠亭の一室へと運び込まれ、妹紅が彼をベッドに寝かせて、その部屋から出る。

 

「……出血性の毒が体内に回っているわね。それによる出血多量。危ういわね」

 

 永琳はベッドに寝かされた北斗の左腕の傷を診て、容態を確認する。

 

「師匠……」

 

 彼女の言葉に鈴仙の顔に不安の色が浮かぶ。

 

「……」

 

 永琳は鈴仙に目配せすると、彼女はすぐに薬品を棚から取り出す。

 

「お願いです! 北斗さんを、北斗さんを助けてください!!」

 

 早苗が必死な形相で永琳に懇願する。

 

「……最善は尽くすわ。でも彼の容態は極めて深刻よ。最悪な事態は覚悟して頂戴」

 

 永琳はそう告げると、早苗を部屋から優しく追い出して、扉を閉める。

 

「……北斗さん」

 

 早苗は閉められた部屋を見つめながら、両手を組む。

 

「今は、待つしかないな」

 

「……」

 

 妹紅の言葉に、早苗は両手を握り締めて祈る。

 

 

「……」

 

 そんな様子を近くに居た霊夢と魔理沙は壁にもたれかかっていた。

 

(永琳のやつ……何に驚いていたのかしら?)

 

 霊夢は先ほどの事を思い出しながら、ある疑問が過ぎる。

 

 永琳が北斗の容態を見ていた時、彼女はほんの僅かだけ、それも普通では気付けないほどに目を見開いていた。しかし霊夢には気付かれていたようであるが。

 

 彼女のことを知っている霊夢からすれば、余程なことがない限り驚くようなことは無いはず。一体どのようなことがあって驚いていたのかと、疑問に思っていたのだ。

 

 驚くほどに深刻な状態だったのか、それとも別の何かに驚いていたのか……

 

(……考えるだけ無駄か)

 

 しかし考えたところで答えが出るわけでもなく、霊夢は即座に考えるのやめた。

 

 

 それから四人はただただ北斗の無事を祈りつつ、ひたすら待つのだった。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99駅 深刻な状態

 

 

 

 それからしばらくして……

 

 

 日が沈み始めて辺りが暗くなりだしている中、永遠亭の一室にて早苗達はただただその時が来るのを待っていた。

 

「……」

 

 早苗は両手を組み、ただただ北斗が無事であるように祈りを捧げており、妹紅は野暮用でこの場には居らず、霊夢は座布団に座って永遠亭に住む因幡から出されたお茶を飲み、魔理沙は壁にもたれかかり、腕を組んで帽子を深く被っている。

 

 

 すると三人が居る一室の襖が開けられて、永琳の姿が現れる。

 

「っ! 永琳さん!」

 

 三人は襖が開けられる音に顔を向けると、永琳の姿を見るなり早苗が即座に立ち上がって彼女に問い掛ける。

 

「北斗さんは……北斗さんは、どうなったんですか?」

 

「……何とか一命は取り留めたわ」

 

 永琳は間を置いてそう告げる。

 

「……よ、良かった」

 

 それを聞き、早苗は安堵の息を吐き、力が抜けてかその場に座り込む。

 

「良かったじゃないか」

 

 そんな早苗に魔理沙が傍に寄り、声を掛ける。

 

「……ただ」

 

「ただ、何?」

 

 と、霊夢が目を細めて聞き返す。 

 

「今の彼は決して楽観できる状態じゃないわ。むしろこれからどうなるかは見当が付かないわ」

 

「……どういうことなんですか?」

 

 永琳の言葉に、早苗の顔に不安の色が浮かび上がり、その瞳が揺れる。

 

「百聞は一見にしかずよ。付いて来なさい」

 

 彼女はそう言うと部屋を出て、その後を三人が付いて行く。

 

 

 

 永琳は三人を連れて永遠亭にある病室へと入る。

 

 そこではベッドに寝かされた北斗を鈴仙が看ていた。

 

「北斗さん……」

 

 早苗は病室に入り北斗の姿を見るなり、すぐさま彼の元へと駆け寄る。

 

 ベッドに寝かされた北斗は静かに寝息を立てて眠っており、左腕には少し赤黒く染まった箇所がある包帯が巻かれている。

 

「彼の体内に入った毒の解毒は出来たけど、出血が多かったようね。輸血はしてあるけど、しばらく目を覚ますことは無いわ」

 

「えっ……」

 

 永琳の説明を聞き、早苗は思わず声を漏らす。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「そのままの意味よ。彼が目を覚ますのはまだ先のことよ」

 

「……」

 

「北斗は、いつ目を覚ますんだ?」

 

「……」

 

 魔理沙が問い掛けると、永琳は間を置いて口を開く。

 

「……正直なところ、目を覚ますかどうかも分からないわ」

 

 彼女はそう答えると、眠っている北斗を見る。

 

「最悪、もう二度と目覚めないかもしれないわ」

 

「……え?」

 

 それを聞き、早苗が目を見開いて永琳を見る。

 

「仮に目を覚ましたとしても、何かしらの後遺症が残るのは確実よ。それだけの血を流しているのだから」

 

「ど、どうにか出来ないんですか!?」

 

「残念だけど、こればかりはどうしようもないわ。どこに症状が現れるかは彼自身にしか分からない。でも目が覚めない以上、それも分からない。更に性質の悪い事にその間にも症状は進むの」

 

「そん、な……」

 

 早苗は後ろに倒れそうになるも、鈴仙が後ろから支える。

 

「永琳にも出来ないこともあるんだな」

 

「場所が分かれば対処のしようがあったんだけど、さすがに場所が分からなければお手上げよ。下手に弄れば、余計悪化しかねないわ」

 

 魔理沙がそう言うと、永琳は両手を挙げて降参のポーズをとる。

 

(尤も、必要な設備さえあれば何とかなったでしょうけど)

 

 とは言えど、彼女とてこの程度を治すのは造作も無いのだが、それはあくまでも必要な物が揃っている場合であって、今の環境では設備が不足している。

 

「でも、最善は尽くすわ。少なくとも、まだ可能性がある内わね」

 

「……」

 

 早苗はその場に両膝を付き、北斗を見つめる。

 

 その様子から永琳は霊夢と魔理沙、鈴仙に目配せをして首を小さく振るい、その意図を察した三人は彼女と共に病室を出る。

 

 

 

 

 病室に残されたのは眠っている北斗と、早苗の二人だけになった。

 

「……」

 

 早苗は光を失い据わった目で北斗を見つめる。

 

「北斗……さん……」

 

 彼女は力無い声を漏らし、右手を北斗の顔に添える。

 

 顔に触れた瞬間、感じたのは冷たさであった。

 

 とても生きているとは思えないぐらいに、北斗の身体は冷え切っていた。

 

(私のせいで……私のせいで……)

 

 早苗は内心で何度も同じ事を呟き、脳裏に無縁塚で起きた一連の出来事が過ぎる。

 

 自分のせいで北斗が傷つき、その上目覚めるかどうかも分からない状態になり、更に目覚めても後遺症が残ってしまう。

 

 その事実が彼女の心を蝕む。

 

「……」

 

 早苗は左腕に巻かれた包帯を見つめて、北斗の顔に添えている手を額へと移動させて頭を撫でるように動かす。

 

「北斗さん……」

 

 彼女は目に涙を浮かべて北斗の頭を撫でながら声を漏らし、ただただ彼の姿を見つめる。

 

 それから帰るまでの間、彼女は北斗の傍から離れなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 永琳は部屋を出た後、霊夢と魔理沙の二人を待たせていた居間に戻し、その後診察室に戻る。

 

 彼女は両手を組んで額を付け、静かにため息を付く、

 

「……」

 

 その表情はどこか深刻そうなもので、自然と目つきが鋭くなっている。

 

 

「今日は騒がしいわね、永琳」

 

「……姫様」

 

 と、後ろから声を掛けられて永琳は組んでいた両手を解き、後ろに振り向く。

 

 診察室の出入り口に一人の少女が立っていた。

 

 腰の位置よりも長い艶のある黒い髪をして、その顔つきは誰もが『美しい』という感想を抱く整ったものであり、服装は手が隠れるほどの長い袖を持つピンクの上衣に赤く裾の長いスカートを身に纏っている。

 

 その容姿、その雰囲気から、美しき和の姫君ともいえる。

 

 

 彼女の名前は『蓬莱山 輝夜』 この永遠亭の主であり、永琳が仕える主である。

 

 

「今日は妹紅とのお戯れはしなかったようですね」

 

「妹紅のやつ、今日はその気分じゃないって言って断ったのよ。今は外で待っているわ」

 

 永琳が問い掛けると、輝夜は腕を組みながら不満げに呟く。

 

「まぁ、そんな状況じゃないのは確かなようね」

 

「……」

 

 永琳の様子から察したのか、彼女は納得した様子で呟く。

 

「それで、急患の様子はどうだったの?」

 

「よろしくありません。状態が状態ですので、しばらくはこちらで看ることになりました」

 

「そう。まぁ私に気にすることは無いわ。関わることは無いだろうし」

 

「……お心遣いに感謝します」

 

「いいのよ」

 

 と、輝夜はそう言うと踵を返す。

 

「……そうだ、永琳」

 

「何でしょうか?」

 

「何か気になっていること(・・・・・・・)でもあるのかしら?」

 

「……」

 

 診察室を出る前に輝夜がそう問い掛け、永琳は表情を変えずに答える。

 

「いいえ。何もありません」

 

「そう。貴方がそう言うなら(・・・・・・・・)、そう言うことなんでしょうね」

 

 と、意味深なことを口にして、彼女は診察室を出る。

 

「……」

 

 永琳は少しして懐からある物を取り出す。

 

 それは北斗を治療している間に採った、彼の血液が入った指先サイズの小瓶である。

 

(ありえないと分かっているけど……)

 

 彼女は北斗の血液が入った小瓶を手に、席を立って隣の部屋へと入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって某所

 

 

 

 森の中に生々しく切り裂く音が響く。

 

 首を切り裂かれた妖怪が後ろに倒れて、多くの血を流してやがて絶命する。

 

 その周りには既に息絶えた妖怪達が地面に倒れており、その中央に切り裂いた妖怪は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 その妖怪達はどれも北斗達を襲った妖怪であった。

 

 一見すれば仲間割れの現場に見えるが、それは決して仲間割れではない。

 

 

「……」

 

 最後に生き残った妖怪の傍には、静かに佇む一人の少女の姿があった。

 

 その少女ことこいしは静かにその場を離れようとすると、妖怪が突然自身の爪で首に突き立て、そのまま深く突き刺した。

 

 大量の血を吐き出しながらも妖怪はそのまま自身の首を切り裂き、前のめりに倒れてそのまま息絶えた。

 

「……仇は取ったよ、お兄さん」

 

 こいしは立ち止まると、顔を上げて呟く。

 

 その目は濁って据わり、その表情は薄ら笑みを浮かべた……狂気に満ちていた。

 

 

 無意識の内にこいしはあの現場に居合わせており、そして北斗が傷つけられた光景を目の当たりにしていた。

 その瞬間、彼女の無意識が解け、同時にどす黒い感情が彼女の中で渦巻いた。

 

 その後こいしは感情の赴くままに、北斗に害を為した妖怪達を無意識にして、互いに殺し合いをさせ、最後に生き残った妖怪を自害させたのだ。

 

 

 狂気に満ちた表情を浮かべたこいしだったが、やがて無表情になり、そのままゆっくりと歩き出し、やがてその姿が見えなくなる。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100駅 どうすることもできない現実

 

 

 

 北斗が意識を失って早くも三日が経過した。

 

 

 

 幻想機関区

 

 

 線路異変の影響に加え、機関区長である北斗が不在の為、列車の運行は全くの未定である。

 

 

 列車の運行再開の目処が無い機関区だが、全く仕事が無いわけではない。

 

 

 先日修復を終えた4500形蒸気機関車と比羅夫号こと7100形蒸気機関車だが、機関区長である北斗が居なければ試運転が出来ないので、新たに建てられた機関庫に格納されている。

 

 空いた工場にはC50 58号機とC54 17号機が入場し、全般検査を兼ねた修復が開始されている。

 

 

 扇形機関庫では一部を除いて蒸気機関車達の一斉整備点検が行われている。

 

 火を落とされている機関車の傍では整備士の妖精達と神霊の少女達が足回りやボイラー、煙室内などの各所の点検を行い、整備を行っている。

 

 その中には無縁塚にて発見されたD61 4号機と9677号機の二輌の姿があり、それぞれの神霊の少女達は自身の機関車の点検を行っている。

 

 

 操車場では作業員の妖精達によって動かされているC11 382号機とC12 294号機に加え、B20 15号機により客車や貨車の整理が行われており、運行再開に備えて客車を前に出している。

 

 ちなみにC11 382号機とC12 294号機の二輌のフロント部には黄色と黒のゼブラ模様が描かれている。

 

 

「……」

 

 そんな中、宿舎の前で箒を使い落ち葉を掃いている夢月はある程度掃いた後、箒の柄頭に両手を置き、その上に顎を乗せてため息を付く。

 

「やれやれ。区長も随分と不運な体質ね」

 

 夢月の近くに幻月が下り立つと、彼女に声を掛ける。

 

「不運というより呪われているんじゃないの? 地底の妖怪に攫われたかと思ったら、今度は妖怪に襲われて重傷を負い、意識不明」

 

「まぁ普通なら呪われているとしか思えないわね」

 

 二人はそう言葉を交わすと、空を見つめる。

 

「んで、色々と引き込んでいるわよね」

 

「意図的じゃないんでしょうね、あれも」

 

 と、二人は宿舎の方を振り向き、屋根の上を見る。

 

 屋根には周囲を見渡して警戒している幽玄魔眼の姿があった。

 

 幻想機関区へ機関車を送り届けた後、彼女は主である北斗の帰りを待つと同時に、命令通り機関区を守っている。

 

「それでどうする、姉さん?」

 

「そうねぇ」

 

 幻月は顎に手を当てて、静かに唸る。

 

「屋敷はまだ直ってないだろうけど、もしもの時はここを離れることになりそうね」

 

「……」

 

「まぁ、もう少しだけ待ってみましょう」

 

「……えぇ」

 

 そして幻月はその場を離れ、夢月は再び箒で落ち葉を掃き始めた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって迷いの竹林……永遠亭

 

 

 

「ふわぁぁぁ」

 

 永遠亭の門の前に立つ少女は大きな欠伸をする。

 

 癖毛の黒髪に赤い瞳を持ち、頭からウサギの耳が生え、桃色のワンピースを身に纏った少女であり、にんじんのペンダントを首から提げている。

 

 彼女の名前は『因幡 てゐ』 この永遠亭、ひいては迷いの竹林に長い年月の間暮らしている因幡である。幼い見た目に反して相当長い年月を生きている。

 

「さてはて、時間通りならそろそろかな」

 

 大きな欠伸をして目を擦りながら呟く。

 

「……」

 

 と、彼女は目を細めて前を見ると、こちらに二人の人影がやってくる。

 

 

 少しして彼女の前にやってきたのは、妹紅と花束を持っている早苗の二人である。

 

 妹紅は北斗の見舞いにやってきた早苗を永遠亭へ案内する為にやってきた。

 

「時間通りに来たね」

 

「あぁ。入って大丈夫か?」

 

「良いよ。入っても」

 

 妹紅がてゐに聞くと、彼女は門を開けて永遠亭の中へと二人を案内する。

 

「……」

 

 てゐは二人を永遠亭内に案内する合間に、チラッと早苗を見る。

 

(ありゃ相当重症だねぇ……)

 

 見ただけで早苗の状態を理解した彼女は内心呟き、再度前を見る。

 

 

 死んだ魚の目のように、早苗の瞳には光が灯っておらず、まともに寝ていないのか目の下には隈が出来ており、過度のストレスのせいかやつれているようにも見える。

 

 

 兎に角、今の早苗の姿は非常に危ういものなのは誰が見ても明らかである。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 てゐの案内で二人は永遠亭内にある病室へと入る。

 

「じゃぁ、気が済んだら声を掛けてくれ。一応居間に居るからな」

 

「……はい」

 

 早苗が力無く返事をして、妹紅とてゐは病室を後にした。

 

 

「……」

 

 一人残った早苗はゆっくりと病室内を歩き、北斗が眠っているベッドへと歩み寄る。

 

「……北斗さん」

 

 ベッドの傍までやってきた早苗はベッドで静かに眠っている北斗を見つめる。

 

 あれから三日経過したが、彼には全く変化は無い。

 

「……今日、お花を持ってきました。ここに飾っておきますね」

 

 早苗は手には花が活けられた花瓶があり、ベッドの傍にある棚に花瓶置く。

 

「この花、意外にも幽香さんがくれたんですよ。北斗さんが良くなるようにって。あの方が心配してくれるなんて、本当に意外でした」

 

 彼女は北斗に語りかけるように喋りながら花瓶に活けられた花の位置を調整する。

 

 早苗が永遠亭に赴く前、人里にて妹紅を探している最中に彼女の元に風見幽香がやってきた。

 

 意外な人物に早苗は警戒心を露にするも、幽香は気にも留めずに早苗に花束を渡して『彼が目を覚ますといいわね』と言って彼女の元を去ろうとした。

 

 早苗がなぜ知っているのかと幽香に問い掛けると、彼女は天狗の新聞で知ったと告げて、彼女の元を去った、という経緯があった。

 

 

 花の位置を調整し終えた後、早苗は椅子に座って眠っている北斗を見つめると、今日あったことを眠っている彼に語り出す。

 

 早苗は今日に至るまで毎日北斗の見舞いに来ては、こうしてその日にあった事を話をしている。

 

 

「……」

 

 早苗は生気が無い目で北斗を見つめつつ、無意識のうちに両手でスカートを握り締める。

 

(奇跡が起きれば、北斗さんを助けられるのに……)

 

 眠っている北斗を見ながら、彼女は内心呟く。

 

「……フフフ……滑稽ですよね、本当に」

 

 すると早苗は静かに笑うと、北斗に声を掛ける。

 

「奇跡を起こす程度の能力がありながら、奇跡を起こせないなんて……本当に、本当に……」

 

 自傷する様に小さく呟くと、彼女の目から涙が落ちる。

 

「私は、貴方の為に、何も……何もでき、ないっ……なん、て……」

 

 早苗は悔しさがにじみ出て、涙を流しながら強く握り締める。

 

 

 早苗の持つ『奇跡を起こす程度の能力』。

 

 確かにその能力を使えば、北斗を助けられるかもしれない。実際彼女は北斗を助けるために、その力を使おうとした。

 

 しかしそれに待ったを掛けたのは、諏訪子であった。

 

 早苗は彼女に感情の赴くままに、問い掛けた。助けられる力があるのに、なぜ使ってはいけないのか、と。

 

 諏訪子は早苗を宥めつつ、理由を話した。

 

『確かに早苗の力を使えば北斗君は目を覚ますかもしれない。でもそれで仮に北斗君が目を覚ましても、余計な苦しみを与えるだけだよ』と……

 

 早苗は納得がいかなかった。そんな彼女に諏訪子が説明を続ける。

 

『彼の身体がどんな状態なのか分からないのに、奇跡の力で無理矢理目覚めさせたって、彼に苦痛を与えるだけ。それでも良いのかい?』

 

 諏訪子の説明に、早苗は何も言い返せなかった。

 

 北斗は多くの血を失い、その上妖怪の毒を受けたのだ。解毒が出来たとしても、全く影響が無いはずが無いのだ。

 

 今は眠っているから何も感じていないかもしれない。しかし目を覚まして感覚が身体中を巡れば、彼は苦しみを味わうことになる。

 

『奇跡って言うのはね、時には残酷な運命を見せることもあるんだよ』

 

 最後に諏訪子は早苗に告げた。

 

 

「北斗さん……」

 

 早苗は北斗に掛けられている布団に顔を埋め、そのまましばらく彼女は泣き続けた……

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 所変わり、幻想郷の空。厳密に言えば空の向こう側というべきか。

 

 

 

 

 そこは決して生ある者が訪れる場所ではない。

 

 

 その場所は『冥界』という、死者の魂が訪れる場所である。

 

 

 その冥界に、その場所はある。

 

 

 古き日本の雰囲気のある屋敷に庭園を持つそこの名は『白玉桜』と呼ぶ。

 

 

 

「……」

 

 白玉桜の日本庭園が見える縁側に、空を見つめる一人の女性の姿があった。

 

 ピンクのミディアムヘアーを持ち、水色と白を基調としたロリィタ風の着物を身に纏い、赤い模様が描かれた三角巾をつけた帽子を被っている。

 

 彼女の名前は『西行寺 幽々子』 この白玉桜の主であり、冥界の管理者の亡霊である。

 

「幽々子様。お茶を持ってきました」

 

 と、後ろの障子が開かれ、お茶を淹れた湯呑を載せたお盆を持って妖夢が幽々子の傍に膝を床に付けてしゃがみ込み、湯呑を彼女にお盆ごと差し出す。

 

「ありがとう、妖夢」

 

 差し出されたお盆に載せられた湯呑を受け取り、幽々子が妖夢にお礼を言って湯呑を両手で持ち、一口飲む。

 

「今年も残すところ僅かになったわね」

 

「はい」

 

「下の方では色々と大変だったわね」

 

「はい。色々とありましたね」

 

 二人は空を眺めつつ、今年一年を振り返った。

 

「それで、鉄道とやらは良かったのかしら、妖夢?」

 

「そうですね。空を飛ぶとは違った感覚がありまして、何より飛ぶことに集中しなくて良いので、景色を楽しめますね」

 

「あら、そうなの? それなら季節によっては食事をしながら景色を楽しめそうね」

 

「幽々子様の場合は花より団子では?」

 

「それは心外だわ、妖夢。私だって景色を楽しむことだってあるのよ」

 

「去年の花見では桜そっちのけで料理に向き合っていたじゃないですか」

 

「……」

 

 妖夢がジト目で指摘すると、幽々子は視線を逸らす。

 

「ま、まぁでも、機会があれば鉄道とやらで景色を楽しみたいわね」

 

「……そうですね」

 

 すると妖夢の表情が暗くなる。

 

「でも、今の状況では、それは出来ません」

 

「……」

 

「あの、幽々子様。本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

 妖夢は不安な表情を浮かべて幽々子に問い掛ける。

 

「そうね……私もあまり見たことの無い現象だからハッキリとは言えないけど、少なくとも今は大丈夫よ」

 

「今は、ですか……」

 

「えぇ。死んでいないけど、生きているとは言い難いわ」

 

 と、幽々子は障子が開けられた部屋の中を見ると、妖夢もその部屋を見る。

 

「後は、彼次第ね」

 

「……」

 

 二人の視線の先には、部屋の隅で姿勢を正して正座して座っている一人の少年が居た。

 

 どこを見るわけでもなく、真っ直ぐと前を見つめている少年。

 

 

 

 それは永遠亭で意識を失って眠っているはずの霧島北斗であった。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第101駅 身体と魂の関係

東武鉄道でC11 207号機と真岡鉄道から譲渡されたC11 325号機との重連イベントがありましたね。325号機の営業運転初日の12月26日が楽しみですね。
復元中の私鉄発注のC11 1号機改めC11 123号機も運転室を新製して順調に復元が進んでいますね。搬出されたボイラーはどこまで修復が進んでいるのやら
全検中のC58 363号機も来年2月に運転再開し、人気を博したSL鬼滅の刃がまさかの12月の追加運行と来ましたね。
来年こそは蒸気機関車界隈に良い一年であって欲しいですなぁ


 

 

 

 冥界に存在する白玉桜。

 

 

 そこに住む白玉桜の主『西行寺 幽々子』と従者の『魂魄 妖夢』

 

 その二人の視線の先に居るのは、重傷を負い意識を失って永遠亭で眠っているはずの北斗の姿であった。

 

 

「幽々子様。本当に彼は大丈夫なんでしょうか?」

 

 不安な表情を浮かべる妖夢は幽々子に問い掛ける。

 

「心配は無いわ。もし彼が本当に死んでいるのなら、人の姿はしていないでしょ」

 

「それはそうですけど……」

 

 妖夢は北斗を見ながら幽々子の言葉を聞くも、顔から不安の色は消えない。

 

 冥界は死後の人間の魂が閻魔の裁判により、向かう場所が分けられる場所の一つであり、ここに来た魂は転生するまで過ごすことになる。

 

 なのでここに来るのは魂だけで、今の北斗の様に人の姿で来る事は無い。

 

「幽々子様。そもそもなぜ北斗さんの魂がここに来たのでしょうか?」

 

 正座して真っ直ぐ前を見つめている北斗を見ながら、彼女は主である幽々子に問い掛ける。

 

「そうね……こんな現象を見るのはあまり無いから何とも言えないけど、私の予想が正しければ……」

 

 湯呑を持ったまま、幽々子は北斗を見ながら持論を口にする。

 

「恐らく、幽体離脱の一種か、もしくは魂が身体に定着していないでここに流れ着いたか」

 

「???」

 

 妖夢は頭の上に?をいっぱい浮かべて首を傾げる。

 

「幽体離脱は何らかの事故で魂が身体から一時的に離れる現象だけど、それなら身体の近くを漂うだけで、冥界に来る事は無いわ」

 

「はい。でも後者はどういうことですか?」

 

「そうね……」

 

 幽々子はお茶を飲み、一間置いて口を開く。

 

「話は変わるけど、魂は生まれた時から身体と強い結び付きがあるわ」

 

「はい」

 

「でも、何らかの事故でその結び付きが一時的に切れるのが幽体離脱で、完全に途切れるのが死よ」

 

「……」

 

「で、彼の場合は、その魂と身体の結び付きが弱く定着していないことで、魂が外れやすくなっていると思うわ」

 

「……それってつまり?」

 

「もしかしたら、彼の身体……本来のものじゃない可能性があるわね」

 

 幽々子の仮説を聞き、妖夢は目を見開く。

 

「そ、そんな事って、可能なんですか?」

 

「あくまでも仮定の話よ。別の身体云々はともかく、魂だけを引き抜いて別の身体に移し変えるなんて、普通は無理よ」

 

「普通は、ですか」

 

「えぇ、普通わね。でも紫の能力なら、もしかしたら可能でしょうけど」

 

「紫様の、境界線を弄る程度の能力ですか?」

 

「そう。彼女の能力なら魂と身体の結び付きの境界線を弄って、切り離すのは可能よ。そして魂を別の身体に宿らせるのも、その境界線を弄れば可能になるのよ」

 

「……改めて聞くと、紫様って何でもありですね」

 

「そうね。まぁ伊達に妖怪の賢者と呼ばれているわけじゃないしね」

 

 八雲紫の凄さを改めて認識した二人は短く会話を交わす。

 

「でも、さすがの紫でも、魂を抜き取ることは出来るでしょうけど、別の身体に定着させるのは無理よ」

 

「えっ? でもさっき……」

 

「あくまでも、一時的に宿らせる程度よ。魂を定着させるのは不可能よ」

 

「???」

 

 いまいち理解出来ていないのか、妖夢は首を傾げる。

 

「つまり、刀と鞘みたいなものよ。鞘は刀にぴったり合うように作られているから、別の刀を入れても反りが合わない。それに近いわね」

 

「あぁ、なるほど!」

 

 分かりやすい例えとあって、妖夢はポンと右手を左手に打つ。

 

「だから別の身体に魂を入れても、定着しないからものの数時間で魂は身体から外れて、元の身体に戻るわ」

 

「……」

 

「でも、彼の場合はそれに当てはまらないけど、かといって違うとも言い切れない」

 

 正座をしている北斗を見ながら幽々子は目を細める。

 

「まぁ、要は何も分からないってことよ」

 

 彼女はそう言うと、湯呑に入っている残り少ないお茶を飲み干す。

 

「少なくとも、彼はまだ死んでいないわ。でも、生きているとは言い難い状態でもあるわ」

 

「とても曖昧ですね」

 

「えぇ。そうね」

 

 湯呑を置きながら幽々子は北斗を見る。

 

「魂はあっても、意識はどこか違うところに向いているもの」

 

「……」

 

「ホント、飽きさせないわね、彼は……」

 

「北斗さん……」

 

 心配そうに彼を見つめる妖夢。

 

 そんな彼女の姿に、幽々子は微笑みを浮かべる。

 

「気になるのかしら。彼のことが」

 

「ふぇっ?」

 

 幽々子の突然の発言に妖夢はすっとんきょんな声を漏らす。

 

「な、何を言っているんですか、幽々子様!? わ、私は別に彼とはそんな、えぇと!」

 

「私は何も言っていないわよ?」

 

 慌てる妖夢に幽々子はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「ただ、どうして彼のことが気になっているのかなぁ、って思っただけよ」

 

「……」

 

 妖夢は少し間を置いてから、口を開く。

 

「私が、というより、早苗が気にしていると思います」

 

「早苗……確か守矢神社の」

 

「はい。たぶん彼女が今回の件に悩んでいると思います……」

 

「……」

 

 妖夢の悲しげな表情に幽々子は目を細める。

 

 

 妖夢の脳裏に過ぎるのはこの間の地底の覚妖怪による北斗の誘拐事件のことである。

 

 博麗神社に慌てた様子でやって来た早苗。その表情は切羽詰って、必死になって霊夢に協力を申し入れていた光景。

 

 地底の地霊殿で北斗を見つけた早苗は彼に飛びついて、彼の身体を抱きしめていた。その表情は安堵と共に感情が溢れて涙を流していた。

 

 それらを見れば、早苗が北斗に対してどれだけ強い想いを抱いているか、想像は容易い。

 

 

「幽々子様。北斗さんのことを、どうにか出来ないでしょうか?」

 

「……妖夢」

 

 従者のお願いに彼女は少し驚きつつ、内心喜びを感じていた。

 

 かつての彼女は自身を優先にして、他人との関わりは殆ど無く、自分以外は拒絶していた。

 

 しかし春雪異変の時に異変解決の為にやって来た霊夢と魔理沙との出会いをきっかけに、彼女の交友関係が変わり始めた。

 

 だからこそ、幽々子は他人に対する思いやりの心を持った従者の変化に喜びを感じていた。

 

「……私の能力は知っているでしょ。むしろ状況を悪化しかけないわ」

 

「っ……そうですよね」

 

 妖夢はガッカリしてか、肩を落とす

 

「……」

 

 幽々子は何も言わず妖夢を見てから、真っ直ぐ前を向いて正座をしている北斗を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧島北斗という少年は、生まれながらにして強い霊感を有していた。故に彼はこの世のものでは無いものを見ることが出来て、更に意思疎通を可能とした。

 幽霊や悪霊はもちろん、中には神様とも意思疎通が行えた。

 

 

 しかしその為に、彼は周りから異端な存在として見られて、遠ざかれて常に孤独であった。

 

 

 その誰にも認められなかった異端な能力によって、彼は虐めを受けていた。

 

 

 だが、彼を虐めていた者は例外なくその身に不幸なことが起きた。一生寝たきりを余儀なくされた者や四肢のどれかを切断することになった者、中には命を落とす者も居た。

 

 

 彼の周りでそんな事が起きれば、多くの者はその理解の及ばない現象を恐れ、やがては彼を『疫病神』と罵り、彼との関わりを断っていく。

 

 

 彼は孤独であった。生まれた時から彼の周りには誰も居なかった。

 

 彼を引き取った義理の両親は事故で亡くなり、次に引き取られた伯父は老衰で亡くなり、その次に引き取った叔父は彼を虐待した容疑で逮捕され、その後は親戚の家で静かに暮らしたが、極度の人間不信に陥っていた彼は誰とも会話を交わそうとしなかった。

 やがて親戚も彼のことを諦めて、放置した。

 

 

 常に孤独であった彼は、愛されることも、愛することを知らない……

 

 

 故に彼は自分以外はどうでも良かった。自分以外どうなろうと知ったことではなかった。虐めていた同級生が不幸な目にあっても、彼が抱いたのは因果応報だという優越感でも、自分に関わったせいで不幸な目に合ったという悲壮感でもなく、ただただそんな事が起きたんだという虚無感であった。

 

 

 

 そんな人間不信にあった彼が心を許した相手は、生まれて初めて出来た友達である早苗と、蒸気機関車のことを教えてくれた飛鳥の二人、そして彼に蒸気機関車を知るきっかけを作った伯父であった。

 

 

 しかし幻想郷に来てから、彼の心は変化しつつあった。

 

 

 蒸気機関車の神霊の少女達と、幻想郷に暮らす少女達との出会い、そして早苗と飛鳥の再会によって、彼の自覚無き閉ざされた心が開かれ、空虚な心が満たされ始めた。

 

 

 だが、それでも彼の心は、満たされないままであった……

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な空間に、霧島北斗は立っていた。

 

(……)

 

 彼の意識は殆ど無いに等しく、据わった目はただ前を見ている。

 

 自分が一体何をしているのか、今どうなっているのか、それすら分からない。

 

 

(……)

 

 すると北斗の視線の先に、暗闇を照らすかのような光が現れる。

 

 とても明るく、温かい光が彼を照らす。

 

 北斗はその光に誘われるかのように、ゆっくりと歩みを進める。

 

(あれ……俺、何をしているんだっけ……?)

 

 ふと、彼は内心呟く。

 

 彼は何か重大なことを忘れているような、そんな気がして考えようとするも、全く頭が回らず考えが纏まらない。

 

(何でだろう。この先に行かないといけない気がするのに、行っちゃいけないと思うのは……)

 

 矛盾した感覚に彼は歩みを止め、首を傾げる。

 

 

 この先に行けば、もう戻れないかもしれない……

 

 でもこの先に行かないといけない……

 

 

(……まぁ、良いか)

 

 しかし結局何も分からず、次第に眠りに近い気だるさが彼に圧し掛かって意識が遠のきだし、無意識の内に再び歩き始める。

 

 

 この先に行ってはいけない。そう本能が訴えかけているのに……

 

 

 しかし意識が遠のいている彼に、光の誘導に抗う術は無かった……

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102駅 帰るべき場所

 

 

 

 

『待て!』

 

 すると北斗は後ろから声を掛けられて、歩みを止める。

 

(……?)

 

 彼はゆっくりと後ろへ振り返ると、そこに人の形をした光があった。

 

『北斗。そこへ行ってはならない。お前はまだ行くべきではない』

 

(あなたは……? それに、なぜ俺の名前を?)

 

『今は何も言えない。だが、それよりもお前のことだ』

 

(……)

 

『北斗。お前はまだ生きている。お前は戻るべき所へ戻れ』

 

(でも、俺はあそこへ行かないと……)

 

『なぜお前はそう思うのだ』

 

(それは……)

 

 人の形をした光に問われて、北斗は言葉を詰まらせる。

 

 北斗がそこへ行こうとする理由。そんなものは無い。ただそこへ行かないといけないと思っているだけだ。

 

(……でも、何でだろう)

 

 ふと、彼はある違和感を覚えていた。

 

(あの光を見ていると、なんだか懐かしい気持ちになるな……)

 

 北斗は人の形をした光を見て、懐かしい気持ちを感じていた。

 

 その気持ちはなんと言うべきか。例えるなら以前にも会った事があるような、そんな気持ちである。

 

『北斗。お前には帰るべき場所がある。そして帰りを待っている者がいるはずだ』

 

(帰りを、待っている……)

 

 光が放った言葉に、北斗は少しずつ意識が戻り、そして脳裏に過ぎるのは……

 

 

 

 外の世界で鉄道博物館で初めて出会った時、迷子になって泣きそうになっていた早苗

 

 

 館内を一緒に歩き、展示物の鉄道車両を見て周り、展示物に興味津々に見ていた早苗

 

 

 別れ際の時、また会う約束として指きりげんまんをして、笑顔を見せる早苗

 

 

 

 幻想郷で二度と会うことは無いと思っていた早苗との再会

 

 

 構内試運転で動く蒸気機関車を見てはしゃいでいる早苗

 

 

 幻想郷で鉄道開業を目指して活動をしている時、その手伝いをしてくれた早苗

 

 

 夜の守矢神社にて、指きりげんまんをして互いに記憶が蘇り、微笑みを浮かべた早苗

 

 

 

 紅魔館で酔っ払って絡んできた早苗

 

 

 無用心な北斗に大して、酔いが醒めるほど本気で心配していた早苗

 

 

 火入れ式で礼装姿となり、蒸気機関車に安全を祈願した早苗

 

 

 幻想郷鉄道の開通式で安全を祈願した早苗

 

 

 

 地底に連れ去られ、地霊殿にて北斗と再会し、涙を流した早苗

 

 

 守矢神社にて、お互いの気持ちを伝え合い、微笑みを浮かべる早苗

 

 

 無縁塚で傷ついた北斗に駆け寄り、動揺する早苗

 

 

 

 

 そして、北斗に笑顔を向ける早苗

 

 

 

 

 共に過ごした早苗の姿が、彼の脳裏に過ぎる。

 

 

 

(……早苗さん)

 

 北斗は小さく彼女の名前を口にすると、据わっていた目に光が灯る。

 

『帰りを待っている者が居るのに、お前はこのまま行ってしまうのか』

 

(……)

 

 人の形をした光の言葉に、北斗は両手を握り締める。

 

(ありがとうございます。お陰で、目が覚めました)

 

『……』

 

 北斗はお礼を言うと、人の形をした光はまるで満足したように頷いた動きを見せる。

 

(でも、あなたは一体?)

 

『さっきも言ったが、それはまだ教えられない』

 

(……)

 

 北斗は光に問い掛けるが、人の形をした光は教えることを拒む。

 

『だが、北斗。お前はいつか知ることになるだろう。その時になれば、私の正体も分かる』

 

(……)

 

『今は、戻るべき場所へ行くんだ。手遅れになる前にな』

 

(……はい)

 

 北斗は納得いかない様子だったが、時間が無いと言われてすぐに人の形をした光が居る方向へ歩き出す。

 

(ありがとうございます)

 

 彼は人の形をした光の傍を通り過ぎる際に再度お礼を言って、そのまま歩いていく。

 

 

 

『……』

 

 人の形をした光はゆっくりと後ろへ振り向き、北斗の後姿を見つめる。

 

『北斗。いつかお前は全てを知ることになるだろう。だが、お前ならその事実を受け入れられると、私は信じている』

 

 すると人の形をした光の足元が徐々に消えてなくなっていく。

 

『……飛鳥のことは、頼んだぞ。彼女は意外と背負う奴だからな』

 

 光は最後まで北斗の姿を見つめ、遂には光そのものが消えてなくなった。

 

 

 

 

 立派に、なったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わり、永遠亭

 

 

 

「……」

 

 廊下を歩く鈴仙は憂鬱な気分であった。

 

(彼が起きないまま、もう一週間か……)

 

 彼女は浅く息を吐く。

 

 北斗の意識が戻らないまま、一週間が過ぎた。

 

 まだ一週間というのは断定できるタイミングではないが、それでもこれ以上意識が戻らないままでは、確実に植物人間状態へ陥る可能性が高くなる。

 

(師匠は最後まで責任は持つって言っていたけど、最悪の場合も予想されるのよね)

 

 手にしている桶を見下ろし、彼女はため息を付く。

 

 幻想郷には外の世界の医療機関にあるような延命装置は無い。点滴による栄養補給も栄養剤の材料は調達できるが、毎回となると難しい。

 必要な物がなければ、八意永琳といえどどうしようもない。

 

 その為、八方塞のお手上げな状況となれば、最終的な判断として下されるのは……安楽死である。

 

 当然彼の安楽死を猛反対する者は多いだろうが、どうにかできる方法が無い以上この判断を覆すことは出来ない。

 

 そういった場面に彼女は何度か立ち会っている。

 

(何回かこういうことはあったけど、慣れたくないなぁ)

 

 鈴仙は内心呟いて再度ため息を付き、病室の前に着く。

 

「失礼します……」

 

 彼女はそう言いながら病室の扉を開けて中へ入る。

 

 

 

「うーん……なんだか身体が重い……」

 

「……」

 

 と、鈴仙が目にしたのは……上半身を起こして右腕を上げて背伸びをしている北斗の姿であった。

 

 あまりにも予想外な光景に、彼女はピシリと固まる。

 

 まぁ一週間も眠り続けていたはずの人間が、昨日まで何の前兆も無しに突然目を覚ましていれば、誰だって驚く。

 

「……あっ、どうも」

 

 若干寝ぼけた様子であったが、北斗は鈴仙を見ると頭を下げる。

 

「……」

 

「あ、あのー?」

 

 固まって何の反応を見せない鈴仙に、北斗は首を傾げる。

 

 

 

 

「え゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙!?!?!?」

 

 

 

 

 直後、迷いの竹林に彼女の叫び声が響き渡った。

 

 

 

 ちなみにこの時の事を北斗はこう語ったそうな。

 

 

『エ○ル顔って出来るものなんだなぁ』と……

 

 

 

 しばらく意識が無かったせいか、彼のズレっぷりが酷くなっていた。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103駅 目覚めと疑惑

 

 

 

 

 

「……優曇華がとんでもない叫び声を上げたから何事かと思ったら」

 

 永琳は額に手を当ててため息を付く視線の先には、未だに状況が飲み込めないでポカーンとしている北斗の姿があり、その傍では目を点にして震える鈴仙の姿がある。

 

「ししし、師匠!? なななな、何が起きているんでですか!?!? なな、なんで彼がおお、起きているんですかぁぁぁっ!?」

 

「少しは落ち着きなさい。全く」

 

 彼女は混乱している弟子に再度ため息を付くと、気を取り直して北斗を見る。

 

「あ、あの、これは?」

 

「あぁ、気にしなくて良いわ。優曇華は少し驚いているだけだから」

 

(少し?)

 

 鈴仙の混乱っぷりを見て北斗は内心呟き首を傾げる。

 

「それはともかくとして、改めまして、霧島北斗さん」

 

「あっ、はい。えぇと、ここは?」

 

「永遠亭。まぁちょっとした病院だといえば、外来人のあなたでも通じるかしら?」

 

「病院、ですか」

 

 と、北斗は左腕を見る。

 

 包帯がグルグル巻きにされた左腕を動かそうとするも、痺れたような感覚があって動かしづらかった。

 

「思い出したかしら?」

 

「えぇ、まぁ」

 

 北斗はおぼろけながら無縁塚での出来事を思い出す。その為か、左腕から痛みが走って彼は顔を歪ませる。

 

「左腕はまだ感覚が鈍いでしょうけど、もう少しすれば動かせるようになるわ」

 

「そう、ですか」

 

 永琳の説明を受けて北斗は安堵の息を吐くと、周囲を見渡す。その様子から察してか、彼女は口を開く。

 

「あなたは一週間の間眠っていたのよ」

 

「い、一週間も、意識が戻らなかったんですか?」

 

「えぇ。まぁこちらとしては予想より早くあなたは目覚めたけど」

 

「……」

 

 北斗は一週間の間眠っていた事実に驚き、呆然となる。

 

 

 

「ちょっと、優曇華! さっきの叫びは何なのよ!」

 

 と、病室の扉が勢いよく開かれ、誰もが扉の方を見ると、見るからに怒った様子の輝夜が立っていた。

 

「ひ、姫様。さっきのは、その……」

 

 鈴仙はどう説明しようか悩んでいる間にも、輝夜はズカズカと近づく。

 

「さっきまで寝てたのに、あんたの叫びで目が覚めてしまったわよ! どうしてくれる……の、よ」

 

 輝夜は鈴仙に文句を言いながら近づくと、突然その勢いが削がれる。

 

 彼女の視線の先には、呆然としている北斗の姿があり、輝夜は彼の姿を見て、なぜか目を見開いている。

 

「う、嘘。何で、どうして……?」

 

 口を両手で押さえて震えている彼女の姿に、鈴仙は呆然とし、永琳はどこか申し訳ない雰囲気で輝夜から視線を逸らす。そしてこれまた状況が読めずで首を傾げる北斗。

 

「……あっ、い、いや……そ、そう、よね。そんなわけ、無いわよね……」

 

 すると、輝夜は目を細めて北斗を見ると、何かを確認してホッと胸を撫で下ろす。

 

「……?」

 

 その様子に北斗は益々分からず、首を傾げたままであった。

 

「あっ、ごめんなさいね。変なところを見せて」

 

「は、はぁ……」

 

 輝夜は咳払いすると、北斗に向けて苦笑いを向け、北斗はどう答えれば良いか分からず声を漏らす。

 

「挨拶が遅れたわね。私は蓬莱山 輝夜。ここ永遠亭の主よ」

 

「あっ、どうも。なんだかお世話になっています、蓬莱山さん」

 

「輝夜でいいわ。呼びづらいでしょうし、それに、あんまり名字で呼んで欲しくないのよ」

 

「あっ、すみません」

 

「いいのよ。別に」

 

 輝夜は再度咳払いをして気持ちを切り替える。

 

「まぁ、怪我が治るまで、ゆっくりして身体を休めなさい。永琳」

 

「はい」

 

「ちゃんと彼の怪我は治すのよ。うちの評判に関わるからね」

 

「もちろんでございます、姫様」

 

 永琳は頭を下げる。

 

「じゃぁ、後は頼むわね」

 

 輝夜は手を振りながら踵を返して病室を出る。

 

 

『……』

 

 彼女が病室を出た後、少し気まずい雰囲気が部屋の中に漂う。

 

「まぁ、とにかく、あなたの健康状態を調べるから、横になってくれるかしら?」

 

 永琳は咳払いをして、彼にそう願う。

 

「は、はい」

 

 北斗は永琳に言われたとおりに横になり、永琳と落ち着きを取り戻した鈴仙の二人は彼の健康状態を調べに入る。

 

 

 

(体温と血圧が低い以外は至って健康体?)

 

 しばらくして北斗の健康状態を調べ、永琳は表情こそ平然を装っているが、内心驚いていた。

 

(かなりの量の出血をしていながら、何の後遺症も無いなんて、どうなっているのかしら?)

 

 彼は普通なら後遺症が残るレベルの量の出血をしていたはずだったが、それなのに北斗の身体には体温と血圧が低い以外特に異常が見られない。

 

 普通ならありえないレベルの奇跡だ。

 

(……まぁ、この点については今後調べていくとして)

 

 彼女は気持ちを切り替えると、北斗を見る。

 

「あの、自分の身体は大丈夫でしょうか?」

 

「えぇ。体温と血圧が低いことを除けば、いたって健康よ」

 

「……」

 

 永琳から一応の太鼓判を押されて、北斗は安堵の息を吐く。

 

「ただ、北斗さん。あなたにはあと一週間入院してもらうわ」

 

「い、一週間もですか?」

 

「あなたは知らないでしょうけど、妖怪の毒が体内に多く流れているのよ。体内に流れた毒は解毒出来たといっても、何が起こるか分からない。だから対処し易くする為にも、目の届く範囲に置いておきたいのよ」

 

「は、はぁ……」

 

「それに、左腕の怪我だってあるのだから。まだ抜糸が出来ていないのだから」

 

「……」

 

「もちろん、退院まで衣食住の確約はするし、困ったことがあったら優曇華に声を掛ければ良いわ」

 

 永琳がそう言い北斗は鈴仙を見ると、彼女は頭を下げる。

 

(今思えば、女子高生の格好だ)

 

 北斗は鈴仙の頭にあるウサギの耳に目もくれず、その格好を見て内心呟く。

 

 相変わらず着眼点がずれている……

 

 

 

 

「あやや、優曇華さんの叫び声が聞こえたから何事かと思いましたが、まさか北斗さんが目を覚ましていたとは。いやぁ張り込んだ甲斐がありましたねぇ!」

 

『……』

 

 と、いつの間にか病室にいた文が笑顔を浮かべていると、その場にいた誰もが彼女を見る。

 

「あ、文さん。いつの間に?」

 

「ついさっきです」

 

 鈴仙が戸惑いながら文に問い掛けると、彼女はサムズアップして答える。

 

「いやぁ我慢強く永遠亭に張り込んでいた甲斐がありましたよ。これで朝刊の一面は決まりですね」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女の顔は若干汚れ、竹の笹が髪に絡まっている。それを見れば彼女がどれだけ張り込んでいたかが想像できる。

 

「……その気合を別の方向に生かせないのかしら」

 

 満面の笑みで口にする文に、永琳は呆れた様子でため息を付く。

 

 

「……」

 

「北斗さん。お久しぶりですね」

 

「は、はい」

 

 文は笑みを浮かべて戸惑う北斗に声を掛ける。

 

「見たところ思ったより元気そうですね。あなたの回復をお祈りしていますよ」

 

 笑みを浮かべる文だったが、彼女の笑みに何か裏があるんじゃないかと、北斗は思っていた。実際文は新たな新聞のネタを北斗に期待している。

 

「……」

 

「では、北斗さんが無事に目を覚ました記念に一枚っと」

 

 文は手にしているカメラを構えて北斗を含めた一面を撮影する。

 

「それでは、私はこれで!」

 

 文は手を振るうと、素早く病室を出て行った。

 

 

「……嵐みたいに過ぎ去りましたね」

 

「そうね」

 

 鈴仙が呟くように言うと、永琳が相槌を打つ。

 

「というより、彼女どうやって帰るつもりなんでしょうか?」

 

「さぁ?」

 

 鈴仙が疑問を抱いて首を傾げるが、永琳は興味無さげに答える。

 

 

 二人は知る良しも無いが、文はてゐと取引をしているので、彼女の案内で迷いの竹林を突破していたりしている。

 

 

「でも、これで彼が目覚めたのが幻想郷中に広がるわね」

 

「えっ? どういうことですか、師匠?」

 

 鈴仙は思わず首を傾げる。

 

「彼女は言ったわ。『朝刊の一面は決まりですね』って」

 

「……ってことは?」

 

「明日から彼へのお見舞いに来る人が多くなりそうね」

 

「あぁ、なるほど」

 

 彼女は納得したように頷く。

 

「だから、優曇華。案内は任せるわね」

 

「えぇ!?」

 

 永琳の言葉に鈴仙は思わず声を上げる。

 

「で、でも、私薬の配達があるんですよ!? 案内する暇なんて……」

 

「しばらく午前中で配達が終わる量しかないから、午後から案内は出来るわ。それと私の手伝いもしばらくは大丈夫だから」

 

「え、えぇ……」

 

 鈴仙はげんなりとした様子で声を漏らす。

 

 どちらかといえば薬の配達よりも、迷いの竹林を抜けて永遠亭まで案内するのがつらいのだ。その上道中てゐが悪戯で仕掛けたであろう罠があるからこそ、気が滅入っている。

 

 

 結局鈴仙は薬の配達に加え、見舞い客を永遠亭まで案内する役割を果たすことになった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後北斗にもう二日は絶対に安静にするように伝え、鈴仙に北斗の身の回りの世話を任せて永琳は病室を出る。

 

「永琳」

 

「……」

 

 病室を出ると、壁にもたれかかっている輝夜が声を掛ける。

 

「あなた、黙っていたわね」

 

「……」

 

 彼女の問いに、永琳は答えない。

 

「別に黙っていたわけではありません。言う必要が無かっただけです」

 

「言う必要が無い? あれはどうみたって!」

 

「……」

 

「……確かに、ただの空似だって可能性は否めないわ。実際違ったわけだし」

 

「……」

 

 輝夜は声を荒げるも、すぐに冷静になり訂正する。

 

「でも、いくら空似でも、あれは……」

 

 彼女は何かを言いかけるも、喉元まで上ってきた言葉を辛うじて止める。

 

「分かっています。ですから、一応調べていますので、結果をお待ちください」

 

「……そう。なら、良い結果を待っているわよ」

 

 輝夜は短く答えると、その場を離れる。

 

「……」

 

 永琳はその後ろ姿を見送ってから、診察室へと向かう。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104駅 再会

今年最後の投稿になります。来年も本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 翌朝

 

 

 朝日が昇り、守矢神社の傍にある湖が朝日に照らされて輝きを放ち、反射した光が神社の四方にある柱を照らしている。

 

 

「……」

 

 鉄のように重く感じる瞼を開けて、早苗は目を覚ます。

 

 眠気がある中で彼女はゆっくりと布団を退かしながら上半身を起こすが、その身体は錘を着けているかのように重く、少し顔が赤く見える。

 

 早苗は北斗の回復を願い、毎日夜遅くまで祈りを捧げており、就寝時間がかなり短くなっているせいで、寝不足気味となっている。

 

 その為、目の下に出来た隈は濃く、目は相変わらず死んだように光が無い。あまり食べていないせいか、髪はボサボサな上に艶が無く、げっそりとやせ細っている。

 

 見るからに不味い状態の早苗の姿が、そこにあった。

 

「……」

 

 早苗はゆっくりと立ち上がり、寝不足による身体の不調から、ふらつきながらも身支度を整える。

 

 

 

 寝巻きから普段着の巫女服に着替えた早苗は神社の境内に出ると、真冬の朝の寒さに身体を震わせる。

 

「……北斗さん」

 

 白い息を吐きながら彼女は暗い目で空を見上げ、北斗の名前を口にする。

 

「……」

 

 そのまま目を瞑り、両手を組んで祈りを捧げる。

 

(北斗さん……)

 

 彼女は強く、強く願う。

 

 北斗が無事に目を覚ますのを、ただひたすら願った。

 

 

 

 しばらく祈りを捧げた早苗は組んでいた両手を解き、目を開ける。

 

「……」

 

 しばらく空を見上げた後、彼女は踵を返して社の方へ向かおうとする。

 

 

 

 

「おはようございます、早苗さん!」

 

 と、空から声がして早苗は後ろに振り返ると、そこには脇に新聞の束を抱えた文が境内に下りてきた。

 

「文さん……」

 

 早苗は心底どうでもいい様な表情を浮かべて、文を見る。

 

「こんな朝早く、何の用ですか?」

 

「あやや。朝からきついですねぇ。なんだか風邪気味な気がしますが、どうかしましたか?」

 

「……」

 

「冗談ですよ、冗談。朝刊を持ってきましたので、ぜひ見てください!」

 

 一瞬早苗から殺意が混じった視線を向けられて文は苦笑いを浮かべ、本題へと移り早苗に近づいて脇に抱えている朝刊の新聞一束を差し出す。

 

「文さんの新聞は取ってないはずですけど」

 

「今日は特別ですよ。昨夜に特ダネを仕入れられましたので、ぜひとも皆さんに見てもらいたく、特別に号外として配布しているんですよ。お陰で一徹です」

 

「はぁ……」

 

 早苗はどうでもいい様な様子で声を漏らして、文から朝刊を受け取る。まぁ彼女の新聞の性質から全く期待できるものは無いのだから。

 

「では、良い一日を!」

 

 文はそう言うと、踵を返して地面を蹴り、空へと飛び立つ。

 

 

「……」

 

 早苗は飛び立った文の姿を一瞥して、深くため息を付く。

 

(良い一日なんて……北斗さんが目を覚まさない日々に、良いものなんて)

 

 文の言葉を恨めしく思いながら、朝刊の新聞を開く。

 

 

「……」

 

 その内容を見た瞬間、早苗は目を見開く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(さーて、早苗さんは驚きましたかな?)

 

 してやったり、とニヤリと口角を上げている文は空を飛びながら気を良くしている。

 

(さてと、次は北斗さんの幻想機関区に配って、次は霊夢さんや魔理沙さんの所に配り、最後はパァッと人里に撒きましょうかね)

 

 文は朝刊の新聞をどこへ配ろうか一考しながら飛ぶ。

 

 

 

「っ!? わわわっ!?」

 

 すると突然飛んでいた彼女が空中で止まり、急停止したことで彼女はバランスを崩しそうになるも、何とか耐えつつ脇に抱えている新聞を落とさないようにする。

 

(何奴!?)

 

 文はとっさに右足首に掴まれている感覚から右脚を振るって拘束を振り払い、振り返る。

 

「……ヴェっ?」

 

 しかしそこに居た予想外の人物に、文はすっとんきょんな声を漏らす。

 

「……」

 

 そこにはさっき会ったばかりの早苗の姿があった。

 

「さ、早苗さん。どうしましたか?」

 

 文は戸惑いながらも彼女に問い掛ける。しかしその額には冷や汗が浮かんでいる。

 

 なぜなら、今の早苗はとても強い神力が溢れ出ている。文が感じたことが無いぐらいに、威圧感が強い。瞳にハイライトが無い分、余計に強い。

 

「文さん」

 

「は、はい?」

 

「この記事は、本当なんですか?」

 

「えっ? えぇと……」

 

「ホントウナンデスカ?」

 

 すると早苗は一瞬にして文の目の前に接近して、声を掛ける。

 

「ピィッ!?」

 

 いきなり目の前まで接近されて文は思わず悲鳴を上げる。

 

(さ、早苗さんってこんなに速く動けましたっけ!?)

 

 文は早苗の異常さに内心戦慄しながらも、早苗の質問に答える。

 

「ほ、本当ですよ! 新聞の一面に写真を掲載しているでしょ!?」

 

「……写真?」

 

「み、見てないんですか? ほ、ほら、この通りです」

 

 怪訝な声を漏らす早苗に文はすぐに脇に抱えている新聞を手にして一面を広げる。

 

「……!」

 

 すると早苗はその一面に掲載されている写真を見て、とっさに新聞を手にして食い入るように見つめる。

 

(……あー、これは記事の題名が衝撃的過ぎて、写真は見てなかったって感じですかねぇ?)

 

 早苗の様子から文は状況を予想する。

 

 彼女の予想通り、早苗は記事の見出しが最初に視界に入り、その衝撃の強さから他の箇所が目に入らずに、その後急いで文を追いかけたので、掲載されている写真を見ていなかった。

 

「……」

 

「……」

 

 少しの間身動きをしない早苗に文は息を呑む。

 

 

「文さん! ありがとうございます!!」

 

 早苗は新聞を文に返して、急いで飛ぶ。

 

「……どうやら、効果覿面でしたね」

 

 早苗が飛んでいくのを見届けながら、文は呟くと、安堵の息を吐く。

 

 

 

 

「文屋にしては珍しいな」

 

「全くだね」

 

 守矢神社の四方にある柱の内二本の上で、神奈子と諏訪子の二人がそのやり取りを見つめていた。

 

「早苗が濃密な神力を出してたから何事かと思ったけど、ホント事態って言うのは急だね」

 

「あぁ。そうだな」

 

 諏訪子が手にしている新聞の記事を見ながら呟くと、神奈子は相槌を打つ。

 

 二柱が早苗の神力を感じ取ってとっさに外に出ると、早苗が物凄い勢いで飛び出した後であり、何事かと思っていたら、散らばった新聞を見てその原因を察した。

 

「まぁ、これで私達も一安心だね」

 

「……」

 

「神奈子……」

 

「あぁ。分かっている」

 

 何も言わない神奈子に諏訪子が声を掛けると、彼女は険しい表情を浮かべている。

 

「早苗……強い神力が溢れ出ていたね」

 

「あぁ。今までのあいつには無いぐらいに、強い神力だ」

 

「……」

 

「恐らく怒りで引き出されたのだろうが……あれは……」

 

「異常、だね」

 

「……」

 

 険しい表情を浮かべる二人は、早苗が飛んでいった方向を見る。

 

(早苗……お前は……)

 

(……早苗)

 

 神奈子と諏訪子は、一瞬だけ豹変した早苗に、一抹の不安を抱く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、永遠亭

 

 

 

「……」

 

 重い瞼を開けるように、北斗はゆっくりを目を覚ました。

 

「……知らない天井だ」

 

 と、お決まりの台詞を口にしながら彼は布団を押し退けながら上半身を起こす。

 

(あっ、そうか。ここは永遠亭の病室だった)

 

 起きたばかりで頭がボーとしていたが、病院特有の薬品のような匂いが鼻腔に届き、次第に目覚めて自身の置かれている状況を思い出す。

 

(……いつ振りかな。病院に入院したのは)

 

 北斗は欠伸をしながら過去に病院に入院した時の事を思い出すも、次第に表情が険しいものになる。

 

 まぁ彼が病院で入院したのは、親戚の叔父に虐待されてその後保護された時であるからだ。

 

「……」

 

 ふと、北斗は窓から外の景色を見て、目を細める。

 

「……早苗さん」

 

 彼はボソッと彼女の名前を口にして、俯く。

 

 

 

 ドンッ!!

 

 

 

「っ!?」

 

 すると病室の入り口で大きな音がして北斗はとっさに入り口の方を向く。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 そこには病室の扉を開け放って入り口に立つ早苗の姿があった。

 

 しかし余程急いで来たのか、あちこちに竹の笹を付けて、何度もこけたのかあちこちが土汚れて、両手を膝に付けて息を切らしている。

 

「早苗……さん」

 

「っ!」

 

 北斗が名前を呟くと、早苗は呼吸を整えて顔を上げる。

 

「……」

 

 彼女は北斗の姿を見るなり、ふらつきながらもゆっくりと、彼の元へと歩み寄っていく。

 

 徐々に北斗の元へと歩み寄っていくごとに、早苗の瞳に少しずつ光が戻っていく。

 

「……」

 

「……」

 

 そして早苗は北斗が横になっているベッドの傍まで来ると、二人はお互いの目を見つめ合う。

 

「さ、早苗さん。俺は―――」

 

 北斗が口を開くと、早苗は彼に飛びつく。

 

「うっ!」

 

 飛び付かれた衝撃で北斗は左腕から激痛が走り、顔を歪ませる。

 

「さ、早苗さん……」

 

 激痛によって涙目になりながら北斗は早苗を見る。

 

「……」

 

「早苗さん?」

 

 北斗の胸元に顔を埋めている早苗は、ゆっくりと彼の背中に両手を回し、強く抱き締める。

 

「北斗さん……北斗さん……」

 

 彼女は声を震わせながら彼の名前を口にすると、抱き締めながら顔を上げる。

 

「本当に、本当に、北斗さんなんですよね?」

 

「……はい。そうですよ」

 

 目の涙を浮かべて問い掛ける彼女に、北斗は痛みによって引き攣りながらも笑みを浮かべる。

 

「北斗さん!」

 

 早苗は再び顔を北斗の胸に埋め、大きな声で泣き始める。

 

「ほんどうに、ほんどうに、よがっだぁっ!! 生きて、生きて……!!」

 

「……早苗さん」

 

 北斗は泣きじゃくる早苗の頭を優しく右手で撫でる。

 

 

 

 

(これ出て行かない方が良いかしら?)

 

(そうですね。ここは空気を読んで待っていましょう)

 

 その頃病室の入り口では、柱の陰からこっそりと輝夜に永琳、鈴仙が中を覗いていた。

 

 さすがに大きな音がして何事かと駆けつけた所、中で感動の場面に出くわしたというわけである。

 

(優曇華。頃合を見て彼の朝食を持っていくのよ)

 

(は、はい)

 

 永琳と輝夜はこの場を鈴仙に任せて、病室前を離れる。

 

「……」

 

 鈴仙は二人を見送った後、病室の中を見る。

 

 胸の中で号泣する早苗を、微笑みを浮かべて彼女の頭を優しく撫でる北斗。

 

 そんな姿を、鈴仙はなぜか目が離せなかった。

 

「……いいなぁ」

 

 鈴仙は無意識のまま、ボソッと呟く。

 

(って、私……何を)

 

 彼女は思わず口を手で押さえる。

 

 別に何か思う所があったわけじゃ無いのに、なぜかその言葉が口に出てしまった。

 

「……」

 

 鈴仙はもやもやした気持ちがあったものも、北斗の朝食を取りに厨房に向かう。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105駅 朝食での出来事

新年明けましておめでとうございます。今年も本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 

「……」

 

 北斗は胸元に顔を埋めている早苗の頭を優しく撫でながら、気持ちは落ち込んでいた。

 

(早苗さん……こんなに心配していたんだ……)

 

 さっきまで泣いていた早苗を見て、彼の中は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

(……俺、早苗さんに心配ばかりかけているな)

 

 北斗はこれまでのことを思い出して、気が沈む。

 

 

 

 夢月とエリスの二人を泊める事になった時、本気で心配していた時

 

 

 紅魔館で簡単にフランに付いて行った事に本気で心配していた時

 

 

 妖怪の山で妖怪に襲われないか心配していた時

 

 

 地霊殿に連れて行かれた時、そこで本気で心配していた時

 

 

 

 ふと脳裏に、無縁塚で早苗を助けた時のことが過ぎる。

 

(……あの時の判断は、正しかったんだろうか)

 

 北斗は思わずそう考えてしまった。

 

 こんな事になるのだったら、やるべきではなかったのではないか?

 

 彼はそう思い始めてしまう。

 

(いや、俺が早苗さんを庇わなかったら、ここに居たのが早苗さんになっていたかもしれない)

 

 北斗は思わず首を振るう。

 

 本当に正しいのか、正しくないのか、それは分からない。

 

 だが、北斗にとっては、それが正しいことであると、信じている……

 

 

「……?」

 

 ふと、北斗はあることに気付く。

 

 早苗の声が響いていたはずだったが、さっきから妙に病室が静かである。

 

「早苗さん?」

 

 北斗は自分の胸元に顔を埋めたままの早苗に顔を向ける。

 

「……」

 

 しかし彼女は一向に返事を返さない。

 

 返事を返さない早苗に北斗は少し不安を抱く。

 

 

「……スゥ……スゥ……スゥ」

 

 しかしよく耳を澄ませると、早苗は静かに寝息を立てて眠っていた。

 

「早苗さん……」

 

 早苗が眠っているのを知り、北斗は安堵の息を吐く。

 

 どうやら北斗が無事に目を覚ましたことで、緊張の糸が途切れてこれまで蓄積した疲労と眠気が一気に出て来たのだろう。緊張の糸が途切れた早苗に押し寄せる眠気と疲労に抗うことは出来ず、そのまま眠りについてしまった。

 

(というかどうしよう、これ)

 

 しかしここに来て北斗はあることに悩むことになる。

 

 早苗は北斗の身体を抱きしめたまま眠ってしまったので、彼女は全体重を彼の身体に乗せている状態になっている。

 

 まぁつまり何が言いたいかというと、女性特有の柔らかさが伝わっているということである。

 

 更に言うと、北斗の格好は薄手の服なので、より一層柔らかさが伝わっている状態なのだ。

 

 とても恥ずかしいし、そして何より、このままでは身動きが取れない。

 

 このままの状態で誰かに見られると、お互いの為にならない。

 

「……とりあえず、何とかしないと」

 

 北斗は早苗を起こさないように、ゆっくり優しく彼女の腕を解いて自分の太ももに乗せるようにして早苗を寝かせる。

 

 体勢が変わっても早苗は起きる気配が無かったので、北斗は安堵の息を吐く。

 

「……」

 

 北斗は改めて早苗の様子を見ると、彼女はとても安心したように、静かに寝息を立て眠っている。

 

 恐らくこの一週間で、最も彼女が眠っている瞬間だろう。

 

 

 

「あの、良いでしょうか?」

 

 と、病室の入り口から声がして北斗は顔を向けると、茶碗とコップを載せたお盆を持っている鈴仙の姿があった。

 

「あっ、良いですよ」

 

 北斗がそう言うと、鈴仙は頭を下げて彼の元へ向かう。

 

「それにしても、驚いたわね。まさかこんな朝早くから早苗が来るなんて」

 

「そうですね。というか、見ていたんですね」

 

「そりゃ、まぁあんな大きな音がありましたから。状況が状況でしたし、静観していました」

 

「そうですか」

 

 北斗は少し恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。結局さっきまでの光景を見られてしまっていた。

 

「……ここ一週間毎日早苗はあなたのお見舞いに来ていたから、どれだけ北斗さんのことが大事なのか分かっていたけど、こうして見ると改めてそう認識させられるわね」

 

 安心したように眠っている早苗を見て、鈴仙は呆れたように、しかしどこか羨ましそうな表情を浮かべる。

 

「あっ、ちょっとした騒ぎになったから出すのが遅れましたけど、朝食を持ってきました」

 

 鈴仙は手にしているお盆に載せている茶碗を見せる。茶碗にはお粥が入っている。

 

「ありがとうございます……えぇと」

 

「? あっ、そうか。まだ名前言ってなかったですね」

 

 鈴仙は一瞬首を傾げるも、理由を察して自己紹介をする。

 

「私は鈴仙 優曇華 イナバといいます。鈴仙でも、優曇華でもどちらで呼んでも大丈夫です」

 

「な、長いですね」

 

 彼女のフルネームに北斗は思わず声を漏らす。

 

(そういえばあの人が呼んでいたな)

 

 北斗は昨夜の事を思い出し、納得する。

 

「ところで、右手は動きますか?」

 

「そうですね。動くと思いますけど」

 

 鈴仙はお盆を北斗に差し出しながら問い掛けると、彼は右腕を上げる。

 

 怪我を負った左腕と違い、ちゃんと感覚があり、ちゃんと動かせている。

 

 北斗はお盆に載せてあるレンゲを手にする。

 

「……」

 

 しかしレンゲを手にしたはいいが、どうも細かい動きはまだしづらいようで、右手は震えており、上手く力が入らない。

 

「あの、大丈夫でしょうか?」

 

 さすがにその状態を察してか、鈴仙が尋ねる。

 

「……一週間でこんなに鈍るんですね」

 

 北斗は一旦レンゲを置き、彼女に正直に伝える。

 

 どうやら一人で食べられない状態まで衰弱しているようでる。

 

(これじゃ食べることも出来ない……)

 

 鈴仙は彼の状態から一考するも、昨夜に永琳から言われた事が脳裏に過ぎる。

 

 

『一週間の間あなたが彼の身の回りの世話をするのよ。特に最初の三日間はあなたの助力が必要だから』

 

 

「……」

 

 永琳の言葉を思い出し、鈴仙はお粥を見る。

 

 恥ずかしさがこみ上げてくるが、仕事を任された以上やらねばならないと、彼女は意を決する。

 

「あ、あの、北斗さん」

 

「は、はい?」

 

「その、一人で食べられないのなら、私が食べさせてあげますよ?」

 

「えっ?」

 

 思わぬ提案に北斗は声を漏らす。

 

「いやでも、それは……」

 

「は、恥ずかしいのはこっちも同じです! でもちゃんと食べないと傷はおろか体力も回復しませんから、身体によくありません」

 

 鈴仙は頬を赤くしながらも、ちゃんと食べないといけないことを彼に伝える。

 

「……」

 

 北斗がどうするか悩んでいると、鈴仙はお盆をベッドの傍にある台に置いて茶碗とレンゲを手にする。

 

「……」

 

 鈴仙は顔を赤くしながらもレンゲでお粥を掬い、それを北斗に突き出す。

 

「……」

 

「は、早くして欲しいんです。私もこの後仕事があるんですから」

 

 お粥が盛られたレンゲを突き出されて一瞬迷うも、鈴仙が急いでいるのを伝えると、彼は覚悟を決めて、レンゲごとお粥を口にする。

 

「……」

 

 お粥を口に含み、しっかりと噛んでから飲み込む。

 

「ど、どうですか?」

 

 恥ずかしそうな様子で、鈴仙は北斗に問い掛ける。

 

「……お、おいしいです」

 

「っ! そうですか……」

 

 鈴仙は安堵の息を吐くと、レンゲにお粥を掬って北斗に突き出し、彼はお粥を食べる。

 

 北斗はそのまま鈴仙にお粥を食べさせてもらい、少しして茶碗一杯分のお粥を食べ終える。

 

 

「ご馳走様です」

 

 お粥を食べ終えて、北斗はお礼を言いながら頭を下げる。

 

「食欲はちゃんとあるみたいで、良かったです」

 

 鈴仙は北斗に食欲があるのを確認して安心し、茶碗をお盆に載せてから、コップを手にする。

 

「どうぞ。いくつかの果物をミックスしたジュースです」

 

「あぁ、どうも」

 

 鈴仙からジュースが入ったコップを受け取る。

 

 レンゲを持つのと違い、細かく指を動かすわけではないとあってか、コップは何とか持つことが出来ている。

 

 北斗はゆっくりとした動作でコップを口元へ運んでジュースを飲む。

 

 半分近く飲んだところで一旦コップを口から放す。

 

「どうでしょうか?」

 

「はい。甘みがあって、すっきりとした味わいで、とてもおいしいです」

 

「そうですか」

 

 自分の作ったものをおいしく食べて飲んでいることに、鈴仙は満足げに頷く。

 

「それと、結構柑橘系が多いんですね。とても酸っぱかったです」

 

「うんうん……えっ? 酸っぱい?」

 

 頷いていた彼女だったが、北斗が聞き捨てなら無いことを言ってギョッとする。

 

「あ、あの! 失礼します!」

 

 すると鈴仙は慌てて北斗が手にしているコップを半ば奪う形で手にし、残ったジュースを飲む。

 

 

「――――ッ!?!?」

 

 

 すると鈴仙は目を見開き、見る見る内に顔が青くなっていく。

 

 彼女は口を押さえてとっさに頭を左右に動かして何かを探し、窓を見つけるとすぐさま駆け寄り、頭を窓から出し、口に含んだジュースを吐き出す。

 

「な、な゙に゙よ゙ごれ゙!? 酸っば!?!?」

 

 咳き込みながら彼女は口を大きく開いていた。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 あまりにも異様な姿に北斗は心配そうに尋ねる。

 

「ほ、北斗さん。本当に大丈夫なんですか?」

 

「は、はい。何ともありませんでしたが……」

 

「こ、こんなに酸っぱいのに!? でも何でこんなに―――」

 

 鈴仙は北斗がなぜか酸っぱさを殆ど感じていないのを信じられないでいたが、そもそも何で自分が作ったはずのジュースがこんなに酸っぱいのかが疑問だった。

 酸っぱくなるような物は使っていない。

 

 が、ふとして彼女は何かに気付き、動きを止める。

 

「……フッフッフッ……そうよね。こんなことをするのは……」

 

 と、鈴仙の目が据わり、静かに笑うとボソッと呟く。

 

「北斗さん。ちょぉっと、失礼しますね」

 

 彼女はコップを台に置いてそう言い残すと、足早に病室を出て行く。

 

 

 

 >コラァ!! てゐ!! あんななんてことしてくれたのよ!!

 

 

 >うわぁっ! 鈴仙にばれた!!

 

 

>ばれたじゃないわよ!! よりにもよって患者の飲み物に仕掛けるなんて!!

 

 

 

 病室の外では何やら遠くで騒ぎが起きていた。

 

 

「……」

 

 北斗は台の上に置かれた空のコップを見て、首を傾げる。

 

(そんなに酸っぱかったかな?)

 

 内心呟きながら、彼は自身の太ももで寝ている早苗を見る。

 

 どうやら騒ぎが聞こえないほどに、彼女の眠りは深いようである。

 

「……」

 

 北斗は少し苦笑いを浮かべながらも、彼女の頭を優しく撫でる。

 

 頭を撫でられて気持ち良いのか、早苗の表情が少し綻ぶ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(全く! てゐったら! 悪戯にもほどがあるわよ!)

 

 病室を後にして、悪戯の犯人であるてゐを見つけて追いかけたが、その後見失って彼女は内心愚痴りながらてゐを探している。

 

(あれで患者の容態が急変したら、私が師匠に殺されるわよ、もう!!)

 

 患者を任されている以上、責任があるので、何かあったらシャレにならない。

 

 内心で愚痴り、永遠亭の縁側を歩いていると、彼女は立ち止まってため息を付く。

 

「……まぁ、北斗さんには何とも無かったから良かったけど」

 

 とは言えど、当のの北斗に何も無かったので、彼女としては安心している。

 

(でも、あんだけ酸っぱかったのに、北斗さん平然としていたけど……あとで師匠に言っておかないと)

 

 しかし相当酸っぱいものだったので、それを飲んで平然としていた北斗に疑惑を覚える。

 

 もしかしたら味覚に障害が発生している可能性がある。

 

「あぁもう。口の中がまだ酸っぱい。てゐったら何を入れたのよ」

 

 鈴仙は未だに口の中が酸っぱく、口を開けて自分の唇に触れる。

 

(……そういえば、思い切って北斗さんの飲みかけ飲んじゃったけど)

 

 と、彼女は突然動きを止める。

 

(あれ? そういえば私が口にした向きって……)

 

 ふとした疑問が過ぎり、少し考えると突然彼女の顔が真っ赤になる。

 

(も、もも、もしかして、私、彼と間接的に接吻しちゃった!?)

 

 鈴仙は真っ赤にした顔に両手を置き、その場にしゃがみ込む。

 

 彼女の記憶違いでなければ、ジュースを飲んだ際、口を付けた箇所は北斗が口をつけてジュースを飲んだ位置と同じである。

 

 

 つまり間接キスである。

 

 

「い、いいい、やや、べ、べべ、別に、何ともななな、無いんだから、ききき、気にすることは……」

 

 こういったことに疎い鈴仙は完全に動揺し、声どころか身体が震えている。

 

「い、いや、そんなこと、そんな事は……」

 

 彼女は頭を抱えて、そのまま固まる。

 

 

 それからしばらく彼女は動揺を抑え切れず、薬の配達が大きく遅れたそうな。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106駅 憤りと過去

 

 

 

 

 それから時間は経過し、時刻は昼になろうとしていた。

 

「……」

 

 北斗は深い眠りについている早苗を見守りつつ、彼女の頭を撫でていた。

 

 頭を撫でられていると気持ちが良いのか、早苗は声を漏らしていた。

 

(それにしても、一週間か……)

 

 北斗は病室の窓から外の竹林の景色を見ながら、内心呟く。

 

 入院する一週間、どう過ごそうか彼は悩むと共に、今の状況がどうなっているかが気になっていた。

 

(線路の調査はどのくらい終わっているんだろうか。それにみんな元気だろうか)

 

 色々と気になることが浮かんできて、北斗は目を細める。

 

 線路の調査はまだ全て終わっておらず、その上新たな機関車の参入、新たに加わった幽玄魔眼に関する問題。

 

 そして何より列車の運行計画を練らないといけない。

 

 考えれば考えるほど、やる事が次々と出てくる。

 

(一週間は、短いようで長かったんだな)

 

 内心呟き、眠っている早苗を見る。

 

 

 すると遠くから汽笛の音が迷いの竹林に響く。

 

 

(汽笛……三音室の響きだから、卯月(48633)霜月(18633)のどちらかか。あっでも9677号機も三音室か。でもまだ早期に投入はしないから違うかな?)

 

 聞こえてきた汽笛から北斗はどの機関車かを予想する。

 

 彼の予想通り、霜月(18633)が線路の調査を兼ねてスハ43を三輌牽いて試運転を行っており、迷いの竹林前で速度を落とし、北斗に聞こえるように彼女は汽笛を鳴らしたのだ。

 

「俺が居なくても、やるべき事はやっているんだな」

 

 北斗は一安心して、微笑みを浮かべる。

 

(でも何でだろう。汽笛を聞くと俄然気力が湧いて来るな)

 

 と、内心呟く北斗だったが、何か別の意味で身体が進化していなくも無い気がする……

 

 

 

「文屋の新聞どおりだったな」

 

 と、病室の入り口から声がして北斗はそこへ顔を向けると、そこには神奈子と諏訪子の二柱が立っていた。

 

 あの後二柱は早苗の神力を頼りに後を追い、迷いの竹林も無理矢理突破した早苗を頼りに永遠亭に辿り着いた。

 

「神奈子さんに、諏訪子さん……」

 

「やぁ、北斗君。一週間ぶりだね」

 

 予想外な二人の訪問に、北斗は戸惑いを見せ、諏訪子はそんなのを気にせずに手を振るう。

 

「早苗は……やっぱりそうなっていたか」

 

 北斗の元にやって来た神奈子は北斗の太ももを枕代わりにして眠っている早苗の姿を見て、予想通りと言わんばかりにため息を付くも、どこと無く安心感があるようにも見える。

 

「もしかして、文さんの新聞を見て早苗さんは知ったんですか?」

 

「そうだ。今朝文屋が来てな。新聞を配布していたよ」

 

「早苗ったら、もうそりゃ疾風の如くだよ。止める暇も無かったよ」

 

「は、はぁ……」

 

 諏訪子の言葉に、北斗は思わず声を漏らす。

 

「だが、まさか昨日の夜に目を覚ましていたとはな」

 

「……」

 

「まぁそんな時間に張り込んでいた文屋も文屋だけどね」

 

 諏訪子は呆れた様子で肩を竦める。

 

「で、感動の再会を果たしたってわけだね」

 

 と、諏訪子は北斗の胸元を見て、状況を察して苦笑いを浮かべる。

 

 まぁ号泣していたのだから、彼の胸元は早苗の涙や鼻水で湿っていた。

 

「でもまぁ、良かったよ。本当に」

 

 諏訪子は早苗の前でしゃがみ込むと、安堵の表情を浮かべて彼女の頭を優しく撫でる。

 

 その姿は、愛する子供を前にした、母親のような雰囲気であった。

 

「そうだな。本当に良かったよ」

 

 神奈子も笑みを浮かべて、早苗を見る。

 

「……」

 

「神奈子」

 

「……程ほどにしておけよ」

 

「自制できればね」

 

「自制しろ。お前が言うと冗談で終わりそうに無い」

 

 諏訪子に言われて神奈子は早苗を起こさないように抱え上げ、物騒な事を言う彼女に忠告をして、神奈子は病室を後にする。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 神奈子が早苗を抱えて病室を後にしたので、北斗は諏訪子と二人っきりになっている。

 

「諏訪子さん……」

 

「なぜ私だけが、って顔だねぇ」

 

「……」

 

「まぁ、その様子じゃ理由は何となく察しているって感じかな」

 

「……早苗さんの事ですか」

 

 北斗は諏訪子が残った理由を察して、彼女に答える。

 

「そっ。説明する手間が省けて助かるよ」

 

「……」

 

 その口調は軽いが、諏訪子の目は笑っていない。そんな彼女の雰囲気に北斗は思わず息を呑む。

 

 

「……早苗さ。北斗君が意識を失ってから、ずっと北斗君の回復を願って居たんだよ」

 

 諏訪子は立ち上がって後ろを向くと、ゆっくり病室内を歩き出す。

 

「時間を惜しんで、食事する時間を、睡眠時間を削ってでも、あの子は祈りを捧げていたんだ」

 

「……」

 

「毎日毎日……信仰活動を終えたら、君の元へお見舞いに行ってね、時間が許す限り君の傍に居た」

 

 静かに、ただただ彼女はこれまでの早苗の行動を北斗に伝える。

 

「君の為にと、早苗は奇跡を起こそうとしたんだ。まぁ、そう簡単なことじゃないから、私が止めたけど」

 

「……」

 

「それだけ、早苗は君のことが大切に想っているんだ」

 

「……早苗さん」

 

 諏訪子は窓の方を向いてそう告げると、北斗は自身が眠っている間の、早苗の苦労を知って、布団を握り締める。

 

 

「だからこそ、早苗はね―――」

 

 と、諏訪子は北斗を見る。

 

 その目は少しばかり据わっており、怒りがにじみ出ている。

 

「君が死んだら、躊躇無く君の後を追うと思う」

 

「……」

 

 彼女の言葉に、北斗は驚きを隠せなかった。

 

「それだけ、あの子にとっては君は大切な存在であり、支えなんだ。それを失ったら、あの子は壊れる」

 

「……」

 

「早苗には私達が居ても、一時の感情に呑まれて、自ら命を絶つことも厭わなくなるだろうね」

 

「……」

 

「大切な人を失うっていうのは、それだけ喪失感があり、容易に狂わせる」

 

「……」

 

 諏訪子の言い知れない威圧感に、北斗は何も言えなかった。

 

 

「北斗君。私はね、怒っているんだよ。君の行動にね」

 

「……」

 

「今回の北斗君の行動は、少し無鉄砲だよ」

 

「……」

 

「早苗を救ってくれたことに関しては、そりゃ感謝しかないよ。もしかしたらそこに居たのは君じゃなくて、早苗の可能性だってあったかもしれない」

 

「……」

 

「でも、君の行動はかえって早苗を追い込んだ結果になった」

 

「……」

 

「今回は運が良かっただけなんだ。下手をすれば、君は命を落としていた」

 

 少しずつ諏訪子は北斗の元へと近づいていく。彼女が近づくごとに、威圧感が増し、北斗の呼吸が乱れ始める。

 

「そうなっていれば、早苗は……」

 

「……」

 

「……自分は間違っていない。正しいことをやった。そう言いたげだね?」

 

「……はい」

 

 諏訪子の殺意の篭った視線を向けられるも、北斗は息を呑みつつも答える。

 

「傷付いても早苗さんを助けたことに、何の後悔はありません」

 

「早苗を追い込んでも、後悔していないの?」

 

「無いと言ったら、それは嘘になります。でも先の事なんて、その時にならなければ分からないんですから」

 

「物は言いようだね。まぁ先の事が容易に分かれば苦労はしないだろうけど」

 

「……」

 

「でも、結果は今回みたいなことになった……」

 

 そして諏訪子は北斗のすぐ傍まで近づき、スゥッと目を細める。その瞬間首を絞められたかのような圧迫感が襲い、北斗は息苦しさを感じる。

 

「……」

 

「……」

 

 しばらく睨みつけるように諏訪子は北斗を見つめ、彼は息苦しさに呼吸がどんどん浅くなっていく。 

 

 

 

「……まぁ、結果的に君は目を覚まして、早苗もようやく安心出来るようになったから良かったけど」

 

 と、諏訪子は深くため息を付いて肩を竦める。すると北斗を襲っていた圧迫感が消える。

 

「北斗君。これだけは約束して。もう二度ととかは言わないけど、これからは早苗に心配掛けさせるようなことはしないで欲しいんだ」

 

「……諏訪子さん」

 

 諏訪子にはさっきまでの雰囲気は四散し、代わりに悲しげな雰囲気が纏っていた。

 

「もちろん、この幻想郷じゃ何が起きるか分からないから、これから君の身に何も起こらないとも限らない。でも、気を付ける事は出来るから」

 

「……」

 

「……ようやくあの子に笑顔が戻ったんだ。その笑顔を、もう失いたくないんだ」

 

 諏訪子は俯き、両手を握り締める。

 

「諏訪子さん……」

 

 そんな彼女の姿に、北斗は何も言えなかった。

 

「……それに、早苗を幸せにするには、君が必要なんだ」

 

「え?」

 

「ううん。なんでもない。それで、君の答えは?」

 

「……」

 

 

「……可能な限り、善処します」

 

「そこは約束しますって、言うべきじゃないのかな?」

 

 北斗は間を開けて答えるも、諏訪子は苦笑いを浮かべる。

 

「諏訪子さんの言った通り、今後何が起こるか分からない以上、根拠の無い確約は出来ません」

 

「とっても現実的な答えだねぇ。まぁ確かに口先だけの約束を言うよりかはマシかな」

 

 諏訪子は乾いた笑いを漏らすも、すぐに真剣な表情を浮かべる。

 

「……それなら、ちゃんと守ってね」

 

「はい」

 

「……もしも……もしもまた、早苗を悲しませるようなことをしたら――――」

 

 と、諏訪子は右腕を上げて手を北斗の首元に添える。

 

 

「……お前に死よりも辛い、地獄の祟りを与えてやる」

 

 

 ブワッ、と諏訪子から殺意が溢れ出て、添えていた手を北斗の首に掴ませる。

 

「……っ」

 

 全く力は入れていないが、それでも北斗は首を絞められているような息苦しさを覚える。

 

「……そうならないように、気をつけてね」

 

 と、さっきまでの雰囲気が嘘のように、諏訪子の雰囲気が一変して、微笑みを浮かべる。

 

「……」

 

「退院後は、早苗の事を気に掛けてやってね。なんなら早苗の気が済むまで甘えさせたって良いんだよ?」

 

 諏訪子はニヤニヤとそう言うと、北斗は恥ずかしく顔を俯く。

 

(これなら大丈夫そうだね)

 

 内心呟くと、彼女は「それじゃぁね」と別れを言ってから、北斗の傍を離れて病室を出て行く。

 

 

「……」

 

 残された北斗はドッと来る疲労感に、汗が顔中に溢れ出て、過呼吸気味に呼吸を荒げる。

 

 まぁ神に殺意を向けられていたのだから、こうなるのは仕方が無い。

 

「……本当、俺って無責任だな」

 

 北斗は仰向けになると、深くため息を付いて言葉を漏らす。

 

「……」

 

 そのまま彼は布団を深く被り、目を閉じて軽く眠りに付く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「やり過ぎだ。全く」

 

 と、諏訪子が病室を出て永遠亭の門の前に出ると、早苗を背負って待っていた神奈子が少し呆れた様子で彼女に言葉を掛ける。

 

「あれくらいがちょうど良いんだよ。怒っているのは事実なわけだし」

 

「お前の場合冗談にならない部分があるからな。どう考えても一人の人間に向ける怒りじゃなかっただろ」

 

「……」

 

「まぁ、私も何も思うところが無かったわけではないが……」

 

 神奈子は微妙な表情を浮かべて、浅くため息を付く。

 

「……」

 

「言わんでも分かっている。早苗の体調は診て貰ったし、薬も貰っている」

 

 と、神奈子は諏訪子が見ているのに気付いてそう告げると、右手にしている包みを見せる。

 

 神奈子はあの後永琳に早苗の体調を診させて、しばらくは安静にさせる必要があると言われ、薬を貰っていた。

 

「早苗も早苗で、しばらく療養に集中か。そのまま入院して北斗君と一緒に居らせるのもありだったかもね」

 

 と、諏訪子はニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。

 

「早苗は病人なんだ。免疫力が低下している怪我人と一緒に居らせると病気を移しかねないといって断られたよ」

 

「そこは隔離するもんじゃないの?」

 

「生憎部屋の空きが無いそうだ」

 

「ふーん……」

 

 諏訪子は浅く息を吐き、神奈子に背負われて眠っている早苗を見る。

 

「ホント、とっても安心しているね」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 諏訪子の言葉に、神奈子が答える。

 

 そして二柱は早苗を連れて、ここに来るまでに残してきた道しるべに沿って竹林の中を歩いていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜

 

 

「……」

 

 北斗は上半身を起こして、窓から外の景色を眺めていた。

 

 今日は曇りが無く、ちょうど竹林が分かれていたとあって、綺麗に円を作った満月が夜空に映し出されていた。

 

「……」

 

 北斗は満月を見つめて、目を細める。

 

(何でだろうな。昔からそうだったけど、月を見ていると気持ちが晴れるんだよな)

 

 満月を見ながら内心呟き、ゆっくりと息を吐く。

 

(月を見ていると癒されるっていうか、何て言うか……)

 

 北斗はどう表現すれば良いか分からず、首を傾げる。

 

「……」

 

 

 コンコン

 

 

 すると病室の扉からノックがする。

 

「はい。どうぞ」

 

 北斗が声を掛けると、「失礼します」と一言と共に扉が開かれ、桶と薬箱を手にした鈴仙が入ってくる。

 

 彼女は北斗を見ると、どこか気まずそうに視線を逸らす。やはり今朝のことを引き摺っている模様。

 

「あ、あの、包帯の交換と、身体を拭きに来ました」

 

「あっ、はい。分かりました」

 

 鈴仙が彼の元へ向かう中、北斗は上着を脱ぎ、包帯に巻かれた左腕を出す。

 

 彼女は薬箱と桶を台に置いて、箱の蓋を開けて新しい包帯を取り出す。

 

「交換途中や拭いている時に少し痛みがあると思いますので、辛抱してくださいね」

 

 鈴仙は北斗にそう言うと、左腕に巻かれた包帯を取り始める。

 

 

 北斗の左腕に巻かれていた包帯が取れると、そこには痛々しい傷跡が残っていた。

 

 妖怪の爪で裂かれた三つの大きな傷はまだ縫われており、僅かに血が滲み出ていて包帯に血の痕を作っている。妖怪の毒によって傷の治りが悪いようだ。

 それでもちゃんと治っているので、二日後には抜糸されるとのこと。

 

 鈴仙は桶に入れている水に手拭いを浸けて水を絞り、左腕を拭き始める。

 

 左腕が動かせない以上、北斗は身体の隅々が拭けないので、鈴仙が彼の手が届かない箇所を拭くようになっている。

 

 身体を拭かないのは衛生面的に悪いし、その上免疫力が低下している北斗なら尚更である。

 

「……」

 

 北斗の左腕を痛みが出ないように優しく拭いていると、ふと北斗の身体が目に留まる。

 

(そういえば、北斗さんの身体って結構鍛えられているのね。普段から力仕事が多いから、鍛えられているのかな)

 

 鈴仙は一週間眠っていたとは思えないほど、まだ保たれている筋肉が付いた身体を見ながら内心呟く。

 

 意外かもしれないが、北斗は入院する前までは、毎日投炭練習を行っている。そのお陰で自然と身体が鍛えられている。

 

(……でも)

 

 と、彼女は北斗の身体にある、それを見て息を呑む。

 

「左腕を拭き終えたので、次は背中をしますね」

 

「はい」

 

 彼女がそう告げると、北斗は鈴仙に背中を見せる。

 

「……」

 

 そして北斗の背中を見て、鈴仙の視線が悲しげなものになる。

 

 

 彼の背中には、無数の傷跡があったからだ。

 

 

 何かで強く叩かれたような痕。鞭のような物で叩かれたような細長い痕。火傷のような痕。何かで切られたような痕。爪で引っかかれたような傷痕。

 

 

 そんないくつもの傷が背中にあるのだ。

 

 

「……やっぱり、驚きますよね」

 

 と、いつまでも彼女が拭かないのに気付いてか、北斗が声を漏らす。

 

「あっ、いえ。そんなつもりじゃ。気を悪くしたら謝ります」

 

「別に構いません。もう昔のことですから」

 

 鈴仙は慌てて謝ろうとするも、北斗は気にしていなかった。 

 

「……」

 

 申し訳ない気持ちになりながらも、彼女は北斗の背中を拭き始める。

 

「……何が、あったんですか?」

 

 鈴仙は背中を拭きながら、彼に尋ねた。といっても、彼女は殆ど察していたのだが。

 

「小さい頃に、叔父の教育で付けられたものです」

 

「教育……?」

 

 彼の口から出た言葉を聴き、鈴仙は小さく声を漏らす。

 

「よくあるものですよ。言うことを聞かない子供を分からせる為に、躾をするようなものです」

 

「……躾」

 

 北斗は怒る訳でも、悲しんでいるわけでもなく、淡々と語る。

 

「何とも、無いんですか?」

 

「それは……そうですね。全く無いと言ったら、それは嘘になりますね。今でも、時々思い出します」

 

 鈴仙の質問に戸惑いながらも、北斗は答える。

 

「でも、もう過去のことなんです。決して忘れる事は出来ませんが、ちゃんと向き合っていく事が大事だと思っていますから」

 

 彼からすれば、もう過ぎたことで、当の叔父は薄暗い塀の中であるので、もう踏ん切りは付いている。だが、それでも全く何も感じないかと言えば、そうではない。

 

 だが、いつまでも過去の事に囚われても、決して前には進めない。決して忘れる事は出来ないが、その事を糧にして、人は生きていくのだ。

 

「……ちゃんと、向き合う」

 

 彼の言葉を聴き、鈴仙はボソッと呟きながらも背中を拭いていく。

 

 

 その直後、彼女の脳裏にノイズが掛かったような、フラッシュバックのようにとある光景が過ぎる。

 

 

「っ……」

 

 それによるものか、彼女は身体の至る所から痛みが走り、思わず歯噛みする。

 

 別に彼女は怪我をしているわけではない。痛みが起こる事はありえない。

 

 だが、身体に刻まれた傷跡が、その時の痛みを発する。どれだけ傷を治しても、身体はその時の痛みを覚えているのだ。

 

 その痛みが、今になって彼女の身体を蝕む。

 

「……背中が終わりました。最後に右腕を拭いて、残りは北斗さんが自分で拭いて下さい」

 

 彼女は何とか平然を保ち、残る右腕を拭き始める。

 

 

 そのまま彼女は北斗に悟られないようにして、左腕に新しい包帯を巻く。

 

「では、少ししたら薬を持って来ますので、その間に身体を拭き終えてください」

 

 鈴仙は頭を下げて、足早に病室を出る。

 

「……」

 

 北斗は鈴仙の動きに違和感を覚えていたが、当の本人が居なくなったので、手拭いを持ってまだ拭いていない箇所を拭き始めた。

 

 

 

 

 

「……っ!……っ!」

 

 息を荒げている鈴仙は永遠亭にある厨房に入ると、倒れるようにして水瓶の前に来て、上着のポケットより錠剤を入れたケースを取り出し、蓋を開けて錠剤を二錠取り、口に放り込んで錠剤を?み砕く。

 すぐに水瓶の蓋を開けて中に入っている水を手で掬って口へ運び、何度も水を飲む。

 

「……」

 

 最初は呼吸が乱れていた彼女だったが、しばらくして薬の効果が現れてか呼吸が落ち着き、身体中から発せられていた痛みも引いていく。

 

(……大丈夫。大丈夫よ。もう、昔の事、なんだから……)

 

 内心自分に言い聞かせるようにして深呼吸をし、気持ちを落ち着かせて、そのまま水瓶に額を付ける。

 

「……」

 

 ふと、鈴仙の脳裏に北斗の言葉が過ぎる。

 

「……ちゃんと向き合う、か」

 

 ボソッと呟くと、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……」

 

 深呼吸をして再度気持ちを整えると、厨房を出て永琳に北斗に与える薬を受け取りに向かう。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107駅 見舞い客

ここ最近執筆にうまく向き合えていない気がする……

話は変わりますが、東武鉄道へ渡ったC11 325号機が早くも不具合を出しましたね。環境の変化に加え、扱う人間が変わったことによるものなんでしょうけど、このように環境の変化によって機関車の状態が変わってくるのも、蒸気機関車が生き物に例えられる所以なんでしょうかねぇ……
何事も無いのを祈るばかりです。


 

 

 

 それから二日が経った朝……

 

 

 

 その日は朝から雪が降り、ほんの少しだけ雪が積もりつつあった。

 

 

 そんな寒い中、幻想郷に張り巡られた線路に、二つの列車が走っていた。

 

 

 線路の状態の確認に加え、再開するであろう列車運行に向けて、幻想機関区は営業列車と同様の編成による列車の試運転が行われていた。

 

 機関区長の北斗が居ない中であったが、蒸気機関車の神霊達は自らの判断で常に列車を最高の状態にする為に、列車の試運転を行うことにした。

 

 もちろん、試運転に関しては事前に人里や博麗神社、守矢神社、そして守矢神社を通して妖怪の山側に周知している。

 

 まぁ彼女達が試運転を行うようにしたのは、天狗達によって封鎖されていた妖怪の山の路線が守矢神社の二柱達の尽力によって守矢神社行きの路線の通行禁止がようやく解除されたからであるのも関わっている。

 

 だが何より試運転を行うのに至らせたのは、人里の住人達からの列車の運行再開を願う声があったからである。この事を受けて彼女達は北斗がこの時どう考えるかを話し合い、列車再開に向けて試運転を行うことにしたのだ。

 

 

 博麗神社行きの路線にはC58 1号機が12系客車五輌を牽いて田園風景が広がる路線を走り、守矢神社行きの路線にはD51 603号機が石炭の受け取りを行うついでに石炭車十輌を牽いて試運転を行っている。

 

 久々の列車とあり、人里では人々が列車を見学する為に沿線に集まり、妖怪の山でも線路の脇で列車の見学をしていた。

 

 その後C58 1号機が牽く列車が博麗神社の前で停車し、博麗神社行きの路線にもう一つの列車が迷いの竹林前の路線を目指して幻想機関区から出発した。

 

 

 一週間以上ぶりとはいえど、幻想の地に再び汽笛の音色が鳴り響く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、永遠亭

 

 

 

「……」

 

 一昨日よりかは手が動いたので、北斗は自分で朝食のお粥を食べて、その後は窓から外の景色を眺めていた。

 

(雪か。幻想郷だと結構降るんだな。いつ振りかな、こんなに雪が降ったのを見たのは……)

 

 北斗は降って来る雪が地面に積もっていくのを眺めながら内心呟く。

 

「……汽笛」

 

 すると遠くから汽笛の音が竹林に響き渡り、北斗は顔を上げる。

 

「今日は五音室の汽笛か」

 

 昨日と違う汽笛の音色を聞き、北斗は呟く。

 

 

 迷いの竹林の近くの路線には試運転がてら宮古(C58 283)のC58 283号機が客車四輌を牽引してやってきており、竹林の前で彼女は北斗に聞こえるように汽笛を鳴らしている。

 

 

「……やっぱり、暇だなぁ」

 

 彼はボソッと呟き、浅くため息を付く。

 

 ようやく今日からベッドから動くことが出来るようになったが、一週間と言う期間は身体を鈍らせるのに十分であり、今朝試しに歩いてみたところ足が震えてとても支え無しには歩けない状態であった。

 なので彼はベッドに戻って時間を潰している。

 

 かといって外の世界の病院みたいに暇を潰す物をすぐに用意出来やしない。あっても永遠亭には北斗には理解できない書物しかないだろう。

 

 なので鈴仙が人里にある貸し本屋で、北斗が暇を潰せるようにと彼でも読めそうな本を借りて来るそうである。

 

(やっぱり、寝ているしかないか)

 

 時間を潰す物が無い以上、一日を過ごすのは寝ているしかない。

 

 だが、リハビリを一日中しているのは現時点での体力的には無理がある。

 

「……」

 

 北斗は横になり、布団を被ろうとした。

 

 

 

 ドンッ!! と、大きな音と共に病室の扉が開かれる。

 

「っ!?」

 

 大きな音に北斗は驚き思わず身体が起きる。

 

「お兄様!!」

 

 と、大きな声と共に彼に誰かが抱きつく。

 

 北斗は倒れそうになるも何とか耐えると、彼の視界に色取り取りの宝石がぶら下がった木の枝のような翼が見える。

 

 このような特徴的な翼を持つ者はこの幻想郷に、一人しか居ない。

 

「フラン?」

 

「うん! お兄様!」

 

 彼が名前を呼ぶと、フランはニカッと笑みを浮かべると、宝石が光り輝く。

 

「全く。もう少しは落ち着きを持ってだな」

 

 と、呆れた様子で扉が開かれた病室にレミリアが入ってくる。彼女に続いてパチュリーと咲夜が入ってくる。

 

「レミリアさんに、パチュリーさん、それに咲夜さん。お見舞いに来てくれたのですか?」

 

「あぁ。お前が目を覚ましたと文屋の新聞で知ったからな。少し来るのに時間が掛かったが」

 

「いえ。来て貰っただけも、こちらとしては嬉しいです」

 

 北斗はフランの頭を優しく撫でながらそう言うと、「そうか」とレミリアが声を漏らす。

 

「見た感じ、思っていたより元気そうね」

 

 と、パチュリーは北斗を観察して感想を述べる。

 

「えぇ。と言っても、身体は随分鈍っていて、まともに歩けないんですがね」

 

「確か一週間近く眠っていたのよね?」

 

「そうみたいです。自分は眠っていたので、よく分からないのですが」

 

 北斗がそう言うと、「ふーん……」とパチュリーは声を漏らす。

 

 

「あっ! そうそう聞いてよ、お兄様!!」

 

 と、北斗の胸板に顔をスリスリと擦り付けていたフランが、思い出したように顔を上げて北斗に声を掛ける。

 

「お姉様ったら、酷いのよ! 私にお兄様が大怪我を負ったのを昨日まで教えなかったのよ!!」

 

「そ、それはフランに余計な不安を抱かせない為に黙っていただけだ!! 頃合を見て教えるつもりだったんだ!」

 

 急に矛先を向けられたレミリアは戸惑いながらも、黙っていた訳を話す。

 

「だからってこんな大事なことを黙っているなんて酷いよ!!」

 

「北斗が重傷を負ったと知れば、お前は平静を保てていたと思うか!」

 

「出来るよ! 以前までの私とは違うんだから!」

 

「いいや、出来ないな! そう簡単に変われるわけないのだからな!」

 

「何をぉ!」

 

 レミリアとフランの二人の言い争いは徐々にヒートアップしていく。

 

 

「そこまでだよ、フラン」

 

 と、北斗が静かに声を掛けると、フランはビクッと身体を震わせる。

 

「で、でも、お兄様……」

 

 フランは不安な表情を浮かべながら北斗を見る。

 

「レミリアさんはフランのことを思って、あえて黙っていたんだよ。だからあまり彼女を責めないであげて」

 

「……お兄様」

 

 フランはしゅんとした様子で俯く。

 

「うん。お兄様がそう言うなら」

 

「偉いよ、フラン」

 

 渋々といった様子でフランがそう言うと、北斗は微笑みを浮かべて彼女の頭を優しく撫でる。

 

 頭を撫でられたフランは頬を赤く染めて微笑みを浮かべ、色取り取りの宝石がぶら下がった翼が揺れる。

 

 

「ちょっと待ていっ!!」

 

 と、納得いかない様子のレミリアが大声を上げる。

 

 まぁさっきまで自分に反抗していた妹が、赤の他人の言う事を素直に聞いたのが、納得いかなかったのだろう。

 

「さっきまでと態度が違いすぎるわよ! どういうことよ、フラン!!」

 

「な、何よ! お姉様には関係ないわよ!!」

 

 フランは頬を赤くしながら、北斗が座っているベッドから降りてレミリアに少し狼狽した様子を見せる。

 

「大体最近のフランは生意気よ! 事あるごとに私に反抗して!」

 

「そんなの今は関係ない話でしょ!! お兄様の前で恥ずかしくないの!」

 

「お前こそ! いちいち北斗を挙げてどういうつもりだ!」

 

「ぐぬぬ!」と二人は犬歯を覗かせながら睨み合う。

 

(こうして見ると500や495の年齢には見えないな)

 

 その様子に北斗は姉妹の見た目相応な姿に微笑みを浮かべる。

 

 背中の翼を除けば、二人の姿は見た目相応の姉妹の姿に見えるだろう。

 

 それと同時にパチュリーは呆れた様子でため息を付き、咲夜は微笑みを浮かべて見守っている。

 

 と、開かれた病室の入り口から誰かが静かに入ってきて、その人物にレミリアとフラン以外はギョッとする。

 

「貴方達」

 

「「何よ!!」」

 

 

げ  ん

 

こ  つ

 

 

げ  ん

 

こ  つ

 

 

「ここは病室よ。怪我人が居るんだから静かにしてもらえないかしら?」

 

「「はい……」」

 

 と、その人物こと握り拳を作った永琳がイイ(・・)笑顔でそう言うと、特大のタンコブが出来た頭を押さえて蹲るレミリアとフランは「うー」静かに唸りながらも答える。

 

「今から彼の腕の傷を縫っている糸の抜糸を行うから、部屋から出てもらうわよ」

 

 永琳がそう言うと、レミリアとフランは頭を押さえながら静かに立ち上がり、パチュリーと咲夜と共に病室を出る。

 

「……」

 

 しかし病室を出る際、レミリアは一瞬北斗を見て、その目を細めた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃守矢神社では……

 

 

「うぅ……お願いします、神奈子様。もうすっかり治ったんですから、北斗さんのお見舞いに行かせてください」

 

「駄目だ。病み上がり直後に行かせられるものか」

 

「そうそう。北斗君の事を考えて、行かせられないね」

 

 と、なぜか御柱に縛り付けられた早苗が神奈子に懇願するも、彼女は腕を組み早苗の懇願を拒否し、諏訪子も同意する。

 

 

 事の始まりは一昨日。

 

 あの後早苗は安心したことによって張り詰めていた気が緩んだことで、疲労が一気に出て、体調を崩してしまった。

 

 早苗はその日から寝込み、二柱から看病を受け、永琳より受け取った薬を服用したことで、今日完治したのだ。

 

 今朝方早苗は早速北斗の見舞いに行こうとしたので、神奈子と諏訪子は彼女を捕まえて無理矢理御柱に縛り付けたのである。

 

 

「兎に角、今日までは安静にしていろ。無理してまた寝込んだら我々が困ることになるんだ」

 

「……」

 

 神奈子からそう言われて早苗は何も言えなかった。

 

 さすがにこれ以上早苗に寝込まれると、二柱としては信仰に関わってくる。

 

 なので、きつくしてでも彼女に言い聞かせている。

 

(……北斗さん)

 

 御柱に縛り付けられたまま、早苗は空を見上げる。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108駅 不穏な未来

今回は重要な回となっています。


 

 

 

 

 所戻り、永遠亭

 

 

 しばらくして北斗の左腕にある傷跡を縫ってあった糸の抜糸が終わり、その後再びレミリア達が病室へと入る。

 

 

「まぁともかく、お前が無事で何よりだな」

 

 未だに頭に大きなタンコブを残すレミリアがそう言うと、北斗を見る。

 

 抜糸を終えたといっても、まだ包帯が取れるわけではないので、北斗の左腕には新しい包帯が巻かれている。

 

「ねぇ、お兄様。本当に大丈夫なの?」

 

 と、ベッドの傍に置いている椅子に座っているフランが不安そうに北斗に声を掛ける。彼女の頭にも大きなタンコブがまだ残っている。

 

「大丈夫だよ、フラン。退院する頃には日常生活が送れる位には回復するって永琳さんが言っていたから」

 

 北斗は包帯に巻かれた左腕を見えながら彼女に説明する。

 

「そういえば、レミリアさん達はどうやってここまで来たのですか? 人里からでも永遠亭まで結構遠いと聞いていますが」

 

「どうやってって、普通に竹林前までは飛んできただけだ。その後はここの兎に永遠亭まで案内してもらった」

 

「あぁ、そっか。幻想郷じゃ飛べる者は飛べたんでしたね」

 

 思い出したように北斗は呟き、レミリアとフランの背中にある翼を見る。

 

 

 ちなみにレミリア達を案内したのは、先日北斗に対して悪戯をして、永琳にばれて仕置きされたてゐであり、その後北斗の見舞い客の案内を任されている。

 

 

「あれ? でもなんでわざわざ竹林の前で降りたのですか? そのまま飛んで行けば楽なのでは?」

 

「迷いの竹林には何らかの結界が施されているわ。飛んでいこうとすれば歩いて行くよりも方向感覚が狂って迷いやすくなるの。それに竹やぶが多いから、飛ぼうにも飛べないのよ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 パチュリーの説明を聞いて北斗は納得して頷く。

 

「……」

 

 するとレミリアは浅く息を吐くと、ゆっくりと北斗の元へと向かう。

 

「北斗」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「手を出してくれるか」

 

「……それは、なぜ?」

 

「お姉様?」

 

 突然のレミリアの要請に北斗とフランは怪訝な表情を浮かべる。

 

「なに。お前の未来を見てやろうと思ってな」

 

「未来? それってお姉様の能力でお兄様のを?」

 

「そうだ、フラン」

 

 レミリアは頷いて肯定する。

 

 

 彼女は『運命を操る程度の能力』がある。まぁ運命を操ると大そうな名前をしているが、実質的には未来予知に近い能力である。その未来を見て、別の未来になるように誘導させる。彼女の能力とはそういうものである。

 

 

「でも、どうして急に?」

 

「まぁ、何だ。ただの気まぐれだ」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は戸惑いながらも、レミリアに右手を出す。

 

 彼女は両手で差し出された北斗の右手を包み込むように添える。

 

「……」

 

 レミリアは目を瞑り、集中する。

 

 どんな結果が来るのか、フランは息を呑む。

 

 

 それから少しして、レミリアは瞑っていた目を開ける。

 

「何か、分かりましたか?」

 

「……そ、そう、だな。まぁ、今後お前の身に何かが起こることは、無いな」

 

「そうですか」

 

 と、どこか歯切れの悪いレミリアであったが、結果を聞き北斗は少しだけ安堵する。

 

「ただ、運命は決まっているわけではない。どこかで運命の歯車が狂うことがあるかもしれない。その事を頭に留めて置くといい」

 

「……」

 

「特に、身辺については気をつけておけ」

 

 レミリアはそう言うと、北斗の元を離れる。

 

「……」

 

 そんな親友の様子を、パチュリーは見逃さず、目を細める。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後レミリア達は、北斗に別れを告げて、永遠亭を後にする。

 

 

「フラン」

 

「何、お姉様?」

 

 と、迷いの竹林を出たところで、レミリアがフランに声を掛ける。

 

「お前は咲夜と共に先に館に戻っていろ」

 

「えっ? どうしてなの?」

 

 フランは怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「少しパチェと話をするからだ。まぁ話しながらゆっくり帰るだけだ。遅くはならない」

 

「そう。分かったわ」

 

「咲夜」

 

「畏まりました、お嬢様」

 

 レミリアに声を掛けられて咲夜は頭を下げてフランの傍に来ると、一瞬にしてその姿をフランごと消す。

 

 

 

「……」

 

「それで、わざわざ二人っきりにしたのには、それだけ重要な話があるってことでいいのかしら、レミィ?」

 

 二人だけになり、パチュリーがレミリアに問い掛ける。

 

「あぁ。そうだな」

 

「……彼に言っていたのは、嘘なのね」

 

 パチュリーがそう問い掛けるも、レミリアは何も言わない。

 

「……歩きながら話そうか」

 

 と、レミリアはゆっくりと歩き出し、パチュリーはその後に付いて行く。

 

 

「それで、本当は彼の何が見えたの?」

 

 歩きながらパチュリーはレミリアに問い掛ける。

 

「……どれも断片的で、分かりづらいものばかりだ」

 

 彼女は雪が降る空を見上げながら答える。

 

「最初に見たのは……黒いオーラのようなものを纏った蒸気機関車が走っている光景だ」

 

「黒いオーラを纏った蒸気機関車……」

 

 パチュリーはオウム返しのように呟く。

 

「これに関しては、全く分からないな。そもそもなぜ彼の未来に、こんな光景が映るのか」

 

「……」

 

「まぁ、これに関しては以前にも似たような光景を見たから、別に気にするものではない」

 

「そう……」

 

「次に見えたのは、月だ」

 

「月……月の都へ攻め入ったのが懐かしいわね」

 

「言うな。思い出したくも無い」

 

 と、嫌な事を思い出したのか、苦虫を噛んだようにレミリアは顔を顰める。

 

「……兎に角、前者も気がかりだが、何よりなぜ月だけが見えたのか、それが分からない」

 

「……そうね」

 

 レミリアは咳払いをして気持ちを切り替え、パチュリーは厚い雲の先にあるであろう月を思い浮かべる。

 

「もしかしたら、そう遠くない内に月が関わる異変が起こるのかもしれないわね」

 

「異変か。それも月が関わるとなると……」

 

「まぁ、永遠亭の者達がまた異変を起こすのは考えづらいわね。というより、異変を起こす理由が無いわ」

 

 

 以前に永遠亭に住む面々は月の都からの追跡者から逃れる為、この幻想郷で月を奪う異変を起こした。まぁ結果的には無駄に終わるのだが。

 

 

「そうだな。だからこそ分からない。ましても、なぜ北斗の未来に月が関わるんだ」

 

 レミリアは口元に手を当てて、静かに唸る。

 

 彼女が悩むのは、なぜ月と何ら関係の無い北斗の未来に、月が映ったのか。

 

「彼自身月と何か関係があるのかしら……」

 

「ありえんだろ。やつは外の世界から来たんだぞ。どう月と関わりがある」

 

「それもそうね」とパチュリーは呟く。

 

「となると、月の民が幻想郷に対して何かをしでかすのか。それとも月自体に何らかの異変が起こるのか。でもやっぱり北斗の未来に関わるとは思えないわ」

 

「……」

 

「……それだけじゃないんでしょ」

 

 と、パチュリーがレミリアに意味深なことを聞く。

 

「分かっていたか」

 

「まぁ、付き合いは長いからね。何となくだけど、まだ何かあるような気がして」

 

「……」

 

 レミリアはため息を付き、立ち止まる。

 

「正直、これは場合によっては幻想郷の未来に関わるかもしれない」

 

「……」

 

 幻想郷の未来に関わる。そう聞いてパチュリーは息を呑む。

 

「……何が見えたの?」

 

「……見えなかった」

 

「え?」

 

「見えなかったんだ。真っ黒なビジョンしか、見えなかったんだ」

 

「……」

 

 レミリアの言葉に、パチュリーは何も言えなかった。

 

「パチェ。これについて、お前はどう考える?」

 

「……そうね」

 

 彼女は間を置いて一考し、口を開く。

 

「考えられるとすれば、レミィの能力を以ってしても未来が見えなかった。もしくは……」

 

 と、パチュリーは息を呑み、一間置いて口を開く。

 

 

「……見る未来が存在しないから、未来を見ることが出来なかったと、考えられるわね」

 

「……」

 

 彼女の言葉を聴き、レミリアは何も言わなかった。

 

 

 見る未来が存在しない。

 

 

 つまりそれは……北斗の死を意味している。

 

 

「フッフッフッ……考えられるだけでも最も最悪なやつね」

 

「……」

 

 身体を震わせるレミリアの言葉に、パチュリーは何も言えなかった。

 

「普通ならただの未来予知だと流せるけど、あの光景を見ていたら、必ず起こってしまうかもしれないわ」

 

「あの光景?」

 

 と、パチュリーは首を傾げる。

 

「あぁ、パチェにはまだ言っていなかったな」

 

 レミリアはそう言うと、自身が見た不可解な未来を彼女に告げる。

 

 

 傷ついて倒れた北斗を庇う形で、早苗が本気の霊夢の前に立ちはだかる、不可解な光景を…… 

 

 

「……」

 

 レミリアからその光景の外洋を聞き、パチュリーは顎に手を当てる。

 

「お前はどう思う、パチェ?」

 

「どうもこうも、ありえないわ」

 

「そうだな。ありえない光景だ」

 

 二人はそう言うと、空を見上げる。

 

 幻想郷において、人間を守るべき立場にある霊夢が北斗を襲うなんて、とてもじゃないが考えられない。

 

「だが、今回見えた光景を考えると、現実で起こりえるかもしれない」

 

「……」

 

「パチェ。お前はこれが起きたら、どうなると考える?」

 

「……そうね」

 

 彼女は目を細めて、一間置いて口を開く。

 

「幻想郷で、大きな争いが起きかねないわね。守矢を筆頭にした北斗の擁護派と、八雲紫を筆頭にした北斗の排除派に分かれた争いが」

 

「争いか。だろうな」

 

 レミリアは静かに笑い声を漏らす。

 

「たった一人の人間の為に、争いが起こるか」

 

「……」

 

「だが、それよりも懸念されるのは―――」

 

「フランの暴走ね」

 

 パチュリーが遮ってそう言うと、レミリアは「あぁ」と答える。

 

「北斗の身に何かあれば、フランは確実に再び狂気を活性化させて、暴走する」

 

「その上、以前よりも強くなってね」

 

「……考えるだけでも、恐ろしいな」

 

 げんなりした様子でレミリアは呟く。

 

 以前までならただ暴れるフランを全力で止めるだけだったが、ただでさえフランはパチュリーより魔法を学んだり、自身の魔力のコントロールを手伝ってもらってるのだ。

 その力は前と比べて強くなっている。

 

「だからこそ、この運命だけは避けなければならない」

 

 しかしすぐにレミリアは気を引き締め、目を細める。

 

「彼のお陰で、私達はようやく幸せを手にしようとしているんだ。それを失うわけにはいかない」

 

「そうね。必ず変えないといけないわね」

 

 パチュリーは頷いて、肯定する。

 

 二人はフランの狂気に長らく悩まされた。どうやってもフランから狂気を取り払えなかったが、フランは北斗と接してからその狂気がどういうわけか薄まりつつあった。

 

 だからこそ、二人はどうにかして運命を変えようと、決意を固めたのだ。

 

「だが、どうやって北斗の様子を見張るべきか」

 

 レミリアは顎に手を当てて、「うーん」と静かに唸る。

 

 北斗の未来に関わる以上、彼の動向は常に把握していないといけない。

 

「彼を館に連れて行けば、常に彼の状態を見ていられるのだがなぁ……」

 

「そんな事をすれば、早苗の怒りを買うのは目に見えているわよ。しかも彼女が仕えている二柱も続いてね」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 パチュリーの指摘にレミリアの目から一瞬光が消える。

 

 わざわざ神の怒りを買おうとは思わないからだ。

 

「……」

 

 レミリアは静かに唸り、頭を抱える。

 

 

 

「あっ……」

 

 すると頭を抱えて唸っていたレミリアが突然声を漏らして顔を上げる。 

 

「どうしたの?」

 

「……そうか。こうすれば誰からも怪しまれずに済むな」

 

 と、ブツブツと呟き、にやりと口角を上げる。

 

「クックックッ。これも運命の導きか」

 

「さっきから何独り言を言っているのよ」

 

 と、独り言を呟くレミリアにパチュリーが呆れた様子で声を掛ける。

 

「いやなに。我ながら良い方法を思いついたんだ。北斗の動向を見ていられる、良い方法がな」

 

「自分で言うとありがたみが無いわね。で、その良い方法って?」

 

「その前に聞きたいが、パチェは新しい小悪魔を召喚する予定はあるか?」

 

「えっ? まぁ図書室の整理をする為に、新しく召喚する予定はあるけど……」

 

「そうか。次に聞きたいが、新しく出した小悪魔の教育はここあとここの二人でも出来るか?」

 

「まぁ、あの二人はこあに次いで長いから経験はあるから、教えようと思えば教えられるわ。でも何でそんな事を?」

 

「ふふーん。それはだな―――」

 

 と、レミリアはパチュリーの傍に来て、耳打ちをする。

 

 

 

「……よくまぁ思いつくわね」

 

 レミリアからその方法を聞き、パチュリーは少し呆れた様子でため息を付く。

 

「だが、これ以外に怪しまれずに北斗の動向を見張っていられる方法は無い。まぁ居候している悪魔達には怪しまれるだろうがな」

 

「まぁ、それはそうでしょうね」

 

「はぁ」とパチュリーはため息を付く。

 

「分かったわよ。こあには私から言っておくわ。レミィは北斗さんに用件を伝えて、調整しておくのよ」

 

「あぁ。分かっている。任せろ」

 

 パチュリーの言葉にレミリアは頷き、それから二人は歩きながら話を進めて、話を終えると飛んで紅魔館へ向かって飛んで帰っていった。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109駅 既視感

この間東武鉄道が栃木県小山市にある公園に保存されているC50 123号機を動態復元を行うという発表のネットニュースを見ている夢を見た。

まさに夢の中でしかない内容やなぁ……


 

 

 

 

 その日の夜。

 

 

 

「……」

 

 病室のベッドで上半身だけ起こし、どてらを羽織っている北斗は鈴仙が人里にある貸し本屋から借りてきた本を読んでいた。

 

(しかし、まさか外の世界の本を取り扱っている店が人里にあったなんて思わなかったな。退院したら機会があれば行ってみようかな)

 

 内心呟きながらページを捲る。

 

 ちなみに本の内容は、とあるSL列車を舞台に、そこで起きた殺人事件を解決するミステリー小説である。

 

 

「……あっ、もうこんな時間か」

 

 ふと北斗は壁に掛けられた時計を見て、時刻が11時を回ろうとしていた。9時から本を読み始めていたが、いつの間にか2時間が経過していた。

 

 北斗は読んだページにしおりを挟んで本を閉じ、ベッドの傍にある台に置くと、両腕を上に上げて身体を伸ばしながら欠伸をする。

 

 

 コンコン……

 

 

 すると病室の扉がノックされる。

 

 北斗は首を傾げるも、ゆっくりとベッドから足を下ろして床に着け、台に立て掛けている杖を持ってそれを支えにして立ち上がり、ゆっくりと扉の前に歩いて行く。

 

「……どちらさまですか?」

 

『あー、輝夜だけど、入って良いかしら?』

 

 北斗が声を掛けると、扉の向こうから輝夜の声がする。

 

「は、はい。良いですけど……」

 

 意外な人物の来訪に北斗は戸惑いながらも扉を開けると、両手を後ろに組んで立っている輝夜の姿があった。

 

「どうかしましたか?」

 

「いやまぁ、ちょっと暇だからさ。寝る前に話し相手になってくれるかしら?」

 

「話し相手ですか?」

 

「えぇ」

 

「それは構いませんが、他の方々では駄目なのですか?」

 

「駄目ってわけじゃないけど、今はそういう気分じゃないのよ」

 

「は、はぁ……」

 

 北斗は彼女の独特な感性に戸惑う。

 

「しかし、ちゃんと相手が務まるかどうかは……」

 

「まぁそれは、話してみれば分かるわ」

 

 と、二人は病室の奥へと向かい、北斗はベッドに腰掛けて下半身に布団を掛け、輝夜は椅子に座る。

 

「でも、どうしてこんな時間に?」

 

「そりゃ、昼間は永琳の目があるわけだしね。一応私さ、立場があるわけだし」

 

「そうですか」

 

 北斗は輝夜がこの永遠亭の主であるのを思い出して、頷く。

 

 

「北斗。一つ聞きたいんだけど」

 

「なんでしょうか?」

 

「あなたのその傷、守矢の風祝を妖怪から庇って出来たのよね」

 

 輝夜は北斗の包帯に巻かれた左腕を見ながら、彼に問い掛ける。

 

「……はい」

 

 北斗はその時の事が脳裏に過ぎり、傷口から鈍い痛みが走り、一瞬身体を震わせるも答える。

 

「怖くなかったの? 自分が死ぬかもしれなかったのに」

 

「……そうですね。怖くなかったと言えば、それは嘘になります」

 

「……」

 

「でも、あそこで動かなかったら、自分はきっと一生後悔していたと思います」

 

「後先のことを考えれば、少し無謀な気がするけど」

 

「後からなら何とでも言えます。でも、後先のことよりも、今を後悔したくなかったんです」

 

「……今を後悔したくない、か」

 

 何かを思い出したのか、輝夜は少し口角が上がる。

 

「ホント、人間は面白いわね」

 

「?」

 

「いいえ。何でも無いわ」

 

 輝夜はボソッと呟き、その呟きに北斗は首を傾げると、彼女は首を振るう。

 

「ところで、あなたが幻想郷に来てからの事を聞かせてもらえるかしら? 少し気になるのよね」

 

「分かりました」

 

 気持ちを切り替えて輝夜がそう問い掛けると、北斗は記憶の糸を手繰り寄せて、これまでの事を彼女に話した。

 

 

 

 少年語り中……

 

 

 

 少年語り中……

 

 

 

「―――と、こんな所ですね」

 

「なるほどねぇ」

 

 北斗から話を聞いて、輝夜は頷く。

 

「あなたって、色々と恵まれているのね」

 

「それは……そうかもしれませんね」

 

 輝夜の指摘を聞き、北斗は色々と心当たりがあってか間を置いて肯定する。

 

(今思えば、俺ってかなり恵まれているよな……)

 

 内心呟き、彼はこれまでのことを思い出す。

 

 

 大抵の外来人はその時の状態で幻想郷に迷い込む場合が殆どだ。北斗のように、場所や物に恵まれて幻想入りすることは滅多に無い。

 

 そう考えれば、幻想郷に幻想入りした北斗は、とても恵まれているだろう。

 

 それも、彼の大好きな蒸気機関車と、それを運用するのに必要な設備と共にであるなら、尚更である。

 

 

「あら、もうこんな時間なのね」

 

 と、輝夜は壁に掛けられた時計を見て、声を漏らす。時計の針は0時半を指している。

 

「ありがとう、北斗。いい暇つぶしになったわ」

 

「ちゃんと会話の相手が出来てよかったです」

 

 北斗はちゃんと話し相手が出来たことに安堵する。

 

「そうね。気が向いたら、また来ても良いかしら?」

 

「えぇ。自分でよければ」

 

「そう」と声を漏らすと、彼女は席を立って病室の出入り口に向かう。

 

「……おやすみ、北斗」

 

「はい。おやすみなさい」

 

 輝夜は病室の扉を開ける前に北斗の方を振り向き、声を掛けて彼の返事を聞き、扉を開けて病室を出る。

 

 

「……」

 

 彼女が病室を出た後、北斗はどてらを脱いで布団の上に広げて置き、横になって布団を被り、静かに唸る。

 

(……なんだろうな、一体)

 

 北斗は内心呟き、輝夜の顔を思い出す。

 

(輝夜さんと前に会ったことあったのかな? いや、そんな事は無いはずなんだけど)

 

 北斗は輝夜に対して、どこか懐かしさを感じていた。それも、親近感のあるような、そんな感じである。

 

 しかし外の世界で知り合った早苗と違い、輝夜はこの幻想郷にて初めて会ったのだ。そんな人物に懐かしさを覚えるのは、普通ならただの気のせいだと思えるだろう。

 

 だが、彼には輝夜が赤の他人だとは思えなかった。

 

 そんな疑問が頭の中に残り続けるも、考えても分からないので、彼は考えるのをやめて眠りにつく。

 

 

 

 

「……」

 

 病室の扉の横では、輝夜が壁にもたれかかって、腕を組んでいた。

 

(……性格は似ていないわね)

 

 内心呟くと、彼女は北斗の姿を思い浮かべる。

 

 ふと、彼女は頭の中で、少しだけ容姿が違う北斗のような男性の姿を思い浮かべる。

 

(ただの空似、なのよね)

 

 と、輝夜はどこか悲しげな雰囲気を醸し出しながら、ゆっくりとその場を離れていく。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 昨日から雪が降っていたので、幻想郷は雪化粧によって真っ白に染まっていた。

 

 そんな環境とあって、氷精や冬に現れる妖怪の活動が活発になっていた。

 

 

 雪に覆われた幻想郷の中で、線路の上を特殊な編成の列車が走っていた。

 

 

 12系客車を一輌連結したD51 1086号機の先頭には『ラッセル車』と呼ばれる除雪車が連結されて、線路上に溜まった雪を両側に押し退けながら走っていた。

 

 その後を距離を持って79602号機を先頭に『マクレーン車』、『ロータリー車』、D51 465号機の編成をした、通称『キマロキ編成』の特殊編成列車が走っていた。

 本来ならこの程度の雪で用いる編成では無いのだが、今回試験を兼ねて運用している。

 

 キマロキ編成の除雪列車はゆっくりと線路上を走り、ラッセル車によって両側に溜まった雪をマクレーン車が回収して線路の方へと集め、その雪をロータリー車が吸い込んで遠方へと飛ばす。

 

 雪を放置すれば解けて線路の表面で固まる可能性があるので、必ず毎日雪を除雪しないといけない。

 

 そんな除雪列車は、ゆっくりとしながらも線路を走り、線路の上に積もった雪を退かしていく。

 

 

 

 その頃、人里の近くにある駅舎では、上り線と下り線の間にある中央の待避線に除雪板(スノープラウ)を取り付けたC11 312号機がスハ43を二輌連結し、その後ろではC10 17号機が後ろ向きで連結した状態で待機しており、駅構内では作業員の妖精達がスコップを使い線路に溜まった雪を猫車に乗せて除去していく。

 

「しかしすまないな。こっちを手伝ってもらって」

 

「気にするな。里の方に雪掻きの人手をもらっているんだ。このくらいは容易いさ」

 

 スコップを手にして雪掻きをしている津和野(C58 1)が炎で貯めた雪を溶かしている妹紅に礼を言い、彼女はそう答える。

 

 手空きの蒸気機関車の神霊達は作業員の妖精達と共に除雪作業に加わっており、津和野(C58 1)の他に熊野(C12 208)大井(C56 44)行橋(C11 260)島原(C12 06)卯月(48633)霜月(18633)達の姿もある。

 

 人里でも住人達が雪掻きに追われており、その助力に何人かの作業員の妖精達が文月(C55 57)夕張(E10 5)の指揮の下向かっている。

 

 ちなみに残りの蒸気機関車の神霊の少女達は機関区にて除雪作業をしている。

 

 妹紅は自身の炎を出せる力を使い、除雪をして溜まった雪を溶かして川に流している。

 

「そういえば、そろそろ来る頃だな」

 

「来るって、何がだ?」

 

 津和野(C58 1)が上り線の方を見ながら呟くと、妹紅が首を傾げる。

 

「今日は区長の見舞いに行くんだ。代表として二名が臨時列車に乗ってここに来るんだ」

 

「あぁ、なるほど」と妹紅は呟く。

 

 臨時列車は整備を終えた14系客車の走行試験を兼ねており、一旦駅に停車するのも石炭と水の補給を兼ねて、客車の状態の確認を行うためである。

 

「なら私の案内が居るな」

 

「そうだな。代表二人の案内を頼めるか?」

 

「任せろ」と妹紅は一言で了承する。

 

 

 

「その話、聞かせてもらいましたよ!!」

 

 と、後ろから元気な声がして、二人が振り向くと、そこにはマフラーに手袋といった防寒具を身に付け、見た目には見えないが黒いタイツを履いた完全防寒装備をして、「フフーン」と言うような様子の早苗が立っていた。

 ちなみに完全防寒のわりには、なぜか脇は出したままである。

 

「早苗。もう大丈夫なのか?」

 

「はい! 永琳さんから貰った薬のお陰で、この通り! 完全復活です!」

 

 妹紅が聞くと、彼女は「キュピーン」という様な効果音が似合いそうな笑みを浮かべてサムズアップする。

 

 体調を崩していた早苗であったが、ちゃんと休養をして(神奈子より拘束されて)、永琳より貰った薬を服用したことで、見事完治したのであった。

 しかし妙に元気すぎな気がせんでもないが。

 

「まぁ永琳の薬を飲んだのなら、大丈夫だろうな」

 

 元気そうな様子の早苗に苦笑いを浮かべつつ、彼女は永琳の薬剤師としての腕前を考えて、納得する。

 

「それはそうと、津和野(C58 1)さん。私もその臨時列車に同行しても宜しいでしょうか?」

 

「そうだな。まぁその方が区長も喜ぶだろうし。私から話をしておくよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 津和野(C58 1)から許可を貰い、早苗は頭を下げる。

 

 

 

 その後しばらくして、C57 135号機が14系客車四輌を牽引する臨時列車が人里の駅へとやってくる。

 

 津和野(C58 1)(C57 135)に説明して、早苗は妹紅と共に臨時列車に乗車して、C57 135号機は汽笛を鳴らして人里の駅を出発し、迷いの竹林前へ向かう。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110駅 互いに想う気持ち

東方Projectの新作が発表されましたね。公開された画像を見る限り、虹が大きく関わるようですね。どんな内容になるのやら



 

 

 

 

 所変わって、永遠亭

 

 

 

「……」

 

 どてらを羽織り、杖を支えに永遠亭を歩く北斗は、縁側に出て雪の積もった中庭を眺めている。

 

「それにしても、よく降るなぁ」

 

 彼はボソッと呟きながら、中庭を眺める。

 

 

 すると遠くから汽笛の音が竹林に響く。

 

「五音室の汽笛か」

 

 北斗は耳に届いた汽笛の音色を言い当てて、空を見つめる。

 

 

「あっ、北斗さん」

 

 と、右から声を掛けられて北斗はその方向に振り向くと、そこには人里へ薬の配達に向かう際に着る服装を身に纏う鈴仙の姿があった。

 特徴的である足元まで伸びている長い髪は後頭部に纏め上げ、兎の耳も大きな笠を被って隠しており、背中には大きな葛篭を背負っている。 

 

「鈴仙さん。これから人里へ薬の配達ですか?」

 

「はい。行く前に一言掛けておきたくて」

 

「そうですか。しかし大変ですね。こんな中でも人里まで配達なんて」

 

 北斗はそう言いながら積もっている雪を見る。

 

「そうですね。この時期は大変ですけど、薬を必要としている人は多いので、配達しないわけにはいかないんですよ」

 

「なるほど。ちなみにどんな薬なんですか?」

 

「風邪薬や頭痛薬、症状に合わせた薬もそうですけど、中には鬱な人向けの薬もありますね」

 

「鬱な人向け、ですか……」

 

 ふと、北斗は良からぬ代物が脳裏に過ぎる。

 

「ち、違いますよ! 北斗さんが考えているような怪しいものじゃありません!」

 

 北斗がどんなことを考えているのかを察してか、鈴仙は慌てて彼に伝える。

 

「あくまでも栄養剤みたいなもので、中毒性はありません。鬱が晴れるのも、所謂プラシーボ効果みたいなものですよ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 鈴仙の説明を聞き、北斗は納得する。

 

「……でも、薬の配達だけで、そんな大きな葛篭が必要なのですか?」

 

 ふと北斗はある疑問が浮かび、鈴仙が背負っている葛篭を見つめる。

 

 葛篭はとても大きく、薬の配達に使うには大きすぎる。

 

「あー、まぁこれはちょっとした事情があるんですよ」

 

 と、鈴仙は視線を逸らしながら「ハハハ……」と苦笑いを浮かべる。

 

 その様子に北斗は深入りしないことにした。

 

 

 

 その後北斗は鈴仙を見送って、病室へ戻った。

 

「……」

 

 北斗はベッドに腰掛けて、下半身に布団を被せて昨日の続きから小説を読んでいた。

 

「そろそろお昼か」

 

 北斗は小説から顔を上げ、壁に掛けられている時計を見て時刻を確認する。時刻は正午を回ろうとしていた。

 

 開いているページにしおりを挟んで本を閉じ、台に置いて両腕を上に上げて背伸びする。

 

 

 コンコン……

 

 

 すると扉からノックがして「入るわよ」との声と共に扉が開かれると、永琳が入ってくる。

 

「永琳さん」

 

「そろそろお昼だけど、あなたにお見舞い客よ」

 

 と、彼女が入り口から横へと退くと―――

 

「北斗さん!」

 

 と、元気な様子で早苗が昼食を載せたお盆を持って入り、その後に荷物を持った長月(C59 127)と私服姿の小傘が入ってくる。

 

 

 あの後人里の駅を出発した臨時列車は博麗神社方面の路線を走り、分岐点で迷いの竹林前の路線へと走り、列車は竹林前で停車して、早苗達は妹紅の案内の元迷いの竹林を抜けて永遠亭に到着した。

 ちなみに妹紅は永遠亭の居間でお茶を飲んで待っている。

 

 

「早苗さん。それに長月(C59 127)と小傘さんも」

 

「区長。元気そうで何よりだな」

 

「お久しぶりですね、区長」

 

 二人はそう言うと、椅子を持ってベッドの傍に置いて座る。

 

「見舞いに来てくれたんだな」

 

「あぁ。だが、遅れてすまなかった。色々と立て込んでいたからな」

 

「構わないよ。そっちを優先すべきだからね」

 

 長月(C59 127)が申し訳なく頭を下げるも、北斗は彼女を責めずにそう言うと、二人が持っている荷物を見る。

 

「あぁ、これは区長の着替えだ。必要になるだろうと思ってな」

 

「そうか。すまないな」

 

 北斗はお礼を言うと、お盆を台に置く早苗を見る。

 

「北斗さん」

 

「早苗さん」

 

 二人は見つめ合い、気まずそうな空気が流れる。

 

「その、じっくりと会うのは、これが初めてですよね」

 

「あぁ、そういえば」

 

 早苗は恥ずかしそうに顔を赤くして、北斗は頭の後ろを掻いて苦笑いを浮かべる。

 

 まぁ何せ早苗は目を覚ました北斗と再会したは良いものも、安堵したことで張り詰めていた気が一気に緩んだことで、早苗はそのまま眠ってしまったのだ。

 

 なので、早苗にとっては北斗とこうしてじっくりと話すのは、初めてになる。

 

「初々しいわね」

 

(何でしょうか。なんだかとっても甘酸っぱく感じます)

 

 そんな様子の二人に、永琳は若干呆れた様子で呟いてため息を付き、妙な感覚を覚える小傘は首を傾げる。

 

 

 

「そういえば、どうして二人で見舞いに来たんだ? 他にも行きたい奴が居たんじゃないのか?」

 

 北斗は昼食を食べながら長月(C59 127)に問い掛ける。

 

「他のみんなは機関区や線路の除雪作業に駆り出されているからな。比較的暇な者が行くことになったんだ」

 

「そうか。みんな自発的にやっていたんだな」

 

「あぁ」

 

「そうか……」と北斗は呟く。

 

「でも、比較的暇な者……」

 

 と、北斗は長月(C59 127)を見て、事情を察してかそれ以上言わなかった。

 

 

 重油専焼機として改造されたC59 127号機の燃料である重油は、未だに手に入れられる算段が無く、今も尚機関区に留まったままである。

 

 一応通常の火室に再改造を計画しているものも、そうなるとボイラーそのものを交換しなければならない。ボイラーの新造自体は河童に依頼すれば可能だが、現在C57形蒸気機関車の製造に加え、C63形蒸気機関車の製造計画を立てている最中である。

 恐らく河童側にC59形蒸気機関車のボイラーの製造をする暇は無い。

 

 

「でも、小傘さんを連れて来たのは?」

 

 北斗は長月(C59 127)の隣に座る小傘を見る。心なしか彼女はどこか緊張した面持ちである。

 

「彼女を連れて来たのは、区長の最終判断を仰ぎたいからだ」

 

「最終判断?」

 

「あぁ。彼女を機関区で働かせるかどうかの判断だ」

 

「……」

 

 北斗は腕を組み、静かに唸る。

 

「俺はここ最近の小傘さんの動きを見ていないから、どうこう言えないぞ」

 

「まぁそうだろうから、整備員達からの評判を教える」

 

「……結構良かったりするんですか?」

 

 と、早苗が怪訝な表情を浮かべて問い掛ける。

 

「あぁ。整備工場の妖精達は、小傘をすぐにでも現場に寄越して欲しいと多くの意見を貰っている」

 

「そうなのか?」

 

「それも、今全般検査を行っているC50 58号機とC54 17号機の整備に加わって欲しいとのことだ」

 

「そこまで凄いのか」

 

 長月(C59 127)から話を聞き、北斗は小傘の技能の高さに驚く。

 

 前から小傘の技量の高さは知っていたが、予想以上に彼女は成長していた。

 

「……あの、区長。わちきの結果はどうでしょうか?」

 

 小傘は恐る恐るといった様子で北斗に問い掛ける。 

 

「……」

 

 北斗は目を瞑り、しばらく考え込む。

 

 

 それから少しして、北斗は目を開ける。

 

「整備員からの評判からすれば、問題はなさそうですね」

 

「ってことは!」

 

「これからも、機関車の整備士としてよろしくお願いします」

 

「っ! はい! わちき、頑張ります!」

 

 小傘は嬉しそうに笑顔を浮かべて、両手を握り締める。

 

 その嬉しい姿に北斗は微笑みを浮かべる。

 

「……」

 

 しかしそんな嬉しそうな小傘の姿を、早苗はどこか面白くなさそうな様子で、視線を細くする。

 

 

 

 その後小傘の今後の動きについて北斗は長月(C59 127)と彼女と話し合い、ある程度案が固まった所で、二人は居間の方に移動した。

 

 その為、病室に居るのは北斗と早苗の二人だけとなった。

 

「……」

 

「……」

 

 しかしいざ二人っきりになると、何を話そうかと悩んで、気まずい雰囲気が漂い出す。

 

「……あ、あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「左腕の状態は、大丈夫なんでしょうか?」

 

「あぁ、はい。最初と比べて、大分動くようになりましたね」

 

 北斗は包帯が巻かれている左腕を上げて、少しぎこちなく左手を動かして見せた。

 

「リハビリは必要ですが、永琳さんの診察次第で近い内に退院出来るそうです」

 

「そうですか。良かった……」

 

 早苗は安堵して息を吐く。

 

「……早苗さん」

 

「な、何でしょうか?」

 

「……今回のことは、本当に申し訳ありませんでした」

 

「北斗さん?」

 

 突然の北斗の謝罪に、早苗は戸惑う。

 

「自分が意識を失っている間、早苗さんに苦労を掛けていた様で……」

 

「……」

 

「諏訪子さんから、説教を受けました。さすがに今回は無鉄砲だと」

 

「それは……」

 

 早苗は何か言おうとするも、諏訪子の名前を出されてそれ以上先は言えなかった。

 

「自分の判断が間違っているとは思っていませんが、諏訪子さんから早苗さんの事を聞かされたら、本当に正しかったのかどうか、思うところがあります」

 

「……」

 

「本当に、難しいですねよ」

 

 北斗は力なくそう言うと、俯く。

 

「……」

 

 すると早苗は椅子から立ち上がり、そのままベッドの方に腰掛けて、北斗を抱き寄せる。

 

「さ、早苗さん?」

 

 彼女の突然の行動に、北斗は慌てる。

 

「私は、別に北斗さんが悪いとは思っていません。それと、北斗さんに怒ってはいません」

 

 と、早苗は北斗の耳元で、そう声を漏らす。

 

「例えあの時、その後の結果どうなろうとも、私は北斗さんの行動が正しかったと思っています。そのお陰で、私は生きているんです」

 

「……」

 

「何より、今こうして、私の腕の中に北斗さんが生きているんです」

 

 と、早苗は北斗を強く抱きしめる。

 

「それだけでも、私は嬉しいんです」

 

「……早苗さん」

 

 震える声を漏らす早苗に、北斗は彼女の後頭部を優しく撫でる。

 

 

 それからして二人は少し離れて、互いを見つめ合う。

 

「……」

 

「……」

 

 目と鼻の先に互いの顔がある中、二人は頬を赤くしながら見つめ合い、やがて目を瞑って顔を近づけ、額をくっ付け合い、鼻先が触れ合う。

 

 

 二人はそのまましばらく、二人しか居ない病室で、互いの温もりを感じ合うのだった。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111駅 見舞い客

 

 

 

 

 

 それから二日が経過した。

 

 

「……」

 

 北斗は椅子に座り、カルテを確認している永琳の言葉を待っていた。

 

 彼は永琳に診察を受けて、その結果次第で、退院するのが延びるのか、予定通りになるかが決まる。

 

「……どう、でしょうか?」

 

 上着を着ながら北斗は永琳に問い掛ける。

 

「……」

 

 永琳はカルテを見つめた後、口を開く。

 

「左腕の傷口は殆ど塞がっているから、余程の事がない限り傷口が開くことはないわ。妖怪の毒による身体の影響は見当たらないわね」

 

「……」

 

「体力も大分回復しているようだし、これなら予定通り三日後に退院しても問題ないわね」

 

「そうですか」

 

 永琳の判断を聞き、北斗は安堵する。

 

「でも、もうしばらく薬の服用は続けてもらうわ。妖怪の毒の影響が全く消えているとは言い切れないし、念を入れてね」

 

「……」

 

「あぁ、薬はこちらから配達するから、わざわざここまで来る必要はないわ」

 

「分かりました。でも、永遠亭から機関区まではかなり遠いはずですが……」

 

 北斗は頷きつつ、永遠亭から幻想機関区までの道のりが遠いのを思い出す。

 

「だから、人里に迎えを来させて貰えるかしら? 優曇華の負担を減らすためにも」

 

「それなら、構いませんが」

 

 北斗は了承して頷く。

 

「まぁ、その辺はまた今度話しましょう。もう戻ってもいいわ」

 

「分かりました」

 

 北斗は立ち上がって頭を下げると、杖を持って診察室を出る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それにしても、よく見舞い客が来るもんだな」

 

 と、病室にて、妹紅が北斗にそう言うと、右膝に右肘を着いて頬杖を付く。

 

 

 北斗が病室に戻る途中、彼の見舞いにやって来た妹紅と廊下で会い、二人は病室に戻り、こうして話をしていた。

 

 

「すみません。妹紅さんにもやる事があるのに、毎日永遠亭まで案内してくれて」

 

「気にするな。人里で永遠亭への案内が出来るのは私ぐらいだし。それに、別に永遠亭への案内自体嫌いじゃないしな」

 

「そうですか」

 

 北斗は申し訳なく俯く。

 

「それで、さっきまで何をしていたんだ?」

 

「さっきまで永琳さんに診察してもらっていたんです」

 

「そうか。と言うことは、退院も間近なんだな」

 

 妹紅は察してか、北斗にそう問い掛ける。

 

「そうですね。余程の事が無い限り三日後には退院できるそうです」

 

「そりゃ良かったな。あの時はどうなるかと不安だったが」

 

 妹紅は頷き、怪我を負って意識を失った北斗の姿を思い出す。

 

 そこからこうして彼が無事で居られるのは、永琳の腕があってこそだろう。

 

 

「……にしても、北斗はみんなから慕われているな」

 

「そうでしょうか?」

 

 妹紅は話題を変えてそう言うと、北斗は首を傾げる。

 

「あぁ。でなければ、こんなに見舞いに来る事はしない。それが天狗や河童、更に慧音に連れられてとは言えど、引き篭もりの霖之助、その上あの風見 幽香までもが来たんだ。最後の奴はともかく、それだけでも慕われているのが分かる」

 

「……」

 

 妹紅の言葉に、北斗は何も言えなかった。

 

 この二日間だけでも、何人かが北斗の見舞いに来ていた。

 

 早苗が毎日来ているのは当然として、天狗のはたてや河童のにとりに、意外なところとしては慧音に無理矢理連れて来られた霖之助、更にあの風見 幽香といった者達が見舞いに来ていた。

 

「お前は、どことなく不思議な魅力があるんだな」

 

「不思議な魅力、ですか。別にそんなものは無いと思いますけど……」

 

「どうかな。自覚が無いだけで、あると思うぞ。でなきゃ、お前の下に色んなやつが集まることはないだろう」

 

「……」

 

 

 

「あら、中々珍しい組み合わせね」

 

 と、病室の入り口から声がして二人がその方向を見ると、輝夜が立って二人を見ていた。

 

「輝夜!」

 

「輝夜さん」

 

 二人は彼女に気付くとそれぞれ声を上げ、輝夜は病室の奥へと歩いて向かう。

 

「何しに来た」

 

「何を、ねぇ。彼と話しをしに来たら駄目なのかしら?」

 

「お前が北斗と? いつの間に仲が良くなったんだ?」

 

「別に。ただ、暇を潰す程度には、彼と話すのはちょうどいいのよ」

 

「……」

 

 何やら意味深な表情を浮かべる輝夜に、妹紅は怪訝な表情を浮かべる。

 

「そういう妹紅は一人で珍しいわね。ここ最近は彼の見舞い客の案内ばかりしていたのに」

 

「私も北斗の見舞いに来ただけだ。案内だけで、まだ来てなかったからな」

 

「ふーん」

 

 輝夜は興味なさげに声を漏らすと、北斗が腰掛けているベッドの近くに椅子を置いて座る。

 

「そういえば、外で聞いていたけど、三日後には退院出来るようね」

 

「はい。左腕の怪我も良くなりましたし、妖怪の毒による影響も無いとのことです」

 

 北斗はまだ包帯が巻かれているとは言えど、すっかり動くようになった左腕を見せる。

 

「良かったわね。まぁ永琳に掛かれば、当然ね」

 

「ふふーん」と彼女は自慢げに胸を張る。

 

「……」

 

 ふと妹紅は頬杖を着き、静かに唸る。

 

「何よ、妹紅。獣みたいに唸って。もしかして嫉妬しているのかしら?」

 

「寝言は寝て言え、引き篭もり」

 

 ニヤニヤと嫌味を言う輝夜に妹紅は苛立った様子で言葉を返す。

 

「じゃぁ、何なのよ」

 

「いや、ちょっとな……」

 

 妹紅は間を置き、口を開く。

 

「今から馬鹿なことを言うが、気にするなよ」

 

「何よ、藪から棒に」

 

「……」

 

 妹紅は輝夜と北斗を見比べると、口を開く。

 

「なんだか、お前達って似ているよな」

 

「はぁ?」

 

「?」

 

 彼女がそう言うと、輝夜は呆れたように声を漏らし、北斗は首を傾げる。

 

「何言っているのよ。いよいよ馬鹿になったのかしら?」

 

 輝夜は妹紅を馬鹿にするように言うものも、一瞬だけ動揺していた。

 

「だから言っただろ、馬鹿なことを言うとな。そんなのを理解できないほどに馬鹿になったのか」

 

 と、毒を吐き合う二人は火花を散らし、やがて席を立つ。

 

「ねぇ、妹紅。少し肌寒くなってきたから、表で暖まらないかしら?」

 

「奇遇だな。ちょうど私も同じ事を考えていたところだ。表に行こうぜ」

 

 と、互いにイイ笑顔を浮かべ、二人は病室を出て行った。

 

「……」

 

 完全に蚊帳の外にあった北斗は、呆然としていた。

 

(似ている、か)

 

 ふと、妹紅の言葉が脳裏に過ぎり、内心呟く。

 

(そういや、輝夜さんを見ていると、何だか見覚えがあるような気がするんだよな)

 

 北斗は内心呟き、輝夜の顔を思い出す。

 

 どことなく見覚えがあるような、そんな感覚があった。しかし当然ながら彼女とはこの幻想郷で初めて出会っている。以前に会ったことなんて無い。

 

(気のせい、だよな)

 

 どこか引っかかる感覚が拭えないが、考えたところで分かるはずもなく、北斗は頭を切り替える。

 

「……気のせいか」

 

 と、呟くと、北斗は台の上に置いている小説を手にすると、しおりを挟んでいるページを開いて続きから読み始める。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それからしばらくして……

 

 

 コンコン……

 

 

「入るよぉ、っと」

 

 と、病室の扉からノックがしてから扉が開かれると、一人の少女が入ってくる。

 

「てゐさん?」

 

 北斗は読んでいる小説から目を離して顔を上げると、病室に入ってきた少女こと、因幡のてゐを見る。

 

「どうしましたか?」

 

「あんたの見舞いに来た人を案内してきたよ」

 

「見舞いですか?」

 

「あぁ。んじゃ、後は楽しんでね」

 

 と、てゐは病室の外に向かってそう言うと、北斗に手を振りながら病室を出る、

 

「失礼します」

 

 その直後に、病室に入ってきたのは……

 

「妖夢さん?」

 

 北斗が名前を呼ぶその視線の先には、マフラーを首に巻いた妖夢と、見知らぬ女性がいた。

 

「お久しぶりです、北斗さん」

 

「そうですね、妖夢さん。地霊殿以来になりますね」

 

「はい」

 

 妖夢は笑みを浮かべる。

 

「それで、隣に居るのは?」

 

 北斗は妖夢の隣に立っている女性を見る。

 

 彼は女性にどことなく普通じゃない何かを感じ取っていた。

 

「初めまして、霧島北斗君。私は西行寺 幽々子。妖夢が仕えている、白玉桜の主よ」

 

 と、女性こと幽々子は自己紹介をして、扇子を広げる。

 

「妖夢さんが仕えている……」

 

 北斗はそう呟くと、首を傾げる。

 

 そんな彼の様子を察して、妖夢が説明する。

 

 

 少女説明中……

 

 

「白玉桜。冥界にある屋敷ですか……」

 

 妖夢より説明を聞き、そう呟くと、幽々子の周りに浮かんでいる白い光を見る。

 

「それに、幽々子さんが亡霊……」

 

 北斗はそう呟くと、どこか納得した様子であった。

 

「ところで、身体の具合の方はどうかしら?」

 

 幽々子は北斗を見ながら、問い掛ける。

 

「はい。もうすっかり良くなっています。三日後には退院出来るみたいです」

 

「そうなんですか。良かったですね」

 

 妖夢は安堵した様子でそう言うと、「はい」と北斗は答える。

 

「どうやら、思っていたよりも良いみたいね」

 

 幽々子はそう言うと、扇子を閉じる。

 

「ところで、一つ聞きたいことがあるわ」

 

「? 何でしょうか?」

 

 北斗は首を傾げると、幽々子は白玉桜であったことを彼に伝える。

 

 

「……」

 

 幽々子より白玉桜であったことを聞かされて、北斗は唖然となる。

 

「魂だけが、そんなところに……」

 

 北斗は信じられないといった様子で、自分の身体を見る。

 

「やっぱり、何も覚えてないんですね」

 

「……はい」

 

 妖夢がそう言って北斗が答えると、「やっぱりね」と幽々子は声を漏らす。

 

「まぁ、こうして無事に魂は元の身体に戻れているのだから、良しとしましょう」

 

 彼女はそう言うと、微笑みを浮かべる。

 

「北斗君」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「妖夢から話は聞いているけど、北斗君は幻想郷で鉄道を始めているようね」

 

「えぇ、そうですよ。今は自分がこんな状態なので、列車の運行は停止していますが」

 

「そう。でも、その鉄道に少し興味があるのよね」

 

「そうなんですか?」

 

 北斗は意外そうに首を傾げる。

 

「えぇ。だからこそ、鉄道の再開を楽しみにしているわ」

 

「そうですか。でしたら、退院後なるべく早く再開できるように、頑張ります」

 

 北斗は頷き、期待されていることに内心喜びを感じた。

 

「……」

 

 そんな北斗を幽々子は微笑みを浮かべて見るも、何かに気付いてか、一瞬だけその視線が鋭くなる。

 

 

 それからしばらく妖夢と幽々子は北斗の所に居て、世間話をした後、輝夜と命懸けの喧嘩をしてきた妹紅に案内されて永遠亭を後にした。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112駅 先の事よりも今の事

 

 

 

 次の日……

 

 

「はぁ……疲れたわねぇ……」

 

 鈴仙はため息を付きながら、肩に手を当てて左右に頭を揺らす。

 

 人里で薬の配達を終えた彼女は、寄り道せず真っ直ぐに永遠亭へと帰って来た。

 

 薬の配達時に来ていた服装からいつもの女子高生の制服みたいな服装に着替え終えた彼女は、永遠亭内の廊下を歩き、北斗が居るであろう病室に向かっていた。

 

 ほぼ回復したといっても、師匠である永琳よりお世話係を言い付けられている以上、最後まで責務を果たさないといけない。

 

(そういえば、明後日には北斗さん退院するのよね)

 

 ふと、鈴仙は昨日の夜に、永琳との会話を思い出し、内心呟く。

 

 北斗の体調が急変しない限り、明後日には退院する予定である。

 

(何だか、寂しくなるわね……)

 

 彼女はどこか寂しげな雰囲気を出し、再度ため息を付く。

 

 一ヶ月近く彼の身の回りの世話をしていれば、彼に対して情が移るであろうが、今まで同じように入院していた者も居たので、普段ならここまで気になりはしない。

 だが、北斗の他とは違う独特感が、彼女に大きく影響を与えているのだろう。

 

「……」

 

 しかし彼女の胸中には、もやもやとした、言い表せない感情があり、どこかスッキリとしなかった。

 

 

 

「あっ……」

 

 その後縁側へと出た彼女は、そこで思わず声を漏らす。

 

「鈴仙さん?」

 

 縁側には、北斗が床に座って雪が積もった中庭を眺めており、鈴仙が声を漏らしたことで北斗は彼女の存在に気付き、後ろを振り向く。

 

「北斗さん。どうしてここに?」

 

「それは、ずっと病室に篭りっぱなしなのは暇なので、気晴らしに外の景色を見に」

 

「あぁ、なるほど」

 

 納得したように鈴仙は頷く。彼女もたまには病室を利用することもあるので、その閉鎖的な空間の感覚が理解できた。

 

 えっ? なんで永遠亭の一員である彼女が病室を利用するのかって? まぁ、察して欲しい。

 

「鈴仙さんは配達が終わって帰ったところですか?」

 

「はい。さっき帰ったばかりで」

 

 鈴仙はそう答えながら北斗の傍に座り込む。

 

「そうですか。こんな中で、大変ですね」

 

 北斗は雪が積もった中庭を見る。

 

「確かに大変ですけど、まぁ仕事ですしね。……それにやらないと師匠に実験台にさせられる」

 

「?」

 

 鈴仙は苦笑いを浮かべつつそう言うも、最後だけ小さく呟き視線を逸らす。その様子に北斗は首を傾げる。

 

「……あれ?」

 

 ふと、彼女はあることに気付く。

 

「あ、あの、北斗さん?」

 

「何でしょうか?」

 

「えぇと、その……」

 

 鈴仙は気まずそうにしながら、北斗に問い掛ける。

 

「左頬、どうしたんですか?」

 

 彼女の視線の先には、左頬が赤く腫れ上がった北斗の姿があった。まるでぶたれた様に赤く腫れている。

 

「あぁ、これですか。少し前に霊夢さんがお見舞いに来て……」

 

「れ、霊夢が来ていたの?」

 

 鈴仙は二重の意味で驚いた。お見舞いに来なさそうな者であり、そんな彼女が北斗に何かしたという事実に驚いた。

 

「霊夢さんは見舞いに来てくれましたけど、実質説教をしに来た様なものでして、その時に……」

 

「説教? 霊夢が?」

 

 鈴仙はいまいち分からずに、首を傾げる。 

 

「自分がここに入院することになったのは、無縁塚での出来事がきっかけでして、その時に、自分は無理をしまして」

 

 北斗は包帯が取れた左腕を見る。今は服の袖に隠れているが、妖怪の爪で切り裂かれた傷跡が残っている。

 

「霊夢さんから言われました。『身の丈に合った事を自覚しなさい』と」

 

「身の丈に合った事……」

 

 鈴仙は話を聞きつつ呟く。

 

「鈴仙さんは、自分がここに運び込まれた理由は知っていますか?」

 

「は、はい。確か妖怪から早苗を庇って、その際に左腕に傷を負って、その上毒を盛られたと」

 

「はい。その通りです」

 

 北斗はそう呟くと、前を見る。

 

「霊夢さんの言うとおり、自分には戦う為の力なんてありません。あの時、無謀な行動に見えてもおかしく無かったです」

 

「……」

 

「でも、早苗さんを庇った事に、俺は後悔していません」

 

 北斗は一瞬悲しげな表情を浮かべるも、すぐに決意に満ちた表情を浮かべる。

 

「もちろん、今の状況を思えば、あの時の行動が正しかったのかどうかに、何も思わないことはありません。でも、あの時は先の事より、今を後悔したくなかった。ただそれだけでした」

 

「先の事より、今を後悔したくなかった……」

 

 北斗の言葉をオウム返しのように呟き、鈴仙は北斗を見る。

 

「やっぱり、おかしいでしょうか?」

 

「それは……」

 

 北斗から問われて、鈴仙は戸惑い、答えられなかった。

 

「……私は、正しいと思います」

 

 彼女は間を置いてから、言葉を発した。

 

「人生は一度きりですから、正しいと思うのなら、それで良いと思います」

 

「……そうですか」

 

「でも、霊夢の言う事も、一理あるかな。無理をして命を落としたら、元の子もありませんし」

 

「……」

 

「難しいですよね。その辺は」

 

「そうですね」

 

 二人はそのまま中庭へと視線を向ける。

 

 しばらく沈黙の間が続くも、北斗が口を開く。

 

「そういえば、この中庭は鈴仙さんが整えているのですか?」

 

「えっ? あっ、そうですね。てゐ以外の因幡の手伝いもあるけど、私がしています」

 

「そうですか。とても綺麗に整えられていますね」

 

「そうでもないですよ。妖夢に色々と教えてもらって、何とか出来ているぐらいですし」

 

「魂魄妖夢さんのことですか?」

 

「妖夢の事知っているの? って、そういえば昨日北斗さんに見舞いとして来ていたのよね」

 

 鈴仙は意外そうな表情を浮かべるも、すぐに納得して頷く。

 

「妖夢は庭師だから、色々と教えてもらったのよ」

 

「なるほど」

 

 北斗は納得して頷くと、中庭を隅々まで見る。

 

「……」

 

 そんな北斗の姿を、鈴仙は静かに見つめる。

 

 

(そういえば、北斗さんの波長って……)

 

 鈴仙は内心呟きつつ、目を細めて北斗を見つめて、彼から発するある物を見る。

 

 彼女には『波長を操る程度の能力』があり、音や光、電磁波、物質の波動、精神の波動など、ありとあらゆる波を操る能力であり、それにより相手に幻覚や幻聴を引き起こさせる事が出来る。

 その能力の一環として、相手の波長を読み取る事で、相手の性格を分析できる。

 

(どうして大きく変化が見られないのかしら?)

 

 北斗の波長を読み取り、鈴仙は不思議でならなかった。

 

 人妖にはそれぞれ波長に特徴があり、それは性格を表している。しかし北斗にはその波長に変化が無い。

 

 今まで北斗を見てきて、一見すれば物静かで、大人しい人物に見えた。だが、その割には波長が長くない。かといって短くもない。

 

 つまり、そこから導かれる答えは……

 

 

(北斗さんって……心が無いの?)

 

 鈴仙は自分で考えながらも、ゾッとする。

 

 心が無い。それならば波長に変化が見られない理由が付く。

 

 しかし心が無いなら、こうして普通に会話なんて出来ない。ましても、こうして起きているはずも無い。

 

 正に矛盾した存在だ。

 

 だが、逆に考えれば、波長に変化が見られないというより、何かしらの影響で北斗の波長を見れないとも考えられる。

 

 しかしその影響とは何か? 

 

「……」

 

 ふと、鈴仙の脳裏に北斗の背中に刻まれた傷跡が過ぎる。本人曰く、叔父の教育によって出来たものだと。

 

(……もしかして、北斗さんは)

 

 彼女はとある憶測が浮かび、息を呑む。 

 

 

「……っ」

 

 だがその瞬間、鈴仙は胸を締め付けられるような苦しみに襲われ、思わず胸元に手を当てる。

 

「ど、どうしましたか?」

 

 彼女の異様な様子に北斗は戸惑いながらも声を掛ける。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 北斗にそう伝えながら、鈴仙はとっさに上着のポケットに手を突っ込む。

 

「っ!?」

 

 しかし手に何も感じず、とっさにポケットの中を見るも、中には何も入っていない。

 

「そん、な……」

 

 鈴仙は思わず声を漏らし、歯噛みする。

 

 いつも持ち歩いている錠剤を入れたケースだが、人里へ薬の配達時着る服に入れたままにして着替えてしまった。

 

「っ! っ!」

 

 やがて鈴仙は呼吸困難に陥って、蹲る。

 

「鈴仙さん!?」

 

 突然蹲り、呼吸困難に陥った鈴仙に北斗は近づき声を掛ける。

 

「どうしたんです!? 大丈夫ですか!?」

 

 彼が声を掛けても、鈴仙は呼吸がままならず返事が出来ないでいた。

 

 北斗は動揺するも、すぐに気持ちを切り替えて彼女の身体を所謂お姫様抱っこのように抱き上げ、永琳が居るであろう診察室へ向かう。

 

 

 鈴仙を抱えて北斗は、診察室の前へとやって来て、大きな声を出す。

 

「永琳さん!! 永琳さん!!」

 

 彼の声が聞こえてか、診察室の扉が開かれる。

 

「一体どうしたの?」

 

 扉が開かれ、永琳が出てくると、北斗の抱えられて息苦しそうにしている鈴仙を見てハッとなる。

 

「突然苦しそうにし出して。一体何が……」

 

「……早く中へ」

 

 北斗は苦しそうにしている鈴仙を見ながら不安を口にすると、永琳は冷静に彼を中へと入れる。

 

 そのまま永琳は北斗に鈴仙をベッドに寝かせるように指示を出して、自身は棚から必要なものを取り出す。

 

「鈴仙さん……」

 

 胸を押さえて苦しむ鈴仙の姿を見て、北斗は思わず声を漏らす。

 

 その後に、白い布を手にした永琳が鈴仙の元へとやって来る。

 

「強引な手だけと、仕方ないわ」

 

 すると彼女はその白い布を鈴仙の鼻と口に当てて、身体をもう片方の手で押さえ込む。

 

 白い布を当てられて、鈴仙は一瞬目を見開くも、やがて意識が朦朧となり、そのまま目を閉じて静かになる。

 

「心配ないわ。睡眠薬で眠っただけよ」

 

 突然眠った鈴仙に不安な表情を浮かべるも、永琳は手袋をした手で持っている白い布を見せて彼に説明する。

 

「感謝するわ。優曇華を連れてきてくれて」

 

「いえ。お構いなく」

 

 北斗はそう言うと、眠った鈴仙を見る。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。一時的な発作みたいなものだから」

 

 と、北斗に説明しながら永琳は、睡眠薬を染み込ませた白い布を畳んで机に置いて手袋を取る。

 

「……鈴仙さんは、病気なんですか?」

 

「病気……とは少し事情が違うわね」

 

 と、永琳は水の入ったコップを手にしながら、間を置いて答える。

 

「……」

 

 北斗は永琳の答えを聞き、何となく察しが付く。

 

「そうね。鈴仙が発した症状は、精神的から来る発作よ」

 

 北斗の様子を察してか、永琳は水を飲んだ後、口元を拭いながらそう答える。

 

「一体何が……いえ、何でも無いです」

 

 北斗は事情を聞こうとするも、すぐに取り消した。余計な詮索をしないのが彼の性分である。それが相手の心を傷つけるようなものなら、尚更である。

 

「優しいのね」

 

 その様子に永琳は微笑みを浮かべる。

 

「そんな事は無いです。ただ、辛い記憶を思い出せるわけにはいきませんので。それに、安易な同情は嫌いですから」

 

「……そう」

 

 永琳は何か言いたげであったが、彼女は何も言わなかった。

 

「では、自分は病室に戻っています」

 

 北斗は頭を下げてから、診察室を出る。

 

 

「……」

 

 北斗が診察室を出た後、永琳は小さくため息を付いて道具箱から聴診器を取り出して首に掛け、眠っている鈴仙の首に巻かれているネクタイを緩めて、シャツのボタンをいくつか外す。

 その後聴診器を耳に付けて、鈴仙の胸に聴診器を当てて呼吸を確認する。

 

(似たもの同士、何となく分かるものなのね)

 

 鈴仙の呼吸を聴診器で聞きながら内心呟き、視線の先にあるものを見る。

 

 永琳の視線の先には、シャツの隙間から覗く鈴仙の身体に刻まれた傷跡である。それも細長い何かで強く叩きつけられたような傷跡である。

 

 その傷跡の存在が、彼女の過去を語っているのは明確である。

 

「……」

 

 永琳は静かに聴診器を取り、元の道具箱へと戻した後、鈴仙が起きるまで傍で待つのだった。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113駅 機関区への帰還

 

 

 

 それからあっという間に二日が経過した。

 

 

 

「今日まで色々とお世話になりました」

 

 永遠亭の門の前で、真新しいナッパ服を身に纏う北斗がお礼を言いつつ頭を下げる。

 

「今後何かあったら、いつでも受け入れるわ」

 

 永琳はそう言うと、手にしている紙袋を差し出す。

 

「これは一週間分の薬よ。一日の朝と夜に飲むように。一週間後に優曇華が薬の配達に向かうから、その時は迎えをお願いするわ」

 

「分かりました」

 

 薬が入った紙袋を受け取りながら、北斗は頷く。

 

「北斗。思い出した程度でいいから、たまには話をしに来て貰えるかしら? あなたとの会話は楽しいから」

 

「はい。暇が出来ましたら、その時は伺います」

 

 輝夜はそう言うと、北斗は頷くも、彼の隣に立つ妹紅は鼻を鳴らす。

 

「この際引き篭もりを卒業する為に、お前から北斗の元に行けば良いんじゃないか?」

 

「何を言っているのかしら。彼は今後忙しくなるだろうから、彼の都合に合わせてお願いしているんじゃないの。そんな事も分からないのかしら?」

 

「ここまで来る苦労も分からねぇのか? これだから苦労の知らないやつは」

 

 互いにディスり合い、次第に殺気が高まりつつある中、その気配に気付いた永琳は笑みを浮かべる。

 

「そこまでにしておきなさい。せっかくの場が台無しになるわ」

 

 グッと彼女が握り拳を作ると、二人はピタリと黙り込む。

 

「ごめんなさいね。せっかくの退院の場なのに、ギスギスとして」

 

「いえ。自分は気にしていませんので」

 

 北斗は気にしていないことを伝えると、永琳の隣に立つ鈴仙を見る。

 

「鈴仙さん」

 

「は、はい」

 

「その、今後も同じことが起こると思いますので、お身体には気をつけてくださいね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 鈴仙は少し戸惑いながらも、頭を下げてお礼を言う。

 

 

 あの時、目を覚ましたその日の夜に、鈴仙は北斗の元へ赴き、呼吸困難に陥った自身を永琳の元へと運んでくれたお礼を言った。

 

 北斗は当たり前のことをしただけだと告げて、彼女にはそれ以上の追求はしなかった。

 

 

「改めですが、本当にありがとうございます」

 

 北斗は改めて御礼を言いつつ、頭を下げ、手を振って妹紅の後を付いて行く。

 

「……行ってしまったわね」

 

「えぇ」

 

 妹紅の後を付いて行く北斗の姿を輝夜と永琳が見つめながら、短く言葉を交わす。

 

「……永琳」

 

「……」

 

「私はあの結果……信じないわよ」

 

「姫様……」

 

 顔を前に向けたまま輝夜はそう言うと、永琳は何とも言えなかった。

 

「……ありえないとは言い難いけど、とても信じられないわ」

 

「……」

 

 輝夜はそう言うと、踵を返して永遠亭へ戻っていく。

 

「……師匠。今の話は?」

 

「気にしないで頂戴。とても複雑な事だから」

 

「は、はい……」

 

 鈴仙は輝夜の様子に永琳に問い掛けるも、彼女から睨まれる様に見られながらそう言われ、短く答えてそれ以上は聞けなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 妹紅の後を付いて行きながら、北斗はどこか上の空だった。

 

「それにしても、北斗」

 

「は、はい?」

 

 と、妹紅が口を開いて声を掛けると、北斗は少し驚いて反応する。

 

「いつから鈴仙といい雰囲気になっていたんだ?」

 

「い、いい雰囲気って……」

 

 妹紅の問い掛けに北斗は戸惑う。

 

「あんな鈴仙の姿見たのは初めてだぞ」

 

「……」

 

「で、何があったんだ?」

 

「何がって……」

 

 どこか楽しげな様子で聞く妹紅に、北斗はどう答えようか一考する。

 

 鈴仙が突然呼吸困難な状態に陥り、永琳より精神的な発作と聞かされた北斗は、彼女が過去に何か辛い目に遭ったものだとすぐに察せた。

 

 そんな過去を持つと思われる彼女のことを考えて、容易に他者に漏らすわけにはいかない。

 

「……一昨日に鈴仙さんが怪我をして、自分が永琳さんの所に運んだんです」

 

「……」

 

「ただ、それだけです」

 

「……そうか。まぁ、そういうことなんだろうな」

 

 妹紅は何かに気付いた様子であったが、北斗を気にしてか納得した。

 

 

 

 それからしばらく迷いの竹林を妹紅の案内の元進み、竹林の外へと出る。

 

「北斗さーん!!」

 

「区長!!」

 

 竹林の前方にある線路には、スハ43一輌を連結したD51 241号機が停車しており、その前では早苗と明日香(D51 241)が大きく手を振りながら北斗を呼ぶ。スハ43の窓や出入り口からは妖精達が小さく手を振っている。

 

「早苗さん。明日香(D51 241)

 

 北斗はD51 241号機の前まで歩き、二人を見る。と、同時に久々に彼の鼻腔に蒸気機関車の煙突より漏れる煙の臭いが届き、安心感がこみ上げてくる。

 

「退院おめでとうございます、北斗さん」

 

「ありがとうございます、早苗さん」

 

 早苗は北斗を見つめながら、微笑みを浮かべ、北斗も微笑みを浮かべて頷く。

 

(甘酸っぱいなぁ……)

 

 そんな二人の様子に妹紅は温かい目で見守りながら内心呟く。

 

「区長。ご無事で何よりです」

 

「心配掛けたな。長月(C59 127)からある程度聞いているが、俺が居ない間機関区は何も無かったか?」

 

「特に問題はありませんでした。でも、色々と報告することが多いです」

 

「そうか。なら、帰ったら忙しくなるな」

 

「そうですね。みんな区長が帰ってくるのを機関区で待っています」

 

「そうか。分かった」

 

 明日香(D51 241)がそう言うと、北斗は頷き、早苗と一緒にスハ43に乗り込むと、妹紅も少し後で乗り込む。北斗達が乗り込んだのを確認して明日香(D51 241)運転室(キャブ)に乗り込み、扉を閉める。

 その後に妖精達がスハ43の扉を閉める。

 

 安全を確認した車掌が客車の窓から緑旗を出して振るいながら笛を吹く。

 

 旗と笛を確認した明日香(D51 241)は機関車と客車のブレーキハンドルを回してブレーキを解き、天井からぶら下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 シリンダーへと蒸気が送り込まれてピストンが動き出し、連結棒を通して四軸の動輪が動き出し、D51 241号機はゆっくりとピストン付近の排気管からドレンを吐き出し、D51 241号機の特徴であるギースルエジェクターの煙突から灰色の煙を吐き出しながら前進する。

 

 

 

 迷いの竹林前を出発したD51 241号機は、分岐点を通って人里へと向かって行き、煙突からドラフト音を奏でて灰色の煙を吐き出して走る。

 

「……」

 

 スハ43に乗り込む北斗は、窓から覗く雪が積もり、白く染まった幻想郷の景色を、頬杖を付いて眺めていた。

 

(久々だな。車窓から景色を見るのは)

 

 客車から覗く景色を見て、北斗は内心呟き、思わず口角が少し上がる。

 

 客車の前では機関車が煙突から煙を吐き出しながら前進し、四つある動輪がピストンによって連結棒によって繋がれた動輪を回している。

 

 この一連の動きが、蒸気機関車の醍醐味だろう。

 

「嬉しそうですね、北斗さん」

 

 と、向かい側の座席に座る早苗が微笑みを浮かべて北斗に声を掛ける。

 

「そうですね。やはりこうして客車に乗って揺られるのは、心地良いです」

 

「はい。私もそう思います」

 

 早苗は頷いて同意し、北斗と同じく窓から外の景色を眺める。

 

 

(こりゃ私、完全に蚊帳の外だな)

 

 そんな二人の様子を隣の席から見ていた妹紅は、両手を頭の後ろで組んで座席の背もたれにもたれかかる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 それからしばらくして、D51 241号機は人里の駅へと到着し、速度を落としつつ駅へと入り、ブレーキが掛けられて停止する。

 

 スハ43の出入り口の扉が開かれ、妹紅が駅のホームへと降りる。

 

「妹紅さん。今までお見舞い客を案内してくれて、ありがとうございます」

 

「気にするな。それが私の仕事だしな」

 

 客車の入り口前で北斗が頭を下げて妹紅にお礼を言う。

 

「北斗。列車の再開……出来ると良いな」

 

「はい。可能な限り早く再開させます」

 

「楽しみにしているよ」

 

 妹紅はそう言うと、一方後ろに下がり、北斗は頭を下げてからスハ43の扉を閉める。

 

 その後車掌の出発合図を確認して、明日香(D51 241)はブレーキを解き、ロッドを引いてD51 241号機の汽笛が鳴り、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ蒸気を送り込み、機関車を前進させる。

 

 ドレンを吐き出しながら前進するD51 241号機を妹紅は、その姿が見えなくなるまで見届ける。

 

 沿線では久しぶりに蒸気機関車が走っているとあって、偶々居合わせた住人達がその姿を見ていた。中には手を振るう子供の姿があり、明日香(D51 241)は応えるように汽笛を鳴らす。

 

 

 

 

 D51 241号機はドラフト音を奏でながら幻想郷に張られた線路を走り、幻想機関区へと向かっていた。

 

「……」

 

 北斗は静かに窓から外の景色を眺めつつ、二週間以上空けていた幻想機関区への帰りを楽しみにしている。

 

(半月近く振りか。何だかそれ以上空けていたような感じがするな)

 

 北斗が機関区を空けていたのは実質半月近くとはいえど、気持ち的には半年以上空けていたような感じがして、不思議な気分にあった。

 

 

 そしてD51 241号機は幻想機関区へと入区し、ゆっくりと機関区内を進んでいく。

 

「……」

 

 北斗は客車の窓から機関区を見渡す。

 

 機関区の変わりない様子に北斗は安心して、安堵の息を吐く。

 

 

 D51 241号機はいくつもの分岐点を通り、扇形機関庫の前へと向かう。

 

「っ! あれは」

 

 北斗は客車の窓から身を乗り出し、扇形機関庫を見る。

 

 機関庫では、機関車達が全て頭出しの状態で停車しており、その一部を除く全ての機関車に火が入っており、煙突から薄く煙が出ている。

 C59 127号機は、ボイラーからパイプが伸びており、隣に居るD62 20号機のボイラーと繋がれていた。

 

 そしてそれぞれの機関車の前には、神霊の少女達が立って北斗の帰りを待っており、その中でD62 20号機の前には幻月と夢月、エリスの姿がある。

 機関庫の脇にある線路では、C11 382号機とC12 294号機も火を入れた状態で置かれており、その中でC11 382号機の運転室(キャブ)に小傘の姿がある。

 

 D51 241号機はゆっくりと、転車台の前で停車し、スハ43扉が開かれて北斗は客車から降りる。

 

「皆さん北斗さんを迎えようと、自分達でこの形を考えたんですよ」

 

 後に続いて客車から降りた早苗が、北斗にそう告げる

 

「みんなが……」

 

 早苗から話を聞き、北斗は神霊の少女達を見る。

 

「お帰り、区長」

 

 と、D62 20号機の前に居た夢月達が、ゆっくりと歩いて転車台を通って北斗の元へとやって来る。

 

「夢月さん、幻月さん、エリスさん。留守の間機関区を守ってくださって、ありがとうござます」

 

「いいのよ。ここに住まわせて貰っているんだから、このくらい当然よ」

 

 北斗が留守の間機関区を守っていたお礼を言うと、夢月は右手を腰に当ててそう言う。

 

「妖怪に襲われたにしては、思ったより元気そうね」

 

 幻月は北斗を頭から足までを見て、元気そうな姿にどこか安心した様子を見せる、

 

「えぇ。入院先にとても優秀な医者がいましたので」

 

「そう。それは運が良かったわね」

 

 幻月は笑みを浮かべて、夢月を見る。

 

「最も、ここを守っていたのは、あいつだけどね」

 

「……?」

 

 と、夢月が右へ顔を向けて北斗も右を見ると、宿舎の屋根の上に立っていた人影が北斗の元へ向かって飛んできて、彼の近くに着地する、

 

『お帰りなさい、我が主よ』

 

 幽玄魔眼は北斗の近くに来ると、片膝を地面に着けて頭を下げる。

 

『主の命令どおり、この者達と共に、この機関区を不埒な侵入者より守りました』

 

「そうか。ご苦労だったな」

 

 北斗がそう言うと、幽玄魔眼は顔を上げる。

 

 

 これまで語られていなかったが、幻想機関区は何度か彼らのことを快く思わない妖怪達による襲撃を受けていた。

 

 しかしその度に夢幻姉妹とエリスが戦い、返り討ちにしていた。今回は彼女達に加え、幽玄魔眼も襲撃してきた妖怪たちを返り討ちにしていた。

 

 もちろん彼女達は、今の幻想郷のルールに従い、弾幕ごっこで撃退していたが、相手がそのルールを破った場合のみ、容赦しなかったとか。

 

 

 

 すると機関車達が一斉に汽笛を鳴らす。

 

 北斗はその大きな音に驚くも、その迫力に圧倒される。

 

 しばらく機関車達は汽笛を鳴らした後、一旦止まる。

 

 その後、B20 15号機が汽笛を鳴らし、他と比べ可愛らしい音色を奏でる。

 

 次に48633号機と18633号機が汽笛を鳴らし、三音室特有の甲高い音色を奏でる。

 

 次に9677号機と79602号機が汽笛を鳴らし、三音室と五音室のそれぞれの音色が奏でられる。

 

 次にC58 1号機とC58 283号機が汽笛を鳴らし、五音室の汽笛から微妙に違う音程の音色が奏でられる。

 

 次にC55 57号機とC57 135号機が汽笛を鳴らし、猛々しい音色が汽笛から放たれる。

 

 次にC10 17号機が汽笛を鳴らし、三音室と五音室の音色が混ざったような音色が放たれる。

 

 次にC11 260号機とC11 312号機が汽笛を鳴らし、少し高い音色が奏でられる。

 

 次にC12 208号機とC12 06号機が汽笛を鳴らし、最初は大きな音色であったが、次第に甲高い音色へと変化する。

 

 次にD51 241号機とD51 465号機、D51 603号機、D51 1086号機が汽笛を鳴らし、それぞれ異なる音色が放たれる。

 

 次にD62 20号機のボイラーとパイプで繋がれて蒸気が送られているC59 127号機が汽笛を鳴らし、その後にD62 20号機も猛々しい音色を汽笛から放つ。

 

 次にD61 4号機とE10 5号機、C56 44号機が汽笛を鳴らし、それぞれの音程の音色が放たれる。

 

 最後にC11 382号機とC12 294号機が汽笛を鳴らして、全ての機関車が汽笛を鳴らし終えた。

 

「……」

 

 北斗はその光景に圧倒され、蒸気機関車達に見とれる。

 

『お帰りなさい!! 区長!!』

 

 と、神霊の少女達が敬礼と共に大きな声を上げて、北斗を呼ぶ。

 

(……そうか。そうだよな)

 

 その姿と光景を目の当たりにして、北斗は胸の中が暖かくなるような感覚がこみ上げてくる。

 

(今の俺には、帰る場所があるんだ……)

 

 

 内心呟きつつ、北斗の脳裏に過ぎるのは、帰っても誰も出迎えない、誰も居ない、温もりの無い空っぽな日々。

 

 

 だが、幻想郷に来て、誰もが彼の帰りを出迎え、多くの者が居て、そして心地良い温もりが充実した日々。

 

 

(こんなにも、嬉しく思えるんだな。帰るべき場所があるっていうのは……)

 

 北斗は内心呟き、敬礼をする。

 

「ただいま」

 

 彼は短くそう言うと、笑みを浮かべる。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114駅 衝撃的事実と旅立ちと夢

 

 

 

 

 北斗が退院したその後の永遠亭

 

 

 

「……」

 

 診察室で、机に両肘を付けて両手を組み、その上に顎を乗せて何かを考えている永琳の姿があった。

 

 その雰囲気から、深く真剣に考え込んでいるのは容易に察せる。

 

「……」

 

 その近くでは、診察室にある棚に置いている薬や資料の整理をしている鈴仙が、チラチラと永琳の様子を伺っている。

 

 こうやって真剣に考える師匠の姿は別に珍しいわけではないが、今日はいつもと違う雰囲気があって、鈴仙は気になっていた。

 

「優曇華。そんなにチラチラ見られると気が散るわ」

 

「も、申し訳ありません……」

 

 と、考え込んでいた永琳であったが、弟子の視線に気づいてそう言うと、鈴仙はすぐに謝罪する。

 

「で、何か聞きたいことがあるんじゃないのかしら?」

 

「それは……」

 

 鈴仙はどこか聞きづらそうな様子で、口ごもる。

 

「気にする事は無いわ。聞きたい事を言いなさい」

 

「……」

 

 師匠である永琳に半ば命令されて、鈴仙は戸惑いながらも問い掛ける。

 

「……師匠。師匠が北斗さんに渡した薬は、どんな薬なんですか?」

 

「……」

 

「その、北斗さんの体調はもう殆ど完治していたはずです。なのに、どうしてわざわざ必要の無い薬を処方したんですか」

 

 彼女の質問に、永琳はしばらく沈黙する。

 

 

 長年師匠である永琳の下で様々な事を学んでいるとあって、鈴仙は永琳の判断に違和感を覚えていた。

 

 間近で見ていたとあって、北斗の体調は少なくとも薬が必要になるような状態ではなく、非常に良好であった。体内に入った妖怪の毒も、最初の治療時に解毒できたので、体内に毒は残っておらず、薬の必要も無い。

 

 なのに、なぜわざわざ診断結果を偽って、薬を処方したのか……

 

 

 永琳はしばらく沈黙するも、口を開く。

 

「……あれは妖怪の毒に対しての薬じゃないわ。それに彼の体内にはもう毒は無いし、後遺症もないわ」

 

「では、あの薬はいったい?」

 

「あれは――――」

 

 

 

 

「―――細胞の劣化を遅らせる為の薬よ」

 

 

「……えっ?」

 

 永琳の口から発せられた事実に、鈴仙は声を漏らす。

 

「細胞の劣化を? ど、どういうことなんですか?」

 

「そのままの意味よ。彼の身体の細胞は通常と比べて劣化する速度が早いわ。それを遅らせる為の薬よ。本来なら注射で体内に入れるのが好ましいけど、彼に怪しまれないように、飲み薬にしたわ」

 

「……」

 

 衝撃的な事実を知り、鈴仙は呆然と立ち尽くす。

 

「ど、どうしてそんなことが? まさか、妖怪の毒が原因で、北斗さんの細胞が変化したんですか?」

 

「いいえ。確かにそれも要因の一つだけど、根本的原因は違うわ」

 

「……?」

 

「彼の細胞には、複製された細胞の特徴が見られたのよ」

 

「複製された細胞って、それじゃまるで……」

 

「えぇ。そんなもの、クローンそのものよ」

 

「……」

 

 次々に明らかとなる衝撃的事実に、鈴仙の頭は追いつかなかった。

 

「その上、かなり粗悪な細胞よ。そのせいで細胞の劣化が早いわ」

 

「……」

 

「しかも、妖怪の毒でその細胞に変化が現れているわ。だから余計に劣化が早くなってしまっているの」

 

「だから、その劣化を遅らせる薬を」

 

 鈴仙は動揺していたものも、永琳の判断を理解する。

 

「そういう事よ。でも、あくまでも遅らせる程度でしかない。どの道、結果は変わらないわ」

 

「……」

 

『結果が変わらない』……その言葉の意味を理解して、鈴仙は明らかに不安の色を見せる。

 

「……」

 

「どうにか出来ないか、って言いたそうね」

 

「……っ」

 

 永琳に考えを見抜かれ、鈴仙は少し目を見開く。

 

常識(・・)的な方法では、どうする事も出来ないわ。細胞関連となると、尚更ね」

 

「……常識(・・)的には?」

 

「そう。常識(・・)的には、ね」

 

 永琳の意味深な言葉に、鈴仙は息を呑む。

 

「安心なさい。少なくとも、私は道を踏み外す気は無いわ」

 

「……」

 

「でも、姫様が望むのなら、私はあえて道を踏み外すつもりでいるわ」

 

「? どうして姫様が関わってくるのですか?」

 

「……」

 

 鈴仙は急に関係の無いはずの輝夜が出てきて怪訝な表情を浮かべ、永琳は目を細める。

 

「……これから伝えることは、他言無用よ」

 

 と、彼女はとある事実を鈴仙に伝える。

 

 

 

「……じょ、冗談ですよね?」

 

 永琳より伝えられた事実に、鈴仙は明らかに動揺していた。

 

「こんな真剣な時に、そんな質の悪い冗談は言わないわ」

 

「で、でも、ありえないですよ。だって……」

 

 鈴仙は言おうとした口を閉じて、俯く。

 

「そう。あなたの言う通りよ、優曇華。普通に考えれば、ありえないわ」

 

「……」

 

「でも、結果がある以上、事実は変えられないわ」

 

「……」

 

 彼女が言った後、緊張した空気が診察室に漂う。

 

「……師匠は、どう考えているんですか?」

 

「結果がある以上、私はそれを認めるしかないわ」

 

「……」

 

「そして姫様が命じるのなら、それに従うまでよ。彼がどうするかはその時次第だけど」

 

「……」

 

(本当、飽きさせないわね……)

 

 内心呟き、永琳はため息をつく。

 

 

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは、北斗と輝夜の遺伝子に、いくつかの共通する部分がある検査結果であった。

 

 

 永琳は北斗を見た時から、とある疑惑を考えて、怪我の治療中に血液検査を行った。その後輝夜から血液を提供してもらい、検査を行った。

 

 

 その結果が、前途の通りである。

 

 

 遺伝子に共通している部分がある。果たしてそれが……一体何の意味を持つのか……

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わり、地底。

 

 

 

「……」

 

 荷物を纏めた風呂敷を手にして、彼女は今まで住んでいた廃屋を出て、地底の道を静かに歩いていた。

 

「……」

 

 ふと、彼女こと、河城みとりは何かに気づき、その足を止める。

 

「せめて別れの言葉ぐらい言っても良いんじゃないか?」

 

 と、曲がり角の陰から声がすると、どこか呆れた様子の星熊勇儀が出てくる。

 

「……言えば面倒なことになりそうだったからな」

 

「そりゃ無いだろう」

 

 視線を逸らしてそう言うみとりに、勇儀は苦笑いを浮かべる。

 

「まぁいいや」と、勇儀は自身の中で自己解決し、みとりを見る。

 

「……行くんだな」

 

「……あぁ」

 

「それだけ、あの人間の事が気になるのか」

 

「……」

 

 勇儀の質問に、みとりは答えなかった。

 

「まぁ、私は止めやしないさ。みとりが決めたことならな」

 

「……」

 

「もし地上が嫌になったら、いつでも帰って来ても良いんだぞ。私達はいつでもお前を迎えるさ」

 

「……」

 

「そうでなくても、たまには顔を見せに来てくれよ。寂しいからな」

 

「お前の場合寂しいとは無縁じゃないか?」

 

「そういう意味じゃないんだがな」

 

 勇儀は苦笑いを浮かべて、ため息をつく。

 

「……世話になったな、勇儀」

 

「あぁ。元気でな、みとり」

 

 みとりはそう言うと、勇儀の脇を通って歩いていく。

 

(やれやれ。こいしといい、みとりといい、不思議なもんだな、あの人間は)

 

 みとりの背中を見送りながら、彼女は北斗の姿を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やはり、行くのか?

 

 あぁ。一応報告しに行かないといけないからな。それで向こうを納得させて、何とか理由を付けて戻ってくる

 

 ……

 

 

 満月が昇る夜。生まれたばかりの赤ん坊を抱える女性が一人の男性に問い掛ける。

 

 

 大丈夫さ。この報告があれば、幻想郷を陥れる事にはならない。それだけは確かだ

 

 ……

 

 だが、飛鳥。もしかすれば、君達に迷惑を掛けるかもしれない。その時は……北斗を頼む

 

 ……

 

 

 悲しげな雰囲気を出す飛鳥に、男性は彼女に近づき、飛鳥が抱えている赤ん坊を見つめる。

 

 

 大丈夫だ、飛鳥。俺は必ず戻ってくる。飛鳥と、北斗の為に。そして俺個人の目的の為にな

 

 ――――――

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ふと、途中で飛鳥は目が覚めた。

 

 最初に視界に入ったのは、家屋の天井だ。

 

(また、あの夢か)

 

 彼女は内心呟きながら半身を起こして、顔に手を付ける。

 

「……?」

 

 すると手に湿った感覚がして手を顔から離して見ると、掌の一部が濡れてる。

 

 その後目元に触れると、そこも濡れている。

 

(泣いていたのか……) 

 

 飛鳥はその濡れてる原因が、自身が泣いていたと自覚して、手の甲で涙を拭い、隣にある窓から外を見る。

 

 空には夢の中同様に、満月が昇っている。

 

(満月の日は、どうしてもあの日を思い出すな……)

 

 飛鳥は夢の内容が脳裏に過ぎり、布団を握り締める。

 

「……」

 

 彼女はベッドの柱に掛けているコートの懐にあるポケットに手を入れて、中に入っている物を取り出すと、折り畳んでいるそれを広げる。

 

「……」

 

 悲しげな表情を浮かべる彼女は、広げた写真を見つめる。

 

 写真には赤ん坊を抱えている自身と、若い男性が写っている。赤ん坊は後の北斗である。

 

「……『輝月』」

 

 彼女は自身の隣に写る男性を見つめながら、その名前を呟き、顔を上げて窓から満月を見つめる。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11区 復活のP編
第115駅 闇夜を駆ける貴婦人


今回は短めです


 

 

 

 まだ日が昇っていない、闇夜に包まれた幻想郷。

 

 

 そんな時間帯とあって、幻想郷にある各地では光が無く、静まり返っている。そんな中で活動しているのは、夜行性の動物や妖怪程度である。

 

 

 そんな中で、唯一明かりが灯っている場所があった。

 

 

 

 明かりが灯っている幻想機関区では、雪が振る中、今から行おうとしている試験運転に向けて、作業が行われている。

 

 本線と繋がった線路では、C57 135号機が待機しており、その後方にはスハ43四輌と『マイテ49形展望車』と呼ばれる車輌を一輌の計五輌を連結して、出発準備を整えている。

 

 

 本格的な列車運行再開に向けて、その最終調整を兼ねて深夜から早朝に掛けて試運転が行われることになった。

 

 試運転だけなら別に昼間でも出来るが、今回は夜間での運行を想定した試運転で行うのも兼ねている。それに昼間では守矢神社方面の路線での試運転が行われており、この時石炭の輸送を兼ねて18633号機と48633号機の重連による『セラ1形』石炭車20輌が牽引されている。

 

 もちろん深夜から早朝に掛けて試運転が行われるのは既に周知済みであるので、多少の騒音が起こるのは理解してもらっている。

 

 

 ちなみに今回旧型客車ではなく、12系客車や14系客車を牽く予定だったが、ある問題の解決が出来ないとあって、結局旧型客車で試運転を運行することになった。

 

 というのも、両形式の客車には、発電用のディーゼルエンジンが搭載されており、この発電機によって電力を生み出し、冷暖房の空調装置や照明、放送機器、自動ドアの開閉が行える。

 一応12系客車には、旧型客車同様に車軸発電装置が搭載されており、これだけでも照明や放送機器を使用するだけの電力を生み出せる。

 

 この発電用のディーゼルエンジンであるが、当然ながら動かすのに燃料である軽油が必要になる。その軽油の補給だが、以前からの悩みの種である重油同様に、補給の当てが無い。

 

 しかしC59 127号機と違い、両形式の客車に搭載されているディーゼルエンジンには軽油が満杯に入っていたので、試運転自体は問題なかった。

 

 だが、補給の目処が無い以上、日常的に運用するのは難しい。車軸発電装置は12系客車のみで、14系客車には搭載されていないので、今後軽油の補給の目処が無い以上、運用できるのは12系客車のみとなる。

 尤も、車軸発電装置のみでは、電力消費の激しい空調装置は当然使えないし、自動ドアの開閉も出来なくも無いが、発電状態次第では難しい。

 

 

 C57 135号機は炭水車(テンダー)に石炭と水の補給がされ、足回りでは(C57 135)が金槌で軽く動輪や各所部品を叩いて、音で部品の異常が無いかの打音検査を行っている。

 

 運転室(キャブ)では機関助士の妖精が焚口戸を開けて、スコップで炭水車(テンダー)から石炭を掬い、燃え盛る火室へと投炭を行い、火室内の火力を上げてボイラーの水を沸騰させて蒸気を発生させ、内部の圧力を上げている。

 

「……」

 

 打音検査を終えた(C57 135)は金槌を道具箱に戻して蓋を閉じ、道具箱を持って運転室(キャブ)に乗り込み、扉を閉める。

 

「調子はどう?」

 

「いつでも行けますよ」

 

「結構」

 

 機関助士の妖精よりいつでも出発できるのを聞いた彼女は頷き、道具箱を置き場に置いて機関士席に座り、ブレーキハンドルを回し、空気が抜けるような音が運転室(キャブ)内に響き、ブレーキ動作を確認する。

 確認後、(C57 135)は逆転機のハンドルを回してギアを後進に入れてから、窓を開ける。

 

 窓から頭を出して前後を確認し、作業員の妖精が炭水車(テンダー)と客車の連結器が開いているのを確認した後、ホイッスルを吹きながら緑旗を振るう。

 

 緑旗を確認し、(C57 135)はブレーキハンドルを回してブレーキを解き、汽笛を鳴らすペダルを短く二回踏んで、汽笛を短く二回鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 シリンダーへ蒸気が送られ、C57 135号機はゆっくりと後退して、炭水車(テンダー)と客車の連結器が組み合わさって連結する。

 連結寸前に彼女はブレーキを掛けて、加減弁を閉じ、連結と同時に機関車を止める。

 

 うまく連結したことで殆ど揺れることなく、(C57 135)は安堵の息を吐く。

 

 

 

 その後(C57 135)は北斗と試運転に関する打ち合わせをして、運転室(キャブ)に戻って出発の時を待つ。

 

「……」

 

 (C57 135)は窓から頭を出して、前方の腕木式信号機を確認する。

 

 赤く灯された信号機は、少しして腕木が降りて青く灯された。

 

 赤信号から青信号へ変わったのを確認して、(C57 135)はブレーキハンドルを回してブレーキを解き、ペダルを踏んで汽笛を鳴らすと、加減弁ハンドルを引く。

 

 シリンダーへ蒸気が送り込まれ、C57 135号機は客車五輌を牽いてゆっくりと動き出し、ドレンを吐き出しながら進む。

 

 旅客用蒸気機関車としての加速の良さを生かし、C57 135号機はドラフト音を奏でて一気に加速する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 未だに日が昇らない闇夜に包まれた幻想郷。

 

 

 雪が降る中、C57 135号機が牽引する回送列車が線路の上を駆け抜ける。

 

 前照灯と副灯を点けて前方を照らし、煙突から白煙を吐き出して闇夜の中を駆け抜ける貴婦人のその姿は、他の鉄道では出せない神秘さがある。

 

 久々の本線での走行とあって(C57 135)は張り切っており、機関車の速度と、動輪の回転する速さからそれが伝わる。

 

 C57 135号機は、魔法の森方面と人里方面の分岐点に差し掛かり、回送列車は人里方面の路線へと入る。

 

 運転室(キャブ)では機関助士の妖精がスコップに石炭を掬い、床にあるペダルを踏んで焚口戸を空気圧で開け、燃え盛る火室へと石炭を放り込む。

 焚口戸が開かれる度に火の光が薄暗い運転室(キャブ)内を照らして明るくする。

 

 それを数回繰り返し、石炭を所定の位置へと投炭し終えて、機関助士の妖精はスコップを道具置きに差し込み、各所へと蒸気を送り込むバルブを回して蒸気の量を調節し、次にボイラーの水位を確認した後、注水機のバルブを回して炭水車(テンダー)からボイラーへ水を送り込む。

 

 (C57 135)は速度計を確認し、逆転機のハンドルのロックを外してハンドルを回し、ギアを調整した後再びハンドルをロックして、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ送り込む蒸気の量を増やす。これにより、C57 135号機は更に速度を上げる。

 

 速度を上げたC57 135号機は、自身の存在を示す為に、汽笛を鳴らしながら魔法の森に沿って敷かれた線路を駆け抜ける。 

 

 その雄姿を森の中から獣や妖怪がその様子を窺い、中にはその姿に見惚れる者も居る。

 

 客車内では、作業員の妖精が逐一走行時の様子を記録し、客車から異音が無いかの確認をしている。最後尾のマイテ49でも異音が無いかの確認をしている。

 

 

 

 しばらくして回送列車は人里付近の路線へと入り、この時点では駅に停車予定は無いので、C57 135号機は高速で駅を通過した。

 

 ちなみに試運転の予定は伝えてあったので、回送列車を見る為に徹夜して待っていた住人の姿がちらほらとあった。

 

 その他にも別の場所では、カメラを構えた物好きな鴉天狗の姿があり、雪塗れになりながらもジッと構え、決定的瞬間を見逃さずカメラのシャッターを切る。

 

 人里の住人に配慮して汽笛を鳴らさずに、C57 135号機は駅を通過する。当然鴉天狗はその瞬間にカメラのシャッターを切り、貴重な姿を捉えられて思わず笑みを浮かべる。

 

 

 

 その後C57 135号機は雪景色に覆われた幻想郷の線路を走り、博麗神社方面の路線へと入る。

 

 少しだけ傾斜のついた勾配を上っていることで、多少C57 135号機は速度が落ちるも、(C57 135)は逆転機を回してギアを調整し、加減弁ハンドルを引く。

 

 一瞬速度が落ちたものも、すぐに落ちた分の速度を戻して、C57 135号機は走る。

 

 博麗神社付近の森の路線へ入り、その俊足を生かして突き進む。

 

 その後列車は博麗神社前の駅を通過し、森の中を突き進む。

 

 

 しばらくして列車は森の中から出ると、朝日が昇り出して空が少しずつ明るくなり出している。

 

 C57 135号機は速度を維持しつつ幻想郷の雪がまだ残る平原を駆け抜け、遠くから獣や妖怪がその光景を静かに眺める。

 

 

 それからして回送列車は、人里の駅の上り線側へと入り、ゆっくりと速度を落として駅に停車する。下り線では機関区よりやって来たC56 44号機とヨ2000形が停車している。

 

 停車後、列車はヨ2000形より降りてきた作業員の妖精達により、客車の点検が行われた。

 

 その間にC57 135号機は客車と連結を外して駅の脇にある待避線に移動し、そこで水と石炭の補給を行った。その間に機関車の点検が行われる。

 

 しばらくして機関車と客車の点検を終えて、異常無しと判断された。点検が終わった時には、空は少し薄暗いだけで、すっかり明るくなっていた。

 

 その頃になると、人里の多くの住人が起きているので、蒸気機関車を見にやって来た者達が多かった。

 

 水と石炭の補給を終え、(C57 135)はC57 135号機をゆっくりと後退させ、上り線にある客車の前へと移動させて、その前で停車させる。

 

 作業員の妖精が客車とC57 135号機の炭水車(テンダー)の連結器に異常が無く、ちゃんと開いているのを確認し、ホイッスルを吹きながら緑旗を振るう。

 緑旗を確認し、(C57 135)は汽笛を二回短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車を後退させて、客車と連結させる。

 

 その後幻想機関区への路線に異常が無いのを確認し、腕木式信号機が下ろされて青信号になる。

 

 信号機が青になったのを確認し、(C57 135)は汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ蒸気を送り、C57 135号機はゆっくりと前進する。

 

 ドレンを出しながら徐々に速度を上げつつ、煙突よりドラフト音と共に白煙を上げ、列車は機関区を目指す。

 

 

 その後C56 44号機もヨ2000形と前後を逆に入れ替えてから、バック運転で幻想機関区を目指して走り出す。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第116駅 遅れた初詣

 

 

 

 

 深夜から早朝に掛けての試運転が行われてから、数日が経過した。

 

 

 

 この日は幻想郷において特別な日とあって、駅には多くの住人が列車の到着を待っていた。

 

 というもの、北斗が入院していた間に年を越しており、人里の住人達は一部を除き、元旦に博麗神社や守矢神社へ初詣に行くことが出来なかった者が多かった。

 鉄道でその初詣に行く事が出来るはずだったが、北斗が不在とあって列車の運行が出来なかったので、元旦に行くことが出来なかった。

 

 なので、数日遅れの初詣となったので、今日は今までに無い博麗神社行きと守矢神社行きの列車が同時に運行されることになったのだ。

 

 

 人里の駅の脇にある操車場では、列車運行前に機関車の補給や点検が行われている。

 

 そこでは除煙板(デフレクター)が外されたC10 17号機とC11 312号機、C12 208号機のタンク型が同じ線路に並んで停車しており、それぞれのコンプレッサーが動き、煙突横の排気管より蒸気を一定の間隔で噴射している。

 ちなみにC10 17号機の除煙板(デフレクター)が外されたのに、特に理由は無いとのこと。

 

 それぞれの罐には、葉月(C10 17)睦月(C11 312)熊野(C12 208)が足回りの打音検査を行い、運転室(キャブ)では機関助士の妖精が火室へ石炭の投炭を行っている。

 

 別の場所ではD51 603号機とD51 1086号機のD51形二輌の姿があり、炭水車(テンダー)にの上で、作業員の妖精達がスコップで補給された石炭をならしている。

 それぞれの罐の足回りでは、水無月(D51 603)神流(D51 1086)の二人が同じく打音検査を行っている。

 

 駅構内では、上り線と下り線にそれぞれ『スハフ42』が二輌、『スハ43』が四輌、『マニ32形』が一輌の計七輌編成がC58 283号機と18633号機によって移動させられている。

 

 

 しばらくして博麗神社行きの路線に、C12 208号機がゆっくりと後進して操車場から本線へと入ってきて、スハフ42の前で停止し、作業員の妖精が連結器を確認し、合図を送って熊野(C12 208)が汽笛を二回鳴らして後退し、客車と連結する。

 

 続いてC11 312号機も操車場より本線へと後進して入ってきて、同じようにゆっくりとC12 208号機と連結して停車する。

 

 最後にC10 17号機が後進して本線へと入り、C11 312号機と連結して停車する。

 

 蒸気機関車三輌が連なって連結する三重連。外の世界では殆ど見られなくなってしまったこの言葉ほどSLファンの心を揺さぶるシチュエーションは無いだろう。

 

 タンク型の蒸気機関車が三輌連なって連結しているという今までに無い光景に、住人達は興味津々に見ており、沿線では物好きな変装した鴉天狗や人里にある写真屋の店主、外の世界から幻想郷に移り住んだ外来人も、持っているカメラを手に三重連の蒸気機関車を撮影していた。

 

 その間に、守矢神社行きの路線では、連結した状態でD51 603号機とD51 1086号機がゆっくりと後進して操車場から本線へと入り、スハフ42と連結して停車する。

 

 普段は見られない二つの列車が駅に居り、その上重連でいるという珍しい光景。誰もがその珍しい光景を見つめており、変装した天狗達や一部の人里の住人達もカメラに収めている。

 

 

 機関車がそれぞれの客車と連結し、駅員の妖精達が客車の扉を開けて乗客達を客車に乗せる。その間に他の駅員の妖精達がマニ32形に乗客の一部が持って来た神社への奉納する品々を載せている。

 

 しばらくして両方の列車の客車に乗客がいっぱい乗り込み、駅員の妖精達は安全を確認して客車の扉を閉める。

 

 

 そして発車時刻が近くなり、時刻を確認した駅員の妖精が発車ベルのボタンを押してベルを鳴らす。

 

 車掌の妖精が客車の扉が全て閉まって、連結器に異常が無いかの安全を確認し、最後尾の客車からホイッスルを吹きながら緑旗を振るい、各機関車の機関士が確認する。

 

 最初に博麗神社行きの列車が出発し、C10 17号機の汽笛から蒸気と共に、三音室と五音室の音を混ぜたような音色が響き、続いてC11 312号機の汽笛が鳴り、最後にC12 208号機の少し高い音程の音色が汽笛が鳴らされる。

 出発の合図となる汽笛を鳴らし、三輌のタンク型蒸気機関車はシリンダー付近にある排気管からドレンを出しながら、ゆっくりと前進する。

 

 少し遅れて守矢神社行きの列車が出発し、D51 603号機の汽笛が蒸気と共に鳴らされ、続いてD51 1086号機の汽笛が鳴らされる。

 出発の合図となる汽笛を鳴らし、二輌のテンダー型蒸気機関車はドレンを出しながら、煙突から灰色の煙を吐き出して前進する。

 

 

 二つの列車は駅を出発し、それぞれの目的地に向かって前進する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 博麗神社行きの路線。薄っすらと雪が残る田畑が広がる中を、三重連の蒸気機関車が七輌の客車を牽いて駆け抜ける。

 

 先頭のC10 17号機が汽笛を三回最初だけ長く、残り二回を短く鳴らすと、後ろのC11 312号機も汽笛を同じように三回鳴らし、C12 208号機も汽笛を三回鳴らす。

 機関車の重連運転の際は、汽笛を鳴らして機関車の機関士に合図を送り、速度と力を合わせるのだ。

 

 その三輌の蒸気機関車の運転室(キャブ)では、機関助士の妖精が片手スコップで石炭を掬い、焚口戸に繋がれた鎖を持って開け、燃え盛る火室へ石炭を投炭し、火力を上げてボイラー内の水を沸騰させて蒸気圧を上げる。

 

 三重連の蒸気機関車は、力を合わせて軽快なドラフト音と共に煙突から灰色の煙を吐き出し、田畑付近の線路を駆け抜ける。

 

 線路の脇には、人里の駅から飛び立ち、先回りした鴉天狗が薄っすらと雪が積もる田畑の中を走る三重連のSLが牽く列車をカメラで撮影する。普段からカメラを使い慣れ、様々な景色を撮ってきたとあり、彼らはその一瞬を逃さなかった。

 

 葉月(C10 17)睦月(C11 312)熊野(C12 208)は線路脇に居る見学者に向けてそれぞれ汽笛を鳴らして応える。

 

 

 

 

 守矢神社行きの路線。魔法の森に敷かれた線路をD51形二輌が、迫力あるドラフト音と共に灰色の煙を煙突から吐き出して、七輌の客車を牽いて線路の上を走る。

 大型のテンダー型蒸気機関車とあって、タンク型と違う迫力ある走りである。

 

 普段人里の外に出ない住人達は、滅多に見ない魔法の森の景色を窓越しに見ている。もちろん魔法の森の危険性は知っているので、窓は開いていない。

 

 D51形二輌の重連が牽く列車は、魔法の森を通って河童の里付近にある川の傍の線路を通り、妖怪の山へと入る。

 

 勾配が多い妖怪の山の路線であるが、D51形の大きなボイラーから生み出す力と、四軸の動輪による牽引力が二つもあって、単機と違って勢いよく列車は登っていく。

 

 それぞれの機関車の運転室(キャブ)では、機関助士の妖精がスコップで炭水車(テンダー)から石炭を掬い、床にあるペダルを踏んで空気圧で火室の焚口戸を開けて、燃え盛る火室へ石炭の投炭を行い、火力を上げて、蒸気圧を上げる。

 

 水無月(D51 603)神流(D51 1086)は汽笛を鳴らして合図を送り、逆転機のハンドルを回してギアを調整し、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ送り込む蒸気の量を調整する。

 

 列車は踏切を通り、木々のトンネルを通り抜け、開けた路線へと出る。

 

 その上空では鴉天狗達が飛行しながら手にしているカメラで、迫力あるドラフト音と共に灰色の煙を吐き出し、力いっぱい登る迫力ある重連のD51形二輌の姿を撮影する。

 水無月(D51 603)神流(D51 1086)はそんな天狗達に向けて汽笛を鳴らす。

 

 最初こそ鉄道に懐疑的で、快く思わない者が多かったが、今ではこうして蒸気機関車が走る姿を見る天狗が多くなった。そんな中にはカメラを手にしてその雄姿を撮影する者も居る。

 そしてその写真を集めた写真集を人里で出して商売する者も居る。

 

 余談だが、こうして幻想郷では鉄道に興味を持つ者が多くなったが、その多くが意外にも天狗だったりする。まぁこれは比較的間近で見ているとあって、蒸気機関車の魅力に魅入られる者が多く出したのだろう。

 

 

 

 

 博麗神社行きの列車は線路を通り、神社周辺の森の中へと入る。

 

 終着点付近とあって、三重連はゆっくりと速度を落としていき、やがて駅が見えてきた。

 

 葉月(C10 17)睦月(C11 312)熊野(C12 208)は汽笛を鳴らして合図を送り、加減弁ハンドルを戻してシリンダーへ送る蒸気の量を減らして、機関車の速度を落としていく。

 

 そしてゆっくりと駅に入り、客車が駅のホームに止まるように調整して、列車が停止する。

 

 列車が完全に停止したのを確認し、車掌の妖精が降りて客車の扉を開けていくと、乗客が次々と降りて、階段を登って博麗神社を目指す。

 

 乗客が神社へ参拝中に、C10 17号機とC11 312号機、C12 208号機は連結したまま、スハフ42と連結を外し、三輌は前進して分岐点の前まで行き、その後転轍機によって線路の向きを変え、下り線に入って停車し、線路の隣にある給水塔と給炭設備で水と石炭の補給を行う。

 

 水と石炭の補給後、三輌の蒸気機関車は列車の最後尾へと移動し、再び上り線に入ってC10 17号機は最後尾のスハフ42と連結する。

 

 博麗神社周辺には、守矢神社と違って転車台が無いので、帰りはバック運転で帰るようになっている。この間の試運転では大きく迂回する形で人里へと帰るルートだったが、今回はわざわざ遠回りに帰る必要が無いので、バック運転で帰ることになったのだ。

 

 しかし、三重連によるバック運転という、世にも奇妙な編成となっている。外の世界ならSLファンが挙ってやってくるであろう珍光景である。

 

 そして神社での参拝を終えた参拝客達が階段を降りて駅にやって来て、客車に乗り込む。

 

 そして乗客が客車に乗り込み、安全を確認した車掌の妖精がホイッスルを吹きながら緑旗を振るい、旗を確認した葉月(C10 17)睦月(C11 312)熊野(C12 208)はブレーキを解き、汽笛を順番に鳴らして列車は人里へ向かって出発する。

 

 

 

 

 守矢神社では、列車でやって来た参拝客で溢れており、早苗が助っ人として幻想機関区よりやってきた文月(C55 57)長月(C59 127)と共に、参拝客を案内している。

 

 その間に、D51 603号機とD51 1086号機は、転車台で方向を転換し、その後炭水車(テンダー)に水と石炭を補給している。

 

 転車台で方向を転換した関係で、帰りはD51 1086号機が前になっている。

 

 そんな作業の様子を、神社の境内の隅から一部の参拝客が見学している。

 

 ちなみに操車場には、展示目的でD61 4号機とD62 20号機の車軸配置『パークシャー』の機関車が停車しており、時折汽笛を鳴らしている。

 

 

 その後D51 1086号機とD51 603号機が連結した状態で操車場を移動し、駅にある列車の客車の最後尾に連結する。

 

 守矢神社の参拝を終えた参拝客が客車に乗り込んで行き、その間に早苗と北斗が参拝客と水無月(D51 603)神流(D51 1086)の二人の見送りに来ている。

 

 その後発車時刻となり、車掌の妖精がホイッスルを吹くと共に緑旗を振るう。

 

 旗を確認した水無月(D51 603)神流(D51 1086)はそれぞれブレーキを解き、汽笛を鳴らして加減弁ハンドルを引き、機関車を前進させる。

 出発する列車を見送るように、D61 4号機とD62 20号機がそれぞれ汽笛を長く鳴らす。

 

 

 

 

 遅れた初詣を迎えた幻想の地に、いくつもの汽笛が鳴り響く。

 

 

 それは、幻想郷の新たな一年の幕開けを告げるかのように、響き渡るのだった……

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第117駅 提案

 

 

 

 

 朝日が昇り、明るくなり出した幻想郷。

 

 

 常に深夜でも静かに活動している幻想機関区でも、朝になれば本格的に活動し始めている。

 

 

『ラジオ体操第一!』 

 

 

 幻想機関区の宿舎の前で、北斗を含む蒸気機関車の神霊と妖精達が、古めかしいラジカセから発せられるラジオ体操の曲に合わせて身体を動かしている。

 

 幻想機関区では、基本的に毎朝身体を解す目的でラジオ体操を行っている。

 

 

 ちなみに居候している夢月に幻月、エリスの悪魔娘達は、その光景を珍獣を見るかのような様子で眺め、幽玄魔眼は周囲を警戒している。

 

 

 それからしばらくして、ラジオ体操が終わり、各々はそれぞれの仕事場へと向かう。

 

「……」

 

 北斗は両腕を上に上げて背伸びをしながら深呼吸をして、気持ちを整える。

 

(さてと、今日も頑張りますか)

 

 内心そう呟くと、彼は宿舎にある執務室に向かおうとする。

 

 

 

「北斗さーん!!」

 

 と、後ろから呼ぶ声がして北斗は後ろを振り返ると、こちらに向かって飛んでくる早苗の姿があった。

 

「おはようございます!」

 

 北斗の近くに着地した早苗は、彼に挨拶をしながら傍まで来る。

 

「おはようございます、早苗さん。朝早くからどうしましたか?」

 

 北斗も挨拶をして、早苗にここに来た理由を聞く。

 

「はい。今朝お弁当を作ったので、良かったらお昼にどうぞ」

 

 と、早苗は手にしている風呂敷に包まれた物を北斗に差し出す。

 

「弁当ですか。ありがとうございます。でもこんなに朝早くから作るのは大変だったのでは?」

 

 北斗は風呂敷に包まれた弁当を受け取りながら、早苗に問い掛ける。

 

「いいえ。朝食を作るついででしたので、大変じゃなかったです」

 

「そうですか」

 

(それに、北斗さんの為なら、このくらい苦でも何でもありませんし)

 

 風呂敷を見る北斗を、早苗は内心呟きながら、微笑みを浮かべる。

 

 その微笑みを浮かべる彼女に、北斗はどこか恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 

(((((甘酸っぺぇ……!)))))

 

 その様子を見ていた妖精達は、内心同じことを愚痴る。

 

「北斗さん。お仕事、頑張ってくださいね」

 

「はい。早苗さんも、信仰活動を頑張ってください」

 

 お互いにそう言うと、早苗は頭を下げて地面を蹴って空を飛ぶ。

 

 北斗はしばらく手を振ってから、風呂敷に包まれた弁当を持って宿舎へと入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 扇形機関庫では、多くが火を落としている中、一部の蒸気機関車が火を入れた状態で検修を受けている。

 

 D51 241号機とD51 1086号機に火が入れられ、作業員の妖精が足回りやボイラー周りの配管をチェックしたり、煙室扉を開けて内部を確認したりと、様々な箇所の検査を行っている。

 

 同じように隣ではC58 1号機とE10 5号機、C55 57号機も検修を受けている。

 

 

 扇形機関庫の横にある小さな機関庫でも、比羅夫号こと7100形蒸気機関車が試運転に向けて準備を進めている。マレー式のタンク型蒸気機関車こと4500形蒸気機関車の試運転は後日行われる予定である。

 

 

 

「……」

 

 宿舎にある執務室にて、早苗より貰った弁当をおかずを食べながら、北斗は幻想郷の地図を見つめる。

 

(線路の調査は妖怪の山の一部以外は終わったが……この幻想郷の隅々まで広がっているな)

 

 キュウリの漬物を口にして音を立てて食べながら内心呟く。

 

(でも、こんなに広く線路が広がっても、使う機会があるんだか)

 

 幻想郷の隅々に広がっている線路を見て、北斗は懐疑的な視線を向ける。

 

 幻想機関区を中心に運行している鉄道だが、現時点では博麗神社や守矢神社へ向かう列車や、たまに石材や木材の輸送を行う程度だ。

 

 ぶっちゃけいうと、それ以外に鉄道を生かしている場面が無いのだ。

 

(そういや、幻想郷って自然豊かな場所だよな)

 

 卵焼きを食べながら、北斗はこれまで見てきた幻想郷の自然を思い出す。

 

 幻想郷は発達した外の世界と違い、自然豊かな場所だ。外の世界には無いような、綺麗な景色が残っている。

 

(……観光列車を運行するのもありか?)

 

 キュウリの漬物と一緒にご飯を頬張りながら、幻想郷の各地を巡る観光列車の運行を考える。

 

 線路の広さからして、幻想郷の各地を巡るのに適している。故に幻想郷の美しい光景を蒸気機関車で巡るのは、とても幻想的な光景だろう。

 外の世界の撮り鉄であれば、こぞって集まって取りに来るだろう。

 

(いや、考えてみれば、幻想郷に住んでいる住人に対して観光を勧めても、見慣れた景色を見て何が楽しいって思うよな)

 

 北斗はご飯を飲み込み、静かに唸る。

 

 幻想郷は狭く無いが、広大とはいえない規模である。その為、空を飛べる者からすれば幻想郷の端から端まで行くのに苦労はしない。

 その為、彼らからすれば見慣れた光景であろう。

 

 それでおいて観光列車を運行したところで、需要があるとは思えない。

 

 しかし別の視点から見る幻想郷というのも考えれば、全く需要が無いとも限らないが。

 

(さてと、どうしたものか)

 

 内心呟きつつ、卵焼きを食べる。

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 少しして弁当のご飯を食べ終えて、蓋を閉じた後彼は両手を合わせてそう言う。

 

「早苗さんの作る料理はやっぱり美味しいな……」と呟きながら、両腕を上に上げて背伸びをする。

 

(そういや、そろそろレミリアさん達が来る頃だな)

 

 北斗は執務机に置いている懐中時計を見て、時間を確認する。

 

 今日はレミリア達が復元を終えて試運転を行う7100形蒸気機関車の視察の為にやって来る。

 

 試運転の視察が終わった後、今後について話し合う予定である。

 

 北斗は懐中時計を手にしてポケットに仕舞い、弁当箱を持って食堂に向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 北斗は宿舎を後にして、B20 15号機が牽くヨ2000形に乗り込み、機関区の端まで移動する。

 

 機関区の入り口まで来ると、そこで待っている人影が二人ほど居た。

 

 弥生(B20 15)はブレーキを掛けて加減弁を閉じ、B20 15号機はゆっくりと速度を落として停止し、ヨ2000形より北斗が降りてその二人に近づく。

 

「永遠亭以来ね、北斗」

 

 その人物ことパチュリーは、北斗の姿を見ると短くそう言う。

 

「あの時はありがとうございます、パチュリーさん」

 

 北斗はどこか顔を引き攣らせながら、頭を下げる。

 

「お久しぶりです、北斗さん」

 

 と、パチュリーの隣に立つ小悪魔のこあがお辞儀をする。

 

「お久しぶりです、こあさん。紅魔館の図書館で会った以来ですかね」

 

「そうですね」とこあは短く返す。

 

「……あの、パチュリーさん?」

 

「何かしら?」

 

「その、さっきから気になっているんですが……」

 

 北斗は聞きづらそうな様子であったが、間を置いて彼女に問い掛ける。

 

 

「物凄く声が枯れているんですが……大丈夫なんですか?」

 

 北斗がさっきから気にしている事。それはさっきからパチュリーの声が物凄く掠れ気味でガラガラなのだ。

 

「心配無いわ。ぜん息で咳をして喉が掠れただけよ」

 

「それは、大変ですね」

 

 ガラガラ声で喋るパチュリーに北斗はどことなく不安を覚えながらも納得する。

 

「でも、それならここに来るのは不味いのでは?」

 

 北斗は彼女の身を案じて、そう伝える。

 

 喘息持ちにとって、埃や塵等の粉塵は苦痛でしかない。当然蒸気機関車が居る機関区では、煤が舞うので、喘息持ちにはつらいはずだ。

 

「魔法で塵を防ぐ障壁を張っているから、問題無いわ」

 

「そうなのですか?」

 

 パチュリーが防御策を伝えると、北斗はパチュリーを見るも、彼女の周りには特に変化らしいものは無い。

 

「不可視の障壁を張っていますので、普通の人間には見えませんよ」

 

「そうですか……」

 

 こあが説明して、北斗は納得する。

 

「ここまで来ると、魔法で喘息を治せたり出来ないんでしょうか?」

 

「出来たらとっくの昔にしているわよ」

 

「そりゃ、そうですよね」

 

 パチュリーの即ツッコミに北斗は苦笑いを浮かべるしかない。

 

「そういえば、レミリアさんが来るはずでは?」

 

 と、北斗は周囲を見渡すも、来ているはずのレミリアの姿が無い。

 

「あぁレミィなら、今日来れなくなったわ」

 

「それは、なぜですか? 体調不良とかですか?」

 

「吸血鬼が体調を崩すのは相当だけど、違うわ。ちょっとフランといざこざがあって来れなくなったのよ」

 

「あぁ。フランとですか……」

 

 北斗はパチュリーから事情を聞き、永遠亭での一幕を思い出して納得する。

 

 

 その後、北斗とパチュリー、こあの三人は、ヨ2000形に乗り込み、B20 15号機が後退して機関区を移動する。

 

 

 

 操車場では、7100形蒸気機関車が試運転に向けて、作業員の妖精が最終調整を行っている。アメリカンなダイヤモンドスタックと呼ばれる煙突より薄く煙を出し、運転室(キャブ)では機関助士の妖精が焚口戸を開けた火室へ石炭の投炭を行っている。

 炭水車(テンダー)には、新たに取り付けられた自動連結器にヨ2000形一輌が連結されており、作業員の妖精が乗り込んでいる。

 

 その離れた場所で停車したB20 15号機に繋がれたヨ2000形から北斗とパチュリー、こあが見ている。

 

「あの埃塗れだった機関車が、あんなに綺麗になったのね」

 

 パチュリーは紅魔館の地下にあった時の、埃塗れだった7100形蒸気機関車の姿と、今のピカピカな姿を比べて、その変化に感嘆の声を漏らす。

 

「えぇ。蒸気機関車は修理できる技術者と技術さえあれば、鉄くず状態からでも直せるものですからね」

 

 北斗は中々無茶な状態で例えているが、あながち間違いでもないのだ。

 

 

 イギリスで動態保存されている蒸気機関車の中には、ほぼスクラップ状態で放置されていたのを復元したものがある。それこそよく復元できたなってぐらい思うほどにボロボロだった機関車も居た。(極一部は新造という他に類を見ない方法だが)

 

 蒸気機関車の状態が酷くても動態復元が可能なのは、金属を加工して組み上げられた機械であるのが大きいからだ。時間と金は掛かっても、部品自体は作れない事も無いし、拘らないのなら現代の技術でも応用が利くからだ。

 

 逆に電気機関車の動態保存機が少ないのは、精密な電子部品が多く、尚且つ当時と現代とでは部品や電圧等の規格が違う等、簡単に復元出来ない部分が多いからだ。仮に復元出来たとしても、現代の規格に合わせる為に場合によっては丸々一輌を製造するレベルで作り変えなければならないが、そうなると動態保存の意味が薄れてくる。少なくとも新しく電気機関車を一輌製造するよりも費用が掛かると思われる。その上蒸気機関車と違い電気機関車は、架線が無い場所では走らせられないし、電圧の規格だって異なる以上、蒸気機関車以上に走られる場所は限られる。

 

 そして何より身も蓋も無い話、煙を吐いたり動輪を繋いでいる連結棒が動いたり、様々な形があって視覚的に大きい蒸気機関車と違い、そこまで外観に大きな差が無い上に視覚的に大きな部分が無い電気機関車では、素人目には地味であり他の電気機関車どころか、電車と同じような物にしか見えないのだ。

 その為、客寄せパンダ的な意味でも集客性に難があり、復活させても復元費用すら取り戻せないだろうというのがある。

 なので、電気機関車が復活しても、鉄道ファン以外からは興味を持たれず、見向きもされないだろうというのが現実。恐らく今後電気機関車が動態復元される機会はほぼ皆無といってもいい。

 

 そう考えると、今でも昔の電気機関車を運用し続けている鉄道会社は、中々の変態っぷりである。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 しばらくして7100形蒸気機関車の独特の汽笛が鳴り、シリンダー付近の排気管からドレンを吐き出しながら前進する。

 

 取り付けられている鐘を鳴らし、比羅夫号が前進する。

 

 その様子を三人は静かに見守る。

 

(古い機関車だからちゃんと修復できるか不安だったけど、杞憂だったみたいだな)

 

 特に異常も無く走っている比羅夫号を見て、北斗は安堵する。

 

 他の機関車と違い、7100形蒸気機関車は古い形式で尚且つ長らく放置されていたので、修復できてもちゃんと動くかどうか不安要素はあった。

 

 だが、幻想機関区にある整備工場の設備と、何より整備員の妖精達の技術によってちゃんと復元されたようだ。

 

「見た感じ、問題無く走っているようね」

 

 比羅夫号の走りを見ながら、パチュリーが北斗に声を掛ける。

 

「えぇ。しかしまだ走り出したばかりですので、何とも言えません」

 

「そうね」

 

 二人は会話を交わしながら、一定の距離を走った後、ゆっくりと後退する比羅夫号を見つめる。

 

 

「北斗」

 

「はい」

 

「今日来たのは機関車の視察もそうだけど、もう一つ伝えることがあるわ」

 

「伝える事ですか?」

 

 北斗は首を傾げる。

 

「えぇ。といっても、お願いというのが正しいかしら」

 

「……聞きましょう」

 

「……」

 

 パチュリーは後退していく比羅夫号を身ながら、口を開く。

 

「その前に一つ聞きたいのだけど、蒸気機関車を動かすのに必要な人員は足りているかしら?」

 

「えっ? 一応今のところは足りますが、今後の事を考えれば不足気味ですが」

 

 北斗は今の機関士、機関助士の配置状況を思い出す。

 

 蒸気機関車を動かすのに必要な人員は最低でも二名。最大でも機関士、機関助士の交代要員として二名を加えて四名ぐらいである。

 

 機関士に関しては、蒸気機関車の神霊の少女達が居るので問題は無く、機関助士も妖精達が居るので実質的に問題は無い。

 

 だが、それはあくまでも神霊の少女が居る罐に限っての事であり、それ以外の、つまり紅魔館の地下で発見されたマレー式タンク型蒸気機関車4500形蒸気機関車と比羅夫号こと7100形蒸気機関車、河童製造のC11 382号機とC12 294号機、そして製造中のC57形蒸気機関車や今後製造されるC63形蒸気機関車等の機関士、機関助士の育成の必要が出ている。

 とは言っても、その全てを動かす必要は無いので、ある程度の人員が確保出来れば問題は無い。

 

 実際、機関区内で車輌の入れ替え作業を行うC11 382号機とC12 294号機、保線作業に用いる機関車として運用を予定している4500形の機関士、機関助士の育成を行っており、その中には小傘も居る。

 彼女はどうやら機関車の整備の他に、機関士としての講習と実習を受けているとの事。とても器用な妖怪である。

 

「あの機関車の所有権はこちらにあるから、こちらからその機関士としての要員を派遣しようと考えているのよ」

 

「なるほど」

 

「一応今のところこあを機関士見習いとして送るつもりよ」

 

「えぇっ!?」

 

 するとパチュリーの言葉に隣に立つこあが驚きの声を上げる。

 

「き、聞いてないですよ、パチュリー様!?」

 

「そりゃ今初めて言ったんだから」

 

「そんなっ!?」

 

 あまりにも理不尽な物言いの主にこあは驚くしかなかった。

 

「あの、本当に大丈夫なのですか?」

 

「最近新しく小悪魔を召喚したから、こっちの問題は無いわ」

 

「でも、新しく召喚した小悪魔の教育とかは経験の長い方がするべきでは?」

 

 北斗がそう問い掛けると、こあは「もっと言ってやってください」と言わんばかりに彼に催促をジェスチャーで伝える。

 

「ここあとここでも教育は出来るから、こあがいなくても問題無いわ」

 

「そうですか」

 

 パチュリーの言葉にこあがショックを受けた様子を見せて、北斗はなんとも言えない気持ちになる。

 

(全く。レミィも面倒な事を考えるわね)

 

 当の本人は内心呟き、少し前のことを思い出す。

 

 

 永遠亭に北斗が入院している時、彼の見舞いに行った後、レミリアとパチュリーが話をした後、レミリアが思いついた案。

 

 それは彼の元へ機関士見習いとしてこあを送り込むことで、北斗の動向を監視する為である。

 

 レミリアは自身が見た不穏な未来を示唆している光景から、その未来を避けるべく北斗の動向を見る必要があった。

 

 しかし北斗の動向を常に見るのは出来ないし、出来るように彼を紅魔館へ連れて行こうとしようものなら、早苗を筆頭に、守矢の二柱の怒りを買うのは必須だ。

 

 守矢勢の怒りを買わないように北斗の動向を見張るにはどうするか。そこでレミリアが考え付いたのは、紅魔館の者を幻想機関区に住まわせるというものだ。

 

 しかしそうなると、向かわせる者を慎重に選ばないといけない。その上、不自然さも無く、不審に思われないようにちゃんとした理由がなければならない。

 

 最初は紅魔館の門番である美鈴を幻想機関区の門番として出向させるという案が浮かんだが、その間の紅魔館の警備が疎かになってしまったら元も子もないので、却下された。

 しかし幻想機関区の警備自体はかなり強い上、幽玄魔眼が加わった事で、出向させる必要性がそもそもなかった。

 

 次に咲夜を北斗の手伝いとして送り込むのも一応考えたものも、彼女無しでは紅魔館の管理運営が成り立たないので、当然ながら却下された。

 これに関しては、北斗の手伝いは夢月や幻月、エリス、そして早苗にも出来る事なので、これもわざわざ送る必要性がなかった。

 

 パチュリーに関しては、紅魔館の地下にある図書室の管理する者が必要なので、却下された。そもそも送り込む理由が無い。

 

 フランは仕事そっちのけで北斗の傍に居そうになるから、却下。

 

 メイド妖精はちゃんと監視としての仕事がこなせるかどうかの不安があったので、却下。

 

 で、最終的に決まったのが、小悪魔のこあであったのだ。送り込む理由も7100形蒸気機関車の機関士見習いとして学ばせる為である。

 

 しかしこういう大事な事は、事前に当の本人に話しておくべきではないだろうか……

 

「それで、どうかしら?」

 

「……」

 

 北斗は腕を組み、静かに唸る。

 

 

「……まぁ、こちらとしては、断る理由はありません」

 

「……」

 

「しかし、すぐにとは言えません。この話は日を改めて返答させてもらいます」

 

「そう。まぁ、今日はあくまでもこの話を伝えるのが目的だから、今日答えを聞こうってわけじゃないわ」」

 

 パチュリーはそう言うと、こあの方を向き、何やら小さい声で彼女と話している。

 

「……」

 

 北斗は二人の様子を一瞥し、煙を吐き出して前進する比羅夫号を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷とは違う、とある場所。

 

 

 

 

「アァァァァァァァァァ!!! もういやだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 何やら女性の悲痛な、というより物凄く嫌そうな叫びが響く。しかも防音対策がされているはずの部屋からである。

 

 

「一体何の騒ぎですか、教授」

 

 と、自動ドアが開かれて部屋に一人の少女が呆れた様子で入ってくる。

 

 明るめの金髪を青い玉の髪留めでツインテールにして、髪と同じ色をした瞳をしている。水兵を髣髴とさせる錨マークの入った帽子にセーラー服、短パンといった服装をした少女である。

 

 彼女の名前は『北白河ちゆり』。とある人物の助手を務めている少女である。

 

「だって、聞いてよ、ちゆり!!」

 

 その少女の視線の先には、一人の女性が部屋の床に仰向けに倒れて、駄々をこねる子供のように暴れていたが、少女を見るなり、サッと立ち上がる。

 

 赤い髪を三つ編みにして、白いシャツ以外は全身を赤い服装で包んだ女性である。

 

 彼女の名前は『岡崎夢見』。大学教授をしている女性である。

 

「あのジジィ共!! 自分たちの管轄外だからって、私に仕事を押し付けやがって!! 私だって暇じゃないんだぞ!?」

 

「だからって、防音対策のされている部屋から声が漏れるほどの叫びを上げないでくださいよ。近所迷惑ですから」

 

「近所に住んでいる人居ないでしょ!」

 

「言葉の綾ってやつですよ」

 

 そんな風なやり取りをしてから、夢見は宙に浮いている椅子に座り、ちゆりも近くに浮いている椅子を呼び寄せて座る。

 

「全く。最近こればかりで気が滅入るわ」

 

 夢見は愚痴りながら宙に半透明のキーボードらしき物が現れ、そのキーボードを操作すると、突然暖かいココアが入ったマグカップが出現し、彼女はそれを受け取る。

 

「それだけ教授の実力が認められ始めているという事ですよ。少し前まで失笑ばかり買っていましたし」

 

「嬉しくない言い方ね」

 

 不満げに彼女はそう言うと、マグカップを口につけてココアを飲む。

 

「それで、どうするんですか?」

 

「別に。押し付けられたといっても、別に難しいものじゃないし、ちゃんと期限内で終わらせられるわ」

 

「それは何よりですね」

 

「ふん」と彼女は鼻を鳴らし、ココアを飲み干す。

 

「あーあ。頭が冴えないわ。これじゃうまく作業を流せないわね。別のことをして頭をスッキリしないと」

 

 苛々気味でぼやくと、マグカップを机に置く。

 

「で、何をするつもりなんですか?」

 

「何をって? そりゃ決まっているじゃない」

 

 夢見はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「イイ所に出かけるわよ」

 

「その笑顔が怪しいですね。そもそも仕事があるのに」

 

「期限内に終わらせれば問題無いわ。ジジィ共も急かしていた様子はないし」

 

「はぁ。全く。また期限ギリギリになって慌てないでくださいよ」

 

「今度は大丈夫よ」

 

 と、彼女はニッと笑みを浮かべてサムズアップする。

 

「それで、どこに行くんですか?」

 

 ちゆりはため息をついて呆れた様子を見せるも、どこか楽しみにしているようにも見える。

 

 夢見を止めない辺り、それなりに信頼感を抱いているのだろう。

 

 ちゆりが問い掛けると、夢見はニッと笑みを浮かべて、こう答えた。

 

 

 

「気晴らしに、幻想郷に出かけるわよ!」

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第118駅 違和感

コロナの影響で運休が続いていたSL北びわこ号が運転終了しましたね……
終了の要因はコロナも絡んでいますが、大きくは客車側に問題があるようですね。C56 160号機が牽いていたイメージが強かったです。

本当に残念です。


 

 

 

 

 

 月日は流れ、冬も終盤を迎えた幻想郷。

 

 

 雪も殆どが解けて、所々に春の訪れを感じさせる物が出始めている。

 

 

 

 人里近くにある畑では、農家達が冬を迎える前に畑に施していた冬支度を片付け、次の作物を育てる為の準備を行っている。

 

 すると、甲高い汽笛の音がして農家達が畑の近くにある線路を見る。

 

 人里方面より18633号機が旧型客車『スハ43』四輌を牽引する博麗神社行きの列車が走ってきた。

 

 8620形蒸気機関車の古典機の特徴を色濃いく残し、化粧煙突に除煙板(デフレクター)の無い、スタンダードな8620形の特徴を持つ18633号機は、化粧煙突より白煙を吐き出しながら線路を走る。

 

 農家達が手を振るうと、機関車を操る霜月(18633)は汽笛を鳴らす紐を引き、三音室特有の甲高い汽笛を鳴らして応え、機関助士の妖精が手を振るう。

 

 農家達に見送られながら、列車は博麗神社を目指して走っていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、人里。

 

 

「ありがとうございます」

 

 家の家主にお礼を言いながら、鈴仙は家を出て引き戸を閉める。

 

「えぇと、里での薬の配達はこれで終わりね」

 

 鈴仙は懐より配達先をメモした紙片を取り出し、配達先の確認をする。さっき薬の配達をした家が最後である。

 

「となると、次は……」

 

 彼女は紙片を懐に戻し、人里の端にある駅舎を見る。

 

 

 

 人里の駅舎では、博麗神社行きの列車が出発した後なので、駅はガランとしている。居るとしても駅員の妖精達が箒を片手に塵取でゴミを掃いている。

 

 しかしその駅舎の傍にある操車場では、一組の列車が出発準備を進めている。

 

 列車の先頭には、門デフに丸型の蒸気ドームと角型の砂箱を持ち、緑地のナンバープレートを持つ、特徴の多いC11 260号機の姿があった。

 そんな特徴の多いC11 260号機が煙突横にある排気管より一定の間隔で蒸気を噴射しながら、出発を待っている。

 

 その後ろには有蓋車『ワム90000』が二輌、車掌車『ヨ8000形』が一輌の計三輌が繋がれており、ワム90000に妖精達が人里にある各々の店で購入した品々や食料を積み込んでいる。

 

「……」

 

 C11 260号機の運転室(キャブ)では、行橋(C11 260)が肘掛けに肘を置き、窓から頭を出して周囲を見渡している。

 

「あっ、鈴仙さん!」

 

 運転室(キャブ)から鈴仙の姿を確認した行橋(C11 260)が大きな声を上げながら手を振るう。

 

「こんにちは」と、鈴仙は機関車の傍まで来て頭を下げる。

 

「もう出発できますか?」

 

「あと少し荷物の積み込みがありますので。それと、区長も待っていないと」

 

「えっ? 北斗さんも来ているの?」

 

 鈴仙は少し驚いた様子で聞き返す。

 

「はい。何でも人里で買いたい物があって、この列車に同行しまして」

 

「そうなんですか」

 

 鈴仙はどこか落ち着かない様子になり、周囲を見渡す。

 

「北斗さんはいつ頃戻りそうですか?」

 

「あぁ、それなら―――」

 

 

「こんにちは、鈴仙さん」

 

「ひゃいっ!?」

 

 と、後ろから声を掛けられて鈴仙は思わず変な声が出て飛び跳ねる。

 

 彼女はとっさに後ろを振り向くと、そこには紙袋を抱える北斗の姿があった。

 

「ここ、こんにちは……北斗さん」

 

 鈴仙は恥ずかしい所を見られて、赤くなっている顔を隠すように被っている笠を深々と被りながら挨拶を返す。

 

「待たせてしまいましたか?」

 

「い、いえ。今来たばかりですので」

 

「そうですか」と彼は呟いて頷く。

 

「あ、あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「その、人里で何を買ったんですか?」

 

 と、鈴仙は北斗が抱えている紙袋を見る。

 

「あぁ、これですか? 人里の本屋で買った写真集です」

 

 と、北斗は紙袋より一冊の写真集を取り出す。

 

「写真集……天狗が販売している蒸気機関車のですか?」

 

「はい」

 

 と、鈴仙は最近人里にて耳にする天狗が出している蒸気機関車の写真集を思い出してそう言うと、北斗は頷く。どことなくその表情は嬉しそうである。

 

 

 一部の物好きな鴉天狗が蒸気機関車を撮影しているのは知られているが、その中には写真集を作り、それを変装した鴉天狗が本屋に卸して販売している。

 本としては割高であるが、鴉天狗ならばではの上空からのアングルや迫力ある構図等、撮影技術のある鴉天狗によって撮影された写真はどれも構図が良い。

 

 割高ではあるが、天狗が出している蒸気機関車の写真集は普段見れない場所や構図での写真が多いとあって、人里では結構人気のようである。

 

 

「……その、蒸気機関車はいつも間近から見ているのに、わざわざ写真集を買う必要って……」

 

「例え見慣れたものでも、普段見れない角度からや、別視点からの写真は新鮮なものですよ。それに、撮影者が上手いですから、とても写りがいいんですよ」

 

「は、はぁ」

 

 熱心に語る北斗に姿に、鈴仙は苦笑いを浮かべる。

 

(それだけ、蒸気機関車が好きなんだ)

 

 苦笑いを浮かべた彼女であったが、内心はその一つの事に熱心になる北斗の姿に、少しだけ羨ましく思えた。

 

 

 

「ねぇ、それなに?」

 

「これ? 綺麗で変わった形しているから拾ったの」

 

 と、そんな二人をよそに、作業員の妖精は何やら短く会話を交わし、拾った物を貨車に載せる。

 

 

 その後荷物の積み込みが完了し、北斗と鈴仙はヨ8000形に乗り込み、C11 260号機は汽笛を鳴らして幻想機関区を目指して出発する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 しばらくC11 260号機が牽く臨時列車は、幻想郷の平原に敷かれた線路を走っていき、幻想機関区へ到着する。

 

 

 列車は待避線へと入って停止後、すぐに作業員の妖精達がワム90000より荷物を下ろしていき、その間に北斗と鈴仙がヨ8000形より降りる。

 

 鈴仙が幻想機関区へ訪れたのは、彼の元に薬を渡すと共に、彼の体調を確認する為だ。

 

 退院してから時間は経っているが、まだ予断を許さないということで、鈴仙が来て北斗の診察を行い、薬を渡している。

 尤も、それらは建前であって、実際の目的は異なるのだが。

 

 

「……」

 

 鈴仙は笠の顎紐を解いて頭から取ると、笠に隠されていた彼女の兎の耳が立ち上がる中、周囲を見渡す。

 

(やっぱり、幻想郷の中だとここは異質ね)

 

 彼女は内心呟きつつ、幻想機関区の異質さを改めて確認する。

 

 幻想郷から見れば先に進んだ光景だが、鈴仙から見れば大きく遅れた光景という、異質さがこの幻想機関区にあるのだ。

 

(それに、時代遅れの蒸気機関を用いているのに、この辺りの空気は淀んでいないわね。物質を燃焼させている以上、空気が汚れるはずなのに)

 

 鈴仙は石炭や油の臭いを嗅ぎつつ、空を見上げる。

 

 蒸気機関車は石炭を燃焼させる以上、煙突からは燃焼ガスと煤を吐き出しているので、空気汚染を引き起こしてしまう。その上その煙による煙害も問題になっていたので、無煙化が進められた。

 

 しかし、石炭や油の臭いはするが、空気はなぜか汚れていない。

 

「……」

 

 鈴仙は疑問を抱きながらも、北斗に連れられて宿舎へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 鈴仙は北斗の左腕を診て、あの時の傷の状態を確認している。

 

 妖怪によってつけられた傷は、大きな痕として痛々しく残っている。

 

 

 

「どうでしたか?」

 

 北斗はシャツを着ながら鈴仙に問い掛ける。

 

「そうですね。診た感じ特に問題は無さそうですが、師匠の判断待ちですね」

 

 鈴仙は鞄に北斗より採取した血液を入れた試験管を仕舞い込みながら、答える。

 

「採取した血液を調べて師匠の判断次第で、薬も届ける必要がなくなりますね」

 

「そうですか」

 

 北斗は頷くと、執務机に置かれている薬が入った紙袋を見る。

 

「……」

 

 鈴仙は鞄を硯に仕舞うと、薬が入った紙袋を見る北斗を一瞥する。

 

(そっか。師匠の判断次第で、もうここには来なくなるのね……)

 

 彼女はそう思うと、悲しげな表情を浮かべる。

 

 鈴仙がここに来るのは、北斗に薬を渡すためであり、永琳の判断次第では、ここに薬を届けに行く必要は無い。

 

(でも、時間があれば会いに行けるから、別に会えなくなるわけじゃ……)

 

 と、ポジティブに考えるも、ふと違和感を覚える。

 

(あれ? 何で私、北斗さんに会えなくなるのが残念だと思っているの?)

 

 彼女は北斗に会えなくなる残念さを覚える自分に疑問を抱く。

 

(私は……別に、そんな……)

 

 違うと思っても、正しいと思う自分が居て、彼女は内心混乱する。

 

 

「―――さん、鈴仙さん!」

 

「はぅっ!?」

 

 と、北斗から大声で呼ばれて、鈴仙はようやく気づき、変な声を漏らす。

 

「な、なんですか?」

 

「いえ、さっきから呼んでいたんですが、鈴仙さんがボーとしていたので」

 

「そ、そうですか。すみません」

 

 鈴仙は顔を赤くして戸惑いながらも、北斗に謝る。

 

「……」

 

 

 その後、鈴仙は検修明けのC56 44号機が牽くスハ43二輌の先頭車に乗り込み、試運転に便乗して迷いの竹林前まで送ってもらった。

 

 

「……」

 

 鈴仙が帰った後、北斗は宿舎を後にして機関車達が収納されている扇形機関庫へとやってきた。

 

 機関庫では、9677号機とD61 4号機が本線デビューに向けて調整が行われている。機関車の傍では整備員の妖精や『習志野(9677)』と『深川(D61 4)』の姿がある。

 ちなみに二人の名前はそれぞれの最期の地の名前が由来になっている。

 

 機関庫の隅では、D62 20号機とC59 127号機が整備員の妖精達の手で整備が行われている。特にC59 127号機は薄く埃が被ったボイラーを妖精達が布切れで綺麗に拭き取っている。

 

(さて、本当にどうしたものか)

 

 北斗はC59 127号機を見ながら内心呟く。

 

 未だに燃料である重油やその元になる石油の入手の目処が全く立たないままなのだ。

 

 石油が手に入らないということは、12系客車や14系客車、50系客車の発電用ディーゼルエンジンを動かす軽油も手に入らないのだ。

 

(やっぱり、重油専焼式から通常仕様に再改造する必要があるか。となると、河童の皆さんにボイラーや炭水車(テンダー)の製造を依頼する必要があるか)

 

 北斗は河童にC59形蒸気機関車の設計図を渡して、そこにあるボイラーと炭水車(テンダー)の製造依頼を考える。

 

(でも、今はまだC57形の製造に手がいっぱいだろうから、まだ先の話になるか)

 

 現在製造中のC57形蒸気機関車に加え、製造予定のC63形蒸気機関車もあるので、C59 127号機の通常仕様への改造は当分先の話になる。

 尤も、C57形はボイラーと台枠自体は既に完成しており、動輪や先輪、従輪の製造が行われているとか。

 

「……」

 

 

 

「区長ー!!」

 

 と、弥生(B20 15)が小さな身体を必死に走らせて北斗を呼ぶ。

 

弥生(B20 15)。どうした?」

 

「す、すぐに来て欲しいです! なんだか不穏な雰囲気になっているです!」

 

「なんだって?」

 

 弥生(B20 15)の言葉に北斗は首を傾げる。

 

「どういうことだ?」

 

「夢月さんと幻月さんが機関区にやって来たお客さんを見るなり、急に突っかかって、今の状況になっているです!」

 

「夢月さんに幻月さんが? それにお客さん?」

 

 北斗は次々と疑問が浮かぶも、考えるのをやめて弥生(B20 15)に案内してもらう。 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 その頃、機関区の端では、まさに一触即発の雰囲気が漂っている。

 

 幻月と夢月の夢幻姉妹。二人とも殺気を隠さずに仁王立ちしている。その二人に対するのは、一人の女性こと、魅魔であった。

 

 遠くでは、幽玄魔眼がいつでも戦えるように、腰に提げている目玉を展開して攻撃態勢を取っている。

 

 その様子を妖精達や、蒸気機関車の神霊の少女達が見守る。

 

 

「一体何事だ!!」

 

 と、北斗が大声を上げながら、そこへ到着する。

 

「見ての通りね」

 

 と、群集に混じっていたエリスが北斗にそう良いながら視線を三人に向ける。

 

「夢月さんと幻月さん。それに、あの人は……」

 

「まーた変わったやつが来たものね。ここって特殊な何かがあるのかしら」

 

「?」

 

 意味深な事を呟くエリスに北斗は首を傾げるも、夢幻姉妹に相対する魅魔が北斗の姿を見つける。

 

 二人は不機嫌な雰囲気を隠す事も無く、渋々と魅魔を北斗の元へと連れて行く。

 

「……」

 

 北斗は息を呑み、気を引き締める。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第119駅 魅魔の目的

更新が遅れて申し訳ありません。仕事の勤務時間が大きく変わって、どうも調子が良くありません。
とりあえず、無理のない範囲でやっていこうと思いますので、よろしくお願いします。


 

 

「……」

 

「……」

 

『……』

 

 

 宿舎にある応接室。そこの空気は張り詰めており、一触即発な雰囲気が漂っている。

 

 北斗は緊張した面持ちでソファーに座り、その後ろには幻月と夢月が腕を組んで殺気を隠さずに立つ。その視線の先にはソファーに座り、夢幻姉妹の殺気を気にしていない様子で、お茶を飲んでいる魅魔の姿がある。

 

「すまないね。いきなりやって来て」

 

「い、いえ。それは構いませんが……」

 

 北斗は後ろの姉妹の殺気に息を呑みながらも、そう答える。

 

「あぁ、自己紹介が遅れたね。私の名前は魅魔っていうんだ。ただのしがない悪霊さね。君の噂はかねがね聞いているよ、霧島北斗」

 

「悪霊、ですか?」

 

 魅魔の自己紹介を聞いて、北斗は首を傾げる。

 

 青を基調とした服装を身に纏い、黄色い太陽が描かれた三角帽を被り、全体的に青く装飾が施された服装に青いマントを羽織っている。三日月を模した飾りを先端に持つ杖が傍に立て掛けられている。

 彼女の格好を見ても、悪霊というよりかは、魔法使いの方がまだしっくりくる格好だ。

 

「なーにがしがない悪霊よ。全く」

 

 と、呆れたように夢月が魅魔を見ながらぼやく。

 

「あんた達が私達の世界で暴れたのは、忘れていないわよ」

 

「それはそっちが悪霊をちゃんと管理しなかったのが原因さね。それで幻想郷は大変だったんだ。私や魔理沙、靈夢はその異変解決の為にあんた達の世界に向かっただけさ」

 

「悪霊の管理はあいつらの仕事よ。私達には関係ない話よ」

 

「問題なのは、あんた達が暴れすぎた事よ。あの後どれだけ直すのに時間が掛かった事か」

 

「それは悪かったね。だけど、こっちはこっちで必死だったんだよ」

 

 魅魔は悪びれた様子も無く、お茶を呑んで湯呑をテーブルに置く。

 

「そういや、あんた脚なんかあったっけ?」

 

 と、夢月は魅魔の脚を見て、首をかしげながら問い掛ける。

 

「あぁ、これかい? 所謂世間体を気にしたってやつさ」

 

 魅魔は片足を持ち上げながらそう言うと、直後に彼女の両足は一瞬煙で覆われ、そこには幽霊を髣髴とさせる白い下半身が現れる。

 

 北斗はギョッと驚き、魅魔はすぐにその脚をさっきの人間の脚に戻す。

 

「こうでもしないと、ろくに人里を出歩けないからねぇ」

 

「ふーん」

 

 幻月は興味無さげに声を漏らす。

 

「……それで、魅魔さん」

 

「はいよ」

 

 一瞬呆けていた北斗だったが、気持ちを切り替えて魅魔に問い掛ける。

 

「本日機関区に来られた用件は?」

 

「あぁ、そうだったね。昔話ですっかり忘れるところだったよ」

 

 と、魅魔は姉妹二人を一瞥し、咳払いをして用件を切り出す。

 

「まぁ急に言われても困るのは承知しているけど、今少しだけの間泊まる所を探していてね」

 

「泊まる所、ですか……」

 

「あぁ。靈夢とはちょっとあってね、頼みづらいのさ」

 

「だったらあんたの愛弟子の所に行けば良いじゃないの。一言で了承してくれるわよ」

 

「魔理沙の所にはちょっと、ね」

 

 と、魅魔は視線を逸らしながら答える。

 

「魔理沙さんの事を知っているんですか?」

 

「まぁそうさね。私はあの子の師匠だからね」

 

「えっ? 魔理沙さんの師匠なんですか? それって魔法使いとしての?」

 

「うーん。まぁ魔法使いとしての師匠でもあるけど、全体的な師匠でもあるさね」

 

 その時の事を思い出して魅魔は遠い目をして、「そうなんですか」と北斗は頷く。

 

「それなら、魔理沙さんの所に泊めてもらえば……」

 

「……それは出来ないもんさ」

 

「なぜですか?」

 

「師匠として愛弟子の成長を願うなら、あえて離れるのも一つの愛なのさ。私が近くに居たら、気を使うかもしれないしね」

 

「……」

 

 魅魔の事情を北斗はただ黙って聞く。

 

「それで、自分の所に?」

 

「まぁそうさね。もちろん泊めて貰うからには、自分に出来る事でやらせてもらうよ」

 

「……」

 

 北斗は腕を組み、静かに唸る。

 

 彼自身、別に機関区に居候が増えること事態に困ることは無い。ちゃんと住み込む間は働くという条件をやってくれれば、文句は無い。

 ただ、今回ばかりはなぜか早く判断が付かなかった。

 

「区長。私達は居候の身だからとやかく言うつもりは無いけど、この悪霊を居候に加えるのは、考えた方が良いわよ」

 

「私も姉さんと同意見ね。ろくな事が無いわよ」

 

「揃いも揃って好き放題言ってくれるねぇ」

 

 姉妹二人の遠慮の無い言葉に、魅魔は苦笑いを浮かべる。

 

「せめて理由を言いなさいよ。なんでここじゃなきゃいけない理由をさ」

 

「理由、ねぇ」

 

 夢月がそう問い掛けると、魅魔は顎に手を当てて、北斗を見る。

 

「彼を守る為もある、と言えば信じるかい?」

 

「うわぁ、胡散臭い」

 

 夢月はドン引きな様子で声を漏らす。

 

「まぁ、割と真面目な話さね。この幻想郷には色んな存在が居る。むろん命を脅かすような危険の存在もね。それは身を以って体験しただろうから、分かるだろう?」

 

「……」

 

 魅魔の言葉に、北斗は脳裏に無縁塚で起きた出来事が過ぎり、そのせいか左腕にある傷跡から鈍い痛みが走る。

 

「この幻想郷には妖怪もそうだが、中にはその姉妹のように悪魔だっているし、なんなら神様だっているんだ。当然その全てが善良な存在とは限らない。そんな中で、君のようなただの人間はただ獲物に捉えられる。外の世界の人間なら、尚更さね」

 

「……」

 

 北斗は以前聞いた外の世界の人間が幻想郷で辿る道を思い出し、息を呑む。

 

「幻想郷は……君が思う以上に奇妙で、歪なバランスで保たれているんだ。普通なら外来人で、その上外の世界の設備ごと幻想入りしたのなら多くの勢力から目を付けられ、自分の影響下に置こうと画策する。だが、その前にスキマ妖怪によって密かに処理される場合もあるんだがな」

 

「……」

 

 魅魔の話を聞き、北斗は息を呑む。

 

「スキマ妖怪がなぜそんな事をするのか、理由は分かるかい?」

 

「……いいえ」

 

 北斗は間を置いて答える。

 

「スキマ妖怪は誰よりもこの幻想郷を愛している。故に、その幻想郷に悪影響を及ぼすような存在なら、密かに処理する」

 

「……」

 

「だが、君と蒸気機関車達は処理されず、この幻想郷に存在している。それはつまり、スキマ妖怪からすれば少なくとも君達は無害な存在か、もしくは利用価値がある存在と見られているからだろう。尤も、その真意は本人のみぞ知るだがな」

 

「……」

 

「だからこそ、覚えておくといい。あのスキマ妖怪はこの幻想郷を守る為なら、簡単に処するのも厭わない。例え君が多くの者から慕われていようともね」

 

「……」

 

「それとこれとで、あんたがここに泊まるのとどんな関係があるのよ」

 

 と、しばらく黙っていた夢月が魅魔に問い掛ける。

 

「大有りさね。腕の立つ者が多く居れば、君の身の安全は保障される。それに、この機関区を守る戦力は多い方が君にとって悪い話ではないだろ?」

 

「……」

 

「守りなら別に守矢の風祝や魔法使い、難しいけど博麗の巫女に頼めば問題無いじゃない」

 

「毎回頼めば引き受けてくれるとは限らないだろ? 守矢の風祝は頼めばいつでも何でもするかもしれんが」

 

「……」

 

「兎に角、何事にも万が一というものがあるだろ? この幻想郷なら尚更だ。違うかい?」

 

「万が一、ですか」

 

「……」

 

「……」

 

 北斗は黙り込み、夢幻姉妹は魅魔を睨むように目を細める。

 

 

 

「……」

 

 しばらくして、北斗は浅く息を吐く。

 

「タダでは、泊まらせるわけには行きませんよ」

 

「もちろん。そのつもりさね。あぁ、長く泊り込むつもりはないよ。あくまでも少しだけ寝る場所を貸して欲しいだけさね。食事は必要な時に自分で確保するから、その点の心配しなくても良いよ」

 

「……分かりました」

 

 北斗は頷き、魅魔の泊り込みを許可したのだった。

 

 夢幻姉妹は北斗の決定とあって、それ以上文句は言わなかった。

 

 

 

 

「それで、あいつを泊めても良かったの?」

 

 その後、魅魔が応接室を後にし、少しして夢月が北斗に問い掛ける。

 

「本当なら日を改めて決めようと思っていましたが、何だか長引かせると良くない気がして」

 

「……」

 

 北斗はそう言うと、ため息をつく。夢月もどこか納得がいくのか、何も言わなかった。

 

 長い間いじめや虐待に遭ってきた北斗は、顔色を伺ったり雰囲気を感じ取ったりと、それなりに人を見る目が鋭くなった。魅魔が悪霊だから怪しいのではなく、夢幻姉妹のように過去の出来事から怪しむのではなく、彼女からどことなく怪しい雰囲気があった。

 と、同時にこの手の話は長引かせてもロクなことが無いと、北斗は考えて魅魔を受け入れたのだ。

 

「まぁ、少しの間だけと言っていましたし、その間ちゃんと仕事もするようですし、後は様子見ですね」

 

「……ホント、区長はお人好しね」

 

 半ば呆れたような、しかしどことなく納得したような様子で夢月はそう言ってため息をつく。

 

「あぁ、そうそう。そういやさっき妖精達がこんな物を持ってきたわよ」

 

「?」

 

 と、夢月は椅子の陰からある物を取り出し、北斗に差し出す。

 

「なんだこれ?」

 

 北斗は夢月からそれを受け取り、首を傾げる。

 

 台座に水晶が乗せられ、その上四角錐が乗せられているものであり、どことなく神秘的な雰囲気がある。

 

「さぁ? 妖精達は人里で拾ったって言っていたわよ」

 

「拾ったって……」

 

 北斗は妖精の気ままな性格に苦笑いを浮かべる。

 

 真面目に働く幻想機関区の妖精だが、根本は他の妖精達と同じようである。

 

 

「それにしても、立派な代物ですね」

 

 北斗は手にしたそれを色んな角度からまじまじと見つめる。

 

 作りといい、間にある水晶といい、作りはそうだが、かなりの年代物であるのは間違いない。

 

「そんな物を落とすなんて、持ち主はよほどマヌケね」

 

「は、はぁ……」

 

 歯に絹を着せない夢月の言葉に、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「じゃぁ、私は掃除に戻るわね」

 

 夢月はそう言って執務室を出ようと扉に向かって歩く。

 

「あっ、夢月さん」

 

「……なに?」

 

 すると北斗が夢月を呼び止め、彼女は立ち止まって振り向く。

 

「いつも掃除をしてくれて、ありがとうございます」

 

「……っ! 急に、どうしたのよ?」

 

 北斗からお礼を言われて、夢月は戸惑いながらも問い掛ける。

 

「いえ。今日まで文句も言わずに機関区のあちこちを掃除してくれているので、お礼を言おうと思って」

 

「そ、そう。一応住まわせて貰っているんだから、このくらいはね」

 

 どこか恥ずかしそうに頬を掻きながら、夢月は答える。

 

「そ、それで、用はそれだけ?」

 

「はい。引き止めてすみません」

 

「別に、良いわよ……」

 

 夢月は扉の方を向き、小さく呟くと、扉を開けて執務室を出る。

 

「……にしたって、これどうしよう」

 

 夢月が執務室を出た後、北斗は自身が手にしているそれを見ながら、ボソッと呟く。

 

 明らかに持ち主がいる代物なのに、全く違う所に持ってきてしまっている。持ち主は確実に困っているのは容易に想像できる。

 

(持ち主は困っているだろうし、明後日博麗神社に向かう途中で届けに行くか)

 

 本当ならすぐに持って行きたい所だが、今日は時間が無いし、明日は予定が入ってるので、人里に行く余裕が無い。誰かに代わりに持って行かせるというのもあるが、落し物を持って帰ってしまった責任があるので、責任者が謝りに行かないといけない。

 

 北斗はそう考えつつ、それを机の隅に置いて、今後について考えるのだった。

 

 

 

 

「……」

 

 執務室の扉の前で、夢月は俯いて呆然と立ち尽くしている。

 

「……何なのよ」

 

 彼女はそう呟くと、どことなく切ない様子で歩いていく。

 

 

 その頃、幻月によって空き部屋に案内された魅魔は、壁に杖を立て掛けてからベッドに腰掛けて腕を組む。

 

(さてと、霧島北斗との接触は出来たし、後はその時が来るまでここで過ごすかね)

 

 彼女は内心呟くと、浅く息を吐いて右手を開くと、掌に禍々しい光を放つ光玉が現れる。

 

「懐かしいだろう? この風景は」

 

 と、窓から見える景色を見せるように、光玉を窓に近づけると、点滅する。

 

「そうかい。なら、もう少しだけ待ってくれるかい?」

 

 すると光玉は点滅し、魅魔の掌に沈んでいく。

 

(分かっているさね。あれが出来上がれば。時間は掛けないさ)

 

 内心呟き、魅魔は窓から空を見つめる。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第120駅 落とし物の届けと発見

 

 

 

 それからあっという間に二日が経過した。

 

 

 

「……」

 

 人里にて、風呂敷を持つ北斗は目的地を探して歩いていた。

 

(人里に来たは良いけど、どこに預けたら良いんだろうか?)

 

 北斗は内心呟きながら、手にしている風呂敷に包まれている代物を見る。それは妖精達がここで拾った例の代物である。

 

 

 その代物を持ち主に返そうと人里に来たは良いが、そもそもその持ち主が分からないので、探しようが無い。

 

 一応最初は持ち主が探していないか人里を歩いていたが、今のところ何かを探している様子を見せている者は見当たらない。

 

 そのついでにこれを預ける場所を探している。

 

 

(慧音さんに預けようかな。落し物なら自警団に預けた方が落とし主も探しやすいだろうし……)

 

「うーん」と静かに唸りながら内心で呟き、どうするか考える。

 

 

「あれ? 北斗さん?」

 

 と、後ろから声を掛けられて北斗は立ち止まって後ろを振り向くと、そこには早苗が立っている。

 

「早苗さん。信仰活動をしていたんですか?」

 

「はい。先ほどまで守矢の信者に教えを説いていました。北斗さん達のお陰でどんどん信者が増えています」

 

「そうでしたか」

 

 嬉しそうな様子の早苗に、北斗は微笑みを浮かべる。

 

「そういう北斗さんは人里にどんな用で?」

 

「あぁ。それなんですが」

 

 北斗は手にしている風呂敷の結びを解いて中の代物を早苗に見せる。

 

「一昨日妖精達がこれを拾って、そのまま機関区に持って帰ってきてしまったんで、慧音さんか小兎姫さんの自警団の皆様に届けようと思って」

 

「これって、宝塔じゃないですか」

 

「これを知っているんですか?」

 

「はい」

 

 早苗は返事をしながら、北斗が持っている代物こと宝塔と呼ばれる物を見る。

 

「人里から少し離れた場所に『命蓮寺』っていうお寺があるんですが、そこに『寅丸星』っていう、毘沙門天の代理の虎の妖怪が居るんですよ」

 

「毘沙門天?」

 

 ふと、北斗の脳裏に奈良辺りにありそうな厳つい顔の像が思い浮かぶ。

 

「その妖怪の持ち物が、この宝塔なんですよ」

 

「そうなんですか。でも、そうなるとこれってとても大切なものですよね?」

 

「えぇ、まぁ……そうなんですけどね……」

 

 と、早苗は視線を逸らしながら声を漏らす。

 

「星さん……その宝塔をよく落とすみたいなんですよね」

 

「……」

 

 彼女の言葉に北斗は唖然となる。

 

「その、大事な物なんですよね?」

 

「そのはずなんですが……なぜかよく落としていて、その度にお目付け役として『ナズーリン』っていう鼠の妖怪に探してもらっているんですよ」

 

「は、はぁ……」

 

 そんな落とし癖のある者が神様の代理で本当に大丈夫なのか、と北斗は疑いたくなった。

 

「だったら、尚更すぐに落し物で届けないと。えぇと自警団の事務所ってどこでしたっけ?」

 

「それでしたら、私知ってますよ。そこまで案内します」

 

「ありがとうございます」

 

 北斗はお礼を言い、早苗と共に目的地へと向かう。

 

 

 

 二人は人里を少し歩き、自警団の事務所前へとやって来た。

 

「ごめんくださーい!」

 

 早苗は声を上げながら戸を開けて中に入る。

 

「おや? 早苗に北斗じゃないか」

 

 事務所の中には、花果子念報の新聞を広げて読んでいる小兎姫の姿があった。

 

「お久しぶりです、小兎姫さん」

 

「久しぶりだな。慧音から話は聞いているが、大変だったようだな」

 

 彼女はそう言いながら、新聞を折り畳んで机に置く。

 

「そうですね。本当に色々と大変でした」

 

「その様子だと、すっかり良くなっているようだな」

 

「はい。永遠亭の皆様のお陰で」

 

「そうか。それは何よりだな」

 

 北斗の様子から問題なく過ごせているのを察して、小兎姫は微笑みを浮かべる。

 

「それで、今日はどんな用事でここに来たんだ?」

 

「それなんですが……」

 

 と、北斗は手にしている風呂敷を広げて中にある宝塔を見せて差し出す。

 

「これを落し物として預かっていて欲しいんです」

 

「これは、寅丸の宝塔じゃないか。どこでこれを?」

 

 彼女は宝塔を受け取りながら、北斗に経緯を聞く。

 

「それが、一昨日うちの妖精達がこれを拾って、そのまま機関区に持って帰ってしまったんです」

 

「そうなのか。妖精らしからぬ真面目さがあったが、本質は同じようだな」

 

「そうなるんですかね」と呟きながら、北斗は首を傾げる。

 

「というより、持ち主のことを知っているんですか?」

 

「あぁ。よくここの落し物の届けで世話になっているからな。今回もそうなるな」

 

「そ、そうなんですか……」

 

(分かっていましたけど、そんなに落としているんですか、あの代理は)

 

 小兎姫の言葉に北斗は苦笑いを浮かべ、早苗は内心呆れる。

 

「とりあえず、これは預かっておく。近いうちに持ち主が来るだろう」

 

「お願いします」

 

 小兎姫はそう言いながら宝塔を机に置き、北斗は頭を下げる。

 

「それでは、自分達はこれで」

 

「あぁ。近いうちに話し合いがあるだろうから、覚えておいてくれ」

 

「分かりました」

 

 彼女から話し合いの件を聞いてから、北斗と早苗の二人は頭を下げて事務所を後にする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「北斗さん。この後はどうするんですか?」

 

 自警団の事務所を後にした後、駅舎脇の操車場の入り口をくぐった所で、早苗が北斗に問い掛ける。

 

「この後博麗神社に向かおうと思っています」

 

「博麗神社に、ですか……」

 

 すると早苗の目がスゥ、と細くなる。どことなく威圧感が溢れているようにも見える。

 

「霊夢さんに頼みたい事がありまして。もし魔理沙さんも居れば、彼女にも頼もうと思っています」

 

「……私が居るのに、霊夢さんや魔理沙さんに頼むんですか」

 

 どことなく不機嫌な雰囲気を出しながら、北斗に問い掛ける。

 

「もちろん早苗さんにも頼むつもりです。それに加えて夢月さんや幻月さん、可能なら他に声を掛けられるほどは。今回は人手が多くなければ困るので」

 

「一体何をするつもりなんですか?」

 

「……無縁塚の再調査です」

 

「っ!」

 

 北斗の言葉を聞き、早苗は目を見開く。

 

「ま、まさか、また無縁塚に行く気なんですか?! あんな事があったのに!?」

 

 彼女は驚いた様子で声を上げる。幸い周りには人里の住人は誰も居なかったので注目されることは無かった。その代わり周りで作業をしている妖精達はギョッと驚く。

 

「もちろん、僕だってあそこへは出来るなら行きたいとは思いません」

 

「だったら!」

 

「でも、妖怪の襲撃が遭ったので、調査は途中までしか出来ていません。もし何かしらの見落としがあって、そこの路線を利用することになってその見落としが原因で事故が起きたらいけません」

 

「それは、そうですが……」

 

「それに、個人的に気になることがあります。あの時はそれについて調べられませんでしたし」

 

「北斗さん……」

 

「なので、前回の一件を踏まえて多くの人に護衛を頼みたいんです。もちろん、自分はもしもの時はすぐに客車の中に避難します」

 

「……」

 

 早苗は納得いかない様子だったが、諦めた様子でため息をつく。

 

「……もしもの時があったら、無理やりにでも北斗さんを連れて帰りますからね」

 

「えぇ。無理はしません」

 

 彼女に念を入れてそう言われ、北斗は頷く。

 

 

 

「あっ、区長殿! それに早苗殿!!」

 

 と、後ろから声を掛けられて二人は声がした方を見ると、一人の少女が手を振っている。

 

 ショートカットの黒髪に真っ白な肌をしているのが特徴的な9677号機の神霊の少女こと『習志野(9677)』である。

 ちなみに彼女の名前の由来は、習志野(9677)が所属していた陸上自衛隊唯一の鉄道部隊第101建設隊の所在地である習志野市から来ている。

 

 彼女の後ろには石炭車四輌とヨ8000形一輌編成の列車を前に連結されてバック運転状態の9677号機の姿があり、妖精達が石炭を給炭設備へベルトコンベアを使って運んでいく。

 

「来ていたか、習志野(9677)

 

「はいであります」

 

 習志野(9677)は姿勢を正して敬礼をする。

 

「作業はどのくらいで終わる?」

 

「作業はそろそろ終わる頃であります」

 

 北斗が彼女に声を掛け、習志野(9677)は後ろを振り向いて補給作業を一瞥する。

 

 9677号機の近くの線路では、D62 20号機が炭水車(テンダー)に水と石炭の補給が行われている。

 

「すっかり人里も昔の外の世界になりつつありますね」

 

 早苗は蒸気機関車が居て、その設備がある操車場を見回して、どことなく複雑そうな表情を浮かべる。

 

 以前まで文明開化前の日本の光景であった人里が、昭和初期の田舎の日本の風景になりつつあったのだ。まぁ少なくともここから発展するかどうかと言われると、恐らく無い。

 

 

 

 その後習志野(9677)は自身の機関車に戻り、9677号機を石炭車四輌の後ろに炭水車(テンダー)側に連結して、三音室の汽笛特有の甲高い音を鳴らして幻想機関区を目指して出発する。

 

 北斗は石炭と水の補給を終えたD62 20号機の運転室(キャブ)に乗り込み、前後の安全を確認して汽笛を短く鳴らし、操車場から駅構内へと向かう。

 

 人里の駅の博麗神社側の上り線には、スハ43五輌が置かれている。北斗がD62 20号機で乗って来た際に、車輌牽引の試運転がてら客車を牽いて来たのだ。

 相変わらず蒸気機関車をマイカー感覚で乗っている北斗。世界広といえど、こんな使い方をするのは彼しか居ないだろう。

 

 その前側にD62 20号機が操車場から上り線へと入り、ゆっくりと客車前まで後退してその手前で一旦停止し、作業員の妖精が連結器に異常が無いのを確認して緑旗を振り上げながらホイッスルを吹く。

 それを確認した北斗は汽笛を短く二回鳴らし、D62 20号機を後退させて客車と連結させる。

 

 北斗はそのままスハ43五輌を押して後退し、D62 20号機を駅のホームまで後退させて停車させる。

 

 駅のホームには、早苗がウキウキとした様子で待っていた。

 

「お待たせしました、早苗さん」

 

 北斗はブレーキを掛けて機関士席を立ち、彼女の元へ向かう。

 

「でも、本当に運転室に乗るんですか?」

 

「はい! 貴重な機会ですので、ぜひ!」

 

「頼めばいつでも乗せるんですが……でも、中は暑いですよ?」

 

「承知の上ですし、むしろそれが良いんじゃないですか!」

 

「えぇ……」

 

 分からなくも無い、ズレた感覚に北斗は思わず声を漏らす。

 

「で、では、こちらに」

 

 北斗は戸惑いながらも、早苗を運転室(キャブ)へと案内する。

 

「っ……」

 

 彼女が運転室(キャブ)に入ると、一気にボイラーから発せられる熱が襲い掛かり、早苗は顔を顰める。

 

「前に乗った8620形より、少し狭いんですね」

 

 早苗は熱で顔を顰めながらも、運転室(キャブ)内を見渡す。

 

「ボイラーがでかいですからね。その上自動給炭機(メカニカルストーカー)もありますので」

 

「確か自動で石炭を火室に送り込む装置でしたよね?」

 

「そうですよ」

 

 運転室(キャブ)の床から火室へと伸びる自動給炭機(メカニカルストーカー)を見ながら早苗が問い掛けると、北斗が相槌を打つ。

 

「では、出発しますので、しっかり掴まっていて下さい」

 

「はい」

 

 北斗は早苗に忠告してから、機関士席に座り、窓から頭を出して前後を確認する。早苗は機関士席の後ろにある壁の端を掴む。

 

 作業員の妖精が安全を確認して緑旗を振り上げながらホイッスルを吹く。

 

 緑旗をホイッスルを確認した北斗はブレーキハンドルを回してブレーキを解くと、運転室(キャブ)内に空気が抜けるような音が響き、早苗は少し驚いて身体がビクッと動く。

 

 そして天井から下がっている汽笛を鳴らすロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 加減弁が開かれてボイラーから蒸気がシリンダーへと送り込まれ、シリンダー付近の排気管からドレンを吐き出しながらD62 20号機が客車五輌を牽いて前進する。

 

 北斗は再び汽笛を鳴らし、博麗神社を目指して機関車を走らせた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃、幻想機関区を目指す9677号機が牽く回送列車。

 

「……」

 

 運転室(キャブ)の窓から習志野(9677)が頭を出し、前方を確認しながら加減弁ハンドルを少し引いてシリンダーへ送り込む蒸気の量を増やし、逆転機ハンドルのロックを外して回し、ギアを一段上げる。

 

 隣では機関助士の妖精が左手に焚口戸の蓋に繋がれた鎖を持ち、右手に持つ片手スコップを炭水車に積まれた石炭の山に突き刺し、掬い上げた石炭を左手に持つ鎖を持ち上げて焚口戸を開け、火室へと石炭を放り込む。

 

 投炭を数回繰り返し、機関助士の妖精はボイラーの水位を確認して、片手スコップを道具置きに置く。

 

「……」

 

 機関助士の妖精が習志野(9677)が座っている機関士席の反対側の出入り口から頭を出して前を見る。

 

「っ! 習志野(9677)さん! 線路脇に人が居ます!」

 

「人!? 様子は!?」

 

 習志野(9677)運転室(キャブ)内に響く騒音に負けないぐらい大きな声を上げ、機関助士の妖精に更に情報を求める。

 

 彼女の居る位置では、反対側が死角になっているので、機関助士が基本反対側を確認する。もちろん習志野(9677)自身が確認するわけにはいかない。

 

「あっ! 手を振っています! 何か困っている様子です!」

 

「了解であります!!」

 

 習志野(9677)は大きな声で肯定すると、汽笛を二回鳴らしてからブレーキハンドルをゆっくりと回し、加減弁ハンドルも押し込んでボイラーからシリンダーへ送り込まれる蒸気を遮断する。

 機関助士の妖精はボイラーの安全弁を開いて蒸気を放出させる。

 

 彼女はゆっくりとブレーキを掛けて機関車は速度を落としていき、回送列車は線路脇に立っている者の近くで停車する。

 

 習志野(9677)はしっかりブレーキを掛けて、加減弁ハンドルがちゃんと奥まで押し込まれているのを確認してから席を立ち、運転室(キャブ)の反対側へと向かう。

 

 運転室(キャブ)の出入り口から外を見ると、そこには紫色の長髪をポニーテールにした誰かを背負っている一人の少女の姿があった。

 

「どうされましたか?」

 

 習志野(9677)は人を背負っている少女に問い掛ける。

 

「す、すまないが、お前達が住んでいる場所に連れて行ってくれないか? 背負っている人間をどうにかしないといけないからな」

 

 少女は背負っている者を見ながら習志野(9677)に説明する。

 

「一体何があったのでありますか?」

 

「さぁな。この人間が倒れているのを見つけて、一応生きているから運んでいたんだが」

 

 少女はそう言うと、習志野(9677)を見る。

 

「……」

 

 習志野(9677)は少女が背負っている者を見る。

 

 紫色の長髪をポニーテールにして、格好はどことなく昔の武士のような服装に近い。

 

 見るからにぐったりとした様子で、とてもつらそうにしている。

 

「……分かりました。すぐに運びましょう!」

 

 習志野(9677)は背負われている者の様子から、助ける決意を固める。かつて人を救う任務に就いていたとあって、困っている人を見ると助けずには居られないのだろう。

 

 すぐに彼女は運転室(キャブ)から降りて少女を列車の最後尾にあるヨ8000形へと案内して、背負われている者を二人掛かりで車掌車へと運び込む。

 

「一応、あなたのお名前をお聞かせ頂けませんか?」

 

「私の、名前か……」

 

 少女は一瞬名前を言うのを躊躇うも、口を開く。

 

「……みとりだ」

 

「みとり殿ですね。申し訳ありませんが、区長殿に状況を説明してもらう必要があるので、同行を願うであります」

 

「問題無い。私もお前達が住んでいる所に用がある」

 

「そうですか。了解であります」

 

 習志野(9677)は頷くと、車掌車を降りて9677号機の運転室(キャブ)に戻り、機関士席に座ってブレーキハンドルを回し、ブレーキを解く。

 

 その後汽笛を鳴らして加減弁ハンドルを引き、ゆっくりと機関車を前進させる。

 

「……」

 

 少女ことみとりは床に寝せられている者を一瞥して、走り出した列車の外の景色を見つめる。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第121駅 来訪者

東武鉄道ってSL事業をどこまで伸ばすんだろうかと思うこの頃。
私鉄発注のC11 1号機ことC11 123号機でSLの動態復元を終えるつもりはなさそう。あと一輌ぐらいはC11形の動態復元をしそうな気がする。
まぁただのSLファンの呟きなので深く気にすることはありません。


 

 

 

 所変わり、場所は博麗神社。

 

 

 

「……」

 

 神社の境内にある家の縁側に座る霊夢は、湯呑を手にして空を見つめてゆっくりとしていた。

 

「平和ですねぇ」

 

 と、境内の地面に落ちている落ち葉を竹箒で掃いて集めている る~こと が霊夢に声を掛ける。

 

「その分私は暇なだけよ。やることは一通り終わったし」

 

「博麗の巫女が暇なのは、平和の証ですよ。とても良い事ではありませんか」

 

「……まぁね」

 

 彼女は相槌を打ってから、手にしている湯呑のお茶を飲む。

 

 幻想郷で起きている異変の解決を生業にしている博麗の巫女にとって、何も無いのは暇でしょうがない。しかしその分幻想郷は平和である。、

 

 

 それからしばらくして、縁側に湯呑を置いて立ち上がり、社の方へと向かう。

 

 霊夢は社の前に置いている賽銭箱の蓋を開けて中を確認すると、そこには多くの小銭やお札が入っていた。

 

「それにしても、北斗さんにはホント感謝しかないわね。以前ならこんな光景ありえなかったのに」

 

 彼女は感慨深そうに呟きながら、賽銭箱に入っている小銭とお札を数え始める。

 

「手軽に早く、尚且つ安全に神社へ行くことが出来るようになったのが大きいですね」

 

「外の世界の技術様様ね」

 

 る~こと の言葉に霊夢は複雑そうな表情を浮かべて、数えた小銭を袋に入れる。

 

 

 幻想郷で鉄道が始まって以来、それまで遠かったり、道中獣や妖怪が出没して危険だった博麗神社への参拝だったが、鉄道が開通してからは神社への参拝客が増えてきた。

 その為、空っぽな状態が当たり前だった博麗神社の賽銭箱には、賽銭が入っていることが多くなった。

 

 とは言えど、それでも博麗神社への参拝客がまだ多いとは言えない。その理由はやはり人外な者が多く来ているからというのが大きいだろう。人妖が共存している幻想郷だが、互いに快く思わない者が居るのも事実だ。

 

 まぁ何より、参拝客の多くが守矢神社に取られてしまっているのが、未だに参拝客が少ない最もな理由なのだろうが。

 

 霊夢としては参拝客が来てくれるお陰で生活に困ることが少なくなっているが、参拝客が来るという事は、博麗の巫女への信仰へと繋がる。それはこの幻想郷にとって、とても重要なことなのだ。

 

 

「……」

 

 ふと、霊夢はお札を数えている途中で動きを止め、すぐに賽銭箱に戻して蓋を閉じる。

 

「ご主人様?」

 

 彼女の行動に る~こと は首を傾げていると、霊夢は後ろを向いて顔を上げる。

 

 

 すると博麗神社の上空で空間が歪み、その直後透明の何かが突然現れる。

 

 霊夢は左袖に右手を差し込んで札を取り出して臨戦態勢を取る。

 

 透明な何かは博麗神社の境内へと降りてくると、その直後に透明化が解けてその姿を現す。 

 

「これは……」

 

 霊夢は姿を現したそれを見て、警戒心を解き、札を袖に戻す。

 

 それはどことなく未来感溢れる形をした乗り物であり、完全に姿を現すと、側面の一部が開いてタラップが降りてくる。

 

「ふぅ! 着いた着いた!」

 

 中からタラップを伝って一人の女性が背伸びをしながら降りてくる。

 

 全身赤い色の服装で固められた女性こと岡崎夢見である。

 

「おっ、久しぶりだね、靈夢」

 

「そうね。随分と久しぶりね」

 

 夢見は霊夢の姿を確認すると声を掛けて、霊夢は肩を竦めて腰に手を当てる。

 

「お久しぶりです、創造主」

 

「やぁ、る~ことちゃん。久しぶり!」

 

 る~こと が頭を下げて挨拶をすると、夢見は彼女に嬉しそうに近づき、その姿を見つめる。

 

「うんうん。見た感じ問題無さそうね」

 

「はい。ご主人様には大切にされていますので」

 

「そっか。そう言われると作った甲斐があったもんだね」

 

 夢見は気を良くして霊夢を見る。彼女に意味ありげに見られて霊夢は「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「まぁでも、大丈夫とは思うけど、一応中も調べないとね」

 

 と、彼女の目の前に半透明の画面やパソコンのキーボードが現れ、画面とキーボードを操作すると、る~こと の足元に何やら発光する円が現れて彼女に照らされる。

 

「で、今度は何の用で来たのよ? まさかまた異変を起こしに来たんじゃないでしょうね?」

 

「そんなわけないじゃない。もう目的を果たしたのに、わざわざ異変を起こす必要がある?」

 

 疑いの目で霊夢は夢見に質問をするも、彼女は る~こと を検査しながらそう答える。

 

「今回は気分転換の為よ。狭苦しい所にいつまでも居ると気が狂うわ」

 

「あっそ」

 

 霊夢は興味なさげに答える。

 

「……うんうん。ナノマシンで内部の整備をしているとはいっても、不具合は無いみたいね。いやぁ私って天才ね」

 

「自分で言いますか」

 

 と、る~こと に異常が無いのを確認しながらモニターを消す夢見に、後ろから乗り物から降りてきたちゆりが呆れた様子で呟く。

 

「あんたも来ていたのね」

 

「教授のお目付け役としてね」

 

 と、ちゆりはそう答えると、ため息をつく。

 

「そういや、靈夢。しばらく見ない内に様相が変わったわね。髪の色はそうだけど、以前は腋は出ていなかったのに」

 

 夢見は霊夢を見ながら以前見た時の姿を思い出す。少なくとも当時の彼女は巫女らしかったようだ。

 

「別に。気にする必要は無いわよ」

 

「ふーん。まぁ別に良いけど」

 

 特に気にしていなかったのか、夢見はそう言うと周囲を見渡す。

 

「そういえば、あの亀の姿が無いわね」 

 

「玄爺は役目を終えたから、今は隠居よ」

 

「なるほど。まぁそれだけ成長したって事なのね」

 

「……」

 

 彼女は納得したように頷く。

 

「うーん。しかし、自然は良いわねぇ」

 

 と、夢見は背伸びをしながら深呼吸をして、自然の空気を吸う。

 

 

 

 ――――ッ!!

 

 

 

「ん?」

 

 すると遠くから汽笛の音がして、夢見は前を見る。

 

「この音って……」

 

 彼女は鳥居の方を向くと、煙がこちらに向かってくる光景が視界に入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 博麗神社を目指してD62 20号機が牽く回送列車は、力強いドラフト音を出しながら煙突より煙を吐き出し、巨大なボイラーから生み出されるパワーで四つずつある動輪を回し、客車五輌を牽いて線路の上を走る。

 

 D62 20号機の運転室では、自動給炭機(メカニカルストーカー)と共に機関助士の妖精が床にあるペダルを踏んで焚口戸を開け、スコップで掬った石炭を燃え盛る火室へ投炭する。

 

「……」

 

 窓から顔を出している北斗は前を見つつ、加減弁ハンドルを引いて加減弁を開き、シリンダーへ送り込む蒸気の量を増やし、逆転機ハンドルのロックを外してハンドルを回し、ギアを一段に上げてハンドルにロックを掛け、速度を上げる。

 

「あ、暑い……」

 

 その北斗の後ろでは、早苗が運転室(キャブ)内の暑さに思わず声を漏らし、左手の甲で額の汗を拭う。

 

 蒸気機関車はボイラーと燃え盛る火室が近くにあるので、必然的に運転室(キャブ)内の温度は冬でも30℃以上はある。暑い時なら40℃以上はある。

 

 慣れている機関士、機関助士でもつらい暑さなので、早苗にはかなり堪えるようだ。

 

 しかし騒音が運転室(キャブ)に響いているので、彼女の呟きは運転に集中している北斗の耳に届いていない。

 

(そういえば、北斗さんが機関車の運転している姿を見るのって、何気に初めてかも)

 

 早苗はその後姿を見ながら、内心呟く。

 

 以前守矢神社前に48633号機とE10 5号機が見つかった際、北斗は48633号機に機関助士として乗り込み、投炭していた姿を見ていたが、運転している姿を見るのは初めてだ。

 

(他の皆様は、こんな暑い中運転しているんですね)

 

 そしてこんな暑い中運転している蒸気機関車の神霊の少女達に尊敬の念を抱く。そのお陰で守矢神社の信仰が増えているのだから。 

 

 

 

 それからしばらく幻想郷の平原を駆け抜け、D62 20号機が牽く回送列車は博麗神社前の森林へと入り、木々の間を走り抜ける。

 

「……」

 

 窓から頭を出して前を見ていた北斗は博麗神社前にある階段を見つけて、加減弁ハンドルを戻してシリンダーへ送り込む蒸気の量を減らし、逆転機ハンドルのロックを外してハンドルを回し、ギアを落として少しずつ速度を落とす。

 

 駅に近づいていき、北斗はブレーキハンドルを回して少しずつブレーキ掛け、ゆっくりと速度を落としつつ、列車は博麗神社前の駅へと入り、やがて完全に停止する。

 

「着きましたね」

 

「えぇ」

 

 ブレーキハンドルを回してしっかりブレーキを掛けたのを確認して、早苗に相槌を打ってから駅側へ運転室(キャブ)を降りる。

 

「うわ……まだ冬なのに外が涼しく感じます」

 

 早苗は運転室(キャブ)を出た瞬間、その温度差に思わず声を漏らす。

 

「でも、すぐに寒くなりますから、風邪には気をつけてください」

 

「はい」

 

 北斗は早苗の体調を気にかけて、二人は駅から階段を登ろうと向かうと……

 

 

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 すると階段から勢いよく何かが降りてきて、二人の間を抜ける。

 

「「っ!?」」

 

 合間を何かが勢いよく通り抜けて二人は驚き、揃って後ろを振り向く。

 

「凄い! 凄いぞ!! あの蒸気機関車が、動いている!」

 

 駅に停車しているD62 20号機の前で一人の女性こと夢見が興奮した様子で見ている。

 

「この今に無い昔ながらのゴツゴツとした見た目! メカメカしくて最高だな!!」

 

 彼女は色んな角度からD62 20号機を眺め、その姿に感動して惚れ惚れとした表情を浮かべる。

 

「見ろ、ちゆり! あの蒸気機関車の動いている姿だぞ!! さすがは幻想郷だな!」

 

「そうですね。まさかここで蒸気機関車を見るとは思いませんでしたよ」

 

 と、夢見が後ろを振り返ってそう言うと、階段を降りながらちゆりが答える。

 

「全く。落ち着きが無いわね」

 

 続いて階段を降りてきた霊夢が呆れた様子で夢見を見る。

 

「なぁ、君達!! この蒸気機関車に乗ってきたんだろ!? 少し話を聞かせてもらえないか!?」

 

 彼女は興奮した様子で北斗と早苗に詰め寄り、話を聞こうとする。

 

 

 

「「……どちら様?」」

 

 突然のことに、北斗と早苗は思わず夢見に対してそう言う。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第122駅 未来人と違和感

 

 

 

 

「「未来から来た?」」

 

 博麗神社にて、夢見から話を聞いて、北斗と早苗は声を揃えて声を漏らす。

 

「えぇ。私は君達よりも遥か未来から来たんだ。このタイムマシンでね」

 

 夢見は る~こと からお茶を淹れられた湯飲みを受け取りながら、博麗神社の境内に着陸しているタイムマシンを見る。

 

「うーん。俄かには信じ難いですが……」

 

「この幻想郷では、常識に囚われてはいけませんからね。過去や未来から来る輩がいてもおかしくありません」

 

「そういうものでしょうか」

 

 早苗がなぜかドヤ顔でお決まりの台詞を口にして、その台詞に北斗は首を傾げる。

 

(未来ということは、原子炉を動力にしているロボットが居るんでしょうか?)

 

(青い猫型ロボットが居たりするんじゃありませんか?)

 

(それとも人造人間によって滅ぼされていたりとか)

 

(異星人からの攻撃で滅びていたりとか?)

 

(それにタイムマシンの燃料は核融合炉なんでしょうかね)

 

(さぁ、どうでしょう。説明できないエネルギーなんじゃないでしょうか?)

 

「さっきから何を話しているの? さらっと物騒なワードが混ざっていたんだけど」

 

 北斗と早苗は各々の未来図を話していると、物騒なワードが混じっているのに夢見はドン引きであった。

 

「別に、未来は物騒な世の中じゃないわよ。殺風景ではあるけど、宇宙開発だって進んでいるし、環境問題は一応の解決を見せているし。まぁ異星人とは接触してはいないけど」

 

 夢見は咳払いをして、未来の事情を説明する。

 

「しかし、る~ことさんを作ったのが岡崎さんだったんですね」

 

「夢見でいいわ。る~ことちゃんは靈夢が異変解決をした際に願いを一つ叶える際に要望したものだったのよ」

 

「願いを一つですか。というか、夢見さん異変を起こしたんですか?」

 

「まぁね」

 

 彼女は相槌を打ち、お茶を飲む。

 

「でも、夢見さんって大学教授なんですよね? ロボットとかそういうのを簡単に作れるものなんですか?」

 

「ロボットを含む技術関連を学んでいたから、作れたのよ。まぁハイスクールじゃロボット工学がコース関係なくあるのよ」

 

「そうなんですか」

 

「未来は進んでいるんだな」と北斗は呟く。

 

 

「それで、今日は何の用で来たの、北斗さん」

 

 と、黙っていた霊夢が口を開き、北斗にここに訪れた理由を聞く。

 

「はい。霊夢さんに頼みたい事があるんです」

 

「頼み?」

 

 霊夢が首を傾げると、北斗は早苗にも説明した無縁塚での再調査の件を伝える。

 

 

「……」

 

 説明を終えると、明らかに霊夢は不機嫌そうに目を細める。

 

「北斗さん。あなたって怖いもの知らずなのかしら。それともただ単に理解していないだけなのかしら」

 

「……」

 

「霊夢さん……」

 

「「……」」

 

 不機嫌さを隠さない彼女の姿に北斗は息を呑み、早苗はただただ話に耳を傾ける。夢見とちゆりは完全に蚊帳の外である。

 

「出来るなら、自分もあそこにまた行きたいとは思いません。しかし無縁塚の調査はまだ終わっていません。何も分かっていないまま放置するわけにはいきません」

 

「それでまた同じ目に遭うかもしれないのに?」

 

「……」

 

「……」

 

 威圧的な霊夢に北斗は息を呑むも、視線を外さなかった。

 

 

「……まぁ、北斗さんの言う事も一理あるわね。問題をいつまでも放って置くのは気分が悪いわ」

 

 霊夢は呆れた様子でため息をつく。

 

「それで、以前と同じ徹を踏まないように策はあるのよね?」

 

「えぇ。早苗さんに霊夢さん、魔理沙さんはもちろんのこと、更に夢月さんと幻月さん、幽玄魔眼さんを含め、協力してくれる方に声を掛けて集めます。自分は出来る範囲で調査に加わりつつ、危険があればすぐに安全な場所に避難します」

 

「……まぁ、それだけ居れば以前のような事態にはならないわね」

 

 北斗から策を聞き、霊夢は顔を引き攣らせながら答える。まぁ夢幻姉妹の実力は知っているし、幽玄魔眼の実力もこの前に見たので、戦力的に不安はない。

 

「まぁ良いわ。そこまで言うなら手伝うわ。博麗の巫女として、異変の調査に協力しないわけにはいかないしね」

 

「霊夢さん。ありがとうございます!」

 

 北斗は頭を下げながらお礼を言う。

 

「あんたも苦労しているわね」

 

「あ、ははは……」

 

 霊夢はどことなく同情めいた表情を浮かべ、早苗は苦笑いを浮かべる。

 

(彼は一体何をしたんだ?)

 

 事情を知らない夢見は、そのやり取りに首を傾げる。

 

「ご主人様。北斗様に伝えなくて良いのですか?」

 

「あっ、そうだった。忘れるところだったわね」

 

「「……?」」

 

 る~ことがそう言うと、霊夢は思い出したように手を叩き、北斗と早苗は首を傾げる。

 

「北斗さん。今度神社で宴会をする予定だけど、来るかしら?」

 

「宴会、ですか?」

 

「所謂年明けの宴会ですね。毎年博麗神社でやっているんですよ」

 

「本当なら年明け早々にする予定だってけど、色々とあったから遅れたわけ」

 

 早苗と霊夢の説明を聞き、「なるほど」と北斗は頷く。

 

「それで、参加するかしら?」

 

「そうですね……」

 

「一応今回の宴会は北斗さんや幻想機関区のことをより知ってもらう目的もあるから、この際会った事の無い連中に挨拶だてら会ったら良いわ」

 

「……」

 

 北斗は腕を組み、首を傾げる。

 

「宴会の参加ですが、全員は無理ですか?」

 

「無理ね。境内の広さもあるけど、北斗さんの所結構居るでしょ?」

 

「えぇ。居候もそうですが、今機関区に居るのは……」

 

 北斗は機関区にどれだけ居るか思い出す。

 

明日香(D51 241)皐月(D51 465)水無月(D51 603)神流(D51 1086)七瀬(79602)弥生(B20 15)葉月(C10 17)睦月(C11 312)文月(C55 57)長月(C59 127)(C57 135)津和野(C58 1)熊野(C12 208)大井(C56 44)卯月(48633)夕張(E10 5)行橋(C11 260)島原(C12 06)霜月(18633)宮古(C58 283)、あとは習志野(9677)深川(D61 4)の22人か」

 

 そこに居候の五人を加えて計27人になる。

 

「せめて6人にしてもらえるかしら?」

 

「そうですね……とりあえず帰ったら話し合って決めます」

 

 霊夢から人数を指定されて、北斗は了承する。

 

 

 

「それで、話は終わったかしら?」

 

 黙って話を聞いていた夢見が霊夢に問い掛ける。

 

「えぇ。用件は伝えたから、あんたの用件を北斗さんに伝えたら?」

 

「もちろん! さっきからうずうずして待っていたんだからな!」

 

 夢見はふんす! となぜか胸を張ると、北斗を見る。

 

「それで、えぇと確か」

 

「北斗です。霧島北斗と申します」

 

「分かった、北斗君。君に頼みたい事があるんだ」

 

「頼みたい事?」

 

「あぁ」

 

 と、夢見は北斗の手を取る。

 

「君が住んでいる幻想機関区に案内してくれない?」

 

「あ、案内、ですか?」

 

 目を輝かせている彼女に手を取られて驚いた北斗だったが、夢見の頼みに首を傾げる。

 

「靈夢から聞いたけど、君が乗ってきた蒸気機関車以外にも沢山あるそうじゃないか」

 

「は、はい。機関区には多くの蒸気機関車がありますが……」

 

「それらをぜひ見せて欲しいんだ! とても興味があるからね!」

 

「は、はぁ……」

 

 グイグイと来る夢見に北斗は戸惑いを見せる。

 

 

「……」

 

(なぜかしら。急に空気が重くなった気がするわ)

 

 と、霊夢は急にこの場の空気が重くなったような気がして、首を傾げる。

 

 霊夢からは夢見が遮って見えず、夢見も北斗が居て気づかないが、その後ろでは無表情でハイライトが消えた目で北斗を見る早苗の姿があった。

 

 そんな早苗の姿を見た る~こと は、アンドロイドでありながら恐怖を覚えたそうな。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後北斗と早苗は霊夢と る~こと と別れて、夢見とちゆりを連れて幻想機関区へ戻った。

 

 

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

 目を輝かせて夢見は鼻息を荒くして興奮していた。

 

 彼女の視線の先には、扇形機関庫に納められている蒸気機関車たちの姿である。

 

 一部の機関車には、整備員の妖精と蒸気機関車の神霊の少女と共に整備点検を行っている。

 

「凄い、凄いわ!! こんなに実物(・・)の蒸気機関車が、それも全てが生きて存在しているわ!! こんな凄い光景は無いわよ、ちゆり!!」

 

「え、えぇ。そうですね」

 

 夢見の迫力にちゆりは若干牽いているも、自身も沢山の蒸気機関車がある光景に驚きを隠せなかった。

 

「凄い食いつき……」

 

 夢見の様子を後ろから見ていた北斗は、戸惑いつつもどこか嬉しそうだった。

 

 まぁ蒸気機関車が好きな者として、蒸気機関車を好きになってくれるのは心地良いことだ。

 

(でも、何だろう? この違和感……)

 

 しかしだからこそ、北斗は夢見の反応に違和感を覚える。

 

 

 まるで蒸気機関車を初めて見た(・・・・・)ような反応だ。

 

 未来の人間なら蒸気機関車を知っていて当然なはず。なのになぜ夢見やちゆりの反応は初めて見た様な反応なのか……

 

 

「……」

 

 そんな違和感を覚えつつ、首を傾げる。

 

「早苗さんはどう思いますか?」

 

「……」

 

「早苗さん?」

 

「何ですか?」

 

 北斗が早苗に声を掛けるも、彼女は間を置いてどことなく機嫌が悪い様子で返事をする。

 

「いえ、その、早苗さんはどう思いますか? 夢見さんの反応を……」

 

「……」

 

 早苗は北斗を一瞥して、夢見を見る。

 

「……何だか、初めて見たって感じですね」

 

「早苗さんもそう思いますか」

 

 彼女の感想を聞き、北斗は蒸気機関車を一輌一輌を前から見ている夢見を見る。

 

「夢見さん。今まで蒸気機関車を見たことが無いんでしょうか」

 

「さぁ? でも知ってはいるようでしたし、未来の人ならばSLを見たことが無いはずは無いと思いますけど……」

 

「うーん」

 

 二人して首を傾げる。

 

 

 

「北斗君!!」

 

 と、夢見が勢いよく北斗の前にやって来て、声を掛ける、その勢いに北斗と早苗は思わず後ずさる。

 

「凄いなここは! こんなに蒸気機関車を見たのは初めてだ! しかもその全てが動くのなら尚更だ!」

 

「は、はぁ……」

 

 目を輝かせて興奮している夢見に北斗は戸惑う。

 

「それで、蒸気機関車はこれで全てなのかい!?」

 

「あっ、いえ。別の機関庫に四輌と、あそこにある整備工場で二輌を全般検査を行っています」

 

「まだあるのか!? 自然豊かなだけじゃなく、蒸気機関車が沢山あるとは。やっぱり幻想郷は最高だな!」

 

 北斗は扇形機関庫以外の別の機関庫に格納されているマレー式タンク型蒸気機関車こと4500形や比羅夫号こと7100形、河童製造のC11 382号機 C12 294号機や、整備工場にて全般検査を受けているC50 58号機とC54 17号機のことを伝えると、夢見は更に目を輝かせる。

 

(やっぱり、夢見さんの反応は……)

 

 北斗は彼女の反応の仕方に更に疑問を抱き、思い切って問い掛ける。

 

「夢見さん」

 

「何だ?」

 

「先ほどから夢見さんの蒸気機関車に対しての反応ですが、何やらやけに初めて見たという感じがするのですが」

 

「……」

 

 すると夢見は先ほどの興奮した様子が収まり、真顔になる。

 

「……別に、蒸気機関車自体を見た事が無いわけじゃないんだ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……実物(・・)は見た事が無いんだ。当然、動く姿もな」

 

「それって―――」

 

 

「区長!!」

 

 と、津和野(C58 1)が北斗を呼びながらやって来る。

 

津和野(C58 1)。どうしたんだ?」

 

「ちょっと来て欲しいのよ。区長に会いたいって人が来ているから」

 

「俺に?」

 

 北斗は首を傾げる。

 

「でも、今日は来客が来る予定は聞いて無いんだけどな」

 

習志野(9677)が機関区に戻る途中で拾ったみたいなんだ。拾った人は二人居て、片方は区長のことを知っていたけど。まぁ片方は行き倒れていたようだけど」

 

「行き倒れ……」

 

「穏やかではありませんね」

 

「行き倒れの人は長月(C59 127)(C57 135)が看ているわ。兎に角来て欲しいのよ」

 

「分かった」

 

 

「……北斗君。その少女は?」

 

 と、津和野(C58 1)を見ながら夢見が北斗に問い掛ける。

 

 まぁ事情を知らなければ彼女が蒸気機関車の神霊だなんて分からないだろう。

 

「彼女は蒸気機関車の神霊で、あそこにあるC58 1号機の付喪神です」

 

「付喪神! なるほど、所謂擬人化……いや違うな。魂の具現化か。幻想郷らしい現象だな!」

 

 津和野(C58 1)を見ながら夢見は一考し、納得する。

 

「夢見さん。先ほどの通り、一旦自分は少し離れます。この後は工場の見学を津和野(C58 1)に案内させますので」

 

「私のことは気にしなくても構わないよ」

 

「すみません」

 

 北斗は頭を下げて、彼女の元を離れていき、早苗がその後に付いて行く。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第123駅 再会と目覚めと衝撃的事実

 

 

 

 

 二人は宿舎へと移動し、食堂に向かっている。

 

(それにしても、一体誰が来たんだろう?)

 

 北斗は内心呟きつつ、誰が来たのか知り合いの顔を思い浮かべる。まぁ候補が多くて絞り切れていないが。

 

(でも、何でだろう。この場合って何だか頼み事をされそうな気がする)

 

 どことなくデジャブな感覚を覚えながら食堂へと入る。

 

 

「あっ、区長!」

 

 食堂に入ると、夕張(E10 5)が北斗を見つけて声を掛けつつ近づく。

 

夕張(E10 5)。俺を待っている人っていうのは?」

 

「はい。あそこで待っています」

 

 彼女はそう言うと、後ろを振り向く。

 

 そこには一人の少女が座っている。

 

(あれは……)

 

 その少女は北斗の見覚えのある人物であり、彼は驚く。

 

 

「久しぶりだな、北斗」

 

 少女ことみとりは北斗の姿を見ると、声を掛けながら立ち上がる。

 

「みとりさん。地底から出てきたんですか?」

 

「まぁな」

 

「でも、なぜ地上へ?」

 

「色々とあるが、強いて言うならお前の所に行くつもりでな。で、途中で蒸気機関車に乗せて貰った。その前に行き倒れていた人間を連れていたが」

 

「それについてはお聞きしました。その、ありがとうございます」

 

「気にするな。ただの気まぐれだ」

 

 北斗が頭を下げてお礼を言い、みとりは顔を背けてそう言う。

 

「しかし、一体なぜ自分の所に?」

 

「……」 

 

 みとりは口を閉ざし、間を置いてから口を開く。

 

「急な話ですまないと思っているが、ここに住まわせてもらえないか? もちろん働くつもりでいるが」

 

「えっ?」

 

「本当に急ですね」

 

 早苗は思わず声を漏らし、北斗は首を傾げる。

 

「……なぜわざわざ北斗さんの所に来たんですか」

 

 早苗は機嫌を悪くして、みとりに問い掛ける。

 

「他に行く当てが無かったからな。少なくとも、人間や河童の所に行くつもりは無い」

 

「……」

 

「それに、私は彼に聞いている。お前ではない」

 

「……」

 

「それで、どうだ?」

 

 睨みつける彼女をよそに、みとりは北斗に問い掛ける。

 

「……」

 

 北斗は静かに唸り、どうするか悩む。

 

 というのも、つい最近で魅魔を短期間であるが、既に泊まらせる事になっているので、また新しく居候を増やすことになるのは、慎重になる。

 

「つかぬ事を聞きますが、みとりさんって手先は器用ですか?」

 

「ん? まぁ、器用だとは思う。作業を教えてもらえれば、すぐに覚えられる」

 

「そうですか」

 

 その辺は河童らしいんだな、と北斗は内心呟く。

 

「そもそも、なぜ地底から地上へ出てきたのですか? こう言ってはなんですが出てくる必要は無かったのでは?」

 

「……」

 

 北斗がそう問い掛けると、みとりは沈黙する。

 

 少なくともみとりには、地上に出てくる理由は無いはずである。それどころか、彼女の過去的に地上へ出ることを拒むはずだ。

 

 彼女は少しの間沈黙下の地、口を開く。

 

「……変わらなければならないと、そう思っただけだ」

 

「そうですか……」

 

 彼女の短くも、覚悟のある言葉に北斗は頷く。

 

「ここで覚える事は多いですよ」

 

「元よりそのつもりだ」

 

 北斗がそう言うと、彼女は頷く。

 

「……」

 

 ただ、早苗はその光景を見てどこか面白く無さそうな様子で、無表情で目を細める。

 

 

 

「おや? ずいぶんと賑やかだねぇ」

 

 と、食堂にこの場に居ない者の声がして、北斗達が声のした方を見ると、そこには魅魔の姿があった。

 

「だ、誰ですか!?」

 

 事情を知らない早苗は魅魔を見て、警戒心を露わにする。

 

「魅魔さん。どうしましたか?」

 

「あぁ。何でも行き倒れがここに運ばれてきたって聞いたからねぇ。少しばかり手伝ってきたのさ」

 

「そうですか。それはありがたいです」

 

「何。少しの間とは言えど泊まらせて貰っているんだ。このくらい当然さね」

 

「それで、容態はどうでしたか?」

 

「今は安定しているよ。起きたら軽く食べさせてやると良いさ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 北斗は魅魔に感謝して頭を下げる。

 

 彼女は「良いってことさね」と一言言ってから食堂を後にする。

 

(とりえあえず、もう一人に関しては起きてからになるな)

 

 北斗は安堵して息を吐く。

 

 

「北斗さん!!」

 

「うぉ!?」

 

 と、突然北斗は無理やり後ろを振り向かせられると、怒っている様な必死な形相の早苗が北斗の両肩をガシっと掴む。

 

「今の人は何ですか!? それに泊まらせてもらっているってどういうことなんですか!?」

 

「お、落ち着いてくださ―――」

 

「最近増えたのにみとりさんの住み込みを許可したんですか!? いつからここは民宿になったんですか!?」

 

「い、いえ、ですから―――」

 

「大体北斗さんはお人好し過ぎるんですよ!! 少しは自重するの覚えてください!! そんなんじゃポンポンと泊まりに来る人が出てきますよ!!」

 

 頭に血が上っている早苗は北斗を前後に揺らしながら問い詰めていく。

 

 北斗は何か言おうとするも、勢いよく揺らされているせいで声を上げられずに居た。

 

 さすがにまずいと思い、夕張(E10 5)やみとりが早苗を止めに入る。

 

 

 

 その後早苗は落ち着きを取り戻し、激しく揺らされた北斗は体調を整えつつ、彼女に説明する。

 

 

「……悪霊で、それも魔理沙さんの魔法使いとしての師匠ですか」

 

 何とも言えない表情を浮かべて、早苗は声を漏らす。

 

 まぁ悪霊なのに魔法使いの師匠と言われても、俄かに信じ難いものである。

 

「それでしたら魔理沙さんの所にお世話になれば良いのに」

 

「愛弟子のことを考えてのことらしいです。まぁ師匠として弟子の所にお世話になるのは考えものなんでしょうけど」

 

「……」

 

 北斗の言葉を聞き、早苗は苦虫を噛んだような表情を浮かべる。分からなくはないが、納得出来ないでいた。

 

「まぁ、魅魔さんは短い間だけここに泊まるということなので、泊まらせているんです」

 

「それでも、みとりさんを住み込みで働かせるのをすぐに決めるのはどうかと思うんですが」

 

「まぁ、整備士であったり、機関士として働き手が増えるのは悪いことじゃありませんし」

 

「……」

 

 早苗はどこか納得いかないような、半ば諦めた様子でため息をつく。

 

「それはそうと」

 

 と、北斗は夕張(E10 5)を見る。

 

「その行き倒れた人はどこに?」

 

「二階の休憩所よ。今長月(C59 127)(C57 135)の二人が看ているわ」

 

「分かった」

 

 

「区長。ちょうどよかった」

 

 と、北斗が二階の休憩所へ向かおうとした時、食堂に長月(C59 127)が入ってくる。

 

長月(C59 127)? 今お前と(C57 135)が看ていた人の所に行こうとしていたんだが」

 

「それなんだが、ついさっきその者が目を覚ましたから呼びに行こうと思っていたのだが」

 

「目を覚ましたのか。それならちょうどいい。案内してくれ」

 

「分かった」

 

 北斗は夕張(E10 5)にみとりのことを任せて、早苗と共に長月(C59 127)の後に付いて行く。

 

 

 

 長月(C59 127)の後に付いて行き、北斗たちは二階にある休憩所へと入る。

 

「はい水。一気に飲まないで少しずつ飲みなさい」

 

「あぁ。かたじけない」

 

 そこでは長椅子に横になり、上体を起こしている女性が(C57 135)より水の入った湯呑を受け取り、水を少量飲む。

 

「区長を連れて来たぞ」

 

「ありがとう。区長が来たわよ」

 

 長月(C59 127)が北斗達が来たのを(C57 135)に伝えると、彼女はお礼を言いつつ女性に向く。

 

「あたながここの責任者か?」

 

「えぇ。幻想機関区区長、霧島北斗と申します」

 

「そうですか。私は『明羅』と申します。倒れていたところ助けていただき、感謝します」

 

 北斗が自己紹介をすると、女性こと『明羅』も自己紹介をして頭を下げてお礼を言う。

 

 明羅という女性は腰まで伸びた紫色の髪を根元で纏めたポニーテールにしており、白い和服に裾に赤いラインの入った袴を穿いており、和服の上に赤い羽織りを着ている。彼女の傍には鞘に収められた刀が壁に立て掛けられている。

 

(パッと見だと男性のようにも見えましたけど、よく見ると女性なんですね……)

 

 北斗の後ろで早苗は明羅を観察して、一瞬男性かと思ったものも、よく見ると胸に少しだけ膨らみがあって喉仏が無いのを見つけて、女性だと確信する。

 

「あなたを助けたのは別の方ですが、とりあえず後で連れてきます」

 

 北斗は気持ちを切り替え、明羅を見る。

 

「明羅さん。一体何があったのか、説明できますか?」

 

「あぁ。と言っても、お恥ずかしい話なのだが……」

 

 明羅は言いづらそうであったものも、気を引き締めて説明を始める。

 

「私はある時に自分の未熟さ故の浅はかさを実感して、それを直すべく里を出て修行の旅に出ていました。そして里へと戻ろうとしていたのですが、長らく帰っていなかったせいかその帰り道を忘れてしまい、迷っていました」

 

「……」

 

「里に辿り着けず彷徨った挙句、空腹に耐え切れず、行き倒れたわけです。そして気付いた時には、ここに……」

 

「なるほど(その後みとりさんが見つけて連れて行き、習志野(9677)に見つけてもらったのか)」

 

 事情を聞き、北斗はその後の展開を予想して納得する。

 

「迷惑は掛けません。すぐに出て行きます」

 

「ちょっと、まだ動いちゃ駄目よ」

 

 (C57 135)が明羅を止めようとするも、彼女は「構いません」と言って止めると、立ち上がろうと床に足を着ける……

 

 

 グゥゥ・・・・・・

 

 

「……」

 

『……』

 

 それは立派な腹の虫が鳴り、明羅は顔を真っ赤にして固まり、北斗達は何ともいえない気持ちになり、気まずい空気が流れる。

 

「……ご飯、食べますか?」

 

 北斗がそう言うと、明羅はゆっくりと頷く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後明羅は食堂に案内されて、軽く食事を取ることになった。みとりにはとりあえず食堂にて待機してもらうことにした。その際に明羅はみとりに助けてもらったお礼を言った。

 

「とりあえず明羅さんの体調が整うまではここに居てもらって、それから人里に送るしかないか。でも万が一を考えて永遠亭に送った方がいいか?」

 

「永遠亭への案内は妹紅さんしか出来ませんし、事情を説明すればいいのでは?」

 

「それもそうですね」

 

 宿舎を後にした北斗達は夢見達が居るであろう整備工場に向かっていた。

 

「それにしても、北斗さんはもう少し自重するっていうのをして欲しいです。大体悪霊を泊まらせるって普通じゃないですよ。ただでさえ悪魔が三人も居るのに」

 

「ま、まぁ、確かに普通じゃないですね。でも、魔理沙さんの師匠だから泊まらせているんですよ。あの三人は……まぁ成り行きで」

 

「魔理沙さんの師匠というのも、怪しいんですけどね」

 

「……」

 

(まぁ、そこが北斗さんらしいですけどね)

 

 早苗は横目で悩む北斗を見ながら、目を細める。

 

(でも、だからこそ、北斗さんの優しさに漬け込む方が現れるかもしれない)

 

 彼女はそう考えながら、警戒心を抱く。

 

 

 

「おぉ、北斗君!」

 

 すると整備工場から夢見とちゆりの二人が出てきて、北斗を見つけるなり夢見が走ってくる。

 

「いやぁ凄いな!! 蒸気機関車が動く状態であるってだけでも凄いのに、分解整備の様子まで見せてもらって!! こんなの未来じゃ中々無くてね!」

 

「は、はぁ」

 

 興奮気味の夢見に北斗は押され気味になって北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「大変ですね」

 

「お互い様だよ」

 

 早苗はそんなやりとりを見ながらちゆりに声を掛けると、彼女は短く返す。

 

「……」

 

 北斗は工場の中で見た物を語る夢見を見ながら、目を細める。

 

「夢見さん」

 

「おぉ、なんだい?」

 

「先ほど聞きそびれましたが、お聞かせてもらえませんか? 実物(・・)を見たことが無いという意味を」

 

「……」

 

 と、興奮気味だった夢見は落ち着き、真剣な表情になる。

 

「……」

 

 夢見は少しの間沈黙した後、口を開く。

 

「正直、君に対してこれを言うのは気が引けるけど……」

 

「……」

 

「北斗君。未来じゃ――――

 

 

 

 

 

 

 ――――蒸気機関車は存在しないんだ。少なくとも、実物はね」

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第124駅 未来の事情と光明

 

 

 

「蒸気機関車が、存在しない?」

 

 夢見の口から出た言葉に、北斗は呆然となる。

 

 彼にとっては、信じ難い事実だ。好きな物が、未来では存在しないと聞かされたら、誰だって同じ反応になるだろう。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「……」

 

 彼女は言いづらそうにしながら、目の前に投影型のモニターとキーボードを出し、キーボードを操作する。

 

 すると二人の間にテーブルと三つの椅子が現れ、テーブルには緑茶が入った湯呑が三つ置かれている。

 

「まぁ立ち話もなんだし、座って話そうか。君も座ってもいいよ」

 

「は、はい」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 夢見は椅子を引いて座りながら北斗と早苗にそう言うと、二人は椅子を引いて座る。

 

「……さてと、どこから話そうか」

 

 彼女はそう呟くと、湯呑を手にしてお茶を飲む。

 

「なぜ、蒸気機関車が存在しなくなったんですか? それに、実物がって、どういう意味ですか?」

 

「……」

 

 早苗の質問に、夢見は少しして口を開く。

 

「いくら手厚く保存していてもね、世の中何が起こるか分からないのよ」

 

「……」

 

 夢見は投影された画面を操作して、色んな蒸気機関車の画像が表示される。

 

「蒸気機関車が保存されている施設が閉鎖されて、受け入れ先が無かった蒸気機関車も一緒に施設共々解体されたり、施設自体が火災にあって、保存されていた車輌が焼失する場合もあったわね」

 

「……」

 

「でも、一番ひどいのは野外に保存されていたものよ」

 

 と、夢見は怒りを滲ませる声を漏らす。

 

「野外で保存されて、ろくに管理されずに風化して、老朽化を理由に解体されたんだ。まぁ中にはありえないレベルでおかしな理由で解体された機関車もあったらしいけどね」

 

「……」

 

 夢見の話す内容に、北斗は理解できたのか、両手を握り締める。

 

 日本の鉄道が近代化によって廃車となった蒸気機関車は、後世に伝えるべく無償で様々な場所へ提供された。しかしロクに保存維持が出来ずに受け取ったところもあって、その多くが無残にもボロボロになり、挙句の果てには解体されてしまった個体が多い。こういう見栄を張ってロクに管理も出来ないような件数はかなり多いのだ。

 中には動態保存されている蒸気機関車の為に部品を提供する機関車もあれば、ボロボロの姿になって解体の危機にあった機関車でも、別の場所にて綺麗な姿になったという例もある。

 

「それにね、物質には永遠は無い。屋内だったり、定期的に清掃整備されていたりと、どれだけ手厚く保存されていても、少しずつ風化しているのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。それに、有害物質が使われているのもあって、それを理由に解体された例があるの」

 

「……」

 

 蒸気機関車には、アスベストと呼ばれる発ガン性のある有害物質が使われている。老朽化によってアスベストが飛散する恐れがあって解体された例は数多い。

 

「そういったこともあって、時間が経つにつれて多くの蒸気機関車が解体されて数を減らした。そして動態保存されている蒸気機関車にも影響が出てきたわ」

 

「……」

 

「いくら修繕して延命しても、物質である以上限界は来るわ。先ほどの保存機の数が減っていったことで部品の供給がままならなくなり、次第に老朽化で引退する機関車が増えてきて、そしてある事故をきっかけに、本線で走る蒸気機関車の姿は無くなったの」

 

「ある事故?」

 

 北斗が首を傾げる。

 

「特急列車が脱線事故を起こして、多くの乗客が犠牲になった事故よ。その事故をきっかけにATS装置の更なる更新が行われることになったの。それも全国規模でね」

 

「……」

 

「でもそのATSは構造的に蒸気機関車に載せられるような代物じゃなく、今回ばかりは特例は認められず私鉄でも更新されることが決まり、その結果蒸気機関車は本線で乗客を乗せて走られなくなったの」

 

「そんな……」

 

「……」

 

「でも、あくまでも本線で走れなくなったけど、施設内にある短い線路ならお客を乗せて走ることが出来たから、動態保存は続いたわ」

 

「……」

 

「まぁ、さっきの老朽化の件も相まって、次第に数は減っていて、遂に最後の一輌が引退を迎えて、動態保存された蒸気機関車が日本から居なくなったのよ。まぁ海外にある動態保存されている蒸気機関車も色んな理由があって、最終的には居なくなったわ」

 

「……」

 

 話を聞いていた北斗は何も言えず、視線を下に向ける。

 

「そして公園に保存されていた機関車の多くは老朽化や維持費を出せなくなったを理由に解体されていったわ。まぁ中には自然の猛威によって破壊され、無残な姿になって解体されたものもあったけど」

 

「……」

 

 夢見の言葉を聴き、北斗の脳裏に過ぎるのは、崖崩れに巻き込まれて無残な姿になりつつも、修復されて奇跡的に復活して余生を送る蒸気機関車と、自然の猛威によって破壊され、その場で解体された蒸気機関車の事である。

 

「で、時間が経つにつれて日本以外の国でも蒸気機関車が老朽化であったり、災害に巻き込まれて破壊されたりで解体されていき、その数は激減していったわ」

 

「……」

 

「そして、数百年後のある時期を境に、地球上から蒸気機関車は姿を消したのよ」

 

「……」

 

「でも、蒸気機関車の存在自体が無くなったわけじゃないわ」

 

「それはどういうことですか?」

 

 早苗が問い掛けて首を傾げる。

 

「量子実体技術っていうものが開発されたのよ」

 

「……えっ?」

 

 全く聞いた事の無い言葉が出てきて、北斗と早苗は二人して首を傾げる。

 

「なんですか? その量子実体技術って?」

 

「物質を量子化して、更には実体化する技術よ。容量次第ならどれだけ大きくても量子化して収納が可能になるのよ。このテーブルのようにね」

 

「ほぇ……」

 

 とても未来的な技術に、北斗は思わず変な声を漏らす。

 

「でも、このお茶は?」

 

 早苗は湯呑を手にして中に入っているお茶を見ながら問い掛ける。

 

「それは別の量子実体技術なんだけど、まぁ今回は関係無いから説明を省くわ」

 

 そういうと、彼女は投影型のキーボードを操作すると、テーブルにボールペンが出てくる。

 

「こんな風に何も無い所から突然物が出てくるように出せるのよ」

 

「未来は進んでいるなぁ」

 

 彼女は説明しながら先ほど出したボールペンを手にして、懐からメモ帳を出してボールペンで線を描き、北斗は思わず声を漏らす。

 

「でも、量子化した物質は実体化する為の装置が必要になるわ。じゃないと物質は実体化することが出来ずに飛散するわ」

 

「ってことは……」

 

 早苗はテーブルに視線を向ける。

 

「装置を止めれば、このテーブルは実体を維持出来ずに消えて無くなるわ」

 

「……」

 

「この量子実体化技術を用いて、蒸気機関車や古い車輌を保存することになったのよ。これなら有害物質に悩まされる事もないし、老朽化することも無い。だから博物館や保存施設で手厚く保存されていた車輌は全てデータ取りされてこの量子実体技術で量子化されて、保存された。まぁだからといってオリジナルをくず鉄にするのは馬鹿げているけど」

 

「……」

 

「蒸気機関車自体は残っている。でも実物は一つも残っていない。これが未来での保存車輌の実情ね」

 

 夢見は説明を終えて、湯呑を手にしてお茶を飲む。

 

「なんていうか、本当にあれですよね。時の流れほど残酷なものは無い……」

 

「そうね。正にその通りだと思うわ」

 

 早苗の言葉に彼女は同意する。

 

 

 技術が進歩して便利な世の中になると共に、人は物の大切さを忘れてしまったのだ。同じ物であり、無害な物が用意出来るから、古い物は捨てる。

 

 

「とまぁ、こういう事情が未来にあるのよ。だから本物で動く蒸気機関車を見れたのに、感動したのよ」

 

「そうですか」

 

 夢見は扇形機関庫にある蒸気機関車達を見ながらそう言うと、北斗も機関庫の方を見る。

 

(古きものは滅び行く運命なのか……)

 

 北斗は内心呟くと、目を細める。

 

(……もしかして、幻想郷に蒸気機関車が流れ来たのは……未来で忘れ去られるからなのか? でも、そんな未来の事でも幻想郷に流れ着くものなのか?)

 

 そしてなぜ蒸気機関車がこの幻想郷に流れ着いたのか。その理由が未来にあるんじゃないのかと推測するも、そんな未来で起きることが今の時代で起きるものなのかと、疑問も浮かぶ。

 

 

「あぁ、そうだ。一ついいかい?」

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 思考の海に浸っていた北斗は夢見から呼ばれて少し上ずった声を出す。

 

「一つだけ気になったんだが、あの機関車って他と違う気がするんだが?」

 

 と、夢見は扇形機関庫の一番端にある蒸気機関車ことC59 127号機を見る。

 

「え、えぇ。確かに他の罐とは違いますね」

 

 北斗はC59 127号機を一瞥し、この機関車の構造と抱えている問題を話す。

 

 

 

 少年説明中……

 

 

 

「重油を燃料にした蒸気機関車ねぇ」

 

 北斗よりC59 127号機の構造を聞き、顎に手を当てる。

 

「えぇ。石炭と違って火力が高く、液体とあってバルブ操作だけで量を調整できますからね。機関助士の負担軽減に加え機関車の性能アップに期待されました。しかし機関助士には専用の教育が必要で、整備も他の機関車とは構造が違うので勝手が違い、その上無煙化の時期であったので、わざわざ蒸気機関車の性能を向上させる改造を施す必要性が薄かったので、現役時代ではあの機関車だけで終わりました。まぁ技術自体は別の形で役立ちましたが」

 

「……」

 

「この幻想郷では重油どころか原油すらありません。仮にあっても製油する設備や技術もありませんので、今の状態ではあの機関車は動けないんです」

 

「……」

 

「なので今抱えている問題を消化次第、通常仕様に変える予定です」

 

「……」

 

「少々勿体無い気はしますが、使えないならば使えるようにして「あるわよ」……えっ?」

 

「重油、というより人工的に石油を作ることは可能よ」

 

「えっ!? 石油を人工的にですか!?」

 

 早苗が驚きのあまり声を上げる。

 

「人造石油っていってね、その名の通り人工的に石油を作る技術なのよ。何世紀も前に技術自体が出来たけど、技術自体が未熟だったからあまり質の良い物は出来なかったようね」

 

「そんな昔からあるんですか」

 

 彼女は人工的に石油が作れると共に、そんな昔から技術があることに驚愕する。

 

「当時は質の良くない物しか出来なかったけど、時代が進めば技術も進歩して、石油と大差ない人造石油が作れるようになったのよ。そしてその人造石油からガソリンや軽油、重油などの燃料が作れるわ」

 

「……」

 

「と言っても、その時には化石燃料に代わる次世代のエネルギーが開発されたから、結局活躍しなかったけど」

 

「そうですか」

 

「で、その人造石油を作る設備……私が未来から持って来ようか?」

 

「えっ?」

 

 思わぬ申し出に、北斗は唖然となる。

 

「い、良いんですか? そんな事をして?」

 

「別に良いわよ。未来じゃ人造石油は枯れた技術だし、別の時代に流しても咎められる事は無いわ。まぁ準備に時間は掛かるけどね」

 

「……」

 

「まぁ、扱い方は私に考えがあるけど、一つだけ問題があるのよね。それは追々考えて―――」

 

「あの……」

 

「ん?」

 

 何かを考えていた夢見に北斗が声を掛ける。

 

「とてもありがたい話なのですが、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 

 北斗としては人造石油の技術と、各種燃料への製油技術を貰えるのはありがたい話だ。重油専焼機であるC59 127号機の燃料になる重油や、12系客車、14系客車、50系客車の発電用ディーゼルエンジンを動かす軽油の供給が可能となるのだから。

 しかし今日会ったばかりなのに、ここまで至れり尽くせりだと逆に不安を覚えるものだ。

 

「どうして、か……」

 

 夢見は蒸気機関車を見て、一考する。

 

「そりゃね、見る事なんて無いと思っていた本物の蒸気機関車を動く姿も見せてもらったお礼だよ」

 

「お礼にしては、返しが釣り合っていない気がするんですが」

 

「私にとっては釣り合っているのよ」

 

「そうですか……」

 

 蒸気機関車を見せるのと人造石油の技術と製油技術とでは釣り合っていないようにも思えるが、彼女からすれば同等のもののようである。

 

「それで、先ほど言っていた問題というのは?」

 

「あぁそれなんだけどね。人造石油の生成に必要なものは……石炭なのよ」

 

「石炭ですか?」

 

 意外にも身近な物が人造石油の材料であることに、北斗は思わず声を漏らす。

 

「ただ、人造石油……もとい石炭液化っていうのはとても難しいのよ。別にそれじゃなきゃいけない必要は無いけど、原子力ぐらいの設備が必要なのよ」

 

「原子力、ですか?」

 

 物騒な名前が出てきて、早苗は息を呑む。

 

「さすがに未来じゃ原子力位のものになると、規制が厳しいのよ」

 

「でも、る~こと さんの動力は原子力では?」

 

「あの子の場合は許可が下りたからよ。でも二度目となると許可が下りるかどうか分からないのよ」

 

「なるほど」

 

 早苗は る~こと のメイド服の背中に描かれている原子力のマークを思い出して夢見に問い掛け、彼女の答えに納得する。

 

「まぁ人造石油を作るには、大雑把に言えば高温を発する設備と色々な設備が必要になるわ。後者ならそこまで苦労な無く準備が出来るのよ。ただ前者は未来でも難しいのよ」

 

「高温を発する……」

 

「一応未来じゃ家庭用の小型核融合炉があるけど、サイズや熱量的に熱不足なのよね」

 

「家庭用の核融合炉って……タイムマシンがありそうですね」

 

「ん?」

 

「いえ、こちらの話です」

 

 早苗は夢見の口から出た言葉に思わず車型のタイムマシンを思い出す。

 

「でも、石炭液化を行うには大きな設備が必要なのよ。そこまでになるとただ申請すれば使えるわけじゃないのよ。家庭用の核融合炉だって完全にブラックボックス化して尚且つ出力を抑えた物だから市販されているわけだし」

 

「なるほど」

 

「……」

 

「北斗さん?」

 

 と、さっきから黙っている北斗に早苗は首を傾げる。

 

「その高温を発する設備があれば、石炭液化を行えるんですか?」

 

「え? まぁ、それさえクリア出来れば石炭液化を行って人造石油を作る設備と製油技術は揃えられるわ。申請から設備の入手に時間は掛かるけど」

 

「それなら、たぶん出来ると思います」

 

「ん? それってどういう―――」

 

「あぁ! そういうことですか!」

 

 と、夢見が首を傾げていると、早苗が北斗の意図を理解して声を上げる。

 

「確かに空さんが居れば出来ますね」

 

「はい。それに加えて石炭も地底で多く取れるそうですので、正にうってつけです。尤も向こうが協力してくれるかが問題ですが、何より設備の運用から維持までの事もありますが」

 

「それについては追々考えましょう」

 

「そうですね」

 

 

「さっきから何の話をしているの?」

 

 と、話を進めている二人に夢見が声を掛ける。

 

「えぇ。実は―――」

 

 北斗は早苗を交えて夢見に説明する。

 

 

 

 少年少女説明中……

 

 

 

「核融合を行える妖怪って……幻想郷は何でもありね」

 

「厳密には八咫烏の力を宿した地獄烏なんですがね」

 

「それでも凄いわよ」

 

 話を聞いた夢見は苦笑いを浮かべる。

 

「でも、それが本当なら石炭液化が可能になるわ」

 

「では!」

 

「えぇ。今から未来に戻って石炭液化を行うための設備を取りに行くわ。でも申請等もあるから、しばらく時間が掛かるわね」

 

「そうですか」

 

 問題解決に光が差し、北斗の表情が明るくなる。

 

 まだ時間が掛かるといっても、それでも解決の糸口が見出せなかったC59 127号機の燃料である重油の供給が可能になったのだ。

 

 その上、軽油の供給も可能になるかもしれないので、12系客車、14系客車、50系客車の常時運用が可能となる。

 

 幻想機関区の今後の運用の幅が広がるようになるのだ。

 

 まぁ石炭液化を行う為には、まだまだ問題は山積みなのだが、しかし光明が見えてきただけでも大きな進歩だ。

 

 

 

 その後夢見はもうしばらく蒸気機関車の見学を行い、ちゆりを連れて未来へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、今日は有意義な一日だったよ!」

 

 未来に戻り、執務室に戻った夢見は大きく背伸びをしながらそう口にする。

 

「そうですね。幻想郷でまさか蒸気機関車の実物が見られるとは思いませんでしたね」

 

「全くだ。これを自慢したら同僚やジジィ共は驚くだろうね」

 

 夢見は投影型モニターを出し、撮影した蒸気機関車の写真を表示させる。

 

「写真を見せても信じてもらえないと思いますけどね」

 

「別にどっちでも良いさ、私達はこの目で見たという事実に変わりはない」

 

「……」

 

 と、ちゆりはため息をつく。

 

「で、どうするんですか? 口ではあぁ言いましたけど、石炭液化を行う設備の使用許可は容易なことじゃないですよ」

 

「まぁ簡単なことじゃないのは分かっているけど、もう枯れた技術よ。原子力と比べれば申請に時間は掛からないわ」

 

「それはそうですが……そもそもなぜ彼らの為にここまでするんですか?」

 

 ちゆりは自身が抱く疑問を彼女にぶつける。

 

「彼らに言ったとおり、貴重な物を見せて貰ったお礼だよ」

 

「にしては豪華な気がしますけどね。以前のアンドロイドといい、その他色々といい」

 

「まぁ良いじゃないの。私が納得すればいいんだし」

 

「……全く。いつか管理局に目を付けられても知りませんよ」

 

 ちゆりは再度ため息をつく。

 

 

「あっ、そうだ」

 

 と、夢見は思い出しように顔を上げる。

 

「ついでに、あれ(・・)も彼らの為に持って行ってあげるかな」

 

あれ(・・)ですか? しかし良いのですか? 今となってはあれ(・・)は貴重な代物ですよ」

 

「私達が持っていても宝の持ち腐れよ。この時代の鉄道規格を考えれば尚更よ」

 

「……」

 

「まぁ、せっかく修復した苦労もあるけどね。焼け焦げて触っただけで崩れるようなぐらいにボロボロだったし、それを完全に修復するのにだいぶ苦労したし」

 

 夢見は自身が持つ借りている倉庫に保管されているある物を思い出す。

 

 

 それは突然彼女達の前に現れた。

 

 当時のそれは焼き焦げて錆び、触れればボロボロと崩れるぐらいに朽ちた状態だった。普通なら即スクラップ行きになるようなレベルの状態だったが、未来となればそんな状態でも完全な状態に修復できる技術があるので、安くは無かったが走行可能な状態まで完全に復元した。

 

 貴重な代物とあって彼女は喜んだが、この時代の鉄道は技術が進んでいるので、線路自体が無くなっている。なので走行可能な状態に復元しても、それを走らせられないのだ。

 

 

「それに、燃料の問題だって石炭液化と製油技術で解決できるから、彼らなら使いこなせるわ」

 

「まぁ、それはそうですね……」

 

 ちゆりは倉庫に眠っているそれを思い出して、幻想機関区の面々なら使いこなせるだろうというのを思い出す。

 

「さぁて、忙しくなるわよ!」

 

 夢見は意気揚々と幻想郷に行く前に残した仕事を片付けるべく、机に付く。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第125駅 峠に挑む貴婦人

シゴナナは135号機と集煙装置を付けてた時の1号機が好きです。


 

 

 

 

 とある日の幻想郷。

 

 

 

 その日の幻想郷は雨雲が空を覆い、雨が降っている。

 

 それでも人里の傍にある駅には、里の人間が多く居た。

 

 今日は守矢神社行きの列車が運行される日であり、客の殆どは守矢神社への参拝客だ。

 

 守矢神社方面の二番線には、スハ43三輌とスハフ42二輌の計五輌が置かれており、次々に乗客が客車に乗り込んでいる。

 

 駅の傍にある操車場では、転車台で方向を変えて、炭水車(テンダー)に合羽を纏った作業員の妖精により水と石炭を補給しているC57 135号機の姿がある。

 

「……」

 

 その足回りでは、打音検査を終えて自身を見つめる(C57 135)の姿がある。

 

(全く。どうしてこうなったのかしら)

 

 彼女は内心呟きながら、今の状況になった経緯を思い出す。

 

 

 

 今日の守矢神社行きの列車の牽引機はC57 135号機であるが、当初は本機が担当するはずではなかった。

 

 今朝方本来の牽引機であったD51 465号機は、火入れをして出発準備に入っていたのだが、その日に限って蒸気の上がりが悪く、客車を牽引できる状態ではなかった。

 

 その為D51 465号機は急遽検査が行われることになり、代わりの機関車が必要になったが、火入れしてあった機関車は蒸気タービンの検査の為に火を入れていたC57 135号機のみであった。今から火入れを行っても、最短でも三時間は掛かる。この辺りは蒸気機関車の不便なところである。

 なので、急遽C57 135号機が牽引機として運用に入ったのだ。

 

 しかし守矢神社方面の路線は勾配区間が多い妖怪の山であり、本来なら8620形や9600形、D51形、E10形が適任なのだが、その他の機関車では安定して運転を行うなら補機が必要となる。だが今回ばかりはこの二輌しか火入れを行っていないので、C57 135号機は単機で挑まなければならない。

 

 しかも昨日の夜から雨が降っており、妖怪の山の線路のコンディションは最悪だ。

 

 そんな中を、(C57 135)は不慣れな勾配区間に挑まなければならない。

 

 

 

(それに……)

 

 ふと、彼女は運転室(キャブ)に視線を向ける。

 

 そこでは機関助士の妖精より話を聞いているナッパ服姿の小傘の姿がある。

 

 彼女は蒸気機関車の運転を学ぶ為に、今回の運転に同行している。彼女は整備工場で機関車の整備士以外にも、蒸気機関車の運転も学んでおり、構内で車輌の移動をする為に、機関車の運転を学んでいるのだ。

 驚かすこと以外では有能な唐傘お化けである……

 

(あんまり同行させるのは好きじゃないんだけどね。今日みたいな天気は特にね)

 

 (C57 135)は見上げて雨雲に覆われて雨が降っている空を見る。

 

 ただでさえ線路の状態は最悪であり、尚且つこの天気だ。運転にかなり神経を使うのは確実だ。それなのに第三者が居るのは気が散ってしまう。

 

(まぁ、やるだけやるしかないか)

 

 しかしどう足掻いても現状を変えることは出来ない。今やるべきことをやるだけである。

 

 彼女は気を引き締め、C57 135号機の運転室(キャブ)へと向かって扉を開けて乗り込む。

 

(C57 135)さん! 今日はよろしくお願いします!!」

 

 運転室(キャブ)に乗り込むと、小傘が頭を下げて大きな声で挨拶をする。

 

「よろしく。せっかく乗り込んでいるんだから、ちゃんと見て学ぶのよ」

 

「はい!!」

 

 元気ある彼女返事を聞き、(C57 135)は頷いて機関士席に座り、窓を開けて頭を出して前後を確認する。

 

 作業員の妖精から石炭と水の補給完了の報告を聞き、彼女は逆転機ハンドルを回してギアをバックに入れ、後ろを見て作業員の妖精が安全を確認して緑旗を揚げ、旗を確認した彼女はブレーキハンドルを回してブレーキを解くと、空気が抜けるような音が密閉型の運転室(キャブ)内に響く。

 次に足元にあるペダルを踏んで汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ蒸気を送り込み、C57 135号機を後ろに進ませる。

 

 

 操車場から後退して二番線へと入ったC57 135号機は、ゆっくりと赤と緑の旗を手にして緑の旗を揚げている作業員の妖精の誘導に従って客車へと近づき、赤い旗が揚がって手前で停車する。

 

 合羽を纏った作業員の妖精が機関車と客車の連結器に異常が無いか確認し、問題無いのを確認してホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 緑旗を確認して(C57 135)はブレーキを解いて汽笛を短く二回鳴らし、ゆっくりと後退させて機関車と客車と連結する。

 

「……」

 

 駅員の妖精による発車ベルを鳴らされるまでの間、(C57 135)は逆転機ハンドルを回してギアを変えてから肘掛に左肘を掛け、機関助士の妖精はスコップで石炭を掬い、床のペダルを踏んで焚口戸を開けて火室へ石炭を放り込む。小傘は後ろからその様子を熱心に見ている。

 

 少しして発車時刻になり、駅にある発車ベルが駅員によって鳴らされる。

 

 (C57 135)はゴーグルを下ろして目元を覆い、ブレーキハンドルを回してブレーキを解き、足元にあるペダルを踏んで汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 シリンダーへ蒸気が送り込まれ、C57 135号機が煙突から煙を吐き出し、ドレンを吐き出しながら客車五輌を牽いてゆっくりと前進する。

 

 ドレンを吐き終えたC57 135号機は、激しく煙を吐き出して一気に加速する。

 

 

 ちなみに線路の脇では、合羽を纏って写真撮影に挑んでいる天狗の姿があったりする。中々気合の入った撮り鉄魂を持つ天狗が居るようである。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 人里の駅から出発したC57 135号機が牽く列車は魔法の森に沿って敷かれている線路を走り、分岐点を通ってその中へと入る。

 

 (C57 135)は加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ送る蒸気の量を増やし、逆転機ハンドルのロックを外してハンドルを回し、ギアを上げてハンドルにロックを掛ける。

 

 機関助士の妖精はスコップに石炭を掬い、床のペダルを踏んで焚口戸を開けて火室へ投炭を数回行い、火力を上げる。数回投炭した後、水位を確認してまだ十分にあるのを確認して各所へ蒸気を送るバルブを回して蒸気の量を調整する。

 

 火力が上がったことでボイラーの水が沸騰して更に蒸気が発生し、蒸気圧が上がって動輪の回転が更に早くなり、列車の速度が上がる。

 

「あ、暑い……」

 

 小傘は揺られながら(C57 135)と機関助士を後ろから見ているが、ボイラーから発せられる熱に彼女は額に浮き出た汗を袖で拭いながら声を漏らすも、その声は密閉型の運転室(キャブ)内に響く騒音に掻き消されて両者の耳に届いていない。

 

 C57 135号機は更に速度を上げて魔法の森の中に敷かれた線路を走る。

 

(そろそろね)

 

 窓から頭を出して前方を見ている(C57 135)は、そろそろ妖怪の山に入るのを確認して機関助士の妖精に大きな声で火力を上げるように伝える。

 

 

 列車は妖怪の山へと入り、勾配のある線路を登っていく。

 

 勾配のある路線へ入った途端、C57 135号機は若干速度が落ちてしまう。しかし(C57 135)は加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ送り込む蒸気の量を増やし、砂撒き機のレバーを動かして線路に砂を撒き、機関助士の妖精が投炭を続けて火室の火力を上げる。

 

 線路に撒かれた砂を動輪が踏み締め、しっかりと線路を掴んで機関車は勾配を登っていく。

 

「……」

 

 ゴーグルに付いた水滴を左袖で拭いながら、(C57 135)は加減弁ハンドルを持つ右手を握り直して、息を呑む。普段あまり走らない勾配区間とあって、彼女は緊張した面持ちだ。

 

 力強いドラフト音と共に煙突から煙を吐き出し、C57 135号機は一気に妖怪の山の勾配を登っていく。

 

 機関助士の妖精が注水機(インジェクター)のハンドルを回して炭水車(テンダー)からボイラーへ水を送り込んで水位をいっぱいまで上げると、(C57 135)と反対側の窓から頭を出して前方を確認する。

 

「一気に登るわよ!」

 

 彼女は騒音に負けないぐらい大きな声でそう言うと、機関車を登らせていく。

 

 

 踏切を通り抜け、C57 135号機は勾配を登っていく。その姿を妖怪の山に住む妖怪達が線路の脇から見ている。

 

 その中には合羽を纏い、カメラを手にした天狗がその姿を撮影している。彼らからすれば普段妖怪の山を走らないC57 135号機に加え雨の中を走るという珍しい被写体を必死に撮影している。

 

 列車は一気に妖怪の山を登って行くも、傾斜している線路を走っているとあって、徐々に速度が落ちていく。

 

 (C57 135)は砂撒き機のレバーを動かして砂を撒きつつ、加減弁ハンドルを操作して蒸気の量を調整する。

 

 機関助士の妖精は火室への投炭を繰り返して、火力を上げる。

 

 妖怪の山を登っていると、突然C57 135号機の煙突から吐き出される煙の間隔が短くなると共に動輪が空転を起こす。

 

「空転!」

 

 (C57 135)は空転を起こしたのを声を上げて伝えると共に、加減弁を戻して蒸気の量を調整して砂を撒いて空転を防ごうとする。

 

 機関助士の妖精はすぐさまスコップを立て掛けて各所へ蒸気を送るバルブを回して蒸気の量を調整し、再度スコップを手にして投炭を再開する。

 

 空転を起こしたことで機関車は速度が著しく低下し、吐き出す煙の間隔が少しずつ広がる。

 

 C57 135号機は苦しそうに煙を吐き出しながらゆっくりと勾配を登って行くが、再度動輪が空転を起こす。

 

 (C57 135)と機関助士の妖精は必死に抗うものも、機関車の速度はどんどん下がっていく。

 

 そこへ更に空転が起きたことで、ついにC57 135号機は空転を起こしながら道中で停止してしまう。

 

「くっ!」

 

 (C57 135)はすぐさまブレーキハンドルを回してブレーキを掛け、加減弁を閉じると、機関助士の妖精はボイラーの安全弁を開き、勢いよく蒸気が排出される。

 

「くそっ。こんな所で止まるなんて」

 

 彼女は窓から頭を出して目元を覆っているゴーグルを上に上げて、止まってしまった自身を見て思わず悪態をつく。

 

「仕方ありませんよ。この辺りの勾配はこの路線の中で一番急な上に、この天気ですから」

 

「最初の方で飛ばしたから行けると思ったんだけど……砂の撒き方が甘かったか」

 

 機関助士の言葉にそう呟くと、彼女は大きなため息を付く。

 

 

 列車が立ち往生したのは、妖怪の山でも勾配が厳しい区間だ。ここを超えれば比較的に緩やかな勾配だけになる。しかし雨の日のここは兎に角滑るので、蒸気機関車の神霊達からすれば鬼門なのだ。

 

 

(ホント、よくこんな場所を走れていたものね)

 

 (C57 135)は似たような路線を走る長女(トップナンバー)を思い出しながら、椅子から立ち上がる。

 

「ど、どうするんですか?」

 

 思わぬ状況に小傘はオドオドした様子で(C57 135)に問い掛ける。

 

 彼女は一考して、小傘に伝える。

 

「あなたは最後尾の客車に乗っている車掌に状況と列車を一旦下げるから誘導を行うようにと、伝えてきなさい」

 

「えっ?」

 

「急いで! 雨の中の勾配起動は時間との勝負よ!!」

 

「は、はい!」

 

 (C57 135)の一喝に小傘は驚きつつ運転室(キャブ)の扉を開けて降りると、最後尾の客車に乗っている車掌の元に向かう。

 

 ただでさえ線路は雨に濡れて滑りやすい状態だ。その上更に降る雨に加え、撒いた砂が雨に濡れて余計に滑りやすくしてしまうのだ。

 なので、時間が過ぎれば過ぎるほど線路の状態は悪くなり、勾配を登れなくなってしまう。最悪救援が必要になるが、まだ罐の火は上がっていないだろうから、救援は望めないと思った方が良い。

 

 最後尾の客車に向かう途中、小傘は客車の窓から頭を出して様子を伺っている乗客に状況を説明し、彼女は車掌に用件を伝えてから運転室(キャブ)に戻る。

 

「バックしてやり直すわよ」

 

 (C57 135)は逆転機ハンドルのロックを外して回し、ギアをバックに切り替えながら投炭作業を行っている機関助士の妖精と戻ってきた小傘に伝える。

 

 彼女は後ろを見て最後尾の客車の扉を開けて車掌が上半身を出し、緑旗を出しているのを確認し、汽笛を鳴らして加減弁ハンドルを引く。

 

 立ち往生したC57 135号機は勾配を下って行き、ゆっくりと元来た線路を戻っていく。

 

 

 ゆっくりと後退する列車は、平坦で尚且つ直線区間へ入り、車掌が止めるまでギリギリ下がり、車掌が赤旗を手にして振っているのを確認して停車する。

 

「ここから一気に加速して登るわよ。罐焚きをしっかりとね」

 

「はい!」

 

 機関助士の妖精は焚口戸を手動で開けてロックを掛け、開けっ放しの状態で投炭を始めて空転で崩れてしまった火床を作る。

 

「小傘。あんたは炭水車(テンダー)に登って石炭を寄せてきなさい」

 

「は、はい!」

 

 小傘は敬礼をしてからスコップを手に運転室(キャブ)から炭水車(テンダー)に登り、先ほどより勢いが弱まって小雨程度になっている中、スコップで積まれた石炭を前へと寄せていく。

 

 (C57 135)は席を立って運転室(キャブ)を出ると、器用に機関車をよじ登って蒸気ドームと共に覆われている砂箱を開いて砂の残量を確認する。

 

(幸い結構な量が残っているか。まぁケチったから残っているのは当然か)

 

 彼女は砂箱の蓋を閉じて機関車を降り、運転室(キャブ)に戻る。

 

 

 

「ほぅ。これは珍しい光景に遭遇したな」

 

 C57 135号機が再スタートの準備をしている中、線路の脇で合羽を纏い、カメラを手にしている天狗の女性が列車を見て声を漏らす。

 

「この雨では線路が滑りやすいんだと思います。それで先ほど止まってしまったんですが」

 

 その天狗の隣で線路を見ながら合羽を纏う射命丸文が説明する。

 

「ふむ。それもあるだろうが、いつもの蒸気機関車では無いのも大きいだろう。恐らくこれは峠向きではないのだろうな」

 

 天狗はC57 135号機の動輪を見ながらそう呟く。

 

「というより、簡単に外に出歩かないでくださいよ。大天狗様達から文句を言われる私の身にもなってください」

 

「私からの命令だからと言えばいいだろう?」

 

「『天魔』様のお目付け役として居るんですから、そんな理由が通じるとでも?」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 文がジトーと見ながらそういうと、天狗こと天魔は苦笑いを浮かべる。

 

「だが、これほど素晴らしい物があるのに、見に行かないわけにはいかないからな」

 

「全く。あなたという方は」

 

 文は呆れた様子でため息をつく。

 

 

 天魔と呼ばれた天狗の女性。彼女こそが天狗の長であり、この妖怪の山を統べる大妖怪なのだ。彼女の反応から察しは付いていると思うが、意外にも天魔は蒸気機関車に興味津々、というより結構のめり込んでいる。

 その為、こっそりと抜け出しては蒸気機関車の撮影に向かっているという。

 

 それ故に、大天狗達は天魔の行動に頭を悩ませているとか何とか……

 

 

 

 

「罐は良い?」

 

「オーライ!」

 

「水はいっぱい?」

 

「オーライ!」

 

「良し……」

 

 機関助士の妖精から準備万端であるのを確認し、(C57 135)は機関士席に座ってブレーキハンドルを握る。

 

「……」

 

 彼女は深呼吸をして気持ちを整え、「行くわよ」と声を漏らしてブレーキハンドルを回してブレーキを解き、ペダルを思い切って踏み込み、汽笛から大きな音と共に蒸気が吹き出され、加減弁ハンドルを大きく後ろに引く。

 

 シリンダーに多くの蒸気が送り込まれ、C57 135号機はドレンを吐き出しながらゆっくりと勾配を登って行く。

 

 C57 135号機は勾配とはいえど、その加速力を生かしてどんどん加速していき、登りつつ速度を上げていく。

 

 (C57 135)は加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ送る蒸気の量を増やし、逆転機ハンドルを回してギアを上げ、更に砂撒き機のレバーを動かして線路へ砂を撒く。

 隣では機関助士の妖精が必死に火室へ投炭を繰り返して火力を上げている。

 

 C57 135号機は激しいドラフト音と共に煙を吐き出し、動輪が線路に撒かれた砂を踏み締めてしっかりと捕らえ、直線区間をその加速力でどんどん速度を上げて行く。

 

 その猛々しく、どこか生命の息吹を感じさせる姿に見物している天狗や妖怪達は息を呑み、真っ直ぐ見据えている。そしてカメラを手にしている天狗達はその姿を逃がさまいと、一心不乱にシャッターを切る。

 

 先ほどよりも多くの砂を線路に撒き、動輪を空転させずにC57 135号機は先ほど立ち往生した区間へと差し掛かる。

 

「……」

 

 (C57 135)は加減弁ハンドルを握り締め、息を呑んで気を引き締める。機関助士の妖精もパワーを落とさないように投炭を続ける。

 

 そしてC57 135号機は空転を起こさずに速度を維持したまま、立ち往生した区間へと入る。

 

 しかしやはりきつい勾配が掛かることで、速度を維持していた機関車は少しだけ速度が落ちる。

 

 (C57 135)は線路に砂を撒いて空転を起こさないようにしつつ、蒸気の量を慎重に調整して速度を維持させる。

 

 その隣で、小傘は機関助士の妖精から大声でボイラーの水位を確認するように言われてすぐに水位計を見る。その水位を機関助士の妖精に伝えると、彼女は小傘に注水機(インジェクター)のハンドルを回すように伝え、小傘は戸惑いながらも機関助士の妖精から指示を受けて注水機(インジェクター)のハンドルを操作する。

 

「……」

 

 C57 135号機は息切れを起こすかのようなドラフト音と共に煙を吐き出しているが、それでも前へ前へと進んでいる。

 

 

 途中一瞬動輪が空転を起こして速度が落ちるも、C57 135号機は立ち止まることなく立ち往生した場所を通り抜け、やがて難所を突破した。

 

「……」

 

 (C57 135)は静かに頷くも、彼女は気を抜くことなく、加減弁ハンドルを握り締め、前を見る。

 

 難所を突破したC57 135号機は、緩やかな勾配を加速して登って行く。

 

 

 その後列車は難なく山を登っていき、目的地の守矢神社へと到着した。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第126駅 今後の計画

 

 

 

 夢見が幻想郷に来た後日。北斗達は忙しい日々を送ることになった。

 

 

 人造石油の生成からその設備の建設、更に人造石油から重油や軽油などの燃料の製油設備の建造などができるように、北斗達は下準備を行った。

 

 

 まず彼らは人造石油を作る上で最も必要不可欠な存在である霊烏路空の協力を得る為に、地底の地霊殿の主である古明地 さとりの元に向かい、交渉に入った。

 

 当初は荒唐無稽な話に首を傾げていたさとりだったが、彼女はこころを読む程度の能力で北斗の心を読み、俄かに信じがたかったけど事実であるのを確認し、話し合いの末、空に幻想機関区へ協力するのを約束した。もちろん、あくまでも彼の為であり、地上の者に対してではないが。

 そのついでに地底で採掘される石炭についても話し合い、人造石油の材料の他に、蒸気機関車で使用する分と分けて輸送する計画を立てることになった。

 

 

 次に人造石油の生成設備の建造や維持管理であるが、こちらは河童達に協力を依頼した。当然河童達は荒唐無稽な話に興味こそ惹かれたが、首を傾げて疑いを向けていた。

 しかし北斗達もただ話しただけじゃ信じてもらえないのは分かり切っていたので、夢見より借りた未来技術の一片を見せた。これにより、にとりを筆頭にした河童達は北斗の話を信じて、協力を承諾した。

 設備は電源確保の関係で、間欠泉センターに立てられる計画となった。これは石炭輸送の関係で、間欠泉センターが正にうってつけであった。

 

 まぁ河童の協力については妖怪の山の事情が関わってくるので、天狗側にも配慮しなければならず、交渉は難航すると予想される。とはいえど、河童に加え、守矢神社の二柱も天狗の説得に協力してくれることになり、現在天狗との交渉が続いている。

 

 

 幻想機関区の更なる発展は、現実味を帯びてきたのだ。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 それから数日後……

 

 

 場所は幻想機関区。

 

 

 

 幻想機関区の構内では、検修を終えたE10 5号機の構内試運転が行われている。

 

 国内最大のD52形蒸気機関車のボイラー並みの直径を持つボイラーに、五軸の動輪を持つE10 5号機は、力強い走りを見せて構内を走る。

 

 試運転では前進や後進に加え、急発進や急停止などの動作を行い、試験走行後整備員の妖精達が足回りのチェックを行っている。

 

 その後E10 5号機は何度も試験を繰り返し、営業運転に入れるように調整を繰り返すのだった。

 

 

 

 

 そんな試験風景を北斗は窓からしばらく眺めると、身体の向きを執務机に変え、書類作業に入る。

 

(人造石油の製造と、製油設備の建造への下地は整いつつあるか……)

 

 北斗は今日まで行ってきた会談を思い出し、ようやく形になりつつある現状に安堵の息を吐く。

 

(これでC59 127号機の運用はもちろんのこと、12系客車と14系客車、50系客車の常用が可能になる)

 

 人造石油の製造に加え、製油技術も手に入るので、重油専焼機となったC59 127号機の燃料である重油に加え、12系客車、14系客車、50系客車の発電用ディーゼルエンジンを動かす軽油も手に入るようになる。そうなれば長らく悩まされていた問題が解決されるのだ。

 

(ホント、幻想郷では何が起こるか分からないな) 

 

 北斗は内心そう呟き、書類を手にする。

 

 

 コンコン……

 

 

 と、執務室の扉がノックされる

 

『区長。お客さんです!』

 

 扉の向こうから弥生(B20 15)の声がして、来客が伝えられる。

 

「分かった。通してくれ」

 

 北斗が入室を許可すると、扉が開いて弥生(B20 15)が入ってくると、その後に来客が入ってくる。

 

「北斗さん」

 

 弥生(B20 15)の後に付いて来たのは、早苗であり、執務室に入るなり北斗に声を掛ける。

 

「早苗さん。わざわざ来ていただいてすみません」

 

「いいえ。構いません。私が好きでやっているんですから」

 

「早苗さん。あっ。弁当箱はそこに」

 

「分かりました」

 

 北斗は机の隅に置いている風呂敷に包まれた空の弁当箱を見ると、早苗は頷いて弁当箱を持つ。

 

「今日のおかずはいかがでしたか?」

 

「はい。とても美味しかったです。特に醤油で味付けした焼きネギやタマネギのマリネとかが一番でしたね」

 

「そ、そうですか。それは良かったです……」

 

 早苗は北斗の妙にネギに対する高評価に、苦笑いを浮かべる。

 

(北斗さん、ここまでネギが好きなんですね。希望のおかずに値の張る食材を使っていないのはこちらの懐事情に優しいんですが……)

 

 守矢神社は参拝客や信仰者が居るのでそれなりに懐事情は良い方だが、それでも贅沢が常に出来るような余裕は無い。しかしそれでも北斗の為に、美味しい料理を食べさせてあげたいと思い、彼の好きな料理の希望を聞いている。

 しかし彼の希望した料理……と言っていいのかどうかはともかく、ネギやタマネギを焼くか漬けるかの物でいいと言う、シンプルなものであった。これには早苗は唖然となったという。

 

 まぁ守矢神社的には懐が優しい上に北斗を喜ばせると、早苗にとっては都合の良い形になったようである。

 

 

「……」

 

 と、早苗は執務机に広がっている書類の数々を見る。

 

「北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「よろしければ、お仕事の手伝いをしましょうか?」

 

「えっ? 良いんですか?」

 

 北斗は少し驚いた様子で早苗に聞く。

 

「はい。まだ時間はありますので、大丈夫です」

 

「でも、夕飯の準備とかがあるのでは?」

 

「昨日と早朝に仕込みは終わっていますので、大丈夫です。神奈子様と諏訪子様にもお伝えしていますので」

 

 笑顔を浮かべる早苗に、とても用意周到だな、と北斗は思う。

 

「そうですか。それでしたら、ぜひ手伝って欲しいです」

 

「はい!」

 

 早苗は嬉しそうに返事をして、一旦弁当箱をソファーの前にある机に置いて、書類整理を手伝う。

 

 

 

 

「北斗さん」

 

「はい?」

 

 書類の整理をしている中、早苗が北斗に問い掛ける。

 

「幻想機関区で行事を考えているんですか?」

 

 彼女が見ている書類には、幻想機関区で何かしらの行事を行おうという計画が書かれている。

 

「えぇ。人里の方々って、蒸気機関車は見ていますが、自分達の事を知っているわけじゃありませんからね」

 

「と、言いますと?」

 

「自分達の事をより理解してもらおうと、この機関区の一般公開を行おうと思っているんです」

 

「なるほど。そういえばこの機関区に来たことがあるのって……」

 

 早苗は書類を片手に、片手で数える。

 

「霊夢さんに魔理沙さんに私、鈴仙さん……あとは紫さん?」

 

「それと式神の藍さんとその式神の橙さん、それと菫子さんですね」

 

「……思ったより機関区に来た人って少ないんですね(というより、菫子さん来ていたんですか)」

 

 早苗は思ったよりも幻想機関区に訪れた部外者の少なさに意外さを感じつつ、いつの間にか菫子が来ていた事に驚く。

 

「えぇ。人里の方々に関しては、機関区の事を全く知らないと思うので」

 

「それは、そうですよね」 

 

「それに、蒸気機関車のことをまだ理解していない方々や、快く思っていない方も居るようですし」

 

「……」

 

 北斗の告げた事実に、早苗は納得せざるを得なかった。

 

 人里に住む人々の多くは鉄道の導入を受け入れており、実際遠くにあって、尚且つ道中が危険であるとあって中々行く事が出来なかった博麗神社や守矢神社への参拝が可能になり、森や石切り場で木材や石材の輸送、更に農業をしている方々も鉄道を利用している。

 こういった利用もあって、鉄道が人里での生活の一部になりつつあるのだ。

 

 だが、当然鉄道を受け入れている者も居れば、鉄道を受け入れず、快く思っていない者も人里には居るのだ。その割合としては元々人里に住む者や、外の世界から幻想郷へ移り住んだ外来人が含まれている。

 後者に関しては蒸気機関車が幻想郷の環境を破壊していると、表立って行動していないが、ひっそりと反対活動をしているとか。

 

「そこで、より鉄道を理解してもらおうと、お祭りのように機関区の一般開放を行うと考えているんです」

 

「なるほど。所謂SLフェスタってやつですね」

 

「そうです」

 

 早苗が北斗の意図を理解して、彼は頷く。

 

「それで、どんな出し物をしようと思っているんですか?」

 

「そうですね。短い距離を走るSL列車や、SLの展示走行、更にはSLの体験運転とかを考えています。他には機関庫や整備工場の見学ツアーとか、特別な企画とか、色々とありますね」

 

「機関区ならではの出し物ですね。短い距離を走るとなると、元ネタはあの鉄道博物館の?」

 

「そうですね。今のところ客車は旧型客車か車掌車を二輌繋げる予定ですが、開放的に機関区を見られるように貨車を改造した車輌もどうかと考えています」

 

「開放的にと考えるなら、手間が掛かっても貨車を改造した車輌の方が良さそうですね。何も一今回限りのイベントってわけじゃありませんし」

 

「……それもそうですね。とりあえず工場の妖精達と相談してみます」

 

 北斗はスケジュール表を取り出し、予定を書く。

 

「SLの展示走行はともかく、SLの体験運転とかは大丈夫なんですか? 蒸気機関車の運転は難しいのに」

 

 早苗はSLの体験運転に不安を覚える。

 

 蒸気機関車の運転は現代の電車と比べ物にならないぐらいに複雑で難しく、素人では満足に動かせない。もちろん動かすだけなら出来るだろうが、調整や感覚に関しては、経験が必要になってくる。そして何より機関助士との連携が必要不可欠になるので、尚更難しいのだ。

 

「もちろん考えうる安全対策はしますよ。体験運転時には蒸気機関車の神霊達が傍に着きますので、万が一は彼女達が対処します」

 

「あぁ。それならとても安全ですね」

 

 しかし北斗はその点を考慮して、安全対策を採りつつ、インストラクターに蒸気機関車の神霊の少女達に任せようと考えている。

 

「今のところこの三つを考えていますが、まだ出し物は増やしていくと思います」

 

「そうですか」

 

 早苗は頷きつつ、書類の整理作業を続ける。

 

 

 

 それからしばらくして書類の整理が終わった。

 

「ありがとうございます、早苗さん。おかげで予定より早く作業が終わりました」

 

「いいんですよ。北斗さんの為ならいくらでも手伝います」

 

 北斗は仕事を手伝ってくれたお礼を言うと、早苗は笑みを浮かべる。

 

「それでは、また明日です」

 

「えぇ」

 

 早苗は風呂敷に包まれた弁当箱を手にしてそう言うと、北斗が相槌を打つ。

 

 

「……?」

 

 ふと、北斗は窓の方を向き、早苗は首を傾げてから窓を見る。

 

 窓から外を見ると、さっきまで晴れていた空は雲で覆われており、その上雨が降っていた。

 

「雨が……さっきまで晴れていたのに」

 

 北斗は「うーん」と唸る。

 

「このくらいの雨でしたら飛んで帰れますね」

 

「でも、雨の中で飛んで行ったら危ないのでは? それに身体が冷えて風邪を引きますよ」

 

「ゆっくり飛べば大丈夫ですし、雨なら結界を張れば防げますよ」

 

「は、はぁ」

 

 その程度で結界を使って良いのか? と北斗は内心思いつつ声を漏らす。

 

 

 しかしその直後、雨の勢いがみるみる内に強くなり、あっという間に豪雨へと変わった。

 

『……』

 

 視界が遮られるぐらいの豪雨に、二人は言葉を失う。

 

「……こんな中でも、行きますか?」

 

「……電話を貸してください」

 

「もちろん」

 

 北斗が問い掛けると、早苗は気まずそうにそう言ってから、二人は執務室を出て食堂を目指す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 宿舎一階にある食堂には、昔ながらの電話が設置されている。といってもこの電話機は現代のような電話機とは大きく異なる構造をしている。今なら市外局番と電話番号を入力して通話するものである。

 

 しかしこの電話機は、直接電話線を繋げる構造になっており、通話相手の電話機と繋がっているジャックにプラグを差し込み、手回し式の発電機のハンドルを回して電気を発生させ、相手と通話する。

 どちらかといえば昔の野戦電話に近い。

 

 これらの電話機は香霖堂にあった物を購入し、河童と作業員の妖精によって修理されて、線路に沿うように電話線を敷いている。そして保線作業の際に電話線の点検も行っている。

 

 

 早苗は守矢神社に繋がっている電話線のジャックに電話機より伸びているプラグを差し込み、手回し式発電機のハンドルを回して電気を発生させ、受話器を手にして耳に当てる。

 

「もしもし、早苗です。神奈子様」

 

 電話は無事守矢神社に繋がり、通話相手は神奈子のようである。

 

「はい。今幻想機関区から電話を掛けています……はい。この天気では帰れそうに無いので、相談をしようと」

「列車で帰れないかって? 北斗さんに相談しましたが、さすがにこれだけ降っている中では視界不良で走るのは危険だそうです。はい」

「どうしたらいいでしょうか、神奈子様……」

 

 

「……」

 

 北斗は静かに少し離れたところで早苗の様子を伺う。

 

「どうしたの?」

 

 と、少し濡れている夢月が北斗に問い掛ける。どうやら外に居る時にこの豪雨に遭ってしまった様である。

 

「早苗さんがこの雨で帰れなくなったので、神奈子さんに相談しています」

 

「ふーん」

 

 夢月は小さく声を漏らし、目を細めて早苗を見る。

 

「それより、早く着替えた方が良いですよ。風邪を引きますから」

 

「気遣い感謝するけど、悪魔はこの程度で体調は崩さないわ」

 

「だとしても、万が一ってことがありますから。それに夢月さんも濡れたままでは気持ち悪いのでは?」

 

「……」

 

 夢月はだいぶ濡れてしまってのっぺり気味な髪に服装を自覚して、口をへの字に曲げる。言われてみれば、と不快に感じてきた。

 

「……まぁ、そこまで言うなら」

 

 彼女はそう言うと、踵を返して借りている自分の部屋へと向かう。

 

 振り返った際、彼女の頬が少し赤く染まっていた様にも見えたものも、北斗からは見えていない。

 

「……」

 

 北斗は夢月を見送った後、再度早苗を見る。

 

 

「……えっ? 良いんですか?」

 

 と、早苗は驚いた様子で声を上げる。

 

「でも、それでは神奈子様と諏訪子様は不便では? それは、そうですが……えっ? 諏訪子様も良いと?……そ、そうですか」

 

 戸惑った様子で問い掛けるも、返ってきた言葉で彼女は首を傾げる。

 

「……それでは、今晩はこちらで過ごします。朝はできるだけ早くにはそちらに戻れるようにします。では、後ほど」

 

 通話を終えてか、早苗は受話器を本体に置き、北斗を見る。

 

「神奈子様から許可が下りましたので……その、今晩はここで過ごすことになります」

 

 早苗はホッと安堵しつつ、少し頬を赤く染めてここで泊まることになったのを北斗に伝える。

 

「そうですか。許可が下りて良かったです」

 

「はい。ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

 

「迷惑だなんて。むしろ俺が早苗さんに迷惑をかけてばかりなのに」

 

「私は気にしていませんよ」

 

 北斗はどことなく罪悪感を感じるも、早苗は気にしていない様子であった。 

 

 

 ――――ッ!!

 

 

『……?』

 

 すると電話機のベルが鳴り出し、二人はとっさに電話機の方を見ると、傍に居た早苗がすぐに受話器を取る。

 

「はい。こちら幻想機関区です。……諏訪子様ですか?」

 

 どうやら電話の相手は諏訪子のようであり、早苗は話を聞いている。

 

「はい。そちらに帰れなくなったので、今晩こちらで過ごすことになりました。神奈子様もそう仰った筈ですが……」

 

 なぜ諏訪子が電話を掛けて来たのか分からず、早苗は首を傾げる。

 

 

「……え、えぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 するとなぜか早苗は大きな声を上げて驚くと共に、頬が赤く染まる。

 

「なななな、何を言っているんですか、諏訪子様!?」

 

 慌てた様子で彼女は諏訪子に問い掛ける。

 

「あっ、いえ、そ、その、別に北斗さんとは、そういう感じというか、まだそんな時じゃないというか。い、嫌とか、そんなことは……無いですけ……」

 

 するとさっきまでの慌てっぷりから一変し、頬を赤く染め、しおらしくなる。

 

「いいい、いやだから何でそうなるんですか!?」

 

 と思えば、次の瞬間にはまた慌て始める。

 

「すすす、諏訪子様ぁっ!?」

 

 すると早苗の顔がトマトのように真っ赤に染まる。一体諏訪子に何を言われたのやら……

 

「ムードとかそう言う問題じゃ……って、えぇっ!? あの秘術ってそんな効果だったんですか!? 何で何も言ってくれなかったんですか!? えっ? 言ったら教わる気を起こさないだろうって? だからってそんな大切なことを黙っておくなんて酷いですよ!! って、なんてものを教えたんですか!?」

 

 顔を真っ赤にした早苗は驚愕し、電話越しに諏訪子に大きな声を上げる。

 

(諏訪子さん一体何を早苗さんに話しているんだろう……)

 

 北斗は首を傾げるも、彼女の様子から良からぬ事を話しているのだろうと予想する。

 

「~っ!! 諏訪子様の馬鹿ぁっ!! もう知らないっ!!!」

 

 と、顔を真っ赤にした早苗は受話器を勢いよく本体に叩きつけるように戻す。

 

(あんまり乱暴に戻さないで欲しいけどなぁ……)

 

 その様子に北斗は場違いな心配をする。まぁ幻想郷に流れ着くような古い代物だ。貴重な物に変わりはないので、替えが効かない可能性が高い。乱暴に扱って欲しくない気持ちは分からないでもない。

 

 しかし北斗も早苗がどんな状態かは、さすがに彼女の様子を見れば分かるが、だからといって問い掛ける気は無い。余計な詮索をしないのが彼の性分だ。

 余計な詮索をして痛い目を見るのは、中学時代の同級生でいっぱい見てきたからだ。

 

「っ!」

 

 と、まだ顔が赤い早苗はキッと北斗を見ると、ズカズカと歩み寄る。

 

「北斗さん!!」

 

「は、はい」

 

「今から夕食の準備をしますから! 待っていてくださいね!!」

 

「アッハイ」

 

 妙に迫真ある姿に北斗は戸惑いつつも、早苗が食堂の厨房に向かうのを見送るのだった。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第127駅 彼女達の過去

 

 

 

 

 電話で守矢神社とのやり取りを終えた後、早苗は食堂の調理場にある冷蔵庫の中に入っている食材を使って夕食を作り、北斗と共に食事を取った。

 

 しかし冷蔵庫にはタマネギとネギが大半を占めているという異様なものであって、早苗が北斗に好きでも食べ過ぎであると怒った場面があったとか何とか。

 いくら身体に良くても、食べ過ぎは逆に身体に毒なのだ。

 

 そんなかんやで、早苗は北斗に人里で一緒に食材を買う約束を取り付けることになったという……

  

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それからしばらくして……

 

 

 

「ふぅ……」

 

 早苗は肩まで湯に浸かり、ゆっくりと深く息を吐く。

 

(それにしても、広いですねぇ……)

 

 彼女は周囲を見渡しながら、内心呟く。

 

 

 現在早苗は宿舎にある風呂場にて入浴しており、銭湯のような広い風呂場には蒸気機関車の神霊達や居候組が入浴している。

 

 今の時間は女湯の時間であり、この後妖精達が入浴し、北斗はその後に入浴するそうである。

 

 ちなみに男湯の時間で入浴するのは、何も北斗だけではなく、妖精達の中には性別が男の個体も居るわけだし、研修で来ている河童達の中に居る男も入ることがある。

 

 

「……」

 

 ふと、早苗は周囲を見渡し、蒸気機関車の神霊の少女達を見る。

 

(こうして見ると、皆さん美人揃いですよね)

 

 彼女は内心呟きながら、神霊の少女達を見比べていく。

 

 幻想郷ではなぜか顔面偏差値が高いようであり、美女美少女が多い。当然早苗もその内に含まれる。

 その事象は蒸気機関車の神霊の少女達にも言えた。

 

 その上スタイルも全体的に良いようで、葉月(C10 17)睦月(C11 312)熊野(C12 208)行橋(C11 260)島原(C12 06)のタンク型の神霊でも、中学生ぐらいの年頃の女の子ぐらいな見た目でありながら、発育の良いスタイルをしている。

 しかし弥生(B20 15)のように幼い見た目相応な身体つきをしているものもいれば、高校生ぐらいの見た目であるが、発育はそこまで良くないという夕張(E10 5)の例もある。

 

 テンダー型の神霊となれば、全員が容姿が整い、スタイルも良い者がほとんどだ。中には長月(C59 127)のように、スタイルが良い上に腹筋が割れ、アスリートのような適度に筋肉が付いている者も居る。

 

 しかし中には例外も居るようで、同じD51形でも、神流(D51 1086)だけ他の三人と違って、少し起伏が浅いのだ。これは彼女が資材を節約し工程を省略して作られた戦時型のD51形だからだと思われる。

 

 

 と、まぁ早苗は神霊の少女達のスタイルの良さを見ているが、当の本人もスタイル抜群である。

 

 

「早苗さん」

 

「よっ、早苗」

 

 と、早苗の元に明日香(D51 241)皐月(D51 465)がやってくる。

 

明日香(D51 241)さん。皐月(D51 465)さん」

 

「どうですか? 幻想機関区のお風呂は?」

 

「そうですね。とても広くて、全体的に綺麗にされていますね」

 

「そりゃ大人数が入れるようになっているし、毎日妖精達と一緒に掃除を欠かさずにやっているからな」

 

「そうですか」

 

 早苗は綺麗な浴室を見て、それを実感する。

 

「……」

 

 ふと、早苗は二人の体を見て、ハッとする。

 

 明日香(D51 241)皐月(D51 465)の身体には、広範囲に渡って火傷の痕が残っている。

 

 彼女は近くに居る水無月(D51 603)神流(D51 1086)七瀬(79602)を見る。

 

 三人の身体にも、広範囲に火傷の痕があり、とても痛々しい見た目をしている。特に七瀬(79602)にいたっては全身に亘って火傷の痕が広がっており、人間であれば生きているのが奇跡なレベルである。

 

 そして髪の色は、他の蒸気機関車の神霊の少女の髪の色が黒に対して、彼女達は色が抜けたような灰色をしている。

 ちなみに弥生(B20 15)の髪の色も灰色だが、彼女の場合は事情が違うと思われる。

 

「……? あぁ、気になりますか?」

 

 と、明日香(D51 241)が早苗の視線に気付いて声を掛ける。

 

「す、すみません。気に障りましたか?」

 

「いえ。そんなことはありません」

 

 明日香(D51 241)はそう言うと、腕にある火傷の痕を見る。

 

「私達のこの火傷の痕は……決して忘れられないものですからね」

 

「……」

 

 二人はそれぞれ火傷の痕に手を当て、早苗は北斗から聞いた話を思い出す。

 

 

 D51 241号機とD51 465号機、D51 603号機、D51 1086号機、79602号機の五輌は、追分機関区の機関庫で起きた火災によって被災した蒸気機関車であり、保存予定だった五輌は火災によってボロボロになって、その後一部の部品を残して解体されてしまった。

 

 241号機に関しては、国鉄時代で最後の営業列車を牽引した蒸気機関車であり、79602号機に関しては、国鉄の蒸気機関車としては有火状態で最後まで残った蒸気機関車であった。

 歴史の生き証人とあって、焼失したのは非常に残念な結果であった。

 

 明日香(D51 241)達の火傷の痕は、その時の傷であるのは容易に想像できる。

 

 しかし水無月(D51 603)に関しては、特殊な事情があるだろう。彼女の髪は根元から途中まで黒だが、その先からは灰色になっているという独特な色合いをしている。恐らくこれは焼失した五輌の中で、彼女だけが前部分のみ現存しているからだと思われる。

 

 

(他の皆様と違って、壮絶な最期だったんですよね)

 

 早苗は他の神霊の少女達を見渡しながら、五人の悲惨な最期を想像する。

 

 蒸気機関車の大半が解体される中、この五輌は保存が決まって余生を過ごすはずが、火災によって焼失するという最期を迎える。こんな無残な最期を迎えた蒸気機関車は早々無い。

 

 最もな事を言うと、この五輌よりも悲惨で、無残な最期を迎えた蒸気機関車はまだ多く居るのだが。

 

 

「時折、思い出すんですよね。あの夜の事が……」

 

「……」

 

 明日香(D51 241)がそう言うと、皐月(D51 465)は腕を組んで息を吐く。

 

「つらいですか? 当時の事を思い出した時って?」

 

「そうですね。思い出す度に、傷が痛みます。ここ最近の夢にも、あの時の事が出てきます」

 

「……」

 

「でも……」

 

 と、明日香(D51 241)は早苗を見る。

 

「皆さんと一緒に過ごしていると、少しずつ改善してきています」

 

水無月(D51 603)神流(D51 1086)七瀬(79602)も前より症状は改善されているよ。最初の頃は痛みや夢に悩まされていたからな」

 

「……」

 

「区長には、感謝しかないです。あの人のお陰で、今の私達があるんですから」

 

「そうですか」

 

 彼女の言葉を聴き、早苗は微笑みを浮かべる。

 

 

「何を話しているんだ?」

 

 と、三人の元に大井(C56 44)がやってくる。

 

大井(C56 44)さん。いえ、早苗さんに少し昔の話を」

 

「昔の話か。なるほどね」

 

 大井(C56 44)は三人の近くに座って肩まで湯に浸かる。

 

「……」

 

 早苗は大井(C56 44)を見て、息を呑む。

 

 彼女の身体には、明日香(D51 241)皐月(D51 465)達のような火傷の痕もあれば、切られたような傷跡が身体中にあり、左目があった場所には普段から着けている眼帯からはみ出すぐらい大きな傷跡がある。

 普段ナッパ服に身を包んでいるとあって分からなかったが、よく見ると、手足腕脚にどこか違和感のある形状をしている。

 

「凄いですね」

 

「ん? あぁ、これか」

 

 早苗は思わず声を漏らし、それを聞いた大井(C56 44)は答える。

 

「この傷は戦場で受けたものばかりだな。ここは疲労による傷で、ここは機銃掃射を受けた痕だな」

 

 彼女は自身の体にある傷跡を一つ一つ説明する。その傷が彼女の過去が壮絶なものであるのは容易に想像できる。

 

「あの、大井(C56 44)さん」

 

「なんだ?」

 

 早苗は少し遠慮がちに、大井(C56 44)に問い掛ける。

 

「さっきから気になっているんですが、大井(C56 44)の手足ってなんだかおかしくないですか?」

 

「あぁ、それか。これは……私の手足じゃないからな」

 

「えっ?」

 

 自分の手を動かす大井(C56 44)から衝撃的なことを告げられて、早苗は唖然となる。 

 

「早苗。私がかつて姉妹達と共に海外の戦地へ運ばれたという話は知っているか?」

 

「えっ? は、はい。北斗さんから話は聞いています。太平洋戦争で何輌もの蒸気機関車が軍に供出されて、戦地に運ばれたって。C56形蒸気機関車もその一つだというのも」

 

「そうだ。私達C56形は現地の鉄道規格に合わせて改造を施された後、分解されて船に積み込まれ、南方のビルマへと運ばれて現地で敷設された鉄道にて走ることになった」

 

 大井(C56 44)は顔を上げて天井を遠い目で見つめながら、自分の過去を話す。

 

「まぁ、インフラが整っていない場所に蒸気機関車を運び込むのは大変なことでな。とにかく部品を下ろして、一輌でも多くの罐を組み立てる必要があったから、部品は目に入ったやつから下ろされた。故に組み立てられた罐は、その罐の部品ではなく、様々な罐の部品で組み上げられたんだ。現地で最初に組み上がった私も、特に部品はバラバラだったさ」

 

「……」

 

「だから私の手足は、別の姉妹の手足をものなんだ。もちろん、中身も私本来のものは殆ど残っていない」

 

 彼女の告げた事実に、早苗や明日香(D51 241)皐月(D51 465)は息を呑む。

 

「当時の事は……まぁ色々と思うところはある。異国の地で走り、私達が走っていた鉄道にも戦火が及び、姉妹達が次々と破壊され、多くの人が死んでいった」

 

「……」

 

「戦争が終わり、私を含めた無事な罐は現地で走り続けたが、戦争中の酷使が祟って不具合を興す罐が続出し、運用から離れていった。そして現地でも電化が行われ、蒸気機関車である私達は、その役目を終えた」

 

「……」

 

「でも、私はそこで終わる運命には無かった」

 

 と、大井(C56 44)は微笑みを浮かべる。

 

「私はとある私鉄に引き取られることになり、多くの姉妹達を残すことに後ろ髪を引かれる思いだったが、静態保存用の31号機と共に、祖国へ帰ることになった」

 

「……」

 

「そして私は動態保存機として、そこの私鉄の鉄路でお客を乗せて、走り続けた。といっても、私の体はボロボロで不具合を起こすことが多かった。ボイラーに不具合が見つかって、しばらく走れなくなった。それからして大規模な修繕が決まり、他の機関車から部品を貰って、再び走れるようになった」

 

「……」

 

 早苗は間を置いてから、大井(C56 44)に問い掛ける。

 

大井(C56 44)さん」

 

「なんだ?」

 

大井(C56 44)は……今は楽しいですか」

 

「……」

 

 早苗の問いに、大井(C56 44)は残った右目を瞑り、しばらくして目を開ける。

 

「まぁ、外の世界で走っている頃も楽しかったが、どちらかといえば、今が楽しいな」

 

「そうですか」

 

 大井(C56 44)は笑みを浮かべてそう答える。

 

 

 その後も、早苗は他の蒸気機関車の神霊達と話をして、入浴時間を楽しんだ。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第128駅 外の世界での出来事

本作を投稿して三周年となりました。時が経つのは早いですねぇ。

この作品も中盤を迎え、これから様々な謎が解明されていきます。

これからも、本作をよろしくお願いします!


 

 

 

 

 暗い闇の中、私は一人静かに歩いている。

 

 

 なぜこんな中を私は歩いているのだろうか。疑問は浮かぶが、違和感は無い。

 

 

 私は慌てることなく、ゆっくりと暗闇の中を歩く。

 

 

 

 ふと、周囲から視線を感じて、私は辺りを見渡す。

 

 周りには白い目が私を見ている。

 

 

 その目を、私は知っている。今でも思い出す……忌々しく、思い出したくない目だ……

 

 

 

『あれが東風谷っていってな、神様が見えるって言っている頭がおかしいやつだぜ!!』

 

『神様が見えるとか、可笑しいんじゃないの? キモッ』

 

『近寄んな! お前の馬鹿が移るだろうが!!』

 

 

 私の事を笑い、罵倒し、白い目で見る同級生の姿。

 

 何が可笑しい。見える私が可笑しいなんて、誰が決めた……

 

 

『あ、あの、東風谷さん。私東風谷さんの事、嫌いじゃないの。でも、一緒に居ると私まで可笑しく見られてしまうから……もう、話しかけてこないで』

 

 

 泣きそうな顔で私を拒絶する同級生。

 

 嫌いなら、そんな事を言うわけがない。自分が大切だから、他人の事はどうでも良いんだ。所詮その程度しか思っていなかったのだろう。

 

 

『東風谷さん。君の家の事情は知っているけど、公の場で神様が見えるなんてことはなるべく言わないで欲しいかな。正直に言うと、馬鹿馬鹿し過ぎて、もう庇えないよ』

 

『いいですか、東風谷さん。もう中学生なんですから、神様が見えるなんて逃避はやめて、現実を見てください。そんなんじゃ、ロクな大人になりませんよ』

 

『東風谷さんは頭が良いからね。でもね、努力を知らない子は将来苦労するよ』

 

 

 私に対して心無い言葉をかける先生。

 

 馬鹿馬鹿しい? 現実を見ろ? 私が見えているものが、現実なんだ。赤の他人に拒否する権利なんてあるわけがない。

 

 

『なぁ、聞いたか? あの六人のこと』

 

『聞いたよ。東風谷を苛めていたやつらだろ? 一緒に帰っていたところをトラックに撥ねられたんだってな』

 

『その内二人が死んで、残りは首から下が動かなくなったり、手足が無くなって介護が必要なんだってよ』

 

『うわぁ、悲惨。全員将来スポーツ選手として有望だったんでしょ?』

 

『東風谷に関わったばかりに……』

 

『きっとあいつが苛めたやつらを祟ったんだろう。あいつ神様が見えるらしいからな』

 

 

 私を苛めていた方々が事故に遭うと、誰もが私のせいだと決め付ける。

 

 ふざけるな。偶然が重なっただけで、私のせいにするな。神様のせいにするな

 

 

 

 あぁ、思い出すだけでも、忌々しい……。いや、もう忌々しいなんて生易しい……私の抱くのは憎しみだ。

 

 

 神奈子様や諏訪子様を否定する世界……

 

 

 私を否定する世界……

 

 

 

 あぁ、憎い……憎い……

 

 

 

 世界が……憎い……ニクイ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――さん。早苗さん!」

 

「っ!」

 

 自分を呼ぶ声と共に揺さぶられて、早苗は目を覚ます。

 

 最初に視界に移ったのは、自分の部屋とは違う、見知らぬ天井。いや、厳密には見慣れない天井であろう。

 

 早苗は当初どこかの部屋に寝る予定だったものも、空いている所が無かったので、結果的に北斗の部屋で布団を敷いて寝ることになった。

 

 そこで北斗が自身のベッドを早苗に譲ろうとしたが、彼女は辞退したりのやり取りを繰り返したが、結局早苗が布団で寝ることになった。

 

 

「っ……っ……」

 

 少し息を荒げている彼女は左の方を向くと、心配そうに見ている北斗の姿がある。

 

「ほ、北斗さん……」

 

「大丈夫ですか? だいぶ魘されていましたが……」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 早苗は頷いて見せるも、身体中汗でびっしょりとなっており、額にも汗が浮かんでいる。正直大丈夫とは言えない。

 

「その、ごめんなさい。寝ていたところを起こしてしまって」

 

「いえ。トイレに行って戻って来た時に、早苗さんが魘されていたので」

 

「そ、そうですか……」

 

 北斗がそう言うと、早苗は申し訳ない様子で俯くと、すぐに顔を上げて壁に掛けられた時計を見る。

 

 薄暗く見づらかったが、時刻は午前2時を回ろうとしていた。

 

「では、自分はこれで……」

 

 北斗は立ち上がって自分のベッドに戻ろうとする。

 

「?」

 

 するとズボンの裾が引っ張られて立ち止まり、北斗は後ろを見ると、早苗が彼のズボンの裾を掴んでいた。

 

「ど、どうしましたか?」

 

「あ、あの……その……」

 

 早苗は震える声で、言葉を紡いで行く。よく見ると、ズボンの裾を掴んでいる手も震えている。

 

「……」

 

 すると早苗は気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、口を開く。

 

「その、ご迷惑をお掛けすると思いますが……」

 

「……」

 

「……ほ、北斗さん。私と……い、一緒に、寝て……良いでしょうか?」

 

 頬を赤く染めて、恥ずかしそうな様子で彼女は、そう告げた。

 

「……んんぇ?」

 

 さらっと、とんでもない事を言われたような気がして、北斗は変な声を漏らして首を傾げる。

 

「え、えぇと、今なんて?」

 

「~っ! で、ですから! 北斗さんと一緒に、寝ても良いですか!?」

 

 彼女は恥ずかしながらも、北斗に少し強めに伝える。

 

「……うぇっ?」

 

 そして理解した北斗は変な声を漏らし、顔が赤くなる。

 

「っ?! い、いえ! 別に、いやらしい理由とかそんな事は無いですよ!? た、ただ添い寝して欲しいだけで、変な事を考えているわけですよ!?」

 

 早苗もまた妙な誤解を与えてしまったのに気付いてか、顔を赤くして慌てて弁明する。

 

「えっ、あ、いえ、別に、そういうのを期待していたわけじゃなくて、ただ、唐突過ぎて何と言っていいか」

 

「あーう……」

 

 北斗はしゃがみ込みながら戸惑った様子でそう言うと、早苗は顔を更に赤くして、両手で頭を抱えるように俯き、変な声を漏らす。

 

「……出来れば、理由を聞かせてもいいですか?」

 

「……」

 

 彼がそう声を掛けると、頭を抱えている早苗は、ゆっくりと頬を赤くして上目遣いで北斗を見る。

 

「……その、おかしな話になるんですが……外の世界の事を夢に見てしまって、気持ちが落ち着かないんです」

 

 早苗は搾り出すようにそう言うと、北斗は彼女の身体が震えているのに気付く。

 

「それで、眠れそうになくて……一緒に寝て欲しいというより、お話をして欲しいという感じで」

 

「……」

 

「ダメ、でしょうか?」

 

 早苗は上目遣いで、北斗に聞く。

 

「……」

 

 

 

 

(どうしてこうなった……)

 

 ベッドで布団を被り、横になっている北斗は内心呟く。

 

 その背中には、背中合わせに同じベッドで寝ている早苗の姿がある。

 

 結果的に北斗は早苗の要望を受け入れ、ベッドに一緒に寝ることになった。

 

 だが、いざ一緒に寝るとなると、二人して緊張してむしろ眠気が覚めていた。

 

 まぁお互い意識している思春期の男女が同じ床で寝ているのだから、当然といえば当然だ。むしろ何も無かったら異常である。

 

(うぅ……勢いで言ってしまいましたが、これは恥ずかしい)

 

 そして早苗もまた緊張のあまり強張っており、顔を赤くしてバクバクと心臓が鳴り止まなかった。

 

「……」

 

「……」

 

 それから二人はしばらく沈黙し、時間だけが過ぎていく。

 

「あ、あの、北斗さん」

 

「な、何でしょうか?」

 

「その、このままだと、話しづらいので……こっちを向いてくれませんか?」

 

「え、えぇと……このままじゃ、ダメでしょうか?」

 

「は、はい。出来れば、北斗さんの顔を見ながらが、良いです」

 

「そ、そうですか」

 

 北斗は振り向くのに抵抗感があったが、早苗が頼んでいるので、彼は意を決して振り向く。

 

「……」

 

 振り向いた先には、同じくこちらを向いている早苗の姿があり、向こうも恥ずかしいのか、頬を赤くしている。

 

 彼女の服装は蒸気機関車の神霊の少女達の中から借りたジャージであり、特に問題があるわけじゃないが、体勢的に彼女の立派な双丘が押し付けられて強調されている。

 

 早苗と目を合わせるのは気恥ずかしいし、かといって他のところに視線を向ければ、強調された双丘が目に入ってしまう。

 

 色んな意味でつらい現状である。

 

「え、えぇと……その……」

 

「……」

 

「……迷惑でなければ、夢の事をお聞きしますよ」

 

「は、はい……」

 

 早苗は躊躇いがあったものも、意を決して夢で見たことを話す。

 

 

 

 少女説明中……

 

 少女説明中……

 

 

 

「……」

 

「……今でも、外の世界の事は……憎んでいます」

 

 早苗は搾り出すように、そう告げる。

 

「……誰も、私を認めてくれなかった。誰も、神様を認めようとしなかった」

 

「……」

 

「両親だって、表向きは私の事を信じていたのに……実際は信じていなかった」

 

 俯く彼女は布団を握り締める。

 

「……だから、私は外の世界が嫌でした」

 

「……」

 

「正直な所、神奈子様と諏訪子様が幻想郷へ幻想入りすると聞いた時は、心のどこかでチャンスだと思っていたんだと思います」

 

 すると彼女は罪悪感を感じているように、少しずつ声のトーンが下がっていく。

 

「嫌な世界から、逃げたかった。誰も知らない、外の世界が忘れた存在が行き着く幻想郷に、逃げたかった……」

 

「……」

 

「もちろん、神奈子様と諏訪子様の為に仕えたいと、二柱の為に全てを捧げる気持ちに偽りはありません。全てを投げ打つ覚悟だって、ありました」

 

「……」

 

「……本当、私は……卑怯ですよね」

 

 彼女は俯くと、目元から一筋の涙が溢れる。

 

 見方からすれば、二柱の幻想入りに便乗して、嫌な世界から逃げたような、そんな風に思えるものだ。

 

 早苗からすれば、良心が傷つくようなものだ。

 

 北斗はしばらく沈黙した後、口を開く。

 

「……誰だって、嫌なことから逃げたいと思うのは、当然だと思います。僕は早苗さんじゃありませんから、早苗さんの気持ちをすべて理解することは出来ません」

 

「……」

 

「でも、逃げることはおかしなことじゃないと思います」

 

「……」

 

「重圧に押されて、壊れていくぐらいなら、逃げた方がマシだと、俺はそう思っています」

 

「北斗さん……」

 

 早苗は顔を上げて北斗を見る。

 

「まぁ、気休め程度のものだと思ってもらえれば、幸いです」

 

「はい……」

 

 早苗は頷くと、ある事が思い浮かぶ。

 

「あの、北斗さん。一つ良いですか」

 

「なんでしょうか?」

 

「……もし、もしも北斗さんは、本当のご両親と会うことが出来るとしたら、会ってみたいと思いますか?」

 

「……」

 

 早苗の言葉に、北斗は黙り込む。

 

「どうしてそれを?」

 

「いえ、ただ、何となく聞いてみたくなって。外の世界の事を思い出したからでしょうか」

 

「……」

 

「……やっぱり、捨てた両親を恨んでいますか?」

 

「恨んでいないと言えば、それは嘘になりますね。なぜ捨てたのか、と……捨てなければ、あんな事にならなかったはずだと、そう思うことはあります」

 

「……」

 

「でも、両親に会ってみたいとは、思っていますね」

 

「それは、なぜ?」

 

 早苗は北斗に問い掛ける。

 

「会って、なぜ捨てたかの理由を聞いてみたいと思っています。許すわけではありませんが、理解出来るところがあると思いますので」

 

「そうですか」

 

 彼女がそう言うと、二人はしばらく黙り込み、時計の針が時を刻む音が静かに部屋に響く。

 

「……北斗さん」

 

「なんでしょうか?」

 

「……私、幻想郷へ来た事を後悔していませんし、今後することも無いと思います」

 

「……」

 

「もちろん、外の世界の事や、両親の事が気がかりじゃないかと言えば、嘘になります。恨んでいたと言っても、私にとって血の繋がった両親なのですから」

 

「……」

 

「それに……」

 

 と、早苗は両腕を前に出して、北斗の頬に添える。

 

「二度と、会えないと思っていたあなたに、こうして再会できた。それだけでも、私は幸せです」

 

「早苗さん」

 

 微笑みを浮かべる彼女の姿に、北斗は頬を赤くして、少しぎこちない笑みを浮かべる。

 

「俺も、幻想郷に来れて良かったと思っています。色んな出会いや、蒸気機関車に囲まれる生活もそうですが、何より早苗さんと再会出来たのが、自分にとって一番良かったことです」

 

「北斗さん……」

 

「……」

 

「……」

 

 二人はしばらく見つめ合い、そして互いに顔が赤くなる。

 

「あ、あの、話したらモヤモヤしたのがスッキリしましたので、自分の布団に戻りますね」

 

「そ、そうですか。それなら、良かったです」

 

 二人はぎこちない様子で短く会話を交わすと、早苗は北斗のベッドから降りて自分の布団に戻ろうとする。

 

「ほ、北斗さん」

 

「は、はい」

 

「おやすみなさい」

 

「……はい。おやすみなさい」

 

 二人はそう交わし、早苗は自分の布団に戻り、北斗も身体を倒して布団を被った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 翌朝

 

 

 昨日まで土砂降りだった雨は晴れており、朝日が昇って濡れた地面を照らして輝かせている。

 

 

「昨日は泊めてくれて、本当にありがとうございました」

 

 早苗はそう言うと、深々と頭を下げる。

 

「いえ。困った時はお互い様です」

 

 北斗はそう言うと、笑みを浮かべる。

 

 

 しかし二人はどことなく眠そうな雰囲気であったが、結局あの後眠ることが出来ず、ものの見事に寝不足気味になった。

 

 

「北斗さん」

 

「はい」

 

「今度人里でちゃんと色んな食材を買いましょうね。もちろん、ネギ以外で」

 

「は、はい」

 

 どことなく圧のある笑みを浮かべる早苗に、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「北斗さん。また明日の早朝に、お弁当を持ってきますね」

 

「はい。楽しみに待っています」

 

 北斗は頷くと、早苗は風呂敷に包まれた空の弁当箱を持って空に浮かんで飛んで行く。彼は早苗が見えなくなるまで手を振って見送る。

 

「……」

 

 そして早苗の姿が見えなくなったのを確認し、北斗は今日の仕事をするために、宿舎にある執務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにその後、守矢神社では、こんなやりとりがあったそうな。

 

 

 

「えぇぇぇぇっ!! 一緒に寝たのに何も無かったぁっ!? そりゃ無いよ、早苗!?」

 

「な、何でですか!! どこもおかしいところはないじゃないですか!!」

 

「若い男女が同じ床に入ったら、やることは一つでしょ!!」

 

「な、な、な、何てこと言っているんですか、諏訪子様ぁっ!!!」

 

 

 

 その後守矢神社の上空で色とりどりの激しい弾幕ごっこが繰り広げられ、その様子を呆れた様子で見守る神奈子の姿があったとか、なかったとか……

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第129駅 無縁塚の再調査

 

 

 

 

 快晴な天気で、過ごしやすい気候になって徐々に春の訪れを感じさせる幻想郷。

 

 

 その幻想郷に、一編成の列車が走っている。

 

 

 D51 241号機がスハ43二輌に、炭水車(テンダー)側と連結したD51 1086号機を牽いて走っている。所謂プッシュプル編成だ。

 

 D51 241号機は特徴的なギースル・エジェクタから煙を吐き出して走り、D51 1086号機も後進で煙突から煙を吐き出して走る。

 

 しかしよく見ると、D51 1086号機は以前と比べて大きく装備が変わっており、北海道の罐の特徴であった切り詰めデフの除煙板(デフレクター)が通常の幅の除煙板(デフレクター)に変わっており、更に煙突には『長野工場式集煙装置』と呼ばれる集煙装置が取り付けられている。

 これは様々な装備を試して性能を確認すると共に、色んな見た目で楽しませるという目的がある。D51 465号機の除煙板(デフレクター)が通常の幅仕様に変わったのもそれらの理由がある。もちろんD51 1086号機には集煙装置を取り付けた経歴は無い。

 

 この編成は現在、無縁塚へと向かって驀進している。

 

 

 

 

「今日は同行してもらって、ありがとうございます、霊夢さん」

 

「別に良いわ。博麗の巫女として、異変解決の為に動かないのは沽券に関わるし」

 

 スハ43の車内にて、北斗が向かい側の席に座る霊夢に頭を下げると、彼女は窓から外を見ながらそう答える。

 

 北斗達は無縁塚の再調査の為に、協力者を乗せて無縁塚に向かっていた。

 

「北斗さん! 何があっても、霊夢や私が守りますからね!」

 

 と、霊夢の傍にあるお椀の中に居る針妙丸が両手をグッと握り締めながらそう言う。彼女も協力を申し出たら、快く承諾した。

 

「ありがとうございます、針妙丸さん」

 

 北斗は彼女に頭を下げる。

 

「これで、無縁塚の調査が完了すれば良いんですが」

 

 北斗の隣に座る早苗が呟く。

 

「まぁさすがに終わるだろう。今回は人数も多いしな」

 

 霊夢の隣に座る魔理沙が腕を組んだまま答える。

 

「それにしては、多過ぎるんじゃないかしら?」

 

 と、霊夢と魔理沙の後ろの席から声がすると、アリスが頭を出す。

 

「何を言っているんですか! 万全を期す為に大人数が必要なんですよ!」

 

 早苗は立ち上がり、アリスに対して両手を握り締めながら力説する。

 

「それにしたって、呼び過ぎよ」

 

 と、霊夢は後ろを見るように視線を向ける。

 

 

 一輌目のスハ43には、全ての席を占めるほどではないが、半分近くの座席を占めるほどに大人数が乗っている。二輌目に調査を行う作業員の妖精達が乗り込んでいる。

 

 無縁塚の調査の為に、早苗が知り合いに声を掛けた結果、この人数になったようだ。まぁ中には夢月や幻月、エリス、みとりの姿がある。魅魔と幽玄魔眼は留守番である。

 

 だが、中には見慣れない者の姿がある。

 

 

「おぉ! これが列車か! 初めて乗ったが、中々凄いぞ!」

 

 と、アリスの横から一人の少女が出てくると、席を離れて北斗が座っている席の前に来る。

 

 薄紫味のあるピンクのロングヘアーをして、同色の瞳の色をしているが、その瞳に光が無い無表情の少女で、青のチェック柄の上着に膨らんで顔のようにも見えるいくつものスリットがあるバルーンスカートを穿いており、赤と青にリボンのある白い靴を履いている。

 少女は頭に『火男』の能面を付けており、楽しそうな様子である。

 

 彼女の名前は『秦 こころ』 面霊気と呼ばれる付喪神であり、付喪神としてのレベルは恐らく追随を許さないぐらいに時を経ている。

 

 なぜ彼女が北斗達に同行しているかと言うと、道中線路の沿線に居た彼女が何を思ってか、走行中の列車に向かってジャンプし、スハ43の窓に張り付いて無理やり入ろうとして、そこから半ば強引に付いて来たのである。

 その際に霊夢にゲンコツを貰ったが。

 

 なんでここまで無理矢理付いて行こうとしたのかと言うと、本人曰く『面白そうだから♪』だそうである。

 

「は、はぁ。それは、良かったですね」

 

 無表情なのにどこか楽しそうなこころの姿に北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「で、付いて来るからには、私達の用事を手伝ってもらうわよ」

 

「良いよ。迷惑を掛けたからには、その清算をしなければならないからな。それに―――」

 

 と、霊夢の条件を了承すると、こころは能面を『狐』に変化させて北斗を見る。

 

「多くの付喪神に囲まれた君には、興味があるんだ。後で話を聞かせてくれないか?」

 

「話、ですか?」

 

「うん。君自身にも興味がある。他の人間と違う感覚があるからね」

 

「……」

 

「あぁ、安心してくれ。私はそんじょそこらの妖怪より強いからな。君の事は守って見せよう」

 

「えっ? あっ、はい」

 

 急に脈絡の無い話の流れに、北斗は戸惑うしかなかった。

 

(相変わらずこころさんは話が急に変わりますね)

 

 急な変化を見せるこころを見ながら早苗は内心呟く。

 

「しっかし、こりゃ豪勢な面々だよな。逆にこの面子に喧嘩を挑むやつの顔が見てみたいぜ」

 

「居たら相当の大馬鹿よ」

 

 面白そうに魔理沙がそう言って霊夢が毒を吐いて、それを聞いた早苗は苦笑いを浮かべる。

 

「それにしても、お前が付いて来たのは意外だったな、菫子」

 

 魔理沙は隣の席を見る。

 

「ま、まぁ、ちょっと興味があるし、付いて来ただけよ」

 

 と、隣の席に座る菫子は戸惑った様子でそう答える。

 

 彼女も偶々幻想郷に訪れた時が、ちょうど無縁塚の調査に出発する時だったので、霊夢に声を掛けられて参加したのだ。

 

「すみません、菫子さん。貴重な時間を割いて来て頂いて」

 

「い、いえ。別に大丈夫です。魔理沙にも言ったけど、興味があるから付いて来ていますので」

 

 北斗がそう言うと、菫子はどこか気恥ずかしそうに伝える。

 

「……」

 

 ただ、ちょうど北斗に隠れて見えないが、彼の背後で妙に圧の強い笑みを浮かべている早苗の姿があった。

 その姿を見た針妙丸は「ヒィッ」と怯えた表情を浮かべる。

 

「……」

 

 すると、菫子は戸惑った様子で、前の座席を見る。

 

「すぴー、すぴー」

 

 そこには鼻提灯を出して寝ている萃香の姿がある。別に鬼である彼女を初めて見たわけでは無いが、なぜ彼女が付いて来ているのかが疑問のようである。

 

「今は寝ているだけだから、別に気にしなくてもいいわよ、菫子」

 

 と、そんな彼女の様子を察してか、霊夢が素っ気無く伝える。

 

「そうは言っても……どうして連れて来たんですか?」

 

「そいつが宴会で使う予定だった酒を飲んだからよ。樽一つ丸々飲み干して、どうしてくれるのよ」

 

 と、霊夢はブツブツと愚痴を零す。どうやら宴会で出す予定だった酒を彼女に飲まれたそうである。

 

「だから、散々こき使ってやるつもりよ。もちろん宴会の準備にもね」

 

「鬼相手によくそんなことが出来ますね」

 

 相変わらず怖いもの知らずな霊夢に、早苗は呆れた様子で声を漏らす。

 

 

 

 するとD51 241号機が汽笛を連続して鳴らし、ゆっくり速度を落としていく。

 

「んげ!」

 

 少し急に速度を落としたせいで、座席に横になって寝ていた萃香が転げ落ちて変な声を漏らす。

 

「これは……!」

 

 北斗は窓を上げて開けると、頭を出して前を見る。

 

 D51 241号機は汽笛を何度も鳴らして速度を落としている。何かしらの事態が発生しているのを伝えている為の警笛だ。

 

「一体何が……?」

 

 北斗の隣から早苗が頭を出して前を見る。同じように窓を開けた各々が前を見ている。

 

 

 やがて列車は停止し、D51 241号機とD51 1086号機は安全弁からボイラーに溜まった蒸気を噴射する。

 

 北斗はすぐに立ち上がってスハ43の扉を開けて外に出ると、D51 241号機の元に向かう。

 

明日香(D51 241)! 一体何があった!」

 

「区長。それが、線路脇に人影があって、緊急停止しました」

 

「人影?」

 

 運転室(キャブ)の窓から頭を出した明日香(D51 241)が答えると、北斗は首を傾げる。

 

 無縁塚付近とあって、この辺りでも妖怪や獰猛な獣が多い。そんな所に来る者が果たしているのか……

 

 

「北斗さん!!」

 

 と、客車から早苗が北斗を呼び、彼はすぐに早苗の元に向かう。

 

「早苗さん。どうしましたか?」

 

 北斗は客車を見上げて窓から顔を出している早苗に声を掛ける。

 

「北斗さん。あなたに話があるって方が」

 

「自分に?」

 

 

「やぁ、初めまして」

 

 と、前から聞き慣れない声がして前を見ると、一人の少女が立っていた。

 

 クセのある灰色のセミロングの髪をした少女で、深紅の瞳をして、その頭には丸いネズミのような耳が生えており、腰からもネズミのような尻尾が生えている。黒い上着の上に水色のケープを羽織り、セミロングの黒いスカートを着用している。

 

「えぇと、あなたは?」

 

「私はナズーリンという、一端のネズミ妖怪さ」

 

「は、はぁ。初めまして、ナズーリンさん」

 

「噂はかねがね聞いているよ、霧島北斗」

 

 北斗は戸惑いながらも挨拶をする。

 

「おぉ、ナズーリンじゃないか!」

 

 と、客車の窓からこころが顔を出して彼女に声を掛ける。

 

「こころか。まさかお前が居るとは思わなかったな」

 

「前から興味あったからな。ちょうど見かけたから、同行したんだ」

 

「そうか」

 

 こころの姿を見たナズーリンが意外そうな表情を浮かべてそう言うと、彼女はそう答える。

 

「列車を止めたのは、あなたですか?」

 

「そうだ。ちょうど君達に用があってね、少し強引に止めさせてもらったんだ」

 

「は、はぁ」

 

「ふーん。無縁塚に入り浸ってるあんたがねぇ」

 

 と、素っ気ない様子で霊夢が上から呟く。

 

「あぁ、そうだ。君には礼を言わないとね」

 

「礼?」

 

 北斗は首を傾げながら声を漏らす。

 

「主人が無くした宝塔を拾ってくれた礼さ。おかげで探す手間が省けたよ」

 

「宝塔って言ったら……」

 

「以前自警団に届けたあれですよ。ナズーリンさんはその持ち主のお目付け役なんですよ」

 

 北斗が思い出していると、早苗が宝塔の事と、ナズーリンのことを教える。

 

「あの時の。ちゃんと届いたんですね」

 

「あぁ。お陰で助かったけど、私としてはご主人にお灸を添える目的で簡単に見つかって欲しくなかったけど」

 

「は、はぁ」

 

 地味にきつい一言を発するナズーリンに北斗は苦笑いを浮かべる。よほど彼女の主人は宝塔をなくすようだ。そしてその度に探しているのは彼女のようだ。

 

「で、何の用で止めたのよ」

 

 と、霊夢が頬杖を着きながら問い掛ける。

 

「あぁ、そうだったね」と言いながら、ナズーリンは北斗を見る。

 

「君たちを止めたのは、無縁塚にある物を見てもらいたいんだ」

 

「無縁塚に?」

 

「それって一体……」

 

 

 その後、ナズーリンの口から伝えられた事実に、北斗達は驚きに満ちることになる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『……』

 

 そして無縁塚に到着した北斗達は、その光景に呆然を立ち尽くす。

 

 無縁塚は以前と変わりない、不気味な雰囲気であったが、以前と違う光景が目の前に広がっている。

 

「うわぁ……いっぱいだぁ!」

 

 宙に浮かんでいるお椀の中にいる針妙丸が、目を輝かせてそれを見ている。

 

 

 

 それはまるで投棄されたようで、そうでもないように並べられた多くの蒸気機関車の姿があった。

 

「な、何ですかこれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」

 

 早苗はそんな非常識な光景に、思わず叫ぶ。

 

「なに、この蒸気機関車の不法投棄現場は……」

 

 董子はその光景に思わず声を漏らす。彼女の言う通り、どう見ても不法投棄現場にしか見えないからだ。

 

「これは……」

 

 北斗は今までに無い蒸気機関車の状態に、声を漏らす。一部を除けば、蒸気機関車は線路の上で見つかっていたのに、目の前にある蒸気機関車達は地面に直接置かれている状態だった。

 

「何だか、今までと違って随分と適当な感じね」

 

「それに、機関区にある機関車と雰囲気が違うわね」

 

「確かに、かなり違うな」

 

 蒸気機関車の状態を見て、幻月や夢月、みとりがそれぞれ呟く。

 

 

 これまで幻想郷で見つかった蒸気機関車と違って、彼女たちの目の前にある蒸気機関車はかなり雰囲気が違う。

 

 それもそのはず。彼らの目の前にある蒸気機関車の全てが、海外で作られた蒸気機関車だからだ。

 

 色取り取りなカラーリングだったり、特殊な足回りであったり、巨大な姿であったりと、様々な姿や構造を持っている。

 

 

「これは、全て海外の蒸気機関車ですね」

 

「そうなんですか?」

 

 蒸気機関車を見て北斗がそう言うと、早苗が問い掛ける。

 

「えぇ。あまり詳しくありませんが、それでも見たことがあるものが多いですね」

 

「そうですか。確かに日本の蒸気機関車と比べると、大分違いますね」

 

 早苗はそう言いながら、『C53』と書かれたナンバープレートを持つ蒸気機関車を見る。

 

「で、見せたかったのって、これのこと?」

 

「そうだよ。今朝見つかってね、これに詳しい君たちに伝えようと移動していたら、ちょうど君たちが来てくれたんだ」

 

「なるほどね」

 

 お祓い棒を手にしている霊夢がナズーリンに問い掛けると、彼女が答える。

 

「それにしても、これどうするんだ?」

 

 と、魔理沙が「どうするよ」と言わんばかりに問い掛ける。

 

「さすがに、この状態では……」

 

 北斗は苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

 蒸気機関車があるのは、線路から大きく離れた場所であり、どう考えても操重車のクレーンでは届かない。そうなると蒸気機関車の近くに仮設の線路を敷く必要があるが、地形の隆起が所々にあるので、そのままでは敷設できない。

 

「……」

 

 すると霊夢はチラッと何かを一瞥して考え込む。

 

 

 

「何やら大所帯で来ましたね」

 

『っ!』

 

 するとこの場に居る誰のものでもない声がして、彼女達は顔を上げてとっさに声がした方を見る。

 

 そこには、一人の少女が立っている。

 

 背丈は霊夢や魔理沙よりも高く、髪の色は緑で、右側が長いショートヘアーをしている。服装は白いシャツに青いベストを上から来ており、白いフリルが付いた黒いスカートを穿いている。

 頭には、厳かな帽子に紅白のリボンが付いているものを被っている。腕を組んでいる中、右手には金色で何らかの文字が刻まれた笏を手にしている。

 

「あの人は……」

 

「閻魔じゃない。なんであんたがここに居るのよ」

 

 北斗が見知らぬ少女に首を傾げていると、霊夢がどこか面倒くさそうな様子で問い掛ける。

 

「それはサボっている小町を探しに人里に向かう途中で、この無縁塚でこれらがあったもので。これに関して幻想機関区とやらに向かおうと考えていたところ、ちょうどあなた方が来ましたので」

 

「ふーん。というか、あの死神またサボってるのね」

 

「いつものことです。博麗の巫女は……どうやら彼の護衛兼調査に同行している、といったところですね」

 

「まぁね」

 

 閻魔と呼ばれた少女は、北斗を見てから霊夢を見て彼女が居る理由を察する。

 

「早苗さん。あの人は?」

 

「あの人はこの幻想郷の閻魔ですよ」

 

「閻魔、ですか」

 

 早苗から少女の事を聞き、北斗は息を呑む。

 

「……」

 

 すると少女は北斗を見ると、彼の元へと近づく。

 

「霧島北斗ですね」

 

「は、はい」

 

「初めまして。私はこの幻想郷で閻魔をしています『四季映姫・ヤマザナドゥ』と申します。あなたのことは聞いていますよ」

 

「閻魔、ですか」

 

 北斗は少女こと映姫を見ながら声を漏らす。

 

「なんです、その反応は? 私が閻魔であるのがそれほど意外ですか」

 

 彼の反応が気に食わなかったのか、映姫は不機嫌そうに目を細める。

 

「い、いえ。ただ閻魔といったら、厳つい雰囲気なのが多かったもので」

 

 北斗は映姫の雰囲気を察して、弁明する。といっても、そのイメージの元はアニメや漫画が多いが。

 

「……まぁ、そういう閻魔も居ますけど、どうやら外の世界ではそのイメージで通っているようですね」

 

 彼女はどこか納得しがたいという雰囲気だったが、渋々と納得する。

 

「まぁ、良いでしょう。本当なら色々と言いたいところですが、あなたにも仕事があるようですし、今回はこれで済ませますよ」

 

「……」

 

(あの閻魔が説教をしない、だと!?)

 

 映姫が説教をしない事態に、魔理沙は内心驚愕している。

 

「で、何の用なの、閻魔? こう見えても忙しいのよね」

 

「とても忙しいように見えないのですが……まぁ、用はあれです」

 

 どこか言いたそうな雰囲気だったが、映姫はそう言うと、無縁塚に投棄された蒸気機関車を見る。

 

「あれをあなた方に片付けて欲しいのですよ」

 

「なんで私たちが……」

 

「あんな物をいつまでも放置するわけにはいきません。あなた達が責任を持って回収してください」

 

「だからって」

 

「それに、あなた達もあれをどうにかしようとしていたのではありませんか?」

 

「……」

 

 映姫にそう言われて、霊夢は何も言えなかった。

 

「これも、異変解決の一環と思ってやってください。これも博麗の巫女としてのあなたが行なう善行です」

 

「……」

 

「もちろん、あなたにも協力してもらいますよ、霧島北斗」

 

「は、はい。もとより、そのつもりです」

 

「良い心掛けです。では、私はこれで。この間に小町が逃げるかもしれないので」

 

 映姫はそう言うと、人里を目指して歩いていく。

 

「……」

 

「何だか、一方的に言われたような気がしますね」

 

「まぁ、閻魔はあんなもんだぜ」

 

「は、はぁ」

 

 戸惑う北斗に、魔理沙は肩を竦めながらそう言う。

 

 何とも言えない雰囲気が漂う中、董子が切り出す。

 

「と、とりあえず、調査やあの蒸気機関車をどうするか考えますか?」

 

「そうね。まぁ一応あれを運び出す方法は考えてあるわ」

 

「えっ? 方法があるんですか?」

 

 早苗は驚いた様子で霊夢に問い掛ける。

 

「まっ、力があって自在に大きさを変えられるやつが居るしね」

 

「えっ?」

 

 と、霊夢は萃香を見ながらそう言うと、彼女は驚いた様子で振り返る。

 

「な、なぁ、霊夢? まさかと思うけど、あれ全部運べって、言うんじゃないよな?」

 

「あら。よく分かったわね。察しが良いやつは嫌いじゃないわ」

 

「ちょ、ちょっと!? 結構な数がある上にでかいんだけど!?」

 

 萃香は慌てた様子で霊夢に訴える。

 

「鬼のあなたなら余裕でしょ」

 

「大きくなるのは結構疲れるんだぞ!?」

 

「なら日ごとに分けてもいいわよ。それなら疲れないだろうしね」

 

「いや、でも……」

 

「ねぇ、北斗さん」

 

「なんでしょうか?」

 

 まだ抗おうとする萃香を無視して、霊夢は北斗に問い掛ける。

 

「多少時間は掛かっても、良いわよね?」

 

「え、えぇ。まぁ大丈夫ですが……」

 

「だ、そうよ、す・い・か?」

 

「ひぇぇぇぇ……」

 

 それはそれはイイ笑顔を浮かべる霊夢に、萃香は震え上がる。鬼である彼女であっても、霊夢に逆らったらいけない、と本能が訴えている。

 

 その様子に、北斗は罪悪感を抱く。

 

(相変わらず変わらないわね、この巫女は)

 

 夢幻姉妹は霊夢の様子から、全く変わらない姿に呆れるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それからして、妖精達が無縁塚の調査を開始し、その妖精達の護衛に各々が付く。幻月と夢月、エリス、みとりは列車の護衛に着く。

 

 そんな中、北斗と早苗はある所を目指して歩いている。

 

「あの、北斗さん。気になるものって、一体なんですか?」

 

 お祓い棒を手にして周りを警戒している早苗は、北斗に問い掛ける。

 

「自分にもよく分からないんですが、最初見た時からどうも気になって」

 

「そんなに、ですか?」

 

「えぇ。自分でも、おかしいと思っているのですが……」

 

 北斗は思い悩んでいる様子で、丘の上に登る。

 

「あれは……」

 

 丘の上に登り切ると、そこにあったものに早苗は息を呑む。

 

 そこには、多くの小石が積み上げられたものがいくつもある。それが簡易的な墓であるのは容易に想像できた。

 

「お墓、ですね」

 

「そう、ですね」

 

 いくつもある墓の前で、二人は両手を合わせて黙祷する。

 

「……」

 

 ふと、北斗はいくつもある墓の中に、一つだけ違う墓を見つけると、ゆっくりとその墓に近づく。

 

「これだけ、他のお墓と違いますね」

 

 早苗はその墓が、他の小石を積み上げたものではなく、木材で十字に組み上げた墓であるのに、首を傾げる。

 

「……」

 

 と、北斗はその十字の墓の前に片膝を地面に着けてしゃがむと、十字の墓に掛けられている物を見る。

 

 それは長い間雨風に晒されて錆びているが、パッと見た感じ懐中時計みたいである。

 

「北斗さんが気になっていたのって、これですか?」

 

「えぇ。そうです」

 

 北斗はその墓の前で、両手を合わせて黙祷する。

 

「でも、どうして気になったんですか?」

 

「……正直な所、自分にも分からないんです」

 

「……」

 

 どこか悲しそうな、そんな雰囲気の北斗に、早苗は何も言えなかった。

 

「ただ、何て言えばいいか、分からないんです。でも、このお墓を見ていると、妙に引っかかるような、そんな感じがあるんです」

 

「……」

 

「すみません。おかしなことばかり言ってしまって」

 

「い、いえ。私は気にしていませんから。大丈夫です」

 

「……」

 

「そろそろ、行きますか?」

 

「はい。個人的な用はこれで終わりました。後は無縁塚の調査のみです」

 

 北斗は立ち上がり、無縁塚を見渡す。

 

「行きましょう、早苗さん」

 

「はい」

 

 早苗は微笑みを浮かべて頷くと、北斗の後に付いて行く。

 

「……」

 

 北斗は立ち止まって十字の墓を一瞥すると、再び歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 すると、墓の傍で薄っすらと人の姿が浮かび上がり、北斗の姿を見てその人影は微笑みを浮かべて、再び姿を消す。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第130駅 姉妹の再会

やる気スイッチというより、ニトロの投入タイミングって分からないもんですね。


 

 

 

 無縁塚での調査は以前と違い、妖怪の襲撃はなく、順調に進んで何とか終えた。

 

 調査の結果、無縁塚でも駅を建設して運用が可能であるのが判明したものも、現時点ではまず訪れる者はいないので、利用価値があるのかどうか悩ましいとのこと。

 

 と、まぁ、一応無縁塚周辺の活用は今後考えられるだろう。

 

 

 次に無縁塚で見つけた海外製の蒸気機関車だが、これは萃香が目立たないように夜な夜な『密と疎を操る程度の能力』を応用して巨大化し、無縁塚から一輌ずつ丁重に幻想機関区に運んでもらっている。

 壊れないように丁寧に行い、なおかつ目立たないように夜中に行っているとあって、一日に運べるのは一輌、多くて二輌が限界であった。

 

 運んでもらった蒸気機関車は、幻想機関区の空いたスペースにて妖精達がそれぞれの幅の規格の仮設線路を敷き、置いてもらっている。

 

 蒸気機関車だが、海外の蒸気機関車は線路の幅が違うので、少なくともそのままでは使えない。今後どうするかは今後話し合われる。

 まぁ中には日本の蒸気機関車同じ狭軌の規格の海外の蒸気機関車があるので、どうにか使えるだろうとのこと。

 

 

 まぁ、これらの海外製の蒸気機関車をどうするかは今後次第ということだ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 無縁塚の再調査が終わった、二日後……

 

 

 

「しっかし、これは凄いな」

 

 北斗は前方で行われている作業を眺めながら呟く。

 

 これまで運び込まれた蒸気機関車は二輌であり、仮設された線路に乗せられた蒸気機関車は、その上に雨を凌ぐ為の屋根が作業員の妖精たちによって建てられている。

 

 この二輌も海外の蒸気機関車であり、片やイギリスの機関車であり、片やアメリカの機関車であった。

 

 片方は流線形のカバーが取り付けられた蒸気機関車であり、その姿は蒸気機関車として世界最速の記録を叩き出した『マラード号』の形式であるクラスA4と呼ばれる蒸気機関車そのものである。

 

 しかし足回りをよく見ると、クラスA4は4—6—2のパシフィックの車軸配置なのだが、このクラスA4は4—6—4のハドソンと呼ばれる車軸配置をしているのだ。

 

 なぜクラスA4なのに、車軸配置が違うのか?

 

 そもそも、このクラスA4は最初からクラスA4として作られたわけではなく、別の蒸気機関車として作られたのだ。

 

 

 この機関車の名前は『W1クラス』と呼ばれる蒸気機関車で、イギリスで開発された高圧蒸気機関車である。

 

 高圧蒸気機関車とは、通常よりも蒸気圧を高く設定した蒸気機関車のことであり、巨大なボイラーに過熱器を備えていることで、スチームパンク作品でよく見るごつい見た目なのが特徴的だ。これにより熱効率が上がり、石炭の消費量を抑えることになっているので、牽引力が上がっている。しかし高圧蒸気機関車は総じて構造が複雑であり、メンテナンスコストが非常に高くなっており、あまりの高さに普通の蒸気機関車を使ったほうがコストパフォーマンスが良いという結果になった。

 アメリカのいくつかの鉄道会社がこの高圧蒸気機関車を使っていたのだが、先ほどのメンテナンスコストの高さのせいで、その全てが廃車となっている。

 

 そしてイギリスでも高圧蒸気機関車が二種類ほど作られたが、その片方がW1クラスなのだ。

 

 W1クラスはクラスA1やクラスA4の設計者であるグレズリー氏によって設計されており、W1クラスには水管ボイラーと呼ばれる代物を搭載しており、これと同じ構造をしたボイラーを他の高圧蒸気機関車にも搭載されている。

 

 当初クラスA1と同じ4—6—2のパシフィックにする予定だったが、様々な設計変更を行ったことで、4—6—4のハドソンになっている。ちなみにこの車軸配置だが、元々4—6—2として製造中だった時に設計を変更したので、途中で可動式の従輪を追加している形となっている。なので、構造的には4—6—4というより4—6—2—2みたいなものである。

 

 このW1クラスは他の高圧蒸気機関車と違い、ゴテゴテの配管類をカバー内に収めたことで、高圧蒸気機関車らしからぬスッキリとした姿となっている。そのせいか、関係者からは『走るソーセージ』というあだ名が付けられた。

 

 完成後の試運転でいくつかの欠点が発見されてその点の改良が施され、有名な旅客列車を牽引するなど、ある程度の活躍を見せたものも、W1クラスはそれ以上の期待に応えることはできなかった。

 

 W1クラスはクラスA1と比べると扱いづらさと性能不足が露見しており、その上構造からか、蒸気の上がりが非常に悪く、更に高圧蒸気機関車の構造の複雑さからくる整備性の悪さから、保守班からかなり嫌われた。

 

 その後も改良が加えられたものも、性能自体は良くならず、最終的に設計者のグレズリー氏も改良を諦めてしまい、高圧蒸気機関車計画は終了を迎えた。

 

 しかし完成してからそれほど年数が経っていないこの機関車を廃車するのはもったいないと思ったのか、魔改造が施された。

 

 主に水管ボイラーを取り外して代わりに一部設計変更を加えたクラスA4のボイラーを搭載し、流線形カバーを取り付けた他に走り装置をクラスA4と同じものにしたりして、実質クラスA4として完成させたのだ。

 可動式の従輪は外す必要がないと判断されてか、そのままにされたので、4—6—4のハドソンという唯一のクラスA4となったのだ。

 

 ちなみに他の機関車でも似たような魔改造が施された例もあり、様々な足回りを持つクラスA4が存在していたという。

 

 W1クラスはその後他のクラスA4と共に特急列車を牽引する日々を送ったが、台車の破損が原因の脱線事故を起こしたものも、その後修理されて走り続け、引退後は工場で解体されてしまった。

 

 

 そんな4—6—4のハドソンの足回りを持つクラスA4が、彼の目の前にあるのだ。

 

(ハドソンのクラスA4か。こんな形で海外の蒸気機関車を見ることになるなんてな)

 

 海外の、それも現存していない機関車とあって、北斗は少し気分を良くしていた。

 

 基本的に彼は日本の蒸気機関車が好きなのだが、別に海外の蒸気機関車が嫌いではない。むしろ好きな方だ。

 しかし実際に目にする機会が無かったので、実物を前にして興奮気味なのだ。

 

(それに、こっちも……)

 

 と、ハドソンのクラスA4の隣にある蒸気機関車を見て、笑みを浮かべる。

 

 そこにあるのは、かなり特異な姿をした蒸気機関車だ。

 

 パッと見た感じ、かなり長い蒸気機関車で、複数の走り装置を持つ、マレー式蒸気機関車のようにも見える。しかしよく見ると、その走り装置が炭水車(テンダー)にもあるのだ。

 なんと、その蒸気機関車は三組の走り装置を持つ、『マレー・トリプレックス』と呼ばれる希少な蒸気機関車である。

 

 この蒸気機関車は『P1型蒸気機関車』と呼ばれ、ボールドウィンというアメリカの車輌工場で製造された蒸気機関車で、全部で四輌製造され、エリー鉄道に三輌、ヴァージニア鉄道に一輌が配備された。

 このP1型蒸気機関車はヴァージニア鉄道に配備された世界で唯一の2—8—8—8—4の車軸配置を持つ。

 

 

 このP1型蒸気機関車は複式の四軸の走り装置を三基持つという、鉄道ファンに有名な布原のD51形三重連と同じ数の動輪が一輌であるのだ。これでも驚きものだが、このP1型蒸気機関車の最も驚くべき部分は、その走り装置が生み出す牽引力だ。

 

 この機関車、何と現代最強の電気機関車の牽引力61tに対して、なんと驚愕の牽引力73tという、ありえない数値をしているのだ。嘘のように思えるが、マジのようである。

 

 ならば配属先のエリー鉄道やヴァージニア鉄道でかなり活躍したのか……というと、残念ながらこの機関車は活躍できなかった。

 

 というのも、いくら牽引力が高く理論上重い列車を牽引できたとしても、その牽引する貨車の連結器が多くの連結時の重量に耐えられず、壊れてしまうのだ。

 

 その上、蒸気の消費量が多く、ボイラーも特段大きな物ではなかったので、高速で走行しようものならすぐに蒸気不足に陥ってしまう。そのため、最大速度は16km/h前後が限界だったそうである。

 いくら貨物列車の牽引が主だとしても、輸送が滞りそうなぐらいに遅すぎる。その上、運転室(キャブ)の真下に走り装置があったので、運転室(キャブ)内は常に蒸気で熱くなり、とてもうるさかったそうである。

 

 牽引力が良くても、速度は遅いし、その他諸々欠点が多かったマレー・トリプレックスは、結局長生きすることなく短命に終わった蒸気機関車であった。生まれた時代がもう少し後で、ボイラーがデカければ、多少なりとも良い結果を残せた、かもしれない。

 

 ちなみにヴァージニア鉄道に配属されたP1型蒸気機関車は、ボールドウィンにて二分割されて二輌の機関車に改造されて、長く運用されたようである。

 

 

 そんな希少なマレー・トリプレックス式の蒸気機関車『P1型蒸気機関車』 それもヴァージニア鉄道に配備された唯一の機関車が、彼の目の前にあるのだ。

 

(こんな足回りが凄い機関車を見れるなんて、何だか凄いことになってきたな)

 

 彼は内心呟きながら、W1クラスとP1型蒸気機関車を見る。

 

(その上、まだまだあるんだからな。ホント飽きないな)

 

 無縁塚に残っている蒸気機関車はまだあるので、彼らかすればここしばらく飽きない日々を送れるだろう。

 

(でも、この機関車……どうしたものか)

 

 北斗は二輌の蒸気機関車を見ながら、ため息をつく。

 

 

 幻想郷に現れた線路は、1.067mmの幅の狭軌の規格だが、この二輌は1.435mmの幅の標準軌の規格をしている。つまりこのままでは幻想郷の線路を走れないのだ。

 

 こういう軌間が異なる場合、三線軌条と呼ばれる方法が取られる。これは片方のレールを共通にして、もう片方をそれぞれの規格の幅に合わせてレールを二本敷設する方法だ。

 

 日本ではこういった方法を用いることで、電車と新幹線が同じ路線を走る光景が見られる所がある。

 

 しかしそうなると標準軌規格のレールを新たに敷設する必要があるが、敷設に相当なコストが掛かるのは目に見えている。

 

 そもそも標準軌の蒸気機関車を導入する必要が果たしてあるかどうか……確かに性能は狭軌のSLより高いだろうが、構造が大分違うので、使い勝手が違う。

 更に付け加えると、標準軌の規格の客車や貨車が無いので、機関車単体では役に立たない。まぁ車輛に関しては作ればいいだけだが、作るだけのメリットが果たしてあるかどうか。

 

 

(でも、なるべく動態で残したいんだよな。状態によるんだけど)

 

 北斗はW1クラスとP1型蒸気機関車を見ながら一考する。

 

 彼としては無縁塚で見つけた蒸気機関車も何とか活用したいところで、最低限でも動態で残しておきたいのだ。

 

 機関車の状態も、一部を除けば良好なので、復元作業は容易だろう。だが、復元しても、どう活用するか……

 

 

「区長!」

 

 と、神流(D51 1086)が北斗の元へやってくる。

 

「どうした?」

 

「にとりが来たけど、どうする?」

 

「にとりさんが。なら今から向かうよ」

 

「了解」

 

 神流(D51 1086)は北斗をにとりの元へ案内する。

 

 

 

 北斗は神流(D51 1086)に案内されて、整備工場の前までやって来る。

 

「悪いね、北斗。急に来たりして」

 

「いえ、構いません」

 

 にとりは整備員の妖精と話しており、北斗が来ると妖精との会話を切り上げて彼の方を向く。

 

「それで、にとりさん。今日はどんな用で来られたのですか?」

 

「それなんだけど、今作ってるC57形に取り付けたい物があるんだ」

 

「取り付けたい物?」

 

「あぁ。煙突に取り付ける物なんだけど、名前は何て言ったっけかな」

 

 にとりは何とか思い出そうと、首を傾げる。

 

「それって、集煙装置ですか?」

 

「そう、それ! その設計図が欲しいんだ。貸してくれないか?」

 

「集煙装置の設計図なら、現物から書き出したやつがありますので、貸し出しますね」

 

「それはありがたい」

 

 にとりは気を良くして笑みを浮かべる。

 

「でも、なぜ集煙装置が必要なんですか? 付ける必要は無いと思うんですが」

 

 北斗はそう言いながら首を傾げる。

 

 集煙装置はそもそもトンネル内での煙害を防ぐ為のものであり、妖怪の山にはトンネルの類がないので、集煙装置の必要はないはず。

 

 それに、集煙装置はC58 1号機が取り付けているやつを基にしているので、C57形には少しサイズが大きい。

 

「まぁ、性能の試験目的だよ。色々と試してみたいしね」

 

「そうですか。まぁ、別に止める理由はありませんが」

 

 北斗はそう言うと、近くを通りかかった妖精に集煙装置の設計図を持ってくるように伝える。

 

「それにしても、最近何かあったのかい? ここに来た時空き地で何かしていたようだけど?」

 

「あぁ。それですが、昨日ですね――――」

 

 北斗はにとりに無縁塚での出来事を教える。

 

 

 

 

「そりゃ凄いね! 新しい蒸気機関車、それも今までと違うやつなのか!」

 

 にとりは目を輝かせて北斗に近寄る。

 

「えぇ。今二輌がここにありますので、この後見に行きますか?」

 

「ぜひ案内してくれ!」

 

 にとりはワクワクした様子で頷く。

 

「それにしても、君が現れてから、毎日が楽しい日々だよ」

 

「そうですか?」

 

「あぁ。こうも外の世界の技術に触れられるんだ。楽しくないわけがない」

 

「……」

 

「君に出会えたのが、私にとっての幸運だったかもね」

 

「幸運、ですか」

 

 北斗はどこか物悲しい雰囲気ながらも苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「北斗。車入れを終えたC50 58号機についてなんだが」

 

 と、工場の扉が開かれて、ファイルを手にしたみとりが出てくる。

 

「みとりさん」

 

「え……」

 

 北斗がみとりの方に振り向きながらその名前を口にすると、にとりはさっきまでの意気揚々とした様子から、突然驚愕した雰囲気になる。

 そしてみとりの姿を見た瞬間、目を見開く。

 

「っ!」

 

 みとりもまた、にとりの姿を見ると、目を見開いて固まる。

 

「……姉、さん?」

 

「……にとり」

 

 にとりは震える声を漏らし、ゆっくりとみとりの元へ歩み寄る。

 

「ほ、本当に……本当に、姉さん、なの?」

 

「……」

 

 彼女の言葉に、みとりは顔を背けるも、意を決してにとりを見る。

 

「……久しぶりだな、にとり」

 

「っ! 姉さん!!」

 

 にとりは感極まってか、地面を蹴ってみとりに抱きつく。

 

「姉さん! 本当に、姉さんだぁ!!」

 

 彼女はみとりの胸の中で、涙を流す。

 

「……」

 

 みとりはにとりの頭に優しく手を置く。その目頭には、少しだけ涙が溜まっている。

 

「……」

 

 完全に蚊帳の外だった北斗は、空気を読んで何も言わず、静かに二人を見守る。

 

 

 

「……ぐすっ、なんだか、みっともないところ、見せちゃったね」

 

 みとりの胸の中でしばらく泣いたにとりは、涙目で鼻をすすりながら、北斗に謝罪の言葉を送る。

 

「そんなことはありませんよ。むしろ、喜ばしいことじゃないですか」

 

「ぐすっ、それは、そうだけど……」

 

「……」

 

 にとりはみとりを見ると、彼女は顔を背ける。

 

「北斗。姉さんがいるのなら、どうして教えてくれなかったのさ」

 

「それは、みとりさんが最近機関区で働き始めたばかりで、この頃はにとりさんと会う機会が無かったのもありますね」

 

「そっか……ちょうど間が悪かったんだね」

 

 にとりは納得した様子で涙を拭うと、みとりを見る。

 

「姉さん。その、本当に久しぶりだね」

 

「……そうだな」

 

 みとりはどこか居心地が悪そうな様子で、答える。

 

「姉さん。どうして、私の前からいなくなったの?」

 

「……」

 

 にとりの言葉に、みとりは何も言えなかった。

 

「私のことが、嫌いになったの?」

 

「……それは」

 

「……そうだよね。だって、姉さんからすれば、私は河童だしね」

 

「……」

 

 みとりは何か言おうとするも、口を閉じる。

 

「姉さんは、本当につらい思いをしていたのに、私は……姉さんにしつこく付きまとっていたから。だから――――」

 

「違う!」

 

 と、みとりは大きな声を上げる。

 

「……違うんだ。お前のことを、煩わしく思ってはいない」

 

「……」

 

「お前と過ごした日々は、少なくとも私には楽しかったんだ」

 

「姉さん」

 

「だが、私の為に、お前を傷つかせるわけに、いかなかったんだ」

 

「……」

 

「にとりは、よく傷を負っていたよな。お前はただ怪我をしただけだって言っていたが、気づかないと思っていたか」

 

「……」

 

 みとりの指摘に、にとりは俯く。

 

「私の為に、にとりを傷つけるわけにはいかなかった。だから……里を去ったんだ」

 

「姉さん……」

 

「……」

 

 二人の間に、しばらく沈黙が続く。

 

 

「ねぇ、姉さん」

 

 その沈黙を、にとりが破る。

 

「姉さんは、この幻想機関区で働いているんだよね」

 

「あ、あぁ。そうだ」

 

「なら、ここだけで良いから……」

 

 にとりは一間置いて、口を開く。

 

「あの時のように、姉妹で居られるかな?」

 

「にとり……」

 

「ダメ、かな?」

 

 にとりは上目遣いで、みとりを見る。

 

「……」

 

 みとりは目を瞑り、一間置いて目を開く。

 

「私は……河童も、人間も、許すことは出来ない。恐らく、これからも」

 

「……」

 

「だが……家族は別だ」

 

「姉さん!」

 

「過ぎ去った時間は、決して戻せない。だが、その時間を埋め合わせるのは、出来るかもしれない」

 

 みとりは微笑みを浮かべて、にとりの頭に手を置く。

 

「にとり。改めて、よろしくな」

 

「っ! うん!」

 

 にとりは笑みを浮かべ、元気よく頷く。

 

 

(家族、か)

 

 みとりとにとりの二人の様子を見ながら、北斗は内心呟く。その表情はどこか羨ましそうであり、どこか悲しげであった。

 

 その悲しげな表情が、一体何を意味しているのか……

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第131駅 かつて鉄路から追いやった者は、今では絶滅危惧種であり、良き相方

兵庫県の公園に静態保存されているC56 135号機が大井川鐵道に譲渡されるみたいですね。
C56 44号機の修繕の為の部品取りにされるかの世が高いですが、記事の一文を見ると動態復元も視野に入れている可能性もあるみたいですね。
今後の展開に期待です


 

 

 

 それから更に二日後、未来から岡崎夢見が人造石油を作る為の設備と、製油設備の建築資材を持ってやってきた。

 

 

 間欠泉センターでは、すでに受け入れの準備を終えており、すぐに夢見が持ってきた作業ロボットと、河童たちが設備の建設に入る。

 

 

 そして幻想機関区でも、新たな設備が建設されている。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 幻想機関区では、機関庫と整備工場の横に、作業員の妖精たちがある設備を作っている。

 

 それは液体燃料を入れて貯蓄する為のタンクであり、重油と軽油を溜めて置く為のタンクを二種類建設している。

 

 そんな中、18633号機がC59 127号機を扇形機関庫から出して整備工場へと運び込んでいる。長らく動いていないとあって、試運転に向けて再整備が行われることになった。

 

 

「それにしても、本当に良かったのですか? ここまでしてくれて」

 

「良いのよ。私が好きでやっているんだから」

 

 作業の光景を北斗と夢見が見ながら、会話を交わしている。

 

「人造石油の精製施設と製油設備が出来れば、あの機関車を動かせるようになるわね」

 

「そうですね。あれが動くなるようになれば、今後の運行形態も増えていくと思います」

 

「それは楽しみね」

 

 夢見は楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「設備の維持管理は作業ロボットを置いておくから、他は何もしなくてもいいわ」

 

「そうですか。しかし、整備とかそういうのはしなくて大丈夫なのですか?」

 

 蒸気機関車の整備なら問題ないが、それ以外は門外なので整備することは当然出来ない。

 

「整備用のナノマシンが入っているから、問題無いわ。ナノマシンが古くなっても、中で新しく精製されるから、半永久的に稼働できるのよ」

 

「は、はぁ。本当に未来の技術は凄いなぁ……」

 

 北斗は改めて未来の技術の凄さに、驚きを隠せなかった。

 

 

「それにしても……」

 

 と、北斗は後ろを向いて、そこにある物を見る。

 

「本当にこれをもらっても良いのですか? 未来ではとても貴重な物のはずでは?」

 

「良いのよ。私が持っていても、宝の持ち腐れにしかならないし。だったら、活用してくれる所にあげる方が、この子達にも良いのよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 北斗はそう言うと、目の前にある物を見る。

 

 

 二人の目の前には、線路の上に鎮座する二輌の鉄道車輛があり、どれも似たような形状をしている。

 

 凸型の形状をした車輛であり、先頭の車輛は均等の長さがあるが、後ろの車輛は片方が短い形状をしており、どちらも赤と白のカラーリングをしている。

 

 これらの車輛は、戦後の日本で開発され、各地で活躍したディーゼル機関車……『DD51形ディーゼル機関車』と『DE10形ディーゼル機関車』である。

 

 

 DD51形ディーゼル機関車は、戦後の日本が開発したディーゼル機関車であり、おそらく一般の方でも目にしたことがあるかもしれない、日本で一番有名な機関車だ。

 

 しかしこのDD51形ディーゼル機関車は、戦後の近代化に伴い蒸気機関車に代わって配備が進んだとあって、蒸気機関車を駆逐したDD51形ディーゼル機関車は鉄道ファンから『赤豚』だの『文鎮』だの、『デラックスデゴイチ』だの、言われ放題だった。

 だが、それでもDD51形の汎用性と性能の高さは確かなものであり、様々な場所に配備されて、蒸気機関車を廃車に追いやった。

 

 DD51形は旅客列車、貨物列車を牽引したり、寝台特急も牽引している。特に有名なのは青いボディーのDD51形二輌が重連で牽く『北斗星』だろう。

 

 そして、あまり一般的に知られてはいないが、このDD51形はかつてある震災にて、被災地が燃料不足に陥り、非常に危険な状況が起こっていた。その被災地へ燃料輸送を行った機関車の中に、このDD51形が活躍したのだ。

 全国から引退間際にあったDD51形が搔き集められ、燃料を満載したタンク車を何台も繋げた貨物列車を重連で牽き、被災地に燃料を届けたのだ。このことは絵本になっていたり、ドキュメンタリーになっていたりする。

 

 だが、このDD51形もやはり時代の流れには逆らえず、新型のディーゼル機関車や電気機関車の配備が進むにつれて、その数を減らしていった。中には海外に輸出されて活躍する個体や、博物館や鉄道資料館にて保存される個体があったものも、それ以外は解体されてしまった。

 その為、今となっては現役のDD51形ディーゼル機関車は、数える程度しか残っておらず、絶滅危惧種となっている。蒸気機関車を絶滅に追いやった本人が、その立場になろうとしているのだ。こんな皮肉は無いだろう。

 

 そんなDD51形ディーゼル機関車だが、その中には動態保存されている蒸気機関車の補助を行う個体もあり、有名なSLやまぐち号でも試運転や天候次第では補機として連結され、牽引する蒸気機関車が不具合を起こしたり、検査期間に入った時は代理として列車を牽引することがある。

 

 

 そして彼らの目の前にあるDD51形ディーゼル機関車は、『DD51 1169』というナンバーの個体である。

 

 この個体はDD51形の中で、最も短い生涯で最期を迎えた機関車であり、あの追分機関区の火災にて被災し、焼失した機関車なのだ。

 

 

 そのDD51 1169号機の後ろには、DD51形を片方短くしたような形状をしたディーゼル機関車であり、その名を『DE10形ディーゼル機関車』という。

 

 DE10形ディーゼル機関車は、実質的にDD51形ディーゼル機関車をローカル線に入線できるように設計を変更した機関車ともいえる。実際ローカル線での貨物列車や、入れ替え作業を行う機関車として開発された。

 

 ローカル線に入線出来たり、入れ替え作業を行う汎用性の高さは、DD51形ディーゼル機関車を上回っており、様々な所で活躍した。

 

 現在でも多くの個体が現役で活躍しており、貨物列車の牽引はそうだが、中には動態保存されている蒸気機関車の補機として活躍する個体もある。

 

 

 彼らの目の前にあるDE10形ディーゼル機関車は、『DE10 1744』というナンバーの個体である。

 

 このDE10形ディーゼル機関車も、追分機関区の火災で焼失したディーゼル機関車であるのだ。

 

 

 この二輌はある日、夢見の元に突然現れた。当時は焼け焦げた状態で彼女に発見され、触っただけで崩れてしまうぐらいにボロボロだったが、その後未来の技術で全力で走行が可能になる状態まで復元され、保管されていた。

 今回の一件で、彼女は北斗にDD51 1169号機とDE10 1744号機をネットで見つけた整備マニュアルと運転マニュアルと共に譲渡するようである。まぁ彼女が持っていても、未来の鉄道規格ではこの二輌を使うことが出来ないので、仕方ないのだが。

 

 

(とりあえず燃料は今建てている燃料タンクに軽油が入れられるから、重油共々供給ができるようになるまで走行は可能か)

 

 北斗は二輌のディーゼル機関車を見ながら、今後の運用を考える。

 

 恐らくこの二輌は列車の運行に運用することはあまりなく、あくまでも後方支援を行う補機として使っていくだろう。ここでは蒸気機関車がメインなので、ディーゼル機関車をメインで使ったら元も子もない(メメタァ

 

 運転手の教育や整備員の教育もマニュアルがあれば、何とでもなる。

 

 まぁそれでも整備技術や運転技術の習得にまで、試運転までに最短で二週間ほど掛かるだろうが。

 

「……あっ、もうそろそろ時間か」

 

 と、北斗はポケットから懐中時計を出して時刻を確認すると、声を漏らす。

 

「何か用でもあるの?」

 

「えぇ。この後ここに研修に来る方が到着しますので、その対応に」

 

「なるほど。まぁ私のことは良いから、来客の対応をしていてもいいわよ」

 

「すみません。では、自分はこれで。敷地内の見学は作業員の迷惑にならないようにお願いします」

 

「分かっているわ。迷惑かけないようにするからさ」

 

 北斗は頭を下げて、夢見の元を離れる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 北斗は人里行きの路線が伸びている敷地の端に来ると、一人の女性が大きめの鞄を持って待っている。

 

「すみません、こあさん。待たせてしまって」

 

「いいえ。そんなに待っていませんよ。私もさっき来たばかりですので」

 

 と、女性ことこあが頭を下げる。

 

(ホント、パチュリー様にお嬢様は考えが唐突ですよ)

 

 こあはため息をつき、こうなった経緯を思い出す。

 

 パチュリーとレミリアの発案によって、こあは7100形蒸気機関車こと比羅夫号の機関士として研修に来ることになった。その目的は北斗の監視と、近況報告を行うためだ。

 当然彼女は反対したものも、新しく小悪魔を召喚するし、教育だってここあとここで出来るということで、こあは納得せざるを得なかった。

 

(まぁ、お嬢様の決定ですし、どうしようもないですけどね)

 

 こあはレミリアの決定には逆らえないので、とりあえず与えられた使命をこなすことにした。

 

「それでは、詳しい話を宿舎にある自分の執務室で行いますので、付いて来てください」

 

「分かりました」

 

 北斗が説明してこあが頷くと、宿舎に向かおうとする。

 

「あら、区長じゃない」

 

 と、宿舎の陰から竹箒を持ったエリスが出てくる。

 

「エリスさん。掃除の方はどうですか?」

 

「もう終わったわ。さすがにもう落ち葉は少ないしね」

 

「そうですか」

 

「……それで、誰?」

 

 と、エリスはこあを見る。

 

「今日から機関士の研修に来た、紅魔館の小悪魔のこあさんです」

 

「は、初めまして。小悪魔の、こあと申します」

 

「へぇ、小悪魔なんだ」

 

 エリスは何やら獲物を見つけたような視線を向けたが、すぐに友好的なものにする。

 

「私はエリスっていうの。よろしくね」

 

「は、はい」

 

 ニッコリと笑みを浮かべるエリスに、こあはどこか怯えた様子で頷く。

 

(な、なんで上位種の悪魔が居るんですか!? そんなの聞いてないですよ、パチュリー様!?)

 

 内心完全に恐怖に染まっているこあは、自分の主人に抗議を声を飛ばす。

 

 小悪魔のこあからすれば、エリスは上位種の悪魔なのだ。怯えるのは当然といえば当然だろう。

 

「あら、お客さんかしら?」

 

 と、次に宿舎の入口から幻月と夢月が出てくる。

 

「えぇ。今日から研修に来た小悪魔のこあさんです」

 

「そう。ここ最近機関区に来るやつが多いわね」

 

「は、ははは……」

 

 夢月がジト目でそう言うと、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「よろしくね、小悪魔さん」

 

「は、はい……」

 

 幻月が笑みを浮かべて挨拶をすると、こあは青ざめながらも頷く。

 

(私、パリュリー様に売られてしまったのかしら?)

 

 彼女は主人から売り飛ばされたのかと、疑い始める。

 

 まぁ上位種の悪魔が三人も居るのだから、格下の彼女からすれば食われてしまわないかという、気の休まらない日々を過ごさなければならない。

 そんな事はないのだが……

 

「と、まぁ、今日からしばらくお世話になるので、仲良くしてください」

 

「えぇ、もちろん」

 

「ギスギスしても、過ごしにくいしね」

 

「仲良くするわよ。私たちなりにね」

 

 北斗がそう言うと、エリス、幻月、夢月が順番にそう言うも、こあからすればその様子は自分を捕食対象に見ているようにしか見えない。

 

(……これ、パチュリー様とお嬢様から言われた目的、果たせそうでしょうか)

 

 そしてこあは、三人の悪魔に囲まれて本来の目的を果たせるのだろうかという、不安を抱くのだった。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第132駅 復活の(パシフィック)

SL銀河が客車の老朽化を理由に、来年の春頃に運行が終了するようですね。
比較的に新しいSL列車なのに、とても残念です。C58 239号機はまだまだ大丈夫でしょうが、今後どうなってしまうのか。一応新しい観光列車は検討しているようですが、果たしてどうなるか。
今後の情報待ちですね……


 

 

 

 今回は時系列を下って、少し先の未来を覗いて見よう……

 

 

 

 幻想機関区の敷地内にある車輛整備工場。

 

 

 

 工場内では、ある蒸気機関車の火入れ式が行われている。

 

 

 

 この幻想郷に現れて、燃料である重油が無く、今日まで温もりの無い状態で過ごしていたC59 127号機。そのC59 127号機に、火が入れられようとしている。

 

 C59 127号機の炭水車(テンダー)に取り付けられている燃料タンクには、岡崎夢見によって未来から持ち込まれた装置によって、石炭から生成された人造石油を製油して作られた重油が満載されており、水タンクにも水を一杯にしている。

 

 機関車の横では、多くの出席者が椅子に座り、早苗がC59 127号機に今後事故が起こらないようにと、機関車に安全を祈願している。

 

 ピカピカに磨かれたC59 127号機の安全が祈願され、次に運転室(キャブ)にお清めの酒が蒔かれる。

 

 ちなみに今回の整備に合わせて、C59 127号機はナンバープレートの色を黒地から赤地に変更しており、それによる影響かどうかは分からないが、長月(C59 127)の瞳の色に赤みが増して変化しているという。

 

 重油専焼式に改装されたC59 127号機だが、火を灯す作業はそこまで大きな変化がないので、火入れ式が行われる。

 

 北斗は早苗より紅白のリボンで巻かれた松明を受け取り、彼女に一礼してから清められた火を松明に灯すと、松明を手に運転室(キャブ)に入る。専門的な教育を受けた機関助手の妖精が重油を火室に送り込むバルブを操作して、火室に重油が送り込まれる。

 

 北斗は松明を火室に入れて重油に火を付けると、火は一瞬で重油に付いて燃え上がり、彼はそれを確認した後に焚口戸を閉める。

 

 火室が熱せられることで、ボイラーの水が少しずつ温度を上げていく。

 

 

 参加者が全員見守る中、時間が過ぎていく。C59 127号機の煙突からは、少しずつ重油が燃えた黒い煙が出てきて、工場の天井から吊り下げられている排煙装置を通って外に吐き出される。

 

 そして二時間以上が経過し、ボイラーの圧力計はどんどん上がっていき、ボイラーから熱気が発する。それと共にボイラー内で発生した蒸気が複式コンプレッサーを動かし、生き物の心臓の鼓動のように間隔を空けて作動する。

 

「……」

 

「……」

 

 運転室(キャブ)では、長月(C59 127)と機関助士の妖精が息を呑み、北斗と早苗も静かに見守る。

 

 

 やがてボイラーの圧力計は最低ラインを越え、C59 127号機は、自走可能な状態になる。

 

 そして復活を高らかに宣言するかのように、長月(C59 127)は汽笛を鳴らすペダルを踏み、C59 127号機の汽笛が高らかに発せられた。他の機関車から譲り受けた蒸気ではなく、自らが生み出した蒸気で、初めて彼女は汽笛を鳴らした。

 

「復活しましたね」

 

「えぇ」

 

 早苗と北斗は短く言葉を交わすと、後ろを向いて夢見とカメラを手にしているちゆりの二人を見る。

 

「夢見さん。本当に、ありがとうございます。おかげでこの127号機は甦りました」

 

「良いのよ。私もこの貴重な瞬間に立ち会えて、手伝った甲斐があるってものよ」

 

 北斗はお礼を言いながら頭を下げ、夢見は笑みを浮かべつつそう言う。

 

「それで、この後どうするの?」

 

「この後は127号機の構内試運転を行います。何せ他の罐と色々と違いますから、足回りの癖も確認したいので」

 

「なるほどね。なら、最後まで見て行ってもいい?」

 

「もちろん」

 

 夢見がそう言うと、北斗は頷く。

 

 

 

 その後整備工場のシャッターが上へと上げられ、外で待機していたD51 465号機が短く汽笛を鳴らしてゆっくりと前進し、C59 127号機の炭水車(テンダー)と連結し、再度短く汽笛を鳴らしてC59 127号機を後ろに引っ張って工場の外へと運び出す。

 

 機関車を外へと運び終えた後、連結を外したD51 465号機は後進して切り替えられた分岐点を通って別の線路へと移動する。

 

 C59 127号機は自走に向けて最後の点検が行われ、異常が無いのを確認して機関車の足回りから離れる。

 

 その後切り替えられた分岐点が、作業員の妖精によって転轍機を操作してポイントをC59 127号機が直進できるように切り替える。

 

 

 そして線路上に異常が無いのを確認し、作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑の旗を揚げる。

 

 緑旗を確認し、長月(C59 127)はブレーキハンドルを回して動輪のブレーキを解くと、ペダルをゆっくりと奥まで踏み込み、C59 127号機の汽笛が高らかに鳴り響く。

 

 C59 127号機はシリンダー付近の排気管からドレンを勢いよく吐き出しながらゆっくりと後進する。初めて彼女が自らのボイラーで生み出した蒸気で自走した瞬間である。

 

 機関車は煙突から黒い煙を吐き出しながら、ゆっくりと線路の上を後進していく。

 

 北斗と早苗は工場の前で、その様子を静かに見守る。その傍で夢見がワクワクした様子で見守り、ちゆりが手にしているカメラで試運転の様子を撮影する。

 

 ある程度後退したC59 127号機は停止し、少しして彼女は胸いっぱいに息を吸い込んで、一気に吐き出すかのように勢いよくシリンダー付近の排気管から大量の蒸気を吐き出す。その大量の蒸気によって、機関車は一瞬で包み込まれて姿が見えなくなる。

 これは吹き込みと呼ばれるもので、シリンダー内にあるゴミとかの異物を吐き出すための作業だ。

 

 その後大量の蒸気の中から高らかに汽笛が鳴り響き、蒸気の中からC59 127号機がゆっくりと前進して姿を現す。

 

 ゆっくりと前へと進みながら、C59 127号機は再びドレンを吐き出して、辺り一面白い蒸気で覆われる。

 

 軽く自力走行を行った後、C59 127号機は広い線路区間へ移動し、そこで前進や後進、急発進と急停車を繰り返して、様々な走行条件を付けて走った。

 

 走行試験を終えた後、C59 127号機は妖精達によって足回りの検査が行われ、軸に熱が籠っておらず、軸が発熱する軸焼けを起こしていないのを確認する。

 

 その他にも検査を行い、どこにも異常が見当たらないのを確認し、C59 127号機は問題なく本線走行が可能である太鼓判を押されたのだった。

 

 その後C59 127号機は扇形機関庫へ移動し、明日の早朝に行われる試運転に向けてその身体を休める。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 C59 127号機の構内試運転を終え、翌日の早朝

 

 

 本線上では火を入れた状態で停車しているC59 127号機の姿があり、主灯と増設された副灯が点灯して薄暗い幻想郷の夜を照らす。

 

 その後ろには発電用ディーゼルエンジンを動かし完全な状態の14系客車こと『オハ14』二輌と『スハフ14』と『オハフ15』を一輌ずつの計四輌を連結し、最後尾には補機としてDD51 1169号機が連結されている。

 

 そのDD51 1169号機には、驚くことに小傘が運転席に座って居る。どうやらディーゼル機関車の運転技術も習得しており、たまにDD51形とDE10形の運転を行っているそうである。

 

 先に燃料補給を行えるように重油と軽油を満載したタンク車二輌をD61 4号機が人里の駅へと運び込んでおり、先ほど駅の中央線に入線し、ポイントを切り替えたと連絡が入った。

 

 補給列車の到着の連絡を受けて、腕木式の信号機の腕木が下りて青に変わる。

 

 信号が青に変わったのを確認し、長月(C59 127)は自動ブレーキのハンドルを回して、次に機関車の単独ブレーキのハンドルを回してブレーキを解く。

 

 そしてペダルを踏んで汽笛を大きく鳴らすと、DD51 1169号機が続いて警笛を鳴らす。長月(C59 127)は加減弁ハンドルを手にして後ろに引き、蒸気をシリンダーへ送り込む。

 

 C59 127号機はゆっくりと進み出し、シリンダー付近の排気管からドレンを吐き出して前進する。

 

 主灯と副灯が前方を照らし、まだ薄暗い幻想郷を新たな蒸気機関車が走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時系列は現代へと戻る。

 

 場所は迷いの竹林永遠亭。

 

 

「……」

 

 診察室で永琳は患者の診察書を見て、患者の容体を確認している。

 

(この患者には、この薬で良いわね。後は―――)

 

 患者に処方する薬を考えていると、診察室の扉が開く。

 

「師匠」

 

「優曇華。どうしたの?」

 

 入ってきたのは鈴仙であり、永琳は声を掛ける。

 

「先ほど来客が来られたのですが……」

 

「来客なら通してちょうだい」

 

「いえそれが……」

 

 と、鈴仙はどこか戸惑った様子で間を開けると、口を開く。

 

「その来客が……八雲紫なんです」

 

「……」

 

 鈴仙の口から出た名前に、永琳は目を細める。

 

 八雲紫……言わずと知れたスキマ妖怪であり、幻想郷の管理者。

 

 相手が相手とあって、対応したくない気持ちがあるものも、会わなければ何をするか分からない。今の自身と主の事情を考えれば、面倒ごとは避けたい。

 

 仕方なく、彼女は紫の相手をする為に、鈴仙にここへ案内するように伝える。

 

 

 

 少しして診察室に、紫が入ってくる。

 

「お久しぶりですわね」

 

「そうね。もう冬眠から覚めたのかしら」

 

「えぇ。三日前ほどに」

 

 彼女はそう言うと、手にしている扇子を広げる。

 

 八雲紫は冬の間冬眠をする。

 

 

「それで、今日はどのようなご用件があって来たのかしら?」

 

「えぇ。あなたに協力して欲しくて、今日は伺いましたので」

 

「協力?」

 

 永琳は首を傾げる。

 

「そうですわ。話は変わりますが、大怪我を負った霧島北斗の治療を行ってくれたようですね」

 

「えぇ。傷の完治と後遺症の有無の判断まで、この永遠亭で治療したわ。でも意外ね」

 

「何がですか?」

 

「いえ、あなたにとって彼と蒸気機関車はこの幻想郷にとって邪魔な存在じゃないかと思っていたのだけど」

 

「……」

 

 紫はしばらく永琳を見ると、扇子で口元を隠しながら答える。 

 

「そうですわね。最初はそう思っていましたけれど、今となっては多少なりとも幻想郷に良い傾向を与えていますので」

 

「……」

 

「彼らのお陰で、博麗の巫女への信仰が増えていますので。この博麗大結界を維持するのに、博麗の巫女への信仰は必要不可欠ですので」

 

「そう。それで、用件は?」

 

「……霧島北斗に関する情報を、貰えないかしら?」

 

「情報? 何の為に必要かしら?」

 

「もちろん、彼の素性を知る為ですわ」

 

「既に彼のことについて調べていたんじゃないの」

 

「えぇ。外の世界で彼の事が残っている間に、事細かく調べましたわ」

 

 彼女はそう言うと、扇子を閉じる。

 

 幻想郷に住むことになった北斗だが、幻想入りする以上外の世界での彼に関する情報は忘れられることになる。

 

「だったら、彼の身体に関する情報は必要ないんじゃないかしら?」

 

「えぇ。彼について調べ尽くせたのなら、あなたにお手数は掛けませんわ」

 

「……」

 

「霧島北斗は赤ん坊の時に、孤児院の前で捨てられていましたわ。当然赤ん坊の遺棄として捜査されましたが、結局何も分からず仕舞いですわ」

 

「何が言いたいの?」

 

 永琳は目を細める。

 

「もしかしたら、霧島北斗はこの幻想郷で生まれたのではないかと、そう考えたのですわ」

 

「幻想郷で? だとしたら、色々とおかしな点が多いわね」

 

「そうですわね。どうやって博麗大結界に影響もなく外の世界に出られたのか」

 

「……」

 

「もし霧島北斗がこの幻想郷で生まれたのなら、何かしらの情報が残っているのではないかと、調べているのですわ」

 

「それで、彼の情報必要だと?」

 

「えぇ。彼の治療を行ったのならば、情報は揃っているはずですわ」

 

「……」

 

 永琳は何も言わず沈黙するも、少しして口を開く

 

「個人情報である以上、そう簡単には渡せないわ。少なくとも、本人の同意無しにはね」

 

「そうですか……」

 

 紫はそう言うと、一間置いて続ける。

 

「では、彼の同意があれば情報の提供をしてくれると?」

 

「……そうね。少なくとも最低限は本人の同意が必要だわ。それと、納得できる理由があればね」

 

「そう」と紫は声を漏らすと、息を吐く。

 

「では、後日改めて来ますわ」

 

 紫はそう言うと、スキマを開いて中に入り、スキマを閉じる。

 

「……」

 

 彼女がスキマに入ったのを確認し、しばらくして息を吐き、机に腕を付ける。

 

(やはり、彼女も勘づき始めたわね)

 

 彼女は内心呟くと、紫がスキマで去った所を見る。

 

(もし、もしもスキマ妖怪に彼の事を知られたら、恐らくただでは済まないかもしれない。そうなれば……)

 

 永琳は八雲紫が北斗の秘密を知ったら、恐らく何かしらの行動を彼にするかもしれない。

 

 

 それだけ、霧島北斗の抱えている秘密は大きいのだ。もしもその秘密を八雲紫が知れば、彼の身に危険が迫るかもしれない。そうなれば、大きな事に発展しかねない。

 それに、自身が仕えている輝夜にも、多少なりとも影響が出るかもしれない。

 

 

 永琳はどうすれば八雲紫に霧島北斗の情報提供を諦めさせられる理由が無いかどうかを、一考する。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12区 切れる事の無い絆編
第133駅 世界で最も勿体無い最期を迎えた悲劇の蒸気機関車……


東武鉄道で動態復元あれている私鉄発注のC11 1号機ことC11 123号機の火入れ式がありましたね。あんなに錆び塗れだった機関車が綺麗に蘇って、とても感動的でした。
改番されたのは納得いかない部分がありますが、新たな蒸気機関車が鉄路に戻ってくる事実に変わりありません。
来年の春頃に本線デビュー予定とのことなので、とても楽しみです。


 

 

 

 

 まだ陽が昇っておらず、真っ暗な幻想郷。

 

 

 幻想機関区では、日常となっている蒸気機関車への火入れ作業が行われている。

 

 

 扇形機関庫に眠っている8620形で数少ない、スポーク動輪からボックス動輪に換装された48633号機。彼女に火入れを行う為に、作業員の妖精達が運転室(キャブ)に木材を運び込んでいく。その間に48633号機の煙室扉が開けられて煙室内に溜まっている煤をシャベルで掬い、袋に溜めていく。

 煙室から取り除かれて集められた煤は、人里にある墨の製作所に譲渡されることになっている。

 

 煤を取り除き終えた後、隣で昨日から火が入っているC11 312号機のボイラーより管が伸びて、48633号機のボイラーに接続されており、温かい蒸気が送り込まれてボイラーを温めている。

 

 その間に作業員の妖精が運転室(キャブ)内にて、焚口戸を開けて火室に木材を放り込み、最後に細長い木材を火室の奥へと入れる。

 

 次に足回りに潤滑油を注油した際にあふれ出た油を拭き取って油が染み込んだ布を火室に放り込み、マッチに火を付けて布に火を付けて火室へと放り込む。すると先に放り込んだ油を染み込んだ布達に火が付いて、燃え上がる。

 

 次第に木材にも火が付き、火室内が燃え上がる。少しして作業員の妖精が追加の木材を投入して火力を上げていく。

 

 そして火室内の温度が上がり、木材がある程度燃えるのを確認し、作業員の妖精はスコップで石炭を火室へと投炭して更に火室内の火力を上げていく。

 

 

 

 やがて陽が昇って幻想郷が明るくなり始めた。

 

 火を入れた48633号機は、ボイラーより熱気を発して、煙突横にあるコンプレッサーの排気管から蒸気が一定の間隔で噴射されている。

 

 足回りでは卯月(48633)が、金槌を手に打音検査を行っており、異常な音がしていないかの確認をしている。

 

 扇形機関庫の別の個所では、D51 241号機やC56 44号機が検修を受けており、足回りのロッド類が外されて検査が行われている。

 E10 5号機とC55 57号機の検修も大詰めとなっており、本線試運転も間近に控えている。

 

 打音検査を終えて卯月(48633)は金槌を道具箱に戻し、運転室(キャブ)に乗り込むと、機関助士の妖精が片手スコップで石炭を火室へ投炭している。

 

「どうですか、調子は?」

 

「ばっちりですよ」

 

「そうですか」

 

 卯月(48633)と機関助士の妖精が会話を交わすと、彼女は機関士席に座り、ブレーキの開閉を行ってブレーキの調子を確認する。

 

 ブレーキの確認を終えて、卯月(48633)は窓から頭を出して前後を確認し、転車台が48633号機が居る線路に向くのを待つ。

 

 やがて転車台は48633号機が居る線路に向けられ、転車台が固定されたのを作業員の妖精が確認し、安全を確認して妖精は緑旗を上げながらホイッスルを吹く。

 

 緑旗を確認した卯月(48633)は「出庫!」と号令を掛けて同じく緑旗を確認した機関助士の妖精も「出庫!」と復唱し、彼女は汽笛を鳴らす紐を短く引っ張って汽笛を短く鳴らし、ブレーキを解いて加減弁ハンドルを引く。

 

 48633号機はシリンダー付近の排気管からドレンを吐き出しながらゆっくりと前進し、機関庫を出て転車台へと乗る。

 

 機関車が停車したのを確認し、作業員の妖精が転車台を動かして機関車の方向を変える。

 

 目的の線路に転車台が止まり、線路が繋がっているのを作業員の妖精が確認し、48633号機は後進して本線と繋がっている線路へと移動する。

 

 本線上では博麗神社行きの列車牽引のスハ43が三輌置かれており、作業員の妖精が足回りの点検を終えて退避している。

 

 三輌の客車に48633号機が近づき、手前で一旦停止して作業員の妖精が客車と48633号機の炭水車(テンダー)の連結器を調べて異常が無いのを確認する。

 

 作業員の妖精が緑の旗を挙げると、旗を確認した卯月(48633)は汽笛を短く二回鳴らして機関車を後進させ、客車と連結させる。

 

 

 その後北斗と卯月(48633)、機関助士の妖精は事務所にて列車牽引の打ち合わせをした後、二人は機関車へと戻り、出発準備を整えてその時を待つ。

 

 そして路線の安全が確認され、腕木式信号機の腕木が下りて信号が赤から青に変わる。

 

 信号が青に変わったのを確認し、卯月(48633)はブレーキを解いて汽笛を鳴らし、客車を引いて機関車を前進させ、出発した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時間は過ぎて昼前。場所は機関区の一角……

 

 

 そこは蒸気機関車の投炭訓練を行う為の施設であり、機関車の焚口戸を模した設備がいくつも設けられている。

 

 そこで、小悪魔のこあが投炭の訓練を行っている。訓練しやすいようにか、紺色のナッパ服に身を包み、背中まで伸びた赤い髪も後ろに纏め上げている。

 

「っ! っ!」

 

 こあは石炭を模した砂利を片手スコップで掬うと、もう片方の手で焚口戸に繋がれた鎖を手にして上に引っ張り、砂利を中に投入する。

 

 それを何度も繰り返し、決まった回数を投炭し終えて彼女は袖で額の汗を拭う。

 

「調子はどうですか?」

 

「あっ、北斗さん」

 

 と、施設に北斗がやって来て声を掛けると、こあが気づいて振り向く。

 

「そうですね。初日と比べれば大分マシになったと思います」

 

「そうですか」

 

 こあから話を聞いて、彼は焚口戸の向こう側を見る。

 

 白く塗装された四方に囲われたそこに、こあが投炭した砂利が積み上がっており、砂利は決まった位置に積み上がっている。

 

 

 あまり知られていないが、蒸気機関車の火室に石炭を投炭する際、決まった位置と順番に石炭を投げるのが決まっている。

 

 燃やすんだから別に適当に放り込めば良いんじゃね? と思うだろうが、そうはいかない。

 

 ボイラーの水に均等の熱を与えなければ、うまく熱が伝わらず蒸気が上がらなくなる。そうでなくても、火が偏って上がる為、温度差によって火室の歪みの原因になりかねない。

 

 その為、石炭の投炭は決まった位置と順番が決まっているのだ。

 

 

「なるほど。確かに初日より良くなっていますね」

 

「わ、わざわざ強調しなくても」

 

 北斗の言葉に、こあは苦笑いを浮かべる。

 

 というのも、初日のこあの投炭は褒められたものではなく、ほぼ全体的に砂利が積み上げられ、その上地面に多くの砂利が落ちていた。その上、スコップを誤って中に放り投げてしまうという、現役時代なら鉄拳制裁が下されるレベルの失態をやらかしてしまっている。

 

「まぁ、何度も繰り返して技術は身に付きますから。気長にいきましょう」

 

「はい」

 

 北斗はそう言うと、こあに頭を下げてから訓練施設を後にする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、機関区の一角。

 

 そこでは無縁塚で見つかり、萃香によって運び込まれたハドソンのクラスA4ことW1クラスと三つの走り装置を持つマレートリプレックス式のP1型が保管されており、それに加え新たに二輌の海外製の蒸気機関車が運び込まれている。

 

 どちらも五つの動輪を持つ標準軌の規格の蒸気機関車である。ドイツで作られた戦時型蒸気機関車『52形蒸気機関車』と中国で作られた『前進型蒸気機関車』である。

 

 

 52形蒸気機関車はナチスドイツが戦時中に製造した戦時規格の蒸気機関車である。

 

 戦時規格とは、戦時中で機関車の数を揃え且つ資材を節約するために、一部の工程を省略したり、代用資材を用いて製造したのが戦時規格の蒸気機関車である。日本ではD52形がこれに当て嵌まる。

 

 52形はナチスドイツの技術者が50形と呼ばれる蒸気機関車を徹底した計算の基で設計の省略と合理化を行って大量生産を可能とした機関車であり、戦後に入っても製造が続けられ、海外で製造された個体を含めれば、その数は何と1万輌以上だという。しかも計画では本国だけで3万輌以上が製造予定だったというのだから、中々に狂っている。

 この手の戦時設計の機関車は工程の省略や代用資材を用いたことで本来の性能を発揮できず不具合を多発させたり、寿命が短いという問題を起こしがちだが、52形の場合は徹底した計算の基で合理化設計をしたおかげで、予想以上の耐久性と性能を発揮したという。

 

 52形は製造された数が数とあって保存数も多く、動態保存機もまたとても多い。そんな保存機の中で、一輌が日本にも来日していたのだ。

 

 とあるテーマパークにてオリエント急行と呼ばれる列車の牽引経歴のある機関車の展示の為に52形が日本へと来日し、展示されていた。しかしテーマパークの閉園と共に放置され、その後機関車は解体されてしまった。

 

 

 そして前進型蒸気機関車は、中国にて開発された蒸気機関車であり、ソ連で開発されたLV形蒸気機関車の設計図を一応正式に購入したものを使ってほぼそのままコピーする形で製造された機関車であり、ソ連の広軌規格から中国の標準軌に変えた以外はほぼそのままで作られている。

 

 しかし当時の中国はとにかく走る機関車を必要としていたとあって、戦時設計の機関車並みに工程の省略や代用資材を用いて短期間に製造されていたので、初期の頃はかなりの不具合が起きていたという。その為、アメリカやイギリスの鉄道関係者は「どうしてこうなった」という批判的な評価を下していたという。

 

 しかしその後ちゃんと作り、それに加え火室に燃焼室を追加した改造を施したことで性能が向上し、元の機関車の性能が良かったとあって前進型も高い性能を発揮して中国の鉄道輸送を支えた。

 

 前進型は国内で活躍した個体の多くはディーゼル機関車に置き換えられたあとほぼ全車が廃車となって解体されたが、中には海外に渡った機関車もいる。

 

 海外に渡った前進型は、アメリカに渡った二輌と、日本に渡った一輌の計三輌である。

 

 アメリカのイリノイ州にある鉄道会社が特別列車の牽引の蒸気機関車を探していたところ、中国で廃車になった二輌の前進型があったので、その二輌を引き取り、国内で走らせた。海外の鉄道車輛を走らせるというこの方法も、同じ標準軌であり、電圧関連に左右されない蒸気機関車だからこそ出来た技である。

 その内一輌はアメリカの法律に則ってベルやライトの追加、その他に様々な改良に色を黒と銀の二色に塗り替えられたアメリカンスタイルにされ、もう一輌はオリジナルのスタイルで運行されることになった。

 

 ソ連の蒸気機関車をベースにし、中国で生まれた蒸気機関車がアメリカを走るという、今の情勢を考えれば中々に凄い事である。

 

 そして驚くことに、日本にも中国製の蒸気機関車が二輌も渡って来ていた。その内の一輌が前進型6200号機である。

 

 事の発端は日本と中国の国交正常化から十年を記念して、中国鉄道博が開催されることになり、この時中国は前進型に加え、人民型と呼ばれる蒸気機関車を一輌ずつ送ったのである。しかも本物の動態機をである。

 こういう類の博覧会は実寸大の模型とか、ミニSLとかでやるようなものだが、本物と来たのだ。中々の太っ腹というか、なんというか。

 

 だが、驚くのは本物の蒸気機関車を送ったからではない。確かに本物を送ったのも驚きだが、その本物に更なる驚きの要素が含まれている。

 

 というのも、送られた人民型は確かに中国国内で活躍した機関車だが、前進型の6200号機はこの博覧会の為にわざわざ新しく作られた蒸気機関車なのだ。

 

 その後二か所にて博覧会は行われ、そこで人民型と前進型の二輌は動態展示され、動く姿を観客に見せていた。

 

 そして最後の博覧会での動態展示が、前進型6200号機にとって最後の走行だった。恐らく世界で上位に入るレベルで走行距離が短い機関車となったのだ。

 

 二輌の中国の蒸気機関車は博覧会後静態保存されることになったのだが……その保存の仕方が最悪としか言えないものだった。

 

 一体保存先の管理者は何を血迷ったのか、この貴重な蒸気機関車を野ざらしで、しかも潮風の当たる場所で展示したのだ。その上展示後ろくに手入れもされず半ば放置され、徐々に機関車はボロボロになっていた。

 前進型6200号機は、1980年代に作られたかなり新しい蒸気機関車とは思えないレベルで、荒廃していたという。

 

 そして最終的にボイラーに使われているアスベストが荒廃によって飛散する恐れがあるといって、2006年ごろに貴重な二輌は共に解体されてしまい、解体された二輌の中国の蒸気機関車は、一部の部品だけが現存している。

 

 

 日本人の悪い癖は、出来もしないのにやろうとする事だと思う。その場のノリで決めて、その後は面倒になって放置し、やがて捨てるのだ。今の日本の蒸気機関車の保存機の多くは、そんな状態だと思う。

 そして散々放置していた癖に、いざ解体されるというニュースがあれば保存を求める活動が起きるのだが、正直な所どうせ最後まで保存活動をする気なんて無く、その場の勢いで言っているようなものにしか見えない。

 

 ペットもそうだ。最後まで面倒を見る覚悟も無いのに、可愛いからとその場のノリで犬や猫を買い、少しして飼育が面倒だからと、全然懐かないからだと、飼えなくなったからだと、勝手な事を言って捨てる人が多い。

 保存活動だって、同じことだ。

 

 そして何より近代的な歴史遺産に対する興味の無さだ。江戸時代やそれ以前の歴史遺産なら多くの人は興味を持ち、保存活動を行う者が多い。しかし明治以降の歴史遺産に関しては興味を抱く者が多くなく、一部を除けば大抵が放置されている場合が多い。特に大正時代や昭和時代の物に対しての保存意識の無さが顕著であり、蒸気機関車も一部が保存されても、その多くがろくに手入れもされずに放置された挙句、解体されてしまっている。

 

 特に顕著なのは、旧日本軍の戦闘機である『四式戦闘機 疾風』だろう。アメリカ軍に鹵獲され性能テストの為に本土へと運び込まれ、戦後にこの機体を博物館が買い取り、飛行可能状態までレストアして保有していた。その後日本でその四式戦闘機を元日本海軍の操縦員だった実業家が買い取り、四式戦闘機はアメリカを離れ、日本に帰ってきた。

 帰ってきた当時は飛行可能な状態で時折航空自衛隊の基地での飛行展示もあったのだが、その後オーナーが死後美術館に売却されたのだが、どういうわけか美術館側はこの貴重な機体を室内ではなく、野ざらしで展示したのだ。その結果雨風に晒された機体は劣化して飛行不能に陥り、更に部品の盗難が起きてしまい、もはや修理して飛行させることは不可能になってしまったのだ。

 

 この最悪な結果に、日本の実業家に売り渡した元所有者は「返すんじゃなかった」と酷く後悔し、復元を担当した博物館は「他の機体数機と交換で良いから還して欲しい」とコメントしていたほどだ。

 

 

 そんな世界一もったいない結果となってしまった前進型6200号機が、完全な状態でこの幻想郷に現れたのだ。

 

 

 

「……」

 

 北斗は運び込まれた海外製の蒸気機関車達の上に、作業員の妖精達が屋根を建てている様子を見つめている。

 

(どうにか、この機関車達を生かせないだろうか)

 

 彼は内心呟きながら、海外の蒸気機関車たちを見渡す。

 

 というのも、これらの蒸気機関車は全て線路幅が1.435mm幅の標準軌に対応した蒸気機関車だ。幻想郷の線路は、1.067mmの幅の狭軌の規格なのでそのままでは走れない。

 

 こういう軌間が異なる場合、三線軌条と呼ばれる方法でどちらの規格に線路を対応させることが出来る。これは片方のレールを共通にして、もう片方をそれぞれの規格の幅に合わせてレールを二本敷設する方法だ。

 

 しかしそうなると、今ある線路に標準軌規格の線路を新たに敷設する必要があるが、敷設に相当なコストが掛かるのは目に見えている。

 

 そもそも標準軌の蒸気機関車を導入する必要が果たしてあるかどうか……確かに性能は狭軌のSLより高いだろうが、構造が大分違うので、使い勝手が違う。

 更に付け加えると、標準軌の規格の客車や貨車が無いので、機関車単体では役に立たない。まぁ車輛に関しては作ればいいだけだが、作るだけのメリットが果たしてあるかどうか。

 

(一層のこと標準軌の線路を別に敷いて短い距離を走らせる列車を考えても良さそうだな)

 

 北斗は某鉄道博物館にて短い距離で運行されているSL列車を思い出して、それに近い列車で運用しようかと考える。

 

(まぁ、その前にこれらの蒸気機関車の状態を確認しないことには始まらないしな)

 

 機関車の見た目は良好な状態に見えるが、地面に直で置かれていたので、それによって足回りに何かしらの不具合が生じている可能性がある。そのままでは軸焼けを起こしかねない。

 そうでなくても、ボイラーに異常が見つかった場合、走らせるのは不可能だ。

 

 動態運行の前に、色々と解決しないといけない問題は多い。それに、機関車はまだ無縁塚に二輌残っている。

 

「……」

 

 北斗は海外の蒸気機関車を一瞥して、宿舎にある執務室へ向かう。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第134駅 変化する感情

今年最後の投稿になります。
来年も本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 少しずつ温かい気温になり、本格的に春の訪れを感じ始めている幻想郷。

 

 

 幻想郷に変化が訪れているが、幻想機関区ではこれまで通りに機能している。

 

 

 明日の守矢神社行きの列車の運行に向けて、機関庫では牽引機の9677号機の整備が行われており、火を入れられた9677号機はコンプレッサーを動かして煙突横の排気管から一定の間隔で蒸気を吐き出している。

 その足回りでは整備員の妖精が可動部への注油を行っている。

 

 9677号機がいる場所から離れた場所では、E10 5号機が本線試運転に向けた準備が行われており、整備員の妖精が最終チェックを行っている。 

 

 操車場でも、奥にある小屋で客車の整備が行われており、12系客車と14系客車、50系客車の本格的な営業運転に向けた検査、整備が行われている。

 

 整備工場でも全般検査を受けているC50 58号機とC54 17号機の作業も大詰めであり、二輌共車入れを終えてロッドの取り付け作業を行っている。火入れ式も近日中に行う予定である。

 まぁ二輌の全般検査をさっさと終わらせて、C59 127号機の検修を行いたいという整備員側の思惑があるのだが。

 

 

 

 

 宿舎前で、夢月が竹箒を手に地面に落ちているゴミを集めている。

 

「……はぁ」

 

 彼女は手を止めてため息をつき、顔を上げる。

 

 その表情はどことなく悩んでいるような、そんな感じである。

 

「むーげつ」

 

 と、彼女の後ろから姉の幻月が抱きしめる。

 

「ね、姉さん」

 

「どうしたの? ボーっとしちゃって」

 

「……何でもないよ」

 

 幻月の問いに夢月はそう答える。

 

「そうかしら? ここ最近のあなたそんな感じよ」

 

「……」

 

「何か悩みでもあるの?」

 

「そんなの、無いよ」

 

「本当に?」

 

 幻月は夢月の頬に自身の頬を密着させて声を掛ける。

 

「本当に無いよ」

 

「ふーん」

 

 と、幻月は何やら意味深な笑みを浮かべる。

 

「区長のこと、考えていたんでしょ?」

 

「は、はぁ!? なんであいつが出てくるのよ!?」

 

 と、幻月の言葉に、夢月は分かりやすい反応を示す。

 

「ん~? だってここ最近の夢月、よく区長のこと見ているじゃない」

 

「いや、それは……」

 

「それに最近ため息だって多いし」

 

「別にため息は関係無い―――」

 

「あっ、区長!」

 

「えっ!」

 

 と、夢月は辺りを見渡すが、北斗の姿は無い。

 

「……」

 

 彼女は顔を赤くして自身にくっ付いている姉を見る。その姉はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「あれれぇ? 関係無いんじゃなかったの~?」

 

「っ!」

 

 夢月は左肘を姉の腹目掛けて突き出すが、幻月は後ろに跳んで躱し、妹と距離を取る。

 

「いやぁ、中々見れない姿を見られて、私は満足だわぁ♪」

 

「……コロス」

 

 満足げの幻月に対して、夢月は殺意に満ちた目を向けて歯ぎしりを立て、ゴキゴキと指の骨を鳴らす。

 

「まぁまぁ、別に良いじゃない。別に気にするようなものじゃないわよ」

 

「……」

 

「で、どういう心境の変化なの?」

 

「……」

 

 さっきまでの飄々とした様子はどこへやら、幻月は真面目な表情を浮かべて夢月に問い掛ける。彼女は殺意を沈めてしばらく沈黙して、口を開く。

 

「分からないわ」

 

「……」

 

「こんなの、初めてだから……どう言ったら良いのか分からないのよ」

 

 夢月は顔を俯き、力なく答える。

 

「いつの間にか……彼ばかり見ている。多少違うといっても、ただの人間なのに……」

 

(夢月がここまで気にしているなんて……何だか嫉妬しちゃうなぁ)

 

 今まで見たことのない妹の姿に嬉しく思うと共に、その要因となった北斗に嫉妬心が生まれる。

 

「あっ、区長!」

 

「姉さん。もうその手には―――」

 

 

「夢月さん」

 

「フォイ!?」

 

 と、幻月の引っ掛けにジト目で言おうとしたら、後ろから北斗より声を掛けられて夢月は変な声を上げて身体が跳ね上がる。

 

「……」

 

 夢月は顔を真っ赤にして後ろを振り向くと、北斗は申し訳なさそうに立っている。彼女の後ろでは中々見られない夢月の姿に「あ~ん♪ 夢月ったら可愛いんだからぁ♪」と幻月がにやけた表情を浮かべて背中の翼をパタパタと上下させて体をくねらせている。

 

「え、えぇと、驚かせてすみません」

 

 北斗は一先ず夢月に頭を下げて謝罪する。

 

「べ、別に良いのよ」

 

 夢月も顔を赤くしながらも、咳払いをして気持ちを整える。

 

「それで、何の用なの?」

 

「はい。明日人里に食材を買いに行くのですが、その買い出しの手伝いをして欲しいんです」

 

「手伝い?」

 

 夢月は首を傾げると、疑問を浮かべる。

 

「私じゃないとダメなの? 他にも居るはずよね」

 

「そうなんですが、小傘さんとみとりさんは罐の全般検査が大詰めになっているので、手が離せないんです。機関車の神霊達もそれぞれ機関車の整備がありますし」

 

「姉さんやエリス、幽玄魔眼、魅魔はどうなのよ?」

 

「幻月さんとエリスさん、幽玄魔眼は……人里に行くにはちょっと見た目が……」

 

「……」

 

 北斗の言葉に夢月は納得したようで、口をへの字に歪める。

 

 明らかに人外な見た目をしている幻月とエリス、幽玄魔眼は、人里ではその姿が目立つし、何より妖怪や悪魔などの人外を快く思わない連中もいるわけで、慧音や小兎姫、里町に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 

「ちなみに魅魔さんに関しては、用事があるとのことで、無理でした」

 

「あっ、そう……」

 

 夢月は半ば諦めた様子で声を漏らす。

 

 

「あら、良いじゃないの。掃除は私がやっとくから、たまには気分転換で行ってみたら?」

 

 と、幻月が夢月の様子を見て、そう提案する。

 

「えっ、でも……」

 

「良いの、良いの」

 

 幻月は戸惑う夢月を他所に、北斗を見る。

 

「というわけだから、区長。夢月のこと頼むわね」

 

「あっ、はい」

 

 何だか勢いに任せて決まった様子に、北斗は返事を返すしかなかった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 某所

 

 

「……」

 

 女性は目を覚まし、少しずつ意識が戻っていく。

 

「っ!?」

 

 そして意識がはっきりすると、自信の置かれている状況を瞬時に理解する。

 

 というのも、女性は身体を簀巻きにされて身動きが取れない状態で床に寝かされ、口元も布で猿轡をされて声を出せないでいた。その上両目も鉢巻きで覆われて目隠しされ、何も見えない。

 

「あら、目を覚ましたようね」

 

 と、前から声がして女性は顔を上げるが、目隠しをされているのでその声の主の姿は確認できない。

 

 しかし女性は声からその人物は特定できた。

 

「っ! っ!」

 

 その声の主こと、風見幽香は抗議の様子を見せる女性を見下ろす。

 

「なぜこんなことをしたかって? それはあなたが一番分かっているんじゃないかしら?」

 

「っ!」

 

「悪く思わないことね。いつまでも渋るあなたが悪いのよ」

 

 幽香はその場にしゃがみ込んで、女性の顔の近くで声を掛ける。

 

「だから、少しばかり友人として手助けをしてあげるわ」

 

 彼女はにやりと笑みを浮かべ、女性はその様子を容易に想像してか、簀巻きにされた身体を暴れさせる。

 

「心配しないで。悪いようにはしないから、あなたはここで大人しく待っていなさい」

 

 と、幽香は女性を抱え上げると、扉を開けてその中に放り込み、女性の抗議の声を無視して扉を閉める。

 

「……」

 

 幽香は笑みを浮かべ、扉の前から離れていく。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第135駅 人里への出来事

あけましておめでとうございます。今年初の投稿になります。
今年も本作をよろしくお願いします。

そういえば、ハリーポッターシリーズに登場するホグワーツ特急の牽引蒸気機関車のモデルになっているイギリスの蒸気機関車の同型機が今度日本で開設される予定のハリーポッター関連のテーマパークに展示する為にやってくるみたいですね。
所有者?権利者?が有名どころなので手厚い管理がされると思いますが、少なくとも52形や人民型、前進型みたいな末路を辿らないことを祈るばかりです。


 

 

 

 翌日……

 

 

 

 人里の近くにある駅構内では、9677号機牽引の守矢神社行きの上り列車が回送列車の通過を待っている。

 

 

 駅の脇にある操車場では、C12 208号機が牽いて来た有蓋車のワム70000形を四輌、ワフ25000形一輌の計四輌を連結し、待機している。

 そのワム70000形に作業員の妖精達や人里の人たちが食材や酒樽を積み込んでいる。

 

 この貨物列車は博麗神社にて行われる宴会の為に、人里から贈り物として食材や酒樽が送られることになったので、その荷物の輸送の為に霊夢より要請されたのだ。

 

 以前までなら時間を掛けて人里から博麗神社へ荷物を運ぶのだが、鉄道が現れたことで、大量輸送を可能とし、尚且つ輸送時間の大幅な短縮が可能となった。

 

 C12 208号機は水と石炭の補給を終えた後、貨車と連結して回送列車が通過するまでその場で待機する。

 

 

 すると遠くから汽笛がして、機関士席に座っている熊野(C12 208)が顔を上げる。

 

 機関区方面より本線試運転中のE10 5号機がスハ43一輌と、補機としてC12 06号機を連結した状態の回送列車がやって来る。

 

 やがて回送列車が速度を落としていき、駅の下り線へとゆっくりと入ってきて停車する。

 

 その隣の上り線で待機している守矢神社行きの列車の客車から、乗客が物珍しい光景に誰もが見ている。

 

 やがて上り線の信号機が赤から青に変わり、9677号機が三音室の汽笛より甲高い音を立てて、守矢神社行きの列車が出発する。

 

 その後C12 208号機が汽笛を鳴らし、貨物列車を牽いて操車場から出発して博麗神社を目指す。

 

 回送列車は貨物列車が出た後入れ替わるように操車場へと入り、E10 5号機は同行した整備員によって足回りの検査が行われる。

 その間にC12 06号機は、水と石炭の補給を行う。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「今日は本当に手伝いに同行していただいて、ありがとうございます」

 

「別に良いのよ。一応居候の身なんだから、このくらいはするわ」

 

 人里で北斗は隣を歩く夢月にお礼を言うと、大きい紙袋にいっぱい詰まった食材を抱える彼女はどこかぎこちない様子でそう告げる。

 

 回送列車に同行した二人は、駅に到着後降車し、人里で食材の買い出しをしていた。

 

「それで、買う物はこれで全部?」

 

「はい。後は試運転組が来るまで時間を過ごすことになります。まぁ博麗神社からここまで時間は掛からないので、そんなに待たないと思います」

 

「そう」

 

 夢月は短く答えると、駅の方で汽笛が鳴らされて里に響く。

 

「……」

 

 彼女はちらりと、横目で北斗を見る。

 

 彼の姿を見ると、夢月は胸の鼓動が高鳴る。

 

(……本当に、どうしちゃったんだろう)

 

 緊張する中で、彼女は内心呟く。

 

 彼女からすれば、今までこんな事は無かった。故に、夢月は自身が抱える感情を理解出来ないでいた。

 

 

「ん?」

 

 と、北斗は立ち止まってとある建物の前に停まる。

 

「どうしたの?」

 

「あっ、いえ。ここなんですが……」

 

 北斗は目の前にある建物こと、『鈴奈庵』と書かれた看板を掛けているお店を見る。

 

「前から、なんか気になるんですよね。なんていうか、妙な雰囲気というか、気配というか」

 

「……まぁ、区長の言いたいことは分からないでもないけど」

 

 夢月は鈴奈庵より発せられている雰囲気というか、気配に、北斗の言いたいことを理解する。

 

「まだ時間はありますので、寄っても大丈夫でしょうか?」

 

「区長が言うなら、別に私は良いけど」

 

 夢月の了承を得て、二人は鈴奈庵に入る。

 

 

「本屋だったのか」

 

 店に入ると、店内に本棚が並べられ、多くの本が詰められている。

 

 一見すればただの本屋のように見えるが、所々から妙な気配が発せられている。

 

「……」

 

 夢月も周囲から妙な気配を感じつつ。周りを見渡す。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 と、店の奥から一人の少女が出てくる。

 

 橙色の髪を鈴付きの髪留めでツインテールにして、紅白の市松模様に緑の袴の上にエプロンを着け、茶色のブーツを履いている。

 

 彼女の名前は『本居小鈴』 この鈴奈庵の店主をしている少女だ。

 

「すみません。ここは本屋ですか?」

 

「はい。本の販売もしていますが、基本は貸本屋として営んでいます」

 

「貸本屋ですか」

 

 小鈴より説明を受けて、北斗は本の数々を見渡す。

 

(そういえば、永遠亭で読んでいた本も、早苗さんが貸本屋で借りてきたって言ってたな)

 

 北斗は永遠亭で入院していた頃に読んでいた本のことを思い出す。

 

「私、この鈴奈庵を営んでいる本居小鈴といいます。あの、もしかして霧島北斗さんですか?」

 

「えっ? は、はい。そうですが、知っているですか?」

 

 彼女から名前を言われて北斗は少し驚く。

 

「そりゃ、この里では有名過ぎて、知らない方がいないぐらいですから」

 

「そりゃそうね」

 

 小鈴の言葉に、夢月が同意する。

 

 鉄道の導入は、人里の暮らしを大きく変えたとあって、北斗の知名度は里では知らない人間がいないレベルになっている。知らない人間がいるなら、恐らく外の世界より流れてきた外来人ぐらいだ。

 

「それに、レミリアさんからもあなたのことを聞いていますので」

 

「レミリアさんを知っているんですか?」

 

「はい。レミリアさんとは文通でやり取りしているんです。というより、レミリアさんを知っているんですか?」

 

 と、小鈴は逆に北斗がレミリアのことを知っていることに驚く。

 

「えぇ。幻想機関区の運営の手助けをしてもらって、よく紅魔館に招待されています」

 

「そうなんですか。そういえばこの間の手紙に蒸気機関車のことについて書かれていたような」

 

 小鈴はレミリアとのやりとりを思い出して呟く。

 

「レミリアさんの文通相手って、本居さんのことだったんだ」

 

「小鈴でいいですよ。皆様もそう呼んでいますし。レミリアさんとは……まぁ、色々とありましてね」

 

 と、彼女は何やら視線を逸らしながら呟く。

 

「そうですか」と北斗は何かを察して口にする。深く詮索しないのが、彼の性分だ。

 

「そういえば、そちらの方は?」

 

 ふと、小鈴は北斗の後ろに立つ夢月に気付く。 

 

「こちらは機関区で住み込みで働いています、夢月さんです」

 

「夢月よ。よろしく」

 

「夢月さんですか。よろしくお願いします」

 

 軽く自己紹介をして、小鈴が一礼する。

 

「夢月さんって、紅魔館の咲夜さんのようなメイドさんですか?」

 

「いいえ。姉さんの趣味よ」

 

「あっ、そうなんですか……」

 

 何かを察したのか、小鈴はそう呟くのだった。

 

 

 その後北斗は本を見渡して推理小説等を二冊ほど借りて、二人は鈴奈庵を後にする。

 

 

「貸本屋か。今後は暇な時間を潰せそうだな」

 

 北斗は脇に抱えている鈴奈庵で借りた本二冊の入った紙袋を一瞥して呟く。

 

「意外と本を読むのね」

 

「昔はそれしかやることがありませんでしたしね。今でも夜はよく本を読んでいます」

 

 夢月の問いに、北斗はそう答える。

 

 幼少期の頃、友達を遊ぶということを知らなかった彼は、本を読む以外で遊ぶことを知らなかった。一応ゲーム等は祖父と暮らしていた時代にはカセット型のゲーム機で遊んでいたが、それ以降で作られた最新のゲーム機で遊んだことが無かった。

 

 その為、彼にとって本は蒸気機関車の次に好きな趣味なのだ。

 

「分からないわね。本を読んで楽しいなんて」

 

「夢月さんは読まないんですか?」

 

「読まないわね。読むのが面倒くさいし。まぁ姉さんはそこそこ読んでいたけど」

 

「そうですか……」

 

 と、北斗はどこか残念そうに声を漏らす。

 

「……」

 

 すると夢月はどこか気まずい様子で頬を掻き、ちらちらと北斗を見る。

 

「……でも、まぁ……少し時間潰しのやつが必要だったし、今後は本を読むのも悪くないかもね」

 

 と、どこか気恥ずかしい様子で、そう言いながら北斗の脇に挟まっている本を見る。

 

「……機会があったら、あの貸本屋で本を借りるわ」

 

「それは良いですね。幻月さんも喜ぶんじゃないでしょうか」

 

「逆に姉さんから変な事言われそうだわ」

 

 北斗の言葉に、夢月は顔をしかめる。

 

 

 

「おや、北斗じゃないか」

 

 と、声を掛けられて二人は声がした方を見ると、そこには慧音の姿があった。

 

「慧音さん。今日はどうしたんですか?」

 

「いや何、今日は寺子屋が休みなんだ。たまには外に出ないと病気になると、妹紅から家を追い出されてな」

 

「それ、以前にも無かったですか?」

 

「まぁな」と彼女は苦笑いを浮かべて頭の後ろを掻く。

 

「あっ、そうだ。この間北斗が紹介した明羅という剣士だが、自警団として里の治安維持はもちろん、道場で剣道の指導もしてくれるから、本当に助かってるよ」

 

「そうですか。何とかうまくやれているようで良かったです」

 

 北斗はホッと安堵の息を吐く。

 

 前にみとりに助けられ、機関区で療養を受けていた明羅だったが、その後北斗が慧音や小兎姫に彼女を紹介し、自警団の一員として働いているという。

 

「ただ、なぜか霊夢から隠れるように暮らしているのが気になるな」

 

「そうなのですか?」

 

「理由を聞いたら、『未熟故の無知から来る後悔から彼女が恐ろしい』だそうだ」

 

「????」

 

 理由を聞いて北斗は?を多く浮かべて首を傾げる。

 

「ま、まぁ、それ以外は特に問題は無いな」

 

「そうですか」

 

 北斗は慧音より話を聞いて、苦笑いを浮かべる。

 

「……」

 

 ただ、その二人の様子をあからさまに不機嫌な様子で夢月は見つめている。

 

「あっ、そうだ、北斗。少しばかり話したい事があるんだ」

 

「話、ですか?」

 

「あぁ。多少長くなるだろうから、前に紹介した甘味処で甘い物を食べながら話そうと思うんだが、良いか?」

 

「それは構いませんが……夢月さん、よろしいでしょうか?」

 

「……別に良いわよ」

 

 と、不機嫌そうな様子で、夢月は了承する。 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それで、話とは?」

 

 三人は甘味処にやって来て、席に着いた北斗が慧音に問い掛ける。

 

「あぁ。これは里全体より、私からの頼みみたいなものだな」

 

「頼み?」

 

「私がやっている寺子屋の生徒たちの幻想機関区への見学だが、出来るだろうか?」

 

「機関区の見学、ですか」

 

 北斗は声を漏らし、慧音を見る。

 

「実はな、前から寺子屋の生徒から幻想機関区の見学がしたいと要望があってな」

 

「……」

 

「生徒達の間では、蒸気機関車が人気でな。よく会話の話題にもなっているし、寺子屋が無い日は列車の運転日に必ず駅にいるぐらいだからな。それに、将来の夢は蒸気機関車の機関士になるって言う子が多いんだ」

 

「そうですか」

 

 慧音より話を聞き、北斗は笑みを浮かべる。

 

 蒸気機関車に興味を持ってもらえている。それは蒸気機関車が好きな者からすれば、好ましいものだ。それが子供であるのなら尚更だ。

 

「それ故に、生徒達から機関区の見学をしたいっていう要望が多いんだ」

 

「なるほど」

 

「それで、どうだ? 生徒達の為にも、私は見学をさせたい思っているんだが……」

 

「……」

 

 北斗は腕を組んで悩んでいると、頼んだ各種団子が運ばれて来る。夢月はその中からみたらし団子を手にして食べ始める。

 

「こちらとしては、拒否する理由はありませんね」

 

「そうか!」

 

「ただ、こちらにも都合がありますので、予定の調整の必要がありますね」

 

「いや、それが聞ければ十分だ。これなら生徒達も喜ぶな」

 

「こちらも準備をして待っています」

 

 そういうと二人はみたらし団子や三色団子を手にして食べる。

 

「それはそうと――――」

 

 と、慧音は北斗と世間話や最近の事、今後のことについてなどを話し出す。

 

 

「……」

 

 その傍らで、夢月は団子を食べながら北斗を横から見ている。

 

 慧音と楽しそうに話している北斗。以前までそんな姿を見ても何とも思わなかったが、今の彼女の中でモヤモヤとした感情が渦巻く。その何とも言えない感情に、彼女は苛立ちを覚え始める。

 

「……」

 

 夢月は竹串を竹の入れ物に入れると、苛立ちを紛らわそうと三色団子を手にして食べ始める。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後話を終えた北斗と慧音は勘定を済ませ、甘味処を後にする。

 

「では、予定が整い次第連絡をしてくれ」

 

「分かりました」

 

 北斗と慧音はそう言葉を交わして別れ、北斗と夢月は駅の方へと向かっている。

 

 

「……」

 

「……」

 

 ただ、二人の間には何とも言えない気まずい雰囲気が流れている。というのも、夢月は慧音に会ってから終始不機嫌な様子だったからだ。

 

「あ、あの」

 

「なに?」

 

 と、北斗が声を掛けると、夢月はギロリと睨むように見る。

 

「どうしたんですか?」

 

「何が?」

 

「いえ、なんていうか、夢月さん妙に苛立っているような気がして」

 

「苛立つ? 何に苛立っているっていうのよ」

 

 夢月は棘のある言い方で逆に北斗に問い掛ける。

 

「……い、いえ、そうじゃないのなら、良いんです」

 

 北斗はこれ以上聞くのは得策じゃないと思ったのか、それ以上の詮索をやめる。

 

 しかし夢月からすれば、中途半端にやめる北斗にむしろ苛立ちを覚える。

 

(……って、何に苛立っているのよ、私は)

 

 まぁ、その夢月自体も、ここまで苛立っている理由が分からず、そんな自分にも苛立っている。

 

(別に区長が別の女と話したっていいじゃない。機関区じゃ色んな女と話しているわけだし、なんだったら他の女とも話しているわけだし)

 

 と、彼女は内心で自分を納得させるように呟くも、それで彼女の苛立ちが取り除かれるわけではなく、むしろ苛立ちが増すばかり。

 

(……ホント、何なのよ)

 

 苛立つ自分に、夢月は顔を伏せる。

 

 

 

「あら、随分変わった組み合わせね」

 

 と、二人の声を掛けられて、夢月がハッと顔を上げる。

 

 二人の前には、日傘を差して立っている風見幽香の姿があった。

 

「幽香!」

 

 夢月は食材が詰まった紙袋を抱えたまま身構える。

 

「久しぶりね、北斗」

 

「は、はい。そうですね、幽香さん」

 

 幽香は北斗を見て声を掛け、彼は若干戸惑いながらも一礼する。

 

 周りでは少しだけざわつきが起きる。

 

「私が送った花はどうだったかしら?」

 

「あっ、はい。とても綺麗で良かったです。花も鈴仙さんが毎日水を変えて活けていましたし」

 

「そう。そう言ってもらえれば、あの子たちも喜ぶでしょうね」

 

 北斗から話を聞くと、彼女は微笑みを浮かべる。

 

「で、何の用なのよ」

 

「あなたに用は無いわ。用あるのは……」

 

 と、幽香は夢月を睨みつけ、北斗を見る。

 

「あなたよ」

 

「じ、自分にですか?」

 

「えぇ。少しあなたに話があるの。私の家でね」

 

「幽香さんの家、ですか」

 

 幽香の言葉に、北斗は戸惑いを見せる。

 

「あの、それって里じゃダメなんですか?」

 

「大切な話があるの。他人に聞かれるわけにもいかないし、用事もあるの」

 

「……」

 

「言っておくけど、拒否権は無いし、今すぐでなければいけないわ」

 

「……」

 

「人の意思を無視するなんて、横暴ね」

 

「回りくどい事は好きじゃないわ」

 

 呆れた様子で言う夢月に、幽香はそう告げる。 

 

「……どうしても、今じゃないとダメですか?」

 

「えぇ。それも、あなた一人でよ。同行者は許さないわ」

 

「……」

 

 幽香の答えに、北斗は息を呑む。

 

「聞くだけ無駄だと思うけど、拒否権は?」

 

「あると思う?」

 

「そりゃそうよね」

 

 夢月は肩を竦める。

 

「そんなに時間を掛けるつもりは無いわ。すぐに終わるし、ちゃんとここに連れて行ってあげるわ」

 

「……」

 

「……全く」

 

 と、迷いを見せている北斗に、幽香は若干苛立った様子で日傘を畳んで手に持つと、彼に近づいて目にも止まらぬ速さで抱え上げ、地面を蹴って飛ぶ。

 

「ちょっ!?」

 

 予想外の速さに夢月が驚いていると、あっという間に幽香は北斗を抱えたまま飛んで行った。

 

「……幽香め」

 

 大胆な行動を起こした幽香に、夢月は歯噛みする。

 

 そして周りでは騒ぎが起きており、絶対ことが大きくなりそうな状況だ。

 

「……」

 

 夢月は舌打ちをして、一先ず混乱が起きないように慧音を探しに走り出す。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第136駅  風見幽香の目的

 

 

 

「……」

 

 幽香から半ば誘拐される形で抱えられた北斗は、空を飛んでいる彼女の腕の中で委縮している。

 

 まぁこの幻想郷で一、二位ぐらいに恐れられていると噂されている彼女に半ば誘拐される形で抱えられているのだ。恐怖を抱くなというのが無理な話だ。

 

「そう固まらなくても、取って食おうなんてしないわ」

 

 そんな北斗の様子を見て、幽香はどこか呆れた様子でそう伝えるも、それで落ち着けるなら苦労はしない、と北斗は内心ツッコむのだった。

 

「……」

 

 しかし突然誘拐された、というより、北斗は今の状態に落ち着けなかった。

 

 というのも、幽香は北斗を抱えているのだが、それが所謂お姫様抱っこであり、美女にお姫様抱っこされる状況に落ち着けなかった。その上以前早苗にお姫様抱っこされていた時と異なる感触が彼を戸惑わせる。

 というか、この幻想郷に来て彼がお姫様抱っこされるのはこれで二回目である。

 

「……」

 

 幽香は自身の腕の中で固まっている北斗を見る。

 

 妖怪である彼女からすれば、北斗のような男性を抱えるのは造作も無いことだ。

 

 しかし彼女からすれば、北斗を抱えている腕に掛かる重さに、どこか感慨深いものを感じている。

 

「……」

 

 ふと、彼女の脳裏に、ある光景が過る。

 

 

 

 なぁ、幽香。この子を抱いてみないか?

 

 別に良いわよ。興味なんて無いし

 

 まぁそう言わずに。可愛いんだぞ

 

 ……

 

 

 

 その時の光景と共に、当時の感触が思い出される。

 

(……本当に、大きくなったわね)

 

 彼女は内心呟くと、北斗に気づかれないぐらいに小さく口角を上げる。

 

 

 

 しばらくして北斗を抱えた幽香は、太陽の畑の中にある彼女の家の前へと下りる。

 

「ここは……」

 

「私の家よ」

 

 幽香に降ろされた北斗は西洋風のシンプルな作りの家を見上げていると、彼女が自分の家だと彼に伝える。

 

「付いて来なさい。あえて言っておくけど、逃げようなんて思わないことね」

 

「……」

 

 彼女に警告がてらそう言われて、北斗は静かに後に付いて行って家に入る。

 

 家の中に入ると、家具は必要最低限しかない、余計な物は置いていないシンプルな配置であり、あるとすれば彼女が大事にしている花が活けられている。

 

「そこで座って待っていなさい。お茶を淹れてあげるから」

 

「は、はい」

 

 幽香はそう言って茶を淹れる準備に入り、北斗はテーブルの前にある椅子に座る。

 

「……」

 

 北斗は落ち着きのない様子で家の中を見渡す。

 

(何だか、話に聞いた姿より、だいぶ違うような……)

 

 ふと、北斗はあることを思い出す。

 

 

 風見幽香……この幻想郷において彼女の名前は隅々まで知れ渡っていると言ってもいいだろう。その実力は幻想郷でも上位に与する者であり、博麗の巫女であっても彼女と関わるのを可能な限り避けるぐらいだ。

 その性格は高圧的な部分はあるものも、基本的に自分から他者に襲い掛かるような暴力的な性格では無い。しかし彼女のその時の機嫌次第で変わる部分もあったりする。そして何より彼女は花をこよなく愛する妖怪だ。故に花を蔑ろにする輩には容赦しない。

 

 だが、北斗の目に映る今の彼女の姿は、それらを感じさせない、優しげなものだった。

 

 

 それから少しして幽香が紅茶を淹れたカップを二つ持ってくる。

 

「お待たせ。砂糖は入ってないけど、良かったかしら?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 北斗が頷くのを見て、彼女はカップを彼の前に置き、自身も席に座りながらカップをテーブルに置く。

 

「……」

 

「……」

 

 北斗は幽香の様子を窺いながら、カップを両手で持って紅茶を飲む。

 

「北斗」

 

「は、はい」

 

 そんな北斗の様子を察してか、幽香が口を開く。

 

「あなたは、花は好きかしら?」

 

「花、ですか?」

 

 彼女の唐突な質問に、北斗は首を傾げる。

 

「自分は……好きな方ですね」

 

「どの辺りが?」

 

「色んな場所や環境で変わる面とか、綺麗だったり醜かったり、そんな多種多様な面ですね」

 

「そう……」

 

 幽香は何かを考え込むように黙り込むと、カップに入っている紅茶を一口飲む。

 

「……道の端に、雑草と同じように誰にも見向きもされない花を見たら、あなたはどう見るかしら。価値の無い花だと見る? それとも、雑草としか見ない?」

 

「……」

 

 北斗は幽香の質問に、カップに入っている紅茶の薄っすらと映る自身の顔を一瞥し、顔を上げる。

 

「決して雑草なんかじゃありません。誰にも見向きもされず、雑草しか見られない価値だったとしても、花であることに変わりはありません。必死に毎日を生きている……そんな花もまた美しいと思います」

 

「……」

 

 彼の言葉を幽香は黙って聞き、紅茶を飲む。

 

(そういう所も、飛鳥に似てきたのね)

 

 そして内心呟き、北斗に気付かれないぐらい小さく口角を上げる。

 

「夏になれば、この辺り一帯に向日葵が咲くわ。太陽の畑というのは、そこから来ているのよ」

 

「向日葵がこの辺り一帯に?」

 

 北斗は幽香に抱えられて空に居た時、そこから見た光景を思い出して驚く。

 

「向日葵も好きかしら?」

 

「はい。外の世界に居た頃は、小さい頃初夏になれば種から育てていましたので、向日葵は馴染み深いですね」

 

「そう。なら、あなたの満足いく向日葵が見れるわ」

 

 幽香そう言うと、微笑みを浮かべる。

 

 

「あの、幽香さん」

 

「何かしら?」

 

「それで、ここまでして話をしたい内容とは、一体……」

 

「そうね……」

 

 恐る恐るといった様子で北斗が問い掛けると、幽香は頬杖を着き、声を漏らす。

 

「まぁ、後々で話そうと思っているけど、強いて挙げるなら飛鳥があなたを気に掛けているから、で納得するかしら?」

 

「えっ? 飛鳥さん?」

 

 彼女の口から意外な人物の名前が出てきて、北斗は驚く。

 

「飛鳥さんを知っているんですか?」

 

「えぇ。飛鳥とはそこそこ長い付き合いになるわね」

 

「そうなんですか」

 

 幽香の口から良く知る人物の名前が出て、少しばかり彼の警戒心が薄れる。

 

「飛鳥はよく私にあなたの事を話していたわね。耳にタコが出来るぐらいにね」

 

「そ、そうなんですか」

 

 どこか呆れた様子で彼女がそう言うと、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、それだけあなたのことを気に掛けているのよ。わざわざ外の世界に出てまでね。まぁどうやって飛鳥が幻想郷と行き来しているのかは知らないけど」

 

「……」

 

 北斗は何も言わず、カップの紅茶を飲み干す。

 

「でも、どうして飛鳥さんのことを?」

 

「……」

 

 幽香はなぜかクローゼットを一瞥すると、再度北斗を見る。

 

「北斗。もしも真実を知る機会を与えられるとしたら、あなたは真実を知りたいと思うかしら?」

 

「真実……?」

 

「えぇ。それも、あなたが一番知りたいという真実をね」

 

「……」

 

 急な展開に、北斗は唖然としつつ息を呑む。

 

「……それが、今回自分をここに連れてきた理由ですか」

 

「そういうことね」

 

 北斗がここへ自身を連れてきた理由を言うと、幽香は肯定する。

 

「まぁ、さっきは機会が与えられたらとか言ったけど、拒否権は無いわ。こればかりは、あなたは知らなければならない義務があるのだから」

 

「……義務、ですか」

 

「えぇ。子供であるあなたにはね」

 

「……子供?」

 

 北斗は思わず声を漏らして首を傾げる。

 

「幽香さんは、俺の両親を知っているんですか?」

 

「えぇ」

 

 北斗の問いに、彼女は頷く。

 

 この幻想郷で、もう知る機会は無いと思っていた両親のことが、まさかの場所で知ることが出来る。故に北斗の表情に緊張の色が浮かぶ。

 

「特に、あなたの母親はね」

 

「……母親?」

 

 彼女の言葉で、北斗の脳裏に一つの憶測が上がる。そしてその憶測は、ここまで来ればもはや答えに近かった。

 

「あなたの母親は……飛鳥よ」

 

 そして幽香の口から、その憶測の答えを口にした。

 

「……あ、飛鳥さんが……俺の……母親?」

 

 北斗はその名前を聞き、呆然となる。小さい頃によく会いに来てくれた蒸気機関車に詳しい女性が……自分の母親だったのだ。

 

「そんな……まさか」

 

「でも、なんとなく違和感はあったんじゃないかしら?」

 

「……」

 

 彼女の言葉に、納得できる部分があったのか、北斗は何も言えなかった。

 

 飛鳥と話している時、北斗は他の人と話している時と違って、心から安心できるような、そんな感覚があった。

 

 

「まぁ、これについては、本人から聞いた方が早いわね」

 

 と、幽香は席から立ち上がり、クローゼットへと歩み寄って扉を開ける。

 

「ムゴァッ!?」

 

「っ!?」

 

 するとクローゼットの中から女性が出てきて、床に倒れて変な声を上げ、北斗はギョッと驚く。

 

 なぜなら、その女性は先ほどから話題に上がっている飛鳥であり、なぜか簀巻きにされて口には猿轡をされており、床に顔を打ち付けたせいで赤くなった顔を上げて、幽香を睨みつけている。

 幽香は妙にSっ気のある表情を浮かべつつ、飛鳥の猿轡を外す。

 

「ッ! 幽香! お前!」

 

「あら? どうしたのかしら?」

 

「なんで、こんな!」

 

 飛鳥は非難の目を幽香に向けるも、彼女はどこ吹く風と言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「私は友人として、あなたの手助けをしてあげただけよ」

 

「手助けって……!」

 

「いつまでもうじうじしている友人に、愛する息子と対話する機会を設けてあげたのよ」

 

「うっ……」

 

 幽香の言葉に、飛鳥は何も言えなかった。これまで彼女は何かしらの理由をつけて、北斗に真実を話そうとしなかったのだから。

 

「いい加減逃げてないで、自分の息子と向き合いなさい。そして自分の口で真実を話してあげるのね」

 

「……くっ」

 

 恨めしそうに飛鳥は幽香を睨むも、彼女はその様子に笑みを浮かべる。

 

「……」

 

「……北斗」

 

 飛鳥は頭だけ回し、気まずい様子で北斗を見る。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第137駅 北斗の出生の秘密

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 気まずい雰囲気の中、北斗と飛鳥はテーブルを挟んで向かい合って座っている。

 

 幽香は「じゃぁ、後は二人っきりで」と言って家を出て外で待っている。まぁ邪魔者が入らないように外を見張っているのだろう。もちろん、飛鳥の脱走を阻止する為というのもあるだろうが。

 

 紅茶の入ったカップから湯気が立ち上り、二人はその湯気を見つめるように、静かにしている。

 

「……」

 

「……」

 

 時計の針の音が時を刻む音がして、時間だけがただただ過ぎていく中、北斗が口を開く。

 

「……あ、飛鳥さん」

 

「な、なんだ?」

 

 飛鳥はビクッと身体を震わせて返事をする。

 

「その……幽香さんの話は……本当なんですか? 飛鳥さんが……俺の母親だっていうのは」

 

「……」

 

 北斗の問いに、彼女は一瞬俯くも、意を決して顔を上げる。

 

「あぁ、そうだ。幽香の、言う通りだ」

 

「……」

 

「私が、北斗の母親で、間違いない」

 

 彼女は絞り出すように、そう告げる。

 

「飛鳥さんが……僕の……母親……」

 

 北斗は確認するように、小さく声を漏らす。

 

「……」

 

「言いたいことは……分かるぞ。なぜお前を捨てたのか……そう聞きたいんだろ?」

 

「……」

 

 北斗は何も言わず、静かに頷く。

 

「言い訳はしない。許しを請おうとは思わない。私がお前を自らの意思で手放した事実に変わりはない」

 

「……」

 

「だが、北斗を捨てたくて、外の世界に捨てたわけじゃない。これだけは、確かだ」

 

 飛鳥は俯きながらも、絞り出すように北斗にそう告げる。

 

「俺を外の世界に置いてきたのには、理由があるんですか?」

 

「……あぁ」

 

 北斗の質問に、飛鳥は頷く。

 

「お前を守る為だ」

 

「俺を……」

 

 彼女から告げられた事実に、北斗は声を漏らす。

 

「北斗。お前は……少なくともあのスキマ妖怪が無視出来ないような、秘密があるんだ」

 

「スキマ妖怪……八雲紫さんのことですか?」

 

 北斗の質問に飛鳥は「あぁ」と答える。

 

「北斗。私が人間じゃないのは、前に話したよな」

 

「はい。でも詳細までは」

 

「そうだな。まだ、詳しく話してなかったな」

 

 飛鳥は一旦会話を区切り、カップを手にして紅茶を飲む。

 

「……私は、所謂神霊と呼ばれる部類の存在だ」

 

「神霊……。幻想機関区の蒸気機関車の神霊と同じですか?」

 

「似てはいるが、私の場合はだいぶ違う」

 

 飛鳥はそう言うと、窓から空を一瞥する。

 

「……大昔から、私という存在が誕生した。とても、とても古い時代にな」

 

「……」

 

「北斗。お前には……少なくとも神の血が流れているんだ。純粋な神のものではないが、少なからず神力を有している。だからこそ、非常に強い霊力を持っているんだ」

 

「神の血が……俺の中に」

 

 衝撃の事実を聞き、北斗は自分の手を見る。

 

 

「だが、本来ならそれはありえないんだ」

 

「ありえない? それってどういうことですか?」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

「本来神霊というのは……子を孕むことは無いんだ」

 

「……」

 

「私の身体は……れっきとした女性の身体だ。子供を産もうと思えば、産むことが出来るように、必要な物だって揃っている」

 

 飛鳥は自身のお腹を見て手を当てながら、説明をする。

 

「だが……それでも神霊は子を宿すことが出来ない。厳密には宿せなくなる、というのが正しいか」

 

「……」

 

 彼女の説明に、北斗は息を呑み、同時に疑問が浮かぶ。

 

 ならなぜ、自分は生まれたのか?それとも――――

 

 

「言っておくが、お前は正真正銘、血の繋がった私の子だ。決して血の繋がらない他人じゃない」

 

 と、北斗が不穏な事を考えているのを察してか、飛鳥は強めな口調でそう告げる。北斗は一瞬でも疑ったことに申し訳ない様子で俯く。

 

「で、でも、神霊は子供を宿すことが無いって……」

 

「本来ならな。だが、いつの世だって例外はあるんだ」

 

「例外……」

 

「まぁ、その例外も……八雲紫が無視できない理由でもあるんだがな」

 

「……?」

 

 飛鳥の引っかかるような言い方に、北斗は首を傾げる。

 

 すると彼女は懐に手を入れて内ポケットより、折り畳まれたものを取り出すと、それを広げてテーブルに置く。

 

「これは赤ん坊だった北斗と撮った写真だ」

 

「……」

 

 飛鳥の言葉に北斗はテーブルに置かれた写真を見る。

 

 長い年月が経過して写真自体劣化しているが、そこには白黒で二人の男女と、女性に抱えられた赤ん坊の姿が写されている。

 

「……この男の人が、俺の」

 

「あぁ。お前の父親だ」

 

 もちろん写真に写っている男性の正体は容易に想像できて、北斗の質問に飛鳥が答える。

 

「この人が……俺の」 

 

 北斗は写真に写っている父親である男性を見る。と同時に、ある違和感を覚える。

 

(……でも、何だろう。何だか、どこかで見たことがあるような)

 

 北斗は男性を見ていると、妙に初めて見たという感覚があまりなく、むしろどこかで見たような、そんな容姿をしている。

 

 和服を身に纏い、腰まで伸びた髪を三つ編みにしており、顔つきはどことなく中性的だ。

 

「名前は輝く月と書いて輝月(てるづき)だ」

 

「輝月……」

 

 父親の名前を聞き、北斗はオウム返しのように父親の名前を口にする。

 

「そして、輝月も……八雲紫が無視できないような、理由がある」

 

「どういうことですか?」

 

 北斗が問い掛けると、飛鳥は再度窓から空を見上げ、薄っすらと姿を見せている月を見る。

 

「輝月は……幻想郷の人間じゃない。ましても、外の世界の人間でもない」

 

「えっ……」

 

 飛鳥の口から聞き捨てならない言葉が出て、北斗は唖然となる。

 

「……彼は、遠く離れた空の向こうにある……月」

 

 そして彼女は、北斗の目を見て、口を開く。

 

 

「輝月は、月の裏側にある月の都。そこに住まう、月の民なんだ」

 

「……」

 

 飛鳥の口から告げられた衝撃的な事実に、北斗は驚きを隠せず、唖然となる。

 

「つまり、お前の中には、神霊と月の民の血が流れているんだ」

 

「月の民……それって、宇宙人みたいな?」

 

「いや、住んでいる場所が違うだけで、人間とそこまで大きく変わらない」

 

「……」

 

 それを聞き、北斗はどこかホッとした様子で安堵する。

 

「それで、なぜ八雲紫が月の民であったら見過ごせないのか。それはかつて八雲紫が月の都へ攻め入ったことがあるからだ」

 

「紫さんが……月の都に?」

 

「やつが月の都に攻め入った目的が何だったのかは知らないが、その時に八雲紫は月の民相手に敗北を喫した。恐らく月の民との間に深い悔恨が出来ているはずだ」

 

「……」

 

「だから、輝月ももしかしたら、月の民だから何かしらの疑いを掛けられていたかもしれなかった」

 

 彼女から告げられた事実に、北斗はもう何度目かの驚きを覚える。

 

 ここまで来ると、話のスケールがデカ過ぎて頭がパンクしそうだった。

 

 そもそも母親の正体が神霊であり、父親が月に住まう月の民という事実だけでも、正直一生分の驚きがあったと思う。しかもついでという形で八雲紫の過去の一部を聞くことになってしまった。

 

 

 

「輝月との出会いは……今から20年前のことだ」

 

 飛鳥は紅茶を飲み、深く息を吸って、ゆっくりと吐いて気持ちを整え、静かに語り出す。

 

「私が無縁塚で散歩をしていた時に、妖怪に襲われている人間を見つけた。私はその人間を妖怪から助けて、怪我をしていたから、とりあえず治療の為に家まで連れて行った」

 

「……それが、輝月さんだったんですか?」

 

「あぁ。当時は月の民だっていうのは知らなかった。普通に妖怪に襲われた人間だと思っていたよ」

 

 懐かしそうに飛鳥はその時の事を思い出しながら、話を続ける。

 

「それから輝月の治療をしながら、彼と一緒に時間を過ごすことになった。それから少しして、彼が月の民だっていうのを本人の口から聞いた」

 

「……」

 

「輝月は好奇心旺盛なやつでな。あれはなんだ、これはなんだ、それはなんだと、色んな事を聞いてきた。まるで子供の様だった」

 

 その時の事が脳裏に過ったのか、彼女は笑みを浮かべる。

 

「それから一緒に暮らし始めて、色々と話したり、一緒に人里に出かけたりして、時を過ごした」

 

「……」

 

「だからなのかな。男女の仲が進展するのに、そんなに時間は掛からなかった」

 

「……」

 

「やがて私と輝月は愛し合うまでの中になってな……そりゃ、まぁ男女のゴニョゴニョもするぐらいの仲までは……」

 

 と、飛鳥は途中の部分が恥ずかしくて言いづらかったのか、頬を赤く染めて小さな声で呟く。

 

 その様子に北斗は「あー」と声を漏らして、理解する。

 

「…‥まぁ、どれだけ私達が愛し合っても、私は輝月との間に子供を作る事は出来ない。そういう存在なのだから」

 

 と、飛鳥はさっきまでの恥ずかしそうな様子を一変させて、目を伏せる。

 

「少なくとも、その時まではな」

 

「……」

 

「ある日、私は体調を崩した。妙に気分が悪いし、嗅ぎ慣れているご飯の匂いがきつく感じるようになったり、やけに酸っぱい物を食べたくなったりと、変化が現れた」

 

「……」

 

「体調は良くならなかったから、私は輝月と一緒に里の診療所に訪れて、身体を診てもらった」

 

「……」

 

「そこで判明したんだ。私のお腹の中に……命が宿っていたのを」

 

 と、お腹に手を当てながら、飛鳥は微笑みを浮かべる。

 

「その時は、とても信じられなかった。どれだけ求めても、どれだけ望んでも、決して宿らないと思っていた命が、宿ったんだからな」

 

「……飛鳥さん」

 

「嬉しくないはずがない。愛する者との間に、子供が出来たんだ。その時は、輝月と一緒に喜んだよ」

 

 彼女は少し涙声になりながらも、話を続ける。

 

「それから日に日にお腹の中の赤ん坊が大きくなっていくのを感じながら過ごして……そして無事に生まれた」

 

「……」

 

「元気な男の子だった。不安が多かっただけに、元気な子供が生まれて、本当に……本当に、嬉しかった」

 

「……」

 

「そして私は輝月と色々と話し合って、生まれた子供に……『北斗』と名付けたんだ」

 

「……そうだったんですね」

 

 北斗は自身の出生の経緯を聞き、笑みを浮かべる。

 

「なぜ神霊の私に子供が出来たかは、輝月が月の民だったからなのか、彼が特別だったのか、色々と考えたけど、結局分からなかった。まぁ、その時はそんな事はどうでも良かった。無事に大切な子が生まれて来てくれたことが、何より嬉しかったからな」

 

「……」

 

「だが、同時に不安だった。神霊と月の民との間に生まれた子供だ。普通なわけがない。これから先どうなるか、想像がつかなかった。そしてスキマ妖怪がお前の存在を知れば、見過ごすはずがないからな」

 

「……」

 

「だが、それでも、その時はまだ大きく悩むようなことじゃないと、深く考えなかったんだ」

 

「……」

 

 

「あぁそうだ。北斗の名前の由来なんだが……お前を産んだ時、空には北斗七星が浮かんでいたな。北斗七星を見ていたら、外の世界で走っていた寝台特急『北斗星』が連想して、お前の名前にしたんだ」

 

「えっ。寝台特急が僕の名前のルーツなんですか?」

 

 意外な名前のルーツに、北斗は驚きを隠せなかった。まさか寝台特急が自分の名前になるなんて思ってもみなかったからだ。

 

「まぁ、今思えば結構安直だったかもな」

 

 飛鳥は苦笑いを浮かべて頬を軽く掻く。

 

「と、まぁ、これが北斗の生まれた経緯だ」

 

「……」

 

 彼女は説明を終えてカップに入っている紅茶を飲み干し、北斗は気になっている事を尋ねる。

 

「飛鳥さん」

 

「なんだ?」

 

「気になっているんですが……僕の父親、輝月さんは……今どこに?」

 

 

「……」

 

 すると、飛鳥は無表情になり、目を伏せる。

 

「……?」

 

 突然変わった飛鳥の様子に、北斗は首を傾げる。

 

「……」

 

 やがて意を決したように、飛鳥は重々しく口を開く。

 

「輝月は……お前の父親は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――もう、この世にいない」

 

 

「……えっ?」

 

 飛鳥からの口から出た事実に、北斗はすぐに理解出来ず、思わず声を漏らす。

 

「輝月は……北斗が生まれてすぐに……死んでいるんだ」

 

「……」

 

 今にも泣きそうな飛鳥の姿に、北斗は衝撃的な事実と共に、何も言えなかった……

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第138駅 真相と決断、そして……

 

 

 

 飛鳥の口から出た、あまりにも悲しい事実……

 

 

 知る機会は無いだろうと思っていた母親を知り、父親も知ることが出来た。

 

 

 だが、その父親は……もうこの世にいなかった……

 

 

 

「……」

 

 北斗はしばらく何も言えず、ただ俯いたままだったが、顔を上げて飛鳥に尋ねる。

 

「……どうして、父は亡くなったんですか?」

 

「……」

 

 飛鳥も本当なら愛する者が亡くなった当時のことを思い出したくないはずだ。しかし北斗には全てを話さなければならない。故に彼女は意を決して、語り出す。

 

「当時、里では過去に外の世界で流行した病が流行ってな。多くの人間が死に絶える事態になった」

 

「……」

 

「その病は感染力はそこまで高くないが、発症したら薬を打たなければ命が無いレベルの、非常に重い病だった。当然薬なんてものは無かったから、発症したら確実に命を落としていた」

 

「……」

 

「だが、病自体は消毒を徹底させることで、感染することは無かった。それに八雲紫が外の世界から消毒用の薬品や治療薬を大量に仕入れて里を消毒させ、薬を投入したことで、病の元になった病原菌を死滅させ、最悪な事態を回避することが出来た」

 

「……」

 

「でも……輝月は……その病を発症させてしまった」

 

「……」

 

 予想はしていたが、北斗は息を呑む。

 

「恐らく、月の都では病気とは無縁な環境下にあったから、病気に対する耐性が低くなっていたんだと思う。そのせいか、病を発症させてすぐに症状を悪化させていた」

 

「……」

 

「私は、必死に看病した。どうにか病を治そうと、あらゆる手段を試した。だが、肝心の薬を手に入れることが、出来なかった」

 

 やがて限界が来たのか、彼女の目から涙が零れ落ちる。

 

「……病は悪化の一途を辿り……北斗が生まれて二週間後に……輝月は死んだ」

 

「……」

 

「あいつは……最後まで私に心配を掛けないように、笑顔を絶やさなかった。苦しかったはずなのに……それでも、無理をしていない、とても自然な笑みだった。最期の時だって、とても……穏やかな顔だった」

 

 飛鳥は袖で涙を拭い、その時の事を思い出して北斗に伝える。

 

「輝月の遺体は、丁寧に弔いたかったが、この幻想郷に正式な形で入ってきたわけじゃなかったから、身元なんてものは無かった。そこから様々なことが発覚するのを恐れて、私は無縁塚に彼の遺体を埋葬した」

 

「無縁塚……」

 

 ふと、北斗は無縁塚で見た簡易的な墓の数々を思い出す。

 

「ちゃんとした立派な物は立てられなかったが、木材で作った簡易的な墓標に、輝月と一緒に里で買った懐中時計を下げておいた。あいつ、その懐中時計をとても大切にしていたからな」

 

「……それじゃ、あの墓は」

 

 彼女の説明した墓の特徴から、北斗はこの間無縁塚で見たあの錆び付いた物が下げられていた墓を思い出す。

 

「輝月の墓を知っているのか?」

 

「はい。この間無縁塚の調査の際に、同じ特徴の墓を見ましたので」

 

「そうか……北斗が見たっていう墓は、恐らく輝月の墓で間違いない」

 

 飛鳥はそう言うと、俯く。

 

「輝月の死後、私は北斗と共に、しばらくは静かに暮らしていた。色々と、気持ちの整理がしたくてな」

 

「……」

 

「輝月の為にも、必ず北斗を守ると、そう決意を固めようとした。でも……」

 

 と、彼女の表情が暗くなる。

 

「日に日に、北斗の霊力は増すばかりだった。それこそ、他の妖怪に気取られて、狙ってくるまでにな」

 

「……」

 

「北斗。さっきも言ったが、お前は普通の人間じゃない。神霊と月の民との間に出来た子供だ。その上非常に強い霊力持ち。これほどの条件を揃えた子供を、あの八雲紫が目を付けないと思うか」

 

「……」

 

 飛鳥の言葉に、北斗は何も言えなかった。詳しい事情は分からないが、少なくとも八雲紫が目を付けないとは言い切れなかった。

 

「その時は、北斗の存在を八雲紫に察知されることはなかったが、恐らくばれるのも時間の問題だった。それだけ、北斗の霊力は強くなっていたんだ」

 

「そんなに……」

 

 北斗は思わず息を呑む。自分自身に起きていたことだが、全く自覚が無かった。

 

「もしも八雲紫がお前の存在に気付けば、私から北斗を取り上げようとしていたかもしれない。ある意味、あのスキマ妖怪にとって色々と都合が良かっただろうしな」

 

「都合?」

 

 北斗は思わず首を傾げる、一体自分の何が八雲紫にとって都合が良いのか……

 

「博麗の巫女は霊力の強い少女が選ばれて、先代の博麗の巫女が修行と共に子育てを行って育成する。あくまでも霊力の高い少女が選ばれるから、博麗の巫女に血の繋がりは無い」

 

「なるほど」

 

「だが、霊力の高い逸材はそう多くない。だいぶ前からその現状が続いているようでな。仮に居ても女性ではなく男性である場合もある。当然男に博麗の巫女を任せられないから、もどかしい状況が続いていたんだろうな」

 

「それは、まぁそうですよね」

 

「その場合霊力の高い男性を博麗の巫女の婿として迎え入れ、博麗の巫女に後継者を作らせる。まぁ悪い言い方をすると種馬として迎えられることになるな」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は博麗の巫女の実情に、何とも言えない気持ちになる。

 

「というか、結構詳しいんですね」

 

「まぁ、幻想郷が出来る前から私は居るからな。ある程度幻想郷の事情は知っている」

 

「それはさておいて」と、飛鳥は咳払いをして気持ちを整える。

 

「まだ赤ん坊とはいえど、将来的には博麗の巫女の後継者を作る為の種馬として、八雲紫に育てられる為に私から北斗を取り上げる可能性が高かったんだ」

 

「そんな横暴な」

 

「だが、スキマ妖怪からすれば、ある意味深刻な問題だ。この幻想郷の維持の為に、博麗の巫女の存在は必要不可欠だ。それも霊力の高い巫女をな。まぁだからと言ってやられた方はたまったものではない」

 

「……」

 

「私はどうすればいいか、悩みに悩んだ。その末に考えたのが……」

 

「外の世界に、置いてきた、ですか……」

 

「……そうだ」

 

 飛鳥は間を開けて、重々しく頷く。

 

「いくら八雲紫とはいえど、余程の事が無い限り、外の世界まで来て霊力の高い人間を探すことは無いだろう。その上、外の世界なら霊力が抑えられるとあって、北斗を隠すのに最適だったんだ」

 

「……」

 

「北斗を手放すのは、最後の最後まで悩んだ。だが、お前の事を思えば思うほど、こうするしかないと思った」

 

「……」

 

「結果的に、私は、お前を孤児院の前に置いていったんだ……」

 

「……」

 

 

 

「……これが、私が話せる全てだ」

 

 飛鳥はそう言うと、深く息を吐く。

 

「……」

 

 北斗は何も言わず、ただ静かにジッとしている。

 

「……ここまで、色んな理由を話してきたが、私が北斗を自らの意思で手放したことに変わりはない」

 

「……」

 

「許されるとは思っていない。私が母親として振る舞う資格も無い。外の世界で、北斗がどんな目に遭ったか……それなのに、私は……何も……」

 

 飛鳥は俯き、北斗にそう告げる。

 

「……」

 

「……」

 

 二人して黙り込んでしまい、時計が時を刻む音だけが淡々として時間だけが過ぎていく。

 

 

 

「……」

 

 やがて北斗は顔を上げて、どこか遠慮しがちな雰囲気ながら、口を開く。

 

 

 

「……か、母……さん」

 

「っ!」

 

 北斗の口から発した言葉に、飛鳥はハッとする。

 

「俺は……」

 

「やめてくれ。私は……母親と呼ばれる資格は無いんだ!」

 

 飛鳥は顔を背けて、声を荒げる。

 

「私は……お前を……」

 

「でも、それでもあなたは、外の世界まで僕のことを見に来てくれましたよね」

 

「……」

 

 北斗の言葉に、飛鳥は何も言えなかった。

 

「あなたは、俺のことが嫌いですか?」

 

「っ! そんな事は無い! 片時も、お前の事を忘れたことは無い。お前のことを、ずっと愛している!」

 

「それですよ」

 

「……」

 

「もし、本当に俺のことを愛していないのなら、外の世界に置いてきた俺の様子を見に来たりはしないはず」

 

「それは……」

 

「少なくとも、その時のあなたは……とても嬉しそうに見えました」

 

「北斗……だが、私は……」

 

 受け入れようとする北斗だったが、それでも飛鳥は躊躇う様子を見せる。例え本人が許すと言っても、自身が犯した罪は決して許されざるもの。その好意を素直に受け取るわけにはいかない。

 

「確かに、自分の子供を手放したという事実は消えません。これからも、その事実は消えることなく、一生残り続けると思います」

 

「……」

 

「もし本当に俺の存在が邪魔で捨てたのなら、俺はあなたを一生恨んでいたと思います」

 

「……」

 

「でも、そうしなければならない、それしか方法が無かった。避けられなかった理由があるのなら、俺は納得しますし、受け入れます」

 

「……北斗」

 

 

「母さん」

 

 と、北斗は席から立つと、飛鳥の横へと歩み寄り、その場にしゃがんで視線を下げる。

 

「失った時間は、戻る事はありません。決して短いとは言えない時間が過ぎてしまいましたが、今からでも遅くはありません」

 

 北斗はそう言うと、微笑みを浮かべ、飛鳥の手に自身の手を置く。

 

「だから、これからは家族として……一緒に過ごして欲しいんです」

 

「……」

 

 北斗の言葉に、飛鳥は目に涙を浮かべる。

 

「い、良いのか? こんな、無責任な私を……母として、認めて……くれるのか?」

 

 彼女は声を震わせながら、北斗に問い掛ける。

 

「もちろんです。むしろ、お願いしたいと思うぐらいです」

 

「北斗……」

 

「……会いたかったです、母さん」

 

「っ!……北斗っ!」

 

 そして感極まり、飛鳥は椅子から降りて北斗を抱きしめる。

 

「ごめんよ、ごめんよ……北斗。本当に、本当にぃ……!」

 

「……」

 

 涙を流し、愛する息子を強く抱きしめ、泣きながらも飛鳥は何度も謝る。北斗は静かに受け入れながら、母を抱きしめる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 飛鳥の泣く声が家の外に響く中、その声を幽香は壁にもたれかかって腕を組み、静かに聞いている。

 

「これが目的だったのね」

 

 と、幽香の隣で同じく壁にもたれかかっている夢月が深くため息をついて、彼女に問い掛ける。

 

「いつまでもウジウジとしてて、鬱陶しかったのよ。だから親子の再会の場を設けて、理解し合う機会を作ってあげたのよ」

 

「だからって、事情を考えないで何の説明も無しに連れて行くのはどうなのよ。誘拐みたいなことして」

 

 夢月はジトっと幽香を睨むも、彼女はどこ吹く風な様子だ。

 

「全く。私にらしくないことをさせてさ。私がどれだけ火消しに奔走したと思っているのよ」

 

「それは意外ね。あなたが彼の事を考えてくれるなんて」

 

「別に。色々と面倒ごとになるからよ」

 

 彼女はそう言うと、そっぽを向く。

 

 夢月は北斗が幽香に連れて行かれた後、すぐ慧音を探して事情を話し、事を大きくさせないようにしていた。彼女からすればこれ以上面倒ごとは起きて欲しくなかったからだ。

 というより、北斗に迷惑を掛けられなかったという方が正しいか。

 

「人間なんて虫のように扱っていたあなたが他人を思いやるようになるなんて……あなたを変えたのは、彼かしら」

 

「……」

 

 質問をする幽香に、夢月は答えない。そっぽ向いた彼女の顔は、どことなく赤いようにも見える。

 

「本当……不思議な子ね」

 

 意味深な事を呟き、幽香は空を見上げる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「落ち着きましたか?」

 

「うん……」

 

 溜まっていたものを吐き出すように泣いた飛鳥は、北斗から声を掛けられて鼻をすすりながら頷く。

 

「そういえば一つ気になっていたんですが」

 

「な、なんだ?」

 

 と、飛鳥は少し戸惑った様子で身構える。

 

「どうして、幻想郷で再会した時に、話してくれなかったんですか?」

 

「あ、あぁ……それはだな」

 

 北斗の問いに、飛鳥は恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

 

「……北斗から、拒絶されるのが……怖かったんだ」

 

「……」

 

「私には、もうお前しかいない。愛する子から拒絶されたら、正直生きる気力が湧きそうにない。そりゃ、そうなっても普通に自業自得なんだけど」

 

 飛鳥は視線を逸らし、両手を組んで指先を動かしながら語る。

 

「何だかんだと言って、それを言い訳にして……いつまでも話せなかったんだ」

 

「……」

 

「まぁ、そのせいで幽香に無理やりこの機会を作らされたんだけど……」

 

「そ、そうですよね」

 

 二人して苦笑いを浮かべる。

 

「でも、幽香さんには、感謝しかないです。強引ではありましたが、それでも、得られた結果は大きかったんですから」

 

「……そうだな。確かに、そうだよな」

 

 飛鳥はそういうと、微笑みを浮かべる。

 

「北斗」

 

「はい、母さん」

 

 北斗も微笑みを浮かべ、飛鳥はゆっくりと口を開く。

 

 

「ありがとう……」

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第139駅 火入れ式 C50 58 そして……

C56 135号機が無事に大鐡の新金谷に無事に搬入されましたね。
大鐡は動態復元に向けて整備を行うとのことですが、精密検査の結果次第でどうなるか分からないので、今後の動向に注目です。
しかし135号機が動態復元される場合、果たして44号機はどうなるのか。今の所何も発表はありませんが……
こちらも今後の動向に注目です。


 

 

 

 北斗が飛鳥より真実を聞かされてから、二日後……

 

 

 

 幻想機関区では、少し慌ただしい雰囲気が漂っている。

 

 

 整備工場では、C50 58号機の火入れ式を行う為、その準備に妖精達と神霊の少女たちが動き回っている。

 

 

 大体の整備を終えたC54 17号機は隅に寄せられ、全検を終えて組み上げられたC50 58号機が中央に置かれている。

 

 地底で見つかった蒸気機関車は、ピカピカに磨き上げられており、九州の罐に多く見られた門デフにある波と千鳥の飾りもピカピカに輝いている。

 

 

 そんな中、北斗と早苗の二人は機関車の傍に居た。

 

「早苗さん。今日も罐への安全祈願を引き受けてくれて、ありがとうございます」

 

「良いんですよ。私や北斗さん、それに皆様の為ですから」

 

 北斗が早苗にお礼を言い、彼女は笑みを浮かべて答える。

 

 相変わらず彼女は北斗からの頼みを二つ返事で答えたようである。

 

「それにしても、最初の頃と比べて、本当に多くなりましたね」

 

「そうですね」

 

 早苗はC50 58号機と、隅に寄せられているC54 17号機を見ながら、機関庫に居る機関車たちを思い出す。

 

 最初の七輌だった頃と比べ、今では二十輌以上の大所帯になっている。その上海外の蒸気機関車も含めれば、随分増えたものである。

 

「でも、機関車の数が多くなっても、これからも自分達のやるべきことは変わりません。今後更に蒸気機関車が増えるかもしれないので、火入れ式が必要な時はその度安全祈願を頼むと思います。その度お願いします」

 

「任せてください! 事故が起こらないように、心を込めて祈願しますので」

 

 北斗が早苗にお願いすると、彼女は両手を握り締めて頷く。

 

「ありがとうございます」と北斗はお礼を言い、C50 58号機を見る。

 

「……」

 

 ふと、早苗は北斗を見ていて、首を傾げる。

 

「北斗さん。最近良いことありましたか?」

 

「えっ?」

 

 彼女の問い掛けに、北斗は少し驚く。

 

 どことなく明るく、楽しそうな北斗に、早苗は疑問に思ったのだろう。蒸気機関車を前にしているから楽しげなのだろうが、今の彼にはどこか違う雰囲気があると、早苗は感じ取ったのだ。

 

「何て言うか、妙に明るいというか、どこか嬉しそうな感じでしたので」

 

「あぁ、それは―――」

 

 

「北斗。もうそろそろ時間になるぞ」

 

 と、C50 58号機の陰から飛鳥が出てくる。

 

「はい」と北斗は飛鳥の方を向いて、頷く。

 

「あなたは、確か……」

 

「飛鳥だ。久しいな、守矢の風祝」

 

「は、はい。お久しぶりです、飛鳥さん」

 

 早苗は戸惑いながらも、頭を下げる。

 

「飛鳥さん。これまで火入れ式に姿を見せてなかった気がするんですが」

 

「そりゃ、参加したのは今回が初めてだからな」

 

「なら、なぜ今回?」

 

「まぁ、ここ最近色々とあってな」

 

 と、彼女は微笑みを浮かべて、北斗を見る。

 

 その表情はとても優し気な雰囲気であり、我が子を見守るような笑みだ。

 

 早苗は飛鳥の雰囲気に、戸惑いつつ見惚れる。と同時に首を傾げる。

 

「早苗さん。実はですね―――」

 

 北斗は二日前の事を彼女に話す。

 

 

 

 少年説明中……

 

 

 少年説明中……

 

 

 

「え、えぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 話を聞いた早苗は、思わず周りの大きな音に負けないぐらいに声を上げる。

 

「あ、飛鳥さんが、北斗さんのお母様!?」

 

 早苗は北斗と飛鳥を見比べる。

 

 以前から二人の顔はどことなく姉弟みたいに似ているような気がしていたが、まさか親子だったとは思わなかった。

 

 しかし言われてみれば、親子にも見え……いや、飛鳥の外観年齢的に北斗とは姉弟の方がしっくりくる。

 

「え、えぇと……飛鳥さん。本日は晴天でお日柄も良く……」

 

「早苗さん。なんかおかしな挨拶になっていますよ」

 

 早苗はどことなく焦った様子で挨拶をして、北斗がつっこむ。

 

「それに、北斗さんの出生に、そんな秘密が……」

 

「信じられないか?」

 

「え、えぇ。そうですね……」

 

 早苗はチラッと北斗を見る。

 

 北斗は飛鳥より聞かされた話を早苗に伝えた。父親が月の都に住む月の民であるというのを。

 

「北斗さんのお父様が、月の民。そういえば、私はあまり知らないんですが、確か霊夢さんが紫さんとその他の面々と一緒に月に行ったとか言っていたような気がします」

 

「霊夢さんが?」

 

 初めて聞いた衝撃的事実に、北斗は驚きを隠せない。

 

「なんでも、紫さんが何かしらの目的があって、霊夢さん達を月に連れて行ったそうです。まぁ私や神奈子様と諏訪子様が幻想郷に幻想入りする前の話ですから、殆ど知らないんですが」

 

「目的よりも、月に行けれる幻想郷の技術が驚きなんですが」

 

 北斗はなぜかごく一部の技術が突出している技術力に、頭を抱えたくなる。

 

「北斗さん。この幻想郷では常識に囚われてはいけないんですよ」

 

「早苗さん。その台詞結構気に入っています?」

 

 早苗はお決まりの台詞をドヤ顔で言うと、北斗は首を傾げる。

 

「それと、永遠亭の永琳さんや輝夜さん、それと鈴仙さんも月の都と関係があるって話を聞いたような気がします」

 

「永遠亭の皆様が……」

 

「……」

 

 北斗は早苗の口から永遠亭の一部の面々に月の都に関係していると聞かされ、北斗は息を呑み、飛鳥は目を細める。

 

「まぁ、本人の口から聞いたわけじゃないので、噂程度ですが」

 

「そうですか」

 

 北斗は頷くと、顔を上げる。

 

 

「でも、どうして飛鳥さんは、今までその事を黙っていたんですか?」

 

「……」

 

 早苗の問い掛けに、飛鳥は右手で左腕を掴む。

 

「自らの手で子供を手放しながら、母親面なんて出来なかったからだ。そこまで神経は図太くない」

 

「……」

 

「でも、最も恐れたのは、北斗から拒絶されることだった。私にとって、残されているのは、北斗だけだった」

 

「飛鳥さん」

 

「……」

 

「……でも」

 

 と、飛鳥は顔を上げて北斗を見る。

 

「北斗は……そんな私を許して、受け入れてくれた」

 

「……」

 

「失った時間は戻らない。でも、これからの時間はまだある。親子として、改めて過ごそうと思ってな」

 

「そうですか」

 

 微笑みを浮かべる飛鳥に、早苗も微笑みを浮かべる。と同時に、羨ましく思えた。

 

 早苗自身二度と両親に会う事は出来ない。仮に会えたとしても、幻想入りした影響でもう赤の他人である以上、親子の再会では無いのだ。

 

 しかし、北斗自身も、実の両親と会う事は無いと思われた。残念ながら父親との再会は叶わなかったが、こうして母親と再会し、和解することが出来た。

 

 そんな北斗に、早苗は羨ましく思ったのだ。

 

 

「それにしても……」

 

「へっ?」

 

「前会った時と比べて、二人の雰囲気が良くなったな、なんて」

 

『っ!』

 

 と、飛鳥の指摘に、二人して顔を赤くする。

 

「そ、そんな事ないですよ。北斗さんとは、前と大して変わらないと思います」

 

「た、確かに早苗さんとは仲良くしていますが、それ以上は……」

 

 二人は慌てた様子でそれぞれ弁解する。

 

(自分で否定するっていうのは、肯定しているのと変わりはないのよ)

 

 そんな二人の様子に、飛鳥は温かい目で見つめる。

 

(そう遠くない内に、孫の顔が見れそうだわ、輝月)

 

 そして飛鳥は、そんな将来を期待するのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後、準備を終えてC50 58号機の火入れ式が始まる。

 

 

 いつものように北斗がスピーチを述べ、次に早苗がC50 58号機へ安全を祈願し、機関車を清める。

 

 次に北斗が早苗より祈りを込めた火を灯した紅白のリボンを巻いた松明を受け取り、C50 58号機の運転室(キャブ)に乗り込んで火室に入れた木材と油が染み込んだ布切れに火を付ける。

 

 火室内の木材と布切れに火が付いて徐々に勢いが強くなり、北斗は片手スコップを手にして石炭を火室へと放り込む。投炭を数回繰り返して更に火の勢いを強める。

 火室内で石炭が燃え、煙突から薄っすらと煙が出てきて、排煙装置によって工場の煙突から煙が吐き出される。

 

 間隔を空けて投炭を行って火を保ち、ボイラーの水の温度を上げて、蒸気を発生させて圧力を上げる。

 

 

 しばらくしてボイラー内の圧力が高まり、煙突後ろにある排気管から一定の間隔で蒸気が噴射される。

 

 

「……」

 

 北斗は静かにC50 58号機を見守り続ける。

 

「……区長。一定の圧力のまま、規定時間が経過しました」

 

 と、懐中時計を持って時間を確認していた整備員の妖精が北斗に報告する。ボイラーは一定の圧力のまま、問題なく動いている。

 

「これで、不安要素は消えたな」

 

 妖精の報告を聞き、北斗は安堵の息を吐く。

 

 C50 58号機は復活を宣言するかのように、五音室の汽笛から猛々しい音を発しながら蒸気が噴射される。

 

 

 するとC50 58号機の前に光が集まり出す。

 

「来たか」

 

 北斗は声を漏らし、集まり出す光を見つめ、早苗も見守る。さすがにもう何度目ともなれば、慣れてきたようだ。

 

 集まった光は人の形を形成し、やがて光を四散させる。

 

「……」

 

 そこに、一人の少女が姿を現す。

 

 腰の位置まで伸びた黒い髪の先を赤いリボンで結んでおり、活発的な雰囲気の少女であり、身に纏っているナッパ服の左胸に『C50 58』のナンバープレートを模したバッジを着けている。

 

「ここは……」

 

 少女は瞼をゆっくりと開け、周囲を見渡して目を見開く。 

 

「え、えぇと……これは……」

 

 大勢の人に見られている状況に、彼女は戸惑いを隠せなかった。

 

「ちょっといいか?」

 

「は、はい!?」

 

 北斗が少女に声を掛けると、彼女は驚いて声を上げる。

 

「君は、C50 58号機だね?」

 

「そ、そうですけど……」

 

「あぁ、そうだった。俺はこの幻想機関区の区長をしていると霧島北斗だ」

 

 北斗は自己紹介しつつ、敬礼する。

 

「区長でしたか! 先ほども言いましたが、C50 58号機です」

 

 少女は北斗の事を知って、改めて自己紹介しつつ姿勢を正して敬礼する。

 

「あ、あの、区長。この状況は一体……」

 

「それについても話すことがあるから、来てくれるかい?」

 

「了解です!」

 

 北斗は彼女を連れて他の蒸気機関車の神霊の少女たちの元へと向かう。

 

 

 ともあれ、C50 58号機の火入れ式は、無事に終わりを迎えた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時系列は遡る事、一日前……

 

 

 

 

「シャンハーイ」

 

「ありがとう、上海」

 

 と、読書をしているアリスは、上海人形より紅茶が淹れられたティーカップを乗せたソーサーを受け取り、テーブルに置く。

 

 彼女は一旦本から視線を外し、ソーサーに乗せられているティーカップを持って紅茶を飲む。

 

「……」

 

 ふと、彼女は窓の方に顔を向け、外の景色を眺める。

 

(久々の宴会だけど……北斗さんも参加するのよね)

 

 ティーカップをソーサーに置きながら、彼女は内心呟きつつ近日中に博麗神社で行われる宴会のことを思い出す。

 

 北斗からすれば、初めての幻想郷での宴会だ。恐らく色々と戸惑いはあるだろう。

 

 それに、北斗が本格的に幻想郷の住人と接する機会でもある。恐らく宴会に参加するであろうまだ北斗と会っていない者達が彼と接触を図るはずだ。

 

(今回の宴会、何事も無ければいいんだけど……)

 

 公の場で何かが起こるとは思えないが、幻想郷の面々の性格を考えれば、何も起こらないとも言い切れない。主に酔っ払い関係とか……

 

 

 

「ホーライ」

 

 すると玄関から蓬莱人形がやって来る。

 

「あら、蓬莱。どうしたの?」

 

 アリスが蓬莱人形に声を掛けると、蓬莱人形は手にしている物を彼女に差し出す。

 

「ホーライ」

 

「手紙?」

 

 それは封筒に入った手紙であり、アリスは蓬莱人形から受け取る。

 

「でも、一体誰から……」

 

 彼女は封筒の裏を確認すると、ハッとする。

 

 封筒は赤い蝋で封をされており、その蝋に紋章が押されている。

 

 その紋章は、アリスの母親である神綺のものであり、彼女から送られた手紙であることは間違いない。

 

 そして何より封筒から魔法使いであれば誰が送ったかが分かる特殊な魔法が施されている。その魔法を掛けた者もまた、神綺である。

 

「お母さまからの手紙……」

 

 アリスは息を呑み、本に詩織を挟んで閉じ、封をしている蝋を取って中に入っている手紙を広げる。

 

「……」

 

 手紙の内容を確認しながら、ティーカップを手にして紅茶を飲む。

 

「お母さまからの呼び出しなんて。何かあったのかしら?」

 

 手紙の内容は神綺がアリスを城へと呼び出すものであった。

 

 アリスは修行の身で、幻想郷に暮らしているが、母親とは手紙でやり取りしたり、時折顔を見せに城に帰る事はある。

 

 だが、神綺から手紙で呼び出されることは、今まで無かった。

 

「それに、この日は宴会がある日じゃない」

 

 しかも、母親の神綺がアリスを呼び出している日は、ちょうど博麗神社の宴会がある日と重なっており、アリスは困ったように眉を顰める。

 

 宴会に参加出来なくなるのは残念だが、母親からの呼び出しを無視するわけにはいかない。

 

「仕方が無い、か」

 

 アリスはため息を付き、手紙を折り畳む。

 

「上海、蓬莱。身支度の準備をお願い」

 

「シャンハーイ」

 

「ホーライ」

 

 彼女が上海人形と蓬莱人形にお願いすると、二体の人形は他の人形にも声を掛けて準備に取り掛かる。

 

「霊夢にも伝えておかないと」

 

 アリスは呟きながら席を立ち、霊夢に宴会に参加出来なくなったのを伝える為、家を出て博麗神社を目指して飛ぶ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、魔界にある神綺の城。その地下にある研究室。

 

 

「……」

 

 神綺が静かに見守る中、それは産声を上げる。

 

 

 彼女によって創造され、火が入れられた蒸気機関車……『C62 48号機』

 

 車体を組み上げ、各所の調整を終えたC62 48号機は、この日火入れが行われ、温もりを得て産声を上げたのだ。

 

 

「……」

 

「……」

 

 その様子を、『C62 2』のナンバープレートを模したバッジを着け、飛翔する燕を模したステンレスの髪飾りを付けた少女こと飛燕(C62 2)と、『C62 3』のナンバープレートを模したバッジを着ける少女こと疾風(C62 3)も静かに見守る。

 

(これで、完成したわね)

 

 神綺は内心呟き、火が入れられたC62 48号機を見つめる。

 

 他の蒸気機関車と違い、このC62 48号機は特殊な蒸気機関車であり、彼女の力を以ってしても、完成に時間が掛かっている。

 

 だが、ある条件を満たさなければ、このC62 48号機は他の蒸気機関車と何ら変わりはない。何ならC62 48号機の後ろにある現役時代の姿をした『C62 2号機』と『C62 3号機』と同じ蒸気機関車なのだ。

 

 しかし、その条件を満たせば、このC62 48号機は……他の蒸気機関車とは違う、無限大の可能性を発揮する。

 

(あとは……)

 

 神綺はC62 48号機の傍にあるカプセルに視線を向ける。

 

「……」 

 

 彼女は浅く息を吐き、再びC62 48号機を見つめる。

 

 誕生を祝うかのように、C62 48号機は汽笛を鳴らす。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13区 宴会編
第140駅 宴会準備と大事な用事


今年の蒸気機関車界隈は果たしてどうなるんでしょうかね……
個人的には――――


令和の復活蒸気第一号。東武鉄道が復元しているC11 123号機の活躍……

令和の復活蒸気第二号になるか? それとも部品取りの機関車になってしまうか? 大鐡に譲渡されたC56 135号機……

運行終了が決定したSL銀河。その後はどうなる? C58 239号機……

今年こそは本格的な修繕の動きはあるか? C57 1号機……

牽引列車のリメイクが決定し、全検を受けたばかりなのに初っ端かからシリンダーの破損が相次ぐC11 171号機……

今年は大規模修繕に大きな動きはあるか? C10 8号機……


他に色々と気になりますが、今年はこれらのSLが気になりますね。


 

 

 

 すっかり温かくなって、多くの桜が花を開かせて咲き誇り、春告精が現れて春の訪れが来た幻想郷。

 

 

 人里から離れた場所にある畑や田んぼでは、作物を育てる為に農家の方々が準備を行っている。

 

 すると汽笛の音が遠くから響き、その傍らにある線路に、博麗神社行きの列車がやって来る。

 

 C11 312号機が軽快なドラフト音と共に煙突から薄い煙を吐き出して、客車三輌を牽引して走っている。

 

 客車は『スハ43』等の旧型客車ではなく、『スハフ12』『オハ12』『オハフ13』の計三輌の12系客車であり、整備を終えて発電用ディーゼルエンジンの燃料の供給が可能となったとあって、初の営業運転に投入された。

 当然14系客車や50系客車も順次営業運転に投入される予定である。

 

 列車に乗車している乗客は初めて乗った12系客車に、いつもと違った雰囲気の中楽し気に外の景色を眺めている。

 

 しかしいつもより少し重い客車とあってか、C11 312号機はいつもより力強く走っている。その為、運転室(キャブ)では機関助士の妖精が必死に火室へ石炭の投炭を行っている。

 

 C11 312号機は12系客車を牽いて線路を走り、手を振るう農家の人たちに向けて、睦月(C11 312)は汽笛を鳴らして答える。

 

 農家の人たちに見送られながら、C11 312号機は12系客車三輌を牽いて、博麗神社を目指す。

 

 

 春が訪れた、幻想郷のとある日の一幕である。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時系列は変わり、場所は博麗神社……

 

 

 

 神社の境内にある桜の木はすっかり花を咲かせており、花びらを散らせている。

 

 

「そのゴザはそこの木の下に敷いてちょうだい」

 

「はいです!」

 

「提灯はその木と木の枝に紐で繋いで吊るして。間隔はちゃんと空けといてね」

 

「分かりました」

 

 霊夢は弥生(B20 15)葉月(C10 17)にそれぞれ指示を出して周囲を見渡す。

 

 境内では今夜行われる宴会の為、その準備が行われている。その準備の為、幻想機関区から数人の蒸気機関車の神霊の少女たちが駆り出されている。

 その為、弥生(B20 15)葉月(C10 17)以外にも、行橋(C11 260)島原(C12 06)霜月(18633)宮古(C58 283)深川(D61 4)の姿もある。

 

 

「っ! コラッ、萃香! 何サボってんのよ!」

 

「ゲッ、霊夢!」

 

 と、木の上で半ば隠れるように休んでいた萃香に霊夢が一喝し、彼女はその声に驚いて「うわぁっ!」と木の上から落っこちる。

 

 頭から落っこちたにもかかわらず、無傷で済んで「イテテ」と頭を擦っている辺り、鬼の頑丈さが見て取れる。

 

「あんたの仕事はまだ終わってないのよ!」

 

「だって、朝からずっと働きっぱなしなんだぞ! 少しぐらい良いじゃないか!」

 

 萃香は立ち上がってうがー! というような雰囲気で霊夢に抗議する。実際彼女は朝から重い物を運んだり、買い出しに行ったりと色々と仕事をしている。

 しかも昨日の夜には、無縁塚から放置されている海外の蒸気機関車を幻想機関区へ運び込んでいた。

 

「鬼なんだから、その程度で疲れるわけないでしょ。さっさと残りの宴会の準備を終わらせなさい。じゃないと酒抜きよ」

 

「うぅ! この鬼! 脇巫女!」

 

 無慈悲な霊夢の言葉に、萃香は涙目になって叫ぶ。

 

 しかし宴会に出す予定だった酒を飲んでしまった一件もあるので、萃香は霊夢に逆らいたくても逆らえないのである。

 

「別に良いじゃない。仕事が終われば、宴会で好きなだけ酒を飲んでも良いんだから。その為に北斗さん所の鉄道で酒樽を大量に運び込んだんだから」

 

「むぅ……分かったよ! やればいいんだろ!」

 

 最終的に自棄になってか、萃香は残りの仕事をすべく、大股で歩いて行った。

 

「全く」と霊夢はその様子を腕を組んで声を漏らす。

 

「……」

 

 ふと、彼女は周囲を見渡して、目を細める。

 

「ねぇ、良いかしら?」

 

「はい。何でしょうか?」

 

 霊夢は近くを通りかかった行橋(C11 260)に声を掛けて呼び止める。

 

「今日の手伝い北斗さんも来るはずじゃなかったっけ?」

 

 霊夢は北斗の姿が無いのに疑問を抱いていて、彼がいない理由を聞いていた。彼女は北斗も今日の宴会の準備の手伝いに来ると聞いていた。

 

「区長ですか? 区長はどうしても外せない用事が出来たそうで、今日来れなくなったんです」

 

「用事?」

 

「えぇ。だから予定より手伝いを三人増やしたんですよ」

 

「そうなの……」

 

 霊夢は北斗の姿が無い理由を聞いて、頷く。

 

「でも、今夜の宴会には参加しますよ」

 

「そう。ならいいけど……」

 

 彼女がそう言うと、行橋(C11 260)は一礼して霊夢の元を離れる。

 

「大事な用事、ねぇ」

 

 霊夢はどこか残念そうにため息をつく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、無縁塚

 

 

 半ば投棄されていたような状態で発見された多くの海外の蒸気機関車は、夜な夜な萃香によって運び出されて幻想機関区へ運ばれている。その為、今となってはすっきりとしている。

 

 

 そんな無縁塚に、北斗は飛鳥と共に、無縁塚の墓がある場所へとやって来ていた。線路にはスハ43三輌を前側に連結した状態で、C56 44号機がコンプレッサーを稼働させて、煙突後ろにある排気管から一定の間隔で蒸気を噴射して待機している。

 その傍に二人の護衛として幻月と夢月、幽玄魔眼の三人が立っている。この三人の気配によってか、無縁塚に住み着いている妖怪たちはどこかに姿を消している。

 

 

「……」

 

「……」

 

 北斗と飛鳥の二人は、木材を組み合わせて十字架にした墓標の前に立っている。その墓標には、錆び付いた懐中時計が掛けられている。

 以前飛鳥が言っていた、輝月が眠っている墓である。

 

「久しぶりだな、輝月」

 

 飛鳥は声を掛けながらしゃがみ込み、手にしている花束を墓標の前に置く。

 

「大分遅れてしまったが、北斗に真実を伝えることが出来たよ」

 

 彼女は静かに、墓標に語り掛ける。

 

「とても素直で優しい子に育っているよ。所々、お前によく似ている」

 

「……」

 

「直接、お前に見せてあげたかったな……」

 

 飛鳥は懐から折り畳んだ写真を取り出し、写真に写る輝月を見ながら墓標に話しかけて黙祷をする。

 

「……」

 

 飛鳥は黙祷を終えると、北斗を見る。

 

 北斗は頷き、飛鳥と入れ替わる形で墓標の前に立つ。

 

「初めまして、になるのかな……父さん」

 

 彼はしゃがみ込み、少し戸惑った様子で、墓標に話しかける。

 

「こんな形での出会いになって、本当に残念です……」

 

「……」

 

「母さんから、色々と聞きました。父さんとの出会いや、俺が生まれるまでの事……そして、あなたが亡くなった原因を」

 

 北斗は墓標に飛鳥より聞かされた話を語る。

 

「出来れば……一目でも父さんと会って、話がしたかったです」

 

 彼は俯き、手を握り締める。その後ろ姿を、飛鳥は静かに見つめる。

 

「……」

 

 やがて北斗は顔を上げ、両手を合わせる。

 

「父さん。これから何が起こるか分からないけど……俺と母さんのことを……見守っていてください」

 

 彼はそう言うと黙祷をして、黙祷を終えて立ち上がる。

 

「輝月。また近い内に来るからな」

 

 彼女は墓標に語り掛けて、踵を返して列車の元へと向かう。

 

 北斗も墓標に一礼してから、飛鳥の後に付いて行く。

 

 

 すると墓標の傍に、薄っすらと人影が浮かび上がる。

 

 その人影は、北斗と飛鳥の後ろ姿を見つめて優しげな微笑みを浮かべ、やがてその姿を消す。

 

 

 

 そして二人が客車に乗り込んだのを確認し、C56 44号機は汽笛を長く鳴らし、バック運転で客車を牽いて幻想機関区を目指し、出発する。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第141駅 宴会開始

 

 

 

 時間は過ぎて日が暮れ、幻想郷は辺りは暗くなり出している。

 

 

 宴会の準備を終えた博麗神社では、多くの宴会参加者がやって来ていて、それぞれの場所を取っている。

 

 博麗神社前の駅には、宴会参加者を運んだ列車が待機しており、48633号機が汽笛を鳴らしてバック運転で人里の駅へ向かって出発する。

 

 

「――――とまぁ去年や今年の初めは色々とあったけど、今日は迷惑を掛けないぐらいに楽しみなさい」

 

 霊夢が参加者の前でそう言うと「乾杯!」と手にしている御猪口を掲げて宴会開始を宣言する。

 

 

 提灯の灯りが境内を照らし、宴会の参加者がそれぞれ楽しんでいる。 

 

(それにしても、凄いな)

 

 北斗は内心呟きつつ、周囲を見渡す。

 

 博麗神社の境内は人に人、時折妖怪の姿が見られて、とても賑わっている。

 

 宴を楽しんでいる者も居れば、夜桜を楽しむ者、露店を営む者と様々だ。

 

 用事を終えた北斗は機関区より参加者と共に神社へとやって来ていた。その参加者達は各々と用事があってそれぞれの場所に赴いている。

 

 今回幻想機関区で参加していない

 

(早苗さんは……もう来ているかな)

 

 北斗は既に来ているであろう早苗の姿を探すが、今の所姿は見えない。恐らく神奈子や諏訪子の元に居ると思われるが。

 

 

「おっ、北斗じゃないか」

 

 と、声を掛けられた彼は声がした方を向くと、慧音と妹紅の二人の姿を見る。

 

「慧音さん、妹紅さん」

 

「北斗も来ていたのか」

 

「えぇ。先ほど到着しました」

 

 北斗は二人に一礼し、妹紅の問いに答える。

 

「そうか。そういえば、早苗と一緒じゃないのか?」

 

「えぇ。自分は用事がありましたので、少し遅れて来たんです。恐らく早苗さんは既に来ていると思います」

 

「そうか」

 

 慧音は周囲を見渡して早苗の姿が無いのを北斗から聞き、頷く。

 

「北斗は宴会は初めてなんだろ?」

 

「はい」

 

「だったら、あまり飲み過ぎるなよ。後が大変になるからな」

 

 と、妹紅が北斗に忠告しながら何やら意味深な視線を慧音に送ると、彼女はどこか居心地が悪そうに視線を逸らす。

 

「分かっています。軽く飲みながら、挨拶回りをしていこうと思っています」

 

「そうか。なら、頑張れよ」

 

 妹紅はそう言うと、慧音と共に境内の奥へと向かう。

 

「……」

 

 北斗はその後ろ姿を見送って、移動しようと踵を返す。

 

 

「あっ、お前は!」

 

 と、声を掛けられて北斗は再度後ろを振り向くと、そこには懐かしの面々が居た。

 

「君は確か……」

 

「あたいの事を忘れたのか! 幻想郷サイキョーの氷精、チルノ様だぞっ!」

 

 その一人である妖精ことチルノが胸を張って口上を述べる。

 

「あぁそうだった、チルノちゃん。それで、確か君が……大妖精? だったっけ?」

 

「はい。そうです。お久しぶりです、北斗さん」

 

 チルノの隣に居る大妖精が北斗の問いに答えて頭を下げる。

 

「君が……ルーミアだったね」

 

「そうなのだー」

 

 大妖精の反対側に居るルーミアが間延びした声で答える。

 

「君たちも来ていたんだね」

 

「そうだぞ! アタイ達は祭りに参加しに来たんだぞ」

 

「なるほどね」

 

 チルノの言葉に、北斗は露店を思い出して頷く。

 

「その出店している露店の中に、私たちの友達が営んでいる所があるんです」

 

「君たちの友達が?」

 

「そのなのだー」

 

 意外なことに、北斗は思わず声を漏らす。

 

「北斗さんもどうですか? 食べ物関連のお店なので、軽めの食事が取れますよ」

 

「そうだな……」

 

 北斗は顎に手を当てて、まだ何も食べてないのを思い出す。

 

「なら、案内してくれるかい?」

 

「もちろん! ミスチーも喜ぶぞ!」

 

 チルノは気を良くして歩き出し、北斗たちはその後に付いて行く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 少し歩いて、チルノ達と北斗は一つの露店の前に到着する。

 

「ミスチー! 来たぞ!」

 

 チルノは大きな声を掛けると、露店の店主と思われる少女が顔を上げる。

 

「チルノ。それにみんなも。来てくれたのね」

 

 その少女はチルノ達の姿を見て、笑みを浮かべる。

 

 赤みを帯びたピンク色のショートヘアーに耳にあたる部分に羽が生えている少女で、背中にも鳥のような小さめの翼が生えており、紺色のバンダナに茶色の和服を身に纏い、紺色のエプロンを着けている、どことなく居酒屋の女将を髣髴とさせる格好をしている。

 実際彼女が営んでいる露店では、炭火で串に刺した物を焼いている。

 

 彼女の名前は『ミスティア・ローレライ』夜雀と呼ばれる妖怪の少女である。

 

「? その人は……」

 

 少女ことミスティアはチルノ達に交じっている北斗に気付く。

 

「この前言っていた人間だぞ」

 

「ってことは、あなたが霧島北斗さんなんですね」

 

「えぇ。ご存知でしたか?」

 

「そりゃ有名過ぎて、逆に知らない方がおかしいですよ」

 

「そりゃそうか」と北斗は彼女の言葉を肯定する。

 

「私はミスティア・ローレライと申します。夜雀の妖怪です」

 

「君も妖怪なのか」

 

 北斗はミスティアの自己紹介を聞いて、彼女の特徴的な羽の部分を見る。

 

(というか、やっぱり幻想郷の女の子の率って高いよな。偶然何だろうか?)

 

 と、これまで会ってきた妖怪の姿を思い出しながら、内心呟く。

 

「このお店は、君の?」

 

「はい。今回の宴会に合わせて、出店しているんです」

 

「なるほど」

 

 北斗は頷くと、炭火で焼かれている物を見る。

 

「これは何を焼いているの?」

 

「これは八目鰻っていう魚ですよ。目にとっても良いんですよ」

 

「あぁ、ヤツメウナギか」

 

 北斗は彼女から焼いている物の正体を聞き、そのヤツメウナギを思い出す。

 

「ミスチーのヤツメウナギは美味しいんだぞ!」

 

「そうなのかい? なら、とりあえず二本くれるかい?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 チルノから彼女の焼くヤツメウナギの評判を聞き、北斗はミスティアに本数分の代金を支払い、串に刺して焼かれたヤツメウナギを受け取る。

 

 タレに漬けられ炭火で焼かれた肉は香ばしい香りを漂わせ、食欲をそそらせる。少し見た後、北斗はヤツメウナギの肉を一口食べる。

 

「っ! これは美味しいな」

 

「だろだろ!」

 

 ヤツメウナギの美味しさに北斗は声を漏らし、その様子にチルノが嬉しそうに背中の氷の結晶を揺らす。

 

「この美味しさ結構人気なのかい?」

 

「そうですね。色んな方が来ますね。霊夢さんに魔理沙さん、それに慧音さんと妹紅さん。最近だと文さんやはたてさん、それと椛さんが飲みに来ましたね」

 

「結構来ているんだね」

 

 彼女から客層を聞いて、北斗は知人を思い出す。

 

「出している物はこのヤツメウナギだけなのかい?」

 

「ヤツメウナギが仕入れなかった時は、たまに泥鰌や鰻でもしていますね」

 

「ふむ。これだけ美味しいなら、他にもあったらまだ人気が出そうけどな」

 

 北斗は二本目を完食して、呟く。

 

「特に肉系とかが合い―――」

 

「鶏肉は断固反対です!」

 

 と、北斗が最後まで言い終える前に、ミスティアが声を上げる。

 

「……あっ、えぇと、私が屋台を始めたのは、焼き鳥撲滅を掲げてなんです」

 

 ミスティアはハッとして、叫んだ理由を説明する。

 

「焼き鳥の撲滅、ねぇ(鳥系の妖怪だからなのか?)」

 

 北斗は彼女の容姿を見て、頷く。

 

「別に焼き鳥は鶏肉だけじゃないけどね」

 

「えっ? でも名前の通り鶏肉を使っているんじゃ」

 

「もちろんそれがメインだけど、別に豚肉とかの他に肉だったり、シシャモとかの魚系だったり、野菜も焼き鳥屋にはあるんだよ」

 

「そうなんですか!?」

 

 北斗の説明に、ミスティアは驚く。

 

 しかし彼の説明にある焼き鳥屋……それは一部の地域限定の話ではないのか? 

 

「まぁ、料理経験があまりない俺が言うのもなんだけど、色々と試してみる良いんじゃないかな? せっかく美味しい物が作れているんだから、ヤツメウナギだけっていうは勿体ないよ」

 

「そうですね……」

 

 ミスティアは考えるように腕を組む。

 

「北斗の言う通りだよ! ミスチー!」

 

 と、悩む彼女にチルノが声を掛ける。

 

「せっかくだから、色々と作ってみなよ! 今よりミスチーの店、人気出るぞ!」

 

「チルノ」

 

「大ちゃんもそう思うよな!」

 

「う、うん。チルノちゃんの言う通り、人気が出ると思うよ」

 

「そうかな?」

 

「出る出る! 絶対人気出るって!」

 

 悩んでいるミスティアに、チルノがなぜか自信ありげにグイグイと迫る。

 

「北斗さんは、どう思いますか?」

 

「そうだね。必ずとは言えないけど、たぶん今より人気が出ると思うよ」

 

 彼女がそう問い掛けると、北斗は微笑みを浮かべて答える。

 

「……」

 

 ミスティアは首を傾げて悩むも、考えを纏めたのか顔を上げる。

 

「そうですね。色々と考えて、試してみます」

 

「そうか」 

 

 北斗は頷き、チルノが「おぉ!」と声を漏らす。

 

「ところで、今回は出店したと言っていたけど、普段はどこでしているの?」

 

「普段は屋台で人里だったり、妖怪の山、その他色々な場所でしています」

 

「そうか。それなら、幻想機関区に来れるかい? あの味なら機関区の面々も気に入ると思うから」

 

「北斗さんの所にですか? 少し遠いですけど、行けますよ」

 

「そうですか。では、お願いできますか?」

 

「はい」

 

 北斗は頭を下げてお願いをし、ミスティアは頷いて了承する。

 

 

 グー

 

 

 すると腹の虫が鳴り、北斗たちは音がした方を見る。

 

「……」

 

 そこには、涎を垂らして待っているルーミアの姿があった。さっきまで黙っていたのは、お腹が空いていたからなのだろう。

 

「……買ってあげるよ」

 

 さすがに可哀そうと思ったのか、北斗はルーミアに八目鰻を十本ほど買ってあげるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後チルノ達と別れて、北斗は早苗達を探すために境内を歩く。

 

(早苗さん達。結構奥なのかな)

 

 境内を歩きながら、周囲を見渡すも、早苗たちの姿は見えない。

 

「……」

 

 周囲を見渡している中、多くの参加者達の姿を目撃する。

 

 参加者は北斗が知っている人物が多いが、やはり中には彼の知らない面々もいる。

 

(しかし、どう声を掛ければいいか……)

 

 北斗はこれから挨拶回りをするに至り、初めて声を掛ける方々には、どう声を掛ければいいかと考えていた。

 

 当たり障り無い言葉を掛けて挨拶をするか、それとも向こうから来るのを待っているか。しかし今後幻想郷でうまくやっていくには、待っているのはあまり良くないだろう。

 

 

「あっ、区長!」

 

 と、声を掛けられて北斗が声がした方を見ると、小傘が彼の元に駆け寄る。

 

「小傘さん。どうしましたか?」

 

「はい。命蓮寺のみんなが区長に会いたいそうで、わちきが探していたんです」

 

「命蓮寺の皆さんが?」

 

「なんでも、お礼が言いたいみたいです」

 

「お礼か」

 

 小傘から聞いた理由に、北斗は首を傾げる。恐らくお礼の内容はこの間の宝塔の一件だろう。

 

 しかし挨拶回りをしていた彼からすれば、命蓮寺の方々にどう声を掛けようか考えていただけに、正に渡りに船である。

 

「なら、案内してくれ」

 

「分かりました!」

 

 小傘は頷き、北斗は彼女の後に付いて行く。

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第142駅 命蓮寺の方々との会話

 

 

 

 北斗は小傘に連れられて境内を歩き、桜の木の下に広げた茣蓙に一団が座っている。

 

「聖さん! 区長を連れてきたよ!」

 

 小傘が声を掛けると、その一団が北斗を見る。

 

「は、初めまして」

 

 北斗は少し戸惑いながら、一礼する。

 

「お待ちしていました。立ち話も何ですし、どうぞ」

 

「では、失礼します」

 

 女性が茣蓙に進めると、北斗は一言言ってから茣蓙に座る。

 

「初めまして。私は命蓮寺で住職をしています『聖白蓮』と申します」

 

 女性は姿勢を正して、自己紹介をして、頭を下げる

 

 金髪に紫のグラデーションが掛かった長い髪に金色の瞳を持つ、優しげな雰囲気を漂わせる女性だ。彼女の名前は『聖白蓮』命蓮寺と呼ばれる寺の住職だ。

 

「自分は幻想機関区で区長をしています、霧島北斗と申します」

 

「お噂はかねがねお聞きしています」

 

「光栄です」

 

 北斗は頭を下げると、聖の隣に座るナズーリンを見る。

 

「やぁ、北斗。少しぶりだね」

 

「はい。お久しぶりです。無縁塚以来ですね」

 

「そうだね。あれ以来でも無縁塚に足を運ぶけど、あの蒸気機関車とやらは少しずつ片付いているみたいだね」

 

「はい。協力者のお陰で、片付けが進んでいます」

 

「そうか。それは何よりだね」

 

 と、ナズーリンは後ろに振り返り、自身の後ろに控えている女性に目配りする。

 

「ご主人。そろそろ」

 

「は、はい」

 

 女性は戸惑いながらも、ナズーリンが退いた場所に正座して座り込む。

 

 金のショートヘアーに黒色が混じった髪をして、頭上に蓮を模した飾りを乗せている。虎柄の腰巻を巻き、背中に白い布状の輪を背負っている。

 

 彼女の名前は『寅丸星』 毘沙門天と呼ばれる神の代理の虎の妖怪だ

 

「初めまして、北斗殿。私は寅丸星と申します。毘沙門天の代理を務めさせています」

 

「あぁ、どうも。ということは、ナズーリンさんの言っていた主人というのが」

 

「は、はい。私です」

 

 バツの悪そうな様子で寅丸は視線を逸らす。

 

「ほ、本当に、宝塔を見つけてくれて、ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

「いいえ。むしろ謝るのはこちらです。うちの妖精達が宝塔を勝手に持って帰ってしまって、探すのに一手間掛けてしまい、申し訳ありません」

 

「君が謝る必要は無いよ。むしろそのまま持っていたらご主人に良いお灸添えになっていただろうし」

 

「な、ナズーリン。そんな殺生な」

 

 お目付け役のきつい一言に、寅丸は涙目になる。

 

(本当に代理で大丈夫なのだろうか)

 

 とても神様の代理とは思えない雰囲気に、北斗は疑念を抱く。

 

「ナズーリン。もう過ぎた事ですし、もういいじゃないですか」

 

「ご主人には本当に落し物の癖を直してもらいたいんだけどね」

 

 聖がナズーリンを宥めるも、彼女は腕を組んで鼻を鳴らす。

 

「ねぇ、聖。もう良い?」

 

 と、水兵のセーラー服を着ている少女が聖に声を掛ける。

 

「あぁ、そうでしたね。ナズーリン。もうよろしいですか?」

 

「うーむ。まだ言いたい事があるけど、それは帰った後でも良いかな」

 

 ナズーリンは渋々といった様子で聖の言葉を承諾する。

 

「北斗さん。こちらは命蓮寺に暮らしている方々です」

 

 と、聖は自身の後ろに控えている少女たちを見る。

 

 一見すれば様々な容姿端麗の少女に見えるが、そのどれもから人ならざる気配を北斗は感じ取っていた。

 

「初めまして。私は『村紗水蜜』だよ。所謂舟幽霊ってやつだよ」

 

 と、黒いショートヘアーに緑の瞳を持つセーラー服を身に纏う少女こと村紗が自己紹介する。

 

「初めまして、村紗さん」

 

 北斗は一礼しつつ、村紗の容姿にある思いが浮かぶ。

 

(村紗さん。眼帯を着けたら似合いそうだな)

 

 と、どうでもいいようなことを考えていたとかなんとか。

 

「私は雲居一輪っていうの。入道使いよ。こっちは入道の雲山よ」

 

 と、村紗の隣にいる。水色のセミロングヘア―をして、尼さんのような恰好をした少女が自己紹介をし、彼女は隣にいる一昔前の頑固ジジイを髣髴とさせる老人を模った雲が浮かんでいる。

 

 彼女の名前は『雲居一輪』入道使いと呼ばれる妖怪の少女だ。その隣にいる『雲山』が入道と呼ばれる雲の妖怪である。

 

「よろしくお願いします」と北斗は一輪に一礼する。

 

「他にも紹介したい方が居ますが、今日は命蓮寺で留守番をしています」

 

「そうですか」

 

 北斗は聖よりそう聞いて頷く。

 

(というか、ホント幻想郷の女性率って高いよな)

 

 彼は聖達を見て、内心呟く。これまで会ってきた面々は女性ばかりであり、男性に会ったのはごく少数だ。

 

 何か関係でもあるのか思ったものも、北斗は今は関係ないと頭を切り替える。

 

「北斗さん。今回貴方をお呼びしたのは、宝塔の件もそうですが、小傘さんの事もありまして」

 

「小傘さんですか?」

 

「えぇ。小傘さんから幻想機関区での事をお聞きしていますが、北斗さんの口からも聞きたくて」

 

「そうですね……」

 

 北斗は腕を組み、聖の隣に座っている小傘を一瞥して、これまでの小傘の事を思い出す。

 

「小傘さんはとても優秀ですよ。最初は入る動機に不安はありましたが、今となっては蒸気機関車の整備に無くてはならない方です」

 

 小傘の鉄を扱う技術はとても高く、今となっては妖精達に混じって蒸気機関車の整備に大きく携わっている。実際C54 17号機の全検に彼女が参加している。

 

「そうですか。では、私生活の方ではどうでしょうか?」

 

「私生活ですか。時折寮で皆さんに驚かしをしてたりしていますけど、それ以外では礼儀正しいですね」

 

 北斗は寮にて、蒸気機関車の神霊の少女たちや居候の面々に驚かしをしている小傘の姿を思い出す。前者はよく驚いてくれたり、逆に驚かせられたり、反撃を受けたりしているが、後者の場合よくぶっ飛ばされたりしている。

 それでも彼女は諦めず、居候の面々を驚かそうと日々挑んでいるという。

 

「小傘さんらしいですね」

 

 聖は安心したのか、微笑みを浮かべる。その姿は正に母親のような優しい姿と言える。

 

「……北斗さん」

 

 すると、聖は先ほどの優し気な雰囲気を消し、真剣な雰囲気を纏わせる。

 

「正直な事を言いますと、小傘さんが貴方の幻想機関区で働くのに、私は少し反対気味でした」

 

「……」

 

 聖の否定的な意見に、北斗は何も言わず、黙って聞く。

 

「何も知らず、勝手な妄想で物事を語るのは大変失礼ですが、それでも得体のしれない貴方方の所に行かせるのに、抵抗感がありました」

 

「……」

 

 北斗は彼女の言葉に、何も言えなかった。

 

 考えてもみれば、この幻想郷において、幻想機関区や蒸気機関車は、一際目立つ存在だ。今でこそ馴染み出しているが、それでも浮いた存在なのに変わりはない。

 

 そんな幻想機関区や、そこに居る蒸気機関車と神霊の少女達、普通と違う妖精達、そしてそれを従える北斗に警戒するのも無理はない。

 

「でも、小傘さんはそれでも北斗さんの幻想機関区で働きたいと懇願しました。動機はともかく、その必死な思いに、私は折れました」

 

「……」

 

「心配でしたが、いざ蓋を開けてみれば、とても楽しそうな小傘さんの姿と、幻想機関区での日々の話でした」

 

「……」

 

「北斗さん。これからも、小傘さんの事を、よろしくお願いします」

 

 と、聖は両手を茣蓙に付けて、ゆっくりと頭を下げる。

 

「ひ、聖様」

 

「……」

 

「聖」

 

 そんな彼女の姿に、寅丸や村紗、一輪は驚きを隠せず、ナズーリンは表情を変えずその姿を見つめる。

 

「えぇ。もちろんです。小傘さんは幻想機関区にとって、とても大切な存在です」

 

「区長……」

 

 北斗がそう言うと、小傘は目をウルウルとさせる。

 

「はい。わちき、これからも頑張ります!」

 

 そして彼女は両手を握り締めて、強く頷く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(とっても良い人たちだったな)

 

 内心呟き、彼は境内を歩く。

 

 あの後聖達と世間話をして、北斗は彼女たちの元を後にした。

 

(それに、命蓮寺への列車運行に関する話し合いの約束も付けれた)

 

 その世間話の中で、北斗は聖より列車運行に関することを聞かされた。何でも命蓮寺へ列車を運行して欲しいというのだ。

 

 詳しい話は後日命蓮寺で行うことになり、近日中にナズーリンが詳しい日時を決める為に機関区を訪れるのを約束した。

 

(こうやって鉄道を利用してくれる方々が増えていけば、俺達はもっと活躍できる)

 

 更に蒸気機関車の活躍の場が増えるとあって、彼は高揚していた。

 

 妖怪の山にある守矢神社や、人里から遠く離れた場所にある博麗神社へ里の人間を送り届ける役目があるが、役目は多くある方が良い。

 

 

「あっ、北斗さん」

 

 と、人込みが割れてその間より、一人の少女が姿を現し、彼女は北斗を見つけて声を掛ける。

 

「っ! 鈴仙さん」

 

 北斗は声を掛けつつ彼女の元に向かう。

 

「鈴仙さんも来ていたんですね」

 

「はい。そういう北斗さんも?」 

 

「えぇ」と北斗は答える。

 

「鈴仙さんはお一人で?」

 

「はい。師匠は用事がありまして、姫様は『今日は気分じゃないからいい』とのことで、私一人で来たんです」

 

「そうですか。でもてゐさんは?」

 

「……」

 

 すると鈴仙はどこか気まずそうに視線を逸らす。

 

「てゐは……悪戯がばれて今頃師匠に」

 

「……あぁ、そうですか」

 

 北斗は彼女の言葉で、全てを察した。

 

「ま、まぁとりあえず、せっかく来たんですから、楽しみましょう」

 

「そ、そうですね」

 

 北斗は咳払いをして気持ちを切り替えて、彼女も苦笑いを浮かべつつ、気持ちを切り替える。

 

「そういえば、北斗さんは今何を?」

 

「挨拶回りです。この機に知り合っておこうと思って。先ほど命蓮寺の方々と話をされましたので」

 

「そうですか。まだ他にも癖の強いやつが居ますので、気を付けてくださいね」

 

「は、はい」

 

 鈴仙の言葉に、北斗は苦笑いを浮かべる。実際癖の強い面々と知り合っているからだ。

 

「じゃぁ、私はこれで」

 

「どこか行くんですか?」

 

「妖夢の所にね。どうせ主人の大食いに困っているだろうし、少し手伝いに」

 

「そうですか。というか、幽々子さんって大食いなんですか?」

 

「そうなんですよ。宴会じゃある意味恒例行事みたいなもので」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は永遠亭で会った幽々子の姿を思い出す。

 

 彼女の特徴に加え、大食いとあって、彼の脳裏には有名なピンク玉のゲームキャラが思い浮かぶ。

 

 

 その後鈴仙と別れた北斗は、再度境内を歩く。

 

「ん?」

 

 ふと、北斗は立ち止まる。

 

 彼の視線の先には、一人の少女が無意識みたいに、静かに歩いている。

 

「こいし?」

 

 北斗が声を掛けると、少女ことこいしは立ち止まり、顔を上げる。すると周りではギョッとした表情を浮かべてこいしを見ている。恐らく突然こいしが姿を現して驚いているのだろう。

 

「あれ? お兄さん?」

 

 こいしは首を傾げて声を漏らすと、顔が明るくなる。

 

「お兄さん、久しぶり!」

 

「あぁ、久しぶりだな、こいし。元気だったか?」

 

「うん」 

 

 こいしは笑みを浮かべて北斗に近づく。

 

「お兄さんこそ、少し前に妖怪に襲われたんでしょ?」

 

「……あぁ。そうだね」

 

「大丈夫だった?」

 

 こいしはどこか不安げな様子で北斗に問い掛ける。

 

 北斗は一瞬こいしが知っているのに疑問を抱くが、すぐに頭から払い、彼女の問いに答える。

 

「傷跡は残ったけど、後遺症もなく、大丈夫だよ」

 

「……そっか。なら、良かった」

 

 こいしは安堵したように小さく息を吐き、笑みを浮かべる。

 

「ところで、お兄さんは今一人?」

 

「うん? まぁさっきまで鈴仙さんが居たけど、用があって離れたよ」 

 

「ふーん」

 

 こいしは何かを考えるような仕草を見せて、北斗の右手を取る。

 

「なら、私と一緒に見て回ろうよ! もしかしたらお姉ちゃん達も来ていると思うし」

 

「そうか。もしかしたらさとりさん達も宴会に来ているのか。なら、一緒に見て回ろうか」

 

「うん♪」

 

 

 

「お兄様!!」

 

 すると明るい声がしたと共に、北斗は後ろから衝撃を受けて前のめりに倒れそうになる。それをこいしが驚きながらも北斗を支える。

 

「い、てて……」

 

 北斗は後ろを見ると、色とりどりな宝石が見える。

 

「フランか?」

 

「うん!」

 

 彼が声を掛けると、声の持ち主は北斗の背中から離れて、彼の横へと移動する。

 

「フランも来ていたんだね」

 

「私だけじゃないよ。お姉さまと咲夜、パチュリーも来ているよ!」

 

「レミリアさん達も来ているのか」

 

 北斗は呟くと、腰に手を当てて擦る。少しばかり強い衝撃だったようだ。

 

 

「あなた、誰?」

 

 と、北斗の陰に居たこいしがフランに声を掛ける。

 

「……あなたこそ、誰?」

 

 フランもこいしの存在に気付き、どこか威圧的な声を掛ける。

 

「私は古明地こいし。あなたは?」

 

「私はフランドール・スカーレット。みんなからはフランって呼ばれているよ」

 

「ふーん……」

 

 こいしはどこか考えるような仕草を見せて、何かを思いつく。

 

「ねぇ、フラン。フランは、お兄さんの事、好き?」

 

「うん。お兄様の事は好きだよ」

 

 フランは迷うことなく、即答である。

 

「そういうこいしも?」

 

「私も、お兄さんの事好きだよ」

 

 と、こいしもまた迷うことなく即答である。

 

「……」

 

「……」

 

 二人は短い言葉を交わすと、お互い笑みを浮かべる。

 

「よろしくね、こいし」

 

「うん。こっちもよろしくね、フラン」

 

 二人は笑顔を浮かべながら、固い握手を交わす。どうやらこの短いやり取りで、共通するものを感じたようだ。

 

(お互い、友達が出来たみたいだな)

 

 北斗はそんな二人の様子を微笑ましく見守っている。

 

「あっ、そうだ。お兄様。お姉さまがお兄様を見たら連れて来てって言っていたよ」

 

「レミリアさんが?」

 

「何でも話があるって」

 

「そうか。なら、今から行くよ。案内してくれる?」

 

「うん! こいしも一緒に行く?」

 

「行く行く!」

 

 フランは背中の宝石を揺らしながら頷き、こいしも嬉しそうに頷いて、フランは北斗とこいしの二人をレミリアの元へと案内する。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第143話 世間話

 

 

 

 フランに案内されて、北斗とこいしはレミリア達が居る場所へと向かう。

 

 

「お姉様! お兄様を連れて来たよ!」

 

 フランが声を掛けると、レミリア達が北斗を見る。

 

「久しぶりだな、北斗」

 

「お久しぶりです、レミリアさん」

 

 レミリアが声を掛けると、北斗も声を掛けて一礼する。

 

「見た所、何事も無く過ごせているようだな」

 

「えぇ。後遺症も無く、元気に過ごせています」

 

「そうか」と彼女は声を漏らし、とりあえず安堵する。

 

「? そいつは?」

 

 ふと、レミリアは北斗の傍に居るこいしを見る。

 

「こいしだよ! さっきお友達になったの!」

 

 フランが嬉しそうに言うと、こいしは笑みを浮かべて小さく手を振る。

 

 するとレミリアは、意外な物を見ているかのように目を見開く。

 

「ふ、フランに……友人だと?」

 

「むっ! 何さ!! 私に友達が出来たら悪いの!?」

 

「いや、そういうわけじゃないが……」

 

 レミリアの反応が気に食わなかったのか、フランは不機嫌になって彼女に怒鳴るように文句を掛ける。さすがにレミリアも悪いと思ってか、少し押され気味になる。

 

「別にレミリアさんは悪く言っているわけじゃないんだ。少し驚いているだけだよ。そうですよね、レミリアさん?」

 

「ん? あ、あぁ、そうだ。ただ驚いただけだ。別に悪い意味じゃない。むしろ嬉しい意味でだ」

 

 そんな二人の様子を見かねて、北斗が助け舟を出す。彼の助け舟に彼女は乗っかるように、少し慌てた様子で弁明する。

 

「ホント?」

 

「ホントだ、ホント」

 

 疑惑の目を向けるフランに、レミリアは必死に弁明する。

 

「ちょっと反応が紛らわしかっただけで、レミリアさんはフランに友達が出来て嬉しいんだよ。だから、信じてあげて」

 

「……うん」

 

 北斗がそう言うと、フランはまだ疑わし気であったが、小さく頷く。

 

「ぐぬぬ……」

 

 一方レミリアは、自分には反抗的なくせに、北斗には正直な妹に悔し気な様子で顔を顰める。その上彼に助け舟を出されたとあって、借りが出来てしまった。というか次々と借りが出来ているような気がしないでもない。

 

「ま、まぁ、立ち話もなんだ。座ってくれ」

 

 レミリアは色々と複雑な思いを抱きつつ、咳ばらいをして気持ちを切り替え、北斗に座るように勧める。

 

「では、お言葉に甘えて」と、北斗は一言声を掛けてから、茣蓙に座る。続いてフランとこいしも彼の近くに座る。

 

「どうぞ、北斗様」

 

「ありがとうございます」

 

 すると、待ち構えていたように、咲夜が日本酒を入れたコップを北斗に渡し、彼はお礼を言って受け取る。

 

「それで、どうだ? お前にとって幻想郷における初めての宴会だろ?」

 

「えぇ。楽しめていますよ。それと共に挨拶回りもある程度出来ていますし」

 

「それは良かったな」

 

 レミリアはそう言うと、ワイングラスに入ったワインを飲む。

 

「それで、あのこいしというなの妖怪だが……お前と知り合いのようだな」

 

「えぇ。というより、こいしが妖怪であるのに気付かれましたか?」

 

「胸にある紐に繋がった球体状の物体もそうだが、纏っている雰囲気は人間のそれとは違うからな」

 

「そうですか」

 

 レミリアの洞察力に北斗は小さく声を漏らして驚きを見せる。

 

「で、あの妖怪は何者だ?」

 

「こいしは覚妖怪という妖怪でして、地底にある地霊殿の主である古明地さとりさんの妹です」

 

「地霊殿? あぁ、あそこの主の妹か。そういえば間欠泉異変でもパチェが魔理沙を支援していたな」

 

 レミリアは思い出すかのように顎に手を当てて首を傾げる。

 

「そういえば、こあさんが来ているはずですが……」

 

「あぁ。こあならそこに――――」

 

 北斗は今回幻想機関区より参加した小悪魔のこあの姿を探していると、レミリアが指を差してその方向を見ると……

 

 

「パチュリー様ぁ。どうじて教えてくれなかったんですかぁ!」

 

 そこには、明らかに大分酔っている様子のこあがパチュリーに絡んでいる光景があった。

 

「素直に教えたらあなた行く気もやる気も出ないでしょ」

 

「だからって、上位種の悪魔が三体も居るのを黙っているなんて酷いじゃないですか! 毎日喰われないか不安でいっぱいですよ!」

 

「いいじゃない。緊張感を保てて」

 

「酷い!! パチュリー様の鬼! 悪魔!!」

 

 素っ気ない主の態度に、こあは軽くポカポカとパチュリーを叩く。

 

 まぁ小悪魔からすれば、上位種の悪魔三体に囲まれて生活しているわけだから、常に緊張しているわけだ。その上北斗の監視を周囲にばれずに行わなければならないので、尚更苦労が絶えない。

 一応夢幻姉妹とエリスの三人は、北斗からこあと仲良くして欲しいと頼まれているので、彼女達なりには仲良くしているそうだが。

 

 

「……まぁ、あんな感じだ」

 

「そ、そうですか」

 

 レミリアは視線を逸らしてそう言うと、北斗は戸惑いながらも頷く。

 

「それで、こあの教育はどこまで進んでいる?」

 

「えぇ。突貫ではありますが、機関助士としての教練は修了し、機関士としての教練に励んでいます」

 

「そうか。それならば、心配は要らぬな」

 

 そう言うと、彼女は気を良くして背中の蝙蝠の羽が上下に動く。

 

「それと、我が屋敷の地下で見つけた、あの機関車はどうなった? パチェの話じゃ大分進んでいるそうじゃないか」

 

「えぇ。罐の修繕自体は終了し、あとは試運転を繰り返して最終調整を進めています」

 

 話はこあの教育状況から、紅魔館側で所有権がある比羅夫号こと7100形蒸気機関車の話題に変わる。

 

 あれから何度も試運転を繰り返し、足回りはもちろん、ボイラーや各種機器類の調整を行って、近い内に本線試運転を行う予定である。

 それまではこあが本車輛を用いて運転練習を行っている。

 

「無事に終わりそうで何よりだ。それで、他の準備も出来ているな?」

 

「客車については整備を進めています。レミリアさんの要望も罐の調整が終わり次第、実施します」

 

「そうか。それを聞ければいい」

 

「……」

 

 レミリアは気を良くした様子でワインを飲む。しかし北斗はどこか納得いかない様子である。彼が納得いかないような雰囲気を出している原因は、そのレミリアが言う要望だ。

 

 客車の件については、貴重な展望車を使う事になったものも、それについては別に問題ではない。問題なのは、彼女が出した要望で、蒸気機関車が好きな彼からすれば納得し難い内容なのだ。特にオリジナルを大事にしたいという思いのある彼だからこそ、尚更レミリアの要望は納得し難いのだ。

 

 しかしスポンサーの要望を聞かないわけにもいかないので、渋々と受け入れるしかなかった。

 

「にしても……」

 

 と、レミリアは空になったワイングラスを揺らすと、いつの間にかワインが注がれた状態になり、彼女は気にすることなく、その視線の先にある光景を見つめている。

 

 北斗も横を向いてその光景を目の当たりにする。

 

 

「お兄さんの膝の上って、とても大きな安心感があるのよね」

 

「分かる分かる。私もよくお兄様に膝の上に座らせてもらっているんだけど、他には無い安心感があるの」

 

「それに、お兄さんからお姫様抱っこされた時なんかは、これ以上に無い心地よさもあったんだ」

 

「えぇ! こいしお兄様に抱っこしてもらったの!?」

 

「フランには無いの?」

 

「うん。してもらったこと無いよ。良いなぁ」

 

「頼めば、きっとしてくれるよ。お兄さんは優しいから」

 

「うん。今度お兄様に頼んでみる」

 

 こいしとフランの二人は、北斗についての談話を交わしていた。どこが良いか、こうしてもらったとか、してもらって良いなか、とか、色々である。

 

「そういえば、フランって吸血鬼なんだよね」

 

「そうだよ」

 

「ってことは、お兄さんの血を飲んだ事ってあるの?」

 

「ううん。まだ無いよ」

 

「へぇ、意外だね。なんで?」

 

「うーん。あんまり気にした事なかったけど……なんでだろう?」

 

 フランはこいしの疑問に、自身も疑問を抱く。

 

「でも、別に絶対血を飲まないといけないってわけじゃないから、別に良いや。機会があったらその時にね」

 

「ふーん」

 

 

「フラン。人前で恥ずかしげもなく……」

 

 レミリアはそう呟くと、深くため息をつく。

 

「そういえば、レミリアさん達は血を飲むんですよね? 吸血鬼なので」

 

「……飲むには飲むが、それはあくまでも人前ではしないし、そもそも吸血は人間で例えるなら嗜好品みたいなもので、常に飲んでいるわけではない。そうだったら霊夢が黙っていないだろ」

 

「それもそうですね」

 

 彼女から吸血行為の目的を聞き、北斗は納得する。

 

「でも、どうやって人間の血を調達しているんですか?」

 

「そりゃ、以前までは咲夜が血を私たちに分けていたけど、さすがに限界があったからな。今じゃ永遠亭で輸血パックを取引で手に入れているわ」

 

「なるほど」

 

 意外な話を聞いて、北斗は頷く。と同時に永遠亭とどんな取引をしているのか気になるものも、余計な詮索はしない方が良いと思い、彼は聞かなかった。

 

 それからフランが話の輪に混ざるまで、二人は世間話に興じるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって幻想機関区。

 

 

 辺りは暗くなり、電灯が点いて灯りを照らしている幻想機関区では、宴会で賑わっている博麗神社と違い、ここでは賑わいこそ無いが、人の動きはあった。

 

 

 博麗神社から帰って来て、客車と連結を外した48633号機が給炭設備がある線路へと移動し、そこで作業員の妖精達によって、灰箱から石炭が燃え尽きて出来た灰を線路の間に排出しており、暗い中でまだ赤い灰が輝いている。

 その間に作業員の妖精が炭水車(テンダー)に石炭を補給している。

 

 

 扇形機関庫では、迎えの列車を牽引する為に、D51 603号機が蒸気を上げて、出庫準備を整えつつあった。

 

 

 

「……」

 

 そんな中、扇形機関庫の前で、(C57 135)津和野(C58 1)の二人が夜空を見上げて、月を眺めている。

 

「幻想郷に来てから、大分経つわね」

 

「そうね」

 

「今頃、区長達は楽しんでいるかしら」

 

「さぁ。区長は挨拶回りをするって言っていたし、忙しいんじゃない?」

 

「そりゃそうか」

 

 二人は何度か言葉を交わし、少しの間を置いて再び口を開く。

 

「今思えば……あの話に乗って良かったと思っているわ」

 

「あの時は眉唾物な話だと思っていたけど、現に私達は再び走ることが出来ている」

 

「存在し続けていれば、何が起きるか分からないものね」

 

「あぁ」

 

 (C57 135)津和野(C58 1)は話しながら月を眺めていると、(C57 135)が口を開く。

 

津和野(C58 1)

 

「何?」

 

「今は楽しい?」

 

「……そうね。少なくとも外の世界に居た頃よりかは、楽しいわね。そういうあなたは?」

 

「私も外の世界に居た頃よりかは、楽しいわね」

 

「そう」

 

 二人は聞きたい事が聞けて満足したのか、再び月を眺め出す。 

 

 

 

「……」

 

 所変わり、宿舎の入り口横でみとりが壁にもたれかかり、月を眺めている。

 

 彼女は諸事情あって、今回宴会に参加していない。

 

「……」

 

 

「少し良いかな」

 

「……?」

 

 すると声を掛けられて、みとりは声がした方を見ると、そこには飛鳥が立っていた。

 

「北斗の……母か」

 

「あぁ。君は確か……みとり、だったね」

 

「あぁ。そうだが、何の用だ?」

 

「いやなに、少し君と話しがしたいと思ってね」

 

「……」

 

「隣、良いかな?」

 

 飛鳥が問い掛けると、みとりは少し横にずれる。彼女の意図を読み、飛鳥は頭を下げてからみとりの隣にもたれかかる。

 

「北斗から話を聞いたが、今回宴会の参加を見送ったみたいだな」

 

「……あぁ」

 

「妹さんが参加するのに、なぜ?」

 

「……」

 

「……まだ、無理ってところか」

 

 飛鳥はみとりの様子から察して、そう答える。みとりは何も言わなかったが、沈黙は肯定と見れる。

 

「私だって、にとりと色々と話しながら酒を交わしたいが……まだ人間たちの事は……」

 

「……」

 

「少なくとも……許す事は出来ない」

 

「そうか。まぁ、こればかりは時間を掛けていくしかないね」

 

「……」

 

 みとりは月を一瞥して、飛鳥を見る。

 

「良かったのか? 北斗が宴会に参加するというのに」

 

「うーん。まぁ北斗と一緒に宴会を楽しみたいっていうのはあるよ。酒を飲み交わしながら色々と聞きたいことだってあるし」

 

「なら……」

 

「でも、私が居ると、北斗私の事を気に掛け過ぎて楽しめないと思うの。あの子には気にせずに、楽しんでもらいたいからさ」

 

「……」

 

(それに、邪魔するのも何だしね)

 

 飛鳥は北斗が早苗と仲良くしている姿を想像して、内心気を良くする。しかし残念ながら、当の北斗は境内で早苗と出会えていないのだが……

 

「子供思いなのだな」

 

「子供思い、か……」

 

 みとりの言葉に、飛鳥は目を細めて、自分の手を見る。

 

「私は…‥いや、よそう」

 

 彼女は何かを言いたげだったが、すぐに首を振るい、考えを改める。

 

「もう終わったことだ。北斗だって、許してくれたんだ。いつまでも私が引き摺っているわけにはいかないよな」

 

「……?」

 

「あぁ、気にしないでくれ。ただの独り言だ」

 

 首を傾げるみとりに、飛鳥は咳払いをする。

 

「北斗達が帰って来るまで時間はまだある。酒を飲みながら、ゆっくり話がしたいんだが、付き合ってくれる?」

 

「そうだな。このままジッとしていても暇なだけだ。付き合おう」

 

 飛鳥の提案にみとりは乗り、二人は宿舎の中へと入っていく。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第144駅 山を駆ける大正と昭和の貨物機

本編の執筆が思いのほか進まないので、気分転換に蒸気マシマシ回を書きましたところ、物の数時間で書き終わった。好きな描写となると書くスピードが全然違いますね……

それはそうと、大井川鐵道のSLの整備を手掛ける東海汽缶がSLの整備修繕を専門とする工場を新金谷駅近くに建てるようですね。記事によれば京都鉄道博物館の第2SL検修子庫や東武鉄道のSL検修庫みたいな感じの設備が充実した工場になる予定だそうです。
その整備第一号は先日大井川鐵道が譲り受けたC56 135号機になるようです。今後何もアナウンスが無ければC56 44号機もこの新工場で135号機の動態復元と並行して大規模修繕が行なわれる可能性が無くも無い?
しかしこの新工場建設によって、先が不透明なC12 164号機の再復活に僅かながら兆しが見えて来たんじゃないかと思います。そしてC10 8号機の大規模修繕も車入れからボイラー載せと、大分進んできましたね。トントン拍子に行けば今年中に復活した姿を見せてくれるかもしれない。さすがに営業運転への復帰は来年になるでしょうが。
今後の大井川鐵道からは目が離せませんね。


 

 

 

 

 まだ夜が明けず、辺りが真っ暗な闇に包まれた幻想郷。この時間で活動しているのは夜行性の動物か妖怪ぐらいである。

 

 そんな中で、明かりが灯された場所がある。

 

 

 

 幻想機関区の扇形機関庫では電灯で薄っすらと明かりが灯され、一部の作業員の妖精達が火を入れた機関車の罐の火が消えないように、火の番をしていたり、機関車の整備をしている。

 

 その中で、火が落とされているD51 603号機に火を灯す、火入れ作業が行われていた。

 

 切り詰められた除煙板(デフレクター)と密閉型の運転室(キャブ)という、北海道で多く見られた形をしているD51 603号機。春を迎えたとあって除雪板(スノープラウ)は外されている。

 

 隣に停車して火が入っている79602号機のボイラーよりパイプを伸ばし、D51 603号機のボイラーと繋げて温かい蒸気を送り込む。

 

 作業員の妖精がD51 603運転室(キャブ)の扉を開けて木材を中へと運び込み、焚口戸を開けて火室へ木材を放り込んでいく。

 

 運び込んだ木材を火室へと入れ終えると、次に作業員の妖精は、着火剤として足回りの稼動部に潤滑油を挿した際に余分な油を拭き取った時に使った布切れを何枚も火室内へと放り込む。

 

 油が染み込んだ布切れを放り込むと、次に隣の79602号機の運転室(キャブ)に乗り込み、スコップに石炭と油が染み込んだ布切れを載せ、焚口戸を開けて火が灯っている火室にスコップを突っ込んで石炭と布切れに火をつけると、スコップを抜き取りすぐに79602運転室(キャブ)を降りてD51 603号機の運転室(キャブ)に乗り込む。

 

 作業員の妖精はそのまま燃えている石炭と布切れが載っているスコップを火室へと入れると、中に入れた油が染み込んだ布切れに火をつけて、ある程度火が広がるとスコップに載せている石炭を放り込む。

 

 火の勢いを強くする為に細かい木片や油の染み込んだ布切れを放り込み、火室内の火力を上げていく。

 

 木片や布切れを入れ続けてから少しして木材にも火が付いて火室内は燃え上がり、そのタイミングで作業員の妖精は炭水車(テンダー)から石炭をスコップで掬うと火室へと放り込む。

 

 

 火室への石炭の投炭だが、実は決まった位置と順番があり、適当に石炭を放り込むだけではうまく燃えないので火力が上がらず、蒸気の上がりが悪くなるし、火室内で不完全燃焼を起こしてしまう要因となってしまう。そうでなくても火が偏って燃えるので、火室の歪みの原因になりかねない。

 

 その為、罐焚きのうまい人と下手な人では同じ個体の機関車でも動きが違ってくるのだ。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 それからD51 603号機への火入れを行い、三時間以上が経過した。

 

 

 幻想郷に陽が昇り始めていたが、空は厚い雲に覆われており、その上濃い霧が発生して辺りを白く包み込んでいる。

 

 火入れを行っているD51 603号機のボイラーからは、熱が発せられて出発準備が整いつつあった。

 

 複式コンプレッサーがまるで心臓の鼓動の如く一定のリズムで作動して、まるで生きているかの様な存在感を醸し出している。

 

 D51 603号機の火室内は燃え盛っており、作業員の妖精と交代した機関助士の妖精が火室への投炭作業を行っており、数回ほど投炭を行うとスコップを置き、注水バルブを捻ってボイラーに水を送り込み、蒸気圧を確認してから各バルブを捻って各所へ蒸気を送り込む。

 

 D51 603号機の足回りでは水無月(D51 603)が金槌を手にして、部品を軽く叩いて打音検査を行い、音に異常が無いかを確認している。部品に異常があると金槌を叩いた際の音が変わってくるので、慣れていればすぐに分かる。

 その傍らで、小傘とみとりが足回りの可動部への油差しを行っており、油差しを終えると二人で指差呼称して確認を行っている。

 

 水無月(D51 603)は機関車の連結器も開閉を行って異常が無いかを確認をして、彼女は金槌を工具箱に戻し、工具箱を持って運転室(キャブ)へ乗り込む。

 

「調子はどうですか?」

 

「いつでも行けますよ」

 

「そうですか」

 

 工具箱を置きながら彼女は機関助士の妖精の報告を聞き、水無月(D51 603)は頷いて機関士席に座り、ブレーキハンドルを動かしてそれぞれのブレーキがちゃんと動いているかを確認する。

 

 その間に79602号機が扇形機関庫より出庫し、転車台で方向を変えた後、転車台を後進して降りて線路を進む。

 

「……」

 

 水無月(D51 603)は窓から顔を出し、前方と後方を確認して、作業員の妖精が転車台の位置と安全を確認し、ホイッスルを吹きながら緑の旗を上げる。

 

 緑旗が上がったのを確認して彼女は「出庫!」と号令を掛けて機関助士の妖精も復唱し、ブレーキを解いて天井から下がっている汽笛を鳴らすロッドを短く引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 D51 603号機はゆっくりと進んでピストン付近の排気管からドレンを吐き出しながら機関庫を出ると、ゆっくりと転車台へと載り、中央で停車する。D51 603号機を載せた転車台はゆっくりと回転して機関車の向きを変える。

 

 機関車の向きと線路の位置を変えて転車台が止まると、水無月(D51 603)は前方と後方を確認してから汽笛を短く鳴らし、機関車を前進させる。

 

 

 いくつもの分岐点を越して、一旦石炭と水を補給してから本線へと入ると、そこには弥生(B20 15)のB20 15号機と河童製造のC11 382号機とC12 294号機の三輌が『セラ1形』石炭車十五輌を運んで連結させて置いていた。

 

「……」

 

 水無月(D51 603)は逆転機を回してギアをバックに入れると、作業員の妖精が転轍機を操作して線路の向きを変え、緑の旗を揚げたのを確認して汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてゆっくりと機関車を後退させる。

 

 ゆっくりと機関車を後退させて石炭車の前で一旦停車させる。

 

 作業員の妖精が石炭車と炭水車(テンダー)の連結器を確認してちゃんと開いているか、異常が無いかを確認して妖精はホイッスルを吹きながら緑の旗を揚げる。

 

 旗が揚がったのを確認した水無月(D51 603)は汽笛を短く二回鳴らして、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくりと後退させる。

 

 水無月(D51 603)は機関車を後退させて、作業員の妖精が赤い旗を振ったのを確認して加減弁を閉じてブレーキを掛けると、石炭車と炭水車(テンダー)の連結器が組み合わさって連結する。

 

「はぁ……」

 

 彼女は安堵の息を吐くと、逆転機のハンドルを回してギアを前進にしてからハンドルの凸凹に合わせてロックを掛けて、機関士席から立ち上がって密閉型の運転室(キャブ)の扉を開けて、周りを見る。

 

 隣ではB20 15号機が汽笛を鳴らして別の車両の移動をしながらD51 603号機の横を通っていく。

 

 するとD51 603号機の前方では、79602号機が汽笛を短く鳴らしてゆっくりと後進してこちらに向っている。

 

 79602号機はD51 603号機の前で一旦停止し、作業員の妖精が連結器を確認してホイッスルを吹きながら緑旗を上げる。79602号機は汽笛を短く二回鳴らして後進し、D51 603号機と連結して停車する。

 

 

 今回の石炭列車は前日に雨が降って風も吹いていたとあって、妖怪の山の線路は滑りやすいと予想されている。D51形なら登り切れるだろうが、一応万が一を考えて前部補機として79602号機が入ることになった。更に万が一を考えて救援車としてE10 5号機が待機している。

 

 

 

 しばらくして出発時刻になり、北斗と打ち合わせを終えて水無月(D51 603)七瀬(79602)はそれぞれ運転室(キャブ)に戻って機関士席に座ると、懐中時計の時刻を確認して運転表の横にある置き場に置く。

 

 隣では機関助士の妖精がスコップに石炭を載せて床にあるペダルを踏んで焚口戸を開け、火室へと石炭を放り込む。

 

 投炭を数回繰り返して機関助士の妖精はスコップを道具置きに戻す。

 

「……」

 

 水無月(D51 603)はゴーグルを着けて目を覆い、その時が来るまで加減弁ハンドルを握って待ち続ける。

 

 

 そして出発時刻となり、線路上の安全も確認されたので、腕木式の信号機の腕木が下りて赤から青へと変わる。

 

「出発進行!!」

 

「出発進行!」

 

 水無月(D51 603)は出発の号令を掛けると機関助士の妖精も復唱し、彼女はブレーキを解くと、79602号機が汽笛を鳴らし、彼女も続いて汽笛を鳴らすロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引く。

 

 79602号機とD51 603号機はピストン付近の排気管からドレンを出しながら、石炭車十五輌を牽いてゆっくりと前進する。

 

 二輌の蒸気機関車の煙突から灰色の煙が吐き出されて、次第に煙を吐き出す間隔が短くなると共に速度が上がっていく。

 

 79602号機とD51 603号機が牽く列車は幻想機関区を後にして、守矢神社にある石炭集積所へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 幻想機関区から出発した列車は霧に包まれた幻想郷の平野に敷かれた線路を走り、迫力のあるドラフト音を奏でながら79602号機とD51 603号機は持ち前のパワーを発揮して突き進む。

 

 79602号機が汽笛を二回鳴らして、合図を送る。

 

「……」

 

 合図の汽笛を聞き、水無月(D51 603)は速度計を見て加減弁ハンドルを少し引き、逆転機のハンドルのロックを外して回し、メーターを見ながらギアを一段上げ、ハンドルにロックを掛ける。

 

 機関助士の妖精がスコップに石炭を乗せて床のペダルを踏み、焚口戸を開けて火室へ石炭を決められた場所に投げ入れ、床のペダルから足を離すと焚口戸が閉じる。

 

 決められた位置へと火室へ投炭を数回繰り返し、スコップを道具置きに置いて、各所へと蒸気を送るバルブを捻って蒸気を送る。

 

 同じように79602号機の運転室(キャブ)でも、機関助士の妖精が鎖に繋がれた焚口戸を鎖を引っ張って開けて片手スコップで石炭を掬い、火室へと投炭する。

 

「……」

 

 水無月(D51 603)七瀬(79602)は霧の中を目を凝らして線路脇に立っている標識を確認し、そろそろ分岐点が近いのを確認する。

 

 列車は魔法の森前にある分岐点へと差し掛かり、転轍機の向きは魔法の森方面へと向いている。列車はそのまま魔法の森方面へと入る。

 

 水無月(D51 603)七瀬(79602)は天井から下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らし、霧の中で列車の接近を知らせる。

 

 魔法の森の中に敷かれた線路の上を列車が走っていき、リズム良くジョイント音が奏でられる。

 

 霧の中で列車の存在を知らせる為、再度二人は汽笛を鳴らして、汽笛の音色が森の中に響く。

 

 

 しばらく魔法の森に敷かれた線路を通って、列車は河童の里近くまでやってくる。

 

 川の傍の沿線を通っていくと、線路から少し離れた場所では、カメラを構えている列車を待ち構えている河童達の姿があった。技術に興味を持っているといっても、中には蒸気機関車に魅入られて写真を撮る河童も居るのである。

 

 水無月(D51 603)七瀬(79602)は河童達に応えるようにロッドを引いて汽笛を鳴らす。

 

「そろそろ勾配ですよ!」

 

 彼女がそう言うと、機関助士の妖精は頷いてスコップを手にして投炭作業を行う。

 

「……」

 

 水無月(D51 603)は気を引き締め、加減弁ハンドルを引いて、逆転機のハンドルのロックを外して回し、メーターを見ながらギアを調整する。

 

 そして列車は妖怪の山へと入り、緩やかな勾配を登っていく。

 

 

 79602号機とD51 603号機が牽く列車は妖怪の山の緩やかの勾配を順調に登っていく。

 

 霧の中を二輌の機関車の煙扉の上にある前照灯と副灯より光が照らされ、霧の中を突き進む。その後に汽笛を鳴らして列車の接近を周囲に知らせる。

 

 機関助士の妖精は投炭を何回も行い、すぐに注水機のバルブを回して炭水車(テンダー)からボイラーへ水を送る。

 

 緩やかとは言えど、勾配のある線路を二輌の蒸気機関車が迫力のあるドラフト音を奏でて、79602号機とD51 603号機は重連時の汽笛の合図を奏でて石炭車十五輌を牽いて妖怪の山を登っていく。

 

 その道中をカメラを構えた天狗達が、珍しい編成をして霧の中を駆ける列車をカメラに収めていく。

 

「……」

 

 窓から顔を出して前方を見ている水無月(D51 603)は目を細めると、加減弁ハンドルを引き、逆転機のハンドルのロックを外してメーターを見ながらギアを調整する。

 

 列車は先ほどより更に角度の付いた勾配に入り、少しだけ速度が落ちるが、事前にピストンへと送り込む蒸気の量を多くしていたので、速度の低下は最低限に押さえ込んだ。そして何より長大で重い貨物列車を牽くことを前提にした二輌の蒸気機関車は、力強いドラフト音と共に勾配を登っていく。

 

 水無月(D51 603)七瀬(79602)は空転に備えて砂撒き機のハンドルを前後に動かして線路に砂を撒き、動輪が砂を噛んで滑りにくくする。

 

「……」

 

 空転を起こさないように、彼女は加減弁ハンドルを握る手に汗を滲ませながらも、微調整を繰り返す。

 

 

 しばらく山を登っていると、踏切が近づいているという標識を確認し、水無月(D51 603)七瀬(79602)はロッドを引いて汽笛を鳴らす。

 

 列車は勾配を登っていき、再度汽笛を鳴らしながら踏切を通過した。

 

「……」

 

 勾配は更にきつくなり、加減弁ハンドルを握る彼女達の手に力が入る。

 

 その直後、リズム良く奏でていたD51 603号機のドラフト音が突然早くなる。雨に塗れた落ち葉を動輪が踏んだことで、動輪が滑って空転を起こしたのだ。

 

「っ! 空転!」

 

 水無月(D51 603)はとっさに加減弁ハンドルを戻して蒸気の量を減らし、砂撒き機のハンドルを前後に動かして砂を撒く。

 

 機関助士の妖精は各バルブを捻って蒸気の量を減らしつつ、ボイラーの安全弁を開いて蒸気を排出させる。

 

 そしてすぐに空転した際の衝撃で崩れた火床を直す為にスコップを手にして、火室へ石炭を放り込む。

 

 それに気付いた七瀬(79602)も加減弁ハンドルを操作して蒸気の量を減らし、機関助士の妖精が安全弁を開いて蒸気を排出させる。

 

 空転したことで速度が著しく低下するが、水無月(D51 603)七瀬(79602)は汽笛で合図しながら加減弁ハンドルを引いたり戻したりして蒸気の量を調整しつつ、砂を撒きつつ逆転機のハンドルを回してギアを調整して、何とか持ち直した。

 

「……」

 

 彼女は安堵の息を吐き、再度前を見る。

 

 

 

 列車は勾配を登っていくと、森のトンネルを抜けて左側に景色が広がる路線に出る。

 

 辺りを覆っていた霧は少しだけ晴れており、視界は先ほどよりマシになっている。

 

 この辺りからは勾配が緩やかになっているので、水無月(D51 603)七瀬(79602)は汽笛で合図しつつ、加減弁ハンドルを戻して蒸気の量を減らす。

 

「……」

 

 ふと彼女は窓から空を見上げると、列車の後を追いかけるように鴉天狗が平行して飛んでおり、カメラを手にして上空から列車を撮影していた。

 

 重連で走っている光景もそうだが、何より今回はあまり見ない組み合わせの重連とあって、いつもより鴉天狗の人数が多い。しかし列車の運行や編成はその時にならなければ分からないというのに、天狗の連絡速度の速さには脱帽である。

 

「……」

 

 水無月(D51 603)は汽笛を鳴らして鴉天狗に挨拶して、前を見る。

 

 力強いドラフト音を奏でながら79602号機とD51 603号機は、その大きなボイラーと四軸動輪、更に重連とあって、力強い姿を鴉天狗達に見せつけて勾配を上っていく。

 

 

 

 そしてしばらく列車は妖怪の山を登り、目的地である守矢神社付近まで来る。

 

「……」

 

 七瀬(79602)は分岐点の向きがちゃんと石炭集積所へ向いているのを確認し、汽笛で水無月(D51 603)に合図を送って加減弁ハンドルを戻し、逆転機ハンドルのロックを外してメーターを見ながらギアを調整し、速度を落とす。

 合図を聞いた水無月(D51 603)も加減弁ハンドルを操作して蒸気の量を調節し、速度を落とす。

 

 それから少しして列車は守矢神社脇の石炭集積所へと到着し、一定の場所でゆっくりと停車する。

 

 石炭集積所には一足先に幻想機関区からC11 312号機とC10 17号機が作業員を乗せる為の客車を牽いて来ており、作業員の妖精共々列車の到着を待っていた。

 

 作業員の妖精は機関車と石炭車の連結を外し、異常が無いかを確認し終えたらもう一人の作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 緑の旗を確認した水無月(D51 603)は汽笛を短く鳴らし、79602号機を押してD51 603号機をゆっくりと前進させて石炭車から離れる。

 

 ある程度機関車を進ませて停車させると、作業員の妖精が転轍機を操作して分岐点の向きを変えて、ちゃんと変わったかの確認を終えた後に緑の旗を振るうと、水無月(D51 603)は汽笛を短く鳴らして機関車を後退させ、79602号機と共に別の線路へと入れる。

 

 79602号機とD51 603号機が別の線路に入ってその後にC10 17号機が入って停車すると、作業員の妖精が転轍機を操作して分岐点の向きを戻し、緑の旗を振って待機しているC11 312号機が汽笛を短く鳴らして後退し、石炭車の前まで近づいて一旦止まる。

 

 作業員の妖精が連結器がちゃんと開いているかを確認して緑の旗を振るい、確認した睦月(C11 312)が汽笛を短く二回鳴らし、後退させて石炭車と連結する。

 

 すぐに作業員の妖精が十二輌ある石炭車を七輌と八輌に分けると、それを確認した睦月(C11 312)は汽笛を鳴らして七輌の石炭車を牽いて石炭の投入装置の元へと運ぶ。

 

 その後に分岐点の向きが変えられると、C10 17号機が前進して分岐点の前で停車すると、作業員の妖精が転轍機を操作して向きを変える。

 

 向きが変わったのを確認した作業員の妖精が緑の旗を振るい、それを確認した葉月(C10 17)は汽笛を短く鳴らして後退し、残りの石炭車八輌の元へと向かう。

 

 

 

 その頃D51 603号機は79602号を引っ張りながら後退して転車台の元へと向かう。

 

 水無月(D51 603)は転車台の前で停車させると、作業員の妖精がD51 603号機と79602号機との連結を外し、79602号機は汽笛を短く鳴らして待避線の方へと入る。

 その間に作業員の妖精が転車台を確認して異常が無いのを確認したらホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 緑の旗を確認して水無月(D51 603)は汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてゆっくりと機関車を後退させて、転車台に機関車を載せて停車させ、ブレーキを掛ける。

 

 作業員の妖精が八人集まり、転車台のロックを外して前後にある太い棒を四人ずつ持ち、力いっぱい押して転車台を回す。

 

 ゆっくりと回る転車台によってD51 603号機はその向きを変え、転車台の位置が正しいのを確認してロックを掛け、安全を確認した作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 水無月(D51 603)は短く汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくりと後退させる。

 

 ゆっくりと後退するD51 603号機はここまで来る道中にある給水塔と給炭設備の近くで停車し、水と石炭の補給を行う。

 

 その間に待避線に入っていた79602号機が転車台に乗り、方向転換を行う。

 

「……」

 

 水無月(D51 603)は深く息を吐きながらゴーグルを下に下げて首に掛け、額に浮かんだ汗を袖で拭う。

 

 補給が終わるまで機関助士の妖精共々休憩に入り、持ち込んだ水筒を手にして運転室(キャブ)の扉を開けて下りると、水筒の蓋を外して中に入っている水を飲む。

 

 作業員の妖精達が炭水車(テンダー)の水タンクの蓋を開けて、給水塔から伸びるホースが差し込まれて大量の水がタンクに流し込まれる。それと同時にベルトコンベアのような機械で石炭が炭水車(テンダー)へと積み込まれて、作業員の妖精が石炭の表面をスコップで均していく。

 足回りでは作業員の妖精が異常が無いかの確認を行い、灰箱に溜まった灰を捨てている。

 

 

 休憩も終わり、水無月(D51 603)と機関助士の妖精は運転室(キャブ)に戻り、出発準備を整える。

 

 石炭車は石炭を満載にして積み終え、既にC11 312号機とC10 15号機によって本線に運び込まれ、十五輌連結した状態で待機していた。

 

 水無月(D51 603)はゴーグルを目元へと上げて、ブレーキを解いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくりと後退させる。

 

 D51 603号機はゆっくりと後退して本線へと入ると、石炭車の前で停車する。

 

 作業員の妖精が連結器が開いて異常が無いのを確認して、ホイッスルを吹きながら緑の旗を振るう。

 

 水無月(D51 603)はブレーキを解いて汽笛を短く二回鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくりと後退させて、作業員の妖精が赤い旗を上げたのを確認してブレーキを掛け、石炭車と連結させる。少ししてちゃんと連結した確認が取れて、水無月(D51 603)は頷く。

 

 しばらくして水と石炭の補給を終えた79602号機がやって来て、D51 603号機の前で一旦停止し、作業員の妖精が連結器を確認してホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 それを確認した七瀬(79602)は汽笛を二回短く鳴らして後退させ、79602号機をD51 603号機と連結させる。

 

 

 その後しばらくして腕木式信号機の腕木が下りて赤から青信号に変わる。

 

「……」

 

 彼女は前を見てブレーキを解き、天井から下がっているロッドを引いて汽笛を鳴らすと、加減弁ハンドルを引いて機関車を前進させる。

 

 石炭車に石炭が満載になったことで行きとは全く違うが、79602号機とD51 603号機は持ち前のパワーで石炭満載の石炭車十五輌を牽いて前進する。

 

 駅のホームより守矢神社の八坂神奈子と洩矢諏訪子、東風谷早苗に見送られながら、列車は幻想機関区に向けて出発する。

 

 帰りは下り坂続きなので、慣性を用いて列車は絶気運転にて妖怪の山を下っていくことになる。

 

 そして列車は石炭を持ち帰る為に、幻想機関区へと向かうのであった。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第145駅 メンツの問題

 

 

 

 あの後、北斗はレミリア達と世間話をした後、フランはレミリア達と残るとのことで、北斗は彼女達と別れて境内を散策する。

 

 

 

「~♪」

 

 境内を散策する北斗の隣では、こいしが手にしているリンゴ飴を舐めて気を良くしている。先ほど北斗が露店でこいしに購入したものだ。

 

「おいしいか?」

 

「うん。おいしいよ、お兄さん♪」

 

 北斗が声を掛けると、こいしは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

(そろそろさとりさん達を探すか)

 

 笑顔を浮かべるこいしを見てから、北斗は周囲を見渡しながら内心呟く。

 

 ある程度挨拶回りは終わったので、そろそろさとり達地霊殿組を探そうと考えていた。

 

(でも、さとりさん達は宴会に参加しているんだろうか?)

 

 しかし北斗はふとそう思い、首を傾げる。

 

 そもそも地底に住んでいるさとり達が、地上に出てくることがあるのだろうか。

 

(仮に参加しているとすると、目立たない隅辺りだろうか) 

 

 北斗はさとり達が居るである場所を予想しながら周囲を見渡す。

 

 

「あっ! 区長!」

 

 と、聞き覚えのある声がして前の方を見ると、そこには明日香(D51 241)七瀬(79602)文月(C55 57)夕張(E10 5)の蒸気機関車の神霊の少女たちの姿があった。

 彼女達は幻想機関区の蒸気機関車の神霊の少女達の代表で宴会に参加している。

 

明日香(D51 241)達か。宴会を楽しんでいるか?」

 

「はい! 楽しんでいます!」

 

 と、明日香(D51 241)は手にしているお菓子を見せながら笑顔を浮かべる。

 

「こういった場所は初めてだけど、楽しめているわ」

 

 普段から表情の変化が乏しい七瀬(79602)であったが、そんな彼女もどこか楽し気な様子であった。

 

「楽しめて何よりだが、あまりはしゃぎ過ぎるなよ」

 

『はいっ!!』

 

 北斗から言われて四人は返事をしつつ頷く。

 

 

 その後北斗は明日香(D51 241)達と別れて、さとり達の捜索に入る。

 

「なぁ、こいし」

 

「何、お兄さん?」

 

「さとりさん達って、参加していると思うかい?」

 

「うーん。分かんない」

 

「そりゃそうか」

 

 北斗はダメ元でこいしに問い掛けるが、彼女は首を傾げて少ししてそう答える。答えを聞いて北斗は肩を竦める。

 

 そもそも無意識に歩き回っている彼女に、さとり達の行動を知っているわけが無い。

 

(やっぱり、参加してないんだろうな……)

 

 彼は内心呟きつつ、博麗神社の境内を歩いていると……

 

 

「あっ! 北斗さん!」

 

 と、声を掛けられて、北斗は声がした右の方を見る。そこには赤い髪をおさげにして、猫の耳と二本の尻尾を生やした少女の姿が居た。

 

「あなたは確か……」

 

 見覚えのある少女に、北斗は地霊殿の誰だったかを思い出していると、こいしが北斗の陰から出て少女を見つける。

 

「あっ、お燐だ。やっほー!」

 

「こ、こいし様!?」

 

 こいしが少女こと『火焔猫 燐』に手を振ると、彼女は驚いた様子で声を上げる。

 

「ここにいらっしゃったんですか! またこいし様がいなくなってさとり様心配されていましたよ!」

 

「ごめんごめん」

 

 燐がこいしに詰め寄ってそう言うと、彼女は頭の後ろに手を当ててカラカラと笑みを浮かべて謝る。

 

「って、それよりも、探しましたよ、北斗さん」

 

 燐は咳払いをして気持ちを切り替え、北斗と向き合う。

 

「自分を、ですか?」

 

「はい。さとり様が北斗さんに話があるとのことで、探して居られたら、連れて来て欲しいとのことです」

 

「そうですか。さとりさんも来ていたんですね」

 

「参加し始めたのは割と最近な事ですが……まぁそれは良いとして、来てくれますか?」

 

「えぇ。ちょうど俺とこいしもさとりさん達を探していたので」

 

「そうだったんですね。では、こちらに」

 

 燐は北斗とこいしを連れてさとりの元へ向かう。

 

 

 

 三人は境内の隅にある木の下へとやって来て、そこには敷かれた茣蓙にさとりと空の姿があった。

 

「さとり様! 北斗さん見つけてきましたよ!」

 

「そうですか。ご苦労だったわね」

 

 燐はさとりに報告すると、彼女は燐を労い、北斗を見る。

 

「お久しぶりですね、北斗さん」

 

「お久しぶりです、さとりさん。宴会に参加されていたんですね」

 

「えぇ。時折こうして地底から出て来て参加しています」

 

「そうですか」

 

 

「やっほー、お姉ちゃん」

 

 と、北斗の陰からこいしが出て来て悟りに声を掛ける。

 

「こいし。そこに居たのね」

 

「うん。居たよー」

 

 こいしを見つけてさとりは少し驚いていた。北斗の心を読んでこいしがここに居るのは知っていたが、居場所までは分からなかった。

 

「あなたと会う度にこいしが常に傍に居ますね」

 

「そういえばそうですね」

 

 さとりの指摘に北斗は思い出して納得する。以前もこいしは北斗の傍に居て、さとりの前に姿を現している。

 

(これからこいしを探す際は北斗さんの所に行けば大抵居そうね)

 

 さとりはこれからこいしを探す時は、北斗の元に行けば大抵居ると考えるのだった。

 

「……」

 

 ふと、さとりは北斗に声を掛けるこいしを見る。

 

 とても楽しそうな雰囲気の妹の姿に、さとりは表情に出さないが、嬉しく思えた。

 

(あぁこいし楽しい雰囲気のあなたを見るのは久しぶりねその笑顔を私に見せてくれるのならもっと嬉しかったんだけどまぁ北斗さんが相手なら許せる範囲だわね彼のお陰でこいしが屋敷に戻って来る頻度が上がったしあなたと話す機会も増えましたしこれが別の男なら決して忘れられないトラウマを植え付けて二度とこいしに近づかないようにするところですでも北斗さんでもやはり姉としては嫉妬してしまいますねその笑顔を私に向けられないのはパルパルパルパルって他人の持ちネタですねこれはですがこいしいつ見ても本当に可愛いですね世界で一番の可愛さです正に生物の理として当然の摂理ですこいしを崇めるのです再びこいしの可愛さを世界に知らしめるのですそうすべきです)

 

 

 ……まぁ所々過剰な部分が無い気がしないでもない。

 

 

「久しぶりですね、空さん」

 

「久しぶり、北斗さん!」

 

 さとりが内心トリップしている間に、北斗は空に声を掛けており、そう遠くない内に間欠泉センターにて新たに行われる人造石油の精製についてのことを話していた。

 

(っと、大きく脱線するところでしたね)

 

 既に大きく脱線しているようなものだが、さとりは咳払いをして頭を切り替えて、北斗を見る。

 

 北斗の周りには空の他に、燐とこいしの姿がある。

 

(こいしはともかく、お空とお燐が周りに居て優越感に浸らず、平然としているのはさすがと言うべきか。二人とも美人と言うべき容姿ですから、地底の男共の目は二人によく向かれますからね)

 

 さとりは美少女と言える三人に囲まれている北斗が落ち着いている様子に感心している。こいしは当然の事だが、空と燐も容姿が整っている美少女だ。特に空に関してはスタイルも良い長身の美少女だ。精神年齢は子供だが。

 それでも、美少女に囲まれている現状は、世の男性が羨む光景だろう。

 

(というより、北斗さん三人を異性として認識していないのは少し疑問ですね。こいしに関しては妹のような感じですが。お空もお燐も友人の様に見ているわけですし)

 

 北斗が三人というより、幻想郷で知り合った多くの女性達に対してそもそも異性として認識していないのが、さとりに疑問を抱かせている。

 

(そして唯一異性として認識しているのは、早苗さんだけ、ですか。良いですね、一人の女性に一途なのは。ヒロインをポンポン増やしてハーレムを築くラノベの主人公は彼を見習うべきそうすべきです)

 

 何やらおかしい方向に進んでいるが、さとりは頭を切り替える。

 

(しかし、逆に異性として見られていないのはそれはそれでどうなんでしょうかね)

 

 さとりは北斗が早苗以外をそもそも異性として見ていない事実に、複雑な気持ちを抱くのだった。

 

(まぁ、それはともかくとして)

 

 さとりは咳払いをして再度気持ちを切り替え、北斗の傍に座る。

 

「ところで、北斗さん」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「近い内に以前の誘拐での一件について謝罪の意を込めて、招待したいと思っているのですが」

 

「招待、ですか?」

 

 北斗は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「えぇ。まだ具体的な案は無いですが、いずれ北斗さんを招待してもてなしたいと思っています」

 

「はぁ。別に俺はいいんですが……」

 

 北斗はあの時の事はもう過ぎた事として気にしていなかったが、さとりは首を左右に振るう。

 

「北斗さんが良くても、こればかりはそういうわけにはいかないんです。こちらとしてもメンツの問題がありますので」

 

「メンツ、ですか……」

 

「えぇ。身内が起こした事ですので、尚更です。ですから、正直にこちらの好意を受け取って欲しいんですよ」

 

「……」

 

「と言っても、先ほども言いましたが、まだ具体的に決まっていないので、決まったらお知らせに行きます」

 

「分かりました」

 

 北斗は頷いて了承する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 北斗はさとり達と人造石油の精製についての話をした後、こいしはさとり達と残るとのことで、北斗は再び博麗神社の境内を歩く。

 

「さてと、そろそろ早苗さん達を探すか」

 

 十分挨拶回りはしたので、北斗は早苗達を探すことにした。

 

(でもこれだけ歩き回って見ないものかな)

 

 北斗は内心呟きつつ早苗達の姿を探しているが、中々見つからない。

 

(こうして見ると、ホント色んな方々が居るんだな)

 

 内心で呟きつつ周りを見渡し、宴会に多くの参加者を確認する。人間はもちろんだが、多くの妖怪や妖精の姿もある。

 

(これも霊夢さんの人柄故のことかな)

 

 この幻想郷において、多くの種族が一同に会して問題を起こしていないのは、ある意味奇跡に近い。

 

 まぁ人間の参加者が多いのは、やはり鉄道の存在が大きいだろう。

 

 

 

「ほ、北斗さん!!」

 

 と、何やら慌てた様子で北斗を呼ぶ声がして、彼は思わず立ち止まり、声がした方を向く。

 

 そこには明らかに慌てた様子のはたての姿あった。しかしその姿はなぜかボロボロだった。

 

「は、はたてさん? どうしたんですか?」

 

 明らかに様子のおかしいはたての姿に、北斗は戸惑いを見せる。

 

「お、お願い! 助けて……!」

 

「えっ?」

 

 北斗の手を握って助ける求める彼女の姿に、北斗はより一層戸惑いを見せる。

 

 

「お~い、天狗ぅ」

 

「ひぃっ!?」

 

 と、第三者の声がして、その声を聴いたはたてが顔を青ざめさせて身体を震わせる。そして油の切れたブリキ人形のようにぎこちない動きで後ろを振り向く。

 

「私から逃げるとは~随分いい度胸してんなぁ」

 

「い、伊吹様っ!?」

 

 そこには明らかに酔っぱらっている萃香の姿があり、瓢箪片手に千鳥足で二人の元にやって来ている。その萃香の姿にはたては青ざめた顔をより一層青くし、その場に座り込んで北斗が履いているズボンを掴んで震える。

 

「ちちち、違います。べべ、別に逃げたのではなくでしてね!? ちょちょ、ちょっと休憩がてら歩いていた所でして」

 

「ほ~。じゃぁまだ私に付き合うよなぁ?」

 

「ひぃ!」

 

「ん~?」

 

 萃香は北斗の足元で震えるはたてから彼に視線を向ける。

 

「おぉ~あんたか~」

 

「えっ? あの、自分達は初対面のはずじゃ?」

 

 彼女は北斗を見て顔見知りのような反応を見せるが、北斗からすれば萃香とは初対面なはずだし、向こうも初対面のはずである。

 

「まぁその辺はゆっくりと酒飲んで話そうや」

 

「は、はぁ……」

 

「そんじゃぁ、行くかぁ~」

 

 と、萃香は北斗の足元で震えているはたての足を掴むとそのまま彼女を引き摺って歩いて行く。

 

「い、伊吹様!? じ、自分で歩けますから、離してくださいぃぃぃ!?」

 

 引き摺られながらはたては涙目で萃香に懇願するも、彼女はそんなはたての懇願を無視して引き摺って行く。

 

「……」

 

 北斗は罪悪感を抱きながら、萃香の後に付いて行く。

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第146駅 宴会での再会

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 はたての足を掴んで無理やり連れて行く萃香に付いて行くと、そこに広がる惨状に北斗は思わず声を漏らす。

 

 というのも、明らかに萃香によって無理やり酒を飲まされたのか、酔い潰れて倒れている文や椛、にとりの姿がある。その周囲には一升瓶が大量に転がっており、どれだけの酒を飲まされていたのか見て取れる。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「あ~、その声は北斗かい? いやぁみっともない所見せてしまったねぇ」

 

 北斗がにとりに声を掛けると、彼女は青ざめた顔を上げる。

 

「んまぁ、見ての通りだね」

 

「そのようですね」

 

 北斗はにとりが身体を起こそうとしているのを手伝い、彼女を座らせる。目は死んでおり、顔色は青白いと、明らかに酔って具合を悪くしている。

 

「大変ですね」

 

「まぁ、ね。でも相手が相手だから、逆らえないんだよ」

 

 彼女はそう言うと、小さくため息を付く。

 

「ところで、姉さんは参加していないのかい?」

 

 にとりは辺りを見渡して、みとりの姿を探す。

 

「えぇ。みとりさん今回は参加しないそうです。まだ駄目みたいで」

 

「そっか……残念だなぁ」

 

 にとりは乾いた笑い声を漏らして、ため息を付く。彼女としては、例え腹違いであっても、大切な家族なのだ。そんな家族とようやく再会出来たのだから、酒を飲み交わして色々と話をしたかったのだろう。

 

「まぁ、仕方ない、か……」

 

「……」

 

「あぁ、北斗。水持って来てくれないかい? ちょっと気持ち悪い……」

 

「わ、分かりました」

 

 彼女は口に手を当てながら北斗にお願いをする。

 

 にとりに頼まれて北斗はすぐにコップを探し、水の代わりにお茶を淹れてにとりの元に戻る。

 

「どうぞ。近くに水が無かったので、代わりにお茶ですが」

 

「あぁ、いいよ。飲み物なら酒以外で良かったから」

 

 彼女はそう言うと北斗からコップを受け取り、お茶を飲む。

 

 お茶を飲んで少し落ち着いたのか、ゆっくり深く息を吐き、「ちょっと横になるよ」と言ってにとりは再び横になる。

 

 

「なぁなぁ、北斗」

 

 と、酔っぱらった萃香が北斗の元にやって来る。ちなみに彼女の後ろでは周囲に一升瓶を転がし、魘されて倒れているはたての姿がある。この間にはたては元上司に酒を大量に飲まされたようである。

 

「色々と話聞きたいからよぉ、酒交わしながら話そうぜ」

 

「は、はい」

 

 北斗は戸惑いながらも、萃香の方に身体を向き直す。

 

「というより、初対面ですよね、お互い?」

 

「そうだなぁ。お互い初対面だけど、あんたの事は勇儀と霊夢から聞いているんだ」

 

「霊夢さんから? それと勇儀さん?」

 

「ほら、額に赤い一本角が生えた鬼さ。見たことはあるだろ?」

 

「あー、あの人か」

 

 聞き覚えの無い名前に北斗は首を傾げるも、萃香が言った特徴で思い出す。

 

「あぁ、紹介が遅れたな。私は伊吹萃香って言うんだ。ただの一端の鬼さ」

 

「あっはい。霧島北斗です。幻想機関区の区長をしています」

 

(何が一端の鬼ですか……)

 

 萃香は遅れながらも自己紹介をして、北斗も続いて自己紹介をする。彼女の紹介に不満があったのか、倒れたまま耳を立てている文が内心呟く。

 

「んでだ、あんたのことは霊夢から聞いているよ」

 

「霊夢さんから、ですか?」

 

「あぁ。あいつってさ、ぶっきらぼうで素っ気ないだろ? その上気に入らないとすぐに制裁するしさ」

 

「は、はぁ」

 

「でもな、何だかんだ言って、よく気に掛けてくれる、良いやつなんだよ。人間にしてはな」

 

「……」

 

 意味深な言い方の彼女に、北斗はどこか引っかかるも、何も言わず耳を傾ける。

 

「北斗の事を話していた時も、所々気に掛けているような感じだったしな。知っているか? 霊夢のやつ北斗の事を話すと少しだけ喜色が出ているんだよ」

 

「そうでしょうか?」

 

 萃香の話を聞いて、北斗は首を傾げながらこれまでの霊夢を思い出す。

 

「ほら、霊夢って素直じゃないからさ。そんなこと言ったって、本人は否定するだけだろうけど」

 

「……」

 

「まぁなんだ。霊夢のやつは北斗の事をそれなりに気に入っているんだよ」

 

「そう、ですか」

 

 どうにも実感が沸かず、北斗は声を漏らす。

 

 

「まっ、それはさておき」

 

 と、萃香はどこから持ってきたのか、コップを北斗に渡す。

 

「知り合った記念に、飲んでくれよ~」

 

 彼女はそう言うと、手にしている瓢箪より北斗に渡したコップに酒を注ぐ。北斗はとっさにコップを両手で持ち、酒が零れないように支える。

 

「こ、これは?」

 

「こいつは伊吹瓢って言ってな、酒が無限に出てくるやつなのさ」

 

「無限にですか?」

 

 北斗は信じられない様子でコップに注がれた酒を見る。

 

「味は保証するよ。何せ鬼が飲む酒だからな!」

 

「それ、大丈夫なんですか?」

 

 彼女のの言い方に北斗は不安を覚える。鬼が飲む酒ということは、人間が飲む酒じゃないのでは? と考えてしまう。

 

「大丈夫だって。飲んでも死にやしないんだからさ!」

 

「そ、そうですか」

 

 北斗は戸惑いながらも、萃香の勧めにコップに注がれた酒を飲む。

 

「っ! 結構強い……!」

 

 コップに注がれた酒の半分を飲むと、かなり強い酒とあって北斗の表情が歪む。

 

「でも、味は良いですね……」

 

「だろ? これに勇儀の盃があれば最高なんだけどな」

 

 しかしかなり強い酒ではあるが、味はこれまで飲んできた酒と比べると良かったので、北斗は残りを飲み干す。その様子に萃香は気を良くしている。

 

「ほらほら、次行ってみよう」

 

 と、萃香は伊吹瓢を傾けて北斗の持つコップに酒を注ぐ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 続けざまに酒を注がれて北斗は戸惑うも断り切れず、お礼を言ってから酒を飲む。

 

「っ……」

 

 一回目で慣れたのか、北斗はコップに入った酒を一気に飲み干す。

 

「おぉ、良い飲みっぷりだねぇ。人間でここまで飲めるのは霊夢ぐらいしか知らないよ」

 

 北斗の飲みっぷりを気に入ったのか、萃香は嬉しそうに笑みを浮かべて酒を更に勧めようと伊吹瓢を差し出す。

 

「あ、あの……」

 

「遠慮するなって。まだまだいけるだろ」

 

 無理やり酒を勧める彼女に、北斗は戸惑う。

 

 さすがにこれ以上飲むにはきつい酒なので、北斗としては断りたいところだが、萃香の強引な姿勢に断れないでいた。それに相手が相手なので、なるべく穏便に済ませたいところであった。

 

(どうしよう……)

 

 北斗は角を立てずにどう断れるか考えていると…… 

 

 

「ちょっと萃香」

 

「えっ?」

 

 

げ   ん

 

 

こ   つ

 

 

「あんたねぇ、無理やり飲ませてんじゃないわよ! よりにもよってその酒で!」

 

 霊夢は拳を作りながら声を上げ、拳骨を受けた萃香は頭にタンコブを作ってうつ伏せに倒れる。鬼にタンコブ作らせて倒しているところをみると、博麗の巫女の規格外さが表れている。

 

「なんだよ、霊夢! 私はただ親睦を深めようとしているだけだぞ!」

 

 萃香は顔を上げて涙目になりながら霊夢に抗議する。

 

「だったら少しは飲ませる酒は選びなさい 北斗さんが酒に強かったから良かったけど、他の奴ならとんでもないことになっているわよ!」

 

 どうやら北斗の予想通り、人間が飲むのに適さない酒だったようだ。それを一気飲み出来る辺り、北斗も中々化け物である。

 

 霊夢は萃香に説教をしているものも、彼女としては面倒ごとを出して欲しくないのだろう。

 

「全く……」

 

 霊夢は深くため息を付くと、ズカズカと歩いて北斗の元へ向かう。

 

「北斗さん、行くわよ」

 

「えっ?」

 

 と、彼女は北斗の手を取って半ば無理やり立たせて連れていく。

 

「れ、霊夢! 北斗をどうするんだよ!」

 

「あんたの所に北斗さんを置いていたらロクなことが無いわ。悪いけど連れて行くわ」

 

「そんな! こんな時に一人で飲めっていうのかよ!」

 

「酒の相手ならそこにいるじゃない。叩き起こせばまだ飲めるでしょ」

 

 霊夢のさりげない言葉に、密かに耳を立てていた天狗達とにとりは絶望に満ちた顔を上げる。

 

「ちょ、霊夢さ―――」

 

「じゃ、頼むわよ。北斗さん」

 

 文の声を無視して霊夢は北斗を連れて萃香達の元を離れる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 北斗は霊夢に連れられて、彼女達が居た茣蓙へと向かう。

 

「よぉ、北斗! 飲んでるかぁ!」

 

 そこでは、出来上がっている魔理沙がコップ片手に騒いでいた。

 

「魔理沙さん。出来上がっていますね」

 

「そうね。今回は早く出来上がっているわね」

 

 北斗の指摘に、霊夢はため息を付く。

 

「まぁ、少しの間はここでゆっくりしていきなさい。ここなら厄介な輩に絡まれることも無いだろうし」

 

「なんだか、すみません」

 

「いいのよ」と言って、彼女は茣蓙に座る。その霊夢に る~こと が酒を注いだコップを手渡す。

 

「それで、挨拶回りは終わったのかしら?」

 

「えぇ。紅魔館や命蓮寺等を行き終えました。後は早苗さん達の元に行く予定でしたが、早苗さん達はどこに?」

 

「早苗達ならあっちに居るわよ」

 

 と、霊夢は早苗達が居る方向を指差す。

 

「あっちだったんですか。ありがとうございます」

 

 早苗達が居る場所を知れて北斗は霊夢に礼を言う。

 

「そういえば、今日アリスさんの姿を見ていませんが、来ていないんですか?」

 

「えぇ。アリスは今日来ていないわ。何でも実家からの呼び出しがあったみたいね」

 

「実家からの呼び出しですか」

 

 アリスの姿が無いのに疑問に思った北斗が霊夢に問い掛けると、彼女がいない理由を伝える。

 

「アリスさんの実家って、どこにあるんですか?」

 

「魔界よ。大雑把に言えば、この幻想郷の反対側にあるような場所ね」

 

「魔界、ですか」

 

 穏やかではない名前に、北斗は息を呑む。

 

「その魔界から時々観光客が来て、色々と大変なのよね」

 

 霊夢はそういうとため息を付き、コップに注がれた酒を飲む。

 

「観光客が来るんですか?」

 

「えぇ。最初はそれが原因で異変が起きたのよ。勝手気ままにやられたら、迷惑よ」

 

「そりゃ、まぁ」

 

 愚痴るように呟く霊夢に、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「今はちゃんと決め事を決めたから、何とも無いんだけどね」

 

「そうですか」

 

 霊夢の話を聞き、北斗はふと考えた。

 

(観光か。となるとあの編成客車達が使えそうか?)

 

 北斗は操車場にある、整備中の長距離移動に活躍する客車とその編成を思い出す。

 

 

 これが後に外の世界で活躍した、有名な列車達の復活のきっかけになる。

 

 

「北斗!」

 

 と、酔っぱらった魔理沙が北斗と肩を組む。

 

「ま、魔理沙さん」

 

「なんだ、北斗。全然飲んでないじゃないか?」

 

 と、戸惑う北斗を他所に、魔理沙は彼の手にコップが無いのを問い掛ける。

 

「い、いえ。結構飲んでいますので」

 

「そうには見えないけどなぁ」

 

 北斗はこれまで飲んで来たのを伝えるが、彼女は酔っていない北斗の様子に怪訝な表情を浮かべる。

 

「魔理沙。ちょっと飲み過ぎよ。北斗さんが迷惑しているわ」

 

「良いじゃないか。今日は無礼講だぜぇ!」

 

 さすがに北斗が気の毒に思ってか、霊夢が助け舟を出すも、魔理沙はイケイケドンドンな状態だ。

 

「全く」

 

 霊夢は魔理沙を北斗から引き剥がそうと、腰を上げようとする。

 

 

「中々楽しんでいるじゃないか、魔理沙」

 

 と、三人じゃない誰かの声がして、三人は固まる。そして霊夢は北斗と魔理沙の二人の後ろにいる人物に気付く。

 

 特に魔理沙は驚きのあまりか、酔っていた顔が青くなる。

 

「そ、その声は……」

 

 彼女は油が切れたブリキ人形のようなぎこちない動きで振り向く。

 

「久しいねぇ、魔理沙」

 

 そこには腕を組んで、微笑みを浮かべている魅魔の姿があった。

 

「みみ、魅魔様!?」

 

 魔理沙は驚きのあまり声を上げて、目にも止まらない速さで振り返る。

 

「お、お久しぶりです、魅魔様!」

 

「あぁ久しぶり。元気そうで何よりさね」

 

「魅魔様も、お元気そうで何よりです!」

 

 さっきまで酔った様子が一変し、魔理沙はかしこまった様子で魅魔に声を掛けている。

 

(そういえば、魅魔さんって魔理沙さんの師匠なんだっけ?)

 

 北斗は魔理沙と魅魔の二人を見て、二人の関係を思い出す。

 

「それより、いつ幻想郷にお帰りになっていたんですか!?」

 

「あぁ。だいぶ前にね」

 

「そうなんですか!?」

 

「本当よ」

 

 驚く魔理沙に、霊夢が魅魔の言葉を裏付ける。

 

「なんで私に教えてくれなかったんですか!?」

 

「そりゃ、魔理沙を驚かそうと思ってね。秘密にしていたのさ」

 

「えぇ……」

 

 お茶目にウインクする魅魔に、魔理沙は思わず声を漏らす。

 

「今は北斗の所に短い間だけ住み込ませているよ」

 

「えぇ!? 本当か北斗!?」

 

 驚愕した魔理沙が北斗に詰め寄る。

 

「なんで教えてくれなかったんだよ!? 魅魔様から私との関係は聞いていただろ!?」

 

「い、いや、そうなんですが、魅魔さんから口止めされていたので」

 

「うっ……そういやそうだった」

 

 北斗が魔理沙の迫力に押されながらもそう言うと、彼女は思い出して言葉を詰まらせる。

 

「というか、こいつを住まわせているの、北斗さん?」

 

 と、さっきまで黙っていた霊夢が、半ば呆れた様子で北斗に問い掛ける。

 

「こいつ呼ばわりとは、酷いなぁ、霊夢」

 

「別にそれで良いじゃない」

 

 肩を竦める魅魔に、霊夢は素っ気ない様子で声を漏らす。

 

「というより北斗さん。頼まれたら断れない性格は直すべきよ。悪魔に悪霊の巣窟になっているわよ」

 

「は、はぁ」

 

 霊夢の例えに、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

 まぁ世界広しとは言えど、悪魔が三人、悪霊一人が住んでいる機関区なんて、幻想機関区以外にそうそう無いだろう。

 

「とまぁ、北斗を責めてやらんでおくれ。彼は彼なりの善意でしてくれているんだから」

 

 魅魔は霊夢と魔理沙を宥める。

 

「でだ、魔理沙。久々に会えたんだ。酒を交わしながら語りたいと思うんだが、良いか?」

 

「もちろんですよ! とことん付き合いますよ!」

 

 魅魔に頼まれた魔理沙は、喜んで了承する。

 

「……」

 

「やれやれ」

 

 そんな魔理沙の様子に、北斗は何も言わず、霊夢はため息を付く。

 

「では、霊夢さん。自分は早苗さんの所に行きますね」

 

「えっ? あっ、うん。分かったわ」

 

 北斗は霊夢にそう伝えると、立ち上がる。彼女は一瞬戸惑ったものも、頷いて了承する。

 

「先ほどは、本当にありがとうございます」

 

「……まぁ、別に良いわよ」

 

「では、自分はこれで」

 

 北斗は頭を下げて、早苗達が居る場所へ向かう。

 

「……」

 

 その後ろ姿を、霊夢は寂し気な表情を一瞬浮かべる。

 

 

 

「あらあら」

 

 と、声がして霊夢は表情を引き締める。

 

 すると霊夢の傍の宙が裂けて、中から紫が出てくる。

 

「そんなに彼の事が気になるのかしら?」

 

「さぁ、何の事かしら」

 

 扇子を広げて口元を隠す紫はどこか面白そうな雰囲気で霊夢に声を掛け、彼女は素っ気ない態度で返す。

 

「別に良いのよ。この辺りは個人の勝手だから」

 

「……」

 

「でも、もしかしたら……ね」

 

 紫は扇子を閉じると、意味深な事を告げてスキマの中に入ってその出入口を閉じる。

 

「……何なのよ」

 

 彼女の言葉に苛立ちを覚えたのか、誰に向けたわけでもなく霊夢は声を漏らす。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第147駅 想いと頼み

 

 

 

 霊夢たちと別れた北斗は境内を歩いて、早苗達が居る場所へと向かった。

 

 

 

「おっ! おーい! 北斗君! こっち! こっち!」

 

 それからして、北斗の視界に神奈子と諏訪子の二人を見つけ、同時に二柱も北斗の姿を見つけて、諏訪子が手を振るう。

 

「お待たせしました、神奈子さん、諏訪子さん」

 

「挨拶回りは済んだのかい?」

 

「えぇ。初めて会う方々との挨拶も済みました。先ほど霊夢さんと会って来て、神奈子さん達が居る場所を聞きました」

 

「そうか」

 

 北斗は座りながら神奈子に伝えると、彼女は頷く。

 

「イェーイ! 北斗君楽しんでいるかーい!」

 

 と、酔った様子の諏訪子が酒が注がれたコップ片手に北斗に声を掛ける。

 

「は、はい。楽しんでいますよ、諏訪子さん」

 

 テンションが高い諏訪子に北斗は戸惑いながらも答える。

 

「全く……」と神奈子が傍で頭を抱えて首を軽く左右に振るう。

 

「そういえば、早苗さんは?」

 

 と、真っ先に北斗を出迎えるであろう早苗の姿が無く、北斗は怪訝な表情を浮かべる。

 

「あぁ、早苗ならそこだ」

 

 と、神奈子が指差して、北斗がその方向を見ると。

 

 

「えへへ♪ 北斗さぁ~ん……」

 

 そこには幸せそうな顔で横になっている早苗の姿がある。どうやら寝ているようだ。

 

「……これは一体?」

 

「いやぁそれがね、早苗も北斗君みたいに挨拶回りしていたんだよね」

 

「早苗さんも? でも道中会わなかったんですが」

 

「たまたま会わなかったのだろうな。大分混み合っているしな」

 

 北斗は首を傾げるも、神奈子は周りを見ながら早苗と会わなかった原因を口にする。

 

「んで、挨拶回りした先で酒を飲んでいたからさ、戻って来た頃にはもうベロベロってわけ」

 

 諏訪子は苦笑いを浮かべて、早苗の頭を撫でる。

 

「早苗さ、今日本当に楽しみにしていたんだよね。だから、ちょっとはしゃぎ過ぎたかもね」

 

「そうですか」

 

 彼女の言葉に、北斗は微笑みを浮かべる。

 

「まぁ兎に角、今日は無礼講! 楽しんじゃおう!」

 

 諏訪子は空のコップを手にして北斗に渡すと、自身が持つコップに入っている酒を飲み干して一升瓶を手にして北斗が手にしているコップに酒を注ぐ。

 

「す、すみません」

 

「敬え敬え。神様から酒を注いで貰えるんだから、この幸せ者~」

 

「お前のような酒乱に注いで貰ったって、神様でも嬉しく思えんだろうな」

 

 北斗は苦笑いを浮かべつつ酒をコップに注いで貰い、諏訪子はニコニコと笑みを浮かべて気を良くしているが、神奈子は彼女の状態から呆れた様子でため息を付く。

 

 

「そういえばさ、北斗君」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 と、北斗が酒を一口飲んでいると、諏訪子が問い掛けてくる。

 

「この間の夜は楽しかったみたいだね」

 

「んぐっ!?」

 

 彼女はニヤニヤと笑みを浮かべて質問をし、その内容に北斗は酒を吹き出しそうになる。

 

「いや、えっと!?」

 

「ほら、この間の豪雨の時に早苗機関区に泊まったでしょ。その時に北斗君と一緒に寝たのも聞いたんだよねぇ」

 

「あ、あれは……その……」

 

「んで、どうだった?」

 

「……」

 

 北斗はどう答えるかで言葉を詰まらせて困っていると、諏訪子が突然吹き出す。

 

「いやぁごめんごめん! 別にあの時の事をどうこう言うわけじゃないからさ! 一緒に寝た事だって、その事情は早苗から聞いているし!」

 

「は、はぁ」

 

 戸惑い気味の北斗に、諏訪子は咳払いをする。

 

「とまぁ、話は変わるけど、ちょっと聞きたい事があるんだ」

 

「?」

 

「北斗君は早苗の頼みもあって、一緒に寝てくれたんだよね」

 

「は、はい。そうです」

 

 その時のことを思い出してか、北斗は気恥ずかしそうに視線が揺らぐ。

 

「雰囲気的にさ、そのまま早苗とシようとは思わなかったの?」

 

「えっ?」

 

 真顔で意味深な事をいう諏訪子に、北斗は驚きを隠せなかった。そして同時にその意味を理解して動揺する。

 

「す、諏訪子さん?」

 

「ほら、静かな夜に若い男女が同じ床に着いたんだよ。ヤることは一つでしょ?」

 

「え、えぇと、それは……」

 

「早苗ってさ、見た目通りに凄いんだよ。北斗君はそういうのに興味無かったの?」

 

「……」

 

 諏訪子の言葉に北斗はどう答えるべきか悩んでいる。

 

「そ、そういうのは、然るべき手順を踏んでから……その、お互いの気持ちを確かめてからするべきだと思います……」

 

 彼は思い悩んだ末に、恥ずかし気に答える。

 

「意外と堅実だね」

 

「……」

 

「いやまぁ、ごめんね。そこまで思い悩むなんて思わなかったよ」

 

 さすがに悪いと思ってか、諏訪子は苦笑いを浮かべつつ謝罪する。

 

「でも、北斗君自身はどうなの? 早苗から根掘り葉掘り聞いた話からすれば、イケそうな気がするけどね」

 

「えぇ……」

 

 妙に推してる諏訪子に、北斗は戸惑いを見せる。

 

「んで、結局のところどうなの?」

 

「……」

 

 北斗は戸惑いを隠せなかったが、諏訪子の言葉に答える。

 

「……あの時の早苗さんは、とても気落ちしていましたし、目に見えて弱っていました」

 

「……」

 

「そんな状態の早苗さんに……手を出すなんて……まるで傷心に漬け込むような行為じゃないですか」

 

「北斗君……」

 

 諏訪子は目を瞑って頷きながら静かに唸ると、目を開く。

 

「やっぱり堅実だね」

 

「それって、褒めているんですか?」

 

「褒めているんだよ。これで北斗君が手を出していたなら大分評価は変わっているだろうしね」

 

 諏訪子はそう言っているものも、その声色はどことなく楽しんでいるような雰囲気である。どうやら彼女的には手を出そうとも出さまいとどっちでもプラスみたいだったようである。

 

「んで、話は変わるけどさぁ」

 

「え?」

 

 と、何やら雰囲気を変えた諏訪子が北斗の肩を掴んで自身に引き寄せる。

 

「然るべき手順を踏んでって事は、つまりいずれはってことかな?」

 

「っ!」

 

 北斗は酔いとは別の意味で、顔を赤くする。

 

「え、えぇと、それは……」

 

「ん~? どうしたのかなぁ? 早苗とは相思相愛な関係に思えるんだけどねぇ」

 

「~!」

 

「私としてはいつでも良いんだよ~? 孫の顔を見るのに時間を掛ける必要は無いんだからさぁ~」

 

「ま、孫!?」

 

 彼女の衝撃発言に北斗は驚きのあまり声を上げる。

 

「良いねぇその反応。早苗の時も慌てふためいちゃってさ。もうそれが可愛いったらね!」

 

「は、はぁ」

 

「早苗も満更でも無かったからさ、押せば行けるんじゃないかな?」

 

「……」

 

 さて何だか話が飛躍してどんどん進んでしまっているこの状況。北斗はどうしようかと悩んでいると……

 

「諏訪子」

 

「んぇ?」

 

 

げ   ん

 

 

こ   つ

 

 

「ゲコォッ!?」

 

 と、さっきまで沈黙していた神奈子はさすがに収拾がつかないと思ってか、彼女の拳骨が諏訪子の頭に落とされて変な声を上げる。

 

「こんな場で何言ってんだ、この酒乱ガエル!」

 

「何すんのさ、神奈子!!」

 

 額に青筋を浮かべて神奈子は怒鳴り、被っている帽子が大きく凹んで帽子に付いている目が×印を浮かべてタンコブが生えた諏訪子は涙目で神奈子に抗議の声を上げる。

 

「全く」と声を漏らすと、神奈子は片手で食い掛ろうとする諏訪子を片手で制しながら北斗を見る。

 

「まぁ、なんだ。ただの酔っ払いの言葉だから、気にするな」

 

「あっはい」

 

「ただまぁ……私も少しは期待しているところもあるから、な?」

 

「……」

 

 神奈子の言葉に、実はもう逃げ道が無いというのを彼は理解してしまうのだった。

 

 

(あーうー。神奈子のやつめぇ)

 

 頭に出来たタンコブを押さえながら諏訪子は、神奈子を恨めしそうに睨みながら内心で声を漏らす。

 

「……」

 

 神奈子を睨みつつ、チラッと北斗を見る。

 

(北斗君。君の真意はどうなのかは私には分からないけど……私は決めたことは最後まで成し遂げるよ)

 

 その時一瞬であったが、彼女は微笑みを浮かべて、次に横になって眠っている早苗を見る。

 

(君しかいないんだよ。早苗を幸せに出来るのは。もちろん無理やり押し付けず、お互いの気持ちを尊重するけど)

 

 母が我が子を見守るかのような笑みを浮かべて、表情を変えて再度北斗を見る。

 

(だから、私は待っているよ。その時が来るのを……)

 

 彼女は改めて決意を抱き、北斗と早苗の二人を見つめる。

 

 

 


 

 

 

 やがて時間は過ぎて行き、楽しかった時間もお開きとなった。

 

 

 店を出していた者は片付けに入り、宴会に参加した者は自分で帰れる者は帰り、それ以外の者は幻想機関区よりD51 603号機が牽引する列車が来て、その列車に乗って人里へと帰った。

 

 北斗は蒸気機関車の神霊の少女たちと共に列車の案内を行い、列車を見送った後境内に戻る。

 

 

「お疲れ様です、霊夢さん」

 

「えぇ、お疲れ様」

 

 神社の境内にある彼女の家にて、北斗は霊夢に声を掛けた。

 

「今夜は本当に楽しめました。誘ってくれてありがとうございます」

 

「いいのよ。北斗さんは外来人と言っても、今は立派な幻想郷の一員よ。みんなと楽しむ権利はあるわ」

 

 彼がお礼を言って一礼し、霊夢は優し気に語る。

 

(みんなと楽しむ、か)

 

 彼女の言葉に、北斗は内心その言葉を呟く。

 

 

 幻想郷に来るまで、疎まれて来た北斗。故に彼はみんなで楽しむというのを知らなかった。

 

 だが、彼はこの幻想郷に来て、多くの者達と交流を重ねて関わって来た。その交流は彼の中にある闇を少しずつ払っていった。

 

 彼の心の傷は決して癒えることは無いかもしれない。だが、その傷を可能な限り治していくことは出来る。実際幻想郷に来てからの彼は、少しずつ変化を見せている。

 

 そして何より彼に大きな変化を齎したのは、間違いなく早苗と、母親である飛鳥、そして蒸気機関車とその神霊達の存在だろう。

 

 

「……北斗さん?」

 

 急に黙り込んだ北斗に霊夢は怪訝な表情を浮かべて声を掛ける。

 

「っ!」

 

 北斗は声を掛けられてハッとして気が付く。

 

「どうしましたか?」

 

「急に黙り込んだから、声を掛けただけよ。どうしたの?」

 

「そうですか。何でもありません」

 

「そう。あぁ、それと」

 

「?」

 

 と、思い出したように霊夢が声を上げ、北斗は首を傾げる。

 

「悪いけど、鈴仙を北斗さんの所で面倒見て貰えないかしら?」

 

「鈴仙さんを?」

 

「えぇ。そこで酔い潰れているわ」

 

 と、霊夢は縁側の奥を見ると、鈴仙が今で横になって寝ている。そのそばでは、る~こと が鈴仙以外にも、酔い潰れた魔理沙や針妙丸、萃香を介護している。

 

「魔理沙さん酔い潰れるほど飲んだんですか?」

 

「みたいね。久々に魅魔と再会出来たんだから、あそこから更に飲んだんでしょうね」

 

「そうですか。でも魅魔さんは?」

 

「魅魔なら先に帰ったわ。聞いてないの?」

 

「えぇ。そもそも魅魔さんが今日くると言うのも聞いていませんでしたし」

 

「そこんところは変わってないのね、あの悪霊」

 

 霊夢は呆れた様子でため息を付く。

 

「ちなみに針妙丸と萃香についてはただの飲み過ぎよ。特にあの鬼はね」

 

 霊夢は鼻を鳴らして萃香を見る。

 

「おかげで天狗と河童を見る羽目になったのよ」

 

「あぁ、そうですか」

 

 彼女は鼻を鳴らすが、ぶっちゃけ言うとそうなったのは霊夢のせいだと思われるが……

 

 北斗もそう考えていたのだが、口にしなかった。口は災いの元というように、彼は余計な事は言わない性分である。

 

「にとりさん達もですか。でも姿は見えませんが?」

 

「奥で寝ているわ。こっちで面倒見るにも、あんなに居るから無理なのよ。だから鈴仙だけでも北斗さんの所で面倒を見て欲しいのよ」

 

「そう言われましても、他は無理なんですか? なんなら妹紅さんは?」

 

「妹紅なら酔い潰れた慧音を連れて帰ったわよ」

 

「先に帰ったのか。というより、慧音さんなんで酔い潰れるほど飲んだんですか?」

 

「なんでも、霖之助さんを誘ったのに来なかったから、自棄酒したみたいよ」

 

「あぁ、そうなんですか」

 

 理由を聞いて北斗は納得する。

 

「確かに妹紅に鈴仙を任せるのも考えたけど、その時には既に帰っていたのよね」

 

「……」

 

「妹紅は慧音の面倒を見るのに精いっぱいだろうし、連れて行くのは良くないわ。鈴仙大分酔っているみたいだし、さすがに二人の面倒を見るのは難しいわね。そうでなくても酔った人間はまだいるだろうし」

 

 と、霊夢は る~こと に濡れタオルで顔を拭かれている鈴仙を見る。顔を赤くしている彼女は、気分が悪いのか静かに魘されている。

 

「そもそも、鈴仙さんなぜここまで飲んだんでしょうか?」

 

「妖夢の所で幽々子と飲んでいたそうよ。妖夢と仲良いみたいだし、話しながら飲んでいたから、気づかない内に大分飲んだんでしょ」

 

「そうですか」

 

 北斗は腕を組み、静かに唸る。

 

「さすがにこの状態じゃ永遠亭に戻れないし、こっちは魔理沙と萃香、針妙丸、それに天狗達と河童の面倒見ないといけないから無理よ」

 

「しかし……」

 

「もちろん永遠亭の面々には私から説明しておくし、朝早くに妹紅に伝えておくから、鈴仙の体調が悪かったら妹紅に任せなさい」

 

「……」

 

 北斗は渋るものも、霊夢の提案を聞いてしばらく悩み、彼は組んでいた腕を解く。

 

「分かりました。鈴仙さんはこちらで預かります。情報の伝達はお願いします」

 

「当然よ。さすがに無責任な事はしないわ」

 

 北斗は悩んだ末に鈴仙を預かることになり、明日香(D51 241)達を呼んで鈴仙を運び出させた。

 

 しばらくして48633号機が牽引している列車がやって来て、北斗達は酔い潰れた鈴仙を連れて幻想機関区に向かった。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第148駅 彼女に隠された秘密

 

 

 

 北斗達を乗せた列車は博麗神社を出発し、闇夜の中を48633号機がバック運転で走り抜けて行き、幻想機関区に到着する。

 

 

 機関区では、宴会参加者を人里に送り届けたD51 603号機が牽引する列車が待避線で停車しており、客車との連結が作業員の妖精によって外されている。

 

 

 

「おかえり、北斗」

 

 列車が止まり、北斗が客車から降りると、飛鳥が出迎える。

 

「ただいま……母さん」

 

 北斗は笑みを浮かべて答える。しかしその表情はどこか戸惑いを隠せないでいる。

 

「? どうした?」

 

 その様子に飛鳥は怪訝な表情を浮かべる。

 

「あっ、いや、何て言うか……やっぱりまだ慣れないなって」

 

「まぁ、そうだな。私もだよ」

 

 北斗と飛鳥はお互い苦笑いを浮かべる。

 

 本当の家族であるのを知ってからというものも、まだ二人はこの関係に慣れていないでいた。

 

 まぁ二人が一緒に居た時間は決して多くなかった。北斗はついこの間まで飛鳥のことを近所のお姉さんぐらいの感覚であり、飛鳥は自分の子供という認識はあれど、後ろめたさと一緒に居た時間が少なかったが為に、彼女の認識にズレが生じていた。

 それ故に互い感覚の変化はまだ無かった。

 

「あっ、そうだ。母さん」

 

「何だ?」

 

「布団とか着替えを用意して欲しいんだ」

 

「なんでだ?」

 

「実は……」

 

 と、北斗は後ろを見ると、明日香(D51 241)文月(C55 57)が酔い潰れている鈴仙を運んで来た。

 

「彼女は……永遠亭の。一体どうしたんだ?」

 

「それが―――」

 

 

 少年説明中……

 

 

 少年説明中……

 

 

 少年説明中……

 

 

「―――というわけなんだ」

 

「なるほどねぇ。押し付けられた感はあるけど、まぁ今回ばかりは博麗の巫女の言うことは尤もか」

 

 北斗方事情を聴き、飛鳥は頷く。

 

「分かった。寝る所を含めて用意させるよ。それまで彼女をどこかに寝かせてくれないか? 暖かくなったとは言えど、夜はまだ寒いから風邪をひかないようにな」

 

「はい。と言うことだから、鈴仙さんを俺の部屋に頼むよ」

 

「分かりました」

 

「分かった」

 

 明日香(D51 241)文月(C55 57)は頷いて、鈴仙を運んでいく。北斗もその後に付いて行く。

 

「……」

 

 飛鳥は鈴仙が運ばれて行くのを確認し、顔を上げて月を見る。

 

 その表情は、どこか悲し気な、戸惑いを含んだ複雑そうなものであった。

 

 

 


 

 

 

「さて、連れて来たはいいが……」

 

 ソファーに寝かされた鈴仙を一瞥して、北斗は頭の後ろを掻く。ソファーに寝かされた鈴仙は酔っぱらった影響で、顔は少し赤く、呼吸も少し荒い。

 

 別に自分の部屋でなくても他の場所で彼女を寝かせられたのではないかと思うが、蒸気機関車の神霊の少女達の部屋は就寝準備中だったのでベッドには寝かせられないし、当然泊まり込み組の部屋も就寝準備中である。食堂だと肌寒いので鈴仙が風邪を引きかねない。

 ちなみに妖精達の部屋では、ベッドが小さいので鈴仙を寝かせられない。

 

「とりあえず、準備が出来るまではこのままにしておくか」

 

 北斗は大き目のタオルを鈴仙に掛けると、被っている略帽を帽子掛けに掛けて、執務机前にある椅子に座り、深くため息を付く。

 

「……」

 

 北斗は椅子を回して後ろを向き、窓から外を眺める。

 

(本当に、楽しかったな)

 

 夜空に浮かぶ月を眺めながら、宴会であったことを思い出す。

 

 外の世界では、北斗は大勢の人間と楽しむ機会があまりなかった。遠足にしろ、修学旅行にしろ、そういう行事では彼は常に一人であった。

 

 その為、彼からすれば大勢で楽しむというのを知らなかった。

 

 こういった変化をもたらしたのは、やはり幻想郷の住人達との交流が大きいだろうが、最もな要因は早苗と蒸気機関車の神霊の少女達の存在だろう。

 

 今まで自分を否定してきた外の世界と違い、幻想郷は彼を拒まず、受け入れているのも、かなり大きいだろう。

 

「……」

 

 ふと、北斗は少しだけ欠けた月を見つめる。

 

「月の都、か……」

 

 ボソッと呟き、この間の飛鳥との会話を思い出す。

 

「父さん……」

 

 

 

「う、うーん」

 

 と、後ろで呻き声がして北斗はハッとして後ろに振り返ってすぐに立ち上がる。

 

「鈴仙さん」

 

「ん~北斗……さん?」

 

 北斗が声を掛けると、鈴仙はどこか焦点が合っていない目を彼に向ける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ん~何とか。でも、どうして……北斗さんが?」

 

 酔っている影響か、いつもよりほわほわとした様子彼女は受け答えしている。

 

「霊夢さんから頼まれまして、鈴仙さんを預かって、幻想機関区の宿舎に居ます」

 

「そうなの?」

 

「えぇ。なので今晩は泊まって行ってください」

 

「でも、師匠や姫様達には何も……」

 

「その状態では帰る事は出来ないし、妹紅さんは慧音さん達を看るので手一杯なので、伝えることは出来ません」

 

「うーん……まぁいっか」

 

 鈴仙は特に深く迷うことなく了承し、上半身を起こして大きな欠伸をする。

 

「北斗さん。お水良いですか?」

 

「水ですか? 分かりました。すぐに持ってきますね」

 

 彼女に頼まれて、北斗はすぐに部屋を出る。

 

 

 部屋を出た北斗は食堂へと向かい、コップ二つを手にして水瓶から水を掬い、お盆を手にコップ二つを載せて自室へと向かう。

 

「北斗」

 

 と、部屋に向かう途中飛鳥と会い、北斗は立ち止まる。

 

「母さん。部屋の準備は?」

 

「もう少しだけ待ってくれ。思いの外準備に手間取ってな」

 

「そう……」

 

「その水は?」

 

「さっき鈴仙さんが起きて、水を欲しがっていたので」

 

「そうか。準備が出来たら呼びに行くから、看てやっていてくれ」

 

「はい」

 

 北斗は頷いて、飛鳥の元を離れ、二階へと上がる。

 

 一旦部屋の前で立ち止まり、片手でお盆を持って部屋の扉を開けて、水を零さないようにゆっくりと扉を押さえながら入り、扉を閉める。

 

「鈴仙さん。水を持ってきました―――」

 

 北斗は振り向きながら鈴仙に声を掛ける。

 

 

「っ!?」

 

 しかし振り向いた先の光景に、北斗は目を見開く。

 

「ありがとうございます、北斗さん」

 

 鈴仙はソファーから立ち上がっており、笑みを浮かべてお礼を言う。

 

「な、な、な……」

 

「?」

 

 

「なんで服脱ごうとしているんですか!?」

 

 北斗は顔を赤くして慌てて顔を背ける。

 

 というのも、今の鈴仙はブレザーを脱ぎ、今からシャツも脱ごうとボタンを外していたのだ。しかもボタンは殆ど外してある所まで行っている。

 

「だって、暑いんですから」

 

 と、酔っぱらっている影響か、彼女は恥ずかしがる様子も無く服を脱ごうとしている理由を答える。

 

「だからってこんな所で! せ、せめて寝る場所で!」

 

「ここは北斗さんの部屋なんでしょ? なら寝る場所ですよ」

 

「鈴仙さんはここで寝るんじゃなくてですね!?」

 

 北斗は顔を背けたままお盆をテーブルに置きながら答えると、鈴仙は何かに気付いてか口角を上げて笑みを浮かべる。

 

「あれ~? 北斗さん……もしかして興味あったりします?」

 

「えっ!?」

 

 まさかの言葉に、北斗は驚く。

 

「まぁ北斗さんも男性ですから、興味あってもおかしくありませんよね」

 

「え、えぇっと、鈴仙さん?」

 

「大丈夫ですよ。その反応は健全な男性の反応ですから、おかしな所は無いですよ」

 

 妖艶な笑みを浮かべ、いつもと違う雰囲気の彼女の姿に、北斗は戸惑う。酔っぱらうと人は大きく変わるのはどこでも同じようである。彼女人間では無いが。

 

「ふふふ……北斗さん意外と大胆なんですねぇ」

 

 と、彼女はそう言いながら残ったシャツのボタンを外そうとする。

 

「ちょ、何しているんですか!? 駄目ですよ!」

 

 鈴仙の大胆な行動に、北斗は思わず両手で目を覆う。

 

「大丈夫ですよ。見せても減るものじゃありませんし」

 

「そういう問題じゃ……!」

 

 目を覆っている北斗には目の前の光景は見えないが、布が擦れる音がして、音で何かが起きているかは何となくだが理解できた。

 

 彼的に異性として認識しているのは早苗だけだが、かといって異性そのものに対して何も無いかと言えば、そうではない。現に鈴仙の行動に対して戸惑いを見せている。

 

 やがて何かが落ちる音がして、北斗はいよいよ不味いと感じた。

 

「別に見せても良いんですよ。北斗さんが満足するなら」

 

「鈴仙さん……!」

 

 

「尤も、こんな醜い身体で良ければですが」

 

「……えっ?」

 

 これ以上はさすがにと思い、北斗は声を上げようとするが、同時に鈴仙から聞き捨てならない事が告げられて、彼は思わず声を漏らす。

 

 そして恐る恐る目を覆っている手を退かして彼女を見ると、彼は目を見開く。 

 

 そこには上は下着だけという鈴仙の姿があり、外の世界で一般的な下着という意外性はあるが、重要なのはそこではない。

 

 服の上からでも分かるスタイルの良さはあったが、服を脱げばそのスタイルの良さが際立っており、出ている所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいると、そのスタイルの良さが出ている。

 

 

 ……身体中に多くの傷跡がある事を除けば。

 

 

「鈴仙さん……それは」

 

 北斗は彼女の身体中にある傷跡に息を呑み、恐る恐る問い掛ける。

 

「これですか? まぁ、幼い時に色々とありまして」

 

「色々、ですか」

 

 傷跡に沿うように彼女は指を這わせながら答え、北斗は再度息を呑みつつ、永遠亭に入院していた時のことを思い出す。

 

 それは彼女が発作を起こして永琳の元へ運んだ際に、彼女から鈴仙の発作が精神的なものからくると聞かされたのを。

 

 その原因が、彼女の身体に刻まれた傷跡から、容易に想像出来る。

 

「北斗さんは、どう思っていますか」

 

「どう、とは?」

 

「私の身体の傷ですよ。同じような物があなたにもある以上、私の身に何があったかは、想像が付くんじゃないですか?」

 

「……」

 

 彼女の問いに、北斗は何も言えなかった。

 

 鈴仙の身体中に刻まれた傷跡を見れば、北斗でなくてもなんとなく想像は付く。

 

 だが、彼女の気持ちを思うと、北斗は容易に答えられなかった。

 

 

 すると鈴仙はゆっくりと北斗へと歩み寄って来る。

 

「れ、鈴仙さん?」

 

 近づいて来る彼女に、北斗は戸惑いながら後ろに下がる。

 

 やがて後ろに下がりきって、壁に背中を付けてしまう。そして鈴仙は北斗を逃がさまいと、両手を壁に付ける。

 

「な、何を……」

 

 急な事に北斗は戸惑いを隠せなかった。逃げようにも彼女の腕で両脇を塞がれてしまっているので、逃げられない。

 

 所謂壁ドンな状態に北斗は居心地の悪さに加え、鈴仙の顔が近くにあったので視線を下に逸らすも、その先には彼女の下着に包まれた立派な双丘があり、思わず視線を上げる。

 

「……」

 

 すると鈴仙の赤い瞳が仄かに輝きを増して、北斗を見つめる。

 

 ただでさえ半裸に近い少女に壁ドンされている状況に戸惑いを隠せないが、そんな彼女の瞳が輝いている光景に、北斗は息を呑む。

 

「……やっぱり、何も起きないですね」

 

「な、何を言って……」

 

「私のこの目、というより玉兎が持つ『波長を操る程度の能力』は、その気になれば狂気に陥らせることが出来るんです。先ほど北斗さんの波長を狂わせたはずなんですよ」

 

「波長を操る? それに、玉兎?」

 

「月に住む兎の妖怪ですよ。私もその玉兎です」

 

「……」

 

「まぁ、今はそんな事、どうでもいいですね」

 

 と、鈴仙は瞳の輝きを消して、北斗を見る。

 

「ホント、どうして北斗さんには効かないんでしょうね」

 

「……」

 

「北斗さんが偶々効かない特殊な体質持ちなのか、それとも北斗さんには他の誰もが持たない特別な物を持っているのか」

 

「……さぁ、自分には何とも」

 

 彼女は推測を口にして、北斗は身に覚えのない事とあって無難に答える。

 

「……」

 

「な、何でしょうか?」

 

「北斗さんって……やっぱり姫様にどことなく似ていますよね」

 

「輝夜さんに、ですか?」

 

 何も言わずジッと見つめる鈴仙に北斗が声を掛けると、彼女は自らが抱いた疑問を口にする。

 

「目の色が姫様と同じなら、だいぶ似ていると思うんですよね」

 

「は、はぁ……世の中にはそっくりな人が三人ほど居ると言われていますから、その類では?」

 

「それにしては北斗さん、姫様に似て―――」

 

 

 すると突然喋っていた鈴仙が黙り込む。

 

「鈴仙さん?」

 

 急に黙り込む彼女に北斗は首を傾げる。

 

 すると彼女の頭にある兎の耳がシワシワになって垂れる。

 

「?」

 

 北斗が疑問を抱いていると、酔っぱらって赤くなっていた鈴仙の顔色がどんどん青く染まっていく。

 

(なんか、嫌な予感が……)

 

 様子がおかしい鈴仙に北斗は嫌な予感を抱いていると、彼女は苦しそうに呼吸が浅くなる。

 

「……うっぷ」

 

「え゙っ……」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ただいま画面が乱れております

 

しばらくお待ちください

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第149駅 相手の気持ちを理解する

そういえば機関車トーマスの新シリーズが放送されるようですが


あれってマジ?原作崩壊ってレベルじゃないんですが……

模型期世代からすれば残念でしかないよあれは。


 

 

 

「う、うーん……」

 

 朝日の光に照らされて、鈴仙は呻くように声を漏らし、瞼を開ける。

 

「あれ…‥ここは?」

 

 眠気によってぼやけた視界であったが、次第に視界が鮮明になっていく。

 

「……知らない天井だわ」

 

 そして視界に入った天井が見知らぬものだと分かり、彼女はボソッと呟く。

 

(うぅ……頭が痛い。それに何だか口に中が酸っぱい……)

 

 鈴仙は頭の中で銅鑼が鳴らされているような頭痛に頭を抱え、口の中に違和感を覚えながら上半身を起こす。

 

「んぇ?」

 

 と、彼女はあることに気付き、変な声を漏らす。

 

「なんで、着ている服が違うの?」

 

 彼女は着ている服が普段着ている女子高生の制服のような服ではなく、ジャージであるのに服を見ながら首を傾げる。

 

「そもそも、昨日あの後何があったんだっけ?」

 

 鈴仙は激しい頭痛がする中、必死に記憶の糸を手繰り寄せて思い出そうとする。しかし頭痛に加えてただでさえ切れかけている記憶の糸とあって中々思い出せないでいる。

 

 

 

「ん? もう起きていたか」

 

 と、部屋の扉が開けられて、水を入れたコップを載せたお盆を持っている長月(C59 127)が入って来る。

 

「あなたは……確か神霊の」

 

長月(C59 127)だ。永遠亭で会ったはずだがな」

 

「ごめんなさい。頭の中で銅鑼が鳴ってて思い出すどころじゃないの」

 

「そうか」

 

 鈴仙の頭にある兎の耳がシワシワになって頭を抱えているのを見て長月(C59 127)は苦笑いを浮かべつつ、彼女に近づいてコップを渡す。

 

「とりあえず、水を飲め。多少は楽になる」

 

「ありがとう」

 

 鈴仙はコップを受け取りながら礼を言い、水を飲む。

 

「……あの、長月(C59 127)?」

 

「なんだ?」

 

 鈴仙は少し落ち着いてから、長月(C59 127)に問い掛ける。

 

「私、昨日どうしていたの? よく覚えていないんだけど……」

 

「あぁ。酔い潰れたお前を区長と我々が博麗の巫女から預かって、ここに一晩泊まらせたんだ」

 

「そうなんだ。って、霊夢は私を北斗さんに押し付けたの」

 

 話を聞いて鈴仙は顔をしかめつつ、水を飲む。

 

「そう言ってやるな。向こうだって他に酔い潰れた者達の介護で手一杯だったんだ」

 

「それは……そうなんだろうけど」

 

「うーん」と彼女はどこか納得いかない様子で唸る。

 

「んで、その後は……」

 

「えっ? その後はって?」

 

「覚えていないのか?」

 

「いや、何にも。というか思い出せない」

 

「そうか。まぁ、覚えていない方がいいかもな」

 

「えっ」

 

 不穏な事を言われて、鈴仙は不安になる。

 

「あぁそれと、お前が来ていた服は今洗濯して干しているところだ。罐のボイラーの熱で乾燥しているから一時間以内には乾くはずだ」

 

「そ、そうなの」

 

 不安な気持ちを抱きながら、鈴仙は長月(C59 127)に問い掛ける。

 

「ね、ねぇ、昨日の夜、何があったの?」

 

「……」

 

「それに、私の服って、なんで洗うことになったの?」

 

「いや、それは……」

 

「それに、何か身体に妙に違和感があるというか、なんというか」

 

 妙に歯切れの悪い彼女に、鈴仙は疑惑の目を向ける。

 

 色々と疑問が浮かび、尚且つ自分の身体の違和感もあり、益々疑惑の念が強くなる。

 

「やっぱり……」

 

 と、何か言おうとした瞬間、彼女の脳裏にひらめきのような感覚が過る。

 

「……」

 

「どうした?」

 

 急に黙り込んだ彼女に、長月(C59 127)は声を掛けながら首を傾げる。

 

 すると鈴仙は細かく震え出して顔が徐々に赤く染まっていく。

 

長月(C59 127)! 北斗さんはどこに居るの!?」

 

 鈴仙は慌てた様子で長月(C59 127)に問い掛ける。どうやら先ほどのやり取りがきっかけで何かを思い出したようである。

 

「く、区長か? 区長ならこの階にある執務室に」

 

「何処にあるの!?」

 

「部屋を出て右に進んでいけば、奥の部屋がそこだが」

 

 と、鈴仙は彼女から場所を聞くとすぐにベッドから降りて長月(C59 127)の制止の声を聴かずに走り出して部屋を出る。

 

 そして執務室の前までくると、勢いよく扉を開ける。  

 

「北斗さん!」

 

「うぉっ!? びっくりした!?」

 

 大きな音と共に開かれて北斗は驚いて扉を見る。

 

 そこには走ったことで余計に頭痛に悩ませて息を荒げている鈴仙の姿があった。

 

「れ、鈴仙さん。お、おはようございます」

 

「……」

 

 北斗が戸惑った様子で挨拶するも、鈴仙はゆっくりと北斗に近づく。

 

「北斗さん」

 

「は、はい」

 

「昨日の事なんですが……」

 

「あっはい」

 

「その、ごめんなさい。何だが、迷惑かけたみたいで」

 

「あぁ、良いんですよ。放っておけなかったので」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 鈴仙はお礼を言うと、赤くした顔で北斗を見る。

 

「それで」

 

「それで?」

 

「……見ましたか?」

 

「えっ?」

 

 鈴仙の質問に、北斗は思わず声を漏らす。

 

「で、ですから……見ましたよね? 私の……」

 

「……」

 

 顔を赤くしながらも鈴仙はそう問いかけると、質問の意図を察して、北斗は間を置いてから頷く。

 

「い、言っておきますけど! あれは酔っぱらっていただけで、そういう趣味はありませんからね! ホント、酔っていただけですから!」

 

「は、はい」

 

 顔を赤くして念を押す彼女に、北斗は押され気味である。

 

「そ、それに……あれは……」

 

「……」

 

 と、彼女は言葉を詰まらせて俯く。恐らく自身の身体にある傷跡の事のだろう。

 

「自分は何も問いませんよ。鈴仙さんにも、色々と事情があるでしょうから」

 

「……」

 

「それより、体調面は大丈夫でしょうか?」

 

「えっ? あぁ……頭痛が酷いかも」

 

 と、北斗に指摘された瞬間、鈴仙は頭痛を認識して頭に手を当てて、耳がシワシワに萎れる。

 

 まぁ頭痛がしている中で慌てて来たのだから、痛みが一層酷くなるのも仕方ない。

 

「水……持って来ましょうか?」

 

「は、はい。お願いしま―――」

 

 と、鈴仙は言っている途中で黙り込んでしまう。

 

「……鈴仙さん?」

 

 急に黙り込む彼女に、北斗は首を傾げる。

 

 すると鈴仙の赤くなっていた顔がどんどん青くなっていく。

 

 

 彼女は妖怪なので、嗅覚は人間よりも優れている。

 

 そんな彼女の嗅覚が、部屋に僅かに残る酸っぱくアルコール臭のある臭いを捉える。

 

 そしてその臭いが、彼女の途切れていた記憶を呼び覚ます。

 

 

 黒 歴 史 確 定 の 記 憶 を ……

 

 

「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」

 

 鈴仙は土下座の様に、正座して頭を下げて謝罪の言葉を述べている。

 

「あの、鈴仙さん。俺は気にしていませんので」

 

「私が気にするんです。よりにもよってあんな……あんな事を」

 

 北斗は戸惑いながらも声を掛けるが、彼女は頭を下げたまま震えた声を漏らす。

 

 

 さて、昨晩の状況を思い出してみよう。

 

 鈴仙は北斗を壁ドンのように壁に両手を付いて彼を逃がさないようにしていた。

 

 そこへ彼女にゲボの予兆が来てしまったわけである。その上、顔を下ではなく、北斗と面向かっての状態でだ。

 

 まぁ何が言いたいかというと……北斗はもろゲボ被害を被ってしまったわけである。

 

 

 鈴仙からすれば人前で服を脱ぐ痴女染みた行為な上に、北斗にゲボしてしまったのだ。もはや恥ずかしさと申し訳なさで死にたいレベルだろう。

 

 

「ま、まぁ、生きていたら色々とありますし……」

 

「そういう問題じゃないんですぅ……」

 

 北斗がどれだけ慰めようとしても鈴仙は頭を上げようとせず、ただただ謝罪の言葉を述べるだけだった。

 

 

 


 

 

 

「落ち着きましたか?」

 

「あ、はい……」

 

 水の入ったコップを手に、ソファーに座っている鈴仙は北斗に問われると、静かに頷く。

 

 あの後しばらく土下座した状態で謝罪の言葉を述べていたが、ようやく気持ちが落ち着いてか、ソファーに座って北斗が持ってきた水を飲んでいた。

 

「その、すみませんでした。大きく取り乱して……」

 

「まぁ、先ほども言いましたが、生きていたら色々とあります」

 

「それは……そうでしょうけど……北斗さんは怒らないんですか?」

 

「思う所が無いとは言えませんが、鈴仙さんは悪気があってやったわけじゃないので、もう気にしていません」

 

「そう、ですか……」

 

 あんなことがあったのに、怒らない北斗の気持ちに、鈴仙は申し訳なさげに俯く。

 

「服が乾けば、迷いの竹林前まで送り届けます。それまでもうしばらく待って居てください」

 

「分かりました」

 

 鈴仙は返事をすると、水を飲んでコップをテーブルに置く。

 

「……」

 

「……」

 

 それからしばらく沈黙が続く。

 

「……あ、あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「その……北斗さんは気にしないんですか?」

 

「……」

 

 北斗は鈴仙が何が言いたいのか察してか、間を置いて口を開く。

 

「……鈴仙さんの事情も分からずにズカズカと聞く性分ではないので」

 

「それは……」

 

「それに、以前鈴仙さんが発作を起こして、永琳さんから精神的から来る発作だと聞いていますので、その傷跡から関連しているのは想像つきます」

 

「……」

 

「精神的から来るようなら、無理に聞くわけにいきません」

 

「……」

 

 北斗の言葉に、鈴仙は何も言えなかった。

 

「……仮にも」

 

「ん?」

 

「仮にも、北斗さんは……私が虐待を受けていたとしたら……同情しますか」

 

「鈴仙さん?」

 

 彼女の質問の意図が掴めず、北斗は怪訝な表情を浮かべる。

 

「北斗さんだって……身体にある傷跡から何があったかは、想像できます」

 

「……」

 

「なら、私がどんな目に遭ったかは想像容易いはずですよね」

 

「……」

 

「だから、私に対して同情の念が浮かぶのではないですか?」

 

 鈴仙はどこか諦めたような様子で、北斗を見る。同情を誘っているというより、「あなたもそう思っているんでしょ?」という呆れが含まれているようである。

 

「……」

 

 そんな異様な様子の彼女の姿に北斗は何も言わず、間を置いて口を開く。

 

「確かに……あなたの身に何があったかは、あれを見れば想像つきます」

 

「なら……」

 

「でも、あくまでも想像(・・)が付くだけで、理解(・・)出来ているわけではありません」

 

「……」

 

 予想外の返答に、鈴仙は何も言えず、怪訝な表情を浮かべる。

 

「俺は鈴仙さんではありません。表面上の事は分かっても、その心の奥底にある気持ちや思い、考えまでは分かりません。仮にそれらを言葉で説明したとしても、真に理解できるわけではありません」

 

「……」

 

「個人的な意見ですが、相手の気持ちをちゃんと理解しないで慰めの言葉を掛けるのは、むしろ相手を傷つけると思っています」

 

「ちゃんと理解していないで、ですか」

 

 鈴仙は北斗の言葉の一部を口にして、脳裏に昔の事が過る。

 

「人は一人一人感じ方や考えが違うので、自分の感覚で接すれば、逆に相手を追い込みかねません」

 

「……だから、余計な言葉は掛けない、と?」

 

「もちろん必要なら言葉を掛けますが、必要で無いなら掛けません。それで相手を傷つけることが無いのなら、尚更です」

 

「……」

 

「鈴仙さんの反応から、以前にもそんな経験があったんじゃないですか?」

 

「……」

 

 北斗の指摘に、鈴仙は何も言えなかった。彼の言う通り、似たような経験があったからだ。

 

「でも……」

 

「?」

 

「もしも困ったことがあったら、自分を頼ってください。困った時はお互い様です」

 

「北斗さん……」

 

「と言っても、自分に出来る事はあまり無いんですが」

 

 と、北斗は「ハハハ」と乾いた笑い声を漏らす。

 

「……」

 

 頼りある事を言って、直後に頼りない様子に、鈴仙は微笑みを浮かべる。

 

 

 


 

 

 

 その後鈴仙の服が乾き、彼女を送る列車の準備中に北斗は電話で人里の慧音に連絡を入れ、妹紅に永遠亭へと鈴仙を迷いの竹林前まで送ると伝言をお願いして欲しいと伝える。

 

 ちなみに電話に応対していた慧音だったが、どこか苦しげな声だったとかなんとか。

 

 そして着替え終えた鈴仙は準備した列車に乗って、迷いの竹林前まで送ってもらうのだった。

 

 

 

「……」

 

 C50 58号機が牽く回送列車の客車に乗る鈴仙は、窓から外の景色を見つめている。

 

「……北斗さん」

 

 と、外を見つめながら鈴仙は北斗の名前を呟く。

 

「……」

 

 ふと、彼との会話が脳裏に過り、彼女は目を細める。

 

(ちゃんと理解しないで、か)

 

 内心呟き、今日に至るまでのことを思い出す。

 

(師匠も、北斗さんと同じ考えだったのかな。あまり私の事を聞かなかったのは……)

 

 彼女は内心呟いて、深くゆっくりと息を吐く。どうやら何か納得したような様子である。

 

「……」

 

 鈴仙は顔を上げて空を見つめる。

 

「北斗さん……」

 

 再び彼女は北斗の名前を小さく口にする。

 

「……」

 

 そして彼女の中で、何とも言えない、どう表現すればいいか分からない感情が湧き上がっていく。それが何なのかは、今の彼女には分からない。いや、何となく察しがついているのかもしれない。

 

 結局どうなのかは、彼女のみ知る事である。

 

 

 C50 58号機の五音室の汽笛が鳴らされて、汽笛の音色が幻想郷に響く中、列車は走って行く。

 

 

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第150駅 動き始める計画

滋賀県の多賀SLパーク跡に長らく放置されてきたD51 1149号機が愛知県豊田市への移設作業が本格的に始まりましたね。ボロボロの機関車が綺麗な姿になるのが楽しみです。
しかも移設先は圧縮空気による動態保存も検討しているとかなんとか。大分ボロボロだし、部品も欠損しているから、結構難しいのではないかと思うが果たして……


 

 

 

 時系列は遡り、宴会前日辺り。場所は幻想郷とは反対側にある魔界。

 

 

 

 

「お久しぶりです、アリス様。お元気そうで何よりです」

 

「夢子も久しぶり」

 

 魔界にある神綺の城の広間で、アリスは夢子と従者たちから出迎えを受ける。

 

「お母様は元気?」

 

「はい。神綺様は変わらず研究に没頭し、アリス様に会いたがっていました」

 

「そう」

 

 アリスより荷物が入った鞄を受け取りつつ夢子はそう答えると、母親の様子を聞いて彼女は安堵の息を吐く。

 

「そういえば、お母様は?」

 

 アリスは神綺の姿が無いことを夢子に問い掛ける。

 

 彼女の性格を考えれば、真っ先にすっ飛んで来てアリスを出迎えるであろうからだ。しかしそんな神綺の姿は出迎えの中にいない。

 

「神綺様でしたら、集会の方へ赴かれています」

 

「集会?」

 

「はい。幻想郷への観光についての集会です。何でも観光へのマンネリ化が起きているそうで」

 

「そう……」

 

 夢子より神綺がどこに居るかを知り、アリスは声を漏らす。

 

(そういえば、霊夢や魔理沙達と出会うきっかけだったわね)

 

 彼女は懐かしそうに、その時のことを思い出す。

 

 

 

 だいぶ前の話だが、魔界では幻想郷への観光事業を展開しようと、観光客を幻想郷に送っていた。

 

 しかし幻想郷側からすれば何の事前協議も無く、突然観光客が来たことでいざこざが起き、異変として霊夢と魔理沙、当時彼女達と行動を共にしていた魅魔がたまたま見かけた幽香を連れて魔界へと向かった。

 その際に神綺と夢子、まだ幼かったアリスと弾幕勝負を行った。

 

 弾幕勝負の結果、霊夢達の勝利となり、協議の結果幻想郷への観光は間隔を空けて尚且つ少数でと条件を決めて和解した。

 

 しかし最近ではその観光は低迷気味であり、幻想郷へ向かう観光客は少なくなっているという。

 

 

 

(まぁ、その際あの悪霊にこき使われたけど)

 

 アリスは思い出したくもないと言わんばかりに口をへの字に曲げる。

 

 どうやら幼き頃の彼女には、トラウマを受け付けるような出来事があったようである。

 

(でも、今の幻想郷なら飽きることは無いでしょうけど)

 

 と、アリスは幻想郷を走る蒸気機関車達を思い浮かべる。

 

 今の幻想郷ならば、観光客たちを飽きさせることは無いだろう。

 

 

「ん?」

 

 と、夢子が顔を上げると、フクロウのような鳥が城の入り口から入って来る。

 

 彼女は右手を上に上げると、鳥はその手に止まる。その鳥の嘴には、一通の手紙が挟まれている。

 

「神綺様からですね」

 

「……」

 

 夢子は手紙を手にすると、鳥は手紙を離して再び飛び立つ。彼女は手紙を広げて、アリスは静かに待つ。

 

「……集会が終わって、今城へと向かっているようです」

 

「そう。丁度良いタイミングだったのね」

 

 手紙の内容を聞き、アリスは安堵の息を吐く。

 

「それと、神綺様から伝言ですが、地下の研究室で待っていて欲しいとのことです」

 

「地下の研究室で?」

 

「なんでも、大事なお話があるとのことです」

 

「大事な話……呼び出した理由はそれなのね」

 

 アリスは納得した様子で、スカートのポケットより神綺の手紙を取り出す。

 

「では、荷物はアリス様のお部屋に運んでおきます」

 

「お願いね」

 

 アリスは自身の荷物を夢子に任せて、彼女は地下にある研究室へと向かう。

 

 


 

 

 アリスは地下にある研究室に通じている階段を降りていく。

 

 壁には魔法の光で照らす照明があるが、それでも階段は薄暗く、どこか不気味である。

 

(わざわざ実家に呼び出すほどの大事な話。一体どんな内容なのかしら)

 

 彼女は階段を降りながら神綺が呼び出すほどの話がどんなものかと、思案する。

 

 修行の身であるアリスは、春や夏、冬の一定の期間以外で実家に帰る事は無い。こうして一定の期間以外で実家に戻る時は何かしらの事情があって呼び出されるぐらいだ。

 

 まぁ娘が大好きな神綺は何かしらの理由をでっち上げて彼女を呼び出そうとしそうだが、そこはちゃんと分別出来ているので、ちゃんとした理由で呼び出される。

 

 なので、今回の呼び出しも、手紙のやり取りでは出来ない程に大事な話なのだろう。

 

(お母様が変なこと考えていなければいいんだけど……)

 

 一抹の不安を抱きながらも、彼女は階段の一番下まで降り終え、扉の前で止まる。

 

 一見すればただの扉の様に見えるが、ドアノブの上には限られた者しか入れないように施錠魔法の術式が施されている。

 

 アリスは施錠魔法の術式に手を置くと、扉の鍵が開いて彼女は扉を開けて中に入る。

 

 部屋に入ると、壁一列に液体で満たされた大きなカプセルが並べられており、その中には赤ん坊が浮かんだ状態で眠っている。

 

(相変わらずお母様はホムンクルスの研究をしているのね)

 

 並べられているカプセルを横目に彼女は部屋を進む。

 

 ホムンクルスとは、簡単に言えば魔術によって人為的に作られた人間であり、神綺はそのホムンクルスに関する研究をしているとのこと。

 

 ホムンクルスは成長が早く、数を揃えやすいとあって、様々な用途に使うために生み出されている。神綺の城の従者達も、夢子以外はホムンクルスで構成されている。

 

 しかし成長が早いということは、当然細胞の劣化が早く、ホムンクルスは寿命が短いのが欠点である。 

 

 現在神綺はその短いホムンクルスの寿命を伸ばすための研究をしているとのこと。

 

(でも、なんでわざわざ研究室で話なんだろう。話すだけならお母様の部屋でも良い気がするけど)

 

 アリスは怪訝な表情を浮かべて、内心呟く。

 

 よほど他に聞かれるわけにもいかない話なのか。それともただ単に話す場所が偶々ここだったのか。

 

 どちらにせよ、今回の話はそれだけ重要なものだろう。

 

「……」

 

 彼女は色々と考えが頭の中に浮かぶ中、研究室の奥へと向かう。

 

 

「っ!」

 

 そして研究室の奥へと向かうと、アリスは目を見開いて驚き、すぐに駈け寄る。

 

「これって……蒸気機関車?」

 

 アリスは地下室に鎮座している蒸気機関車……C62 48号機と、C62 2号機、C62 3号機の三輌の蒸気機関車を驚愕に満ちた目で見ている。

 

「どうしてお母様の地下の研究室に蒸気機関車があるの……」

 

 幻想郷で見た蒸気機関車よりも大きなC62形蒸気機関車を見ながら、なぜ母親の研究室に蒸気機関車があるのかという状況に戸惑いを隠せなかった。

 

 これまで幻想郷の各地で蒸気機関車が出現しているので、魔界にも蒸気機関車が現れても不思議ではない。

 

 しかしアリスには、ここに蒸気機関車があるのに違和感を覚えていた。

 

 うまく言葉に表せないが、何かが違うと、彼女は感じていた。

 

(もしかして、話ってこの蒸気機関車のことかしら……)

 

 神綺の話がこの蒸気機関車に関するものかと思っていると、ふとアリスはあるものを見つける。

 

「あれって……」

 

 アリスはC62 48号機の近くにあるものを見つけて、歩み寄る。

 

「ホムンクルスの培養カプセル? でもなんでこんな所に?」

 

 それはホムンクルスの生成から保管まで行う培養カプセルであり、一纏めにしてあったはずのカプセルがなぜここに一つだけ置かれているのか。

 

(こんな所に一つだけ置いてあるのも妙ね。何か特別なものなのかしら)

 

 彼女はそんな事を思いながらカプセルの正面へと移動する。

 

 

「っ!?」

 

 しかしカプセルの正面へと移動したアリスは、目を見開いて驚愕する。

 

「な、な、な……なんで」

 

 彼女は驚きのあまり数歩後ろに下がり、カプセルの中にあるものを見つめる。

 

 カプセルの中には、彼女からすればあり得ないものが入っていたのだ。

 

 

「アリスちゃん……」

 

 と、後ろから声を掛けられてアリスが振り返ると、そこには夢子を連れた神綺の姿がある。

 

「お母様……」

 

 彼女は戸惑った様子で声を漏らし、すぐに気持ちを整えて僅かに怒りを滲みだした表情を浮かべる。

 

「お母様。どういうことか説明してもらえないかしら」

 

「……」

 

「どうして――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――どうして北斗(・・)さんがここに居るの!?」

 

「……」

 

 アリスはカプセルの中で眠っているものに対する説明を、神綺に求めた。

 

 

 なぜ彼女がここまで取り乱しているのか……

 

 

 それはカプセルの中に眠って居る者……

 

 

 

 

 それが幻想郷に居るはずの霧島北斗であるからなのだ。

 

 

 ホムンクルスの培養カプセルの中で眠っている北斗?の存在。どう見てもただ事ではない。

 

 

「アリスちゃん。その事について話があるの。今回あなたを呼び出したのはそれよ」

 

「話?」

 

「えぇ。アリスちゃんに、協力して欲しいことがあるの」

 

「……」

 

 

 果たして神綺の言うアリスに協力して欲しいこととは……

 

 

 そして培養カプセルの中に眠るもう一人の霧島北斗の正体とは……

 

 

 そんな中、C62 48号機の運転室(キャブ)から、二人を見つめる視線があった。

 

 

 


 

 

 

 時系列は戻り、場所は妖怪の山にある河童の里。

 

 

 

 相変わらず昔ながらの景色が広がる幻想郷とは思えない、現代的な機械が多い河童の里にある河童達の工場。

 

 

 

「ここまで来れば、完成は間近ね」

 

「あぁ。そうだね」

 

 工場内で、にとりと眼鏡を掛けた河童の少女がある物を前にして言葉を交わしている。

 

 二人の前には、河童たちが作り上げた第一次形のC57形蒸気機関車が鎮座しており、他の河童達が細かい部品を機関車の各部に取り付けている。

 

 長野式集煙装置が取り付けられたその姿は、つばの広い帽子を被った貴婦人のようである。

 

「というか、にとり大丈夫なの?」

 

「うん、まぁ大丈夫じゃないかな。完全な二日酔いだ」

 

 と、同僚の質問ににとりは若干悪い顔色で答える。

 

 先日の宴会で萃香から大量の酒を飲まされたことで、完全に二日酔いになっていた。

 

 しかしそれほど酷いものではなかったので、にとりは工場に出ていたのだが、少しずつ症状が重くなっていたのだ。

 

「まぁ、近い内に火入れを行って試験を行うよ。それで良好な成績が出れば、完成だよ」

 

「なら、いよいよ?」

 

「あぁ。北斗の依頼を始めるよ。外の世界では作られなかった幻の蒸気機関車、C63形蒸気機関車の製造をね」

 

 にとりはC57形蒸気機関車を見ながら、少し興奮気味で答える。

 

 河童たちは大型の機関車の製造ノウハウを取得する目的でC57形蒸気機関車の製造を行い、その一環で北斗からの依頼でC63形蒸気機関車の製造を行うのだ。

 

 外の世界でも作られなかった蒸気機関車を幻想郷で作るというのは、物作りが好きな河童達の心を揺さぶっていたようである。

 

「まぁ、その前にこのC57形を完成させるよ。完成後は幻想機関区で使ってもらうんだから。不良品なんかを渡したら河童の信用に関わるからね」

 

 と、にとりは深呼吸をして気持ちを整えると、眼鏡を掛けた河童の少女と共にC57形に近づいて行く。

 

 このC57形蒸気機関車は完成後、最初に製造したC11 382号機とC12 294号機のように幻想機関区で使ってもらう予定である。

 

 だからこそ、にとり達は最後まで手を抜くことは無い。

 

 

 

 そんな中、物陰から一つの視線がC57形蒸気機関車を見ている。

 

(いよいよ、ってところかね)

 

 その者は完成間近のC57形蒸気機関車を見ると、掌より禍々しい光を放つ光球を出す。

 

(楽しみさね。どんなことになるのかが)

 

 どこか楽し気に内心呟くと、その者は姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次章『無限の可能性と始原にして最後の貴婦人編』

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14区 無限の可能性と始原にして最後の貴婦人編
第151駅 幻想の地に蘇る寝台列車


 

 

 

 蒸気機関車は生きている。

 

 

 永遠の輝きを放ちながら、生きている。

 

 

 

 蒸気機関車が生き物に例えられるのは、その性質にあるだろう。

 

 

 蒸気機関車は人が作りし機械。それは紛れも無い事実。

 

 

 しかし蒸気機関車が毎回同じ調子で動かせるかと言えば、そうとは言えない。

 

 

 日によって調子が良い時があれば、調子が悪い時もある。生きている者でも、毎日身体の調子が違う。その点は蒸気機関車と生き物は同じである。

 

 

 同じ工場同じ時期に作られた同型機であっても、好調機であれば不調機であることもある。同じ母親父親から生まれても、一人一人違ってくる。それは両者同じである。

 

 

 乗員によって調子の良い罐であったり、調子の悪い罐であったりと、蒸気機関車は同一個体でも評価が分かれる。それは人でも同じことが言える。

 

 

 

 だからこそ、蒸気機関車が生き物として例えられるのだろう。日によって多種多様な姿を見せるのは、生き物そのものである。

 

 

 


 

 

 

 陽がまだ昇っていない幻想郷は暗く、殆どの者は眠りにつき、一部の者達は活動している。しかし時間的にそろそろ動きが沈静化する時間帯である。

 

 

 そんな未だ暗闇に包まれている幻想郷で、明かりが灯されている場所がある。

 

 

 この流れから察せるかもしれないが、毎回お馴染みの幻想機関区である。

 

 

 

 幻想機関区にある扇形機関庫では、多くの蒸気機関車が格納され、大半が火を落とされて眠りにつき、一部は火が灯されたまま出番を待っている。

 

 その中で、新たに火が灯されて命を宿そうとしている機関車が居た。

 

 

 火入れは神聖な儀式である。一度は命という名の火を落とした蒸気機関車に、再び火を灯して命を宿らせるのだから。

 

 しかし蒸気機関車は頑固者である。

 

 一度火を落とした蒸気機関車はそう簡単に起きようとはしない。そういった所も、蒸気機関車が生き物として例えられるのだろう。

 

 

 検修を受けていたC55 57号機は構内試運転を行った後、一度火を落として点検を行い、これから本線試運転を行う為に火入れが行われる。

 

 隣に停車して火が入っているC57 135号機のボイラーよりパイプを伸ばし、C55 57号機のボイラーと繋げて温かい蒸気を送り込む。

 

 作業員の妖精がC55 57号機の運転室(キャブ)に木材を中へと運び込み、焚口戸を開けて火室へ木材を放り込んでいく。

 

 運び込んだ木材を火室へと入れ終えると、次に作業員の妖精は、足回りの稼動部に潤滑油を挿した際に余分な油を拭き取った時に使った布切れを着火剤として何枚も火室内へと放り込む。

 

 油が染み込んだ布切れを放り込むと、次に隣のC57 135号機の運転室(キャブ)に乗り込み、スコップに油が染み込んだ布切れを載せ、焚口戸を開けて火が灯っている火室にスコップを突っ込んで布切れに火をつけると、スコップを抜き取りすぐにC57 135号機の運転室(キャブ)を降りてC55 57号機の運転室(キャブ)に乗り込む。

 

 作業員の妖精はそのまま燃えている布切れが載っているスコップを火室へと入れると、中に入れた油が染み込んだ布切れに火をつけて、ある程度火が広がるとスコップの上で燃えている布切れを放り込む。

 

 火の勢いを強くする為に細かい木片や油の染み込んだ布切れを放り込み、火室内の火力を上げていく。

 

 木片や布切れを入れ続けてから少しして木材にも火が付いて火室内は燃え上がり、そのタイミングで作業員の妖精は炭水車(テンダー)から石炭をスコップで掬うと火室へと放り込む。

 

 

 ちなみに今火室に放り込んでる石炭だが、これは守矢神社の洩矢諏訪子の『坤を創造する程度の能力』によって創造された石炭であり、通称『諏訪炭』という。

 

 この諏訪炭は石炭の中でも高い品質を持っており、かの最高品質の石炭と謳われる『ウェールズ炭』と同等と推定されている。

 

 その為、諏訪炭は高い火力と持続性を持つ石炭だが、品質の高い石炭によく見られる着火性の悪さが諏訪炭にもある。

 

 というのも、これはウェールズ炭にも言えるが、品質が高い石炭は着火性が悪い。これは不純物が少ないことで中々燃えないのである。もちろん火が付けば一気に燃え上がり、火持ちも良い。

 逆にすぐに火が付くのは、不純物が多く、すぐに燃え尽きてしまうので、火持ちが悪い石炭であるのだ。

 

 諏訪炭もここぞという時に一気に燃え上がる石炭だが、着火しづらい石炭なので、最初の内は中々燃え上がらない。

 

 

 ちなみにウェールズ炭は質が良い為、煤が出づらい石炭である。その為、産出国のイギリスでは色とりどりの蒸気機関車が多かった。これは煤が出づらかったので、煤汚れが少なかったからである。まぁ中にはウェールズ炭以外の石炭を使っていた所はあったので、煤汚れが多かった。なので、そういう所は黒を含めた暗い色で塗装されていた。

 

 日本の蒸気機関車が真っ黒なのは、国内で産出される石炭の質が悪く、煤が出やすかったので、すぐに煤汚れ塗れになっていた。その為、煤汚れが目立たないからということで、日本の蒸気機関車は真っ黒なのである。

 

 

 一見すれば諏訪炭は最高品質の石炭で、火力もあって火持ちが良い、その上煤も出づらいので汚れが少ないと、良い事ばかりのように思えるが……そう単純な話にならないのが世の常である。

 

 というのも、蒸気機関車は自国で採れる石炭の質に合わせて火室を含めてボイラーを設計する場合が多い。

 

 有名な話だと、イギリスの蒸気機関車の中で最も優秀と謳われるブラックファイブこと『class5』も、初期の頃はウェールズ炭の使用を前提にした狭火室設計にしていた。火室が狭くてもウェールズ炭の火力なら問題無かったのだが、配備先ではウェールズ炭では無い石炭であり、質は悪く無いが、狭火室と合わなかったので蒸気の上がりが悪かった。その後火室を拡大する等の改造を加えたことで、蒸気上がりの悪さを改善した。

 

 日本の蒸気機関車の火室も、国内で採れた石炭の使用を前提にした設計なので、逆に質の良い石炭を使うのは火室へ負担を強いることになりかねない。

 

 なので、諏訪炭を導入してからは、余分に石炭を入れないように気を付けている。

 

 

 とはいえど、諏訪炭はこれまでの石炭と違い、火力と火持ちの良さもあって、蒸気の上がりが良くなり、以前より罐の力も増していると、これまで以上に蒸気機関車達の調子が良くなっているのは、紛れも無い事実である。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、扇形機関庫の脇

 

 そこには扇形機関庫に入らない機関車を格納する為に増設された機関庫があり、構内で車輛の移動や保線作業時の移動車輛として使われている河童製造のC11 382号機とC12 294号機、マレー式タンク型の4500形、紅魔館が所有権を持つ比羅夫号こと7100形、そしてディーゼル機関車のDD51 1169号機とDE10 1744号機が格納されている。

 しかしDE10 1744号機は車輛の移動の為、先に機関庫を出ている。

 

 その増設された機関庫に、一人の少女が鞄を手にしてやって来た。 

 

「おはようございます!」

 

 少女こと小傘は作業員の妖精達に挨拶しながら機関庫に入る。それぞれの車輛の整備を行っている妖精達も振り返って挨拶を返す。

 

 小傘はDD51 1169号機に近づいて扉を開け、車体を登って運転室に入る。

 

「さてと……」

 

 彼女は鞄を置いて運転席に座り、エンジンの始動手順を踏む。

 

 そしてエンジン始動のボタンを押すと、DD51 1169号機のディーゼルエンジンが唸り声と共に始動する。

 

 

 幻想機関区の整備士として就職した小傘だが、時折彼女は機関車の機関士として活躍する。最初は蒸気機関車の機関助士、そこから機関士になり、現在はディーゼル機関車の機関士もしている。

 

 整備士としての腕も以前から鍛冶屋に入り浸っていたことから金属の性質を理解しているとあって、打音検査はもちろん、動輪軸の擦り合わせも出来るようになっているので、整備士達から重宝されているとか。

 

 当の本人に言えば可哀そうだが、ぶっちゃけいうと彼女は驚かす事以外ではとても有能である。

 

 

 少しだけエンジンの暖機運転を行った後、小傘はブレーキを解いて警笛を短く鳴らし、DD51 1169号機をゆっくり前進させて機関庫より出す。

 

 蒸気機関車なら火入れを行って動かせるまでにどれだけ早くても三時間は掛かるところ、ディーゼル機関車は暖機運転を含めても、十分前後で動かせるようになる。この即応性は蒸気機関車に無い強みであり、時代の変化ともいえる。

 

 今回DD51 1169号機はC55 57号機の本線試運転の補機として同行することになっている。基本ディーゼル機関車は構内で車輛の移動か補機として運用されるのが殆どで、列車運用に入る事は今の所ない。

 まぁ列車運用に入る予定の蒸気機関車が不調で走れなくなった場合は、臨時で入るかもしれないが。

 

 DD51 1169号機は小傘の運転の下、転車台に載せられて方向を転換し、いくつもの分岐点を通って本線に繋がれた線路へと入る。

 

 そこにはDE10 1744号機が持って来たスハ43が一輌置かれており、DD51 1169号機はその後ろから近づいて行く。

 

「……」

 

 小傘は作業員の妖精の誘導の下、ゆっくりとDD51 1169号機を前進させてスハ43に近づけていく。

 

 作業員の妖精が赤旗を振るうのを見て、彼女はブレーキを掛けて機関車を停車させる。他の作業員の妖精が連結器を調べて、異常が無いのを確認し、旗を持った作業員の妖精が緑旗を揚げながらホイッスルを吹く。

 

 旗を確認して小傘は警笛を二回短く鳴らし、ゆっくりと機関車を前進させる。

 

 ゆっくりと前進させて両車輛の連結器が近づいて行くが、連結しようとした瞬間何やら連結した時とは異なる鈍い音がする。

 

 作業員の妖精が慌てて赤旗を振るい、小傘はすぐにブレーキを掛ける。

 

「もしかして『げんこつ』しちゃった!?」

 

 小傘は窓から頭を出して作業員の妖精達の様子から、声を漏らす。

 

 どうやらゆっくり進み過ぎてうまく連結器が噛み合わず、そのまま連結器が閉じてしまって連結に失敗したようである。連結器が閉じた様子を拳骨のような形となっていることから、連結失敗時のことを専ら『げんこつ』という。

 

 小傘はすぐにギアをバックに入れて警笛を短く鳴らし、DD51 1169号機を一旦下がらせると、作業員の妖精達が機関車と客車の連結器に異常が無いかを調べる。

 

 その後両方の連結器に異常が無いのが確認され、ちゃんと連結器を開かせてから作業員の妖精が緑旗を揚げながらホイッスルを吹く。

 

 小傘は警笛を二回短く鳴らし、先ほどより少し速度を出してスハ43に近付き、今度はちゃんと連結器同士噛み合って固定するピンが下りる。連結と同時に小傘はブレーキを掛けて機関車を停止させる。

 

 作業員の妖精がちゃんと連結しているかどうか確認し、小傘は安堵の息を漏らし、C55 57号機が来るまで運転マニュアルを手にして予習する。

 

 

 

 所変わり、扇形機関庫

 

 

 火入れを行って三時間が経過し、C55 57号機は温もりを持ち、煙突からは薄っすらと煙が出て機関庫の排煙装置によって外に排出されている。

 

 機関車の複式コンプレッサーが一定の間隔で動作しており、その様子は正に心臓の鼓動のようである。

 

 運転室(キャブ)では作業員の妖精から機関助士の妖精に交代しており、機関助士の妖精は諏訪炭によって激しく燃え盛る火室にスコップで掬った石炭を放り込む。

 

 火の具合を確認し、これ以上の投炭が必要無いのを確認して焚口戸を閉じ、スコップを道具置き場に置いてからボイラーの水の量を確認して注水機(インジェクター)のバルブを回して炭水車(テンダー)から水をボイラーに送り込む。

 

 機関車の足回りでは文月(C55 57)が打音検査を終えて金槌を道具箱に仕舞い、道具箱を手に運転室(キャブ)に入る。

 

「調子はどうだ?」

 

「ばっちしですよ」

 

「そうか」

 

 機関助士の妖精より罐の調子を聞いて彼女は頷き、道具箱を置いて機関士席に座り、ブレーキハンドルを回して空気が抜ける音が運転室(キャブ)内に響く中、ブレーキがちゃんと動作しているかを確認する。

 

 ブレーキの確認を終えた後、文月(C55 57)は窓から頭を出して前後を確認し、転車台がC55 57号機が居る場所に向きを変え終えるまで待つ。

 

 転車台はC55 57号機が居る線路に向きを変え終え、作業員の妖精が転車台と機関庫の線路の位置がちゃんと合っているかを確認した後、ホイッスルを吹きながら緑旗を振り上げる。

 

「出庫!」と文月(C55 57)が号令を掛けて機関助士の妖精も「出庫!」と復唱すると、文月(C55 57)はブレーキハンドルを回してブレーキを解き、汽笛を短く鳴らして加減弁ハンドルを引き、シリンダーへ蒸気を送り込む。

 

 C55 57号機はゆっくりと前進し、シリンダー付近の排気管からドレンを吐き出しながら機関庫を出て、転車台に載って中央で停車する。

 

 転車台はゆっくり回って機関車の向きを変え、向きを変えたC55 57号機は汽笛を短く鳴らして転車台を降りて、一旦給水の為に給水塔へと向かう。

 

 

 給水を終えた後、C55 57号機はいくつもの分岐点を通って本線に繋がっている線路に入る。そこではスハ43と、その後ろで連結した状態で待機しているDD51 1169号機の姿があった。

 

 C55 57号機はその二輌が居る線路へと入って停車し、作業員の妖精が転轍機を操作して線路の向きを変える。

 

 それを確認した作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑旗を振り上げ、文月(C55 57)が逆転機ハンドルを回してギアをバックに入れ、ブレーキを解いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車をゆっくり後進させる。

 

 機関車を作業員の妖精の誘導の下、客車へとゆっくりと近づけて作業員の妖精が赤旗を上げたと同時にブレーキを掛けて客車の目の前で止める。

 

 作業員の妖精は先ほどの事もあり、客車と機関車の連結器がちゃんと開いているかを確認し、ホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 旗を確認した文月(C55 57)はブレーキを解いて汽笛を二回短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いて機関車を後進させる。

 

 ゆっくりと後進させて炭水車(テンダー)の連結器とオハ43の連結が噛み合ってピンが下り、連結する。連結と同時に文月(C55 57)はブレーキを掛けて機関車を止める。

 

 文月(C55 57)は深く息を吐きながら逆転機ハンドルを回してギアを前進に入れる。

 

 一旦文月(C55 57)運転室(キャブ)から出ると、同じくDD51 1169号機より降りてきた小傘が彼女の元にやってくる。

 

「今日はよろしくお願いします!」

 

「あぁ。いざという時はよろしく頼む」

 

「はい! わちき、頑張ります!」

 

 気合十分の小傘の姿に、文月(C55 57)は微笑みを浮かべる。

 

 

 それからして出発準備が整い、線路上の安全が確認されて腕木式の信号機が赤から青へと変わり、文月(C55 57)はブレーキを解いて汽笛を鳴らす。それに続いてDD51 1169号機も警笛を鳴らす。

 

 C55 57号機は煙突から薄い煙をブラスト音と共に吐き出し、ドレンを出しながら前進する。C55 57号機はその加速性能を生かして一気に速度を上げ、幻想郷の地へと走り出した。

 

 

 


 

 

 

 それから時間が経ち、幻想機関区のとある一画。

 

 

 客車や貨車、操重車といった車輛が置かれている操車場。その奥に蒸気機関車の整備を行う整備工場に似た建物がある。そこは蒸気機関車以外の車輛の整備を行う為の設備が整っている整備工場である。

 

 工場から整備を終えた50系客車がDE10 1744号機に牽かれて出て来て、操車場へと運ばれていく。

 

 

 工場の中では、これまで整備を行っていた12系客車、14系客車、先ほどの50系客車以外の車輛の整備が行われている。

 

「……」

 

 工場の中で、北斗がその整備を受けている車輛を見つめている。

 

 青いボディを持つ車体の客車であり、12系客車と14系客車に似た見た目をしている。

 

 その客車は『20系客車』と呼ばれるかつて寝台特急で運用された客車であり、それぞれ外の世界で寝台特急として運用されていた客車である。

 

 この幻想機関区には、かつて外の世界で走っていた特急列車……『あさかぜ』と『ゆうづる』の二編成の20系客車があり、現在『あさかぜ』編制の20系客車が整備されており、操車場には『ゆうづる』編成の20系客車が整備待ちしている。

 

 ちなみに特急列車運用されていた編成は『あさかぜ』と『ゆうづる』以外にも、かの有名な特急『つばめ』編成の客車が操車場に整備済みで置かれているものも、これらは編成をばらされて他の列車の運用に入っている。

 

(寝台特急か。幻想郷じゃ使う場面が無いと思っていたけど)

 

 北斗は内心呟きながら、整備員の妖精達によって整備を受けている20系客車を見つめる。

 

 幻想郷の規模から今まで寝台特急の編制列車を運用する必要性が無かったので、整備は二の次三の次と後回しにされていた。

 

 しかしこの間の宴会にて霊夢より魔界と呼ばれるところから観光客がやって来るというのを知り、観光客相手に活用できると思い、20系客車の整備に取り掛かった。

 

(しかし、寝台列車でどんな観光スタイルにするか、そこは追々考えないとな)

 

 だがこの男、好きな物に関する知識は凄いが、そうでもない物に関する知識はとことん無い。寝台特急に関しては自分の名前の由来になった『北斗星』ぐらいしか知らない。

 

 今後はこれらの寝台特急編成の列車を牽引する機関車を含めて、運用法も色々と考えなければならない。

 

 北斗は今後の運用を考えつつ、整備工場を後にする。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第152駅 疑問は確信へ

 

 

 

 夏の日差しが照り付ける幻想郷。

 

 本格的な夏を迎え、幻想郷は暑い日々が続き、どこに居ても蝉の鳴き声が響いている。

 

 そんな中、博麗神社へと伸びる線路に、汽笛の音と共に一編成の列車が走り抜ける。

 

 

 C58形蒸気機関車のトップナンバー機であるC58 1号機を先頭にスハフ12一輌、オハ12三輌、オハフ13一輌の計五輌の12系客車を牽引する博麗神社行きの列車が田植えを終えて水が張られた田んぼの傍を走り抜ける。

 

 白いラインが入った青い車体が特徴的な12系客車を牽くその姿は、かつて山口線で走っていた初期の頃のSLやまぐち号の姿を彷彿とさせる。まぁ(ヘッドマーク)無しなのでどちらかと言えば試運転時の姿に近いが。

 

 幻想機関区にある軽油の量に限りがあるが、それでも12系客車や14系客車、これから入るであろう50系客車と20系客車といった発電用ディーゼルエンジンを持つ客車の運用ノウハウ取得の為、現在12系客車と14系客車は期間限定で列車運用に入っている。

 この前では、スハフ14一輌、オハ14一輌、オハフ15一輌の計三輌の14系客車に加え、ヨ8000形一輌を牽引するC11 260号機というどことなく既視感のある編成の列車が目撃されている。

 

 C58 1号機は特徴的な大きめの集煙装置より燃焼がうまくいっている証である薄い煙を吐き出し、沿線沿いにて手を振っている農家の人達に向けて汽笛を鳴らして走り抜ける。

 そして当然と言わんばかりに、その中には変装した天狗達が紛れており、カメラを手にその姿を写真に収めている。

 

 

 


 

 

 

 所変わって人里

 

 

 

「では、その日にて見学会を行いますので、日程の調整を頼みます」

 

「分かった。お互い決まったら連絡し合おう」

 

 寺子屋より北斗と早苗が出てくると、慧音が二人の見送りに出てきて、会話を挟む。

 

 さっきまで北斗は早苗と共に慧音と幻想機関区の見学会についての話し合いをしていて、機関区もある程度余裕が生まれているので、そろそろ見学会を開こうと考えていた。

 寺子屋もそろそろ夏季の長期休暇に入るので、機会としてはちょうど良いタイミングであった。

 

 なので、今回見学会を行う日を決めて、互いに予定を調整することで決まった。

 

 

「それにしても、あれだけ子供達から人気があったんだな」

 

「そうですね」

 

 人里で歩く北斗と早苗の二人は会話を交わしながら、寺子屋での話し合いを思い出す。

 

 ある程度話し合いに区切りをつけて休憩している時に、多くの生徒達から話を聞かれて、北斗はそれに答えていた。生徒達の蒸気機関車人気は北斗の予想よりも高く、生徒達から好きな蒸気機関車を聞かされたり、次の列車牽引の蒸気機関車の事を聞かれたりした。

 何より大きくなったら蒸気機関車の機関士になるという子が多かった。

 

 ちなみに生徒たちの間で人気が高かったのは、意外にも8620形蒸気機関車やC12形蒸気機関車であったという。逆に人気が無いのはD51形蒸気機関車や9600形蒸気機関車だとかなんとか。

 

 

「嬉しそうですね」

 

「そりゃ、蒸気機関車に興味を持ってくれる人が多くなってくれるのは嬉しいですからね。蒸気機関車が好きな者からすれば、同じ物を好きになってくれるのですから」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 どこか嬉しそうな北斗の姿に、早苗は笑みを浮かべる。

 

「それで、見学会はやはり以前言っていたような内容で?」

 

「えぇ。構内や工場、機関庫の見学や蒸気機関車の体験運転。短距離の特別列車牽引とか。後はちょっとした出し物とかですね」

 

「そうですか。きっと子供達も喜びますね」

 

「はい」

 

 二人は話しながら人里の十字路へと出て、向き合う。

 

「では、私はこれで」

 

「活動頑張ってくださいね」

 

「はい」

 

 早苗は信仰活動の為、北斗と別れることとなっており、彼に頭を下げて踵を返し、歩いて行く。

 

 北斗は彼女を見送った後、早苗とは別方向へと歩いて行く。

 

 

 

(さてと、準備が終わるまでどこで暇を潰すか)

 

 北斗は人里を歩きながら内心呟く。

 

 現在人里の操車場で機関区から乗って来たD62 20号機の石炭、水の補給と整備が行われており、終わるまでにはまだ時間が掛かる。それに加え博麗神社行きの列車が来るまで待っていなければならないので、それまで時間を潰す必要がある。

 

 しかし相変わらず蒸気機関車をマイカーの様に使っている北斗である。

 

(小鈴さん所の貸本屋で時間を潰すか)

 

 北斗は貸本屋を思い出して、そこで時間を潰そうと考え、貸本屋がある方角に身体を向ける。

 

 

「北斗さん?」

 

 と、声を掛けられて声がした方を見ると、そこには編み笠を被り、背中に葛籠を背負う薬師姿の鈴仙が居た。

 

「鈴仙さん。今日も薬の配達ですか?」

 

「はい。先ほど最後の薬の配達を終えたので、今から帰る所なんです」

 

「そうですか」

 

「北斗さんはどうして人里に?」

 

「先ほど慧音さんに会っていまして。近日中に幻想機関区の見学会を行う為の話し合いをしていまして」

 

「幻想機関区の見学会ですか」

 

「寺子屋の子供達が蒸気機関車に興味があるとのことなので」

 

「なるほど」

 

 北斗より話を聞いて、鈴仙は考えるような仕草を見せて口を開く。

 

「それって、私や他の人達も参加出来るのでしょうか?」

 

「いえ、今回はあくまでも寺子屋の子供達と寺子屋関係者を招待するので。しばらくすれば一般公開も予定していますので、参加できるならその際になりますね」

 

「そうですか」

 

「鈴仙さんも参加したかったのですか?」

 

「い、いえ。そういうわけじゃなくて、ただ参加できるのかなぁって」

 

 どこか残念そうな鈴仙に、北斗は問い掛けるも、彼女は慌てて言葉を紡ぐ。

 

「すみません。今回ばかりは諦めてください。とはいっても、一般公開時も混乱を避ける為に一定の人数を抽選で選ばせてもらうことになりますので、必ず参加できるわけではありませんが」

 

「……」

 

 北斗の言葉を聞いて、鈴仙は少し俯いて編み笠で顔が隠れる。

 

(別に、興味ないはずなのに……どうしてこんなに残念な気分なの)

 

 彼女は自分の中で、どこか残念な気持ちに戸惑い気味になっている。

 

 以前までなら別にどうともなく、むしろ興味なんて無かったはず。しかし今は参加できなかったことが残念で仕方が無い。

 

 

 それは果たしてどんな理由で残念なのか?

 

 

 貴重な機会に参加できなかったことに残念なのか。

 

 

 それとも、北斗の近くに居られないことが残念なのか。

 

 

 

「―――さん。鈴仙さん」

 

「っ!」

 

 北斗の呼ぶ声によって、鈴仙はハッと意識を戻す。その時割と近い距離に北斗の顔があったので、彼女は驚いて少し顔を赤くして後ずさる。

 

「ど、どうしましたか?」

 

「あっ、いえ。急に黙り込んだので、どうしたんだろうって」

 

「そ、そうですか。ちょっと深く考えごとをしていたので」

 

「そうですか」

 

 鈴仙は動揺を隠せないまま、北斗の質問に答える。

 

「そ、それで、何か?」

 

「はい。今から甘味処に行こうと思っていますので、付いて来てもらえますか?」

 

「甘味処に? 一体なぜ?」

 

 鈴仙は怪訝な表情を浮かべて問い掛ける。

 

「まだ治療のお礼をしていなかったので、甘味処の団子を永遠亭の皆さんに送りたくて」

 

「そんな。別にお礼なんていいのに」

 

「そうはいきません。永遠亭の皆さんが居たおかげで、自分はこうして生きているんですから。何もお礼をしないわけにもいきません」

 

「それは……」

 

 北斗の言葉に、鈴仙はそれ以上は言えなかった。命を救われた、そのお礼だと言われると、何も言い返せない。

 

「……分かりました。その好意を受け入れます。ここまで言われて好意を無碍にするのは逆に失礼ですから」

 

「ありがとうございます」

 

 北斗は頭を下げてお礼を言うと、鈴仙を連れて甘味処へ向かう。

 

 

「あの、鈴仙さん」

 

「はい?」

 

 甘味処へ向かう道中、北斗は鈴仙に声を掛ける。

 

「一つ、お聞きしていいでしょうか?」

 

「何でしょうか?」

 

「はい。本当はあまり聞くべきでは無いんですが、鈴仙さんが月の都に居たと聞きましたので」

 

「……」

 

 北斗の言葉に、鈴仙は顔を赤くしながら苦虫を噛んだような表情を浮かべる。どうやら鈴仙的には、あの時の事は半ば恥ずかしいトラウマ物になっているようである。

 

 それと同時に良い思い出の無い月の都の事となると、複雑な気持ちになるのも仕方ない。

 

「……大丈夫ですので、どうぞ」

 

 鈴仙は気持ちを落ち着けて、北斗に質問を許した。

 

「分かりました。月の都で、輝月という名前の月の民をご存知でしょうか?」

 

「輝月?」

 

 北斗から輝月という月の民が居るかと聞かれ、鈴仙は首を傾げる。

 

 そもそもなぜ彼が月の民にその名前の人が居るのかという質問をしているのか自体、不思議でならなかったが、今はその疑問を端に追いやる。

 

 とはいったものも、聞き覚えの無い名前だったので、彼の期待には答えられなかった。

 

「すみません。輝月っていう名前の方は私は知らないですね」

 

「そうですか」

 

 残念そうな様子の北斗に、鈴仙は何とかしてやりたくて、案を出す。

 

「でも、師匠ならもしかしたら何か知っているかもしれません」

 

「永琳さんが?」

 

「はい。あんまり大きな声で言えないんですが、師匠は月の都で高い地位にありましたので、顔が広かったんです」

 

「そうなんですか」

 

 北斗は永琳の顔を思い出す。どことなく浮世離れというか、何か普通ではないような雰囲気であったので、鈴仙の言葉に納得出来た。

 

「なので、私が師匠に聞いてみましょうか?」

 

「ぜひ、お聞きできるなら」

 

「分かりました。帰ったら師匠に聞いてみます。でも、期待している答えが返って来るかどうかは保証できませんが」

 

「構いません。元よりすぐに答えを得られるような事じゃないので」

 

「……」

 

 鈴仙はそこまでして知りたい輝月という名前の月の民が彼にとって何なのか。色々と疑問は浮かぶものも、彼女はその疑問を押し殺して北斗といっしょに甘味処への歩みを進める。

 

 


 

 

「ありがとうございます!」

 

 と、店員に見送られながら両手に風呂敷を持って北斗が店から出て来た。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます。師匠と姫様が喜びます」

 

 風呂敷に包まれた団子を片方北斗が鈴仙に差し出し、彼女はそう言って受け取る。その際風呂敷から甘い香りがしてか、鈴仙の顔が一瞬綻ぶ。

 

「もう片方は?」

 

「機関区のみんなのお土産にですね。その分結構な量になりましたが」

 

「そうですか。でも、これだけの量だったら、結構お金が掛かったんじゃ?」

 

「あまりお金は使っていないので、結構あるんですよ」

 

「な、なるほど」

 

 鈴仙は理解したものも、それで良いのだろうか、と同時に思うのだった。

 

「なるべく色んな種類を多めに買っておきましたが、大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫ですよ。姫様ここの団子が好きなので、多めでも困りませんし、私も好きなんですよ」

 

「そうですか」

 

「それに、多めならてゐに取られてもある程度確保しておけば問題ありませんし」

 

「あっ、そうですか」

 

 彼女の言葉で何かを察したのか、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「それじゃ、私はこれで。師匠にはちゃんと聞いておきますから」

 

「お願いします。永琳さんと輝夜さん。それとてゐさんにお礼を伝えてください」

 

「はい!」

 

 鈴仙は頭を下げて踵を返すと、北斗の元を離れて行く。

 

「さてと、そろそろ準備も終わっているし、列車も戻ってくる頃か」

 

 北斗は上着のポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認する。

 

 永遠亭のお礼の分を含めて、かなりの量の団子になったので、当然全ての団子が出来るまで、時間はそれなりに掛かっている。なので、機関車の出発準備も整っている頃であるし、博麗神社に向かった列車も帰ってくる頃だ。

 

 懐中時計をポケットに戻し、北斗は操車場へと向かう。

 

 

 

 人里の外れにある駅舎。その脇に転車台や石炭、水の補給設備のある操車場がある。

 

 そこでD62 20号機が転車台で幻想機関区方向に向けられ、水と石炭の補給を終えて出発準備が整えられている。

 

「列車はまだ来ていないのか?」

 

「30分前には連絡がありましたので、もうすぐだと思います」

 

「そうか」

 

 作業員の妖精より話を聞き、北斗はD62 20号機の運転室(キャブ)に乗り込む。

 

 運転室(キャブ)に入って風呂敷をなるべくボイラーの熱から遠ざけるように置いて、機関士席に座る。

 

 ブレーキハンドルを回してブレーキ弁の調子を確認し、肘掛けに肘を置いて窓から頭を出し、前を見つめる。

 

 

 

 それから少し待つと、遠くから汽笛の音が響いて来る。

 

 北斗は機関士席を立って運転室(キャブ)の反対側へ向かって外を見ると、博麗神社がある方向の空に薄っすらと煙が上がっている。

 

 やがてC58 1号機が牽引する列車が駅へと入って来て、ゆっくりと停車位置まで進んで停車する。

 

 12系客車の扉が開かれ、博麗神社の参拝客が次々と駅のホームへと降りていく。乗客が降りている間に作業員の妖精が機関車と客車の連結を解除している。

 

 意外と思われるかもしれないが、博麗神社へ参拝する人は結構多いのである。毎週一便しか列車は無いものも、その一便で多くの参拝客が乗り込んで、博麗神社に参拝している。

 

 これまで博麗神社へ行きたくても行けなかった状態にあった。鉄道が開業して安全で早く行けるようになった現在では、これまで行けなかった分を行くかのように、毎週一便しかない列車に多くの参拝客が乗り込んでいる。

 それだけでも霊夢への人気の高さが伺える。

 

 だが、それは守矢神社にも言える事で、こちらも分社のみならず、毎週一便の列車で本社へ参拝客が訪れている。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 乗客が駅のホームとホームの間にある渡り通路を通って行き、最後の乗客が渡り終えたところで、C58 1号機はブレーキを解いて汽笛を短く鳴らし、連結を解除した12系客車から離れて進んでいき、操車場へと入る分岐点まで進んで停車する。

 

 転轍機の操作を行う作業員の妖精がポイントを切り替え、線路を本線から操車場へと繋げて作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 旗を確認した津和野(C58 1)はブレーキを解いて汽笛を短く鳴らし、機関車を後進させて操車場へと入れる。

 

 C58 1号機はゆっくりと操車場へと入り、D62 20号機が居る線路の隣の線路へと入り、給水塔の傍まで進んで停車する。

 

 その後作業員の妖精がポイントを切り替え、ホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 旗を確認した北斗はブレーキを解いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いてD62 20号機を前進させる。

 

 灰色の煙を吐き出して力強いブラスト音を奏でながら機関車は前進し、操車場から本線へと入り、幻想機関区へと向かう。

 

 しばらくして水と石炭の補給を終えたC58 1号機は操車場を出て上り線に置いている12系客車五輌を連結させ、幻想機関区を目指して駅から出発する。

 

 

 


 

 

 

 所変わって永遠亭。

 

 

「師匠。ただいま戻りました」

 

「おかえり、優曇華」

 

 鈴仙が診断室へと入ると、そこに永琳が診断書を片手にその内容を見ていた。

 

 薬の配達時に着る服装から最近衣替えしたのか、いつもの女子高生の制服みたいな服装から白い半袖のワイシャツにピンクのスカートという服装になっている。

 

「あら、その風呂敷は?」

 

 永琳は身体を鈴仙の方に向けると、彼女の手に大きめの何かを包まれた風呂敷があるのに気付く。

 

「配達が終わって帰ろうとした時に北斗さんと会いまして、北斗さんが治療のお礼にと人里の甘味処の団子を購入してくれたんです」

 

「あぁ、あのお店の。姫様が喜ぶわね。なら、近い内に彼にお礼を言わないと」

 

「はい」

 

 鈴仙は返事をすると、どこかソワソワした様子を見せる。

 

「何か聞きたそうね」

 

「は、はい」

 

 そんな様子の彼女の真意を永琳は見抜き、診断書を机に置く。

 

「それで、何を聞きたいのかしら」

 

「は、はい」

 

 鈴仙は風呂敷を近くの第二一旦置き、永琳に問い掛ける。

 

 

 

「師匠は、輝月という名前の月の民をご存知でしょうか?」

 

 

 

「……」

 

 すると永琳は驚いてなのか、僅かに目を見開く。

 

「師匠?」

 

 あまり見ない師匠の反応に、鈴仙は怪訝な表情を浮かべる。

 

「優曇華」

 

「は、はい」

 

「その名前。どうしてあなたが知っているの?」

 

「えっ? どうし―――」

 

「答えなさい」

 

「ひっ……」

 

 有無を言わさない、と言わんばかりに威圧感のある声で問い掛け、その威圧感に彼女は背筋が凍る。

 

「ほ、北斗さんから聞かれたんです。輝月という名前の月の民を知っているかって……」

 

「……彼が?」

 

 鈴仙の口から予想外の人物の名前が出て、永琳は面食らう。

 

「本当に、彼がそう聞いたのね?」

 

「はい。でもどうしてそんな事を聞いた理由は聞いていませんが」

 

「そう……」

 

「あ、あの?」

 

 鈴仙より話を聞いて一考する素振りを見せる永琳に、彼女は声を掛ける。

 

「優曇華」

 

「は、はい」

 

「その話、私以外にもしたかしら?」

 

「い、いえ。師匠以外には、まだ」

 

「なら、この事は他言無用よ。姫様にもね」

 

「ひ、姫様にもですか?」

 

「えぇ。少なくとも、今はまだ、ね」

 

「……」

 

 意味深な事を呟く彼女に、鈴仙は息を呑む。主である輝夜にも話さないようにと釘を打たれたのだ。ただ事では無いのは彼女も感じ始めていた。

 

「それと、北斗さんをなるべく早く屋敷に連れて来れないかしら?」

 

「えっ? 北斗さんをですか?」

 

「そう。出来るだけ早くよ。さすがに明日明後日は無理だけど、一週間以内に彼を屋敷に連れて来て欲しいのよ」

 

「そんな急に」

 

 師匠のあまりにも難題な要請に鈴仙は戸惑いを隠せなかった。いつも彼女から難題を押し付けられているが、今回の場合はいつもと違う。

 

「それに、北斗さん機関区で行事を行うようなので、その準備に追われていましたよ。今日だって、寺子屋で慧音さんと話をしていたようなので」

 

「そう……」

 

 永琳は眉間に皺を寄せて一考し、口を開く。

 

「なら、彼に今後の予定を聞いて空いている日を確認して頂戴。もちろん、早い方が良いわ」

 

「は、はい。でも、どうしてそこまで?」

 

「言ったはずよ。今はまだ、よ」

 

「……」

 

 鈴仙はこれ以上話を聞けそうにないと判断し、一礼してから団子を包んだ風呂敷を手にして診察室を後にする。

 

 

「……」

 

 鈴仙が出た後、永琳は肘を机に付けて両手を組み、額を組んだ手に置いて小さくため息を付く。

 

(これで、確信は動かぬものになったわね)

 

 内心呟く彼女の表情は、どこか強張っている。

 

 

 人間にはとても想像出来ない、長い長い時を生きてきた彼女。その天才的な頭脳はどんな問題も解決できる。どれだけ断片的であっても、パズルのピースのように一つ一つ繋いでいき、やがて答えに行きつく。

 

 その頭脳はある事実を突き止める。無論彼女はその事実が自身が導いた答えであることに疑いは無い。

 

 しかし内容が内容なだけに、確信は得ても、僅かに揺らいでいた。

 

 だが、今回の北斗が鈴仙にした質問は、永琳が得た確信を不動なものにした。

 

 そうなれば……北斗は――――

 

 

「……」

 

 永琳は組んでいた手を解いて机に置いている一冊の本を手にすると、本を開いて中にしおりのように挟んでいる写真を取り出す。

 

 少しだけくたびれている写真には、永琳の他に、彼女の教え子達と輝夜の姿。

 

 そして輝夜の隣に立つ一人の男性の姿がある。

 

「輝月様……」

 

 彼女は小さくその名前を呟き、しばらく写真を眺める。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第153駅 休むも仕事の内

日本の鉄道が開業して150周年が経とうとして、それに合わせて一大イベントや保存車輌の新たな門出など、様々な企画が発表されていますね。不安なこともありますが、これからも鉄道の発展と歴史の保存が行なわれるのを願っています。

そういえば気になるのは、苗SLニセコ号で使われていた旧型客車四輌が旭川より陸送にて苗穂に運び込まれましたね。ネットでは様々な憶測が立っていますが、一体何の目的があって苗穂に運び込んだのか、今後の情報に期待ですね。


 

 

 

 

 幻想郷において、幻想機関区は常に稼働している数少ない場所である。

 

 

 列車の運行が無い日でも、幻想機関区の操車場では車両の入れ替え作業が行われており、夜中でも機関庫で火が入れられた蒸気機関車の火を落とさないように、火の番が起きて火を見ている。

 この幻想機関区で静かな日は無いと言ってもいい。

 

 

 そしてこれは蒸気機関車に限らず、鉄道の運用は過酷な面がある。それは夏場での作業である。

 

 

 現代では空調が効いた車輛があるので、気が抜けない仕事であることを除けば、環境は良い方だ。

 

 

 しかし蒸気機関車の運用は常に過酷だ。運転室(キャブ)内は燃え盛る火室とボイラーの熱で冬場であっても30℃は軽く超え、下手すれば40℃に達することもある。となれば夏場は40℃を軽く超える場合もある。

 

 そんな中で蒸気機関車の運転を行わなければならないのだ。当時の機関士と機関助士の労働は過酷である。

 

 

 そしてその過酷さは、幻想機関区でも変わらないのである。

 

 

 


 

 

 

 幻想機関区の操車場。

 

 車輛の整理を行い、操車場は広いスペースが確保されている。そこでとある車輛が走っている。

 

 

 比羅夫号こと7100形蒸気機関車が操車場をゆっくりと走っている。その後ろには展望車の『マイテ39』が一輌連結されている。

 

「……」

 

 比羅夫号の運転室(キャブ)には、検修の為に幻想機関区に住み込んでいる小悪魔のこあが加減弁を操作するレバーを操作してシリンダーへ送る蒸気の量を調節する。隣では機関助士の妖精が炭水車(テンダー)より石炭を片手スコップで掬い、火室へ投炭をしている。

 その後ろには監督として卯月(48633)七瀬(79602)の二人が居て、こあの運転を見ている。時折二人はこあに運転に関する助言をしている。

 

 こあの検修は機関士として学ぶ段階へと来ており、今回運転を担当する比羅夫号で、この罐と同じ紅魔館側で所有権があるマイテ39を連結させて実践している。本来ならまだ教育と実習に時間を掛けるべきだが、短期間で運転が出来るようにとスポンサー(レミリア)の要請もあり、教育スケジュールを詰め込んで半ば突貫で教育をしている。その分検修が過酷染みているが。

 

 

 比羅夫号はマイテ39を牽引して前進したり、後進したり、速度を出して走ったりと、何回か操車場構内を往復する。

 

 

 何回も操車場構内を往復して、比羅夫号はゆっくりと停車する。

 

 

「はぁ……あっつい」

 

 機関車が停車し、運転室(キャブ)から降りたこあは袖で額に浮かんだ汗を拭う。7100形蒸気機関車の運転室(キャブ)は他の機関車より広めでボイラーは小さめなので、比較的発する熱量は少ない。しかしそれでも運転室(キャブ)内は暑いし、何より夏場なので余計に暑い。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ」

 

 続いて降りて来た卯月(48633)七瀬(79602)がこあに労いの言葉を掛ける。

 

「ありがとうございます。私の運転はどうでしたか?」

 

「そうですね。最初の時と比べれば運転は良くなっていますね。発進時の空転も少なくなっていますし、急発進も少なくなっていますし」

 

「そうね。最初の時と比べれば、だいぶ良くなっているわね」

 

「そうですか。良かった」

 

 卯月(48633)七瀬(79602)の二人からの評価を聞き、こあは安堵の息を吐く。こあ自身主であるパチュリーより任務を課せられているが、それと共に検修として赴いているので、それを達せられなければ任務どころの話ではない。

 彼女としては技術が身に付くのは任務の遂行を行う為には重要なのだ。

 

「でも、まだ本線で走らせられるほどではありませんね。ブレーキを掛けるタイミングや速度の出し過ぎなど、まだまだ課題点は多いですので」

 

「客車に乗客を乗せる以上、生半可で判断は出来ないわ」

 

「そうですか……」

 

 しかしすんなりと事が進むわけがなく、卯月(48633)の批評に彼女は気を落とし、肩を落とす。

 

 そんな様子の彼女に七瀬(79602)卯月(48633)に視線をやり、彼女はその意図を汲み取り、フォローを入れる。

 

「何事も一朝一夕で得られません。練習を重ねていきましょう。少なくともこあさんの技量の上達は確実に出来ていますので」

 

「……はい!」

 

 こあは元気を取り戻し、笑みを浮かべる。

 

 

 

「あっ、こあさん。こんにちわ」

 

 と、声がして二人は声がした方向を向くと、早苗が二人の元にやって来ている。

 

「早苗さん。こんにちわ」

 

「はい。暑い中、お疲れ様です」

 

「ありがとうございます。ただでさえ中は暑いのに、夏になると更に熱くなるんですね」

 

 こあは苦笑いを浮かべながら、略帽を脱いで頭にある小さい羽根で自信を扇ぐ。

 

「そうですね。私も運転室に乗ったことはありますが、本当に中は暑いです。いつも運転している卯月(48633)さん達には頭が上がらないですよ」

 

「私達は蒸気機関車そのものだから。暑さには強いのよ」

 

「それに、人や物を運ぶのは私達機関車の使命なのですから」

 

「それでも、大変なことに変わりはありませんよ」

 

「ハハハ。そう思ってもらえていると、何だか嬉しいですね」

 

 卯月(48633)は恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。七瀬(79602)も満更では無いのか、視線を逸らす。

 

「ところで、早苗さんはどうして機関区に?」

 

「って言っても、あなたがここに来る用事と言えば……」

 

 と、卯月(48633)七瀬(79602)の二人はチラッと宿舎を見る。

 

「は、はい」と早苗は頬を染めて俯く。

 

(甘い。甘い空気が流れているわ……)

 

 そんな様子の彼女に、こあは口の中が甘くなるような錯覚を覚える。心なしか甘い香りもするような気がして来た。

 

「区長でしたら、宿舎の執務室で仕事をしていますよ」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 卯月(48633)より北斗の場所を聞き、早苗は一礼して宿舎へと向かう。

 

「アハハハ……相変わらずですね」

 

「まぁ、そうですね」

 

「……」

 

 こあは苦笑いを浮かべ、それにつられて卯月(48633)も苦笑いを浮かべ、七瀬(79602)は小さくため息を付く。

 

 

 


 

 

 

 早苗は宿舎に入り、執務室がある階へと上がっていく。道中蒸気機関車の神霊の少女達に会い、その度に挨拶を交わしていった。

 

「……」

 

 やがて彼女は執務室の前へとやって来て、立ち止まる。

 

「北斗さん。お仕事中失礼します」

 

 早苗は自身の巫女服を見ておかしな所が無いのを確認し、扉をノックして声を掛ける。

 

「……?」

 

 しかし部屋の中から返事は無く、早苗は首を傾げる。

 

「北斗さん? 居ますか?」

 

 再度声を掛けるも、やはり返事は無く、怪訝な表情を浮かべながら扉のドアノブを捻り、扉を開ける。

 

「……」

 

 扉を開けて隙間から部屋の中を見渡し、執務机に北斗の姿ないのを確認する。

 

「あれ? いないんですか?」

 

 早苗は扉を開けて部屋の中に入ろうとすると、扉の死角になっている所が見えて「あっ」と声を漏らす。

 

 ちょうど扉で死角になっている所にある畳が敷いている場所に、北斗の姿があった。

 

(寝ていたんですね)

 

 早苗は畳の上で仰向けになり、寝息を立てて眠っている北斗の姿を見つけ、安堵の息を吐く。彼女は扉を閉めて北斗の元へと向かう。

 

(仕事は……まだまだ途中みたいですね。休憩がてらの昼寝でしょうか?)

 

 執務机にまだ作業の途中と思われる書類が散らばっているのを見つけて、北斗の傍に正座で座り込み、寝ている北斗を見る。しかし北斗の様子から結構深く眠りに入っているように見える。

 

(でも、昼寝をするにしても、枕も敷布団も無しに寝るのは身体に負担が掛かりますのに)

 

 早苗は敷布団も無く、枕も無い状態で寝ている北斗を心配そうに見つめる。

 

「……」

 

 

 

 


 

 

 

 

 ……?

 

 

 身体が揺れているような感覚がして、北斗の意識は目覚める。しかし視界はぼやけていて、暗くなっていたので殆ど見えなかった。

 

 

 僅かに見える視界には、誰かの顔が見えた。だが殆ど視界が無い状態とあって、顔は分からない。

 

 

 だが、何やら慌てている様子なのは、雰囲気で何となく分かった。そして視界から自分が抱えられているのを認識する。

 

 

 誰、だろう。それに……何だか、眠い…… 

 

 

 異様に眠く、少しでも気を抜けば深い眠りにつきそうだ。

 

 

 すると北斗を抱えている者は彼を見て語り掛けているが、彼の耳には声が届いておらず、何も聞こえない。

 

 

 眠い……けど、眠ったら……いけな、い――――

 

 

 意識が深い眠りにつきそうになるも、北斗は慌てた様子の者が自分に語り掛けていると認識し、何とか意識を繋ぎ止めようとするも、彼の意識は深い闇に沈んでいった……

 

 

 

 


 

 

 

 

「……」

 

 北斗は眠りから目覚め、ゆっくりと瞼を開ける。

 

(軽く眠るつもりだったのに……結構深く寝ていたのか)

 

 内心呟きながら、少し後悔する。

 

 北斗は昼食を取った後、午前中の仕事を再開したのだが、眠気が酷く仕事に集中できなかった。昼食を取って満腹になると眠気が出やすくなるが、彼の場合はその眠気が強かった。

 

 何とか眠気に耐えていたものも、耐えれば耐えるほど眠気は強くなり、全く仕事に手が付けられずにいた。彼は少しだけ仮眠を取ろうと執務室の一部に敷いている畳の上で横になった。

 

 しかし気が抜けたことで彼は眠りについてしまい、気づかない内に深く眠っていてしまった。

 

 仕事はそんなに多くないので、今からやれば夕食前に終わる予定だ。

 

(今何時だろうか)

 

 内心呟きながら欠伸をして時間を確認しようと思っていると……

 

(……そういや、後頭部に接している部分が柔らかいような。それにとても暖かい)

 

 ふと、彼は後頭部に柔らかく、暖かいという違和感を覚え、ピタッと止まる。

 

 寝る前に敷布団を敷いておらず、何なら枕も無いはず。

 

 なら後頭部に感じているこの柔らかさと、暖かい感覚は、と思っていると……

 

 

「あっ、起こしてしまいましたか?」

 

「?」

 

 と、上から声がして北斗は上を見る。

 

 

 彼の視界には、白い山と、その上から恥ずかしそうに見つめている早苗の顔があった。

 

「……」

 

 一瞬の思考停止を経て、彼は自身の状態を認識する。

 

 どうやら北斗は早苗の膝に後頭部を乗せて横になっている。つまり彼女に膝枕をしてもらっている。

 

「……えぇ、と、早苗さん?」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

「これは、一体?」

 

 北斗は頬を赤くしながら、早苗に問い掛ける。彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染め、彼の問いに答える。

 

「えぇと、北斗さんが敷布団も敷かずに、枕も無しで寝ていたので、畳の上にそのまま寝ると身体に負担が掛かりますので……えぇと」

 

「……」

 

「せめて、頭だけはと思って……こうしようと」

 

「は、はぁ……」

 

「迷惑、だったですか?」

 

 余計な事をしてしまったかという不安からか、早苗の瞳が揺れる。

 

「い、いや、迷惑というより、予想していなかったので……少し驚いて」

 

「そ、そうですか」

 

 戸惑いながらであったが、北斗の言葉に早苗は大きく安堵の息を吐く。

 

「……」

 

 しかし北斗はその視線の先で間近に揺れる双丘に戸惑うものも、何とか平然を装う。

 

 同年代の少女からすれば結構大きいご立派な方であるのは間違いない。しかし下から覗くとよりご立派に見えるようである。

 

「そ、それで、今日はどんなご用で来たんですか?」

 

「あっ、はい。北斗さんのお手伝いにと思って来ました」

 

「手伝いですか?」

 

「はい。もしかして、必要無かったりしますか?」

 

「い、いえ。手伝ってもらえるとこちらとしては助かります」

 

「! そうですか!」

 

 北斗の言葉に、一瞬不安色が走った早苗の表情に喜色が走る。

 

「でも、珍しいですね。北斗さんが仕事中に寝ているなんて」

 

「そう、ですね。ここ最近何だか妙に眠い時が多くて」

 

 北斗はそう言うと、欠伸をして目を擦る。

 

「それって、疲れが溜まっているからじゃないのでしょうか?」

 

「そうでしょうか?」

 

「自覚が無いのは良くないですよ。休むのも仕事の内だと思って休んでください」

 

「しかし……」

 

「い い で す ね ?」

 

 と、早苗は笑顔を浮かべて北斗に語り掛けるが、どことなくその表情から威圧感が滲み出ている。

 

「アッハイ」

 

 その威圧を感じ取ってか、北斗は思わず返事を返す。

 

「でしたら、まだ寝ていてください。何時間でも、膝をお貸ししますので」

 

「良いのですか?」

 

「はい。このくらい平気ですから」

 

「……でしたら、三時に起こしてください」

 

 と、北斗は申し訳なく思うものも、早苗の気持ちを無碍にするわけにもいかず、時間を確認して早苗に起こす時間を伝え、瞼を閉じて深く息を吐き出す。

 

 

「……」

 

 少しして、眠りについた北斗を早苗は静かに見つめる。

 

「北斗さん」

 

 彼女は小さく呟くと、北斗の頭を優しく撫でる。頭を撫でられても北斗は起きる気配が無い。余程深く眠りについているようである。しかしそれは安心して寝てくれているという表れでもあるので、早苗としては安心出来る。

 

「……」

 

 しかし、静かに寝息を立てて寝ている北斗の姿を、早苗はどこか不安の色を顔に浮かべる。

 

 

『地上の者達はお兄さんを否定する』

 

 

 ふと、北斗が地底に連れ去らわれた時に、こいしに言われた言葉が彼女の脳裏に過る。

 

(北斗さん。どんな事があっても、私はあなたを守ります。例え全てがあなたを否定しても……私は否定しません)

 

 早苗は北斗の頭を優しく撫でながら、胸中の決意を固める。

 

(例え……誰が相手であっても……北斗さんを傷つける者は――――)

 

 と、彼女の瞳は濁りを見せ、威圧感を醸し出す。

 

 

 

 ――――ユルサナイ

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第154駅 誤解を解くために

日本の鉄道開業150周年を迎えましたね。これから日本の鉄道がどうなるかは分かりませんが、鉄道の発展を祈っています。そして蒸気機関車がこれからも愛されることを祈っています。

本作も連載開始して四周年を迎えました。時が経つのは早いですね。これからも東方鉄道録をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 夏の日差しが照り付ける幻想郷。その日は気温が高く、日差しも相まって誰もが汗を掻く日であった。

 

 

 

 幻想郷において重要な場所である博麗神社も、その例外ではない。

 

 

 


 

 

 

 博麗神社へ続く階段の下にある駅。そこにはC12 208号機が客車三輌を連結させた状態で停車しており、煙突横の排気管から一定の間隔で蒸気を噴射している。

 

 

 

「アッツイわねぇ……」

 

 蝉の鳴き声が響く中、家の縁側に座り、霊夢は自身の両足を氷を入れた水を張った桶に入れて、団扇を扇いでいる。さすがに暑いのか、上着と分離している袖は外してノースリーブ状態になっている。

 

「霊夢さん。脚を閉じてください。みっともないですよ」

 

 早苗はジト目で脚を広げている霊夢に注意を掛ける。ちなみに早苗も上着と分離している袖を外してノースリーブ状態になっている。

 

「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」

 

「良くないですよ! 北斗さんが居るんですよ!」

 

 あっけからんことを言う霊夢に、早苗はムッとして声を上げる。そんな彼女の姿に隣に座る北斗は苦笑いを浮かべる。

 

 北斗も衣替えしているようで、いつもの長袖のナッパ服から半袖のシャツになっている。

 

「別に良いんじゃないか? 霊夢に色気なんてもん無いだろうし、北斗の視線を奪うようなことは無いって」

 

「色気が無くたって困らないわよ」

 

「魔理沙さんまで、もう」

 

「にしし」と小さく笑う魔理沙に、霊夢はジト目で鼻を鳴らし、早苗は呆れてため息を付く。

 

 しかしこんな薄着の美少女達に囲まれても、早苗以外に目移りしない辺り、北斗の早苗への想いの強さが見て取れる。

 

「冷たいお茶をどうぞ」 

 

 と、る~こと がお盆に冷たいお茶を淹れた湯呑を持って来て霊夢達に渡す。

 

 

 こう言ってはなんだが、博麗神社が賑やかなのは、北斗と早苗は霊夢と世間話をする目的で訪れ、二人が博麗神社に到着した直後に魔理沙が遊びに来て、彼女を加えて話しをしている。

 

 

「ところで、最近はどうでしょうか?」

 

 冷たいお茶を一口飲み、北斗が霊夢にここ最近の事を問い掛ける。

 

「そうね。北斗さん所の幻想機関区が始めた鉄道のお陰で、参拝客が以前と比べ物にならないくらい増えたわね」

 

「以前までは一ヶ月に一人か二人来れば良い方だったからな」

 

「そんなに来てなかったんですか?」

 

「守矢神社も似たようなものでしょ」

 

 改めて以前までの博麗神社の参拝客の少なさに、早苗は半ば呆れた様子を見せるも、霊夢はムッとした様子で以前までの守矢神社のことを口にする。

 

 博麗神社の参拝客が少なかったのは、人里からだいぶ離れている上に、道中妖怪や獣に襲われる可能性が高かったのが一番の要因だが、妖怪や妖精と言った人外が多く訪れていたのも遠因であったりする。

 守矢神社の場合、博麗神社と似たような背景がある上に、立地の関係で参拝客が来れない実情があったので、分社を人里に作って信仰を集めていた。

 

「ですが、鉄道で参拝客が気軽に訪れられるようになったお陰で、収入が増えました。お陰でここ最近の食事は良くなっていますので、ご主人様の健康の面も改善されました」

 

「なるほど。道理でここ最近の霊夢に違和感を覚えていたんだよな」

 

 と、魔理沙は霊夢を観察するように見ながら呟く。

 

 以前までなら山で山菜を採ったりして、毎日必要最低限の食事しか摂ることが出来なかった霊夢だったが、収入が増えた上に、参拝客の中には霊夢に贈り物を届ける者が居たので、以前と比べて食事が比較的豪勢になっている。その陰か、以前よりも霊夢は健康的な様相を見せているという。

 

 とは言っても、それでも贅沢が出来るほどの余裕は無いので、以前より少し贅沢が出来るレベルで生活しているそうである。

 

「それに、最近ご主人様はお守りを作って販売しているんですよ」

 

「ちょっと、る~こと」

 

「へぇ、霊夢がお守りをねぇ」

 

 と、カミングアウトする る~こと に霊夢は若干焦る様子を見せるが、魔理沙が反応する。

 

 当然参拝客からの賽銭だけでは収入が少ないので、北斗の案で霊夢と る~こと は、神社で物品の販売を始めていた。

 

 主に幻想機関区関連の商品に加え、る~こと が作った弁当の販売をしており、それで得た利益は博麗神社側で受け取っている。

 

 る~こと によれば、どうやら新たに霊夢自身が丹精込めて作ったお守りが販売のラインナップに加わっているようである。

 

「……別に、安全祈願のお守りよ。大したものじゃないわ」

 

「しかし、博麗の巫女が自らの手で作っているというのは大きな宣伝効果がありまして、良い売れ筋ですよ」

 

 と、る~こと は、一旦家の奥へと向かい、戻って来ると、赤を基調に白く『博麗』と刺繍が施された神社のお守りを見せる。

 

 どうやら博麗の巫女が祈りを込めて作ったという宣伝効果は強く、お守りの売れ筋は良いようである。

 

「やっぱり名前は大事だよなぁ」

 

 る~こと よりお守りを受け取った魔理沙は、お守りを見ながらつぶやく。

 

 まぁ博麗の巫女が祈りを込めて作ったお守りである。宣伝効果もそうだが、効果自体も期待されているのだろう。

 

(同じことしてる……)

 

 と、北斗の後ろで早苗がボソッと呟く。どうやら同じ神社同士。考えていることは同じようである。

 

「なぁ、北斗。お前も安全祈願にお守り貰っておいた方が良いんじゃないのか?」

 

 魔理沙は笑みを浮かべながらお守りを北斗に見せる。

 

「大丈夫ですよ、魔理沙さん。北斗さんには既に(す で に)、守矢神社特製のお守りを渡していますので」

 

「そ、そうなのか」

 

 と、笑顔を浮かべながら早苗が魔理沙に対してそう伝える。しかしどこか威圧的な雰囲気を醸し出す彼女に、魔理沙は気圧される。

 

 

 すると博麗神社に、空から一人ゆっくりと降りて来た。

 

「あら、アリスじゃない」

 

 と、霊夢は顔を上げると、神社の境内に下りてきた人物ことアリスに声を掛ける。

 

「おっ、アリス。戻っていたんだな」

 

「えぇ。昨日の夜にね」

 

 アリスは魔理沙にそう伝えると、家の縁側に座る北斗を見つける。

 

「こんにちわ、アリスさん」

 

「こんにちわ。北斗さんとこうして会うのは、無縁塚の再調査以来かしら」

 

「そうですね。この前の宴会の時にアリスさんはいなかったので」

 

「そうね。お母様から呼び出しを受けていたから、実家に戻っていたのよ」

 

「霊夢さんから軽く話を聞きましたが、どんなことで呼び出しがあったんですか?」

 

「それなんだけど……」

 

 と、アリスは視線を左右に揺らしてどこか抵抗感がある様子を見せる。

 

「あ、あの、北斗さん」

 

「はい」

 

「急な話なんだけど、頼みたい事があるの」

 

「頼みですか?」

 

「えぇ。北斗さん……」

 

 アリスは間を置き、何かを決意した様子で口を開く。

 

 

「私と……付き合って欲しいの!」

 

「えっ?」

 

「……」スゥ

 

「ん?」クビカシゲ

 

「え?」キョトン

 

「おぉ?」ニヤリ

 

 アリスの放った衝撃的な発言に、誰もが各々の反応を示す。

 

「え、えぇと?」

 

「っ! いや、そうじゃなくて――――」

 

「アリスさん」

 

 と、アリスはとっさに説明しようとするが、後ろから声を掛けられながら肩に手を置かれた彼女は、背筋が凍るような感覚に襲われて身体を震わせ、ゆっくりと後ろを見る。

 

「少し、オ ハ ナ シ しませんか?」

 

 そこには、いつの間にか北斗の隣から移動していた、目からハイライトを無くし、微笑みを浮かべている早苗の姿があった。

 

 しかし微笑みこそ浮かべているが、目を全く笑っておらず、彼女からは背筋が凍りそうな威圧感が溢れており、何なら背後に「ゴゴゴゴ……」と擬音が目に見えそうな雰囲気がある。

 

「ひっ……」

 

 その光景にアリスは顔を青ざめて怯えるものも、何とか気持ちを整える。

 

「さ、早苗。勘違いしないで欲しいけど、そういう意味じゃないから、説明させて?」

 

 彼女は早苗の雰囲気に飲まれそうになるも、何とか誤解を解こうと必死になる。

 

 

 

 少女説明中……

 

 

 少女説明中……

 

 

 少女説明中……

 

 

「――――という事なのよ」

 

 アリスは霊夢たちに説明を終えて、深く息を吐き出す。

 

「一体何をどうしたらアリスさんが北斗さんと婚約する話になったんですか!?」

 

 説明を受けた早苗は驚愕からなのか、それとも怒りからなのか分からないが、複雑な感情を抱いて声を上げていた。

 

 

 というのも、アリスの話によれば、何やらアリスの母親である神綺が北斗の事を話すと、どういうわけかアリスと北斗が付き合っていると勘違いして、説明する暇も無く勝手に話が進んでしまって、仕舞には婚約話に発展してしまったそうである。

 

 

「はぁ。有難迷惑な話ね」

 

「私にそんなこと言ったって」

 

 霊夢が呆れた様子でそう言うと、アリスは困った様子を見せる。霊夢からすれば幻想郷に影響を及ぼしかねない、下手すれば異変になる可能性が高い案件であるからだ。

 

「アリスに異性の友達が出来たって言うんだ。神綺のやつが勘違いするのも仕方ないんじゃないか?」

 

「魔理沙!」

 

 面白そうに他人事のように話す魔理沙に、少し怒気を含んだ様子でアリスが口を開く。まぁ魔理沙の言う通り、お世辞にも友達が多かったとは言えなかったので、そこに異性の友達が出来たとなれば、神綺が勘違いするのも仕方ないといえる。

 

「とにかく、お母様の勘違いを解くためにも、北斗さんと一緒にお母様の勘違いを解かないといけないのよ」

 

「アリスさんが説明すればいいじゃないですか」

 

「説明して話を聞いてくれたのなら、こうして北斗さんに頼み込まないわよ」

 

「そりゃそうね」

 

 未だに気に入らないのか、どこか刺々しい方でそう言う早苗にアリスがげんなりした様子で答えると、霊夢が同意する。

 

「神綺の奴、ホント話を聞かないよなぁ」

 

(それは幻想郷に住んでいる人に言えるのでは?)

 

 魔理沙の言葉に、北斗はこれまで会ってきた幻想郷の住人たちの事を思い出しながら内心呟く。

 

「北斗さん。大変な迷惑が掛かっているのは分かっているけど、お母様の誤解を解く為にも、私と一緒に魔界に来て欲しいの。そこでお母様に私と一緒に説明して欲しいの」

 

「は、はぁ……」

 

 予想だにしない事態に北斗は戸惑いを隠せなかったものも、気持ちを切り替えてアリスを見る。

 

「分かりました。それでアリスさんのお母さんの誤解が解けるなら、微力ながら協力します」

 

「いいの?」

 

「はい。この件は誤解を解かないと、面倒なことになると自分も思っていますので」

 

「そう……ありがとう」

 

 アリスは間を空けてから、北斗に感謝する。

 

「北斗さん」

 

「早苗。こればかりは解決してもらわないと、幻想郷全体として困るのよ」

 

「霊夢さん」

 

 何か言おうとした早苗に、霊夢が割り込んで止める。

 

「相手は仮にも魔界を管理している者よ。下手なことをして難癖付けられれば、幻想郷にとって面倒なことになるわ」

 

「……」

 

「下手すれば異変位のことを起こしかねないから、北斗さんには何としても神綺の誤解を解いてもらいたいわね」

 

「ただ単に異変が起こったら面倒なだけだろう」

 

「うっさいわね。魔界絡みの異変は面倒なのは魔理沙も知っているでしょ」

 

 魔理沙のツッコみに霊夢は、面倒くさそうに理由を述べる。

 

「まぁ博麗の巫女としても、誤解は解いてもらいたいわね。私からも頼めるかしら?」

 

「はい」

 

 咳払いして気を取り直し、霊夢がそう言うと、北斗は頷いて了承する。

 

「そういや、アリス。神綺の所に行くにしても、説得から戻って来るのにどのくらい掛かるんだ?」

 

「そうね。最大でも一週間はかかるかしら」

 

「そ、そんなに掛かるんですか!?」

 

 アリスの口から語られた期間に、早苗が驚きの声を上げる。

 

「幻想郷と魔界に繋がるゲートは常に安定していないの。安定した日じゃないと通る事は出来ないし、そもそもお母様の説得が一日で終わるわけが無いわ。それでいて魔界側のゲートが安定するまで待つ必要があるから、多く見積もってそのくらいは掛かるわ」

 

「それは」

 

 納得できないが、反論もできないとあって、早苗は顔を顰める。

 

「まぁ仕方ないわよ。素直に受け入れなさい」

 

「……」

 

「それに、たった一週間で異変を未然に阻止できると思えば、安いものよ」

 

「それは、そうでしょうけど……」

 

 早苗はそれでも納得し難い様子を見せている。ここまで彼女が納得しないのは、北斗の身を案じているのが大きいだろう。

 

 何せ一週間もの間、彼女の知らない場所へと行ってしまうのだから、彼女が不安に思うのは当然である。

 

「北斗さんの身を案じているなら、心配しないで。常に実力がある者に警護させるし、そもそもお母様のお客様となれば、安易に手を出すことは無いわ」 

 

「……」

 

「早苗。アリスがこう言っているんだ。心配ないぜ」

 

「魔理沙さん」

 

「それについては同意ね。実力のある者も検討はついているから、私の予想通りの人なら問題無いわ」

 

「……」

 

 魔理沙と霊夢の二人の言葉を受けて、早苗は少し悩んで間を空け、アリスを見る。

 

「大丈夫、なんですね」

 

「えぇ。彼の身の安全は保障するわ。必ず無傷で幻想郷に戻らせるから」

 

「……それなら、お願いします」

 

 早苗は渋々と言った様子で、了承する。可能なら自分も付いて行きたい所だが、明らかに部外者の自分が入れるような話ではない。

 

「早苗さん。俺がいない間、幻想機関区を見ていて欲しいんですが、良いでしょうか?」

 

「機関区を?」

 

「えぇ。列車の運行とか書類整理とかがありますが、それはみんなが手伝ってくれますし、機関区の警護も夢月さんや幻月さん達がしてくれるので、大丈夫ですから」

 

「そうですか……。分かりました。北斗さんが不在の間、幻想機関区は任せてください!」

 

 北斗に頼まれて、早苗の表情に喜色が浮かび上がり、頷いて了承する。その様子に霊夢は呆れた様子で見つめ、魔理沙とアリスは温かい目で見つめている。

 

 

 

 

 しかし、一瞬だけアリスは歯噛みしたような、悲し気な表情を浮かべる。

 

 

 


 

 

 

 少し時は下り、所変わって幻想機関区。

 

 

「と、いうわけだ。俺は最大でも一週間、機関区を不在になる。その間の留守は頼むぞ」

 

 宿舎の食堂にて、北斗が集まった蒸気機関車の神霊の少女達と居候組、作業員代表として小傘に一週間留守にするのを伝える。

 

「一週間も留守にするんですか?」

 

 明日香(D51 241)が北斗に問い掛ける。

 

「向こうの都合上、それぐらい掛かるらしい」

 

「そうですか」

 

「区長はいない間、列車の運行はどうするの?」

 

「石炭輸送もそうだけど、旅客列車も区長不在でも行うの?」

 

 明日香(D51 241)が頷き、次に(C57 135)皐月(D51 465)が問い掛ける。

 

「石炭輸送と旅客運行は予定通り行って欲しい。一応管理には早苗さんが来てくれるから、その時は早苗さんの補助を頼む」

 

「分かったわ」

 

「了解っと」

 

「あの、私の練習はどうするのです?」

 

 (C57 135)皐月(D51 465)が頷き、次に弥生(B20 15)が問い掛ける。

 

 というのも、弥生(B20 15)は今度行われる幻想機関区の見学会にて、見学者を乗せる車輛の牽引車輛にB20 15号機が選ばれた。弥生(B20 15)は車輛の移動はしているが、人を乗せて車輛を動かしたことは無いので、その慣れない車両運行に向けて練習を重ねている。

 

弥生(B20 15)は変わらず練習を続けてくれ。大事な行事だ。失敗は許されないんだからな」

 

「は、はいです!」

 

 弥生(B20 15)が頷いたのを確認し、北斗は七瀬(79602)卯月(48633)を見る。

 

七瀬(79602)卯月(48633)は引き続きこあさんの教育をお願いします」

 

「はい!」

 

「分かったわ」

 

 二人が頷くのを確認し、夢月たちを見る。

 

「幻月さん達も自分が居ない間、機関区の留守をよろしくお願いします」

 

「分かったわ。区長さんの留守の間、身の程知らず共を蹴散らしておくわ」

 

「心配しなくても良いわ」

 

『我が主の御帰還まで、必ずここはお守りいたします』

 

「任せてくれ」

 

「衣食住を提供して貰えているんだ。その分の仕事はするさね」

 

 幻月、夢月、幽玄魔眼、みとり、魅魔は順に口にして頷く。

 

「作業員もいつも通り作業を行ってもらいます。小傘さんもC59 127号機とC54 14号機の整備を引き続きお願いします」

 

「はい! わちき、頑張ります!」

 

 小傘が頷いたのを確認し、北斗は改めて全員を見渡す。

 

「改めて言うが、すぐにでは無いが、一週間俺は不在になる。その間の機関区は頼んだぞ」

 

『はい!』

 

 北斗が全員を見渡しながらそう告げると、居候組以外が返事をする。

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第155駅 魔界への出発

JR九州で運行されているSL人吉の牽引機関車にして、今年で100歳を迎えた現役最古の蒸気機関車58654号機が引退することになりましたね……
来るべき時が来てしまったなんですが、やはり昔から知っている機関車が再び眠りについてしまうのは寂しいものですね。

引退理由は機関車の老朽化や部品の調達困難、維持する為の技術者の困難だそうですが、老朽化自体は機関車よりも客車の方が深刻だと思います(昨今の動態保存SLによる牽引列車の問題は、機関車よりも客車の老朽化が深刻だと思っていますので)

引退する最後の時まで、元気に走っていられることを祈るばかりです。


 

 

 

 北斗とアリスは、魔界にある神綺の城へ向かう日程を決め、ゲートの安定も考え、なるべくことを早く済ませるべく、出発は三日後に決まった。

 

 

 

 それから三日後のこと……

 

 

 

「それでは、行ってきます」

 

 人里の駅舎にて、スハ43の後ろに連結した状態で停車し、コンプレッサーによって煙突後ろにある排気管より蒸気を一定の間隔で噴射しているC10 17号機。機関車の足回りでは、作業員の妖精が動輪やブレーキ、連結棒等に異常が無いかの点検をしている。

 

 客車の前では、アリスと荷物を纏めた鞄を持つ北斗が見送りに来ている早苗に声を掛ける。

 

「留守の間、機関区の事は任せてください。北斗さんが帰る場所は、必ずお守りします」

 

「改めて、機関区の事をよろしくお願いします」

 

「はい!」

 

 早苗は嬉々とした様子で頷くと、北斗の隣に立つアリスを見る。

 

「アリスさん。北斗さんのことをお願いします」

 

「任せて。必ず北斗さんは無事に帰すわ」

 

 念を押すように彼女がそう言うと、アリスは苦笑いを浮かべるも、真剣な表情を浮かべて頷く。

 

「区長! そろそろ行きますよ!」

 

 と、C10 17号機の運転室(キャブ)の窓から葉月(C10 17)が頭を出して北斗に出発を告げる。

 

「分かった! それでは、早苗さん。行ってきます」

 

「はい。いってらっしゃい、北斗さん」

 

 葉月(C10 17)に返事して、北斗は早苗を見て頭を下げ、スハ43に乗り込み、アリスがその後に続く。

 

 北斗が窓越しから早苗を見て手を振る中、作業員の妖精が扉を閉めて確認を終え、ホイッスルを吹きながら緑旗を上げる。

 

 緑旗を確認した葉月(C10 17)はブレーキを解いて天井から下がっているロッドを引き、五音室の汽笛ながら三音室の汽笛の音色染みた特徴的な音色の汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ蒸気を送り込む。

 

 C10 17号機はゆっくりと動き出し、シリンダー付近の排気管からドレンを吐き出しながら後進して人里の駅を出発する。

 

「……北斗さん」

 

 出発したC10 17号機が牽き客車を、早苗は両手を組んでその姿が見えなくなるまで、何も言わず静かに見送る。

 

 

 


 

 

 

 バック運転にて客車を牽くC10 17号機は、煙突より軽快なブラスト音を奏でて魔法の森に沿って敷かれた線路を走って行く。

 

 C10形や後継のC11形は1C2の『アドリアティック』と呼ばれる車輪配置をしており、バック運転時は2C1の『パシフィック』と高速運転向きの車輪配置になるので、高速運転時は敢えてバック運転で行われることがあったという。

 

 線路を走っていく道中で、葉月(C10 17)は分岐点の標識を確認し、加減弁を少しずつ閉じてシリンダーへ送り込む蒸気の量を減らし、ゆっくりと機関車の速度を落とす。

 

 やがて人里へ向かうルートと、魔法の森へ向かうルートへの分岐点まで来ると、機関車は分岐点前で停車する。

 

 近くに建てられている小屋から作業員の妖精が出て来て、転轍機を操作して幻想機関区への線路から魔法の森への線路にポイントを切り替える。

 

 ポイントが切り替えられているのを確認し、作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 旗を確認した葉月(C10 17)はブレーキを解いて汽笛を鳴らし、加減弁を引いてゆっくりと機関車を進ませて、機関車は客車を牽いて魔法の森へと入っていく。

 

 

「……」

 

 客車の中で、北斗は魔法の森の景色を眺めつつ、目を細める。

 

(そういえば、C10 17号機と初めて出会ったのは、ここだったな)

 

 外の景色を眺めつつ、初めて幻想郷に来た時のことを思い出す。

 

 機関区以外で初めて蒸気機関車が現れたのは、この魔法の森であり、現れた三輌の中にあったのがC10 17号機だった。

 

 ふと、彼は向かい側の席に座るアリスを横目でこっそり見る。彼女も窓から魔法の森の景色を見つめている。

 

(アリスさんとも、魔理沙さんの案内で、その時に初めて会ったんだよな)

 

 北斗はそう思うと、偶然とは言えど当時の要素が集まっていることに、感慨深いものを感じる。

 

(そうか。もうあれからだいぶ経つんだな)

 

 幻想郷に蒸気機関車と共に暮らし始めてから、もう長い時間が経っているのだ。そう思うと、彼は僅かに口角を上げて景色を眺める。

 

 

 やがてアリスの家の近くまで来て、C10 17号機はゆっくりと停止する。

 

 北斗とアリスの二人は、客車から降りてC10 17号機の元へと向かう。

 

「ここまで送ってくれてありがとう、葉月(C10 17)

 

「いってらっしゃい、区長! お帰りをお待ちしています!」

 

 葉月(C10 17)は敬礼をして運転室(キャブ)に戻り、汽笛を鳴らしてスハ43を押して前進し、彼らの元を離れて機関区へ戻っていく。

 

「……アリスさん。迎えはアリスさんの家で待っていれば来るんですよね?」

 

「えぇ。そろそろ来ている頃だと思うわ」

 

「そうですか」

 

 二人は短く言葉を交わし、アリスの家へと歩いて行く。

 

 

 魔法の森を歩き、二人はアリスの家に到着する。

 

「来ていたわね」

 

 と、アリスは家の前で待っている人影を見つけて声を漏らす。

 

 家の前で待っていた人もアリス達の接近に気付いてか、後ろを向いて二人を見つける。

 

「お待たせしました、アリス様」

 

 その人物こと夢子は、アリスに頭を下げて一礼する。

 

「準備は出来ているの?」

 

「えぇ。いつでもいけます」

 

「そう」とアリスは頷くと、夢子が北斗を見る。

 

「お話はアリス様よりお聞きしています、北斗様。神綺様のメイドをしています、夢子と申します」

 

「初めまして。霧島北斗と申します。幻想機関区で区長をしています」

 

 夢子は自己紹介をして、お辞儀する。北斗も自己紹介をして一礼する。

 

「貴方様とは初めまして、になるでしょうね」

 

「え?」

 

 と、彼女が何やら意味深な事を口にして、北斗が思わず声を漏らし、アリスも驚いた様子を見せる。

 

「ど、どういうことなの?」

 

「北斗様とは、幼少の時に一度お会いしたことがございます。しかし直接会話を交わしたわけでがありませんので、覚えに無いのは仕方ないかと」

 

 アリスが戸惑った様子で問い掛けると、夢子は丁寧に説明して苦笑いを浮かべる。説明を受けたアリスは、理解が追い付いていないのか、目を白黒とさせている。

 

「詳細は後々神綺様にお聞きした方がよろしいかと。今はお時間がございませんので」

 

「そ、そうね」

 

 夢子にそう言われて、アリスは戸惑いながらも頷く。

 

「それで、魔界へはどうやって行くのですか?」

 

「私が神綺様より預かっているこの宝石で、魔界に通じているゲートを開けます。ゲートの先は魔界の神綺様の城でございます」

 

 と、彼女はスカートのポケットより掌サイズの赤い宝石を見せながら魔界への行き方を説明する。

 

 夢子は左手を宝石に翳し、何か呪文のような言葉を口にして宝石を掲げると、宝石は扇状の赤い光を放って三人より離れた所に光が円形に形成される。

 

「では、北斗様。私から離れないようにしていてください」

 

「は、はぁ」

 

 夢子は北斗に左手を差し出し、北斗は戸惑いながら彼女の手を見る。

 

「ゲートを通る時、安定していても時々違う場所に繋がる場合があるの。その時に少しでも離れていたら、一人だけ違う場所に出るなんてことになるの。それを防ぐ為にも、手を繋いでほしいの」

 

「そうですか」

 

 アリスより説明を受けて、北斗は夢子の手を取る。

 

 そして夢子に引かれて北斗はアリスと共に、形成されたゲートの中へと入っていく。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、幻想機関区。

 

 

 機関区に戻ったC10 17号機は、客車をB20 15号機に運ばせて水と石炭の補給の為、ゆっくりと補給設備の元へと向かう。

 

 

 扇形機関庫では、作業員の妖精達がそれぞれの機関車の整備を行っており、色んな音が機関庫内に響いている。

 

 作業員の妖精によって煙室内に溜まった煤を取り除かれているD51 465号機とC11 260号機。連結棒や複式コンプレッサー等の部品が外され、足回りの整備を受けているC58 1号機とD61 4号機。蒸気ドームのカバーやシリンダー回りの部品を外されて整備を受けている48633号機と79602号機。ボイラーや炭庫周りの煤汚れの掃除が行われているC12 208号機とC11 312号機等々、機関車の様々な姿がそこにある。

 

 他には、D51 603号機や18633号機、C56 44号機、9677号機が本体と炭水車(テンダー)を外した状態で、両方の整備を受けている個体もいる。

 

 C50 58号機とC58 283号機は、火が入れられた状態で整備を受けている。

 

 それ以外は、無火状態で機関庫にて静かに眠っている。

 

 

 

「整備は進んでいるようだな」

 

「そうね」

 

 機関庫で機関車が整備を受けている姿を、機関庫の外で見ていた長月(C59 127)(C57 135)が言葉を交わす。

 

長月(C59 127)も罐の整備は進んでいるようね」

 

「あぁ。ボイラーの整備も終わって、近日中に車入れを行うそうだ」

 

 そう言うと、二人は整備工場の方を見る。

 

 本格的な稼働に向け、工場入りして全般検査を受けているC59 127号機。C54 17号機の全検が優先されたといっても、元々新品同様な状態であったのもあって、検査は順調に進んでいる。

 

 C54 17号機の火入れ式の後には、試験走行に向けた仕上げに取り掛かるとのこと。そうすれば、後は燃料の重油の完成を待つだけである。

 

「にしても、一週間区長の留守ね」

 

 と、(C57 135)は宿舎を一瞥して呟く。

 

「不安か?」

 

「無い、と言ったら嘘になるわね。この間の事もあるもの」

 

 長月(C59 127)の問い掛けに、(C57 135)は目を細めながら答える。

 

 以前北斗が重傷を負い、一週間以上不在になっていた時、蒸気機関車の神霊の少女達は誰もが不安を抱いていた。下手をすれば北斗は死に、彼女達の行く先は真っ暗となってどうすることも出来なかったかもしれなかった。

 

 だからこそ、彼女達にとって短い間でも、彼がいないのは大切な物が抜け落ちてしまったような感覚に陥ってしまう。

 

「そういう長月(C59 127)はどうなのよ」

 

「私も不安さ。私はまだ、区長の役に立てていない。それなのに、今はただのお荷物でしかない。区長が急に居なくなるのではないかと、不安になる」

 

「……」

 

「だが、前と違って、必ず帰って来る保障があるんだ。心配せずとも、区長は帰って来る」

 

「……そうね。今度は必ず帰って来るって保障があるのよね」

 

 (C57 135)は不安の色は消えないものも、頷いて空を見上げる。

 

 

 

「……」

 

 その頃、宿舎前では夢月が竹箒を手に散らばっている落ち葉を掃いて一ヶ所に集めている。

 

「……はぁ」

 

 夢月は特に意味も無く、ため息を付く。

 

「なぁにため息付いてんのよ」

 

 と、後ろから声を掛けられて夢月が振り向くと、そこには竹箒を手にしているエリスの姿があった。

 

「何よ。ため息付いたら悪いの?」

 

「今朝からずっとため息付いてばかりじゃないの。気になってしょうがないわよ」

 

「……」

 

 身に覚えがあるのか、夢月は何も言えなかった。

 

「で、何にため息付いてんのよ」

 

「……分からないわよ」

 

 エリスの問い掛けに、夢月はそう答えるしか出来なかった。当の本人も分からない以上、答えようが無い。

 

「……ふーむ」

 

 すると彼女は首を傾げた後、何かを察してか口角が上がる。

 

「区長がしばらくいないから、寂しいんでしょ」

 

「はぁ!?」

 

 エリスがそう言うと、夢月は驚いたように声を上げる。

 

「な、何で私が人間如きにそんなこと思うわけ!? ありえないわよ!」

 

(うっわっ。分かりやすい)

 

 明らかに動揺している彼女の姿に、エリスは若干驚き気味に内心呟く。

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ。別に私は何かと言うわけじゃないし、偏見だって無いよ」

 

「そういう問題じゃ」

 

「んじゃ、なんで慌てちゃっているの?」

 

「それは……」

 

 エリスの問いに、夢月はすぐに答えられなかった。

 

「別に良いんじゃないの。素直になっちゃってさ。罰なんて当たらないしさ」

 

「……余計なお世話よ」

 

 夢月はそっぽを向くと、エリスに問い掛ける。

 

「ところで、あんたは良かったの? 同行すれば、魔界に帰れたのに」

 

 少しして、夢月は話題を変えるべく、エリスに問い掛ける。

 

「うーん。まぁ私もそう考えていたんだけどね。でも今回は区長の大事な用なわけだし。無関係な私が同行するのは、さすがに憚れるかなって」

 

「……」

 

「まぁ、帰ろうと思えば、いつだって帰れるしね」

 

「だったら、なんで今も居座っているのよ」

 

「そりゃ、まだ区長にお礼し終えていないしね。中途半端で帰るのは私のプライドが許さないし」

 

「……」

 

 疑わしい視線を向けるが、エリスは涼しい顔で視線を上流す。

 

 

「ん?」

 

 ふと、夢月が何かに気付き、顔を上げる。

 

「あれは……」

 

 エリスも何かに気付き、一瞬警戒する。

 

「いえ、あれは……」

 

 やがて二人の目にそれが映り、警戒を解く。

 

 

 二人の言うそれこと、空を飛んできた鈴仙が二人の前に下りてくると、エリスと夢月の二人を見る。

 

「あなた達は……」

 

「そういうあんたは、永遠亭の兎か」

 

「兎って……」

 

 歯に衣を着せない夢月の言い方に鈴仙はムッとするも、とりあえず気にしないで自分の用事を優先する。 

 

「で、何の用なの?」

 

「北斗さんに用があるの。彼は居るかしら?」

 

「区長?」

 

「悪いけど、区長なら居ないわよ」

 

「そうなの? なら、いつ戻るの?」

 

「そうね。一週間ぐらいで帰るわよ」

 

「えぇっ!?」

 

 エリスより告げられた時間に、鈴仙は驚きの声を上げる。

 

「なんでそんなに長いの!? ってか、どこに行っているの!?」

 

「なんでもアリスっていう魔法使いの親の誤解を解く為に、魔法使いに同行したのよ」

 

「アリスの? だとしても、なんで一週間もいないのよ!」

 

「私達に文句言ってもねぇ。魔法使いの親が居るのは、魔界って場所なのよ。幻想郷からあそこへ行くには、タイミングを合わせないといけないのよ」

 

「それに加え、親を説得する時間も必要みたいだから、それくらい掛かるんだそうだ」

 

「そんな……」

 

 鈴仙はショックだったのか、呆然と立ち尽くす。

 

「そもそも、何で区長に用があったわけ?」

 

「……師匠から頼まれたのよ。北斗さんを連れて来て欲しいって」

 

「区長を? 何だってそんなことを?」

 

「傷の経過確認よ」

 

「でも区長の怪我って治って退院させたんじゃないの?」

 

「そうだけど、妖怪の毒を喰らったのよ。解毒が間に合ったといっても、何も影響が無いとは言い切れないわ」

 

「そう言ってもね。区長はいないし、彼に連絡だって出来ないのよ」

 

「師匠から早めに来て欲しいって言われているのに……」

 

「でも区長がいないことに変わりないし、今回は諦める事ね」

 

「そんなぁ……」

 

 困った様子を見せる鈴仙に、二人はどうしようもなく、ただその姿を見つめるだけだった。

 

 結局、鈴仙は意気消沈した様子で帰って行ったという。

 

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第156駅 魔界での会談

更新が遅れてしまい、申し訳ありません。最近は忙しく、片方の更新がやっとでした。来年は安定した更新速度が出来るようになりたい。

今年も残り僅かになりました。今年は蒸気機関車界隈は色々とありましたね。
新たに蘇る機関車もあれば、運行が終了したり、引退してしまう機関車が出てきましたね。
これからどうなるかは分かりませんが、来年は蒸気機関車界隈が活気付くことを祈っています。
来年も本作をよろしくお願いします!




 

 

 

 北斗とアリスは、夢子の先導に従ってゲートを通っていく。

 

 気持ち悪くは無い、しかし何とも言えない感覚に戸惑いながらも、北斗はただ夢子の背中だけを見て歩いて行く。

 

 

「これは……」

 

 ゲートを通り抜けた先に出ると、北斗はそこに広がる光景に声を漏らす。

 

 ゲートを通り抜ける前は、陽が昇っているので明るかったのだが、通り抜け先は薄暗い空間が広がっている。そして自分達の目の前に聳え立つ大きな城が彼の視界の大半を占めている。

 

「ようこそ、魔界へ。そしてここが、神綺様のお城でございます」

 

「ここが、魔界」

 

 夢子がそういうと、北斗は周りを見渡し、自分達の前にある大きな城に、息を呑む。

 

「では、神綺様の元へご案内します。お荷物は他の従者が運びますので、城の入り口にてお渡しください」

 

「分かりました」

 

 北斗は頷き、夢子とアリスに付いて行く。

 

 

 

 城の入り口にて、北斗は従者に荷物を預けて、三人は城の中を歩いて行く。

 

「……」

 

 途中従者たちと行き交う中、彼女達は北斗達に頭を下げて挨拶する。北斗はどこか戸惑った様子で従者たちを見ている。

 

「彼女達が気になる?」

 

 と、そんな様子を気に掛けてか、アリスが声を掛ける。 

 

「え、えぇ。何て言うか……さっきから似たような顔つきですので」

 

「そりゃ彼女達はホムンクルスだから、似ていて当然よ」

 

「ホムンクルス……ってことは、彼女達は人為的に?」

 

「えぇ。お母様が生み出しているのよ」

 

「そうなんですか」

 

 北斗は驚き気味につぶやき、息を呑む。

 

「では、夢子さんも?」

 

「夢子は別よ。確かにお母様によって生み出された存在ではあるけど、ホムンクルスとはちょっと違うわね。どちらかと言えば、夢子はホムンクルスのオリジナルでもあるのよ」

 

「なるほど。どおりで」

 

 北斗は納得した様子で頷く。

 

 よく見ると、ホムンクルスの従者たちの顔つきは、どことなく夢子に似ており、ホムンクルスたちのオリジナルであるなら、似ているのは当然である。

 

 

 

 それから更に移動して、扉の前で止まる。

 

「神綺様。北斗様とアリス様をお連れしました」

 

 夢子は扉をノックして声を掛けると、部屋の中から「入って良いわ」と声が帰って来て、夢子が扉を開けて二人を中に入れる。

 

 部屋に入ると、そこには部屋の中央に置いているテーブルの傍に、神綺が椅子に座って二人を見て、小さく手を振っている。

 

「紹介します、北斗様。こちらがこの城の主であり、魔界を作りし創造神にして、アリス様の母上であります……神綺様です」

 

「初めまして、北斗君。アリスちゃんからあなたの事、聞いているわ」

 

「初めまして。幻想郷で機関区の区長をしています、霧島北斗です」

 

 夢子は北斗に神綺を紹介して、北斗も続いて一礼して自己紹介する。

 

「夢子ちゃん。お茶をお願い」

 

「畏まりました」

 

 神綺に言われて彼女は頭を下げて一礼し、部屋を後にする。

 

「アリスちゃん、北斗君。立ちっぱなしもなんだし、いらっしゃい」

 

 彼女が二人を手招きして、アリスと北斗はテーブルの傍にある椅子にそれぞれ座る。

 

「お茶が来るまで、まだ時間は掛かるでしょうから、本題に入る前に少しお話しましょうか、北斗君」

 

「は、はい」

 

「それより!!」

 

 と、アリスが身を乗り出す勢いで声を掛ける。

 

「お母様! 夢子から聞いたわよ! 北斗さんのことを小さい頃から知っているそうじゃない! どういうことなの!?」

 

「あら、夢子から聞いたの?」

 

「触り程度には聞いたわ。詳しくはお母様から聞いてって言われたから」

 

「そうねぇ」

 

 と、神綺は頬杖を着くと、チラッと北斗を見る。

 

「夢子の言う通りよ。北斗君の事は、彼がまだこのくらいの大きさだった頃から知っているわ」

 

 神綺はテーブルより少し低い位置で手を止める。

 

「どうして北斗さんの事を知って。それに、外の世界に行ったことがあるの?」

 

 アリスは戸惑った様子で神綺に問い掛ける。

 

「えぇ。あの時は飛鳥の誘いがあって、短い間だけ外の世界に行ったことがあるの。その際に、小さかった頃の北斗君と会ったのよ」

 

「母さんの事を知っているんですか?」

 

「えぇ。飛鳥とは長い付き合いの友人よ」

 

 北斗の質問に、神綺は微笑みを浮かべて答える。意外な繋がりに、北斗は驚きを隠せなかった。

 

「アリスちゃんは何度も飛鳥と会ったことはあるわね」

 

「え、えぇ。お母様と話している時は……」

 

 するとアリスはハッと何かに気付く。

 

「もしかして、あの時飛鳥さんが抱えていた赤ん坊って!」

 

「あら、覚えていたのね。その通りよ」

 

 アリスは驚いた様子を見せていたが、すぐに怪訝な表情を浮かべる。

 

「それじゃ、どうして北斗さんは外の世界に……」

 

「それは―――」

 

「自分が説明します」

 

 と、疑いの目を向けるアリスに神綺が説明しようとすると、北斗が声を遮って割り込む。

 

「北斗さん?」

 

「アリスさん。実は―――」

 

 

 

 少年説明中……

 

 

 少年説明中……

 

 

 少年説明中……

 

 

 

「――――と、言う事なんです」

 

「……」

 

 北斗より事の顛末を聞き、アリスは驚愕の表情を浮かべている。

 

「アリスちゃん。信じられない内容だと思うけど、紛れもない真実よ」

 

「お母様」

 

「そりゃ、私も最初は信じられなかったわ。けど、こうして北斗君がいるのが、何よりの証拠になったしね」

 

 神綺はアリスにそう言うと、北斗を見て苦笑いを浮かべる。

 

(北斗さんが、神霊とあの月の民の間に生まれた子供?)

 

 アリスは内心若干混乱していたが、すぐに納得する。

 

 ただでさえ神霊から生まれたということ自体信じ難いことなのだが、父親があの月の民となれば、尚更驚くだろう。

 

(でも、そんな子供だったら、あのスキマ妖怪が放っておくはずがないわね。子供の事を考えれば、やらざるを得なかった……のかしら)

 

 北斗の出生の事を考えれば、飛鳥の行動は止む得ないのだろう。

 

(……北斗さんの事を、八雲紫以外の幻想郷の住人が知ったら……どう反応するのかしら。特に、霊夢は……)

 

 アリスは北斗の出生を知って、同時に不安を抱く。様々な存在が暮らす幻想郷だが、北斗のような存在はそうそういない。 

 

 特に、幻想郷の管理する博麗の巫女の霊夢は、果たしてどう反応するのか。もちろん霊夢が北斗の出生を知ってこれまでの態度を変えるということは無いだろう。

 

 だが、何かしらの変化があるのは間違いない。月の民の血が流れているとなると、さすがに霊夢も何か思う所はあるだろう。

 そして八雲紫が関われば、その変化は大きくなるだろう。

 

 

「お待たせしました」

 

 と、部屋の扉が開けられてティーカップにポッド、紅茶の葉を入れた瓶を乗せたカートを押して夢子が入って来る。

 

「お茶が来たわね。じゃぁ、そろそろ本題に移りましょうか」

 

「はい」

 

 と、神綺は真剣な表情を浮かべてそう言い、北斗は息を呑む。

 

 

 


 

 

 

「―――ということなので、あくまでもアリスさんとは、友人関係ですので」

 

「あら。そうだったの? てっきり私アリスちゃんと結構親しい仲だと思ったわ」

 

「だ・か・ら! 私は散々そう説明したじゃない!」

 

 飄々した様子の神綺にアリスが声を荒げる。

 

「でもアリスちゃん。北斗君の事を話している時、声がどこか嬉しそうだったわよ? そういう気はあったんじゃないの?」

 

「そんなわけ無いじゃない!」

 

 アリスは顔を赤くして否定する。

 

「ま、まぁ、アリスさん。少なくとも誤解は解けたんですから」

 

「まだ別の所が解けていないわよ!」

 

 北斗がアリスを落ち着かせようとするも、彼女は声を荒げる。

 

「でも、アリスちゃん。以前と比べて今のアリスちゃんは、とても楽しそうだわ」

 

「……」

 

 神綺にそう言われ、アリスは何とも言えない複雑そうな表情を浮かべる。

 

「アリスちゃん小さい頃から友達が少なくてね。今でこそ幻想郷で多くの友人が出来ているけど……友人は多いことに越したことは無いわね」

 

「……」

 

「北斗君。これからも、アリスちゃんの事を気に掛けてあげてね?」

 

「はい。忙しい身ではありますが、友人として接していきます」

 

 北斗は神綺の言葉に頷いて了承する。

 

 

 

「まぁ、結局私が先走り過ぎちゃったのね」

 

 神綺は苦笑いを浮かべて頭の後ろを掻く。

 

「私はそう言ったわよね」

 

 アリスはジトと睨みながらティーカップに注がれた紅茶を飲む。

 

「ごめんなさいね、北斗君。わざわざ来てもらって」

 

「いえ、大丈夫です。これで誤解が解けるなら来た甲斐はあったと思いますので」

 

「北斗さん。別に文句の一つや二つ言っても良いわ。私が許可するから」

 

「もう、アリスちゃんったら!」

 

 冷たいアリスに神綺は戸惑った様子を見せる。

 

(仲が良いんだな)

 

 そんなやり取りを北斗は微笑ましく見つめる。

 

「あっ、そうだ。北斗君」

 

「はい?」

 

「ここからは真面目な話。仕事関係の話になるんだけど」

 

 と、神綺は真剣な表情を浮かべる。雰囲気が変わったことで北斗も自然と気が引き締まる。

 

「北斗君は幻想郷で鉄道と呼ばれる事業を行っているそうね」

 

「はい。蒸気機関車と呼ばれる外の世界の乗り物を使って人や物を運ぶ仕事ですね」

 

「飛鳥とアリスちゃんから話は聞いているわ。とても便利そうね」

 

「えぇ。外の世界では多くの場所で使われています。蒸気機関車はさすがにほとんど使われていませんが」

 

「だから幻想郷に流れ着いた、のかしらね」

 

「どうでしょうか」

 

 神綺の言葉に、北斗は首を傾げる。

 

 幻想郷は外の世界で忘れ去られた存在が流れ着く場所である。確かに蒸気機関車は忘れ去られようとしているが、まだ完全に忘れられている存在ではない。

 

 その上、幻想郷にある蒸気機関車は外の世界で現存しているものがあるのだ。

 

 それがなぜ幻想郷にあるのか? 色々と疑問は尽きない。

 

「まぁその辺の話は今は良いわ。それでね、私も少し鉄道に興味があってね」

 

「興味ですか?」

 

「えぇ。話は変わるけど、魔界では休みの期間に多くの者が幻想郷に観光しに行くのよ」

 

「観光ですか? 幻想郷に?」

 

「意外と人気なのよ。幻想郷には魔界に無い物が多いから」

 

「なるほど」

 

「まぁ、それが原因で幻想郷では異変になっちゃったんだけどね」

 

 と、アリスは遠い目をして呟く。

 

 その様子から北斗は何かあったんだろうなと言うのを察したが、彼の性分から余計な詮索をしないことにする。

 

「んで、異変後に魔界と幻想郷との間で取り決めを行って、観光は一定の期間限定で行うことになったのよ」

 

「なるほど」

 

「でも、その観光業なんだけど、少しマンネリ化してしまってね」

 

「マンネリ化ですか」

 

「そうなのよ」

 

 と、神綺は夢子に目配りをすると、彼女が動く。

 

「北斗様。紅茶のお代わりはいかがでしょうか?」

 

「あっ、はい。お願いします」

 

 北斗は夢子にソーサーごとティーカップを渡す。アリスもついでにお茶を淹れて貰うことにして、ティーカップを渡す。

 

「幻想郷も少しずつ変わっているけど、やっぱり同じ物ばかり見ていると飽きちゃう輩が居ちゃうのよ」

 

「なるほど」

 

「でも、この間の観光の時に、観光客の多くが幻想郷の鉄道に興味を持ってね。観光客から多くの要望があったのよ」

 

「と、言いますと?」

 

「『観光に鉄道を取り組めないか』ってね。この間の観光の時は一定の区間のみでしか鉄道の運用が無かったから」

 

「なるほど」

 

 観光客の要望がどんなものか、北斗は察する。

 

 現在幻想郷で運行されている鉄道は、守矢神社行きと、博麗神社行きの旅客列車と、定期的にある石炭輸送列車と、不定期の貨物列車ぐらいしか無い。

 

 もちろん、今後列車の運行数は増えていく予定だし、幻想郷の観光列車も計画している。だからこそ外の世界で運行されていた寝台列車の客車の整備を行っている。

 

「で、本題なんだけど」

 

 と、神綺はティーカップを持って紅茶を飲む。

 

「幻想郷であなたが行っている鉄道事業。私にも一枚噛ませて欲しいの」

 

「神綺さんが? それは先ほどあった観光に関係が?」

 

「その通りよ。まだ構想段階だけど、幻想郷と魔界を繋いだ一大路線を計画しているの」

 

「幻想郷と……」

 

「魔界を繋ぐ?」

 

 神綺の口から告げられた壮大な計画に、北斗とアリスが順に呟く。

 

「お母様。それって……」

 

「まだ実現までの時間は掛かるわ。技術的な面もそうだけど、何より八雲紫との話し合いも関わって来るわね」

 

「……」

 

 母親の言葉を聞き、アリスは納得した様子で表情を引き締める。

 

 魔界と幻想郷を繋ぐ。以前の異変の事を考えれば、八雲紫が簡単に頷くとは思えない。

 

「まぁ、将来的にはこの魔界にも鉄道を広めたいのよ。その試みとして、幻想郷と魔界を繋ぐ観光線を作りたいのよ」

 

「なるほど」

 

 神綺の言葉から最終的な目的を察して、北斗は頷く。

 

 すると夢子が紅茶を淹れたティーカップを北斗に渡して、彼はそれを受け取る。次にアリスも紅茶を淹れたティーカップを受け取る。

 

「北斗君の所に、長距離運行を行う車輛は無いのかしら?」

 

「あるにはあります。しかし牽引する車両と使用する客車どちらとも整備中ですが」

 

「その車輛で観光列車を運行したいと思っているのだけど、どうかしら?」

 

「そうですね……」

 

 北斗はそう呟きながら紅茶を飲む。

 

「自分の所でも幻想郷内での観光列車を計画していまして」

 

「あら、そうだったの?」

 

「えぇ。もしその観光列車と連携する形で運行するのなら……」

 

「それは良いわね。今までにない旅をしながら観光する。きっと観光業が活気づくわ」

 

「そうですね。個人的にはその案に賛成しますが……」

 

「あぁ、そうね。まだ根本的な部分の解決があるからね」

 

 神綺は苦笑いを浮かべて、北斗は紅茶を飲んでティーカップをソーサーに置く。

 

「とりあえず、事細かく煮詰める必要はありますが、観光列車についてはこちらでも……」

 

 と、北斗は話を進めようとするが、ゆっくりと話す勢いが落ちて行く。

 

「進めて……行きま、す……」

 

 と、北斗は眠たげな雰囲気がある中、そのまま静かな寝息と共に眠りにつく。

 

 

 

「……眠ったわね」

 

「はい」

 

 と、北斗が眠りについたのを夢子が確認し、神綺は頷く。

 

 北斗がなぜ急に眠ったのか。それは北斗が飲んだ紅茶に睡眠薬が混ぜ込まれていたのだ。夢子は神綺より合図を受けて北斗のティーカップを受け取り、紅茶を注ぐ時に無味無臭の睡眠薬を混ぜ込んでいた。

 

 そこそこ強い睡眠薬とあって、すぐに効果が現れたのだ。

 

「アリスちゃん」

 

「……」

 

「ごめんなさいね。あなたの友人を騙す形で連れてこさせて」

 

「……いいのよ、お母様。これが―――」

 

 と、アリスは眠った北斗を見る。 

 

「彼を救う為なら……このくらいは」

 

「……」

 

 神綺は申し訳なく頷くと、夢子に目配りして、彼女は眠った北斗を抱え上げる。

 

「行きましょう」

 

「……はい」

 

 そして三人は部屋を後にして、地下室へと向かう。 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第157駅 区長の苦労

遅れながら、明けましておめでとうございます。今年も本作をよろしくお願いします

今回はキリが良い所と切る為、短めです。


 

 

 

 

 妖怪の山に三音室の甲高い汽笛の音が響き渡る。

 

 

 18633号機が煙突から力強いブラスト音を発しながら石炭車15輌を引っ張り、その後ろからE10 5号機が押して妖怪の山のきつい勾配を登っていく。

 

 絶対に空転しないと言われるほど、8620形は空転しづらい構造とあって、勾配に強い8620形蒸気機関車は妖怪の山を空の石炭車を引っ張って登っていく。しかし前日に雨が降っていたので、線路自体が濡れて、濡れた落ち葉や土が付着しているので、線路は滑りやすい状態だ。万が一を考えて補機としてE10 5号機が付いた。

 

 18633号機の運転室(キャブ)の窓から頭を出して霜月(18633)は前を見ながら加減弁ハンドルを操作していると、空に列車をカメラで撮影している鴉天狗の姿に気付く。

 相変わらず蒸気機関車が牽く列車は、一部の天狗から人気があるようである。

 

 霜月(18633)はその鴉天狗達に向けて三音室の甲高い汽笛を鳴らす。そしてE10 5号機の夕張(E10 5)も五音室の猛々しい汽笛を鳴らして答える。

 

 二輌の機関車は15輌の貨車を運んで、守矢神社横の石炭集積所を目指す。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、場所は幻想機関区。

 

 

 

「えーと、次の列車の運用はこの時間からこの時間までの運用で、博麗神社行きの列車の担当機関車は……C56 44号機はこの前担当しているからそれ以外で、C11 312号機で良いでしょうか? あっ、312号機は近い内に検査に入るからダメですね。それならD61 4号機でいいでしょうか」

 

 北斗がいつも仕事をしている執務室で、早苗が執務机に着いて書類相手に格闘している。

 

「次に検査入りするのは……C11 260号機とC12 06号機ですね……えぇとここにチェックを入れればいいんですね。あっ、軽油の残りが少なくなっている……でも今は補充のアテがないから保留にするしかない、か」

 

「石炭と水の残量は……昨日補充を行ったから問題無し。あっ、一部の客車は検査入りしないといけないんですね。でも他の客車が既に検査入りしているから、少しずつしか検査が出来ないか」

 

「あっ、守矢神社と博麗神社に置いている幻想機関区のお土産が少なくなってたから、補充もしないと。後で発注しておかないと」

 

 

 

 少女格闘中……

 

 

 少女格闘中……

 

 

 少女格闘中……

 

 

 

「うぅ……疲れたぁ……」

 

 ようやく書類作業が終わり、早苗は机に突っ伏せる。

 

(北斗さんはいつもこれだけの書類作業をしているんですね……)

 

 頬を机に付けた状態で内心で呟く。その表情はいかにも疲れたという雰囲気を醸し出している。

 

 

 北斗より幻想機関区の留守を任された早苗は、守矢神社の風祝としての信仰活動と、幻想機関区の区長代理として二足の草鞋でやっている。

 

 当初は書類の整理作業が捗らなく、蒸気機関車の神霊達の手伝いがあってやっと終わらせたレベルであった。しかし今では作業に慣れて何とか一人でこなせるようになった。

 

 

「はぁ……」

 

 彼女はため息を付いて起き上がって立ち上がり、ふらりふらりと北斗が寝るときに使うベッドに向かうと、そこにうつ伏せで倒れ込む。

 

「すぅぅぅぅ……」

 

 そして早苗はベッドの布団に残っている北斗の残り香を吸い込んで彼の匂いを堪能している。

 

「北斗さん……」

 

 早苗は小さく呟く。

 

 北斗が魔界に向かって三日目が経ち、早苗は寂しい感情に押されて、北斗成分(ホクニウム)が不足しているようである。

 

(期日が決まっている分、待つのがつらいやつですね)

 

 早苗はベッドの上でうつ伏せから仰向けになって、深くゆっくりと息を吐く。

 

 この前の時は、いつ永遠の別れになるか分からないような状態とあって、気が気でなかったが、今回は帰って来るのが分かっているので多少気持ちの余裕はある。

 

 しかし帰って来るのが分かっている分、その待つ時間が苦痛に感じ始めている。

 

「北斗さん……今頃何しているんだろう」

 

 早苗は天井を見つめながら小さく呟く。

 

 自分の知らない所に大切な人が行って、彼女の中に不安が膨らむ。

 

 

 

 コンコン

 

 

 

「っ! はい!」

 

 すると扉がノックされ、早苗は慌ててベッドから起き上がってすぐに駈け寄り、扉を開ける。

 

「早苗さん。お茶を持って来ました」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 扉を開けると、明日香(D51 241)がお茶を淹れた湯呑を載せたお盆を持っており、早苗はお礼を言う。

 

 二人は執務室に戻り、早苗は机に着き、明日香(D51 241)が湯呑を机に置く。

 

「どうですか? 仕事の方は?」

 

「はい。だいぶ慣れてきました」

 

 短く会話を交わして、早苗は湯呑を手にしてお茶を飲む。

 

「それにしても、北斗さんはいつもこんな感じで仕事をしているんですね」

 

「はい。機関区の運営は一筋縄ではいきません」

 

「ですよね……」

 

 早苗はため息を付く。

 

(この幻想機関区の為に、目立たなくても頑張っているんですよね。明日香(D51 241)さんたちが幻想郷で生きていけるように)

 

 内心呟きつつ、北斗の苦労を改めて認識する。

 

「区長の事が心配ですか?」

 

「……はい」

 

「区長なら、大丈夫ですよ。守ってくれる人もいますし、何より、約束を破る方ではありません」

 

「……」

 

 明日香(D51 241)の自信ある言い方に、不安な気持ちが少しだけ晴れたような気がした。

 

「そうですよね。北斗さんが……約束を破るはずがありません、よね」

 

 早苗はそう呟くと、湯呑に入っているお茶を飲み干す。

 

「さてと、残りも頑張りますか!」

 

 彼女は立ち上がりながらそう言うと、頬を軽く叩いて気合を入れる。

 

明日香(D51 241)さん。お茶ありがとうございます」

 

「無理はしないでくださいね。区長が帰って来た時に早苗さんが体調を崩していたら、区長が気負ってしまいます」

 

「はい。無理はせず、ちゃんと休んでいますから」

 

 早苗は頷くと、明日香(D51 241)と共に執務室を後にする。

 

 

 

 


 

 

 

 

「……」

 

 北斗は重たい瞼をゆっくりと開ける。

 

「ここは……」

 

 彼はゆっくりと周りを見渡すが、そこは何も無い暗い空間が広がっている。

 

「俺は……一体」

 

 何があったか思い出そうと、記憶の糸を手繰り寄せようとするも、何も思い出せない。

 

「……」

 

 

「目が覚めたか」

 

 と、必死に思い出していると、後ろから声がして北斗は振り返ると、そこには眩しくない光に包まれた人がいた。

 

「君は……」

 

 北斗は戸惑っているが、ある違和感を覚えて首を傾げる。

 

「私は……お前だ。そして、お前は……私だ」

 

「?」

 

 まるで哲学みたいな返答に、北斗は戸惑う。

 

「まぁ気にするようなことじゃない。すぐに分かる事だから」

 

「何を……」

 

 北斗は何か言おうとするが、その瞬間激しい頭痛が彼を襲う。

 

「うっ……ぐ!?」

 

 彼は痛みのあまり頭を抱えて、膝を着く。

 

「真実を知る時が来た。それだけだ」

 

「……しん、じつ?」

 

「そうだ」

 

「何を……いっt――――」

 

 北斗は問い掛けようとするも、そのまま意識を失う。

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻想機関区の現在の状態

投稿が遅れて申し訳ありません

最近色々あって、気持ちの整理が中々付かず、執筆に集中できない日々が多かったです

しばらくこんな状態が続くと思いますので、ご了承ください……


 

 

 

 

 幻想機関区(幻想鉄道)

 

 

 施設構成

      扇形機関庫『増築を行って現在30線』

      機関庫『3線。幻想入りしてから新たに建造された』

      転車台

      操車場

      整備工場

      その他諸々

 

 

 運行区間

     人里―博麗神社

     人里―守矢神社

     その他

 

     運行検討

     人里―命蓮寺

     人里―迷いの竹林前

 

 

 人員

    霧島北斗『機関区 区長兼幻想鉄道社長』

    蒸気機関車の神霊多数

    幻月『住み込み』

    夢月『住み込み』

    エリス『住み込み』

    幽玄魔眼『用心棒』

    多々良小傘『整備士兼機関士』

    河城みとり『整備士』

    魅魔『居候』

    妖精多数『整備士やその他諸々』

   小悪魔(こあ)『機関士研修生』

    東風谷早苗『区長代理』

 

      

 

 配置車輛

 

 

 蒸気機関車

 

 

 D51形蒸気機関車

          テンダー型 車軸配置 1D1『ミカド』

 

          D51 241号機

         『標準型 北海道仕様 切り詰め除煙板(デフレクター)装備

          ギースル・エジェクター装備』

          機関士:明日香(D51 241)

         ※主に貨物、石炭列車にて運用。時折旅客運用あり

 

          D51 465号機

         『標準型 北海道仕様 通常除煙板(デフレクター)装備』

          機関士:皐月(D51 465)

         ※主に貨物、石炭列車にて運用。時折旅客運用あり

 

          D51 603号機

         『標準型 北海道仕様 切り詰め除煙板(デフレクター)装備』

          機関士:水無月(D51 603)

         ※主に貨物、石炭列車にて運用。時折旅客運用あり

 

          D51 1086号機

         『戦時型 北海道仕様 通常除煙板(デフレクター)

          長野式集煙装置装備』

          機関士:神流(D51 1086)

         ※主に貨物、石炭列車にて運用。時折旅客運用あり

 

 C50形蒸気機関車

          テンダー型 車軸配置 1C0『モーガル』

 

          C50 58号機

         『1次型 千鳥模様入り門鉄式除煙板(デフレクター)装備』

          機関士:千鳥(C50 58)

         ※車輛の入れ替え運用。時折列車運用あり

 

 C54形蒸気機関車 

          テンダー型 車軸配置 2C1『パシフィック』

 

          C54 17号機

         『通常仕様』

          機関士:???

         ※現在修繕中

 

 C55形蒸気機関車

          テンダー型 車軸配置 2C1『パシフィック』

 

          C55 57号機

         『門鉄式除煙板(デフレクター)装備』

          機関士:文月(C55 57)

         ※旅客運用にて活躍

 

 C56形蒸気機関車

          テンダー型 車軸配置 1C0『モーガル』  

 

          C56 44号機

         『ナンバープレート:赤、形式無し』

          機関士:大井(C56 44)

         ※旅客運用、時折入れ替え運用あり

 

 C57形蒸気機関車 

          テンダー型 車軸配置 2C1『パシフィック』

 

          C57 135号機

         『北海道仕様 切り詰め除煙板(デフレクター)装備

          ナンバープレート:赤』

          機関士:(C57 135)

         ※旅客運用にて活躍

 

 C58形蒸気機関車

          テンダー型 車軸配置 1C1『プレーリー』

 

          C58 1号機

         『ナンバープレート:赤、形式入り 長野式集煙装置装備』

          機関士:津和野(C58 1)

         ※旅客運用にて活躍

 

          C58 283号機

         『通常仕様』

          機関士:宮古(C58 283)

         ※旅客運用にて活躍。時折貨物運用あり

 

 C59形蒸気機関車 

          テンダー型 車軸配置 2C1『パシフィック』

 

          C59 127号機

         『重油専焼仕様 ナンバープレート:赤』

          機関士:長月(C59 127)

         ※現在全般検査中

 

 D61形蒸気機関車 

          テンダー型 車軸配置 1D2『パークシャー』

 

          D61 4号機

         『北海道仕様 通常除煙板(デフレクター)装備』

          機関士:深川(D61 4)

         ※貨物運用、時々旅客運用にて活躍

 

 D62形蒸気機関車 

          テンダー型 車軸配置 1D2『パークシャー』

 

          D62 20号機

         『副灯装備 集煙装置装備』

          機関士:霧島北斗

         ※時々走行

 

 8620形蒸気機関車

           テンダー型 車軸配置 1C0『モーガル』

 

           18633号機

          『通常仕様』

           機関士:霜月(18633)

          ※主に貨物運用、時々旅客運用あり

 

           48633号機

          『ボックス動輪仕様 除煙板(デフレクター)装備』

           機関士:卯月(48633)

          ※主に貨物運用、時々旅客運用あり

 

 9600形蒸気機関車 

           テンダー型 車軸配置 1D0『コンソリデーション』

 

           9677号機

          『陸上自衛隊 第1施設群 第101建設隊仕様

           ナンバープレート:形式入り』

           機関士:習志野(9677)

          ※貨物運用にて活躍

 

           79602号機

          『門鉄式除煙板(デフレクター)装備』

           機関士:七瀬(79602)

          ※貨物運用、時々車輛入れ替え運用

 

 

 B20形蒸気機関車 

          タンク型 車軸配置 0B0『フォーホイールカップルド』

 

          B20 15号機

         『通常仕様』

          機関士:弥生(B20 15)

         ※車輛入れ替え運用にて活躍

 

 C10形蒸気機関車 

          タンク型 車軸配置 1C2『アドリアティック』

 

          C10 17号機

         『除煙板(デフレクター)装備』

          機関士:葉月(C10 17)

         ※旅客運用、時々入れ替え運用

 

 C11形蒸気機関車 

          タンク型 車軸配置 1C2『アドリアティック』

 

          C11 260号機

         『九州仕様 門鉄式除煙板(デフレクター)装備

          角型、丸形ドームの変形機 ナンバープレート:緑』

          機関士:行橋(C11 260)

         ※旅客運用、時々入れ替え運用

 

          C11 312号機

         『通常仕様』

          機関士:睦月(C11 312)

         ※旅客運用、時々入れ替え運用

       

          C11 382号機

         『河童製造車輛』

          機関士:妖精他

         ※車輛入れ替え運用

 

 C12形蒸気機関車

 

          タンク型 車軸配置 1C1『プレーリー』 

 

          C12 208号機

         『九州仕様 ナンバープレート:赤』

          機関士:熊野(C12 208)

         ※貨物運用、時々旅客運用あり

 

          C12 06号機

         『私鉄発注機 ナンバープレート:緑

         除煙板(デフレクター)装備』 

          機関士:島原(C12 06)

         ※貨物運用、時々旅客運用あり

 

          C12 294号機

         『河童製造車輛』

          機関士:妖精他

         ※車輛入れ替え運用

 

 E10形蒸気機関車 

          タンク型 車軸配置 1E2『テキサス』

 

          E10 5号機

         『通常仕様』

          機関士:夕張(E10 5)

         ※貨物運用、時々後部補機運用あり

 

 4500形蒸気機関車 

           4500号機

          『マレー式タンク型蒸気機関車

           自動連結器装備』

           機関士:妖精他

          ※保線作業時にて運用

 

 7100形蒸気機関車

           タンク型 車軸配置 1C0『モーガル』

 

           3号機『比羅夫号』

          『自動連結器装備』

           機関士:小悪魔(こあ)

          ※所有権:紅魔館

           管理運用:幻想機関区

 

 

 ディーゼル機関車

 

 

 DD51形ディーゼル機関車

              DD51 1169号機

              機関士:多々良小傘他

             ※試運転時の後部補機、時々旅客、貨物運用あり

 

 DE10形ディーゼル機関車

              DE10 1744号機

              機関士:多々良小傘他

             ※車輛入れ替え、時々旅客、貨物運用あり

 

 その他

 

 W1クラス

 イギリスで開発された高圧ボイラーを持つ2C2『ハドソン』の蒸気機関車

 その後高圧ボイラーから通常のボイラー交換後、クラスA4のような流線形カバーを取り付けた。

 その為、2C2『ハドソン』の足回りを持つクラスA4となっている。

 

 P1型

 アメリカで開発された三基の走行装置を持つマレートリプレックス蒸気機関車。

 

 52形

 ドイツで開発された戦時型蒸気機関車。

 一輌だけ日本にやって来ていたが、その後解体されている。

 

 前進型

 中国がソ連の蒸気機関車の設計を基にして開発された蒸気機関車。

 ある時に日本に新規製造された個体が人民型と共に送られた。

 その後老朽化を理由に部品の一部を残して解体された。

 

 ????

 世界で唯一の車軸配置をした大型蒸気機関車

 

 ????

 日本の蒸気機関車と同じ形式をした複式蒸気機関車

 

 

 尚、これらの海外の蒸気機関車は保存されるが、動態保存にするかは検討中。

 しかし諸事情で本線運用には用いらないとのこと。

 

 

 その他、旧型客車や12系客車、14系客車、50系客車等の客車があり、20系客車などが現在運用に向けて整備中。

 有蓋車や無蓋車、石炭車等の貨物車輛、操重車といった特殊車両もある。

 

 

 

 

 ※今後登場予定の車輛

 

 

 ??? 2号機

 

 ??? 3号機

 

 ??? 1号機

 

 ??? 48号機

 

 ??? 468号機

 

 C63形蒸気機関車

 妖怪の山の河童達によって製造予定

 

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。